CODE SUPERIOR (臨時総督府受付担当)
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夢の果てで

上位者=クイーン(成りかけ)
青ざめた血=クイーンの血(物理的に青い)
血晶石=血英
獣化=堕鬼化
内蔵攻撃=特殊吸血
血の意思=ヘイズ

色々と滾った結果の産物です。
意味がわからない?
ならブラボとコードヴェイン買え
(ダイレクトマーケティング)


隔絶された次元の果て。見渡す限り霧と柱が埋め尽くす異界の辺境にポツリと浮かぶようにしてそこは存在していた。かつて赤子を欲した上位者に魅入られた者が囚われる夢。『狩人の夢』と呼ばれるそこは、現実に存在する棄てられた古工房を生地として練られた狩人の拠点だ。大樹の側に建てられた小ぢんまりとした工房と幾つかの墓、白い花の咲き誇る霊園のような風景を変わらず保っていた。

 

現在そこに座するは、原初の狩人と月の魔物を打倒し、上位者として新生することで所有権を受け継いだ一介の人だったモノである。幼年期を経て軟体生物のような見た目から、ある程度力を制御出来るようになり人の姿を象る最新の上位者。かつて獣狩りの夜を幾度となく駆け抜けた『狩人』である。

 

彼は繰り返す終わらない夜の中で悟った。上位者の接触から人々を守らねばならぬと。徒に狂気を振り撒く上位者との接触は人類には早すぎた。幾億もの時を経て自然進化によりその次元に至るならともかく、無理矢理に次元を引き上げようとその叡智や思考に触れれば、歪んだモノしか生まれないのはヤーナムが証明している。彼は上位者との接触により歪んだ都市ヤーナムとその一帯を自身の領域として現実と切り離し、隔離することで人類からの接触を断った。赤子を欲し人類へと干渉しようとする上位者を監視し、時には力でもって制することで神秘を秘匿し、人類を守護するのが彼が自らに課した責務だ。なんてことはない、獣狩りが上位者狩りに変わっただけだ。かつて人であったころからやって来たことの延長線に過ぎない。

 

 

 

 

そんなある日の事、本来現れる事の無い訪問者が現れた。狩人の夢は最も強く『狩人』の力が及ぶ領域であり、こちらに敵意のある上位者達もおいそれとは手が出せない場所だ。だが逆説的に敵意のない者が何らかの拍子に紛れ込む可能性もゼロではない。今回の件は、夢を通じて細く儚い縁が偶然繋がってしまった結果なのだろう。現れたのはまだ年若い少女だった。褐色の肌に白い長髪。酷く動揺するその目は血のような赤色。身に付けているのは検査衣だろうか。腕には幾重にも包帯が巻かれており痛々しさが際立つ。その姿はかつて訪れた医療教会の恥部、実験棟を彷彿とさせた。倉庫に仕舞い込んである肥大化した頭部がふと脳裏を過るが、それを意識の彼方に追いやり、今は珍しい客人をもてなすのに集中することにした。

 

物珍しさからかそこらの地面から沸いて出てきたグロテスクな姿の使者達を見てパニックになっている彼女を人形に任せ、使者達には姿を隠すように命じた。ついでに客人をもてなすように指示を出すとどこから出してきたのかテーブルセットが設置される。かなり背の高い動く人形に唖然とする彼女を使者達が用意した椅子に座らせ、落ちつくのを待つ。現在『狩人』はヤーナムを駆け巡っていた頃によく着ていた狩装束に身を包んでいる。厚手のコートに手甲、枯れた羽のような装飾が特徴的な狩人帽に血避けの覆面で鼻までをすっぽりと覆い、目元のみが覗くという姿だったことを失念していた。すっかりヤーナムに染まった彼は自分の装いが一般的にはかなり不審なことを自覚しておらず、なぜ怯えられているのか原因に気がつくのにいささか時間を要した。かつて狩人になる前の記憶がない彼はヤーナムを基準として考える悪癖があった。

 

普段暇をしている人形が密かに育てていたというハーブを用いてお茶を淹れて来たことで、場の空気がいくらか弛緩したのを見計らい、『狩人』はここが夢の中であることを少女に説明した。彼女の身体は現実で眠ったまま、意識のみがここに存在していると。本来あり得ないことだが、彼女の夢が何らかの要因でこの狩人の夢に繋がっていることなど、話せることは懇切丁寧に話した。あまりに荒唐無稽な話だろうに彼女はどこか納得したように、夢の存在に夢だと言われるのは初めてだ、と笑みを見せた。

 

『クルス・シルヴァ』と名乗った彼女はこれ以降、幾度となくふらりと狩人の夢に訪れ、他愛のない雑談をしては去っていくというのを繰り返した。その雑談の中で“審判の棘”やら“吸血鬼(レヴナント)”やらの聞き覚えのない単語が出てきたのでそれは何かと訊ねると、クルスの世界は突如地中から突き出てきた審判の棘が引き起こした大災害によって人類の半数が命を落とし、生き残った者も突如として現れたバケモノにより滅亡の危機に曝された。それに対抗するためにとある寄生体を死体の心臓に埋め込むことで不死身の戦士、吸血鬼(レヴナント)を生み出すことでバケモノに対抗しているのだという。

 

現実から切り離されたことで時間の概念やら次元やらを超越しているこの狩人の夢は揺らぎの中で揺蕩う場所であり、何処と繋がってもおかしくはない。外の世界の事情に疎い彼だったが、知る限りでヤーナムの存在する世界では審判の棘など発生していない。広義で言えば吸血鬼のような奴なら今ここにいるが。つまりクルスは遥か未来か、平行世界からの来訪者なのだろう。そして何となく感じてはいたが、ここに訪れる度にやつれ、同時に強くなるクルスの気配は御同輩(上位者)のそれの気配である。かつて三本目のへその緒により上位者へと変質していった狩人の軌跡をなぞるかのようだ。彼女の言うBOR寄生体とやらを呼び水として加速度的にこちらの領域へと押し上げられ上位者へと変貌しつつある彼女は酷く不安定だ。世界の危機を前に急ぐなと言うのは酷だが、あまりにも急激な変化に耐えられなくなり『狩人』の見立てでは遠からず暴走するだろう。そしてもしその時が来たら彼女は狩りの対象となる。無秩序に振るわれる上位者の力など悪夢に他ならない。異世界であろうが上位者と人類の接触を断つために例外なく狩りを成就する。そして彼女に安らかなる眠りと慈悲深き介錯を届けに行くのだ。

 

 

 

 

乱立する巨大な建造物の廃墟、見たこともない技術によって塗り固められた道、散乱する瓦礫、裂けた大地とそこかしこに見受けられる生物的な要素を内包した巨大な棘。よく分からない場所へ拉致同然に連れ去られるのはいつもの事とは言え、愚痴の1つも溢したくなる。近代的風景にミスマッチな古めかしいコートと象徴たる枯れ羽を模した狩人帽を身に付けた彼は呟く。

 

「何処だここは」

 

時は少し遡る。場所は狩人の夢。『狩人』は気分転換に久々の聖杯の儀式を行い、深層に潜んでいた胡桃頭をぶちのめしてきた帰りであった。その成果を確認していると、工房前の石畳に青い血晶石のような物が転がっていることに気がついた。はて、あんな血晶石なんて持っていただろうかと聖杯ダンジョンを荒らしまくった記憶を辿ってみるが、膨大すぎる探索回数と数えるのも億劫な血晶石の山を思い出し、きっと落として仕舞い損ねたものに違いないと思考を放棄した。何気無くそれを手に取り眺めると血晶石とは似て異なる物であることに気づく。よく見ると石英のように六角柱状の結晶体であることがわかる。ほんのりと青いオーラのようなものを纏ったそれをしげしげと見つめていると、結晶体が突然急成長し、毬栗のような鋭い針を伸ばし掌を刺し貫いていた。急な激痛と驚愕から固まっていると、身体が何処かへと引き摺り困れるような感覚と共に薄れていく。通り掛かった人形はいつもの無表情でこちらを見ると、静かに一礼した。

 

「行ってらっしゃいませ。狩人様」

 

見るからに緊急事態だと言うのにこの慣れたような「ああいつものですね」と言わんばかりの塩対応。あんまりじゃあないか。

 

 

 

 

そんな一幕を経て、引き摺り込まれたのが先程の事。めっきり訪れなくなった客人が語っていた存亡の間際に立たされた世界に酷似した風景から、夢を縁としてクルスの世界に引き摺り込まれたと推測する。こういうのはよくあることだとこの間偶然会った異国の騎士が言ってた。ヤーナムでは拝むことのほぼ無い真昼の陽光が眩しい。獣狩りが夜に行われるのもあってか、ヤーナムはいつも夕方か夜かそもそも現実ではないパターンが多かったため非常に新鮮な感覚だ。稀有な体験に心踊らせていると、背後で瓦礫を踏み締める音が響く。そして荒々しい獣のような殺気が辺りに充満し始める。

 

振り向くとそこにいたのは人型の異形。顔全体を覆う口元に突起のあるマスクから覗く眼光は狂暴性を宿した紅に染まっている。血の気の失せた土気色の肌に襤褸布を巻き付け、身体のあちこちから侵食するかのように赤黒い結晶が伸びている。手には身体から伸びる結晶体と同種らしきものに侵食された幅平の剣。ブロードソードの類だろうか。低く唸っていたそれはこちらを発見するやいなや雄叫びをあげてこちらに真っ直ぐ向かってくる。ブロードソードを力任せに振り回し、大振りな動作で高々と剣を掲げ切りかかろうとするが、出鼻を挫くように弾丸が異形の腹に突き刺さった。

 

先程まで無手で突っ立っていた筈の狩人の左手には硝煙を吐き出す古めかしい散弾銃が握られていた。片手で扱うために様々な創意工夫がなされたそれは、獣狩りの散弾銃。ヤーナムではありふれた獣狩りのための銃である。ただしヤーナムにおいて銃はあくまで牽制や瀕死の相手への追撃に用いられるのが主流だ。体勢を崩した異形に悠々と歩み寄ると、狩人は右手を鋭く巨大な獣の手へと変貌させ、異形の腹部へと腕ごと突きこんだ。そして手頃な内蔵を適当に掴んで握り潰し、そのまま力任せに腕を振り抜いた。内蔵の残骸を辺りに撒き散らし、返り血でコートを赤黒く染めながら異形が吹き飛んで行った辺りを見やると異形は腹部に大穴を空けながら痙攣していたが、やがて動かなくなった。

 

そこまでを見届けて視線を逸らそうとしたが、狩人は次の瞬間目を見開いた。なんと異形の死体が粒状になって霧散していくではないか。数秒と経たずに死体は血痕を残して消えてしまった。狩人の経験上、霧散する死体は多くの血の意思を抱えており、血の意思の中毒者たる狩人に血の意思を根こそぎ奪われる過程で爆発霧散することこそあったが、この異形はどうだ。ほとんど血の意思を持っておらず、水で薄めたような薄味だ。いや、乾いているという表現の方が合っているか。そんな不味い相手が霧散するとは、不可解極まる。どうやら異郷では色々と勝手が違うらしい。何か別の要因が働いているのか?

 

思考に耽りかけた狩人だが、次々と自分に突き刺さる視線に感付かないほど未熟ではない。見れば先程と同じような異形がわらわらとここに押し寄せてきている。撒き散らされた血の匂いにつられたか。無手の者、斧槍を担いだ者、異様に肥大化した巨体に鉄塊のような大槌や大剣を持ったトゥメルのデブを思い出させる者まで、多種多様な魑魅魍魎の群れが押し寄せてきていた。

 

いくら狩人が上位者の端くれとはいえ、狩人は実態を持った存在に過ぎない。死んでも復活こそするが相応に消耗する。ならば狭い通路に引き込んでの各個撃破である。馬鹿正直に正面から殺り合うのはこの状況では愚策だ。狩人は廃墟の瓦礫の隙間を縫うように、奥へ奥へと逃げ込んでいく。曲がり角で待ち伏せ、油壺を投げつけて火炎瓶で燃やし、背後から不意を突く。地形を状況を最大限利用し、常に有利に立ち回る。

 

ヤーナムの狩りをご覧に入れようではないか、獣ども。

 




青ざめた血英

少女が女王へ身を堕とした際に零れ落ちた断片。
本来の持ち主を求めて不気味に青く煌めいている。

記憶を紡ぐ特異な力の持ち主に渡せば、
血英の持ち主の記憶を垣間見ることができるだろう。
同時にそれは少女の悪夢へと繋がる門となる。
生半可な覚悟で覗くものではない。

青ざめたそれは、まさしく上位者の萌芽に他ならない。


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血に渇きしもの

タグにもある通り、筆者の妄想やら考察やらを独自設定として採用しているんでそこら辺は見逃してください。

あとBOR寄生体ってどこから出てきたんですかね?
まさか地下遺跡の墓を暴いたりはしてないよね?


ヤーナムの狩りは相手の攻撃を避けることを重視している。獣の膂力と無尽蔵とも思える持久力の前では生半可な防御は容易く引き裂かれ、堅牢な盾も手数に押し切られる。故にヤーナムの狩人たちは、原初の狩人たるゲールマンが編み出した防御を捨て回避に重点を置くという手法を使い続けている。独特なステップによる飛び込むような動きで敵の懐に飛び込み、その喉笛を掻き切る。

 

迫り来る異形が振り下ろす大斧の刃を逃れ、踏み込みにより勢いを乗せた一撃を叩き込む。狩人の手に握られているのは歪な形をしたノコギリ。細かな刃で敵の肉を削ぎ落とすようにして切り裂くことを目的とした、人ならざる獣を惨たらしく殺すための武器である。獣への異常なまでの殺意でもって作られたこの武器は、別の世界でも問題なく異形を切り裂いた。しかし胴を袈裟斬りにされたにも関わらず、未だ殺意の衰えぬ異形は大斧を引き戻し、こちらを叩き潰そうと真っ赤に目を輝かせている。

 

まただ。どうもこの異形どもは怯みこそすれど致命傷以外なら無視して戦闘を続行しようとする。痛みで怯みこそするが、霧散するまで暴れ続けるため獣より面倒だ。しかし、何体か殺し続ける過程で判明したことがある。“心臓”だ。あの霧散する現象の基点でもそこにあるのか、奴らは心臓を破壊されると通常より早く霧散するのだ。ともかく現状では押し寄せる異形を少しでも早く処理するに越したことはない。一度距離を離して異形の型もなにもあったものではない力任せな一撃をやり過ごし、直後に再び距離を詰める。踏み込むと同時に遠心力を利用し、武器の仕掛けを起動。金属がすり合い火花を一瞬散らしたかと思えば、ノコギリは折り畳まれたような歪な形をした柄が変形し、よく見る長柄のノコギリのような形状になった。そしてノコギリの刃の反対側に備えられていた鉈が姿を表す。

 

ヤーナムでは自らが人であるという矜持を持つために、あえて様式美にこだわることがある。それは狩人装束や武器の端々に誂えられた一見無駄に思える装飾などに表れている。そして武器にも特殊な技巧を凝らし、獣には十全に扱えぬ、人であるからこそ力を発揮する“仕掛け武器”が開発された。仕掛け武器はその全てがある種の特殊機構を有しており、狩人の握るノコギリ鉈はその代表例の一つである。柄を折り畳めば素早く敵の肉を裂くノコギリとして、柄を伸ばせば遠心力を利用し骨を断つ鉈として、刻々と変化する狩りに対応するべく産み出されたヤーナムの業の一端である。

 

頭上より振り下ろされたノコギリ鉈は遠心力と狩人の膂力でもって異形の左肩へと勢いよく叩き込まれた。めり込んでいく鉈の刃は骨に達した瞬間僅かに勢いが衰えるが、難なく骨を断ち深く深くへと沈んでいく。肋を枯れ木の枝のように圧し折り、守られていた心臓を粉砕する。おびただしい量の血が噴水のように吹き出し、正面にいた狩人はその血を浴びるが、既に何体もの異形を葬り、血塗れとなっているので誤差のような物である。普段ならこれに加えて肉片やらがこびりつくのだが、勝手に霧散するお陰で肉片も合わせて霧散するためいくらかはマシなのだが。

 

ノコギリ鉈を変形させ、その勢いで血払いをしつつ辺りを見渡せば、異形どもが警戒するように周囲を取り囲みながら彷徨いている。闇雲に突っ込んで来るようなことはしなくなったがこちらを逃がす気は更々無いらしい。面倒なことだ。さてどうしたものかと思案していると、異形の一団より、歩み出てくる者がいる。漆黒の羽が変化した様な軽鎧を各部に備え、すらりとした細くも丸みのある女性的フォルム。頭部からは二本の耳が突き出ている。首輪のようなマスクを装着しており、くぐもった呼吸音が漏れ出している。手にはこれまで葬ってきた異形どもの雑多な武装とは比較にならない鋭さと禍々しさを放つイバラが絡み付いたような片手剣。そして感じる上位者の気配。眷属の類か。

 

まるで魔女のように不気味な甲高い笑い声を漏らしながら、距離を詰めてきた異形の眷属はくるりと回転し、その勢いを乗せた鋭い斬擊を放ってくる。咄嗟に背後に飛び退き、刃の軌道から逃れるが、異形の眷属はそのままこちらを追撃するように踏み込み、回転を継続しながら連続で切りかかってくる。下がり続ければこちらが不利だと判断した狩人は、逆に前に向けてステップを踏み、刃の暴風へと飛び込む。ノコギリ鉈で素早く切り込み幾度か切りつけるが、手応えが浅い。ノコギリ鉈では軽すぎるか。そのまますれ違うようにして一度距離を離し、ノコギリ鉈を虚空へと放るように手放すと跡形もなく消え去り、次の瞬間には狩人の手には戦槌のようなものが握られていた。槌の後部には擊鉄のような機構が組み込まれており、狩人はそれを肩に引っ掻けるようにして勢いよく擊鉄を起こした。火花が散り鉄と鉄が打ち合わされる音と共に金槌が熱を帯びる。

 

これこそ、狩人達に武装を提供する工房の異端『火薬庫』の手による仕掛け武器、爆発金槌。金槌に小型の炉と擊鉄による点火機構を備えた武器である。金槌を振り回せば炉より火炎が迸り高熱を纏った槌が敵を薙ぎ払い、金槌を叩きつければ爆発が一撃の元に対象を粉砕し吹き飛ばす。一々炉へ再点火する必要があるなど、手間がかかる『火薬庫』特有の浪漫に溢れた代物ではあるが、その破壊力は凄まじいの一言に尽きる。

 

こちらに向き直りつつある異形の眷属に向けて狩人は爆発金槌を担ぐように構え、渾身の力でもって振り下ろした。異形の眷属は金槌との間に片手剣を挿し込み防御の構えを取ったが、狩人は構わず金槌を叩きつける。片手剣に金槌がぶつかり衝撃と共に爆発が異形の眷属を襲う。片手剣は衝撃に耐えられず半ばから折れ、守りを突破した金槌が胸部に直撃。鈍い音と共に衝撃が突き抜け、異形の眷属は怯みによって致命的な隙を見せた。透かさず狩人は金槌を突き出すようにして相手を殴打し、そのついでに擊鉄を相手に引っ掻けるようにして起こすと、もう一度爆発金槌を振り下ろした。今度は威力を削がれることなく爆発金槌が相手を捉え、轟音と共に紅蓮の炎が燃え上がり、火花が飛び散る。

 

まともに一撃を受けた異形の眷属は吹き飛んで行き、数度地面を跳ねたところで勢いを失い止まった。打ち据えられた部分は陥没し内部は衝撃で掻き回されまともな状態ではないだろう。にもかからわず、異形の眷属は驚異的な生命力でもって地面に手を突き、折れた片手剣を握り締め立ち上がろうとしていた。だが、そこへ無慈悲にも獣狩りの散弾銃が突きつけられた。立ち上がろうとする女の異形の頭部へと銃口を押し付け、無駄だと言わんばかりに相手を地べたに無理矢理這いつくばらせた。

 

装填されているのはヤーナムの獣狩りの業が産み出した特殊加工弾薬である水銀弾。腐食性の高い水銀を錬金術すら利用して銃弾として成型し、狩人の血を混ぜ合わせた代物だ。銃器を祭壇、水銀弾を触媒、銃の使用者を術者として、簡略化した儀式の形態を取り、混ぜ込んだ血を操作することで貫通力を高め、その結果として銃撃の威力が上昇するということだ。血質の良さは血の操作性の高さ、ひいては水銀弾の威力は混ぜられた血質に依存する。上位者の端くれと化し、その性質を人の頃より大きく変化させた狩人の血は、いまや最高級の血質を持っている。

 

抵抗の意思を見せる異形の眷属に対し、狩人は躊躇なく引き金を引いた。軽く放たれた銃撃はその引き金の軽さとは反比例し、重く鋭い一撃となって異形の眷属の頭部を蹂躙した。散弾を至近距離で放たれたことで分散することなく一点に集中した衝撃は頭部を抉り取るようにして突き抜け、頭部をもはや面影すら残さず破壊し尽くした。

 

異形の眷属が霧散するのを見届け、改めて周囲を見渡すが、これだけ力を誇示するように戦ったにも拘わらず、相も変わらず異形どもは退く素振りを見せない。被我の実力差すら察せぬほど愚かな獣以下の知性しか残っていないのか。はたまたそれすらを凌駕するほどに奴らを掻き立てる何かがあるのか。恐らくは後者だ。餓えた獣より貪欲に何かを求めている。その衝動は一体何処から発生しているのやらと諦めの悪い異形どもに溜め息すらつきそうになる。

 

これはこの肢体が物量に押し潰される方が早いか?などと諦観の境地に至りつつあった狩人だったが、ふと耳を澄ますと異形どもの唸り声以外の音を捉えた。雄叫び、怒号、銃声、そして次第に多くの軍靴が地を叩く音が廃墟に木霊するようになっていく。もはや己の素性など思い出せぬ狩人だが、その音は良く聞き慣れたものであったような気がするのだ。僅かに懐旧の念を抱きつつも音の方向を注視していると、大して間を置かずにその正体は判明した。異形の包囲を突破するようにして現れたのは武装した一団だ。その装いは見慣れぬものなれど、統一されたそれは戦闘服ないし軍服であろう。皆一様にペストマスクのようなもので呼吸器を覆うようにしており、片手剣や斧槍、着剣した小銃を手に異形を退けている。その動きは訓練された戦闘集団のものだ。

 

「そこのお前!こっちだ!」

 

その一団のおそらく部隊長であろう鋭い眼光の人物が、異形を切り伏せる傍らこちらに呼び掛けてきていた。一先ずは敵ではないと判断した狩人は即座に駆け出し、一団との合流を試みる。それを逃がすまいと大槌を振りかぶる異形を散弾で足止めしつつ一団へと駆け寄ると、こちらを護衛するように周囲を固めた。

 

「その様子なら自分のケツは自分で拭けるな?後退する。ついて来い!」

 

こちらが担いでいる爆発金槌を見ながら、皮肉の効いた小粋なジョークを飛ばしてくる男が殿をつとめ、大槌を担いだ者が異形を叩き潰し活路を開く。互いの動きをカバーしつつ、部隊は奥まった路地を抜け、いくらか開けた辺りに出た。そこで気を緩めたのがいけなかったか、銃剣持ちの1人が瓦礫の影から躍り出た異形の剣に腹部を貫かれた。

 

「グッ……ガアアッ!!」

 

下手人の異形は銃剣持ちが最後の力を振り絞り、脳天に銃剣を突きこんで霧散させたが、あの傷だ。ヤーナムの住民たちなら幾らか希望はあれど、あれは助かるまい。そう思って隊員を眺めていた狩人は、驚きにより目を見開いた。隊員の体が異形どものように霧散していくではないか。もしやこれが吸血鬼(レヴナント)というヤツなのだろうか。狩人も死ぬと霞のように消え去り、狩人の夢の力で死んだ事を全て悪い夢だったと夢オチということにして何事もなく復活するのであまり人のことは言えないが。詳しい原理やらは不明だが吸血鬼も体を霧散させ、どこか寄る辺となる場所で復活するのだろう。てっきりカインハーストの女王のように凄まじい回復能力により死なないのだと想像していたのだが。まあアレはただ“死なない”だけで大きく損壊すれば自力では元に戻れないが。原型すら保てないほど打ち砕かれたピンク色の肉塊を生きていると言えるのであればアレは不死に違いない。

 

「間引きを中断し、庁舎前の拠点に帰還する。お前も何が何だかわからんだろうが、説明は戻ってからだ」

 

仲間の死には慣れているのか、淡々と今後の指針を示し装備の確認をこなす部隊長。一見すると冷酷なようにも見えるが、よく見ると目元が憂いを帯びており、それを必死に押し殺そうとしているようだ。不死も何らかの代償があるか、不完全な不死なのだろうか。いくら不死の吸血鬼とはいえ命を資源として効率的に消費しなければ成り立たなくなるレベルで追い詰められているのかもしれない。ただでさえ滅びかけなのだ。可及的速やかにこの事態の原因である上位者を狩り、余所者は立ち去るとしよう。部外者がずかずかと立ち入り痛い目に合うのは、かつてヤーナムに獣を追って現れた異邦の官憲隊の末路からして明白だ。

 

 

 

 

幾度か異形に遭遇しつつもそれを撃滅し、しばらく歩き続けていると、遠目に見てもその巨大さが分かる白亜の建物までたどり着いた。これが庁舎だろうか。周辺は通路が障害物によって一本道に制限され迎撃しやすくなっており、見張り台や防護壁も合わさり急拵えながらも要塞化がなされている。庁舎前の広場は指揮所として機能しているようで、何人かが慌ただしく駆け回っている。広場の入口では純白の鎧とマントを着込んだ時代錯誤な騎士が番をしており、血塗れのままの狩人に警戒し斧槍を向けられるという一幕もあったが部隊長が取りなしてくれたお陰で事なきを得た。

 

「ジャック!戻ったのね」

 

ジャックという名前だったらしい部隊長の元に、何か板のような物を抱えた白い衣服の女性が現れた。どうやら彼女は救護担当責任者らしく、戻った人員の怪我の有無を確認していた。

 

「1人死んだ。もう戻っているか?」

 

「いいえ。まだ戻ってないわ……もう少ししたら戻ってくるとは思うけど」

 

何やら死んだものが戻ってくるようなニュアンスの会話をしている辺り、どうやら吸血鬼の復活方法は先程想像したものでおおよそ間違いではないらしい。吸血鬼の生態について探求心が疼くビルゲンワースの継承者の悪い癖を抑えていると、彼女の視線がこちらに向いた。

 

「ところで、彼は一体?血塗れだけど……」

 

「安心しろ、それは全て返り血だ。堕鬼(ロスト)に囲まれていたところを助けたんだが、腕に覚えがあるようでな。助けに入った段階で何体か堕鬼を蹴散らしていた」

 

彼女は狩人の持つ血塗れの爆発金槌や獣狩りの散弾銃を見てどこか納得したような表情になった。ちなみに血避けのマスクで目元以外を覆い古めかしいコートを着込んでいる事や、枯れた羽を模した狩人帽を被っていることに関してはスルーされた。それはそうだ。救護担当がひどく裾の短い黒のスカートに真っ赤なタイツを着用するなど破廉恥に過ぎる格好をしているというのに誰も突っ込まない。*1きっと服装に非常に寛容な世界なのだろう。思わぬ世界の差異に呆然としている横で淡々と手続きがなされていく。

 

「マスクなしでよく無事だったわね」

 

「コイツがいたのが瘴気の薄いエリアでな。見ての通り口元を布で覆っていたから大事には至らなかったようだ」

 

「なるほど……一応後で検査するわ。貴方、名前は?」

 

名前を聞かれた狩人は解答に困り押し黙ってしまう。名前などヤーナム以前の記憶がゴッソリと抜け落ちているため覚えていないし、今に至っては思い出そうとすら思っていない。狩人と職業名で呼ばれ続け、出会う幾人かから月の香り*2がするなどと意味不明な事を言われ、そのまま通り名が『月の香りの狩人』となったくらいだ。呼び名こそあるが名無しである狩人はどう答えたものかと思案する。馬鹿正直に狩人などと名乗るほど愚かではない。というか狩人はヤーナムでは自ら名を名乗った覚えは全く無かった。

 

加えて狩人は至極当然ながら血の常用者や血の意思の中毒者ではあっても吸血鬼ではない。経口摂取ではなく血管への直接投与だったりと血の取り入れ方も微妙に違う。つまり吸血鬼が吸血鬼足りうるBOR寄生体は当たり前だが狩人には存在しないため、調べられてしまえば吸血鬼ではないことが露見するだろう。加えてこの身は人の形態こそ取っているが、上位者に他ならぬ。ヤーナムの血に加えて、上位者の血やカインハーストの穢れた血が混ざり、さらに自身が上位者となったことで性質がどのような変化を遂げたのか想像もつかない混沌極まる血だ。これが医療者の手になど渡ってみろ。好奇心を盾に非道な実験に没頭するに違いない。*3

 

狩人がこちらにいるのは狩人の夢での接点を基点に、上位者の赤子であるクルスの遺した見慣れぬ血晶石を媒介として無理矢理引き込まれたに過ぎない。何の接点も持たない向こうの世界の上位者が干渉する余地は全くないため、狩人の血が流出しても莫大な血の意思により摂取した者を強化するぐらいだろう。並大抵の相手では狩人の血の意思を受け取りきれずに爆発四散するだろうが。

 

また異世界の上位者の存在も危惧していたが、上位者の赤子であるクルスがここまで派手に暴れたにも拘わらず、何の音沙汰もなく、気配も感じない。逆説的にこの世界に上位者はクルスしか存在しないのだろう。もしくは居るには居るが人の俗世には興味がなく、赤子も欲していないと考えられる。ひとまずそこまで注意を払う必要は無さそうだ。

 

長考の結果、狩人は真実を交えてそれらしい話をでっち上げることにした。

 

「名前は覚えていない」

 

「名前を覚えていない?それじゃあ出身地や家族のことは?」

 

「何も。自分のことは何一つ分からない。わかっているのは戦いの事と身体の事だけだ」

 

「エピソード記憶の大幅欠如……!貴方最近目覚めたばかりよね?」

 

「この世界で何が起きているのか分からない程度には」

 

そう答えると救護担当──カレンは難しそうな顔をしながら考え込んでしまう。狩人はその後畳み掛けるように次々と真実を含んだデタラメをカレンに吹き込んでいく。

 

謎の施設で目覚める以前のことは思い出せないこと。

自分は何らかの秘密実験の被検体だったらしいこと。

とある寄生体の血液を改良し、人より上位の存在を作り出そうとしていたこと。

ありとあらゆる血を取り込ませられたこと。

死んでも気がつくと無傷で蘇ったこと。

 

嘘は言っていない。

 

ヨセフカの診療所で目覚める以前の記憶は全く無い。

医療教会が蔓延るヤーナムという実験場で血の治療という名の実験の被検体だった。

上位者という人と交わらないと赤子を増やせない寄生体の血液を改良し瞳を得て思考の次元を上げることで上位者のレベルまで登ろうとしていた。

獣の病の患者、犬、烏、豚、上位者、眷属などあらゆる血を最初以外自主的に摂取していた。

死んでも狩人の夢の力で全て悪夢だったことにして目覚めることで復活できた。

 

語弊こそあれど何も間違ったことは言っていない。

ただ、この情報を受け取った側が都合よく解釈するのはどうしようもないが。

 

この後、狩人はQ.U.E.E.N.計画の亜種計画により生まれた吸血鬼の突然変異型と勝手に解釈され、その存在はグレゴリオ・シルヴァなどの一部の存在にのみ秘匿されることとなる。

*1
少し前にクルス相手にその特異な格好のせいで怯えられたのをちゃっかり無かったことにしている

*2
月に関係する上位者と接触した際の気配や残り香を指していると思われる。月の香りに言及する人物は一般では知ることの出来ない上位者と関わりの深い聖歌隊の偽ヨセフカやカインハーストの女王であるため

*3
狩人のヤーナムによって歪められた医療者や研究者への偏見と嫌悪感は生半可なものではない。医療教会を許すな




クイーンの血

多大な犠牲を払い、女王に負わせた傷口から滴り落ちた青ざめた血。僅か数滴ですら触れた吸血鬼を侵し、堕鬼へと堕とす危険物。扱いには細心の注意が求められる。
適切に利用すれば強力な回復薬や、鉱物を強化する用途に使用が可能だが、その技術は既に喪われている。

大量の女王の血を浴びたものは時折異様な変貌を遂げ、女王の渇きを満たすための忠実な従者と成り果てる。
従者たちは通常の堕鬼とは一線を画す強さを誇る。

くれぐれも用心することだ。


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使者は来たりて

今回は女王殺し君が登場します。
アルデオ半裸車輪大砲マンではないです。
イメージは公式ホームページの主人公の左側の奴です。


審判は唐突に下された。

 

地殻を食い破るようにして世界を蹂躙した審判の棘により、人類は総人口の半数を失う大損害を被った。そして時を同じくして発生した“バケモノ”により、残された人類は更なる窮地に立たされた。バケモノを駆逐するため、かつてより医療面での応用のため研究がなされていたBOR寄生体を転用し、不死の戦士を作り出すことをグレゴリオ・シルヴァが提唱。結果、心臓を破壊されなければ何度でも蘇り圧倒的な戦闘力を誇る吸血鬼(レヴナント)が誕生した。

 

しかし、同時に吸血鬼は激しい血の渇きを抱えていた。渇きが限界を迎えればBOR寄生体の暴走による自我喪失を引き起こし、本能のままに血を貪る完全なる不死の怪物、堕鬼(ロスト)へと身を堕としてしまうという危険性を抱えていたが、人類に安全策を取るほどの余裕は残されておらず、吸血鬼は戦線に投入された。

 

吸血鬼の圧倒的戦闘力でもってバケモノを駆逐することに成功し、安全圏を確保した人類は更なる戦力増強のために改良型BOR寄生体を開発。同種への血の渇きという吸血鬼の欠陥の克服による完全な戦士を作り出すためQ.U.E.E.N.計画が始動。類稀な適合率を誇る1人の少女を被験体に実験は進められた。一定の成果は出したが、実験の負荷に耐えられずに少女は暴走。破壊の権化たるクイーンと化した。

 

人類はクイーンを討伐すべく女王討伐隊を結成。戦闘のため多くの吸血鬼が造られては戦闘に駆り出され、クイーンの発する瘴気により多くの堕鬼を生み出しながらも戦闘を継続中。

 

以上が狩人がカレンの教練により得た基礎知識である。

 

 

 

 

事情を説明した後、身体の状態を調べると軟禁に近い状態で検査を受けた狩人。血液の採取に関してはまるで毒物を扱うようにガラス容器を被って全身を真っ白な装備で固めた、彼らのいうところの防護服を着て行われた。何やら珍妙な装置に寝かされ、謎の処置を施され、狩人がすっかり気疲れすることになってようやく検査は終了した。

 

「で、何か分かったのか」

 

狩人が怠さを隠そうともせずに検査衣からいつものコート姿へと着替えながら訪ねると、アウロラと名乗った科学者は奇抜な色付き眼鏡を押し上げながら、どこか不服そうに話し始めた。

 

「結論から言うと、ほとんど何も分からなかったわ」

 

あれだけ調べて何も分からないのか?と無言ながらも視線で物語る狩人に耐えきれなくなったアウロラは「仕方ないでしょう!?」と逆ギレに近い形で弁明し始めた。

 

「姿形こそ人のものだけれどその組成は全くの別物よ。未知の細胞が人の細胞の動きを模倣していると表現した方が適切かもしれないわね。アナタ人間でも吸血鬼でもない全く別の生物よ!新種の生物としてこんな時でもなければ学会に提出しているくらいだわ!わかったのは血液に関してはクイーンに近いってことぐらいね!」

 

ゼェゼェと息を切らすアウロラに狩人は表情にこそ出さなかったが、その分析能力の高さに驚いていた。時折何を言っているのか理解できなかったが、ほぼ正解のようなものだ。人を模した上位者という狩人の正体をほぼ言い当てて見せたのだ。そして血がクイーンに近いというのも核心を突いている。なにせ上位者という同類であるのだから。

 

「ここからは私見になるけど、恐らく被験者自体をBOR寄生体に近い存在に改造しているんじゃないかしら。BOR寄生体の機能を堕鬼のように全身に持たせることで弱点を克服しながらも奇跡的に姿形と理性を保った上位存在。Q.U.E.E.N.計画の目標であった完全なる不死の戦士を別のアプローチでもって到達した特異点。それがアナタなんでしょうね」

 

何やらゴチャゴチャと語ってはいるが、狩人としてはまあそういうことにしておいてくれ、というかなり投げ遣りな感想を抱いた。さて、依然として名無しのままの狩人だが、死に戻り過ぎて自分の名前すら忘れてしまった吸血鬼というのもいないわけではないので、仮の名としてジョンとカレンに名付けられたのでそれを名乗ることにした。まさかとは思うが由来は身元不明の死体(ジョン・ドゥ)というブラックジョークではあるまいなと狩人は勘繰ったが、吸血鬼が死体から造られることを考えればあながち間違ってもいないのが悲しい。狩人はインチキこそしているが実際には死んでいないことになっているのでセーフだと思いたい。

 

さて当然のことながら、基準外の方法でもって完全に近い不死となった特異点の情報を女王討伐隊の指導者である男が知らされぬ訳もなく、狩人はグレゴリオ・シルヴァと面会していた。巌のような鍛え上げられた大柄な体躯に獅子の鬣を思わせるファー付き袖無しコートを羽織り、カインハーストの女王とはまた違った王者の気風を漂わせる男だった。白髪に赤い目、褐色の肌といったクルス・シルヴァと似通った容姿をしていれば、血縁関係にあるというのは想像するに難くない。つまりはそういうことだ。部下にはどこか砕けた親しみやすい接し方を垣間見せながらも、心の奥底では既に世界のために身内を討つ悲愴な覚悟が決まってしまっている。上位者という人々の願いに応えてしまう存在になったからか、狩人は人の秘めた強い思いというのを否応なしに感じ取ってしまっていた。

 

「おう。悪ィな、こんなまともな椅子もないトコで。改めて名乗らせてくれ。グレゴリオ・シルヴァだ。まぁとりあえずそこにでも座れや」

 

木箱やコンテナを臨時の椅子として腰を落ち着けると、まどろっこしい事は性に合わないのかシルヴァは顎を擦りながら単刀直入に用件を切り出し始めた。

 

「目覚めたばかりというのも、自分の名前すら覚えてねぇのも承知の上で頼む。俺たちに女王討伐隊に協力してくれ。無茶言ってんのは分かってるが、今の人類は滅亡の瀬戸際にある。猫の手も借りたいってのが実情でな」

 

もちろん暴走の危険を排除しきれておらず、第二のクイーンとなる危険性を孕む狩人を対女王戦線に投入するのはシルヴァとしても苦肉の策である。だが、今この瞬間ですら前線では吸血鬼達が死に戻り、堕鬼へと堕ちている。捨て駒上等の捨て身戦法を用いてクイーンと消耗戦を展開している有り様なのだ。堕鬼の群れの壁を越えて攻撃を仕掛けても、クイーンの圧倒的な再生能力により疲弊しているのかすら怪しい。目に見える戦果の獲られぬ現状、士気の低下はなんとしても避けたい。今の女王討伐隊が欲しているのは決定打だ。クイーンも完全無欠の不死身の化け物ではなく、心臓をぶち抜けば倒れる不完全な存在であると証明しなくてはならない。

 

「いきなりクイーンに突っ込めとは言わねぇ。堕鬼あたりの掃討をしてくれるだけでも助かる。だが、最終的にはクイーンに致命傷を与えたい。その一番槍をお前に頼みたい」

 

「願っても無い。元よりそのつもりだ。そのためにここにいるのだから」

 

あの哀れな上位者を解放してやらねばならぬ。一時の茶飲み友達でしかなかったが、それで理由は十分だ。己の信条にかけて、あの夜を越えた者として、これを譲るわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

吸血鬼は戦闘にも血を用いる。錬血と呼ばれるBOR寄生体のあらゆる物質を粒子化し再構成する能力を利用して血を練り、物理現象に干渉すること身体能力を強化し、炎や雷を発生させることができる。かつて悪夢でまみえた時計塔のマリアが近いだろうか。だが錬血は文字通り血を燃料として発動しているため考え無しに連発すれば血の渇きからの堕鬼化待ったナシである。錬血のための血、冥血を確保するには戦闘中の吸血が求められるが、瘴気に侵された堕鬼の血を直接吸血するのは堕鬼化の危険が伴う。それ以前に悠長に噛みついて血を吸ってなどいられない。

 

そこで戦闘中に効率的かつ安全に敵から吸血するための専用の装備“吸血牙装”が造られた。コートやマントの形態をしたそれは己の血を循環させることで防御効果を高めるための防具としての機能を標準装備しているが、吸血牙装の本領は吸血機能である。血の通った身体の一部となった吸血牙装を攻撃形態へと変形させ、攻撃と同時に吸血し、奪い取った冥血を浄化機構を通して浄化することで安全に吸血する攻防一体の武装なのだ。しかし残念ながら狩人には吸血牙装を扱えない。そもそもBOR寄生体を宿してすらいない狩人が装備してもただの衣服でしかない。

 

そういう事情があって、結局狩人はいつもの古めかしいコート姿である。

 

女王討伐隊として行動するにあたって、狩人は吸血鬼の戦い方を口頭で説明されてはいたが、実際に見たのはジャックの隊の戦闘のみ。まだ理解しきれていない部分がある。そこで1人吸血鬼を臨時の相棒として共に戦闘を行い、連携確認をすることになった。ただし連携確認はあくまでついでに過ぎず、本来の目的は偵察部隊を損耗なくクイーンの活動領域へと送り込むための道を切り開く事だ。偵察部隊は少数精鋭にて敵陣深くまで入り込む危険な任務についており、クイーンを発見し迅速に本隊へ報告を入れるのが仕事だ。クイーンはランダムに移動を繰り返しているため補足が難しく、偵察部隊の活動も長期化しやすい。そんな彼らが少しでも楽をするために道を確保する。それが今回の仕事だ。

 

組まされたのは女王討伐隊の新入り(ルーキー)。ここ最近の活躍は目を見張るものがあるらしい。茶髪のやや線の細い男で、薄い赤の瞳以外にこれといった外見的特徴が無く、没個性感が拭えない。敢えて言うなら十人集めて上から三番目くらいの整った顔をしているくらいか。加えてこの男、かなりの無口である。話しかければそれ相応に話すが、必要に駆られなければ頷くか首を横に振るかで済ませようとするきらいがある。狩人も人のことを言えない程度には無口の部類ではあるが、イエスノーの返答ですら口を開こうとしない新人は筋金入りだった。

 

狩人も目的が合致すれば古狩人、教会の墓暴き、メンシス学派の狩人、狂人、アルデオを被った半裸の車輪と大砲装備の変態とでさえ靴を並べて戦ったことがある。共闘経験には事欠かないため問題は無い───とは言い難い。何せ大体が会話すらままならない連中で、お互い好き勝手に行動した結果、奇跡的にチームワークが生じるような有り様だったのだ。軍隊において求められる個の生き物のように動く集団とは程遠い。狩人はスタンドプレーこそ大得意だが、チームプレーは出来て自分のついでに死にかけた相手に聖歌の鐘を鳴らして回復する程度か。連携攻撃など夢のまた夢である。

 

しかしその心配も杞憂だったようで、新人との堕鬼掃討はこの上なく順調だった。お互いの基本スタンスが相手の邪魔はしないというものだったお陰で、結果的に互いをカバーし合うという意図しないチームプレーが発生していた。雑魚は互いに相手が被らないように気を使い合い、大物は連携こそしなかったが、一撃ごとに入れ替わるように攻撃を繰り返す、片方が注意を惹き付けていれば背後から大降りの全力攻撃を叩き込むなど、一応は連携らしきことは出来ていた。

 

新人が鋭い踏み込みと共に、堕鬼の腕を切り払う。手には女王討伐隊の隊員に配られる数打ちの片刃剣。しかし数打ちとはいえ、その鋭さは戦闘に十分に耐えうるものだ。攻撃の際に敵の冥血を少ないながらも回収する冥血伝導機構を備えているが、生産スピードを優先するために剥き出しになっている。ちなみに片刃なのは両刃に加工する時間が惜しいという判断と、冥血伝導機構を内蔵型にする技術的余裕がないという苦しい理由が合わさり、刃の峰の部分に機構を剥き出しで搭載することで落ち着いた結果らしい。

 

返す刃で怯む堕鬼の心臓めがけて剣を突き出し、切っ先が堕鬼の痩せさばらえた体へしっかりと沈んだ辺りで体重をかけ、堕鬼を押し倒す新人。剣は逆手に持ち替えられ、心臓を押し潰す様に刺し貫いた。吹き出す鮮血をものともせず確実に堕鬼を霧散させるべく新人は力を込める。その堕鬼が力尽き、霧散しかけたタイミングで新人の背後より堕鬼が忍び寄っていた。まだ肌色が良くかつての面影を残しているが、右手が爪型の吸血牙装と完全に癒着し肥大化している。新人を切り裂こうと鋭い爪の生えた右手を振りかぶり奇声を挙げているが、まだ新人の剣は消えかけの堕鬼を突き抜け、地面に刺さったままだ。新人は咄嗟に心臓を庇いつつ、片手を間に割り込ませた。吸血鬼は心臓さえ無事なら死に戻れる。最悪即死でなければ再生能力を活性化させ、瞬時に傷を癒せる。そんなことを考えながら振り下ろされる一撃を耐えるべく身を固くしたその時、銃声と共に堕鬼がくの字に体勢を崩し、致命的な隙を見せた。

 

新人はその隙を見逃さず、反射的に吸血牙装を展開。瞬時に右手の手甲が鋭い爪を備えた怪物のごとき様相に変貌した。装着していたマスクも吸血牙装の冥血伝導機構と直結したものに置き換わり、牙を剥き出しにした捕食者のようなデザインから見るものに恐怖を抱かせる。元から赤い瞳を真っ赤に輝かせながら、新人は爪を堕鬼へと突き入れた。狩人の内蔵攻撃を思わせる一撃はそれだけで堕鬼の腹へ大穴を開け、引き抜くだけで一面を血の海に変えた。崩れ落ちるかつての同僚を横目に、銃撃のあった方を見やれば、硝煙の立ち上る槍のような長銃を構えたままの鮮血に濡れた狩人の姿があった。

 

先程の銃撃は狩人が援護のために貫通銃から放ったものだった。貫通銃は裏路地などの細い通路で戦うことを想定して造られた獣狩りの銃器である。名前の通り長銃身から放たれる貫通能力の高い一撃で複数の獣を撃ち抜く、『火薬庫』の前身たる一派『オト工房』の品だ。出が早く、長射程、高威力と中々の性能を誇るが発射の反動による硬直が発生するため、銃撃に怯んだ相手に即座に切り込むという攻めの姿勢を取るヤーナムの狩りにはあまり適しているとは言えない。しかし、逆に言えば待ちの姿勢で戦う分にはこれ程馴染む銃はない。威力の確保された一撃で獲物を削り取るように追い詰める、激しさこそ無いが安定感のある狩りに向くだろう。

 

新人が堕鬼を無事処理したのを見届けた狩人は、口が血吸いヒルのように変貌した大柄な堕鬼が殴りかかって来たのを後ろに飛び退くようにして避け距離を開けると、貫通銃を発射した。銃撃が命中し、仰け反る堕鬼。硬直から立ち直った狩人は片手に携える三日月型の両刃を持つ獣狩りの曲刀を柄の変形機構を稼働させながら滑り込むようなステップで踏み込み、仕掛け武器特有の一撃、変形攻撃を薙ぐようにして放った。仰け反りから体勢を整えつつあった堕鬼へその斬擊は襲い掛かり、狩人はそのまま流れるように柄が畳まれコンパクトになった獣狩りの曲刀で押し付けるように切り刻んでいく。振るわれる曲刀が路上を真っ赤に染め上げ、逃げようとする堕鬼を逃がすものかと踏み込みを続ける超攻撃的な姿勢はある種の狂気を感じさせる。

 

変異の進んだ堕鬼を霧散させた狩人は、獣狩りの曲刀を振り抜くように変形させ血払いをした。周囲を確認するが堕鬼の飢えたような気配はない。

 

「この辺りは狩り尽くしたか。貴公、そろそろ戻らないか」

 

そろそろ撤退の頃合いと判断した狩人は、帰還を新人に提案した。新人も吸血牙装を通常態へと戻し、警戒しながら利用可能な資材をさがしていたが、めぼしいものは無いため返答として頷きを返した。やはり口を開かない新人に若干の諦めを抱きつつ、狩人は拠点へと引き返した。

 

 

 

 

帰還後、狩人は深刻な問題に直面していた。与えられた簡素なテントで武器の点検をしている際に気づいてしまったのである。そう、水銀弾の枯渇である。何度数えても非常用の5発を残して水銀弾を使いきってしまったのだ!水銀弾は工房が大量生産していたヤーナムでの入手は容易だったが、逆にヤーナム以外では手に入らない代物だ。普段は狩人の夢の庭に置いてある水盆に住まう使者たちから、血の意思を代価に入手していたのだが、ヤーナムと関わりの薄いこの地に都合よく使者が現れるわけがない───と思っていたのだが。

 

拠点の端にポツリといつの間にか置かれた見覚えのある水盆より、干からびた赤子のような外見をした使者が手招きしていた。時折このように狩人の夢以外では聖杯ダンジョンでも商いに精を出していたが、こんなところにも現れるとは。神出鬼没にもほどかある。とりあえず品揃えを確認しようとすると、使者が何か手渡そうとしている。受け取ってみると、それは人形からの手紙だった。内容は要約すると、クイーンの影響が強く介入ができなかったため、代わりに使者を送り込むので一助としてくれとのこと。ひとまずはこれで水銀弾の枯渇問題は解決されただろう。唯一の問題点は出張販売だからか輸血液も水銀弾も割高だったことだろうか。きっとこちらの世界まで物を持ち込むのは多大な労力を伴うのだろう。大人しく支払うことにする。

 

 




小さな水盆

持ち歩けるほどの手頃な大きさの水盆。
使用することで使者からアイテムを購入できる。

水盆に住まう悪夢の使者は血の意思と引き換えに
狩りに役立つ様々な品を用立てるだろう。

時折、使者は珍しい品を入手してくることがある。
狩りには無用の品が大半を占めているが
それを欲しがる物好きも存在する。

欲しがるのであればくれてやるのも一興だ。
思わぬ返礼があるやもしれない。



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