戦術人形とおじさんと (佐賀茂)
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出会いは唐突に

やりたいからやりました。


『そういえばさ。君の義足、もうそろそろメンテナンスした方がいいんじゃないの?』

 

 とある日の昼下がり。午前中に今日の書類仕事に目処を付け、少し遅めの昼食をとった後。ちょいとした用事を思い出して16Labの主任研究員、ペルシカリアにコンタクトを取ったついでに言われた台詞が耳に染み入る。

 

 あー。そういえばもうそんなタイミングか。ここ数ヶ月くらいは俺が直接動く機会がめっきり減ったもんで、あまり優先度高く考えていなかったな。忘れていたとも言う。

 

 俺の左足、正確に言えば左の膝下からは義足になっている。

 昔、グリフィンに就職する前にちょっとしたヘマと不運が重なって、足が吹っ飛ぶどころかあわや生命の危機という状況ではあったのだが、なんやかんやあって救出された。詳細は省く。そして今では元気に、時にイラつきながらグリフィン&クルーガー社の前線指揮官なんかをやっているわけだ。

 この義足はペルシカリア謹製の戦闘機動にも耐え得る逸品だが、だからって長期間何もせずとも動き続ける道理はない。機械である以上メンテナンスは必要だ。

 そして、彼女から伝えられているメンテナンスの期間は凡そ三ヶ月から半年のスパン。前回診てもらったのは軽く半年は前だから、そりゃ作った側としても気になる頃合だろう。俺としても特に不具合が出ていない分後回しにしてしまっていたのもある。近隣の情勢は昔よりは安定しているものの、だからと言って不具合が出るまで放置していたのではそれはそれで困る。今更車椅子生活に戻りたくもないしなあ。

 

 と、言うことで折角のご好意でもある。ありがたく甘えさせてもらうとしよう。

 最近は物資の輸送状況も安定してきているし、何か手土産でも持っていくのも悪くない。とは言ってもこいつに持っていくものって珈琲豆くらいしかないんだけどさ。

 俺も相当だが彼女も物欲がなさ過ぎる。有り余る能力を自律人形の研究という一点のみに注ぎ切っている有様はいっそ美しくもあるが、もうちょっと何とかしようと思わんのか。折角綺麗な顔と身体をしているんだから勿体無い、と思ってしまうのは男性の悲しい性なのかもしれない。

 

『おっけー。私は空いてるから来るタイミングさえ伝えてくれれば君の予定に合わせるよ』

 

 後半の感想は胸の奥に仕舞いこみつつ、彼女の好意に甘える形で返答を返すと、意外と暇そうなお言葉。まあ、こうやって俺との通信に応じている時点で詰まったタスクはないのだろうが、それならそれでもうちょっと目の隈とか気にしてほしい。本人はいつものことみたいな感じだが、見てるこっちからすると結構気になるんだよなあれ。見るからに不健康だし。

 

『それじゃ待ってるよ。よろしくねー』

 

 さくっとスケジュールの調整を行い、通信を終える。

 思い立ったが吉日ってほどじゃないが、こういうのは出来る時にやっておかないとついつい後回しにしがちだ。実際今の今まで後回しにしていたわけだからな。

 

 さて、となると後は16Labへ向かう道すがらの護衛だが、どうするかなあ。

 普段であればAR小隊の誰かがシチュエーション的にも実力的にも適役なんだが、生憎と彼女たちはべらぼうに忙しい。一般市民の流入も始まり、支部周辺の治安維持、新設支部の訓練なども同時に行わないといけなくなった昨今、戦術人形のニーズは非常に高いものとなっている。一昔前は鉄屑を屠ることだけを考えていればよかったが、今はそうじゃないからな。俺の個人的用事に付き合わせるのもちょっと悪い気がする。いやあいつらなら喜んで付いてきそうだけどさ。そういう扱いは俺が望むところではないのだ。

 

 そうだな、手土産って意味も含めて第五部隊の連中を連れて行くか。

 あいつらはあいつらで忙しい身だが、AR小隊のスケジュールに穴を開けるよりはまだ代えが利く。それにあいつら相手なら俺も遠慮せずに済むから丁度いい。いや、彼女たちを下に見ているわけではないしちゃんと信頼はしているのだが。

 

 まあいいか。早速第五部隊を呼び付けておこう。今日はオフのはずだから多分予備宿舎でゴロゴロしているはずだ。昨日まで他支部の訓練相手に赴いていた連中をまた呼び戻すのはちょっと悪い気もしたが、あいつらなら暇を持て余すよりはマシだろ。

 その間に俺は少しでも書類仕事を進めておくか。この書類の山、捌いても捌いても気が付いたら嵩を増している。最初は真剣に幻覚を見ているのではないかと疑ったほどである。戦術人形を増やす前に俺の補佐を増やせクソヒゲめ。

 

 いや、うん、愚痴っても致し方なし。現実は変わらないのだ。つらい。出かける前に少しでも帰った後の負荷を殺しておくとしよう。

 

 

 

 

 

 

「うーん、久々に来たなァここには」

 

 先程の時分から少しばかり時計の針を進めた頃合。今俺は第五部隊の連中とともに16Labの入口前へとその足を進めていた。そんな中、部隊の前衛を務める処刑人からふとした感想が零れ出る。

 まあ君たち皆一回はここに来てるけど、逆に言えば最初にセーフティプログラムを埋め込んでからはこっちに来る理由がないからね。処刑人と狩人はこれで三回目、ウロボロスに至ってはセーフティを埋め込んで以来二回目の訪問である。

 

 ちなみに当時こそ人目を憚ってこそこそと動いていた第五部隊ではあるが、まだまだ低いものの彼女たちへの認知も徐々に広まってきており、T地域とクルーガーを含めた本部、そしてこの16Lab程度なら比較的穏便にことを進めることが出来るようになっている。いつまでも抜くに抜けない懐刀では困るということだな。折角の戦力なのだ、使えるに越したことはない。

 16Labに関してはここもペルシカリアの恩恵が大きい。彼女が鉄血製の戦術人形の鹵獲に一枚噛んでいるからこそ、大手を振ってお邪魔出来ているわけだ。彼女には本当に色々とお世話になっているので普通に考えたら頭が上がらないレベルなんだが、幸か不幸かペルシカリアはそこら辺も大層いい性格をしているようで俺としても助かっている。

 

「しかしやはり人間とは不便なものだな。指揮官は義体化はせんのか」

 

 案内された先を歩きながら、狩人が問いかけてくる。いやお前らと一緒にすんな。出来るわけねーだろ。そりゃお前ら見てて便利だなあと思うシーンはあるが、俺はちゃんとした人間だしこれからも人間でいたいんですよ。

 

「はははは、それはいい。どうだ、ともに電脳の世界で永遠に戦いを痛ッだ!」

 

 黙らっしゃい。調子付いたウロボロスに軽くチョップをお見舞いして返事とする。

 

 

 さて、と。いつものラボ前に来たものの、普段なら入口までペルシカリアが出張ってくれるはずなんだが、どういう訳か今日はまだその姿を見ていない。今日のこの時間帯は彼女との通信で取り決めたスケジュールのはずなので、まさか忘れているだとかすっぽかしているだとか、そういうのはないはずだ。如何にもな見た目をしている彼女ではあるが、人との約束を、それも自分から言い出したものを反故にするほど馬鹿じゃない。

 となると、スケジュールにない予定が入ったか、前の予定が長引いているか、トラブっているかのいずれかだな。

 彼女の研究室はそれなり以上のつくりで、防音もしっかり機能しているため話し声などは一切聞こえない。このドアの一枚向こうには彼女が居るはずなのだが、さてはて勝手に入っていいものか、判断に悩む。

 

 うーん、ここは紳士らしくノックでもしてみるか。言って高々研究室一つにドアベルなんかが付いているわけがないから、先ずはどうにかしてこちらの来訪を伝えなければ。

 

 コンコンとゴンゴンの中間くらいの音を出しながら、俺はラボのドアをノックする。多分中指で小突いた程度では伝わらないと判断した。割と頑丈なつくりだし。

 

 

 

 

「……ったくペルシカ、アンタ宛の来客なんだから自分で……ッ! 鉄血!?」

 

 てっきりペルシカリアがあの不健康な顔で出てくるかと思っていたら、ドアが開いた先、黒髪のポニーテールが眩しい快活な女性が視界に飛び込んできた。

 そんな彼女はノックした俺と周囲の第五部隊に目配せをした後、その表情を瞬く間に厳しいものへと変え、腰のホルスターに手を伸ばす。

 

 あぶねえなオイ! 見た感じベレッタかな、いきなり拳銃を抜き出すんじゃありません。このまま撃たれでもしたら本当に丸損なので俺は早々にホールドアップ。間違ってもここには戦いに来た訳じゃないのだ。それにペルシカと言っていた辺り目の前の彼女は来客なのだろう。制圧出来なくもないが、余計なリスクを背負い込む場面じゃない。

 

「てめ……ッ! やんのか!?」

 

 落ち着けこのヘッポコめ。目の前の凶器を前にして、途端にヒートアップする処刑人をすかさず制する。

 本当に危ない。こいつらの顔を見て即座に銃を抜く辺り、恐らく訓練を受けた者だと思うが、どちらが傷つくにせよこっちにメリットがなさ過ぎる。

 

「落ち着け。我々は争いに来ているわけではない。聞いていないのか?」

 

 こういうところだと狩人の冷静さが頼りになるなあ。でも俺が喋りたいから黙ってて欲しい。

 

 

「指揮官!? 何事ですか!?」

 

 処刑人と狩人をあやしているところで、ドアの向こうから更に新規キャラクターがエントリーだ。ていうか何人居るんだよ。ペルシカリアだけじゃないのかよ。おじさん訳が分からない。

 拳銃を手にしている女性の後ろからせり出してきたのは、程ほどに伸ばした銀髪をサイドで結んだ女性。恐らく普段は非常に朗らかな表情をしているだろうその顔立ちは、戦時と見紛うほどに引き締まった表情を見せていた。

 その手に握るのは特徴的なフォアグリップを持つ、コンバーチブル・ショットガン、フランキ・スパス12だ。

 うわあ、ひっさびさにショットガン見たぞ。俺はほとんど使わないし正規軍時代でもうちの連中ではあまり持っているやつが居なかったから、実物を目にするのは本当に久しぶりだ。

 

 うーん、多分この子戦術人形だろうな。先程拳銃を構えた女性のことを指揮官と呼んでいたし、俺と第五部隊みたいな感じの関係だろう。しかし護衛にショットガンってどうなんだ。有効射程が短過ぎる気がするんだけど。

 

 アレッ待って。戦術人形ってショットガン扱えるやつ居るの? おじさんそんなの知らない。マジかよ、使う使わないは置いといてちょっと欲しいぞ。後でペルシカリアに聞こうかな。

 

 

「……説明してくれる?」

 

 拳銃の構えは解かないまま、視線は鋭く。ポニーテールの女性が問いかけてくる。

 

 うーん、説明と言われても。俺はペルシカリアとの予定があって、こいつらは俺の護衛である。それ以上の説明のしようがない。そりゃまあ確かに鉄血人形を連れているおじさんなんて不信感以外の何物もないと思うんだが、言うてどうすりゃいいんだよこれ。

 とりあえずこちらとしても拳銃を向けられている以上、両手は挙げざるを得ない。お前らも変な動きするなよ、勝手に動いたらぶん殴るからな。

 ていうかペルシカリアが出てきてくれれば一番話が早いんだが。居るのならさっさと出てきて欲しい。あいつ絶対笑ってるでしょこの状況。

 

 

「ふっふふ……ッあっはっはっは! 大丈夫だよシーラ、その人たちは敵じゃない」

 

 とか思っていたら予想通りだった。もう堪え切れんといった様相の笑い声がドアの向こうから木霊し、ペルシカリアがひょっこり顔を覗かせる。ほんまこいつ。キレそう。

 

「……はあ。後でちゃんと説明してよねペルシカ。シバくわよ。SPASも銃を下ろして」

「……了解しました」

 

 ようやっと拳銃を下ろしてくれた彼女は、その視線と口先をペルシカリアへと向けて愚痴を一つ。うん、気持ちは分かるぞ。諸々の事情を一切加味しなければ、俺の中でいつか絶対にしばき回してやる人間ランキングの一位と二位はヒゲとこの女だ。

 

 目の前の彼女はどうやらシーラという名の女性らしい。恐らく20代だろうな、随分と若い印象を受ける。女性らしい体つきではあるが、要所要所はしっかり引き締まっている辺り、先程の反応もあわせてただのお飾りってわけじゃなさそうだ。

 視線、そして殺気の鋭さは、いくら訓練を受けていたとしても20代女性の放っていいそれではない。年齢の割に、そこそこの修羅場も潜ってきているな。

 

 優秀かつ、負けん気の強い若手。そんなイメージだった。

 

 

 

 ……うん? ちょっと待って。何かこの子見た事ある。グリフィンに入るよりもっと前にどっかで顔を見た記憶があるぞ。

 

「……何か?」

 

 俺の視線に目聡く気付いた彼女は、棘の抜け切らない声色で疑問を飛ばす。

 

 ――思い出した。思い出してしまった。マジかよ。顔自体の記憶が随分昔のものであること、記憶に残る表情と今の表情が随分違うこと、名前を覚えていなかったことなどから気付くのが遅れたが、こいつスイートキャンディじゃない? えっお前正規軍辞めたの? マジで?

 

「…………それを、何処で?」

 

 思わず零してしまった呟きを拾われた。うわあ、また一段と視線が鋭くなったぞ。いやまあ、今ここに戦術人形と居るってことは多分こいつもクルーガーに引っこ抜かれたクチだろうが、俺だって過去のことを持ち出されるのはしんどい。声に漏れたのは失策だったな。

 いやあ、すまんなスウィーティ。ついつい懐かしい顔を見て隙が出来てしまった。間違っても嬉しい再会じゃないんだけどさ。

 ただ、事故とは言えこっちだけ正体を分かっておいて、向こうに情報を渡さないのは不公平ではある。彼女はスイートキャンディなのだから、過去正規軍に居たのは確定だ。調べられたらいずれバレるだろうし、彼女もそこまで抜けちゃいないだろう。

 

 今はタクティス・コピーとしか名乗ることは出来んが、まあ紫電の梟(ブリッツオウル)の名前くらいは出しておいてもいいかな。どうせ公式に残ってる名称じゃないし、逆を言えば正規軍に関わったことのある連中じゃないと意味の分からない符号だ。

 

 

「……えっと。……えっ。まさか、特殊作戦群の……?」

 

 わあ、知られてたっぽい。ちょっと恥ずかしい。好き好んで名乗っていたあだ名じゃあないが、この名前でそこそこ通っていた事実っていうのは、四十路を越えたおじさんからするとちょっとしんどいものがある。

 

「あの、指揮官?」

「SPAS、ちょっと黙ってて」

 

 シーラの隣で呆気に取られているスパス。ちょっと可哀想。すまんな巻き込んで。

 

 

「おや? なんだ、君たち知り合いかい?」

 

 ドアの向こうでことの成り行きを面白おかしく見守っていたペルシカリアが口を挟む。元はと言えばお前のせいじゃろがい。ほんとしばくぞこいつ。

 

 

「なァ指揮官、なんだこの状況」

 

 知るか。俺が聞きたい。

 

 俺はただ義足のメンテナンスに来ただけなのに。どうしてこうなった。




本章内で言及されている作品は下記の通りです。

「女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん」 笹の船 様

笹の船様、ありがとうございました。



ぼくはね、ずっとシーラさんと会いたかったんです。
でも絶対におじさんが会おうとしないのでこうなりました。


今後、筆が乗ればですがこういったおじさんの世界観でお遊びしていきたいなと思います。
よろしければお付き合いの程、宜しくお願い致します。


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別れは必然に

今回は、笹の船様「女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん/https://syosetu.org/novel/184136/」とのコラボ回の続きとなっております。


「それじゃ、しばし旧交を温めるといいよ」

 

 俺が付けていた義足を手早く回収し、16labの主任研究員ペルシカリアはそれだけ告げると足早に奥の部屋に引っ込んでしまった。今この場に残されているのは俺、第五部隊のヘッポコども、シーラ、SPAS12だけである。

 

 いや、どうしろってんだよ。キレそう。

 

 ペルシカリアの研究室をノックしたら突如出てきたシーラという女性と戦術人形SPAS12。彼女たちは俺の予想通り、グリフィンの前線指揮官とその部下ではあったのだが、そのシーラが元正規軍のスイートキャンディだというのは完全に想定外だった。

 

 俺とシーラは別に友人関係ってわけでもかつての上司部下ってわけでもない。確かに同じ正規軍に所属していたし、所属していた時期も被ってはいる。いるがしかし、本当にただそれだけであった。よく友達以上恋人未満、なんて表現を聞くものだが、俺たちで言えば知人以下顔見知り未満である。過去互いに会話を交わしたことさえないのではないだろうか。少なくとも、記憶に残るようなコミュニケーションを取ったことはなかったはず。

 ペルシカリアが何を思って俺と彼女を鉢合わせさせたのかは知らない。どうせ碌な目論見じゃないだろうくらいには予測が付くが。

 旧交を温めてとは言われても、その旧交がないのだ。俺もそうだが、きっと彼女もクルーガーに引っこ抜かれているだろうから、過去の話題ってのはそう喜んで話せる類の話もないだろう。所属していた第10部隊も全滅しているようだし、わざわざそれを蒸し返すほど俺も馬鹿じゃない。

 

 うーん。しかし、全滅かあ。うちのような積極的に前線に出張っていた部隊は、蝶事件の前後でそうなっても何らおかしくないだろうが、俺の記憶が正しければ第10部隊ってのはどっちかと言えば端役だ。

 シーラや所属していた連中のことを舐めているわけでは決してない。動きは一目見ただけだが、彼女が優秀だというのも頷ける。ただ単純に、組織にはそれぞれ役割というものがある。全員がエースでは試合が成り立たない。俺の持論だが、間違っちゃいないだろう。

 それに、第10部隊はただの端役、という枠に収まらない雰囲気を持っていた。俺のかつての部下には便利屋扱いしていたような奴もいたが、それにしては空気が違った。無理やり喩えるとすれば、グリフィンで言う404小隊に近い。無論、これはただの推測だし真相はシーラが口を割らない限り闇の中だが、まあそれ自体はどうでもいい。

 

 そんな第10部隊が、蝶事件で、全滅。

 きな臭いどころの話じゃない。口に出すのも憚られるような諸々があったとみて然るべきだ。シーラが肩を竦めて紛らわせたのも納得だな。

 ただ、それを突くような真似はしない。する理由がない。別に俺は正規軍に戻りたいわけでも、正規軍の悪事を暴きたいわけでも、正規軍を潰したいわけでもないしな。彼女が話したくないというのなら、それ以上を尋ねる理由がない。本当に、ただそれだけである。

 

 そして、俺個人としては特にシーラと仲良くする必要性も感じていなかった。別に嫌いなわけでもこれから嫌うつもりもないが、ぶっちゃけあんまりメリットがないんだよな。

 これが単純に他所で指揮を執っている若手の指揮官さんです、なんかであれば適当に話を合わせてコミュニケーションを取ったかもしれないが、元正規軍で俺を知っているとなれば話は別だ。いや、半分はこっちからバラしたようなもんだけど。

 俺の過去は、秘匿されるべきである。そんなこと馬鹿でも分かる。多分、それはシーラの過去も同様だ。そして、その内容が拡散される可能性は少しでも摘んでおく方がいい。というか本来それはゼロにしておくべきもので、今回で言えばペルシカリアがおかしい。

 

 よって、旧交を温めろと言われても、俺から話すことが何一つなかった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 結果出来上がったのが、この如何ともしがたい居心地の悪い空間である。

 マジでキレそう。あのアマそろそろ本当に一回どついた方がいいのでは。

 

 シーラ本人はと言えば、先ほど義足を外すときにじっと俺の足を見ていた点以外、特に目立った様子はない。彼女もこの居心地の悪さを感じているのだろう、僅かばかり視線と唇を動かしつつも、具体的な発言や行動が出てくることはなさそうだ。しかし義足ってそんなに珍しいかな。正規軍にも義手義足なやつはそこそこ居たはずだが。

 まあ、会話の糸口が無さ過ぎるんだよな、お互いに。俺はもうこの状況に突入した時点で最早諦めているので静観の構えである。喋る内容もなければ、喋る理由もない。ペルシカリアはよ帰ってきて。だんまりを決め込んだのは俺だが、それはイコールこの場の空気が平気ってわけじゃないのだ。普段の俺ならこんな空間さっさとお暇させてもらうところだが、ところがどっこいそうは問屋が卸さない。お暇する足がないのである。

 

 ふとシーラの横に座っているSPAS12に目をやれば、シーラとは対照的に分かりやすくそわそわとその視線の先と表情を変化させていた。

 見える感情は、不安と緊張。それも、どう話を展開しようかなあなどという呑気な緊張ではなかった。多分だが、初対面かつ得体の知れない俺、そして俺の両隣と後ろに居るハイエンドモデルを警戒してのことだろう。本当にこの子何も関係ないのに無駄な気苦労を強いている気がしてならない。ある意味シーラよりSPAS12に対しての方が申し訳ない気分だった。

 また、隣と後ろに居るヘッポコどもは視野の関係上よく見えないのだが、何となくそわそわしているような雰囲気は感じられる。狩人はまだ信頼出来るが、処刑人とウロボロスは頼むから静かにしていて欲しいものだ。

 

「なァ、なんでお前ら揃って黙ってんだ? 知り合いなんだろ?」

 

 とか思ってたらその処刑人がついに口を出した。お前よくこの空気読まずに発言出来るな。羨ましいわ。

 ていうか俺とシーラは別に知り合いでもないんだが、ペルシカリアが余計な情報を吹き込んだせいで、こいつらに要らぬ誤解が走っている気がする。ただ、わざわざそれを否定するためだけに口を開くのもなんだかなあという感じ。頼むから黙っててくれ。

 

「察してやれ処刑人。知り合いは知り合いでもあれだろう。互いの命を懸けて戦った宿敵とか、そういうのであろう」

 

 何が察してやれ、だ。しばき回すぞこの出来損ないがよ。まったくもって見当違いの予測を放ったウロボロス。俺はもうこの時点で完全に諦めた。こういう時はポーカーフェイスに限る。

 

「ウロボロス……それは流石に違うだろう。この気まずさ……そして見た目の年の差的にあれじゃないか? 指揮官の初恋の相手の娘とか」

 

 狩人が更に乗った。もうやめて。俺のメンタルライフは既にゼロなんですけど。

 ていうかこいつらいつの間にそういう概念というか知識を身に着けたんだ。カリーナか。カリーナの仕業か。確かにあいつは色々と人間社会のことを教えていたそうだが、そういう知識は要らないんですよ。これ帰ったら認識のすり合わせをしておくべきかもしれない。胃が痛い。

 

「え、指揮官ってこちらのおじさまのお子さんだったんですか!?」

 

 SPAS12は何でそこに乗るんだよ。もう訳が分からない。おじさんは考えるのを止めた。

 

「SPAS……私の両親は死んでるって、この間N03の作戦が終わった後話したでしょ」

 

 シーラが一応の訂正を入れる。ふむ、ご両親は既に亡くなっているのか。別段そこから話を広げようとも思わないが、まあ突っつくような話題でもあるまい。

 結局のところ、俺が喋ることなく一連の会話が尽きた。ペルシカリアはよ帰ってきて。

 

 

「コピー指揮官」

 

 全てを諦めてポーカーフェイスを維持していたら、いきなりシーラに話しかけられた。まさか向こうからストレートに何かを聞いてくるとは思っていなかったもので、一瞬反応が遅れてしまう。

 何だろう、割と真面目に向こうから尋ねられる内容に思い当たりがない。彼女は彼女でつい先程までこの空気を打開せんと、思考を重ねていたのは確かだろうが、かといってそこに共通の話題はないはずだ。いや、正確に言えばあるにはあるが、それを出すのは互いに禁忌だと無言の同意を経たはずである。

 

「その……アナタのそこの部下、どういう扱いをしてるの?」

 

 そっちかあ。思わずポーカーフェイスに磨きがかかる。

 まあその疑問もある意味然もありなんという感じだろう。こいつらの発言は、普通の鉄血人形に対する認識からは絶対に飛び出してこない類のものだ。イマイチ変な俗世の染まり方をしている気がしないでもないが、そもそも鉄血人形が俗世に染まるということ自体が異常と言っていい。シーラに限らず、日々鉄血人形と殺し合いを繰り広げている前線指揮官からすれば、そりゃ気になっても当然だ。

 

 

 

「おう! 指揮官は俺達の恩人だ! この身を捧げてもいいと思ってるぞ!」

 

 さて、いったいどう返せばいいものか。一呼吸置いて色々と思案していると、先程とは比べ物にならないレベルの爆弾を隣のポンコツが勝手に投下した。

 何を言っているのかこいつは。いや、そりゃまあ確かに、こいつには好きだという感情を面と向かって言われた記憶はある。流石にそれを忘れてしまうほど俺は愚鈍ではないつもりだ。

 

 でも、お前、ほら、何というかこう、あるだろ。空気的なやつがさあ。

 

「そうだな。行き場を失った私達をこうして使ってくれているし、また人形冥利に尽きる運用の仕方もしてくれる。指揮官の指示であれば何でも聞いていい」

 

 ステイ。待って。狩人は何を言っているの。おじさんもうついていけない。そもそも行き場を失ったのはお前らの自爆だろうが。

 

「人間のくせに、と言いたいところではあるがこやつの力量は確かよな。何せこのウロボロス様を瞬殺するだけの腕前があるのだからな!」

 

 お前もある意味自爆だろうが。かんにんして。

 思わず顔を覆ってしまった俺は悪くない。俺は何も悪くないんだ。

 

 

「……苦労、してるんですね」

 

 シーラが席に着いてから初めてその表情を明確に変え、ぼそりと一言。うん、まあ、苦労はしている。それは否定しまい。しかし、一回り以上年下の女性に気を遣われるというのはどうにも気を揉む。

 ただ、確かに苦労はしているが、それ以上にこいつらに助けられているのもまた事実。ハイエンドモデルの名に恥じない活躍もしている。まあ、優秀ではあるだろう。そこはちゃんと評価してやらねばならない。

 

 

「お待たせ。これでまたしばらくはバッチリ動くと思うよ」

 

 そういったやり取りの後、またしばしの沈黙が流れていたところ。奥の扉から俺の義足を抱えたペルシカリアのご登場だ。やっとか。やっと終わったんか。時間にすれば決して長くないはずなのだが、物凄い長時間精神的な拷問を受けたような気さえしてくる。非常に得難く、また二度と触れたくはない時間だった。

 ていうかこいつ、さっきまでの白衣はどうした。彼女の大部分を覆う布が無くなったことで、その四肢が惜しげもなく晒されている。決して健康的には見えないが、どこか扇情的だ。うーん、やっぱこいつ素の顔面偏差値が高すぎる。ずるい。アレッ。ていうかこいつ下着つけてなくない? いかんいかん、平常心平常心。

 

 そんなことはさておいて。ペルシカリアが仕事をこなしたということは、当然ながら相応の報酬を支払わなければならない。別に俺とこいつの間に契約なんてものは存在していないが、節度と礼儀はいつだって大事だ。

 というわけで、俺は用意しておいた珈琲豆を彼女へと預ける。他の品も色々と考えはしたが、結局いつものこれに落ち着いた。高級なものをサクっと買えるほど俺の懐事情は暖かいわけじゃないし、こいつにとっては逆に価値がないだろう。普段のお礼はかさばらず、かつ実用性のあるものに限る。これも俺の持論だが。

 ブツを渡すのと同時、義足を装着する。おお、やっぱり何というか、シックリくるな。付ける時の力加減とか、付けた後のフィット感とか、具体的に説明しきる自信はないが、ちょっと違う。うーん、これはやはりメンテナンスはサボっちゃいけないということか。今後はもうちょっと短いスパンでお願いしてもいいかもしれない。

 

「ふふふ、私はこれを待ちわびていたといっても過言じゃないんだ。インスタントも悪くはないけど、やっぱり珈琲は豆からよね」

 

 なんてことを思っているとペルシカリアはその不健康な顔をにへらと崩し、中々にいい表情でそういう発言をするものだから、年甲斐もなくちょっとときめいてしまった。こいつほんま。いや、俺からは語るまい。どうせ無駄だし、俺もそういう意味では本気じゃないからな。

 

「相変わらずコーヒーが好きなのね」

「子供舌のシーラにはまだちょっと早いんじゃないかな?」

「…………」

 

 お、シーラがけしかけたと思ったら思わぬ反撃だったのかな、非常に分かりやすいしかめっ面になったぞ。見ていると、シーラとペルシカリアは契約関係にある企業の人間同士というよりは、もう少し砕けた関係のようにも思える。なんつーか、気心知れた幼馴染というか、悪友というか。まあそういった精神的な息抜きが出来る関係ってのも大事だろう。俺からしても、クルーガーとはまた違った遠慮のなさを発揮できるペルシカリアという相手はそれなり以上に貴重だ。

 

 さて、そんな心温まるやりとりを見るのも程々に、やることはやったしそろそろ俺はお暇するとしよう。ペルシカリアにはショットガンタイプの人形のこととか色々と聞きたいこともあるが、シーラが居るのではちょいと話が変わってくる。後で通信飛ばして色々と聞いてみるかな。

 

「あ、もう行くの? もっとゆっくりしていけばいいのに」

 

 うむ、もう行くのである。ペルシカリアの問いに俺はにべもなく答えた。

 別にこの後タスクがぎっちぎちに詰まっているってわけでもないが、この空間は早く脱したい。シーラのことが嫌いとかまったくそういう話ではないのだが、彼女が居るのと居ないのとでは、話せることと話せないことの違いが大きすぎる。オトナのツゴーというやつだ。ただ、それをシーラが居る手前素直に言うわけにもいかないので、適当に濁しておく。とりあえずのスケープゴートにあのクソヒゲの名前を出しておこう。

 

「ふふ。相変わらずこき使われてるんだね」

 

 どこか揶揄うような、意地の悪い、しかし悪意はない笑顔で彼女は言葉を紡ぐ。これでもうちょっと健康的な顔色で、普段から大人しければ俺もヤバかったかもしれないな。

 

「ペルシカ、私も行くわ」

 

 とか思っていたらシーラもその腰を上げた。

 いやお前も出るんかい! ここに用事があったんじゃないんかい! 思わず突っ込みそうな自分を頑張って抑える。今更、じゃあシーラが出るので俺は残ります、なんて言える空気じゃない。ここは素直に退散しておくとしよう。事実、これ以上ペルシカリアに用事があるわけでもないからな。何か、途轍もない無駄足を踏んだ気分だ。

 

「ん。呼び出して悪かったわね」

「どの口が言うのよ。どうせ彼に会わせる為だけに呼んだんでしょう」

「せいかーい」

「はァ……」

 

 そんな俺を尻目に、ペルシカリアとシーラのコンビが会話を重ねる。というか、ペルシカリアの狙いは俺とシーラを引き合わせることだったのか。しかし、目的は判明したがそこに付随する意図が分からん。これも後で聞こうかな。

 

「じゃあ、二人共行くなら表まで送っていくよ」

 

 そういってペルシカリアは先頭に立つ。送ってくれるというのなら素直に従おう。来た時は出迎えもなかったからな。別にそれをどうこう言うつもりはないが。

 

 ラボから外に出る間、特に会話はなかった。話す話題もないし、シーラと連絡先を交換しておこうとか、仲良くなっておこうとかいう感情は最後まで湧かなかった。

 何なんだろうな、この奇妙な感覚。確かに懐かしいといえば懐かしい。まさか正規軍時代を知っている人間と、今のこの立場で知り合うことになるとは思ってもいなかったので、意外でもある。文字通りの知人というわけでもないし、その線引きは微妙なところだ。

 シーラ個人への感情で言えば、別段嫌う程のものじゃあない。年齢相応に若い部分は見受けられそうだが、SPASとの対応を見るにそう馬鹿なことをしているわけでもないだろう。戦術人形ってのは実に分かりやすいもので、自身の上司とソリが合わないだとか嫌っているだとかであれば、ちょっと観察していればすぐ分かる。

 

 ただ、俺の交友関係というものは非常に狭い。普段から戦術人形に囲まれているとどうにも意識の外にありがちだが、人間の付き合いで言えばクルーガーとヘリアントス、カリーナ、ペルシカリアに加えて、T02とT03の指揮官くらいなものだ。そういう意味では確かに、出会う意味はあったのだろう。そこら辺、ペルシカリアが元正規軍同士ということで気を利かせたのかもしれない。結局はありがた迷惑の側面も強かったけれども。

 彼女は俺の背景、そしてシーラの背景もある程度把握しているはずだが、もしかしたら詳しい関係値までを知り得ていなかった可能性は残る。ただ同じ正規軍に居たから、というそれだけの理由で引き合わせたのかもしれない。彼女なりの配慮、と考えればそれなりに筋の通っている計らいではある。

 

 

 今後、シーラと友好を築くのかは分からない。考えてみれば、もし仮に連絡を取ろうとしても、俺は彼女がどこの基地に所属しているかすら分からないままだ。クルーガーやヘリアントス、ペルシカリアに聞けば教えてはくれると思うが、わざわざそんな用事が出来るとも考えにくい。

 あっちにはあっちのやり方というか、交友関係もあるだろう。経験や年齢だけで述べれば、俺はシーラよりは上なのだと思う。だからと言って、じゃあ年上のおじさんがしゃあしゃあと口を挟んでいいものかというとそれはそれで違うしな。

 

 

 

「よっしゃ指揮官、帰ろうぜ」

 

 随分と人懐っこくなったうちの前衛が、気前よく言葉を発する。

 

「ははは、そうだな。今日は手すきだが、明日からまた未熟者どもを叩かねばならんことだしな」

 

 随分と丸くなった世界蛇の成り損ないが、気分よく呼応する。

 

 

 そうだな、帰るか。俺たちのホームに。

 今日の出来事はきっと、泡沫の類のものだろう。まあ、とは言え折角のペルシカリアの計らいだ。今すぐ何かの糧になるって話でもなさそうだが、僅かでも紡がれた縁が、いつかプラスの方向に働いてくれることを願う。

 

 

「指揮官、このままでよかったのか」

 

 随分と柔和な笑みを浮かべるようになった銀髪の精兵が、ふとした疑問を零す。

 

「あの者、指揮官の娘か遠縁かなのだろう? 連絡先くらいは痛ッ!」

 

 だから違うっつってんだろ。しばくぞ。しばいた。




結局ペルシカリアは何がしたかったんでしょうね。僕にもよくわからない。



笹の船様、お付き合い頂きましてありがとうございました。

かしましおぺれーしょんは、シーラさんが紡ぐ日常と、ちょっとした非日常が非常に素晴らしいものですので、皆様も是非読んでみてください。



ところでおじさん、やっぱりペルシカリアのこと割と好きなんだなと思いました。
だからってどうこうするわけじゃありませんけど。

今後も暇があればちょこちょこおじさんを遊ばせたいと思います。
ただし心はいつまでも低体温です。よろしくお願い申し上げます。


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泡沫の時

本編完結済みの番外短編は、無敵だ。何でも書けるからな。
はははは、どこからでもかかってくるがいい。


 しくじった。

 現状に対し、脳裏を過った言葉がそれだった。

 

 

 左足の義足は跡形もなく破壊され、自力で立つことすらままならない。

 寝転んだ状況で四肢に力を入れようにも、全身に威勢のいいモノを喰らっているせいで上手く力が入らない。いつぞやと違って肺がやられていないのは幸運だな。痛みは凄まじいが、こうやって考えることも出来るし呼吸も出来る。

 だが、それだけだ。俺が独りでは動くことが出来ない事実は変わらないし、全身を覆う生ぬるい感覚が、俺の灯が残り幾ばくもないことを明確に伝えてくれていた。

 

 油断、はしていなかったと思う。少なくとも、戦場で必要以上に気を抜くようなことをしていては俺は今日まで生き残っていない。

 では、慢心か。そう自身に問うてみるものの、そこまで驕っていたとは思わない。全くなかったかと言われれば難しいところだが。

 

 間が悪かった。

 運が悪かった。

 俺のツキはここまでだった。

 

 そういう類の台詞で納得出来なくはない程度に、この結末に納得は出来ていた。

 たった一つだけの、ボタンの掛け違い。そんな些細な要素で戦場の優劣というものは容易にひっくり返る。俺自身、そういう場で戦っていることの自覚はあったから、常に俺に対して有利に働いてくれよ、なんて過ぎた願望は持ち合わせちゃいなかった。

 

 多分、こうなる前にもっと打てる手はあったのだと思う。

 忙しいからという理由で第一部隊を編成に組み込まなかったのも、敵勢力の規模とこちらの手駒を比較して、俺自身が偵察の任務に赴いたのも、第二部隊に後詰を任せて前線が手薄になっていたのも、俺の落ち度と言ってしまえばそうではある。

 

 ただ、繰り返すが油断はしていなかったし慢心もなかった。

 鉄血人形の量産型が持ち得る性能は俺だって十二分に把握していたし、マッピングやルーティングだってほぼ最善だったはずだ。少なくとも、第五部隊のヘッポコどもよりは俺の方がよほど上手くやれるだろう程度の自負はあった。

 

 だから、運が悪かった。

 それがたまたまなのか、鉄血側の策略なのかは分からない。分からないが、とにかく今日の俺は運が悪かった。自問自答を繰り返してみたものの、結局はその結論に帰結するのだ。

 

 

 ガシャン。

 腐るほどに聞き飽きた、量産型のファッキン鉄血クズ人形どもの足音が聞こえる。

 相変わらずバイザーが邪魔で、俺に銃を向けているクソ野郎の顔は分からない。まあ、たとえ見れたとしてもどいつもこいつも同じ顔だろうから、そう感慨もないんだろうけども。

 しかし、俺に奇襲を仕掛けてボコボコにしてきた奴はどこに行ったのだろうか。通常の量産型よりも二回りは大きかったから、多分あれもハイエンドモデルなのだろう。

 俺が知っているハイエンドモデルと言えば、スケアクロウ、処刑人、狩人、侵入者、ウロボロスの五体だけだ。他に見知らぬハイエンドモデルが居たとしても不思議ではない。鉄血商品のカタログとかどっかに落ちてないかな。そういうのがあればあいつが誰かも分かったかもしれん。

 

 まあ、どうでもいいか。事実俺はこうして全身血まみれで寝転がっているわけだし、独力でここからの逆転は不可能だ。

 部下を呼び寄せようにも、若干ながら距離がある。周辺の鉄血人形を蹴散らす程度造作もないだろうが、それを俺が死ぬ前に完遂するのは無理だろう。どう考えても時間が足りない。

 多分、俺を一方的に甚振ったハイエンドモデルは一通り満足して他の獲物を探しに行ったんだろう。見えたのは一瞬だが、実にサディスティックな表情をしていた。事実、今の俺に止めを刺すのであれば量産型で十分だ。わざわざハイエンドモデルがここに留まる理由もない。

 

 ふう。思い返してみれば割とあっけない幕引きだったなあ。グリフィンの地域代表指揮官なんて出世しているのかどうかイマイチ分からん肩書だったが、まあ全てを失ったおじさんにしては頑張った方じゃないだろうか。

 

 あー、意識がぼんやりしてきた。血が足りねえ。前回みたいに欠損こそなさそうだが、身体中の至る所が折れてるっぽいし、こりゃ万が一助かったとしても全治何か月になることやら。いやまあ、助かる見込みはもうないんだけどさ。

 

 うん。

 死にたくねえなあ。

 

 俺はまだあいつらに何も返せちゃいない。俺の命自体はどうでもいいが、あいつらをこのまま放って先に逝ってしまうというのは何とも締まりが悪い。足掻く手も足もないが、どうにかなってくれないかな。どうにもならないか。致し方なし。世はいつだって無情なのだ。

 

 

 

 

「どけぇぇぇぇぇぇぇえええあああああああアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 

 

 随分と俺に懐いてしまった鉄血人形の叫び声を聞き届けたのを最後に、俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おっと」

 

 ふと、目が覚めた。

 誰かの呟きを耳聡く拾って意識が覚醒したわけじゃないだろう。いや、どちらかと言えば意識を取り戻した俺に気付いたような声だ。起き抜けによくそこまで分かるもんだなと思いもしたが、耳に入った一言がひどく安心するような、そして聞き慣れた音色だったもので、ついついそういうところまで思考が及んでしまった。

 

 目に映るのは、見知らぬ天井。

 一組の蛍光灯だけがその光源を主張する、白を基調とした静かな部屋だった。

 

 

 うーん。うん? あー。なるほどね。完全に理解したわ。

 つまり、俺はまた生き延びたというわけだな。これが夢じゃなければそういうことだ。

 

 首がうまく回らないので頑張って視線を動かしてみるが、まあ数年前に陥った状況と概ね似通っていた。生き延びたという実感がふつふつと湧いてきて、同時に何故か懐かしさがこみ上げてくる。状況が似ているということもあるが、加えて登場人物も同じだしな。これであのクソヒゲがお出ましならそっくりそのまま過去のトレースになるんだが、まあそこまでは期待していない。というかどっちかと言えば来ないでほしい。

 

 で、それはそれとして。

 何故彼女がここに居るんだろうか。前回とは状況も立場も違うはずなんだが。

 

「目が覚めたようで何より。いやあ、今回は流石に死んだと思ったよ」

 

 そんな疑問に、俺の顔を覗きこむ彼女が答えてくれるはずもなく。目覚めた俺に対して一方的な感想を述べた後、その視線を外し、ギシリと椅子を鳴らして足を組み替えた。

 

 気を失う直前、処刑人が叫ぶ声は聞こえた。確かに聞こえたが、それだけだ。何がどうなって俺が助かって、今こうやって専門的な治療を受ける事態になったのかサッパリ分からない。前回みたいにペルシカリアが説明してくれれば話も早いんだが、さてどうだろうな。

 

「……ふふ、懐かしいね」

 

 何が、とは俺も問わない。多分、俺と彼女は今、同じ過去を思い出しているのだろう。

 当時の状況を思い出したのか、はたまた彼女の気まぐれか。同じように湯気の立つマグカップを啜りつつ、ぽつぽつと事のあらましを話してくれた。

 

 

 俺を助けに来たのは処刑人。それは間違いなかったようだ。つっても、あの時多少離れていたとはいえ俺と一緒に出撃していたのは第五部隊の面子だった。当たり前っちゃ当たり前か。第二部隊も連れ出してはいたが、あいつらはどっちかと言えば予備戦力だったからな、間に合いはしなかっただろう。

 

 で、ここからちょっと俺の想定外だった。駆け付けてきた処刑人だが、あいつどうやら俺をボコボコにしたハイエンドモデルを更にボコボコにしてこっちに突っ込んできたのだという。

 マジかよ。いや、処刑人の実力を疑っているわけじゃないが、あいつは正面きってのがっぷり四つ以外には滅法弱い。端的に言うと思慮が足りないからだ。敵が絡め手の一つでも打ってくれば容易に嵌まる。そして負ける。そういう奴だった。

 俺を瞬殺したハイエンドモデルは、相当の手練れだった。俺に気配を気取らせず、一瞬で接敵し、戦闘力を奪った。やられる瞬間に垣間見えた目つきだけでも相当にイカれた部類の人形だ。テレポートでもしてきたんじゃないかってくらい突然現れたからな。本当に成す術がなかった。

 そんなブッ飛んだ人形を、処刑人がぶっ飛ばした。無論、狩人やウロボロス、ナガンのサポートもあったのだろうが、それを加味しても大金星である。

 

 というか、そもそもだ。今になって冷静になったから分かるが、俺めっちゃ慢心してたな。

 如何なる理由があったとしても、敵対勢力が潜んでいるエリアに生身の指揮官である俺が単身で偵察に赴くなど正気の沙汰じゃない。百点満点で慢心である。なーにが紫電の梟(ブリッツオウル)じゃい。泣きたくなる。

 

 勿論、それなりの言い訳は出来る。第五部隊の連中は隠密行動が不得手だ。そもそもが目立つ部類だし、狩人やウロボロスなら多少上手くやるだろうが、それでも経験と知識がある俺の方がまだ上手くいく。

 それに、当時ハイエンドモデルが近場に現れたという情報も無かった。T02やT03の戦力ではその情報は確実とまでは言えないが、逆に言えばそんな戦力しか揃っていない地域でハイエンドモデルが現れたとなれば形勢は一気に傾く。作戦時にはドローンも飛ばしていたし、俺が深入りする手前までのエリアは第五部隊が索敵もしていた。それでも目立ったターゲットが見つからなかったからこそ、俺が出張ったのだ。経験と知識に勝る俺が。

 

 だがまあ、所詮は言い訳だ。現にこうして瀕死の重傷を負い、情けない姿を露わにしている。世の中結果が全てだからな、俺がしくじったという事実に変わりはない。

 

 で、ギリギリのところで救助された俺だが、当然ながら意識がない。折角指揮官を助けたというのに、指示を仰ぐべき相手が使い物にならない。誰もがヤバイ、とは思ったそうだが、かといってどうすればいいのかが分からない。

 

 そこで動いたのがナガンだ。

 しかし、如何に彼女とて状況を打破する手立てを持っていたわけではない。クルーガーとのホットラインを持ってはいるが、それは何時でもどこでもあのヒゲと相互通信が出来る類のものじゃないというのは、俺も把握している。

 

 だから彼女は、指示を仰いだ。唯一指揮管制モジュールを搭載している、M4A1に。

 

 そこからの動きは早かった、のだそうだ。第五部隊には俺を連れて16Labへ直行させ、同時にペルシカリアへの通信を試みた。勝手に司令室の通信機を使ったらしいが、まあそれは責めるべきところではないだろう。しかし、クルーガーやヘリアントスではなく、ペルシカリアを第一手に選ぶ辺りは流石である。

 

 

 で、なんやかんやでこうなった、と。

 俺は無事一命を取り留め、こうして意識を取り戻した。

 

「……君はあれかい? もしかして肝心なところで馬鹿なだけじゃなくて、実は阿呆で死にたがりな側面でもあったのかな?」

 

 一通り説明し終わったペルシカリアが、大仰な溜息とともに言葉を紡ぐ。

 

 いや、そんなご無体な。誰が好き好んで死ぬというのか。と、声を荒げて反撃したいところだが、何も言い返せない。つらい。彼女の言葉を否定する理論を構築する前に、現状という事実が重くのしかかる。まあ、少なくとも死にたがりではないはずだが、馬鹿で阿呆ではあるのだろうな。俺に出来ることは、弱弱しい苦笑いを浮かべることだけだった。

 

 ん? いや待てよ。そもそも何でここにペルシカリアが居るんだ。

 

 恐らくここは医療施設だろう。それはほぼ間違いない。それに、M4A1がペルシカリアに助けを求めたのが事実であれば、グリフィン、あるいはI.O.P社の息がかかっている所へ運ばれたのだろうことも予測は出来る。

 だが単純に、重傷を負った俺の意識が回復するまで看病を続ける理由が彼女にはない。

 無論、たまたま様子を見に来たタイミングで俺が目を覚ました可能性はあるんだろうが、それにしたって足しげく俺のところに通う理由も同時にないはずだ。来るなら第一部隊や第三部隊、第五部隊の連中の方がまだそれらしい。いや、第五部隊は門前払い食らいそうだけど。

 

「……ここはうちのラボに併設されている病院だよ?」

 

 そんな疑問を口に出せば、返ってきたのは呆気ない言葉。

 そりゃそうか。昔同じようなことになった時も同じような感じだったしな。

 

「それに」

 

 独り納得していると、ギシリ。椅子の音が鳴る。

 

「私だって一応は感情を持った人間だよ。見知った顔の安否くらい、気にしてもいいじゃない」

 

 そう呟いて、彼女は俺の額へと手を当てた。ひんやりとした熱と細長い指が、僅かに動く。

 

「……心配したさ。人並にはね」

 

 その手は微かに、震えていた。

 

 

 うーん。思った以上に心配されていた。すまん。俺、反省。

 半ば彼女の手に覆われた視界から覗くペルシカリアの表情は、優れない。よく見れば、普段より隈もちょっと深いように見える。不健康そうなのはいつものことだが、今は輪にかけて危うく思えた。それが体調的なものなのか、心理的なものなのかは分からないが。

 

「……ふふっ。君がくれる珈琲豆で挽いた珈琲は、美味しいんだ。数少ない私の楽しみを、勝手に消さないでほしいよ」

 

 冗談めかして、彼女は笑う。どこか気の抜けた、力のない笑みだった。

 

 

 

 ペルシカリアは、俗に言う金持ちだ。少なくとも、前線指揮官とかいう超ブラックな職業に就いている俺なんかよりは相当貰っている。戦術人形の価値を押し上げた第一人者だ、こいつが金を持っていなければこの世の中で誰が持っているのかというレベルである。

 

 珈琲豆くらい、いつでも最高級のものを、いくらでも買える。

 

 だが、ペルシカリアは。

 彼女は。自分で珈琲豆を買わない。

 いつも、クソ不味い珈琲色の泥水を啜っている。

 そのくせ、ドリッパーを持っている。

 最近買ったんだよ、と、何かのついでで耳にした記憶が蘇った。

 

 

 いやあ、顔面偏差値が高いってずるいよな。俺が後10年若ければ、マジで話が変わっていたかもしれない。俺的いつか分からせてやるランキング二位に輝く、時にどうしようもなくムカつく女だが、顔が好みだという事実は覆しようがないのだ。

 

「……そういう台詞は、10年若返ってから言うものじゃない?」

 

 彼女の左手に、自身の右手を重ねる。ひんやりとした熱が、右手を伝わった。ぶっちゃけ右手を動かしただけで全身ハチャメチャに痛かったが、入魂のポーカーフェイスを貫く。ここはオトコノコが頑張る場面だ。

 

 惚れている、かどうかは分からない。別に俺だって女性経験がないわけじゃないし、そこそこの人数は相手にしてきたと思う。断じてチェリーボーイじゃあない。しかし、この感情が果たしてどういう定義に当て嵌まるのか、いまいち掴みかねていた。

 第三者的評価として、彼女がいい女かどうかは、多分否である。顔がいい事実と、俺の好みである事実は彼女の為人をなんら保証しない。趣味趣向はぶっ飛んでいるし、人を揶揄う言動も多い。いわゆる女子力とかいうやつも皆無だ。

 

 ただ、どこか惹かれる女ではある。

 それに俺が惹かれているのかは、分からない。

 分からないが、今この場において、確かに俺は彼女を意識していた。

 

 重なる右手に、少しだけ力を入れる。赤子が握るような弱弱しいパワーだが、それでも何となく、そうしたかった。うーん、多分俺もこの重傷で相当参っている気がするな。普段ならこんなこと絶対にしないはずだが。まあ、それはペルシカリアも同じか。

 

 しばらく無言の時間が続いた後。

 彼女の顔が、少し近付いた。

 しばらくそうしていると、また少し、彼女の顔が近付いた。

 

 幾度かそんなやり取りを繰り返した時間の果て。

 ほんの一瞬。

 それこそ羽毛が掠める程度の接触が、俺と彼女との間で起こった。

 

 

「……ふふっ。生憎私は、そんなにサービス精神旺盛な人間じゃないんだ」

 

 居心地の悪くない沈黙を破ったのは、そんな彼女の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

「指揮官、失礼しま…………は?」

 

 後にも先にも、あそこまで感情を露にしたペルシカリアを見たのは、終ぞその瞬間だけであった。いやあ、さっきのイベントも最高に良かったが、これはこれで眼福だな。謎の猫耳も相まって、実に可愛らしい表情だった。

 

「や、やあM4! ついさっき、彼が目を覚ま」

「指揮官?」

 

 あかん。これ俺もヤバいやつや。

 助けてペルシカリア。




たすけて


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ハリケーン・ラヴコール

今回は、サマシュ様の作品「傭兵日記 / https://syosetu.org/novel/185223/」とのコラボレーション回となっております。


『……近々、お前宛に来客がある。準備はしておけ』

 

 ホログラフの向こうで、珍しく渋い顔を隠しもせずある事実を告げたクルーガー。だが、準備と言われてもこちらとしては誰がいつ来るか分からない以上、俺はそうですか、以外の返しを持ち得ていなかった。

 

 ていうか久々にヒゲから直撃の通信が飛んできて、かつ人払いをしろなんて言うもんだからちょっと身構えたらこれだよ。俺の気苦労を返せ。確かに俺宛の客が来るってのは珍事だが、だからって人払いするほどのイベントだとは思えない。準備をしろというのなら俺以外のメンバーも来客の事実を知るべきじゃないのか。

 

 んん? いや待てよ。ちょっと話の筋がおかしいぞゥ?

 

 そもそも、俺宛の来客ってのがあり得ない気がする。俺は対外的にはただの元傭兵の新人指揮官だ。いやまあ、ここに着任してからそれなりの期間は経っているから、新人ってのは違うかもしれないし、このT01地区の存在を秘密にしているわけでもない。

 しかし、だからと言ってそれは俺のコネクションが増えたとイコールではない。着任当初と比べて広がった知人の輪はT02とT03の若手指揮官、それとシーラくらいだ。前者は俺を訪ねるのにクルーガーを通す理由がないし、後者はそもそもやってこないだろう。俺と彼女の存在はそれくらいデリケートだってことは向こうも十二分に理解しているはず。だからこそペルシカリアに謀られて鉢合わせた時、連絡先も何も交換しなかったんだ。

 

 わざわざクルーガーを通し、更にその存在を俺以外に秘匿したい来客とは。

 嫌な予感しかしねえぞ。誰が来るんだよ。

 

 

『…………ジョン・マーカスだ』

 

 

 なんでだよ。キレそう。

 観念したかのように呟いたクルーガーに対し、一通りキレ散らかして汚い言葉を浴びせたい程度には、その来客の名は喜ばれる類のモノではなかった。

 

 

 ジョン・マーカス。

 正規軍時代、俺の同僚だった人間の一人だ。知り合った時期で言えば、クルーガーとどっこいどっこいといったところだろう。所属や率いていた部隊は全く別だったから、そう頻繁に直接のやり取りがあったわけじゃない。ただ、奴とは正規軍に入隊した時期も近かったもんで、新人時代には割と付き合いがあったやつでもある。

 しかし、俺の記憶が正しければマーカスの野郎は軍部のゴタゴタに勝手に口を挟んで、挙句どっかに左遷されてからさっさと退役したはず。当時は相変わらず直情馬鹿やってるなあ程度にしか思っていなかったが、何がどうなって今再びマーカスとの縁が紡がれようとしているんだ。まるで意味が分からんぞ。

 

『マーカスは今の俺と同様に一つのPMCを率いている。武器庫(Armoury)という名でな、ウチとは一応、業務提携関係にある』

 

 何それ。おじさんそんなの初めて聞きました。

 別にこのご時世、PMCの一つや二つと業務提携を結んでいること自体はおかしいことじゃない。むしろ共通の脅威に対応していかなければならない中で、仲良くできるところとは仲良くしておくに越したことはない。

 だけどお前、そこのトップがマーカスだと話は別でしょ。むしろ俺にこそその情報を流しておくべきじゃないのかよ。どうなってんだおい。

 

『マーカスと提携しているエリアはT地域からは遠い。弁明はしておくが、こちらからお前の所在を晒したことはない。……どこで嗅ぎ付けたのかは分からんが』

 

 うーん。イマイチ信用ならないが、まあ今回に関しては信用してやろう。というかそう思うしかない。クルーガーにとっても俺の存在が公になるのは色々とヤバいからだ。そこらへんの見極めを誤る男じゃないことは俺もよく知ってる。

 となると、どっかから俺のことを嗅ぎ付けたか。マーカスにそこまでの地頭があるとは思えない。そして俺の情報はちょっと探偵が調べました、程度で洗えるようなものでもない。それこそグリフィンかI.O.P辺りのデータベースに侵入くらいしないと無理だ。

 

 類稀なラッキーか、あるいは優秀な人員が居るのか。どっちにしろ碌なもんじゃないな。まったく面倒にもほどがある。

 

『……すまんな。ある程度の情報を把握された上で業務提携を楯に迫られると、こちらとしても一般的な指揮官情報程度を隠す理由がない』

 

 珍しく、実に珍しくヒゲから上辺だけではない謝罪が入った。というかグリフィンに務めてからは初めてじゃないのか。ほんまこいつ。

 ただ、言う通り俺――もっと言えば、タクティス・コピーの情報を隠す理由はない。グリフィンの前線指揮官として立派に雇用登録されている以上、俺という人間が居ること自体は公なのだ。そのバックボーンがめちゃくちゃ複雑なだけで。

 

 まあ、とは言え進んでしまった事態はどうしようもない。時は止められないし巻き戻せもしないのだ。マーカスが来るというのなら、それはもう受け止めるしかない。

 で、近々って具体的にいつ来るんだ。

 

『それは分からん。「待っていてくれ戦友(とも)よ。すぐに行く」などと言っていたからその通りなんだろう』

 

 あ、これ文字通りすぐに来るやつだ。そこらへん、付き合いのあるクルーガーも流石に分かっているな。あいつはやると言えばすぐにやる男だ。そこに余計な時間や猶予は設けない。

 

 さて、一応主だった面子には俺宛にむさ苦しい人間が訪ねてくる可能性が高い、くらいには伝えておこう。俺はしたくないが、まあ昔の話もするつもりだろうから戦術人形に同席させるのはちょっと控えたいところだな。その辺りも含めてそれとなく伝えておくか。

 

 しかしこの間のシーラの件といい、どうも最近俺に関するガード甘すぎじゃない? 困るのは俺よりお前らなんだぞ。もっとちゃんとしてほしい。

 ただでさえ管轄下の地区運営で忙しいというのに、余計な厄介ごとを勝手に引っかけられた気分だ。何事もなく終わってほしいものだが、マーカスが相手ではそれも期待薄である。いやだなあ、俺はまだ禿げたくないぞ。

 

 とりあえずクルーガーとの通信も終えたし、書類の山を片付けるか。やつが実際やってきたら仕事にはならんだろうから、殺せる負荷は今のうちに殺しておかなければならない。

 しかし来るとは分かっていても一体いつやってくるんだろうか。まあ短く見積もっても今日明日ということはあるまい。ヒゲだって、ほぼタイムロスなしで俺に通信を寄越したはずだしな。気楽に、というのは難しいが、あまり気負わずに待つとするか。間違っても喜ぶイベントじゃないけどさ。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな! ブリッツオウル!!」

「……どうも」

 

 

 いや、分かってたよ。マーカスがうちにやってくること自体は分かってた。それを今更どうこう言うつもりはないんだ。クルーガーから通信のあった翌日に来るのはちょっと予想外だったが、それでもこいつの性格を考えれば理解は出来る。

 で、その隣の奴は誰だよ。何で俺が知らない奴を連れてくるんだよ。意味が分からない。こいつ俺の立場分かってないだろ。キレそう。

 

 クソヒゲから情報を齎された翌日。文字通り直ぐにやってきたマーカスの訪問をカリーナが出迎え、基地内の応接室に通した後。少し気合を入れて応接室に顔を覗かせたところ、懐かしい顔と、まったく見覚えのない顔の合計二つが、並んでいた。

 

「相変わらず湿気た顔をしているな。まあそれも性分なのだろうが」

 

 見た目通りの豪快な挨拶を交わしたマーカスが続けて言の葉を放つ。俺のこの顔はポーカーフェイスと言うんだぞこの脳筋め。

 というか昔から思っていたが、どうにもこいつは俺のことを誤解している。正確に言えば紫電の梟(ブリッツオウル)というあだ名についてだ。これ別に、俺個人を指す名称じゃないんだよな。俺を含めた俺の中隊がそう呼ばれていただけである。部隊が全滅した今は逆説的に俺を指す言葉になっちゃったけど。

 

「久しぶりなんだ、そんな顔せずにこいつでもどうだ?」

 

 マーカスは言葉と同時、ドン、と何かを机に強く叩き付ける。

 おっ酒じゃん。上物のスコッチと見たね。こういうところがこいつの嫌いになり切れないところなんだよな、人付き合いの勘所をしっかり分かっている。俺の溜飲も少しは下がるというものだ。

 

 

 俺から見るジョン・マーカスという人間の評価は微妙だ。好ましくもあるし、嫌いでもある。

 より正確に言えば、一人の男としては好感が持てるが、職業軍人として見た時の評価は低い。

 

 鈍感だったりいまいち空気を読まない時もあるが、マーカスは基本的に好い男だ。竹を割ったような気性と性格はいい方向に働いていて、人を引き寄せる魅力がある。統率する、というよりは、勝手に人が集まってくるタイプのカリスマ性を持っている。その一面だけで見れば、人の上に立つ素質は俺なんかよりも余程持ち合わせているのだろう。

 

 だが、こいつは命を投げ捨て過ぎた。武器と同じ感覚で兵隊の命をすり減らし過ぎた。無論、本人に悪意がないってのは分かっている。分かってはいるが、俺の性分柄、こいつとこいつの部隊の戦い方を容認することは出来なかった。

 一番被害の少ない部隊の長。一番被害の大きい部隊の長。俺たちの位置付けは対極だ。俺とマーカス、個人同士の仲が険悪というわけではないが、軍隊というビジネスの場において、俺とこいつは相容れなかったのも事実である。

 

 とはいえ、俺は別に過去のことや戦い方を引っ張り出してこいつと喧嘩をしたいわけじゃない。ここはマーカスの言葉に乗っておいて、真昼間からスコッチと洒落込むとしよう。

 

 で、その前に。そこのお隣さんは一体何処の誰だよ。先に言っておくが、面識のない人間と喋るつもりはないぞ。

 

「おお、すまんな。こいつはジャベリン。武器庫に所属している部隊長の一人だ。俺の肝入りでな、連れてきた」

 

 連れてきた、じゃないんだよ。キレそう。こいつやっぱ嫌いだわ。

 

「……初めまして、ブリッツオウル。俺は武器庫の槍部隊を任されている、ジャベリンだ。貴方の話はボスから聞いている、お会い出来て光栄だ」

 

 いや話を聞いてんじゃないよ。ていうか何を喋ったんだマーカスこの野郎。

 だが、一応いい歳した大人としては挨拶をされたからには返さねばならない。言葉と同時、差し出された右手を軽く掴みながら返答を紡ぐ。まあ今はタクティス・コピーなんですけどね。本来なら俺はマーカスと知己であってはならない。でもそこら辺を分かれっていうのはちょっと酷な気もする。頼むから余計なことを喋らないでほしい。

 ジャベリン、というのはコードネームか。黒髪であるところから恐らく日系の血が入っていることが窺える。マーカスの子供ってわけじゃなさそうだな、色々と似ていない。

 しかしこいつ、顔がいいな。身体つきも立派だしさぞおモテになることだろう。顔面偏差値が高いって男女関係なくずるい。別にムカつきはしないが、世の不公平を感じる。

 

 実際に握手を交わして分かったがこの男、場慣れもしている。何というか、見た目の年齢の割には落ち着きがすごい。多分、今この場で鉄血人形が乱入してきても即座に対応出来ると見たね。訓練か実戦か、マーカスの秘蔵っ子ということなら多分後者なんだろう。かなり鍛えられている印象だ。顔も含めていい部下じゃないか、殺すなよ。

 

「……タクティス・コピー……? ふむ……そうか、そうか……。ニコ――とは、呼ばん方がいいんだろうな」

「ニコ?」

「いい、ジャベリン忘れろ」

 

 だ、黙れこのポンコツゥー! お前今自分が何言ったか分かってんのかこの脳筋-ッ!!

 危ない、ジャベリンの手を全力で握ってしまうところだった。こいつ本当に俺の背景を全く分かってないぞ。ていうかクルーガーが説明しとけよそこら辺はよ。うちの人形が誰も同席してなくてよかったわマジで。

 

「いや、すまん。しかしブリッツオウルよ。お前、正規軍はなんで辞めたんだ?」

 

 マーカスが自前で持ってきたスコッチをグラスに注ぎながら、一言。この質問が出てくるってことは、俺のことは何も知らないということだな。うーむ、これ喋ったらいかん気がする。百歩譲ってマーカスはいいにしても、無関係であるジャベリンに聞かせていい話じゃあない。ジャベリンが同席している以上、その質問には答えられない。

 

「安心しろ、ジャベリンは口も堅い。万が一情報が漏れた際には、俺が責任を持ってこいつを処分する。それはジャベリン自身も理解していることだ」

「えっ」

 

 いや絶対分かってない顔してるじゃん。今知りましたって顔してるじゃん。大丈夫かよ。

 何にせよ、そこが担保出来ないのであれば絶対に話せない内容であることは間違いない。ジャベリン君、そこら辺どうなの。

 

「……大丈夫だ、口外しないことを約束する。うちのボスに誓ってな」

 

 ちょっと間があったことは突っ込んじゃダメですかそうですか。ただまあ、詳細はともかくとしてマーカスが俺の居所を掴んでしまった以上、調べられればアタリも付く。元正規軍大尉とタクティス・コピー。この二つが結びついてしまった時点で負けだ。

 

 

「…………全滅、だと? お前の部隊が、か……?」

「マジか……」

 

 観念して俺が正規軍を辞めた――正確に言えば居られなくなった話を端的に伝えれば、返ってきた反応は驚愕だった。

 いやそりゃあんな奇襲喰らったら死ぬでしょ普通。どれだけ俺の部隊と俺の実力を神聖化してたんだお前は。俺だって本来はあそこで死んでいたはずなんだぞ。

 証拠とばかりに左足の裾をめくり上げてみれば、マーカスとジャベリン、両方の一層の驚きが手に取るように伝わってきた。

 

「……すまんな、何だか謝ってばかりだが。そんな話をするつもりじゃあなかったんだ。悪かった」

 

 言いながら、マーカスがスコッチを注いだグラスを俺の方へ寄せる。なみなみと注ぎやがってこの野郎。このご時世、ちゃんとした酒は間違いなく高級品だ。マーカスと言えどもここまでの品はそう簡単に手に入るものじゃない。中々に豪快なことをしてくれる。

 

「まあとにかくだ……。再会を祝って、乾杯」

「えー……俺は、そうだな……ブリッツオウルに会えたことを祝って」

 

 ジャベリン君、完全に蚊帳の外じゃん。秘蔵っ子なのは分かったが、それを加味したとしても何で連れてきたんだ。彼は彼でポーカーフェイスがそこそこ上手そうだが、どう見ても戸惑いが隠し切れていない感じがする。

 まあいいや。俺はもう知らん。今日はこの酒を味わうことに全力を注ごう。

 

 乾杯の音頭で、各々の持つグラスが小さく鋭い音を鳴らす。

 あー、美味え。いい酒だなこれマジで。俺も今度カリーナに言って仕入れてもらおうかな。めちゃくちゃ高いとは聞いたけど、俺の給料ならちょっとくらい大丈夫だろう。多分。どうせ他に使うことないし。

 

「ああ、そうだ。今日ジャベリンを連れてきたのには一つ理由があってな」

「えっあんの」

 

 大丈夫かよ、肝心の当事者が全く話を理解出来てないっぽいけど。

 ちまちまとスコッチを味わいつつ、断片的な会話を挟みながら慎ましやかな閑談に勤しんでいたところ。マーカスがふと思い出したかのように声を発した。

 

 

 

「ジャベリンにお前の戦い方のイロハってやつを少し叩き込んでやってくれないか。こいつは間違いなく優秀なんだが、一人で無茶したり大怪我をこさえることも多くてな」

 

「えっ何それ聞いてない」

 

 当然だけど俺も聞いてないですー。今聞きましたー。

 えっ、俺の左足見てそれ言う? マジで? ていうかもうアルコール入っちゃってるんですけど。何、お前ら今日泊まる気? 暇人かよ。

 

 まあいいや。少しだけなら付き合ってもいいだろう。マーカスがここまで褒める部下というのも気にはなることだしな。

 しかし、ただ単に労働するだけではどうにも割に合わないのも事実。このスコッチに加えていくつか酒も融通してもらうか。それくらいは許されてもいいよね。

 

 

「それくらいなら構わん。ジャベリンに後日用意させよう」

「えっ」

 

 よし、言質とった。頼んだぞジャベリン君。




※※秘匿情報の一部開示が許可されました※※

氏名:ニコ■・■■■■■■





マーカス社長からアツいラブコールを受けた気がしましたのでこんな感じになりました。

傭兵日記は語り手であるジャベリンのキャラクター、武器庫の人間や戦術人形なども非常に読みやすい作品ですので、皆様も是非読んでみてください。

そしてサマシュ様、改めておじさんを出して頂きましてありがとうございました。
好き勝手やっちゃいましたので、万が一問題がありましたら遠慮なくお申し出ください。


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