高垣さんにフられました。 (バナハロ)
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プロローグ
未練があったって良いじゃない、人間だもの。


 それは、特に何かあったわけでもない、いつも通りの日だった。いつものように仕事を終え、いつものように帰宅しようと思っていた、特に何の変わりのない日。

 そんな日だったからだろうか、何となく飲みたい気分になってきてしまい、近くのバーに入った。

 たまーにだが、こうして自宅以外で飲みたくなる。まぁ、早い話が旨い飯を摘みにしたいだけなのだが。

 自分で作ってもうまくない。俺には自分で作ったから美味しく感じるとか、そういう感覚はない。製造過程が同じなら、誰が作ろうと同じ味になるのだから。

 いや、そんな話はどうでも良くて。とにかく、店で飲みたくなった。

 カウンター席を一つ取り、とりあえずマティーニを頼み、ポケットからスマホを取り出す。

 

「……」

 

 Twitterを流し見しつつ、ボンヤリと宙を眺める。……ゲームでもやるか。FGOのイベントを走り始めた。

 こうしてバーでのんびり出来る時間は嫌いじゃない。社会人になると忙しくなるから、前からの趣味に時間を費やす事はほとんど出来なくなってしまった。

 だから最近の息抜きはほとんどゲームだけ。もう少し他の趣味も欲しいとこだけど、無いものは仕方ない。

 しばらくスマホをポチポチといじるだけがこんなに楽しいとは思わなかったが、やはりゲームだ。そこまで癒されるわけでもない。酒の癒しも一時的なもの、タバコはやめたし、他には……。

 

「チェイサー飲んで〜……チェイサー!」

 

 耳に響く声が不意に聞こえ、思わず飲んでるマティーニを吹き出しそうになった。

 この声は……え、嘘だろ? どんな偶然? なんでいるの? 

 思わず反射的に振り返ると、その声の主と思われる見知った顔が別のテーブル席で飲んでるのが見えた。

 

「楓ちゃん、あんまり騒がしくしないの。周りの迷惑よ」

「ふふ、瑞樹さんもご一緒にどうです? 割とスッキリしますよ?」

「しないわよ。他のお客さんもいるし、ここは居酒屋じゃないんだから。ね?」

()()()()()()()()()へ!」

「分かりにくいし、今の時間から京都に行くのは無理よ!」

 

 ……相変わらずだな、楓の奴。俺と関わっていた時と何も変わっていない。むしろ悪化してるまである。一緒にいる人はアイドルの川島瑞樹さん、だったか? 悪くないツッコミ力だな。

 いや、そんなのどうでも良くて。とにかく、今はなるべく関わり合いにならないようにしよう。俺と楓の関係は、もう赤の他人なんだから。

 顔を前に背け、再びカクテルとゲームに集中しようとした時だ。

 

「……あら? あらあらあら? もしかしてぇ……樹くんですか?」

 

 ……うーわ、気付かれたよ……。どうしよう、無視するか? あんまり関わりたくないんだけど……向こうにとってもその方が良いだろうに。

 

「ちょっと……楓ちゃん」

「大丈夫ですよ、瑞樹さん。……ね? 樹くん?」

 

 ……聞こえない、聞こえなーい。何ならトイレに行って誤魔化すのも……。

 

「トイレに行って誤魔化すのは無しですよ? 樹くん」

 

 気が付けば、真後ろに来ていて俺の肩に腕を回して組んできていた。おい、いくら知り合いでも3年ぶりに会った奴と肩を組むか? 

まぁ、目の前の女に普通の神経があるとは思っていないが。図太さと無神経さは普通じゃない。

 

「何も変わっていないんですね、樹くんは」

 

 少し、声のトーンが下がった気がした。俺の考えなどまるでお見通し、と言わんばかりの声だ。

 楓の空気の変化を感じ取ってか、隣の川島さんが口を挟む。

 

「何してるのよ。知らない人でしょ?」

「違いますよ? 流石に知らない人にこんな絡み方はしませんよ」

「この前、酔っ払って禿げたおじさんの頭にバナナの皮乗せてたじゃない」

「そうでしたっけ?」

 

 何してんだよ、お前……。呆れ気味に小さくため息をついていたのが、まさに隙になったのだろう。俺が何か言う前に、高垣楓は平気な顔で爆弾を投下した。

 

「加賀山樹、私の学生時代の元カレです」

「えっ」

「……はぁ」

 

 川島瑞樹さんが声を漏らし、俺は隠すこともなくため息をついた。マスターが裏に戻っていたのは奇跡のタイミングだったと言えるだろう。他にお客さんもいないし。

 ……そうなんですよね。俺はこいつと大学4年まで付き合ってたんだよ。絶対、バレたら面倒な事になるから誰にも言わなかったけど、まさかこんなとこで知らない人にバレるとは……。

 

「ちょっ、楓ちゃん! こんなとこでそんな暴露しちゃダメ……!」

「本当の事ですよ? もう、色んな事……それこそあんな事やこんな事もシちゃっ」

「そこまで! 分かったからとりあえず席に戻って聞くわね⁉︎」

 

 強引に楓を席に連れ戻す川島さん。大変だな、学生時代の俺のポジションは、今は川島さんがやってくれているのか。かなり、苦労してそうなもんだ。

 昔は大変だった。レポートも授業の板書も何もかも俺が楓の分まで面倒を見ていた。かなり大変だったが、それでも楓が「ありがとう」と言ってくれたから頑張れたし、悪い気もしなかったっけ。

 ……あの頃は若かったからな。それに、なんだかんだ俺が唯一、話す人になったし。なんて物思いにふけながらグラスを傾けていると、後ろの席から声が聞こえて来る。

 

「ね、楓ちゃん。そういえば、明日は仕事じゃなかった?」

「大丈夫ですよ? 午後からですし」

「そう。何のお仕事だっけ?」

「それより、私の元彼ですよ? 聞きたくないんですか? 樹くんとの話」

「正直、聞きたいけど……」

 

 チラッと俺の方を見る川島さん。まぁ、俺がいる前でそんな話したくないわな。俺はあんま気にしないが、そういうのって第三者の方が気にするし。

 しかし、それが通らないのがそこのボブ女だ。ダメ人間は修羅場を楽しむものである。

 

「大丈夫ですよ。樹くんはメンタルは強いですから。学生時代だって、私が声をかけるまでは一人だったんですよ? 食堂で1人でご飯を食べられる人なんて中々いません」

「いやそういう問題じゃなくて……」

「嫌な話は聞かないようにするのも上手ですし、気を使う事なんてないです」

 

 ……どうやら、まだ俺の事を嫌っているようだ。いや、まぁその推測は合っていますけどね。嫌なものを見ないようにするのも聞かないようにするのも得意だ。

 まぁ、嫌われるのは慣れている。

 

「じゃあ、お店変えない?」

「嫌ですよ。ここのマスターの作るカクテル美味しいんですから」

 

 ‥‥面倒臭いな。楓はともかく、川島さんに気を遣わせるのは申し訳ない。俺はスマホにイヤホンを挿し、音楽を聴き始めた。

 しかし、楓は上手くやってるんだな。プライベートで同僚と飲みに来るとは。川島さんはアナウンサーからアイドルになった人だったか? 面倒見良さそうだし、楓の外見とは真逆の本性を見ても距離を置くような事は無いだろう。

 もう心配する立場でもないのに、何故かホッとしつつゲームに集中した。

 

 ×××

 

 アレから2〜3時間ほど経過したくらいだろうか? 酒も随分と飲んだし、酔いも回ってきた。

 そろそろ帰るか、と思った俺は、イヤホンを外してお代をマスターに渡した。

 

「ごちそうさま」

「ありがとうございます」

 

 髭面でダンディーな強面のマスターが、ペコリと頭を下げる。本当にカッコ良いなこの人……奥さんとかいるのかな。

 ふと楓と川島さんの方に目をやると、楓は潰れていた。珍しいな、あいつ強いのに。俺と飲んでた時は潰れることも多かったが、他の奴と飲んでいた時は絶対に潰れないで帰って来てたのに。

 

「楓ちゃーん、起きなさいよ」

「んん〜……」

 

 ……まぁ、酔い潰れたら面倒臭いんだよな、あのバカ。楓と川島さんがどれほどの付き合いなのか知らないが、まず間違いないのは俺の悪口が盛り上がって楓が飲みすぎたのは間違いない。このまま放置するのは忍びないわ。

 

「川島さん」

「あ、あら、えーっと……加賀山さん、ですよね?」

「はい。いつも楓がお世話になってます。‥……元彼がこんな挨拶するのも変かもしれませんけど」

「いえいえ。川島瑞樹といいます。よろしくお願いします」

「どうも、聞いてるかもしれませんが、加賀山樹です。……それで、そいつの飲み代なんですけど」

 

 財布から一万円札を取り出し、机の上に置いた。

 

「これ使って下さい。タクシー代も込みで」

「え、いやいただけませんよ……! ただでさえ、楓ちゃんは加賀山さんの悪口で盛り上がってこうなってるのに……!」

「つまり、俺の所為でそうなったんだから、気にしないで下さい」

「す、すみません……」

「いえいえ」

 

 ……元とはいえ、申し訳ないからな。なんかバカを押し付けてしまったみたいで。

 

「じゃ、失礼します」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 挨拶だけして、足早に立ち去ろうと背中を向けた。

 ……しかし、まさか楓と再会するとは思わなかったな‥……。いや、再会って程じゃないか。一緒に飲んだわけでもないし。

 ただ、元気にやってるようで何よりだ。昔から新しい環境には早く馴染めても、いつまで経っても空気は読めない奴だったから。

 ぶっちゃけ、俺はまだ楓に未練がある。つーか、未練しかない。振られた理由も分かっているから、尚更だ。

 3年も経ってウジウジしてんな、と思われるかもしれないが、未練があるものは仕方ないじゃん。初恋だったし。結局、ゲームをやるようになったのも、楓と別れてからだ。単純な現実逃避という奴だろう。

 かと言って、向こうにとってはそうでもない事だろうし、こちらから再び「付き合って」なんて言うつもりはない。むしろ、迷惑をかけるだけだ。

 

「んん〜……いつき、くんのバカ……」

「……」

「……きらいです……その冷めた目も……冷たい態度も……」

「楓ちゃん、お水」

 

 ……やっぱ、嫌われてんな。まぁ、別れる直前とかはほとんど構ってやれなかったし、仕方ないと言えば仕方ないんだけどな。

 しかし、こちらとしては冷たくしていたつもりはない。仕事の余裕が出てきた今でこそ、向こうからすれば冷たく感じてたんだろうなぁって思える。

 今日は神経使ったし、早く帰って寝よう。

 お店を出て、のんびりと帰路についた。

 

 



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知り合いが有名人になっても、こっちの感覚はたいして変化しない。

 昨日は最悪の日だったな……。家に帰れば、ドッとフラれた直後の胸の痛みが再発し、それが目を覚ました翌日の朝、すなわち今でも続いている。

 まぁ、そういう時でも仕事は容赦なくあるわけだし、今日も今日とて出勤だ。家を早めに出て、電車に乗って会社へ来た。

 こうして朝の間だけでも、楓が出演している広告やCMが多く流れていて、中々気が休まらない。少し346事務所の場所を押さえておくか。その付近の居酒屋やバーには寄らないようにするために。

 とりあえず、のんびりと仕事を始めた。パソコンを前にキーボードを叩いていると、お昼頃になっていた。集中すると過ぎ去る時間は早いよね。

 さて、お昼はどうしようかな。今朝は寄り道したくないあまり、昼飯を買うのを忘れてしまった。食べに行くしかないわけだが……今の俺には、一緒に飯を食べに行く友達はいない。前は一人いたんだけどな。

 とりあえず、飯は食いたいので買いに行くことにした。近くのコンビニに足を運ぶ。

 自動ドアを潜ると、また見知った顔が苦笑いを浮かべていた。

 

「よろしければ、ご一緒にこちら、からあげ○ンは如何ですか?」

「え? あ、あー……じゃあ……」

「相変わらずっすね」

 

 声を掛けると、こちらを見たのはやはり三船さんだった。

 

「あ……加賀山さん。お久しぶりです」

「どうも。偶然すね」

 

 元同じ会社にいた三船美優さんだ。同期で、流されやすい三船さんは色んな人に仕事を押し付けられていたが、同期のよしみで手伝ってやった事もあった。まぁ、俺が言い出したんじゃなくて、同じく同期の奴が「手伝ってやろうぜ」と誘って来たからだけど。

 本当は押し付けて来るやつをなんとかしないと根本的な解決にはならないはずだが、まぁそういう連中ほど怒られたら逆ギレするものだ。

 ちょうど俺も、楓にフラれたりだなんだと色々あって傷心気味な日々だったから、そういう打ち込めるものがあったのはありがたかったし。

 

「良いんですか? 買っちゃって」

「え? え、ええ、はい。良いんです、食べたいですし」

 

 ……まぁ、本人がそう言うなら良いか。俺が口を出すところじゃない。

 三船さんが買い物を済ませるのをのんびり眺めていると、どういうわけかこっちに目を向けた。

 

「あの、よかったら外でご一緒にいかがですか?」

「良いんですか?」

「はい。せっかく久しぶりに再会できたんですし」

 

 まぁ、一人で食うよりは良いか。普段、飯中はゲームをするのがデフォなんだが、たまにはそんなのも良い。

 俺も適当におにぎり二つとフライヤーフードのチキンを購入し、三船さんと一緒に店を出た。

 

「どこで食べます?」

「近くに公園があるんですよ。今日は天気が良いので気持ち良いですよ?」

「へー、そんなとこあるんすか」

「もう……会社の近くの施設のことも知らないなんて。……さては、ずっと家から出ないでゲームばかりしてますね?」

 

 バレたか。当時から、三船さんには注意されてたけど、結局治らなかった。

 呑気にそんな話をしながら、三船さんの言う公園に向かい、ベンチに座った。

 確かに三船さんの言う通り、この公園は自然が多く、日差しも木に隠れて良い感じなライティングになるため、昼飯を食う場所としては心地良い。

 近くではドラマの撮影をやっていたのか、それっぽいスタッフや機材が置いてあった。

 

「……もしかして、三船さんあれに出るんですか?」

「は、はい……。まぁ、主演ではないんですけどね」

「すごいですね。なんか、一気に住む世界が違う人になったみたいっす」

「そんな事ないですよ。私は結局、当時から何も変わっていませんよ?」

 

 本人はそう言うが、俺から見たら変わったように見える。前はこんな雑談でも、ここまでハキハキ話す人ではなかった。

 やっぱり、アイドルとかそういう職につくと変わるんだろうな。自覚がないうちに。

 

「……ま、確かに流されやすさは変わってないっすね」

「も、もう……さっきの話は忘れて下さいよ……」

 

 恥ずかしそうに頬を染めて俯く三船さん。こんな風にアイドルと気安く話せるのは、割と得な立ち位置だよな。まぁ、俺はアイドルに興味ないから、感覚としては元同期と飯食ってるだけなのだが。

 チキンを食べ終え、ゴミを丸めた俺は、とりあえず聞いてみた。

 

「で、どうすか? そっちの仕事」

「楽しくやらせていただいていますよ。踏み出してみて正解でした。……こうして、ドラマやバラエティ番組とかCMみたいにテレビ出演までさせていただいて、とても楽しいです」

 

 ああ、CMっていうとアレか。

 

「あれ見ましたよ。シャンプーのCM。泡でおっぱい隠してる奴」

「も、もう……! あのCMについてはあまり言わないで下さいよ……! プロデューサーが『もっとえっちに!』なんて言うから……」

 

 流されているのは相変わらずのようだが。まぁ、性分なんだろうな。優しさと甘さは違うんだが、そろそろ理解した方が良い気もする。

 

「ああいうのって本当に裸でやってるんですか?」

「そんな訳ないです! ちゃんと下に水着を着てて、その水着が見えないように泡で隠してるんです」

 

 なるほど……って、考えてみりゃそらそうか。裸なんて簡単に見せて良いもんじゃないし。

 

「……そういう話を異性とか関係なく突っ込める辺り、加賀山さんも変わってませんね」

「そうっすか」

「はい、そうっす」

 

 何それかわいい。本当、明るくなったなこの人。こっちの職場にいた時は、こんな風に人の口調を真似するような同意はしなかった。

 とはいえ、あんまこういう三船さんが出てるシャンプーのCMやボディソープのCMや日焼け止めのCMや口紅のCMの話してると通報されそうだし、話題を変えるか。

 

「ちなみに、アイドルって他の方達はどんな感じなんですか?」

「他の方?」

「三船さんの同期とかいませんか?」

「ああ、そういうことですか。……そうですね、基本的には皆さん、良い人達なんですけど、少し変わった人が多いですね」

 

 この時、三船さんがどこの事務所に所属しているのか聞いてもないのに「変わった人」のワードで楓の事を思い出してしまった俺を誰が責められよう。楓のことを聞こうとしたわけではなく、昨日その時の飲みで一緒だった川島瑞樹さんのことを聞こうとしていた。

 

「川島瑞樹さんとかとお知り合いなんですか?」

「あ、はい。瑞樹さんとは同じ事務所ですよ」

 

 その返事を聞いて、思わず凍り付いた。てことは、目の前の女性は楓とも同じ事務所であるわけで。

 話題をミスった、と今更になって冷や汗を掻く。しかし、目の前の三船さんは似合わないニヤケ面を浮かべた。

 

「もしかして、加賀山さん……」

「なんすか?」

「瑞樹さんのファンなんですか⁉︎」

「……」

 

見当違いも良い所だ……。まぁ、今の流れならそういう勘違いをするのも分からなくはないが。

 さて、どうしたものか。アイドルと付き合ってました、なんて自慢をするのも嫌だし、いっその事、そういうことにしておくか。

 

「まぁ、そうすね。綺麗な方だと思ってますよ」

「ふふ、そうですか♪」

 

 楽しそうだなオイ。川島さんのことは名前と性別と職業しか知らないんだが……まぁ良いか。

 

「綺麗な方ですよね、瑞樹さん。それに、趣味は掃除と洗濯で家庭的な方なんですよ」

 

 家庭的と呼ぶには料理が抜け落ちてるな……。まぁ、できないってことはないんだろうし、俺は料理出来ないから人のこと言えないが。

 

「はぁ……まぁ、そうっすね」

「それに、私が楓さんに……あ、事務所のアイドルの方なんですが、その人に潰されそうになると途中まで庇ってくれますし」

 

 あいつ、やっぱ潰すまで飲ませてんのか……。あと、結局三船さんは飲まされてそう。途中までって言っちゃってるし。

 

「良い人なんすね」

「はい。瑞樹さん以外にも、良い人はたくさんいますよ?」

「そうすか」

 

 おにぎりを食べながら、適当に相槌を返す。本当に楽しんでいるんだろうな。前の環境を知る数少ない人物にそういうのを話せるのが楽しいのか、とても明るく語ってくれた。

 

「‥……楽しそうで良かったっす」

「はい。……加賀山さんはどうなんですか?」

「何が?」

「いえ、入社して二ヶ月くらい経過した時の同期飲みに行った時、珍しく悪酔した時に仰ってたじゃないですか。彼女にフラれたとかなんとか」

 

 ……あー、俺がまだ同期会に誘われてた頃か……。そんなこともあったっけ……。ちなみにその飲み会を最後に俺は誘われなくなりました。

 

「あー……もしかして、変な噂とか立ってました?」

「あ、あはは……まぁ、そうですね……」

 

 ……まぁ、今にして思えばそうかもしれない。外見は歳相応だろうが、明るいタイプには見えない自覚はあるし、そんな奴に一個下の大学生の彼女がいる時点で悪目立ちするだろうし、普段の同期会でもあまり彼女の話は出さなかった。

 そんな奴が、フラれた直後に悪酔すれば変な噂が立つのは当然だ。

 

「……すみませんね」

「い、いえいえ! 私は別にそういうの気にしていませんでしたから」

 

 話題をミスった、と今更思ったのか、三船さんは黙り込んでしまう。別に気にしちゃいないんだが……まぁ、時間的にはちょうど良い頃合いだな。

 昼飯も全て食べ終わり、ビニールゴミを袋の中に入れると、三船さんの隣に置いてあるゴミに手を伸ばした。

 

「それも捨てときますよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 一つのビニールにまとめて縛ると、立ち上がって小さく伸びをする。その俺に、三船さんは意外そうな顔で聞いてきた。

 

「煙草、やめられたんですか?」

「え?」

「いえ、以前は割と吸っていたような気がしたので」

「あー……まぁ、はい」

 

 楓が嫌がってたからな。ま、別れてからやめても仕方ないんだけど。

 そんな俺を見て、三船さんはクスッと微笑むと、立ち上がってから声を掛けてきた。

 

「今日は無理ですけど……よろしければ、今度、飲みに行きませんか?」

「え?」

「こうして会えたのも、何かの縁ですから」

 

 ……縁とか言われてもな。流される性分は昔と何一つ変わっていないのを確認した、そっちにとってはわりと恥ずかしい縁だと思うんだが……‥まぁ良いか。

 

「良いですよ」

「ふふ、ありがとうございます。連絡先はー……変わってます?」

「変わってないですよ」

「そうですか。では、その時はご連絡しますね」

「ほい」

 

 そんな適当な約束をして、俺は会社に戻った。そろそろ昼休みも終わりだ。

 

 



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居酒屋では(1)

 居酒屋に呼び出された三船美優は、店内に入るなり辺りを見回した。こっちに向かって手を振っている一団に目を向けると、いつものメンバーが手を振っている。

 川島瑞樹、そして高垣楓の二人だ。ついこの前もこの二人と飲みに行った気がするが、まぁその辺にツッコミを入れてもどうにもならないので流すことにした。

 

「こんばんは」

「お疲れ様」

「お疲れ様です」

 

 微笑みながら挨拶して、席についた。

 

「とりあえず、生を頼んでおきましたよ」

「ありがとうございます」

 

 相変わらず、自分達のイメージとか全く気にしない人だ。や、アイドルが酒を飲んじゃいけないなんてルールは無いが。

 

「お疲れ様、美優ちゃん。撮影大変だったでしょ?」

「いえ、CMの時みたいに『エッチなポーズしろ』みたいな指示が無かったのでそこまでではなかったですよ?」

「え……?」

 

 開口一番、意外な毒を吐かれて瑞樹の表情は若干、凍りついた。

 それを察知し、美優は「あっ……」と声を漏らして苦笑いを浮かべた。

 

「す、すみません……お昼は久しぶりにお知り合いと食べたので、その人の感じが混ざってしまったみたいです……」

「感じって……ていうか、知り合いって?」

 

 瑞樹が聞くと、飲み物が来たのでひとまず乾杯した。ゴキュゴキュと三人で喉を鳴らした後、改めて説明する。

 

「前の会社にいた方です」

「男?」

「はい」

「というと?」

「いや、そういう感じの方じゃないですよ?」

 

 ニヤリと微笑みながら言われたものの美優は落ち着いて答える。これが図星なら間違いなく慌てるはずなので、本当に白なのだろう。

 美優としても前の会社の話はあまりしたくない。良い思い出の方が少ないから。そのため、それ以上に気になることがあったのでそっちに話を逸らした。

 

「それより……楓さんはどうかなさったのですか? いつもより静かですけど……」

「そうそう。そうなのよ。楓ちゃん、元彼とこの前会ったのよ」

「へ?」

「もう……大変だったのよ? あの後、彼がイヤホンをつけたのを良い事にガンガン愚痴とお酒が進んじゃって……いつもより介抱に労力が掛かって……」

「楓さん……彼氏がいらっしゃった事あるのですか?」

 

 大変だった、労力が掛かったと言っているのに美優が聞いてしまったため、その日の飲み会は地獄が確定した。

 静かな楓はビールを一口で飲み干すと、店員さんに声を掛けた。

 

「すみません、ハイボールおねがいします」

 

 げっ、と美優が冷や汗を掻くのと、瑞樹が額に手を当ててため息をついたのが同時だった。

 運ばれてきたハイボールをさらに一口で半分ほど飲み干し、楓は早くも顔を若干、赤くしたまま続けた。

 

「そぉなんですよ……せっかく、忘れかけてたときに、樹くんと遭遇してしまいましてね……」

 

 あ、加賀山さんと下の名前一緒だ、と思ったが、口に出す事はなかった。構わず楓は続けた。

 

「よーやく私が忘れかけてた頃に、いきなり現れて……本当、間の悪さは一級品なんです、あの人」

 

 彼女だったからだろうか、その人のことを知り尽くしているような言い様だ。実際、3年ほど付き合っていたから、割と何でも知っている。

 

「昔からなんです。クールを気取ってるのか何なのか知りませんけど、感情を表に出してくれないんです……」

「あー……それはキツいわね。何かプレゼントしても顔に出ないんだ?」

「いえ、まぁ……長い付き合いなのですぐに見分けはつきますが」

 

 つくんなら良いじゃん、とも思ったが、まぁ確かに僅かな反応ではなく大きな反応が見たいものだ、とも思えるので、そこはツッコミを入れないでおいた。

 

「意外と反応がなかったらなかったで可愛いんですよ。真顔なのに内心では喜んでると思うと、何だか悪くないんですけどね」

「確かにそういう男の子も……いや、社会人にもなってそれは面倒臭くない? 子供じゃないんだから」

「私が付き合っていたのは、彼が大学二年から社会人一年の3ヶ月目までなんですけどね」

「まぁ、大学生なら分からなくもないけど……」

 

 なんて話をしている間、美優は「んっ?」と小首をひねる。そういえば、自分と昼飯を食べた元同僚も、大学から付き合っている彼女と三ヶ月で別れていたような……まぁ、割とある話か、とすぐに思い直した。

 そんな美優の気を察してもいない楓は、真っ赤な顔のまま愚痴を続けた。

 

「そう。大学二年と言えばですね! お付き合いを始めてから初めて彼のお宅にお邪魔した時です」

「か、彼のお宅にお邪魔って……」

 

 そのフレーズだけで何故か頬を赤らめる美優に、楓と瑞樹は顔を向ける。ナニを想像したのか丸分かりだった。

 当然、そんな反応をすればからかわれるのは必須なわけで。

 

「特にやらしい事は何もしてないのですが……美優さんは何を想像したんですか?」

「え? え、えーっと……別に何も……!」

「別に彼氏の家に行くのはエッチなことが全てじゃないわよ?」

「もしかして……美優さんって処女なんですか?」

 

 二人に同時に見つめられ、さらに顔が真っ赤になる美優。やがて、両手で顔を覆ってしまった。

 

「も、もう……そんな目で私を見ないで下さい……!」

「ふふっ……♪ えっちな()()()()()()()()

「やめて下さい……!」

 

 酒臭そうな顔で抱きつく楓と、歳下に良いようにいじられる美優はそれはそれで可愛らしかったが、瑞樹としては少しかわいそうな気もしたので、微笑みながら楓に声をかけた。

 

「ほら、楓ちゃん。それで、どうしたの?」

「可愛い顔を見せてくださ……あ、はい。えーっと……そう、その後。お付き合いを始めてたのにエロ本を持っていたんですよ⁉︎ それも隠すつもりもなく平気で本棚に入れてあったんです! どう思いますか⁉︎」

 

 唐突に声が大きくなったが、瑞樹も美優も顔を見合わせる。

 

「どうと言われても……まあ、確かにないわね」

「ていうか……それその彼氏さんの方がきついのでは?」

「問い詰めました! そしたら『ちなみに昨日、買いたてホヤホヤです』って親指立てられました」

 

 それは確かにあり得ない、と美優と瑞樹は頷いた。開き直るどころの騒ぎではない。何のアピールをしてるのか、と呆れる程だ。

 

「そ、それでそのエロ本どうしたの?」

「ちり紙交換に出してやりましたよ。他のエロ本も全部丸ごと。彼、一人暮らしだし少しでも生活費を浮かせたいと思っていたでしょうから」

「や、優しいのか厳しいのか分かりませんね……」

 

 割と厳しい判断だった。当時、そのちり紙交換には楓が立ち合い、てっきり捨てられるもんだと思っていた彼氏は、まさかの赤の他人であるちり紙交換のおじさんに、自分の趣味嗜好、そしてエロ本を彼女に見つかるダサすぎるシチュエーションの二つがバレてしまい、死ぬほど後悔したから。

 二重の意味で一石二鳥の解決法に、美優も瑞樹も苦笑いを浮かべる中、楓はハイボールを飲み干し、さらにハイボールを注文してから続けた。

 

「大体、あの人は私が怒ると昔から開き直るんですよ。ほんと、そういうとこ昔から嫌いでした」

「……あの、じゃあ何故、お付き合いする事になったんですか?」

 

 あまりに攻撃的な言葉が飛んできたため、思わず気になって聞いてしまった。

 その良いタイミングで、新たなハイボールが運ばれてきた。それを、今度は一気に飲み干されてしまい、流石に瑞樹も美優も背筋が伸びた。そんな飲み方を何度もしてると、いくら強くても潰れる。

 酔っている楓は、何の躊躇もなく、酔っぱらったヘラヘラした笑みのまま続けた。

 

「決まってるでしょう、好きだったからですよ?」

 

 そう正面から告白され、何故、質問した美優が顔を赤くしているのだろう、と瑞樹が思った間も、楓のトークは続いた。

 

「私がピンチな時は必ず助けてくれる所も、冷静沈着に見えて内心では割と焦ってる所も、手先は器用なのに人間関係は不器用な所も、彼女であっても甘やかす気は無くて、本当に私のためを思って厳しくしてくれてる所も、全部大好きです」

「……」

「……」

 

 ありのままをありのまま言い放った。普通の女性なら、恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら、ボソリボソリと呟きながら言う所だろう。

 しかし、高垣楓の神経は普通のものではない。過去にあった出来事くらい、平気な顔で言えるものだ。

 流石だなー……なんて思いながら眺めていると、楓の身体はゆらりと前のめりに倒れ、額を机に強打した。

 

「……うう、樹くんのばか……」

 

 ……微妙に肩が震えてる。もしかしたら、泣いているのかもしれない。美優と瑞樹は顔を見合わせると、少し気まずそうな顔をする。というか、気まずくない理由がない。

 

「‥……少し、お手洗い行ってきますね?」

「私も」

 

 二人揃ってトイレに向かった。勿論、用を足すことが目的ではない。手を洗いながら、のんびりとお話を始めた。

 

「……ふぅ、なんか楓さんも大変だったんですね……」

「そうね。私も前に愚痴を聞いたんだけど……まぁ、ああいう楓ちゃんも新鮮で可愛いけどね」

「ですね……。でも、何で別れちゃったんですかね? なんかあの様子ですと、楓さんもまだ好きだったんでしょうに……」

「それがね……彼氏さん、一個上なんだけど、先に就職しちゃったのよね。で、新人の社会人だから中々、デートの時間取れなかったみたいで……」

「あー……いえ、でも休日くらい……」

「彼氏さん、スタミナがないモヤシ系男子だったらしいから。休日とか一歩も家から出たくなかったんだって。楓ちゃんも当時は若かったし就活中だったらしいから、中々休みが合わなくて……それで」

 

 なるほど、と美優は苦笑いを浮かべる。

 

「でも、私は楓さんの肩をもってしまいますね。私も新入社員の時は仕事が忙しくて疲れてテンパってしまう事もありましたが、それでも大事にして欲しいと思います。特に、歳下の女の子なら尚更」

「あー……まぁねぇ。楓ちゃん、子供っぽいし、かまってちゃんだからね。でも、確かに入社したての頃は大変だし、そっちもわかるわよね」

「それは……そうですが。でも……」

 

 ちらっとトイレの扉の向こう……自分達の席で一人、俯いている楓の方を見た。普段、飲みの時はいじられるにいじられ、潰される事も多々あり、たまにはこっちが優位に立ってみたいと思った事もあったが、いざこうして弱っている楓を前にすると、中々、見ていられない。

 かと言って、顔も名前も知らない相手の男性の事でどうにかしてあげることなんて出来ない。そもそも、そこまで首を突っ込むべきかも分からないから。

 

「……でも、何とかしてあげたいですね……」

「そうね……。せめて、二人に別の恋人が出来れば……」

 

 そう、瑞樹が呟いた時だ。美優はハッと名案を思いついたような表情になった。

 

「どうかしたの?」

「……楓さんが好きそうな条件に当てはまる人が1人、私の元同僚にいます……」

「あら、そうなの?」

 

 何せ、自分が仕事を押し付けられていた時は手伝ってくれて、仕事を終わらせる早さは同僚の中でもトップなくらい器用で、それでいて割と厳しいところもある男が。しかも、その人も彼女と別れて今は独り身のはずだ。

 

「……紹介してみましょうか?」

「そうね……まぁ、本人達が了承するなら話をしてみるだけでも良いんじゃない?」

「はい」

 

 ……よし、頑張りましょう。むんっと気合を入れてトイレを出て席に戻ると、今の短い時間でジャッキやグラス、日本酒の一升瓶が大量に机の上に置かれていて、楓さんはいびきをかいていた。

 

「……その前に、これを何とかしないとね」

「……はい……」

 

 



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元カノとの出会いは最悪。

 せっかくの休日なのに、俺にはやることがない。なので、家でゲームするしかなかった。一人で俺がピコピコとゲームをする中、スマホが震えた。三船さんからだった。

 

『おはようございます。今日、何かご予定はありますか?』

 

 予定? 無いけど……。

 

『おはようございます。ないですよ』

『実は、紹介したい女性がいらっしゃるのですが、良かったら会ってみませんか?』

 

 ……え、何それ。あ、もしかして川島さんを紹介するつもりか? 別にファンってわけでも無いんだが……まぁ、良いか。彼女と別れた俺に気を使ってくれてるのかもしれないし、会って話をするくらいなら。

 

『すみません、気を使わせちゃって。お願いします』

『ふふ、アイドルの方ですよ? 楽しみにしていて下さいね?』

『はい』

 

 それだけ返事をして、とりあえずゲームを続けた。

 

 ×××

 

 時早くして、夕方。まさかこんなに早く三船さんと飲みに行く時間が訪れるとは……まぁ、明るくなった三船さんもそれはそれで良かった。正直、少し羨ましくある。俺も今の会社の環境が決して良いわけではないし。

 女性と会うと思うと少し緊張するが、まぁ向こうも俺とどうこうなろうなんて思ってないんだろうけど。そつなく失礼な内容にこなせればそれで良い。

 三船さんたちはもう来ているらしく、中に入ってみることにした。

 場所は小洒落た居酒屋。落ち着いた雰囲気はあるけど、静かにしてろ、みたいな空気もないから話しやすい場所だ。

 店員さんに案内してもらうと……なんか楓がいた。

 

「……」

「……」

「あ、加賀山さん! お疲れ様です、すみません急にお呼び立てして」

 

 え〜……どうすんのこれ。楓も思わず驚いてるし……神の悪戯か、悪魔の罠か……。

 

「樹くん……?」

 

 あ、普通に名前を呼ばれてしまいました。ようやく驚きから解放されたと思ったら、今度はなんか不機嫌そうにしてる。

 

「もしかして、もう新しい彼女を作ろうとしていたんですか? 懲りませんね」

「その台詞、そっくりそのままリフレクター。つーか、三年経ってるし」

「それとも、美優さんに手を出す気でした? そうですよね、美優さんは胸も大きいですし、巨乳好きの樹くんのタイプドンピシャですよね」

「うるせーよ。少しはその切れ味しかない刃を鞘に納めようとは思わねえのかよ」

 

 一触即発、まさに喧嘩が始まる一歩手前といった感じだ。そりゃそうだろう。本意は別の所にあるとはいえ、友人に友人を紹介する場に元カレ元カノがいたら誰だって良い気はしない。

 そんな中、唯一、置いてかれている三船さんに俺が気づいたのはその後だった。今更になって申し訳ないことをしてしまったと思い、慌てて声をかけた。

 

「あ……すみません、三船さん。なんか、こんな感じになっちゃって」

「いえ……その、もしかして……元カノって……」

「はい、そこのです」

「相変わらず怒ってる時は人を指示語で呼ぶの変わってませんね。子供っぽいのはどっちなんでしょう」

 

 その言葉を聞くなり、三船さんの表情は真っ青になる。うん、そりゃそうなる。久々に話したが、やっぱり楓は俺のことが今でも嫌いなようだ。

 

「す、すみません……やっぱり、名前くらい言っておくべきでしたでしょうか……? でも、楓さんアイドルですし、変に緊張させても悪いと思いまして……」

「あー、いえいえ。三船さんは全然、悪くありませんよ?」

 

 むしろ悪いのは俺らだ。出逢って即喧嘩なんて、他人からしたらたまったものでは無い。

 

「悪いのは、こっちのボブですから」

「そういう名前の外国人みたいな呼び方やめてくれませんか? 大体、それ女性につける名前じゃないでしょう?」

「外国人と同じくらい話は通じないけどな」

「あなたがそれを言います? 思考回路が銀河の彼方とサークルで恐れられていたのは誰でしたっけ?」

「そんな奴に声を掛けた物好きは誰だよ」

 

 ‥‥ダメだな。俺と楓が話すとロクな方向に進まない。これは帰ったほうが良いかも……‥そう思った時だ。

 

「すみません……ご迷惑、でしたよね……。楓さんがあまりにも元気なかったから、見ていられなくて‥……いらない世話を焼いてしまいました……」

 

 ‥……そんな風に謝られると、少しこちらとしても申し訳なくなってしまう。ていうか、申し訳ないわ。

 楓も流石に申し訳ないと感じたのか、余裕そうな笑みを作っている。馬鹿め、俺にはお見通しだ。

 

「……まぁ、別に気にしないで下さい。俺も別に楓と会いたくなかったわけじゃ無いんで」

「「えっ?」」

 

 未練たらたらだしな……え、なんで楓までその反応するの? お前はこんな言葉で動揺するタイプじゃ無いだろ。

 ま、今は楓よりも三船さんのことだ。

 

「それに、三船さんとも一緒に飲むのも久しぶりですし、むしろ俺そっちが目的でしたし、そんな落ち込まないで下さい」

 

 直後、空気が一気に冷たくなった。三船さんは「えっ」といった表情になり、楓はニッコリと微笑んだ。どういうわけか、キレてる時の笑顔で。

 

「ふふ、そんなに美優さんが好きなんですか?」

「か、楓さん? 別に加賀山さんは……」

「お邪魔でしたら、私帰りますよ?」

「い、いえいえ! ……あ、あの、加賀山さん! 何か……!」

「帰るなら送ってくぞ。女性一人は危ないだろ」

「そうじゃない……」

 

 三船さんはがっかりしたように項垂れた。そんな時だ。お店の人がトレーを持って席に立ち寄った。

 

「お待たせ致しました。ファジーネーブルとマルガリータと、マティーニでございます」

 

 ファジーネーブルは三船さん、マルガリータは楓の前に置かれ、マティーニは俺の元に来た。あれ、まだ注文してないんだけどな……。

 きょとんとしてると、三船さんがビクビクした苦笑いで説明してくれた。

 

「楓さんが注文してくれたんですよ? 自分の彼氏に似てる人なら、マティーニで間違い無いって」

「……え」

 

 俺が最初に飲む奴、覚えてくれてたのか? あいつが? てか、違ってたらどうするつもりだったのそれ。

 楓はそんなカミングアウトをされたものの、頬を赤らめることはしない。「それよりも早く飲ませろ」といった顔でグラスを持っている。どんだけ酒好きなんだよお前。割と恥ずかしい事、バラされてたと思うけど。

 ……‥いや、違うなこいつ。恥ずかしいのを酒に逃げてるだけだ。ほんと分かりやすい奴め。

 ま、からかうつもりはない。また喧嘩になるし。飲みたいのなら飲むか。

 

「……じゃあ、飲みますか」

 

 そう言うと、ホッと胸を撫で下ろした美優さんが、気を取り直してグラスを持って微笑んだ。

 

「ふふ、では……再会を祝して」

「いや、祝す必要はないですよ?」

「そういう事にしてるだけだろ察しろ」

「か、乾杯!」

 

 無理矢理、乾杯した三船さんにより、俺達はグラスをぶつけた。

 ‥‥長かったな、乾杯まで。

 

 ×××

 

 さて、飲み会から一時間ほど経過したあたりだろうか。三船さんが机の上で伏せてしまっていた。

 楓がそれなりに強いのに、それよりも俺がさらに強い。その俺達と、わざわざペースを合わせていたため、あんま強くない三船さんが潰れるのは当然だ。

 途中から俺がお冷やとかジュースを勧めたのだが、その時には遅かった。三船さんと飲んだの久しぶりだから、少しフォローが遅れてしまった。申し訳ないな。

 しかし、相変わらず美優さんは酔うと面倒臭いな……。泣き上戸の上に、なんか自分の所為で俺達が別れたみたいな事を思ってしまったみたいで、すごく謝られた。

 で、残されたのは俺と楓。さっきまで会話を回していた(途中から酔って泣いて謝るばかりではあったが)三船さんがダウンしてしまったので、俺も楓も少し黙り込んでしまった。

 が、やがて楓の方から口を開いた。

 

「仲が良いんですね、美優さんと」

「別に普通だよ。同僚だった時は、会社で孤立してた者同士、気が合ったからな」

 

 三船さんは男性社員によく言い寄られていたけど、それが女性社員に敬遠される要因になってた。

 

「……ふん、どうだか。美優さんとは同期だったんですよね? それなら、私と付き合っていた頃は美優さんと仲良くやっていたりして」

「なわけあるか。彼女が出来たからって『俺ってモテる!』と勘違いするキモオタ陰キャと一緒にするな」

 

 俺は身の程は弁えてる。俺みたいな奴を好きになってくれる奴なんか、それこそ物好きな奴だけだ。

 だから、後悔してる。仕事で忙しいからって、楓を大事にしてやれなかったことを。

 まぁ、今更そんなの後悔したって、後の祭りだ。

 

「……でも、仲が良いから美優さんとまた連絡を取り始めたんでしょう?」

「昨日、たまたま会っただけだ。昼飯買おうとコンビニに立ち寄った時に」

「美優さんは誘われたら断れない方ですからね。それを知ってれば、お近付きになろうとするのも無理ないですよね」

「俺が誘われたんだよ、昼飯一緒にどう? って」

 

 ‥‥相変わらずトゲがあることばっか言いやがって。大体、お前にはもう関係ない事だろ。

 

「……つーか、お前こそ知ってるだろ。俺が二股かけられるほど器用じゃないのは」

「……」

 

 なんでそんな風に一々、突っかかって来るんだろうな。別に何とも思ってないなら放っておいてくれれば……あー、もしかして……俺が三船さんを狙ってるとでも思ってんのか? 確か、会った時もそんなこと言ってたな。

 昔別れた男と自分の仲の良い同僚が付き合うなんて気まず過ぎるもんな。

 

「安心しろよ。お前の友達に手を出す気はねーから」

 

 前の女に未練がいまだに残ってるってのに、他の女に手を出す気にはなれない。

 しかし、楓は表情を変えていない。むしろ「何言ってんだこいつ」みたいな目で俺を見ている。

 が、やがて俺の考えていることを見抜いたのか、すぐに何の感情もない無表情に戻り、酒を一口飲みながら答えた。

 

「……私はそういう、樹くんの優しくて鈍い所が嫌いです」

「……は?」

 

 え、違うの? と、思わず楓の方を見上げるが、楓はグラスの中の酒を一口で飲み干し、俺からを目を背ける。

 どうやら、また俺は間違えてしまったようだ。やはり、人間って奴はよく分からない。だから、細かい目先の仕事は上手く行っても、人との付き合いは上手くいかないのだろう。

 

「……俺からも聞いて良いか」

「何ですか?」

「お前はなんで来たの? 新しい彼氏でも欲しかったのか?」

 

 正直、これはここに来た時から気になっていた。

 もし、彼氏が欲しいのだとしたら、俺もそろそろ本気で楓の事は忘れるようにしないと、胸の痛みが増していくだけだ。どんなに断ち切れない未練があっても、何処かで切らなければならないものだ。

 しかし、楓は首を横に振った。

 

「いえ……私は、元々お断りするつもりで来たんです」

「そうなん?」

「はい。今は……アイドルの仕事が忙しいですし、それに」

 

 そこで言葉を切って、楓は俺の顔を見た。頬は紅潮し、微妙に息は荒い。恐らく、それなりに酒が回ってきて酔っているのだろう。

 顔だけはミステリアスな空気を纏っている楓が頬を赤らめているのは、それはもう色っぽいものだ。この女を諦めよう、なんて思うのがバカバカしく思えるほど。

 桜餅のように柔らかい唇がゆっくりと開かれ、ニコリと柔らかい笑みで告げた。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()言われても良いように、でしゅ……」

「……」

 

 ……こんな、こんなクソみたいな駄洒落を聞くために、俺は心臓を高鳴らせたのか……。

 忘れちゃいけなかった。楓が綺麗な笑みを浮かべている時は、百パー下らない冗談が降って来る。もう二度とこんな阿呆にときめいてやるもんか。

 

「にへへ……いつきくん、いま……ときめきましたぁ?」

「……う〜ん……だいたい、はさまれるがわの身にもなっ……ぐぅ……」

 

 ……さて、こいつらどうしようか。

 

 ×××

 

 とりあえず、川島さんに電話をした。楓のスマホを(勝手に)借りて、L○NE電話で三船さんを引き取ってもらった。ロックナンバーは昔と変わっていなかったのは幸いだった。

 今日、あったことを話したら大体、察してくれた川島さんは快く承諾してくれて、今後、こういう事があった時のために、と連絡先まで交換してくれた。もう無いと思うが。

 楓のマンションは大学時代と変わっていなかったのは助かった。楓が家の鍵を入れている場所は把握していた。学生時代はよく失くしていたから、俺が鞄に付けられるチェーンに繋いでやったのだ。

 流石にそのチェーンは使われていなかったが、別のチェーンで繋いでいた辺りはちゃんとしてくれていたのだろう。

 部屋の扉を開け、まずは楓をベッドの上に寝かせてやる。

 

「……ん〜……」

 

 相変わらず寝顔はあどけない。子供みたいだ。俺もそれなり酔っているようで、楓の柔らかい髪に手を乗せた。

 

「……悪かったな」

 

 なんか、今日は色々と。せっかく久しぶりに会えたのに、憎まれ口ばかり叩いてて。

 ため息をついて、楓の部屋を出た。あまり長居したくない。鍵を閉めると、それをポストの中に入れてマンションを出て行った。

 

 



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楓さんの休日(1)

 翌日、楓が目を覚ますと自宅だった。最後の記憶は居酒屋で飲んでいた時、どうやらまた潰れてしまったようだ。罪悪感はないが。

 しかし、自分がどうやって帰ってきたのか全く思い出せない。確か、美優は自分より早く潰れていたはずだし……となると、思い当たる人物は一人しかいない。

 鞄に繋がっているはずのチェーンを見ると、鍵が無くなっていた。送ってくれた人物が予想通りなら、ポストの中に入っている事だろう。ポストの中を覗き込むと、やはり鍵が入っていた。間違いなく樹の仕業だろう。

 ……そうなると、美優はちゃんと家に帰れたのだろうか? 樹の家に泊まっている可能性も捨てきれない。

 少し心配になったので、スマホを取り出して電話を掛けた。

 

『……もしもし……』

 

 二日酔いのようで声が死んでいる。よく二日酔いになる楓には一発で分かった。

 

「美優さんですか? 大丈夫ですか?」

『……はい。瑞樹さんが、うちまで送ってくれたので……』

 

 なるほど、と一発で理解した。それなら確かに平気かもしれない。……しかし、誰が瑞樹に連絡したのだろうか? やはり、思い当たる節は一つしかない。

 耳からスマホを話すと、覚えのない発信履歴が残っていた。

 

「……樹くんの仕業ですね……」

『あの……楓さん』

「なんですか?」

 

 どうにも二日酔い以外の原因で苦しそうな声を出している気がしてならなかった。案の定、電話の向こうの美優は暗い声のまま謝り始めた。

 

『‥……すみません、でした』

「何がですか?」

『いえ……その、今更、謝られても困ると思いますけど……』

 

 言いにくい事なのか、歯切れが悪い。楓としても謝られるような事をされた覚えはないが‥……強いて言うなら、昨日の飲みで元カレと引き合わされた事だろうか? 

 しかし、それこそ気にする事はないし、昨日、一応人付き合いが苦手なバカが下手なフォローをしていたはずなのだが……と、思っていると、全く別のことを話し始めた。

 考え事をしながら、とりあえず手元の鍵を鞄のチェーンに繋ぐため、寝室に戻る。

 

『私が‥……もっと、仕事が出来れば……楓さんと加賀山さんは、別れないで済んだのかも、しれませんよね……?』

 

 そういうことか、と楓はすぐに合点がいった。

 思わず引き出しの中のチェーンを手に取ってしまった。これは昔、樹に買ってもらったものだ。よく家の鍵を失くしてしまうので、もう二度と落とさないようにチェーンを買って繋いでくれたもの。いつのまにか千切れてしまったが、捨てるに捨てられなくて引き出しの中にしまっておいた。

 それ以外にも、どうしても捨てられなかったものがいくつも引き出しの中に入っていた。

 

「……そんな、気になさらないで下さい。確かにそういう見方も出来るかもしれませんが、もう過ぎた事ですから」

『……でも、楓さん……』

「……はい。今でも樹くんと別れたのは、後悔してます」

『っ……』

 

 はっきりと言った。落ち込んでいる人に対して、遠回しにものを言うのは逆効果だ。

 

「でも、美優さんが気にすることでは無いです。私が子供だっただけですから」

 

 もう少し、社会人一年目の新入社員のことを理解していれば、こうはならなかった。一度、フッてしまった以上は向こうも自分とやり直したいなんて思っていないだろう。

 昨日の飲み会に来たのが良い証拠だ。

 

「ですから、気になさらないで下さい。ね?」

『……は、はい……』

「……」

 

 ‥……ダメそうだ。これは、美優はかなり気にしてしまっている。まぁ、自分が同じ立場でも気にするかもしれないが。

 この様子では、自分が何を言ってもダメだろう。優し過ぎる人は、責任を感じ過ぎる節もある。

 むしろ、本当に自分と樹が付き合うくらいの事が起こらないとダメそうなのだが……。

 

「……」

 

 そうだ、それでいこう。いや、付き合うかどうかは置いておいても、とりあえずお友達くらいになっておけば、美優に変な罪悪感をもたらす事もないだろう。

 さて、問題は……それを樹が承諾するが、だが。冷めるのが早い彼の事だ。もう自分の事を何とも思っていないだろう。彼と付き合うのには中々、労力が掛かったし、お友達になるというだけでも疲れそうだ。

 とりあえず、美優には気を取り直して欲しい。

 

「じゃあ……分かりました。今度、居酒屋で奢ってくれれば許しちゃいます」

『もう……楓さん』

 

 呆れ声が聞こえる。しかし、その後に遅れて「くすっ」と微笑む声も。

 

『では、また今度ですね』

「はい。失礼します」

 

 そこで電話は切れた。スマホを机の上に置き、とりあえず次の居酒屋の奢りが楽しみになった所で「あっ」と声を漏らした。

 そういえば、この前は樹に奢ってもらってしまったことを思い出した。それどころか、帰りのタクシー代まで出してもらってしまった。

 実はその一万円、機会があれば返そうと思って取ってあるのだ。単純に借りを作りたくなくて。

 ちょうど良いから、今日はその一万円を返すのを口実に遊びに誘ってみる事にした。

 手に持ってるスマホで「加賀山樹」という名前のアカウントをタップする。アイコンが二次元のゲームのキャラなのは、何があったのだろうか? 

 

「……」

 

 元カレに電話するのって意外と勇気がいるかも……なんてひよってしまった。

 いや……大丈夫のはず。昨日は自分と会いたくないわけではないと言っていたし、迷惑な顔はしないはず……や、そもそも電話じゃ顔は見えないが。

 とにかく、頭の中で「大丈夫」と自分に言い聞かせ、半ばヤケクソでボタンを押した。

 1コール、2コール、3コール……7コール。まだ寝てるのかもしれない、と思ったが、時刻ももう13時を回っている。自分はともかく、樹がその時間まで寝ていることは無かったはずだ。

 もしかして、無視されてる? なんて不安に思った時だ。出た。

 

『……ふぁい』

 

 寝ぼけたような声が聞こえた。どうやら今起きたようだ。自分の生活も差し置いて彼の生活が気になる所だったが、とりあえず話しをすることにした。

 

「……樹くんですか? おはようご」

 

 ざいます……と、続けようとしたところでブツッと切れた。え? 切られた? と思ったのも束の間、切ったのは自分だった。スマホの充電切れだ。

 そういえば昨日は知らない間に帰っていたし、スマホを充電器に挿した覚えはない。iPh○ne10以上ならもっていたかもしれないが、7の楓のスマホでは無理があった。

 このままでは、いたずら電話みたいになってしまう。とりあえず、スマホを充電器に挿して、仕事用のスマホを手にした。

 こっちには仕事用なのでL○NEは入っていない。スマホの電話番号も覚えているが、知らない番号からかけると切られるかもしれない。楓が346に所属したのは別れてからなので、このスマホの存在自体知らない。

 そのため、樹が社会人になってからつけた家の電話の方に掛けた。

 

「……出ない」

 

 どうやら、また眠ってしまったようだ。仕方ないので、久しぶりに自宅に行ってみることにした。

 普段なら「後日で良いか」となる所だが、付き合っていた時は自分の介護をしてくれていた樹がだらしなくなっているのは、少し気になる。

 住所が変わっているかどうかは正直、賭けだがそれならいっそのこと家電話に起きるまで永遠にコールしてやれば良い。

 元々、住んでいたはずのマンションに来た。大学生の時はボロアパートだったけど、社会人になってからはこっちに住むようになったらしい。

 

「……」

 

 今更になって、迷惑かも、なんて思ってしまった。何せ、さっきイタ電したばかりなのに、ノコノコと家に押し掛けるのは……いや、でもそれの訂正も用事の中に含まれているし、問題はないはず……。

 小さく深呼吸をし、マンションの自動ドアの中に入った。なんて言って開けてもらおうか? ていうか、寝ているのなら呼び出しても無駄なのかもしれない。

 

「……」

 

 ……まぁ、なんでも良いか、とすぐに頭を切り替えた。なんだかんだ面倒見の良い人だ、追い返したりはしないだろう。

 

「……面倒見が良いのに人付き合いが苦手って……哲学みたいな人ですね……」

 

 そんな感想を漏らしながら、部屋番号を押す。すると、1コールで眠たげな声が出てきた。

 

『……ふぁい……』

「こんにちは。楓です」

『……ああ、かえれ……』

「えっ……」

 

 帰れ、と言われた気がして、一瞬頭が真っ白になったが、自動ドアが開いたので、寝起きだったから呂律が回っていなかったと判断できた。

 マンションの中に入り、樹の部屋がある階までエレベーターで上がる。玄関の前に到着してインターホンを押そうとすると、その前に部屋からドタバタとした音が聞こえて来る。

 大体、察した楓は遠慮なくインターホンを押した。

 

『うおっ、マジ……ちょっ、楓待った!』

「ふふ、待ちません」

 

 玄関に手をかけると、やはり開いていた。玄関の横に、大量のペットボトルの袋が置いてあるから、大慌てで掃除しているのだろう。

 勝手に中に入ると、ちょうど鍵を閉めようとしていた樹と遭遇した。

 

「あっ……」

「入っちゃいました」

「……入っちゃいました、じゃないから……」

 

 部屋の中はそれなりに散乱している上に、樹の髪には何箇所か寝癖が見える。こんな姿で樹くんが楓の前に出てくるのは初めてだ。それこそ、泊まった日の翌日くらいだった。

 

「珍しいですね? 樹くんが部屋を汚すなんて。私がいなくなるとそうなるようじゃダメですよ?」

「……悪かったな」

「え、本当に?」

 

 からかったつもりだったが、意外な返事に楓の方が目を丸くしてしまった。

 

「え……だって、私とお付き合いする前からきれい好きだったじゃないですか。部屋も片付いてましたし」

「楓はもう来ないって思ったら、なんか気が抜けたんだよ」

 

 目を逸らしながらそんな事を言う樹を見て、楓は何処となく新鮮な気持ちになった。成績は人の面倒を見れる程度には優秀、性格もクールで優しいというよくわからない人、欠点といえば長身もやし体系(実際の運動能力もスペランカー)、人付き合いが不器用、割と子供っぽい事くらいの彼に、そんな一面があるのは知らなかった。

 だから、どういうわけか嬉しくなってしまった。嬉しくなると口が軽くなるのは、楓の悲しい性であった。

 

「ふふ。私がいないと樹くんはダメ人間になっちゃうんですね」

「ダメ人間代表が何を抜かしてんだバーカ」

「私はちゃんと料理出来るようになりましたもーん」

「‥‥良いから何しに来たんだよ」

 

 面倒になった樹がストレートに用件を聞いた。しかし、楓は玄関から部屋の中を覗き込むと、微笑みながら全く別の答えを告げた。

 

「そうですね……まずは、お掃除をお手伝いしますね?」

 

 ×××

 

 楓の協力もあり、大掃除は早く終わった。ゴミの日に出すゴミ袋や巨乳物のエロ本は全て玄関に置かれ、一件落着となった。

 肉体的にも精神的にもゴリゴリと削られた樹は、楓にコーヒーだけ淹れて寝癖を直すついでにシャワーを浴びに行った。

 その間、楓は物珍しそうに部屋にあったゲーム機をいじっていた。ゲーム機が珍しいのではなく、樹の部屋にこの手のものがあるのが珍しかった。

 ソファーに座った楓は、とりあえず電源をつけてコントローラを手に取り、どんなゲームがあるのか見てみる。A○EXとかいうゲームをやってみた。

 

「……銃で撃つゲームなんですね」

 

 ビコピコといじりながら、とりあえずレイスというキャラを選んでみた。樹が使うなら、レイスかミラージュだろうと思ったから。

 キル数723という文字とチャンピオン部隊に自分が選ばれたのが気になったが、とりあえずゲームを始めた。

 スマホでやり方を調べつつ、仲間と共に島に落下して武器を拾う。ピースキーパーとやらを拾った直後、目の前に敵が現れた。

 

「こう、ですかね?」

 

 撃とうとしたが、四角い照準から敵の姿が外れる。慌てて左スティックを動かすが、なかなか当たらない。すぐに殺されてしまった。

 味方もやられてしまったので、リスタートとなる。悔しいのでもっかいやってみたが、同じ結果になってしまった。

 なんかつまんないしやめようとした時だ。

 

「ヘタクソ」

 

 後ろから無機質な声が聞こえ、少しムッとしてしまった。頭にタオルを載せた樹が自分の隣に座った。こうしてソファーに並んで座るのは久しぶりで少しドキッとしたが、さっさと手元からコントローラを取られてしまったのでさらにイラつきがました。

 

「そういうあなたは上手いんでしょうね?」

「楓よりは」

「言いましたね?」

 

 リスタートし、場所は軍事施設のような場所の地下通路、一本道で武器と手裏剣を拾う。RE-45、ピストルだが連射が可能な武器だ。

 敵を視認するなり壁に隠れてピストルを構え、目の前の敵に向ける。ヘッドショットを当てつつ、アーマーをつけていないので壁に隠れ、再び顔を出して射撃する。

 1ノックすると、別の敵が援護に来てしまったため、爆発する手裏剣を投げた。敵が怯んだ隙に、間にある遮蔽物まで詰めて姿を隠す。

 

「よっ……と」

 

 向こうも詰めてきたのが分かったようで顔を出してきたが、弾を全て頭に当てて2ノックした。

 

「……あ、弾切れ」

 

 いつもう1人が来るのか分からないので、とどめを刺して武器と弾薬とアーマーだけ拾って逃げた。

 落ち着いたのでドヤ顔で隣の元カノを見る。が、楓は少し引いたような顔で呟いた。

 

「……どこまでやりこんだんですか? この廃人レベルのゲームオタクが」

「ポイントはカメラをあまり動かさない事。キャラを動かして合わせろ」

「聞いてませんが」

「良いからやってみろよ。教えてやるから」

「……」

 

 正直、あまりやりたくはなかった。しかし、こうして何かを樹から教わるのが久々だったため、拒否もしたくなかった。

 そんなわけで、並んでゲームを始める事、約二時間が経過した。楓も徐々に没頭し、知らない間に夢中になっていた。

 使っているのは、みんな大好きパスファインダー。再びピースキーパーを拾い、敵を視認した。

 

「ショットガンは連射じゃない上に一発ごとに隙が大きいから。絶対、壁に隠れることを忘れるな」

「……は、はい……!」

 

 まだ楓にキルはない。弾を当てられるようにはなったが、それでもキルには達していなかった。

 壁沿いに移動し、チラッと壁から顔を出す。敵は気付いていない。アイテム収集をしているようだ。

 

「今だ、撃て」

「せい!」

 

 見事に動体を弾が貫く。当然、気付いて後ろを見ながら壁に隠れるが、楓も同じように隠れながら射撃の準備をする。

 

「今のでアーマー剥がれたから。もっかい撃てば勝てるよ」

「わ、分かりました……!」

 

 さらに顔を出し、照準を敵に合わせる。しかし、敵も同じように銃口を向けていたため、慌てて隠れた。一発、もらってしまったがまだ生きている。

 小さく深呼吸するように息を吐く。敵からの射撃が止んだため、恐らくやる気なのだろう。詰めてくるのを警戒してか、向こうから回復している時の音は聞こえない。

 

「……そい!」

 

 勇気を振り絞った楓が顔を出し、一発撃ったことでようやく敵がダウンした。

 それにより、思わず楓は嬉しくなって舞い上がってしまった。隣にいる樹に抱き着き、樹は思わず後ろに押し倒された。

 

「やったー! ()()()()()()()()()()()!」

「お、おういやまだ終わってないから今のダウンで敵が詰めて……」

 

 直後、画面から射撃音が耳に響き、楓のキャラはダウンした。

 それにより、冷静になった楓は慌てて樹から離れた。少し頬を赤らめ、後悔した。別れた彼氏に対し、とって良い行動ではなかった。

 

「……す、すみません……」

「いや、別に……」

 

 二人して目を逸らす。楓のキャラはトドメを刺され、めでたく1キルは逃したが、二人ともそんなこと気にしている場合ではなかった。

 気まずい空気が場を支配する。樹に抱きついたのは久しぶりだった。背が高く肩幅が広い割に、筋肉も脂肪もついていない‥……はっきり言って抱き心地はあまり良くないこの感触は、やはり嫌いではなかった。

 でも、それ以上に相手への気遣いや配慮が足りずに後悔した。

 流石に何も言えなくなっていると、樹の方から声をかけてきた。

 

「……そういや、結局、今日は何しにきたの?」

 

 聞かれて、楓はポカンとしてしまった。そういえば、何しに来たんだっけ、的な。

 美優に気を使わせてしまった事、二日前の1万円の事、イタ電みたいになってしまった電話の事、他にも色々と用はあったはずなのに、それらが全て頭から抜け落ちている。それほど前に、久し振りに樹と遊んだのが楽しかった。

 しかし、その時間も長くは続かない。スマホにメールが届いた。確認すると、プロデューサーから急なお仕事による呼び出しだった。

 

「……すみません、樹くん。お仕事みたいです」

「あ、そう」

 

 それにより、楓はソファーから立ち上がって小さく伸びをする。玄関まで歩き、靴を履くと、樹が見送りに来てくれた。

 名残惜しい。とても名残惜しいが仕方ない。仕事が入ってしまった以上は、そちらを優先しないわけにはいかない。

 去り際、扉を開ける前に樹の方を振り向いた。

 

「あの……樹くん」

「何?」

「また、遊びに来て良いですか?」

 

 思わず出たその問いに、樹は思わず押し黙る。

 ……が、すぐに頷いてくれた。

 

「平日以外なら良いよ」

 

 相変わらず不器用な返事だった。そこは「いつでもこい」と言うところだろうに。

 しかし、そんな面がやはり嫌いだけど嫌いになれなかった。

 とりあえず、その返事に納得した楓は、手を振って仕事へと向かった。

 

 




これでプロローグ終わりです。


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大人の中身が大人とは限らない。
恋愛経験のない成人女性は少女漫画脳。


 7月になった。つまり、クソ暑い季節。外ではウルトラマンエースが復活出来そうなほどの太陽エネルギーが地球を照らしているが、そんなものはオフィス内には関係ない。デスクワークなら尚更だ。

 クーラーがガンガン効いている室内でキーボードを打っていれば良いので、やはりインドア万歳である。

 そんな快適な職場だが、何もかもが快適というわけでは無い。端的に言ってポケットの中がかなり鬱陶しい。

 

 高垣楓『こんにちは』

 高垣楓『今、お昼です』

 高垣楓『そちらはお仕事中ですか?』

『高垣楓 が 写真 を送信しました』

 高垣楓『ふふ、今日のお昼です。美味しそうでしょう? このチキン』

 高垣楓『チキンと味付けしてあってとても美味しいです』

 

 普通に通知をオフにした。さて、仕事するか。

 

 ×××

 

「で、喧嘩になったんですか?」

 

 夕方。せっかく定時で帰ろうとしたのに、楓に愚痴られたのか涙声になっていた三船さんから電話で呼び出されたため、急遽、スタバに来ていた。

 俺も楓も三船さんも、明日は普通に仕事なためカフェでコーヒーを一緒に飲んでるだけ。しかし、空気は重い。主に俺と楓の空気が。

 事の発端は、楓からの通知をオフにした俺が昼休みには通知を切った事すら忘れていたため、三船さんから電話が来るまで気付く事すらなかった事だった。知らない間に20件以上のL○NEが溜まっていた。

 コーヒーを口に含みながら、俺は三船さんの問いに答えた。

 

「別に喧嘩はして無いですよ」

「それ、喧嘩してる大人が一番、言う奴ですよね」

 

 そんな風に言われても、俺はまだ楓に何も言っていない。

 ……いや、挨拶だけしたわ。「こんにちは」って言うと三船さんは「こんにちは」と返してくれたが、楓は三船さんの方を見て「あら? 美優さん、誰に挨拶してるんですか? そこには誰もいませんよ?」と変わった挨拶をしてくれた。

 だから「何も言ってない」というよりは「口を聞いていない」と言う方が正確かもしれない。

 しかし、楓のその反応は誰がどう言葉を取り繕おうが相撲部屋の挨拶と同じ意味を持つのは間違いない。

 

「俺に言われましても……。そいつが勝手にシカトごっこをかましてるだけなんで」

「美優さん、お店を変えませんか? 近くに美味しいミルクレープ置いてあるところがあるんですよ」

「じゃあ俺帰るね。用ないみたいだし。あと仕事中にL○NE20件以上溜めるのやめろよ。聞こえてないみたいだし、そもそも頭の中は聞かん坊だし言っても無駄だと思うけど」

「ブンブンと()()()()()()()()()()()()()()()のが分からないんでしょうか?」

 

 徐々にヒートアップしていく俺と楓。微笑みながらも笑っていない目を細める楓と、楓の言うところの「冷たい視線」を温めるつもりも無く突き刺す俺。

 こいつ、いつからそんな口が悪くなったんだ? 俺の言えた話ではないかもしれないが。

 そんな俺たちの間に入って喧嘩を止めたのは「ぐすっ……」というしゃくりあげるような涙声だった。

 

「……すみません。やっぱり、私の所為でお二人の仲が悪くなってしまわれたんですよね……」

「……え?」

 

 な、何をいきなり言うてんの……? なんで三船さんが涙目になってんのか皆目見当も付かないんだけど。

 頭の上にクエスチョンを浮かべていると、隣から楓が俺の腕を引き、耳元に口を近づけてきた。

 

「何? てかようやく俺を視認できた? 目にゴミでも入ってたのか?」

「良いですから、そういうの。ていうか、あまり美優さんをいじめないで下さい。美優さんは私達が別れたのは自分が仕事が遅いからだと思ってしまっているみたいなんですから……」

「はぁ……?」

 

 マジかよ……また変な方向に持って行ったな……。まぁ、気持ちは分からないでもないが……てか待てコラ。虐めないでくださいって、なんで俺だけの所為みたいになってんの? お前も共同責任だろ。

 しかし、そういうことならこの場で喧嘩するのは三船さんに悪いわな。とりあえず、表面上だけでも仲直りしないと。

 

「あー……悪かったよ、楓。次からは忘れないようにするから」

「分かれば良いんです」

 

 ……コノヤロウ、立場を利用してよくも言ってくれるな本当に。だが、ここで怒ってはまた同じ事になる。三船さんはホッと胸を撫で下ろしているようだし、とりあえず俺もホッとしておこう。

 ま、形だけであれ今の俺の一言でもはや、用事は無くなったな。

 

「じゃあ、俺帰るから。明日も仕事だし」

「え、もう帰るんですか?」

 

 楓が少し寂しそうな声を出す。付き合いたての頃はその声を聞いただけでなんでも言うこと聞いてあげてたが、もう効かないから。

 

「当たり前だろ。お前もあんま三船さんを振り回すなよ」

「はい? 今回の件は樹くんが撒いた種ですよね?」

「しつこくカマちょしてきたのは誰だよ。普通の大人なら20件も連続して送らないけどな」

「普通の大人なら少しくらいかまってくれても良いでしょう?」

「だからその件については謝っただろうが。今の話はどっちが撒いた種だって話だろ」

「……」

「……」

 

 うん、やっぱ無理だわ。俺も楓も気が強いタイプじゃないのに、どうにもこういうときは譲れなくなってしまう。別れる前はここまで喧嘩することもなかったはずなんだけどな……。

 険悪になる俺と楓の間に、三船さんがやんわりと口を挟んだ。

 

「あの……2人とも、どうやってお付き合いされたんですか?」

「「……え?」」

 

 思わず俺と楓から間抜けな声が漏れる。

 

「あ、いえ……その、楓さんからいろんな話を聞いた感じですと、昔はあまり喧嘩なさらなかったそうなので……少し、気になりまして」

「お前……何余計な話してんだよ」

「え、あの……あまりそう言った話をした覚えは……」

「最近、楓さんと飲みに行った時は毎回、酔っぱらった勢いで色んな話をされてますよ?」

「え……そ、そうでしたか?」

 

 驚いたような顔になる楓だが、恥ずかしそうにしている様子ではない。まぁ、こいつは割と平気で惚気話するタイプだからな。学生時代は飲み会のたびに周りに惚気話をして呆れられてたもんだ。

 

「はい。まぁ……そうですね。楓さんの部屋の掃除はいつも加賀山さんがしてくれてたから、わざと見えるところに下着を置いておいたとか、料理してくれている時のキャベツの千切りが早過ぎて気持ち悪かったとか、レポートや試験の時はしつこいくらいに面倒見てくれたとか、そういう話ばかりでした」

「……ふーん。なるほどね?」

「……っ」

 

 ふいっと目を逸らす楓を、さっきの喧嘩の時と同じくらい冷たい目でジロリと睨んだ。こいつ、そんな風に思ってやがったのか……って、何その顔。なんで恥ずかしそうにしてんの? 

 

「おい、そこは顔を赤らめるとこじゃないだろ。悪口がバレて照れるってどんだけ性格悪いの?」

「……」

「……」

 

 あれ、なんか静かになった。つーか、そんな顔されたら怒るに怒りづらいんだが。三船さんは三船さんで駄目な人を見る目で見てくるし……。

 そんな三船さんだったが、すぐに気を取り直していつもの綺麗な笑顔を浮かべて聞いてきた。

 

「それで、どのようにお付き合いされたんですか?」

「どのようにって……大体、なんでそんな話聞きたいんすか?」

「いえ、聞きたいというよりは……」

 

 そこで、急に頬を赤らめる三船さん。ニヤニヤしたり冷たくなったり恥ずかしがったり忙しい人だな。まぁ、可愛いから良いが。

 そんな表情豊かな26歳は、言おうか言うまいか少しためらった後、結局、少し恥ずかしそうに頬を赤らめたまま呟くように答えた。

 

「そ、その……お付き合いした時のこと思い出せば‥……2人とも、仲良かった頃に戻るんじゃないかな……と……」

 

 途切れ途切れにそう言う三船さんは、それはもう年相応ではない可愛さがあった。楓に未だに未練がある俺ですらどきっとする程だ。その俺を看破した楓に、隣から太ももを抓られたが。

 死角で制裁したり、されたりしている中で、楓と俺はそんな乙女な三船さんに無慈悲に答えた。

 

「そんな少女漫画みたいな事ありませんから」

「そうですね……むしろ、俺にとってあの頃は黒歴史だったんでね……」

 

 大学デビューに失敗して高二病みたくなってた頃だからな……大学二年にもなって……。

 そもそも俺と楓は、少女漫画が好きそうな三船さんが楽しめそうなロマンチックな付き合い方をしたわけでもない。告白の会話が「そろそろ付き合っとくか俺ら」「そうですね」だったし。

 

「……そ、そうですか……」

 

 しゅんっと肩を落としてしまう三船さん。まぁ……でも、確かに俺だって楓と喧嘩したいわけではない。これからは少し気をつけるとしよう。

 

「じゃ、マジで俺は帰るぞ。何にしても、仲直りしたのなら用事ないだろ」

「あ、そ、そうですね」

「むー……」

 

 少しつまらなさそうに唇を尖らせる楓。なんだよ、そんなに俺と喧嘩したかったんか。

 少なくとも三船さんの前で喧嘩するのは避けたい所だ。でも、楓がこういう顔をしている時ってのは、必ず後になってちょっかい出して来る。

 ‥‥仕方ないな。小さくため息をつくと、ふてくされてる時の表情になっている楓に、静かに声を掛けてやった。

 

「休日ならいくらでも付き合ってやるから、そんな顔すんな」

「……え?」

「まぁ……!」

 

 驚いたように頬を赤らめて俺の顔を見上げる楓と、「意外……」と言わんばかりに口に手を当てて目を大きくする三船さん。なんかまた変な勘違いをされた気がするが、無視して帰宅しようとした時だ。帰ろうとする俺の腕を楓が引いた。

 

「待って下さい」

「何?」

「では……その、今週の土曜日に……また樹くんの部屋にお伺いしてもよろしいですか?」

 

 ‥……早速かよ。まぁ、別に良いか。俺もこの前、一緒にゲームしたときは柄にもなく楽しいとか思ってたし、もっと上手く教える方法とか考えちゃってたし。

 

「好きにしろよ」

「では、楽しみにしていますね?」

「ん」

 

 頷き、今度こそ帰宅した。

 ……まぁ、あの25歳児は性懲りもなく、明日もL○NEして来るだろうし、その時はかまってやるか。

 

 



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エアコンは一人暮らしの社会人にとって生命線。

 俺は、絶望の淵に立たされていた。全身からは汗が止まらず、乾いた口から漏れるのは乾いた息だけ。どんなに頭を巡らせても、このままでは俺に待つ未来は「死」だけだという結論しか出ない。

 何故なら……エアコンが壊れたからだ。

 

「嘘だろ……」

 

 なんでこうなるの……。深夜の一人ゲーム大会が終わり、これから寝ようと思った時に、どこと無く蒸し暑さを感じ、クーラーを見上げると止まってた。それを視認した直後、暑さを一気に体感し、慌てて窓を開けて現在に至るわけだ。

 どうする、修理を呼ぶか? いや、終わるまで待っている間、生きていられる保証はない。買いに行くか……いや、金がない。楓への一万円、楓と三船さんとの飲み代と、先月の後半は給料日の直後に予定外の出費が多かった。これから楓と関わるとして、もっと金もかかるだろう。

 しかし、これから先、エアコン無しの生活は無理だ。それはそれで死ぬ。

 

「……勝負に出るか」

 

 やりたくないが仕方ない。熱中症で死ぬのは嫌だ。

 待機時間は死ぬほど暑いが、扇風機もあるし2〜3時間程度なら平気だろう。そう思い、修理を頼むことにした。

 

 ×××

 

 まさかの明日じゃないと向こうの都合がつかないというね。やはりこの季節、修理の依頼は多数あるようで、むしろ明日取れたのは奇跡感があった。

 そんなわけで、出掛けることにした。扇風機じゃ乗り切れない自信があったので、最悪、ネカフェで一泊することも頭に入れて。

 とりあえずコンビニに行って涼んでいると、スマホが震え出した。

 

 高垣楓『遊びに行って良いですか?』

 

 ……そういやそんな今週、喧嘩して三船さんに迷惑かけた時、話してたな。まさか本当に休日にわざわざ喧嘩売りに来るとは。まぁ、そっちがその気なら乗ってやろうぞ。

 

 加賀山樹『かかって来いやコラ』

 高垣楓『では、今から伺いますね』

 

 え、うちに来る気? それはオススメできない。

 

 加賀山樹『うちは無理だよ。クーラー壊れたから』

 加賀山樹『俺も今外にいるし』

 高垣楓『では、久しぶりにデートしますか?』

 

 ……こいつ、ホントどういう神経して……いや、言葉の裏を読め。男と女でデート、一見は何の矛盾もないが、海外の映画では決闘を意味する事だってあるだろ。今回の場合はそっちだろ。楓は俺のこと嫌いだし。

 

 加賀山樹『何処で? 土手?』

 高垣楓『決闘じゃないんですから』

 高垣楓『とりあえず合流しましょう。この前のスタバで』

 

 あれ? 決闘じゃないって事は……これ、普通にデートなのか? ……あれ? 

 

 ×××

 

 とりあえずスタバに顔を出すと、楓は既に待機していた。周りに三船さんの姿はない。マジで一対一だ。

 

「よう」

「こんにちは」

 

 アイスコーヒーだけ買って合流した。ちなみに砂糖が入ってないと飲めない。

 

「で、何すんの?」

「そういうのは男の子が決めることでは?」

「呼び出しといてお前……‥つーか何。マジでデートなのこれ?」

「ふふ、やっぱりデートだと思ってくれてるんですか?」

「お前が言い出したんだけどな」

 

 何その駆け引きみたいな言い方。お互い、何を考えてるのか分からないから、その手の駆け引きをした所でどうにもならないと思うよ。てか、何を探り合うための駆け引きなわけ? 

 ‥……いや。まぁ俺としては楓がどういうつもりなのか知れるだけでも少し嬉しかったりするけど……。あ、いや嬉しいというか別にそれは好意的な意味を持たれていると確信しているわけではなく仮に嫌われていて現状はただからかわれていただけだとしても変な希望を持たずに済むという意味で深い意味はないが。

 頭の中で自分を正当化させる理由を並べていると、楓は何もかも見透かしたような笑顔を浮かべて本題に入った。

 

「実は、樹くんと行きたい場所があるんです」

「は? お……俺と?」

「そうですよ?」

 

 わざわざ名指して……いや、落ち着け。いつものパターンだ。ていうか、久しぶりのデートに舞い上がってんな俺。落ち着けよ。大体、向こうはデートのつもりがあるかも分からんのだし。

 

「……何処?」

 

 一応、聞いてみると、楓は微笑みながら答えた。

 

「はい。居酒屋です。昼から飲み比べしましょう♪」

 

 ……俺の理性センサーは正しかった。それどころか、まさか本当に喧嘩を売られるとはな……。や、でもさぁ。やっぱ期待しちゃうじゃん。元カノに俺を名指しで「行きたい場所がある」なんて言われりゃ……これはもう、勘違いしかしない。

 なんか、関係なく無性に飲みたい気分になって来たな。

 

「良いだろう。‥‥その代わり、後悔するなよ」

「ふふ、お手柔らかに」

 

 ぜってー潰す。

 

 ×××

 

 潰してどうする……‥と、俺は全力で後悔していた。目の前では、楓が酔っ払って気持ち良くなってしまっているのか、ニコニコと微笑んでいる。

 

「ふふふ、()()()()()()()()()()()()()()()!」

「おい、やめろ。液体を振り回すんじゃない。勿体無い」

 

 グラスを持ち上げた楓を慌てて止める。こいつ、ホント酔っ払うと始末に負えない。

 と思ったら、楓は俺の頬に手を当て、顔を近づけてくる。一瞬、キスされるのかと思ったが、楓はすぐにニヤリと微笑んだ。

 

「今、ドキッとしたでしょう?」

「……してねーよ」

「バレバレですよ? 樹くん、酔った私も好きでしたもんね?」

「うるせーからほんと」

 

 ‥‥違うんだよ。だってホラ……楓って顔だけはクールで大人びててとても美人じゃん。そんな子が不可抗力で頬を赤らめてると、例え笑顔でも照れているように見えるでしょう? まぁ、その後はすぐにアホアホしい笑顔になられて落胆するんだが。

 

「学生時代は、わざと酔わせてくれた事もありましたね?」

「やめろって本当……あれは若さ故の過ちというか……」

「付き合ってからは、お尻も触られたことありますね」

「さ、触ってねーし! 当たっちゃっただけだし!」

 

 こいつ、なんで前は言わなかった事を今言うんだよ⁉︎ クソ……やっぱこいつと飲むのは骨が折れる。主な精神が。

 

「……とにかく楓、もう帰るぞ」

「嫌でーす。まだ飲みまーす」

「ダメだ。お前、それ以上飲んだらヤバいだろ」

「だって……樹くん、まだ酔ってないでしょう?」

 

 俺を酔わせるのは無理だぞ。いや、正確に言えば千鳥足になるくらい酔わせるのは無理、と言う方が良いか。だって実際、酔っぱらったことなんかないし。

 

「それは諦めろ。家まで送ってやるから」

「むー……」

 

 はぁ……26にもなって飲み比べなんてするもんじゃないな……。

 とりあえず、会計を済まそうと思って席を立ち、楓に肩を貸そうと手を差し出した。しかし、楓は頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。

 

「いやでーす」

「や、だから……」

「おんぶじゃなきゃヤでーす」

 

 ‥……ええ。いや、まぁ良いか。

 小さくため息をついて、楓を背中に乗せた。……やはり、身長の割に胸は成長していないな。柔らかいけど物足りない感じ……。

 

「ぐえええっ! ぃっ……ぃまってるいまってる! 喉がぃっ……じまっでる……!」

「いま『しんちょーの割に胸はない』っておもったでしょう?」

「思ったよ!」

「そんなにおっきいのが良いんでしゅか?」

「当たり前だろ!」

 

 クソッ……否定しなきゃいけないはずなのに、口が勝手に答えちまう……! 

 おかげで、首を締める力はどんどんと強くなっていった。

 

「……わるかったでふね、ちいさくて……」

「ぎ、ギヴギヴギヴ……! 俺が悪かったから勘弁してくれ……!」

 

 なんとか謝り倒すと、ようやく手を離してくれた。ェホッエホッ……と、咳き込みながら、楓の荷物を持つ。背中には楓を背負い、片手には楓の荷物を持つとか……ホント、俺どういう状況? 

 自分の荷物は必要以上に持ってこなかった事にホッとしつつ、楓を背負ったまま会計を済ませて帰宅し始めた。

 外はまだ夜の8時過ぎ。こんな時間にこんな風にベロンベロンになる奴はそういないだろう。背中にいる楓を背負いながら、若干、柔らかい感触を楽しみつつ街を歩く。

 

「ふふふ、機動戦士イツキ、しゅっつどーう!」

「カガヤマ、いっきまーす! ……じゃねぇ。走らせんな、ただでさえ重いのに」

「締め殺せば良いんですか?」

「うおっととても楓から出たとは思えない台詞。しかし勘弁して下さい下さい本当に苦しいの苦手なんだから」

 

 ‥……特にこのクソ暑い中じゃ尚更な……。俺の体力じゃ長時間は無理だが……こういう時に限ってタクシーは見つからない。でも、楓を落とすわけにもいかないしな……。

 

「……ふふ、いつきくん……」

「何?」

「なつかしいですね……むかひは2人でのみにいってゃら、毎回こうしておんぶしてすれましたね……」

「潰れるまで飲むなよ毎回……」

「あいかわらず、にぶいですね……」

 

 何がよ。

 

「……わたひは、わざとつぶれてたんですよ……? おんぶ、してほしくて……」

「……はぁ?」

 

 俺の背中に頬ずりをしながらそんなカミングアウトをされた。え……だから何よ急に……。かわい過ぎて思わず捻くれたような返事をしてしまった。

 

「……いつきくんは……どんなによってても、つかれてても……ぜったいに、わたしを落としたりしませんでひたね……」

「……そりゃな」

「……もやしの、くせに……」

「それは余計だろ」

 

 そんな話をしつつ、俺も懐かしさを感じていた。この疲労感や肉体労働感は、かなり懐かしい。はっきり言って俺には合っていないが、それでも楓のためなら悪くないと思えてしまう。

 この感覚は、まさしく久しぶりだ。この肉体労働は久しぶりな上に、学生時代より衰えた身体では厳しいけど、それでもこの両腕の力を抜くつもりはない。

 

「……ふふ、細いのに大きいせなか……なにも、かわってませんね……」

「脂肪は少し増えたけどな」

「……良いんです……。わたしは、この背中が……大……」

 

 そこで、楓の台詞は途切れた。かわりに聞こえてくるのは「くかー」という品のないいびきだけだ。相変わらず、寝顔の割に可愛くない寝息だ。や、寝息ではないか。

 楓の部屋に到着し、玄関を開ける。電気をつける前に、まずは楓をベッドに寝かせてやった。

 さて、また前と同じ方法で帰るか。そう思った時だ。ぐいっと袖を引っ張られた。

 

「……」

「起きてんの?」

「……今起きました」

 

 しまった、もっとゆっくり寝かせてやるべきだったか。

 少し反省していると、楓が眠そうな表情のままとんでもない事を告げた。

 

「今日は、泊まって行っても良いですよ?」

「は?」

「だって、クーラー壊れているんでしょう? 大丈夫です、私は明日もお休みですから」

「そりゃ俺もだが……や、でもまずいでしょ」

 

 俺だって少しは酔ってるし、何しでかすか分からんぞ。

 しかし、楓はそんな俺の事情など知った事ないと言わんばかりに強く袖を握る。その瞳は、心なしか潤んでいるように見えた。

 

「でも……樹くんに帰られたら‥‥私、私……」

 

 え……ちょっ、何その顔。え? 待って……何その潤んだ瞳とほんのり赤らめた頬。両方とも酔っ払いの特徴ではあるが、それ以外の何か……別の意味も含まれているような……。

 そんな俺の思考は、うぶっという情けない吐息と共に、唐突に両頬を膨らませた楓の顔によって遮られた。

 

「……さみしぼろろろろろ……」

 

 咄嗟の判断、まさに身勝手の極意と呼べる反射神経によって、楓の胃の中をぶちまける洪水を両手でキャッチした。言っておくが、俺にこの手のご褒美属性はない。美少女のものであっても、吐瀉は吐瀉だ。

 そのまま楓は枕に頭を埋めてぶっ倒れる。肩からは少しヨダレが垂れていた。

 ……こりゃ確かに帰れんわ。まずは両手のものの処理、そして楓の口元を掃除。今後、嘔吐の可能性を考慮してエチケット袋の作成……考えるだけで頭が痛い。同じく学生時代の時の懐かしみを感じたが、こっちは別に悪くないって事はないわ。

 

「……はぁ」

 

 とりあえず、両手のほかほかな物を片付けるため、トイレに向かった。今日はここで泊まりの上に一睡も出来なさそうだな。

 

 ×××

 

 夜中、ようやく色々と片付けを終えた俺は、居間のソファーに腰を下ろした。改めて、楓の部屋でこうしてゆっくりするのは久しぶりだが……‥正直、疲れの方が大きい。

 一息ついていると、スマホが震えた。母親からだ。

 

「……え、マジ?」

 

 その内容を見て、俺の口から思わずそんな声が漏れた。

 

 



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楓さんの休日(2)

「ふーん……楓ちゃんにそんなお相手が」

「そうなのよ」

 

 スタバにて。川島瑞樹は片桐早苗と一緒にコーヒーを飲んでいた。

 

「あの楓ちゃんがやたらと悪酔するものだから驚いちゃって……」

「にしても……楓ちゃんの元カレかぁ……。瑞樹ちゃん、話が合うんじゃない?」

「そうね。主に苦労話で……いや、でも確か美優ちゃんから聞いた話だと、その彼氏くんの方も大変そうなのよ」

「まぁ、楓ちゃんと長く付き合える子って時点で、その子も変わってそうなものよね」

 

 むしろ、変わり者じゃないと楓とは付き合えない自信があった。まともな子が楓に近付けば、あまりの幼児性と酒癖の悪さから距離を置く未来が見える。

 

「でも、それだとしばらくは大変そうね」

「実際、大変なのよ。美優ちゃんが楓ちゃんとその元カレくんの喧嘩に巻き込まれまくってて、ここ最近は毎日、涙目になってたんだから」

 

 それを聞いて、早苗はうへっと同情を隠しきれないような表情になる。

 

「でも……楓ちゃんの元カレくんかぁ……。どんな子だったの?」

「そうねぇ……。外見はそれなりにイケメンだったわ。目付きが冷たく見えたけど、クールの一言で収まるし‥‥お洒落もそれなりに気を使ってるみたいだったし」

「ふーん……」

「でも、あの子の前だと楓ちゃんが毒舌になるから、あまり会いたくはないのよね。絶対、空気が重いだろうし」

 

 毒舌な楓、の時点で早苗からすれば意外でしかない。普段、あまり悪口も強い言葉も使わない‥……どちらかと言えば丁寧な言葉遣いをする楓が毒舌、と言うのはどうにも想像つかない。

 興味を持つ早苗に対し、さらに瑞樹は続けた。

 

「でも、多分だけど……見た目の割に人間味がある気がするのよね……」

「どういうこと?」

「要は、割と可愛い子って事」

 

 かわいい? と、早苗は小首を傾げる。

 

「ああ、中身のこと?」

「そ。外見はクールで楓ちゃんよりも背が高くて、スーツが似合う細身の男の子なんだけど……どうにも負けず嫌いっぽくて、感情的なタイプに見えるのよね。まぁ、この前にチラッと見えただけだからなんとも言えないんだけど」

 

 しかし、前までアナウンサーをやっていた瑞樹の人に対するレビューは当たる。実際、美優からの話を聞いた感じだとまさにそんな感じの子だった。楓とはまた別のベクトルで子供っぽい人だった気がする。

 そんな説明を聞きながら、早苗が瑞樹に繰り返して聞いた。

 

「えーっと……その人、背が高くてスーツが似合いそうなのよね?」

「そうよ。170後半はあるんじゃないかしら」

「目つきが鋭くて?」

「何考えてるか分からない感じに見えたわね」

「髪型は黒髪のミディアムヘア?」

「そうね。確かそうだったわ……って、私そこまで言ってたっけ?」

 

 思わず聞き返しながら早苗の視線の先を見ると、加賀山樹その人が同じスタバにいた。しかも、楓ではない女の子を連れて。

 

「なんであの子がいんの? なんであの子がいるの⁉︎」

「やっぱりあの子なの?」

「あの子よ、間違い無いわ。正直、見た目は私のストライクゾーンからボールひとつ分はずれたニアピンなんだもの」

「微妙な評価ね……。にしても……」

 

 となると、一緒にいる女の子は誰なんだろうか? 身長はかなり低く、親子に見えてもおかしくないくらいの差がある。帽子被っている上に後ろ姿なので一緒にいる子の顔は見えないが、明らかに未成年だ。

 

「……ロリコン?」

「かもしれないわね」

「身長は早苗ちゃんと同じくらいだけどね」

「うるさいわよ。でも、どうするの? こんな現場にのうのうと顔を出しに来るのが楓ちゃんじゃない。良くも悪くも子供っぽいあの子は子供にも容赦ないかもしれないわよ?」

「いやー流石に大丈夫でしょう。あれで一応、大人なんだし……それに、楓ちゃん、昨日飲み過ぎて家でダウンしてるらしいわよ。美優ちゃんが涙目で介抱しているわ」

 

 なんて話をしながらも、早苗はその加賀山とか言う男の子の方を見る。実際の所、どうなんだろうか? 一緒にいるってだけでベタベタくっついているわけでもない。

 お話はしている様子だが、少なくとも樹は真顔だ。ていうか、かなり眠そうにしている。少し心配になる程度には。

 

「……まぁ、でもあの様子なら大丈夫そう……」

 

 と、思った直後だ。店の奥から新たな女の子が現れ、同じ席に座った。元々いた女の子の隣に座ったため、顔こそ見えないものの、多分修羅場だ。

 

「ちょっ……なんか増えたわよ⁉︎」

「あらー……何かしらね?」

「何かしらねって……ていうか、さっきから何スマホいじってるのよ」

「こんにちは、お二人とも」

「こんにちは、楓ちゃんって……楓ちゃん⁉︎」

 

 後ろには顔色が悪いのにしっかりと二本足で立っている楓と、その看病をしていた美優が両膝に手をつけて息を荒くしていた。

 

「こ、こんにちは……瑞樹さん、早苗さん……」

「美優ちゃんまで……大丈夫?」

「か、楓さん‥……こういう時だけ、足早い……」

「はい、私ので良ければコーヒー。……というか、なんでここに?」

 

 その問いには、楓が答えた。スマホの画面を無言で見せてくる。

 

 川島瑞樹『今、私と早苗ちゃんで加賀山さんと同じカフェにいるわよ』

 高垣楓『直ちに向かいます』

 

「なんで教えたのなんで教えたのなんで教えたの⁉︎」

「嫉妬する楓ちゃんが見てみたくて! あと普段、楓ちゃんの尻拭いさせられてる腹いせに!」

「アホかー!」

 

 なんてやってる二人の間に、美優が口を挟んだ。

 

「あの……お二人とも?」

「「何?」」

「楓さんなら既に……」

 

 いつのまにか、4人のまるでダメな女(略してマダオ)のエースがいなくなっていた。

 まだ居場所も教えていないのに、樹の方にゆっくりと歩いている。センサーでもついているのだろうか? 

 

「か、楓ちゃん……!」

「ちょっ、行ってどうするのよ。当人同士の問題でしょ?」

「あなたが引き起こしたんだけどね⁉︎」

「私、行きましょうか? 大丈夫です、今朝から楓さんに呼び出されて『樹くんが泊まって行くって言ったのにいなくなってました!』と泣きつかれ、朝ご飯を作らされ、朝からお酒を飲もうとする楓さんを何とか止めた私にとって、この程度はなんでもないです」

「美優ちゃんは少し休んで……」

 

 流石に同情せざるを得なかった。今度、楓にはまたお説教しないといけないが……今はとりあえず、あそこの修羅場を見学することにした。

 

 ×××

 

 楓は氷のような笑顔を浮かべて、樹と女の子2人の席に向かった。

 

「ねぇ、お願いだから帰らせてくれない? クーラーの修理の人が来ちゃうんだけど」

「了解しました。あと抹茶を5杯飲んだら次の場所に向かう」

「あ、はーも飲みたい! キャラメルマキアート10杯!」

「勘弁してくれませんかね……」

「ふふ、ロリコンハーレムですか?」

 

 堂々と正面から声を掛けた。それにより、樹だけでなく女の子2人も後ろを振り返る。

 

「あ? ……うわ。か、楓……?」

「……『うわ』?」

 

 樹としては、元とは言え彼女の存在を目の前の2人の少女に知られたくなかった。逆もまた然りだ。何を言われるかわかったものではないから。

 しかし、その反応は端的に言って地雷だった。そんな事情を知らない人間からすれば「他の女の子と会ってる時に元カノが来た時の反応」にしか見えない。当人からすれば尚更だ。

 

「‥‥お邪魔でしたか? ロリ山くん」

「捻りがねえな。てかなんでいんの?」

「ダメですか? 私がどこで何を()()()()()()()()()()()()()でしょう? それともあなたの許可が必要なんですか?」

「そこまで言ってないんだけど……てか、なんでキレてんの?」

「キレてません。……いや、キレてます」

「認めちゃうんだ」

 

 徐々にまたヒートアップしていくバカ達。その中に、全く空気を読まない女の子二人が割り込んだ。

 

「ねぇ、いっくん。キャラメルマキアート買ってきて良い?」

「凪も抹茶フロート飲みたいです」

「ダメだっつーの、マジで帰るからホントに」

「そうですよね? 元カノと今カノに挟まれたらいづらいですもんね?」

「あーもう面倒臭ぇなお前ら! 大体、こいつら今カノじゃなくて従姉妹だからな⁉︎」

「……はえ?」

 

 間抜けな声が口から漏れる楓。今なんて? と言わんばかりの表情になる楓に、樹は畳みかけた。

 

「俺は巨乳好きだっつってんだろ! 貧乳が俺の彼女になることは……あ、あるけど……」

「今のはフォローのつもりですか? 私を貧乳だと貶めたことに気付けないのはこの空っぽの頭ですか?」

「いだだだだ! 悪かったごめんなさいすみませんでした申し訳ない!」

 

 頭を両手アイアンクローされ、慌てて樹は謝り倒すとようやく話してくれた。「いだだ……」と頭を人差し指で押さえて落ち着いていると、その樹の手に隣にいた眠たげな瞳の女の子が手を添えた。

 心配してくれてるのか? と思ったのもつかの間だった。

 

「元カノ? 詳しく聞きたいです。なるべく詳細に」

「それ! いっくん、彼女できた事あったの⁉︎ 聞いてないんだけど!」

「‥……興味を持つなよ……」

 

 収集が付かなくなってきた。状況を把握していない二人の従姉妹は、改めて楓を見上げると驚いたような声を漏らした。

 

「え? ていうか……元カノって、高垣楓さんじゃん」

「わーお……これはエモいな……。まさか、いーくんがアイドルに手を出すほどプレイボーイだったなんて……!」

「うるせーよ。つーか、ホントもうこの際、楓もついてきて良いから帰らせてくんない? エアコンの修理が……」

「『ついて来ても良い』? まるで私があなたと一緒にいたくて仕方ないみたいな言い方ですね」

「ひねくれ過ぎだろ。なんでお前俺の時だけそんなに斜に構えるんだよ」

 

 中々、話が拗れていく。誰1人、樹の話を聞くつもりがないのが痛恨だった。

 

「まぁ、とりあえず紹介だけしとくわ。こっちが従姉妹の久川凪と久川颯。で、こっちが元カノの高垣楓」

「知ってますよ? 今度、うちの事務所でアイドルになる子ですよね?」

「凪も知っています」

「はーも知ってるよー。ていうか、楓さんを知らない人なんていなくない?」

 

 尚更、樹の頭痛は増した。お前ら知り合いなのかよ、と。いや、楓の言い方だと名前だけ知っているという感じがするが。

 まぁ、それでも自分との関係性は把握してもらえただろうし、知り合いなら新たな突破口を開ける。何も問題はない。

 

「なら楓、この2人東京に来たばっかで観光したいらしいんだ。付き合ってあげてくんない? 俺、今日はうちにエアコンの修理が来るから」

 

 言われて、楓は樹と久川姉妹を見比べる。まぁ、従姉妹同士のようだし、樹の巨乳属性は本物だし、あまり危険は無いだろう。

 それに、クーラーを直してもらえなかったら、今後、樹の部屋でまたゲームやる事が出来なくなってしまうし……。

 

「すみません、私は美優さん達と一緒にいるので、案内は出来ません」

「あ、そう」

「凪ちゃん、颯ちゃん。今度、私がお付き合いしていた時の話を聞かせてあげますから。特に樹くんの話を。今日の所はクーラーの修理に立ち会ってあげてもらえませんか?」

「おい待った、その話す内容について詳しく」

「そういう事なら……」

「仕方ないね」

 

 ふふん、と、ドヤ顔を浮かべて、楓は樹を見る。要するに「ちゃんとしようと思えば出来るんですよ?」「見直しました?」「今度、ゲームしに行きますから空けといてくださいね?」という事だ。実に分かりやすい。

 

「それに、なーとはーは寮の準備が整うまでいっくんのおうちに居候だからね」

「お風呂とか覗かないで下さいね」

「妹よりロードローラーが何言ってんの?」

「よろしいならば戦争だ」

 

 しかし、その一言で楓の綺麗な笑顔に影が差した。せっかくの楓の良心とドヤ顔が崩壊し、黒い炎が燃え上がった。

 早速、帰宅しようとした樹の手を楓は掴み、微笑みながら言った。

 

「私も行きます」

 

 




美優さんはちゃんと、川島さんと早苗さん達がフォローし、
楓さんはちゃんと、後日に川島さんと早苗さんに怒られました。


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本領発揮。
修羅場の始まりの日。


「はい。……まぁ、一応、そんな古いタイプじゃないので、今日中には終わると思いますよ」

「あ、そうですか。じゃあ……すみません、お願いします」

 

 業者の人に見てもらっている間、俺はこの家にいなければならない。なるべくなら、業者の方達はお客さんはいないほうがよかったはずだ。なのに、現状ではアホほど有名なアイドルが1人と、双子のJCが二人とよく分からん状況になっている。

 

「騒がしいかもしれませんけど……」

「大丈夫ですよ。お子さんがいるお宅には何度かお邪魔したことありますから」

 

 ‥……変な勘違いされていないだろうか。大丈夫だとは思うが……。

 とりあえず、業者の方々にペコっと頭を下げながら、ソファーで寛いでる楓達に声を掛け……ようとしたら誰もいなかった。正確に言えば颯しかいなかった。

 

「颯、バカ一号とバカ二号は?」

「なーと楓さんならいーくんのエロ本探しに行ったよ」

「止めろよ」

「止められるわけないじゃん」

 

 だよね、知ってた。

 

「てか、お前が参加してなかったことに驚きなんだけど」

「え? いや……だってほら……そういうのは、はーにはまだ早いっていうか……」

 

 どうやら、成長期だけでなく思春期も()()()()()()だったらしいな。おっと、楓の癖が移ったか、口に出す前に早く止めに行こう。

 しかし、ここで俺が先回りしてエロ本の隠し場所に行けば、実は机の下で俺を監視している凪に勘付かれる。あれは楓の入れ知恵だな、ホント男ならぶっ飛ばしてた。

 とりあえず、トイレに行って奴らの様子を見よう。どうせ簡単には見つからん。

 

「あ、すみません。もしアレだったらトイレあそこの扉にあるんで」

「ああ、すみません」

「エロ本探しを止める気はないの⁉︎」

 

 なるべく自然な流れになるように業者の方に声をかけておいた。颯の台詞は無視して、トイレに入る。

 手早く済ませ、トイレを出ると机の下の凪とソファーの上の颯はいなくなっていた。

 居間には業者の人、洗面所は脱衣所とトイレとバスルームを兼ね備えているので無し、キッチンには誰もいない。そのため、寝室で探しているのは丸分かりだった。

 部屋の扉を開けると、楓が中央でしゃがんでいて、その両隣に久川姉妹が控えていた。

 

「良いですか? エロ本を探す時は、その人の性格をよく分析する必要があります。何せ、男性にとってエロ本は絶対に異性に見られたくないものなので」

「先生、それだといっくんの場合は本棚に普通に飾ってありそうな気がするのですが」

「その通りです。ですが、この前に私がお邪魔した時に一掃したので、ほぼ確実に何処かに隠してあります」

「え……一掃されたのにまた買ったの?」

「男性は懲りない生き物ですから」

「しかし、まさかはーちゃんまで参加するとは……興味があるんですか?」

「は、はぁ⁉︎ 別に無いし! 私はただ……なーが心配で……!」

「ふふ、恥ずかしいことではありませんよ、颯ちゃん。私も学生時代に盗撮した樹くんのシャワー写真を今でも取ってありますから」

 

 なんかエロ本講座が始まっていた。まぁ、もう好きにしろよ。だってエロ本なんて無いもの。

 この前、一掃されてから、また楓と会うことがあるんじゃないかと思うようになって、それ以来、買っていない。

 ……あと楓、お前その件について後で問い詰めるからな。

 

「……さて、どうするか」

 

 三人は楽しそうにしているし、俺はこういう場合どうしたら良いんだろうな。まぁ……大人しくゲームでもしてるか。

 プレ4の電源を入れて、ゲームを起動する。A○EXを始めると、業者の方が「おっ」と声を漏らした。

 

「エーペですか?」

「……やるんですか?」

「ええ、たまに」

 

 へぇ、意外……でもないか。楓ですら興味持ったゲームだしな。

 

「……あの、余計な事かもしんないんすけど」

「なんですか?」

「あの人……高垣楓さん、ですよね? どんな関係なんです?」

 

 あー……やっぱ気になるよな。変な噂立てられて楓の仕事に影響が出ても困るし、適当に誤魔化すか。

 

「学生時代からの友達っすよ。ゲーム仲間なんすけど……今日は従姉妹が泊まりに来てまして、ゲームよりあっちに夢中みたいです」

「なるほど、そうでしたか……まぁ、俺はアイドルに興味ないんで、別に良いんですけど」

 

 じゃあなんで聞いたんだよ。

 

「でも……異性でお互いの部屋に行くなんて結構な信頼関係ですよね?」

「まぁ……そうっすね」

 

 テキトーに肯定しておいた。なんか言い訳を並べても変に勘繰られそうだし。

 

「うちの女房と結婚する前の話なんですけどね。俺もエロ本探されたことあるんですよ」

「そうなんすか?」

 

 ちゃんと手を動かしながら話をしはじめた。俺も俺で、画面から目を離さずに受け答えしているが。

 

「でも、実際の所、エロ本を見つけたからって女の人って怒らないらしいんですよね」

「へー」

 

 じゃあなんで捨てられたんだよ。ていうか、何処の彼女もエロ本を探す習慣があるのか? 怖いな、女って。

 

「ただ、自分の男がどんな趣味をしているのかを把握するために探すらしいんです。……ま、うちの女房の場合は、ですけど」

「ふーん……いや、怖すぎますねそれ」

 

 男にとっては公開処刑も良いところだ。てか、何が言いたいのん? 惚気? 新婚さんなんですか? 

 

「つまり、そういう事じゃないですか?」

「はい?」

「高垣さんも、あなたの好みが気になるのでは?」

 

 ……あー。え、そうなの? や、だとしてもだ。別にあいつの場合は俺のことをからかうネタが出来たとか、そんなんだろ。巨乳好きであることはすでにバレてるわけだしなぁ。

 

「まぁ、とりあえずエロ本持ってることは気に食わないのでバレたら捨てられるんですけどね」

 

 お、おう……結局、怒ってないのに捨てられるのか……。まぁ……要するに楓は俺の事を「性癖が気になる程度には興味ある」と言いたいんだろうが、それは無いだろう。元々、俺をフッた女だしな。

 でも、そういうことを気付かせようとしてくれるお節介は正直、嬉しい。俺に構ってくれる人間は会社じゃいないから、こういう方には少しありがたみを感じる。

 なので、何か言っておこうと口を開いた時だ。

 

「あら? 私に隠れてゲームですか?」

 

 部屋を荒らしていた楓が顔を出し、俺の隣に座ってコントローラを奪う。まぁ、激戦区を出てアイテム集めのタイミングだから別に良いけど。

 ……しかし、何を焦ってんだこいつ? 修理業者のおっちゃんを見ると、少しニコニコしながら楓を見てるし。手を動かして下さい。

 

「あの二人は?」

「まだ探していますよ」

 

 ホント、誰も止める人がいないのは辛い。一人で子供三人を相手にしないといけないのか。

 ……や、まぁ良いけど。何か物を壊されない限りはなんの問題もない。それに、そろそろ楓に聞きたい事もあったし。

 

「で、お前さ。ここ最近、よくL○NEとかして来るけど……何なの?」

「ご迷惑ですか?」

「や、そういうんじゃなくて……こう、何? てっきり嫌われてるもんだと思ってたから」

「……別に、嫌ってはいませんよ」

 

 ふいっと目を逸らし、冷たい声で答える楓。や、元々、視線はテレビの方を向いているわけだが。

 嫌っては、か。じゃあやっぱり前みたいな感情はないんだろうな。となると、今は本当に友達感覚で遊びにきているだけか。

 しかし、その割には頬を赤らめているような……こいつが頬を赤らめるときなんて滅多に……いや、だから落ち着けよ俺。こいつの表情を深読みしてもろくなことにならないだろ。

 正直、未練があるくせにもっかい向き合うのを諦めている身としては複雑だが、向こうが友達感覚で楽しんでいるのなら、こちらもあまり緊張しない方が良いだろう。

 そう、フランクに行こう、フランクに。友達にエーペを教える気持ちでいとこう。……あ、足音する。

 

「むしろ、その……好」

「おい、来るぞ敵。多分、あの建物の中」

「……」

「なんでコントローラ置いてんの?」

 

 ていうかなにその目……。

 

「……樹くんは本当に相変わらずですね」

「は? って、来るって」

「私にどう思われているかとゲーム、どちらが大事なんですか?」

 

 へ? どう思われてるかって……でも、楓はエーペで殺されると機嫌悪くなるしなぁ。

 

「……そもそも今日、何故、私がここまでついてきたと思っているんですか?」

「エロ本探し?」

 

 あ、なんか今、地雷踏んだ気がする。待って、もしかして真面目な話してたの? 

 

「もういいです。帰ります」

「ちょっ、冗談だから! 待っ……!」

「待ちません」

 

 ゲームの画面なんて気にしてる場合じゃなかった。何となくだが、ここで帰らせたら終わりだ。そんな気がする。

 なんとかいい感じのことを言わないと……いっそ、好きと言っちまうか? 付き合い始める前にした告白は冗談で済まされた事もあった。今、言えば少なくとも引き止められるかもしれない。

 いや、それはその場凌ぎに過ぎない。それこそ博打だ。尚更、逃げられる可能性すらある。

 クソ、こんなことなら今までもっとちゃんと人付き合いとかしてくれば……! 

 とにかく何か言おうとした時だ。俺の寝室の扉が開いた。

 

「いーくんのお宝はっけーん!」

「面白いものが面白いところに隠してありました。さて問題です、これはなんでしょうか。衝撃の答えはCMの後」

 

 うるせーのが最悪のタイミングで帰ってきやがった! え? ていうかお宝? 俺もうエロ本うちにないはずなんだけど。まさか、俺でも記憶に残ってなかった奴があったってのか? 何にしても最悪だ……! 

 楓がさらにイラッとした表情を振り向かせて足を止める。頬をひくっと釣り上げ、片眉を上げる。楓の顔に青筋が浮かんでるの初めて見た。

 

「へぇ? まだ隠し持っていたんですか? このどすけべ」

「や、違……」

「良い機会ですね。見せてもらいましょうか、私にも見つからない場所に隠していたエロ本とやらを」

 

 や、ホント俺も少し見たいわ。見てる場合じゃないが。って、業者のおっさん。テメェなんで笑いを堪えてんだコラ。

 もはや止める間も無く、楓は二人から本を受け取った。直後、どういうわけか顔を赤く染め上げた。え、俺、楓が照れるようなマニアックな本は買った覚えがないんだが……。

 

「お前ら、何持って来たんだよ」

「ライフラインは次の三種です。『フィフティーフィフティー』『オーディエンス』『テレフォン』どちらをご利用しますか?」

「随分、懐かしい番組を出してきたなおい。てかどれも役に立たないよね。フィフティーフィフティーに至っては選択肢もないし」

「A、高垣楓写真集」

「あ、選択肢くれるん……今、なんて?」

 

 ……おい、待て。凪、お前いまなんつった? 俺の疑問を他所に、颯が続けた。

 

「B、ミステリアスアイズフランス旅行!」

「おい待て! 答えが二つあるように聞こえましたが⁉︎」

「C、命もやして恋せよ乙女MVディスク」

「分かった! 全部、全部だから! タイトルを詠唱すんのやめろ!」

「D、シンデレラガール記念、高垣楓インタビュー記事!」

「‥‥お前ら、今日の晩飯覚えとけよ……」

「ここで臨時ニュースです。大事件が発生しました。凪はそちらの謝罪に行かなければなりません。もしかしたら放送は中断になるかも。つまり、ご飯抜きは勘弁して下さい」

「喧しい」

 

 そんな大人げなくJCと口喧嘩をしていると、楓はさっきまでと打って変わって真っ赤な顔でニヤニヤしてしまうのを必死で噛み殺す面白い顔になっていた。こんな表情豊かな楓は見た事がない。

 

「あ、いや……楓、これはその……」

「……うです……」

「へ?」

「……没収です、全部……!」

「ちょっ、そんな……」

「帰ります」

 

 グッズをすべて回収し、楓は部屋を出て行ってしまった。

 思わず俺がその場で片膝をつき、立ち崩れる中、肩に凪が手を置いた。

 

「晩御飯、お願いします」

「うるせえよ……」

 

 ホントうるせえよ……。

 

 



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修羅場は連鎖する。

 クーラーが直っても、うちに快適な生活は戻ってこなかった。と、いうのも、なーはーコンビのお世話が大変だ。

 まずは朝、いつもより早く目を覚まし、朝飯を作る。JCなので給食があるから弁当の必要は無いが、それでも大変なものは大変だ。

 それが終わると、あのバカ姉妹を起こす。凪はともかく颯は思春期真っ只中なので叩き起こすわけにもいかない。そのため、最も陰湿な方法……つまり音楽を大音量で流して起こしてやった。

 

「むー……うるさい……」

「はーちゃん、敵襲です。第一級戦闘配備についてください……」

「安いな、第一級戦闘配備。これから毎日やってくるぞ」

 

 起きた二人が準備を整えている間に、朝飯を机の上に運ぶ。女の子の準備‥……特に凪の支度も颯が手伝っているため長く掛かるから、その間に俺は自分の朝飯を済ませる。

 ようやく、JCが準備を終えて来た頃までには食べ終えていなければならない。

 

「おはよー! って、もう食べちゃったの?」

「おはようございます。……しかし、なんという食事の早さ。まさか、フードファイターを目指しているのですか?」

「目指してねーよ。良いから早く食え」

 

 二人が食事をしている間に、歯ブラシを咥えながら洗濯を開始。昨日の夜に洗濯機の中に放り込んでおいてもらった洗濯物の上に洗剤をぶちまけ、早回しでスイッチオン。

 歯磨きをまともにやり始め、終わると女子組が食事を終えて歯磨きをし始めるので、食器の洗い物。それを終えると、洗濯物が上がるので干し始める。

 要するに、それでようやく一息つけると思いきや、もう出発の時間なのだ。

 

「おら、行くぞ」

「ねぇ、もう少しゆっくり寝られないの? はー達、多分これ学校一番乗りだよ?」

「お前らに合鍵を渡すと絶対に失くしそうだから我慢しろ。朝飯いらないならもう少しゆっくりでも良いけど」

「それは困ります。人間の脳はブドウ糖が無いと機能しません。ブドウ糖は物を食べないと補充できません」

 

 喧しさで言えばずっと寝ててもらいたいくらいのものだが……まぁ、授業をちゃんと受ける気があるとプラスに解釈しよう。

 一緒に家を出て、駅前で歩く。申し訳ないが、うちから2人が新しく通う学校は遠いので、電車を使わなくてはならない。

 三人で駅まで歩く。一緒なのはそこまでで、電車で移動する方向は真逆だ。

 

「じゃあな」

「頑張ってね、いーくん!」

「陰ながら応援しています」

「お前のその言葉の意味わかってる?」

 

 元気に手を振ると、二人は学校に向かった。

 さて、俺も仕事に行くか……。小さくため息をついて、ホームに向かうべく階段を下りる。

 すると、電車に乗るのに並んでいる列に、楓と川島さんの姿があった。

 

「あっ」

「あら、加賀山さ……」

「ーっ!」

 

 え……な、何故、隠れる? 楓……。

 

「か、楓ちゃん? どうかしたの?」

「……いえ、その……何でも、ないです……」

 

 頬を赤らめた楓は、川島さんの背中に隠れたまま曖昧な答えを出す。しかし、俺はしばらく動かなかった。

 ……これはー……楓に、ストーカーだと思われてる? え、何それ死にたい。グッズくらい買っても良いじゃん……。

 

「あ、じゃあ……また今度」

「あ、は、はい……」

「え? 良いの?」

 

 川島さんが楓に聞き返したが、傷心気味の俺は耳を塞いでふらふらと別の列に並んだ。

 

 ×××

 

 昼休み、また俺は三船さんと一緒に食事を食べていた。また近くで撮影したそうで、快くお誘いに応じてくれた。

 

「……というわけなんですけど」

「なるほど……」

 

 昨日と今日、急に逃げられたことを相談した。ホント、勝手なことで申し訳ないんだけど、抱え込んだら帰ったらバカ姉妹に問い詰められる。

 

「そうですね……特に不安に思う事はないのでは?」

「出たよ、他人事100パーセントのセリフ……」

「いえ、第三者の冷静な観点のつもりだったのですが……」

「というと?」

「瑞樹さんが一緒にいらっしゃったのなら、まず間違いなく大丈夫だと思いますよ」

 

 なるほど、と思わず納得してしまう。あの人、まだ一回しか会ったことないのに、普通にしっかりしてそうな空気を発していた。

 どうやら、大人組の中でもリーダー的立ち位置のようだ。楓がリーダーじゃなくて安心した。

 

「……でもなぁ、楓に怖がられたのなんて初めてなんですよね……。グウェンなんてピーターにストーキングされても喜んでたのに……やっぱ現実とフィクションは違ぇーな」

「え、ストーキングしてるつもりだったのですか?」

「違うわ。ただ、ストーカーって思われるかも、とは思ってただけですよ」

 

 想定していたものの、実際に思われると中々にキツいが。ぶっちゃけ、楓グッズはしょっちゅう見ているわけではない。楓の魅力は外見よりも中身にあると思っているから。

 

「そもそも、楓さんは加賀山さんの事は怖がってはいないと思いますよ?」

「へ?」

「多分、恥ずかしかったんだと思います。楓さん、加賀山さんの前だと少しオシャレに気を使うんです。昨日だって、スタバに入る前、お店の前で前髪とか整えていましたし」

 

 それは意外だ。あいつ、付き合ってた時とか平気で寝癖まみれの頭でデートとか来てたし。

 

「楓さんだって、加賀山さんの前では立派に乙女になっていらっしゃるんですよ? だから、加賀山さんが実は自分の事を別れた後も応援してくれていたと知って、少し舞い上がっちゃっただけなんだと思います」

「……」

 

 えー……それ、楓? 俺の前じゃそんな姿、見せたことない癖に……いや、昨日の嬉しさを噛み殺していたような顔がそうだったのか? だとしたら……それはそれで可愛いなあいつ……。

 

「……はぁ、マジですか」

「はい。おそらくマジです」

 

 ホント、何処までも子供っぽい奴め……。嬉しかったら嬉しかったと素直に言えば良いのに。いや、昨日の流れだと無理か。怒ってたら中々、素直になりづらいもんな。

 

「じゃあ……特に何かしてやる必要は無いんすかね」

「無いと思いますよ。……いえ、強いて言わせてもらうなら、たまにはもっとたくさん構ってあげて欲しいってとこでしょうか?」

「いやいや……それは無理っすよ。あいつ、うちの従姉妹にやたらと変なこと教えますし、次にうちに来たらまず喧嘩になりますね」

「あ、次会う時も加賀山さんのお宅なんですね」

「……」

 

 しまった……いや、でもそう認識するのも仕方ないよね? だって、現状は今、この頃現在の今日に至るまでの楓との関係は一緒にゲームやる仲なうだし。って、何を動揺してんだ俺は。

 

「……あ、良かったら三船さんもうちに来ます?」

「え?」

 

 思わず、そんなことを聞いてしまっていた。俺はアホかと。や、本当何を動揺したのか……いや、でもなんか別に俺と楓の間には何もない事を、気が付けば証明しようとしてしまっていた。あとは、なに? なーはーめんそーれコンビも喜ぶと思ったしゲームやるならみんなの方が楽しいと思ったしそれに……。

 頭の中で誰に対する言い訳をしているのかわからない言い訳を繰り返していると、三船さんの表情が徐々に青くなる。しまった、下心があると思わせてしまったか? まぁ、ちょっと声のかけ方が良くなかったな……。

 

「あー……すみません。今のは、凪と颯が喜ぶと思って……」

「あの……加賀山さん……」

「なんすか?」

「う、うしろ……」

「志村ですか? うち、8時だヨのDVD全部あるんですよ。見たかったら今度……」

「そうじゃなくて! 今……!」

 

 何事かと後ろを見ると、楓が近くの店のコーヒーの入ったカップを握り潰して立っていた。その背後には、川島さんが呆れ気味に額を抑えている。

 

「……お前なにキレてんの?」

「こんにちは、下心山くん」

「語呂が悪いにも程があんだろ。相変わらずナンセンスだな」

 

 朝とは全く態度を変えて喧嘩を売られたので、俺も思わず相応の態度をとってしまった。

 それにより、楓の眉も吊り上がる。

 

「ナンセンス? いきなり自分の部屋に女性を誘う性欲モンスターが何を言いますか?」

「うちに従姉妹が二人いて襲えるわけねーだろ。考えりゃわかる事を考えずに聞いた話だけで人を責めるなバカめ」

「そうですね、口ではなんとでも言えますものね。でも巨乳大好きなエロ山くんが言っても説得力皆無ですからね? 少しはご自身の性癖を改めたらどうです?」

「盗撮魔に言われたくねーよ。知ってんぞ、学生時代盗撮してたこと」

「盗撮なんてしてません。撮った事にあなたが気づかなかっただけでしょう?」

「すげぇ開き直り方だなおい」

 

 徐々に早口になっていく俺と楓。お陰で周りの会話など頭に聞こえて来ない。

 

「……あの、瑞樹さん。何故ここに?」

「お仕事のお昼を近くのカフェで食べてたのよ。お店を出たところで急に『樹くんの気配がする』とか言って……」

「どんな五感を持ってるんですか……」

「あなたは?」

「加賀山さんが楓さんに逃げられてすごく泣きそうな声でお昼をお誘いしてくれて……」

「何よ……楓ちゃんの自業自得じゃない……」

 

 川島さんと三船さんが何か話しているようだが、俺と楓には聞こえて来ない。

 

「性癖が歪んでるのはお前に言われたくねーよ。大体、男はみんな巨乳が好きなの。貧乳好きなんて希少種だからな」

「そうですか。そんなに美優さんが好きですか?」

「その三船さんイコールおっぱいみたいな言い方やめろ。三船さんの良い所はたくさんあるだろ。お前と違って人の面倒は最後まで必ず見るとか、お前と違って理不尽なお願いでも聞いてあげてしまう所とか」

「むっ……まるで私はあなたの面倒を見てあげたことないみたいな言い方ですね。この前、そんな女に部屋の片付けを手伝わせたのは誰ですか?」

「お前はエロ本を探してただけだろ。ほとんど俺がゴミを袋にまとめて縛って掃除機かけて窓開けて布団干してただろうが」

「洗い物は私がしましたけどね。その記憶容量の少ない脳味噌では他人の働きを記憶することができないんですか?」

「水を皿に反射させて仕事増やした奴がどんな働きをしたって?」

「そう言いながら私の服が濡れてブラ透けした部分、ガン見してたくせに」

「してねーよ、79!」

「今は81です!」

 

 周りに人がいないのが幸いだった。いたら騒ぎになっていたかもしれない。

 しかし、ここは公園のベンチ。いつ誰が来てもおかしくない。それを察した川島さんが俺と楓の間に入った。

 

「まぁまぁ、落ち着きなさい、2人とも」

「瑞樹さん、申し訳ありませんが少し……」

「じゃないと、知らない間に美優ちゃんが堕とされちゃうわよ」

 

 なんの話? と思って俺と楓は三船さんの方を見ると、頬を赤らめて照れたようにポリポリと掻いていた。

 

「あ、あはは……」

 

 ……そういえば、結構恥ずかしいこと言ってたな俺……。思わず少し後悔していると、楓が俺をキッと睨む。

 

「むー……本当にあなたは人の神経を逆撫でするのが得意ですね……」

「うるせーよ」

 

 また喧嘩が始まりそうになった時だ。川島さんが「じゃあ……」と口を挟んだ。

 

「もう二人とも会うのやめたら良いじゃない。お互いに嫌いなんでしょ?」

「え……」

「いやそれは……」

 

 別にそこまですることはないでしょだって俺も楓も喧嘩したいわけではないしお互いが嫌いなわけでもないし俺だけかもしれないけど未練はあるし……。

 そこで、俺の意識はハッとする。これはまさか……川島さんに謀られたか? 

 ふと川島さんの方に目を向けると、やっぱりニヤニヤしていた。

 さらに三船さんの方を見ると、にこにこしていた。

 まずい、と楓に視線を送ると、頬を赤らめて俺を睨んでいた。

 

「……なんでだよ」

「こっちのセリフです」

 

 ……なんでお前までそんな顔してんだ……? ホント、最近マジで楓が何を考えているのか分からない。表情は読めるが、思考まではどうにも……。

 思わず見つめ合っていると、その見つめ合いがまた恥ずかしくなり、俺も楓も目を逸らした。

 

「じ、じゃあ……そろそろ俺は会社戻るから」

「そ、そうですね。私も……()()()()()()()()戻りますね」

 

 帰ろうとする楓に合わせて、俺もコンビニで買った飯のゴミを袋に入れて縛る。

 そんな楓が去り際、俺に声をかけてきた。

 

「あの……樹くん」

「何?」

「……次からは、私も()()()()()()()()誘って下さいね」

「……んっ」

 

 自分でも肯定してんのか否定してんのかよく分からない返事をして、最後に三船さんと川島さんに小さく会釈して会社に戻った。

 

 ×××

 

 仕事が終わった。手早く帰り支度を始める。終わったら直帰、という習慣が身についている。特に、今はうちにJCが二人いるし、早く帰ってやらんと部屋がどんな有様になっているか分かったものではない。

 そう思って立ち上がると、デスクの近くに何人かの同僚が寄ってきた。

 

「加賀山」

「?」

 

 顔を向けると、同僚の男が2人、立っていた。残念ながら名前は覚えていないが、とりあえず無視するわけにも行かない。

 

「お疲れ。なんか用?」

「お疲れ。来週の金曜は暇か?」

「なんで」

「合コンやるんだが……山田が来れなくなったから。人数合わせで良いから来れないか?」

 

 え、合コン……? めんどくさ……。

 

「……俺たちも色んな奴ら誘って回ったが」

「そこまで嫌そうな顔を露骨にする奴は初めてだぞ」

 

 ‥‥悪かったな。普段は顔に出ないんだが、嫌な事はどうにも分かりやすいらしい。

 

「予定は無いんだろ?」

「それに、お前だって女に振られたとか言ってたじゃん、何年か前に」

 

 まぁ、確かに来週にはアホ姉妹はいなくなっているし予定もない。楓との昼飯がいつになるかにもよるが……まぁ良いか。

 

「奢りなら良いよ」

「ええ〜……ただでさえ女の子にも奢る必要があんのに?」

「冗談だよ。いるだけで良いならいてやる」

「マジ⁉︎ サンキュー!」

「今度、飯奢るわ」

 

 まぁ、こういう付き合いが人間関係を不器用にしないためのコツなんだろう。これ以上、楓と喧嘩しないで済むためにも。

 

「じゃ、早速、今から飲むか」

「良いね。そういや、加賀山と飲むの久々だよな」

「そう?」

「そうだろ」

「お前いつも知らない間にいなくなってんじゃん」

「今日はなんかいたけど」

「まぁ、そうだな。仕事早いし」

「殺せば良いの?」

 

 なんて話している時だ。俺のスマホが震えた。

 

 千川ちひろ『はじめまして。346事務所職員の者です。勝手とは思いましたが、久川凪さん、久川颯さんから連絡先を伺い、ご連絡を差し上げました』

 

 事務所の人? なんだ急に。

 

 千川ちひろ『凪ちゃんと颯ちゃんが疲れたから帰りたくない、との事ですので、迎えに来ていただけませんか?』

 

 ……なるほど。要するに、園児の送り迎えね。お世話になってる方々に迷惑かけるわけにもいかんし、了承するしかない。ホント、今日は厄日かよ。

 了解しました、と短く返信し、スマホをポケットにしまう。

 

「悪い、今うちに居候してるバカ達を迎えに行かなきゃいけなくなったから」

「居候?」

「従姉妹」

「ああ、そうか」

「じゃ、また今度奢るから」

 

 それだけ約束し、足早に退社した。

 会社を出ると、千川さんから346事務所へのアクセスのURLが送られてきたので、それに従ってまずは電車に乗る。

 幸い、電車一本で行けたため、面倒ではなかった。駅に到着し、URLを押して道順に歩くと、なんか城みたいなデッカイ建物があった。……え、何これ。宮殿? 石油王でも住んでんの? 

 

「……え、ここを指してる? このURL?」

 

 ぽかんとしてると、入口からアホ姉妹が千川さんと思わしき女性と一緒にやってきた。

 

「はじめまして。その二人の一応、保護者の加賀山です」

「はじめまして。千川ちひろです。すみません、お仕事帰り……でしたよね?」

「いえいえ、凪と颯がご迷惑かけてるでしょうから」

「すみません。タクシーをご利用でしたらお代はお出ししますが……」

「大丈夫っすよ。……おら、行くぞ」

 

 声を掛けるが、二人は動かない。

 

「疲れた……予想以上にハードだったわ……」

「そこで質問です。いっくんは疲れている乙女に無慈悲に歩かせるつもりですか?」

「……」

 

 こいつらが何を所望してるのか知りたくない。知りたくないが……惚けるのは時間の無駄だ。

 

「お前らでしがみつけよ。こっちは一本ずつしか腕がないから、完璧には支えてやらないからな」

「ありがと! いっくん大好き!」

「これだから居候はやめられない」

 

 ‥‥本当に調子良い奴らだよ、お前らは。まぁ、それはそれで可愛いもんだ。強引に2人をおんぶし、帰宅した。勿論、次の日は筋肉痛だ。

 

 



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事務所にて(1)

 その日の夜。凪と颯をおんぶし洗濯物を畳みタンスにしまい、お風呂を沸かし、晩飯を三人分作って食べてようやく休める樹は、ヘトヘトになってソファーに倒れ込んでいた。

 全国の主婦はこんなことをしていたのか、と感動してしまった。まさか全国の父親の気持ちより先に、全国の母親の気持ちを知る事になるとは思わなかった。

 しかも、この二人はもう中学生だ。だが、全国の母親は彼女達のようなそれなりに生活が出来る子達ではなく、右も左も分からない赤ん坊の頃から育てているって事だ。母は強しというか、もはや最強生物である。こりゃハリーの母親もアバダケダブラを跳ね返せるわ、と納得してしまった。

 今日はもう風呂入って寝たいが……まあ、そうもいかないんだろう。あの二人の今日の思い出話を聞いてやらねばならない。

 それがなくとも、身体がゲームを求めてる。2〜3戦くらい良いだろう。

 いつものように電源を入れてゲームを開始すると、カチカチと指を動かしはじめた。

 

「ふぅ……気持ち良いシャワーだった。まるで局所的集中豪雨のような」

「なー! まだ髪乾いてない!」

 

 騒がしい二人が帰ってきたが、集中モードに入った樹には関係ない。割と武器によって強さの変わる樹は、スナイパーライフルのような遠距離武器は苦手だ。そのため、初手ではショットガンがサブマシンガンを好むのだが……拾えなかった。手に出来たのはP2020とかいうハンドガンだけである。

 

「やばっ……」

 

 しかも、目の前に敵が。ボディアーマーも無いしこれは死ぬ。慌てて逃走を始めた。

 飛び降りて建物を使って銃弾を回避し、別の建物に移動する。足音がするため、まだ追ってきているようだ。

 そこで、オクタンのアビリティでダッシュし、一気に距離を離す。そこで岩を壁にし、しゃがんで銃を構えた。壁と距離があれば、後は弾を当てるだけで勝てる。

 パンパンパンッと中距離から射撃戦を繰り広げていると、隣に凪と颯が座った。

 

「お待たせー! お風呂どうぞー!」

「むむ、相変わらず人殺しが上手いですね」

「人聞きが悪過ぎてビビるな……」

 

 空いたのなら、この一戦が終わったら今日はやめようと思いつつ手を動かしていると、一本道でフラットラインとディヴォーションを持つ敵二人に挟まれてあっさりと死んだ。

 

「あっ」

「あら……早くない?」

「まぁ、こんなもんだろ」

 

 一応、味方がバナーを拾って復活させてくれるかもしれないので、コントローラだけ放置してその場でのんびりした。

 暇になった、と見るや否や、早速、隣の颯が口を開いた。

 

「ね、聞いてよいっくん! 今日ね、色んなアイドルと会えたんだ!」

「へー。例えば?」

「本田未央ちゃんと、島村卯月ちゃんと……あと高森藍子ちゃん!」

「みなさん、暇そうにラウンジでコーヒーを飲んでいましたね。多分、お砂糖入りの」

「ふーん‥……やっぱ何、アイドルって実際の姿とテレビじゃ違ったりしたんか?」

「全然、みんな良い人だった」

「コーヒーを奢ってもらってしまいました」

 

 意外だな、と思わないでもなかった。それとも、高校生は使い分けできるほど器用ではないのか……や、まぁ楓や瑞樹、美優だって割とまんまだし、案外、裏表があるという方が出鱈目なのかもしれない。

 

「あ、あとかーちゃんとも会った」

「え、おばさんが?」

「違います。楓さんのことです」

「おい、紛らわしい呼び方すんな」

 

 一瞬、マジでビビった樹だったが、確かに2人がよく採用する呼び方を考えれば「かーちゃん」となる。それでもやめて欲しいが。

 しかし、凪も颯も「そんな事私らに言われても……」みたいな顔で目を合わせた。

 

「でも……そう呼ぶように言ってきたのは楓さんなのですが」

「それね。まぁ、はーもなーも断る理由なかったし面白かったから良いけど」

「呼んだらとても嬉しそうにしてくれていましたよ」

「あいつホント何考えて生きてんだ……良いから俺の前ではやめてくれ」

 

 思わずため息をつく樹。元カレと一緒に暮らしてる女の子に自分を母ちゃんと呼ばすか? と。楓なら絶対にかーちゃんが母ちゃんに脳内変換されているはずだし。

 ゲンナリした表情を浮かべていると、凪が思い出したように言った。

 

「あ、かーさんで思い出しました」

「それも俺の前ではやめろ」

「『楽しみにしています』だそうですよ?」

「……」

 

 相変わらず、なんて事してくれたのか。普通、この姉妹に言伝を頼むか? そんなことをすれば……‥。

 

「何、進展あったの? かーちゃんと⁉︎」

「寄りを戻すのですか?」

 

 こうなる……。

 画面では味方がバナーを入手してくれている所だ。しばらくかかりそうだし、逃げきれそうもない。

 

「そんなんじゃないよ。ただ、昼飯の約束をしたってだけ」

 

 あれが約束に入るのならな。

 

「でも、いっくんは未練があるんでしょ?」

「み、みみみ未練? そそそそんなのねーから」

「なんで無表情でそこまでドモれるの……?」

 

 喧しい。……なんて思っている間に味方がやられ、部隊は全滅した。もう今日はいいやと思い、ゲームの電源を切って風呂場に向かった。

 

「あれ、もうやめちゃうの?」

「ていうか、かーさんの話はいいんですか?」

「いいんだよ。大人同士の話に首を突っ込むな。……ただでさえ今日は厄日だったんだ」

「何かあったの?」

「来週、合コンに誘われたんだよ」

「「……は?」」

「山田が抜けた人数合わせとかなんとか同期の奴に。だから、今日はちょっと寝かせて」

 

 疲れでどうでも良くなってきた樹は、そんな事を言いながら入浴した。明日も朝から仕事だし、今日は早く寝たい。

 

 ×××

 

 翌日も、凪と颯は2人で事務所へ来ていた。これからレッスン、それまでの間にしばらく事務所のどこかしらでのんびり……していなければならないのだが、新人だからか何処で時間を潰せば良いのかわからない。ラウンジは多分、他の人が大勢いるし、あまりのんびり出来なさそう。

 

「どうしましょうか」

「暇な時は屋上も良いとかPちゃんいってなかった?」

「そうですね……中々にエキセントリックです」

 

 そう言って移動しようとした時だった。その2人を見かけた高垣楓が声をかけた。

 

「お二人とも」

「あ、かーちゃん!」

「かーさん、お疲れ様です」

「ふふ、はい。母ちゃんです」

 

 アホな自己紹介をしてから、改めて質問した。

 

「どこへ行くのですか?」

「屋上に行こうと思って」

「ラウンジは埋まっていそうなので、時間を潰せる所を探しているところです」

 

 こういう時、普段、何を言っているか分からない凪の方が上手く状況を説明してくれるので、やはり姉なのだなと思いつつ……屋上はあまりオススメ出来なかった。今は暑いし、これからレッスンであればそういう環境に置いておくのはオススメできない。

 

「ラウンジでしたら、空いていると思いますよ?」

「なんと、そうでしたか」

「この時期はグラビアやドラマの撮影で忙しいですからね。事務所に残っている子が少ないんです」

 

 夏なので、楓も近いうちに水着になる事だろう。プロデューサーも右往左往している。

 

「では、ラウンジに行きますよ、はーちゃん」

「そうだね、なー。かーちゃんも一緒に行きません?」

「良いんですか?」

「はい!」

「分かりました。母ちゃんも行きましょう」

 

 ニコニコしながら当然のように返事をした。三人はラウンジに移動し、かーちゃんの奢りでジュースを購入して席に座る。

 

「おうちでの樹くんはどんな感じでした?」

 

 早速、楓が声を掛ける。ぶっちゃけた話が「かーちゃん」と呼ばせてみれば、絶対に樹がリアクションを起こすと思ったから聞いてみたかったのだ。

 その問いに対し、2人は昨日の樹の事を思い返す。

 

「なんか、疲れてたよね」

「そうですね。合コンに行くとかなんとか……」

「……は?」

 

 楓の頬が、ひくっと吊り上がった。

 

「ど、どういう事……?」

「同期の人にどうしても頼まれたそうですよ?」

「人数合わせって……」

 

 なるほど、と理解した楓は頭に血を上らせたままスマホを取り出した。勿論、邪魔をするに決まっている。そのためにはまず情報収集だ。

 

 ×××

 

「へ? わ、私の元同期の話ですか?」

 

 ドラマの撮影の休憩中、美優にそんな電話がかかって来た。相手は言うまでもない。

 

『はい』

「急に言われましても……。結構な数……でもないですけど、7〜8人はいましたから」

『女性をのぞいて下さい』

「それでしたら……4人……あ、加賀山さん入れて4人、かな?」

 

 4人……確かに人数的には合っている。何人の合コンかは知らないが、そういうのって3〜5人というイメージがある。1人減って、人数は3人、さらにそこから樹を減らせば、残った2人が誑かした犯人である。

 

『名前は?』

「……あの、何故急にそんな事を?」

『なんとなくです。最近、樹くんは同期の方と仲良くしているそうなので』

「まぁ! そうなんですか?」

 

 嘘である。そんなわけがない。しかし、それにも騙される美優はやはりチョロい。近くに瑞樹や早苗がいたら頭を抱えそうなやり取りだ。

 

「えーっと……長谷川さんと山田さんと長野さんですね」

『よく飲みに行かれてたんですか?』

「そうですね。加賀山さんはあまり来ませんでしたが」

『樹くんらしいですね……。てことは、他の三人の誰かが幹事を?』

「はい。よく幹事をして下さっていたのは長谷川さんです」

『分かりました。では撮影頑張って下さい』

「もう切るんですか⁉︎」

 

 まだ飲み会での様子も話していないのに切られてしまった。なんだったのかいまいち、分からなかったが、休憩も終わりの時間なので、そろそろ集中することにした。

 

 ×××

 

 片桐早苗は都外に来ていた。及川雫、堀祐子の2人と温泉のリポートに来ていた。

 しばらくのんびりし、ようやく休憩時間となったのでスマホの電源を入れる。こうやって経費で温泉旅行が出来るのは、とても良い仕事だと感じる。

 

「……あら?」

 

 着信があったようだ。相手は高垣楓。例の元カレくん関係かな? と思いつつ、とりあえず応対した。

 

「もしもし?」

『早速で申し訳ないのですが、社会人になってから合コンとかしましたよね?』

「喧嘩売ってるの?」

 

 出鼻から顔面に馬糞をダンクするような問いに、思わず本性が漏れた。主に、喧嘩っ早い部分の。

 

『違います。ちょっと今、調査中でして』

「何を?」

『敵と戦地について』

「あなた何する気なのよ……」

 

 普通に逮捕状を渡さざるを得ない事態にならない事を祈るしかない。

 

「犯罪になるようなことは答えないわよ」

『そんなこと聞きません』

「じゃあ何?」

『いえ、社会人になってから、合コンの幹事になったとして……どこのお店を選びますか?』

「はぁ? 楓ちゃん、合コンでも開くつもり? プロデューサーと加賀山さんが泣くわよ?」

『逆です』

「え?」

『樹くんが合コンに参加するつもりなんです』

 

 なるほど、と話が見えてきた。要するに楓は邪魔しに行くつもりなのだろう。気持ちは分からないでもないので、一応、教えてあげることにした。というか、教えないとしつこく電話して来そうだったから教えざるをえない。

 戦地、という以上は店の場所を知りたいのだろう。なら、あくまで合コン経験者の一般論として教えておこう。

 

「そうね……まぁ、あくまで私目線になるけれど、良いかしら?」

『はい』

「その幹事の人にもよるけど、女性を歩かせるようなことはないと思うから、駅から近い場所ね。それと、お酒のメニューが豊富なとこ。詳細は分からないけれど……こんなとこかしら?」

『なるほど……ありがとうございます』

「……ほんとに犯罪になるようなことはしないでね?」

()()()()()()()♪』

「しないでね⁉︎」

 

 不安になるダジャレだった。

 

 ×××

 

 さて、情報はだいたい揃った。後は、どの店を選んで来るかだが……まぁ、本人を問い詰めれば良いだけの話だ。この時点で他の2人から情報収集した理由がなくなるが、気付かないのはやはり楓だからこその所以とも言える。

 早速、電話をしようとスマホを取り出した時だ。

 

「……へ?」

 

 逆に電話がかかってきた。それも、加賀山樹から。とりあえず電話に出る。ちょうど良い機会だし、応対する事にした。

 

「もしもし?」

『あ、楓?』

「ど、どうしたんですか? 急に電話なんて……」

『今晩、暇?』

「え?」

 

 急に電話とはどうしたのだろうか? まさか、デートの誘いとか? 

 

「暇ですけど……どうしたんですか?」

『晩飯一緒に食おうぜ』

「……はえ?」

 

 本当にデートの誘いだった。かえで は あたまが まっしろになった。

 

 



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どういう関係だよお前ら。

 日常とは、それまでの生活の繰り返しが反映されて来るものだ。筋トレを始めたからって急にマッチョになるわけではないし、体力が付くわけでもない。1日頑張っただけでキツいレッスンに慣れるわけでもないのだ。

 まぁ、要するに今日も凪と颯のお迎えだ。二人をおんぶし、楓との待ち合わせ場所に向かう。どうせ事務所まで来るならここで待ち合わせて片方、楓に持たせりゃ良かったわ……。

 

「相変わらず力持ちだねぇ、いっくん」

「惚れ惚れする力技……これがバスターゴリラか」

「お前らホント黙ってろよ……」

 

 本当なら、家に晩飯作り置きしてそれ食ってもらう予定だったが、こうなってしまった以上は連れていくしかない。遅刻するし、その上、家で飯作る暇もないのだから。

 一応、親御さんから預かっている以上はきちんと世話をしなければならない。それが子供の面倒を見るってことだ。

 

「ていうか、お前ら元気いっぱいアンポンタンじゃねえか。自分で歩け」

「それは無理だよ。疲れたもん。はーはともかくなーが」

「足がガクガクと震えている。疲労の所為ですね」

「武者震いじゃね?」

 

 ……はぁ、まぁ良いか。楓も二人きりより誰かいた方が良いだろうし。

 待ち合わせ場所に到着すると、楓はまだ来ていなかった。珍しいな。待ち合わせには必ずあいつの方が早く着いてたのに。もしかしたら、あいつもあまり来たくなかったのかもしれない。

 

「おら、降りろ」

「かーちゃんは?」

「まだ来てない。待ってる間ずっとはお前らをおんぶは出来ないから。あと母ちゃんはやめろ」

 

 こんな事を毎日、続けていたら一週間後にはマッチョになってるかもしれないな。

 さて、そんな事よりも、だ。合コンの事について楓に話さなければならない。というのも「合コンで一言も喋らずに帰りたい」という内容の相談を三船さんにしたら、すべてを察したような声で「その前に楓さんに合コンに行く事を話しなさい」と怒られてしまった。「どうせバレるし、自分から話した方が楓さんも怒らないから」とか何とか。

 や、まぁ確かに元カノからしたら元カレが合コンに行くのはあまり良い気がしないんだろうけど。

 

「……なんであんなに怒られたんかね……」

 

 そんなに合コン行くのが良くなかったのかな。まぁ、俺もあまりコンパに良いイメージはないが。そこまでして彼女欲しい? っていう。いや、楓が参加してるなら俺も参加するが‥‥正直、今は他の女の人とどうこうなろうとは思えない。

 

「いっくんいっくん! 今日は何食べても良いの?」

「良いよ。居酒屋だけど」

 

 楓に知らせておいた場所が居酒屋だったからなぁ。まぁ、保護者がいれば入店拒否はされないだろうし問題ない。

 

「では、凪はたこわさを食べたいです」

「えらく渋いなオイ」

 

 本当に未成年? 年ごまかしてない? 

 

「えー。もっとガッツリ行こうよー。てか、たこわさって何?」

「問題です、いーくん。たこわさとなんでしょうか?」

「お前も知らねえのかよ。たことわさびだよ。ゲロクソ美味いよ」

「それ美味しい表現なの……? 尚更食べたくなくなったんだけど……」

 

 眉間にシワを寄せる颯に、凪は「ちっちっちっ……」と言わんばかりに人差し指を振った。

 

「甘いですね、はーちゃん。甘々です」

「たこわさって甘いの?」

「甘いのははーちゃんです。たこわさは居酒屋にしかない食べ物です。凪達は未成年ゆえに2人だけでは居酒屋に入れません。しかし、今日はかーさんといーくんがいます。つまり、居酒屋にしかない食べ物が食べられるのです」

 

 ……なるほど。中々、冷静な意見だ。そういう事なら分からなくもない。

 

「なるほど! なー、やるじゃん!」

「でも、たこわさはいりません。たこだけなら食べますが」

「わさび食えないのかよ……」

 

 少し可愛いな、と思わないでもなかった。ロリコンではないが。……そういえば、楓も大学一年の時はわさび食えなかったな。俺がたこわさ好きだって言ったら食べるようになったけど。

 

「他に居酒屋にしかないメニューはありますか? たこわさ以外で」

「はーはわさび有りでもいけるよ!」

「そういうのは楓の方が詳しいから。……てかお前、わさび食えんの?」

「どういう意味それ⁉︎」

「凪よりも子供っぽいって意味」

「な、何をー! はーの方が発育良いんだぞー!」

 

 俺に立ち向かってくる颯。後ろから飛びついてヘッドロックしてきた。確かになーよりも柔らかい胸が後頭部に当たるが、俺は童貞ではない。中学生の胸で興奮するほど純粋でもない。

 それ以上に問題がある。

 

「おい、通報される。やめろ」

「今こそ、魔王を打倒すべき時。喰らえ、なースラッシュ」

「おまっ……す、スネはダメだろ……!」

「はークラッチ!」

「テメッ……ま、マジで絞まって……!」

 

 し、死んじゃう……死んじゃうって……! ていうか、駅前でこんなこと人の目につくのは……! 

 そんな時だった。更にキンっとするような冷えきった声が聞こえて来た。

 

「ふふ、元カノと約束の場でロリコンハーレムですか?」

「あ、かーちゃん」

「はい、かーちゃんです」

 

 アホな挨拶をするのは、やはり楓だった。挨拶の時は冷え切った空気を消すとか器用な奴だな。

 楓が現れたことにより、アホ姉妹は俺から離れて楓に挨拶しに行く。楓は軽く二人の頭を撫でて挨拶すると、俺の方を睨みつけた。

 楓の服装は、わざわざ一度帰ったようでとても綺麗なものだった。白いノースリーブのワンピースで、その下にジーンズ生地の短パンを履いていて、ラフなのにラフに見えない格好だ。

 ‥……その格好から氷の女王のような怒り浸透な笑顔を浮かべているんだからすごいわ。

 

「楓、遅かったな、珍しく。それなのにキレてるのってどうなの?」

「元カノと夕食を共にするのに他の女の子を連れてくるのもどうかと思いますけどね」

「仕方ねえだろ。迎えに来ないとダダこねるってそこのバカ姉妹が聞かねえんだから。……お前との約束に遅れるわけにもいかねーし」

「っ……」

「どっかの誰かは遅れて来たんだけどな」

「……誰に会うためにお洒落してきたかも分からないんですね」

「っ……」

 

 ‥‥お互いに納得いかない表情を浮かべたまま、頬を赤らめて目を逸らす。おい、俺のためみたいに言うな。フッておいて俺のためじゃないだろ。多分、男性に会うためにはとりあえずおしゃれしておこうみたいな嗜みが女性にはあるんだろう。

 

「ねーいっくーん。お腹減ったー」

「凪のお腹もぐーしか出さないジャンケンを始めてしまいました」

 

 が、そこで颯と凪のセリフが割り込んできて、俺も楓も意識を戻す。

 

「っ、そ、そうだな。行くぞ、飯食いに」

「っ、そ、そうですね。ご飯食べましょうか」

 

 とりあえず、居酒屋に向かった。

 

 ×××

 

 子供達を連れて居酒屋に入った。席に案内してもらい、椅子に座る。周りから見たらハーレムに見えるかもしれないが、従姉妹と元カノなので実際にここに座ってみれば気まずさしかない。

 俺と楓は生、アホ姉妹はコーラとジンジャーと飲み物を手早く決める。食べ物は凪と颯に任せる事にした。

 

「良いですか? 居酒屋では自分だけでなく一つのお皿をみんなで摘みます。ですから、他の人のことも考えて注文しなければなりません」

 

 楓が居酒屋のイロハを教えながら。こうして見てると本当に母さんみたいだな。

 

「ですが、勿論、自分が食べたいものを注文しても問題ありませんよ。要は、他の方も食べるということを頭に入れておく、という事です」

「なるほど……つまり、自分だけでデスボックスを漁らず、周りのチームメイトのためにアイテムも残しておけ、という事ですね」

「あー分かる。この前、はーが漁ってる時、R-99とR-301横から持っていかれてマジ頭にきた」

 

 あ、お前らたまにA○EXやってるんだ。別に良いけど許可くらい取ろうな。別に良いけど。

 

「では、凪は梅水晶が食べたいです」

「はーは塩キャベツ!」

「あの……お肉を頼んでも問題ありませんよ? もしかして私、太ったように見えてます?」

「……胸の成長は見えないけどな」

 

 直後、鼻と口の間にメニューの背表紙が飛んで来た。お前それ死ぬ奴じゃん‥‥。完全に殺しに来てたな今……。

 一人、顔を押さえて悶えている間に、三人は一緒に食べ物を注文した。

 

「かーさん、居酒屋の食べ物は美味しいんですか?」

「それ。ファミレスとかとやっぱ違うの?」

「美味しいですよ? やはりファミレスや他の食べ物屋さんとは違いますね。お店によって味付けやこだわりが全然、違いますし、基本的にお酒を飲むところなので、ちゃんとお酒に合うように作られているんです」

「えー、じゃあはー達はお酒飲まないからイマイチな感じ?」

「そんな事ありませんよ? ……ですが、()()()()()()()()()()()もっと楽しめるかもしれませんね?」

 

 ……クソ、今のは少しウマいと思ってしまった。オイ、そのドヤ顔やめろ。腹立つ。

 

「颯は飲んだら弱そうだけどな」

「え、そ、そう?」

「そうですね。颯ちゃんは大学生になって19歳で飲んであっさり潰されてお持ち帰りされそうです」

「ふえっ⁉︎ お、お持ち帰りって……!」

「あ、お持ち帰りの意味はわかるんだ」

 

 俺が言うと、無言で頬を真っ赤にする颯。身体とすけべ度は比例的に上がっていくのかもしれない。

 そんな中、唯一、何の話か分かっていなさそうな凪が口を挟んだ。

 

「凪はどうでしょうか?」

「凪はー……そうだな。大人になったら酒超強そうだよな」

「そうですか? 凪は強いですか?」

 

 真顔だが、少し嬉しそうな声音で確認してくる。それに対し、楓が頷きながら答えた。

 

「確かにそんな感じしますね。仮に酔ったとしてもあまり顔に出なさそうです」

「お前はすぐに顔に出るけどな。酔うと美人がアホっぽくなる」

「そういうあなたはもっと顔に出したらどうですか? 飲みの席に限らず、日常でも」

 

 それを聞いて、思わず楓と再会した日を思い出してしまった。酔い潰れた楓の寝言だ。確か……「……きらいです……その冷めた目も……冷たい態度も……」だったか。俺ってそんなに無表情かな……。

 微妙にショックを受けていると、凪が真顔で口を挟んだ。

 

「確かに、いーくんは顔に全く出ませんね。かーさんと一緒にいる時くらいでしょうか?」

「「え」」

 

 思わず声がハモる。

 

「そ、そう?」

「あーそれあるかも。他の人といる時に比べて、かーちゃんと一緒にいると若干、表情が変わるよね」

「……」

 

 あれ、なんか恥ずかしい。おい、楓。ニヤニヤすんなコラ。

 

「ふふ、アレで顔に出てたんですね♪」

「うるせーよ」

「照れなくて良いんですよ?」

 

 急に元気になりやがって……。昔から俺をいじる時だけ生き生きするんだよな……。

 すると、良いタイミングで飲み物が運ばれてきた。

 

「お待たせしました。ビール二つと、コーラとジンジャエールですね。それと、お先に枝豆をお持ち致しました」

「あざっす」

 

 挨拶し、グラスを手に持ち、乾杯した。

 ……何とか、楓が怒り心頭で来た割には空気は重くなくて済んだな。案外、目の前のアホ姉妹のおかげかもしれない。次からはもう少し、楓を怒らせないようにしないといけない。毎回、それを思っている気がするが。

 さて、そろそろ本題に入るか。三船さんに言われた通り、自分から話し始めようとした時だ。

 

「そういえば、いーくんは来週、合コンに参加するんですよね?」

 

 隣から凪が原爆を投下した事により全てがおじゃんになった。

 直後、楓は何かを思い出したかのようにキレてる時の笑みを浮かべ、その日は久々に喧嘩別れした。

 

 



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助力するからには全力を尽くせ。

「え、合コンってスーツじゃダメなの?」

 

 仕事の昼休み。代理で合コンに参加することになったことにより一緒に飯を食う仲になった2人に指摘され、衝撃の事実を知った。

 

「当たり前だろ。結婚式じゃねえんだぞ」

「結婚式はコンパじゃないんだけどな」

「似たようなもんだから」

「全然違うわ」

 

 どう解釈したら似たようなもんになるんだよ。出会いの場は全部コンパかお前ら。

 

「ちゃんとマシな服着て来いよ。最低でもモデルに見える程度の服だからな」

「最低のハードルが高いわ」

「それくらいの心意気で来いって言ってんだよ」

 

 ええ〜……面倒臭い……。うちにある服は一応、問題ないと思うけど、ほとんど付き合ってた時に楓が選んでくれた奴だからなぁ。俺はそういうのわからんし。

 そんな俺の「面倒くさい」という空気を察してか、名前は忘れたけど同期の人がゲンドウポーズを取って告げた。

 

「なぁ、加賀山。これは遊びじゃないんだぞ?」

「は?」

「コンパではお前の単独行動は許されない。全員が全員、チームで動く。お互いの長所と短所をさりげなく紹介し、そいつと友達関係と言っても恥ずかしくない装備で身を固める……それがお互いの成功のためなんだ」

 

 俺と君たちはいつから友達になったの? というか、俺は成功し無いんだけどな。楓がいるし。

 ……そういや、この前、楓と喧嘩してから全然、連絡来ないや……。死にたい……。

 

「ど、どうした? 急に遠い目をして」

「遠くを見てるんだよ……」

「と、とにかくな?」

 

 よく分からんと思ってから、すぐに脳内を切り替えて話を進めた。流石、社会人、分からない話には触れないことをよく理解している。

 

「三人で三人の女の子を口説くんだ。お前にその気は無くともそれは変わらない。協力してもらうぞ」

「足手まといにはなるなよ。その日のお前の費用、俺たちが持ってやるんだから」

 

 ふむ……どうやら2人は本気のようだ。ならば、俺も少しは協力してやらなければならないな。やる気のないパーティーメンバーがいるA○EXほどイラつくことはないから。

 とにかく、誰かに相談してみるかぁ……。モデルに見えるのを目指す、かぁ……。

 ……そういや、楓って元モデルだっけ……。

 

「……」

 

 ダメだろ。一昨日、怒らせたばかりだし、その上「合コンに着ていく服を選んで下さい」はナメくさっている。

 となると、俺の知り合いではなーはー姉妹、三船さん、川島さんだけか。なーはーは論外として、三船さんも最近、負担をかけ過ぎているし‥……となると、川島さんか……。

 うーん……あまり交流がある訳ではないんだが……まぁでも、ついでに楓の事も相談出来るし、これ以上ない相手ではあるな。

 時刻は12時45分。昼休みはあと15分あるな。

 

「悪い、ちょっと電話してくる」

「ん、おお」

「何、彼女?」

「そう」

「嘘つけバカ」

 

 軽口を叩き合いながらその場を立った。この前、交換した連絡から、まずはメッセージを送る。いきなり電話するのは失礼だから。

 許可を得たので、電話してみた。

 

「もしもし?」

『もしもし、加賀山さんですか?』

「はい。すみません、急にお電話して」

『いえいえ、いつも楓ちゃんがお世話になっていますから。‥……今日はなんだか不機嫌みたいですけど』

 

 やはりか……。まぁ、そうだろうな。良くも悪くも25歳児は割と気分屋なとこあるし。

 

「はい。実はその件で少しご相談したいことが……」

『あー……なるほど。今晩ですか?』

「あ、いえ。その……差し出がましいようですが、他の件でも相談したいことがありまして……」

『他?』

 

 怪訝な声が聞こえる。まぁ、そうだよな。楓関連以外で俺と川島さんの間には何もないし。

 ……うーん、やめておいた方が良いかな。いや、大丈夫か。その日の晩飯はご一緒するのであれば俺が出させてもらおう。

 

「その……合コンに着ていく服を……」

『あ〜……(頭良いから全てを察した)』

「前向きにご検討いただければと……」

『そんな下手に出なくても引き受けさせていただきますよ?』

「マジすか。ありがとうございます」

 

 よっしゃ。これでなんとか勝つる。いや、だから勝っちゃいけないんだってば。あくまで協力してやるだけだって。

 

「今週の土日はどちらか空いてます?」

『少々お待ち下さい……あ、はい。両方とも空いていますよ?』

「了解です。じゃあ、土曜日に駅前で大丈夫ですか?」

『良いですよ。では、土曜日に』

「はい。失礼します」

『はーい、失礼しまーす』

 

 そこで電話は切れた。やっぱこれだよなぁ……大人って。丁寧な人だよ、川島さんは本当に。

 さて、とりあえず戻って昼飯の続きにすっか。

 

 ×××

 

 時早くして、土曜日。この私服は社会人になったばかりの時のデートで楓に買ってもらったものだ。俺は疲れでほとんどその日に何をしたか覚えていないが、それでも楓は俺のことを楽しませようとしてくれていたのは覚えている。

 ……ほんと、ダメな奴だったよなぁ、俺は。いや、今も大して変わらないか。せっかく楓と再会できたってのに会う度に怒らせてばかりだ。情けない奴だよ、俺は本当に。

 小さくため息をついていると、後ろから声が掛かった。

 

「加賀山さん、お待たせしました」

「あ、川島さ……は?」

 

 ……なんか楓がいるんだけど。

 

「すみません……この前の電話、聞かれてしまっていたみたいで……」

 

 まぁ、そういうとこ目敏いからなそいつ。

 

「冗談でデートと言ったら本気にされてしまいました」

 

 お前の所為じゃねえか。や、まぁ付き合ってもらっているわけだし文句が言える立場ではないが。

 ……でも、少し気まずいわ。楓が俺をどう思っているのかは知らないが……。

 

「ふふふ、美優さんの次はコンパ、コンパの次は瑞樹さんですか。いつから女性に対して見境ないお猿さんになったのですか?」

 

 うん、マジギレしてますね。ホント、こっちの気も知らないでこの野郎……。俺だってコンパなんかにゃ行きたくねーんだよ。

 

「手を出したわけじゃねえっつの。相談相手がいなかったんだから仕方ねえだろ」

「仕方ない? そもそもまともな交友関係を築けなかったあなたが悪いんでしょう? それに、合コン用の勝負服を買うために呼んでおいて、まさか合コンするつもりが無かったとは言わせませんよ?」

「本気なのは俺じゃなくて同僚だっつの。合コンってのはチームプレーなんだよ。例えその気が無くてもチームワークを意識しないわけにいかないだろ」

「A○EXですらスタンドプレーが過ぎる方が何を仰っているんですか? 学生時代だってそうでしたよね? 協調性なんてまるでありませんでしたから」

「学生時代の俺と今の俺を一緒にされても困るんだけどな。人は日々、変わり続ける生き物なんだよ」

「倫理の授業を鼻で笑っていた方がよくそんな哲学的な事を抜かせますね?」

「はいはい、そこまで」

 

 ヒートアップしてきた俺と楓の間に川島さんが入る。

 

「子供じゃないんだから、そこまでにしておきなさい。今日の目的を忘れたわけじゃないでしょう?」

「……」

「……はーい」

 

 まぁ、俺としては楓の相談もあるんだが……てか、こいつなんで来たの? 

 なんか色々と腑に落ちない。これじゃ楓のこと相談できないじゃん。どちらかというとそっちの方がメインなんだが……。

 そんな考えが顔に出ていたのか、川島さんが俺の耳元で呟いた。

 

「……大丈夫ですよ? ちゃんと、楓ちゃんと仲直りさせてあげますから」

「……そうすか」

 

 ……やっぱ出来る人は表情を読むのも上手いなぁ。まぁ、そんな俺と川島さんを見て、楓がすごくジト目になっているわけだが。

 

「瑞樹さん、そこの下心しかない人と仲良くするのはやめた方が良いですよ? イライラすることも多いですから」

「25歳児の言うことかよ」

「あなたこそ大人では無いでしょう?」

「良いから喧嘩はやめなさい」

 

 ……むぅ、まずいな。川島さんに気を遣わせるのは避けなければならないのに。

 小さくため息をついてから、とりあえず楓を無視して声を掛けた。

 

「じゃあ、行きます?」

「あ、すみません。実は、私と楓ちゃんはお昼がまだでして……良かったら、お付き合いいただいてもよろしいですか?」

「了解です」

 

 そんなわけで、まずは飯を食うことにした。お店は近くのイタリア料理。高い所でもないが、手軽にパスタとか、そういう軽いものが食えるから悪くない場所だ。

 店員にかなり羨ましそうな目で見られたが、楓のニコニコしたキレ顔に押されてか真顔に戻った。

 席につき、三人でメニューを開く。

 

「俺は昼、食ったんでコーヒーだけで大丈夫ですよ」

「あら、そう?」

「お砂糖たっぷり入った奴ですよね? お子様」

「砂糖入ってないもん飲めれば大人だと思ってんのか。タバコ吸えれば大人だと勘違いするイキッた高校生と同じだな」

「二人とも」

 

 止められたので、俺も楓も黙る事にした。

 料理を注文し、待機している間、俺も楓も川島さんも何も言わない。ただ沈黙しているだけだ。

 が、やがて楓が席を立った。

 

「すみません、お手洗いに行って来ます」

「うんこか?」

「死んで下さい」

 

 俺の後ろを通ってトイレに行った。そのため、残ったのは俺と川島さんだけ。うーん、気を使わせてしまってるよなぁ……。

 

「……なんか、すみません」

「いえ、気にしないで下さい。私が楓ちゃんが来るのを止められなかったのが悪いんですから。……それよりも」

 

 謝られるのが面倒だったのか、次の話にさっさと移動してしまった。

 

「楓ちゃんのこと、どう思ってるんですか?」

「あー……」

 

 なるほど、この機会に話だけしておくつもりだったか。

 

「まぁ……そうですね。前みたいな関係に戻れれば、とは思っていますよ」

「それって……やっぱり付き合ってた頃?」

「はい。前は俺がちゃんと気を回してやれなくて別れてしまいましたから。後悔しかないっすね」

 

 俺も中々、恋人としてという意味でなくても付き合うには気難しい人だって言われるし、あいつ以外に仲良くしてくれそうな人はいない。

 

「……まぁ、それでもあいつが嫌がってるなら、無理して付き合うことないとも思ってます。お互い、もう住んでる世界も環境も違いますから」

 

 アイドルとサラリーマン。一般男性と結婚するアイドルの話もよく聞くが、あれは本当に稀な例だろう。何より、あいつの気持ちは俺からは離れている。

 ‥……でも、最近はよくわからないんだけどな。うちに遊びに来たり、他の女と仲良くしてると怒ったりするし。とてもフッた側とは思えない行動ばかりだ。

 

「なるほどねぇ。色々と複雑ですね」

「はい。……だから正直、戸惑ってます。あいつが今、どういうつもりなのかさっぱり分からないんすよね」

 

 前から何考えてるか分かんない女だったが、今は尚更だ。

 割と真剣に悩んでいる俺の表情を見てか、川島さんは微笑みながら答えた。

 

「でも、楓ちゃんと仲直りしたいんでしょう?」

「そりゃまぁ。そもそも、喧嘩だってしたいわけじゃないですし」

「それなら大丈夫よ。多分、楓ちゃんも同じ気持ちだから」

「……」

 

 楓はー……どうだろうな。あいつの考えてることはイマイチ分からんから。

 

「まぁ、でも最近は少し変わってきたんすよね」

「何がですか?」

「なんか、こうやって本音を楓と言い合う事なんて学生時代ではなかったから、少し楽しくもあるんすよ」

「え、喧嘩が……?」

 

 あ、少し引かれた。や、そういうんじゃないから。ドMじゃないヨ。別に楽しくて喧嘩してるわけじゃないし、基本的にはしたくないから。

 

「まぁ、はい。あんな風に毒を吐く楓、珍しいじゃないすか」

「そうですね。事務所でもおっさんみたいなダジャレと割とどうしようもない所以外は、優しいお姉さんって雰囲気で年下のアイドル達と接しているもの」

 

 あいつ事務所でも自分を偽ってないんだな……。まぁ、それも良い所ではあるんだが。

 

「だから、あんな風に言いたいこと言ってる楓も、あれはあれで可愛いもんですよ。なんか生意気な妹みたいな感じで」

「…………あっ」

「あ? R-301すか? あれ個人的にはR-99より強いすね」

「違うわよ。なんで急にそんな話になるんですか。……ていうか、その……後ろ……」

「志村?」

「違います! 良いから後ろを……!」

 

 あまりにも言われるので振り向いてみると、楓が立っていた。なんかまた冷酷とも言える笑み浮かべて。

 これはー……ヤバいな。流石に。どこから聞かれたか分からないが、こういう時は大体、聞かれたくないとこから聞かれてるもんだ。

 つまり、少しとはいえ喧嘩を楽しんでるって所からだろう。こんな事を喧嘩相手に知られたら、また喧嘩が始まる。

 あの綺麗な罵詈雑言の嵐に身構えていたら、徐々に冷酷な笑みが小刻みに震えて崩れ出した。なんかニヤけているのか怒っているのかわからない表情になったと思ったら、無理矢理、捻り出したような静かな怒声で言った。

 

「な、なんぇ……なんで私が、妹なんですか……!」

「そりゃ歳下だからだが……」

 

 え、ていうかそこなの……? 微妙に困惑している間に、なんか余計に読めなくなった楓はプリプリと怒りながら席に着いた。その日、楓は「喧嘩もしてやらない」と言わんばかりに口を聞いてくれなかった。

 

 



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楓さんの休日(3)

遅くなりました。


 樹の私服選びが終わり、楓と瑞樹は2人で飲みに来ていた。本当は樹も誘われていたのだが、従姉妹2人にも夕飯をやらなければならないため帰宅した。

 その日、一言も元恋人と会話しなかった楓に、瑞樹は気になって尋ねた。

 

「良かったの? あれから一言も話さなかったけど」

「……」

 

 無言で答える楓。後悔してるのが一発で分かった。

 

「……だって、なんかこっちは腹を立ててるのに楽しまれていたなんて……口を開けば喧嘩になってしまうので、黙っててやりました」

「いや『やりました』とか言われても……」

 

 苦笑いを浮かべるしかなかった。何故、少しドヤ顔なのだろうか。

 

「まぁ、本音を言い合えているんだから良いんじゃない?」

「いえ、良くありません。そもそも、なんで私が妹なんですか」

「あ、本当にそこで疑問に思ってたんだ……。何、恋人って言われたかったわけ?」

「違います! ……いや、違くないですけど……」

 

 少し頬を赤らめると、すぐにコホンと咳払いをして答えた。

 

「‥……わたしの方が姉でしょう」

「え、そこ?」

「そこです!」

 

 当然、と言わんばかりにそう言う楓に、瑞樹は頭痛を抑えるようにこめかみに手を当てた。

 

「あなた達……相性が良いのか悪いのか……」

 

 今日の勝負服の買い物だって、お互いに会話しなかった。全部、瑞樹を通してお互いに通じ合っていた。軽い通訳の気分である。

 その癖、服装は全て楓が選んだのだから本当に面倒臭い話だった。ちなみに、お陰で合コンの会場が分かったのはラッキーだった。

 それを思い出し、気になった瑞樹はビールを一口飲んでから尋ねた。

 

「……それでー、本当に邪魔しに行くの?」

「いえ、邪魔なんてしませんよ?」

「え?」

 

 しないの? と言わんばかりに首を傾げる瑞樹に楓が答えた。

 

「しませんとも。近くの席で見ているだけで」

「あ、行くには行くのね」

「だって調べてみたらそこのお店、お酒が美味しそうなんですもの」

「しかも飲むのね」

 

 もはや呆れるしかなかった。あまり素面で付き合っていると、疲れて来るのは自分の方だ。さっさとほろ酔いになりたい。

 

「しかし、加賀山さんも中々、奥手よね」

「奥手っていうか、チキンなだけですよ」

「へ?」

「未練があるなら、最初からそう言ってくれれば良いのに」

「ブフー!」

 

 思わず瑞樹は吹き出してしまった。

 

「ち、ちょっ……かっ、楓ちゃん⁉︎」

「だって瑞樹さんも思いません? なんかねちっこいんですよ、あの人は昔から。よりを戻したがっている割に手を出して来ませんし。せっかく何度か顔を合わせてるのに……部屋のお掃除までしてあげたのに」

「いやいや、そういうことじゃなくてね?」

「というか、気付かないものですかね? いくら私の方からフッたからって、割とそれなりに好意を伝えていたつもりでしたのに……」

「お願いだから聞いて」

 

 もうガンガンと当然のように愚痴をぶちまける楓を見て、瑞樹は混乱気味になりながらも、とりあえずその愚痴を止めた。

 一応、慎重に恐る恐ると楓に尋ねてみることにした。

 

「……もしかして、気付いてたの? 加賀山さんが、楓ちゃんに未練があること」

「気付かないわけがないでしょう。あんな分かりやすくて」

「……」

 

 なんか、今聞いてはいけないことを聞いた気がした。

 

「私、こう見えてもそういうの敏感なんですよ?」

「知らないわよ……。え、じゃあ……楓ちゃんはまたお付き合いをするつもりがないの?」

「ありますよ?」

「ええぇへ?」

 

 もう目の前の少女な成人女性が何を言っているのか分からなかった。

 

「どういう事なの?」

「いや……その、なんでしょうか。まぁ……ほら、彼女が出来てから合コンに行くのは樹くんも気を使わせちゃうかと思いま」

「ああ、自分から告白するのは少し恥ずかしくなるってことね」

「……」

 

 秒で見抜かれた。思わず黙り込む楓に、瑞樹は質問を続けた。

 

「いつから気付いていたの?」

「瑞樹さんに呼び出されてスタバで樹くん達と合流した時です。前々から未練ありそうな空気は感じてましたが『俺は巨乳好きだっつってんだろ! 貧乳が俺の彼女になることは……あ、あるけど……』の台詞で確信しました」

「あー……なるほどね。ていうか、よく覚えてるわね。そんなセリフ」

「基本的に少し嬉しかったセリフは全部覚えてますよ?」

「……病んでる?」

「なんでですか」

 

 そう思われても仕方ないが、楓は不服そうだった。

 

「で、どうするの?」

「何がですか?」

「や、告白の話」

「しませんよ?」

「え、し、しないの?」

「しません」

 

 思いの外、はっきりしたセリフに瑞樹は怪訝な表情を浮かべつつ、机の上のおつまみを口に運んでから聞いた。

 

「どうして? さっき言ってたみたいに恥ずかしいから?」

「違います。別に恥ずかしくありませんし」

「あ、そう」

「ただ……こうしてまた再会して恋をしているような気分に浸れているんですから、もう少しくらいそれを堪能していても良いと思うんです」

 

 そう答える楓の表情は赤くなっているものの、照れや羞恥などは見られない。純粋に、初恋のような気分に浸っているような、そんな表情だ。

 

「でもそれ、加賀山さんの方からしたら冗談じゃない、って感じなんじゃない?」

「いえいえ、樹くんはなんだかんだ言って許してくれますから」

「あのね……あんまり苦労をかけないの。加賀山さんだって今でも楓ちゃんに対してドギマギさせてるんだから」

「……」

 

 それを言うと、楓は少し悩んでいるような表情になりつつ、ビールを手に取った。

 

「んっ……ごくっ、ふぅ……でも、告白は無理です……」

「恥ずかしいからなんでしょ?」

「いえ、ですから違いますって」

 

 そういうとこは意地っ張りなんだな、と思いつつ「じゃあ」と続けて聞いた。

 

「もし、合コンで加賀山さんが女の人を持ち帰るようなことになったら?」

「ならないので大丈夫です。驚くほどチキンなので」

「でも、会社の同僚さん達はみんなフられたこと知ってるんでしょう? 酔ってる時に優しく慰められたらって事も……」

「大丈夫です。樹くんより強い人、見たことないので。樹くんが惑わされる程度に酔った時には、周りの人はみんな意識はありません」

「……」

 

 全て論破されたわけだが、瑞樹は意外そうな顔で楓を見ていた。

 

「……スゴい信頼してるのね。ホント、なんで別れちゃったの?」

「ですから、私が若かっただけです。結局、樹くんの事を考えてあげられなかったから……」

 

 そう呟くと、楓はビールを一口飲んでからさらに呟いた。

 

「……そういう意味では、私はあの時から成長していないのかもしれませんね。結局、頭ではわかっていても嫉妬して、彼に怒りをぶつけてしまってますから」

「あー……」

 

 自分のことが好きだ、と分かっていても、その相手が別の女の子と仲良くしているのを見るのは良い気がしない。

 

「大丈夫よ」

「そうでしょうか?」

「彼は楓ちゃんが成長してるなんてカケラも思っていないと思うから」

「……そういうことを言われて、彼に対してイラっとしてしまうのが成長してない証拠ですよね」

 

 何故、樹にイラっとするかって、実際に樹はそういう事を思うタイプだからだった。仲良くなって間もない時こそ自分の生活態度を正そうとしていたが、一月経過した時には諦めて、お節介焼きでシスコンの兄のようにお世話をするようになった。

 ……当時のことを思い返すと少しムカつく。諦められた時、それに気付かずにずっと樹に甘えていた自分に。

 

「そういえば、加賀山さんは家事とか出来るんだっけ?」

「はい。この前、久々に遊びに行った時の部屋は酷いものでしたが、前はかなり綺麗好きだったはずでしたけど……」

「まぁ、好きな子にフラれたらそうなるのも分かるわよね……」

 

 割と彼女にフラれただけでナイーブになる男もいて、生活リズムが崩れたり、酒やタバコのような別の方向に拠り所を探す男も多いらしい。逆もまた然りだ。

 飲んだくれなかっただけマシと思えるかもしれない。

 

「ただ、一つだけ気になることがあって……」

「何?」

「タバコの吸殻が一つもなかったんです」

「タバコ吸ってたんだ」

「はい。学生時代はかなり吸ってて、酔った時に『タバコ臭い』って言って泣かしてしまったこともあります」

「なんてことを……泣くの⁉︎ あの人が⁉︎」

 

 実は宇宙人でした、と言われたような反応を見せる瑞樹だが、それ以上に説明するつもりのない楓は続けた。

 

「だから、どこか様子がおかしい気がして……」

「そんなの簡単じゃない」

「分かるんですか? 瑞樹さんに? 私の元彼のことが?」

「一々、言葉にトゲをまぜないの……。ていうか、本当に分からないの?」

「え?」

 

 キョトンとしている。表情を作れるほど器用ではない楓には本当にわからないみたいだ。

 

「鈍感なのはお互い様みたいね」

「どういう事ですか?」

「いや、普通に考えたら彼女にフラれて、自分を見つめ直して、思い当たる所から直していったって事だと思うけど」

「え……?」

「楓ちゃんが家事を覚えたのと一緒よ」

 

 それを言われて、楓は少し照れたように顔を背けて酒を口に含んだ。それを何もかも見透かしたように微笑んだ瑞樹は、まるで茶化すようにニコニコしながら言った。

 

「ふふ、似た者同士ね」

「……」

 

 頬を赤らめた楓は小さくため息をついた。その口からは言い訳も誤魔化しも出て来ない。

 代わりに漏れたのは、質問だった。

 

「瑞樹さんは……やはり、早く付き合った方が良いと思いますか?」

「そりゃねぇ。どちらかというと、加賀山さんの方が気の毒だし」

 

 正直過ぎる回答に少し引いた。

 

「……ま、それを外しても、あなた達は友達以上、恋人未満の関係を続けるべきでは無いと思うし」

「どうしてですか?」

「一つ、見てるこっちがヤキモキするから。二つ、美優ちゃんに被害が及ぶから」

「……」

 

 全て外的要因によるものだった。しかし、そこまで言われたら勇気を振り絞るしかない。いや、結果が見えてるのに何故、勇気を振り絞る必要があるのか。

 

「‥……分かりました。では、思い切って今夜、想いを告げてみます」

「それ、ダジャレになってないからね? ……って、今夜⁉︎」

「はい。早い方が良いんでしょう?」

 

 そう言うと、早速呼び出そうとスマホを取り出す楓。しかし、その楓を瑞樹が止めた。

 

「待って待って、落ち着きなさいって。本気?」

「はい」

「……万が一、フラれたら?」

「あり得ません」

 

 やたらと自信満々になった楓は、スマホに番号を入力‥‥しようとしたが、その手が止まった。

 

「……飲み会が終わってからにします」

 

 酒の勢いに任せる気だ、とすぐに瑞樹は理解した。

 

 ×××

 

 しかし、緊張している時ほど中々、酔えないもので。結局、テンションがハイになる前にお開きになってしまった。

 

「はぁ……どうしましょう……」

 

 せっかく、あの朴念仁に告白しようと思ったのに。思い立ったが吉日とは言うが、いざ目の前にしてしまうと尻込みしてしまう。

 おかしい、学生時代はこんなんじゃなかったはずなのに。……いや、告白したわけではなかったが。

 ……まぁ、焦る事はない。今、告白しても合コンが控えてて女子中学生の従姉妹を預かってるし困らせてしまうかもしれない。

 自分をなんとか納得させてスマホをポケットにしまおうとした時だった。

 電話がかかってきたことになり、スマホを落としそうになるくらい肩が跳ね上がった。

 

「ーっ⁉︎」

 

 名前は加賀山樹。どういう事かと思ってしまった程だ。

 もはや軽いパニックだが、とりあえず応対せねばなるまい。画面をタップして応答した。

 

「も、もしもし?」

『楓か?』

「は、はい……。あの、何か? 告白ですか?」

『は、はぁ⁉︎ なんで告白? するわけないじゃん。ぜ、ぜんぞん未練なんかねーし』

 

 動揺が収まりほっこりしてしまう程に動揺されてしまった。そういえば、彼の気持ちがバレてる事は、まだバラしてなかった。

 

「それで、何か?」

 

 ちょうど良い機会だ。「今から会える?」みたいな内容ならその時に告白させてもらおうと思った。まぁ、彼にそんな展開を期待するのは無駄なのだが……。

 

『今からうちに来れる?』

「……ひえ?」

 

 悲鳴にも似た嗚咽のようなリアクションが漏れた。

 

 ×××

 

「……こんばんは」

「悪いな、こんな時間に」

「はい、頼まれていたものです」

「さんきゅ」

 

 ビニールを渡し、お礼を言う樹。

 凪が疲れからか、風邪でダウンした。今日、迎えに行って帰って来たら、いつもよりやたらと元気が無く、凪の銀河の彼方にある思考回路のキレが悪かったので、熱を測ってみたら三十八度を超えていた。

 本当は樹が買いに行くつもりだったが、眠っている間の凪が手を離さなかったため、楓に頼む他無かった。

 

「なー、平気?」

「……中枢システムに損傷アリ……」

「お前は精密機械じゃない。そんなに多機能性抜群じゃないだろ」

「はーちゃん、いーくんをしばく許可を出す……」

「もー、いいから安静にしてて」

 

 今でこそ目を覚まし、樹の手を離してくれたものの、両親がいない場所で早速、体調を崩したもんだから、凪だけでなく颯も割と不安になっている。

 

「……大丈夫なんですか?」

「大した熱じゃない。でも……まぁ、不安なんだろ。親元を離れて早速、風邪を引いたから」

「そうですか……」

 

 そう言いつつ、楓は不満げな表情だ。当たり前だろう、何せ告白を諦めた矢先に電話がきて、期待したのも束の間、パシリである。

 

「……どうした?」

「いえ、別に。……まぁ、そういう事情でしたら仕方ありませんが」

「怒ってる?」

「怒ってません」

 

 本当に怒っていない。実際、怒れる事でも無い。風邪を引いたのは仕方ないし、子供を預かっている以上、キチンと面倒を見なければならない。

 だから、怒っていない。なんとなく納得いかないだけだ。

 

「本当に怒ってません。……強いて言うなら、タイミングの悪さにイラっとしただけです」

「は?」

 

 何の話か分からない樹はキョトンとするだけだ。

 

「気になさらないでください。本当に」

「まぁ良いけど……あ、そうだ」

「なんですか?」

「俺、とりあえず明日明後日は仕事休むことにしたわ。あと慣れない東京の生活で保護者の目がないのは本人が大変だから、凪と颯も治るまでうちにいるから。だから、合コンも断った。……来週の飲み会奢りを引き換えにして」

「へ? そ、そうですか?」

「そう」

 

 急に何の話だろうか? といった考えが顔に出ていたからだろうか、樹は頬をかきながら答えた。

 

「や、合コンに行くっていうの報告しなかったら怒ってたから。行かなくなったって事も報告しておいた方が良いと思って」

「あっ……」

「知りたくなかったなら忘れてくれて良いから。……おい、風邪移るだろ。離れろ」

 

 そう言うと、樹はふいっと目を背けて凪の布団に入ろうとする颯を止めた。

 合コンに行かないという話を報告された、それだけで楓は少し嬉しくなってしまった。少し俯き、頬をほんのりと赤く染める。本当はもっと長くいたい、一緒にこのまま宅飲みしたい、なんなら一泊したい。

 しかし、そうもいかない。風邪を引いている居候がいるのなら早めに退散するべきだ。

 

「……樹くん」

「何?」

「また今度、飲みにいきましょうね。奢りで」

「……へいへい」

 

 その約束を取り付けて、楓は帰宅した。

 

 



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ホラー映画は一緒に観に行く相手を選べ。

 凪の風邪も完治し、ようやく念願の一人暮らしに戻った。いや、こうして静かになると寂しく感じない事もないが、こうしてとっ散らかった部屋を見ると一人最高だわって思う。あいつら荒らすだけ荒らして帰っていったな……。

 とりあえず部屋の片付けを終えて、久々の一人の休日である。昨日の夜は急遽、合コンに行けなくなってしまったため、俺の奢りで同期飲みした。死ぬかと思った。ちなみに合コンにはあいつらの片割れの友達を呼んだらしい。

 ……さて、そうなるとこの前買った私服は完全に無駄になってしまったわけだが……まぁ、いつか使うか。

 とりあえず、今日はのんびりしよう。と思った直後に電話が来た。

 

「もしもし?」

『こんにちは、楓です』

 

 知ってる。名前、表示されてるし。

 

「どしたん?」

『今日はお暇ですか?』

「暇だよ」

 

 のんびりする予定ではあったが、楓に誘われたら行くしかない。

 

『では、デートしましょう』

「はいはい、デートね……」

 

 なんか合コンに行かないと決まってから、楓はやたらと元気が良いんだよな……。そんな俺に彼女出来て欲しくないんか……。

 

『どこに行きます?』

「決めてないんか。どっか行きたい場所があるんじゃないんか」

『良いじゃないですか。二人ならどこに行ったって』

「……はい?」

 

 え、今なんて? 

 

『ふふふ……()()()()()()()に行ったって良いじゃないですか』

「……」

 

 ああ……ギャグが言いたかったのね……。

 

「奈良は無理だろ……。都内でのチョイスをよろしくどうぞ」

『うーん……そうですね。では、とりあえず街をぶらぶらしましょうか』

「ノープランかよ」

『嫌ですか?』

「……」

 

 ‥‥俺は基本的には計画性のない外出はしたくないんだが……それは楓も分かってるはずだ。つまり、こういうことなんだろう。

 

「わーったよ……じゃあ、映画でも良いか?」

『ふふ、楽しみにしてますね?』

「とりあえず20分後、スタバに集合で」

『はーい』

 

 俺に予定を決めさせるつもり、ということなんだろう。まぁ良いさ。元々、デートは男がエスコートするもんだしな。

 

 ×××

 

 スタバに集まったのは、今日の予定を決めるためだ。いや、前々から約束していたものなら決めておくが、今日は突発的なものだし、何より二人きりで出掛けるのは久々だ。一緒に決めた方が楽しめる。

 服装は、一応この前購入した服だ。楓が川島さん経由で選んでくれたもの。いや、ほら。一応、勝負服だし。

 お店に入ったときには楓はすでに到着していた。一人でコーヒーをすすっている。

 

「よう」

「遅いですよ?」

「え、五分前なんだけど」

「女の子より遅く来たら、それはもう遅刻です」

「女の子?」

「は?」

「いや、何でもない」

 

 マジで睨まれたので、とりあえず黙っておいた。……いや、でも「子」ではないでしょ。別に女性でも悪くないと思うんだけどな……。

 とりあえず席に座り、しばらく黙った。や、別に全然、私服を褒められることなんて期待してないけど。

 ……うん、期待してないし。別にいいし。

 用件に入ろうと声を掛けた。

 

「で、今日は急にどうしたの」

「だから、デートですよ。デート」

「そんだけ?」

()()()()()()()()()()()()()頭割りますよ」

「喧しいわ」

 

 なんか機嫌良いなこいつ。まぁ良いや、とにかく先に今日の計画を‥……と、思ったのだが、楓が俺の手元からコーヒーを取った。

 

「ふふ、樹くんのコーヒーはどんなのですか?」

「普通のだよ、飲むまでも……」

「いただきます」

 

 あ、飲まれた……。飲みながらチラっと俺の方を見上げるが、すぐにつまらなさそうな顔をする。何その顔。

 

「何?」

「……なんで照れたりしないんですか? 間接キスですよ?」

「そんな事で一々、照れたりするかよ。子供じゃないし」

「ぶー、つまんないです」

 

 子供みたいに唇を尖らせてそっぽを向く楓。ああ、その顔が見れただけでも実は少し恥ずかしかったのを無理矢理、隠し倒した甲斐があった。

 

「……ふふ?」

 

 ……バレてないよね? 大丈夫だよね? その顔? 

 

()()()()()()……」

 

 バレてねーわ。アホで良かった、こいつが。

 

「で、映画だけど……なんか見たいのあるか? 今の時間で間に合うのは4作品あるけど」

「そう慌てないで下さい。せっかくのデートなんですから、ゆっくり楽しみましょうよ」

「……まぁ良いけど」

 

 そうなる予想はしていたので、ざっくりと予定は考えておいたし何とかなる。

 

「……へいへい」

「それで、どんな映画があるんですか?」

「ああ、これ」

 

 スマホの画面を見せる。恋愛、実写化したアニメ、アクション、ホラーと都合良く別々のジャンルが並んでいる。

 

「どれも面白そ……あ、いえ、このアニメの実写化の奴以外ですね」

「俺もそれの原作見てないし、それ以外だと助かる」

「そうですね……この恋愛なんてどうです?」

「楓がそれが良いならそれでも良いけど……」

 

 寝ない自信がない。映画だったら非日常感が欲しいし、高校生の恋愛なんかに興味は湧かない。ま、楓と一緒なら退屈では無いが。

 

「……ではこのアクションは?」

「アクションねぇ……」

 

 完成度が高ければ面白いけど、モノによっては主人公陣営の頭の悪さにイライラする事もあるんだよな……。俺がよくバトロワ系のゲームやるからかもしれないけど「それそこに行ったら絶対無理でしょ」って思う事は少なくない。ま、楓と一緒なら退屈では無いが。

 

「……あの、樹くん?」

「何?」

「分かりやす過ぎるんですけど……もう少し顔に出ないようにできません?」

「え? いや、俺は楓と一緒なら何でも良いよ」

「っ……い、いえ、そんな風に言われても誤魔化されませんから」

「はぁ? ……あ、や、悪い」

 

 ……やばい、なんか口から漏れてた。や、でも本当のことだし……。しかし、そんなに顔に出てたか? 周りからは「お前の表情読めない」ってよく言われるんだけど……。

 

「では、ホラーは?」

「ホラーねぇ……」

 

 まぁ、他の三つよりは楽しめそうだが、俺はあんま怖がらないからなぁ。楓とホラー映画は見たことないが、お化け屋敷とか入った時は怖がっている様子はなかったし。

 

「良いけど……お前ホラーで良いの?」

「良いですよ?」

 

 じゃ、ホラーだな。

 

「怖いですかね?」

「さぁ。まぁお前も俺も怖がるタイプじゃないし、大丈夫だろ」

「怖かったら、手を握っても良いですか?」

「お前、そう言って握った事ないだろ。学祭のお化け屋敷でもなんかよう分からんダジャレ考えてたし」

()()()()Y()o()u() ()r()a()y()!()()って奴ですよね」

「過去一番の駄作だからなそれ」

 

 正直、よく分からんし。なんだよ「You ray!」って。「!」が腹立つわ。

 

「今はもうレベルが違いますから」

「言わなくて良いぞ」

()()()()()()()

「言わなくて良いっったろ……つーか、レベルも上がってねーよ……」

 

 ゲンナリするわ、本当に……。ため息をつきながらコーヒーを口に含むと、楓がそんな俺を楽しげな笑みを浮かべて言った。

 

「ふふ、なんだかんだ言って樹くんは反応してくれるんですよね」

「あ?」

「バラエティとかですと、私にツッコミを入れてくれるのはお笑い芸人の方達だけですから」

「それ、俺のことお笑い芸人って言ってる?」

「似た雰囲気はありますね」

「まぁ、お笑い芸人は割と高学歴な奴も多いからな。頭の良さという意味では似てるかもな」

「いえ、そういうことではなく。樹くん頭悪いですし」

 

 ‥……お前に言われたくねーんだよ、なんて言ったらまた喧嘩になるから黙っていよう。

 俺とお笑い芸人に似た所を探しているのか、楓は人差し指を頬に当てて「んー……」と小声で唸る。

 しかし、すぐに飽きたのか微笑みながら誤魔化した。

 

「何となくです?」

「テキトーな誤魔化し方だな……」

 

 こいつ、OLにならなくてある意味正解かもしれない。可愛い社員は男性から優遇される、なんてのは妄想で、なんだかんだ言って人間は中身なのは本当だ。

 仕事できない奴は顔が良くても叩かれるし、顔が贔屓されるほど良過ぎたとしても同性の社員に潰されるだけだ。

 ……まぁ、要するに自由過ぎる上に仕事出来なさそうな楓に、少なくともうちの会社は無理だ。三船さんみたく潰されそう。

 すると、ズコーっと楓が飲んでる飲み物から空しい音が聞こえる。飲み終えたようだ。

 

「じゃ、行きましょうか」

「あいよ」

「樹くん」

「あん?」

 

 俺も合わせて飲み終えようとコーヒーをすすっていると、楓が急に声をかけて来た。

 

「その洋服、やはりとても似合っていますよ?」

「……はやくいくぞ」

 

 まだ飲み終わってないけど、熱くなった頬を隠すために立ち上がった。本当、こいつのそういうところはズルい。

 映画館に向かった。

 

 ×××

 

 上映まであと5〜6分。俺が来る前に二杯飲んでいた楓は、無事にお腹が緩くなりトイレへ。

 その間に俺は発券と買い物を終えた。バカでかいサイズのポップコーンと俺の分だけの飲み物。楓の分は迷ったが、お腹を緩くしてるのでやめておいた。欲しけりゃ、俺のを勝手に飲むだろう。

 

「……お、お待たせしました……」

「大丈夫か? 正露丸飲むか?」

「痛くなってから飲んでも……いえ、気休めにはなるかもしれませんし、もらいます」

 

 一応、この手の薬は常備してる。主に、あの従姉妹達が何かあった時のために色んなもんを買い込んでおいた。

 薬を飲ませてやると、いよいよ劇場へ。二人で席に座り、とりあえず俺と楓の間にポップコーンを挿した。最近の映画館は便利なもんだなぁ、ポップコーンを手に持つ必要はなく、ジュースを置くところに固定できる机が配られるんだから。

 

「食う?」

「いえ……その、もう少し後で……」

「だよね。……つか、お前何時間前からいたの?」

「……1」

「え、じゃあ俺に電話した頃にはいたの? バカなの?」

「ふふ、面白いでしょう?」

「何がだろうか」

 

 ‥……赤くなってんのがバレてんぞ。まぁ、紳士な俺は何も言わんが。

 ちょうどその時、予告が始まった。

 

 ×××

 

 結論から言って、怖くなかった。なんていうか……しょっ中、ゲームをやる俺にとっては見慣れた世界というか……や、まぁ少し驚いたりはしたが。

 さて、楓はというと。なんか恥ずかしそうにしていた。というのも、別に大袈裟に怖がっていたわけではない。ただ、まぁ普通にホラー映画が得意でも苦手でもない人のように驚くべき所では驚いていたし、スルー出来る所はスルーしていた。

 では、何故、照れているのか? それは……俺の飲み物を勝手に飲もうとした挙句、そのシーンで幽霊が出て来て驚き吹き出し、服にスプライトがかかったからだ。

 それにより、服が透けてブラが見えてしまっている。今は俺のシャツを着ている始末だ。

 

「……うう、樹くんくさい……」

「え、臭う?」

「いえ、なんでもありません……」

 

 おかしいな。未だに風呂だけは一時間くらいかけて入ってるんだけど……。帰ったら一応、服をリセッシュだな。

 

「とにかく、上着買いに行くぞ。そのままってわけにもいかないでしょ」

「いえ、このままで良いですよ?」

「いやいや、風邪引くからダメだろ」

「……でも、上着は借りていたいです」

「えー……や、まぁ良いけど」

 

 俺もその上着洗濯する必要無くなるし。部屋に飾っておこう。

 

「わかったから……とにかく、下に着てるもんは着替えろよ」

「ふふ♪ せっかくですから、樹くんが選んで下さいね?」

「……へいへい」

 

 楽しげな楓と、疲れている俺。でも何でだろうな。その疲労感も俺の中では楽しさに変換されつつあるんだよな……。良い感じに調教されている。

 いつの間にか手を繋いでいることに気付かないまま、俺と楓はデートを続けた。

 

 



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泊まるな。

クリアしました。でも周回するのでまた遅れます。


 私服を購入し終え、とりあえず下着とTシャツと俺の上着を着た楓と、追い剥ぎに遭った俺は、二人で服屋の並ぶアウトレットを抜けた。

 その途中、サングラスとか売ってる店で星型メガネをかけさせられたり、鼻眼鏡をかけてやったり、小物が売ってる店で猫耳のついた帽子被らされたり、真夏なのに耳当てをつけてやったり、お互いにお揃いのピアスを選んだり、楓のゲーミングヘッドホンを購入させたりと、割と満喫した。

 で、晩飯。JC二人が家から出た事により、早く帰らなければならないわけでもなくなったわけで。つまり、居酒屋である。

 

「かんぱーい♪」

「乾杯」

 

 両極のテンションで乾杯した。いや、疲れました……。スタミナ無い俺に半日デートは死ねる。

 ヘロヘロになりながら乾杯を終えると、楓は一切、それに触れることなく話し始めた。

 

「ふふ、今日は楽しかったですね?」

「そうだな……」

 

 まぁ、それは事実だ。未だに楓が俺の上着を手放さない必要があるかは分からんが、とにかく楽しかった。良い歳してお揃いのピアスまで買ってしまったし。本当はお揃いのTシャツを買わされるとこだったが、ペアルックは流石に無理です。学生時代でも無理。

 

「お疲れですね?」

「誰の所為だよ誰の……」

「体力がない樹くんが悪いんですよ? プロデューサーさんなら平気な顔でついて来てくれますから」

「……あそう」

 

 なんでそこで他の奴が出てくんだよ。プロデューサーが男か女かは知らんが、男なら不愉快だ。……まぁ、だからって口に出すほどガキじゃないが。

 

「ふふ、そんなに拗ねないでください」

「拗ねてねーし」

「それ、拗ねてる子が一番言う奴ですよ?」

「誰が子だよ」

 

 ‥……ダメだ。疲れでまともな喧嘩する気にもならん。まぁ、喧嘩したいわけじゃないし、案外、悪くないのかもしれないが。

 

「てか、プロデューサーって男?」

「はい。……あ、安心して下さい。私の事務所のプロデューサーさんはロリコンさんですから」

 

 お前相手なら合法ロリだろ。中身と胸的に。まぁ、口にはしないが……。

 

「痛っ⁉︎ なんで急に弁慶の泣き所?」

「誰が合法ロリですか、誰が」

「え、口に出てた?」

「樹くんの考えてることなんてお見通しです」

 

 え、じゃあよりを戻したいとか考えてるのもバレてる? まさかそんなはずないよね? それならとっくにフラれてるだろうし。いやフラれるのか、俺。持って自信を待て。せめて、ごめんなさいとか……や、だからフラれてるって。

 とにかく、いくら読めるとしても流石にそこまでの精度はないはずだ。昔から大事なことは必ず見落とす奴だったし。

 

「……ぷっ、ふふ……」

 

 ……ほらな? なんか一人で笑ってるし、ばれてない。つか、急に笑い出すな、ホラー映画より怖いわ。

 

「樹くんは、本当に分かりやすいですね」

「何の話だよ」

「いえ、なんでもないですよ?」

 

 一度、はぐらかしたら絶対に続きを話してくれない。いや、たまにだけど、しつこく聞いて欲しくてわざとはぐらかしたりはするな。そういう時は大体「じゃあもう良いわ」って言えば白状する。

 

「そういえば、樹くん。ピアス空けてなかったんですね」

「そりゃ、そういうのに興味無かったからな」

「痛かったですか? さっき空けた時」

「痛くはなかったよ」

 

 正直、そういうアタッチメント的なワンポイントオシャレは好きではない。特に人の身体に穴を開けようという精神がわからん。人なんて元々、穴だらけじゃん。なんでまた穴空けんの? ……や、まぁ楓とお揃いなら穴を空けるのもやぶさかではないが。

 

「楓はピアスとか空けてたんだな」

「はい。仕事でアクセサリーを付けることもありましたから。一般企業と違って禁止されてるどころか推奨されますし」

「ふーん……学生時代は空けてなかったよな?」

「はい。痛いの嫌だったので」

 

 うわあい、素直。ここまでストレートなのはすごいわ。まぁ、思ったよりは痛くないんだけどな。

 

「そういえば、この前は樹くんの私のグッズを持っていましたよね?」

「ブフッ!」

 

 いきなり人の黒歴史にハサミギロチンされ、思わず吹き出してしまった。

 

「テメェ……あれは全部どっかの誰かが持って行ったろ」

「ああ、あの中のグッズ、全部見たんですよ」

「見んなよ」

「そしたら、モデル時代のものもありましてね?」

「お願いだから追撃やめて。俺に死んで欲しいの?」

 

 ……なんなの? え、怒ってんの? いやでもそんな感じの雰囲気じゃないしな……。

 

「違います。……ただ、まだ隠し持っていそうだなと思いましてね?」

「……」

 

 おっと、そっちか。しかも本当に持っていますね。

 

「探しに行って没収しても良いですか?」

「なんでだよ……」

「なんででもです」

 

 なんでもってな……。そんなうちの母親みたいなはぐらかし方はやめてほしい。あれ言われるとホント腹立つよな。

 

「……まぁ、来る事は構わないけど」

「では、二次会は樹くんの部屋ですね」

「はいはい……つーか、この後も飲むのか?」

「飲みますよ?」

「ベロンベロンになるなよ」

「なりませんよ。私、お酒強い方なんですから」

「俺より弱いじゃん」

「……あなたが異常なんです」

 

 そうか? まぁ、そうだな。自分でも強い自覚がある。アスガルドの酒も飲める気がする。

 とにかく、今はそんなことどうでも良い。うちに来られてあの辺のグッズまで没収されるのはごめんだ。ここに来られなくすれば良いし、来られても問題ない方法がある。

 酔いつぶせば良い……! 

 

「とりあえず、飲むだろ? 次何飲むよ?」

「では……獺祭で」

 

 空になった楓のガラスを視認してから声を掛けると、楓は日本酒を頼んだ。相変わらず、酒の話になればちょろいな、こいつ。

 

 ×××

 

「うへへへ、まだ飲めまーす……」

 

 だから潰してどうすんだよ俺……。バカなのかな。これからどうすんだよ……。

 

「……加賀山号、出動!」

「そういう名前のブルートレインみたいだな」

「ブルートレイン?」

 

 知らないのかよ。小学生の頃は俺好きだったんだよな、電車が。まぁ、スペックとか興味なくて外見と名前しか調べてなかったが。

 

「ね、樹くん」

「何?」

「なんでもありませーん」

「……あのさ、そういうのは良いとこ大学生までだろ。社会に出た人がやって良いチョッカイじゃないでしょ」

「女性はいくつになっても女の子なんですー」

 

 ……へいへい。そーっすね。

 呆れた顔を背中の上から見られたのか、唐突に静かになる楓。こいつ、本気で拗ねると急に静かになるんだよな……。

 と思ったら、不意に……。

 

「……すみませんねー、いつまでも可愛いままではいられなくて……」

 

 ……こう、こっちが発言を後悔するようなこと言うんだもんなぁ……。ったく、分かってない奴め……。

 

「……可愛くないとは一言も言ってねーだろ」

「ふあ……?」

「だから困ってんだよ」

「……」

 

 ‥……手足をジタバタさせ始めたな。珍しく照れたか……。

 

「……ぃ」

「え?」

「……ぉ……て……さぃ……!」

「やだよ、下ろさない。どうせまともに歩けないだろ今は」

 

 ……ったく、おんぶされてる時くらいは大人しくしてて欲しいもんだ。

 とりあえず俺の家に向かっているが……大丈夫だよね。今更、こいつに「セクハラ?」だの「お持ち帰り?」だのと勘違いされる要素はないし。

 

「……あんま肩甲骨叩かないでくんない」

「うるさいでーす。女の子に恥をかかせる人の言うことは聞きませーん」

「勝手に恥ずかしくなってるだけじゃ……あ、嘘ごめん。抓らないで抓らないで」

 

 というか、一々、制裁がガキっぽいんだよ。そういう意味では女の子って言っても間違いではないかもしれない。

 そうこうしているうちに、自宅に到着した。楓をソファーに寝かせ、俺はとりあえずシャワーを浴びた。暖かいお湯が身体をポツポツと暖める。シャワーを浴びていると、1日の考え事が捗るんだよな。だから、たまに長風呂になっちまう。

 今日は、楓がいい加減、俺の事をどう思っているのかを考えていた。

 だってほら、明らかに嫌ってる態度じゃないでしょアレ。流石にデート行って飲みまでして俺の家に持ち帰られて、それでも何一つ抵抗しないのに嫌われてるとは思えない。

 じゃあ、どういう気なのか? まさか、俺に気が……いや、早計か? なんにしても、もっと考えないと。今までのあいつの態度、言動から俺をどう思っているのかを割り出せ。

 

「……はぁ」

 

 ……なんか考えるの面倒くさくなって来た。だってあいつの考えを読むのなんてニュータイプでも出来ないし。

 ぬぼーっとした顔でお湯を頭からかぶっていると、後ろからギィッ……と音が聞こえ、ビクッと肩を震わせる。え、まさか、そんな事本当にあるの? いや、確かにあいつ酔ってたしうちでシャワー浴びることもあるしあり得ない話でもないが、あり得て良いのかこんなお約束的展開! 

 いや、落ち着け。悪くない展開だ。これなら事故だしむしろ楓の不注意による産物だし、いつでもバッチ来いやクソボケェッ‼︎

 ガバッと振り返ると、普通に自然に開いてるだけだった。ドアノブ、直さなきゃな……。

 

「はぁ……クソッタレめ……」

 

 まぁ良いや。それよりも、さっさと上がって楓にシャワー開けてやるか。そう思ってシャワーを止め、風呂場を出た時だ。楓がそのタイミングで脱衣所の扉を開けた。

 

「「あっ」」

 

 ラッキースケベは楓に起こっていた。これ誰得なんですかね一体……や、まぁ今更、気にはしないが……向こうはどうだろうか? 

 

「あえぇえ? す、すみません……!」

 

 ボッと火がついたように頬を赤らめ、慌てて扉を閉めた。一方、俺は気にせずに身体を拭くことにした。今更、楓に裸を見られた所で何も思わない。……逆だと少し照れると思うけど。

 身体を拭き終え、寝巻きのジャージに着替えて脱衣所を出た。すると、いまだに頬を赤らめてソファーに座っている楓と目が合った。

 

「あっ……」

「いやん、エッチ♡」

「っ……!」

 

 無言で投げられたクッションが顔面に直撃する。痛くないけど、楓の怒りがしっかりと伝わりました。

 

「……ごめん、冗談」

「お風呂借ります」

「シャワーだけど良い?」

「はい」

 

 もう酔いは覚めたようだ。それなら帰るっていう選択肢もありそうなもんだが……まぁ良いか。帰って欲しいわけではないし。それより、楓の歯ブラシと寝巻きの準備をしてやらんと。

 洗面所からシャワーの音が聞こえたのを確認すると、中に入ってジャージと歯ブラシを置いておいた。

 

「……さて、ゲームでもやるか」

 

 自分の歯ブラシを口に突っ込み、プレ4の電源を入れた。

 

 



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楓さんの休日(4)

お久しぶりです。ペルソナ5Rのトゥルーエンドが見つかりません。明智がアレで終わりだとは思えないです。ほんとに。


 夜中、寝惚けた楓が目を覚ましたのは、トイレに行きたくなったからだ。寝る前の記憶が全く無いが、何故か樹の全裸だけは脳裏に焼き付いている。いつこんなもの見たっけ? という感じなのだが、そこは思い出せない。ただ、とりあえず樹の裸を見たことだけが頭に残っていた。

 まぁ、そこは良い。良いもの見たと思えば何の問題もない。だが、それ以前になんで泊まってるんだっけ? という感想が頭から離れない。昨日、飲み過ぎた……というか、樹に潰されたのは覚えているが、それ以降の事はあまり覚えていない。

 まぁ、でも自分はちゃんと服を着ているし、変なことはされていないのだろう。樹はアホみたいにヘタレだし、元々心配もいらないが。

 何にしても、さっさと用を済ませてもう一度、寝よう。ベッドから降りて部屋を出ると、居間の電気がついていた。そこでは、まだ樹がゲームをしていた。

 真顔で何やら見覚えのないゲームをやっている。変な仮面と黒いコートで、警備員の肩の上に飛び乗って仮面を剥がし、敵との戦闘が始まった。

 

「……何のゲームですか?」

「うおっ……何、起こした?」

「いえ、おしっこに行こうかと」

「アイドルがおしっことか言うなよ……てか、それならさっさと済ませて来たら?」

「はい」

 

 そう言う通り、まずは用を足した。寝巻きのジャージとパンツを脱いで便器に跨る。そういえば、付き合いたての時は彼の家でトイレを借りるのもなんだか恥ずかしかったなぁ、としみじみ思い出してしまった。今では何も感じることはないが。

 さて。トイレを出て、夜中にまでゲームをやっている樹の様子を眺めた。相変わらずつまらなさそうに見える楽しそうな表情でコントローラのボタンを押している。

 その表情が、実は子供っぽい顔である事を知っている楓は、しばらく眺めていたくなった。

 

「……ふふ、楽しそうですね?」

 

 やっぱり声を掛けてしまった。手持ち無沙汰になってしまったので構って欲しかった。

 

「ん、まぁね」

「……隣、行っても良いですか?」

「良いよ」

 

 特に断る理由もない樹としては、許可を出さざるを得ない。隣に楓が座ったことにより、少し樹の顔色が変わる。本当に些細な変化だが、楓がそれを見逃すような事はない。

 だが、わざわざからかうような真似をすることもなく、樹の肩に自分の肩をくっ付けた。

 

「……何のゲームですか?」

「ん、怪盗」

「泥棒ですか?」

「そう。まぁ、窃盗罪にはならん奴だけど」

「あら、警察にツテが?」

「いやいや。無駄なリアリティを求めるなよ。盗むのは相手の心だから」

「……え?」

 

 思わず楓の表情が引きつった。まさか、樹ともあろうものが恋愛シミュレーションゲームに手を出したのだろうか? 他人の趣味にどうこう言うつもりは無いけど、もし自分にフラれた所為でそういうのに染まったのだとしたら、流石に申し訳なくなってしまう。

 

「……い、樹くん……」

「勘違いするなよ。ギャルゲじゃなくて、悪人の歪んだ欲望を盗んでまともな人間にするって話だ」

「下手に誤魔化さなくて結構ですよ?」

「じゃあお前にはこの絵面がギャルゲに見えんの?」

 

 そう言う通り、画面では人間と変なモンスターっぽい敵が戦闘を繰り広げている。

 

「では……どういうことですか?」

「説明したら複雑なんだけど……要するに頭のおかしい奴の心の中に入り込んで歪みの原因を盗むとまともになるっていう話だよ」

「なるほど……さっぱり分かりません」

「だろうな」

 

 樹としても説明する気は無い。中々に複雑な設定だし、何より面倒くさい。教えるにはプレイさせるのが一番早い。

 

「……あ、やってみる?」

「良いんですか?」

「寝なくて良いなら良いよ」

「やりましょう!」

「あ、やるんだ……」

 

 元気に答えられたが、まぁ想定の範囲内だった樹は、プレイ中のデータをセーフルームに入れてタイトルに戻った。やるなら最初からだろう。

 コントローラを楓に手渡しながら、樹は意外そうな顔で呟いた。

 

「にしても……楓も随分とゲーマーになったな。P5なんて興味無いと思ったのに」

「ふふ、ゲーマーにした方が言うことですか?」

「いやいや、それは俺の所為じゃないでしょ。楓にその素質があっただけで」

 

 その返答は違う、と楓は少しいらっと微笑んだ。まぁ、目の前の人は鈍いのか鋭いのか分からない人なので、期待するのはやめておいた方が良い。むしろ、たまにはハッキリ言ってみても良いかもしれない。

 

「違いますよ。あなたがゲーマーだったから、私は今、こうなったんです」

「……」

 

 流石に伝わったようで、思わず手を止める樹。そんな固まった元彼を見て、クスッと微笑みながら、まるで翻弄しているかのようにゲームの話に戻った。

 

「それで、ここからどうすれば良いんですか?」

「え? あ、ああ。とりあえず移動な。モルガ‥‥右下の黒い猫の言う通りに逃げな」

「逃げ……?」

「ていうか移動」

「あ、はい」

 

 移動を開始した。カジノ内部を移動していると、戦闘が始まり、不敵ににやりと微笑むジョーカー。

 それを見て、楓は少し愉快そうに微笑みながら言った。

 

「なんかこの人、樹くんに似てますね?」

「え、俺こんな厨二っぽく見える?」

 

 微妙にショックだった。少なくとも、このゲームの中ではせめて丸喜先生くらいに思われたいものである。

 ゲームを進め、初戦闘が開始される。それを見ながら、樹は何となく呟いた。

 

「そーいや……お前さ、今はどんな仕事してんの?」

「エイガオンで、映画・オンステージ! ……え? なんですか?」

「や、だから仕事」

「ドラマの撮影とかライブとか写真撮影とか、ですね。実は今度、海に行くんですよ」

「……え、そうなん?」

 

 あまりにあっさりしたカミングアウトに、思わず隣でコントローラをカチカチといじる楓の方を向き直る。

 

「勝ちました!」

「え? あ、うん。じゃあ、ムービーの後にまた移動あるから。それに従って」

 

 説明しつつ、樹は隣の楓の手元……‥ではなく胸を見下ろす。

 アイドルが海で写真撮影、これは間違いなく水着であり、そしてその写真集だろう。それがソロなのかデュオなのかスクワッドなのか知らないが、何れにしても不安な事が一つある。

 

「え、貧乳晒すの?」

「ブレイブザッパー!」

「ゴフッ‼︎」

 

 コントローラで頬を殴られた。人のもので人を殴るな、と思ったが、まぁ確実に自分の配慮が足りなかったので何も言わなかった。

 

「相変わらず早いですね」

「……いきなり殴ることないじゃん……」

「喧しいです。……こう見えて、少しずつ育ってはいるんですからね?」

「それがおっぱいに見えるのに何百年掛かるんだろうな」

「もう一発行きます?」

「ごめん、うそだから振り上げたコントローラを戻して」

 

 そうこうしている内に、主人公が警察に捕まってしまった。

 しかし、それに気を向けることはなく、楓は樹の方に体重を掛ける。

 

「そんなに言うなら、ご一緒にどうです?」

「え? 何が?」

「海。……とまではいかなくても、プールとか」

「……は?」

 

 え、何それ。と言わんばかりに惚ける樹に、楓はしつこく迫った。

 

「言っておきますけど、学生時代の私とは違いますからね。胸だってお尻だって、少しずつ成長しています。大きいのは身長だけではないんですから」

「ええ……や、そういうんじゃなくて」

「ゲームばかりやってる樹くんとは違って、トレーニングもしていますから。お腹だって出ていませんよ?」

「うん。だから聞いて話」

「どうですか?」

「……」

 

 これはー……と、樹は冷や汗を掻く。少しからかい過ぎたのかもしれない。もしくは、深夜テンションでアホなこと抜かしているだけか。

 何にしても、樹の答えは一つだけだ。

 

「出掛けたくないけど水着は見たいから、水着姿のままうちでゲームやれば良くね?」

「よくわかりました。誘拐という手段を持ってしても、確実にプールに連れて行きますね」

 

 こうして見事に地雷を踏み抜いた樹は、プールに連行されることになった。

 

 




なんかどういう展開にするつもりだったのか思い出せないので、新しく考えます。


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