日はまた昇る (ポンタ)
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鬼と少年

※本誌ネタバレです!注意してください!!



縁壱さん視点、原作でもまだ出てなくて人物像が掴みきれてない。
記憶なし転生して色々と環境変わってるから、口調とか考え方に多少の変化はあるということで(苦しい言い訳)。


※諸事情により若干の修正を加えました。
 大筋には全く関係ないので詳細はふせます。(11/16)


 帝都から少し離れた、山間部に面した田舎。

 何の変哲もない商人の家に俺は生まれた。

 別段裕福でもなく、かといって貧困しているわけでもない。

 極々普通の男女の間で、俺はごく普通に何不自由なく育てられた。

 これといって特徴のない俺には、少しだけ他人と違う特徴がある。

 生まれた時より、奇妙な痣が顔に浮かんでいたのだ。

 両親は最初、何かの病気ではないかと考え大層心配した。

 表情の変化にも乏しく、一言も口を開かない俺の様子はその心配を増幅させたのだろう。

 街から街へと移動し、何人もの医者に見せたらしい。

 しかし、両親の心配とは裏腹に、医者たちは口を揃えて何の異常も無いと言ったという。

 その言を裏付けるように、俺は病気ひとつなく健康的に育った。

 7歳を超えた頃から少しずつ言葉を話し始め、感情をのせた表情を浮かべるようになった。

 七歳を迎えるまで、子供は人ではなく神の一種であるという。

 『お前はきっとほかの子供たちよりも神様に近かったんだろうね』

 『私たちの子供であることを、選んでくれてありがとう』

 そう言って、父も母もよく俺の頭を撫でてくれた。

 俺は、幸せだった。

 幼心にも、俺は自分が大層な幸せ者だと、理解していた。

 ごく普通に日々を過ごし、帰る家が有り、迎えてくれる家族が居る。

 当たり前のようで、得がたい幸福を享受していたのだ。

 俺は漠然と、根拠もなくこの幸せが続くと信じきっていた。

 それがどれほど貴重だったのか、失ってから初めて気づいた。

 平和な世界が薄氷の上に存在することを、俺はとある夜に思い知らされることになる。

 

 

 

 幸せが壊れるとき、そこにはいつも血の匂いがあるのだ。

 

 

 

 その日は、やけに月の明るい夜だった。

 夜中、俺は妙な胸騒ぎとともに唐突に目を覚ました。

 視界に映るのは見慣れた自室。一見するとなんの変哲もない光景である。

 しかし、俺はそこに潜む違和感をひしひしと感じ取っていた。

 空気に混じる、ほのかな異臭。

 やけにじっとりと感じる闇の奥。

"何か"が蠢く気配を感じた。

 音を立てずに布団を抜け出し、外へと続く障子に手をかける。

 胸騒ぎがする。

 別室にいる両親が心配だった。

 空から差し込む月明かりが、ぼんやりと辺りを照らしている。

 障子の先に続く廊下は、一見常と変わらぬ様子であった。

 しかし。

「……っ」

 先ほどよりも格段に濃くなった生臭い異臭。

 嗅いだことなんてないはずなのに、何故かそれが血の匂いであると分かった。

 この家に住んでいるのは、俺と両親だけだ。

 俺が無傷である以上、両親になにかが、大怪我を負うような何かがあったことは自明の理であった。

 いてもたってもいられず、俺は駆け出した。

 

 

 たどり着いた先は、ある種の別世界だった。

 薄暗い月明かりの下でも分かる一面の赤、赤、赤。

 畳も、天井も、壁も、元の色が思い出せないほど赤一色である。

 悪夢のような、非現実的と言っても過言ではない真っ赤な部屋の中央。

 そこに大きな塊が2つ転がっていた。

 一瞬、それがなにかわからなかった。

 よく見ようと目を凝らして、気づく。

 それは、ボロボロの衣服を纏っていた。

 人間の衣服を、身にまとっていたのだ。

 大型の獣に襲われたかのように、肉体のいたるところを切り裂かれたそれは、

 ところどころ内蔵がまろびでており、更に手足も首もなかった。

 衣服は真っ赤に汚れ、首もないそれは、最早誰だったのかすら分からない。

 しかし、ここは"両親の部屋"だ。

 心は理解することを拒否していたが、

 頭の片隅、冷えた理性がどうしようもない現実を伝えてくる。

 

 

 それは、変わり果てた俺の両親なのだと。

 

 

 嗚呼、俺は。

 俺はまた、間に合わなかったのか。

 

 

 深い悲しみとともに、そんな思いが心に押し寄せる。

 悔恨。

 また?

 またとは一体どういう意味だ。

 

「おいおい、まだ生き残りがいたのか?」

 

 突如背後から聞こえてきた場違いなほど明るい声音に、俺は思考することを止め、ゆっくりと振り返る。

 月明かりの下、にやにやと笑みを浮かべてこちらを見つめる一人の男がいた。

 途端、血の匂いと、なんとも言えない嫌な匂いが一段と濃くなる。

 なるほど、先程から感じていた妙な気配はこれだったらしい。

 死人のような青白い肌に、異様に伸びた歯。瞳も獣のように瞳孔が細く、暗闇の中で爛々と輝いている。

 

 "鬼"

 

脳裏に一つの言葉がよぎる。不思議と確信がもてた。

 まるで嘗てから知っていたかのように、それが何かを理解した。

 

 あれは鬼だ。

 

「今夜はとことんついてるなあ!子供の肉も食えるなんてよ!」

 

 子供の肉は柔らかくて旨えからなあ。

 鬼は心底嬉しそうに笑いつつ、その手に持っていたものをこちらに投げ込んできた。

 

 ごっ、と鈍い音を立てて、何か重いものが廊下に着地し、

 ごろごろと転がってきて足にぶつかった。

 月明かりに照らされ、それが明らかになる。

 

「……っ!!」

 

 それは、苦悶の表情を浮かべた母の頭であった。

 

「男の方は首を真っ先に落として殺しちまったからなあ、女の方は直ぐには殺さずに血鬼術で閉じ込めてちょっと遊んでみたのよ」

 

 母の、生気のない濁った瞳に、俺の顔が映っている。

 

「手足からちぎっていったら、面白いくらい泣き叫んでなあ」

 

 瞳に映った俺の表情は、凍ったように動かない。

 

「最後は阿呆みたいに、ずーっと同じこと言ってたなあ。えーと、確か」

 

 『縁壱』

 

「よりいち、だったかあ?」

 

 記憶の中で優しく微笑む母の顔が、黒く、黒く塗りつぶされていく。

 

「あれ、お前の名前だろう?逃げてよりいちって、ずっと言ってたぜ」

 

 心が、脳が、すっと冷え切っていくのを感じる。

 

「俺の血鬼術で、外に声なんて聞こえないのになあ!無駄だってのに、健気なもんだ!」

 

 現にお前は、俺に見つかっちまった。

 心底楽しそうな鬼の笑い声。

 同時に、鬼がまた何かを投げてよこしてきた。

 放物線を描きながら、それは俺の足元に突き刺さる。

 

「俺は今心底気分がいいから、遊んでやるぜ、坊主」

 

 それは、ぼろぼろに刃こぼれした斧であった。

 

「俺は今からお前を食べちまうわけだが、その斧で俺を少しで傷つけてみせたら、見逃してやらなくもないぞ?」

 

 凍りついたような眼球をのろのろと動かし、鬼の顔を見る。

 上機嫌なその表情は、瞳は、命を弄ぶ愉悦をありありと浮かべていた。

 

 

『何が楽しい?何が面白い?命を何だと思っているんだ?』

 

 脳裏に、誰かの声が響く。

 

『私は大切なものを何一つ守れず、人生において為すべきことを為せなかった者だ。何の価値もない男なのだ』

 

 嗚呼、俺と同じだ。

 俺も、大切なものを守れなかった。

 心が、脳が、怒りで冷え切っている。

 それは、目の前の鬼に対する怒りであり、何よりも、不甲斐のない俺自身に対する怒りだ。

 

 俺は、斧を拾い上げた。

 

 

 

 

 

「お、やる気になったみたいだな。いいね、いいねえ、そうこなくっちゃ」

 

 鬼は、目の前の子供を観察しながら、どうやって嬲ってやろうかと思考を巡らした。

 所詮齢10ぐらいの非力なただの子供である。

 斧を持ったところで、鬼である自分に傷一つだってつけられまい。

 鬼はそう確信していた。

 その奢りと慢心が、まさか自身の足元を掬うなど、この時の鬼は微塵も思いつかなかったのである。

 

 鬼はこの日、大層機嫌が良かった。

 つい先日、記念すべき200人目の鬼狩りを殺し、それによって、あのお方に後10人でも殺せば十二鬼月に加えてやろうと言われたのだ。

 十二鬼月とは、数ある鬼の中でも最強の12に与えられる称号である。

 それに加えられるということは、末席といえども他の有象無象共とは違うと認められたということだ。

 鬼は浮かれた。自身の強さに酔いしれた。

 浮ついた思考は注意力を鈍らせる。

 

 鬼は、普段であれば気付けたであろう違和感を見逃した。

 眼前の子供が、明らかに普通とは異なる呼吸法をとっていること。

 そして、それが、鬼狩りの使うものと非常に酷似していることを。

 

「へ?」

 

 鬼は、場にそぐわない呆けた声をあげた。

 視点が異常に低い。

 目の前に、己の"足"がある。

 首から上が、地面に転がっているのだ。

 つい先ほどまで、己の視界は正常な位置にあったはずだ。

 一瞬のことであった。

 ひと呼吸もしない間に、首が落とされていた。

 一体何が起こった。

 どうして。

 どうして己の首は地面に落ちている?

 鬼は混乱した。

 鬼狩りにやられたのか?

 馬鹿な。周囲には誰の気配もなかった。

 己の知覚外から一瞬で首を切り落とすなど、例え鬼狩りがいたとしても不可能だ。

 それとも。

 それとも柱が来たとでも言うのか?

 人間でありながら、鬼を何十と殺してみせる化け物ども。

 いやしかし、柱にやられたのならば、とっくの昔にこの体は崩れはじめているはず。

 日輪刀に首を切られれば、鬼の体は崩壊するはずなのだ。

 しかし、首こそ落とされたものの、一向に胴体も首も崩れる様子はない。

 

 であれば。

 己の首を落としたのは。

 可能性のある存在は、目の前の一人しかいなかった。

 

 混乱を極める鬼の視界に、斧を無造作にぶら下げた子供が目に入る。

 子供は、突然首が落ちた鬼を見ても驚きもせず、じっと観察するように鬼の顔を見つめていた。

 

「ま、さか……」

 

 鬼の脳裏に一つの仮定が浮かび上がる。

 ありえない。

 鬼狩りでもない、日輪刀すらもたないこんな餓鬼が?

 もう少しで十二鬼月にも手が届く、この俺の首を落とせるというのか?

 鬼は動揺しつつも思考を巡らし、子供に気づかれないよう、極最小限の動きで血鬼術を発動させようとした。

 が―――。

 術を発動させる前の一秒にも満たない刹那、気が付けば、鬼の体は複数の部位に切り分けられていた。

 

「は………………?」

 

 今度は子供の様子を見ていた。

 見ていたにも関わらず、なにも分からなかった。

 鬼の視力をもってしても、追いきれない速さ。

 

 まずい。

 まずい、まずい、まずい、まずい、まずい……!!

 

 鬼は確信した。

 目の前の子供が、鬼殺隊の柱と同等か、それ以上の化物だということに。

 

 幸い、子供は日輪刀を持っていないため、いくら切っても鬼を殺すことはできない。

 だが、この圧倒的力量差。

 朝まで切り刻まれ続けば、日光に焼かれて己は死ぬ。

 鬼はそう確信した。

 

 逃げなければ。

 切断された部位を再生させ、逃げることに全力を注ぐ。

 が、しかし。

 

 再生しようとした瞬間、動こうとした瞬間、瞬時に体が刻まれる。

 

 目の前の化物は、息一つ乱さずこちらを見つめている。

 

 攻撃することも、逃げることもできない。

 まるで動きがすべて予測できているかのように、何もかもが完封されている。

 

 どうすればいい?どうすればいい!?

 

 鬼は必死に思考を巡らせるが、瞬時に頭が切り刻まれ、それすらも防がれた。

 

 化け物!!化け物!!化け物め!!!

 

 鬼の脳裏に浮かんだ最後の思いは、眼前の未知に対する底知れない憎悪と恐怖であった。

 

 

 

 

 

 何回斧を振るっただろうか。

 刃は度重なる酷使で歪み、地の色が分からないほど真っ赤に染まっている。

 最初からボロボロだったことを考えれば、よくもった方だろう。

 夢中で斬って、斬って、斬って、斬って、斬って。

 気が付けば、日が昇っていた。 

 眼前の肉片が日光に照らされた瞬間、灰になって消えていく。

 鬼が、太陽光にあたれば死ぬことは"知っていた"。

 なぜかは分からない。鬼など初めて見たはずなのに、ずっと昔から知っていた気がする。

 不思議と確信があって、それに従った。

 鬼の体の動きを、筋肉や内臓の動きから予測し、とにかく朝まで動きを止めることに専念したのだ。

 結果として、俺の予測は正しかった。

 あれほど刻んでも死ななかった鬼が、太陽光にあたった途端あっけなく崩れ去っていく。

 

「……疲れた」

 なんだか、立っていることすら億劫で斧を放り出す。

 鬼とは言え人型のものを、生きているものを刻む感触は、只ひたすらに不快であった。

 染み付いてしまった感触を忘れたくて、手のひらをきつく握り締める。

 鬼なんてものが実在して、両親は殺されてしまって、俺は一体これからどうすればよいのだろう。

 考えなければいけないことが一杯だったが、今はもうなにも考えたくなかった。

 

 廊下に放り出された母の首を拾い上げると、そのまま両親の遺体が転がる部屋に座り込む。

 

「ごめんなさい」

 母も父も、常に笑顔で明るい人だった。

 生まれつき奇妙な痣があって、口もきかなかった自分のことを、厭うことなく優しさをもって育ててくれた。

「ごめんなさい」

 大好きだった。

 大切だった。

 守りたかった。

「俺はいつも、大切な人を守れない。救えない」

 自然と流れ出た涙はそのままに、母の首を抱えて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『帝都の南方、高山村とその周辺の複数の村にて何人もの人間が失踪している。鬼の仕業の可能性有り。即刻現地に向かい、調査せよ』

 その伝令が鬼殺隊にて発せられたのは、今から遡ること数日前のことであった。

 すぐさま癸や庚の隊士が数名向かったが失踪。

 事態を重く見た鬼殺隊当主、産屋敷耀哉は更なる被害拡大の前に柱を派遣させることにした。

 白羽の矢が当たったのは、事件発生現場が担当管轄地に含まれる蟲柱・胡蝶しのぶであった。

 十二鬼月の仕業の可能性もあるということで、胡蝶しのぶは万全の準備をもってことに当たった……のだが。

 標的になると目星をつけた村に、鬼の姿はなかった。

 一緒に連れてきたカナヲや隠達で手分けしても、その痕跡ひとつ見つからない。

 村の住民たちの様子は平穏そのものであった。

 

「うーん、私の読みが外れちゃいましたかね」

 結構自信あったんですけど……と、しのぶは呟く。

 これまで鬼殺隊として数多の鬼を殺してきた経験から、ある程度鬼の行動は予測することができた。

 柱として磨き上げられた直感も相まって、基本的に外すことはないのだが……。

 納得はいかないが、これだけ探してもいないのだから、鬼はほかの村に行ったのだろう。

 被害者が出る前に、一刻も早く鬼は殺さねばならない。

「次はどちらに向かわれますか?」

「そうですね、次は、」

「胡蝶様!!!胡蝶様ぁっ!!!!!」

「……そんなに慌てて、何か見つけたのですか?」

 突然大慌てで飛び込んできたのは、念のため村の周辺も探らせていた隠の一人であった。

 隠は基本、顔面のほとんどを布で覆っているため表情がわかりづらいが、それでもなお青ざめていることが分かるほど顔色が悪い。

 並々ならぬ様子に、しのぶはやや緩んでいた気を引き締める。

「村のはずれに、家が一軒建っていまして、ね、念のため様子を伺ってみたところ、お、鬼の被害に遭っている様子でしたっ……!」

「鬼の存在は?」

「確認できませんでした!被害者や現場の様子を見るに、死後かなりの時間が経過している様子ですので、既に去った後かと」

「分かりました。すぐ向かいましょう」

「そ、それと、もう一つ報告することがありまして!」

「なんですか?」

 隠から伝えられた内容は、しのぶにとって予想外の内容であった。

 

 

 

 

 隠の案内のもとたどり着いた件の場所は、凄惨極まりない状態だった。

 さほど大きくもない日本家屋。

 その一室は地獄の様相を呈している。

 室内は酸化した赤黒い血液に塗れ、中心には手足も首もない胴体だけとなった肉塊が転がっている。

 大型の獣に切り裂かれたような裂傷と、無理やり引きちぎられたとしか思えない手足と首の断面。

 到底人間技とは思えない。

 更に、遺体の損傷具合から、獲物をなぶる残虐性が垣間見える。

 熊が人間を襲ったとしても、こうはならない。

 これは間違いなく鬼の仕業だろう。

 しのぶはそう、結論づけた。

 血液の酸化具合からして、死後1日程は経過していそうだ。

 一日。

 たった一日の差で、この人たちの命は奪われた。

 あと、一日でも来るのが早ければ、この人たちは死なずに済んだのかもしれない。

 助けることが、出来たかもしれないのに。

 結果論でしかないが、しのぶはそう思わずにはいられなかった。

 やりきれない憤りを感じ、拳を握り締める。

 鬼殺隊が間に合わなかったとき、そこには無数の死体のみが残される。

 彼らを見るたび、しのぶは浮かべた笑顔の裏で持て余すほどの怒りを抱えていた。

 

「胡蝶様!こちらです!」

 

 しかし、今回は少し、いつもと勝手が違うようであった。 

 

「これはいったい、どういうことなんでしょうねえ」

 

 しのぶは、赤い部屋の中央で眠る少年を覗き込んだ。

 生存者が一人、見つかったのである。

 隠から報告された、予想外の内容。それはこの少年の存在であった。

 少年は、手足のない2つの遺体の間で、女性の生首を抱えて眠っている。

 齢10歳になるかならないかだろうか。赤みがかった黒髪と奇妙な痣が特徴的な少年であった。

 状況的に、この遺体の関係者とみて良いだろう。

 大事そうに遺体のものらしき首を抱えていることから、被害者に強い思い入れがある関係、それこそ血縁関係であるのかもしれない。

 ここまではいい。問題はここからであった。

 少年は全身血だらけであるにも関わらず、見たところ傷らしい傷がない。

 つまりこの血は、少年以外の誰かの血である、ということだ。

 では一体、誰の血なのだろうか?

 普通に考えれば、遺体の人物のものであろう。

 それならば、少年は、遺体の人物たちが殺される現場に居合わせたということだ。

 これは同時に、少年が鬼と遭遇したということを示している。

 鬼は、人間を見逃すことはない。

 殺すか、食べるか。その二択だ。

 では何故、少年は鬼に遭遇したにも関わらず、無傷で生きているのか。

 どこかの鬼殺隊士が助けた?

 答えは否だろう。 

 隊士が助けたのであれば、しのぶやお館様に何の連絡も来ていないのはおかしいし、被害者である少年をこの場に放置するはずがない。

 それとも少年自身が鬼を殺したのか? 

 これも否だ。

 鬼とは、人の理を外れた化け物である。

 日輪刀ももたない幼子が、鬼と遭遇して勝てるわけがない。

 ならば、鬼はどこに行ったのか?

 この少年は何者で、どうしてここにいるのか?

 しのぶはぐるぐると思考を回転させたが、現状、揃っている証拠では到底答えは得られそうになかった。

「あんまり考え込んじゃっても仕方ないですね。こうなったら本人にきくのが一番です」

「こ、胡蝶様?」

「そこの貴方」

「は、はい!!!」

 突然視線を向けられた隠の一人は、びくりと肩をはね上げた。

 『柱とは尊敬すべき人物であるが、それはそれとしてめちゃくちゃ怖い。絶対に怒らせてはいけない』

 隠達の共通認識である。

 万が一にでも怒らせたくないので、隠達は大抵恐る恐る柱と接している。

「この子は蝶屋敷で一旦預かります。私は鬼の捜索を続けたあとお館様へ報告しに産屋敷邸へ向かいますので、貴方はその子を蝶屋敷まで連れて行ってあげてください」

「はいっ!!!」

「見たところ怪我はないようですが、その子もまた鬼の被害者です。怪我人と同じように扱うよう、アオイに伝えておいてくださいね」

「はい!!承知致しました!!!」

「カナヲ」

 いつもぼんやりとしている己の継子が、こちらを見たのを確認してしのぶは続けた。

「あの坊やのこと、見張っておいてくださいね」

 ただの人間の子供である。素性がしれないとはいえ、警戒する必要はないかもしれない。

 ただ。

 あの少年が鬼と内通して、生き残ったのであれば話は別である。

 もしかしたら、蝶屋敷に禍をもたらす存在かも知れないのだ。

「なにか不穏な動きをしたら、死なない程度に力をそいで、拘束しておいてください」

 カナヲは頷くと、少年を背負った隠の後をついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅い、紅くて大きな月が夜空に浮かんでいる。

 ……ここはどこだろう?

 俺はぼんやりと周囲を見渡した。

 そこは、全く見覚えのない、草原のような開けた場所であった。

 どうして、こんなところにいるのだろう?

 ここに至るまでの記憶が曖昧だった。

 もっと焦るべきなのかもしれないが、不思議と焦燥感はない。

 ふわふわとした夢見心地のまま、ただぼんやりと立ちつくす。

 

『お労しや、兄上』

 

 聞こえた声は、突然だった。

 誰の声だろうか?

 目線を上げると、いつの間にやら2つの人影が目の前にいたことに気づく。

 2人とも、昔話に聞く侍のような出で立ちであった。

 日本刀を構え、お互いに向かい合っている。

 2人のうち一人。俺に背を向けてたっている男はかなりの高齢であるらしかった。

 真っ白な髪と、やせ細った腕が老を感じさせる。着物に覆われた肩も薄く、今にも折れてしまいそうな枯れ木を連想させた。

 一方で、もう一人の男。

 こちらを向いて立つ男はかなり若い。20代半ばほどであろうか。髪は黒々としており、体躯も鍛えていることがよくわかる立派なものであった。更に、異様な痣がその顔を縁っている。

 だが、その男の最も特徴的なものは痣ではなくその目であった。

 3対の瞳。

 明らかに人外とわかる出で立ちであった。

 見るものに恐怖と畏怖を与えるであろうその瞳は、しかし、呆然と惚けたように老人を見つめて動かない。

 どうしたのだろうか?

 今にも斬りかかりそうな体勢のまま、固まっている男を見て、俺は一つのことに気づいた。

 生き物というものは生きている限り、完全に静止することはできない。

 動きを止めているつもりでも、大なり小なり止めることのできない動きがある。

 それは体を支える筋肉の動きであったり、眼球の動きであったり、呼吸に合わせて動く肺であったりと、実に様々だ。

 しかし。

 先程から俺の前に立つ老人。

 彼は完全に静止していた。呼吸すら、最早していないようであった。

 ……死んでいるのか。

 まるで今にも動き出しそうな気迫を滲ませていた為気付かなかった。

 老人は、立ったまま死んでいる。

 異形の男は、魂でも抜かれたかのようにその様を見つめていた。

 

 2つの人影を、俺は目が離せなくて見つめていた。

 彼らのことなど、俺は知らない。

 知らないはずなのに。

 ぐちゃぐちゃとした、形容のできない感情が沸き上がってくる。

 

 目の前の異形に。

 呆然と、おいていかれたような顔をするこの男に。

 どうしても、伝えたい何かがあった。

 手を伸ばし、口を開く。

 

 『――、』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、見知らぬ天井とこちらを覗き込む猪頭が目に入った。

「…………?」

 視界からの情報量が多く、脳が思考を停止する。

 瞬きをした。

 猪頭は消えなかった。

「…………?」

「誰だァ、てめえ……」

 猪頭が喋った。

 猪とは、人の言葉を話すものだったろうか?

 ぼんやりと、そのギョロギョロとした瞳を見つめ返す。

「無視かぁ?やんのか、こら」

「???」

 ゆさゆさと首元を猪に揺すられる。首がぐわんぐわんと揺れた。

 おかしい。猪に人間のような手が生えている。

「おい!なんかいっ、」

「なにをしているんですか!!!?」

 突如、怒気を孕んだ声が響いた。

 びくりと、猪の肩が震える。

「ここには立ち入らないでくださいと、言いましたよね?」

「ふ、ふん!お前の指図なんて受けな」

「胡蝶様にいいつけますよ?」

 猪は一目散に部屋を出て行った。やけに頭の位置が高いと思ったら、二足歩行である。

 猪頭の下には人間の胴体が生えていた。変わった生き物だ。

 戸口を見やると、そこには髪を二つに括った少女がいた。

 意志の強そうな瞳で、猪の去った方向を鋭く見つめている。

「全く、油断も隙もアリはしないですね」

 一体誰だろうか。それにここはどこだろう。

 寝起きのせいか、ふわふわとした頭で少女を見つめる。

「お加減はいかがですか?気分は?どこか痛いところはありますか?」

「……?」

「あなた、3週間も眠っていたんですよ?」

 3週間……?

 それは大変だ。きっと母も父も心配している。

 早く帰って、無事……を。

 あれ。

 そういえば、俺、眠る前に何してたっけ?

 

 瞬間。

 

 脳裏に血まみれの記憶がフラッシュバックした。

 

 

「あ……」

 そうだった。

 

 もう、母も父もいないのだ。

 

「どうやら、あまり大丈夫ではなさそうですね。3週間も寝ていたのだから、無理もないでしょう」

「…………ここは?」

「ここは蝶屋敷。鬼殺隊の柱が一人、胡蝶しのぶさまのお屋敷です」

「きさつたい……」

「鬼を殺すための組織です」

 鬼。

 父と母を殺した男の顔が思い浮かぶ。

「ようこそ、蝶屋敷へ。ここは、鬼によって被害を受けた人間が傷を癒す場所です」

 歓迎しますよ、と少女は続けた。




転生縁壱くん
 転生しても、次元が違っていた天才剣士。
 身体的な理由ではなく、精神的な理由で3週間寝てた。
 前世の記憶はほぼない。
 なけなしのデバフは、まだ10歳なこと。

こくしぼうさん
 まさかあれほど憎んだ弟が転生してるとか夢にも思わない。
 今でもバリバリ弟を引きずってる。
 リベンジできるのか?

無残様
 遠くでモブ鬼が死んだだけなんで、トラウマが爆誕したことに気が付いてない。
 まだ平和。
 気づいたら1D100の確定SANチェックです。


次回『無惨様、発狂』


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蝶と少年

朗報
無惨様、まだ発狂しません。




「こんにちは」

 花が開くように、女は微笑んでみせた。

「私の名前は、胡蝶しのぶ」

 女――胡蝶しのぶの前には、齢10程の幼い少年が一人。無表情にしのぶの顔を見つめている。

「ご両親と一緒に倒れている貴方を保護したのは、私です」

 しのぶの脳裏に、血だらけの現場の様子が浮かび上がる。胴体だけになった男女の遺体と、その間で眠る無傷の少年。後の調査で、遺体の男女と少年は実の親子であることが判明していた。

「私は、鬼を狩る組織に所属しているんです。あなたのご両親は鬼に殺された可能性が非常に高い。でも、それらしき鬼は未だに見つかってないんです」

 鬼という単語に、無表情だった少年の顔に一瞬の動揺が走る。微かな変化であったがしのぶは見逃さなかった。間違いなく、この少年は何か知っている、と確信する。

「私は人を害する鬼を捕まえたい。あなたのご両親の仇を討ちたいんです。そのためには、少しでも手がかりが欲しい。辛い記憶でしょうけど、どうかご両親の亡くなった夜に何が起こったのか少しでも知っていることがあれば教えてくれませんか?」

 あの事件には謎が多い。一般人だけでなく鬼殺隊の隊士を何人も喰った鬼が、あの夜を境に消息を完全に絶ったのだ。更に事件から3週間も経つというのに未だに活動する気配がない。もう既に殺されていたとしても、一体誰が殺したのかという謎が残る。更に、現場で眠っていた無傷の少年。彼は自分のものではない誰かの返り血を全身に浴びていたのだ。間違いなく、この少年は何かを知っているはずである。

「……あの日の夜、俺は母さんたちとは別室で寝てました。だけど、妙な胸騒ぎがして、夜中起きたんです。それで部屋の外にでると、母さんたちはもう死んでいて、……母さんと父さんを殺した、という男に会いました」

 数秒の逡巡のあと、少年は口を開いた。まだ幼い彼には酷な記憶だろうに、意外にも少年は言葉につまることもなく淡々と続ける。

 

「俺は、その男のことが許せなくて。……だから、殺しました」

 

『殺した』

 

 その言葉に、しのぶの胸を過ぎったのは、やはりという思いとありえないという全く相反する思いであった。

 しのぶは、この少年が鬼を殺したのではないか、ということを薄々感じていた。

 なぜなら、少年が鬼を殺したと仮定すれば全ての謎があっさりと解決されるのだ。

 あの夜以降鬼が消息を絶ったのは、何故か?――少年が殺したからだ。

 何故少年は現場に居合わせたにも関わらず鬼に殺されず、無傷だったのか?――少年が鬼を殺したからだ。

 幼子でもわかる単純な帰結である。

 だが、同時に、しのぶはこれまでの経験からそれがどれほどありえないことかも分かっている。

 鬼は一般人の、それもこんなに幼い子供が倒せるような生易しい存在じゃないのだ。おまけに、相手は隊士すら何人も食べている、もしかすれば十二鬼月の可能性すらあった鬼なのだ。

 日輪刀もない、呼吸法もしらない少年が鬼を殺す。

 ……本当にありえるのだろうか?

 

「その男は、首をおとしても死にませんでした。……人間じゃなかった。だから、死ぬまで何回も何回も切り刻み続けました。夢中で切ってたら、夜明けが来て、男は灰みたいになって崩れました」

「……」

「おそらく日光にあたったから灰になったのだと思います。……あの男があなたの言う鬼かどうかはわかりませんが、あの日の夜俺が遭遇した出来事はこれだけです」

 

 確かに、霞柱や岩柱というような、特例は存在する。

 彼らは、この少年と同じように日輪刀も呼吸法も知らぬ身で鬼を夜明けまで殺しきったのだ。鬼殺隊に保護された後、彼らは2人とも強力な柱として今現在活躍している。

 少年が鬼殺隊に入ってくれれば非常に大きな戦力になることは間違いがないであろう。前例を考えれば、いずれ柱にすら到達する可能性が高い。

 人材が豊富とは到底言えない鬼殺隊としては、少年は喉から手が出るほど欲しい逸材であると言える。当然、しのぶとしても、強力な人材が増えることは大歓迎だ。強い人間が増えれば、それだけ救える命も増えるのだ。

 

 しかし、これらはすべて少年の言うことが本当であればの話である。

 

 勿論、少年が嘘をついている可能性は限りなく低い。これまで揃えてきた証拠がそれを物語っている。

 同時に、だからといって少年の言うことを鵜呑みにできるわけもなかった。

 『十二鬼月にも到達し得る鬼を、隊士でもない幼子が無傷で倒す』

 これがどれほど荒唐無稽か、柱として何人もの鬼を倒してきたしのぶだからこそ分かるのだ。出鱈目にすぎる。作り話と言ってくれた方が、余程納得がいく。

 故に、しのぶは一つ試すことにした。

 

「縁壱くん、でしたね?」

「はい」

「たしか、体に異常はなかった……ですよね?これから少し付き合っていただけませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これをどうぞ」

「……あの、胡蝶さん」

「なんですか?縁壱くん」

 蝶屋敷。隊士の機能回復訓練にも使われる稽古場にて、しのぶと縁壱は三間程離れて向かい合っていた。現在は夕刻であり、本日の機能回復訓練は終わっているため稽古場には二人以外誰もいない。

「これは一体……?」

 縁壱はしのぶに先ほど手渡された木刀を持って、辺りをキョロキョロと見回している。相変わらず表情は無表情であるが、戸惑っている様子が僅かににじみ出ていた。

 対するしのぶは常と同じ隊服と羽織を纏い、獲物はなにも持っていない。全くの丸腰である。

「ちょっとした確認です」

「確認?」

 はい、としのぶは花のように美しく微笑む。

 

「その木刀で、私を殺すつもりで打ち込んできてください」

 

「……何故?」

 僅かに、縁壱の目が細まる。

「あなたの証言を、心から信頼したいからです。あなたに鬼を殺せる実力があるという証明が欲しい」

「俺の言うことは、信じられないですか?」

「うーん、そうですね……。確かに、あなたの証言は嘘じゃない可能性が高いと思っています。あの日、あの夜あなたが鬼を殺した。それで全ての筋が通りますし」

「では、何故」

「頭では分かっていても、本当かどうか疑いたくなる。それほどあなたの言っていることは荒唐無稽なのです。心のそこから信じることができない」

 鬼殺隊の隊士は、死ぬほど、文字通り死ぬような努力をした末に鬼を殺す技術を手に入れる。それは、胡蝶しのぶをはじめ、鬼殺隊最強とされる柱とて例外ではない。むしろ、柱は他の誰よりも血の滲むような努力をしてきた人間の集まりである。

 そして、それだけの努力を重ねてもなお、鬼に殺される隊士は多いのだ。十二鬼月などに至れば、ゆうに数十の隊士が喰われている。

 それだけ、人間と鬼の力の差は天と地ほどの開きがあるのだ。その絶望的な差を、鬼殺隊は多くの人間の努力と研鑽と何百年にも及ぶ技術の積み重ねでなんとか埋めている。

 

 それを、ただの子供が無傷で殺してみせた?

 しのぶからすれば、信じろと言われて信じるのは余程の阿呆である。

 

「……」

 縁壱は、黙って握り締めた木刀を見つめている。構えすらとっていない。

「大丈夫です、私こう見えても強いですよ?これまで何人も鬼を殺していますし、縁壱君に打ち込まれても避けられる自信があります。それに、万が一攻撃があたったとしても、木刀ですので死にはしません」

 攻撃を躊躇する縁壱を励ますように、しのぶはにこやかに告げた。彼には全力で打ち込んできてもらわないと、試す意味がない。

「……」

 しかし、それでもなお、縁壱は動かない。

 故に、

 

「ああ!それとも―――」

 

 しのぶはあまり使いたくなかった手段を取ることにした。

 

「嘘の証言でしたか?実はご両親を殺したのは鬼ではなく、あなただったと?」

 

 

 瞬間。

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 しのぶは目を瞬かせた。三間程離れていたはずの縁壱がいつの間にか目の前にいる。

 更に。

 首筋に何かの感触。そちらに視線を移し、しのぶは愕然とした。

 縁壱の木刀の切先が、首筋に当たっていたのだ。

 一挙手一投足、なにも見逃さないように見張っていた。子供だからといって侮ってなどいなかった。だというのに。

 全く目で追うことができなかった。柱にまで上り詰めた自分が、全く反応できなかった。

 避けるどころか、いつ動いたのかすら知覚できなかったのだ。

 もしこれが真剣であれば、しのぶに命は無かった。

 

 化け物、という言葉が脳裏を過る。

 

 血の滲むような努力を何年も重ねてようやく到達した地点を、生まれながらにあっさりと越えてみせる存在。

 これを化け物と呼ばずに、なんと呼ぶというのか。

 

「……取り消してください」

 

 絞り出すような声に、しのぶの意識は目の前の少年へと戻った。

 先程までの無表情が嘘かのように、眼前の少年は怒りを滲ませている。表情に、声に、全身に、彼の感情が伝わってくる。抑えようとして、抑えきれないそれ。

 しのぶにとって慣れ親しんだ、半身のような感情。

 

「ああ……」

 

 しのぶは、この時、心底理解した。

 

 目の前の少年は正真正銘の化け物であり、同時に、家族を慕うただの子供だ。

 もはや、疑う余地など存在しなかった。

 彼は、家族を殺された怒りに従うまま、その規格外の力を鬼に振るったのだろう。

 

 目覚めてからずっと無表情で、人間味の感じられなかった存在が、ここにきてやっとただの少年として実像を結び始めた。

 

「縁壱君、あなたのこと少しだけわかった気がします」

 

 縁壱の、木刀を握る手をしのぶの両手が包み込む。

 小柄なしのぶよりもなお小さい。本来であればまだ両親の庇護のもとにいるべき幼子の手があった。

 

「取り消します。ごめんなさい。挑発とはいえ、わざと傷つけることを言いました」

 

 思えば、8歳も年下の、しかも被害者の子供に随分と大人げないことをした、としのぶは自重する。

 

「信じます。あなたの言葉を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの前には、2つの道があります」

 その後。縁壱の病室にて、胡蝶しのぶは縁壱の今後について示してみせた。彼の人生に関わる重大な選択肢を。

「一つは、鬼のことを忘れて元の普通の人生を送る選択です」

 鬼殺隊には、鬼の被害によって身寄りの無くなった子供を引き取る孤児院のような施設があった。出資は産屋敷家が、運営は藤の花の家紋の家によって行われている。幼くして両親を亡くした子供のうち、身寄りのない者や隊士となる道を選ばなかった者はこの家に預けられていた。

「もし、縁壱君に頼る相手がないのであれば、こちらの孤児院で面倒をみることも可能です」

 鬼の被害にあったからといって、誰もが復讐を、あるいは人々を守りたいと思えるわけではない。忘れてしまいたい、そう思う人間も少なからずいる。むしろ、鬼と戦う危険性を考えれば、そちらのほうがよっぽど普通であった。

「そして、もう一つ。こちらは、鬼殺隊の隊士として鬼と戦う道です」

「鬼と、戦う」

「はい。縁壱君、鬼殺隊という組織がある以上、当然気づいていると思いますが、鬼はこの日の本にたくさん存在するのですよ」

「たくさん……」

「鬼は、自然発生するものではありません。鬼舞辻無惨という鬼の首魁が、人間を鬼に変えることで数を増やしているのです。鬼舞辻無惨を殺さない限り、鬼がこの世から消えることはありません」

 鬼はその本能に従い、人を襲い食らう。つまり、鬼舞辻無惨を殺さない限り、人々の安全は脅かされ続けることを意味する。

「鬼殺隊は人々を鬼から守り、鬼を殺し、そして鬼舞辻無惨を殺すことを目的として活動し続けています」

 2つ、としのぶは先ほど道を示した。

 しかし、正直に言えば、柱としてのしのぶは縁壱に鬼殺隊へ加入して欲しかった。

 生まれ持った才覚のみで、彼は柱であるしのぶを圧倒し、強力な鬼を一人殺している。縁壱がいれば、どれだけの人間が救われるだろうか、死なずにすむだろうか。もしかすれば、彼がいれば自分たちの代で鬼舞辻無惨だって殺せるかもしれない。

 鬼を滅することが悲願である鬼殺隊の隊士として、彼を見過ごすことなどできるはずがなかった。

 だが。

 ただの、一人の人間としてのしのぶは思う。

 彼はただの子供だ。いくら人の領域を逸脱した実力を持とうとも、ただの人間なのだ。平穏な人生を望む権利がある。

 鬼殺隊は修羅の道である。いつだって死の危険と隣り合わせだ。誰かに強制されて選ぶ道では決してない。

 彼の道を決めるのは彼だ。

 

 『しのぶには、普通の女の子としての人生を歩んで欲しい』

 そう言って微笑んだ、姉の姿が思い浮かぶ。

 姉は、嘗てしのぶに2つの道を提示した。

 選んだのは、しのぶの意志だ。誰に強制されたわけでもない。

 自ら選んだ修羅の道に、後悔など一つもなかった。

 

 どちらの道を選ぶにしろ、彼には後悔してほしくない。

 

 無言でこちらを見つめる少年に、しのぶは微笑んだ。

「すぐに答えを出す必要はありません。蝶屋敷にはいくらでも滞在してもらって構いませんから、どちらの道を選ぶのか、十分に考えて決めてくださいね」




縁壱君
今世では両親ガチャ大勝利だったため、両親を心底慕っている。
人間性の獲得も、両親のおかげである。
7歳以降は表情も変化するようになったが、
大事な存在を殺された影響で現在は逆戻りして再び虚無顔である。

しのぶ様
皆様ご存知、我らが蟲柱。
ただの商人の子供(10歳)が、
強い鬼を無傷で倒しましたとか言われても、
簡単に信じられるわけがなかった。
可憐な見た目に反し、苛烈な気性を持つ。

次回、
かまぼこ隊と転生縁壱の邂逅編。

無惨様発狂はもう少し先です。


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選択と少年

感想、お気に入り、誤字報告ありがとうございます!




縁壱君立志編です。



『存在の意義を果たせ』

 

 夢の中。

 

 どこか見覚えのある男が、こちらを鋭く見据えていた。

 逃げることは許さないとでも言うように、その視線が突き刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう二度と、間違うわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近、なほ・きよ・すみの3人娘は少し浮かれていた。

 というのも、彼女たちの仕事仲間に、一時的ではあるが縁壱という少年が加わったからである。

 彼女たち3人は、ここ蝶屋敷で患者のお世話や掃除洗濯などの雑用をこなしている。鬼に親類を殺害され、行くあても無かった彼女たちは、蝶屋敷で働くことで鬼殺隊の助けになる道を選んだのだ。

 縁壱は正確には蝶屋敷の人間ではないし患者でもない、それどころか鬼殺隊の人間ですらないらしい。体は至って健康であるのだが、諸事情により少しの間ここに滞在することになったと、しのぶから聞いていた。

 流石に何もせず穀潰しになるわけにはいかないとは縁壱本人の言で、彼自身の希望で蝶屋敷の仕事の一部を手伝っている。医療関係の専門知識を必要としない、掃除や洗濯等の雑用の手伝いが彼の分担であった。

 蝶屋敷で働いている人員は、基本的にあまり変化しない。そこに一時的とは言え、年の頃も同じくらいの新たな面子が加わったのだ。まだ幼い彼女たちが多少浮き足立つのも無理はなかった。

 

「あ、おはよう!縁壱くん!」

「「おはよう!!」」

 

 秋晴れの晴天の下、蝶屋敷の中庭に縁壱が一人立っている。なほが最初に気づいて挨拶し、きよとすみがそれに続いた。それに対し、縁壱はいつもの無表情のままぺこりと頭を下げて応える。

 

「ごめんね、待ったかな?」

「いや、今来たところ」

「今日はよろしくね!」

「頑張ろう!!」

「うん」

 

 むん!となほ、きよ、すみが気合を入れるために腕を振り上げてみせる。

 それを見た縁壱も、控えめに腕を振り上げた。

「「「おー!」」」

「おー」

 一見無表情で人形のような彼であるが、実際のところ、当然ではあるが感情の機微があることをなほ達は気づいていた。非常に分り難いだけで、僅かに感情の変化がある。

 実を言うと、出会った当初は縁壱が少し怖かった。いつも無表情で、どこか上の空。何を考えているのか分からなくて、話しかけづらかったのだ。

 それが変化したのは、ある日きよが怪我をした日の事であった。ちょっとした不注意で足を怪我し、痛みで動けなくてその場で蹲っていると、縁壱がどこからかふらりと現れた。そして、蹲っているきよを見つけて目を丸くすると、慌てたように駆け寄ってきて怪我の程度を確認し、人を呼んでくれたのだ。結局アオイがやって来て手当を終えるまで、縁壱は傍を離れなかった。見上げた縁壱の顔は、いつもの無表情がやや崩れて、心配そうな表情であった。幸い怪我の程度は軽く数日で治ったのだが、その一件以来、きよにとって縁壱は『優しい人』であるし、その印象は今でも変化していない。

 話を聞いたなほとすみもまた、縁壱に対する印象を変えた。それからは、仕事の合間をぬって度々縁壱と交流を持つようになった。それは、彼と友人として親しくなりたかった為であり、同時に、彼が彼女たちと同様、鬼に両親を殺されたという境遇を持つ為でもあった。どこか不安定な今の縁壱が、心配だったのだ。幼くして大切な人を亡くす、あの筆舌しがたい孤独と悲しみを彼女たちは知っている。

 なほ達は、蝶屋敷という帰るべき家と家族を手に入れて救われた。

 だから、同じように縁壱にも、この世界につなぎ止めてくれる絆があればいいと思った。

 

「なほちゃん、きよちゃん、すみちゃん!」

「あ!炭治郎さん!」

「炭治郎さん!」

「おはようございます!」

 

 意気揚々と歩く3人娘と少年。蝶屋敷の裏口に向かっている彼女たちに声をかけたのは、現在機能回復訓練のために蝶屋敷に滞在している竈門炭治郎であった。赤みがかった黒髪に花札のような耳飾りが特徴的な彼は、穏やかな笑みを浮かべて4人のもとへ歩いてくる。

 竈門炭治郎は優しく生真面目で努力家な性質である。機能回復訓練を通してそれを知っているなほ、きよ、すみは炭治郎に非常になついており好意的であった。声をかけられ嬉しげに炭治郎の下へと駆け寄る。

 

「おはよう!珍しいね、どこかへ出かけるのかな?」

「はい!今日はカナヲさんが任務のため機能回復訓練もありませんし、山菜と薬草を採りに裏山に行くんです!」

「わあ!そうなんだね!3人で大変じゃないかい?」

「何回もやってるんで慣れてますし、大丈夫ですよ!」

「それに、今回は縁壱くんも手伝ってくれるんです!」

「縁壱くん?」

 

 初めて聞く名前に、炭治郎は目を瞬かせた。蝶屋敷に来て1ヶ月近く経とうとしているが、縁壱という名前を持つ人間に出会ったことがない。その内半分以上は病室で寝込んでいたから、無理もないことかもしれないが。

 

「あそこにいる子です!」

「縁壱くんはとっても力持ちで、頼りになるんです」

 

 きよの指さした先には、一人の少年が立っていた。ぼんやりとした表情でこちらを見つめている。赤みがかった黒髪と、人形のような容姿が人目を惹きつける子供であった。

 その気配も独特で、人でも鬼でもない生き物―――植物を連想させる。炭治郎は自然と興味が惹かれて少年を見つめ返した。

 ふと、目線が交わる。

 無意識のうちに、炭治郎は小さく息を呑んでいた。

 

 "似ている"

 

 自然と胸にこみ上げる奇妙な感覚は、既視感であった。どこかであったことがあるような。あるいは、これまで出会った誰かにひどく似ているような。でも、いったい誰に?

 思い出せそうで思い出せないそれを追って一瞬深く思考していた炭治郎は、きよの驚いたような声にふと我に返った。

 

「あっ!そう言えば、こうやって見てみると縁壱さんと炭治郎さんて髪と眼の色がそっくりです!」

「わあー!本当だ!」

「赤みがかった黒って珍しいのに、なんだかすごい偶然ですね!」

「色……?」

 

 言われてもう一度目の前の少年を観察してみる。確かに、彼の髪色と眼の色は自分のものと非常に似通っていると感じられた。

 珍しいことだ、と思う。このような色を持つ人には、自分の家族にしか出会ったことがない。今はもう会えない大切な人達の顔が自然と思い浮かぶ。いつも優しかった母、まだまだ幼かった六太、やんちゃな茂としっかり者の花子、家族思いの竹雄、……そして。

 

「……父さん」

 

 なぜ直ぐに気付かなかったのだろうか、と炭治郎は思う。

 

 縁壱という少年は、纏う雰囲気が父に似通っていたのだ。

 

 父は、植物のような人だった。感情の起伏がほとんどない人で、いつも穏やかであった。

 父を思うとき、脳裏にはいつも穏やかな笑顔と川のせせらぎのような落ち着いた声が浮かび上がる。

 

 不思議な感覚であった。

 

 炭治郎の前にいる少年は、容姿も、背格好も、年齢も、父とは全く異なる赤の他人であるというのに。その有様は強く父を連想させた。

 これまで様々な人間に出会ってきたが、父のような人間に出会うのは初めてである。

 

「ねえ、なほちゃん達」

 

 故に。

 炭治郎が縁壱についてもっと知りたいと思うのは、無理からぬことであった。

 

「俺も、その薬草採集に参加してもいいかな?」

 

 本当は、今日一日自己鍛錬をするつもりであったが気が変わった。どうせ、機能回復訓練でカナヲに勝てず鍛錬の方向性を見失って悩んでいるところであったのだ。一人でうんうん悩むよりも、一日気分転換を挟む方が何か良い案が思い浮かぶかも知れない。

 それに、過去の記憶の中でいつも炭治郎を導いてくれる父に似ているこの少年と話すことで、何か突破口が見えるかも知れない。確信めいた直感が、炭治郎を動かしていた。

 

 

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 秋。実りの季節ということもあり、裏山は赤や黄色等様々な色彩に彩られている。

 落ち葉がひっきりなしに舞い落ちる中、なほ、きよ、すみ、炭治郎、縁壱の5人はぞろぞろと連れ立って山を登っていた。幸いさほど大きくない穏やかな起伏の山であるらしい。山道はさほど険しくもなく、幼い少女である3人娘も危うげなく歩んでいる。

 薬草や山菜を採れる穴場があるらしく、場所を知っているなほ達3人娘が炭治郎達の少し前を歩いて先導している状況であった。

 

「俺は竈門炭治郎と言うんだ。普段は鬼殺隊として鬼を狩ってるんだけど、今は機能回復訓練の為に蝶屋敷に滞在してる。今日はよろしく!」

「俺は、縁壱といいます。……よろしくおねがいします」

 

 その道中、炭治郎は縁壱の横に並んで挨拶を交わしていた。

 ぺこりと頭を下げる縁壱は、年齢の割にやけに落ち着いており礼儀正しい。両親の教育が行き届いていた証であろう。禰豆子よりも幼いその姿に、思わず嘗ての弟や妹たちを思い出した。茂が順調に成長していれば、このぐらいの年頃だったのではないだろうか。

 

「縁壱くんは、……」

 

 会話の糸口として縁壱に家族のことを尋ねそうになった炭治郎は、口に出す直前で不自然に沈黙した。

 縁壱は鬼殺隊の隊士ではない。それなのにこの年齢で蝶屋敷にいるということは、十中八九家族を殺されていることが予想される。徒に辛い記憶を思い出させるのは酷であると思い至ったのだ。

 

「……?」

「え、えーと、なほちゃんやきよちゃん達みたいに蝶屋敷で働いてるのかな?」

「働いている……というのは少し違うかもしれません。俺は正式に蝶屋敷に所属しているわけではないので」

「え?そうなの?」

「はい。期限付きの居候みたいなものです。しのぶさんの厚意に甘える形で滞在させてもらっていて、何も役に立っていないのに居座るのは申し訳なかったので、少しでもお返しできるようになほちゃん達の手伝いをしています」

「そうかあ……。なほちゃん達も縁壱くんもまだ小さいのに偉いなあ」

「……いえ、彼女たちとはともかく、俺はただ悩んでここにいるだけなので」

 

 隣を歩く縁壱の表情はこの間ずっと変化していない。どうやら、彼は考えていることや感情が表情にでにくい性質であるらしい。人によっては不気味に思われるであろうそれは、しかし、炭治郎にとって意味を成さない。

 "悲しみの匂い"。炭治郎は、縁壱から感じ取った"匂い"により、彼が悲しんでいることを正確に理解していた。

 炭治郎には第六感とも言うべき嗅覚が備わっており、人の表面に出していない感情を読み取ることができた。その超感覚によって炭治郎は、縁壱がその無表情な外側に反して内面に大きな感情を抱えていることを理解できたのだ。

 今、縁壱から感じ取れる匂いは2つ。

 一つは悲しみ。

 そして、もう一つは。

 

 

 

 

 

「後悔してるのかな?」

 

 

 

 

「……え?」

 

 炭治郎のその一言は、縁壱の無表情を初めて崩してみせた。目を丸くして、炭治郎を見つめている。

 

「……後悔、している……?」

 

 縁壱が、歩みを止めた。

 つぶやくようなその声があまりにも呆然としていて、何かまずいことでも言ってしまったのだろうかと炭治郎は慌てた。

「縁壱くんからは、ずっと後悔している匂いがしてる気がして……、えっと、ごめん、勘違いだったかな」

「……いえ」

 縁壱は首を振りその言葉を否定すると、何かを考え込むかのように俯いてしまった。炭治郎も、それ以上なんと声をかけて良いか分からず、その場に気まずい沈黙が落ちる。

 

「炭治郎さーん!!!縁壱くーん!!!」

「着きましたー!!」

「こっちでーす!!」

 

 助けの船は、すぐに現れた。

 先を歩いていたなほ達が、10間程先で手を振っている。どうやら目的地に着いたらしい。

 

「……行こうか」

「はい」

 

 炭治郎と縁壱は、どちらからともなく顔を見合わせると、なほ達のもとへ歩みだした。

 

 たどり着いた場所は、山中には珍しく木が殆ど生えていなかった。その為日当たりがよく、様々な草花が生えている。

「ここには女郎花がいっぱい生えてるんです!」

「女郎花?」

「この花です」

 すみが黄色い花を炭治郎と縁壱の前に掲げてみせる。根元から測れば2尺から3尺ほどありそうな花だ。

 確かに、周囲には黄色い花が一番多く生えている。

「女郎花は茎も葉も花も薬として使えますので、できるだけ根元のほうから回収をお願いします。あ、でも根っこの部分は残して貰えますか、そうすればまた生えてきますので」

「うん、わかったよ!ちなみに、これはどういった薬になるのかな?」

「解熱剤や消炎剤として使えるんです!」

「皆さんの治療には欠かせないんですよ」

「傷によって熱や痛みに苦しまされる人は多いですからね」

 なほはそう言って微笑んだ。きよやすみは草を刈るための鎌を持って、既に花を回収しにかかっている。

 小さい体に見合わない大きなかごを背負って、その中にせっせと花を入れていた。

「……そうなんだね、ありがとう。なほちゃん、きよちゃん、すみちゃん」

 蝶屋敷で、彼女たちが傷を負った隊士たちの世話をしていることは知っていた。炭治郎も実際に世話になったからだ。だが、己の治療の為に使われた薬の製造にまで彼女たちが関わっていることは知らなかった。

 改めて、色々な人に支えられているのだという事実を噛み締める。

「……うん!頑張ろう!」

 自分たちは、一人で戦っているわけではない。

 藤の家の人達。蝶屋敷の人達。刀鍛冶の人達。

 多くの人間の助けを受け、彼らの想いも抱えて戦っているのだ。

 

「まずは、目の前のことだな」

 

 気合も十分に、炭治郎はてきぱきと花を回収にかかった。

 

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 

「あの、炭治郎さん」

「あ、縁壱くん。どうかした?」

 

 作業を開始して1時間程経過しただろうか。必要な量は集まったとのことで、一行は一旦休憩に入っていた。このあと、別の薬草を採るために場所を移動する予定らしい。

 元々山育ちの上に鬼殺隊として活動している炭治郎はともかく、なほ、きよ、すみはだいぶ消耗していた。炭治郎達とは反対側の木陰で休んでいる姿が見える。

 

「少し、質問をしてもいいですか?」

「うん?俺に答えられることであれば、大丈夫だよ」

 

 炭治郎は空いた自分の隣を指し示した。

 別段疲れた様子もない縁壱は、大人しく炭治郎の隣に座り込む。

 

「縁壱くんは疲れてない?大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です」

「思ったよりもきつい作業だと思ったんだけど、縁壱くんは体力があるんだね。すごいなあ」

 

 炭治郎は無意識に、嘗ての弟達にしていたように縁壱の頭を撫でた。純粋なねぎらいや褒める気持ちで行った行為であるが、目を丸くした縁壱に見つめ返されて炭治郎も驚いた。

 

「あ!!ごめん、つい弟達にやっていた癖で!嫌だったかな?」

「……いえ、大丈夫です」

 

 言葉のとおり、縁壱からは嫌がっている匂いはしてこない。それよりも、戸惑いや驚いている匂いが強かった。

 嫌な思いをさせたわけではなかった、ということが分かり炭治郎は安堵の息を漏らした。

 

「炭治郎さんは、何故鬼殺隊に入隊されたのですか?」

「え?」

 

 ぽつりと、呟くような一言が縁壱から溢れる。

 炭治郎は脈絡のないその言葉に一瞬戸惑ったが、少しの思考の末、先ほど言っていた『質問』であると気が付いた。

 

「最初は、妹の為だった」

「妹?」

「俺には一人だけ妹がいるんだ。いや、本当はもっと兄弟がいたんだけど、鬼に殺された。唯一生き残ったのは妹―――禰豆子だけだった」

「その生き残った禰豆子さんの為に鬼殺隊に?」

「うん。そうだよ。禰豆子は、人ではなく鬼なんだ。鬼舞辻無惨に、鬼にされた」

「鬼に、された……」

「俺は、禰豆子を人間に戻したかった。鬼になっても、禰豆子は俺のことも他の人たちのことも襲わない。むしろ、人を守るために戦っている。……倒されるべき存在じゃない。日の下で幸せに生きる資格のある、いや、生きるべき存在だ」

「……」

「禰豆子を人間に戻すためには、鬼について知る必要がある。だから、鬼殺隊に入った」

 炭治郎の脳裏に、無我夢中で駆け抜けてきたこの2年間が思いこされる。

 突然家族を喪って、唯一生き残った妹は人間ではなくなっていた。唯一人の家族をもう失いたくなくて、妹が幸せに生きる未来を掴みたくて刀を握った。

 血の滲むような努力と、数々の死線をくぐり抜けて、今の炭治郎はここにいる。

 様々な出会いの結果、禰豆子を治す手がかりも少しずつ揃いつつあった。

 

「だけど、今はそれだけじゃない」

 

 この2年間で、出会った人々。

 義勇さん、鱗滝さん、錆兎、真菰、珠代さん、愈史郎、善逸、伊之助、蝶屋敷の人達や藤の家の人達、そして、鬼の被害にあった人達―――。

 鬼に大切な人達を殺されて悲しむ人。怒り、復讐を誓う人。失わないために、守るために刃を握った人。

 様々な想いを抱く人間に出会った。

 或いは。

 大切なものを見失って鬼へと堕ちた人間たちを見てきた。

 彼らの多くもまた、きっと歪まされ狂わされた人間だった。

 

「鬼のいない、悲しみのない世界にしたい」

 

「その為に、強くなって鬼舞辻無惨を倒さなければならない」

 

「俺が鬼殺隊に居続ける理由はこれなんだ」

 

 お館様には、まずは十二鬼月を倒せる程度には強くなりなさいと諭されてしまったんだけどな、と炭治郎は苦笑いをしながら付け加えた。

 縁壱は、そんな炭治郎の様子をじっと見つめている。

 

「えーと、色々と喋っちゃったけど答えになって……、っ!!」

 

 突如、突き刺さるような殺気を感じた。

 

 弾かれた様に立ち上がり背後を振り返る。

 隣を見ると、既に縁壱も立ち上がり炭治郎と同じ方向を見据えている。

 殺気の出所は森の奥からだった。

 

「……なにか、来る」

 

 彼らの背後、茂みの奥。薄暗くてよく見えない森の奥から、なにか大きい生き物がこちらに近づいてきていた。

 ガサガサと大きく茂みが動き、中から大きな影が踊り出る。

 

「……なっ!?」

 

 現れた影は、巌のような体躯をした熊であった。

 10尺はあろうかという巨大な体に、黒々とした体毛。丸太のような太い四肢の先には、凶悪なカギ爪がついている。

 それはやけに気が立っているようであった。

 歯を向いて威嚇行動をとり、今にも襲いかかろうとこちらを睨み据えている。

 

 膠着状態。

 

 炭治郎と縁壱も、相対する熊も互いを見つめ合って固まっている。

 少しでも動けば、襲いかかってくることが目に見えていた。

 熊と炭治郎達の距離は僅か3間ほどである。腕力も速さも人間のそれを大きく上回る熊に襲われれば、一撃で殺される程度の距離でしかない。

 炭治郎一人であれば、熊から逃げることなど造作もなかった。鬼との戦いで驚異的に練り上げられたその身体能力は、もはや一般人のそれを逸脱している。

 しかし。ここには縁壱やなほ、きよ、すみがいる。一人だけなら抱えて逃げることもできた。しかし、4人もいては炭治郎一人で抱えて逃がすことは不可能だ。

 取れる手立てはひとつしかない。

 5人で逃げることは絶対に不可能。ならばここで、俺が熊を足止めしその間に4人に逃げてもらうのだ。

 しかし。

 炭治郎の胸に、わずかな不安がよぎる。

 今炭治郎が手にしている武器は、草を刈るための鎌のみ。刃渡りが7寸程の脆いこれでは、精々技の一撃か二撃を与えるのが精一杯だろう。それ以上用いれば、恐らく壊れる。

 4人が安全圏まで逃げるだけの時間が稼げるとは思えない。ならば、その一撃で熊を行動不能にする必要がある。

 

「た、炭治郎さん!?」

 

 こちらの様子に気づいたらしいすみが、焦ったような声を挙げた。

 

 グアァアアアアアアッ!!

 

 それが、膠着状態を解く皮切りになった。

 

 熊が咆哮を上げ、腕を振り上げる。

 

「縁壱くん!!」

 咄嗟に炭治郎は隣の縁壱の首根っこを捕まえ、後ろに飛び下がった。

 一瞬遅れて熊の一撃が、縁壱のいたところを空振りする。

 ブンッ!!というものすごい風圧が眼前スレスレを通過して、炭治郎は血の気が引いた。

 あれはダメだ。自分はともかく、なほちゃん達に当たれば一撃で死ぬ。

「縁壱くんは、なほちゃん達のもとまで下がって!!絶対に俺の前にでないように!!」

「はい」

 視線を熊から外さずに、背後の縁壱に指示を出す。

 やけに落ち着いた返事とともに、縁壱の気配が遠ざかった。その落ち着き具合に若干ひっかかりを覚えたが、今はそれどころではないと流す。

 取り敢えず、守るべき対象を危険から遠ざけることができた。

 熊とにらみ合いをしつつも、内心安堵の息をつく。

 あとは、一撃を与えて行動不能にすればいい。いつも鬼にやっているように、水の呼吸で首を飛ばすのが一番だろう。下手な場所に傷を負わせれば、却って凶暴化する可能性がある。

 

「お前は生きたいだけなのに、ごめんな」

 

 熊からは、強い飢餓と疲労の匂いがした。恐らく餌を求めてどこからかやってきて、偶々炭治郎達に遭遇しただけなのだ。

 だが、だからといって炭治郎達も殺されるわけにはいかない。

 生きるために、罪のない生き物を殺す。その覚悟を決めて、息を吸う。

 

 水の呼吸。

 

 スウゥ……と独特の呼吸音が炭治郎の口から漏れた。酸素を取り込み、全身に行き渡らせる。

 

 伍の型。

 

 技を繰り出そうと構え、そして。

 

 

「なほちゃんっ!!!!!」

 

 

 背後からの悲痛な少女の声に、思わず構えを解いてしまった。

 咄嗟に後ろを振り返る。

 そこには、なほに襲いかかろうとする、もう一匹の熊の姿があった。

 少女は、驚愕の表情を浮かべて固まっている。 

「くそッ……!!!」

 更に現れたもう一匹の熊の存在。今にも殺されそうな少女の姿に、一瞬硬直する。

 どれだけ全力を尽くしても、到底間に合う距離ではない。

 炭治郎の脳裏に、ぐちゃりと頭を潰された少女の姿が思い浮かぶ。

 どうあがいても、助けられない。

 それは一目瞭然であった。

 しかし、諦められる訳もなく、彼女たちの方へ一歩踏み出そうとして、

 

 

 信じられないものを見た。

 

 

 すみやきよと一緒にいた縁壱が、熊の方へ動いたように見えた。

 そして次の瞬間には、なほを今にも食い殺そうとしていた熊の首が、消えたのだ。

 ……否。

 消えたのではない、切り飛ばされている。

 その証拠に、首のない躯の足元には切断された頭部が一つ転がっている。

 目で追えないほどの斬撃。

 血濡れの鎌を持った縁壱が、こちらに背を向けて立ち尽くしている。

 

 

 

 縁壱くんがやったのか……?

 それに、今の動き。あれは、父さんの……!!

 

 

 

 

「なに余所見してんだッ、権八郎!!!」

 

 聴き慣れたこちらを叱咤する声に、呆けた炭治郎の意識が戻される。

 再び振り返ると、そこには鹿に乗って熊に突撃をしている猪頭の少年がいた。

 熊は苛立って反撃をしようとしているが、素早く動き回る鹿に翻弄されている。極度の空腹で、徐々に動きが鈍ってきているようだった。

「い、伊之助!!?」

 なんで鹿に乗ってるんだ!?という当然過ぎる疑問を飲み込む。伊之助は山で猪に育てられた少年だ、鹿と意思疎通を図ることもできるのかもしれない。

「俺がこいつの気を引かなきゃ、今頃お前やられてたぞ!!!」

「そ、そうか、ありがとう!伊之助!助けてくれたんだな!」

 確かに、炭治郎は相対する熊に背を向けて隙だらけだった。伊之助が注意をひいてくれていなければ、背中に一撃食らっていたかもしれない。鍛えているとはいえ熊の一撃である。重傷を負っていただろうということは、想像に難くない。

 鹿から飛び降りて、伊之助が炭治郎の横に並ぶ。

「……ふんッ!!親分は子分を守るもんだからな!!当然だッ!!」

「伊之助、あの熊を落ち着かせたり撤退させたりって出来ないか?」

「……いや、あれは無理だ。あいつも決死の覚悟で俺たちを襲ってる。誰かを食い殺すまで止められねェ」

「……そうか。分かった」

 

 炭治郎は、鎌を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 

 

 鬼殺隊として生きるのか、ただの人間として平穏に生きるのか。

 しのぶに2つの道を提示されたとき、縁壱は答えを出せなかった。

 己の望みが分からなかったからだ。

 

 この世で一等大切な存在を失い、その仇も討った。

 身を焦がすような悲しみと怒りを経て、後に残ったのは"無"であったのだ。

 

 縁壱には、刀を持って鬼と戦う理由がない。

 守りたい存在も、憎むべき存在も、もうこの世にはいない。そう思っていた。

 であれば、全てを忘れて平穏に生きればよいのではないか?

 そうも思った。だが、いざその道を選択しようとすると、何かが引っ掛かった。僅かな抵抗感を感じたのだ。

 

 俺は、一体何を望んでいるのだろう。

 宙ぶらりんのまま、徒に時間は過ぎていく。

 

 

 

 変化があったのは、なほが熊に殺されそうになった瞬間だった。

 

 突然の背後からの奇襲。

 炭治郎たちの方に気をとられていた縁壱は、一瞬反応が遅れた。

 

 なほが、死ぬ。

 

 熊の鉤爪が、その小さな頭部に向かって振り下ろされる様が目に焼き付く。

 脳裏に、血の海に沈んだ両親の躯が浮かび上がった。

 

 『また、失うつもりか?』

 『助けられたはずの命を、守れるはずだったものを、また、失うのか?』

 

 縁壱くん!と、こちらに呼びかける笑顔の彼女の姿が赤く塗りつぶされていく。 

 

 "嫌だ"

 

 強い衝動が、胸を突き動かす。

 両親を失って以来の激情に、縁壱は体を震わせた。

 

 "失いたくない。もう二度と、失いたくない!!"

 

『後悔しているのかな?』

 

 そうだ、と縁壱は首肯する。

 ここにきて、縁壱は自分の望みを、その感情をやっと理解していた。

 縁壱は、ずっと後悔していた。

 助けられるはずだったのものを、"幾つも"取りこぼしてきた後悔。

 

 縁壱は知っている。 

 己は、いつも間に合わず何も守れなかった、何の価値もない存在であると。

 

 "俺は、もう二度と違えない"

 

 "今度こそ、守ってみせる"

 

 すうぅと、無意識に息を吸い込む。深く、深く、限界を超えたその先まで深く。

 

 全ては無意識で、無我夢中の出来事であった。

 

 酸素を全身に巡らせ、自身の身体能力を劇的に向上させる。

 地面が深く抉れるほど強く踏み込み、一直線に熊の懐に潜り込んだ。

 

 

 日の呼吸。

 

 

 縁壱は鎌を振り上げ、流れるようにその首元へと刃を吸い込ませる。

 どこに、どうやって刃を振るえばよいのか。

 熊の筋肉や血液の動きまで見通した瞳には、その最適解が自然と見通せた。

 

 3連撃。

 

 熊が痛みを知覚する間もなく叩き込まれた連撃は、堅い筋肉に覆われた首を切り裂き、その命を奪い去った。

 

 

 ○○○

 

 

「……答えは出ましたか?縁壱くん」

 熊の襲撃事件から数日後。任務から帰還した胡蝶しのぶは、縁壱に話があると言われ、2人で向かい合っていた。

「……はい」

 相対する少年は、明らかに数日前とは雰囲気が変わっている。

 以前は、どこか心ここに在らずといった雰囲気であった。しかし、今胡蝶を見据える瞳には強い意志が感じられる。

 覚悟を決めた者の目であった。

 

「俺は、鬼殺隊に入隊したいです」

 

 なほが熊に襲われた時。その命が目の前で失われそうになった時。

 縁壱は恐怖した。

 誰かをまた守れないかもしれないという恐怖を、自覚した。

 

 縁壱にとっての世界は、もはや両親だけではない。

 もっとたくさんの、守りたいものが既にあることを理解したのだ。

 

「俺は、もう二度と、誰も失いたくない」

 

 また、何も守れなかったという後悔を背負いたくない。

 

「だから、鬼と戦います。守るために、戦いたい」

 

 縁壱は、しのぶに向かって頭を下げた。

 

「どうか、俺に鬼と戦う術を教えてください」




3人娘と炭治郎としか交流できなかった(驚愕)
善逸と伊之助の活躍や交流はまたの機会に……。

我ながら、なんで鬼ではなく熊と戦っているのだろうかと自問自答しつつ書きました。


縁壱くん
両親死んで仇も討って、虚無になっていた。
今回の事件で、自分が人を守りたいと思っている自覚が芽生えたので、
次回からばりばり成長させます。鬼殺!!
師匠、できます。


炭治郎の兄貴
我らが主人公。
嗅覚はチートスキル。
縁壱くんは父親に雰囲気が激似な上に、
見覚えのある技を使っていたので興味津々。
すみませーん!ヒノカミ神楽って知りませんか!!?


3人娘
縁壱の境遇に共感し、同時に心配もしていた。
せっせと交流をしていたので、実は一番仲良し。


伊之助
みんなの親分。
カナヲに勝てないので、ふてくされて裏山で遊んでた。
鹿に乗っていたのは原作6巻ネタから。


鬼側
まだ平和。
パワハラ会議らへん。


次回、皆の兄貴襲来予定。
心を燃やせ。


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