社畜の軌跡 (あさまえいじ)
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主人公のプロフィール

プロフィールを作成しました。
現在は第一章終了時点のプロフィールです。
各章が終了後に更新します。


名:ハード・ワーク

執行者No.:ⅩⅩⅠ

異名:《社畜》

使用武器:『ハード・ワーク』

トールズ士官学院の卒業生、当時生徒会長を務める。成績は優秀、生活態度も優秀な非の打ちどころのない模範的な生徒だった。就職活動では150社からお祈り(不採用通知)を貰ったことで、この世のどん底を味わった。そこに、結社からの誘いがあり、それに乗ってしまい、結社の一員となった。

ARCUS適性はなかったので、Ⅶ組に入れなかったが、その能力の高さは在学中から知られていた。

 

能力:力、俊敏性といった身体能力に優れ、大概の事なら出来る器用さも持っている。また、記憶力は良く、学生時代は図書館の本を全て読破し、ページ単位ですべて覚えた。そのため成績は詰め込み教育で上げてきた。

 

性格:実直真面目で思い込みが激しく、常にネガティブ思考。倹約家でミラは大事を常に心に刻みこんでいる。

 

趣味:相手の物真似が得意だが、披露したことはない。

 

外見イメージ:『坂本ですが』の主人公の坂本

 

戦闘時外見イメージ:仮面はアリアンロード、ローブはヴォルデモート、総合的にはダースベイダーみたいなイメージ

 

戦闘スタイル:相手の手の内を確認してから戦う慎重派。相手が使う技を見てから、真似て同じ技を使い、相手との力量差を計る。それにより、自分より強い相手だと判断した場合は、実戦だと逃げることを前提とした戦いを、訓練だと全力を賭して出来ることで攻略しようとする。

 

使用武器:『ハード・ワーク』

盟主から貰った『外の理』の武器。能力は形状変化と不壊。通常形態はボールペンみたいなペン。思い描いた形に変化させることが出来るので、戦闘中に武器に変えたり、長さを変えたりできる。戦闘時の仮面とローブは『ハード・ワーク』が変化して出来ている。

 

 

使用クラフト一覧

Sクラフト(CP使用量:一律100)

聖技『グランドクロス』攻撃(威力6S ブレイクD 崩し無効):全体:気絶100% (完成度:45%)

『ジリオンハザード』魔法攻撃(威力6S ブレイクD 崩し無効):全体:炎傷100% (完成度:20%)

秦斗流奥義『寸勁』攻撃(威力4S+ ブレイクD 崩し無効)単体:気絶100% (完成度:80%)

『奥義・洸凰剣』攻撃(威力SSS+ ブレイクD 崩し無効)全体:気絶100% (完成度:80%)

『鬼炎斬』攻撃(威力4S+ ブレイクD 崩し無効)全体:気絶100% (完成度:50%)

 

通常クラフト

攻撃系

弐の型『疾風』CP消費(80)(威力B+ ブレイクC 崩し+5%)円L(地点指定):遅延+2 (完成度:80%)

伍ノ型『残月』CP消費(90)100%回避・カウンター(完成度:80%)

『シュトルムランツァー』CP消費(40)(威力S ブレイクS 崩し+20%):直線M(地点指定):気絶50%(完成度:60%)

『アルティウムセイバー』CP消費(60)(威力S+ ブレイクSS 崩し+30%):円L(地点指定):気絶100%(完成度:60%)

『クリムゾンゲイル』CP消費(60)(威力A+ ブレイクC 崩し+20%)円L(地点指定):炎傷50%(完成度:80%)

『ピアスアロー』CP消費(20)(威力C ブレイクC 崩し+15%)直線S+(地点指定):駆動解除100%(完成度:80%)

『ダイナストゲイル』CP消費(80)(威力S ブレイクS 崩し有効)円L(地点指定):気絶50%(完成度:80%)

 

魔法攻撃系

『ファイアボルト×6』CP消費(40)魔法攻撃(威力D ブレイクD 崩し無効)単体:6回攻撃:炎傷50%(完成度:80%)

『ヘルハウンド』CP消費(40)魔法攻撃(威力SS ブレイクD 崩し有効)単体:炎傷100%(完成度:20%)

『アングリアハンマー』CP消費(60)魔法攻撃(威力S ブレイクD 崩し有効):全体:封技100%(完成度:60%)

 

補助系

『分け身』CP消費(20)自己:AI行動

『バッファローレイジ』CP消費(0)自己:HP-40% 4ターンSTR↑(大) CP+80

『黒い闘気』CP消費(100)自己:2ターンSTR・ATS・SPD↑(中)

 

回復系

『神なる焔』CP消費(100)単体:「戦闘不能」解除 / HP80%回復 / EP80%回復 / CP+160 / BP5上昇 / 「全状態異常」解除

 

 

 

 

 

 

生活系

『分け身(ワーキングモード)』CP消費(100)自己:AI行動

一度に10体の分け身を生み出す。似ているけど他人と言い張れる程度に顔を変えてある。

能力は戦闘力は皆無ながら事務能力は当人の10%以上を誇る。

行動理念は『結社のために』を掲げる。自我を持つが野心を抱かず、反逆心を抱かない。

支店長を任せるに足る知識と経験を最初から付与されている。

アルバイトを雇う裁量権を与えられていて、やる気のある人材は積極的に採用していく、ように出来ている。

また、特定の顔に変える場合は具体的なイメージが必要。(映像とか写真とか)

最大稼働時間は一か月。ただし、定期的にバックアップ(ハード本人に報告書提出)を取らないと、壊れた場合に復旧後に困る。

 



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第一話 プロローグと内定と卒業

久しぶりに閃の軌跡シリーズをやっていたら、つい書いてしまいました。
熱が冷めたら終わりかも知れません。


―――七耀暦1206年7月18日 黒キ星杯

 

「な、なんで‥‥‥何で、お前がそこにいるぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 リィン・シュバルツァーの声が黒キ星杯に響き渡る。

 彼が言う、『お前』とは私を示す言葉のようだ。

 まあ、無理もない。私は仕事柄、何度か彼を見かけていたが、彼は私を見かけていない。彼の中では私はこの件に関わっているはずがない人物なんだろう。

 だが、彼の考えは見当外れだ。私は部外者ではなく当事者なのだ。

 私は彼、イヤ、彼らを見てきた。4月からずっと。セントアークでも、クロスベルでも、オルディスでも、そしてヘイムダルでも、彼らを見てきた。

 だから、今この場で、約半年ぶりの同級生、いや、友に名乗ろう。私はローブと仮面を取り素顔を晒し、名乗った。

 

「私は結社《身喰らう蛇》執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》のハード・ワーク」

「―――な!」

 

 リィンは驚き、声が出ないようだ。まあ、そうだろうな。私も3か月前には驚いた。

 そしてリィンといずれ戦うことになることも分かっていた。

 だが、それを承知で今の場所にいる。今の私は『トールズ』のハード・ワークではなく、『結社』のハード・ワークとしてこの場にいる。

 ならば、己の仕事を全うしよう。

 

「さぁ、始めようか!!」

 

 私はトールズ士官学院を卒業してから身に着けた力を解放し、リィン達を威圧した。

 

「!!!!!!!!」

 

 私が身に着けた力に、多少は驚いてくれているようだ。

 

「ふぅー、俺様を熱くしてくれそうなくらいまで力をつけたじゃねぇかぁ」

「中々の力です」

 

 俺をパシリにし続けた先輩と俺を死んだ目にしてくれた鬼教官の二人は私の力を、『成長したな』みたいな温かい目で見てくれている。まあ、この人外二人にはどう頑張っても逆らえないんだが。

 それでも私は盟主様への忠義のために、このような劣悪な労働環境でも使命を果たすのみだ。

 

 

―――七耀暦1206年2月某日 トリスタ 学生寮

 

 私の名前はハード・ワーク。トールズ士官学院の2年生だ。身長は195リジュ、体重は90キロのガッチリ体型だ。そんな私は今、学生寮の部屋の隅で膝を抱えている。

 

「‥‥‥また落ちた」

 

 今私は手紙を見ている。お祈りが書かれた手紙だ。

 通称『不採用通知』、正式名称『お祈り』だ。

 私は非常に多くの方々から『お祈り』を頂戴できる身分にあるのだ。‥‥‥すまない、あまりにもつらい現実を直視できなかった。弱い私を許してくれ。

 

「これで、150社目か‥‥‥祝うか!!‥‥‥止めよう。気が変になったと思われるだけだ」

 

 一瞬だけテンションが上がったが、すぐに冷めた。

 もう150社、こんなお祈り等、慣れっこだ。でもなぜだろう、心が乾いて行くのに、目が潤っていくのは‥‥‥

 

「もうすぐ卒業だと言うのに‥‥‥」

 

 私がトールズ士官学院に入学したのが、今から2年前、激動の七耀暦1204年である。

 その年は本当に激動だった。突然内戦が勃発し、学院の生徒が戦いに巻き込まれたまでの事態になったからだ。

 アレは11月の終わりだったか、帝国宰相ギリアス・オズボーン氏が狙撃された。それからは目まぐるしく情勢が変わって行った。

 

 四大名門を中心とした貴族派と平民出身者を中心とした革新派の内戦だった。それはこのトールズ士官学院にも及んだ。なんと学院の目前まで機械の兵(後に機甲兵と判明)が迫ってきていた。

 それを止めたのが、学院の教官達と特務クラスVII組だった。彼らは連携して、機甲兵と戦っていた。そして、学院からも機甲兵らしきもの(後にヴァリマールと判明)が飛んで行ったのを私は目撃した。

 ヴァリマールは機甲兵を倒したようだが、その後に蒼い機甲兵(後にオルディーネと判明)がヴァリマールを倒し、その後ヴァリマールは飛んで行った。

 その後、学院の上空に赤い戦艦(後にカレイジャスと判明)が飛んできて、オルディーネを引き付けたようで、私達はそのスキに学院を脱出した。それから帝国各地に潜伏しながら、逃げ続けた。

 

 学院の知り合いとは特に会うこともなく、一人で帝国の北はユミルへ逃げて温泉に入り、ノルド高原まで逃げて大きな石の巨人の写真を撮り、その後、東はクロスベル近くで、大きな樹のようなものが出ていたので、写真を撮り、南はリベールとの国境近くで記念撮影をし、西は海都オルディスの近くにあるとある島まで泳いで逃げ、その島にノルドに有ったような大きな石の巨人が有ったので記念撮影してみた。

 

 そんな逃亡生活も内戦の終了と同時に終わりとなり、私は学院に戻った。学院に戻った私にみんなは驚いていた。なぜなら、私だけが消息が確認されなかったからだ。てっきり死んだと思われていたようだ。失礼な!!

 どうやらみんなは『カレイジャス』という戦艦に乗って、内戦を終わらせたようだ。ナニソレ?私だけ仲間外れか。私が領邦軍に追われて、逃げて、盗んだ機甲兵に乗って逃げたり、倒したりしてたのに‥‥‥そんなことしていた間にみんなが内戦を終わらしたの!?

 私は釈然としない気持ちのまま、学園生活に戻った。

 

 それから、年は変わり、七耀暦1205年。

 Ⅶ組がある一人を残し、先に卒業していった。それぞれ進むべきに道が決まったので、その道を進むために、学院を卒業していった。個人的な交友がなかったとは言わないが、同級生が減ったことに寂しさを覚えていた。そして、先輩たちが卒業して、新しく後輩が入ってきた。

 私は事務仕事が向いていたのか、前年から生徒会の職務を手伝っていた。その結果、卒業したトワ会長から生徒会長のバトンを受け取ることになった。貴族でもない私が生徒会長をしてもいいのだろうか、悩みもした。だが、折角トワ会長からバトンを受け継いだ以上、精一杯頑張ることにした。

 

 それからの1年は生徒会の仕事に忙殺された。Ⅶ組唯一の生徒には何度か助けてもらった。それからは昼とか一緒に食べたり、試験勉強を一緒にしたりするようになった。

 彼は政府の仕事で度々学院を離れることがあるので、授業のノートを取ったりしていた。少しは恩返しが出来ただろうか。

 そして、それぞれが進路を決まりだした頃、ある者は軍人に、ある者は教師に、ある者は実家の跡継ぎとして、道を歩もうとしていた。

 だが、私はまだ何も決まっていない。

 軍人に進む気はなかった。私は祖国を守りたいとも、ドンパチがやりたいとも思っていなかった。

 教師は無理だと思った。私は人にモノを教えるのが非常に苦手だ。説明しているつもりなのだが、分かってもらえないことの方が多い。

 実家はない。私の両親は随分前に死んでいる。親は仕事中に亡くなった。他に兄弟もいないので、天涯孤独の身だ。

 

 そのため、何かしたいことがあるわけでもなく、特別な才能がない私は一般企業に就職することを決め、就職活動、通称『就活』を行った。しかし‥‥‥

 

「まさか、1社も受からないとは‥‥‥何とかなると思っていたのにな‥‥‥」

 

 世の中そんなに甘くない、ということだろう。私自身、就活をなめていた。軍人が嫌で、教師が無理だと言い、実家もないから自分に甘く生きてもいいだろうと思っていた。一生懸命でない人間を取るほど、何処の企業も腐っていない、ということなんだろう。もう少し早くそれが分かっていればな‥‥‥

 

「しかし、このままだと本当にまずい。トールズ士官学院生徒会長が卒業式に進路未定で出席するのは流石に風聞が悪い。教官の道を断っておいて、今更お願いする訳にはいかない。軍人になるには手続きが遅すぎる。何か手はないだろうか‥‥‥うん?」

 

 悩んでいると、一通の封筒を見かけた。黒い封筒だ。見るからに不幸なお知らせが書いてありそうだ。だがいいだろう。私はもう既に150という数の不幸なお知らせを見てきたんだ。もはや次はどんなお祈りが来るのか、心躍る思いだ。

 

 「えーと、なになに。『ハード・ワーク様、結社は貴方を採用致します』‥‥‥ふーう」

 

 今までにないお祈りだな。斬新な切り口だ。分かっている、どうせここから落とすんだろう。上げて落とす、有頂天から地獄に叩き落とす、私の心を折りに来たようだ。いいだろう、その挑戦受けてたとう!

 私は心を強く持ち、続きを読んだ。‥‥‥だが、

 

 「『つきましては、入社の意思がありましたら、○○日までにご連絡ください。私達は貴方と一緒に働ける日を心待ちにしております』‥‥‥だと!」

 

なん、だと!私の脳裏に、ある都合の良い考えが浮かんだ。もしかしたら、これは『採用通知』というものでは!まだこの世に存在していたのか?!いや、待て、落ち着け私。これはイタズラの可能性がある。そうだ、そうに決まっている。よしならば今すぐ連絡してやるよ!

 

「あ、もしもし。私、トールズ士官学院、ハード・ワークと申します」

「ああ、採用通知受け取ってもらえた。どう、うちに来ない?」

「はい!是非とも宜しくお願い致します」

「OK!じゃあ、寮の前に来てくれる。迎えに行くよ」

「ええ、今すぐですか?!」

「そうだよ~。時間は大事だよ。直ぐに来てね~」

 

そう言って電話が切れた。

どうやら本当に採用通知だったようだ。・・・ウオオオオオオ!やったぞ!ついに私は成し遂げたんだ!NAITEIを貰ったんだ!

いかん!!こんな事をしている場合じゃない。すぐに行かなければ!お待たせして、内定取り消しになってはいかん!

私は急いで着替え、寮の前に立った。この間40秒、最速である。

 

「あれ、早かったね。てっきり、もう少し掛かると思っていたけど」

 

そこには真っ赤なスーツを着た、少年の様な男が立っていた。声の感じから、さっき電話していた人だと分かった。

 

「私、ハード・ワークと申します。お待たせして申し訳ありません!」

 

とりあえず謝罪だ。いくら早くても、相手を待たせた以上私が悪い。ここは平身低頭で乗り切るしかない!

 

「アハハハ、君、面白いね。うんうん、流石、あの方が見つけただけはあるね。謝罪とかいいからさ、早く行こうか。あの方もお待ちだよ」

「はい!」

「あ、そうだ。まだ名乗ってなかったね。僕はカンパネルラ。宜しくね」

 

 

私はカンパネルラさんに連れられて駅に向かった。

 

「あの~これから何処に向かうんでしょうか?」

「ああ、これから‥‥‥えーと、支社。そう、帝都支社に向かうんだよ」

「本社ではないんですか?」

「本社、まあ遠いからね。そこまで行くと結構時間が掛かるよ。もうすぐトールズも卒業式でしょ。ハード君も卒業式には出たいでしょ。それにあの方もこちらにお見えだから、丁度良いしね」

 

 なるほど、どうやらワールドワイドな企業のようだ。アレ、そんな会社受けたっけ?受けた会社で一番大きい会社はラインフォルトだったような・・・

 今更ながら、私が入った会社はなんという会社何だろうか?でも、今更聞くのも体面が悪い。このままでいよう。後で寮に戻ったときに確認しよう。

 私がそう考えていると、駅に着き、カンパネルラさんが切符を渡してくれた。

 

「はい、ハード君の分。無くさないでね」

「はい、ありがとうございます」

 

 私は頭を下げて感謝を示すと、カンパネルラさんは笑った。

 

「アハハハ、僕に頭を下げてお礼を言う人なんて久しぶりだよ。君、良い子だね。うんうん、これからが期待できるよ~」

 

 たかが、感謝を示しただけでこんなに喜ぶとは‥‥‥この人、人望がないのか?いや、こんなことで機嫌が良くなるんであれば、いくらでもしよう。それが社会人への道だ。

 

「あ、列車来たね。あれに乗るよ」

「はい」

 

 カンパネルラさんに指示されて、列車に乗り込んだ。列車内の席に座ると、会社の説明を始めてくれた。

 

「じゃあ、着くまでに僕ら、結社に着いて説明しておくね」

「はい、よろしくお願いします」

「まず、結社『身喰らう蛇』は盟主を頂点に、使徒7人の最高幹部、その下の執行者、そしてその他大勢で構成されているんだ」

 

 なるほど、社長の盟主、取締役の使徒、その下に執行者は部長とか課長とかで、その他大勢が平、と言ったところか?まあ、私はおそらく最下層のその他大勢の平だろうな。

 

「結社としては、研修を受けた後に、ハード君を執行者にと、考えているんだ」

「な、何と!いきなり執行者に!」

「うんうん、君は盟主が見つけた逸材だからね。期待しているんだよ」

「は、はい!期待に応えられるように励みます」

 

 なんと、いきなり執行者とは、これは気合入れていかないと、折角のチャンスだ。必ずものにして見せる。そうだ、色々質問しておこう。積極的な姿勢を見せておかないと、評価されないらしいからな。本屋で見た、ハウトゥー本にそう書いてあったし。

 私は結社について、質問しようとしていると、どうやら駅に着いたようだ。

 

「あ、着いたね。では行こうか」

「あ、はい」

 

 間が悪かったか、仕方がない。次の機会にしよう。

 私は駅を降りると、見たこともない駅だった。『結社前』、看板にそう書かれていた。

 

 

 支社、というので、帝都のオフィス街にあるような建物をイメージしていた。だが‥‥‥民家だ。平屋の一軒家。ここが支社?なのか。

 

「さあ、入って入って」

「は、はい」

 

 私の困惑を他所に、中に入っていくカンパネルラさん。仕方がない、こういうものだと思おう。なんか、違和感がある、言い表せない程度の違和感だ。気にしないようにしよう。

 私は一軒家の中に入ると‥‥‥蒼かった。

 蒼い空間に私はいた。なんだここは?

 

「ここは星辰の間、結社の幹部が入れる部屋だよ。今回のハード君は特別だよ。盟主直々にお会いになられるからね」

「は、はい!」

 

 なんと盟主様が直々にお会いになれるとは!これは是非ともお礼を申し上げなくては。

 そう思っていると、突然声が聞こえた。

 

「カンパネルラ、ありがとうございます。彼を連れてきてくれて」

「何と言うことはありません、盟主様」

 

 盟主様!このお声は盟主様なのか。私は声のする方を見ると‥‥‥声を失った。

 そこに居たのは、女性だった。髪が腰よりも長い、光輝くような美しい女性だった。その方は私の前にゆっくりと歩いてこられる。その様に私はその場に跪いた。ごく自然に、それが当然であるかのように、無意識に膝をついていた。特にそのことに疑問を抱いていなかった。むしろ、立つなど不敬である、そう思うほどだった。

 

「初めまして、ハード・ワーク。貴方を待っておりました」

「‥‥‥はい、盟主様。御目にかかれて、光栄です」

 

 私は懸命に声を出した。見とれていて、なんと言えばいいのか、分からなかったが、何とか声を出せた。

 

「ハード・ワーク、貴方は―――執行者となるでしょう。その時の貴方の行動に期待しています」

「は、はい!期待にお応えいたします。盟主様」

 

 私は盟主のご期待に応えられるよう、心に誓った。

 

「じゃあ、ハード君は卒業後にうちに来てもらう、でいいかな?」

「はい、もちろんです」

「アハハ、じゃあよろしくね。ハード君、いや執行者候補ハード・ワーク」

 

 私は卒業後、結社で働くことを決めた。これから頑張るぞ。

 

 

―――七耀暦1206年2月某日 トリスタ トールズ士官学院

 

「若者よ―――世の礎たれ!」

 

 私が結社に内定を貰って数日が経ち、本日卒業式を迎えた。

 多くの同級生が講堂に集まり、ヴァンダイク学院長のお言葉を頂いている。

 学院長の話など、今までは眠くて、居眠りしないようにするのが精一杯だったのに、今日は何故か、眠くならない。‥‥‥最後だからだろうか。今日が2年間を過ごした、トールズ士官学院の最後の日だから、眠くならないのだろうか。

 私はそんな、感動とは無縁だと思っていたというのに‥‥‥まあ、最後だし、シャキッとするか。

 そういえば入学式の時にも、同じ言葉を言われた。あの頃の私はただ漠然と、あるがままに、流されるがままに暮らしてきた。今にして思えば、あの時は何をすればいいのか分からなかったのかもしれない。だから何をすればいいのか分かったら、それをすればいい、そういうことをこの学院で学んだ。

 ありがとうございました、トールズ士官学院。

 

 

 卒業式が終わり、生徒会室にやってきて、生徒会長席に座る。今の私はこの場所に座る立場ではない。元生徒会長だから、もうこの場所は譲っている。だけど最後にもう一度座りたかった。この場所が私に成すべきことを教えてくれた場所だからだ。

 昨年度はここにトワ会長が座っていた。そして、今年度は私が座り、来年度からは後輩が座ることになる。

 ここには、色々な思い出がある。

 

 

 入学してすぐは、帰宅部として、部活もせずに寮と学院を行き来するだけの日だった。そんな日々にとある出会いをした。トワ会長に出会ったんだ。

 初めてトワ会長と出会ったのは廊下を歩いているとき、前からダンボールが歩いてきた。いや、トワ会長がダンボールを運んでいたんだ。私にはトワ会長が見えず、ダンボールしか見えなかったから、そう見えていたんだ。

 

「あ、あぶない!!」

 

 トワ会長が叫んだ声で私は、ダンボールを受け止めた。

 

「だ、大丈夫だった!!ご、ごめんね~!!」

 

 小さい体で、なお体を小さくしながら謝る人、それが生徒会長であることはすぐに分かった。こんな小さい人があんな大きなダンボールを持って運べるわけがない。私は自分でも良く分からないが何故か手伝いを買って出ていた。

 

「どこまで運べばいいですか?」

「ええ!!いいよ。悪いよ~」

「いいから、何処まで」

「うっ、うう~~~‥‥‥じゃあ、生徒会室までお願いしても、いいかな」

 

 その言葉を聞き、私はダンボールを両肩に担ぎ、持ち上げた。

 

「あの、生徒会室の場所が分からないので、道案内をお願いできますか?」

「う、うん!こっちだよ」

 

 

 それからも頻繁に手伝うようになっていき、5月の頃には生徒会の一員になっていた。

 トワ会長の周りには多くの人がいた。アンゼリカ先輩、ジョルジュ先輩、そして‥‥‥クロウ先輩。トワ会長は先輩たちを私に紹介してくれた時、とても嬉しそうだった。私が入学する前年の士官学院祭で一緒にバンドを組んだことを嬉しそうに、恥ずかしそうに話していた。

 だが、七耀暦1204年8/31の西ゼムリア通商会議で帝国解放戦線が引き起こしたテロにトワ会長が巻き込まれた。後で分かったことだが、クロウ先輩が帝国解放戦線の首領Cだった。それを知ったとき、私は怒りを覚えた。思いっきりぶん殴ってやりたいと思ったほどだった。‥‥‥だが、その機会は訪れることはなかった。

 クロウ先輩は亡くなった。紅の機神をリィンと共に倒したそうだが、その時受けた傷が元で、亡くなったそうだ。

 私はトワ会長を危険な目に会わせたことが許せずに思いっきり殴りたかったが、更にトワ会長を悲しませたことは更に思いっきり殴りたいと、思わせたほどだった。

 それからの会長は無理に笑っているように見えた。だが、私に慰めることなど出来るはずもなく、そのままにするしかなかった。でも、卒業の日には笑って、卒業できたことだけは救いだった。

 そして、最後に私に生徒会長を、トールズ士官学院を頼み、学園を去っていった。

 今は教官をしているんだったな。私も誘われたが、断った。私は口下手だ。人に教えることなど出来ない。私は何故できるのか、説明が出来ない。苦労はしてきた、と思う。だけど出来なかったことはなかった。

 そんな私が教官は出来ないので断ると、酷く悲しそうな顔をされて困った。もしあの時、アンゼリカ先輩がいたら‥‥‥命がなかったかもしれない。

 まあ、でも無事就職できました、と報告をするとすごく喜んでくれた。その笑顔はとてもまぶしかった。もし、あの時、アンゼリカ先輩が見ていたら‥‥‥命がなかったかもしれない、アンゼリカ先輩の。

 トワ会長の事を思い出しただけで、随分と時間が経っていた。‥‥‥思い出は尽きず、何時までもここに居たくなる。

 

「いかんな‥‥‥もうここに来ない、ということを段々実感してきてしまうな」

 

 もう今日が最後なんだ。学生として、最後の日だ。最後に挨拶回りをしてから帰るとしよう。

 私は生徒会室を出ようとすると、扉が開いた。

 

「やっぱりここにいたか、ハード」

「なんだ、リィンか」

 

 扉を開けたのは、今年一年、色々助けてもらったリィン・シュバルツァーだった。

 

「何処にもいないから、みんなで探していたんだぞ。生徒会長」

「そうか、それはすまなかったな」

「ああ、みんなで写真を撮ろう、とパトリックが言ってな。俺達もこれからは頻繫に会う機会が減るからな」

「そうだな。みんな、明日からは別々の道に進むんだな」

「ああ、寂しくなるな。‥‥‥ハードには今年一年色々助けてもらった。ありがとう、ハード」

「‥‥‥止めろ。助けてもらったのは私も同じだ。リィン、ありがとう」

 

 リィンが頭を下げて、礼を言ってきた。なので、私も頭を下げて礼を言った。

 

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥プッ」

「‥‥フッッ」

「「アハハハハハハ!!」」

 

 同じタイミングで笑いだし、礼を互いにやめた。

 今年一年楽しくやれた、という実感があるのはリィンがいたからだろう。

 今や、帝国の灰の騎士として、国内外を飛び回る有名人。だが、この学院に居たのは、ただのリィン・シュバルツァーだった。

 ただの天然ジゴロ、ただのシスコン、ただの‥‥‥友人だった。

 去年は想像もしていなかった。私と彼はそれほど接点が有ったわけではない。彼は内戦の際、トールズのリーダー的な立場で、私はその内戦中ひたすらに逃げていた臆病者だ。

 そして、今年は帝国の灰の騎士と生徒会長、まるで立場が違うと思っていた。

 だけど、彼との接点はすぐに出来た。互いに、仲間がいなかったことだ。

 去年の生徒会長、トワ会長は人望があり、誰にでも好かれていた。だが私にはそれはない。大きな体で他所を威圧していた。無意識であるにしろ、人に怯えられることが多かった。

 だが、リィンはそんなことを気にしなかった。そして私もリィンが一人であることには気づき、色々誘っていた。持ちつ持たれつ、そんな感じだった。気づけば、彼の分のノートを取り、彼に勉強を教えていた。そのとき、良く分かった。私に教師、いや教える才能がないことが良く分かった。説明しているつもりだったが、リィンには伝わらなかった。リィンにとっては有難迷惑だった気がする。いい奴過ぎて断れなかったのか、曖昧な表情だったな。

 だが、そんな彼とも、別れのときが来たんだろう。あっという間の一年だったな。

 

「さぁ、行こう。パトリック達が待っている」

「ああ‥‥‥リィン、卒業おめでとう」

「ハード。‥‥‥卒業おめでとう、ハード」

 

 明日からは別の道を行く。私たちの道が交わることはもうないかも知れない。

 だから今日が終わるまでは精一杯、笑っていよう。

 

 

―――七耀暦1206年2月某日 トリスタ 学生寮前

 

 卒業式の次の日、私は荷物を持って学生寮の自室を眺めている。

 2年間、この建物にお世話になったんだったな。この寮を、この部屋を見るのはこれが最後か‥‥‥いかんな。これから新しい門出だと言うのに、涙が出そうだ。最後くらい笑って出よう。

 

「ハード」

「リィン」

 

 私が学生寮を出ると、寮の前でリィンが声を掛けてきた。それに同級生たちが大勢集まっている。

 

「ハード生徒会長!生徒会長、お疲れさまでした!」

『お疲れさまでした!!』

「!!!!!!!!」

 

 みんなが私に感謝の言葉を送ってくれた。

 私は驚いた。今まで、私は怖がられていると思っていた。なのに‥‥‥

 

「今年の士官学院祭で模擬店の許可を教頭先生から貰って頂き、ありがとうございました」

「部費を増やしてくれてありがとうございました」

「綺麗な花壇を作ってくれてありがとう」

「廃部にしないでくれてありがとう」

 

 みんなが口々に感謝の言葉を言ってくれた。

 

「ハード、今年一年の君の生徒会長の働き、実に見事だった。ありがとう、君のおかげで楽しい学院生活を送れたよ」

「パトリック‥‥‥」

「ラジオ懸賞を一緒に送ってくれて、採用されたのが君のばかりだったね。ハードのネタばかり採用されて悔しかったけど、ネタはいつも面白かったよ」

「ムンク‥‥‥」

 

 感極まって泣きそうになるのをこらえるので精一杯だった。

 

「ハード、俺は去年‥‥‥多くの仲間が先に卒業して、とても寂しかった。‥‥‥だから、この学院に居場所がないんじゃないか、って思い出していた時期もあった。だけど、ハードが俺に依頼を出して、生徒会の手伝いを頼んでくれて、なんだか安心したんだ。俺はまだここにいていいんだって、俺が帝国政府からの要請で学院を離れても、ハードが待っていてくれた。いつもノートを取ってくれてさ、真剣に教えてくれてさ、‥‥‥俺はとても感謝している。ありがとう、ハード・ワーク。君が生徒会長をしてくれたことに、君が生徒会長を全うしてくれたことに礼を言わせてくれ」

「リィン‥‥‥みんな‥‥‥、私の方こそ、ありがとう」

 

 私に頭を下げて、礼を述べた。深く、深く、深く‥‥‥礼をした。頭を上げれなかった。涙を見せたくなかったから、私の安っぽいプライドのために、涙が引っ込むまで、頭を下げた。

 

 

 私とリィンはトリスタ駅のホームで電車を待っていた。みんなはそれぞれの手段で家に帰っていった。

 パトリックは鉄道で、セレスタンさんと共にセントアークに帰っていった。別れ際にまた会う約束をして、帰っていった。

 次はリィンがユミルに帰るため、ホームで列車を待っている。

 私はみんなを見送ってから行くことにしている。生徒会長としての最後の仕事だ。私がそう決めた。

 

「リィンは一度ユミルに戻ってから、リーヴスに行くんだったな」

「ああ、一度実家に顔を出してくるさ」

「そうか。ユミルと言えば、温泉が良かったな。また行きたいものだ」

「ハードはユミルに来たことがあったのか?」

「ああ、去年な。内戦中に逃亡していたら、ユミルに着いてな。折角なので温泉に入ってから、ノルドに向かったよ」

「内戦中に国内旅行気分だな」

「まあ、結果的にはそうだったな。これでも当時は必死だったんだぞ」

「ハハハハハハ、そうか。まあ、あんなこと二度と起きては欲しくないからな。きっと、もうないさ」

「そうだな。‥‥‥リーヴスと言えば、トワ会長が第二分校で教官をされるんだったな。リィンの同僚か‥‥‥生徒になめられてないといいけど‥‥‥」

「まあ、トワ会長だから、大丈夫さ。あの人の事はハードの方がよほどわかっているだろう?」

「‥‥‥アンゼリカ先輩みたいなのが生徒に居たらどうする?」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥だ、だいじょうぶさ‥‥‥きっと」

 

 そんな話をしていると、列車がやって来た。どうやらこれが本当に最後のようだ。

 

「ハード、また会おう!!」

「ああ、リィン、また会おう!!」

 

 列車に乗り込む前に、私達は再開を誓い合った。

 私は列車が見えなくなるまで、見届けた。

 

「これで、みんな、帰っていったな」

 

 私に帰る家はない。トールズ士官学院に入学するときに、全て売り払った。

 だから私に帰る家はない。でも、行く場所なら、ある。

 私は荷物を持ち、カンパネルラさんから以前渡された切符を手に持ち、列車に乗った。

 向かう先は『結社前』駅。

 今日から研修を受けよう。一日も早く、立派な執行者になって、みんなを驚かせよう。

 




ありがとうございました。


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第二話 研修

続きました。


―――七耀暦1206年3月31日 執行者候補養成所

 

 トールズ士官学院を卒業してから、約一月が経った。

 この一月程、この養成所で訓練を行っている。

 訓練内容は戦闘、戦闘&戦闘の戦闘一択である。いや、他の者は戦闘以外の事もしているかも知れないが、私はひたすらに戦闘ばかりだ。

 朝起きて、戦闘。食事をとって、戦闘。戦闘してから戦闘。風呂に入ってから戦闘。寝る前に戦闘。寝ているのに戦闘。これが私の一日の過ごし方だ。企業で働くと言うのはツライものだ。

 相手も様々で、時間帯や曜日によって違う。

 

 今日の朝は女性の剣士だった。『神速』と呼ばれて、とんでもなく速かった。当初は動きについて行けず、滅多打ちにあっていた。だけどこの一月でだいぶ動きに付いていけるようになった。ただ、純粋なスピードではかなわないので、動きの先読みや誘導することを覚え、相手より動きだしを早くして、対応して見せた。今日は打たれることもなく、無事に無傷で終われた。すると、彼女は『これで勝ったと思うなですわ!!』というセリフを吐いて去っていった。

 

 食事をとった後にはハルバードを使う女性だった。朝に戦った女性剣士と同じ隊に所属しているらしい。『剛毅』と呼ばれ、その膂力、そしてハルバードという重武装を軽々と振り回す力に、当初は圧倒された。だが、最近は彼女以上の力を持つ相手と戦うこともあり、彼女との戦いは大分余裕が出てきた。最近は力負けすることもなくなり、無傷で終わった。

 

 その後には弓を使う女性だった。彼女も先の二人と同じ隊に所属しているらしい。『魔弓』と呼ばれ、遠距離からの攻撃を主体としているので、彼女にはずっと負け続けていた。私の出来ることで、彼女の遠距離攻撃に対応できそうなのが、攻撃を回避しながら接近する、しか方法がなかった。だけど最近あることが出来るようになった。そう、アーツだ。

 最近会った、執行者の先輩にしごかれたとき、焔がヤバ過ぎて近づけないので、やぶれかぶれでアーツを使った。そのアーツの発動の仕方がその先輩に似ていたらしい。私はアーツは得意ではなかったのに、なぜかその先輩の仕方は使えた。『お前、混じってるな』と言われたけど、どういう意味なんだ?

 まあ、とにかく、それからはアーツが使えだしたから、遠距離でも大丈夫になった。なので、遠距離でも無傷で勝てるようになった。

 

 さて、これで終わりだと思っていると、朝に勝った『神速』さん、昼に勝った『剛毅』さん、さっき勝った『魔弓』さんの3人掛かりで戦わされた。

 これはイジメでは、いやきっと、これは新人イビリだ。初めはいい人だと思ったのに‥‥‥くそ!私は暴力には屈しない、屈しないぞ!!

 

side 『神速』のデュバリィ

 私達、鉄機隊の三人がただの一人に振り回されている。相手は結社に今月入ってきたばかりの新参者。

 

「なんですの!なんですの!!なんですの!!!」

 

 私たち一人一人でも執行者に劣りませんわ。だと言うのに‥‥‥この男に一太刀も与えられずに私は負けましたわ。エンネアもアイネスも同じでしたわ。

 そして、今も3人掛かりで戦っていると言うのに、凌がれていますわ。私も本気ですし、エンネア、アイネスも同じく本気ですわ。確かに『星洸陣』は使っていないとはいえ、それでも三対一ですのに、何故倒せませんの!

 

「『プリズムキャリバー』」

 

 私は2体の残像を生み出して、残像と共にあの男の周囲を縦横無尽に 駆け巡りながら斬撃を繰り出し、最後は本体がエネルギーをまとわせた剣で すれ違いざまに払って攻撃をしましたわ。ですが‥‥‥

 

「ふん!」

 

 男は苦も無く、残像の攻撃を躱し、最後の本体である私の一撃は持っている剣で受け止められましたわ。

 この男の剣は帝国で一般的に広まっている、ただの剣ですわ。名剣などではないただの市販品。そしてこの男が使う剣術は、帝国の士官学院で学んだ『百式軍刀術』を扱う。いわば帝国の一般兵士と変わりない武器、技術を持っているはず。なのに‥‥‥

 

「デュバリィ、下がって!」

「ッ!」

 

 私はエンネアの声で後ろに飛んで、距離を取る。するとそこにエンネアの矢があの男を襲いましたわ。

 

「『ピアスアロー』」

「『ファイアボルト』」

 

 な、なんですの!あの男、エンネアの放った矢を一瞬で作った炎で撃ち落としましたわ!

 あの一瞬でアーツを完成させたと言うの!あの速度は『劫炎』並みですわ!

 

「『剛裂斬』」

「遅い、ハアッ!」

「グハッ!!」

「アイネス!」

 

 アイネスの攻撃をひらりと躱して、背後から攻撃を打ち込み、アイネスを倒されましたわ。

 そして、次は‥‥‥

 

「『ファイアボルト』×6」

「キャアアアアアッ!!」

「エンネア!」

 

 遠くにいたエンネアに連続でアーツを放ち、戦闘不能にさせましたわ。

 残ったのは私一人、でも‥‥

 

「最後は貴方だ。『神速』殿」

「なめるな、ですわ!!」

 

 私は『神速』の名に恥じないスピードで、斬りかかりましたわ。

 

「うわあああああああ!!」

 

 やりましたわ!私の一撃がこの男に命中‥‥‥

 

「!!!!」

 

 男が消えましたわ!しまった、残像でしたの!

 私は男を探そうして、振り返ったら‥‥‥

 

「終わり、ですね」

「クッ!!」

 

 切っ先を突き付けられていましたわ。ここまでですか‥‥‥

 

「‥‥‥ええ、終わりですわ」

 

 そう私が告げると、男は剣を仕舞ましたわ。男は息も切らしていない、なのに私たち『鉄機隊』は実戦ならば全員戦闘不能、何という差ですの!一月前には私たちの前に無様に倒れていたのに‥‥‥

 私はこの男の成長の速さに恐ろしさを覚えましたわ。そして、最後に使ったのは‥‥‥

 

「貴方、最後のアレは‥‥‥」

「先程、貴方が使った残像を真似させてもらいました」

「ま、真似!!」

「ええ、貴方が見せてくれましたので、試しに使ってみました。ですが、駄目でしたね。貴方が使ったときの八割くらいの精度でした」

「!!!!」

 

 この男、初見で私の分け身を真似してみせたと‥‥‥どこまでもふざけた男ですわ!!

 

「これで勝ったと思うな、ですわ!!!!」

 

 私は男の前から走り去りましたわ。

 ハード・ワーク、覚えていなさい!!

 

side out

 

 『神速』殿が走り去った後、私は『剛毅』殿と『魔弓』殿を助け起こしていた。

 

「すまんな。指導する側だと言うのに、これでは情けない」

「ほんとね。もう私達、三人では貴方に教えれることはないわね」

「いえ、ご指導いただきありがとうございます」

 

 私は三対一の状況でも、何とか戦えるまでに成長出来たようだ。まあ、あの二人に比べたら、流石にねぇ。

 

 

 風呂に入って、疲れが取れた。だけどここからだ。本当の地獄は‥‥‥

 

「用意はいいですね。ハード・ワーク」

 

 目の前いるのは、第七使徒『鋼の聖女』アリアンロード様。結社の最高幹部の一人、そして結社最強の御方だ。鉄機隊の三人に勝てるようになり出してから、教導として来られるようになった。

 本当に何で来るかな~、最初に会ったときからそうだったけど、この人、とんでもなくヤバい。強すぎる、人間やめてるレベルで強すぎる。こんなのに勝てる存在いるとは思えないな。こんなのと戦わされるとか、社会は厳しいな。

 私は心中でひたすら愚痴り続けた。研修の厳しさ、いや、社会の厳しさ、恐ろしさ、それを感じながら、向き合わざるを得なかった。この人の機嫌を損なえば、私など簡単に首にされかねない。それほどの高み(権力)にいる御方だ。

 

「はい、よろしくお願いします」

「では、行きます!!」

 

 鎧で全身を覆い、顔は仮面を着けて、そして手には大きな槍。まさに完全武装だ。気を抜けば、即やられる。恐ろしい程の闘気、相対するだけでも、跪きそうになる。盟主様とはまた違う、圧倒される威圧感。

 

「ウオオオオオオオオオ!!!」

 

 やぶれかぶれだ!!

 このまま何もしないでも、迫力に圧されて気が変になりそうになる。だったら、考えるのは止めだ。持てる全てで挑むだけだ!!

 私は剣で斬りかかる。

 

「良き闘気です」

「ありが、とう、ございます!!」

 

 簡単に止められた。まあ、分かり切っていたことだ。

 両手で剣を押していると言うのに、片手で持った槍を押し切る、いや動かすこともできないか。

 だが!!

 

「『ファイアボルト』」

 

 劫炎の先輩と同じ、とは言わないが、私も念じるとアーツを発動できる。接近戦のとき、こういう使い方が出来るのは非常に便利だ。だけど‥‥‥

 

「中々良い手です。ですが、その程度で私に勝てると思っていますか?」

「‥‥‥無理でしょうね」

 

 この方に、この程度の奇襲では意味がない。だけど、やれることは全てやらなくてはいけない。最善を尽くす、ただそれだけだ。

 

「ハアッ!!」

「いい気合です。ですが」

「グゥッ!!」

 

 もう一度斬りかかっていった、だが簡単にはじき飛ばされた。

 女性だと言うのに、とんでもない力だ。私が力負けさせられるとは、最初にされたときは驚いた。だが今は慣れた。この方の言動に一々驚いていては身が持たん。

 

「戦闘中に考え事ですか!!」

「そんなこと出来る訳ないですよ!!」

 

 すこし手が止まっただけで強烈な一撃が飛んでくる。本当に容赦がない方だ。

 槍の一撃を剣で逸らし、もう一度突っ込んでいく。

 この方の大きな槍なら、接近戦に持ち込んだ方が勝ち目がある。

 私は一気に距離を詰めると、アリアンロード様が笑った、ように見えた。

 

「良き判断です。昨日よりも強くなりました。ですが、」

 

 アリアンロード様が槍を横薙ぎに払われた。

 そう来るだろうと思っていた。

 

「フン!!」

「なんと!!」

 

 私は槍を抱きかかえ、横薙ぎに合わせて振り回された。剣を手から放し、槍を抱え、足を宙に浮かせることで、アリアンロード様が槍を払っても衝撃を受けなかった。

 この方法は剣が使えなくなるけど、どっちみちこの方に剣で勝てない。だったら、もう一つの武器を使うまでだ。

 私は横薙ぎから勢いよく飛び、アリアンロード様に最接近して、両掌を叩き込んだ。

 

「秦斗流奥義『寸勁』」

 

 この技は最近やってきた、執行者の先輩に体に叩き込まれた技だ。あの時は打ち込まれて内臓に衝撃を与えられて、倒された。あれから、試しにいくつか打ち込んでみて、今日の昼食後の休憩時間中にやっと出来るようになった。力加減が難しいが、慣れると割と簡単だった。

 実戦で使うのは初めてだが、これならアリアンロード様の鎧越しにダメージを与えられるはずだ。

 するとアリアンロード様は仮面を取り、素顔を晒した。

 

「なるほど、ヴァルターの技ですか。流石にヴァルター程の氣の使い手ではないですが、私にダメージを与えられる程とは、素晴らしい成長スピードです。前回はマクバーンの焔を真似たアーツ、今回はヴァルターを真似た体術、この一月で出来る事の多さ、そして何より、強さを増しています。貴方の成長は見ていて、とても面白い。貴方の長所は手段の多さ、でしょうか。ですが、その結果、一つの力を極めることは出来ないでしょう。究極の一には劣るでしょう。ですが、例え一つを極めなくても、多くを出来る貴方ならば相手の弱点を突きやすい。そんな貴方は非常に強い。ならば私の技もまた、貴方の糧になりましょう」

 

 アリアンロード様は槍を構え、闘気を高めていく。さっきまででも恐ろしい程、強力な闘気が、更に恐ろしい程高まっていく。

 こんなの、やっぱり人間辞めてるよ。私は心の中で批難をしているが、目の前のアリアンロード様はそんな私の心中を察することなどせずに、闘気を高め、必殺の一撃を放ってきた。

 

「受けてみなさい、聖技『グランドクロス』」

 

 アリアンロード様の渾身の一撃が飛んできた。

 

「うわあああああああ!!」

 

 私は吹き飛ばされながら、その技を見ようとした。かろうじて見えたのは駆け抜けていく、アリアンロード様の横顔だけだった。間近で見て思った。やっぱりめっちゃくちゃ美人だった。

 

 

 アリアンロード様にぶっ倒された後に待っているのは、『劫炎』の先輩だ。

 

「よう、ワーク。聞いたぜ、『鋼』とやり合ったんだって」

「やり合ってません。グランドクロスされただけです」

「ハハハハハハ、十分やり合ってんじゃねぇか。『鋼』にあの技出させただけで十分、十分。‥‥‥にしても、ついこの間、憂さ晴らしでボコったときよりも、また強くなってんじゃねえか!!」

 

 『劫炎』の先輩が焔を作り、周囲の温度を上げていく。

 これだ、この人、興奮すると体温が上がるかのように、周囲の温度を上げるんだよ。テンションと一緒に温度上げるとか、やっぱりこの人も人間やめてるよ。

 できれば、アリアンロード様の後にこの人と戦うとか、ご勘弁願いたいけど、たぶん聞いてくれないだろうな。テンション上がる前なら、弁える人なんだけど‥‥‥仕方ない、腹を括ろう。

 私の雰囲気が変わったことを察して、更にテンションを上げる『劫炎』の先輩。

 

「いいじゃねえか。分かってるな、ワーク!!」

 

 両手に焔を作り出し、顔に笑みが浮かぶ、『劫炎』の先輩。

 

「‥‥‥」

 

 剣を抜き、冷静に距離を測る私。

 この人は、焔を使うから、近づけば熱でやられる。だからと言って、距離を取って攻撃できる手段は私にはあまりない。アーツも炎しか、まだ使えないので、この人には効かない。アリアンロード様以上に戦い方に困る方だ。

 まあ、仕方がない。この人を満足させないと、寝れないだろうし‥‥‥よし、いつも通りのやぶれかぶれだ。

 

「行きます!!」

「へへ、こい。ワーク!!」

 

 私は勢いよく駆けていき、『劫炎』の先輩に斬りかかっていく。

 

「馬鹿正直に突っ込んでくんじゃねぇ。焼き尽くせ!『ヘルハウンド』」

 

 獣を象った劫炎が私に向かって飛んでくる。私はその焔を全力で回避する。そうしなければこの焔で終わりだからだ。

 

「ハッ!」

「いいぜ!その調子で避けろや!!」

 

 楽しそうに連続で焔を打ち込んでくる、『劫炎』の先輩。

 私は回避しながら、少しづつでも距離を詰める。

 

「そりゃ、そりゃ、そりゃ‥‥‥もいっちょ、おまけだ!!」

「すこし、は、加減して、ください!」

 

 数が増えたけど、狙いが荒いから何とか躱せる。だけど、近づけば近づく程、より早い判断が求められる。

 だけどここまで来た以上、何とか一撃でもかましてやりたい。

 私は全力で一撃を叩き込んだが、『劫炎』の先輩はあっさり躱された。

 

「ハァッ!!」

「オイオイ、本当にやるようになったじゃねえか。俺とここまで剣士で戦えたのなんて、レーヴェの阿呆と光の剣匠くらいだったのに、手近なところにいいもんいたぜ、こりゃ」

 

 『劫炎』の先輩の笑顔が更にヤバくなっていく。

 なんかとんでもない人にロックオンされたけど、いつもの事だ。それに、ここで止めたら、キレそうだ。理不尽だ。

 もうこの際、何でもいい。私が決意を固めた。

 

「一撃だけでも届けさせてもらいます」

「言うじゃねえか。いいぜ、来な」

 

 その後も焔を躱し、攻撃を仕掛ける私と焔を放ち、私の攻撃を避ける『劫炎』の先輩ということが続き、最後には、

 

「大分粘ったじゃねえか、十分楽しめたぜ。御褒美だ!良いもん見せてやるよ!オラ、オラ、オラ、オラ、オラァ!さぁて、コイツで仕上げだ!ジリオンハザードォォォ!」

 

 もう叫び声を上げる気すら起きない程の圧倒的な火力に視界が埋め尽くされ、私は倒れた。かろうじて生きているが、これで勘弁して欲しい。

 ゆっくりとこちらに歩いてくる『劫炎』の先輩。私の近くに腰を下ろし、

 

「おーい、生きてるか」

「‥‥‥なん、と、か」

「お前、随分強くなったな。初めて戦った時より、5分も長続きしたぜ」

「そ、そう、です、か」

「まあ、及第点だな。受け取れ、ワーク」

 

 『劫炎』の先輩が焔を私に浴びせると、傷と疲れが取れていく。

 私は体を起こした。

 

「ありがとうございます」

「おう」

 

 そう言って、『劫炎』の先輩は去っていった。

 私は安堵のため息を吐いた。

 

 

 さて、これで漸く寝れる。朝が『神速』さん、昼が『剛毅』さん、その後『魔弓』さん、おまけで『鉄機隊』、風呂上りに『鋼の聖女』様、寝る前に『劫炎』の先輩、ハードだ。

 これが研修か、社会人というのはこんな荒波と毎日戦っていくのか。そりゃ、父さんと母さんが過労死するのも無理はない。私は定年まで、働けるだろうか、不安だ。

 それに寝ていると奇襲も掛けられるし、本当に社会人というのはハードだ。

 私がベッドに横になり、明かりを消すと、

 

「起っきろーーーー!!」

 

 襲撃者が寝ている私に奇襲をかけてきた。

 ここ最近の研修で追加になった、就寝中の敵の襲撃訓練が始まった。だが、今日は『劫炎』の先輩のおかげで、体力に余裕がある。

 私は襲撃者のチェーンソーを躱し、背後に回り込みクビを絞めて、瞬時に落とした。

 襲撃者は執行者No.XVII《紅の戦鬼》シャーリィ・オルランドだった。彼女は二大猟兵団の一つである、『赤い星座』の現団長の娘らしい。歳は私よりも下だし、女の子だが、私は決して彼女を侮りはしない。スキを見せれば食い殺しに来る、野生の動物みたいな狂暴性を持っているのは、会ったときに分かった。

 

「お兄さ~ん、人、何人殺したことある~」

 

 最初の会話がこれだったからだ。こんな会話をナチュラルに出す奴が普通なわけがない。その時から私の彼女を見る目は人間の皮をかぶった野生動物だと思って接するようにした。

 私は落とした彼女を部屋の外に出すと、外に待ち受けているいつもの人に手渡す。

 

「お嬢さん、お渡しします」

「受け取ります。ではおやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

 私はこれで漸く眠れることになり、ベッドに入ってすぐに眠りに落ちた。

 

 

side カンパネルラ

「さて、ハード・ワークの成績はどうかな?――――――!すごいね、これ。鉄機隊相手に完勝。聖女様には流石に勝てないけど、相当気に入ってるみたいだね。マクバーンにまで、気に入られてるし。それにシャーリィが素手で秒殺とか―――盟主様が見つけてきたけど、本当にすごい逸材だね。噂のⅦ組にいなかったとはいえ、士官学院からうちに来たんだから、相当な変わり者だよね。まあ、他の就職先を認識阻害で全部落としただけだけど。それにこの結果を見ると、あれくらいの手間でこんな有望株が来たんだから、差し引きプラスだね」

 

 カンパネルラの手にはハード・ワークの成績表がある。そこにはほぼすべての項目に最高評価となっている。

 ただ、二か所は『測定不能』と記載されている。

 

「身体能力測定不能、アーツ適性測定不能、か。この項目、聖女様とマクバーンにどれぐらいが計ってもらったけど、余計に意味が分からなくなったなぁ。聖女様は『良き力です』、マクバーンは『おもしれぇ』しか書いてない。あと彼、見ただけで真似するとか、ほんと、異能染みた能力だな。デュバリィの分け身とヴァルターの技はともかく、マクバーンの焔はアーツじゃないんだから、真似できる訳ないのに、何でできるのかな?もしかしたら、そのうち聖女様の技まで使えるようになるんじゃ―――本当に面白いな、彼。まあ、この結果だったら、他の使徒達も納得でしょう。盟主様にご報告しておこう、これで彼も執行者だな」

 

 僕は星辰の間に飛んで、盟主様にご報告した結果、ハード・ワークの執行者就任ということになった。

 

side out

 




ありがとうございました。


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第三話 執行者

日刊ランキング31位にいました。
高評価頂き、ありがとうございます。


―――七耀暦1206年4月1日 星辰の間

 

 私は朝起きると、カンパネルラさんから端末に連絡が来ていた。内容は『星辰の間』に来るように、と言われてここに来た。盟主様にお会いしたとき以来、二度目の入室になる。

 今日から四月だし、もしかしてこれから、入社式、という奴をやるのか?

 ま、まさか!アリアンロード様の前で不甲斐ない結果だったので、クビ、になるのか!

 それとも、昨日の夜に襲撃してきた、シャーリィさんの体に触ったから、セクハラ、で呼び出されたのか!

 ああああ、四月になって早々に、職を失うのか‥‥‥またあの日々を過ごさなくてはならないのか‥‥‥

 私は昨日の事とこれからの再就職活動への不安で頭を抱えた。

 私が、頭を抱えていると、上の方から声が聞こえた。

 

「良く来ました。ハード・ワーク」

「め、盟主様!」

 

 私はすぐさま、跪き、次のお言葉を待った。

 

「ハード・ワーク、今日までの行動、ご苦労様です」

「め、盟主様!!」

「今日より貴方を執行者に任じます。これからの貴方の働きに期待します」

「へ?!」

 

 執行者?!今日呼ばれたのはそれが理由か。

 私はさっきまでの不安から解放されたことよりも、いきなり執行者に任じられたことの方が衝撃が大きかった。

 

「わ、私が執行者にですか?!私は先月から席を置き始めた新参者です。それでいきなり‥‥‥」

「私が貴方の執行者入りを薦めました」

「ア、アリアンロード様」

「研修中の貴方の成長スピードは目を見張るものがありました。これからは独自で動き、修練を積むことで、貴方はより高みに至れるでしょう。そのためにも執行者となった方が都合がいいでしょう」

「リアンヌの言葉もありますが、私が決めたことです。ハード・ワークを執行者に、これは当初から定められていたことです」

「‥‥‥ありがとうございます、盟主様。このハード・ワーク、全身全霊を持って、執行者の任に着かせていただきます」

 

 アリアンロード様、そして盟主様がお決めになったことだ。私に逆らうこと等出来ないし、するつもりもない。驚きはしたが、非常に有難い話だ。ならばこのまま受けさせてもらうことにしよう。

 

「では、ハード・ワークに番号と名を与えます。番号は『ⅩⅩⅠ(にじゅういち)』、名は『社畜(しゃちく)』」

「はい、ただいまより執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》の名を頂きます」

 

 執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》、これが私に与えられた名か。しかし、『社畜』とはどういう意味なんだ?確かに『劫炎』の先輩は焔を使うから、『劫炎』という名は合っている。だけど、私の戦い方は剣を主体にしているが、とりわけ得意というわけではない。そもそも『社畜』という意味は何なんだ?

 まあ、気にしてもしょうがない。盟主様に任じられたんだ。精一杯頑張ろう。

 

「最後にハード・ワークにこちらを渡します」

 

 盟主様がそう言うと、目の前に一本のペンが出現した。私はそれを眺めていると、盟主様から説明された。

 

「それの名は『ハード・ワーク』。外の理で作られし、貴方だけの武器になります。その武器に出来ることは、形状の変化と不壊。貴方が思い描く通りに姿を変え、決して壊れません」

 

 なんと素晴らしい!これがあれば、剣に変化させたり、拳に纏わせたり、ペンとしても使えるのか。これがあれば、色々な消耗品がタダに出来るかも。それにアリアンロード様や『劫炎』の先輩とやり合うたびに壊れていた剣の代金が浮く。

 私は盟主様のプレゼントに涙を流しながら感謝を申し上げた。

 

「う、うう‥‥‥ありがとうございます!このハード・ワーク、盟主様のご恩に報いる為、粉骨砕身、務めさせていただきます」

「期待しています。執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》」

「は!!」

 

 よし、これから頑張るぞ。‥‥‥だけど、一体何を頑張ればいいんだ?

 どうしよう、この場で質問した方がいいのだろうか?

 私が悩んでいると、アリアンロード様が盟主様に質問された。

 

「盟主様、《社畜》は『幻焔計画』に追加招集しても構いませんか」

「それを決めるのは《社畜》自身です。執行者にはあらゆる自由を与えています。例え使徒の命令であっても、拒否する自由があります」

「そうですか。《社畜》に問います。私の下で『幻焔計画』に参加しませんか?」

「『幻焔計画』?」

「『幻焔計画』というのは、クロスベルの虚ろなる『幻』をもって帝国の『焔』を目覚めさせるのが目的です。段階としては、クロスベルの『幻』は目覚めています。そして帝国の『焔』は第二柱が結末をすり替えようとしていましたが、失敗に終わりました。そして、現在の計画の主導権は帝国政府に奪われています。これから成すのは帝国政府に奪われた計画を奪還することです。既に『幻焔計画』に参加している使徒は第二柱、第六柱、そして私、第七柱の三名、執行者はマクバーン、ブルブランの二名です。ただし、現時点で第二柱とブルブランにはこの計画から離れていただいています。代わりに使徒第三柱と執行者のカンパネルラ、シャーリィ・オルランドの計三名を追加招集しています。ここに貴方を追加招集しようと思いますが、如何ですか?」

「‥‥‥アリアンロード様、そのお話お受けいたします。」

「分かりました。では、執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》を『幻焔計画』に追加招集致します。詳細は追って使いを出します。その者に説明させます。よろしくお願いしますね、ハード・ワーク」

「は!お任せください」

 

 

 私は執行者に任じられて、意気揚々と執行者候補養成所の与えられた部屋に戻ってきた。

 これから、執行者だからな。この養成所を去ることになるだろう。今のうちに引っ越しの準備でもしておくか。

 私が荷物をまとめようとしていると、部屋の扉がノックされた。

 

「ハード・ワーク、いらっしゃいます?」

「はい、今開けます」

 

 扉を開けるとそこに立っていたのは‥‥‥『神速』のデュバリィさんだった。

 

「どうかなさいましたか?」

「いえ、先程、執行者になられたそうで、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 

 まさか、最初におめでとうを言われたのが、デュバリィさんだとは思わなかった。だけどここに来てから一番戦ったのは彼女だった。私が今、執行者に成れたのは彼女のおかげであると言っても過言ではない。いつかお礼しないとな。

 

「つきましては、今後の動きに関して、マスターに代わり、説明に参りましたわ」

「今後、ですか?ああ、アリアンロード様が仰っていた使い、と言うのは『神速』殿でしたか」

「‥‥‥執行者である貴方が私に敬語を使うなど不要ですわ。マスターがお認めになられ、執行者に成られたんです。もっと胸を張りなさい」

「は、はい!分かりました」

「まあ、貴方はその方がよろしいのでしょう。ではこれから今後に関して説明いたしますわ。場所を変えますわよ」

「分かりました」

 

 

 私はデュバリィさんに連れられて、養成所のテーブルに着く。

 すると、デュバリィさんは時間を確認して、溜息を吐く。

 

「まだ来ませんの。‥‥‥全く、時間くらい守りなさい」

「どうしましたか?」

「‥‥‥今回の計画に参加するもう一人の執行者が来ていませんの。貴方に声を掛ける前に伝えておきましたと言うのに‥‥‥」

「‥‥‥どなたなんですか?」

「‥‥‥《紅の戦鬼》ですわ」

 

 デュバリィさんが肩を落としながらそう言った。

 なるほど、確かに来なくても不思議ではない。彼女は自由気まま、というか野生動物のようなものだ。時間の概念はないのだろう。だが、彼女も猟兵なんであれば、契約、いや約束の重要性は分かっているだろうに。まあ、おそらく、あの御付きの人が何とか手綱を引いているんだろう。今度差し入れでも持っていこう。

 

「仕方ありませんわね。私たちだけで始めましょう」

「そうですね。その内来るかもしれませんし」

 

 

 打ち合わせを始めて、結構な時間が経ってから、シャーリィさんが現れた。

 

「ごっめんね~、遅くなっちゃった~」

「遅すぎですわ!!一体どれだけ遅刻すれば気が済みますの!!」

 

 あっけらかんとしているシャーリィさんと対照的に怒りの形相のデュバリィさん、そしてそれを見ていて、止めようとしない私、この三人で『実験』をするとか、大丈夫だろうか。

 私は自分の事を棚に上げて、そんなことを思っていた。

 

「まあいいですわ。貴方には『裏』で動く猟兵団の対応を任せますわ。それ以外は其方の《社畜》がやってくださるそうですわ」

「あ、お兄さん、執行者に成ったんだってね。良かったじゃん。あ、でもこれで夜中に奇襲するの終わり?あれ楽しかったんだけどな~」

 

 やっぱりこの子、怖いわ。奇襲が楽しいとか、何なの!?武器も鋭い刃が高速機動するからとんでもなく斬れるから危険だし。

 思い出してみても、ここに来て最初の夜とか、奇襲の事を知らなかったから、寝てたら耳元で爆音が響いて寝返りを打って耳を塞いだら、元居た場所に刃が振り下ろされていた。それを見ていた彼女は、ニヤァと笑いながら、嬉々として襲い掛かってきた。狭い室内であんな武器を使われては勝てるはずもなく、御付きの人が来てくれるまで、何とか躱し続けた。それからは先手必勝として、奇襲を仕掛けてくる彼女を迎え撃つ戦法に変更して対処した。

 でも、そんな激闘は彼女にとっては楽しいのか‥‥‥やっぱり物騒だな!

 

「就任祝いの言葉、有難く頂戴する。夜中の奇襲の件は、これからは共に戦く仲間となるんだ。戦力の減少になるようなことは避けるべきだと私は愚考する」

「アハハハ、戦力の減少?お兄さんがあれくらいの奇襲でやられる訳ないし、あ、もしかして、お兄さんが反撃してシャーリィのこと倒す宣言?いいね、やろやろ!!」

 

 あのすいません!!人の話聞いてましたか!!今私が言っていたのは、戦力の減少は避けようと言ったのに、何で戦おうと言ってきてるんですか!!

 私は話を聞いてくれない、このお嬢さんと戦うことは避けられない気がしてきた。だってさっきから物凄くワクワクして目でこっちを見ているから。

 私は肩を落としながら、彼女の要望に応えることにした。

 

「‥‥‥分かりました。ただし、戦闘はこの話合いが終わってからです。後、私が勝ったら、奇襲は無しです。いいですね」

「へぇ~、シャーリィに勝てるつもりなんだ。いつもは手加減してあげてたのにさ!!」

 

 彼女が闘気をぶつけてくる。だけど、これくらいで動じる私ではない。昨日もアリアンロード様と『劫炎』の先輩と戦っていた私がこの程度の闘気で怯むものか。

 

「ふん!!」

「「!!!!!!」」

 

 私も負けじと闘気をぶつけてみた。すると彼女はあっさりと闘気を引っ込めた。

 

「や~めた。お兄さんとは戦うの止めておくよ」

「そうですか、ならいいです」

 

 どうやら彼女は分かってくれたようだ。うんうん、話し合いによる解決と言うのはいいものだ。

 だが、この部屋にはもう一人いるが、その人は下を向いて震えている。

 

「私が説明していると言うのに何ですか!!貴方達、執行者はもう少し弁えなさい!!」

「えー、でも、弁えてる執行者とかいないしさ」

「お・だ・ま・りですわ!!」

 

 何故かシャーリィさんとひとまとめで怒られる私。何故だ、解せぬ。

 一頻り怒って気が晴れたのか、落ち着きを取り戻したデュバリィさんが話をまとめだした。

 

「はあ~、もうこれで終わりにしますわ。まとめとして、『実験』の場所はサザーラント州旧都セントアーク近辺、ハーメル村の霊脈を活性化させて行いますわ。場の闘気を高めるため、赤い星座と結社の人形兵器群を使いますわ。赤い星座の方は《紅の戦鬼》にお願い致しますわ」

「はいは~い」

「‥‥‥フゥ~、人形兵器群は私が担当致しますわ。なので、《社畜》には場での様々な対応をお願い致します」

「分かりました」

「では、各々抜かり無きよう」

 

 そう言って、話し合いは終わった。

 様々な対応、つまり事務作業全般だな。任せてくれ、得意分野だ。

 ああ、荒事の無い平和な作業、執行者の最初の仕事がこれとは幸先がいい。てっきり、執行者に成ったからにはアリアンロード様とか、『劫炎』の先輩みたいな強い相手、倒してこいとか言われるかと思った。あんな人間辞めてるのとやり合うのが執行者だと思っていたけど、そんなことはなさそうだ。

 その上、あらゆる自由が認められるとか、『結社』って、ホワイト企業だな。

 研修は地獄だったけど、なってしまえば、この待遇。ありがとうございます、盟主様。私、ハード・ワーク、この地位に縋り付きつつ、盟主様のために粉骨砕身で働きます。

 

「あ、そうでしたわ。ハード・ワーク、この話し合いが終わったら、マスターが鍛錬してくださるそうですわ。修練場でお待ちですわ」

「‥‥‥はい、分かりました」

 

 執行者権限でこの鍛錬、逃げれないかな。‥‥‥でも、執行者にご推薦して頂いたのに、こんなことで使ってはアリアンロード様に失礼だな。‥‥‥逝くか。

 それに、盟主様から頂いたこの『ハード・ワーク』も使ってみたいし。

 

 

side アリアンロード

 

 修練場にて、アイネスとエンネアを鍛錬していると、大きな闘気が近づいてきた。

 

「来ましたか」

 

 やって来たのは本日新たな執行者に就任した《社畜》のハード・ワークとデュバリィだった。

 

「お待たせして申し訳ございません。アリアンロード様」

「いえ、構いません」

 

 私は彼の姿を見てふと思った。修練場に来たと言うのに、何時も持っている、剣がない。

 

「いつもの剣はどうしました?」

「本日は持っておりません。盟主様から賜った、この武器を使わせていただきます」

「そうですか。私も楽しみです。その武器で、貴方がどの様な戦いを見せるのか」

 

 私が持つ槍も盟主様から賜った、外の理で作られた武器。他にはマクバーンの『アングバール』、レーヴェの『ケルンバイター』があり、私の槍を含めて3つだけ。

 新たな外の理の武器はペン、その能力は形状の変化と不壊、つまりあの武器は、戦闘中に戦い方を変えるハード・ワークの戦い方に最も合っていると武器と盟主様が判断されたと言うことですか。

 昨日戦った時には、ヴァルターの技、つまり徒手空拳を使ってきました。普段は剣を用いた、百式軍刀術を使いつつ、距離によって変えていました。

 さて、彼はどの様に使うのか、手並みを拝見させていただきましょう。

 

「では、参ります!!」

「どうぞ」

 

 私が槍を構え、彼を迎え撃とうと思っていると‥‥‥来なかった。いや、後ろに飛びました。今までにない戦法ですね。

 すると彼がペンを変形させると、弓に変わった。

 

「『ピアスアロー』」

「!!!!」

 

 エンネアの弓技で遠距離からの攻撃ですか。彼は弓まで使えますか、本当に器用ですね。ですが、

 

「ハァ!!」

 

 私は槍を一振りして、矢を逸らすと、次の攻撃が飛んできました。

 

「『ファイアボルト』×6」

「無駄です!」

 

 私はその攻撃を躱し、時には打ち払い、距離を詰めるため技を使うことにした。

 

「『シュトルムランツァー』」

 

 さあ、次はどうするか、私は彼の反応を楽しみにしていると、今度は剣に形を変えた。いや、

 

「剣、ではないですね」

 

 確かあれは東方の武器‥‥‥刀ですか!

 彼は抜刀の構えで迎え撃つつもりの様です。いいでしょう、その構えから何をするのか見せてもらいましょう!

 

「ハアッ!!」

 

 私の突きが彼に入る直前まで、彼は身動き一つしなかった。だが、私の突きを一瞬で躱し、抜刀した。

 

「伍ノ型『残月』」

「!!!」

 

 私の突きを躱し、抜刀でのカウンターを狙っていましたか、ですが、届きません。私の槍と彼の刀の射程では槍の方が分がある。ですが‥‥‥伸びました。

 

「な!!」

「『ハード・ワーク』は形状変化。当然長くすることくらいは可能です」

 

 彼の抜刀した刀の一撃は私の鎧を壊し、久しく受けてこなかった『痛み』を思い出しました。

 

「‥‥‥そうですね。甘く見ていた私の落ち度ですね」

 

 確かに、形状変化は先程から使っていました。弓から刀に変えた点から理解しているつもりでした。ですが、武器の種類を変える程度、と勝手に考えてしまいました。戦闘中に武器の長さを変えて、攻撃を当てるとは、教会が使う法剣も伸ばしたり、縮めたりできます。それと同じやり方を取ったと言うことですか。

 それにしても戦闘センスが非常にいい。戦闘中に戦闘スタイルを変えるのは非常に難しいですが、彼のような器用なタイプには本当によく合っています。

 そしてその武器も。あのような武器は私の槍やマクバーン、レーヴェに渡された剣とは明らかに異質です。その武器を初めて使うと言うのに、非常に良く使いこなしています。

 どうやら私の方が押されているようですね。いつ以来でしょう、このように圧されているのは。250年の月日で数える程しか出会えなかった‥‥‥本気で対峙すべき相手の様です。

 彼はこの一月で強くなった、これからの先の時の中で、彼はどれ程の高みへ至るのか、実に楽しみであり、少し残念でもあります。

 『幻焔計画』が終わったら、私の旅路は終わりとなるでしょう。だと言うのに、彼のような才能溢れる者が現れるとは、少々名残惜しい気がします。彼の成長を見届けたいと思いつつも、私の使命を全うしなくてはならない、という思いに板挟みにあっているような気持ちです。未練が、欲が、出てきました。

 ならばいっそ、私の出来る限りで彼を育て上げてみましょう。デュバリィ達には悪いですが、彼への指導に力を掛けたくなってしまいました。

 

side out

 

 よし、うまくいった。盟主様から頂いた『ハード・ワーク』は本当にイメージ通りに変わってくれる。弓は使ったことなかったけど、エンネアさんが使っていた姿は見ていたので、出来る気がしたからやってみた。うまく命中するかと思ったのに、弾かれたな。

 まあ、アリアンロード様があれくらいで何とかなるわけがないと思っていたし、その後に距離を取っていると、やっぱり、アリアンロード様が詰めてきてくれた。以前から見たことがあって試してみたかった技が有ったから、

使える状況にしてみたけど、見事に‥‥‥空振りした。

 去年リィンと実技の授業で組んだ時に使われた『八葉一刀流』を試してみたかった。リィンの武器は刀という特殊な武器だったから、私の剣では向かなかった。流石にリィンに借りるのも、申し訳なかったから、諦めていた。

 しかし、盟主様から頂いた『ハード・ワーク』はリィンの刀の形に成ってくれたから、念願叶って使えた。だけど、結果は空振りだったけど、『伸びろ』と念じると、伸びてアリアンロード様に直撃した。いや~恥かかなくって良かった。私は安堵した。

 だが、おかしい。アリアンロード様の闘気がどんどん高まっていく。中途半端な攻撃が当たったことが癪に障ったんだろうか。

 

「ハード・ワーク。先程の攻防、見事でした」

「ありがとうございます」

「その武器、『ハード・ワーク』は実に多彩な働きが出来そうですね。それは貴方に実に有っています。変幻自在、貴方の戦い方を彷彿させるものです。やはり貴方は戦えば戦うほどに成長していきますね。実に素晴らしい素質です」

「‥‥‥ありがとうございます」

 

 おかしい。お褒めいただけるのはいつもの事だ。アリアンロード様は褒めるタイプの指導者だ。指導は厳しいがちゃんと褒めてくださるから、耐えることが出来た。

 なので、褒めるのはおかしくない。だけど、いつもなら、鍛錬終わりに総括として言ってくださるのに、その時は闘気がないはずなのに‥‥‥何故今も高まり続ける。

 

「そして今日、貴方は私に完璧な一撃を与えました。ですので、今日より貴方に手加減はしません。一人の武人として貴方を認め、貴方と対峙しましょう。さあ、続きです!!!!」

 

 ‥‥‥そうか、私は虎の尾を踏んだんだな‥‥‥失敗した。

 私は新しい武器にテンションが上がって、必要以上に頑張り過ぎた結果、アリアンロード様のテンションが上がってしまったようだ。

 昨日以上の闘気だ。本気で手加減を止められたようだ。やっぱりこの方、人間辞めてるな。

 もうこの際だ、やれること全部やろう。今回の鍛錬は『ハード・ワーク』の試しのつもりだった。そのつもりで変形させてみると色々応用が効くし、やってみたかったことが全部できた。弓や刀みたいな特殊で金がかかる武器は用意できなかったから、頭に残っているけど使えなかった。だけど、今なら全部使える。そして目の前には最強の相手がいる。やってやる!!

 

「参ります、アリアンロード様!!」

「来なさい、ハード・ワーク!!」

 

 私は『ハード・ワーク』の形状をアリアンロード様と同じ形の槍に変形させ、向かっていった。

 

「意気や良し!!」

 

 アリアンロード様も迎え撃つ構えを取った。

 

「ウオオオオオオオオオオ!!!」

「ハアッ!!」

 

打ち合いで互いに弾き飛ばされて距離が出来ると、

 

「『シュトルムランツァー』」

「『シュトルムランツァー』」

 

 近づけば、

 

「『アルティウムセイバー』」

「『アルティウムセイバー』」

 

 そして飛ばされると、

 

「『アングリアハンマー』」

「『アングリアハンマー』」

 

 只管に技を使わせ続けられた。でも、おかしい。私の技の精度は大体80%くらいだ。アリアンロード様なら、力でも技でも圧倒しているのだから、倒されていてもおかしくない。なのに‥‥‥何故戦えている?

 私が疑問に思っていると、アリアンロード様が笑って言った。

 

「さすがです。我が技を瞬時に真似できるとは、今までは剣だったので、出来ませんでしたか?」

「‥‥‥ええ。真似できるのはある程度再現可能でないと出来ません。それに瞬時に真似ているわけではありません。今までアリアンロード様の技は受けてきましたから、体が覚えていますので、出来ました。生憎、槍は今日初めて使いましたので、精度は低いですが、少しずつイメージの中の自分に近づいてきました」

「なるほど、分かりました。先程の技の指導は不要でしたね。では指導はここまでです。ここからは本気で行きます!!」

「はい!!」

 

 そこからはひたすらに槍を振るい、払い、アリアンロード様に食らいついて行く。こちらが一撃与えるまでに多数の攻撃を浴びていく。でも少しずつ、受ける攻撃の数が減っていく。最初は7発、さっきは6発、今は5発、攻撃するたびに自分の槍が速く、鋭くなっていくのを感じる。

 だけど、それと同じくらい、アリアンロード様との差が明確に分かっていく。私には一つを極める才能はないらしい。アリアンロード様が言ったので、間違いはないだろう。ならば、ここで槍だけで戦うのは私の取るべき方法ではないだろう。

 だが、ここで引いてはいけない、気がする。まあ、本気のアリアンロード様と戦う機会など、早々ないだろうし、折角なのでこのままやろう。それにアリアンロード様の槍技を真似できれば、他所では苦労しないだろう。今頑張って、後で楽をしよう。

 

「よく頑張りました。ではこれが最後の技です。後は‥‥‥分かりますね」

「はい!!」

 

「聖技『グランドクロス』」

「聖技『グランドクロス』」

 

 アリアンロード様の渾身の一撃と私の一撃がぶつかり合い‥‥‥私だけが飛ばされた。

 

「うわあああああああ!!」

 

 昨日初めて見て、受けて、覚えてはいる。だけど、説明が出来ないし、再現も出来るとは思えない。精々30%くらいがいいとこだろう。やっぱり無理だったか。

 私は地に伏せて、意識が朦朧としている。きっともうすぐ、意識を失うだろう。この一月の間、毎日経験してきたので、大体わかった。

 やっぱり無理だったな、少し意地を張り過ぎたな。折角、変形できるんだから、もう少しうまくやれば良かったな。

 私が意識を失う前に反省していると、アリアンロード様が歩いてくるのが分かった。

 

「よく頑張りました、ハード・ワーク。最後の『グランドクロス』、しっかりと形に成っていましたよ。‥‥‥今はゆっくりと休みなさい。目覚めれば、貴方はもっと強くなっていますよ」

「‥‥‥は、い。ありがとう、ござい、ま、す」

 

 最後にそれだけ言って、気を失った。

 



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第一章 サザーラント州編
第四話 初仕事


誤字報告頂きありがとうございます。



―――七耀暦1206年4月1日 セントアーク

 

 私は一人、列車に乗ってセントアークにやって来た。

 本当なら、デュバリィさんとシャーリィさんと一緒に来るつもりだったが、そうもいかなくなった。

 アリアンロード様との鍛錬で気絶した私は、一時間程気絶してから目を覚ました。起きたら部屋にいたから、誰かに運んでもらったみたいだ。

 起きてからデュバリィさんに気絶した後の事を聞くと、怒りの形相で教えてくれた。

 

「マスターが運んでくださいましたの!!!!!!」

 

 その一言で全てを察した。アリアンロード様『命』なデュバリィさんの前で私がアリアンロード様に運ばれたなんて、不俱戴天の仇となっても仕方がない。

 この場に留まれば命はないと思い、私は起きて早々に列車に乗って、一人でセントアークに向かった。ちゃんと置手紙はしてきたから大丈夫だろう。

 その結果、到着はしたが夜になってしまった。困ったな、泊るところがない。ミラもあまり持っていない。初任給まだ貰ってないしな‥‥‥さて、どうするか?

私は悩んで、あることを思い付いた。

そうだ、魔獣を狩ろう。魔獣を倒せばセピスが出るから、それを換金してミラに変えよう。

 この周辺の魔獣の強さがどれ程かは分からないが、アリアンロード様や『劫炎』の先輩のようなバケモノはいないだろう。だが油断をして怪我などしようものなら、指導して頂いたアリアンロード様に申し訳がない。

 よし‥‥‥気を引き締めよう。あまり時間を掛けると、泊る場所が無くなってしまう。戦闘開始と同時に全力の一撃を叩き込み、瞬殺しよう。

 私はそう意気込んで、セントアークから街道に出ると、

「た、助けてくれーーー!」

 

 男の人の悲鳴が聞こえた。

私は急ぎ、その声の方に向かった。

 

 

 周囲に何もない開けた草原で魔獣に襲われている男性を見つけた。

 身なりが良さそうな、中年位の男性だ。大変だ!助けないと。

 私は『ハード・ワーク』を槍に変形させて、一気に魔獣に駆けていき、

 

「聖技『グランドクロス』」

 

 一撃で殲滅させた。

 どうやら、気絶する前より完成度が上がったような気がする。ほんの数パーセント位だが、アリアンロード様が言った通りだな。

 私は満足していると声を掛けられた。

 

「すまない。助かったよ」

「いえ、大したことではありません。それより、こんな日も暮れた時間に一体どうしたんですか?」

「実は、セントアークへ戻る途中で車が故障してしまってな。それで歩きでセントアークに向かうことになったんだが、運悪く魔獣に襲われてな。従者が食い止めてくれている間に、急ぎセントアークに向かい憲兵を呼んでくることにしたんだが、私も襲われて、今に至るというわけだ」

「!!では、従者の方は今も襲われているんでは!!どっちですか!!」

「あ、あっちだ!」

「このまま、セントアークに向かってください!私は従者の方を助けてから向かいます」

「す、すまない。頼んだ」

 

 私は先程の男性が指し示した方角に全力で走ると、すぐに見つかった。魔獣に囲まれた状態で。

 私は彼に大声を出して、魔獣の注意を引くことにした。

 

「ウオオオオオオオオオ!!!!」

「!!!!!!」

 

 魔獣がこちらに気付き、従者の男の包囲を解いた。

 私はすかさず、従者の男に大声で指示した。

 

「今すぐ離れろーーーー!!」

「!!!はい!!!」

 

 従者が離れたのが魔獣に見つかった‥‥‥だがもう遅い。

 私は炎を作り出し、投げつけた。

 

「オラ、オラ、オラ、オラ、オラァ!『劫炎』の先輩の必殺!ジリオンハザードォォォ!」

 

 周囲が太陽が昇ったような、まるで昼間のような明るさに成りながら、魔獣を焼き尽くしていく。

 しかし、満足な出来ではなかった。こんなの『劫炎』の先輩に見られたら、ヌリィ、と言われそうだ。

 まあ、これから完成度を上げていこう。

 

「おーい、大丈夫ですか」

 

 私は周囲に魔獣がいないか警戒しながら、従者の男に声を掛けた。

 

「‥‥‥あ、はい。だい、じょうぶ、です」

 

 どうやら気が動転しているようだ。

 

「とりあえず、怪我はなさそうですね。立てますか?」

「はい。立てます。先程は助けていただき、ありがとうございます」

「いえ、大したことではありません。ところで、貴方は貴族の方の従者の方で間違いありませんか?」

「はい、私、アルトハイム伯爵家に仕える執事でございます」

「やっぱりそうですか。先程セントアークの目前で魔獣に襲われていた貴族の方をお助けしましたが、そちらの方が心配しておりました」

「旦那様をお助けいただき、ありがとうございます。是非とも主共々お礼をさせていただきたいので、当家にご案内させてください」

 

 そう言って、アルトハイム伯爵家の執事に連れられて、セントアークに戻り、アルトハイム伯爵家に向かった。

 

 

―――セントアーク アルトハイム伯爵家

 

 

 アルトハイム伯爵家に入ると、先程助けた男性が勢いよく飛んできた。

 

「無事だったか!」

「はい、無事でございます、旦那様。こちらの方にお助け頂きましたので」

「私のみならず、当家の執事まで助けてくれて感謝する。先程は名乗りもせず失礼した。私はアルトハイム伯爵家の当主だ」

「!!アルトハイム伯爵家!あのつかぬ事をお聞きいたしますが、お嬢さんはトールズ士官学院で教官をなさっておりませんか?」

「ああ、我が娘メアリーは士官学院で教鞭を取っているが‥‥‥」

「そうでしたか、こちらこそ申し遅れました。私、ハード・ワークと申します。昨年度トールズ士官学院を卒業致しました。メアリー教官にご指導を頂きました」

「おお、そうであったか」

 

 どうやらここはトールズ士官学院の教官、メアリー教官の家のようだ。なんという縁だ。

 

「ハード君、私と執事を助けて頂き、感謝する。何か礼をしたいのだが、何かあるかね?」

「いえ、お礼欲しさに助けた訳ではありませんので、お気になさらず」

「何を言う。命の恩人をもてなさねばアルトハイムの名折れだ。そうだな、今日は遅いので、出来れば今日は当家に泊って行かないかね?」

「ええ!! 宜しいんですか?」

「もちろんだとも!では用意を頼むぞ」

「はい、かしこまりました。旦那様」

 

 そう言って執事の方が奥に行った。

 

「そうだ、ハード君。本日は若き俊英が当家を訪ねてくれたのだ。私は将来有望な芸術家のパトロンをしていてね、是非君にも紹介したい。こちらに来てくれたまえ」

 

 私はアルトハイム伯爵に連れられていくと、そこには二人の男がいた。

 

「ハード君、紹介しよう。こちらがシャンペール君、こちらがアレイスター君だ。」

「初めまして、ハード・ワークと申します」

「初めまして、シャンペールです。閣下の御命をお救い下さり感謝します」

「いえ、人助けは当然の事です。お気になさらず」

「アレイスターです。閣下はサザーランド随一の文化人と評される方だ。貴方の行動はこのサザーランドの…いや帝国の文化を守ったと言っても過言ではありません」

「いえ、大したことではありません」

 

 若い芸術家と言うことで、気難しいのかと思ったが、そんなことはなかった。

 その後はアルトハイム伯爵のもてなしを受けることになった。

 アレイスターさんには色々な話をされた。ここに来たのは何故とか、至宝についてとか、計画についてとか、色々話して、眠くなったので先に寝かせてもらった。ベッドがデカくて落ち着かなかった。

 

―――七耀暦1206年4月2日 セントアーク アルトハイム伯爵家

 私はいつもと違う天井を見て、この場所を思い出した。昨日はアルトハイム伯爵のご厚意で泊めて頂いたんだったな。

 昨夜は何故か、眠気に襲われたが……何かされたか?まあ、特に異常はないし、大丈夫だな。

 さて、今日はミラを稼がなくては、先立つものがない。魔獣退治を頑張ろう。

 私は与えられた部屋から出て、アルトハイム伯爵にご挨拶をすることにした。

 

「おはようございます、アルトハイム伯爵」

「ああ、おはよう、ハード君。昨夜はよく眠れたかね?」

「ええ、非常によく眠れました。ありがとうございます」

「いやいや、昨日助けてもらった礼だ。これでも足りないくらいだと思っているがね」

 

 アルトハイム伯爵と私が礼を言い合っていると、いい匂いがしてきた。

 

「さあさあ、朝食になさいましょう。ハードさんも座ってくださいね」

「はい。頂きます」

 

 朝食はパンとスープとポテトサラダとオムレツだ。とてもおいしそうだ。

 私は味わいながら食事を頂いた。

 

「どうかしら、ハードさん。お口に合うかしら?」

「ええ、とてもおいしいです。特にこのポテトサラダが一番いいです」

「あら、良かったわ。そのポテトサラダは私が作ったのよ」

「そうですか。是非とも作り方を教えていただきたい程です」

「あら、それくらいでしたら構わないわ」

 

 そう言って、奥様が私にポテトサラダの作り方を教えてくれた。

 なるほど、必要な食材と手順が書いてあるな。これなら、以前リィンから見せてもらった料理ノートに有った、レシピと組み合わせると、更に発展させたものが出来るな。

 必要な食材も『熟成チーズ』、『ほっくりポテト』、『粗挽き岩塩』の3つで店で買っても100ミラか。とてもお安く手に入る。食費が節約出来そうだ。後はこのレシピをアレンジしてバリエーションを増やそう。当分はこれで食いつなげそうだ。

 私がそんな目論見を立てていると、食べ終わったアルトハイム伯爵が話しかけてきた。

 

「そういえばハード君は今日はどうするんだね。昨日セントアークに着いたそうだが、何か目的が有るのかね?」

 

 目的か。私が今回の実験で担当するのは様々な対応、事務作業全般だ。そのためにも必要なものは……ミラだ。

 私が行動するためのミラではなく、結社の実験のために必要なミラを稼ぐ必要があることを思い出した。良し、稼ごう。でも、どうやって稼ぐか……そうだ、このレシピを使おう。

 私はアルトハイム伯爵の奥様から貰ったレシピで稼ぐことを考えた。

 

「アルトハイム伯爵、私はゼムリア大陸全土で活動している企業に今年就職しまして、そこでとある課題を与えられました。内容は出身地の食材を使って、料理を作り、販売して利益を出すことです。そのため、このセントアークに来まして、料理を探しておりました。料理は先程奥様からレシピを頂いた、ポテトサラダを考えております。奥様、このポテトサラダを私に成りにアレンジさせていただいて、販売させていただきたいのですが宜しいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ。ハードさんには主人と当家の執事をお助けいただいたご恩もあります。どうぞお使いください」

「ありがとうございます。奥様」

 

 よし、ちゃんと許可は取れたな。こういう時に後で権利問題とか揉めるのはまずいからな。

 後は出店許可を貰えれば、販売できそうだな。ここの領主様に許可を頂かなくてはな。

 

「私はこれから、こちらの領主、ハイアームズ侯に許可を頂き、販売を始めていく予定です。ですので、本日は移動販売の許可を頂きに参る予定です」

「なるほど……そういうことであれば、私も力になろう。ハイアームズ侯への口利きをしよう。そうすれば多少は早く許可が下りるかもしれん」

「是非とも、お願い致します。アルトハイム伯爵」

「うむ、任せたまえ」

 

 アルトハイム伯爵が協力を買って出てくれた。非常に有難い。

 しかし、良心が咎めるな。口からスラスラと出てくる内容は真実とは程遠い。その真実とは言い難い内容を信用してくれた、アルトハイム伯爵には悪いが、利用させてもらおう。

 そう言えば、セントアークのハイアームズ家と言えば、パトリックの家だったな。折角来たんだし、顔でも見てこよう。

 

「アルトハイム伯爵、ハイアームズ家に向かわれるのであれば、私も同行させていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」

「構わんが、どうかしたのかね?」

「いえ、ハイアームズ侯の御三男は学友でして、折角近くまで来たので、挨拶しておこうかと思いまして」

「そうか、構わないとも。では支度をしてくるので、その後に共に行こう」

「はい。お願いします」

 

 

―――七耀暦1206年4月2日 セントアーク ハイアームズ侯爵家 

 

「ようこそお越しくださいました、セントハイム伯爵」

 

 ハイアームズ侯爵家を訪ねると、出迎えてくれたのはセレスタンさんだった。

 

「お久しぶりです、ハード様」

「お久しぶりです。セレスタンさん」

「ではこちらに、ハイアームズ侯はこちらにいらっしゃいます」

 

 挨拶もそこそこにハイアームズ侯の執務室に通してもらえた。

 

「これはセントハイム伯爵、よくお越しくださった」

「ハイアームズ侯、本日はご対応頂きありがとうございます」

「いえ、構いませんよ。ところでそちらの彼は……」

「ハード!!」

 

 執務室の扉が開き、パトリックが勢いよく入ってきた。

 

「パトリック、久しぶりだ。一月ぶりだな」

「ああ、久しぶりだ。もう一月経つのか、早いものだな」

「なるほど、パトリックの学友のハード・ワーク君か。噂は色々とパトリックやセレスタンから聞いているよ。まあ、かけてくれたまえ」 

 

 それからは私がここに来た理由と販売の許可を取りに来たことを告げると、アッサリと承認された。

 セントハイム伯爵とパトリック、セレスタンさんのおかげで、私の心象は非常にいい。そのためすぐに申請が通った。

 

「では、これが販売許可だ」

「ありがとうございます。ハイアームズ侯」

 

 さて、これからどうするか。まずは販売のための屋台とか、食材の買い込みとか、色々準備しないとな。

 さて、デュバリィさんとシャーリィさんが来る前に拠点の準備をしておくことを約束した以上、頑張らないとな。

 

―――七耀暦1206年4月8日 セントアーク

side デュバリィ

 

 私と、《紅の戦鬼》シャーリィ・オルランドがセントアークに降り立ちました。ハード・ワークと一週間遅れなのは、置いて行った手紙が原因です。

 

『先行してセントアークに行きます。拠点等の準備しておきますのでゆっくり(一週間程、間をおいて)来てください』

 

「全く、ハード・ワークは‥‥‥置手紙だけ置いて、さっさと行ってしまうとは」

「まあ、《社畜》のお兄さんは先に行ってても問題ないしね。それに、お兄さんが先に行ったのは『神速』のお姉さんが原因でしょう」

「グッ!あ、あのときは‥‥‥えーい!もういいでしょう。一週間前の事ですわ、水に流しなさいですわ!!」

「まあ、ラク出来ていいけどね。でも、お兄さんが用意してくれてる拠点とか、どんなだろうね?」

「‥‥‥知りませんわ」

 

 全く、あの男は一体何処で何をやっているのかしら。

 

「そうだ、お腹空かない」

「‥‥‥全く、貴方は着いたばかりだと言うのに‥‥‥」

 

グゥ~

 

「‥‥‥///」

「へぇー、そっちこそお腹空いてんじゃん」

「し、仕方ないですわね!何か買って食べますわよ」

「はいは~い」

 

 し、仕方がないですわ!生理現象ですし!そ、それに腹が減っては戦は出来ぬ、と言いますし、これから戦に挑むという気概は大事ですわ!

 私は自分言い聞かせるよう、自分に言い訳していました。

 

「ねぇねぇ、なんか良い匂いしない?」

「そう言えば・・・あちらの方からですわね。それに行列が出来ていますわね」

「なんか屋台みたいだね。そこにしよ!」

「そうですわね」

 

 私たちが並び始めると、徐々に何の屋台か分かってきました。

 

「コロッケみたいだね」

「その様ですわね」

 

 どうやらこの行列はコロッケの屋台のようですわ。

 まあ、移動しながらでも食べられるもので良かったですわ。しかし、何故このような行列が?

 私が疑問に思っていると、私たちの順番になりました。

 

「あれ、もうお着きですか?デュバリィ殿、シャーリィ殿」

「!!!」

 

 私は街中だというのに武器を取り出そうとしていました。

 私たちの名を知っているとは、一体何者かと顔を上げると・・・ハード・ワークでした。

 

「な、な、な・・・・」

 

私があまりの驚きで声が出せなかった。

 

「うん、さっき着いたんだ。《社畜》のお兄さん、ここでなにしてんの?」

「見ての通り屋台をやっている。活動資金を稼がなくてはならないのでね」

「へぇー、あ、コロッケ4つ」

「はい、500ミラになります」

「はーい。あれ、『神速』のお姉さん、どうしたの?」

「デュバリィ殿、どうしました?」

「な、な、な・・・・」

「なな、ああ七つですね。全部で875ミラになります」

 

 私はこの場所がどこなのか忘れて、思いの丈をぶつけました。

 

「何してやがりますの!!!!!」

 

side out

 

 私の屋台にデュバリィさんとシャーリィさんがお客様として来てくれた。もう一週間経ったか。まあ、最低限の準備は出来ているから大丈夫だろう。

 しかし、今は、

 

「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かに」

「そうだよ、お姉さん。騒ぎになるとまずいんだから」

「あ、し、失礼いたしましたわ!!って、私が悪いんですの!?」

 

 どうやらデュバリィさんは疲れているみたいだ。この一週間準備が大変だったのかもしれない。頑張り屋だからな、デュバリィさん。一個、サービスしておこう。

 

「状況の報告がしたいので、少し待っていてください」

「うん、わはっはぁ」

 

 シャーリィさんが食べながら返事をしてくれた。返事をするのはいいが、食べながらは止めなさい。

 

 

 客足が落ち着いてきた。これなら抜けても問題なさそうだ。

 私は分け身に後は任せ、二人に現状の状況の説明に向かった。

 

「お待たせしました。デュバリィさん、シャーリィさん」

「えーえー、待ちましたわ。ゆっくりと貴方に言ってやる言葉の吟味ができる程、じっくりと待ちましたわ!!」

「うーん、まあ3時間も待ってると流石に飽きたね」

「すみません。流石に稼ぎ時に店を離れるわけにはいきませんので‥‥‥もう少し分け身が上手くできれば、支店も増やせるんですが」

「そのことで言いたいことが‥‥‥なに暢気に店なんてやっていますの!!結社の計画、そのための大切な実験を一体何だと思ってますの!!」

「デュバリィさん、分かっています。私も盟主様に任じられた結社の執行者としての責務も、アリアンロード様のご期待も当然分かっております」

「でしたら‥‥‥」

「ですが、そのために必要なものがあります。実験を成功させるために我々に最も必要で、持っていないものがあります。これはそのための第一歩です」

「私達に必要なもの‥‥‥ですか?それは一体?」

「‥‥‥ミラです。この世はミラがなければ何もできません。衣服、食事、住居、この三つが我々には必要です。ですがそのためにも最も必要なものはミラです」

「そ、それは、そうですが‥‥‥」

「ちなみに今どれくらい稼げてるの?」

 

 私はシャーリィさんの質問に帳簿を見ながら、昨日までの売り上げを計算すると‥‥‥

 

「100万ミラくらいです」

「100万!!」

「へえー、すごいじゃん。でもなんでそんなに稼げたの?」

「コロッケの原価は100ミラ、これを125ミラで販売しています。そのため一個で25ミラの儲けになります。この一週間で約4万個売れてます。現在屋台はセントアークの出入り口と中央に配備しています。そして二日前には百貨店『アルビオンガーデン』と『ホテル・オーガスタ』との契約が出来ましたので、これからの利益は更に増すことになるでしょう。後、コロッケは店先で揚げてますので、コロッケ製造はアルトハイム伯爵のご厚意で借りて頂いた、アパルトメント『ルナクレスト』で行っています。キチンと衛生指導は受けてますので安心してください。‥‥‥これが私のここまで準備状況です」

「‥‥‥」

「うわー、すごい儲かってるね。いいじゃん!すっごいじゃん!‥‥‥あれ、でも屋台と人、雇ってるよね。それで差し引き、あんまりないとかしない?」

「大丈夫です。人件費は0です。全て私の分け身ですから。一応同じ人間がたくさんいると、色々まずいので、変装して改造して別人にしていますが」

「‥‥‥」

「さすが《社畜》のお兄さん。やるじゃん!!」

 

 シャーリィさんにご満足して頂けたようだ。

 結社の計画ではこれからも実験は行われる。そのためにも私は稼げるうちに稼いでおいて、これからの実験に使えるようにしておくべきだ、資金は大事だ。それがいつか盟主様、アリアンロード様の御役に立つときが来るかも知れないし。

 しかし、先程からデュバリィさんが反応しなくなった。どうしたんだ?

 私がデュバリィさんの様子を訝しんでいると、突然‥‥‥叫んだ。

 

「な、何でNo.持ちはこんなに弁えない者ばっかりですの!!!マスターーーーー!!」

 

 デュバリィさん、街中で叫ぶのは止めた方がいいですよ。

 

 

 

―――七耀暦1206年4月2日 リーヴス

side リィン・シュバルツァー

 

RRRRRRRRRR

 

 ARCUSが鳴り出した。一体誰だ?

 

「はい、リィンです」

「リィンか、私だ。パトリックだ」

「パトリック!一月振りか、どうしたんだ、一体」

「今、セントアークにハードが来ているんだよ」

「え、ハードが!」

「そうか、セントアークか。‥‥‥少し今は、忙しくてな。落ち着いたら行きたいと思う」

「そうか、ハードも今日から屋台を始めて忙しいだろうからな。その内、落ち着いたら同期で集まりたいな」

「ああ、そうだな」

 

 いつか、集まれたら、な。

 

side out

 

 



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第五話 襲撃と覚悟

いつも感想ありがとうございます。


―――七耀暦1206年4月22日 夜 南サザーランド街道・演習地

 

 私は仮面とローブを纏い、正体を隠しながら戦い、その結果が目前にある。

 私の目前には倒れ伏す、トールズ士官学院第二分校の教官、ランディ・オルランド、ミハエル・アーヴィング、そして‥‥‥リィン・シュバルツァー。

 デュバリィさんと戦うラウラ・S・アルゼイドも、シャーリィさんが戦うフィー・クラウゼルも、回復役を務めている、エリオット・クレイグも、皆こちらを見て、唖然としている。

 何故このような事態になっているのか、話は少し時間を遡る。

 

―――七耀暦1206年4月15日 セントアーク

 

 デュバリィさんとシャーリィさんがセントアークに来て一週間、二人は日々、結社の実験のための準備を進めている。人形兵器と猟兵で演習を行い、闘気を高めているそうだ。

 そのことで、最近は少し騒ぎになりつつあるようだ。猟兵や見知らぬ魔獣だと思われて、街中の空気は不安げな人が多いように見受ける。

 申し訳ないとは思う。罪悪感を感じるし、引け目があるし、セントアークの住人に情もある。だが、結社の一員として、結社の執行者である以上、この場は忠義が勝る。

 私の忠誠は盟主様に捧げている。私を拾って頂いた恩がある。私に役目を与えてくれた。ならば全力で結社のために、盟主様のために、邁進する所存だ。

 

 さて、私の決意はともかく、私の現在の作業状況は‥‥‥良くなかった。

 私がデュバリィさんとシャーリィさんのために拠点を用意したのだが、気に入ってもらえなかった。

 アパルトメント『ルナクレスト』にコロッケ製造で使用している部屋以外にもう一部屋取ってあった。そこを拠点にしてもらおうとしたが、最寄の情報を説明すると‥‥‥デュバリィさんがキレた。

 

「なんでそんな場所に拠点作ってんですの!!!!」

 

 冗談で遊撃士協会の隣に借りたと言ったところ、デュバリィさんには本気だと思われて、本命に連れて行く前に、怒って行ってしまった。信用ないな、私。

 結局、私が当面のミラを渡して、後は勝手にやるそうだ。用意した部屋は私が使っている。

 そう言えば、同級生のフィー・クラウゼルと再会した。セントアークでばったり出くわした。一年ぶりだが、私のことを覚えてくれていた。お互いの近況報告とか、フィーが卒業した後のリィンの話とかで盛り上がった。私のコロッケ屋台の事も話したし、フィーも遊撃士として話せる範囲での、最近の事件とか、この辺りが危ないとか、色々情報を貰っている。

 最近では私の店の常連で今日も買いに来てくれている。

 

「いらっしゃい。フィー」

「うん、コロッケ四つ」

「500ミラになります」

「ん」

「毎度どうも」

「サンクス」

 

 ここ最近の朝はいつもこんな感じである。朝仕事前に買いに来て、食べながら仕事に向かっていく。

 私は彼女の姿を見て思ったことがある。新商品開発が急務であると。

 ここセントアークにおいて、朝や昼の急ぎの時に片手で食べながら移動している人は良く見る。私はここに商売のチャンスを見出した。コロッケに変わる新商品、いやコロッケをパンで挟んだ、コロッケパンを作ることを考えた。そうすれば、単価を上げることが出来、利益率を上げることが出来るはずだ。

 しかし、ここで問題が起きた。パンに納得がいかなかった。コロッケと相性のいいパンを私の力では作れなかった。どこかに修行に行かないといけないな。‥‥‥そういえば、クロスベルに有名なパン屋があったな。

 この任務が終わったら、そこに修行に行くのもいいかも知れないな。

 

「おーい、ハード」

 

 私の屋台にパトリックがやって来た。たまに買いに来てくれるが、一体どうしたんだ?

 

「どうした、パトリック?」

「リィン達、トールズ士官学院第二分校が来週ここに来るそうだ。先程父上から教えてもらってね、ハードに早く伝えたくて来たんだよ」

「そうか、リィン達がここに来るのか。トワ先輩も一緒だろうか、こちらに来られたら挨拶に行かねばな。‥‥‥そういえば、何しに来るんだ?まだ学校に入学して一月も経っていないだろう?」

「ああ、そのことだが、ハードはここ最近のセントアーク、いやサザーランド州の事件について、知っているか?」 

「猟兵とか、見たこともない魔獣が出たとかって言う話か?」

「ああ、そうだ」

「フィーから聞いてはいるが、それが関係しているのか?」

「ああ、どうやらそうらしい。‥‥‥それにしてもリィンがセントアークに来るのが来週とは、示し合わせたそうだが、驚きだな」

「示し合わせた?」

「ああ、同じ日にセントアークにエリオットが演奏会をしに来るそうだ。そして、ラウラも出稽古とかでパルムのヴァンダール流道場に来るそうだ」

「そうか、リィンも嬉しいだろうな。七組の仲間に出会えるんだし」

「実はまだリィンは七組の3人がいることを知らないそうだ。来週エリオットが連絡する手はずらしいぞ。フィーから聞いたから間違いないだろう」

「なんだ、知らないのか。まあ、多少のサプライズが有った方がいいだろうな。‥‥‥しかし、リィンともう会えるとは思わなかったな。卒業して二か月か、思いの外、早かったな」

「そうだな、私も同じ気分だな。どうせリィンが来るんだったら、トールズ士官学院卒業生で同窓会みたいなものがしたいが、ハードはどうだ。同窓会」

「そうだな、お互い時間が合えば、そういうのもやってみたいな」

 

 私はパトリックからリィン来訪の連絡を受けて、少し憂鬱な気分になった。

 

 

―――七耀暦1206年4月15日 ハーメル

 私はエレボニア帝国とリベール王国との国境近くにある廃村、ハーメルにやって来た。

 何故、私がハーメルに来ているかと言うと、デュバリィさんとシャーリィさんが拠点を作ったのが、この場所だからだ。

 私は定時連絡と実験状況を聞くために、拠点にやって来た。

 

「定時連絡です。ではまず‥‥‥今週の活動費の50万ミラです。使ってください。ああ、あと領収書があれば、ください。帳簿をつけておきます」

「はーい、いつもありがとうね。《社畜》のお兄さん。ガレス、領収書の束、お兄さんに渡して」

「はい、お嬢。ハード殿、こちらです。私の方で帳簿はつけておきました」

「ガレス殿、助かります」

 

 私はガレスさんから領収書と帳簿を受け取り、感謝を伝えた。

 さて、次は‥‥‥

 

「売り上げ増加計画第一段階、屋台の増産とパルムでの支店計画は順調です。屋台の素材はイストミア大森林から拝借していますので、材料費はタダです。分け身三体で随時生産中です。あと、パルムでの支店は土地は購入済みです。建物の素材もイストミア大森林から拝借してきますので、これもタダです。後、建物の方は私が建てます。架空の建築業者をでっちあげ、社員は全て私の分け身です。なので、これも人件費は無しに出来ます。建物完成は一週間後を予定しています」

「‥‥‥もう、お好きになさい‥‥‥ハァー」

 

 説明が長すぎたか、デュバリィさんが疲れたようで、溜息をついている。

 これで最後なので、頑張ってください。

 

「猟兵と人形兵器が理由で街中では不安に思う人達が増えてきています。その対応のため、帝国政府は来週、トールズ士官学院第二分校をこちらに来るそうです」

 

 私の報告を聞いて、二人の反応は、対照的だ。

 

「‥‥‥そうですか。動きましたか、面倒なことですわ」

「アッハハ、ランディ兄が来るんだ。楽しみだなぁ!!」

 

 テンションが下がるデュバリィさんとテンションが上がるシャーリィさん。それぞれ別々の反応だ。

 

「どうしました、デュバリィさん?」

「いえ、実験の邪魔をされるのは、面倒だと、思いまして‥‥‥」

「えー、シャーリィは楽しそうだけどな。いっそのこと、猟兵と人形兵器、そのお客さん達にぶつけてみたらいいんじゃない」

「まあ、多少ならいいですけど‥‥‥そう言っておいて、実は自分が戦いたいから、とか考えていませんでしょうね」

「うん、考えてる」

「貴方も執行者なんですから、もう少し弁えなさい!」

「って言われてるよ、社畜のお兄さん」

「貴方に言ってますの!!」

「まあまあデュバリィさん、落ち着いて。それより実験の状況はどうですか?」

「オホン、あまり良い成果とは言えませんわね。もう少し闘気を高めないと、アレは起動できそうにありませんわ。その為にも、紅の戦鬼の言う通り、ぶつけて見ても良いかもしれませんわね。それに、メンツはそれなりに揃っているようですし、何より灰の騎士がいます。一年半ぶりですし、どれ程成長したのか、確かめて差し上げますわ」

 

 なるほど、デュバリィさんの考えはよく分かる。現在の方法では、マンネリ化しているから、違う方法を試したいようだ。

 しかし、先程の話で一つ気になったことがあった。

 

「デュバリィさんが言う、灰の騎士とはリィン・シュバルツァーのことですか?」

「ええ、そうですわ」

「彼は‥‥‥私が相手をします。」

「‥‥‥確かに今の貴方は私たちの中で一番強いですわ。ですが、そのような顔をしながら言う者に任せるつもりはありませんわ」

「!!!」

 

 そのような顔、か。おそらく私は意気地がない顔をしていることだろう。

 トールズと戦うことになると聞いたのは二週間前、執行者に成った後に、デュバリィさんからの説明で聞いていた。前回の内戦のときの話も。

 盟主様の大いなる計画、これを成就させるために結社は動いている。

 私も執行者、盟主様に拾われた身だ。故にこの身を捧げる覚悟、と言っているのに、友と戦うことはイヤだ、とは‥‥‥我ながら情けない。

  だが、そんな情けない私が彼らと戦わなければ、執行者としての一歩を踏み出せないと思う。だからこれだけは譲れない。

 私はヤバいところに就職した、と改めて思った。

 国家、遊撃士、様々なものを敵にまわしていく、結社にいる事の大変さをようやく理解した。

 かつて友と呼んだものとも戦うことになるだろう。だから、かつての学友の前では昔の自分でいたいと思ったし、その当時の振る舞いもしてきた。少しでも、彼らとの繋がりを捨てないように、考えてもいた。

 だが、私は執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》だ。結社に居続けるためには覚悟を決めるしかない。

 

「ならば、顔を隠しましょう」

 

 私は『ハード・ワーク』を変形させ、仮面とローブにして、身に纏った。

 仮面とローブの色は黒く、仮面の形はアリアンロード様をイメージした形だ。

 

【これからは執行者として活動するときはこの仮面とローブを纏うことにした。よろしく頼むぞ、《神速》、《紅の戦鬼》】

「ヒュー、カーッコイイ。いいじゃん、《社畜》のお兄さん」

「不敬にもマスターの兜を真似るとは、貴方らしいと言うか、何というか‥‥‥」

 

 我ながら未練がましいものだ。このような理由をつけて仮面を被り、己を隠さないと彼らと戦う度胸がないとは‥‥‥だけど、もし、いつか、私の中で覚悟が決まったなら、この仮面を外そう。それが私と彼らの別れになろうとも。

 

 

―――七耀暦1206年4月22日 夜 南サザーランド街道・演習地

side リィン・シュバルツァー

 トールズ士官学院第二分校の最初の演習、その一日目の夜に事件は起こった。

 デアフリンガー号でのブリーフィングの最中に、突然起こった。

 

「アハハ、それはどうかなぁ?」

 

 突然の声がデアフリンガー号内に響いた。

 

「この声は――――!」

 

 ランドルフ教官が声に反応した瞬間、デアフリンガー号に爆音と共に振動が響いた。これは――――!

 

「パンツァーファウストだ!!」

 

 俺達は急ぎ、列車の外に出ると、機甲兵が倒されている。先程のパンツァーファウストが直撃したようだ。近くにいる生徒をトワ教官が指示を出している。

 俺はこの襲撃犯を探すと‥‥‥見つけた。高台からこちらを見下ろしながら、二人の女性だった。

 

「シャーリィ、テメェッ!!」

「アハハ、ランディ兄、久しぶりだね!」

「昼間の‥‥‥それにあんたは―――」

「フフッ、久しいですわね。灰の起動者」

 

 一人は鉄機隊の筆頭《神速》のデュバリィ、そしてもう一人はセントアークで会った女性だった。

 

「《身喰らう蛇》の第七柱直属、鉄機隊筆頭隊士のデュバリィです。短い付き合いとは思いますが、第Ⅱとやらに挨拶に来ましたわ」

「執行者No.ⅩⅦ《紅の戦鬼》シャーリィ・オルランド。宜しくね、トールズ第二のみんな」

「結社に入ったとは聞いたが、まさか執行者になってたとはな‥‥‥まさか叔父貴も来てんのか!?」

「ふふ、こんな楽しい仕事、パパに任せるわけないじゃん。ちょっとだけ戦力を借りたけどあくまで個人的な暇つぶしかなぁ?」

「全く、貴方は少しは使命感を見せなさい」

「執行者に鉄機隊の筆頭‥‥‥予想以上の死地だったみたいだな。問答無用の奇襲、一体どういうつもりだ!!」

 

 俺の問いかけに、執行者シャーリィは楽しそうに答えた。

 

「ふふっ、決まってるじゃん」

 

 彼女は持っていたパンツァーファウストを手放すと、大きな唸りを発する武器を取り出した。

 

「《テスタロッサ》‥‥‥!」

 

 ランドルフ教官の声がかすかに聞こえた。

 

「勘違いしないでください。私たちが出るまでもありませんわ。ここに来たのは挨拶と警告、身の程を思い知らせるためですわ」

 

 《神速》のデュバリィが剣を引き抜きながら、そう答えた。すると‥‥‥大量の人形兵器が転移してきた。

 

「あはは、それじゃあ歓迎パーティを始めよっか!」

「我らからのもてなし、せいぜい楽しむといいですわ!」

 

 ランドルフ教官、トワ教官、ミハエル少佐の指揮の元、第Ⅱの生徒が戦っていく。

 俺はⅦ組の生徒と共に遊撃を行い、数を減らしていく。

 

「ちょっとだけ、味見するくらいだからさああっ!」

 

 すると高台からシャーリィが飛んできて、デアフリンガー号に迫っていく。

 

「ああもう――――、どうして私が御守を!」

 

 続いてデュバリィが高台から駆けてくる。

 

「ほらほら!巻き込まれたくなかったらとっとと逃げなよね!」

 

 彼女がデアフリンガー号に迫っていくと、銃弾が彼女の行動を阻止した。

 

「あははっ‥‥‥ナイスタイミングだねぇ」

「‥‥‥バッドタイミングの間違いだと思うけど」

 

 そこには‥‥‥フィーがいた。かつての仲間が助けてくれた。

 フィーはシャーリィと戦いをデアフリンガー号の上で戦い始めた。

 突然の戦場に演奏が響き始めた。この音は‥‥‥

 

「響いて、レメディ・ファンタジア」

 

 エリオットだった。エリオットの音楽が戦場の傷ついた生徒たちを癒していく。

 

「つ、次から次へと‥‥‥いいでしょう!ならば私も本気を――――」

「ならばその本気は私が受けさせてもらおうか‥‥‥奥義《洸凰剣》」

 

 ラウラまで‥‥‥来てくれた。ラウラはデュバリィを止めてくれている。

 助かった、後は人形兵器を片付ければ‥‥‥

 

【あまり壊してくれるな。それも安くはないんだぞ】

 

 戦場に新たな声が響いた。

 

「!!!!」

「あの兜は!!」

 

 そこには黒いマスクをした、黒いローブを纏った大きな存在がいた。

 

「テメェ、何者だ!」

【我は執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》、見知りおき願おう《赤き死神》】

 

 また新たな執行者か。

 俺は相手の出方を伺うように見ていると、こちらを向いた。

 

【安心しろ。この場では戦うつもりはない】

「それを信じろと」

 

 俺は警戒を厳にして、一挙手一投足を見逃さない。

 

【‥‥‥仕方がない。相手をしてやる、かかってこい、《灰の騎士》】

 

 執行者《社畜》は構えもせず、隙だらけだ。だが‥‥‥相当危険だ。

 この男を相手に、生徒たちを戦わせるわけにはいかない。俺がそう思っていると、ランドルフ教官とミハエル少佐が俺に並んだ。

 

「俺達でやるぞ、シュバルツァー」

「これ以上、状況が混乱するのは避けたい。援護する」

「ランドルフ教官、ミハエル少佐‥‥‥助かります。Ⅶ組はトワ教官の指示に従え」

「私も行きます」

「下がれ、アルティナ」

「!!!」

 

 男はこちらを見て何もしてこない。構えもしていないし、武器も出していない。一体何を考えている。なら、一気に決着をつける!

 俺は男に向かって駆けていく。ランドルフ教官も俺に続き、ミハエル少佐は導力銃を構えて、支援の用意をしてくれている。

 

「弐の型『疾風』」

 

 《社畜》に向かって、神速のスピードで移動して斬り刻もうとしていると、漸く動き‥‥‥刀を取り出し、俺と同じ動きをした。

 

【弐の型『疾風』】

「グハァ!」

 

 俺だけが弾き飛ばされた。何故‥‥‥何故、八葉一刀流を使える!!今使ったのは『疾風』だった。そして使った武器は太刀だった。打ち負けた、力の差が原因とはいえ、かなりショックだ。だが、今は戦闘中だ、ショックなら後で受ける。

 

「『クリムゾンゲイル』」

【『クリムゾンゲイル』】

 

 《社畜》はランドルフ教官にも同じ武器で同じ技を打ち合わせた。

 

「クッソー、この猿真似野郎」

【確かに真似だ。今、使った技を真似た、ただそれだけだ】

「!!!!」

「つ、使った技を瞬時に真似た、だと‥‥‥」

【どうした?終わりか。ならば、怪我をする前に帰るといい。安心しろ、追いはしない】

 

 この男の言葉には何故か、信用が出来た。声も知っているわけではなく、顔を見えないというのに、何故か信用出来た。だが、

 

「生憎だが、結社がここで何をしているのか、突き止めなければならない。そのためにも、あんたにも喋ってもらうぞ」

【‥‥‥残念だ、ならば、少し寝ていてもらおう】

 

 男が今度取り出したのは‥‥‥大きな槍だった。

 

「て、テメェ、それは!!」

【我が師、アリアンロード様の槍だ。《赤き死神》殿はこの槍に、見覚えがあるようだな】

「ああ、メチャクチャ覚えがあるぜ!!」

【ならば、この技にも覚えがあるだろう――――聖技『グランドクロス』】

 

 槍を掲げ、巨大な渦を作り出して渦で俺達を飲み込み、とどめに槍で俺達を一閃し、最後に爆発をおこす。

 

「うわあああああああああああ!!!」

 

 うう‥‥何だ、今の技は体中に痛みがあり、立つことが出来ない。周囲を見ると、ランドルフ教官もミハエル少佐も同じようで、動くこともままならない。

 男がこちらにゆっくりと歩いてくるのが見えた。

 くっ、せ、生徒たちだけでも、逃がさないと‥‥‥でも、体が動かない。

 だが、俺の思ったこと通りにはならなかった。

 

【引くぞ、《神速》、《紅の戦鬼》これ以上は無意味だ】

「分かりましたわ。《紅の戦鬼》も小腹を満たしたならとっとと行きますわよ」

「あはは、ゴメンゴメン」

 

 二人が、男の下に集まった。

 

「お遊びにしては楽しめたかな?本当の戦争だったら、五分くらいで壊滅だろうけど。あ、でも《社畜》のお兄さんなら、もっと早くに消しちゃえるだろうけどさぁ」

「まあ、この場所を叩くのは今夜限りと宣言しておきます。明日以降、せいぜい閉じこもって、演習や訓練に励むといいでしょう。この地で起きる一切のことに目と耳を塞いで」

「あはは、それじゃあね。ランディ兄も灰色の騎士さんも機会があったらやり合おうね」

 

 そう言い残して帰っていった。一人を残して‥‥‥

 

【‥‥‥】

 

 一番強い、この男だけが残っている。

 

「これ以上の狼藉は見過ごせん」

「ん、これ以上はやらせない」

「リィン達にはこれ以上はやらせないよ」

 

 ラウラ、フィー、エリオットが駆けつけてくれた。だけど、この男の前では‥‥‥

 

【やめておけ、力の差が分からない程、愚かではないだろう】

「力の差が大きいからといって、逃げるわけにはいかぬ!」

 

 ラウラが斬りかかって行く。

 だけど‥‥‥ラウラも同じ武器で受け止められた。

 

「な!」

【アルゼイド流の技は見せてくれないのか?】

「なめるな!『奥義・洸凰剣』」

 

 ラウラがアルゼイド流皆伝の奥義を繰り出した。だと言うのに‥‥‥

 

【なるほど、『奥義・洸凰剣』】

 

 ラウラの奥義もコピーされ、相殺された。

 

【もういい。これ以上、傷つけたい訳ではない】

「グっ!」

 

 そう言って、ラウラの背後に回り、首に手刀を振り下ろし、ラウラを気絶させた。

 

【さて、これで終わりにしよう】

 

 手に炎を作り出した。オーブメントも駆動していない、なのに、炎が‥‥‥まさか、《劫炎》と同じ能力までコピーできるのか!!

 

【『神なる焔』】

 

 俺とランドルフ教官、ミハエル少佐に炎が放たれ、逃げることも出来なかった。

 

「「リィン」」

「「リィン教官」」

「リィンさん」

 

 あれ、熱い、けど、熱すぎない。体の芯からあったまるような、温泉のような炎だった。体から痛みが疲れが消えていく。

 体の自由が利く様になり、立ち上がり、改めて男を見た。

 大きな体、黒い仮面とローブの風貌。武器は持っていない、何種類もの武器を使いこなしている。だけど、相手と全く同じ武器を使っていた。ランドルフ教官のスタンハルバードは量産品だから、それを持っているのは分かる。だが、俺の刀もラウラの大剣は量産品ではない。なぜ、それと同じものを持っているんだ?

 それに何より一番分からないのが、『観の目』が働かない。なぜこの男は何も見えない。

 

【さて、怪我も治っただろう。《神速》の忠告を受け入れるか、今すぐここを去るか、どちらかを選ぶ方が身のためだ】

「待て!!」

 

 それだけを言い残して去って行った。

 執行者《社畜》か。また、厄介な相手が出てきたな。

 

side out

 

 



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第六話 本心

誤字報告、感想頂き、ありがとうございます。


―――七耀暦1206年4月22日 ハーメル

 

 リィン達、トールズ第二に対し警告を終えて、私は拠点のあるハーメルに戻ろうとしている。

 おそらく彼らはここを突き止め、やってくるだろう。

 その時は‥‥‥また戦うことになるだろう。今度も手加減するしかないだろう。

 手加減だなんて、我ながら随分と上から目線な物言いをするようになったものだ。

 トールズ士官学院時代、リィンと私には明確な力の差があった。私の方が力は強かった。リィンよりも体が大きいから、それは不思議ではなかった。

 でも、リィンの方が技に優れていた。八葉一刀流という東方の武術を使う彼は、私よりも戦闘において、強かった。

 そんな彼を相手に、余裕を持って戦えた。初めて見せられた弐の型『疾風』も真似することが出来た。

 まあ、私がリィンとの戦いで余裕があったのは、アリアンロード様の研修のおかげだな。アリアンロード様と一対一で戦うのに比べれば、今のリィンにラウラ、《赤き死神》、TMPの少佐が相手とは言え、敵ではなかった。

 結社の執行者としては十分な戦果だと、言えるだろう。執行者の初戦闘にしては、という但し書きは付くだろうが、これからも頑張って行こう。全ては盟主様のために。

 

 私がハーメルに戻ってくると、デュバリィさんが待っていた。

 

【《神速》か、《紅の戦鬼》はどうした?】

「彼女でしたら、赤い星座の面々と宴をしていますわ。どうやら、小腹は満たせたようですわ。‥‥‥いい加減その仮面を外したら、どうですの」

 

 私は彼女に言われて、ずっと仮面をしていたことに漸く気づいた。もう、外してもいいか。

 私は仮面を外した。外の風が気持ちよかった。

 

「少しはましな顔になったようですわね」

「‥‥‥ええ、少しは覚悟が出来た、と思います」

 

 私はリィンと戦った。友に対して、顔を隠して戦った。覚悟を、決意を、執行者であることを示すことが出来た。‥‥‥いや、そんなものが出来ているならば、顔を隠す必要などない。やっぱり私に覚悟など出来ていないんだ。情けない限りだ。

 

「嘘おっしゃい。そんなものが出来ているなら、態々彼らを回復させる必要なんてありませんでしたわよ」

「‥‥‥見ていましたか、でも、そのすぐ後にこちらに全力で向かいましたが、デュバリィさんを見えませんでしたよ?」

「私は《神速》ですわよ。この名は伊達ではありませんわ」

 

 そうだった、私はデュバリィさんの速度に今だ追いつけてはいない。

 私が回復したのを見てから、ここに来たのか。だと言うのに、私に見られることもなく、か。まだまだ修行が足りないな。

 

「‥‥‥ハード・ワーク、貴方は何故戦うのですか?」

 

 デュバリィさんが私に問いかけた。私が戦う理由―――それは、

 

「私が戦う理由は‥‥‥盟主様のためです。誰からも必要とされなかった私を必要としてくださったから‥‥‥」

「貴方は望めば何にでもなれたのではないですの?」

 

 望めば、か‥‥‥私が何かを望んだのは、きっと親が生きていた時、までだったんだろうな。しかし‥‥‥

 

「‥‥‥今の私に、何かを望むことはありません。ただ必要とされるままに動くまで、です」

「貴方には、譲れない信念はありませんの?」

「ありません。私は結社に、盟主様のために働くのみ。それ以外は全て‥‥‥些事です」

「また嘘ですわね。譲れない信念があるから、彼らを回復させたんでしょう。‥‥‥別に何を言っても構いませんわよ。どうせ貴方の事です。私の思考の斜め下に飛んでっているでしょうし、そんなこと誰にも言いませんわよ」

「‥‥‥たぶん、私が一番理解出来ていないんです。何故回復させたのか、何故手加減したのか。任務のために彼らをこの場に呼ぶ必要があったから、手加減をして、回復させた。でも、私は彼らに、帰れと、言いました。私は‥‥‥何がしたいのか、分からないんです。‥‥‥リィンとは、去年一年、友達だったと、私は思っています。だから、自分自身で彼を傷つけるのは‥‥‥出来ません。したく、ありません。でも、私は執行者《社畜》としていなければ‥‥‥居場所がない」

 

 私にとって、トールズ士官学院時代には生徒会という居場所があった。トワ先輩が私に居場所をくれた。だから、その居場所を守るために私に出来ることは全てやった、つもりだ。だから、卒業した次の日にみんなが私に礼を言ってくれたことは嬉しかった。私がやってことは間違いじゃなかった、そう言ってくれた気がしたから、だからあの場所は特別なんだ。

 親が死んで、居場所を失って、ずっと一人だった。何をやるのも、食べるのも、寝るのも、遊ぶのも、勉強もずっと一人だった。

 トールズに入学したのも、空っぽの家にいるのが、つらかったからだ。目的が有ったわけではない。

 なのに‥‥‥多くのものが、捨てられないものが出来た。出来てしまった。

 でも今は、それを捨てなければならなくなってしまった。

 私は何なのか、分からなくなった。結社の執行者《社畜》であり、トールズ士官学院の卒業生。この二つが戦うことになったとき、どうすればいいのか分からなくなって、今に至っている。

 

「‥‥‥はぁ~貴方、やっぱりめんどくさいこと考えているじゃないですの。いいですか、貴方は結社の執行者《社畜》のハード・ワークなんですのよ」

「‥‥‥はい、私は結社の執行者《社畜》です」

「でしたら、執行者の権限を使えばいいではないですの。執行者にはあらゆる自由が許されていますわ。それは使徒からの命令であっても、その自由を使って、作戦を拒否すればいいじゃないですの」

「‥‥‥それも考えました。ですが‥‥‥」

「ですが、何ですの?」

「‥‥‥心象悪くなりません?」

「他の方はともかく、私の心象はもう既に最悪ですわ。今更下がりませんわ。だから、気にする必要ありませんわね、この計画から降りても。それに、執行者でそんなこと考えたのは貴方が最初だと思いますわ。執行者なんて、皆お守りが必要な奴ばっかりですわ。今更自分が常識人みたいなこと言っても、むしろ異質、気持ち悪いだけですわ。執行者になるには闇を抱えていなければ、なることは出来ないそうですわ。だから貴方の心の闇も、むしろ執行者なら持っていて当然のもの、むしろそれがあったから執行者になれたんですわ。受け入れなさい」

「デュバリィさん‥‥‥」

「私が言えることは、やりたいか、そうでないか、ご自分でお決めなさい」

 

 自分で決めろ、か。そうだな、こんなこと誰かに決めてもらうことじゃない。

 もう子供じゃない、大人だ。今は社会人だ、いつまでも学生気分ではいけない。

 

「やります。最後まで、やり通します」

「そうですか。貴方が決めたことならば私に否やはありませんわ。精々足を引っ張らないようにしてくださいましね」

「はい」

「ああ、そうですわ。貴方、戦うときは先程のマスクとローブを使いなさい」

「へ?」

「か、勘違いするんじゃありませんわよ。べ、別に貴方に配慮して、ではありませんわよ。そ、そう雰囲気、雰囲気が足りないんですわ。貴方に強者としての雰囲気が足りませんので、マスターの威をお借りでもしないと、結社としての品格に関わりますわ。なので、せめてもう少し強者の雰囲気が出るまでは戦闘に参加する際は顔を隠すことを進言致しますわ。ま、まあ貴方は執行者ですので、あらゆる自由がありますので、私のお願いを聞く必要はありませんが‥‥‥」

「‥‥‥デュバリィさん‥‥‥はい、分かりました。私が戦闘に参加する際はこのマスクを付けることにします」

「そ、そう」

 

 デュバリィさんは顔を背けて、答えた。

 ‥‥‥ありがとうございます、デュバリィさん。

 私は口に出すと、また何か言われそうなので、口には出さず心の中で礼を言った。

 

―――七耀暦1206年4月23日 パルム 

side リィン・シュバルツァー

 

 俺は帝国政府から『サザーランド州にて進行する《結社》の目的を暴き、これを阻止せよ』という要請を受けた。そのために、旧Ⅶ組のラウラ、フィー、エリオットが手伝ってくれている。ただ、代わりにユウナ、クルト、アルティナを置いてくる結果になってしまった。

 特にクルトには強く言い過ぎたと後悔している。クルトは17歳でヴァンダール流の中伝に達している。本当に才能に恵まれている剣士だ。

 だが、不足だ。半端な人間を『死地』に連れて行くわけにはいかない。そう言って、置いてきた。

 もう少し言い方があったんじゃないだろうか、そう考えてしまう。

 今にして、サラ教官の凄さが身に染みるくらいだ。

 もし、ハードだったら、何て言ったんだろうな。

 

 アイツ、不器用だったからな。教えようと必死なのはとてもよく分かる、だけど、アイツが歴史の勉強を教えようとすると、1200年の歴史を教えようとして来たからな。それも、各国の歴史を平行に教えようとしてくるので、とてもじゃないが時間が足りなかった。

 だけど、授業から離れていた俺のために、そこまで熱意を持ってくれたことは素直に嬉しかった。

 

 そう言えば、今ここにはハードが来ているんだったな。昨日の午前に来た時は居なかった。社員の人が言うにはパルムの方に支店を作るので、その打ち合わせに行っている、と言っていた。

 その後に、パルムに依頼で行くことがあったので、行ってみると、打ち合わせが終わってパルムからセントアークに戻っていたそうだ。

 そして、依頼が終わった後に、セントアーク経由で演習地に戻るときには、屋台が仕舞われていた。どうやら営業時間内に間に合わなかったみたいだ。

 残念だったな。折角会えると思っていたのに‥‥‥

 まあ、今回の演習で会えなかったのは運がなかったと諦めるしかないか。

 ハーメル村への道中、そんなことを考えていると、

 

「リィン、どうしたの?」

「エリオット‥‥‥セントアークにトールズの卒業生がいるそうなんだが、会えなかったからな。少し残念だった、と思ってな」

「パトリックの事?」

「いや、皆が卒業した後に生徒会長になった‥‥‥」

「ハードの事?」

「フィー、知っているのか?」

「ん、セントアークにいるよ。今コロッケの屋台をやってた。凄い儲かってるみたい。この間、会ったときはパルムに支店を建てようとしている、て言ってた」

「ああ、そうらしいな。昨日屋台にいた社員の人がそう言っていたな」

「社員?リィンが行った屋台はどこの?」

「え?セントアーク駅の近くだけど‥‥‥」

「いつもハードがいるところだね。たぶん忙しいから、代わりの人が居たんだね」

 

 あの時いたのは、背が高くて、体つきのいい男性だったな。眼鏡をかけた人で名前はアルバさんという人だった。昔はどこかで教授をしていたらしいけど、抗争に負けて行き場を失くしたらしい。凄い経歴の人だったけど、ハードにどこか似ている印象だったな。

 そうか、忙しいのでは仕方がないな。

 

「ハード君か、僕も会いたかったな」

「エリオットも知っているのか?」

「うん、トールズ時代に彼に助けてもらったからね」

「私も知っている。ハード・ワーク、私が在学中も助けてもらったが、卒業した後も水泳部を助けてもらったそうだ。モニカからの手紙で知っている」

「ラウラもか」

「私もトールズの時に会ってる」

「フィーまで‥‥‥知らなかった。一体どういう経緯で知り合ったんだ?」

「僕の場合はピアノを運んでもらったんだよ」

「ピアノ、か。確かに重いからな。それを運ぶのを手伝ってもらったのか‥‥‥」

「違う違う、手伝ってもらったんじゃなくて、一人で運んだんだよ。それもピアノを背負って、壁をよじ登って、音楽室に入れたんだよ」

「壁をよじ登って!!一体どういうことなんだ?」

「うん、あの時は業者の人が運び込もうとしたんだけど、階段が通せなかったんだ、大きすぎて。そこにハード君が来て、『階段が無理なら窓から入れましょう』と言って、音楽室の窓を外して、ピアノが入るスペースを確認したら、何とピアノを背負って、壁に手を掛けて、よじ登りだしたんだ。アレは驚いたな。みんな驚いてね、ミントだけは凄い凄いって笑ってたけど。それで壁をよじ登って、5分くらいかな、それくらいで、音楽室にピアノを運んでくれたんだ。それから卒業まで、会うたびに話したり、吹奏楽部でバイオリンを教えたりしたんだ。凄く筋が良くてね、一緒に帝都の音楽院に誘ったくらいだよ」

 

 エリオットが昔を思い出して、面白そうに話している。知らないところでも、やっぱりハードだったな。ピアノを背負って、壁をよじ登る、とか、相変わらず発想が斜め上に飛んで行くやつだな。

 しかし、エリオットがバイオリンを教えて、音楽院に誘うレベルとか、相変わらず多芸な奴だな。

 

「私のときもエリオットの時と似てる。園芸部で使う肥料とか土とか運んでもらった。たまに土を耕すのを手伝いに来てくれてたりした。ただ、ハードの場合、真面目過ぎる奴だったから、明日の朝に一緒にやろう、と言うと、私達が行く前に終わってた。ハードが一人でやってたみたい。何時に始めたのか聞いたら、0時から始めて、3時に終わったらしい。それでエーデル先輩に怒られてた。一人でやって、倒れたらどうする、とか。たぶんエーデル先輩に怒られた唯一の後輩だと思う。ただエーデル先輩が卒業するとき、ノートを渡してた。エーデル先輩に見せてもらったけど、園芸部で育てた、花や野菜の記録だった。温度や天気、出来具合まで事細かに出来てた。『これで園芸部を続けていくのに困らないか、確認してくれ』って言って。それをエーデル先輩が確認してからヴィヴィに渡してた。ただ、ヴィヴィは量が膨大過ぎて読むのに苦労してたみたい。手紙にそう書いてあった」

 

 フィーの話は、俺にも容易に想像がついた。おそらく超大作になっていたんだろうな。

 

「それで、最近セントアークで会って、久しぶり、って言ったら、『私の事を覚えていたのか』って言われたからムカついてキックしたんだけど、頑丈過ぎて、気付いてもいなかった。もう少し鍛えないと」

「ハハハ‥‥‥らしいな。ハードらしい対応だな」

 

 そうか、フィーもハードとそんな思い出があったんだな。だけど、やっぱりやり過ぎたんだな。

 いつでもどこでも、ハードはやっぱりハードだったらしい。

 

「最後は私か。私がハードと会ったのは、水泳部が使用していたシャワーが壊れた時だった。そのため、修理を依頼したんだ。それでやって来たのが、ジョルジュ先輩とハードだった。ジョルジュ先輩が直すところをハードが見ていて、他のシャワーはハードが直していた。業者に頼まないのかと聞くと『予算が勿体ない』と言っていた。それから何か壊れると、ジョルジュ先輩を伴って現れて、最初に一つジョルジュ先輩に直してもらって、他はハードが直していた。途中からはハード一人で全て直していた。それは私が卒業してからもそうだったらしい、モニカの手紙にそう書かれていた」

 

 また予算か。アイツの言葉の中で使用頻度の多い言葉ベスト3に入る言葉じゃないのか?

 

「あとは、水泳部よりも泳ぎが上手かったな。ハード一人対水泳部全員で誰か一人でも勝てば予算の増額を賭けて戦って‥‥‥完敗した。クレイン部長よりも速かった。なんでも内戦中にブリオニア島に泳いで行っていたらしい。嘘か本当か、ブルーマリーナの泳ぎを見て、上手くなったらしい。私達が卒業した後、カスパルが依頼して、水泳部の助っ人として大会に出てもらったそうだが、優勝したと書いてあったな」

「‥‥‥そういえば、そんなことあったな」

 

 大会のメンバーが足りないという依頼が来ていたらしく、大会に出ていた。俺は、その時は政府からの要請で離れていたが、帰ってきたら表彰されていた。何でも、大会記録を1秒以上短縮しての圧勝だったらしい。その泳ぎから『トールズのブルーマリーナ』と呼ばれていたらしい。 

 

「まさか、皆とそんなつながりがあったとは知らなかったな」

「たぶんリィンくらいだったと思う。ハードと関わりが薄かったのは」

「そうだね。彼、有名人だったし」

「うむ、あれほど目立つ男もそうはいなかったな。何しろ単騎で領邦軍を倒したとか、魔獣百体素手で倒したとか、要塞を攻略したとか、噂に事欠かなったな」

「‥‥‥そうか」

 

 俺は何故か、悔しい思いがした。

 

 

 ハーメルへの道は閉ざされていた。だけど、クレイグ将軍、ハイアームズ侯爵の許可を得て、開けることが出来た。道中で、アガットさんが加わってくれた。アガットさんはハーメルの事を知っていた。

 かつて、リベールで起きた事件の際、そのことを知ったらしい。

 ハーメルには二人の生き残りがいて、二人とも結社の執行者になっていたそうだ。だけど、その事件の際、一人は遊撃士に、もう一人は‥‥‥亡くなったそうだ。

 亡くなったのは結社の執行者No.Ⅱ《剣帝》と呼ばれる男だった。俺も聞いたことがあった。他の執行者が口にしていた名だった。

 彼は今、ハーメル村の奥に眠っているらしい。

 俺達はその場に向かうと‥‥‥先客が居た。

 

「‥‥‥やっぱり」

 

 そこにいたのは《神速》、《紅の戦鬼》、そして‥‥‥《社畜》の三人だった。

 彼らは慰霊碑に祈りを捧げている。とても神聖な雰囲気で話しかけることは出来なかった。

 それから、少し経ち、彼らは祈りを止め、こちらに場所を譲った。

 

「待っていて差し上げますから、花を捧げてしまいなさい」

 

 俺達は《神速》の言葉に従い、花を捧げ、祈りをささげた。

 慰霊碑の前には折れた剣が刺さっている。

 

「この剣は‥‥‥アイツのか」

「ええ、魔剣『ケルンバイター』。盟主より授かったそうですがもはや力は喪われていますわ」

 

 アガットさんが言う、アイツとは先程の話にあった《剣帝》の事か。最後まで持ち主のところにあり続けたんだろう。

 その後祈りを終えた俺達は彼らと共に、村の入り口の広場に移動することにした。ここで争うのは憚られた。

 

「別にいいよ。本命もまだ来ていないし」

 

 《紅の戦鬼》の発言に疑問を持ちながらも、村の入り口の広場に移動した。

 

side out

 

―――七耀暦1206年4月23日 ハーメル

 

 私たちが慰霊碑に祈りを捧げていると、リィン達がやって来た。

 セントアークとパルムにいる分け身からの情報で彼らの動向は分かっていた。やはり来てしまったか。

 どうやら、この場所の真実も知っているようだ。

 私たちは村の入り口に移動して、対峙した。

 

「単刀直入に聞こう。この地の静謐を破ってまで『何』をしようとするつもりだ」

「死者を悼む心と礼節を持ち合わせていると見受ける。なのに何故、よりによってこんな場所を利用しているんだ?」 

 

 ラウラとリィンが私達に問いかける。その問いにデュバリィさんが答えた。

 

「‥‥‥こういった里は別にここだけではありませんわ。帝国以外の辺境‥‥‥野盗風情に襲われて全滅した集落なども少なくありません。私の故郷のように―――どうでもいい話でしたわね」

「死者は死者だよ。そして生者には生者の生きる世界がある‥‥‥生きて足掻いて苦しんで、刹那の喜びと安らぎを感じながら死んでいく世界がね」

 

 デュバリィさんが、シャーリィさんが己の考えを語っていく。

 そして、シャーリィさんが後ろに飛んで、距離を取った。

 

「それじゃあ、始めようか?ランディ兄がいないのはちょっと残念だったけど‥‥‥妖精にA級遊撃士もいるし、けっこう楽しめそうかな?」

 

 その言葉に赤い星座の軍用魔獣がシャーリィさんの傍に、デュバリィさんの傍に鉄機隊専用機ヴァンガード《F2》スレイプニルが出現した。

 

「私の剣技があれば無用ですが、少しは愉しませて差し上げます」

 

 こちらは出揃った。さあ、どうするリィン

 

「いいだろう。俺達が勝ったら話してもらうぞ。一年半の沈黙を破って《結社》が何をするつもりなのか!」

 

 リィンが啖呵を切った。ならば、

 

【いいだろう。勝てればな!】

 

 私が体に闘気を漲らせ応えると、

 

「お待ちなさい。《社畜》」

 

 待ったがかかった。ここで‥‥‥ですか?!

 

【なんだ、《神速》】

「貴方にはA級遊撃士の相手をお願いしますわ。あちらは妖精の相手をするようですし、後は私がやりますわ。それでいいですわね」

 

 どうやら、昨日の今日で、気を使わせたようだ。‥‥‥なら、

 

【よかろう、承った。】

 

 お心遣い有難く頂戴します。

 私は大剣を持った男を指差し、

 

【お初にお目にかかる、我は執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》。貴殿の相手をさせていただく。A級遊撃士の手並み、とくと拝見させていただこう】

「上等だ、かかってこいや!!」

 

 私とA級遊撃士が飛び出し、ぶつかり合った。

 それを合図に戦いの火ぶたが切って落とされた。

 



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第七話 激闘

いつも感想頂きありがとうございます。


―――七耀暦1206年4月23日 ハーメル

「うおりゃああああ!!」

 

 A級遊撃士が大剣で私に斬りかかってきた。ならばこちらも、大剣で戦おう。

 私は『ハード・ワーク』を大剣に変形させて、その一撃を受け止めた。

 

【中々だな。ラウラ・S・アルゼイドよりは上か】

「なに!テメェ、何で俺と同じ剣を持ってやがる!」

【さあ、何故だろうな?】

「ふざけんじゃねぇ!!うおおおおお!!」

 

 更に力を上げてきたか、だがまあこれくらいなら許容範囲だな。

 

【その程度か、拍子抜けだな。フン!!】

「クッ!」

 

 力を込めて大剣を振り、A級遊撃士を弾き飛ばす。

 そういえば、このA級遊撃士の名前を知らなかったな。なんと言うんだ?

 

【そういえばまだ貴殿の名を聞いていなかったな。倒す前に聞いておきたい】

「ッ‥‥‥アガットだ。アガット・クロスナー、《重剣》のアガットだ。覚えとけ!」

【なるほど、覚えておこう。生きていればな!】

 

 名前も聞いたし、思いっきりやろう。

 相手はA級遊撃士、これから執行者として戦う以上、避けては通れない相手だ。なら、私がこれから戦っていけるか見定める格好の相手といえる。

 

【行くぞ、アガット。簡単に潰れてくれるなよ】

「ほざけ!」

 

 また大剣同士の打ち合いが始まった。周囲に甲高い音が響き渡る。

 何合目か分からない程打ち合い、分かったことがある。

 

【どうやら私の方が力、スピード共に上のようだな】

「ハアッ、ハアッ、クッ!」

【それにスタミナも上のようだな。さてどうする、アガット】

「なめんじゃねぇ!!」

 

 アガットは後ろに飛び、距離を取ると、

 

「『バッファローレイジ』、うおおおおおおおお!!」

【ほう、闘気を高めたか。ならば、『バッファローレイジ』、うおおおおおおおお!!】

「く、俺の真似しやがって、気に食わねえ野郎だ。だったら、コイツを食らいやがれ『ダイナストゲイル』」

 

 大剣での連撃を放ってきた。一振り、二振り、一回転して力を溜めて、最後の一振り、よし覚えた。

 私はアガットの攻撃を見ながら、的確に弾く。そして、打ち終わった後の状態を見据えて、

 

【なるほど、こうか。『ダイナストゲイル』】

「ガ!、グ!!、グハァ!!!」

 

 私の『ダイナストゲイル』が打ち終わりに合わせて放ったため、アガットに防ぐ余地はなかった。

 これで終わりか。まあ、二つの技を見せてもらえたし、良しとしよう。それにA級遊撃士とは言え、アリアンロード様や劫炎の先輩程ではない。それが分かっただけでも収穫だな。

 さて、気は進まないが、Ⅶ組との戦いに混ざるとするか。

 

「ま、待て」

 

 私を呼び留めたのは倒したはずのアガットだった。中々頑丈だな。

 

【どうした、アガット?起きるのに手はいるか?】

「ふ、ざけん、じゃねえ!!ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥」

 

 大剣を支えに、立ち上がるアガット。だが疲労の色は濃く見える。先程の『バッファローレイジ』が影響か。

 

【『バッファローレイジ』は使用者の体力を消耗するようだな。回復の手段を持たないのに、使用するのは賢い戦い方ではないな】

「へ、今更だな。それに使ったのはテメェも一緒だろうが」

【そうだな、私も使用した。ならば『神なる焔』】

 

 疲労したなら回復すればいい、ただそれだけだ。

 『劫炎』の先輩の技は体力、気力、疲労などを回復できる万能回復技だ。これを覚えてから、睡眠時間を半分にまで減らせたし、良い能力だ。

 

「て、てめぇ‥‥‥それは反則だろ」

【使えるものは何でも使う。それが我だ】

 

 使えるなら、ノートの余白部分を無駄なく使う私が、こんな有能技を死蔵する訳がない。

 それにさっきの『バッファローレイジ』で使用した体力を『神なる焔』で回復させれば、トータルプラスとなる。正に最高の組み合わせだな。

 さて、無駄話は終わりにして、仕事を完遂させよう。

 

【さて、そろそろ終わりにしよう】

 

 私はゆっくりとアガットに近づいて行く。もう、アガットの名前を憶えていなくてもよさそうだな。

 私はアガットの至近距離まで近づき、大剣を振り上げた。

 

【さようなら、アガット・クロスナー。君の名はすぐに忘れよう】

 

 私が大剣を振り下ろそうとすると‥‥‥大きな音が聞こえた。

 私が音の方を見ると、機甲兵がシャーリィさんと後方支援を予定していたガレスさんに斬りかかって行った。それに見てみると、アイネスさんとエンネアさんも来ている。しまったな、戦いに集中しすぎて、周りの状況に疎かになっていたな。仕方がない‥‥‥

 

【命拾いしたな、アガット】

 

 私はアガットに一言呟き、乱入者である機甲兵に向かって、斬りかかって行く。

 

side リィン・シュバルツァー

 

 鉄機隊筆頭隊士《神速》と執行者《紅の戦鬼》の二人と対峙した俺達Ⅶ組。

 昨日戦った執行者《社畜》はアガットさんを相手に選んだようだ。

 昨日の戦いでは、まるで力を出していなかったように思えた。だが、それでも強い、圧倒的なまでに。

 かつて同じ執行者の《劫炎》のマクバーンと対峙したときに比べれば、下かも知れないが、それでも今の俺達よりも上に位置しているだろう。目の前の二人も確かに強いがそれでも‥‥‥《社畜》の方が上か。

 アガットさんが簡単に負けるとは思えない。だけど、相手がマクバーンクラスだとすると、アガットさん一人ではそう長くは持たないだろう。

 時間はかけられない。行くぞ!!

 

「行くぞ、『緋空斬』」

「!!」

 

 《神速》に回避された。だが、

 

「弐の型『疾風』」

「甘いですわ!」

 

 盾で受け止められたか。だけど、

 

「ラウラ!」

「任せろ!砕け散れ『獅子連爪』」

「グゥ!」

 

 《神速》はこれも盾で受け止めようとしたが、威力が大きいため、弾き飛ばされた。

 

「アハハ、やるねえ」

「甘いよ」

「常夜に響け!ノクターンベル」

 

 フィーがスピードで攪乱して《紅の戦鬼》を足止めしてくれている。それをエリオットが支援してくれている。

 なら、ここは一気に《神速》を叩く。

 

「明鏡止水、我が太刀は静!‥‥‥見えた!」

 

 俺は《神速》の周囲を縦横無尽に移動しながら斬撃を繰り出した。

 

「七ノ太刀・落葉」

「ぐっ!」

 

 俺の攻撃で距離を取った《神速》、それに並ぶように《紅の戦鬼》が移動した。

 俺はそれを見て、アガットさんの方を見ると、状況は良くないみたいだ。

 やっぱりアガットさんも同じ武器を使って戦われている。同じ大剣で戦い、力の差を示すような戦い方だ。そして、相手の技を覚えて、自分で使う。やっぱりそうだったのか。昨日はもしかしたら、俺と同じ八葉一刀流の剣士かとも思ったが、そんな訳がない。

 練度が低い訳じゃない。だけど、アレは俺と同じだった。言い表せない何かが、同じ‥‥‥でも、何か劣化していたようだった。

 たぶん、《社畜》は戦闘中に相手の行動を覚えて、それを自分のものにしているんではないのか。だとしたら、長期戦は不利だ。早く応援に行かないと、アガットさんでも厳しい。

 ‥‥‥だけど、目の前の敵はそれを許してはくれないだろう。

 

「あはは、なかなかいいじゃん!だけど―――ねえ、灰色のお兄さん。どうして本気を出さないのさぁ?」

「‥‥‥!」

 

 やはり見抜かれるか。だけど‥‥‥

 俺が力を、神気合一を使うことを躊躇っていると、

 

「させない」

 

 フィーが飛び出し、俺に力を使わせないようにしてくれた。だけど、銃声が聞こえ、フィーが飛びのいた。

 小高い丘の上から狙撃された。‥‥‥狙撃兵がいたのか。

 

「ん!」

 

 今度は矢で狙撃された。太刀で弾いて、狙撃された方を見ると、他の鉄機隊隊士がいた。

 《神速》は転移で、鉄機隊隊士の下に飛んだ。《紅の戦鬼》も同じくだった。

 あちらは5人、こちらは4人‥‥‥数の上でも不利になったか。

 アガットさんは‥‥‥やはり分が悪い、か。

 

「『対戦相手』も様子見みたいだし、とことん殺り合おうか?」

「まあ、いいでしょう。上手くいけば『起動条件』もクリアできそうですし」

 

 『対戦相手』、『起動条件』一体どういう意味なんだ?

 《神速》と《紅の戦鬼》が発した言葉の意味を考えていると、

 

「ハッ、もらったぜ!!」

 

 突然声が聞こえ、《紅の戦鬼》と狙撃兵へと攻撃がされた。現れたのは‥‥‥機甲兵だった。

 

「その声、Ⅷ組のアッシュか!?」

「あたしたちもいます!」

「参る―――!」

 

 木陰の方から二人の男女が飛び出し、鉄機隊隊士に奇襲をかけた。そこにいたのはⅦ組のユウナとクルトだった。

 そしてもう一人、宙を駆け《神速》に一撃を与えたのは、アルティナだった。

 

「アルティナ、それにクルトにユウナまで‥‥‥!」

 

 来てくれたのは助かるでも、危険だ。

 

「駄目だ、下がっていろ‥‥‥!」

「聞けません―――!貴方は言った‥‥‥!『その先』は自分で見つけろと。父と兄の剣に憧れ、失望し、行き場を見失っていた自分に‥‥‥間違っているかも知れない――――だが、これが僕の『一歩先』です」

「‥‥‥」

 

 クルトの言葉に俺は何も言えなかった。

 

「命令違反は承知です。ですが有益な情報を入手したのでサポートに来ました。状況に応じて主体的に判断するのが特務活動という話でしたので」

「それは‥‥‥」

 

 アルティナの言葉に言い返すことが出来なかった。

 

「すみません、教官。言いつけを破ってしまって。でも、言いましたよね?『君たちは君たちのⅦ組がどういうものか見出すといい』って。自信も確信もないけど‥‥‥三人で決めて、ここに来ました!」

 

 ユウナの言葉に感心してしまった。

 

「‥‥‥なるほど。確かにⅦ組だな」

「しかもリィンの言葉が全部ブーメランになってる」

 

 ラウラとフィーの言葉が突き刺さる。

 

「くっ、何を青臭く盛り上がってるんですの!?」

「あはは、愉しそうでいいじゃん。折角だからまとめて全員とやりあってもよかったけど‥‥‥これだけ場が暖まってたらいけそうかな?」

 

 《紅の戦鬼》がリモコンを取り出した。だが、

 

「おっと、イカした姉さん。妙な事はやめてくれよな?化物みてぇに強そうだが‥‥‥勝手な真似はさせねえぜ?」

「ふふ、面白い子がいるねぇ。機甲兵に乗ってるのに全然油断してないみたいだし」

「ハッ、戦車よりは装甲が薄いって話だからな。昨日みたいにパンツァーファウスト喰らったらヤバいってのは分かってんだよ。その化物みたいなチェーンソーもむざむざ喰らうつもりはねぇぞ」

「ふふ、パパ辺りが気に入りそうな子だけど‥‥‥今は引っ込んでてくれないかな?」

【弐の型『疾風』、更に秦斗流奥義『寸勁』】

 

 その声と共に、アッシュの乗った機甲兵が吹っ飛ばされた。

 

「うわぁ!」

「アッシュ‥‥‥!?」

 

 現れたのは《社畜》。俺はアガットさんの方を見ると‥‥‥ボロボロだった。だけど、傷だらけだけど、命に別状はなさそうだ。

 だが、《社畜》はアガットさんを倒し、今度は機甲兵を倒して見せたと言うのか‥‥‥規格外だな。

 

「あはは、やるねえ《社畜》のお兄さん。A級遊撃士はどうしたの?」

【アガットならそこで倒れている。それなりに収穫はあったが、それまでだ。我には勝てん!】

「ふーん。じゃあ、ポチッと」

 

 地鳴りがしてきた。一体何が!

 起き上がったのは大きな人形兵器だった。

 

「なんという大きさだ!」

「ゴライアス以上だね」

「‥‥‥結社の《神機》。クロスベル独立国に貸与され、第五機甲師団を壊滅させた‥‥‥」

「グっ!エステルたちが戦った奴の後継機か!?『至宝』の力なしでも動けんのかよ!?」

 

 俺達の驚きを他所に、結社の面々は、喜んでいる。

 

「あはは、見事成功だね!」

「あとはどこまで機能が使えるかのテストですが‥‥‥」

 

 だが、このままにしておくわけにはいかない。

 こんなものを人里に出すわけにはいかない。

 

「来い―――《灰の機神》ヴァリマール」

 

side out

 

【‥‥‥呼ぶか】

 

 こちらの実験は無事に成功した。

 《神機アイオーン》TYPE-γⅡは起動した。場の闘気の高まりで、神機を起動させることが出来ると証明出来た。

 いずれ来る時に使えることが分かった。何に使うかまでは知らないが‥‥‥まあいい、私は私の仕事をこなそう。盟主様のため、使徒様のために戦うまでだ。

 私がそんなことを考えていると、ヴァリマールが到着した。

 

「あははっ!これが噂の《騎神》だね」

「来ましたわね―――ですが、想定済みですわ!」

 

 ヴァリマールでも、あの神機を簡単に倒せると思わない方がいい。ヴァリマールよりも質量、パワー共に上だ。‥‥‥だが、機動力ではヴァリマールの方が分がある。勝ち目があるとすればそこだが‥‥‥まあ、難しいか。

 何度も何度もヴァリマールが斬りかかって行く。だけど、神機が返すのは一撃だけ。手数が少ないから、ヴァリマールに当てることは出来ない。だけど、リィンの方も有効打にはならない。

 あの神機の頑丈さと一撃の破壊力の前ではどれだけ攻撃を与えても、一発直撃するだけで、勝敗は決しかねない。

 ん?先程、吹っ飛ばした機甲兵に新Ⅶ組の生徒が集まっているな。どうする、邪魔するか。‥‥‥いや、止めておこう。後輩イジメはダメだな。第二分校とは言え、トールズの生徒だ。後輩が成すことを見守るのも先輩の務めだ。

 どうやら、リィンと一緒に機甲兵で戦うつもりのようだ。無茶な事を‥‥‥

 あれ?なんかⅦ組が光ってるぞ。ARCUSというオーブメントが光っているようだな。

 うーむ、光出してから動きが良くなり出したな。おそらく『リンク』が使われたようだな。不思議な力だな。

 動きが良くなったヴァリマールと機甲兵が神機を圧倒していき、機能停止に至った。神機もここまでのようだな、どうやらこれで実験は終了だな。

 

「そこまでだぜシャーリィ!」

 

 この声は昨日の《赤き死神》か。機甲兵に乗ってこの場所に来るとは‥‥‥

 

「来てくれたんですか‥‥‥」

「ああ、他の連中もこちらに駆けつけている。おいたは終わりだ―――全員、覚悟してもらおうか!?」

 

 他の連中!?まさか‥‥‥トワ先輩もか!?

 今の私に、顔を合わせる事など出来るはずがない。だが‥‥‥

 私が悩んでいると、どうやら本命が現れたようだ。

 

「今度はちゃんと殺り合ってくれるよね――――《猟兵王》?」

 

 シャーリィさんの呼びかけに、遂に応えたか。

 

「――――なんだ、気付いてやがったか」

 

 《猟兵王》と西風の旅団の連隊長の二人が現れた。

 結社から帝国政府、いや、ギリアス・オズボーンの傘下に入った、黒の工房。その刺客、といったところか。

 結社を裏切った組織のものなら排除すべきだが‥‥‥無理か。

 あの《猟兵王》は無理だな。連隊長二人なら問題ない、二人がかりでも倒せる。だが、アリアンロード様や《劫炎》の先輩程ではないにしても、私では分が悪い。だが‥‥‥

 私の思考がどうやって、かの《猟兵王》を排除するか考えていると、どうやら気づかれてしまったようだ。

 

「‥‥‥オイオイ、今すぐやり合うつもりはないぞ。若えの」

【‥‥‥その言葉は我に向けていると取っていいのか、《猟兵王》】

 

 どうやら私の殺気が伝わってしまったようだ。まだまだ修行が足りないな。

 

「その若さで大したもんだ。この場にいる誰よりも強い闘気を漲らせている。いずれ俺やバルデルと同じ領域に、いやその上に至る可能性がある。その片鱗を見せている。‥‥‥だが、今はまだ」

【!!!】

 

 寒気がしたな、今。黒い闘気が見えた。

 

「俺の方が強ええぞ」

【確かに、そうだな。だが、こんな感じか!!】

 

 私は今見せられた闘気を真似してみた。出せた、ほんの数秒だけだが‥‥‥

 

「こりゃあ、驚いた。まさか、ほんの一瞬とは言え、黒い闘気が出せるとは。お前さん、うちに入んねぇか?」

 

 引き抜きの誘いを受けた。まさか『ヘッドハンティング』だと!

 かつての私であれば、心が揺れただろう。だが‥‥‥

 

【ほう、かの猟兵王直々のスカウトとは、我も捨てたものではなさそうだ。大変ありがたい話しだ】

「じゃあ‥‥‥」

【だが、ノーだ。我が忠誠は盟主様に捧げている。我を闇から救って頂いた恩義がある。ならば我が生涯を賭して、お仕えするのみ】

 

 我が魂は決して揺れぬ。盟主様への忠義に微塵の疑う余地なし。

 

「やれやれ、おじさんフラれちゃったね。まあ仕方ない」

 

 どうやら《猟兵王》も私の覚悟を受けて、諦めてくれた。

 

 その後、《猟兵王》はフィーにいくつか話しかけ、紫の機神に乗って、神機を破壊して、去って行った。

 神機一体でいくらすると思ってんだ!

 

「ほら帰りますわよ《社畜》」

 

 デュバリィさんが呼んでいる。どうやら《転移》で帰るようだ。‥‥‥最後に挨拶だけしていこう。

 

【先に行け、《神速》】

「‥‥‥分かりましたわ」

 

 デュバリィさん達は転移して帰って行った。私一人が残った。

 まずは‥‥‥拍手を送ろう。

 

【さて、まずはおめでとう、と言っておこう。トールズ第二、並びに遊撃士協会。だが『幻焔計画』の奪還もようやく始まったばかりだ。『我々』と『彼ら』の戦い、これからも激化していくだろう。怪我を、イヤ、死にたくなければ‥‥‥指をくわえて眺めているといい。たった一つしかない命、みだりに散らすものではないぞ】

「‥‥‥なに!」

 

 私の言葉の最中にこちらに走ってくる、トールズ第二の残りの生徒たち、そして‥‥‥トワ先輩。

 昨日は初仕事と言うことで緊張していて、トワ先輩の様子を見ることは出来なかった。

 ‥‥‥どうやらお変わりなさそうだ。出来ればこれ以上の戦いには参加してほしくはないが‥‥‥そんなことを言っても聞き入れないだろう。それに今の私に、そんなことを言う資格もないな。

 ‥‥‥やることも終わったし、帰るか。

 

【‥‥‥ではな】

「待て!」

 

 いつか、また会おう。リィン、トワ先輩。

 私は転移して、結社に戻った。

 

 

―――七耀暦1206年4月23日 ???

 

 今回の実験の成果について、デュバリィさんがアリアンロード様、に報告している。私はその場に同席している。

 

「‥‥‥報告は以上ですわ、」

「分かりました、ご苦労様でした。デュバリィ」

 

 デュバリィさんの報告が終わった。特に問題はなかった。だけど‥‥‥

 

「アリアンロード様、私からも報告がございます」

「聞きましょう」

 

 アリアンロード様がお聞きいただけるようだ。これまでのセントアークでの活動で生じた問題点を報告しよう。

 

「まず、こちらをご覧ください」

「これは?」

 

 私が出したのは‥‥‥今月の売り上げ見込みとこれからの展望を反映した計画書だ。

 今回の様な調査の場合、ミラが必要なことが多いし、拠点となる場所を用意する必要がある。

 その場、その場で用意していては不自然に思われるかも知れない。

 だからこそ、事前にしっかりとした準備を行うことで、今後の計画での支障を無くせることを力説した。

 

「なるほど、分かりました。貴方の言う通り、兵站などは確かに重要な事だと思います」

「では‥‥‥」

「ですが、これは私に提出するべきではありません。こういったことは、カンパネルラに回した方がいいでしょう」

「なるほど、分かりました。大変申し訳ございません」

「いえ、作戦の成否は兵站にかかっています。貴方の指摘は実に良い内容でした。久しく忘れていました」

「では、後程カンパネルラさんにご報告に参ります」

「‥‥‥その必要はないようです。そこにいますね、カンパネルラ」

 

 アリアンロード様が言うと、そこにカンパネルラさんが現れた。

 

「お呼びですか、聖女様」

「先程のハードの件、貴方はどう思いますか?」

「僕は賛成ですね。ミラは大事だし。これからの動きでは、物価も上がるだろうし。そうなってくると彼の考えは実に良いと思います」

「では、そちらはお任せしますね」

「ええ、お任せください。ああ、《社畜》を後程借りますね。この計画について、もう少し話を聞いてみたいですし、それに彼が第二の実験に行くことになってますので、その間の代理の人員とも引き合わせる必要がありますので」

「分かりました。ハード、他になければ行って構いません」

 

 他になければ、か。もう一点ある。‥‥‥どちらかと言えば、こっちが本命か。

 

「恐れながら、もう一点ございます」

「聞きましょう」

「あ、時間かかるなら、僕は席をはずそうか?」

 

 カンパネルラさんがそう言ってくれた。まあそれほど時間のかかることではないな。

 

「いえ、すぐに済みます。アリアンロード様、先の実験の折、《猟兵王》と相対しました。その際、力の差を感じました。恐れながら、今一度御指南賜りたくお願い致します」

 

 私は真摯に頭を下げ、お願い申し上げた。

 

「頭をお上げなさい。ハード、次の実験までの間、私が指導致しましょう。全身全霊を賭して!」

 

 黄金の闘気を体から溢れさせる、アリアンロード様。ならば私も!

  

「!!!」

 

 私も猟兵王が使っていた、黒の闘気を体から溢れさせる。

 

「なるほど、その色は最強の猟兵だけが出せる闘気。猟兵王と対峙した際に真似ましたね‥‥‥いいでしょう!貴方を私と同じ色に染め上げましょう」

 

 先程よりも闘気が強くなった。黄金も心なしか猛々しくなった気がする。 

 アリアンロード様が本気だと言うことか。この指導を受け、私は更に強くならなければならない。結社のため、盟主様のため、力を付けなければならない。

 

「よろしくお願いいたします」

 

 不思議な感覚だ。執行者になる前の研修では恐怖を感じていたのに、今は‥‥‥高揚感を感じている。

 結社のために、盟主様のために、戦ったという自信が付いたからなのだろう。

 新たな目的が出来た。結社のために、盟主様のために、執行者としての責務を果たすという目的が出来た。

 だからこそ、力を付ける。それが私の成すべきことだ。

 




次回からクロスベル編になります。


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第八話 社畜の一日

よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年4月23日 ???

 

 私はアリアンロード様に指導して頂けることになり、今度はカンパネルラさんと共に今後の展望について話すことになった。

 それに私は執行者として第二の実験にも参加することになっているため、その間代わりに対応してくれる、パートナーを紹介してくれるそうだ。どういう人だろう?

 

「さあ、ここにいるよ。入って」

「はい」

 

 私が入ったのは‥‥‥小さな会議室だった。間取り的には3×3のテーブルがおけて、多少の移動できるスペースがある程度の広さしかなかった。

 そして、そこには一人の男が座っていた。

 

「ハード君、彼が君のパートナーになる男だ」

「僕の名前はギルバート・スタインだ。よろしく頼むよ、新入り君」

 

 男は三枚目という言葉が良く似合いそうな男だった。

 確かに私は結社に入って2ヶ月の新入りだ。ならばこちらは先輩なんだろう。たぶん2ヶ月よりは長いだろうし。

 

「初めまして、ギルバート先輩。私の名前はハード・ワーク。結社に入って2ヶ月の新入りです。ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します」

「うんうん、任せたまえ。この先輩の僕にね」

 

 非常に上機嫌なギルバート先輩、それを見て小さく笑っているカンパネルラさんが私に言った。

 

「駄目だよ、ハード君。自己紹介はちゃんとしなきゃ。君の肩書きもちゃんと名乗らないと」

「へえ~入社2ヶ月で肩書を持っているのか。中々優秀じゃないか。僕もね『強化猟兵連隊長』の地位についているんだ。ああ、固くならないでくれたまえ。まあ、入社2ヶ月の君が持つ肩書とは天と地の差だけど気にしないで名乗りたまえ」

「はぁ~、そうですか」

 

 私はチラリと、カンパネルラさんは見ると‥‥‥凄くワクワクしていた。

 なぜ、これほどまでにワクワクしているんだ?まあ、名乗れと言われたから、名乗ろう。盟主様に頂いた名を。

 

「執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》のハード・ワーク。お見知り置きください。ギルバート先輩」

「‥‥‥しっこうしゃ?‥‥‥執行者‥‥‥執行者!?」

「はい、今月の始めに任命されました。新米執行者です」

「こ、今月!!」

「はい、研修が終わった後に任命されました」

「ちなみに彼の研修のメニューは一日で《神速》、《剛毅》、《魔弓》とそれぞれ戦った後に鉄機隊隊士三人纏めて戦って、《鋼の聖女》様、《劫炎》、最後に寝ているところに奇襲として《紅の戦鬼》が襲ってくるんだ。このメニューを一か月続けたんだよ」

「は‥‥‥‥‥」

「カンパネルラさん、それは違います」

「そ、そうだよね。い、いくらなんでもそんな訳ないよね。全く、カンパネルラ様も人が悪いんだから」

「正確にはそれは最後の一週間くらいだけで、月の始め、初日にデュバリィさんと戦って負けました。その次の日には勝ちましたが、アイネスさんに負けました。その次の日は二人に勝って、エンネアさんに負けました。その後、《劫炎》の先輩がやって来て一日寝込んで、その後《痩せ狼》の先輩に負けて数時間寝込んで、その後アリアンロード様がやってきて、これまた一日寝込んで、そんな日替わりで色々ありまして、最後の一週間だけ、カンパネルラさんの言われたメニューになったんです」

「‥‥‥」

「ああ、そうだったね。いやぁ、ごめんね。ギルバート君、間違ってたよ。ダメだね、情報はきちんと伝えないと。ああ、そうだ、《社畜》のハード君はこの打ち合わせが終わったら、どうするんだったけ?ど忘れしちゃったな」

「アリアンロード様にご指導いただくことになっています」

「ああ、そうだったね。《社畜》のハード君は《鋼の聖女》様とやり合えるだけの戦闘力を持っているからね。ギルバート君くらい、軽く消し飛ばせちゃうよね」

「アワアワアワアワアワアワアワアワ‥‥‥」

「そうだ、確か、今日もA級遊撃士を軽く一捻りしてきたんだったね。誰だったけ?」

「アガット・クロスナーというA級遊撃士でした。確か《重剣》と言ってました」

「そうそう《重剣》のアガット。懐かしいな、昔リベールでやり合った時、色々邪魔されてね、いやぁ4年越しに溜飲が下がる思いだったよ。そう思うだろ、ギルバート君?」

「‥‥‥」

 

 ギルバートさんが白目をむいて気絶している。

 

「ごめんね、少し遊び過ぎたよ。相変わらず彼は面白い反応してくれるな」

「はぁ~」

「まあ、僕の方から説明しておくよ。今度の打ち合わせの時までに、彼に叩き込んでおくよ。一応彼、元はリベールのルーアンという都市で市長秘書をしていたから、そこそこ優秀だよ、その方面では。だから、期待しておいて。ああ、資料だけ預かってもいいかな?」

「ええ、構いません」

「じゃあ、また都合が良さそうな時に連絡するよ」

 

 そう言って私は会議室を出た。

 仕方がない、またの機会にしよう。

 

 

―――七耀暦1206年5月1日 結社演習場 AM8:00

 

 アリアンロード様にご指導をお願いしてから一週間経った。

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 少しは食らいつけるまでになった。

 

「ハード、大分持つようになりましたね」

「ありがとうございます」

「ですが‥‥‥ハァッ!!!」

「!!!!」

 

 アリアンロード様が黄金の闘気を発した。ならば、

 

「ハアアアッ!!!」

 

 私も黒い闘気を発して対抗することにした。

 

「黒い闘気、大分使えるようになったみたいですね。ですが、私は貴方に私と同じ闘気を纏ってもらいたかったです」

「今だ、その高みに至れず不徳の致す限りです。ですが、必ずやアリアンロード様と同じ領域に至れるよう、精進致します」

「ふふっ、期待していますよ」

「はいっ!」

 

 私の持つ槍とアリアンロード様の槍がぶつかり、周囲に衝撃が走った。

 

 

―――七耀暦1206年5月1日 結社演習場 AM10:00

 

 アリアンロード様との手合わせが終わり、これからは技の型を練習する時間だ。

 現在練習しているのは‥‥‥執行者No.Ⅱ《剣帝》の剣技だ。

 剣帝の資料は結社に残っていたし、色々な人達も知っていた。アリアンロード様、カンパネルラさん、『劫炎』の先輩、『痩せ狼』の先輩、デュバリィさん達、それ以外にも知られていた。

 かつてリベールで行われた『福音計画』の際、殉職されたとのことだ。

 『福音計画』の参加者は《剣帝》以外にNo.VI《幻惑の鈴》、No.VIII《痩せ狼》、No.X《怪盗紳士》、No.XV《殲滅天使》、そしてNo.XIII《漆黒の牙》。

 現在結社にいるのはNo.VIII《痩せ狼》だけで、No.VI《幻惑の鈴》、No.X《怪盗紳士》の二人は現在一時離脱中で、No.XIII《漆黒の牙》、No.XV《殲滅天使》は結社を完全に抜けてしまったそうだ。

 執行者はあらゆる自由が認められている、だから入るのも抜けるのも自由だそうだ。そのために追っ手を差し向けることはないらしい。盟主様がそれでいいなら私に否やはない。

 そう言えば、『福音計画』の時に、《剣帝》以外に使徒第三柱が亡くなったらしいが、その話をするとみんなが顔をしかめて、自業自得だと言われていた。‥‥‥一体何をやったんだ?

 まあ、それは置いておいて、私が《剣帝》の剣技を練習しているのは、出来ることを増やしたいからだ。

 《猟兵王》とはいずれ戦うことになるかもしれないし、それ以上の強敵が出てくるかもしれない。そのためにも出来ることを増やしておきたいと思った。

 私は一通りの事は、見たことがあれば出来る。

 手本があれば、それに近づければ、技術が向上する。

 これまで、戦った中で最高の技術を持っていたのはアリアンロード様で槍の技術だ。だから槍はアリアンロード様に習っている。その結果、大分うまくなったとお褒めいただいた。

 次に目を付けたのは剣だ。これまでに剣の使い手はデュバリィさん、似ている武器として、大剣のラウラとアガット、太刀のリィンだ。レイピアはパトリックが使っていたが、彼の技術はフリーデル先輩には及ばなかった。

 ‥‥‥だけど、それらの剣士の剣を受けてきたが、彼の、《剣帝》の剣には届かないと思った。結社に残された記録映像のみだけだが、それが分かった。それほどまでの差があった。

 だからその剣を再興させようとしたとき、色々な人に声を掛けた。その結果‥‥‥

 

「遅いですわよ、何やってましたの」

「さっさと始めようぜ、ハード」

「遅せえよ」

「揃ったようですね。では始めましょう」

 

 デュバリィさん、『劫炎』の先輩、『痩せ狼』の先輩、そしてアリアンロード様の計四人が集まってくださった。

 特にアリアンロード様においては、朝の手合わせから続けての指導と言うことで、大変ありがたく、また申し訳なく思っている。だが、折角のご厚意だ、必ずや《剣帝》の剣技を再興させることで、ご恩返しとさせていただく。

 

「お待たせして申し訳ありません。では‥‥‥」

 

 私は『ハード・ワーク』で剣を作り上げた。その形状はハーメルで見た剣、盟主様がお与えになったケルンバイターと同じ形状の剣を作り上げた。

 私は剣を左手に持ち、

 

「参ります。‥‥‥ハアアアアアッ!! 『鬼炎斬』」

 

 『痩せ狼』の先輩に斬りかかった。

 この訓練は過去の映像を見て、型の練習をしていたところ、デュバリィさんに見つかり、過去に手合わせした経験からアドバイスを貰ったことが発端だった。それから『劫炎』の先輩も手合わせしたことがあるので、アドバイスされたり、アリアンロード様も手合わせしたことがあるので、アドバイスされたり、『痩せ狼』の先輩も手合わせしたかったという経験から、手合わせ役に立候補してくれている。

 

「まだまだですわね。剣帝の一撃はもっとすごかったですわ」

「まあ、完成度は50%ってところか」

「これからも精進なさい」

「おう、やるならいつでも声かけろよ」

 

 どうやらまだまだなようだ。

 明日までに、素振り一万回だな。

 

 

―――七耀暦1206年5月1日 小会議室 PM2:00

 

 午前の鍛錬が終わり、今日は前回途中で終わってしまった、カンパネルラさんとギルバートさんとの打ち合わせとなっている。だけど‥‥‥‥

 

「宜しくお願い致します。ギルバート先輩」

「はい、よろしくおねがいいたします。《社畜》さま」

 

 こんな調子だ。一週間前にはもう少し話せたんだが、

 

「あの、ギルバート先輩」

「はい、なんでしょうか《社畜》さま」

 

 まともに話も出来なくなった。目が死んでいる。カンパネルラさんは一体何をしたんだ?

 仕方がない、このまま続けるか。

 

「では、先の計画書にも記載しましたが、今後の展望としては現在セントアークを中心に展開している、コロッケ屋を発展させつつ、追加商品を販売していき、行く行くは帝国全土に展開し、更に周辺各国に展開していくことを考えています。そうすることで、経済的にも余裕が生まれますので、末端兵の増員と結社内部での研究費用への投資を行い、更なる技術革新を行うことが出来ると考えています。‥‥‥‥先の実験でも思いましたが、神機一体でどれ程の費用が掛かるか見当もつきません。ですが莫大なミラが必要だと言うことは分かります。結社の予算がどれ程かは分かりませんが、ないよりはある方がいいと私は思います。ましてやこれからの状況次第ではありますが、帝国の物価は上がりますので、そのためにも貯蓄出来るものは貯めておきましょう」

「なるほどねぇ、確かに先の事を考えると、ミラは大事だし、次の実験の地での拠点も作っておく必要がある。そのためにも、それらしいものを作っておくほうがいい、と言うことだね。うんうん、確かにね。グロスリアスの後継機も作れていないしね。分かったよ《社畜》の提案、乗るよ」

「ありがとうございます」

 

 どうやらカンパネルラさんは乗ってくれるようだ。だけど‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥」

 

 目が死んでいるこの人はどうすればいいのか‥‥‥‥‥

 

「あちゃ~、どうやらお仕置きが効きすぎたみたいだね。まあ大丈夫でしょ、普段よりちょっと強めにお仕置きしただけだし、後は僕の方で彼の頭に叩き込んでおくよ。おめでとうギルバート君、肩書きが増えるよ。今日から君は『強化猟兵連隊長』兼『財政対策班班長』に就任だ。因みに出来たばかりの班だから、当分は君一人で頑張ってね。成績に応じて人数を増員するから。ああ、もし売り上げが落ちたらその分、君の給料から差っ引くから」

「‥‥‥‥はい、わかりました。おまかせください、カンパネルラさま」

 

 大丈夫だろうか。まあ、私一人で維持していた程度の規模だから何とかなるだろう。

 後は任せて、特訓に戻ろう。

 

 

―――七耀暦1206年5月1日 結社演習場 PM4:00

 

 カンパネルラさんとギルバート先輩との打ち合わせが終わり、また演習場に戻ってきた。

 今度の相手は‥‥‥‥

 

「よう、《社畜》。今日もやるんだろ?」

「ええ、よろしくお願いします。《劫炎》の先輩」

 

 《劫炎》の先輩だ。今まではいきなり勝負を仕掛けてこられたが、今回はこちらからお願いした。

 アリアンロード様と並ぶ結社最強の一人だ。勉強させてもらおう。 

 私は『ハード・ワーク』を槍に変形させて、構えた。

 

「クククッ、そういえばお前が執行者になって、その武器を盟主から貰ってからは、戦うのは初めてだな。『外の理』の武器、俺も持ってるが、お前に使ったことはなかったな‥‥‥‥来い、『アングバール』」

 

 《劫炎》の先輩は剣を取り出した。あれが『外の理』の剣『アングバール』か。

 

「折角だ、試してやる。お前が何処まで強くなったかぁ!!」

「よろしくお願いします。ハァァァァァァァァッ!!」

 

 《劫炎》の先輩が焔を纏っていく、私も負けじと黒い闘気を身に纏い対抗する。

 そして、互いに動き、獲物がぶつかり合った。

 

「シャア!」

「ハアアアアアッ!!」

 

 私の槍と《劫炎》の先輩の魔剣がぶつかり合う。力は互角か、なら意地でも押し負けれない。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 私が槍で押し込むと、《劫炎》の先輩の魔剣が焔を纏い、私の槍を弾く。

 

「ゴウ!」

 

 槍を弾かれ、私は後ろに飛ばされた。少し距離が開いたか、ならば‥‥‥‥

 

「『シュトルムランツァー!』」 

 

 私は槍を構え、一直線に駆け、《劫炎》の先輩に向かっていく。

 

「ダリャ!!」

 

 槍を横から叩き弾かれた。次は‥‥‥‥

 

「『アルティウムセイバー』」

 

 槍を弾かれた勢いを利用して、一回転するように振るう。

 

「チィッ!!」

 

 止められた。

 そこから仕切り直しとばかりに距離を取った。

 そしてまたぶつかり合い、何合か互いの武器を撃ち合わせた。互いに傷は負ってはいない。ただの軽い手合わせだから。

 

「やっぱり‥‥‥‥届きませんか」

「‥‥‥‥いや、驚いたぜ。まるで《鋼》みてえな槍捌きだ。技術においては俺を圧倒してやがる。俺も剣の使い方をもう少し学んだ方がいいかも知れねえな。今日はこれくらいにしとこうぜ。これ以上アツクなると、全てを燃やしそうだ」

「そうですか。本日は手合わせいただき、ありがとうございます」 

「おう‥‥‥‥まさか、ここに来て二月だってのに、ここまで強くなるなんてな、驚きだ。ほんと、飽きねえ奴だ」

 

 《劫炎》の先輩はそう言って、演習場を後にした。

 

 

―――七耀暦1206年5月1日 結社演習場 PM5:00

 

 《劫炎》の先輩との手合わせが終わった後、私は一人、演習場に残った。

 これからは自主練だ。今日一日の事を思い出し、反省し、明日を迎えるための準備をする。

 

「『分け身』」

 

 私は分け身を3体作った。これから分け身同士で打ち合いをさせる。その間は体を休めながら、技の観察を行う。

 分け身同士で片や槍、片や剣で戦わせた。武器の特性的に剣と槍であれば、強いのは槍だ。長い方が強いという単純な理由だ。それに私の技術練度は槍が一番高い。剣は現在、《剣帝》の映像を基に技術の習得を目指しているが、残念ながらまだ成果を見せれていない。

 今度の実験がクロスベルであるので、《風の剣聖》がいるはずだ。現在は帝国政府に追われているから、簡単には会うことは出来ない。だけどもし、会うことが出来れば、その技術を見せてもらいたい。

 《剣聖》の名を持つ者はリベールにいるカシウス・ブライト、クロスベルのアリオス・マクレイン、そしてその師である、《剣仙》ユン・カーファイ。この内、会えそうなのがアリオス・マクレインなんだけど‥‥‥‥指名手配されているから、会いに行くのは無理だろうな。はぁ~、どっかに剣聖いないかな。

 いかん、技術の向上のために誰かを頼るなど、指導を仰ぐのはいいが、結局やるのは自分自身だ。ならば、がむしゃらに、ひたすらに、的確に練習しよう。

 私は残りの一体の分け身と戦うために、『ハード・ワーク』を剣に変形させて、対峙した。

 さあ今日の仕上げだ。

 

「『鬼炎斬!』」

 

 

 

―――七耀暦1206年5月2日 結社演習場 AM0:00

 

 『分け身』が全て消滅した。今は演習場の天井を見上げながら、倒れている。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ‥‥‥‥」

 

 疲労のピークを迎えた。今にも意識が飛びそうだ。まあ、約7時間程、自分自身と戦い続けた。分け身が消えては出して、消えては出してを繰り返し続けた。

 充実はしている。成長している実感はある。‥‥‥‥だけど、まだだ。まだ、私はアリアンロード様に、《劫炎》の先輩に届かない。おそらく、これを繰り返せば、遠くない先で《猟兵王》は越えられるだろう、だがそれまでだ。私が目指すべきは結社最強、その場にいる二人に勝つこと。結社のため、盟主様のため、居なくなられた執行者の先輩の分も私が埋めてみせる。私に出来ることの全てを賭けて。私は結社の執行者《社畜》のハード・ワーク。必ずや盟主様の御役に立ってみせます。

 私は決意を新たに、立ち上がろうとした。

 

「あ‥‥れ‥‥」

 

 立てなかった。目の前が真っ暗に染まっていった。

 

 

 

―――七耀暦1206年5月2日 結社演習場 AM5:00

 

 私は目覚めると、演習場に寝ていた。いかん、こんなところで寝ていては。今日も、昨日と同じことをするつもりだったのに、こんなところで寝ているだなんて、時間を無駄にしてしまったな。

 体が痛いな。変な寝方をしてしまったので、筋肉が硬直してしまったな。よしここは‥‥‥‥

 

「『神なる焔』」

 

 万能回復技を使い、体の不調を消し去った。本当に便利だな。

 まあ、良し。不本意ながら睡眠を五時間も取ってしまったな。昨日、イヤ、今日やる予定の作業に遅れが出ているな。時間は有限だ、早くしなければ。

 

「ハアアアアアッ!!『鬼炎斬!』」

 

 アリアンロード様との手合わせまでに3時間程しか時間が無い。だからと言って、手を抜くわけにはいかない。自分のためにも、《剣帝》殿の名誉のためにも、この技を完璧なものに仕上げなければならない。ただの一秒と言えど、無駄に出来ない。

 




休みが終わりになりますので、次の投稿は土曜日か日曜日くらいになりそうです。


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第九話 トールズ士官学院第二分校の様子

いつも感想、高評価、誤字報告頂きありがとうございます。
クロスベル編に入る前に入れておきたい話がありましたので、予定より早く投稿します。
次回から新章に入ります。


―――七耀暦1206年4月24日 トールズ士官学院第二分校 会議室

side リィン・シュバルツァー

 

 トールズ士官学院第二分校にて、先の報告会議がおこなわれた。内容はサザーランド州での活動報告、そして結社との交戦記録についてだ。

 活動報告は終了し、現在は結社との交戦記録の報告を行っている。ミハエル少佐が映像を映しながら説明を行っている。

 

「まずは先の演習地襲撃の際に現れた三人についてです。一人目は《神速》のデュバリィ。武器は剣と盾。戦闘方法はオーソドックスなスタイルの剣士と言ったところでした。他に何か情報はあるか?」

 

 俺は挙手し、発言を求めた。

 

「シュバルツァー、発言を許可する」

「俺は以前の内戦で彼女と戦いました。《神速》の異名の通り、圧倒的スピードを誇り、そのスピードから繰り出される剣技は脅威です。後は分け身という技を使います。その分け身との連携からの剣技で前回の内戦時には苦戦させられました。その力は執行者に決して劣りはしないと思います。‥‥‥‥後、真っ直ぐな性格をしていました」

「ああ、俺も前の職場で戦ったことがある。確かに真っ直ぐ、いや可愛らしい性格してたな」

「か、可愛らしい。ま、まあ、取り敢えず、神速については、これくらいにしておこう。宜しいですか、分校長」

「うむ、了解した」

 

 ミハエル少佐が映像を切り替え、次の映像を写し出した。

 

「二人目は執行者No.ⅩⅦ《紅の戦鬼》シャーリィ・オルランド。‥‥‥‥彼女についてはオルランドの方が詳しいな。説明を頼む」

「あいよ。シャーリィは赤い星座の大隊長をやっている。得物はチェーンソー付ライフルの《テスタ=ロッサ》、見て分かる通り高速回転する刃で敵に斬りかかる。その威力は警備隊の装甲車を両断できる程だ。更に火炎放射器も内蔵しているから、接近戦では対処するのは止めた方がいい。性格は一言でいえば『人喰い虎』みたいなもんだ。本質は戦闘狂で交渉や説得など使用せず暴力で相手を屈服させようとしたり、戦うことと相手を殺すことの両方に享楽を覚える危険な性格だ。後、特筆すべき点は叔父貴が認める程の鋭い観察眼を持っている。こんなところか」

「うむ、では次に移りますが宜しいですか、分校長」

「ああ、構わない」 

「では最後に・・・」

 

 ミハエル少佐が映像を切り替え、最後の映像が写し出された。

 

「執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》です。私見ながら戦闘力は先の二人よりも上と見ます。複数の武器を取り出し、戦っていました。出した武器はシュバルツァーの太刀、オルランドのスタンハルバード、現地で協力してくれたラウラ・S・アルゼイドの大剣でした」

「ミハエル少佐、その情報に追加します。A級遊撃士、アガット・クロスナーの大剣も出しました」

「‥‥了解した追記する」

 

 ミハエル少佐が困惑げに資料に追記している。俺も目の前で見ていないと、信じることはできない。だが、目の前で見ていた。奴がローブの中から大剣を出したのを。

 その情報から分校長は口を開いた。

 

「ふむ、多数の武器を取り出し戦うか。‥‥‥‥まず多数の武器、という点について、これはどう考える」

「おそらく結社の技術だと思われます。どういう原理かは分かりませんが‥‥‥‥」

「ならば、武装について考えるのを一旦止めよ。分かることから報告せよ」

「報告宜しいですか、分校長?」

「シュバルツァーか。うむ、報告せよ」

「まず、体格からですが、着ているローブで正確なところは分かりませんでしたが、かなり大柄だと推測できます。ローブから伸ばされた腕、俺と同じ太刀で戦った時に体との距離を感じました。だとすると、俺よりも長い腕だと思いました。それに打ち合った時に、上からの圧力をかなり感じました。およそ体格は‥‥‥‥ランドルフ教官以上の大柄だと思います。それに動き方も女性という印象はありませんでしたので、性別は男だと思います」

「‥‥‥‥お前、あの一瞬でそんなことまで分かったのかよ。まあ、俺もデカイと思ったな。ありゃ2アージュ近くあるな。後、性別はお前の言った通り、男だと思うな」

「ほう、その根拠は?」

「勘だ!」

「‥‥‥‥まあ、そんなところだろうな」

 

 呆れ顔の分校長を尻目に報告を続けることにした。

 

「‥‥‥‥他に分かったことですが、おそらくこの執行者は相手を真似ることが出来ると考えます」

「ほう、その根拠は?」

「‥‥‥‥俺の八葉一刀流は使い手がかなり少ない流派だと思います。帝国の二大流派である、ヴァンダール流、アルゼイド流の剣士よりもずっと少ないと思います」

「まあ、俺も色んなところに行ったが、八葉一刀流なんて、アリオス・マクレイン以外で見たのはお前だけだしな。後はリベールに何人かいるってのは聞いたな。だが、帝国の二大流派みたいに道場を構えて門下生を募る、てわけじゃないんだろ」

「ええ、八葉一刀流は剣聖の名を持つ者が指導し、繋いできました。リベールのカシウス・ブライト、クロスベルのアリオス・マクレイン、この二人が剣聖を名乗っています。リベールにいるのは殆どがカシウス・ブライトが指導したと思われます。俺は《剣仙》ユン・カーファイに学びました。だから、《社畜》と戦った時に八葉一刀流弐の型『疾風』を使われたとき、最初は八葉一刀流の使い手かと思いました。ですが‥‥‥‥」

「あの槍か‥‥‥‥」

「ええ、先にランドルフ教官の技を使いましたが、量産品のスタンハルバードを予備で持っていて、事前情報からランドルフ教官の技を知っていて使用したと無理矢理考えましたが、あの槍から繰り出された技は次元が違いました」

「確かに、まさかあんな槍がもう一本あったなんて思いたくなかったが‥‥‥」

「オルランド教官、あの槍についてご存じなんですか?」

「‥‥‥‥昔の職場、特務支援課時代にあの槍の持ち主と戦ったんだ。その持ち主は‥‥‥‥『鋼の聖女』。結社の使徒第七柱と名乗ってやがったし、まさか当人が出張ってきたのかと思ったが‥‥‥‥まさかその技まで真似たってのか?」

「‥‥‥‥おそらく。‥‥‥‥俺はあの槍を見かけたことがある、気がします。ただ‥‥‥‥いえ、忘れてください」

「何だよ、歯切れが悪いな」

「いえ、二年前に『槍の聖女』の居城で幽霊騒動が起こったときに、魔物に不覚を取ったときに槍が飛んできて、助けてもらった、と思います。宝玉を貫いた槍を直接見た訳ではなく、ちらっとだけ見えただけだったんで、確信はありません」

「‥‥‥‥話が若干逸れてきたな。一旦、能力が真似ると仮定したとき、他にどんなことが出来た?」

「アルゼイド流皆伝の奥義を真似たこと、後は、A級遊撃士のアガットさんの技を真似ていました」

「事前に練習してきた、という線は? それに『鋼の聖女』当人が出張ってきた可能性は?」

「‥‥‥‥まだその方が異質さはないのでマシだと思います。ただ現状最悪を考えると、相手の技を見ただけで真似すると言うのが、最悪だと考えます。それにもし『鋼の聖女』当人が出てきたとするなら、執行者を名乗る必要はないと思います、使徒第七柱を名乗るかと。」

「‥‥‥‥だな。ハッキリ言って、戦士としてみれば最悪な気分だろ。今まで培ってきた技を目の前で真似されて、それを超えた力で叩き潰されるとかよ」

「‥‥‥‥ええ、最悪ですよ。あの槍の衝撃よりもずっと精神にきました」

 

 俺は思い出しても、気分が沈む思いだった。八葉一刀流の剣士として、鍛錬を重ねてきた技を相手に使われた。その上で‥‥‥‥負けた。技の完成度は俺の技の方が上だと思う、いや上だ。だが、力負けした。相手の技に上乗せされた力が俺の技を上回った。悔しい、ただひたすらに悔しかった。その後に、槍で完膚なきまで倒され、挙句の果てに相手に回復までされる始末だ。まるで相手に成らなかった。そのことを思い出し、更に落ち込んでいった。

 そんな状況を見かねて、一人が挙手した。

 

「あ、あの!」

 

 トワ教官だった。

 

「どうした、ハーシェル。何か意見があるか?」

「いえ、一旦休憩を取りませんか? さっきから話通しで喉が渇きませんか?」

「そうだな。一旦小休止を挟もう。すまないがハーシェル頼めるか?」

「はい、分かりました」

 

 そう言って、トワ教官が会議室を出て行った。

 俺も座りっぱなしで硬直した体をほぐすために席を立ち、伸びをした。

 そして、改めて今回のサザーランド州のことを思い出した。

 旧Ⅶ組のフィー、ラウラ、エリオットと出会えたことが嬉しかった。みんなが卒業した後も俺を気にかけていてくれたことは嬉しかった。それに、卒業生した同級生達にも会えたのは嬉しかったな。みんなもそれぞれの道で頑張っているんだな。残念ながら会えなかったのが、パトリックとハードだったな。

 パトリックは海都オルディスにいるから会えないのは分かっていたが、ハードはタイミングが悪かったみたいだ。

 ハードはフィーが言うには、最近初めたコロッケ屋が好調で忙しい、と言うことだったな。俺も帰る前に買ってみたが、美味しかった。学生時代には調理部で見かけたことがあったな。それに料理ノートを見せて欲しいと言われて、見せたことがあったが、レシピにあったものは全部作れたな。上手い物から、まずいものまで、全部作れたな。そういえば、去年の学院祭の時には模擬店で一人で、百種類くらいのメニューを作ってたな。アタリからハズレまで含めて大人気だったな。

 久しぶりに会いたかったな、そう思っていると、目の前に紅茶が置かれた。

 

「はい、リィン教官」

「ありがとうございます、トワ教官」

 

 俺はトワ教官に入れてもらった紅茶を一飲みして、喉を潤した。

 思いの外、一息で飲んでしまった。どうやら喉が渇いていたんだな。

 

「おかわりどうかな、リィン教官」

「頂きます」

 

 もう一杯注いでもらって、今度はゆっくりと落ち着いて飲んだ。

 

「そういえば、リィン教官。なんだか、楽しそうな顔だったけど、どうしたの?」

「そんな顔してましたか? まあ、その‥‥ハードの事を思い出してたんです。サザーランド州にいたそうなので、久しぶりに会いたかったなと思いまして」

「そっか、そうだよね。私も会いたかったな、ハード君。卒業前に就職が決まりました、って教えに来てくれて以来会っていないからな」

 

 俺とトワ教官が話していると意外な人物が話しかけてきた。

 

「シュバルツァー、ハーシェル。そのハード、というのは昨年のトールズ士官学院生徒会長の『ハード・ワーク』の事か?」

 

 分校長だった。

 

「え、ええ。そうです、そのハード・ワークです」

「そうか、是非とも欲しい人材だったな」

「分校長、ご存じなんですか?」

「当然だろう。トールズ士官学院は私の母校でもある。ましてや主席卒業の人材はどこも喉から手が出る程欲しいに決まっている。そこのTMP少佐殿も誘ったんではないか?」

「当然です。トールズ士官学院時代の成績は主席でした。その上、品行方正で生徒会長まで務めた人材です。ならば組織としてリクルートするのは当然です」

「だが、断られただろう」

「‥‥‥‥その通りです」

「まあ、私も断られたからな。軍人にはならない、と言われたからな」

 

 そうだった、ハードが俺の代の学年主席だったからな。俺も頑張ったが、流石に勝てなかったからな、全教科満点だったし。卒業前まで就職活動を行い、じっくりと吟味して就職先を決めたようだし、やっぱりアイツには勝てないな。

 

「だが、私がハード・ワークが欲しいのはそれだけではなかったな」

「そうなんですか?」

「ああ、あの男は‥‥‥‥私に敗北を教えた記念すべき男だ」

「ええ!!」

 

 ハードがまた何かしたのか?

 分校長が話し始めた内容はサザーランド州で会ったフィー、ラウラ、エリオットが話したのとは違う、また俺の知らないハードの話だな。

 

「私は二年前の内戦の折、貴族連合側で参戦していた。時は内戦の終盤、帝都にて機甲兵を駆り、戦場を駆け巡っていた時だった。一本の連絡が届いた。‥‥‥‥我が城、ジュノー海上要塞が陥落したという知らせだった。最初は理解できなかった。何故我が居城が落ちたのか、と。帝都を囮とした奇襲だったのか、と思った。だが真実は違った。そんなものではなかった。ただ一人の男に落とされた。その男はトールズ士官学院の男だった。知らせを聞き、急ぎ戻ったときにはあり得ない状況だった。ジュノー海上要塞と陸を繋ぐ橋が中央部が無くなっていた。そう爆破されていたんだ。それにより、ジュノー海上要塞は完全にライフラインが切れてしまっていた。何とか、橋の復旧を急ぎ、それと同じく海路を使い要塞内に物資を運び込んだ。要塞に入った際には更に驚いた。内部はもっとボロボロだった。機甲兵で暴れまわり、内部施設、インフラ設備がズタズタにされていた。奇跡的に死者はいなかったが、それでも兵士たちの士気は底辺だった。聞けば、士官学院の緑の制服を着た大男が暴れまわり、挙句の果てには機甲兵を操り、残存兵力をたった一人で制圧しきった。その上、オルディスの領邦軍も引き入れ、一網打尽にされたんだ。領邦軍の機甲兵とジュノー海上要塞に残された機甲兵を相手取り、圧倒していったそうだ。だが数の差は如何ともし難い、徐々に劣勢に陥り、橋の中央部で領邦軍とジュノー海上要塞の残存兵に取り囲まれた。‥‥‥‥だが、それこそが狙いだった。両軍に囲まれた状態で、どちらが手柄を勝ち取るのか、質問したらしい。その結果、その場で両軍が手柄の奪い合いをし始めた。それと同時に機甲兵の動力部をオーバーロードさせ、他の機甲兵の前で宣言した。『この機体をオーバーロードさせ、自爆させる。巻き込まれたくなければ、機体を降りて、離れろ』と言ったそうだ。だが、残念ながら、機体を降りずに離れるにも、手柄の奪い合いから来る乱戦で、機甲兵がまともに身動きできない程の、酷い状況だったらしく、その上まともな判断まで下せる状況でもなく、言いなりになってしまい、全員が機甲兵を降り、退避した。その状況で愚かにも、コックピットをロックもせずに、出たため、丸裸にしてしまった。そのコックピットに飛び移り、他の機体も次々とオーバーロードさせた。両軍ともその状況を指をくわえてみているしか出来ず、宣言通りに自身が乗っていた機甲兵を爆破させ、その爆破に連鎖させ領邦軍、ジュノー海上要塞の機甲兵を巻き込み大きな爆発となり、橋を破壊した。その上、仕掛けた張本人は海に飛び込み、ブルーマリーナと共に、去っていったそうだ。その後私が戻った後に橋の復旧を行ったが、内部施設までは復旧が間に合わず、政府からの降伏勧告を受けざるを得ない状況だった。まあ、そのことに気付かれず帝国政府と取引出来たのは僥倖だと言わざるを得ないがな。まあ、そんな訳でな直接対峙したわけではないが、将として己が居城を落とされた、というのは初めてでな、これほどの敗北感を味わったのは初めてだった」

 

 分校長の話を聞いて、何と反応していいのか分からなかった。

 だが、ラウラが言っていた話を何故か思い出していた。『要塞を攻略した』という噂があったと言うことを。ラウラ‥‥‥‥本当だったよ。

 

「‥‥‥‥なんだそりゃ、単騎で要塞落とすとか、いくら主戦力がいないとしても、そんなの誰にもできないぞ。親父や《猟兵王》でも、出来るかどうか‥‥」

「‥‥‥‥‥」

「あ、あの分校長。ハード君は悪い子ではなく、その‥‥‥‥頑張り屋さんでした!」

 

 話を聞いて、開いた口が塞がらない、ランドルフ教官とミハエル少佐、そして何とかハードを弁護しようとしているトワ先輩。だけど、分校長は笑っている。

 

「ふふっ、ハーシェル。私は怒っているのではない。ただそんな男がいるならば是非とも会ってみたいと思っていた。私は直に会ったことがないのでな。私の居城を守る兵士が弱卒なわけがない。当然練度の高い者達ばかりだ。確かに主力は帝都に駆り出したが、それでも残ったものも十分、一級品の兵士たちばかりだ。その者たちをただ一人で、翻弄し、戦略目的を達成させ、一人の死者も出さず、颯爽と去っていった。素晴らしい、ただそう思った。‥‥‥‥ああ、何だろうな。この胸の高鳴りは。今まで生涯ここまで私が思い焦がれた男はいない。是非とも欲しい、そう思った。だから私は決めたのだ。‥‥‥‥我が婿に欲しい! そう思った。もとより婿探しもせねばなかったからな、是非とも欲しいと思い、誘いをかけたが、フラれてしまった。だが、それでこそだ! 簡単に手に入っては面白くない。だからこそ、手に入れる価値がある」

 

 見惚れるような、いや、肉食獣な笑顔を浮かべた分校長に誰もが恐怖した。だが一つ言えることは、ハードがロックオンされた、ということを理解した。

 相手は帝国最強の女傑だ。頑張れ、ハード。お前の傍に危険が迫っている。

 俺は遠くにいるであろう、友人の事を思い、心の中で涙した。

 

side out

 

「ハックション!」

 

 何故か寒気がして、くしゃみが出てしまった。風邪でも引いたか、いかんな。

 

「『神なる焔』」

 

 よし、これで体調は万全だ。私に病気で寝込んでいる暇はない。

 



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第二章 クロスベル編
第十話 クロスベルへの旅路と人生相談


いつも誤字報告、感想頂きありがとうございます。


―――七耀暦1206年5月9日 結社演習場 AM5:00

 

「ハアアアアアッ!!『鬼炎斬ッ!』」

 

 今日も朝から剣技の修練に励んでいる。いつもの日課である、『鬼炎斬』一万回使用をこなしている。この技はまだ、《剣帝》の技の基本とも言うべき技だ。これから上位の『絶技・冥皇剣』を使用できるようになるにはもっと技を磨かないといけない。

 だが、やはり私に《剣帝》程の才能は無いようだ。着実に成長している、らしい。アリアンロード様が仰るんだから、成長しているんだ。‥‥‥‥あまり実感を得れていないが‥‥‥‥

 いかん、いかん、《剣帝》殿には剣の才能も努力もされたんだ。私が一朝一夕で成長できる筈がない。今の私にできることは努力のみだ。雑念を消さねば。

 私はそれから三時間、懸命に振り続けた。

 

 

―――七耀暦1206年5月9日 結社演習場 AM8:00

「ふうー、自己鍛練終了。次は‥‥‥‥」

 

 自己鍛練を終え、私は次に何をやるべきか考えた。

 基本執行者は自由だ。何をしていても自由だ。なので私は‥‥‥‥クロスベルに行こう。次の実験の舞台であるクロスベルに前乗りして行こう。

 前回は前乗りして拠点作りをしていたが、今回はそんな事はしなくても良い。ならなぜ私は前乗りするのか、理由は簡単だ。落ち着かないからだ。なんか、落ち着かない、どうやら私は落ち着きのない性格のようだ。仕事がないと不安になる。

 なので、私にできることを探しに行こう。仕事は自分で探すものだ。

 そうだ、折角だからギルバート先輩を連れて行こうかな。これから一緒に仕事をするんだから交流を深めよう。

 私は喜び勇んで、ギルバート先輩を探した。

 

◽️

 

 私は演習場を出てギルバート先輩を探した。でも施設内には居ないようだ。何処に行ったんだ? 知ってそうなのはカンパネルラさんだけど、カンパネルラさんも見つからない。何処に行ったんだ?

 

「ん? 何やってんだ、ハード」

 

 私は呼ばれて振り返ると、そこにいたのは《劫炎》の先輩だった。

 

「お疲れ様です、《劫炎》の先輩。カンパネルラさんを探しているんですが、ご存知ありませんか?」

「カンパネルラならやる事があるとか言って出てったぞ」

「どちらに行かれたか、ご存知ですか?」

「知らね」

「そうですか、なら仕方ありません。ギルバート先輩を自力で探します。では失礼します」

 

 私がそう言って去ろうとすると、

 

「ギルバート? ああ、カンパネルラのオモチャか。それなら向こうで見たぞ」

「なんと、そうでしたか。それならなお良しです。ありがとうございます、《劫炎》の先輩」

「おう、んじゃな」

 

 そう言って去ろうとして、ある事に気づいた。そういえば、これからクロスベルに行く事をお伝えしていなかった。手紙かなんかで伝えておくことにしようとしたが、折角会ったのでこの場で伝えておこう。

 

「《劫炎》の先輩、私はこれから次の実験のために先行してクロスベルに行きます」

「まだ早えーだろ。どうしたんだ?」

「落ち着きませんので」

「‥‥‥‥まあ、いいんじゃね。まあ行って来いや。俺もそのうち行くわ」

「はい。では行って参ります」

 

 そう言って私は《劫炎》の先輩の下を後にした。

 

 

side ギルバート・スタイン

 

 僕、ギルバート・スタインはあるピンチに直面していた。

 

「これからクロスベルに向かいます。一緒に行きませんか?」

 

 次の実験の舞台、クロスベルに誘っているのは執行者《社畜》のハード・ワークだ。

 僕の新しい肩書きを付けるきっかけになった男であり、今結社でも話題の男だ。

 執行者の中で最も新しく、あの鋼の聖女様に指導されている‥‥‥‥自殺志願者だと言われている。

 だってあの鋼の聖女様だ。結社最強の呼び声高い人物だ。僕のような人間がお目にかかれるわけがなく、ましてや、会ってしまったら威圧感だけで死んでしまうんじゃないかと思う程だ。

 それに結社には鋼の聖女様に並ぶ方がいる。《劫炎》のマクバーン様だ。執行者No.Ⅰだ。

 そのNo.Ⅰの事を《劫炎》の先輩とか、気安く呼んでいる自殺志願者だと言われている。

 そんなダブルで自殺志願している男が一緒にクロスベルに行こうと言っている。え、なに、僕も一緒に心中に誘われているの?

 僕は考えた、自分の脳をフル回転させて考えた。もし断ったら、この男に殺される。もし受け入れたら、鋼の聖女様とNo.Ⅰに殺されるんじゃないのか?

 僕はまさに人生を賭けた選択を迫られている。僕が選んだ選択は

 

「是非お供させていただきます」

 

 僕は今を生き残る事を選択した。今を乗り切れなくては未来は無い。頑張れ、僕。

 僕は自分自身を奮い立たせた。

 

「そうですか。では参りましょう、ギルバート先輩」

「い、いいえ、あ、あの私のことはギルバートと呼び捨てで結構です」

「何を仰る、私はまだ入って3ヶ月目の新人です。ですので、先輩とお呼びするのは当然ですよ」

 

 やめてくれーー!僕は心の中で叫んだ。

 この結社では年功序列よりも肩書きが重視される。その肩書きは力の象徴だ。僕は『強化猟兵連隊長』兼『財政対策班班長』だ。

 気づいたらそうなっていた。ここ一、二週間程前の記憶がない。カンパネルラ様にお仕置きだ、と言われてからの記憶が無くなっていた。

 気づけば僕も結構な地位にいた。だからと言って、僕が目の前の自殺志願者に意見できる程強いかと問われると、否、断じて否である。

 だって、そうだろう。執行者とか、とんでもなく強いんだ。リベールで酷い目に会わせてくれたヨシュア・ブライトだって、元執行者だ。だけど、鋼の聖女様とかNo.Ⅰより強いわけがなく、そんなとやり合える目の前の奴に僕が勝てる訳ないだろう。

 それに目の前の男は僕を地獄に叩き込んだ男だ。出来れば断りたい。というよりも、関わりたくない。

 新しい肩書き、『財政対策班班長』なんて僕に押し付けやがって、アレのせいで僕の給料は非常にピンチだ。

 サザーランド州で展開している、コロッケ屋は元はこの男が始めたことだ。それ自体には問題ない。だけど、この男が無計画に規模を拡大したせいで、現在は人手不足だ。

 僕は非常に疑問だった。何故この男は利益が出せていたのか、理由が分かって僕は絶望した。

 この男一人で10店舗を切り盛りしていたんだ。なんと『分け身』で全部切り盛りしていたせいで、人を雇ったら、その瞬間利益が減る。

 その上、この男やたらと有能だった。営業許可を取ることに貴族のツテを使うとか、新店舗の準備とか、店舗の運営まで全部一人でやりやがった。人脈も豊富で、セントアークを治めるハイアームズ侯爵とかアルトハイム伯爵とか、そんな貴族とツテがあるとか‥‥‥‥僕が欲しいわ!

 おかげでさっきまで仕事漬けで漸く、休憩が取れたんだぞ。それも五分だけだ。この上クロスベルに行くとか、何なの! 僕に恨みでもあるのか。

 でも、そんなことは口に出すことは出来ない。年下でも上役に当たるんだ。

 僕は縦社会の厳しさを噛みしめながら、顔で笑って、心で泣きながら、これから先の事を考えて頭が痛くなりつつ、一緒にクロスベルに行くための準備をし始めた。

 報告書と帳簿と他にも資料を持っていかないと、仕事が終わらないな。

 

side out

 

―――七耀暦1206年5月9日 結社前駅 AM10:00

 

「さあ、列車が来ましたよ。行きましょう、ギルバート先輩」

「‥‥‥‥はい」

 

 結社前駅に列車が止まった。これからクロスベルに向かうなら、列車で行くのがいい。グロリアスを使うのも出来なくはないけど、流石に予算がかかり過ぎる。だから、列車にした。

 それに列車での旅は好きだ。景色が変わって行くのを見るのも、風情があっていいものだ。

 以前の内戦の時には、列車の上にしがみついて移動していたので、景色を楽しむことが出来なかった。

 だから就職して、漸く列車での移動を楽しめることが出来て、とても嬉しかった。

 前回はセントアークで今回はクロスベルだ。今度はどんな旅になるだろう、とてもワクワクしている。

 私たちは列車に乗りこみ、座席に座った。私は窓側の席をお願いしたら、ギルバート先輩は喜んで譲ってくれた。いや~、良い先輩だ。

 

―――七耀暦1206年5月9日 クロスベル行き列車内 PM0:00

 

 列車で移動し始めて、二時間程経った。色々な駅に止まり、人の出入りも頻繁に行われた。それに道中はまだまだ先は長そうだ。列車から見る景色も堪能出来て非常に楽しいものだ。

 景色に夢中になっていた私は、あることに気付いた。そろそろ昼食の時間だ。

 腹も減ってきたし、何か食べようか。

 

「ギルバート先輩、次の駅で‥‥‥‥」

 

 私はギルバート先輩に話しかけようとしたが‥‥‥‥寝ていた。

 どうやらお疲れのようだ。無理言って申し訳ない。

 私は周りに気付かれないように‥‥

 

「『神なる焔』」

 

 これで疲れも取ることが出来るはずだ。目が覚めたら、またバリバリと働けるはずだ。

 折角クロスベルに仕事を探しに行くんだ。体調は万全にしておかなくては。

 そうだ、ギルバート先輩が起きた時の事も考えて、駅の売店で昼食を買ってこよう。

 私は次の駅で一度降りて、昼食を購入してくることを考えた。

 

 

 駅に停車したようだ。さて、買ってくるか。

 私は列車を降りて、売店に足を運んだ。

 

「サンドイッチを二人分持ち帰りで、後は紅茶を頼みます」

「はい、畏まりました」

 

 私は待っている間、周りを見てみた。

 どうやら、私と同じく昼食を買い求める人が大勢いるようだ。

 それに子供連れの家庭も多いみたいだ。子供が列車を見て、驚きと興奮しているようだ。何とも、のどかな光景だな。笑顔に溢れている。実に良いことだ。

 私はその光景に温かい気持ちになっていると、子供が落ちそうになっている。

 

「危ない!!」

 

 私はそれに気づき、急ぎ駆けつけた。

 私は人を避けながら、駆けていく。『ハード・ワーク』を変形させてワイヤーにして、子供に巻き付けることを考えたが‥‥‥‥その必要は無くなった。

 

「ホホホッ、こんなところで遊ぶと危険じゃぞ」

「う、うん。ありがとう」

 

 御老人が子供を助けた。

 だが驚いた。先程まで、全く気配を感じなかった。いや、今も自然に溶け込んでいるような感じで気配を感じ取りにくい。認識して、集中して見ているので、その気配を感じ取れているに過ぎない。もし、一度でも視界から外せば、気配を感じ取れないだろう。

 子供が親元に駆け寄っていき、御老人にお礼を申し上げている。それから御老人は去っていった。

 私はそれを見続けたが、人込みに紛れてしまって視界から見失った。そして、気配も感じ取れなくなった。

 なるほど、アレは私では手に負えないな。アリアンロード様や《劫炎》の先輩の様な圧倒する存在感ではなく、ごく自然な存在感、まるで自然そのものの様な存在だった。おそらく私が戦えば、何をされたか気づくこともなく、敗れるだろうな。

 私は上には上がいることを思い知りながら、頼んでいた昼食を受け取り、列車に戻った。

 

 

 私が列車に戻ると、先程の御老人が私の向かいの席に座っていた。

 あちらも気付いたようで、話をされた。

 

「おお、先程声を上げた青年ではないか」

「私の事に気付かれていたんですか」

「うむ、青年が声を上げたのでな、何かと思って見てみると、子供が落ちそうになっておった。そちらさんが先に動かれたが、儂の方が近かったのでな、手を出させてもらった。まあ、儂が手を出さずともそちらさんが間に合っておったであろう」

 

 なるほど、やはり私では手に負えない。こちらの手札を見透かされたようだ。私には認識出来なかったというのに‥‥‥‥

 

「いえ、私が声を上げずとも、御老人がお助けされていたでしょう」

「いやいや、何分列車というモノは珍しくてな、思わず見惚れていたのよ。だから、気付くのが遅れてしまったのでな」

 

 なんとも、飄々とした御老人だ。だが、どこか愛嬌のある人だ。

 

「ところでそちらさんは、何処まで行かれるんだ?」

「クロスベルです。これから仕事を探しに」

 

 格上だと、脅威だと感じていながら、何故だか話していた。

 

「そちらはこれからどちらまで行かれるんですか?」

「儂は東の方までじゃな、クロスベルの先の共和国の更に先まで、な」

「そうですか。列車もクロスベルが東の終点ですから、それまでは一緒ですね」

「そうじゃな。旅は道ずれと言うし、よろしく頼むぞ。青年よ」

「ええ、よろしくお願いします。御老人」

 

 互いに名を話さずに、話をしていた。私は御老人と、御老人は私を青年と呼び合った。

 

「なるほど、青年は就職活動というものに苦労したんじゃな」

「ええ、非常に苦労しまして、あのときはこの世の全てを憎みました」

「ハハハッ、そんなことが言えるのは、終わったからじゃぞ。無事に終わってみて、今振り返ってみると、案外どうと言うことじゃなかったから、そう言えるんじゃ。其方はまだ若い、じゃから人生に達観はしておらん。それは今だけの特権じゃ。もっと人生を楽しむとええ」

「人生を楽、しむ? ‥‥‥‥どういうものなんでしょうか?」

「ふむ、そうじゃな。う~む‥‥‥‥‥わからん!」

「はあ~」

「ハハハッ、そんなことは分からんな。儂が楽しんでおる人生と青年の人生とは全く違うものじゃ。じゃからそんなことは儂には分からん。青年は真面目に色々考え過ぎじゃ。もう少ししたいことに正直になるといいじゃろうな」

「正直に‥‥ですか」

「うむ、青年がしたいこと、しなければならないこと、青年にはそれらの境界がない。おそらく、すること全てが、しなければならないことになっているんじゃないかの? しなければならないこと、即ち強制されることに他ならない。本来それは人間には苦行なのじゃ。誰にでも出来ることではない。もう少し、自由に生きなされ。青年にはそれを成せる力がある」

「じ、ゆ、う?」

 

 自由、か。‥‥‥‥私は私なりにそうしてきたつもりなんだが、な。どうやら年長者から見ると不自由な生き方に見えるようだ。だが一つ言い返したいことがある。

 

「御老人、世の中は自由には生きれません。人が築いたこの世の中、誰もが自由には生きれず、不自由さはあるものです。時と共に移り変わり、今の世があります。ならば私もこの世と共に生きるしかありません。それは御老人から見れば、不自由なのかもしれません。ですが、それもまた私の人生です。どうにもならないと思って、諦めています」

 

 これは偽らざる本音だ。この世を生きるには『ミラ』が、文明が生み出した代価を支払わねば、何も生活できない。確かに不自由だ、ミラがなければ物は買えず、暮らせず、服もない。だが、この世に生まれて、自由に振舞えば、それが外的として排除される。まさに魔獣がそれだ。

 魔獣は腹が減れば、ものを食べる。それは生きる上で当然の事だ。だが、それは人に迷惑をかけることもある、人を喰らうこともある。だがそれ故に排除される。自由の対価に命を支払っているんだ。故に自由であれる。

 もし私がそんなことをすれば、私も同じく排除されるだろう。人の世は魔獣よりもずっと陰湿で恐ろしいものだ。私はそれが身に染みている。

 

「ふむ。青年は本当に真面目じゃな。どうにもその真面目さが儂の弟子を思い出させるわい。真面目で頭が固い、最近の若者はみんなこうなのかのぉ。一番弟子くらいがちょうど良かったんじゃが、最後の弟子並みに真面目過ぎるわい。儂が言いたいのは、腹一杯メシを食って、目一杯体を使って、がーがー寝るのが、生きてると言えるんじゃ。青年は寝ておるか、見たところ睡眠時間2時間くらいじゃろ。いやもっと少ないかの」

「ええ、一時間半くらいの睡眠です。でもそれくらいでも、問題ありません。体に不調はありませんし、不調であれば、術で回復出来ますので問題ありません。それにやることも多いですので、寝ている時間が惜しい程です」

「‥‥‥‥導力技術が広まった弊害かの。人間らしい生活を送れなくなったのは」

 

 御老人がそんな呟きと共に、視線を宙に向けて、もう一度私を見据えた。御老人が私をジッと見ている。私は視線を逸らさずにその視線を受け止めた。そして、ゆっくりと目を閉じ、それからしばらくして、私に言った。

 

「青年、お前さんにはいくつもの道が出来る。それは誰かと歩む道、多くのものと歩む道、独りで歩む道、いくつもの道がある。そのとき、青年の前に立つのは、いつも同じ者だ。そのものは青年にとって、人生を変える者だ。きっとそう遠くないときに再び出会う。その時は、頭で考えるよりも心の赴くままに答えを出すといい。それが儂が言える、人生の先輩から青年への唯一できる助言じゃ」

 

 御老人はそう言って、笑った。

 そのことについて聞こうとすると、クロスベル駅に着いた。

 

「おお、着いたようじゃな。では、これでな。道中楽しかったぞ。またの青年」

「お、お待ちを‥‥」

 

 そう言って、御老人は去っていった。私は呼び止めることも出来ず、伸ばした手は虚空を掴んだ。

 あの御老人が語った言葉は、まるで私のこれからを予言しているような言葉だった。

 心の赴くままに答えを出す、か。今までもそうしてきたつもりだったし、これからもそうするつもりだ。だからきっとこれまで通りに、結社に、盟主様に忠誠を尽くせばいいだけだ。

 私は御老人の言葉に多少の引っ掛かりを覚えたが、とりあえず列車を降りることを優先して、これ以上考えることを止めた。

 

 

side 御老人

 

 ふむ、大陸の東側に向かう際にこのような出会いがあるとは、これだから旅は面白い。

 しかし、あの青年は‥‥‥‥非常に危うい。まるで壊れる寸前の様な、最後の残り火の様な、一瞬の輝きを見せているような男じゃった。

 鍛えれば《剣聖》に至れるほどの素質を、最後の弟子の様な、素質を持っておる。

 だが、惜しい。あの青年はそこまで自分を高めることは出来ん。あの精神性では、な。あの青年には楽しむことが雑念だと思っておるような精神性じゃ。それでは高みには至れん。苦しみの果ての達成感、それを味わうことを雑念だと感じている、ようではな。

 儂の目には、青年と最後の弟子が一騎打ちをする姿が見えた。だがその先は、独り、二人、大勢、どれも違う未来じゃった。だが、儂に言えるのはそれまでじゃった。

 青年の闇はおそらく最後の弟子との戦いで晴れる。その先は進みたい道を行くがいい。

 まあ、青年の人生じゃ、年寄りがあんまり世話を焼きすぎるというのも、煩わしいものじゃろうな。

 

「リィンよ。青年の闇を晴らせるのは、お前だけじゃ」

 

side out

 



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第十一話 クロスベルでの仕事

いつも感想、誤字報告、評価頂きありがとうございます。
よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年5月16日 クロスベル AM10:00

 

 クロスベルに到着して、早一週間。だいぶこちらの暮らしにも慣れてきた今日この頃、今日も元気に働いている。 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 現在はクロスベル西通りにある、ベーカリー《モルジュ》でアルバイトに勤しんでいる。

 今日もお客様がご来店されました。今日も笑顔で頑張ろう。

 何故、このベーカリー《モルジュ》に務めているかと言うと、以前セントアークでコロッケサンドを試作してみたが、パンがコロッケに合わず、一時断念していた。

 そこで私は考えた。パンが合わないなら、合うパンを作ればいい、と。だがそれは難題だった。私にパンつくりの知識も経験もないため、見様見真似で始めたが、結果は芳しくなかった。だから私は新たに考えた、パンつくりを学ぼうと思った。ちょうどクロスベルに有名なパン屋であるベーカリー《モルジュ》があることを思い出し、探して見るとすぐに見つかった。

 早速学ぼうと思って、あることに気付いた。‥‥‥‥私には結社の仕事がある、ということに気付いた。

 そうだった。このクロスベルに来たのも今度の実験のために前乗りしてきたんだった。ここでパンつくりを学ぶために来たんではない。‥‥‥‥だが、やはり惜しい。折角ここまで来たと言うのに、なぜ私は我慢してしまうんだ。クロスベルに来る際、列車で出会った御老人も言っていた。『自由に生きなされ。青年にはそれを成せる力がある』と言っていた。そうだ、私にはそれを成せる力、『分け身(ワーキングモード)』がある。

 分け身で潜入し、技を盗み、後で私に教えてもらおうと考えた。

 だが‥‥‥‥お店に二人しかいない。どういうことだ? 確かお店には親方と若い男女が二人いて、三人でお店を切り盛りしているはず‥‥私は気になり、クロスベルの人に聞いてみると、事情が判明した。

 親方はこの春にノーザンブリアにパン焼きの技術指導に行ってしまっていたので、お店は現在二人で切り盛りしているそうだ。どうやらお困りのようだ。ならば仕方がない‥‥‥‥

 

「アルバイトに雇ってください。やる気なら誰にも負けません!」

 

 私が働こう。幸い、過去にはコロッケ屋台で鍛えた接客業の技術が役に立つはずだ。だが申し訳ないが私は多忙のため、ここには分け身が来ることになる。

 以前コロッケ屋で使っていた、改造分け身と同じ顔に変えよう。結社の先輩、今は亡き元第三柱のゲオルグ・ワイスマンさんの偽名アルバ教授を使用している。過去にリベールの『福音計画』で亡くなられたらしいので、クロスベルなら知り合いはいないだろうと思い、この顔と偽名にしてみた。接客業は笑顔が大切です。なので、笑顔が似合う顔は接客に向いていると判断した。前回のセントアークのコロッケ屋台もこの顔の時には、人が集まった。やたらと教会関係者が来たけど、にっこり笑顔で対応した。

 

 

「よし、では始めようか、アルバさん」

「ええ、よろしくお願いします。オスカー先輩」

 

 先輩のオスカーさんからパン焼きの指導を受けている。まだまだ未熟な身の上で到底、店で出せるシロモノではないので、掃除、品出し、そして接客を担当して、お店に貢献出来るように頑張っている。

 その代わり、店の閉店後にオスカー先輩にパン焼きを教わっている。

 最初はオスカー先輩と呼ばれると、困惑していた。アルバ教授状態の私は見かけ年齢が37歳になっている。

 そもそも、37歳の男がパン屋にいきなり、アルバイトに、ましてやパン作りを教えて欲しい、とやってきて、教えてもらえるようになるだろうか、最初は訝しがられた。

 だが、これは事情を説明したら、すんなり認められた。

 私の生い立ちは故郷であるノーザンブリアを失い、孤児院で育ったが、故郷が滅んだ原因を調べているうちに得た知識が評価され、考古学者になり、教授の地位を得たが、人望がなく部下からは嫌われ、対外勢力にも疎まれ、教授の地位をはく奪されて途方に暮れていた。だが、故郷のノーザンブリアにパン焼き指導に親方さんが行かれたことを知り、私ももう一度故郷に戻る前に、パン焼きを覚え、故郷でパン屋を開きたい、と言うことを力説したところ、その日のうちに修行を開始できた。

 元々のゲオルグ・ワイスマンさんの生い立ちに現状の状況をミックスして、それらしいことに、私の演技力を加え、説得して見た。オスカー先輩は信じてくれたが私は心に大ダメージを追ってしまったが、結社のためだ、このくらいの犠牲は必要だ、と自分に言い聞かせた。

 だが、私はこの説得をしているうちにあることに気付いた。このアルバ教授顔だと、やたらと口が回るということに。まあ、気にしてもしょうがない。この顔だと結社内では詐欺師に向いている顔と言われたし、それが影響しているんだろう。

 それに仕事はこれだけではない。

 

 

 クロスベル市東通りにある宿酒場《龍老飯店》こちらにも分け身を送り込んだ。このお店は東方風の店構えと同様にメニューも東方料理が中心で、中でも店主であるチャンホイ氏の作る炒飯は絶品と評判です。そのため今後を見据えてこの技術を学ぶために送り込んだ分け身が‥‥‥‥

 

「サンサン、いつ見ても君は美しい」

「アレイスターさん、仕事中ね」

 

 何故かナンパ男になってしまった。いや、ナンパというよりキザな感じの男になってしまった。おかしい、以前セントアークで会った、アレイスターさんをモデルに作ったんだが、あの時は‥‥‥‥アレ、よく覚えていない。そういえばやたらと質問されたが、眠くなって寝てしまったんだった。でも、まあいいか、とりあえず店で働ける程度の能力はあるんだが‥‥‥‥

 

「ほう、アレイスター。この店の3つのルールを言ってみるね」

「フッ、一つ、静かに食べる事。二つ、店長に逆らわない事。三つ、サンサンに手を出さない事。ですよね。分かっていますよ。今日で一週間毎日暗唱していますから」

「‥‥一週間毎日暗唱しているのに身につかないとは、アレイスター、覚悟はいいアルね」

「ええ、お義父さん」

「キサマにお義父さん、呼ばれる筋合いないね!」

 

 何故だか毎日店長と格闘が起こっている。

 人格に問題、いや欠陥があったか。だが可能な限り、アレイスターさんを思い出しながら作ったと言うのに‥‥‥‥一体何故だ?

 

「パパ、龍老炒飯3人前ね」

 

 サンサンからオーダー入ると、店長との格闘戦は終わりとなる。

 

「龍老炒飯3人前、始めるよ、アレイスター」

「イエス、店長」

 

 私の分け身、アレイスターは具材の前に立ち、右手に包丁、左手に具材を持ち、両手がまな板の上で交わった。その後、目にもとまらぬ包丁さばきを見せ、具材を切り分ける。この《龍老飯店》に勤め始めて一週間、具材を切り分けつつ、切り分けた具材をボールの中にダイレクトインさせることが出来るようになった。私から店長へのパスが通ると、

 

「アイヤーーーーーーーー」

 

 店長が具材を炎が猛り、熱された東方鍋の中にいれ、気合と共に混ぜていく。みるみる内に米に卵がコーティングされていき、光輝いていく。

 

「出来たネ」

 

 黄金に光輝く炒飯がサンサンに渡り、お客様に提供されていく。お客様が一口、その炒飯を口に入れると、笑顔がこぼれていく。実に良い光景だ。いつか私も店長の様な炒飯が作りたいものだ。

 

「アレイスター‥‥‥‥今日の調理はまあまあね。このまま続ければ、私の秘伝を与えてやってもいいネ」

「店長‥‥‥‥」

「だけど、サンサンはやらんネ」

 

 色々誤解はあるようだが、分け身『アレイスターモデル』は当分継続させよう。秘伝を頂くその日まで、誠心誠意働こう。

 

 

 クロスベル市・港湾区の公園内で営業しているラーメン屋台がある。それが麺処《オーゼル》だ。屋台というところに好感を覚える。私も屋台から身を起こした者として、是非とも御応援したと思っている。

 ただ、同じ屋台仲間ではあるが、屋台ライバルとも言うのが世の常だ。ライバル店の情報は非常に気になる。だからと言って、私が直接行くと、警戒されるかもしれない。何かスキはないだろうか、私が探して見ると‥‥‥‥見つけた。

 この店は最近弟子を取ったようだ。良かろう、ならばこちらもニューフェイスがお相手しよう。

 

side ギルバート・スタイン

 

「おい、ギル。お客さん待たせてんぞ!」

「はい、ただいま!」

 

 どうして‥‥‥‥こうなった。

 僕は一週間前にクロスベルに到着したとき、寝ていた。ずっと、グーグーと、寝ていた。起きると体が非常に軽かった。最近の肩こりや疲れ目が一気に取れていた。凄い、これがクロスベルの力か。

 だが、体が軽くなった僕に、あの野郎がまたも重荷を押し付けやがった。

 

「このクロスベルの情報収集です。こちらが私が調べた調査場所です」

 

 そう言って見せてきたのが‥‥‥‥グルメ雑誌だった。

 

「では、私がこのエリアを担当しますので、こちらはギルバート先輩がご対応ください」

「え、ちょ、ま、ええええええ」

 

 なんと、西通りのパン屋と中央広場を《社畜》が、東通りと港湾区を僕が担当することにしようとしていた。

 僕は思った。無理だ、だって僕一人で二軒の掛け持ちなんて無理だろう。そう言うと、

 

「分かりました。なら東通りも私が担当します。港湾区はお願いします」

 

 そうアッサリと引き下がりやがった。良かった、まあ屋台一軒くらいなら大したことないだろう。

 僕は高を括っていた。だが、甘かった。

 

「ギル、丼足りねぇぞ」

「はい!」

「ギル、注文取ってこい」

「はい!」

「ギル、お会計だ」

「はい!」

 

 なんだこの人の多さは! お昼時になると更に多くなる。それが終わると漸く一息つけるが、夜の分の仕込み作業もあるし、麺の湯切りの修行もあるし、帳簿もつけなきゃいけないし、やることが多すぎる。

 僕以外にもう一人、働いている奴がいる。コウキという奴なんだが、目の敵にされている。

 

「俺が一番弟子だ。お前は二番だ。分かってるな!」

 

 なんで、こんな目に会ってるんだ。仲間にも恵まれない。仕事はキツイ。もう辞めようかな、この仕事‥‥‥‥

 僕は意気消沈しながら、クロスベルの仮住居アパルトメント《ベルハイム》に帰ってきた。

 

「あ、お帰りなさい、ギルバート先輩」

「あ、うん、ただいま‥‥‥‥ハード君」

 

 とりあえず、執行者《社畜》という異名で呼ぶことは止めて、本名で呼ぶことにしている。

 それにしても、一週間でだいぶこっちの生活にも馴染んだもんだ。

 ルームシェアと言うことで、一部屋を借りているが、大体の事はハードがやってくれるので非常に助かる。だけど、ゲオルグ・ワイスマンの分け身は心臓に悪いので、止めて欲しいところだ。

 

「ギルバート先輩、こちらが今日の仕入れ結果です」

 

 渡してきたのは数枚の紙だ。その一枚目には、『仕入れ結果Ver.3』と記載されている。

 いつもこれを見るのが心臓に悪い、一体今日は何をしてきたのか、不安でしょうがない。僕は恐る恐る、紙をめくると、絶句して、倒れた。

 コイツ、またとんでもないもの買いやがった。

 

side out

 

 ギルバート先輩が寝てしまった。どうやら港湾区の屋台は相当ハードなようだ。流石は我がライバル店だ。

 しかし、折角仕入れてきた結果を見て欲しかったんだが、仕方がない。疲れが取れてからじっくりと見てもらおう。今日の戦果は少量ですが、報告は必要だ。なにしろ、今後次第で、ギルバート先輩の給料から支払われるからな。

 一枚の紙がめくれ、そこには今日一日で購入してきたこれから必要な物資一覧があった。

 

・マシンガン:20丁

・バズーカ砲:20丁

・各種高性能火薬:多数

・型番なしARCUSⅡ:2機

・大型輸送車:2台

 

 流石クロスベルだ。品揃えは実に豊富だ。

 ここクロスベルには《ナインヴァリ》というお店があった。その店は欲しいものが山の様にあった。

 まず、武器だ。魔獣の脅威から身を守るためには必要だ。いくらあっても足りないくらいだ。

 そして、ARCUSⅡだ。今までは一人でやれていたので必要はなかった。だが、ギルバート先輩というパートナーが出来たので、出先で連絡を取る必要が出た場合のために持ちたいと思っていた。ちょうどよく最新機が売られていたので、ぜひ欲しかった。

 それにこれのおかげでマスタークォーツというモノが使えるようになった。アーツとクラフトが更にパワーアップ出来て、きわめて便利だ。

 だが、ここまではあくまで前座。今回の本命は大型輸送車だ。実はこれを持っているのは軍関係を除くと、ラインフォルトかクライスト商会くらいだ。つまり一種のステータスになるほどだ。若干値が張るが、小さいことだ。気にしてはいけない。

 それに私とギルバート先輩の目標はサザーランド州だけではなく、帝国いやゼムリア全土に店舗を構え、経済支配を成すことだ。

 結社のバックがあればそれも可能だ。十三工房の力も借りて、大量生産を行い、ゼムリア全土に店舗を構え、経済的に国家と切り離しを出来なくしてしまう。そうすれば遊撃士も手が出せなくなり、今後の計画の推進の妨げが無くなる。ひいては盟主様の計画の成就につながる。

 つまり、私の働きが行く行くは結社の発展に貢献できる、ということだ。これは実に重大で、やりがいのある仕事だ。盟主様にお声を掛けて頂いた恩、執行者という重要ポストに置いて頂いた恩、頼れるパートナーを与えてくれた恩、全ては盟主様の恩恵です。

 この恩に報いるためにも、執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》のハード・ワーク、頑張ります。

 あ、いかんいかん。寝ているギルバート先輩の体調を整えないと、明日も共に結社のために働くんだ。私のパートナーがこれくらいで音を上げるとは思わないが、念には念を入れておこう。

 

「『神なる焔』」

 

 よしこれで明日も元気に働ける。頑張りましょう、ギルバート先輩。

 さて、ギルバート先輩を回復できたし、私はこれから外に行こう。

 実はクロスベルに着いてから、日課が出来た。‥‥‥‥マラソンだ。

 クロスベルは実に広く、人々の出身も様々だ。色々な話が聞ける。今後の役に立つかもしれないし、色々聞いて回ろう。よし、行くぞ、クロスベルマラソンだ。

 私は外の出て、道行く人に話しかけて回った。

 

 

―――七耀暦1206年5月17日 クロスベル軍警前 AM8:00

 

「もう二度とするなよ」

「‥‥‥‥はい、申し訳ありませんでした」

「‥‥‥‥」

 

 昨夜、道行く人に話しかけていたので、逮捕されました。ギルバート先輩に身元引受人として軍警に来てもらっていました。

 どうやら、子供に声掛けしていたので、不審者として通報されたようです。

 どうやら世界は私に厳しいようだ。私は悲しい。

 




次回は週末を予定しています。


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第十二話 計画頓挫

―――七耀暦1206年5月17日 アパルトメント《ベルハイム》 AM8:30

 

 クロスベル仮拠点に戻ってきた。警察からここまでの道中、私とギルバート先輩はお互い無言だった。

 まあ、当然だろう。ギルバート先輩からすればこんな無能に掛ける言葉なんてあるわけがない。結社の執行者である私が、警察に捕まるだなんて失態、前代未聞だろう。自分の愚かしさに腹が立つ。これからの私は結社の恥さらしとして生きていくのか‥‥‥‥鬱だ。なんだか、死にたくなってきた。

 私が自分を責め続けていると‥‥‥‥笑い声が聞こえてきた。

 

「‥‥‥‥ハハハッ、中々面白かったよ。《社畜》のハード君‥‥‥‥バァ!」

「‥‥‥‥カンパネルラさん!」

 

 ギルバート先輩がカンパネルラさんに化けた。いや、カンパネルラさんがギルバート先輩に化けていたんだ。その変装を解いて、いつものカンパネルラさんに戻ったようだ。

 

「いやあ、どうやらドッキリ大成功みたいだね。うんうん、《道化師》の異名の面目躍如と言ったところかな」

「い、一体何処からがドッキリだったんですか!」

「昨日の声掛けした女の子も警察官も施設も全部、僕の幻術だよ。実際は警察に逮捕されてないから良かったね」

 

 よ、よかった~。私は安堵のため息と共に、その場にへたり込んだ。腰が抜けたようだ。

 もし本当に警察に捕まっていただなんてことになったら、『ハード・ワーク』を縄に変えて、首を吊っていたかもしれなかった。結社の恥さらしとして生きるなど、例え盟主様にお許し頂けたとしても、私が許せない。今すぐ、ハラキリでもなんでもするから、クビだけはご勘弁くださいと地面に頭をめり込ませてお願いしに行っていた。

 だが、カンパネルラさんも冗談が過ぎる。

 昨日、泣いていた女の子がいたので、どうしたのか、聞いただけで、警察官がやってきて『事案です』と言われて、逮捕された。その後取り調べに合って、拘置所に一晩泊った。そしてついさっき釈放されて今に至る。いくら何でも悪ふざけが過ぎる。

 

「いくら何でも悪ふざけが過ぎますよ、カンパネルラさん!」

「‥‥‥‥君がそれを言うかな。パン屋で元第三柱の使徒をアルバイトさせたり、別の執行者の変装をして炒飯作りを学ばせたり、僕のおもちゃをいじめたり、は別にいいけど、それ以外は‥‥‥‥‥‥笑い過ぎてお腹痛かったよ! だからこれは正当な復讐だよ」

「え、そんな理由ですか!?」

「そんな理由! 何言ってるの! あの《白面》がパン屋で接客しているとか、それだけでリベールに大打撃与えられるよ。それにブルブランが女の子に声かけながら炒飯作ってるとか、いつも通り過ぎて思わず本物だと思ったよ。あ、あとギルバート君はもっときつめでもいいよ」

 

 流石元第三柱の使徒様だ。それだけでリベールに大打撃とは‥‥‥‥一体どういうことだ?

 そう言えば、セントアークでデュバリィさんにこの顔に出来るか、と言われて、試しに作ってみたら、何度かデュバリィさんに壊された。理由を尋ねると、ついイラっとしましたわ、と言われて、何度か作り直しているうちに作成回数が一番多くなったため、私以外の分け身では一番作りやすくなった。

 だけど一体何でそこまでいろんな人に嫌われているんだ? 私が知らない歴史があるんだろうな。深く聞くのは止めておこう。

 あと、そういえば気になることを言っていたな。

 

「ブルブラン、って誰です? 《龍老飯店》にいるのはアレイスターさんという、セントアークで会った人ですけど?」

「え? あれ、ブルブランの素顔をモデルにしたんじゃなかったの? ふーん、でもそう言うことか‥‥‥‥そのアレイスターという人に会って、変わったことはなかった?」

「‥‥‥‥そういえば、なんだか眠かった気がします。私が眠気を感じるのは3徹以上は必要ですから、あの日は徹夜していないので眠気を感じたのに違和感を感じました」

「おそらく薬か何かだろうね。君の意識を奪いつつ情報を引き出そうとしたのかも、それで君に近づいたのかもしれないね」

「ですが、同じ結社の人間にそんなことをしますか? ましてや私は出会った日に執行者に成ったばかりですした。そんな私から一体何を知りたかったんでしょう?」

「ハード君には言わなかったけど、今の結社は使徒の間でも色々意見が分かれているんだ。第二柱とそれ以外で意見が食い違っていて、第二柱が今結社と距離を取っているんだ。ブルブランは第二柱と近いんだ。君と第七柱みたいにね。だから、『幻焔計画』からブルブランは外されて君とシャーリィが入ったんだ。だから、情報収集のために近づいたのかもしれないね。まあ、先輩からのご挨拶みたいなもんじゃないかな」

「なるほど、そうですか。私もご挨拶できたら良かったんですが‥‥‥‥」

「まあ、そのうち会えるよ」

 

 そのうちか、よし今度は失礼のないように全力でご挨拶しよう。同じ執行者だ、大体の人は戦闘がお好きだ。ならば今度はこちらから向かっていこう。きっと先輩だったら、胸を貸してくれることだろう。その時には最近練習中の『鬼炎斬』をご披露させていただこう。その時までにもっと鍛えなくては。

 私は先輩に自己アピールするために意気込んでいた。

 

「あ、そうそう、僕がここに来た理由なんだけど‥‥‥‥その前にいくつか聞きたいことがあるんだけど」

「はい、何でしょうか?」

 

 カンパネルラさんが私に聞きたいことがあるとは一体何だろう?

 私の頭に疑問符が浮かんでいると、カンパネルラさんがいくつかの書類を出して、私に見せた。これは‥‥

 

「購入予定のリストですね。これが何か?」

「ここにある、店舗用の土地と建材が20店舗分とか、一体何するつもり?」

「はい、サザーランド州に店舗を増やそうと思いまして、それ様です。ああ、建物は私が建てますので、業者は必要ありません。ただ土地が必要なので、それはお願いします」

 

 前回のパルムの店舗は無事に完成した。私としても会心の出来だった。これなら次はもう少し早く出来ると確信できた。

 それに出来上がった店舗には店内で食べるスペースも完備しており、ドリンクとのセット販売を目指したが、残念ながらコロッケ一本ではバリエーションに乏しく飽きられる日は近いと思わざるを得ない。後々はコロッケ生産拠点にするしかないと思ったほどだ。今はまだいいがおそらく来月には売り上げが落ちだすだろう。

 現状を打開するためには、飽きられる前に新商品を開発するしかない、そう思っていた矢先にクロスベルに行くことになった。実に良いタイミングだった。クロスベルで新商品を見つけ、サザーランド州で販売する。珍しさが先行するだろうが、我が店舗でしかないという独自性を持てると言うことは、商売における強みになる。

 構想中のコロッケとパンの組み合わせ開発名称『コロッケパン』を持ち帰り用として、拉麺と炒飯の同時提供である開発名称『拉麺と炒飯』を店舗で食べてもらう。これで売り上げが伸びるはずだ。

 まあ、これも一時しのぎでしかない。第二段階に推移までの間に客を繋ぎとめるための手だ。第二段階からが本当の始まりだ。結社によるゼムリア大陸支配への本当の第一歩だ。その尖兵である私とギルバート先輩の役割は大きい。うむ心躍るとはこういうことなのだな。不思議な高揚感を感じる。

 だが私の思いと裏腹にカンパネルラさんの反応は宜しくない。

 

「うーん、土地を用意するのはいいけど、この場所、結構いい土地だから値が張るね。それに色々と良く分からない物があるんだよ。ティアの薬をはじめとした薬各種にシルバーピアスみたいなアクセサリ一式とかとても飲食店に必要なものだと思えないんだけど‥‥‥‥」

「ああ、それの事ですか。土地に関しては町の出入り口や中心地などの人通りが多い場所ですので、致し方ありません。後、これから増やす店舗は飲食店ではありません。なので、それらが必要になりますので仕入れをお願いします」

 

 飲食店だけでは限界があるし、量産しても保存が効かないものが多い。私とギルバート先輩が目指すゼムリア大陸経済支配には飲食店ではなく、こう言った生活必需品を取り扱い、行く行くは大きい物、飛空艇とか戦車とか機甲兵のシェアも握る必要がある。とりあえず帝国の経済を支配するためには、最終目標はラインフォルトの乗っ取りが必須であるが、いきなりは無理だ。段取りが大切だ。まずは‥‥‥‥

 私が思考を巡らせていると、カンパネルラさんが驚きの声を上げた。

 

「え、飲食店じゃなかったの! コロッケ屋を発展させることが目的だと思っていたよ」

「ええ、当初はそう考えていましたが、パルムの支店状況を見るとおそらく3か月ほどで赤字に変わりますね。えーと‥‥ああ、これです。ここの数字を見てください」

 

 私はカンパネルラさんに先月の売り上げ表を見せて説明を始めた。

 

「まず、先月の販売開始から一日ずつの推移がこちらです。一日一日徐々に増えていってます。ですが、ある程度過ぎると落ち着きます。その後、下落していきます。そしてこちらがパルム支店の状況です。こちらも販売開始からは徐々に増えていき、ある程度過ぎると落ち着きます。店舗自体の一日の売り上げにも増やせる限界があります。私とギルバート先輩が料理のレパートリーを増やすとその分、利益が下がると思います。一品物の方が材料を絞れるので、トータル一番利益が出しやすいと思いました。ですが、利益が増えてもおそらく店舗の土地代を払い終えるのが少し早くなるだけです。なので、考え方を変えました」

「考え方を変えた?」

「はい、邪魔になる店を全て潰すことにしました」

「は?」

「まずは各町や村にある雑貨屋などと同じ商品を提供します。その際価格は2割程下げます。それにより仕入れ価格そのもの、いや若干の赤字になっても行います。目的は他店を価格競争に追い込み、相手から顧客を奪い、店自体の営業を立ち行かなくします。そうしてライバル店が潰れたらこちらの価格を今までの負債分の穴埋めのために上乗せをします。これが店舗を増やす目的第一段階です」

「‥‥‥‥とりあえず話は全部聞いてから質問するから続けて」

 

 カンパネルラさんが頭を押さえながら、続きを促した。頭痛いのだろうか?

 

「第二段階は他の商会の妨害及び買収です。まずは手ごろな商会を襲撃して、評判を落として、経営困難手前まで追い込みその後、買収を行い、販売シェアを奪います。これで小物から生活必需品を結社の自由に差配できるようにすることを目的にしています。ただ、いきなり大企業は無理ですので、小さな商会から徐々に潰しては買収、潰しては買収を繰り返します。第二段階の最終目的はクライスト商会までを飲み込みます。これはあくまで目安ですので、それほど意味はありません。

 第三段階は実力行使です。ここまで飲み込むと、おそらく敵が多くなり出します。一気に大企業の上層部を洗脳、最悪の場合は暗殺してトップをこちらの息のかかった人員に挿げ替えて、こちらの傘下に収めます。大企業の場合、社長が誰でも社員は働きます。なので上層部が消えても気にはしません。この第三段階の最終目的はラインフォルトグループを取り込むことです。ラインフォルトさえ取り込めば、帝国の支配は完了と考えられます。ここまでくれば単独で対抗できる企業は他にありません。

 最終段階は全ての勢力を飲み込みます。我が結社の勢力は他の追随を許しません。ですが手を緩めてはいけません。こちらの強引な政策は敵をたぶんに産みます。ここまで大きくなると敵対勢力も単独で戦おうとはせず残存勢力と連合してこちらに対抗してこようとします。ですが、それが狙いです。相手がこちらを超えようとすれば無理な連合に成ります。そのため色々な綻びが生まれますので、その時一番大きな勢力を狙います。ただ全力で狙っても、こちらが仕掛ければ、あちらは合力して戦うでしょう。ですから絡め手で敵対勢力を一つずつ引き剥がしていき、一つずつ潰していきます。これでゼムリア大陸の経済支配が完了できるはずです」

 

 私は言い切り、カンパネルラさんの反応を待つと、カンパネルラさんが何とも言えない複雑な表情をしながら、質問をしてきた。

 

「‥‥‥‥えーと、何からツッコめばいいのか分からないけど、とりあえず飲食店を止めたことは分かったけど、各都市いや町単位で店舗を作って、色々な商品を扱うのは分かった。それを各町単位で店舗を作るけど、人手はどうするの? いくらハード君が分け身で働けるからって20店舗分とか無理でしょ」

「働くのは私ではなく現地の住民です。一時間1300ミラで雇おうと思います」

 

 帝国の場合、一時間800~900ミラくらいが相場だ。その相場の1.5倍出すんだから人手は賄えるはずだ。それにこれくらい出せば人は簡単に従う。人はミラに弱い生き物だから。

 

「それ、高すぎない。結局少数しか雇えないと思うけど?」

「高いですが、利益を出すことが目的ではなくライバルを潰すことが目的です。それに、少数ではなく時間帯を決めて可能な限り多くの人に働いてもらいます」

「それでも店舗に限りがあるんじゃ‥‥‥‥」

「なら適宜増やします。目的はライバル店を潰すことが目的ではありますが、真の目的はその町に我々結社に衣食住の全てを握り、我が結社無くして生活が成り立たなくなせることです。その結果ライバルは潰れた後に値上げしても、従わざるを得なくさせます。その結果、我が結社の構成員になるのです」

「構成員?」

「はい、結社の協力者ですので立派な構成員です」

 

 働く場所を求めて、私は結社に拾って頂いた。きっとこの思いは共有出来る人がいるはずだ。私と同じ思いをした人達、この世界から不要と判断された者たちが、いるはずだ。私は幸運にも結社に、いや盟主様に拾って頂いた。そして今、執行者としてこの地位にいる。あらゆる自由が与えられているんだ。ならば私もこの特権を使用し、私と同じ境遇の人間を救い上げよう。共に結社のために身を粉にするつもりで頑張ろう、まだ見ぬ同僚よ。

 

「‥‥‥‥まさか時間帯労働者を構成員と呼ぶ日が来るとは思わなかったな。でも、それで商売を始めて、他の店がそんなに簡単に潰れるかな‥‥‥‥」

「ああ、具体的な時期とか決めていませんでしたね。『幻焔計画』中に出来るのはおそらく、第二段階まででしょうね。そこから先は時間が掛かりますね。5年先、10年先、それくらいかかるでしょうね」

「‥‥‥‥そこまでしてやる必要あるの?」

「期間的には長期に成りますが、先に地ならししてからの方が今後の計画の障害が減ると思います。それに最終段階まで進めば、このゼムリア大陸は全て盟主様の物です。どんなご要望でも思うがままです」

「‥‥‥‥うーん、確かに最後まで進めばいいけど、それまでの苦労を考えるとねぇ。結社の目的は計画の成就だけ、だから他は不要かな。それに『幻焔計画』以降の計画もあるし、それまでに終わらないじゃ意味がないよ」

「‥‥‥‥そうですか、残念です。私に出来る全てで盟主様にご恩返しが出来ると思ったんですが‥‥‥‥」

 

 仕方がない、ゼムリア大陸経済支配計画は頓挫だ。他の方法を考えよう。

 私は計画の成就を容易にすることを第一に考えていたが、カンパネルラさんは時期を重視しているようだった。確かに時期を逃すと意味がないものもあるだろうし、ゼムリア大陸全土はあきらめて、可能な範囲で支配領域を増やしていこう。エレボニア帝国のラインフォルトやリベールのZCFなどの国の根幹を成す企業の動きを少しでも止められる程度にはしておこう。

 私は新たな目的が出来たので、それを目指して計画を練り直すことにした。

 

「とりあえず、20店舗分の土地は無しでいいね。というか用意してないから、はいこれは消しちゃうよ」

 

 そう言ってカンパネルラさんは購入リストを燃やした。

 

「分かりました。当面はパルムの支店だけで頑張ります。ギルバート先輩は当分お借りしますよ」

「いいよ、いいよ、好きに使って」

「助かります」

 

 とりあえず規模は縮小したが、現状維持だ。これからもギルバート先輩と共に頑張ろう。別の方法で結社に貢献しよう。今回の失敗でへこたれるわけにはいかない。盟主様のために一層頑張らねば。

 

「さて、これで疑問解決。そろそろ僕が来た理由を話すね」

「はい、よろしくお願いします」

「僕が来た理由は、5月20日の土曜日にVIP来訪に合わせてトールズ第二分校が来るみたいだから、それに合わせて色々動くから、ハード君も用意しておいてね」

「分かりました、準備しておきます」

 

 なるほど、後3日か。とりあえずマスタークォーツを入手してから戦闘をしていないから、それまでに試しておきたいな。後でどこか探すか。

 

「とりあえず、お披露目は土曜日の夜にやりたいから、それまではバレない様にしておいてね。君には釘を刺しておかないと、勝手に動きそうだし」

「信用ありませんね。その辺りは一応弁えているつもりですが」

 

 私はあらぬ疑いを掛けられて憤慨した。

 執行者に成ってからも全身全霊を掛けて結社のために働いているつもりだったのに。

 

「僕の信用度がNo.と同じと言われているけど、執行者の中で弁えている順番を付けると君もNo.と同じだよ。最下位だよ」

「そ、そんな‥‥‥‥仕方ありません。では当日までこの部屋から出ません」

 

 カンパネルラさんの言葉で私は打ちひしがれた。

 言葉のグランドクロスは私のメンタルに非常に大きなダメージを与えた。思わず膝をついてしまった。

 だが、歯を食いしばって何とか耐えた。

 

「いや、そんなことはしなくていいよ。というより、君を地上に置いておくと、何をしでかすか分からないから、地下にでも籠っててよ」

「地下?」

「クロスベルの地下、ジオフロントだよ。そこなら君が誰にも会わないだろうし、ああ魔獣はたくさんいるから寂しくないよ。君だったら其処でも平気で過ごせるでしょ。このままだと色々な方面に影響が出そうだし、事が起きるまでそこで暮らしててよ」

「分かりました。ちょうどいいです、ジオフロント内でトレーニングしてます。このARCUSⅡにも慣れておきたいですし」

「戦闘中には使ってもいいけど、連絡は結社用の端末を使ってね。足が着くとまずいこともあるからね」

「ええ、戦闘面でのみ、使いますよ」

「じゃあ、3日後にね、問題起こし過ぎないでね」

「はい、分かりました」

 

 そう言ってカンパネルラさんが部屋を出て行った。

 よし、急いでジオフロントに行こう。私は張り切って、ジオフロントに向かった。

 



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第十三話 御家族は大切に

多くの感想ありがとうございます。


―――七耀暦1206年5月20日 AM10:00 ジオフロント

 

 このジオフロントに籠って三日目、今日で此処ともさよならか。名残惜しい気分だ。

 三日前にこのジオフロントに入ろうとしたら、鍵が掛かっていて入れなかった。ジオフロントの鍵など、当然持っていなかった。なのでこじ開けた。今の私に扉など障害にならない。無論、こんなところ見られたら今度こそ警察に捕まるので、ちゃんと変装はしてある。執行者《社畜》としての仮面とローブを着てから犯行に及んだ。なので、私とは分からないので問題はない。それに壊れていることが簡単には分からない様に偽装してある。完全な修復は無理だが、表面的な修復は出来た。これで犯行を偽装できる。

 

 それから三日間、ひたすらに出てくる魔獣を駆除していた。練習相手にも成らないから、色々試すことにした。マスタークォーツの使用感覚を確かめることや、普段は使わないアーツを試してみたり、試行錯誤をしながら戦い続けた。

 

【『クロノバースト』『クロノバースト』『神なる焔』『クロノバースト』『クロノバースト』『神なる焔』‥‥‥‥】

 

 マスタークォーツを使うようになり、『クロノバースト』というアーツを使い始めた。今まではあまりアーツは使用してこなかった。威力も低かったので、向いてないと思っていた。『劫炎』の先輩を真似た炎のアーツは威力よりも射程に重きを置いていたが、『ハード・ワーク』を盟主様から頂いてからは、遠距離でも対応可能に成り、アーツの使用頻度が更に減ってきた。

 だが、時間が有ったので色々なアーツを試してみた。試して見ると今までは攻撃用アーツにばかり意識が向いていたので、補助アーツは使用してこなかった。

 だが、見つけた。私に最も必要で、最も最適なアーツを見つけた。それこそが『クロノバースト』だ。これのおかげで連続行動が可能になった。実に良いアーツだ。これで労働力は二倍だ。ただ私の場合は連続で二回までしか使用できない。なので間に『神なる焔』を挟むことで更に連続で発動している。さてこれで下準備は十分だ。

 

 私の現在の状況は‥‥‥‥魔獣に囲まれている。

 ジオフロント内を走り回り、魔獣に出くわし、それを躱しながら、更に走り回った。

 何故そんなことをしていたかというと、纏めて駆除した方が手間が省けるからだ。5,60体程の魔獣が集まり、私の周囲を囲んでいる。

 私は『ハード・ワーク』で《剣帝》殿の『ケルンバイター』を形作り、左手に持ち、構えた。

 私が構えたことで周囲の魔獣は怯えだした。どうやら力関係が漸く理解できたようだ。

 魔獣たちは自分たちを『狩る者』だと思っていたが、真実は逆だ。私が『狩る者』だ。

 

【いざ、参る。ハアッ――――『鬼炎斬!!』】

 

 周囲の魔獣を切り刻んでいく。すると、あっという間に周囲の魔獣を倒しきってしまった。

 ふむ、この程度の魔獣ではもう相手にはならんな。3日前の段階でも相手には不足していたが、ぬしの様な強力な個体がいたりもしたが、それも倒しきってしまったのか、見かけなくなった。

 

 それにジオフロント内に私以外にも誰かいるみたいだ。

 ジオフロント内には端末が置かれている部屋がいくつかあった。その中に一つ、人がいた形跡があった。それも食べかけのピザがあった。その匂いを辿っていくと、また別の端末が置かれている部屋があった。それを繰り返してたどり着いた部屋には、近くに誰かがいる気配があった。だが見逃した。あまりにも怯えていたので、その場を去ることにした。まあ、私の事を話さないで欲しいことと記録も消しておいて欲しい、と言っておいた。たまに本当に消してあるか不安になったので様子を見に行ったけど、何処にもいない。いやいるにはいるけど、酷く怯えているので、見逃してきた。凄くピザ臭いので、居場所はすぐにわかるけど、隠れているので、そのままにしておいた。

 さて、最後に出て行く前にご挨拶だけして出て行こう。

 

 

side ヨナ・セイクリッド

 

【我はここから去る。この3日、邪魔をしたな。我の事は喋らぬ方が身のためだ。ああ、我がいた痕跡も消しておけ、やらぬ場合は分かっているな。ではな】

 

 僕がいる端末室に入ってきてそれだけ言って出て行った。

 僕は端末室に隠れて息を殺しながら、その一方的な申し出を聞いて、必死で頷いた。あちらからは見えていない‥‥‥‥と信じたいし、居場所がバレていない‥‥‥‥と一縷の望みを抱いて、頷いた。

 出て行った後に、僕は大きく息を吐き、意識が飛びそうになりながら、這いつくばりながら、端末の前に座った。 

 

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ‥‥‥‥アレは本当にヤバイ。

 僕は三日前にこの端末室にいたことを悔やんだ。こんなところに居たから、あんなバケモノを見てしまったことを呪った。

 

 三日前の朝、突然ジオフロントの扉が破られた。何かと思って調べてみると‥‥‥‥良く分からない仮面とローブを着た『何か』がいた。そのよく分からない『何か』は、剣を使い周囲の魔獣を蹴散らしていった。そのあまりの強さにボクは恐怖した。あんなの《風の剣聖》並みじゃないか、そう思った。そんなのが一体どうしてクロスベルのジオフロントなんかにやって来たのか、理由は分からなかった。だがその『何か』は嬉々として、周囲の魔獣を殺し続けていた。一時間、二時間、延々と戦っていた。

 僕はその『何か』が人形兵器か何かだと思った。何しろ一度として休まず、機械的に戦っていた。『鬼炎斬』という剣技で周囲の魔獣を一蹴する。移動して、また『鬼炎斬』という技で一蹴。それを延々と繰り返していた。たまに『神なる焔』という声が聞こえたけど、それ以外は移動と『鬼炎斬』の二つの行動しかとっていなかった。

 僕は気になってカメラを拡大して、その姿を良く見ようとすると‥‥‥‥目が合った、ような気がした。仮面の向きがカメラを見た。その後に聞こえた声が今でも耳に残っている。

 

【我以外にも何者かがこの場所にいるようだな、目撃者の口を塞がなくてはな。貴様、見ているな!!】

「ヒッ!!」

 

 こちらからは見えている、だけどあちらからは見えないはず、だと言うのに、あの『何か』は突然走り出した。一体何処に行くのか、分からなかった。だけど、すぐに分かった。‥‥‥‥僕を探している。

 このジオフロントをくまなく探して僕を見つける事などそう簡単には出来ない。この入り組んだ複雑なジオフロントを‥‥‥‥そう考えていた。愚かにも、過信していた。

 でもあの『何か』は一目散に僕のいる場所に迫っていた。最初はただ正解を引いただけ、だと思っていた。でも、いくつもの分岐を間違うことなく、僕がいる方へと最短ルートを通ってきた。その時、僕は漸く気づいた、危険だと。

 僕は逃げようとした。どういう理屈か分からないけど、違う端末室に逃げれば僕を見失うだろうと、思った。僕は違う端末室に移動して、モニターを起動して映像を確認した。驚いたことに、僕が前までいた端末室に到着していた。そこで『何か』は僕を探していた、バカめ、もう逃げたよ。そう思っていると、『何か』が声を発した。

 

【匂いがする。こっちか】

 

 匂い? 匂いで僕を追ってきているのか!

 ど、どうしよう、今更匂いなんて消せない。僕は必死で違う端末室に逃げ込んだ。でも、『何か』もしつこく追ってきた。僕はもうあきらめて、端末室の中に隠れた。せめてもの悪あがきとして、口を押さえて息を殺し、体を小さくして、女神に願った。お願いです、ここには来ないで、と願った。

 

【匂いがここで途切れているな。ここいるのか】

 

 女神は僕の願いを聞き届けなかった。

 コイツもしかして、グノーシスとかで強化された怪物なのか!

 僕にはもう考えることしかできない。顔を見ることも、体を見ることもできない。動けば、いや見つかれば殺される、そう思った。

 

【もう逃げることは止めたのか‥‥‥‥返事はしない、か。まあいい、我は今日より3日、ここで厄介になる。邪魔をするな、見たことも忘れろ、記録も消せ、いいな】

 

 一方的にそれだけ言って、端末室を出ていった。

 僕はその場で動くことが出来ない、もし今戻ってきたら‥‥‥‥そう思うとこの場所で三日間を過ごすほうがいいんじゃないかと思った。だけど、記録を消さないと僕が消される、そんな恐怖が襲い、何とか端末を操作して、記録を消した。

 その後、僕はやり遂げた達成感と恐怖で精神的に消耗した結果、気を失ってしまった。気づくと『何か』はまた戦っていた。いや、ただ魔獣を相手に虐殺を楽しんでいるようだった。

 

 それから『何か』は宣言通り3日間居座った。その間も不定期に走り出し、僕を探したりしていた。僕が言われた通りにしているか、確認しているんだ、そう思った。

 だから僕は『何か』が出て行くまで、言うことを聞くことにした。情報も外に流さなかった。シュリが来ない様にするだけで精一杯だった。

 

 今まで、こんな恐怖を感じたことはなかった。

 もう特務支援課はない。助けに来てくれる存在はもういない。あの『何か』を倒してくれる存在はもういない。希望はもうない。

 

 僕はこの3日で疲弊した体を引き摺って、端末を操作して記録を消した。

 そして、願った。もう二度と来ないで欲しい、それだけを願い、シュリに連絡した。『たべものをください』それだけを伝えて、意識を失った。

 あの『何か』が現れてから、まともに食べてもいないし、寝れてもいない。見つかったら、という恐怖で怯え続けた。でもこれで漸く‥‥‥‥眠れる。

 

side out

 

 私はここから帰ります。三日間お邪魔しました。私の事は喋らないでください。あと、出来れば私が居た痕跡も消してください、やってもらわないと私が困ります。では、さようなら。

 それを見ているであろうカメラに向かって、話しかけた。これでいいだろう。出来れば直接会ってお願いしたかったが、あまり人に会いたくないようだった。こんな場所に引き籠っているから人に慣れていないんだろうと思った。折角の同居人なので、共に食事をするなどして打ち解ければ、何時か日の当たるところに出られると思ったんだが、どうやら根は深そうだった。まあ彼の事だ、自分で殻を破るしかない。頑張れよ、同居人。

 

 さて、今日が予定の日だな。カンパネルラさんからは特に何も聞いていないから、一度ここから出て拠点に戻ろうかな。そういえばギルバート先輩、大丈夫かな、一人で家事とか大丈夫だろうか。心配だ。

 私がジオフロントを出ようとしていると、

 

『ドォォォーーーーン!!!』

 

 ものすごい音がした。どうやら何かがいるようだ。もしかしたら‥‥‥‥ぬし、か。まだ生き残りがいたのか。ちょうどいい、朝からランニングと素振りくらいしかしていなかったので、少々物足りなかった。待ってろよ、ぬし。今行くぞ!!

 私は音がする方に走って向かった。

 

side リィン・シュバルツァー

 

 ジオフロント内部、F区画の端末室で魔煌兵が現れ、撃退した。だがすぐにもう一体が現れた。

 この場を切り抜けるには、今のままでは心もとない。もしかしたら、この距離ならヴァリマールを呼べるかもしれない。過去に一度ジオフロント内部でヴァリマールを呼んだことがあった。なら今回もいけるかもしれない。

 

「こい、《灰の騎神》‥‥」

「その必要はないわ」

 

 声が聞こえた。懐かしい女性の声が聞こえた。

 魔煌兵の足元に矢が撃ち込まれた。あれは導力弓の矢だ。

 打ち込まれた方向を見ると、そこには二人の女性が立っていた。

 メイド服の女性、シャロンさんと金髪で一年以上前から比べてとても美しく変わっていたアリサだった。

 

「シャロン! 一気に仕留めましょう!」

「ふふ、お任せください」

 

 シャロンさんが魔煌兵を鋼糸で縛り、動きを止めた。そこにすかさずアリサが矢を放った。

 

「ジブリール・アロー!」

「秘技―――死縛葬送!」

 

 アリサの矢は炎を纏い、魔煌兵を焼き、シャロンさんの鋼糸は縛り上げ、

 

『ドォォォーーーーン!!!』

 

 という大きな音と共に魔煌兵が消滅した。

 もう周囲には再度出現する気配はない。どうやらこれで大丈夫なようだ。

 二人がこちらに向かって歩いてくる。

 今日ここに来るまでにマキアスにも会っていたし、前回の演習でのエリオット達の事もある。

 

「やっぱり、マキアスとグルになって狙っていただろう?」

 

 そうアリサに話しかけると‥‥‥‥抱き着かれた。

 

「あはは‥‥‥‥気の利いた挨拶をちゃんと考えてたんだけど‥‥‥‥いざ会ってみたら全部、吹き飛んじゃったっていうか‥‥‥‥」

「そうか‥‥‥‥」

 

 俺も抱きしめ返した。

 

「久しぶりだ。直接会うのは一年以上ぶりか。綺麗になったな‥‥‥‥正直、見違えたくらいだ。」

「ふふっ、貴方の方こそ‥‥‥‥でも一目で声を聞いただけで分かった。貴方が私の―――私たちの大切な人だって。久しぶり――――リィン! それから卒業おめでとう!」

「ああ‥‥‥‥ありがとう、アリサ」

 

 俺とアリサが再会に浸っていると、シャロンさんからの発言に照れたアリサが、

 

「しないからっ!!」

 

 その発言で俺とアリサの再会の挨拶は終わりを告げた。

 すると、突如区画の扉が開き、アイツが現れた。

 

【‥‥‥‥ふむ、どうやら邪魔をしてしまったようだな。失礼、では存分に久闊を叙するがいい】

 

 そう言って、執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》が出て行こうとしていた。

 何故ここに結社の執行者がいるんだ!? 俺は驚き問いただした。

 

「!!お前は執行者《社畜》! どうしてここに!?」

【いや、気にするな。我もそれくらいは弁えている。ではな】

 

 そう言って出て行こうとする執行者《社畜》。

 すると、シャロンさんが言葉を発した。

 

「執行者《社畜》ですか、初めましてですわね」

【ん? おお、これは失礼した。執行者No.ⅠⅩ《死線》のクルーガー殿とお見受けする】

「いかにも、ですが今の私はラインフォルトに仕えしメイド、シャロン・クルーガーですわ。以後お見知り置きを」

【ご挨拶が遅れた。我は執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》。こちらこそ見知りおき願おう。そうか、先輩殿であったか‥‥‥‥では、全力でご挨拶させていただこう!!】

 

 《社畜》が黒い闘気を身に纏い、左手に剣を出して構えた。あの剣は以前見た‥‥‥‥

 

「その剣は『ケルンバイター』! 何故貴方がそれを!」

【我も盟主様より『外の理』の武器を与えられている。それにこれは我の覚悟だ。今は亡き《剣帝》の剣技、これを蘇らせるという覚悟の形。行くぞ、先輩殿。準備は宜しいか?】

「いきなりですわね‥‥‥‥お断りをした場合は?」

【執行者とはこういう挨拶が普通であろう。それに執行者にはあらゆる自由が与えられている、それは盟主様が定めたこと。故に我もそれは尊重しよう】

 

 《社畜》は剣をシャロンさんから、アリサに向けた。

 

【‥‥‥‥だが、ラインフォルトに打撃を与えられるならば、我が思惑に沿う。心苦しいがそちらのアリサ・ラインフォルトの命を頂戴しておこう。それが済めば、残るはイリーナ・ラインフォルトのみ。いずれはその命も頂戴する。これで我が思惑は加速する】

 

 な! アリサとイリーナさんの命を狙っている! そんな事させる訳にはいかない!

 俺は剣を構え、何時でも攻撃できる体勢を取ってた。だが、俺よりも先に仕掛けたのはシャロンさんだった。

 

「!!させません! 私が居る限り、ラインフォルトに手を出させません!」

【‥‥‥‥どうやらやる気になったようだな。では‥‥‥‥参る!!】

 

 シャロンさんと《社畜》という執行者同士の戦いは、高速機動の中で行われた。

 シャロンさんの鋼糸が《社畜》を襲う、だが左手の剣一本でその鋼糸は捌いていく。

 

「やりますわね!」

【この程度、造作もない。《神速》の方がよほど速いくらいだ】

 

 二人の戦いは鋼糸で遠距離から攻撃するシャロンさんと、剣で鋼糸を捌きつつ気を狙う《社畜》の攻防だ。今の状況で割って入るのは難しい。むしろ今割って入るとシャロンさんの邪魔になる。逆の状況だったら、攻撃を仕掛けられたのに、今は無理だ。俺も気を狙うしかない。

 それに《社畜》の戦い方が以前とは違う。以前は相手の攻撃に合わせて同じ攻撃を仕掛けていた。今回はシャロンさんと同じ鋼糸で戦うと思っていたが、それをしていない。鋼糸は使えない、いや持っていないのか? それに剣一本で戦うには距離がある。シャロンさんも剣士との戦い方を心得ているのか、射程外からの攻撃で足を止めている。これならシャロンさんが勝つ、そう思った。

 

【さすがは先輩殿だ。一人では難しいか】

「もう降参ですか?」

【いや、この程度ではアリアンロード様にも《劫炎》殿にも勝てはせん。二人を乗り越えると決めた以上、無様は晒せぬ。それに《剣帝》殿もこの程度では倒せぬであろう。ならば我もここからは少し‥‥‥‥本気でお相手させていただこう『分け身!』】

 

 《社畜》が二人に分かれた。あれは『分け身』、以前《神速》が使っていた技。やはり《社畜》も使えたのか。

 シャロンさん一人では不利だ。俺がもう一方を押さえる。そう決めて、俺もその戦いに参戦する。だが、生徒たちは戦わせるわけにはいかない。

 

「シャロンさん、俺も参戦します。みんなはここにいろ、手を出すな」

「教官!」

 

 アルティナが俺を呼んだが、それを振り切って戦いに参戦した。

 

「弐の型『疾風』」

【リィン・シュバルツァー‥‥‥‥弐の型『疾風』】

 

 俺の『疾風』は前回の時にも使われた。あれから一月、力の差は‥‥‥‥以前より広がっている。

 ただの『分け身』に押し負けた。でも引き下がれない。同じ剣士だから、いや何故だか引き下がってはいけない気がする。

 

「明鏡止水、我が太刀は静!‥‥‥見えた!」

【ほう、その技は見たことがなかったな。では、見せてもらおう】

 

 俺は《社畜》の周囲を縦横無尽に移動しながら斬撃を繰り出した。

 

「七ノ太刀・落葉」

 

 俺の斬撃を全て受け流し、まるで堪えた様子はなかった。

 

【ふむ、良く分かった、だが今は使わん。その技は後々ご披露させてもらおう。だが、今は‥‥‥‥受けてみよ‥‥‥‥蘇りし《剣帝》の一撃を‥‥‥‥『鬼炎斬!!』】

「グハァ!!」

 

 俺は《社畜》の一撃を受けて、吹き飛ばされた。

 《社畜》の放った一撃を俺には見切ることが出来なかった。《剣帝》、その名にふさわしい剣技だった。どれほど振り込んだのか見当がつかない程の剣、見事な太刀筋だ。凄まじい闘気を剣に込めて放たれた一撃は俺の攻撃の比ではなかった。敵ながら見事、と思わざるを得ない程だった。

 

「リィン!!」

「「「教官!!」」」

「リィンさん!!」

 

 俺に駆け寄ってくる、アリサ、生徒たち、ティオ主任。

 

「今のは《剣帝》の『鬼炎斬』! どうして貴方がその技を!」

【なに、日頃の鍛錬の成果、とだけ言っておこう。行くぞ先輩殿、『分け身』ではない実体である我が剣、受けてみよ―――『鬼炎斬!!』】

「キャアッ!!」

「シャロン!!」

 

 シャロンさんも《社畜》の剣技の前に倒れた。

 ダメだ、このままじゃあ、全滅だ。

 もうこの手を使わざるを得ない。使うしかない、『鬼の力』を‥‥‥‥

 

「うおおおおお!!『神気‥‥‥‥』」

【その必要はない】

 

 《社畜》はそう言い放つと、剣を収め、『分け身』が消滅した。

 

【先輩殿、自己紹介も終えたので、これにて失礼する】

「っ!、お待ちなさい!!」

【此度は偶発的な状況から、戦いに発展しただけ。故にこれで手を引け。それに我にはやることがある。あまり時間を掛けたくはない】

「お嬢様やイリーナ様に剣を向けたことに弁明はございませんの?!」

【《道化師》殿には不要だと言われたが、我は機会があれば行動しておこうと思ったまでの事。後顧の憂いを断っておくべきだと、我が大願成就のためにも】

「‥‥‥‥一体、それは‥‥‥‥」

【いずれ分かる。我と我が相棒がそれを成す。例え、誰に否定されたとしても、我と我が相棒の二人でなら、それを成せる。我はそう確信している】

 

 一体その大願とは、相棒とは、聞きたいことが多くある。だけど、それを問いただす前に‥‥‥‥

 

「私の故郷で好き勝手な事させないんだから!!」

 

 ユウナが飛び出し、《社畜》に向かっていく。

 

「ユウナ!! だめだ、ヤメロ!!」

 

 俺は声を張り上げ、ユウナを止めようとした。だが、ユウナは止まらず、《社畜》に迫る。

 

「ハアアアアッ!! ヤアッ!!」

【ふっ、この程度で我に挑むとは‥‥‥‥片腹痛い!】

「キャアッ!」

 

 ユウナは弾き飛ばされた。だが、その後の言葉に一同息を呑んだ。

 

【ユウナ、ユウナ‥‥‥‥おお、思い出した。‥‥‥‥()()()()()()()()()()

「えっ?」

【御父上は毎晩遅くにお帰りのようだな。‥‥‥‥()()()()()()()()()()()()()()

「え!」

【御母上も娘の事を案じていたぞ。君も案じてやるといい、‥‥‥‥()()()()()()()()()()()

「!」

【弟のケンと妹のナナはいつも元気だな。‥‥‥‥()()()()()()()()()()()()

 

 カラン、と音が響く。ユウナの手からトンファーが零れ落ちた。

 後ろからでも分かる、ユウナの体が震えている。

 《社畜》は知っている。ユウナの家族の事を‥‥‥‥知っている。

 ここに来る前にユウナの家族には会っている。その時には変わった様子はなかった。だけど、お父さんとは会えていない。まさか、既に人質に‥‥‥‥

 

()()()()()()()()()()()()()()

「あ、あ、あ、あ‥‥‥‥」

 

 ユウナは怯えて、その場にへたり込んだ。

 

【さて、これで我は失礼する。ではな】

 

 もう誰にも《社畜》を追うことなど出来ない。悠々と歩いて出て行った。

 

side out

 




次の更新は日曜日を予定しています。
よろしくお願いします。


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第十四話 クロフォード家

いつも感想ありがとうございます。
よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年5月20日 アパルトメント《ベルハイム》 AM11:00 

 

 つい先程、ジオフロント内部でリィン達に遭遇した。

 最初はリィンとアリサ・ラインフォルトが良い仲だったのを察して、素知らぬ顔で出ようとしたのに、呼び止められた。折角空気を呼んで退席しようとしたのに、なぜ呼び止める? 私は弁えている執行者として空気を呼んだと言うのに呼び止めるなよ、リィン。全く、そんなんだから周りを振り回すんだぞ。

 私は友人の相変わらずな言動にホッとしながらも、もう少し変わっていろよ、と複雑な気持ちだった。

 

 しかし‥‥‥‥ラインフォルトには申し訳ないとは思っている。剣を向けてしまった、かつての学友に殺意をぶつけた。もはや言い逃れは出来ない。私は‥‥‥‥我々の大願のために、かつての学友を手に掛けようとした。

 このようなことが私に出来たとは‥‥‥‥随分と冷酷になれたものだ。アリサ・ラインフォルトの事をリィンが大切に思っていることは知っている。だから久しぶりの再会の場面は空気を呼んで、退席しようとした。リィンが呼び止めなければ‥‥‥‥手を出すことは少しは考えた。二、三分ほどは考えて、その場にまだ居れば、手を掛けたと思う。

 かつての学友に対する行動ではないな、これは。‥‥‥‥だがそれも仕方がない。彼女は『ラインフォルト』だ。帝国の根幹企業ラインフォルトグループの創設一族にして、おそらくは次期会長になるであろう人物だ。親とは仲が悪いらしいが、そんな存在があんな場所に護衛一人で来るなんて、何を考えているのか‥‥‥‥いや、リィンの事しか考えていないんだろうな。恋は盲目とはよく言ったものだ。

 だが私もミラを貰う一般的な社会人であり、組織人だ。我が結社のために自分を殺し、お仕えするのは当然のことだ。だからこそ、剣を向けた。

 彼女の首は帝国の経済支配に必要なのだ。ならば私の意志など不要。結社に全てを捧げる覚悟を示すためならば、かつての学友でも斬る‥‥‥‥可能な限りは避けたいがな。

 

 そんな事を考えていると、クロスベルの拠点、我が家があるアパルトメント《ベルハイム》に到着していた。凄いな、考え事ばかりしていて、無意識に近い感覚で歩いていたと言うのに、ちゃんと我が家に到着した。随分と馴染んだんだな、そんな事を思っていた。

 私は我が家の扉の前に立ち扉を開け、中に入ろうとすると、我が部屋の隣の扉が開き、そこから女性が出てきた。私はその女性に元気にご挨拶をした。

 

「おはようございます!」

「あら、ハード君。三日ぶりね、お仕事お疲れ様でした」

「ありがとうございます‥‥‥‥リナさん」

 

 先程ジオフロント内部で会った、ユウナちゃんのお母さん、リナ・クロフォードさんと住居前でばったりと出くわした。

 

 クロフォード家と私とギルバート先輩の関係は引っ越しの挨拶から始まった。

 私とギルバート先輩はまずお隣のクロフォードさんの御宅にご挨拶に伺った。もちろん手土産として特製コロッケ持参で参ったところ、美味しいと大変喜ばれ、交流を深めることになった。

 それ以来、クロフォード家とのお付き合いが始まった。リナさんには男二人のルームシェアと言うことで、栄養が偏ると思われ、夕飯の御裾分けを頂いた。私とギルバート先輩が飲食関係の仕事をしているので、味には自信があったが栄養バランスというモノには無頓着だったので非常に有難かった。それからは夕飯に御呼ばれすることもあり、私もお手製コロッケを振舞うなどしてきた。だがこれまでの人生で家族で食卓を囲むと言うのがなかったので、味も良いがそれ以上に温かかった。

 

 旦那さんのマシューさんは人当たりのいい人で、私とギルバート先輩ともお酒を共に飲む仲になっている。ここ最近は仕事で遅くなることが多いので、私がマシューさんに代わり、クロフォード家の護衛を行っている。危険が無いように分け身をアパルトメントの周囲に展開して安全を確保している。マシューさんは仕事で夜遅くに帰ってこられるので、大変お疲れのようだった。そのため、私がマッサージをして疲れを取っている‥‥‥‥ように見せかけって、『神なる焔』で体を健康にしている。そのため毎日非常に元気に出社しているそうで、リナさんも一安心している。ただ、帝国の士官学院に入った娘さんのことが心配の様で、お酒が入ると、「ユウナァ~、ユウナァ~」と泣いていることが多い。残念ながら『神なる焔』でも精神的には元気に出来なかった。申し訳ない。

 

 ケン君、ナナちゃんとは『ポムっと』というゲームを教えてもらい、頻繫に相手をしてもらっている。当初は二人の方が強かったので負けていたが、最近は勝敗はイーブンというところまで向上してきた。この調子で頑張りたい。

 

 私とギルバート先輩はクロスベルに来て以来、クロフォード家には足を向けて眠ることが出来ない程にお世話になっている。

 そんなクロフォード家の奥様、リナさんはこれからお買い物のようだが、リナさんの様子がいつもより明るかった。どうかしたんだろうか?

 

「いつもより表情が明るいですね。なにか良いことでもありましたか?」

「ええ、娘のユウナが久しぶりに帰ってきたんです。学院の演習と言うことで、少ししか会えませんでしたが、娘の元気な姿が見れてホッとしました」

 

 そうだった、さっきジオフロントに居たんだった。なんだ、先に実家に顔を出してからだったのか。それは良かった。

 彼女にも事情があるとは思うが、折角の里帰りだ。キチンと実家に顔を出したか、気になって聞いてしまった。まあ、最近はマシューさんが仕事で家に帰るのが遅いため会えないだろうが、リナさんやケン君、ナナちゃんは会いたがっていたので、是非とも会って欲しいと思っていた。私も隣に引っ越してきた者としてキチンとご挨拶するのが筋なんだが、生憎仕事中だったので不作法してしまい申し訳ない。今度お会いするときには是非ともご挨拶しなくては‥‥‥‥

 

「そうですか、それは良かったですね。娘さん、今日は泊っていけるんですか?折角帰ってこれたんでマシューさんもお会いしたいでしょうね」

「残念だけど、無理みたいなのよ」

「‥‥‥‥そうですか、マシューさんも残念でしょうね」

 

 マシューさんには御気の毒だと思うが、娘さんにも事情があるんだ。我慢してもらおう。‥‥‥‥今日はやけ酒になるかもしれないな、マシューさん。仕方がない、付き合おう。『神なる焔』があるから明日も仕事に行ける。一家の大黒柱に休日なんかない。だけど安心してください、私が居る限り、二日酔いなんかしない。安心して深酒してください。

 

 

 その後、リナさんが買い物に向かったのを見届け、部屋に入った。

 クロスベル拠点、いやマイホームに帰ってきた。実に三日ぶりだ。久しぶりの我が家の感想は‥‥‥‥汚い。実に汚い。ホコリが溜まっているし、洗濯物のたたみ方も雑だ。やっぱりリィン達との戦闘を早めに切り上げてよかった。戦闘中に思い出し、気になりだしたので、戦闘を強制終了して帰ることにした。さて3日ぶりの掃除だ。気合入れてやるぞ。それにもうすぐ、ここともさよならだ。ならば少しでも綺麗にして去ろう。

 私は掃除道具を手に持ち、作業に取り掛かった。

 

「あ、そういえば、そろそろ来るかな」

 

 私はもうすぐ来るであろう来訪者を待ちながら掃除をし続けた。

 

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥‥お母さん」

「ユウナ、もう少しだ!」

 

 俺達は今、ユウナの家に向かって走っている。

 ジオフロント内部での《社畜》との戦闘時、アイツが意味深な言葉は放った。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉の意味を察したとき、背筋が凍った。ユウナの家族に危機が迫っている、そう思ってしまった。ユウナもそれを感じて、恐怖した。家族を失う、そう思って、体が硬直した。最早今のユウナに戦い意志も覚悟もない。今のユウナを動かしているものは家族に会いたい、ただそれだけだった。

 俺でもそうする。もし、父さんが、母さんが、エリゼが、危険が迫っていると知ったら、俺も同じ状態になるだろう‥‥‥‥

 そうこうしていると、ユウナの家族が住むアパートに到着した。ユウナは急いで実家の前に立ち、扉を開けようとすると‥‥‥‥開かなかった。

 

「え、な、何で!」

 

 ユウナがドアノブをガチャガチャと回しているが、扉は開かない。それでも諦められず、扉をドンドン、と叩いている。

 

「お母さん! ケン! ナナ!」

「ユウナ! 落ち着け!」 

 

 ユウナは錯乱している。無理もない、先程の《社畜》の言葉の裏の意味が俺達の想像通りだとしたら‥‥‥‥だが、その想像はすぐに覆った。

 

「あら、どうしたのユウナ? そんなに慌てて」

「お母さん!」

 

 ユウナのお母さんが現れた。どうやら買い物をしてきたようだ。

 

「よかった~」

「あら、どうしたの?」

 

 ユウナは緊張の糸が切れて、その場にへたり込んだ。そんなユウナに疑問の顔をしている、ユウナのお母さん。

 その後、ユウナが落ち着くのを待って、最近不審なことがないか聞いてみることにした。

 

 

「お母さんに聞きたいことがあって、来たんだけど‥‥」

「聞きたいこと?」

「ええ、最近変わったことはありませんか?」

「変わったこと、ですか?」

「ええ、何でもいいんです?」

「そうね‥‥‥‥ああ、お隣に二人組の男性が引っ越してこられたわね」

「二人組の男性‥‥ですか」

 

 二人組の男か、気になるな。もしかしたら結社の人間かも知れない。

 俺がそう考えていると扉が開き、子供が二人、入ってきた。

 

「ただいま~」

「ただいま~」

「あら、お帰りなさい。ケン、ナナ」

「あ、姉ちゃんだ。姉ちゃん~」

「お姉ちゃんなの~」

「ケン、ナナ、良かった~」

 

 ユウナの姉弟たちがユウナに抱き着いている。ユウナも心配が解消できたようだ。

 

「まあ、まあ御二人ともいらっしゃい」

 

 ユウナのお母さんが玄関に向かってそういった。一体誰だろうと見てみると‥‥‥‥二人の男がそこにいた。

 

「どうも、クロフォードさん。では、またおいで、ケン君、ナナちゃん」

「うん、アルバさん。またね」

「アルバさん、またね」

 

 一人は、ニコニコ笑っている中年くらいの眼鏡をかけた男性だ。どこかで会ったような‥‥‥‥あ!

 

「貴方はセントアークのコロッケ屋台で働いていたアルバさんですか?」

「ええ、かつてはそうでしたね。貴方は確か、社長を訪ねてこられた方でしたね。お久しぶりです」

「あ、失礼しました。お久しぶりです」

 

 セントアークのコロッケ屋台で働いていたアルバさんだったことを思い出した。思わぬ人物との遭遇に驚いてしまった。でもどうしてクロスベルにいるんだ?

 

「麗しいマダム、愛の狩人アレイスターが参りました。今日のお昼は私、アレイスター作の怪盗炒飯です。貴方の心を盗んでしまう、そんな味を追求しました。どうぞご賞味あれ。ボーイアンドガールも是非とも食べてくれたまえ」

「まあ、ありがとうございますアレイスターさん。ほら二人ともお礼を言いなさい」

「うん、アレイスターさん、ありがとう」

「アレイスターさん、いただきます」

「ハハハハハ、お客の笑顔が私の財宝だ。既にお代は頂いている」

 

 もう一人はキザな男の人だった。白い割烹着を着て、岡持ちを片手に持っている。その岡持ちの中から炒飯を出して、テーブルに並べていく。

 

「では我々はこれで失礼します。お客様にも失礼しました」

「ではマダム、再会を楽しみにしています。御客人、お食事は是非とも《龍老飯店》をご贔屓に」

 

 そう言ってちぐはぐな二人が出て行った。近くの扉の開く音がした。この部屋の隣に越してきたのはあの二人のようだ。

 

「リィン様」

 

 とても小さい声で、シャロンさんに話しかけられた。

 

「ここを出ましょう。すぐに」

「どうしてですか?」

「‥‥‥‥訳は後で話します。ですから今は‥‥‥‥」

「‥‥‥‥分かりました」

 

 シャロンさんと話をして、ここから出ることにした。

 

「すいません、気になることが解消しましたので、これで失礼します。ユウナもいいか?」

「あ、はい。すいません教官、無理言っちゃって‥‥」

「いや、構わない。では、これで失礼します」

「あら、折角だから、一緒に食べていって欲しかったけど‥‥‥‥」

「うん、ごめん。元々私が、お母さん達に会いたかったから、来ちゃったんだ」

「もう、行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます」

 

 

 クロスベルから出て、演習所に向かう道中、シャロンさんが話しかけてきた。先程の件のことだろう。

 

「リィン様‥‥‥‥落ち着いて聞いてください。他の方には決して知られてはいけません」

「‥‥‥‥それほどの事ですか?」

「‥‥‥‥ええ、私も驚きました。ですが、それでも決して表情に出してはいけません」

「‥‥‥‥分かりました」

 

 俺とシャロンさんは少し、周りと距離を離し、周囲を窺った。ユウナ、クルト、アルティナは三人で話している。それにアリサとティオ主任も二人で話している。どうやらこちらには気が付いていないようだ。

 シャロンさんも周囲の状況から大丈夫だと判断したようで、話し始めた。

 

「まず、二人組の男がユウナ様のご実家のお隣に入って行かれました」

 

 確かに、俺も気配で近くの部屋に入ったことは分かった。まず間違いなく、ユウナの実家の隣の部屋だと思う。

 

「‥‥‥‥ですが、その二人組が問題なのです」

「問題?」

「一人は執行者、執行者No.X《怪盗紳士》ブルブラン、だと思います。彼の素顔は見たことがあります。だからおそらくはそうだと思います」

「!」

「そしてもう一人は‥‥‥‥」

「‥‥‥‥シャロンさん?」

「いえ、久しぶりに見たので驚きました。‥‥‥‥もう一人は使徒第三柱《白面》のゲオルグ・ワイスマン。かつてリベールで行われた『福音計画』、その際に亡くなったはずの使徒です」

「‥‥‥‥使徒第三柱‥‥‥‥ニセモノですよね?」

「分かりません。彼が死んだのを確認したのはカンパネルラだけです。もし彼が何らかの目的で《白面》を生かしていたのだとすると、本物かも知れません。ですが、誰かの変装と考えるのが妥当ですわね。カンパネルラは見届け役という仕事は真っ当しています。そのカンパネルラが報告をしている以上、《白面》が死んだと考えていいと思います。ですが、変装が出来る執行者は私が知る限りではブルブランくらいです。だから‥‥‥‥」

「《怪盗紳士》は確実にいる、と言うことですか?」

「‥‥‥‥私はそう考えます。ですが《社畜》の事は、私は知りません。どんな能力を持っているかは分かりません」

「俺が知る限りですけど、《社畜》は相手の行動、いや技を真似することが出来ると思います。武器も、と考えますけど、それは分かりません」

「真似‥‥‥‥ですか?」

「前回の演習で、戦った時に技を真似されました。俺だけじゃなく、ランディ教官もラウラもA級遊撃士のアガットさんも真似されました。‥‥‥‥ランディ教官曰く、《鋼の聖女》の技も真似したそうです」

「《鋼の聖女》!‥‥‥‥そんなまさか、あり得ませんわ」

「『聖技グランドクロス』、その技を受けたランディ教官が同じだった、と言っていました。ただ、そんな技を真似できるものなんでしょうか?」

「‥‥‥‥結社最強、それが彼女、《鋼の聖女》です。その力は《劫炎》と並ぶ結社の双璧です。もし本当に彼女の技を使う者が、見ただけで技を使うようになるのだとすると‥‥‥‥これほど厄介なことはありません」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥ですがそれもあり得ない事ではないのかも知れませんわね」

「え?」

「執行者No.Ⅱ《剣帝》レオンハルト、こちらも《白面》と同じく、リベールで亡くなっております。その亡骸を埋葬したのが元執行者No.ⅩⅢ《漆黒の牙》ヨシュア・アストレイ。いえ、今はヨシュア・ブライトでしたわね」

「ヨシュア・ブライト‥‥‥‥《剣聖》カシウス・ブライトの養子ですか」

「ええ、彼と《剣聖》の娘、エステル・ブライトが《剣帝》の亡骸を弔っています。ですので、彼は死んでいます。だと言うのに‥‥‥‥」

「《剣帝》の剣、《社畜》はそう言いましたよね。シャロンさんから見てどう思いましたか」

「‥‥‥‥『鬼炎斬』、かつて《剣帝》が使っていた技です。そしてその技は他の誰にも使えません。なのに《社畜》は使って見せた。その技はかつての《剣帝》程ではないですが、それに近いものを感じました。もし《鋼の聖女》の技を使い、《剣帝》の技を使う。そうなると結社最強に近いと言わざるを得ません。私では歯が立ちそうにありませんわ」

「それほどですか」

「先程の戦いでも、おそらくは剣だけで戦う、と己に課して戦ったと思います。だから、己の力を制限している状態でも私たちを圧倒できる程の強さです」

「‥‥‥‥一旦《社畜》の事は置いておきましょう。現状では対処が難しそうですので」

「懸命ですわね」

 

 話していて、気が滅入ってきた。一度仕切り直そう。

 そう思い、もう一度現状について状況整理から始めた。

 

「まず、ユウナ様の実家のお隣は結社の関係者がいらっしゃいます。おそらくは執行者《怪盗紳士》、最悪は《白面》付きですわね。つまりクロスベルには《社畜》、《怪盗紳士》、《白面》という二人の執行者と、一人の使徒が最悪の場合はいる、と言うことですわね。‥‥‥‥一体どんな計画が成されようとしているのか、想像もつきませんわね」

「‥‥‥‥こんなこと、ユウナには話せませんね」

 

 俺は前を歩く、ユウナを見て、そう思った。

 

side out

 

 部屋の扉が開き、外から二人の男が入ってきた。ゲオルグ・ワイスマンとブルブランの二人、即ち私の分け身だった。

 

「お帰り、じゃあバックアップを作って」

「「はい、本体」」

 

 そう言って、分け身二体がバックアップを作成している。

 このバックアップというのは記憶を書き残すことだ。つまり、報告書の作成だ。

 私はその報告書を見て、自分の技術に落とし込む。私の分け身が体験し、習得した技術を書類に纏めることで、私もその内容を理解し、自身の技術にする。でもできない場合もあるが、記憶に留めることでいずれは出来るようになる。

 この報告書を作成することで、私がそれを見ながら、次回作成時に記憶した技能を付与することで、社会に溶け込み分け身だとバレない様に努力している。

 それに分け身が仕入れてきた情報も確認しておかないと、折角情報収集用に作ったのに意味がない。

 

「「出来たぞ、本体」」

「分かった、確認する」

 

 分け身が作った報告書を読む、ふむふむ、よし覚えた。

 私はパン作り、炒飯作りの技法を学んだ。これでいつでも、同等の味が出せる。だが‥‥‥‥

 

「まさか、使徒第二柱が接触して来ていたとは‥‥‥‥」

 

 どうやら私をブルブラン本人だと、間違えて接触してきたようだ。その後すぐに消えられてしまい、分け身では追えなかった。一応後でカンパネルラさんに報告しておこう。

 それに先程、隣のクロフォードさんの御宅の扉からドンドンとかガチャガチャとか音がしていたので、泥棒かと思い、飛び出して『鬼炎斬』を叩き込んでやろうかと思ったが、リナさんが帰ってきて、どうやらリィン達だと言うことが分かったので、飛び出すのを止めた。それから、分け身『ゲオルグ』はパン屋に遊びに来ていたケン君とナナちゃんを家まで送ってきて、分け身『ブルブラン』はお昼ご飯の出前に来たようだ。そのついでに報告書を書きに来たと言うことか。

 しかし、リィン達、いやシャロンさんに分け身『ゲオルグ』と分け身『ブルブラン』を見られたか。まあいいか、私と分け身の基の人物二人に接点はないし、会ったこともない。その線から私が情報収集の任務をしているとは思うまい。

 さて、掃除の続きをしよう。おそらく今夜にでも『劫炎』の先輩とカンパネルラさんが動きだすだろうし、私もそれに参加する。そうなると忙しくなるから掃除もまともに出来ないかもしれない。引っ越しの準備もしないといけないし、ご挨拶の準備もしないといけない。

 忙しい、忙しい、時間がいくらあっても足りない、こういう感じが懐かしい。帰ってきたと感じるな。

 



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第十五話 前門の劫炎、後門の社畜

感想返し遅くなり申し訳ありませんでした。


―――七耀暦1206年5月20日 オルキスタワー PM1:00 

 

 さて、ようやく掃除が終わったな。うんうん、キレイになったな。やっぱり部屋はキレイな方が気分がいい。

 ‥‥‥‥そういえば今日が予定の日だけど、まだ連絡がないな。ちょっと聞いてみよう。

 私は結社から支給されている端末を使い、カンパネルラさんに連絡をすることにした。

 

「はーい、カンパネルラだよ」

「お疲れ様です。カンパネルラさん、ハードです。今お時間宜しいですか?」

「はいはーい、大丈夫だよ。なに?」

「今日の計画についてですけど、何時、何処に行けばいいですか?」

「うーん、場所はオルキスタワーなんだけど、時間は‥‥‥‥予定だと午後7時くらいかな。今回はご挨拶だけだから、予定が早まるかもだけど」

「なるほど、分かりました。では私も午後6時くらいに向かいます」

「はーい、待ってるよ」

 

 今が午後1時、予定が午後6時、つまり5時間も時間があると言う事か‥‥‥‥掃除も終わったし、昼食は分け身が持ってきてくれた炒飯を食べたし、修行は今日の分を朝にしてしまったし、追加でやるか‥‥‥‥うーん、でもアリアンロード様に言われたけど、やりすぎはダメだと言われたし、しょうがない‥‥‥‥寝よう。

 そう言えば、最後に寝たのは何時だったか‥‥‥‥ああ、カンパネルラさんに騙されて逮捕されたとき以来か、つまり三日ぶりか。ジオフロントでは寝なかったし、あまり眠くはないけど、先の事を考えると、体調は万全にしておこう。では、寝よう。

 私はその場に倒れ込み、数秒で意識を失った。

 

 

―――七耀暦1206年5月20日 オルキスタワー PM6:30

 

side リィン・シュバルツァー

 

 俺はユウナの実家に危機が迫っていることをユウナに告げることが出来ずに、Ⅶ組として午後の課題を終わらせた。すると、オルキスタワーで行われる晩餐会の警備に第二分校が呼ばれたことを告げられた。

 俺達は一度演習地に戻り、第二分校一同でオルキスタワーに向かった。その後、Ⅶ組とティータでVIPに挨拶周りをした。オリヴァルト殿下、アルフィン殿下、イリーナ会長、レーグニッツ帝都知事、ルーファス総督、そしてエリゼに久しぶりに会うことが出来た。

 その後生徒達と話しているときに気配を感じた。一年半前の内戦の時に何度か感じたことがある、あの男の気配を‥‥‥‥そして、大きな爆音と衝撃が起こった。

 発生個所は屋上のようだ。現在トワ教官が端末を操作し、状況を確認している。すると其処に映ったのは、二人組だった。そして、その内一人はやはりあの男だった。

 

「No.Ⅰ《劫炎》」

 

 俺はそれを見て、急ぎ指示を出した。

 

「トワ先輩、ランディさん! 生徒達と視察団の安全確保を! ミハイル少佐は警備部隊との連絡をお願いします!」

「合点承知だ!」

「エレベーターは使用不能だよ! 非常階段を使って!」

「了解です!」

 

 俺はそう言って、走って屋上を目指した。

 途中でシャロンさんと合流して屋上に向かう道中、現れた二人組、《劫炎》のもう一人について聞いてみた。

 

「二人いたみたいですが《劫炎》の他は‥‥‥‥?」

「ええ、執行者の一人ですわ。‥‥‥‥それも極めて厄介な」

 

 やはり執行者か‥‥‥‥。これで、《社畜》以外に《劫炎》、《怪盗紳士》、それにもう一人。更に最悪な場合は詳細不明な使徒第三柱までいるのか‥‥‥‥一体どれだけの結社の人間がクロスベルにいるんだ!?

 俺はそんな思いを抱きながら、屋上の向かった。

 

 

 俺とシャロンさんは屋上に出て、感じた。《劫炎》の禍々しい気配に足がすくみそうになる。

 

「‥‥‥‥行きましょうか」

「ええ、くれぐれもご用心を」

 

 俺とシャロンさんが気配の方に向かうと、揚陸艇が燃えていた。そして、そこにいたのは、《劫炎》ともう一人の執行者の二人組だった。

 他には‥‥‥‥いない。

 

「ふああっ‥‥‥‥、遅かったじゃねえか」

「うふふ‥‥‥‥君たちが一緒に来るとはね」

 

 気怠そうな《劫炎》と‥‥‥‥聞いたことがある声の男。

 

「その声は‥‥‥‥」

「‥‥‥‥最悪の組み合わせ、ですわね」

「久しぶりだな、クルーガー。それに灰の小僧。面白い場所で再会したもんだぜ」

「ふふ、お茶会などであれば、なお良かったのですけど」

「‥‥‥‥アンタだとすぐ分かったよ。存在自体と一体化した『力』‥‥‥‥今ならその化物ぶりが一層分かる」

「へえ、そういうお前さんはなんか妙なことになってやがるな? 『鬼』の力‥‥‥‥一年半前よりイイ感じで混じってるじゃねえか」

「‥‥‥‥」

 

 俺は騎神を呼ぶことも考慮していると、シャロンさんに止められた。

 

「‥‥‥‥機神を呼ばれるのは様子を見た方が良いかと。下手をすれば彼をその気にさせてしまいます」

「ええ‥‥‥‥重々承知です。《煌魔城》の時も絡まれそうでしたから」

「おいおい、人の事を戦闘狂みたいに言うなよ。ヴァルターや戦鬼の小娘よりは弁えてるつもりだからな」

「アハハ‥‥‥‥どっちもどっちだと思うけど。まあ、最も弁えていないのは現状《社畜》なんだけどね。うふふ‥‥‥‥灰のお兄さんは改めまして。執行者No.0.《道化師》カンパネルラさ。」

「沼地で現れた少年か‥‥‥‥幻獣を出現させるだけじゃなく、この場所にも現れるとは‥‥‥‥視察団の方々を狙うつもりか?」

「ふふ、『実験』のついでにちょっと挨拶に来ただけさ。お望みならこのタワーを丸焼きにすることも出来るけど? 彼がね」

「って人任せかよ」

「まあ、彼がやらなくても、そういうお仕事をやりたがるのがいるけど‥‥‥‥ちょっと連絡の手違いでまだここに来ていないんだよね。ふふ、クルーガー。怖い顔しないでおくれよ。4年ぶりじゃないか。って、シャロンって呼ぶんだっけ?」

「どちらでもお好きなように。4年前に貴方からの要請でサラ様を足止めした時以来ですね」

「え‥‥‥‥!?」

「そうそう、リベールでの《福音計画》。あれの一環で、帝国のギルドを爆破して剣聖カシウスを誘き寄せたんだけど‥‥‥‥最年少のA級だった《紫電》には足止めを喰らってもらたんだよね。里帰りしていたノーザンブリアでさ。その結果、ギルドの建て直しで剣聖のリベールへの帰国も延期‥‥‥‥見事、教授の《福音計画》は第一段階をクリアしたってワケさ!」

「ハン‥‥‥‥レーヴェのヤツから聞いたな」

「‥‥そんな事が‥‥」

「ええ‥‥‥‥所詮、私はその程度の存在。ラインフォルト家に害がなければ古巣の悪事を手伝うような外道です。ですがこのタワーにはイリーナ会長や他の方々がいます。仇なすつもりならば《死線》として貴方がたの前に立ち塞がりましょう」

「フフ‥‥‥‥変わったねぇ、君も。《木馬團》から結社入りしたばかりの頃とは大違いだ」

「クク‥‥‥‥12年くらい前だったか?」

「ふふ、笑顔もサービスできない出来損ないの小娘でしたが‥‥‥‥あの時、軍門に下された借り、少しはお返しいたしましょう」

「何が目的かは知らないが‥‥‥‥俺も同様に、守るべき人々がいる。届かせてもらうぞ――――《劫炎》に《道化師》‥‥!」

「クク‥‥‥‥いいだろう」

「うーん、僕の出番はなさそうなんだけど‥‥‥‥」

 

 俺とシャロンさんが《劫炎》に対峙していると、

 

「いた‥‥‥‥!」

「追いつけたか!」

 

 ユウナ達の声が聞こえた。俺はユウナ達がこちらに来るのを止めた。

 

「来るな‥‥‥‥!正真正銘の化物だぞ!」

 

 ユウナ達、Ⅶ組の三人以外にアッシュとミュゼまで来ていた。

 

「ふふ、折角だから僕が相手をさせてもらおうかな?」

 

 《道化師》がそんなことを言うと、俺の背後、ユウナ達よりも更に後ろから声が聞こえた。

 

【その必要はない】

 

 く、この声は、最悪だ。そちらを見ると‥‥‥‥どこにもいない。だが間違いない、この声は《社畜》だ。でも、俺の背後のユウナ達のその後ろから声が聞こえると言うのに、そこにはタワーの落下防止用の柵があるだけ。だが、《社畜》の声と気配はその先にあるように感じる。

 

【《道化師》殿が出るまでもない。ここは我が‥‥‥‥お相手致す】

 

 そう言って《社畜》が柵の向こう側から飛び出てきた。

 

「ええ!!」

「一体どうやって!?」

 

 ユウナ達が驚きの声を上げている。俺も同じ気持ちだ。一体何処から‥‥‥‥

 

「はは、遅かったね《社畜》、待ち合わせに遅れちゃだめだよ」

【ならば次からは時間と場所以外に高さも連絡事項に組みこんでもらえますかな。こちらはオルキスタワーの一階で待っていた。だが上から音がしたんで、こちらに来ることにしたんだが、こちらが正解だったとは。急いで登ってきたが流石に世界一の高さだな。真っ直ぐ登ってきたと言うのに、少々時間が掛かり過ぎたな】

「‥‥‥‥全く君にはあきれるね。普通に転移してくればいいのに‥‥‥‥」

【生憎、その手の事は不得手でして、それなら登った方が楽だったので、それに寝起きのいい運動になった】

 

 登ってきた!? このオルキスタワーを!?

 俺は驚愕したが、それ以上に生徒たちの方が動揺が大きい。

 

「オイオイ、マジモンのバケモンかよ」

「少々想定外ですわね」

「理解不能」

 

 アッシュやミュゼ、アルティナが《社畜》の異様さに恐れ戦いている。だが、俺も気が抜けない。目の前には《劫炎》、背後には《社畜》、どちらも一筋縄ではいかない上に、《道化師》は手空きだ。

 

「じゃあ、しょうがない。僕は高みの見物をさせてもらうね」

【お任せを】

 

 そう言って、《社畜》は手ぶらで生徒達の前に立ち塞がった。

 ダメだ、生徒達では《社畜》には勝てない。

 

「くっ、やらせるか‥‥‥‥!」

「おいおい、小僧。よそ見してる余裕あんのか?」

「‥‥致し方ありません。目の前の彼相手に油断は『死』あるのみですわ」

 

 確かに‥‥‥‥仕方がない。

 俺は腹を括って、オーダーを展開した。

 

「Ⅶ組総員、ミュゼにアッシュも! 2方向での迎撃行動を開始する! 適宜オーダーも出す――――死力を尽くして生き延びろ!!」

「はい!」

「承知!」

「了解しました!」

「お任せを!」

「言われるまでもねえ!」

「アハハ、盛り上がってきたねぇ!」

「そんじゃあ、ちっとは愉しませてもらうぜ!」

【では全力で抗え、雛鳥たちよ!】

 

side out

 

 さて、とりあえずカンパネルラさんに《劫炎》の先輩と合流出来た。

 いや、私はちゃんと午後6時の1時間前には、現地で待っていたと言うのに、二人が全然来なかった。仕方ないので、ずっと待っていた。だけど来ない、予定の時間を過ぎても全然来ない。連絡してもつながらないし、分け身で探してもいなかった。

 その時は時間を間違えて、怒って帰ってしまったかと思った。だけど、上から音がしたから、そっちか! っていう気分だった。

 確かにオルキスタワーはそうだけど、出来れば高さは教えて欲しかった。ずっと地上を探していたから、屋上という考えはなかった。

 今までの待ち合わせでも、高さを聞かないと場所が分からないケースはなかった。まだまだ未熟だな。これからはこういう建造物を指定された場合は各階、隈なく調べてないといけない、と言う事ですね、カンパネルラさん。一つ勉強になった。

 おっと、感心していてはいかん。急いで行かないと、だがエレベーターは使えないだろうな。それに、出てくる人たちが多くて、中にも入れない。ならば方法はただ一つ‥‥‥‥登る、これ一択だ。

 流石に大量の人前で登ると、色々まずい。忍ばないとまたカンパネルラさんに、弁えていない執行者と言われかねない。こういう時は、盟主様より賜りし『ハード・ワーク』の出番だ。

 私は人込みから出て、人気がない場所に行き、『ハード・ワーク』でいつもの執行者《社畜》フォームに変わり、その上で周囲の背景と同じになるように色合いを変更した。これで、オルキスタワーの外壁と同じ色に変わった。後は、登りながら、色合いを順次変えていこう。よし、久しぶりのクライミングだ。寝起きにはいいトレーニングだな。

 

 

 まあ、そんな感じで登ってきたんだけど、カンパネルラさんと《劫炎》の先輩がそれぞれ相手を決めて戦おうとしている。

 あれ、私もいますが、何しましょう。‥‥‥‥まずい、仕事がない! ここで急がないと、私の仕事が無くなる。折角昼寝して体調万全にしておいて、遅れて仕事がありません、とかこれでは私は給料泥棒じゃないですか! いかん、何としても、何か仕事を、我に仕事を、うおおおおお!! 今こそ本気を出すとき!

 私は黒の闘気を纏い、全力で壁を登り、何とか間に合った。

 

【その必要はない】

 

 何とか息切れしないで言えた。後は余裕を持って出れば、私に任せてもらえるはず。

 

【《道化師》殿が出るまでもない。ここは我が‥‥‥‥お相手致す】

 

 ダメですよ、カンパネルラさん。私から仕事を取っては。もし断られたら‥‥‥‥さっき見たイリーナ・ラインフォルトを亡き者にして、帝国支配計画を遂行するくらいしか仕事がないですよ。あ、そういえば、帝国の皇族、オリヴァルト殿下とアルフィン殿下がいたな。と言う事は、このタワーを壊せば帝国の支配の半分くらいが完了するんじゃ‥‥‥‥もしそうなれば‥‥‥‥

 私がそんなことを考えていたら、カンパネルラさんの声が帰ってきた。

 

「はは、遅かったね《社畜》、待ち合わせに遅れちゃだめだよ」

【ならば次からは時間と場所以外に高さも連絡事項に組みこんでもらえますかな。こちらはオルキスタワーの一階で待っていたんですがね。上から音がしたんで、こちらに来ることにしたんだが、こちらが正解だったとは。急いで登ってきたが流石に世界一の高さだな。真っ直ぐ登ったと言うのに、少々時間が掛かり過ぎたな】

 

 本当に、連絡は正確にお願いしますよ。それか、連絡が取れるようにはしておいてください。さすがに周囲は探せますが、上下は探せません。

 

「‥‥‥‥全く君にはあきれるね。普通に転移してくればいいのに‥‥‥‥」

【生憎、その手の事は不得手でして、それなら登った方が楽だったので、それに寝起きのいい運動になった】

 

 いやあ、転移の練習してこなかったので、どうも苦手です。帰ったら練習しますからご容赦ください。

 

「じゃあ、しょうがない。僕は高みの見物をさせてもらうね」

【お任せを】

 

 よし、仕事ゲット! 頑張りますよ、結社のために。でも、仕事を任されたけど、流石に学生に刃物を向けるのは可哀想だし、ユウナちゃんに怪我させると、クロフォード家の人達に悪いし、よしここは、素手でいいかな。

 

【では全力で抗え、雛鳥たちよ!】

 

 学生が5人、うち一人は怪我させてはいけない、こちらは無手、うん、いける。

 私はこれまでの研修と鍛錬から、相手の闘気から力量を計れるようになった。でも、流石に学生だからな、これからに期待、というくらいの力だな。万に一つも負けはない。だが‥‥‥‥いくら相手が弱いからと言って、負けてやるつもりはない、全力も本気も出す気はないだけだ。

 私は構えもせず待っている。‥‥‥‥だが、攻めてこないな。どうしたんだ、若者の積極性に期待して、待っていると言うのに‥‥‥‥

 

【どうした、雛鳥たち。何故攻めてこない?】

「アナタ! いつも武器使っているのに、何で出さないのよ!」

 

 ふむ、私が武器を出さないのがお気に召さないようだな。うーん、どうやら力の差が分かっていないようだな。なら‥‥‥‥

 

【出すに値せぬ!】

「ヒッ!!」

 

 ほら、これくらいで竦むようでは、到底武器を使うなんて出来ない。それに、こう見えても素手でも結構強いですよ、私。《痩せ狼》の先輩にも10回やれば3回は勝てるくらいだぞ。武器使えばもっと勝てるし、《紅の戦鬼》は素手で負けなしなくらいに強い。

 それに武器は使ってないけど、『ハード・ワーク』で仮面とローブを作っている。彼らの攻撃ではこの防御は超えれない。『ハード・ワーク』は不壊と形状変化の特性を持っている。だから、仮面もローブも壊れない。つまり彼らの攻撃では私にダメージはない。

 

「ならその首、貰った!!」

【ほう、威勢がいいな。金茶の小僧】

 

 私に向かってきたのは、金茶頭の子だ。

 武器はハルバードみたいな武器だな。先は斧、柄の部分が長い。あの形状だと、仕込みがありそうだな。ああいう不良ぽい手合いは小細工を良くやってくるイメージがある。まあ、受けてもいいけど、次の動きが見たいな。

 私は振り下ろされた斧を横に避けて躱すと、狙撃された。

 

「行きます、バキュン!」

【おっと、狙いは良かったな。だが、そう簡単には当たらんぞ】

 

 緑髪の女の子が魔導銃を放ち、私を狙ってくるが、軽やかに躱して見せた。この程度の攻撃、エンネアさんやガレスさんよりも狙いが甘し、タイミングも悪いと言わざるを得ない。まだまだ、修行が足りんぞ。

 

「ブリューナク起動―――照射」

 

 黒兎の傀儡から光線が飛んでくる。

 

【ダメだな、連携もなくやみくもに撃っても当たりはせんぞ】

 

 それも躱して、見せると、そこには双剣の剣士がいた。おお、誘導したのか、中々やる。

 私は感心していると、双剣が迫ってきた。

 

「うおおおお、斬!!」

 

 双剣から繰り出される連続の剣を、見てから余裕を持って躱す。

 

【ほう、今の連携は良かったぞ。‥‥‥‥連携はな】

「クッ!!」

 

 自慢の剣技を目前で躱されると言うのは剣士にとって、結構な屈辱らしい。因みにソースはデュバリィさん。そんなことをされたからか、端正な顔を歪めている。相当修練に励んだことはよく分かる。その努力を否定されると言うのはツライものだ。それは私にも分かる。‥‥‥‥だが、そのツライことを乗り越えて大人になるんだ。頑張り給え、若人よ。

 そう心で思いつつ、彼の攻撃を一歩も動かず、紙一重で、躱して、世の辛さを教えてあげた。

 

「クソッ!!」 

【どうした? 動きが雑になってきたぞ。その程度の動きでは我に触れることも出来んぞ。そら、どうした、もっと見せてみろ】

「ハアアッ―――そこだ!!」

 

  陰と陽の力を双剣にまとわせてX状のエネルギーを飛ばして攻撃をしてくる。

 

【どこに撃っている?】

「なっ!?」

 

 私は彼が技を放つ前に後ろに回り込んだ。彼が放ったのは私の残像だ。

 

「ハアアアッ――――喰らえ!」

 

 私の後ろからユウナちゃんが攻撃してくる。‥‥‥‥だけど、遅い。

 

【またどこに撃っている?】

「え!?」

 

 それも残像だ。ユウナちゃんは私の残像に向かって攻撃をして、空振りしてしまう。

 とりあえず全員に攻撃させてみたけど‥‥‥‥評価はもう少し頑張りましょう、だな。

 さて、攻撃は見せてもらった。なら次は守りだな。

 

【では、全員攻撃し終えたな。ここからは我の番だ!】

「「「「「!!!」」」」」

 

 私は黒い闘気を纏い、構えた。では攻撃してきた順番に攻撃し返そう。

 

【まずはお前だ、茶金の小僧】

「!!グホッ!!」

 

 私は一足で金茶頭の子に接近し、ボディブローを叩き込んだ。

 

【すぐラクにしてやる。『寸勁!』】

「グッ!!」

 

 ドサッ、という音と共に前のめりに倒れ込んだ。

 まず、一人。次は確か‥‥‥‥緑髪の女の子か。流石に女の子を殴るのは多少気が引ける。よしここは‥‥‥‥対シャーリィさん用の技でいくか。

 

【次だ】

「はっ!」

 

 私は緑髪の女の子の背後に回り込み、背後から首を絞め、一気に意識を刈り取る。

 

【ふん!】

「うっ‥‥‥‥」

 

 抵抗が無くなったのを確認して、ゆっくりとその場に寝かせる。さて、次は‥‥‥‥

 

「クラウ=ソラス、フラガラッハ」

 

 傀儡が刃を展開し、私に振り下ろしてくる。

 

【それがどうした】

「なっ!?」

 

 私は振り下ろされる刃を指に挟んで受け止める。黒兎は驚き、指示が遅れる。

 全く、戦闘中に思考停止していては生き残れないと言うのに‥‥‥‥

 私は刃は挟んだまま上に振り上げ、地面に叩きつけた。そして、黒兎に迫り、額を掌で押した。

 

【眠れ】

「えっっ‥‥‥‥」

 

 私の掌底を額に受け、後ろに吹っ飛び、気絶させた。女の子とは言え、黒の工房の作品だ。確実に気絶させておかないとな。

 さて、倒すべきは後一人か。双剣の彼にはどうしようかな‥‥‥‥

 私が考えていると、双剣の彼とユウナちゃんが同時に仕掛けてきた。

 

【さあ何を見せてくれる、雛鳥よ】

「よくも皆を! 行くよ、クルト君!」

「ああ、ユウナ!」

 

 どうやら仲間を倒されて、闘志を剥き出しにしている。

 この状況で見せる積極性、嫌いじゃないぞ、その姿勢は。だが‥‥‥‥少し遅かったな。

 

【残念だが‥‥‥‥もう終わった】

「え?‥‥‥‥クルト君‥‥‥‥」

「すま、ない‥‥‥‥ユウ‥‥ナ‥‥」

 

 剣士君が倒れ込んでいく。ユウナちゃんには分からなかったか。

 

【君たちの教官、リィン・シュバルツァーの八葉一刀流、弐の型『疾風』。それを無手で再現した。残念だが、それで一撃だったな。‥‥‥‥さて、残るは其方一人だけだな、ユウナ・クロフォード】

「くっ!!」

 

 ユウナちゃんはたった一人になっても、私を睨む付け、武器を構えている。

 どうやら諦めてはいないみたいだな。‥‥‥‥どうするか? 私としてはユウナちゃんに関しては、無傷でお帰り頂きたいが、ケン君情報では、ムキになる性格らしい。そのため、こんな状況だと引き下がることはしないだろう。うーん、対応を間違えたか‥‥‥‥仕方がない。この際、御家族が心配するので、怪我しないうちに引き下がるようにお願いしよう。

 

 

side ユウナ・クロフォード

 

 ‥‥‥‥分かっていたつもりだった。前回の演習地でも、あの仮面とローブを着た人、執行者《社畜》がリィン教官やランディ先輩を一人で倒して見せた。そして、今日の午前中もリィン教官とシャロンさんを相手に一人で倒して見せた。この人は私たちよりもずっと強い。‥‥‥‥そのことは分かっていたつもりだった。でも、クルト君やアル、それに今はアッシュやミュゼが加わって、勝てないまでも、少しは食い下がれる、リィン教官が戦っている間だけでも、足止めが出来ると、思ってた。

 ‥‥‥‥なのに、なのになんで、なんでみんなが倒れているの!? クルト君、アル、アッシュ、ミュゼ‥‥‥‥起きてよ‥‥‥‥

 

【さて、残るは其方一人だけだな、ユウナ・クロフォード】

「くっ!!」

 

 ダメだ、弱気になっちゃだめだ。あたしの憧れの特務支援課だって、こんなことじゃへこたれない。こんな壁、いくらだって乗り越えてきたんだ。あたしだって、乗り越えて見せる。あたし一人だって、決してあきらめない。

 

【ふむ、一人にすれば闘志が萎えると思ったがな、存外タフだな】

「当ったり前でしょ!」

 

 あたしは虚勢でも、強く答えた。でも、その後の言葉に忘れていた恐怖を思い出した。

 

【御父上から聞いた情報とは違うな。その辺りは離れている間に成長した、と言う事なんだろう。ああ、御父上も喜ばれるだろう。残念がられるだろう、成長した愛娘に会えないと言うのは】

「え?」

 

 お父さんから聞いた? え、なにを、なにを言っているの? それに‥‥‥‥会えないって‥‥‥‥

 

【そういえば、本日の午前には失礼した。御母上や弟、妹に会わずにジオフロントにいると思っていたが、そんな事もなかったようだな。失礼した、生憎、所用でクロフォード家の周囲から離れていたので、状況を知らなかったな】

「!!!!」

 

 私にはもう声を出せなかった。今日の朝も同じ状況になって、何も言えなかった。思ったことは‥‥‥‥怖い、ただそれだけだった。それからも《社畜》は話し続けた。

 

【私が去った後にまた御母上の顔を見に行くとは、孝行娘だな。ケンとナナが言っていたように、優しいお姉ちゃんじゃないか。だが、あまり扉をドンドン、ガチャガチャとやるのは止めた方がいいぞ。御父上が嘆かれるぞ、がさつに育ったんじゃないかと、ね】

「あ、貴方が、お、お父さんの何を知っていると言うの!」

【マシュー・クロフォード、ミシュラム・ワンダーランドのリゾートホテルの企画営業部門の課長、優しく親切な方だったな。クロスベルに潜入した私と相棒に親切にしてくれたな】

 

 な、なんで、今日の事も、お父さんの事も、何でも、知っているの!?

 ‥‥‥‥ちょっと待って、さっき、私の家の周囲から離れていた、って言った? まさか‥‥‥‥

 

「あ、あたしの家族に手を出したら、承知しないから!!」

【‥‥‥‥手を出す? ハハハッ‥‥‥‥そんな事を心配していたのか? 安心しろ、我は手を出さん。‥‥‥‥だが、クロフォード家には我の分け身が見張っている。その意味が分かるな?】

 

 いみ? ‥‥‥‥ははっ、意味なんて‥‥‥‥分かるに決まってるでしょう‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥私はどうすればいいの?」

【無事に終わりたければ、この戦闘はここで終わりだ。そこで大人しくしているといい】

「くっ! ‥‥‥‥分かったわよ‥‥‥‥」

 

 私はトンファーを手から放した。‥‥‥‥悔しい、こんな理不尽、許せるわけがない‥‥‥‥絶対にあきらめない。あたしの憧れる特務支援課だって、どんな逆境も跳ね除けてきたんだ。

 エリィ先輩、ランディ先輩、ティオ先輩、‥‥‥‥ロイド先輩。みんななら、絶対にあきらめない。だからあたしも絶対にあきらめない。家族も絶対助けて見せる。

 

side out

 

 




次回は11/17の日曜日を予定しています。


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第十六話 クロスベルの嘆き

感想、誤字報告頂きありがとうございます。


 ユウナちゃんも私の説得に応じてくれたようで武装解除出来た。よし、これでお仕事完了。カンパネルラさんに良いご報告が出来る。

 

【《道化師》殿、こちらは完了した】

「あらら、随分と早かったね。まだあっちは、終わってないのに‥‥‥‥」

【‥‥‥‥遊んでいるだけの様ですな】

 

 《劫炎》の先輩は私と戦うときの半分の力も出していない、いやもっと、出していない。『アングバール』すら出していないし、魔人化もしていない。それでも、もう少しは出力が上がるのに、それもしていない。どうやら、やる気がないらしい。うーん、私が代わりにやってもいいけど、先輩の邪魔すると怒りそうだし。そんな事になると、後が厄介だ。仕方がない、終わるまで待とうかな。

 リィンが膝をつき、そのリィンに向かって焔が迫っていく。

 まあ、あれくらいなら死なないだろう。後でこっそり、治してやるか。そんな事を考えていると、《死線》の先輩が焔の射線上に入ってリィンをかばった。

 

「させません―――!」

 

 《死線》の先輩も無茶をする。あの程度の焔なら死なないと判断して庇ったのか? 確かにあの程度の焔なら、そんな事にはならないだろう。でもこれで《死線》の先輩は脱落だな。ダメージがデカすぎるな。

 さて、リィン一人で打開できるのかな。まあ、今くらいの先輩なら私でもラクラク勝てるけど、でも下手に善戦して、その気にさせると‥‥‥‥一面焦土と化すからな。もし私がリィンにアドバイスするなら、手ごろなところで降参してやる気を削いだ方がいいぞ、と言いたいところだ。

 

 しかし‥‥‥‥見ていてふっと思ったが、リィンの奴、何か弱くなっていないか? いや、弱くなっていると言うか、今は何か抑えて戦っているような気がする。昔は、いや学生時代はもっとのびのび戦ってたような気がする。慣れない社会人生活でのストレスで体調を悪くしたのか? 

 だけど、それくらいで仕事を避ける訳にはいかないぞ。俺達も社会人だ、何時までも学生気分ではいかんぞ、リィン。社会人たるもの、目の前にどんな理不尽が訪れようとも、常に結果を出さなければいけない。己の体調が悪いなど、言い訳も出来ない。気合と根性だぞ、リィン。

 私がリィンにエールを送っていると、何か違和感を感じた。おそらくは転移陣‥‥‥‥どうやらあちらの増援が来たようだな。

 

「そうはさせないわ!」

 

 転移陣が現れ、そこからアリサ・ラインフォルト、マキアス・レーグニッツ、エマ・ミルスティンの三人が現れた。転移陣、というより魔法か、うまいな。後で参考にしよう。

 現れたアリサ、マキアスの射撃が《劫炎》の先輩と私を狙ってきた。

 

「ちっ‥‥‥‥」

【おっと‥‥‥‥】

 

 《劫炎》の先輩と私は攻撃を躱す。残ったエマが揚陸艇の炎を消している。魔法でカンパネルラさんの幻術の焔をかき消している、というのが正しいか。それに躱してユウナちゃんたちから離れたからか、猫が現れた。あのリボンは‥‥‥‥セリーヌか。私が魚を釣っていると何処からもなく現れて、ミャァ、ミャァ、鳴いて魚を強請る、以前から賢い猫だと思っていたけど、魔女の使い魔だったのか。驚きの真実だな、思わず声が出そうになったが、まあそういうこともあるかな、と何故かアッサリと受け入れてしまった。

 魔女の使い魔セリーヌが不思議な力、おそらくは魔法か、それを使い学生君たちを回復させている。まあ、そんなことしなくても後5分くらいで目覚めるのに、まあ早いに越したことはないな。

 私はセリーヌの邪魔をすることなく、その場を離れ、先輩達の近くに移動した。

 あちらはリィンの傍にアリサ、マキアス、エマが並び立つ。

 

「これ以上すると言うのなら、私がお相手致します。魔女クロチルダの妹弟子にして《緋のローゼリア》の養い子トールズ旧Ⅶ組出身、エマ・ミルスティンが―――!」

 

 エマから不思議な力が放たれている。

 

「へえ‥‥《深淵》に届く魔力か。帝国の《魔女の眷属》‥‥‥‥たしかに大した一族みたいだね」

【なるほど、あれが《魔女の眷属》、そして魔女の力というものか‥‥‥‥使えそうだな‥‥‥‥】

 

 《劫炎》の先輩の異能程じゃないけど、確かに特殊な力だ。でも『外の理』ではない以上、たぶんできるんだろうな。だけど、見たのは幻術をかき消すくらいの魔法しかみていないからな、それが出来たところでさして意味がないし、もっと他の技をみせてくれないだろうかな。何か行動したら使ってくれないだろうかな。

 それにしても、リィンが現れるところ、面白い技の使い手が色々出てくるな。以前の《猟兵王》は黒い闘気を使い、今回のエマは魔法を使った。実に面白い、出来ることが広がるのは、未知との遭遇は私自身の発展にもつながる。次の実験の時までに魔女の力を覚えてみるか、以前《剣帝》殿の事を調べた時に、第二柱《深淵》殿の資料もあった。そこにはいくつか魔法の資料があった。ならそれで覚えてみるか。

 

「そこまでだ、結社の諸君!」

 

 私が魔法に夢中になっている間に自体が進んでいた。おっといかん、仕事中だったな。魔法の練習は後でやるんだ、今はお仕事優先だ。プライベートは後だ、後。

 私が意識を魔法から、周りに意識を向けると、この場に現れたのが、オリヴァルト殿下、ルーファス総督、ランディ・オルランド、ミハエル・アーヴィングの男4人と‥‥‥‥トワ先輩が現れた。

 何故こんな危険な場に来てしまったんですか、トワ先輩。‥‥‥‥このような場でお会いしたくはありませんでした。しかし、以前もそうですが今回も危険の中、来られた以上、相応の覚悟とお見受けして対峙せざるを得ません。

 お互いの職場は違いますが、我々は社会人であり組織人です。ならば互いの属する組織の利益獲得のために、戦い合うというのも止む無し、ですね。‥‥‥‥正直なところ、貴方とは戦いたくはないです。かつて、ご指導いただいた敬愛すべき先輩であることは今も変わりません。ですが、今の私が仕えるのは盟主様、ただ一人。かつて受けた恩を仇で返すことになるとも、トワ会長、貴方に対して、決して手を抜きません。私の忠誠は全て盟主様のために。

 私が決意を固める中、オリヴァルト殿下が前に出てきた。

 

「マキアス君、アリサ君、エマ君たちもお疲れだった。おなじみの道化師君に‥‥‥‥《火焔魔人》殿と《社畜》殿だったか。」

【ああ、我は《社畜》、以後見知りおき願おう】

「クク、そういうアンタは《放蕩皇子》だったか。ただの皇族のクセに妙な魔力を感じるじゃねえか?」

「フフ‥‥‥‥古のアルノールの血かな? そしてそちらが‥‥‥‥噂の《翡翠の城将》殿か」

「ハハ、そちらの呼び名で呼ばれるのは新鮮だが―――このタワーは現在、私の管理下にある。礼儀は弁えてもらおうか、《身喰らう蛇》の諸君‥‥‥‥?」

 

 ルーファス総督がこちらに剣を向け、言い放った。

 

「あはは‥‥‥‥! ゾクゾクしてくるなぁ! でもそろそろ時間切れかな?」

「クク、あんたとは一度、やり合ってみたかったが‥‥‥‥目当ての連中は連れなかったし、あくまで今日は『前挨拶』だ」

 

 そう言って、先輩達は揚陸艇に飛び乗ったので、私も後に続いた。

 

「フフ、それじゃあ今宵はお付き合い下さり―――」

「待ちたまえ」

 

 カンパネルラさんの締めの挨拶をオリヴァルト殿下が止めた。

 

「折角だ、手土産の一つくらい置いて行ってもらおうじゃないか。『情報』という名のね」

「へえ‥‥‥‥?」

「うふふ‥‥‥‥何が聞きたいのかな?」

「言うまでもない―――『目当ての連中』というのは何者だ? そして、どうしてこの地に来ている《深淵の魔女》殿がそこにいない?」

 

 オリヴァルト殿下の質問に、《深淵》殿と面識がある者達は疑問に至ったようだ。

 

「あ‥‥‥‥」

「‥‥‥‥た、確かにクロチルダさんが来てるなら‥‥‥‥」

「‥‥‥‥このような状況で出てこない方ではありませんわね」

「‥‥‥‥姉さんの気配は確かにこの地に在ります。それなのにこの場所に姿を見せないと言う事は‥‥‥‥」

「もしかして《結社》と袂を分かったんじゃないの?」

 

 彼らの発言に対してカンパネルラさんは拍手で答えた。

 

「あはは―――大正解! いやぁ、使徒たちの間で『方針』の違いが出ちゃってさ! 6対1で彼女の主張が退けられちゃったんだよねぇ!」

「そして《深淵》は出奔―――現在は、行方知れずってわけだ。一応捕捉を頼まれたが‥‥‥‥面倒くさいったらありゃしねぇ」

 

 《劫炎》の先輩がそう言って、私はあることを思い出した。

 あ、そうだ。まだあの事伝えてなかったな。連絡したときに言っておけば良かったな。仕方がない、この場で報告しよう。

 

【《深淵》殿の現在は不明だが、我の分け身に一度接触してきた。残念ながら、捕獲には至らなかったがな。《道化師》殿、《劫炎》殿には報告が遅くなったが、どうやら一昨日の出来事のようだ】

「おいおい、そう言う事はもっと早く言え、まあ聞いたところでどうする気もなかったがな」

「一昨日‥‥‥‥ああ、その時はまだジオフロントに居たんだったけ? 分け身の記録から分かったのが今日だったの?」

【うむ、場所の連絡を聞いたときにでも、言っておけば良かったな。失礼した、御二方】

「まあ、その内出てくんだろう?」

「アハハ、真面目だね《社畜》は。執行者はあらゆる自由が与えられているんだから、報告するのもしないのも自由なんだから」

 

 お二人が私の失敗を咎めずに慰めてくれた。こんな不甲斐ない私に温かいお言葉を掛けてくれるなんて‥‥‥‥これが弁えている執行者、勉強になります。

 

「それだけじゃないだろう。『目当ての連中』―――それ以外にもいるという表現だ。サザーラントでは何者かの手先の《西風の旅団》が潜んでいた。だが現在、情報局とTMPによって猟兵関係者はクロスベル周辺から徹底的に締め出されている。ならば、一体何者だい? そして幻獣や今回のような騒ぎ、その相手との対決を通じて『何の実験』をしようとしている!?」

 

 オリヴァルト殿下が質問してくる。

 

「アハハ、流石は放蕩皇子!」

「クク、落ちぶれたとはいえなかなかさえてるじゃねぇか」

 

 パチンッ! カンパネルラさんが指を鳴らすと、偽装が解け、上空に影が浮かび上がる。そこには大きな影が、今回の実験用の神機が登場した。

 周りの反応を見ると、驚きに包まれている。まあそうなるだろうな、いきなり空に機甲兵が現れたようなものだ。人間、想定外の出来事には思考が停止することがある。今の彼らはそういう状態なのだろう。

 ‥‥‥‥だが、ちゃんと動けているじゃないか、リィン。

 

「アルティナ‥‥‥‥! エマにセリーヌも‥‥‥‥!」

 

 リィンは先のことを予測できたようだ。だからこそ、魔女と使い魔、黒の工房の作品に障壁を張らせて、防御の姿勢を取った。うんうん、状況判断は出来るようだな。浮かんだら、落ちる、自然の摂理だな。

 その摂理通りに、空から神機が落ちてきた。降りてきた、というのが正しいだろうが、私からしたら落ちてきたようなものだ。‥‥‥‥ん? 神機の落下地点はどうやら揚陸艇のようだ、おそらく、揚陸艇を踏みつぶしてインパクトのある演出のようだ。なるほど、カンパネルラさんらしい演出だな。だが、ちょっと待ってほしい、今我々がいるのは揚陸艇の上だ、そして神機の落下地点も揚陸艇だ。ということは‥‥‥‥私達危なくないか? 横を見ると、先輩達は居なかった。転移して、姿を隠している。私にはそんな技術はまだない。どうやら状況判断が出来ていなかったのは私の方だったな。私は急ぎ飛び降りて、落下地点から離れた。

 ドォゴォーーーン、という音と共に、揚陸艇は無残な姿に変わってしまった。危なかった、私も降りていなければ、同じことになっていたな。二人を見ると、転移で余裕を持って、揚陸艇の先端に移動していた。私は地上に自力で降り立った。危なかった、仮面をしていなかったら、百面相を晒していたところだ。

 

「《神機アイオーンβⅡ》新たに造られた後継機ってわけさ。」

「ま、《至宝》の力がねぇから中途半端にしかうごかせねぇけどな。もう少ししたら色々と愉しませてやれると思うぜ?」

「フフ、別に視察や演習を邪魔するつもりはないけどね。それじゃあ、今夜はこれで―――」

 

 カンパネルラさんが帰りのご挨拶をする中、一人の声が場に響いた。

 

「ふざけないでよ!」

 

 ユウナちゃんの声だった。

 

「黙って聞いてればペラペラと‥‥‥‥クロスベルで‥‥‥‥あたしたちのクロスベルに来て勝手な事ばかりして‥‥‥‥! 結社だの、帝国人が寄ってたかって挙句にそんなデカブツまで持ち出して! 絶対に―――絶対にゆるさないんだから!」

 

 ユウナちゃんが啖呵を切った。その言葉に周りは黙り込む。

 うん、その意見はよく分かるけど、どちらかというとその意見、こちらよりもそちらの方に刺さるんだけど‥‥‥‥敵三人に対して攻撃しているのに、仲間全員に攻撃が返っているよ。

 

「クスクス‥‥‥‥威勢のいいお嬢さんだなぁ。クロスベル出身みたいだけどどう許さないっていうのさ? お仲間に頼らないで一人で立ち向かうつもりかい? 《社畜》一人に手も足も出ないのに?」

「お望みなら一人でもやってやるわよ! それに―――クロスベル出身はあたしだけじゃない! 《特務支援課》だっているんだから! 潜伏しているロイドさんにアリオスさん、《銀》さん、ノエル先輩にダドリーさん、セルゲイ課長にツァイト君だって! エリィ先輩にティオ先輩、ここにいるランディ先輩だって! アンタたちみたいににフザけた連中、支援課が絶対に放っておかないんだから!」

「うふふ、特務支援課か。確かに手強い相手だけど‥‥‥‥そちらの総督閣下の指示で拘束されてなかったらの話かな?」

「え。」

 

 ユウナちゃんがキョトンとした表情になった。おそらく想定外の話なんだろう。

 まあ、知らなかったのなら、しょうがない。私もマシューさんの様子がおかしいので、調べてみた結果分かったことだ。それに警備も厳重だった、忍び込むのに苦労したからな。

 どうやら、気付いたようだな。ミシュラム方面が封鎖されていることの意味を。

 

「支援課の関係者全員をミシュラム方面に拘束したのか」

 

 オリヴァルト殿下からの詰問にルーファス総督は答えた。

 

「フフ‥‥‥‥拘束しているわけではありませんが、ミシュラム一帯を『鳥籠』に見立ててバニングス手配犯と《零の御子》、《風の剣聖》や《銀》を閉じ込めた。ノエル少尉やセルゲイ課長など支援課に属していた軍警関係者にもミシュラムでの待機任務に付かせている。そうだな、ミハエル少佐?」

「ええ‥‥‥‥マクダエル議長やお孫さんも例外ではありません」

 

 その発言を聞き、あちらは沈痛な面持ちだ。それでもユウナちゃんは理由を問わずにいられないようだ。

 

「ど、どうして‥‥‥‥なんでそんな‥‥‥‥」

「アハハ、決まっているじゃない! 彼らに勝手に動かれて『事件』を解決されないためだよ! 特務支援課なんていう過去の英雄、帝国の統治の邪魔でしかないからね! かといって下手な罪状で捕らえたら市民感情の悪化を招く! だから生かさず殺さず、徐々にフェードアウトしてもらおうと総督閣下は考えてらっしゃるのさ! 本当なら彼らごとき、『いつでも』始末できるのにね?」

「‥‥ぁ‥‥‥‥」

「ま、流石に悪趣味だと思うけどな。《風の剣聖》ってのは一度やり合ってみたかったんだが」

【まあ、これが今の帝国のやり方だという事だろう。現実を受け止めるべきだな】

 

 ユウナちゃんが膝をつき、その場に崩れ落ちた。

 つらい事実だろうな。ユウナちゃんが特務支援課に憧れていることは御家族からも聞いていた。きっと心の支えにしていたんだろう。‥‥‥‥だけど今、理解しただろう、特務支援課には何も出来ない事に。現実はかくも厳しいと言う事に。

 すると、こちらに大勢の学生たちがやって来た。そしてその中にはアルフィン殿下がいる。

 どうやら放たれた人形兵器が倒しきったようだ。

 

「ふふ、今度こそ幕引きかな?」

 

 カンパネルラさんの合図で機神が起動して、宙に浮かんだ。

 どうやらこれで去るつもりのようだ。

 

「じゃあな、クルーガー。灰の小僧どもに放蕩皇子も」

「《実験》が成功した暁にはもう一度だけ挨拶に伺おうかな。今宵はお付き合い頂き、誠にありがとうございました。」

 

 そう言って、二人は転移して去っていく。

 このままだと置いて行かれる。‥‥‥‥そうだ、神機に乗ろう。

 私は飛び立つ神機に、『ハード・ワーク』を《死線》の先輩の使っていた鋼糸に変形させて、括りつけ、飛び乗った。次の場所はどこだろうな。

 

【ではな、これで失礼する】

 

 神機が私を乗せて飛び立っていく。オルキスタワーからどんどん離れて行く。

 

side リィン・シュバルツァー

 

 《道化師》、《劫炎》、《社畜》という三人の執行者が去った。そして神機も去った。

 おそらくはまたオーダーが下ることだろう。だが、それよりも‥‥‥‥

 

「さて、当面の脅威は去ったが‥‥‥‥これは帝国の英雄に一働きしてもらう局面となったかな?」

 

 ルーファス総督の言葉にユウナが立ち上がり、俺に詰め寄ってくる。

 

「‥‥‥‥どうして‥‥‥‥ねえ‥‥‥‥どうしてあたし達の誇りまで奪おうとするの‥‥‥‥? 自治州を占拠してい、勝手に共和国と戦争して‥‥‥‥あんな列車砲まで持ち込んで‥‥‥‥あたしたちの光を‥‥‥‥たった一つの希望を‥‥‥‥返して‥‥‥‥あたしたちのクロスベルを! あの自由で、誰もが夢を持てた街を! 返してよおおおおおお!!」

 

 これが俺がしてきたこと、機神に乗って、クロスベル併合に関わったものとして‥‥‥‥ユウナには何も声を掛けることは出来ない。そんな事が出来る資格もない。

 

side out

 



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第十七話 疑問

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―――七耀暦1206年5月20日 星見の塔 PM9:00

 

 オルキスタワーから神機に乗ってたどり着いたのは《星見の塔》という場所だった。そこに神機を置いて、とりあえず始めたのが‥‥‥‥酒盛りだった。

 

「ああ、一仕事終わったから、酒が飲みたくなったな。なあ、ハード、持ってねえか?」

「申し訳ありません。残念ながら持っていません」

 

 私は塔の塔に着いたときに、執行者モードを止めた。そのため、喋り方も普通に戻した。

 

「じゃあ、ひとっ走りして、買ってきますよ。何がいいです?」

「まあ、適当に頼むわ。ついでにつまみかなんかも頼むわ」

「分かりました。じゃあ、行ってきます!」

 

 《劫炎》の先輩が仕事が終わったから、酒が欲しい、と言ったので、私はクロスベルにとんぼ返りして、酒類を買い込んで、ついでにつまみ類も買うことにした。

 すると、カンパネルラさんが声を掛けてきた。

 

「ハード君、クロスベルまで戻るのかい?」

「ええ、ちょっと行ってきますね」

 

 私は《星見の塔》の端に向かって走り出すと、カンパネルラさんが呼び止めた

 

「ちょっ、ちょっと待って! まさかここから飛び降りようとしてるの?!」

「ええ、態々階段で降りるのも面倒ですので‥‥‥‥」

 

 このくらいの高さからなら、飛び降りても地上に着地するときに受け身を取れば、問題ないし、この高さから助走をつけて飛べばもっと距離が稼げる。折角の高さだ、有効に使わないと《劫炎》の先輩をお待たせしてしまう。

 

「そうだ、ハード君。折角だし、転移でクロスベルまで行ってみたらどうだい? 君だって転移くらいは使ったことがあるでしょう」

「ええ、そうですね。使ったことはありますけど‥‥‥‥不得手でして」

「まあ、何事も挑戦だよ」

「‥‥‥‥そうですね。では転移していきますね」

 

 私は不得意ながら転移を発動して、飛んでみると‥‥‥‥見事に転移した、大体3歩くらいの距離を。

 

「‥‥‥‥あれ、うまく転移出来ませんね? おかしいな‥‥‥‥」

「どうしたの? 出来ないの?」

「うーん、いまいちクロスベルの市街への転移が上手く出来ませんね。‥‥‥‥結社関連の施設なら出来るんですが、それ以外だと成功率がガタ落ちですね」

 

 いや、出来るんですよ。ただ、良く知っているところじゃないと、転移が上手くいかないんですよ。先月のサザーラントから結社に飛んだときはうまくいったんですよ。

 でも、良く分からない建物とかには転移出来ない、という欠点があった。いやこれは私が未熟だからなんだが‥‥‥‥

 

「じゃあ、僕が送るついでに教えてあげるよ。帰りは君が転移で僕を送ってね」

「ええ、いいんですか!?」

「いいよ、それくらい。‥‥‥‥それに君がどうやって覚えるのか、興味があるしね」

 

 そう言って、カンパネルラさんは私を連れて転移してくれた。着いたのは‥‥‥‥オルキスタワーだった。

 さっきまであれだけの騒動を起こしていながら、いきなりこんな場所に飛ぶだなんて‥‥‥‥大胆不敵というか、何というか‥‥‥‥まずい、今は仮面もローブもしていないから、私だと丸わかりだ。

 

「じゃあ、やってみようか。ここからさっき居たとこまで転移してみようか? 急がないと人が来ちゃうし、早くね」

「はい、急ぎます!」

 

 ‥‥‥‥やってくれたな、カンパネルラさん。今ここに私が居ることが知られると、間違いなく正体がバレる。これは新人イビリ、新人イビリですか、カンパネルラさん。

 ‥‥‥‥いや、良く考えろ。これは指導だ。危機的状況において最良の結果を引き寄せろ、と言う事ですね。なるほど、流石カンパネルラさん、深い考えだ。分かりました、必ずやご期待に応えて見せます。

 さっきの転移の感覚、それを思い出せ。どういう感じだった、力の流れ、空間を移動する感覚、全てを思い出せ。

 私は結社の執行者として、転移する術を与えられている。前回のサザーラントから結社の施設までは問題なく、転移出来た。つまり、私は転移出来る。

 では何故、クロスベルでは出来ない。いや、クロスベルだから出来ないではなく、ゴール地点を明確に出来ていないから転移先が不明確である。先程も転移した時、何処に転移するかを明確に定めなかった。だから、転移に失敗した。でも過去にサザーラントから転移したときは結社に飛ぶことが出来た。それは何故か‥‥‥‥良く知っている場所だからだ。いや、明確にどのくらいの距離があり、どのような場所か、理解できたからだ。

 ‥‥‥‥結論が出た、どこに移動するか明確に定めることが必要である。ならばまず、先程のカンパネルラさんの転移を思い出そう。その転移を私が出来る範囲に落とし込もう‥‥‥‥成功。では出発点をオルキスタワーとして、到着点を《星見の塔》としよう。この二つの距離、方角を考慮し、転移の術式に組み込む‥‥‥‥成功。再度、術式確認‥‥‥‥問題なし。

 

「行きます、カンパネルラさん」

「え、もう!?」

 

 私はカンパネルラさんの手を掴み、転移した。

 

「お、早えじゃん。まだ行ってすぐじゃねえか」

 

 《劫炎》の先輩がいる。それにここは《星見の塔》だ。どうやら問題なく、転移が出来たようだ。

 これもカンパネルラさんが見本を見せて、体験させてくれたから、コツがつかめたようだ。これなら知っている場所なら転移が成功させることが出来そうだ。

 なるほど、これがOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)と言うものなんですね。酒とつまみを買ってくるのも、仕事と言う事ですか。

 

「すいません、さっきのは練習です。これから行ってきます。ではカンパネルラさん、ご指導ありがとうございました」

「あ、うん、いってらっしゃい‥‥‥‥」

 

 私はカンパネルラさんにお礼を言って、今度は一人でクロスベルに転移で飛び立った。

 

 

side カンパネルラ

 

「では、カンパネルラさん、ご指導ありがとうございました」

「あ、うん、いってらっしゃい‥‥‥‥」

 

 ハード君が転移で《星見の塔》に戻ってきて、それから再度出発する前に僕に向かってそう言った。咄嗟に返せたのが、僕らしくもない言葉だった。

 指導‥‥‥‥そんなものしたつもりじゃなかったんだけどな。

 本当のところ、彼をからかってやろうと思って、オルキスタワーに飛んだ。そして慌てふためく様が見たかった、というのが目的だった。

 確かに彼の模倣能力には興味があった。彼の模倣が何処まで出来るのか興味があった。

 これまでに、リアンヌの槍もマクバーンの焔も模倣した。それどころかレーヴェの剣は記録資料から復元させているほどだ。

 そして、さっきの転移にしたってそうだ。一回、たった一回の体感だけで覚えてしまった。

 結社の人間には転移出来る術式は渡されていて、万一裏切った場合にはこの術が外部に漏れないようにプロテクトが施されている。

 ハード君も当然その術式は持っているし、現にサザーラントから転移して結社に戻ってきたという実績はある。だから使えるのはおかしくはない、転移自体は‥‥‥‥

 だけど、僕が使ったのは、結社で使用されている術式じゃなくて、魔女が使う術式だ。それを今回からかうために用意した特別なものだ。だから普通なら使えるはずがないものだ、普通なら‥‥‥‥でも彼はそれを再現して見せた。それも、ものの数秒で、だ。

 自身で組み上げたんだ。僕の術式を基に、自分自身で他の手を借りずに転移が出来るように、構成を一部変更して、作り上げた。100%のコピーではなく、自身が使いやすいように作り替えた、ハード・ワーク用の術式を数秒で作り上げた。

 その事実を理解したとこ、背筋がゾクッとした。なんと恐ろしいことか‥‥‥‥

 

 彼、ハード・ワークはある意味特殊だ。

 盟主様が必要だと仰った。そして僕が直接干渉して結社に入れさせた。今にして思えば、それは正解だと思う。リアンヌ、マクバーンと対等に戦えるまでに成長しそうな逸材だ。それが教会や遊撃士に渡っていたら、厄介なんてもんじゃない。最早天敵と言わざるを得ない程だ。

 だけど、本当にそれだけなのか? ただ強いから、結社に入れたのか?

 彼の身体能力は単純に強く、速く、しなやかだ。正に理想的な体躯と言われるほどだ。そして知能は、これも良い。筆記テストなんかだと、途中式を書きつつ、きっちり答えまで書き尽くす。その筆記テストのレベルは‥‥‥‥レンを想定しての問題が含まれていた。それもきっちり正解を導き出した。おそらくは彼も‥‥‥‥

 だけど、僕は彼の事を何も知らない。おそらく盟主様は知っている。

 彼がもし、あの薬の被験者なら色々なことに説明が着く。彼の能力についても理解できる。レンという前例がある。だけど、何か引っかかる、本当に彼はそれだけなんだろうか‥‥‥‥一度調べてみるほうがいいかも知れない、もしかしたらもっと何かが隠されているかもしれない。

 僕が深く思考の海に沈んでいると、その海から引きずり上げる声が聞こえた。

 

「珍しいな、お前が真面目な顔して考え事か?」

「‥‥‥‥何だい、今考え中だったんだけど。それに珍しく真面目とか、酷い言われ様だね‥‥‥‥」

「まあ信用の無さがゼロのお前が真面目な時ほど、ろくでもないこと考えているとしか思えないからな‥‥‥‥で、何考えてたんだ? 暇だから聞いてやるよ」

「‥‥‥‥ハード君の事かな。彼、色々特殊じゃない?」

「はっ、今更だな。アイツがまともだと思ってたのか?」

「‥‥‥‥質問を変えるよ。彼、たぶん例の薬の被験者だと思うけど、それだけだと思うかい?」

「‥‥‥‥何かが混じっている、それは確かだ。だが、それ自体にそれほど脅威はねえ。だが、おそらく脅威に成るのは‥‥‥‥外側の方だろう」

「外側?」

「大体考えてみろ、例の薬の被験者だからって、《鋼》の槍もレーヴェの剣も見ただけで真似できる方が異常だ。いくら身体と思考を強化させたからって、そんなもん一朝一夕で出来るもんじゃねえ。確かにあいつは努力もしている奴だが、それがこの2,3か月程度でそこまで出来るか、ムリだろ。だからこそ、そんな事が出来る外側の方が脅威なんだ」

「‥‥‥‥確かにそうだね。そう言われてみるとそうかもね。リアンヌの槍でもレーヴェの剣でもそれ以外の武器でもなんでも使える、頭がいいから出来るものでもない、それを可能にする身体、だからか‥‥‥‥」

「‥‥‥‥ハア~、そんなに気になんなら当人に聞いてみればいいだろう。アイツの事だ、すんなり答えるだろうぜ」

「‥‥‥‥そうだね、それも考えておくよ」

 

 僕はとりあえず戻ってから、調べてみることを決めた。どうやら、秘密が多そうだし、折角だから、秘密を暴いてみよう。

 別にからかうのに失敗したからと言って、それの意趣返しというわけではない。これはただの弱みを握りたいからだ。

 

 その後、ハード君が戻ってきて、酒盛りが始まった。その結果、ハード君がザルだったことが判明した。

 

side out

 

 

―――七耀暦1206年5月21日 星見の塔 PM1:00

 

side リィン・シュバルツァー

 

 俺は帝国からの要請『《結社》の狙いの見極め、クロスベルの地の混乱を回復せよ』を受けた。その際、俺に協力を申し出てくれた、アリサ、マキアス、エマの三人で《結社》の潜伏場所を調べた結果、《星見の塔》であることが判明した。その場に乗り込もうとしたときに‥‥‥‥同行者が増えた。まさかのオリヴァルト殿下、いやオリビエさんが加わった。そして今、《星見の塔》に乗り込むことになった。これから待ち受けるのは執行者《道化師》、《劫炎》、《社畜》の三人は確実だ。それ以外にもシャロンさんが言っていた、《怪盗紳士》そして、使徒第三柱《白面》もいるかもしれない。

 実は昨日のうちに、ランディさん、トワ教官、ミハエル少佐の三人にはユウナの家族の傍に《結社》の手が伸びていることを伝えてある。だが、今のランディさんは動けない、それに今は打開する術がないため、対処保留にするしかなかった。そして今も、ユウナには伝えることが出来ないでいる。まずはこの《星見の塔》の対処を優先させることを決めた。否が応でも緊張感が高まっていく。だというのに‥‥‥‥

 

「ところでリィン君、ここにいるⅦ組の面々が卒業後はどんな学生生活を謳歌していたのかな、是非とも聞かせてくれないかな?」

「そうね、折角だし聞いてみたいわね」

「ああ、僕も気になるな」

「そうですね、聞いてみたいですね」

「‥‥‥‥今、そんな話をする余裕があるとは思えない状況だけど‥‥‥‥」

「まあ、何時までも緊張していても疲れるだけね、丁度いい気分転換じゃない」

「まあいいけど‥‥‥‥」

 

 俺は三人が卒業した後の話をし始めた。大体はサザーラントで語った内容と同じだった。

 

「そうか、中々大変であり、充実した学生生活が送れた様で理事として嬉しい限りだよ。しかし‥‥‥‥ハード君か、僕も声を掛けたんだけどね、残念なことにフラれてしまったんだよ」

「ええ、それ本当ですか殿下!」

「今は、オ・リ・ビ・エ、ね。まあ表向きは僕付きの武官、いわゆる私的な秘書のような立場に彼を欲したんだよ。まあ、本当のところは、囲い込み、みたいな考えだったんだ。彼ほどの逸材を宰相達に取られるのは避けたかったし、‥‥‥‥でも素気無く断られたんだ。軍人にはなりたくない、と言われてね。一応説明したんだけど、最初の武官、という言葉に忌避感を覚えたようで、交渉は失敗してしまったんだ」

「そ、それは、何というか‥‥‥‥その、すいません‥‥‥‥」

「いやいや、別にリィン君が悪いわけじゃないしね。それに卒業後の進路は人それぞれだ。ハード君も今頃は自分が選んだ道を頑張っていることだろう」

「そうですね、きっと今頃はサザーラントでコロッケ屋を頑張っているんだろうな‥‥‥‥」

 

 そう言えば、あれからハード関連の連絡が来なくなった。以前はパトリックから連絡が来ていたが、前回の演習の時はオルディスにいたし、フィーもハードのコロッケ屋を贔屓にしているらしいが、最近は会っていないらしい。店には顔を出していないらしい、支店や営業活動の方が忙しいから、そちらの対応をしているのかもしれない。

 

「フィー君から聞いてはいたが、本当にあのハードがコロッケ屋を開いたのか、相変わらず何をするか分からない男だな」

「マキアス、ハードの事を知っているのか?」

「当然知っているさ、学年成績上位者の事は知っているし、個人的なつながりもあったしね」

「個人的なつながり?」

「ああ、図書館での勉強仲間だったんだ。入学したころの僕は‥‥‥‥ほら、その‥‥‥‥色々と尖っていた時期があったし、そんなときに出会ったのがハードだったんだ。当時の僕は、貴族憎し、みたいなところがあったから、彼が平民クラスだったから、何というか、安心感を覚えていたんだ。‥‥‥‥だけど、すぐに分かった。コイツにはかなわない、すぐに思い至ったよ‥‥‥‥」

「‥‥‥‥ハードは一体何を‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥図書館の本を全部丸暗記したんだ。‥‥‥‥最初は嘘だと思って、この本の何ページ目はどんな内容か、と聞くと、全て答えて見せた。‥‥‥‥僕も意地になって、この本棚の上から何段目、左から何番目の本を一冊完璧に書いてみろ、と言うと、それすらも仕上げて見せたんだ。それも、挿絵にシミ、傷まで再現したんだ。‥‥‥‥怖かったな、そこまで完璧に記憶出来るものなのか、僕が不出来なだけじゃないのか、トールズの学生はみんなこんなことが出来るのか、そう思った。‥‥‥‥でも、ハードだけが特別だとわかってホッとしたよ。まあ、それからは彼はそういうものだと思って、諦めることにしたよ。まあ、彼自身悪い人間ではないし、共に勉強していると驚くことが多いけど、慣れるとそういうものだと諦められるようになったよ」

 

 ハハハッ、と笑っているマキアスの目が若干死んでいるのに、目を逸らしながら、ハードの事を思い出してみた。

 確かに記憶力が良いのは知っていた。去年は予算、在庫の管理は全てハードに聞け、が学院のルールだった。特に予算に関しては恐ろしいことに1ミラの誤魔化しも許されなかった。もし、狂いがあった場合、全ての報告書を確認し、そのミスを見つけるまで帰ることはなかった。そして、それは生徒会役員にも適用される、決して逃がさず、そのミスが見つかるまで、共に調査をすることになった。そして、その時のハードの形相は、あまりにも恐ろしく、生徒会役員が怯えて泣き出す始末だった。

 それ以来、生徒会員にはある格言が出来た。『1ミラを笑う者は1ミラに泣く』。その格言が出来て以降、生徒会役員の全員が必死で仕事を全うしていた。

 

「次はあたしね。あたしの時は生徒会役員に部費の増額を求めて交渉したんだけど‥‥‥‥」

「アリサもか‥‥‥‥それでどうなったんだ?」

「‥‥‥‥部費増額を賭けてラクロス部と生徒会で勝負をしたのよ‥‥‥‥でも‥‥‥‥」

「負けた、か‥‥‥‥」

「ええ、完膚なきまでに、ね。ハードはゴールを守っていて、他の生徒会役員がオフェンスを担当していたのよ。それも、誰々はここ、次はここ、最後にここ、という感じでハードが事前に指示を出していて、その指示に従うようにしていたそうよ。それで試合が始まると私達ラクロス部がゴールにシュートを放ったんだけど、ハードに取られて、ロングパスで生徒会役員にパスを出して、その後は指示通りの位置に放ち続けてゴールを取られたのよ。その後、生徒会役員は全員、コートの端によって邪魔にならない様にタイムアップまで待っていたのよ。最初は馬鹿にされていると思って、抗議もしたけど、ハードが一点あれば十分、と言ったのよ。それで頭に来て、あたし達ラクロス部はドンドン、シュートを放ったのよ! ‥‥‥‥でもね、一度としてゴールには入らなかったのよ。全部、止められたのよ。それでタイムアップまで結局ゴールを決められずに負けたのよ」

「‥‥‥‥それは‥‥‥‥」

「悔しかったわね。でも、試合の後にハードもラクロスを体験してみて、クロスとかボールとかが消耗品だから、それに関しては増額をしてくれたのよ」

「そうか、そんな事があったのか‥‥‥‥」

「だけど、悔しかったから、部費の増額を賭けて、試合を定期的にしたんだけど‥‥‥‥結局卒業まで一度としてゴールを決めれなかったな‥‥‥‥」

 

 アリサが遠い目をしながら、昔を振り返っている。部費増額試合がラクロス部でも起こっていたのか。

 俺が知らない間にトールズ士官学院はハードに予算を支配されていたのか、驚愕の真実だな。

 

「最後は私ですね。私の時はセリーヌがきっかけだったんです。そうよね、セリーヌ」

「‥‥‥‥フンッ!」

 

 セリーヌがソッポを向いた。一体何があったんだ?

 

「私がハードさんに初めて会ったのがセリーヌに魚を上げてたんですよ」

「魚? 買ってきたのか?」

「‥‥‥‥違うわよ。学生寮の近くに魚が釣れるところがあるでしょ。そこでアイツが魚を釣っていたのよ。そこにたまたま、アタシが通りがかったのよ。で、アイツがアタシを見ると、釣った魚を差し出したのよ。ま、まあ、出されたものを断るのは失礼じゃない、だから、まあ、食べてあげたのよ。その後も毎日通りがかると、アイツが釣りしているから、近くに寄ってやると、すぐに魚を献上するから、食べてあげてたのよ」

「もう、セリーヌったら、そんなこと言って、いつもお世話になってたでしょう。大体セリーヌ、あの頃毎日魚食べ過ぎて太ったじゃない。それでハードさんに『太ったな』って言われて、引っ掻いたんでしょ」

「フンッ! デリカシーがないハードが悪いのよ」

「ハハハッ‥‥‥‥ハードらしいな」

「何言ってんのよ、似た者同士でしょ、デリカシーの無い者同士じゃない」

 

 俺はセリーヌの攻める様な言葉に、笑ってごまかして、話を逸らすことにした。

 

「でも、エマはハードとはそれほど、関わりがないんだな」

「‥‥‥‥ええ、あまり関りを持たない様にしていました。ハードさんには何か、不思議な気配がしたんです。‥‥‥‥別にハードさんが悪いわけじゃありません、ただ何故だか近寄りがたい雰囲気を感じていたんです」

 

 エマの言葉に俺は考え込んだ。‥‥‥‥だが、分からなかった。

 

「エマの考え過ぎだったんじゃないのか? アイツはそんな奴じゃないよ」

「‥‥‥‥そうですね、卒業する前でも後でもハードさんが何かを起こしませんでしたし‥‥‥‥」

 

 そうさ、ハードは変わった奴だけど、悪い奴じゃない。そんなのみんな知っている、俺も良く知っているさ。

 

 

 《星見の塔》の最上階近くに近づき、大きな気配を感じ出してきた。俺達も気を引き締めないといけない。

 

「みんな、おしゃべりはこれくらいだ。ここより先に待つのは、《道化師》、《劫炎》、そして《社畜》の三人はおそらくいるだろう。‥‥‥‥そして、最悪の場合、他にもいるかも知れない」

「我が美のライバル《怪盗紳士》、そしてリベールで死んだはずの《白面》だね。その話はランディ君から聞いているよ。‥‥‥‥ユウナ君のご実家の事も、ね」

「‥‥‥‥そうですか」

「僕も4年前のリベールの騒動の時の当事者だ。その際には《白面》は見ているし、影の国の事件にも参加したものとしては彼が死んでいる、と証言出来る。おそらくは《怪盗紳士》、もしくは《道化師》の術だと思う。だから、この先の敵を倒すことが出来れば、ユウナ君の家族は救われるはずだ」

「‥‥‥‥オリビエさん、分かりました。よし、行くぞ!」

「ええ!!」

「応!!」

「お任せください!!」

「任せたまえ!」

 

 俺達が最上階への階段を上っていく、そしてたどり着いた先には《道化師》、《劫炎》、そして《社畜》の三人がいた。

 行くぞ、皆。

 

side out

 



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第十八話 《星見の塔》の戦い

いつも感想頂き、ありがとうございます。


―――七耀暦1206年5月21日 星見の塔 PM1:00

 

「どうやらお客さんがお見えのようだね」

 

 カンパネルラさんがそう言った。

 そうか、来たか。よし、休憩終了だ。これからはお仕事の時間だな。

 私は『ハード・ワーク』を変形させて、執行者モードに姿を変えた。

 

【では、お客人を出迎えねばな】

 

 私は執行者《社畜》の恰好に変わり‥‥‥‥掃除をすることにした。

 ここ、《星見の塔》の最上階は昨日からの酒盛りの影響で、ゴミが散乱している。折角お客さんを迎えるのに、これではいけない。

 

【では、《道化師》殿、《劫炎》殿、この場を片付ける故、少々離れていて下され】

「ハハッ、任せたよ」

「‥‥‥‥お前も律儀だな」

 

 そう言いつつ、ちゃんと離れてくれる先輩達。

 私は目の前のゴミを『ハード・ワーク』を袋状に変更して集めていく。そして、集め終わると‥‥‥‥

 

【『分け身』】

 

 分け身を作り出し、ゴミを持たせた。

 

【では、こちらが燃えるゴミ、こっちが燃えないゴミだ。後は頼んだぞ】

「ああ、了解した」

 

 分け身『ゲオルグ・ワイスマン』にごみを持たせると、転移した。

 部屋に転移してもらい、ゴミをクロスベル指定のゴミ袋に入れて、出しておいてくれるだろう。

 

「まさか、《白面》がゴミを持たされて、転移する姿を目にするとは思わなかったぜ」

「でしょ、こんな使い方するのは彼くらいだよ。中々に愉快な光景だよね」

 

 さてこれで綺麗になった。お客様を迎えるにあたり、相応しい場所だと言えるだろう。そして、最後に体調を整えよう。

 

【『神なる焔』】

 

 よし、これで先程まで飲んでいた影響は無くなるだろう。そういえば先輩達は体調は大丈夫なんだろうか?

 

【御二方は体調の方は宜しいか?】

「ああ、問題ねえ」

「僕も影響はないよ」

 

 ふむ流石先輩達、昨日の酒が今日に影響を与えない程度に留めていたとは、私は先輩達に勧められるまま飲んでしまったからな。少し気分が悪かったな。人に合わせるのは私には厳しいものがあったな。まあ、顔が赤くなったりしないようなので、分からないだろうが結構一杯一杯だった。次からは何とかしないと‥‥‥‥だがそれよりも、お客様のお相手をしないと、な。

 階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。どうやらすぐそこまで来ているようだな。掃除が間に合って良かったな。

 そこに現れたのはリィン、アリサ、マキアス、エマ、セリーヌ‥‥‥‥後は誰だ?

 

「四年前の『ゴスペル』と同じく阻止させてもらおうか?」

 

 四年前、ゴスペル‥‥‥‥確か《福音計画》のときに、そういうオーブメントがあったことは資料で見たことがある。その時の関係者にいたのが、『オリビエ・レンハイム』と名乗った‥‥‥‥

 

「アハハ、流石に想定外すぎるんですけど!何やってんのさ、オリヴァルト皇子」

「はああっ‥‥!? 何で帝国の皇子がこんな場所に来てやがるんだ!?」

 

 ああ、そうだった、オリヴァルト皇子だ。確かお忍びでリベールに旅行されていて、その時牢屋に入れられたり、事件に関わったりしていたんだったな。

 しかし、何と呼べばいいんだ? とりあえず確認してみよう。

 

【まさかこのような場に来られるとは思いませんでしたぞ、オリヴァルト皇子、いやこの場では『オリビエ・レンハイム』とお呼びした方が宜しいか?】

「その通り、今の僕は一演奏家。クロスベルの熱い思いを僕なりに表現しに来ただけさ。故に『オリビエ』と呼んでくれたまえ!」

【了解した。オリビエ殿】

「うんうん、わかってくれる人がいてくれて嬉しいよ」

「何、和やかに話してるんですか!」

 

 マキアスがオリビエさんにキレた。

 わかってないな、こういう高貴なお方がお忍びがしたいと言われたら、それに応えるのが正しい社会人だ。ましてや帝国の皇族だ。帝国人ならそれに従うべきだぞ。相変わらずの貴族嫌いだな、マキアスは。そんな事では社会人としてやっていけないぞ。ちゃんとなんて呼べばいいかも確認しておかないと、今後で困るぞ、マキアス。

 

「しかし、魔女殿もいないが《怪盗紳士》もいないんだね? クロスベルにはいるらしいが、この場にはいないのかな?」

「フフ、言ったように《結社》でも色々会ってね。彼は《深淵》と気が合ったから今回は外れてもらったんだ。『幻焔計画』の奪還。その邪魔をされたくなかったからね」

「‥‥‥‥《怪盗紳士》はクロスベルに来ているだろう。ユウナの実家の隣でユウナの家族を見張っているんじゃないのか!!」

 

 リィンが大きな声を張り上げて言い放つ。

 見張っているのか、それに関してはイエス、と答えよう。

 

【ああ、クロフォード家は我が見張っているぞ】

「!!」

「‥‥‥‥君の仕業か、《社畜》君」

「さっきのアレもあるし、おめえ、そんなのも作れんのか?」

【御二方の質問には両方とも、その通りです】

「やれやれ、折角だしご披露してあげたら。君の『分け身』をさ」

【了解した。『分け身!』】

「!!」

 

 ご要望通り、『分け身』を用意した。だが、まだ執行者《社畜》を二体用意した。そして、その二体の分け身が仮面とローブを外すと、一体はアレイスターさん、改め《怪盗紳士》、そしてもう一体はゲオルグ・ワイスマン、《白面》の姿で登場させた。

 

「な! その姿は‥‥‥‥ゲオルグ・ワイスマン! そして我が美のライバル《怪盗紳士》!」

「ハハッ、驚いたかい。《社畜》が『分け身』を改造して作ったんだ。中々似ているだろう、オリヴァルト皇子は二人に会ったことがあるし、是非ともご感想を聞きたいなあ!」

【我も聞きたい、何処か当人と異なる点はないか。今後の参考とさせてもらいたい】

 

 実際の人物に会ったわけではないので、何か気になる点があれば教えて欲しい。ご意見は是非とも頂きたい。

 

「‥‥‥‥驚いたな、瓜二つじゃないか。『分け身』だと言われなければ分からない程だよ」

【お褒めに預かり光栄だ、オリビエ殿】

 

 結社の人間以外からの意見は貴重だ。今後の作戦でも使えるかもしれないし、潜入捜査にも使えるだろう。今のうちにたくさんの事が出来れば、今よりももっと多くの仕事を回してもらえるかもしれない。

 盟主様のため、結社のため、更なる技術の習得に励まないと、執行者としての立場も安泰ではないだろうし、スキあらばライバルたちが私の席を狙っていることだろう。

 私は今回の結果に満足せず、更に励まねばならないと決意を新たにした。

 

「‥‥‥‥確かに脅威だ。だが、これでハッキリした。執行者《社畜》、お前を倒せばユウナの家族は無事に助かる、ならばここで倒させてもらう!」

 

 リィンが私に向かって刃を向けて言った。

 え、ユウナちゃんの家族の無事は私が守っているというのに、酷い言いがかりだ。その上、人に向かって刃物を向けるとは‥‥‥‥これはお仕置きが必要だな。

 

【その意気や良し‥‥‥‥だが、其方に出来るか、リィン・シュバルツァー?】

 

 黒の闘気を放ちながら、リィンに問いかける。するとすぐに返答が届いた。

 

「当然だ!! ユウナの家族を守り、お前達の思惑も潰させてもらうぞ!!」

 

 いい目をしている、どうやら本気のようだ。

 

「どうやら、本気で迎え撃つ必要がありそうだね。それじゃあ《結社》の執行者、No.0とNo.Ⅰ、そしてNo.ⅩⅩⅠがお相手するよ」

「俺の中の『黒き焔』見事引きずり出してみろや!」

【我の力、とくと味わえ!】

 

 私は出現させた『分け身』を回収し、更に闘気を高める。

 

「Ⅶ組総員、全力で迎撃する! オリビエさんもお願いします」

「「「おおっ!」」」

「任せたまえ!」

 

 リィン達も気合十分なようだ。

 私達《結社》とリィン達の戦いが始まった。

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

 戦いが始まってすぐに、《社畜》の姿が消えた。

 

「なに! どこに行った!?」

「これは転移です。気を付けてください!」

 

 俺は背後に気配と熱を感じて振り返った。すると其処に現れた社畜は手に炎を纏っている。

 

【『ヘルハウンド!!』】

「なっ! みんな躱せ!」

 

 俺の指示でみんなが炎の射線上から離れた。するとその炎が《劫炎》に直撃する。

 

「仲間割れか?」

「いや、違う!」

「シケた焔だ。本物を見せてやるぜ!『ヘルハウンド!!』」

 

 今度は《劫炎》が焔を放ってくる。先程の《社畜》の炎の比ではない、圧倒的な熱量を感じる。

 

「お任せ下さい、輝け『ゾディアックフォース!!』、皆さん、これで焔は一時的に対処できます」

「助かる、行くぞ《劫炎》!」

「へへ‥‥いいぜ、来な、灰の小僧」

 

 俺が《劫炎》に斬りかかると‥‥‥‥飛ばされた。

 

「さあ、席替えをしようか。君の相手は彼ね」

「な!」

 

 俺の目の前に《社畜》が現れた‥‥‥‥いや、現れたのは俺の方か。

 

「おい、カンパネルラ! 俺の獲物だろうが!」

「いやいや、君はあちらの魔女と放蕩皇子を頼むよ。後の二人は僕がやるよ。それに《社畜》が灰の騎士とやり合う方が面白そうだしね」

「てめえも大概趣味が悪いな」

 

 後ろの方で《道化師》と《劫炎》の声が聞こえた。だが、もう気にすることは出来ない。なぜなら目の前には《社畜》がいるから。

 

【やれやれ、《道化師》殿も味な真似を‥‥‥‥だが致し方なし。お相手仕ろう、リィン・シュバルツァー!】

「今度こそ届かせてもらうぞ、《社畜》!」

 

 《社畜》が左手に《剣帝》の剣を出して、俺と打ち合った。

 相変わらず重い、だがそう何度もやられるものか。

 俺は後ろに飛んで距離を作ると、太刀を納刀した。

 

「陸の型『緋空斬』!」

 

 俺は炎を纏った斬撃を放った。それと同時に駆けていく。

 

【ふんっ! この程度の攻撃で我は倒せんぞ】

 

 事もなげに『緋空斬』を払う、だがスキが出来たぞ《社畜》

 

「知っているさ、それくらい。弐の型『疾風』!」

 

 俺は一気に攻撃を払った直後を狙った。これなら‥‥‥‥だが、俺の思惑は外れた。

 ‥‥‥‥目の前から《社畜》が消えた。

 

【何処を見ている、我はここだぞ】

「なっ!」

 

 俺は背後から聞こえる《社畜》の声に反応したが、攻撃は止めれなかった。

 

【明鏡止水、我が太刀は静!‥‥‥見えた!『七ノ太刀・落葉!』】

「ぐわああああっ!!」

 

 俺は《社畜》の連撃の前に、大きなダメージを負ってしまった。

 一体何が起こったのか、分からなかった。そして今のは‥‥‥‥

 

【ふむ、何が起こったか分からないようだな。いいだろう、説明してやろう。まず其方の攻撃を弾いたのは間違いない。その後、『疾風』を私に打ち込んできたが、それを躱した。転移でな!】

 

 転移、それで俺の攻撃を躱したのか。だが、その攻撃は‥‥‥‥

 

【そして、以前見せてもらった八葉一刀流『七ノ太刀・落葉』、ありがたく使わせてもらったぞ。その結果が今の現状だ】

「くっ!」

 

 昨日の午前にジオフロントで俺が《社畜》に使った技だ。

 以前のサザーラントでは使用した直後に同じく使用され相打ち、いや上回られて倒された。

 そして今回はジオフロントで使った技を覚えておいて、今使ったのか、本当に厄介な相手だ。

 

【さて、どうする、リィン・シュバルツァー? ここで我の手で倒れるか、それとも逃げ帰るか。‥‥‥‥逃げるのならば後は追わんぞ】

 

《社畜》は倒れ込む俺に選択を迫る。

 ‥‥‥‥確かに今のままでは勝ち目がない。‥‥‥‥やはり使うしかないのか‥‥‥‥

 

「使いなさい、リィン!」

「! セリーヌ!?」

「鬼の力を使わなければ、アイツに勝ち目はないわ! 安心しなさい、暴走はさせないわ。アタシが抑えてあげるわ。だから、使いなさい」

「‥‥‥‥分かった、頼むぞセリーヌ」

 

 俺の中の鬼の力を解放させる、そのことに不安はある。力に呑まれて戻ってくることが出来ないかもしれない。‥‥‥‥だけど今は目の前の《社畜》を倒さない事には先がない。

 俺は精神を集中させて鬼の力を解放させる。

 

「ハァッ‥‥‥‥『神気合一!!』」

 

 俺の中の鬼の力、その力が蝕んでいく。だが、セリーヌのサポートのおかげで何とか意識を保っていることが出来る。ありがとう、セリーヌ。

 行くぞ、《社畜》。今度こそ、お前を倒す!

 

side out

 

「『神気合一!!』」

 

 リィンから力が溢れてきている。凄いな、あんなのがあったのか。私が普段使う、黒の闘気よりも上だな、出力に関しては。教えてくれたらよかったのに‥‥‥‥リィンの奴、あんな奥の手を隠しているとは酷い奴だな。

 でも、アレ大丈夫なのか? 随分と危険な感じがする力だ。何やらセリーヌから力を感じる。あれは霊力か? それでリィンをサポートしているのか? うーん、誰かの助けを借りないと使えない力なんかに頼ると身を滅ぼすかもしれないのに‥‥‥‥仕方がない、アレは危険なのでこれ以上使わなくていいように、全力で叩きのめそう。

 友人が悪の道に進んでいるなら止めてやるのが、友、と言う者だ。

 

【フン、そのような力に頼るとは程度が知れるぞ、リィン・シュバルツァー】

「‥‥‥‥俺自身もこの力に頼りたくはなかった。だが、お前を倒すためには仕方がない。これで決めるぞ《社畜》!」

 

 リィンが私に向かって駆けてくる。

 先程よりもずっと速い!

 

「秘技『裏疾風!』」

【ヌッ!】

 

 私は弐の型『疾風』を《ケルンバイター》で弾いて対処した。『裏疾風』という割には、『疾風』と変わらないな、スピードが速くなっただけだな。だがリィンは、納刀して次の攻撃の体勢に入っている。あの構えは、先程の‥‥‥‥

 

「うおおおお!!」

 

 納刀された太刀を再度抜刀し、炎を纏った斬撃を放ってくる。これは先程の陸の型『緋空斬』か。『裏疾風』とは『疾風』と『緋空斬』の連続攻撃か‥‥‥‥なるほど、後々使わせてもらおう。

 私は感心しているが、斬撃は待ってはくれない。先程の『緋空斬』よりも強力だが、《劫炎》の先輩やアリアンロード様には遠く及ばない。

 現状こちらは左手の《ケルンバイター》で『疾風』を弾いたため、対応に間に合わない。転移も間に合わない。ならば、対処は簡単だ。

 

【フンッ!!】

「なっ!!」

 

 右腕で弾き飛ばせばいい。幸い、『ハード・ワーク』でローブにしている部分だ。『不壊』の特性を持つ以上、防御力には問題ない。流石に衝撃に撃ち負ければ、私の腕が折れるが先にも述べた通り、《劫炎》の先輩やアリアンロード様には遠く及ばない、だからこの程度で折れる程、私の腕は脆くはない。

 だが、リィンもこの程度では諦めず、再度攻撃を仕掛けてくる。

 

「はっ! せいっ!」

【フンッ!】

 

 打ち合いを続けていくが、どうやら力もかなり強くなっている。‥‥‥‥まあ、アリアンロード様程ではないし、私よりもずっと力がないがな。

 ‥‥‥‥さて、このまま持久戦を続ければ私が勝てるだろうな。どうやら、あの力を長時間続けるのは負担が大きいようだ。当人にしろ、サポートする方にしろ、だな。

 私はリィンと打ち合いながら、目線だけはセリーヌの方を見た。リィンの力を抑えつつ、可能な限り力を引き出す、中々に難しいことだろうが、それを成しているようだ。うーん、やはり利口な猫だな。

 仕方がない、これ以上の長期戦は一人と一匹には酷だろう。初志貫徹、全力を持って終わりにしてやろう。

 

【これ以上引き延ばすのは厳しいようだな、リィン・シュバルツァー】

「くっ、何を!」

【強がるな。其方だけでなく、そちらの使い魔の方も厳しいだろう】

「はん! べ、別に大したこと、ないわよ!」

【口だけは立派だな。ならば、耐えてみろ!】

 

 私は更に力を、闘気を高め、リィン達を威圧する。

 

「くっ!」

「嘘でしょ!」

【行くぞ! 『鬼炎斬!』】

 

 私はリィンを相手に全力の一撃を叩き込んだ。するとリィンが弾き飛ばされていく。だが‥‥‥‥すぐに戻ってきた。昨日覚えたばかりの鋼糸術で私が引き戻した、更に四肢に巻き付けるおまけ付きで。

 

「ぐはっ! こ、これは‥‥‥‥鋼糸!」

【これで動けまい、お次はこれだ。『ジリオンハザード!!』】

 

 最近は使っていなかった《劫炎》の先輩の大技『ジリオンハザード』を身動きの出来ないリィンに放った。

 私の『ジリオンハザード』は《劫炎》の先輩程の威力はまるでない。ハッキリ言って、大したことはない。だけど、見かけの派手さや炎傷の効果があるので、追い詰めるのには非常に重宝する。

 さて、これで気絶でも戦意喪失でもしてくれれば、これ以上の追い打ちはしなくてもいいんだがな。

 

「く‥‥‥‥」

 

 まだ意識があるか、ならばここで終わりにさせてもらおう。

 私はリィンに近づくと‥‥‥‥

 

「させないわ!!」

 

 背後から声が聞こえ、振り向くと矢が飛んできていた。

 

【ムッ!】

 

 私はその矢を躱したが、更に追撃が飛んでくる。

 

「貫け!」

「暗き刃よ、お願い!」

【チッ!】

 

 マキアスの銃弾とエマの魔法の刃が私に向かってくる。私は一度転移し、大きく距離を取った。私が距離を取ったことで、アリサとオリビエの二人がリィンの近くに行き、回復させている。

 しかし、彼らもカンパネルラさんと《劫炎》の先輩を相手にして、よく無事だったな。素直に感心する。

 

「いやあ、ごめんねぇ。折角引き離したのに、合流されちゃったね」

【我の方こそ、仕留められず申し訳ない】

 

 残念ながらリィンを戦闘不能にしてあの力を使うことを止めさせること、ひいては執行者の仕事を全うすることが出来なかった。‥‥‥‥全く、何たる失態だ。

 

「クク、ハハッ‥‥‥‥いいねえ、お前ら。煌魔城の時よりもずっといい‥‥‥‥」

 

 私は落ち込んでいる中、《劫炎》の先輩の笑い声が聞こえる。随分と上機嫌だ。

 

「やれやれ、別にいいけどさ。下手したらこの塔ごと巻き込んじゃうんじゃないの?」

「まあ、ちっとは譲れや。《深淵》が出てこなくてちょいとイラついてたからな。大丈夫だ、デカブツまで燃やしたりしねえよ」

「うふふ、仕方ないなぁ」

「《社畜》下がれ。後は俺がやる」

【‥‥‥‥致し方ない】

 

 どうやら《劫炎》の先輩が一人でやるようだ。残念だ、私も仕事に参加したかったというのに‥‥‥‥まあ、こうなった以上、仕方がない。先輩の仕事ぶりを見るのも勉強だ。今後のために色々勉強させていただきます。

 私は《劫炎》の先輩の仕事ぶりが見やすいように、神機の頭上に飛び乗った。ここからなら全体が見渡せる、先輩の仕事ぶりもリィン達の動きも良く見える。

 私は《劫炎》の先輩と戦うことはあるが、誰かと戦っているところを見るのは初めてだ。だからこそ、私は《劫炎》の先輩の技をじっくりと見て、今後に生かさしてもらおう。

 頼むぞリィン達、頑張って粘って、私にたくさん勉強させてくれよ。 

 

「オオオオォォォォォッ‥‥‥‥!」

 

 《劫炎》の先輩が雄たけびと共に、髪の色と目の色が変わった。それと共に、焔の禍々しさが増していく。

 不思議な感覚だ、いつもなら真正面で見ているというのに、今は後ろから見ている。真正面からだと、威圧感や圧迫感の様な押しつぶされそうな感覚を覚えるというのに、後ろからだと‥‥‥‥何というか、頼もしい、という感覚だろうか、そんな感覚を感じる。なるほど、敵に回すのは恐ろしいが、仲間だとするとこれほど頼もしいのはアリアンロード様だけだろう。いつか私もそのような領域に至れればいいのだが‥‥‥‥

 




次回更新はたぶん来週土曜日になると思います。


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第十九話 先輩

随分と遅くなり、申し訳ございません。
また、感想返しも遅くなり申し訳ございません。


―――七耀暦1206年5月21日 星見の塔

 

 私は神機の頭上から《劫炎》の先輩とリィン達の戦いを観戦することにした。

 さて、お手並み拝見だ、リィン・シュバルツァー。

 

「ハッハア! 滾ってきたぜ!」

 

 《劫炎》の先輩の戦意が高揚している。私と戦っているときには、あの後にはいつも‥‥‥‥

 

「ご褒美だ、いいもん見せてやる。オラオラオラオラオラオラ‥‥‥‥! さあて、こいつで仕上げだ。『ジリオンハザード!!』」

 

 やっぱりだ。機嫌がいい時のお決まり、開幕『ジリオンハザード』だ。

 《劫炎》の先輩が放ったジリオンハザードがリィン達を襲う。

 ‥‥‥‥残念だな。折角の《劫炎》の先輩の戦いぶりを見れると思ったのに、残念ながら一撃で終わってしまうとは‥‥‥‥まあ、これも勉強と言う事だな。倒せるときに一気に倒せ、きっとそう言う事なんだろうな。‥‥‥‥出来ればもっと多くの技や戦いの駆け引き等、多くの事を見て学びたかったが、戦いの本質とはこういうものなんだろうな、私もこういう姿勢は見習わなければな。

 だが、私の予想は外れた‥‥‥‥リィン達は無事だった。多少のダメージがあるが戦闘は続行できるようだ。

 ‥‥‥‥どうやらエマが《劫炎》の先輩の焔を弱めたようだ。そして防御に全力を傾けた結果、何とか耐えることが出来たのか。

 なるほど、魔女というのはそう言う事も出来るのか、今後のためにも、覚えておかないと。私はエマの魔力の流れを記憶し、帰ったら練習して覚えようと考えていた。

 

「ハアッ!」

 

 リィンが《劫炎》の先輩に斬りかかって行く。他は後方からのサポートか‥‥‥‥まあ、妥当な策だろう。

 現在の戦闘員で剣士であるリィンしか前衛で戦えない。銃のマキアス、弓のアリサ、魔導杖のエマ、それにオリビエ殿も銃を使うみたいだ、これでは戦い方などリィンが一人で前衛で足止め、それ以外が後方からの援護、それしか出来ないだろうな。すなわち、この戦いの結果は、リィンが《劫炎》の先輩を止められるか否かで決まるな。

 私はこの戦いのカギはリィンだと、判断し、リィンと《劫炎》の先輩の戦いを注視した。

 

「燃えろ!」

「ハアッ!」

 

 《劫炎》の先輩が放つ焔の威力をエマの力で抑えているとはいえ、それでも並みの力ではない焔を相手にリィンは距離を詰めて攻撃していく。だが、《劫炎》の先輩もそう簡単には近づけさせず、また近づかれても躱して、距離を取っていく。今現在、《劫炎》の先輩も『アングバール』を出していないため、剣を持つ相手と素手でやり合おうとはしていない。術師としての戦いのセオリー通りという感じだ。

 そうそう、こういう戦いが見たかったんだ。頑張れリィン、もっと粘れよ、私のために。

 私は決して口には出さないが、心の中ではリィンを応援していた。なぜなら‥‥‥‥リィンが勝てるとは到底思えないからだ。先程までリィンと手合わせしていた私からすると、私が《劫炎》の先輩に勝てないのに、私に勝てないリィンが勝てる訳がない、と思っているからだ。

 ‥‥‥‥だが勝てないからと言って、粘れないとは限らない。現に今も、《劫炎》の先輩を相手に食い下がれている。多少の遊びもあるが、それでも、《火焔魔人》状態の先輩を相手に大健闘と言える出来だ。‥‥‥‥若干心配なこともあるが、な。私はリィンの戦いを見ながら、先程から感じていた違和感について考えていた。

 私との戦いの最中、リィンが謎の力を発現させた。セリーヌ曰く、『鬼の力』と呼んでいた。また、どうやら以前から使えていたようだ。だが今は何かしらの理由で制限しているようだ。

 私の中の仮説ではおそらく『鬼の力』に振り回されて力を消耗しすぎたのだろう。その失敗があるから、使用を制限していた、と考えている。そして現在は制御をセリーヌに支援してもらえることで戦闘に使用できている、と考えられる。リィン自身が忌避していたところからも、力の危険性は感じているようだし、本来なら使いたくはない切り札、というものなんだろう。‥‥‥‥だが、リスクもあるがリターンもある。リスクが私の想像通りだとすれば、制御出来れば問題ないと考えられる。そしてリターンとは、あの力の増幅率だと、私は考えている。

 私がリィンと対峙したとき、力いや身体能力が向上した。その結果、私と打ち合えるだけの力が身に付いたと思っている。短期間ながら高倍率の身体能力向上、これが『鬼の力』、だと私は考察した。だとすれば‥‥‥‥欲しいな、あの力‥‥‥‥試してみるか。

 私はリィンの『鬼の力』を使ってみることを思いついた。ここから見ていてもその力の異質さはよく分かる。ならばその力を私の物に出来るならば、更なる高みに至れるだろうと考えた。

 ここにいても体は自由だ、でも目だけは戦いを見ていたい。ならばここで力を試しつつ、戦いを見ればいい、そう思いついた。

 よし、リィンの鬼の力を再現してみよう。

 私はリィンの観察しながら、自分に出来る事を最大限活用し、その力を再現することを試みた。すると‥‥‥‥アッサリと出来た。

 あれ? こんなにアッサリ出来るものなのか?

 私は思いの外、アッサリ出来てしまったことに拍子抜けした。だが‥‥‥‥

 

『ヨコセ‥‥‥‥ヨコセ‥‥‥‥』

【うん?】

 

 空耳か? 声が聞こえたと思い、周囲を伺ったが何もない。だが、声はドンドン聞こえてきた。

 

『ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥』

 

 何だこの声は!? まさか、この『鬼の力』のリスクは‥‥‥‥

 私が『鬼の力』が原因だと考えた、だからその力を解除しようと考えたが‥‥‥‥遅かった。

 

『ヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセ‥‥‥‥』

 

 意識が‥‥‥‥消えていった‥‥‥‥

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

 執行者No.Ⅰ《劫炎》、いや今は《火焔魔人》と言った方が正しいか。その《火焔魔人》と対峙して改めてアルゼイド子爵閣下のバケモノぶりが良く分かる。いや、目の前の方がよほどバケモノか‥‥‥‥それに手だしはしてこないが、この場には《道化師》と《社畜》がいる。この二人もバケモノか、何処もかしくもバケモノだらけだな。‥‥‥‥イヤになる。

 だが、目の前のバケモノはイヤになったから居なくなってくれるわけではない。

 

「いいねえ、もっとアツクしてくれヤァ!」

「クッ! ハアッ!」

「おっと、良いぞ! もっとだ、もっとこいや!!」

 

 《火焔魔人》が焔を放ってくる。俺はその焔を躱し、斬りかかって行く。だけど、躱され距離を取られる。

 ‥‥‥‥強い、今も『鬼の力』を使っているというのに、それでも食らいついて行くので精一杯だ。

 ここまで、エマの魔法のおかげであの極悪な焔を抑えられ、それにアリサにマキアス、オリヴァルト殿下にも後方支援してもらっての状況で分は悪いながらも、拮抗させれている。

 だが、何時までも拮抗させていられるとは到底考えられない。《火焔魔人》が何時その気になるか分からないが、本気になった瞬間に俺達の負けは決定的だ。かつての煌魔城での戦いの時に様に救援が来てくれるとは思えない。それに俺自身もあまり長くは持たない。『鬼の力』の制御にセリーヌに負担を強いている。これ以上長引かせても俺達の方が先に限界を迎える。

 俺は覚悟を決めて、挑むことにした。

 

「行くぞ《火焔魔人》マクバーン!」

「こいや! 灰の騎士」

「ハァァァァァッ!」

 

 今、俺の全力でぶつかろうとしたとき、上空から現れ、俺と《火焔魔人》の間に一人が割って入ってきた。

 

「クッ!」

 

 俺はマクバーンへの攻撃を取りやめ、後ろに飛んで距離を取った。俺は状況が悪化したことを理解し、顔を歪めた。だが‥‥‥‥

 

「邪魔してんじゃねぇぞ‥‥‥‥《社畜》!!」

 

 《火焔魔人》は邪魔をされたことに対して怒っていた。

 

【‥‥‥‥‥‥‥‥】

 

 割って入ってきた、《社畜》は何も反応しない。一体どうしたと言うんだ?

 

【‥‥‥‥‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥‥‥】

 

 何かが微かに聞こえた。一体なんだ?

 

【‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥】

 

 段々、大きくなってきて聞こえるくらいの大きさになってきた。‥‥‥‥だけど、滅びよ? 一体何を言っているんだ? 俺達が訝しんでいると、どうやら《火焔魔人》も《社畜》の様子が変なことに気付いたようだ。

 

「オイ! お前、何をした? いつも以上におかしなことになってんぞ!」

【‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥】

 

 《火焔魔人》の声にも反応しない《社畜》。だが‥‥‥‥

 

【アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッッッッッッッッ!!!!!】

「!!!!!」

 

 突然叫び出した! 俺達は驚き戸惑った。

 

「い、一体どうしたと言うんだ!?」

 

 マキアスが困惑気に言うが、俺も同じ気持ちだ。一体何が起こっているんだ!?

 

「チッ、コイツ正気を失ってやがる。おまけに変な感じに混じりかかってやがる。このままじゃやべぇか?」

「うーん‥‥‥‥彼、また変な事やったのかな? マクバーン、悪いんだけど、彼を正気に戻してくれない? たぶん二、三発叩けば治ると思うんだけど?」

「アァン、お前はやらねえのかよ?」

「えー、僕は彼に比べたら弱っちいからね、危ないよ‥‥‥‥と言う事だから、後は任せるよ」

「やれやれ、世話が焼ける。‥‥‥‥来な、『アングバール』!」

 

 マクバーンが魔剣を取り出して構える。その闘気は俺達と戦っていた時よりも更に大きい。そして《社畜》もその気配を察したのか、雄たけびを止め、マクバーンを見据えた。

 

【ウゥゥゥゥゥ‥‥‥‥】

「やれやれ、行くぞ。《社畜》」

 

 次の瞬間、マクバーンと《社畜》がぶつかり合い、とてつもない衝撃が周囲を襲った。

 

「仲間割れか!?」

「‥‥‥‥いや、そんな感じじゃない! あれは‥‥‥‥」

 

 俺には《社畜》の異常の謎が何故だか分かった。奴自身の性質、いや特性とでもいうべき模倣能力、それを使って奴は‥‥‥‥

 

「『鬼の力』の模倣だ。‥‥‥‥だがその結果、意識が飲まれかかっているみたいだ」

「!!」

 

 俺の言葉にあり得ないと言いたげな表情のエマとセリーヌ。

 俺も同じ気持ちだ、俺も《社畜》が目の前で色々な技を真似したところを見ていなければ同じ顔をしていただろう。

 

「!! はあ~、『鬼の力』なんて異能、真似しようとしたって出来る訳ないじゃない!」

「‥‥‥‥ですが、あの気配は‥‥‥‥『鬼の力』の様ですね‥‥‥‥信じられませんが‥‥‥‥」

「そういう奴だと理解するしかない‥‥‥‥恐ろしい相手だと、な」

 

 俺達が事の成り行きを見守る中、マクバーンと《社畜》の戦いはヒートアップしていく。

 そして、その余波は見ているだけの俺達にも襲い掛かってくる。

 

「クッ‥‥何て衝撃だ」

「きゃっ!」

「皆さん、私の後ろに下がってください。障壁を張ります」

 

 エマの言葉に従い、俺達はエマの背後に回った。すると、エマが障壁を張り、衝撃が緩和された。

 

「うっ! 障壁を張っているのに衝撃を緩和するので精一杯だなんて、なんて戦いなの! セリーヌ手伝って!」

「ええ、分かっているわ。リィン、今は『鬼の力』を解きなさい。そっちのサポートに回る余裕ないのよ」

「ああ、分かった」

 

 俺はセリーヌの言葉に従い、『鬼の力』を解除した。そして戦いに目を向けると‥‥‥‥そこには、衝撃の光景だった。

 

【ウオオオオオオオオオオオオオ!! ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥】

「目覚ませや!」

 

《社畜》は左手に剣帝の剣《ケルンバイター》で、マクバーンは右手に持った《アングバール》で撃ち合いが行われている。《社畜》の攻撃は力強く、速く、そして豪快に剣を振り回している。マクバーンの方は焔を纏っていて、撃ち合うたびに周囲が燃えていく。力と力の激突、まるで一年半前のアルゼイド子爵閣下とマクバーンの戦いが行われているような力の圧を感じる。だが‥‥‥‥

 

「チッ! ‥‥‥‥この程度か!」

 

 マクバーンは落胆、いや苛立っているようだ。まるで相手に不満があるかのような表情だ。

 

「何て様だ! テメエ、この程度の奴に呑まれようとしてんのか!? ええ、お前はこの程度か‥‥‥‥違うだろうが!!」

【ウオオオオオオオオオオオオオ!! ホロビヨ‥‥‥‥ホロビヨ‥‥‥‥】

 

 マクバーンの攻撃が苛烈さを増していく。それに《社畜》も続いて、攻撃が苛烈になっていく。だが‥‥‥‥

 

「オラァァァァッ!」

【アアッ!!】

 

 マクバーンが競り勝ち、《社畜》がなぎ倒された。だがマクバーンは攻撃の手を緩めない。

 

「とっとと、起きろや!!」

 

 マクバーンは焔を手に集中させて膨大な熱量を誇る強力な焔を作り出した。そして倒れている《社畜》に焔を投げつけた。

 

【ウオオオオオオオオオオオオオ!!】

 

 《社畜》は雄たけびを上げながら、焔に呑まれていく。

 ‥‥‥‥焔が燃え盛る中、マクバーンはゆっくりと燃えている《社畜》に向かって歩いて行く。

 

「‥‥‥‥なんだ、この程度か。いつものお前なら、あの程度の焔、切り裂いて俺に飛び掛かってくんだろうが。‥‥‥‥いや、そんなヘマ撃たねえだろうが、いつものお前ならよ!」

 

 マクバーンは倒れ込む《社畜》を左手で持ち上げながら、更に言葉をぶつける。

 

「お前は無駄に剣を振り回さねえだろうが! 磨いてきた技で戦ってくるから俺に対抗できんだろうが! そんなお前が理性無くして技が使えなくなったら、お前なんぞ相手になるか! さっさと目覚ませや! ‥‥‥‥それと、コイツの意識乗っ取ろうとしてる奴、いい加減に俺の後輩の体から出てけや!」

【アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!】

 

 マクバーンの左手から焔が猛り、《社畜》を焼く。その断末魔の叫びが周囲に響き渡る。

 叫び声が止むと同時にマクバーンは手を離す。すると、その場に倒れ込む《社畜》に向かって、マクバーンが声を掛けた。

 

「‥‥‥‥目覚めたか」

【‥‥‥‥ああ、迷惑をかけた、《劫炎》殿】

 

 マクバーンの焔に焼かれた《社畜》は正気に戻り、ゆっくりとその場に立ち上がった。

 まさか、マクバーンの焔に全身を焼かれたというのに立てるなんて‥‥‥‥《社畜》は不死身か。

 俺はまた一つ、《社畜》の恐ろしさを思い知った。

 

side out

 

 アツーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!!!!

 目が覚めたら、目の前が焔でした。ただいま全身がこんがりイイ感じに焼けています‥‥‥‥え、何!? 何が起きた一体!?

 私は現在の状況を冷静に分析してみようとした。

 現在の私の現在地は《劫炎》の先輩の左手で持ち上げられています。あ、今地面に下りました。いえ、先輩に地面に叩き落とされました。‥‥‥‥あれ、さっきまで神機の上に居たのに、何で地面に、いや先輩に持ちあげられていたんだ? 思い出してみようとしたが、さっきまでの記憶が‥‥‥‥ない。何かをしていた様な気がするが‥‥‥‥本当に何があったんだ?

 

「‥‥‥‥目覚めたか」

 

 《劫炎》の先輩がそう言ってきた。その言葉で私は漸く思い至った。

 私は何かをしている最中に‥‥‥‥居眠りしていて神機の上から落ちたんだ、そうに違いない。記憶がないと言う事は‥‥‥‥寝落ちしたんだ。だからそれが先輩に見つかり‥‥‥‥ヤキを入れられていたんだ。

 私の頭の中で現在の状況と先程の言葉で漸くつながった、そして理解した。

 まずい、すぐに返事しないと、またヤキを入れられる。いくら私が身に纏う『ハード・ワーク』が不壊の特性があっても、熱いものは熱い。ましてや《劫炎》の先輩の焔だ。そう何度も喰らいたくはない。ならば、ここは素早く復活しなくては。

 

【‥‥‥‥ああ、迷惑をかけた、《劫炎》殿】

 

 気合を入れて立ち上がった。‥‥‥‥全身こんがり焼かれて、若干体がフラフラだがその内、『神なる焔』が使えるくらいに回復するだろう。それまでは頑張って立とう。そして誤魔化そう。そう心に決めた。だが‥‥‥‥

 

「で、お前、何やらかした?」

 

 やっぱり聞いてきますよね。私自身もどうしてそうなったのか、よく覚えていないというのに、さて、何と答えるべきか‥‥‥‥

 私が思案していると、救いの声が聞こえた。

 

「アンタ、何で『鬼の力』が使えるのよ!」

 

 セリーヌの声だった。『鬼の力』? ‥‥‥‥ああ、思い出してきた。そうそう、練習していたんだった。確か、『鬼の力』が出来るようになって、それから変な声が聞こえてきて‥‥‥‥で、どうなったんだ? この先が良く分からず、今に至っている。

 うーん、仕方がない。ここは正直に答えておこう。

 

【リィン・シュバルツァーの『鬼の力』をわが物にしようとしたが、残念ながら結果はご覧の有様だ】

「‥‥‥‥また変な事し始めたな、お前」

 

 呆れ顔の《劫炎》の先輩、それと対照的なのが‥‥‥‥

 

「な、なんてこと考えんのよ!! あんな力がそう簡単に使える訳ないでしょ!」

【ああ、確かに簡単には出来そうにないな】

「当然でしょ!」

【‥‥‥‥だが、先程其方が見せた術式を使えば問題なさそうだな】

 

 私はもう一度『鬼の力』を発動させた。ただし、先程とは違い、セリーヌがリィンの『鬼の力』を抑えていた術式を同時に展開した。‥‥‥‥どうやら私の考え通り『鬼の力』発動中に聞こえた声を抑え込めたようだ。ただ、現状はこれで精一杯だな。これ以上、『鬼の力』の出力を上げると、また声が聞こえてきそうだ。魔女の術式、これをもっと習熟出来れば、出力を上げられるだろう。この仕事が終わったら、要訓練だな。

 私は次に行うべき、訓練項目の最上位に魔女の術式と決めた。

 

「な、なんてデタラメな奴なの!」

 

 セリーヌのその言葉に同意するような表情をするリィン達、だが突如私に衝撃が走った。

 

「テメエ、何また、やろうとしてんだ。さっき俺が止めたばっかだろうが!」

 

 《劫炎》の先輩に蹴りを入れられた。え、なんで怒ってるんですか!?

 私に先輩からの理不尽なパワハラが襲うなか、

 

「来い、《灰の騎神》、」

 

 リィンは騎神を呼び出そうとしている。

 私は《劫炎》の先輩にシバかれていて邪魔できず、《劫炎》の先輩は私をシバいているので邪魔できない。

 

「させないよ」

 

 パチンッ、とカンパネルラさんが指を鳴らすと、霊的な障壁が張られた。ナイスです、カンパネルラさん。

 

「くっ、それがあったか!」

 

 リィンが苦い表情をしている。

 

「エマ、解除できそう?」

「駄目、焔が抑えられなくなる!」

 

 え?、エマだとこの障壁解除できるの? なんでも出来るな、流石魔女。私も学ばねば、魔女。

 そして、さりげなくエマに仕事をさせない、《劫炎》の先輩。流石先輩、出来る人だ。

 

「ククッ、そんじゃあこのまま喰いあうとしようぜ‥‥! お前もやるだろう、《社畜》」

【うむ‥‥‥‥折角の新技、試させてもらおう】

 

 全身がこんがりイイ感じに焼けて、若干フラフラだが、この程度のバッドコンディションがなんだと言うんだ。それに、『鬼の力』に魔女の術式を組み込むという初の試み、何処まで出来るかは分からないが、《劫炎》の先輩と共に戦う以上、負けはない。

 よーし、思いっきり行くぞ!

 

「アハハ、流石に相手が悪かったかな? トールズのⅦ組、噂以上だったけどここまでか。やっぱり《深淵》か彼らに出てきてもらわないと」

 

 カンパネルラさんの落胆している。だが、

 

「Ⅶ組ならまだいるわ!」

 

 声が聞こえた。この声は‥‥‥‥

 その直後、ダンダンッ、と銃声が聞こえた。その銃弾は私とカンパネルラさんに襲い掛かる。

 

【フン!】

 

 私は銃弾を剣で弾く。すると、一人がカンパネルラさんに迫る。‥‥‥‥昨夜の剣士君だった。

 剣士君がカンパネルラさんに斬りかかる、その攻撃をカンパネルラさんが後ろに飛んで躱す。

 私がそちらに向かおうとするが‥‥‥‥そうもいかないようだ。

 

「ハァァァァァッーーーー!!」

 

 ユウナちゃんが攻撃を仕掛けてくる。昨日は大人しくしてくれていたのに、今日は元気だな。

 真っ直ぐ私に向かって、突っ込んで来ている。‥‥‥‥あんまり動きたくないし、クロフォードさんのところのお嬢さんだし‥‥‥‥仕方ない、転移で躱して、怪我しない程度に無力化させよう。

 私はそう決めて、ユウナちゃんの攻撃にタイミングを合わせた。

 

 「くらえ!!」

 

 ユウナちゃんの射程に入ったようで、攻撃のモーションに入った。よし、ここだ。

 私は転移を発動し、背後に瞬時に飛んだ。だが‥‥‥‥

 

「かかった!」

 

 ダンダンッ、という銃声と、カンカンと何かに当たる音がほぼ同時に聞こえた。

 

【‥‥‥‥何!?】

 

 銃声はユウナちゃんのトンファーから、何かに当たる音は‥‥‥‥私だ。正確に言えば、私の仮面に当たった音だ。

 何が起こったのか、理解するのに遅れた。だが状況を確認すると、私自身のミスに気付いた。ユウナちゃんのトンファーは逆向きを向いていた。いや、背後の私に向いている。

 どうやら最初から私が躱すことを想定していたようだ。そして、背後に回り込むことまで読まれていた。

 ‥‥‥‥人間、想定外の出来事が起こると、思考が停止するというのは本当の様で、私はまさかユウナちゃんの攻撃が当たるとは、全く考えていなかった。だから、追撃に対する対処が一手遅れた。

 

「ハアッ!」

【‥‥‥‥!】

 

 ユウナちゃんの一撃が私の腹部に直撃した。

 

「一発あんたを殴ってやりたかったのよ」

 

 ‥‥‥‥大したダメージにはならない。私は『ハード・ワーク』を身に纏っているので、この程度の攻撃ではビクともしない、‥‥‥‥肉体的には。

 

【‥‥‥‥殴ったうちには入らないがな】

 

 ‥‥‥‥精神的には、グラグラだ。まさか、ユウナちゃん、いや、トールズの後輩に一撃を与えられるとは‥‥‥‥なんと不甲斐ない、なんと情けない、なんと愚かしい。盟主様から頂いた『ハード・ワーク』が無ければ、頭部を銃撃されたという事実‥‥‥‥かなりショックだ。

 ‥‥‥‥反省は後だ。今は、目の前の敵を排除するのが先だ。

 

【『鬼炎斬!』】

「キャッ!!」

 

 ‥‥‥‥あ、しまった。思わず『鬼炎斬』を放ってしまった。

 ユウナちゃんは吹っ飛ばされていくが、昨日の緑髪の子と剣士君がユウナちゃんの下に集まって、助け起こされている。あまり大きな怪我はしていないようだ。

 はぁ~どうやら、精神的に相当参っているらしい、思わず『鬼炎斬』を放ってしまうとは‥‥‥‥体はフラフラ、精神はボロボロ、今日は本当によろしくないな。

 落ち込んでいると、何やらあちらは‥‥‥‥通信をし始めた。

 

「お願い、ティータ!」

 

 一体何をお願いしているんだ?

 私が疑問に思っていると、答えがすぐにやって来た。

 私はフッと、リィン達の背後から何かが来るのが見えた。徐々に音も聞こえてきた。

 

【!!!】

 

 私の目に映ったのは‥‥‥‥機甲兵だ。機甲兵が空を飛んでいる。

 その機甲兵が真っ直ぐこちらに飛んできて‥‥‥‥障壁をぶち抜いた。そして‥‥‥‥

 

「来い、《灰の騎神》ヴァリマール」

 

 リィンの掛け声が響くと、程なくして空を飛んできた《灰の騎神》。そして、リィンが騎神に乗り込んでいく。

 

「おいおい、そんなのアリかよ?」

「あはは、ちょっとばかり見くびってたみたいだね」

 

 見くびっていた、か。確かに私も同じ気持ちだ。彼女達を見くびっていた、昨夜の一戦ではまるで相手にならなかった。そして一日経った今日、その評価は変わらない、そう思っていた。だが、見事に出し抜かれた。まさか機甲兵で障壁に体当たりして破壊するとは考えていなかった。

 はぁ~本当にへこむな、この状況。彼女達に翻弄されて、優位な状況を覆されるとは、先輩として嬉しいやら、私自身としては情けないやら、複雑な心境だな。

 神機が起動したので、離れて戦況を見届けていたが、気持ちの切り替えがうまくいかない。

 神機と騎神、機甲兵の戦いを見ているつもりながら、頭の中は出し抜かれた屈辱感でいっぱいだ。

 

 そうこうしているうちに神機が倒された。

 

「やられちゃったか。博士はいい顔しないだろうけど、これにて実験終了かな」

「まあ、使い捨てだ。構わねえだろう。それより―――そろそろ出て来いよ、三人とも」

 

 《劫炎》の先輩がそう言うと、まず女性の声が響いた。

 ここから少し離れた柱の上に現れた女性は結社第二柱《深淵》殿だった。

 《劫炎》の先輩は気づいていたのに私は気づいていなかった。‥‥‥‥考え事をしていたため、周囲への気配察知が鈍っている。いい加減切り替えないと。

 

「カンパネルラにマクバーン。半年ぶりくらいかしら?」

「あんたが《結社》と揉めて、行方をくらまして以来だな。まったく面倒くせぇ真似してくれたもんだぜ」

「確か、グリアノスはやられちゃったんでしょ? フフ、幻影を飛ばすにしても近くにはいそうだねえ‥‥?」

「ふふ、否定はしないわ。今回ばかりはピンチかもしれないわね」

 

 へえぇ、近くにいるんだ‥‥‥‥探しに行こうかな? ちょっと提案してみよう。

 

【《道化師》殿、我が探して来ようか?】

「君も働き者だね、《社畜》君。でもいいよ、今はね」

 

 そうか、残念だ。出来ればあの幻影を飛ばす技とか教えてもらいたかったんだが‥‥‥‥

 私がそう考えていると、私に《深淵》さんからお声が掛かった。

 

「あら、貴方が噂のNo.ⅩⅩⅠ《社畜》ね。分け身の方とは会ったことがあるけど、本体の方とは初めましてね」

【こちらこそ、お初にお目にかかる《深淵》殿】

「あらあらご丁寧にどうも。‥‥‥‥出来れば素顔の貴方とお話してみたいものね」

【これは失礼した。だが、生憎と執行者としての活動を行う際にこの仮面をつけることにしている。貴方が本部にお戻りになられたら‥‥‥‥仮面を外してご挨拶させていただこう】

「ふふ、残念ね。ではまたの機会にしましょうかしら‥‥‥‥まあ、それはともかく、魔女が姿を現したのなら――――そちらも姿を現すのが筋じゃないかしら?」

 

 《深淵》殿の視線を向けた先に、残り二人がいる。‥‥‥‥先程探ってみて、思わず殴りかかりたくなったが、何とか我慢した。おかげで『鬼の力』を解かないといけなくなったほどだ。

 

「ふ、道理だな」

 

 別の柱の上には変な仮面を着けた男と変な球体が宙に浮いていた。

 私は仮面の男を見て、同じ仮面をつけている者として一言、言わせていただきたい言葉がある。

 

『隠すつもりがあるのか、その程度の仮面で! 無いなら着けるな、半端な覚悟で仮面被ってんじゃねえぞ!』

 

 声を大にして言いたかったが、我慢した。

 私は空気を読む執行者だ。ここでそんな言葉を言えば、また弁えてない、と言われかねない。

 それに‥‥‥‥今日の私は体も精神もボロボロだ。この上、弁えてない、と追撃を受けては本当に仕事放棄して逃げかねない。何とか耐えるんだ、私。

 

「お初にお目にかかる、《蒼》のジークフリートと言う者だ。《地精》の長代理として参上した」

 

 仮面を着けた男、『《蒼》のジークフリート』と名乗る、とある先輩の気配がする男。だが、私にはそんな事よりもよほど気になることがある。

 《地精》の長の代理‥‥‥‥つまり副社長だと!? 留年して、ロクに卒業もしていない、絶賛留年生である先輩が副社長、だと!?

 確か《地精》って、騎神を造った古き伝統ある組織、その《地精》の副社長‥‥‥‥役職で負けてる。

 ‥‥‥‥ま、まあ、わ、私はまだ入社して三か月目だし、入社して二か月で執行者に成ったんだし、先輩みたいに留年してないし、私は主席卒業だし‥‥‥‥い、今負けていてもすぐに超えてやるし‥‥‥‥はぁ~、言い訳しても、しょうがないな。素直に負けを認めましょう、先輩。‥‥‥‥でも、今日一番、へこむなこれは。

 私が打ちひしがれていると、

 

「《身喰らう蛇》。良ければやり合ってもいいが?」

 

 先輩が二丁拳銃を取り出し、こちらを挑発してくる。

 カッチーン! え、なに、留年生先輩がケンカ売ってきてんですか! いいですよ受けて立ちますよ。

 私はここまでの鬱憤をあの仮面野郎にぶつけてやろうと思っていた、体はフラフラだが、それがどうした。今の私は怒りを動力源にしている。

 私が気合十分で飛び掛かろうとしていると、

 

「まあ、今回の実験はとっくに終わっちゃたしねえ。」

「クク‥‥‥‥これ以上はヤボってもんだろ」

 

 ええ、やらないんですか! ここであの仮面野郎を私と《劫炎》の先輩の2人掛かりでボコボコにしてやりましょうよ!

 私は今日一日分の怒りと鬱憤をあの留年生にぶつけるつもりだったのに、二人はやる気がないみたいだ。‥‥‥‥仕方がない、御二方がやらない以上、私が出しゃばっても、弁えていないと言われるだけだ。今日のところは引くしかないか。‥‥‥‥命拾いしたな、先輩‥‥‥‥

 

【‥‥‥‥御二方が下がられる以上、我も下がろう。《蒼》のジークフリート殿、いずれ相まみえよう。その時までその命、大事に取っておくことだ】

「ほう、面白い」

 

 今日のところは宣戦布告までだ。次に会ったら‥‥‥‥トワ先輩の下に、箱詰めにして送り飛ばしてやる。

 その後、神機は《劫炎》の先輩にドロドロに溶かされ、

 

「執行者No.0、《道化師》カンパネルラ、これより《盟主》の代理として『幻焔計画』奪還の見届けを開始する」

 

 カンパネルラさんの宣言を最後に私たちは《星見の塔》から去った。

 



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第二十話 それぞれの帰還と新たな縁

いつも感想、ご指摘頂きありがとうございます。


―――七耀暦1206年5月21日 ???

 

「はーい、到着。お疲れ様だったね、二人とも」

 

 結社に戻ってきて、早々にカンパネルラさんからねぎらいの言葉を頂いた。

 

【はい、お疲れさまでした】

「おう、これで残る実験は一つか。んじゃあ、後は任せた。俺は寝るわ。またな、ハード」

【ええ、ではまた《劫炎》の先輩】

 

 そう言って、《劫炎》の先輩は去っていった。

 

「じゃあ、僕は報告をしてくるから、またね、ハード君」

【はい、よろしくお願いします、カンパネルラさん】

 

 カンパネルラさんが去ったことで、私は一人になった。

 ‥‥‥‥ふう、漸くか、では、急ぐか。

 私はまた転移を発動した。目的地はクロスベルの拠点だ。

 

 

―――七耀暦1206年5月21日 アパルトメント《ベルハイム》

 

 ふう、到着だな。

 無事に転移でクロスベルの拠点に帰ってきた。これから引っ越しの用意をしなくてはならない、だが何よりも‥‥‥‥疲れた。

 私は『ハード・ワーク』で作った仮面とローブを外し、その場に倒れ込んだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、‥‥‥‥なんとか持ったな」

 

 私は這いつくばり、この部屋に置いてある薬箱から『ティア・オルの薬』を取り出し、飲んだ。‥‥‥‥はあ、ラクになった。

 《劫炎》の先輩の焔をまともに食らって、何とか気合で平静を装ったが、相当きつかった。意地を張らずに体調不良であることを訴えれば良かったが‥‥‥‥それはしにくかった。本を正せば、私に非があるのだ。だというのに、私が体調不良を訴える訳にはいかなかった。

 それに、体調が悪くても、いつもなら『神なる焔』を使って、体力や火傷を回復させていた。だが、出来なかった、『神なる焔』が使用できなかった。どうやら『鬼の力』と魔女の術式の同時使用中には『神なる焔』を使用することが出来ないみたいだ。同時に三つ分のクラフトを使うのは無理、と言う事か‥‥‥‥いや、今日初めて『鬼の力』を使ったからうまくいかなかっただけだ。慣れればその内出来るかもしれない。その時まで修練を怠ってはいけないな。

 だが、そんな事よりも‥‥‥‥今日は色々なことがあった。

 

 まずは‥‥‥‥あの人、生きてたんだな。死んだと聞かされていたが‥‥‥‥いや、アリアンロード様と同じく、不死になったんだろう。あの人も起動者《ライザー》だったそうだし、一年半前に死んだ後に、《地精》が手を回したんだろうな。‥‥‥‥まあいい、あの人の事は‥‥‥‥またすぐに会うだろう。その時は全力で叩き潰して、カプア特急便でトールズ第二分校トワ先輩宛てに送りつけよう。喜んでくれるといいな、トワ先輩。

 

 さて、あの留年生先輩は置いておいて、今日一番の反省点は‥‥‥‥ユウナちゃん達、トールズの後輩にしてやられたことだな。いや、してやられたこと以上に、己の未熟さを恥じるばかりだ。

 

「ッ~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 

 思い出しただけど腹立たしく、思わず大声で叫びたくなる衝動に駆られた。だが、周囲にいる住人に気付かれることはまずいと思い、思わず自分の腕に噛みつき、声を抑えた。

 

「フゥッ、フゥッ、フゥッ、フゥッ‥‥‥‥」

 

 全力で噛みついたことで腕からは痛みが走り、鮮血が零れ落ちる。だが、そんな事など些細な事。こうでもしないと収まりがつかない事は自分自身が良く分かっている。

 痛みが走る中、此度失態を思い出すと、原因も結果も全ては自業自得であると再度理解した。

 

 最初の失態は、『鬼の力』に手を出したことだ。

 戦闘の最中に良く分からない新しい力を得ようとし、その結果どうなるかも考えずに己の欲求を満たそうとした。ただ己が強くなりたい、という私的な欲望を優先し、与えられた任務を忘れた。その挙句、力に呑まれ、己を失くし、仲間に余計な手間を取らせ、仕事の邪魔をした。《劫炎》の先輩に焼きを入れられても当然の事だった。

 組織人として、全体の事を考えず、個を優先するなど、最早背信行為だと思われても仕方がない。カンパネルラさんの報告を受けられた盟主様が何と思われるか、何故そのことを考えなかったのか、そのことを悔やむ限りだ。

 

 次の失態は敵対者に甘い対応をしたことだ。

 トールズ第二の生徒があの場に来ることが出来たのは、二つの要因があったと思う。

 一つ目は体調に問題がなかったこと。昨日の夜、オルキスタワーで戦ったとき、彼らに可能な限り怪我をさせない様に手を抜いた。だから一夜明けた今日、特に問題なく戦うことが出来た。

 二つ目は心に問題がなかったからだ。一つ目の問題と同じく、手を抜いてた戦ったことで、彼らは私を甘く見た、要はなめられたのだ。腹立たしいことだが、そう思われても当然だ。彼らに怪我をさせない程度に手を抜いて、気絶させるまでしか戦わず、気絶した後は追い打ちをかけなかった。ユウナちゃんに至っては話し合いで戦いを終わらせた。この二つの行動で彼らに思われたんだ、『ああ、こいつは甘い奴だ』、そう思われても仕方がない、腑抜けた行動だった。

 もし私が、徹底的に戦い、彼らを再起不能な状態に追い込んでいれば、《星見の塔》に来ることは出来なかったし、心に恐怖を刻み込んでおけば、来ようともしなかったはずだ。

 ‥‥‥‥だが彼らは来た、いや来れた。全ては私の不甲斐なさ故、あの結果は全て私が、己が仕事を全うできなかった故の結果‥‥‥‥私に嘆く資格はない。全ては私の責任だから‥‥‥‥

 

 翌々思い起こせば、クロスベルに来てから、私は少々怠けていた。ジオフロント内で魔獣狩りをしていたが、これまでに訓練の相手はアリアンロード様、《劫炎》の先輩、《痩せ狼》の先輩、デュバリィさん達《鉄機隊》三人掛かりだった。クロスベルの魔獣たちなど圧倒的格下だった。故にどれだけ倒そうと、大した経験は詰めなかった。故にどれだけ、稽古をしたところで強くはなれなかった。だというのに、私は魔獣をアッサリ倒せたこと、『鬼炎斬』をモノに出来たと、増長していた。その結果があそこまでの無様な結果だった。ハハッ、なんと愚かで度し難い‥‥‥‥いや、後悔しても遅い。

 これからの事を考えよう。このまま失態が続くようであれば、私はこの仕事から外される、不要と判断される。それでいいのか‥‥‥‥良い訳がないだろう! 折角の居場所を、盟主様からの信頼を、ご指導いただいたアリアンロード様達の信頼を裏切っていいのか? ‥‥‥‥良い訳がないだろう! もう私には何処にもいく場所はない。《結社》なくして、私はない。ならば、何を成すか‥‥‥‥結果を出すしかない。

 確かに今回の失態は度し難い、だからと言って嘆いても結果が覆るわけではない。次の仕事を与えられるとは限らない。だからと言って、待っていても状況は好転しない。今の私に出来ることは己を高め、次も同じ失態をしないようにする、と言う事くらいしかない。

 失態は取り返す。名誉は挽回する。汚名は返上する。取り返す機会が与えられたならば必ずや取り返す。だからその時に備えて、出来ることをしよう。

 

 私は体を起こし、紙を取り出した。ギルバート先輩への伝え事項をまとめる、それをしなくてはならない。‥‥‥‥もうここに来ることはない。だから、現在仕事中のギルバート先輩へ伝えることを残していく。

 内容は、『この拠点を引き上げるので対応願う』ただそれだけだ。

 本来なら、お世話になった方々にご挨拶をしてから、引き上げることを予定していた。

 だが、状況が変わった。今の私は愚かな敗北者、そんな私には、たとえお世話になった方たちへの挨拶周りにさえ時間を割く余裕はない。一分一秒とて、無駄には出来ない。だからこそ、後の事をギルバート先輩にお願いし、私はあの方の下に向かうことにした。

 

「‥‥‥‥よし、これでいい。後はお願いします、ギルバート先輩」

 

 私は伝え事項をテーブルの上に分かりやすいように置いて、

 

「‥‥‥‥お世話になりました、クロスベル」

 

 転移した。目的地をあの方の下に定め、飛んだ。

 

 

side ギルバート・スタイン

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥‥」

 

 僕は今‥‥‥‥追われている。

 

「いたか!」

「いえ、こちらには来ておりませんでした」

「よし、ではこちらを探せ!」

「はっ!」

 

 ‥‥‥‥どうやら行ったようだ。クソッ、どうして僕がこんな目に‥‥‥‥

 僕はバイト中に七耀教会に追われだした。それもこれも全てはあの男の所為だ。

 事の発端はバイト先にある男が来たことが原因だった。

 

 

「おい、ギル。お客様がお見えだ。注文取ってこい」

「はい、ただいま!」

 

 ここのバイトを始めて約二週間近く経った。

 仕事も覚えて、最早僕の方が先に入ったコウキよりも優秀だ。やっぱり僕は何をやらせても優秀な男だ。

 だが、ふと思うことがある‥‥‥‥僕は何しにクロスベルに来た?

 この疑問に対する答えを僕は持っていない。そして、その答えはきっと‥‥‥‥見つかることはない。なぜなら、僕は自分の意志で来たわけではなく、ハード・ワークの圧力に屈して、ここに来た。

 でも、今日で此処の生活ともおさらばだ。だって今日が実験の日だ。僕はここでの仕事をテキトーに終わらせて、家に帰って、実験が終わるのを待てばいい。その後にはさっさと《結社》に戻ろう。どうせ、アイツの事だ。帰る算段もつけてあるだろう。よーし、そう考えると、多少はやる気が出てきた。

 僕はやる気を出して、元気に接客を対応することにした。

 

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「えーと、なんにしようかな‥‥‥‥よし、決めたで。店員さん、アレ?」

「‥‥‥‥アレ?」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 ツンツン頭の緑髪、独特なイントネーションな口調、何処かで‥‥‥‥ああ、お客様は顔見知りでした。

 

「ケビン・グラハムーーーーーー!!!」

「おー、兄さんやんけ! ひっさしぶりやな、元気しとったか?」

「馴れ馴れしい! お前がなんでこんなところに!」

「あん? まあ、そうやな。ここに来たんは《白面》、ゲオルグ・ワイスマンが現れた、言うん聞いてな。先月はサザーラント州のセントアークに出た言うんで行ったんやけど、居らんかった。今度はクロスベルで見た、言うん聞いて来たんやけど、腹減ってな、それでこの屋台に来たんや。‥‥‥‥しかし、こんなところに兄さんが居るんやったら、これは《結社》の仕業、言う事やろ? 昨日も神機なんか出てきたみたいやし、一体何をやっているんや、折角やし、教えてくれへんか?」

「い、言えるかーーーー!!!」

 

 僕はその場を逃げ出した。全速力でこの場を走り去った。

 

「待てや、兄さん!」

 

 

「グラハム卿、こちらにはおりませんでした」

「そうか。しゃあない、今度はあっちや。‥‥‥‥全く、何処行ったんや、兄さんの奴」

 

 僕が隠れている場所のすぐ近くをケビン・グラハムが通っていく。僕はそれを息を殺して、見送った。‥‥‥‥僕はバレずに済んだ。

 あー、何で僕がこんな目に会うんだ。僕は緊張が解けて、その場に座り込んだ。

 思い起こせば、クロスベルに来てから、いや、全てはあの男に会ったところから僕は不幸に見舞われている。

 

「‥‥‥‥おのれ、ハード・ワークッ!」

 

 僕は込み上げる怒りを感じながらも、冷静さを取り戻し、状況を打開する策を考えた。

 困ったことに、街中には星杯騎士団が増えてきている。あの神父が呼んだんだろう。こうなると隠れていても見つかりかねない。一刻も早くクロスベルを脱出しなければ、捕まる。そうなると‥‥‥‥きっと酷い目に遇わされる、それだけは避けないと。

 あの神父達から逃げる方法を考えていると‥‥‥‥思いついた。

 はは、そうだ、全てはあの男が元凶だ。ならば、この災難を解決するのもあの男の仕事だ。

 そう、ハード・ワークをケビン・グラハムにぶつければいい。

 執行者《社畜》のハード・ワークなら守護騎士相手でも倒せるかも、最悪でも時間稼ぎは出来るはずだ。なら、僕が逃げる時間くらいは出来るはずだ。

 そうと決まれば、何とかアイツがいるところまで誘導するか、呼び出すかしないと‥‥‥‥そういえば、アイツからARCUSⅡとか言うのを渡されてた‥‥‥‥けど、今はない。必要ないと思って部屋に置いてある。とりあえずそれを取りに行くしかないか。それにもしかしたら、部屋にいるかもしれないし‥‥‥‥

 僕は淡い希望を抱きながら、細心の注意を払って部屋に向かった。

 

 

 部屋の近くまでたどり着いたが、残念ながら入り口近くに誰かがいる。見かけないシスター服の女だ。

 ‥‥‥‥だが、僕には顔が見えないけど、何となく誰か分かった。だって‥‥‥‥パンの袋を抱えているから。たぶんあの、腹ペコシスターだろうな、と予想がついた。まあ、近くにパン屋の《モルジュ》があるから、この辺りに来たんだろうな、と思った。

 ‥‥‥‥しかし、どうするか困ったぞ。僕の顔と名前はあの女は知っている。そうなると何食わぬ顔であの女の前を通り過ぎて、中に入ることはできない。

 

「うーん、どうしよう‥‥‥‥」

 

 思わず独り言をつぶやいてしまうと、

 

「どうしたの、ギル兄ちゃん」

「どうしたの、ギル兄ちゃん」

「うわぁぁぁ‥‥‥‥ってなんだ、クロフォード兄弟か」

 

 背後から声が掛かり驚いたが、そこにいたのは隣の家の双子だった。

 

「なんだよ、脅かすなよ」

「なにしてんの?」

「なにしてんの?」

 

 うーん、どうするか、このガキンチョ達がいると、アイツに気付かれかねない。かといって、ここで黙らせると余計に騒ぎかねない。どうする‥‥‥‥

 僕が考え込むと脳裏に名案が浮かんだ。そうだ、このガキンチョ達を利用しよう、そう思いついた。

 

「ちょっと、いいかな、僕ちゃん、お嬢ちゃん」

 

 僕は努めて笑顔で双子に語り掛けると、

 

「どうしたの、ギル兄ちゃん、気持ち悪いよ?」

「気持ち悪いよ?」

「えーい、いいからちょっと僕の言うこと聞け。後でお菓子あげるから」

「お菓子! いいよ、聞くー」

「聞くー」

 

 子供は現金なもので、お菓子をやると言えば言う事を聞く。最初からこうしておけば良かった、と思いつつ、僕の素晴らしい作戦を伝えた。

 

「いいか、あそこの女に『ケビン、という人があっちで呼んでる』と伝えて、あっちを指差せ。いいな、分かったな?」

 

 僕は、自分が来た方角とは反対の方向を指差しして指示した。

 

「うん、わかった」

「わかったの」

「よし、いけ!」

 

 指示を出すと、ガキンチョ達が走って、腹ペコシスターの下に向かった。そして、

 

「ねえねえ、お姉さん」

「ねえねえ、お姉さん」

「ムグムグ‥‥‥‥ゴックン。はい、なんでしょうか?」

「さっき、ケビンって人が、あっちで呼んでたよ」

「呼んでたの」

「ケビンが? はて、なんでしょう? ‥‥‥‥まあ、行ってみますか。どうもありがとうございます」

「バイバイ」

「バイバイ」

 

 腹ペコシスターがガキンチョ達に礼を言って、指示された方向に歩いて行った。よしうまくいった。

 僕は去って行ったのを見届け、漸く安堵した。さてこれで部屋に戻れるな。さて、その前に‥‥‥‥

 

「よくやったぞ、二人とも。ちょっと部屋に戻るから、お菓子は後で取りに来い」

「はーい」

「はーい」

 

 双子にそう言って、部屋に急いだ。

 

 

 部屋に戻ると、そこには‥‥‥‥

 

「ヒッ! これは‥‥‥‥血!」

 

 なんと部屋には血がこぼれていた。

 大量出血、という程多いわけではないが、多少の切り傷というほどの少量の血の量ではなかった。それだけの量の血が部屋にこぼれていて、思わず驚いてしまった。

 

「な、なんだって言うんだ! ん、これは?」

 

 僕は血がこぼれている部屋の中で、一枚の紙を見つけた。そこにはここ最近で見慣れたハードの文字が書かれていた。‥‥‥‥ただ、いつもより文字が震えていて、多少読みにくかった。

 

「なんだ‥‥‥‥な!」

 

 そこにはただ一言、『後は頼む』、そう書かれていた。

 

「はあぁ! なんだ、これ! え、ま、まさか‥‥‥‥アイツがやられたのか! もしかしてこの血は‥‥‥‥アイツの‥‥‥‥」

 

 僕には理解できなかった。だって、あの《社畜》だぞ、あのハード・ワークだぞ。‥‥‥‥そんなアイツが、これだけの出血をしただなんて、信じられない。‥‥‥‥だけど、この手紙はアイツが書いたものだ。そしてここにある血はたぶん、アイツの‥‥‥‥クッソ! これじゃあ誰が僕を助けてくれるって言うんだよ。

 助けは来ない、そう理解してしまった。

 

「クッソ、どうすればいいんだ‥‥‥‥」

 

 僕が悩んでいると、

 

「そうだ、あれがあった!」

 

 アイツが用意したモノがあることを思い出した。とても大きなモノだが、初めて見た時には衝撃で気絶してしまい、記憶から抹消していた忌まわしきモノ。だが、この際だ、最早あれを使うしかない。

 

「行くしかない。幸い、神父とシスターは例のブツがあるのとは違う方向にいる、急げばまだ何とかなる‥‥‥‥はず」

 

 僕は急ぎ部屋の中から、ARCUSⅡとあるモノを手に取り、部屋を飛び出し、外に向かった。そのついでに、ハードが作っておいたお菓子を部屋の前に置いて行った。一応、約束は約束だ。

 アパートの出入り口で外の様子を伺い、誰もいないことを確認すると、置き場に向かって全力で走った。

 

 

 僕は町はずれにたどり着いた。そこにはあるモノが置いてある。大きすぎて持ち運びが出来ないので、布で覆い隠している、クロスベルでアイツが買ったデカいものだ。

 何とか無事にたどり着いた‥‥‥‥はずだった。

 

「なんや、こんなところにおったんか? 探したで‥‥‥‥兄さん!」

 

 クッ、最悪だ。なんでこんなところで見つかった?!

 

「クソ、もう少しだったのに!」

「ご苦労やったな、リース。お前が見つけてくれんかったら、めっちゃ苦労してたところやったで」

「別に、あからさまに怪しい指示を子供にした人がどんな人か、気になったから見てた。そうしたら、貴方が出てきた」

「うっ! 『あからさまに怪しい指示』って、この僕の完璧な作戦が‥‥‥‥」

「完璧には程遠い」

「ハハハ‥‥‥‥まあ、これで兄さんの命運も尽きたな、さあ知ってること全部吐いてもらおか!」

 

 神父が嫌な笑いを浮かべながら近づいてくる。ジリジリ、とまるで甚振るように距離を詰めてくる。くっ‥‥‥‥土下座するしかない、とそう思った。

 

「ハハハハハ‥‥‥‥! 待たせたね、ギルバート君」

「おやおや、何やら取り込む中かね?」

 

 高らかな笑い声と低く蛇の様ないやらしさを感じさせる声が聞こえてきた。

 僕らはその声がする方を見ると、そこには、白いマントと仮面をした執行者No.X《怪盗紳士》ブルブランと元第三柱《白面》のゲオルグ・ワイスマンの二人が立っていた。

 ああ、アイツの分け身か。確か、アイツ曰く、戦闘能力はそれほどないらしい。アイツの十分の一くらいの耐久性と力がないらしい。まあ、それでも僕よりも遥かに強いんだけどな、ハハ‥‥‥‥でも、助けに来てくれたことは大変助かる。僕の生存の見込みが上がったぞ。僕は内心でガッツポーズしていると、反対に神父は酷く狼狽えている。

 

「な、何でお前がおるんや! お前はあの時、確かに死んだはずや!」

「ふふふ、さて何故だろうね? もしかしたら君が見ていたのは幻だったのかも知れないよ。ああ、それとも私が地獄から甦ったのかもしれないね、さあ、何故だろうかな」

 

 眼鏡をクイッと上げながら、ニヤリと笑みを浮かべながら神父の問いを躱した。

 コイツはニセモノだ、僕はそれが分かっているから、冷ややかな目でハードのモノマネショーを見ている。‥‥‥‥だけど、

 

「あ、ありえへん! あ、あの時、塩の杭でお前は死んだはずや! ‥‥‥‥まあええ、もう一回あの世に送ったるわ」

「ははははは、そんな事をしても無駄さ。私は何度でも甦る!」

 

 そうだな、アイツ曰く、分け身は何度でも作れるそうだし、諸悪の根源(ハード・ワーク)が倒れない限り何度でも甦るぞ。

 まあいい、アレは分け身だ。とりあえずあの神父を引き付けてくれている間に、僕は逃げる準備をしよう。そう思っていると、足元近くに法剣の刃が走った。

 

「おわっ! 危ないな!」

「逃がしません!」

 

 腹ペコシスターが残っていた。ヤバイ、コイツ一人でも僕は勝てないぞ。

 

「ハハハハハ‥‥‥‥! 私を忘れてもらっては困るぞ。ギルバート君、伏せたまえ」

「えっ! うわぁ!」

 

 僕に迫る物体を伏せて躱すと、物体が地面に衝突するとドカァーーン、という爆音が響いた。

 

「ふむ、中々の威力だ。いい買い物だったな」

「町の近くでバズーカなんて使うなんて‥‥‥‥」

「フハハハハハ、私の爆発ショー、とくと味わってくれたまえ」

 

 そう言って、《怪盗紳士》(ハード・ワーク分け身)がバズーカを構え、腹ペコシスターと戦い始めた。

 よし、これで腹ペコシスターは何とかなる。後は僕がアレを動かさせれば、逃げられる。

 僕は急いで、布をはぎ取った。その布の下からは、とても大きな導力車が現れた。

 

「な、なんや!」

「大きい!」

 

 敵二人が唖然としているうちに、僕は乗り込み、キーを差し込み、起動させた。

 

「ははははは! 見たか、これが僕の全て‥‥‥‥大型輸送車だ!」

 

 僕はアクセルを踏み込み、大型輸送車を動かすと、神父とシスターは危険を察知し、慌てて離れた。

 

「リース、危険や、離れるんや!」

「ッ!」

 

 よし、何とか動かせる。初運転でいきなり、ひき逃げはしたくなかったので、避けてくれて助かった。それに、丁度よく方向転換出来た。よしこのまま、逃げるぞ!

 

「ははは、では、サラバだ!」

「あ、待て!」

 

 僕はアクセルを全開で踏み込み、急加速で体が締め付けられるような感覚を感じながら、道を爆走した。

 

 

 クロスベルを飛び出し、道中を爆走している。追っては‥‥‥‥来ていないようだ。

 ふう、どうやら神父たちは追っては来れないみたいだ。まあ、いきなり大型輸送車が出てくるなんて、想像していなかっただろうし、ムリもないだろう。僕だって、こんなの使うつもりではなかった。全てはアイツが買ってきたから、仕方なく使った。今回はこれをおかげで助かったが、とても感謝なんか出来るもんじゃない。だって、この大型輸送車の購入資金は僕の給料から天引きされている、とか酷過ぎるだろう!! しかもご丁寧に三十年ローンで繰り上げ返済可とか勝手に組んでやがるし、僕の人生設計が台無しだ!! 思い出しても腹立たしく、目の前が真っ暗になりそうだ。なんだよ、執行者の『あらゆる自由が許される』とか、そんな特権で僕の人生を自由にするなよ!!

 僕は道を爆走しながら、大声で叫んだ!

 

「ハード・ワークのバカヤロー!!!!!」

 

 ふう、多少は気が晴れたかな。

 ‥‥‥‥さて、これからどうやって《結社》に戻ろうか、それを考えないといけないな。このでかい導力車を持っていけるとは思えないが、置いて行くにはあまりにも高価すぎる。何しろ僕の三十年ローン分だ、こんなのおいそれと、そこらに放置できない。となると、やっぱりこのまま運転して行くしかないか。‥‥‥‥遠いな、ハア~。

 そんな風に落ち込んでいると、

 

「ギルバート君。もっとスピードを出さないと危険だぞ」

「うわあああ!!!」

 

 突然の声に驚いて、思わずハンドルの操作がふらついた。だって、この車の中には以外誰もいないんだぞ。なのに、どうして声がするんだ!?

 コンコン、と僕の横の窓から音がする。思わずその方向に顔を向けると‥‥‥‥ドアップのゲオルグ・ワイスマンがこっちを見ていた。

 

「うわあああああああああああああああ!!!」

 

 先程よりももっと大きく車が振り回された。

 

「落ち着きたまえ、ギルバート君」

「そうだとも、危うく振り落とされるかと思ったとも」

 

 ゲオルグ・ワイスマンが落ち着く様に言い、反対側の窓には《怪盗紳士》がぶら下がりながら、重ねてそう言った。いや、取り乱した原因が言うな!

 

「全く‥‥‥‥で、なんでもっとスピードを出さないと危険なんだ?」

「上だ。見えるかね?」

「上?」

 

 僕は窓を開け、上を見上げると‥‥‥‥飛空艇が迫ってきていた。

 

「ハアッ!? なんだアレは!?」

「《メルカバ》。星杯騎士団、その中でも選ばれた守護騎士にだけ与えられる特殊飛空艇だ。知識としては知っていたが、本物を見るのは初めてだ。いや、クロスベルに来た甲斐があったな」

「何を暢気な事言ってやがる。あんなのが出てきたら、あっという間に追いつかれるぞ!」

「うむ‥‥‥‥実は、重要なお知らせがあるんだが聞くかね?」

「は?、この期に及んでなんだよ、重要なお知らせって?」

「私達、分け身のタイムアップが近い。もうすぐ消える」

「ハ、ハアッ!? このタイミングでタイムアップって、ふざけるなよ!!!」

「まあ、仕方ない。本来私たちは、長期間維持できるように調整してあるが、戦闘をすれば維持に使っていた分の力も使ってしまう。なので、先程の戦闘でも精々が陽動程度しか戦えていない。おそらくはもう5分程くらいで消えるだろう」

「そ、そんな‥‥‥‥」

「‥‥‥‥なので、消える前に我々で君が離れるだけの時間を稼ごう。我々は所詮分け身、本体の都合のいいように使われ消えるのが定めだ。ならば、本体の相棒である君を助けるのも我々の役目だ」

「お前ら‥‥‥‥」

「最後にこれを本体に届けてくれ。今日までの分の報告書だ。これがあれば、何度でも我々は作られ、君を助けに行こう。ではな、ギルバート君」

 

 そう言って、分け身達が報告書を僕に預けてくる。そして、大型輸送車から飛び降りた。

 どうやら、飛空艇に何かするつもりだ。‥‥‥‥まあ、助けてくれる以上、ちゃんと仕事は果たしてやるさ。アイツにこの報告書くらい届けてやるさ。約束は約束だ。

 

side out

 

side ケビン・グラハム

 

「いやあ、メルカバ持って来とって良かったな。まさかあんな隠し玉があるやなんて、想像してへんかったわ」

「油断大敵、前もあの人が謝るふりして、人形兵器出して攻撃してきた。小物気質は今も変わらないみたい」

「ハハ、まあそんな小物に出し抜かれたんや。評価を改めないかんな。しかし、《怪盗紳士》だけならまだ良かったんやけど‥‥‥‥なんで、ゲオルグ・ワイスマンがおるんや? アイツは間違いなく、塩の杭で塩化した。やから‥‥‥‥あり得へん!」

「ケビン‥‥‥‥」

 

 何度考えても、ゲオルグ・ワイスマンが死んだとしか思えない。だが、ニセモノだとして、何故今になって現れた? 死んでからもう四年、影の国の時から三年半経った。アイツがそれだけの時間、何の行動も起こさなかったのは何故だ。それに行動を、いや目撃情報が出たのは先月からだ。一体それまで何をやっていたのか、そして目的は何なのか、《結社》と共に行動していることろから、《結社》に戻ったのか、どれだけ考えても、全く答えは出ない。

 

「砲撃来ます!」

「!」

 

 メルカバの乗組員からの報告に驚き、思考の海から現実に戻った。

 

「シールド展開!」

「はっ! シールド展開!」

 

 ドォォン!! という音と共に機体に衝撃が走る。

 

「何処から攻撃されたんや!?」

「前方、右下20度の方向からです。映像出します」

 

 モニターに攻撃してきた下手人が映し出された。まあ予想通り、ゲオルグ・ワイスマンと《怪盗紳士》の二人が映し出された。《怪盗紳士》が手に持つバズーカから撃たれたようや。さっきまでは大型輸送車に飛び乗ったようやけど、どうやら二手に分かれたか。

 まあええ、兄さんの方より、こっちの方が大ごとや。ここで捕まえるか、いや‥‥‥‥倒す。

 俺が意気込んでいると、

 

「はははは‥‥‥‥星杯騎士の諸君、このようなところにまでご足労頂き、ご苦労なことだ。だが残念ながら私ももう時間が無い。この辺りで失礼するよ。なあにいずれ縁があればまた会おう。その時を楽しみにしているよ」

「はははは、では私も同じくこの辺で失礼しよう。さらばだ星杯騎士団よ」

 

 そう言って《怪盗紳士》はバラの花吹雪を巻き起こし、それが収まると‥‥‥‥そこには誰もいなかった。

 拍子抜けな程、アッサリと逃げてしまった。

 

「あ、待て! ‥‥‥‥逃げられたか」

「‥‥‥‥どうするケビン、大型輸送車の方を追う?」

「いや、それよりも先に総長に繋いでくれ。急いで報告せなあかん。《白面》のゲオルグ・ワイスマンが甦った、ってな!」

 

 報告は総長アイン・セルナートに迅速に報告された。その後関係各所にも通達され、七曜教会は上へ下への大騒動になった。

 しかし、後日オリヴァルト殿下からの報告を受け、ゲオルグ・ワイスマンは執行者《社畜》の作った分け身であることが伝えられ、ケビンの報告は誤報である、という結果になった。

 ケビンは当分この件で総長からからかわれる結果となった。

 

「おのれ《社畜》!!!」

 

side out

 

 





今年も残りわずかですが、体調にはお気を付けください。


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第二十一話 クロスベル反省会

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


―――七耀暦1206年5月22日 トールズ士官学院第二分校 会議室

side リィン・シュバルツァー

 

 クロスベルでの実習が終わり、トールズ第二分校に戻ってきて早々、報告会議を行うことになった。

 

「うむ、全員集まってもらい感謝する。皆も疲れているだろうから、手早く済ますとしよう。では頼む」

「はい、ではまずクロスベルに現れた勢力について、順にご説明いたします」

 

 ミハイル少佐がモニターに資料を映し出した。

 

「まずは《結社》の執行者からご説明いたします。一人目はこの男、執行者No.0《道化師》カンパネルラです。こちらはオリヴァルト殿下とラッセルから情報を提供して頂きました。かつてはリベールでの事件に参加していたそうです。少年の様な容姿ですが、実際の年齢は不明だそうです。情報提供者によると、10年程前から容姿に変化はないそうです。能力については実際に対峙したシュバルツァーに説明を頼みたい」

「はい、わかりました」

 

 俺はその場に立ち上がり、説明を始めた。

 

「能力は幻術を使い、こちらを攪乱してきました。遠くから声が聞こえる、姿を隠すなどをしてきました。後はアーツを使う、焔を放つなどの遠距離型の戦い方でした。後は結界を張ることが出来ました。それも思念を封じるタイプの結界の様で、その中ではヴァリマールに声が届かなくなりました」

「了解した、シュバルツァー。オルランド、かつては戦ったことがあるそうだが、何かないか?」

「いや、俺から捕捉することはないな。以前戦ったが、その時との内容と遜色はねえ」

「そうか、ではこの男に関しては以上とする。よろしいですね、分校長」

「うむ、了解した。では次を頼む」

 

 オーレリア分校長の言葉に従い、ミハイル少佐が次の映像が映し出した。

 

「次はこの男です。執行者No.Ⅰ《劫炎》のマクバーンです」

「ほう、この男か。我が師《光の剣匠》を打ち倒せし、魔人とは」

 

 映像が映し出されると、オーレリア分校長が食いつく様に映像に見入った。

 1年半前に煌魔城での戦いの際、マクバーンを相手に戦ってくれたのが、《光の剣匠》ヴィクター・アルゼイド子爵閣下だった。その後の事は噂程度にしか聞いていなかった。

 

「分校長、アルゼイド子爵閣下の状態は?」

「うむ、呼吸器を黒い焔でやられたそうだ。それ故、剣筋が鈍る程度の後遺症が残り、以前のような力は発揮できなくなっている。ハッキリ言って剣士としては死んだ、と言える」

「そ、そんな」

「‥‥‥‥そうですか」

 

 トワ教官も落ち込んでいる。かつてはカレイジャスで助けに来てくれたし、トワ教官を艦長代理に据えた直前には色々な教えを受けていたそうだ。そんな方の不幸は俺にもトワ教官にも暗い影を落とした。

 

「‥‥‥‥今は報告の方を優先したい。いいな、ハーシェル、シュバルツァー」

「あ、はい。すいません」

「すいません、ミハイル少佐」

「いや、ではまず能力についてだが、先程の話に有ったように焔を使うこと。これ以外には確認できていない」

「ミハイル少佐、焔以外には魔剣《アングバール》を使用します。その剣を持って、アルゼイド子爵閣下と戦闘を行っています」

「なるほど、追記しよう」

 

 ミハイル少佐が資料に追記していると、分校長からも情報が伝えられた。

 

「師を打ち破ったと言っても、剣の技術が上というわけではない。剣を使うと言っても、あくまで主体は焔だ。剣の技術自体は師や私の方が上だ。だが、小手先の技術など通用しない、常軌を逸した力、それこそがこの者だ」

 

 オーレリア分校長の言葉通りだと、俺も思う。力を効率的に使うのが技術だとすれば、マクバーンにはそれは不要だと感じる。黒い焔を身に秘めた《火焔魔人》の姿は正に人外だ。それに奴の焔は神機すら焼いた。ドロドロの原型を留めない程の圧倒的な熱量だ。そんな力に技術とは不要なのだろう。

 

「では、これ以上は何かありますか、分校長?」

「いや、この件はこれで十分だろう」

「分かりました。ではこれにて《劫炎》のマクバーンについては終わりにします」

「では、《結社》についての報告は終わりで問題ないか?」

 

 オーレリア分校長が《結社》側の報告を終わりにしようとしている。だが言っておかないといけないことがまだ残っている。

 俺は挙手し、発言を求めた。

 

「分校長、発言よろしいでしょうか?」

「なんだ、シュバルツァー?」

「今回のクロスベルにて確認できた執行者は《道化師》、《劫炎》それともう一人、《社畜》です」

「ほう、前回のサザーラントといい、今回のクロスベルといい、随分と働き者だな、その者は。だがその者の報告は先月受けたが、何か更新すべき情報があるのか?」

「‥‥‥‥ええ、大変重要な内容です」

 

 そう《社畜》の脅威がまた一つ増えた。そのことを伝えないといけない。

 

「《社畜》が使う、『分け身』という技についてです。『分け身』という技は自身の分身を作り出します」

「ああ、過去にも《銀》や鉄機隊の《神速》も使ってたな。だが、珍しいが出来ない技能じゃねえ。今更それに何かあるのか?」

「‥‥‥‥ランディ教官、もしその分け身が自分の思い描いた姿に変われたら、どうしますか?」

「どうするって‥‥‥‥そうだな、嫌いな奴になって悪評を流すとか、モテる奴になってナンパして、とか色々夢が広がるな!」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 テンションが上がるランディ教官を尻目に、会議場の出席者の眼は冷ややかになっていく。

 

「‥‥‥‥まあ、そんな事が出来るんです。色々夢が広がる能力、『分け身』の姿を自由に変更することが出来る能力を有しているそうです」

「な、なにーーーー! あ、アイツはそんなうらやま、いやとんでもない能力を持っているのか!」

「‥‥‥‥オルランドの言葉はともかく、それは確かにとんでもない能力だ。何しろこれでは要人警護など出来たものではない。用意した警備人員に成りすまして接近して要人暗殺が可能なこと、それ以外にも悪評の流布や国家間紛争の誘発など、少し考えただけでもこれだけ悪用が出来る。そんな技が使えては信用など何も出来んぞ」

「とんでもないことになったな。誰が本物か、『信用できなくなる』、と言う事か。まだその事実を知らなかった方が良かったな、まだ‥‥‥‥ここにいる皆を信用出来た。ここにいる誰かが《社畜》の分け身という可能性があるな」

「そ、そんな! 分校長は私達を疑っているんですか!?」

 

 全員の眼がオーレリア分校長に注がれた。だが、分校長は笑いだした。

 

「‥‥‥‥ふふふ、こういうことになる。私自身はこの場にいる誰もニセモノではないと確信している。だがな、それを疑心暗鬼にさせるには効果的な能力と情報の提示だと思う。おそらくこの手の情報は秘匿しておく方が効果的だと思われるが私は逆だと思う。先程ミハイルが言った様に、知らなければ対処できない。だがな、この手の情報を敢えて提示したのは、我々に危機感を与えると共に、信用を失わせる、と言う事につながる」

 

 信用を失わせる‥‥‥‥確かにその通りだ。ここで話しているだけでも、もし、《社畜》が成り代わっていたら、と思わせることで、疑いの目で見て、相手と信用を築くことはできなくなる。

 

「では、この情報を流したのは‥‥‥‥」

「おそらく意図的だろう。そうすることで対策をさせる。だが、その結果、余計な手間が必要になる。それにもし、手間をかけたことで『分け身』が入り込むとすると、その手間が余計な事になる。だがしなければ結果も良くはならない。ほらこの通りだ、《結社》がご丁寧に我々に情報を提供してくれたことで、こちらは大混乱だ。相当な策士だな」

 

 オーレリア分校長の言葉は俺達は頷くしかなかった。

 

「‥‥‥‥だがこれを秘匿していても仕方がない。ごく一部にのみ情報を共有するべきだ。とりあえず人選は吟味せねばならん。ミハイル、対象者をリストアップしてくれ」

「分かりました」

 

 分校長の言葉はもっともだ、と俺も思う。あまりに多くに知られてしまうと、上に下に大わらわだ。先程の話であった疑心暗鬼に陥るだけだ。上位者だけが知っておくべきだろう。

 

「シュバルツァー、私からも1点質問がある」

「ミハイル少佐、何でしょうか?」

「クロフォードの御家族に関してはどうなっている? 《結社》の手が迫っているという話だったが‥‥‥‥」

「ん、何だその話は?」

「実は執行者《社畜》がクロフォードの家族を人質に取っている、という状況がありました」

「何! それでどういう顛末を迎えた」

「ええ、其方は大丈夫でしょう。クロスベルを立つ直前にユウナの実家の隣を訪ねたところ、もぬけの殻でした。おそらく引き上げたと思われます」

 

 俺の言葉に全員が安堵の表情を浮かべた。

 

「そっか~、良かった」

「すまんな、リィン。助かったぜ」

「そうか、無事であればそれでいい、ご苦労だったシュバルツァー」

「だが、《結社》は、いや《社畜》とはそういうことまでするのか‥‥‥‥今後の対応も考えねばならんか」

「俺の方からは‥‥‥‥もう一点よろしいでしょうか?」

「む、まだ何かあるのか?」

「ええ、《結社》の内部でも色々動きがあったそうです。まず使徒第二柱《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダさんですが、どうやら《結社》から追われているそうです。そのため今回の《結社》の動きには関係がないそうです。それ以外にも《怪盗紳士》も同じく今回の動きから弾かれているそうです」

「なるほど、了解した。他には何かないか‥‥‥‥なさそうだな。ではこれにて《結社》の方は終わりにする。では次の映像を頼む」

「はい、分校長」

 

 ミハイル少佐が映像を切り替えた。そこに映し出されたのは‥‥‥‥あの男だ。

 

「次は《地精》と名乗る勢力です。そしてこの男が《蒼》のジークフリートと名乗る男です」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 俺とトワ教官、そして分校長が黙ったのを察して、ランディ教官が声を上げた。

 

「あー、その俺は知らねえけど、そんなに似てんのか?」

「‥‥‥‥ええ、とても良く似ています」

「ええ、顔は分かりませんでしたけど、雰囲気がそっくりでした」

「うむ、貴族連合の時に多少見知った程度だったが、それでもそう思うほどだった」

 

 やっぱり、俺だけの思い違いじゃなかったか。トワ教官に分校長も同じ様に感じた。つまり、アイツは‥‥‥‥だが、おかしい。俺達はアイツが埋葬されるのを見届けた。そして何より、アイツの鼓動が失くなるのを‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥分校長、あまり有益な情報はないようですので、この議題は後に回しても問題ないかと」

 

 俺達の様子を察して、ミハイル少佐が分校長に進言している。

 

「そうだな。皆も疲れているだろうし、このくらいで終わりにしよう。ではこれで報告会議を終わりとする。皆ご苦労だった、存分に英気を養ってくれ」

 

 そう言ってオーレリア分校長が席を立ち、部屋を出て行った。それに続く形でミハイル少佐も出て行った。部屋の中にいるのは俺以外にトワ教官とランディ教官が残っている。

 最後の議題はともかく、確かに疲れたな。

 俺は背をぐぅっと伸ばした。

 

「お疲れ様、リィン君」

「ああ、お疲れ様ですトワ教官」

「お疲れ、リィン、トワちゃんもな」

「お疲れ様です、ランディ教官」

 

 俺の近くにトワ教官とランディ教官が集まってきた。

 

「どうしたんですか、二人とも?」

「ああこれから飲みに行かねえか。今回の礼、ってことで俺がおごってやるぜ。トワちゃんも一緒にどうだ?」

「ええ、いいんですか?」

「いいのいいの、お兄さんがおごってやるから。ああ、でもアルコールは二十歳越えてからな」

「もう! 私、リィン君より年上なんですよ!」

「ははは、それはすまねえ。で、どうだふたりとも?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「じゃあ、私も」

「よし、じゃあ行くぞ!」

 

 俺も行こうとしたが、あることを思い出して、足が止まった。

 

「ん、どうしたリィン?」 

「ああ、すいません。ちょっと通信することがあったので、それが済んでから行きます」

「そうか。じゃあ先、行ってるぞ」

「はい」

 

 ランディ教官が出て行った。俺は一人、会議室に残っている。

 《蒼》のジークフリートの事も気になる。だがそれ以上に気になることがある。

 先程の『分け身』の話で、あることを思い出し、ずっと気がかりなことがある。‥‥‥‥ハードは無事なんだろうか、そのことが頭に浮かんだ。

 先月のサザーラント州の演習の際、ハードの屋台に居た従業員、その人は『アルバ』と名乗っていた。だがあの人は《社畜》が出した『分け身』だ。《白面》ゲオルグ・ワイスマン、その人がリベールでの任務中に名乗っていた名前らしい。だが、一体何のために‥‥‥‥おそらく《結社》が仕掛けたことだと思うが、答えは出ない。

 ハードはただ従業員を採用しただけだ。あの分け身とのつながりはない。だが、サザーラントを訪れた先月は一度もハードに会うことが出来なかった。一度連絡ができればいいが、アイツは通信端末を持っていない。一度パトリックに連絡して近況を聞いてみよう。

 俺はARCUSⅡでパトリックに連絡を取ってみた、数コールの後、パトリックが出た。

 

「やあ、リィン。どうしたんだ?」

「やあ、パトリック。いや、ちょっと気になることがあってな。ハードが最近どうしているか知っているか?」

「ハードか、最近は見ていないな。どうやら、サザーラントを離れているそうだ」

「‥‥‥‥そうか。ちなみに何時頃から見ていないか分かるか?」

「うーん、少し待ってくれ。セレスタン、ハードを最後に見たのは何時か覚えているか‥‥‥‥そうか、わかった。リィン、ハードを最後に見たのは4月23日だそうだ。その日の売り上げ報告に来てくれたのが最後らしい。その後に売り上げ報告に来てくれていたのは‥‥‥‥『アルバ』という人だ」

「! 『アルバ』だと!」

「ああ、そうだが‥‥‥‥どうかしたか?」

「ッ‥‥‥‥いや、何でもない。すまないな変な事を聞いてしまって」

「いや、大したことではないさ。他にはないのかい?」

「ああ、この間はハードに会えなかったので、気になってな。またな、パトリック」

「ああ、またリィン」

 

 そう言って通信を切った。

 ‥‥‥‥俺の中で最悪な想像が頭をよぎった。ハードを最後に見た日は‥‥‥‥演習の最終日。つまりハーメルで《結社》と戦った日だ。それ以降、ハードを誰も見ていない‥‥‥‥

 

「ッ!」

 

 俺は手を強く握りこんで、頭を振るった。頭に浮かんだ考えを振り払いたかった。

 いや、そんな事はない、そんな事あるわけがない。まさかハードの身に何かあったのでは! そう思ってしまった。ハードの消息が確認できなくなった日が演習の最終日でそれ以降は《社畜》の分け身だとしても、ただの偶然だ。ハードは無事だ、そう自分に言い聞かせ、会議室を後にした。

 

 

side オーレリア・ルグィン

 

 報告会が終わり、部屋に戻ると、其処には一人の生徒が待っていた。

 

「お疲れさまでした、オーレリア将軍」

「いえ、此度は大変だったようですね‥‥‥‥ミルディーヌ様」

 

 其処にいる生徒の名はミュゼ・イーグレット、いや、ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン、それが彼女の本当の名だ。

 

「ええ、とても大変でしたわ。やはり結社の執行者というのは常軌を逸した存在だと思い知らされましたわ」

「あまり危険なことをされては困ります。大切な御身に何かあれば、今後の事に差し障ります」

「ええ、申し訳ありません。ですが、私自身の眼で見ておく必要がありました。今後のためにも‥‥‥‥」

「それでいかがでしたか、見た感想は?」

「‥‥‥‥とても敵いませんわ。私にはどうしようもない程、でしたね。貴方でもない限りは、《劫炎》も《社畜》もどちらもお相手できそうにありませんわね」

「‥‥‥‥ですが、《結社》にはもう一人、いらっしゃいますな」

「ええ、《鋼の聖女》、かつて、クロスベルに現れたそうですね」

「オルランドがそう言っていました。仲間の一人が《槍の聖女》では、と言っていたそうです。まあ、凄まじい力を見せられては本人だと思わざる得なかったそうですが‥‥‥‥」

「ふふ、そうなりますとオーレリア将軍が《鋼の聖女》を相手をしていただいて、《劫炎》の相手はどうします? アルゼイド子爵ですら負けたそうですが」

「ええ、師は敗れました。ですがウォレスが止めます。あの男ならそれくらいは出来ます」

「ふふ、そうですわね。では、いざとなったらお願い致しますわ」

 

 ウォレスならばそれくらいの事は可能だ。残念ながら、倒しきることは敵わないだろうが‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥ですがそうなると、やはり一手足りませんわね」

「一手、ああ《社畜》ですか」

「ええ、ユウナさん達と共に戦った時も、いくつか作戦を考えましたが、とても勝てるとは思えませんでしたわ。確かに一撃を与えることは出来ましたが、アレはいくつかの幸運が重なったからこそですわね。そうでなければ身体能力と異能なのか分からない数多の術技、そして身に纏う仮面とローブも普通ではないでしょう。銃弾を受けても傷一つ付かない頑強さ、これも《結社》の技術でしょう。戦って見ていくつか収穫がありましたが、結論はあの者を相手に集団で戦ってもいたずらに人員を割きすぎるから不向き、最適な方法は単騎で抑え込むことが良いと思いました」

「ほう、ならばシュバルツァーは如何ですか?」

 

 前回と今回、シュバルツァーは《社畜》に敗北している。だがシュバルツァーならばいずれ《社畜》に対抗できる。

 だが、私の言葉にミルディーヌ様は首を横に振る。

 

「いえ、リィンさんには他に役目があります。宰相に対する、という役目が‥‥‥‥」

「ふむ‥‥‥‥だとすると、他には師の娘であるラウラ・S・アルゼイド、遊撃士《紫電》サラ・バレスタイン、《零駆動》トヴァル・ランドナー等でしょうか?」

 

 私の提案にまたもミルディーヌ様は首を横に振る。

 そして、溜息を吐きながら、ある男の名を言った。

 

「ハード・ワーク‥‥‥‥あの方が必要ですわね」

「やはりその名が出ますか。ですが、その男はこちらの誘いを断ったはずですが‥‥‥‥」

「ええ、オーレリア将軍も誘いを掛けられたそうですが、私の側からも声を掛けました。それ以外にもオリヴァルト殿下も声を掛けられていたそうです」

「それはまた、随分と豪勢な‥‥‥‥」

 

 私は個人的に気になっていたので、特に気にしていなかった。だが、卒業時の成績で考えればそれもさもありなん、といったところだ。

 昨年のトールズの卒業生にはシュバルツァーがいた。《灰の騎士》と呼ばれる新しい帝国の英雄だ。注目度も高かった。卒業時の成績優秀だと言われていて、主席かと思われていた。だが、それを上回る怪物がいた、それがハード・ワークだ。

 だが残念ながら、私もミルディーヌ様も、オリヴァルト殿下も揃ってフラれた。随分と変わった男だ。いや、出世や地位とかではなく、自分の道は自分で決める、という事なんだろう。そういうところは個人的には好感が持てる。フラれた側からすれば文句も言いたくなるが、奴の人生だ。そんな事を言ったところで、奴にとっては迷惑に他ならない。まあそんな事を言う器量の小さい者には奴の主は務まらんというのだろう。ますます欲しくなったぞ。

 

「ですが‥‥‥‥そんな引く手数多なハードさんに声を掛けなかった勢力、いえ人物が一人いました」

「ほう、一体それは?」

「‥‥‥‥機密情報局、ギリアス・オズボーン宰相です」

「ほう、それはまた意外な人物ですな」

 

 意外だった。トールズ士官学院はオズボーン宰相の母校でもある。一昨年の首席卒業であったトワ・ハーシェルに帝国政府がスカウトに動いた、と言う事もある。だがそれは当然の事だ。彼女以外の歴代のトールズの卒業生、それも主席である場合は軍、貴族、政府が奪い合いを行う。

 だというのに、ハード・ワークに関しては政府の長である、オズボーン宰相が動かなかった。言葉通りだとすれば好都合というもの‥‥‥‥いや、まさか!

 

「‥‥‥‥私はハードさんがオズボーン宰相とつながっているんではないかと思っています」 

「ですが、ハード・ワークは一般企業に就職したと聞いていますが‥‥‥‥」

「‥‥‥‥ハードさんが勤めた企業、《むすび社》というらしいのですが、調べたところそんな企業は存在しません」

「では、やはり‥‥‥‥」

「ええ、オズボーン宰相が最初から動かなかったこと、ハードさんが架空の企業に勤めた、という2点から考えるに、おそらくハードさんは帝国宰相、オズボーン宰相の子飼いの一人ではないかと推察します」

「子飼い‥‥‥‥つまりハード・ワークは《鉄血の子供達》の一人だと、そうミルディーヌ様は考えているんですね」

「あくまで可能性の話です。かかし男 (スケアクロウ)もかつてはリベールに留学していたことがあるそうです、それもオズボーン宰相の差し金で。その後、退学し、 《鉄血の子供達》に加わり、情報局に入ったそうです。最初から最後まで宰相の仕込みだったようですね」

「なるほど、かかし男 (スケアクロウ)にそのような経緯が‥‥‥‥だとすると、こちらには引き入れることは出来ないのでは?」

「そうですわね、リィンさんやトワ教官が説得して頂ければ、こちらに引き入れることが出来るかも知れませんが、あまり期待できませんわね」

 

 ミルディーヌ様が肩を落としながら、そう言った。

 

「ですが、今その話をされても、どうしようもないのでは?」

「あら、愚痴の一つも聞いてくださいな」

「ふふ、まあいいでしょう」

 

 ああ、なるほど愚痴が言いたかったのか。まあ、致し方ない。敵は強大でありながら、我々は色々不足している。これから先の事もただ一人で背負う覚悟の強いられている。ならば、愚痴の一つくらいは聞いてやろう。

 

side out

 

 

―――七耀暦1206年5月24日 ???

 

 私は今、ひれ伏している。偉大なる師の前で、頭を垂れている。

 だが、平身低頭せざるを得ない。この方の気分を害しては、指導を打ち切られる。そのため、少しでも気分を害しないようにするしか今の私には出来ない。

 

「‥‥‥‥なあ、妾は言ったよな。‥‥‥‥妾は、妾は‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 空気が、重い。そして師は圧倒的な覇気と共に言葉が紡がれた。

 

「妾は‥‥‥‥野菜が嫌いだと言っただろうが!!!!」

 

 我が師は好き嫌いが多いらしい。

 



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第三章 海都オルディス
第二十二話 正しい指導を受けましょう


今回から第三章海都オルディス編です。



―――七耀暦1206年5月21日 ???

 

side デュバリィ

 

「‥‥‥‥今一度、ご指導賜りたく、宜しくお願い致します」

 

 一月ぶりに見かけた、《社畜》のハード・ワークが偉大なるマスターの前に跪き、教えを請おうとしている。

 ‥‥‥‥出会って早々に女性の前に跪きに来るとは、相変わらず無礼な男ですわ。まあ、このどでかい男を見下せるのは気分がいいですが、でもいつまでもこのような事をさせていては、お優しいマスターの事です、御心を痛めてしまうに違いありませんわ。ここは私が追い払って見せますわ。‥‥‥‥べ、別に、折角のマスターとの語らいの時を邪魔しに来たことに怒っているわけではありませんわ。

 

「マスターの教えを請いたい、というのはよく分かりますわ。‥‥‥‥ですが、マスターは御多忙なのです。貴方の相手をしている暇は‥‥‥‥」

「いいでしょう、用意なさい、ハード」

「マスター!!」

「ありがとうございます、アリアンロード様」

 

 マスターとハード・ワークが訓練場に向かうなか、私は一人佇んでいた。え、私、忘れられている!?

 私は二人の後を追って、訓練場に向かった。マスター、置いて行かないでください!

 

 

 訓練場にたどり着き、早速打ち合いを始める、マスターとハード・ワーク。

 マスターは槍を、ハード・ワークは剣を持ち、打ち合っている。

 マスターの荘厳にして優雅な槍捌きがハード・ワークの武骨な中に光るものを感じさせる剣閃を圧倒していく。流石マスターですわ。

 ですが、打ち合いは突然変化した。‥‥‥‥ハード・ワークが速度を上げた。

 

「ハアアアアアッ!」

「ふふ、更に出来るようになりましたか。ならば‥‥ハアアアアアッ!」

 

 ハード・ワークに呼応するようにマスターの攻撃速度も上がっていく。

 二人の剣と槍は何合も何合も打ち合いが続く。‥‥‥‥でも、

 

「‥‥‥‥ここまでですね」

 

 マスターの槍がハード・ワークの喉元を捉えている。

 

「‥‥‥‥ふぅ、参りました。ありがとうございました、アリアンロード様」

 

 ハード・ワークは降参し、武器を下ろした。

 ま、よくやったと思いますわ。ですが、マスターに敵う訳などあり得ませんわ。

 

「ハード、以前よりも剣の扱いが上手くなりましたね」

「いえ、今だ未熟の極みです。これからもなお一層の精進が必要だと自覚しております」

「ふふ、あくなき向上心、良いことです。‥‥‥‥ですが、先程カンパネルラから第二の実験が完了したことの報告を受けました。貴方も参加されていたんです。マクバーンの様に、怠惰に過ごせ、とは言えませんが、少しは体を休めなさい。無理をしてはいけませんよ」

 

 ああ、流石マスターです。ハード・ワークに対しての心遣いなど無用だというのに‥‥‥‥

 私がマスターのお優しさに、打ち震えていると、あの男は、

 

「いえ、今の私には休んでいる暇はありません。此度の実験において失態が多々ありました。そしてそこに至るまでも全ては私の不徳の致す限りでした。だからこそ、少しでも自分の中で失態を受け入れ、更にその先に進みたいと思っています。‥‥‥‥今の私に出来ることは己を鍛え上げる事しか出来ません」

 

 マ、マスターのお心遣いを無にするような返答、最早万死に値しましょう!! お優しいマスターもさぞ嘆かれていることでしょう。ならば、最早眼前に存在する物体にこの世にいていい道理はありませんわ。私が、悲しまれているマスターに代わり、このゴミを切り刻んで見せますわ!

 ですがお優しいマスターは私の想像を遥かに超えていました。

 

「全く、貴方も頑固ですね。仕方ありません、満足するまで、お相手しましょう」

「はい、ありがとうございます!」

「‥‥‥‥マスター‥‥‥‥」

 

 マスターはやれやれ、といったような困った表情を浮かべながらも、嬉々として槍を構え、ハード・ワークと相対している。

 ハード・ワークは今度は槍に変え、マスターに向き合う。

 

「行きます!」

「来なさい、ハード!」

 

 二人の槍が打ち合いを始め、目まぐるしい攻防がその眼前で行われていく。私は、この場で見ているだけ‥‥‥‥

 先程までマスターと一緒に居たのは、私だった。だというのに、今は私はマスターの視界に入っていない様な、有様‥‥‥‥ええ、マスターが笑顔でいてくださるならそれに越したことはありませんわ。

 ですがただ一つ思うことがあるとするならば‥‥‥‥おのれ、ハード・ワーク!!!!!

 いつかこの男に天誅を下すために、精進しないといけませんわ。

 そう心に決め、私は訓練場を後にした。

 

side out

 

「ハアァァァァァァッ!!!!」

「ハアァァァァァァッ!!!!」

 

 槍と槍がぶつかり合い、衝撃が体を走る。約二週間程の間、感じることのなかった衝撃だ。

 

「ハアッ!」

 

 この衝撃に撃ち負けてはいけない。まだまだ強くなるのだから。

 

「さあ、どれほど付いてこれるか、見せてみなさい!」

 

 アリアンロード様の圧力が増していく。

 そうだ、これを待ち望んでいた。私を強くしてくれるのは、やはりアリアンロード様しかいない。

 

「はい!」

 

 ならばどこまでも付いて行こう。

 私が欲しいのは‥‥‥‥平穏だ。そのためには何処までも強くならなくては‥‥‥‥

 

 

 手合わせを始めて、どれほど経っただろう。

 槍を使い、剣を使い、太刀を使い、鋼糸を使い、拳を使い、弓を使い、斧を使い、銃を使い、戦った。

 結果は‥‥‥‥全敗だ。

 残念なことに、手札の数は私の武器だが、そのどれもがアリアンロード様には遠く及ばなかった。‥‥‥‥別に悔しくはない。私とアリアンロード様には力の差もあるが、それ以上に性質に差がある。

 アリアンロード様は槍を、ただ一つの武器を極めた究極の一。それは膨大な時間と天より賜りし才が無ければ至ることは出来ない高みだ。

 それに対して私は数多の武器に手を出した半端者だ。かけた時間も、天より賜りし才もない。高みに至れない物の悪あがきだ。

 私には決してアリアンロード様に敵わない、技量に関しては。だが、もし、この技量を超える何かがあれば‥‥‥‥

 

「さて、終わりにしますか、ハード?」

「‥‥‥‥いえ、もう一本お願いします」

 

 私はアリアンロード様に再度対峙した。だが‥‥‥‥

 

「どうしました、構えないのですか?」

「‥‥‥‥少々お待ちください。」

 

 今日覚えたばかりの『鬼の力』、それを使用するために今一度、あの感覚を思い出し、引き出す。 

 ‥‥‥‥大丈夫だ、声は聞こえない。なら今のうちに、魔女の術式を使い、己を保護する。‥‥‥‥よし、完了だ。少しずつ、無駄は無くなりつつある。この調子で制御と力を引き出す上限を高めていこう。

 

「お待たせしました。では、よろしくお願いします」

 

 私は『鬼の力』を発動させ、左手に剣を出し、構えた。

 

「‥‥‥‥何故‥‥‥‥何故、貴方が『鬼の力』を!!」

 

 アリアンロード様は驚きと戸惑いの表情で私に問う。

 

「この力をご存じなんですか? 私がこれを使えるようになったのは今日、クロスベルでリィン・シュバルツァーが使っていたので、覚えました。これで通算三回目です」

「まさか‥‥‥‥あなたの体に異変は無いのですか!?」

「‥‥‥‥最初は意識を乗っ取られたみたいです。それで《劫炎》の先輩にご迷惑をおかけしました。‥‥‥‥ですが、魔女の術式で制御出来るようになりました」

「な、何故貴方が魔女の術式を使えるのです!?」

「その場に魔女とその使い魔が居ました。魔女の使い魔がリィン・シュバルツァーの『鬼の力』を抑えているときに使っていた魔法がこの術式でした。だから見て覚えました」

「‥‥‥‥最後のはともかく、なるほど、良く分かりました。それを覚えたのは今日と言う事ですね」

「はい」

 

 そう、今日覚えたばかりだが、大分使い方が分かってきた。後はこの力の使い方を色々試して、『鬼の力』の上限を更に制御出来るようになれば、今以上に強くなることが出来るはずだ。

 私がそう思っていると、アリアンロード様が構えを解いて、なにやら考え出した。一体どうしたんだ?

 

「‥‥‥‥あの、どういたしましたか?」

「‥‥‥‥魔女の術式、それを正しく習ってみませんか?」

「え? お教えいただけるんですか!」

「いえ、私は教えることが出来ません。ですが教えることが出来る者を紹介することは出来ます」

 

 流石アリアンロード様だ。そのような方とのツテをお持ちとは‥‥‥‥

 だが確かに、この力を抑えこむ魔女の術式の理解は必要だし、魔力の使い方を向上させないといけないのは確かだ。この力はもっと大きな力を持っている。計り知れない程、大きな力を、だからこそ、この力を制御すること、それこそが更なる高みに至れる、私の道だ。

 

「是非ともお願い致します」

「‥‥‥‥分かりました。では明朝向かいます。それまではお休みなさい」

「はい、ありがとうございます」

 

 アリアンロード様そう言って、訓練場を去って行った。きっと、先方にご連絡して頂けるんだろうな。

 ああ、これで魔女の訓練が出来る。当初の予定を上回る結果で嬉しい限りだ。魔女の修行方法が分からないから、第二柱の《深淵》殿が使っていた幻影を飛ばす技とかもどうやれば出来るか分からない。だから当初は資料室で知識を身につけ、その後は分け身と共に研究及び分析を行い、自己流にアレンジし、実戦を経て身につけようとしていた。だが、適切な指導者を得ることが出来るというなら、僥倖というものだ。過程を省いて、知識を得ることが出来る。これほどありがたいことはない。

 さて、喜ぶのはともかく、出向くのは明日と言う事だが、それまで何をしよう? うーん、そうだな、これからご指導頂く以上失礼があってはいかんな。まずは手土産の一つでも用意しないと、ご無礼に当たるな。よし、そうと決まったら、菓子折りの用意をしないとな。明日出向く、という予定である以上、時間は半日程しかない。転移で買いに行くか? いやそれではあまりに気持ちが足りない。ここは自作するしかないな。とりあえず菓子及び包みも自作するとして、何を作るか、それを考えないとな。うーん、ここは出来るだけ珍しく、それでいて喜ばれそうなものにしないとな。ふふ、腕がなるな。

 私は急ぎ、厨房に駆け込み、食材とにらめっこしながら、様々な菓子の作成を行い、翌日の3時に完成させることが出来た。

 

side アリアンロード

 

 私は訓練場を後にして、自室に戻ってきた。そして、先程ハードが使った『鬼の力』について考えていた。

 晩年のドライケルスが苦しめられ、輪廻を経て現代でもまたもドライケルスを苦しめる《黒》、その《黒》が持つ『呪い』、それこそが『鬼の力』です。ハードはそれを身につけた。

 これはハードの模倣する能力だから出来た、と言っていいことではありません。この力は彼の者と‥‥‥‥あの子だけのはず、なのに何故ハードがその力が使えたのか、私が知る限り説明がつくものはない。おそらく、ハード自身の何かに関わりがあるはず、《結社》に入る前の彼自身に何かがあるはずです。一度聞いてみた方がいいかも知れませんね。

 ですがそれよりも先にすべきことはあの力が彼に牙を剥かない様にすることですね。おそらくハードの事です、力を得た以上、間違いなく使うでしょうし、危険だとわかっていながら‥‥‥‥いえ、危険だと考えずに使ってみて、ダメなら違う方法でまた使うでしょうね。彼の中では『使わない』という選択肢はもうないでしょうね。ふう、困った子です。

 それに私自身もかつて袂を別った彼女を頼るだなんて、随分と図々しくなったものです。これもハードの影響でしょうかね。ふふ、悪い気はしませんね。

 ‥‥‥‥もうすぐ私の旅路も終わりを迎える。思えば長い旅路でした。その時の中で、多くの出会いと別れを迎えました。そんな中で出会ったハードが私の槍を、戦いを学んでくれた。私の槍技は、戦いは彼の中で生きていく、そう思うと私の長き旅路に意味があったと、心から思える。もっと早く出会えていれば、もっと多くの事を教えれていればと、欲が出てくるほどです。彼の成長は早く、そしてどこに行くのか分からないのが、ハラハラしつつ、面白くもある。出来れば彼の成長を見届けたい、そして出来るならば成長した彼と打ち合いたいと思う。‥‥‥‥ですが、それは過ぎたる願いでしょうね。終わりゆく旅路の果て、積み上げた時の中で築き上げたものを繋いでくれる者に出会えたことだけでも僥倖というものですね。

 でもだからこそ、私がいるうちは彼の脅威となるものを取り除きたい、そう思ってしまう。このようなこと口に出して言えば、過保護なことだと、笑われることだと思っています。デュバリィに知られると、泣かれてしまうことだと思っています。

 ハードと私の関係は師弟なんでしょうね、傍から見れば。ハード自身もきっとそう思ってくれていると思います。きっと、デュバリィ、アイネス、エンネアも師弟の関係だと思ってくれていると思います。ですが、子を成さなかった人生、彼女達との生活はまるで‥‥‥‥それに最近はハードも、そう思えてきました。デュバリィ、アイネス、エンネアの三人は聞き分けが良く、手が掛からなかったと思います。ですが、ハードは何をするか分かりません、『休め』と言っても言う事を聞きません、何度負けても何度でも立ち上がる、これが男の子かと、思いました。でも手が掛かる子ほど、世話を焼きたくなるものだと、掛けられた時間が少ないからこそ、どうしても贔屓目に見てしまうと言う事も分かるようになってきました。ふふ、まさかこんな心境に至るとは思いませんでしたが、存外悪いものではないですね。

 

side out

 



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第二十三話 車中でのちょっとした会話

明日から仕事なので更新が遅れると思います。
よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年5月22日 ???

 

 私は昨日、いや本日作成完了した菓子折りを持ち、アリアンロード様を待っている。

 今日は弟子入り志願の日だ。ご指導頂くのはアリアンロード様にご紹介頂く方だ。失礼があってはアリアンロード様の顔にドロを塗るような行為だ。到底そのようなことは許されない。そのため身だしなみは完璧にしておかなければならない。髪に寝ぐせやハネているところはないか確認したし、今日の様な日のために準備しておいた新品の黒スーツを着込み、ネクタイの曲がりがないかも確認したし、靴もピカピカに磨いた。手土産もOKだ。これで大丈夫だ。

 私が身だしなみの最終チェックを終わると、アリアンロード様がお越しになられた。

 

「おはようございます、アリアンロード様」

「ええ、おはよう。ハード」

 

 お越しになられたアリアンロード様は私服でした。白のブラウスにロングスカートという、貴族の若奥様的な装いでした。大変美しく清楚な感じだった。

 いかん、見とれていては‥‥‥‥こういう時は、そう褒めるんだった。女性の着こなしを褒めるべきなんだ。パトリックとか留年先輩とか女性に話しかけるタイプの人間はみんなそう言っていた。

 

「アリアンロード様、本日の装い、実にお似合いにございます。このハード、思わず見惚れてしまいました」

 

 パトリックが言っていた台詞を使わせてもらったが、どうだろうか。

 

「ふん! マスターのお姿をそんな陳腐な言葉でしか表現できないとは、物を知らぬ愚か者が!!」

「‥‥‥‥おはようございます、デュバリィさん」

 

 アリアンロード様の背後から現れたデュバリィさんが私の言葉を陳腐と仰られた。‥‥‥‥パトリック、お前のせいだぞ。

 遠い地にいる、同級生に罪を背負わせ、私は改めてデュバリィさんを見た。

 

「大変良くお似合いですよ、デュバリィさん」

「ふん、世辞は結構ですわ」

 

 いや、そんなことはない。ブラウスとスカートとロングブーツを合わせた着こなしにはセンスを感じる。まあ、私はファッションには疎いので、センスと言っても、とてもお笑いなんだが‥‥‥‥

 しかし、ここにいると言う事はデュバリィさんも一緒に魔女への弟子入りをするんだろうか?

 

「あのアリアンロード様、私だけでなくデュバリィさんも魔女の弟子入りされるんですか?」

「いえ、デュバリィは‥‥‥‥」

「貴方とマスターを一緒になどしておけるもんですか! 私もついて行きますわ」

「早朝、私とハードが出かける旨を伝えたところ、このように言い出しましたので、連れてきました」

 

 アリアンロード様は困ったような、それでいて面白そうな笑顔を浮かべながらそう言った。

 

「なるほど、そうでしたか。ではデュバリィさんもご一緒されるんですね」

「ええ、そうです。置いて行くのもかわいそうですし、一緒に連れて行くことにしました」

 

 そうか、デュバリィさんも一緒に行かれるのか、何処に行くかは分からないが、私が知っている場所なら転移ですぐなんだが‥‥‥‥魔女の住処だし、知っている場所じゃないだろうな。そうなると鉄道だな、旅は道ずれというし、一緒に行く人が増えるのは楽しいだろうな。そういえば、何処に行くんだろう?

 

「アリアンロード様、少々お伺いしたいことがあるんですが?」

「どうしました、ハード」

「これから向かうのはどちらなんですか?」

「これから向かうのは‥‥‥‥サザーラント州、イストミア大森林です」

 

 すっごい覚えがあります、屋台を大量に作っていた製作拠点ですね。ということは‥‥‥‥転移ですぐですね。

 

 

 ‥‥‥‥結局、鉄道で先方に向かうことにしました。まあ、転移で行くというのはアッサリし過ぎて、愉しくありませんので。

 それにしても、《結社》前駅で列車が来るのを待っていると、色々な構成員に見られた。まあ、《結社》最強のアリアンロード様に鉄機隊筆頭のデュバリィさんが私服姿で待っているんだ。そりゃあ見るよな、私でも見るな。その後も、列車に乗るときには、多くの構成員が道を譲り、アリアンロード様の前には道が出来た程だ。流石はアリアンロード様、その威光の前には木っ端の構成員如きが遮れるものではないな。

 列車に乗って、私は窓際に座り、私の前にはアリアンロード様、そのアリアンロード様の隣にデュバリィさんが座っている。今の光景は傍から見ると、貴族の若奥様的なアリアンロード様にその娘であるデュバリィさん、そうなると私は‥‥‥‥執事だな、間違いない。今日の風貌から言って、黒のスーツの大柄の男だ。完全にボディガード兼執事だな。‥‥‥‥残念ながら戦闘力では見事に負けているが‥‥‥‥

 まあ、しかし、こうやって誰かと共に列車に乗ってどこかに行くというのは、ギルバート先輩に続いて二回目だな。なんだかこういうのも楽しいものだな。

 

「ふふ、どうしました、ハード。何やら楽しそうですね」

「いえ、こうやって共に旅が出来ることがとても嬉しいもので。先月もギルバート先輩と共にクロスベルに行った時にも、途中で御老人に出会いまして、色々な話が出来ました。一人でない、というのはとても良いことだな、と思いましたね」

「そうですか、それは良き出会いでしたね」

 

 あの御老人、お元気だろうかな、今は共和国に居るんだろうかな。そういえばあの時言われた、私の前に立つ者とは、一体誰の事なんだろう? まあその内出会うこともあるかもしれないし、出会わないかもしれない。気にしない方がいいかな。

 私は外を眺めながら、あの時の話を頭の片隅に追いやった。すると、デュバリィさんに声を掛けられた。

 

「ハード・ワーク、貴方御家族と旅行等したことなかったんですの?」

「‥‥‥‥ええ、したことはないですね」

「そうですの‥‥‥‥」

 

 家族と旅行か‥‥‥‥そんな事をしたことなかったな。後悔はあるし、もし‥‥‥‥あんなことが起きなければ、出来たのだろうか?

 デュバリィさんは話題を繋げようと話を振ってくれた。

 

「生まれはどちらですの?」

 

 この質問は‥‥‥‥ちょっと困ったな。

 

「‥‥‥‥分かりません」

「え? 分からないって‥‥‥‥」

 

 分からない、これだけではちょっと説明不足だな。色々話さないとだめだろうな。

 

「サザーラント州に着くまで少し時間がありますので、その辺りもご説明するにはちょっと長いですが私の話を聞いて頂けますか?」

「ええ、構いませんわ」

「私も貴方の過去には興味があります」

 

 そうか、出来るだけ簡潔に分かりやすく話さないといけないな。

 

「私はどこで生まれたのかを知りません。本当の親も知りません。私は‥‥‥‥戦災孤児、だったんです」

 

side デュバリィ

 

「私はどこで生まれたのかを知りません。本当の親も知りません。私は‥‥‥‥戦災孤児、だったんです」

 

 私は‥‥‥‥後悔しました。‥‥‥‥何故、あんな話題を振ってしまったのか、と‥‥‥‥

 ハード・ワークは自分の過去を話し始めました。

 

「私は14年前の『百日戦役』の際に保護された戦災孤児でした。当時の私はおよそ6歳程、と言う事で6歳と言う事になりました。それから14年経ち、当年20歳となっていますが、今だ私の本当の年齢は分かりません。

 私が保護されたのは帝国西部にあるミルサンテという町の近くでした。町の近くで倒れていたところを巡回中の帝国軍人に保護されました。ただ当時の私からは何も分からなかったそうです。分かったのは私の名が『ハード』であると言う事だけでした。また当時の状況から私は猟兵に故郷を襲われたのではないかと、思われていたそうです。何も分からなかった私はそのまま保護されました。

 時が経ち『百日戦役』が終わった後、行き場のなかった私を養子としたい、という夫婦が現れました。その夫婦の奥さんは私を保護した軍人でした、それが私の母になる『ソーシャル・ワーク』でした。私はワーク夫婦に引き取られ、私の父となる『ネット・ワーク』と共に三人で帝都ヘイムダルで暮らしていました。両親ともに軍人であるため、日常的に会える訳ではなかったですが、それでも沢山の良き思い出がありました」

 

 ハード・ワークの顔には悲痛な過去であるのに、何故だか楽しそうな表情が浮かんでいました。

 育ての親の事が大好きなんでしょう、親の話になってからは饒舌になるようでした。

 ですが‥‥‥‥その表情が徐々に曇り出していきました。

 

「‥‥‥‥ですが、それも長くは続きませんでした。両親に引き取られて3年経った頃に私は両親の下から引き離されました。‥‥‥‥誘拐されたんです」

「‥‥‥‥え、誘拐?」

 

 ハード・ワークが息を吐く音が聞こえました。その後、ゆっくりと続きを話し出した。

 

「私が誘拐された日、両親は家にいませんでした。仕事が忙しく、明日の朝には帰ってくることになっていました。ですが、そう言う事も少ないながらもありましたので、いつも通りだと思っていました。‥‥‥‥誘拐された夜、家の扉がノックされました。私は寝ていましたが、両親が帰ってきたと思い、飛び起きて扉に向かいました。‥‥‥‥ですがそれは両親ではありませんでした。軍服を着ていたので、両親の知り合いか誰かだと思いました。ですが、それは違いました。そいつらは私に袋を被せ縛り上げ運ばれました。私は当時9歳で大人には勝てませんでした。

 それから何日か経った後、とある場所に閉じ込められました。そこには私と同じ歳くらいの子供がいました。ですが彼らの表情はみんな虚ろでした。ですがその意味が分かったとき、きっと彼らと同じ表情になっていたことでしょう。たぶん何かの実験をしていたんだと思います。人体実験として当時色々な物を飲まされたりしました。そのたびに意識が飛びそうになりましたが、自我を保ちました。その場にいた大人たちはそれを見て、更に色々なことをしました。

 気づけば力は強く、足は速く、目や耳が良くなり、覚えたことは忘れなくなりました。ただ、その頃からでしょうか、眠くなくなりました。

 それから時が経ち、気が付けば私以外、部屋に誰もいなくなりました。そんなある日、大人達が慌てていました。私はそのスキを突き、施設を脱出することが出来ました。その後逃げていると、大人達が追ってきました。‥‥‥‥私はその大人達を‥‥‥‥殺して逃げました。皮肉なことに彼らが強化した私の力なら、彼らくらい纏めて相手にしても、大したことがなかったんです。そして、怯える彼らを私は‥‥‥‥首に木の枝を突き刺し‥‥‥‥殺したんです。

 それから私は色々な方法で帝都を、両親の下を目指して走りました。強化された体でも、眠らない体でも、多くの時間を費やしました。私が帝都に到着した年は‥‥‥‥1198年でした。誘拐されて大体3年くらい経っていました。帝都に着いた頃、体はボロボロでした。強化された体、眠らない体を駆使してもそれでも限界があるようでした。でも心だけは強く持っていました、両親に会いたい、その一心で足を進め、漸く、自宅にたどり着きました。‥‥‥‥ですが、そこには‥‥‥‥もう誰も住んでいませんでした。それからそこに崩れ落ち、途方に暮れていました。もう両親の消息を知る手掛かりはなく、どうすればいいのか、何もわからなくなっていました」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 ‥‥‥‥絶句するしかなかった。おそらくハード・ワークを誘拐したのは《D∴G教団》、時期的に見て《結社》が襲撃した時なのか、カシウス・ブライトが指揮した教団施設襲撃した時の混乱かは分かりませんが、その際に脱出したんでしょう。かつてはエンネアも、執行者No.ⅩⅤ《殲滅天使》も、同じことになっていたそうですが、何度聞いても、胸が痛むイヤな話ですわ。それに、ご両親がいなかったというのは、一体どういう理由で‥‥‥‥

 

「私が家で途方に暮れていると、ある人がやってきました。‥‥‥‥ギリアス・オズボーン宰相でした」

「!」

「!」

 

 えええ、いきなり出てきた名前にビックリしました。しかし一体どういう関係があったんですの?

 

「ギリアスさんに背負われ、私はある場所に向かいました。その道中、ギリアスさんは色々な話をしてくれました。ギリアスさんは私の両親と学生時代からの友達だと言いました。両親が結婚した時のこと、子供に恵まれなかった両親が私を養子にした時のこと、それからの喜びようを話してくれました。父も母も、三年前の仕事を最後に軍を退役して、私と共にゆっくりした暮らしをするつもりだった、ということも話してくれました。その話を聞いていて‥‥‥‥当時の私はギリアスさんが両親のところに連れて行ってくれると思っていました。そして、確かに両親のところに連れて行ってくれました‥‥‥‥‥‥両親のお墓の前に」

「‥‥‥‥な、なんで、なんでそのようなことに‥‥‥‥」

「‥‥‥‥っ!」

「私が誘拐された後、家が火事に遇い、そこに一人の子供の焼死体があったそうです。状況的に見ても、体型的に見ても、私だと判断されました。‥‥‥‥ただ二人、私の両親を除いて。私の両親はその焼死体を私だと、決して認めなかったそうです。私は死んでいないと信じ、火事で失った家を再建し、私を待ってくれていたそうです。‥‥‥‥ただ、その後は私の行方を捜しつつ、働きつづけたそうです。‥‥‥‥でも、無理がたたったそうです。私が脱出する1年前に父は亡くなり、それから半年が経った頃に、母が亡くなったそうです。過労死だったそうです。朝が早く、夜も遅く、昼夜問わず仕事と私の捜索を行っていたそうです。‥‥‥‥その後、私はギリアスさんのおかげで、両親と共に暮らしていた家に一人で住むことにしました。それから6年経った後にトールズ士官学院への入学を勧められました。両親が通った学校だから、とのことでした。私は軍人、いや軍服というものがいやでしたので私は勧めに従い、入学し‥‥‥‥卒業し、今ここにおります。‥‥‥‥まあ、ちょっと長くなりましたが、このような生い立ちでございます。あまり面白い話ではなくて申し訳ございません」

 

 私は言葉を失い、もう何も言えませんでした。あんまりではないですか、どうしてここまで‥‥‥‥この世界に女神の慈悲はないのですか。

 私は歯を食いしばり、目から零れ落ちるものをこらえました。

 そうしていると、隣にいるマスターが動かれたのを感じ、其方を見ると‥‥‥‥抱きしめていました。

 

「‥‥‥‥アリアンロード様、その、どうされました?」

「‥‥‥‥ハードは‥‥‥‥泣けましたか。我慢しませんでしたか‥‥‥‥」

「‥‥‥‥分かりません。両親の墓を見た時から、一時的に記憶がありませんでした。そして気づいたら家にいましたので‥‥‥‥」

「そうですか‥‥‥‥」

 

 マスターはそう言って、尚も抱きしめていました。

 私にも覚えがありました。故郷を‥‥‥‥両親を‥‥‥‥全てを失くした私を救ってくださったときもこのように抱きしめて頂きました。誰かがいてくれる、そのことが何よりも有難く、嬉しいことだと、心の底から思いました。だからこそ強く、美しく、そして何よりお優しい、この方の御傍にいたいとずっと思っておりました。そんなマスターが先程の話を聞いて、必死に耐えた子を見捨てる様な方ではありませんわ。

 ‥‥‥‥まあ、今日のところは許してあげますわ。

 私は顔を伏せ、もう見ることを止めた。

 

side out

 



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第二十四話 魔女の師匠と社畜の弟子

よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年5月22日 イストミア大森林

 

 セントアークで下車した後、街道を歩き、イストミア大森林にたどり着いた。私自身が足を運んだのは、大体一月半くらい振りだ。

 

「さあ、彼女がいるのはこちらです。行きますよ、デュバリィ、ハード」

「はい、マスター」

「はい‥‥‥‥リアンヌ様」

 

 私は列車の中で抱きしめられて以降、アリアンロード様に今までの呼び方を変えるように命じられた。恐れ多く、やんわりとお断りしようとしても、頑として譲らず、その結果、私が敗北したのは当然の事だった。ただいつもなら、デュバリィさんがキッと睨みつけてきたりするのに、そんな雰囲気が全くなかった。それどころか、『行きますわよ、ハード』と言われて、少し違和感を覚えた。少し考えて、その理由に思い至った。私の事をフルネームではなく名前で呼んでくれるようになっていた。昔話で少しは距離間が縮まったかな、それだけでも話した甲斐があった。あんな過去でも役に立つもんだな。

 私たちは森の奥に進んでいくと、リアンヌ様が足を止めた。

 

「‥‥‥‥20年ぶりですか。久しぶりですね、ロゼ」

 

 リアンヌ様が話しかけると、そこに‥‥‥‥自身の背丈ほどもある長い金髪の小さな女の子が現れた。もしかして、この方が魔女ですか?

 

「なんじゃリアンヌ、お前さんがくるとはどういう風の吹き回しだ?」

 

 随分と尊大な口調だ。なんというか、見かけだけで言えば、子供が大人ぶっているだけにしか見えない‥‥‥‥でも、そうじゃないな、あの口調が似合うだけの時を重ねているように見える。

 

「随分と可愛らしい姿になりましたね」

「眷属を分けたのでな。ま、片方は散ってしまったが。ろりぃなのも悪くないじゃろ?」

「ええ、元の貴方も素敵でしたが、その姿も愛らしくて素敵ですね。ドライケルスが見たらなんというでしょうね」

「ふん、あ奴の事じゃ。『なんだロゼ、何時の間に縮んだんだ』くらいしか言わんじゃろう」

「ふふ、いかにも言いそうですね」

 

 二人の会話はいかにも旧友との再会、という内容だった。リアンヌ様とロゼ‥‥さんはそんな間柄なんだろう。見かけは20年前には生まれてないんじゃないか、という風貌のロゼ‥‥さん、だが‥‥‥‥そこに声を挟むのは野暮というものだろう。

 

「単刀直入に言います。貴方にお願いがあり、ここに来ました。ここにいるハードに指導をして欲しいのです」

 

 私はリアンヌ様に背を押され、前に出た。いかん、ご挨拶せねば‥‥‥‥

 

「お初にお目にかかります。私、ハード・ワークと申します」

「うん?‥‥‥‥お主‥‥‥‥」

 

 ロゼさんが私をじっと見つめる。上から下まで、私の体を‥‥‥‥いや、表面ではなく何かを見ている。

 

「一体何者じゃ?‥‥‥‥いや、一体どういう運命を辿ればそこまで歪な存在になるんじゃ? それにその体はなんじゃ? それに魂も‥‥‥‥」

「あの~、何者と聞かれましても、私、先程申し上げた通りハード・ワークと言う者でして‥‥‥‥」

「そんな事を聞いておるんじゃないわ。妾が聞いておるんわ‥‥‥‥‥‥‥‥いや、お主には分からんのか? いや‥‥‥‥知らんようじゃのう。随分と酷なものを背負っとるようじゃのう‥‥‥‥」

 

 何やら私を見て、悲し気な目をして、そっと逸らした。

 ‥‥‥‥どうやら何かが見えたようだ。一体何が見えたんだ?

 

「‥‥‥‥まあよい、それよりもなにゆえ妾の下にそやつを連れてきた。リアンヌ、お主が面倒見れば良かろう?」

「‥‥‥‥連れてきた意味は見せた方が早そうですね。ハード、あの力を使いなさい」

「はい、リアンヌ様」

 

 私はその場で息を整え、目をつぶり、意識を集中させ、中にいる力を起こした。

 ‥‥‥‥よし、声は聞こえない。後は術式で己を保護する。‥‥‥‥よし、完了だ。

 

「ふぅ、お待たせしました」

 

 私は『鬼の力』を解放した。

 リアンヌ様に言われた通り、解放してみたが一体どうするつもりなんだろうか?

 

「な!‥‥‥‥ふむ、多少驚いたが。まさか『灰の起動者』と同じものを持っているとはな。それにその術式はセリーヌの術式じゃな。‥‥‥‥だが似てはいるが、それ通りではないな、おぬし用に組み替えている。だが、その様子では‥‥‥‥自覚して組み替えた訳ではないの。おぬしの‥‥‥‥いや、これ以上は言うまい。で、リアンヌ、おぬし妾に何をさせたい?」

「言ったでしょう、指導をして欲しいのです。具体的には貴方の魔術を見せてあげて欲しいのです」

「見せたところで、こやつが出来るとは限らんぞ?」

「出来ますよ、ハードなら」

「‥‥‥‥‥‥‥‥まあ良いわ。それはさして手間取らんじゃろう」

「それでは!」

「‥‥‥‥じゃが、教える以上、妾も対価を要求するぞ」

 

 対価、か。ご指導頂く以上、授業料を支払うのは当然だ。だが一体どれ程かかるんだろうか。

 

「じゃがその前に、聞いておきたいことがある。ヴィータをどうするつもりじゃ? 地精どもの『黄昏』と《結社》の『幻焔』、目的も背景も異なる2つの計画にいかにして白黒つけるつもりじゃ?」

「《深淵》殿なら心配ないでしょう。協力者たちも傑物揃い、厄介な相手となりそうです。そして『巨イナル黄昏』と『幻焔計画』‥‥‥‥250年前の『あの日』。それまでに答えが出るでしょう」

「‥‥‥‥ふう、馬鹿者が。惚れた男への義理か知らんが‥‥‥‥ヴィータといい、人の気も知らずに‥‥‥‥」

 

 リアンヌ様とロゼさんの間で話されている内容、前者はともかくだが、後者の方には私はついて行けない。それに見てみると、デュバリィさんも同じようだ。前者の話であるヴィータさん、《深淵》殿が《結社》を離れているし、昨日も見かけた。その彼女に協力者たちがいるという話だが‥‥‥‥とりあえず、昨日《深淵》殿を捕まえに行かなくて正解だったということか。カンパネルラさんが今はいい、といったので止めたが、それが功を奏したな。流石カンパネルラさん、見事な先見の明だ。

 後者の話は『幻焔計画』の話なんだろうけど、『巨イナル黄昏』とか‥‥‥‥一体何だろう? 後々リアンヌ様

に聞いてみるか。

 私がそう考えていると、落ち込んでいたロゼさんが踏ん切りがついたのか、顔を上げた。

 

「おお、そうじゃ対価の話じゃったな。‥‥‥‥今は思いつかんわ。それまではとりあえず保留じゃ」

「そうですか。では対価の件は決まったらハードに言ってください」

「分かった。ではおぬし、ハードと言ったか。妾の指導は厳しいぞ、泣き言は許さんからな」

「はい、宜しくお願い致します。師匠!」

「師匠‥‥‥‥良き響きじゃ。では行くぞ、我が弟子ハードよ」

「はい、師匠!」

「頑張りなさい、ハード。‥‥‥‥帰りますよ、デュバリィ」

「はい、マスター。‥‥‥‥またですわ、ハード」

 

 そう言って、リアンヌ様とデュバリィさんがイストミア大森林を後にした。

 そして、私は師匠に連れられ、転移した。

 

 

「‥‥‥‥ここは」

「隠れ里エリンにようこそ、我が弟子よ」

 

 どうやら、ここが魔女の隠れ里のようだ。これからここで過酷な修行が始まるんだな、必ずや魔女の力をものにして見せる。

 

「さて、ではまずは‥‥‥‥‥‥その手に持っている物を渡してもらおうかの」

「あ、そうですね。こちらお口に遇えばいいんですが‥‥‥‥」

 

 まずは手土産をお渡しすることからですね。

 

 

―――七耀暦1206年5月30日 隠れ里エリン ローゼリア邸宅

 

 魔女ローゼリア師匠に弟子入りしてから早一週間、ここまで壮絶な修行に耐え、新たな力を得ることが出来た。

 

「ではハードよ、おぬしの成長ぶりを妾に見せてみよ!」

「はい、師匠!」

「では、行くぞ」

 

 そう言って師匠が椅子に座る。私は全神経を集中させ、師匠の一挙手一投足に気を配った。

 すると、師匠の手が上がり、人差し指を天に掲げた。

 

「はっ!」

 

 私はその合図と共に床板を蹴り、目標のブツを取りに行く。細心の注意を払い、ブツを持ち、再び師匠の下に戻る。だが、決して足音を立ててはいけない。音を殺す、それは全ては師匠を不快にさせないためだ。

 私は師匠の下で、次なる仕事に取り掛かる。正しき手順を踏み、最適な状態の至高の一を仕立てる事、それこそが師匠の望み。ならば弟子は師匠の想定を上回る成長を遂げなくてはならない。‥‥‥‥よし、後は最高の瞬間を見極める。焦ってはいけない、だからと言って愚鈍でもいけない、師匠に最高の一を捧げる事、それだけを心に刻みつける。‥‥‥‥‥‥‥‥よし、ここだ!

 

「師匠、宜しくお願い致します」

 

 私は師匠に評価を委ねた。

 

「うむ‥‥‥‥‥‥ほう、よくやったな。我が弟子ハードよ」

「し、師匠! で、では‥‥‥‥」

「うむ、実に素晴らしい出来だ。最早其方に教える事は何もない、これから先は己で道を見つけ精進するがよい」

「はっ、ありがとうございます、師匠!」

 

 弟子入りして早一週間で遂に私は高みに至った。‥‥‥‥‥‥お茶くみとして。

 

side ローゼリア

 

 妾はハードが淹れた紅茶をゆっくりと味わう、すると口の中に茶葉の味わいが広がる。うむ、うまい。

 一週間の間、妾が教えたのはお茶の出し方だった。ハードは魔術の修行を望んだが、『貴様の様な無礼者に教える事は出来ん』、というと素直に妾の言う事を聞き出した。というよりも、歯向かいもせんかった。最近の若者にしては素直な奴じゃ、孫娘に見習わせたいほどじゃ。まあ、若者に礼儀を教えるのはババアの嗜みじゃからな、何処に出しても恥ずかしくない弟子に染め上げてやろうとした。

 その結果‥‥‥‥‥‥立派な執事に育った。うむ、実に便利な存在じゃな、弟子と言う者は。最近は椅子に座ったままで指を動かすだけで、全て弟子が差配する。喉が渇いた、腹が減った、あれが欲しい、肩を揉め、温泉に運べ‥‥‥‥等、妾の指示一つで何でもこなせる万能執事に生まれ変わった。

 はあ、リアンヌもいいもんくれたわ。これは癖になる。最初は生意気にも妾に『野菜もお食べください』等と歯向かったが、妾がガツン、と言ってやると、それ以降は出してこんくなった。エマだと口うるさく言うが、ハードはそんなことはない。妾の意志を汲める者じゃ。それに妾が何かするたびに『流石です、師匠』と敬うんじゃ、この辺り、孫娘たちは決して言わんからな、実に気分がいい。

 お、そういえばそろそろ食事の時間じゃな、では指示を出さねば。弟子を導く、師匠としての仕事じゃな。妾が指示を出すと、ハードが素早く厨房に向かい、妾のために食事を作り出した。さて、今日の夕食はなんじゃろうかの?

 夕食を心待ちにしていると、何やら首元がひやりとする感覚に襲われた。

 

「‥‥‥‥様子を見に来てみれば‥‥‥‥これはどういうことですか、ロゼ」

「ブボッ!!‥‥‥‥ケホッ、ケホッ!!」

 

 妾はその声の主を知っている。250年の長きにわたり、交流のあった者じゃ、今更間違えん。じゃが‥‥‥‥じゃが‥‥‥‥間違いであって欲しいもんじゃ。

 妾がゆっくりと振り返ると、そこには‥‥‥‥‥‥妾でも見惚れる程の素晴らしい笑顔を浮かべたリアンヌがそこにおった。ただし‥‥‥‥目は笑っておらんかった。

 

「お、お、おう。1週間ぶりじゃの、リアンヌ。な、なんの用じゃ」

「ふふ、ハードの修行状況の確認に来たんですよ。さて修行状況はいかがですか、御教え願えますか、ロゼ」

「ま、まだ1週間じゃぞ。そ、それほど早く結果が出るとは限らんぞ!」

「ハードに1週間与えれば、大体のことは完了結果が出ます」

「いやいや、そんな訳なかろう。妾を謀ろうとしても無駄じゃぞ」

「その返答がハードに特に何も教えなかった証拠です。さて、修行状況は?」

 

 ぐぅ、ま、まずい‥‥‥‥確かにハードに魔術は教えてはおらんかった。

 一週間前、弟子に最初に教え込んだのが上下関係じゃった。思いの外、従順じゃったので、その後も色々命令しておったら、すっかり執事になってしまった。

 妾には世話役はおるが、ここまで従順ではない。なので、余計に弟子にあれこれ命令しておった。その結果、妾が何かする代わり全部弟子にやらせておった。気づけば、食事に洗濯、出かけるときにも背負わせて、里内を移動うする始末‥‥‥‥妾が最近自分で何かしたことあったかのう? ここ3日程は皆無じゃな、いや、慣れとは怖いもんじゃのう。

 ‥‥‥‥‥‥思い出したことをそのまま伝えた場合、リアンヌは激怒する、妾は怒られる‥‥‥‥‥‥これはイヤじゃ。‥‥‥‥となると、方法はただ一つ、誤魔化すしかない。幸い今なら、弟子は夕食作りをしておる、ならば妾の巧みな話術で煙に巻かせてもらうぞ、リアンヌ。

 

「あ、これはリアンヌ様、いらしてたんですか」

 

 最悪のタイミングで弟子が現れた。

 

「ええ、貴方の様子を見に来たんです。どうですか、魔術の修行の進みは?」

「魔術ですか? まだまだそこまでたどり着けませんよ。今日漸くお茶くみの免許皆伝を頂けたくらいです」

「お茶くみ‥‥‥‥免許皆伝‥‥‥‥ほう‥‥‥‥そうですか‥‥‥‥そうなんですか、ロゼ」

「あ、いや、えっと、その‥‥‥‥」

 

 まずい、弟子が勝手にあることあること話し出した。

 妾は弟子との意思疎通に鍛えてきたアイコンタクトで『ここは妾に任せよ』と送った。だが、返答は『いえ、師匠のお手を煩わせるわけにはいきません。ここは弟子の私にお任せを』と返ってきた。

 しまった、ここ最近の妾の指導方針は弟子は師匠の手を煩わせてはいけない、という教えを叩き込んだ。その結果、妾は地獄に叩き込まれることになった。

 

「ハード、他には何をしていましたか?」

「はい、朝は師匠を起こし、朝食を作り、師匠を担ぎあげ、朝の散歩を行い‥‥‥‥」

 

 やめよ‥‥‥‥

 

「昼は昼食を作り、里の問題ごとに対応し、師匠からの指令として里の外で買い物に出かけ‥‥‥‥」

 

 やめるんじゃ‥‥‥‥

 

「夜は夕食を作り、師匠を温泉に運び、湯上りにマッサージを施し、師匠をベッドまで運び、就寝を見届けた後、明日の朝食並びにおやつの仕込みを行い‥‥‥‥」

 

 やめてくれ‥‥‥‥

 

「寝る前に自主鍛錬を行っております」

 

 弟子は満足気にリアンヌに言い切った。随分と晴れやかに誇らしげな表情だ。妾にはあの表情が妾への意趣返しに思えてくる、当人にその気は全くないというのは分かっておるがの‥‥‥‥もう少し、妾を擁護してくれ、バカ弟子!

 

「そうですか。‥‥‥‥では、後で手合わせをしましょう」

「はい、宜しくお願い致します」

「では、里の外れに広場がありますので、そこで行いましょう。先に行っていてください、私は少し‥‥‥‥ロゼと話があります」

「はい、ではお待ちしております」

 

 そう言って、弟子は外に出て行った。‥‥‥‥行かんでくれ、思わず声が出そうだった。

 妾の意志を汲まずに意気揚々として出て行く弟子を見送った後、

 

「さて‥‥‥‥話をしましょうか、ロゼ」

「う、うむ」

 

 妾とリアンヌが向き合い‥‥‥‥話が始まった。

 

side out

 




ありがとうございました。


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第二十五話 お食事会と思い出話

いつも感想頂きありがとうございます。


―――七耀暦1206年6月1日 隠れ里エリン ローゼリア邸宅

 

「弟子よ、今日より本格的な魔術の修行を開始する」

 

 師匠の第一声は当初の予定を遥かに繰り上げになる言葉だった。確か、お茶くみの後は、料理検定、掃除検定、マッサージ検定と様々な試練を超えた先にたどり着ける、狭き門だと仰っていた。そのため修行を開始できる時期は半年後だと仰っていたのに、一体どうされたんだ?

 そういえば、昨夜はリアンヌ様と手合わせ後に師匠にお会いすることはなかった。リアンヌ様が師匠は先にお休みになられた、と仰られたので、明朝の朝食分のしこみ作業を行ない、そのまま就寝することになった。

 そして現在は朝食の準備をしているがいつもより多く用意している。なぜなら‥‥‥‥

 

「お邪魔しますね、ロゼ」

「失礼いたしますわ」

 

 お客様がいらしてます、リアンヌ様とデュバリィさんの御二人です。どうやら、ちゃんと修行をしているか状況確認のために来られている。信用ないな、私。

 でも仕方がない、お茶くみに一週間掛かった以上、この先の試練が同等の時間が掛かってしまっては計画に間に合わない。それを見かねてリアンヌ様が師匠にお願いして頂いたんだろう。この状況はいわゆる、『コネ』を使ったということだ。

 なんと情けない‥‥‥‥リアンヌ様が旧友である師匠にお願いして学ばせて頂いているというのに、今だ修行に入れず、あまりの不甲斐なさにリアンヌ様が師匠に頼んでくださったとは、自分自身の不甲斐なさに涙が出そうだ。

 私はリアンヌ様にそのことで謝罪をお伝えしたところ、リアンヌ様は『ハードは悪くありません、気にしてはいけませんよ』と仰られた。なんとお優しい、このハード、リアンヌ様のお優しさ生涯忘れません。ですが、こんなことを面と向かって言っても、リアンヌ様が困られるだけだ。ならば成果でお返しするまでだ。‥‥‥‥とりあえずは、

 

「本日の朝食にございます」

 

 私に出来る精一杯の食事を提供するだけだ。

 

 

「では弟子よ、まずは妾が使う魔術を見ておれ」

「はい、師匠!」

 

 師匠が杖を振ると、剣が4本出来上がった。

 

「暗き刃よ、行け。『イクリプスエッジ』」

 

 魔力で作られた刃が宙に浮き、師匠の指示通りに飛んで行く。

 

「とまあ、こんな感じじゃ。やってみよ」

「はい、師匠!」

「まあ、すぐには出来んじゃろう。本来なら魔力を感じるところから始めるんじゃが、弟子は既にセリーヌの術式が使えておる。魔力を使うことは出来るが、今度はそれの形状を変えることになるんじゃが、これが中々難しく‥‥‥‥‥‥」

「出来ました」

「な!」

 

 数は3本程だが、師匠が作ったのと同じ剣が出来上がった。なるほど、コツは掴んだぞ。後で、分け身と共に数を増やすのと、発動速度の向上について研究しよう。

 

「ま、まあ、このくらいはエマもヴィータも一日あれば出来たんじゃ。まあ後は飛ばし方じゃが‥‥‥‥」

「ああ、こんな感じですね」

「な!」

 

 出来上がった剣が飛んで行く。よし、うまくいったぞ。

 先程師匠が剣を飛ばすときの様子を見ていて、たぶんこんな感じかな、と予測を立てていたが、合っていたようだ。それに『弟子は師匠の手を煩わせてはいけない』と言われていたので、一度の実演から全ての工程を理解しなくては弟子として失格だ。

 

「師匠、如何でしょうか?」

「‥‥‥‥クッ、リアンヌの言った通りとは‥‥‥‥」

「あ、あの師匠‥‥‥‥」

 

 師匠が下を向き、地面を蹴っている。何か魔術を行使する上で重大な欠陥とか、素質ゼロで教える気が失せたとか、なのにコネで教えろとか無理に決まってるだろ、とか思っていらっしゃるのか!?

 そうだここは‥‥‥‥

 

「いや流石、師匠です。感服いたしました」

「うん?」

「師匠の教え方がいいからです。非才の身である私が、魔術が行使出来たのは師匠の見本が良かったからです」

「そ、そうかの‥‥‥‥」

「そうですよ、流石師匠です」

「そ、そうじゃろう、そうじゃろう。弟子を導くのは師匠の仕事だからのう」

「流石師匠です。これからも全力でついて行きます!」

「おお、ここからの修行も厳しいが、全力でついてくるんじゃぞ!」

「はい、師匠!」

 

 どうやら機嫌を直してもらえたようだ、うまくいって良かった。

 それからも色々な魔術を教えて頂いた。魔力の使い方が分かってくると、応用の仕方も何となくわかってきたし、師匠が手本を見せてくれるので、術式構成から結果までが良く分かる。これだけ見せてもらえれば、今までの様に試行錯誤に費やしていた時間と労力がいらなくなった。これは随分とラクが出来る。

 

 今後の事で考えておかないといけないことがある。それは魔術の使用の方向性だ。

 魔術を習うのは『鬼の力』の制御が当初の目的だった。ただ制御するくらいならもう既に習得出来ている。だが、『鬼の力』を使用中は他のクラフトが使えない。これは非常にまずい、特に『神なる焔』が使えないのは困る。なので其処も改良しないといけない。‥‥‥‥これは魔術の熟練で対応可能なのか、それとも何かしらの術式の開発が必要なのか、よくよく考えないといけないな。

 

 後は、魔術の有効活用としてどのようなことが出来るか、これも考えないといけない。

 私の戦闘スタイルはリアンヌ様の様に技巧を極めたものではなく、《劫炎》の先輩の様に圧倒的な力を持つわけではない。出来そうなことを模倣し、己の中に知識として積み上げ、相手に合わせて最適な手段を取る、私に出来ることはこれだけだ。だが、これは己よりも強い、リアンヌ様や《劫炎》の先輩には通用しない。リアンヌ様の技巧に私の拙い技術では対抗できず、《劫炎》の先輩の前では圧倒的な力の前に屈服するだけだ。

 今の私には足りないものが多すぎる。だが、その中で最も足りないもの、それは‥‥‥‥‥‥力だ。圧倒的なまでの力不足だ。

 リアンヌ様の技巧に対抗するために、《劫炎》の先輩の力に対抗するために技術を磨いて戦ったところで勝てるとは到底思えない。だが、対抗しうる力があれば、技巧を上回る力があれば、圧倒的な力に対等とは言わずとも競えるだけの力があれば、二人に対して‥‥‥‥勝機が見えるかもしれない。

 だが‥‥‥‥魔術には力を増幅させる術はなかった。当てが外れてしまった。力が足りない、ならばどうすればいいか、発想を変えてみた。すると‥‥‥‥答えが見つかった。

 答えは‥‥‥‥相手が強いならば弱くしてしまえばいい、実にシンプルな答えだ。実際、クロスベルではエマが《劫炎》の先輩の焔を弱くしていた。ならば、私も同じことを使えばいい、《劫炎》の先輩の事だ、弱くしたところで卑怯だ、汚いだのとは言うとは思えない。むしろ『面白れぇ、抑えられるもんなら抑えてみろ』くらいは言うだろう。

 だが、リアンヌ様にはこの手は意味がないかも知れない。力を弱くしてもリアンヌ様の技巧の前では影響が少ないだろう。そうなるとやはり技術と力、この両方の総合力で戦うしかない。

 技術の向上、力の向上、知識の向上、まだまだ足りないものが多いが、少しずつ強くなっている。その実感はある。‥‥‥‥だけど、足りない。もっともっと強くならないと‥‥‥‥

 

 

 午前の修行が終わり、昼食の時間になった。

 私はキッチンで昼食を作っている。するとテーブルから声が聞こえてきた。

 

「さて、ハードの修行状況は如何ですか?」

「うむ、すこぶる順調じゃ。妾の指導が優秀じゃからな」

「そうですか。でも、本来なら一週間前には終わっていたんですよね」

「うっ!‥‥‥‥い、いやいや、お茶くみで培った技術が魔法に応用出来たんじゃ。紅茶を最適な状態で出す動きが魔術にいい影響をもたらしたんじゃ!」

「まあ、そうしておきましょう。ハードが順調に育っていくなら、それに越したことはありません」

 

 昼食の時間帯にリアンヌ様が共を伴って現れた。どうやら、状況を逐一確認されるようだ。

 しかし、共に来られたのがデュバリィさん、ではなかった。

 

「‥‥‥‥」

 

 アイネスさんだ。いつもならリアンヌ様と出かけられるのはデュバリィさんだと思っていたが、今回は違うようだ。御二人の話には我関せずで紅茶を飲んでいる。

 おっと、いかん、あちらよりこちらの方が重要だ。

 今日の昼食はカツ丼だ。まずはサクッと上がった豚カツを作る。次に特製のつゆを作り、その中に玉ねぎを入れ、煮立ったところで豚カツを入れ、豚カツ自身に味をしみこませる。最後にとき卵を入れ、火を止める。最後に卵が半熟くらいなったところで、用意しておいたご飯の上に素早く入れる。あまり火を入れてしまうと卵が固くなる。よし、完成だ。うんうん、良い出来だ。

 

「ご用意できました、皆様」

 

 私は各人の前にカツ丼を置いた。

 

「うむ、いい匂いじゃ。だが‥‥‥‥‥‥これはいただけんのう」

「し、師匠。何故でしょうか」

「これじゃあ!」

 

 師匠がスプーンをカツ丼に差し入れ‥‥‥‥‥‥玉ねぎを見つけ出した。

 

「甘いのう、ハード。妾がこの程度の偽装、看破出来んと思うたか。やり直しじゃ、妾には玉ねぎ抜きを要求する」

「いや、私もそうしようと思ったんですが‥‥‥‥」

「相変わらずの野菜嫌いですか。いい歳なんですから、いい加減に食べなさい!」

「今の妾はろりぃなんじゃ。好き嫌いがあってもいいんじゃ!」

 

 リアンヌ様と師匠が玉ねぎでケンカを始めた。この場合私はどちらの味方をすればいいんだ?

 リアンヌ様に味方した場合、師匠がへそを曲げる。そうなると、今日の修行はおしまいだ。それどころか、二日くらいはツーンとすることは目に見えている。甘い物やハンバーグなどの好きな物を与え続けないと機嫌を直さない。これは‥‥‥‥‥‥面倒くさい。

 では、師匠に味方した場合は‥‥‥‥グランドクロスか。いやこれは極端な場合だ、そもそもリアンヌ様に逆らう等、その段階で私の精神は死ぬ。普段お世話になっているのに、土壇場で裏切るなど、犬にも劣る所業だ。そんな事はしたくはない。

 こうなるとどちらを取っても、後が大変だ。さて、どうやって止めようか。

 

「ハード」

「はい、どうしましたアイネスさん?」

 

 どちらに味方しようか悩んでいるとアイネスさんに呼ばれた。何かアドバイスがもらえるかも。

 

「おかわりだ」

「あ、はい」

 

 私は器をアイネスさんから受け取り、再びキッチンに向かった。

 アイネスさんはケンカしているリアンヌ様と師匠とは反対の方を向いて、紅茶を飲んでいる。完全に我関せずで行くつもりのようだ。

 まあ、こういう場合はその方が正しいのかも知れませんね。

 結局、玉ねぎ論争は半分に減らすことで手を打った。

 

 

 あっという間に昼の修行が終わり、夕食の時間になった。朝、昼に続いて、やはりリアンヌ様がお越しになられた。そして今度は、

 

「こんばんわ、ハードさん」

「こんばんわ、エンネアさん」

 

 エンネアさんだった。昼にデュバリィさんが来なかったところから、付き添いはローテーションだとわかった。なので、今度はエンネアさんだとわかっていた。

 私が挨拶を終え、キッチンに向かおうとすると、エンネアさんに呼び止められた。

 

「ハードさん‥‥‥‥後で少しお話出来ませんか?」

「話、ですか。ええ、構いませんよ」

「ありがとう。ではお待ちしていますわ」

 

 そう言って、エンネアさんがリアンヌさんの下に行った。

 話、とは何だろうか? まあ、それを考えるよりも先に成すのは夕食作りだ。

 私はキッチンに向かい、夕食を作った。今日はカレーを作ったが、昼と同じくリアンヌ様と師匠の野菜食べろ、食べない論争が始まった。今度は玉ねぎと人参の二種が対象に上がった。ジャガイモはセーフだった。

 

 

side エンネア

 

 夕食の後、ハードさんと共にローゼリアさんの御宅を出た。マスターはローゼリアさんとお話をされていた。

 

「こちらで宜しいですか?」

「ええ、ありがとうございます」

 

 私とハードさんはローゼリアさんの御宅のちょっと離れたところで腰を下ろした。

 そういえば、ハードさんと二人で話すというのは初めてね。私がハードさんと話すときにはマスターかデュバリィが一緒にいるときにしか話したことはない。

 でも今日は話してみたいことがあったから、お互いの共通の話題で。

 

「今日はお時間作ってもらってありがとう、ハードさん」

「いえ、大したことではありません」

「‥‥‥‥話をする前に、貴方に謝っておかないといけないことがあるわ。ごめんなさい、ハードさん」

「え、一体何のことでしょうか?」

「‥‥‥‥デュバリィから、貴方の事をお聞きしました。でも、デュバリィが勝手に話したわけじゃなくて、私とアイネスが聞き出しました。なのでデュバリィの事、悪く思わないで上げて」

「いえ、別に気にしてませんので。‥‥‥‥あまり、面白い話ではないので話さなかっただけですので」

「ッ‥‥‥‥そう、貴方にとっては教団にいたことは、大したことではないのね」

「ええ、もう、済んでしまったことですから」

 

 やっぱり、彼は‥‥‥‥

 

「ごめんなさい。少し私の話を聞いてほしいのだけど、いいかしら?」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとう。‥‥‥‥私は元々は《D∴G教団》の出身なの。幼い頃から洗脳と異能開発を教団に施されていたわ。来る日も来る日も薬などで自分自身を作り替えられていたわ。でもそんなある日、マスターとデュバリィ、《結社》が進行してきたの。私も戦闘に駆り出されて戦ったわ。でも、マスターに負けた。ここで死ぬんだと思ったわ。でも私は死にたくないとも、生きたいとも思わなかった。このまま終われると思って安堵したほどだった。でも、マスターが仰ったの、『己の目で世界を見て見なさい』と‥‥‥‥そう言われて、私はまだ何も見えていないんだと、何も知らないんだと、初めて分かったわ。それから私はマスターについて行くと決め、鉄機隊に入隊したの」

「‥‥‥‥そうですか」

「ハードさんも私と同じく教団出身だと聞いたわ。だから一度この話をしたかったの」

「‥‥‥‥そう、ですか」

 

 ハードさんが空を見上げて、目を閉じている。そして、ゆっくりと息を吐き、目を開いた。

 

「‥‥‥‥私も、その異能開発というモノを受けていたんでしょう。仲間たちがいました、同じ苦行に抗う、仲間が‥‥‥‥」

 

 ハードさんが話し始めた、先程までと表情が変わらずに。

 

「最初の一人がいなくなったとき、私は彼がいなくなったと言う事を理解できなかった。部屋が広くなったのに、彼はまだいる、そう思ったんです。それからも一人、また一人、いなくなっていきました。でも、どんどん部屋が広くなるのに、皆が変わらずそこにいたんです。そして最後には私以外、部屋には誰もいなくなった。でも皆いる、そう思っていました。おかしいでしょう、でも何故かそう思えてしまったんです。でも気づいたんです、彼らの命が私を生かした、だからこの命は彼らの命だと、そう思っていました。でも‥‥‥‥私は彼らに対して申し訳ないと思っているんです」

「‥‥‥‥申し訳ない?」

「ええ‥‥‥‥彼らと共に死んでやれなかった、それが申し訳ないと、今でも思っています」

「な、なんてことを言うの!」

「いえ、おかしなことではないでしょう。先程、エンネアさんも言っていたじゃないですか、『死にたくないとも、生きたいとも思わなかった』と。私も同じです、死にたくないとも、生きたいとも思わない、今までも、きっとこれからも‥‥‥‥」

「そ、そんな、そんな事‥‥‥‥ハードさんはそこまで‥‥‥‥」

「でも、私は生きるんです」

「え、先程、死にたいって‥‥‥‥」

「ええ、今でも死にたいですよ。でも、生き残ってしまいましたので、罰だと思って生き続けます。私が生きれば彼らの死は無駄にならない。例え、どれ程の苦痛であっても、私に死ぬことは許されない。彼らの分まで喜びましょう、彼らの分まで怒りましょう、彼らの分まで悲しみましょう、彼らの分まで楽しみましょう。だから私は彼らの分まで‥‥‥‥苦しみましょう。きっとそれが生き残ってしまった私の償うべき罪科です」

 

 私はこの話をしてしまったことを後悔した。同じ教団の出身者は執行者No.ⅩⅤ《殲滅天使》と彼の二人だけ。だが一体何が話したかったのだろうか、同じ過去を分かち合いたかったのか、思い出話がしたかったのか、分からなかった。でも、私は間違えた、聞いてはいけなかった、それだけは分かった。

 最初はハードさんは過去を乗り越えているから、泰然自若なんだと思った。でも違った、私よりも、ずっと深く‥‥‥‥過去に囚われていた、己の生き方も決められない程に‥‥‥‥でも、私がどうこう言える訳がない。ハードさんからしたら、洗脳されていても、教団のために戦った過去がある私が、何を言えることがあるんだと、理解してしまった。

 ハードさんの表情は終始何一つ変わらなかった。でも‥‥‥‥眼だけは月明かりのおかげで周囲がはっきりとわかるのに、その明かりを食いつぶすような闇が見えた。

 

side out

 




ありがとうございました。


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第二十六話 実戦あるのみ

いつも感想頂き、ありがとうございます。


―――七耀暦1206年6月8日 隠れ里エリン サングラール迷宮

 

 修行を開始して、一週間が過ぎた。

 あれから毎日リアンヌ様と鉄機隊の方たちが食事の時間には集まるので、食事時はにぎやかになる。嬉しいことだ。師匠も野菜を食べてくれるようになってきて、嬉しい限りだ。ただ、師匠自身は野菜は食べたくないから、『もう来るな!』と食事終わりにいつも言っている。だけど満更でもない様なのか、来た時には『何じゃあ、また来たのか』といつも言う。なるほど、これがツンデレか。

 さて、現在は魔術の実戦訓練を積んでいる。サングラール迷宮に入れてもらえるようになり、ここで魔術を使い、実戦を行っている。

 今の私は剣を持たず、槍を持たず、両手を空にして、奥に向かって歩いている。

 

「グアアアアアアアアアッ!!」

 

 魔獣が現れ、私の眼前に立つ。いつもなら剣でクビを刎ねるか、槍で頭を貫くか、素手でクビをへし折るか、それぐらいしか選択肢がなかった。だが今は、

 

「出でよ、『イクリプスエッジ』」

 

 習得した魔術を使い、魔力で剣を作り出す。そう、今の私ならこの魔力で出来た剣を、

 

「さあ、行け!」

 

 指揮者の様に指先を振ると、剣が魔獣に特攻した。

 

「gyaaaaaaaaa!!」

 

 魔獣は断末魔を上げ、消滅した。

 

「‥‥‥‥‥‥ダメだ、これでは」

 

 ここ最近、色々と魔術を覚え、あることに気付いた。

 ‥‥‥‥自分で殴った方が早くないか? と思ってしまった。

 実際に戦ってみたところ‥‥‥‥殴った方が早かった。

 魔術を発動して、剣を作り出し、射出する、この一連の動作を行った際にかかる時間と敵を発見して、接近して、殴る、この動作を行った際にかかる時間では後者の方が少し早かった。

 ‥‥‥‥ちょっと悲しかった。頑張って覚えたのに、今まででも問題なかったとわかったとき、何故か、悲しかった。

 ‥‥‥‥いや、違うな。師匠は凄い方だ、その力は私とは比べものにならない、つまり今の私がただ未熟であるというだけだ。それに、私はまだ魔術の深淵に足を踏み入れていない、これからも精進せねば‥‥‥‥だがそれ以上に解決しないといけない問題がある。

 

「ハアアアアッ!!‥‥‥‥‥‥ダメか」

 

 『鬼の力』を発動中にクラフトが使えない、相変わらず進展しないな、私。

 修行を開始して一週間、その間、暇さえあれば『鬼の力』の修練に時間を掛けてきた。その結果、『鬼の力』を発動及び制御はほぼ完ぺきだと言える完成度に至った。だが残念ながら、発動と制御の修練を積んだ結果、分かったことがあった。

 私では‥‥‥‥いや、今の私では『鬼の力』を使用中にクラフトを発動できない、ということを理解してしまった。理由は簡単だ、単純にリソースが足りない、これに尽きた。

 何故リソースが足りないか、これは『鬼の力』の発動、制御をそれぞれに分けて考えているためだ。分かりやすい例としては『鬼の力』の発動に右手を使い、制御に左手を使う、その結果、両手が塞がって、技が使えない、という状況に至っている。

 『鬼の力』を使った場合、全体的な能力が向上するが、クラフトが使えなくては意味がない。これでは使わない方がよほどましだ。

 しかし、この状況を考えてみると、リィンは凄い奴だと改めて思い知らされる。リィンは『鬼の力』を使いながら、クラフトが使えるリィンは本当に‥‥‥‥凄い奴だ、そして恐れ知らずだ。

 リィンがクラフトを使えるのは私よりもリソースが多いわけではない、リィンの場合は一つのプロセスがないんだ‥‥‥‥制御というプロセスが。

 その結果、『鬼の力』の発動とクラフトの両方を同時に使っている。‥‥‥‥まあ、安全性は度外視のようだが‥‥‥‥だが、今はセリーヌが制御を担当するようになったみたいだが‥‥‥‥これまでよくこんな状況で『鬼の力』使ってたな、これまでの関りである程度は分かっていたが、やっぱりリィンは危ない奴だな。私は安全第一で行こう。

 さて、状況分析はともかく『鬼の力』を発動しつつ、クラフトを使用出来るようにするには現状二つの道がある。

 一つ目は制御を諦め、制御に回していた分のリソースをクラフトに回すこと。欠点は意識を保つことが出来るかは‥‥‥‥前回の結果から考えて、難しいと思われる。また意識を奪われ暴れまわることになるかもしれない。その状態ではまともに戦う事すら出来ない。

 二つ目は手を増やす事、協力者を募り外部から制御してもらうこと。リィンにとってのセリーヌの様な存在だ。欠点は魔女という特異な存在で、それ相応の実力を持つ者でないといけないという、選考基準が高いことだ。いや、確かに師匠や《深淵》殿ならば選考基準をクリアできているわけだが‥‥‥‥御二人程の方が協力して頂くことは出来ないだろう。そもそも、私が『鬼の力』を使って、クラフトを使える様になったとしても、《深淵》殿の力は知らないが、師匠の方が私よりも余程強い、だというのに格下の私を補助するくらいならご自分で動かれた方が効率的だ。

 うーむ‥‥‥‥現状取れる手が一つしかない。やはり、暴走覚悟の方法しか手がないか‥‥‥‥安全第一と考えた早々にこんなことになるとは、私もリィンの事を言えないな。‥‥‥‥でも、仕方がないな、強くなるためだから、そのための代償は必要だな。どうせ‥‥‥‥‥‥命以外、要らないしな。

 幸いここなら暴れても、周囲には魔獣しかいない、里にも迷惑を掛けなくて済む。時間も勿体ないし、早速始めるか!

 

「ハアアアアッ『鬼の力!!』」

 

 ‥‥‥‥意識があった。ああ、しまった、いつもの癖で魔術で制御していたままだった。‥‥‥‥少し怖い感じだ。ゆっくりと段階的に外していくぞ。

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』

 

 まだ大丈夫だ、もう少しいけそうか。

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』

 

 更に深くなったが、まだ大丈夫だ。もう少しいけるはずだ。

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ヨコセ』

 

 来たか! ここで止めるか‥‥‥‥いや、ここで止めても進歩はない。心を強く持て!

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥ヨコセヨコセ』

 

 グッ‥‥‥‥、まだだ、まだいける!

 

『‥‥ヨコセヨコセヨコセヨコセ』

 

 だ、ダメだ! このままではまた意識が‥‥‥‥‥‥

 

『ヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセ』

 

 し、しまった‥‥‥‥引き際を、誤った、か‥‥‥‥

 

『ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥スベテワレノモノダ‥‥』

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」

 

 再び完全に意識が乗っ取られた。‥‥‥‥だが、その瞬間に、最後に聞こえたのは、

 

『はぁ~、またやらかしたな‥‥‥‥‥‥宿主』

 

 溜息交じりの、疲れたような声だった。

 

 

 

―――七耀暦1206年6月8日 隠れ里エリン ローゼリア邸宅

 

side リアンヌ・サンドロット

 

 私は一人、ロゼの下を訪れた。

 

「なんじゃ、飯時には少し早いぞ」

「別に、食事目当てで来たわけではありませんよ」

「なんじゃ、てっきり腹が減ったのかと思ったぞ」

「‥‥‥‥失礼ですね」

 

 ニヤニヤと笑いながら、軽口を叩くロゼ。‥‥‥‥しかし、ここ最近で大分溝が埋まった様に感じますね。二十年の間、交友がなかったというのに‥‥‥‥これもハードのおかげですかね。いけない、今は本題の事を聞かなくては。

 

「ロゼ、聞きたいことがあります」

「なんじゃ、藪から棒に」

「‥‥‥‥ハードの事です」

「‥‥‥‥まあ、座れ。茶くらい出してやる」

「‥‥‥‥ええ、お願いします」

 

 私はロゼに促されるまま、席に座る。どうやら随分と慌てていたらしい、いけませんね。

 ロゼにお茶を出してもらい、一口、口を付ける。‥‥‥‥少し、落ち着きました。

 

「で、何じゃ?」

「‥‥‥‥これを見てください」

 

 私は数枚の書類を渡した。

 それはカンパネルラが調べた、ハードの身辺調査の結果だ。

 カンパネルラはクロスベルでの実験後にハードの異常性に疑問を持ち、独自に調査をしていたそうだ。そして、その結果がつい先程、私の下に届けられた。

 私はそれを読んでみたところ、ハードの話通りの結果が出ていました。‥‥‥‥ですが、いくつかの情報はハードの話に無いものでした。

 

「ふむ‥‥‥‥なるほどのう、随分と悲惨な人生を歩んできたものじゃ。こういうモノを読むと、人間の愚かしさというモノが良く分かるのう‥‥‥‥さて、リアンヌが妾に聞きたいことはなんじゃ?」

「ハードの体について、貴方はご存じでしたか?」

「‥‥‥‥初めて見た時、妾は体について、聞いたがハードは知らん様じゃったのう。どうやらそれはリアンヌの知らん方だったようだのう」

「‥‥‥‥迂闊でした。貴方が言っていたのは、ハードの体に施された身体強化の方だと思っていましたが、本質の方を言っていたとは‥‥‥‥」

「まあ、伊達に800年も生きとると、それくらいの違和感は感じるもんじゃ。それに妾が気づいたことはこれに書いてあるのう。‥‥‥‥じゃが、書いてないこともある」

「‥‥‥‥貴方が言っていた、『魂』の事ですね」

「‥‥‥‥そうじゃ」

 

 ハードの調査結果は《結社》内で騒動を起こした。《博士》と《根源》はハードを自分の下に回せと言い出し、マクバーンは笑いだした。それくらいなら私が止めることが出来た、それくらいならロゼのところに聞きに来ることもなかった。だが‥‥‥‥

 

「あいつ、混じってやがる‥‥‥‥俺には程遠いが、それなりにやりやがる奴だぜ」

 

 結果を見たマクバーンは私にそう言った。確か三ヶ月程前、まだ研修中のときに、ハードに絡んだマクバーンが『混じっている』と言った、と聞いたことがある。その時は気にしなかった。だが、この言葉に近い言葉をつい最近聞いたことがあった。その言葉を出したのは‥‥‥‥ロゼだ。

 

「何から話すべきかのう‥‥‥‥まず、妾が最初に弟子を見た時に感じたのは‥‥‥‥違和感じゃ」

「違和感?」

「うむ‥‥‥‥最初に見た時、随分と歪だと感じたもんじゃ。‥‥‥‥合っておらん」

「合っていない?‥‥‥‥混じっているんですか?」

「まあ、半分正解じゃ。確かに混じっておるが、それだけじゃないんじゃ」

「‥‥‥‥それは、どういう意味ですか?」

「一つずつ説明するかのう‥‥‥‥体を器とするならば、魂は中身、それぞれ大きさがある。本来なら、器と中身の大きさはつり合いが取れるんじゃ‥‥‥‥じゃが弟子は違う。合っておらん、器が中身に比べて‥‥‥‥大きすぎる。まるで器を満たしておらんほどじゃ」

「それは一体何故ですか、分かりますか?」

「‥‥‥‥分からん、魂の大きさが特別小さいわけではない。十分な大きさじゃ、だというのに、器を満たせんとは、それだけの器のでかさがある」

「‥‥‥‥そうですか。では混じっていると言うのは‥‥‥‥」

「混じっておる、というのが正しいか分からんが‥‥‥‥妾が思うに、複数の魂があやつの中にあるんじゃ。まあ、一つの器に複数の魂があるから混じっていると表現するのかのう‥‥‥‥さっき、魂は中身だと言ったが、魂にはそれぞれ色がある、弟子にはその色が一つではない。いくつもの色が同時に存在しておるんじゃ。」

「‥‥‥‥同時に存在する、それはあり得るんですか?」

「‥‥‥‥いや、あり得ん。そもそも一つの体に複数の魂が入っておるなんぞ、見たことも聞いたこともない。魂を本来の持ち主以外が持つ、即ちその魂の持ち主はもう亡くなっておるんじゃろう。‥‥‥‥じゃが死者の魂が何故弟子に入ったのかは皆目見当つかん。それだけの魂を受け入れる器があり、それでいて複数の魂を引き寄せる何かがあると言う事じゃろうが‥‥‥‥おそらく、()()に秘密があるようじゃのう」

 

 ロゼが指し示したのは、ハードの調査結果、その一文だった。

 

『出生地:黒の工房』

 

 この一文から察することが出来た。

 

「やはり、ハードは‥‥‥‥《人造生命(ホムンクルス)》」

「妾も他のものを見たことがないから、何とも言えんが‥‥‥‥少なくとも人間ではない」

 

 ロゼの言葉に私は言葉を失った。

 《根源》、マリアベル嬢は身体データも見た上でハードを欲した。この手の専門家であるマリアベル嬢が言う以上、間違いないのでしょう。

 私はカンパネルラの調査結果を見た時、頭をよぎった。

 ハード自身がミルサンテで保護されたときには何も覚えていなかったそうです。ですが、それは覚えていないのではなく、消されたのではないのか。そして、現在の黒の工房の本拠地は帝国西部、ラマール州にあり、ミルサンテも同じく帝国西部にある。つまり、何らかの目的で外に出された、と言う事でしょうか。

 

「ハードは‥‥‥‥知っているんでしょうか?」

「‥‥‥‥さてな、そこまではわからん。聞いてみるか?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 答えは出ない。聞いてみたい気もするし、知らないかもしれないのに、無理に聞き出す、いや教えてしまっていいのか‥‥‥‥悩ましい限りです。

 

「まあ、別に言わんでよかろう」

「何故です?」

「弟子は弟子じゃ、何者であろうとそれは変わらん。今更特別扱いもせんぞ、妾は」

「ふふ、そうですね」

「まあ、リアンヌの手に余るなら、ここに置いておくのは構わんぞ。そうなったら、妾の執事として最高の教育を施すだけじゃぞ」

「上げませんよ」

 

 ロゼが言わんとすることは分かる。手に余るなら手放せ、とそう言っているんでしょう。

 ‥‥‥‥今更ですね、ハードが作られた命であろうと関係ありません。私は彼を鍛える、そして私の槍を彼に託す、それ以上の幸福はない。

 

「なんじゃ、くれんのか?」

「ええ、上げませんよ」

 

 ロゼに笑顔で答えることが出来た。ですが、その瞬間、

 

「‥‥‥‥‥‥!?」

「な、何じゃこの気配は!?」

 

 全身に悪寒が走った。

 この気配は‥‥‥‥《緋き終焉の魔王》のときに感じた気配、呪いの気配だ。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッッッッッッッッ!!!!!」

 

 気配のする方向に急ぎ向かうと、そこにいたのはハードだった。だが、

 

「『鬼の力』に乗っ取られとる。‥‥‥‥こやつ、何をしよった!」

「ハード!」

 

 教え子の姿はかつての《緋き終焉の魔王》の様に、帝国の呪いに侵された姿だった。

 

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 力の圧がまるで違う。‥‥‥‥だが、所詮はこの程度。

 

「ロゼ、早急に鎮圧します。呪いは‥‥‥‥」

「言われんでも、分かっとるわ。呪いは妾が抑えるわい!」

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 私が槍を出し、ロゼが杖を構える。すると、こちらを見たハードが武器を槍に変えた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「はあああああああっっっ!!」

 

 私とハードの槍が衝突した。

 

「ぐっ、随分と力が強い‥‥‥‥」

「アアアアアア‥‥‥‥」

 

 力比べでは分が悪そうですね。ならば、

 

「ハッ、セイ、ハアッ!!」

「グッ、グゥ、グアッ!!」

 

 スピード重視の攻撃に切り替え、フェイントを交えてみると、簡単に圧倒出来ていく。そして‥‥‥‥ハードが倒れ込む。

 

「‥‥‥‥随分と雑になりましたね。嘆かわしい限りです」

 

 ‥‥‥‥何でしょう、この虚しさは‥‥‥‥確かに呪いに侵されていた時には驚きもしましたし、心配もしました。‥‥‥‥ですが、

 

「雑ですね。いつもならフェイントにも引っかからず、スピードにも翻弄されず、的確に防御に徹し、気を狙う粘り強さがあり、一度スキを見せると苛烈に攻めてくる、貴方の本来の戦い方に程遠い出来でした。確かに力の強さは随分と増していましたが、強さ自体は普段のハードの十分の一程くらいにしか感じませんでしたね。‥‥‥‥呪いに侵されると、理性を失い、力が強くなる、その結果強くなるのかも知れませんが、ハードには逆効果ですね。この子には豊富な技と思考能力、身体能力の高さがあるんです。無理に焦らずともじっくりと強さを身につけていく方が合っていますし、確実に強くなれます。‥‥‥‥やはり、私の教えは間違ってなかった」

「おーい、勝ち誇っとらんで、抑えつけておいてくれ」

「ええ、分かりました‥‥‥‥ッ!!」

 

 ハードがゆっくりと立ち上がっていく、顔を伏せているので表情が見えない。だけど淀みなく立ち上がる様は理性を感じる。

 それに先程まで感じていた、呪いが徐々に収まっていく。

 

「ロゼッ!」

「いや、妾はまだ何もしておらんぞ!」

 

 ハードはすぅー、はぁー、と呼吸音が聞こえる程、大きく息を吸い、大きく吐いている。その動作を繰り返すたびに、呪いがまるで内側に取り込まれていくかのように、視認できる程の濃い黒い靄が薄くなっていく。その動作を繰り返していくと‥‥‥‥呪いが晴れた。

 

「‥‥‥‥ハード?」

「‥‥‥‥リアンヌ様? どうしてここにいらっしゃるんですか」

 

 キョトンとした表情で、ハードが聞いてきた。‥‥‥‥どうやら、元に戻ったみたいですね。

 

「でも、丁度良かった‥‥‥‥」

「ハード?」

 

 ハードをこちらを見て‥‥‥‥『鬼の力』を発動させた。でも、以前までとは違う、魔術の術式が発動していない。

 

「いけない、また暴走しますよ!」

「いえ、大丈夫です。‥‥‥‥『鬼の力』の影響を抑えてくれるそうですから」

 

 ハードがそう言い、槍を構えて、私を待つ。‥‥‥‥『鬼の力』の影響は無いようです。

 いいでしょう、その挑戦受けて立ちましょう!

 私も槍を構え、ハードと対峙する

 

「何が起こったか、妾にも分らんが、まあ、問題ないならいいじゃろう。丁度良い弟子の力を見せてもらうとするかのう」

 

 互いにジリジリと間合いを計る。先程の暴走時とは違い駆け引きが出来ている。確かに『鬼の力』の影響は無いようですね。ですが、その圧力は先程の暴走時と同じ、いやそれ以上にさえ感じる‥‥‥‥面白い!

 

「はあああああああっ!!」

「はあああああああっ!!」

 

 互いに槍がぶつかり合う!

 

side out

 




ありがとうございました。


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第二十七話 いつもお世話になっております。

感想返しより先に続きを上げようとしましたが思いの外、長くなってしまいました。
感想返しはこれから行います。


―――七耀暦1206年6月8日 ????

 

side ???

 

『はぁ~、またやらかしたな‥‥‥‥‥‥宿主』

 

 どうやら私がお世話になっている宿主というのは反省という言葉を良く分かっていないらしい。確か2週間程前か、同じことをやらかして、痛い目に遇ったというのに、すぐまた同じことをしだした。危ないとわかっているのに、手を出すとか‥‥‥‥子供でも痛い目に遇えば、もうしないというのに、この宿主は子供よりも理解力が無いらしい。

 宿主にお世話になるようにから、約8年くらい経ちますが、最初の頃は壊れた心を治すのに苦労したというのに、最近では、寝てくれないせいで、私が寝れない。死んで魂だけになったというのに、今の方がよっぽど死にそうだ。生前でもここまでブラック企業ではなかったぞ。まあ、お世話になっている以上、私も出来るだけの事はしますから、出来ればもう少し寝かせてくれませんかね。せめて3時間くらい‥‥‥‥

 さて、仕方ありませんので、助けに行きますか。宿主があの黒いのに飲み込まれると、私も巻き添えになるので、それは勘弁して欲しいですね。

 

side out

 

 意識が戻ってきた、ハッキリと分かる。あれ、変な声も聞こえはしない。

 周りには何もなく、夜の様な真っ暗な風景が広がっている。

 

『起きましたか、宿主』

「‥‥‥‥へ?」

 

 声がする方向にクビを向けると、そこには白衣を着た、背の高さが私と同じくらいの痩せぎすの男が立っていた。‥‥‥‥失礼ながら、あまり健康そうには見えない、風貌だ。目の下にくまがあり、目が半開きだ。

 

『初めまして、宿主。いつもお世話になっております』

「あ、これはどうもご丁寧に」

 

 白衣の男は私に丁寧に挨拶をしてくれた。私もつられて挨拶をしてしまった。

 だが、一体誰なんだ?

 

「あの、どこかでお会いしましたか?」

『ええ、お会いしたのは大体8年ぶりですかね。あの時の子供がよくぞここまで大きくなったものです』

「は、8年ですか!? ああ、これは失礼しました」

『いえ、覚えていないのも無理はないです。あの時、貴方は‥‥‥‥死にそうでしたからね。まあ、良い頃合いでしょう。あの時の記憶を取り戻すとしましょうか。それが終われば私の事も思い出しますよ』

「8年前‥‥‥‥あの時‥‥‥‥」

 

 白衣の男は私に近づき、頭に手を乗せた。すると‥‥‥‥記憶が戻ってきた。あれは‥‥‥‥8年前の、誘拐されてから3年ぶりに帝都に戻ってきた日の記憶だった。

 

 

 

―――七耀暦1198年

 

 一生懸命歩いた、お父さんに会いたかったから。

 毎日毎日歩いた、お母さんに会いたかったから。

 沢山歩いた、二人に会いたかったから。

 やっと家に着いた。でも、家には誰もいなかった。どうして、どうして、だれもいないの? お父さんはなぜいないの? お母さんはなぜいないの?

 私が家にたどり着いた時にそう思った。

 

「君がハード・ワーク君だね。私はギリアス・オズボーン、君のお父さん、ネットと君のお母さん、ソーシャルの友達だ」

 

 ギリアスさんが私を背負い、お父さんとお母さんのところに連れて行ってくれるそうだ。ギリアスさんは私にお父さんとお母さんの話をしてくれた。

 

「私とハード君のお父さんとお母さんは学生時代からの友達だったんだ。ハード君の両親が結婚するときにも相談を受けていたし、ハード君を引き取ることにしたときにも相談を受けていたんだ。二人とも結婚してずいぶん経つが、子供に恵まれなかったことを気に病んでいたのも、知っていたからな。‥‥‥‥だから二人がハード君を引き取ってからは今までよりも、ずっと楽しそうだったよ」

「‥‥‥‥」

「共に軍人となったが、私が軍を辞め、その後宰相になり、ある部署を作ることにした。それをハード君のお父さん、お母さんに手伝ってもらっていたんだ。『帝国軍情報局』という名の部署だ。本当なら、ハード君との暮らしを優先したかっただろうに私が頼んでしまった。すまなかった」

「‥‥‥‥」

「『帝国軍情報局』は正式に稼働を始めた。全てハード君のお父さんとお母さんのおかげだ。だから二人は軍を辞め、ハード君との暮らしを優先できるようなった。今度引っ越すことを予定していたそうだ」

「‥‥‥‥」

「だから、寂しい思いをさせることはもうない、と、そう言っていたよ」

「‥‥‥‥」

 

 言葉を出す元気はなかった。でも、話は全部聞いていた。

 嬉しかった。もう、一人で家で待っていなくてもいい。もう一人で食事をしなくてもいい。早く二人に会いたい、そう心の底から思った。

 ギリアスさんに背負われていながら、逸る気持ち隠せず、手に少し力が入った。

 

「‥‥‥‥さあ、ここだ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥え、お墓? 誰の‥‥‥‥あ、あ、あ、あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああ」

 

 だれのおはかか、りかいできてしまった。

 パキッ、というおとがした。なにかにひびがはいったようなおとだった。

 

『ネット・ワーク』

『ソーシャル・ワーク』

 

 おとうさんとおかあさんのなまえだった。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「ハード君!!!!!!」

 

 ぼくはなんでいきているの? なんでしななかったの? なんでかえってきたの? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? どうしていきようとしたの? みんないなくなったよ?

 じゃあ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥しななきゃ。

 

「これは!!!」

 

 いたかった、つらかった、みんないなくなった、こんなちからいらなかった、ほしくなかった、もうおさえなくていい、ぜんぶつかえばいい、いのちをすてればみんなにあえる‥‥‥‥‥‥‥‥

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 パキ、パキ、パキ‥‥‥‥なにかがこわれるおとがした。そして、なにかがぶつかった。

 

『おや、どうやら世界の壁を越えてしまったようですね。‥‥‥‥おっと失礼、私は‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥誰でしょう? ふむ、次元を超えてしまったせいで、体を失くしてしまったので、名前も失くしてしまいましたね。しかし、これは一体どういう事でしょう。ちょっと記憶を読ませていただきますよ‥‥‥‥‥‥ふむ、なるほど、状況は理解できました。解決策はありますが、今は理解させるには時間が無さそうですね。心が壊れていってますし、このままだと危険ですね。すいませんが当分御厄介になりますので、宿代代わりではないですが、貴方の心を治しましょう。もし貴方が成長して受け入れられる時が来た時、もう一度話をしましょう』

 

「あ‥‥‥‥‥‥」

 

 ぼくはきがとおくなっていった。

 

 

 思い出した‥‥‥‥あの時の声の主だ、目の前の男は!

 

『思い出してくれましたか、宿主』

「ええ、思い出しました‥‥‥‥‥‥‥‥どうして死なせてくれなかった!!!」

 

 私は思わず掴みかかり、あの時の思いをぶつけた。

 

『死なれては困るからです。私も死にたくはないので‥‥‥‥』

「私の体だ! 私の好きにさせろ!」

 

 そうだ、この体は私のものだ。生きるも死ぬも私が決める。

 

『どうやら、記憶を取り戻して、随分と混乱しているようですね。今までの様に、何が何でも生きようとする意志が無くなっていますね。‥‥‥‥ですが、随分と元気になった。今なら、説明しても問題なさそうですね。‥‥‥‥ついて来てください、宿主。8年前に生きてよかったと思えるものを見せてあげますよ』

 

 

 どこまで行っても景色は変わらない。真っ暗でだだっ広い風景のままだ。一体何処に連れて行くつもりなんだ?

 

『貴方はご自分の体をどう思っていますか?』

「え、どうとは?」

『自分の体が他の人と違うことを何処まで理解していますか?』

「‥‥‥‥色々と違うことは分かっています。教団で色々されましたから‥‥‥‥」

『知っていることはそれだけですか。あまりご存じないようですね、まあ自分の体が他とどう違うかは自分よりも他人の方が良く分かるでしょうし、無理もないですね。向かうまでの間、少しお教えしますよ、宿主』

「その、何で私を宿主、と呼ぶんですか?」

『おや、この体は貴方の体、私は、いや私達はそこを間借りしている者ですので、そう呼ぶことは間違いではないしょう』

「ええ、まあ、そうですね。‥‥‥‥私、達?」

『達、と言ったのはもう少し後で分かりますよ。では、道すがら、貴方にいくつかお教えしましょう、貴方の体について‥‥‥‥まず、貴方の体は自然に、人と人から生まれたものではありません。人工的に作り出されたものです』

「え、‥‥‥‥それは、《人造生命(ホムンクルス)》という奴ですか?」

『ええ、そのようです、とある筋からの確かな情報です。間違いはないでしょう』

「‥‥‥‥そ、そうですか」

『‥‥‥‥続けますよ、貴方はホムンクルスですが、ホムンクルスだから、私がここにいられる理由ではありません。そして、人工的に生み出したのは何かしらの目的が有ったはずです。その目的を知ることは出来ませんでした‥‥‥‥ですが、目的は分からないが、使用用途は推測が出来ました』

「使用用途‥‥‥‥」

『‥‥‥‥ご不快な言い方をしましたが、可能な限りご理解頂けやすい言葉を選びました』

「いえ、構いません。続きを‥‥‥‥」

『はい、使用用途は‥‥‥‥何かしらを宿主に入れる事、それが使用用途です。目的は、その何かしらが分からないと、断定は出来ませんが』

「あの、その何かしらを入れるだとか、私にそんな事が出来るとは思えないんですが‥‥‥‥」

『まあ、言っても分からないでしょうね。見てもらった方がいいですね、ほら、あそこです』

 

 白衣の男はある方向を指差した、私はその方向に目を向けると、そこには‥‥‥‥無数の火があった。

 

「‥‥‥‥なんですか、ここは?」

『何と言われても、名称があるわけではありません‥‥‥‥ですがそうですね、あえて名付けをするなら、魂の置き場、とでも名付けましょうか。ここには魂が集まるんです‥‥‥‥貴方が引き寄せた魂が‥‥‥‥』

「‥‥‥‥引き寄せた?」

『思い返してください、貴方にはいなくなった者が、今もまだそこにいるように感じたことがあったんではないですか?』

「‥‥‥‥あ、教団の時に‥‥‥‥」

『貴方は魂を集めることが出来る。いや、そういう性質を持っているんです、憑依体質、と言える者でしょうか、そういう性質を与えて生み出したんでしょう、貴方を』

「‥‥‥‥それがさっき言っていた‥‥‥‥」

『何かしら、おそらくは魂かそれに近い何か、でしょうか』

「‥‥‥‥そう、ですか‥‥‥‥は、はは、ははは、アハハハハハハハハハ!!!」

 

 なんだ、なんだ、なんなんだ、私は!!

 人でない、何かを入れる、何だ、そんな事のために私は生きていたのか!!!

 魂を集める‥‥‥‥そんな存在が、教団で普通の子供たちが死んだのに、育ててくれた人達が死んだのに、生きているのか‥‥‥‥

 ‥‥‥‥ああ、やっぱり、しんでおけばよかったな‥‥‥‥

 

『おや、別にここにある魂は貴方が無理矢理集めたわけではありませんよ』

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

『ふぅ~、精神面が脆いとは思っていましたが、想像以上に脆いですね。いいですか、貴方を助けるように言ったのは‥‥‥‥あの御二方です』

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 二つの火が近づいてくる。

 でも‥‥‥‥もう動くこともしたくない、この火に焼かれるなら、それでいいか‥‥‥‥

 火が私を包んだ時‥‥‥‥‥‥懐かしい匂いがした。

 

「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああ‥‥‥‥」

 

 その火が、魂が私に与えたのは、喜び、怒り、悲しみ、後悔、数多の感情だ。その感情の波が私に押し寄せてきた。

 子供がいた、独りぼっちの子供に出会った。二つの魂はその子供を愛していた、例え血がつながらなくても、一緒に居たいと、思っていた。

 子供と一緒に暮らせるようになった、喜びに満ち溢れていた。

 子供と一緒に過ごせなくなったことなった、怒りに満ちていた。子供を奪った存在に対して、そして一緒に居れなかった自分達に怒っていた。

 子供がいなくなったと知ったとき、悲しみに満ち溢れていた。どうして傍にいられなかったのか、後悔が溢れていた。

 子供がいなくなってから懸命に探した。その過程で、いなくなった子供がどういう存在なのか分かった。でも、変わらなかった。子供が作られた命であっても、自分達の子供であると信じて疑わなかった。

 子供を奪った存在が分かったとき、憎しみに満ち溢れた。教団の存在を見つけ出し、遂に助けに行けるところに至ったのに、体が動かなくなった。動かない体にすら、憎しみを覚えた。

 ずっと会いたかった、ずっと信じていた、ずっと謝りたかった、ずっと、ずっと、ずっと‥‥‥‥待ってた。

 最後に一つ‥‥‥‥‥‥その子供は‥‥‥‥‥‥私は愛されていた。

 

「‥‥‥‥‥‥とうさん、かあさん‥‥‥‥」

 

 その火が何かわかった。父さんと母さんだった。

 私の中に二人はいた。ずっと、8年前からずっと、傍にいた。なんだ、この変な性質にも、良いところがあったな。

 

『‥‥‥‥ここにいるのは、ご両親、教団で無念の中で亡くなった子供たち、後はさまよえる魂が集まっただけ、別に貴方が無理矢理集めた訳ではありません。無論それをしようとすれば出来るかもしれませんが、貴方はそうしないでしょう?』

「ええ、決して」

『ならば、それでいいではないですか。さて宿主‥‥‥‥どうされますか? まだ死にたいですか、ここにいる者達を残して、命を絶ちたいですか?』

「‥‥‥‥‥‥生きます。ここにいる人達の分も、私が生きる」

『結構、では今後ともよろしくお願いいたします、宿主』

 

 白衣の男は手を差し出してきた、私もそれを無意識に取っていた。

 ああ、そうだ、色々あり過ぎて忘れていた。

 

「貴方には、本当に助けてもらいました。ありがとうございます」

 

 お礼を言ってなかった。8年前も今も、ずっと助けてくれた同居人にお礼を言っておきたかった。

 

『私も、勝手にお邪魔をしてしまった手前、心苦しかったもので、礼金代わりだと思って頂ければ構いませんよ』

「でも、俺が引き寄せてしまったんですよね‥‥‥‥その、性質、で‥‥‥‥」

『別に気にしなくても、構いませんよ。元々、死んでましたので‥‥‥‥それに、その性質も一つの個性とでも思えばいいではないですか。人から好かれるのと同じです、魂に好かれる、そういう性質だと、思えば大したことではありません』

「そんなものでしょうか?」

『お近くに焔を生み出す人外がいるんです、それくらい大したことないでしょう』

「《劫炎》の先輩の事ですか?」

『ええ、あの者も私と同じく、異なるところからの来訪者です』

「来訪者?」

『ああ、まずは私の自己紹介から始めないといけませんね』

 

 白衣の男は、襟元を正し、その場に直立不動の姿勢を取った。先程までやや前傾姿勢だったのを改善した。

 

『私、名前は忘れました。出身地はよく覚えていません。家族構成は兄弟姉妹がいたか不明で、両親は亡くなっていると思います。特技はわかりません。血液型は体が無いので意味を成しません。以上です、よろしくお願いします』

「‥‥‥‥あ、どうも」

 

 ‥‥‥‥ここまで意味のない自己紹介も珍しい、分かったことは不明であると言う事だけだった。

 

『まあ、仕方がないですね。記憶とは脳に納められるものですから、魂だけになった私には最早戻ることはないでしょう。‥‥‥‥さて、記憶はありませんが知識として魂に刻み付けたものはあります。まず、来訪者という言葉から説明しますと、この世界ではない世界から来たものです。《外の理》という言葉を聞いたことがありますね、それが私の世界だと思って頂ければ、理解がしやすいかと』

「《外の理》、それは私の持つ『ハード・ワーク』や《劫炎》の先輩の『アングバール』がそうだと‥‥‥‥」

『ええ、それで間違いないです。私の世界で私は死んで、彷徨っていたんですよ、ある未練がありまして‥‥‥‥そんな折に、こちらとあちらが開いたんです、貴方が次元に干渉したんでしょう、それに乗ってこちらに来たら、貴方にぶつかったんです。その結果、私は貴方の中に入り、今に至っています』

「‥‥‥‥はあ、そうですか‥‥‥‥」

『反応に困っていますね‥‥‥‥致し方ないかと思いますが、まあ、そう言う者だと知っておいてください。今更、この体を乗っ取ってどうこうする気も、故郷に帰りたいという気も、全くないですから、ご心配なく』

「ああ、そうですか。‥‥‥‥ところで、先程言っていた未練とはなんです?」

『ああ、私の未練は‥‥‥‥全てを知りたかった、それだけです。知識欲ですね、それを満たしたかったんです』

「それを満たすことは出来ないんですか?」

『宿主の中にいると、外の事は色々見えますよ。こちらの世界の知識は色々と前の世界と違うので、それだけでも楽しいですよ。‥‥‥‥ただ、一つお願いがあるんですが‥‥‥‥』

「はあ、可能な限り、ご相談に乗りますが‥‥‥‥」

 

 さっきまでとは顔が違う、随分と深刻な表情だ。

 

『お願いというのはただ一つ‥‥‥‥‥‥もう少し寝て下さい!!』

 

 両足を折りたたみ、その上に自身の体を乗せ、両手を足の前に置き、その状態から頭を地面に擦りつけるように、頭を下げている。これはギルバート先輩がやっていた、土下座、というものだった。

 先程まで、淡々としていた口調だったのに、やたらと真に迫っている。非常に申し訳ない気持ちになる、悪いことをしていないというのに‥‥‥‥

 

「あの‥‥‥‥頭をお上げください」

『いえ、お願いを聞き届け頂けない限りは上げることは出来ません!!』

 

 何だろう、冷淡というか、淡々という様な印象だった白衣の男が、豹変したかの様な激情に満ちた声だった。

 

「取り合えず、ご説明ください。対応は検討致しますので‥‥‥‥」

『あのですね、私は既に死んでおり、現在は魂だけですが、宿主の中にいます。そしてこの中での生活は宿主に依存するんです。簡単に言うと、宿主が起きるのと、寝るのに私は連動しているんです。‥‥‥‥ここまで言えば、大体はお察しいただけるかと存じますが‥‥‥‥』

「‥‥‥‥‥‥‥‥うん?」

『‥‥‥‥あのですね、私は宿主と起きるのと、寝るのに連動しているので‥‥‥‥』

「ああ、そこは分かります。でも‥‥‥‥何か問題が?」

『な、何か問題、だと! いいですか、宿主が寝ないと、私が寝れないんですよ! なのに、宿主が徹夜が当たり前、二徹が当たり前、三徹、四徹、五徹すらあり得るとか、殺す気ですか!』

「既に死んでるんですよね? なら問題なくないですか?」

 

 別に寝なくても問題ない、ならその時間を他に当てた方が有効だ。時間は有限なんだ、無駄には出来ない。

 

『‥‥‥‥フフフフ、フハハハハハ‥‥‥‥やっぱり駄目ですよね。分かってました、だって8年くらい一緒に居ますから、心が壊れていた時からまともに寝てなかったし、宿主が学生だった頃も、就職してからも二日に一回寝ればいいくらいで、『神なる焔』というのを覚えてからは平均して、四日に一回くらいしか眠らなくなりましたし、おまけに最近は毎日新しい技を覚えるから、それの情報処理も大変でへとへとなのに、寝ないとか‥‥‥‥これブラックなんじゃない、とかいつも思ってましたが、体が無いから記憶はないけど、魂に刻まれた情報に非常にクルものを感じたんで、後はこの体にぶつかったのが悪かったのかなとか、生前に私はこれほどの大罪を犯したかな、と不安になる毎日ですが‥‥‥‥‥‥‥‥ブツブツ‥‥‥‥』

 

 異様なテンションで笑いだしたと思ったら、膝を抱えてブツブツと呟きだした。

 なんだかこの人、情緒不安定だな。

 

「あの、とりあえずどれくらい一日寝たらいいんですか?」

『さ、最低でも6時間!』

「却下」

 

 6時間寝るとか、あり得ない。一週間で6時間なら相談に乗れそうだが、一日6時間寝るとか‥‥‥‥子供か。

 

『せ、せめて3時間で手を打ちませんか!』

「1時間」

『で、ではせめて2時間』

「1時間半」

『ぐっ‥‥‥‥‥‥‥‥わ、かり、まし、た‥‥‥‥』

 

 思いっきり歯を食いしばって、苦悶の表情を浮かべながら、答えていた。

 その後、大きなため息をついた後に、気を取り直したようで、表情を元に戻した。

 

『では、睡眠時間に関してはベースを一時間半として、今後に関しては要相談と言う事で、継続的に根気強く交渉していくことにさせてもらいますが、本題はこちらです』

「こちら?」

『ええ、この世界‥‥‥‥真っ暗ですよね。これいい加減に改善しましょう』

「真っ暗なのが普通ではないんですか?」

『これは貴方が『鬼の力』なるものを使用したことが原因です。正確に言えば、『鬼の力』の意志に飲み込まれていっているからですね。このままでは、宿主は飲み込まれて消滅することになるかも知れませんね』

「えええええ!!」

『危ないんですよ、あの力‥‥‥‥以前は《劫炎》さんの焔で消せましたが、今度はどうなるか分かりません。ですから、ご自分で解除するしかありません』

「いや、でもどうやって解除すればいいのか、分かりません」

『ふむ、ならば使い方を覚えてください』

 

 そう言って、白衣の男は白衣のポケットから一枚の紙を取り出した。

 

「これは?」

『《劫炎》さんが前回『鬼の力』の意志を焼き尽くした時の術式です。宿主が分かるように報告書形式に纏めておきました。‥‥‥‥宿主がやらかしたとき用に準備しておきました』

「大変申し訳ございません!」

『まあ、一応住まわせてもらってますので家賃分くらいは働きますので。‥‥‥‥ただできれば今後は事前にご連絡いただければ幸いです。あとついでに言っておきますが、私が術式を解析して、それを宿主の技量で再現できる程度に完成度を落とし込むことで他の方の技なり魔術なりを使っております。なので、私の解析に時間が掛かると、再現するまでに時間が掛かりますので、出来れば一つずつにしてください』

 

 白衣の男、いや頼もしき同居人には最早頭が上がらない。

 

「はい、今後ともよろしくお願いいたします!」

『‥‥‥‥今後が無いようにする努力も最低限してください。それが無理なら最低でも6時間は睡眠を取ってください!』

 

 それはそれ、これはこれと言う事で一つお願いします。

 あ、そうだ、先に決めておくべきことがありました。

 

「貴方の名前は分からないんですよね?」

『ええ、忘れましたので』

「ではなんとお呼びすればいいですか?」

『‥‥‥‥そうですね。敢えて付けるなら『ソフト』とでも呼んでください』

「『ソフト』ですか?」

『ちょうどいいでしょう、宿主が『ハード』、入居者である私が『ソフト』、今の関係性に合っています』

「分かりました。ソフトさん」

『では、早速始めてください、ハードさん』

「はい、では‥‥‥‥うん、わかった。‥‥‥‥これなら体に取り込んだ方がいいか」

『ええ、そうしてください。私が制御はしますので』

 

 ソフトさんが作ってくれた報告書を読んだ見たところ、《劫炎》の先輩の焔を作り方だった、劣化品だが‥‥‥‥まあ、作り方は分かった。

 そしてこの焔を作って、精神に影響を及ぼす分だけ焼き尽くせばいいそうだ。体に炉を作るようなものらしい。

 しかし、これではまたリソース不足に悩むことになりそうだ、‥‥‥‥だが、この焔はソフトさんが制御を担当してくれるらしい。

 つまり、『鬼の力』の発動と焔を作るのは私が担当するが、焔の維持管理はソフトさんが担当してくれるそうだ。そして焔を作った後は、リソースが空く、つまり、

 

「つまり、これで漸く『鬼の力』を使いつつ、クラフトを使えるんですね」

『まだうまくいくかは分かりませんが‥‥‥‥』

「しかし、これでうまくいったとすると、魔術の方面に手を出した意味はないですね‥‥‥‥」

『いえ、そんなことないですよ。今回の焔の術式は今回の修行の成果が入っております。魔女に弟子入りしていなければ出来なかったことです。それに‥‥‥‥‥‥宿主が8年前の記憶を戻しても大丈夫だと判断できましたので、意味はありましたね』

「‥‥‥‥‥‥そうですね。さて、始めましょうか」

 

 さあ、『鬼の力』を私の糧になってもらうぞ。

 

 

『ヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセ』

 

 体に意識が戻ってくると、現状は変わらない。相変わらず酷い状況だ、気が変になりそうだ。

 今は何とか焔を作らないと‥‥‥‥

 

『ヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』

 

 あれ、声が収まりだしたぞ。

 

『宿主、焔を発動するまで、私が保護しましょう。出来るだけ早めに発動して下さい』

 

 おお、助かった、ありがとう、ソフトさん。

 

『礼は睡眠時間で返してください』

 

 前向きに善処します。

 さて、今のうちに‥‥‥‥‥‥よし、大体は出来たぞ。

 

『では一度、全部焼き尽くします。息を大きく吸い込んで、体内の『鬼の力』を送ってください』

 

 私はソフトさんの指示に従い、大きく息を吸い込み、大きく息を吐く。それを何度も、何度も繰り返す、すると、

 

『ヨコセ‥‥ヨコセ‥‥‥‥ヨコセ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』

 

 どんどん声が収まっていく。そして遂に‥‥‥‥‥‥晴れた。『鬼の力』が解除された。

 

『お疲れ様です、宿主。こちらは晴れたましたが、気分はどうですか?』

 

 全く問題なしです。はあ、やっと解放されてイイ感じです。

 

『そうですか、ではさっさと寝てください。出来れば6時間程』

 

 いや、まだ日が高いんですから、まだまだ寝ませんよ。

 それより、早く『鬼の力』を使いましょう。折角ソフトさんが手を貸してくれるんですから、早く始めましょう。

 

『いやいや、せめて万一の場合に備えて、誰か実力者がいるところでやりましょう。今現在、ここでは暴走したときに止めてくれる実力者がいないんですから、止めましょう。そして寝ましょう、出来れば6時間は』

 

 やたらと睡眠と取るように勧めてくるソフトさん、まだ昼前ですから頑張りましょうよ。

 そう、説得していると、背後から声を掛けられた。

 

「‥‥‥‥ハード?」

「‥‥‥‥リアンヌ様? どうしてここにいらっしゃるんですか」

 

 声のする方を向くと、リアンヌ様がそこにいた。あれ、何でいるんだろう? もうお昼の時間かな。

 

『‥‥‥‥ええ、今ここに来ますか‥‥‥‥』

「でも、丁度良かった‥‥‥‥」

 

 この状況なら、ソフトさんも文句は言えないだろう。

 是非とも、リアンヌ様に私の力を見せたい。

 

「ハード?」

 

 私は『鬼の力』を発動させた。そして体内、焔を発動させた。

 後は任せますよ、ソフトさん。

 

『はぁ~、分かりました。やりますよ』

 

 体内に起こした焔の操作をソフトさんにお願いすると、確かに『鬼の力』が発動しつつ、理性がある。更にリソースに十分な空きがある。確かにこれなら、クラフトが使える。

 

「いけない、また暴走しますよ!」

「いえ、大丈夫です。‥‥‥‥『鬼の力』の影響を抑えてくれるそうですから」

『ええ、家賃分は頑張ります。ですから少しは睡眠を‥‥‥‥』

 

 全く、ソフトさんは自堕落だ。隙あらば居眠りに誘ってくるとは、寝る暇が有ったら、他に何かしましょう。

 私は何故か、『ハード・ワーク』が槍の形態になっているので、槍を構え、リアンヌ様に誘いをかける。リアンヌ様ならこれで察してくれる。

 するとリアンヌ様も槍を構え、私と対峙してくれる。

 

「何が起こったか、妾にも分らんが、まあ、問題ないならいいじゃろう。丁度良い弟子の力を見せてもらうとするかのう」

 

 師匠が近くに腰を下ろし、私とリアンヌ様の戦いを見届けてくれるようだ。これはヘタは打てないな。

 私とリアンヌ様は互いにジリジリと間合いを計る。『鬼の力』は問題ない、クラフトも発動できる。今なら‥‥‥‥届くかも知れない。

 

「はあああああああっ!!」

「はあああああああっ!!」

 

 互いに槍がぶつかり合う!

 



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第二十八話 敗北

仕事が忙しく、二週連続日曜出勤のため、書く時間がありませんでした。
時間が空いてしまい、申し訳ございません。
25話から27話まで日付が間違っていましたので、修正致しました。
内容の変更は行っておりません。


―――七耀暦1206年6月8日 隠れ里エリン サングラール迷宮

 

「うおおおおおおおっ!!」

「はあああああああっ!!」

 

 私の槍とリアンヌ様の槍がぶつかり、力比べに入った。今までの私なら押し負けていた。だが、今の私は一味違う。

 

「ウオオオオオオオオ!!!」

 

 『鬼の力』で力を底上げしている状態の私なら、リアンヌ様相手でも力比べなら負けはしない。

 私とリアンヌ様が組み合うと、少しの均衡の後、ジリジリとリアンヌ様が後退りしていく。‥‥‥‥やはり力比べは私に分があった。

 

「クッ‥‥‥‥押し負ける、ならば!」

 

 力比べで分が悪いと見たリアンヌ様は、槍を滑らせ、するりと、力比べから抜け出し、距離を取ろうと後ろに飛んだ。

 

「逃がさない!」

 

 私は思いっ切り、地を蹴り、一足で追いかけた。

 

「ふっ、やりますね」

 

 『鬼の力』で強化された私の速力ならリアンヌ様に追いつくことが出来る。

 リアンヌ様は私が追いつくことは想定していたのか、余裕の笑みを浮かべている。

 まあ、ここまでは変わらない。これまでも追いつくこと自体は出来た。問題はここからだ。これまでは追いついても効果的な攻撃が出来なかった。リソース不足に端を発するクラフトの使用不可。だが、それは過去の話だ。驚いて頂くのはここからだ!

 

「『シュトルムランツァー!!』」

 

 リアンヌ様は知っている、私が『鬼の力』を発動しているときにクラフトが使えないことを知っている。

 だけど今の私にはソフトさんが『鬼の力』を制御してくれている。そのことをリアンヌ様は知らない。だからこそ意表を突けた初撃、この一撃を届かせる。

 

「なっ!?」

 

 後ろに飛んだ状態のリアンヌ様に私は追いつき、更にもう一歩踏み出し、リアンヌ様から学んだクラフトで一撃を放つ。リアンヌ様は後ろに飛んだ状態のため、受け止めることも、躱すことも、カウンターを放つことも出来ない、当たると確信を持った一撃だった。だが、

 

「ふっ!」

 

 逸らされた。私の槍の穂先をリアンヌ様は、右に逸らした。突進していった私の体勢は右に逸れてしまう。‥‥‥‥まだだ、これくらいはやってくると思っていた。

 私は逸れていく体を強引に足で踏ん張り、その状態で再び攻撃に移ろうとした。体はリアンヌ様に対して背を向けている。だが、関係ない、このクラフトには体の向きなんか関係ない。私はその場で体を回転させる。

 

「『アルティウムセイバー!!』」

 

 体を回転させた反動を槍に伝える。その槍で全力で振りぬき、リアンヌ様に叩き込んだ。

 

「くっ!」

 

 リアンヌ様は咄嗟に槍を盾代わりにしたが、地に足が着いた直後だったため、踏ん張りがきかず、衝撃を殺すことは出来なかった。私の一撃は今度こそリアンヌ様を捉え、吹っ飛ばすことが出来た。

 ‥‥‥‥やった、達成感があった。『鬼の力』を発動する中でクラフトが使えた。だがそれだけじゃない、それ以上にやったと感じたのは‥‥‥‥『シュトルムランツァー』、『アルティウムセイバー』という、リアンヌ様から学んだ技で一撃を届かせることが出来たからだ。

 何度も槍で手合わせをしてきた。その中で攻撃を当てたことは何度もあった。‥‥‥‥だが、一度として私の槍技がリアンヌ様を捉えることはなかった。

 槍はリアンヌ様に教わった。当然技も全て見せていただき、指導を仰ぎ、技術を磨いてきた。だからこそ、私の放つ槍技は全て捌かれた、躱された、カウンターを喰らった。これまでずっと、届かないと思っていた。でも、遂に届いた。

 

「ふふふふふ‥‥‥‥‥‥」

 

 吹っ飛ばしたリアンヌ様がゆっくりと立ち上がり、こちらに歩いてくる。

 その表情はとても晴れやかで、機嫌が良さそうに感じる。

 

「まさか、ここまで見事に薙ぎ払われるとは、いつ以来でしょう。やっぱり、ハードはそうでなくては‥‥‥‥先程までの暴走していた時は酷く雑だったため、拍子抜けしましたが、今の貴方は実に良い。研鑽を重ねた技術と力の合一、見せてもらいました」

「今だ、未熟の極み、リアンヌ様に教わりし槍、と名乗るのも憚られる程だと感じ入っています」

「ふふ、自身をあまり低く見てはいけません。貴方は私が見てきた中でも才に秀でています。それこそかつてのレーヴェ、《剣帝》に匹敵するほどの才だと思っています。ですが、才ある者が必ず強くなれるとは限りません。不断の努力によって強くなれるのです。私がハードの域に達するまでにどれ程の時を費やしたか‥‥‥‥貴方はまだ、4か月足らず、信じられない程の成長の速度、嬉しさと共に‥‥‥‥怖さすらあります。‥‥‥‥例え貴方がどのように生まれ、どのような過程を経て、ここに至ろうと私は貴方を‥‥‥‥いえ、これ以上は何も言いません」

 

 そう言って、リアンヌ様は槍を構え、闘気を発する。

 

「さぁ、貴方の全力を見せてみなさい、ハード!!」

「ッ‥‥‥‥ハイッ!!」

 

 私は再び気合を入れ直し、リアンヌ様に向かっていく。

 どこまでも貪欲に食らいついていくんだ、リアンヌ様は遥か高み、今日こそ其処に届くんだ。

 

side ローゼリア

 

 妾の目の前で行われた一瞬の出来事は、あまりに衝撃的だった。弟子とリアンヌの戦いは妾の目には微かに見えたが、何が行われておったのかは‥‥‥‥詳しくは分からんかった。だが、リアンヌが弟子の一撃で吹き飛んだのは分かった。

 驚いたわ、リアンヌが吹っ飛ばされるのなんぞ、何百年ぶりに見たことか。そして、弟子の強さにも‥‥‥‥驚いた。

 弟子は今もリアンヌの動きの速さ、力強さに対等、いやそれ以上で戦っておる。リアンヌは弟子のそれを技量の差で覆しておる。じゃが、その槍捌きもドンドン弟子が吸収するように差を埋めていっておる。戦いの中でドンドン成長していっておる。それを見てリアンヌは更に楽しそうに笑みを浮かべ、闘気を増していく。

 これはリアンヌが惚れこむのも分かるかの‥‥‥‥リアンヌが戦いの中で笑っておる。楽しい‥‥‥‥いや嬉しいのか。

 250年の月日はリアンヌを孤独にした。同じ時を生きた者はおらず、伝説として語られるだけの存在になってしまった。

 それだけではない‥‥‥‥競い合える者がおらんくなった。

 リアンヌが生きた時代は内戦が始まった影響で、治安の悪化や飢餓に貧困、生きるのに必死だった時代じゃった。だからこそ皆が必死に生きておった。だからかのう、生きるためには力が必要じゃった。‥‥‥‥皮肉な話じゃが、その様な悲惨な時代じゃったからこそ強い者が多くおった。じゃからこそリアンヌはどこまでも強くなっていった。強きものが次の強きものを育てたんじゃ。‥‥‥‥じゃが気づけば、リアンヌを強くしてくれる者はおらんくなってしまった。『武の至高』、『槍の聖女』そう呼ばれ、リアンヌより強い者がいなくなった。

 それからは強きものを求め、大陸中を渡り歩き、強きものを求めておった。武人としてリアンヌに挑む者は過去に何人もおったが、一時は満足いく戦いが出来ても、時と共にいなくなっていった。

 見込みのある者に、武芸を指南してきた。妾が知らん20年の間にリアンヌの眼鏡にかなう者がおったのか、妾には分からぬが、それでも満足いくことはなかったのかも知れぬ。

 そのような年月を200年以上も続けてきた。‥‥‥‥もはや、今のリアンヌを支えておるのは惚れた男への義理‥‥‥‥いや、執念だけそんなもんじゃろう。だが、

 

「はああああっ!!」

「うおおおおっ!!」

 

 今、妾の目の前で楽しそうに槍を振るい、戦っておるリアンヌは指南ではなく、純粋に戦いを楽しんでおるんだろう。弟子もリアンヌに引っ張られるようにドンドン技術を吸収していっておる。じゃからこそ、リアンヌは更に笑みを深め、リアンヌ自身も弟子に引っ張られるようにドンドン力強さが増していく。

 今、目の前におるリアンヌは『武の至高』、『槍の聖女』と呼ばれた『伝説』ではなく、妾が出会った当時の、強くなりたいと心から願った『リアンヌ・サンドロット』なんじゃな。随分と懐かしい顔をしておるの。

 しみじみと過去の事を思い出しつつ、戦いを見ておったが、その戦いも、もうすぐ終わるようじゃ。

 

「これで最後です」

「はい、全力で届かせてもらいます!」

「ふふ、いいでしょう‥‥‥‥では、こちらも全力でお相手しましょう!!」

 

 リアンヌが更に力を高めてきた。周囲を圧倒するほどの闘気が場に満ちておる。これでは流石に弟子がかわいそうかのう‥‥‥‥

 

「もっとだ、もっと、力をください!!」

 

 弟子の方もこの期に及んで、更に力を高めてきておる。『鬼の力』の総量は最早暴走しておった時とさして変わらん。だというのに、意識が奪われる様子がない。以前の魔術で己を保護するやり方は力の上限までその段階で抑えておった、だが今の術式は‥‥‥‥体内に焔を宿し、その焔で己を侵食する『鬼の力』のみを的確に焼き尽くしておる。その結果、更に『鬼の力』を上乗せしても、意識は奪われん、理論上は。‥‥‥‥じゃが、そんな事、弟子に可能だとは思えん。自身の体内で精密なコントロールを行い、『鬼の力』の悪意のみを的確に焼き尽くす、その状態で『鬼の力』を更に上乗せすれば、その分、侵食するスピードは上がるはずじゃ。だというのに、それを完璧にこなしておる。そんな事、妾でも出来るかどうか分からん。そんな高難度の術式制御を戦闘中に出来るとは‥‥‥‥アレが弟子の中におる者か、とんでもないやつじゃのう。

 

「さあ、耐えてみなさい。我は鋼、全てを断ち切る者」

 

 リアンヌは必殺の一撃を放つ構えをみせる、対して弟子の方は‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥」

 

 リアンヌと同じ構えを取っておる。じゃが‥‥‥‥目をつぶっている、だというのに寸分違わぬ動きから構えに至っておる。

 

「ふふ‥‥‥‥」

 

 リアンヌはそれを見て、笑った。

 弟子の方は、構えを取ったまま、まだ目をつぶっておる。意識を集中させているのか、ピクリとも動きはせん。‥‥‥‥なるほど、準備万端と言う事じゃな。

 両者とも動きが止まり、沈黙が訪れた。先程の剣劇から打って変わって、しんと静まり返った。そして、先に動いたのは、

 

「聖技『グランドクロス』!!」

 

 リアンヌの方からじゃった。

 

「聖技『グランドクロス』!!」

 

 弟子も間髪入れずに必殺の一撃を放った。

 二人の必殺の一撃がぶつかり合い、周囲に衝撃が走った。

 

「わわ!! あやつら、なんちゅうことしおるんじゃ!」

 

 唯一のギャラリーである妾がその衝撃の犠牲者にならんかったらよかったんじゃが‥‥‥‥そのせいで、決定的瞬間を見逃してしまったぞ。妾は結界を張り、衝撃が収まるのを待った。

 ‥‥‥‥衝撃が収まると、其処には両者共におらんかった。

 

「ど、どこに行ったんじゃ!?」

 

 探して見ると、両者ともに離れたところにおった。どうやら衝撃で双方が共に吹き飛んでしまったんじゃろう。見逃したのが、残念じゃ。

 先に立ち上がったのは‥‥‥‥弟子の方じゃった。

 

「‥‥‥‥」

 

 顔は下を向き、表情が見えんが、ゆっくりと立ち上がった。じゃが弟子は『鬼の力』を発動しておらんようじゃ。全て出し尽くした、というところじゃな。

 リアンヌの方も後を追う様に立ち上がった。こちらは顔を上げ、真っ直ぐに弟子を見据えておる。そして再び槍を構え、弟子に向かっていく。

 

「ハードォォォ!!」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 弟子の方は、今だ顔を上げておらん。そしてそのまま、頭を下げ‥‥‥‥倒れ込んだ。

 

「ハード!?」

「弟子!?」

 

 妾は急ぎ駆け寄った。リアンヌも槍を捨て、弟子の下に駆け寄った。

 妾が弟子の様子を確認すると、意識を失って寝ておった。じゃが‥‥‥‥左腕が奇妙な状態じゃった。弟子が戦いの最中着ておるローブの一部が完全に左腕に巻き付いておる。それが腕の形を保たたせておる様に思える。‥‥‥‥もし、このままこの巻き付いておる何かがほどけたら‥‥‥‥左腕から大量出血は免れんじゃろう、いやそれ以前に腕の形状を成せんじゃろう。

 幸い、体全体の様子を魔法で確認してみても多少の傷はあるが、最も酷いのは左腕じゃ。

 妾は急ぎ左腕の治療を行い始めた。

 

「ロゼ、ハードの様子は!?」

 

 リアンヌは心配げな表情を浮かべ、妾に詰め寄った。

 

「落ち着け、どうやら気絶しただけじゃ。直に目を覚ますじゃろう。じゃが、左腕はボロボロじゃ。それに左腕に巻かれておる、この異様なものは何じゃ?」

「‥‥‥‥それはハードが盟主から賜りし武器『ハード・ワーク』です」

「‥‥‥‥名前はともかく、先程まで弟子は槍を使っておったぞ、あれが弟子の武器ではないのか?」

「ハードの武器、『ハード・ワーク』は形状を変化させることが出来るみたいです。そして不壊の特性を持っているそうです」

「なるほどのう。つまり、弟子は左腕を痛めたから、形を変え、腕を保護したんじゃな」

 

 先程の戦いで最後を見逃した妾は、リアンヌの話と状況から、そう推察した。じゃが、リアンヌは首を横に振る。

 

「いえ、ハードがその武器を変形させたのは私とぶつかる直前でした。そしてその目的は‥‥‥‥‥‥‥‥私の槍を掴むためでした」

「‥‥‥‥はぁ?」

 

 ‥‥‥‥理解できんかった。リアンヌの『グランドクロス』を掴む? 意味が分からん、それにそんな事が出来るとは、思えん。

 リアンヌは妾が困惑している様を見つつ、自分の左脇腹に手を当てた。

 

「ハードが目をつぶっていたのは、おそらく一瞬だけ自身の動体視力を高め、私の動きを見切るためだったんでしょう。その上で、私の一撃を見切り、自身の左腕を犠牲に、一瞬のスキを作ることに成功しました。その一瞬のスキで私に必殺の一撃を放ったのです。ただ、左腕が限界を迎え、一撃が外れ、脇腹への一撃で済みました」

「待て待て待て待て‥‥‥‥今までリアンヌの槍を掴もうとしてきた者などおらんかったぞ。そんな奇策、そもそも思いついたところでやろうとするような阿呆は‥‥‥‥おったな、大昔に」

「ドライケルスなら‥‥‥‥」

「ああ、あの朴念仁ならやりかねんのう‥‥‥‥」

 

 妾は弟子を治す最中、昔の事を思い出しておった。いかんな、今日は昔の事ばかり思い出してしまう。歳は取りたくないもんじゃ。

 

「‥‥‥‥ふふふ、今回は私の負けですね。まさかこんなやり方でハードに負けるとは、まだまだ未熟ですね」

「随分と嬉しそうじゃのう。それに負けたのは弟子の方ではないのか? 現に今も気絶しておるが、リアンヌの方はまだ‥‥‥‥」

「本来なら、ハードは左腕に、私は左脇腹に重篤なダメージを負いました、ですが私は不死です。だからもし、生前の私であったなら‥‥‥‥致命傷でしたでしょう。故に私の敗北です」

 

 リアンヌは自身の敗北を‥‥‥‥嬉しそうに認めた。随分と晴れやかな顔で、弟子を見つめておる。

 

「なんじゃ、負けたのに嬉しそうじゃのう。悔しくはないのか?」

「‥‥‥‥ああ、そうですね。‥‥‥‥悔しい、ですか。‥‥‥‥そんな気持ち、随分と久しく感じたことはありませんでした。ですが、そうですね、これが悔しい、という気持ちですか。‥‥‥‥ええ、思い出しました。‥‥‥‥ですが‥‥‥‥」

 

 リアンヌは弟子の頭を撫でながら、満面の笑みを浮かべ、

 

「よくできました。‥‥‥‥これ以上の言葉は出てきません。‥‥‥‥ですが、一つだけ、言っておきたいことがあります」

「なんじゃ?」

「‥‥‥‥あんな危険な戦い方、もう止めさせないといけません。いくら強くなれても、この子の戦い方は非常に危うい。自身を顧みない戦い方では、何時か命を落とす。この子は不死者ではないのです」

「そうじゃのう。戦うたびに腕を犠牲にしておっては何本あっても足りんぞ」

「なので、一度キチンと叱っておかないといけません。はぁ~、本当に手が掛かる子です」

「‥‥‥‥そうか」

 

 口では困った様に言っておるが、表情は困っているようには到底思えない。まあ、一々突っ込むのも野暮というもんじゃ。

 妾は弟子の左腕を治すことに意識を傾けた。

 

side out

 

 私はまたも自身の内なる世界に入ってきた。外で意識を失うと、こちらの世界に来るようだ。

 現在、私はその世界でソフトさんと反省会を行っている。

 

『‥‥‥‥負けましたね』

「‥‥‥‥ええ、残念ながら。すいません、折角、魔法で動体視力を強化支援して頂いたのに‥‥‥‥」

『いえ、片手間の魔法だったので大したことではありません』

「『鬼の力』を発動していたので、肉体強度的には問題ないと思ったんですが、ダメでしたね」

『左腕一本の犠牲で、勝利できるかと思ったんですが、更なる力の向上が必要ですね。まあ、左腕なら『神なる焔』で回復出来ますし、今後に生かしましょう。しかし‥‥』

「どうしました?」

『いやまさか、槍が当たらないなら捕まえればいい、とかテキトーなアドバイスを真に受けて、本気で槍を手掴みするとは思ってなかったので』

「え、テキトーだったんですか!?」

『テキトーはテキトーですが、成功する確率も高かったですよ。それにその内、宿主が思いついて実行する確率も高いので、それなら私が提案して、足りないものを先に補ってから行った方が成功する確率も上がると思いましたので。それに宿主との付き合いも長いので、貴方が好みそうな作戦位はすぐに思いつきます。その上で一番成功率が高い作戦を選んだつもりですよ』

「そうですか。まあ、私としてもソフトさんの作戦なら出来そうだと思ってましたし、後悔はありませんよ」

 

 この戦いに関して後悔は全くない。ただ力では勝っていても技術では圧倒的に及ばなかった。

 もっと修行を積んでいれば、という後悔ならばあった。

 

『さて、とりあえず戦いの方はともかく‥‥‥‥どうでしたか、『鬼の力』は』

「‥‥‥‥凄いですね、力がどこまでも溢れてくるような感覚、実にいいです」

『そうですか。‥‥‥‥私から一言、言わせていただければ、‥‥‥‥‥‥‥‥今後二度と使わないことをお勧めします』

「え、何故ですか?」

『残念ながら『鬼の力』は宿主の体にとって相性が‥‥‥‥‥‥‥‥非常に良すぎるんです』

「え、相性がいいなら特に問題ないのでは?」

『‥‥‥‥『鬼の力』に侵食されると自我を失う、そのため私は侵食した部分を焔で焼き尽くしました。最初は特に問題有りませんでした、ですが時間の経過と共に侵食スピードが上がっていき、処理に遅れが生じ出しました。おそらく、『鬼の力』が体に馴染みだしたため、侵食スピードが上がったと思われます。今回は無事に終わりましたが、今後も使用を続ければ、『鬼の力』が馴染み切った体の場合、処理は追いつかず、自我が喰われることになるでしょう』

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 ソフトさんの説明を聞き、私は頭を抱え込んだ。

 折角、『鬼の力』を制御が出来たというのに、今度は使用すれば自我を喰われるとは‥‥‥‥どこまで行ってもうまくいかない。

 

『ですが‥‥‥‥どうしても使いたいなら、方法はあります』

「え、あるんですか?」

『どうしても使いたいなら、ですよ。そもそも、そこまでこの力にこだわる必要はないと思います。『黒い闘気』、自己強化できる手段はありますので、其方を選べば比較的安全だと思いますが‥‥‥‥』

「『黒い闘気』ではリアンヌ様に届くまで‥‥‥‥どれ程かかると思いますか」

『並大抵の時間では届かないでしょうね。‥‥‥‥おそらく、その前に宿主の命数が尽きるでしょう。‥‥‥‥ああ、そう言う事ですか。だからこそ、ですか』

「ええ、リアンヌ様に勝たなきゃいけないんです。リアンヌ様もそれを望んでおられる、何故だかそう思うんです。それに私は《結社》の執行者、これからも多くの戦いがあると思います。でも、私は戦い抜く、私が居るべき場所である《結社》のため、居場所を与えてくださった盟主様のため、戦い方を教えてくださったリアンヌ様のために戦うんです。だからこそ生半可な力では戦えない。この体は‥‥‥‥今の力を得るために多くを犠牲に強いてきた。今更私の自我が失われるなど些末な事。例え、己を失っても、盟主様に拾われ、与えられた使命だけは死ぬ時まで果たして見せる。‥‥‥‥今度こそ果たして見せる。意味ある生を、全うするために」

 

 生きる事、それをあきらめる事は決してない。自身の命を投げ出すことは決してしない。だけど、自分が生きた意味くらいは示したい。例え、自我を失っても、それでも『私』は『私』だ。『鬼の力』を使った結果、自我を失っても、それでも生きているならば、それで構わない。

 私の意志が変わらないことを確認したソフトさんは、溜息をついた。

 

『‥‥‥‥ふぅ、仕方ありません。体が生き残れば、私も、ここにいる迷える魂たちの皆も、残るでしょう。ですが今までよりもずっと環境は悪くなるでしょう。仕方がありません‥‥‥‥『鬼の力』、使うことを止めないのならば、使っても問題が無いように体を作り変えましょう』

「! そんな方法があるんですか!?」

『時間は掛かります。それまでは体調不良の状態が続きます。おそらく身体能力全般の低下は免れません。体を作り変えるんです、それに伴う肉体的な苦痛や疲労は想像を絶するかと思います。‥‥‥‥それでも、やりますか?』

「はい!」

『はぁ~、仕方ありません。とりあえず、最善を尽くします。期間は約一月、完全回復できるのは7月頃だと思います。その間は私の指示に従ってください。それでいいですね?』

「はい、構いません」

『その言葉に二言はありませんね?』

「はい、ありません」

 

 『鬼の力』が使えると言うなら、一月の間くらい、何でも耐えて見せる。私は力強くソフトさんに答えると、ソフトさんは私の意志に答えてくれた。

 

『分かりました。では必ず私の言いつけは守ってください』

「はい、必ず!」

 

 私が承諾したことで、ソフトさんはこれから行うことを説明してくれた。

 体を作り変える、とは『鬼の力』による侵食に対して『抵抗力を付ける』というものだった。概要は説明されたがよく分からなかった。だがそれはソフトさんが全て行ってくれるそうで、私はすることはないらしい。ただ一つを除いて‥‥‥‥

 

『では、これから毎日、宿主に行って頂くことは‥‥‥‥‥‥‥‥九時間睡眠を取って頂きます』

「お断りします!」

 

 速攻で言いつけを破った。

 



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第二十九話 苦渋

よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年6月15日 隠れ里エリン

 

 『鬼の力』を制御し、リアンヌ様に敗北してから一週間経った。

 あの戦いの後、目を覚ますと体中から尋常でない痛みと体の不自由さを感じ、まともに立つことも出来なかった。ソフトさんの提案である『肉体の作り変え』を受け入れた結果、その事態を引き起こすことになったようだ。

 だが、私がそんな状態に陥っているとは知らないリアンヌ様と師匠は驚き、何が原因なのか徹底的に調べられた。私はその時は口を動かすこともままならず、真実を告げることが出来たのが3日経ってからだった。その真実を知った二人には説教されることになった。だが、説教されている内容は記憶に残っていない。意識が朦朧としていたのか、聞いていたつもりだったが、何も覚えていなかった。

 

 昨日からは体を動かせるようになり、自分で歩行訓練を行い、自身の体の調子を確かめた。結果は‥‥‥‥相当悪かった。

 体力面ではおそらく平常時の3割程だろう。全身の筋肉、骨から軋むような痛みとそれに付随した呼吸の荒さから発揮できるのは精々3割という結論を出した。

 思考面は問題なさそうだ。多少の回転の悪さがあるが、そこまで支障はない。これは寝過ぎが原因だと思われる。やはり寝過ぎはいけない。

 とりあえず、傍目には私は普通の状態まで回復した様に見えるだろう。多少の痛みが走っても顔を歪めずに済むだろう。これなら仕事中に迷惑をかけることはないだろう。

 それにもうすぐ第三の実験が行われる。リアンヌ様に鉄機隊の三人も忙しい中、私の下に顔を出してくださっている。これ以上の負担をかける訳にはいかない。そのことをリアンヌ様にお伝えすると、困った顔をしながら、了承してくださった。

 

 そして本日、私は復調したと言い張り、エリンから巣立つことにした。

 ここエリンに来たのは魔女の修行、そして最終目標は『鬼の力』の制御であった。その目標を果たした以上、これ以上ここに留まる理由はない。ここにおいてくださったのは師匠のご厚意によるもの、私の体調が思わしくないため、静養させていただいていたのだ。私が回復した、と言い張ればここにいる理由はない。

 お世話になった里の方々に挨拶周りを行い、最後に師匠にお礼を申し上げている。

 

「師匠、大変お世話になりました」

「うむ、これからも精進するんじゃぞ、弟子よ」

 

 今日までお世話になった師匠にご挨拶をすると、これからも頑張るように言われた。

 もちろんこれからも頑張ります。折角師匠の下で学んだ魔法とお茶の入れ方、日々技術の向上に勤しみます。

 

「さあ、行きますよ、ハード」

「はい、リアンヌ様。では師匠、これで失礼いたします」

 

 私は最後に師匠に一礼し、その場を後にしようとした。

 

「そうじゃ、弟子。少し待て」

 

 師匠に呼び止められた。

 

「はい、なんでしょうか?」

「おぬしの弟子入りの対価、その話を忘れておったわ」

 

 そうだった、最初に弟子入りするときの対価の話をしていた。だがその場では決まらず、今の今まで先延ばしになっていた。

 教えを請うた以上請求されるのは当然の事だ。

 

「実は今も決め兼ねておっての、じゃから‥‥‥‥弟子よ、妾はお前さんへの貸しを一つ与えておく。じゃから弟子は妾の頼みをいつか聞いてくれ」

「‥‥‥‥え、そんな事でいいんですか?」

 

 実質保留ではないのか、この対価は?

 私がクビを傾げていると、師匠が説明をしてくれた。

 

「まあ、今は別になんもいらんのでな。ミラを貰っても困る。じゃから困ったときに使うことにしたわ」

「ああ、そう言う事ですか。分かりました、このハード・ワーク、受けた御恩は必ずお返し致します」

「うむ、期待しておるぞ」

 

 師匠は最後に手をお出しになられたので、私はその場に片膝をつき、その手を握った。

 大変お世話になりました。

 

 

―――七耀暦1206年6月15日 ブリオニア島

 

 私はリアンヌ様とエリンを後にした後、転移でここ、ブリオニア島にやってきた。

 

「お待ち申し上げておりました、マスター」

「デュバリィ、ご苦労様です。首尾の方は?」

「万全ですわ!」

「そうですか。ありがとうございます、デュバリィ。ハード行きますよ‥‥‥‥大丈夫ですか?」

 

 リアンヌ様は心配そうに私の顔を見ている。

 

「‥‥‥‥ええ、大丈夫です」

 

 出来るだけ平静を装った。顔は引きつっていないだろうか、反応は鈍くなかっただろうか、それを気にしていた。

 

「‥‥‥‥全く、意地を張るのも大概にしなさい」

 

 だけど、わかりやすかったのか、直ぐにバレた。

 リアンヌ様は私を補助する様に、肩を貸してくださり、そのままブリオニア島の奥に足を進めた。すると島の奥地には遺跡があり、その中に進んでいく。

 かつての内戦中にこの島に来たことがあった。その時には大きな石の巨人があったが、こんな遺跡は無かった気がする。

 

「どうしました、ハード?」

「‥‥‥‥以前、この島に来たことがありましたが、その際にこんな遺跡は見つけれませんでした。こんな遺跡があったのなら、気が付くと思いまして‥‥‥‥」

「この遺跡は特殊な仕掛けがしてあって、その仕掛けを解除しない事には現れません。古の時代の遺跡ですから」

 

 リアンヌ様に説明して頂き、なるほど、と合点がいった。リベールの空中都市、クロスベルの大きな樹、そしてリィンが駆る《灰の騎神》等、この世界には不思議なことが一杯だ。

 そのまま、奥地に進むと、其処には‥‥‥‥

 

「アレは‥‥‥‥神機、ですか?」

「神機アイオーンTYPE-αII、最後の神機だよ」

「カンパネルラさん」

「やあ、久しぶりだね。ハード君」

 

 私の言葉に答えたのは、カンパネルラさんだった。そして、更にもう一人が現れた。

 

「よう、久しぶりだな。ハード」

「《劫炎》の先輩、お久しぶりです」

 

 クロスベルから帰還して以来の再会だった。

 ‥‥‥‥久しぶりに会ったからなのか、異様な圧を感じる。これまでは感じなかったのに、《劫炎》の先輩の中から、この世を全て焼き尽くすような熱量を感じる‥‥‥‥気がした。それに《劫炎》の先輩と私の間に感じる力の差が分かった気がする。遠い距離を、一月前よりもずっと遠くに感じる。

 私は、ただその場に佇んでいるだけの《劫炎》の先輩に圧倒された。今までこんなに差を感じたことはなかった。魔法を学び、近づけたと、無意識に思っていたかもしれない。だがそれはただの思い上がりだったと思い知らされた。だが、それが分かっただけでも師匠に弟子入りした甲斐があったと思った。まだまだ精進が必要だと改めて理解した。

 そんな私の心情など知らない《劫炎》の先輩は私をじっと見てくる。

 

「お前‥‥‥‥また何か始めやがったな。その体‥‥‥‥一月前のクロスベルの時とは違うな。今も変わって行ってやがる。それに、以前はボヤっとしてたが、今ならハッキリ感じるぜ。お前の中にいる奴の存在を」

 

 どうやら観察していたようだ。ただ見ただけで、そこまで分かるものなのか。

 

「流石《劫炎》の先輩、一目で見抜かれましたか」

「ああ、体の方は何をやっているのか分かんねえが、お前の中にいるのはよく分かるぜ。俺と同郷‥‥‥‥其処までは分からねえが、それでもこの世界のもんじゃねえ。‥‥‥‥ま、その内ゆっくり話しようや。今はとりあえず体を良くしろや。俺の焔で治してやることも出来るが、お前も使えんだろう。そのお前が使ってないってことは、治すとまずいもんなんだろう」

「ええ、そうです。これから約一月程かけて、体を作り変えないといけませんので」

「ま、お前のやることに一々とやかく言うつもりはねえが‥‥‥‥隣の《鋼》が怒らねえ範囲で抑えとけよ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 私は《劫炎》の先輩の言葉に沈黙した。私が沈黙していると、支えてくれているリアンヌ様が溜息をつきながら、

 

「そこはせめて、口だけでも『はい』と言って欲しいのですが‥‥‥‥」

「‥‥‥‥申し訳ありません」

 

 私は出来ない約束はしない主義だ。それにリアンヌ様が怒る範囲が分からないので、それに答えることは出来なかった。

 

「さて、デュバリィ。例のモノは?」

「こちらですわ、マスター」

「では、行きますよハード」

「あ、はい。では《劫炎》の先輩、カンパネルラさん失礼します」

「おう、またな」

「じゃあねぇ」

 

 二人はそのまま遺跡の外に向かって行った。私はリアンヌ様に連れられ、神機が置かれている場所から更に奥の方に進む。すると其処には、この場に似つかわしくないモノが置かれていた。そのモノとは‥‥‥‥ベッドである。石造りの遺跡に今帝都で大人気のベッドが置かれているのだ。とてもこの場にミスマッチな状況を作り出している。

 

「何故この場所にこんなものが?」

「貴方のために用意させました」

 

 私はリアンヌ様にゆっくりとそのベッドの上に置かれ、寝かされた。

 

「貴方が最後の実験に参加すると言うので、急遽デュバリィ達に用意してもらいました。今は体が思わしくないのは、見ていれば分かります。それに貴方も言いましたが、睡眠が必要だと言う事もよく分かります。ですが‥‥‥‥貴方は言うことを聞きません。特に睡眠に関しては、全くと言っていい程信用が出来ません。なので、貴方を監督することにしました。デュバリィ、アイネス、エンネア」

「「「はっ!」」」

「ハードが大人しく寝ているか、監視をなさい。何か問題が起こればすぐに報告を」

「はい、マスター。お任せください」

 

 デュバリィさん達、鉄機隊が私を監視するそうだ。‥‥‥‥どうしてこうなった。だが、

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥zzz」

 

 残念ながら意識を保っているのは限界だった。ここまでご迷惑をおかけするんだったら、《結社》に帰れば良かったか。

 私は意識が落ちる直前まで、そんな事を考えていた。

 

side デュバリィ

 

「大人しく寝てくれましたか。全く‥‥手の掛かる子です」

 

 困った様に言いながらも、マスターは慈母の様な顔で、ハードを見て、微笑んでおられた。

 手が掛かると言うのには、酷く同意出来ますわね。起きていると何をしでかすのか分からず、御守をしなくてはならない私からすると、このままここで大人しく寝ててほしいものですわ。

 

「では、私達は行きます。後の事は頼みます、デュバリィ」

「はい、お任せください、マスター」

 

 そう言ってマスターはアイネスとエンネアを伴って、その場を後にした。そして、私は一人、ハードの傍に椅子を置き、腰かけた。

 その場にはハードの寝息しか音がしなくなった。

 

「zzz‥‥zzz‥‥zzz‥‥zzz」

「全く、こんな場所で良くここまで眠れますわね」

 

 私は椅子に座りながら、ハードがここに運び込まれた経緯を思い出していた。始まりはハードの秘密が明かされた一週間前の事でした。

 一週間前、ハードの身辺調査の結果が使徒の方々に知らされた。

 マスターはその情報を持って出かけられた。ハードの下に、ローゼリアさんの下に行かれたようでした。

 ハードに興味を持ったのは使徒第三柱、第六柱の二人、それ以外の使徒の方々はさしたる興味を持たれていない様でした。使徒第三柱マリアベル・クロイスはハードがホムンクルスという点に、使徒第六柱ノバルティス博士はハードが教団での被験者という点に、強い興味を持ったそうですわ。

 興味を持った二人はハードを自分の下に、と盟主様に進言したところ、断られたそうだ。道化師の話によると、

 

「執行者《社畜》はこのまま、《鋼》の下に置きます。来るべき時のために」

 

 盟主様がそうおっしゃったそうだ。ハードがマスターの下に置かれることには、安堵しましたが、来るべき時とは何のことでしょう、そのことが気になった。そして、私は一体何故、ハードがマスターの下に置かれて安堵したんでしょう、そのことも気になりましたわ。

 その後マスターがお戻りになられ、ハードが引き続きマスターの下に置かれたことに大層喜ばれていた。ただ、時折自身の左脇腹に手を置かれ、気にされる動作をされていたので聞いてみたところ、

 

「ハードに敗れました。私もまだまだ未熟ですね」

 

 嬉しそうに自身の敗北を話された。

 ‥‥‥‥敗れた、誰が?‥‥‥‥マスターが?‥‥‥‥ハードに?

 あの時は理解できませんでしたわ。まあ、それは置いといて、次の日にはマスターがハードの下に行かれた際に、私も同行したんですが、その時のハードは酷い有様でしたわ。

 体は痙攣していて、呻き声を上げていて、まともに言葉も発せない状況でした。ローゼリアさんが魔法で無理矢理痛みを消し、眠らせてましたわ。それでも、時折魔法が解けると、同じ様に痙攣と呻き声を上げてました。マスターもローゼリアさんもハードの事を非常に心配しており、マスターはハードの下で看病をされていましたわ。私たちも時間帯で交代しつつ、様子を見ておりました。

 それから三日ほど経つと、ハードの様子も落ち着きだし、話せるほどになりました。そして何故このような状況になったかとハードの口から聞かされました。

 自身の体を『鬼の力』に対して抵抗出来るように作り変えていること、その期間がおよそ一月掛かると言う事をハードの口から聞かされました。

 それを聞かされた後、私は恐怖しました。ハードの異常性は今更なので、そのことはさして気にしていません。またやらかしやがりましたわ、くらいにしか思っていませんでした。ですが、病気なのか何なのか調べ、必死で看病していたお二人は、その話を聞いて、プチッ、と何かが切れた音と共にマスターから金色の闘気が溢れだし、ローゼリアさんから紅い魔力が溢れだしたからです。

 マスターはその金色の闘気を纏いながらハードに優しく話しかけました。

 

「ふふふ、ハード、いいですか、こんごは、ちゃんと、わたくしに、じぜんに、はなしておくんですよ。そうじゃないと‥‥‥‥‥‥‥‥おこりますよ」

「‥‥‥‥はい‥‥‥‥分かり、ました」

「えらいですね。ちゃんとわかりましたといえましたね」

「‥‥‥‥はい‥‥‥‥分かり、ました」

「ええ、それでいいのです」

「‥‥‥‥はい‥‥‥‥分かり、ました‥‥‥‥zzz」

 

 ハードは眠りにつきました。先程のマスターとの会話を覚えているのか甚だ疑問ですが‥‥‥‥ただ、

 

「はぁ~、本当にこの子は‥‥‥‥そう言ったことは事前に言っておいて欲しいものです」

「全くじゃ」

 

 私は御二方から溢れだす闘気が収まったことに安堵いたしましたわ。全く、どうして私ばっかりこんな目に‥‥‥‥

 その後、私はマスターからあることを指示されました。

 

「デュバリィ、今後のために用意しておいてほしいものがあります。おそらくハードの事です、この状況が収まりだした頃に、最後の実験に参加すると言い出すことでしょう。本来なら認める訳にはいかず、《結社》で休ませておくべきでしょう。ですが、今は‥‥‥‥博士とマリアベル嬢がハードを狙っていることでしょう。あの二人は好奇心の塊です、ハードに接触を図ってくるかもしれません」

「ですが、盟主様よりハードはマスターの下に、と仰られたと‥‥‥‥」

「ええ、確かに。盟主の指示でハードは私の下に置かれました。ですが、置かれただけで接触を禁止された訳ではありません。こんな状態のハードを一人で置いておいてはあの二人が動かない訳がありません。回復するまでも、回復した後も私の傍に置きます。そのためにも、ハードが休める場所を用意しておかなければなりません」

「マスター、分かりましたわ。私にお任せ下さい」

 

 私達鉄機隊がブリオニア島の遺跡内にベッドを運び込み、休める環境を作り終えたところ、マスターから連絡がありました。‥‥‥‥ハードの行動は見事にマスターの予想通りでした。用意したものが無駄にならなくて良かった気がしますが、もう少し自分を大事にしなさいと言いたい気がするような、何ともよく分からない気分ですわ。

 

「zzz‥‥zzz‥‥zzz‥‥zzz」

「しかし、良く寝てますわね」

 

 まあ、寝ている分には迷惑は掛からないのでいいのですけど‥‥‥‥しかし、

 

「なんで、こんなに人望があるんでしょう?」

 

 私は自分の後ろに視線を送ると‥‥‥‥フルーツの盛り合わせ、花などのお見舞いの品が届いていました。大半は魔女の里で渡されていたもので、後は《結社》内で渡されたものでした。送り主は使徒の第三柱、第六柱にマクバーンとヴァルター、シャーリィ、それ以外にも道化師が持ってきたものもありましたわね。

 ‥‥‥‥第三柱、第六柱は下心が見え隠れている気がしますわね。これを機に、接触を図ってきそうですわ。執行者はマクバーンはお酒、ヴァルターもお酒、シャーリィもお酒、全員自分が好きな物を送ってますわね。‥‥‥‥後で飲みに来そうですわね。それ以外にも、色々届いていますわね。後は‥‥‥‥書類。確か道化師のおもちゃにされていた男が、ハードに絶対に渡せ、と言いながら押し付けてきましたわね。確かクロスベルにハードと一緒に行っていた男でしたわね。‥‥‥‥可哀想に、きっとツライ目に会ったことでしょう。苦労が顔ににじみ出ていましたわね。

 

 さて、ここでじっとしているのも暇ですわね。剣の鍛錬でもしていましょう。‥‥‥‥あまり音を立てては、起きてしまいますから、静かに行いましょう。

 私は剣の鍛錬を行いながら、ずっと考え事をしていました。

 ‥‥‥‥マスターにハードが勝ったとは‥‥‥‥悔しい気持ちですね。敬愛すべきマスターに傷を負わせたこと、そんな事ではなく、剣士として先を行かれたことがとても悔しい。初めて合わせした時、研修所で手合わせしたのが最初でしたわね。あの時は私が完勝しましたわ。まだ学生上がりで、《灰の騎士》リィン・シュバルツァーよりも弱かったと思います。でも、次に手合わせしたとき‥‥‥‥確かに強くなっていた。私の戦い方を見て、学び、覚え、研究し、そして私に敗北を教えた。あの時から、私はハードを明確な好敵手として認めたのかも知れません。

 それからもドンドン、ハードは強くなっていきました。そして遂にマスターにさえ、勝ってみせた。私には届かない程に強くなっていった様に思えた。‥‥‥‥だけど、どれだけ負けても、何度打ちのめされても、私が折れることは決してありません。私の剣はマスターから教わったもの、私は鉄機隊筆頭隊士、マスターの御傍にいる者。これからもマスターの御傍にいるためにも、もっともっと強くならなければ‥‥‥‥

 ハード、何時か必ず、貴方から一本取って見せますわ。

 それから、時間になるまで自己鍛錬を続けた。ハードは尚も寝続けた。

 

side out

 




ありがとうございました。


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第三十話 思い出の言葉

いつも感想頂きありがとうございます。


―――七耀暦1206年6月17日 ブリオニア島

 

 ブリオニア島に移動してきて3日目、

 

「zzz‥‥zzz‥‥zzz‥‥zzz」

 

 今日も又、9時間の睡眠を取っていた。体の方も大分馴染んできたのか、最早痛みは無い。だが、今だ体のだるさと疲れは抜けない。最近は鍛錬も出来ていないので、私の戦闘力は大分落ちていることだろう。いっそこのままでいいから鍛錬を始めるべきか、と考え実行しようとしたところ、お目付け役に見つかり、直ぐに捕縛される。

 デュバリィさんの場合は逃げても簡単に捕まり、アイネスさんの場合は力負け、エンネアさんの場合は遠くから狙撃される。以前、交代目前の気が抜ける瞬間を狙い、警備のスキを突いて逃走を図ったところ、リアンヌ様に首根っこを掴まれて、ベッドに戻された。その日は、リアンヌ様が見張ることとなり、逃走のスキは完全に無くなった。

 脱出を試みる事5回、成功回数0回、最早諦める事しか出来ない。

 

 しかし、寝ているだけだと暇になってくるものだ。最近では大分起きていられる時間が増えてきた。一時は本当に一日中寝てないといけなかった。それが今だと、大体九時間まで減ってきた。もうすぐ、8時間、7時間と徐々に減らしていけるだろう。ただ現在は9時間の睡眠時間を取っているため、15時間は起きているのだ。その起きている時間の間で行っているのが‥‥‥‥魔法の練習だ。

 体が動かせない状況でも、唯一出来る自己鍛錬だった。魔力を練る事、魔力を飛ばすこと、そういった基礎的な事から、魔力の形状を変化させて、剣などの形を作ることや鳥などの生物を魔力で作り、その生物特有の動きを再現するなどして、時間を潰していた。

そして現在練習中なのが、認識阻害だ。この魔法はそこにあるのに、相手に気付かせないと言うものだ。この魔法は色々なことに使えるだろう。例えば私の存在を認識させないようにして注意を逸らし、その間に外に脱出することも出来るだろう。

 まあ、今度そういうことしたら四六時中リアンヌ様が監視すると言われた。もしそんな事になれば、実験に遅れが出てしまう。流石にそんな事は出来ない、私の欲望のために《結社》に不利益をもたらすわけにはいかない。

 ‥‥‥‥そういえば今日はまだここに来ていないな、リアンヌ様。今なら脱出できるかも‥‥‥‥いやいや、それはまずい。さっき不利益になることは慎む、と決めたばかりなのに。‥‥‥‥でも、外の様子を確認するくらいはいいだろう。

 私は寝がえりを打ち、監視役のデュバリィさんに背中を向けた。私は自身の背で手元を隠し、魔力で鳥を作り、追加で術式を刻み、外に放った。すると魔力で作られた鳥は外に向かって飛んで行った。

 先程飛ばした鳥に追加で刻んだ術式は『遠見』の術式、この術式は遠くの景色を見ることが出来るものだ。これで外の情報を仕入れ、リアンヌ様がいないならば、ちょっとくらい外に出ても大丈夫だろう。

 そうこうしていると、外の映像が私の頭に映った。‥‥‥‥ふむ、外は真っ暗だ、星がたくさん見える。今の時間は夜か、最近殆ど寝ているので時間感覚が狂っているな。早急に色々な感覚を取り戻さないといけない、折角『鬼の力』を使える様になり、それに馴染ませているというのに、このままでは‥‥‥‥このままでは使い物にならない、戦力外通告を受けてしまう。

 決意を新たに、脱出ルートを模索していると‥‥‥‥この島に飛んでくるものを見かけた。

 

「っ‥‥!」

 

 私はその映像を見て、勢いよく飛び起きた。

 

「! 何事ですの!」

「外に‥‥この島に高速で接近する物体あり。‥‥‥‥あれはミリアム・オライオンです」

「白兎‥‥‥‥何で気づいたかは後で問い詰めますが、とりあえず撃退してきますわ。貴方はそこで寝ていなさい」

 

 デュバリィさんは、そう言って出て行こうとしていた。だが、

 

「待ってください」

 

 呼び止めていた。

 

「何ですの、今更昔の仲間と戦うのに抵抗がありますの?」

「本当に今更ですね。もしそんな事を考えていたら、今この場にいませんよ。そんな事より、今この場で即座に撃退した場合、次は大勢でここに乗り込んでくるでしょう。領邦軍か、帝国正規軍か‥‥‥‥おそらくは体面を気にして領邦軍が攻めてきて、その後、美味しいところは正規軍がかすめ取ろうとするでしょう」

「ならばどうすると言うんですの?ここには神機があります。そのマナの完全充填までもう少し時間が掛かりますわよ」

「足止め、いえ、この場合は捕獲ですね。この場で捕らえてしまいましょう。おそらく連絡が途絶えた場合、最後に連絡があった場所に調査の手が伸びる事でしょう。そうなればどちらにしろここに調査の手が伸びます。ここから移動させるのは明日の予定でしたね。ならば多少の時間でも稼いでおきましょう」

「ですが、どうやって捕獲するんですの?」

「そこは私にお任せを」

 

 私は魔力で網を作りだした。

 

「この網で地面に抑えつけます。これで逃げられません」

「‥‥‥‥今の貴方を動かすのは得策ではありませんが、致し方ありませんわね。では、それで行きますわよ。‥‥‥‥それまでは寝ておきなさい、いいですわね。後、この事はマスターにもご報告いたしますので」

「‥‥‥‥はい」

「‥‥‥‥まあ、今回は致し方ないことですので私も擁護致しますわ」

「よろしくお願い致します」

 

 私は引き続き、ベッドに横になることにした。それでも、ミリアムの動向は常にチェックしておくことにした。

 

 

 ミリアムがこの遺跡を見つけたようだ。階段を下りてきている。

 

「そろそろです」

「ええ、分かりましたわ」

 

 デュバリィさんは剣と盾を用意し、待ち構える。

 私は『ハード・ワーク』を変形させ、いつもの仮面とローブにして身に纏う。ベッドは一時的に結界を張り、壊されないようにし、更に認識阻害で見えなくしておいた。これで、大丈夫だ。私は久しぶりに立ったことで、ふらついてしまった。

 いかんな、足に力が入らない。‥‥‥‥いや、足どころではないな。3日程、ベッドの住人になっていたことで、全身に力が上手く入らない。‥‥‥‥本当に役立たずだな、今の私は。

 

「いいですか、貴方は魔力で拘束させること。それ以外は何もするな、ですわ」

【‥‥‥‥ああ、了承した】

「‥‥‥‥心配しなくても、貴方の力はこれから必要になるんです。今は‥‥‥‥任せておきなさい」

【はい、お願いします。デュバリィさん】

「その仮面被ってるときの口調、崩れてますわよ。気を付けておきなさい」

【!‥‥ああ、分かった】

「よろしい。では‥‥‥‥参りますわよ」

 

 それから少しすると、足音が聞こえてきた。どうやらすぐそこまで来たようだ。

 デュバリィさんは階段を下りてきたばかりのミリアムに奇襲をかけた。

 

「わわ、一体何!?」

「久しぶりですわね、白兎!」

「鉄機隊の人!? ガーちゃん!」

「□×○△」

 

 ミリアムの戦術殻、ガーちゃんがデュバリィさんの攻撃を受け止めた。いきなり攻撃されたにも関わらず、防御していた。だが、それでは‥‥‥‥

 

「甘いですわ、はぁ!」

「うわぁ!」

「×○△□」

 

 デュバリィさんは自身の二つ名でもある《神速》に恥じない、高速移動からの連続攻撃であっという間にミリアムを圧倒していく。だがミリアムもあきらめてはいないようだ。

 

「この~、ガーちゃん!」

「○△□×」

「ガーちゃんビーム!!」

 

 ガーちゃんから、ビームが発射された。

 

「遅いですわ!‥‥はっ!」

 

 デュバリィさんはガーちゃんから発射されたビームを簡単に躱した。だがその射線上に私が居たことに気付いたのは、自身が躱した直後だった。

 万全の状態の私であれば、躱すのは簡単だ。だが今の立っているのも精一杯の状況では、瞬時に横に躱すのは無理だ。それほどの脚力は今の私に無い。ならばどうするか‥‥‥‥受け止めるか、今の私ではこの程度の攻撃でも、相当な深手になりかねない。故に却下だ。さて本格的にどうするか、躱せない、受け止められない‥‥‥‥ならば出来ることはこれしかないか。

 私は左手を前にかざし、魔力を循環させ、魔法陣を展開した。するとガーちゃんから発射されたビームはその魔法陣に吸い込まれていった。

 

「なっ!」

「ええええええ!!!」

 

 驚く周囲の状況を他所に、私は空いている右手をかざし、狙いを定めた。

 

【早めに返してやる】

 

 魔法陣をガーちゃんの直上に展開し、吸い込んだビームを吐き出した。

 

「XXXXXXXXX」

「ガーちゃん!」

 

 ミリアムは相棒に降り注ぐ光の柱を見て、悲鳴の叫びを上げた。

 

「申し訳ないですが、スキだらけですわ」

「うわぁ!」

 

 ミリアムは相棒に気を取られ、デュバリィさんから目を離した。そのスキを見逃さず、デュバリィさんはミリアムに一撃を与え、ミリアムは地に伏した。よし、後は‥‥‥‥

 私は再び魔力を循環させた。

 

【彼のものを捕らえよ】

「うわわわ、何だよこれ」

 

 私が発動させた魔法により、動くことが出来なくなったミリアムとガーちゃん。すまないな、だがこれで傷つけることはもうない。そこで大人しくしていてくれ。‥‥‥‥あの人たちのためにも。

 私は目線をミリアムから外した。

 

【さて、これで片付いたな】

「ええ、そうですわね。‥‥‥‥其方は私が監視しておきますから、貴方はお休みなさい。これ以上は擁護できかねますわよ」

【ふむ‥‥‥‥致し方ない。お言葉に甘えさせていただこう】

 

 私は認識阻害を施したベッドに向かうと、背後から声を掛けられた。

 

「ねえ、君はなんて言うの?」

 

 ミリアムの声だった。囚われの身でありながら、何処か暢気さを感じさせる、学生時代と変わらない声だった。

 私は一瞬、どうするか考え、直ぐに答えが出た。

 

【我は執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》‥‥‥‥其方も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

 ミリアムはキョトンとした顔をしている。‥‥‥‥少し話過ぎたか、これ以上は止めておこう。

 私は今度こそ、ベッドに向かい、変装を解いて横になった。外のミリアムからすれば、私が急に消えた様に見えたが、騒ぎだしてはいない。昔に比べれば、落ち着きを持った、と言う事なんだろう。先程の言葉は撤回しておくべきだったか。

 そんな事を考えながら、意識を手放した。

 

 

side ミリアム

 

【我は執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》‥‥‥‥其方も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

 確認のため名前を聞いてみたら、やっぱり《結社》の執行者《社畜》だった。サザーランドとクロスベルで確認された新しい執行者。ボクも情報局のデータベースで確認はしていたけど‥‥‥‥なんだかイメージと違うな。

 ボクがデータベースで確認した情報では、戦闘力が極めて高く、冷酷な性格らしいと言う事だった。

 戦闘力が極めて高いという評価が下されたのは、リィンをはじめとした実力者を悉く倒してきたからだ。リィンにラウラ、それに執行者のシャロンさん、遊撃士のアガット・クロスナー、元赤い星座の団長、闘神の息子であるランディ・オルランドに鉄道憲兵隊のミハエル少佐、報告に上がっているだけでこれだけの相手を下してきた。とっても強い奴だ。

 冷酷な性格と判断された要因は、ボクの後輩の実家に手を差し向けて脅したり、かつての旧友であるアリサの命を狙ってきたり、目的のためには手段を選ばないような印象があったからだ。

 その二つを総合して考えて、出くわすのは危険だと思っていた。実際、戦闘中に一歩も動かずにガーちゃんが倒されちゃったし、ボクも捕らえられちゃった。でもそれ以上は何もしてこなかった。

 ‥‥‥‥何だろう、声に温かさがあったし、心配する気持ちもあった。それに‥‥‥‥なんだか知っているような感じもするし‥‥‥‥うーん、なんだか昔もこんな感じの事があったような気がする。確か‥‥‥‥トールズに入ったばっかりの頃に、レクター経由で紹介された‥‥‥‥

 

「坊ちゃん、すまないがコイツの面倒見てやってくれないか?」

「レクターさん、坊ちゃんは止めてください、と何度も言ってますが?」

「何を言います、おやっさんと姉御のご子息であれば、俺達にとっちゃ坊ちゃんでしょう。で、コイツの面倒頼んでいいか?」

「はぁ~別に構いません。ギリアスさんからも連絡を受けていますので」

「そうか、じゃあ後は頼んだぞ。ミリアム、学院にいる間は困ったことがあったら何でもコイツを頼れよ」

「うん! はっじめまして! ボクはミリアム、ミリアム・オライオンだよ。で、こっちはガーちゃん」

「○△□×」

「ああ、私の名はハード・ワークだ。こちらこそよろしく」

 

 初めてハードに会った時、デッカイなぁ~と思ったな。あ、違う、ここじゃない。

 確か‥‥‥‥部活を始めた時に‥‥‥‥

 

「えい、やぁ、とやぁー!」

 

 ボクは調理部に入って食材を切っていた。その日は部長もマルガリータもいなかったんだっけ。

 

「あ、あれぇ、あれれ!」

 

 かぼちゃに包丁が刺さって抜けなかった。ボクはうーん、と力一杯引き抜こうとして、

 

「うーん‥‥‥‥抜けた! あっ!」

 

 ボクは勢い余って後ろに転げ落ちそうになった。けど‥‥‥‥落ちなかった。何かに支えられて、ボクは宙に浮いていた感覚があった。そして、元の場所に戻された。それをしたのが誰なのか気になって振り向くと、ハードがいたんだ。

 

「‥‥‥‥今日は調理部の活動は無いはずだが?」

「うん、無いよ。でも、少し練習したくて調理室のカギを部長から借りたんだ」

「そうか‥‥‥‥一人で、か」

「うん!」

 

 ハードは調理台の様子を見て、考え込み始めた。

 

「初心者が一人で料理をしても怪我をするだけだぞ。包丁を貸してくれ」

「あ、うん」

 

 ハードはボクから包丁を受け取ると、カボチャを切り始めた。

 

「いいか、こういう固いものはこうやって包丁で押して切るんだ」

 

 そう言って、アッサリとカボチャを半分にした。

 

「やってみろ」

「うん!」

 

 ボクはハードから包丁を受け取って、再度カボチャに切りかかった。だけど、ハードみたいに簡単には出来なかった。

 

「うーん!」

「‥‥‥‥そのまま持ってろ」

 

 ハードがボクの背後から手を回し、包丁を持っている右手とカボチャに刃を押し込んでいる左手に手を添えて、力を貸してくれた。すると、

 

「わぁ! 切れた~!」

 

 アッサリと切ることが出来た。ボクは驚きと感動で一杯だった。

 

「よくできたな」

「うん、ありがとう!」

「‥‥‥‥ところで、この後どうするんだ?」

「この後? アレ、何するんだっけ?」

 

 カボチャを切るのに必死で、作る料理を忘れちゃった。

 それを見てハードはカボチャを使った料理を作ってくれた。とても美味しかったことはよく覚えている。

 そして、

 

「一人で料理をするのはもう少し包丁と火の扱いに慣れてからだな。後‥‥‥‥()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうだ、あの時言われたのと同じ言葉だったんだ。

 ‥‥‥‥でも、何で今になって思い出したんだろう。それほど珍しいことを言われた訳じゃないのに、それに声も仮面越しだから、くぐもっている声だったから似ているとは思えなかったな。‥‥‥‥だけど、声のリズムはなんだか似ている気がした。

 うーん、そういえばハードって、今どこで何してるんだっけ? おじさんとレクターと仲良いのは知ってるし、クレアもハードの事を知ってるみたいだったし、てっきり卒業後は情報局に来るもんだと思ってたのに、だけどおじさんとレクターは、ハードが情報局に来ることはない、ってハッキリ言ってたけど‥‥‥‥

 僕は囚われの状況でありながら、ずっとそんなことを考えていた。

 

side out

 




ありがとうございました。


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第三十一話 ミリアムとハード

少し期間が空いてしまいました。
よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年6月18日 ブリオニア島

 

 昨夜のミリアム襲撃から一夜明け、本日は鉄機隊の三人が揃っている。どうやら今後の段取りについて話をしているようだ。

 今回の実験で使用する神機をミリアムに見られはしたが捕らえることに成功した。これで情報が漏れることはない‥‥‥‥とは言い切れない。なぜなら現状ミリアムが消息を絶ったままであるため、情報局はその足取りを追ってくることは確実で、このブリオニア島に調査が及ぶのは最早避けることは出来ない。しかし、それも本日の夕刻までに手が及べばの話だ。

 元々、神機をこの島に隠したのは、霊力を神機に充填することが目的だ。神機への霊力の充填は本日の夕刻頃に完了する予定だ。つまり、その時刻まで持てば、後はミリアムを解放し、次の場所に移動することになる。

 ただ、情報局としても何らかの手を打ってくるのは明白だろう。鉄道憲兵隊を動かしてくるか、それとも領邦軍か、いきなり正規軍が出てくることはないだろうが、ジュノー海上要塞から《黒旋風》が来るかも知れない。‥‥‥‥どちらにしろ、夕刻までに誰かは調査に来るだろうし、必要であれば一戦交えることもあるだろう。さて、誰が来るか‥‥‥‥だが、その前に‥‥‥‥準備体操に集中しないといけないな。

 

 昨日のミリアム捕獲の件で、リアンヌ様に報告の際にデュバリィさんが、そろそろ体を動かしておく必要があると進言してくれた結果、晴れて体を動かすことを許された。ただし、鉄機隊の三人の目の届く範囲にいる事が条件だが‥‥‥‥。まあ、ともかく今の私は自由に歩くことが出来るようになった。

 うーん、と体を大きく伸ばし、長時間眠っていたため硬直した筋肉をほぐす。あー、体が固いな。まあ、ゆっくりとほぐしていこう。

 私はゆっくりと全身の筋肉に異常がないかチャックしていく。

 背中が固いな、それに肩回りの動きも悪いし、よし、もっと念入りに、全身をほぐそう。やっと、運動をすることを許されたんだ。いきなり動いて、筋断裂からのベッド行きは避けないといけない。

 スゥー、ホォォォォ、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。呼吸と共にやせ狼の先輩に習った体術の型をなぞる。ゆっくりと、ゆっくりと、呼吸のリズムに合わせて、体を動かし、全身に酸素を循環させる。

 以前、《痩せ狼》の先輩から体術に関して手ほどきを受けていた。『鬼炎斬』の練習のついでに、体の動かし方を教えてもらい、以降は徒手空拳での戦いも交えていた。あの時は勝率三割くらいだったが‥‥‥‥クロスベルに行って以降は手合わせ出来ていない。成長出来たと実感できていないのが、気になるところだ。

 ただ、体術に関しては《結社》随一の《痩せ狼》の先輩から手ほどきを受けたことは、色々なことで生かされ、非常に重宝している。体術は剣や槍でも応用が効くし、何より今回の様な準備運動に最適だ。‥‥‥‥よし、そろそろいいだろう。

 準備運動を始める事、一時間、漸く納得いくレベルまで筋肉がほぐれた、と思う。さて、早速第一歩を踏み出すか。今日の目標は神機の周りを歩いて、自身の体の調子を確認することだ。

 意気揚々と神機の周りを歩こうと、認識阻害を掛けている場所を越えた瞬間、

 

「あ、出てきた! ねぇねぇ、ボクとお話しようよ。あ、ボクの名前、知ってる? 知ってるよね、じゃあ、言ってみて!」

 

 猛烈な勢いでミリアムに話し掛けられた。

 

【‥‥‥‥】

「ブーブー、ノリが悪いな。もっと元気出さなきゃ、ね。あ、ボクの名前はミリアム。ミリアム・オライオン。さあ、言ってみよう!」

【‥‥‥‥何の真似だ】

「べっつに~、只ここでジッとしているのもつまらないし、折角だから情報収集でもしようかな、と思ってね。それで色々聞いたみたいな、と思ったんだよ」

 

 ミリアムはあっけらかんと自身の目的を話した。そこまでアッサリと答えるなよ、情報局はそういうとこは厳しいはずだぞ。思わず、そう声を上げそうになった。

 昨日は大人しかったのに、大人になったと思ったのに‥‥‥‥前言撤回だ。やはり全く変わってなかった。

 まあ、捕獲された上で尋問もしてこないことから、特に危害を与えられることはない、と判断出来たんだろう。身構える必要がないと思ったのだろう。そうなると、ただ捕まっているのも暇なのだろう。それはわかる。‥‥‥‥だが、こちらとしては《結社》の情報を漏らすわけにはいかない。それはかつての仲間だと言っても、だ。

 私はそう思って答えずにいたが、ミリアムは変わらずニコニコと笑って、私の反応を待っているようだった。

 ‥‥‥‥本当に変わらないな、思わず心の声が漏れそうになったが、グッとこらえた。

 

 ミリアムはトールズの中でも比較的、私と近い感じがしていた。

 初めて会ったのは、レクターさんが学院に連れてきたときだったが、初めて存在を知ったのはギリアスさんから連絡を貰ったときだった。

 情報局の新人をトールズに送るので面倒を見てやって欲しい、それを二つ返事でOKした。そのときに名前を教えられた。

 その時点で大体の事は察した。だが、実物を見た時に確信に変わった。戦術殻の使用に、情報局の一員、その時点で彼女も《鉄血の子供》であることを理解するには十分だった。‥‥‥‥かつて私が歩めなかった道の上にいることも、直ぐに分かった。

 私も以前、ギリアスさんから誘いを受けた。父さんと母さんが作った情報局に入り、ギリアスさんの事を手伝うこと、それが《鉄血の子供》として私がギリアスさんに求められたことだった。

 それくらいなら問題ない、そう思っていた。‥‥‥‥だけど、それは無理だった。私には私自身も知らなかった欠陥があった。それも当時は致命的なまでの問題があった。軍人に、いや軍服に‥‥‥‥怯えてしまった。

 軍服恐怖症、とでも名付ければいいのか、ともかく軍服を着た男性には、怯えて足がすくんでしまった。遠目に見る分には問題なかった。映像などでも特に異常はなかった。‥‥‥‥だが、自分の間合いに軍人、いや軍服を着た男性が入ると、頭の中が真っ白になったような気がして、体は震え出した。

 その原因は誘拐されたときのトラウマに起因するのではないか、と言われた。そのことを言われて思わず、なるほど、と理解してしまった程だった。

 あの誘拐から全てが始まった。私は心身に痛みを、家族と永久の別れを、そして、人間のおぞましさを経験した。もしあの時、誘拐されていなければ、そう思ったことは何度もあった。始まりの軍服には怒りを覚えるよりも‥‥‥‥恐怖を感じた。いや、もしかしたら今もそうなのかも知れない。だが、あの頃よりは私も大人になったからなのか、それとも内戦時に領邦軍とか正規軍とかと帝国中で戦い続けたからなのか、はたまたジュノー海上要塞を陥落させれたからなのか、意識は無くなった。

 だけど、今はともかく、誘われた当時の私はそのことで、《鉄血の子供》となる機会を失った。いくら能力が有ろうと、欠陥品は扱いにくいだろうと思い、自ら辞退させてもらった。失望させてしまったと、これで見捨てられるのではないかと、そう思っていた。だが、ギリアスさんもレクターさんも私を見捨てることはなかった。そのことには安堵したのを覚えている。

 

 その後、父さんと母さんの母校であるトールズ士官学院に入学を勧められた。軍人に成れないのに、それでもいいのか聞いても、問題ない、と答えられたので、入学を決めた。

 それに入学するにあたり、保護者のいない私の後見人をギリアスさんが務めてくれし、レクターさんは私の心身に関して、事前に手を回してくれていたため、身体検査や軍事教練での軍服を着用している軍人を呼ばない様に、配慮してくれていた。ナイトハルト教官にも事前に話を通してくれていたおかげで、可能な限り距離は取ってもらったりと配慮されていた。それに学院には母の元上官である、ベアトリクス教官がいたが、今にして思えば、おそらく私の事情も知っていたんだろう。その上で母の話をしてくれたりして、私の事を気に掛けてくれていた。今思い出しても、ご配慮頂いた教官方にも、事前に手を回してくれていたギリアスさん、レクターさんにも改めて感謝に堪えない。

 

 そんな常日頃からお世話になっていたギリアスさんとレクターさんから頼まれたミリアムの件には二つ返事で引き受けた。

 ただ、ミリアムの面倒に関しては、当初はどのように行っていいのか、分からなかった。そのため最初は可能な限り、自分一人でやらせようとしていた。テスト勉強の事、部活を決める事、全て影から見守り、もし困っているならば、手を出そう、そう思っていた。

 テスト勉強は、Ⅶ組のクラスメイトが、エマ・ミルスティンが面倒を見ていた。だが、部活に関しては、困っているようだった。調理部の部長が不在の折、懸命にカボチャを切ろうとしているようだったが、切れなかった。あまりに危なっかしいので、つい手を出してしまった。その後も何くれと世話を焼いていた。

 まあ、途中からユーシスに懐きだしたのには、‥‥‥‥まあ、その、なんだ‥‥‥‥何だか無性に腹立たしい思いだった。別にユーシスが悪いわけではないのは分かっているが、今だに何故だか分からないが、ムカムカしたのを覚えている。‥‥‥‥今にして思えば、私と彼女も生い立ちが近いと言うのもあったのだろう。私もミリアムも同じ作られた命だ。私は両親の記憶から、過去に『黒の工房』で作られた、と言う事が最近分かったが、ミリアムにしてもガーちゃんという戦術殻を持ち、製造番号『Oz73』と呼称していた事も踏まえて、そう言う事なんだろう。何処か、同族意識、みたいなものがあったんだろうな。私とミリアムには‥‥‥‥ん、そう言えば、トールズ第二のアルティナ・オライオンも私やミリアムと同じ、なんだったな。クロスベルでは、加減はしたとはいえ、殴ってしまったな。今更ながら‥‥‥‥とんでもない外道だな、私は。私と同じ生まれであり、年下であり、女の子である、アルティナ・オライオンを殴った、だと‥‥‥‥まあ、敵味方に分かれてしまった以上、同族意識など、ただの不純物、唾棄すべきものだ、気にすべきではないな。 

 

「ねえ、いい加減なんか喋ってよ。ボク、つまんないよ」

 

 考え事の最中にも、何度も何度も声を掛けてくるミリアムのおかげで、思考の海から強引に引き上げられた。

 やれやれ、これ以上騒がれても迷惑だし、彼女を捕らえたのは私だ。彼女が喧しいと私に苦情を言われかねない。仕方がない、これ以上の失点は避けねばならんな。

 私は根負けして、ミリアムの近くに腰を下ろした。

 

【で、何を喋ればいい?】

「! うん! えっと、まずは‥‥‥‥」

 

 どうせ今はやることがないし、何もさせてもらえない。お客様のご機嫌取りでもしてやるか。

 私はミリアムの話を聞いてやることにした。ただその後、長時間その場に座り込むことになり、足がしびれてしまった。

 やれやれ、これくらいの事で足がしびれるとは‥‥‥‥早急にリハビリが必要だな。

 

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

 昨夜の夜にミリアムがブリオニア島に向かって以降、連絡が取れないことで行方を捜していた。ミリアムの目撃情報を聞き、ブリオニア島に向かったと言う事が分かった。その目撃情報をくれたのは以前のクロスベルで出会ったルーグマン教授だった。俺達は目撃情報をくれたルーグマン教授からブリオニア島の地図を貰い、ブリオニア島にやってきた。

 ブリオニア島を探索した結果、かつての内戦時に現れた《精霊窟》の様な遺跡が現れていた。そして、其処にはミリアムのポーチが残されていた。

 状況はミリアムが自力で脱出できない程の敵が待ち構えている。俺はヴァリマールを呼び、万全の状態で遺跡に足を踏み入れた。

 細心の注意を払い、遺跡の奥に進んでいく。すると、大きな扉の前に立つと、中から声が聞こえてきた。

 

「‥‥‥‥って、‥‥‥‥なんだよ」

 

 これはミリアムの声だ。おそらくこの先にいるみたいだ。

 

「みんな、敵はこの先だ。準備はいいな」

 

 俺の声にみんなは頷いた。頼もしい限りだ、成長したな。

 俺は意を決して扉を開け、中に駆けこんでいった。

 

【‥‥‥‥ゼロ】

「アーちゃん、リィンにⅦ組のみんなも‥‥‥‥スッゴイ、本当にピッタリだ!!」

 

 ミリアムが囚われていた。そしてそれを監視するように、執行者《社畜》がミリアムの傍に座っていた。

 だが、一体何がピッタリなんだ?

 

「待っていましたわ!《灰の騎士》」

 

 鉄機隊の《神速》のデュバリィが待ち構えていた。

 視線を《神速》から逸らさずに、ミリアムに声を掛ける。

 

「心配したぞ、ミリアム。全く、ユーシスが思い詰めるくらい心配していたぞ」

「えへへ、会議の前なのに悪いことしちゃったかな。それじゃあユーシスに聞いて、ボクを探しに?」

「ええ、ですが、流石に迂闊すぎます」

 

 ミリアムを叱るようにアルティナが言った。

 俺も言いたいことはあったが、それを言う暇はないだろう。なぜなら‥‥‥‥

 

「ふふ、流石ね。彼の言う通りになったわね」

「そうだな」

 

 俺の目の前に《神速》のデュバリィと同じ装いの二人の女性と‥‥‥‥

 

【さて、事ここに至っては仕方がない‥‥‥‥久しぶりに動くとするか】

 

 ゆっくりと立ち上がる執行者《社畜》。そして、その奥には‥‥‥‥

 

「‥‥その巨大な機体が新たな実験用の神機だな?」

「ええ、ですがこれまでの2機とは違いますわよ‥‥‥‥アイオーンTYPE-αⅡ、かのガレリア要塞を消滅させたタイプの改良機ですわ!‥‥‥‥まあ、その時ほどの力はないみたいですけど‥‥‥‥それでも貴方の騎神ごとき敵ではないでしょう!」

「なんかこの場所で霊力を補給してるみたいでさ~。折角見つけたんだけど、見つけたと同時に奇襲されて、捕まっちゃったんだよねー」

「迂闊すぎでしょう‥‥‥‥」

「ですがやはり、クロスベルの神機と同じみたいですね」

「何とか阻止すべきだろうが人質を取られているとなると‥‥‥‥」

 

 クルトが言う様に、人質を取られている場合、その人質を盾にしてくることも想定される。だが、

 

「いや、少なくとも傷つけられる心配はないだろう。《神速》しか知らないが彼女たちの誇り高さを知っている。人質を傷つけるような真似は絶対しないだろう。彼女たちの崇拝する主にかけて」

「な、な、な‥‥‥‥」

「ハハ、面白い若者だ」

「ふふ、女心をくすぐってくれるじゃない。デュバリィがよろめくのも無理ないかも知れないわね」

「よろめいてませんっ!」

【‥‥‥‥まあ、傷つけることが目的なら態々捕らえるなどはしないからな。こちらとしても出来うる限り穏便に事を進めたいのでな】

「穏便、だとっ‥‥‥‥」

 

 俺は《社畜》の言葉に口を噛みしめた。以前のクロスベルではユウナの家族を人質に取ったような男だ。その男が今度はミリアムを人質に取った上で、穏便、と言う言葉を使ったことに、憤りを覚えた。

 彼女達とは違い、《社畜》に対してだけは警戒が必要だと改めて思った。

 

「ここであったが千年目! 我ら鉄機隊の力、改めてみせてあげます!」

「フフ、そうだな」

「灰色の騎士といい、楽しませてもらえそうね」

 

 そう言って、鉄機隊の面々は各々の武器を取り出し、構えを取った。だが‥‥‥‥今だ《社畜》は動く気配がない。

 

「言っておきますが、貴方達の相手は我ら三人。《社畜》の仕事はありませんわ。寝ているといいですわ、どうせ起きてても出番はありませんわよ」

「フ、そうだな。彼の者達如き、我らだけで充分。其方は寝ているがいい」

「そうね、待ってても暇なだけよ、寝ててもいいわよ。少しうるさいかも知れないけど、気にしないで頂戴ね」

 

 鉄機隊の三人は《社畜》に向かって、そんな言葉は投げかける。

 

【ふむ、其方たち三人の心配はしていないが‥‥‥‥流石に其方たちに戦わせて、我だけ寝ていると言うのも外聞が悪いのでな―――手は出さぬが、ここでじっくりと見させてもらおう】

「まったく‥‥‥‥後で知りませんわよ」

 

 《社畜》は完全に手を出す気が無いようで、再びミリアムの傍に腰を下ろして、見物している。

 こちらとしては《社畜》が手を出してこないことは嬉しいが‥‥‥‥ミリアムの傍から離れないので、救出するのも難しい。

 だが、生徒達は今のやりとりを、挑発だと受け取った。

 

「なんですって!」

「へ、なめやがって!」

 

 挑発に対し、敵意を燃やすユウナとアッシュ。

 

「‥‥‥‥いや、悔しいが実力にはそれだけの開きがある」

「ええ、それにあの方にまで出て来られては‥‥‥‥」

「‥‥‥‥勝機はありません」

「っ、分かってるわよ!」

「チィッ!」

 

 それに対して、冷静に状況を分析するクルトにミュゼ、そしてアルティナ。

 個性の違う、五人だがうまく噛み合っていることに指導教官として嬉しく思う。

 

「ああ、だが《社畜》が参戦してこないとはいえ、彼女達も相当な手練れだ」

 

 俺は剣を彼女達に向け、生徒たちに檄を飛ばす。

 

「トールズ第Ⅱ、Ⅶ組特務科――――これより敵集団の制圧を開始する!」

「「「「おおっ!」」」」

 

「ふふ、《身喰らう蛇》、第七使徒直属―――」 

「鉄機隊が三隊士、お相手仕る!」

「いざ、尋常に勝負ですわ!」

 

 俺は全力で駆け、《神速》のデュバリィに斬り掛かった。

 俺の太刀と彼女の剣が奏でる音、それを合図に戦いは始まりを告げた。

 

side out

 




ありがとうございました。


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第三十二話 聖女降臨

遅くなりました。


―――七耀暦1206年6月18日 ブリオニア島

 

「はあああああっ!!」

「やあああああっ!!」

 

 リィンとデュバリィさんの獲物がぶつかり合う。

 それと合図にアイネスさんとエンネアさんもトールズ第二の生徒達と交戦を始めた。

 

「みんなーー! 頑張れ!!」

 

 ミリアムはリィン達に声援を送っている。だが、残念ながらその声援を送っても無駄だろうな。

 

【騒ぐな、どうせ結末は分かっている】

「ムッ、それもさっきみたいに分かっているの!」

 

 先程、私はリィン達が後何秒で扉を開けるか言い当てた。その事にミリアムは驚いていた、だが、その事には何の不思議もない。なぜなら、私には見えていたからだ。

 昨日、ミリアムを見つけたのと同じく、遠見の魔法を使い、外の様子を監視していた。だからリィン達がこの島に上陸してから、いくつかの場所を探索したことも、この遺跡の外に《灰の騎神》がいることも全て見えていた。でも、その事を知らないミリアムからすれば、私は預言者の様に見えるんだろう。真実は‥‥‥‥カンニングしているに過ぎないがな。ミリアムは私の今回の発言も先程と同じく予言に聞こえたんだろう。予言なんて、そんな高尚なものではない。ただ単純な話だ。

 

【いいや、先程のように見えているわけではない。だが先程よりも簡単な事だ。戦いとは強い方が勝つ、それが真理だ】

「なにおう!!」

 

 私の言葉に反発するミリアムは、うーうー、と唸りながら、こちらを睨んでくる。

 

【ならば、しっかりと見ておくといい。現実というモノをな!】

 

 私の言葉で、ミリアムは戦況に視線を向ける。

 

「ハアッ!!」

「甘いですわ!!」

 

 リィンとデュバリィさんが斬り合いをしている。デュバリィさんの動きの速さはリィンを上回っている。だがリィンも負けてはいない、巧みに立ち回り、デュバリィさんに引けを取らない。確かに、ここだけ見れば互角、と言える。ここだけ見れば‥‥‥‥

 

「セイッ!!」

「チィッ、マジかよ!」

「ぐぅ、クラウソラス!」

 

 アイネスさんの大きな戦斧で豪快な一振りは金茶頭とアルティナの戦術殻を吹っ飛ばし、

 

「フフッ、そこよ!」

「キャッ!!」

「くっ!」

「く、これは厳しいですわね」

 

 エンネアさんの正確無比な弓での狙撃でユウナちゃんと双剣の男の子、緑髪の女の子の三人が圧倒されていく。

 

「くっ、皆!」

「よそ見とは、随分と余裕ですわね!」

 

 生徒達が気になりだした様で、リィンにスキが出来たようだな。デュバリィさんの攻めに防戦を強いられている。

 力の差、経験の差、それらも確かにある。だが、一番の差は連携の差だ。天と地の差と言える程だ。生徒達の連携では唯一勝っている数的優位も生かせていない。

 本来、鉄機隊は遠距離攻撃担当のエンネアさん、前衛担当のアイネスさん、そして遊撃担当のデュバリィさんが揃って真価を発揮する。現在は遊撃担当のデュバリィさんをリィンが足止めしているので、アイネスさんとエンネアさんの二人に対し、生徒五人でどちらか一方を落とし、その後にもう一方を落とすべきだろう。‥‥‥‥だが、それを出来ない、いや、させない、が正しいな。アイネスさんとエンネアさんはうまく立ち回り、数的優位を消している。

 エンネアさんが緑髪の女の子を集中攻撃しているので、相手からの遠距離攻撃を妨害している。ユウナちゃんと双剣の男の子が緑髪の女の子を防衛に入ったことで3人の足止めを果たしている。そうなると、金茶頭とアルティナの戦術殻が残るが、それをアイネスさんが受け持つ形に成った。だが、二対一でもアイネスさんと、金茶頭とアルティナの二人では力の差で圧倒されている。例え、金茶頭とアルティナの二人が連携したとしても、たかが知れている。それどころか、互いにつぶし合いかねない。残念ながら、あの二人では勝機はないな。

 

【‥‥‥‥どうやら、また当たったな】

「アーちゃん、リィン、皆‥‥‥‥」

 

 第二の生徒達はその場に膝を付いている。リィンも第二の生徒達の下に合流したが、戦況は圧倒的に不利だ。ミリアムも先程の様な気概はないようだ。

 

【第二の生徒達は一人一人のポテンシャルは高い、将来性を考えると確かに脅威に成るかも知れない。だが、それは今ではない。今はまだ‥‥‥‥雛鳥に過ぎん】

 

 練度、経験、連携、これらは時間と共に培われるものだ。時間と共に成長していく。だが、力が必要な時に力があるとは限らない。だからこそ、今出来ることを必死でやるんだ。泣きたくなければ、今を必死で生きるしかないんだ。

 私の言葉がミリアムに届いたのか、分からないが、漸く静かになった。

 

「フン、所詮はこの程度、ハーメルで戦った時から、あまり成長していないですわね」

「ふむ、確かに光るモノはあるが、現状ではこの程度か」

「ふふ、ハーメルの一件から二月経ったにしては、大人しい成長ね。まあ、彼の成長速度と比べれば、だけどね」

 

 エンネアさんがこっちを見た。ん、何だろうか?

 

「くっ、流石の腕前だが‥‥‥‥」

「でも、何とか届かない程じゃないわ!」

 

 ユウナちゃんは威勢のいい事を言うが‥‥‥‥届く訳がない。なぜなら、

 

「フン、調子に乗るんじゃありませんわ。ここまではあくまで‥‥‥‥小手調べです」

 

 そう、本気の彼女達はもっと速く、強く、鋭い。そして‥‥‥‥奥の手がある。力の差は歴然であるが、彼女達は私の様に油断はしない。どうやら、奥の手を使い、一気に決めるつもりのようだ。

 鉄機隊三人の間にリンクが繋がる。

 

「ふふ、《星洸陣》を披露するのも久しぶりかしら」

「我ら鉄機隊が結社最強と謂われる所以―――」

「その身で存分に味わうといいですわ!」

 

 鉄機隊の三人は《星洸陣》を発動させた。私としては初めて見るな。手合わせで三人同時に戦ったのは、研修中に一度だけだ。だがその時には《星洸陣》を使われなかった。せっかくの機会だし、ゆっくり見せてもらいたいのは山々だが‥‥‥‥残念ながら今回はここまでのようだ。

 

「その必要はありません」

 

 場に声が響く。転移陣が構成され、その場に現れたのはリアンヌ様だった。

 

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

「その必要はありません」

 

 声が響き、その場に転移してきた存在は甲冑と兜を纏った女性だった。その存在が現れた時、その圧倒的な威圧感に思わず息を呑んだ。だが、圧倒されようとも敵の姿を見なければ、戦うことも、逃げることも出来ない。俺は歯を食いしばって、全身をよくよく見てみる。すると、兜の装飾が《社畜》の仮面に似ている事に気付いた。どうやら、かつて言っていた、師、と言う事か。あの男の師、生半可な存在だとは思っていなかったが、ここまでとは‥‥‥‥

 

「《身喰らう蛇》が第七柱、《鋼》のアリアンロードといいます。トールズ第Ⅱ分校‥‥獅子心皇帝の意志を受け継いだ生徒達に、教官でしたか」

 

 声を聞き、確信を得た。目の前の存在には‥‥‥‥勝てない。

 

「来い、ヴァリマール!」

 

 躊躇する時間は無い。目の前の存在に出し惜しみしている暇はない。最短で、最速で、この場を脱出する。

 俺の中にはヴァリマールを呼び、ミリアムを救出して、逃走することしか、この場を切り抜ける方法は思いつかなかった。だが、

 

「Ⅶ組総員、ミリアムを救出してここから撤退してくれ!」

「良い判断です。ですが間が悪すぎましたね」

 

 呼び出したヴァリマールがこの場に現れてすぐ、神機が転移し、ヴァリマールの動きを抑え込まれた。

 

「ヴァリマール!?」

「これも良き機会です。さあ、見せてもらいましょうか?」

 

 《鋼》のアリアンロードは自身の槍を取り出した。

 

「八葉の一端の担い手にして《灰の起動者》の力の程を」

 

 恐ろしさを感じる、威圧感を感じる、だが‥‥‥‥

 

「ユウナ、預かっておいてくれ」

 

 俺はペンダントを外し、ユウナに渡した。

 

「教官、これって!」

 

 ユウナからは困惑の声が上がった。確かに、これが無いと、鬼の力を制御出来ない。だけど、そんな事考えて戦える相手じゃない。

 

「以前から一度手合わせ願いたいと思っていた」

 

 俺は《鬼の力》を発動させ、《鋼》のアリアンロードに相対した。

 

「八葉一刀流中伝、リィン・シュバルツァー。全身全霊を持って、武の至境に挑ませてもらう!」

 

 俺の力が何処まで届くのか、試させてもらう。

 

「意気やよし。それでは行きますよ」

 

 あちらも槍を構える。すると更に圧が増したように感じる。

 

「ッ、ハアアアッ!!」

 

 俺は自身に喝を入れ、一気に斬りかかる。だが、簡単に受け止められた。

 

「‥‥‥‥ふむ、この程度ですか。若干物足りませんね」

 

 兜で顔は見えない。だが、その声には落胆の色が隠せない。

 

「なっ、‥‥ハッ!」

 

 相手は武の至境、ランディさん達特務支援課ですら、圧倒した相手だ。そして‥‥‥‥あの《社畜》の師でもある。このくらいで、倒せるなんて甘い考えが過ぎた。それに、こちらには時間制限もある。手をこまねいているわけにはいかない。 

 俺は太刀を鞘に納め、精神を集中させ、一刀を放つ。

 

「『滅・緋空斬』!!」

 

 炎を纏った飛翔する斬撃は《鋼》のアリアンロードに直撃した。だが、

 

「良き闘気、重ねられた修練を感じる、良い一撃でした。ですが‥‥‥‥まだまだです」

 

 まるで堪えた様子がない。それどころか俺の攻撃を褒めるまでの余裕すらある。‥‥‥‥いや実際、それだけの余裕があるんだろう。《鬼の力》の底上げがありながら、まるで届かない、足元すら見えない程の遥かな高み、そんな高みからこちらを見下ろしているとすら感じる。

 ‥‥‥‥いや、そんな事は最初から分かっていたことじゃないか。俺も武人の端くれ、相手との力量が測れないほど、未熟ではないと自負している。‥‥‥‥いや、そんな自負など不要な程の力の差だ。生物としての本能に訴えかける程の、力の差だ。眼前の相手に尻尾を巻いて逃げ出すことは、決して恥じゃない。むしろ、逃げ出さない奴は、愚かだとすら思う。‥‥‥‥俺も愚かだ。だが、仲間を見捨てて逃げるような、愚かにはなりたくない。

 『俺』の命で『皆』を守る。いや、俺の命一つでは、決して守れない、それも分かる。だけど、何として手でも成し遂げる。皆を守るためなら、命だって、何だって、かけてやる。

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

 俺は《鬼の力》を限界まで使い、《鋼》のアリアンロードに挑む。後の事は考えない。いや、そんなこと考える余裕はない。

 

「『裏疾風』!!」

 

 俺自身が持つ技で最速の一撃を放った。

 

「ふふ、良き速さです」

 

 いとも容易く、いなされた。兜越しで表情を見ることは出来ないが、声の感じから、余裕を崩すことすら出来なかった。それに《鋼》のアリアンロードが立っている場所から一歩として動かすことも出来なかった。

 はは、ここまで差があるのか‥‥‥‥

 

「おや、どうしました、もう終わりですか?」

「!!」

 

 いや、落ち込んでいる暇などないし、そんな事を思う事すら烏滸がましい。俺は折れそうな心強く持ち、攻撃を続けた。

 

 

 どれほどの時間、攻撃を仕掛けたのか、一分、十分、一時間‥‥‥‥いや、もしかしたら、数秒だったのかも知れない。圧倒的な強さ、威圧感に晒され続け、自身の感覚が狂ってきている。だけど、

 

「ハアアッ!!」

「ふふ、良いですよ。先程より、切り返しが上手くなりましたね」

「セイッ!!」

「ふふ、良き一太刀です」

「『滅・弧月一、』グゥッ!」

「ほら、技への連携に無駄がありますよ。技を使う際には、相手のスキをしっかり作らないと、このように簡単に抑えられますよ」

 

 何度打ち込んでも、簡単に捌かれ、躱され、潰されている。だが、何度打ち込んでも、スキが生まれても、決して追撃してこない。技を止めるために、攻撃はしてくるが、俺を倒そうとはしてこない。

 俺の攻撃に対処しながら、良ければ褒める、悪ければ欠点を教えてくれる。これは戦っているんではない、指導を受けているんだ。だが、何故こんなことをしているんだ。そんな事に気付きつつも、少しでも、気を逸らすと、

 

「‥‥また考え事ですか」

「?! クッ!!」

 

 集中しろ、とでも言いたげな声と共に、強烈な一撃が飛んできて、思考に使っていた、意識を引き戻された。

 彼女ほどの力であれば、俺が気づくことなく葬れるというのに、敢えて抑えている。

 

「‥‥‥‥何故、貴方は態々こんなことをするんですか!?」

「おや、こんなこととは?」

「‥‥‥‥この手合わせの事です。貴方なら、俺を容易く倒せるというのに、態々こんなことをしてくるなんて‥‥‥‥」

「ふふふ、それくらいは気づきますか」

「‥‥‥‥っ!」

「ふふ、別に手を抜いているというわけではありません。言ったでしょう、力を見る、と。これは貴方の力を見る事が目的なのです。安心なさい、今は貴方を倒そうとは思ってませんので」

「一体何のために!?」

「これからの先、貴方が我々の計画の障害に成るか、否か、それの見極めが一つ。二つ目は‥‥‥‥」

 

 《鋼》のアリアンロードは視線を俺から逸らした。俺も思わずその先を見てしまった。そこにいたのは、《社畜》だ。

 

「我が弟子の良き競い合い手に成れるか、否か。それが二つ目」

 

 やはり《社畜》は《鋼》のアリアンロードの弟子か。半ば推測だったのが確定情報に変わった程度、この事にはもう驚きはない。

 だが何故、そんな事を気にするのか、其処には疑問が残った。

 

「そして、最後に‥‥‥‥」

 

 俺を見た。ジッと、見ている。見透かされるような感じではなく、何処か、慈しみがあるような感じがする。

 

「いえ、これ以上は不要でしょう。それに私には‥‥‥‥それを言う資格はありません。‥‥‥‥さて、これ以上の問答は不要。貴方もその力を維持できるのも、自我を保つのも、そろそろ限界の様ですし、これで最後にしましょう。全力で来なさい!」

 

 また圧倒的な威圧感が俺を襲う。だが、

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

 ここで退けない、俺は闘志を奮い立たせ、最後の一撃を放つために、構える。

 

「明鏡止水、我が太刀は静、‥‥‥‥見えた!」

 

 俺の持てる力を込めた最高の一撃を眼前の敵に放った。

 だが、俺の一太刀は《鋼》の槍でいともたやすく止められ、俺の太刀はピクリとも、動かせない。

 

「良き一撃です、この調子で精進なさい。ハアッ!」

「グゥッ!!」

 

 俺は槍で薙ぎ払われ、地に這いつくばる。

 それほど身体にダメージは無いので、俺は再び立ち上がり、再度挑みかかろうとした。だが、

 

「‥‥‥‥どうやらここまでの様ですね」

 

 《鋼》は槍を収めた。俺はその意味が、直ぐに分かった。

 

「ウオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 俺の『鬼の力』が制御出来なくなり、力を常に放出し続けていく。俺は何とか抑えようとしても止まらない。自分の意志で止められない。自分の力が溢れだし、自我を保つことが難しい。このままでは、自分の生徒達に襲い掛かってしまう。それだけは避けなければ。

 だが、段々と抗うのが難しくなっていく。ドンドンと自分が自分で無くなっていく気がする。誰か、俺を止めてくれ‥‥‥‥

 薄れいく自我、最後に感じたのは‥‥‥‥焔だった。

 

side out

 

「ウオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 リィンが『鬼の力』に呑み込まれた。まあ対策もせずに力を使い続ければ、呑み込まれるだろうな。

 分かる、スッゴイ分かる。この間まで私も呑み込まれていたから、リィンがやらかした状態に経験もあるし、理解もある。

 だが、

 

「リィン教官!!!」

「リィン!!!」

 

 生徒達にミリアムは悲鳴の声を上げている。なるほど、あの力で暴走していると周囲にはこういう風に映るんだな。いやー、リアンヌ様にはいつもご迷惑をおかけしていたんだな、と改めて思う。リィンが暴走しているのを見ながら、己の失態を思い返し、恥じ入るばかりだ。これが、人の振り見て我が振り直せ、と言う事なんだな。うむ、勉強になる。

 さて、そろそろ助けてやるか。あの状態の経験者はこの場では私だけだし、対処方を知っているのも私だけだ。リアンヌ様も私を抑え込んだりしては下さったが、根本的な解決が出来るのは師匠と《劫炎》の先輩と私だけだ。本来なら敵対している相手にすべきではないが、同じやらかした者同士、今回は貸しにしておくぞ。

 私は手に焔を作り出し、リィンに向かって放った。

 

「ウアアアアアアアア!!」

「リィン教官!?」

「リィン!? リィンに何するんだ!!」

 

 隣にいるミリアムは私の行ったことに非難の声を上げている。拘束していなければ、飛び掛かってきたことだろう。今も、拘束から抜け出そうともがいている。無駄だというのに‥‥‥‥

 

【何を、か。まあ見ていろ】

 

 私はミリアムに言い聞かせる。今だにうー、と唸り声を上げて、暴れながら、こちらを睨みつけてくる。やれやれ、そこで暴れても体を痛めかねないというのに、アレを見れば多少は落ち着くと思うんだが、あちらを見てはくれない。

 仕方がない。多少手荒いが、やるか。どうせこの状況では言葉で言っても伝わらない。

 私は抑え込んでいる拘束術式の上から強引にミリアムの抑えつけ、リィンの方に向かせた。

 

「ぐっ!」

【見ろ!】

「うぅ‥‥‥‥えっ?」

 

 ミリアムの視線の先には‥‥‥‥『鬼の力』から解放されたリィンの姿が映った。

 ミリアムはそれで暴れるのを止めたので、私は手を離した。

 

「や、やったぁ! え、でも、何で?」

【あいつが呑み込まれた『鬼の力』、その表面を焼き尽くした。だから正気に戻った。ただそれだけだ】

「違う! そんな事を聞きたいんじゃない。どうして‥‥‥‥」

【生憎、そんなに悠長に話をしている暇はない。どうやら、また()がここに来たようだ】

 

 入口の方を見ると、宙を駆けるモノが、飛来する。そしてそれに続く様に現れたのが、

 

「そこまでにしてもらおう」

 

 かつてのⅦ組、ガイウス・ウォーゼルだった。彼が現れ、新Ⅶ組、そしてリィンの前に立ち、リアンヌ様の前に立ち塞がる。

 先程から、遠見の魔法で見ていたので、やって来たのは分かっていた。だが、この島には船はリィン達が乗ってきた分しか無かった。一体どうやって来たんだ?

 いや、それも気になるが、実はそれ以外にも気になることがある。なんだ、()()? 何か、違う。

 私が魔法を覚えたことで、《劫炎》の先輩の焔を感じ取れるようになった。だからなのか、ガイウスの違和感に気付いた。初めて会った時からだったのか、それとも、ここ最近なのか、分からない。だが、ガイウスには()()がある。あの背中に、力を感じる。

 

「久しぶりだな、リィン。ミリアムも先日の通信以来か」

「ガ、ガイウス‥‥‥‥ガイウスなのか!?」

「あははは、間に合ったんだ。よーし、ボクだって! ううううううう‥‥‥‥おりゃーあ!!‥‥‥‥出れない‥‥‥‥」

【ふう、仕方がない】

 

 パチン、と指を鳴らすとミリアムを捕らえていた拘束術式が解除される。 

 

「うわわわっ、え、もういいの?」

【役目は終わった】

 

 私はミリアムの拘束を解き、その場を転移で離れ、リアンヌ様の隣に現れた。

 

「おや、そのまま帰って寝ていていいのですよ?」

【それには及びません、我が師よ。我が手を出すことなどありませんが、久しぶりに表舞台に顔を出したんです。今しばらくご容赦ください】

「‥‥‥‥ふぅ、まあいいでしょう。もう少し共に居ることを許可します」

【ありがとうございます、我が師よ】

 

 リアンヌ様にもう少しだけ、外を出歩くことを許してもらえたので、仕事は出来ないが見学は出来ることになった。

 

「さて、その若さにしてその佇まい、その風格、灰の起動者とは別の意味で只人ではなさそうですね?」

「貴方の足元にも及ぶまい。だが、俺の全力をもって彼らを逃すことは出来るつもりだ」

 

 ガイウスはリアンヌ様にそう言ってのけた。随分とデカイ口を叩く‥‥‥‥とは言えないな。確かに、今の―――何か底知れないモノを秘めている―――ガイウスなら、それもあり得る。信じがたいことだが‥‥‥‥

 全快の私ならいざ知らず、今の私では‥‥‥‥分が悪いか。

 

「フフ、いいでしょう」

 

 リアンヌ様は神機を引かせ、ヴァリマールの拘束を解いた。

 

「霊力の充填も完了。『舞台』も一通り整いました。有角の若獅子たち、―――そこな地精の代理者も。せめて今宵くらいは安らかに眠るといいでしょう。では行きますよ」

 

 そう言ってリアンヌ様達は転移して、この場を後にした。鉄機隊の三人も後に続く様に転移した。

 すこし、ガイウスに色々聞いておきたかったんだが、またの機会にしよう。あそこにいる、留年先輩と鉢合わせしたくはないし、さっさと行こう。あ、そうだ。ベッドを忘れていくところだった。折角いいベッドを買ってもらったんだから、大切にしないと。

 私は一度転移して、ベッドの側に移動した後、もう一度転移して、この場を後にした。

 

 




ありがとうございました。


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第三十三話 迷いと決意

よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年6月18日 ブリオニア島

 

side リィン・シュバルツァー

 

 《結社》の使徒第七柱《鋼》のアリアンロード、鉄機隊、執行者《社畜》が去った後、地精の代理人として現れた《蒼》のジークフリートとの問答を行った。地精の目的は分からず、結社と敵対していることは分かったが、この地で何をしようとしているのか分からなかった。その上、どうして、仮面を着けているのか、問い質したが帰ってきた答えは『《鋼》も《社畜》も着けている』という、何とも言えない答えを返された。反応に困っているうちに《蒼》のジークフリートは去って行った。

 その後、《蒼》のジークフリートがその場を去った後、船で島を離れ、オルディスに戻ることにした。港で、漸くガイウスの紹介が出来た。

 船の上で、ガイウスの今までの話などを聞いていた。どうやら特殊な状況だったようで、通信もつながらなかったそうだ。

 次にミリアムが捕まったときの話も聞いた。

 

「うん、実は《神速》の人と仮面の《社畜》だっけ、その二人に捕まったんだ」

「全く、迂闊ですね」

「ううー、でも仕方なかったんだよ。《社畜》はボクが来るのが分かってたみたいなんだよ」

「え、どういうことだ?」

「うん、視えているんだって。最近出来るようになったらしいけど、それでボクが遺跡に入ったのも視ていたから奇襲した、って言ってた」

「なんだと!?」

「だよねぇ。そういう反応になると思ってたよ。ボクも信じれなくて‥‥‥‥それで、《社畜》が『証明してやる』って言ったんだ。リィン達があと何秒で扉を開けるか当ててみよう、と言ったんだ。それで‥‥‥‥」

「『ピッタリ』、ミリアムはそう言ったな」

「うん、本当にピッタリだったんだ。扉の前でカウントが一時的に止まったんだけど、その時は、扉の前で作戦会議でもしてるんだろう、とか言ってたけど‥‥‥‥どう、合ってる?」

「‥‥‥‥ああ、確かに一度扉の前で止まった。まさかそんな事まで分かるのか‥‥‥‥」

「そう。それで、またカウントを始めて、ゼロ、といった瞬間に扉が開いたんだ」

「‥‥‥‥」

 

 思わず絶句した。

 こちらの動きが見える、というのが何処まで出来るかは分からない。だがそれをされては、潜入調査や索敵行動、伏兵を潜ませることが無意味になる。むしろあちら側はこちらの位置を把握した上で各個撃破してくることが可能だ。戦況の完全な把握、いやそんなものではない、支配だ。アイツ一人で、戦況を支配してしまえる。とんでもないスキルを身につけたものだ。

 それだけじゃない。今日手合わせをした《鋼》、武の境地に至った存在が《社畜》を弟子と言った。つまり《社畜》と《鋼》は師弟の関係にあることも改めて分かった。俺はその弟子の、《社畜》の強さをイヤというほど思い知っている。俺が言うのもなんだが、《社畜》でも《鋼》にはかなわない。あくまでクロスベル時点の《社畜》では、だが。《鋼》が《社畜》にどういう指導をしているのか分からないが、今日のような組手だけでも十分に強くなれる。《社畜》は更に強くなっていく、と言う事を思い知る。全く、イヤになるほど厄介な相手だ。

 

「あとね、色々話をしたんだ」

「話?」

 

 俺が《社畜》達の事を考えていたら、ミリアムがそう言ってきたので、思わず聞き返してしまった。

 

 

「うん、捕まってる間、話し掛けたんだ。そうしたら、色々話してくれたよ」

「何を話したんだ?」

「うーん、『どうして《結社》に入ったのか?』って聞いたんだ。そうしたら、『何処にも行き場がなかった。世界から弾き出され、このまま朽ち果てる、と思っていた。そんな失意の中、我にお声を掛けてくださり、居場所を与えて下さったのが盟主様だ。だからこそ、我に出来る全てを賭して、ご恩返しをする。それが我が《結社》に席を置く理由だ』って言ってた」

「世界から弾き出された?」

 

 一体どういう事なんだ、俺は意味が分からなかった。

 だが、その後もミリアムが質問した内容とそれに対する《社畜》の回答は続いたそうだ。

 

「次に聞いたのが、『何処で生まれのか?』って聞いたら、『帝国』って言ってた。じゃあ『何処で育ったのか?』聞いたら、『D∴G教団』と答えてくれたよ。何でもそこで実験が行われて、多くの犠牲の果てに《社畜》一人だけが生き残ったそうだよ。で、その研究施設の研究員を全員殺して脱出したと言ってたよ」

「! 殺したって‥‥‥‥」

「うん、そういう反応になるよね。‥‥‥‥ボクもちょっと、聞くんじゃなかったな、と思ったよ」

「‥‥‥‥」

 

 殺したことがある。それは一線を越えたことを意味する。遊撃士、警察、軍人、俺の周りにいる人たちでも、多かれ少なかれ、経験している人はいる。ランディさんもそうだ。でも、嬉々として行ったことはきっとないと思う。

 《社畜》はどう思ったんだろう‥‥‥‥初めて、誰かの命を奪った時‥‥‥‥一線を越えた時、どう変わったんだろう。自身で決めたのか、それとも状況に迫られてやらざるを得なかったのか、それを知ることは出来ない。

 

「あとは、他愛ない話ばっかりだったな。最近のボクの話とかも話したし‥‥‥‥」

「ミリアムさん、どうして《社畜》と話そうと思ったんですか?」

 

 アルティナがミリアムに疑問をぶつけた。俺も、どうしてそこまで《社畜》と話そうとしたのか、気になった。

 

「えへへ、最初はちょっと、思ったことがあったんだ。もしかしたら、《社畜》はボクが知っている人なんじゃないかな、って思ってさ、それで色々聞いてみたんだ」

「知っている人? 一体誰だと思ったんだ」

「うーん、たぶんボクの思い過ごしだと思うから、それにリィンやガイウスでも気づかないんだったら、きっと違うと思うから」

「‥‥‥‥ミリアムがそういうってことは、俺達が知っている人物、ってことなんだな」

「‥‥‥‥うん、知ってると思うよ」

 

 ミリアムの言葉に俺とガイウスは深く思い出してみることにした。先にガイウスが答えを出した。

 

「‥‥‥‥いや、俺には思い至らない。あの者の風は禍々しい。到底人の身で出せるものではないと感じた。だが‥‥‥‥いや、まさか‥‥‥‥」

「ガイウス?」

 

 ガイウスが眉間にしわを寄せ、考えこんでいる。

 

「‥‥‥‥確かにある人物が発した風を感じた。だが、それを覆い隠すほどの禍々しい風だった。俺の記憶にある人物がそんな、禍々しい風を発するとは、到底思えない。だが‥‥‥‥」

「ガイウスも思い至った人がいたんだ。やっぱり、ボクとおんなじかな」

 

 ミリアムだけでなくガイウスまでも思い至った人物がいたのか‥‥‥‥俺には、思い至る人物は‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥ハード」

 

 脳裏をよぎった。思わずこぼれ出た名は、俺にとって大事な友の名だった。

 いや、俺の思い過ごしだ。ミリアムもガイウスもきっと違う人物の名前が思い至ったはずだ。俺はそう思って二人の顔を見ると‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥やっぱり、リィンもそう思ったんだね」

「‥‥‥‥禍々しき風の中で感じた雄大な風、そんな風を起こせるのは俺が知る限りでは‥‥‥‥」

「‥‥‥‥いや、違う。そうじゃない、アイツが‥‥‥‥そんな事‥‥‥‥あるわけがない」

 

 俺は必死で《社畜》がハードではないことを主張した。だが、思い返してみると不審な点が多いことも確かだ。

 ハードがどういうところに就職したのか、よくわかっていない。むすび社、という名前以外、良く分からない。

 何故、サザーラントでコロッケ屋をやっていたのか、そしてそこに《社畜》が作った分け身が働いていたのか、分かっていない。だからハードが無関係なのか、関係者なのか、まるで分らない。

 執行者《社畜》は行動に不可解なことが多い。サザーラントでの戦いでも、クロスベルでの戦いでも、俺達を倒そうとすれば出来たはずなのに、しなかった。

 それにさっきだって、俺が『鬼の力』に呑まれたときに、助けられた。あの焔は《劫炎》、マクバーンの焔に似ていた。以前クロスベルで《社畜》が『鬼の力』の所為で自我を失ったとき、マクバーンはあの焔で《社畜》の意識を取り戻させた。今回使われたのは、あの焔だったんじゃないのか。だが敵である《社畜》が、師である《鋼》と戦っていた俺を態々助けたのは‥‥‥‥何故だ。

 ハードが結社の関係者の訳がない、《社畜》の行動が何故俺達に不利益にならない、この二つは全くの無関係、ハードと《社畜》が結びつくわけがない。‥‥‥‥だが、何故だ、ミリアムもガイウスも、《社畜》の中にハードの気配を感じ、俺も、思わず同意しかけた。だが‥‥‥‥そんなことあるわけがない。

 確信も確証も何一つない、事実は不明のままだ。ならこれ以上考えても答えは決してでない。

 

「‥‥‥‥どのみち、この地での戦いは避けられない。今はこの地での戦いに関してのみ、考えるべきだ」

「‥‥‥‥そうだな」

「‥‥‥‥うん、そうだね」

 

 話は一度打ち切り、この地での結社の目的に関して、考えることにした。

 だが俺の中では、もやもやしたものを抱えたままだった。

 

 

side out

 

 

―――七耀暦1206年6月19日 早朝

 

 目を覚ますと、そこに天井はなかった。

 真っ青な青空が広がっている。

 

「起きましたか。よく眠れましたか」

「あ、おはようございます、リアンヌ様」

 

 私はベッドから起き上がり、周囲を見渡して状況を理解する。

 

「ここは‥‥‥‥ジュノー海上要塞ですか」

「ええ、その通りです」

 

 周囲を海に囲まれた難攻不落の要塞、この間オルディスの街中で言われているのを聞いた。学生時代に私が落としてしまったことがあったが、それはノーカウント何だろうか?

 まあともかく、何時の間にかこんな場所に来ていたとは‥‥‥‥昨日はブリオニア島の遺跡を転移した後、直ぐに眠気が出て、寝てしまった。またも皆さんにご迷惑をかけてしまったみたいだ。

 確か、あの後の段取りは列車砲を神機の能力で奪うはずだったが、どうやらうまくいっているみたいだ。先程から、遠くから砲撃の音が聞こえている。それに下の方から銃声とかが聞こえてくる。北の猟兵が暴れているみたいだ。

 状況を大体理解できた、つまり私がやるべきことは‥‥‥‥何もない、と言う事か。いや、今日こそは何かしら頑張らなくては‥‥‥‥とは言うものの、まだまだ体は本調子とは言えない。だからと言って、なにもしない訳にはいかない。

 私はいつものストレッチを行い、全身の状況を調べる。

 うーん、首周りに痛みはない。では両肩は‥‥‥‥うん、可動域は昨日よりも広くなっている。足は‥‥‥‥うん、まだまだ力が入りにくいので踏ん張りは効かないな。急な移動は足腰に深刻なダメージを与えるし、どうやら戦う場合はどっしりと腰を据えて戦う必要があるな。それに昨日リィンに対して、リアンヌ様がやっていたように、その場を動かず、槍で機先を制する戦いをする必要があるな。リアンヌ様に遠く及ばないが、全く出来ないわけではない。あの戦い方なら、今の私にも出来る。ならば、十分に戦うことが出来る。

 私は自身の体の状況を確かめつつ、戦う術を模索し続けた。少し時間が掛かったが、体の調子は確認できた。

 しかし、デュバリィさん達、鉄機隊の御三方がいらっしゃらないが、一体どうされたんだ? 下の方で北の猟兵と暴れているのか? そういえば、場所と計画の進み具合を確認していたが、細かい状況はよく分からない。少し戦況を確認してみるか。

 私は魔力で鳥を作り、遠見の魔法を付与して、飛ばした。するとすぐに、デュバリィさん達が見えた。

 あれ、割と近い所に居たんだな。しかし、一体誰と戦っているんだ? 視点をずらすと、相手がわかった。

 

「新Ⅶ組と‥‥‥‥アンゼリカ先輩?」

 

 アレ、確か地精の代行者と戦うはずだったのに、何で彼らが来てるんだ? というより、何であの人がいるんだ? ここにあの人好みの美少女はいないはずだぞ。リアンヌ様は美女だが、あの人の守備範囲外だ。まさか要塞内に美少女が隠れていたりして、それであの人のセンサーが反応したのか?‥‥‥‥在り得る、あの人の行動原理は『美少女のためなら何でもする』という、もし性別が男だったら情報局が常にマークしないといけない危険人物だ。さて、要塞内に美少女がいるという冗談はともかく、本当に何しに来たんだ、あの人?‥‥‥‥またどうせ、権力者の娘らしく自由気ままに生きている人だから、面白そう、とかそれぐらいの気分で来たんだろう。

 思い返してみると、昔からあの人とは相容れなかった。最初はやたらとトワ先輩を困らせていたり、イジメているように見えたりしていたので、ぶつかったこともあった。でもトワ先輩に止められ、諭され、虐めではないと言う事が分かり、それからは友好的、とは言えないがそれでもケンカすることはなくなった。

 だがその後、先輩は内戦時に実の父親と大喧嘩して、自分の父親の立場を悪くした際、やはり私と先輩は相容れないことが分かった。親を失った私から見れば、ぶつかれる親がいるだけどれ程有難いことか、分かっていないことに怒りを覚えた。貴族の令嬢という立場は親が、その血筋が継いできた者だ。偉いのは先祖であり、現在生きている者達が偉いわけではない。だからアンゼリカ先輩が自由気ままをやれるのは親のおかげであり、血のおかげだ。アンゼリカ先輩個人が偉い訳ではない。だというのに、親の言う事に歯向かった。その事に私は嫌悪し、結局卒業するまで、分かり合えはしなかった。トワ先輩の手前、穏便に済ませてきた。でも、

 

「ここでなら、問題ないかな」

 

 執行者《社畜》としてなら、正面切ってぶっ飛ばしても問題ないだろう。‥‥‥‥まあ、今日の相手はアンゼリカ先輩にはならないだろうな、残念ながら。

 現状を見るにあちらは別動隊、アンゼリカ先輩は雛鳥たちのお守りをしている程度、こちらに向かってきているのは‥‥‥‥圧倒的な強者だ。

 遠見でまだ見えてなくても、こちらに向かってきているのを感じる。そちらが本隊だ。強さの桁が他とはまるで違う。‥‥‥‥そう、リアンヌ様のような強い闘気を感じる。それに複数の強い気配が迫ってきている。おそらく、リィン、ガイウス、ミリアム、それ以外に後二人、計6人で向かっているのが本隊か。

 すると、遠見の映像が送られてきた。やはり先の三人とユーシス、サラ教官、そして最後の一人が‥‥‥‥『黄金の羅刹』オーレリア・ルグィンだった。

 最早これ以上の確認など不要だ。私は急ぎリアンヌ様に出陣の許可を求めた。

 

「どうしました、ハード?」

「リアンヌ様、本日の戦闘、私も参加させてください」

「‥‥‥‥まだ体は万全ではないでしょう」

「確かに万全とは言い難いです。ですが‥‥‥‥」

「ですが‥‥‥‥」

 

 うまく言葉が出ない。なんと言えばいいだろうか、何と言えば伝わるのだろうか、言い表せない。だが、発せる言葉はただ一つ。

 

「‥‥‥‥戦いたい!」

 

 最近はずっと大人しく寝ていた。最近は模擬戦すらしていない。これまで、《結社》に入って以降、ここまで不自由したことはなかった。折角、リアンヌ様に一撃入れれたのに、漸く『鬼の力』を制御出来たのに、ずっと、ずっと、戦えなかった。昨日は戦いと言えるものではなかったので、それほど思わなかった。だが今、階下で行われている喧噪、銃声、そしてこちらに向かってきている強者の闘気、それらを感じながら、満足な戦いが出来ないからといって、大人しくなんてしていられるわけがない。

 ああ、初めてだ、ここまで己の体が沸騰するような感覚は。これは体の作り変えが行われているからなのか、それとも生来のモノなのか、それとも我が師の薫陶によるものなのか、分からない。だがハッキリと分かるのは、

 

「戦いたいです、リアンヌ様。どうかお願いします!」

 

 この思いだけだ。私はリアンヌ様の目を見て、真摯にお願い申し上げた。ジッと私の視線を受けてるリアンヌ様が、ゆっくりと目を閉じ、首を振った。

 私の熱意が通じたのか、溜息を吐きながらリアンヌ様はお答えになった。

 

「はあ、仕方ありません。あまり無理はしてはいけませんよ。いいですね」

「はい!」

「それと、『鬼の力』の使用を禁じます。今の貴方は体を調整している段階なのでしょう? でしたら今、『鬼の力』を使えば、折角の苦労も水の泡、なのでしょう?」

「そうだと思います」

「ではいいですね。決して、決して『鬼の力』を使用してはいけませんよ」

「はい。決して使いません!」

 

 やった、戦闘許可が下りたぞ。私は元気よく返事をしたが、リアンヌ様は目を細めて、ジトっと私を見ている。

 

「‥‥‥‥返事だけはいいんですけどね、返事だけは‥‥‥‥」

 

 そう小さく呟いた。

 

「大丈夫です、お任せください!」

 

 御心配には及びません。リアンヌ様より学びし槍は決して彼らに負けはしません。

 敵は音に聞く『黄金の羅刹』、そしてトールズⅦ組にA級遊撃士のサラ教官、万全でない状態で何処まで戦えるか分からない。でも、今回は初めて、自分から戦いたい、と思った。仕事だから、という義務感ではない。計画のため、という使命感ではない。ただ、ここまで準備してきたモノを披露したい、己が力を示したい、リアンヌ様に私の成長した姿を見せたい、そんな自己中心的な思いが多分にある。

 ならば無様は晒せない。己が力の全てを持ちうる全て手札を使い、彼らを打ち倒そう。

 私は『ハード・ワーク』をいつもの戦闘用の仮面とローブに変形させ、身に纏う。

 

【我は執行者《社畜》。《鋼》のアリアンロードの弟子なり】

 

 今一度自分自身に言い聞かせる。私は盟主様に執行者の地位を頂き、リアンヌ様に鍛えられた弟子である。今はそれだけあればいい。

 私は戦闘準備を整え、置きっぱなしのベッドを転移で片付け、彼らが来るのを待った。

 




ありがとうございました。


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第三十四話 挑戦

よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年6月19日 ジュノー海上要塞

 

side リィン・シュバルツァー

 

 ジュノー海上要塞を占拠する《結社》と北の猟兵たちと戦いながら最奥を目指す。

 俺達旧Ⅶ組にオーレリア分校長を加えたA班は主攻を、新Ⅶ組の生徒達にアンゼリカ先輩を加えたB班は副攻に分けて要塞内を進む。

 俺達A班が内部を進み、随分と時間が経つが、今だ天守閣に到達できない。

 

「しかし、何て大きな要塞なの。まだ上があるだなんて」

「流石は天下の要塞、歯ごたえがある」

「フフ、私の代で徹底的に護りを固めましたゆえ‥‥‥‥ですが、そう評価されるのは有難いが、実際はそうでもない。何しろ、かつて一人の学生に落とされたことがあるのでな」

「なっ!?」

「‥‥‥‥そういう事が出来そうな学生に心当たりがありますが‥‥‥‥一応、名前を聞いても?」

 

 ああ、以前分校長が言っていた話か。サラ教官が頭に手を当て、呆れ気味にオーレリア分校長に問いかける。

 

「ハード・ワーク。当時トールズ士官学院の一年だったな。ご存じだろう、教官殿」

「‥‥‥‥ハァー、ええ、大変よく存じています。その節は本学の生徒が大変ご迷惑を」

「いやいや、詫びは不要だ。そもそも学生一人に落とされるなど、こちらの不手際極まりない」

「‥‥‥‥ハァ~、そう言って頂けると、助かります。あの子はまあ、その、悪い子ではないんですが‥‥‥‥色々やりすぎで過激なところがありましたもので色々手を焼きまして‥‥‥‥それで、一体何やらかしました?」

「私が聞いた限りでは、オルディスの領邦軍をこの要塞まで誘い込み、要塞の兵士たちが出てきたところを打ち倒し、そのまま要塞内部に侵入し、当時残しておいた機甲兵を駆り、要塞内部を破壊し並びに導力ケーブルなどを寸断しつくし、要塞内の機能を完全に殺し、最後に陸路との連絡用の橋を落とし、要塞を孤立させてそうだ。領邦軍も要塞の兵たちも共に外に出ることは出来ず、外部との通信も不可、かろうじて外に出れた兵が要塞陥落を知らせたが、我々が戻ったときには心が折れ切っていた兵士も多数いた。‥‥‥‥当時の私は思ったものだ、最近の学院での教育レベルは非常に高いと、私が学生だった時には、要塞攻略の手順など習わなかった。実に実戦的な指導をしてきたようだな‥‥‥‥サラ教官殿」

「‥‥‥‥あーあー、聞こえない」

 

 サラ教官は耳を塞ぎ、頭を抱え込んだ。

 改めて聞かされても、本当に信じられない。実際に要塞内部に入ってみて思ったが、こんな場所、一体どうやって落とせばいいのか、検討も付かない。しかし、それを学生時代にやってのけたのだから、呆れつつも驚愕せざるを得ない。

 

「あー‥‥‥‥ふぅ、久しぶりだから頭と胃に来たわね。‥‥‥‥失敗したわね、ベアトリクス教官から貰った胃薬、使い切ってたわ。あー、久しぶりだから胃が痛い」

 

 サラ教官は手持ちの荷物を漁り、目当てのモノがないことに気付き、天を仰いだ。

 

「‥‥‥‥あの、サラ教官、大丈夫ですか?」

「はあ~、大丈夫よ。久しぶりだから、少し胃と頭が痛んだ程度よ。このくらい‥‥‥‥もう慣れたわよ」

 

 サラ教官は遠い目をしながら、そう言った。若干の薄ら笑いを浮かべているのが、怖いとは思ったが、気付かないふりをした。

 

「‥‥‥‥しかし、あの子がよくこんな‥‥‥‥軍人が多いところに来たわね‥‥‥‥」

「え、どういうことですか?」

 

 サラ教官が言ったことに気になり、尋ねてみた。すると、サラ教官が思わず、はっ、とした。

 

「あ! しまった‥‥‥‥はあ、まあもういいでしょう。当人も克服したと言ってたし」

「ハードに何かあるんですか?」

「うん、まあ‥‥‥‥あの子も少々特殊な事情があったらしいからね。‥‥‥‥あの子、トラウマがあるのよ。いや、正確にはあった、かな。‥‥‥‥軍服がね、怖いそうなのよ」

「軍服が、怖い?」

「ええ、何でもあの子、幼い頃に誘拐されたそうなのよ。その誘拐した奴らが、軍服を着ていた。‥‥‥‥それで何とか助かって自宅に帰ったら‥‥‥‥ご両親共に亡くなっていたそうよ」

「な!?」

 

 サラ教官から語られたのは、驚愕の真実だった。

 

「その経験があるからなんだと思うけど、軍服が怖い、というより、軍人に怯えてたわね。私がそのことを知ったのも、ナイトハルト教官が知らずに近寄ったときには、体が震えて、痙攣し始めたのよ。あの時はまだその情報が周知される前だったから、知らなかったとはいえ、大変申し訳ないことになったと、ナイトハルト教官が落ち込んでいたわ。まだ入学後、間もなくのことで本格的な授業が行われる前の、ちょっと廊下ですれ違っただけでそんな事になった。ベアトリクス教官もそこまでとは思ってなかったみたいだったわ。それに私もそんな軍服見ただけでそんな状態になる生徒が士官学院に入学するとは思ってもなかったし‥‥‥‥」

「‥‥‥‥当人から、少し聞いた程度だが、アイツの両親はトールズの出身者だったそうだ。だから、両親の足跡を辿ってみたくなったから、入学したそうだ」

 

 ユーシスは努めて冷静に答えた。全員の視線が集まったのを見て、ユーシスが話し始めた。

 

「『自分はどこで生まれたのか、知らない。実の両親も知らずに今まで生きてきた。戦災孤児となった私を拾って、育ててくれた二人を実の両親の様に、いやそれ以上に思っていたし、とても大切な人達だった。でも、そんなのいつかは終わりが来るんだ。大切だと気づくのは失ってからだ。だからせめて、二人が生きた歴史を見てみたい』、昔ハードに何故学院に来たのか、聞いたときに、そう答えた」

「‥‥‥‥そう。ハードの育ての母はベアトリクス教官の元副官をしていた人、というのは聞いてたけど、トールズの卒業生だったのね‥‥‥‥」

「あと、確かお父さんもそうだったらしいよ、レクターから聞いたことよ。あ、あとね‥‥‥‥おじさんと同期だったんだって、ハードのお父さんとお母さん」

「!」

「ほう‥‥‥‥そう繋がるか」

「ええ、そうなの! それは知らなかっわね」

 

 俺が知らなかったハードの背景を色々知った。俺は‥‥‥‥本当に何も知らなかったんだな。

 ハードがどんな風に生きてきたのか、家族の事も何も知らなかった。

 踏み込めなかったんだな、何も‥‥‥‥今更ながら、もっと話をしておけばよかった、こういう時にいつも思う。皆は俺が知らないハードを皆知っている。その事に若干の悲しさを感じる。どうして話してくれなかったのか、俺はあいつにとって‥‥‥‥友達じゃなかったのか、そんな事を考えてしまう。他のみんなより、一年長かったのに、関わったのはみんなよりもずっとあとだった。後悔が無かった学生生活に少しだけ、後悔があった。

 

「さて、おしゃべりもここまでだ。この先が天守閣だ」

 

 いつの間にか、俺達は要塞の天守閣に迫っていた。

 最後の仕掛けが眼前にあるが、まだ起動できない。最後の仕掛けはユウナ達B班が目的の場所に到達して、同時に仕掛けを起動させる必要がある。

 ここでユウナ達が到達するのを待つことになる。だが、待つことはなかった。

 

『pipipipi‥‥』

 

 俺のARCUSが鳴る。相手は‥‥‥‥ユウナからだった。

 

『こちらB班、目的の場所に到達しました』

「了解だ。皆よくやったな。‥‥‥‥では行くぞ、3,2,1」

『0!』

 

 俺はユウナとタイミングを合わせ、仕掛けを起動させた。

 すると、橋が架かり天守閣への道が出来あがった。

 

「よくやった、ユウナ達」

『へへ、教官、頑張ってください!』

「ああ、行ってくる!」

 

 俺達は天守閣を目指し、駆けあがっていく。

 

 

side out

 

【リアンヌ様、間もなく敵がこちらにやってまいります】

「そうですか。地精の協力者たちは?」

【ここより少し離れたところに集まっておりますが、こちらに仕掛けてくることはないようです】

「分かりました。監視はもう必要ありません。貴方は戦いに集中なさい」

【はい!】

 

 私は魔力で作った鳥の術式を解除した。これで、戦いに集中できる。

 挑むは帝国の二大流派、ヴァンダール流とアルゼイド流、その双方で皆伝に至った尋常ならざる強さを持つ者だ。リアンヌ様には劣ると思うが、それでも今の私よりも強い相手だ、格上だ。本来なら、ここはリアンヌ様にお任せし、組みやすい相手と戦うのが常道。だが、そうしなかった。いや、出来なかった。なぜなら‥‥‥‥

 

【リアンヌ様、今の私に出来る全てで‥‥‥‥挑みます】

「ええ、見ていますよ」

【‥‥‥‥はい!】

 

 今の私は‥‥‥‥弱い。体の組み換えも終わっていないし、体調も万全ではない。リアンヌ様とやり合えば、一合にて勝負は決する。おそらく《黄金の羅刹》が相手でもそうは変わらないだろう。勝敗は火を見るよりも明らか‥‥‥‥だが、だからこそ挑みたい。今の私が何処まで出来るのか、それを知りたい。

 私はリアンヌ様の横に並び立ち、ゆっくりとこちらに駆けてくる存在を待つ。すると、やって来た。

 

「フフ‥‥地精の協力者たちが挑んでくると思っていましたが、意外な代役となったものですね」

「フッ‥‥‥‥大人気ないとは思ったが一応かつての居城なのでな。これ幸いに出張らせてもらった。オーレリア・ルグィン―――見知りおき願おうか。《結社》第七使徒、《鋼の聖女》殿」

「《黄金の羅刹》オーレリア将軍。ヴァンダールとアルゼイドを極めしその名、耳にしています。なるほど―――実物は噂以上ですか」

「こちらこそ、『伝説』が伝え聞きし以上であること、嬉しく思う。‥‥‥‥だが、その兜は頂けぬな? 最早隠す必要あるまい、その面を取ってもらおうか?」

 

 《黄金の羅刹》は剣の切っ先を向け、リアンヌ様に告げる。だが、

 

「無礼な!」

 

 リアンヌ様と《黄金の羅刹》の間に転移陣が三つ現れ、デュバリィさん達、鉄機隊の三人がその場に現れた。だが、その事に《黄金の羅刹》は意に介さない。

 

「なかなかの気当たりだ。―――だが邪魔をするな。私が彼女と話をしているのだ」

「‥‥‥‥っ」

「‥‥‥‥なるほどな」

「羅刹の異名‥‥‥‥伊達じゃないわね」

 

 鉄機隊の三人は《黄金の羅刹》に気圧されている。だがそれでもデュバリィさんは歯を食いしばり、踏みとどまる。

 

「くっ、マスターの素顔は強者のみが拝見出来る栄誉! 貴方がどれほどの強さだろうが証を立てなければ―――」

「まあ、構わないでしょう。‥‥‥‥ですが、」

 

 リアンヌ様は私を見て、頷く。

 私はゆっくりと歩み出て、鉄機隊の前に立つ。

 

「私の弟子である《社畜》に勝てれば、ですが」

【お初にお目にかかる、オーレリア・ルグィン殿。執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》――――見知りおき願おう】

 

 『ハード・ワーク』を槍に変え、切っ先を《黄金の羅刹》に向ける。

 

「あ、あなた!?」

「‥‥‥‥マスター?」

「‥‥‥‥よろしいのですね?」

 

 後ろの方で鉄機隊の三人はリアンヌ様に確認を取っている。

 

「あの子が戦うと言いました。ならば私はあの子の結末を見届けるまで」

「‥‥‥‥分かりました。《社畜》‥‥‥‥マスターの顔にドロを塗るんじゃないですわよ」

「今の其方が出来る事で構わん、全力を尽くせ」

「無理だけはしないでね」 

 

 私は頷く。後はあちらが乗ってくれるかどうかだが‥‥‥‥その心配は無用だった。

 

「ほう、熱烈な誘い、嬉しく思うぞ。其方の噂は耳にしている。シュバルツァー、ランドルフ、アーヴィング‥‥‥‥うちの教官連中を一蹴する力、一体どれ程か図りたいと常々思っていた。うちの教官共が軟弱なのか、それとも其方が強いだけなのか、決め兼ねていたところだ。私の目で確かめさせてもらおう。‥‥‥‥『伝説』に挑む前のちょうどいいウォーミングアップだ」

 

 剣を構え、黄金の闘気が迸る。《黄金の羅刹》の異名に相応しい、黄金の輝きと羅刹が如き強さを目の当たりにする。

 私はその様を見て、仮面の下で思わず‥‥‥‥笑った。どうしてだろう、こんなにバトルジャンキーではなかったはずだ。《痩せ狼》の先輩やシャーリィさんのような戦いを好む性質は持っていなかったというのに‥‥‥‥だが、悪くない。

 体の奥底から何かが湧きたつのを感じる。溢れんばかりのそれは出口を求め、己の肉体を駆け巡る。私はそれを自身の右腕―――槍となった『ハード・ワーク』を持つ右腕に集約させる。

 

「ほう、良い闘気だ。さあ、来るがいい!」

 

 あちらは一層、闘気が高まり、受けて立つ、言わんばかりの表情だ。先手は譲る、そう言っている。

 では、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。 

 

【では‥‥‥‥参る!】

 

 力が入らない足に全身の力を集中させる。常時であれば、これだけで体を押し出す推進力としては十分だが、今日の私ではそれが出来ない。そういう時には『鬼の力』で力の底上げをするべきだが、使用は禁じられている。だから久しぶりにこっちを使うことにした。

 

【『黒の闘気!』ウオオオオオオオオオ!!】

 

 足りない力を補う様に『黒の闘気』を纏う。これならいける。

 私は全身を沈み込ませ、弾かれた様に飛び出した。

 

【シャァ!!】

「ハアッ!!」

 

 私の渾身の突きは真紅の宝剣を持つ《黄金の羅刹》に捌かれた。だが、

 

「フフ、完璧に捌ききったというのにこれほどか‥‥‥‥面白い!」

 

 後ろに下がらせられた。だが、戦意はなお一層、膨れ上がった。

 

「今度はこちらからだ!! ハアッ!」

【グッ!!】

 

 《黄金の羅刹》が放った一撃を私は槍で受け止めた。恐ろしく洗練された力強い一撃を私は抑えきれず、後ろに下がらされた。足に力が入らない状態だから、等と言い訳出来ない程の―――万全の状態であっても、受け止めきれなかった一撃だろう。‥‥‥‥だが、それ以前の問題があった。

 

【‥‥‥‥凄まじい一撃だ、恐れ入る】

「なに、其方も実に良い一撃だった。‥‥‥‥だが、ここまでだ」

 

 《黄金の羅刹》は剣を下げた。ああ、残念ながらここまでか。私も同じく、槍を下ろした。

 勝敗は決した。私の‥‥‥‥負けだ。力の差は体調の所為に出来ても、技巧の差は言い訳が出来ない。彼女は私の一撃を捌き、威力を殺した。それに対して、私は彼女の一撃を受け止める事しか出来ず、ダメージは私の方が大きかった。故に、このまま続けても、勝敗は決して揺るがない。それをお互い認めたことで、ここで刃を収めた。

 

【感謝する、《黄金の羅刹》殿】

「いや‥‥‥‥次は万全の状態の其方とやり合いたいものだ」

【‥‥‥‥ああ、いつか】

 

 言葉はそれだけだった。それだけでわかった。私は《黄金の羅刹》オーレリア殿に頭を下げ、後ろに下がった。

 あちらは今の一合にて、全てを悟った、今の私が万全でないことを。だからこれ以上続けても、時間の無駄だと、思ったんだろう。‥‥‥‥いや、これ以上私のワガママに付き合わせるのは、彼女に対して失礼だ。彼女が手合わせを受けてくれたことに、感謝している。おかげで良く分かった。

 体調が万全で、『鬼の力』が完全に制御出来た状態であれば、私の一撃を捌かせなどしない。捌くなど考えれない程の速さと強さを持った一撃を放てる、いや、放たなければ私に先は‥‥‥‥ない。

 敗北は足りないモノを知るのに、最も効果的だ。今回がそうだ、漸く気づけた。足りない、と言う事に。

 だが、これは《黄金の羅刹》、敵だからこそ、敵に敗北したからこそ、得られたものだ。これはリアンヌ様からは決して得られない、何故なら、リアンヌ様は手加減をしてしまう。師弟ゆえの甘さが出るんだろう、あれほどの気迫、闘気、殺気を纏った一撃でなければ、攻防でなければ、死が迫らなければ、強くはなれない。‥‥‥‥いや、出来のいい弟子であれば、こんなことなどせずに、リアンヌ様の指導だけで強くなれるというのに‥‥‥‥全く、己の不出来さが情けない。

 私はリアンヌ様の前に立ち、そのままゆっくりと両膝を付き、頭を地に擦りつけた。

 

【‥‥‥‥】

 

 私は何を言えばいいのか、分からない。勝てなくてすいません、と謝ればいいのか、それとも、精一杯やりました、と誇ればいいのか、それとも他の言葉を言えばいいのか分からない。私はリアンヌ様の言葉を待った、するとリアンヌ様は膝を付き、私の顔を持ちあげた。

 

「満足できましたか?」

 

 リアンヌ様の言葉は私にすっ、と入り込んだ。ああ、そうか‥‥‥‥その言葉には答えをすぐ出せた。

 

【はい!】

「ふふ、そうですか。‥‥‥‥さあ、立ちなさい、戦いはこれからです」

 

 私はリアンヌ様の手を取り引き上げられた。

 いつも欲しい言葉をくださる。この方に付いて行けば、私は道に迷わない。改めて確信出来た。

 

【はい、お任せ下さい!】

 

 さあ、私事はここまでだ。ここからは‥‥‥‥お仕事の時間だ。

 




ありがとうございました。


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第三十五話 負けたくない

少し間が空きました。
すいません。


―――七耀暦1206年6月19日 ジュノー海上要塞

 

 リアンヌ様が兜面を外された。結社内―――私や鉄機隊の三人といるときは外されているが―――本来はリアンヌ様が認められた強者のみが拝謁することが出来る素顔、それを私の不甲斐なさにより晒してしまった。

 仮面を外したリアンヌ様の素顔を見て、周囲からは感嘆の声が漏れる。だが、その声が漏れる事は私の不甲斐なさを嘲笑うようなものだ。私が、もっと強ければ、リアンヌ様の兜面を外すことはなかった。‥‥‥‥だが、今の私にはジッと耐えるしか出来ない。己の不出来を嘲笑われても、リアンヌ様の期待に応えられなくても‥‥‥‥全ては私が弱いからだ。ならば、この屈辱をバネに更に強くなるのだ、オーレリア・ルグィン殿、《劫炎》の先輩、そして、リアンヌ様よりも、強くなるんだ。私は拳を握りしめ続けた。

 

「オーレリア将軍、我が弟子との手合わせ、応じていただき、感謝致します」

「フフ、殿方からの熱烈なお誘い、応じねば淑女としての名折れだ。それに、貴殿との戦いの前の、軽い前菜のつもりだったが、実に美味であった。あれほど素晴らしい前菜、これまで味わったことはなかった。ならば、メインはどれ程素晴らしいのか、興奮が収まらん」

「フフ、ご期待のお応え出来ればいいのですが」

 

 二人から黄金の闘気が溢れだす。‥‥‥‥凄まじい闘気に周囲は圧倒される。

 リアンヌ様とも、オーレリア殿とも、戦ったことがある。だからこそ分かる、まだ本気は出していない。互いに出方を伺っているのだろう、それゆえの抑え目な闘気ということなんだろう。

 なるほど、いきなり全力ではなく、段階的に相手に合わせ、力量を上げていくということをされているんだな。私の様に常に全力では、重要な時に全開を発揮できないことがある、今後はこういう戦い方を覚えなくては、更に上にはいけなんだな。‥‥‥‥よし、後の戦いは残りの力、全てを発揮するつもりだったが、相手に合わせて徐々に力を増していこう。そうすれば、この足でも戦える。

 今日は足に力が入らなかったが、先程の戦いの影響か、動きが悪くなった気がする。気にはならないが、若干の違和感がある。この影響も考慮して、余裕を持った戦い方をしていこう。

 

「デュバリィ、アイネス、エンネア」

「ハイ、マスター!」

「全力を出すことを許します」

「イエス・マスター!」

 

 リアンヌ様からの指示が鉄機隊の三人に下された。

 

「‥‥‥‥《社畜》」

【はい】

「貴方に言うことはただ一つ‥‥‥‥無理はしないでくださいね」

【‥‥‥‥御意】

 

 どうやらバレているみたいだ。それを見越して、釘を刺されたか。分かっております、此度はお守りします。私が更に成長するためにも。

 

「はああああああああっ‥‥‥‥!!」

「おおおおおおおおおっ‥‥‥‥!!」

 

 リアンヌ様とオーレリア殿が闘気を纏い、槍と剣がぶつかり合い、それに呼応して鉄機隊はサラ教官、ガイウス、ユーシス、ミリアムと戦いが始まった。そして‥‥‥‥

 

【やはり、私と戦うのは、お前か‥‥‥‥リィン・シュバルツァー】

「ああ、お前の相手は俺だ、《社畜》!」

【フフ、サザーラントで一度、クロスベルで二度、我に敗北しているというのにそれでも尚挑むか】

「ああ、ここまで三度やり合って、一度として勝てなかった。だが、今度こそ、お前を倒す!」

【フフ、言うじゃないか。いいだろう、さあ、始めようか!!】

 

 私は闘気を漲らせ、その場に構えた。だが、リィンは構えていない。先程の問答の際には十分に闘気に満ち溢れていたというのに、一体どうしたと言うのだ。

 

「‥‥‥‥その前に一つ、お前に聞きたいことがある」

【‥‥‥‥何だ?】

 

 リィンは私に聞きたいことがある、と言い出した。今更何が聞きたいんだ?

 

「‥‥‥‥お前はどうして仮面を着けている? その下の素顔は一体誰なんだ?‥‥‥‥もしかして、俺が知っている奴なんじゃないのか!?」

【‥‥‥‥それを知ってどうする?】

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 リィンが押し黙った。出来るならば、この仮面は外したくない。だがそれと同時に思った、いい機会なのかもしれない、と。私は仮面に手を添え、仮面を着けた理由を思い返してみた。

 最初は恐怖からだった。もし、私の素顔が露わになれば、かつての同窓、トールズ士官学院の仲間達との縁が切れる。折角出来た繋がり、私にとっての居場所、それを失いたくなかった、執着した。だが、本当にそうだろうか、もし私が心底から、かつての友たち、トールズの仲間達が大事であれば、彼らとの縁を大切にしたいのであれば、敵対するとわかった時点で《結社》を去れば良かった。なのに、そうしなかった。

 私にとって、《結社》は‥‥‥‥居場所になりつつあった。まだ所属して、わずか1か月程度だけだった。だが、《結社》では私は、ありのままの私でいられた。力を全開で振るうことも、未知の事を学ぶことも、強い人に全力で挑んで負けたことも、全て出来た。

 トールズ士官学院にいた時は、愉しかった。だけど‥‥‥‥何処か窮屈さを感じていた。

 私は、最早普通の人達とは一線を画している。身体能力も頭脳においても、何かしら加減しなくてはならない。それが酷く窮屈で、何処か申し訳なく感じた。私の行動が彼らにとって異常な行動に映っても、私にとってはそれが普通だった。彼らがどれほど努力しても、私にテストの点で並ぶことは出来ても、越えることは出来なかった。なぜなら、全て満点を取ることが出来たからだ。それが望んで得た力でないにしろ、そんな力で人の上を行っていることに、申し訳なかった。

 でも、トールズにいた時に、得難い出会いは多くあった。トワ会長、生徒会の仲間達、多くの同級生、そして初めて親友と呼べるものと出会った。その出会いは、空虚だった私を変えてくれた。だからこそ‥‥‥‥トールズの縁を切ることは出来なかった。

 当時の私の中にあった結論はただ一つ‥‥‥‥天秤にかけたのだ、良い方に着こうと、己にとって利になる方に、着くために。トールズか《結社》か、どちらが私にとって良いか、考えていた‥‥‥‥のかもしれない。ただ、咄嗟に仮面を被って、私だと分からない様にしたのは、そんな打算があったんだと思う。

 あれから、2か月が経った。今の私はあの時の私ではない。頼れる先輩達が、共に戦う仲間がいて、教え導いてくれる師を得た、今の《結社》こそ、私がいたい場所だ。

 今更顔を隠す理由は無いのかも知れない。

 

【知りたいならば‥‥‥‥私を倒してみろ。勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを失う。私が敗北し、この仮面を失うか、それともお前が敗北し、私の素顔を見る機会を失うか‥‥‥‥道は己の手で切り開け】

 

 もしリィンが私を倒せたならば、外してもいい。勝者の権利だ、好きにすればいい。だがな、私にも意地がある、誇りがある、責任がある。そして何より、お前には‥‥‥‥負けたくない。

 

「分かった。ならば俺が勝ったら、その仮面を外してもらうぞ!」

 

 リィンは太刀を私に差し向け、宣言した。ならば、私も応えよう。

 

【ふっ、いいだろう。さあ、来るがいい!】

 

 私は闘気を抑えめに発し、リィンの出方を伺うことにした。

 対して、リィンは、

 

「はあああっ、『神気合一』!」

 

 いきなりのトップギアか。ふ、楽しませてくれる。

 私はまたも仮面の下で、笑った。どうやら本格的にバトルジャンキーに変わりつつあるようだ。まあ、悪い気はしないな。

 

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

 神気合一を発動させた俺は、全力で最速で《社畜》に斬りかかる。

 

「はあああっ!!」

【ふん!】

 

 俺の太刀筋に合わせて、《社畜》は槍を使い、受け流した。

 

【どうした、昨日もリアンヌ様に同じ様に受け流されていたな。‥‥‥‥まるで成長していない、な!】

「くっ!」

 

 確かにそうだ。昨日も《鋼》に受け流されたが、それと同じ様に受け流された。そして槍を薙ぎ払い、強烈な一撃が俺を襲う。俺はそれを後ろに飛んで威力を殺したが、それでもなお威力が殺しきれず、後ろに吹き飛ばされた。

 《社畜》の技量が《鋼》程でないにしても、俺の剣は《社畜》にも届かないのか。いや、一度距離を取って、相手の出方を伺おう。

 俺は薙ぎ払われたことで、距離が出来たことで次点の対応を取った。以前なら《社畜》は距離を詰めに来た。今回も同じはずだ。距離を詰めに来たところをカウンターを狙う。俺は後ろに飛ばされながら、カウンターを取れるように備えた。

 だが、《社畜》は一歩も動かなかった。

 

【‥‥‥‥どうした、私はここから今だ一歩も動いていないぞ。それにお前はこの距離で戦えるのか?】

「ッ!」

 

 確かにそうだ。俺の遠距離攻撃は『緋空斬』くらいしかない。だが、それは社畜も同じはずだ。これまで転移は使ってきたが、遠距離からの攻撃は‥‥‥‥

 

【来ないならばこちらから行くぞ!】

 

 《社畜》は左手を空にかざすと、そこに無数の剣が出現した。

 

【いけ、『イクリプスエッジ』】

 

 《社畜》が左手を振り下ろす。すると、無数の剣が俺に襲い掛かってきた。

 

「チィッ!」

 

 俺はその剣を躱し、直撃しそうな場合は太刀で弾いた。だが、一度防いでも、それで攻撃が終わらない。

 

【ほう、防いだか。ならば‥‥‥‥3倍ならばどうだ!】

 

 《社畜》の宣言通り、先程防いだ数の3倍の剣が出現し、俺に襲い掛かった来た。

 

「くっ!」

 

 先程よりも多くの剣に躱しきれず、弾ききれず、いくつか被弾してしまう。一度攻撃が止んだと思ったが、更に追加攻撃が襲い掛かってくる。俺は防戦一方の展開を強いられていく。

 近接戦では不利だと思ったが、遠距離だと更に不利だ。もう一度距離を詰めるしかない。

 俺は攻撃が止むのを待った。するとすぐに攻撃が途切れ、スキが出来た。だが、

 

【ふむ、動かないか。ならば‥‥‥‥これならどうだ】

 

 そう言って、《社畜》は右手に持った槍を消し、代わりに現れたのは‥‥‥‥バズーカ砲だった。

 

「なっ!」

【喰らえ!】

 

 《社畜》はバズーカ砲を構え、発射した。

 独特の発射音と共に、射出された弾頭が俺に迫ってくる。

 

「はっ!」

 

 俺はその射線から全力で避けた。弾頭は俺がいた場所の後方に着弾し、ドガァァァァン、という爆発音が鼓膜を襲う。だが、その爆音にかき消されながら、聞こえてきたのは銃声だった。

 ダララララララッ、という連続した銃声に俺は反射的にその場を飛んで避け、そのまま《社畜》を中心に円を描く様に走っていた。俺の対処は正解だった。見れば《社畜》はバズーカ砲から、マシンガンに持ち替えていた。

 

【さあ、どうする、リィン・シュバルツァー】

 

 俺を試すように、攻撃を続ける《社畜》。

 ‥‥‥‥もう、迷ってなどいられない。一瞬の躊躇いが死につながる。《社畜》がハードじゃないのか、何て事、考えている余裕はない。

 俺は決死の覚悟で、銃弾の中を走り抜けていく。

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

 多少の被弾はやむを得ない、だから致命傷になりかねない銃弾のみに集中し、防御しつつ距離を詰めた。不思議なことに、頭や胸といった急所には銃弾が迫ることはなかった。

 

「弐の型『裏疾風』!」

 

 俺は《社畜》を射程圏内に捉え、《裏疾風》で斬りかかった。

 

【ほう、漸くか】

 

 《社畜》は構えていたマシンガンを投げ捨て、再度槍を構え、俺に向かって連続の突きを放ってきた。

 

【はああああああああ!!】

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

 互いの攻撃が斬り結ばれた。俺は《社畜》の連続突きを回避したが攻撃は届かなかった。だが、俺は《社畜》の背後に回ったことで、更なる追撃を放った。

 

「はああああああああ!!」

【甘いわ!】

 

 俺は背後に回って放った一撃を《社畜》はその場で回転し、放たれた槍の薙ぎ払いがぶつかり、拮抗した。

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

【ほう‥‥‥‥やるじゃないか。ならば‥‥‥‥少し力を出すか】

 

 そう言った《社畜》は黒い闘気を身に纏い、力が更に増した。

 くっ、押し負ける。

 

【ハアアアアアアッ!!】

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺と《社畜》の撃ち合いは更に力が増した《社畜》に押し負け、俺はまた吹っ飛ばされた。

 直撃でなかった、全力の撃ち合いの末押し負けた一撃、そこまで威力を弱まったというのに、それでもなお俺を吹っ飛ばす破壊力は俺に大きなダメージを与えた。今の一撃で『神気合一』を維持できなくなった、ダメージの大きさに、意識が飛びそうになっている。

 周囲を見渡すと、分校長と《鋼》の戦いは拮抗状態だ。他のみんなは鉄機隊との戦いで手一杯だ。‥‥‥‥もしここで俺が倒れれば、《社畜》は鉄機隊の援護に向かうことになる。そうなれば、俺達の敗北は必至だ。ここで倒れる訳には行かない。

 だが‥‥‥‥どうすれば勝てる。《社畜》は力も技量も上だ。その上、多彩な攻撃手段を持っている。俺には無理なのか‥‥‥‥

 俺は失意のどん底に堕ちていくような感覚に陥った。意識を失いそうになった時、師匠からの手紙を思い出した。

 

 

 エリゼが届けてくれた手紙――――ユン老師からの手紙は、老師が共和国に旅立つ前に俺に宛てたものだった。その手紙は俺の悩みを見ているかのような文面だった。

 

 『《七の型》―――無明の闇に刹那の閃きをもたらす剣。その極みは他の型よりも遠く、おぬしが『理』に至れるかは分からぬが‥‥‥‥それでもワシは10年前、『最後の弟子』としておぬしを選んだ。カシウスでも、アリオスでもなく‥‥‥‥《八葉》を真の意味で完成させる一刀としておぬしをな。激動の時代において刹那であっても闇を照らす一刀たれ』

 

 そう書かれていた。そして最後に、クロスベルに向かう際に出会った人の事が書かれていた。

 

 『クロスベルで列車を乗り換えるまでの間、リィンと同じ年頃の者と出会い、話を交わした。その者はとても強い意志を持つ、悲しい目をした青年だった。この世の全てに絶望し、己を顧みることをしなくなった者の目だった。かつてのカシウス、アリオスのように大切な者を失った者の目だった。だが二人とは全く違う、二人にはまだ残っていた、大切な者が。きっとあの青年にはもうなかったのだ、代わりとなる大切な者が。その青年を見た時、リィンの事が酷く心配になった。お前は自分の事を軽く考え過ぎている。お前が大切に思う者は、お前を大切に思ってくれている。なのに、それに気づかず、顧みず、自分を犠牲にする、そんなところがある。リィン、お前は生きることをあきらめるな。己を顧みるんだ。お前はまだ、何も失ってなどいない。その青年を見て、何時かお前がそうなるんではないかと、不安に感じた。だから、こんなことを改めて書いた‥‥‥‥最後に一つ、ワシにはその青年とリィンが戦う光景が見えた。いずれ出会う、好敵手となるだろう。もしお前が、ワシが出会った青年に出会ったならば、頼むのは酷だと思うが、お前の手でその者の闇を晴らしてやってくれ』

 

 手紙の締めくくりに書かれている、その青年が誰かは分からない。‥‥‥‥だが、不思議と老師の言う青年の姿が頭に浮かび、その人物は俺の中のある人物と重なったがすぐに靄が掛かった様に、分からなくなった。

 

 

 ‥‥‥‥一瞬、意識が飛んでいたのか。だが、状況は変わっていない。皆はまだ無事だし、分校長と《鋼》との戦いは続いている。《社畜》もまだ動きを見せてはいない。

 

【さて、どうする、リィン・シュバルツァー。そこで惨めに這いつくばるか、それとも無駄な抵抗を続けるか。‥‥‥‥我はどちらでも構わん】

 

 俺はその場に立ち上がり、剣を構え、息を整える。ダメージが大きいため『神気合一』は使えない。だが、俺の剣は、俺の《八葉》は、そんなものなくても戦える。

 無明の闇に刹那の閃きをもたらす《七の型》、俺が老師から授かった、俺の《八葉》、今それを見せてやる。

 

「八葉一刀流《七の型》『無』」

 

 

side out

 

 

 リィンが漸く起き上がった。やれやれ、相手に合わせて力を出していく、というのも中々厄介なものだな。

 最初はただ払っただけだったのに、随分と飛んで行くし、その後も中々攻撃に来ないから、適当に『イクリプスエッジ』で攻撃してみたが、途中で魔力を使い過ぎてる気がしたので、何か攻撃する方法を考えていたら、クロスベルで買っておいたバズーカ砲とマシンガンを思い出したので、それに切り替えた。

 ギルバート先輩から届いていた報告書を読んでおいたので、私用の大型輸送車の位置は分かっていた。其処に置いておいた武器類を転移で持ってくるのは容易だった。‥‥‥‥一月放置していたので、弾薬が湿気っていないか不安だったが、まあ問題なく使用出来たので安心した。ただ在庫が減ってしまったので、またクロスベルに行った際には買っておこう。

 それで漸くリィンも斬り込んできてくれたので、そこからは近接戦に移ったが、一合目は互いに有効打にはならず、二合目で鍔迫り合いになった。だが、私の方が力は上だが、今日は足に力が入らないので、『黒の闘気』で上乗せして強引に力比べに勝った。リィンは私に力負けして、一転二転して、地に倒れ伏した。それで終わりだと思った。後は鉄機隊の三人の援護に回り、其方を片付けた頃にはリアンヌ様とオーレリア殿の戦いもリアンヌ様の勝利で終わっていることだろう。そう思っていた‥‥‥‥だが、リィンは立ち上がった。

 

「八葉一刀流《七の型》『無』」

 

 リィンはその場から、勢いよく、またも斬りかかってきた。私は先程と同じ様に迎え撃つ構えを取った。リィンの動きは先程よりも、ずっと遅い。『鬼の力』を発動していないからだ。この分では力も先程よりもないだろう。やれやれ、拍子抜けだ。

 私はリィンの動きに合わせ、カウンターの要領で槍を放った。確実に捉えた一撃、必中の一撃だった。だが、

 

【なにっ!?】

「‥‥‥‥」

 

 私の攻撃はリィンに当たらず、リィンの攻撃は私に当たった。

 バカな!? 確実に捉えたはずだ。リィンの動きに合わせて槍を放った。なのに‥‥‥‥当たらなかった。目算を誤った!? 私の動きが鈍かった!? 何故だ、何故だ、何故だ‥‥‥‥何故だ!?

 

【どうしてお前はそこにいる!?】

 

 私はリィンに向かって槍を放つ。全力のスピード共に『黒の闘気』を纏った、今出せる全力の一撃だ。現状の私ではこれ以上の一撃は放てない、これならば‥‥‥‥

 

【バカな!?】

 

 またして当たらなかった。いや‥‥‥‥外した?‥‥いや違う‥‥外された。

 リィンの動きは凄くゆっくりだ。だというのに当たらないのは、私の攻撃を読んだのか‥‥‥‥いや、私がリィンの動きを、気配を、存在を、読めていないからだ。

 ‥‥‥‥よくよく気配を探ってみれば、その気配は酷く‥‥‥‥希薄だ。まるでその場にいないような感じだ。‥‥‥‥ん? そう言えば、以前こんな感じの人がいたような‥‥‥‥ああそうだ、あの時の御老人だ。

 クロスベルへの道中で出会った御老人は、まるで空気の様に自然に溶け込んでいた。リアンヌ様や《劫炎》の先輩の様な圧倒する存在感ではなく、ごく自然な存在感、まるで自然そのものの様な存在、当時はそう思っていた。そしてその時思ったのが、『私が戦えば、何をされたか気づくこともなく、敗れるだろうな』という思いだった。今の眼前のリィンはあの時の御老人を思い出させる。そして、別れ際の言葉を今、思い出した。

 

『青年、お前さんにはいくつもの道が出来る。それは誰かと歩む道、多くのものと歩む道、独りで歩む道、いくつもの道がある。そのとき、青年の前に立つのは、いつも同じ者だ。そのものは青年にとって、人生を変える者だ。きっとそう遠くないときに再び出会う。その時は、頭で考えるよりも心の赴くままに答えを出すといい』

 

 かつての老人が残した言葉を今思い出した。なぜ今思い出したのか、よく分からない。あの御老人が言っていたのが今なのか、それとも、この先なのか、それは分からない。だが、今分かることがあるとすれば‥‥‥‥私の前に立つ者、それがお前か、リィン。だとすれば、今ここで倒せば、後顧の憂いは無くなる。だが‥‥‥‥今の私に、リィンが倒せるか。

 今のリィンはまるで気配を感じない。こちらの攻撃は当たらず、あちらの攻撃は当たる、先程と真逆の状況だな。さてどうするか‥‥‥‥力は私の方が上、動きの俊敏性は足の影響で私が劣る、攻撃範囲は私に分がある‥‥‥‥ここだけで見れば私に分がある。だが、攻撃精度と行動先読みに関しては、リィンに圧倒的に分がある。これは困ったな、どれだけ強い攻撃も当たらなければ意味がない。あの状態がいつまで続くか分からないが、現状は不利、という目算だな。ふむ、まさかこんな展開になるとは思ってなかったな。前回までは余裕を持って対処できたというのに、これも私の日頃の怠慢のツケ、ということか。どうする、どうすればリィンに勝てる‥‥‥‥『頭で考えるよりも心の赴くままに答えを出すといい』、か‥‥‥‥あの時、御老人はそう言っていたな。

 ‥‥‥‥ふうー、心の赴くまま、か。確かにそれなら‥‥‥‥ある。今のリィンを倒せる手段はある。

 だが、それはダメだ。リアンヌ様にご迷惑をおかけしてしまう。これ以上ご迷惑をかけるくらいなら‥‥‥‥このまま負けてもいいのかもしれない。もう、仮面を被る理由はない。もうバレても構わない。私には《結社》という居場所がある。もう過去の居場所に、学生時代の仲間達とは袂を別っても構わない。ああ、構わない‥‥‥‥何て言えるかぁぁぁ!!

 私の敗北は、師であるリアンヌ様の名に泥を塗る行為、そんな事は決して許されない。ましてやオーレリア殿に敗北して、その後すぐにリィンに敗北など出来るわけがない。アレを使えば‥‥‥‥リアンヌ様に怒られるだろう。何度も約束を守ってこなかった上に、戦いの前には無理はするな、と言われても尚、無理をする大馬鹿野郎だ。でも、たった一つだけ譲れないものがあるだ。格上に敗北することは、致し方ない。だが、同格と認めた者にだけは負けたくはない。‥‥‥‥リィンにだけは‥‥‥‥負けたくない!

 だからこそ、私は己の口から屈辱の言葉は吐いた。

 

【‥‥‥‥リィン・シュバルツァー、認めよう。今のお前は‥‥‥‥今の我よりも、‥‥‥‥強いっ!】

「‥‥‥‥」

 

 何の反応もなしか‥‥‥‥まあいい、この力を発動させれば、イヤでも私を見るだろう。

 

【だが、ここよりは私も全てを賭けよう!】

 

 ああ、全てだ。リアンヌ様、鉄機隊の方々、先輩達に後でお礼に参らないといけないと思っていたが、謝罪もしに参らないといけない。ああ、そうだ。

 

『ソフトさん、聞こえてますか?』

『ええ、お久しぶりですね。宿主』

『現在の作業進捗はどうですか?』

『大体あと2週間で完了する予定です。‥‥‥‥ですが、それもパーですかね。やれやれ‥‥‥‥』

『すいません。ですが‥‥‥‥』

『はあ~‥‥‥‥10秒だけ』

『ん?』

『10秒だけ、目をつぶります。それ以上は強制的にシャットダウンさせます。宿主の意識もろとも』

『! フフ、ええ、十分です』

 

 私の中にいるソフトさんにも了解がもらえた。10秒‥‥‥‥10秒も、もらえた。ああ、これで勝てる!

 

【行くぞ、リィン・シュバルツァー!】

 

 私は意識を集中させ、己の内なる力に触れた。

 久しぶりに使うな、だが覚えている、力の発動のさせ方を。体を作り変える前に使って以降、発動させなかった。今の状態では初めてだ。一体どれ程なのか、分からない。未知の領域だ。だが、分かる。感覚的にだが、以前よりずっと深く入れている。そして以前よりずっと深い領域に力の根源的な何かを感じた。狂気、そのものがそこにあった。今まではこの力の一部しか使えていなかったんだな。

 それは人の領域では踏み込めない、そう私のように人を外れた存在でなければ使えない程の狂気を感じた。この狂気を解放すれば、常人であれば力に翻弄されることになるだろう。だが、私はそれを意図的に開放した。

 

【『鬼気解放』!】

 

 見せてやろう、リィン。これが私の全力だ!

 




ありがとうございました。


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第三十六話 新たな境地

ゴールデンウイークの最終日に漸く出来ました。
よろしくお願いいたします。


―――七耀暦1206年6月19日 ラングドック峡谷

 

side マクバーン

 

「さあっ、楽しませてくれやぁ! シャァ!」

 

 オレの相手をしている《黒旋風》は俺の焔を槍の風圧で弾き飛ばす。

 いいねぇ、久しぶりの―――《光の剣匠》以来の強えぇ奴だ。久しぶりに歯ごたえをある奴だ。‥‥‥‥まあ、《結社》の外に限って、だがな。

 《鋼》とやり合っても、決着はつかねえし、ヴァルターとやり合っても結果は目に見えてる。最近じゃハードくらいしか楽しめる奴がいねえが、アイツは今はまともに戦えやしねぇ。‥‥‥‥だがまあ、近いうちにやり合えるだろう。その時は愉しませてくれんだろう。何せ、《鋼》に勝ったらしいからな。

 《鋼》の奴がやけに機嫌良さそうに、脇腹撫でてやがったから、聞いてみたら、ハードに負けたことを自慢げに言ってやがった。その上、更に強くなろうとしてやがるとか、嬉しい情報付きだった。

 クククッ‥‥‥‥アイツが何処まで強くなれんのか、楽しみだぜ。出来るなら、俺に本気を出させるくらいの力を身につけてくれると嬉しいがな。

 だが、まあ今は目の前の相手で我慢しとくか。

 

「さあて、コイツはどうだ!‥‥‥‥ん!?」

 

 焔を放とうとしたら、とんでもない気配を感じた。

 方向は‥‥‥‥《鋼》達のいる方か。とするとこれは《鋼》か‥‥‥‥いや、違うな。‥‥‥‥アイツか。

 

「ハハハ‥‥‥‥いいねえ、やっぱアイツは最高だぜ!」

 

 遠く離れてもビンビン感じてくる、アイツの気配、闘気、そして禍々しい狂気。

 まだ、完全な状態でないにしてもこれだけの力を感じさせるアイツは近いうちに俺の本気を受け止めてくれるかもな。楽しくなってきやがったぜ!

 

side out

 

 

 

―――七耀暦1206年6月19日 ジュノー海上要塞

 

【‥‥‥‥ああ、この力だ‥‥‥‥漸くか】

 

 『鬼気解放』を発動し、自身の身に起こった変化は想像を超えていた。そして、その感想は率直に言って‥‥‥‥凄い、その一言に尽きた。

 力が溢れてくる、無限に湧いてくる、どれほど使っても減る気がしない、そんな表現ができる程の力だ。それに私の中でソフトさんが『鬼の力』の浸食を抑え込んでいるような感じもしない。正真正銘、『鬼の力』を完全に制御しきれている感覚だ。ハハハ‥‥思わず笑いが込み上げてくる。

 だが、何時までもこの力に浸っているわけにはいかない。私には時間制限があるんだ。

 

【‥‥‥‥行くぞ、リィン・シュバルツァー。簡単に倒れてくれるなよ!】

 

 地を駆け、リィンに迫る。軽く踏み込んだ程度の感覚だというのに、あっという間にリィンの背後を通り過ぎてしまいそうになってしまった。‥‥‥‥我ながら恐ろしい速度だ。今までとはまるで世界が違う。これは慣れるのに時間が掛かりそうだ。だが‥‥‥‥良い、実に良い。これこそが私が望んでいた力だ。

 私は全力で地を踏みしめ、急ブレーキを掛け、振り向き様に槍を叩き込む。

 

【シャァァァァ!!】

「ッ!?」

 

 私の一撃を寸でのところで察知し、リィンは太刀で槍の軌道を変え、防いでみせた。

 いいねえ、そう来なくちゃ! リィンの対応に否が応でもテンションが上がっていく。

 

【ウオオオオオオオオオ!!】

 

 最初の攻撃を防がれたが、そんな事は気にしてなどいられない。一度防いだならば二度目を放て、それも防ぐならば更に放て、攻撃の手を緩めるな、敵を滅ぼし尽くすまで。確固たる意思を持って、連続で突きを放ち、リィンに攻撃し続けた。今のリィンは先程までの様に私の攻撃を見切り躱すことは出来ず、太刀で捌いて有効打を避けている。だが、それで精一杯の様で攻勢には出れていない。防戦一方の状況だ。だがこちらからしたら時間制限までに倒しきる必要がある。この戦況を崩すには‥‥‥‥更に手数を増やすまでだ。

 私は更に攻撃速度を上げ、突きを放ち続けリィンにひたすら攻撃する。そして、戦況が動いた。

 

「クッ‥‥ガアッ!?‥‥グゥッ!?」

 

 リィンが苦悶の表情を浮かべ始めた。

 捌いて威力を殺しているとは言え、それで威力がゼロになるわけではない。掠るだけでも、今の私の力ならそれなりの威力だ。そんな攻撃が10を超える程に打ち込めばリィンの体が悲鳴を上げるのも自明の理だ。だが、それでも目は死んでいない。私の攻撃を必死で見極めようと、目を見開いている。今だ折れないか‥‥‥‥いいぞ、それでこそだ。もっと私にお前の力を見せてくれ。

 私は更に力を引き上げ、突きの速度を更に加速させ、リィンにダメージを与え続け、足が止まった瞬間に薙ぎ払いでリィンに強烈な一撃を与えた。

 

【ウラアアアアアアアア!!】

「ぐっ!? ぐあああああああ!!」

 

 薙ぎ払いの一撃をリィンは太刀を盾にして防ごうとした、多少の拮抗は出来たが力及ばず、地を転がり吹っ飛んで行く。

 先程までの突きの様に速度を重視した攻撃ならいざ知らず、全身の膂力を持って放った薙ぎ払いを防御できるわけがない。その一撃だけは受け止めずに避けるべきだったな。まあ、私としてもリィンが躱せない様に、突きでタイミングを伺ったんだ、そんな簡単に躱されては槍の師であるリアンヌ様に申し訳が立たない。

 しかしここであることに気付いた。全力の薙ぎ払いの威力でリィンと距離が離れていく、このままだとトドメを刺す前に時間が切れる。自分の力を把握出来ていなかったので、こんな結果になるとは思っていなかった。私は自身の失態に気付き、全力で地を蹴り、吹っ飛んで行くリィンを追いかける。

 

【‥‥‥‥何処に行く?】

「ぐっ!?」

 

 飛んで行くリィンにあっという間に追いついた。驚いたな、ここまで速くなっているとは、予想外だ。

 

【もっと我を楽しませてくれ】

 

 私はリィンを捕まえ、地に叩きつけて勢いを止めた。

 

「グハァッ!?」

【悪いな。まだ力のコントロールが不十分でな】

 

 軽くのつもりだったが、石畳にヒビが入るほどの衝撃だったようだ。力も相当に上がっているようだ。これだと簡単にリィンを壊してしまうな。まあ致し方ないがな。

 リィンは目の前に倒れ伏し、私はそれを見下ろしている。少し早いがトドメを刺すべきか、考えながらしゃがみ込みリィンの顔を覗きこもうとする。すると、目の前に白刃が迫ってきた。

 リィンは倒れ伏した状態でもあきらめず、立ち上がり様に太刀で斬りかかってくるが、私はその攻撃を左手で掴む。そして、立ち上がると太刀を掴まれたリィンも一緒に引き上げる。

 

「なっ!?」

【この程度で、攻撃のつもりか?】

「っ‥‥!」

 

 私の問いかけにリィンは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるだけで、返答はない。不意を突いた一撃だが、この程度の攻撃など、今の私に届く訳が無い。その事は理解できているようだが、それでも何かをせずにはいられない、と言う事か。もう少し遊んでやってもいいが、そろそろ時間だ。

 私は左手に掴んだ太刀を離すと同時に、左足でリィンを蹴り飛ばす。

 

「ガハァッ!?」

 

 ここまでの経過時間は約7秒、残りは3秒残っている。トドメを刺すのに十分な時間が残っている、これで終わりにしよう。

 

【アアアアアアアアアアッ‥‥‥‥】

 

 『鬼の力』を更に引き出し、全身に纏う。今の私はかつてのリアンヌ様との戦いの時よりも更に上に至っている。ならば、この状態で放つ『グランドクロス』はあの時よりも更に強力なはずだ。

 ああ‥‥‥‥全身に力が満ちていく、『ハード・ワーク』も、私と同じ様に『鬼の力』を纏った様に、どす黒く染まっていく。《劫炎》の先輩の『アングバール』の様に、使い手の力が反映されていくかのようだ。素晴らしい、流石盟主様が私にお与えくださった、私だけの武器。私の結社への忠誠の証だ。では行こう、『ハード・ワーク』、私と共に更なる高みに至ろう。

 私が槍を構え、狙いを絞る。狙うは‥‥‥‥リィン・シュバルツァー。今は太刀を支えに、立ち上がったばかりだ。だが、そんな状態でもこちらを睨みつけている。フフ‥‥‥‥いいぞ、リィン、もっと私を楽しませてくれ。私の全身全霊を込めた一撃、受けてみよ。

 

【アアアアアアアアアア‥‥‥‥聖技『グランドクロス』!!】

 

 全身の力を足へ伝え、地を全力で蹴り飛ばし、己を射出する。狙いを違わず一直線にリィンに迫り、全力の突きが突き刺さった、リィンの‥‥‥‥‥‥‥‥目の前に。

 

「くっ!?」

【なっ!?】

 

 結論から言えば、私の足は持たなかった。地を駆ける最中、右足が動かなくなった。その結果、バランスを崩し、勢いよくすっころんだ。その結果『グランドクロス』のパワーが要塞に叩き込まれ、全体を揺るがすほどの地響きが起こった。リィンは直撃はしなかったが至近距離で衝撃で受けたことで吹っ飛んで行く。そして、終わりの時間がやって来た。

 

『時間です。強制的にシャットダウンさせます』

『ちょ、ちょっと待ってください! あ、後数秒あれば‥‥‥‥』

『もう限界です。私の裁量ではなく、宿主の体のね』

『そ、それはいっ‥‥‥‥グガァ‥‥アアッ‥‥アアアアアアアアアア!?』

 

 意識の中ですら、言葉が紡げなかった。全身に途轍もない痛みが襲われたためだった。

 

【グアアアアアアアアッッッ!?】

 

 痛い、痛い、痛い‥‥‥‥痛い。ただひたすらに痛かった。一体何故これほどまでに全身が痛いんだ!?

 

『‥‥‥‥不完全な状態で『鬼の力』を全身に行き渡らせた結果、体に強烈な負荷がかかりました。本来、体の作り変えは意識への浸食を抑えることと共に体への負荷が無いようにすることが目的でした。ですが、それによって力の伝わりが悪くなっては意味がないので、その辺りを考慮して作り変えていました。現在の時点では力の伝わりを優先していたため、力自体は以前に比べれば随分と向上させることが出来ました。ですが、負荷に関しては今だ、手付かずでした。予定では来週頃にそちらに取り掛かり、二週間後を持って全行程が完了予定でした。ですので現在は使用するたびに痛みが出る状況です。‥‥‥‥10秒と最初に設定したのは、それを越えると解除後のフィードバックに耐えれない、と判断したからです。ですが、想定外のこともありました。まさか、『鬼の力』が発動している最中であれば、痛みに対して鈍感になる、と言うのは想定していませんでした。それで戦闘中には痛みにより、行動を阻害する要因がなかったようですね。ただ、それにより、なお一層フィードバックの際の揺り戻しが酷い状況の様ですね。今後はその点も見直さないといけませんね。追加仕様ですね、これは残業で対応ですかね‥‥‥‥』

 

 ソフトさんの説明が頭に届くが、そんな事に意識を割くことが出来ない。全身に走る痛みが思考を邪魔する。痛いくらいなんだと、思っていたが、これは想像以上だ。‥‥‥‥もう、ダメだ。

 意識を失い、目の前が真っ白になる。体の自由は効かない、これ以上は体を支えることは出来ない。このまま倒れ込めば、更に痛いだろうな‥‥‥‥そんな事を考えながら、ゆっくりと倒れ込んでいく。

 ‥‥‥‥だが、途中で倒れ込むのが止まった。ただ、今の私には何が起こったのか、理解することは出来なかった。考えるよりも先に意識が落ちた。

 

 

side デュバリィ

 

 何ですの!? 何ですの!? 何なんですの、アレは!? 私の目に映ったのは、ハードの変貌した姿でした。先程までの戦いでハードとリィン・シュバルツァーの戦いは序盤はハードが圧倒していましたわ。二人の力量を知る私からすれば、それは当然の事だと思いましたわ。結社の執行者にして、マスターより槍の手ほどきを受けたハードを相手に私と同等‥‥‥‥いえ、私に少し劣る程度の剣士が叶う敵うわけがありませんわ。当初はそう思っていました。ですがリィン・シュバルツァーが盛り返しだした時から、イヤな予感がしていましたわ。

 ハードが負けるとは思っていませんでしたが、体調は今だ万全には程遠い、ということが懸念でしたわ。私の懸念はイヤな形で当たってしまいました。あのハードがリィン・シュバルツァー如きに手こずりだしてしまった。ハードが万全でさえあれば‥‥‥‥そう思わなくもないですが、それ以上にこのままの状況が続けば‥‥‥‥確実に『鬼の力』を使うと確信していました。マスターに釘を刺された以上、使うはずがない‥‥‥‥何てハードに限っては何の気休めにもなりませんわ。そして、いややっぱり、使いやがりましたわ、あのバカは!

 ですが、これまで見た『鬼の力』とは違いの規模と安定感が段違いの様に思いましたわ。そしてその力を持って、10秒も経たないうちにリィン・シュバルツァーを完膚なきまでに叩きのめした。何が起こったのか、目で追うことが出来ない程に速く、力強かった。漸く止まったと思ったら、槍が黒く染まり、禍々しさがどんどん増していった。まるでマクバーンの『アングバール』のような変化でしたわ。その直後、また私の視界から消え、次の瞬間、足場が大きく揺れた。

 

「な、なんですの!?」

 

 足場が大きく揺れたため、ジッとその場で堪えて収まるのを待った。

 

【グアアアアアアアアッッッ!?】

 

 今度はうめき声が聞こえて、其方を見るとハードがいて、その場で震え出して、何かをこらえているようでしたわ。今度は何ですの!? 思わずそんな声を上げようとしましたが、そんな事を考えている余裕がなくなった。ハードが倒れようとしていたからですわ。

 私は思わずハードの下に駆けつけて、倒れ込む前に抱えることは出来ました。ですが、大柄な男性と言う事で非常に重いですわ。さっさと立ち上がれですわ、そう思い、押し返して気づいた、気を失っている、と。戦闘中に気を失うとはまた厄介事を起こしやがりましたわね。えーい、仕方ないですわ。

 

「アイネス! エンネア!」

 

 私の声に従い、二人がやってきましたわ。とりあえず、ハードがこんな状況では、戦力としては到底計算できませんわ。それに、ここから先ハードを守りながら戦わないとなると、最悪一人は戦力を割かないといけませんわ。

 

「《社畜》を連れて下がりなさい」

「! マスター!」

 

 私が思考を巡らせていると、マスターが私たちの前に立ち、そう告げられた。

 

「もう十分に場に闘気が満ちています。後は神機を起動させればいいだけです。その子を連れてこの場を離れなさい」

「‥‥で、ですが‥‥」 

 

 私がマスターのご指示に悩んでいると、急にハードが軽くなった、アイネスがハードを引き上げ、手を貸してくれていた。

 

「行くぞ、デュバリィ」

「マスターのご指示よ、こんな状態の彼をこのままにしておけないわ」

「アイネス、エンネア‥‥‥‥マスター、我ら鉄機隊、前線を離れます」

 

 二人の顔を見て、そして意識を失っているハードを見て、この場を引き上げることを決め、マスターの許可を改めていただくことにした。

 

「許可します。‥‥‥‥その子の事、お願いしますね」

 

 あくまで、形式上の返答ではあった。だが、最後の言葉には心配気な雰囲気があった。

 

「はい、お任せください。‥‥‥‥本部まで戻りますわよ!」

 

 私は心配気なマスターを少しでも、ご安心頂けるよう、精一杯の返答をさせていただいた。

 私たちはハードを連れ、転移陣を起動し、本部まで戻ることにした。

 全く、当初の予定とは大きく食い違うことになりましたわね。後で覚えておけ、ですわ。

 

side out

 




ありがとうございました。


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第三十七話 異常事態

よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年6月19日 ???

 

side デュバリィ

 

 私たち、鉄機隊はハードを引き連れ《結社》に戻ってきた。

 

「私が先行して事情を伝えてきますわ」

 

 私はハードの事を二人に任せ、急ぎ医療部門に向かった。勝手知ったる結社の施設、何処に何があるかは熟知している。だから最速、最短で医療部門の扉を叩いた。

 

「急患ですわ! 誰かいませんの!?」

 

 奥からパタパタと足音が聞こえてきて、現れた医療関係者が私の様子に驚きつつも、声を掛けてきた。

 

「どうなさいましたか?」

「ハード、いえ執行者《社畜》が任務にて負傷しました。急ぎ治療の準備をお願い致しますわ」

「分かりました。急ぎ準備致します」

 

 そう言って、医療関係者は奥に向かわれた。後は二人がハードを連れて来てくれれば‥‥‥‥

 

「おや、そこにいるのは‥‥‥‥デュバリィじゃないか?」

「ん‥‥‥‥博士!」

 

 廊下から私に声を掛けてきたのは、マスターと同じ使徒、《第六柱》F・ノバルティス博士でしたわ。

 

「まだ任務の最中だと記憶しているが、一体どうしたのかね?」

「それは‥‥‥‥」

 

 私が事情を話そうとしていると、

 

「デュバリィ、連れてきたぞ」

「事情は説明出来てるかしら」

 

 ハードを連れて二人が現れた。 

 

「ええ。では博士、すいませんが急ぎますので、報告は後程‥‥」

 

 私は一礼して、博士の元を去ろうとすると、

 

「うむ、急ごう」

 

 そう言って、博士も一緒に来ようとしていた。

 

「って、何でですの!」

「おや、急がなくてはならんのだろう?」

「そうですが‥‥‥‥」

「なに、気にするな。どうせ暇だ。それに彼には非常に興味があるのでね」

 

 意識を失っているハードを見て、状況を察したのか、ニヤリ、と目の奥が怪しい輝きを見せ、怪しい笑みを浮かべている。ここで問答をしている暇はないですし、致し方無いですわ。‥‥‥‥後でマスターに怒られないでしょうか‥‥‥‥

 

「あーもー、分かりましたわ。仕方ありませんわ」

 

 そう言って、博士も伴って、治療室にハードを連れて行った。

 

 

 治療室には白衣の医師数人が準備をして待っていた。

 

「では、こちらに寝かせてください」

「ああ」

 

 アイネスがハードを寝かせる。ですが、一つ問題が出てきた。

 

「‥‥‥‥これ、どうすればいいんでしょう?」

 

 医師たちが困惑している。ハードは盟主から賜った『ハード・ワーク』をマスクとローブに変形させ、身に纏っている。形状変化と不壊の特性を持っているので、ハサミで切ることは出来ない。

 

「‥‥‥‥脱がせるしかありませんわね」

 

 医師達総出で、ハードの仮面とローブを脱がせる。少々時間を取ったが、ハードから全て脱がせることが出来た。すると、仮面とローブがペンに変形し、ハードの手に収まった。

 

「な!」

「‥‥‥‥ふむ」

「凄いわね」

 

 ハードの持つ武器がハードの手元に収まったことに驚きを覚えたが、今はそんな事に気を回しているべきではない。今は、ハードの怪我の治療が先決ですわ。

 

 

 ハードの検査が行われていくが、一向に治療が始まらない。それどころか、検査結果を見て、現場は困惑している。

 ハードの状態に思わしくないことがあるのだろうか? 私は思わず、医師を問いただした。

 

「一体どうしたと言うんですの? 早く治療してください」

「‥‥‥‥うーん、何処を治療すればいいんでしょう?」

 

 医師は自信なさげに聞いてくる。その言葉に私は強い口調で返した。

 

「何処って‥‥‥‥足とか!」

「‥‥‥‥足ですか。これをご覧ください」

 

 結社の最新技術で取られた、足の骨の画像を二枚、見せられた。

 

「こちらが、診察を始めた時の画像です。ここに亀裂が入っているのが分かりますか、それが骨折の画像です」

「ではまず、その骨折から‥‥‥‥」

 

 私が医師の言葉を遮って、指示を出した。だが、

 

「‥‥‥‥こちらが、つい先程取った画像です。この画像には亀裂が無いんです」

「えっ!」

 

 二つの画像を見比べて、その亀裂の位置を確認してみても、確かに後に取った方には亀裂が無い。

 

「壊れてるんじゃ‥‥‥‥」

「うん、それはないね。最近機器の更新を行い、それに私も立ち会ったんだ、問題ないさ」

 

 私は機材の故障を疑ったが、博士に否定された。

 

「では、操作ミスでは‥‥‥‥」

「それもないでしょう。この検査機材は一度撮影場所を決めれば、定期的に状況を記録し続けることが出来ます。こちらの2枚はあくまで、最初と最後の画像です。途中経過を省いただけですが、お望みであれば推移をご覧いただくことも出来ますが?」

「‥‥いえ、結構ですわ。もう治ったことだけ分かれば、それで十分ですわ」

「私は是非とも見たいね。後で見せてくれたまえ。‥‥‥‥しかし、本当に完治しているようだね。いやあ、素晴らしい肉体だ。専門外だが非常に興味深いね。是非とも、調べたいものだね。とりあえず、検査結果一式を包んでおいてくれたまえ」

 

 博士はハードに非常に興味津々の様子だが、私にとってはそんな事どうでもいい。

 

「はぁ~‥‥何なんですの一体? あんなに異常な様子で倒れたというのに結局、体に異常なし、だなんて‥‥‥‥」

「まあ、ハードの事だ、気にしても仕方ないだろう‥‥‥‥」

「そうね、彼ももう少し、落ち着きを持って欲しいけど‥‥‥‥」

 

 私たち三人は溜息をついた。

 まあいいですわ、健康だと言うなら、それで。‥‥‥‥後はマスターにお任せしましょう。流石に今日のことはマスターもお怒りになられることでしょう。たっぷりと叱られればいいですわ。今日は庇いませんわよ。

 

「体に異常はありませんが‥‥」

「ん?」

「目を覚ます様子はありません」

 

 医師がハードを見ながら、現状を話し出した。

 そうだ、目の前であんな異常な様子で倒れたというのに、何の異常もない訳がない。怪我が治っているというのに、動く様子がまるでない。ハードが意識を失い、今も目を覚ましていない以上、何かしら原因があるのではないかと思った。

 

「とりあえず全身見てください。特に頭を重点的に!」

 

 今も目を覚ましていないと言う事は頭に衝撃を受けているのかもしれない。もしそうでなくてもしても、ハードの場合、頭のねじが吹っ飛んでいるはずだ。そうでなければこれまでの言動に説明がつかない。そう思って医師に掴みかからんばかりの迫力で迫った。

 

「落ち着け、デュバリィ」

「気持ちはわかるから、とりあえず落ち着いて」

 

 アイネスとエンネアに抑えつけられた。

 

「目を覚まさないのは‥‥‥‥深く眠りについているからです。熟睡状態ですね」

「熟睡?‥‥‥‥熟睡!! ほ、ほんとですの!? あ、あの、ハードが、熟睡!? あり得ませんわ。ええ、最もあり得ない診断ですわ、誤診ですわ!」

「いえ、普通に睡眠状態ですね。脳に異常がなく、波形もとても静かです、この状態は一般的に睡眠状態だと判断できます」

「あ、貴方は、ヤブ医者ですわね! ハードが熟睡して、目を覚まさないなんて事、これまでになかったですわよ。異常事態ですわ!」

「‥‥‥‥初めてです。睡眠状態だと説明しただけで、ヤブ医者呼ばわりされたのは‥‥‥‥まあ、とにかく頭も体も異常はありません。ですが‥‥‥‥」

 

 医師は言葉に詰まった。なんと言っていいのか悩んでいるようだった。

 

「‥‥‥‥私も人体実験や健体解剖とかしてきたのでこんなことを言うのは何ですが‥‥‥‥彼、ハードさんの体は普通ではありませんね」

「普通ではないとも。彼はホムンクルスなのだから」

 

 博士がハードが人間でないと、ホムンクルスであると言い切った。それはそうだが、もう少し言い方というものがあるんではないかと、思ってしまった。だが、医師は首を振った。

 

「ホムンクルス‥‥‥‥ええ、随所に何かしらの処置が施されているのと、通常の人体から検出されない物質が多数確認されました。薬物の投与や人体改造、それを人工的に生み出したホムンクルスに施していたんでしょう。これまでの人生でここまで特異な肉体を見たのは初めてです。‥‥‥‥よくもまあ、こんな状態で人の形を取れていると、感心すらします。ですので、確かな事は言えませんが‥‥‥‥あとどれほど持つのか分かりませんね」

「持つ?‥‥‥‥一体何がですの?」

「‥‥‥‥命の残り時間、寿命です」

「へ?」

 

 医師の言葉が耳に入るが、理解が出来ない。アイネス、エンネアと顔を見合わせたが、キョトンとした表情だった。おそらく私も同じことでしょう。それくらいあり得ない言葉だった。

 

「な、何を言っているんですの? ハードはまだ20そこそこのガキですわよ。そんな余命幾許もないようなことなど‥‥‥‥」

「ふむ、ホムンクルスの生態寿命は短いらしいね。その上、薬物投与に人体実験、ここまで揃っていて、今だ生きていることが奇跡的だね。だからこそ興味深い」

「あっ‥‥‥‥」

 

 そうでしたわ、ハードはホムンクルスであり、教団での実験の被害者、それは《道化師》の調べた資料から、そして当人の口から聞いて、知ったものでした。そんな事、さして考えない様にしていました。ですが、実際に突き付けられると、考えざるを得ない事なんですわね。

 今更、ハードがホムンクルスだから、だとか、人体実験の被験者だから、くらいの理由で扱いを変えることなど決してありえません。ハードがやらかすので、私たちがお守りをしないといけなくなるし、マスターも頭を痛められる、この関係が今更変わるわけがない。‥‥‥‥もう少し、理性的に動いて欲しいですが‥‥‥‥

 ですが医師の様な、人体に関しての専門家から見れば、ハードと言う存在は‥‥‥‥異質な存在なんでしょう。

 

「いえ、私が寿命がどれほどあるのか、というのは‥‥‥‥」

「え?」

「短命のため余命が数か月しかない‥‥‥‥という意味ではなく、一体どれほど長く生きるのか全く分からない、と言う意味です」

 

side out

 

 

 

―――七耀暦????年??月??日 ???

 

 私は夢を見ている。これは夢だとハッキリと分かる。見たことがある景色だが、今では決して見ることがない景色。ここはどこかの研究施設、多くの研究機材、多くの培養槽があり、私はその培養槽に一つの中にいる。

 私はホムンクルス、ソフトさんに教えられた事が真実だったということの証明を自身の夢の中で見る事になった。

 

 

 自分に意識が生まれたのが何時だったのか、分からない。だが、私はある時から自我が生まれていた。動くことは出来ない。でもずっと何かが、誰かが私に話しかけてきていたのを覚えている。

 

「******・ハード、お前は******・ハードだ。私が分かるか、お前を作った者だ」

 

 初めて聞いたのが、そんな声だった。

 私は『******・ハード』、それが私につけられた名だと思い出した。だが、所々ノイズが走り、声を正確に聞き取れなかった。

 

 

 以前の場面から時が経ったある時、またその男は私に話しかけてきた。

 

「また失敗か‥‥‥‥これで70体目、これまでの失敗作と同じく、バランスが崩れたか。やはり、あの二つを組み合わせることは難しい。だが、もう少ししか時間が無い。それまでに、何としても完成させたい。‥‥‥‥希望はこの個体か。頼むぞ、私の希望、******・ハード」

 

 私に聞こえてくる、いつもの声は私に願う様に言ってくる。

 70体、それが私と同じく生み出そうとした兄弟達のことのようだ。思わずイヤになるな、それだけの犠牲の上に作られた、と言う事を改めて思い知ったからだ。

 

 

 また時が経ち、聞こえてきたのは歓喜の声だった。

 

「ははははっ‥‥、成功だ。よくやったぞ、******・ハード。お前は本当に親孝行な息子だ。私の悲願、******と*******の合いの子よ。お前こそ、真なる*に相応しい。それに思わぬ副産物が付随するとは‥‥‥‥いや、それこそは*******の力か。わずかとはいえ、**の力、その一端を得られた、いや、残されていたのは僥倖であった。ああ‥‥‥‥これで私の苦労も報われる。お前こそ、我が真なる息子だ。親愛なる我が子だ」

 

 勝ち誇るような声が延々と聞こえてきていた。

 所々ノイズが走り、やはり正確に聞こえない。私に関する重要な情報のようだが、それが何なのか分からない。

 

 

 更に時が経ち、聞こえてきたのは狼狽える声だった。

 

「何故だ! 何故だ! 何故だ!‥‥何故今更あんな者を選んだ!?‥‥お前がいるではないか! 我が最後にして、最高の研究成果、この世界において最強になれる唯一無二の器。そのお前を選ばず、何故あの男を選ぶ。‥‥‥‥確かにお前はかつてのあの男の細胞も取り込んで生み出した。だが今更あの男が必要なかろう。あの二つの力をお前は得ているというのに、何故だ‥‥‥‥」

 

 最後には消え入りそうな声で、泣いていた。

 あの男? それは一体誰の事なのか、もう少し具体的に教えて欲しいものだ。今回はノイズが走っていないのに‥‥‥‥

 

 

 これまでよりもずっと短い時が経ち、声が聞こえてきた。

 

「‥‥‥‥お前の‥‥廃棄が決定した。っ‥‥私も、この世を、去ることになった。次の者が、決まった。その者に引き継ぐ前に、っ‥‥お前を廃棄、することが、決まったっ!」

 

 途切れ途切れの声には怒りが、悔しさが、悲しみがこもっていた。

 

「‥‥‥‥だが、私は、お前を、廃棄したくない。‥‥お前は私が作った、最高の息子だ。そんなお前を、失いたくない。だから、お前を、逃がす」

 

 声に段々と強い意志がこもってきた。

 

「‥‥‥‥お前が生きてくれれば、私にも意味が生まれる。お前が私の最後の希望だ。生きろ、******・ハード。‥‥‥‥我が最愛の息子よ」

 

 それが最後の言葉だった。

 

 

 私は気が付くと外にいた。初めての外だ。

 あのときの私は、自身の事を分かっていなかった。『******・ハード』、『******』を何と言っていたのか、分からない。分かるのは、ハード、という言葉だけ。私はハード‥‥うん、これしか分からない。

 

「グルルルルッ‥‥」

 

 魔獣がこちらにやって来た。私を見る目が殺意に満ちている。

 私がそのときに感じたのは恐怖だった。何が恐怖なのか、分からない。だが、このままだと私は生きれない。そう思った時、頭にある言葉が響いた。

 

『生きろ』

 

 その声は研究施設の、私の生みの親の声だで私に命令が下った。生きる、そのためには目の前のモノを排除する。

 

「おまえのたましいをもらう。『ソウルハント』」

 

 私は手を目の前のモノに向け、グッと握る。すると、目の前のモノは動かなくなり、倒れた。

 だが、ここで困惑した。私はその手に掴んだ何かをどうすればいいのか分からなかった。私の目には見えていない。だけど、何か暖かさを感じたソレを、どうすればいいのか困った。

 そんな時に腹が、ぐぅー、と鳴った。それに伴って、体に異常をきたした。腹が減った、そう感じた。だが、一体どうすればいいのか分からず、手に持っている見えないそれを思わず、己の口元に持っていった。すると、体の中に取り込まれた感覚と共に、体の異常が収まった。

 私はそのとき、初めて食事を覚えた。命を喰らう、そうやって生きることを覚えた。

 思えばこのころには命を喰らうことに躊躇が無かった。私も生きるのに必死だった。弱者を喰らい、生き残る。それこそが私の根底を作ったことを思い出した。

 

 

 宛てもなくフラフラと、命がある方に歩き続ける。だが、ドンドンと魔獣がいなくなっていった。私が喰らい続けたから減ったのか、それとも恐れて出て来なくなったのか分からない。だが、結果として魔獣がいなくなり、食べるものが無くなってきて、体に異常をきたし続けた。そして遂に動けなくなった。

 

『生きろ』

 

 頭の中に声が響き続ける。生きなければならない‥‥‥‥だが、動けない。

 もう、明るくなって暗くなって、それを何度か繰り返した。その間、私の近くに食べる者が現れなくなった。そして、意識を失った。

 

 

 意識を取り戻したとき、私は何か暖かいものに抱えられていた。

 ああ、これは命だ。それを感じ取ったとき、手を伸ばした。飢えを満たすために、この命を貰おうと手を伸ばした、その手に命を握ろうとしたとき‥‥‥‥手を握られた。

 

「もう大丈夫だから」

 

 誰かが私にそう言った。私は何が大丈夫なのか、分からない。‥‥‥‥だけど、何故だか安心出来た。すると、ぐぅー、音がした。

 

「お腹減ってるんだね。さあ行こう」

 

 私はその誰かに抱えられ、移動するとそこには‥‥‥‥匂いがしてきた。椅子に座らされた私の目に映ったのは一杯のシチューだった。色があり、複数の命が混じったようなものだった。私はそれに手を伸ばし、必死で口に入れた。

 これまでと違い、目で見えて、自身の力で引き寄せることは出来ないものだが‥‥‥‥これまでのモノより、ずっと食べていたくなった。これまでと違い、手が汚れ、口が汚れる。だけどそれを気にせず、必死で貪った。

 

「落ち着いて、誰も取らないから」

 

 私を抱えてきた者に頭を触られた。不思議と不快な気がせず、そのまま放置した。

 それから、ずっと口に運び続けた。もう入らなくなったので、それを止めた。

 

「よく食べたわね。えらい、えらい。‥‥‥‥食べたばかりで眠いかも知れないけど、貴方の事、教えてくれるかな?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥ハード」

「ん?」

「‥‥‥‥私は、ハード」

 

 ******・ハード、それが私だが、分からない。なんと呼ばれていたのか、聞き取れなかった。だから、分かる分だけで答えた。

 それが私がハードになった日までの記憶、私が『母』と出会った時の記憶だった。

 

 




ありがとうございました。


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断章
第三十八話 家族の記憶


お久しぶりです。


―――七耀暦1192年 ミルサンテ

 

 ただぼんやりと、空を見つめている。

 空は青く、何処までも広い。雲の動きを見ながら、ただぼんやりと時間が過ぎるのを待っている。

 

 ここに来て幾日が過ぎた。その間、ここで過ごして分かったことがある。

 決まった時間に成れば食事を貰える、だからここにいるだけでいい。

 周りには私と似た大きさの子供がいるが、一様に不安げな表情をして、時々泣き出す、『おかあさん、おとうさん、どこ―――!』という言葉と共に。

 周囲の話声が聞こえ、その言葉の中から拾い集めた結果、どうやらここにいるのは、戦争で親を失った子供達だそうだ。大人たちはここの子供達を可哀想というが、別段何かをすることはない。

 ただ、決まった時間に食事を出すことや泣き出す子供をあやすことをするが、それ以上は出来ない。失ったものは帰ってこない。それが分かっているから、余計に手出しできないのかもしれないが‥‥‥‥

 

 だが、彼らはまだましなのかも知れない。私とは違い情緒がある。だからまだ気が楽なんだろう。

 私はここでは異質な存在だ。泣きもせず、わめきもせず、ただじっと空を見ているだけ、唯一関心を持つのが食事と、とある人が来た時だけ、それ以外はピクリとも動かない。

 最初の頃は誰かが話掛けてきた。だが、反応しないでいたら、誰も話掛けて来なくなった。特に意味が無いと判断した、だから答える必要はなかった。

 

 名前を聞かれた―――それは既に答えた。

 歳を聞かれた―――知らない。

 どこから来たのか聞かれた―――分からない。

 

 そんな質問ばかりだった。一度答えた以上、それ以上の答えは出ない。だから、答えなかった。

 周りは噂した、私がよほど恐ろしい目に会ったんだと、だから心が壊れてしまったんだと、その噂は真実ではなかったが、態々否定する意味も見いだせなかったので、放っておいた。

 

 食事の時間に成れば、動きだし、腹いっぱいになるまで食べた。

 魔獣の魂を食べていた時に比べて、たくさん食べなければならないし、体も重くなる。だが、味があった。その味はとても好ましく、多種多様だった。

 それに腹が減り過ぎると、体がおかしくなる。頭の中で『生きろ』という指令が走り、周囲の魂が欲しくなる。だから必要以上に動かず、腹を減らさずにいなければならない。

 何故ここまで、周りに配慮するのか、それはあの人が困るから、会いに来てくれなくなるから、それだけはイヤだった。

 

 

「こんにちは、ハード君」

「‥‥‥‥うん」

 

 初めて会った日から、毎日決まった時間に現れる女の人―――ソーシャルさんが今日もやってきた。

 

「今日は何をしていたの?」

「‥‥‥‥空を、見てた‥‥」

「そう‥‥他には?」

「‥‥‥‥それだけ‥‥」

「ふふ、それだけ、か‥‥‥‥いいお天気だから、こんなところでジッとしてないで動かないと、元気が出ないぞ」

 

 いつものように私が何をしていたのか聞き、私がそれに答え、いつも頭を撫でながら意見を言う。それがここに来てから、ずっと続いている。

 いつも決まった時間に現れ、決まった時間が来るまで、ずっとそばにいる。

 ただそれだけなのに、何故だかいつもその時間を待ち望んでいた。

 

 初めて会った時、何故だか落ち着いた。何かがざわついた。

 それ以来、あの人が来ることを心待ちにしている自分がいた。

 

 だが、今日は少し様子が違う。ソーシャルさんは何故だか、ソワソワしていて、落ち着きがなく、何かを切り出したいが、それに踏ん切りがつかない様子だった。

 そんな変化がありながら、時間が経った。そして、意を決したのか、私を見て言った。

 

「‥‥ハード君、もし‥‥もしも、だよ‥‥‥‥誰かと一緒に暮らすとしたら‥‥‥‥私と、一緒じゃ‥‥嫌かな」

「‥‥‥‥どういう意味?」

「え、えっとね‥‥‥‥ハード君は賢いから、誤魔化すのは無理だから、正直に話すね。‥‥実は、ハード君が何処から来たのか‥‥今だに分かりません。周辺の村や町から『ハード』という子供がいなくなったか調べたけど、ありませんでした。だから、今だにハード君が何処から来たのか分かりません。‥‥‥‥ごめんなさい、貴方をご両親の下に帰してあげたいのに‥‥見つけてあげられなくて‥‥‥‥」

 

 ソーシャルさんは涙を流し、私に詫びるように顔を伏せた。

 

「それにね、一つ大変なことが分かって、もしかしたらハード君の両親は‥‥‥‥もう、いないのかも知れないって思っちゃって‥‥‥‥」

「大変な事?」

「‥‥‥‥ここから南にある村―――リベールとの国境付近にある村が猟兵に襲われたの。生存者は誰もいなかったそうよ。‥‥‥‥もしかしたら同様の事が起こったのかも知れないし、もしかしたらそっち方面からハード君が来たのかも、と思ったんだけど、調べることが出来なかったの‥‥‥‥上層部から止められたのもあるし、何より現状帝国とリベールとの国境付近は激戦地で、其処に連れて行って上げれないの。だから、今もハード君のご両親の手がかりを探すことも‥‥何も‥‥してあげれないから‥‥‥‥だから、ごめんね」

 

 ソーシャルさんは私に泣いて謝った。

 その様子を見て、私は口を開いた。

 

「私は‥‥‥‥知らない。両親? 知らない。どこから来たのか、分からない。気づいたら、何処かにいた。ここに来るまで、何も分からなかった。分かるのは‥‥‥‥『生きろ』って声だけ、だから『生きた』。だから、何処に行くのでも構わない」

 

 分からないことが多い。もう、あの声を思い出せなくなってきた。でも今だに頭に響く『生きろ』と言う言葉。それ以外は、ここに来る前の―――魔獣の魂を喰らい、命を繋いできたこと以外は思い出せなくなった。

 自分が何処で生まれて、何処で暮らし、どんな親がいたのか、分からない。だけど‥‥なんとなく、分かることがあった。私と同じモノは‥‥‥‥きっと、『いない』と言う事だけは何故だか分かった。

 

「私は何処に行くのでも構わないけど‥‥‥‥ソーシャルさんがいるところがいいな」

 

 懇願、というモノを初めてした。願い、なのかもしれない。もしこのまま、この人に会えなくなったら、きっと‥‥‥‥寂しい、と思った。握っている手を放したくない、と思った。だから、必死で掴んだ。

 これが私に出来る精一杯の思いだった。

 その思いがソーシャルさんに伝わったのか、手を握り返してくれた。そして、顔を上げた。

 

「いいの? 私と一緒で?」

「‥‥‥‥うん」

 

 精一杯の肯定で返す。何故だか顔が熱くなる、だから顔を視線から外して、でも伝わるようにハッキリと‥‥‥‥

 

「ありがとう‥‥嬉しいよ」

 

 ソーシャルさんは私を抱きしめた。力は強くはない、引き剥がすのは無理じゃない。だけど、私は‥‥‥‥自分からも抱きしめ返した。

 あたたかい、命の焔を感じる。今まではこの命の焔を喰らって生きていた。今もこの距離であれば、少し願うだけで簡単に命の焔を奪うことが出来る。だが、そんな事、全く頭になかった。今あるのはただ、少しでもこのままでいられればいいのに、と思う事だけだった。

 

 

 ソーシャルさんに引き取られることに決まってから、一週間の月日が流れた。

 エレボニアとリベールの間で停戦に至り、避難所からそれぞれの帰るべき場所、進むべき場所にまた一人、また一人と去っていった。

 そして、私も今日‥‥この場を去る。

 

「ハード君、準備はいい?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ行こうか」

 

 私とソーシャルさんは手を繋ぎ、避難所を後にする。

 避難所にいるのは私達が最後だ。この避難所は今日を持って解散となるため、ここにいた大人たちはそれぞれの日常に戻り、それ以後は軍に管理されていた。その管理責任者がソーシャルさんが成っていたみたいだ。だから、ずっと一緒に居られて、嬉しかった。

 

「メディア少佐」

 

 小走りでこちらに近づいてくる軍人がいる。メディア少佐という人に声を掛けているようだ。私達に関係が無いと思い、そのまま歩こうとしていると、手を引かれて、その場に止まった。

 

「ハード君、ちょっと待ってね。‥‥どうしましたか?」

「ワーク大佐がお越しになられました」

「あら、予定より早いわね。ちょうど今向かっていたところです。連絡ありがとうございます」

「いえ、ではメディア少佐、失礼いたします」

 

 そう言ってお互いに敬礼をして、別れた。

 私は不思議そうにソーシャルさんを見ていた。

 

「あら、どうしたの、ハード君?」

 

 私の視線に気づき、ソーシャルさんが尋ねてきた。

 私はソーシャルさんを指差し、首を傾げながら聞いてみた。

 

「メディア少佐?」

「ええ、軍では旧姓の方を使っているから、ソーシャル・メディア。階級は少佐であります」

 

 若干おどけながらも階級章を見せてくれた。良く分からないけど、凄いのだろう。

 それに先程の話の中で分からない言葉があったので、更に聞いてみた。

 

「旧姓って?」

「旧姓っていうのは、結婚する前の姓の事よ」

「結婚?」

「えっと、それはね‥‥」

 

 私の質問攻めに嫌な顔をせずに対応してくれていた時、

 

「ソーシャルゥゥゥゥ!!!」

「!!」

 

 突然、遠くから大声と共に突っ込んでくる人影が見えた。

 私は咄嗟にソーシャルさんの前に立ち守ろうとした。だが、その人影は私たちの前で止まり、私を掴み、天高く持ち上げた。

 

「おおおおおお、君がハード君か!!!」

 

 至近距離だというのに大きな声で話し掛ける大柄の男に持ち上げられ、身動きが出来ない。その上、あまりの声の大きさに驚き、耳を塞ぎたいというのに、それすらできない。

 

「初めましてだな!! 私の名はネットだ。これから宜しくな、ハード君!!」

 

 持ち上げられて、これまでの記憶の中で最も空に近くなった。

 そんな状態を引き起こした存在、それが私の父となる―――『ネット・ワーク』との初めて出会った記憶だった。

 

 

「いやぁ~すまん、すまん。待ちきれなくて少し早めに来てしまったんだ」

「あらあら、もうネットはすぐに先走るんだから、ハード君が驚いちゃったじゃない」

 

 空に近い場所から地に下ろされて、漸く安堵した。

 ソーシャルさんが男に説教? のようなことをしている最中、私はその男を観察した。

 この男がソーシャルさんが言っていた、私の父となる人―――『ネット・ワーク』その人のようだ。

 ソーシャルさんより更に背が高い―――おそらくこれまで見てきた大人達の中で最も大きい気がする。そして‥‥‥‥おそらく最も強い。

 存在としての、生物としての圧が他とは段違いだ。かつて遭遇したどの魔獣よりも強い気がした。

 

「ハード君は驚いていたが‥‥‥‥毅然とした対応をしていたぞ。なにしろ、ソーシャルを守ろうとして、俺の眼前に立ち塞がった、立派な騎士だったぞ」

「まあ、そうだったの。ありがとうね、ハード君」

 

 ソーシャルさんは私の頭を撫で始めた。

 どう対応していいのか分からず、私はされるがままになっていた。

 

「ハハハハハ、小さな騎士殿も我が最愛の妻の魅力には勝てんな。まあ、これからよろしくな‥‥‥‥『ハード』。今日からお前の名は『ハード・ワーク』だ!」

 

 大きな掌が私の頭を包み込む。硬く、大きく、暖かい掌が私に熱を送る。

 ハード・ワーク‥‥‥‥私の名‥‥‥‥

 まるで自分に染み込んでいく様に、溶け込む様に、私の中に入っていった。

 きっとこの時、私は初めて自分が‥‥‥‥自分と言うモノが出来た日だった。

 

 

 

 

―――七耀暦1195年 ヘイムダル

 

 ハード・ワークとなって、3年が経った。

 あの後、エレボニア帝国帝都ヘイムダルに家族で住んでいる。

 

「おはよう、父さん、母さん」

「おう、おはよう、ハード」

「おはよう、ハード」

 

 今では、二人の事を父さん、母さんと呼べる様に変われてきた。‥‥‥‥まあ、最初の頃は少したどたどしかったけど、二年も経てば慣れた。

 呼び方も変わったと共に、かつての思考とも変わってきた。

 

 命を欲しなくなった。

 かつての様に、魂を欲しなくなった。命を大切だと思う様になった。

 すると、あの力が怖くなった。簡単に命を奪う私が、酷く怖くなった。だから、己を強くしようとした。

 

 

 帝都からほど近い草原で、父と二人向かい合う。

 私は左手に剣を持ち、父は両手に剣を持つ。

 

「さあ来い、ハード」

「やあああああっ!!!」

 

 木の剣を持って、父に斬りかかる。

 カッーン、という音が周囲に響く。父の持つ右手に持つ剣で受け止められた。

 

「おっ、いいぞ、その調子だ、ハード」

「やああ! やああ!‥‥‥‥」

 

 何度も、何度も、剣を振り回し父に挑む。だけど、

 

「はい、残念♪」

「あっ!」

 

 剣が手からすっぽ抜けて飛んで行く。そして、もう一方の剣が頭に乗せられた。

 

「これで‥‥‥‥何回目だっけか? 100回超えたあたりから、数えるの止めてたが、まあ、1回も負けたことないし、ハードの全戦全敗、全敗記録更新中だな」

「う~~~~、もう一回‥‥もう一回だ、父さん!!」

「そろそろ時間だから、今日はこれまでだ。明日もまたやってやるから、今日の反省して、また明日に活かせよ」

「‥‥‥‥はぁ、分かった」

 

 私は意気消沈しながらも、飛んで行った剣を探すと、直ぐに見つかった。

 少し離れたところにあったので、そこに足を進めながら、どうしてダメだったのか、考えながら歩いていた。

 

「危ないハード!!」

 

 父の声で俺は、周囲に目をやった。すると、其処には‥‥‥‥魔獣の群れがいた。

 どうやら知らず知らずのうちに、縄張りに足を踏み入れてしまったようだ。‥‥‥‥随分と危機感が無くなったもんだ。

 周囲の状況は、私の現状は理解できた。今は武器が無い、木の剣への道は魔獣が塞いでいる。素手では、魔獣には勝てない。

 ‥‥‥‥あの力を使うしかないのかな‥‥‥‥やっぱり私は‥‥‥‥

 

『生きろ』

 

 久しぶりに‥‥‥‥声が聞こえた。その声が私の意識を支配する。

 私は手を魔獣にかざす。

 

 かつてのように‥‥‥‥ただのバケモノの様に‥‥‥‥命を喰らう人外になっても‥‥‥‥『生きないと』‥‥‥‥

 

 だけど、その機会は訪れなかった。

 

「ハードォォォォォ!!!!」

 

 父さんの声で意識の支配が、恐怖心が解ける。

 

「父さん!」

「うちの息子に手出すんじゃなねぇ!!!!」

 

 父さんの大きな声が間近で聞こえた。‥‥‥‥正直なところ、五月蠅い。だけど、その五月蠅いまでの大きな声は私に勇気と力をくれた。

 父さんはあっという間に駆けつけてきてくれた。

 

「もう大丈夫だ。ハード、俺の後ろから離れんなよ」

 

 父の大きな背中が私の前にそびえ立つ。その結果、魔獣が何処にいるのか全く見えない。どこから来るのか、分からないから恐怖心がある。

 ‥‥‥‥だけど、何も怖くない。この背がある限り、私は守られているから。

 

「来いやあああああ!!!」

 

 周囲に響き渡る父さんの力強い声が魔獣を威圧する。父さんの迫力に怯えたのか、魔獣はその場から走り去った。

 

「もう大丈夫だ、ハード」

 

 父さんは振り返り、私の頭に優しく手を置いた。その顔は私に安心感を与える笑顔を浮かべていた。

 

「さあ、帰るか」

「うん!」

 

 私は父さんの大きな手に引かれ、家路についた。

 

「‥‥‥‥父さん」

「お、どうした、ハード?」

「私も父さんみたいに‥‥‥‥強くなれるかな?」

 

 私の問いかけに、父さんは足を止め、私の目線に合わせるように、膝を付き、私の眼を真っ直ぐに見つめた。

 

「強くなりたいのか?」

「‥‥‥‥うん」

「‥‥‥‥どうしてだ?」

「? 強くなるのに理由がいるの?」

 

 私は首を傾げ、父さんに聞き返した。父さんはゆっくりと首を振り、私の両肩に手を置いた。

 

「理由なき力はただの暴力だ、それでは周りを傷つける。ハード、もしお前が、ただ力を求めるなら、俺はお前を止めなきゃならねえ。それがお前に力を‥‥‥‥剣を教えた俺の責任だからだ。‥‥‥‥ハード、今はまだわからなくていい。だけど、覚えておいてくれ。お前の力は誰かを傷つける為でも、誰かを泣かすものでもない。俺がお前に与える力は‥‥‥‥お前とお前の大切な者を守る力だ」

「‥‥‥‥守る」

「今はまだ分からなくていい。今はまだ‥‥‥‥いつかお前が守るべき、大切な存在を見つけた時、きっとその時はお前の力が必要になる」

 

 父さんは真剣な眼差しで私を見て話した。

 ‥‥‥‥大切な存在を見つけた時、か。きっとそれは‥‥‥‥

 

「じゃあ、見つかってる。父さんと母さんが、私にとって大事な存在だ。だから、私が守ってあげるよ。いつか強くなってね」

 

 私の切り替えしに父さんはキョトンとした表情を浮かべた。だがすぐに、意地悪い顔をして私の頭に手を置いた。

 

「‥‥‥‥ほー、言うじゃないか。全敗のクセに」

「うっ~‥‥‥‥何すんだよ、父さん」

「ふん! 生意気な事を言うから悪いんだ。いいか、そんな生意気な口叩くなら、俺より強くなってから言え。‥‥‥‥それまでは俺がハードを守るからさ。ゆっくりと大人になりな、待ってるからさ」

 

 私の頭を乱暴に撫でた父さんの顔には光るものが見えた。

 

 

 

 

 

 

 ある夜に一人、私は家にいる。

 今日は父さんと母さんが家にいない。だから私が一人で留守番をしている。

 

 どうしていないのか、それは父さんの仕事が忙しくなり、母さんが手伝いをしているからだ。

 

 母さんは私を引き取った後、軍の仕事を控えるようにした。当初は子供を一人には出来ないから、という理由でスッパリと辞めてしまおうとしたらしいが、母さんは優秀で替えが効かないため、引き止めが相当あった結果、休職と言う事で手を打ったらしい。

 父さんもそのことには賛成していた。元々、子供が出来れば軍を辞めて家庭に入って欲しいと思っていたらしいが、母さんが優秀な事も良く分かっているため、引き止め自分の副官の立場を与えておいたらしい。

 

 ただ、最近は少し事情があるらしい。父さんは新しい部署を立ち上げに苦労しているらしく、それで母さんが手伝うことにしたらしい。

 当初は母さんも私を一人置いて行くことには難色を示していた。だが、日に日に父さんが痩せていく様を、帰りが遅くなり、家で家族で食事が取れなくなっていく日が増えていくことを、苦々しく思っていたらしい。

 それで母さんが軍に復帰し父さんの補佐を行う事により、大分状況は改善出来たみたいだ。

 

 だけど、その代わりに一人でいる時間が大分増えた。

 当初は母さんに与えられた勉強をこなしていたけど、それももう無くなってしまった。家にある本も難しかったけど、全て読み終えてしまった。

 母さんからは沢山の知識を身につける事、知識は身を助ける、と言う事を言われて沢山の本を、勉強をこなした。

 最初は母さんが教えてくれたから楽しかった。勉強をすれば母さんは褒めてくれた。だから沢山勉強すれば、たくさんの本を読めば、母さんが喜ぶと思っていた。だから母さんが留守の内に多くの事を学んで、喜ばせようと思った。

 でも、最近は話せる時間が少なくなった。夜遅くなって私が寝ている頃に帰って、私が起きる前に仕事に向かっている。食事は作ってくれているし、メモに『行ってきます』と書いて置いてくれている。だから寂しくは‥‥‥‥ない。

 でも、最近は困ったことが起こった。

 やることが無くなった。最初は意気込んだ勉強も、沢山の本を読むこともこの家にある分は全てやり終えた。一人で外に出て買い物をしたことはないし、ミラも母さんが管理しているから私が手を出すのも憚られる。

 久しぶりに空をぼんやりと眺めていた。昼も夜も、家からずっと空を眺めていた。

 星が良く見える、雲一つない、綺麗な星空だ。昼も雲一つない晴天だったし、きっと明日も晴れるだろう。

 そろそろ寝よう。あんまり遅くまで起きていると母さんに怒られる。‥‥‥‥今は忙しいけど、きっといたら、怒るだろう。だから、母さんを怒らせない様に、悲しませない様に、良い子でいないと‥‥‥‥

 

 私は寝るために寝室に向かうと、家に玄関からノックする音が聞こえた。

 こんな夜遅くに誰だろうか、私は誰かを扉越しに確認することにした。

 

「‥‥‥‥どちら様ですか?」

「ネット・ワーク大佐のご子息、ハード・ワーク君ですね。私はワーク大佐―――君のお父さんの部下の者です。君の様子を見てくるように言われましたので、参りました」

 

 父さんの部下の人か、じゃあ大丈夫だな。

 私は扉の鍵を開けた。すると軍服を着た大人の人が中に入ってきた。そして‥‥‥‥

 

「うぐっ!!?」

 

 腹部に強烈な何かが叩きつけられた。よく見ると‥‥‥‥棒のようなものだった。

 私はその場に膝を付こうとしたところ、口元を布で塞がれた。何か変な匂いがして、その匂いを嗅ぐと段々と意識が遠くなっていった。

 薄れゆく意識の中で、見えた景色は軍服の男が他にも入ってきたのが見えた。

 

「コイツが例のガキか。ここらじゃ有名な神童とか言われてる‥‥‥‥」

「ああ、この歳の割に身体つきもしっかりしてるし、頭も非常に優秀らしい。そんなコイツをあの儀式に参加させてやれば、アイツらも喜ぶんじゃないのか」

「ああ、あのマッドどもなら喜んでコイツ使ってを我らを《真の叡智》に導いてくれるだろうさ」

「さて、さっさと連れてくぞ。ああ、一応偽装しておかないとな。ほれ、儀式に失敗したクズだ。年格好も体格もそこそこ似てんだろう。燃えちまえば多少の差異は分からねえ」

「ああ、じゃあやっちまうか」

 

 そう言って男達は、一人は私を連れ外に出て、もう一人は家に中に残った。すると家の奥から火が見えた。

 

「あ‥‥、あ‥‥」

 

 家が、父さんと母さんと私の思い出が詰まった場所が‥‥‥‥燃えていく。

 父さんと鍛錬をするための木剣が、母さんに見せるための勉強ノートが、家族三人で取った写真が‥‥‥‥みんな、みんな、燃えていく。

 ヤメロ、止めろ、やめろーーー!!!

 声が出ない、体が動かない、意識が薄れていく。

 だけど、私は約束したんだ。一人で留守番出来ると、約束したんだ。帰ってくるのを待ってると、約束したんだ。

 私の必死の抵抗も願いも何もかも届かず、もう一人の男が戻ってきて、

 

「こっちは終わった。さっさと出せ」

「ああ、お疲れさん」

 

 もう一人の男を乗せ、馬車は移動し始めた。

 

「ああ、そうだ。さっきまでクズを入れてた袋、残しちまったし、そいつに被せとくか‥‥‥‥お、コイツまだ意識があるぜ、全く大人しく落ちてれば苦しまなかったのにな、ほらよ」

 

 そう言って、男は私にまた薬を嗅がせ、袋を被せた。

 私はもう何もできない絶望を抱き、今度こそ意識を保つことが出来ずに、気を失った。

 父さん、母さん、ごめんなさい‥‥‥‥約束、守れなくって、ごめんなさい‥‥‥‥

 私は何度も、何度も、何度も、意識を失う寸前まで、父さんと母さんに謝り続けた。

 




こっそり、失礼します


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第三十九話 怒りの火

こっそり投稿


―――七耀暦1197年 DG教団研究施設

 

 この地に連れて来られ、日々儀式と称して、人体実験を行われた。

 ここに連れて来られた時、最初に思ったことがあった‥‥‥‥コイツらは生きていてはいけない。

 人を何だと思っているんだと、声を大にして言いたい。私達を故郷から、家族の元から引き離し、ただただ己達の欲望のままに振舞うその姿は‥‥‥‥人ではない。人の皮を被った悪魔だと思うほどだった。

 

「次はこの薬を試そう。上手くいけば力が大きく向上するはずだ」

「ですが、それは以前の実験でうまくいかず、腕が弾け飛んで死んだんでは?」

「なに、問題ない。あれから改良は施してあるし‥‥‥‥何よりそいつなら耐えられるだろう」

 

 発言した大人は私を見て、ニヤリと、嫌な笑みを浮かべる。

 その眼は何処までやれば壊れるのか、また耐えるのだろうか、そんな知的好奇心に満ちた、酷く醜悪な眼だった。

 

 

 私ともう一人が体を拘束され、寝かされた。大人が私達に近づき、右腕に注射をして、去っていった。

 私達が寝かされている場所から、ガラス越しに大人達が見える。何か、時間を計っているようだった。だが、それに気にする余裕は無くなった。体に異変が起こったからだ。

 

「ぐおおおおおおおおおお!!!!???」

 

 体が燃えるように熱くなり、少しでもこの熱から逃げたくて、必死で暴れた。だが、体は拘束されたままであり、その拘束を壊すことが出来なかった。

 体は尚も熱を帯びる、全身に軋むような痛みが走り、ブチブチと何かが切れるような音が聞こえた気がした。

 だが、私は耐えた。歯を食いしばり、耐え続けた。どれくらいの時間が経ったのか、分からない。1時間なのか10分なのか、1分なのか、それとも一瞬だったのか、意識が朦朧としていて分からないが‥‥‥‥治まった。だが、

 

「あああああああああアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 仲間の一人の右腕が肥大化していく。腕がどんどん膨らみ、色が変わりだし、そして‥‥‥‥弾け飛んだ。

 

「‥‥‥‥ぁぁ、おかあ、さん」

 

 私と同じく、暴れ続けた彼が発した言葉、それが最後の言葉だった。もう彼は、動かない‥‥‥‥

 

「ふむ、やはりコイツは素晴らしい素材だ。それに引き換え‥‥‥‥おい、早くコイツを餌にして来い」

 

 大人は腕を失くした彼を、まるで汚いものでも見るような目で見て、酷い言葉を叩きつけた。‥‥‥‥だが、大人達の顔は酷く醜悪な笑みを浮かべていた。

 一体何が面白いのか、一体何が楽しいのか‥‥‥‥理解できない。いや、したくもない。

 ‥‥‥‥ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!! 自身の中に湧き上がる、炎のような感覚が、まるで己の意識を食らいつくさんばかりに、猛狂った。

 

「グああああああああ!!!」

 

 拘束を壊さんばかりに、私は暴れた。

 アイツらを許さない! 同じ目に会わせてやりたい! 彼の腕を返せ!‥‥‥‥俺達を家族の下に返せ!!!!

 

「おお、おお、元気のいい事だ。‥‥‥‥おい、さっさと眠らせておけ」

 

 部屋の中に煙が入り込んできた。

 まずい、これは、い、つ、も、の‥‥‥‥

 急激な睡魔に襲われ、意識が遠くなっていく。

 畜生!! もっと、力が、あれば‥‥‥‥こんな拘束なんて、こんな苦境なんて‥‥‥‥アイツらなんて、みんな、みんな、みんな‥‥‥‥壊してやれるのに‥‥‥‥だけど、せめて彼の魂だけは‥‥‥‥こんな場所にいちゃいけない。

 意識が失われる最中、死にゆく彼の魂を私の中に入るのを感じた。暖かい火が私の中に灯ったような気がした。いつか、きっと、ここから出れるその日まで、私と共に居てくれ、最悪の中で共に苦しんだ友よ。

 

 

 

 

 いつもの部屋に、私だけが一人。

 もう他には誰もいない。みんないなくなった。だけど、私の中にはみんながいる。みんなのために、私は死ねない。頭の中の声が今も私に生きることを強いる。

 私は帰る。必ず、父さんと母さんの下に帰るんだ。その願いを今も必死で抱いて、今日を生き抜く。

 

「時間だ、出ろ」

「‥‥‥‥」

 

 いつもの男が部屋に響き、私を呼びつける。私が立つと、部屋の扉が開く。

 私は大人しく、部屋を出て通路を歩く。道順は扉が開き、その通りに進む。

 拒否しても構わないが、そうした場合、首の機械が作動して、締め上げられる。

 以前、拒否した子がいて、その子は首を絞め上げられ、遂には‥‥‥‥死んでしまった。

 だから、大人しく従わざるを得なかった。‥‥‥‥今は、まだ‥‥‥‥

 広い部屋に、中央に椅子がある。いつもの拘束用の椅子だ。そこに慣れた様子で座る。

 

 

「では今日も薬の投与を行う。なあに、お前なら大丈夫さ、これまでも耐えれたんだ。明日も儀式に参加出来るぞ」

「‥‥‥‥」

「ふむ、反応はないか。まあいい、いつものように実験中にだけ、声を出せばいい。たっぷりとお前の声を聞かせてくれよ、絶叫をな!」

 

 体が椅子に拘束された。手と足、それに首の機械が椅子に引っ付いて、動かなくなった。

 そして薬剤が首元に注射される。

 

「っ‥‥‥!」

 

 何度繰り返されても慣れることない痛みが走る。そしてこれから起こるであろう激痛に折れそうになる心を無理矢理奮い立たせた。

 いつか必ずここから出る。父さんと母さんの下に帰るために‥‥‥‥ 

 

 

 

 

「あアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 私の悲鳴が上がる。

 今日は筋肉を増強させる薬を打ち込まれた。全身が燃えるように熱く‥‥‥‥痛い。

 腕が、足が、腹が、背中が、首が、頭が、膨らみ破裂しそうだ。

 

『生きろ』

 

 頭にいつもの声が響く。生きないと、いけない。だから、この薬を克服しなくては‥‥‥‥

 

「ウオオオオオオオオオ!!!!」

 

 肥大する筋肉を意志の力で抑えつける。

 静まれ、静まれ、静まれ、静まれ‥‥‥‥‥‥歯を食いしばり、必死で意識を繋いだ。もし、意識を失えば、全身の筋肉の肥大を抑えきれずに破裂し‥‥‥‥死ぬだろう。そんな事は出来ない、私は生きなければならない。父さんと母さんの下に帰るために‥‥‥‥

 そして、遂に‥‥‥‥薬の影響を抑え込だ。

 

「おお、素晴らしい。流石は我がロッジが誇る最高傑作だ。もはやこの程度の筋力強化など、意味を成さないか。いや、実に素晴らしい、人を超えた存在を我々の手で生み出した。この高揚感、全能感‥‥‥‥女神の祝福などではない、我々の叡智が作り上げた、やはり女神など‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 耳障りな男の声が部屋に響き渡る。

 このロッジの責任者の男、それがご自慢のご高説が始めた。

 ‥‥‥‥酷くイラつく。声が、思考が、存在が、全てが目障り極まりない。

 この部屋から出られれば、あの男に近づければ、こんな首輪などなければ、あの男を‥‥‥‥殺してやれるのに‥‥‥‥

 

 

 

 

 この施設に来て、どれほどの時が経ったか、分からない。空を見上げる事も出来なくなったから、どれだけの日数が経ったのか、分からない。それに最近では眠れなくなったから、体感時間も無くなった。

 

 部屋に一人でいると、色々考えてしまう。最初はこの部屋にも多くの同じ年の頃のに子供たちが居たのに、今はもう‥‥‥‥ここにはいない。全て、私の中にいる。

 私の人から外れた力が、いつか必ず外に出すために彼らを私の中に匿った。彼らの肉体は‥‥‥‥もうないけど、せめて魂だけは、こんな場所に在ってはいけない。全ての痛みは私が背負う、彼らの分も私が背負う。私は生き残り、彼らをここから出す。こんな暗闇を共有してくれた友のために、そして今も暗闇の中でも私を照らしてくれる友のために‥‥‥‥

 

 

 

 

 その日は突然始まった。

 いつものように実験が終わった後、煙を流される前に爆音が響き渡った。

 

「なんだ一体!?」

「例の組織の襲撃です!! 急ぎお逃げ下さい!!」

「くっ、致し方ない。急ぎデータを集めて逃げるぞ!!」

 

 男達は慌てている、何かが起こった、と言う事は分かった。‥‥‥‥そして、私の拘束がされていないことに気付いていないようだ。

 

「ウオオオオオオオオオ!!!」

 

 私は全身の力を使い、ガラスに飛び掛かった。そして‥‥‥‥ガラスは砕けた。

 

「ば、バカな!? あのガラスは防弾性だ、それを己の肉体のみで砕き割るとは‥‥‥‥‥‥‥‥実に素晴らしい」

 

 恍惚とした笑みを浮かべる研究者、いつもはガラス越しに見ていた顔が目前にある。

 私はその気持ち悪い笑みを浮かべる男の顔面を‥‥‥‥思いっ切り殴った。

 

「ウワアアアアアア!!!」

 

 ここに連れて来てからの私の怒りを、いなくなった友の分の怒りを、悲しませたみんなの家族の怒りを、全てを込めた一撃を叩きつけた。

 男の顔は鼻が砕け、見るも無残に変貌していた。だが‥‥‥‥

 

「ウラァ! ウラァ!! ウラァ!!!‥‥‥‥」

 

 只管に殴り続けた。倒れ込んでも、意識を失っても、息がある限り、殴り続けた。何度も、何度も、何度も‥‥‥‥だけど、治まらない。足りない。もっと、もっと、もっと‥‥‥‥痛みを与えないと‥‥‥‥

 コイツは顔だけしか痛みを受けていない。だけど、ここにいた友たちはもっと‥‥‥‥痛かった。

 腕が弾け飛び、足が弾け飛び、腹が、背中が、頭が、弾け飛んだ友たちもいた。なのに、コイツは顔だけだ。ならばもっと痛みを負わせないと、みんなの分も私が与えないと、ここにはもう私しかいないから‥‥‥‥

 私が拳を振り上げた直後、

 

「そこまでにしておけ」

 

 背後から声を掛けられた。一体誰だ、私を止めるのは‥‥‥‥

 そこにいたのは銀の髪を靡かせ、ロングコートの身に纏い、左手に剣を持つ男だった。

 

「これ以上踏み込めば、戻れなくなるぞ」

 

 戻れなくなる‥‥‥‥何の事だ。だが、そんな事はどうでもいい。ここにいると言う事は‥‥‥‥私の敵だな!!

 もう動かないクズに対してよりも、私の怒りを邪魔をしたこの男に怒りを覚えた。

 

「ウアアアアアアアア!!!」

 

 邪魔をする奴は‥‥‥‥

 

「アアアアアアaaaaaa!!!」

 

 ホロビヨ!!!

 

「aaaaaaaaaaaa!!!」

 

 全身の筋肉が収縮し、床を踏み壊し、牙を剥く。

 

 

 

 side 銀髪の男

 

「‥‥‥‥堕ちたか」

 

 まだ大人になりきる前の――――弟のような存在よりもなお年少であろう少年の動きを見極め、攻撃を躱す。

 

 この施設に襲撃を掛けた。生存者は‥‥‥‥ただ一人。それもたった今、堕ちた。‥‥‥‥救えなかった、か。‥‥‥‥ままならないものだ。ならばせめて‥‥‥‥

 

「人として終わらせてやる」 

 

 この施設にいる子供たちには何も罪などない。

 当たり前の日常があり、当たり前の明日があったはずだ。

 ‥‥‥‥ただ、それを理不尽に奪われた‥‥‥‥かつての俺達の様に。

 歪みを正すべきだ。だから俺は、そのために俺は、人間として生きる道を棄て、修羅となった。

 目の前の彼の命を奪う権利など、俺にはない。だからそれを背負おう。そして、彼をせめて人としての終わりを、傲慢ながら与えよう。

 

「aaaaaaaaaaaa!!!」

 

 地を駆け、壁を伝い、己の拳を叩きつけてくる。屈強な肉体‥‥‥‥おそらくはここの研究者たちに改造されたであろう肉体から繰り出される一撃は容易に床を壁を破壊する。

 その姿に最早理性などなく、本能の赴くままに戦っている。その姿は人間を棄てた‥‥‥‥棄てさせられた者の悲しき姿だった。

 人を外れたその姿は人外‥‥‥‥いや、人から堕とされた姿‥‥‥‥畜生のそれだった。

 

 なんと哀れな事だ。自分から修羅となった俺とは違い、無理矢理に堕とされた彼が悪いわけではないことは分かっている。

 だがこれ以上彼の生を冒涜する気は俺にはない。すまないが‥‥‥‥これで終わりにしよう。

 

「受けてみろ、《剣帝》の一撃を!」

 

 俺の空気が変わったのを察知し、これまでの様に動き回るではなく、俺から距離を取り、息を整えている。身を低くし、己の両腕を地に付けた。その様は四足魔獣の体勢に近い。その体勢で俺の動きを伺う。その気配は最早野生のそれだ。

 だが、その内に宿る闘気には野生の獣ではなく武の気配を感じさせた。野生と武の混合とでもいえる、これまでに感じたことのない気配だ。その眼には真っ向から俺を打ち破らんとする気概を、剣士として真っ当な立ち合いを挑まれているようにすら感じる。

 

「フッ、武の心得があるようだな。ならば、武人として立ち会わせてもらおう」

 

 俺の言葉を受け、その気配がなお一層鋭くなる。体勢は低く、こちらのスキを見つければ、一息に飛び出してくるだろう。気を抜けばやられるのは俺の方かもしれない。

 今だ幼き身にこれほどの才覚を感じるとは‥‥‥‥もし彼が真っ当に武の道を進めていれば、きっと‥‥‥‥いや、詮無い事だ。これから終わりを迎えさせるものに不要な感傷だ。

 

「‥‥‥‥行くぞ」

 

 俺は思考を止め、攻撃を仕掛けた。それに呼応するように彼もこれまで以上のスピードで俺に向かってくる。

  

「ハアアアアアアアアアッ『鬼炎斬』!!」

 

 俺の必殺の一撃は確実に首を捕らえた。だが、その一撃を首元に嵌められていたモノで受け、そして衝撃を体さばきでいなしてみせ、そのまま体を回転させ俺に拳を振り下ろす。

 

「aaaaaa!!!」

 

 俺はその攻撃を鬼炎斬の反動で体を回転させ攻撃を躱した。

 

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 最初の立ち位置と逆になったまま、互いに睨み合う。互いに視線で牽制しあうが、不用意に飛び込むことを避けた。

 先程の一合で良く分かった。野生の獣のそれに武人としての立ち合いが混合とはなんと厄介な事か。

 まさか、こんな躱し方をされるとは思わなかった。身体能力と判断力、そのどれもが欠けては出来なかった大した動きだった。本能がそうさせたとしたら、随分と貪欲な生存本能だろうか。

 だが、俺の一撃を防いで見せたのは紛れもない事実、こんなことを彼女に知られれば、また嬉々として鍛錬に付き合わされるだろう。‥‥‥‥まあ、それも仕方がないな、甘んじて受けよう。

  

 俺は思考を他所に割いている最中、彼から視線を外さず警戒を続けていた。次に何をしてくるか、一挙手一投足に警戒を続けた。 

 だが、彼は‥‥‥‥俺に背を向け、走り去っていった。

 勝てないと見るや、全力で逃走か‥‥‥‥随分と思い切りがいい。

 

「aaaaaaaaa!!!」

 

 彼の雄たけびが建物に響く。

 追いかけるのは‥‥‥‥止めておくか。彼の命を奪いたい訳ではない、ただ彼を人のまま終わらせようとしただけ。それを当人が拒むなら、俺が深入りするべきではないな。

 

「‥‥ぁ‥‥ぁ‥‥‥‥」

 

 彼の獲物がまだ生きている。

 

「‥‥‥‥た、す、け、て、く、れ‥‥」

 

 ‥‥‥‥今更だな、これまでの行いを鑑みれば到底そんな事を口に出来る訳がないと言うのに、何処までも恥知らずだ。

 俺の恥知らずの口をこれ以上開かせない様に、剣を走らせた。

 

「‥‥ぁ‥‥‥‥」

「彼の獲物を横取りしたこと、心から詫びよう」

 

 それ以後、その存在は動くことはなかった。

 彼の獲物を奪ったことに心苦しく思う。これであれば、彼に本懐を遂げさせてやるべきだったな。だが、もしまだ戻れるのであれば、きっと‥‥‥‥戻るべきだった。

 最早、彼の歩む道はきっともう真っ当な道には戻れない。例え今日の事を忘れたとしても、きっと彼は何度でも‥‥‥‥この道を行くことになるだろう。

 

「‥‥‥‥レーヴェ」

「‥‥‥‥ヨシュアか」

「‥‥‥‥どうかした?」

「‥‥‥‥いや、大したことじゃない。そちらはどうだ?」

「被験者に生存者はいなかった。全員死んでたよ、そっちは?」

「生存者は‥‥‥‥人間は一人もいなかった」

 

 彼が行った道に視線を走らせ、そっと逸らす。

 

「‥‥‥‥行くぞ、ヨシュア」

「ここの研究者たちを始末しなくていいの?」

「‥‥‥‥いや、それは止めておこう。俺達が手を下さずとも、しかるべき裁きが奴らに下る」

 

 俺は悲しき獣の叫びを耳に残し、施設から去った。

 

 

side out

 

 

 銀髪の男との戦いを避け、目標への道をひた走る。

 あの男には今は勝てる見込みがなかった。

 だから、全力の一撃を迎え撃つでもなく、受けるでもなく、逃げを選んだ。気が逸れた一瞬を突き、全力を持って逃げた。

 勝てないと私の本能が告げていた。勝てないと、殺されると、そう言っていた。

 それに、私の目的はあの男ではない。目的は、ここの研究者たち。ならば無駄な戦いは極力避けるべきだ。

 

 逃げる最中、耳障りな息遣いが聞こえた。それに向かうと目標の研究者の一人を見つけた。

 俺は床を力強く蹴り、一気に研究者に飛び掛かる。

 

「アアアアアアアアアアッ!」

 

 私の拳が研究者の背中に叩きつけられた。研究者はその衝撃で倒れ込む。そして、私を見て、心底いやらしい表情を見せる。

 

「な、なんだ。貴様か、実験動物の分際で主人に手を上げるとは‥‥‥‥お仕置きが必要だな」

 

 研究者はおもむろに白衣のポケットからスイッチを取り出し、押した。

 

「‥‥‥‥」

 

 何も起こらない。一体何用のスイッチなんだ?

 

「えーい、貴様一体首輪に何をした!?」

 

 どうやら首輪のスイッチのようだ。先程あの男の剣を受けるのに使ったが、その際に壊れたようだ。ならば、こんな首輪‥‥‥‥引きちぎってくれるわ!!

 私は首輪に手を掛け、全身の力を指先に集中させる。

  

「ハアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 首輪に徐々にヒビが入っていく。少しずつ、少しずつ、だが確実にその形状に崩壊が進む。

 

「‥‥‥‥砕けろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 そして遂に限界を迎えた首輪はその役目を終えた。

 

 ここに連れて来られた時に嵌められて以来、随分と長い間、私を、私達を苦しめてきた枷が遂に解かれた。

 これよりは自由だ。何をするのも、誰に止められるでもない。ならば‥‥‥‥

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ‥‥‥‥‥‥クハッ、ハッハッハッ、ハッハッハッ‥‥‥‥これで、私は自由だ。なあ、そうだろう‥‥‥‥なあっ!!」

「ヒッ!?」

「おい、どうした? 何を怯えている?」

「あ、あ、あ、‥‥‥‥く、来るな!!? ば、バケモノ!!」

「バケモノか‥‥‥‥ああ、良いだろう、この場に置いてなんと呼ばれようが最早気にもしない。私はキサマに私達と同じ痛みを与える。その様を誰になんと言われようと止めるつもりは最早ない。だがただ一つだけ、言っておきたいことがある‥‥‥‥‥‥‥‥‥お前が言うな!!」

 

 渾身の一撃が研究者の顔面を粉砕する。

 頭部は私の拳と、背後の壁を挟みこまれ、その形状を大きく変え、男の息が完全に無くなった。

 だが、それで許すつもりも毛頭なかった。

 

「死して尚、貴様を許すつもりは無い。貴様を女神の下になど、決して行かせはしない。お前が言ったバケモノの力、とくと味わえ!! おまえの魂をもらう『ソウルハント』」

 

 研究者の男を死後も尚、追い詰めた。その魂を肉体から引き剥がし、己の中に取り込む。‥‥‥‥養分として。

 先に亡くなった友の様に魂を守るために己の内に取り込むではなく、ただ私の食事として魂を喰らった。かつては忌避した人ならざる力を嬉々として使った。

 

「‥‥‥‥いい、いいぞ!! お前達の怨嗟の声が私を歓喜させる。我が糧となり、我が力となり、我が血肉となれ。それが貴様達、愚かな人間の末路だ!!」

 

 爽快だった。かつての友たちの怨嗟の叫びを一心に受け止めた私に取って、研究者達の怨嗟の叫びはただの逆恨みにしか思えない。当たり前の今日があり、当たり前の明日があったはずの私達から奪った者達への正当なる報いだった。

 泣いていた子供達に研究者たちは何をしてきたか、その時何を感じていたか、友たちの魂が克明に教えてくれた。痛かった、苦しかった、悲しかった‥‥‥‥多くの負の感情が私の中に流れ込んできた。気が狂いそうだった、頭が変になりそうだった、自分から死を選びたくなった‥‥‥‥だけど、それは出来ない。

 

 私には約束があった。亡くなった友たちをこの地から出すと、アイツら研究者達にこの怒りをぶつけてやると、あの家に帰って父さんと母さんの帰りを待つと、そんな約束があった。

 だから果たそう、その約束を。果たせなかった約束を友のために私が果たしてみせる。終わってしまった友たちの無念を私が代わりに果たして見せる。そして、帰れなかった友たちのために私だけは帰ってみせる。

 

 私の歩みは止まらない。まずは研究者たちへの怒りを友たちを代表してぶつけるまでだ。

 

 

 

 

 私は只管に研究者たちを探した。

 研究者たちを探す中、先程戦った銀髪の男に見つかるのを避けるために細心の注意を払った。だが、もういないみたいだ。あの男を警戒しなくて良くなったのは大きかった。

 

 幸い研究者たちを探すのに苦労はなかった、この場所での人体実験によって得た力―――感応力がそれを容易にした。感応力だけではなく、目や耳や鼻、五感が研ぎ澄まされ、更にそこに行く足や体が強くなった結果、全ての研究者を探し尽くせた。

 

 あるものは物陰に隠れているので、引っ張りだした。その際抵抗したので、腕を引きちぎって、魂を奪った。男の最後の言葉は、死にたくない、だった。

 またある者は逃げようとしていたので、追いかけ追いつき、足を砕いて、魂を奪った。男の最後の言葉は、このバケモノ、だった。

 またまたある者は研究所の外にまで逃げて、森の中を隠れながら進んでいたので、木に突き刺してから、魂を奪った。最後の言葉は、どうして、だった。

 

 酷いものだ、死にたくないといった子に研究者は何をしたか、このバケモノを生み出したのは一体誰だったか、どうしてこんなことになったのか、全ては自分達に帰結するものだというのに、何処までも、何処までも自分勝手な言い分だった。度し難い程愚かだった。『人間』という存在を心底嫌いになりそうだ。

 

 だけどこれで、漸く終わった。

 私はその場に座り込み、胸に手を当て、亡き友たちに報告をした。みんな‥‥‥‥終わったよ。

 どれ程問いかけても、返事は帰ってはこない。それは分かっている。だけど、それでもしない訳にはいかなかった。それが生き残った私の責務、ただ一人だけ‥‥‥‥生き残ってしまった者の贖罪だから。

 失ったものは帰ってこない。時も人も、帰ってこない。それはイヤというほどわかっている。

 だけど、一言だけでいいから、返して欲しい。『私は生きていていいのか』、その問いにだけは答えて欲しかった。

 

 

 

 

 私は研究所から離れ、随分と歩いた。

 不思議と、自分の帰り道が、ヘイムダルへの道筋が分かった。

 いつだったか青い錠剤を飲まされてから、色々なことが分かるようになった。知らないはずの事でも、何故か分かった。ただ、その代わりに眠らなくて良くなった。完全に寝なくてもいいわけではなく、少しの睡眠で問題なくなった。どうやら、薬の質がそれほど良くはなかったそうだ。まあ、どうでもいいけど。

 

「‥‥‥‥今日はここまでかな」

 

 眠らなくても、夜は来る。周囲は真っ暗で、何も見えない程の闇が広がっている。

 空にも星は見えない。曇っている、明日は雨かも知れないな。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 私は一人、木に背を預け、夜が明けるのをじっと待った。

 虫の声、風の音、草木の揺れる音、そんな音の中で一人、ジッとしていた。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥寒いな」

 

 夜が明けるまで一人、闇の中にいた。

 




ありがとうございました。


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第四十話 全てを終わりに

こっそり投稿します。


―――七耀暦1198年 ヘイムダル

 

 

 帝都ヘイムダル、父さんと母さんと共に暮らした大切な家がある、私の帰る場所。研究所から歩き続け、漸くたどり着いた。

 

 季節は冬を越え、一年が終わりを告げ、新しい一年が始まっていた。

 研究所を出た頃は落ち葉が舞い散っていた。そして、雪が降り、今は暖かくなりつつあった。季節は秋から冬に移り変わり、そして春を迎えつつあった。それほどの長き間、ただ一人で歩き続けた。今ここに至る道中は多難だった。

 

 食べるものを探すのは苦労した。

 魚を食べては腹を壊し、衰弱した。生で食べたのはどうやらダメだったらしい。

 今度は魔獣を食べた時も腹を壊し、また衰弱した。これも生で食べたのはダメだったらしい。

 草や木の根を食べても腹を壊し、更に衰弱した。

 だが、何故か‥‥‥‥死を感じなかった。二日、三日食べることが出来ずとも、衰弱し弱っても、死ぬ気がしなかった。まるでその程度では、体が動かなくなることはないというかの様に、体調の悪化が進行を妨げることはなかった。‥‥‥‥最悪の気分だったがな。

 

 寝ることがことが少ない体とは言え、時々は睡眠が必要だった。

 一日、二日、三日と夜通し歩き続けたとき、不意に強烈な眠気に襲われた。そのときは、そのまま街道に倒れ込んだ。

 その後、目を覚ました時には、大人に、軍人に囲まれていた。

 大丈夫か、という心配する声、何処から来たのか、という問い質す声、私の身なりを見て眉を潜める、視線もあった。

 だが、私はそれに関してはどうでも良かった。声も視線もこれまでで最も不快なものを知っていたから、それ自体にはさして驚きも恐怖もなかった。だが、彼らが身に纏う軍服には体が震えた。

 かつて私を地獄に叩き落とした者達が着ていたものと同じだった。

 私の体が震えている様を見て、ひとりの軍人が手を伸ばしてきたとき、恐怖が臨界を超えた。

 

「ウアアアアアアアアアッ!!!!」

「な!?」

 

 私は軍人の手を全力持って振り払った。そして逃げた、地に這いつくばって、必死で逃げ出した。軍人はそんな私を見て、慌てて追ってきた。

 何かを言っているのは聞こえた、だけど捕まる訳には、いや捕まりたくなかった。

 軍人は恐怖を運んできた。かつての幸せを壊した。地獄に送り届けた。今また捕まれば、あの時と同じことになる。また多くの痛みと悲しみを強いられる。

 必死で逃げようとしているのに体はうまく動かなかった。頭は睡眠を欲していた。前日まではなんということはなかった『走る』という行動が全く出来なかった。地を転がるようなその動きは、傍から見ると酷く無様だったことだろう。だが、私は必死だった。捕まりたくない一心の行動が身を結び、坂に差し掛かり、勢いを増して転がり落ちた。転がり落ちた先には大きな川があり、そこに飛び込むことになった。

 水の中では息が出来ない、だから藻掻き水面への浮上を試みるのが普通だ。だが、私はそのまま川の中に沈み込んだ。睡魔に抗うことは出来ず、意識を保てる限界を超えた時、またも意識を失った。

 そのときは運よく浅瀬に打ち上げられ助かったが、それ以後軍人と睡眠に関しては細心の注意が必要だと分かった。

 まさか軍人に恐怖するとは私自身思っていなかった。父さんも母さんも軍人であり、あの軍服は見慣れた物だった。このままだと、父さんや母さんですら拒絶しかねない。‥‥‥‥それは、嫌だな。

 

 

 

 

 帝都ヘイムダルに入ったのは真っ暗な時間帯だった。人々が眠りにつく静寂の時だった。

 今日は睡眠を取らないといけない日だった。でも、足が止まらなかった。一刻も早く父さんと母さんに会いたかった。一歩一歩進むたびに、心が湧きたった。

 

 一生懸命歩いた、父さんに会いたかったから。

 毎日毎日歩いた、母さんに会いたかったから。

 沢山歩いた、二人に会いたかったから。

 

 ここから連れ去られてもう三年が経った。

 約束を破った、留守番をしていると言ったのに出来なかった、だから最初に謝ろう。

 それから、友たちの事を話そう。苦難を共にした私の大切な、今はもう会えない彼らの事を話そう。‥‥‥‥知って欲しい、私の友たちの事を。

 ああ、そうだ。父さんと母さんがこれまでの三年で何をしていたかも聞きたいな。

 

 家に近づくに連れ、話したいこと聞きたいことが増えて行き、何から話をすればいいのか分からなくなっていった。だけど、きっと大丈夫。これからは時間があるのだから。

 

「‥‥ぁ‥‥」

 

 懐かしい我が家が見えた。

 家には明かりがあった、父さんと母さんが帰っている。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ‥‥‥‥父さん、母さん‥‥‥‥」

 

 走った。ただ一心に、只管に、一生懸命に走った。

 一刻も早く会いたいから、睡魔に負けそうになる体を奮い立たせた。

 そうして辿りついた家の扉、三年間待ちわびた家の扉を開き、中に入った。

 そして、漸く言えた言葉があった。

 

「ただいま‥‥‥‥父さん、母さん」

 

 家に明かりはついていた。

 だけど、その中には誰もいなかった。

 どうして、どうして、だれもいないの? 父さんはなぜいないの? 母さんはなぜいないの?

 私が家にたどり着いた時にそう思った。

 

 不意に背後に気配を感じ、振り返るとそこには一人の男の人が立っていた。

 

「君がハード・ワーク君だね。私はギリアス・オズボーン、君のお父さん、ネットと君のお母さん、ソーシャルの友人だ」

「ギリアス‥‥ギリアス・オズボーン‥‥帝国宰相の‥‥」

「ああ、そのギリアス・オズボーンに相違ない」

 

 私の問いかけに、ギリアスさんは悠然と答えた。

 そして、ギリアスさんは俺に手を差し出した。

 

「君の父ネットと母ソーシャルとの約束を果たすため、ここで君を待っていた。さあ、来たまえ、君の会いたがっていた二人に会わせてあげよう」

「‥‥‥‥父さんと母さんに‥‥会える‥‥」

 

 ギリアスさんの言葉を反芻するように口にした。漸くだ、漸く、ここまでこれた。

 多くの苦しみを受けた。多くの悲しみを見た。多くの痛みを得た‥‥‥‥

 差し出された手を取れば、そうすれば私は会える。父さんと母さんに会える。

 私は全ての思考を放棄して、その手を取った。

 

「おねがい、し、ま‥‥す」

 

 私はその手を取ったことに安堵し、全身から力が抜け落ちた。

 

 

 

 気づくと、私はギリアスさんに背負われていた。

 

「気が付いたかね?」

「す、い、ま‥‥せん。今、降ります‥‥」

「いや、構わない。君がとても歩けるような体調には思えない。出来る事なら、回復するまで猶予を上げた方がいいと思うのだが、君はそれを望まないだろう」

「そう、ですね。父さんと‥‥母さんに‥‥早く、会いたい」

 

 体は睡眠を欲している。だが、それ以上に父さんと母さんに会いたい気持ちの方がずっと強かった。だから、必死で眠気を抑え込んだ。

 

「フッ‥‥なるほど、頑固なところは父親譲りだな」

 

 ギリアスさんは父さんの事を良く知っているようだった。‥‥興味が湧いた、私が知らない父さんの事が‥‥

 

「聞きたいかね、君の父と母の事を?」

「‥‥はい」

 

 私の様子を察して、問いかけられ、戸惑いつつも肯定した。

 

「私とハード君のお父さんとお母さんは学生時代からの友達だったんだ。ハード君の両親が結婚するときにも相談を受けていたし、ハード君を引き取ることにしたときにも相談を受けていたんだ。二人とも結婚してずいぶん経つが、子供に恵まれなかったことを気に病んでいたのも、知っていたからな。‥‥‥‥だから二人がハード君を引き取ってからは今までよりも、ずっと楽しそうだったよ」

「‥‥‥‥」

「共に軍人となったが、私が軍を辞め、その後宰相になり、ある部署を作ることにした。それをハード君のお父さん、お母さんに手伝ってもらっていたんだ。『帝国軍情報局』という名の部署だ。本当なら、ハード君との暮らしを優先したかっただろうに私が頼んでしまった。すまなかった」

「‥‥‥‥」

「『帝国軍情報局』は正式に稼働を始めた。全てハード君のお父さんとお母さんのおかげだ。だから二人は軍を辞め、ハード君との暮らしを優先できるようなった。今度引っ越すことを予定していたそうだ」

「‥‥‥‥」

「だから、寂しい思いをさせることはもうない、と、そう言っていたよ」

「っ‥‥‥‥」

 

 言葉を出す元気はなかった。でも、話は全部聞いていた。

 

 嬉しかった。もう、一人で家で待っていなくてもいい。もう一人で食事をしなくてもいい。早く二人に会いたい、そう心の底から思った。

 

 ギリアスさんに背負われていながら、逸る気持ち隠せず、手に少し力が入った。

 ギリアスさんの足が止まった。その場所は‥‥‥‥墓地だった。

 

「‥‥‥‥さあ、ここだ」

 

 ギリアスさんが指し示す先にお墓が二つ。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥え、お墓? 誰の‥‥‥‥あ、あ、あ、あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああ」

 

 そこに書かれている名を見て理解してしまった。見るな、分かるな、理解するな、信じるな、違う、チガウ、ちがう!!!!!

 

『ネット・ワーク』

『ソーシャル・ワーク』

 

「‥‥ぁ‥‥」

 

 その場に膝を付いた。もう立つ気力も湧かなかった。

 父さんと母さんの‥‥お墓。お墓は死者が眠る場所、つまり、もう、二人は‥‥‥‥いない。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「ハード君!!!!!!」

 

 どうして、あの日‥‥家にいれなかった。

 どうして、あの日‥‥攫われた。

 どうして、あの日‥‥アイツらを倒せなかった。

 どうして、どうして、どうして‥‥‥‥弱かったんだ‥‥‥‥

 

 強ければ、私が強ければ、あの家にずっと、父さんと母さんの二人がいて、三人で暮らせていたのに‥‥‥‥

 

 攫われてから、力が強くなった。以前には見えないモノも感じ取れないモノも分かるようになった。もう以前の様に弱くない。素手で人間くらい簡単に殺める事が出来るのに、もう誘拐されることはないのに、囚われても自分で帰ってくることが出来るのに‥‥‥‥なのに、なのに!!、なのに!!!!‥‥‥‥‥‥こんなことになるくらいなら‥‥‥‥死んでおけば良かった。

 

『生きろ!!』

「っ!!!!」

 

 頭の中に声が響く。

 

 うるさい、うるさい!、うるさい!!、うるさい!!!!!

 黙れ! 黙れ!! 黙れ!!! 黙れ!!!!!!

 

 もう生きていても仕方がない。ここまで必死で生きてきたのは父さんと母さんに会いたかったからだ。でも、もう‥‥何処にも‥‥いない。だったら‥‥‥‥‥‥

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 こんなせかい‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥壊れてしまえ!!!

 感情が暴走し、力が暴れ出した。霊的能力はこれまでに引き出した限界を優に超え、私の体を破壊する。だが、そんな些末な事など気にはせずに、際限なく引き出し続けた。引き出してどれ程の時が経ったのか、時間の感覚すら失った。一分、十分、一時間、もしかしたら一瞬かも知れない。その時間の中で引きだした力は、最早自分が制御できる領域には無かった。これで‥‥‥‥全てに終わりが訪れる。

 それを見届けると‥‥‥‥頭の中に声が聞こえた。

 

 

 

『大地の至宝《ロストゼウム》の秘跡プログラムをブート‥‥‥‥エラー。現状では出力不足。限定ブートに移行。出力は1%にて安定。一時保留』

『焔の至宝《アークルージュ》の秘跡プログラムをブート‥‥‥‥エラー。現状では出力不足。限定ブートに移行。出力は1%にて安定。一時保留』

『両至宝エネルギーを同期‥‥‥‥成功。次工程に移行。目標‥‥‥‥捕捉。これより現空間と概念空間の壁を排除。その後、相互空間の結合に着手』

『エラー。出力不足により、相互空間の結合不可。空間の壁の排除まで限定的に実行』

『‥‥‥‥了承』

 

 手を宙にかざすと、パキ、パキ、パキ‥‥‥‥なにかが壊れる音がして、空間の一部にヒビが入った。

 

 自分が何をしているのか、何が出来ているのか、全て理解できた。

 この力は父さんと母さんを失くして得た力でも、人体実験の果てに得た力でもない。‥‥‥‥生来から備わっていた力だった。

 なぜ今になってこんな力が現れたのか、答えはすぐに出た。私が力を自発的に使い、力の上限を超えた結果、変容して新たな領域に至った。

 

 今まで力を使うことを忌避してきた、故に元々備わっていた力を使うことをしなかった。元々備わってきた力とは‥‥‥‥『魂を喰らう』ものだと思ってきた。だが本当は違った。なのに、そのことを知らず、ただ避け続けた、故に、私は全てを失った。

 

 もし、始めから力を使うことを忌避せず、あるがままに、己の意志で、制御するために、使うことを決めていれば、こんなことにはならなかった。

 誘拐されることもなく、人体実験を受けることもなく、亡くした命を救えたはずで、今の父さんと母さんは共にいてくれたはずなのに‥‥‥‥全部、全部、全部‥‥‥‥私のせいだ。

 

 父さんが死んだのは私のせいだ。母さんが死んだのは私のせいだ。多くの子供達が死んだのは私のせいだ。全部、全部、全部‥‥‥‥私のせいだ。

 

 ごめんなさい‥‥‥‥ごめんなさい‥‥‥‥ごめんなさい‥‥‥‥

 留守番できなくて、ごめんなさい。

 家を守れなくて、ごめんなさい。

 誘拐されてしまって、ごめんなさい。

 早く帰ってこれなくて、ごめんなさい。

 生き残って、ごめんなさい

 早くに死ねなくて、ごめんなさい。

 二人の子供になって、ごめんなさい。

 バケモノを育てさせて、ごめんなさい。

 

 どれだけ謝りたくても、そこには誰もいない。それが分かるからこそ‥‥‥‥痛い。

 胸が痛い。頭が痛い。眼が痛い。なのに、涙すら流れない。

 辛いのに、苦しいのに、悲しいのに、涙も流せない。父さんと母さんがもういないのに、会えないのに、謝りたいのに、何もできないのに‥‥‥‥涙すら流せない薄情者で‥‥‥‥ごめんなさい。

 だから‥‥‥‥謝りに行きます。二人が女神の下にいるのなら、そこまで行きます。

 

 力は空間に干渉し、一部とはいえ、概念空間とつながりが出来た。いずれこの世界は概念空間と衝突し‥‥‥‥対消滅する。そうすれば、いずれ私も‥‥‥‥死ぬ。

 強化された私の知能がそう告げた。故に‥‥‥‥

 

『生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ‥‥‥‥』

 

 頭が痛くなるほど響き渡る。体が生きるために、空間の崩壊を止めようとする。だが‥‥

 

「くううううううっ!!!」

 

 力尽くで抑え込んだ。もういい‥‥もういい‥‥もういい‥‥!!! いい加減私の自由にさせろ!! お前はもういらない!! 消えろ!!

 意識を強く持ち、声に抗い続けた。抗うたびに頭に痛みが走りだし、遂には視界が赤くなり出した。たぶん、何処かの血管が切れたんだろう。今更目が見えなくなろうが、潰れようがどうでもいい。

 抗うと決めた。『生きろ』という声が私を生かしてきてくれたことは事実だ。そのことに今更ながら‥‥‥‥感謝の気持ちが浮かんだ。声が私を生かし、父さんと母さんに会わせてくれた。そのことに感謝している。だけど、もういい。私は選んだんだ。父さんと母さんの下に行くと、決めたんだ。だから、もういい、さよならだ。‥‥‥‥作成者よ。

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥』

 

 それを最後に聞こえることはなくなった。

 

 空間は広がりを始め、概念空間につながった。だけど、まだ不十分だ。もっと広げるには力が必要だ。

 今の私に出来る力はここまでだ。もっと、もっと力がいる。なら、それを補えばいい。幸いこの場所は墓地だ。私の養分は豊富にある。

 忌み嫌った力が、魂を喰らう力を己の意志で、嬉々として発動していた。

 周囲の魂が吸い寄せられ、私の力に変わって行く。ドンドン、ドンドン、己が変わって行くのが分かる。

 もう、自分は人ではない。人外、バケモノ、畜生の類だ。

 そう呼ばれることに、思われることに嫌悪していたのに、もう関係ない。これで私も、世界も、すべてが終わりだ。

 その魂の中には酷く懐かしく、温かい物もあったけど、それすらももう関係ない。もう私は終わるのだから‥‥‥‥

 

 力が十分にまで満ち足りると、空間を広げる力が安定していく。

 概念空間から様々な思念が溢れてくる。‥‥‥‥これでいい。これで‥‥‥‥全てが終わる。

 私から、全てを奪ったこの世界に終わりを与える。私もこれで終わりを迎える。全てこれでいい。私の世界は‥‥‥‥終わったのだから‥‥‥‥

 多くの思念がこちらの世界にやってくる。その思念さえも喰らい、更に空間を広げていく。力が増していくのを感じる。

 

 だが、なにかがぶつかった。

 

『おや、どうやら世界の壁を越えてしまったようですね。‥‥‥‥おっと失礼、私は‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥誰でしょう? ふむ、次元を超えてしまったせいで、体を失くしてしまったので、名前も失くしてしまいましたね。しかし、これは一体どういう事でしょう。ちょっと記憶を読ませていただきますよ‥‥‥‥‥‥ふむ、なるほど、状況は理解できました。解決策はありますが、今は理解させるには時間が無さそうですね。心が壊れていってますし、このままだと危険ですね。すいませんが当分御厄介になりますので、宿代代わりではないですが、貴方の心を治しましょう。もし貴方が成長して受け入れられる時が来た時、もう一度話をしましょう』

 

「あ‥‥‥‥‥‥」

 

 その何かは、私の意識を抑え込み、概念空間を塞いでしまった。

 ヤメロ、止めろ、止めてくれ!!!!

 声が出ない、力が出ない、怒りが出ない‥‥‥‥全てが抑え込まれて、その場で意識を失った。

 

 

 

 

「ここ‥‥は‥‥」

 

 目を覚ますと、朝になっていた。

 

「‥‥ぁ‥‥」

 

 ここは‥‥‥‥私の部屋だ。父さんと母さんと暮らした私の家で、ここは私の部屋だ。色も柄も私が暮らしていた当時のものだった。

 家は焼け落ちた、だが再び建てられ、そして同じものを用意してくれていた。いつか‥‥‥‥私が帰ってきたときのために‥‥‥‥

 

「‥‥ぁ‥‥ぁ‥‥」

 

 目から何も零れ落ちない。だけど、言葉だけは零れ出た。

 

「た、だい、ま‥‥‥‥とうさん、かあさん‥‥‥‥」

 

 漸く出た言葉は、誰にも届かない。でも、ずっと言いたかった言葉だった。

 

 少し落ち着いて、夜に起こった出来事を思い出して見ると、父さんと母さんの墓を見た後の記憶が不鮮明だった。あのとき何があったのか、何を見たのか、何を感じたのか、良く思い出せない。感情が思い出せない、何かが灯ったような不思議な感覚があったはずなのに、それが何か思い出せない。

 だけど、思い出せたものはあった。父さんと母さんが‥‥‥‥もういない、ということを思い出した。思い出すだけで、心が痛い、苦しい、熱い、壊れて狂いそうになる。だけど、どれほど悲しくても、目から何も流れない。もう涙も流せない。ずっと前に枯れ果てたんだと思う。最後に涙を流したのが何時だったのか、思い出せない。泣けないことがこれほどに苦しいとは、考えたことはなかった。

 でも、せめて‥‥‥‥二人のために、涙を流したかった。

 

 

―――七耀暦1206年 ????

 

「‥‥‥‥ああ、夢を見ていたのか?」

 

 初めて見た光景は薄暗い部屋の天井だった。

 頭が酷く重い気がするし、意識がイマイチはっきりしない。

 だが‥‥‥‥どうやらまだ夢の続きを見ているようだ。

 

 天井の模様に見覚えがある。

 懐かしい匂いがする。

 だけど、私がそこで目覚めるのは、もうあり得ないはずの場所だった。

 

 そして‥‥‥‥視界の端に捉えた人物がいるのも、現状ではあり得ない人だったからだ。

 

「ほう、ようやく目を覚ましたか。久しいな、ハード・ワーク」

 

 男の声には酷く聞き覚えがあった。

 最後に話したのが学院の卒業前だったから、かれこれ3か月ほどぶりだな。

 

「お久しぶりです‥‥‥‥ギリアスさん」

 

 帝国宰相であり、両親の友人であり、私の剣の師であり‥‥‥‥保護者である人だ。

 




諸事情で、全然投稿出来なかったです。


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第四十一話 鉄の誓い

ストック分、投稿します。


―――七耀暦1206年 ヘイムダル

 

side ギリアス・オズボーン

 

 ジュノー海上要塞での一連の出来事を纏めたレポートに眼を通す。しばらく見た後、内容に満足し、レポートをテーブルに置いた。

 

「なるほど、順調に成長しているようで何よりだ。ご苦労だったな、レクター」

 

 私はねぎらいの言葉を吐いたが、レクターは溜息を吐いた。

 

「やれやれ‥‥‥‥どっちの成長の事を言ってるんだか」

「どっちのとは?」

 

 レクターの言わんとすることは察するが、敢えて問い返す。

 

「二人のどっちだ、アンタが言ってんのは?」

 

 レクターを二枚の写真を私の前に進める。一つはリィンの写真を、もう一つは仮面とローブを纏った執行者《社畜》の写真を並べた。

 

「アンタが順調な成長、と言ってんのは《灰の騎士》殿の方か、それとも新進気鋭の《結社》の執行者殿の方か、どっちだって聞いてんだ」

「さて‥‥‥‥どちらであろうかな」

 

 私は明確な答えを出さなかった。

 

「やれやれ、其処は嘘でも自分の息子にしておいてやれよ‥‥‥‥」

「フフ、ずっと昔に手放し、テオに預けた。あれから14年だ‥‥‥‥今更親子だとは言えんさ。それに‥‥‥‥」

 

 私は二枚の写真の内、執行者《社畜》の方の写真を手に持った。

 

「彼との付き合いの方が‥‥‥‥実子よりも長くなっているのでな」

「まあ‥‥‥‥そうだな」

 

 仮面の下の素顔を私もレクターも知っている。なぜなら‥‥‥‥

 

「なあオッサン、ここまで全部‥‥‥‥アンタの筋書き通りか?」

「筋書き通りとは?」

「とぼけんな、アンタがハードを《結社》に入れたことだよ」

「フフ、まあそうだな。一部想定外だが概ね筋書き通りだと言える」

「ああ、そうかよ‥‥」

 

 彼を《結社》に入れたのは私の意向が多分に含まれていることは否定しない。

 

「だが‥‥‥‥彼に《結社》が目を付けることは分かっていた。それはお前にも分かるな、レクター」

「それは‥‥‥‥まあ、だろうな」

 

 レクターも不承不承としながらも同意した。

 

「彼の力は今だ発展途上であり、その上限も定かならない。その上、彼の持つ『闇』は執行者に成るに足るものだ。故に何時かは彼に《結社》が声を掛けるだろうと思っていた。そして、私の見込み通りに事が運んだ」

「‥‥‥‥アイツの卒業後の進路を決めさせるな、なんて言ってきたときから何かあるとは思ってたが、まさか《結社》に入れるとまでは、流石に予想外だったぜ。てっきり、情報局に入れようとしてるのかと思ったもんだ。サイモンのオッサンなんか、ハードが来ると思って『情報局での軍服着用禁止』、何て規則作ってたし‥‥‥‥」

「当初はその予定だった。だが、《結社》の《道化師》から話を持ち掛けられた。ハード・ワークを《結社》に欲しいとのことだった。《道化師》曰く、盟主が彼を欲しがっている、とのことだった。彼は親友の忘れ形見だ、当初は手放すことを考えてはいなかった。だが‥‥‥‥先を見越すと、彼を手放すのが最善だと判断した」

 

 《幻焔計画》を《結社》から奪い早1年半、再び《結社》が動き始める少し前に《道化師》が姿を現した。

 当初は私から《幻焔計画》を奪い返すことを宣言するのかと思ったが、違った。私の保護下にある、ハード・ワークを結社に貰い受けたい、というモノだった。

 漸く来たか、という心境だった。彼は親友の忘れ形見。渡すつもりはない‥‥‥‥と言いたかったが、それを飲み込んだ。彼のこれからを思えば、表の世界では生きにくくなるのは必定。ならば裏の世界で生きていけるように力を付けさせるのが、私に出来る最後の務めだ。幸い《結社》であればリアンヌがいる、彼女が彼を導いてくれるだろう。

 私は了承し、現在の彼は私が当初想定した通り、強く成長し、今や《執行者》となるまでに至った。

 

「しっかしまあ、アイツ自身は就職先が決まらなくって困惑してただろうな。成績は主席、役職は生徒会長、なのに就職先が決まらなかったんじゃ、学院に申し訳が立たない、くらい思ってただろうし‥‥教官なり、俺なりに頼みにきてくれりゃ、いくらでも用意してやったのに‥‥‥‥」

「彼の性格を知っているだろう、彼は誰かに弱みを見せることを良しとしない。誰にも頼らず、一人で何とかしなければ、と思ってしまう。‥‥‥‥そういう風にしか生きられない」

「っ! ああ、知ってるよ、それくらいさ‥‥‥‥それなりになげぇ付き合いだからな」

 

 レクターは飄々としているが、その手が強く握られているのは見て取れた。

 レクターにとって、彼―――ハード・ワークは恩人の子であり、弟分のようなものだった。だからこそ、弟分に弱みさえ見せられない程、頼られなかったことは酷く心を痛めていた。

 だが、仕方ないことでもある。ハード・ワークは誰かに頼って生きることを知らない。

 

 彼の口から自身の過去を話したことはない。だが、その軌跡を辿れば『壮絶』と言う言葉すら『生温い』と感じる程の地獄を生きてきた。いや‥‥生き抜いてしまった、と分かる。故に誰かに頼るような生き方を知らずに過ごしてしまった。頼れないし、頼らない、不器用だと言ってしまえばそれまでだが、そうせざるを得なかった。そして、その生き方は今も変えられていない。

 

「私の下では、彼に先はない。だから、彼を《結社》に委ねた。‥‥‥‥私の側に置けば、いずれそれが彼の足枷になる」

 

 私の結末は決まっている。

 誰にも言う訳にはいかない、それを察しているのは目の前のレクターくらいだ。ルーファスもクレアもミリアムも先の事を知らない。ましてやハードも‥‥‥‥

 もうそれほど長き時があるわけではない。叶うならば、二人に代わり彼の行く末を見届けたかった。

 それが私の責務‥‥‥‥彼から両親を奪った者として、成さなければならないモノだった。

 

「私は親友の忘れ形見にこれ以上の重荷を背負わせることは許されない。彼から父と母を奪い、その上、彼の人生まで奪うなど、到底許せない。彼はもう自由になっていい、何物にも縛られず、自由に生きていいのだ。‥‥‥‥彼には、何一つ責などないのだから‥‥」

「‥‥‥‥オッサン」

「だが、不思議なものだ。実子には何もしてこなかったというのに、他人の子には随分と甘かった。剣を教え、勉学を教えた。それが楽しかったのかもしれん、成長を見る事がこれほどに楽しく、心躍るのかと、知ることになるとは、そんな資格、私には無いというのに‥‥‥‥思えば私の後継として最も期待していたのが、彼になるとは‥‥‥‥皮肉なものだ。彼の両親を奪った者が彼に期待するなど恥知らずにもほどがある‥‥‥‥」

 

 目をつぶると、思い出す。

 ハードに初めて出会ったあの夜の事を、鮮明に思い出せる。

 あの時の衝撃は早々忘れることは出来ない。だが、あれがあったからこそ、彼を私の下に置き、育てることを決めた。

 その決断が酷く打算的なものであるのは否定しない。だが必要なのだ、彼の力が。

 故に私に出来る全てを持って彼を鍛え上げた。そして想定以上の力に至った。彼の力があれば‥‥‥‥

 

 私が考え込んでいると、ふぅ、とため息をつく音が聞こえた。

 

「やれやれ、アンタもハードも大概だな。似た者師弟だよ。‥‥‥‥別にハードはあんたの事、仇だなんて思ってないだろうし、おやっさんも姐さんも別にアンタを恨むことなんかなかったさ、それこそ死ぬまで、アンタを恨んでもいなかった。‥‥‥‥それ以上言えば、あの二人に対する侮辱だ」

 

 レクターはそう言って私を睨む。

 そうだな、確かに私が言ったことは二人に対しての侮辱に他ならない。

 今の帝国を影から支える情報局を作った二人の功労者‥‥‥‥いや、我が生涯の友への侮辱だ。

 ‥‥‥‥だが、思ってしまう。今でもあの時の判断が間違っていたんではないかと、ずっと思ってしまっている。

 

 

 

―――七耀暦1198年 ヘイムダル

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「ハード君!!!!!!」

 

 親友の忘れ形見が壊れる瞬間を見た。いや‥‥‥‥私が壊した。

 

 亡き友―――ネット・ワーク、ソーシャル・メディアの両名とは学生時代に出会い、苦楽を共にした良き友人‥‥‥‥いや親友だった。ネットとは武を競い、ソーシャルとは智を競い、力を高め合った好敵手でもあった。結局どちらにも学生時代には勝ちきるには至らず、武での一位をネットに、智の一位をソーシャルに譲ったものの、総合成績一位となることは出来た。

 

 学生としての終わりを迎える間際、二人から相談を受けた。二人の結婚話だった。私も親友として、彼らの結婚を心から喜び祝福した。二人は何時までも夫婦仲は良く、こちらの方が困るほどだった。挙句、早く結婚しろ、と会うたびに言われ、若干辟易していたほどだった。

 

 私が三十路を過ぎ、カーシャと出会い、結婚を考えた頃、二人に猛烈に押し込まれた。有難迷惑この上なかったが、二人の裏表のない感情は素直に嬉しかった。

 

 そして、子が‥‥‥‥リィンが生まれた。カーシャの出産を支えて、取り上げたのはソーシャルだった。

 彼女は学院を卒業した後、医学を学び、医療大隊の少佐になった。だが、そんな彼女も経験のない分野である出産には多く苦労があったはずだ。それでも彼女は少しの時間も学びの時間に回し、助産師として、リィンを取り上げてくれた。

 彼女に心の底から感謝しているし、リィンが生まれた時、私以上に喜び大泣きしたネットに対しても同じくらい感謝した。

 だが、そんな二人に対し、心苦しい思いがあった。二人の間に子供が出来なかったからだ。そのことに若干の引け目を感じていたが、当の二人は大層リィンを可愛がってくれた。

 

 それから月日が過ぎ、私はカーシャを、リィンを、失った‥‥‥‥イシュメルガの呪いによって。私はリィンをテオに預け、戦争を終結させ、エレボニア帝国宰相の地位を得た。全ては‥‥‥‥黒を滅ぼすために。

 

 そんな折にネットとソーシャルから相談を受けた。子供を引き取りたい、と言う事だった。二人は私に配慮したんだろう、妻と子を失った私に‥‥‥‥だが、そんな事を遠慮する必要はなかった。例えこの身が不死に変わろうと、彼らは大切な親友だ。その二人が待ち望んだ子供を得るというのなら、それを後押ししたかった。

 

 二人が引き取った子は孤児だった。名はハード、保護した当時は覚えていることはそれだけだったらしい。だが、二人は大層その子を愛した。

 二人が引き取った子供は非常に優秀だった。当初は親の贔屓目か、という思いもあったが、真実優秀だった。力が強く、頭が良い、そんなありきたりな言葉で片付けるには一線を画していた。

 帝国最強の一角に数えられたネットが武を、帝国最高の賢人と謳われたソーシャルが知を、それぞれ教えたそうだ。それ故の結果、と言えばそれだけだが、それを耐えうることが出来るという段階で、その子の有能さを証明していた。

 ネットとの立ち合いを嬉々として臨む者など、帝国に置いて上位の実力者にしかおらず、ソーシャルの智謀についていける者もまた国内に置いて極少数だけだった。

 当初話を聞いたとき、子供には酷だと思いはした。だが、それを乗り越えんと努力し、順調な成長を遂げていたそうだ。

 二人は子を得て、今まで以上に嬉しそうだった。

 

 だが、私のせいで、その幸せが壊れた。

 

 『帝国軍情報局』、国の内外の諜報活動を行う機関の設立を目指し、それをネットに任せた。

 今後の私の手足として働いてもらうため、信用が置ける者でなければならない上に、階級の別なく、身分の枠に囚われない、そんな組織故にその人選には慎重を期す必要があった。それを考えた時、最初に思い当たったのが‥‥‥‥ネットだった。

 幸い、ネットはすんなりと了承してくれ、設立に向け、奔走してくれた。

 その過程で、アランドールの息子であるレクターに、リーヴェルトの娘であるクレアの才を伸ばし、今後の人員の整備も取り掛かってくれていた。ありがたいことこの上なかった。

 だが、いくらネットでも限界はあった。仕事に追われ、指導に追われ、時間に追われ、そうして家族での暮らしを減らさせてしまった。折角出来た子供との家族の団欒を私が奪ってしまった。

 だが、ネットは私を責める事など決してなかった。それどころか、これからの帝国の行く末を案じ、必要な事だと理解を示してくれた。その上、ソーシャルまで手を貸してくれた。ありがたいことに、ソーシャルの加入で設立までの期間は当初よりもずっと短縮できた。

 それに人間関係においても、クレアは随分とソーシャルを慕っていた。類まれな情報処理能力を持つ彼女はクレアにとって良き見本となったようだが、自身より年長の同性と言う事もあり、甘えることが出来た存在でもあった。

 レクターにしても、ソーシャルに世話を焼かれていた。まるで母親と息子の様であった。『うちの子より手が掛かるから楽しい』、というのが彼女の感想であり、レクターも自身より年下の子以下だと思われるのが癪だったようで、若干の改善を見せていた。

 

 その様にうまく回っている最中、あの忌まわしい夜がやってきた。二人が変わった、いや変わらざるを得なかった夜だった。

 ネットの家が火事に遇った。家の中には親の帰りを待つ子供が一人。結果として、家は全焼で、家の中には焼死した子供が一人。状況は火を見るよりも明らかだった。焼死した子供はネットとソーシャルの子供だと、誰もが思った。そんな中、ただ二人だけ―――ネットとソーシャルは違うと言い切った。

 体格も似通っていて、顔を熱によって原型を留めていないため判別は不可だ。だが、それでも、違うと、『自分の子供を間違える親はいない』と言い切った。

 当初は二人が‥‥‥‥現実を受け入れられないだけだと、思った。

 だが、後に二人の言う事が、正しかったと分かった。そして放火犯を捕らえる事に成功した。その事情聴取はネットとソーシャルではない誰かがやるべきだと、皆が思った。だが、それを押して、ネットが、ソーシャルが、取り調べを行う、と言い切った。

 その時の二人を見た全員が‥‥‥‥恐怖した。二人は一切の感情を見せなかった。怒りを、憎しみを、悲しみを、全ての感情を超越し、無の感情だったそうだ。そして淡々と事情聴取を行い、職務を全うする様を見せた。

 そして、そのとき初めて、帝国にて《D∴G教団》の被害が確認された。

 

 ネットとソーシャルはその後、寝る間も惜しんで《D∴G教団》に調べ上げた。カルバート、レミフェリア、リベール、そしてクロスベル、各国での被害状況など事細かく調べ、被害者が子供だと言う事を調べ上げた。各国の被害状況から拠点は一つではなく、世界各国にあることを導き出した。それらの情報交換を世界各国と行い、遂には遊撃士主導での教団殲滅作戦が行われ、教団の拠点の大部分が破壊され、教団組織は壊滅した。

 

 その後、壊滅した組織から被験者のリストを見つけ、その中には確かにハード・ワークの名があった。そして、其処には二人にとって信じがたい事実が書かれていた。

 被験者の実験記録と身体検査の結果が書かれていた。筋肉の増強、骨の強化、柔軟性の向上、視神経の発達‥‥‥‥上げればキリがない程、多くの実験が行われていて、それら全てに耐えきった、と言う事だった。そして、身体検査の結果には『ハード・ワークの体には通常の人体からは検出できない物質があり、人工的に作り上げられたホムンクルスである』と言う事が書かれていた。その資料を見て二人は‥‥‥‥怒り狂った。

 愛した我が子が『人』ではないと、知ったから‥‥‥‥‥‥ではなかった。真に怒ったのは、その資料に現在の居場所が書かれていないことに、怒っていた。

 自分の子供が人であろうがホムンクルスであろうが、愛する我が子に代わりはない、と言い切った。だが、漸く安堵出来た。二人の言う通り、ハード君は火事で死んだわけではないし、実験の犠牲者でもない、という点だった。

 ハードは生きている、と知ったときの二人は‥‥‥‥泣いた。人目をはばからず、泣いた。だが誰もそれを止めようとは思わなかった。

 愛する我が子がいなくなって、数年が経った。生きている、と信じていても、その確信を得るまで、必死で耐えていた。己を殺し、戒め、歯を食いしばって耐え続けた。

 

 あの日の夜に何故共に居れなかったと責め続けていたのを、皆が知っていた。

 彼が何時でも帰ってこれるように家を建て直し、明かりをいつも点けていることを、皆が知っていた。

 いつも一人分多くの食事を用意しているのを、皆が知っていた。

 

 あと一息だと、皆が思っていた。もう少しで、家族が元に戻れる、と思っていた。

 だが‥‥‥‥その日は訪れなかった。

 

 突然の出来事だった。

 ネットが意識不明で病院に運ばれた。

 原因は‥‥‥‥調査中の事故だった。階段で足を滑らせ、頭を強く打った。

 最初はそれを聞いて、理解が出来なかった。ネットが、足を滑らせたことも、ましてや無防備に頭を打ち、意識不明に陥ったということが、その全てが理解できなかった。

 ネットの足腰の強さも、打たれ強さも、危機的状況からの回避術も、身に染みて良く知っていた。

 私は病院に急ぎ向かい、ネットを見た時には、衝撃を受けた。倒れる少し前に見た時よりも、顔の輪郭が変わっていた。頬が痩せこけ、眼の下には隈があり、見るからに健康体そのものだったネットが見る影もなかった。聞けば体重が随分と減っている上、睡眠時間さえまともにとってはいなかった。

 医師の言葉では、栄養失調、睡眠不足、過労からくる疲れの蓄積、精神的な不安、それらが重なり今回の状況に至ったと語った。もっと早くに倒れていてもおかしくはなかったそうだ。それを踏み止まらせたのは、息子を探すという使命感、いや親の性とでもいうものだ。

 だが、遂に超えてしまった。ネットの肉体が、精神が、限界を超えたのは火を見るよりも明らかだ。これを機にソーシャルと共に強引にでも休ませるべきだと、判断を下した。しかし‥‥‥‥遅かった。

 今度はソーシャルが倒れた、ネットの知らせを聞いて、発狂し、狂乱し、最後には糸が切れたかの様に、動かなくなった。こちらは外傷によるものではなく、精神的なものだった。きっと大丈夫だ、ネットは生きている。それを伝えれば正気に戻る、とそう思っていた。

 だが、彼女はそれからしばらく目を覚ますことはなかった。

 

 この事を、ネットに伝えるのは、酷だった。今の状態のネットに伝えるのは、残酷だと、思った。だから、何食わぬ顔で隠そうとさえ思った。だが、私の親友はそんな私の心を見透かしていた。

 アイツは‥‥‥‥私の表情から全てを察して、『ウソが下手だな』と言って、笑った。それからすぐに状態が悪化した。アイツは力尽きる最後、私にこう言い残した。『ハードは、俺、と、ソーシャル、の子供、だ。必ず、いき、て、る‥‥‥‥ギリアス、ハード、が、かえ、って、きた、ら、俺達、の、墓の、前に、連れて、きて、くれ』

 縁起でもないことを言うな! と怒りたかった。お前が死ぬわけがない。あの強かったネットが、こんなことで‥‥‥‥、だが、ネットの眼が、全てを訴えていた。もう、眼も見えていなかった。私の手を掴むアイツの手がこれまでに感じたことがない程‥‥‥‥弱弱しかった。

 私は力一杯、手を握った。ああ、これが‥‥‥‥最後、なのだな‥‥‥‥

 それが分かったとき、せめて親友を安心させるべく、

 

 『任せろ、必ず、連れて行く。だから‥‥‥‥』

 

 力一杯、答えて見せた。

 それを見届けた親友は、笑って逝った。 

 

 親友を看取って半年ほど経った後ソーシャルが目を覚ました。

 うっすらと目を開け、周囲を見渡して、小さい声で『‥‥そっか‥‥』と言った後、息を引き取った。

 彼女は周囲の状況を見て全てを悟った。優秀な彼女の知性故に察してしまった。

 何も状況は好転していなかっただけでなく、最愛の人がまた一人いなくなったことを、理解してしまった。それ故に全てを諦めて目を瞑った。 

 

 嘘だと‥‥‥‥言いたかった。彼女の手を取り、これは現実だと思い知らされた。失われていく体温が、彼女の死は現実だと、真実だと、事実だと、思い知らせてきた。

 大切な‥‥‥‥友人だった。私にとって、かけがえのない、大切な‥‥‥‥人だった。学生時代から、いつも彼女に助けられてきた。何も彼女に‥‥‥‥返せていない。一度として彼女に‥‥‥‥返せなかった。リィンを取り上げてくれた彼女に、情報局設立を助けてくれた彼女に、何も返せなかった。

 

 親友二人を喪った後、私に残されたのは使命感だった。

 親友二人に対して、報いる為に二人の子供を探すことを心に誓った。

 そう心に誓ってすぐに事態は好転した。

 

 国境を越え、帝国領に入った不審な存在が確認された。当初は他国の間者だと思われ、その存在を追った。すると、その存在は子供だった。

 いくつかの部隊がその少年を追ったが捕らえるには至らなかった。だが、その少年の姿形は捉えることが出来た。その姿を見た時、直ぐに分かった‥‥‥‥ハード・ワークだと。

 

 帝国軍情報局にハード・ワークの顔を知らない者はいない。誘拐される前にはネットが頻繁に写真を見せていた、自慢の息子だと、大層な親バカっぷりを見せていた。そして、誘拐されて以後は、全員に周知徹底させ、目撃情報を募ったこともあった。

 私は即座に彼を保護するように指示を出し向かわせた。

 彼の生存を、帰還を待ち望んでいた者はもういないが、それでも約束を果たさなければならなかった。ネットのために、ソーシャルのために、約束を果たさなければならなかった。だが、思うようにいかなかった。

 

 彼は人の気配に敏感だった。多くの人員を配して、捜索すれば、痕跡は見つかるが、決して姿は見せなかった。

 姿を見かけ、追わせれば、驚異的な脚力で追走を振り切り、圧倒的な筋力で岩山や木を登り、誰にも追いつくことなど出来なかった。

 その奇抜な発想も、それを実現させる能力も正に両親を良きところを足したような子だった。

 だが、彼の足取りは真っ直ぐに帝都に向かっていた。故にこのまま彼が帝都にたどり着けるように、帝都以外への道に行きそうな場合のみ人を配し、その足取りを妨げないことにした。

 結果として、彼が道を外れることなく帝都にたどり着いた。そして彼が向かったのは‥‥‥‥やはり、彼が暮らした家だった。

 事前にレクターを向かわせ、家に灯りを付けさせた。我ながら酷な事だ、希望の灯を見せ、絶望に落とす。とても残酷な事だ。だが、ここで彼を止めなければ、もう彼を止める手立てがない。

 

 果たさなければならない、親友の最後の願いを。彼らに最期に対してウソだけはつけない。そして、告げなくてはならない。君を誰よりも愛した二人の生きざまを‥‥‥‥

 

 私がネットの家に向かうと彼がいた。

 体に傷はない、だが、衣服と呼べない程にボロボロになった布は酷く汚れていた。不思議に思った、何故あれほど衣服がボロボロだと言うのに、体に小さな傷すらないのかと‥‥‥‥

 だが、そんな疑問を持つ前に、彼に伝えねばならなかった。彼の父の事、母の事を、それが私の役目であり、咎であるから。

 

「君がハード・ワーク君だね。私はギリアス・オズボーン、君のお父さん、ネットと君のお母さん、ソーシャルの友人だ」

 

 彼の目に光が宿った。

 

「君の父ネットと母ソーシャルとの約束を果たすため、ここで君を待っていた。さあ、来たまえ、君の会いたがっていた二人に会わせてあげよう」

 

 私は彼を背負い、親友が待つ場所―――墓に向かった。

 

 

 私は彼に話した。彼にとっての父と母の事を、私にとっての親友の事を、知り得る限りの全てを話した。

 道中の彼は弱弱しいが、それでも力強く握っていた。

 

 彼を背負っていると思い出す、手放してしまった我が子の事を。

 彼と歳は同じだった。もしあのようなことが無ければ、私はリィンを手放さず、彼とリィンは友達に成っていたかもしれない。私にとってのネットの様な、心から信頼できる友の様になれていたかもしれないな。今更だがな‥‥‥‥

 

 話をしながらも歩を進め、遂にたどり着いた。

 これから彼が気づく真実はとても残酷だ。だが、今更誤魔化すことなど最早出来ない。今更痛める心などとうに失ったが、それでも尚、傷んだ。

 

「‥‥‥‥さあ、ここだ」

 

 私が彼に見せた親友の墓を最初は理解できない。だが、直ぐに出来る事だろう、聡明な子、故に‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥え、お墓? 誰の‥‥‥‥あ、あ、あ、あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああ」

 

 静かな墓地に絶叫が響き渡る。

 ‥‥‥‥こうなることは容易に分かっていた。

 彼がどれだけ傷つきながらこの帝都まで帰ってきたのか知っている。彼に行われた人体実験も入手した資料から分かるだけで想像を絶していた。肉体的なダメージがどれ程なのか、最早想像がつかない。

 そして、私がまた彼を追い詰めている。

 

「‥‥ぁ‥‥」

 

 彼はその場に膝を付いた。全身から力が抜け落ちている。このような姿を見ることになるだろう、と思っていた。

 愛ゆえに悲しみが生まれる。二人を心底愛していたが故に、彼はここまで帰ってきたし、今も悲嘆に暮れている。

 彼を愛するが故に文字通りすべてを‥‥己の命すら使いきった親友に対して尊敬の念しか浮かばない。

 私には出来なかったことだ。妻を失い、子を手放した。イシュメルガに仕組まれたことであったが、その呪縛を乗り越えることが出来なかった。命を救えたリィンと共に暮らす未来があったのかもしれない。だが、その道を選べなかった。私が‥‥‥‥弱かった故に。

 

 私の身にはドライケルスの血は流れていない。だが、私は250年の時を経て転生し、この世に生まれた。そのことを思い出したのは、ギリアス・オズボーンとしての生が終わった時だった。

 かつてのドライケルスだった時、その母に『貴方の血は、決して帝国の不幸を見過ごせない』と言われた。その言葉は正しかった。帝国の不幸を見過ごせなくなり、立ち上がった。

 多くの不幸があった。友を失い、彼女も失い、多くの大切な者を失い、漸く訪れた平和だった。

 それから幾年が流れ、終わりの時が迫る中、あの忌まわしき声が私に届いた。

 その声はヴァリマールと比べるのもおぞましいものだった。だが生涯を終えるまで、耐えきった。

 それから転生して、声が聞こえてきた。何度も、何度も、おぞましい声を掛け続けてきた。だが、それを跳ね除け続けるうちにネットに出会い、ソーシャルと出会い、カーシャと出会い、リィンを得た。

 人生の絶頂期だった。あの声も聞こえなくなるほどの幸福な時だった。故に‥‥‥‥油断した。

 

 カーシャを失い、リィンも失う寸前であった。その折に声を掛けてきた。狡猾な罠であった、断ればリィンの命はない。私には選択肢はなかった。黒の起動者となるしか、リィンを救う道はなかった。

 私は黒の契約者になり、私の心臓はリィンに与え、死は免れた。だが、私の側に置くことはもうできなかった。一度失ったからこそ、もう一度失うことに耐えれなかった。そのためリィンをテオに預けた。せめてリィンだけは健やかに育って欲しかった。母を守れなかった、愚かな父のたった一つの願いであった。

 

 そんな臆病な私に対し、ネットとソーシャルは偉大だった。

 自身の子でなくともその愛の深さは実の子を手放した私など比べものにならなかった。

 彼ら二人は勇敢に、どれほど絶望的な状況であっても、ただ自身の子を信じ続けた。一度でも子の生存を疑えば、揺らいでしまう中、必死で信じ続けた。彼らは見事、自身の子が生きているという事実を手繰り寄せた。

 私には出来なかった。リィンを守り切ることも、リィンと共に暮らして生きて行くことを選ぶことも、出来なかった。二人に比べ、どれ程弱かったことか、思い知らされた。学生時代から、二人と切磋琢磨してきたが、終ぞ勝てなかった。

 そんな二人の子であっても、こんな状況はあまりに酷だ。

 もう少しやり方があったのかもしれない。ネットとの約束ではあったが、もう少し落ち着かせてからでも良かったのかもしれない。

 そんな思いが頭を駆け巡る。

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 静かな墓所に絶叫が響き渡る。

 その声で思考の海から引き戻される。

 今の私に出来ることは後悔することでも、無駄な思考に費やすことでもない。‥‥‥‥一刻も早く彼を休ませることだ。

 もう彼は限界だ。肉体的にも、精神的にも‥‥‥‥

 

 慟哭を上げる彼の下に歩を進める。

 もし彼が暴れたとしても、抑え込むのに問題はない。一線を退いたとはいえ、百式軍刀術の達人でもあった身、いくら彼が強いとは言え、造作もないことだ。だが、私は彼に一切の抵抗もするつもりもない。

 彼が私を憎み、怒り、拳を振り上げたとしても、私は受けなければならない。

 それで彼の気が晴れるならいくらでも殴るがいい。もしこの首が欲しいと言うなら、喜んで差し出そう。‥‥‥‥生憎だが命はやれないがな。

 

 彼にはそれをするだけの理由があり、資格がある。

 彼から父と母を奪ったのは私だ。そんなつもりがなかったとしても、結果的にそうなったとしても、全ての責任は私に帰結する。

 もし私がネットに情報局設立に協力を求めなければ、もしソーシャルを駆り出す様な状況になる前に手を打っていれば、あの日の夜だけ早くに帰るように言っていれば、そもそも私がネットやソーシャルに出会わなければ、彼は今も平穏に暮らせていたはずだ。

 私が居たから‥‥‥‥今、彼は泣いている。

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 一頻り泣いた後、慟哭が止んだ。

 彼が叫び疲れたのか、それとも、もう声すら上げる力すら使い切ったのか、こちらからは伺い知れない。 

 再び墓所に静寂が戻った。

 ‥‥‥‥だが、何かがおかしい‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 彼が再び立ち上がり、手を宙にかざす。

 すると‥‥‥‥‥‥‥‥割れた。

 

「なっ!?」

 

 驚きのあまり声が漏れた。

 今、目の前で何が起こったのか、正しく理解できなかった。

 当たり前だ、いくら何でもこんな現象が起こるなど、予想できるはずもない。

 文字通り割れたのだ‥‥‥‥空が‥‥‥‥

 

 この現象を引き起こしているのは紛れもなく彼だ。

 私はこの現象を引き起こす彼を止める‥‥‥‥‥‥‥‥べきなんだが、もう少し見極めたくなった。

 

 一体どうして彼にこれほどの力があるのか?

 これは彼が教団の実験によって得た力なのか?

 それとも、彼の特異な生まれ‥‥‥‥いや、特異な生物―――ホムンクルス故に備わった力なのか? その答えは今は分からない。だが‥‥‥‥もしかすれば、私にとっての有用な‥‥‥‥‥‥‥‥武器になるかもしれない。

 

「くううううううっ!!!」

 

 彼が苦悶の表情を浮かべだした。力の反動か、それとも別の何かか‥‥

 彼の力について考察を進めている最中、周囲の何かが彼に集まっていく。その力が彼の吸い込まれていく毎に、彼の力が増していき、ドンドンと空間に穴が広がっていく。だが‥‥‥‥

 

「あ‥‥‥‥‥‥」

 

 一際大きな光が彼に吸い込まれたと同時に、力が抑えられていった。

 そして遂には‥‥‥‥空間が元に戻った。

 彼はその場に倒れ込んだ。

 

「‥‥‥‥息はある。だが、一体何が?」

 

 状態を確認しても、彼の体に異常は見受けられない。周囲の状況も元の静寂に戻っている。

 訪れた時と同じ光景に戻っている。

 

「まあいい。今は‥‥‥‥彼の今後をどうするか」

 

 私は再びここを訪れた時と同じ様に背負い、来た道を戻りながら考えていた。

 私の庇護下に置くことは当然であるが、最終的な位置づけをどうするか、レクターやクレアの様に鉄血の子供達にするのか‥‥‥‥いや、それ以前にまず彼について調べなければならんな。

 先程見せた力がどういったものなのか興味がある、それと彼自身の生い立ち―――ホムンクルスの製造場所がどこであるのか調べておく必要がある。

 私が黒の起動者になったとはいえ、黒の工房は今はまだ結社の十三工房の一つに過ぎない。そこからまずは切り崩さねば、大いなる黄昏を起こすには至らない。

 

 やれやれ、まだまだやるべきことは多々あるか‥‥‥‥だが、やり遂げなければならない。

 大切な者を喪った、もうこれ以上喪う訳にはいかない。そして、喪ってはいけないものもある。

 今度こそ守り抜く、大切な我が子を、大切な親友が守った者を、私が守って見せる。

 

 

 

 

―――七耀暦1206年 ????

 

「‥‥ああ、寝ていたのか‥‥」

 

 私は椅子に腰かけ、昔の事を思い出しているうちに眠っていたようだ。

 懐かしい夢だった。亡き親友の事を、その忘れ形見の事を改めて思い出させる夢だった。

 夢を見る事など、久しくなかった。だが、こんな状況で見ると言う事は、そうさせる何かがあるのだろう。

 大いなる黄昏まであとわずか‥‥激動の時は間近にまで迫ってきた。

 

「最後に残るのは誰になるか、私か、リアンヌか、それとも‥‥‥‥誰になるだろうか、君には分かるかね‥‥‥‥ハード・ワーク」

 

 眼前にて眠る亡き親友の忘れ形見に語り掛ける。

 我がもとに戻ってきて数日、今だ一度として目覚めない。だが、遂に答えた。

 

 

 

「フッ、久しいな‥‥‥‥ハード」

 

 久方ぶりに見た亡き親友の忘れ形見は心底意外そうな顔で私を見た。

 




長すぎた。
読んでくださった方、ありがとうございました。


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第四十二話 保護者面談

ストック分投稿します。


―――七耀暦1206年 ヘイムダル

 

「ほう、ようやく目を覚ましたか。久しいな、ハード」

 

 目を覚ますと帝国宰相―――ギリアス・オズボーンが目の前にいた。

 

「お久しぶりです‥‥‥‥ギリアスさん」

 

 意識を取り戻して最初に見る顔がこの人だとは驚きだ。帝国宰相であり、常に多忙を極めているこの人がどうして、という思いだった。

 

「どうして‥‥貴方が‥‥」

「ふむ、どうして、か。君が目を覚まさないと連絡を受ければ、様子を見に来てもおかしくはあるまい。私は君の‥‥‥‥保護者だからな」

「‥‥まあ、確かに‥‥」

 

 その答えに思わず納得してしまう。

 ギリアスさんは親のいない私にとって、保護者であり、帝都に戻ってからトールズに入学するまでの間、生活を共にしていた。常々私の事を気にかけてもらっていた、ということは感じていた。身寄りのない私を引き取ってくれたことを、力を付けさせてくれたことを、実の子以上に面倒を見てくれたことを、非常に感謝している。

 だが、一体どうして私の目の前にこの人がいるのか‥‥‥‥そして、この場所にどうして、私がいるのかも理解が出来なかった。だってここは‥‥‥‥‥‥‥‥

 

「ふむ、この場所にいるのがそんなに意外かね?」

「‥‥‥‥ええ、ここに来ることは‥‥もうないと思ってましたので‥‥‥‥」

「ふふふ、何をそれほど驚くことがある。ここは‥‥‥‥君の家ではないか?」

 

 見覚えのある天井と壁の色、見覚えのあり過ぎるベッドからの光景、そして何故だか懐かしく感じる匂い‥‥‥‥ああ、確かにここは私が住んでいた家だ。

 だが、ここはもう私の家ではない。それは何よりこの人が一番知っているはずだ。

 

「ここは売ったはずです、トールズに入学するときに。手続きをしてくれたのは貴方だったじゃないですか」

「ふむ、おかしなことを聞く。ここは君の家で、ここは君の部屋だ。今も昔も、この家に君が来て、ハード・ワークとなった日からずっとここは君の部屋だ」

 

 至極当然、と言った表情で言ってのける表情は紛れもなく政治家『鉄血宰相』その人だ。

 だが、おかしい。この家は私が学院に入学する際に手続きをして、放棄した。

 ‥‥‥‥父さんと母さんと暮らした家、いや、その家は燃えてしまったが、今も同じ場所に、同じ内装で存在するこの家を手放すことには葛藤があった。だが、もうここにいるのは苦しすぎた。

 誰も帰ってこない広い家を私一人で維持するには労力が‥‥‥‥いや、そうではないな。労力など微々たるもの、本当のところは‥‥‥‥虚しかったのだ。

 だから学院入学を期に、家を誰かに使って欲しかった。私では持て余す、立派な家だ。ここを壊すことはどうしても出来なかった。だから、せめて誰かにこの家を使って欲しかった。

 

「‥‥‥‥もうこの家は人手に渡ったはずです。それはあの日手続きしてくれたギリアスさんが一番ご存じのはずです。それにあの時ミラも頂きました。もう私の家ではありません」

「ああ、あの時のか‥‥‥‥」

 

 私の返答にギリアスさんは当時の事を思い出し、私に答えを返した。

 

「アレは‥‥‥‥私が君から家を借りるための契約だ。多額のミラは、その際に君に家賃を一括で先払いで渡したに過ぎない。それに期間は君が学院を卒業するまでの間だ。契約書にもその様に明記してあった。その契約も君が学院を卒業した月を持って、満了し、私はこの家の所有権を君に返上した。故に今の正当な所有者は紛れもなくハード・ワーク、君だ」

「‥‥‥‥え?」

「この家は二人が君に残した物だ。確かに君にとっては重荷に感じる場所かもしれん。だが、私は二人が君の帰りを待っていたのを知っている。そして、君がこの家に帰ってこない二人のために居続けることに苦しんでいたことも知っている。だからこそ‥‥‥‥私はこの家を預かった。君がいつか帰ってくる気になったときのために、預かっていただけだ。誰かの手に渡ってしまったとき、きっと君は後悔する。そんな後悔をしない様に窘めるのが‥‥‥‥保護者の責務だ」

「っ!‥‥‥‥ありがとう、ございます」

 

 ‥‥‥‥やっぱりこの人にはかなわない。

 いつか私が後悔することを見抜かれていた。掌の上で転がされているような心境だが‥‥‥‥それでよかったと、今なら思う。

 ああ‥‥‥‥なぜだろうな、目が熱い。

 ‥‥‥‥久しく感じたことがない感覚だ。

 

 

「さて、目が覚めて早々だが、君にはいくつか話さなければならないことがある」

 

 部屋を移動し、テーブルを挟んで向かい合う。ギリアスさんの表情は‥‥‥‥酷く神妙だった。

 

「まずは、全ての事の始まりから話そう。君が何故‥‥‥‥何処にも就職出来なかったのか」

「‥‥‥‥へ?」

「あれは、今から半年ほど前の事だ‥‥‥‥」

 

 いきなりの内容に理解が出来ないまま話が始まった。その内容は酷く驚きがあった。

 

「すまんな、君の就職先をこちらの都合で決めてしまって‥‥」

「いえ、別にその程度の事は‥‥ただ出来れば前広に教えて頂ければ幸いです」

「うむ、では以後はその様にしよう」

 

 結社への就職はギリアスさんの意向も反映されていたのか。まあ、個人的には結社に入ったおかげで充実した毎日を送れている。

 多くの仲間がいる、多くの先達がいる、多くの強者がいる、そんな結社は私を強くしてくれた。今更出て行くなど、自分では考えられない。追い出されるまで、今の居場所にしがみつきたいと心の底から思っている。

 ただ、かつての恩ある方々に対しては、敵対するに至ったことには申し訳ないとは思っている。

 

「まあ、君が《結社》に行ってくれたおかげで彼らの動向も非常に追いやすかった。我々は君が《結社》の一員であることが分かっているので、君の行方を追うだけで、結社の目的も知ることが出来た。まあ、《結社》側もそれが分かった上で君の行動を容認していたのだろう」

 

 ああ、そういうことか。ギリアスさんが私を《結社》に送り出したのは所謂スパイ的な役割を期待していたのか。だったら申し訳ないな、そんなスパイらしい行動など一切していない。

 《結社》に利する行動しかしていない。コロッケ屋で利益を上げ《結社》の資金面に貢献し、様々な技能を学び、それを活用し結社の行動に貢献し、更には自身の鍛錬を行い積極的に自己アピールをし、戦線への投入を志願していただけだった。

 ギリアスさんが事前にそういった目的で私を結社に入れたのであれば、それを言っておいて頂ければ、その目的に即した行動を心掛けていたんだが‥‥‥‥

 

「さて、ここまでは過去の事を話したが、ここからは‥‥‥‥これから先に起こる出来事に関して、話しておこう」

「先に起こること?」

「君には以前話したな、帝国の歴史、二年前の戦争の表と裏、そして‥‥‥‥七の騎神について‥‥‥‥」

 

 私がギリアスさんに引き取られ、多くの事を教えてもらった。政治に経済、武術など多くの事を学んだが中でもよく教えられたのが、帝国の歴史だった。

 建国から発展、災厄、内戦、そして英雄譚に至るまで教えられた。そして、二年前に帝国に古の時代から再起動した機械人形―――騎神についても‥‥‥‥

 

「ええ、確かに聞きましたね。それが一体なにか?」

「‥‥‥‥黒の史書についても教えたことがあったな?」

「黒の史書‥‥‥‥ええ、確か過去の歴史が記された帝国皇帝家に伝わる秘宝でしたっけ?」

「うむ、その認識で合っている。黒の史書に書かれていることは必ず起こる。過去に起こった事件もそうであったように、これから起こることも、避けることの出来ない事象である」

「‥‥‥‥一体これから何が起こるというんですか‥‥‥‥」

「‥‥‥‥幻焔計画の最終目的―――『相克』だ」

 

 幻焔計画、結社が2年前にギリアスさんに奪われたというオルフェウス最終計画の第二段階。

 私は2年前の当時を知らない。話では聞いていたが、全容も目的も、いまいち理解できなかった。

 

「幻焔計画の最終目的とは、《巨イナル黄昏》を発動させ『七の相克』を起こし《巨イナル一》を再錬成することだ。ことここに至っては結社と共闘する方が利がある、と判断し、協力関係と相成った」

「協力関係ですか‥‥私が眠っている間に色々と状況が変わっていたようですね。‥‥‥‥ん?」

「どうかしたかね?」

 

 話を聞いていて、ちょっとした疑問が浮かんできた。本当に些細な、取るに足りない疑問だ。今更聞く必要はない程の疑問だ。

 だが、そんな些細なことから話を詰めておくのは非常に重要だと私は思う。

 

「‥‥あの、‥‥今更ですが、お聞きしたいことが‥‥」

「ふむ、何かね?」

 

 大丈夫だ。問題ないはずだ。普段からそれほど眠ることがなかった私だ。かかった時間などほんの一日二日がいいところだ。状況は可及的速やかに、迅速に、拙速に、恐るべき速さで話が進んだことだろう。

 私は《結社》の動きの早さを知っている。根回しなどのまわりくどいことは不要であり、全ては盟主様の意志一つ、故に物事は簡潔明瞭に即断即決となる。

 ギリアスさんの政治手腕も良く知っている。貴族、平民、政治家、軍人、身分職種に問わずこの人が考え、指示したことは即座に実行される。

 以上をまとめた結果、ここまでの動きはおよそ数日の間に動いたことだろう。

 そう、今更確認するまでもない。きっと‥‥‥‥問題ない、はず。

 

「今は‥‥‥‥何日ですか?」

「うむ本日は‥‥‥‥7月15日だ」

 

 7月15日‥‥‥‥7月15日? あれ、確かジュノー海上要塞で戦ったのが‥‥6月19日。

 うん‥‥‥‥超寝坊してんじゃないか!?

 まずい!、まずい!!、まずい!!! 寝坊した!!!!

 これ、寝坊で遅刻どころか欠勤じゃないか!? それも一日二日どころか、一月近くだぞ! これ‥‥‥‥クビになるんじゃないのか!?

 あわわわわ‥‥‥‥状況を認識して、頭の中は大パニックだ。

 この現状を打破するには‥‥‥‥土下座しかない! 先輩がやっていたあの見る者に罪悪感を与える程の、地にめり込まんほど見事な土下座を披露して何とかクビだけは回避しなくては!!

 

「君にしては随分と眠っていたな」

「え?‥‥‥‥ああ、そうですね。人生初ですね」

「それほどまでに『鬼気解放』は疲れたかね?」

「‥‥‥‥『鬼気解放』の事を知っているんですか?」

「フッ‥‥まあな。ちょうどいい、ついてきたまえ」

 

 ギリアスさんが席を立ったので、私も付いていく。

 

 

 二人で家を出て、ギリアスさんの後をついて行く。

 外は暗い、今は夜だろうか、時間を確認すれば、どうやら1時らしい。そりゃ暗いな。

 しかし、こんな夜中に一体何処に行くつもりなんだろうか?

 そんな疑問を持ちながらギリアスさんの背を追っていく。

 

「久しぶりだな、こうして二人で出歩くというのは‥‥‥‥」

「‥‥‥‥そうですね。学院に入る前ですから、かれこれ2年以上前ですか」 

 

 私がギリアスさんに引き取られ、私が最初にお願いしたことがあった。

 強くして欲しい、そう言った。

 ギリアスさんは私の希望を叶え、あるところに連れて行ってくれた。それが‥‥‥‥

 

「ここに君と共に来るのも久しぶりだな」

 

 ある場所の前でギリアスさんが立ち止まる。

 私も同じくその場を見て、懐かしく思った。

 

「そうですね‥‥‥‥」

 

 ここは帝都の詰め所の一つ、昔ギリアスさんに百式軍刀術の手ほどきを受けた場所だった。

 

 ギリアスさんは扉を開け、中に入り、慣れた足取りで暗がりを進み、練武場の明かりをつける。

 

「‥‥本当に久しぶりだ」

 

 ここに来なくなって2年以上経ったが然したる変化はなかった。

 まあ、当然か。ここは軍の施設、それほど容易に模様替えが行われる訳がない。

 しかし、一体どうしてギリアスさんは私をここに連れてきたのか、いまいち分からなかった。

 私としては現状―――寝坊からの無断欠勤の件をどのように謝り許しを頂くかを考えなければならないんだが‥‥‥‥

 私の頭の中は許し得るためにどうすればいいのか、そのことしか頭になかった。だが、その思考を急遽止めざるを得なかった。

 

「ハード君」

「はい‥‥‥‥うおっ!?」

 

 ギリアスさんに呼ばれ、振り返ると目の前に剣が迫ってきていた。

 思わず刃の部分を指で挟み止めた。

 

「いきなりなんですか‥‥」

 

 私が不満げな視線を向けると、その場にいたのは鉄血宰相ではなく‥‥‥‥一人の武人が立っていた。

 

「なに、これからの大仕事を前に久方ぶりに体を動かしておきたいのでな。私のウォーミングアップに付き合ってくれたまえ」

 

 漲る闘気、かつてはこれほどに感じなかった。‥‥なるほど、かつてはこれほどの力を出さずに私に相対していたのか。

 まあ半人前の未熟者だった過去の私にこれほどの力をぶつければ戦意は確実に削がれた。ハッキリ言って、半年前の私なら確実に逃げの一手しか打てない程、圧倒的な強者だ。

 だが、今の私は酷く落ち着いている。これほどの強者に相対し過ぎて感覚がおかしくなったか、それとも自分も同じ領域に立てるようになったからなのか、それは今は分からない。

 だから今から、その答えを見つけよう。

 

「ふう―――いいですよ、そのウォーミングアップ、お付き合いします」

 

 受け取った剣を構え、力を解放する。

 一月近く寝ていた以上、体の動きが十全でない可能性が高い。

 だが、相手はかつての師にして百式軍刀術の達人、甘い戦い方では簡単に負けるは必定。

 今の私はかつてとは違う。《結社》の執行者、No.ⅩⅩⅠ《社畜》だ。そんな私が簡単にやられては《結社》の価値が下がる。私を指導して頂いた《鋼の聖女》リアンヌ・サンドロットの名に傷がつく。

 そんな無様は晒せないな。

 

「フフフ、では‥‥‥‥」

 

 ギリアスさんが剣を構える。闘気が更に洗練され、私を威圧する。

 

「‥‥‥‥」

 

 私も剣を構えたまま、微動だにしない。私が発する闘気がギリアスさんの闘気に抗う。

 互いに動かず、静寂が場を包む。

 私が出方を伺う中、ギリアスさんは‥‥‥‥笑みを深めた。

 

「‥‥‥‥やるようになった」

 

 その声が聞こえた瞬間、一瞬で空気が変わった。

 




ありがとうございました。


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第四十三話 覚醒の兆し

ストック分投稿します。


―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 side ギリアス・オズボーン

 

 最初に口火を切ったのは私だった。

 ハードは私の攻撃を難なく受け止めた。

 続けざまに、一合、二合と剣戟を放つが、それも苦も無く捌かれた、ただ一歩も動くことなく‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥準備運動ですか?」

 

 ハードは首を傾げ、これがまだ準備運動の領域であるのか、確認してくる始末、それほどまでに今のハードからすれば取るに足らない攻撃だった。

 

「やれやれ、随分と強くなったものだ。かつての君であれば、このくらいまでしか力を出せなかったのだがな‥‥‥‥」

「まあ、私も多少は成長していますので、寝起きですけどこれくらいなら別段問題ありませんよ」

「フッ、そうか。ならば‥‥‥‥続けさせてもらうぞ!! ハアッ!!」

 

 剣戟に込める力を更に高めていく。

 ここしばらく発揮していなかった力を込めていくことに自身が高揚していくことを感じた。

 

「ハアッ!!」

「クッ!? セイヤァ!!」

 

 互いに足を止め、剣戟を放ち続ける。先程まで余裕どころか然したる手応えも感じていなかった彼の表情を漸く変えさせた。

 

「フッ、まだまだ私も捨てたものではないな」

「よく、言います、ね!!」

 

 彼は私の一撃を受け止めた後、力一杯上に弾き飛ばし、即座に追撃を放つ。

 

「ッ!?‥‥‥‥随分と重い一撃だ」

 

 弾き飛ばされた剣を何とか引き戻し、無理な体勢で剣戟を受け止めた。

 体勢的に不利であったが、かつての彼であれば難なく受け止めることが出来たが‥‥‥‥最早容易くはいかない。遂には勢いを止めきれず、後ろに下がった。いや‥‥‥‥下がらされた。

 

「‥‥‥‥まさか、ここまでとは‥‥‥‥」

 

 先の報告を受け、ハードの成長度合いから現状の戦闘能力をある程度の目安を立てていた。だが、それを容易く覆されていた。

 やれやれ、本格的に私もヤキが回ったものだ。

 これは‥‥‥‥本格的に力を使うとするか‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥ウォーミングアップはおしまいですか」

 

 ハードは剣を肩に担ぐようなラクな体勢で、闘気を収めている。

 全く、これではどちらが師で、弟子か、最早分からんな。

 彼の成長に嬉しく思うが、悔しくもあるな。

 まだ私にそんな気持ちが残っていたとは‥‥‥‥

 

「ああ‥‥‥‥ウォーミングアップはここまでだ‥‥」

「では、これで‥‥‥‥」

「ああ、ここからは‥‥‥‥本気で相手をさせてもらおう!!」

「!?」

 

 ハードは後ろに下がり距離を取る。

 

「どうしたかね?」

「‥‥‥‥」

 

 ハードには先程までのある種の緩い気配はない。剣を構え、闘気を研ぎ澄ませている。

 今の一瞬で察したか、ならば期待には応えねばならないな。

 

「久しぶりだ‥‥‥‥剣を握るのも久しかったが、ここまで闘気を漲らせるのも尚一層久しい。かつてここまで闘気を漲らせ、相対したのは‥‥‥‥君の父、ネット以来だ」

 

 闘気が満ちる。自身の体に活力が満ちてくる。気分も随分と高揚してくる。

 今だけは‥‥‥‥全てを忘れ、戦いに興じさせてもらうとしよう。

 

「さあ、見せてくれハード、君の全力を!!」

「‥‥‥‥分かりました」

 

 ハードの闘気が高まっていく。その力はこちらの想像を超えていくが‥‥‥‥

 

「『鬼気解放』は使わないのかね?」

 

 『鬼気解放』は使っていない。あくまで自身の闘気を高めただけに過ぎない。

 情報に上げられていた『鬼気解放』はおろか『黒の闘気』にすら至っていない。

 

「寝起きですので、それにアレを使うと消耗が激しいので、これ以上《結社》への貢献に差し障りが出るような状況は避けたいので」

「‥‥‥‥ほう、そうか。ならば‥‥‥‥使わなくても構わん」

 

 無理に使え、とも言えん。確かに彼の現状を考えれば、無理からぬことだ。

 だがな、ハードよ‥‥‥‥君が使わないのは、今の私程度であれば、その程度で十分だと判断したからではないのかね。

 私は彼の性格を良く分かっている。彼は無駄を嫌う、ゆえに無意識に判断したんだろう‥‥‥‥『鬼気解放』はおろか『黒の闘気』すら、今の私に使わずとも勝てると‥‥‥‥

 フフフ‥‥‥‥ああ、そう判断させたのは私の不甲斐なさゆえだ。だから‥‥‥‥引きずり出させてもらおう!!

 

「行くぞ、ハード・ワーク。お前の力を見せてみろ!!」

「行きます、ギリアスさん」

 

 ハードが一瞬で距離を詰める。私は動かず、彼の動きを見極める。

 

「ハアッ!」

 

 ハードが選んだのは突き、一瞬で距離を詰める速力とハード自身の膂力から繰り出された一突きの破壊力は筆舌に尽くしがたい程だと簡単に想像がつく。だが、

 

「甘いわ!」

「なっ!?」

 

 上から突きをはたき落とした。

 ハードは驚きの声を上げた。

 

「そんな余裕があると思っているのか‥‥‥‥」

 

 ハードは突きをはたき落とされたことで、体勢を崩し前のめりに倒れ込む。

 突きは切っ先に威力を集中させるが、それ以外が無防備になる。故に私が上からはたき落とした結果、切っ先が地に向いた。その勢いを殺しきれずハードは致命的なスキが生まれた。

 私は倒れ込むハードに向かい、足蹴りを放つ。だが、

 

「フンッ!」

「な!?」

 

 頭突きで受け止め、いや反撃してきた。

 思わぬ反撃は驚きと共に強烈な衝撃を与え、追撃の手が止まる。

 そのスキにハードは体勢を整え、距離を取る。

 

「フッ、やってくれる‥‥」

「いやあ、失敗しましたね‥‥」

 

 口角を上げる私と対照的に眉間にしわを寄せるハード、先の攻防の流れ的には第三者が見ていれば、私に軍配が上がるところだが、その実痛手を被ったのはこちらの方だ。

 ハードの突きからの一連の攻防、その全てに私は本気だった。だが、それを持ってしてもハードを倒しきるには至らず、ましてや反撃を喰らい、挙句『失敗』の一言で片づけ、更なる力を発揮する様子もない。

 蹴りを額に受けたといっても、威力が最大になる直前で、芯を外されていた。むしろ蹴ったこちら側に鈍い痛みが走ったほどだ。

 こちらが全力には程遠いとはいえ、本気で相対してこの様では自身の不甲斐なさを恥じるばかりだ。いや、それともハードをここまで鍛えた私の手腕を誇るべきか、リアンヌの指導力を讃えるべきか、‥‥‥‥それとも彼と共に切磋琢磨してきた我が子を褒めるべきか、判断に困るところだ。

 いや、いかんな、戦闘中だというのに‥‥‥‥ハードが更なる力を出さぬというなら、私が更に引き上げるまでだ。さあ、どこまで耐えられる、ハードよ。

 

「ハアアアアアアアッ‥‥‥‥行くぞ!」

「!?」

 

 今度は私からハードに斬りかかる。先程とは逆の構図となった。

 ハードは私の攻撃を見極めようとしているのが見て取れた。

 互いの間合いに入り、剣閃が交差する。

 カキィィィィィン、と甲高い音の応酬が続くなか、先にそれ嫌ったのは‥‥‥‥

 

「チィッ!」

 

 ハードの方だった。

 距離を取らんと後ろに下がった。だが、

 

「遅いぞ!」

「!? くっ!?」

 

 ハードが飛んだ先には私が回り込んで先んじた。私に気づいたハードが防御を行い、かろうじて間に合ったが、私は追撃の手を止めなかった。

 一合、二合、三合、何度も攻撃を重ねていく。それに対抗し、ハードからも反撃の刃が振るわれるがその反撃が更なる追撃の足掛かりになる。

 反撃を行えばスキが生まれる。そのスキをつく、もしくは攻撃に対してカウンターを行い的確にハードを追い詰めていく。

 遂には、ハードは防御に徹しだした。

 

「どうした、この程度かね?」

「‥‥‥‥」

 

 私の声に応えることなく、ハードは私の攻撃を受け止め続けた。

 

 ‥‥‥‥ここまでか‥‥‥‥

 私の脳裏にはその言葉が浮かんだ。

 長期間の睡眠から目覚め、いきなり手合わせした。それでここまで戦えたことに賞賛を送るべきことだ。それに幾度となく私の想像の上を行った。ああ、今日のところはここまでだ。それでいい、何時かは彼に追い越される日が来る。‥‥‥‥だが、今ではない、今では‥‥‥‥なかった。それが分かっただけで‥‥‥‥

 

「今だ!」

「!?」

 

 ハードの剣速が一気に上がり、私の剣を跳ね上げた。

 

「ハアッ!」

「クッ!?」

 

 ハードの一撃で形勢が変わった。

 ハードはあきらめてなどいなかった、ただ只管に耐えスキを伺っていた。いや、おそらく攻撃のタイミングを計っていたんだ。

 私の攻撃のタイミング、モーション、クセ、それを見て、学び、考え、行動に移した。

 

「覚えましたよ、ギリアスさん」

 

 その言葉で察した、いや思い出した。彼の得意技を‥‥‥‥

 

「コピーしたか、この短期間で!?」

「まあ、元々貴方に学んだ剣技です。そこから貴方の型を自身に落とし込むまでそれほど難しくはありません。それに‥‥‥‥技術が対等になれば勝敗を分けるのは‥‥‥‥」

「グッ‥‥‥‥!?」

「力の大きい方です!!」

 

 ハードの体を纏う『鬼気』がハードの力を更なる高みに押し上げる。

 ハードを相手に優勢を誇った剣技もハードはコピーし、己がものにした。その剣技はまるで鏡越しに見ているような程に似通っていた。そして、剣戟が交差するとき、圧し負けたの私の方だった。

 技術を対等にした時、その勝敗は力の差、か。確かにその通りだ。だが‥‥‥‥

 

「それで勝ったつもりか!!」

「!?」

 

 自身の力を更に引き出す。

 ここまでやるつもりは無かったが、弟子の前で力不足で負けるなど、到底出来る訳がない。些か理不尽かも知れんが、ハードがこの事を糧に更なる高みに至れると信じ、我が力の深淵を見せた。

 ハードに圧が加わり動きが鈍った瞬間、私はその場に飛びあがり、練武場に刃を突き立てる。

 

「ハアアアッ、『業滅刃!!』」

「くっ‥‥うわあああああ!?」

 

 ハードは衝撃に耐えようと踏ん張ったが、力及ばず場外に弾き飛ばされて壁にぶつかった。

 壁に立てかけてあった剣が衝撃で落ち、ハードの近くに落ちた。

 

「‥‥ふぅー‥‥少しやり過ぎたか‥‥‥‥」

 

 大きく息を吐いて状況を見やると、やり過ぎたか、という思いが脳裏をよぎった。

 久方ぶりに全力で放った一撃、その一撃は数多の好敵手達を沈めてきたものだ。いくらハードが強くなったと言っても、それはあくまで『歳の割には』というものだ。記憶の中の好敵手達には今はまだ至っていない。

 だからこそ、この場で負けてやるのも一興と思った。

 彼の更なる成長を願っている。成長を実感できる瞬間とは何かと問えば、それは勝利だと思う。

 私の敗北一つで彼の自信となり、更なる高みに押し上げるなら、それもいいと思いはした。

 だが、それは無理だ。

 気づけば全力を出していた。出さざるを得なかった。なぜなら‥‥‥‥私もまた武人であるからだ。

 全力を出さずに敗北することを許さなかった。

 

 この身に再び血が滾るような、沸き立つ感覚が蘇るとは思っていなかった。もはや、高鳴る鼓動を失い、ただ只管に使命、悲願のために費やしてきたというのに思ってしまった。

 そんな私が負けたくない、と思ってしまった。

 今だ若輩の身で、私の子と同じ歳の『子供』に負けたくないと思ってしまった。己が科した精神的な枷を、自身の意志で引きちぎってまでも、負けたくなかった。

 今だ、そんな気持ちが私に残っていたとはな‥‥‥‥

 

 

 ガシャ、という音が聞こえた。

 その音が思考の海が私を引き上げた。この場には私とハードしかいない。だからこの音は、ハードが発した音だ。

 

「‥‥‥‥」

 

 ハードは勢いよく壁にぶつかり、少しの間、動けていなかった。意識が飛んでいたのかもしれない。

 悪いことをしたな、万全でない彼に無理に付き合わせ、力を図った。彼自身の現状を知るためとは言え、些か強引だった。

 だが現状は計り切れた。どうやら彼は‥‥‥‥至ってない、そのことが確認できただけで十分だ。

 

「ハード、今日のところはここまでに‥‥‥‥」

 

 ハードは立ち上がり、落ちていた剣を拾い、()()の構えを取る。そして‥‥‥‥

 

「‥‥おいおい、ここで終わりにする気か、()()()()

「!?」

 

 ハードの口調が変わった、それに雰囲気も。そのことに驚く最中、ハードはいきなり攻撃を仕掛けてきた。

 

「くっ!?」

 

 双剣から繰り出された一撃はハードから受けたことがない程の重い一撃だった。

 何とか受け止めた。だが、それ以上にその一撃に戸惑った。

 かつての記憶が蘇る。どうして、その記憶が蘇ったのか、分からず、ただ戸惑った。

 目の前にいるのは紛れもなく()()()だ。なのに、なのに、どうして‥‥‥‥

 

「何故だ! 何故だ!! 何故だ!!!」

 

 互いの剣と剣がぶつかるたびに蘇る記憶。

 私はこの剣の使い手を‥‥‥‥覚えている。

 

「何故お前がそこにいる!!! ()()()・ワーク」

 

 かつての友の名を呼んでいた。 

 




ありがとうございました。


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第四十四話 時を超えて

ストック分投稿します。


―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 side ギリアス・オズボーン

 

 思わず亡き友―――ネット・ワークの名を呼んでいた。

 

 今、目の前にいるのは誰だ‥‥‥‥

 ハード・ワークだ。それは間違いない。

 あくまで‥‥‥‥見かけは、だ。

 だが、中身は‥‥‥‥まるで違う。

 

「ハアッ!!」

 

 双剣から繰り出される剣戟は風の様に鋭く、岩の様に重い。

 一撃でも通せば確実に敗北する、必殺の一撃。それが先程よりも倍の手数、繰り出される。

 ああ、そうだ‥‥‥‥剣戟の鋭さも、重さも、何よりもこの戦い方も、私は‥‥‥‥覚えている。

 どうして、どうして、どうして‥‥‥‥お前がそこにいる!!

 頭の中を疑問が駆け巡り、意識を戦いに集中出来ないでいる。もし私の記憶通りのヤツであれば、こんなスキを見逃すわけがない‥‥‥‥

 

 眼前に迫る攻撃は苛烈を極めた。斬撃の威力もスピードも格段向上した訳ではない。ただ上手いのだ、剣技が、体裁きが、間合いの取り方が、戦い方そのものがとても上手い。

 眼前に迫るハードの動きは先程までとスピード自体は変わらない。だが、動きに緩急があり、その動きを捕らえられない。こちらがスキを作れば、瞬く間に攻め寄せてくる。それでいてこちらが攻撃に移れば、即座に防御に入り、こちらの攻撃に有効打を許さない。

 攻撃と防御の切り替えに無駄がない熟練した動き、ハードの持つ力とスピードに技巧が加わり、遂には私が追い詰められた。

 

「どうした、ギリアス。この程度か?」

 

 首元に刃を当てられ、背後には壁がある。逃げることは出来ない状況の中、眼前に映るハードの顔を見る。

 

「本当にこの程度なのか‥‥‥‥どうした、ギリアス!!!」

 

 ハードの顔から発せられる決してハードが発しない言葉遣い。それだけでハードではない、別の誰かだと分かる。

 

「‥‥‥‥どうして、お前が‥‥‥‥」

「ん? お前が知らない訳ないだろう。お前は知っているはずだ、ハードがなんであるのか‥‥‥‥知っているんだろう、ギリアス」

「‥‥‥‥まさか!!」

 

 脳裏に浮かんだ可能性、それはハードがホムンクルスとして作られた目的の果てだった。

 だが、それと同時に思い至った答えに思わず声が漏れた。

 

「‥‥‥‥早すぎる!?」

 

 確かに至る可能性は皆無とは言わない。だが、そこに至るには時間が足りない、はずだった。だからこそ、ハードは廃棄されたはずだった。

 しかし、先代のアルベリヒは自身の最後の作品を惜しみ、この世に残し、今この場にいる。

 それこそがハード‥‥‥‥H・A・R・D(ハード)計画唯一の完成体だ。

 

「そうか、お前はやっぱり知っていたか‥‥‥‥まあ、それはいい。今はいい‥‥‥‥」

「今は?」

「ああ、今すべきことは‥‥‥‥」

「!?」

 

 首元に当てられた剣を振り上げ、勢いよく振り下ろされた。

 咄嗟に身を引くくし、側面を転がり抜ける。ハード、いやネットの放った斬撃は先程まで私がいた場所を正確に捉えていた。

 

「今すべきことは‥‥‥‥お前と決着をつける事だ。そうだろ、ギリアス」

 

 ネットは剣先を私に合わせ、そう言った。

 

「何故だ? 今更決着など‥‥‥‥」

「今更? 何言ってやがる、折角こうしてお前と戦う機会を得たんだ。こんな機会は早々ある訳じゃない。ましてや俺は死んでいる、今こうしているのも一種の奇跡だ。死ぬ間際に二つ後悔した、一つはハードともっと長くいてやれば良かったと、心底思った。今こうして、帝国に帰ってきてくれたことに心底安堵し、喜んだ。例えこの身がなくとも、その思いだけは今も変わらない。今こうしているだけで後悔の一つは晴れた。だが、もう一つは今も心に残っている。それが‥‥‥‥お前だ、ギリアス」

「私?」

「お前とは学生時代から互いに競い合ってきた。俺はヴァンダール流双剣術を、お前は百式軍刀術を、それぞれ極めんと鍛え上げた。だが、その内俺とお前は思ったはずだ、俺達のどちらが強いのか、と。そして俺達は学生時代から幾度となく剣を交え、遂に俺が勝ちこした。だが、俺達は互いにあれで、あの時で終わりなどと思わなかった。いくらでも機会があると思った、だが‥‥‥‥」

 

 ネットは悲し気な眼をして、言葉に詰まった。だが、かぶりを振って言葉を続けた。

 

「お前は‥‥‥‥剣を捨てた。カーシャを、リィンを、喪ったあの時から、お前は剣を捨てた」

「‥‥‥‥」

 

 ネットの言葉に目を瞑った。

 あの夜の事を思い出すと、傷むはずのない胸が痛む。

 渇きの様な焦燥感、体温が失われていく喪失感、憎悪に染まっていく絶望感、その全てが思い出された。そして、悪魔と契約してしまった。

 

「あの夜から、お前は変わった。変わらざるを得なかったことは痛い程、今なら理解できる。‥‥‥‥だがな、それでは俺の焦燥は何処にぶつければいい!!」

「っ!?」

 

 ネットは勢いよく剣を振り下ろし、地を砕いた。

 

「マテウス、ゼクス、ヴィクター‥‥‥‥それぞれ良き剣士であった。リベールの『剣聖』カシウス・ブライトとは一度として剣を交える機会はなかったが、それでも音に聞く剣士だ、手合わせを願いはしたさ。だがな、その誰と戦おうとも、決して俺の飢えを満たすことなどなかっただろう。なぜなら、俺が真に戦い、競い、高め、勝利したいと思う者など、この世にただ一人だけだ!」

 

 ネットの雰囲気が刺すような鋭さを帯びていく。まるで、飢えた魔獣の如き、殺気すら帯びていく。

 

「死して尚、ここまで後悔するとは思わなかった。生前は理性で持って、己を抑え込んでいた。ソーシャル、ハード、俺にも守るべきものがあった。それが己を縛る鎖になっていたとは、生前には思いもしなかった。だが‥‥」

 

 ネットが闘気を発する。黄金の、他を圧倒するような闘気だ。生前のモノとまるで遜色がない。

 

「今の俺を縛るものなど何もない! 俺も、お前も、何もないのさ!」

 

 ネットは闘気を身に纏い、ゆっくりと練武場の中央に歩いて向かい、私の方を向いて、構える。その眼光は、ハードの顔でありながら、ネットそのものに見えた。

 私もつられるように、練武場の中央に歩を進め、剣を構え、対峙していた。

 互いに剣を構え、向き合うと、何故だか昔のことを思い出す。

 

 初めて会ったのは、学生時代だった。

 互いに顔も名前も知らなかった、生まれも育ちもまるで違った、なのにすぐに意気投合していた。

 それから幾度も競い合った、勝った時もあった、負けた時もあった、そして‥‥‥‥私の負け越しで終わりを迎えた。私が‥‥‥‥終わらせた。

 

 もう、こんな機会はないと、思っていた。

 私は剣を捨て、ネットは死んだ。

 今こうして、剣を持っているのはハードがいたからだ。そして、今、ネットが眼前にいるのもまた、ハードがいたからだ。

 ‥‥‥‥先代のアルベリヒの遺産、H・A・R・D(ハード)計画、真実を知れば、ネットは、ソーシャルは激怒することだろう。私としても、進めさせてはならないと思っている。

 だから、真実を隠し、ハードを遠ざけもした。今にして思えば、リアンヌにだけは話しておくべきだったかもしれん。そうすれば、ハードは今の様に強くはならなかったはずだ。そうすれば、今の段階にも至っていないはずだった。いや、今更だな。彼を強くしたのは、私も一端を担っている。こうなることは必然だった。

 皮肉な話だが、ハードが強くなり、今の段階に至ったことで、ネットとこうして、相対すことが出来たのだとすれば、これも女神の導きだというのかも知れんな。

 

「‥‥‥‥フッ」

「‥‥‥‥フッ」

 

 互いに笑みがこぼれた。

 そして、それを合図に、互いに同時に一歩を踏みしめた。

 

「ギリアスーーーーー!!!」

「ネットーーーーー!!!」

 

 互いの剣の軌跡が交わる。

 

 ネットの双剣と私の剣が激しくぶつかり合い、甲高い音が練武場に響き渡る。

 剣と剣のぶつかり合い、互いの身から発する闘気のぶつかり合い、そして何より‥‥‥‥意地のぶつかり合いだった。

 

「ウオオオオオオオオオ!!!」

「ハアアアアアアアアアア!!!」

 

 双剣から繰り出されるネットの攻撃を、己の剣一本で凌ぐ。剣戟と剣戟の僅かなスキを狙い、攻撃を繰り出す。その攻撃をネットは紙一重で躱す。攻撃を躱したネットは更なる攻撃を繰り出す前に、私は距離を取り、攻撃を躱す。

 互いに間合いを測る様に、ギリギリの攻防を繰り広げた。

 

「フハハハハハ‥‥流石だ、ギリアス!」 

「お前もな、ネット!」

 

 剣戟の最中、自身が思考していない事に気づいた。‥‥‥‥当然だ、眼前にいる男と戦うのに、難しいことなど考える余地などない。相手の動きがどうとか、こうとか、それに対して、どう対処するか、そんな事を考えている暇があれば、一撃でも攻撃した方が余程勝ち目がある。

 思考すれば剣が鈍る。だが、ただ漫然と剣を振るっているわけではない。自身の経験に基づいた最適解を瞬時に引き出している。だからこそ、思考を介しない、闘争本能に基づいた戦闘、自身と同格以上と戦うのに、思考している暇などないのだから。

 

 互いに、ただ体が反応するままに、本能のままに、剣を繰り出す。その最中に幾度もフェイントや駆け引きが生まれるが、それすらも己の本能のままに行っていた。

 どれ程の時間が経っているのかさえ、思考できない。

 一時間なのか、十分なのか、一分なのか‥‥‥‥それとも、数秒であったのかさえ、分からない。

 自身の体が動くままに、剣が振れる限り、全力を尽くす、それしか頭にはなかった。

 今この瞬間だけは『鉄血宰相』ではなく、『剣士』としての自分を取り戻していた。

 ただ、『剣士』としての自身を取り戻していく最中、『惜しい』と心底思ってしまった。

 

 剣を捨てずにいなければ、ネットとこれほどの心躍る戦いを幾度も出来たはずだった。

 剣を捨てずにいなければ、ネットと更なる高みに至れたはずだった。

 剣を捨てずにいなければ、ここまで私の剣の腕も衰える事などなかったはずだった。

 

 ‥‥‥‥後悔ばかりが頭をよぎる。

 だが、そんな後悔すらも意識から切り離す。

 《黒》の事も、帝国の未来も、意識から切り離す。

 全て今はいい、今は‥‥‥‥

 

「『業滅刃!!』」

 

 飛び上がり、地に刃を叩き込む。

 ハードを倒した技だ。だが、

 

「ハハハハハッ!! いいぞ、ギリアス!!」

 

 地に衝撃が走る前に、ネットは背後に飛び、衝撃を交わす。

 

「『双剋刃!!』」

 

 ネットは地に着地すると同時に、反撃の一撃を放つ。

 両の刃に気を纏わせ、放たれた斬撃が私に襲い掛かる。

 

「ハアッ!!」

 

 気合と共に一閃を放ち、斬撃を消滅させる。

 

 互いの刃が届かない距離が出来たところで、互いに息を吐く。

 漸く、一呼吸を取れた。

 

 だが、互いに視線を逸らさない。逸らせばその瞬間、敗北することになる、と理解し合っていた。

 

「技の打ち合いでは勝負はつかんな、ネット」

「互いに手の内を知り尽くしているからな。確かに勝敗の決め手には成り得ない、だが‥‥‥‥少し付き合ってもらうぞ」

 

 そう言って、ネットは更に技を繰り出す。

 

「『双剋刃!!』」

「何度やっても無駄だ!!」

 

 またも放たれた斬撃を振り払う。だが、今の一撃は囮だった。

 

「!?」

 

 ネットは今の一撃を囮に、一気に距離を詰める。

 

「『レインスラッシュ!!』」

 

 ネットの斬撃が左右から襲い掛かる。だが、

 

「ハアアアアッ!!」

 

 左右からの攻撃全てを捌けなくとも、片側からの攻撃の起点を潰すことで止められる。昔、戦った時に学んだ方法を体が覚えていて、ネットの斬撃を潰した。

 

「まだだ、『業刃乱舞!!』」

 

 左右からの攻撃を凌いだ後に続くのは、双剣での連続攻撃。

 鋭く重い攻撃が連続で繰り出される。

 私は防御に徹し、受け流す。

 

「何度やっても意味はないぞ」

 

 互いの剣を知り尽くしている以上、今の攻撃に意味はない。

 私があえて口に出さなくても、ネットは分かっているはずだ。

 だが、私の言葉に対しネットは、笑った。

 

「意味なら‥‥‥‥あるさ!」

 

 そう言って、ネットは私に繰り返し何度も、自身の持ちうる全ての技を繰り出す。

 私はそれを捌き、躱し、受け流し、防御に徹し続けた。

 何度も、何度も、ネットは攻撃を繰り出し続けた。私も防御に徹しているから、有効打には成り得ない。戦況は完全に膠着してしまった。

 

「『双剋刃!!』」

 

 そんな状況下であっても、愚直なまでにネットは只管に技を繰り出し続ける。

 

「ハァッ!」

 

 最早何度見たのか、数える事すら止める程、繰り返された技を私は防ぎ続ける。

 

「もう一度、『双剋刃!!』」

 

 またも同じ技をネットは繰り出してきた。

 技を防ぎながら、私は現状に違和感を感じていた。

 ネットはここまで技を多用するだろうか‥‥‥‥いや、もしそうであったとしても通用しない攻撃を繰り返すだろうか‥‥‥‥現状を打破せんと、技ではなく力尽く、いや至近距離に詰めての強攻を試すのではないだろうか‥‥‥‥いや、もっと言えば、ここまで頑なに攻撃一辺倒であっただろうか‥‥‥‥

 ネットに何かしらの変化があったのか、それともこれが本来のネットの気性であったのだろうか、何も答えは出ない。だが、現状に何か言い知れない、違和感があった。

 

「‥‥まあいい、ならば現状を崩すには、私が動くほかあるまい」

 

 ネットの技を防いだ直後、一気に距離を詰めんと、最高速で斬りかかった。

 

「! おっと‥‥あぶねえ!」

 

 私の一撃をネットは難なく止めて見せた。

 だが、私の攻撃は止まらない。

 

「ハアッ!!」

 

 一撃、二撃と打ち込む中、ネットは距離を取り、躱す。

 

「やれやれ、もう少し待ってくれよ、な!!」

 

 ネットは私の攻撃を掻い潜り、攻撃後のスキを狙い、反撃を繰り出す。

 

「クッ!!」

 

 ネットの双剣から繰り出された強烈な斬撃を受け止めたが、力に押し負け、攻撃の手が止んだ。

 

「いいぞ、ギリアス。少し、ヒヤッとしたぞ。だが‥‥‥‥おかげで進んだぞ!」

「進んだ?」

 

 ネットの言葉の真意が分からない。だが、更なる一撃が来ることだけは感じ取れた。

 

「ハァァ‥‥‥‥」

 

 ネットの闘気が更に高まる。その闘気が双剣に伝番し、先程までに比べ、一段上を行っている。

 

「『相克刃・極!!!』」

 

 ネットの双剣から放たれた闘気の刃、その刃が私に襲い掛かる。

 

「くっ!?」

 

 体が咄嗟に反応し、刃を避けた。

 刃は練武場の壁を斬り裂き、深い傷を付けた。

 

「‥‥ハッ‥‥ハハハハッ!!」

 

 ネットが笑った。心底嬉しそうに、楽しそうに、笑った。

 

「いい、いいぞ! そうだ、それでいい!! お前なら出来ると信じていたぞ‥‥ハード!!」

「‥‥‥‥そう言う事か」

 

 ネットがハードを名を呼んで褒めた。そのことで、漸く分かった。何故あそこまで頑なに、技を繰り出し続けたのか‥‥‥‥

 

「お前の技をハードに教えるために‥‥」

「ああ、だから防がれるのも気にせず、使い続けた」

 

 やはり、そう言う事か。違和感の謎が漸く解けた。

 ネットはハードの体を動かし、技を文字通り体に教え込んでいた。だから、防がれても、防がれても、技を使い続けた。だからこそ、意味ならある、という言葉だった。

 

「ああ、流石俺達の子だ。ああ‥‥誇らしいぞ」

 

 ネットの声は酷く悲しげだった。

 

「ネット‥‥」

「‥‥すまんなギリアス、待たせたな。ここから先は、生前の俺よりも更に強いぞ!!」

 

 ネットの闘気が体から溢れてくる。

 黄金の闘気を双剣に纏わせ、またも先程の技の構えを取る。

 

「『相克刃・極!!!』」

 

 先程と同じ技だ。だが、感じ取れる力強さは確かに先程よりも上に感じた。

 

「クッ!?」

 

 またも咄嗟に飛び退いて斬撃を躱す。だが‥‥

 

「『レインスラッシュ・極!!!』」

 

 飛び退いた先を予測されていた。

 もう次の攻撃の体勢に入っていたネットの連撃が襲う。

 

「ぐっ!?」

 

 苦悶の声が漏れた。

 先程までの様に、連撃を凌ぎ切ることが出来ない。連撃の速度が先程よりも速く、鋭い。捌ききることが出来ず、ダメージを負わされる。

 

「『業刃乱舞・極!!』」

 

 ネットは追撃の手を緩めない。

 左右から雨の様に降りかかる斬撃が、一転して竜巻の如く激しい回転速度で斬り裂きにかかってきた。

 

「ッ!!」

 

 今度は苦悶の声すら上げれなかった。

 歯を食い縛らなければ、耐えきれない程の剛撃。その剛撃を剣一本を両手で握り耐えた。そうしなければ、剣を、腕を、己の体を容易く跳ね飛ばされるほどの衝撃が走った。

 

「防いだか、だが、この距離ならお前でも防げないな!」

「!?」

 

 ネットは剣の間合いの更に内側にまで迫ってきていた。

 連撃に次ぐ連撃に踏ん張り耐えた。だが、その結果、足は止まり、剣戟を防ぐために防御を上げられていた。

 だが、あまりに近すぎる。剣の間合いの更なる内側にネットはいるが、この距離ではネット自身も剣を使えないはず‥‥‥‥

 

「喰らえや、ギリアスゥゥ!!!」

「グホッ!?」

 

 腹部を突き抜けるような強烈な衝撃、それは剣が齎したものではなく、拳が齎したものだった。

 剣さえ振るえぬ超至近距離、その場で繰り出されたのは拳だった。

 衝撃が腹部を貫く中、カランッ、と音が響いた。

 拳の衝撃に屈し、後ろに吹き飛ばされる中、視界の端で捕らえたのは、ネットの足元に落ちた左手の剣。そして、左拳を叩き込んだ体勢で残心するネットの姿だった。

 

「グッ‥‥」

 

 思わぬ一撃を喰らい、膝を付いた。

 

「フッ‥‥どうだ、ギリアス」

 

 落とした剣を拾い、構えながらネットは言った。

 

「っ‥‥良い一撃だ」

 

 振り絞る様に、そう言うのが精いっぱいだった。

 腹に一撃を受けたが故に、呼吸が乱れた。だから、可能であれば声など出さず、息を整えたかった。だが、言わなければならない事ゆえ、苦しいながらも言葉を続けた。

 

「何故だ、何故、剣を捨て、素手での攻撃を選んだ?」

 

 ネットは剣に誇りを持っていた。

 『ヴァンダール流双剣術免許皆伝』、『剣士』の肩書に最も誇りを持っていた男だからこそ、剣を使うのが当然だと思っていた。

 だからこそ、今の一撃に意表‥‥いや、裏切られた様な思いを抱いた。

 私の視線を受け、ネットは察した様ですぐに答えてくれた。

 

「そんなの決まってる。‥‥‥‥なりふり構っていられないからさ」

「なに?」

「ギリアス、もしこの戦いに先があるなら、俺はきっと誇りを取った。剣は誇り、俺が生きた証だ。ああ、きっと俺に『明日』があれば、きっと『今日』の誇りを守って生きるだろうさ。‥‥だがな、俺にはそんなもの無いんだよ。俺には『明日』はない、今だけだ。今が終われば、俺は終わりだ。今は一時の夢の様なものさ。夢は何時か覚める。だからこそ、『明日』につながるすべてのモノを差し出して、今を勝ち取るのさ! なあ、ギリアス‥‥‥お前に『明日』はあるか?」

「‥‥‥‥私には‥‥」

 

 ネットの問いに返答出来なかった。

 分かっているのだ、私に『明日』はないのだと‥‥‥‥

 だが、それを口にすることを何故か、憚った。

 

「ギリアス、お前が『明日』を犠牲に『今』を生きていることなんか、ずっと前から分かっていたさ。お前が、カーシャを、リィンを喪い、お前自身はそんな体に、血は鉄の様に冷たくなった。『鉄血宰相』なんて、その名の通りになってしまった。あの時から、ずっと、ずっと、お前は一人で戦い続けた。だが、それでも、そんなお前でも、見たい『明日』が残っているんじゃないのか?」

「っ!? 一体何を‥‥」

「リィン・オズボーン‥‥‥‥いや、今はリィン・シュバルツァーか。あの時の子が、よくぞ生きて、大きくなったと思ったものさ。あのとき死んだ、と聞かされた。俺もそれ以上は聞けなかったし、踏み込めなかった。落胆、失意、無念、後悔、言い表せそうな言葉が思いつかない心境の中で、ハードが俺達の前に現れた。俺とソーシャルはハードと奇妙な縁でつながり、家族となった。あの時、リィンに抱いた気持ちを二度と味合わない様に、精一杯ハードに注いだ。だが、結局繰り返した。そして、俺とソーシャルはハードの帰宅を見届けることなく逝った。そして、ハードが俺達を女神の下から呼び戻し、体に宿した。それから先はハードの見てきたモノを俺達も見ていた。だからこそ、お前がリィンにしてきたことも、その真意も全てわかっているつもりだ‥‥」

「‥‥‥‥何が、分かる‥‥」

「お前が‥‥‥‥リィンのために‥‥‥‥障害となるモノ全てを持って逝こうとしていることだ」

 

 




ありがとうございました。
ストック、残り2話になりました。
後2日は投稿します。


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第四十五話 懺悔

今日で2話投稿します。
これでストック分が無くなりますので、また不定期更新となります。
よろしくお願いします。


 ―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 side ハード・ワーク(ネット・ワーク)

 

「お前が‥‥‥‥リィンのために‥‥‥‥障害となるモノ全てを持って逝こうとしていることだ」

  

 俺の言葉に、ギリアスは驚きの表情を露わにしたが、目を瞑った。

 

「フッ‥‥ああ、その通りだ」

 

 ギリアスは笑みを浮かべ、頷いた。

 その顔は、冷酷なる『鉄血宰相』としての顔でなく、かつての『リィン・オズボーンの父』としての顔だった。

 

「‥‥そうか。そうなんだな、ギリアス‥‥」

 

 友は全てを受け入れている。

 首謀者に対する怒りや憎しみ、どれほどの負の感情を抱えているか、俺には想像がつかない。

 だが、息子の未来のために、己の全てを賭けたことは理解できた。

 己の命を賭けている。‥‥‥‥いや、命など既にないのだったな。では、賭けているのは‥‥‥‥己の魂か。

 リィンが全てを、ギリアスの行動の真意を知れば、ギリアスの深い愛を知るだろう。だが、ギリアスは決してそれを語ることはないのだろう。伝えることも決してないだろう。むしろ、ギリアスは自身を憎ませようと、嫌わせようと、仕向けているようにも見える。

 きっと、ギリアスはリィンに討たれることを望んでいる。己を礎にして、リィンを強く、大きく育てるつもりのようだ。

 ならば、俺には何もできない。親子の間に割って入るなど、野暮は出来ない。ましてや、俺は死人だ。もうすぐ消える。ならば、俺に出来ることは‥‥‥‥

 

「ギリアス、お前の覚悟は理解した。だから‥‥‥‥俺はお前の礎になろう」

「‥‥‥‥どういうことだ?」

 

 ギリアスは俺の言葉の真意が量れず、訝しんでいる。

 

「ギリアス、お前には鬼の力、その力の源泉がお前を苦しめているんだろ?」

「‥‥‥‥ああ」

 

 ギリアスは表情も変えずに返事を返した。

 その表情は怒りや悲しみという負の感情すら、まるで浮かんでいない。最早、そんなモノなど超越したナニカに至っているようだ。

 敢えて聞くまでもなかったな、無駄な問いかけだったと浅慮を恥じた。

 

「ギリアス、お前は今、どこまで自身の意志で戦える?」

「全力を出せる‥‥‥‥とは、言い切れんな。出せて半分、それ以上出せば、いや、思考を残さねば、私の意志が呑み込まれかねない」

「やっぱりか‥‥」

 

 ギリアスの告白に得心がいった。

 ギリアスの剣には一切の油断も慢心もなかった。かつての良く知るギリアスの剣だった。だが、どうにもしっくりこなかった。力も技もかつてのものだった、だが心だけは全力を出せなかった。

 心技体、その全てが揃わなければ真なる力は出し切れない。だから、ギリアスはハードに、俺に、後れを取った。何とか踏みこたえようとしたが、小手先の技術ではどうにもできなかったのだ。そんなものでどうにかなるほど、俺も、ハードも弱くない。

 ‥‥‥‥ギリアスはどう思ったのだろうか、俺達に後れを取ったことを、内心で憎々しく思ったのではないだろうか。ギリアスが全力を、真なる全力を振るえさえいれば、俺にも、ハードにも膝を付かされることなどないというのに、そのことが俺には分かるから‥‥‥‥

 

「力を使え、ギリアス。そして、その力を従えろ。お前が描く未来への不安要素を全て吐き出せ」

「どういう意味だ。何故そんな事を‥‥」

「お前は、その力を使ったことがあるか?」

「‥‥‥‥ない。一度使えば、私の意志で戻ってこれない可能性が高い。故に‥‥」

「戻ってこれる、俺がお前を必ず戻してやる!」

 

 ああ、そうさ、今この時、この場所に俺がいるのはこのためだ。このために、俺はこの世にしがみついた。

 

「お前がリィンに、自分の息子に相対するのに、そんな不安定な状態で挑むのか。その不安定な力は何時かお前を食い破る。そうなった時、お前はお前でなくなる。お前が向き合うべき場に、お前以外のモノが立つのか。そんなことは許さない、俺が決して許さない!!」

 

 ギリアスはリィンを捨てた。例え、どんな状況であっても、息子を守るためであっても、自分の息子を捨てた、その事実は変わらない。だからリィンには、『リィン・シュバルツァー』には、ギリアスに言う権利がある。『ギリアス・オズボーン』にはその言葉を受け止める責務がある。

 だから、その場に『ギリアス・オズボーン』が居なければならない。でなければ、俺が許さない。

 

 リィンの事も、ギリアスの事も、ハードを通して見てきた。見せられ続けてきた。

 苦しかった、悲しかった、どうして、と叫びたかった。

 リィンを授かった時の喜んだ顔も、父となることに対する不安げな顔も、生まれた時の感極まる俺を見て冷静になる顔も、リィンを肩車して笑う親子の顔も、俺は知っている。

 だから、どうしてあんなに仲が良かった親子が戦わなければいかないのか、そのことがあまりに辛すぎる。

 

「お前が戦うべき者は、お前が全力を出さずに勝てる程弱いのか。俺はそうは思わない。リィンは強いぞ、何故なら‥‥‥‥お前の息子だ。そして、俺の息子のライバルだ!」

 

 ギリアスの息子、ハードの友、それだけじゃない。カーシャが産んで、ソーシャルが助産し、俺が喜んだ。それだけじゃない、シュバルツァー家も、学院の仲間達、多くの人達に支えられている。

 そんなリィンは強いさ。かつてのお前の様にな。

 

「フフフ‥‥そうか‥‥リィンは、それほどまでに強いか‥‥‥‥」

 

 ギリアスは笑う。実に嬉しそうに笑う。

 

「ならば、私が逃げる訳にはいかんな‥‥」

 

 ギリアスの圧が増す。周囲がビリビリと震える。

 ギリアスは覚悟を決めたようだ。ならば、俺も己の決意を示す。

 

「ギリアス‥‥‥‥俺を頼れ。俺がお前の礎になる、お前の意志が呑まれるなら俺が取り戻す。何度でも、何度でもだ。俺がお前を引き戻してやる。ギリアス‥‥‥‥俺を頼れ」

 

 言うべき言葉は出し尽くした。

 

「‥‥‥‥頼む」

「ああ、任せろ!」

 

 俺は笑みを浮かべ、親指を立てる。

 

「フッ‥‥」

 

 ギリアスは笑みを浮かべた。そして‥‥

 

「『イシュメルガ!!』、キサマの力を使うときが来た。さあ、私にお前の力を寄越せ!!!」

 

 虚空に向かってギリアスは吠えた。

 俺には分からないナニカに向かって命じた。

 ギリアスの内から、尋常ならざる力が溢れてきた。

 どす黒いソレは、ギリアスを纏わりつき、呑み込もうとしている。

 ギリアスは逃げることなく、黒いソレを受け止める。呑み込まれる寸前までギリアスの視線は俺を捉え、離さない。

 

「ああ、任せろギリアス。俺はそのために、今ここにいる!!」

 

 ハード、すまない。お前の体だというのに勝手をさせてもらう。だがな、ハードをここまで育ててくれたもう一人の父のためなら、お前は許してくれると信じてる。

 そして、俺の最後の戦いを見ていてくれ、ハード。

 

 ギリアスは持っていた剣を捨て、虚空に手を伸ばす。

 すると、虚空から異形の剣が現れ、ギリアスの手に収まる。

 

「‥‥‥‥ゥゥゥ‥‥」

 

 ギリアスの目は正気を失っているようだ。力に呑まれたか‥‥‥‥なら、任せろ。

 

「さあ、来い。わが友よ!!」

「ハアアアアッ!!」

 

 ギリアスは全力で斬りかかってくる。俺はその場で迎え撃つ。

 ギリアスを正気に戻すために、俺は逃げる訳にはいかない。

 振り下ろされる大剣の一撃、それを双剣で受け止める。

 

「グッ!?」

 

 重い一撃だ。受け止めただけで、地に衝撃が走る。

 だが、一撃目は防いだ。

 俺は受け止めた大剣は押し返すのではなく、地に下ろすように刃を滑らせる。そして、己自身の体を回転させ、ギリアスに反撃を放つ。

 

「ハアッ!」

 

 斬撃はギリアスを捉え、鮮血が舞う。

 ギリアスは‥‥‥‥正気には戻っていない。斬りつけた傷もすぐに塞がる。

 ギリアスは再び大剣を振り上げ、俺に斬りかかる。

 

「チィッ!」

 

 現状の変化の無さに思わず舌打ちが出た。

 だが、ギリアスの攻撃は単調だ。大剣を振り回すだけで、知恵が回っていない。ギリアス自身が培った剣技も活かせていない。

 

「ふざけるな!!!」

 

 単調な攻撃に苛立ち、怒声と共に連撃を放つ。

 

「ふざけるな! ふざけるな!! ふざけるな!!! イシュメルガァァァ!!!!」

 

 上に下に左に右に、縦横無尽に動き、ギリアスの体に無数の斬撃を刻み込む。血が飛ぶ、傷が出来る、だがすぐに塞がる。

 ギリアスの体が放つ斬撃を時にカウンターに、時に放つ起点を潰し、攻撃を放つ。

 絶えず攻撃を放ち続けた。怒りに満ちた攻撃を放ち続けた。

 

「イシュメルガァァァ!! そんな無様に戦いをするために、ギリアスを、ギリアスの家族を奪ったのか!!!」

 

 武人であるギリアスの体を使い、粗末な剣技を見せられた。そんな粗末なものを見せるために、友の生涯が踏みにじられた。怒りしか湧いてこなかった。

 

「ウオオオオオオオオオ!!!」

 

 俺の言葉に反応したのか、更に力が増していく。

 だが、それでもただ少し速くなっただけだ。

 

「ハアアアアッ!!!」

 

 斬撃を滑らせるように受け流し、交差する一瞬で無数の斬撃を放つ。

 

「どうした、この程度か?」

「アアアアッ!!!!」

「遅い」

 

 振り向き攻撃してくるギリアスの攻撃を待たず、もう一度交差し一撃を放つ。

 

「ギリアスは‥‥‥‥もっと強い」

 

 言葉と共に剣を振るう。

 

「ギリアスは‥‥‥‥もっと上手い」

 

 反撃を躱し、剣を振るい足を斬る。

 

「ギリアスは‥‥‥‥もっと頭がいい」

 

 足を斬られ、体勢が崩れたギリアスの頭を蹴り飛ばし、無様に地に倒れ伏す。

 

「‥‥‥‥どうした、イシュメルガ? ギリアスなら、こんな無様は晒さないぞ」

 

 傷は治る。斬りつけた傷跡はすぐに塞がる。だが‥‥‥‥治らないモノもあるようだ。

 

「オノレ、ニンゲンゴトキガ!!!!」

 

 傷つけられたプライドだけは治らないようだ。

 

「人間を舐めるな!!!」

 

 教えてやろう、イシュメルガ。人間の力をな!!

 

 

 

 

 

 俺とイシュメルガの戦いは夜明け間近まで続く。

 

「アアアアアアアアアアッ!!! ニンゲンゴトキガァァァ!!!!」 

 

 イシュメルガの斬撃はただの一撃でも当たれば、相手に致命傷を与える程に強力なものだ。

 だが、当たらなければどうということはない。

 

「うるさい!!」

 

 攻撃をいなし、反撃の一撃を放つ。

 またも、イシュメルガの攻撃は不発となり、俺の斬撃が体に傷を付ける。だが、すぐに傷は塞がり、また同じことを繰り返す。

 

 どれ程の時間戦っているのか、分からなくなってきた。

 だが、体は問題ない。今だ体力に余裕がある。問題があるとすれば‥‥‥‥心、俺の残り時間の問題か。

 さっきから、体を動かすのにタイムラグが出てきた。ほんの僅かな間、思考から体への命令が遅れるような感覚だ。日常生活であればさして支障の出ない範囲だろう。だが、戦闘の最中であれば大いなる支障となる。

 

「ッ!?」

 

 イシュメルガの刃がわずかに顔を掠めた。

 体の動きの遅れが目立ちだした。

 このまま続ければ、俺の魂の焔は燃え尽きる。そうなれば、俺に待つのは完全な無だ。

 そうなれば、輪廻を繰り返すことはもうない。俺が今、こうしているように、再びアイツの前に立つことも未来永劫ない。

 

「だとしても、俺には逃げる事など出来ない!!」

 

 俺を信じたギリアスのために、俺は取り戻さなければならない。

 俺が使っているハードの体を、俺は返さなければならない。

 何よりも、俺自身のためにギリアスを、大事な友を取り戻さなければならない。

 

「ハアアアアッ!!!」

「ッ!?」

 

 イシュメルガの力任せに振り回した一撃は俺を簡単に跳ね飛ばす。

 咄嗟に防御したが、それでも足が地を離れ、壁に叩きつけられる。

 

「ウオオオオオオオオオ!!!」

 

 壁に叩きつけられた俺を追い、飛び掛かってくるイシュメルガ。

 俺は体を起こし、攻撃を躱し、体勢を整える。

 だが、イシュメルガの剣戟を幾重にも剣で受け止め続け、その結果‥‥‥‥

 

「っ!?」

 

 双剣にヒビが入った。

 かろうじて受け流しが間に合い、双剣が砕けはしなかったが、次の攻撃を受ければ‥‥‥‥

 

「アアアアッ!!!」

 

 ギリアスが更に踏み込み、水平に斬りかかる。

 まずい、この一撃は躱せない。頭は酷く冷静に、冷徹に己の末路が見えた。双剣が砕け、受けきれなかった刃が‥‥‥‥この身を斬り裂く。

 無意識で体に届く刃に対し、防御の姿勢を取っていた。

 

 すまない‥‥‥‥ギリアス、ハード、俺は‥‥‥‥また守れなかった‥‥‥‥

 心の中で懺悔した。

 だが‥‥‥‥刃がこの身に届くことはなかった。

 

「!? これはっ!!」

 

 双剣の刀身が黒いモノで覆われていた。

 

「お前か‥‥‥‥ハード」

 

 その存在は良く知っていた。息子が持つ、息子と同じ名を持つモノ『ハード・ワーク』だった。

 『ハード・ワーク』が形を変え、双剣の刃に纏われその形を守った。刀身を保護し、その本懐を成すために支えてくれていた。

 

「すまんな、無様を晒した」

 

 息子が見ている。その息子の前で、俺は一度諦めた。生きることを、救うことを、守ることを諦めた。

 そんな俺を諦めなかったのは息子だ。やはり、俺には過ぎた息子だ。ならば、俺もお前に恥じない父親として、振舞わねばならないな。

 

「はああああああああ!!!!」

 

 己の魂全てを燃やし、自身の闘気を全て解放する。

 これをしくじれば、いやしくじらなくても、これが俺の最後だ。だから、最後に言葉を交わそう。

 

「聞こえるか、ギリアス。いい加減起きろよな」

「‥‥‥‥」

「やれやれ、ここまでやっても今だ戻ってこないか。俺が言い出したことだが、お前だったら何とかなると思ってたんだがな。‥‥‥‥なあ、最後に懺悔をしていいか」

 

 ギリアスは答えない。聞こえていないのか、それとももう聞けないのか、ただどちらでもいい。今のアイツが攻撃してこないなら、このまま最後の言葉を吐き出そう。

 

「俺は‥‥‥‥お前を追ってここまできた。お前を最後まで守ることが出来なかった、その無念が俺を縛り続けていた。最初は驚いたさ、まさか250年の時が経っていたなんてさ。あの時、終わった俺が今再び自分の意志で動けたことを喜んだ。あの後にお前が終わらせてくれたことを喜んだ。そして‥‥‥‥お前と再び会えたことを喜んだ。なあ、聞こえてるか‥‥‥‥ギリアス‥‥‥‥いや‥‥‥‥()()()()()()

「!?」

 

 ギリアスの表情が変わる。だが、アレはギリアスか、それともイシュメルガか、判断がつかない。

 

「俺は約束を果たしに、この場所に、この時に転生してきた。お前を守る、その約束を果たすために、俺は今、立っている。俺の今生の名はネット・ワーク。かつての名は『ロラン・ヴァンダール』。獅子心皇帝『ドライケルス・アルノール』を守護するヴァンダールの剣士だ」

「ロ、ラ、ン‥‥‥‥」

 

 ギリアスの口から漏れ出るように名を呼ばれた。懐かしいな、アイツの口から名を呼ばれたのは‥‥‥‥

 

「俺は今度こそ約束を果たす。お前を守護する『ヴァンダール』としての責務ではなく、ドライケルスの友『ロラン・ヴァンダール』として、ギリアス・オズボーンの友『ネット・ワーク』として、お前を護ってみせる!!!」

 

 言葉は出し尽くした。もう、語るべき言葉はない。‥‥‥‥さよならだ。

 

「ヴァンダール流双剣術秘奥義『破邪顕正』。これが俺の最後の一撃だ‥‥‥‥行くぞ。ウオオオオオオオオオ!!!! 帰ってこい! ギリアス(ドライケルス)!!!」

 

 帝国の闇を晴らすなんて、そんな大役、俺には分不相応だ。だから、俺は俺に出来る事を成す。俺に出来る事、それは友を救うこと、ただそれだけだ。

 




次もすぐに上げます。


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第四十六話 皇帝の帰還

これでストック分はラストです。
連日お付き合い下さり、ありがとうございました。


 ―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 side ギリアス・オズボーン

 

 「ヴァンダール流双剣術秘奥義『破邪顕正』。これが俺の最後の一撃だ‥‥‥‥行くぞ。ウオオオオオオオオオ!!!! 帰ってこい! ギリアス(ドライケルス)!!!」

 自身に迫る一閃を私は見ていた。

 

 イシュメルガの力に手を出し、己が染め上げられる中、友の声が聞こえた。

 自分自身を失いかける程の負の激流に流される中、友の声が聞こえた。

 指一本動かせない戒めの中、友の声が聞こえた。

 どれ程の闇の中であっても、友の声が聞こえた。

 

「俺は今度こそ約束を果たす。お前を守護する『ヴァンダール』としての責務ではなく、ドライケルスの友『ロラン・ヴァンダール』として、ギリアス・オズボーンの友『ネット・ワーク』として、お前を護ってみせる!!!」

 

 友の声が聞こえた。

 いつだって、どんな時だって、お前が隣にいてくれたから、苦難を乗り越えられた。

 だから‥‥‥‥友を喪った時、私はもう終わりにしたかった。

 

 私一人では、立てなかった。

 友が居たから、立ち上がれた。

 私は弱い男だった。 

 そんな私の前に、リアンヌが現れ、私を支えてくれた。

 だから、かつての私は獅子戦役を終わらせられた。

 しかし、結果としてリアンヌさえ失い、私はもう立てなくなった。

 

 そんな頃にイシュメルガの声が届いてしまった。

 だが、私はその声に応えなかった。

 それは私が跳ね除けたのではない。ただ、もう動くことをしたくなかったからだ。

 

 もし、私がイシュメルガを排除しようと考えれば、ロゼを頼ったことだろう。

 人の世界のことだ、などと強がりなどせず、必要とあれば助けを請うた。

 だが、私は動かなかった。もう、何もしたくなかった。動き、誰かを支えに立ち上がれば、私はまた喪ってしまう。それを嫌い、動くことをしなかった。

 

 ‥‥だが、アレは失態だった。

 自身の命が尽きる寸前、リアンヌが現れた。かつて喪った私の半身。

 彼女の存在が、私に再び戦う意志を取り戻させた。しかし‥‥もう、体は動かなかった。

 そんな私の行動が彼女を縛り付けた。

 最後まで動かなければ、彼女が今の様に縛られることはなかった。最初から動いていれば、今の様になっていなかったかもしれなかった。

 結局は全て私の行動が招いたことだった。

 

 ならば、責任を果たすしかあるまい‥‥

 友は、死して尚、私のために戦ってくれている。

 彼女も、死して尚、私のために戦ってくれている。

 私は‥‥応えなければならない。友のために、彼女のために‥‥何より、帝国の未来のために‥‥私は立ち上がる。

 

「さあ、返してもらうぞ、イシュメルガ!!」

 

 闇の中に一条だけ灯る光に手を伸ばす。

 

 

 

 

「‥‥‥‥帰ってきたのか‥‥」

 

 自身の目の前には練武場の天井が見えた。背中には冷たく、ゴツゴツした感触がある。

 そこで初めて自身が倒れ、天を仰いでいることに気付いた。

 

 倒れたなら、立ち上がらなければならない。

 体を起こす、手を付き、足に力を入れ、体を立ち上がらせた。

 重い体だ、実に、重い。ドライケルスの時の様に今わの際ではないとは言え、多くを背負ってきた身だ、軽くはない、と思っていた。

 だが、重いな‥‥‥‥

 

「ほら、立てよ」

 

 手が差し伸べられた。

 

「‥‥すまん」

 

 私はその手を取って、立ち上がった。

 

「‥‥帰ってこれたか」

「‥‥ああ、迷惑をかけた」

「いいさ、これくらい。‥‥‥‥それに、これが‥‥本当の最後だからな」

 

 友の存在が希薄になっていく。

 ああ、そうか、これが‥‥‥‥最後なんだな。

 

「本当なら、こんな言葉さえ交わすことが出来ないと思っていた。俺の最後の一撃は文字通り、俺の魂全てを燃やし尽くして放った。だが、ソーシャルがな、俺の分を少し肩代わりしてくれた。だから、最後にこうして話が出来る」

「‥‥‥‥そうか、彼女も、居たのだな」

「ああ、俺達の戦いを何も言わずただ見ていてくれたさ、最後に俺達に時間までくれた。‥‥俺には過ぎた妻だったよ」

「‥‥ああ、お前には過ぎた女だと思うさ」

 

 こんな状況でも互いに気安く軽口を叩き合える友、そんな友にもう生涯会えることが無いのだと実感していく。

 言葉が出ない、何を言えばいい、消えゆく友に対し掛ける言葉が浮かばない。

 

「ありがとう」

「何故、お前がそれを言う?」

 

 友が私に礼を言う意味が分からない。むしろ、私が言うべき言葉ではないか。

 

「お前には、俺の子供を立派に育ててくれた。昔も、今も、二度に渡って育ててくれた。感謝している、心から、本当に‥‥ありがとう」

「何を言う。私はお前の子供から父を奪った男だ。昔も、今も、奪ってきた」

 

 私が指示を下し、それによって友は死んだ。私が殺したようなものではないか。

 

「いや、そんな事はない。昔も、今も、俺にしか出来ないから、お前は俺に託してくれた。お前は俺だから成せると信じてくれた。その信頼に応えたかった、今も、昔も、その気持ちに変わりはない」

「‥‥‥‥どうして、お前はそこまで私に尽くしてくれる。私はお前に、何も返せていないのに‥‥‥‥」

「今更、そんな水臭いことを言うな。‥‥‥‥友のために力を尽くしたかった、ただそれだけさ」

「こんな時でも、お前は私を‥‥俺を‥‥友と呼んでくれるのか?」

「当然さ。かつても、今も、俺とお前は出会い、友となった。きっと俺とお前の出会いは運命なのさ。いや‥‥腐れ縁、と言うのかな」

 

 フフフ、と笑う友につられ、思わず笑ってしまった。

 

「フッ、運命なんて高尚なものではなかろう。どんな立場であっても、俺と共に肩を並べて立つ男など、古今東西二人といない。生まれ変わっても斬れやしない縁、奇妙な縁だ。腐れ縁こそ俺達には相応しいな」

「ああ、違いない」

 

 そうさ、俺達の出会いが女神が定めたものであるわけがない。俺と友が歩んだ道は、俺達が決めて歩んだんだ。運命、なんて薄っぺらいモノであるわけがない。

 

「‥‥‥‥どうやら、ここまで、のようだ」

「ネット‥‥」

 

 ネットが膝を付く。

 

「‥‥ギリアス、俺はいつもお前を最後まで支えられないな。でも、それでいい。友として、臣下として、お前の道を切り開く、その役目を果たせた事に俺は満足している。だから、もう、俺はお前を心配しない。だって、お前はいつも俺の期待を超えてくれた。生まれ変わったこの世界で、お前が皇帝に―――『獅子心皇帝』と呼ばれていたことを知って、心底嬉しかった。あの時は自分がロランだと分かる前だったのに、誇らしかった。歴代の皇帝の側近たちに言いたかった。『どうだ、俺が支えた男こそ歴代一の皇帝だ』、って言いたかった。そんなお前に対して、ずっと叶えたかった願い――――剣を競い合うという願いを叶えられた。心底楽しかった。もう‥‥悔いはない」

「‥‥‥‥ありがとう、友よ。こんな私を支えてくれて、死して尚、追いかけてきてくれた我が友よ。ここに誓おう、私が必ず未来を創る。だから‥‥‥‥もう休んでくれ。友よ」

「フフ‥‥イエス・ユア・マジェスティ」

 

 その声を最後に、友は女神の下に逝った。

 体を支配していたネットの魂が離れたことで、ハードの体は力を失い、倒れ伏そうとしていた。私は、ハードの体が地に倒れ込む前に抱き留めた。すると、ハードの手から剣が零れ落ちる。黒く染まった剣身は手から離れた時に元の色に戻り、地に落ちた時に砕け散った。その様はまるで、役目を終えた、と言わんばかりだった。

 

「‥‥zzz‥‥zzz」

 

 ハードから穏やかな寝息が聞こえてきた。深く眠りについているようだ。‥‥‥‥どうやら相当消耗しているようだ。

 ハードの体に自身と異なる魂を宿し、無理矢理戦わせたのだ、疲弊して当然だ。ハード自身の成長速度がこちらの想定以上だったことに考慮しても、魂の『インストール』を行うには些か早すぎた。だが、そのおかげで、私もネットも、報われたことには感謝の言葉も出ない。

 しかし、事ここに至っては彼に全てを教えなくてはならない。自身が生まれた意味を、知らねばならない。もう彼は‥‥‥‥子供ではないのだから。

 

 私はハードを運び、練武場の扉をくぐり、外に出た。

 

「っ!‥‥」

 

 朝日が目に染みた。久方ぶりに、光を浴びた気がした。

 

 

 

side out

 

 

 

 私は夢を見ていた。

 私が誘拐されることなく、父さんと母さんが生きていてくれて、一緒に暮らしている。そんなあり得たかもしれない夢だった。

 父さんがいて、母さんがいて、私がいて、そんなごく普通のありふれた生活をしていた。代わり映えすることなく、日々の出来事に一喜一憂する、生活を繰り返すだけだった。

 子供だった私も成長していき、父さんと母さんも老けていった。母さんよりも大きくなり、父さんよりも力強くなるまで成長していた。

 ああ‥‥夢の様な、夢だった。私が今の私くらいまで成長したとき、その夢は終わりを迎える。そのことを理解した。

 夢の中の父さんと母さんが誘拐される日に見た、あの時の姿に変わっていた。なのに、私は子供の姿ではなく、今の私の姿のまま。

 

「父さん、母さん‥‥‥‥行っちゃうの?」

 

 体は大きくなっているのに、言葉遣いは子供の頃のままだった。

 

「ああ、もう行くよ」  

「十分に、貴方の成長が見れました」

 

 二人は穏やかに笑う。

 私は声を上げようとした‥‥‥‥だが、止めた。

 父さんと母さんと十分に言葉を交わした。もう‥‥‥‥十分じゃないか。例え夢でも、叶えたかった夢は叶った。だから、最後に思いの丈をぶつけよう。

 

「‥‥ありがとう、父さん、母さん。俺を二人の子にしてくれて」

「っ‥‥、礼を言うのは、俺達の方さ。ありがとう、俺とソーシャルを親にしてくれて」

 

 言いたいことは同じだった。‥‥‥‥やっぱり、親子なんだな、私達は。なら、もう言葉はいらないかな。

 

「父さん、母さん。‥‥‥‥行ってきます!!!」

「「行ってらっしゃい!!」」

 

 笑って送り出してくれた二人に背を向け、走り出す。前に、前に、ひたすら前に、走っていく。

 もう、後ろを振り返ることはない。ただ前だけ見て走っていく。

 これ以上言葉はもういらない。十分に話したし、それだけの時があった。むしろ、これ以上私が動かなければ、その方が二人を苦しめる。

 だから、私から、先に動いたんだ。もう、二人の背に守られる子供ではないのだから、自分の決めた道を歩いていける大人なのだから、自ら決めたことを成すために、動くんだ。

 

 走り続けた道の先が光で見えない。だが、それでも前に進んでいく。

 先の見えない道、何があるのか分からない道、それこそが私が行くべき道なのだから‥‥‥‥

 

 

 

 

 

「‥‥ここ、は‥‥‥‥ああ、戻ってきたのか」

 

 私は自宅の自室のベッドの上で目を覚ました。記憶を辿ってみると、最後の記憶がギリアスさんとの手合わせの最中だった。そして、そこから今に至るまでの記憶が抜け落ちていた。確か、ギリアスさんの一撃で壁に衝突し、頭をぶつけた、そこまでは記憶があった。そこまでは‥‥‥‥私自身の記憶だった。

 だが、

 

「‥‥‥‥なんだ、これ!?」

 

 

 自身の覚えの無い記憶が溢れてくる。

 双剣を持った私がギリアスさんと戦っている記憶だった。いや、この記憶の中の私は‥‥‥‥父さんだ。

 

「うっ!?」

 

 頭に強烈な違和感が襲ってきた。痛み、ではない。違和感だ。自分自身の記憶領域に無理矢理他の記憶を押し付けてきたような、まるで自身の存在が同時期に二つあるような感覚。それでいて、全く違う人格を有しているから、自身の存在が別の何かになってしまったかのような、奇妙な錯覚を覚えた。

 とりあえず、ゆっくりと、落ち着いて、少しずつ記憶を紐解いていった。

 記憶の中には、父さんの双剣術、戦いへの心構え、ギリアスさん‥‥いや、ドライケルス大帝に対する積年の思い、それらが全て、記憶として残されていた。だから‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥ふぅ、どうやら本当に使えるようだ」

 

 目を瞑り、イメージトレーニングをしただけで、使えると判断できた。

 足の運び、体重の移動、肩肘の可動、腰の回転‥‥‥‥全てを知っている。斬った時の手に伝わる感触さえ、知っている。本来ならあり得ない。使ったことのない術技だ、想像がつく、位は分かったとしても、知っているわけがない。これは紛れもなく父さんの記憶を私が得たことに起因している。

 故に、私は父さんと同じ双剣術が‥‥‥‥使える。ロラン・ヴァンダールの双剣、ネット・ワークの双剣を私は完全に習得した。これまでの見様見真似での再現ではなく、完全に自身ではない誰かの技術の複製だ。

 一体何がどうして、こうなったのか、想像することは出来ても確信はない。

 ソフトさんがかつて、俺がホムンクルスだと教えてくれた。何かしらの目的を持って作られた、と言う事も教えてくれた。そして、夢の中で父さんと母さんが別れて以降、自身の胸の中にぽっかりと空いた感覚さえあった。

 

「‥‥‥‥そうか、あれは、夢ではなかったのか」

 

 胸の中にあった父さんと母さんの魂を、もう感じない。

 だが、最後の別れは既に出来た。だから‥‥‥‥もう、前を向こう。

 私はもう、子供ではない。いい加減、前に向かって進んでいかないといけない。

 

「さあ、やるぞ!」

 

 勢いよく、ベッドを飛び起きると‥‥‥‥バサァッ、という音が聞こえた。

 

「ん?」

 

 音の出所に目をやると、そこには一冊のファイルがあった。

 そこそこの分厚さがあるファイルを手に取ってみた。

 

「ん? H‥‥A‥‥R‥‥D‥‥プロジェクト? なんだこれは? ギリアスさんの忘れ物かな?」

 

 読むか、読まざるべきか、少し悩んだ結果、好奇心に負け、少しだけと自分に言い訳をしつつ、パラパラとファイルを開き、中を見始めた。

 




読了ありがとうございました。
不定期更新となりますが、今後とも宜しくお願い致します。


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第四章 帝都ヘイムダル
第四十七話 願い


よろしくお願いします。


―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

「‥‥‥‥頭が痛い‥‥」

 

 残されたファイルを読んだ最初の感想がそれだった。

 

 ファイルにはHARDプロジェクト、その意味と目的が余すことなく記載されていた。

 とある人物の細胞から培養し、持ちうる限りの技術を全て、余すことなく注ぎ込み、作り上げた最高の器。それが‥‥‥‥『私』という存在だった。

 ファイルには私を構成する全て―――技術の出所、施した術式、実験の副産物、基にした存在、最終目的、それら全てが記載されていた。

 そして読んで思い至った結論が最初の言葉だった。

 自身がホムンクルスであることは最近知った。自身には役割があると、その時に知った。だから、何時か知ることになることも、それが今日、今この時であることであっても、理解できる。

 だが、この当初の計画とは大いに異なった状況となっている。

 前提条件も、完成時期も、ずれている。それ即ち最終相克では使えない、と言う意味だ。

 つまり『無駄』だった、と言う事だ。私が生まれた意味は‥‥‥‥まるで意味がなかった。

 イシュメルガ、いや、私を作った黒のアルベリヒからしてみたら『資金の無駄遣い』に他ならない。つまり、黒の工房からすれば、私を作った意味をなかった。意味があったとしたら、先代のアルベリヒ、私の創造主にとっての『最後の作品』ということだけだ。

 故に、黒の工房は私を追っていない。いや、そもそも廃棄したはずの存在だ。手間をかける気さえないようだ。

 

「‥‥‥‥そうか」

 

 結局、私に生まれた意味など‥‥‥‥なかった。

 

 

 ファイルを読んで、ぼうっと、しているうちに時間が経ち、いつの間にか昼に近くなっていた。

 気づけば起きてから何も口にしていない。腹が空いたな。

 ファイルに書かれている内容で少し頭が痛くなった。少し外に出てみよう、気分転換にちょうどいいだろう。

 ベッドから立ち上がり、クローゼットを開けてみると、服が一着だけ用意されていた。

 服の大きさからして、私用だと思われる。だが‥‥‥‥少し派手すぎないだろうか?

 しかし、生憎と今着ているのも、インナーくらいしかない。夜だったから、インナーで出ても誰かに出会うことはなかったので、良かったとしておけたが、流石に昼間にインナーだけで出るには憚られる。

 仕方なし、と考え、用意された一着――――――真っ赤なアロハシャツを着て、外に出た。

 ‥‥‥‥こんなの用意するのなんて、レクターさんくらいだろうけど、もう少しまともな服を用意して欲しかった。まあ、用意しておいてもらったなんだけど‥‥‥‥

 

 真っ赤なアロハシャツにベージュのカーゴパンツを着て、帝都の街並みを歩く。

 日が天辺に差し迫り、一番暑い時間帯に差し迫っていた。

 今日は暑いな。7月だし、雲一つない空模様。アロハシャツを着ていてもおかしくない気候で、特に街中を歩いていても、不審に思われることはない。

 しかし‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥やれやれ」

 

 視線を感じた。いくつかの、探るような視線。

 その視線の出所まで探ってみた結果‥‥‥‥放っておくことにした。

 関わり合いにならない方がいいかな、と思って気にすることを止めた。それに昼を少し過ぎていたため、腹が減っていた。尚の事、相手にする気もない。

 しかし、生まれた意味がない存在でも、腹は減るんだな。‥‥‥‥一つ勉強になったな。

 ‥‥‥‥思考が後ろ向きだな。ああ、あんなもの見るんじゃなかったな。

 

 

「‥‥‥‥久しぶりだな」

 

 久しぶりの帝都と言う事で、昔よく通っていたレストランを訪ねた。ランチタイムの時間帯で、客は沢山入っている。

 私は店員さんに席に案内される前に、店長さんに声を掛けた。

 お久しぶりです、というと、あちらも覚えていて、久しぶりと声を掛けてくれた。厨房からシェフの年配のおじさんが出てきて、デカくなったな、とか、元気してたか、など話し掛けられた。

 多少の世間話をした後、席に通された。私が通されたのは4人掛けの角のボックス席だった。

 私の席の周囲は斜め前に黒いスーツにサングラスをかけた男性が座り、前の席にはこの暑い中、黒いコートを着て襟元を立て、サングラスをかけた水色の髪の女性がいて、そして隣には‥‥‥‥赤いアロハシャツにサングラスをかけた赤い髪の男性がウクレレを弾きながら、席についていた。私はそんな人たちに囲まれるような形で席に着いた。

 

「‥‥‥‥対象、席に付きました。どうぞ」

『了解。対象から、目を離すな。どうぞ』

 

 黒い服にサングラスの男性は小声で、何か―――おそらくは手首に仕込んだ通信機に何か話している声が聞こえた。そして、その返答も‥‥‥‥いや、丸聞こえだった。

 知り合いの声が聞こえた。だけど、そんな野暮なことは言わないでおこうと心に決めて知らないふりをした。

 だが‥‥‥‥

 

『パシャパシャ‥‥』

 

 黒いコートの水色の髪の女性の方からシャッター音が聞こえた。

 そのシャッター音は一回や二回などでなく、連続で何度も何度も聞こえた。

 普通であれば、注意するなど声を掛けるべきなのだろうが‥‥‥‥知らないふりをした。

 ‥‥‥‥知り合いに似すぎているが、知らない人だと思い込み、気にしないことにした。

 そして‥‥‥‥

 

『ポロローン♪‥‥』

 

 ウクレレの音が耳に入ってくる。

 赤いアロハシャツの赤い髪の男性が定期的に音をかき鳴らす。

 さっきから、こっちをチラチラ見てくる。そのたびにサングラスを上げたり下げたりして、こっちにアピールしてくる。

 ‥‥‥‥ああ、嫌だな。声かけたら絡まれるだろうな。

 もう隣の席のアロハシャツ野郎は正体を隠す気は無いようで、私が話しかけるの待っている。

 

『ポロン♪ポロン♪ポロン♪ポロン♪ポロン♪ポロン♪‥‥』

 

 ドンドンと音が激しくなっていく。

 こっちを向いて、掛けていたサングラスはテーブルに置いて、素顔を晒して、必死にかき鳴らされる。

 反応したら負けかな、と思ってしまうこの現状、幸い周囲にいるお客は気にしていない。‥‥‥‥いや、違うな、これは完全にグルだ。どうやら私がこの店に来ると最初から想定されていたようだ。

 

 流石は情報局、私の行動は既に予測済み、と言う事か。結社の人間である私が、これから結社の人間とコンタクトを取るだろうと予測し、見張っているのだろう。だからといって‥‥‥‥この人選は無いんじゃないのか?

 黒いスーツのサングラスの男性はともかく、黒いコートの水色の髪の女性は鉄道憲兵隊ですよ、所属が違いますよ。そして極めつけのウクレレアロハ野郎は‥‥‥‥もっと忍べよ。いや、そもそも忍ぶ気すらなく、ただ面白がってるだけだろう。

 ハアァー、と頭が痛いのに、更に痛くなった。まるで頭痛が痛い、くらいの心境だ。

 

「‥‥‥‥お待たせいたしました」

 

 店員さんがランチを私の席に置いた。

 なんとか平静を保とうとしているのは良く分かるが、肩がプルプル震え、顔も引き攣っている。

 ‥‥‥‥申し訳ありません、心の中で平身低頭して謝罪した。

 とりあえず、折角のランチだ、冷める前に頂こう。

 周囲は今だ喧しいがそれでも反応しないように心に決めた。

 

「‥‥いただきます」

 

 ランチはチキンライスにハンバーグ、エビフライ、サラダ、スープと彩り鮮やかでボリュームのあるものだ。

 久しぶりのこの店のランチ、帝都にいた時にはよく来ていた。さて、お味はどうかな。

 ハンバーグを一口サイズに切り、デミグラスソースとよく絡め、口に運ぶ。

 うん、久しぶりだが、やはり上手い。丁寧に造られたハンバーグは噛む毎に旨味が溢れてくる。デミグラスソースも通っていた当時のままだ。時が経っても変わらない。

 一口、また一口と味わって食べていく。ああ、実にいいものだ。ただ‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥対象、ハンバーグを切り分け、口に運びました。どうぞ」

『了解。対象から、目を離すな。どうぞ』

『パシャパシャ‥‥』

『ポロン♪ポロン♪ポロン♪ポロン♪ポロン♪ポロン♪ ウオウオウオオオ!!!』

 

 ‥‥‥‥‥‥もう少し、静かに頂きたい。

 

 

「ああ、坊ちゃん。ゴクッ、こんなところで奇遇ですね。ゴクッゴクッ‥‥」

 

 いかにも、今気づきました、的な表情を作るウクレレアロハシャツ野郎ことレクター・アランドールは水をゴクゴクと飲んでいた。

 ウクレレ片手に大熱唱していたし、喉が渇いたのも致し方ない。

 私がランチを食べ終わり、食後のコーヒーを飲み終わるまで、一人コンサートをしていた。

 『星の在り処』が3週目に入った時に、流石に限界だったので、声を掛けた。‥‥‥‥掛けて、しまった。

 

「‥‥‥‥一体何をしているんですか?」

「何って、見て分かりません?」

「‥‥‥‥何を分かれと?」

 

 ウクレレ片手に大熱唱、ソロライブか何かとしか分からない。

 

「ほら、我々帝国情報局は大恩ある創始者のご子息たるハード・ワーク坊ちゃんの身の安全を第一に考えて、万全の警備体制を敷いているんですよ。そのために、鉄道憲兵隊からも応援を呼んだほどですよ」

『パシャパシャ‥‥』

 

 ウクレレをポロロン、と奏でながら言ってのける姿には全くその様に見えない。

 そして、水色の髪の女性は今も写真を取る手を止めない。

 

「‥‥‥‥どうしているんですか?」

 

 私が水色の髪の女性を指差し、問うと、

 

「ハード坊ちゃんのアロハ姿が見れるぞ、と言ったら飛んできました」

「なんでですか‥‥‥‥」

 

 普段は真面目で理知的な人なんだけど、どうして私に構おうとするのか、昔から良く分からない。

 トールズの入学式にも、何故かレクターさんと来ていたし、卒業式にも来ようとしていた。仕事を優先して欲しい、と言ったら、泣き出したし、うーん昔からクレアさんの琴線が良く分からん。

 

「まあ、いいです。で、どうして私を警護しているんですか?」

「‥‥‥‥まあ、アレだ。お前がまた変な事しないように見張ってるんだよ。執行者『社畜』が現れないとも限らないからな」

「‥‥‥‥そう、ですか」

 

 レクターさんの言葉に反応に困った。これはアレかな、私に対する警告的なモノかな。

 

「あー‥‥‥‥そのなんだ、今帝都は厄介事が起きてやがる。共和国の構成員が入り込んでるそうだ」

「共和国の?」

「ああ、姿を見かけて追いかけても、直ぐに見失うのさ。その対応に追われて、てんやわんやさ」

「姿を見失う‥‥‥‥」

「そう。だから、今帝都で厄介事が追加で起きると、俺達倒れちゃうわけよ。何処にいるかも分からない、結社の執行者『社畜』には、大人しくしておいて欲しいんだよ」

「‥‥‥‥まあ、きっと今は現れませんよ。今、きっとそんな気分じゃないでしょうし‥‥‥‥」

「まあ、じゃあ坊ちゃんの勘を信じさせてもらいますよ。ところで‥‥‥‥今、暇か?」

「暇‥‥‥‥なんでしょうね」

 

 色々と考えることは多い。あのファイルの事、結社への謝罪内容、そして‥‥‥‥私の在り方。

 出来るなら、じっくりと考えたい。だが、暇か、忙しいかと問われると、暇と答えざるを得ない。

 

「よし、じゃあ早速行くぞ。その前に、仕事着に着替えてからな」

 

 そう言って、レクターさんは店の奥に入っていき、直ぐにいつもの制服に着替えて現れた。

 

「じゃあ、行くぞ。クレア、お前も昼休み終わったんだから、さっさと仕事に戻れよ」

「分かっています。ではハードさん、お気をつけて」

 

 首からカメラを提げたまま、キリっとした表情で敬礼して、見送るクレアさんに、何とも言い難い思いを持ちながら、私はレクターさんの後をついて帝都の街中に進んでいった。

 

 

「よし、いけ!!!」

「‥‥‥‥」

 

 私がレクターさんに連れられてきたのはヘイムダル競馬場だった。

 帝都に住んでいたので、競馬場の近くを通ったことはあったが、入ったのは初めてだった。そして、馬券を買うのも初めてだった。

 レクターさんから買い方を教えられ、とりあえず買ってみる事にした。‥‥といっても、昼食くらいの分しかミラを持っていなかったので、それほど多くを賭けられるわけではない。

 手持ちを確認しながら、とりあえず、1000ミラを賭けてみることにした。結果は‥‥‥‥

 

「3-2か、またまた大当たりだな!」

「‥‥‥‥そうですね」

 

 当たった。これで3連勝、と言っていいのか分からないが、3レース連続で当たった。

 それほど、オッズが高い訳ではないが、確実に増えている。1000ミラが15000ミラに化けた。

 これはギャンブルにハマる人が出るのも無理はない。当てれば増える、まともに働くのも馬鹿らしいと考える人が出るのも仕方がない。‥‥‥‥だが、どうにも私の性に合わない。

 

「なんだよ、当たったのに嬉しくなさそうだな?」

「‥‥‥‥何が来るのか『分かる』のに、喜べますか?」

 

 この競馬場で一喜一憂している人たちは、どの馬が勝つのか分からない。だからこそ、持ちうる知識、経験、勘、運を使って当てようとしている。だけど、私には『分かる』。

 一目見ただけで、馬の良し悪し、馬場の状態、天候、それらの情報を統合し、合理的に判断し、近未来を予知することでどの馬が、いやレースの結果を予知できる。予知‥‥‥‥出来てしまう。

 だから、賭けることで確実に増やせてしまうギャンブルは罪悪感を覚えてしまう。

 

「喜んどけよ‥‥‥‥好きで得た力じゃないんだから使い倒しちまえよ。お前が負うべき罪悪感じゃないだろうが」

「‥‥‥‥そうかも知れませんが、私にとっては楽をして儲けるのは‥‥‥‥罰になりませんよ」

「また、おまえは‥‥‥‥」

 

 レクターさんが溜息を吐く。

 何度も繰り返してきた、このやりとり。私の力を肯定するレクターさんと否定する私、何度も繰り返し、結局は私が場を白けさせる。

 だが、それでも‥‥‥‥この力を肯定する訳にはいかない。多くの‥‥‥‥無駄な犠牲の産物、それが私であり、この力。きっとこれからも、私が終えるその日まで、永遠に否定し続けなければならない。

 きっと感情も、思考も、意志も、全てなければ、これほど悩むことなどないのだろうな。‥‥‥‥なんで、意志を持ってしまったのだろうな、ただの‥‥‥‥『器』でしかないのに。

 

「いいか、ハード。これから言う事を肝によく命じておけよ」

 

 珍しくレクターさんが真面目な顔をしている。その様子に若干身構えてしまう。

 

「‥‥‥‥なんですか?」

「生きていくにはミラがいる」

「‥‥そうですね」

「ミラを得るには様々な手段がある。コレ(競馬)も一つの手段さ」

「‥‥‥‥」

「これから、つらくても、苦しくても、働くのが嫌になっても、お前は生きていくんだ」

「‥‥‥‥」

「だから、覚えとけ。使える手段、どんだけ使ってでも、お前は生き抜け」

「‥‥‥‥クレアさんが見ていたら咎めるんじゃないですか、私にそんなこと言うと‥‥」

「言わねえさ、アイツは。お前が生きるためならな」

 

 レクターさんが珍しく真面目な顔をして話す、その様が何処か痛々しく見えた。

 

 

 

 side レクター・アランドール

 

 ‥‥‥‥多少は伝わったかな。

 多少でいいんだ、つらければ逃げればいい、それだけでも伝われば、それでいい。

 

 全く、あのオッサンも無茶しやがる。あんなもの見せるなんて‥‥‥‥

 『HARDプロジェクト』、その禁じられたファイルをハードに見せやがった。

 俺が最初に見せられた時、あまりの内容に思わずオッサンの事ぶん殴ってた。だが、オッサンはそれを当然の様に受け入れやがった。

 俺だって理解している、別にオッサンが悪い訳じゃない。だが、受け入れるにはあまりにも酷な内容だった。

 『OZ』、ミリアムやアルティナでさえ大概だったが、『HARD』は尚一層怖気が走った。

 挙句の果てには、時期が合わない、代替品が間に合ったから、廃棄した、ときたもんだ。‥‥‥‥思い出すだけでイライラしてくる話だ。

 ‥‥‥‥『HARDプロジェクト』を知るのはオッサンと俺以外だと局長のサイモンのオッサンだけだ。クレアには言えないし、筆頭殿にも言いたくはねえ。ましてやミリアムになんか話した日にゃ、Ⅶ組全員に知れ渡る。それだけは出来ねえよな。

 ‥‥やっぱりオッサンの言う通り、結社に渡した方が正解だったんだろうな。ハードを『守ってくれる』ところなんて、そこしかないんだろうな。『劫炎』を始めとした執行者、それに何より『鋼の聖女』殿がいる。彼女なら必ずハードを守ってくれる。それに例えハードが何者であろうと、受け入れてくれるのは結社の他にない。キワモノだらけの中なら、ハードは普通になれる。

 

 ‥‥‥‥やれやれ、本来なら帝国にお前のいるべき場所を作ってやるべきなのに、それが出来ねえのは、情けないやら、申し訳ないやら‥‥‥‥済まねえな、おやっさん、姐さん。御二方に受けた恩の何一つ返せそうにないぜ。

 だけどさ、俺もハードがこのまま終わっていいなんて、思っちゃいねえ。俺がハードを変えれなくとも、変えてくれる奴がいる。だから、俺の役目はそいつに逢わせる事だ。そっから先は‥‥済まねえが、頼むわ。

 

「よう、こんなところで何してるんだ‥‥‥‥シュバルツァー」

 

 ハード、ついでに一つ教えとくが、『学生時代の友人』ていうのは特別なんだぜ。

 




ありがとうございました。


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第四十八話 先輩と後輩

お久しぶりです。


―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

「じゃあ、いってらっしゃい♪」

 

 いい笑顔で見送るレクターさんと見送られる私。そんな私達を見て、反応に困っているリィン達一行。

 赤いアロハシャツ、背にウクレレ、腰にレイピア―――レクターさんから借りた剣を差している大男が同行するのだから、困惑するのも仕方がない。

 むしろ断ってもらった方がいいくらいだ。‥‥‥‥お互いのためにも。

 だが、そこは口八丁手八丁を尽くしたレクターさんの弁舌の前にリィンが太刀打ちできる訳もなく、私を連れて行く羽目になった。‥‥‥‥どうしてこうなった!?

 ‥‥‥‥はあ、仕方がない。出来る限りひっそりと、目立たず、騒がず、手を出さずについて行こう。

 そもそもリィン達は、つい先日戦った相手だ。リィン達は知らないが私は彼らの敵だ。明確に袂を別っている。そのことはレクターさんも重々承知している。だというのに、態々私を競馬場に連れて行き、リィン達が来ることを知っていて、引き合わせたのは、あの人のいたずらか、それとも嫌がらせか、判断に困る。

 

「ハード」

 

 リィンが私を呼んでいた。

 無視するのも悪目立ちするし、敵対しているとは言え、リィンは私が執行者だと言う事は知らない。ならば、今後のお互いのためにも、付かず離れずの距離間を保つべきだろう。

 

「なんだ?」

「これからの事なんだが‥‥」

「そちらに全て任せる。私はついて行くだけだ」

「‥‥そうか」

 

 リィンに対して素気無い対応を行った。

 あちらも私の事を扱い兼ねている。何しろの突然の飛び入り参加だ。予定に無い上、同僚とは到底言い難い間柄。まあ、そのことを知っているのは私だけだが‥‥

 ともかく、リィン達の後に付いて行った。

 

 トールズ士官学院教官と生徒とアロハシャツの大男の異色の組み合わせで、競馬場の支配人と会い依頼事項を確認していた。だが、私は決して発言しない。

 黙して語らず、ジッと支配人の表情、リィン達の表情を全て視界に収められるように端の席に座り動向を観察していた。

 

 依頼内容は地下道の探索。地下から異音が聞こえるなどの異常が確認されているとのことだ。

 なるほど‥‥確かに、何かはいるようだ。霊的な波動を感じ取れる私だから分かることだが、他の人間に言っても分からないだろう。魔女であるローゼリア様ならすぐに分かるだろうが、リィン達では無理だろう。

 ここよりも更に下、床の更に下からだから微かに感じ取れる。‥‥どうやら以前よりも霊的能力が向上しているようだ。

 

「みんな、地下道探索になるが問題ないな?」

 

 リィンが全員に問いかけると生徒達は即座に承知した。

 

「ハードもいいか?」

「構わない。そちらの指示に従う」

 

 私はリィンが先頭を歩き、地下道に向かう最中、最後尾からついて行った。

 しばらく歩くと、地下への扉に行きついた。リィンは預かった鍵を使い、扉を開いた。

 すると、リィンのARCUSに着信が入った。

 

『やっほー、リィン! いま、大丈夫?』

 

 発信者はミリアムだった。

 

『ニシシ、みんな大丈夫だって! 今夜7時、ヴェスタ通りのギルド支部に集合ってことで』

「そうか、あそこも再開されるんだな。分かった、遅れるかも知れないけど必ず行けるようにする」

 

 どうやら、何かしらの集まりがあるようだ。集まる場所のギルド支部か。ギリアスさんが閉鎖させていたはずだが、何時の間に閉鎖が解除されたんだ? 

 状況が把握しきれていない、情報が不足しているな。自身の知らぬ間に情勢は刻一刻と変化している。だが‥‥もう、どうでもいいかな。先を予測するために、情報収集は必要だった。だが、先が確定した今、もう不要だろう。

 

「そうだ、ミリアム少し待ってくれ‥‥ハード!」

「ん?」

 

 リィンが私の名を呼んで、歩いてきた。そして、ARCUSを私の前にかざすとそこにはおよそ一月振りに見たミリアムの顔が映し出されていた。

 

『え、ハード!? あれぇ、どうしたの!? 何でリィンと一緒にいるの!』

 

 ミリアムの驚きの表情と共に矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 

「ああ、理由は‥‥‥‥『レクターさん』だ」

 

 一々事細かに説明するよりも、一言で分かりやすい理由を伝えたほうがいい。

 それにこれほど分かりやすい理由もないだろう。

 

『あ、そうなんだ』

 

 すんなり通った。流石、信頼と実績のレクターさんだ。

 

『そうだ、ハードもいるんだし、今日午後7時、予定開いている?』

「さっきリィンと話していた件か。何かあるのか?」

『うん! Ⅶ組のみんなで集まるんだ。ハードも来るよね!!』

「‥‥‥‥いや、私は行かない」

『え、どうして?』

「いや、どうしてって‥‥‥‥私はⅦ組ではなかったからな」

 

 行く理由がない。同窓会だと言われても、Ⅶ組限定だと私が参加するのは憚られる。大体私はⅢ組だったんだから。と言う訳で、断りを入れてリィンにARCUSを返す。

 

「‥‥返すぞ」

「‥‥ああ」

 

 リィンもその後、ミリアムと会話した後ARCUSの通信は終了した。

 

「ハード、本当に今日は来れないのか? みんな集まるんだ、かつてのⅦ組全員。お前だって‥‥」

「私はⅦ組ではなく、Ⅲ組だった。学年全体での同窓会ならともかく、クラス単位での集まりに部外者が行くのもな‥‥‥‥」

「だが‥‥」

「話は終わりだ。さっさと終わらせよう」

 

 私は話を切り上げ、一足先に地下への道に足を踏み入れた。

 これ以上、話をしていても変わることはない。私はⅦ組‥‥いや、リィンの味方ではないのだから。

 

 

□□□

 

 

 地下に入ると周囲は薄暗く、水の音が聞こえる程度で静か、それでいて広い空間が広がっていた。目視では特に異常は見つからない。だが、感覚を研ぎ澄ませると‥‥魔獣の気配を感じるが、それと同時に霊的な力も感じた。

 なるほど、この感じで行けば、何処かにプレロマ草が生えているのだろう。状況はそこまで進んでいたか。時期的にはそろそろだったし、計画通りのようだ。

 

「‥‥‥‥さて、どうするリィン?」

「何がだ?」

「この先だ。先は見えない。だが‥‥この先には確かに戦いが待っている。さあ、リィンどうする?」

「なら、戦うしかない。そのために力を付けてきた」

「フッ、そうか。‥‥ならば、進もうか」

 

 リィンが先を進み、その後を学生が続く。私は彼らの最後尾をついて行く。

 先程の問答、噛み合っていなかったな。

 私はこの先―――時間軸の話をしていたが、リィンが見ていた先は空間軸だった。この食い違いがどうなるか‥‥‥‥それは私にも分からない。だが、きっと‥‥‥‥いずれぶつかるだろうな。

 

 

 side ユウナ・クロフォード

 

「ハアッ!!」

 

 地下道に現れた魔物を倒していく私達に、同行者が付いてきている。

 ハード・ワークさん。リィン教官の同級生で、昨年の生徒会長。それも、主席卒業。つまり、リィン教官よりも強かった人。

 Ⅶ組の人達にはこれまでも会ってきた。だけど、この人はⅦ組ではないと言っていた。

 私が会ってきた先輩達はみんな、リィン教官を助ける側に立ってくれた。だけど、この人は‥‥違うんじゃないかな、って思った。

 レクター・アランドール少佐と一緒にいたところを見たからなのか、それとも他の要因からなのか、どうしてもこの人には警戒心を抱いてしまう。

 今も最後尾からゆっくりと付いてきている。赤いアロハシャツにウクレレを背負って、腰に剣を差している姿には警戒心を抱きにくいのに、どうしても気になった。

 

「‥‥伏せろ!」

 

 背後から、急に声が響き、思わず伏せてしまった。

 ドガンッ! という衝撃音が響いた直後に、直ぐに大きな塊が飛んで行った。

 

「グギャ!?」

 

 空から飛来する何かに大きな塊が直撃し、そのまま壁に叩きつけられ、絶命した。

 

「アレは‥‥‥‥石?」

 

 大きな塊はただの石だった。だけど、結構な大きさの石だ。そんな物、これまで通って来た道には無かったはず‥‥‥‥

 私はハードさんの方を見ると、石畳が割れていた。通った時には無かったはずなのに‥‥

 自身が通った道に無かったものが突然できていた。そのことに疑問符が浮かんでいると、ハードさんが口を開いた。

 

「上から来ているのが見えたのでな。飛ばせるものを探したが、手ごろなモノがなかった。だから、石畳を蹴り砕いて、出来た破片を蹴り飛ばした」

「‥‥えぇ!?」

 

 思わず驚きの声が出た。

 

「オイオイ、普通そんな事考えるかよ!? てか、この石畳、蹴り砕けるのかよ‥‥」

 

 アッシュは石畳を何度も踏みしめるが、到底砕ける様子はなかった。

 

「そんな軽い蹴りじゃ、何度やっても無理だな。‥‥こうやるんだ、フンッ!」

 

 足を振り上げて下ろすのではなく、足を石畳に置いたまま力を入れた。それだけで、石畳が簡単に砕けた。

 

「東方カルバートに伝わる武術、泰斗流だ。自身の気を足に集中させることで、破壊力を上げた。多少の手ほどきを受けたことがあるのでね。この程度は造作もない。‥‥理解できたかね、アッシュ・カーバイド君?」

「お、おう‥‥‥‥てか、このパイセンの方がよっぽど理解できねぇ‥‥」

 

 アッシュの言葉にアタシは深く同意した。

 泰斗流はアタシも知っている。クロスベルではカルバートから来た人たちもいたし、この間の戦いで助けてもらったアンゼリカさんも使っていた武術だ。自身の気に流れを操作して、破壊力を上げたりなんかは行っていた。

 だけど、この人、気の操作が恐ろしく早かった。

 足を勢いよく叩きつけるでもなく、ただ、気の操作だけで、足を起点に爆発の様な衝撃が起こって、石畳が粉砕された。

 熟練者だからなのか、それとも天才なのかは分からない。ただどちらにしろ分かったことは‥‥‥‥とんでもなく強い、と言う事だけは分かった。

 ‥‥リィン教官並みに得体の知れない人、と言うのが私の感想だった。

 

「ふむ‥‥‥‥リィン」

 

 ハードさんがリィン教官に声を掛けた。

 

「なんだ、ハード?」

「部外者の私が口を挟むのもなんだが‥‥‥‥この編成では索敵に難があるな」

「さっきのヤツの事か」

「いや、それ以前からだ。ここは視界が悪い。だからどうしても後手になりやすいのは理解するが、些か後手に回り過ぎだ。もう少し先手を打つ方法を模索するべきだろう」

「それは‥‥‥‥」

 

 リィン教官は言葉に詰まった。

 

「じゃあ、どうすればいいんですか! こんな視界が悪い中で‥‥」

 

 アタシは思わず、現状の不満をぶつけるように口を開いた。周囲にはアタシの声が響き渡った。

 すると、ハードさんは闇の中を見つめた。

 

「‥‥‥‥今ので、敵の位置が分かった。敵は‥‥3! 距離‥‥15!」

 

 ハードさんはその場にしゃがみ、砕けた石畳の破片を掴むと、闇の中に投げつける。

 あまりにも早い動作に、何をどれだけ投げつけたのか、まるで分からなかった。だが、

 

「「「グエェ!?」」」

 

 闇の中で音が聞こえた。その数は三つ。

 

「‥‥‥‥確認に行こう」

 

 リィン教官の言葉に従い、アタシ達は道を進む。すると、確かに魔獣が倒れていた。それも三体‥‥全部頭がピンポイントに貫かれている。

 

「これ‥‥どうやって‥‥」

「‥‥音だ」

 

 アタシの独り言にハードさんが答えてくれた。

 

「音、なんてさっき聞こえなかったんじゃあ‥‥」

「君の声が響いたな、それは覚えているか?」

「え、ええ‥‥」

 

 先程の剣幕を思い出して思わず恥ずかしくなった。ハードさんはその剣幕を指摘しているのではなく、響いたことを言っていることは分かった。

 

「音が響いたから、周囲の情報を精査出来た。音は響く、何かにぶつかれば、跳ね返る。それで位置と形を割り出した」

「位置と形?」

「まあ、いきなりそこまでは出来ないだろう。だが、こういう閉ざされた空間であれば、目で見るよりも耳の方がよほど役に立つ。音の反響、何処から音が跳ね返ってくるのか。または、早くに返ってきたのか。それが分かれば、ここの地形がどういったのか判断がつく。これは結構使えるスキルだ」

「いえ、でもそう簡単に身に付くものじゃないんじゃ‥‥」

 

 言っていることは分かるけど、そんな事すぐに出来るわけがない。

 

「まあ、人によって向き不向きがある。必要に駆られなければ、覚えようとも、出来るようになろうとも思わない。‥‥私もかつて、闇の中に居たから、覚えざるを得なかった」

「‥‥闇の、中‥‥」

「‥‥いや、私の事はいい。とりあえず、暗闇の中でも出来る方法はある、と言う事だけでも知っておくと良い。知識は力だ、昨日よりも、今日よりも、知ることで明日はもっと強くなれる。知る、と言うことは、強くなるのに、必要なことで、最も簡単であり、最も難しい事だ。精進したまえ」

「は、はい!」

 

 ハードさんの言葉には実感と重さがあった。そして、ストンと心の中に落ちた。

 

「さて、言い出した手前、多少の見本は見せるとしよう」

 

 ハードさんは背中のウクレレを構え、弦を弾いた。ポーンッ、と周囲に弦楽器の特有の音が響いた。

 一度音が響き渡った後に、もう一度、弦を弾いた。もう一度、はなかった。

 

「‥‥索敵完了」

 

 小さい声だったが、確かに終わった、と言った。

 たった2度で何が分かると言うのか、と思わず声に出そうになった。

 

「まずは、近いのから潰すか。よし、リィン。3時の方向、距離15、敵2体」

「分かった! 『緋空斬!』」

 

 リィン教官はハードさんの指示に即座に反応し、剣を放った。

 

「ギギィ!?」

 

 魔獣の悲鳴が聞こえた。まさか、本当に!?

 アタシは思わず、音の発生源に確認に走った。すると、そこには確かに魔獣が二体倒れていた。

 信じられない‥‥だって、この暗闇の中で、的確に敵の位置を見つけ出したなんて、到底信じられなかった。だが、今目の前でそれを成されては、信じるしかなかった。

 

「流石だな、ハード。見事な索敵だ」

「大したことではない。この程度造作もないことだ。さて、先を行くぞ」

「ああ。皆、ここからはハードの指示に従うんだ。そうすれば‥‥何も問題ないさ」

 

 リィン教官の言葉に従い、アタシたちはハードさんを先頭に進んでいった。

 先が暗く見えない中でも、ウクレレの音が聞こえ何処にいるのか良く分かる。アタシたちにとって進むべき道しるべに思えたが、それは同時に敵にとっても目印だった。

 

「12時の方向、距離30、敵三体。こちらに向かっている」

「分かった、なら‥‥」

「ユウナ君、急ぎ前に立ち散弾をばらまけ。狙いは構わない」

「え‥‥」

 

 リィン教官よりも先に、ハードさんが指示を出してきた。アタシはその指示に従うべきなのか、判断に迷った。

 

「急ぎなさい。クルト君、9時の方向距離5移動、アッシュ君は3時の方向から同じくだ。双方ともその後、12時の方向に進み敵の背後を付け。ミュゼ君、アルティナ君は敵が視認出来たと同時に射撃を開始。リィンは射撃を回避したのを潰せ」

「了解だ! みんな急げ!」

「は、はい!」

 

 ハードさんの指示を受け入れたリィン教官と戸惑いながらも指示された通りにアタシたちは動いた。

 

「くらえぇぇ!!!」

 

 暗闇に向かって攻撃したけど、当たっているのかは分からない。だけど、

 

「へっ、来やがったか! オラァ!!」

「参る!」

 

 クルト君とアッシュの声が聞こえた。その様子も見えていないけど、どうやら敵と戦っているみたい。

 

「ギギィ!!」

 

 魔獣の声が聞こえた。こっちに向かってきているのかな‥‥

 

「一体、クルト君が撃破を確認。敵は残り二体。射撃用意‥‥」

 

 ハードさんの言葉に従い、ミュゼは銃を構え、アルはクラウソラスにエネルギーを充填している。そして‥‥

 

「放てぇ!」

 

 まだ敵は見えていない。だけど、ハードさんは放てと指示を出した。その指示に従い、二人が攻撃を放った瞬間、魔獣の姿が視界に入った。数は2体、だが、直ぐに銃撃に晒され、1体が倒れた。残ったもう一体は‥‥‥‥

 

「シャア!!」

 

 攻撃は確かに魔獣にダメージを与えていた。だが、致命傷には至っていない。攻撃を掻い潜って、最小限の損傷で切り抜けた。

 その残り一体はアタシたちを飛び越えて、ハードさんに向かって攻撃を仕掛けてくる。

 ここからでは、アタシたちは追いつかない。だけど‥‥‥‥ハードさんは微動だにしない。今だに、ウクレレをかき鳴らして、周囲の索敵をしている。

 

「あ、あぶない!!」

 

 思わず叫んだ。だけど‥‥‥‥

 

「二の型『疾風』」

 

 リィン教官が一刀の下に魔獣を切り伏せた。

 ハードさんの指示通り、リィン教官はミュゼとアルの撃ち漏らしに備えていた。だからハードさんはまるで動揺することはなかった。

 結局、暗闇の中での魔獣との戦闘は誰一人として怪我を負う事もなく、完勝に終わった。

 

「やったね、みんな!」

「はい、私たちの勝利です」

 

 喜び合う私たちを他所に‥‥‥‥リィン教官とハードさんが話をしていた。

 互いに明るい感じではなく、何処か納得がいかない様子だった。

 

「うーん‥‥‥‥私の目算では、お前の出番はないはずだったんだがな。些か指示が悪かったかな?」

「いや‥‥お前の指示は完璧だった。だが‥‥」

「まあいい、いきなり部外者が指示を出せば、困惑するのは当然だ。それに私も彼らの能力を正確に測り切れているわけではないので、齟齬は出る。次はもう少しうまくやるさ」

「‥‥すまない」

「謝るな、レクターさんがねじ込んだとは言え、手伝いは手伝いだ。最低限の事はするつもりだった。そちらが求める最低限に索敵と戦闘指揮が含まれると判断したのは私の判断だ。流石に出しゃばり過ぎるのは気が引けるからな、手は出さん。その代わり、口は出そう」

「そうか‥‥正直助かる。俺一人ならともかく、生徒達を含めてこの暗闇で集団戦の指揮を執るのは難しいとは思っていた」

「ならば良し。では引き続き、私が索敵と指揮を続行するが、構わないか?」

「ああ、むしろありがたい。よろしく頼む」

「ああ、頼まれた」

 

 リィン教官とハードさんが拳を合わせたのが見えた。

 

 

□□□

 

 

 ハードさんが先頭を歩き、一定の間隔でウクレレをかき鳴らす。

 戦闘を繰り返す事、数度。最初は戸惑ったけど、ハードさんの指示に慣れてきた。

 

「11時の方向、距離30、敵1体。ミュゼ、狙撃体勢」

「はい。よいしょ‥‥」

 

 ミュゼはその場で銃を構えて、ハードさんの指示通りの方向の、闇に向かって狙いを定める。

 

「角度上方2度、右1度射角変更」

「はい」

「そこでストップだ」

「はい、撃ちます。バキュン!」

 

 あざとらしいミュゼの狙撃が終わると、ハードさんはウクレレを鳴らした。

 

「‥‥ターゲット撃破確認。よくやった、ミュゼ」

「ありがとうございます。ハード先輩♡」

「‥‥次が見つかった。2時の方向、距離90、敵は4体だ。行くぞ」

「あーん、無視なんてヒドイですわ!」

 

 ミュゼを軽くあしらい、次の魔獣の下に足を進める。

 さっきから、この調子だ。ミュゼは随分とハードさんに懐いている。だが、全てハードさんに袖にされている。リィン教官とは違う、と思わず思ってしまった。

 ハードさんも、アタシたちを呼び捨てで呼ぶようにしてもらった。先輩だし、それに指揮するときに言葉数を減らせるし、そういう意味でも君付けは止めてもらった。

 ある程度打ち解けられたかな、と思った。とりわけミュゼは随分とハードさんと距離を詰めようとしている。あの娘はもう‥‥‥‥

 同級生の所業に頭を痛めていた。だけど、ハードさんはミュゼを軽くあしらう、どころかさして興味すら抱いていない。まあ、デレデレしないところは評価できるけど、流石に素っ気無さ過ぎる気もするけど‥‥‥‥

 

 まあ、ミュゼのことは置いておいて、戦闘面でも暗闇の中で魔獣の奇襲に気を配らないといけない先程までとは明らかに違った。

 ハードさんが索敵を担ってくれるようになって、魔獣に対して先制攻撃を行えている。ミュゼの狙撃で、アウトレンジから仕留めれるので、アタシはさっきから生きている魔獣を目にしていない。

 それにハードさんは音で敵の距離と共に、アタシたちの向いている方向さえ分かってしまう。その結果、ミュゼの狙撃から着弾点を割り出しているみたいで、その補正指示まで行われた。結果、さっきから百発百中で見えているときよりも余程命中していると思ったほどだ。

 

「全員止まれ。敵がこちらに迫ってきている。3時の方向、接敵まで10秒。アルティナ、3時の方向からに備えガード、クルトはアルティナの後ろに待機。ミュゼ、アッシュは12時の方向、距離10前進、その後3時の方向に5移動。ユウナ、リィン、その場で待機、アルティナ接敵後にユウナは右方に、リィンは背後に回り込め」

 

 矢継ぎ早に指示が飛ばされる。

 かなり早口で僅か数秒で全てを伝え終わっている。

 

「はい。クラウソラス」

 

 アルが敵とぶつかった。

 指示開始からジャスト10秒だった。そして、戦況も非常に優位に立っていた。

 ミュゼとアッシュは指示通りの位置についていて、アタシとリィン教官も同じく指示された場所に走った。

 魔獣の前にはアルとクルト君が立ち塞がり、左側からアッシュとミュゼが、右側はアタシが、背後からリィン教官が、それぞれ攻撃を行える位置取りだった。

 

「包囲完了。攻撃開始!」

「「「「「「応!!」」」」」」

 

 アタシたちはハードさんの指示に従い、一斉攻撃を仕掛けた。全方位から包囲された状態で攻撃を受けた魔獣たちは成すすべなく、倒された。

 楽勝だった。まあ、流石にあそこまで優位な位置取りだったら、そりゃそうだよね。ここまで怪我らしい怪我もないし、疲れらしい疲れもない。その全てはハードさんの指示が齎したものだ。‥‥‥‥本当に凄いな。

 アタシは最初に抱いた疑念とか、すっかり忘れて、ハードさんの凄さにただただ尊敬していた。 

 

「ふむ‥‥‥‥もう周囲には魔獣はいないようだな」

「本当ですか!?」

「ああ、皆の頑張りの成果だな。よくやった」

「はいっ!!」

 

 ハードさんの言葉にアタシは喜んでいた。ハードさんの言葉少ない褒め言葉に思わず歓喜の気持ちが溢れてきた。認められた、のかな、この凄い人に。

 

「あの‥‥聞いてもいいですか?」

「なにかな、アルティナ?」

 

 珍しくアルからハードさんに話し掛けた。

 ハードさんは、少し腰を折り、アルに目線を合わせた。

 

「‥‥どう聞けばいいのか、良く分からないのですが、纏めると‥‥『どうして助けてくれたんですか?』」

「ふむ、『どうして』、か」

「ええ、貴方はレクターさんと一緒にいました。なら貴方は‥‥‥‥オズボーン宰相寄りの人かと」

「‥‥ぁ」

 

 そうだ、色々あって忘れていたけど、ハードさん、レクター・アランドール少佐と一緒に居たんだった。その辺りも気になって、さっきまでは信用できないと思っていた。だけど、だからこそ敢えてアルは聞いたんだ、『どうして』と。

 

「そうだな、とりあえず助けた理由から話そうか。‥‥まあ、見るに見かねて、と言うのかな」

「見るに見かねて?」

「最初は、手を出すつもりはなかった。この任務は君たちの成すべきことだ。私はあくまで外部の人間であり、精々つながりとしてはトールズのOB、君たちの先輩だ。君達の成長のために自重するつもりだった。最初から私一人であれば、この程度の暗闇、この程度の魔獣、苦も無く滅ぼせた。私にはそれだけの力があると自負している。だが、それでは人は育たない。君たちの仕事を横取りをすれば、後につながらない。だから、君たちの行動を見るだけで、手を出すつもりは無かった。だが、暗闇で敵の存在を認識出来ず、不意打ちを許しそうになった。流石に目の前でトールズの後輩が命を落とすのは憚られる。後輩の指導は先輩の務め、後輩のミスをカバーするのも先輩の務めだ。失敗することは別にいい。だが、失敗で終わってはいかんのだ。それを次に繋げて、初めて失敗に価値がある。だから、命を落とし、次に繋げられない様な事は先輩として防ぐ必要があった。だから、助けた。そして、君たちを守るために、周囲の索敵と君たちでも対応可能な作戦指揮を行い、君たちの力で魔獣を倒せるようにお膳立てをした。私はあくまで、今ここでは、『トールズ士官学院卒業生』のハード・ワークとして参加している。故に先輩として後輩を助けた、ということだ。理解できたかね?」

「はい‥‥所々、ちょっとムッとしましたが、理解できました」

 

 アルはちょっと口をとがらせていた。アタシもちょっと‥‥同じことを思った。

 未熟だと、お膳立てをされなければ戦えないヒヨッコ扱いされた。それは事実だ、結果がそれを表している。ハードさんが索敵や指揮をする前と後では疲労などが段違いだ。それにハードさんが戦っているところは見てはいないけど、足で石畳を砕ける衝撃と暗闇でも敵を見つける力があるんだから、言ってることは確かだろう。

 何も間違ったことは言っていないけど、それでも、受け入れにくいのはアタシたちが、子供だからなのかな‥‥

 

「そうか。なら、それを次に活かせばいい。先程も言ったが、失敗はいいが失敗で終わってはいかんのだ。今日出来なかったなら、明日出来ればいい。それでいいんだ。君たちには『先』があるんだからな」

 

 ハードさんは笑みを浮かべ、アルの頭を撫でた。自然にいつくしむ様に、優しく撫でた。アルもさして嫌がることなく受け入れていた。

 アタシがしたら、子供扱いするな、と反発されそうだけど、ハードさんには言えなかったんだろう。大人と子供、それくらいの差がはっきりとあったからだろう。

 

「さて、もう少し言葉を交わすのもいいが‥‥‥‥そろそろ終点だ」

 

 ハードさんがまた歩き出したので、アタシたちは後に付いて行った。

 すると、その先には真っ赤な花が咲いていた。

 

 




ありがとうございました。

黎の軌跡、まだやってないんですよね。
やりたいけど‥‥暇がない(泣)


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第四十九話 先輩の力

宜しくお願い致します。


―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 帝都の地下、そこには真っ赤なプレロマ草が咲いていた。

 この現状を見ると、どうやら時期は近いようだ。

 周囲の魔力も高まっている。‥‥‥‥ということは、出てくるか。

 

「‥‥気を付けろ。来るぞ」

 

 周囲の魔力の高まりを感じて、全員に警戒を促した。

 すると、姿を現したのは、大きな存在―――魔煌兵だ。

 重量タイプ、魔煌兵の中でもパワー重視のようだ。武器は手に持つ鉄球のようだ。鉄球には鎖が付いていてその根元は右手に有った。

 なるほど、鉄球を右手の持ち手で操作して振り回したり、攻撃してくるのだろう。攻撃範囲は近距離から中距離と見るべきか。‥‥‥‥となると、距離を取っての攻撃か、掻い潜っての攻撃を行うのがいいだろう。

 だが、タイミングや動きが未だ分からない。ここは情報収集を行うのがいいか‥‥‥‥

 

「全員、距離を取れ! 相手の出方を伺う」

 

 私の指示に従い、全員が一端後方に下がって距離を取った。

 すると、魔煌兵は右手を勢いよく振り回すと、その動きに追随して鉄球が飛んでくる。

 

「下がれ!」

 

 思いの外、遠くまで鉄球が届く様で、当初下がらせた距離以上に鉄球が飛んできた。

 指示を即座に出した結果、ただ一人を除いて回避が間に合った。

 

「ッ! クラウソラス! ぐっ!?」

 

 アルティナが回避が間に合わなかった。小さい体躯、子供の身体能力では距離を取ろうとしても、取れる距離が不十分だった。

 

「アルティナ、無事か!?」

「っ‥‥はい、大丈夫です」

 

 幸いクラウソラスの召喚が間に合い、大事には至っていない。だが、想定以上の距離が必要なようだ。

 

「ユウナ、アルティナ、ミュゼは後方からの射撃、リィン、クルト、アッシュは攻撃を掻い潜って攻撃を行え」

「ああ。任せろ」

「「「「「はい!」」」」」

 

 リィンが勢いよく斬りかかる。一撃、二撃と攻撃を加えていく。それにクルト、アッシュと攻撃を加えていく。

 後方からの射撃を行うユウナ、アルティナ、ミュゼの三人。大きなダメージを与えられないが、着実にダメージを蓄積していく。

 時間は掛かるだろうが、確実に倒すことは出来るだろう。だが、事はそううまくいかなかった。

 

「‥‥自己修復か」

 

 魔煌兵の傷が自然と直っていく。

 この地に満ちるマナを吸い上げ、自己修復に回しているということか。となると、この地のマナを全て消し去るか、抑え込まなければ、魔煌兵が直り続ける。

 そうなると、こちらの方が不利になってくる。疲労や物資の消耗がある以上、長期戦では倒しきれない。

 あの魔煌兵の自己修復を封じることが出来ないとなれば‥‥‥‥一気に攻撃で潰すしかない。

 ‥‥‥‥だが、それは難しい。

 リィン、クルト、アッシュの攻撃だけでは自己修復の速度に上回れない。ユウナ、アルティナ、ミュゼの後方からの射撃では然したる成果は上げれない。‥‥‥‥手が、足りない。どうするべきだ‥‥‥‥

 

「ハードさん、アタシ行きます!!」

「っ!? 待て、ユウナ」

 

 ユウナは私の指示を無視して、自己判断で近距離からの攻撃を行うべく、魔煌兵に向かっていく。

 ユウナの行動、それは焦りだ。現状を打破しようと考え、後方からの射撃から近距離への攻撃を行い、早期決着を狙ったものだ。

 理解は出来る。だが、それを私が指示しなかったのは‥‥‥‥

 

『WOOOO!!!』

 

 魔煌兵の行動を抑制したかったからだ。

 ユウナの散弾での攻撃はダメージというよりも、目くらましの要因が有った。魔煌兵にさしてダメージがあるわけではないが、遅延(ディレイ)の役割を担っていた。

 そのユウナが離れた以上、魔煌兵の攻撃は苛烈さを増す。

 

「チィッ!?」

「クッ!!」

 

 魔煌兵が振り回す鉄球が前衛の3人に襲い掛かる。攻撃自体は単調で躱すのは問題ない。だが、鉄球が地を叩き、石畳を砕いた際に発生する石礫が襲い掛かる。

 リィンは石礫も見越して距離を取ってダメージを最小限に留めている。だが、アッシュとクルトは少なくないダメージを受けている。

 即座に離脱を必要とするダメージではない。だが、このまま続けば離脱は必至になるのは明白だ。

 

「‥‥ミュゼ、アルティナ、二人の回復を行え!」

 

 今ここで脱落者が増えれば、戦況の打破は出来ない。

 最早、後方からの攻撃が意味を成さないのであれば、回復役に回した方がいい。

 だが、そうなると前線を立て直さないと‥‥‥‥

 

「リィン! 攻撃よりも回避に専念しろ。可能な限り、二人が回復するまで時間を稼げ!」

 

 リィンに指示が伝わり、攻撃を回避するように変わった。

 攻撃の手数が減ったことで、なお一層倒せる見込みが減ったことになる。

 

「アタシの‥‥せいで‥‥」

「いや、これは私の失態だ」

 

 この現状を引き起こしたのはユウナの焦りによるものだ。

 だが、これがユウナを責められるべきことではない。この現状は‥‥‥‥指揮をした私にある。

 確かにユウナの独断専行があった。だが、ユウナに独断専行を走らせた、不安を与えた、現状に希望が持てなかった、それらは指揮官が原因だ。

 

「でも‥‥」

「いいか、ユウナ。お前達の上官はリィンであり、この場においての指揮官は私だ。ならば責任を負うべきは私とリィンだ」

「‥‥」

「上官や指揮官というのは責任を取るためにある。そして、責任を果たす者が社会人―――大人だ。君はまだ大人ではない。学生―――子供だ。子供の本分は学ぶこと、大人の本分は責任を果たすことだ。だから‥‥‥‥果たそう」

「ハードさん‥‥」

 

 後輩に要らぬ責任を感じさせた。

 私がまだ彼女くらいの頃、私はずっとあの方に―――トワ会長に、支えられていた。後輩の私を教え、導き、育ててくださった。

 先輩とは、トワ会長の様に後輩を教え、導き、育てる者でなければならない。

 

「大丈夫だ、ユウナ」

「ハード、さん‥‥」

「安心しろ‥‥私には力がある。だから、大丈夫だ」

 

 ユウナに声を掛けてから、魔煌兵に向かって進んでいく。‥‥‥‥ああ、そうだ。一つ忘れていた。

 

「ユウナ・クロフォード」

「! はい!」

「君に一つ、任務を与える」

「に、んむ?」

「コレを‥‥守ってくれ」

 

 ウクレレをユウナの前に突き出した。

 

「これは‥‥私の姉代わりの人の大切な物だ。兄代わりの人が勝手に持ってきて、私に押し付けた。ここまでの道中、役に立ったが、ここでの戦いでは手に余る。故に、君に頼む。私の大切な物を‥‥‥‥守ってくれないか?」

「え‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 

 ユウナの目を見る。真っ直ぐ、逸らさずに。

 ユウナは失敗した。独断専行、責任は私とリィンにあると言っても、ユウナは納得しない。彼女は熱い魂を持っている。かつて私に一撃を与えた彼女がこの程度の失敗でめげるわけがない。

 私はユウナを認めている。敵としても、後輩としても‥‥‥‥

 ならば、私の期待に応えて見せろ!

 

「ユウナ・クロフォード! 我がウクレレをこの戦闘が終わるまで守り抜け! ‥‥‥‥いいな?」

「! イエス・コマンダー!!」

 

 ビシッと直立不動からの見事な敬礼、彼女は覚悟を示した。

 

「そうだ、それでいい‥‥」

 

 私はウクレレをユウナに手渡した。

 そして、レクターさんから預かった剣を引き抜いた。

 

「スゥー‥‥ハァァァァァ‥‥」

 

 空気を体に取り込み、大きく吐いた。自身の体に熱を循環させる。そして、自身の熱と共に闘気を高め、戦闘力を高めていく。

 ‥‥‥‥別段、目の前の魔煌兵程度であれば、別にそれほど力を発揮しなくても問題ない。だが、

 

「私は君達の先輩だからな。見せてやろう‥‥‥‥先輩の力を!」

 

 後輩の前で多少はいいところを見せなければな。

 私は魔煌兵に向かって歩いて行く。戦況はリィン一人で戦っていて、援護はない。

 急ぐ必要があるのは分かっているが、今のリィンがやられる訳がない、と確信している。

 そして、魔煌兵に向かう傍ら、ここまでの道中を振り返り、思わず自嘲していた。

 

 私は‥‥‥‥何をしているんだろうな?

 彼らの敵だと言いながら、行動は全て彼らを助けるために行動していた。

 最初にユウナを助けたのは、クロスベルのとある家族を思い出したからだ。

 クロフォード家の人々、マシューさん、リナさん、ケンとナナの双子の顔が頭をよぎった。

 僅かな邂逅、一月くらいしかない関係だったが、隣に部屋を借りた私たちに良くしてくれた。ユウナの事をよく聞かされた。大切に思っていることが非常に伝わってきた。

 だから、ユウナが怪我をすれば悲しむだろう、命を落とせば嘆くだろう、それが良く分かるからこそ、思わず助けていた。

 父の思い、母の思い、その思いを知った。だからこそ、子を大切に思う親の気持ちが分かってしまった。だから、見捨てる事は出来なかった。

 

 我ながら、意気地のない事だ。切り捨てる過去に未だ、縋っている。

 どうしたいのか、未だ決まっていない。あのファイルについても自身の中で整理が付いていない。

 今ここにいるのは誰だ? 私は誰だ? お前は一体誰なんだ?

 答えは未だ出ていない。

 だが、一つだけ確かなことがある。今の私には‥‥‥‥力がある。

 自身のために力が必要な時は何度もあった。だが、一度として、力が足りたことはなかった。

 誘拐されたときも、D∴G教団で実験されたときも、力がなかった。何も変えられなかった。

 今こうして、助けることが出来るのが‥‥‥‥嬉しいのかもしれない。

 今度こそ守れる、確かな絆、彼らは私―――ハード・ワークにとって、かけがえのない後輩たちだ。

 

 私は結社《身喰らう蛇》執行者No.ⅩⅩⅠ《社畜》だ。そのことに誇りを持っている。だが、今だけは‥‥‥‥

 

「トールズ士官学院卒業生《元生徒会長》ハード・ワーク。いざ、参る!!」

 

 今一度、過去の自身を取り戻そう。

 

 

 

side ユウナ・クロフォード

 

 失敗した。明らかなアタシの失敗だった。

 独断専行で隊列を乱した。その結果、クルト君とアッシュに必要のない負担を強いた。アルとミュゼの支援も打ち切らざるを得なくなった。今では、リィン教官一人で戦っている。

 ここまでの道中、ずっとハードさんが指揮してくれていた。あの人を信じて従えば、問題なかった。この場でも、従っておけばハードさんがきっと打開策を考えてくれたはずだ。なのに‥‥‥‥アタシが失敗したせいで、台無しにした。

 

 なのに、ハードさんはアタシを責めなかった。それどころか、ハードさんの責任だと、庇ってくれた。責任を果たすと言って剣を抜いて、戦おうとしてくれている。

 ハードさんが剣を抜いたところは今まで見たことはない。リィン教官が道中で教えてくれたけど、リィン教官が学生時代唯一勝てなかった人らしい。

 学業でも、武芸でも、人望でも、何一つ勝てる要素がない、と笑って言っていた。面白がっている訳ではなく、純然たる事実として受け入れていて、自身の楽しかった過去として話してくれた。

 何をやるか分からないし、突拍子もないことをするし、人の想像の斜め上に突き抜けていくけど、誰よりも頼りになる奴だ、俺もいつかアイツに追いつきたいと思っている、とリィン教官は教えてくれた。

 その様子が何処かいつもと違ったように見えた。Ⅶ組の人達の事を仲間だと、友だと、横並びの関係で語っていたリィン教官がハードさんに関してだけは、先に行く背を懸命に追いかけているように見えた。

 

「‥‥遠いな‥‥」

 

 ハードさんが魔煌兵に向かっていく背を見て、思ってしまった。

 Ⅶ組の先輩達よりも、リィン教官よりも、アタシの憧れである特務支援課よりも、ずっとハードさんが遠くに思えた。

 

side out

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

「ハァッ! セィッ!! ハァァァァァ‥‥『螺旋撃!!!』」

 

 クルトとアッシュが戦線を離れ、遠距離支援が途絶えた。戦況は不利と言うしかない。だが、ここで倒れる訳にはいかない。

 攻撃のスキを突き、剣を振るう。だが、ダメージを与えても魔煌兵の傷は直っていく。

 ‥‥ここは一度引くしかないかもしれない。俺が引き付けている間に生徒達を撤退させる、俺が指示を出せればいいが、今は難しい。だが、ハードが居る。アイツなら、この現状を冷静に見極め、生徒達を撤退させることが出来る。なら‥‥‥‥

 

「ハァァァァァ‥‥」

 

 神気合一を使い、一気に攻勢をかける。倒せるとは言い切れないが、足止めは出来る。後はハードを信じればいい。

 

「『神気‥‥』」

「その必要はない」

 

 耳に届く声に思わず振り向いた。そこには赤いアロハシャツを着たハードが剣を引き抜き、俺を一瞬で追い抜き、魔煌兵に斬りかかった。

 

「ハアッ!!」

 

 ハードの剛の斬撃が魔煌兵に叩き込まれた。

 魔煌兵がたたらを踏み、のけぞった。

 

「ふぅ‥‥借り物の剣ではこの程度か」

 

 剣を見つめ、困り気な表情を浮かべているハードに俺は思わず駆け寄った。

 

「ハード、どういうことだ!? この現状、お前だったら分かっているだろう!」

「ああ、分かっている」

「なら‥‥」

「そうだ‥‥‥‥我々でアイツを倒さなくてはならない。責任を果たさなければならないな」

「どういう意味だ?」

「此度の戦闘において、劣勢に陥ったのはユウナの独断専行が発端だ」

「それは‥‥‥‥」

「だが、ユウナがそういう行動に走ったのは、私達大人が彼女達を追い詰めたからだ」

「追い詰めた‥‥」

 

 ハードの言葉を考えている最中、魔煌兵が体勢を立て直し、傷が直っていく。

 その現状でも、ハードは言葉を止めない。

 

「あの魔煌兵を相手に私達はどういう対応を取るか決めかねた。私は指揮官として、リィンは上官、いや教官として、対応を明確に示すべきだった。だが、それが遅れた。判断が遅かった。故にユウナは自分なりに出来る方法で打開しようとした。私はユウナの行動は間違いではなかったと思っている。結果としては間違いとなったが、行動としては間違いではなかった。だから現状に責があるとすれば、我々だ」

「‥‥その通りだ」

 

 ハードの言葉に頷くしかなかった。自身の不甲斐なさを突き付けられた。

 教官でありながら、ハードに頼っていた。アイツなら確かな指揮をしてくれると、心のどこかで甘えていた。その甘えが、俺がしなければならなかった、生徒達を支えることを疎かにした。

 ‥‥‥‥指導者失格だ。

 

「落ち込んでいる暇はないぞ、リィン」

 

 魔煌兵は立ちあがり、こちらを見据えて、今にも襲い掛かってきそうな様子だ。

 だが、それを見ているハードは何も揺らいでいない。

 

「此度の失態、我々は自身の未熟を痛感した。指揮官としての役目を担えなかった私と、教官としての責務を果たせなかったリィン、我々は今回の失態を反省し、次に活かさなければならない。だからこそ‥‥‥‥ここで、終わる訳にはいかんのだ」

「‥‥‥‥ああ、その通りだ!」

「フッ、それでいい。‥‥戦況を整理する。敵は魔煌兵一体、大型のパワータイプであり、自己修復を有している。この場にいる限り再生し続ける、と見ていい。さて、どうする?」

「‥‥決まっている。‥‥‥‥再生するよりも早く、圧倒的なダメージを与え、粉砕する!!」

「フッ‥‥‥‥正解だ!!」

 

 ハードの言葉と共に、俺達は一気に魔煌兵に迫る。

 俺の現状出せる最高速度で魔煌兵に迫る中、視界にハードの背が映る。そして、ハードの方が一瞬先に魔煌兵の右足に斬りかかった。

 遅れて俺が斬撃を放ち、魔煌兵の左足に斬りかかる。

 

「ハッ、遅いぞリィン!」

「くっ、なら次は俺が先だ!」

「させるか!」

 

 次の攻撃は俺が先に届いた。

 

「ハハハ‥‥いいぞ、それでこそだ!」

 

 ハードと共にどちらが早く攻撃できるか、競い合った。

 

 懐かしい気がした。学生時代に共に街道の魔獣駆除を行った時も、こうやって互いに競い合っていた。

 あれから、それほど長い時が経ったわけではない。だが、今とあの時ではお互いに違う道を歩んでいた。

 今のハードが何処で、何をしているのか、俺は何も知らない。

 結社と関係があるのか、帝国政府と関係があるのか、それとも全くの無関係なのか、何一つ俺は知らない。

 俺は知りたいと、思っている。だが‥‥‥‥知りたくないとも、思っている。知れば、この関係が終わってしまうのではないかと、危惧している。

 Ⅶ組ではないハードと俺を繋ぐものは、トールズ士官学院だけだ。卒業後に再会したパトリックやムンク達と同じく再び縁を繋げられるならいいが、もし切れてしまえば‥‥‥‥そう思ってしまうと、どうしても二の足を踏んでしまう。

 俺はハードの事を何も知らない。ハードの出身地も、家族の事も、どうやって暮らしてきたのか、何も知らない。聞いてみたいと思ったが、聞けなかった。

 俺も自分の事を誰かに話せるような生い立ちじゃなかった。特にハードと知り合ったのは、ギリアス・オズボーンの実子であることが分かった時期だった。だから、尚の事、自身の事を話せなかった。

 

 結局、俺はハードという男を何一つ知らずに、卒業した。

 そのことを今更後悔するなんて、思いもしなかった。だから、この戦いが終わったら、一度話をしてみよう。

 何を話してみようか‥‥家族の事は定番だろう。後は、子供の頃は何をしていたのか聞いてみよう。そして、今何をしているのか、聞いてみよう。

 

 ‥‥ハードには疑念があるのは確かだ。サザーラント州でのコロッケ屋のバイトが《社畜》の分け身で生み出した、かつての結社第三柱であり、それが発覚して以降、ハードと連絡が取れなかった事。そして今再び現れ、レクターさんと親しげだった事。結社と帝国政府が敵対しているはず、だというのに、ハードの立ち位置がまるで分からない。結社に関わりがあるのか、帝国政府と関わりがあるのか、見えてこない。

 だが‥‥‥‥

 

「ハアッ!! 何をやっている、リィン!! 戦え!!」

 

 魔煌兵への攻撃の手が止まった俺をハードは一喝した。

 今こうして共に戦うハードは紛れもなく、俺が知るハード・ワークだ。

 かつての学友であり、競い合うライバルであり、俺達の先頭を行き引っ張ってくれた俺たちの代の生徒会長だ。

 

「! ああ、すまない!」

 

 一度、ハッキリさせる必要がある。ミリアムやガイウスはハードが《社畜》ではないかと、疑いを持っている。二人が危惧することも分かる。だが、きっと二人の勘違いだ。それを確かめるために‥‥

 

「一気に決めるぞ、リィン!」

「ああ、分かっている、ハード!」

 

 ハードと共に魔煌兵から距離を取る。

 互いに並び、体勢を低くし、足に力を込める。

 

「下は任せる‥‥私は上をやる」

「ああ、任せろ。‥‥ハード」

「なんだ?」

「これが終わったら、話をしたいが‥‥」

「‥‥終わったら、か。‥‥いいだろう、その時は‥‥‥‥話をしよう」

 

 その後、俺達の間に言葉はなかった。

 

「明鏡止水、我が太刀は静!‥‥‥見えた! ハァァァァァ『七ノ太刀・刻葉!』」

 

 俺が魔煌兵に勢いよく斬りかかったが、未だ倒しきるには至らない。だが、問題はない。

 俺が太刀を納めたと同時にハードの剣が魔煌兵の脳天に突き立てられた。

 

「『業滅刃!!』」

 

 俺が斬りかかろうとしているときに、ハードは勢いよく飛び上がっていた。

 魔煌兵よりも更に高い位置に達したハードは、その剣を突き立てた。

 俺が魔煌兵の足に、ハードが魔煌兵の頭に、それぞれが強烈なダメージを与えた。

 

『WOOOO‥‥‥』

 

 魔煌兵がゆっくりと仰向けに倒れ込む。そして‥‥霧散し、消えていった。

 

「‥‥‥‥」

 

 ハードはゆっくりと剣を納めた。そして、振り向くと俺の下に歩いてくる。

 俺の前に立ち、拳を突き出してくる。

 俺も引き寄せられるように突き出された拳に、拳を合わせていた。

 

「‥‥お疲れ」

「ああ‥‥」

 

 久しく忘れていた懐かしい衝撃が右手に走った。

 




ありがとうございました。


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第五十話 友

宜しくお願い致します。


―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 side リィン・シュバルツァー

 

 魔煌兵を無事に撃破できたことを確認して、剣を納めた。

 

 ‥‥‥‥不思議な気分だ。かつては共に学び、剣を競い、そして笑い合った友と今再び肩を並べて戦った。あの時はもっと近く感じていた。だけど今は‥‥‥‥ずっと遠くに感じた。

 

 ここにたどり着くまで、ハードが索敵を担ってくれた。

 学生時代にも、類まれな身体能力を持っていたのは知っていた。目が良く、耳が良く、鼻が良く、舌が良く、全身の感覚が優れているのは知っていた。そのハードが索敵役を担ってくれたことには感謝している。おかげで、誰一人欠けることなく、万全の状態で地下から出ることが出来るだろう。

 だが、しかし、腑に落ちないことが一つだけあった。ハードは‥‥‥‥これ程まで強かっただろうか‥‥‥‥

 確かに学生時代から強かった。かつて凌ぎを削った好敵手、卒業して数か月の日々で、更なる成長を遂げていても、何ら不思議はない。だが、ここまで‥‥‥‥差が付いているとは、思っていなかった。

 俺も数多の戦いで力を付けてきた。数か月前に比べ、更に強くなったと自負している。

 

 だが‥‥‥‥ハードは以前より、圧倒的に強くなっていた。

 かつて、剣技だけは俺の方が上だった。これだけは自信を持って言えた。

 だが、ハードは持ち前の膂力と反応速度で俺の技術を上回って見せた。技術は俺で、身体能力はハードに軍配が上がり、戦績としては‥‥互角、いや、やや分が悪い、という結果だった。

 そのハードに更なる技巧が加わっていた。

 レイピアと呼ばれる細身の剣であれほどの剛撃を生み出すなんて、ただの力任せでは出来ない事だ。普段からレイピアを使っていたのか、と思ったが、ハードは『借り物の剣ではこの程度か』と呟いたのが聞こえた。つまり、あの剣を普段は使う事がないということ。それであの強さとは‥‥俺に同じことが出来るかと、言われると、たぶん‥‥できない。

 今のハードは圧倒的な身体能力と確かな戦闘技術を持っている。

 凄いと素直に感心するし、俺も負けてられないと思っている。

 だが、どうしてだ‥‥ハードの戦いを思い出して見ると、その度に、頭にちらついた。

 

 圧倒的な身体能力、多才にして卓越した技術‥‥‥‥そんな戦い方をする奴なんて、まるで‥‥‥‥

 

「っ!」

 

 一瞬脳裏をよぎったのは‥‥‥‥仮面とローブを纏った存在。

 サザーラントで、クロスベルで、オルディスで、幾度も刃を交えた、あの男‥‥‥‥

 

 いや、そんな訳がない、そんな訳があるはずがない‥‥‥‥

 思わず頭を振って浮かんだものを振り払うかのように、頭を振っていた。

 すると、視界の端にハードの姿を捉えた。自身の手を見つめて、浮かない表情をしていた。

 

「ハード‥‥どうした?」

「いや‥‥問題ない。‥‥少し、周囲の様子を伺っていただけだ」

「そうか‥‥」

 

 ハードの言葉に何処か違和感があった。

 だが、何処に違和感があるのか、漠然としていて言葉に出来なかった。

 

 

 

 

「ハードさん、こちらを」

「ああ、ありがとう」

 

 ハードはユウナからウクレレを受け取っていた。

 

「良く守ってくれた、ユウナ・クロフォード。貴公の働きに感謝する」

「はい!」

 

 ハードの言葉にユウナはビシッとした敬礼で応えていた。

 ハードの笑みを浮かべ、彼女に応えるように敬礼で返した。

 

「いい顔をするようになった。もう大丈夫だな」

「はい。‥‥ハードさんのおかげです」

「そうか。なら‥‥‥‥良かった」

 

 ユウナはさっきまでとは違い、ハードと打ち解けていた。

 先の戦いで、ユウナの独断専行があったそうだが、ハードが丸く収めてくれた。これじゃあ、俺が口を出すわけにはいかないな。

 

「でも、ハードさんって凄い強いんですね!」

「まあ、君たちよりは先輩だからな。それなりに強くないと、後輩に示しがつかない」

「いやいや、強すぎんだろ!」

 

 アッシュの言葉に全員が何度も頷いていた。

 

「ってか、シュバルツァーよりもハードパイセンの方が強えぇんじゃねえのか?」

 

 アッシュは俺を挑発するように、意地悪い笑みを浮かべて言ってきた。

 

「ああ、ハードの方が強いだろうな。今も、昔も、勝てないと思っているさ」

 

 俺はその問いに苦笑いを浮かべて答えた。

 

「なんでぇ、詰まんねえな」 

 

 アッシュは期待した反応ではない事で、興味を失ったみたいだ。 

 

「さて、語らいはそれまでにして、ここからどうするか決めたいが、いいだろうか?」

「ああ、すまないハード。さて‥‥‥‥とりあえず、目に映る分だけでも手分けして駆除してしまおう」

 

 この場にプレロマ草を残しておけば、いずれまた同じ様に魔煌兵が現れる事だろう。根本的な解決策ではないが、この場に生えているプレロマ草を抜いて駆除しておけば、多少の気休めにはなるだろう。

 全員に指示を出し、生徒達が動きだす中、ハードが俺に声を掛けた。

 

「リィン、少しいいか?」

「なんだ?」

「さっきの件、話がしたい、だったか‥‥」

「ああ、そうだ」

「なら、この辺りを駆除しながらしよう。手は動かすが、口も動かすで構わんだろう?」

「‥‥相変わらず、仕事熱心な奴だな‥‥いや、それで構わない。大した話じゃないからな」

 

 相変わらずの仕事第一の行動に懐かしく思いつつ、俺の話を覚えていてくれたことに感謝した。

 俺とハードはその場にしゃがみ込み、目に付いたプレロマ草をむしりながら、俺は口を開いた。

 

「さて、何から話をするべきか、まだ決まっていないんだ。‥‥ハードと久しぶりに会って、聞きたいことは色々あった。卒業してからどうしていたのか、今何処で何をしているのか、他にも色々と聞きたいことはある。なあ、その辺りから話をしてくれないか?」

「‥‥卒業してから、か‥‥」

 

 ハードは手近なプレロマ草をむしりながら、口を開いた。

 

「そうだな、卒業してからすぐに研修所に送られた。そこから一月、研修を受けて、正式に配属されることになった。社内プロジェクトに参加して、3か月が経った。それくらいだな。すまないがプロジェクトの内容は話せない。企業秘密、守秘義務と言うモノがあるのでな」

「ああ‥‥分かった。なあ、ハードがコロッケ屋を始めたと聞いたんだが‥‥」

「そうだな、セントアークで始めたな」

「どうしてだ?」

「どうしてって‥‥コロッケ屋を始めたきっかけは、ただの偶然だ」

「偶然?」

「ああ。セントアークに降りた時、ミラが少々心許なかった。だから、ミラを稼ぐ方法を探していた。街道で魔獣討伐でもしてセピスを集めて換金でもしようと考えていて、街道に出たところ、一人の男性が魔獣に襲われていた。その人を助けたところ、もう一人がまだ街道沿いで魔獣に襲われているというので、その人も助けに向かった。幸い、もう一人の男性も無事に助けることが出来、邸宅に送り届けた。そこがアルトハイム伯爵家、メアリー教官のご実家だった。その日は日も暮れたので一晩泊めていただき、朝食をご馳走になった。その時に食べたポテトサラダが美味しかったから、これは売れると思った。後は販売しやすいように工夫することにした。それがコロッケを作るきっかけだ。それですぐにセントアークで販売をしようと考え、アルトハイム伯爵のご支援を受け、セントアークを納める貴族ハイアームズ侯爵家に販売の許可を得たんだ。全て、偶然が重なったに過ぎない。あの日、セントアークを訪れなければ、あの日、アルトハイム伯爵が襲われなければ、コロッケ屋をやることはなかっただろうな‥‥」

 

 ハードは当時を振り返り、偶然だと言った。

 

「そうか、まあ、ちょっとした出会いで、運命なんて変わるんだろうな」

「‥‥そうだな。今日、リィンと出会ったのも単なる偶然。今の私達の立ち位置も、ただの偶然。偶然が重なり、必然となる、それを運命と呼ぶんだろう。私はそう考えている」

「そうか‥‥そうかもな‥‥」

 

 ハードの言葉が胸に響いた。

 俺がハードの言葉を考えていると、ハードは立ち上がった。

 

「さて、粗方片付いたな」

 

 見るとハードの側にはプレロマ草は全て引き抜かれていた。

 それに対して、俺の側には未だプレロマ草が地に根付いていた。

 

「口を動かすのはいいが、やるべきことはやってからだな」

「っ‥‥ああ、そうだな」

 

 周囲を見ると生徒達はまだ、引き抜き終わっていないが、俺よりも余程多く引き抜いていた。

 そして、ハードの側を見れば、俺よりもずっと多くのプレロマ草が積み上げられていた。

 

「やれやれ‥‥」

 

 ハードが移動して、また再び腰を下ろす。そして、またプレロマ草を引き抜き始める。引き抜いたプレロマ草を俺が積み上げた草の山に乗せていく。

 

「生徒の手前、教官が一番少ないのは体分が悪いだろう。また、アッシュに突っかかられるぞ」

「申し訳ない‥‥」

「気にするな‥‥久しぶりに話せて楽しかった」

「っ! ああ、俺もだ」

 

 ハードの何気ない優しさに、やっぱり変わっていないな、と改めて思った。

 俺は何を疑っていたんだ、恥ずかしい思いだ。

 ハードが強くなった事、俺よりも先を行った事、それを訝しんでいた。だが、ただの僻みだったな。

 強くなったのはハードの不断の努力が有ったから、俺とは違う道を行ったから、俺はハードに置いて行かれたのかも知れない。そして、そのことを認めたくなかったのかも知れない。

 

 俺はハードを友である前に‥‥競い合うライバルだと思っていた。

 ハードは昨年、Ⅶ組として唯一残った俺に手を伸ばしてくれた恩人だった。俺に居場所を作ってくれた、そのことに感謝した。

 学園でのハードは多忙を極めていた。学園の全てに関わっていた。連日連夜寝る間がないと思える程に、誰かのために尽くしてきた。だから、卒業した時、誰よりも感謝されていた。

 だが、忙しいからと言って成績には決して影響は出なかった。常に学年トップの成績だった。勉強でも、実技でも他の追随を許さなかった。‥‥‥‥唯一、俺だけが実技で張り合えた。

 勉強では流石にどれ程頑張っても勝てなかった。常に満点だったハードに勝つことは出来ない、唯一引き分けることが精いっぱい。たった一か所のミスで俺は負ける、そのプレッシャーに負けて何度も負けた。最後の最後で漸く引き分けることが出来たが、それがどれ程嬉しかったか、今でも良く覚えている。

 そして、実技では俺の『八葉一刀流』とハードの『百式軍刀術』の武技で幾度も競った。ハードの力も反応速度も俺の上を行った。だから、極限まで集中して、ハードの力を受け流すことを覚えた。

 初めて自覚したとき、奇妙な感覚に襲われた。速いのに遅い、そんな奇妙な感覚だった。

 ハードの激流の様な攻撃に流れの様なものが視えた。その流れに抗うのではなく制する、そうしたらハードの攻撃を掻い潜り、俺の攻撃が届いた。

 力を高めても、それこそ『神気合一』を使っても、ハードを超えることは出来ないと思った。

 ハードの力を当時の俺では推し量ることは出来なかった。だが、その力は『神気合一』を使用した俺でも、決して超えられる領域ではない様に思えた。

 まともにぶつかれば勝てない、だから受け流す。その結果、俺とハードの距離は近づき、そして対等に至った。

 あの時は無我夢中だった。他に考えることが出来ない程、ただ只管に強くなろうとした。近づこうと試行錯誤をしていた。あの時が、一番自分が成長していると感じていた。

 そして卒業後、俺はあの時ほど只管に強くなろうとしただろうか‥‥いや、ないな。

 生徒達の指導が忙しい、という名目を掲げ、自身の修練を疎かにした、とは言わないが、それでも、あの時ほどの質と熱意を持てなかった。

 わずか数か月、俺とハードの差が開くには十分な時間だった。その時間で、ハードは自身を更に高め、今に至った。

 それが俺とハードの今の差だと思えば、当然だと納得してしまった。僻むなんて烏滸がましいことだ。

 俺はハードを超えたいと思っているし、負けたくないと思っている。だから、そのためには強くならないといけない。

 俺には超えなければならない者がいる、問わなければならない者がいる。その中にハードもいる。だから、俺はもっと強くならないといけない。改めてそう思った。

 

「これで‥‥いいだろう」

「ああ、すまない。助かったよ」

 

 引き抜いたプレロマ草がハードが先に抜いた分とほぼ同等の量になっている。

 これで、教官の面目を保て、とハードの目が言っているように思えた。

 

「さっきも言った。気にするな‥‥」

「ああ、ありがとう」

「さて、これからどうする?」

 

 周囲を見れば、生徒達の周りにはプレロマ草が生えているが大分数を減らして、引き抜くのに時間はそれほどかからない様に見える。

 

「そうだな、後は任せてもいいだろう」

「そうか。では、少し私からも聞いておきたいことがあるが、いいだろうか?」

「ん? ああ、構わないが‥‥」

「ご両親はお元気か?」

「え? 俺の両親? ああ、卒業後に帰った際も元気だったし、最近も手紙が来たが‥‥」

 

 思わぬハードの発言に驚きの声を上げつつ、返答するとハードは安堵の表情を浮かべた。

 

「そうか、それは重畳だ」

「ハードは俺の両親と会ったことがあるのか?」

「ああ、一年半前の内戦の折、ユミルを訪れた際お世話になった。当時は怪我をされていたというのにトールズの生徒と言う事で歓待も受けた。その後すぐにアイゼンガルド連峰に向かったが、その際にいくつもの物資を頂いた。落ち着いたら一度お礼に伺いたいと思ってはいたが、機会を作れず申し訳ない限りだ。だが、御壮健でなにより‥‥‥‥羨ましい限りだ」

 

 ハードは言葉には何処か悲しさが含まれていた。

 

「‥‥‥‥ハードのご両親は?」

「‥‥随分と前に死別した」

「っ‥‥そうか、すまない」

「いや、構わない。二人が私に色々な物を残してくれた、誇るべき父と母だ。私にとって本当に過ぎたる親だった」

「そうか、俺も会って見たかったな。ハードの両親に‥‥」

「‥‥そうか。‥‥さて、そろそろ話は終わりにしよう。彼らも終わりのようだ」

 

 ハードが立ち上がると、生徒達の方に歩いて行く。

 

「なあ、ハード。これが最後の質問なんだが‥‥」

「ん? なんだ?」

「‥‥ご両親が亡くなった後、お前はどうしてたんだ?」

「‥‥両親の友人の方が後見を務めてくれた。以後はその人が私の親代わりだった」

 

 

 プレロマ草を処分した後、道中を引き返し始めた。

 ここから地上に戻るにあたり、生徒達が先頭に立ち、後ろに俺とハードという隊列になった。

 この隊列は生徒達からの提案だった。ここまでのハードのおかげで無事に奥までたどり着いたが、ここからもハードに頼るのでは自分達の成長につながらない、と言い、自分達が索敵や戦闘を行うということになった。

 生徒達が自身で気づき、提案してくれたことは、素直に感心し、成長したと感じた。

 

「さあ、行くわよ!」

 

 ユウナの元気な声が全員を引っ張っていく。

 その声に従い、アルティナ、クルトと続き、その後ろにミュゼとアッシュが、最後尾に俺達が続いて行く。

 

「ハードパイセンに任せときゃ、ラクが出来るのに、アイツも馬鹿真面目だな」

「私は本来なら部外者だ。本来のあるべき形に戻った、という事だ」

「‥‥まあ、そうだな。だが、ちょうどいい」

 

 アッシュが歩くペースを落とし、俺達の間に割り込む位置に収まった。そして、ハードに近寄り肩を組む様に腕をハードの背中に回して口を開いた。

 

「アンタ‥‥一体何者だ?」

 

 アッシュがハードの目を見て、問いかける。

 

「何者、とは?」

「‥‥最初から、どうも胡散臭えと思っちゃいた。派手な服に、バカみてえなおもちゃ持ってるんだ。疑ってくれって言ってるようなもんだ。そのクセ、バカ強ぇ、シュバルツァーのおともだちのⅦ組のパイセンどもと比べても、その上を行ってやがる。おまけにアランドールが態々アンタを俺達に同行させて、何をやらせようとしてたのかイマイチ掴めねえ。だから、教えろや‥‥アンタが何者かよ!」

「おい、アッシュ‥‥」

 

 俺がアッシュを止めに入ろうとすると、ハードが口を開いた。

 

「ふむ、答えてもいいが、ソレには‥‥‥‥毒か何か塗ってあるかね?」

 

 ハードの言葉にイマイチ理解が出来なかった。

 毒? と疑問に思った。現状、アッシュはハードの背中に腕を回している。ならその手には何かが握られている、と推察出来た。

 

「おい、アッシュ何を‥‥」

「別に毒とか塗ってねえさ。態々、そんな物塗らなくても、コイツで刺されたらイテェだろうが。なら、イテェ目に会う前に素直に話せば‥‥‥‥」

「そうか、なら‥‥‥‥安心して刺されてもいいな」

「は? あ、オイッ!?」

 

 俺はアッシュを問い質そうとした。アッシュの手にはダーツが握られていて、それをハードの背に当てて、脅していた。

 ハードがアッシュに問うたのは、そのダーツに毒が塗られているか、と言う事だった。アッシュはその問いに、『塗られていない』という回答をした。

 そして、それを聞いたハードの行動は‥‥‥‥わざとダーツに刺されるように、急に足を止めた。

 アッシュは驚いていた。当然だ、誰がどう考えても、態々刺されるような行動を取るはずがない。そんな固定概念が有った。だから、急に足を止めたハードに驚き、ダーツがハードに突き刺さった。

 だが‥‥‥‥ハードは何事もなく、また歩き始めた。

 

「ふむ、別に聞きたいことがあるなら答えても構わないぞ。態々、こんな回りくどいことをしなくても‥‥‥‥」

「イヤイヤ‥‥オイ、アンタ今ダーツ、刺さってんだぞ!」

「ああ、刺さっているな」

「いや、普通痛がるとか、なんかリアクションあるだろう!?」

「脅していた側の言葉ではないな。なんだ、心配してくれているのか? 斜に構えて、不良気取りだが、随分と優しいな。アッシュ風に言えば、『あまちゃん』と言うのかな?」

「んだと!?」

 

 アッシュが逆に煽られている。

 今だ背中に刺さっているダーツがチラチラと視線に入ってくる。

 

「ってか、アンタ、痛くねえのかよ!?」

「うん?‥‥‥‥ああ、刺さってるな。まあ、注射と大差無かろう。医療行為でそれほど泣きわめく歳でもない。それに‥‥痛みにはそれ相応の経験がある。この程度では今更、何も感じないな」

 

 ハードは背中のダーツを引き抜き、血を自身のアロハシャツの裾で拭いてから、アッシュの目の前に差し出す。

 

「脅すなら、もう少し工夫を凝らした方がいいな。この程度の小さい穂先では刺しても、痛みは小さい。訓練を受けた者なら恐れさえ抱かない。どうせ刺すなら頸動脈や腕、特に血管が集中している手首か、もしくは神経や腱を狙うか、後は足の大腿部をだな‥‥‥‥」

「なんで、アンタが脅しのレクチャーしてんだよ!?」

「なんでって、私が先輩で、アッシュが後輩だ。先輩が後輩に指導するのはおかしいことではないだろう?」

「‥‥いや、アンタの言動がおかしいんだよ」

 

 アッシュは呆れながら、ハードからダーツを受け取っていた。

 

「さて、脅しのレクチャーはお気に召さないのなら、先程の質問にお答えした方がいいかね?」

「はあぁ~、結局話すのかよ‥‥」

 

 アッシュは大きなため息を吐いた。

 

「聞いてきたのはアッシュの方だろう? まあ、お気に召す答えかどうか分からないが、私なりに真面目に答えよう。私の名前はハード・ワーク‥‥と名乗っている。年齢は20‥‥ということにしている。出身地は帝国‥‥でいいだろうか。両親とは既に死別、現在は独り身。職業は社員。最終学歴はトールズ士官学院卒。‥‥あとは何を言えばいいかね?」

「‥‥なんで、名前と歳と出身地の言い方が変なんだよ‥‥」

「ん? 仕方がなかろう。私は‥‥‥‥自身の本当の生まれというモノを知らないからな」

 

 ハードは何でもない様な表情で、とんでもない発言をした。おまけに‥‥

 

「君と同じく、な。そうだろ‥‥‥‥アッシュ・カーバイド?」

 

 




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第五十一話 理解不能

宜しくお願い致します。


―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 side リィン・シュバルツァー

 

「俺と同じ、だと!?」

 

 アッシュの顔が驚愕に歪む。だが、それは俺も同じだ。混乱している中、尚もハードの言葉は止まらない。

 

「君と同じく、天涯孤独の身。百日戦役の折に、とある軍人の夫婦に拾われた。君と同じく本当の親を知らない、いや忘れた存在だ。おまけに、育ての親を亡くしている。‥‥‥‥君とは大分境遇が似ていると思わないか?」

 

 さっき話していた時にも親を亡くしたのは聞いたが、その親が義理の‥‥育ての親に引き取られたなんて言ってはいなかった。それも百日戦役の際に、自身の過去を失っている、それは‥‥俺とも共通していることだった。

 今、そのことは気にはなるが、それ以上にアッシュの事を妙に知り過ぎている方が気になった。

 

「テメエ、どうして俺の事を‥‥」

「別におかしなこともあるまい。さっき、アッシュ自身がレクター・アランドールとの関係を聞いた様に、私とあの人はそれなりに長い付き合いだ。君の事も知っていても可笑しくはなかろう?」

「‥‥あの野郎」

 

 アッシュは拳を強く握り、怒りの表情を浮かべている。

 

「だが‥‥‥‥私が君を知っているのは、別にあの人からではない。私が調べたからだ、今年度の入学者全員、本校分校問わず全員、全てを調べ尽くしたからだ」

「はあぁ!?」

 

 ハードの発言に驚き、アッシュから驚愕の声が漏れた。俺も驚いたが、尚もハードの言葉は続く。

 

「別におかしなことではないだろう、私は昨年の生徒会長だった。なら、今年度の入学者がどういう経歴、生い立ち、背景を持っているのか、全てを調べなければならなかった。なぜなら‥‥‥‥今年の入学者にセドリック皇太子がいたからだ」

「っ‥‥そういうことかよ‥‥」

「そういうことだ、理解が早くて助かる。先の内戦しかり、現在の帝国、いや世界は激動の時代を迎えている。そんな中、セドリック皇太子殿下に万一があってはならないのでな、色々と手を打つことになった。おかげで、当時学生だった私まで駆り出されて、機密情報局が集めてきた情報を精査し、入学させて問題ないか、裏を取ることになった。一学生に任せるには過ぎた案件だったが、まあ、養父の筋から手を回されて手伝わざるを得なかった。おかげで、3日ほどは徹夜が続いたな。だが、幸いなことに当時はテスト期間だ。通常の授業で居眠りは不味いが、素早く解き終わり、残り時間を睡眠に回すのは、多少は大目に見てもらえた。‥‥まあ、私の話はともかく、その結果、アッシュを含めて、現在の分校生徒全員の身辺情報は私の頭に入っている。ノーザンブリア、ジュライと言った併合した土地の出身者、アッシュを含めた極一部の経歴詐称者、訳アリの入学者はよくよく印象に残っている」

 

 俺はハードの話を聞いて、そう言えば一時期、政府関係者が頻繁にハードの下を訪れていたことを思い出した。

 俺も気になって、ハードに聞いたが、来年度の準備で忙しいと言われた。確かに、来年度―――つまり、今年度に影響しているが、まさか入学者の身辺調査までしていたとは思わなかった。

 

「オイオイ‥‥俺にそんなこと言っていいのかよ?」

「‥‥さて、どうだろうな。まあ、好きにすればいい。‥‥今の分校が壊れて無くなってもいいなら、その口を開けばいい。アッシュやノーザンブリアの出身者ならともかく、ジュライの出身者と名を偽った者、そう言った人間は今の分校からいなくなる、そうすれば今より風通しが良くなることだろう。だが、それを望まないならば、黙っていてくれる方をおススメしよう」

「‥‥チィ‥‥とことん喰えねえ野郎だな、アンタ」 

 

 ハードはアッシュの言葉を受け、ニヤリと笑った。

 その姿には妙な雰囲気があった。人を手玉に取って、高みから見下ろしているその姿が、誰かの姿と重なったように見えた。

 

「さて、私が何故、名前と歳と出身地を先の様に曖昧に応えざるを得なかったのか、理解してはもらえたかね?」

「ああ、そう言えば、そんな話だったな。アンタのぶっ飛んだ話のせいで、忘れてたぜ‥‥」

「ただの思い出話の一つだ。他にもリクエストがあれば受けるぞ、何がいいだろうか。男子生徒ならば武勇伝の様なものの方がウケがいいだろうか。‥‥ならば、ノルド高原で共和国のガンシップを相手に大立ち回りを繰り広げ、最後には岩を投げつけて撃墜した話や、盗んだ機甲兵で貴族連合の機甲兵一個中隊を撃破した話、後はジュノー海上要塞を単騎攻略した話、等々学生時代の思い出話は事欠かないが‥‥」

「もういいわ‥‥アンタと話すと疲れるわ‥‥」

 

 アッシュは酷くげんなりした表情でハードの話を打ち切った。

 俺としては、いくつか気になる話があるから聞いてみたくはなった。だが、俺よりも先に口を開いた者がいた。

 

「フフフ、何やら楽しそうにお話されていますわね」

「ミュゼ‥‥」

 

 ミュゼが歩くスピードを落として、俺達の会話に加わった。

 

「そうかね、まあ君にも関係がない話でもないからね、裏事情を知れて、どんな気分かな?」

「あらあら、何の事でしょう?」

 

 ミュゼはわざとらしく、あざとく、知らない風を装っているが、それが単なるポーズにしか見えなかった。

 ハードの口ぶりからして、彼女も何かしら裏が有った、と言う事か。

 

「まあいい、君に関しては‥‥過去の事も知っていたので、直ぐに察しはついた。()()()()()()の姓を名乗るのも、状況を考えれば妥当なところだ。ただ、本校に入れるには流石にご遠慮いただきたいところだったので、分校に回したが‥‥‥‥まあ、本命はそちらだったというところか。ご期待に添えたと思うが、如何かな?」

「フフフ、何の事でしょうか? 生憎、見当付きませんわ。ですが‥‥お礼は申しておきますわ」

「フフフ、それは重畳‥‥」

 

 二人が薄気味悪い笑いを浮かべている。

 

「どっちも喰えねえ奴らだ」

「‥‥そうだな」

 

 俺はアッシュのつぶやきに同意していた。

 

「ん! まずい!!」

 

 ハードが突然、走り出した。向かう先は前を行く三人の方向だ。

 

「なんだ、一体!?」

「分からない、だが急ぐぞ!」

 

 ハードの突然の行動に俺達は困惑するが、急ぎ後に続いた。

 

「三人とも伏せろ!!」

 

 ハードが走りながら声を上げる。その最中、剣を引き抜くと、走りながら投げつけた。

 

「え!? わっ!!」

 

 三人がハードの声でその場にしゃがみ込んだところ、剣が頭上を飛んで行った。

 

「グッ!?」

 

 ここにいないナニカの呻き声が聞こえ、剣が何かに突き刺さった様で、宙に浮かんでいた。

 

「えっ、一体何が‥‥」

 

 ユウナが困惑気に宙に浮いた剣を見つめつつ、手を伸ばそうとすると‥‥

 

「下がれ!!」

 

 またもハードの声が響く。すると、その場から三人が勢いよくバックステップで下がると、三人の場所に銃撃が走る。

 

「え、何が起こってるの!?」

「気を付けろ、何かいるぞ‥‥」

 

 俺が三人の前に立ち、剣を抜き、周囲を警戒をした。

 すると‥‥‥‥

 

「ハアッ!」

「グッ!?」

 

 ハードが自身の左側の虚空に向かって拳を振るうと、またも呻き声が聞こえ、壁にぶつかった音が響いた。

 だが、それでハードの行動は終わらず、今度はぶつかった音がした壁に向かって走りかかると、虚空に手を伸ばす。すると、ハードの手にはマシンガンが現れ、俺達の方に銃口を向けた。

 

「伏せていろ!」

 

 ハードの言葉に俺達は思わずその場に伏せると、ハードは引き金を引いた。

 銃弾は俺達の頭上を越えていき‥‥

 

「ガァッ!?」

 

 三度呻き声が聞こえた。だが、その場に銃弾が落ちるが、その場には何も見えなかった。

 

「一体何が‥‥」

「原因は‥‥コレか」

 

 ハードが右手にマシンガンを、左手には‥‥何も持っていない様に見えた。だが、ハードの左手には何かを握っている様な形だった。

 俺達の近くまでハードが歩みよると、今度は左手を何かを放る様な仕草をすると、ドサッという音と衝撃が走った。そして、ハードは虚空に手を伸ばすと、ハードの手が消えた。

 

「なっ!?」

 

 驚きの声を上げるが、ハードは特に気にすることなく、そのまま手を伸ばしていた。そして少し時間が経ってから腕を引き抜いた。その間、ハードの表情は特に変わらなかった。

 引き抜かれたハードの手には何かが握られていて、その何かが現れたとき、また別の何かが姿を現した。

 

「な‥‥人、か!?」

 

 突然現れたのはオレンジの戦闘服の上から黒色の装備一式を纏った人型の何かだった。最初は人形兵器か何かかと思ったが、よくよく見れば息をしていた。つまりこれは生きていて、人間と言う事だ。

 俺達が驚きながらその存在に注目している最中、ハードが一人、また一人とその場に運び、見えない状態を解除していく。

 

「‥‥ぁ‥‥」

「‥‥っ‥‥」

 

 後から現れた二人は痛みの余り、声が漏れていた。

 一人は銃弾で、もう一人は剣で貫かれていた。

 

「おい、ぼうっとしているな。さっさとコイツらを拘束しろ」

「! あ、ああ‥‥だが‥‥」

 

 拘束しろと言われても、三人の内に二人は怪我をしていて、それも結構な重傷だ。早く手当てをしなくてはならない。それに、もう一人は気絶しているようで、動く気配はない。

 

「今は、拘束よりも怪我の手当の方が優先だろ?」

 

 俺の提案に生徒達は気づいて、治療の道具を用意し始めた。

 全員が意識の共有が出来て、いざ始めようとしたとき‥‥‥‥

 

「必要か、そんなの?」

「え?」

 

 ハードの表情がキョトンとしていた。まるで想定外の事を言われた、という表情だった。

 

「いや、だが‥‥このまま放っておけば、命を落とすぞ!」

「‥‥?」

 

 今度は首を傾げだした。

 

「‥‥うーん、もしかしてだけど、そいつらが何なのか、分かっていないのか?」

「何って‥‥」

 

 現在の帝国の状況、見えないナニカが現れ、その正体が統一された装備を持ったとある一団。

 ハードは確信しているようだが、俺には確信はなかった。だが、俺の脳裏に浮かんだ選択肢の中で最も有力だったのは‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥共和国のスパイか」

「そうだ」

 

 ハードは俺の答えをアッサリと肯定した。

 

「だから、治療する必要はない。彼らは共和国のスパイだ。なら‥‥()()()()()()()?」

「っ!?」

 

 ハードの言葉に威圧された。

 

「無駄な事をするな、そのスパイはいずれ()()んだから、治療する必要はない。それよりも急ぎ拘束して、情報局に引き渡せ。死んでいても利用できるが、出来うる限り生きている方が使い道は多い」

「な!? ハ、ハード‥‥お前、本気で言っているんじゃないよな?」

「何を言っている。本気以外の何事がある」

「人命優先、という考えが‥‥」

「それは帝国人に対して優先される考えだ。敵対国に用いる考えではない」

 

 俺の言葉にハードは全てバッサリと切り捨てる。生徒達はどうしていいのか分からず、困惑している。

 その現状を見て、ハードは溜息をつきつつ、口を開いた。

 

「彼らは共和国のスパイだ。根拠はいくつかあるが、最大の決め手はコレだ」

 

 ハードが手に持つのは『ARCUS』の様なデバイスだ。そこには『RAMDA』と書かれていた。

 

「この様な新技術を用いているんだ。おそらく共和国の最精鋭だ。カルバード共和国政府中央情報省―――CID所属『ハーキュリーズ』と見て間違いない。そうだとすれば、彼らは真っ当な方法で帝国に入国してはいない。ただ捕まえただけでは意味がない。彼らの事を共和国に正規ルートで抗議したとしても、知らぬ存ぜぬとなることは目に見えている。ロックスミス大統領なら、それくらいの腹芸はやってのける。ならば、帝国が行うことは、情報引き出し、その後‥‥‥‥()()することだ」

「しょ、処分って‥‥」

「別におかしなことはないだろう。彼らを牢に入れたとしても、食わせていくのは帝国人の税金で賄われる。そんな無駄なことに国民の血税を使っては、申し訳ないだろう。犯罪者ならば更生の機会を設けられるが、敵国のスパイであればそれを期待するのは些か軽率だ。彼らは共和国に生まれ、成長した。彼らの血肉は共和国のモノだ。獅子身中の虫を飼うのは、後顧の憂いとなる。ならば、必要事項を吐かせた後、処分した方が後腐れはない」

「だが‥‥‥‥」

 

 俺はハードの言葉があまりに非人道的であったため、ハードの意見に食い下がろうと、口を開いた瞬間、突如ハードが頭を上に上げて、呟きだした。

 

「‥‥ぁ‥‥そうか‥‥うんうん‥‥あー、それは見落としてましたね‥‥」

 

 まるで見えないナニカと対話している様で、宙を見上げたハードは‥‥‥‥大きなため息をついて、頭を下ろした。

 

「はぁ―――、やらかした。盛大にやらかした。いや、まだやらかしてはいないか‥‥うんうん、まだセーフだな、となると‥‥一手打つ必要があるか‥‥‥‥よし、ではこの方法で行きましょう。これなら、及第点はもらえるでしょう」

 

 ハードが盛大に独り言を言い終えると、先程までとは打って変わり、笑みを浮かべ始めた。

 

「‥‥ハード、一体どうし―――」

 

 俺がハードに問いかけようとした瞬間、ハードは自身の持つマシンガンを左腕に当てると‥‥‥‥躊躇いなく引き金を引いた。

『ダァン!!』という銃声が響き、ハードの左腕が衝撃で跳ね上がり、その腕から血が飛び散った。

 

「イヤァァァ!!」

「な!?」

「はあぁ!?」

「え‥‥?」

「‥‥‥‥な、なにを‥‥いえ‥‥」

 

 生徒達の口から出る悲鳴や困惑の叫びが木霊する。俺も今目の前で行われたことが理解できずにいる中‥‥‥‥ただ一人冷静だったのが、

 

()()()()()()()()()()()()()()()で腕を負傷した。これで大義名分は立つな」

 

 自分自身の腕を撃ったハード当人だけだった。

 




ありがとうございました。

先週から、黎の軌跡、始めました。

メガネに不信感を覚えます‥‥今更か。


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第五十二話 温度差

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
今年初投稿です。


―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

『即断即決ですか‥‥まあ、宿主らしいと言えばらしいですが‥‥少しくらいは躊躇いを持ってもいいのでは?』

(必要な事ですので、致し方ありません。それに時間が空き過ぎては、証拠に成り得ません。それに、この程度の傷、直ぐに治りますよ。痛覚も遮断すれば、さして行動に支障も出ませんので、躊躇う必要などありません)

 

 私は私の中にいるソフトさんと対話している。

 久しぶりに聞こえた声に、さっきは思わず戸惑ったし、思わず口に出していたほどだ。

 だが、今は久しぶりの対話に興じている暇はない。今は迅速に行動が求められている。

 

 ソフトさんとの対話で、自身のミスに気づかされた。

 私のミス、それは‥‥‥‥共和国のスパイとの戦闘で誰一人、実害が出なかった事だ。

 共和国のスパイが帝国人を傷つける前に無力化してしまった。酷な事だが、誰かが傷を負うべきだった。いや、理想を言えば、誰かは死ぬべきだった。

 

 実害が無ければ、誰も脅威には思わない。

 謎のテロリストが帝国国内で武器を振るったとしても実害がなければ、国籍不明者が不法入国してダンスを踊っていたようなものだ。

 だが、国籍不明者が持っていた武器で、帝国人が傷つけられたとしたら、どうだろうか。

 少なくとも、危険だと認識される。そして、その国籍不明者は誰か、何処の出身者か、犯人探しに躍起になるだろう。

 故に、誰かが傷つく必要があり、そして、この場においてただ一人の民間人である私が傷つく必要があった。

 確かに私は士官学校を卒業しているが、現在は軍事関係者ではなく、民間企業に勤めている身だ。

 それに比べ、他の者達は現在は学生ではあるが士官学生であり、軍事関係者だ。元と現、民と官、この要素から現在被害を被った場合、誰が一番インパクトが強いかで考えると、私になる。

 ‥‥‥‥いや、ここまではただの建前だ。ただ単に理由を探して、構築した屁理屈だ。本音は‥‥‥‥ただ単に嫌っただけだ。

 学生の彼らが、年下の、後輩である彼らが、政治的な理由で傷つく必要はない。そういう役目は、年長者の役目だ。未来ある若者に、苦渋を強いるために生きる大人にはなりたくはない、ただの自己満足だ。‥‥‥‥こんな身であるが、後輩たちの役に立てるなら、先輩として本望だ。

 

 それに、この状況は‥‥‥‥おそらく、ギリアスさんが用意したモノだろう。

 態々レクターさんが俺をリィン達と同行させた以上、何かをやらせたいのだろうと思ってはいたが、『大地の龍(ヨルムンガンド)作戦』をかぎつけたスパイを捕まえさせることだったか。

 情報を漏らしたのか、それとも漏れたのか、そこはどうでもいいが、共和国のスパイをつり出し、それを口実に『大地の龍(ヨルムンガンド)作戦』を行うことが目的だろう。

 ‥‥‥‥いや、もしかしたら、ギリアスさんの中ではそれ以上の目的が有るのかも知れない。私の浅知恵で計画を潰してしまうかもしれない以上、関与は避けるべきか‥‥‥‥いや、ギリアスさんの事だ。私がこの様に考え、行動することも計算の上かも知れない。そもそもギリアスさんから聞かされていない上、禁止もされていない。昔から関わりを禁ずられる事項であれば、前もって教えられてきた。

 かつてのリベールの事件の際は、例え何が有ろうと帝都から出ることを禁じられた。‥‥となると、この案件には関わっても問題ない、ということになる。

 では、彼のテロリスト達は‥‥‥‥私が使わせてもらっても構わないだろう。

 あのテロリストと、この『RAMDA』、うまく使えば、共和国に相応のダメージを与えることが出来るだろう。

 私の思い描くシナリオ通りに進めば、帝国の技術力向上にもつながるし、共和国の技術を引き出すことにもつながるが、周辺国家の技術力を底上げしてしまうことになる。

 だが、その程度のデメリットなど、さしてデメリットとも言えない。共和国以外の周辺国など、面倒になれば帝国の国力で真っ向から叩き潰せばいい。まあ、そうならない様に周辺国は大人しくしていることだろう。それに、大義は帝国にあるんだ。その上で歯向かうならば、それ相応の末路は用意できるだろう。

 

 さて、これで大方針は決められた。

 後は演出が必要だが、それはこの左腕の傷で十分だろう。‥‥少しずつ再生が始まっているが、腕に銃弾が入っている。この場で取り出すことが出来るが、それでは証拠に成り得ない。とりあえず、病院で銃弾の摘出を行い、その上でこの銃の弾丸と照合すれば、この銃から放たれたことには成り得るだろう。‥‥誰が撃った、ではなく、何が撃った、が重要だからな。

 やれやれ、謀略というのも面倒だな。だが、人は体面を気にする。そのためにも傷の一つや二つは必要だ。

 

 士官学生と民間人の前に共和国のスパイが負けた。これでは『RAMDA』を脅威とは思われない。

 共和国のスパイの練度不足、共和国弱し、そう見込まれる。弱兵が如何な新技術を持とうと、帝国の前では無力‥‥‥‥何て思う輩が現れかねない。

 違う、そうではない。この技術は凄まじいものだ。屋内でだけでしか使えないのか、それとも屋外でも使えるのか、その有効範囲は定かではない。

 だが、それでも『姿を隠せる』という事実一点においてだけで、その影響は、脅威は絶大だ。

 そして、この技術を作って尚、共和国はまだ良心的だったと言わざるを得ない。

 もし、この技術を持ちながら人の身に外れた行いをすることに躊躇いすら無ければ、早晩帝国は‥‥‥‥滅んでいても可笑しくはなかった。

 少なくとも私なら、この技術―――『RAMDA』を持って、共和国の首都イーディスで無差別テロを行いつつ、大統領府を襲撃し政治機構を破壊し、技術の集約されたバーゼルを破壊と情報流出を行い、煌都ラングポートを火の海にして、経済活動を停止させる。‥‥‥‥とりあえず、少し考えただけでもこれだけのことは行える。

 『RAMDA』によって姿を隠すことで、自身の背後に誰かがいるかもしれない。いや、前にいるかもしれない。いや、右だ、左だ‥‥常に誰かがいるかもしれないという心的圧迫を強いられる。

 気づけるのは、一部の達人クラスくらいだ。帝国全土で考えても‥‥多くて両手で数えられるか、少し超える程度だろうか。それくらいしか対応できない新技術を作り出した、共和国には正直脱帽だ。 

 

 今の帝国にこれと同じ技術が出来るだろうか、と問われると‥‥‥‥出来ない、とは思わないが、時間が掛かるだろうな。《黒の工房》なら技術的に確立されているが、帝国の既存技術には存在しない。

 今の帝国の技術は重工業に特化し過ぎている。ラインフォルトが帝国の発展を担ったと同時に、他国に対する軍事力を示してきた。戦車を始め、機甲兵、列車砲‥‥制圧力に特化した兵器を優先して製造開発してきた。

 だが、それらの指揮を下す人間、施設にこの技術で侵入され、破壊もしくは利用されれば、一点窮地に陥る。‥‥‥‥ハッキリと言うが、このままでは帝国の敗北だ。

 これから、時間が掛かればかかるほど、帝国は追い詰められる。『RAMDA』の量産体制が整えば、大型兵器による戦闘よりも、工作員同士の暗闘が勝敗を決定づける。情報を制する者は戦いを勝利する、昔ギリアスさんに教わった通りになるだろう。

 今の私にとって、帝国の行く末は最早どうでもいい。今の私にとって、居場所は結社だけだ。そう遠くないうちにこの地を離れることは確定している。だが‥‥‥‥この国が故郷であることに変わりはない。ましてや父母の眠るこの地を騒がす行いなど、見逃すわけにはいかない。

 帝都近郊が無事であれば、何処で血が流れようとどうとも思わない。だが、この技術では帝都で騒乱が起こる。いや、既に起きている、か。

 ならば、これが最後のご奉公として、私の持ちうる全てを使い、この驚異の技術『RAMDA』を‥‥‥‥封印させるしかあるまい。

 

「ハ、ハード!? お前、一体何を考えているんだ!?」

 

 リィンの声が耳に入ってきた。

 少し深く考え過ぎていた様で、周囲の状況を疎かにしていた。

 

「‥‥‥‥帝国の未来について考えていた」

 

 この技術、いや水面下で行われている暗闘を含め、帝国に迫りくる脅威の把握と対抗策、その他諸々考えることは多い。ほんの少しの時間でもあれば、其方に思考を割かなければ、計算が追いつかない。つくづく、国家運営と言うモノは面倒極まりないな。一つの学園でヒイヒイ言っていたのに、ギリアスさんは平然と国家運営を行っているとは、やはりギリアスさんは怪物だな。

 

「ああ、もう‥‥お前は本当に‥‥」

 

 リィンの問いかけに、私は自身の考えを集約した答えを返したが、リィンにはお気に召さなかったようだ。

 不満、というよりも、「コイツ何言ってんだ?」みたいな顔をして、苦悶の表情を浮かべていた。

 ‥‥どうやら信じてもらえなかったようだ。信用ないな‥‥

 

「それよりも、早く傷の手当てをした方が‥‥」

 

 リィンが私の左腕に手を伸ばしてくる。

 

「不要だ」

 

 私は伸びてくるリィンの手を振り払った。

 腕の傷は既に再生が始まっている。今はシャツの袖で隠れて見えていないが、手当をしようとすれば丸わかりだ。バレる訳にはいかない。少なくとも、今はまだ‥‥‥‥

 

「ハード‥‥」

 

 リィンの表情は驚きに満ちている。それは私が手を振り払ったからか、それとも‥‥気づかれたか‥‥

 

「治療くらい必要であれば自分でする。私に構う必要はない、其方は其方でやりたいようにすればいい」

 

 私はテロリストの方に指を差して言った。

 リィン達の希望に沿うように態々、スパイどもを活かしておく算段を付けたんだ。精々有効に活用してくれ。

 それに、その行動は私の、いやギリアスさんの希望にも沿う。

 『心優しき帝国の英雄《灰の騎士》が突如襲ってきたテロリストから民間人を守りながら打倒し、傷の手当まで行った』

 人道的な英雄譚として、またリィンの価値が上がる。後の世に必要なのは、優秀な政治家よりも分かりやすい英雄だ。旗印となる者が必要になる。‥‥いずれその時が来る。

 

「いや、だがお前の方も‥‥」

「何度も言わせるな、不要だ。それよりも少し考えることができた。其方の治療が終わるまで話し掛けるな」

「ぁ‥‥」

 

 尚もこちらを気に掛けるリィンの察しの悪さに、煩わしさを覚え、私は一人、少し離れたところで腰を下ろし、目を瞑った。

 整理すること、思案すること、少しでも時間が欲しい。時間が無いんだから‥‥

 

『宿主、作戦の再確認ですが‥‥』

 

 自身の中にいるソフトさんの声が聞こえ、其方に意識を集中させるために、目を閉じた。

 私はソフトさんと相談して、共和国に如何にしてダメージを与えるべきか、協議を始めた。

 

 

side リィン・シュバルツァー

 

 ハードが一人壁に寄りかかり、肩の治療も行わず、目を閉じた。

 痛みに堪えているのか、それともまた別の何かなのか、分からない。だが、本来ならハードの治療を強引にでもするべきなのに‥‥‥‥踏み込むことが出来なかった。

 俺は自身の手を見て、先程ハードに手を振り払われたことを思い出していた。

 明確な拒絶だった。アイツがここまで明確な拒絶を示したことは‥‥‥‥記憶になかった。

 

「あの‥‥リィン教官‥‥」 

「ぁ‥‥」

 

 ユウナが俺に声を掛けた。

 ユウナの後ろにいる生徒達も俺を見て、どうすればいいのか、判断に困っていた。

 

「‥‥今は、彼らの応急処置をしよう」

「でも‥‥」

 

 ユウナはハードの様子を伺うように視線を向けながら、俺の指示に従うべきか決めかねていた。

 

「いいから、今は出来ることを迅速に行おう。ハードが一度口にした以上、覆すとは思えないしな‥‥」

 

 ユウナは少し悩み、応急処置のために彼らの下に向かう。ユウナの後に続き、生徒達は負傷者の下で応急処置に取り掛かろうとしていた。ただ、一人を除いて‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 それはミュゼだった。

 ミュゼは何かを考え込んでいるようで、目を閉じて、小さな声を口から漏れ出していた。

 

「何故腕を撃ったのかしら‥‥そこの意図は‥‥謎のテロリスト‥‥共和国のスパイから言い直したのは‥‥国家間への影響‥‥共和国との戦争を避ける‥‥違う‥‥となると狙いは‥‥」

 

 俺がミュゼに声を掛けようと近づくと、ミュゼの言葉が微かに聞こえてきた。その言葉からミュゼはハードの行動について考えているようだった。だが‥‥

 

「‥‥ぁ‥‥」

「ミュゼ!?」

 

 ミュゼの体が急にふらついた。俺は咄嗟に倒れそうになったミュゼを受け止めた。

 

「はぁはぁ‥‥リィン、教官‥‥」

 

 ミュゼの息は荒く、体調が悪い様に見えた。

 先程までは問題なかった。ではどうして、先程のハードの光景が衝撃的だったからか?

 

「ミュゼ! 大丈夫か?」

「はぁはぁ‥‥ええ、少し立ち眩みがしまして‥‥少し休ませていただいても宜しいでしょうか?」

「ああ、それは構わないが‥‥」

 

 ミュゼはその場で座り込んだ。

 出来れば寝かせてやれればいいんだが、この場ではそうもいかない。とりあえずミュゼを支えるように俺も腰を下ろした。

 

「ハードさんと‥‥何を話していたんですか?」

「ん?」

 

 ミュゼは座りながら俺に話しかけてきた。

 ミュゼに問われ、俺は先程のやりとりを思い出して答えた。

 

「『何考えているんだ!』って聞いたら、『帝国の未来について考えていた』と答えられた。全くアイツの事は相変わらず良く分からないな‥‥」

「‥‥帝国の、未来‥‥‥‥‥‥そうですか。‥‥少し、困ったことになりそうですわね‥‥‥‥」

 

 ミュゼの呟きが聞こえた。

 

「困ったこと? アイツの言動に困ることなんて今更だが‥‥」

「フフッ、いえ、言葉通りの意味ではありませんわ。それにあの方の選択は何時だって常に正解を導き出してきた、ならこの行動にも正解に至る道があるはずです。でも、それが見えない。只人には見えない、見ることが出来ない、更なる高みから物事を見ている。故にあの人にとって腕一本を失うよりも価値のある結果を得ようとしているのかもしれません」

「腕一本よりも価値のあるモノ‥‥アイツは本当にそんな事を考えて‥‥だが、一体それは‥‥」

「それはハードさんが口に出したのではないですか?」

「え?」

「『帝国の未来』、そのために己の腕を撃ったんでしょう。私では決して思いつかない、思いついても実行できない、そんな方法で帝国の未来を守る。‥‥‥‥怖い人です」

 

 ミュゼの体が震えていた。

 

「ミュゼ、君は一体何を言って‥‥」

「リィン教官、終わりました」

 

 俺がミュゼに問いかけるよりも前に、ユウナ達の応急処置が終わり、俺の下に戻ってきた。

 

「あらあら、折角のリィン教官との逢引きも終わりですか。寂しいですわ」

「ミュゼ! アンタねぇー!!」

 

 ミュゼは立ち上がると、いつもの調子で振舞っていた。だが、先程の様子が頭に残った。

 

「教官、一応の応急処置は完了しました」

「ああ、随分と早かったな」

「まあ、一か所しか傷がなかったからな。‥‥ちょっとあり得ねえけど‥‥」

 

 俺の言葉にアッシュが歯切れの悪い答え方をした。

 

「‥‥マシンガンを連射していたのに、傷が一か所だけ‥‥寸分のブレなく同じ場所を意図的に狙って見せた。もう今更驚きませんけどね」

「防弾装備の上から連続で同じ個所に撃ち込んだことで、一時的なショック状態を起こして、今も意識を失っているみたいです。今更ですけど、ちょっと理解不能です」

「そうか‥‥‥‥今更だな」

 

 生徒達から上がってくる報告に、今更、という言葉しか浮かんでこない。

 でも、これで応急処置は終わった。ミュゼの事は気になるが、今はハードの方が先だ。

 俺がハードに声を掛けようとしたとき、

 

『pipipi‥‥』

 

 ARCUSが鳴りだした。

 

『よう、シュバルツァー。そっちはどうよ、ハードがいるから、大分進展が有ったんじゃないのか?』

 

 通信に出ると、相手はレクターさんだった。

 

「レクターさん、こっちは‥‥‥‥」

 

 俺が答えようとすると、背後から気配を感じて振り返るとそこにはハードが立っていた。そして、俺の手からARCUSと取り上げた。

 

「あっ!? オイ!」

「ちょっと借りる。どうも、レクターさん。早速ですか、これは何処までが仕込みだったんですか?」

『おー、坊ちゃん、お疲れ様です。で、何が仕込みと思われているんですかね?』

「態々情報を漏らしたのか、それとも漏れたのか、そこにはさして興味はありません。ですが、敢えてどこかしらからネズミが入り込む様にしたのは‥‥‥‥後の仕込みのためですかね?」

『‥‥‥‥まあ、オッサンの仕込みではあるな。だけど、まあ、今回は別に俺に仕込みの意志はねえんだけどな‥‥』

「そうですか、ならそれを見越して仕込んできたかな‥‥それとも後の事を考えて動け、と言う意思か‥‥‥‥まあいいでしょう。とりあえず、あの人の思惑に沿うか分かりませんが、私なりの考えて動く、を示しましょう」

『ほう、坊ちゃんが一体何をお考えなんですかね‥‥』

「フフ、ちょっと共和国には貧乏くじを引いてもらおうと思っただけですよ。とりあえず急ぎお会いしたいのですが宜しいでしょうか?」

『おう、いいぜ! じゃあ、何処で会うよ?』

「‥‥ここからなら、ヒンメル霊園で落ち合いましょう。」

『おう、いいぜ。じゃあ、待ってるぜ』

「‥‥返すぞ」

 

 通信が切れたのでハードが俺にARCUSを返してきた。

 

「‥‥ああ。だが、一体何を話して‥‥」

 

 俺の中には疑問しか湧いてこなかった。

 何を聞けば、いや、何から聞けばいいのか、頭が追いつかない。

 だが、俺の問いに答えられることはなかった。

 

「気にする必要はない。こちらの事情だ、そちらには関係がない」

「っ! 関係ないだと!?」

「ああ、お前達はそのままでいればいい」

「‥‥そのまま‥‥」

「そんな事よりも、次に行く場所が決まった、急ぐぞ。それを持って、な」

 

 ハードはスパイたちを指差した。

 スパイたちを連れて、先程話していたヒンメル霊園まで向かうようだ。

 

「だが、ヒンメル霊園に向かうにしても、一度地上に上がる必要が‥‥」

「不要だ」

 

 俺の言葉を即座にハードは切り捨てた。

 

「この地下は帝国の至る所に繋がっている。当然、ヒンメル霊園への道もある。急ぐぞ、状況は刻一刻と変化している」

「あ、ああ‥‥みんなもいいか?」

 

 生徒達は多少困惑気だが、これ以上ハードが奇妙な行動に移る前に、事を進めた方が得策だと思ったのか、応急処置を手早く終えると、クルト、アッシュ、アルティナのクラウソラスで、運ぶことにした。

 

「では行くぞ。ああ、その()()()()()()()には最大限注意しておいた方がいいぞ。気絶した振りをして、気を伺っているかもしれないからな」

「! オイオイ、勘弁しろや‥‥」

 

 アッシュは即座に振り返って様子を見て、未だ気絶していることを確認し、ハードに悪態を付いた。

 

「ハハハ‥‥そんな風に心配するくらいなら‥‥()()にして運んだ方が余程安心できるぞ」

「‥‥ははは、笑えねえこと言うなよ‥‥」

「‥‥本音さ」

 

 

「‥‥今度はここか。はああ!!」

 

 ドガァァンッ!! という音が響き渡る。

 騒動を起こしたのはまたも‥‥ハードだ。

 音の原因は壁が砕かれたこと、それもハードの右足によるものだ。ここに至る道中で既に3度目の光景に誰も驚きはしなかった。

 ハード曰く、この地下は帝都の外にも繋がっていて、最短距離を進めばそれほど時間を掛けることなくヒンメル霊園に到着することが出来るそうだ。

 だが、その最短距離という概念に、邪魔な壁を破壊することが含まれているのは、本当に最短が過ぎるのではないかと思ってしまう。

 

「‥‥なんだか、慣れてきたな‥‥」

「‥‥僕もだ‥‥」

 

 ハードの突拍子もない行動に感覚がマヒしてきた様で、生徒達は驚かなくなっていった。

 ユウナとクルトのつぶやきに、誰もが心の中で頷いた、気がした。

 

 



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第五十三話 見据える先

宜しくお願い致します。


―――七耀暦1206年7月15日 ヒンメル霊園

 

side リィン・シュバルツァー

 

 

 地下に光が差し込んでいた。その先を進んだら、そこはヒンメル霊園だった。

 そして、そこにはレクターさんとセドリック皇太子殿下に本校の生徒達、引率しているナイトハルト教官が待ち構えていた。

 

「お疲れさん。いやぁ、お早い到着で驚きだわ。‥‥いやぁ、まさか本当に、想像以上に早くてビックリだわ。帝都から車ぶっ飛ばして漸くさっきついたばっかりなのに、どうしたら地下歩いてきて、こんなに早いんだよ‥‥」

 

 レクターさんの表情はげんなりしていた。

 そのレクターさんにハードは近づくと、首を傾げて言った。

 

「最短距離を突き進んだ結果です。帝都からここに来るまでなら、車の方が無駄な道を通る以上、地下を真っ直ぐ進む方が距離は短いです。ですが、車の方がスピードが速いので、それらを加味すると、大体は同じくらいの時間で着くという結果です」

「あのねぇ、坊ちゃん、普通『最短距離』を突き進むと言っても、壁をぶち抜くのは『最短距離』とは言わないんですよ。真っ直ぐこっちに向かうの意味も、文字通り一直線に貫いてきただけでしょうが!」

 

 レクターさんは現場を見たこともないのに、ずばり言い当てた。おそらく前歴があるのだろう。

 そして、その指摘は酷く真っ当で、ユウナ達はしきりに頷いていた。

 

「いやいや、レクターさん。人類は立ちはだかる壁を何度も超えてきたんです。これまでの人類の歴史が幾度も行ってきたんです。何を躊躇うことがありますか」

「話の規模がデカい!‥‥まあ、こうなるだろうな、とは思ってたから、そういう手筈で動いたけどさ‥‥やっぱりまあ、ハードはハードだねぇ‥‥多少は気分の切り替えにはなったか?」

「‥‥まあ、それなりに‥‥」

「そうか、なら多少は兄貴分としての面目躍如かな。‥‥さて、それが‥‥」

 

 ハードとレクターさんの気安い対応を見るに、レクターさんもハードの行動に振り回されているようだ。だが、その距離間は相当に近い様に見えた。

 ハードの言動に頭を痛めながらも、レクターさんが視線を俺達の方に向ける。いや、正確に言うと、俺達が連れている共和国のスパイを見ている。

 

「ええ、ですが、当初の見込みとはちがいますね。アレは‥‥正体不明の()()()()()()()ですよ‥‥」

「‥‥ふぅーん、そういうことか‥‥大体は想像がつくが、お前のシナリオを聞いておこうか?」

「フフフ、そうですね。私のシナリオが何処まで使えるのか分かりませんが、少なくとも、どう料理しても、それなりの成果は出せるはずですよ」

 

 レクターさんの問いに、ハードは自信に溢れた笑みを浮かべ、己のシナリオを話し出した。

 

「まず、此度の一件、共和国のスパイと我々は考えていましたが、真実は違います。彼らは所属不明、正体不明の()()()()()()()。これが此度の真実です」

「ほう、真実、ねぇ‥‥俺にはそれが共和国のスパイ、いやもっと言えばCIDの『ハーキュリーズ』だと思うがねえ‥‥」

「ええ、私も当初はそう思いました。ですが‥‥それでいいのでしょうか?」

「うん?‥‥ああ、そういうことか‥‥」

「そう、彼らは『共和国のスパイ』としてしまっても、旨味がないんですよ。それ以上に旨味のある使い方をしましょう、と言うのが私の考えです」

「ふーん、そのために、お前、腕をやらかしたのか‥‥」

 

 レクターさんがハードの左腕を見て、困ったような表情を浮かべた。

 ハードの左腕に血のシミがあるので、察したようだ。本来なら魔獣との傷と考えても良さそうだが、ハードの行動から察したようだ。

 だが、ハードはその視線を受け、肩をすくめた。

 左腕はハードが撃ったものだ。だが、それは政治的に利用するために行った事だとこの時点で漸く気づけた。

 

「人聞きが悪いですね。私の腕は()()()()()()()()()()で負傷したんですよ。それが真実であり、事実です」

「‥‥やれやれ、物は言いようだな」

「ですが、事実です。そして彼らは身分も分からず、また証明も出来ない。故に、『共和国のスパイ』という推定は出来ても立証は出来ない。では、彼らの存在を共和国に突き付けても、意味はないでしょう。おそらく‥‥」

「『共和国にそいつらは存在はしない』、まあ、そう言われるのがオチだろうな。だから‥‥」

「そう、だから彼らは正体不明の()()()()()()()、そして彼らの持つ武器が帝国人を害した。ならば帝国はこの事実をゼムリア大陸全土に知らしめる必要があります。違いますか?」

「謎のテロリストによるテロ活動、周辺国の皆さんもお気を付けください、そんなお知らせでも出すわけか?」

「そうです。そして、そんな事を言う理由が‥‥コレにあります」

 

 ハードがレクターさんの共和国のスパイから取り出したデバイスを見せる。

 

「『RAMDA』、これが今回の一連の事件で使われた姿を見えなくしたモノの正体か‥‥」

「ええ、未だ帝国ではたどり着けていない技術です。これは現在の帝国では脅威となり得るものです」

「なら、急ぎ解析する必要がある‥‥‥‥けど、お前の考えは少し違うようだな」

「ええ、この技術を解析するのは帝国だけではありません。解析するのはゼムリア大陸全国家共同での解析を行うべきです!」

「‥‥ククク‥‥なるほどな。で、それをやって、どういう落としどころに持っていく気だ?」

「この技術を全国家共同での研究を行い、透明化のギミックを解き明かし、それらに対抗する防衛手段を確立し、この技術を完全に使用不能に追い込みます」

 

 なるほど、と思わず感心してしまった。

 今回の一件はハードがいなければ、対応は不可能だった。見えない脅威が生徒達に迫っていた。俺はそれに気づくことが出来なかった。

 気のゆるみがなかったとは言えない、警戒はしていたが隠形とは全く違う不可視の存在は流石に想定していなかった。

 アルティナのクラウソラスの様に裏に関わる技術だとすれば、想定すべきだった。

 だが、もしこの技術が表に出てくるなら、それ相応の対応は必要だと言う事は俺にも理解が出来た。

 

「フーン、なるほどな。だけど、それだけじゃねえよな‥‥」

「ええ、それだけではありませんよ。この研究、全国家共同で行う以上、何処で行うのが最善だと思いますか?」

「‥‥ああ、そういうことか」

「ええ。帝国にお越しいただきましょう、各国の最高叡智達に」

「態々出てくるかね? それなりの人員は出てくるだろうけど、流石にリベールのラッセル博士やカルバートのハミルトン博士なんか一線級は出せないんじゃねえのか? それに態々帝国でやる必要はないんじゃねえのか?」

「いえ、これは帝国でしか出来ません。なぜなら、この『RAMDA』は姿を見えなくしてしまう以上、何処から襲い掛かってくるかは分かりません。そんなシロモノを国外に移送など出来ますか? 奪われるリスクが大きいと思いませんか? ならば、あちらから来ていただくほかありませんよね。それに、この研究を何処か別の国で行った際に紛失、もしくは、奪還された場合の責を負うことになりますが、それを受け入れられますかね。ならば、研究は帝国で行うのが最善です。それに他国がこの申し出を断った場合、それは帝国に対するテロ行為の実行犯ないしは共犯だと疑われることになりますが、それを良しと出来る国がありますでしょうか。そして、各国が今回の申し出に賛同したとしても、一線級の人物を出せないならば、これも帝国へのテロ行為に関わりがあることがあるのでは、と疑わざるを得ません。最後に、この技術を解析するのに帝国の研究スピードよりもある程度の遅れや進みの誤差はありますが、それが度を超えていた場合、本腰を入れていないと判断できテロ支援国家と見做すことにしましょう。これで帝国へのテロ事件の潔白を証明してもらおうと思います」

「フムフム、なるほど筋が通った話だ。だが、それだけじゃあねえよな。お前の本当の狙い、それが何処に主眼を置いているのか、まだ分かっていないからな。お前の思惑、全部吐いてみろや」

「そうですね。あくまで主目的は『RAMDA』の封印。ですが、出来るならば、帝国にやってくる他国の優秀な技術者たちには‥‥‥‥亡き者になってもらいたいと考えています」

「ッ!?」

 

 ハードの発言に緊張が走った。

 生徒達も、本校の生徒も動揺している。そんな中、然したる動揺を見せていないのはレクターさんとナイトハルト教官くらいだった。

 

「‥‥オイオイ、随分と穏やかじゃねえな。そんな事、帝国でやらかしてみろ。各国の心象、最悪まで落ちるぞ!」

「そうですね。まあ、本来ならばそうでしょうね。でも、その批判をぶつけられる恰好な材料があるじゃないですか?」

「!‥‥『RAMDA』か!」

「フフ、仕方ないですよね。ええ、残念です。実に悲しい事件になります。でも、仕方ないですよね、だって‥‥‥‥姿が見えない謎のテロリストによる仕業、ですからね」

 

 ハードは全てを『RAMDA』というデバイス一つに責任を押し付け、各国のVIPを排除することを提案していた。

 その表情はいつも通りの表情だった。‥‥‥‥とてもじゃないが、そんな物騒な事を言い出すなんて思えないような表情だった。

 ナイトハルト教官は視線を伏せていた。黙して、何も語らず、そしてあるがままを受け入れる、そう言う心構えが見えた。

 そして、レクターさんは‥‥‥‥笑いだした。

 

「‥‥クッ‥‥ハハハ‥‥いやぁ、まさかそこまで考えているとは驚き通り越して、寒気がしたぜ。オッサンならいざ知らず、まさかお前がそこまでやる様になるとは‥‥いやぁ、兄貴分としては弟分が成長してくれて嬉しい反面、こんな悪辣な方法を覚えちまって悲しいやら、複雑な心境だねぇ」

 

 レクターさんは笑い声を上げ、治まったら、複雑な表情を浮かべていた。

 

「さて、では私のシナリオにお付き合い頂けますか?」

 

 ハードは手を出した。この作戦に乗るか、反るか、問うている。

 レクターさんはその手を見て、驚いた表情を見せた後、笑ってその手を‥‥‥‥跳ね飛ばした。

 

「流石に、それだけは頂けねえな」

 

 レクターさんの表情は心底残念そうに首を振って否定した。

 

「‥‥理由を聞いても?」

「‥‥お前だったら何でダメか、良く分かっているだろう?」

「‥‥ええ、それでもあえてお聞きしてもいいですか。どうして、この考えはいけないのか、を?」

 

 ハードは食い下がった。それを見て、レクターさんは小さく溜息をついた。

 

「国家間のパワーバランス、いや信頼関係が崩れる様な言動はするべきじゃない。確かにお前が考えた様に事は動かすことは出来る。帝国内に各国の技術者を集める事は出来るだろう。‥‥だがな、その技術者を、消した場合、如何に取り繕っても、非は帝国にあるんだよ。今のお前がやろうとしているように、な」

「‥‥‥‥」

「お前が一番敏感に捉えていたことだろう、国家間の微妙な緊張状態、それを考えれば‥‥」

「もういいです」

 

 ハードはレクターさんの言葉に口を挟むと、背中のウクレレと腰を下げていた剣を抜き、ゆっくりとその場に置いて、RAMDAをレクターさんに渡した。

 

「おい、ハード! 話はまだ‥‥」

「もういい、と言いましたよ。それに貴方の言は聞くに堪えない」

 

 ハードはレクターさんの言葉に取り合おうとはしなかった。

 そして、ハードは所持していたモノを全てその場に置くと、その場を去ろうと歩き始めた。

 

「あ、おい!?」

 

 レクターさんが肩を掴んで引き留めた。

 引き留められたハードはその手を醒めた目で見ていた。

 

「‥‥なんです?」

 

 酷く不機嫌、いや、苛立った様な口調だった。

 

「お前、自分で聞いといてその態度は無いだろうが‥‥」

「はぁ‥‥最後まで聞かなくてもいいです、分かりましたので。レクターさんが言う通り、いや、言おうとした通りだと思いますよ。‥‥‥‥だけど、前提条件が違うんですよ」

「前提条件?」

 

 ハードの言った前提条件、という言葉にレクターさんは首を傾げていた。

 

「貴方の語ろうとしたのは、健全な国際情勢、国家間のパワーバランスが緊張状態だった場合の話だ。今の状況には当てはまらない」

「それは‥‥まあ、そうだろうな‥‥」

 

 ハードの言葉にレクターさんは否定の言葉を吐こうとしたが、否定しきれずに同意していた。

 

「今の状況、分かっていますよね? 帝国は他国の顔色を伺わなければならない状況ですか? 他国の力が必要な状況ですか? 違いますよね、要りませんよね。‥‥いや、むしろ国際情勢的には帝国に味方する国家はないでしょう。周辺国から見れば、帝国は是が非でも叩きたい敵対国ですよね」

「‥‥ああ、そうだな」

「クロスベル、ノーザンブリア、近年の強硬路線で国土を拡張させてきた帝国が今更周辺国の顔色を窺ってどうします。今更その程度の配慮をしたとしても、ただの弱腰にしか見られない。今すべきは周辺国に対して更なる強硬態度で譲歩、いや、屈服させるのが肝要です。それが出来なければ、反抗の牙が突き立てられるのは帝国の方です。徹底的に叩き、敵対国を一つでも多く潰しておくこと、それが将来の帝国の安寧に繋がるんです。それが分からない貴方ではないですよね?」

「っ!‥‥‥‥」

 

 ハードの言葉にレクターさんは苦虫を嚙み潰したよう表情で、口を噤んでいた。

 

「‥‥ああ、そうか」

 

 その表情を見て、ハードは何やら得心がいった、という表情を浮かべた。

 

「リベール、レミフェリア‥‥この二か国は特別ですものね、レクターさんにとっては‥‥」

「っ!?」

「潰すのが怖いですか、かつての学友がいらっしゃる国ですものね‥‥‥‥ハッ、くだらない!!」

「うっ!?」

 

 ハードはレクターさんの胸倉をつかんで持ち上げた。

 

「下らん干渉は捨てろ、レクター・アランドール。貴方は、もう戻れない。切り捨てたんだ、過去を。だからこそ、今がある。かつての学友? だからどうした! 今は敵だ、明確な敵なんですよ。ならばどうするか? 簡単ですよね、敵ならば‥‥倒すしかないんですよ! あなた一人の私情で、多くの人が巻き込まれるかもしれないんですよ。分かっていますか、()()()がいるから今はどうにかなっている。私にしろ、貴方にしろ、自由にやらせてもらっているのは()()()がいるからだ。だけど、この先に()()()はいなくなる。そうなったとき、その先は誰がやるんだ!!」

「ゲホゲホ‥‥」

 

 ハードはレクターさんを放した。

 苦しそうに膝を付いて、咳き込んでいるレクターさんをハードは見下ろしていた。

 

「この先、激動の時代がやってくる。帝国を中心に始まる激動の波だ。それは今を劇的に変えることになる。その波に帝国は()()()という、巨木の支え無しに耐えるが出来るのか? いや、やるしかないんですよ。この国の人間が、残された人間が考え、行動していかなければならないことです。誰がやるのか、そんなの貴方しかいないでしょう。無理を言っているのは重々承知しています。‥‥‥‥でも、それを成してもらわないと困るんですよ、少なくとも私にとっては」

「‥‥‥‥ハード」

「この先、貴方がやるしかないんですよ。この先について、察しがついている貴方にしか出来ないんですよ。この先は()()()も‥‥‥‥()()いないんですから」

 

 ハードの表情が酷く悲し気で、そして申し訳なさそうだった。

 この言葉の意味が今の俺には分からなかった。

 

「レクターさん、貴方の考えは正しいと思いますよ。少なくとも、私の考えは正しいことじゃないです。騙し討ちですからね、私の作戦は。でも、少なくとも私が見据える先にとっては、それが最善だと思えました。技術者、いや天才というモノは時代を変える存在です。エプスタイン博士しかり、三高弟しかり、国の技術水準を飛躍的に向上させてきました。だからこそ、消しておく必要があるんですよ。今更、ですけど、帝国の安寧のために、非道に身を落とそうとも、何としてでも、消さなければならないんです。それが出来なければ‥‥‥‥近い将来、帝国は共和国に負ける日が来ますよ」

 

 ハードの口調はレクターさんを慮っていることが受け取れた。

 だが、その言葉はまるでハードが近いうちにいなくなるように、俺には聞こえた。

 その言葉を最後に、ハードは背を向けて霊園を後する。

 その後ろ姿に、俺は、俺達は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時、俺がアイツに言葉をかけていれば、引き止めることが出来ていれば、もしかしたら、あんな未来は来なかったのかも知れない。

 俺は近い未来で後悔することになるなんて、今は思わなかった。

 

 side out

 




ありがとうございました。


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