秘密結社ごっこやってたら本当に秘密結社のボスに祭り上げられた話 (コンソメ)
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どうしてこうなった

気が付いたら、5歳の子供になっていた。正確には、5歳の誕生日を迎えた時点で前世の記憶が戻った。最初は戸惑ったものの、ああそうか、俺の前世はこんな感じだったのかっと存外簡単に受け入れることができた。なんだか、テレビですごく共感できる人間のドキュメンタリーを見終わった感じで、あくまで知識として前世の記憶を受け入れた。だからなのだろう。同じ過ちを繰り返してしまったのは。

 

 

 

 

 

この世界は文明レベル的には前世とほとんど同じレベルだ。ただ、あくまで文明レベルが同じくらいなだけであって、前の世界とは根本的に違う世界だ。いくつかの相違点が存在する。一番大きな相違点は、この世界には『異能』が存在するということだ。人口の約7割が何らかの『異能』を持った能力者なのだ。かくいう俺も能力者の一人である。ただ、使い勝手のいい異能ではない。

 

他に相違点を上げるとするならば、異能関連の仕事や法律が存在することだろう。異能犯罪を取り締まる組織や能力者しか入れない学校もあったりする。

 

発端は、5年前…11歳の時のある行動だった。あの頃の俺は無邪気だった。秘密基地や秘密結社にあこがれ、同じ孤児院の仲間とヒーローごっこをするような普通の少年だった。ちなみに、個人的にはヒーローよりも悪役の方が好きだった。

ただ、問題があった。どうやら何かを演じるのが得意だった俺は、友人と遊んでいるとき以外でもヒーローや悪役のまねごとをしていた。

 

まあ、何が言いたいかというとちょっと早めのいわゆる『中二病』を発症したのだ。

 

だが、これ自体はそんなに問題じゃない。黒歴史にはなるが、小学生…まだ傷は浅くて済む時期だ。

 

問題はあの時の自分の行動で、何の偶然か知らないが本当に秘密組織ができて、さらにそのリーダーに担ぎ上げられてしまったことだ。

 

本来は可愛い思い出で終わるはずだったことだ。だが、そうは問屋が卸さなかったらしい。

 

事件は、13歳の夏に起こった。ある日、アメリカ旅行から帰ってきた俺は孤児院にいないみんなを探すため、久しぶりに秘密基地に行った。そこで俺は絶句することになる。

そこには様変わりした秘密基地があった。みんなの小遣いで買った機材や要らなくなって処分されるものを貰って作り上げた、いかにも子供たちが遊びで作っただけの秘密基地はそこにはなかった。懐かしき秘密基地は跡形もなく、無慈悲に大改造され、今では立派なアジトだ。一体どこから、金を捻出したのかも、どうやって作ったのかも不明だ。

 

当時の俺は動揺しすぎて、「どうだい?今日からここが僕たちの新しい居場所だ」「ああ、俺たちが野望をかなえるための場所だ!」っという突っ込みどころしかないセリフに「あ、うん。期待以上の出来だ…」などとこれまた意味の分からないことを口走ってしまったのだ。

 

しかし、まだ中二病が抜けきっていなかった俺はあまりに完成度の高い秘密基地のロマンにあっさりと負け、高まったテンションのまま仲間たちと秘密組織ごっこ(・・・)に興じた。そう、ごっこだと思っていたのだ。時々やっていた会議も、異能を使ったちょっとした運動も、遊びだと思っていたのだ。

 

中二病を卒業し異変に気が付いた時には、遅かった。組織は着実に成長し、噂として俺らの組織名が出回るようになってしまった。

 

最初は10人しかいなかったメンバーも今では、20人を超える。しかも、さる情報によると、『異能犯罪対策特務室』……通称ECCOからマークされているらしい。

 

一体何でこうなったんだ!!!

 

困り果てた俺は、孤児院の院長であり今世の俺らの育ての親でもある大船 兵八郎に相談した。しかし帰ってきたのは「それが、紫苑の出した答えなら否定はしない」というさらにわけのわからない答えだった。しかも、その後院長は資金集めのためだとか何とか言って、生活費だけ残しどこかに出かけてしまって帰ってこない。

 

それからというもの、あいまいに誤魔化しながら暮らしている。幸い、メンバーは普段は普通に暮らしており、各々学校に行ったり、大学に行ったりしている。最近は、現実逃避で顔すら出していないのでよくは知らないが、たぶん活動を続けているのだろう。

 

ハァ~、憂鬱だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「欠席者もいるみたいだけど、定例会議を始めたいと思います」

 

円卓を囲み、5人の男女が座っている。

 

「今回は欠席が多いっスね~何かあったんっスか?」

 

「定例会議の出席率が悪いのはいつものことでしょ?それより、早く会議を進めてくれない?あたし寝不足なの!」

 

茶髪の少女の疑問をばっさり切り捨て、猫耳フードの少女が司会の青年を睨む。青年は、別段臆することなく少女の怒気をスルーして話を進める。

 

「氷雨、報告をお願いできるかな?」

 

司会の青年の視線が、黒い髪にバラ色のリボンをした少女に注がれる。

 

「はい、地下組織『ヴェクター』を先日大門さんが壊滅させ、残党はECCOが確保したとの情報が入りました。ただ、大門さん曰くまだ生き残りが潜伏しているらしく、そちらを追うのでしばらくは戻れないとのことです」

 

「ヴェクターって海外のマフィアもどきっスよね?何で日本に拠点を移してきたんでしたっけ?」

 

「例の新薬を探しに来ていたらしいですよ」

 

「ああ、あの都市伝説のことか」

 

氷雨の言葉に反応したのは、質問した少女ではなくいかにも神経質そうな顔をした少年だった。

 

「あら、インテリ眼鏡。あんたいたのね、気が付かなかったわ」

 

「ほう、随分と目が悪くなったようだ。スナイパーなんてやめたらどうだ?」

 

「はぁ?」

 

「………」

 

インテリ眼鏡と猫耳フードの少女の間に見えない火花が散りだしたのを見て、司会の青年が手を叩く。

 

「はい、そこまでにしてね。京香、早く会議を終わらせたいといったのは君だよ。必要以上に突っかからないでね」

 

司会の青年にイケメンスマイルでたしなめられ、京香は渋々といった感じで大人しく席に着いた。それに呼応するように、インテリ眼鏡少年もにらみつけるのをやめ、謝罪する。

 

「すまない、会議を続けてほしい」

 

「…これは確定事項ではないのですが、ボス(紫苑さん)の学校にECCOの犬が入るらしいです」

 

「まあ、別に問題ないんじゃないっスかね?よほどの使い手じゃない限り、先輩には傷一つ付けることすらできないっスからね~」

 

「それに関しては同感です。ただ、何の目的で入学するのかはわかっていないのは、良い状況とは言えません。最近、ECCOは我々を血眼になって探していますからね…」

 

「まあ、それとなく監視はしておくっスよ。ただ、自分中等部の生徒なんで高等部の生徒を常に監視することはできないっスよ」

 

「構いません。もしもの保険というだけです。くれぐれも紫苑さんから頼まれない限りは何もしないでください」

 

「もちろんっスよ~先輩の思考を読むなんて芸当、自分には無理なんで」

 

「報告は以上でいいかな?」

 

タイミングを見計らって、司会の青年が会話に入る。

 

「はい、報告は以上となります。質問のある方はいますか?」

 

「一ついいか?」

 

インテリ眼鏡と呼ばれた少年が眼鏡をクイっと押し上げながら、静かな声で氷雨に問いかける。

 

「はい、何でしょうか?」

 

「例の能力者はいまだに見つからないままか?」

 

「はい…まだ見つけられていません」

 

「紫苑はなんと?」

 

「紫苑さんはこちらから連絡しても、滅多に応じてくれませんから」

 

「…そうか」

 

「じゃあ、今日の会議は終わりで!解散!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

「失礼します、第一部隊所属の時雨です」

 

時雨は上司からの呼び出しに答え、部屋に入る。その部屋の一番奥に一人の女性が座って立派な机に肘をついていた。

「待っていたわ」

 

座る女性が時雨に微笑み掛ける。時雨はその机の前まで歩き寄り、欠伸を噛み殺し聞いた。

 

「何の用ですか?藤松隊長」

 

異能特務省。それは国内の異能者を統括し管理する組織である。似たような組織は世界中に存在している。しかし、実際のところ上の人間たちはお飾りの人間が多く、ほとんどの権限は実働部隊である『異能犯罪対策特務室』が所持している。その仕事は主に、国内の異能者の統括と異能犯罪の取り締まりだ。特務室はいくつかの部隊に分けられており、全五部隊だ。階級的には各部隊の隊長の上に、副室長、室長がいる。つまり、時雨の目の前にいるこの女性は特務室において三番目に権限を持った人間なのだ。

 

「あら?最近寝てないのかしら?」

 

「ええ、まあ」

 

 

ここ数日地下組織『ヴェクター』の調査でほとんど寝れていない時雨は、突然の呼び出しに機嫌を悪くしていたのだが、目の前の上司を見て機嫌を少し直した。夜空のように透き通った不思議な輝きを持つ黒髪。さらさらのロングヘア。曇りのない黒曜色の瞳。妖艶な唇。それらのパーツが全て揃った素晴らしい美女が、目の保養になったからだ。

 

「先日、第三部隊所属の藤沢海藤くんが『R』の構成員と交戦。負傷したうえ、敵を逃がしたわ」

 

「藤沢さんが負けたんですか!?」

 

時雨は、藤松の口から発せられた驚愕の事実に思わず食いついた。藤沢は第三のエースであり、特務室の中でもその実力は上位に食い込む。

 

「痛み分けといったところかしら。藤沢くんは右腕を粉砕骨折、他数か所を骨折したのに対し相手も少なくとも左腕は使い物にならない状態らしいから」

 

「…そもそも、どうして第三の藤沢さんが『R』の構成員と戦闘になったんですか?『R』の調査は我々第一と第二の氷川の管轄のはずでは?」

 

「彼らが『R』の構成員と交戦したのは単なる偶然でしょう。向こうにしても予想外だったはずよ?あなたは、『R』の用心深さをよく知っているでしょう?そう簡単に尻尾を掴ませてはくれない」

 

そう、時雨はそのことをよく知っていた。2年間もの間『R』を追い続けているのだ。何百人もの人間があの組織を追い、敗れていった。確認できている構成員は7人。全体の構成人数は不明。目的も不明。分かっていることといえば、構成員は何かしらの面をかぶっていること。尋常ではない練度を誇っていること…そして、裏社会においてかなり警戒され、恐れられていることだけだ。

 

「君と氷川さんが『R』のボスらしき人物と交戦して以来、あの組織に執着しているのは分かるけど、我々の目的は日本の能力者の統括、そして治安の維持なの」

 

「ま、待ってください!」

 

何を言われようとしているのか敏感に察した時雨は、声を荒げ遮ろうとする。

 

「『R』の捜査は大幅に人数を削減して行うことが決定したわ。時雨隊員、君はまだ16歳。優れた才を認められ特例で、ここにいるものの本来は高校生であることを忘れてはいけない。少し働き過ぎだと判断するわ。休む必要がある」

 

「待ってください!自分はまだやれます!」

 

「さっき、寝てないのだと自分で言っていたじゃない?」

 

 

時雨は臍を噛む。この展開を読んでいたからこそ、藤松は自分にそんな質問をしたのだと気づいたからだ。

 

「……自分は藤沢さんのように負けたりしません」

 

「驕りが過ぎるぞ、少年」

 

なおも食って掛かる時雨に、藤松は物腰柔らかな口調から一転、厳しい口調に変え時雨を諫めた。決して、怒鳴ったわけでもない。声が通ったわけでもない。しかし、明確に言葉に含まれた圧を感じ取り、時雨は一瞬ひるんでしまった。

 

「……」

 

「弁えなさい、時雨隊員。子供に危険な任務を課している今の制度がそもそも間違っているの。学生は学生らしく、学校に行くこと。いいわね?」

 

「……それが命令でなんでしたら」

 

渋々といった様子で時雨は頷く。

 

「よろしい、時期が来たらまた呼び戻します。それまでは大人しくしていること。あなたの特務室の一員としての権限はなくなってはいないけど、乱用はしないこと。良いですね?」

 

「はい…」

 

 

 

 

 

 

 

肺が上下に掻き回される。

空気が喉の隙間につまり、脳みそから酸素を奪っていく。頬の表面に、熱が集まり恐怖にも似た感情がじわりじわりと足の裏を蝕んでいる。

唇に食い込んだ犬歯の跡。そこに残るじくじくとした感覚を反芻しながら、俺はただひたすらに屋上へ向かう。

早朝ということもあり、人気のない廊下に、靴の底が擦れる音が響く。階段を上り屋上へ続く扉を開く。まだ外は薄暗い。

俺は僅かに目を細めて、内に溜まった感情を吐き出すかのように、屋上の壁を蹴りつけた。

 

「クソ!!!」

 

目をつむっても思い出せる。2年前のあれを、忘れられるわけがない。

 

燃え盛る炎の中、積み重ねっている何人もの死体の山。その中に立つ一人の仮面の少年。年は同じくらいに見えた。奴の全身は血にまみれており、狐の面は血を滴らせながら炎に照らされていた。体温が失われていく姉を抱えながら、俺は必死に吠える。

 

「お前が!お前が姉さんを…みんなを殺したのか!?」

 

「………姉の思いは汲んでやるべきだ。今のお前には何もできないし、何も救えないのだから」

 

奴はそう言い残し、俺の目の前から消えた。あの時の言葉、今ならわかる。あいつはこう言いたかったんだ。

 

『姉の願いだからお前は生かしておいてやる』っと。

 

 

 

「泣かないで…しぐれ」

 

か細い声で言葉を紡ぐ姉さんに必死に声をかける。

 

「だ、大丈夫だ!すぐに治療する。もうすぐ、警察も救急車も、ECCOも来る。だからがんばって、姉さん!!!」

 

「わたし・・・私はもう……ダメ、だから」

 

「何言ってるんだよ!!!」

 

声が震える。

 

「しぐれには………普通に生きてほしいの…。だから…」

 

「姉さん!」

 

「何もしてあげられなくてごめんね…。お母さんたちにもごめんねって伝えておいてほしいの」

 

炎の赤い光に照らされてなお姉さんの体は青白い。

 

「もうしゃべるな!!!」

 

「せめて………しぐれにはこれを…」

 

なおもしゃべるのをやめない姉さん。もう限界なのはみてわかる。頭では分かっていた。だけど

 

「受け…とって」

 

姉さんは俺の腕にかみつく。それはもう、甘噛みなんてレベルのものではなく血が噴き出すぐらい思い切りだ。痛みに顔をしかめ困惑する俺を置いて、状況はめまぐるしく変化する。淡くあたたかな光る球体が姉さんの中から飛び出し、俺の中に入ってくる。一瞬の苦しさと、不思議な安心感に包まれ、俺は意識を手放した。

 

記憶に残っているのはここまで。救助隊の話では、炎はなぜか沈下し建物は今にも倒壊しそうな状態だったが、不自然に保たれていたらしい。

 

後に俺は、ECCOの職員に『R』のリーダーと思われる男が自分の見た仮面の少年だと聞かされた。姉さんが所属していたこともあり俺は姉さんと同じ『未成年特別処置法』でECCOに入り、今に至る。

 

 

あの男は必ず俺が捕まえるんだ!

 

 

 

 

 

 



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3話

忙しすぎてぜんぜん更新できませんが、エタる予定は今のところないです


夜10時半。この時間帯になってもこの街は騒がしい。俺が住んでいる場所から少し離れた都心の象徴のような街は夜のない街と呼ばれている。夜の時間帯こそがもっとも活気のある騒がしい時間帯だからだ。昼間に活気がないわけではない。昼間は夜に比べれば比較的穏やかで静かだが、東側と南側は会社や学校やショッピングモールがあり活気に溢れている。しかし、夜の活気はベクトルが違う。この街の闇が顔を覗かせる。駅の方はまだいいが、奥に入るにつれ空気が危うい。

 

その象徴ともいえる場面に俺は今まさに出会っていた。

 

 

 

 

「一緒に来てもらおう。手荒な真似はしたくない」

 

「イヤっ、離してください!」

 

「チッ、静かにしろ!」

 

サングラスの男たちが一人の少女を壁に押さえ込もうとしている。少女が必死に抵抗しようとするが、逃れられない。恐らくは身体強化の能力。男は拳銃を取り出し、少女の目前に突きつける。

 

少女的には絶体絶命だろう。しかし、どういう状況だろう。もしあの拳銃が本物で実弾を装填しているとなると彼らは一般人ではないのだろう。まあ、それ自体は問題ではない。ここはそういったやつらがいる場所でもあるし、あの秘密基地ごっこのせいでマジ物のやつらに会うことも何回かあった。ただ、不自然なのは少女の格好だ。見間違いでないのなら、確実にうちの学校の制服だ。

 

普通に暮らしていれば、こんな状況には陥らないだろう。…まあ、でも事情を知らない俺が何かするのはあまりよろしくない。

 

「っ、誰だ!」

 

なんて考えているうちにばれてしまった。

 

「た、助けて!」

 

「あー……」

 

必死に助けを求める少女。そういえば一度、見たことがある。白い髪、しなやかな四肢、整った顔立ち。確か、特待生の一人だったな。かなり美少女だったから、噂になっていたはずだ。

 

「チッ…目撃者だ。消せ」

 

「了解」

 

ガタイのいいほうの男が、細身の男に言われて拳銃を構える。

 

「まあ、そうなるよな」

 

咄嗟に近くの電柱の裏に隠れる。

パァン!という発砲音と共に電柱に弾丸が着弾し電柱がはじける。

 

通常、能力者は普通の人間よりも体が頑丈にできており、拳銃程度なら当たっても死にはしない。そして身体能力と頑丈さは能力強度の上昇に比例する。つまり能力者として高みにいればいるほど身体能力も体の強度も上がる。ちなみに俺以外の孤児院組は何処のびっくり人間だというぐらいに丈夫だ。たとえ、拳銃の銃弾を眉間に当てられてもケロリとしているだろう。普通は脳震盪で気絶する。まあ、何が言いたいかというと怖いものは怖いので帰りたいということだ。

 

「チッ、らちが明かないな!」

 

ガタイのいい男が、拳銃で牽制しながら近づいてくる。流石にまずいので、移動しようと試みるが時すでに遅く、俺が間合いに入った瞬間、バタフライナイフで俺を切りつけてきた。

 

ヒュン!!

 

そんな風を切る音と共に俺の顔へと迫る。危ねぇぇぇぇー。首を動かして間一髪……何とかかわした。髪を掠めちゃったじゃねえか!!!我ながらよく今の攻撃躱せたな……いや落ち着け。表情に出すな。いつも通り困ったときはポーカーフェイスだ。大丈夫だ、孤児院のびっくり人間と比べれば、全然遅い。

 

耳元で唸りを上げて風が吹き抜けた。繰り出された右ハイキックは虚空を打ち抜き、通り過ぎる。ガタイがいいわりに俊敏な動きをするもんだ。

 

「クソッ、何で当たらねえ!?」

 

間一髪で攻撃を躱し、内心ではビビりまくっている俺に対して、相手も焦りを感じてきたようだ。攻撃が単調になってきている。確かに長期化すればするほど、不利になるのは奴らだ。できればもっと焦ってほしい。思い出せ…俺の大好きな悪役ならこんな時なんていう?

 

「…こんなものか?威勢だけは立派だな」

 

「な、なめてんじゃねえぞッ!」

 

振りかぶった腕が赤く発光する。

 

「オラッ!!!!!」

 

先ほどとは比べ物にならない威力の拳がアスファルトを粉砕する。

 

「やっぱり、能力者か」

 

「逃がすかぁッ!」

 

突進してくる男を避けようと膝を曲げた瞬間、何かを踏んだ感触と共に視界がぐるんッと回転する。気が付けば、泡を吹いて足元に男が転がっている男の上に俺が立っていた。………どういう状況だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

私は驚きで開いた口をふさぐことができなかった。視線の先には、自分と同い年くらいの少年と狂暴そうな男が戦っている。男の屈強な体から繰り出されるラッシュを全て最小限の動きで避け続ける。少年は眉一つ動かすことなく終始相手を見下したかのような顔で、避け続ける。そんな光景が、先程から幾度も繰り返されている。

 

訳も分からず男たちに追われ追い詰められ、もうダメかと思ったところに飄々と現れた少年。正直、助けを求めてから後悔した。何の関係のない人を巻き込んでしまったからだ。隙を見て逃げてくれることだけを祈っていた。だけど、結果はどうだ。彼は一度たりとも攻撃を受けることなく制圧してしまった。それは、学校の先生が組み手で見せるどの動きよりも洗練された動きに見えた。

 

「これは予想外だな……身体能力以外は全く取り柄のない男だが、こうもあっさりと制圧されるとはな。鮮やかな二連撃だ。蹴り上げた空き缶を囮に、バク中気味で顎を蹴り上げ、上から踏みつける。加えて能力も使っていた様子もない、もはや遊んでいるようにも見えた……とても、素人技ではないな。お前、何者だ。お前の狙いもこの女か?」

 

私を人質のようにしながら、細身の男が低い声で問いかける。聞いているだけで、足が震える恐ろしい声だ。

 

「お前の狙いは本当にその女なのか?」

 

「何?」

 

「お前が欲しいのはもっと別のものなんじゃないかなと思ってな」

 

「ッ…死ね」

 

瞬間凄まじい熱が私の頬をなでた。私の顔の横を通り抜け、無数の炎の弾丸が彼に迫る。

 

「よけてぇ!!!」

 

咄嗟に声を上げるが、彼は動かない。誰か…彼を助けて!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだかよく分からない状況だ…炎の弾丸をみて使()()()()()()()()なと思っていたところで白い光が視界を覆いつくし、気が付けば少女を人質に取っていた男は倒れ、少女も気絶している。…俺の処理能力を超えている気がする。こういうとんでもない事態にはとんでもない人間を頼るに限る。というか、この問題を放置しておくとろくなことにならないと俺の勘が叫んでる。

 

「久しぶりに会いに行くかね…あいつらに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4話

あけましておめでとうございます


やや微妙に倦怠感が残る目覚めだった。

 

「やっと起きたか、初めまして。若菜莉乃」

 

「え!?」

 

莉乃は恐怖と混乱を混ぜ合わせたような表情をした。自分の名前を知らない人間が知っていたのだ。恐怖と言えば恐怖だろう。

 

「すまない、自己紹介が遅れた。私のことはそうだな…笹山とよんでくれ」

 

明らかに、偽名である名前に自分だけが置いてきぼりを食っている状況、莉乃の困惑は深まるばかりだ。寝起きの頭で莉乃がこの事態を処理できるはずもなく、唯一出来たのは無言で相手を見つめることだけだった。

 

体躯はすらりとした長身で、髪型はセンター分けの直毛黒髪。特徴的なのはその眼鏡だろう。眼鏡が神経質そうな顔にあいまって、難しそうな感じを受ける。

 

「君のことは調べさせてもらった。紫苑が連れてきたとはいえ、部外者を招き入れるわけだからな。若菜莉乃。聖燐学園の高校2年生。親はカメラマンと音楽家。仕事柄家にいることが少なく、何か月も家に帰って来ないことも珍しくない。経歴的には目立ったことはなく、一般人と推測。能力は『能力解析(アナライズ)』」

 

「な、なんで………」

 

莉乃は絶句したまま声が出せなかった。背中をつららで撫でられたような感覚が莉乃の全身を襲った。そんな彼女を差し置いて淡々としゃべる笹山という男は普通では分かりえない情報を詰まることなく話していく。

 

「ここまでは我々が調べれば簡単にわかった。だが、分からないのは君が狙われた理由だ。紫苑は何かしら知っていそうな雰囲気だったが、君は心当たりがないのか?」

 

「ヒッ………」

 

莉乃は恐怖のあまり思わず、持っていた布団で視界を覆い隠す。目をギュッと瞑り肩を震わせている。そんな莉乃に救世主が現れた。

 

「笹山さん、いきなり連れてこられて知らない場所で知らない男と二人の状況で冷静になれる女の子はいませんよ」

 

聞き覚えのない女性の声に驚きつつも、莉乃は恐る恐るといった感じで布団から視線を出す。

 

 

 

押し出し式のドアを開けて入ってきたのは、莉乃と同年代位の少女だった。

 

「状況が整理できていないか…失礼。少し急き過ぎていたらしい。状況を共有しておこう」

 

「君は暴漢たちに襲われた。危機一髪のところで、紫苑に助けられた。ここまでは君の認識と同じだな?」

 

「は、はい…」

 

笹山の言動に委縮する莉乃を見かねてか、先ほど入ってきた少女が助け船を出した。

 

「笹山さん、年下をいじめる様な真似はやめてください」

 

「む?別にそんなつもりはないのだが…」

 

「威圧感があるんですよ。ただでさえ目つきが悪いんですから笑顔の一つでも浮かべてください。そんな不愛想だからインテリヤクザとか呼ばれるんですよ。スーツに金時計って狙ってるんですか?何を目指してるんですか?」

 

「ぐッ!………別に威圧したつもりは」

 

「ここからは私が説明するので、少し黙っててください」

 

少女の容赦のない言葉に撃墜された笹山は座っていたパイプ椅子を畳み莉乃から最も離れた場所に再度椅子を開いて座った。それを見届けてからベットから体を起こしている莉乃と視線を合わせるように、同じくベットに座り話し出した。

 

「とりあえず、自己紹介から始めましょう。私は氷雨と言います。どうぞ気軽に呼んでください」

 

「は、初めまして」

 

莉乃は、先ほどの笹山との会話が嘘のように穏やかに自己紹介をする目の前の少女に面食らいながらもなんとか挨拶を返す。

 

(わぁ…きれいな人。モデルですって言われても違和感ないくらいだ…)

 

「では、莉乃さん。話を続けますけど、紫苑さんに助けられた後にあなたはここに運ばれてきたんですよ」

 

「えっと、それで、ここってどこなんですか?」

 

段々と落ち着いてきたのか莉乃はずっと気になっていることを聞いた。

 

「それをお教えする前にお聞きしておかなければならないことがあるのです。…暴漢に襲われるまでの詳しい経緯をお聞かせ願えますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今タワマンの30階から夜景を見下ろしている。完全な円となった白い月が目の前に浮かんでいる。車のヘッドライトが鮮やかな川の流れとなって、街から街へと流れていた。様々な音がまじりあったやわらかなうなりが、まるで雲みたいぼおっと街の上に浮かんでいる。一言でいえば絶景だ。コーヒー片手に街並みを見下ろしていると先ほどまでの出来事が嘘のようだ。なぜこんな場所にいるか?ここがあの場所から一番近くかつ安全な場所だったからだ。

 

30階建てのマンション―――その一室。絶対に学生が一人で暮らせるような場所ではない。誰もがそんな感想を抱くようなこのマンションに住んでいるのだ。あの男は。

 

「いきなり、連絡してくるとはな。驚いたぞ」

 

黒髪長身眼鏡。そして顔の良さをすべて打ち消すほどの目つきの悪さ。この男こそがこの家の家主にして、孤児院時代からの仲間である時久だ。

 

あの後すぐに俺は氷雨に連絡を取った。警察に行くとややこしくなりそうだったので、何とかしてくれそうかつ一番まともそうな氷雨に連絡をしたのだ。ワンコール目で電話に出た氷雨は、近くに時久の家があるから現場の処理は任せて先に行っていてくれと言い残し電話を切ってしまったので、言われた通りに時久の家に出向き今に至るというわけだ。

 

いや、大変だった。気絶した彼女を背負いながら、人目につかないようにここまで運んでくるのは修羅場だった。裏路地を使い、防犯カメラを潜り抜け、悪友に教えられたあらゆる裏道を駆使してここまでたどり着いたのだ。

 

「悪いな、事情も説明せずに上がらせてもらって」

 

「それについては問題ない。だいたいの事情は氷雨から連絡を受けている。断片的な情報だが、何が起こったのかは推測できる」

 

「マジか!?それはすごいな」

 

昔から頭がいいやつだったがここまでとは!

 

「フッ、私は考えることが専門の頭脳派だからな!この程度のことなら造作もない」

 

 

「おお!」

 

眼鏡をクイッと挙げながら不敵に笑う彼を少し格好よく見える。

 

「一応彼女も候補者の中にはいたもののまさか、本当に彼女があの能力に目覚めるとは!」

 

………あの能力?時久は何を言ってるんだ?

 

「しかし、流石だな。暴漢を使い、彼女を精神的に追い詰め能力を無理やり開花させる。実に鮮やかな手際だ!」

 

「え、いや…」

 

「氷雨の話だと奴らは『ヴェクター』の残党らしいが、奴らも自分たちが利用されているとはついぞ思わなかっただろうな。憐れな奴らだ」

 

「いや、だから…」

 

「頭脳戦においては紫苑にも遅れは取らないつもりだったが、今回は一本取られたようだ。もう少しで、氷雨も来るらしい。積もる話もあるだろうが、今は休んでいてくれ。彼女の様子は俺が見ておこう。調べたいこともあるのでな」

 

そう言って、時久は向こうの部屋に消えていった。

 

話を聞けよ!!!!ていうか『ヴェクター』ってなんだよ!お菓子の名前か!?憐れなのは何の事情も分からずに放り出されてる俺だろ!!!!

 

「……コーヒーでも飲むか…」

 

予想外のことだらけで疲れ切った頭を冷やすために俺は、再度冷え切ったコーヒーを口にしてソファーに座り夜景を見下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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