貪り喰らうは薪の王 (カチカチチーズ)
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貪り喰らうは薪の王



 ようやく書き終わった。
 当作は作者の書いているダークソウル×オーバーロードのクロスオーバー作品『UNDEAD』の慣れを戻す為と暴走する持病によって書かれました。
 ああ、そうだよ、チーズ転生だよ。



───ぐじゅり、ぐじゅり

 

 

 そんな湿った音が辺りに響く。

 それは聴く者の背筋を伸ばさせ、怖気立つようにおぞましい寒気する音であった。少なくとも、普通に生きている限りではこの様な音を聴くことなどまずないだろうと思わせるほどに恐ろしい音。事実、この音はマトモではない。

 湿った音が鳴るのはとある屋敷のとある一室。

 如何に夜空に浮かぶ月が西へと傾き始めているとはいえ、屋敷であるならば夜警でもしている衛士か侍女が部屋の前を通るかもしれない。少なくとも部屋の前を通った時にこの様な物音が聴こえてくれば何かあったと考えるのは当然の帰結である。

 

 

───ぐじゅり、ぐじゅり

 

 

 だが、残念ながらそんな未来は何処にも転がっていない。

 部屋の外にあるのは深夜であるが故の静寂のみだから。音はただ、ただ、部屋の中だけで完結していた。

 例えどれほど、おぞましい何かがあろうとも、間に合わぬ悲劇が起きようとも、誰も、何も、気がつけない。

 

 

───ぐじゅり、ぐじゅり

 

 

 では、いったい何が部屋の中で起きているのか?

 部屋の中は調度品とテーブルや簡易的な茶器が置かれており、何も不可思議なものは感じられない。少なくとも音が響いているのはこの部屋ではなくその先、この部屋の持ち主の寝室なのだろう。

 寝室を覗いてみればそこは女性の寝室らしい光景が広がっており、カーテンの隙間から月明かりが寝室を照らしていた。

 

 何もおかしな所はない。

 

 

───ぐじゅり、ぐじゅり

 

 

 無論、それはあくまでそこだけを見れば、なのだが。

 寝室の寝台───そこを中心としてこの部屋にはおぞましい光景が広がっていた。それは汚濁だ。

 血の気混じった紫や黒、骨の白が見え隠れする腐肉。それらがまるで意思でも持っているかのように蠢いている。これがほんの少しだけならばまだ良かっただろう───いや、腐肉が広がっていることに何も良かったことなどないのだが───腐肉はまだ五歳ほどの子供が足を踏み入れればそのまま引きずり込みかねないほどの量で広がっており、その中心である寝台に関してはもはや大の大人と変わらないほどの腐肉の塊が鎮座していた。

 

 

「ぅ……あ……ぅあ……」

 

 

 湿った音が腐肉の塊から響く中、時折その塊よりか細い声のようなものが漏れ聞こえる。

 よくよく腐肉の塊を覗いてれば腐肉からは白い肌の華奢な肘先が伸びており、痙攣するように動きながらその度に腐肉からは声が聴こえる。もしもこの場の状況を誰かが見ればその腕がこの部屋の主のものである事を理解するのだろう。

 そして、その次に彼女がこのおぞましい腐肉の塊に取り込まれていってる事を理解し恐怖し解放しようと動くのであろうが…………残念ながら、誰もこの部屋には来ない。

 彼女のこの無惨な凌辱される姿を見る者など誰も─────

 

 

 

「なかなか強情だ。だが、早く楽になった方がいい貴公とて喰われたくはないだろう?」

 

 

 一人いた。

 暗銀の髪に白い肌、黒地に金の刺繍のされた貴族や王族ですら手の届かないような美しい衣服に身を包んだ存在。とりわけ目を引くのはその頭に被っているものか。何か角の生えた生き物の頭を模しているのか、それともまた別のモノを模しているのか、金色の長細い五本の角のようなモノが伸びた兜と言うべき王冠を戴く男らしき者がその上半身を腐肉から出しながら不敵に甘く抵抗する彼女へと囁いていた。

 

 

「わ.......た、しは.............あの人の、為に.......」

 

 

 腐肉から顔が出され、口から腐肉が溢れ落ちていくのを感じているのかそれとも理解出来ていないのか彼女は言葉を紡いでいく。

 それは彼女の意思の強さの現れなのだろう。慕う誰かの為にも決してこの目の前の男に従う事を拒絶する。

 

 

「いや、違う。貴公の役目は『私に従う』事だ」

 

「ぁ.......!?」

 

 

 強い力を内包した言霊が彼女の耳元で囁かれると同時に彼女の開いた口の中に腐肉が流れ込んでいく。

 その瞳から光が失われていきながら、彼女はそのまま腐肉へと引きずり込まれていき、ついには飛び出ていた腕までもが腐肉に呑まれた。

 そんなおぞましい光景を見送った男は妖しい笑みを浮かべながら、窓から覗く美しい月を見ながらこの世界にやってきた時の事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気DMMOーRPG『ユグドラシル』

 ユグドラシルとは西暦2126年日本のメーカーが満を持して発売した、仮想世界内で現実にいるかのように遊べる体感型ゲームである。

 数多存在するDMMO-RPGの中でも燦然と輝くタイトルとして知られているゲームであり、日本国内においてDMMO-RPGといえばユグドラシルを指すとまで言われる評価を受けていた。────以下略。

 

 最初に言っておこう、俺は転生者だ。

 前世という名の楽園から哀れにもこの現世という地獄に転生してしまったなんとも哀れな.......いや、ほんと哀れだよ。

 わかる?だってさ、前世じゃあ普通に外とか出て駆け回れたりしてたんだよ?だけど今世じゃあそんなん無理無理。家の外は大気が半ば毒化してるようなもんだから、マスクとか酸素ボンベ的なモノとか持って出ないといけないし、そういうもん付けてたら駆け回るなんて出来ないし、社会なんかもう世紀末だし.............ほんとろくなもんじゃないって。

 ガス代、水道費、電気代、これに加えて酸素ボンベとかそういう諸々にかかる生活費も前世に比べたらマトモじゃあない。特に水道費なんかはもう色々駄目だ。何せ、一年でかかる生活費の内水道費以外の合計とほぼ同じぐらいかかるんだよ水道費.............嗚呼、なんで転生させたんだこの世界に.......そりゃあテロも起きますよ。

 それに政府なんてものは形骸化してあるのは企業ども富裕層.............ORCAでも出てきてくれませんかねぇ.............ともかく、そいつらが甘い汁を啜りながらのうのうと生きている.......アレらの犠牲になった奴もそれなりにいるだろう。.......まあ、俺には何も出来ないから仕方ないんだが。

 

 

「.......はぁ、クソッタレ.............フロムやりてぇ」

 

 

 粗雑にチェアに腰掛けながら俺は珈琲を呑む。無論、自然環境をぶっ壊した人間に珈琲豆なんてものを自然は与えてくれる訳もなく、あくまで呑むのは珈琲という名の別の何か。

 今世の人間からすれば、これが珈琲なわけであるが本物の珈琲を呑んだことのある俺からすればこんなものは珈琲じゃあない。

 いや、そんなものはどうでもいいんだよ。食べ物も前世に比べたらほんとに酷いものだが、それ以上に俺の心を折りに来るものがある。

 

 

 

 この世界、フロム潰されてるんだよ!!!!

 

 

 正確に言えば、フロムっていう会社は昔あったらしいんだがその会社が何を作っていたのかだけが分からない。それを知った俺は理解したね。

 フロムゲー、消されたんか.......!!

 いやまあ、もしもこの時代に残ってたら下手すると啓蒙された活動家とか生まれたりするかもしれないし.......生まれるか?いや流石に生まれないだろ.............ORCAはよ。

 

 

「フロムが出来ないなら、どうするか.......そりゃあこっちだよなぁ」

 

 

 ユグドラシルしかない。

 この世界に転生してから色々と大変ではあったが、なんやかんやで就職出来た俺にある日転機が訪れた。それは最初の方でも言ったDMMOーRPG『ユグドラシル』の発売だ。

 この世界の環境とそのゲームからこの世界がオーバーロードの世界だと理解した俺はもうアレだよね、何とかして異世界に転移するしかないって考えたよね。

 で、俺はとりあえず異形種でユグドラシルを始めることにした。まだ始めた頃はそこまで異形種狩りも無くて課金しつつそれなりに楽しくやってた。え?種族は何にしたのか?あの時はダイスで決めたな.............こう、どんなキャラでロールプレイしようかなぁって。

 その結果は────

 

 

「うへぇ、最終日だからか知らねぇけど何時もより遅いな.......いや、別にいいけども」

 

 

 文句を垂れながらログインをすれば、次に映るものは殺風景な自室などではなく、黒曜石の輝きを放っている巨大な円卓を中心とした円卓の間。

 四十二もある豪華な椅子のうちの一つに腰掛けながら.......腰掛けながら?乗っかりながら正しいのだろうな、ともかく乗っかりながら俺はとりあえずチャットを打っておく。

 

 

「モモンガさんおりゃんし、ヘロヘロさんもおりゃん.............」

 

 

 ログインしたのが遅かったのだろうか。ログを見てみれば数分ほど前にヘロヘロさんがログアウトしているようでモモンガさんはこの円卓の間には既にいなかった。ここまで言えばわかると思うだろうが、俺は無事にこの『オーバーロード』の物語の中心であるナザリックもといギルド『アインズ・ウール・ゴウン』へと入ることができた。

 どうやって入ったのかと言うと.......まぁ、うん、ちょっとね?ウルベルトさんからの紹介で入ることになったんだよ。詳細は伏せさせてもらうけど。

 さて、俺の経緯は置いといて、今日はユグドラシルのサービス終了日だ。つまるところ原作開始の日でもある。このままモモンガさんのいるだろう玉座の間に行ってもいいんだが.............それだと、なんだか味気ないんだよなぁ.......どうしよ。

 時間を見てもまだ終了まで時間はある事だし.......

 

 

「うーん、まあ、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンあるしなぁ……NPCでも見に行くか」

 

 

 一先ず誰から行こうか……流石に全員は見に行けんしな………………イルシールに行くか。

 俺は席を降りてからリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備して転移する場所を指定する。そうすれば次の瞬間に再び俺の視界は変化する。

 円卓の間から変化したのは雪国の城下とも言うべき場所。

 ナザリック地下大墳墓・第五階層『氷河』の外れに存在する雪国の城下街その名を『イルシール』。主に俺主導で作成したこの領域には俺が造ったNPCが領域守護者を任せている。

 聡い者ならここらで俺が誰をイメージしてるのか分かるかもしれないがまあ、それはそれ。今は置いておかせてもらうとしよう。

 

 

「わざわざ奴隷系モンスターを配置したり、したなぁ」

 

 

 イルシールを進みながら俺はここを造った時のことをしみじみと思い出していく。あの時はタブラさんやプラネットさんと一緒に色々話し込んだなぁ……どんな景色がいいか、とかどういう配置をしたらいいか、とか……いやはや懐かしい懐かしい。

 そう思い出しながらイルシールを進んでいけばいつの間にか、大聖堂へと辿り着いた。

 そこはなんと言えばいいのだろうか、少なくとも語彙のない俺には説明が難しい……が、昔の聖堂等々のデータを引っ張ってきて記憶にあるイルシールに似せながら造った為にこうなんというか圧倒されるような内装だ。並べられた長椅子の間をゆったりと進んでいけば、奥に立つ一体のNPC。

 白地に金の刺繍を施した厳かな衣服に身を包む長駆の者。顔はフルフェイスの兜のようなモノで包まれ、その頭上には王冠が乗せられている。彼こそがこの『イルシール』の領域守護者。

 

 

「やぁ、サリヴァーン」

 

 

 俺の言葉に反応したのか、ゆったりとサリヴァーンがこちらへと振り返る。その際に腰に下げている二振りの大剣が揺れる。

 そうだ、そんなのも作ったな。神器級武器の『裁きの大剣』と『罪の大剣』だ。元々は『罪の大剣』は神器級武器じゃなかったんだが素材とかも余って来たから神器級武器に作り直したんだったな。

 サリヴァーンの周りを軽く回りながらサリヴァーンの作り込みを見つつ、コレがもうすぐ意思をもって動く事を考えるととても楽しみになってくる。まあ、流石にフレーバーテキストでナザリックとアインズ・ウール・ゴウンへ向ける思考には制限をかけさせてもらってるけども。ちなみにウルベルトさんのデミウルゴス、タブラさんのアルベド、モモンガさんのパンドラズ・アクター同様知恵者設定である。当たり前だよな法王だもの。

 ちなみにこのサリヴァーン以外にもNPCは二体ほど手がけている。あ、踊り子ではないよ?

 

 

「と、そろそろ他の場所に行かなくては……次は誰のところに行こうか」

 

 

 マグダネルの所かそれともヨルシカの所か、ああどうしようか。

 正直ヨルシカが動くのはとてもウキウキするんだが、マグダネル……マグダネル……お前どうなるの???

 俺の記憶ではお前、貯水槽の端っこで座って死んでたイメージしかないんだけども.............まあ、いいか。

 

 

「つか、いま何時─────」

 

 

 

───どちゃりッ

 

 

 俺は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは唐突にそこへと落ちてきた。

 空には月が輝き、既に寝ているのか静まり返った街、そんな街中にそれは現れたのだ。

 大きさとしては成人男性の鳩尾程の高さがある巨大な塊。血が混じったような紫色と汚泥地味た黒色に消化されなかった骨の白色の腐肉塊。到底理解出来ないような奇々怪々な存在はまるでこの現状に驚いているかのようにまるで蛇が鎌首をもたげるかのように蠢いて持ち上げた頭部らしき部位を左右に動かしている。

 これが手のひらサイズほどの肉塊ならば愛玩動物ぐらいの愛嬌もあったかもしれない。だがしかし、このサイズは流石に醜悪それとも恐ろしい.......おぞましいとしか言えないだろう。

 しばらく収縮と膨張をその場で繰り返していると、腐肉塊は大きく蠢き始めた。

 おぞましい肉音を静かに響かせながら、その身体を蠢かして頭部らしき場所から何かを出し始めた。太い棒のようなもの、いやそれは棒きれではない、それは腕だ。まず二本の腕が伸びてまるで這い出るかのように軽く腐肉塊を抑えながら動いていき頭を身体を、腐肉塊より引きずり出していく。

 時間をかけて這い出てきた人型は最後に腐肉塊を足下から服の中へと引きずり込んでいき完全に腐肉塊をその場から消してから軽く身体を動かし始めた。

 

 

「お”お”お”お”お”.......肩痛.......」

 

 

 五本の角のようなモノを伸ばした鼻から上を隠すような形の金の王冠をつけた暗銀の髪に白い肌と細い腕、そして黒地に禁刺繍を施したローブの様な衣服に身を包んだ人。服の上から分かる程度ではあるが彼が男であるのが理解出来る。

 まるで凝りを解すかのように身体を動かす男は頭に被っている金の王冠を外してから虚空に消して首を捻る。

 

 

「さて、ここは何処だ。いや、別に指輪あるからすぐにナザリックに帰還できるから気にしなくてもいいんだが.............いや、まずは散策か」

 

 

 男の名はエルドリッチ。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に所属するプレイヤーである。

 彼はこの世界、『オーバーロード』という作品が基となった世界に転生してきた存在で俯瞰的に見れば彼はこの世界における異物となる存在なのだろうが残念ながらこの世界はあくまで彼が入り込んだが故に派生した世界線である為にもはや異物という言葉は当てはまらなくなっている。

 さて、彼はユグドラシルにおいて前世で信仰していた作品───今世では悲しい事にそっちはそもそも存在していなかった───のキャラをロールプレイしていた。そのキャラの名は『薪の王エルドリッチ』人を喰らい続けた果てに火を継ぎ、その後に神を喰らった王の一人である。

 この転移後の世界においてユグドラシルから持ってきたものはそのフレーバーテキストが現実のものに変わっているのは常識であり、転生者である蜜鷹涼平はそれを理解していた。そう、現実となるならば自分のアバターに本来の自分が塗り潰される可能性が存在している事もまたしっかりと理解していた。

 その上で彼は『エルドリッチ』をロールした。

 

 『エルドリッチ』は人間を喰らう、神を喰らう。あの世界観で薪の王にまで至った怪物に現代のような倫理観があるか?いや、そんなものがある筈がない。そして、当たり前のように彼はフレーバーテキストに薪の王すらも記した。

 ああ、聡い者ならばこれだけで理解が出来るだろう。

 

 本来の自分が残る筈がないほどの情報をフレーバーテキストに書き込んだのだ。カッコつけた言い方をするならば、自分のソウルをエルドリッチのソウルで塗り潰す行い。自分を殺すそんな行為、他人からすれば狂ってるとしか思えない行為を彼は嬉々として行った。

 その行為に大層な理由なんてない。誰だって、一度や二度は考えるような理由。

 

 

 好きな誰かになってみたい。

 

 

 

 それだけだ。そして、見事に彼は呑まれた。

 アインズ・ウール・ゴウンのエルドリッチとしての記憶も性格も人格もある。だが、蜜鷹涼平の、人間としてのソレはほとんどが崩れ、『エルドリッチ』と混ざりあった。

 『エルドリッチ』の情報そのものが他の薪の王らと比べて少なかった事が幸いだったのだろう。趣味嗜好、人格、性格に大きな影響を与えた程度で収まった。蜜鷹涼平の残滓などもはや沈殿物程度にも残ってはいないのだが、それに対してエルドリッチは何も問題には思っていない。

 

 

「どうせ無くなるモノを何時までも引き摺ってても仕方がないだろ?未来消えるか今消えるかの違いしかないのだから」

 

 

 消えてく己に嘆くなら、さっさと消して割り切った方が楽に決まってるのだから。

 そんな風に笑いながら、エルドリッチは夜の都市を歩いていく。

 今の彼は人喰らいという本来忌避して然るべきモノすら、受け入れるのだろう。だって、自分はエルドリッチなのだから、仕方がない、とでも笑いながら。

 そうして歩き始めてからかれこれ数十分が経つ頃にふとエルドリッチは首を捻った。

 

 

「そもそも文字が読めないのではなかろうか……」

 

 

 この国が王国であろうが帝国であろうが、文字が読めなければ手に入る情報など限られている。それでは動きにくいじゃあないか、そこまで考えて────エルドリッチは嗤った。

 

 

「なら、教会もとい神殿に行くか」

 

 

 その麗しい顔を愉悦に歪ませながら、エルドリッチはこの都市にある神殿へと足を向けた。

 空から見下ろしてみたわけでもなく、誰かに聞いたわけでもなく、エルドリッチにはこの都市にある神殿の一つがどこにあるのかを理解出来た。

 言うなれば気配探知。いや、魂を感知する類のスキルがエルドリッチには備わっているからだ。無論、ユグドラシルではあくまでただの周辺エネミー反応を感知するぐらいしか出来ず、種族程度しか判別できないものであったが『エルドリッチ』と混ざりあった今ならば話は別だ。

 彼の感知には魂を感知するだけでなくソウルの質を理解出来るようになっていた。簡単に言えば何となくではあるがそのソウルの持ち主がどのような人物なのか───と言っても、分かるのはそれが聖職者なのか魔術師なのかそれ以外なのか程度にしか分からないのだが───理解出来る。

 こんな夜更けにわざわざ神殿へ。

 

 

 坊主の説法を聴いて、文字を読める様にするため。

 

 

 

 そんなわけが無いだろう。

 

 

 

 早々に神殿へと辿り着いたエルドリッチはそのまま隠密系の指輪を用いて姿をくらまし、誰かに気づかれることなく神殿内の居住スペースへと潜り込んでいった。

 ユグドラシルでは大したものでもない能力の指輪であるが、エルドリッチは知っていた。その程度の能力でもこの世界においてはとんでもないものなのだと。故に居住スペースへと入ったエルドリッチはその後も誰にも気づかれぬまま、適当な部屋へと入っていく。

 この際に選ぶのは出来うる限り、地位の高い人間だ。

 地位の低い修道女やその辺では必要な情報はそこまで得ることが出来ない。だが、地位の高い司教のような立場の人間ならば問題ない。そういう人間には情報がある。

 

 

「こんばんは」

 

 

 入り込んだ部屋は幾つもの本が並んだ棚が壁際に置かれ、書類の置かれた机などの少なくとも文字の読み書きが出来る人間の部屋であることが伺える。そんな部屋に足を踏み入れたエルドリッチはそのままその部屋の主人が眠る寝台へと移動し見下ろした。

 寝台で横になるのは妙齢の女性。

 エルドリッチからすれば今必要なのは情報で、それ以外にあるとすればひとまず年齢と性別ぐらいでしかない。安らかに眠る女性を見下ろして、舌なめずりをしてからエルドリッチはその足下からソレを溢れ出させた。

 それは腐肉の塊。溢れ出ていく腐肉塊はそのままエルドリッチを呑み込んでいき、天井に着くほどまでに腐肉を膨張させた。

 これこそがエルドリッチの本来の姿。

 人喰らいを繰り返してきたが故に変貌した『エルドリッチ』であり、スライム種の一つでもある腐肉の塊の本性をさらけ出してから─────

 

 

 

「いただきます」

 

 

 女性へとのしかかる。そうすれば、女性は目を覚ます事無く、そのままエルドリッチの腐肉へと呑み込まれていく。

 熟睡しているからか、それとももはや最初に呑まれた時点で終わっていたのか、一切の抵抗なく彼女は腐肉に呑まれて消える。

 

 

「.............え”っ、ここローブル聖王国なの????」

 

 

 聖棍棒の国じゃないですかやだぁ!?

 そんな他の部屋をおこさないように小さく、エルドリッチは叫んだ。

 

 

 

 





 エルドリッチ、ローブル聖王国に降臨する。


………地獄かな?
 読んでいただけるとわかりますが、主人公は人間だった時の倫理観は投げ捨てて自ら『エルドリッチ』になってます。ですが、『エルドリッチ』自体の情報もそこまである訳では無い為、ある程度主人公の性格等の名残りも入れて構築していきたいと思っています。
 いや、ほんとにエルドリッチの情報無さすぎる.......薪の王の中で一番少なくない?ムービー欲しい……

 ちなみに彼は信仰系魔法詠唱者(若干の神官戦士要素あり)です。


 誤字脱字報告、意見感想及び神喰らいの守り手の誓約を結ばれる方は感想欄にどうぞ。



 ところで、冒頭であむあむされてたの誰なんですかね?



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二人の王は嗤う

 

 

 

 

 

 ローブル聖王国。

 まず、その国について知っていることといえばまずトップスリーの女たちだろう。聖王女と誉れ高いカルカ・べサーレス、そして彼女の側近である姉妹。聖騎士最強な姉レメディオス・カストディオ、神官団団長である妹のケラルト・カストディオ。この三人がいるからこそこの国は成り立っていると言っても過言ではない.......無論、それはあくまでこの国の半分側だけの話であるが。

 というのもこの国はUを横に倒したような国土で、巨大な湾により国が南と北に分かれているようなものなのだ。分かりやすく言えばトルコからエジプトまでが一つの国になっているのだが、間に地中海がある為、半ば分断されているような状態になっている。

 さて、何故そうなのかと言うとまず、聖王女カルカ・べサーレスはこのローブル聖王国始まって初の女性の王であるという点と彼女が王位に就いた際に前聖王と神殿勢力の後押し受けて兄たちを押しのけ王冠を手にしたからである。無論、彼女自ら王になろうとしたかは不明であるが。

 そういった経緯がある故に首都がある北部と違い彼女の影響がそこまで強くない南においては貴族たちが彼女に対して謂れのない誹謗中傷を口々に言っているのだ。そして、これはそこまで関係ないのだが彼女はいわゆる八方美人である。それは彼女の性格が起因しており、まず彼女は優しすぎる。

 まがりなにも国家元首である自身に対しての誹謗中傷など決して看過できるものではなく、普通ならば不敬罪の一つや二つで貴族の首が飛んでいても可笑しくないのだが、その優しすぎる性格が原因で彼女は貴族たちに強く出れないのだ。そして、彼女は汚れ仕事に手を出さず、綺麗過ぎるきらいがある。

 

 

 それでは不満も出てくるのは当然であろう。

 さて、聖騎士団長のレメディオス・カストディオは.......簡単に言えば頭が悪く、相手にするのが面倒な正義に盲目な女だ。無論、これは些か悪く言いすぎている気もしなくはないがしかし、考えるよりも鍛える方がいいと宣ったが故の結果である。手のつけようはどこにも無い。

 そして、ケラルト・カストディオ。恐らく彼女がこの中で一番マトモだろう。姉の手綱を握っていながら、存外やり手の女という印象が強い────

 

 

 

「特にこの中で一番好みだ」

 

 

 神殿を後にして、俺はこの深夜のホバンス───ローブル聖王国首都───を歩いていく。既にグウィンドリンの姿に変化しており、本来の腐肉の身体を隠している為万が一にも面倒事が起きる可能性はない。

 いや、唐突に絡まれる可能性も捨てきれない。

 故に俺は一先ず、指輪を用いて不可視に変える。

 

 

「それにしても、まさかの聖王国とは.......流石にそれは予想していなかったな。やはり、玉座の間にいないといけなかったのだろうか?いや、うーむ」

 

 

 そういえば、サリヴァーンはどうなっているんだろうか?アイツからすればいきなり目の前から消えたわけで.......他のNPCみたいにナザリック及び至高の御方至上主義にならないようにしたから、そこまで狼狽えないと思うが.......他何書いたっけ。

 ええと、まずナザリック及び至高の御方至上主義ではないこと、次に創造主である俺は親友的存在で.......うん特別視してるのは変わらないはず、あとはそうだな確か.......法王だからな政治系に強い宗教家な感じだったはず。うちのサリヴァーンは魔法剣士だぞ、パリィはしないであげてくれ。

 

 

「なんだか、サリヴァーンに会いたくなってきた.......指輪使おうか.......いや、でもなぁ.......」

 

 

 正直に言うと、イルシールの聖堂にパッと行ってパッと帰る事は出来る。だが、それはなんだか違うのでは?と思う俺がいる。確かに俺にはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがある。

 これさえあれば、玉座の間に直接転移は出来ないがその代わりにナザリック内なら何処へでも何処からでも転移することが出来る。そうすればサリヴァーン以外の誰にも知られること無くサリヴァーンに会えるだろう。だがしかし、それはなんというか違う気がする。大事な事だから二回言った。

 こういうのはナザリックから離れているからこそ、面白いのであって安易に帰るのはどうかと思うのだ────と、〈伝言〉が

 

 

「───はい、こちらエルドリッチ。どちら様」

 

『───私だ。何やらナザリックに異変が起きてるらしいが何か知らないか』

 

「異世界転移」

 

『.......なるほど。ところでキミは何処にいるんだ?』

 

「ローブル聖王国だが、どうかしたか」

 

『ふむ、既にそこそこの情報を持っているらしいな友よ』

 

 

 いったい俺を誰だと思っているのか。何処か突発的に見えて意外と情報とかを気にするエルドリッチだぞ。前世からほんとその癖が抜けなくてな.......こう、確実性がないと踏ん張りが利かなかったり.......ん?

 

 

「サリヴァーン?」

 

『何かね』

 

「.............いや、なんでもない」

 

 

 ────サリヴァーンからの〈伝言〉じゃねえか!?これぇ!!??

 普通に応答してたわ.......何故にすぐ気づかない。そもそも俺に〈伝言〉してくるのこの世界じゃモモンガさんぐらいだろうに.......いや、それ以前にコイツ俺が応答すること見越してなかったか?え、怖.......これが知恵者──多分違う──。

 

 

『一先ず現在のナザリックについて報告しておこう』

 

「あ、ああ.......」

 

『厳戒態勢が敷かれていてな、イルシールも例に漏れず騎士たちを使って巡回させている。それと、ナザリックの入り口周辺が草原になっていたそうだ』

 

『草原?あぁ.......で?他には?』

 

 

 そういや、草原になってた。

 転移後のナザリック周辺のイメージが丘で固定されてたから、草原に少し首を捻ってしまった。

 

 

『他か.......ヨルシカ姫が何やら不貞腐れていたな』

 

「は?」

 

『いや、なに、キミが私の所に来てそのまま消えたからだな。後はキミ、彼女の所にてんで顔を見せなかったろう?』

 

 

 いや、それはまあ、たしかに。

 マグダネルやサリヴァーンはエルドリッチ的に顔を見せに行ったりするのは当然だが、ヨルシカは本当に滅多に顔を出してない。

 だが、何故不貞腐れるのか?なんか、そういうフレーバーテキストでも書いていただろうか?

 

 

『……キミという奴は。幽閉塔に行くのは私かキミか給仕だけだろう?給仕と私は基本的に無駄な話はしないからな、そうなれば話す相手などキミしかいないだろ。てんで顔を出さないが、な』

 

「…………?」

 

『……ああ、ダメだこの男』

 

 

 な、なんか、サリヴァーンのため息が聴こえる……俺何かした?そりゃ、ヨルシカのいる幽閉塔への給仕には幽閉塔内においての会話を制限させたけども。えぇ?

 あ、もしかして創造主的な……確かにそこまで書き込んだ記憶ないからその可能性があるな…………なるほど。

 

 

「まあ、ともかくしばらくはナザリックに戻らない予定だ。こっちで色々と楽しみたいからね」

 

『人喰いか?』

 

「んー、どうだろう。人喰いだけなら、ナザリックに戻った方が楽だからな」

 

『悪辣め。掻き回すつもりか』

 

「そっちのが愉しいからな」

 

 

 あぁ、なんか凄い。

 こう、お互いに分かってますよ感が強い。

 あと、俺軽々と人喰いするつもり出てるけど、まあ特に忌避感も出なかったし、エルドリッチだから仕方ないよな。神はどこ?神人で代替出来るか?

 

 

『で?モモンガ殿には言わなくていいのか?』

 

「ああ、言わなくていい」

 

『分かった。それでは、何かあれば〈伝言〉を』

 

「それじゃあな───」

 

 

 〈伝言〉を切り、俺はこれから先の事で思考を回していく。正直にいえばこのまま、カストディオ家に向かいたい所だが.......さて。

 いや、まだ完全に身体やスキルを上手く使えるという保証がない。その保証が出来てから行動に移すでも遅くはないはずだ。

 

 

「ともなれば、ここは一度この都市を出て、アベリオン丘陵に移動するか」

 

 

 彼処なら多少暴れても問題あるまい。

 運の良いことにあの神官はどうやら、丘陵との境にある城壁にまで行ったことがあるようだ。その記憶を元に〈転移門〉を使用出来そうで俺は軽く胸を撫で下ろす。

 さて、あちらに行ったらどんな実験をしようか。

 まずはスキルの確認、魔法の確認.......ああ、それと装備の確認か。

 

 

「ペットを何体か放ってみるのも面白いな」

 

 

 旧くてもレベルがプレアデス並ではあったはずだから、亜人共に倒される心配も聖王国に討伐される心配もない。

 一抹の不安は丘陵を挟んだ向こうにあるスレイン法国の漆黒聖典たちだ。もしも何らかの方法で飼い犬たちからこちらがバレるのは避けたい。無論、プレイヤーとして毅然な対応をすればある程度は何とかなりそうであるが、流石に人喰い神喰らいの怪物は見逃してくれそうにない。

 と言っても、彼らをどうにかする方法は俺の中にある。確かに人喰い神喰らいであるが、それはあくまでどうしようもない外道を対象にしてるとでも嘯けば良いのだ。

 

 

「仮に無理でも、番外席次以外ならば相手にしても問題は無いだろうしな」

 

 

 例え、槍を使われようともワールド・アイテムを所持している以上、槍からは逃れられる。それに最悪、槍の対象を適当なモンスターで割り込ませて無力化するという手もある。

 実際、ユグドラシルで召喚系職業が槍相手にやって自分の召喚モンスターを生贄に槍持ちが消えたからな。流石に通常のモンスターのデータ消されたのは運営もビビったのか、しばらくして始まったイベントで復活してたなぁ.............こっちだとその辺りどうなるのだろうか。種族諸共?いや、現実化してる以上、モンスターの個体ごとになるんだろう。そうだといいんだがなぁ

 

 

「番外席次に勝てたら味方に引き込めるだろうけども、勝てるかな?俺、信仰系魔法詠唱者だからなァ。いや、モモンガさんと違って近接戦も出来なくはないし.......遠距離から嬲る何時ものやり方が一番か」

 

 

 そんな事を言いながら、俺は正面に〈転移門〉を創り出す。そうすれば、半球体の闇の塊みたいなモノが生まれ、安定し始める。

 安定したのを確認してから、門に足を踏み入れれば次の瞬間にはそこは別の街並みに変わった。やはり、魔法は問題なく使えてるようだ。

 と、なれば。

 

 

「〈飛行〉」

 

 

 次はスキル等々かな?

 その為にも少し速度を上げて城壁へ、そしてさらにその向こうにある丘陵を目指して飛んでいく。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第五階層・氷河───イルシールの最奥である聖堂にて領域守護者サリヴァーンはその黒い仮面の下で瞳を閉じ、静かにその思考を廻していた。

 それはこれからの未来の事。

 この異世界へと転移したナザリック───そんな事は至極どうでもいい。サリヴァーンにとって重要なのはエルドリッチ自身の未来の話だ。

 サリヴァーンにとって、エルドリッチは創造主であるがしかしエルドリッチが書き込んだフレーバーテキストによりサリヴァーンはエルドリッチに対して絶対的な崇拝を一切抱いていない。それがこのナザリックの者らとの大きな違いである。

 そんなサリヴァーンからすればエルドリッチは無二の友であり、彼の事情を理解しているが故に彼のこれからが心配なのだ。

 サリヴァーンのエルドリッチへの評価は強く頭も回るが知恵者であるか?と聞かれれば決してそうではないというものだ。頭が回ると言っても本物の知恵者と比べればいく段か劣ってしまうそういうぐらいのもの、だがそれは仕方の無い話だろう。エルドリッチは『人喰らい』なのだから。

 頭を動かして策謀を張り巡らせるのは自分であり、あちらは一種の暴力装置的な部分と悪辣に場を掻き回す様な無邪気さがある。何事も分担が大事なのだ。

 さて、そんなサリヴァーンが心配する彼のこれからというのは一体何なのか、それは純粋に現在ナザリックを離れて基本的に単独で動いていて、その先どうするのか?といえ話だ。

 こう見えて、サリヴァーンは友情というものに厚い男である。それはフレーバーテキストに影響されたものでは無い。まあ、つまるところ、飾りっけのない言葉でサリヴァーンの心中を言葉にするならば────

 

 

「保護者、と言うべきなのだろうな」

 

 

 そんな柄じゃない言葉を嘆息する様に呟いて、サリヴァーンは肩を竦めつつここからできるエルドリッチへの支援はどのようなものをするのかを思考していく。

 しかし、現状エルドリッチがいるというローブル聖王国の位置関係などの情報は全くと言っていいほどない。であれば、不用意に動けばアルベドやデミウルゴスら他の知恵者に気取られてしまう。

 ならば、どうすればいいか。

 

 

「些か悪手としか言いようがないが、外征騎士を放つか」

 

 

 アルベドらに怪しまれるだろうが、これは必要な事。そう割り切って、サリヴァーンは聖堂を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

 

 

 

 この世界に神喰らいが零れ落ちた翌日、アベリオン丘陵に複数体の侵入者が現れた。

 それは巨躯の怪物。まるでワニのように突き出た大顎を持ち、獣のように体毛に覆われた四足の身体、胸からは肋だろう骨が剥き出した異形の獣。

 瞳は一対のように見えるが、三対のようにも見える。

 解き放たれた異物である彼らはこの丘陵で各々好きに動き始めた。全ては自分らの王の気分がままに────

 

 

 

 

 



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