木河先生は臨採中 (みんせい)
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プロローグ

諸注意
・ある意味ノンフィクションとしているのは、リアルの話題や内容を含めた話を盛り込むこともあるかもしれないためです。
登場人物や実際の出来事とはなんら関係がありません。


 

 ふと、目線を横にそらせば・・・窓越しに外を見る。燦燦と照り付ける太陽の光が彼女に外の暑さを伝えてくれる。今、そう感じないのはこの部屋、彼女が所属する部活の活動教室がクーラーで一定の温度を保ってくれるからに他ならない。

 

「それじゃ、今月からのお題を伝えるぞー」

 

 その声に彼女は目線を声の主に移す。そこにはすらっとした・・・といえば聞こえがいいが、運動が得意じゃなさそうで高身長という、要はがり勉と言われれば誰もが納得する男子が立っている。

 

「岩森、聞いてる?」

 

「聞いてますよー、大澤先輩」

 

大澤先輩に呼ばれ、岩森は反応を返す。その様子と返信に不満は特にないのか、大澤は自分の持つルーズリーフに視線を移した。

 

『そんなに気にしなくたって聞いてるって…』

 

岩森は内心でちょっと悪態をつきながら、話を聞くことにした。

 

 

 

           木河(もくかわ)先生は、臨採中!!

 

 

 

『まじでどうしよ。これはピンチかも…』

 

 心の中で困り感をだす彼女こと岩森紫(いわもりゆかり)は、某県の鎌ノ谷(かまのたに)高校に通う女子高生である。

そんな彼女が今現在、これほどにないピンチを本人なりに感じている。その発端は先程部長である大澤先輩からのお題にあった。

 

 

 

「それじゃ、今月からのお題は夏休み明けにある文化祭に向けてだな」

 

大澤先輩は嬉々としてしゃべり始める。それに対して紫とそれ以外のメンバーはげんなりするもの、逆に目を輝かせるようなものと反応がさまざまである。なぜ、こんなに多種多様な反応をするのかは、この部活と学校の歴史にある。

 彼女達が通う鎌ノ谷高校、通称鎌高は御年100歳という歴史と格式がある学校である。要は明治時代の学制ができてから間もない時にある学校ということだ。それに合わせて、某県の中心的な学校として栄えてきただけに現在に至るまで数多くの分野で著名人を出している。それは政治家という分野から芸術家まで、網羅してきたと言っても過言でないだろう。

 そんな中、紫の所属する部活、文研部もまたその著名人を多く輩出している部活動の一つ。活動内容は自身の作品を創作して発表する、というものだが…要は漫画研究部と文芸部が合体した部活動である。この発表というのがこの部活の魅力であり、この文化祭にはその著名人をはじめ、各分野の繋がりで見学する人が多く、それを目的に文化祭に足を運ぶ人、またはスカウトされ現在も売れっ子になった人もいるぐらいだ。それを目当てでこの部活に入ってくる人、もとい受験を受ける人がいるほどである。

 

「知ってると思うけど、うちの発表はまじで名誉が掛かってるから。生半可な作品を作るなよ」

 

大澤先輩の言葉に力が入り、気合が入る部員が多い中、紫はげんなりしていた。元々入りたい部活がなくて、中学校時代に得意だった読書をそのまま部活に活かせると思い、入ってしまったのが運の尽き。そんな事情を知らない彼女にとって蒼天の霹靂だった。紫の調べ不足といえばそれまでだが。

 

 

 

 これが冒頭で彼女が困っていた一端である。本当にピンチというのは突如としてやってくるものなんだと思った。どっかの番組みたいにヒーローが三分間でもいいから助けに来てはくれないのだ。現実は非常だと思える。

 

『弱ったなぁ…去年は一年だから作らなくてもよかったけど、二年からは強制なんだよね。どーしよ…』

 

紫は軽いため息を吐く。作りたくないのに強制して作って来いと言われ、どんな作品ができるかなんて察しが付くだろう。というより、作品が完成するかどうかもわからない。

 

「紫は漫画と小説。どっちの部門でやる?」

 

「んー…漫画は無理だから、小説部門だよ。だけど作れる気しない」

 

「そうだよね…私、どうしよ」

 

紫に小学校からの友人である島根萌々香(しまねももか)が同じようなげんなりした様子で話しかけてきた。彼女もまた、漫画が好きなことと絵がある程度描ける、それと紫が一緒だからという理由で入ってしまったのが運の尽きだった。だが紫は知っている。彼女のイラストはそこそこ受けがいいことを。きっと彼女なりの不安があり、それを事前にポーズしているだけだろうと。

 

「ガチの奴もいると思うが、別にハイレベルを求めているわけじゃない。うちの最大の成果発表会みたいだから、個人として満足できるような作品であればいいから。夏休み後半に進捗確認して完成だから、しっかりやってこいよ」

 

大澤先輩が全体にアドバイスして、解散なーという声で部員が一斉に蜘蛛の子散らすように帰り始めた。

 

 

 

「あー、もうホントどうしよ」

 

紫は自分の部屋でため息をつく。いきなり小説書いてこいなんて無理に決まっている。

 

「せめて題材…いや、ネタがあれば…私がスラスラかけるネタなんて」

 

とりあえずネットで検索をかける。つぶやきだって見る。タイムログだって見る。

 

「あるわけないよねー…」

 

ネタがすぐに見つかるならこんなに悩む必要はない。スマホを投げ出して、ベッドに横たわる。

 

「ほんとどうしよ…」

 

悩む彼女にドアからノックの音が聞こえた。どーぞ、と返事で返すと扉を開けたのは中学3年の弟だった。

 

「ねーちゃんさー。寝てるところ悪いんだけど、中学校で使っていた社会のノートとか参考書、ない?」

 

「あー、どこだったかな。なんでいきなり?」

 

「だってさー、今の社会の先生、授業つまんないし、わけわからないからさ。ねーちゃんの時は社会の時間、楽しくてわかりやすかったんでしょ?だったら勉強にも身がはいるかなーって」

 

「あー…そういえばそうだったわ。誰から聞いたの、それ」

 

「島根だけど」

 

「萌々香の弟くんね…あった、あった。これこれ」

 

紫は起き上がり、自分の机からノートを抜き出し、弟に渡す。サンキューと返事して、弟はこの場で開けて見始めた。

 

「何してんの、自分の部屋でやってよ」

 

「だってねーちゃん、この前だって似たようなことで持って帰ったら怒ったじゃん。だから今日はここでやるよ」

 

弟の言葉にそんなことあったかな、と思い返すもあんまり思い出せないでいた。

 

『なんか高校生になって覚えていること、そんなに多くないなぁ。その時は楽しいこと、多いのに』

 

「ねーちゃん、ちょっと聞いていい?」

 

弟の声で目を覚ましたように意識をそちらに向ける。弟はノートを指さしながら、笑いそうな表情をしている。紫にとってどうしてノートでそんな風になっているのかわからずにいた。

 

「あのさー、社会の授業真面目に聞いてない俺が言えないことだけど。ノートの至る所にくだらないことばかり書いてあるけど、ナニコレ?これなんかめっちゃ面白いけど」

 

そう言っている弟の指さした方向を確認すると、社会の公民分野で【貧困】についてのページだった。そこには授業でやった内容以外に何故か各時代のトイレについて、あれこれ書いてあった。

 

「ねーちゃん、いくらなんでも授業のノートにトイレのこと、こんなに書き込んでるのはダメでしょ」

 

弟はトイレのネタやはっきり言ったら書いてはいけないようなことも見て、げらげら笑い始める。それに対して紫は必死に否定し始める。

 

「違うの!それは当時の先生がトイレの雑談を面白そうにしゃべっていたから!」

 

「だけどさー、こんなの笑うしかないじゃん!授業中にトイレの話をする先生なんていないよ」

 

「だーかーらー」

 

言い返そうとした直後、そこで紫は何かに気づいた。そういえば、授業が楽しかったのなんて高校の入学からあっただろうか。

 

『いや、ない』

 

少なくても自分が受けてきた中には一度たりともない。どうしてそう感じるのか、紫は思い出した。その1年間が自分にとって濃すぎて、未だにそれより面白いと思ったことがないからだ。

 

「ねぇ…聞きたいんだけど」

 

「あー、おもしろ。ん、なに?」

 

「もしさ、授業中にトイレだけじゃなくて。その先生の過去話とか、趣味の話とかつい最近の先生同士の話とか授業に絡んだ的外れだけど、ためになりそうでならない雑談をほぼほぼ入れてくる先生がいたら、どう思う?もちろん授業そのものもしっかりやるし、教え方も男女関係なくわかりやすいって評判だったとしたら」

 

「えー…最高じゃん。そんな先生いたら俺、絶対に寝ないで真面目に受けてる。でも、いるわけないじゃん」

 

弟の反応を見て、だよね…と思った。だけど、紫にとってそれはない。何せ、彼女はたった1年間だが、小学校から高校2年の今に至るまでその1年間を超える授業も先生にも会ったことないからだ。つまり、彼女は出会って受けている。

 

「見つけた…」

 

「はぁ?何が?」

 

「あんた、そのノート返して」

 

「いや、俺勉強ができなくなる…」

 

「今度教えてあげるから。あと部屋からでて」

 

「おい、ちょっと!」

 

紫は弟を強制的に部屋から追い出し、すぐにスマホを手に取る。すぐにSNSアプリの機能を使って、萌々香に電話を掛けた。数秒もしないで通話が繋がり、萌々香の明るい声が聞こえた。

 

「もしもーし、どうしたのー?」

 

「萌々香、決めた」

 

「なにがー?」

 

「文化祭の題材」

 

「うそ!だってさっき無理だーって…」

 

「書ける内容、見つけたの!」

 

「えー、なになに?教えてよー」

 

「中学校の社会の先生、覚えてる?」

 

「小岩先生?」

 

「違う!あんた、わかって間違ってるでしょ!」

 

「あはは、そうだね。木河(もくかわ)先生でしょ。超面白かったもんね、授業もわかりやすくて、人気高かったもんね」

 

「その木河先生のこと、書く」

 

「へー…はぁ!?」

 

電話越しに萌々香の大声が紫の耳に入る。思わずスマホから顔を離す。あっちの声がしないことを確認して、改めて紫が話し始めた。

 

「私だから、書ける。私にはこれしかない」

 

「だめだよ!だって、木河先生だってわかったら迷惑にしかならないよ!」

 

「そこは、あれだよ。ぼかすから」

 

「いやいや、ばれるって!同中でうちらだけじゃないよ、鎌高にいるの!!他の同級生だっているし、だったら後輩にも木河先生の授業受けてきた子だっているって聞いてたじゃん!」

 

「うん、そこは騙せるとかわからないけど、私が一番、木河先生のことわかるから。だから迷惑かけないようにぼかせる。というかやりくりできる。そこ含めて萌々香なら、その理由、わかってるでしょ?」

 

紫がここまで言うと、萌々香は黙ってしまった。

 

「はぁ、ほんとに気をつけなよ。木河先生にばれたらホントにやばいよ?」

 

「うん、だから作品作ったら持ってく。それで許してもらう」

 

「ほんと…もう、なんか紫らしいや」

 

萌々香の声があきらめに似た声を聴いて、通話を切った。その直後から紫の表情は迷いがなく、面倒くささや今回の一件に対しての黒い気持ちも無くなっていた。今はいち早く書きたい。あの、くだらないけど充実した一年間を。

 

 パソコンを立ち上げ、ワードを開き、出だしを書き始めた時、タイピングが止まった。

 

『そういえば、題名。どうしよ…確か、あの時の先生は…』

 

紫が題名をポチ、ポチと入力した。

 

 

『木河先生、りんさいちゅう!』

 

 

と、可愛らしく。

 



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1時間目 ~彼の紹介はネジが飛んでいた~

キャラの名前は適当に作っています。どこかの作品からもじったとかはありません。
ただ、なんらかで被った場合にはご了承ください。またはキャラのイメージに当てはめてください。

なお、現実に直面しているものは〇で伏せております。

察してください。


 弟から奪い返したノートを含めて、中学3年で書き溜めた社会のノートを机に広げる。その3冊には私と木河先生の…ほぼ一方的だが、在りし日の授業が、学校生活が思い出してくる。

 

 『そもそもあの時の紹介からネジ飛んでいることに気づくべきだったんだよなぁ』

 

 

 

木河先生は臨採中! ~彼の紹介はネジが飛んでいた~

 

 

 

 紫が通う鎌谷市立卓陽中学校は4月の新学期を迎える前に在校生による準備登校が設けられていた。何の準備かと言われれば、簡単に言えば翌週の入学式の準備等である。紫は2年生後期の時に学級委員なんてやっていたものだから新入生に向けたメッセージやら装飾やらの指示出し係として動かなければならかった。

 通学路をとぼとぼ歩いていると信号を渡った先の高架下のところで萌々香が手を振って待ってくれている。

 

「おはよー」

 

「おはよ」

 

簡単な挨拶を交わして学校に向けて二人並んで歩く。

 

「小岩先生、いなくなっちゃったね」

 

「清々するわよ。あんなにガミガミ言う先生がいなくなって」

 

「去年学級委員でさんざん言われたからねー」

 

「全く…私達をストレス解消の対象としか見てなかったし」

 

紫の苦労を知っている萌々香がけらけら笑っている。小岩先生は生徒指導担当の先生として学級委員をさんざんに使い、学校の諸問題を取り組んでいた先生だ。剣道か柔道か知らないが、武道を嗜んでいたこともあって、THE堅物というあだ名がつくぐらいだ。今回の準備も小岩先生が残していったプレゼントに他ならないと愚痴ったのはつい最近のこと。

 

「次の社会の先生、誰だろー」

 

「さぁ…相田のじーさんでしょ」

 

「相田先生?今年は2年生じゃない?」

 

「もう定年間近だし、どこの学年でもおかしくないって水鏡先生が言ってたけど」

 

「えー、相田先生は眠気の最高峰って先輩言ってたからやだなー」

 

「あとは…新しい先生?」

 

「そっちの方がいいな」

 

毎年のことだが、生徒にとって自分の学年にどんな先生が来るかは死活問題になる。紫も萌々香もあれこれ予想をしては先の未来を憂いてしまうのも仕方ない。その未来が決まるのが準備が終わった後の全校集会でわかっていく。紫は少し、ため息をついてしまった。

 

 

 

 学級委員主導で旧クラスによる入学式の準備が滞ることなく進んでいく。といっても遊んでいる男子もいれば、ペチャクチャしゃべる女子もいるので、効率的ではない。

 

「ゆ~か~り~ちゃ~ん。調子はどう?」

 

「美希…さぼってないで動いてくれない?」

 

「やーだ。せっかくこれから一緒のクラスになるんだから。仲良くしようよ。同じ保育園出身だし」

 

「その腐れ縁が嫌だって言ってるの」

 

「紫も素直じゃないよね。しのちゃんも苦労するね」

 

「ほんとー、それな」

 

紫を後ろから抱き着き、いじわるしはじめた女子。篠原美希(しのはらみき)は嬉しそうに語ってくる。ノリの軽い、それでいて男女から受けがいい彼女を紫はあまり得意にしてなかった。保育園からずっと同じという腐れ縁がなければ、まず関わることがない人種ともいえる。

 

「放してって。さぼっていると怒られるでしょ」

 

「もう口うるさい小岩はいないじゃん。らくしょーらくしょー」

 

「だからって…ほら、目をつけられた」

 

「お前らさー、ちゃんと準備しろって」

 

「はーい、武田先生」

 

去年から彼女達の学年で担任をしている武田先生が声をかけて、美希が愛想よく返事する。その様子を見て、武田先生はさっさと視線を外してしまった。

 

「ふふん、ちょろい」

 

「あんたね…もう、ほんとにさ」

 

ニヤリと笑う美希を見て、紫はもうどーでもいいやという投げやりな声で終わらせた。

 

 

 

 すべての準備が終わり、全校集会が始まる。学級委員だからというだけで一番前に座るというのに多少運財させられる。

 

『寒いし、目立つし、さっさと終わらせてもらいたい』

 

そんな気持ちしかわかない紫を尻目に教頭先生が新しい先生の紹介を始めた。ぞろぞろとステージの上に立つ先生方。若そうな先生もいれば、そうでない先生もいる。誰もがどの先生が自分の学年に入るのか気になって、ひそひそと話し始める。教頭先生がそれぞれの先生の学年と教科の紹介をしていく。

 

「3年生、副担任。社会科、木河先生」

 

「初めまして、よろしくお願いいたします」

 

あの小岩先生の後釜はなんというか、全然違うタイプの見た目だった。声質もごついから優しいというか、なよなよしいというか。彼女が受けた最初の印象はそんなもんだった。

 

『なんか、大したことなさそ』

 

この感想が授業によってすぐに訂正しなければならないことなんぞ、今の彼女が知る由もなかった。

 

 

 

 中学校生活最後の一年が始まった。それはすなわち受験が控えていることも。紫にとって楽しみたい反面、受験にはシビアになっている一面もあった。それは他の人も同じようなもので、同じ吹部の萌々香もそんなことを口走っていた。美希は今が面白ければそれでいいみたいな風潮だけど。

 

「次は…社会かー。木河先生ってどんな先生だろうね。自己紹介とかだとなんか優しそうだけど」

 

「どんな感じでもいいから、普通に授業してくれれば文句言わない」

 

「へぇ…小岩の授業がつまらなすぎて小言言ってた人間の言葉とは思えない」

 

「あれは…だって、本当の事じゃん」

 

「あー、ブラック紫はつどー」

 

「人で遊ぶな!」

 

美希のちゃかしに紫が思わず怒ったように言い返してしまった。その様子を見て美希がニヤニヤしている。ひそかにそのやりとりを萌々香が楽しんでいる。3年生になってからは基本このスタイルだった。紫も文句は言うものの拒否しないあたり、楽しんでいるのだろう。そんな時にチャイムが鳴りそうになり、木河先生が教室に入ってきた。それを見て、全員が着席した。

 

「きりーつ、気を付け…礼」

 

男子のいつも通りの声でチャイムと同時に挨拶をして、再度着席をした。

 

「はいじゃあ…まぁ。はじめますかー」

 

その男子の号令より間が抜けたような声が、木河先生の第一声だった。

 

『なに、これ。気がぬける』

 

紫がもった最初の感想がこれだった。

 

「はじめまして、今年の1年。君達の社会の授業を担当する木河です。名字、変でしょ?」

 

その言葉に教室の誰もがはぁ?みたいな顔や反応をした。紫も萌々香も美希もその例に漏れず、同じような反応だった。

 

『何言ってんの、いきなり』

 

「さて、君らは僕のことなんてしらないじゃない?僕はもちろん君らのことなんて何も知らんし。だけどさ、いきなり先生が変わって、新しい先生が授業やりまーすなんて言われても、なんか変じゃん?」

 

『いや、それはそうだけど。それが学校の先生の都合でしょ』

 

「というわけで、今日は僕の紹介とどーでもいい話をします」

 

そういうと木河先生は教室前方の扉を開けて、廊下に出た。直後、教室に移動式の大型テレビを入れてきたかと思えば、パソコンを起動させて、画面にはパワーポイントが移り始めた。

 

「それでは自己紹介をはじめますよー。デッデデデデー」

 

謎の効果音を一人でいいはじめ、マウスをクリックし始めた。

 

『なに、この人』

 

紫の素直な反応がこれだった。これはやばいのでは?と思った。過去、彼女の脳みそにある記憶ではこんな先生に出くわしたことがない。そんな感想をもった直後、自分の右斜め後ろから何か聞こえた。振り返ると男子の学級委員である長谷部が笑いをこらえていた。

 

『え…!硬派イケメンで、めっちゃ厳しいことも顔色変えずに過ごしてきたアンタが笑いそうって』

 

長谷部も紫と小学校から一緒で、なんだかんだ同じ学級委員として過ごしてきた仲間。長谷部がこういったことで笑うことはない。というか、そういった人を見下す感じが持ち味なのに、何故。

 

「さて、まずは僕の名字…木河だけど。これ、日本の名字ランキングだと大体20000位以下なんだと。まぁ、名字がそもそもいくつあるか知らんから、どーでもいいけど」

 

『なんでそんなのをいきなり紹介した!』

 

「この名字がどこの発祥かといわれると、長野県なんだよ。さて、篠原さん。長野県はいくつの都道府県と接しているでしょうか?」

 

「へ!?えーっと…」

 

美希がいきなり指名されてなんか指折りしながら数えている。ときより紫に助けてーと言わんばかりの目線を向けているが、紫は目の前にいる謎の存在に注視して気づいていない。

 

「あー…7?」

 

「残念、8つです。それはどうでもいいんですけど」

 

『どーでもいいんかい!』

 

紫が思わず心の中で突っ込んでしまった。美希に至ってはなぜか笑っている。

それからはパワーポイントを使って自分の名字の由来を語っていた。長野県の地侍として活動していて、武田信玄や徳川家康とかに味方していたらしいとか。その恩賞で名字をもらって、いつのまにか木河になったそうだ。

 

「そんでもって、僕自身の紹介ね。僕は趣味がいくつかあって、特にジ〇リが大好きなんですよ」

 

その発言を聞いた瞬間、教室の生徒全員がはぁ…?という空気に包まれた。目の前にいる人間が、というよりそれなりに経験積んでいそうな先生と思われる人が、かの有名なジ〇リ大好き発言していることに。

 

「特に好きなのが【耳をすま〇ば】なんだけど。あれ見たことある人いる?君らと同い年の物語だから見てもらいたいんだよねー。ちなみにあそこの舞台になったのが聖蹟桜ヶ丘ってところだけなんだけどー」

 

なんて語っている。もう独壇場といっても過言ではない。それを聞きながら、萌々香は紫をそっと見た。紫は全体的に何も変わってないが、目が燦燦と輝いていた。萌々香は知っていた。紫が大のジ〇リファンだということを。ジ〇リの話になると小一時間止まらないことも知っている。

 

「ということで、ジ〇リ好きな人いたらおしゃべりしましょうねー。ちなみに今週の金曜ロードショーは平成狸合戦ぽ〇ぽこだから、みてねー」

 

もう生徒からは笑いしか起きない。皆げらげら笑っている。しかし、その笑いは卑下したとか見下したものではなく、純粋に楽しくて笑っているのだ。

 

「さてはて、そんな社会科の僕が何学んできたかっていうのも言っとくね。それ言わないと君達に教えている先生がどんなこと学んできて、今現在君達に何を教えられるんだってことわからないでしょ」

 

『まぁ、知りたいけど』

 

「木河さんは大学時代に学んだ歴史は日本史、世界史、あと雑学をあれこれ学んでいたかなって」

 

面白がっているのか、長谷部が手を挙げて質問した。

 

「せんせー、雑学ってどんなこと学んだんっすか?」

 

「そうだねー…一番わかりやすいのは処罰についてとか?」

 

その言葉を聞くと生徒の皆がまた不思議な反応をした。おもわず紫が続くように聞いた。

 

「あの、処罰ってどんなことですか?」

 

「んー、処罰というか処刑方法というか」

 

その言葉に教室の空気が凍った。今までの笑いがぴたりとやんだ。

 

「そうだなー、皆が知っているやつだと。ギロチンとか?」

 

その後、木河先生は嬉々としてギロチンの雑ネタを繰り広げた。有名なマリーアントワネットのこともそうだが、ギロチンが下ろされた後にどれくらいの意識があるのかというのを実験している人がいたとか。しかも妙にリアルにしゃべるもんだし、「首がポーン!」とか絶妙に効果音がうまいし、もう皆は引き込まれていた。

 

『話はすごくわかりやすいけど…わかりすぎて、逆に嫌になる』

 

紫はこの時に気づいた。目の前の先生は今までにない先生、ネジが飛んでいる先生だと。

 

「ありゃ、しゃべっていたらもう授業終わっちゃうね。まぁ、ぶっとんだ話はそこまでないけど、こんな感じで雑談しながら授業するから、これからよろしくお願いしますね」

 

それと同時にチャイムが鳴った。

 

 

 

 木河先生がパソコンとテレビを片付けようとするところに、紫が近づいた。

 

「先生、お手伝いしましょうか?」

 

「あー、お願いしてもいい?これ、一人で運ぶの大変なんだよねー」

 

ニヘラとした笑顔を浮かべて、木河先生が返事を返した。それに応じて紫が一緒にテレビを運んでいく。様々な生徒が行き交う廊下を二人でテレビをゴロゴロと押していく。いつの間にか萌々香と美希も紫の後ろにくっついていくように一緒にいた。

 

「ありがとさん。おかげで助かりましたよ」

 

「先生、いつもあんなことばっかり言ってるんですか?」

 

「あんなっていうと、どれ?」

 

「その…処刑とかなんとか」

 

「あー、あくまでテキトーに思い出したからしゃべっただけで、いつもキチガイみたいなこと言ってないよ。なんかそういった感じの流れになったから、持ちネタの一つとしてしゃべったぐらいだし」

 

「ふーん」

 

「あれ、なんかまずった?」

 

「違うんですよー。この子、ジ〇リ大好きで、そのことでしゃべりたいんですよー」

 

「ちょっと、話さないでよ!」

 

「そうなん!いやー、嬉しいなぁ。前の学校だと誰も話に来てくれないから、ジ〇リの人気がないもんかって思っちゃったよ。皆ディ〇ニーばっかりだったからさぁ」

 

木河先生はへらへらしながら嬉しそうに笑っている。その様子に紫はだんだんと訝しげになっていく。

 

『先生ってこんなにへらへらした感じでいいのかな』

 

思い詰めている紫に対して、萌々香と美希は木河先生の言葉とかで楽しんでいる。

 

「まぁ、雑談でもちょくちょくはさむから、そん時にでも反応してくれると嬉しいな。えーっと」

 

「3年1組の岩森紫です。こっちのおさげが島根萌々香で、チャラそうなのが篠原美希です」

 

「はいはい、岩森と島根と篠原ね。よろしく」

 

「こっちこそよろしくー!」

 

美希の軽い返事に紫が若干いらつくものの、木河先生はそんなこと意に介していない様子だったので、それ以上は何も言わなかった。その直後から紫は木河先生からじーっと見られているように感じる。

 

「あの、先生。何かありました?」

 

「いや…なんだろ。岩森の風貌ってどっかでみたことある感じなんだよねー。どこだろ」

 

「きっとあれです。ちび〇子ちゃんです!似てるから小学校の時のあだ名、それだったし!」

 

「あー、確かに!」

 

萌々香と美希の指摘を聞いて想像してしまったことで木河先生がぶっと笑いだしながら、紫に指さす。その反応に紫は一気に眉を顰め、お怒りモードに入りそう。だが美希と萌々香は満足げな顔をしている。

 

「もう!それ言うなって言ってるでしょ!怒るよ!先生も笑ってないでください!」

 

「いや、ごめん。あまりにも的確過ぎて…」

 

しかし笑いのツボというか、木河先生にとってクリーンヒットだったのか。笑いが止まらない。紫はその様子にむかつき、ぷりぷりと怒ってその場を去ってしまった。

 

『ほんと、なんなのあの先生!』

 

紫にとって現状は、頭のネジが吹っ飛んだ…よほど先生とは思えない人であった。

 

 

 




改行とかの使い方、難しいですよね。

ちなみに彼女達が通う学校は作品でも書いてあるようにごくごく一般的な市立の学校です。


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2時間目 修学旅行はどうやって決めますか?

紫がノートを見返している。その部分部分を見ていると思い出してしまうこともあって、自然と笑みが浮かぶ。

 

「まず授業タイトルが暗黒の木曜日とかつける人、いないよね」

 

ペラペラめくっていると所々に鳥居のイラストや京都の名所が書き込んであった。

 

「これ、なんで書いたんだっけ…」

 

そのイラストと言葉で思い出そうとする。かの先生、木河先生がしゃべったネタを。

 

 

 

    木河先生は臨採中! ~彼が知る修学旅行のしゃべりは~

 

 

 

 GWが始まる一週間前。とある水曜日の午後の授業は総合だった。正式には総合的学習の時間といい、要件言えば学年で自由に課題を設定し、授業できる時間だ。目下、3年生の彼女達の学年は6月に行われる修学旅行に向けた取り組みばかりだった。今日はコース決めを班で行う日。紫の班は萌々香、美希の女子3人に加山、深澤、村下の男子3人の6人組。

 

「ほんとにさ、京都のコース決まんないじゃん。どうすんの」

 

「だってよー、行きたいところバラバラじゃん。こんなの決まりっこないって」

 

「私達は清水寺いければいいって言ってるじゃん」

 

「俺ら行きたいの金閣と壬生寺だし。全く方向違うじゃん。無理無理」

 

「私達妥協してんだから、男子も妥協してよ」

 

「えー…」

 

紫が矢継ぎ早に提案しているのに対して加山と村下がブーブー言っている。紫は不機嫌になっていくのは明白で、それを萌々香がなんとか抑えようとしているのが班の現状である。今週中にコース案を決めないといけないのにこの二人のせいで決まらないことに紫は先週からイライラしていた。それをどうにかしようと紫なりの譲歩をしているみたいだが、男子のこの態度に険悪感は一気に加速しているようにしか見えない。

 

「ありゃまー、てんこ盛りのコース設定だね」

 

そこに突然木河先生が現れ、声をかけてきた。班員一斉にそちらを見る。

 

「男子がわがまますぎて決まらないんです!」

 

「ちげーし。お前らの清水寺の行く動機がこんなんだから嫌だって言ってるだけだし」

 

「へー、どんな理由なのさ」

 

「こいつら、清水寺にある恋愛の神社で恋愛成就したいからって、それだけなんすよ」

 

「それのどこが悪いのよ!」

 

「そんなのしに京都行くわけじゃねーだろ!」

 

紫の言葉に後ろから萌々香と美希もそーだそーだ!と文句を言い始めると加山がそれに負けじと反論する。その言葉に村下と深澤がうんうんと頷いている。

 

「あー、これは平行線だね。まぁ、どっちの気持ちもわかるけどね」

 

「木河先生、わかってくれますよね!」

 

「何言ってんの?木河先生はこっちの味方だろ」

 

「人を巻き込むのはよくないぞ」

 

木河先生が所々制しているおかげで班全体のヒートアップが超えない程度でギャーギャーしている。それを担任の山崎先生が遠目で微笑ましく見ている。木河先生はその様子を見て、何かを察した。

 

「まぁ、いいじゃん。こうやって班内で楽しく談義できるだけで」

 

「どこが楽しく見えますか!?」

 

「俺らめっちゃ苦労してるんですよ!」

 

「僕の中学時代に比べたら、全然楽しいけどね」

 

その言葉を聞いて班内の空気が変わった。加山と村下、萌々香もにやりとし始める。

 

「それ、聞きたいっす!」

 

加山が手を挙げて、突如質問した。あの自己紹介からどーでもいい雑談交じりの授業は今までの積み重ねもあってか、この学年ではフィーバーするほど人気が高かった。何せ、1年生からずっとやってきた他教科の先生が「木河先生の人気には勝てないなー」と愚痴をこぼすほどだ。

 

「えー…自分の過去を語るの?恥ずかしいじゃん」

 

「そこを何とか!木河先生ならいけますよ!」

 

木河先生はそこでうーん…と悩んでしまった。紫もため息をつくような態度だが、内心は気になっていた。これだけネジが飛んだ先生の過去はどんなもんなのか。

 

「わかった。じゃあ、授業で話すよ。明日の1時間目がちょうど社会だし」

 

「約束ですからね!」

 

萌々香の追撃に木河先生は軽くはいはいとしゃべって他の班へと移動してしまった。

 

「加山、ナイス!」

 

「俺に任せておけって!だてに生徒会で鍛えてないって!」

 

萌々香と加山がきゃっきゃしているのを見て、紫は少し脱力をした。

 

 

 

 翌日の1時間目。いつものように号令をして、全員が着席をしたところからシーン…となる。この間が2~3秒した後、木河先生のどーでもいい雑談が始まる。そこは一種の舞台を待つ観客とたった一人のライブが始まるような空間へと変わる。

 

「そんじゃまー、今日は皆が楽しみにしている修学旅行について話そうかね。といっても、修学旅行で回れる場所を話してもしゃーないので、僕の中学時代の修学旅行だけど」

 

この言葉に男子も女子もわぁぁ!と若干騒がしくなる。それを適当にやめるように促し、しゃべり始めた。

 

「僕の中学校はなにかと変でさ。修学旅行の1日目、皆は奈良オンリーじゃん。だけど僕の時は3つ選べたんだよ。1つが奈良コース、次が神戸コース、そんで最後がユニバーサルスタジオジャパンコース」

 

「え!ユニバ行けたんすか!」

 

「加山君、そうなんだよ。なぜかユニバ行けたんだよ。当時の先生に大人になって聞いてみたら、当時の学年で一番偉い先生がいいんじゃない?とか言ったら、ホントに実現したんだよね」

 

その発言にクラス中からいいな~という声でざわつく。

 

「まぁ、僕は奈良コースを選んだけどさ」

 

「もったいない」

 

「岩森さんの言う通り、もったいないかもしれないけど当時の僕はユニバーサルにそこまで魅力を感じなくてね。しかも制限時間が結構あって、ならいっかって思ったから、奈良にしたんだよね。で、クラスメイトの沖原君ってやつと荒川君ってやつを奈良コースに誘って三人でいったんよ」

 

「女の子はいなかったんですか?」

 

「クラスで同じコースなら何人でも誰とでも組んでよかったんですよ。おかげで少数班でした。でも幼馴染の女の子班とほぼほぼ同じコースだから一緒だったけどね。まぁ、でさ最初に法隆寺に行ったんですよ。世界最古の木造建築ってこともあってよかったんですよ。事件が発生しなかったら」

 

「事件…先生、もしかしてぶっこわしたんですか!?」

 

「そしたら先生、犯罪者ですな。んなわけないでしょ。先生の眼鏡が急になくなったの。どうしてかわからんけど落としたらしくてさ、それないと見えないから、必死に探したよ。おかげで法隆寺を走る法隆寺マラソンが開催されてさ。結局大きな門の柵みたいなところにかけてあったんですよ」

 

その話でクラスが一気に爆笑する。もちろん紫もそれには笑ってしまう。

 

「で、時間がなくなってさ。次の目的地を変更して東大寺に向かおうとしたの。でもね、決められたところ巡ったら本部の先生に電話しないといけない決まりがあってさ。本来は班長の沖原君がしないといけないのに、あいつビビッてしたくないとか言い始めたの。だから僕がしたんですよ。もちろん先生に班長はどうしたって聞かれるじゃん?だからとっさに『沖原君はお腹が痛くてうんこしてます』っていっちゃって。沖原君は隣にいるから、おい!とか言ってくるんだけどばれたら怒られるのあいつだから、それ以上何も言えなくて。あの時の沖原君の真顔は面白かったね~」

 

生徒全体の反応はもう笑いの渦状態だった。その会話をしているのに木河先生の態度はあまり変わらないあたり、本気であったことをしゃべっているのだろうと誰が思うのだろうか。紫が後に聞いたことだが、これらの話が全くの創作ではなく、実際の出来事だったというのだから、やっぱりネジが飛んでいるのだろうなぁって思ってしまうのも無理はないのかもしれない。

 

「まぁ、さ。色々ありましたけど、最後は東大寺の鹿の糞を一番踏んだ奴が女子の部屋に侵入しに行く罰ゲームとかくだらんこともやっててさ。そんな修学旅行だったけど、選んだ場所は全部覚えているし、それぞれで思いであるし。だから君らもどこ行きたいとかあるけど、今は不満があるかもしれんけど、行ったら忘れるよ。でね、君らが二十歳ぐらいになってその話したら、笑い話になるわけですよ。僕の話を聞いて笑ってた君達みたいにさ。だからじっくり話し合って、お互い妥協点見つけて、行ってみてください」

 

じゃ、授業しますかね~という声で雑談が終わり、木河先生が黒板の方を向き、授業の内容を書き始めた。紫はなんだか最後の言葉に今までのやりとりがなんだったのだろう…と考え込んでしまった。とりあえずノートをとろうとペンをもったところで隣の村下から手紙がころっと届いた。それを手に取り、村下を見ると指で後ろをさしていた。その示す先にいるのは加山。ということは加山からの手紙だろうか。開けて見ると、『お前らの意見に合わせるから』とだけ書かれていた。それを見て、紫はあっけにとられてしまった。

 すぐに目線を黒板…もとい木河先生に向けると、木河先生はドヤ顔までとはいかないが、紫に対して『よかったね、解決して』みたいなことを言いそうな表情をしている。それを見て、なんか恥ずかしくなって紫は必死にノートをとるふりをして、その視線から顔をそむけた。

 

 

 



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修学旅行 ~ Let's Go 奈良 ~

今回、話の中に実在のプロ野球チーム出していますが、特に非難とか中傷しているわけではありません。あくまで話のつなぎとして使っているだけです。


 紫は自分の几帳面さに感謝していた。ちゃんとその日の習う場所の題名だけでなく、しっかりと何月何日にその活動をしているか記載していたからだ。

 

「ほんと、我ながら真面目だわ」

 

自分のことはとりあえずおいといて、この時期は修学旅行のこともあってそれに関するネタが多すぎた。

 

「確か修学旅行も…こんな感じだったな」

 

 

 

木河先生は臨採中 ~ 修学旅行 Let’s Go 奈良 ~

 

 

 

 6月初旬、紫は朝5時にはすでに新鎌ノ谷駅前にいた。今日から修学旅行なので、最初の目的地である東京駅に行くためには班全員が最寄り駅に集まって、チェックを受けてから目指すことになっている。元々集合が5時半なのに紫がすでに到着しているのは彼女が班の班長だから、というそれだけの理由であった。

 

「ねむ…まだ皆着てないし」

 

当たり前といえば当たり前だが、それでも誰もいないとなると一抹の不安しか残らない。といっても班員だと彼女一人で合って、関係者を除けばちゃんといるのだ。

 

「こんなに早く来たって誰もいないだろうに。カープが昨日負けたからって」

 

「カープ関係ないです!!しかも負けた相手、先生が応援しているベイスターズじゃないですか!」

 

「そうだった。いやー、今永さんナイスピッチでしたわー。エルドレッド、くるくるだったね」

 

「うっさい!思い出させないでください!」

 

木河先生が紫をからかいながら彼女の相手をしていた。つい先日、授業で横浜DeNAベイスターズのことをあれよこれよと宣伝していた木河先生に対して、若干ヘイトが溜まっていた。野球ファンは応援チームが分かれるとなかなか分かり合えないことがあるが、この先生は全チームの知識やネタをおおく知っていることもあって、そういったヘイトが少ないのだが、紫が大層なカープ愛を語ったところ、それをからかってくる節があった。もちろん先生にとってはそれもコミュニケーションの1つだが、紫にとってはそんなことわかるわけもなく、単に煽られているとしか思えなかった。

 

「あー、紫。おはよう」

 

「おっす、あれ木河先生もいるんすね」

 

「島根と加山到着…と。あとは篠原と村下と深澤だね。しかしお前ら、一緒にくるなんて何かあったの?」

 

「いやー、聞いてくださいよ先生。俺、こいつと幼馴染なんすよー。親も仲いいから一緒に送っていくって言われて、泣く泣くこんなことになるんすよ」

 

「はぁ?感謝してよねー。うちの親が加山に甘いおかげで楽できたんだから」

 

「意味わかんねーし」

 

そこからキャンキャンあれこれ言い始める二人。それを見てため息つく紫。紫にとっては『いつものこと』ぐらいしか思わない出来事だった。これでお互いが好きだと言って、さらにばれたくないからと紫だけにしか相談できないあたり、紫にとっては『どーでもいいこと』でしかなかった。

 

「へー、仲いいね」

 

「先生、勘弁してくださいよ!」

 

「ほんとです!加山が相手とか皆に何か言われちゃいます!」

 

そこに木河先生がまぁまぁ、となだめるように制した。何分朝早くの駅前。これ以上うるさくしてしまうと近所の迷惑にしかならない。

 

 それから数分して篠原、深澤、村下がやってきた。それと同時にぞくぞくと他の生徒も集まってくる。

 

「そんじゃ、チェック始めますか。岩森、よろしく」

 

「はい…3年1組2班、班長の岩森です。班員全員そろったので東京駅に向かいます」

 

「確認しました、いってらっしゃい」

 

「先生も行くんすよね?」

 

「僕だけ置いてけぼりは嫌だなぁ」

 

加山の突込みに木河先生がははっと乾いた笑いをした。

 

 

 

 東京駅で3学年全体が集まり、教員の指示によって大集団がホームへと移動し、団体専用の新幹線に乗って一路、京都へと新幹線は走る。紫は萌々香と美希をはじめとしたクラスメイトと一緒にワイワイ楽しんでいる。そこにカメラを持った木河先生がやってきた。

 

「先生、なにやってるんですか~?」

 

「皆の活動を記録するのがせんせいのやくめになっちゃったんですよ。だから、一枚プリーズ」

 

萌々香の声掛けで近くの人と一緒に楽しく写真をとる先生。そこに近くの席の男子が声をかけてきた。

 

「先生!おすすめのお土産、なにかありますか!?」

 

「欲しいのか買えばいいんじゃないの?」

 

「いやー、家族に言われたのは買いますけど…自分のがなくて」

 

「あー、なるほどね。じゃあアドバイスしてあげるよ」

 

「ほんとっすか?何がおすすめなんすか?」

 

「言えることはひとつ。木刀だけはやめとけよ」

 

木河先生の言葉に男子はみな、ポカンとした表情をしている。そして女子ははぁ?みたいな表情をしている。しかし木河先生の表情は真剣というか、無表情に近い。

 

「なんで、木刀?」

 

「いや、まじで木刀はやめとけ。2000~3000円ぐらいするくせに、その時はテンション上がるけど、その後に使い道もなく、家族にもブーブー言われ、冷静に考えた時、自分がむなしくなるから」

 

「それ、自分の経験上ですか?」

 

「黙秘だね。それは」

 

紫の言葉に木河先生は目をそらすように言い残し、他のクラスの写真を撮りに移動してしまった。

 

 

 生徒達を載せた新幹線は早くも京都駅に着き、そのまま私鉄に乗り換えて最初の目的地である近鉄奈良駅に着いた。ここからは班行動のため、それぞれが思い思いに自分達が作成したコースに従って移動を開始している。

そんな中、紫たちの班は未だに近鉄奈良駅にいた。

 

「やべー!これが先生の言ってたせんとくんかぁ」

 

「なんか愛嬌があるような、イラっとくるような」

 

加山と紫が改札口近くにあったせんとくんの像を見て、なんだかんだと意見を交わしながらせんとくんをはたいている。それを他のメンバーは微笑ましく見ている。

 

「ねぇ、紫。遅れちゃうから早くいこうよ」

 

「あ、ごめん」

 

萌々香の声でようやくこちら側に戻ってきた紫。未だに興奮する加山を深澤と村下が引っ張り出して、目的地である東大寺に向かった。

 

 

 東大寺とは中学生の奈良コースにおいて、絶対的な立場を有している。なぜならば自分達が学んだ教科書に見開き1ページ扱われている内容がそこに、公然たる事実として視界に入ってくるからだ。そうでなくてもこれだけ目立つ建物は教員たちのチェックポイントとして設定するところも多く、今回もそれに漏れずチェックポイントになっていた。

 しかし、この東大寺には乗り越えなければならないものがある。人によっては厳しい道のりになることもある。

 

「私さ、これ以上入りたくないんだけど」

 

「いやいや、無理でしょ。チェック受けるのこの先だし」

 

「村下は平気かもしれないけど、私マジ無理」

 

美希がその道中でいきたくないと駄々こねだした。もちろん彼女が多少わがままなのは知っているが、ここまで拒否するのは珍しい。その理由は明白。

 

「確かに私も歩きたくないな。う〇こ多すぎ」

 

「う〇こ言うなよ。せめて鹿の糞っていえって」

 

そう、彼女達が敬遠しているのは鹿の糞だった。これはもはやここらへんでは当たり前かもしれないが、関東に14年程度しか住んだことのない子供たちにとっては衝撃すぎた。もちろん事前指導はあった。それでもいざ現実に見ると二の足を踏んでしまう。

 

「腹くくろ。うまくよけていけば踏まなくて済むかもしれないし」

 

「紫が混じイケメンに見えるわー」

 

「俺が先頭行くからいこうぜ」

 

加山が先に歩き出し、村下と深澤がその後ろに並ぶようにくっついていく。そしてその後ろに女子3人。

 

「なんか加山、かっこつけてるじゃん」

 

「こんな機会だからつけてるだけだよ。もう、誰にかっこつけたいんだろーね」

 

「萌々香、ぎすぎすしないでよ」

 

「してません!」

 

紫の声に萌々香がイラついたように返事する。紫はいきなりそんな風に言われるとは思ってなかったのでびっくりし、その様子を見て美希はにしし…と笑うようなそぶりをした。

 

 そんな班のメンバーを見てか、それともただのきまぐれか。周りの鹿がなんとなく彼女達に近づいてきた。

 

「え…なんで鹿が近づいてくるの?」

 

「あー、ごめん。さっき買った鹿せんべいのせいだ」

 

深澤が何気なく持っていたせんべいを女子に見せびらかした瞬間、鹿がぞろぞろと遠慮なしに距離を詰めてきた。それに対して萌々香はひっ…と驚き、美希は完全に表情が固まっている。

 

「あんたねー…それ、どうにかしてよ。私達困るんだけど」

 

「わりーわりー」

 

残りが少なかったこともあってか、深澤がバキバキにつぶしてぽいっと投げた。その方向に鹿達は一斉に歩き出した。

 

「ほんと、習性って怖い」

 

「いやー、先生たちが言ってたけどまじで鹿せんべいやばいんだな」

 

「気を付けてよね…ほんと」

 

紫がそう言ってふぅ…とため息をついていると、萌々香と美希が紫を見てこわばっている反応を見せている。紫は2人がそんな反応をしているのがどうしてかわからない。

 

「どうしたの?何かあった?」

 

「紫…後ろ」

 

「後ろ…?」

 

萌々香に言われて後ろを見た。そこには紫のスカートをむしゃむしゃと噛んでいる鹿が一匹

 

「!!??!!??…」

 

紫はわけがわからない声でその場で大声を発生した。

 

 

 

「いやー、そいつは災難だったね」

 

笑いながら彼ら彼女らの報告を聞くのは、チェックポイント担当として立っていた木河先生だった。事の顛末を聞き、あれやこれやと対応してくれたのだった。

 

「わらいごとじゃないです!私のスカートどうするんですか!」

 

「それは水鏡先生に言ってね。確か違反者のために制服の予備、ホテルに届けているはずだから。さっき連絡しておいたし」

 

「もう…全員の先生にばれてるじゃないですか」

 

「僕が女子の制服もっていったらただの変態さんでしょ。まぁ、怪我がなくてよかったですよ」

 

「心はダメージ負いましたけど」

 

「起きちゃったものはしょうがないので、中の大仏見て、気分転換してきな」

 

木河先生が指さす先には東大寺への入り口がある。意気消沈した紫を萌々香と美希が連れ添い、その後ろに男子がひっついていく。

 

「そうそう、男子。ちゃんと女子をエスコートしなさいね。これ以上不幸な目、合っても仕方ないでしょ」

 

「まぁ、がんばります」

 

「今だけだよ。こんな面白と青春できるの」

 

木河先生の声に男子3人はそれぞれ微妙そうな顔をしながら、中へと入っていた。

 




もしかしたら後日、話の追加をするかもしれません。その場合にはタイトルに記載します。


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