最果ての航路 (ばるむんく)
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敵襲

たまにしっかりとした物語が書きたくなる病気持ち(殆どが形にならずに消えていく模様)

普段はpixivでアズレン短編適当に投稿しまくってる適当な作者です。

取り敢えずお試し一話投稿します。

それっぽいあらすじ書いたけど、要はアズールレーンの設定そのままだ!


 注ぎこんでくる光を目で追い、男は鉄格子で閉じられている窓へと視線を向けた。部屋の壁にかけられている時計の秒針がひたすらにコチ、コチ、と無機質な音を鳴らしている中、男は目の前にあるパソコンの画面へと視線を戻した。

 男が一人パソコンに向かい合ってキーボードを打っていると、座っている椅子から反対の方向に存在する、光を鈍く反射している重い鉄の扉が開かれる音がした。扉を開けて入室してきた人物を見て男は明らかな嫌悪の感情を瞳に宿した。腰下まで伸びている長い銀髪と男を見つめる紫の双眸。白と黒の制服に身を包み、黒のスカートからスラっと伸びるモデルの様な足。黒のマントを纏って如何にも風格のある様に見えながらも、自分が女性だと主張するかのような大きな胸。肌は白く透き通り、歩く姿に迷いは存在しないその美麗さに、男は更に視線の刺々しさを増した。

 

「指揮官、しばらく会いに来れなくてすまなかった。許してくれ」

「…………」

「あぁ、そんなに警戒しないでくれ。何度も言ったように、私が貴方に直接的な危害を加えることなど決してしない。むしろ、私は貴方に健康な姿のままいて欲しいと願っている」

「……」

 

 指揮官と呼ばれた男は、絶世の美女が笑顔で楽しそうに話しかけているにも関わらず応えることはなく、ただその女性から視線を外すことしかしなかった。そんな指揮官の反応にも慣れているのか、女性はふんわりと優し気な笑みを浮かべて片手に持っていたカバンを掲げて見せた。

 

「これ、指揮官が前に無くて困っていた物が入っている。筆記用具の新品を入れておいたし……これで日常生活に困ることは無いはずだ。運動はさせたいが……生憎こんな状況ではな? まだ何か必要だったらいつでも──」

「──いつまで俺を閉じ込めておくつもりだ。グレイゴースト」

「……エンタープライズ、とは呼んでくれないか」

 

 女性──エンタープライズの言葉を無視して指揮官は一方的に言葉をぶつけた。お前とコミュニケーションを取るつもりなど全く無いとでも言わんばかりのその態度も気にしないエンタープライズだが、指揮官に「グレイゴースト」と呼ばれたことに対してだけ、少し悲しそうに目を伏せた。

 

「忌々しい灰色の亡霊、お似合いの名前じゃないか。自国の利益を正義として弱者を踏みにじるお前達らしい」

「……確かに、私は数多くの人達から温もりを奪っているのかもしれない。だが」

「言わなければ分からないか? 俺はお前の話に等興味がない。ここから今すぐ出ていくか、俺を開放しろ」

 

 指揮官の口から出る言葉は全てエンタープライズを攻撃するものだった。彼の放つ言葉には、一つ一つエンタープライズに対する怨嗟と怒りが込められ、彼女は彼と初めて会話した時に自分が国を背負って立つ英雄ではなく、彼からは未来永劫憎み続ける相手としか見られていないのだと自覚した。

 

「私は、貴方にとっては憎むべき相手なのかもしれない。だが、私は貴方のことを!」

「何が言いたい? 早く俺を殺すなり、拷問するなりすればいいだろう?」

「そんなことッ……いや、私が熱くなっていい話ではないな。すまない」

「俺は、お前に喋ることなど無い」

 

 ただ突き放すだけの言葉しか喋らない指揮官に、エンタープライズは悲しそうに苦笑した。

 

「指揮官、私達は分かり合うことができるのではないか?」

「自国の利益の為に一度見捨てた相手に、有利な条件ばかり突き付けて降伏を迫るお前達が? 馬鹿を言うなよ。その結果……ユニオンとロイヤルがそうした結果、鉄血と重桜の国民はどうなったと思っている」

「それ、は……」

 

 エンタープライズの縋りつく様な言葉に、指揮官は今日初めてエンタープライズの瞳をしっかりと見つめ返した。激しい怒りを浮かべるその瞳に圧倒されてしまったエンタープライズは、一歩、二歩と後ずさりながら指揮官の視線から逃げるように目を逸らした。

 

「グレイゴースト、お前が俺に何を感じて生かしているのか知らないが、俺は重桜の指揮官だ。お前に指揮官と呼ばれる筋合いは無い……俺の部下は、今も昔もアイツらだけだ」

「……」

 

 それ以降一切の言葉を喋らず、俯く彼女に視線すら向けなくなってしまった指揮官の背中を見て、エンタープライズは鉄の扉を開いて部屋から出ていった。

 


 

「エンタープライズ」

「……ヨークタウン姉さん」

 

 部屋から出てきたエンタープライズを待っていたのは、心配そうに視線を向けるヨークタウンだった。指揮官が監禁されている部屋に入って出てくるたびに俯いて悲しそうな顔をしているエンタープライズを放っておけるほど、ヨークタウンは姉として腐っていなかった。

 

「まだ、あの人に会いに行ってるのね」

「……私達にとっても、人類にとっても、救世主となれる人だと私は思っている。まぁ、話も聞いてもらえていないのが現状だが」

 

 重桜の指揮官である彼を捕えてから、エンタープライズはどんなに短い時間であろうと暇があれば必ず彼の元を訪れていた。

 

「……神代恭介」

 

 ヨークタウンは手元の書類にある、閉じ込められている指揮官の名前を読んだ。アズールレーンと敵対しているレッドアクシズの片割れである重桜の指揮官。軍人としては明らかに若いはずなのにも関わらず、重桜の中枢に近い場所で指揮をしていた彼は、何かしらの重大な情報を持っているかもしれないと言うことで監禁されている。しかし、重桜が誇る一航戦すらも指揮することができる謎の若者を、簡単に拷問したり処刑してしまえば重桜とユニオンの間に修復不可能な溝ができることをユニオン上層部が恐れたため、未だに手を出せずにいる状況である。

 

「あの戦い以来、重桜に動きが無いのも気掛かりね。尤もあの戦いの後じゃ互いに動けないのでしょうけど」

 

 前線で指揮を執っていた神代恭介を狙った作戦のことを思い出しながら、ヨークタウンは報告書に目を落とす。一ヶ月前に行われたその戦闘では、沈んだ艦船はいないが重桜側にもユニオン側にも大きな損害をもたらした。ユニオンは戦力差と相手の指揮能力を考えて、真っ先に頭だけを取ることに重点を置き、重桜はそれを迎え撃つ形となった。結果的に奇襲の形でユニオンの攻撃は成功し、あの戦場に置いて重桜最高指揮官であった神代恭介を捕虜とすることに成功した。しかし、海上騎士のクリーブランドとモントピリアが神通と相打ちの形に持ち込まれ大破し、綾波の近接魚雷を受けてワシントンが共に大破。重桜側も瑞鶴がエセックスと真正面から衝突して互いに中破撤退。翔鶴はエンタープライズの目を引き付けるために足止めを行って大破まで追い込まれた。作戦の中枢にいたヨークタウンも中破していた飛龍の不意の一撃を受けて中破。両軍撤退を選択するまでさほど時間はかからなかった。互いに護衛艦の被害が少なく、主力艦同士の衝突による被害が大きかったことが結果的に撤退の選択を早めた。

 

「捕虜として目標を手に入れたはいいけど、調べれば調べる程謎が増えて迂闊に手が出せなくなって神代恭介は放置。あの作戦は本当に意味があったのかしら……」

「……姉さん、私はあの人と話して、何とか協力したいと思っている」

「……」

 

 ヨークタウンが一番驚いているのは、エンタープライズが思った以上にあの指揮官に惚れ込んでいることだった。戦場で的確な判断を行い、数々の不利な状況を覆してきたあの男はユニオンからしてみれば最大の障害とも言える。エンタープライズに直接弓を向けられたのに眉一つ動かすことなく捕まったと聞いた時にはヨークタウンも耳を疑った。そんな人物に、エンタープライズがずっと言葉を投げかけ続ける理由がヨークタウンには未だに理解できていない。

 

「あの人は……私達艦船にはない考え方を持っている。人を、私達を従える器を持っている。何より……戦争を誰よりも嫌っている」

 

 姉へと語りかけるエンタープライズの目は折れない意思を感じさせる強さを持っていた。

 

「少なくとも、彼がどんな経緯で作戦の総指揮に選ばれるぐらいの立場にいることができるのかを聞かない限りは、協力もできないわね」

「それは……確かにそうだな」

 

 ヨークタウンの言う通り、彼ほどの若さの人間が軍という年功序列の社会で総指揮を行っている理由が必ず存在する。それが分からなければ協力することなど、恐ろしくてできはしないだろう。

 

「エンタープライズは、あの人にべた惚れ?」

「聞き方が意地悪だな。確かに、あの人へ特別な感情を向けていないとは言わないが、それはあくまでも指揮官としてだ。今更私の様な艦船に……船に色恋沙汰ができるだなんて思ってはいない」

「そう? なら……何でもないわ」

「あぁ」

 

 指揮官に会う用事も済んだエンタープライズはさっさと身体を休めようと寮舎へと向けて歩き始めた瞬間に、基地を揺るがす程の轟音が鳴り響いた。即座に爆発音だと判断したエンタープライズとヨークタウンは、弾かれたようにその場から走り出した。

 港まで走った二人の目に飛び込んできた光景は、爆心地となったのであろう船が炎に包まれているものだった。黒煙を天高く上げている船を見てヨークタウンは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、エンタープライズは黒煙の向こう側から基地の中心へと向かっていく飛翔体に目を凝らした。大きなプロペラ音を鳴らしながら二人の上空を猛スピードで過ぎ去った機体を見て、エンタープライズは苦笑した。

 

「そろそろ仕掛けてくるとは思っていたが、まさかこんな大胆な作戦に出るとはな」

「今のは、彗星ね」

 

 重桜が誇る蔵王重工が開発した爆撃機である『彗星』が黒煙から飛び出したのを見て、攻めてきた相手が誰なのかは一瞬で理解できていた。一ヶ月前の海戦で中破もせずに撤退し、これ程の損害を一瞬でユニオンへと与えることができる重桜空母などエンタープライズは一人……一組しか知らなかった。

 

「重桜『一航戦』のお出ましだ」

「彼女達も、自分の指揮官を奪還する為に必死と言う訳ね」

 

 現在ヨークタウンは修復を終えてはいるものの、まだテストもできていない状態なので出撃することもできないが、エンタープライズは前回の海戦では小破未満の傷しか受けていないので即座に埠頭へと向かって走った。ヨークタウンはそんなエンタープライズの背中を見送ってから、中心地にある作戦司令室へと向けて走り出した。

 


 

「……姉様、釣れました」

「あら? やっぱりここにいたのね灰色の亡霊(グレイゴースト)さん。ならここに指揮官様がいるはずよ」

「やはり『一航戦』……少し分が悪いか」

 

 メンタルキューブによって船をその身に艤装として纏い、海上へと出たエンタープライズの眼前には、一対の空母が並んでいた。それぞれの甲板には黒と赤の女性と、白と青の女性が海上のエンタープライズを見下ろしていた。

 一航戦である二人を相手取っても遅れを取る気など更々ないエンタープライズだが、彼女達の目的が指揮官の奪還だけであるのならば明らかに不利なのはエンタープライズだった。一航戦の二人はただ指揮官を探し出して連れ出せば後は撤退するだけだが、エンタープライズは指揮官を奪われないように守りながら二人を撤退、もしくは轟沈まで追い込まなくてはならない。

 

「人生偶には諦めも感じですわ」

「なら貴女達に私は諦めて欲しいな……赤城、加賀」

「そうはいかないことぐらい、言わなくともわかるだろう」

 

 赤城と加賀は同時に甲板から飛び降りて船を艤装としてその身に纏う。一航戦の見た目は対して変化しないが、代わりに二人が手を挙げると揺らめく炎でできた飛行甲板が傍に現れる。あれこそ、重桜が誇る第一航空戦隊の力。

 

「我らの力、思い知るがいい」

「たっぷりと……ね?」

 

 同時に狂気の笑みを浮かべた赤城と加賀は、それぞれの艦載機を一気に発艦させた。一航戦が誇る艦載機の回転速度はユニオンの空母、世界中の空母全てを含めても最高速度。熟練の動きから繰り出される二人分の圧倒的なまでの数と速度、それこそが一航戦が最強の航空戦隊を名乗る理由である。

 

「くッ!?」

「簡単に逃げ切れると思うなよ?」

 

 圧倒的な物量による航空攻撃にも関わらず、それを上回る程の熟練度を誇る艦載機の動きにエンタープライズは自分の身を守ることで精一杯になっていた。弓を引き絞ろうにもその一瞬の隙も与えるつもりが無いと言わんばかりの波状攻撃を受けて、ひたすら雷撃と爆撃を避けていた。

 

「こうなってしまっては、受け身に回るしかッ」

「その程度かグレイゴースト」

 

 全く緩める気の無い攻撃の手に、エンタープライズは一航戦との戦闘に釘付けになることしかできなかった。その状況下でも、歴戦の戦士であるエンタープライズの目は一航戦以外にも向いていた。彼女達が放つ以外の艦載機が基地に向かっていく姿を見て、ユニオンの英雄は目を開いた。

 

「まさか、お前達は私を釣る為の囮か!」

「あら、流石ね。でも今更基地を守るために動けないことぐらい、自分が一番分かっているでしょう?」

 

 赤城の不敵な笑みを見て、エンタープライズは顔を苦しそうに歪めた。

 

「さ、分かったら大人しくここでずーっと避けてなさい」

 

 無慈悲な宣告を告げる赤城と、見えているのに何もできない歯がゆさを感じているエンタープライズの頭上を、彗星は悠々と過ぎ去っていく。赤城と加賀がエンタープライズと交戦を始めてから更に増した基地から聞こえる爆発音に、エンタープライズは振り向くことすらできない。

 

「精々楽しませろよ」

 

 加賀の戦闘に悦楽を見出す笑みを、エンタープライズは自分の無力さを味わいながら見ることしかできなかった。



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衝突

何か書いてるとポロポロ艦船が出てくるな……それだけ一キャラ事に与えれる役割がある程キャラが濃いんだろうな、としみじみ思うのであった。

関係ないけど、以前ハーメルンにアズレン投稿してた時は匿名使ってたっけ(記憶喪失)



 エンタープライズが一航戦と戦闘を始めた瞬間に、後方で待機していた飛鷹と隼鷹が一斉に彗星と烈風を全機発艦させて基地全体を混乱へと陥れていた。一航戦が放った艦載機にはエンタープライズが対応したにも関わらず、第二波として

 

「はぁ……何で隼鷹が迎えに行けないのかしら……」

「そういう作戦だからな。飛龍も瑞鶴も翔鶴も満足に動けない今、一航戦がグレイゴーストとやり合っていたらその間は私達がやるしかないだろう?」

「それはそうだけど……でも「あの時」みたいに私が迎えに行きたかったなぁ……」

「そうかい」

 

 相変わらず時々訳の分からないこと言う妹に呆れている飛鷹は、一航戦が予定通りエンタープライズの動きを止めていることを確認してから、指揮官奪還に動いている艦船達に通信を行っていた。

 

「川内、鳥海、指揮官は見つかったか?」

『まだだな。思ったより独房が多い』

『こっちもまだです。もしかして、指揮官はかなり好待遇だったのかもしれませんね』

「その可能性はある」

 

 何せユニオンからしてみれば謎の多すぎる人物なのだ。簡単に殺されることもなければ耐え難い拷問にかけられていることも無いだろう、とは療養中の軍師神通の言葉である。実際、作戦の総指揮官であれだけの数の艦船を従えていた指揮官を殺せばどうなるのかぐらい、ユニオンも考え付くだろうとは赤城も判断していた。だからこそ今回の奪還作戦を開始するまでに万全の準備をしてから始めたのだ。少しでも指揮官に命の危険性があったのならば、誰の言葉にも耳を貸さずに赤城は一人でユニオンへと突っ込んでいただろう。

 

「作戦通り手早く終わらせてくれよ。一航戦の二人が暴走しないうちにな」

『分かってる』

 

 独房の壁を破壊する音と共に川内は呆れた声を返して通信を切った。ため息を吐きたいのはこっちだと言わんばかりに、飛鷹は目を閉じて肩を竦めた。

 

「そろそろユニオンも動き出す。隼鷹も警戒しろ」

「分かってるわ」

 

 先程から二人の放った彗星と烈風が何機か撃墜されていた。基地に備え付けられた対空機銃によって撃墜されたのかと最初は考えていたが、どうも撃墜された数からしてユニオン側にも動ける正規空母がまだこの基地に残っていたらしいことが飛鷹と隼鷹には理解できていた。

 

「エセックス級か、それとも軽空母か」

「んー……あの子が残ってるじゃない」

「あの子?」

 

 隼鷹の言葉に飛鷹は首を傾げるが、妹の指し示す方向へと視線を向けてその正体を理解した。青色のペイントに白の星マークが描かれた戦闘機が空中を縦横無尽に駆け巡り、烈風と彗星を撃墜していた。

 

「ワイルドキャット……ヨークタウン型の末妹か」

「私と指揮官の邪魔をするなんて……くたばれぇ!」

「……全く。全機発艦! あの野良猫を撃ち落とせ!」

 

 基地を次々と爆撃していた烈風と彗星を撃墜していたのは、ユニオンの戦闘機であるF4Fワイルドキャットだった。艦船が多く揃っていないこの基地でこれ程の戦闘機が飛ばせるのはまず間違いなく正規空母だと判断した飛鷹は、相手が誰なのかを即座に悟った。エセックス級は満足に戦える艦が多くなく、ネームシップであるエセックスは前回の海戦で瑞鶴と共に中破している。エンタープライズが一航戦の相手をしているのならば残っているのは末妹しかいない。

 飛鷹と隼鷹はワイルドキャットが爆撃の邪魔をしているのだと判断した瞬間に、烈風を爆撃から対艦載機の動きへと変え、巻物の様な不思議な甲板から更に数を増やして烈風を全機発艦させた。例えヨークタウン型の正規空母とは言え、搭載数も正規空母と遜色のない飛鷹と隼鷹二隻の烈風全てを相手取って防ぎきれるほどの優秀さはない。

 

「これで計画通りに動ける」

 

 ましてやヨークタウン型の末妹、ホーネットから飛鷹と隼鷹の姿は見えていないのだから反撃に打って出ることもできはしない。既にこの基地は重桜の作戦に絡めとられていた。

 


 

「完全にこっちの動きが読まれてる! どうすりゃいいのさ!」

『慌てないでホーネット。冷静な判断ができなければ相手の手のひらの上で終わってしまうわ』

「重桜の目的はあの男の奪還でしょ? こんな大規模な攻撃より、隠密の方がいいんじゃないの?」

 

 烈風の攻撃を避けながらワイルドキャットを放つホーネットは、作戦指揮代理をしている姉のヨークタウンへと指示を仰いでいた。大規模な空襲によって指揮系統が混乱している状態で、まともに動けているのが艦船達しかいないのは、重桜の作戦なのだろうとヨークタウンは考えていた。

 

『エンタープライズをおびき寄せると同時にこの基地の作戦司令室を最初に攻撃している。初めから指揮系統の混乱を狙っていたのよ。一航戦の練度なら簡単に司令室を木端微塵にできるもの』

「成程ッ、指揮系統が狂えば指揮に空白の時間ができるから、そこを狙って指揮官をってことね! 随分えげつない作戦を思いつくじゃない!」

 

 ワイルドキャットでかなりの数を撃ち落としているにも関わらず、一向に減る気配のない艦載機の群れを見て、ホーネットは相手が一航戦ではなく後方待機している空母なのだと気づいて舌打ちをした。

 

「ヨークタウン姉! 後方待機して艦載機を放ってきてる敵空母がいる!」

『最初から一航戦は囮ってことね。そうすると、もう既に基地内に侵入してる艦船がいるって考えるのが妥当ね』

「あぁもう! 踊らされてる気分で腹立つ!」

 

 空を飛んでいる彗星と烈風へと意識を向けてワイルドキャットを放とうとしたホーネットは、エンタープライズ達が戦闘をしている方向から大量の烈風が飛んできていることに気が付いて更に表情を硬くした。

 

「ヨークタウン姉、多分私がいることバレた」

『どうしたの?』

「かなりの数の烈風が飛んできた。零戦は積んでなかったみたいだけど……かなりヤバいかも」

『ッ、何とか耐えて! もうちょっとで空母部隊が来るから!』

「頑張ってみる!」

 

 ヨークタウンの言葉を聞いて空を駆ける烈風へとホーネットは視線を向けた。正規空母二隻並の烈風の数に、若干苦笑しながらホーネットは甲板を向けた。

 

「ワイルドキャット全機発艦! やっちゃえ!」

 

 自分の持てる全てのワイルドキャットを発艦させたホーネットは、背後から迫る彗星の爆撃を紙一重で避けながら周囲へと意識を向けた。空母としての視力の良さを最大限に発揮して、周囲を見渡したホーネットの視界の隅に見慣れない人影が映った。服装だけで重桜の艦船だと判断することは難しいが、特徴的な形状をした刀剣を持っているその姿は正しく重桜艦船のそれだった。

 

「ヨークタウン姉! 重桜艦船がいた! もうあの特別監房の方向に走ってる!」

『ありがとう。ウィチタとセントルイスが近くにいたはずだからすぐに向かわせるわ』

 

 ヨークタウンの少し焦るような声を聞きながらホーネットは走って海へと出た。後方でひたすら艦載機を発艦しているであろう空母の顔を一目でも見ておかないと今後の戦闘に影響すると判断したホーネットは遥か海の彼方へと視線を向けた。

 

「やってやろうじゃない!」

 

 ホーネットは一人燃え落ちる艦載機の間を走りながらまだ姿すら見えない敵へと向かって吠えた。

 


 

 指揮官が囚われている場所を探しながら鳥海は無機質な廊下と階段をひたすら走っていた。監房と思われる場所の壁を片っ端からその手に持つ刀で切り裂いて確認しながら、鳥海は目当ての人物を探している。

 

「ここも違う……一体どこに」

「ハハッ! 同じ重巡とは運がいい!」

 

 走りながら壁を斬っている鳥海の真上から天井を破壊して突然降ってきた声に、鳥海は咄嗟に後ろに飛んで距離を取った。次の瞬間には鳥海が先程まで立っていた場所に赤い髪を振り回しながら好戦的な笑みを浮かべている艦船が重巡砲を砂煙の中から覗かせていた。

 

「私が海の猛将ウィチタだ! 相手頼むぞ!」

「そんな暇はありません!」

「そうかい。どっちにしろお前にはここで死んでもらうがな!」

 

 笑みを深めて砲門を鳥海へと向けたウィチタだったが、何かを感じ取って手に持っていた鞭を咄嗟に上へと振るうと、金属と衝突した甲高い音が鳴ると同時に鳥海とウィチタの間にそのまま介入者は着地した。

 

「お前は……」

「……鳥海、早く行け」

「うん! ありがとう摩耶!」

 

 鳥海の持つ刀よりも刃渡りの長い刀を振るう黒い制服の白髪艦船──摩耶は鳥海へと視線を向けずに先を促した。摩耶が見るのは少し驚いたような顔をしているウィチタだけだった。

 

「前回の戦いで決着がつかなかったんだ……今日こそお前を沈めて見せよう!」

「耳障りな声だ」

 

 同時に放った主砲は周囲を巻き込んで一際大きな爆音を基地へと響かせた。コンクリートが崩れる音と共に摩耶は刀を構えたままウィチタへと真っ直ぐに突っ込んだ。

 

『ウィチタ! 戦闘に入ったの?』

「あぁ、相手はどうやらツーマンセルで動いてるらしい。探索役と露払い役と言ったところだろうな」

「ぼくを前にしてお喋りする余裕があるとはな」

「チッ! 報告は後にする!」

 

 爆音に聞いて少し焦った様な声で通信を行ってヨークタウンにウィチタは最低限の情報を返すが、その一瞬の隙を付いて摩耶は爆炎の中を突進してウィチタへと迫った。即座に反応して副砲を発射するが、麻弥は当然の様に刀で全てを弾いて斬撃を放つ。

 

「……」

「相も変わらず無口な奴だ」

「敵と話す言葉は持ち合わせていない」

 

 再び同時に砲撃したウィチタと摩耶だったが、爆炎に紛れて摩耶はあっという間に鳥海の後を追いかけるように走り出した。視界を一瞬奪われたウィチタは反応が一瞬遅れて摩耶を追いかけるように走り出す。

 

「あくまで指揮官の奪還が最優先って訳か! やり辛いことこの上ない!」

 

 真正面から馬鹿正直に戦闘をしてくれるとはウィチタも最初から考えてはいなかったが、牽制の砲撃と隙を狙った斬撃だけで素直に退いて行く摩耶にウィチタは舌打ちする。

 

「鳥海!」

「大丈夫です!」

 

 背後のウィチタに警戒しながら走る摩耶は、前方を走る鳥海へと声をかけると戦場に似つかわしくない笑顔を浮かべて振り向いた。そんな自分の同型艦の姿を見て、摩耶は少し呆れた様に息を一つ吐いてから主砲を自分の足元と天井に放って盛大に崩落させた。当然被害を受けるのは摩耶を追いかけるように後ろを走っていたウィチタである。

 

「クソッ!」

 

 艦船の身体能力を持ってすれば床に開けられた穴を飛び越えることなど容易く、上から降ってくる瓦礫も艤装から放たれる弾薬を使えば簡単に吹き飛ばすこともできる。しかし、そのどちらも実行した後には一瞬の硬直ができてしまう。その一瞬を見逃す程摩耶が甘い相手ではないことは、前回の海戦で直接殴り合ったウィチタが一番良く理解していた。

 

「摩耶! きっとあの建物です!」

「走り抜けろ」

 

 指揮官が囚われているだろう建物に目星をつけたのを確認すると、摩耶はその場で止まってウィチタの方へと振り向いた。牢屋一つ分の穴を挟んで相対する摩耶とウィチタだが、無表情の摩耶とは違ってどうしようもできない悔しさがウィチタの顔には浮かんでいた。

 

「最初の奇襲が成功した時点でお前達の負けは決定していた」

「そうかい……ヨークタウン聞こえるか? してやられた」

『……会話は聞こえてたわ』

 

 苦々し気にヨークタウンへと通信をするウィチタを、摩耶は全く油断もせずに見つめながら通信機に手を当てた。

 

「重巡洋艦ウィチタを止めた。鳥海が指揮官の居場所を奥の一番高い建物に目星を付けたらしい。フォロー頼む」

『了解』

 

 摩耶の通信に短く反応したのは川内だった。返事を聞いてから摩耶は通信を切ってそのまま切っ先をウィチタへと向けて動きを止めた。

 

「動けば殺す」

「……ここまでとは、な」

 

 実質戦闘不能状態へと陥ったウィチタは重桜側の作戦立案者に内心感心していた。

 


 

 重巡洋艦が派手な音を出しながら戦闘をしていた場所とは反対に位置する建物内にいた川内は、部屋一つ一つを細かく確認している自分の相方へと視線を向けた。

 

「おい雪風、指揮官はあの塔らしい。鳥海が向かってる」

「おぉ! 流石なのだ!」

「俺らも行くぞ」

 

 川内と雪風は空が見えるまで天井を全て破壊して屋根の上から塔に向かって走り始めた。雪風が道中()()()()発見した見取り図を川内は眺めながら塔へと全力疾走していた。

 

「おい鳥海、どうやら指揮官はそこの上じゃなくて下にいるらしい」

『え? 地下ですか?』

「地下じゃなくて一階の奥にある廊下から繋がってる離れだ。見取り図を()()()()手に入れてな。その監房の壁を真っ直ぐ破壊していけば海がある」

『了解しました!』

 

 たまたま、幸運にも手に入れたという言葉に鳥海は通信の向こうで苦笑しながら川内の言葉に従った。走る川内の隣で随分と誇らしげな顔をしている雪風を見て川内は苦笑しながら見取り図を畳んで更に加速した。

 


 

「この奥……うぅ、無駄に広いです」

 

 川内からの情報を受けて塔内部へと侵入した鳥海は階段を無視して奥へとひたすら進んでいった。先程までこの場所に人がいたような痕跡が残っていることに鳥海は警戒しながら進んでいた。まだ湯気を立てているコーヒーを横目に、鳥海は廊下の奥で大きな鉄の扉を発見した。

 

「きっとこの先ですね……」

 

 手に持っていた刀で鉄の扉を豆腐の様に切り裂いた鳥海は、残骸を飛び越えて扉の先へと進もうとしてその足を止めた。黒い鉄で覆われた質素な廊下で鳥海は視線の先の人影に警戒して刀を構えた。こんな場所に立っている人影が人間なはずがないと考えた鳥海は、この基地に残っている艦船が多くないことも理解している。

 

「誰ですか」

「誰だと思う? ヒントあげようか?」

「いえ結構です。その艤装の形には見覚えがありますから」

 

 少しふざけた様な言葉を返す艦船に鳥海は構えを解くことなく艤装の主砲を起動させた。油断は全くするつもりのない瞳で立ち塞がる艦船を鳥海は見ていた。

 

「まさか本当にここまで来る艦船がいるとは思わなかったなぁ……ただの牢番で終わると思ってたのに」

「どいてください。クリーブランド級の誰かさん」

「誰か分かってないじゃん!」

 

 艤装の形からクリーブランド級軽巡洋艦の誰かだと判断した鳥海は摩耶の様な鋭い視線を敵へと向けた。指揮官が目の前にいるはずなのに邪魔をする艦船など、鳥海からすれば邪魔以外の何者でもなかった。

 

「まぁ退く気が無いことぐらい理解できるでしょ? 頭良さそうだし」

 

 丁寧さに欠ける口調と話し方で喋っていた艦船は砲塔を鳥海へと向けてにっこりと笑みを浮かべた。

 

「クリーブランド級軽巡二番艦コロンビア。次は覚えておいてね!」

 

 おおよそ敵へと向ける物ではない、狂気の欠片も存在しない楽しそうな笑みを浮かべながらコロンビアは鳥海へと静かに砲塔を向けた。



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神秘

取り敢えずどん

なんか……ハーメルンにある他の小説と全然違う気がして気になりますねぇ

もしかしなくてもpixivに投稿してる方がアズレン民は求めるのではないだろうかと思う今日この頃

独自解釈、独自設定がこれからバンバン出てくるのでタグに追加しておきました(なお、瑞鶴タグは役に立ってない模様)


「もう来たのか」

 

 外で先程から連続して鳴り響く爆発音を聞いて、指揮官は向き合っていたパソコンの電源を素早く落としてエンタープライズが持ってきた鞄へとしまって窓から外の海を見た。

 

「真正面から突撃するとは思わなかったが……神通だろうな」

 

 この基地の港方面から途切れることなく響く爆発音と僅かに聞こえるプロペラ音を聞いて、艦載機による爆撃を行っているのだと理解した指揮官は重桜で今、満足に動ける艦船を思い浮かべた。

 

「……飛鷹と隼鷹か」

 

 一航戦以外でこれ程大規模な空襲が起こせる程の搭載機数を誇り、尚且つ前回の海戦に参加していない重桜空母となると飛鷹と隼鷹のコンビしかいないと指揮官は判断した。大規模な空襲を囮としてその間に指揮官がいる場所を探し出して奪還する作戦なのだと即座に理解した指揮官は、すぐに外へと出られる準備をしてベッドに腰かけた。

 

「おいーっすって、もう外に出る気満々じゃん」

「誰だ」

「私はコロンビア。今牢の見張りやってる艦船だよ」

 

 扉を開けて軽い挨拶をして笑いかけるコロンビアに指揮官は視線を向けるが、特に交わす言葉も聞くことも無い指揮官としては興味もなくそのまま目を逸らして顔を俯かせた。

 

「ふーん……何が起きてるの、とか聞くかと思ったんだけど……理解してるっぽいね」

「それぐらい読めなくて何が総指揮官だ」

「それもそうかな」

 

 椅子に座ってだらけながらガムを噛み始めたコロンビアは、指揮官へと向かってガムを差し出した。その動作にも特に怪しい動きはなく、指揮官は少し興味が湧いたのか適当にコロンビアからガムを受け取ってそのまま口へと放り込んだ。

 

「ずっと聞きたかったんだけどさ」

「何だ?」

 

 ガムを風船の様に膨らませるコロンビアの技術を真似しようとして失敗していた指揮官は、急に話しかけてきたコロンビアに向き合って目を合わせた。あくまで楽し気なままで風船を膨らませているコロンビアは、疑問を口にした。

 

「重桜の人達はみーんな獣耳ついてたりするのに、()()()()()()()()()()()()? 神代恭介さん」

「個人差だろ……」

 

 先程まで適当に返事をしていた指揮官は、コロンビアの言葉を聞いて一瞬動きを止めた後にコロンビアへと鋭い視線を向けた。触れてはならない真実へと至った相手を威嚇するような視線に、コロンビアはにやけながら追撃する。

 

「そんなはずないよ。艦船じゃない一般の国民だって獣耳ついてるのに、貴方だけってのはおかしくない? 実はこれ、皆あんまり気が付いてないんだよねー」

「侮り過ぎた、か」

 

 彼は一拍置いてコロンビアと向き合った。

 

「俺には獣の力が必要ないからだ。俺は俺という存在だから特別なんだ」

「んん? つまり重桜の人達は獣の力が必要だから獣耳が付いてるの? 意味が分からなくなってきたんだけど」

「安心しろ。理解できるとは最初から思っていない」

 

 何を言っているのか自分でも理解できなくなったコロンビアは、頭を捻りながらうんうんと一人で唸っていた。それを横目に見ながら、指揮官は何処からともなく桜の花が閉じ込められた淡い水色の勾玉を取り出した。鼓動の様に少しだけ点滅しているその勾玉を見て、指揮官は少し顔を苦しそうにしてからすぐにしまい込んだ。

 

「どうやら来たみたいだな」

「……そうみたいだね。短い時間だったけど、結構楽しかったよ」

 

 最後まで陽気に手を振って扉の外へと出ていくコロンビアの意図が理解できない指揮官は、ため息を吐いてからベッドに転がった。

 


 

「覚悟!」

「まだ死にたくないかなぁ」

 

 構えていた刀の切っ先をそのままにして鳥海は一気にコロンビアとの距離を詰め、そのまま心臓部を突き刺そうと猛然と突進した。ガムを噛んだまま余裕を見せているコロンビアは、鳥海の上を飛び越える形で跳躍して背後に向かって狙いを付ける。

 

「まぁ殺す気はないから安心してよね!」

 

 轟音と共に全砲塔から砲弾を発射したコロンビアは、鳥海の動きを真剣に観察していた。

 

「はぁ!」

「嘘でしょー」

 

 相手の手の内全てを理解する為に観察していたコロンビアは、鳥海がとんでもない速度で刀を振って砲弾を全て切り裂いたことに苦笑していた。防がれることや避けられること想定していても、全てを叩き切られることなど想像もしていなかったコロンビアは、この場で鳥海を動けなくすることが不可能に近いことを悟った。

 砲弾を切り裂いた鳥海は、そのまま切っ先を向けたまま訝し気にコロンビアを見ていた。

 

「やる気が無いんですか?」

「そんなことないよ。今すぐ後ろを向いてその壁を斬ろうとしたら砲撃するぐらいにはやる気がある」

「それは……やる気があると言えるのでしょうか」

「さぁ? 少なくとも、私の中でもやる気があるうちに入るかな」

 

 極々適当なことを言い続けるコロンビアに対しても、毒気を抜かれることもなく警戒を強める鳥海は刀を構えなおして砲塔を動かした。静かな構えの中に潜む必殺の気合にコロンビアは内心ではそれなりに焦りながらお気楽な笑みを浮かべていた。

 

「次で斬ります」

 

 どちらも動かずに静止している状態のまま数秒が経過している中、極限まで集中状態へと至っている二人の体感ではかなりの時間が経過していた。コロンビアが砲塔を動かすために一瞬その静寂に波を起こした瞬間に、鳥海は持てる力全てで懐まで刹那で踏み込んだ。獣としての膂力なのか、艦船からしても常識外れの速度で間を詰めた鳥海にコロンビアは反応することもできずにゆっくりと的確に首へと迫ってくる刃を意識の外で眺めていた。

 

「まだッ」

 

 この状況からコロンビアができることなど何もなく、ただ眼前に迫る刃によって首が刎ねられるのを待つだけの中コロンビアの中の何かが急速に熱を帯び始めた。心臓でもなく、心なんて抽象的な物でもないナニカ──もっと奥深く……艦船のイノチが熱を持つにつれゆっくりと迫る刃が更に遅くなっていくのがコロンビアには見えていたが、意識には既にそんなものは消えていた。

 

「まだッ! 死ねないの!」

「なっ!?」

 

 一秒にも満たない時間で首を刎ねるはずだった刀は、鳥海が横から蹴り飛ばされたことでコロンビアの頬に薄い赤色の線をつけるだけで終わった。先程までは次元が違う動きに最大限まで警戒を強めて無理矢理着地した鳥海だったが、そのまま地に伏せるように倒れたコロンビアを呆然と見ていた。

 

「い、一体……まるで『神秘』を得た私達の様に……」

 

 鳥海は意識を失って倒れている姿に警戒しながらしばらく観察していたが、一向に動く気配も起きる気配も無い姿を見て懐疑心が籠った視線を向けながらも指揮官が囚われているであろう鉄の扉に手をかけた。直前までコロンビアが中にいたこともあり、鍵が最初からかかっていなかったその牢は簡単に開いて、鳥海達が求めていた人物がベッドに寝転がっていた。

 

「指揮官!」

「ん……鳥海か」

 

 扉を開けて視界の中に指揮官を見つけた瞬間に、鳥海は指揮官へと飛びついた。抱き留める形で鳥海を受け止めた指揮官は犬の様に頭をぐりぐりと押し付けてくる部下に苦笑しながらその頭を撫でていた。

 

「今はどうなってる」

「あ、えっと……作戦中でしたね」

 

 恥ずかしそうに指揮官から離れた鳥海は、顔を赤らめながら通信機へと手をかけて全体へと繋いだ。

 

「妨害にはありましたが指揮官を奪還できました! 皆さん軍師さんの作戦通りにお願いします!」

『指揮官の護送は雪風様に任せろ!』

『こっちも適当にグレイゴーストを撒いて行くわ。加賀もちゃんと拾ってね』

『では爆撃から妨害に切り替えよう』

 

 雪風、赤城、飛鷹の順番に返事をしたことを確認した鳥海は満足そうに頷いて指揮官へと向き合った。特に動じることなく勾玉を見つめている姿を見て、その変わりなさに鳥海は自然と頬を緩ませていた。

 

「もう少ししたら護送係が来ます」

「雪風か……まぁ問題ないだろ。神通の作戦なら尚更な」

 

 前回の戦いで無茶した傷でまだ戦場に立つことすらできないのだろう神通を思い浮かべながら指揮官は勾玉を眺めていた。一ヶ月前よりも光が強くなっているそのアクセサリーに、指揮官はため息を吐いて鳥海へと視線を向ける。

 

「よく長門が許したな」

「それなんですけど……何だか長門様、焦っているみたいで」

「長門が?」

 

 巫狐として神木と繋がることでタマシイの情報を読み取ることができる長門が焦ることは、国に関わる何かであることが多い。国民から絶大な支持を得ている長門は常に重桜のことを考えている為に、軍部の意見に反対することも多いが、情で作戦を許すことなどしない。

 

「……まさか、な」

 

 このユニオンの基地へと囚われる以前からやけに光ることが多くなった勾玉に、指揮官は不安を募らせていた。手の中に握り締めることができる程小さくとも、()()()()()であることに変わりがないそれが光ることは何かしらの意味を持つ。

 思考の海へと沈んでいく指揮官の意識を浮上させたのは鳥海以外の声だった。

 

「おう、無事そうで何よりだ」

「おかげさまでな」

「さっさとするのだ!」

 

 開けっ放しになっていた扉から顔を覗かせた川内と、その背後から現れて指揮官の手をいきなり掴んだ雪風を見て、彼は考え込んでいたことを頭の片隅へと追いやってベッドから立ち上がってパソコンが入っている鞄を持った。

 

「行くか」

 

 鳥海と雪風が指揮官の傍に立っていることを確認した川内は、そのまま独房の奥の壁を拳一つで豪快に粉砕して海への直通路を作り出した。エンタープライズ達が戦闘している港の対岸は断崖絶壁になっている為、艦船どころか艦載機一つすら飛んでいなかった。

 

「とう!」

 

 壁に穴が開いてから雪風が最初に断崖絶壁の海へと飛び降りて艤装を解除して艦艇を召喚した。その上に綺麗に着地した雪風は川内と鳥海に両手を振って周囲の安全を伝える。

 

「よし、行くぞ」

「はい」

 

 指揮官を抱えて鳥海は駆逐艦雪風へと向かって飛び、それを見て川内も背後を確認してから船へと向かって飛んだ。

 

「脱出なのだー!」

 

 彼女達の作戦は至極単純なもので、駆逐艦である雪風の速力を使ってユニオンの追撃を振り切るというものだった。当然護衛として川内と鳥海が付き、一航戦、飛鷹、隼鷹、摩耶も共に指揮官を守るように雪風の周囲を展開しながらである。

 

「こっちは回収完了。そろそろそっちに向かう」

『了解。視認次第、すぐに行動しよう』

「摩耶も早く帰ってきてくださいね!」

『……一航戦と合流してから行くよ』

 

 プロペラ音が通信機から聞こえてくる飛鷹とは反対に、摩耶の声意外全く何も聞こえない状況に鳥海は少しだけ不安を感じながらも自分の同型艦を信じることにした。

 


 

「よう。通信は終わったか?」

 

 声のした方へと摩耶が視線を向けると、暇そうにしながらもウィチタがケラケラと笑っていた。無表情のまま見ていた摩耶は、向けていた切っ先を降ろして鞘へとゆっくりと納めた。

 

「もう終わりか?」

「あぁ。君はここで始末する」

 

 刀を納めてから摩耶はゆっくりと砲塔を全てウィチタへと向けた。やっと戦う気になってくれた敵に対して、ウィチタは楽しそうに笑ってから艤装から大きな駆動音を鳴らして動かし始めた。

 

「そうこなくちゃな!」

「……面倒くさい」

 

 眼前に開いた大きな穴をちらりと見た摩耶は、砲塔から弾丸を真っ直ぐウィチタへと向けて発射した。重巡砲の威力は余波だけでコンクリートの建物をを容易く砕き、空気を裂いて瞬間的にウィチタの眼前へと迫る速度を持っている。しかし、対するウィチタもまた重巡洋艦である。

 

「はっ! こんなものが通じるか!」

 

 亜音速で飛んできた砲弾を容易く弾いたウィチタは、既に穴を飛び越えて腰に携えている刀へと手をかけている摩耶を見て上体を可能な限り逸らした。紙一重で刃が過ぎ去ったのを見てからウィチタは手の持っていた鞭を振るい、摩耶が刀を持っている右手を狙った。

 

「無駄だ」

 

 飛んできた高速の鞭を平然と左手で掴んだ摩耶はそのままウィチタを引き寄せて頭に標準を定めて艤装を起動させていたが、同時にウィチタも既に艤装を起動して摩耶の頭を狙っていた。互いの額に砲塔を当てながら再びウィチタと摩耶は動きを止めた。

 

「流石だな。私が沈められなかっただけのことはある」

「……つくづく目障りな船だ」

 

 摩耶としてはさっさとウィチタを殺すなり動けなくするなりしてから、未だにエンタープライズとの戦いに熱が入っているのであろう一航戦と合流して撤退するはずだったのだが、ウィチタは摩耶が想像していた以上の使い手であと一歩が遠く止めを刺しきれていない。ウィチタとしても摩耶の能力が想像以上に高く、自分が必殺の一撃を貰わないために動くことにのみ集中して攻撃もまともに繰り出せない状況だった。

 

「この勝負、また今度にしよう」

「何だと?」

 

 これ以上時間をかけては作戦に支障がでると判断した摩耶は、右手に持つ刀を握りなおしてウィチタの気が一瞬逸れた瞬間に、砲塔の引き金を引いた。急速に熱を帯びて駆動音を鳴らす摩耶の艤装にウィチタは反射的に頭を逸らして砲弾を避けた。

 

「次こそ沈める」

「待て!」

 

 頭を逸らして砲弾を避けたことで、ウィチタの背後には大きな穴ができていた。状況確認へと思考を一瞬割いたウィチタと、最初から逃げる為に動いた摩耶では初動に大きな差ができた。瞬間的に穴へと飛び込んで逃げていく摩耶を追いかけようと立ち上がったウィチタだったが、視界の先には既に摩耶は存在せず、不自然に出来上がった靴の後がコンクリートの床にできていた。

 

「瞬間的に膂力を上げたのか? コンクリートの床にこれ程の跡を残すとは……これが、奴らの言う「ミズホの神秘」なのか?」

 

 セイレーンの技術を取り入れたことで、カミとの調和を昇華させたミズホの神秘。その一端を見たウィチタは厳しい顔をしてヨークタウンへと通信を行った。

 


 

「まだ、制御しきれないか」

 

「ミズホの神秘」はそう何度も自由に使えるものではない。ウィチタとの距離を離すために使った摩耶だったが一気に艤装の燃料を使い、身体の節々にも痛みが出始めていた。獣の膂力を人の身体で再現するには、それ相応の代償が必要なのだ。獣としての本能が戦いを求めていたが、摩耶はそれを抑えて気持ちを落ち着けながら走っていた。

 

「……」

「あらあら。怖い顔して」

「来たよ!」

「ッ!」

 

 屋根の上を走って港の方へと飛び出した摩耶を待ち構えていたのはセントルイスとホーネットだった。ウィチタからの通信を受けたヨークタウンがすぐにセントルイスをホーネットと合流させて摩耶を待ち伏せさせていた。屋根から飛び出した摩耶は、当然ながら着地するまで動きが制限されてしまう。そこにセントルイスは標準を合わせて砲塔を全て向けていた。

 

「一人ぐらいは残って貰わないとね!」

 

 ホーネットはワイルドキャットを駆使して烈風と戦闘しながら、摩耶へと向けて数機のドーントレスを発艦させていた。空中で自由に身動きが取れない状況で、セントルイスから集中砲火を浴びながらホーネットの攻撃を捌き切ることなど不可能だった。

 

「どうなっても、知らないぞ……これしか方法は無い」

 

 ドーントレスのプロペラ音で掻き消えるぐらい小さな声で発した摩耶の言葉は、自分自身への問いかけと言い訳だった。

 

「おやすみなさい」

 

 セントルイスが少し憐れむような表情を見せながら全砲門から砲弾を放つ。まだ空中にいた摩耶は、目を閉じて、セントルイスからはまるで死を待つ死刑囚の様に見えていた。刹那の間に全ての砲弾を刀で弾かれなければ、セントルイスも憐れんだままの表情でいられただろう。

 

「そんなっ!?」

 

 自由落下しながら摩耶は納刀されていた刀で全ての砲弾を弾き、同時に艤装を的確に動かしてホーネットが発艦させたドーントレスを対空機銃で全て撃ち落とした。一瞬の行動で全てを防がれたセントルイスとホーネットは驚愕のあまり動きを止め、海面へと降り立った摩耶を見た。

 

「っ!?」

「セントルイス!」

 

 摩耶と目を合わせた瞬間、セントルイスは獣に食い殺されるかもしれないという恐怖を抱いて後退った。その隙を今の摩耶が見逃すはずはなく、ホーネットが気付いて声をかけた時には既に斬られた後だった。

 

「な、にが……」

 

 隙と呼ぶにはあまりにも短すぎるその時間で摩耶はセントルイスの艤装を破壊して意識を奪う程の傷をつけた。腹部を刀で一閃されただけで、セントルイスは血を吐いて海面に倒れた。横から見ていたホーネットにも何が起きたのか理解できない程の速度で、摩耶はセントルイスの背後に立っていたのだ。

 倒した相手に一瞥もせずに摩耶はエンタープライズと一航戦が戦闘している場所へと向かって駆けた。海水を天高く巻き上げ、大きな波を起こして飛んでいく摩耶にホーネットは何もできなかった。

 

「せ、セントルイス!」

『何があったの!?』

「分かんないよ! セントルイスが一瞬でやられた……重症だけど生きてる」

 

 摩耶に恐怖を感じたセントルイスは、攻撃を受ける直前に数歩下がった。皮肉にもその恐怖がセントルイスの命を繋ぎ止めていた。艤装を破壊する程の威力を持つ刀を受けているはずなのに、傷が思ったよりも浅く呼吸もしていた。

 

『ミズホの神秘、ね』

「あれ、が? あんなの……」

 

 勝てる訳が無い。言葉にしていなくともヨークタウンにはホーネットの言葉が聞こえていた。目の前で何が起きたのかも理解できず、仲間が一瞬で海に倒れていく光景を見てしまったホーネットは既に戦える状態ではなかった。




セントルイスファンの方誠に申し訳ないですでも僕こんなのが書きたかったんですでも僕チキンだから艦船殺せないんです戦争なのに緩くてすいません許してください何でもしますから


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奪還

そーい!

思ったんだが、書いてて私が楽しいから別に需要とかどうでもよくなった

需要も供給も自分で満たす創作者の屑


 戦える状態ではないのは、セントルイスを簡単に打ち破った摩耶も同じであった。連続して「ミズホの神秘」を使用してしまった摩耶は、既に海を走っているだけで艤装も身体も悲鳴を上げていた。艤装からは聞こえてはいけない様な不快音が鳴り響き、火花も散っている。身体の方も、腕を上げるだけで激痛が走って刀も満足に振るえる状態ではなかった。

 

「ぐっ、はぁ……っ」

 

 全身に走り続ける激痛に顔を歪めながら摩耶は持てる全速力で一航戦の元へと向かっていた。既に摩耶の視界には三つの影が艦載機と共に海上で踊っている姿が目に映っていた。

 

「あらあら、まだまだこんなものではないのでしょう?」

「つまらんな」

「あまり、私に期待され過ぎても、困るんだがな!」

 

 迫りくる艦載機を巧みに捌きながら反撃の機会には即座に艦載機を飛ばし、攻撃をしかけるその姿は正しくユニオンの英雄を名乗るに相応しいものだろう。対する一航戦は、余裕の表情のまま零戦を飛ばしながら彗星による爆撃と流星による雷撃を行い、エンタープライズの反撃にも的確に対処しながら戦局を常に優位に動かしていた。そんな勝負に水を差すように現れた摩耶は、最後の力を振り絞って背後からエンタープライズへと一閃した。

 

「見えている」

 

 当然の様に死角から放たれたはずの摩耶の一閃を避けたエンタープライズは、そのままの勢いで赤城と加賀の方向へと摩耶を蹴り飛ばして弓を構えた。飛んできた摩耶を優しく抱き留めた赤城は、摩耶が「ミズホの神秘」によってボロボロになっていることに気が付いて加賀へと視線を向けた。

 

「ふふふ、余興にしては随分と楽しませてもらった礼だ。受け取れ」

 

 摩耶を抱えたまま離脱し始めた赤城にエンタープライズは照準を合わせようとして、目つきが人間のものから狩猟を行う獣のそれになった加賀を見てエンタープライズは倒すべき敵だと判断した。

 

「私はあの様に暴走したり、自滅したりはしないからな……ゆっくりと味わえ。これが、完成された「ミズホの神秘」だ」

「それは興味深いな。連れ帰って隅々まで調べたいぐらいだ」

 

 エンタープライズが「ミズホの神秘」を使用した艦船と戦うのは初めてのことではないが、彼女としては加賀の言う完成された「ミズホの神秘」がどれ程のものなのかを見極める必要があった。一航戦は元の実力からしてエンタープライズと真っ向から戦闘ができる程の実力を持っている為苦戦は免れず、最悪死ぬこともあり得るだろう。それでもエンタープライズは加賀の全力を見極める必要性があった。全てはユニオンの自由と正義の名に懸けて。

 

「来い!」

 

 前傾姿勢になって戦闘準備が完了している加賀を注意深く見ていたエンタープライズは、その姿が一瞬ブレた瞬間、自身の左側面に矢を放った。虚空へと放った矢はその場所に一瞬で現れた加賀の頬を掠め、後方の海へと消えていった。矢が頬を掠めた瞬間、獰猛な笑みを深めた加賀は獣の様に伸びた爪をエンタープライズの心臓部へと突き立てる直前にマントを切り裂いた。

 

「ふっ!」

 

 切り裂かれたマントで加賀の視界を奪ったエンタープライズはそのまま右手に携えていた弓を近接武器の様に左から右へと振りぬいて加賀へと当てる。当然の様に反応して防いだ加賀に対して、そのまま弓を引いて矢を至近距離で放とうとして、後方から飛んでくる彗星から逃れるために距離を取った。

 

「ここまでとはな」

 

 明らかな身体能力の上昇と反応速度の上昇、獣としての直感と反射神経、痛覚の鈍化。全てがエンタープライズの予想を上回るもので、並の艦船が扱えば先程の摩耶の様に動けなくなることは間違いなかった。それを維持したままこちらの様子を伺っている加賀は、ユニオンの英雄とは言え完璧に勝てる手立てが見つからなかった。

 

「どうにかして、切り抜けなければ」

「余裕だな」

 

 加賀の一挙一動を注視していたエンタープライズだが、背後から連続して現れる彗星と流星に対応する為に艦載機を甲板から放った次の瞬間には、エンタープライズの視界は青と白で埋め尽くされていた。最初に見せた動きよりも数段速く近づいた加賀に、彗星と流星へ意識を割いていたエンタープライズは反応できなかった。

 

「沈め!」

 

 獰猛な笑みを浮かべる妖狐の手には呪符が握られており、既に炎を纏ってすぐにでも艦載機に変化してエンタープライズを襲うだろう。至近距離で流星を放った加賀に、エンタープライズは止む無く飛行甲板を盾にしてその衝撃を緩和しようとして、そのまま後方へと吹き飛ばされた。飛行甲板を容易く粉砕され、弾かれるように海面を転がるエンタープライズは身体の傷はそれ程までなくとも既に空母としての役割を失いつつあった。甲板を盾にしても衝撃は身体に伝わり、肺を圧迫されたエンタープライズは咳を繰り返して急速に吐いた息を取り戻そうと肩で息をしていた。

 

「さぁ……英雄の最後だ」

 

 ゆったりとした動きでエンタープライズへと迫る姿は、正しく獲物を追い詰めた肉食動物の動きであり、加賀が理想とする強者の動きだった。水面に手をついて加賀を見上げるエンタープライズの目は、何処か遠くを見つめていた。

 

「派手に散れ!」

「あぁ……これで、終わりだ」

 

 止めを刺すために呪符を振り上げた加賀は、「ミズホの神秘」によって鋭くなっている聴覚が上空から急降下してくるプロペラ音に反応して顔を上げた。

 

「直上に気を付けることだな」

「馬鹿なっ!?」

 

 戦闘中に加賀はエンタープライズが艦載機を放った姿を見ていなければ、そんな余裕が無かったことは戦闘して追い詰めていた加賀が一番よく理解できていた。それが、止めを刺す直前に加賀の直上にエンタープライズの艦載機がいるのか。何故気が付かれずに爆撃機を放てるのか。目の前で起きていることに理解が追い付いていない加賀の足元で、倒れていたユニオンの英雄は立ち上がった。

 

「私は、幸運には恵まれていてね」

 

 立ち上がったエンタープライズは加賀から距離を取って頭上の艦載機を操った。記憶の中にある、自分達が体験しているのに体験していない別世界での戦争の記憶。その記憶の中にある戦争で、加賀は直上からやってくるあの艦載機を見たことがある。

 

「私のドーントレスは特別製でな。少し機体に無茶をさせてしまったが、これで私の勝ちだ」

 

 別世界の戦争で、マクラスキー隊とよばれたドーントレスが、無慈悲に加賀へと爆撃を行う。反応することができていない加賀は、そのまま爆発へと巻き込まれて海面へと倒れた。

 加賀に付けられた傷を庇うように右手で左腕を抑えながらふらふらと倒れている敵へと近寄るエンタープライズは、英雄にしては少し泥臭い勝利になってしまったと苦笑していた。

 

「さて、色々と聞きたいことがある」

「……敗者の私に、何を聞く」

 

 長時間の「ミズホの神秘」使用による身体への負担と、ドーントレスの爆撃が直撃したことで指一本動かすことすらできなくなった加賀は、エンタープライズを見上げていた。

 

「お前達は……重桜は何故アズールレーンから離反した」

「なんだ、そんなことか……」

「そんなこと、ではない。私達にとっての敵はセイレーンのはずだろう」

 

 思ったよりもつまらない質問をされて加賀は少し不機嫌そうに顔を背けた。しかし、アズールレーンの艦船であるエンタープライズからしてみればとても重要なことであり、それを無視して話を進めることなどできなかった。

 

「思想の違いだ。それだけで戦争はできる」

「できてはいけないんだ」

「馬鹿を言うな。人間は二人いれば戦争ができる生物だぞ?」

 

 エンタープライズへと人間の愚かさを教えるように、加賀は笑っていた。

 加賀の言うことは正しいことだった。人間は常に争いと共に進化し、反映してきた。戦争をしても人が死に、金が無くなるだけだと言う人間もいるが、そんなものは小さな小さな国民一人から見た戦争の価値である。戦争に勝利すれば莫大な富と敵国の領地を手に入れ、戦勝国というレッテルは強豪国として世界に轟き続ける。国という単位で見るのならば、戦争とはハイリスクハイリターンのギャンブルの様な物であり、得が無いなどと言うことは決してない。もし本当に戦争に得が無いのならば、今頃人間は手を取り合って生きているだろう。

 

「……「ミズホの神秘」とはなんだ」

「カミとの調和。それをセイレーンの技術を用いて進化させたものだ。実際にそれが何なのかなど、私に聞くなよ? 私は戦闘はするが科学はダメでな」

 

 エンタープライズの望む答えが手に入りそうもないことは、加賀の態度を見れば明らかだった。重桜の艦船が扱う「ミズホの神秘」と呼ばれるものの正体が知りたかったエンタープライズは、深刻そうに考え込んでいた。

 

「あぁ、そうだな……指揮官なら知っているかもしれん。重桜と深く関わりのある男だ……関わりの詳細は知らんがな」

「指揮官が、だと?」

「あの男のこと、調べきれなかったらしいな」

 

 ユニオンの総力を持ってしても指揮官の出自、過去に関しての情報は特に大したものは手に入らなかった。家族構成も至って普通のものであり、逆にそれが怪しさを倍増させていた。

 

「もう質問はいいのか?」

「後でゆっくりと質問するさ」

「ふっ……後で質問する時間など無いから言っているんだがな」

 

 加賀の言葉を聞いて、振り返ったエンタープライズは目の前に迫っていた拳を咄嗟に防いだ。加賀との戦闘に既に満身創痍になっていたエンタープライズは、それでも威力を殺しきれずに倒れている加賀を超えて海面を転がされた。

 

「全く、慢心は命取りになるぞ」

「肝に銘じておこう……おい、もっと丁寧に運べ」

「ごちゃごちゃ言うな」

 

 エンタープライズを拳一つで吹き飛ばした川内は、倒れ伏して全く身動きの取れない加賀を米俵なように持ちやすい形で抱えた。当然加賀からは不満の声が上がるが、川内としては動けなくなる方が悪いと思っているので呆れながらそのまま雪風の元へと向かって海上を移動し始めた。

 

「ぐっ、ま、待て!」

 

 ふらふらと既に戦うことができない身体であるにも関わらず立ち上がるエンタープライズに、川内は感心していた。川内としては加賀を持ち帰ってれれば何でも良かったのだが、立ち上がったエンタープライズに興味が湧いていた。

 

「ユニオンの英雄は伊達じゃないってことか」

「おい、早くしろ。あれを倒すのは私だからな」

『川内、早く帰ってこい』

「はいはい」

 

 立ち向かってくるのならばこの場で沈めてしまおうと考えた川内だったが、抱えていた加賀の文句と通信機から聞こえてきた指揮官の催促で、川内はそのままその場を離れた。

 離れていく川内の背中に手を伸ばしながらエンタープライズは前に進もうとして、そのまま海面に倒れこんでしまった。もう一度立ち上がろうとしても、艤装の機関部からは不快音が響き、火花を散らして爆発寸前の状態だった。エンタープライズ自身も、立ち上がれるほどの力が入らずにそのまま離れていく背中を見ることしかできない。

 

「エンプラ姉!」

 

 薄れゆく意識の中で、エンタープライズは背後から近づく妹の声を聞いていた。

 


 

「加賀! あぁ……貴方に何かあったら私は何を恨めばいいの?」

「赤城、暑苦しい」

「あら酷い。私は純粋に心配しているのに」

 

 川内が雑に連れてきた加賀は、雪風の上に転がされて赤城によって傷の手当てがすぐに開始された。傷に染みる薬を平然と傷口へ塗りたくる赤城と、それによって生じる痛みに悲鳴を上げながらのたうち回る加賀を横目に、指揮官は座り込みながら水平線を見ていた。

 

「なにを考えているんですか?」

 

 指揮官が見ている方向は重桜ではなく、先程まで指揮官が囚われていた場所であるユニオンの基地だった。爆撃による火災の煙がまだ見える程度の距離を渡航している雪風だが、既に追手は振り切っていた。

 水平線を眺めている指揮官の横に座ったのは鳥海だった。摩耶は傷という傷が特になかったため、身体を休めること優先させて既に眠っているので、話し相手がいないので指揮官の元へとやってきた。

 

「加賀は「ミズホの神秘」を使って極限まで能力を高めていた。その加賀を単独で殺せる艦船……グレイゴースはメンタルキューブの「覚醒」に近いのかもしれないと思ってな」

「あのグレイゴーストが?」

 

 その呟きを拾ったのは、指揮官の隣に座っていた鳥海ではなく加賀の手当てをしていた赤城だった。セイレーンの技術を用いて「ミズホの神秘」を生み出した重桜だが、それだけが重桜の目的ではない。そもそもセイレーンが重桜に接触して進化を促した理由は、メンタルキューブの「覚醒」を求めているからである。その「覚醒」の力を得るためにアズールレーンから脱退してレッドアクシズへと参加した重桜の重鎮にいる一航戦の赤城としては、ユニオンの英雄がその目的に近いことが許せないのだろう。

 

「あくまで「かもしれない」だ。確証はない」

「そうだとしても、ユニオンの艦船が「ミズホの神秘」に対応してきたのは事実ですし……それに、私も少し体験しました」

 

 鳥海が体験したと言っているのは、コロンビアが見せた明らかにオーバースペックな動きを見せた最後の行動だった。幾ら鳥海が「ミズホの神秘」を最大限まで使用していなかったとはいえ、重桜の艦船は普段から常に「ミズホの神秘」をその身に宿している影響で普通の艦船とは出力からして明らかな違いが現れる物なのだが、そんな鳥海が認識できない程の超反射神経を見せたコロンビアも、メンタルキューブの力が働いたのだろう。

 

「どちらにせよ、俺らは指揮官を取り戻して勝利した。それでいいだろ」

「取り敢えずはな」

 

 ごちゃごちゃと難しいことを考えるのが苦手な川内が適当なところで話をぶった切った所でメンタルキューブの話は終了して、再び加賀の悲鳴が雪風の上で響いた。



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重桜

 長い髪をそのままにしながら窓際のベッドで太陽の光を浴びて、エンタープライズは読書をしていた。普段通りの服装ではなく、ラフな格好でベッドにいた彼女は扉がノックされてそちらへと視線を向けると、妹であるホーネットが果物を持って現れた。

 

「エンプラ姉、大丈夫?」

「私としては問題ないが……ヴェスタルに動くなと言われてしまってな」

 

 主治医とも言えるヴェスタルにきつく言いつけられてしまっては、英雄と言えどもただの病人。艤装の修復にも時間がかかると姉のヨークタウンに言われているので、彼女ははやる気持ちを抑えつけて療養していた。

 

「まぁあんな無茶するからだよ」

「言い訳もできないな。結局指揮官も奪い返されてしまったし……加賀には損傷を与えたが、私もこれではな」

 

 甲板を盾にした時に、衝撃が貫通して左手にエンタープライズは異常を感じていた。リュウコツに響くほどのダメージではないにしても、エンタープライズはしばらく両手で戦闘することができない。つまり、弓を用いた戦闘ができないことになってしまう。今も読書をする程度の動かし方ならば何の支障も起きていないが、激しい運動をしようと思うと左腕に激痛が走る程には損傷が深かった。

 

「取り敢えず休んでてよ。こっちとしては黙ってはいられないけど、守るものが一つ減ったのは事実なんだからさ」

 

 辺境とも言える本国から離れた土地にあった基地は空爆によって破壊されてしまったが、元々最前線でもなく特に大きな規模でもなかった基地を一つ破壊されたところでユニオンには何の影響もない。どちらかと言うと、基地の被害よりも戦闘によってエンタープライズが軽微な損傷を受けたことと、セントルイスが未だに意識を取り戻していないことの方が問題だった。

 

「セントルイスはまだ起きてないけど、命にかかわることはないからそのうち復帰できるってヨークタウン姉が言ってたし。まぁ、艤装の方は新しく作り直した方が早いほど破壊されたみたいだけど」

「そうか……基地にいた人達は?」

 

 セントルイスの無事を聞けたエンタープライズは少し安心した様に頬を緩めたが、すぐに表情を真面目なものに戻して基地にいた人達の状況を聞いた。基地にいた人間のことを聞かれて、ホーネットはばつが悪そうに目を逸らして俯いた。いつも明るく、ムードメーカーなホーネットがそんな反応を見せる。それだけでどれだけ酷い状況なのかはエンタープライズもすぐに理解できた。

 

「……」

「……作戦司令室の近くにいた人達は絶望的だ、って……言ってた」

 

 エンタープライズが信じている彼が指揮していないとはいえ、これだけの被害を重桜が出してしまえば、ユニオン国内での重桜に対する風当たりは一段と強くなるだろう。そうなれば、エンタープライズが思い描く神代恭介を中心とした『アズールレーン』の再結成など夢のまた夢だろう。

 

「ままならないものだ……戦争は、いつまで続くのだろうか」

 

 病院の窓から外を眺めたエンタープライズは、空を飛ぶ鳥たちを見つめて悲しそうな顔をしていた。

 


 

 重桜ではユニオン基地を奇襲してを奪還し、ユニオンの英雄であるエンタープライズにも損害を与えたとして、帰還してきた艦隊を海軍はまるで英雄のように称えていた。

 ユニオン基地から重桜本国まで戻るのにそこまで長くないにしろ、それなりの時間をかけて帰ってきた指揮官達は異常なまでの歓迎ムードに困惑しながらも上層部への報告へと赴いた。

 

「お帰りなさいませ、神代様」

「……あぁ」

 

 神木『重桜』の神官である人物が神代恭介へと頭を下げて迎え入れた。軍の大将や元帥すらも頭を下げて神代恭介が一番奥まで向かうことを待っていた。

 

「よくぞ無事で戻った」

「心配かけたな。長門」

 

 一番奥に座っていた長門がゆっくりと目を開いて神代恭介を見つめ、少しだけ微笑んでから隣へと視線を向けた。言外に早く座れと言われた恭介は、小さなため息を吐きながら長門の隣に座った。

 

「長門様と神代様が揃われた。本日の本題に入ろう」

 

 長門と恭介が座る場所から少し前に立つ海軍元帥が神官へと視線を向けながら厳かに議題を話し始めた。今回の奪還作戦成功によってユニオンが今まで以上に重桜に対する警戒を強めること、神代恭介の捕虜としての価値がそれほど大きなものを意味するのかが割れてしまったこと、この二つに対しての今後の対策が主な議題となっていた。

 

「よろしいでしょうか」

「どうぞ。戦場で戦った戦士の意見は貴重だ」

 

 元帥の言葉に一番最初に反応して手を挙げたのは、上座に座る赤城だった。一航戦は海軍内では大将並みの権力と発言力を持った存在となっている。故に加賀と共に会議にも、神事にも参加することができ、こうして意見を言うことも誰も否定しない。

 

「ユニオンの英雄、グレイゴーストに傷を負わせたとは言いますが、はっきり言ってすぐに復帰してくると思われます。何故ならば、彼女には優秀な専属の工作艦が付いているからです。そうなれば、今回の様に中破程度の傷しか負わせられないのならば、すぐにでも戦場に復帰してくる……次の大規模作戦には間違いなく参加してくるかと」

「成程……」

「確か工作艦ヴェスタルだったか。中々厄介だな」

 

 赤城の冷静な言葉に、先程まで加賀が損傷を与えたと言って浮足立っていた中将以下の将校たちも厳しい顔をして資料を見ていた。直近の戦闘データでは、ユニオンと重桜は五分五分の戦いを続けており、双方明確に敵を討ち取ることができていない状態である。それに加えて、恭介を捕虜として奪われるという情報規制かけていなかったら、国民からどのような感情を向けられていたかなど明白だろう。

 

「……神木の力が薄れている。今は待つべき時だ」

「はっ。その様に」

 

 先程まで会議にも加わっていなかった恭介は、神官に対して重桜の現状を簡潔に示した。神木の力が薄れてしまえば、これまで重桜の艦船達が他国の艦船を圧倒する為に使用していた「ミズホの神秘」が使用できなくなってしまう。そうなってしまえば、ユニオンなどには到底勝てないことなど海軍全員も理解していた。

 

「余も感じていた。民の信仰が薄れているのではなく、重桜が弱っているのだ。原因は分らぬが……安易に動くべき時ではない」

「動くべき時ではないとは言え、何もしない訳にはいかないのは事実。そこはお前達の判断に任せる」

「了解いたしました」

 

 会議に参加していた全員が長門と神代恭介に向かって頭を下げて、会議は終了した。正確には、長門と恭介がその場から退出し、重桜の元へと向かったのでそれ以降の会議内容は知らないだけだが。

 

「……何が起きているのか、わかるか?」

「それがわからぬから、こうしてお主を待っておった」

 

 前を歩く長門に勾玉を見せながら理由を聞くが、長門も神子として神木と繋がっている状態でなければ意思を汲み取ることも何が起きているのかも理解できないので、首を振って理由はわからないと答えた。そして、神代恭介という存在が帰ってくるのを待っていたとも発言した。

 

「世界の……重桜の意思はどちらへ向かうのだろうか……アズールレーンか、レッドアクシズか、セイレーンか。願わくば、我らの離反が意味を持てるといいのだがな」

「……お主は、やはり重桜がアズールレーンから離反することは反対のままなのか?」

「そうだよ」

 

 歩みを止め、恭介の瞳を真っ直ぐ見上げるその視線に、彼は苦笑することしかできなかった。

 ユニオンとロイヤルが、自らの正義を掲げて自分達を正当化し、鉄血や重桜に負担を与えたことは、恭介とて簡単に許すつもりはない。それでも、セイレーンの力を用いて戦うことを選ぶからと言って、アズールレーンから脱退して敵対する必要性があるのかという部分に、恭介はずっと疑問を抱いていた。結果的に、恭介は「神代恭介」としてアズールレーン離脱に賛成を示したが、それは結局恭介としての意見ではないのだ。

 

「エンタープライズがな……きっと分かり合える、俺を中心として連合を再編すれば必ずセイレーンを打ち滅ぼすことができると言っていた」

「……お主と似た考えの持ち主、なのだな」

 

 あくまで自分達の平和、自由と正義の為に戦うユニオンの中で、エンタープライズは異色の艦船と言える。彼女の言葉はいつも世界に向いていて、彼女の考える平和は、生まれた時から戦場だった海を誰もが自由に安全に渡れるようにしたいと願っている。それが「船」の正しい在り方だと信じて疑っていないのだ。だからこそ、恭介はその差し伸べられた手を拒んでしまう。彼にとって、エンタープライズという存在は眩しすぎるが故に。

 

「すまぬ……お主には、自由でいて欲しいのだが」

「気にするな。神木に一度選ばれた以上、その運命のしがらみから逃れることなど、できはしない。神木に選ばれた人間が、重桜から離れる訳にはいかないだろう?」

 

 悲しそうに神木を見上げる恭介を見て、長門は俯いて下を見ることしかできなかった。平和を望み、エンタープライズの言葉を信じたい恭介は、それでも立場と神木を想ってその言葉を拒絶した。一度拒絶してしまえば、もう戻ることはできない。彼は、そういう立場にいた。

 

「さてと……今はこれに集中するか」

 

 神木の根本、神木そのものを御神体として祀り作り上げられた重桜最大の神社。通常の神社と違い、本殿の扉は開け放たれているこの神社は、そもそも本殿が巨大な神木の根本を覆う回廊のようにできている。神官や神子以外の立ち入りは当然禁止されているが、そもそも許可あるものでは無ければ拒まれてしまう不可思議な結界が張られている。御神体を惜しみなく見せているのは、神木そのものが御神体であるが故に、国民にも広く知られているからだ。それでも、本殿の中央に何があるのかは、誰も見ることができない。

 

「……久しぶりだな」

 

 本殿へ易々と踏み入った神代恭介は、勾玉を取り出して首にかけ、本殿の中央……彼の持つ勾玉と同じ素材でできているのであろうその巨大な水晶に触れた。神子、神官長、そして神代恭介以外見ることが許されない神木「重桜」の水晶。淡い光を放っていた水晶は、神代恭介が触れることでその光を増した。

 

「……」

 

 数分間、傍で見ていた長門も何も言わずにその姿を心配そうに見ていた。恭介と長門は言うなれば神木に人生を狂わされた者。そんな長門としては、神木に対してマイナスイメージこそ持っても、決して国民の様に信仰する気にはとてもなれなかった。

 

「……瑞鶴、金剛、比叡を呼んでくれ」

「何故?」

「鉄血へ行く」

 

 艦船三人の名を告げながら水晶から手を放した恭介は、少し辛そうな顔をしながら長門へと向いて勾玉を手渡した。水晶に……神木に触れることは、精神を神木へと向けて意識を読み取ること。必然的に体力と精神力を使い、恭介は辛そうな顔をしていた。そんな恭介から勾玉を渡され、艦船の名を告げられ、鉄血へ行くと言われた長門は困惑することしかできなかった。

 

「それと……」

「それと?」

 

 心底心配そうに見上げる長門に気が付いた彼は苦笑しながら長門の頭に手を置いて、本殿の外へと向かって歩き始めた。

 

「天城を、呼んでくれ」

 

 重桜が世界に再び混乱を呼び寄せようとしていた。

 


 

 夜中であるにも関わらず、電気が点灯している部屋の中では一人の女性が眠気眼で資料を眺めていた。港であるこの場所には、日中多くの艦船や軍人が行き交っているが、今の時間帯では誰も起きていない。静かな夜の帳が降りている中、扉をノックされて半分寝ていた女性は驚いたように飛びあがり、扉を見た。

 

「おはよう。寝るなら部屋に戻った方がいいわよ」

「……何の用かしら? オイゲン」

 

 色が抜けた様な髪色を揺らしながら部屋を訪れ、勝手に扉を開けて入ってきたプリンツ・オイゲンに、部屋の主は不服そうな顔をしていた。

 

「まだ電気が消えてないから起きてるのかと思ったら、寝かけてたから起こしてあげたのよ」

「何の用か聞いてるのだけれど」

「手紙」

 

 茶化すようにして目的を告げないオイゲンに視線を厳しくする彼女に対して、睨まれている張本人は全く気にしないかのようにするりと近くに寄って手紙を差し出した。こんな時間にやってきて、人をおちょくるようなことをしておいて手紙だけが用事なのだと聞いて、女性は更に視線を鋭くするが、オイゲンが見せた手紙を裏返して「それ」を見せると、眠気と怒りが霧散した。

 

「これは、重桜の印。差出人は──」

「──神代恭介、よ」

 

 オイゲンの言葉に女性は目を見開いて、机の引き出しからすぐにペーパーナイフを取り出して封を切った。折りたたんで入れられていた手紙を壊れ物を扱うかの様に丁寧に開けた女性は、書かれている文字を目で追っていった。

 

「なんて書いてあった?」

「近日中に鉄血へ来ると書いてあるわ」

「あらそうなの。よかったじゃない、ビスマルク」

 

 微笑みながら言うオイゲンに、ビスマルクは目を細めて威嚇する。先程までの眠気からくる苛立ちではなく、明確な敵意を乗せたその視線を受けて、オイゲンは詰まらなさそうに肩を竦めて部屋から出ていった。

 オイゲンが退出したのを見てから、再び手紙の文章を読み始め、慈しむように微笑みながらビスマルクは手紙を大切そうに胸に抱えて目を閉じた。どこまでも憐れで、どこまでも光り輝いている彼を思い浮かべて、ビスマルクは笑みを深めた。

 

「私の……私達の運命が、来るのね」

 

 ビスマルクはかつて彼に運命を見た。彼の存在こそが艦船という存在を救う存在であると、彼女は確信していた。奇しくも、それはエンタープライズが神代恭介と初めて出会った時に抱いた感想と同じものだった。

 

「世界が、動き出す」

 

 部屋の中で自らの「運命」に想いを馳せるビスマルクの言葉を、扉の外で聞いていたプリンツ・オイゲンは、世界が動き出す瞬間が来ていることを悟っていた。



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運命

やっぱり戦争って権力者が諸悪の根源だよねって話になってきてる気がする()


 神代恭介がユニオンから奪還されて一週間。重桜海軍の人間達が慌ただしく動いていた。

 

「神代様が鉄血に行かれるらしいが、一体何のために?」

「御神木に触れてから決めたらしい。これも神木の意思なのだろうか……」

「どちらにせよ、我々が意見を挟み込むことではない」

 

 鉄血へ向かうことを決め、すぐさま鉄血艦隊のトップであるビスマルクへと手紙を送った恭介は、随伴に指名した瑞鶴、金剛、比叡、そして天城の前にいた。

 

「何故、今鉄血に行くのですか?」

 

 国の最高権力者とも言っていい神代恭介の命令に逆らうつもりなど比叡には微塵もないが、それでも疑問は生じるものである。恭介も会議時の様に肩肘張った緊張感を出さず、仕切りもなしに同じ目線でお茶を飲みながら座っていた。

 

「疑問も当然だが、行くなら今しかない。ユニオンに取って俺は危険な存在であると認識され、今後一層重桜へと監視の目を付けてくるはずだ。そうなったら、俺が重桜から戦争以外の目的で出ることは不可能だ」

 

 彼の言っていることは恐らく現実となり、予想される最悪のケースでもある。彼が戦争以外の目的で重桜から出ることすらかなわなくなれば、外交にも問題が起きる。今はまだ鉄血と仲良くやれているが、果たしてあの帝国がいつまで重桜を自分達と同等と認めているかなど分かったものではない。

 

「……ビスマルクが、まだ思想を捨てていなければ、可能性はある」

「思想?」

 

 恭介の言う思想の意味が理解できなていない金剛と比叡は顔を見合わせて首を傾げた。ビスマルクが持つ思想とは、鉄血の皇帝が持つ絶対的な思想なのではないかと考えていたからだ。帝国の軍隊は皇帝の命令が全てであり、それに疑問を持つ必要が無い。そんな軍隊の中でカリスマを発揮してトップに立っているビスマルクが持つ思想と言うのは、当然鉄血皇帝と同じでなければならない。

 この言葉に対して、金剛と比叡は首を傾げ、天城は目を閉じてお茶を啜りながら無言を貫き、瑞鶴だけは何かを理解して悔しそうに目を伏せていた。

 

「まぁ、会ってみなければ何もわからない。出立は明日としても、今日はゆっくりしててくれ」

「あの……」

 

 お茶を飲み終わり、立ち上がった恭介に瑞鶴が声をかけようとして目で制されてしまった。話の間ずっと目を伏せていた瑞鶴に、金剛と比叡は少し心配しながら解散していった。

 

「…………」

「思い詰めすぎるのはよくありません。貴女は貴女の信じる道を歩きなさい。それが、たとえ赤城達と袂を分かつ選択だとしても」

「え……?」

 

 天城と二人きりになった状況があまり理解できていない瑞鶴は、気まずさも相まってすぐに退室しようとするが、天城の言葉に瑞鶴は驚愕して不思議な雰囲気を醸し出す軍師を見つめた。閉じていた瞳をゆっくりと開き、微笑みながら瑞鶴を見つめる天城は、普段以上に何を考えているのか理解できない不気味さがあった。

 

「し、失礼します!」

「あらあら……そんなに怖かったからしら」

 

 明らかな怯えを見せながら天城から離れていった瑞鶴の背中を見て、天城はその場で首を傾げていた。瑞鶴と入れ違うように部屋へと入ってきた赤城は、既に神代恭介がいないことに一瞬落胆しながら天城の傍へと座った。

 

「天城姉様、何故鉄血へ行くことに?」

「私が付いて行く理由は分りませんが、鉄血へと赴く必要性は理解できています」

「……」

「私達の指揮官が、何を考えているのか理解できなくて怖いですか?」

「まさか、指揮官様が間違ったことを言うとは思っていませんわ」

 

 妹の盲目さに天城は苦笑しながら立ち上がった。天城自身、未だに鉄血へと自身が赴く必要性は理解できていなかったが、恭介が何を考えているのかは理解できていた。彼が何に悩みを抱え、何に苦痛を感じているのかを理解しながらも、最早艦船として戦場で戦うことすら叶わなくなった身体ではどうしようもできなかった。

 

「一度、三笠様に会いに行ってきますわ」

 

 そう言い残して、天城は赤城を置いて退室していった。一人取り残された赤城は、また天城に置いて行かれることに自身の無力さを感じながら俯いた。

 


 

「ねぇ、何で私と乗るの?」

「駄目だったか?」

「駄目じゃないけどさ……」

 

 後日鉄血へと向かうことになった恭介達は、広大な海を渡っていた。鉄血まで向かうには道中で重桜が支配していない海域を通る必要性が出てくるが、そこはユニオンでもロイヤルでもなくセイレーンが支配している海域である。セイレーンが現れたことで現在制海権は一割あればいい方だと言われている。そんな状況ではまともに戦争などできそうもないが、セイレーンは現在息を潜めている状態なので特に問題はなかった。

 鉄血へと向かうにあたって、恭介は二つのパターンを考えていた。一つは自身も船を操って全員で向かうこと。もう一つは艦船の誰かに乗せてもらって向かうこと。自身も船を操って向かう方法は、恭介一人で動かすことはまず不可能であり、なるべく大きな艦隊で向かいたくない以上鉄血へと向かう人間は神代恭介一人の方が都合がよかった為、恭介は現在瑞鶴に乗り、金剛に天城が乗り、その両方を護衛するように比叡が動いていた。

 

「……指揮官はさ、やっぱりアズールレーンがいいんだよね」

「お前には言ったことあったな」

 

 五航戦の立場は艦船としての実力もあってそれなりではあるが、遥か目上の存在である神代恭介とはそう易々と会える立場ではない。しかし、恭介とてただいつもお飾りの神子紛いのことをしている訳ではなく、時々民を見ると言い訳をして街を歩いていたりする。そんな恭介と偶然出会った瑞鶴は、最初は委縮してずっと顔色を窺っていたが、団子を美味しそうに食べて笑い、桜が散る光景を見て美しいと称し、立場を偽っているとはいえ民と親しそうに話している姿を見て、瑞鶴は自然と目上として扱うことを止めた。

 

「団子食べてる時にいきなり言うんだからびっくりしたんだよ?」

「そりゃあ、な。国の頭とも言える俺が、そんな簡単に言う訳はないさ。でも瑞鶴は友達だから、気軽に言えるかなと思って」

 

 嬉しそうに笑いながら瑞鶴のことを友達だと言う恭介に、瑞鶴は少し頬を赤くしながら視線を逸らした。

 

「私も、色々考えたんだ。グレイゴーストは敵だけど……ライバルだと思ってるし、指揮官にこれ以上苦しんで欲しくないとも思ってる。指揮官を、国民を簡単に操る為だけに利用して祀り上げてる重桜にも、疑問を持ってる」

「……そうか」

 

 自分が友だと言い、悩んでいることを言ってしまったから瑞鶴は国に疑問を持ってしまった。恭介は自分自身が重桜に疑問を持ったことで悩みが尽きなくなったこと知っているので、友達にまでそうなって欲しくなかった。それでも、真剣に瑞鶴が考えた結果ならば、友である恭介こそが瑞鶴の考えを受け入れてやらないといけないと思った。

 

「指揮官が言ってたこと、私も頑張りたいなって思った」

「重桜を、レッドアクシズを抜けるって話か?」

「…………うん」

 

 重桜を離反して、瑞鶴や恭介達がまともに生きていくことができないことなど自分達が一番よく理解していた。重桜を離反してアズールレーンについたところで良くて拷問、最悪問答無用で処刑されて終わりだろう。何せ一度アズールレーンを裏切っている国の艦船なのだから。

 

「でもね? やっぱり、前の大戦でユニオンが重桜にやったことは、まだ許せない」

「それは、簡単に割り切れることじゃない……からな」

 

 前の大戦──セイレーンの勢力を大きく退けた分裂前アズールレーンが行った最後の大規模作戦。セイレーンの上位個体含めた大艦隊を、ユニオン、ロイヤル、鉄血、重桜の四陣営が戦力を投入して退けた戦い。恭介はその時、神木の管理をしていた為に指揮官ではなかったが、かなり激しい戦いによって大勢の英雄の命が失われ、多くの艦船も沈んだと聞いていた。悲惨な戦いであったが、無事にセイレーンの大艦隊を壊滅させてアズールレーンは辛くも勝利を手にした。

 この大戦の勝利には裏がある。人類は制海権を奪われ、まともな輸出入もできなくなってしまい、多くの国々が困窮してしまっていた。そんな中、ユニオン、ロイヤルなどの列強国が下した判断は……自分以外を見捨てるという選択肢だった。島国故に輸出入に経済を支えられていた重桜はユニオンに見放されたことで経済に大きな打撃を受け、近海の資源も前時代の戦争によってユニオンの領海として徹底的に奪いつくしてしまった。鉄血も同じく、前時代の戦争によってただでさえ疲弊していた鉄血は、セイレーンとの大戦によって更に経済が困窮してしまった。挙句、大国ロイヤルの出した答えは自国の利益を優先するという行為。時が経てば経つほど状況が酷くなっていく鉄血と重桜がアズールレーンからの脱退へと踏み切るまで、さほど時間はかからなかった。重桜は再び鎖国。鉄血は地中海を自分達の領海とすることで食いつなぐことにしたのだ。

 

「あんなの……体のいい強奪だよ。それなのに、自分達で重桜を追い詰めておきながら、今は「国の全権とセイレーンの情報を全て引き渡して降伏すれば危害は加えない」って……勝手すぎる。アズールレーンは……艦船の夢なんだ……それを、自分達の利益の為に使う人間達が、私は許せない」

「瑞鶴……」

 

 人類を守るために、メンタルキューブから人類の想いを汲み取って生まれた艦船にここまで言われてしまう程、人類は愚かな選択を続けていた。セイレーンが現れる前から人類は戦争をしていた。その怨恨が今もなお世界を揺るがしている。その事実を改めて突き付けられた恭介は、悲しそうに水平線を見た。

 

「ねぇ、ビスマルクの思想がって言ってたけど、あれってもしかして」

「……ビスマルクは、レッドアクシズの暴走もアズールレーンの暴走も許せないという強い正義感を持っている。あいつは……戦争がしたくないんだ」

「そう、なんだ」

 

 瑞鶴にとってビスマルクと言えば、長門と同じように遠くかけ離れた場所にいる存在だと思っていた。長門が平和主義の考え方をしているのは知っているし、その考えに両手を挙げて賛成したいと考えている瑞鶴からすれば、ビスマルクも同じような考え方をしているのならば、是非ともお近づきになりたいと考えていた。

 

「だがあいつにも、俺にも立場がある」

「そうだよね。ビスマルクって言えば、鉄血皇帝の命令を受けて艦船を動かす司令塔……言わばトップだもんなぁ……指揮官も国のトップ? だし」

「……エンタープライズも同じ考えを持ってるよ。いや、あいつはただ、皆で笑い合いたいと言っていたが」

「グレイゴーストが?」

 

 戦うことが艦船の生まれてきた意味であり、それ以外など形式上のものでしかないとかつて瑞鶴に向けて言ったエンタープライズは、酷く脆そうに見えていた。そんなエンタープライズが今では笑い合いたいと言っているのだと思うと、それは神代恭介という存在が与えた感性なのではなのだろうと瑞鶴は確信した。恭介は、良くも悪くも艦船に考えることを与える存在なのだろう。

 

「……指揮官は人類の希望だね」

「大袈裟な」

 

 やっとまともに笑った恭介の顔に、瑞鶴は安堵していた。

 


 

「アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦三番艦プリンツ・オイゲンよ。よろしくね、神代恭介サマ」

「こいつ嫌い」

 

 それなりに時間をかけ細心の注意を払い、セイレーンと一度も遭遇することなく鉄血へと着いた恭介一行は、港に降り立つと同時に迎えに来ていたのであろう艦船、プリンツ・オイゲンが挨拶してきた。どこか挑発する様で、品定めをするような言葉に一番最初に嫌悪感を現したのは瑞鶴だった。嫌悪感と言っても、嫌い程度のもので大人気なく怒っている訳ではないが、友達が品定めされているのは気分が良くないらしい。

 

「あぁ。ビスマルクに用事があって来たんだが、流石に暇してないよな」

「今か今かと待っていたから暇してるわよ。付いてきて」

 

 鉄血海軍の実質的リーダーであるビスマルクが暇をしていると聞いて、恭介と天城は顔を見合わせてその不審さに警戒心を強めた。指揮官の護衛としてついてきた三人も二人の後ろをついて歩き、鉄血指導者の元へと向かった。

 戦争中ともなればそうそう海外に渡ることも無かったので、瑞鶴も金剛も比叡も興味深そうに鉄血の建築物や歩いている艦船や人々を見ていた。生きている様に動く艤装と共に生活している鉄血の艦船達を不思議そうに眺めている横で、恭介は考えを巡らせていた。

 

「ここよ。首を長くして待っていたから、しっかり話してあげてね」

 

 薄く笑みを浮かべてながら言うプリンツ・オイゲンに、瑞鶴は威嚇するように目を向けると、挑発する様に笑みを深めて恭介の腕を自然な動作で絡めとった。

 

「入るわよ」

 

 腕を絡めたまま執務室へと入室したオイゲンは、部屋の主であるビスマルクにため息を吐かれていることを華麗に無視してソファへと恭介を座るように促した。オイゲンの好意に甘えるように恭介は笑顔でソファに腰かけ、極自然な動作で腕に絡まっていたオイゲンの手を解いた。

 

「それで、なんの用かしら?」

「セイレーンの研究は進んでいるか?」

「それなりね。あの時からセイレーンは動こうとしない……分からないことだらけよ」

 

 ビスマルクの言うあの時からという言葉が差す時間は、恐らくセイレーンとの大戦。一艦船としてあの大戦に参加していたビスマルクとしては、あれ程の力を持つセイレーン達がこちらの攻撃で退けられたと考える方がおかしい話だった。破壊して極秘裏に入手した上位個体の艤装を解析して、ビスマルクは今後の戦いに役立てようと考えた時に、アズールレーンが二つに別れた。

 

「貴方の存在にセイレーンは気付き始めた頃でしょうね。もう、止まらないわ」

「……そうか」

 

 回りくどい言い方をして二人にしか分からないように喋るビスマルクと恭介に、金剛も比叡もオイゲンも疑問符を浮かべていた。瑞鶴は恭介の事情を知っているので、何となくビスマルクが何を言っているのか理解できていた。天城はいつも通り目を閉じて話に耳を傾けている。

 

「貴方は私達の『運命』なの。くれぐれも慎重に行動して」

「理解している。自分のことぐらいな」

「そう……ならいいわ。これをあげる」

 

 運命という言葉に大きな意味を込めて話すビスマルクに、恭介は苦笑し、オイゲンはにやけていた。ビスマルクが何を指して恭介のことを運命と呼ぶのかは理解できていないくとも、神代恭介という存在がビスマルクをここまで動かすのだと理解してオイゲンは興味を持っていた。

 

「何だこれは?」

「手紙よ。海峡の向こうからのね。最近よく届くの」

 

 ビスマルクの言う海峡の向こうと言う言葉を瞬時に理解した恭介は、すぐにその手紙を内ポケットにしまい込んだ。手紙を毎回ビスマルクへと届けているオイゲンは手紙が何処から差し出されているのか知っているので、詰まらなさそうに肩を竦めていた。

 

「悪いけど、他の用事があったら今日はここに泊まって、明日にしてくれるかしら? 私、この後皇帝に謁見しなければいけないの」

「それは大変だ。行ってらっしゃい」

「貴方も来てもいいのよ?」

「質の悪い冗談を」

「オイゲン、後の案内は任せたわ」

「仕方ないわね」

 

 おどけた様に言う恭介に、ビスマルクは小さく笑いながら冗談を言い、コートを着て執務室から出ていった。ビスマルクの人間らしい部分を漸く見れたと安心した瑞鶴は、自然な動作で恭介の隣に移動してオイゲンへ対抗するかのように視線を向けた。そんな視線をいきなり向けられたオイゲンは、からかう対象を見つけたかの様に笑みを浮かべていた。

 

「可愛いわね」

「うるさい」

 

 赤城とは別方向に性格が悪いと確信した瑞鶴と、自分を挟んで余計なことをして欲しくない内心願う恭介を、金剛と比叡は天城と喋りながら無視していた。



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侵入

とりあえず今後の展開は適当に考えたけど、長くなりそうだなぁ……


 鉄血が誇る神聖なる皇帝、その謁見の間。世界的にも珍しく、艦船が総指揮を執っている鉄血海軍。その総指揮者であるビスマルクは首を垂れて神聖なる言葉を待っていた。

 

「面を上げよ」

「はっ」

 

 皇帝の重圧を含む威厳を乗せた声に怯むことなく、ビスマルクは顔を上げて皇帝と目を合わせた。人間の平均寿命から見ても高齢と言える年齢であるはずの皇帝だが、未だのその眼光に衰えは見えず、圧倒的指導者としてのカリスマを持ってビスマルクの上にいた。

 総指揮者と言っても、ビスマルクはあくまで皇帝の意思決定を海軍の末端まで伝えること役目でしかない。言わば皇帝の傀儡であるビスマルクは、皇帝の言葉無くしては動くことすらできはしない。

 

「重桜の、神代恭介が来ていると聞いたが?」

「はい。セイレーンの技術力の解析進捗と、新たな情報を持って彼は私のもとに」

「そうか……卿に命令を下す」

「はっ」

 

 重々しく口を開く皇帝にビスマルクは今から発する命令が鉄血にとって、皇帝にとって重要なものであるのだと理解していた。皇国に身を捧げ、その命すらも国の為に捨てるのが役目であるビスマルクは、皇帝にどのような命令を下されても従う。それが鉄血に生まれたビスマルクと言う艦船の全てであり、それ以上でもそれ以下でもなく、彼女はただ皇帝の命令を聞いて動く傀儡(マリオネット)。それが彼女にとって最大の幸福。

 

 

 

――本当にそうなのだろうか?

 

 

 

 不意にビスマルクの頭の片隅にある男の顔が浮かんだ。艤装が自分と似ている面倒くさい部下の顔が浮かんだ。喋ることもない姿を見ることすら叶わない最愛の妹の顔が浮かんだ。

 

「ロイヤルに不穏な動きがある。近々攻勢に出てくるやもしれん……敵を撃滅せよ」

「……承りました」

 

 命令を受けることしかできないはずの身体。最も純粋で最も穢れているその心に、ビスマルクは染みを作り出していた。

 

「下がれ」

「はっ」

 

 一度疑問が浮かび上がれば、それが止まることは無い。艦船はただ上の命令を受けて動くだけの憐れな傀儡(名誉な兵士)だっただろうか。

 謁見の間からゆっくりと歩いて出ていくビスマルクの背中を、皇帝は見ていない。艦船は所詮、兵器であり戦争の道具でしかない。自律式で動くことのできる、強力な戦艦ビスマルクは、それが存在意義なのだから。

 


 

「指揮官様、どうなさいました?」

「……」

 

 ビスマルクが皇帝のもとへと向かっている時、恭介はプリンツ・オイゲンが渡してくれたセイレーン研究の資料に目を通していた。一見するとただの兵器解析結果や再現度などがわかりやすくまとめられている外向けの艤装資料ではあったが、恭介はその資料を見て違和感を覚えていた。鉄血がセイレーン技術の研究、解析、再現に力を上げ始めたのはセイレーン大戦より前のことである。相手の使う未知の技術を解析することなく勝利することは不可能だと訴えた鉄血は、ユニオン、ロイヤル、重桜から破壊したセイレーンの艤装を譲り受けてひたすらに研究を続けていた。セイレーン大戦、アズールレーンからの離脱とレッドアクシズの成立、ロイヤルとの戦争等を経ても鉄血は執念とすら言える思いでセイレーンの謎を解き明かそうとしていた。その今までの結果全てが詰まっているのが、現在恭介が手にしている資料なのだ。だが読めば読む程違和感は強くなっていく。読み進めていくごとに険しい顔になっていく恭介を見て、隣でロイヤルとの戦闘記録を見ていた天城は声をかけた。

 

「読んでみればわかる」

 

 最後まで読み終わった恭介は、真剣な顔のまま紅茶を飲んでから天城へと資料を渡した。世界中のどこの国よりも正確にセイレーンの技術を解明している鉄血の資料に、天城は一枚目の時点で称賛したい気分だった。未だに彼女達がどの様な目的で動き、どの様なエネルギーを使って活動しているのか理解できていないが、セイレーンの持つ兵器がどの様な機構で動いているのかまで解析しているのを見て、天城は感嘆の息を漏らした。興味深い資料の連続で天城は一枚、一枚と資料を読み進めていた。

 

「これ、は……」

 

 しかし、途中から天城は資料を捲るたびに先程の恭介と同じようにどんどんと表情を険しくしていく。セイレーン量産大型艦に搭載されている謎の砲塔、セイレーン大型量産空母Queenから発艦する航空機に搭載されている正体不明の物質、上位個体の扱う自立型の小型艤装、個体名「ピュリファイアー」の扱う大型光学兵器等の詳細が書かれている資料。一見してみれば素晴らしい解析能力による情報の塊だが、それには大きな違和感が存在していた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 未知の技術を操り、人類を滅亡まで追いやっているセイレーンへの有効な対抗策は未だに存在していない。精々艦船を扱えば同じ人型同士それなりに上手く相手ができる程度である。そんな相手の艤装を、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持っているのは異常だった。艤装のどの部分が脆いのか、艤装がどうやってエネルギーを取り入れているのか、艤装のどこに致命的な弱点が存在しているのか。量産艦隊の艤装ならば百歩譲って理解できる。しかし、上位個体であるピュリファイアーの艤装の排熱構造まで書かれているという事実に恭介と天城は強烈な違和感を持ってしまったのだ。

 

「いくらビスマルクが上位個体の艤装を持っていたとしても、それはセイレーン大戦で手に入れたものだ」

「セイレーン大戦で傷を与えられた上位個体は……」

「個体名「テスター」のものだ。つまり……ビスマルクはピュリファイアーの艤装を手に入れてはいない」

 

 テスターよりも強力な個体であるピュリファイアーに、人類はセイレーン大戦時に撤退にまで追い込まれている。好戦的な性格と圧倒的なまでの破壊衝動を持って艦船と指揮官達に多くの犠牲を生み出したピュリファイアーは、アズールレーンにとってもレッドアクシズにとっても恐怖の象徴である。その戦いとは別にビスマルク、長門、クイーン・エリザベス、ヨークタウンが揃っていた艦隊はテスターを撃退し、ビスマルクはその時に艤装の一部を入手している。そう、テスターの艤装のほんの一部だけを手に入れたのがビスマルクなのだ。

 

「……鉄血は何を隠している」

 

 明らかな違和感とそれを同盟国とはいえ他国に隠そうともしない資料。鉄血がセイレーンと繋がっているという予想を裏付けるには決定的すぎる証拠だ。鉄血は必ずセイレーンと裏で繋がっている、もしくは、既に鉄血はセイレーンの手に落ちている(ただの傀儡と成り下がっている)かのどちらかだ。

 

「鉄血の持つ生体艤装も恐らくセイレーンからもたらされた技術を転用しているものだろう。上位個体の扱う自立型の小型艤装と似た様なものなんだろうな」

「何が目的で、セイレーンは鉄血に与しているのでしょうか」

 

 セイレーンがただ混沌を目的として戦争を仕掛けているのならば、このような回りくどいことはせずにさっさと世界中で戦争を起こしている。鉄血に技術を流し、重桜に技術を流している。

 

「いや、そもそも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……セイレーンに対する私達の存在自体が、セイレーンがもたらしたものだと言うのですか?」

「そうとしか考えられない。重桜に対して「カミ」を名乗ってセイレーンの技術を流した者は誰だ? 鉄血に対してセイレーンの技術を流したのは誰だ? アズールレーンに、メンタルキューブをもたらしたのは一体……」

 

 セイレーンが全て裏から操っている。そう考えることなど、陰謀論でしかないただの妄想だと断じるのはとても簡単なことだろう。だが、人間が理解することのできない程の技術の結晶であるメンタルキューブや、セイレーン大戦後に急速に発達した鉄血の艤装、カミからもたらされた技術を転用して使われている「ミズホの神秘」等、人間の手には余るようなものばかり。つまり、レッドアクシズとアズールレーンに分裂して戦争をしている現状も最初からセイレーンの手の平の上なのだとしたら。人類の多くが既に淘汰されている世界で、アズールレーンとレッドアクシズどちらにも力を与えているセイレーンがその先に求めるもの。

 

「まさか、セイレーンの狙いは――」

 

 何かに気が付いた恭介の言葉は、鉄血軍港全体に鳴り響く警報音でかき消された。 

 


 

 まるで自らの海域だと主張するかのように堂々と海を進む少女たちは、ある場所を目指していた。既に道中で幾つかの防衛施設を破壊して目的地に接近している少女たちは相手に捕捉されているだろうことを理解しながらそのまま前進していた。猪突猛進とも言える何の作戦も無いかの様な直進具合に、逆に敵は混乱しているのだが、突き進むだけの少女たちには知る由もない。

 

「……いつまで直進する気ですの?」

「む? 勿論接敵するまでだ」

「策は何も無し、と……はぁ」

「あはは……」

 

 旗艦として直進し続ける艦船に、後ろを黙って走っていた薄紫色の髪をした少女が呆れた様に前方の女性へと声をかける。が、あろうことか何も考えていなかったらしく、接敵するまで直進するという言葉に呆れを通り越してむしろ尊敬の念まで抱きそうな回答に、額に手を当ててため息を吐いた。

 

「そう案ずるなエイジャックス。陛下よりもたらされた情報を使い、既に手は打ってある。問題は誰かが敵を引き付けなければならないことなのだが……」

「それを私達がやる、と?」

「あぁ。騎士長の名に懸けて全ての敵の視線を私に向けさせて見せよう」

「……騎士長は自称なのではなくて?」

 

 エイジャックスのツッコミも気にせずに、ロイヤルが誇る自称騎士長であるキング・ジョージ5世は赤いマントを靡かせながら、自信満々の顔で加速した。

 

「ソードフィッシュから情報が来た。やはり神代恭介があの軍港にいることは間違いない情報のようだ」

「ふふ、楽しみだな。陛下が「光」とまで表現したその者の実力が!」

 

 帰還してきたソードフィッシュを回収しながら、アーク・ロイヤルは旗艦であるキング・ジョージ5世へと情報を渡して、再び艤装のライフルへと弾丸を込めるようにソードフィッシュを簡易的に整備していた。エイジャックスも自然と頬が緩み、艤装がその昂りに応えるように駆動音を鳴らして戦闘態勢へと移行した。そんな三人の様子を後ろから眺めながら、少しだけ悲しそうな顔をしているオーロラは鉄血にいるという神代恭介へと想いを馳せていた。

 

「加速するぞ!」

「その必要は無いわよ」

 

 一気に軍港まで突っ切るつもりでいたロイヤル艦隊は、突然降ってきた声を聞くと同時に左右に散開し、主砲を避けた。巨大な水柱を作り出す程の主砲に、キング・ジョージ5世は嬉しそうに視線を前へと向けると、巨大な二頭の艤装がロイヤル艦隊の四人へと主砲を向けながら威嚇する様に何度も口を開閉していた。まるで生きているかのように動く独特の艤装に、赤と黒、血と鉄を連想させる配色。鉄血の巡洋艦がそこには一隻だけ、自らの艤装に腰かけるように浮いていた。

 

「これは驚いた。鉄血の艤装は浮遊できるのか?」

「ほんのちょっとだけよ」

 

 海面すれすれを浮いているだけなので、空から見下ろしているということは無いが、生体艤装に腰かけているだけでそれなりの圧力を生み出しているのは間違いなかった。

 

「ふむ……その艤装、ポケット戦艦とまで称されたドイッチュラント級装甲艦の一番艦、ドイッチュラントとお見受けする」

「あら? わたしを知っているの? それと、ポケット戦艦はあんたたちが勝手に言い出しただけよ」

 

 生体艤装から駆動音が鳴り、まるで低く唸るような音を出しているようにすら聞こえる程ドイッチュラントも既に戦闘態勢へと入っていた。キング・ジョージ5世としては是非ともフッドを一撃で戦闘不能まで追いやったビスマルクと戦いたいと考えていたが、ドイッチュラントともなるとそれなりの戦いが楽しめることは容易に想像できたので、全く無問題だった。

 

「では私が相手をさせてもらおう。キング・ジョージ5世級ネームシップ、貴女をここで沈める者だ」

「上等じゃない。勝手に海域に侵入して帰れると思ってるのかしら?」

 

 海面に降り立ち艤装を展開したドイッチュラントは挑発的な笑みを浮かべるキング・ジョージ5世へと狙いを定めた。生体艤装が獲物をやっと屠れると主張する様に口を開けて駆動音を鳴り響かせていた。

 

「さぁ、決闘と行こうか!」

「蹂躙の時間よ!」

 

 互いが互いの装甲に誇りを持っているが故に、あっという間に至近距離まで近づいて射撃の態勢へと移行する。

 火力としては当然キング・ジョージ5世の方が上ではあるが、主砲の回転率は当然ドイッチュラントの方が上である。キング・ジョージ5世は主砲を何とかしてドイッチュラントへと直撃させ、ドイッチュラントは何とかして装甲と速力で動きながら数発の主砲を叩き込む必要がある。

 至近距離で放たれたはずの主砲を互いに当然の様に紙一重で避けた二人は、更に距離を詰めていく。戦闘スタイルが似ているのか、もしくは偶々考え方が合ってしまったのか、二人は同時に右手に持っている武器を振るった。キング・ジョージ5世は腰に持っていた儀礼用の剣を平然と武器として振るい、ドイッチュラントは本来銃である小型艤装を平然と近接武器の様に振るった。

 

「ちっ! ここまで行動が同じだと腹が立つわね!」

 

 戦闘が始まってまだ一行動目とはいえ全く同じ動きをされると当然ドイッチュラントの性格上苛立ちが先に来る。ドイッチュラントに比べて戦闘は楽しむ者であると考えるキング・ジョージ5世は敵意に満ちた笑みで、儀礼用の剣をドイッチュラントの命を刈り取る為に振るう。

 

「あんたねぇ。儀礼用の剣を振るうなんて命知らずなこと、良くやるわね」

「ふふ……私はあまりそういう類の言葉は信じなくてね。儀礼用だろうと、殺人用だろうと、剣は等しく剣だ」

「刃が付いてれば等しく武器って?」

「冗談を言うな。包丁は人を傷つける物ではない」

 

 本来武器として振るうものではない儀礼剣と、銃火器をで鍔迫り合いをしていた二人の艦船は同時に距離を取りながら主砲を放った。同時に放つことをある程度予想していた両者は、当然の様に主砲を避けて距離が開いた状態で止まった。嬉しそうに笑うキング・ジョージ5世と、対照的に機嫌が悪そうな顔をしているドイッチュラントは、主砲を相手の急所へと狙いを定めて左右へと動き出した。

 

「……暇ですわね」

「そう言うな。ソードフィッシュは特に被害が出ていない……グラーフ・ツェッペリンはいないようだ」

「いたらいたで困るんですけどね」

 

 観戦するにも椅子が欲しいとぼやきながら眺めているエイジャックス、グラーフ・ツェッペリンが不在なことに少しばかり残念そうなアーク・ロイヤル。そんな二人に苦笑しながらオーロラは警報が鳴り響く軍港へと視線を向けた。

 

「シェフィールドさんとニューカッスルさんは大丈夫でしょうか」

 

 キング・ジョージ5世達が囮になっている間に軍港へと侵入して、セイレーン艤装の研究資料を盗むことを目的に動いている二人のメイドをオーロラは心配していた。

 囮になるという目的すらも忘れていそうな程楽しそうにドイッチュラントと戦闘している旗艦に、オーロラもエイジャックスもため息を吐いていた。



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鉄血

予定してたより進まなかった()

8話で重桜まで帰るつもりだったのに……


 警報音が鳴り響く中、恭介は軍港を歩いていた。敵が軍港に迫り、今はポケット戦艦が対応しているということを聞いて恭介は研究施設を歩いていた。後ろに続く瑞鶴は先程から静止の言葉をかけているのだが、聞く耳持たずに歩いている状況だった。

 

「ねぇってば!」

「静かにしろ瑞鶴。それで、なんだ?」

 

 諦めずに何度も声を挙げている瑞鶴が憐れになったのか、恭介は立ち止まって振り向いた。仮にも鉄血の最重要施設とも言っていい場所に無断で入り込んでいるという状況に、全く罪悪感も無いのかいつも通りの表情で瑞鶴を見ていた。如何に同盟国と言えどもこのようなことを無断でして許される訳もないと考えている瑞鶴は、全く悪いとすら思っていない恭介に呆れていた。

 

「無断で入ってどうするの? 怒られるだけじゃ済まないよ? というか普通に外交問題だよ!」

「安心しろ。俺は避難シェルターに逃げたことになってる」

「そういう問題じゃないんだよ……もぉ!」

 

 瑞鶴の質問に答えてから再び歩き始めた恭介を見て、このままだと自分も共犯扱いになってしまうと理解していながらも、敵襲がある中国の最重要人物を放置することもできず、瑞鶴は護衛として付いていくことを渋々決めた。

 

「それで、何が目的なの?」

「……奥にもしかしたらいるのかもしれないと思ってな」

「何が?」

「メイド隊だ」

「メイド隊……メイド隊……ロイヤルメイド隊……はぁ!?」

 

 現在鉄血海域へと侵入しているのは間違いなくロイヤルだろう。鉄血とロイヤルは重桜とユニオン様に戦争状態なのだから、ロイヤルが遂に全面戦争を仕掛けてきたのかと瑞鶴は思っていたのだが、既に研究施設の中にまでロイヤルが入り込んでいるのだと恭介が平然と言うので、驚愕の声を挙げた。

 

「誰ですか!?」

「ひぃっ!? 勝手に入ってごめんなさい!?」

 

 大きな声を挙げた瑞鶴の声に反応していきなり銃口を眉間に突き付けられた瑞鶴は、鉄血の研究員の人物かと思って反射的に頭を下げて謝った。そんな瑞鶴に対して呆れた様な顔でため息を吐いた恭介は、瑞鶴へと銃口を突き付けた人物を見た。

 

「久しぶりだな、シェフィールド」

「……貴方達は、重桜ですか」

「え、ロイヤル!」

 

 恭介の声に反応して、瑞鶴は反射的に謝った時よりも更に早く艤装を展開して自分の指揮官とシェフィールドの間に入り込んで刀を構えた。先程までの気の抜けた女性から、一気に尋常ではない殺意を放つ強者へと変わった姿にシェフィールドは無意識のうちに息を呑んでもう片方の手にも艤装を持った。リーチと初速で圧倒的有利な条件を持つはずのシェフィールドは、目の前にいる艦船は自分が一歩でも動けば即座に首を刎ねることができると確信していた。それだけの殺気と敵意を瑞鶴は放っていた。一航戦から甘いだの未熟だの言われているが、瑞鶴の実力は既に艦船の普通を超えていた。

 

「剣を降ろせ瑞鶴」

「止めておきなさいシェフィ」

「指揮官?」

「ニューカッスルさん……」

 

 恭介は強張っている瑞鶴の肩へと手を置き、ニューカッスルはシェフィールドの手を横から包み込んだ。その二人の行動によって、瑞鶴とシェフィールドに張り詰めていた緊張の糸が切れて同時にため息を吐いて艤装を降ろした。

 

「目的はまだ先だ」

「え? もしかしてロイヤルと一緒に行くの?」

「嫌か?」

「いや、指揮官が行くなら行くけど……」

「……随分と指揮官に惚れ込んでいるようですね」

「うぇ!? 違うから!」

 

 シェフィールドの視線と言葉に瑞鶴は顔を真っ赤にして否定した。ロイヤルは敵なのだという態度を出しておきながら、恭介が言えばすぐに頷いてしまう姿を見れば誰だろうとそう思うだろう。実際、ニューカッスルは微笑ましいものを見るような目で瑞鶴を見ていたのだから。

 

「そ、それで? 指揮官は何を探しに行くの? もうメイド隊にはあったじゃん」

「セイレーンの艤装を探しに行く。鉄血の欺瞞を晴らす……って訳じゃないが、予想通りなのだとしたら人類はもう滅亡寸前だ」

「そんなに?」

「そんなにです。どうやら神代恭介様、貴方は鉄血の研究資料を読んだ様ですね」

「……お前達はまだ見つけてないのか」

 

 そもそもロイヤルメイド隊は鉄血がセイレーンと絶対に繋がっているという確信を持って行動している訳ではなかった。ロイヤルが今回動いた理由は、重桜の重要人物が訪れいてる今ならばセイレーン艤装に関する研究結果が手に入る可能性が高いと踏んだからだった。

 

「それを探しに来たんです」

「そうか……なら予想以上に良いものが見つかるかもしれないな」

「と、言うと?」

「設計図だ」

 

 恭介が見た資料には、鉄血はセイレーンの艤装を設計図を持っていなければ分からない程の細かい情報が載っていた以上、奥にはセイレーン艤装の設計図、もしくはその()()()()()()()()()()()()()()()がいるのではないかと判断していた。

 

「ビスマルクには悪いが……暴かせてもらうぞ」

 

 鉄血が持っているであろう闇へと手を伸ばすために恭介は更に奥へと向かって歩き始めた。

 


 

「ちぃ!?」

「まだまだ!」

 

 鉄血が誇る装甲艦であるドイッチュラントは、苦戦を強いられていた。相手も一人とは言え、歴戦の戦艦である以上ドイッチュラントは不利な状況であった。加えてキング・ジョージ5世は多少のダメージを覚悟で特攻を仕掛けてくるが、ドイッチュラントはキング・ジョージ5世の主砲に対して特攻など仕掛けることはできない。圧倒的に火力が違うのだから当然と言えば当然ではあるが。

 

「さぁここからどう出る!」

「調子に乗ってるじゃない……イラつくわね!」

 

 余裕を見せるロイヤルの騎士長に対して、ドイッチュラントは怒りで持って応えていた。ドイッチュラントの感情が昂るにつれて艤装の動きは激しくなる。感情を糧に活動するかのように激しく動くドイッチュラントの艤装は、主砲を連射し始めた。

 

「主砲の連射とはな! 熱量で艤装が動かなくなるぞ!」

「関係無いわ……ここであんたを沈める!」

 

 艤装に無理をさせて主砲を連射するドイッチュラントは、更に追加で魚雷を全弾放ちながらキング・ジョージ5世へと肉薄した。捨て身の特攻とも言えるその行動に、キング・ジョージ5世はあくまでも楽しそうな顔をして迎え撃つために構えた。

 

「そこまでよ」

 

 無謀な特攻を仕掛けるドイッチュラントは進行方向を手で遮られて海面に倒れこんだ。勢いそのままで海面を滑るように倒れこんだドイッチュラントは、遮ってきた手の持ち主に対して抗議するように顔を近づけた。

 

「あんたねぇ! いきなり何するのよ!」

「あら、自爆特攻を止めてあげたんだもの。感謝し欲しいわね」

「しないわよ! 大体止め方にももう少し方法があるでしょう!?」

「我儘ねぇ……」

「どっちがよ!」

 

 突然現れた乱入者にキング・ジョージ5世は心底嬉しそうに笑みを深めた。新手の登場に先程まで戦闘を傍観していたエイジャックスとオーロラが旗艦を守るように前に立って主砲を乱入者へと向けた。

 

「プリンツ・オイゲン、ですわね」

「えぇそうよ。一応ビスマルクがいない間を任されているから、見過ごせないのよ。爆撃されていないからと言って防衛しないっていうのはただの馬鹿でしょう?」

「もっともな意見だな。我々の目的は貴方達と戦うことだが……ビスマルクかティルピッツに出会いたかったものだ」

「ざーんねん。どっちも今はここにいないわよ」

 

 主砲も動かさずにプリンツ・オイゲンは惚けるように肩を竦めていた。まるで戦う意思のないプリンツ・オイゲンに、エイジャックスは更に警戒を高めながら周囲を警戒していた。

 

「さぁ、キング・ジョージ5世は私に任せて、貴女はあの軽巡でも相手にしてなさい」

「はぁ!? 何であんたがわたしの獲物取るのよ!」

 

 唐突な物言いに大層不満げなドイッチュラントだったが、抗議の声を無視する様にプリンツ・オイゲンはこの戦場唯一の戦艦へ向けて砲塔を向けた。

 

「悪いけど、私は貴女を沈めるために来た訳じゃないの……精々時間稼ぎさせてもらうわ」

「面白い」

 

 プリンツ・オイゲンの挑発にわざと乗るように反応したキング・ジョージ5世は、戦場から母港へと向けて走り始めたプリンツ・オイゲンを追いかけ始めた。まだ抗議し足りないのかドイッチュラントがその後ろを追いかけようとした瞬間、前方に弾丸が飛んだ。

 

「私を無視するなんていい度胸ですわね」

「……ふぅ……まぁいいわ。あんたたちから沈めればいいのね」

 

 先程までキング・ジョージ5世に追い詰められていたとは思えない程の殺気を振りまきながら、ドイッチュラントは怪しく笑っていた。

 

「鉄血の力、思い知るといいわ」

 

 獣が叫ぶかのような音を艤装から放ちながらドイッチュラントはエイジャックスとオーロラへと沈める対象を変更した。

 


 

「この扉の先が最奥のようですね」

「結局何も見つかってないじゃん……」

 

 研究室を片っ端から調べながら歩き回っていた恭介と瑞鶴、そしてロイヤルメイド隊の二人は認証付きの扉の前で止まった。パスワードが分かっても研究員の証明となるカードが無くては入れない場所にも、パスワードとカードを気絶させた研究員から奪って入ってきた恭介達だったが、指紋認証によって一部の人間しか入れないようになっている扉はどうにもできない状態だった。

 

「……どうするの?」

「勿論破壊します」

「えぇ……メイドってこんな荒々しいの?」

「少なくとも俺が今まで出会ったロイヤルメイドは全員武闘派だな」

 

 瑞鶴が頭を悩ませてどう侵入しようかと考えている横で、艤装を構え始めたシェフィールドに瑞鶴は助けを求めるように恭介へとしがみついた。

 

「壊されてしまっては困る」

「っ!?」

 

 主砲のトリガーへと指をかけた瞬間、扉の中から声が響き、認証付きの扉が内側から開けられた。誰かしらがいることは明白で、シェフィールドとニューカッスルと瑞鶴はすぐに戦闘態勢へと移行して敵を見た。中では何かの研究をしていたのか、液体が入ったガラスのケースやら、割れた試験管等が転がっており、真ん中には椅子に座った艦船が一人だけいた。

 

「ビスマルク……やっぱりここにいたか」

「えぇ」

 

 中にビスマルクがいたことを恭介はある程度予測していたのか、全く警戒もせずにビスマルクへと近づいて行く。試験管や薬が散乱する中、気絶したというよりは何かしらの要因で眠らされたと思われる研究員が何名か床に転がっていた。

 

「お前がやったのか?」

「そうよ。調べものの邪魔になるから」

「調べもの? 貴女は鉄血の旗艦であり総指揮官であるはず。今更何を調べると言うのですか?」

「大体皇帝に会いに行ってたんじゃないの?」

「裏口にエレベーターがあるの。知らなかった?」

「……ニューカッスルさん。だから研究施設の見取り図は手に入れた方がいいと言ったのです」

 

 刀を降ろした瑞鶴と主砲をビスマルクの頭に向けたままのメイド二人は、気になることを全て質問していた。瑞鶴の言葉に一番最初に答えたビスマルクだったが、その答えに関してシェフィールドがジト目で横のニューカッスルを見つめた。小さく謝るニューカッスルに対してシェフィールドはため息を吐きながら銃口をビスマルクの眉間にそのまま当てた。

 

「ニューカッスルさんの質問に答えてください」

「…………私が皇帝の傀儡で、何も知らないからよ」

「何ですって?」

 

 ビスマルクの淡々とした抑揚の少ない言葉を聞いて、ニューカッスルとシェフィールドは驚愕していた。ビスマルクは所詮傀儡でしかなく何の決定権も無いこと。恭介は当初から理解していたが、自信を傀儡と例える程だと思っていなかった。

 

「セイレーンの研究なんて、艦船である私達は関わることすら許されない。それも当然のことね……繋がりが一瞬でばれてしまうもの」

「繋がり? 何の繋がりですか」

「セイレーンと鉄血上層部……皇帝が繋がっているって話だろ」

 

 恭介の言葉にシェフィールドは苦虫を噛み潰したような顔をしてビスマルクの眉間から主砲を引いた。シェフィールドに銃口を向けられながらも全く動揺せずにキーボードを叩いていたビスマルクは、ある資料を見つけてそれを開いた。

 

「これね」

 

 発見したファイルをその場にいる全員に見えるように大きな画面へとパソコンの画面を映した。そこに書いてある文字を読んで、ニューカッスルはあり得ないものを見たかの様に目を見開いて口を震わせていた。

 

「これ、は……」

「貴女が予想している通りのものよ」

 

 そこに書かれているのは、艦船を生み出すメンタルキューブはセイレーンがもたらした技術であり、彼女達から四大陣営全てが多かれ少なかれ支援を受けていること。艦船を使った戦争をしているのはセイレーンが望んでいるからということが端的に書かれていた。

 

「ここまでは予想通りだな。ビスマルク、鉄血が調べたセイレーンの艤装はどうした」

「……」

 

 恭介の言葉に反応してビスマルクは次々とファイルを展開して中身を確認していた。最初は撃退したセイレーン艦隊の残骸から得られたデータなどが並んでおり、日付はセイレーン大戦よりも前のものだった。しかし日付がある一定の場所を超えてから、セイレーンとの戦闘ではまず得られないデータが綴られていた。

 

「セイレーンから与えられた上位個体が扱う艤装の設計図を解析した結果、排熱システムが特殊なことが判明した、か……流石鉄血。真っ黒なのはお家芸だな」

「質の悪い冗談ね」

 

 次々と展開されるデータにはセイレーン艤装の設計図が含まれ、それを組み込んだ鉄血が扱う生体艤装の設計図まで発見された。鉄血が既にセイレーンと繋がっているという事実に、シェフィールドもニューカッスルも瑞鶴も覚悟はしていただろうが、人類の裏切りを目の当たりにして人類を守るという艦船自身の存在意義が揺れていた。何せ艦船のリュウコツを成すメンタルキューブは、セイレーンからの贈り物なのだ。

 

「……っ!? ハッキング!?」

 

 鉄血の中にある黒い裏切りを全て閲覧しようとしていたビスマルクが操っていたパソコンとモニターが急にハッキングされ始めた。どれだけビスマルクがコードを入力しようとも明らかにおかしなコードで全てが上書きされてデータが片っ端から削除され始めた。

 

『こんにちは。艦船の皆さん』

「……セイレーン」

『えぇ。私は確かにセイレーンよ』

 

 全てのデータが消去されてから、モニターには何も映らずに音声だけが流れていた。これ以上鉄血の闇を暴くことができないと判断したビスマルクは立ち上がってモニターへと向かって呟くと、その声を拾って画面の向こうのセイレーンは応えた。

 

「まさか鉄血と繋がっているとは、思いたくなかった」

『私達も、まさか単純に戦争してくれない艦船がいるなんて思いもしなかった……なんて、口が裂けても言えないわね。でも予想外なのは本当よ? こんなに早く自分達の国を疑い始めるなんて』

「お生憎、私は鉄血の仲間は信じていても、無意味に戦争に踏み切った国のことはそんなに信じてないの」

『あはは! 面白いわね。それも貴方のお陰なのかしら? ()()()カミシロキョウスケ』

 

 セイレーンの特異点という言葉に恭介とビスマルクは等しく顔をしかめた。特異点という言葉が何を示しているのか理解できていないシェフィールドとニューカッスル、瑞鶴はただ神代恭介を見た。

 

「……何が目的で接触してきた」

『言ったでしょう? 予想外だったからよ。ビスマルクがこの国の機密を調べるのはもっと後だと思ったもの。実際、貴方に会っていなければそうなるわ』

「……特異点という言葉に、まるでその未来を本当に見たかの物言い。やはりお前達は、()()()()()()()()なんだな。しかも、幾つもの時間軸、平行世界を渡り歩いてきた」

『ふふふふ……やっぱり貴方は面白いわ』

 

 先程までの面白がっているような楽しそうな声ではなく、底冷えする様な冷たい声を向けてきたセイレーンに、シェフィールドと瑞鶴は無意識のうちに艤装を構えていた。二人にそうさせるだけの迫力と恐怖がその声には含まれていた。しかし、その声に何の反応もせずに恭介は真っ直ぐに画面を見つめていた。

 

『あんまり面白がり過ぎて時間かけたら怒られちゃうかもしれないし……そろそろお暇するわ』

「また会えるといいな。()()()()()()

『ッ!? アッハハハハハ! いいわぁ……本当に、予想以上の人間よ。貴方』

 

 オブザーバーと呼ばれたセイレーンは心底楽しそうに笑い声を挙げてから通信を切った。消されたファイルが再び画面に映りこんだまま、全員がしばらくそのスクリーンの先にいたセイレーンを見つめていた。

 

「個体名「オブザーバー」の上位個体なんて発見されていない。貴方は何を知っているの?」

「……ピュリファイアーとテスターの会話記録でも見返してみるんだな」

 

 今まで人類の前に一度も姿を現したことがないセイレーンの名を告げた恭介に、ビスマルクは少しだけ警戒の色を見せながら問うが、適当にはぐらかしながら当の恭介は散らばっている資料を手にした。

 

「駄目だな。パソコンの中身を全て消されたんじゃ、手掛かりなしだ」

「……貴方のことは信用してる。でも、分からないことが多すぎる。貴方は何を考えているの?」

 

 艦船達にとっての希望であると信じているビスマルクだが、それにしても彼は誰も知らないようなことまでも知っていることに警戒しない程神代恭介という人間を知っている訳ではなかった。そんなビスマルクの視界に急に入ってきたのは瑞鶴だった。

 

「し、指揮官は……」

「瑞鶴止せ」

「……神木から意思を汲み取ることができる人間なんだ!」

「瑞鶴!」

「だからっ」

「もういいわ」

 

 何かを喋りだした瑞鶴とそれを止めようとする恭介を見て、ビスマルクはため息を吐きながら瑞鶴の言葉を止めた。それ以上喋れば国に関わることなのだと理解できたからこそ、ビスマルクは瑞鶴の言葉を止めて恭介の意思を優先した。

 

「……ロイヤルのメイドにも、貴方達重桜にも伝えておきたいことがあるわ」

「それは、陛下に対する言伝と考えても?」

「えぇ。でも上層部の人間には絶対に漏らさないで頂戴」

 

 真剣な表情で言うビスマルクに恭介とニューカッスルは頷き、瑞鶴とシェフィールドは目を逸らして自分達が今から聞いたことは記憶しないと意思表示をした。

 

「鉄血は死んだも同然……皇帝は既にセイレーンの傀儡。そして、皇帝の言葉に従うことしか許されない私達艦船もまた、セイレーンの傀儡よ」

 

 鉄血の情勢を簡潔に述べたビスマルクの言葉が、研究室に響いた。



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撤退

まだ重桜に帰れないのかよ(呆れ)


「さっきから逃げるばかり。時間稼ぎと言っておきながらもどんどんと母港へと近づくか……何を狙っているのか」

 

 キング・ジョージ5世はひたすら逃げに徹するプリンツ・オイゲンを追いかけながら、その真意を図っていた。先程時間稼ぎをして基地から遠ざけると言っていながらも全く反対の行動をするプリンツ・オイゲンに、自分が何かに誘い込まれているのだと理解しながらも、キング・ジョージ5世はそこから撤退することは絶対に選択しない。

 

「私が逃げると思うならそれは過小評価というものだ」

「……でしょうね。突っ込んでくると思ったわ」

 

 背後から副砲を牽制目的で撃ってくるキング・ジョージ5世を見ながら、プリンツ・オイゲンはただひたすら基地へと向かって全速力で動いていた。全く戦う気の無い動きだが、プリンツ・オイゲンに闘志が全く無い訳ではない。むしろ、今すぐあの戦艦を沈めたくて仕方が無いくらいにはプリンツ・オイゲンという艦船は戦闘に対して貪欲な艦船だった。

 

「もう少し……もう少しで……沈められる」

 

 プライドにかけて逃げる訳にはいかないキング・ジョージ5世と、今すぐにでも反転して敵を沈めたいプリンツ・オイゲンの逃走劇はすぐに終わりを迎えた。

 

「今っ! 全機発艦!」

「むっ!?」

 

 プリンツ・オイゲンが急に反転してキング・ジョージ5世へと向いた瞬間、号令と共に鉄血量産型空母が現れ、一斉に艦載機を放った。すぐさま対空砲を動かして艦載機を撃ち落とし始めたキング・ジョージ5世だったが、それを許す程プリンツ・オイゲンは大人しい性格ではない。

 

「さぁ、どっちが先に沈むかしらね!」

「ははっ! 臆病者かと思ったらとんだ野獣ではないか!」

 

 貪欲に相手の命を狙っている目をしている敵を見て、キング・ジョージ5世はとても楽しそうに笑っていた。プリンツ・オイゲンを相手にすればまともに対空砲を撃つことはできず、対空に警戒しすぎればすぐにでもプリンツ・オイゲンの主砲が直撃するだろう。絶体絶命の状況でキング・ジョージ5世は楽しそうに笑っていた。

 

「さぁ、私と踊ろうか!」

 

 キング・ジョージ5世が主砲を構えた瞬間、背後からソードフィッシュが一斉にプリンツ・オイゲンに向かって雷撃を放った。

 

「馬鹿なっ!? 対空攻撃のできないソードフィッシュを放つなんて、どんな奇策よ!?」

「何を言う。あれでアーク・ロイヤルの扱うソードフィッシュは、簡単に落とされたりはせん」

 

 雷撃を寸でのどころで避けたプリンツ・オイゲンは、キング・ジョージ5世に主砲を撃つこともできずに距離を取った。その間、キング・ジョージ5世は悠々と対空砲火によって鉄血の量産型艦載機を落としていく。

 

「策はこれだけか? なら我々の勝利だな」

「ちっ! これだけで沈められると踏んだ私が甘かったってことね……」

 

 ソードフィッシュを落とそうと躍起になっているプリンツ・オイゲンへと静かに砲塔を向けたキング・ジョージ5世は、楽しそうに微笑んでいた。まるで愛する人を見守るかのような穏やかな顔で、一人の艦船を沈めようとしていた。

 

「さらば。よい殺気だった」

「……勝利の瞬間が、一番の隙よ」

「ッ!?」

 

 突然背後から聞こえた声にキング・ジョージ5世が振り返ると、そこには冷たい目をした一人の艦船と、十本以上の雷跡が海に刻まれていた。ならば雷跡を刻んだ魚雷は何処にあるのか、キング・ジョージ5世がそう考えると同時に十回以上の爆発音が海上に響き渡った。

 


 

「指揮官、これからどうするの?」

「勿論、鉄血の艦船を助ける。同盟国としてこのまま黙っている訳ないだろ」

「……でもメイド隊とは」

「それとこれとは話が別だ」

 

 金剛、比叡、天城が待っているシェルターまで早足で歩いている恭介は、瑞鶴を諭していた。優しい性格である瑞鶴は敵と言っても先程まで一緒にいた艦船と戦うことを納得することはできないのだろう。それでも、同盟国としてこのままロイヤルを放置して身を潜めるなどということは恭介の頭の中にはなかった。

 

「戻った」

「遅いですわ! 早く指示して下さらないと」

「まぁまぁ、指揮官様。ご指示を」

「鉄血艦隊を援護する。ただし、ロイヤル艦隊も沈めるなよ。聞きたいことは山ほどある」

「全員生かせと?」

「一人で充分だ」

 

 時に指揮官として非常な判断を下さなければならない恭介は、心を痛めることがあっても、人類が手を取り合って恒久和平へと向かうことができると本気で信じることができるほど甘くも無かった。

 

「了解しました」

「この時を待っていましたわ! 金剛型高速戦艦一番艦金剛、出ますわ!」

「……」

「瑞鶴は零戦でソードフィッシュを落とせ。敵は攻撃しなくていい」

「……うん」

 

 とても悲しそうな顔をしながら、さっさと海へと出ていった金剛と比叡の背中を見て瑞鶴は艤装を展開して零戦を飛ばした。いくら敵を沈めたくないと思っていても、零戦を飛ばしてしまえば自分はただの艦船なんだと言い聞かせながら瑞鶴は視界を艦載機と共有して大空を駆けていた。

 

「指揮官様、彼女は」

「分かってる。もう瑞鶴は、ロイヤルを敵として見れない」

 

 いくら瑞鶴が自分はただの道具でしかないと言い聞かせたとしても、止めを刺す瞬間に絶対に手が止まるだろうことは恭介にも理解できていた。それが敵陣のど真ん中だったとしても、彼女は感情が表に出てしまうだろう。

 

「彼女は戦士としては、若すぎる」

「……貴方も、ですわ」

 

 悲しそうに呟く恭介に対して、天城は同じ感想を抱いていた。戦士としては若すぎるにも関わらず、特異な体質と神木に選ばれたせいで、その年齢には似合わない冷静さと冷徹さを持ってしまった。その歪さがいずれ彼の崩壊に繋がる危険を危惧しながら、天城は彼を見ていた。

 


 

「ッ!? キング・ジョージが!?」

「何があったんですか!」

「分からない。プリンツ・オイゲンを追い詰めた瞬間に雷撃を受けた。まだ無事も確認できていない」

 

 ドイッチュラントに対して二対一で戦ってたいエイジャックスとオーロラだったが、アーク・ロイヤルの焦った様な声にオーロラが反応してエイジャックスはそのままドイッチュラントとの距離を詰めて主砲を放った。あれだけキング・ジョージ5世との戦いで傷を負いながらも二対一でも全く劣らないその戦闘能力に、エイジャックスは若干苛立ちを感じていた。対するドイッチュラントは艤装のダメージによって多少の動きにくさを感じながらも、焦り始めているエイジャックスに若干の余裕が戻ってきていた。

 

「お仲間が、大変みたいよ」

「お黙りなさい」

 

 主砲が外れるとエイジャックスは距離を取って魚雷を放ち、ドイッチュラントに避けさせる。避けさせた方向へと向かって弾丸を放つが、当然の様に艤装を盾にして猛獣の様に距離を詰めてくるドイッチュラントに、下唇を噛んだ。

 

「あんたたちロイヤルはいつも優雅、優雅って大国の余裕を醸し出しているつもりで、舐めすぎなのよ。だからあの戦艦も、あんたもここで死ぬ」

「つくづく野蛮で不愉快な方ですわね。なりふり構わず全てを捨てて戦うなど獣も同じ。優雅を、余裕を捨ててしまってはそれこそ人の形をしている意味がありませんわ」

 

 真っ向から意見が対立する二人は殺気をぶつけ合いながら睨み合っていた。旗艦がピンチに陥っている艦隊の艦船と、防衛している艦隊の艦船ではどちらが余裕を持っているかなど決まっている。ドイッチュラントはエイジャックスが動き始めるのを待っていた。

 

「アーク・ロイヤルさん、ソードフィッシュでキング・ジョージさんの様子は分からないんですか?」

「やろうとしているのだが……零戦に撃墜されていく!」

「あら? 重桜が動いたみたいね。まぁ同盟国を名乗っているんだから動いてもらわないと困るんだけど」

 

 アーク・ロイヤルの言葉を聞いてではなく、こちらへと向かって飛んでくる零戦の姿を見てドイッチュラントは喋っていた。零戦を使っての空中戦だけを行っていることを見て、重桜が全面的に協力している訳ではないことを理解したドイッチュラントは、艤装を動かしてエイジャックスへと砲塔を向けた。

 

「さ、邪魔もいないみたいだし、続きを始めましょうか」

 

 メイド隊すら合流していないのに危機的状況へと追い込まれている事実に、エイジャックスは表情を険しくしていた。

 

「……零戦……神代恭介は動くことにしたのね」

 

 プリンツ・オイゲンは、空中戦でソードフィッシュを撃ち落としていく高練度零戦を見て、それが重桜海軍第五航空戦隊の片割れである瑞鶴が放ったものだと理解していた。何せ神代恭介の護衛で動いていた中で零戦を飛ばせるのは瑞鶴だけなのだから。

 

「さて、まだやれるのかしら? 騎士長サマ」

「ふッ……問題無い」

 

 十発以上の魚雷の爆発によって発生した水しぶきの中から、満身創痍とも言えるキング・ジョージ5世が現れた。辛うじて立ってはいるが、艤装のあちこちから黒煙を上げ、幾つかの砲塔が爆風によってひしゃげているのにも関わらず、キング・ジョージ5世は不敵に笑いながら剣を構えた。

 

「しぶといね」

「お疲れ様、U-47」

 

 プリンツ・オイゲンの横へと浮上してきた潜水艦U-47は、自分の装填できる魚雷全てをぶつけても沈まずに立っているキング・ジョージ5世を見て素直に称賛していた。あれだけの雷撃を受ければ普通の船ならば沈んでいる。それを気合か何かで立っているのだから、それだけで侮れない敵であると判断するには十分だった。

 

「ぐッ、ゴホッ……Uボートだった、とはな」

 

 吹き飛んだ艤装の破片が刺さり、身体中から出血しているキング・ジョージ5世は放っておいてもすぐに意識を失うだろう。実際、少し前に進んだだけで口から吐血してすぐさま立ち止まったくらいにはダメージが大きい。それでもそのダメージの中前に進んで、吐血してもなお一歩も後ろに下がらないのだから驚異的だが。

 

「一足先に、ヴァルハラへ行ってなさい」

「ふふ……簡単には、倒れられんな」

「私達がさせません」

 

 砲塔をキング・ジョージ5世へと向けたプリンツ・オイゲンだったが、横から放たれた弾丸を平然と艤装で弾いて視線だけを向けた。

 

「あら? メイド隊、ね……基地に潜り込んでいたのかしら?」

「えぇ。色々と調べさせてもらいました」

「そう……私には関係ないわね」

「ビスマルクさんもそう仰っていました」

 

 キング・ジョージ5世の前に立って二つの銃を向けてくるシェフィールドの言葉に全く興味が無さそうだったプリンツ・オイゲンだったが、ニューカッスルの言葉からビスマルクと言う名前が出てその動きを止めた。

 

「……ふふ。あははは! そう言うことね。なら、私があんた達を沈める必要は無い訳ね」

「手は出さないと?」

「そうは言ってないけど……一人だけ残ってもらうわ」

「それは私達の意見と合致しますわね」

 

 何かを察して楽しそうに笑ったプリンツ・オイゲンがメイド隊の二人へと主砲を向けると、横から金剛と比叡が現れた。まさか戦艦まで動かすとも思っていなかったプリンツ・オイゲンは、神代恭介も同じようにロイヤルの艦船一人だけを残そうと考えているのだと聞いて更に笑みを深めた。

 

「即興だけどチームってことね」

「えぇ。同盟国ですもの」

「お覚悟を」

 

 金剛型の戦艦が二人加わった戦局に、ニューカッスルは表情を険しくしていた。ロイヤルは既に戦闘することもできないキング・ジョージ5世を抱えながら巡洋艦二人で、戦艦二人と巡洋艦一人、そして足下からいつ現れるかも分からない潜水艦一人と戦わなければならない状況だった。

 

「……シェフィ旗艦の生存を第一優先にしなさい」

「待ってくださいニューカッスルさん。それでは」

「ロイヤルの為に最善を尽くしなさい」

「……分かりました」

 

 既に意識も殆どないキング・ジョージ5世が聞けば怒るだろうことは容易に想像できる判断を下そうとしているニューカッスルは、一人で砲塔を三人に向けた。

 

「一人で残る……賢明とは言えないですが、尊敬はしますわ」

「お褒めの言葉、ありがたく頂戴します」

 

 キング・ジョージ5世に肩を貸す形で支えたシェフィールドは一度だけニューカッスルへと振り返ってから、迷いを振り切るように全速力で海域から離脱していった。

 

「さぁ、ここからは元メイド統括、ニューカッスルがお相手いたします」

「まぁ、悪くない獲物ね」

 

 ニューカッスルのカーテシーを見てから、プリンツ・オイゲンは艤装を構えた。

 


 

「ちッ、艤装が限界ね」

「それ程の無理をすれば当然ですわ」

 

 エイジャックスと真正面からやり合っていたドイッチュラントは、オーロラが再び参戦したことで再び危機的状況に追い込まれていた。加えて、連戦で無理をさせていた艤装がここにきて悲鳴を上げるように不快音を鳴らして黒煙を上げ始めた。それでもエイジャックスやオーロラからすればやっと敵が止まりそうになっていることに驚いていた。

 

「これ以上はッ」

「お姉ちゃん!」

「ッ、シュペー!?」

 

 横からエイジャックスとオーロラの間に割り込んできた艦船は、巨大な手の艤装を持った見た目凶暴そうな艦船だった。実際、その見た目通りの強さを持つ艦船なのだが、エイジャックスとオーロラからしてみれば最悪のタイミングで乱入された形だった。

 

「……エイジャックス」

「アドミラル・グラーフ・シュペー……ここにきて敵が増えるとは」

「アーク・ロイヤル様!」

 

 アドミラル・グラーフ・シュペーの乱入に警戒心を高めたエイジャックスだったが、アーク・ロイヤルへと近づいてくるシェフィールドと力なくもたれかかるキング・ジョージ5世の姿を見て、撤退の二文字が頭を過った。

 

「ニューカッスルさんは?」

「……私を逃がす為に、重桜の戦艦二人とプリンツ・オイゲンの囮に」

「そんなっ」

 

 ニューカッスルの名前を出されて、辛そうな顔して告げるシェフィールドに、その言葉が真実なのだと理解したエイジャックスは腹立たしく舌打ちをした。

 

「……撤退する」

「そんなっ!? 待ってくださいアーク・ロイヤルさん!」

 

 旗艦であるキング・ジョージ5世が意識を失った場合に、誰が指揮を執るかは事前に決まっていた。だからこそアーク・ロイヤルは歯ぎしりしながらも撤退を選択しなければならなかった。キング・ジョージ5世の代わりを務めると言うことは、旗艦の代わりを務めると言うこと。一人でも無事に国へと返すことが旗艦に与えられた使命なのだ。

 

「お姉ちゃんも、基地に戻らないと」

「……えぇ。流石にどれだけ強がっても動かないわ」

 

 四肢も既に麻痺し始めていたドイッチュラントは、妹の言葉に従うことにした。互いに警戒しながら離れていくが、ドイッチュラントとシュペーには余裕があり、エイジャックス達には悔しさが滲み出ていた。仲間を見捨てて帰らなければならないことに傷つきながら、彼女達はロイヤル本国まで戻っていくのだろう。

 

「……シュペー」

「なに?」

「わたしがどうしても戦場の中で動けなくなったら、見捨てなさい」

「……うん」

「嘘が下手ね……ちゃんと見捨てるのよ?」

 

 優しい妹は絶対に自分のことを見捨てずに守るために戦うだろうことは簡単に予想できていたからこそ、ドイッチュラントは同じ状況になったら絶対に見捨てるようにと言うのだった。これは戦争なのだから。

 


 

「…………空が、綺麗です」

「そうね」

 

 海上にボロボロのメイド服で倒れ伏しているニューカッスルは、空を眺めていた。圧倒的防御力を誇るプリンツ・オイゲンは、ニューカッスルとの戦闘が終わっても殆ど傷はなく、倒れ伏しているニューカッスルへとゆっくりと近寄ってきていた。既に指一本動かす気力もないニューカッスルは、ただ撤退していったシェフィールド達を心配していた。

 

「逃げおおせたみたいよ」

「そう、ですか……なら、悔いは無いですね」

「……メイドのそういうところが嫌いなのよ」

 

 シェフィールド達が無事に逃げきれていることを聞いたニューカッスルは、安心しきったように微笑んでもう一度空を眺めていた。さっきまでの戦闘も感じさせずに雲が流れているのを見て、ニューカッスルはただただ平和な世界で暮らしたかったと望んでいた。

 

「じゃあ、色々聞きたいこともあるから連れて行くわよ」

「それは鉄血である貴女の仕事ですわ」

「はいはい」

 

 ニューカッスルを持ちあげることを拒否した金剛に、プリンツ・オイゲンは肩を竦ませてからニューカッスルの肩と膝裏に手を回した。俗に言うお姫様抱っこの状態にニューカッスルもプリンツ・オイゲンも苦笑しながら、動き始めて、プロペラ音を聞いて振り返った。比叡も金剛も艤装を構えて空を見上げた。普段から聞き慣れている金剛型の二人は決して間違うことは無い。

 

「このプロペラ音は零戦のものではありません」

「まさか……ちっ!?」

 

 咄嗟にニューカッスルを放してプリンツ・オイゲンは横に回避した。特攻の様な超低空飛行でプリンツ・オイゲンへと迫っていた艦載機はそのまま上空へと急上昇して旋回していた。

 

「シーファイア……イラストリアス級ね」

「はい」

 

 旋回するシーファイアを見上げていたプリンツ・オイゲンは、透き通るような声のした方向へと視線を向けた。純白のドレスを身に纏う少し身長の低い艦船。その姿に、プリンツ・オイゲンは見覚えがあった。

 

「まさかネームシップが来てるとは思わなかったわ。お転婆の妹の方かと思ったから」

「ヴィクトリアスはそんなにお転婆かしら?」

「フォーミダブルの方よ。イラストリアス」

 

 イラストリアス級装甲空母一番艦イラストリアスは、静かに微笑みながら佇んていた。

 

「ニューカッスルさんを返してください!」

「ふふ……元とは言え、メイド統括を簡単に失う訳にはいかないんです」

 

 横からイラストリアスを守るように飛び出してきたジャベリンとハーディは、砲塔をプリンツ・オイゲンへと向けて威嚇し、穏やかな笑みを浮かべ巨大な砲塔を比叡と金剛へと牽制の様に向けてロドニーがゆっくりとイラストリアスの横へとついた。

 

「全く……あんた達の陛下は変なところで頭が切れるわね」

「そうでなければ、誰も付いて行きませんよ」

 

 ビックセブンと装甲空母の援軍によって、プリンツ・オイゲン達は少なくとも無傷でニューカッスルを捕らえることが不可能になった。それどころか本気で生け捕りを狙うのならば、誰かが沈む覚悟でなければならないだろう。そうなってまでロイヤルの艦船を捕らえる必要があるかと言えば、そうではない以上無理はできなかった。

 

「じゃあ今回はここまでしておくわ。重桜の艦に傷つけられたら鉄血としても困るもの」

「えぇ。御機嫌よう」

 

 プリンツ・オイゲンと比叡と金剛、そして潜航して好機を狙っていたU-47もゆっくりとロイヤル艦隊から距離を取って基地へと戻っていった。

 

「助けられましたね」

「ニューカッスルさん!」

 

 ジャベリンに勢いよく抱き着かれたニューカッスルは、微笑みながら優しく頭を撫でていた。撫でようと身体を動かすたびに激痛が走っているにも関わらず、誰よりも優しい手つきでジャベリンを撫でていることに気が付いているイラストリアスは、どこまでも優しいニューカッスルに苦笑しながら、丁寧な手つきで抱え上げた。

 

「さぁ、帰りましょう」

「はい!」

「護衛艦が勝手に先行してどうするんですか……全く」

 

 イラストリアスの言葉を皮切りに、ジャベリンが勢いよく先行していき、ため息を吐きハーディは苦言を漏らしながら追いかけていった。




まだ誰も死んでないけど、そのうち誰か死ぬのかな……割と行き当たりばったりで書いてます()
大まかなストーリーしか考えてないですから


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準備

思ったより筆が進まなかった()


「何を覗いてたの?」

「あら、艤装の点検はいいの?」

「そんなもの必要ないってお前が一番良く分かってるだろ?」

 

 真っ暗な部屋の中で一人画面を見て笑っていた少女に、後ろから長い髪を適当に頭の後ろで結うだけで、手入れもせずに床の上を引きずっている女性が扉を開けて入ってきた。

 

「それで、誤魔化すなよ。何を見てたんだよ」

「ふふ……『最果ての世界線』をちょっとね」

「あぁ? 最果て? んー……あぁ、あの良く分からない特異点が生まれた場所か。別にあんな場所に何かある訳じゃないだろ?」

「そんなことないわ。あの特異点は……彼はとても素晴らしいわ」

「うっわ。オブザーバー……お前が興味を示すなんてよっぽど運が無いなそいつは」

 

 まるで恋する少女の様に目を輝かせているオブザーバーに、長い髪をうざったらしそうに膝の上に乗せた少女は違う画面を見ていた。

 

「私としてはどーでもいいんだけどさ……こっちの方が楽しそうだし」

「それはダメよ、ピュリファイアー。後数年もすれば勝手に滅ぶもの」

「えぇー? つまんないなぁ」

 

 ピュリファイアーと呼ばれた少女はキラキラとした目で違う世界線の観測結果を見せるが、既にオブザーバーの演算処理によって未来は算出されていた。下層端末をいくら使っても、下手をすると中層端末を持ちだしても変えることができないであろう計算結果が出てしまったのでこれ以上の介入は不要だと判断した世界線だった。

 

「ふーん……この、指揮官がいない世界線は?」

「まだ分岐もできていない初期の段階よ。介入するにしてももう少し後ね」

「楽しみだなぁ……大きく育ったのを摘み取るのが楽しいんだよね」

「趣味が悪いわよピュリファイアー。それに私達の目的は摘み取ることではないわ」

「うんうん。お前が気に入ってる特異点の世界線には手出ししないって、安心して?」

 

 幾つもの世界線を前にしながら楽しそうに喋っているピュリファイアーと、それに対して少し面倒くさそうに対応しているオブザーバーは、特異点の世界線を見た。

 

「さぁ……ここからどう動くのかしら」

 

 人外の魔の手が世界中に広がっている次元で、特異点がどのように動いて未来を変えていくのか。その一点だけに興味のあるオブザーバーは、既に神代恭介しか見ていなかった。

 


 

「結局収穫無しですわ」

「……まぁ、大方予想通りだな。わざわざ鉄血に侵入しておきながらその情報を持ったメイドを回収しない理由が無いからな。どうせ味方にも知らされていなかった援軍なんだろうな」

「分かって見逃したのですか?」

 

 基地へと戻ってきた金剛が少し不満気に頬を少し膨らませていた。ニューカッスルをあそこまで追い詰めておきながら止めを刺すことも情報源として捕えることができなかったことが不満だったのか、不機嫌そうに呟いていると、恭介は全く慌てることも悔しがることもなくそれが当然だと言った。メイドを捕らえろと言った本人が分かっていて見逃したということに疑問を持った比叡が少し非難が含まれた視線を恭介へと向けた。

 

「見逃したと言えばそうなるかもな。だが、それ以上に重桜はロイヤルとも敵対していると思わせることが一番大事なことだ。鉄血と同盟を固く結んでいることもな」

「……ロイヤルと、敵対」

 

 恭介の言葉に瑞鶴は一人顔を苦痛に歪めていた。人類は今セイレーンを置いて勝手に人類同士で戦争を始めている。それがセイレーンによって仕組まされているのだとしたら、とても愚かで醜い行為なのだと瑞鶴は思ってしまった。重桜とユニオンが、鉄血とロイヤルが戦争しているという今の状態が続けば必ず人類はセイレーンに対抗できる力を失ってしまう。そうなってしまえば、既にセイレーンの侵攻によってかなりの人類が死滅した世界では、次のセイレーンが世界中に戦争を仕掛けたら瞬く間に人類は滅び、艦船達も海の藻屑となって消えていくだろうことは分かっていた。

 

「ところで指揮官様、海峡の向こうからの手紙と言うのは?」

「まだ中身を見ていないが……大体誰からは察しがついている」

「……ロイヤルですわね」

「だろうな」

 

 プリンツ・オイゲンに渡された海峡の向こうからの手紙。指揮官は言葉だけで誰から送られてきたものなのか理解していたが、比叡と金剛も改めて考えてみれば鉄血の艦船が言う海峡向こうなど十中八九ロイヤルだろう。

 

「何が書かれているのでしょうか……」

「さぁな。だが送り主はクイーン・エリザベスだろうな」

「トップがわざわざ?」

「俺はそうだと思うぞ」

 

 何の根拠もないはずの恭介の言葉に、金剛と比叡は首を傾げていた。彼がそこまで信じる理由も、そう考える意味も理解できない現状では恭介が言っていることを全て妄言と断じるには情報が足りない状況だった。

 

「まぁ今から読むけどな」

 

 やることも無いし、と呟きながら内ポケットから取り出した手紙を開いて恭介は中身を見た。送り主は予想通りクイーン・エリザベスであり、手紙の最初には緊急を要することが書かれていた。手紙の内容を確認すれば、鉄血がセイレーンによって操られているかもしれないこと、自分達アズールレーンの上層部も既にセイレーンと繋がっているかもしれないこと、この状況で重桜が繋がっていないほうが不思議だということ、そして最後には神代恭介の存在を艦船達が必要としているということが書かれていた。

 

「モテモテだな、俺は」

「何が書いてあったの?」

 

 恭介のふざけた様な言葉に内容が気になってしょうがない瑞鶴は、横から覗こうとして恭介に押しのけられていた。

 

「そう簡単に見せていいものではない。ただ、思った通り鉄血がセイレーンと繋がっているかもしれないって内容だった。後は、そっちが良ければ是非俺を指揮官として迎えたいって話だな」

「は? 渡すわけないでしょ?」

「指揮官様を渡すという愚を犯すことはしません」

「行くつもりもない」

 

 艦船達がいきなり距離を詰めて腕を掴むことに若干の恐怖を感じながら、恭介はロイヤルからの手紙を丁寧にライターで焼いていた。証拠が残ってしまってはそれだけで色々と不都合なことが起きてしまう程の手紙だったのだと天城は感づいて追及しようかと思っていた言葉を口にせずに飲み込んだ。

 

「それで、これからどうするのですか?」

「どうするも何も、目的を達したならば帰るだけだろ」

「それはそうですけど……」

「まぁロイヤルも帰ったばっかりだし、今帰れば安全に重桜まで行けるんじゃない?」

 

 瑞鶴の言葉とても頭が悪そうだが実際その通りだったので、金剛は仕方なくその言葉に頷いた。比叡と天城は元々恭介の言葉に従うつもりだったので何も言わずに金剛と瑞鶴のやり取りを見ていた。

 

「じゃあ帰る準備だな」

「私と比叡、それと瑞鶴は艤装の調子も見ておかないといけませんわ」

「そうだね。じゃあ天城さんと指揮官は待ってて」

「分かった」

 

 先程の戦闘で大きなダメージは負っていないものの、不具合が生じて神代恭介が重桜に帰れなくなってしまえば大変な問題になることは目に見えていた。そうならない為に念入りな整備は欠かせないものだ。

 

「……天城、どう出ると思う?」

「まずこの戦闘に関して、ユニオンは黙っている訳はないと思います。それに加えて、ロイヤルも本格的にユニオンと協力して重桜を敵対視することでしょう。そうなると、一番最初に動くのはユニオンでしょうね」

「まぁ、前回の俺を奪還された時と今回のロイヤルの戦闘で既にアズールレーンとしてはやられっぱなしだからな。ただ、動くにしてもエンタープライズが復活してからだろうな」

 

 ロイヤルメイド隊が潜入して情報を持っていったとしてもそれは恐らくクイーン・エリザベスによって命令されたもので、ロイヤル上層部からの指令は恐らく鉄血基地を襲撃して情報を少しでも情報を得て少しでも敵の戦力を削ることだったのだろう。その指令の為に動いたは良いものの、運悪く重桜の神代恭介が主力艦を数隻率いて鉄血へと訪れていたが為にキング・ジョージ5世とニューカッスルが大破して碌な情報も得られずにドイッチュラントを大破させただけで帰投することになった。

 クイーン・エリザベスはその状況を逆手にとって神代恭介と接触し、同時にビスマルクが皇帝の傀儡であることを確認して、あわよくばセイレーン艤装の研究結果と鉄血の後ろに潜んでいるのであろうセイレーンの情報を得ることを目的としていた。

 結局、クイーン・エリザベスの目的としていた情報は手に入ったが、ロイヤルが求めていた情報は手に入らなかったことになり、アズールレーンとしては鉄血重桜が組んだ艦隊一つで簡単に撤退させられたことだけが残ってしまった。それを無視して余裕な顔ができる程アズールレーンに余裕がある訳ではない。そうなれば、重桜に一度やられているユニオンが必ず動くと天城は考えていた。

 

「えぇ。彼女を抜いて行動を……重桜の拠点を潰すことをするとは思えません」

「やっぱり、狙ってくると思うか?」

「制海権と資源を狙ってくるかと」

 

 重桜とて自国の領土しか持っていない訳ではない。ロイヤル程大きい訳でもない島国である重桜は海の外に多くの拠点と、艦船が艤装を動かすために必要となる燃料を確保できる資源地帯を多く持っている。それを狙ってくるとなれば重桜としても多くの戦力を投入しなければまず間違いなく落とされてしまうだろう。

 

「兵站を狙うのは戦の常。ユニオンがそこを間違うことは無いでしょう」

「だろうな」

 

 セイレーンが裏でどのように動いているのかも分からない中、ユニオンとそう遠くない未来に衝突することは天城にも恭介にも分かっていた。

 

「全く……重桜に帰ったらまた戦争の準備か」

 

 エンタープライズが出撃できるようになるまで待つのならば、重桜は神通、綾波、飛龍、翔鶴に加えて今すぐ取り掛かれば「ミズホの神秘」は使えなくとも普通に戦う程度には加賀も回復するだろう。そしてそれはユニオンにも言えることであり、次の戦いには必ずヨークタウン、クリーブランド、モントピリア、ワシントンも修復して戦場に出てくる。文字通りの総力戦になることは間違いなかった。どれ程の規模の戦闘になるのかはまだわからないが、以前の大規模作戦以上の激戦になることは明白だった。

 


 

 ロイヤルと鉄血の小競り合いとも言えない戦闘から数日後、ユニオン内で自分の艤装をヴェスタルとひよこの様な謎の生き物達が直している姿を眺めていたエンタープライズは、後ろから近づいてきたヨークタウンに気が付いて振り返った。既に艤装がほぼ直っているヨークタウンは次の出撃には出る予定だと聞いて、いくらなんでも早すぎる復帰にエンタープライズは少しばかり心配していた。

 

「順調そうね」

「全くだ……ヴェスタルには頭が上がらない」

 

 エンタープライズ専属と言う訳ではないが、カンレキの立場からいってもエンタープライズの修理が一番得意だと公言するヴェスタルはとても楽しそうに艤装を修復していた。そんな様子を眺めながらぼーっとしていたエンタープライズは、ヨークタウンの言葉に苦笑しながら返した。

 

「平和なところ悪いけど、これを読んでおいてくれるかしら」

「これは……次の出撃か?」

 

 少し大きく一番上にタイトルの如く書かれている「重桜基地侵攻作戦」の文字に、エンタープライズは少し悲しそうな顔して、少し遠い砂浜で遊んでいる駆逐艦たちを見た。

 

「戦争は、いつの世も終わらないものなのだな……」

「悲しいことだけれど、これもレッドアクシズが始めたことよ」

 

 正義はこちらにあると暗に言っているヨークタウンに、エンタープライズは本当にその通りなのだろうかという疑問とユニオン上層部へと懐疑の感情を無理矢理押しのけて、一つの兵器として資料を読み始めた。

 

「こちらから、仕掛けるのか?」

「そうせざるをえないわ。そこにも書いてある通り、重桜と鉄血の関係はかなり深くなっている状態で、このまま私達がロイヤルを無視することなんてできないわ」

「だから、重桜と戦争をして鉄血の増援に向かわせないようにする、と? だが私の艤装はまだ……」

「だから、貴女が動けるようになったら作戦開始よ」

「……」

 

 自分がユニオンにとって、アズールレーンにとって切り札になっていることを誇らしく思わない訳ではないが、エンタープライズはただ戦争を終わらせるために力を使うべきであり、決して同じ人類を、同じ艦船を撃滅する為に使うべきものではないと考えてしまっていた。セイレーンに向けるべき力を無理矢理レッドアクシズに向かって振るっているエンタープライズは、その物悲しさにただ自分の両手を見た。

 

「……私は、命を救えているだろうか」

「分からないわ」

「私は…………誰かの温もりを、奪って生きているのだろうな」

「それが、戦争なのよ」

 

 ヨークタウンとてレッドアクシズと戦争することが必ず正しいことだとは信じていない。エンタープライズが口にしていない思いも理解しているが、それだけでユニオンの英雄が折れてしまっては困ってしまうのが今のアズールレーンの状況だった。

 

「エンタープライズ、本当は無理に戦ってほしくなんてない。でも、貴女が今立ち止まってしまったら……皆が止まってしまう」

「分かっているさ。私が背負っているのは自分の命や意志だけではないことぐらい、理解できている。そこまで子供ではないし、それだけで折れるほど脆い精神もしていないつもりだ」

「……頼むわね」

 

 これ以上エンタープライズ何を言っても特に聞きはしないだろうことはヨークタウンも理解していた。一度決めたら何があろうと揺るがないようにするのがエンタープライズの長所でもあり、扱いにくい所でもある。アズールレーンの上層部はそれも理解しているが、唯一理解しきれていない部分があり、その部分を理解しない限りエンタープライズは絶対的なアズールレーンの味方にはならないだろう。

 

「正義、か」

 

 セイレーンの傀儡になっているアズールレーンの思惑通り動くことなど、エンタープライズは是としない。それをしられるまでがエンタープライズを制御することができるなくなるまでのリミットだった。

 

「……エンタープライズ先輩」

 

 そんな背中を見ていたエセックスは、エンタープライズが気にしている神代恭介にも疑心暗鬼になっていた。

 

「人間を簡単に信用してはいけないって、エンタープライズ先輩にも言えたら……」

「そんな固くなることないだろ?」

「ひっ!? く、クリーブランド、さん」

 

 セイレーンを無視して戦争を起こし、自分の利益ばかりを追い求めるために艦船を使う人類に対して懐疑的になっているエセックスは、軍隊の脳とも言える上層部にも不信の目を向けていた。だからこそ、エンタープライズが一度エセックス語った神代恭介という重桜の人間を信頼することができなかった。そんな真面目そうなことを考えていたエセックスは、横からいきなり現れたクリーブランドに大袈裟なほど驚いた。

 

「おーい、エンタープライズ!」

「ん? クリーブランドに、エセックスか」

「ど、どうも」

「そんなに固くなる必要は無いだろう」

 

 エンタープライズにも同じことを言われて、エセックスは顔を真っ赤にして黙ってしまった。後輩が自分に対してぎこちないことがあまり好きではないエンタープライズは、その様子に苦笑しながら上機嫌で喋りかけてくるクリーブランドに感謝していた。

 

「エンタープライズは艤装を見てたのか」

「あぁ……すぐに出撃することになりそうだが」

「まぁ、そうだよなー」

 

 クリーブランドは前回の大規模作戦で主力として参加していたが、重桜第二水雷戦隊旗艦である神通にモントピリア共々手痛い攻撃を受けて大破していた。結果的に重桜の指揮官奪還作戦には参加できずに妹もコロンビアが倒れてしまったことに少しばかり後悔していた。

 ユニオンとしてもかなり役に立つ艦船だけあって、クリーブランドは既に基地侵攻の話は聞いていたし、ロイヤルと鉄血が戦闘したところに重桜が加勢して反撃を受けたことも聞いていた。

 

「変なことが起きなければいいけど……それこそ、互いに警戒しすぎて戦闘が起こらなかった! とかさ」

「そんなこと起こる訳ありません。重桜は絶対に……絶対に攻撃をしてきます」

「……エセックスは、重桜が憎いか?」

 

 楽観的とは言え今の世界情勢では十分あり得る話だとクリーブランドの言葉に苦笑していたエンタープライズだったが、それを少し強く否定したエセックスに対してエンタープライズは一抹の不安を抱いていた。

 

「別に、憎いと言う訳ではありませんが……でも戦争を仕掛けてきたのはレッドアクシズですよ?」

「そうだな。だが、レッドアクシズが戦争をしなければ立ち直れない程追い込まれてしまったのは、セイレーン大戦後にユニオンとロイヤルが自国の利益を優先してしまったからだ」

「それは……」

「戦争を始めた時点で、どちらかに善悪など無いんじゃないか? 見方を変えれば私達ユニオンだって……セイレーンの侵略行為と変わらないさ」

 

 悲しそうに、過去の後悔が含まれているエンタープライズの言葉にエセックスは動揺していた。今までエセックスが見てきたエンタープライズは敵は敵であり、倒すべきものでしかないと考えていた。世界に対しても、自分はただの兵器なのだから正義の場所など考えもせずにただ命令されたまま戦うのが正しい。そう考えてストイックに戦い続けていたエンタープライズは、ユニオンで最強だった。そんな最強のエンタープライズに、エセックスは憧れていた。

 

「エンタープライズは変わったな」

「そうか? まぁ……ならあの人のお陰なのかもな」

「……神代、恭介」

 

 クリーブランドと楽しそうに会話するエンタープライズが、弱くなった訳ではない。しかし、今エンタープライズが考えていること、本人でさえまだぼんやりとしていて気が付いていないそれには何か自分と相容れないものをエセックスは感じていた。いつか、エンタープライズと真正面から意見がぶつかる日がくるのだと予感させるには、エンタープライズの変化は十分すぎた。

 

「私は……シャングリラの所に行かないといけないので……」

「また後でな。エセックス」

「じゃあな!」

 

 花を愛で、空に想いを馳せ、海を美しいと眺め、一回の食事に感謝し、仲間と楽しく過ごす。そんな風に変わってしまったエンタープライズに、エセックスは以前の通りに憧れることができなかった。




戦闘描写って上手く書けないわりにめっちゃ文字数嵩むんですよね……


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開戦

 人型だからこその戦い方もあると思うし、艦船だからこその戦い方もあると思うけど……正直よくわかんないです()
 そもそもそんな描写できる程文章上手くないので、もうどうでもよくなって自分の好きなもの書くことにしました


「敵はどう動く……こちらの動きを察知してくると思うか?」

「あり得ると思うわ。なにせあちらには優秀な指揮官がついているのだから」

 

 大洋を目的地に向かって移動しているボルチモアは、後ろにいるヨークタウンへとこれからどのように戦局が動くかを聞いていた。その問いに対して、ヨークタウンは正直な読み合いで勝てるとは思っていなかった。ユニオンにも優秀な指揮官は存在するし、個々の能力が対処することができる程今回の作戦に参加している艦船が優秀でもある。それでも、セイレーン大戦後に重桜の最高指揮官となった神代恭介の存在に、ユニオンは何度も煮え湯を飲まされていた。

 

「クソ……あの男が敵のトップになってから、ずっと後手に回ってる感じがするんだよな」

「まぁ、大体合ってるかもな」

 

 ボルチモアの言葉に賛同したのは、神代恭介が指揮する重桜との海戦に何度も参加しているクリーブランドだった。大破まで追い込まれたこともあるクリーブランドとしては、そろそろ明確な勝利を手にしたいと考えていた。

 

「にしても、神代恭介が指揮官になってから一度も勝利らしい勝利は掴めていないけど、敗北らしい敗北もしてないのよね」

「それは確かに不思議だと思ってたな。あれ程優秀な指揮官なら、こちらの艦船を一隻ぐらい沈めていてもおかしくない」

 

 偶然と呼ぶには不思議な程拮抗している戦線に、ヨークタウンもボルチモアも以前から疑問を感じていた。クリーブランドはもしかしたら、彼は誰も沈ませたくないと考えているのではないだろうかと思っているが、それを口に出す程楽観的な思考をしていない。

 

「ラフィー、難しいことはよくわからない。けど、エンタープライズから聞いた感じ、悪い人じゃなさそう」

「そうか? 私は……まだ会ったこともないからな」

「私はコロンビアから聞いたけど、結構いい人みたいだぞ?」

 

 作戦前に気を張り詰めすぎるのはどうかとも思うが、今の様に緩すぎるのもどうなのだろうかと思っているヨークタウンは苦笑しながら三人を見ていた。

 

「……」

「ノースカロライナは何でずっと黙ってるの?」

「いえ、ただここまで話題にあがる人がどのような人柄なのか気になってしまって」

「そっか……ノースカロライナは初めてなのよね。神代恭介が指揮する艦隊と戦うのは」

「はい。どのようになるのか不安もあります」

 

 ユニオンの艦船達にすら名前を知られている程の指揮官が指揮する艦隊と戦うことは、確かに恐怖心もあるだろう。だが、それ以上にノースカロライナは神代恭介がどのようにしてユニオンの作戦を読んでくるかを考えていた。作戦が読まれてしまうということは、それだけで甚大な被害が艦隊に出てしまうということなのだから。

 

「……?」

「どうしたエルドリッジ」

 

 一番前にいたエルドリッジの髪の毛が一人でにピヨピヨと左右に小さく動き出したのを見て、クリーブランドが少しだけ速度を上げて横についた。不思議な雰囲気を持っているエルドリッジは、偶に何かしらを感じ取ってそちらを指さすことがある。

 

「あっち? あっちは……」

「ワシントン達が向かった方ね」

 

 現在二方面作戦を行っている方向へと指差したエルドリッジに、ヨークタウンは少しだけ考え込み始めた。無意味に動いたりする艦船ではないことはヨークタウンもクリーブランドも理解しているので、ワシントン達が向かった方に何かがあるのだと判断した。

 

「一応声掛けとくか?」

「指揮官……向こう」

「神代恭介が、前線に出てるの?」

「うん……絶対」

 

 エルドリッジが神代恭介のことを指揮官と呼んでいることにも驚いていたが、それ以上に神代恭介本人が戦場に出ているという情報の方がヨークタウンは驚いていた。もう片方……エルドリッジが神代恭介のいる場所だと言った方向にはワシントン、ポートランド、モントピリア、ミネアポリス、チャールズ・オースバーン、フレッチャーが向かっていた。そして二つの基地の丁度中間点にはエセックス、シャングリラ、ホーネットが待機して長距離艦載機の準備をし、護衛にもヘレナ、ブルックリン、ホノルルがついている。二方面作戦を行いながら三隻の正規空母による遠距離攻撃を放つ作戦を通達された艦船達はそれぞれの役割をこなすために動いていた。

 

「それを読んでいるとしたら……」

「まさか、エンタープライズが来ることを予測して?」

 

 ワシントン達が進撃している方向には、別方面からエンタープライズが奇襲作戦をしかける予定だった。艦船として人型の大きさで監視を潜り抜けることができるからこその単独奇襲作戦に、もし神代恭介が気付いているのだとしたらエンタープライズの身が一番危険だ。

 

「……憶測だけで作戦を変更する訳にもいかないわ」

「そうだけど……でも、このまま何もしない訳にはいかないだろ?」

「神代恭介がこちら側にいないのだとしたら、こっちの基地をさっさと潰して救援に行けばいい」

 

 戦闘前から大きな分岐点に立たされているヨークタウンに、ボルチモアは合理的ではあるが現実的ではない作戦を提案する。神代恭介が戦局を読み切って向こう側にいるのだとしたら、ヨークタウン達が向かう場所には攻撃から基地を守れるだけの防衛能力があるということ。恐らく大規模な地上基地航空隊なりが存在しているのだろう。そもそも、大規模航空隊でも配備している基地でなければユニオンが攻撃する意味もないが。

 

「……前進よ。エンタープライズには注意しておくように言っておくわ」

「私達も気を付けていきましょう」

 

 旗艦として判断を下したヨークタウンに、ラフィーとエルドリッジは無反応のまま、クリーブランドは一応納得して頷いていた。

 

「どう動くか……楽しみでもあるな」

 

 神代恭介のことは良くも悪くも認めているボルチモアは、その手腕がどのようにして振るわれるのかが不謹慎ながらも少しだけ楽しみにしていた。

 ユニオンの指揮官達からも最大に警戒されている彼が指揮する重桜との戦いは、苛烈になることは間違いない。であるならばこそ、ボルチモアはその戦闘に心を躍らせている。もう片方の基地へと向かっているワシントンも同じような性格をしているので、きっとこの情報聞けば喜ぶのだろうなとノースカロライナは内心ため息を吐いていた。

 


 

「それで? お相手さんもそろそろ動きそうなのかしら?」

「あと五分もすれば戦闘になるかと」

 

 恭介が近くにいないことで少しばかり普段よりもテンションが低い赤城は、隣で偵察機を放っている加賀へと視線を向けた。何の問題もなく偵察しているはずなのにいきなり視線を向けられた加賀は、一瞬肩を震わせて赤城から一歩遠ざかった。

 

「何かしら?」

「何でもないです……」

「はぁ……指揮官様……」

「……敵はノースカロライナ、ヨークタウン、ボルチモア、クリーブランド、ラフィー、エルドリッジ、それと量産型艦が十隻程度だ」

 

 戦闘前から味方に恐怖を覚えるのもどうかと思いながら、加賀は偵察機から送られてくる情報を逐一重桜の参謀である神通へと伝えていた。赤城を全く無視しながら艤装の最終チェックを行っている神通は、加賀から伝えられた情報を元に恭介と天城が立てた作戦に細かい修正を加えていた。

 

「ほぼ問題は無いでしょう。指揮官が予測したものとほぼ変わりない編成と言えます。ただ、予想よりも向こうがこちらの対空警戒が強い点だけが心配ですが……まぁ、一航戦からすれば多少の誤差と切り捨てられる範囲かと」

「そうね。量産型艦にクリーブランド級が多いのは明らかに我々、航空戦隊を気にしているのでしょう」

「……艤装、地上基地航空隊、共に異常ない、です」

「ありがとう、綾波」

 

 神通の言葉を聞いて赤城は相手の指揮官も侮れるものではないことを理解した。そもそも敵の基地を攻撃しに行くのに無能な指揮官に指揮を任せることは絶対にないと分かっていても、恭介が行う未来予知にすら等しい指揮を常日頃から傍で見ている赤城は感覚が少しばかり狂っていた。それでもユニオンの指揮官が考えているのであろう今の作戦は称賛に値するものだった。

 

「綾波、雪風、夕立、そろそろ戦闘よ」

「大丈夫です」

 

 少しばかりの心配を瞳に浮かばせていたのが見抜かれたのか、綾波は赤城に微笑んでから艤装を手にして前線へと進んでいった。戦果を取られたくないのか、負けじと夕立と雪風も綾波に続いていた。

 

「……加賀、指揮官様に連絡を」

「了解」

 

 偵察機を飛ばしながら通信も行えと言われているが、この程度の無茶には慣れっこだと苦笑しながら加賀は通信機へと手をかけた。

 

「指揮官、こちらは手筈通り万事上手くいきそうだ」

『そうか。慢心だけはするなよ……特に加賀』

「何故私が……分かった」

『ならいい。こっちは少し、手間取りそうだ』

「……なに?」

 

 味方からの贔屓目無しに、神通と赤城と加賀ですら舌を巻くほど完璧な作戦を立てているはずの恭介が手間取りそうだと言えば、如何に普段冷静な加賀と言えども聞き返してしまう。

 

『予想よりも相手の数が多いというだけだ。特に問題がある訳ではないし、グレイゴーストの対策もきっちりしてある。そっちは予測通り伊58が発見してくれたしな』

 

 奇襲の為にヨークタウン率いる艦隊とワシントン率いる艦隊を囮に、恭介達が待ち構えている基地の後ろ側から回り込んでいるエンタープライズだが、既にそんなことは読み切られて潜水艦を多数配置してエンタープライズの位置探らせていた。見えてしまっている奇襲などただの的でしかない以上、恭介は既に戦う艦船の中からエンタープライズなど省いていた。

 

「そうか……ユニオンはお前が前線に出ていると気付いていると思うか?」

『十中八九気が付いているだろうな。だからこそ迎え撃ちやすい』

「……理解した。そろそろ戦闘だ……気を付けることだな」

『はいはい』

 

 自分達の生命線とも言える指揮官に最低限の警告をした加賀は、通信機から耳を放してから丁度帰ってきた偵察機を手に取って前を見た。艦船の視力を持ってすれば薄っすらとだけ影見える程度の距離ではあるが、確かに赤城達は敵を発見した。

 

「さて……どんな戦いになるか楽しみね、加賀」

「……そうですね」

 

 神代恭介が赤城には話さず、何かしらのことを企んでいることに加賀は薄々気が付きながらも黙っていた。盲目的に見過ぎているからこそ赤城が見逃してしまった恭介の微妙な変化に加賀は気が付いていた。

 数分間黙って水平線を見ていれば、艦隊同士で戦うには余りにも近過ぎる距離であり、人間の姿をした艦船同士で戦うには最適な距離でヨークタウン達は停止した。

 

「ようこそユニオンの軍勢。ここでしばらく楽しんで行くといいわ」

「……一航戦と二水戦の旗艦神通。やはり神代恭介は向こうにいることは本当のようね」

「ふふ……貴女達が気にすることじゃないわ。ここで海の底へと沈むのだから!」

 

 その愛情の深さがそのまま敵意となったかのような、赤城の苛烈な殺意の波動は海に波を起こしてユニオンの面々へと襲い掛かった。

 


 

「……マジでいやがった」

「ノースカロライナ級戦艦ワシントン……お前がこちらの旗艦か」

「まぁな。本当はコロラド達に任せたかったが……仕方ない」

 

 ワシントンは翔鶴の甲板の上に立っている神代恭介を見て、少しばかりげんなりとした顔をしていた。ワシントンと恭介の直線状に割り込む形で入り込んできた霧島は、既に戦闘する気力が全身から見て取れるほどには敵意を放っていた。

 

「どうするよ、モントピリア」

「……目的は戦闘に勝利することではなく基地を破壊すること、そしてできるならば占拠することだ。神代恭介が居ても居なくとも関係ない話だ」

「それもそうか」

「そう簡単な話ではないと思うが……フレッチャー、駆逐艦の相手は駆逐艦のお前に任せる。私とワシントンとポートランドであそこの戦艦は何とかする」

「分かりました」

 

 少しばかり頭を使うのが苦手なワシントンと、合理的な判断しか下さないと自分で言っているモントピリアの言葉にミネアポリスは苦笑していた。

 一触即発の状況で少しばかり緩い雰囲気を醸し出している面々に呆れながらも、ミネアポリスは霧島の横に現れた榛名を警戒していた。

 

「……時雨、油断するなよ」

「当たり前よ! 指揮官はそこでゆっくり待ってなさい!」

「はい。指揮官は私の横でゆっくりと待っていてください」

 

 時雨と翔鶴に何もしなくていいと言われて、恭介は苦笑していた。確かに戦闘前の予測がほぼ全て思った通りの時点で勝率は九割と言っていい状況ではあるが、恭介はどんな状況でも慢心したくない性格なのだ。

 翔鶴、霧島、榛名、時雨、川内、高雄の重桜艦隊は静かにユニオンが動き出すのを待っていた。神代恭介を守りながらの戦いになる重桜艦隊は既に最初から防衛することしか目的にないのでユニオンが動き始めないのならばこのまま誰も動かずに終わるだろう。ワシントンを中心としてポートランド、ミネアポリス、フレッチャー、モントピリア、チャールズ・オースバーンはそれぞれ自分が戦うべき相手を見定めていた。このまま永遠に続くかと思われた静寂は、少し離れた隣の基地から爆発音が聞こえたことで破られた。

 

「ふっ!」

「私から?」

 

 一番最初に動き始めたのはミネアポリスだった。

 艦船である以上砲撃を直撃させることが一番ダメージを与えやすいことではあるが、今や艦船も人型として存在している以上無暗に撃ったところで当たるはずもなければ、無駄に弾薬を消費させられるだけだと考えて敵に近づいて近接攻撃を仕掛ける艦船は多い。そんな考え方をするのはミネアポリスも同じだった。手に持っているミネアポリスの艤装は特別製であり、主砲とは別に近接攻撃ができるパイルが取り付けられていた。

 

「ポートランド!」

「分かってます、よ!」

 

 艦船の膂力を持って高速で振られたパイルを最低限の動きで避けた榛名はそのまま腰の刀に手を付けずにそのまま拳でミネアポリスに殴り掛かった。流石に予想外の動きをされたミネアポリスは一瞬の虚を作り出してしまうが、上手くその隙を埋めるように放たれたポートランドの主砲が榛名と霧島を一歩下がらせた。

 

「さて……サウスダコタはいないが、私と今一度殴り合ってもらおうか!」

「ワシントン……」

 

 フレッチャーが動いて時雨へと牽制、モントピリアは動かずに高雄へと視線を向け、チャールズ・オースバーンは川内へと砲を向けて正義の口上なるものを叫んでいた。ワシントン以外を支援するように射撃を繰り返すポートランドは、本当に動きすらしない神代恭介と翔鶴を見ていた。

 

「……グレイゴーストはどうですか?」

「あと数分もすればここに来る」

 

 戦闘を俯瞰するように見ている恭介は、隣にいる翔鶴からの言葉に短く答えた。恭介の隣で戦場を俯瞰しながら艦載機を飛ばしてひたすらに敵の量産型艦を沈めている翔鶴は少しばかり心配していた。まだ戦闘が始まったばかりとは言え、恭介は何もしていないのだ。

 

「どうしたどうした!」

「侮るな!」

 

 この戦場でも一際激しく戦っているワシントンと霧島を見て、恭介はため息を吐いていた。いくら『カンレキ』があるからと言ってここまで霧島がワシントンと至近距離で砲撃を放ち、その拳を叩き込み、泥臭く戦うとは思っていなかったので恭介はどうしたものかと他の戦闘へと目を向けた。

 

「このっ、ちょこまかするな!」

「時間稼ぎが今回の私の任務です」

「この時雨様相手に時間稼ぎですってぇ!?」

「……あっちは楽しそうだな」

「ふん! その余裕、いつまで保てる!」

「いや、この程度じゃな」

 

 幸運艦である時雨は回避と牽制に全力を尽くしているフレッチャーを上手く捉えることができずにむきになり、余計に攻撃を当てられなくなっていた。

 そんな時雨とフレッチャーのすぐ近くで戦っている川内とチャールズ・オースバーンは、川内がやる気もなさそうに適当にあしらっていた。別に川内が敵を侮っている訳ではないが、いまいちやる気が出せない相手なのは確かだった。

 

「遅い!」

「どっちが!」

「もう、好き勝手動かないでよ!」

 

 何故か途中から主砲も撃たずに拳と艤装を振り回して高速戦闘を繰り広げている榛名とミネアポリスに、支援役として控えていたはずのポートランドが文句を叫んでいた。ワシントンもミネアポリスも既に目の前の敵のことしか頭にない様で、闘争心剥き出しの笑みを浮かべながら相手の命を刈り取ろうと迫っていた。対する霧島と榛名もその闘争心に真正面から応えるように主砲を放ち、拳を繰り出していた。

 

「……隙が無い、か」

「お互い様だ」

 

 居合の構えをとったまま目を閉じて相手の集中が途切れる瞬間を待っていた高雄だったが、相対するモントピリアの隙の無い殺気を感じて動いていなかった。モントピリアも迂闊に飛び込めば弾丸以上の速度で首を刈り取ってくるであろう刀の間合いを警戒して踏み込めていなかった。

 自らの傷も顧みずに戦いを続けるワシントン、ミネアポリス、霧島、榛名も含めて戦闘開始からすぐに戦局は動かなくなった。

 

「…………神通か」

 

 黙って戦場を眺めていた恭介は耳元にあった通信機からいきなりノイズが入り、反対の基地からの通信だと理解して耳を傾けた。

 

『戦局有利、すぐにでも片付くかと』

「そうか。そろそろ来るな」

 

 一航戦と神通がいる反対では既に勝負がつきかけているのだという事実に恭介は何も驚く様子はなく、そのまま通信を切った。恭介の言ったそろそろ来るという言葉通り、それはすぐに戦場へと訪れた。

 

「艦載機、だと?」

「翔鶴」

「はい」

 

 川内の言葉通り、唐突に雲の中から基地へと向かって急降下してきた艦載機群に対して、決して焦ることなく翔鶴は戦闘機を発艦させた。それと同時に、母港でずっと待機していた摩耶が一直線に空へと飛んで対空砲を放った。

 

「所詮は指揮官の予測通り……空母主体の三つ目の艦隊待機させて戦闘が始まってしばらくしたら全機発艦させて基地と重桜艦隊を奇襲する。ぼくの対空火力を舐めるな」

「戦場にはいつだって火の雨が降るものだな」

 

 摩耶の圧倒的対空火力と翔鶴の戦闘機によって瞬く間に炎上して墜落していく艦載機群を見て、恭介は鼻で笑いながら戦局を見ていた。艦船達それぞれが相手を持って牽制し合い、殴り合い、誰も意識が向いていない中恭介だけが()()へと視線を向けた。

 

「さて、これからが本番か?」

「ッ!? 終わりだっ!」

 

 恭介がゆっくりと振り返って視線を向けると、後ろの高台にはいつの間にかエンタープライズが弓を恭介へと向けていた。気が付かれたことに驚きながらも、エンタープライズが片手を離すだけで神代恭介を殺せる状況まで持ってきたことにワシントンとミネアポリスは奇襲の成功を確信した。時間を稼ぐように全員がそれぞれの艦船に対して一対一で戦い、基地に待機していた艦船を少し離れた二つの基地の中間地点で待機しているホーネット、シャングリラ、エセックスによる捨て身の遠距離艦載機によって炙り出し、その隙にエンタープライズが後ろから貫く。ユニオンの指揮官達が考えた最高とまでは言えなくとも、最低限と言える作戦。ただ、その全てが彼の手の平でなければ。

 

「グレイゴースト!」

「なっ!?」

 

 神代恭介を貫くユニオンにとっての起死回生の一手は、無情にも背後からの奇襲を仕掛けたエンタープライズの更に背後から襲い掛かった瑞鶴によって簡単に防がれてしまった。咄嗟の判断で弓を盾にしたエンタープライズは、瑞鶴が振るう刃に切り裂かれずには済んだものの、全ての作戦が台無しになってしまった。背後に回っている途中に、姉のヨークタウンから全てを読み切られている可能性があると言われていたからこそ、エンタープライズは、瑞鶴の刀を防ぐことができた。

 

「指揮官にそんな奇襲が通じると思うなんて、やっぱりグレイゴーストが強くても指揮官が無能みたいだね」

「くっ……だが、今からでも遅くない! 瑞鶴、ここで決着をつける!」

「望むところよ!」

 

 刀を向ける瑞鶴に、エンタープライズは弓を向けた。

 神代恭介の手の平の上で踊り続ける艦船がまた一人、増えただけのことだった。



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継戦

お久しぶりです。


「……所詮はこの程度か」

 

 眼前で繰り広げられている艦船同士による命の削り合いを見ながら、恭介はユニオンの作戦指揮官に失望していた。神代恭介という存在一つによって簡単に覆されてしまう現状に、同じ指揮官として失望以外の感情を持つことができなかった。そして、恭介は自分自身にも同様に失望していた。

 

「この程度では……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 心底不愉快そうに呟く恭介の言葉に、悲しそうな目を向けていた翔鶴は彼の運命を憐れんでいた。彼が憐れみを望んでいる訳ではないと知りながらも、翔鶴は僅かな希望に縋っている若者にただただ憐れだと思うことしかできなかった。

 

「指揮官、このまま決着はつきますか?」

「幾ら頭が無能だろうと末端は紛れもないユニオンの戦士だ。そしてその末端は自分達で考え、最適解を導き出して足掻く。ここからが踏ん張りどころだ」

「ぼくも出よう」

 

 予想されていた艦載機群による奇襲にのみ備えていた摩耶は、自分の対空能力の高さによってそのほぼ全てを撃ち落としていた。対空に特化した兵装をしているとはいえ、傷すら負っていない摩耶は戦う余力が十分にあり、眼前で行われている戦闘に介入したくて仕方がなかった。

 

「駄目だ」

 

 そんな身体の底から湧き出るかの様な闘志を滾らせている摩耶を少しだけ見た今日末は、そのまま摩耶の言葉を拒否した。真っ向から止められると思っていなかった摩耶は驚いた表情のまま恭介を見た。

 

「お前はただでさえ前回の戦いで神秘を酷使しすぎたにもかかわらず、グレイゴーストに大破までさせられて……許可できるはずないだろ。お前が大丈夫でも艤装が耐えきれない」

「だが」

「文句があるなら加賀程度は神秘を操れるようになれ。お前の神秘は獣の力に振り回されているに過ぎない」

 

 摩耶と同じく前回の戦いで「ミズホの神秘」を使用して戦闘し、大破まで追い込まれた加賀は現在隣の基地で大いにその力を振るっているだろう。加賀が許されて摩耶が許されない理由は、端的言えば艦船としての完成度の違いだった。重桜の艦船が扱う「ミズホの神秘」は、セイレーンの技術を取り込んで昇華された重桜に古くから伝わる降霊術の類である。厳密には全く違うのだが、それに似たものではある。簡単に言えば、獣としての力を自分の身体に授ける力なのだが、艤装はその急激な変化についていける程頑丈にできていないので、そもそも艤装の性能が足りなかったりすると簡単に破壊されてしまう。しかし、それ以上に獣の力を身体で完全に制御できなければ摩耶の様に艦船の身体にまで影響を及ぼしてしまうのだ。

 

「確かにぼくはまだ自分の力を制御できていない。だがこの状況で「ミズホの神秘」を使う程弱くはない」

「お前の意見は聞いていない。お前の肉体的な部分と艤装の話をしているだけだ。好都合なことにお前は天才と言ってもいい力を持っている。今後の重桜にも響く問題だ」

「……わかった。国の為なら身を引く」

 

 渋々と言った様子だが、基本的に神代恭介の指示は絶対であるので摩耶も本気でそれに反対する訳ではない。ただ自分の姉である高雄が戦場にいると言うのに、戦うこともできずに翔鶴の上でただ待っていることしかできないのが悔しかったのだ。

 

「安心しろ。高雄は強い」

「それは、分かっている」

 

 小さく笑いながら言う恭介に、摩耶は少しばかり不貞腐れて目を逸らした。

 


 

「今日こそ斬る!」

 

 戦場で相対していたエンタープライズと瑞鶴は、互いに獲物を向けてしばらく止まっていたが、先に痺れを切らして動き始めたのは瑞鶴だった。刀の切っ先がぶれて見える程の速度で振るわれた刀を悠々と避けたエンタープライズは、本来の使い方ではないが艤装の弓を瑞鶴のこめかみへと向かって振るった。

 

「遅い!」

「どうかな」

 

 刀に比べて重量のある弓は、エンタープライズの筋力を持ってしても近接武器として振るうには余りに愚鈍で巨大だった。当然身軽な刀を振るう瑞鶴は、すぐさまその弓から身を守るために自分と弓の間に刀を差し込んで防御した。次の瞬間にはエンタープライズが空いていた左手を使って、瑞鶴の脳天に向かって零距離で弓を引いていた。ほぼ直感的に上体を逸らしてその矢を避けて瑞鶴だったが、眼前すれすれを飛んでいく矢が視界に入った時にはその脇腹にエンタープライズの足が食い込んでいた。

 

「かはッ!?」

 

 エンタープライズによって横方向へと蹴り飛ばされた瑞鶴は、コンクリートの屋上を何度かバンドしてから美しく咲き誇っていた桜の木に背中を叩きつけた。外部から突然加えられた強烈な圧力によって肺の中にあった空気を全て吐き出した瑞鶴は、咳き込みながらも矢継ぎ早に飛来してくるエンタープライズの矢をしっかりと捉えていた。

 

「今のタイミングで全て避けられるか……」

「危なかった……次はその癖の悪い足を叩き斬る!」

 

 数回頭を左右に振ってから矢を全て避けた瑞鶴は、奇襲を読まれて追い込まれていたはずなのにも関わらず、冷静に瑞鶴の命を狙う攻撃を放ったエンタープライズを見ていた。奇襲が失敗した動揺に付け入る隙ができるとまでは思っていなかったが、まさかここまで冷静に対処されるとは思ってもいなかった瑞鶴は結果的に反撃を貰ってしまった。

 

「そうよね。相手はあの一航戦でも二人がかりで仕留めきれない相手……油断はもうない」

「……雰囲気が変わった?」

 

 戦場としては重桜依然として有利な状況なままであることには間違いない。なにせユニオンはエンタープライズの奇襲も航空戦隊による奇襲全て防がれてしまい、残ったのは敵の基地内という不利な条件のみ。それでも、一対一で向かい合ってしまえばそんなものは関係ない。エンタープライズはそういう艦船だと瑞鶴は思い返し、その思考から楽観的な考えを排除した。

 

「まずは……片腕」

 

 弓を防げないのならば物理的に弓が引けないようにしてしまえばいい。そう考えた瑞鶴は艦載機を発艦させるべく、動きやすいように背中側へと移動させていた飛行甲板を起動して身体の右手側へと移動させた。瑞鶴が艦載機を発艦させようとしている姿を見て、エンタープライズも弦を引いて光り輝く矢を作り出した。

 

「全機発艦!」

「撃ち落とせ!」

 

 瑞鶴が艦載機を全機発艦させると同時に、エンタープライズも矢を放った。エンタープライズが放つ光の矢は加速していきそのまま何機かのヘルキャットへと姿を変えて、瑞鶴が放った彗星を撃ち落としていた。

 

「はぁッ!」

 

 彗星を放った直後にエンタープライズへと向かって踏み込んでいた瑞鶴は、弓を引く右腕に向けて刀を振り下ろした。素直に踏み込んできたことに少し驚きながらも、エンタープライズは冷静にその攻撃を紙一重で避けてから右手に弓を持ち換えて弦を左手で引いた。圧倒的と言える程の速度で行われた弓の持ち換えに対しても、瑞鶴は紙一重で反応して放たれた矢を避けた。水平線へと向かって放たれた矢がかなり遠くでエンタープライズ専用であるマクラスキー隊のドーントレスへと変化したことを瑞鶴は見ていた。

 

「武勲艦は後詰が得意なのかなっ」

「どうだろうな」

 

 身体を逸らして避けた瑞鶴に向かって再び横蹴りをお見舞いしたエンタープライズだが、二度目は流石に腕で防がれて瑞鶴が一歩下がって刀を構えなおした。刃先で背中の甲板を叩き、火花を散らしてその火花をエンタープライズへと向かって振った。

 

「行け!」

 

 刀の切っ先から振るわれた火花は瞬く間に流星へと変化して、エンタープライズへと襲い掛かった。

 

「……ヘルキャット!」

 

 自身の左側へと常に配置してある飛行甲板からヘルキャットを発艦させたエンタープライズは、少しだけ後ろに下がりながら瑞鶴との距離を測っていた。弓から必殺の一撃を放てるエンタープライズは、瑞鶴の武器が刀である以上距離を取って戦うことが圧倒的な優位に立てる条件だった。それでも簡単に距離を取らせてくれる程瑞鶴が弱いとも考えていないので、エンタープライズはどうするべきかと攻めあぐねていた。それは、攻撃をことごとく避けられている瑞鶴も同じことだ。

 瑞鶴の放った流星をヘルキャットで落としながら、エンタープライズはどうすれば瑞鶴を無力化できるかを考え、対して瑞鶴はどうすればエンタープライズを殺すことができるのかを考えていた。

 

「取り敢えず、少し大人しくなせる他ないか」

「上等!」

 

 同時に踏み込んだ瑞鶴とエンタープライズは互いの武器を衝突させて火花を散らした。

 


 

「脆い」

「ぐっ!?」

「無様ね」

 

 無力にもただ海面を転がされることしかできないヨークタウンは、加賀と赤城の猛攻を受けて這いつくばっていた。どれだけ手を伸ばして攻撃しようとも、赤城に艦載機を撃ち落とされ、加賀に重い物理攻撃を受けて吹き飛ばされる。ヨークタウンと共に戦っていたノースカロライナは既にその艤装を破壊されて、ヨークタウンと共に海面に倒れ伏していた。

 

「量産艦は全滅。お前らの奇襲作戦も無意味。話にならんな」

「あぁ……こんなことなら指揮官様と共に待っていたかったわ……翔鶴なんかに立場を奪われるなんて」

「ノース、カロライナ……無事?」

「なんとか……でも、勝算は無い、かと」

 

 金髪を煤で所々黒くしながらもノースカロライナはなんとか立ち上がった。損傷具合から見てもノースカロライナよりもヨークタウンの方が被害が大きく、既に立ち上がれない程傷ついてしまっていた。クリーブランドも神通相手に防戦一方、エルドリッジ、ラフィー、ボルチモアも駆逐艦相手に苦戦している。

 

「くそっ! 本当に駆逐艦なのか!?」

「失礼ですね。綾波はれっきとした吹雪型駆逐艦改良型、です」

 

 平然と重巡砲の砲弾を身の丈程もある大刀を使って真っ二つにする駆逐艦など、少なくともボルチモアが知っている限りユニオンには存在しなかった。ユニオン内で力を持っている駆逐艦であるはずのラフィーですらソロモンの悪夢とまで言われた夕立には、苦戦している状況だった。

 

「重桜の駆逐艦は、何でこう強いのかっ!?」

「余裕ですね。綾波の魚雷は、戦艦も沈めますよ?」

「全く、対した雷撃能力だ!」

 

 全砲門から一斉に砲弾を放つも、自分に当たる物だけを的確に選択して切り裂く綾波の前ではあまり意味なく、ボルチモアの攻撃は全て無駄となっていると言ってもいい状況で、魚雷が直撃すれば戦艦もすらも沈めてしまうともなるとボルチモアに勝ち目はほぼないも同然だった。

 

「がぅ!」

「犬……」

 

 苦戦、と言っても夕立から放たれる魚雷と砲撃をひたすらラフィーが避けているだけの状況であるので、実際はラフィー自身に苦戦しているという意識はない。何故ならば、もしこのまま作戦が失敗した時に傷ついた仲間と共に安全に脱出するには誰かしらが殿を努めなければならないのだから。最初からこの作戦の成功率が低いことを知っていたラフィーは、戦闘中になるべく攻撃を受けないことで殿を務めようとしていた。少し賢い艦船ならばそれが分かるのだが、ラフィーの相手をしているのはただ戦闘することしかできないと自分で公言する夕立なので、気取られてはいなかった。

 

「っつー!?」

「……砲弾は素手で受けることはおすすめしません」

「やってみてわかったよ!」

 

 神通にひたすら追い込まれているクリーブランドは、どうしても避けられない砲撃を仕方なく手で弾いて悶絶していた。流石に呆れたのか、一瞬攻撃の手を止めてクリーブランドへと忠告するように言った神通に、クリーブランドは少し膨れながらも構えを取った。

 

「そうですか。では次は沈んでいただきます」

「相変わらず怖いなぁ! 前はモントピリアと二人がかりだったから何とかなったけど、今回は流石に無理だ!」

「弱気ですね。やろうと思えば何でもできるものですよ」

「滅茶苦茶根性論だ!」

 

 再び始まった神通による弾幕の様な砲撃の嵐を、クリーブランドは踊るように避けていた。

 以前の海戦で戦っている神通とクリーブランドだが、クリーブランドはモントピリアと二人がかりで神通を相手取り、そんな圧倒的有利の状況だったにも関わらず、追い込まれた神通の捨て身の一撃で三人全員大破まで追い込まれてしまったのだ。つまり、クリーブランドにとって神通は一対一で戦って勝てる相手ではないと最初から決まっているのだ。

 神速とも言えるほどの速度で迫ってきた神通に驚きながら、主砲副砲一斉射撃で弾幕を張ったクリーブランドに対して、神通は無言のまま片手で目の前に迫っていた砲弾を彼方へと弾き飛ばして接近した。

 

「嘘っ!?」

「終わりです」

 

 魚雷を放つのではなく手に持っている神通を見て、クリーブランドは咄嗟に後ろへと下がった。次の瞬間に神通はその手に持っていた魚雷を石でも投げるかのようにクリーブランドに向かって平然と投擲した。紙一重で首を動かして魚雷を避けたクリーブランドは距離を取って背後の爆発音へと視線を向けた。

 

「……さっき砲弾素手で受けるのおすすめしないって言ってなかった?」

「おすすめしないだけです。鍛え方が足りませんね」

「理不尽だっ!?」

 

 クリーブランドと神通の傍から見ればコントでもしているのではないかというやり取りを尻目に、エルドリッジは雪風の攻撃を全て避けながらどのタイミングでヨークタウン達の救援に入るかを見ていた。

 

「ふん! 防戦一方なのだな、はっはっはっは!」

「ん、うるさい」

「なっ、うるさくない!」

 

 エルドリッジの言葉に反応した雪風が主砲を向けた瞬間、エルドリッジが不自然に放電し始めた。普段から空色に近い色の雷を纏っているエルドリッジの雷が、いきなり明滅しながらその色を紫色へと変色させていた。

 

「うて」

「うひゃぁぁぁ!?」

 

 紫色の雷を纏ったまま雪風に主砲を向けたエルドリッジは、その砲塔から謎の紫色の弾幕を戦場一体にばら撒いた。突然の謎弾幕にその戦場にいた重桜艦船全員がそれぞれ戦っている敵から距離を取って、人魂のような弾幕を避けた。

 

「エルドリッジ?」

「……撤退」

「……わかったわ」

 

 ボロボロではあったものの、まだギリギリ渡航できるヨークタウンは今が引き時なのだと理解した。どれだけ取り繕っても結果として敗北の二文字をこれから覆すことができないのならば、せめて生き残らなければならないと判断した。

 

「旗艦として仲間を無事に帰すというその判断は正しいものだ。だが、我ら一航戦から逃げきれるつもりか?」

 

 撤退の為に弾幕を張り続けるエルドリッジだが、このまま放っていればすぐにも燃料が尽きてしまうことは重桜側もユニオン側も理解していた。ラフィーが殿として立ち塞がろうとしても、相手は無敵とまで言われた一航戦である以上大した時間稼ぎにもならないだろう。

 

「……指揮官、敵が撤退の意志を見せています。防衛を優先するか、敵を沈めることを優先するかご判断ください」

 

 エルドリッジの弾幕を奇麗だと内心思いながら、神通は恭介へと無線を入れた。その戦場にいた全員が神通のその言葉を聞いていた。赤城と加賀は恭介に聞けば殺さずに撤退させろと言うと判断して、わざと恭介には言わずにユニオンの艦船を沈めようとしていたので神通の行動は余計なものとして映り、ユニオン側からすれば神代恭介ならば見逃すかもしれないと考えて神が指令を受けるのを待っていた。

 

「……よろしいのですね? そうですか……了解しました」

「指揮官様はなんと?」

 

 恭介の下にいるからこそ秩序を保てていることを理解している赤城は、指揮官の言葉を聞き届けた神通に旗艦として問いかけた。

 

「全員沈めろとのことです」

「……ふっ、了解だ」

 

 ユニオン側も重桜側も予想していなかった神代恭介の言葉に、加賀は全身から殺気を放ってユニオンを見た。今までの方針とは真反対の指令を下した神代恭介にユニオンの艦船達は圧倒的な絶望を感じ始めていた。

 一人戦場で楽しそうに狂気の笑みを浮かべている加賀は、弾幕を掻い潜りながらエルドリッジへと襲い掛かった。

 

「さぁ……狩りの時間だ!」




あと二話ぐらいこの話書いてたい。


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大敗

 文字数って読んでると書いてる時の10倍以上の速度で溶けていきますね


 そこかしこで戦闘を行いながらも、未だに重桜基地に攻撃の一つも届かせていないユニオン側は圧倒的不利な業況に立たされていると言えるだろう。戦闘が始まって既に数十分という時間が経っているのにも関わらず、完璧に重桜側の作戦勝ちなのだ。そんな戦場の情報を一番把握しているのは、二つの基地の中間地点にいるユニオン空母機動部隊だった。

 

「このままだとヨークタウン姉とエンプラ姉が押し負ける……何とか救援を出したいのにッ」

「ホーネットさん!」

 

 完全に虚を突いたはずだった艦載機による奇襲作戦は完全に読み切られ、逆に多くの艦載機を撃ち落とされる結果となってしまっていた。的確に基地を攻撃する爆撃機だけを狙い撃ちされたホーネット、シャングリラ、エセックスの三人は苦虫を噛み潰したような表情をして戦局を見ていた。それが数分前のことである。

 ホーネット達は艦載機をかなり落とされたと言っても正規空母である以上、それなりの搭載量を誇っている。まだ二つの基地で戦っている味方への支援は十分可能だったはずにも関わらず、何故空母機動部隊からの支援がないのかは、ホーネット達の現状が物語っていた。

 ヘレナの声に反応したホーネットが上空を見上げると、空を覆いつくす程の艦載機の群れが編隊を成していた。

 奇襲失敗による損失は支援によって取り返すと決めたホーネット達だったが、その隙を付かれて一瞬で射程範囲にまで近づかれていたのだ。艦載機の大多数を二つの基地へと放っていた三人の正規空母は、周囲の警戒をヘレナのSGレーダーに任せていた。その結果が今の状況だった。

 

「くッ!? まさか私達の存在どころか場所と編成まで把握されてるとはっ」

「シャングリラ!」

「わかってます!」

 

 支援に放つつもりだった艦載機を全て迎撃へと向かわせるホーネット、シャングリラ、エセックスだったが、圧倒的な物量によって攻撃してくる敵艦載機群には焼け石に水だった。

 

「対空警戒!」

 

 ホノルル、ヘレナ、ブルックリンの三人が正規空母を庇うように輪形陣を敷いていた。とは言え、六隻で敷かれる輪形陣で撃ち落とせる艦載機などたかが知れており、また相手の艦載機の動きは明らかに熟練のものであるために上手く撃ち落とせずに陣形を維持し続けることが難しい状況だった。

 

「……時間の問題ですね」

「はぁ……指揮官様……」

 

 アウトレンジから艦載機を全機発艦させて、圧倒的物量で空を覆わせた犯人と言える空母はそれぞれの行動をとっていた。

 

「うぅ……あて、大丈夫かな……」

「大丈夫だよ。あてもいるからね」

「……何故わたしがここにいるのか疑問なのだが」

 

 五十鈴と長良はいつも通りの姉妹劇を繰り広げ、普段長門と神代恭介の護衛ばかりして戦場に立つことが少ない江風は、自分がこの場所にいることに少しだけ疑問に感じていた。ただひたすら計算するかのように、常に気を張り詰めて艦載機を操っている蒼龍と、それを真似して一人で唸っている飛龍。そして、赤城の様に恭介が近くにいないことに対してため息を吐きながらも、巧みに艦載機を操る装甲空母の大鳳。ユニオン空母機動部隊が艦載機による奇襲に失敗した直後に動き始めた、最初から二つの基地中間地点で待機していた重桜の空母機動部隊だった。

 

「もうすぐ目視できる範囲に入るかと」

「よし……敵の空母を叩けばいいんですよね?」

「仕方ありませんわ……大鳳、指揮官様の為に頑張りますわ」

 

 重桜の第二航空戦隊である蒼龍と飛龍、そして重桜が初めて開発した装甲空母である大鳳。それぞれが共に主力として戦局を大きく変える程の実力を持つ空母三隻が、ユニオン空母機動部隊へと牙を剥いていた。

 


 

 戦闘が激化していく中、恭介は一人どんどんと鎮まっていく心に自分自身で嫌気がさしていた。全く特殊な生まれなどではなかった彼は、ただ神木という世界の意志に突き動かされるだけの人形。選ばれたその時からその運命より逃れることのできない傀儡。そうやって自分と言う存在が腐っていくのを、神代恭介という人間は俯瞰的に自分を見ている気分だった。

 

『……指揮官、敵が撤退の意志を見せています。防衛を優先するか、敵を沈めることを優先するかご判断ください』

 

 戦場にいながらどんどんと人間味を失っていく自分を俯瞰しながら、艦船達の命が散らす火花を眺めていると、手に持っていた通信機から神通の声が聞こえていた。恭介の隣に立ってずっと戦場を見ていた翔鶴と摩耶にも神通の声は聞こえていた。

 

「そうか。邪魔になるから全員沈めろ」

「指揮官?」

『……よろしいのですね?』

 

 翔鶴や摩耶、神通が知っている神代恭介という人間は、どこまでも優秀でありながらどこまでも冷徹になり切れない人間だった。そんな彼が発した簡単な命令は、今までの彼を知っている彼女たちからすればとても本人とは思えない言葉だった。

 

「……沈めずに変わらないのならば、いっそ敵は減らしてしまった方がいい」

『そうですか……了解しました』

 

 何か言いたそうではあったものの、神通は基本的に恭介の命令に対して進言することはない。自分が考えていることなど指揮官も当然考えているのだろう、という前提が根底にあるからだ。短く了承した神通は、そのまま通信を切った。

 

「……指揮官、何かを成すのならば、時間がかかるのではないのですか?」

「そうかもな。だが、もう時間がないんだ」

「時間が、ない?」

 

 時間がない、と言う割には全く焦った様子も見せない恭介に違和感を覚えた摩耶は顔を顰めて、少しだけ距離を取ってから飛行甲板の端に座り込んだ。摩耶からの無言の非難を受けても、眉一つ動かさずに恭介はただ海を眺めていた。既に勝負は決し、後は敵を逃がさないように殲滅するだけになった戦場など恭介の興味を引くことなど一つもないのだから。

 

「時には誰かの命を奪うことも必要になる。それが、平和を求めるという生物として矛盾した行為なんだ」

「……貴方は、一体何を見たんですか?」

 

 恭介の態度の変化が、この作戦が始まる前に神木の元へと訪れていたことが原因ではないのかと判断した翔鶴は、優しく、それでいて母親が子供を叱るような声で問う。

 

「……いつも通りのものしか見ていない。ただ、世界が破滅する未来……それだけだ」

 

 見えている範囲が広すぎる彼の瞳を見て、翔鶴は目を伏せることしかできなかった。

 


 

 向かいの基地では一航戦が無双を誇り、眼下の戦場では恭介の指揮によって戦争と呼ぶには一方的すぎる蹂躙が繰り広げられている中、瑞鶴とエンタープライズは二人で高速戦闘を繰り広げていた。

 どちらかが武器を振るえばどちらかがその隙を付くように武器を振るい、その攻撃を躱せばすぐに反撃が飛んでくる。人間の膂力を遥かに超える力で放たれる亜音速の戦闘に、周囲の木々は衝撃だけで揺れ動いていた。中心で瑞鶴とエンタープライズが戦闘をしながら、二人が要所要所で放っている艦載機が二人の頭上で制空権争いを行い、時には爆撃を落としながら戦闘が激化していく。

 

「っ!」

「はぁ!」

 

 ただし、戦闘が続けば続くほど何故か瑞鶴が少しづつ推し始めていた。当然刀と弓で近接戦闘を行えばどちらが有利なのかなど簡単に理解できるが、それを感じさせない程の力をエンタープライズは有していた。それでもエンタープライズは徐々に瑞鶴の動きを捉えきれなくなってきていた。

 完璧に躱したと思っていた剣閃が頬に赤い線を描いたのを感じながら、エンタープライズは内心焦っていた。

 

「くっ!? これで、どうだ!」

「脆いッ!」

「そんなっ!?」

 

 倒れこみながら無理な態勢で放たれた完全に不意打ちの矢を、瑞鶴は刀を持っていない左手で掴んで握力だけでその矢をへし折った。明らかに戦闘開始時では反応できても紙一重で回避していた攻撃を、平然と素手で掴んだことにエンタープライズは動揺を隠しきれずに瑞鶴の刀を避けきれずに左手に受けた。

 

「浅いかっ!」

 

 エンタープライズの片腕を切断する勢いで斬撃を放った瑞鶴だったが、直前で反射的に半歩退いたエンタープライズによって切断することもできずに大振りの隙を見せてしまった。それでも、エンタープライズはその隙に攻撃することもなくそのまま二、三回後ろに飛んで距離を取った。

 

「ッ……左腕の腱を斬られた、か……勝利は絶望的だな」

 

 腱を斬られて力なく垂れ下がっている左腕を見て、エンタープライズは苦々しく表情を歪めていた。弓を放つにはどうしても両手が必要なエンタープライズにとって、片腕を失うことは武器を失うことと同義だった。

 瑞鶴は腕が切断できなかったが、腕の腱を斬れたことで弓を引けなくなったことを把握していた。とめどなく腕から滴り落ちる血を感じながら、エンタープライズは残った右手で弓を構えた。

 

「引けもしない弓なんて怖くない」

「そうだろうな……私もそう思う、なッ!」

「ッ! ガッ!?」

 

 自嘲するように小さく笑いながら、エンタープライズは弓を構えたまま瑞鶴に向かって突進した。ただの無謀としか見えないその行動は、逆に瑞鶴にとって一番予想できなかった攻撃だった。

 瑞鶴の鳩尾へと弓が綺麗にめり込み、そのまま勢いよく後方へと吹き飛ばした。

 

「ゲホッ!? ぐ……」

「今度こそ!」

 

 全く防御も受け身も取れずに転がった瑞鶴は、急速に体外へと吐き出された空気を取り戻すかのように激しく咳き込んでから何度も大きく息を吸い込んでいた。その隙に、エンタープライズは弓の下をコンクリートへと叩き込んでから片足で固定し、右手で弦を引いた。弓としては全く正攻法から遠い引き方をすればそれだけ命中率が落ちるのが当然だが、エンタープライズが放った矢はまるで誘導弾かのように正確に瑞鶴の胸元へと飛んだ。

 

「う、あぁぁぁぁぁぁ!」

 

 飛来してきたエンタープライズが放った必殺の矢を、瑞鶴は刀で真っ二つに切り裂いた。最初から存在しなかったかのように霧散する矢を、呆然と見ていたエンタープライズは、次の瞬間には目の前まで踏み込んできていた瑞鶴に反応することすらできなかった。

 

「グレイ、ゴーストぉぉぉ!」

 

 防御の為に弓を構えたエンタープライズだったが、その艤装ごと瑞鶴の刀はエンタープライズを斬った。艦橋を模した弓をいとも簡単に斬られたエンタープライズは、そのまま右肩から左の腰までを深く斬りつけられて大量の鮮血をまき散らした。

 

「ぁ……」

「はぁっ、ぐっ……」

 

 ゆっくりと倒れ伏すエンタープライズを前に、瑞鶴は鳩尾を抑えながら膝をついた。人体急所である鳩尾に強烈な一撃をもらった瑞鶴もまた、まともに動ける状態ではなかった。茶髪をエンタープライズの返り血で一部赤く染めながらも、瑞鶴は油断することなく倒れ伏した英雄を見ていた。

 

「今、のは……神秘では、ない、な」

「……そうよ。私は神秘を使ってはいけないって、指揮官に言われてるもの」

 

 まだ喋る余力があることに瑞鶴は驚きながらも、エンタープライズの言葉に応えた。

 そもそも瑞鶴は「ミズホの神秘」を行使することを恭介によって禁じられている。その理由までは瑞鶴本人でさえも知らされていないが、一航戦である二人は理由を知っているらしくいつものような嫌味をその話題の時ばかりは言ってこないのである。

 

「私は中破って感じ、ね……甲板もしっかりやられちゃったし」

 

 大分呼吸が落ち着いてきた瑞鶴は、自分の艤装を確認していた。背中に背負っていた飛行甲板は先程叩きつけられた衝撃で所々ひび割れたりひしゃげたりして、既に発着艦ができるほどのコンディションを保っていなかった。

 

「このまま、沈める。それが……平和の為になるのならば」

「……そう、か」

 

 エンタープライズをすぐに殺すことができる距離にいる瑞鶴は、既に回復してしっかりと立ちながら刀を手に握っていた。しかし、瑞鶴の顔は苦悶に歪み、エンタープライズの喉元へと突きつけている切っ先は震えていた。

 

「……どう、した?」

 

 平和と正義の為に戦っているエンタープライズでも、瑞鶴の状況になったら散々迷った挙句に情け容赦なく命を奪うだろうことを理解していたからこそ、いつまで経っても喉を刺し貫かない瑞鶴が苦悶している理由がわからなかった。

 しばらく刀を震わせていた瑞鶴は、意を決したかのように顔を上げてから()()()()()()()エンタープライズの胸元へと手紙をの様なものを入り込ませてから、泣きそうな顔で縋りついた。

 

「お願い……グレイ、ゴースト……()()()()()()()()

「ッ」

 

 まさか倒された敵に対して懇願されるとは思っていなかったエンタープライズだが、瑞鶴のその言葉の意味が不思議と簡単に理解できていた。そして、同時に瑞鶴が戦いの最中にエンタープライズの全てを上回って艤装すらも簡単に切り裂いた理由も、また理解できた。

 

「そうか……その想いこそが、艦船の『覚醒』なんだな」

 

 瑞鶴はエンタープライズのその言葉を聞いてから、少し驚いたような顔をしてから目尻の涙を振り払ってから放り投げた刀を拾って翔鶴達がいる眼下の基地へと飛び降りた。

 艦船であるのにも関わらず、基地屋上のコンクリートの上で戦っていた空母二隻の戦いはこうして終幕を迎えた。

 


 

「瑞鶴!」

 

 翔鶴の飛行甲板へと飛び降りてきた瑞鶴の姿に、姉の翔鶴は狼狽しながら愛する妹へと駆け寄った。背中に背負っている飛行甲板は機能せず、刀も所々刃毀れし、着物は矢によって穴が開いたり爆弾によって燃え落ちたりし、誰が見ても継戦不可能な状態だった。

 

「グレイゴーストはどうした?」

「……逃げられた。でも轟沈寸前の傷は与えたからしばらくは戦場に出てこないと思う」

「……そ、うか。お前は、その選択を選んだのか」

 

 瑞鶴の言葉を聞いて、安心したように緊張していた顔を緩めた翔鶴と対照的に、恭介は瑞鶴の真っ直ぐな瞳を見て恭介は動揺していた。この戦場で初めて、神代恭介の予測が外れた瞬間だった。彼は迷いながらも瑞鶴がエンタープライズを最終的に沈めると思っていたのだ。それが、神木が描いた未来に最も近い道筋だったのだから。

 

「…………神通、追撃は無しだ」

『……そうですか。一先ず命令には従いますが、後で何があったかは話してもらいます』

 

 少しの間だけ考えてから、恭介は手に持っていた通信機から神通へと指示を下した。先程の指示とは全く真反対の言葉に、全く動揺することもなく神通は了承の言葉を発した。まるで、その指示こそが最初から正しいものであったかのように。通信機の向こうから恭介に対して赤城と加賀が問いただすような声が聞こえてきたが、恭介の心境は今それどころではなかった。

 

「蒼龍、余計な追撃はしなくていい手傷を負わせたらそこまでだ」

『正直に言ってしまえば、あまり納得できるものではありませんが……わかりました』

 

 空母機動部隊としてユニオンを叩きに行った蒼龍に対しても、恭介は同様の判断を下した。これ以上この基地を防衛する意味もユニオンを攻撃する意味もないと判断した恭介に、蒼龍は納得できなくとも指揮官の命令に従うことを決めた。

 

「榛名、霧島、時雨、川内、高雄、ここまでだ」

「はぁ!? ここまで来て何言ってるのよ!」

「何を考えている……情けのつもりか?」

 

 恭介の指示に対して真っ先に反応したのは、時雨とモントピリアだった。高雄と共に全く動かなかったモントピリアは、強烈な殺気を神代恭介へと発しながら艤装を起動させた。それに合わせて翔鶴、摩耶、高雄が庇うように動いたのを恭介は手だけで止めた。

 

「これ以上の戦闘はこちらにとって無意味となった。別にこの基地が欲しいなら後でもう一度取りに来ればいいさ……所詮は海外基地の一つに過ぎない。それと、俺はこの戦争が始まってから一度も情けをかけたことはない。ただ沈ませない方が得になると判断したまでのことでな」

「その全てを俯瞰してますって感じがイラつくんだよ」

 

 霧島と超至近距離で殴り合っていたワシントンが、中破しながらも青筋を浮かべながら飛行甲板の上から語る恭介に視線と砲塔を向けていた。ユニオンと重桜の間で緊張が高まる中、ミネアポリスがワシントンの頭を後ろから叩いた。

 

「旗艦が判断を誤るな。このままだと全滅だぞ」

 

 凄まじい音と共に海面へと顔面から倒れ伏したワシントンはすぐさま起き上がって、ミネアポリスへと詰め寄った。

 

「痛ぇなおい! もうちょっとやり方があるだろ!?」

「撤退だ。全く……ポートランドはモントピリア引っ張ってこい」

「結構だ。怒りは感じたが撤退の判断を誤るほど落ちぶれてはいない」

 

 ワシントンの腕を掴んで無理矢理進み始めたミネアポリスに、ワシントンはひたすら文句を言っているが聞きもせずに全員で撤退し始めた。時雨が背中を見せたフレッチャーに対して艤装を構えるが、横に立っていた川内が静かに止めてから首を横に振った。

 

「……俺達も撤退するぞ。この基地に用はなければ補給物資も何もない。元はと言えば基地ごと敵を爆破する作戦だった訳だからな」

「そう、ですね」

 

 艦船と言う自由意志によって海を駆ける兵器が現れてから、需要も少なくなってしまった航空基地など元から利用価値もなければ簡単に捨てることができる場所だった。一航戦はその基地に残されていた基地航空隊の旧型飛行機を上手く使って敵を攻撃したが、あんな旧式の艦載機などではもう何も落とせないのが今の戦場だった。なにより、セイレーンによって海を追われた人類にとって、今の地球はあまりにも広すぎた。海外の航空基地一つ動かすこともできない程に人類はその数を減らしてしまったのだから。

 

「……虚しいな。かつて「死して護国の鬼とならん」言って散っていった人々の果てが、これか」

 

 建物中に火薬の詰め込まれた基地と、それと共に散っているのだろう桜の木々を見てを見て恭介は少しだけ悲しそうに眺めていた。

 結局ユニオン側は中、大破が非常に多く、基地の破壊は重桜側の意図でもってなされるという最悪の結末を迎えたのだった。




 結局死者0です……このまま行くか()


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手紙

 敗走、と呼ぶこともできないくらいの一方的な戦いだった。通信機越しに聞こえる指揮官の罵声と怒声を、何処か他人事の様に思いながらヨークタウンは傷ついた身体を引きずってユニオンの最前線基地まで戻っていた。

 エンタープライズ含めて十九の艦船と二十隻以上の量産型艦で挑んだ今回の作戦は惨敗だった。量産型艦全ての轟沈。エンタープライズ、ヨークタウン、ノースカロライナ、ブルックリン、ホノルルの大破。ワシントン、ミネアポリス、チャールズ・オースバーン、エルドリッジ、クリーブランド、ホーネット、ヘレナの中破。フレッチャー、ボルチモア、エセックス、シャングリラの小破。無傷だったのは殿を務めるために余力を残して回避に徹していたラフィー、高雄との間合いの計算だけで戦いが終わったモントピリア、後方から戦場全体への支援砲撃を行っていたポートランドの三人だけである。

 

『聞いているのか!?』

「……はい。申し訳ありません」

 

 神代恭介に全てを読まれたことで、後方で勝手に自信喪失して碌な指示も出せなかった指揮官に対しても、ヨークタウンは力なく返事をすることしかできなかった。横で明らかに不機嫌になっているホーネットとモントピリアとボルチモアに、内心ため息を吐きながらもヨークタウンは罵声を何度か浴びせられてから通信を切った。

 

「……ヴェスタルがこっちに向かってきているそうよ」

「エンタープライズは重症だからな」

 

 ヨークタウンが危惧した通り、エンタープライズによる奇襲は最初から読まれていた。結果がこの轟沈寸前で、意識が未だに戻ってすらいない。今は船体が無傷だったモントピリア、ポートランド、ラフィーにそれぞれが力なく横たわったり、傷の応急処置を施していたりしていた。

 

「神代恭介が最高指揮官に立ったのがアズールレーン離脱直前。戦線の指揮を執り始めたのがレッドアクシズ発足直前……そこから私達は勝利することができていない状況。やはり奪還作戦を許したのが一番痛かったわね」

「あれは……上が厳重警備など必要ない、って言い切ったからだろ?」

 

 ボルチモアの言う通り、神代恭介を奪還されたのはユニオンが厳重警備する必要などなければ、そんなものに割く人員はないと言い放ったのが原因と言ってもいい。しかし、その言葉を聞いてヨークタウンは違和感を覚えた。

 

「……そもそも、あそこまでの大規模作戦を行った当初の目的は神代恭介の捕縛だったのよ? それを拷問をしないどころか話も聞かず、厳重警備もしないなんて……いくら何でも意見が変わり過ぎている気がするわ」

「どういうことだ?」

 

 ヨークタウンの言葉に何か不審点があることは理解できても、その正体が何かを理解できていなかったボルチモアはヨークタウンの言葉に首を傾げていた。すると、少し離れていた場所で応急処置の手伝いをしていたシャングリラが口を挟んだ。

 

「つまり、ユニオン司令部の行動で前後の整合性が取れていないんです。まるで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今度はボルチモアもその違和感と共に、それが真実だった場合の重大さに気が付いて目を見開いた。

 

「そ、それはつまりだぞ? ユニオンの中に裏切者がいるってことなのか?」

 

 自分達の陣営の上層部に、重桜と繋がっている裏切者がいるかもしれないという事実にボルチモアは焦った様な声を出してヨークタウンとシャングリラを見ると、それ以上に恐怖を感じている表情をしていた二人にボルチモアは底知れない畏怖を感じ取った。

 

「そんな可愛いものじゃないわ。ユニオンの上層部に裏切者、というだけならそんな簡単に指令が変わったりしない」

 

 例えユニオン海軍元帥がその指令を下したとしても、周囲の大将全てに反対されることだろう。勿論、大将全てを含めて全員が裏切者だった場合は通るが、そんなことがあり得るのならばとっくにユニオンは重桜の属国になっている。ユニオン海軍の上層の一部などという可愛い範囲ではない場所に裏切者がいる。たった一つの考え方でユニオン全てを動かすことができる存在が何処かにいる。考えられる場所は一つしかなかった。

 

「ユニオンの上――アズールレーンの評議会……そこの全てが裏切者だということよ」

 

 ヨークタウンの言葉を聞いていた全ての艦船は、多少の大小はあれど等しく驚愕の表情をしていた。

 


 

「――ユニオンの艦隊が一隻も沈まなかった?」

「えぇ。おかしいことに」

 

 テスターの言葉を聞いたオブザーバーは、珍しく表情を動かしていた。困惑の中に一筋の歓喜が含まれているその表情を見て、テスターは口許に笑みを浮かべた。

 

「私達の算出に狂いがあるはずがない……とは言え一分先の未来は那由多でもきかない程の数がある。見落としも……いや、あり得るはずがない」

「これが『特異点』の影響なのかもしれない。私達が『特異点』を観測するのは初めてだから」

「……そう。なら、余計にしばらくはこの世界線に集中しなければいけないわね」

 

 人類から見ておおよそ万能にも見える程の力を持つセイレーン達ですら、神代恭介を中心とした『特異点』の影響を未だ計算しきれていなかった。数年前に突如この世界に現れた『特異点』の観測を始めてから、一度として彼女達セイレーンは神代恭介を計算することができていなかった。

 

「本当にあの存在一つで世界が変わると思ってる?」

「それを、貴女に確かめて欲しいのよ」

「えっ!? いいの!?」

 

 戦闘することもなくただ計算にリソースを割き続ける作業に飽き飽きしていたピュリファイアーは、オブザーバーとテスターの会話にも興味なくただユニオンと重桜の戦闘データだけを眺めていた。面白半分で聞いてみた問いに、予想外の答えが返ってきたことにピュリファイアーは驚きながら歓喜していた。

 

「えぇ……許可するわ、ピュリファイアー。タイミングばかりはこちらに指定させてもらうけれど」

「それくらいなら許してあげるよ! あはははは!」

「神代恭介を殺してはダメよ?」

「それくらいはわかってるよ!」

 

 オブザーバーの許可と同時に、艤装が十全に使えると確信できる程力が湧いてくる感覚に、ピュリファイアーは上機嫌で返した。そのまま艤装のテストの為に、と言って部屋から出ていくピュリファイアーの背中を見つめてテスターはオブザーバーへと向き合った。

 

「いいの?」

「えぇ。ああ見えて、手加減は上手なのよ?」

「それは知っているわ。それと、それは手加減ではなく嬲っているだけよ」

「それはそれで面白そうじゃない」

 

 ピュリファイアーとは全く方向性の違う狂気的な笑みを浮かべるオブザーバーに、テスターは呆れて意見することを止めてしまった。

 オブザーバーにとって、神代恭介は初対面からしてとても興味を惹かれる存在だった。存在を知られていないはずの個体名すら知っていた彼こそが、この世界線における最も重要な人物だということも理解できていた。狂愛とも言える程の興味を神代恭介へと持っているオブザーバーは、ただその未来を算出し続けていた。

 


 

「綾波、小破です」

「霧島、中破」

「榛名、中破」

「夕立……小破なのか?」

「瑞鶴……一応中破で済んでるかな?」

「夕立中破、瑞鶴大破な」

 

 全員から自己申告の損傷を聞いて、恭介はこちらの損害を全て把握していた。交戦時間が短く、アウトレンジから一方的な攻撃しかしていなかった空母機動部隊は無傷。一航戦と神通率いる部隊は基地航空隊の助けもあって綾波の損傷と夕立の損傷のみ。恭介率いる部隊は損傷も無視して突っ走った霧島と榛名が中破に、エンタープライズと真正面から戦闘をした瑞鶴が大破。ユニオンの損害に比べればなんてことはない損害だった。

 

「これで指揮官様はまた重桜の中で権力を強めますわね」

「……俺に実権を握らせて何がしたいんだか」

 

 ただ単純に重桜全てを恭介が握ってしまえば、それは自分にとっても素晴らしいことになるとしか考えていない赤城は、恭介のため息の理由もわからずに首を傾げていた。

 

「……何故撃滅させなかった」

「理由がないからだ」

「敵は殺すべきだ」

「いずれこちらの戦力となる」

「ふざけるな」

 

 神代恭介を妄信していると言ってもいい赤城とは反対に、今回の決定に対して不満を持っている加賀は敵を殺すことを途中で止めさせたその理由を聞いていた。しかし、恭介から加賀に向けられるのは機械的な受け答えと憐れみの瞳だけだった。

 

「お前の敵とは何だ? 重桜を脅かす者か? 赤城を脅かす者か? 自分を殺そうとする者か? 世界を破壊する者か?」

「全てだ。私の前に立ち塞がる者全てが、私の敵だ」

「そうか。ならもう何も言わん」

「っ、指揮官!」

「加賀、指揮官様にこれ以上突っかからないの」

 

 冷めた目のまま加賀の問いに答える恭介に、加賀は怒りのまま恭介へと掴みかかろうとして赤城に止められた。優しい言葉で妹を止めているように見える赤城だが、近くにいた全員がその身体から発せられている強烈な敵意を感じていた。例え義理の妹であろうとも、指揮官を傷つける存在を許す訳にはいかないのだろう。

 

「……指揮官、この後はどうする?」

「俺は一回長門の元へと戻る。お前もだろ?」

「まぁ、な」

 

 少し遠くから我関せずと状況を眺めていた江風は、加賀が掴みかかろうとした瞬間には既に恭介の傍にいた。普段から重桜の重要人物である長門と恭介の警護をしている江風からしても、如何なる理由があろうと恭介に掴みかかろうとする者は敵とみなす必要があった。彼女にとって戦争は美醜善悪で語るものではないのだから、仲間を傷つけることは簡単でなくとも成すことができるのだろう。

 

「……取り敢えず、今回の戦いは一応俺達の勝ちってことになる。俺の我儘に付き合わせて結局一隻も沈められなかったこと、そして基地を捨てるようなことに関しては素直に謝る。すまなかった」

「使う人間がいなければ、それはただのガラクタ。放置して敵の前線基地にされるくらいならば、こちらの手で破壊することは、拙者はいいと思うが」

「そうね……まぁ、いいんじゃない?」

 

 高雄の言葉に一応の同意を示した時雨に、夕立は意味がわからないのか首を傾げていた。

 

「満足できたか?」

「んー……まぁまぁだった。綾波の方が手応えありそうなのと戦ってたし……」

 

 戦闘狂とも言える夕立のその言葉に、恭介は苦笑していた。加賀と言い、夕立と言い血気盛んな艦船が多くて困る、と内心思いながらも恭介はこれからのことを考えていた。だが、そんなことよりも一番気にしなくてはならないことが恭介にはあった。翔鶴に看病されながら寝転がっている瑞鶴に近づき、すぐ傍に腰を下ろした。

 

「翔鶴、少しだけ離れていてくれないか? できれば聞いて欲しくない」

「……何故ですか?」

「翔鶴姉、ごめん」

 

 今から恭介が瑞鶴と何を話そうとしているのか。その一端を理解できている翔鶴は、自分がその話を聞くことができないことに不満を感じながらも、瑞鶴に謝られてため息を吐きながら渋々離れていった。

 

「何故、エンタープライズを沈めなかった」

「……わからないよ。でも、絶対にここで死なせちゃダメな奴なんだって、確信に近い何かがあっただけ。それが何かは分からないし、エンタープライズを死なせなかったらこの先何が起こるかなんて……えーっと……」

「もういい。半分くらいは理解できた」

 

 要領を得ない瑞鶴の言葉に、恭介は苦笑してから水平線へと視線を向けた。ユニオンが撤退していった先には、当然ユニオン艦船達が休息できる基地が存在する。生き残ったエンタープライズと沈めなかった瑞鶴。恭介の示す道とは違う場所へと歩いていく二人の艦船がこれから何を成すのか等、恭介にも予測できるものではなかった。

 


 

「ん……」

「エンタープライズちゃん?」

 

 底深く沈んでいた意識が浮上して、目を開けた瞬間に入り込んできた電球の光にエンタープライズは目を細めてから、横で腕の包帯を変えていたヴェスタルと目が合った。特に慌てた様子もなく、いつも通りのにっこりとした笑顔を浮かべながら包帯を変えているヴェスタルを見て、自分が命の危機にまで達していなかったのをエンタープライズは理解した。

 

「今、何時だ?」

「作戦終了から約三十時間後ぐらいですよー」

「三十? 丸一日寝ていたのか……」

 

 意図的に生かされたとは言え、完膚なきまでに艤装も破壊されて身体にも大きな刀傷を付けられ、出血多量となったエンタープライズは既に丸一日以上の間ベットで眠っていたのだ。

 

「エンタープライズちゃんがここまでやられるなんて……珍しいですね。誰が相手だったの?」

「……瑞鶴だ。彼女は強い……もう私よりも、な」

「信頼できる指揮官、ですか」

「だろうな。全く厄介なものだ……私達艦船の力の源は」

 

 信頼できる指揮官がいる。それだけのことで、駆逐艦は戦艦を大破させることができるとまで言われるメンタルキューブの力を、その身で思い知ったエンタープライズは苦笑しながら自分の身体を構成しているメンタルキューブに呆れていた。

 

「でも、見逃されたんでしょう?」

「そう、みたいだな」

「そんな「何で知っているのか」みたいな目をしないでください。着替えさせた時に、これが胸元のポケットから出てきたんですよ」

 

 ヴェスタルが微笑みながら見せた手紙は、エンタープライズが瑞鶴に渡された物だった。愛嬌のある鶴のシールで閉じられているのを見て、間違いなくあの時に胸元へと入れられた手紙なのだと理解した。

 

「読んだのか?」

「はい」

「そうか……因みに私は読んでいないぞ」

「あれ?」

 

 てっきり既に読んでいると思っていたヴェスタルは、エンタープライズの言葉に一人でずっこけながらも、そう言うことならば、とエンタープライズに手紙を渡した。

 送り主が一発でわかりそうな程特徴的な、愛嬌のある鶴のシールを剥がして中身を確認した。

 

「写真?」

 

 まず一番最初に出てきたのは、鉄血の総指揮者であるビスマルクとロイヤルメイド隊のニューカッスルとシェフィールド。そして神代恭介が同時に映っていた。研究施設の様な場所でモニターに全員が目を向けている状態の写真を見て、訝しむようにその写真を眺めていると、そのモニターに書かれている文字を読んで、エンタープライズはすぐに他の写真を確認し始めた。

 

「……手紙を読んでみて」

 

 人類の裏切りを示す明確な文書が写真に収められていることに、エンタープライズは動揺しながらヴェスタルの方へと視線を向けると、険しい顔をしたまま手紙を読むことを進めてくるヴェスタルを見て、これ以上の何かが書かれているのだと確信した。

 寝転がっている状態から、上体だけを起こして手紙を読み始めたエンタープライズは、その内容にただ戦慄することしかできなかった。

 

「……人類が、裏切っている?」

 

 艦船を生み出しているメンタルキューブがセイレーンから与えられたという事実。艦船同士の戦争が起こっているのは、セイレーンが仕組んだからという真実。鉄血は既にセイレーンの傀儡でしかないのだという現実。そして、ユニオン含むアズールレーンすらも既にセイレーンの手のひらの上でしかないと言う実情。全てがエンタープライズにとって衝撃的すぎることだった。

 

「ヴェス、タル……わた、したちの正義とは……何だったんだ……人類は敵、なのか?」

「落ち着いて、エンタープライズちゃん」

「落ち着いてなどいられない! 私達は、踊らされるためだけに生まれてきたのか!?」

「エンタープライズちゃん!」

「ちょっ、どうしたの!?」

 

 手紙を放り投げ、髪の毛を振り乱しながらエンタープライズは自分の今までの行いを思い返してきた。ユニオンの掲げる正義が正しいと信じて、レッドアクシズと対立して戦ってきた今までの全てが、戦う為に生まれてきた自分達の存在そのものがセイレーンによってもたらされたということが、それらの全てがセイレーンの箱の中で行われている実験だったのだと知らされたエンタープライズは、ただ戸惑い以上に恐怖の方が大きかった。

 

「エンタープライズちゃん! 手紙をちゃんと読んで!」

「っ!?」

 

 放り投げられた手紙を手にしながら近寄ってくるヴェスタルに対して頭を振るエンタープライズだったが、激しく動いたことで不意に肩からつけられた刀傷が痛んで動きを止めた。強い意志の籠った瞳で見つめられたエンタープライズは、病室の外から騒ぎを聞きつけてやってきたホーネットの姿を見て少しだけ落ち着いた。

 

「てが、み……」

「ここに書いてあるわ」

 

 ヴェスタルが差し出してきた手紙に書かれている文字を目で追って、エンタープライズは再び目を見開いた。

 

「指揮官が……?」

「そうみたい。だから諦めないで。エンタープライズちゃんが信じた……私達が信じた正義は、どれだけ歪な物だろう確かにここにあるから。それが偽物だったら、この世の中に本物なんて存在しないから」

 

 自信の胸を指して強い意志を持って言うヴェスタルに、エンタープライズは自分の手のひらを見つめてから、不安気にエンタープライズを見ているホーネットを見た。守ると誓ったはずの姉妹に不安そうな顔をさせてしまったことに、エンタープライズは後悔しながらも手紙を握り締めた。

 

「もう一度だけ、信じてみよう。ホーネット、貴女にも手伝ってほしい」

「え……私? そっか……うん! 分かった!」

 

 エンタープライズとヴェスタルが何を見て先程までの様に取り乱していたのかも理解できていないホーネットに、エンタープライズは瑞鶴から送られた手紙を見せようとしてから、何かを決心したように頷くホーネットに首を傾げた。

 

「エンプラ姉が頼ってくれるなら、私は断れないよ」

「……そうか。ありがとう」

 

 姉から感謝されただけで心底嬉しそうに笑うホーネットを見て、自分が如何に姉として不器用だったかを思い知らされたエンタープライズは苦笑しながら、もう一度手紙へと視線を向けた。

 

『人類はセイレーンと組むことで生き残ることを選んだ。でも知って欲しい。私達艦船は戦う為に生まれた存在なんかじゃ決してない。そして、今もセイレーンが自分達の手で始めたこの戦争で、多くの人が苦しんでいることを。特異点に関してはまだ何も分からないけど、この状況を打開するきっかけを持っている私達艦船が本当に仕えることができる指揮官――神代恭介がいる。私達が戦うにはその理由だけで充分なんだって、いつか貴女にもわかる時が来る』

 

 綴られている瑞鶴の想いを見て、エンタープライズは自分がまだ真に神代恭介と出会っていないことを知った。

 

「あの人と、二人で話がしたいな」

 

 それがこの戦争を終わらせる唯一の方法なのだと、エンタープライズと瑞鶴は考えていた。

 

「エンタープライズ、起きたのね。丁度良かったわ」

「姉さん?」

 

 手紙を丁寧に閉じてから、これからのことをホーネット、ヴェスタルと共に考えようとしていたところにやってきたヨークタウンは神妙そうな顔をしていた。エンタープライズの意識が戻ったことを喜ぶよりも重大な何かを知ってしまったかのような顔をしている姉に、エンタープライズとホーネットは眉を顰めた。

 

「半年後に、世界会議が行われることになったわ」

「世界会議?」

「えぇ」

 

 ヨークタウンの言葉に一番最初に反応したのは、世界会議など意味も知らないホーネットだった。

 

「世界会議はその言葉通り、世界の大まかな陣営の代表が話し合う場所よ。開催場所は海のど真ん中の小さな島。どの陣営も手が出せない程遠い島で行われる予定よ」

「どの、陣営が参加するんだ?」

 

 ホーネットへの世界会議の説明をしてから、エンタープライズとヴェスタルに向き合ってヨークタウンは本当に口が重そうにぽつりぽつりと言葉を漏らした。しかし、どの場所で行われるかよりもどの陣営が参加するかの方が大事なのは当然のことだった。前回の世界会議は数年前、セイレーン大戦直後に行われていた。しかし、どの陣営も疲弊が酷かったために四大陣営だけが参加する形で、対した方針も決まらずに終了し、直後にレッドアクシズができてしまったのでそれ以来の話である。

 

「主要陣営よ」

「は?」

「全てが参加を表明したらしいわ」

 

 エンタープライズの予想では激化する戦争の為の会議として、四大陣営が席に着くと思っていたが、返ってきた言葉は想像を超える物だった。

 

「ユニオン、ロイヤル、重桜、鉄血に加えて、東煌、ヴィシア聖座、北方連合、サディア帝国。ロイヤルに亡命している自由アイリス教国もロイヤルの支援を受けながら一つの陣営として出るらしいわ」

「なっ!?」

「しかも、全陣営のトップが出るらしいわ」

 

 ユニオンの大統領、ロイヤルの首相、重桜の神子、鉄血の皇帝、東煌の指導者、ヴィシア聖座の教皇、北方連合の最高主席団主席、サディア帝国の皇帝、自由アイリス教国の枢機卿。全てが顔を合わせる世界会議など異例でしかない。ようやくヨークタウンが険しい表情をしている理由を理解したエンタープライズ達は、この世界会議に向けて世界で何が起こるのか、陰謀渦巻く世界情勢の先など想像もできなかった。




大統領(人間)
首相(人間)
神子(人間)
皇帝(人間)
指導者(人間)
教皇(人間)
最高主席団主席(人間)
皇帝(人間)
枢機卿(リシュリュー)

なーんか人間じゃないの混じってるぞ


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会議

 二週間ぐらい空きましたが私は元気です()

 戦闘終わったと思ったらまた戦闘始まるのか……自分で書いておいてなんだけど、アズールレーンの世界殺伐とし過ぎじゃない?


「それでは、第四回世界会議を始めさせていただきます」

 

 太平洋のど真ん中に存在する小さな島に建てられている建物。それは第一回から第三回までの世界会議全てで使われた中立の場所に位置する会議専用の建物。それ以外の物は船が止まれる港と出席者が泊まれるホテル程度しかなく、娯楽の類どころか生活することすら難しい場所だった。尤も、こんな太平洋のど真ん中でなくとも今の世界には娯楽など殆ど存在しないが。

 アズールレーンから派遣されている会議の公平性を保つための司会進行役である艦船――ベルファストは時間をかければかける程陣営ごとの緊張が高まることを危惧してすぐさま会議を始めた。

 

「まずは会議の予定を大まかに説明いたします。第一にセイレーンによる各陣営ごとの被害報告。第二にセイレーン海域と言える中立海域に対する権利。そして第三に、アズールレーンとレッドアクシズの話し合い。これらをもって第四回世界会議とさせていただきます」

「ふむ……まぁ問題なかろう」

 

 ベルファストの説明を聞きながら手元の資料へと視線を向けていたユニオン大統領は、重桜代表である神子――神代恭介から視線を向けた。大統領から視線を受けていることに気が付きながらも、恭介は全く視線を返さずに目を閉じて資料すら見ていなかった。

 

「各陣営の被害報告を順番にお願いします」

「では先陣を切らせていただく。我らユニオンに第三回世界会議から与えられたセイレーンによる被害は、死傷者で語ることができない程である。とは言え、未だに主要都市への本土爆撃は受けていないので人口が大きく減少したことはない。しかし、太平洋と大西洋どちらからでも発生する量産型艦への対処が難しく、海軍への被害は大きいと言わざる得ない状況だ」

「ありがとうございます」

 

 周囲の代表を品定めするように見ながら報告をしあ大統領は、ベルファストの感謝の言葉を聞いてそのまま目を閉じた。もうこちらから話すことはないと、態度で示している姿に鉄血皇帝は鼻を鳴らした。

 

「では我々鉄血が次をいかせてもうら。率直言えば、我が鉄血は存亡の危機と言ってもいい状態だ。セイレーンが地中海を跋扈し、資源を無暗に使うことすらできない状況である。幸い、艦船部隊の総指揮を執っているビスマルクが優秀なこともあり海軍兵に甚大な被害は出ていないが、爆撃された都市も多く、治安も年々悪化している」

 

 資料に書かれていることしか喋らない大統領にならって、鉄血皇帝もまた資料に書かれていること以上の情報を他所へは流そうとしなかった。

 

「では私達ロイヤルですね」

 

 ベルファストの横に座っていた妙齢の女性は、静かに眼鏡をかけて資料を持った。

 

「ロイヤルは重桜と同じく島国です。故に状況は似ているかもしれませんが、空路での貿易がほぼ不可能な現在では海路を艦船に護衛してもらいながらでしか動くことができません。国民も既に中心の内陸へと移動しており、海辺周辺は既に軍人しかいない状況となっています」

 

 一度に多くの言葉を喋ったロイヤル首相は、一息吐いてからペットボトルで用意されていた水を飲んだ。

 ユニオン、鉄血、ロイヤルと報告を済ませたが故に、四大陣営最後の代表へと全員の視線を向く。そこで始めて目を開けた恭介は、資料も取らずにただ前を向いた。

 

「周辺海域の安全を確保し、海中資源を使いながら生き残っている。最初の侵攻の時点で首都が絨毯爆撃された重桜にはすでにそれほど多くの国民が残っている訳ではない。故に資源に今のところ困ることもなく生活できている。以上だ」

 

 あまりにも簡潔でありながら、それでいて四大陣営の中で一番余裕があるとすら聞こえるような報告をした重桜に、アズールレーンに所属している陣営の代表たちは視線を鋭くした。そんな視線に気が付きながらも、再び恭介は目を閉じて黙った。

 

「東煌は艦船の絶対量が元々少ない。しかし近海のセイレーンは重桜を恐れてか予想よりも侵攻が強くないのでまだ余裕があると言える。しかし東煌の人口は今でも世界一となっている故に、食料が一番最初に尽きるのは我らだろう」

「北方連合は不凍港の死守を最優先としながら、今だに不規則に発生する王冠の対処に追われている状況だ。セイレーン大戦には参加できたが、次の反撃作戦にはおそらく参加できないと言っていいだろう」

「我らサディア帝国は地中海の一部の支配権を奪取し、安定した海路を確保した。故にしばらくの間は戦うことができるだろうが、軍も民も疲弊していることには事実だ」

 

 東煌の指導者、北連の主席、サアディアの皇帝がそれぞれの現状を簡潔に述べた。様々な理由で四大陣営よりも一歩劣った立場にいると言える陣営達は、アズールレーンという結束の下にいながらもその心は一つとはなりきれないものだった。そもそもサディア帝国はレッドアクシズに席を連ねる側であり、ユニオンとしてもロイヤルとしても厳しい目で見なければいけなかった。

 

「ヴィシア聖座、近海にもセイレーンが出現して大層困っている最中です。と言ってもセイレーンも無駄にうろつくだけで何故か本土への攻撃をしないのですがね」

「ほう、それは貴方がセイレーンに与しているからではないのですか? ヴィシアの教皇よ」

「いえいえ、そもそもセイレーンに与しているのならば、さっさと周囲の海を制圧していますよ」

 

 ヴィシア聖座の教皇の言葉にロイヤルの首相は目を細めて少しだけ責めるかのような声を挙げるが、老獪とも言える口振りでひらりと挑発で躱していた。

 

「私、リシュリューが枢機卿として導くアイリスは、現在ロイヤルの皆さま方への恩義を返すために、一時的にロイヤル海軍の下で動いております」

「それはそれは。では、リシュリュー卿はいつでもロイヤルの力を借りてヴィシアを取り戻すと?」

「平和的解決を望む以上、私はその問題に関してロイヤルの方々に力を借りる予定はありません」

 

 現在はロイヤルに亡命しているとはいえ、一つの代表者として人間と同じ椅子に座っている艦船――リシュリューは毅然とした態度のまま教皇へと言葉を返した。それぞれの代表者の傍らには、護衛目的兼重鎮としての役割を果たす艦船が控えているが、リシュリューだけは代表者として席に座っていた。

 

「陣営同士の揉め事を世界会議に持ち込まないでいただこう」

「理解しております。偉大なるユニオン大統領よ」

 

 大統領の苦言に対しても礼節を持って弁えるリシュリューの姿に、恭介は一瞬視線を向けてからすぐさまベルファストへと視線を向けた。

 

「では、被害をまとめさせていただきます。ユニオンは太平洋、大西洋からの挟撃を受け、国土も広い関係上全てを守り切れていない状態。国民への被害は少ないが海軍への被害は大きい。鉄血は地中海を封鎖され、本土でも爆撃を受けて壊滅状態と言わざる影響であるが、艦船部隊を使って被害を最小限に抑えている。ロイヤルは島国であることも加えて沿岸部への対応が間に合わずに人口が内陸に集中しているが、海軍に被害は大きく見られない。重桜は最初の侵攻の時点で大量の死者数を出しているので人口がこれ以上減少する確率は低いが、周辺海域の安全を確保して海中資源で生きている。東煌はセイレーンの行動が大きくないので被害はそれほどではないものの、人工の面で食糧問題が起きるのも時間の問題。北方連合は時折出現する王冠の対処で他陣営と足並みを揃えることが難しい。サディアは周辺海域と安全な航路を確保したが軍と国民が疲弊。ヴィシア聖座は周辺海域を制圧されて思うように外に出れない現状。アイリスはロイヤルの庇護下でセイレーン撃滅を手伝っている――これでよろしいでしょうか?」

 

 ベルファストの問いに対してユニオン大統領とロイヤル首相は頷き、鉄血皇帝はと重桜の神子は反応せずに肯定を示した。

 

「では次ですが――」

 

 状況と被害の報告が終われば当然次の議題に向けて話が進み始める。ベルファストの言葉を聞きながら各陣営の代表者達は書類を捲って書かれている内容を確認し始めていた。

 


 

「…………」

「はぁ……」

「うぅ……」

「なぁ……いつまでこうして睨み合っているつもりなんだ?」

 

 代表者達が会議をしている中、各陣営艦船達のトップと言える者達が待機していた。無言で珈琲を口にするビスマルクに、溜息を吐くクイーン・エリザベス、重苦しい雰囲気に堪えれずに縮こまっている長門、そしてその様子に苦笑しながらもやめにしようと口にしたエンタープライズだった。他にも、部屋の隅でただ外を眺めているジャン・バールや、ただ目を閉じて会話に加わるつもりもなさそうなザラがいた。東煌と北連の艦船は代表者しかついてきていないようで、この部屋にはいなかった。

 

「仲よくしよう、とは言わないが……せめて会話くらいは――」

「くだらんな。仲良しごっこなら本国でやってな」

 

 エンタープライズの声を遮って立ち上がったジャン・バールは、一度だけキツイ視線をクイーン・エリザベスとビスマルクに向けてから部屋から出ていってしまった。それに続くかのようにザラも立ち上がって退室し、部屋には四大陣営の代表者しか残っていなかった。

 

「それで? 何を話すのよ?」

「これからのことだ」

「はぁ? これからあんた達をぶっ飛ばしますわよ! とでも宣言するつもり?」

「いや、そうじゃなくてな」

 

 相も変わらず言葉がキツイクイーン・エリザベスに、エンタープライズは苦笑しながらもなんとか宥めようとしていた。

 

「わかった。回りくどいことは止めにするよ。神代恭介についてだ」

「ッ!? 我らの指揮官に、何かあるのか」

「いや、こんな手紙を瑞鶴に貰ってな」

 

 恭介の名前を出した瞬間にわかりやすいほどの敵意を周囲に向ける長門に、エンタープライズは笑いながらも瑞鶴に貰った手紙を四人が囲むテーブルへと投げた。散らばる写真を見てビスマルクは顔を顰めてからカップを置いた。

 

「それで、これを知った貴女はどうするの? ユニオンの英雄」

「セイレーンの動きを確かめたい。何故彼女たちが表舞台から姿を消したのか……何故アズールレーンを裏から操っているのか」

「アズールレーンを、ね……違うわよ。世界中の陣営全てを裏から操っているのよアイツらは」

 

 エンタープライズが切り出した情報はビスマルクとクイーン・エリザベスを反応させるのに足る情報だったのか、先ほどまでずっと黙っていたビスマルクはエンタープライズの目的に関して話を促し、クイーン・エリザベスはセイレーンの手の広さに溜息を吐いてから紅茶を飲んだ。

 

「長門、はっきりと答えてくれ……あの人は、神代恭介は何者なんだ」

「……言えぬ。それは重桜でも限られた者にしか伝えることができぬ情報だ。余と陸奥、江風と天城しか知らぬ情報……他陣営に決して漏らしてはいけないものだ」

「それでもだ。あの人の存在が……指揮官の存在が私達には必要なんだ」

 

 真っ直ぐに長門を見つめるエンタープライズの瞳に、鋼のような固い意思が含まれていることに気が付いた長門は目を逸らして座り込むことしかできなかった。

 

「……あの人は私達の希望。セイレーンに対抗することができる世界の特異点……あらゆる干渉を受けない台風の目のようなものよ」

「世界の……特異点?」

「えぇ。この世界線の特異点、と言った方が正しいわね」

 

 ビスマルクの言葉を聞いて、エンタープライズはすぐに理解した。この世界線の特異点という言葉から推察されること……それはセイレーンが他の世界線から訪れた者だということだった。

 

「事実よ」

 

 困惑するエンタープライズが真偽を問うかのような瞳をビスマルクへと向けると、ビスマルクの隣で紅茶を味わっていたクイーン・エリザベスが代わりに答えた。ありえない、と一蹴するには辻褄が合い過ぎていることも、多くのセイレーンを打倒してきたエンタープライズには理解できていた。

 

「でも、貴方達重桜が隠している神代恭介の秘密はそれではないのよね?」

「……言えぬ」

「わかっているわ。私も、そこの女王も話せないことなど沢山あるもの」

「貴女ほど胡散臭くはないけどね」

 

 ビスマルクの言葉に顔を顰めながらクイーン・エリザベスは返事をした。

 

「艦船の希望とも言えるあの人に関して、何の話があるのかしら?」

「あぁ……あの人は、重桜から離反しようとしているのではないのか?」

「そんなっ、こと……」

「思い当たる節はあるはずだ」

 

 エンタープライズの率直な感想は、今までの彼の行動からの予測だった。簡単に言えば、あまりにも不可解な点が多い部分がその証拠してエンタープライズの理論を作っている。

 

「この間の作戦でも、その前の作戦でも、その前も、その前もそうだ。私達ユニオンの艦船に轟沈艦はいない」

「不思議な話よね」

「腑抜けだからじゃないの?」

「貴女は確か……彼のことを『光』と称していた記憶があったのだけれど」

「忘れなさいっ!」

 

 ビスマルクの口から漏れた言葉に反応したクイーン・エリザベスは、少し乱雑にティーカップを置いてビスマルクに掴みかかった。顔を羞恥で真っ赤にしながら掴みかかるクイーン・エリザベスと身軽な動きで避けるビスマルクを無視して、エンタープライズは長門へと向き合っていた。

 

「すまない。まだ憶測でしかない話なのは事実なんだ……だが、瑞鶴も神代恭介も、今の重桜の体制に疑問を持っているのではないかと思って……」

「…………そうだな。否定しきれない事実だ」

「そう、か」

 

 初めてエンタープライズは言葉をはっきりと肯定した長門に、ビスマルクとクイーン・エリザベスも手を止めて長門を見た。まるで認めたくない事実だったのにも関わらず、それが真実なのだと知らしめられたかのような反応をする長門に多少の疑問を持ったからだった。

 

「余は……重桜の暴走も止められぬ無能な神子だ……本来ならば余が恭介の代わりに世界会議に出ているはずなのに……いつもあやつにばかり任せきりで、本当に余は……私は……」

「……一つ、このメンバーだからこそできる話がある」

「へぇー興味深いわね」

「……新生アズールレーンを作るべきだ」

 

 自分が何もできない無力であることを涙と共に零れさせた長門の頭を、話してくれたことに対しての礼も兼ねて優しくエンタープライズは撫でていた。普段なら子ども扱いされているような感覚になって怒りだす長門だが、今だけはこうして泣いていることが自分にとっても恭介にとってもいいことになると直感的に悟っていた。

 代表者達しか集まっていないからこそ話せることに興味を持ったクイーン・エリザベスは、息を吐いてから座りなおして紅茶を飲んだ。それに倣うようにビスマルクも椅子に座って珈琲に口をつけた。しかし、続くエンタープライズの言葉にビスマルクもクイーン・エリザベスも泣いていた長門も動きを止めた。

 

「正気?」

「勿論正気だ。私達に立場があり、すぐにでも和平を結べる訳ではないことなど理解している。それでも、あの人を中心に据えた艦船主体の同盟ならば……必ず上手くいく」

「それは世界中に喧嘩を売る、ということよ」

「理解している」

 

 先ほどまでふざけているかのようなやり取りをしていたとは思えないほど鋭い空気を、身体から醸し出しているロイヤルと鉄血の代表者達に対しても、エンタープライズはユニオンの代表としてではなく一人の艦船として返した。

 

「余は! さ、賛成だ……これ以上悲しい戦争を繰り返すなど……」

「それには同意するけど、こちらとしても王家の面子があるのよ」

「鉄血に属している以上は、私も迂闊頷くことはできない。私は部下の命を預かっているの」

「そうだろうな……」

 

 長門は既に神代恭介と瑞鶴の行動から、ある程度彼らが近いうちに離反することは理解できていた。そして、今の重桜が行きつく先が悲しい戦争による破滅しかないこともうっすらと神木から感じ取っていた長門は、すぐにエンタープライズの意見に賛成した。しかし、ユニオンや重桜よりもリーダーとしての責務が重いビスマルクとクイーン・エリザベスは、仲間を想うからこそ簡単に頷くことができない状態だった。

 

「まぁ? ユニオンの矜持である自由と正義を求めて戦うのなら、貴女らしいことよね。大体鉄血やヴィシアやセイレーンの相手にアイリスの復興なんかで忙しいのよ」

「生憎だけど、私はセイレーンの研究で忙しいの。陣営の情勢まで気を配ることもできなければ、鉄血皇帝の命令でもなければ動くことなんてないわ」

「っ! ありがとう!」

 

 回りくどいことを言っているが、簡単にまとめると忙しいから黙認を決め込むと言っている二人に、エンタープライズは頭を下げた。

 

「長門、何か……策はないか?」

「……策?」

「策も無しに新生アズールレーンなんて作ったところで、ただの烏合の衆。それも一瞬で潰されてしまうだろう……何か、監視の目を掻い潜りながらできる方法があればいいのだが……」

「…………三笠様」

「なに?」

 

 ユニオンの代表であるエンタープライズと、重桜の神子である長門が大きく動くことはできない。いくらビスマルクとクイーン・エリザベスが見逃したところで逃げられる時間は限られている。何の考えも無しにレジスタンスなど作ったところで鎮圧されるのがオチでしかない。しかし、長門は何かを思いついたような顔をしてエンタープライズを見た。

 

「そうだ。三笠様なら、今は重桜の重鎮にいる訳でもなく、恭介の事情も知っている……余の考えも理解してくださるし、瑞鶴にとってもいい稽古相手になってくださる……完璧だ!」

「その、ミカサというのが……協力者として入ってくれるのか?」

「うむ。三笠様はかつて連合艦隊を率いていた本物の猛者であり智将。あの方ならば世界の情勢が動くまでの間、新生アズールレーンを匿えるはず」

「そうか……よし。ならそのミカサと指揮官を中心に新生アズールレーンを結成して、徐々に大きくしていくしかない」

 

 エンタープライズの決定に長門も頷き、ビスマルクとクイーン・エリザベスも三笠の情報を頭に入れていた。

 今までの自分とは違う、自分自身で正義を見つけてみせると決意したエンタープライズは、希望の見えてきた現状に目を輝かせていた。

 

「そうと決まれば後はこの世界会議が――」

 

 少しだけ弾んだ楽しそうな声で、世界会議が終わるのを待つだけと言おうとしか瞬間に、会議場の方面から突如として爆発音が鳴り響いた。明らかに人間が投げるような爆弾の爆発音ではなく、戦艦級の艦船による砲撃音に気が付いた四人はすぐに動き始めた。

 砲撃音に反応して会議場へと走り出した四人は、同時に艤装を展開して同時に会議場の扉から飛び込んで目の前の光景を見て驚愕していた。

 

「さぁ、戦争を始めようではないか……アズールレーン」

 

 会議場の中心で、謎の物体を手に持ちながらそう言った鉄血皇帝は笑いながら『ソレ』を掲げた。

 

「ここがその戦場だ……ユニオン大統領が死亡する最期の戦場だッ!」

 

 掲げられた『ソレ』から発せられる異様な圧力に、それぞれの代表者についていた護衛の艦船が一歩前に出て鉄血皇帝へと敵意を向けていた。ユニオン大統領の前にはヨークタウンが、ロイヤル首相の前にはウォースパイトが、重桜の神子の前には江風が、北連主席の前にはアヴローラが、東煌指導者の前には逸仙が、サディア皇帝の前にはリットリオが、ヴィシア教皇の前にはル・マランが、アイリス枢機卿であるリシュリューの前にはル・トリオンファンがそれぞれを守るように立っていた。

 

「見るがいい……これが、これが鉄血の力だ!」

 

 発せられる異様な圧力が強まったと思ったら、次の瞬間には会場の空気が一変していた。そして、四人が飛び込んだ廊下の窓から見えるその海は赤黒く染まり、快晴だった空は瞬く間に黒い雲に覆われ、水平線の向こうからは大量の艦影が確認できた。

 

「これは……鏡面海域、だと? 馬鹿な……作り出したというのかっ!?」

 

 ユニオン大統領の悲鳴のような声に、鉄血皇帝は高らかに笑っていた。

 

「諸共死ね! アズールレーン!」

 

 世界会議の場は、既に戦場へと変わっていた。



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流星

 年明け初投稿。
 流星部分最後しかないけど許して


 四人はたまたま海の上で出会った。そもそも世界会議へ参加するそれぞれのリーダー移動中の護衛に選ばれたからいるだけで、別におかしい話ではないのだが、何故だか綾波は挨拶しなければいけない気分だった。

 

「あ、どうも。綾波です」

「え? じゃ、ジャベリンです」

「らふぃー」

「……え? な、何ですかその眼は? わ、私も挨拶しろって言うんですか!?」

「空気、読めない」

 

 いきなり挨拶を始めた綾波に、困惑しながら名乗ったジャベリン、眠そうに名前だけ名乗ったラフィー、そして何故か挨拶しないことに空気が読めないとラフィーに言われて驚くことしかできないZ23がいた。

 

「Z23です……なんですかこれ。大体ジャベリンさんとラフィーさんは敵じゃないですか」

「ん……そうだね」

「あはは……ラフィーちゃんは相変わらず気ままだね」

「自己中心的と言うんですよこういうのは!?」

 

 Z23の名前を聞いて何かを考え始める綾波と、自分勝手に欠伸をしながら頷くラフィーと、それを止めることもできずに愛想笑いを浮かべることしかできないジャベリン。そんな三人を見てZ23は頭を抱えそうになっていた。

 

「……みーちゃんです」

「はい?」

「Z23だからみーちゃん、です」

「ニーミでいいです!」

 

 何かを考えていた綾波が、いきなり顔を上げたと思ったら名案が思い浮かんだとでも言わんばかりの顔をして変な渾名をZ23に突き付けた。普段仲間から呼ばれている渾名とは全く違う渾名で呼ばれたZ23は、みーちゃんなどと呼ばれるのが嫌で自分の渾名を教えることになってしまった。

 

「はぁ……個性が強すぎる……」

「にーみ……ニーミ……可愛い名前です」

「うん! よろしくね、ニーミちゃん!」

「同盟相手の綾波さん以外とよろしくしませんので」

「よろしく、ジャベリン、ラフィー」

「よろしくするんですか!?」

 

 明確な敵意をぶつけながらジャベリンとラフィーを拒絶したZ23だったが、すぐに同盟相手である綾波はジャベリンとラフィーとよろしくしていた。

 

「自由ですか貴方達は!?」

「えー……だって、折角出会たんですし、仲良くしないと損ですよ」

「その通り、です。ニーミ……絶対友達少ないです」

「風評被害です!?」

 

 明らか自分よりも社交的ではない綾波に言われてしまえば、Z23も黙っている訳にはいかなかった。すぐさま否定しようとして、先ほどから会話に参加してこないラフィーへと視線が向いた。

 

「ぐー……」

「ら、ラフィーちゃん! 寝ちゃダメですよ!」

 

 海に突っ立ったまま寝ているラフィーに、Z23はもう何かを考えるのも無駄なのではないかと思考を捨てようとしていた。

 

「……嵐の気配です」

「はい? 嵐ですか?」

 

 和気藹々と言える雰囲気を醸し出していた三人のうちの一人である綾波は、すぐさまなにかを感じ取って空を見上げた。機械のような耳がしきりにピコピコ動いているのを見て、Z23は重桜の獣としての勘が綾波に何かを告げているのだと理解した。

 

「嵐と言うのは比喩ですか? そのまま嵐ですか?」

「……天気じゃないです。嫌な予感がするのです」

「嫌な予感、ですか……それは一体――」

 

 何が起こるのだろうかと予測しようとした瞬間に、戦艦の主砲が放たれた音が四人の耳に同時に入った。先ほどまで眠っていたラフィーは、すぐさまレーダーを展開して周囲の探知を行った。同時にジャベリンとZ23が艤装を展開して周囲に砲塔を向けて警戒を行い、綾波だけが水平線の彼方を見ていた。

 

「綾波、すぐに警戒態勢に」

「違うです、ニーミ。これは……鏡面海域です」

「何をっ!?」

 

 この四人の中では綾波とラフィーが圧倒的に戦闘経験という意味で勝っていた。その中でも、綾波はラフィーよりも多くの回数鏡面海域を体験していた。だからこそ、鏡面海域が発する独特の気配を敏感に察知することができていた。

 綾波の言葉に驚きながら反応しようとした瞬間に、海は一瞬で赤黒く染まり、空は漆黒の雲で覆われ、不思議と波が起きなくなり、綾波が見つめていた水平線の彼方から多数の艦影が確認できた。

 

「あれは……」

「量産型セイレーン艦隊です」

「ッ!?」

 

 四人の目に映った量産型セイレーン艦隊は、数十で足りる数ではなかった。圧倒的な物量を前に歯を食いしばるZ23は、不意に世界会議が行われている会場の方へと視線を向けた。

 

「あれ、は……」

「会場がッ!?」

 

 世界会議が行われていた会場の中心から黒い柱が天へと伸びていた。明らかな異常でありながら、全員が同時に理解した。この鏡面海域はあそこを中心に形成されていると言うことが。

 

「そんな……まさか、会議場にセイレーンがッ!?」

「いえ」

 

 ジャベリンの悲鳴にも近い声に一番最初に反応したのは、Z23だった。さっきまでの焦ったようなこえは既に鳴りを潜め、再び明確な敵意をラフィーとジャベリンに向けていた。

 

「これは我らが皇帝の決断……アズールレーンをここで滅ぼすと言うことです」

「鉄血が……この会場で?」

「綾波さん。手を貸していただけますか? 貴女は鉄血の同盟である重桜の所属です。ここで敵対するのは重桜に歯向かうことです。理解できていますね」

「……」

 

 Z23の言葉にジャベリンは悲痛そうな表情をし、Z23に砲塔を向けることも槍を向けることもできずに戸惑っていた。ラフィーはレーダーを出したまま全く敵意も困惑も無しにZ23も見ていた。

 

「……綾波は重桜の所属ですが、神代恭介指揮官の命令しか受けるつもりはない、です」

「成程、静観ですか。それもいいでしょう」

 

 自らの指揮官にどこまでも忠実なのだろう、とZ23は綾波の目を見て感じ取った。先ほどまで話していたジャベリンやラフィーを撃つことに多少の躊躇いは生まれるだろうが、それでも最終的に綾波は撃つだろうことがZ23は理解できていた。

 

「さぁ、死にたくなければ武器を取りなさい!」

 

 Z23は敵であるジャベリンとラフィーへ照準を定めた。心の奥で泣き叫ぶ自分を抑え込んだまま、Z23は鉄血の駆逐艦としてアズールレーンへと牙を剥いた。

 


 

「それでは、最後の議題ですが……」

「私と君の話し合いだ」

 

 世界会議は既に最後の議題へと差しかかっていた。中立海域と放置されている海域は、どこの陣営も手が回らない現状であるために権利も何もなく保留という形で終わり、そのまま最後の議題へと向かっていた。最後の議題はアズールレーンとレッドアクシズの対話。実質的には鉄血皇帝とユニオン大統領の話し合いである。

 

「……何を話すと?」

「我々の戦争がいかに不毛かという話だ」

「大きく出たな……不毛とまで言われるとはな」

 

 まるで戦争などしなくともアズールレーン側が勝利することなどわかりきっているだろう、と諭すかのような声に鉄血皇帝は鋭い視線を向けた。本当にユニオンとロイヤルが大勝することができるとしても、それを理由に鉄血のが舐められる訳にはいかないのが現状なのだ。

 

「考えてもみたまえ。我らアズールレーンはレッドアクシズよりも多くのセイレーンを相手にしながら、ここまで戦争を続けられているし、我らも主力は出していない。それに比べて、鉄血と重桜はセイレーンによる本土への被害があまりに大きい……我々が手を貸して助けてやろうと言っているのだ」

「断る。そんな見え見えの買収行為を我らが許容するとでも思ったのか? 大方失われた経済力を取り戻したい程度だろう」

 

 議題が移ってすぐに始めった抜身の刀での斬り合いに、ロイヤル首相は小さく溜息を吐き、恭介は黙って目を閉じているままだった。

 

「サディアにしてもそうだ。我々が援助すれば、あっという間に地中海を取り戻せるだろう?」

「本当にそう思っているのならばお前を大統領に選んだユニオンの国民は無能と言わざるを得ないな。その程度で地中海を完全に取り戻せるのならば、とっくの昔に……セイレーン大戦でセイレーンを全て撃滅できている」

 

 鉄血と重桜が立ち上げたレッドアクシズに後から参加したサディア帝国は、ユニオン大統領の言葉を鼻で笑いながら突っぱねた。

 ユニオンがレッドアクシズに提案していることはただ単に植民地として支配してやれば、滅ぶこともないだろうと言うだけのことだった。既に国民の多くが疲弊している中でユニオンに下るなど、国民に後ろから暗殺されるのが目に見えていた。

 

「重桜はどうする?」

「……重桜は鉄血との同盟を守る。第一、お前たちユニオンが掲げる正義が本当にあるとも到底思えん」

「……ガキが」

 

 腕を組んで目を閉じたまま、ユニオン大統領へ視線一つ向けずに突き放した恭介に、ユニオン大統領は青筋を浮かべていた。

 

「そういう訳だ。我らレッドアクシズがアズールレーンに下るなど言語道断。貴様らアズールレーンの欺瞞に嫌気がさして抜けたというのに、今更戻ると思っていたのか?」

「言葉を慎めよ。この場で一番権力を持っているのは私だ」

 

 半立ちになりながら鉄血皇帝に指さしながら強い言葉を使うユニオン大統領に、ヴィシアの教皇は肩を竦めていた。

 

「中立である我らからすれば、関係のない話ではあるのですがね」

「お前も同じだ。レッドアクシズに下らないのは理解できるが、何故アズールレーンにも加盟しない」

「加盟したところで、アズールレーンでは何も成せないからですよ」

「面白いことを言いますね。ならばヴィシア単体なら何かがなせるとでも?」

 

 ユニオン大統領へと反撃をするかのようにアズールレーンの無能さを暗に示すヴィシア教皇に、ロイヤル首相は皮肉のようなことを言った。しかし、それに対して反論する訳でもなくヴィシア教皇は薄く笑みを浮かべていた。

 

「……ユニオン大統領よ。我らが疲弊し、本当にユニオンにもロイヤルにも手も足も出ずに無様に負けるだけと判断するのは早計ではないか?」

「何が言いたい?」

「簡単なことだ。今ここで、確かめればいい!」

 

 鉄血皇帝の後ろに立っていたグナイゼナウは、皇帝が手を挙げた瞬間に艤装を展開して会議場の天井へと砲弾を放った。すぐさま他の艦船も動き始めて全員が護衛対象の前へと出た。

 

「さぁ、戦争を始めようではないか……アズールレーン」

 

 不気味な笑みを浮かべながら、鉄血皇帝はグナイゼナウから差し出された黒いメンタルキューブのようなものを手にして、それを戦艦の砲撃によって開けられた天井の穴に向けた。

 別の部屋で待機していたはずのエンタープライズ、長門、ビスマルク、クイーン・エリザベスが砲撃音を聞いてやってきのか、艤装を展開したまま会議室に入り込んで、鉄血皇帝が掲げている黒いメンタルキューブから発せられている圧力に驚愕していた。

 

「ここがその戦場だ……ユニオン大統領が死亡する最期の戦場だッ!」

 

 明らかに正気ではない様子で黒いメンタルキューブを掲げる鉄血皇帝の姿に、その場にいたほぼ全員が警戒心を高めていた。ユニオン大統領も驚愕の表情を浮かべて鉄血皇帝を見つめ、ロイヤル首相も苦虫を嚙み潰したような表情でそれを見ていた。サディアの皇帝も、東煌の指導者も、北連の主席も、ヴィシアの教皇も、アイリスの枢機卿であるリシュリューもみな驚きと警戒心が入り混じった表情で席から立ち上がって鉄血皇帝を見ていた。ただ、この部屋で一人未だに椅子に座りながら水を飲んでいた恭介は、ただ溜息を吐いていた。

 

「見るがいい……これが、鉄血の力だ!」

「これは……鏡面海域、だと? 馬鹿な……作り出したというのかっ!?」

 

 黒いメンタルキューブから発せられる圧力が一瞬強くなったと思ったら、次の瞬間には黒いメンタルキューブから黒く光る柱が空へと向かって伸びた。そして、瞬く間に周囲の状況が変わっていく様に、ユニオン大統領は悲鳴のような声が聞こえた。

 

「諸共死ね! アズールレーン!」

 

 鉄血皇帝の咆哮と共に、グナイゼナウは眉一つ動かさずに主砲をその場にいた艦船達に向けて放った。同盟相手である重桜とサディアの代表以外の全てに砲撃を放ったグナイゼナウだが、手応えを感じるはずもなくすべてが弾かれた。

 

「物騒ね」

「流石オールドレディ……一筋縄ではいきませんね」

 

 それぞれの陣営の艦船へと放たれた砲弾は、全てがオールドレディ――ウォースパイトの一振りで弾き飛ばされて会議場の壁に爆発音を上げながら大きな穴を開けた。

 

「ビスマルク! 鉄血艦隊を指揮して敵を撃滅しろ!」

「……皇帝の御心のままに」

「ッ」

 

 鉄血皇帝の命令を受けて、ビスマルクはすぐさま外へと飛び出した。皇帝の傀儡でしかないと自ら語るビスマルクのその姿に、エンタープライズは心底不愉快そうに顔を歪めていた。

 

「では、私も行きます」

 

 ビスマルクの後を追いかけるように、グナイゼナウも牽制程度に副砲を放ちながら廊下の窓から外へと向かって飛び出した。

 

「奴らを一隻残らず沈めろッ! 鉄血はここで終焉を迎える!」

 

 いつの間にか鉄血皇帝がいなくなっていることに気が付いたのか、顔が真っ赤になるほどに怒り狂っているユニオン大統領の言葉を受けて、エンタープライズとヨークタウンは視線を合わせてから同時に飛び出した。

 

「ウォースパイト、ベルファスト。貴方達もいきなさい……それに、ジャベリンが心配です」

「承りました」

「陛下はどうなさいますか?」

「行かないわよ。こっちでやるべきことがあるから」

「わかりました」

 

 ウォースパイトの言葉にクイーン・エリザベスはそう返しながら、鉄血皇帝が座っていた椅子にどっかりと座りこんだ。クイーン・エリザベスが行かないと確認してから、ベルファストとウォースパイトも外へと向かって飛び出していった。

 

「……さて、茶番は終わりだな」

「茶番、ですか? 貴方はこれからどうするつもりですか? 重桜の神子」

 

 サディア皇帝以外の目が突き刺さっている中、恭介は小さく笑っていた。

 

「既にセイレーン撃滅の為に一航戦が動いている。後は後詰だけだ」

「セイレーン撃滅? 鉄血との同盟は守るのでは?」

「当然、重桜は鉄血との同盟を守る。だが俺には遥か彼方に見えた艦影が量産型セイレーン艦隊にしか見えなくてな……友軍だったとしても敵の見た目をしていれば当然、沈められるだろう?」

「……やはり貴方は信じられません」

 

 まるで未来を知っているかのような発言と指揮を行う軍人。重桜の特別な力を持つという神子。ユニオン大統領も警戒の色を滲ませながらその一挙一動を監視していた。

 

「同感だな。二枚舌で優雅を笠に敵を潰すだけのロイヤル首相とは、仲良くできなさそうだ」

 

 暗にロイヤルの首相と仲良くなるつもりもなければ、信じてもらう必要もないと言う恭介に、ロイヤル首相の眉がピクリと動いて、ユニオン大統領が明らかに苛ついていた。

 


 

「待て! ビスマルク!」

 

 エンタープライズは必死にビスマルクの背中を追いかけながら、その背中に声を掛け続けていた。

 

「お前はこれでいいのか! 鏡面海域を意図的に人間が創り出し、そこで艦船同士が戦う、そんなのは間違っている!」

「はーいそんなに声を荒げないの」

「ッ!? エンタープライズ!」

 

 もう少しでビスマルクの背中に手が届きそうになった瞬間に、エンタープライズはヨークタウンによって後ろに引っ張られた。直後、エンタープライズの鼻先をかすめる程近くを一発の砲弾が通り過ぎた。

 

「オイゲン、持ち場はここではないはずよ」

「そうだけど、楽しそうなことしてるじゃない」

「……」

「ではその楽しそうなこと、我々も混ぜて貰おう」

 

 エンタープライズの鼻先へと砲弾を放ったプリンツ・オイゲンは、エンタープライズ達の後ろから接近してきたウォースパイトとベルファストを見て心底面倒くさそうな顔をした。

 

「こいつらまで連れてきたの?」

「持ち場に戻りなさいオイゲン」

「言われなくても、こんな面倒くさいオールドレディとメイドの相手なんてしないわよ」

 

 ビスマルクとプリンツ・オイゲンは、突然敵を前にして背中を向けて移動を始めた。当然その隙を狙わないはずがないのが、歴戦の艦船であるウォースパイトだった。しかし、すぐに構えていた主砲を下げて回避行動を取った。

 

「超長距離射撃ッ! グナイゼナウか!」

 

 遥か彼方とも言える場所から放たれたグナイゼナウの砲弾は、ほぼ的確にウォースパイト達の立っていた場所の中心へと撃ち込まれた。『カンレキ』としてウォースパイトに勝るとも劣らない長距離射撃の逸話を持つグナイゼナウにとって、この程度の距離で正確な砲撃を撃つことなど児戯にも等しいことだった。

 

「量産型セイレーン艦隊を前にして、それぞれ私の指示通りに動きなさい」

「りょうかーい」

「はい」

「応とも」

 

 ビスマルクの指示通りの場所に立ったプリンツ・オイゲンとグナイゼナウ、量産型セイレーン艦隊と共に現れたシャルンホルストはビスマルクの言葉に反応して艤装を構えた。

 

「さぁ、鉄血の力を見せる時よ」

「っ! ビスマルク!」

 

 エンタープライズの悲痛な叫び声に、内心で謝りながらもビスマルクは鉄血艦船艦隊総指揮官としての役割を果たそうとしていた。

 

「敵を潰せ、鉄血の誇りにかけて!」

 

 数百隻にも及ぶ量産型セイレーン艦隊の大艦隊を前に、エンタープライズとヨークタウン、ウォースパイトとベルファストは明らかな不利を悟っていた。しかもエンタープライズはほぼ戦意がないも等しい。

 ビスマルクは鏡面海域を発生させることで生じた混乱に乗じて、量産型セイレーン艦隊の圧倒的な数で敵を押しつぶすことで勝利を確信していた。物量によって敵を押しつぶさんとしていた量産型セイレーン艦隊のど真ん中から、爆発音が鳴らなければ。

 

「っ、何が起きた」

「あらら……ビスマルク、余計なお客さんよ」

 

 セイレーン艦が爆発した瞬間、プリンツ・オイゲンはその原因をこの目で確かに見ていた。赤と青、黒と白。プリンツ・オイゲンがセイレーン艦隊を爆破した者の名前を告げようとした瞬間に、空を覆っていた黒い雲の中から赤色と青色の流星群が降り注いだ。

 

「うふふ……セイレーン艦隊を従えているのなら、敵よね?」

「姉さま、あくまでセイレーン艦隊を潰すだけですよ」

「わかっているわ。全く……心配性なんだから」

 

 エンタープライズ達の前に降り立った二つの影は、同時に手を振って赤と青の流星群を自由自在に操り始めた。

 

「重桜一航戦赤城。指揮官様の命を受けてセイレーンを撃滅いたしますわ」

「重桜一航戦加賀。推して参る!」

 

 戦場を切り裂く流星群を操る二人の艦船が、セイレーンという敵を撃ち滅ぼすために鉄血の前に立ち塞がった。



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絶望

(久しぶりだから起き逃げしていこう)


 混沌とした戦場へと早変わりした海を横目に、恭介は机を力いっぱい叩いてこちらを威嚇するように視線を向けてくるユニオントップの男へと意識を向けた。

 

「図に乗るなよガキが……重桜などいつでも滅ぼせると言っているのだ」

「ほう? それは随分と大きく出たな。流石に、戦争を始めてから大国となった陣営は違うな。戦争がしたくてしたくてたまらないらしい」

 

 全てを知り尽くしているとでも言わんばかりの雰囲気と発言をする神代恭介に、ユニオン大統領はひたすらに怒りを露わにしていた。しかし、大統領にどれだけ脅しに近い言葉を使われたところで、重桜の神子である恭介には全く届かない。何故ならば、この集会にいる人間程度では運命を変えることなど全くできるはずもないのだから。

 

運命(さだめ)の羅針盤を上から眺めている俺に、羅針盤に踊らされているお前たちが何かできると思うのか? 寝言は寝て言うんだな」

「図に乗るなと言っているんだッ! 貴様ら重桜など簡単に潰せると言っているんだ!」

「はいはい、うるさいわよ」

 

 散々煽られた怒りで声を荒げたユニオン大統領が、今にも恭介に掴みかからんとするのを止めたのは、恭介ではなく鉄血皇帝が座っていた椅子に勝手に座っていたクイーン・エリザベスだった。全員が緊急事態で立っている中、余裕の表情で座ったままの恭介とクイーン・エリザベスの視線が合った。

 

「何を考えているの?」

「何を考えているかだと? 俺はただ運命を変える為に動いている。人類滅亡の時は近い」

 

 一見すると世迷言をほざいているだけのガキであるが、クイーン・エリザベスは神代恭介の秘密を幾つか知っている。その中の情報の一つに当てはまることが、真実であるとすれば……今の恭介の言葉は真実だと言えるだろう。

 

「それは、神木の見せた未来?」

「さぁな。神木は具体的なことを喋る訳でもないし、別に俺に特別な力を授けてくれる訳でもない。言うならば、自然にそこに生えていて、自然に信仰が集まってしまっただけの桜だからな」

「そう……貴方がどういう奴なのかは大体把握できたわ」

 

 自然に生えただけの桜が果たしてあそこまでの大きさに成長するのかどうか、そもそも信仰が集まったところで特別な想いの奔流を神子に流し込むことなどできるのか。気になる点等幾つもあると言うのに、さもそんなことは知らないとでも言わんばかりの恭介に、クイーン・エリザベスは溜息を吐いて紅茶を飲んだ。

 

「それで、貴方はどこまで考えてユニオンの英雄を焚きつけたのかしら?」

「焚きつけた? 俺が? 瑞鶴が勝手にやったことだろう」

 

 あくまで自分は関与していないと主張するかのように肩を竦める恭介に、クイーン・エリザベスはそれ以外に聞くことはないと言わんばかりに何かを聞くのをやめた。

 

「……瑞鶴が何をしようが、俺には関係のないことだ」

「き、恭介……」

 

 隣でずっと恭介とクイーン・エリザベスの会話を聞いていた長門は、小さな声を発しながら揺れたままの瞳を恭介へと向けた。

 神代恭介という人間が艦船にとって光だと確信しながらも、必ずや世界の敵にならない訳ではないと理解していたクイーン・エリザベスだったが、長門の表情を見てある程度のことを察していた。

 

「そう……自分で自分が理解できていないのね」

「なに?」

 

 クイーン・エリザベスの何かをわかったかのような言葉に、恭介は初めてまともに表情を動かした。あからさまに不快そうな表情をする恭介に、クイーン・エリザベスはため息吐いてから椅子から立ち上がった。

 

「もう聞きたいことも聞いたし、知りたいことも大体知れたわ。私は行くから」

「女王陛下の意のままに」

 

 女王の言葉を聞いて、ロイヤル首相は仰々しく頭を下げた。王族に対する態度を損なうほど冷静さを失っていないと確認したクイーン・エリザベスは、つまらなさそうに鼻を鳴らしてからそのまま出て行った。向かう先は戦場……女王の号令を待つロイヤルの艦船たちがいる場所なのだと、恭介は理解した。

 

「……女王、か……侮りがたい存在だな。江風、ここはいいから戦場へと赴け」

「……わかりました」

「すまないな。後、途中で綾波を拾って、今のところはアズールレーンとやりあう気はないとだけ伝えておいてくれ。一航戦は()()が来てからこちらから声をかける」

 

 恭介の言葉を全て聞いてから、江風は風のような速度であっという間に会場から姿を消した。

 

「さて……俺もそろそろ動くとしよう」

「何処へ行く」

 

 廊下の外から激しい砲撃音と爆発音、そしてプロペラ機が発する独特の音を背に、神代恭介は椅子から立ち上がって会議場から出て行こうとしていた。その姿に全員が更に警戒度を上げている中、サディア皇帝だけが静かに同盟相手の行動の理由を知りたがっていた。

 

「何処へ? 勿論戦場へさ……全てはセイレーン撃滅のために、な」

 

 怪しい笑みを浮かべながら、恭介は長門と共に会議場を後にした。

 

 


 

 

「っ……ニーミちゃんは、本当にこれでいいの?」

「黙りなさい!」

 

 叫ぶ心を押しのけながら、Z23はジャベリンとラフィーに向かって砲撃を放ち続けていた。普段のZ23を知る者が見れば、誰でも理解できる程狙いの定まっていない砲撃だが、ジャベリンとラフィーに距離を取らせるには十分すぎる弾幕量だった。悲痛そうな表情のまま砲弾の雨を降らせるZ23を横から眺めていた綾波は、こちらに向かって急速接近してくる人影に視線を向けた。

 

「綾波、今アズールレーンと敵対する必要はないそうだ」

「江風、さん……」

「さんはいらない、と前から言っているだろう……それを伝えに来た。それ以降のことは好きにしろ」

 

 通常の駆逐艦からしても異常な程の速度で綾波へと近づいてきた艦船は、恭介から綾波に言伝を頼まれていた江風だった。Z23とラフィーとジャベリンが戦闘しているのを、寂しそうな目で見ていた綾波が何を考えているのかなど、江風にも理解できていた。

 

「止めたい、です」

「ならお前の心に従え。それが許されるのが、わたし達艦船だ」

 

 それだけだ、と言い残して再び江風は目にも止まらない速さで戦場へと向かって駆けて行った。

 

「心に……従う……」

 

 自分の胸に手を当てて綾波は数秒考えてから、右手に持っていた大型の機械刀の切っ先を三人の間に向けた。

 突如として三人の間に放たれた弾幕に、三人は一歩下がって放たれた方向へと目を向けた。いつも通りの感情の薄い顔の中で、少しだけ困惑の色を滲ませながらも綾波はそのまま固まったジャベリンとラフィーを背にしてZ23の前に立った。

 

「重桜は……鉄血と敵対するつもりですか?」

「違う、です……ただ、綾波は自分で考えて動いていいとの許可を貰っただけです」

「なら何故私の前に立つのですか!」

「友達を殺せば、きっと後悔でニーミは押し潰される。そう思ったからです」

「っ!? とも、だち?」

 

 出会って数時間も経っていないはずの存在を友達だと綾波に断言されて、Z23は言葉の意味が理解できていなかった。Z23とは対照的に、ジャベリンは自分を庇うようにして立ってくれた綾波の、友達という言葉に歓喜の色を宿してその背中を見つめていた。

 

「ニーミ……武器を降ろして欲しいのです」

「そんなこと、できる訳が……ないじゃないですか」

「……これでどうですか?」

「あ、綾波ちゃん!?」

 

 綾波が口から出す言葉一つ一つに心を大きく揺さぶられるZ23に、綾波は自らの持つ機械刀と魚雷発射管を海上へと投げ捨てた。突然の行動にジャベリンは驚愕の声を挙げ、ラフィーもZ23も目を見開いて固まっていた。

 

「正気、ですか?」

「綾波は誠意を見せているだけ、です」

「……私は鉄血の艦船です。皇帝が戦えと言うのならば、友だろうとこの手にかける覚悟がある」

 

 あくまでも戦う姿勢を示すZ23は、主砲を綾波へと向けて視線を鋭く尖らせていた。引き金を引けばすぐにでも綾波を沈めることができる状況にも関わらず、Z23の震える手はそれ以上の引き金を引くことができなかった。綾波もまた、このまま沈んでしまってでもZ23を止める覚悟をしていた。故に武器をいくら突き付けられようとも、そこから動くことはなかった。

 

「っ……撃て、動いてくださいっ……何でッ!? 私の手なのに……撃て、ない……」

「ニーミ……」

 

 震える左手を右手で抑えようとしても震えは一向に収まらず、Z23は崩れ落ちるようにして膝をついた。綾波はジャベリンとラフィーにそこから動かないように目で制してから、打ち捨てられている自分の武器を手に取ってZ23を支えて立ち上がらせた。

 

「……また、会えるといいね」

「会えるですよ。すぐに」

「ううん……今度はただの友達として」

「……難しいですけど、いつかはきっと」

 

 ジャベリンの縋るような声に、綾波は微笑みながらも優しい声で返してからZ23に肩を貸す形で支えてから、会議場へと向かって動き出した。

 アズールレーンの艦船として背中を向けている二人を撃つことは容易くとも、ジャベリンには絶対にできないことだった。

 

「敵なのに……殺したくない、なんて……ダメな兵器かな?」

「大丈夫。ジャベリンは普通」

 

 少しだけ苦しそうに心情を吐露するジャベリンに、ラフィーは気怠そうにしながらもジャベリンに気遣いを見せていた。

 

「ここにいましたか、ジャベリンさん」

「あ、ニューカッスルさん」

「ロイヤル海軍はこれより、鉄血率いるセイレーン艦隊を撃滅しますよ」

「え? ロイヤルだけでですか?」

 

 水平線を覆いつくす程の艦隊を前にしてロイヤル海軍だけで対処できるとは到底思えないジャベリンは、不安になりながらニューカッスルに聞くと、不安な心境が顔に出ていたのか、優しい笑みを浮かべながら首を左右に振った。

 

「ユニオンと重桜は協力的ですよ」

「じゅ、重桜がですか?」

「まぁ、重桜にとってセイレーンは不倶戴天の敵とも言える存在なのでしょう」

 

 不倶戴天の敵……同じ天の下に存在することを許しておけない相手であることを意味する言葉であるが、それならば何故重桜はアズールレーンを脱退してしまったのかが、ジャベリンには理解できなかった。

 

「……鉄血との、全面戦争?」

「まだ様子見、と言ったところでしょうか」

 

 ラフィーの言葉に、ニューカッスルは平穏がまた一歩遠のいたことにため息を吐いた。以前から小さくぶつかることが何度かは当然あったが、ここまで大規模な艦隊を使っての戦闘にまでは発展していなかったにも関わらず、鉄血が何故今になって戦闘に踏み切った理由がニューカッスルにも理解できていなかった。

 

「嫌な予感もします……早く行きましょう」

 

 鏡面海域の中心部分である会議場に向かって吹く風が、段々と強まっていることを肌で感じているニューカッスルは、ロイヤル艦隊がクイーン・エリザベスの号令の元戦っているであろう場所に向かって動き始めた。

 

 


 

 

「はぁ……いくら指揮官様の命令とはいえ、貴方と肩を並べて戦うだなんて……」

「いいから手を動かせ!」

 

 襲い来る波のようなセイレーン艦の数に圧倒されながらも、エンタープライズと赤城は艦載機を放って手前から順に沈めていた。統率のあまり取れていない量産型程度に後れを取るはずもない歴戦の二人は、海を埋め尽くすのではないかと思う程の弾幕を華麗に避けながらも適度に反撃していた。

 

「貴方に命令される筋合いはないのだけれど? 今すぐその胸に牙を突き立てて心臓を抉り出してもいいのよ?」

「恐ろしいことだ……やはり、お前みたいなのは味方にいてくれた方が安心できる」

「お黙りなさい。全く……」

『勝手なことをするなよ』

 

 今な仮初とは言えタッグを組んで寡兵で敵と戦っていると言うのにも関わらず、物騒な言葉を平然と口から放つ赤城に、エンタープライズはある種の頼もしさを感じながら背中を預けていた。何故そこまで信頼されながら戦わなければならないのか理解できない赤城は、がら空きの背中にいつでも攻撃を加えられる状況でも攻撃しない理由は単純に、エンタープライズを討つことよりも恭介の命令の方が重要だからだった。

 

「分かっていますわ指揮官様。ですが、私にも許容できる限界というものが――」

『後でいくらでも付き合ってやる』

「任せてください!」

「やれやれ」

『全くだ』

 

 通信越しにとは言え、意見を合わせて同時にため息を吐く恭介とエンタープライズに多少のイラつきを感じながらも、赤城はエンタープライズではない敵へと視線を向けた。当然、赤城がイラつく理由など自分を差し置いて恭介と一見すると仲が良さそうに喋るエンタープライズにだが。

 

「……加賀さん。戦況は……あまり良くなさそうですね」

「江風か。丁度いい所に来たな」

 

 赤城とエンタープライズが躍るように弾幕を避けながら艦載機を放っている少し後ろで、量産型空母から放たれている艦載機をひたすら撃ち落としていた加賀の傍に、江風が現れた。

 

「丁度いい、とは?」

「言葉通りの意味だ。あれを食い止めてくれ」

 

 加賀が視線だけでその方向を指し示すと、そこには猛然と加賀へと近づいてくる鉄血艦船が見えた。一応鉄血とは敵対するつもりもない重桜としては、ロイヤルに全て押し付けるのが最適なのだが、ロイヤル艦隊は既にビスマルク、グナイゼナウ、シャルンホルスト、プリンツ・オイゲンの相手をして動けない状態だった。

 

「あれは……鉄血の駆逐艦?」

「あん? 敵かと思ったら重桜じゃねぇか。でもセイレーン艦隊に攻撃してるんだから……やっぱり敵なのか?」

「さぁな。わたしには関係のないことだ」

 

 加賀から少し離れた場所へと移動してその駆逐艦の到着を待つと、江風の前で綺麗に停止したZ1――レーベレヒト・マースは頭の上に疑問符を浮かべているような顔をしながら首を傾げていた。

 

「……取り敢えず、上に仰ぐか」

「意外に冷静そうだな……」

 

 言動からして馬鹿の一つ覚えの様に突進してくるかと思った江風だったが、長女としての性格がそうさせるのか、Z1は最高指揮官とも言えるビスマルクへと判断を仰ぐことにして、取り敢えずの戦闘を避けた。

 

「……えー? まぁ……いいか」

「どうなった?」

「重桜と争ってもどうにもならないから別にいいってよ」

「そうか」

 

 こうも明らかに鉄血へと攻撃していると言うのに、全く争う必要もないと言われてしまえば江風も毒気が抜かれた様に密かに腰の刀へと伸ばしていた手を力なく降ろすしかなかった。先に相手が武器を降ろしたと言うのに、いつまでも刀に手を置いておくこともできないと判断していた。

 

「俺の名前はレーベレヒト・マース。めんどくさかったらZ1(レーベ)でもいいぜ」

「そうか。わたしは江風……基本は長門様か指揮官の護衛しかしてないから、二度と会うことは無いからも知れないが名乗らせて貰おう」

「へー……ただの駆逐艦に見えるのに、そんな重鎮の護衛してんのか」

 

 ただの駆逐艦がどの様な駆逐艦を指す言葉なのか理解できないので、江風は言い返すこともせずに目を閉じで何も反論がないことを告げた。

 

「それにしても、随分と大きくでたものだな。セイレーンを扱うなど」

「そりゃあ……こう言っちゃなんだけど、あの皇帝は本気でアズールレーンに勝てると思ってるからな」

「……まるで、勝てないと思っているかのような言葉だな」

 

 平然と口にしているが、Z1の発言は鉄血とその皇帝の侮辱とも取れるものだった。自らの陣営に対して客観的な視線を持てることには素直に尊敬する部分もあるが、江風としては末端ではないとはいえ、駆逐艦にすら見限られるような陣営をしているのかと思わせるには十分な言葉だった。

 

「当たり前だろ。セイレーン大戦時に大きな打撃を受けて、領地の復興もままならない陣営がどうして連合軍に勝てるんだよ。『戦いは数』ってのは真理だが、結局練度が伴ってないとただの案山子だしな」

「……だろうな」

 

 今まさにその圧倒的な数でアズールレーンを飲み込もうとしているセイレーン艦隊も、所詮は量産型の集まりだからなのか、赤城とエンタープライズに片っ端から消滅させられているのを見れば頷ける言葉だった。

 

「圧倒的『個』の前では数なんて大差ないだろ。一騎当千、なんて言葉がこの世にはあるぐらいなんだからな」

「だが、セイレーンにも圧倒的『個』は存在するだろう?」

「……上位種が言うこと聞くと思うのか?」

「思わんな」

 

 あれだけのセイレーンを操ることができる背景には、必ず上位個体が存在しているとこの戦場にいる誰もが確信していることだったが、未だにその姿を現さないことを見れば鉄血と連携するつもりがないことなど明白だった。

 

「まぁ本当に現れたら俺らもヤバいことになるから、あんまり期待して――」

 

 肩を竦めながら笑うZ1の言葉を遮るようにして、曇天の空に一筋の光が走った。遠目で見ても圧倒的と言わざるを得ない程の熱量を感じたZ1と江風は、同時にその青白い光を放った方向へと索敵能力を割いた。

 江風とZ1が視線を向けた先にはエンタープライズと赤城が、先程までの余裕を何処かへ消して警戒していることを身体全体で表しながらも乱入者へとそれぞれ武器を向けていた。

 

「はーいどうもー!」

「……何故このタイミングで現れた。()()()()()()()()

 

 エンタープライズは憎々し気にその名を口にした。かつてのセイレーン大戦で連合軍に甚大な被害をもたらした災厄の名に、赤城も無意識のうちに身体を強張らせていた。

 エンタープライズのそんな言葉も気にせずに愉快そうな笑顔を浮かべながら、ただただ満足そうに戦場を見渡して頷いているピュリファイアーは、視線をエンタープライズと赤城へと移した。

 

「何故? そりゃあ鏡面海域なら何処でも出現できるからだけど?」

「それは嘘ね。そうだとしたら鏡面海域ではない場所に出現したことのある過去の記録が改竄されていることになるわ」

「うん。嘘だよ! アハハハハハ!」

 

 狂気としか言葉で表すことができないその笑い声に、赤城は式神を持つ手が自然と強くなっていた。復讐の炎を目に滾らせながらピュリファイアーを見つめるその瞳に、エンタープライズが危うさを感じると同時に腹を抱えて笑っていたピュリファイアーが急にその笑い声を止めて顔をあげると、そこには光を捉えていない深淵の瞳があった。

 

「めんどくさいから全部潰せばいいよね」

 

 ピュリファイアーの背後に鎮座していた大型艤装から突如として光が放たれる瞬間を、エンタープライズと赤城は反応することもできずに見ていることしかできなかった。瞬きできるかどうかの短い間に放たれた破壊の光は、エンタープライズと赤城の間を通り抜けて鏡面海域の中央である島へと伸びて、巨大な爆発を起こした。

 

「……見え、なかった」

「ッ!? 指揮官様!」

「その焦った顔……オブザーバーに何か言われてなかったら、全員丁寧に潰したのになぁ……」

 

 島の一部を消滅させるほどの威力を放ったピュリファイアーは、少しだけつまらなさそうに手を振って自律行動型の小型艤装を展開させた。

 絶望的な火力差を見せつけられた後で、このピュリファイアーに勝てる光景が思い浮かぶ程、エンタープライズと赤城は自らの力に自惚れてはいなかった。

 

「じゃあ、さっさと殺してあげるね」



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正体

 戦場を切り裂く破壊の光が放たれた瞬間、戦場にいた全ての艦船がその脅威に目を向けた。それはセイレーン艦隊を操ってアズールレーンと今まさに戦争を始めていた鉄血艦船達も例外ではなかった。

 

「随分と物騒な奴がいるみたいね」

「……まさか本物が釣れるとは」

 

 冷や汗を流しながらも敵から目を全く逸らさないウォースパイトの耳は、冷めた瞳で光の残滓を眺めながら呟いたビスマルクの言葉を拾った。その言葉が意味することは、鉄血にとってもセイレーンの上位個体が現れることは想定外ではあるものの、想像の範疇を超えてはいなかったということだった。

 

「上位個体をこの戦場に呼び込んで何をするつもりなのかしら?」

「それは、貴方達には関係無い」

 

 身の丈近くある大剣を振り回すウォースパイトに対しても、ビスマルクは眉一つ動かさず的確に指揮をしていた。ビスマルクが手を振り上げればセイレーン艦隊は動き、複雑に振れば鉄血の艦船達が事前に決められている通りの動きをする。圧倒的カリスマによる完璧なる統率に、ウォースパイトは内心舌を巻いていた。

 

「あら、何を遊んでいるのかしらウォースパイト」

「へ、陛下!?」

 

 会議場に残っていたはずのクイーン・エリザベスが登場したことに、ウォースパイトもビスマルクも表情を変えた。自らの主と言ってもいい人物の登場に慌てふためき、一方はまさか戦場に立つとは思っていなかったビスマルクは彼女が何をしようとしているかを理解して目を細めていた。

 

「聞きなさい! 戦場を駆けるロイヤルの華麗なる淑女たちよ! 我々ロイヤルは正義を体現するものか? 我々ロイヤルは世界の利益の為に動く者か? 否ッ! 我々ロイヤルは、自身の信念の為に戦う者達! 迷いを捨て、ただ己の信念に従って目の前の敵を討て! 我らの騎士道に、正義の二文字は不要だ!」

 

 陰鬱とした鏡面海域に、女王の号令が響き渡った。それと同時に、ロイヤル艦船全員の目の色が変わったのを、ビスマルクは目の前のウォースパイトを見て確認した。

 

「これは……思ったよりも苦戦しそうね」

 

 正義の為に愚直な行動を取るユニオンとは違い、己の信ずる信念の為ならば悪をも許容する精神。簡単に打ち崩せないことは想像に難くないことだった。

 

 


 

 

「あらあら、ロイヤルは大盛り上がりね」

「そうですね」

「そんな中でも、アンタは冷静なままなのね」

「メイドは熱くならないものですので」

 

 襲い来る無数の砲撃を悠々と躱しながらも、攻撃と攻撃の節目に必ず牽制してくるベルファストに、プリンツ・オイゲンは長期戦を予感して明らかにテンションが下がっていた。以前から優秀なメイドだとは認識していたが、これ程までとは思っていなかったプリンツ・オイゲンは仕方なく現状維持を選択し続けていた。

 

「メイドにしてはダンスも上手いのね」

「ほんの嗜み程度のものです。仕える主に恥をかかせる訳にはまいりませんので」

 

 美しい踊りを思わせるように砲弾の雨に掠りもしないベルファストの動きに、プリンツ・オイゲンはただただ感心していた。それでいて的確な部分で必ず砲撃を挟み、時には魚雷を放ってプリンツ・オイゲンの動きを制限する様は、ダンスをリードする貴族令嬢である。

 

「ふーん。でも、無作法な方が……私は好きよッ!」

「価値観の相違、でございますね」

 

 砲撃を止めて一気に距離を詰め、迷いなく生体艤装で物理攻撃をしかけたプリンツ・オイゲンに対しても、ベルファストは踊りを止めることは無くただ受け流すように攻撃を避けた。

 

「……埒が明かないわね」

「はい。私が貴女に攻撃しない理由は単純に、かのプリンツ・オイゲンの装甲を貫けるとは到底思えないからですので」

「よく言うわ」

 

 徹甲榴弾を正確に艤装の繋ぎ目へと放っているのを無理な態勢で避けているからこそ、プリンツ・オイゲンは無傷でいられるだけであり、このまま戦いを続けていればいずれ徹甲榴弾が容赦なく艤装を貫き、爆発炎上することは間違いないことだった。

 

「動かないのでしたら、こちらからいかせていただきます」

 

 膠着状態になって立ち止まったところで、プリンツ・オイゲンにはどうしようもなく、ベルファストはただ弾丸を放っているだけでプリンツ・オイゲンを追い詰めていくことができる。故にベルファストはプリンツ・オイゲンと睨み合う必要性すらない圧倒的優位に立っているのだ。

 

「はぁ……疲れるからあまりやりたくないんだけど、ね」

 

 ベルファストが両手に装備している152mm三連装砲を、ただ立っているだけのプリンツ・オイゲンへと放った。放たれた徹甲榴弾が独特の軌道を描いてプリンツ・オイゲンへと近づいた瞬間、半透明の青い盾を展開して徹甲榴弾を弾き飛ばした。

 

「……シールド、ですか」

「あら? 百戦錬磨の貴方は流石に見たことあるのね。シールド」

「そうですね。手を焼いた記憶しかありませんが」

 

 プリンツ・オイゲンが発生させたシールドは、メンタルキューブの力の一端によって生み出される防御壁だった。一部の艦船のみが扱うことのできるその防御壁は、艦船の放つ砲弾もセイレーンの放つ砲弾も全てを防ぐ万能の壁である。

 

「展開し続けることはできないけど、要所要所で貴方の攻撃を防ぐ程度には使えるわね」

「それはもう。私の砲弾では傷一つつけることもできませんよ」

 

 互いに薄く笑いながら主砲を向け合ったまま止まっている姿は、プリンツ・オイゲンが膠着状態まで持ち込んだことを意味していた。

 

「ふふ、楽しくなりそうね」

「同意しかねます」

 

 同時に放った砲弾だったが、ベルファストの放った砲弾は瞬間的に展開されたシールドに全て叩き落され、プリンツ・オイゲンの砲撃だけが一方的にベルファストを襲った。

 再び水上を舞い踊るように砲撃を避けるベルファストだったが、明らかに先程までプリンツ・オイゲンが放っていた砲撃とは毛色の違う攻撃に、いまいち上手く避けられないでいた。

 

「……生体艤装をそこまで上手く扱うことができるとは思いませんでした」

「いつだって技術を進歩させるのは、戦争よ」

 

 自分の判断でベルファストを捉えることができないと理解したプリンツ・オイゲンは、自立型である生体艤装にベルファストを独断で狙わせていた。自分はベルファストが放つ砲弾に反応し、瞬間的にシールドを張ることにだけ集中してそれ以外の全てを認識の外へと捨てていた。プリンツ・オイゲンの目線と性格から先読みしていたベルファストは、生体艤装の何処か出鱈目でありながら正確な射撃に対応しきれていなかった。

 

「あら? 掠ったわね」

 

 メイド服の先、スカートの部分が少しだけ焼き切れいているのを確認したプリンツ・オイゲンは、少しだけ嬉しそうに口角を上げていた。対してベルファストは、表情を変えずにただ生体艤装を観察し続けていた。

 

「……では、ここからですね」

 

 蝶の様に舞い踊っていたベルファストが急に立ち止まったことに、プリンツ・オイゲンは警戒を露わにして主砲の主導権を再び生体艤装から自分の元へと手繰り寄せた。メイド服が所々焼き切れていたり、煤が付いているベルファストだったが、その顔にはいつも通りの微笑みが戻っていた。

 

「ッ」

 

 微笑みを向けられ背筋に悪寒が走った瞬間に、主砲の引き金を引いてベルファストの脳天を貫こうとしたプリンツ・オイゲンが見たのは、それを予測していたかのように砲弾の軌道上に投げられている物だった。

 

「さぁ、続きと参りましょう」

 

 プリンツ・オイゲンの砲弾によって破壊されたその小さな容器から溢れ出した白い煙は、瞬く間に広がっていき、周辺の全てを覆いつくした。煙の中から聞いた声は、ほんの少しだけ微笑みを含んだような声色だった。

 

「くッ!?」

 

 やられた。今プリンツ・オイゲンの脳内を埋め尽くしている言葉はそれだけだった。煙幕を張られてしまえば生体艤装は闇雲に砲撃することしかできず、プリンツ・オイゲンも砲弾が放たれた瞬間にだけシールドを展開することもできない。そして、ベルファストの弾を防ぐシールドは永遠に張り続けることはできない。

 煙幕の中から響く砲撃音に反応して、プリンツ・オイゲンはシールドを前方に展開し、そのまま前方向へと主砲から砲弾を闇雲に放った。しかし、ベルファストが放ったのであろう砲弾はプリンツ・オイゲンが展開したシールドの遥か横を通り過ぎ、プリンツ・オイゲンの放った砲弾も着弾した様子はなかった。

 

「おちょくられている気分ね……神経が磨り減るわ」

 

 冗談を口にしながら、プリンツ・オイゲンは最大限周囲に警戒していた。ベルファストが移動している音は確かに聞こえているし、先程から何発も砲弾を放っている。しかしどれもシールドを展開するまでもなく通り過ぎていくばかりで、逆にプリンツ・オイゲンの頭を冷静にさせていた。

 

「アイツにもこちらが見えていない、可能性もあるわね。かと言って闇雲に砲撃するのは、あの完璧メイドの性格からして有り得ない……」

 

 煙幕の中に響く砲撃音に反応して、プリンツ・オイゲンも砲撃をしているが、海に着弾した音ばかりでベルファストの姿など全く見えない状態だった。

 

「シールドを削りにきている? 手を焼いた記憶がある、とも言っていた……シールドの特性に気が付いている可能性もあるわね」

 

 シールドは砲弾を無条件で弾くことができる万能の盾ではあるが、それにも限界がある。弾ける砲撃の数が決まっているのだ。プリンツ・オイゲンの場合はシールドを同時に三枚まで展開することができ、盾一つにつき十までの攻撃を弾くことができる。仮に十の弾を弾いてしまえば、その盾は無残にも砕け散り、再展開するのに相応の時間がかかる。そんな特性に気が付いているのだとしたら、ベルファストが出鱈目な砲撃をすることにも頷ける。

 思考を加速させている最中、プリンツ・オイゲンは砲撃が止んでいることに気が付いた。煙幕も少しづつ薄れている中、砲撃を止める理由がプリンツ・オイゲンには一つしか思い浮かばなかった。

 

「……私の勝ち、ですね」

「ッ!?」

 

 すぐさま後ろに振り返ったプリンツ・オイゲンは、すぐそこまで近寄っていたベルファストに向かって主砲を放った。わざと音を立てながら煙幕の中で砲撃をしていた理由は、単純にわざとベルファストの居場所を補足させるためだった。故に砲撃が止まった瞬間、プリンツ・オイゲンはあれ程気にしていたベルファストの気配を見失った。

 

「視覚を失う、と言うのは存外に恐ろしいものだとわかっていただけました?」

「全くね」

 

 振り向きざまにプリンツ・オイゲンが放った砲弾を易々と避けたベルファストは、同時に徹甲榴弾を展開されたシールドに向かって放っていた。硝子が割れるような音と共に砕け散った一枚のシールドを見て、プリンツ・オイゲンは舌打ちしてから主砲をベルファストに向けた。

 

「煙幕も切れる……でも破壊できたシールドは一枚だけ、ね。また状況は戻ったわよ?」

「いえ、もう終わりでございます」

 

 主砲を降ろしたベルファストに怒りを覚えたプリンツ・オイゲンは、容赦なく引き金を引こうとして視界が真っ白になり、次の瞬間にはベルファストを見上げていた。世界が傾いたかのような感覚の中で、聴覚がイカれていることに気が付いてから、プリンツ・オイゲンは立ち上がろうとして力の入らない身体に、水飛沫が雨の様に当たっていた。

 

「な、にが」

 

 状況を確認するように視線を自分の背後に向けたプリンツ・オイゲンだったが、微妙に残る煙幕の中で海にくっきりと残っている『ソレ』を確認した。

 

「煙幕の中、左手前で最後の砲撃を放ってから前方に移動し、貴方の砲撃音に紛れさせて魚雷を放ちました。速度は出ませんが威力の高い物です。背後に回り込んでから貴方のシールドを破壊して、煙幕を巻いた理由をシールドへと向けさせました」

「は、はは……アホじゃないの?」

「これ程のことをしなければ、不沈艦と名高い貴方を沈めることはできません」

 

 煙幕によって自分の視線すら遮られている中で、魚雷を放って動き回るなど正気の沙汰ではない。しかし実際にベルファストはそれをやり遂げてプリンツ・オイゲンを下していた。

 

「完敗、かしら」

「ですから、終わりだと申しました」

 

 あれだけ無茶なことをしておいて、涼し気な表情でそれを語るベルファストに対して、プリンツ・オイゲンは目を閉じてから頬を緩ませていた。

 

「やっぱり嫌いだわ……メイド」

「残念です」

 

 


 

 

「もう出てきたか」

 

 島の中央へと向けて放たれた超威力の光学兵器を見て、恭介は予想よりも早く出張ってきたピュリファイアーの存在を認識して、頭の中に描かれている今後の筋書きに逐次修正を加えていた。

 

「愛宕、状況はどうだ?」

「予測通り、中央に現れたみたいよ。指揮官の言った通り、派手好きなのね」

「巨大な光学兵器を艤装として操っている時点でわかりきっていることだろ」

 

 恭介は港に待たせていた愛宕からピュリファイアーがどの場所に出現したかだけを端的に聞いた。

 敵からも味方からも見やすく的になりやすい装備を好んで使う奴など、自らの力に絶対の自信を持っている。そうでなければ、ただの馬鹿としか言えない程の目立ちやすさがその武器にはある。いくらセイレーンの上位個体とはいえ、そんな目立つ行動をして周囲全てを艦船に囲まれて集中砲火を浴びれば即沈むのが道理だ。

 

「自律式の小型艤装を使っているのも単に、飛んで火にいるのを沈める為だろうしな」

「馬鹿そうに見えて頭がいい、ってことなのね」

「そうでなければ膨大な演算能力で無理やり未来を観測することなんてしないだろうさ」

 

 何故恭介はセイレーンが演算能力を用いて未来を観測している、などということを知っているのかは敢えて口にせず、愛宕はただ恭介が指揮官として下す命令を待っていた。

 

「取り敢えず……ピュリファイアーを何とかなしなければ話にならない」

「何とか……」

「本当はこんな賭けに近いことはやりたくないんだが……」

 

 彼の頭にいつも通り思い浮かべられているのであろう必勝の作戦を、愛宕は少しばかり想像しながら恭介へと視線を向けると、動くなと手で合図をされて周囲に目を向けた。

 

「はーい。ご機嫌いかが?」

「……最悪だよ。オブザーバー」

 

 愛宕が周囲に目を向けた瞬間に、それは視界に入り込んでいた。妖艶とも言える生々しさを身体から放ちながらも、それに近寄れば危険だと艦船の本能が叫んでいた。美しい花に吸い寄せられる虫のような感覚に陥りながらも、肌と本能で感じる恐怖に愛宕は指一本動かすこともできずに立ち尽くしていた。

 そんな艦船になど興味もないのか、オブザーバーはゆっくりと自分の足で恭介の元へと向かって地上を歩いて近寄り、その手を取った。

 

「ねぇ……貴方は何処まで知っているの?」

「……それを俺に言え、と?」

「そうね。答えて欲しいけど、あんまり簡単に答えられるのもつまらないかしら」

「……愛宕、声が聞こえないところまで離れていてくれ」

 

 傍若無人とも取れる物言いに、恭介は肩を竦めて息を吐いた。オブザーバーを前に全く気負っていないかのようなその動きに、愛宕は自らの身体を縛り上げていた『恐怖』という感情が薄れていった。ただ恭介の言葉に頷いて海に出ることしかできない愛宕は、自分の無力さを呪っていた。

 

「じゃあまず一つ目の質問ね。何処でオブザーバーという個体名を知ったの?」

「テスターとピュリファイアーの会話記録だな」

 

 以前ビスマルクにも聞かれたことを、恭介は何の動揺もなくすらすらと答えた。

 

「……そんなものが残っていると思っているの?」

「人の口に戸が立てられると思っているのか?」

 

 テスターとピュリファイアーの会話記録をそのまま人類に渡す程甘くもないオブザーバーは、自らの演算能力に対する侮辱と受け取って鋭い視線を濃密な殺気を放つが、恭介はその殺気に気圧されることも無く淡々と返していた。

 

「全く、質問に質問で返すなんて礼儀が無いわね……じゃあ次ね。未来を見たかのような戦術はどうやっているの?」

「あんなものはただのブラフだ。過去のデータを全て集計すれば自ずと答えは導き出される。統計学と大差ない」

「人間にとって統計学はあくまで参考にしかならないのよ? まぁいいけれど……なら何故艦船を指揮できるの?」

「艦船を、指揮できる?」

「あら? 理解していないのならいいわ」

 

 次々とオブザーバーが問いかける質問に、恭介はただただ答えることしかできていなかった。オブザーバーの名前は知っていても、その戦闘能力は未知数である以上恭介はは下手に動くこともできなかった。ピュリファイアーの方でも問題は起きていないのだと海面を見て判断し、精々時間を稼ぐ程度としか恭介は考えていなかった。

 

「じゃあ最後の質問ね……貴方は何者? 何処からやってきたの?」

「質問の意図が理解できないな。俺はこの世界で生まれている」

「それは理解しているわ。貴方の来歴は全て漁らせてもらった……だけど、それでは辻褄が合わないのよ」

 

 本気でオブザーバーが何を言っているのか理解できていない恭介は、ただ困惑の色の滲ませながらオブザーバーを見つめていた。

 

「そうね……知らないなら教えてあげるわ。あくまで現在出揃っている情報から推測されたものでしかないけれど……聞きたいわよね? 自分が何者なのか? 私も興味があるわ」

 

 明らかに自分以上に自分のことを知っているだろうオブザーバーの言葉に、恭介は何故かその先の言葉を聞いてはいけない気がしてならなかった。頭の中で何かが警報を鳴らしているような感覚に、心臓の鼓動はどんどんと早くなっていく。

 

「簡単に言ってしまえば、神代恭介……()()()()()()()()()()

 

 オブザーバーの言葉に一際大きく、恭介の心臓が跳ねた。




とりあえずここまでの設定は考えてあった

けどここから先は手探り状態です()

ちょっとづつ話の骨を組み上げて肉付けしていくしかないですね


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誘引

 一月振りの投稿でっさ

 北連艦がいっぱい出てきたから、小説でもどんどん出していきたいですが、この話中には出てこないですねー


 恭介はオブザーバーの言葉が理解できていなかった。

 

「俺が……人間じゃない?」

 

 オブザーバーの言葉を全て鵜呑みにする訳ではない。そもそも人間に牙を剥いて世界を戦禍と疑心の渦へと巻きこんだ敵対生物とも言える存在の言葉を鵜呑みにする程、恭介は馬鹿ではなかった。だが、オブザーバーの言葉を頭ごなしに否定できる程、恭介にその自覚がない訳もなかった。

 

「人間が神木に選ばれて想いの奔流を受ける。そんなことが本当にできると思うのかしら?」

 

 恭介の思考が追い付いていないことなどオブザーバーは理解しながらも、ただ淡々と事実を突きつけていた。

 

「まず脳が情報を整理しきれなくて焼き切れるわよ? 数秒で今までに死んだ人間と、今を生きる人間の想いを受け止めることができる器なんて……それこそ想いを形にするメンタルキューブで構成された艦船でもなければできないわ」

「まて……」

 

 彼女のいう言葉が全て真実なのだとしたら、仮に全てが正しいとしてしまえば、確かに辻褄があってしまうのだろう。何故彼が人間に対して極端に興味が無いのか。何故彼が艦船に対して極端に意識を向けるのか。

 

「人間の想いによって作られた存在である艦船。その作られた存在である艦船が望んだのは自分達を率いる正しく、そして強くある人間。艦船の想いを汲み取ったメンタルキューブによって生み出された()()()()()()()()()()()()()()()()……それが貴方よ」

「待て!」

「あら怖い」

 

 普段表情を動かすことなど無い恭介は、怒りの形相でオブザーバーを睨んでいた。肩で息をしながら自分の胸元に手を当てて、自分の心臓がうるさいぐらい動いていることにすら、恭介は思考が割けていなかった。

 

「何か問題でもあったのかしら? 貴方は艦船が大事。艦船は貴方が大事。何も問題ないわ」

「俺が……人間じゃないから、人間を見下しているって言いたいのか?」

「そうじゃないの? 私達セイレーンも、艦船達も、内心では醜い戦争を続ける人間達を見下しているわ。だって、人間如きなんかよりも、私達や艦船の方が優秀な種族なんだもの」

 

 周囲の人間を見下しているつもりなど恭介には全く無い。勿論、セイレーンにとって得にしかならないような人類同士の削り合いを見て恭介も人間の愚かさというものを肌で感じている。それでも、彼の中では軽蔑や侮蔑の視線を向けることがあっても、決して相対した人間全てを下に見ているつもりなど無かった。

 

「貴方という存在が、必要だからそうさせているの。貴方は艦船の為に存在する……世界で唯一、正しい意味で艦船を従えることができる存在」

 

 ただ楽しそうに笑いながら言葉を続けるオブザーバーに、恭介は足元から全てが崩れ落ちる感覚を味わっていた。まるで今まで自分が築き上げてきた全てを、大いなる存在の気まぐれによって簡単に崩されてしまう感覚。

 

「ふふ……それが『絶望』よ」

 

 自然と視線が下に向き、ただただ呆然と何かを考えることもできずにオブザーバーの言葉を受け取ることしかできない状態。これこそが正に絶望だと言うのならば、世界はこんなにも残酷なのだと恭介は笑うことしかできなかった。

 

「……それでね。とってもいいことを思いついたから、私は貴方にこうして近付いたの」

 

 自分自身の存在そのものの根底を覆されている恭介にとって、オブザーバーの言ういいことなど碌なことではないと理解できていても、自分が人間では無いと言われる以上のものは無いだろう。

 

「私達と一緒に来ない? 愚かで醜い人間と共にいるよりも……ずっとマシよ」

 

 暗く冷たい絶望の底へと沈む恭介の身体を蝕む毒は、すぐ傍まで近寄っていた。

 

 


 

 

「あれ、は……オイゲンさん!」

「……ニーミ」

 

 沈んだ顔のまま会議場へと向かっていたZ23と、そんな様子のZ23を心配した綾波が二人で並んで海を走っていると、Z23が何かを見つけたのか唐突に綾波から離れて突貫していった。追いかけるかどうするか悩んだ末に、綾波は恭介から通信もないことを考えて独断で動くことを決め、ニーミの背を追いかける。

 走るZ23の視線の先には海上に倒れ伏している艦船と、その艦船倒したのであろうメイド服の艦船がいた。

 

「プリンツ・オイゲンと、ベルファスト」

 

 それぞれ鉄血とロイヤルの中で重要な戦力として機能している二人の艦船の情報は、すぐに綾波でも思い出せるほどだった。戦うことになったら、まず綾波では特攻覚悟でなければ勝てないかもしれない程の相手ともなれば、自然と機械刀を持つ手に力も入る。

 

「オイゲンさんから、離れてください!」

「承服しかねます」

 

 無謀とも言える程の特攻で放たれたZ23の砲弾を、易々と手の甲についている鋼で打ち払うベルファストの動きを見て、綾波は心から情を捨て去って加速した。そこにいるのは友達を救う為に武器を捨てた綾波ではなく、戦場を駆け回って敵を沈める重桜の鬼神。

 

「っ!? 弾が――」

「覚悟して頂きます」

 

 焦燥しながら標準も合わせずに闇雲に放たれる砲撃をただ無言で捌きながら、ベルファストは反撃の機会を伺っていた。普段の冷静なZ23ならともかく、ジャベリンやラフィー達とのことがあった直後に、慕っていた仲間が今にも止めを刺されそうな状況で錯乱状態ではベルファストの相手は全く務まらなかった。

 装填もせずに放ち続けていたZ23の150mmTbtsKC/36連装砲はいつかは必ず弾が切れ、連射していれば当然その時はすぐに来ることになる。いくらプリンツ・オイゲンとの戦闘で疲弊していても、大きすぎるその隙を見逃す程、ベルファストは甘い艦船ではない。

 

「っ!?」

「……次は腕ごと貰います」

 

 砲塔をZ23の頭に向けたベルファストだったが、突然Z23の背後から飛び出してきた綾波の殺気と得物を見て、咄嗟に腕を引いた。腕についている艤装を容易く斬り裂いた機械刀は、ベルファストの柔肌に一筋の切り傷を作り出す。

 

「Z23はオイゲンさんを」

「わ、わかりました」

 

 何が起こったのか微妙に理解できていないZ23は、綾波に言われるがまま意識を失いかけているプリンツ・オイゲンを背負ってその場から離れた。

 プリンツ・オイゲンをもう少しで沈め、あわよくば鹵獲することもできたかもしれない状況だったが、ベルファストは一切その場から動かずに綾波を見ていた。

 

「……相当な手練れとお見受けいたします」

「綾波、です。『鬼神』と呼ばれることもありますが、よろしくするつもりは今のところないです」

 

 簡単で且つ明確に敵意を示す綾波の自己紹介を受けて、ベルファストは内心で舌を巻いていた。Z23が動揺してまともに戦えないことを知っていながら敢えて止めなかった無情さと、その隙を付こうとしたベルファストの首を一撃で斬り飛ばそうとしたその躊躇いの無さに。

 

「『最大の危険は、勝利の瞬間に生じる』とはよく言ったものですね」

「いつだって敵を簡単に倒せるのは油断している時、です」

 

 ソロモンの鬼神と恐れられるだけはあることを、先程の短い攻撃だけで察知したベルファストは、目の前の駆逐艦からどのようにして逃げおおせるかを考えていた。単純に真正面から戦えば、厄介さはプリンツ・オイゲン以上だとベルファストは判断していた。

 

「ここは素直に退かせてもらいましょう」

「……」

 

 既に煙幕を使い切り、魚雷も残り数が少なく、更には艤装の片腕を失ってしまったとなれば、勝ち目がかなり薄いのは少し頭を使えば誰にでもわかることだった。故に綾波が追撃してくると言うのならば、ベルファストにもそれなりの対策があった。

 無表情のまま機械刀を構えている綾波に対して、どこまで心理戦が通用しているかわからなくとも、ベルファストはいつも通りに優雅な笑みを浮かべているだけだった。

 

「では、また何処かでお会いいたしましょう」

 

 素直に背中を見せて退いて行くベルファストを見て、綾波は張り詰めていた雰囲気を和らげるように息を一つ吐いた。追いかけてベルファストを沈めようとするのは簡単だが、プリンツ・オイゲンを相手にして単独で撃破する様な艦船がただ逃げている訳ではないことは綾波にも理解できている。今はZ23との合流を優先した。

 

「早く追いかけないと……また無理してしまう、です」

 

 友人と言えるか分からない程奇妙な関係の相手に刃を向けた後に、仲間が死にかけている姿を見たZ23を放っておくことなどできない綾波は、ただZ23を追いかける為だけに会議場へと向かった。

 

 


 

 

「お? おぉ? あいて」

 

 左右から自由自在に空中を飛び回る艦載機をひらひらと避けていたピュリファイアーは、頭上から落ちてきた艦爆にも大した反応もせずにただ小型艤装に全てを任せて、死神の鎌を必死にくぐり抜けようとするエンタープライズと赤城と加賀を見ていた。

 

「当たっても有効打には程遠いかっ!」

「当然っ、ね!」

 

 一対の小型艤装にはそれぞれ二つの砲塔が取り付けられているが、その砲塔から放たれるのは艦船では有り得ないサイエンスフィクションの様な熱線。レーザービームとも言えるその光の線に触れた艦載機は、容易く蒸発する水の様に消えてしまう程の威力を秘めていた。

 

「なーんか飽きてきたんだけど……オブザーバー、まだ?」

『今忙しいから後になさい』

「はいはい。ほらほら、そろそろプチっと潰そうか?」

「断る!」

「あっそ」

 

 大型艤装に腰かけながら欠伸をしていたピュリファイアーは、未だに光線を避け続ける三人の空母に目を向けた。既に艤装も服も所々光線が掠って焼け焦げている中、エンタープライズが青白い光の線を上空に飛んで避けながら弓を構えた瞬間、オブザーバーは興味もなさそうに大型艤装に取り付けられている副砲四基から光線を放った。

 

「っ!?」

「ちょっと!」

 

 空中で身動きも取れないエンタープライズは、弓を放った次の瞬間に死を覚悟していた。突如として横からエンタープライズの脇腹へと突っ込んできた零戦によって、水面へと叩き落されたエンタープライズは寸でのところで四本の光線から身を躱すことができた。

 

「私の零戦一機無駄にしただけの働きはしなさいよ」

「わ、わかっている」

 

 まさか赤城に助けられるとも思っていなかったエンタープライズは呆けた顔で赤城を見上げていたが、放たれた矢を片手で弾いたピュリファイアーは、再び小型艤装と大型艤装に取り付けられている計八基の砲塔から光線が放たれたのを避けてから、再びピュリファイアーへと向き直った。

 

「あーあ、二倍に増えちゃったね」

「余計な気遣いはいらんぞ」

「加賀の言う通りね。そろそろ貴方の動きにも慣れてきた所だし」

「そう? じゃあ死んでいいよ」

 

 思い切り暴れることができないピュリファイアーは、呆れる程投げ槍に八基の砲塔を動かした。光線に警戒して動き始めた三人に向かって、ピュリファイアーは実弾を連続で発射させた。

 

「くっ!?」

「加賀っ!?」

 

 全く素振りも見せずに光線から実弾に変更したピュリファイアーの動きは、エンタープライズも赤城もすぐに見切れる程単純な動きではなく、ピュリファイアーから最も近い場所にいた加賀は必然的に避けきれずに被弾した。飛行甲板が軋み、陽炎の如く消え去っていく姿を見て、加賀は既に戦闘不可能なことを悟ったエンタープライズが、赤城と加賀から意識を逸らさせるために単身無謀な特攻を仕掛けた。

 

「死にたいんだ。ばいばーい」

 

 並の戦艦の主砲以上の火力を、八基から連射しているピュリファイアーの圧倒的なまでの戦闘能力に対して、エンタープライズは紙一重で避けながらも喉元に食らいつこうとして、大型艤装の尻尾と思われる部分で横から攻撃を受けて、水面をボールのように数度跳ねた。

 

「ぐっ……」

 

 口から大量の血を吐きだしながら、エンタープライズはふらふらと覚束ない足で海面に立ち上がった。肉と骨が軋む音も無視しながら立ち上がったエンタープライズの執念に、ピュリファイアーは青筋を立てながら視線を向ける。

 

「弱い奴がいつまでも粘るとさー。うざいんだよねぇ……さっさと逝けッ!」

 

 激情を露わにしながら大型艤装の光学兵器を起動したピュリファイアーは、エンタープライズを消し飛ばそうとしてその動きを止められた。

 

「そこまでだ」

「ッ――」

 

 否、右腕を背後から一瞬で斬り飛ばされたピュリファイアーは、一瞬何が起きているのか理解できずに、ただ飛んでいる自分の腕を見開いた目で捉えていた。

 

「お、まえぇ!?」

「失せろ」

 

 エンタープライズも赤城も加賀も、視認することができない程の速度で切り刻まれたピュリファイアーに、驚愕することしかできなかった。憤怒の形相のまま首が胴体から切り離されて艤装ごと海へと沈んでいったピュリファイアーに目もくれず、刀を納めるその姿を見て、赤城は更に衝撃を受けていた。

 

「たか、お?」

「……余燼より出し拙者には、名前など無い」

 

 高雄によく似た姿をしているその存在に、赤城も加賀もただ困惑することしかできていなかった。

 限界ギリギリで立っていたエンタープライズは、名前も名乗らない存在に向かって手を伸ばそうとし、そのまま水面に倒れた。

 

「ちょっと、グレイゴースト!」

「……消え、た」

 

 エンタープライズが倒れた音に一瞬二人の意識が向いた次の時には、既に姿が消えていた。敵であると散々文句を言っていたエンタープライズ相手にも、心配そうに駆け寄る赤城を無視して、加賀はただその存在について考察し続けていた。

 

 


 

 

「セイレーンと、共に?」

「えぇ。あ、でも特別何かする訳じゃないのよ? ただ、力を貸して欲しいだけ」

「…………断る」

 

 悪魔の甘言に対して、恭介は動揺したまま何とか頭を落ち着かせて返答を口から吐いた。

 

「対等な取引だったら、それで終わりなんだけど……」

 

 少しだけ残念そうな顔をしながら微笑んでいるオブザーバーは、そのまま恭介の耳元に口を寄せて囁いた。

 

「――ピュリファイアーが全員殺しちゃうかも?」

「ッ」

 

 最初からそのつもりでピュリファイアーを動かしていたオブザーバーに対して、オブザーバーが現れた時点で自分の見た運命からかけ離れている現状では、そもそも対等な立場ではないことなど分かり切っていることだった。

 

「貴方が頷いてくれないことぐらい理解しているわ。貴方……まだ陣営の垣根を超えて艦船達が平和に暮らせると思っているものね」

「……可能だ」

「無理よ。だって、人間はどこまでも醜くて、どこまでも私欲に塗れていて、どこまで艦船を兵器としか見れないもの。それに、貴方も半分諦めているのでしょう? だから、前の基地迎撃で全員沈めようとした」

 

 とても楽しそうに声を弾ませているオブザーバーは、恭介の耳元から離れて歪んだ笑みを見せたまま瞳を見つめて、心を折ろうとしていた。

 

「何かを犠牲にしなければ、戦争は終わらないわよ?」

「黙れッ!」

『指揮――加――受け――』

「あら? ピュリファイアーが逸ったようね」

 

 叫びながらオブザーバーを睨みつけようとした瞬間、手に持っていた無線機からノイズにまみれてまともに聞こえない赤城の声が聞こえてきた。断片的な情報からして、加賀が何かしらの攻撃を受けたことを知らせるその無線に、恭介は目の前が真っ白になっていた。

 

「私に構うばかりで、自分の秘密を聞かされて……目の前が見えなくなっていたわね。神算ができようとも若いことには変わりないのよ。貴方は、神ではないのだから」

 

 普段ならば絶対にやらない、戦場から意識を外すという行為そのものに足場が崩れる感覚を味わっている恭介に、更に追い打ちをかけるオブザーバー。

 

「貴方は人間側にいるべきではないわ。ほら、私達と共に……神の領域に足を踏み入れなさい。その資格が、貴方にはある」

「――驕りが過ぎるな」

 

 伸ばされたオブザーバーの手が恭介に触れる前に、両者の間に一筋の光が横切った。明らかにオブザーバーの手を狙ったその攻撃に、すぐさま艤装を動かして不機嫌そうな顔を向けたオブザーバーの視線に映ったのは、灰色の髪をした艦船だった。

 

「あら……何故貴女がここに? コードGさん」

「お前がその名で私を呼ぶな」

 

 オブザーバーに絶大なる殺意と威圧を向けるコードGは、ただ原始的な憎悪だけを向けて佇んでいた。



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執着

「今、とても忙しいのだけど……邪魔しないでくれるかしら?」

「その人に手を出して、動かないと思っていたのか?」

「思ってたわ。そんな感情とうに擦り切れていると──」

「──消えろ」

 

 突然現れた謎の艦船に理解が及んでいない恭介を置き去りにして、オブザーバーはただ不気味に笑みを浮かべながらコードGと呼ばれた者へと言葉を投げかけていた。楽しそうに、それでいて揶揄うように何かを喋りかけようとした瞬間、オブザーバーは背後から胸部を貫かれていた。

 

「……は?」

 

 オブザーバーは自分のみに何が起きているのかも全く理解できていなかった。突如背後から自分の胸を貫いた刃に、反応することもできずに機能を失っていく一方だった。

 

「あ、なたまでいたのね」

「ピュリファイアーは既に片付けた」

「そう……ほんとうに、むだなどりょくがすきなこと……」

「……終わりだ」

 

 背後からオブザーバーを刺し貫いた艦船は、コードGの声に反応してすぐさま刀を抜いて飛び退き、刹那の瞬間にオブザーバーの顔がコードGの放った矢によって消し飛ばされた。頭を失ったことで力なく倒れていくオブザーバーの身体に対して冷たい視線を向けながら、コードGはそのまま爆撃を行って残った身体を爆発四散させた。

 一体誰が何をしているのか状況が全く飲み込めていない恭介は、ただコードGと呼ばれた彼女を見た。

 

「……グレイ、ゴースト?」

「……懐かしい名だ。色々と貴方とは話していたいが、そうもいかない」

「ッ、待て!」

「再び出会う。必ずだ」

 

 恭介に名を呼ばれて、頬を少し緩めたコードGはすぐさま無表情へと戻してから何処かへ去ろうと恭介に背中を向けた。グレイゴーストと呼ばれて懐かしいと言う理由がわからず、コードGと呼ばれている理由もわからず、とても悲しそうな決意をした目をしている理由もわからない。何もわからない状況で、恭介は何とか引き留めようと声をかけた。

 

「貴方が自分を見失わなければ、必ず勝てる。貴方は、そのような人なんだ」

「っ……」

 

 恭介に何も言わせないまま姿を消した二人の艦船に呆然とする恭介だったが、それ以上にコードGに言われた言葉が恭介の胸に突き刺さっていた。

 

「自分を見失う……俺は人間では無いと言うのに……人と言うのか……」

「指揮官! セイレーンが現れたと思ったらいきなり離れていろ、何て言われてどれだけ心配したか……それに離れたら離れたでいきなり濃霧で前も見なくなるし……兎に角とっても心配したのよ? 指揮官、聞いてる? え、顔が真っ青よ。指揮官、大丈夫なの?」

 

 慌てて近寄ってきた愛宕の声など、恭介にはまるで聞こえていなかった。自分の足元が今にも崩れ去って、ただ奈落へと落ちていくのではないかと言う漠然とした恐怖を感じ続けている恭介の姿は、愛宕にとっても始めてみる恭介の弱った姿だった。

 

「指揮官」

「っ、綾波?」

「しっかりするです」

 

 周囲の声が聞こえない程に憔悴しきっていた恭介の意識を、綾波が少し強めに背中を叩いて戻した。深い思考の海に飲み込まれていた恭介は、一瞬で意識を浮上させて周囲に視線を向けた。兎に角心配そうな目でずっと見つめている愛宕と、好き勝手に行動させることにして放置していた綾波が視界に入った。

 

「……どうしてここに綾波がいる」

「鉄血の子を送り届けてきた、です」

「そうか。愛宕、悪いが状況を教えてくれ」

「わ、わかったわ」

 

 普段よりも覇気の無い声ではあったが、重桜艦船達を指揮する者として恭介は表向きだけでもすぐに立ち直る必要があった。綾波から事情を聞いた後は愛宕から前線の様子を聞き、すぐさまセイレーンに引っ掻き回された戦場を把握していく。

 

「……ピュリファイアーは倒されたらしいな」

「そうみたい。鏡面海域だから通信はほぼ繋がらないけど、ずっとチカチカ光ってた光学兵器の光が消えたわ」

「そうか……後はビスマルク達だが、流石に鉄血の艦船に手は出せないな」

 

()()()()、同盟相手となっている鉄血に手を出すことはできなかった。

 プリンツ・オイゲンはメイド隊のトップであるベルファストと戦って大破撤退まで追い込まれ、敵の主力はビスマルクとグナイゼナウとシャルンホルストの三まで減っていること。クイーン・エリザベスが出張ったことでロイヤルの士気が向上してすぐにも片が尽きそうだった。

 

「……この鏡面海域はすぐに消える。重桜は全艦撤退の準備を始めろ」

「消える?」

「正確にはビスマルクが消す。奴らの目的は恐らくだが、あわよくば大統領を殺してユニオンを潰すこと。そして一番の目的は、意図的に作り出した鏡面海域に上位個体のセイレーンが現れるかどうかの実験だ」

「鉄血の目的は……上位個体との接触?」

「あくまで可能性の話だ」

 

 自分が人間では無いと言われて全ての常識が覆された今の恭介は、重桜の艦船達が知る常勝無敗の指揮官ではなかった。愛宕も綾波も、恭介が何を言われたのかも知らない以上、指揮官に対して何も言えることは無かった。

 

 


 

 

「……」

「そこまで損傷を受けて顔色一つ変えないとは……」

「そうかしら。苦い顔をしているつもりなのだけれど」

 

 互いに中破程度の損害を出しながらも対峙し続けるビスマルクとウォースパイトだったが、依然として大剣を突き付けて戦う気力が充分なウォースパイトに比べて、ビスマルクはただ淡々とウォースパイトの攻撃をいなすだけだった。

 

「はぁ……ウォースパイト、それ以上の損害は命に関わるわよ」

「陛下、お言葉ですがここで追撃しない手はないかと思いますが……」

「ベルファストがプリンツ・オイゲンを倒した。けど既に動けない状態よ。ニューカッスルもネルソンもイラストリアスも無視できない損傷を負っているわ」

「……分かりました」

 

 次々と戦場の彼方から届く戦況を逐一把握しながらウォースパイトの戦闘を後ろで眺めていたクイーン・エリザベスは、これ以上の戦闘は損にしかならないことを遠回しに伝えた。

 ビスマルクもまた、戦場から次々と送られてくる戦況の中に混じっていたピュリファイアーの撃沈を聞いて、既にこの鏡面海域を維持する理由が無くなっていた。Z1からの要領を得ない報告だったが、何処の陣営に所属しているかも分からない艦船がいきなりピュリファイアーを細切れにした、と聞かされては警戒するには充分すぎる情報だった。

 

「グナイゼナウ、シャルンホルスト、状況を報告しなさい」

『……かなりの損害を受けました。戦闘継続は可能ですが、それなりに覚悟を決めないといけないかと』

『ネルソンを撤退まで追い込んだが、敵が近くにいない』

「そう……上位個体ピュリファイアーが撃退されたわ。これ以上の戦闘に価値はない。Z23とオイゲンを拾って撤退するわ」

 

 グナイゼナウとシャルンホルストの言葉を報告を聞いて、ビスマルクはすぐに撤退を判断した。シャルンホルストから少しばかりの不満が聞こえてきたが、全く聞こえないふりで済ませたビスマルクはそのままクイーン・エリザベスとウォースパイトに背中を向けた。

 

「不用心ね」

「そうかしら? 今からでも貴方達二人を同時にしても背中を向けられると思ったから向けたのだけど」

 

 何かしらの手札をまだ隠していることは理解しているが、それを含めても中破状態でウォースパイトとクイーン・エリザベスを同時に相手取って勝てると言い張るビスマルクの発言に、女王はため息を吐いた。

 

「セイレーンの技術は余程の力を貴方達に与えたようね?」

「当然よ。人類を圧倒した力なのだから」

 

 わざとクイーン・エリザベスの言いたいことからずらして解釈するビスマルクに、ウォースパイトは眉間に皺を寄せていた。

 

「陛下……何故鉄血は鏡面海域で通信を行えているのですか?」

「研究の成果じゃない? 少なくとも、アズールレーンも重桜だってノイズ混じりの聞こえにくい近場の無線ぐらいは使えるじゃない」

「……」

 

 鏡面海域内のジャミングすらすり抜ける技術力を持つことが分かった鉄血を、クイーン・エリザベスはただセイレーンの研究を行っただけではないことも当然理解できている。それでも、先程ビスマルクが言っていた二対一で相手にできる程の力もセイレーンの力の一端なのだとしたら、それは人類に扱いきれる物ではないと確信していた。

 結局背中を見せたまま撤退し始めたビスマルクは、頭の片隅でピュリファイアーを一瞬で屠ったという謎の艦船に関して考え始めた。Z1の見た幻覚で切り捨てるには余りにも不可解過ぎた。

 

「これは、情報を集める必要性があるわね……取り敢えずオイゲンの無事は分かっているから全員で撤退できそうではあるわね」

 

 鉄血の皇帝は既にこの海域から離れた場所で戦況だけを把握している。ビスマルクが撤退の意思を示せば瞬時に本土へと引き返していくだろうことは簡単に理解できていた。戦争を起こしてユニオン大統領を殺したくて仕方が無かった皇帝に対して、ビスマルクは人間の争いごとなど全く興味が無かった。

 

「刀を使う謎の艦船……重桜の秘密兵器かしらね」

 

 刀を扱っていたという情報から考えていたビスマルクの脳裏には、神代恭介の顔が思い浮かんでいた。彼ならば艦船をそこまで強大に扱うことができるだろう。不思議とそう確信できる何かが感じ取れる人間、それが神代恭介だった。

 

 


 

 

 ピュリファイアーに大破させられてしまった加賀に肩を貸しながら、赤城は恭介に関して思考を巡らせていた。普段通りの彼ならば加賀が大破するまで放置することなど無く、何かしらの手を打ってピュリファイアーを足止めしていたはずだった。実際、事前情報としてピュリファイアーが鏡面海域の中央付近に現れるだろうことは知らされていた。にも関わらず対応が後手に回ったことが彼らしくない、と赤城に感じさせていた。

 

「……重桜は撤退するつもりか?」

「えぇ。鉄血もどうやら退いて行くつもりだから、それに貴女とも長い間一緒に居たくないわ」

「嫌われたものだ」

 

 赤城の余りにも個人的すぎる理由に、加賀もエンタープライズも同時に苦笑いをしていた。

 

『赤城、そこにグレイゴーストはいるか?』

「指揮官様?」

 

 鏡面海域が端からじわじわと消えていく様子を眺めながら、なんとか加賀の回復を待っていた赤城の無線に声が届いた。既に鏡面海域の影響が薄くなっていることを把握したエンタープライズは、無線の向こうから聞こえてくるクリアなヨークタウンの声に適当に返事をしていた。

 

「加賀が大破で動けない状態なのでその場から動いていませんわ。だから、目の前に沈めるべきグレイゴーストは見えています」

『そうか。変わって貰っていいか?』

「……」

「な、なんだ?」

 

 無線相手をいきなり変わって欲しいと言われてしまえば、赤城でも恭介の言葉に対して迷いが生まれてしまう。しかも変わる相手がよりによって赤城にとっては憎き、と言ってもいいグレイゴーストなのだから余計に不満が生まれるのだろう。

 

『頼む』

「……分かりましたわ」

 

 赤城は渋々と言った様子で無線から耳を放して、エンタープライズに向かって無線機を投げ渡した。唐突に何も言わずに睨まれた後に無線を投げ渡されたエンタープライズは、首を傾げながらも無線機へと耳を傾けた。

 

「変わったが、誰で何の用なんだ?」

 

 赤城が何を喋っていたのかはヨークタウンの声で聞こえていなかったエンタープライズは、無線の相手が誰かも分からずに無線を受け取っていた。重桜で話のある人物など、瑞鶴以外に思い浮かばなかったエンタープライズは、取り敢えずで誰が相手なのかを警戒タップリの声で問う。

 

『お前に聞きたいことがあってな』

「し、指揮官?」

 

 無線の向こうから聞こえてきた声は、エンタープライズの予測の外側にいた存在だった。まさか恭介の方から声をかけてくるとは全く思っていなかったエンタープライズは、少し上擦った声で返事をしてから無線機に意識の全てを集中させ始めた。

 

『……お前、自分に似た姿の艦船を見たことがあるか?』

「え……質問の意味が分からない、のだが」

『そのままの意味だ。お前にはもう一人の自分がいるのかを聞いている』

 

 もう一人の自分。メンタルキューブの性能を考えるのならば不可能ではないのだろう。そもそも艦船達は人間が人工的に生み出したものではなく、メンタルキューブという不思議な物体が人間の意思を勝手に汲み取って生み出した謎の存在なのだから、二人目のエンタープライズがいてもなんらおかしい話ではない。しかし、それは理論上の話であった。

 

「私にもう一人がいる訳が無い。何故なら──」

『──()()()()()()()()()()()()()()()()から、か』

「そうだ」

 

 多くの艦船を生み出したメンタルキューブは、既にその姿をこの世から消している。それも全ての陣営の手からである。ある日に同時に世界中のメンタルキューブはその姿を消している。倉庫に大事に保管されていた物も、研究者が研究していた物も、輸送途中だったメンタルキューブも、全てが同時に消えているのだ。

 

『おかしなことを聞いたな……悪い』

「い、いや」

 

 質問の意味も、意義も全く理解できていないエンタープライズだったが、ただ恭介から声をかけられたという事実だけがエンタープライズの中では重要視されていた。

 

『……俺がもし、人間じゃないと言ったら、お前はどうする?』

「は? え……あ、余りにも突拍子がない例え話だな」

『大事なことだ。頼む』

「……」

 

 エンタープライズは短い間だけでも恭介と共に過ごした期間があるお陰で、無線の向こうの彼が精神的にあまりいい状態ではないことを直感的に見抜いていた。

 

「前に言ったかもしれないが、貴方は私達の救世主だ。貴方が何者であったとしても、私は貴方を信じ続けるさ」

『…………そうか。言われたことはないな』

「そ、そうだったか?」

 

 神代恭介という男に触れて、自分は漸く自分の目で初めて世界を見れるようになった、とエンタープライズは自身をそう考えていた。そんな彼女にとって、神代恭介がどのような存在であるかなどは全く関係ない話だった。例え彼が人間では無かったとしても、彼女にとってはほんの些細なことでしかないのだ。

 

『……ありがとう、()()()()()()()()

「……え?」

『赤城に返してやってくれ。そろそろ不満が爆発するころだからな』

「あ…………」

『ん? どうした?』

「な、なんでもない!」

 

 恭介に初めて名前を呼ばれたエンタープライズは、顔を乙女の様に赤くしてしばらく固まってしまっていた。何を言われたのかは全く聞こえなくとも、赤城はそのエンタープライズの反応を見て青筋を立てていた。今にも襲い掛かりそうな赤城に向かって、エンタープライズは頬を紅潮させながらおずおずと無線機を渡した。

 

「指揮官様? 後でお話がございますわ」

『……勘弁してくれ』

 

 ほんの少しいつもよりも低い声で威嚇する様な言葉を言われれば、恭介も苦笑しながら肩を竦めることしかできなかった。

 

『赤城、江風と合流して撤退の準備だ。綾波と愛宕と長門はここにいるから、後で合流しよう』

「分かりました」

 

 一つ咳ばらいをしてから赤城へと要件を伝えた恭介はそのまま無線を切った。

 未だに無線機を力の無い視線で見つめるエンタープライズを、赤城は心底面倒くさそうな顔で見てから加賀に肩を貸したまま立ち上がった。

 

「ふん……次に会ったら沈めてやるわ」

「……指揮官によろしく言っておいてくれ」

「絶対に嫌」

 

 赤城の本気の拒絶に苦笑しながら、エンタープライズも近くまで来ているヨークタウンへと合流する為に反対方向へと動き始めた。

 

 


 

 

「あはははははははは!」

「うるさい!」

「はぁ……」

 

 ボディを破壊されて意識を戻してからずっとご機嫌のオブザーバーと、いい所で邪魔をされたピュリファイアーは正反対の精神状態だった。鏡面海域をずっと外から眺めていたテスターは、対した成果も得られずに帰って来たにも関わらず全く反対の機嫌をしている仲間が鬱陶しくてしょうがなかった。

 

「あぁ……どうしても彼が欲しいわ」

「ほう。何か分かったのか?」

「少しだけ、ね……でも彼に関わるには少し準備が必要そうね」

 

 オブザーバーの邪魔して、明らかに敵意を向けてきたコードGともう一人。セイレーンと同じく幾つもの世界線を渡り歩く存在であり、セイレーンのプロトタイプとも言える存在。

 

「神代恭介は全ての鍵。彼さえいればこの世界線の問題は全て解決するわ」

「……そうか」

「だから、コードGを何とかしなければ、ね」

「正気か?」

 

 テスターはオブザーバーが何を知って神代恭介にそこまで拘っているのかは理解できていないが、コードGを相手では、現状のセイレーンの手札では一時の時間稼ぎを行うこともできないことを理解していた。テスターのそんな言葉にも、オブザーバーはいつもよりも怪しさを増した笑みを浮かべながら世界線の枝へと触れていた。

 

「コンパイラーとオミッターでも使うか?」

「いいえ。今は彼女達の役割は無いわ」

「なら──」

「──何でもいいから、全てを破壊させてよ!」

 

 テスターの言葉を遮るように横から入ってきた不機嫌すぎるピュリファイアーに、オブザーバーはため息を吐いて首を横に振った。

 

「普通に考えて、あの世界線で貴女が破壊に専念することは少ないわよ」

「はぁ!? こっちはいきなり後ろから切り刻まれてイライラしてるんだよ!」

「良い戦闘経験だっただろう」

 

 今にも周囲の全てを破壊し始めそうな程の狂気を振りまくピュリファイアーを前にしても、オブザーバーとテスターは心底どうでもよさそうに返事をするだけだった。それが余計にピュリファイアーの逆鱗に触れていた。

 

「頭にきた! もう別の世界線でも破壊し尽くしてやる!」

「……」

 

 普段のオブザーバーならいざ知らず、今のオブザーバーは神代恭介を手に入れる為のコードG対策にしか興味の無いオブザーバーにはどうでもいい話だった。破壊される世界線など今の彼女には何の関係も無い物だった。



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過去

 世界会議は結局まともな話し合いになることも無く終了した。鉄血による攻撃は世界全てを敵に回す様な物であったが、陣営としてこの件で正式に鉄血と敵対するつもりなど毛頭ないとサディア帝国と重桜は同時に声明を出した。あくまでレッドアクシズはレッドアクシズのまま、その同盟を維持すると主張する二陣営に対するユニオン大統領の怒りはすさまじいものだった。自国へと引き返した後に更に軍備を増強させ、全面戦争の姿勢を見せたユニオン大統領に対して、ロイヤル首相は否定も肯定もするつもりはないと声明を出し、ヴィシア聖座は相変わらず中立を貫き、北連は何の音沙汰もなく却って不気味になっていた。

 

「ユニオンを潰すことはできなかったか。これは貴様の失態だぞ? ビスマルクよ」

「……申し訳ありません」

 

 ユニオン大統領を殺すこともできずに撤退することになった鉄血は、アズールレーンの包囲が完成する前に海域を脱出して本国へと帰還していた。

 艦船の総指揮を執っていたビスマルクを責める皇帝は、その顔に怒りの表情を浮かべていた。皇帝としてはセイレーンの研究などどうでもよく、ただ民の求めるままユニオンとロイヤルに打ち勝つことしか考えていなかった。

 

「これでアズールレーンは本格的に我々との戦争を始める。ユニオンに物量で攻撃されては重桜と言えど長くは持たん。そうなれば鉄血はユニオンとロイヤルを同時に相手取らねばならぬのだぞ?」

「理解しています。もう少し時間を頂ければ、ロイヤルを何とかできるはずです」

「……()()()は無いぞ」

「……理解しています」

 

 皇帝の言葉にビスマルクは一瞬肩を震わせたが、すぐに返事をして俯いた。

 

「ならばよい。下がれ」

 

 既に興味も失せたかのようにすぐに何処かへと歩いて行く皇帝を横目に、ビスマルクは涼しい顔のまま血が出る程手を握り締めていた。

 

「……ティルピッツ」

 

 たった一人の最愛の妹の名を呟きながら、俯いていることしかビスマルクにはできなかった。

 

 


 

 

「あら酷い顔」

「オイゲン……抜け出してきたのね」

「ずっと寝ているなんて柄じゃないのよ」

 

 皇帝の謁見から戻ってきたビスマルクが執務室へと入ると、ソファで横なって寛いでいるプリンツ・オイゲンがいた。先の戦いでベルファストによって轟沈寸前まで追い込まれたプリンツ・オイゲンは、身体の所々に包帯を巻いた姿のまま菓子を摘まんでいた。本来は病院にでも籠っていなければいけないはずの状態のプリンツ・オイゲンが執務室にいる理由など、抜け出してきて執務室に逃げ込んだ以外にないだろう。

 

「それで、何の用かしら」

「貴女が皇帝にお呼ばれしたって聞いてね。酷い顔で帰ってくるだろうと……手の怪我、何があったのかしら」

「……三度目はないそうよ」

 

 どう話すべきか迷ってから、普通に全てを話したビスマルクの言葉に、プリンツ・オイゲンもまた苦々し気に顔を歪めていた。

 

「本当に、艦船は便利な兵器ってだけなのね」

 

 艦船が人間なのか兵器なのか。アズールレーン設立当初からずっと言われ続けてきたことだが、少なくとも戦争によって疲弊してしまった人類は既に艦船も便利な兵器として運用することしかできなくなっていた。生まれからして人間とは違う艦船を人間として受け入れて人権を与えられる程、人類には余裕が無かった。

 

「重桜もユニオンもロイヤルも似た様な物よ」

「神代恭介がいる重桜と、クイーン・エリザベスが女王として一定の権力を持っているロイヤルは違うでしょう」

「そう変わらないわ」

 

 艦船に対して理解のある神代恭介がトップとして立っている重桜も、一枚岩ではなく、クイーン・エリザベスに一定の権力を与えているロイヤルも所詮は軍事的な場面でしかその力は発揮されない。結局は世界中どこでも艦船は戦う為の力としか考えられていなかった。

 

「……ティルピッツは元気にしているかしら」

「あら、一度目の話?」

 

 プリンツ・オイゲンの揶揄うような言葉にすぐさま反応して睨みつけようとしたビスマルクだったが、視線を向けたプリンツ・オイゲンは全くふざけた表情もせずに真剣な顔で天井を眺めていた。

 

「艤装の修復は既に完了しているけど、相変わらず海には出られないそうよ」

「……貴女は何処からそんな情報を手に入れてくるのかしら?」

 

 ビスマルクの妹であるティルピッツは現在海に出ることも満足にできない状態だった。プリンツ・オイゲンの言う一度目の事件以来、ティルピッツは鉄血に飼い殺しになっていた。ティルピッツを飼い殺しにしてしまえば家族に対して情の深いビスマルクも必然的に鉄血に飼い殺しにされてしまう。ビスマルクが心の内に秘めている激情とも言える皇帝への不信感は、既に引き返せない所まで来ていた。

 

「いつまでこのままでいるつもり?」

「……臣民に罪は無いわ」

 

 彼女達艦船はその力を使えば簡単に腐った上層部の命令を無視して敵対することも可能だが、そんなことをすれば艦船の代わりに重圧を受け持つ者達が現れる。それが、陣営の庇護下で生活する無関係な人々だった。

 

「私達は無力な人々を守るために生まれてきたのよ」

「そう。でも貴女の命令違反もこれで二度目……次は本当に不味いことになるわよ」

 

 プリンツ・オイゲンの発言が何を意味しているのかも、ビスマルクには理解していた。彼女はビスマルクや鉄血の艦船としての仲間に対しては家族のような感情を持っていても、自分を都合よく扱おうとする人間には余り興味もなかった。

 鉄血の艦船にはプリンツ・オイゲンの様に、皇帝とその付近の人間に対して不信感を募らせていることはビスマルクも理解していた。彼女達にとっての一度目が、それ程大きな出来事だったのだから。

 

 


 

 

 神代恭介率いる重桜艦隊と、ユニオン艦隊がぶつかり、恭介がユニオンの捕虜となった海戦の少し前、鉄血とロイヤルは小競り合いから始まった海戦の規模が、どんどんと大きくなっていた。最初は本当に遠距離からの威嚇射撃程度だったものが、いつしか至近距離での接触にまで発展していた。

 ロイヤルと鉄血は地中海に蔓延るセイレーンの現状と、ロイヤルと本土を切り離す海峡の制海権で対立している状態だったが故に、海峡付近での小競り合いが無くならない状態だったが、ここで一際大きな事件が起きてしまった。

 

「……輸送船が沈められた?」

「えぇ。やったのはロイヤルの艦船ね」

「遂に徹底抗戦に出たのかしら」

 

 鉄血は先のセイレーン大戦によって大きく疲弊しており、輸送船を使って外から物資を持ってこなければ民もまともに生きいけないのが現状だった。その輸送船を沈めるという行為は、明らかな鉄血への攻撃。しかも相当の悪意を持ってなされた行為だと判断できることだった。

 

「すぐに皇帝から命令が届くでしょうね」

「ロイヤルを撃滅しろ、か」

 

 ロイヤルが攻撃を加えるのならば反撃しない理由はない。皇帝としても鉄血の民からの支持を失う訳にはいかない故に、ロイヤルと全面戦争を仕掛けざるを得ない。それに巻き込まれるのは、当然鉄血の艦船である。

 

「何か……言いようのない不安を感じるわ。何と言うか、この襲撃自体が仕組まれた物のような」

「取り敢えず動かなければ命令違反になるだけよ。早めに集められる戦力を集めて対処しなさい」

「……ティルピッツとグラーフ・ツェッペリンを動かすわ」

「はぁ!?」

 

 輸送船の襲撃は確かに大きな問題だが、鉄血の最高戦力とも言える二人を動かす理由がプリンツ・オイゲンには理解できなかった。ティルピッツもグラーフ・ツェッペリンも、艤装が完全に完成して鉄血艦隊の旗艦を担える程の能力を手に入れているのに対して、ロイヤル側の戦力も把握できていないにもかかわらず、二人を動かす理由など、考えついたビスマルクにしか理解できない話である。

 

「嫌な予感がするのよ。オイゲン、貴女にも出てもらうわ」

「……いいわ。貴女を信じる」

 

 まだ何かを聞きたそうにしていたプリンツ・オイゲンだったが、ビスマルクを信じて敢えて何も聞かないことにした。そうすることが今のビスマルクには必要な気遣いなのだ理解していたからだった。

 

 


 

 

「それで、何処で輸送船を沈められたの?」

「この先の海流が入り組んだ場所よ」

 

 ビスマルクを先頭にティルピッツ、グラーフ・ツェッペリン、プリンツ・オイゲン、ライプツィヒが同行していた。何故呼ばれたのかいまいち理解できていないティルピッツ、呼ばれれば何処でもすぐに現れるグラーフ・ツェッペリン、同行する様に言われたプリンツ・オイゲン、小回りの利く哨戒役として同行しているライプツィヒ、それぞれ別のことを考えながらもただビスマルクの背後を付いていた。

 

「……雲の流れが妙だ。ビスマルクよ、気を付けるといい……これはロイヤルだけでは済まんぞ」

「分かっているわ」

 

 グラーフ・ツェッペリンの言葉に、頷くビスマルクを見て、さかなきゅんと名付けられた艤装にしがみついていたライプツィヒは、小さな悲鳴を口から出しながら更に艤装に抱き着く力を強くした。

 数分間海の上を移動していたビスマルク達だったが、破壊されてしまったのだろう輸送船の欠片を発見して全員が止まった。それと同時にその輸送船の破片の異常を瞬時に理解したビスマルクは、すぐに周囲の仲間に索敵を命じた。グラーフ・ツェッペリンの甲板からは索敵機が飛び立ち、プリンツ・オイゲンとライプツィヒもすぐさまレーダーに映る反応を確認した。

 

「この輸送船はロイヤルの物……何かがこの海域で、起こっている」

「む、不味いな……霧が出てきたぞ」

「この状況での霧は命取りになるわね……撤退する?」

「下手に動くこともできないわ。姉さん、この破片を追ってみるしかないんじゃないかしら?」

 

 飛行速度の速いMe-155A艦上戦闘機を飛ばしていたグラーフ・ツェッペリンは、すぐさま周辺の海域に霧が発生していることを目視した。鉄血の艦船が輸送船を落としたという情報などビスマルクには伝わっていない以上、この状況はセイレーンによるものと断定することが一番簡単だった。セイレーンがいるかもしれない海域で霧によって視界を塞がれてしまえば、いくら主力艦隊と言えども命の危険が必ず付き纏う。プリンツ・オイゲンの言葉を遮るようにティルピッツが冷静に、更に流れてきた破片を拾った。

 

「……前進するわ」

「正気?」

「皇帝の命令に逆らう訳にはいかないわ」

 

 一人静かに皇帝へと状況を報告していたビスマルクだったが、帰ってきた返答は鉄血の艦船として敵を撃滅しろと言う命令だけだった。人権も無いただの兵器である艦船の命が危険、など上層部の人間からすればどうでもいい話なのだった。

 

「ふん……破滅を求めるならば破滅する覚悟もしておくべきだな」

「破滅を求めているのは貴女だけよ」

 

 グラーフ・ツェッペリンが何故か笑みを浮かべながら艦載機を回収していたが、ティルピッツの訝しむような視線と言葉を受けて更に笑みを深めていた。そんなやり取りを横目に、レーダーに何も映らないことを願いながらレーダーを見つめていたライプツィヒが息を呑んだ。

 

「れ、レーダーが、妨害されています! オイゲン姉ちゃんは?」

「こっちもダメね。鏡面海域でもないのに……何故?」

「……何かがおかしいわ」

 

 霧がどんどんと深まっていくなか、レーダーも無線も使えなくなった鉄血艦隊はすぐに立ち往生するしかなくなった。誘い込まれるように破片を追いかけていたビスマルク達は、既に敵の術中に嵌っていることを理解しながらも、何もできない状態だった。

 

「やっと見つけた」

「っ!?」

 

 霧で前が見えない中、少しずつ前に進むことを決めたビスマルク達だったが、しばらくしてから前方から向かってくる雷跡をビスマルクは瞬間的に見てから、全員に回避行動を取るようにハンドサインで指示を出した。霧の中からの奇襲を受けて警戒心を最大限まで引き上げたビスマルクは、霧の向こう側に薄っすらと見える影に向かって主砲を放った。

 

「あら、貴女が直接来るとは思っていませんでしたわ」

「……フッド」

 

 ビスマルクの視線の先には霧を押しのけて現れたフッドとリアンダーの姿があった。敵とは思えない程柔らかい笑顔を浮かべているフッドの姿に、ビスマルクは警戒の色を強め、プリンツ・オイゲンもまた主砲を構えていた。

 

「魚雷はリアンダーの物? それにしては、扱い方が奇襲用のものだった……」

 

 一人最初の魚雷のことを考えていたティルピッツは、周囲に視線を向けてフッドとリアンダー以外の敵を発見しようとしていた。

 

「二人だけかしら?」

「いえ。アーク・ロイヤルとフォーミダブルも来ているのですが、この霧では動けませんから」

「そう……気に入らないわね」

 

 優雅という言葉がこれ程合う艦船もそういないだろう。そうプリンツ・オイゲンに思わせるには充分すぎる程美しい所作で喋り、微笑む姿が心底気に入らなかった。グラーフ・ツェッペリンは最初から興味もなさそうに目を閉じ、ライプツィヒは警戒心全開のさかなきゅんの手綱を握るので精一杯だった。

 

「それで、何か用かしら?」

「こちらで私達ロイヤルの輸送船が行方不明になったと聞きまして、調査に赴いたのです」

「そうしたら貴女達がいたものですから……」

「ビスマルクが直接来るとは思っていなかった、と言ったわね。最初から鉄血がやったと思っていたんでしょう? 質が悪いわね」

 

 最初からずっと喧嘩腰のプリンツ・オイゲンに対して、ビスマルクは全く口も開かずにそのままフッドを見つめていた。微笑んだまま表情を一度も変えないフッドに対して違和感を覚えていたビスマルクは、常に周囲の警戒をしながらフッドの身動き全てに意識を向けていた。

 

「……そちらのお方が持っている物は、行方が分からなくなっているロイヤルの輸送船の破片。状況証拠が揃っているのでは?」

「あぁ……そういう策略って訳ね。なら遠慮なく潰してあげるわ」

「待ちなさいオイゲン」

 

 ティルピッツが手に持っていた破片を指差して、フッドは静かに刑を告げる裁判官の様に言った。それに対して今にも噛みつこうとする勢いで前に乗り出したプリンツ・オイゲンの肩を掴んで、ビスマルクは前に出た。

 

「私達は鉄血の輸送船が沈められたと聞いてここに来た。そうしたらその破片を見つけた。それだけのことよ」

「信じろ、と?」

「そうは言ってないわ」

「では銃口を向けられることも覚悟しているのですよね?」

「どうかしら、ね」

 

 状況的には明らかにビスマルク達鉄血がロイヤルの輸送船を沈めた、という話が現実的だろう。何せ彼女達は行方が分かっていないはずの輸送船の破片を手に、行方が分からなくなった海域周辺を移動していたのだから。

 

「撃つ、と言ったら?」

「抵抗するわ」

「残念です」

 

 少しずつ霧が更に濃くなっていく中、フッドは砲塔を動かした。ビスマルクに向けて真っ直ぐ向けられた砲塔に対して、ビスマルクを守るようにプリンツ・オイゲンが前に出た。ビスマルクを失うことは、鉄血の艦船達が頭を失うことと同じである。そうなってしまえば今以上に皇帝の傀儡となる未来が待っているだろう。

 フッドが笑みを深くした瞬間に飛び出したプリンツ・オイゲンだったが、フッドの砲塔から放たれた空砲にその場にいた全員が虚を突かれた。

 

「狩りの時間ですわ」

「了解」

「っ、後ろ!」

 

 最初に放たれた魚雷にずっと意識を奪われていたティルピッツは、誰よりも早くその雷跡に気が付いた。リアンダーの様な軽巡洋艦が放つ魚雷よりも、正確に大型艦を狩る為に放たれたその必殺の一撃は、間違いなく駆逐艦から放たれる魚雷だった。

 ティルピッツの声に反応して同時に回避行動を取った鉄血艦隊は前方のフッドとリアンダーに警戒しながら、背後から突撃してきた駆逐艦に目を向けていた。

 

「仕留め損なった……ハーディ」

「問題ありません」

 

 全ての魚雷を避けられたことを確認したハンターは、猟銃の様な形をした魚雷発射管に再び魚雷を装填し始めた。その隙を埋めるようにフッドが弾幕を放ち、鉄血艦隊は突如の攻撃にそれぞれ個別に攻撃を避けることを余儀なくされた。しかし、回避後の油断を狙ったかのようなハーディの放った魚雷は大きな水飛沫を上げて爆発した。

 

「うぅ……」

「くっ、ビスマルク!」

 

 プリンツ・オイゲンに直撃した魚雷は、爆発してそのまま近くにいたライプツィヒを巻き込んだ。二人が同時に中破まで追い込まれた姿を見て、ビスマルクはすぐさま艤装を構えてフッドへと接近した。

 装填を終えたハンターはすぐさま中破になって航行能力を低下させている二人へと狙いを定め、引き金を引こうとした瞬間にその場から飛び退いた。

 

「破滅の時だ」

「グラーフ、ツェッペリン……」

 

 霧の中無理やり発進させたJu-87C急降下爆撃機が、いつの間にかハンターの周囲を飛び回っていた。霧の中での空母などそう役に立つことなど無いと考えていたハンターの虚を突いた攻撃は、易々と躱されてしまったが、それでもグラーフ・ツェッペリンは心底愉快そうに笑みを浮かべたままハンターの命を狩りに来ていた。

 

「……面白そうなことになってるじゃない」

「は? 狙ってやったんだろ?」

 

 鉄血艦隊とロイヤル艦隊が戦闘を始めた姿を、少し離れた場所から霧の中にもかかわらずオブザーバーとピュリファイアーは正確に観測していた。

 手に持っている船の破片をクルクルと回しながら遊んでいるピュリファイアーは、グラーフ・ツェッペリンの実力をその目で測っていた。

 

 


 

 

「ふーん……で、どうなの? ビスマルクは」

「んー……もう一歩足りないわね。あの力を使いこなすには」

 

 フッドと紙一重の砲撃戦を繰り広げているビスマルクを見て、オブザーバーはセイレーンの力をまだ扱えていないことに気が付いていた。そもそも、セイレーンの力を十全に扱ったならば、フッドの攻撃など意に介さずに海の藻屑と化すことが可能だろう。ビスマルクにもたらされた技術力は、それ程の力を秘めていた。

 

「でもいいの? 私らでも上手く扱える自信ないんでしょ? あのキューブ」

「そうね。でも、だからこそ被験体必要でしょう?」

「ふーん……趣味悪」

 

 楽しそうに舌なめずりしながらビスマルクの動きを目で追いかけているオブザーバーを見て、ピュリファイアーは呆れた様にため息を吐いて視線を逸らした。

 

「で、この船二つどうすんの?」

「さっさと処分してしまいなさい」

 

 必要無い物をいつまでも手元に持っておく意味も無い、と言外に告げるオブザーバーに対して、ピュリファイアーはにっこりと笑顔で頷いた。

 

「てな訳でさ、もう用は無いらしいから……バイバイ」

「や、やめ──」

「──バーン」

 

 輸送船の乗組員だった男は、必死に命乞いをしよとしてその頭を瞬時に消し飛ばされた。鮮血が宙に舞い、海を少しずつ赤くする光景を見て、周囲の乗組員も顔を青くして震えることしかできなかった。

 

「じゃあ、一人ずつプチプチ潰してあげるね」

 

 心の底から喜びと言う感情を湧き上がらせているピュリファイアーは、狂気の笑みを浮かべたままロイヤルも鉄血も関係なく、平然と乗組員を殺し始めた。殺されるために悲鳴を上げ、逃げようとする者から殺される。まさに虐殺としか言えないその惨状を背中越しに聞いていたオブザーバーは、耳障りな悲鳴に小さくため息を吐いた。




 二個目の平行線より下は過去の話です


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暴乱

 学校開始が延期になってもうしばらく更新ペースが上がったままかも?


 霧の中で始まった鉄血とロイヤルの衝突は、既に小競り合いでは済まない程の規模になっていた。鉄血のリーダーであるビスマルクが率いる艦隊と、ロイヤルの戦艦を象徴するとも言えるフッドが率いる艦隊の衝突ともなれば誰もが小競り合いとは呼ばないだろう。

 ハンターの魚雷を避けた後に、フッドの弾幕に視線を誘導させてから放たれたハーディの魚雷によって、ライプツィヒとプリンツ・オイゲンが中破させられて始まった海戦は、鉄血が不利な状況のまま戦闘は硬直していた。ハーディの魚雷以外に決定打になる攻撃もできず、互いに弾薬を消費するだけの状態となっている戦況を打開しようとフッドもビスマルクも動こうとするが、どちらもそれを許さない程の実力を持っていた。

 

「……霧さえ晴れてしまえば」

「霧が晴れる前に片付けなければ……」

 

 戦況を膠着させている原因の霧に意識を向けながら、フッドとビスマルクは少しでもダメージを受けないように立ち回っていた。アーク・ロイヤルとフォーミダブルが後方で控えているロイヤルは、霧が晴れてしまえば一転して制空権を奪って戦局を一気に覆すことができる。旗艦として仲間の状態を把握しているビスマルクは、霧が晴れてしまえば、圧倒的不利な状況の中撤退することになるのは見え切っていた。かと言って、霧が晴れる前にロイヤルを撃退できる程有利な状況でもなかった。

 

「このまま撤退もあり得るわね……」

「姉さん!」

「っ!?」

 

 フッドに意識を集中して戦っていたビスマルクは、背後から超至近距離まで近づいていたハーディに気が付かなかった。霧に紛れてビスマルクの背後から忍び寄っていたハーディに、一番早く気が付いたのはティルピッツだった。呼ばれる声に反応して振り向いたビスマルクの視線の先には、既に魚雷を発射体勢のままビスマルクを沈めようと貪欲に急所を狙っているハーディがいた。

 

「余所見ですか?」

「しまっ──」

「──もう遅いです」

 

 ハーディに対して反応しようとしたビスマルクに、フッドは何故か少しだけ悲しそうな顔をしながら砲塔をビスマルクへと向けていた。ビスマルクさえ倒れてしまえば敵鉄血艦隊の統率は乱れ、すぐにでも決着が付くと考えたフッドの考えを汲み取ったハーディとの挟撃は、確かに成功した。

 巨大な爆発を起こして水飛沫を上げた魚雷と、戦艦による砲撃を同時に受けたビスマルクは、一瞬で大破まで追い込まれた。

 

「っ、主砲を放って魚雷を手前で誘爆させて被害を最小限に抑えたのですね」

 

 確実に沈めることができると踏んでの攻撃を、寸での所で回避したビスマルクに対してフッドは舌を巻いていた。自分が同じ状況にあった時に果たして同じような芸当ができたのだろうか。そう考えるだけでビスマルクの異様な程の実力が手に取るように理解できたのだ。

 

「次は逃がしません!」

「ここで沈んで頂きます」

 

 すぐさま追撃を仕掛けようとハーディとリアンダーが接近しようと加速した瞬間、二人の進行方向へと飛び込むようにプリンツ・オイゲンとティルピッツが行く手を塞いだ。鉄血の魂と言えるビスマルクを沈められる行為は、これからの鉄血の終焉を意味することだった。

 

「行かせないわよ」

「これ以上はやらせない!」

 

 ハーディへと向かって行くプリンツ・オイゲンと、リアンダーを牽制しながらビスマルクを庇うように前に立つティルピッツ。必然的にフッドが狙うのはビスマルクを庇っているティルピッツだった。

 

「美しい姉妹愛ですが、こちらも陣営の未来の為に戦っているのです」

「ま、待ちなさい……ティルピッツ、避けて!」

「っ」

 

 リアンダーへ牽制しながらフッドの相手をできるだけの力は、ティルピッツにはなかった。艦船として生まれてから積んだ戦闘経験の差は、残酷な程に如実に出てしまうのが艦船と言う存在だった。

 フッドの砲撃を一、二発直撃した程度で沈む程ビスマルク級戦艦の装甲は生易しい物ではないが、ティルピッツは既に大きな損傷を受けていた。何せ彼女の艤装は、完全に完成している訳ではないのだから。

 

「ティルピッツ、逃げなさい!」

「できないわ」

「何故っ!」

「姉を見捨てる妹など、世の中に存在すると思っているの?」

 

 グラーフ・ツェッペリンの支援に動いていたライプツィヒだったが、ビスマルクとティルピッツの状況がどんどんと悪くなっていることに気が付いて全速力でリアンダーを狙う為に艤装を動かすが、それを上手くハーディが牽制していた。プリンツ・オイゲンの主砲が直撃すれば一撃で大破するかもしれない程の装甲しかもっていないはずのハーディだが、そんなことは関係ないと言わんばかりの砲撃の嵐に、プリンツ・オイゲンも手を焼いていた。

 

「霧も晴れてきましたわ。そろそろ終わりにしましょう」

「ソードフィッシュ!」

「幕引きよ!」

 

 徐々に晴れていた霧の向こう側、フッドの背後からソードフィッシュとフェアリーアルバコアが立て続けに霧を突き抜けて現れた姿を見て、ビスマルクはこの戦いの完全敗北を悟った。

 

「全艦撤退よ! 私は置いて行きなさい!」

「ビスマルクっ!? できる訳ないわ!」

「撤退だ。ビスマルクよ、良き破滅を願うぞ」

 

 戦場の艦船全てに届く様な声で叫んだビスマルクの言葉に、一番最初に噛みつこうとしたプリンツ・オイゲンの肩を掴んだのは、グラーフ・ツェッペリンだった。いつの間にか背後まで移動していたグラーフ・ツェッペリンに驚きながら、ビスマルクを見捨てる判断を一瞬で下した相手に、プリンツ・オイゲンは最大の怒りを込めて睨みつけた。

 

「見捨てられる訳ないじゃない!」

「そうか。ならば卿もここで死ぬか?」

 

 グラーフ・ツェッペリンの口から出た言葉至極簡単なことだった。ビスマルクを助ける為に自分も一緒に死ぬか、ビスマルクの想いを汲み取って自分達が生き残るか。どちらかしか選択できないという簡潔な言葉に、プリンツ・オイゲンは唇を噛んで下を向いていた。

 

「ハンター!」

 

 隙のできたプリンツ・オイゲンに攻撃しようとしたハーディは、ふとグラーフ・ツェッペリンと戦っていたハンターへと視線を向けると、そこには今にも沈みそうな状態で倒れ伏しているハンターが浮いていた。

 

「しっかりして!」

「……う」

「ほう、まだ息があったか。卿にはいい形で終焉を迎えさせてやれたと思っていたが」

 

 フッドは全く損傷を受けずにハンターを下したグラーフ・ツェッペリンを見て、今はできなくともいずれ必ず沈めなければならないことを悟った。

 襲い掛かるソードフィッシュとフェアリーアルバコアに対空砲を向けながら、リアンダーとフッドにも主砲を向けているティルピッツの精神力に感心しながらも、フッドはビスマルクを沈める為に前進した。

 

「ティル、ピッツ……逃げなさい!」

「嫌よ。折角会えた姉と、また別れるなんて、お断りよ」

 

 艤装の完成していないティルピッツにとって、対空戦は何よりも厳しい物だった。対空砲を完全に搭載している訳ではないティルピッツは、本来の性能であれば落とせたはずであるソードフィッシュやフェアリーアルバコアを落とせず、リアンダーとフッドに挟まれてどんどんと損傷を増やしていく。

 

「くっ……」

 

 ティルピッツが逃げるつもりなど無いと悟ったビスマルクは、決死の力を振り絞って立ち上がった。ふらふらと今にも倒れそうな姿のまま、ビスマルクは対空砲を動かしてソードフィッシュへと狙いを定めた。

 

「ティルピッツ、貴女はフッドとリアンダーに意識を集中させなさい」

「……分かったわ」

 

 既に対空砲を動かすことすらまともにできないはずのビスマルクと、対空砲を撃つことが難しいティルピッツは、背中合わせの形でロイヤル艦隊へと向き合っていた。

 

「ふっ……」

 

 ビスマルクとティルピッツの抵抗する姿を見て、グラーフ・ツェッペリンは楽しそうに笑みを浮かべたままMe-155A艦上戦闘機を飛ばし始めた。霧が晴れても、ロイヤル側だけが空母から艦載機を発信できる訳ではないと言わんばかりの笑みで艦載機を発艦させたグラーフ・ツェッペリンは、そのままライプツィヒにプリンツ・オイゲンと共にハーディを何とかするように小さく指示を出した。

 ロイヤルの艦載機を食い破らんとする勢いで飛び立つ灰色の艦載機の群れは、あっという間に敵艦載機群の半数を海に落とした。艦載機の動きはある程度発艦させた空母が操ることができると言えど、敵の攻撃を全て避けて空中で回転しながら機銃で敵艦載機を落とすなどと言う行為は、通常の空母ではまず不可能である。

 

「圧倒的な制空能力を持つ艦載機を扱ったとしても、ここまでの戦果をあげるのは単にあのグラーフ・ツェッペリンの性能故……脅威と言わざるを得ないですわ」

「余所見かしらっ」

「優雅さ故の余裕ですわ」

 

 頭上を飛び回る艦載機の群れの動きを見つめていたフッドに対して、ティルピッツは肉薄して砲撃を放とうとするが、すぐさまリアンダーが射線上に入り込んで牽制の弾を撃ち始める。フッドと言う戦艦による必殺の一撃に全てを込める為に、リアンダーはひたすらビスマルクとティルピッツの妨害役に徹していた。

 

「ぐっ……」

「終わりですわね」

 

 必死に対空警戒をしていたビスマルクだったが、すぐに海面へと膝をついた。轟沈寸前の状態で戦い続けられることなど普通の艦船では不可能である。対空警戒をできていただけ、ビスマルクは異常なのだ。

 フッドがが構えた砲塔は、ビスマルクの胸へと向いていた。撃ち抜かれればその時点で轟沈することが理解できる程容赦のない標準に、ティルピッツが慌ててフッドを止めようと主砲から砲弾を発射するが、既にフッドはどんな攻撃を受けようと引き金を引くことを止めなかった。

 

「姉さん!」

 

 今から散っていく命であることを理解しながら目を閉じたビスマルクの耳に、戦場へと一際大きく響いた砲撃の轟音が聞こえた。胸を貫かれた感触もなく、自分の身体に何の異変も無く生きていることを理解したビスマルクが目を開けた時、身体の一部を抉られ、鮮血を撒き散らしながら海面へと倒れる妹の姿だけが映っていた。

 

 


 

 

 ビスマルクは鉄血の希望として生み出された艦船である。セイレーン大戦以前に生まれた、所謂古参の艦船であり、幾多もの戦いを生き抜いてきた歴戦の艦船である。その力は未だに鉄血のトップとして、他の艦船全ての管理を皇帝直々に任されている程である。

 鉄血の為に力を使うことが全てだと考えていた彼女の人生観全てを変える出来事が起きたのは、セイレーン大戦より数年後のことだった。

 よく晴れた夏空の下、ビスマルクはいつもの様に哨戒の為に海に出ていた。セイレーン大戦によって得られたセイレーンのデータに比べて、アズールレーンが失った戦力は大きすぎた。セイレーンが現れなくなり、平和となった海の支配権を求めて再び争いを起こすかもしれない兆しを見せ始めた人類にため息を吐きたい気分になりながら、ビスマルクは一人で海を哨戒していた。

 

「ん……これは……メンタルキューブ?」

 

 平和となった海に別段何かの異常がある訳でもないのに哨戒させられているビスマルクだったが、その海に浮かんでいる小さな立方体に目が惹かれた。それは、艦船を生み出す為の材料であるメンタルキューブだった。機密事項として、そのメンタルキューブが何処で発見されて、どうやって人類にもたらされたかも知られていない謎の物体。驚くことに、そのメンタルキューブは人類の想いを汲み取ってセイレーンに対する力として艦船を生み出す摩訶不思議な物体だったのだ。

 

「何故こんなところにメンタルキューブが……」

 

 アズールレーンが保持するメンタルキューブの数は有限であり、そこまで膨大な量ではないことを知っていたビスマルクは、何故こんなところにメンタルキューブが浮いているのかも理解できなかった。それは砂漠にあるはずのないオアシスが突然目の間に現れることと同じような現象であった。

 見つけてしまったメンタルキューブをそのまま放置する訳にもいかず、ビスマルクはそのメンタルキューブをそのまま回収して自分の上司とも言える皇帝に意見を仰ごうと考えてからメンタルキューブに触れた瞬間、急に光り始めたそのメンタルキューブを放り投げた。光り始めたメンタルキューブに対して砲塔を向けながら、警戒心も全く絶やさないビスマルクは、光が収まって行く姿をずっと黙って見ていた。

 光が消え、メンタルキューブがあった場所には人間サイズの何かが立っていた。更に警戒を高めたビスマルクは砲弾を装填しながら静かに一歩一歩近づいた。

 

「ん……」

「……てぃ、ティル、ピッツ?」

 

 光の中から現れた人影を見て、ビスマルクは動揺のあまり声を上擦らせていた。艦船として生まれたティルピッツ等今まで見たことが無いビスマルクだったが、その姿を見た瞬間にその艦船は自分の妹だと本能が叫んでいた。姉妹艦を本能で見分けることができる謎の感覚などビスマルクにはどうでもよく、ただただ彼女にとって最愛の妹であるティルピッツを発見できたことだけが全てだった。急いでティルピッツへと近づくビスマルクに、ティルピッツは視線を向けてからその存在を認識した。

 

「姉さん?」

「……取り敢えず母港まで帰りましょう」

 

 何故ティルピッツが目の前で生まれたのか、何故メンタルキューブが誰にも発見されずに海に浮かんでいたのか、今のビスマルクにはどちらもどうでもいいいことだった。今のビスマルクにとって重要なことは、ティルピッツが艦船として自分の目の前にいるということだけだった。

 

「オイゲン、聞こえるかしらオイゲン」

『はいはい。何か用かしら』

 

 哨戒中の艦船から何かしらの連絡が来るなど全く予想もしていなかったプリンツ・オイゲンは、欠伸をしながら適当に無線に出た。

 

「哨戒中にメンタルキューブが海に漂っていて、それに触れたらティルピッツが現れたわ」

『…………白昼夢でも聞かされているの?』

「いいから。今から戻るから、色々と準備をお願いするわ」

『取り敢えず、帰って来ないと何も理解できないわ』

 

 メンタルキューブが海を漂っているという時点で全く信じることもできないプリンツ・オイゲンは、ビスマルクの言葉を適当に聞き流しながらもビスマルクの帰還を待つことにした。

 数十分後にティルピッツを連れて母港へと戻ってきたビスマルクを見て、出迎えのプリンツ・オイゲンとZ23は唖然としていた。まさか本当にティルピッツを連れて帰ってくるとは全く思っていなかった二人は、困惑しながらも艤装を開発する為に技術開発部門へと連絡を始めた。

 

「ようこそ、ティルピッツ。私達の母港へ」

 

 ビスマルクが生まれて初めて心の底から笑顔になれた日のことだった。

 

 


 

 

 ビスマルクの脳が目の前の現実を理解することを拒んでいた。

 

 ──この顔に付着した赤い液体は何だ。

 

 倒れ行くティルピッツの左の脇腹が本来ある部分から、フッドが砲塔から煙を発している姿がビスマルクには見えていた。

 

 ──何処までも碧い海を赤く染めていくこれは何だ。

 

 水面に倒れたままどんどん沈んでいくティルピッツの身体に手を伸ばそうとして、ビスマルクは身体の痛みから前に進めずに同じように前のめりに倒れた。

 

 ──オイゲンが涙を流して何かを叫んでいる。ライプツィヒが驚愕したまま動けなくなっている。ツェッペリンが目を閉じて何かを呟いている。

 

 絶望と言う感情がビスマルクを覆っていく中、彼女の視界に影が映り込んだ。人型をしていて、戦艦級の艤装を纏っているスカートの女性。

 

「……かつての戦友、ビスマルク。貴女個人に恨みはありませんが、これで終幕です」

 

 心底悲しそうな顔をしながらも、フッドは倒れ伏したビスマルクの前までやってきて砲塔を向けていた。艦船同士が争わなければならなくなった世の犠牲者となるビスマルクに、フッドは心を痛め、本当は手を差し伸べたい気持ちをロイヤルで待つ仲間達の為に堪えて砲塔を向けていた。

 

 ──フッドが悲しそうな顔をしながら、こちらを狙っている。フッドの服に付着している血は……誰の血?

 

 しかし、その行為はビスマルクの中にあるナニカを起動させてしまった。

 

 ──ティルピッツのものだ。

 

「ふ、ざけるな……」

「ッ!?」

 

 地獄の底から聞こえてきそうな程冷たく、殺気の籠った声を発したビスマルクに戦場の全員が固まった。近くで聞いていたフッドとリアンダーも、後から追い付いてきたアーク・ロイヤルとフォーミダブルも、遠くで見ていたハーディも、仲間であるはずの鉄血の艦船も。誰もがその声に一瞬怯んだ。

 

 ──ニクイカ?

 

 動けないはずのビスマルクは、身体からドス黒いオーラを放ちながらゆっくりと何かに引っ張られるように立ち上がった。全身から金属が軋むような音を発しながら立ち上がったビスマルクは、既にビスマルクではなかった。

 

 ──ナラバコロセ。

 

「フザけるナ!」

 

 ビスマルクがフッドに向かって腕を振った瞬間、周囲を飛んでいた艦載機が暴風に煽られてコントロールを失い、ビスマルクを中心に大きな波ができる程の力を見せた。

 

「この力は、一体──」

「──フッドっ!」

 

 風圧によって吹き飛ばされたフッドは、すぐさま態勢を整えてビスマルクが立っていた場所へと視線を向けようとした瞬間、アーク・ロイヤルの焦った声と同時に全身が砕けるかの様な衝撃を感じて宙を舞っていた。辛うじてフッドの視界に映ったのは、赤黒いオーラを全身から迸らせているビスマルクの、破壊されて使えなくなっていたはずの主砲から砲撃した後の煙が立ち昇っている光景だけだった。

 

「おまえ、タチが……ティルピッツを……テッけツをッ!」

 

 誰も状況が理解できていない中、ビスマルクは一人荒れ狂う嵐のように感情を昂らせていた。

 最早ビスマルクを止めることができる者は、この戦場にはいなかった。



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憎悪

 取り敢えず次でビスマルクの話最後ちょろっと書いてから、時系列現在に戻ります。

 まぁエンタープライズ書くか、クイーン・エリザベス書くか、重桜に戻って指揮官書くかなんですけども。


「ふーん……ビスマルクは完全に使いこなせていないわね」

「そりゃあそうでしょ。大体そういう風にできてるんじゃないの? あれを制御しようなんて、頭おかしいと思うけど」

「制御できないと言う常識すら覆せないようでは、私達は何もなせないわよ」

 

 暴走するビスマルクを遠目に見ながら、オブザーバーとピュリファイアーはひたすらにデータを集めていた。セイレーンすら制御することのできないキューブの力に飲み込まれているビスマルクをこのまま放置すれば、いい実験体としてデータが得られると考えていた。

 

「でもさ、あれを艦船に制御されたら私らもヤバいんじゃない?」

「その時はその時、よ」

 

 観測者であるオブザーバーにとって、ビスマルクが死ぬかどうかなど全く関係の無い話であり、キューブの力をどうすれば制御できるのかだけが必要な情報なのだった。例えビスマルクがその力を制御するに至るとしても、その技術はそれで流用すればいいとオブザーバーは考えていた。

 モルモットを使って実験を繰り返す人間と、本質的にやっていることは大きく変わることは無い。ただ、セイレーンにとってのモルモットが数多ある世界の一つそのものと、人間の感覚からすると規模が大きすぎるだけなのだった。

 

 


 

 

「フッド!」

「まだ、動けますわ」

「無茶だ! これ以上動くな」

 

 一瞬でかなりの重傷まで追い込まれたフッドは、辛うじてまだ動くことができる程度の状態だった。ふらふらと立ち上がり、再びビスマルクと相対しようとするフッドをアーク・ロイヤルは必死に止めようとしていた。リアンダーもハーディもフッドの元へと向かい、気絶したままハーディに背負われているハンターも含めて、ロイヤル艦隊が全員揃った。

 

「それにしても、あの力は一体……私の艦載機では歯が立ちませんわ」

「そもそも、艦載機云々の話ではないのではなくて? 私の様な軽巡では掠り傷一つ付けられそうにありません」

「……フッド、ここは退き時ではないか?」

「そうも、いきません」

 

 明らかに暴走している今のビスマルクを危険だと判断して、すぐさま撤退することは実に簡単なことだった。そもそもビスマルクが暴走している原因はティルピッツの負傷である以上、ロイヤル艦隊がすぐさまその場を離れているという判断は至って普通の判断と言える。加えて、今のビスマルクは腕の一振りで艦載機の制御を奪う程の暴風を巻き起こし、砲撃一発でフッドを大破させ、軽巡程度の砲撃では傷一つ付けることすら不可能な存在である。はっきりと言ってしまえば、一つの艦隊で相手をできる存在ではなかった。

 

「私達が退いて、ビスマルクが追ってこない保障はありますか?」

「それは、そうかもしれないが」

「ここは戦場です。常に最悪を想定し、常にリスクを回避する方法を探さなければなりません。リスクを回避するのはこの場合、ロイヤル陣営として、です」

 

 最悪自分が囮になって他を逃がす、と間接的にアーク・ロイヤルへと言っているフッドの言葉に、艦隊の全員が今の異常さを理解した。

 ビスマルクは最早ビスマルクと呼べる者ではなく、既にセイレーンの様な存在と化してしまっている。プリンツ・オイゲンやライプツィヒの驚愕の表情を見れば、それが鉄血の艦船全てが持つ奥の手の様なものでもないことは簡単に理解できる。

 

「ビスマルクは既にセイレーンと思っていい程、禍々しく邪悪な力に飲まれています。ここで引導を渡すことが、かつて共に戦った私達の役目です」

「……あぁ、どうなっても知らないからな」

「感謝します」

 

 あくまでも譲る気など全く無いフッドに、アーク・ロイヤルが先に折れた。どの道、アーク・ロイヤルとしても今のビスマルクを放置して無傷で逃げ帰れるなど全く思っていなかった。

 

「どうするのですか? 戦艦の砲撃でもなければあのビスマルクに損傷を与えることなどとてもではないですが……」

「魚雷も効きそうにありません」

 

 ビスマルクを撃沈することに関しては賛成の意を示しながらも、リアンダーとハーディは今のビスマルクに損傷を与えることが現実的ではないことを一瞬の攻防で理解していた。戦艦の砲撃でもなければ、とリアンダーは言うが、フッド自身は戦艦である自分の砲撃では全く被害を与えられるとも思っていなかった。

 

「……私が与えた損傷が既にあります。そこをアーク・ロイヤルに狙ってもらいましょう」

「また無茶な作戦を……いけると思うのか?」

「確実ではありませんが、それ以外に方法はありません」

「それもそうか……フォーミダブル、フッド達の援護を頼む」

「了解しましたわ」

 

 理性を失っている状態のビスマルクならば、ティルピッツを傷つけた自分が目の前を動くだけで簡単に囮になれるだろうと判断したフッドは、すぐさま機関に火を吹かせて一気に加速した。ビスマルクの一撃はフッドの想像以上の破壊力を持っていたのか、艤装からミシミシと精密機械から聞こえてきてはいけないような音がしているにもかかわらず、走り出した。

 

「フッド……アナタダケ、ハ、カナラズ……コロス!」

「……」

 

 誇り高く鉄血を導いてきたビスマルクをこんな憎しみに囚わせてしまったという事実に、フッドは罪悪感を覚えながらもビスマルクへと一気に距離を詰めた。戦艦がその主砲によって敵に砲撃を当てることが容易な距離まで近づいたフッドは、急停止してから横方向へと再加速をしてビスマルクの一撃目の砲撃を避けた。

 

「行きます!」

「はい!」

 

 轟音と共に比喩ではなく海を割いて遥か彼方へと消えていった砲弾を見送ってから、リアンダーとハーディはフッドとは逆方向へと回り始めた。ビスマルクを中心に時計回りに周囲を移動するフッドと、反時計回りに周回するリアンダーとハーディに、ビスマルクはすぐに視線を奪われた。

 

「ウセロ!」

「そこッ!」

 

 適度に傷にもならない砲撃を放ちながら周回し続けるリアンダーとハーディに向かって砲塔を向けたビスマルクだったが、放とうとした砲撃はフォーミダブルの放った艦載機からの艦爆によってあらぬ方向へと向かうことになった。

 

 


 

 

 ビスマルクは深い闇の中、負の感情ばかりが溢れかえる中でただ静かに目を閉じてその感情たちへと意識を委ねて底へ底へと誘われるまま沈み続けていた。光が一筋も差さない中でビスマルクはただティルピッツが倒れた時の光景を目に焼き付けていた。

 

 ──フッドがティルピッツを殺した。ロイヤルがティルピッツを殺した。ロイヤルが鉄血に害を為した。

 

「貴女は、誰?」

 

 ──私は貴女、貴女は私。

 

 闇の中から現れた自分と同じ姿をした影法師に、ビスマルクは視線を向けた。光が差さない場所であるにも関わらず、はっきりと輪郭まで見ることができるその自分自身にビスマルクは疑問を持つ前に理解していた。目の前の影が自分自身であると。

 

 ──全てが憎い。ティルピッツを奪おうとする世界が、戦争を起こす人間が、誰も信頼しない陣営が。

 

「……そうね」

 

 影のビスマルクが言っていることは全て、ビスマルク自身が一度でも考えたことのあることだった。何より、フッドの砲撃から自分を庇ってティルピッツが倒れた瞬間に湧き上がった自分でも制御できない黒い感情の正体が、全てに対する憎しみなのだと理解したビスマルクは、ただ笑みを浮かべて肯定することしかできなかった。

 

「皇帝も……いえ、鉄血もロイヤルもユニオンも重桜も、北方連合もサディアもヴィシア聖座も東煌も……皆互いを理解し合おうとも思わない」

 

 ──何処までも愚かで、何処までも醜い生き物。それが人間だ。

 

「私達が守るべき存在なのかどうか……よくわからない」

 

 ──私達は人間を守る。けれど、人間は私達を殺そうと戦争を起こす。

 

 影はどんどんと暗く闇の深い者へと変わっていく。負の感情の海へとひたすらに沈んでいくビスマルクは、影の言葉を全て受け入れて更にそこへと沈んでいき、その怒りと憎しみと悲しみを全身で感じ続けていた。

 

「……私が人類へと抱いた、大きな憎しみ。それが貴女なのね」

 

 ──私は貴女、貴方は私。何処までもいっても根源は同じ。

 

 暗い感情に身を任せて意識を手放すことがどれだけ恐ろしいことなのか、ビスマルクには既に理解できていた。そして、この影が何から生まれて何を持ってして人類に憎しみを向けるのかも理解できていた。

 

「これは代償、なのね。これがセイレーンからもたらされた禁断の果実」

 

 自分の内に現れた影は、沈んでいくビスマルクとは対照的にどんどんと負の海を浮上していく。行きつく先は当然、ビスマルクの精神から遠く離れた肉体である。海に沈むビスマルクの意識が消えた時、それこそがビスマルクという存在が消える時だった。

 

 


 

 

「ビスマルク!」

「待てオイゲン、卿はあれをビスマルクと呼称して近づくつもりか?」

「ッ! だからってここで見ていろと言うの!?」

 

 ロイヤルが何かしらの作戦を立ててビスマルクを撃沈しようとしていることは明白だった。明らかに艦船の領域を超えた力を放ったとしても、ビスマルクは鉄血にとって希望とも言える存在である。それを見捨てることなどできないオイゲンは、すぐにも救援の為に足を踏み出そうとしてグラーフ・ツェッペリンに肩を掴まれた。

 

「まず回収するならティルピッツからにしておけ。ビスマルク級戦艦であるティルピッツがあの程度で沈むとも思えん。それと、今のビスマルクに近づけば必ず攻撃されるとだけ助言しておこう。もっとも、卿がビスマルクから攻撃されたいと言うのならば止めはしないが」

「……ライプツィヒ、ティルピッツを回収するわよ」

「は、はい!」

 

 意地悪そうに、何処か楽しそうに語るグラーフ・ツェッペリンを見て、プリンツ・オイゲンは苦い顔をしながらライプツィヒを呼んでティルピッツを回収する為に動き出した。半分沈んでいる状態ではあるが、まだ間に合う可能性がある以上はプリンツ・オイゲンもライプツィヒも全く諦める気などなかった。

 

「ビスマルクのあの力、セイレーン共め……また実験を繰り返すつもりか」

 

 動き出したプリンツ・オイゲンとライプツィヒの背中を見送りながら、グラーフ・ツェッペリンは小さな声でビスマルクの持つ力について漏らした。何かを知っている様なことを口にしながらも、その場から動くことも無くビスマルクの暴走を眺めているグラーフ・ツェッペリンの今のスタイルは、観測者であるオブザーバーに非常に似ていた。

 

「だが無意味だな。あの力ではビスマルクを完全に飲み込むことはできん。破滅は遥か彼方よ」

 

 細やかなビスマルクの動きの変化から、暴走しながらも故意的に鉄血艦を巻き込まないように動いていることを見抜いたグラーフ・ツェッペリンはつまらなさそうに目を閉じて自らの艤装に腰かけた。

 傍観しているグラーフ・ツェッペリンを置いて、プリンツ・オイゲンはビスマルクの射線からライプツィヒを庇うように盾を展開してティルピッツの回収を急がせていた。

 

「いました! ちょ、ちょっと潜航します!」

「大丈夫なの? 軽巡が潜って」

「さ、さかなきゅんが頑張ってくれれば……」

 

 普段の移動も艤装に乗って自分で動くことは無いライプツィヒだが、こればかりは本当にさかなきゅんが潜ってライプツィヒを連れていかなければ何ともならない問題だった。潜航するということは自然と視界が狭くなるということを理解したプリンツ・オイゲンは、今のビスマルクからライプツィヒを守り切れるかどうかを考えて下唇を噛んだ。

 

「急いでやりなさいよ。そうでなきゃ二人共死ぬわよ」

「は、はい!」

 

 プリンツ・オイゲンの言葉を聞いて覚悟を決めたライプツィヒは、一気に艤装のエンジンをフル稼働させて潜水した。ライプツィヒが何処にいるのかを目視で確認しながら、プリンツ・オイゲンは浮上するであろう場所を予測して盾を展開して砲撃の流れ弾を防いでいた。

 

「ビスマルク……」

 

 ティルピッツが倒れた時のビスマルクの反応を思い返し、プリンツ・オイゲンは俯いた。自分がもし目の前で姉であるアドミラル・ヒッパーを沈められたならば、どうしているのだろうか。考えただけでも恐ろしい想像ではあったが、プリンツ・オイゲンは目の前が真っ赤になって全てを滅茶苦茶に破壊し回るだろうことだけは理解できた。それを今、ビスマルクが行っている。

 

「止めて、いいのかしら」

 

 沈んでいるティルピッツを引き上げても、既に手遅れかもしれない。そう考えてしまうと、死んでいるかもしれないティルピッツを引き上げることは正しいことなのか、悲しみから暴走するビスマルクを止めることが果たして本当に正しいことなのか。プリンツ・オイゲンには判断できない問題だった。

 

 


 

 

「ッ! リアンダー!」

「問題ありません!」

 

 何度も轟音が鳴り響く海上を走るフッドは、ビスマルクを中心にして向かい側を自分とは反対方向へと向かって回っているリアンダーへと声をかける。ビスマルクの放った非常識な威力の砲撃がリアンダーのいた場所へと向かって天高く水飛沫を上げたのを見たからである。余りにも高く、量が上がり過ぎた水飛沫は局地的な雨を戦場へと降らせていた。

 

「クソッ……狙いが絞り切れない!」

「このッ!」

 

 マスケット銃の形をした甲板型艤装でビスマルクの破損している装甲部分を狙おうと必死になっているアーク・ロイヤルは、普段からは考えられない程激情的に動くビスマルクの動きを捉えることができずに焦っていた。いつまでももたついていれば、フッド達が危ないことを理解していた。

 アーク・ロイヤルの横では、フォーミダブルがハンターを護衛しながらこちらも必死に艦載機を操っていた。アーク・ロイヤルが狙う隙が無いのならば、自分がやってしまえばいいと思っていたフォーミダブルだったが、謎の力を使っているビスマルクは対空砲火だけで致命的な攻撃を仕掛けようとする艦載機だけを的確に撃ち落としていた。

 

「あぁ、もう……じっとしてなさい!

 

 実は姉であるイラストリアス程あまり気の長い方ではないフォーミダブルは、動き回って艦載機を撃ち落とすビスマルクに対して怒りが溜まっていた。フッドの砲撃を避けて轟音と共に主砲を放った衝撃で艦載機が墜落した瞬間、フォーミダブルの堪忍袋の緒が切れた。

 

「そこ!」

 

 突然、周囲を飛んでいたフェアリーアルバコアの一機が着水しそうな程海面すれすれを飛び始め、自爆特攻としか言いようがない飛行を見せた。自らに高速で近づいてくるフェアリーアルバコアに気が付いたビスマルクは、副砲を起動させて視界を埋め尽くす様な砲撃の嵐を一斉に放つ。

 

「ナ、ニッ!?」

 

 多数の弾幕によって海水が大きく上方向に弾け、フォーミダブルとビスマルクの間へと滝のように降り注いで両者の視界を奪った。瞬間、降りしきる海水を飛び抜けてフェアリーアルバコアはビスマルクへと肉薄した。ビスマルクが咄嗟に腕を全力で振り切った衝撃により、降り注いでいた海水全てを空気中から弾き飛ばし、強風を発生させて肉薄していたフェアリーアルバコアをも破壊する風圧を生み出した。直後、ビスマルクはフェアリーアルバコアの放っていた魚雷を見て、目を見開いた。何とか避けようと足元に視線を移したと同時にリアンダーとハーディが主砲を放ってビスマルクの視界を奪った。フェアリーアルバコアの放った航空魚雷はビスマルクの航行用の艤装機関に直撃し、ビスマルクは完全に態勢を崩した。

 

「今!」

 

 千載一遇のチャンスを逃す程、フッドもアーク・ロイヤルも甘い艦船ではなかった。素早く用意していた副砲を起動させて更に視界を封じたフッドは、すぐにアーク・ロイヤルの方へと振り返る。その時には、既にアーク・ロイヤルの放ったソードフィッシュが10機、海面に膝をついているビスマルクの破損している装甲へと航空魚雷を放っていた。

 閃光と共に30発の航空魚雷がほぼ同時に爆発を起こし、再び天高く海水を巻き上げて戦場へと雨を降らせた。

 

「これで、終わりです」

 

 異常な装甲を持っていたビスマルクがこの航空魚雷を受けても沈んではいないかもしれないことはフッドも理解できていたが、フェアリーアルバコアの航空魚雷によって航行艤装の機関部分を破損させ、更に戦闘艤装の破損した内部へと30発の航空魚雷を受けて戦闘が続行できるとも思っていなかった。

 

「どうか安らかに、ビスマルク」

「ま……だ、死ねな、いのよ」

 

 海面に蹲る影を見て、フッドは身体に無理を強いて艤装を動かして主砲を向けて放とうとした。次の瞬間、フッドは雨によって発生した一時的な霧から主砲を自分の背後に放ってその反動で飛び出してきた、全身血に塗れたビスマルクの攻撃に反応できなかった。反応する前にフッドの砲塔を掴んで無理やり捻じ曲げたビスマルクは、すぐさまフッドを突き飛ばした。主砲を放とうとしたフッドの砲塔には既に弾薬が込められており、その状態のままトリガーを引けばどうなるかを加速した意識で理解していたフッドは、砲塔が暴発を起こす瞬間を驚愕に見開いた目で見ていた。

 

「フッド!」

 

 暴発によって右半分の艤装が一気に爆発したフッドは、ビスマルクに突き飛ばされた衝撃のまま背後へと倒れこみ、ビスマルクもまた突き飛ばした勢いのまま前面へと倒れこんだ。

 

「随分と面白い結果になったな」

「……ぐ、らーふ」

「卿の妹ならまだ生きているぞ」

「っ……てったい、よ」

 

 倒れこんだビスマルクを狙って飛んできたフォーミダブルのフェアリーアルバコアの編隊を、Me-155A艦上戦闘機が縦に切り裂いてビスマルクのすぐそばにグラーフ・ツェッペリンがゆっくりと近づいた。

 ティルピッツの無事を知ったビスマルクは、すぐに撤退の指示をグラーフ・ツェッペリンに下した。

 

「そうか。だが皇帝はそれを許しはしない」

「なん、ですって?」

「命令はあくまでロイヤルの撃滅であるが故に、撤退は認めないそうだ」

 

 ビスマルクがどのような形かでそのうち正気に戻ると理解していたグラーフ・ツェッペリンは、既に自分の上の人間に指示を仰いでいた。旗艦であるビスマルクが実質戦闘不能状態では、誰かが指揮を執らなければならない。そんな理由でグラーフ・ツェッペリンが上へと指示を仰いだ結果が、自らの命を賭してでもロイヤルを全て撃滅しろという命令だった。

 

「どこまでも愚かしいっ……撤退よ!」

「ほう……いいだろう。既にティルピッツも保護してある。幾らでも命令違反をして見せるがいい」

 

 鉄血に生きる人間にとって、皇帝の意思は絶対である。それに逆らうことは即ち陣営に逆らうということに他ならず、鉄血の艦船全てを率いていかなければならないはずのビスマルクが一番判断してはならないことだった。にもかかわらず、ビスマルクがすぐに撤退を判断した理由は単純に、自分の心の底にある負の感情に触れたからである。

 グラーフ・ツェッペリンは、撤退の言葉の前にビスマルクが呟いた人間へと憎悪が籠った言葉に、笑みを浮かべていた。まるでようやく見つけた自分の同類を見つけたかのような嬉しそうと見れる笑みに対して、ビスマルクは苦いを顔をしてグラーフ・ツェッペリンに表情を見られないように顔を逸らした。

 

「待てっ! お前達にはまだ聞き足りないことが山ほど──」

「──ではな」

 

 立ち上がることもできないビスマルクを片方の甲板の上に乗せたグラーフ・ツェッペリンは、すぐに追いかけてこようとするアーク・ロイヤル、ハーディ、リアンダーに向かって生体艤装の口を向けた。

 生体艤装に収束する圧倒的なエネルギーに気が付いた三人は、すぐにフッドを回収して射線上から横にずれた。

 

「次に見えた時は、破滅を与えてやろう」

「グラーフ……ツェッペリン!」

 

 グラーフ・ツェッペリンの艤装から放たれたのは砲弾ではなく、本来セイレーンが用いるはずの粒子砲だった。容赦なく放たれた破滅の光は、海を蒸発させて背後にあった小島を一瞬で消し飛ばした。謎の力を使ったビスマルク以上の威力をあっさり放ったグラーフ・ツェッペリンに、アーク・ロイヤル達は一歩も動けなかった。



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原点

時系列帰ってきました


 ビスマルクは全身が悲鳴を上げているのを無視して皇帝の前へ首を垂れていた。本人にも理解できない力を使ったビスマルクの身体は、代償として本来ならば数日は寝たきりになっていないと動けない程の苦痛を感じていた。それでもビスマルクが身体に鞭打って皇帝の前に現れた理由は、簡潔に言えば命令違反を犯したからだった。

 

「此度の命令違反、どう責任を取るつもりだ」

「……私からは何も」

「ふん、道具如きが……一度目だ。今回は見逃してやる」

 

 皇帝からもたらされた言葉は、単純な罵倒だった。ロイヤルの艦船を一人も沈められず、逆にティルピッツが沈められかけて撤退してくるなど、ただの敗走と変わらず、尚且つ皇帝の命令である命に代えてもロイヤルを撃滅しろと言う命令に逆らった形でもある。

 

「下がれ、今の貴様に用など無い」

「……」

 

 明らかに見下したような言葉と共に冷たい視線を向けられたビスマルクは、表情を一つも変えずに冷え切った心で状況を客観的に観察していた。何にせよ命令に違反した自分が悪いと思いながらも、具体的なことも言わずに敵を撃滅しろと言われてできる艦船などいるはずがないとも心で感じ取っていた。

 廊下に出てから、全身の痛みに顔を歪めながら覚束ない足取りで歩くビスマルクは、いつの間にか皇帝に対して憎悪にも似た感情を持っていることに気が付いた。

 

「あの時から、やはり何か変だ……ぐっ」

「……大丈夫か?」

 

 自分のことなど二の次だと言わんばかりに、ティルピッツが眠っている病室まで歩こうとしたビスマルクはすぐに何も無い所で足を絡ませて前のめりに倒れそうになったところをいつの間にか現れた艦船に抱き留められた。

 

「フィーゼ……ありがとう」

「問題ない。だが、あなたは無事ではなさそうだ」

 

 ビスマルクが顔をあげると、無表情の中に確かな心配さを滲ませているZ46の顔が目の前にあった。自分がZ46によって抱き留められていることに気が付いたビスマルクは、礼を言ってから立ち上がろうとしてZ46にそのまま抱きしめられた。

 

「心配することはない。私とて艦船であり、あなた一人を病室に運ぶ程度造作もない」

「そ、そういう心配はしていないわ」

 

 急にZ46の小さな身体で抱き上げられたビスマルクは、全身の痛みで思うように抵抗もできずにそのまま連れていかれた。

 結局そのまま持ち運ばれたビスマルクは、軍医にその姿を見られてしこたま説教された。ただでさえ意識があるのが謎な程の傷を負っているはずなのに、いきなり病室から消えていた時には本気で焦ったらしくZ46にも捜索を頼んでいたらしい。

 

「迷惑をかけたわね」

「気にすることは無い。あなたは鉄血の艦船が求める指揮者であるが故、私はそれを助ける必要性がある」

「……ティルピッツはどうなのかしら?」

「あまり良いとは言えません」

 

 本当はティルピッツの元へと行こうとしていたビスマルクだが、Z46に連行された為に自分自身も病室から動けなくなってしまっていた。妹の身が心配で仕方が無いビスマルクは、点滴の用意をしている軍医に問いかけると、扉から入ってきた女性が代わりに答えた。

 

「ケルン……どういうことかしら」

「生命活動に支障をきたす程の傷です」

「っ……助かるに決まっているわ」

「そうだと、いいのですが……」

 

 何かしらの書類を手に病室に入ってきたケルンの言葉に、ビスマルクは目に見えて動揺していた。その動揺が何を表しているのかがまだ理解できないZ46は、ただティルピッツが死にかけているという事実しか認識できなかった。

 

「フィーゼさん、ツェッペリンさんが表で待っていましたよ」

「そうか。感謝する」

 

 ケルンの言葉に素直に答えたZ46はそのまま病室を無表情のまま出ていった。駆逐艦の中でも飛び抜けた実力を持っているZ46は、感情が上手く理解できないという欠点を持っている為にケルンが何を思ってツェッペリンのことを伝えたのかを理解できていなかった。

 

「艤装も修復不可能な状態で、上に新たな艤装の開発を申請していますが……通るとは思えません」

「……鉄血にはその余力も無い」

「はい。そして、ティルピッツさんが助かると決まっていない状態では艤装を作ることができない、と」

 

 悔しそうに震える声で非常な人間の選択を告げるケルンの言葉を聞いて、ビスマルクは心の内に自分をも焼きかねない黒い炎が燃え広がるのを自覚した。そして、この黒い炎の正体が人間に対するあらゆる負の感情を纏めたドス黒い『ナニカ』であることを、ビスマルクは感じ取っていた。

 

 


 

 

 一度目の命令違反は、ビスマルクが初めて皇帝の命令に対して明確な反逆を見せた。二度目の命令違反も世界会議場にてロイヤル艦隊を撃滅しろとの命令を無視して撤退したことである。

 

「……ティルピッツの足は治るのかしら?」

「さぁ? 何で今私に聞いたのよ」

「流れよ。艤装は修復しているのでしょう?」

「修復と言うか新しく作り直しただけよ」

 

 ティルピッツは一命を取り留めたものの、フッドの砲撃をビスマルクから庇った時の傷が大きく、そして何よりも艤装が完成していない状態で大きな傷を負ったことが一番ティルピッツを苦しめていた。単純に言ってしまえば、本来が艤装が吸収するはずのダメージをティルピッツは身体で受けたことになる。普通の艦船ならば後遺症も無く動けただろうが、艤装が完成していなかったティルピッツには致命傷となった。

 

「本人はいつでも海に出る気満々って感じなんだけどね」

「……貴女、会ったのね」

「そうよ? ティルピッツだって日常生活には支障をきたしていないのだから、会うぐらいはいいでしょう?」

 

 姉であるビスマルクが会えていないのにもかからわらず、自分だけが会っていると公言するプリンツ・オイゲンにビスマルクはため息を吐いてから外をへと視線を向けた。

 

「貴女も傷は癒しておきなさい」

「あら? またすぐ戦闘でもするのかしら?」

「いえ。けど……彼が動くわ」

「……神代恭介、ねぇ」

 

 あの日以来、ビスマルクはもう人間を信用できていない。正確に言うのならば、あの力を使って以来人間の黒い部分を見るたびに抑えきれない憎悪の炎が心の内で燃え上がっていた。それだけ、ビスマルクにとってティルピッツを一件は大きな問題だった。

 

「動くって言ってもどうするつもりよ」

「いえ、動くのは神代恭介ではなくエンタープライズよ。そして、彼女が動くのならば必ず彼も動く……それがいい方向か悪い方向かは分からないけれど」

「……」

 

 ユニオンの英雄であるエンタープライズが動き出す。言葉だけを聞けば、ユニオン大統領の意思に応じて敵を撃滅する為に動き出すとも考えられるが、世界会議の場で出会ったエンタープライズの姿は、過去にプリンツ・オイゲンが見た機械的な英雄からはかけ離れていた。

 

「ごめんなさい。ビスマルク」

 

 神代恭介とエンタープライズを中心として動き始める事態の先を予測して、プリンツ・オイゲンはその時が訪れたのならば真っ先に鉄血を裏切ると自分でも理解できていた。それが、友であるティルピッツと交わしたビスマルクも知らないプリンツ・オイゲンの約束であり、秘密でもあった。

 

 


 

 

「……チッ」

 

 恭介は、自らの手の中にある水色の勾玉を見て舌打ちをしてからその勾玉を机に向かって放り投げた。金属の様な甲高い音を立てながら机の上を転がる勾玉に見向きもせずに、恭介は布団に横になっていた。

 

『その作られた存在である艦船が望んだのは自分達を率いる正しく、そして強くある人間。艦船の想いを汲み取ったメンタルキューブによって生み出された艦船にとって極端に都合のいい存在……それが貴方よ』

 

 脳裏に浮かぶオブザーバーの心底嬉しそうな顔と言葉は、人間として接されてきた彼にとっては今まで築き上げてきた物全てを崩す程の衝撃を与えた。

 

「ほう、案外荒れておらぬな」

 

 失意と絶望に打ちひしがれながらも天井を見上げて、自分の頭を必死に整理しようとしている恭介の部屋にノックも無しに突然入室してきた者に対して、恭介は刹那の瞬間で枕元に置いてあったハンドガンのセーフティを外して入り口へと向けた。

 

「何があった? 話してみよ」

「……三笠、さん」

 

 暗がりになっている扉の前から恭介の方へと歩いてきた人影の正体を見て、恭介はゆっくり息を吐きながらセーフティをかけてから先ほどの勾玉と同じように机に向かって放り投げ、再び布団に倒れこんだ。

 

「何も」

「そうか? お主がそうしておる時は基本的に何かあった時だった気がするが」

 

 何故かとても安らかな笑みを浮かべながら恭介の近くまでやってきた三笠は、布団の横に正座していた。頭を撫でようと伸びてきた三笠の手を払って、恭介はそのまま三笠とは反対方向へと顔を向けた。

 

「…………貴女は知っていたんですか?」

「何を」

「俺が人間では無いことですよ」

「うむ」

 

 誰かが知っているはずだった。そうでなければ重桜の重要人物に等なっていなければ、今頃何処かで野垂死にしていたに違いない。そう思っての三笠への直球とも言える質問だったが、三笠はあっさりと頷いた。

 

「何を驚いておる。お主を母親の様に接して育てたのは我だ」

「そうですが……」

 

 三笠の母親と言う言葉を聞いて、恭介は深いため息を吐いた。

 

「メンタルキューブが消えたのは数年前だ」

「……何の話ですか?」

「お主は人間だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こともまた事実」

「人間では無くなった?」

 

 まるで人間から何かに変わってしまったかのような三笠の言葉に反応した恭介は、すぐに起き上がって三笠の目を見た。まるで母親が子供に何かを諭すかの様に優しい瞳をした三笠に、一瞬怯んだ恭介は視線を逸らした。

 

「何故お主がメンタルキューブに選ばれたのか。それは我にも分らぬし、誰にも分らぬことではあるだろうが、それでもお主は人間として生まれた」

「……言い切れるんですか?」

「勿論。何せお主の父親は我の指揮官だった男だからな」

「は?」

 

 さっきから初めて聞いたようなことばかりをポンポンと口から出す三笠に、恭介はなんと反応すればいいのかもわからずに動揺していた。そもそも重桜に艦船を従えられる指揮官が他にもいた、という事実は軍事機密とも言えるのではないだろうかと思いながらも、恭介は自分も軍人であることなど忘れて困惑していた。

 

「うむ。セイレーン大戦よりも前に病で死去してしまったが、立派な指揮官であった」

「……俺の身体に何が起きたのか、詳しく聞かせてください」

「……うむ。いずれは知ることではある……今のお主には話さねばなるまい」

 

 今の恭介ははっきりと言ってしまえば、艦船を指揮して戦える状態ではなかった。精神状態は誰が見ても乱調もいい所であり、こんな状態の指揮官の指揮の元で戦って無事でいられる程今の世界情勢は芳しくなかった。

 

「そもそもお主が生まれる前、既にその時にはセイレーンはこの海を侵略していた」

 

 セイレーンの侵略は少なくとも三十年以上前とされている。されている、という曖昧な表現でしか表せないのは、単純にその時に前線で戦っていた人間達は全員死亡し、それを記録できない程に文明レベルがセイレーンの侵略によって退化していた。人々は海を失い、文明を退化させ、しぶとく生き残っているに過ぎない。

 

「お主は指揮官の父親と、一般的な女性の間に生まれた。生まれに関しては、父親が指揮官であったと言うこと以外には特に何もない。と、言っても指揮官だったと判明するのはそれから数年後だが」

「何故?」

「単純に、その時期には艦船が存在しなかったからと言える」

 

 セイレーンが海を支配し始めてから、数年間の間に世界中で多くの犠牲者が出た。それこそ世界人口が数年で半部になったのではないかと現代の学者が考える程である。人間の科学を遥かに上回る力を持っていたセイレーンは、瞬く間に世界中の海を支配して、沿岸都市を中心に空母による爆撃や戦艦による砲撃で地獄とした。

 

「そんな時、各陣営に匿名の人物からある物が届けられた」

「ある物……メンタルキューブ、か」

「あれは表向き四大陣営が協力して開発した物となっているが、実際は匿名で届けられた物である」

 

 恭介はメンタルキューブの出所がセイレーンであることを知っているが、三笠の瞳もまたメンタルキューブの秘密を知りながらもわざと話していなかった。恭介が知っているかは否かは関係なく、三笠にとっては話すに値しないことのようだった。

 

「そのメンタルキューブから生まれたのが第一世代の艦船……つまり我だ」

「第一、世代」

「うむ。北連で言うアヴローラやパーミャチ・メルクーリヤがそうだ」

 

 第一世代と言われる艦船が存在することは、当然恭介も知っていた。重桜の中枢に存在するとも言える恭介は、それなりの量の情報を持っているが、それでも第一世代の艦船が何を成したのかは明確に書かれている資料が残っていなかった。

 

「第一世代はセイレーンに対して艦船の攻撃が有効であるという証明を成した」

「セイレーンは、無敵ではない」

「そう言って多くの艦船が海の底へと消えていったがな」

 

 恭介の零した言葉は、第一世代の艦船が現れた時に当時の軍人達が自分達を鼓舞する為に放った言葉だった。当時の戦闘を思い出したのか、三笠はその言葉に苦笑しながらもどこか悲しさを潜ませる瞳をしていた。

 

「それで、第一世代と第二世代を明確に分ける物はなんだ」

「セイレーン大戦に参加したか、否か。正確には参加できたか、否かだ」

「参加できたか?」

「何しろ第一世代の艦船がセイレーンに対して有効であると示したはいいものの、第一世代の装備は旧式であるからな」

 

 何故か初めのメンタルキューブからは第一世代の艦船が生まれず、その力は日に日に強く数を増していくセイレーン相手には旧式では勝てなくなっていた。

 

「世界中の陣営が手を組もうと言い始め、初めてアズールレーンが生まれた。そうさせることが目的だったかの様に、アズールレーンを結成した直後に第二世代の艦船が生まれ始めた」

「そしてアズールレーンは快進撃を繰り返して、遂にはセイレーン上位個体であるテスターを撃破して一旦の平和を取り戻した、か?」

 

 誰もが知っている話である、基本的な事実を話す三笠を訝しみながらも恭介は頷きながらもその話を聞いていた。

 

「うむ……恭介、お主に関する話はこれからだ」

「……俺が貴女に拾われた時、既に重桜と鉄血の経済は困窮し、疲弊しきっていた」

「ついでに言えば記憶も無かった、それがお主が気にしていることだな」

「メンタルキューブが消えたことと、何が関係あるんですか?」

 

 話の核心とも言えることに触れようとした恭介は、三笠が少しだけ心配そうにしている姿が気にかかった。

 

「お主は、世界中にあったメンタルキューブに集まった艦船達の意思を体現する為に、メンタルキューブ全てを取り込んだ」

「……は?」

「言葉通りだ。勿論自分からでは無く、メンタルキューブからだが」

 

 世界中に存在していたメンタルキューブを自分が取り込んだと言われて、理解できる人間などいるのだろうか。決して豊富にあるとは言えないメンタルキューブだが、世界中の全てと言ってしまえば途方もない数になるのは当然だった。それを全て取り込んだ存在、それが彼なのだと言う。

 

「実を言うと、何故そんなことが起きたのかは我にも理解できぬし、一生解明できるとも思わん」

「で、では神木に選ばれたと言う話は──」

「──長門が望んだことだ」

「ッ!?」

 

 自分と同じ境遇の者が欲しいと切に願った長門は、無意識のうちにメンタルキューブへとその願いを聞かせていた。世界中のメンタルキューブから意思を汲み取った彼は、まさしく艦船一人一人に対して最高のパートナーとなれる存在である。

 

「つまり、世界中の艦船がそう望んだから……俺はこうなっている、と?」

「残酷な話だがそうだ。お主は平凡な人間だったが、その有り様を大きく歪ませてしまった」

 

 戦場で誰よりも強く冷静でいられるのはそう望んだ艦船がいるからであり、彼が指揮する戦いで犠牲者が出ないのはそう望んだ艦船がいるからであり、彼が未来を見るような正確さを持って常勝無敗であるのは、そう望んだ艦船がいるからだ。

 

「……俺は、艦船の操り人形か」

 

 告げられた真実は、恭介が予想していた物よりも遥かに残酷なことだった。元が人間であったと言う言葉が余計に彼の心に重くのしかかり、艦船が望んだからそうあるという自分の生き方にすら虚脱感があった。

 

「だが、お主に自由でいて欲しいと望む艦船がいる」

 

 拳を握りこんでこの世の非情さに憎しみすら感じ始めていた恭介の耳に、三笠の声が入り込んだ。自由でいて欲しいと望むと言われ、不思議と恭介の頭に瑞鶴の姿が思い浮かんだ。

 

「お主と共に生きていきたいと望む艦船がいる。お主に希望を見出している艦船がいる」

 

 三笠の続く言葉に、エンタープライズ、ビスマルクの姿が思い浮かんだ。それが恭介の中にあるはずのメンタルキューブがもたらす情報なのか、単純に彼自身が想像できる程彼女らについて深く関わっていたのか誰にも理解できないが、彼にとってはどうでもいいことだった。

 

「お主はどうしたい?」

「……俺は、この戦争を止めたい。鉄血もユニオンもロイヤルも、東煌も北連もサディアもヴィシアもアイリスも」

 

 迷子の子供に手を差し伸べるように言葉を続ける三笠に、恭介はまだ戸惑いながらも三笠と視線を交わして差し伸べられた手を取った。

 

「俺が全て救ってみせます」

「できるのか?」

「まだ迷いはあるけど……力を貸してくれる奴は沢山いる。少しでも前に進めるのなら、俺はそいつらと前に進みたい。まだ人類に絶望するには、早すぎる」

 

 親離れをする子供を見るような瞳で、三笠は彼を見ていた。




(貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない!)


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自由

「それで、どうする?」

 

 前に進むことを決めた恭介だったが、具体的なことはまだ決まっていない状況だった。そもそも世界会議で発生した鉄血の宣戦布告とセイレーンの襲撃が残した亀裂は大きく、陣営間の戦争は既に止められそうにない所まで来ていた。

 

「……エンタープライズと話を付ける」

「ほう! そう言えば我もいい話を長門から聞いたな」

「良い話?」

 

 自分と同じような理想を抱くエンタープライズならば、自分と同じ道を歩んでくれるかもしれないという淡い希望で発した恭介の言葉に、三笠は大層面白そうに笑みを浮かべながら頷いていた。

 

「詳細は長門共に聞け……と言いたいが、実はまだあまり詳しく聞いていないくてな」

「なら今から聞きに行きましょう」

「この時間にか?」

「はい。長門ならまだ神木にいるはずです」

 

 陽も落ち始めた時間帯である今では既に屋敷に戻っていると思っていた三笠は、長門がまだ神木の元にいると聞いて一瞬考える仕草をした後に恭介についていくことを決めた。

 既に重桜の艦船として戦うことを止め、軍部に干渉することも無くなった三笠が恭介と共に歩いていることに疑問を持ったような顔をしている艦船達とすれ違いながらも、恭介と三笠は神木の社までやってきた。

 

「これは恭介様。それと三笠殿まで」

「長門はいるか?」

「はい。まだ出て来ておりませんが」

「そうか」

 

 門番についていた男と少し会話してから、長門がまだ中にいることを確認してそのまま恭介と三笠は社の本殿の扉を開けて中に入った。恭介が予想していた通り、中にいた長門は神木に干渉などせずに部屋の隅で蹲っていた。

 

「長門」

「恭介……どうした?」

「お主こそどうした長門」

「み、三笠様!?」

 

 何故か蹲っていた長門に対して、三笠が恭介の背後からひょっこりと現れてそう問えば長門はいるはずのない彼女の姿に慌てた様に立ち上がった。

 

「お主がわざわざ式神まで使って文を送ったのだろう?」

「そ、そうですが……まさかその日に来て下さるとは」

「俺にも用があったらしくてな」

 

 恭介に対する用など長門は全く聞き覚えが無かったが、以前までの刺すような剣呑さとあらゆるものを拒否するかのような雰囲気が失せているのを見て、安堵の息を吐いた。それと同時に、今の恭介にならばあの話をしても協力してくれるかもしれないと考えた長門は、決意を固めた様に拳を握った。

 

「恭介、それと三笠様に頼みたいことがあります」

「俺もか?」

「うむ……アズールレーンを立て直したい、とユニオンの英雄に言われて」

 

 世界会議の場で四大陣営の筆頭とも言える艦船が揃った部屋で行われた会話の内容を、記憶している通りに恭介と三笠に伝えた。端的に言ってしまえば、エンタープライズが恭介の協力を必要として艦船達の希望であるアズールレーンを正しい形に戻したいということ。そしてそのことに関してロイヤルと鉄血が表立っては協力できなくとも容認することはできると言ったこと。

 

「……成程な。三笠さん」

「遠慮せずに三笠と呼び捨てても構わんぞ?」

「いえ、それは今は関係なくて……新生アズールレーンはいい案ではあると思うが、少しばかり時期が遅かった気がするな」

「それは……鉄血が……」

「それだ」

 

 鉄血が全面戦争をすると公式的に声明を出してしまった以上、ビスマルクもクイーン・エリザベスも容認しきれなくなってしまう可能性がある。それに加えて、いくら既に重桜から身を引いていると言えども三笠一人でユニオンにも鉄血にもロイヤルにも、ましてや重桜にも気づかれずに動くことなど現実的に考えて不可能だった。

 

「なら、いっそのこと聖域を利用すればいい」

「せ、聖域を? 流石に無茶ではないか?」

「その為に俺がいる」

 

 重桜近海に発生する謎の空白地帯である聖域は、大きな嵐を発生させて外界と内側を切り離す独自の結界の様な役割を持っている。重桜の艦船であっても安易に乗り越えることはできないが、それ故に敵からも見つからない場所ではある。

 艦船にそうあって欲しいと望まれて生きている彼にとって、今の世の中を何とかしたいと『想う』艦船が多ければ多い程彼の力は絶大な物となっていく。それと同時に自分が艦船の力を誰よりも発揮し、誰よりも艦船が望んだ姿でいられると理解できた今ならば、恭介にとってこんな都合のいい力は使わない訳にはいかなかった。

 

「俺が艦船の為に生きているのだと言うならば、俺は艦船の望みを叶える存在として生き続けよう」

「恭介……分かった。お主に託す」

「うむ。我も力を貸そう」

 

 自分と同じ艦船である彼女達を死なせたくない。誰かがそう願うだけで、恭介をそれを可能にしてしまう力を持っている。

 

「俺しか導けないのなら、そうするまでだ」

 

 ようやく戦う理由を見つけた恭介は、真に指揮官として艦船達を救う為に立ち上がることを決意した。全てを裏から操るセイレーンに対抗する、特異点として彼が動き始めた瞬間だった。

 

「まずは仲間集めからだな」

「重桜内で真っ先に味方になりそうな艦船は?」

「瑞鶴。とそれに付随して翔鶴」

 

 新生アズールレーンを動かす方法も、どうやって活動していくかも決まっていない状況ではあっても、そもそも人員が足らなければ意味が無い。故に恭介、長門、三笠の三人は重桜内の味方を増やすことに決めていた。

 

「瑞鶴には俺から話す。正直俺には付いてきてくれそうな奴が瑞鶴と翔鶴ぐらいしか思いつかん」

「そうか? 江風も来てくれるだろうが……」

「それは長門経由だろ」

 

 恭介は以前まで重桜の民に望まれたから重桜のトップをやっていただけにすぎず、艦船とのコミュニケーションも殆どしていなかったと言ってもいい。しっかりと絆を深めていた相手など長門、天城、瑞鶴ぐらいなものである。

 

「俺に人望は無いからな。しっかりと見極めていかないと……それと天城はこっちに何としてでも来てもらうしかないが」

「天城? 何故?」

「鉄血の秘密を知っているからだ」

 

 そういう意味でも、共に鉄血の深部までたどり着いた瑞鶴は必ず味方に引き入れなければいけない相手であることを、恭介は理解していた。

 

「兎に角、動き始めないとあまり時間は無い……嗅ぎつけられる前に夜逃げをしないといけないからな」

「夜逃げ、か……何だかワクワクしてきたな!」

「三笠様……」

 

 全く持って緊張感がない三笠の発言に、長門は呆れたような顔をしてため息を吐き、拾われてから随分長い間共に過ごしたことのある恭介は、既に三笠の性格など理解しているので意図的に無視していた。

 

「やるべきことは決まった。俺は天城と瑞鶴を説得して見せるから、長門は江風を頼む」

「うむ。任された」

「では、我が聖域の大体の位置を絞っておこう」

 

 仲間を集め、聖域の場所を特定して利用する算段をつけること。今の恭介達に必要な人員と隠れることができる場所を確保するという必須条件を理解した三人は、すぐに動き出した。

 新生アズールレーンを立ち上げるということは世界中を敵に回すことと同義であり、果てしなく困難な出来事が待ち受けることは恭介にも簡単に想像できた。

 

「……俺が俺の意思で歩き始める真の『自由』か……これはいい。ユニオンが自由に拘る理由がよくわかる」

 

 一人で皮肉を零しながらも歩き始めた恭介は既に重桜の総指揮官ではなく、新生アズールレーンの指揮官であった。

 

 


 

 

「自由の翼……か」

「エンタープライズ先輩?」

 

 鉄血による宣戦布告を受けてから数日が経過したユニオンでは、大統領の怒りに民が応えるように戦争を始めろと声高々と叫んでいた。鉄血の宣戦布告に対して重桜もサディアも特に鉄血を裏切る気などない、と言わんばかりの声明を出した故に、まずは目障りな重桜から潰すべきだと海軍内でも声が上がっていた。

 

「なぁエセックス……これから起きる戦争に、正義はあるのだろうか」

「な、何を言っているんですかエンタープライズ先輩。鉄血が先に大統領を殺そうとして、重桜もアズールレーンと敵対する意思を示したままなんですよ? セイレーンの力を取り込んで、その力に溺れたレッドアクシズは敵です」

「……そうか」

 

 ビルの屋上から道路を行進して戦争を始めろと叫ぶ市民達を見て、エンタープライズは恐怖を感じていた。民の怒りすらも先導して敵を滅ぼそうとする今のアズールレーンの姿勢は、人類が分かり合える時など絶対に来ないのではないかとエンタープライズに思わせるには充分すぎた。

 

「すまない。くだらないことを聞いたな……早く母港に戻ろう」

「はい!」

 

 缶コーヒーのアルミ缶をゴミ箱に投げ入れたエンタープライズは、脳裏にちらつく恭介に初めて拒絶された時の顔に怯えながらエセックスの前を歩いていた。

 エンタープライズ達が拠点としている母港は、ユニオン最大規模の母港となるまで発展し、艦船の艤装となるメンタルキューブから生まれた船が何十隻と停泊していた。

 

「あら、お帰りなさい」

「既に民は戦争を始める気しかない」

「そうでしょうね……戦時国債によって順調に資金も集まっているし、所得税の税率も一時的に上げて戦争費に充てるつもりらしいわ」

 

 ヨークタウンの口から出た戦争費という言葉に表情を曇らせたエンタープライズは、自分の艤装を見上げた。

 

「……もう少しだけ、お前のことを使い続けなければいけないようだ」

 

 終わりの見えない戦争によって、自分の半身とも言える艤装に負荷をかけ過ぎてしまうことにエンタープライズは愁いを帯びた目をしていた。セイレーンが再び本格的に動き出した今でさえも、アズールレーンが見ている敵は結局レッドアクシズのままだった。アズールレーンもレッドアクシズも、どちらも最終的な目的はセイレーンの撃滅であるはずにもかかわらず、いつまで経っても戦争が終わることがなければ、和解する道も存在しない。

 

「それで、いつ戦いが始まると思う?」

「そうね……まだ重桜は大きな動きを見せないし、どうなるかはわからないけど」

「すぐに動き出しますよ。その為に今頃準備していると思います」

 

 世界会議後の重桜は声明を出してから動きを全く見せないでいた。神木による力を使っているからか、近寄ることもできない程の結界に守られている重桜本土の情報は、ほぼ手に入らない。故に誰がどう動いているのか把握するのにはどうしても後手に回ってしまうのが今のユニオンの現状だった。

 

「エセックスはこれからロイヤルの方に行くのよね?」

「はい。アズールレーンの仲間としてサディアと鉄血の両方を相手にしなければいけないロイヤルの支援に」

「私は重桜の方に注力か……あまり時間は無さそうだな」

 

 重桜がどう動くか分からない以上、準備が終わるのは早ければ早いほどいい。すぐに戦争の準備をしなければいけないと考えたエンタープライズは、踵を返してドックへと向かって行った。

 

「……エンタープライズ先輩は、何を悩んでいるんですか?」

「分からないわ。でも、きっと悪いことではないと思う」

「そうですか……」

 

 ヨークタウンにとって、神代恭介と関わってからの人間味が出てきたエンタープライズの姿は姉として好ましいものだったが、敵を蹴散らす英雄としての憧憬を抱くエセックスとしては不安だけが募っていた。

 

「まるで、エンタープライズ先輩が更に遠くなってしまったような気がして」

「……貴女にもいつか分かる日が来るといいわね」

 

 エセックスから見てエンタープライズが遠くなってしまった理由は、ヨークタウンには少しだけ理解できていた。何せエセックスにとっては、ユニオンが正義であり、アズールレーンは艦船達が戦う為に必要な正義だと思っているからだ。簡単に言ってしまえば、エセックスは良くも悪くも素直すぎる。

 エンタープライズが正義への愚直さを捨てた今、エセックスにとっては自分の指標となる人が目の前からいきなり消えたことと同義なのだ。

 

「なぁエンタープライズ。どうするつもりだ?」

「どうする、とは?」

「だから、重桜の指揮官の話だよ」

 

 ドックに向かったエンタープライズを出迎えたのは、大きな倉庫の上に寝転がっていたクリーブランドだった。周囲に自分とエンタープライズ以外いないことを確認したクリーブランドは、そのまま胡坐で倉庫の上に座ったまま下で積む予定の艦載機を確認しているエンタープライズへと疑問をぶつけた。

 

「どう、と言われてもな……彼がどう動くかによるだろう」

「へー……じゃあ、本当にユニオンの味方になってくれると思うか?」

「いや、全く思わないな」

 

 エンタープライズが恭介に惚れ込んでいることを理解してのクリーブランドの発言に、エンタープライズは絶対にあり得ないと言わんばかりに力強く否定した。これに驚いたクリーブランドは、倉庫から降りてエンタープライズへと近寄った。

 

「じゃあ何でどう動くか、なんて言ったんだ?」

「あの人はユニオンの味方にはならない。だが、私達の味方にはなってくれる……と信じたい」

「……ユニオンを離れる気か?」

 

 神代恭介と言う人間がユニオンに味方することはなくとも、エンタープライズの味方はするかもしれない。それはつまり、エンタープライズがユニオン以外の立場になることを意味する言葉だった。クリーブランドはユニオンに対して特に愛国心だとかそんな立派なものは持っていないが、それでも妹が生きているユニオンを守るために戦うことは覚悟していた。そんなユニオンを支えているとも言える英雄エンタープライズが、こうも裏切ると簡単に言ってしまえばクリーブランドも剣呑な雰囲気にならざるを得なかった。

 

「別に重桜につく訳ではない」

「でもユニオンの味方ではないんだろう?」

「……そうなるかも、知れないな」

「どうするつもりだよ。エンタープライズと神代恭介の二人で世界中に喧嘩売るのか?」

 

 エンタープライズらしくもない、国を裏切ると言う明らかな正義に反する言葉に内心狼狽しているクリーブランドは、ただ彼女が自分の考えている嫌な想像を否定して欲しいと願っていた。信頼できる指揮官の元にいることができることは、確かに船の擬人化である自分達にとっては至上の喜びではあっても、それは必ず優先されるべきことではなかった。

 

「無謀すぎる! 考え直した方がいいって!」

「ふふ……お前は優しいな。クリーブランド」

「いや、そうじゃなくて!」

 

 以前の様に機械的なエンタープライズならば、合理的ではない等と言っていれば大抵誤魔化せていたが、今のエンタープライズは恭介を信頼しきってしまっていた。クリーブランドとしてはその盲目さが裏目に出て大変なことになる前に考え直すべきだと思っているが、彼女はクリーブランドの言葉に一定の理解を示すだけだった。

 

「私も容赦なく敵になるぞ?」

「海上騎士が敵か。それは困るな……クリーブランド、一緒に行かないか?」

「人の話を全く違う方向に聞かなくなったな!」

 

 人間性が出る前は、それこそ敵を倒すための兵器の様だったが故に、合理的な判断しかせずに人の話を無視することも多かったが、神代恭介と話すようになってからの彼女は、一度決めたことを曲げることがない反対方向で人の話を聞かないことが多くなった。

 

「本当に考え直す気はないのか?」

「あぁ……アズールレーンにはこれ以上私と言う兵器を預けられないと判断した」

「……勝算はあるのか?」

「あるに決まっているだろう? 何せ私がいるんだ」

 

 重桜で恭介が長門にそうしたように、エンタープライズもまたクリーブランドに自分がいるからという曖昧な根拠の元笑みを浮かべた。

 

「……あーもう! わかったよ! なんか放っておけないし」

「ありがとう。クリーブランド」

 

 柔らかい笑みを浮かべるエンタープライズを見て、機械のようだった彼女に感情を与えた指揮官という存在が気になったクリーブランドは、頭を掻いてからついていくことを決めた。

 

「それで、どう動くんだ?」

「全く決めていないな」

「おい!」

 

 勝算があると言うからついていくことを決めたクリーブランドに対して、何も考えていないと平然と言うエンタープライズはやはり根っこの部分が変わっていなかった。それでも人間味溢れる等身大の女性である今のエンタープライズの方が、クリーブランドとしては接しやすいことには変わりはないが。

 

「まぁ待て。実は長門がその件に関して何とか手を回してくれると言っていた」

「長門? 長門ってあの重桜の?」

「そうだ。ちょっと世界会議の場で会ってな」

「あ……私は行ってなかったからな」

 

 会議場でエンタープライズ、長門、ビスマルク、クイーン・エリザベスの交わした言葉は、エンタープライズに大きな希望を与えていた。

 

「ともかく、長門からの連絡を待って重桜に足を踏み入れる」

「重桜に? 確かに結界がある重桜なら周囲に見つかることは無いだろうけど……大丈夫なのか?」

「そこを何とかするのが重桜の神秘だ。私達は既に仲間だからな」

 

 重桜の艦船が仲間と言えなくなってから何年もの時が過ぎていたが、それでもエンタープライズは彼女達を信じていた。

 

「さぁ、しばらくはユニオンの元で命令に従う日々だ。艤装のメンテナンスはしておいた方がいい」

「しばらくは、か。分かったよ」

 

 既にユニオンを見限ったと言える程の思い切りの良さに、クリーブランドはため息を吐いた。この裏切りがバレてしまった時に、果たして自分は妹達にどう言い訳すればいいのだろうかと考えながら、エンタープライズがそうしているように、クリーブランドもまた自分の艤装である船へと乗り込んで点検を始めるのだった。



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起点

 動くと決めた以上迅速果断に物事を進めようとする恭介は、まず手始めに瑞鶴の元を訪れることを決めていた。何をするにもまず人手が足りていない今の状態では、求めることも満足にできなかった。

 

「瑞鶴は、いないか……」

「あら指揮官。何か瑞鶴に御用ですか?」

 

 瑞鶴が普段から刀を振っている場所として、重桜の神木から少し離れた場所に位置する桜の咲き乱れる公園があった。季節が春で固定されているかのように年中咲き乱れる桜は、一種の不気味さを醸し出しているように見えるらしく、人の気配の少ない場所であり、尚且つ公園と言われるだけのスペースが存在する為に、瑞鶴がよく訓練だと言って桜吹雪の中で刀を振っていることを恭介は知っていた。

 恭介が訪れた時間帯は、いつも通りならば瑞鶴が神速とも言える速度で剣を振るっているはずだが、夕方の時刻に普段はいない翔鶴が一人笛を奏でていた。

 

「翔鶴か。どうした、こんなところで」

「瑞鶴なら飲み物が欲しい、と言って買いに行きましたからすぐに帰ってきますよ」

「……人の質問に答える気は?」

「無いですね」

 

 何故か瑞鶴と恭介の仲がいいことをあまり快く思っていない翔鶴は、にっこりと微笑みながらも全く目が笑っていなかった。赤城からは普段から腹黒いと言われていることを知っている恭介も、しっかりと向き合うのは初めてだったが、ここまで目が据わっている笑みを浮かべる艦船が赤城以外にもいたのかとしみじみ感じていた。

 

「全く……まぁ瑞鶴に用事があるのは事実だが、お前に聞いて欲しいことではあった」

「そうですか。では先にどうぞ」

「……改めて向き合うと敵意マシマシだな」

 

 翔鶴から向けられてくる敵意に苦笑している恭介は、よく今まで何も気が付かずに翔鶴を従えていたなとぼんやりと考えていた。しかし、翔鶴としては行動一つ一つに苦笑したり、呆れたりと言った感情が見え隠れする恭介に困惑していた。翔鶴とて恭介のことが憎い訳でも苦手な訳でもないが、瑞鶴とだけ仲が良い理由がどうしても理解できない為に、以前から瑞鶴関連の話題にだけ敵意を向けている。

 

「私にも関わるようにしたんですか?」

「まぁ……心境の変化、かな」

 

 感情の見えない機械のようだと以前から思っていた恭介が、以前まで瑞鶴にしか見せていなかった感情をいきなり見せてきたことに対して翔鶴は困惑していた。そもそも翔鶴は悩みがあるから、と言ってこの広場へと瑞鶴に連れてこられていた。その悩みの種であろう恭介が自らやってきて、しかも瑞鶴だけではなく翔鶴にも用事があると言うのだから驚きもするだろう。

 

「それで、用件を聞かせてください」

「……重桜を裏切って俺と来てくれるか?」

「……は?」

 

 瑞鶴よりも先に用件を聞いてその危険性を図ろうとしていた翔鶴は、恭介の口から出た言葉を正確に理解できなかった。そもそも重桜のトップであり、全ての権力が集中しているとも言える恭介が重桜を裏切ると口にするのは余りにもおかしいことだった。何故ならば、彼は本来であれば重桜の全権を握っていなければいけない立場なのだから。

 

「な、にを言っているんですか? 貴方が重桜そのものではないのですか?」

「……今の話は聞かなかったことにしろ。お前はついてくるな」

 

 翔鶴の反応を見て、恭介は全てを理解した。現在の世界の内情を理解しきれていない翔鶴では、これから先にどんなことが起きても味方で居続けてくれるという確信が持てないと判断した恭介は、早々に話を切り上げて瑞鶴を待つことにした。

 呆然としたまま何も喋らない翔鶴を放置して、恭介はベンチに座って桜吹雪に手を伸ばした。

 

「今の、本気?」

「……聞いてたのか?」

 

 手の中に舞い込んだ桜の花弁を握りしめたと同時に、恭介の首に鞘に納められたままの刀が当てられた。後ろを振り返ることも無くそれが誰であるかを理解した恭介は、ため息を吐いた。

 

「翔鶴はついてこない。それでもお前は俺と来るか?」

「どうしようかな。正直に言って翔鶴姉が心配だから、あんまり乗り気じゃないかも」

「そうか。俺はお前達の意見を尊重するからな……どう判断しようがそちらの勝手だ」

 

 首に向けて鞘を押し付け続ける瑞鶴は、いつも以上に真剣な顔をしていた。重桜に対して懐疑心を持っていないと言ってしまえば嘘になってしまうが、それでも自分がずっと暮らしてきた土地の人々を裏切ることは簡単に決心できる話ではなかった。

 

「私、ようやく天城さんが言ってたことが分かった気がする」

「ず、瑞鶴?」

 

 恭介に向けていた刀を腰に戻し、買ってきた水を飲んでから恭介の真正面に移動した瑞鶴は笑みを浮かべていた。瑞鶴がこれから何を言おうとしているのか理解してしまった翔鶴は、震える声で懇願する様に名前を呼んだ。

 

「ごめんね、翔鶴姉。私はやっぱり、私が正しいと思う道を行くよ」

「それが例え姉と決別する道だとしてもか?」

「……うん。悲しいけど、それは人間が歩んできた道だからね」

 

 花弁を握りしめている恭介の手をそっと包み込んだ瑞鶴は、微笑みながら確かな覚悟を決めていた。陣営を裏切らせてしまうと言う罪悪感を持っていた恭介を安心させるように微笑む瑞鶴は、翔鶴が今まで見てきた中で一番美しいと思える姿だった。

 

「神代、恭介ッ」

 

だからこそ、一人世界に取り残された翔鶴の心の内から、恭介に対して醜くどこまでも黒い感情を持ってしまった。

 

 


 

 

「天城入るぞ?」

「はい。用件も理解していますわ」

 

 瑞鶴を伴って天城が普段から生活している屋敷に顔を出した恭介は、一人で将棋盤を前に茶を飲んでいる天城の姿に疑問符を浮かべていた。天城側が既に詰ませた状態のまま放置されている盤面を見て、相手側の駒の動かし方から相手が誰だったのかを大体理解していた。

 

「加賀が来ていたのか」

「よくわかりましたね」

「最近はかなり大人しくなったが、無茶な攻勢に転じようとするのは加賀の悪い所だ」

 

 将棋盤を指差しながらそう言う恭介に、天城は苦笑を浮かべていた。

 

「それで、理解していると言っていたが」

「三笠様から話は伺っています。私としては、何の問題もないかと」

「あ、あっさり……」

 

 瑞鶴としてはかなりの覚悟で決断した選択だったのだが、天城はあっさりと重桜から離反することを選んだ。まるで重桜のことを何とも思っていないかとも思える程の簡単さに、瑞鶴は驚くと同時に警戒もしていた。

 

「そうか。そもそもお前が戦えなくなったのも、言ってしまえば今の重桜が招いたようなものだしな」

「あの事件などなくとも、私は戦えなくなっていたと思いますが」

「それは、そうだな」

 

 そもそもリュウコツに不具合を持って生まれてしまった天城は、どちらにせよ長い時間艦船として戦えることなどないことを恭介も、天城自身も理解していた。

 

「離反することに反対はしませんが……現状の戦力は?」

「……」

 

 天城の戦力との言葉に反応した恭介は、首を動かして隣の瑞鶴を見た。その行動だけで全てを察した天城は、呆れた様にため息を吐いてから何かを思案してから紙に幾つかの名前を記した。

 

「味方になってくれそうな者の名を連ねました。尋ねて来て下さい」

「……分かった。頼むぞ軍師殿」

「あら、ではしっかりと王たる貴方様に忠言していかなければなりませんね」

 

 冗談交じりの言葉を交わしてから、恭介は受け取った紙に書かれている名前を見て固まった。明らかに不自然な反応をした恭介を見て、瑞鶴は横から天城が渡した紙に書かれている名前を見た。

 

「えーっと……隼鷹、飛鷹、大鳳、鈴谷、鳥海、綾波……色物が、多いね」

 

 瑞鶴の色物という言葉はとても的確な表現だった。はっきりと言ってしまえば、普段から艦船と関わることが少ないはずの恭介に対して愛が重すぎる艦船の名前が三人ほど綴られていた。狂愛とも呼ぶべき愛を持つ者は、合理的な思考で考えてしまえば恭介についてくるのはとても理にかなっていることだろう。

 

「これ、俺が纏めるんだよな?」

「今までもしてきたではありませんか」

「絶対無い」

 

 こんな面倒くさい性格をした艦船を今まで屍の様に生きていた自分が、しっかりと操ってきたと言う事実が恭介本人が理解できていなかった。

 

「取り敢えず戦力は必要だから、ね?」

「……わかった」

 

 戦力が必要なことは理解できているが、それが扱えなかったら意味が無いのではないだろうかと考えながらも、天城の中では彼は既に彼女達を御しきることを前提としているらしく、相変わらず身体の弱さとは真反対の強引さに深々とため息を吐いた。

 

 


 

 

「はぁ……後は鳥海と綾波か」

 

 数日後、自室で疲れ切った顔をして布団に横たわる恭介は、天城から貰った紙に書かれている鈴谷の名前を線で消す。会話が成り立っていたかは微妙ではあったが、何とか仲間に引き入れることができた大鳳と隼鷹と鈴谷を思い出して、恭介は再びため息を吐いた。

 

「指揮官、いるかしら?」

 

 取り敢えず今日は寝てしまおうかと考えていた恭介は、自室の扉がノックされたことに気が付いて疲労困憊の身体に鞭打って立ち上がり、相手が誰かも確認せずに扉を開けた。

 

「はいはい」

「あら、随分と疲れているわね。お姉さんが癒してあげた方がいい?」

「……勘弁してください」

 

 扉を開けて先に立っていた愛宕の言葉に、恭介は一瞬気が遠くなる感覚を持って懇願する様に言葉を吐いた。

 何故か急に訪ねてきた愛宕を無碍にする訳にもいかず、せめてお茶ぐらいは出してやるかと考えてお湯を沸かし始めた。自然な動作で愛宕を部屋に入れてお茶を出そうとする姿は、やはり以前の恭介からは考えられないことだったのか、愛宕は少しだけ驚いたような顔をしてお茶の準備をする恭介を見つめていた。

 

「どうぞ。それで、何の用だ?」

「うーん……セイレーンに何を言われたのか気になってね? それで、指揮官が落ち込んでるんじゃないかと思って」

「……まぁ……そうだな」

 

 実際、吹っ切れたと言ってもオブザーバーに言われたこと全てを受け入れ切れた訳ではない恭介としては、愛宕の言っている落ち込んでいるというのは合っていることではあった。

 

「何を言われたのかは聞かないけど……今指揮官が何かに悩んでいるなら力になりたいわ」

「いやー……」

 

 力になりたいと言われて、じゃあと簡単に頼める状況ではない故に伝えようか誤魔化そうか迷って視線を右往左往させている恭介を見て、愛宕は随分と人間性が出たことを理解して微笑んだ。以前の超然たる恭介も嫌いではなかったが、やはりどこか自分とは違う存在なのだと言う距離感を愛宕を感じていたが、今の恭介はそれを感じさせなかった。

 

「えい」

 

 迷い続けている恭介に、愛宕はいきなり正面から抱き着いた。突然のことに恭介は思考を停止させ、その間に愛宕は素早くその頭を自分の谷間に押し付けて頭を撫で始めた。

 

「ふふふ……指揮官は頑張ってるのね。お姉さんに何でも言って?」

「……取り敢えず苦しい」

「そっか……残念」

 

 自分が今何に押しつぶされそうになっているのか理解しながらも、恭介は取り敢えず急に息苦しくなったことを抗議した。恭介が胸を押し付けられて慌てることも無くそう言ったことに、愛宕は本当に残念そうに言いながら抱きしめる手を緩めた。

 

「指揮官……もしかして性欲無いの?」

「無い訳ではないと思うんだが…………自分でも別に感じたことないから不安になってきた」

「え!? け、結構大変ことじゃないのかしら?」

「さぁ?」

 

 人間であった頃の記憶が殆ど擦れ切ってしまっている恭介は、メンタルキューブを取り込んでから一度も性欲というものを感じたことがなかった。人間の三大欲求とも言える性欲が薄いと聞いて、愛宕は純粋に指揮官である恭介の身を案じていた。

 

「指揮官が性欲無かったら、いっぱい子供はできないわね」

「待て、何の話だ」

「え? だって指揮官は艦船ハーレムを――」

「――作らないからな! 風評被害だ!」

 

 そもそも艦船と人間の間に子供ができるかもわからないのにそんなことを言われても、恭介にはどうすることもできなかった。

 

「はぁ……分かった。全部は話せないけど、取り敢えずやろうとしていることだけは教える」

「それでいいわ」

 

 話すまでこの無駄なやり取りが続くことを理解した恭介は、ため息を吐きながら事情を説明することにした。簡単に恭介の身体の事情をぼかしながらも、重桜にこれ以上縛られることをやめようとしていること、それぞれの陣営の協力者と共にアズールレーンの敵となること。

 

「ふーん……でもそれって逆賊、ってことでしょう?」

「そうなるな。まぁ、俺からしてみれば人間に害を為そうとするアズールレーンの方が敵だと思うがな」

「それで、普通の人間じゃないから決断したってことね」

「そうだな」

 

 普通の人間じゃないどころか艦船の様なものなのだが、敢えてそれを言葉にする必要はないと考えた恭介は、そのままスルーした。

 

「……指揮官は人間に絶望しちゃった? 見限るのかしら」

「いや、まだ大丈夫だ。人間はそこまで落ちぶれていない」

 

 先程までの話を統括すると、今の人間などこれ以上信頼できないと言っているも同然だと思っていた愛宕は、恭介の力強い否定に僅かながらも驚きを見せた。

 

「じゃあお姉さんも指揮官について行くわ」

「は? いや、高雄は?」

「高雄ちゃんは大丈夫よ。そのうち勝手に指揮官側に来るわ」

 

 翔鶴とは全く違う姉妹への対応に、恭介は呆れた様な顔をしてそのまま項垂れた。

 愛宕としては高雄や摩耶よりも、指揮官である恭介の方が優先されるべき問題だった。人間に心底失望して、既に人から離れようとしているのならばついていくことなどせずに敵対する道を選んでいただろうが、人の可能性を恭介が信じている限りは追従する覚悟を決めていた。

 

「摩耶は……怒るかもしれないけど」

「そりゃあ……そうだろうな」

「ね?」

 

 言ってしまえば単純で後先考えずに突っ走ってしまう性格の摩耶は、愛宕と恭介のこと行動に怒り心頭で襲い掛かってくることは明白だった。

 

「よし! 高雄型重巡洋艦二番艦愛宕、これより神代恭介の指揮下に入ります」

「あぁ。期待している」

「ふふ! じゃあまた明日ね!」

 

 楽しそうに笑いながらスキップ交じりで部屋から出ていった愛宕の背中を見て、恭介はため息を吐いた。決して愛宕が操り難いだとか、役に立たないだとかの問題ではないが、簡単に口を割ってしまう自分自身にため息を吐いていた。

 

「俺、弱くなったのかな……」

 

 周囲に頼ることが一概に弱い訳ではないことは理解しているつもりだが、それでもこうして簡単に事情を話してしまう自分の意志の弱さが、少し前までの自分とは大違いだったので困惑することしかできなかった。

 

「考えるのは明日にするか」

 

 一人でぼやきながら、思考を放棄した恭介は飛び込むように布団へと倒れこんでから泥の様に眠った。

 

 


 

 

「かなりの人数が集まったが……どうするか」

「そう問題がある訳でもあるまい」

 

 数日後、これからどう動くかの方針を決める為に集まった恭介達は、三笠が普段から過ごしていると言う屋敷へとやってきていた。

 恭介を指揮官として、長門、三笠、天城、瑞鶴、江風、綾波、愛宕、鳥海、飛鷹、隼鷹、大鳳が今の戦力だった。

 

「俺と長門は勿論として、綾波と瑞鶴は今の重桜の主力とも言える艦だから動くことはできないから……必然的に三笠さんと天城に動いてもらうことになるが」

「問題あるまい。どちらにせよ今の状況ではできることも限られてくる」

 

 ついてくる選択をした艦船が当初よりも多かったことは、恭介にとって嬉しい誤算であると言えるが、それでも足りない物まだ数多く存在した。そもそも艦船を動かす為には物資も戦力も情報すらも足りていない状況では、勝てる戦も勝てない。

 

「では当面は拠点となる場所の確保、だな」

「聖域はどうですか?」

「安定して使えそうな聖域は見つからなかった。そも、あれはセイレーンの力によって発生するバグの様な物である以上、そう簡単には見つからん」

 

 現在ではセイレーンの力である「ミズホの神秘」を制御できるようなった艦船が増えてきている。それに伴って、何故か神木は力を衰退させ、聖域の数も規模も縮小してきている。

 

「……俺は、鉄血に力を借りるべきだと思う」

「鉄血に? でも、鉄血とは世界会議でやり合った直後じゃん」

 

 重桜としては鉄血の宣戦布告に対して反対することはないと言いながらも、恭介が世界会議の場で下した判断は敵として鉄血が扱っていたセイレーンを撃ち滅ぼすことだった。鉄血への敵対行動とも取れる戦いを行った後に鉄血から力を借りると言うのが瑞鶴には理解できなかった。

 

「まぁそうなんだが……はっきり言ってアズールレーン、レッドアクシズ、セイレーンの目をかいくぐって行動するには鉄血の技術力が必要だ。それこそ……移動拠点となる船、とかな」

「船、か……確かにセイレーンに制海権を奪われている今だからこそできる方法だな」

 

 恭介の言葉にいち早く頷いたのは三笠だった。艦船は艤装を船としての形で港に置き、それを整備しながら戦闘時に艤装として纏うことで力を発揮する。逆に言ってしまえば、艤装を纏える大きさまで縮小できるという意味でもある為、人間用の移動拠点をそのまま扱うことができる。

 

「当然だが移動拠点を扱う以上、活動拠点も必要ではあるが……」

「太平洋は現在無人の島も多く、前時代の軍事基地が放棄されている場所も多くある、ですか?」

「そうだ。前にユニオンと戦闘をした前衛拠点は放棄してしまったが、重桜の南方面ならば油田も多く重桜が建設した前時代の軍事基地も多く放棄されている」

「イレギュラーが発生するかもしれない聖域よりは現実的ではありますね」

 

 恭介と天城の言葉を聞きながら、三笠は部屋の端に置いてあった世界地図を取り出した部屋の中心に広げ、全員でそれを囲む形で覗き込んだ。

 

「取り敢えず、綾波と瑞鶴と三笠さん以外で鉄血に行ってもらう必要があるが……」

「しばらくは鉄血へと渡る予定はないですね……ユニオンも対重桜に本腰を入れてきたそうですし」

 

 鉄血へと協力を要請する場合、誰かしらが鉄血本土へと赴く必要性があった。しかし、ユニオンの動向を気にしている重桜上層部は、既に多くの艦船を警戒に使っていた。そのうちの一人でもある鳥海は、少し残念そうに項垂れていた。

 

「飛鷹と隼鷹は何かあった……な」

「龍鳳の面倒を見なくてはいけないからな」

「うーん……そもそも私達じゃ鉄血まで行くのに時間がかかり過ぎると思うわ」

「駆逐艦がいいよな……」

「綾波は無理、です」

 

 どうしても上手く物事が動かないことに全員が頭を働かせ、そんな状況を見て瑞鶴はとても嬉しそうに微笑んだ。彼女が望んだ重桜の仲間達の姿がそこにはあった。



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前奏

前回とサブタイトルがほぼ同じ意味ですね


「じゃあ、鉄血への協力要請はいっそのこと通信で行うとか?」

「まぁ……いいかもしれないが、リスクを考えると正直やり辛いことではあるな」

 

 三十分程度地図を広げて色々なことを話し合っていた中でも、結局鉄血へと渡る方法も言葉を伝える方法も具体的な物が一つも出なかった。

 

「正直、もうユニオンに頼むしかないと思うぞ」

「同意見ですね。グレイゴーストがどこまでユニオン内で味方を作っているかですが……」

 

 重桜内だけではもうどうしようもないと判断した恭介は、お手上げだと言わんばかりに後ろに倒れこんで天井を見つめていた。天城は恭介の言葉に同意しながらエンタープライズがどれだけの仲間を引き入れることができるのかを考え始めた。

 

「いや、グレイゴーストは無理でしょ」

「あぁ。絶対に無理だ」

 

 実際に会話をする機会が多かった瑞鶴と恭介は、頭の中にエンタープライズの顔を思い浮かべながら同時に断言した。そもそも神代恭介に出会うまで艦船として戦うことに全く疑問も持たなかった様な艦船が、明らかに口が下手そうで背中でしか物事を語れなさそうなエンタープライズが、誰かを言葉で懐柔して仲間にすることなど到底考えられなかった。

 

「ふーん……グレイゴースト、ですか」

「大鳳は直接相対したことないか」

「はい。一航戦の先輩方がよく相手していますから」

 

 瑞鶴を除いた空母組である飛鷹、隼鷹、大鳳は同じ戦場にいたことは幾度もあるが、直接相対したことはなかった。エンタープライズがユニオンの主戦力であるように、重桜も主戦力である一航戦をぶつけることが必然的に多くなるからである。

 

「……よし。一回整理するぞ」

 

 起き上がった恭介は地図に青色で塗られた凸状の兵棋を置いた。恭介、天城、三笠、長門、江風を除いた味方艦船の数である八個。

 

「まず綾波と瑞鶴は基本動けないが、綾波が哨戒として外海に出ることができる。飛鷹と隼鷹は龍鳳の訓練を見る必要があるから、しばらくは動けない」

 

 青兵棋を二つ重桜に置いてから片方をユニオン方面の外海へと動かし、飛鷹と隼鷹となる兵棋を二つ北方向の泊地へと移動させた。

 

「やらなければならないことは主に三つ。一つ目にどうにかして鉄血、と言うかビスマルクに連絡を取ること。二つ目にエンタープライズと接触すること。そして三つ目に、南の島々の中で放棄されたままの基地を見つけることだ」

 

 エンタープライズと合流しなければそもそも成り立たず、ビスマルクに連絡を取れなければ何もすることもできず、放棄されたままの軍事基地を発見できなければまともに戦うことすらできない。全ての条件を達成しなければ新生アズールレーンは動き出すことができない状態だった。

 

「でもユニオンとはすぐに戦闘になると思うよ?」

「それはそうだろうな。ユニオンは今重桜に向かわせる戦力と、ロイヤルに支援を送る戦力で二分されているはずだ」

「では誰が南に?」

 

 主力として戦っている瑞鶴には、既にユニオンが動き始めている情報が幾つも舞い込んできている状態だった。そして、恭介は過去の数度の戦争においても一度も負けたことが無いユニオンならば、必ず物量を用いて鉄血と重桜の両方同時に攻撃を仕掛けてくることを予測していた。ユニオンが戦力を二分した場合に、鉄血と比べて航空戦力が強大である重桜に対してエンタープライズがぶつけられることは想像に難くなかった。

 ユニオンが重桜に対してどう動くかは理解できたが、それに対して南に行ける艦船が余りにも少ないことに気が付いた鈴谷は首を捻って恭介を見た。

 

「南には鳥海と愛宕、それと大鳳に行ってもらう」

「大鳳が、ですか?」

「装甲空母の大鳳ならそう傷を負うこともないだろうし、ユニオンとの戦いが始まっても最初の内は小競り合いになると思うから、艦載機で索敵を行いながら鳥海と愛宕を支えてやってくれ」

「まぁ……指揮官様がそうおっしゃるなら」

 

 何に言い淀んでいるのか大体察しながらも、恭介は敢えて無視して三つの兵棋を南の島々へと移動させた。

 

「本格的に動き出すのはいつ、ですか?」

「ユニオンが大きく動いた時だな」

「必ずグレイゴーストが出てくる、時ですか」

 

 綾波の言葉に返した恭介に続くように、天城は口に手を当てて作戦とも呼べない不確定要素だらけの地図を見た。

 

「私は?」

「鈴谷は俺達と一緒にいれくれ。長門、江風、天城、そして鈴谷と俺は一緒に動くことにする」

「了解しました」

「ん? 我は?」

「瑞鶴でも鍛えといてください」

「私と三笠さんの扱い適当じゃない!?」

 

 恭介の言葉を受けてわざわざ大袈裟に頭を下げた鈴谷に対して、適当な扱いをされた三笠と瑞鶴は膝立ちになって抗議の声を上げるが、耳に人差し指を差し込んでから目を閉じた恭介には関係のない話だった。

 

「それじゃあ五月蠅い二人は放っておいて、鳥海、愛宕、大鳳。頼むぞ」

「お任せください!」

「お姉さん、頑張るわね」

「指揮官様からの命令は必ず完遂致しますわ」

 

 解散の流れに移行しつつあることを理解した艦船達は、それぞれ立ち上がって部屋から出ていった。残った長門、天城、三笠、瑞鶴、江風、綾波は、座り込んだままの恭介へと視線を向けた。

 

「……ふぅ」

 

 赤と青それぞれの兵棋を投げては掴み取り、投げては掴み取りを繰り返してから、赤の兵棋をユニオン側から太平洋に向かって移動させ、重桜の東南方向に存在する島々へと向かわせ、逆に青い兵棋を重桜から移動させて同じく東南方向の島々へと向かわせる。

 

「一ヶ月、ぐらいだと思うな」

「もう少し早い可能性もあるかと。鉄血の動向次第とも言えます」

 

 今からどれくらいの時期に、ユニオンと重桜の大規模戦闘が起きるかを考えていた恭介は、長く見積もって一月で戦闘が始まると考えていた。ただし、ユニオン国民が今一番求めているのは鉄血への制裁である以上は、鉄血が早く動けばそれだけ戦闘も早まることが予測された。

 

「どちらにせよ、戦場で会わなければ意味も無いがな」

「そこは……まぁ、会えるよ」

 

 前回は真正面から一対一で戦った瑞鶴だからこそ、エンタープライズがどれだけ恭介のことを想っているのかが大体理解できていた。実際に想っているのかどうかは知らなくとも、次戦闘になれば必ずまた恭介の目の間に現れることは容易に想像できた。

 

「取り敢えずもう一人仲間を増やす必要がある」

「え? 誰?」

 

 これ以上の戦力をどうやって確保するのか。そもそもそれ自体が課題だったはずなのに、簡単に仲間を増やすと言う恭介に瑞鶴と綾波が首を傾げた。

 

「明石だよ」

 

 恭介の口から出たある意味重桜にとって最も重要な存在である明石の名前が出たことに、天城も完全に思考の外にいたが故に部屋にいた全員が納得して頷いた。

 

 


 

 

「それで? どうしてこんな怪我をしたの?」

「いや、演習に身が入り過ぎてしまってな……」

 

 病室と言うよりも学校の保健室とでも言うべき小さな部屋で、エンタープライズはヴェスタルに絆創膏を張られながら苦笑していた。弓を引き絞り過ぎて弦で人差し指の関節部分を切ったエンタープライズは、クリーブランドに呆れられながらヴェスタルの元へと訪れていた。艦船であるエンタープライズが弦で指を切るなど、相当な力で引き絞った以外にあり得なかった。

 

「何でそんなに演習ばかり?」

「それは……まぁ、重桜とのこともあるしな」

「それは嘘が下手すぎないか?」

 

 エンタープライズが適当に誤魔化す様な言葉を口にした瞬間に、隣で雑誌を読み耽っていたクリーブランドがため息を吐き、その言葉を聞いてヴェスタルはにっこりと笑顔のままエンタープライズの指を握った。

 

「ゆ、指が外れそうなんだが」

「そんな加減が下手そうに見えますか?」

 

 全身から威圧を発しながらエンタープライズへと笑顔を向けるヴェスタルを見て、クリーブランドは肩を竦めて雑誌をベットへ放り投げた。

 彼女達が演習に精を出しているのは、新生アズールレーンが動き出す日が近いと確信していたからだった。恭介が予測した通り、一ヶ月後に大規模戦闘を行う予定で対空火力に秀でた海上騎士であるクリーブランドと、主戦力の空母であるエンタープライズが重桜方面へと進軍することが決まっていた。その戦闘を恭介達の答えを聞く最初にして最後の機会だと考えたエンタープライズとクリーブランドは、その時に向けてひたすら自分を鍛えることしかすることが無かった。

 

「もう。でも私はちゃんと知ってるんですからね?」

「……そう言えばヴェスタルは手紙を読んだことがあったな」

「そうなのか? なら最初から勧誘なりすればよかっただろ」

「勧誘、か。考えたことも無かった」

 

 クリーブランドの言葉を受けて、一瞬考えるような仕草をした後に小さな声で全く考えたことも無かったことを告げられて、ヴェスタルとクリーブランドは項垂れた。今まで自分の存在に戦闘以外の価値を見出してこなかったエンタープライズは、無菌室で育った子供の様に覚束ない所だ多いと言える。エンタープライズが自分の考えを持って動くことがあっても、仲間を作ることなどできないだろうと判断した恭介と瑞鶴は真実を正確に把握していたと言えるだろう。

 

「取り敢えずヴェスタルにも事情は話すとして、誰が味方になってくれそうだと思う?」

「さぁ? はっきりと言ってしまうが、私は戦うこと以外をしたことがないからな。誰が信頼できるとかはさっぱりだ」

「……色んな意味で私を味方につけたのは正解だったな」

 

 エンタープライズの言葉に再び項垂れたクリーブランドは、当初のエンタープライズの無茶すぎる計画を考えて何もかも投げだしたい気持ちになっていた。そもそも彼女の頭には神代恭介と合流することしか頭になく、いつも通りに無理やり解決しようとするのだから質が悪い。

 

「ボルチモア、とか?」

「クリーブランドが言うならそうなんだろう。話してみるか」

「もうちょっと疑ってみるとかさぁ!?」

「よくわからないが……クリーブランドは信用できるからでは、ダメなのか?」

 

 三度項垂れたクリーブランドに、ヴェスタルは同情してあげることしかできなかった。

 

「やっぱりユニオンのリーダーがエンタープライズかって言ったら微妙だな」

「それは……そうだろう。私よりもよっぽど向いている人は沢山いると思うぞ」

「でも一番強いのはエンタープライズだろ?」

「それは文明人の思考ではないさ」

 

 トップとして、重桜の神代恭介もロイヤルのクイーン・エリザベスも鉄血のビスマルクも、割と懐疑的な部分が多い人物と言える。少なくとも、クリーブランドが見た神代恭介は懐疑的で、リーダー足り得る人物なのだろうと理解できた。純真無垢とも言える程騙されやすそうなエンタープライズは、クリーブランドの中ではリーダーではなく切り込み隊長にしか見えなかった。

 

「じゃあ取り敢えず私に教えてちょうだい」

「そうだな……何処から説明すればいいのか……かなり複雑なことになっているんだ」

 

 ボルチモアに説明して良いか悪いかを判断する頭が二つから三つに増えるだけでも得ではないか、と言うヴェスタルにクリーブランドは一理ある、と頷いた。

 エンタープライズは、セイレーンによって世界の陣営全てが手の平の上で転がされていることを知っているヴェスタルに、長門とビスマルクとクイーン・エリザベスと共に話した新生アズールレーンのこと。もしかしたら神代恭介が自分達の味方として共に戦ってくれるかもしれないということ。その為に次の戦闘時には必ず重桜の艦隊に出会わなければいけないということ。

 全てを話し終えたエンタープライズは、一息吐いてヴェスタルの顔を見た。

 

「んー……つまり、エンタープライズちゃんが指揮官のこと大好きってことね?」

「何故そうなるッ!?」

 

 笑顔を浮かべながら言うヴェスタルに対して、エンタープライズは顔を赤くしながら勢いよく立ち上がった。首を傾げることも無く、顔を真っ赤にしてすぐに立ち上がる当たり自覚があるのだろうなと思ったクリーブランドは何回か頷いていた。

 

「だって指揮官が味方になってくれるかもしれないって言ってる時が一番熱が入ってたし、すごく必死そうだったから」

「そ、それは……神代恭介が重桜の人間だから、信じて貰えるようにと思って」

「自分の指揮官が敵じゃないって教えたかったのよね?」

「……そ、そうだな」

 

 ヴェスタルの言っていることは色恋沙汰を除けば正しいことではあった為、エンタープライズは顔を手で覆いながら再び椅子に座った。ニヤニヤと言うよりはニコニコとしているヴェスタルの顔に、クリーブランドは苦笑していた。

 

「多分だけど、ボルチモアはちゃんとわかってくれると思うわ」

「まぁ、彼女は聡明だからな」

 

 エンタープライズはヴェスタルの言っていることを理解していた。確かに彼女の言う通りボルチモアは聡明で、基本的に何事もそつなくこなす天才肌であり、上の命令をそのまま無条件で受け入れるタイプではない。故に今の状況に明確な疑問を持っていなくとも、ボルチモアなら既にアズールレーン自体に疑惑の目を向けている可能性は大いにある。

 

「なら今すぐボルチモアに会いに行こう」

「今すぐか?」

「勿論。重桜のことわざだが『時は金なり』だ!」

「ふふ……わかった」

 

 即断即決を心掛けるクリーブランドは、すぐに立ち上がってエンタープライズに手を差し伸べた。それに対して、無駄に時間をかけることを嫌うエンタープライズもまた笑みを浮かべながら手を握って立ち上がった。

 

「じゃあ作戦開始したら教えてちょうだいね」

「あぁ。必ず迎えに行く」

 

 エンタープライズにとって姉であるヨークタウンや、指揮官である神代恭介よりも信頼できると言えるかもしれない相手であるヴェスタルを、味方に引き入れる為なら何でもするつもりだった。

 

「よし! 取り敢えずボルチモアの所へ出発!」

 

 拳を突き上げて大きな声で言うクリーブランドに、エンタープライズは優しい笑みを浮かべながらもその背中を追いかけて歩き始めた。

 

 


 

 

「あら、もう仕事?」

「……そこまで深い傷ではないわ。むしろ貴女の方が重傷よ、オイゲン」

「いいじゃない。病室なんて退屈で仕方ないわ」

 

 淡々と事務処理をしていたビスマルクは、またもやふらふらと病室から抜け出して現れたプリンツ・オイゲンにため息吐いて手に持っていた資料を机に投げた。何も考えないようにと始めた書類処理だったが、既に太陽が中点まで来ているのを見てビスマルクはその光に目を細めた。

 

「何の用かしら?」

「面白い話と、面倒くさい話があるわよ」

「……面倒くさい方から聞くわ」

 

 プリンツ・オイゲンの言う面倒くさい話は本当に面倒くさい場合が多く、面白い話と言うのはビスマルクとしては全く笑い話にならないことが多いので、面倒くさいと思える方から聞くことにした。

 

「じゃあ面倒くさい方ね。ユニオンとロイヤルが動き出したことは知ってるでしょう?」

「えぇ。それは分かっているわ」

「北連にも動きがあったわ」

「……そう、遂に」

 

 ロイヤルの母港へとユニオンの艦隊が送られていることは既に軍内でも回っている情報だったが、プリンツ・オイゲンの口から出てきた北連が動き出したという情報に対して、ビスマルクは顔を顰めた。

 

「北の『王冠』はどうしたのかしら」

「さぁ? ただ、北にいるティルピッツからの情報だから嘘ではないと思うわ」

「ッ!? ティルピッツは北にいるの!?」

 

 プリンツ・オイゲンの口から出たティルピッツの名前に、ビスマルクは声を荒げて立ち上がった。そんなビスマルクの様子を見て、プリンツ・オイゲンは自分が失言をしたことに気が付いて肩を竦めた。

 

「ずっと居場所が分からなかった……まさか北にいるなんて」

「迎えには行けないわよ。あんたに言わなかった理由は当然、口止めされてたから」

「……ティルピッツは既に艤装を持って戦える状態ということね」

「そうよ」

 

 一度致命傷を受けた時の後遺症によって両足が上手く動かないと聞かされていたが、それは全く偽情報だったことを理解したビスマルクは苛立たしさをぶつけるように数センチまで積み上げられていた書類の山を叩いて机の上に近海が描かれた地図を広げた。

 開けられた窓から吹き抜ける風によって宙に舞っていた書類が更に部屋中に飛び散って行くのを横目に、プリンツ・オイゲンも机の前まで歩いてやってきた。

 

「……鉄血が擁する北の母港で、尚且つティルピッツの艤装を開発することができる規模の科学力が備えられているのは、ここだけ」

「正解。どうするのかしら?」

「場所が分かればやりようは幾らでもあるわ」

 

 一秒でも時間が惜しいと感じ始めたビスマルクは、すぐに立ち上がって部屋から出ていこうとした。

 

「あー、面白い話だけど――」

「そんなものを聞いている余裕はないわ」

「――神代恭介が動き出したわ」

 

 プリンツ・オイゲンの言葉など関係ないと言わんばかりに無視してドアノブに手をかけた瞬間、神代恭介の名前を聞いてその手を止めた。

 

「あの人が、何故今動くの?」

「さぁ? 何故かなんて本人に聞かなきゃわからないでしょ」

「……」

 

 世界会議の場では顔を合わせることも無く、言葉を交わすことも無く終わってしまった神代恭介を思い浮かべたビスマルクは、長門とエンタープライズの話していた新生アズールレーンの存在を思い返していた。

 

「まさか……」

 

 戦争を嫌っている長門、自身を導いて欲しいと言っていたエンタープライズ、その両者に共通する人物として浮かび上がる人間こそが神代恭介だった。世界会議の場で鉄血の操るセイレーン艦隊を撃ち滅ぼしながらも、鉄血に対して敵対するつもりはないと声明を出した重桜。あらゆる情報がビスマルクの頭を巡りながら、一つの結論へと到達する。

 

「本当に、神代恭介を味方につけたの?」

「何か心当たりがあるみたいね」

 

 目を見開いて自分が出した結論が到底あり得るはずの無い程馬鹿なことに気が付いて頭を振るビスマルクに、プリンツ・オイゲンは笑みを浮かべながらソファに座った。

 

「さ、情報交換と行きましょう。私ならティルピッツを救えるわ」

「……いいわ。貴女には聞きたいことが沢山あるもの」

 

 全てプリンツ・オイゲンの計画通りに進んでいることを悟ったビスマルクは、心を落ち着かせるために息を吐いて向かいに座った。



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直前

 なんとか頑張って書いてます。
 月に四回ぐらい更新したいのですがね……緊急事態宣言も解除されて社会も動き出して、忙しくなってきましたから。


 世界会議で起きた鉄血の宣戦布告に対して、アズールレーンは早急に軍を動かした。ユニオンの艦隊をロイヤルのアズールレーン母港へと移動。連合艦隊として鉄血への牽制とし、一方でロイヤルの物資的な支援を受けてユニオンは太平洋を突き抜けて遥か遠く重桜へと艦隊を差し向けた。

 レッドアクシズはこれに対して防衛以上の行動は取らなかった。重桜は現在の最前線基地である南西諸島へと艦船を派遣して至近距離で睨み合いを続け、鉄血も艦船を一つの港へと集結させてロイヤルへと向けていた。同時に、サディア帝国は地中海に蔓延るセイレーン撃滅の為に戦力を集中させ、ヴィシア聖座も自衛の為に艦隊を動かしていた。

 

「……世界中が動き始めたわね」

「予定通りなんじゃないの?」

「概ねは、ね……けど、神代恭介が全てをひっくり返す可能性があるわ」

 

 水鏡に映る世界中の艦船達の姿を見て、オブザーバーは無表情のまま手の中にある黒いメンタルキューブ転がしていた。

 

「それより、メンタルキューブが世界から消えた理由がまさかアイツに全て取り込まれてるとはねー」

「流石に予想外だったな」

 

 無表情で水鏡を見つめるオブザーバーの後ろで何やら忙しそうに計算を繰り返しているテスターと、寝転がって適当にだらけているピュリファイアーが神代恭介が特異点である理由の一端であろうその力に触れた。

 

「メンタルキューブは私達にとって既に知り尽くしているはずの物。にもかかわらず彼はそれを使って私達の計算すらも超えて見せた……一体どんな力なのかしら」

「えー……上手く観測もできないんだから考えるだけ無駄じゃない?」

 

 単純に計算できないものが嫌いなピュリファイアーは、考えることすら嫌だと言わんばかりに適当に話をずらそうとするが、既にオブザーバーの耳にはそんな戯言は聞こえていない。明らかに執着しているその姿に、ピュリファイアーがテスターに目を向けるが、肩を竦めてそんなものは知らんと言わんばかりの様子だった。

 

「おいーっす!」

「あ? オミッター?」

 

 周囲など全く見ずに水鏡をずっと眺めているオブザーバーにどう声をかけようかと思っていたピュリファイアーだったが、唐突に現れたセイレーンの姿と声に、明らかな苛立ちを乗せた声を発した。

 

「何だよ。うるさい奴だな」

「どっちが!」

「やんのかコラ!」

「うるさいぞ」

 

 同時に互いの胸倉を掴んで今にも殴り合いでもしそうなオミッターとピュリファイアーに、テスターは一人でため息を吐いた。オブザーバーはオミッターが現れたことにも全く反応せず、水鏡を眺め続けていた。

 

「あいつ……なにしてんの?」

「ご執心の特異点の観察」

「あー……カミシロキョウスケ、だっけ」

「そうそう」

 

 普段とは全く違う雰囲気のオブザーバーを見て、オミッターもピュリファイアーの胸元から手を放して首を傾げた。普段のオブザーバーならばすぐに反応したり苦言を呈してきたりするのだが、今のオブザーバーはしきりに何かを目で追いかけているだけだった。

 

「……ふふふ。あはははははは!」

 

 水鏡を一人で眺めてはたまに笑みを零すだけだったオブザーバーが唐突に声を上げて笑い始めた。テスターは厄介事の雰囲気を感じ取ってため息を吐き、ピュリファイアーとオミッターは戦闘の予感に獰猛な光を目に灯らせていた。

 

「あら? オミッター、いつの間に来ていたの?」

「さっき来たばっかりだよ」

「そう……なら丁度いいわ。テスター、ピュリファイアー、オミッター、行くわよ」

「行く? 何しに?」

 

 この場にいるセイレーン上位個体の全てに声をかけたオブザーバーは、怪しげな笑みを浮かべながら手元で弄っていた黒色のキューブを掲げて、その色を()()へと変化させた。

 

「世界を引っ掻き回しに、よ」

 

 


 

 

 重桜の実質的トップとして、恭介は現在長門と共に軍議の場に出ていた。しかし、軍議と言っても所詮は形式的な物でしかなく、既に何を行ってどの艦船を派遣してどう戦闘を行うかの作戦は大体決まっている。それでも集まって形式上の軍議を執り行わなければいけない理由は、単純に重桜の人間がそう言う性質だからとしか表すことができない。

 

「では、此度もまた神代様が最前線に出る必要性がある、と?」

「ユニオンもこれから本格的に重桜を潰しに来る。俺が出なければ止められないとは言わんが、ここでこうして座っているのは性に合わない」

「……承知いたしました」

 

 重桜の最高責任者でありながらも現場指揮官として重桜内で最も優秀だと言える彼を、危険だからと言って本土に閉じ込めたままと言う訳にもいかない。

 

「俺はグレイゴーストとその艦隊を相手取る。奴をこのまま放置すればいずれこちらの航空戦力に牙を剥くことになる」

「では一航戦を率いるということでしょうか?」

「いや、一航戦には逆にその他の相手をしてもらいたい。グレイゴーストには瑞鶴をぶつける」

 

 重桜の最高航空戦力とも言える一航戦ではなく、まだ未熟な部分も多い五航戦の片割れをぶつけることに対して、少しばかりのざわつきが起こる。軍議に参加している赤城と加賀は特に反応することも無く、ただ恭介の指示に従っているが故にすぐにざわめきは収まるが、この作戦に一抹の不安を持つ者も現れた。

 

「ユニオンの物量は圧倒的であり相手戦力が未知数の中での戦いとなるが、勝てない相手ではない。各自敵を撃滅し、我らの重桜を守れ」

「はっ!」

「一航戦の誇りにかけて」

 

 恭介の言葉に敬礼で応えた人間達はすぐに大広間から出ていき、戦の支度を開始するが、一航戦である赤城は動かずに黙って指揮官を見つめていた。その様子に気が付いた加賀は、眉をひそめて立ち止まる。

 

「姉さま?」

「指揮官様、この作戦……何故グレイゴーストの相手を瑞鶴に?」

「……お前達よりも瑞鶴の方が戦闘回数が多いからな」

「そうですか……失礼します」

 

 赤城は本能的に何かを察知していた。重桜の神秘によって得た獣としての第六感が働いたのか、恭介が自分の元から今にも離れていきそうなことを感じ取っていた。しかし、嘘を重ねる訳でもなく淡々と理由を述べる恭介を見て赤城は、一種の安心感を覚えてその場から去っていった。

 

「……誤魔化し方がイマイチ下手ではないか?」

「バレてなきゃ問題ない」

 

 長門のジト目から逃れるように視線を逸らした恭介は、今後の戦いについて頭を切り替えた。

 

「数で圧殺すると思っていたが……案外ユニオンも資源には困っているのかもしれないな」

「うむ。やはり艦船を動かすにはそれ相応の資源が必要。重桜は神秘でなんとか誤魔化してはいるが……どの陣営も無尽蔵に艦船を動かせる訳ではない」

 

 重桜は神木による神秘と、メンタルキューブによってある程度は誤魔化しているものの、やはり大勢の艦船を同時に動かす程の資源を持っている訳ではない。そもそも国土が元々狭く、セイレーン大戦以前の戦争によって困窮している今は満足に艦船が動かせていることすら奇跡と言っていい。

 

「それで、愛宕達は帰ってきたのか?」

「もう少ししたら帰ってくると連絡が来ていたぞ」

「そうか」

 

 最近は部屋に籠って一日中天城と地図上で作戦を練り続けていた恭介は、愛宕達が帰ってくる時期など全く把握していなかったが、そこはしっかりと長門が管理していたらしく、しっかりとした返事が返ってきたことに頷いて恭介は港で出迎える必要があると判断した。

 

「良さそうな拠点が見つかっていればいいが」

 

 前時代の戦争によって放棄されている基地など多く存在するが、新生アズールレーンの基地として使おうと思うと、それなりの規模が必要になってくる。幸い、艦船は艤装さえ何とかしてしまえば生活するスペースに大きな問題はない。

 

「……先に明石に会いに行ってくる」

「うむ」

 

 この先どう転んでも明石の存在が必要になると理解している恭介は、立ち上がってそのまま明石がいるであろう工廠へと赴くことにした。

 

 


 

 

「にゃ? も、もう一回言ってほしいにゃ」

「俺と一緒に来てくれ」

「……告白かにゃ? というか指揮官がこんなことするなんて……明日は槍でもふるのかにゃ」

「茶化すな」

 

 いつも通りに工廠内で好き勝手に珍兵器やら謎の科学兵器モドキを作っていた明石は、いきなり現れて共に来いと言う恭介が摩訶不思議な存在に見えていた。そもそも彼が指揮官となってから工廠を訪れた回数など多めに見積もって三回もあればいいだろう。そんな恭介がいきなり現れたという事実にすら驚いているだ。

 

「ちゃんと順を追って説明してほしいにゃ」

「俺は重桜から離反する。その為にお前の工作艦としての力が必要だ」

「……んにゃー何か聞いたらいけない言葉が聞こえた気がするにゃ」

「重桜を離反する」

「にゃんだってぇ!?」

 

 さっきまで持っていたスパナなどの道具を放り出して恭介へと詰め寄る明石は、恭介が想像する工作艦からは考えられない程の速度だった。

 

「自分が何を言っているのかちゃんとわかって言ってるのかにゃ!?」

「正気だ。操られてもなければ、投げやりでも無い」

「もっとヤバイにゃ!」

 

 自分以外が起こす面倒ごとを嫌う明石としては、重桜の最高権力者とも言える恭介の離反など聞いただけで卒倒してしまう程の出来事である。しかも、本人が目の前で実行する以前の段階で共犯者になれと囁いてきているのだ。もう既に逃げたくてしょうがいない明石は、取り敢えずの時間稼ぎを考えた。

 

「り、理由がわからなきゃついていけないにゃ。カリスマ指揮官ならこの道理がわかるにゃ?」

「あぁ、勿論今から説明する。お前が逃げたくてしょうがいないからその手段を考える為の時間稼ぎなことも知っているが、敢えて説明する」

「鬼かにゃ!?」

 

 涼しい顔で平然と言う恭介に、明石は頭を抱えた。

 

「アズールレーンもレッドアクシズも仕組まれた戦争を続けている。これ以上セイレーンの好きにはさせない。させる訳にはいかない」

「……マジで言ってるのかにゃ?」

「ならお前は、自分が普段から弄っている艤装を完全に解明できるか?」

「……嘘は言ってないみたいだにゃ」

 

 恭介の言う通り、工作艦である明石でも完全に艦船達の扱う艤装は解明しきれていない。そもそもその技術力はブラックボックスとも言えるメンタルキューブから作り出されている。そして世界には今一つもメンタルキューブが見つかっていない以上、これを解明することは事実上不可能な状態だ。

 

「でもどうするんだにゃ? 指揮官がすごいの知ってるけど……やっぱり世界中を敵にして勝てるとは……」

「勝てるさ。敵は世界中じゃない……セイレーンだ」

「……もっと勝てなさそうなのが出てきたにゃ」

 

 セイレーンには絶対に勝てると確信している恭介と明石の認識の違いでしかないが、明確に敵だと恭介が断定するのはセイレーンだけである。

 

「頼む。お前の力がどうしても必要なんだ」

「…………あー! わかったにゃ! 指揮官には従うのが艦船……地獄まで付き合うにゃ」

「ありがとう」

「では、私も同行させて貰うぞご主人」

「んにゃー!?」

 

 明石の協力をなんとか取り付けた瞬間、恭介の背後から夕張が現れた。突然現れた夕張の顔に驚いた明石は、数歩後ろに下がって丁度歩いていた不知火にぶつかった。

 

「……うつけ」

「ぬいぬいに罵倒されたにゃ!? 明石は悪くないにゃ!」

「ご主人、兵装実験し放題の待遇で頼む」

「では妾は他陣営相手に、優先的に商売する権利を」

「…………わかった」

 

 聞かれてしまったからには、恭介としても共に連れて行くことしかできない。とは言っても不知火も夕張も後方支援役としては十分すぎる程の性能を持ち、不知火に至っては前線に立って戦うこともできる。

 

「作戦決行時は教えてくれ。それまで兵装実験でもしている」

「妾も仕入れに戻ります」

「……頼む」

 

 何とも言えない空気を醸し出しながらも、恭介は新たな仲間の確保を完了した。

 

 


 

 

「ふぅー……大分暑いな」

「仕方が無いさ。熱帯に近い所だからな」

 

 重桜南西諸島まで軍を進めて展開しているユニオンの艦船達は、周囲の警戒を続けながら放棄されたかつての重桜基地を利用していた。熱帯に大分近い場所に存在する故に、クリーブランドは額に浮かぶ汗を拭いながらため息を吐いていた。エンタープライズも、いつもの黒いマントを脱いで水分補給によってなんとか体温を下げようとしていた。

 

「艦船は戦場でも食事をせずに動けるから便利だって思ってたけど、こうも暑いと水分補給したくなる気持ちがわかるな……」

「そうだな。私達艦船は熱中症で死んだりはしないが、やはり暑すぎると艤装も言うことを聞いてくれなくなるからな」

 

 一ヶ所に集めて、海岸でヴェスタルがメンテナンスしているのを見下ろしながら、エンタープライズはクリーブランドに投げ渡された冷やしたタオルで顔を拭った。

 

「重桜はあまり大きな動きを見せないけど……」

「世界会議ではそこまで損害は受けていなかったはずだが……やはり慎重になっているんだろうな」

「そっか……それで、神代恭介はどうすると思う?」

「絶対に動く。でなければ私達は終わりだ」

 

 エンタープライズの神代恭介への信頼は相変わらずではあるが、エンタープライズが言っていることはあながち間違いではなかった。セイレーンが本格的に動き始めたことが分かった今、こうして人類同士で戦うこと自体がセイレーンの罠かもしれないのだ。

 

「で、どうやって合流するつもりなんだ?」

「おー、ボルチモア……涼しそうなもの持ってるな」

 

 エンタープライズとクリーブランドの後ろから近づいてきたのは、協力を要請すると快く受けてくれたボルチモアだった。手には氷嚢を持ち、首の後ろへと宛てていた。

 

「特にこれといった作戦はないが……向こうから接触してくると私は思っているぞ」

「へー……誰が?」

「瑞鶴だろうな」

 

 ボルチモアとしても、エンタープライズとクリーブランドが無策で適当に動いているとは全く思っていなかったので心配はしていなかったが、実際に神代恭介と顔を合わせたことがないのでその男を信頼できるかどうかはまた別の話だった。

 

「ふーん……で、合流してからは?」

「……どうなるんだろうな」

「あー、エンタープライズは割とこういう奴だから」

 

 神代恭介と合流することしか頭にないエンタープライズは、彼がいれば大抵何とかなるだろう程度しか考えておらず、そんなエンタープライズにクリーブランドは呆れながらボルチモアへとそう告げる。

 

「あはは! いいじゃないか。自分が正しいと信じた方向へ進めるだけ、マシだよ」

 

 正しいこと。それはユニオンにとって全員が共通して持っている一種の思想の様な物である。自由であることと同等に考えなければならない事柄でありながら、それぞれが違う正しさを掲げる。それこそがユニオンと言うべきものである。

 

「エンタープライズちゃーん!」

「ん? 終わったようだな」

「じゃあそろそろ本当に開戦か」

「開戦自体はとっくの前にしてるけどな」

 

 下からエンタープライズを呼ぶヴェスタルを見て、艤装のチェックも全て済んだらしいことを理解したエンタープライズは、旗艦としての役目を果たす為に動き始めた。

 

「この馬鹿げた戦争を終わらせる。それが人類の為になる」

「それだけは確かだな」

 

 エンタープライズが現在持つ唯一絶対の正義は、悲しみを産む戦争を終わらせる為にセイレーンを撃滅することだった。それは、今のユニオンにいては達成できないことでもある為、エンタープライズは単純に離れることを決意した。クリーブランドの持つ正義は大切な妹を守ることであり、ボルチモアの持つ正義は自分が正しいと信じた道を歩むことであり、それはセイレーンを撃滅することである。

 

「はっきり言って私も、クリーブランドも、ボルチモアも、そして指揮官も……信じるものは全く違うが、それでも一つになれると私は信じている」

「いいね。そう言うの」

「うん。実にユニオンらしくていいじゃないか」

 

 決意を新たにするエンタープライズに、クリーブランドとボルチモアも笑みを浮かべて従うことを決めている。

 

「新生アズールレーン発足の為に、尽力しようか」

「了解」

 

 仮称「新生アズールレーン」の為に動き始めると決めたエンタープライズは、既に猪突猛進と言った様子ではあるが、クリーブランドとしてはそれも仕方ないことなのかと苦笑していた。

 

「初めて自分で考えて、初めて実行に移すことがこれなんだからなぁ……やる気にもなるか」

「まぁ……以前までだったらもっと肩肘張って、兵器だからどうとか言ってただろうし」

「そう考えるといい感じになってるのか? まぁなってるってことにしておくか……指揮官に会うの、私もちょっと楽しみなんだよね」

 

 一人でさっさとヴェスタルの元へと向かって行ったエンタープライズの背中を見ながら、クリーブランドとボルチモアは談笑していた。内容としては、エンタープライズの変わりように関してではあるが。

 

「妹のコロンビアがさ、面白い人だった―って言うからね」

「へー……ブレマートンはあんまり興味無さそうだったけど」

「あー……確かに興味無さそう」

 

 クリーブランドはボルチモアの妹であるブレマートンを思い浮かべて、彼女が会ったことも無い神代恭介に興味を持つかと言われれば興味など無いだろうと納得した。

 

「何をしているんだ? そろそろ準備しておいた方がいいと思うぞ」

「あー悪いエンタープライズ。指揮官の話してたんだよ」

「……早くしておけ」

「この間指揮官のことでからかったからって照れるなよ」

「照れてない」

 

 少しだけ顔を赤らめて逃げるように歩いて行くエンタープライズを見て、ボルチモアは以前とは全く違うその姿に苦笑することしかできなかった。



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邂逅

「で、どうするの?」

 

 エンタープライズ達がこれからどうするのかと意見を出し合っている時と全く同じ瞬間、扇で風を感じていた恭介に瑞鶴が同じことを言った。

 

「あー……どうすっかな……」

「暑いからって思考適当になってない?」

 

 本土防衛戦とも言える今回の戦いには、恭介以外の将校たちも同時に前線で指示を飛ばす為に何人かがやってきている。ユニオンと同様に、廃棄されていた基地を急ピッチで使えるように再建した重桜は、恭介を中心として既に準備を終えていた。互いに小競り合いを何度か繰り返しながら、今の前線基地に落ち着いた状態は、既に一週間以上続いていたが、ユニオンが本土から輸送船を連れてきたことが知られていよいよ正面衝突が始まろうとしていた。

 

「まぁ……瑞鶴は……綾波と鳥海を連れて行け。一人で行くよりはマシだろう」

「わかったけど、どうやってグレイゴーストの場所を把握するの?」

「それは赤城と加賀がやってくれる。恐らくあっちも少人数で動いているはずだからな」

 

 扇を放り投げた恭介は、そのまま立ち上がって海を見下ろした。

 

「良さそうな基地も見つかったし、後は本当に鉄血だけだな」

「任せて、グレイゴーストと接触できれば何とかなるかもしれないし」

「そうだな……ユニオンはロイヤルとも繋がりがあるからな」

 

 今回の戦いではそれなりに世界中が騒ぎになるだろうと恭介は理解していた。何せ重桜のトップである自分自身と重桜の艦船数名に加えて、ユニオンの英雄であるエンタープライズが自らの陣営を裏切ると言うのだから。

 

「正直、今回の作戦は離反することを誤魔化すことはできない。そもそもユニオン側からすればエンタープライズが帰らないことになり、重桜側も戦闘した瑞鶴が帰らない訳だからな」

「……きっと隠蔽するよ。それが一番いいから」

 

 自らの保身の為に必ず恭介を切り捨てると瑞鶴には確信があった。今までの行ってきた全てを理解している訳でもないし、艦船である瑞鶴には人間にとってのセイレーンや自らの陣営がどれ程大切なのかは理解できない。それでも、瑞鶴の正義に反していることに違いが無かった。

 

「よし! 私行ってくるね!」

「任せた」

 

 笑顔で部屋から飛び出していった瑞鶴に苦笑しながら、恭介は深く息を吐いて椅子に座り込んだ。

 自らが更なる動乱の火種になることを理解しながら、それでも彼は止まる所まで来ていた。それに対して彼自身も、セイレーンに支配される人類の為にやっていることだと正当化するつもりも全く無い。ただ、それが自分にとって正しいことであると信じているから。

 

「戦争は、どちらも始めた時点で悪か……良し悪しを語る程愚かなことも無いな」

 

 自嘲するような彼の呟きを拾うものは、誰もいなかった。

 

 


 

 

 戦闘の始まりは唐突だった。

 

「撃て!」

「蹴散らしなさい」

 

 功を焦るように前線へと出た赤城率いる艦隊が偵察中だったユニオン艦隊へと襲い掛かった。突然の襲撃に対しても、ユニオン偵察艦隊旗艦だったアトランタは冷静に戦況を確認していた。赤城達の攻撃には確かな練度感じさせるものはあるが、神代恭介が行うような綿密な攻撃には見えなかった。

 

「冷静に、敵機を確実に落としていきなさい!」

「は、はい!」

 

 重桜一航戦から放たれている艦載機を全て撃ち落とせるとはアトランタも考えてはいなかった。故に彼女はいかに被害を抑えてこの状況を後ろの味方に伝えるかを重視していた。

 

「戦争で勝つのは強い方じゃなくて、情報を上手く扱えた方よ!」

「……ラフィー、敵影を確認」

 

 アトランタの指揮下で動いていたラフィーは、ベイリーを狙う艦載機を撃ち落としてから少し遠い位置に敵影を発見した。次の瞬間、ラフィーは隣のベイリー抱えて真横へと飛んだ。

 

「きゃっ!?」

「……敵、戦艦を確認」

 

 歴戦ともいえるラフィーは発見した敵影の動きから、相手が何をしているのかを瞬時に判断してベイリー守るように動いた。ベイリーは何が起きているのか理解できずに、戦艦の長距離砲撃によって空中に上がった大量の海水を浴びることしかできなかった。

 

「ラフィー! 戦艦は何隻確認した?」

「艤装を船のまま使って長距離を砲撃を開始。独特な艦橋から見て扶桑型二隻だと考える」

「航空戦艦……まずいわね」

 

 扶桑型が二隻向かってきていると聞いて、アトランタは苦虫を嚙み潰したような顔をした。単純に扶桑型二隻が現れたことが、アトランタ達の絶体絶命に直結するからである。なにせ扶桑型二隻はただの戦艦ではなく、水上機を搭載した航空戦艦である。

 

「これ以上敵艦載機が増えることは好ましくありません。仕方がないですが、一度退くべきです」

「ブルックリン……そうね。ラフィー、ベイリー、ブルックリン、フェニックス、全力で撤退するわ。ベイリーは仲間への連絡をお願い」

 

 突出してきた重桜艦隊の情報を少しでも仲間へと伝えるために、アトランタは撤退を指示した。このまま戦って耐えていても、自分達が沈むことなど目に見えていたからである。

 

「なら殿はあたしだな」

「……お願いします」

「任せろ! 不死鳥の名に懸けて必ずお前達を無事に撤退させて見せる!」

 

 自分では殿として力不足なことを理解していたアトランタは、後ろ髪を引かれる思いではあったがフェニックスの言葉に頷いた。彼女個人としては全く賛成できないことだが、艦隊の命を預かる旗艦として考えたときに継戦能力が一番高いフェニックスを殿とするのは実に合理的だった。

 

「……誘いには乗ってきませんね」

「当然でしょう? この程度で潰れてしまってはつまらないわ。でも、すぐに撤退するのはいただけないわね」

 

 一方、わざと堕としやすいように艦載機を動かしていた一航戦はその戦況を好ましく思っていなかった。

 

「……指揮官様が何を考えているのかが私にはわからないけれど、必ず勝利を捧げて見せますわ」

「はい。必ず……」

 

 恭介が明らかに何かを隠していることを赤城は理解していた。そして、その行動が以前までの恭介には無かったものであることも。赤城は今、艦船として生まれてきてから過ごした中で一番の恐怖を味わいながら戦っていた。彼女の全ての行動において根底に存在するのはどこまでいっても指揮官である神代恭介である。その神代恭介自体が自分の前から消え去ってしまうかもしれない恐怖を、彼女は感じていた。

 

「……そんなはずない。そうよ、指揮官様がまさか」

 

 まさか重桜を離れてグレイゴーストの元へと行くなど、彼女には到底許せることではなかった。

 

「加賀、しっかり指揮官様を見ていなさい」

「わかっています」

 

 赤城は、この言いようのない不安を少しでも払拭するために監視の目をいくつか用意していた。一つは神代恭介の監視であり、一つは瑞鶴に対する監視であり、一つはエンタープライズの監視である。

 

「この戦いで全てを終わらせるわ……指揮官様もきっと私と一緒に……」

「……天城さん」

 

 普段通りの笑みを浮かべているつもりである赤城だが、加賀にはその笑顔が悲痛なものに見えていた。裏切られることに酷く怯え、それでいてどこまでも恭介と天城を信じている。そんな赤城を加賀は見ていられなかった。

 

「……赤城さん達、どうしちゃったんだろう」

「さぁ? でもあては旗艦ある赤城さんの指示に従うだけだよ」

 

 護衛艦として一航戦の近くで留まっている長良は心配そうに赤城と加賀を見ていた。明らかに普段とは違う雰囲気を醸し出している赤城に、長良は困惑していた。そもそも、彼女は恭介の指示も待たずに戦闘を始めるということが気になっていた。長良と共に護衛をしている阿武隈は相も変わらずだが。

 

「でも、命令違反に近いよね」

「……確かに、そう考えると赤城さんはおかしいのかも」

 

 長良の言葉に阿武隈も首を傾げた。指揮官である恭介を絶対として最早崇拝の対象として見ているところがある赤城からは考えられない行動であることは間違いない。

 

「なんか、最近殺伐としてるよね」

「……仕方ないよ」

 

 少しだけ悲しそうな顔で零す長良に、阿武隈も目を逸らして答えることしかできなかった。重桜とユニオンの衝突が本格的に成り始めてから、民の笑顔が減り、艦船達も殺伐とした雰囲気の中ひたすら自らを磨いていた。自らを磨いていたと言えば聞こえは良いが、ただ単に殺意を高めている者が多かった。平和主義とも言える長良としてはとても悲しいことである。

 

「これから、どうなっちゃうんだろう」

 

 重桜の未来を憂う長良の瞳は、悲痛な面持ちで狂ったような笑みを浮かべる赤城と、それを見て何かの覚悟を決める加賀の顔を映していた。

 

 


 

 

「赤城が勝手に前に出た?」

「は、はい」

「……そうか。ならば少しだけ作戦を修正しよう」

 

 基地で一人周辺海図を見ていた恭介の元へと息を切らせて現れた吹雪の報告に、驚いた顔をしていた。赤城が今までこんな風に突出したことなど一度もないからである。

 

「そうだな……妙高と足柄、それと暁型の四人を動かす。赤城が動いたことで空いた場所に向かわせる。吹雪は元の配置に戻ってくれ」

「了解です!」

 

 海図にすぐさま兵棋並べて戦場の現在を作り出した。赤城が配置していた場所を空白として、前に展開させて完全に今の状況を再現する。

 

「妙高、艦隊を連れて第一艦隊が配置していた場所へと移動しろ」

『……了解』

「後で説明する」

 

 通信機から妙高へと指示を出すと、理由を問うような空白の後に承諾の言葉が続いた。突然そんなことを言われれば誰でもそんな反応をするだろうが、逆に問いただすような言葉が出てこないのは流石妙高と言うべきだろう。

 

「蒼龍、艦隊ごと基地近海へと戻れ」

『了解いたしました』

 

 通信相手を妙高から蒼龍へと素早く変えた指揮官は、簡潔に指示を下すが蒼龍は全く疑うこともなく了承した。

 

「艦隊旗艦、全員応答しろ」

『第二艦隊旗艦金剛、通信問題ありませんわ』

『第三艦隊旗艦神通、問題ありません』

『第五艦隊旗艦瑞鶴、何かあった?』

『第四艦隊旗艦蒼龍、現在移動中です』

『第六艦隊旗艦妙高、指示通りに動いている』

 

 

 海図の上に置いてある妙高と蒼龍の兵棋動かしてから通信機に手を伸ばして、指揮官は各艦隊の旗艦達へと通信を同時に送る。当初の作戦通りに配置についている第二、第三、第五艦隊の旗艦が真っ先に反応し、伝えた情報によって動いている第四艦隊と第六艦隊が遅れて反応した。

 

「第一艦隊が旗艦赤城の独断によって突出した。現在配置の隙間を埋めるために第六艦隊が動いている」

『赤城先輩が? なんで?』

「さぁな。それは俺の知るところじゃない」

 

 瑞鶴が反応したが、恭介は冷たく言い放つ。そもそも軍人において命令違反は重大な反逆行為である故に、恭介の反応は至極当然と言える。

 

「第四艦隊を基地へと戻し、配置を全体的に少し中央へと狭める。だが第五艦隊はそのままグレイゴーストの情報を待て」

『了解』

「相手が赤城の動きに応じてしっかりと対応してくるのなら当初の作戦通りでいい。だが誰かが突出した以上は臨機応変な手が必要になってくる……逐一俺が指示を出していくがな」

 

 恭介の言葉に全員が了承の言葉を口にして通信を切った。

 

「さて、どう動くか」

 

 盤上の兵棋だけで全てを理解するとは言わないが、そこらの人間を遥かに超える精度で展開を予測することができると自負している恭介としても面倒くさいことこの上ない状況であることは間違いなかった。

 

「盤上の作戦は味方が思い通りに動いてくれるからできることなんだけどな」

 

 苦笑しながら、敵の陣地へと突出していく青の兵棋を見て恭介は呟いた。

 先ほどの通信では瑞鶴に対してあんなことを言った恭介だが、赤城が何故か今になって彼の命令を無視して突出したのかなどとっくに理解していた。なにせ彼女は以前から少しだけ恭介に対して懐疑の目を向けていた。常に指揮官である恭介を崇拝するように絶対とする彼女が、だ。

 

「……それでも俺は止まることができない。もう立ち止まるつもりもない」

 

 自分が人間ではなくなっていることを知って、それでも進み続けると一度決めたのならば貫き通さねばそれは自分を信じてついてきてくれた仲間への裏切りとなる。重桜を裏切ろうと言うのに何を今更とは恭介も思わないでもないが、それはそれとしてできないことなのだ。

 赤城が突出するのが自分の裏切りに薄々気が付いているからなのだろうと知りながらも、恭介はその行動を止めることはない。ユニオンの艦隊がまだ動いていない今、彼は愛宕達が発見してきた島の情報を大鳳の艦載機によって撮影された写真から情報をまとめていた。

 

「……滑走路がないな。大規模ではあっても、恐らく油田開発に使われていたと見るべきか?」

 

 基地航空隊を動かす為の中規模の基地写真を見て、恭介は唸っていた。とは言え、隠れ家のように使うとなるのならば土地を大きく使う基地航空隊用の滑走路がないことは逆に都合がいいともとれる。

 

「正直、新生アズールレーンの母港として使うには余りにも地味すぎる見た目と規模ではあるが、そこは追々何とかするしかないな」

 

 そんな時に、赤城の艦載機から戦況のデータが送られ始めた。どうやらユニオン側も何かしらの動きを見せたらしく、次々と紙を消費してデータを自動的に打ち込んでいく。まるでトイレットペーパーのように長く記され続ける戦闘情報に苦笑しながら、恭介はその紙を手に取った。

 

「すまないな。赤城……お前の為なんて偽善の言葉は言わないよ。俺は、俺と艦船達の未来の為に戦うと決めた」

 

 絶えず送られてくる赤城の艦載機からのデータをさばきながら、恭介は覚悟を新たにするのだった。

 

 


 

 

「動いてくるのが予想より早かったな」

「でも相手は一航戦率いる一艦隊だけだそうだ」

「……妙な動きだな」

「だろ?」

 

 ユニオン側にはすぐにアトランタからの連絡が入った。赤城が動いて襲撃を始めたことから、神代恭介が考えた作戦にしては余りにも雑であることも書かれていた。ユニオンの軍人達は所詮軍神が如き指揮能力を持っていたとしてもたかが一人と考えていた故に、アトランタ達を襲った一航戦は恭介の命令で動いているのだと考えた。勿論、今まで何度も煮え湯を飲まされてきた指揮官達はそう考えていなかったようだが。

 

「どう思う?」

「赤城の独断だと考えるべきだろうな」

 

 まだ基地から動いてすらいないエンタープライズとクリーブランドは、そのまま艤装も装備せずに海を眺めていた。

 今回、エンタープライズは戦場で自由に行動することを認められていた。これは、エンタープライズが自ら掛け合ったことで、クリーブランドとボルチモアを監視につけることでその行動を許されていた。

 

「……そろそろ動くぞ」

「お? 監視任務実行しないとな」

「よし、行くとするか」

 

 エンタープライズの言葉に続いたクリーブランドとボルチモアは、当然エンタープライズの独断行動を咎めることなど全くする気はない。なにせ、彼女達はエンタープライズが夢見る新生アズールレーンの思想に賛同しているのだから。

 

「もしかしたら私の姿を確認してから動き出すかもしれない。もしそうなら私が動かないといけないだろう?」

「おー……じゃあ瑞鶴が見えたら?」

「完全に作戦成功だな」

 

 見通しが甘いだろうと思いながらも敢えて何も言わないクリーブランドとボルチモアだったが、エンタープライズは全くそんなことを思っていないらしく、自信満々に言い切っていた。

 

「よし。ヴェスタル、合図したら頼むぞ」

「任されました」

「クリーブランド、ボルチモア、行くぞ!」

「おう!」

 

 基地から一気に駆けだしたエンタープライズとボルチモアとクリーブランドの姿に、ユニオンの軍人達が何か反応しているが、エンタープライズの耳には全く聞こえていなかった。

 ようやく指揮官と共に戦える日々が来る。そのことしか頭にないエンタープライズの足取りは軽く、普段よりもかなりの速度が出ていることに本人は気が付いてなかった。

 

「っ!? エンタープライズ! 敵艦載機だ!」

「一航戦か!」

 

 エンタープライズの位置を補足すると同時に一機だけが旋回して一航戦の元へと戻り、その他の艦載機はすぐさま三人の艦船へと襲い掛かった。青と赤の式神よる攻撃を、クリーブランドはお得意の対空砲火で防ぎ、ボルチモアはその装甲で無理やり爆撃機だけを堕とし、エンタープライズは自らの操る戦闘機で一気に殲滅し始めた。

 

「一気に抜けるぞ!」

「っ、それがよさそう!」

 

 しばらく迎撃していた三人だったが、ボルチモアの目は遠くから更にやってきた艦載機の群れを見てすぐさま主砲を海面を発射して巨大な水柱を上げた。艦載機を操ることは虫の複眼を操るようなものであり、艦船と言えども艦載機を一度にこれほど多く扱えば周囲を正確に見ることが難しい。故にボルチモアは水柱によって目くらましを行い、その絨毯爆撃を避けるようにトップスピードで抜け出した。

 

「こっちだ!」

「エンタープライズ!?」

 

 このまま一航戦に近づくものだと思っていたボルチモアとクリーブランドは、急に横へと移動を始めたことに驚きながらもなんとかその背中を追いかけ始めた。

 謎のエンタープライズの動きに疑問を持ちながら背中を追いかけていたクリーブランドは、不意に後ろから迫ってきていた一航戦の艦載機がいないことに気が付いた。まるで誘い込まれたかのような状況に不安を感じたクリーブランドの予想は、当たっていた。

 

「はぁ!」

「瑞鶴!」

「グレイゴースト!」

 

 程なくして、エンタープライズに勝るとも劣らない速度で正面からぶつかってきた瑞鶴を見て、クリーブランドはエンタープライズのガサツな作戦が成功してしまうかもしれないことをほんの少しだけ嘆いた。



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合流

「グレイゴーストは予定通り弾幕の薄い方へと逃げました」

『そうか。だがな赤城、独断で動くのは止めろ……分かっているだろう? 軍人にとって命令とは命を懸けて守るべきものだ』

「……申し訳、ありません」

『……まぁいい。お前が俺の命令に背くなんて、一体何時ぶりだろうな』

 

 一航戦の爆撃と雷撃を避けて瑞鶴達が待ち受ける方向へと誘導した赤城は、恭介に通信を繋ぐ。通信から最初に聞こえてきた音はため息で、その次に命令違反をした赤城を咎める声だった。秘密を共有する気など全く無い恭介のその態度に、赤城は歯ぎしりしながらも形だけの謝罪を述べる。最後にぼやいてから、恭介は通信を切った。

 

「あぁ……やはり貴方は……」

 

 それだけ、赤城には充分だった。赤城という艦船はそれだけで彼の思考を理解できる程に、恭介を深く愛し欲していた。故に彼女は血涙を流しながら天を仰ぎ見る。

 

「あは、あははははは!」

「……指揮官、私はお前を憎むぞ」

 

 血涙を海へと落としながら狂ったように笑う赤城を横目に、加賀は呟いた。自分が彼を憎み切れないなど自分自身が一番理解できていると言うのに、加賀はそう口にすることしかできなかった。それと同時に、恭介、瑞鶴、エンタープライズを監視していた艦載機が同時に堕とされた。

 

「重桜を……姉様を裏切ったな!」

 

 加賀が操っていた艦載機が最後に捉えたのは、監視している艦載機を見つめる恭介とそれを撃ち落とさんと対空砲を向けていた鈴谷の顔だった。

 

 


 

 

「……バレたと思いますよ?」

「まぁ……バレずにやるのは元々無理だろうと思ってたからいいよ」

 

 監視する為に周囲を飛び回っていた加賀の烈風を撃ち落とした鈴谷は、恭介へと向き直って苦笑した。一航戦をどうやって欺くのか少しばかり気にしていた鈴谷だったが、方法は意外にも正面突破だった。

 

「俺は今、これ以上面倒くさいことは考えたくないんだ。エンタープライズ達のこともあるしな」

「了解しました」

 

 加賀の追跡を無理やり振り切った恭介と鈴谷は、蒼龍率いる第四艦隊が戻ってくる前に急ぎ瑞鶴の元へと向かう必要があった。綾波、鳥海と共にエンタープライズとそろそろ接触しているだろうことを予測して、恭介がすぐさま動き出した。

 

「ここを頼む」

「え!? わ、わかりました!」

 

 基地の外へと出て、航空支援部隊の統率を行っていた鳳翔に一声かけてから、恭介は鈴谷が顕現させた船へと乗って海にでる。目的地は当然瑞鶴のいる場所であり、協力関係にある重桜の艦船で長門達以外全員が揃う場所でもある。

 

「最大船速で頼む。ここに来て嫌な予感がする」

「は、はい!」

 

 明らかに何かが来ることを予感している恭介の様子に、鈴谷は顔を強張らせていた。何せ彼が戦場で予測したことは殆どの確率で当たるのだから、彼が言う嫌な予感とは正しく戦場を引っ掻き回すほどの何かが起きるということである。

 

「……そう言えば、別にそんなに畏まる必要はないんだぞ?」

「それ今言う!?」

「だって鈴谷はそんなに畏まるタイプじゃないって愛宕が言ってたぞ」

 

 船体へと意識を集中させて速度を限界まで早めている最中の鈴谷に対して、恭介はさっきまでの少し焦りを含んでいるような声とは違って柔らかくてどこか投げやりな声で変なことを言い始めた。

 

「あぁ……もう! これでも私、貴方を心底尊敬しているの!」

「へー……意外。俺、瑞鶴以外からは全員に嫌われてると思ってた」

「なんて自己評価の低さ……」

 

 あれ程の戦術眼と独特なカリスマ性見せつけているのにも関わらず、自分に対しても他人に対しても全く興味もなかった今までの恭介に対して、鈴谷は愕然としていた。開いた口が塞がらないとは正しくこういうことなのだろう。

 

「……それで、何が来るのですか?」

「十中八九セイレーンだろうな」

「はぁ!?」

 

 平然と言い放つ恭介だが、前回の世界会議の戦場にも現れたのに更にこの戦場にまで現れると言う。そんなことを言われて冷静でいられるほど鈴谷は大人しい性格ではない。

 

「ちょ、船体揺れてる」

「揺れもします! 何考えてるんですか!?」

「まだ確定じゃない情報は教えない方がいいと思ったんだよ」

「この……コミュ障!」

 

 今まであまり屈託のない意見を真正面からぶつけられたことがない恭介は、鈴谷のその言葉に衝撃を受けて俯いた。

 

「成程……俺、コミュ障だったのか」

 

 盲点だったと言わんばかりの恭介の反応に、鈴谷は若干青筋を額に浮かべながら最大船速から更に加速した。本来のスペック以上の速度が出ていることになど全く気が付かずに、鈴谷は目的地まで一気に向かっていた。

 

 


 

 

「やぁ!」

「くっ……やはり強い」

「いや、強いじゃなくて」

 

 赤城の独断行動によって早々に合流したエンタープライズと瑞鶴は、武を競い合うように刀と弓で火花を散らせていた。神速とも言える瑞鶴の斬撃を最小限の動きで捌き続けるエンタープライズに、綾波は一人で感心していた。

 

「というかこっちは全く止める気も戦う気もないし」

「指揮官の言った通りなんですね!」

「全く……そっちの指揮官には本当に驚かされてばかりだな。まさかエンタープライズの猪突猛進な所まで予測済みとは」

「こっちは勝手に雑談してるし……」

 

 戦闘を眺めているまま全く止める気など更々なさそうな綾波に、同じ重巡同士気が合うのか雑談をしている鳥海とボルチモアを見て、クリーブランドは一人ため息を吐いた。極めつけは明らかに戦闘する為に来ている訳ではないことが分かっている癖に楽しそうに笑いながら戦っている瑞鶴とエンタープライズである。

 

「……それで、そっちの指揮官はなにか考えて動いてるんだよな」

「勿論、です。でも指揮官の予測だと仲間がいなさそうなエンタープライズさんに味方がいたことが驚きです」

「そっちの予想も大概酷いな……あってるけど」

 

 実際クリーブランドがついてきてヴェスタルを勧誘して、ヴェスタルから聞いてボルチモアを味方にしなかったらエンタープライズは一人で恭介の元へと突っ走っていっただろうことは明白だった。

 

「それで? 神代恭介はどう動いてるんだ?」

「赤城さんが独断で先行したことによって、少しだけ指揮系統が混乱しました。でも、指揮官は何とかそれを纏めて……多分鈴谷さんとこっちに向かってると思うのです」

「多分、ねぇ」

「大丈夫です。あれでも重桜の最高指揮官、です」

 

 今のやり取りだけで、クリーブランドは神代恭介がどれだけ重桜の艦船に信用されているかを理解した。それと同時に、彼が重桜を離反することの大きさをも理解して少しだけ笑みが引きつった。

 

「一体これから世界はどうなるんだろうな……」

 

 クリーブランドの小さな呟きは、ボルチモアにも綾波にも鳥海にも聞こえていた。同時にそれは全員が思っていることでもあった。

 

「指揮官が何とかする」

「そうそう。まぁ大丈夫でしょ」

「……お前らなぁ……お前達のせいでこんな話してるんだよ!」

 

 クリーブランド達の不安の声に勝手に反応したエンタープライズと瑞鶴に対して、クリーブランドは猛抗議と言わんばかりの剣幕で食って掛かった。当然、瑞鶴とエンタープライズはそんなことを言われると思っても無かったので、若干たじろぎながら首を傾げていた。その態度が、余計にクリーブランドの怒りを誘っていることに気が付いてはいない。

 

「それで、合流してからどうするんだ?」

「大鳳さん達が拠点として使える廃基地を見つけたらしいので、そこに取り敢えず身を寄せるみたいですよ」

「廃基地、か……確かに重桜は太平洋中の島々に基地を築いてユニオンと戦争していたと聞いたことがあるな」

 

 セイレーンが現れる更に前の時代の戦争時に作られたまま放置されている基地は、世界中に存在する。その中でも太平洋中の島々に基地を作り出してユニオンと戦争していたのが、重桜である。

 ボルチモアは実際、前回の重桜との戦いにも参加しているので重桜がどれだけの規模の基地を築いているのかを把握していた。

 

「基地航空隊を飛ばせる程の大きさはないですが、どうやら前時代に燃料採掘の拠点として使われていたらしいです」

「丁度いいな。燃料をどうするかはずっと考えていたんだが、それなら解決できそうだ」

「まぁ……未だセイレーンが支配する海域なので戦闘によって解放する必要性はありますが」

「それぐらいじゃなきゃ逆に良い場所は見つからないだろ?」

 

 何だか根性論が混ざっている気もしなくもないボルチモアの言葉に、鳥海は苦笑していた。

 

「こんなダラダラと喋っている間にも戦闘は行われていると思うと、少しだけぞっとするな」

「……きっと国に暮らす無力な人達も、そんなことを考えているんでしょうね」

 

 未だにエンタープライズと瑞鶴に対してガミガミ言っているクリーブランドを見て、ボルチモアは一人で呟いた。その呟きに反応して、鳥海も目を伏せて悲し気な表情をしていた。

 六人がその場に数分間留まっていると、重桜の印が施されている重巡洋艦が物凄い速度で迫ってきた。

 

「あれは……鈴谷さん?」

「ただならぬ雰囲気だな」

 

 近づくにつれて少しずつ速度を落とした鈴谷は、笑顔のまま少しだけ何故か怒りながらその場にいる全員を見下ろしていた。

 

「あー……悪い、遅くなったか?」

「そうでもない、です。鈴谷さんを怒らせたんですか?」

「まぁそんな所だ」

 

 鈴谷の後ろからやってきた恭介は、綾波の言葉に目を逸らした。確実に恭介が何かをやらかしたことは、その場にいた一名以外の全員が即座に理解した。全く理解できていない一名であるエンタープライズは、ただ恭介が本当に来てくれたことに対して固まっているだけである。

 

「それで、何をやらかしたの?」

「セイレーンが来るそうです」

「は? そんな話聞いてないけど」

「何となく嫌な予感がするってだけだ。だがこのへばりつく様な不快感を覚える気配は間違いなくセイレーンのものだ」

 

 恭介が感覚的な言葉で喋るのはいつものことなので、重桜の艦船達はすぐにそれが事実なのだと理解できるが、まだ神代恭介という人間を理解できていないクリーブランドとボルチモアは、セイレーンが来るのかどうかを判断できなかった。

 

「それで、どうするの? セイレーンが来たら結構不味い感じ?」

「いや、面倒くさいだけでそこまでではない……と思う」

「つまりどういうことなんだ?」

「セイレーンが来ることはほぼ確定で、そのセイレーンが厄介なことをしてこなければ問題はないって話です」

 

 かなり曖昧な喋り方をする恭介に首を傾げていたボルチモアは、横にいた鳥海に言葉の解釈を求めると、解釈どころか答えが返ってきて少し驚いていた。

 

「じゃあ移動するのか?」

「まだ回収しなきゃいけない味方がいるんだろ?」

 

 恭介の言葉の意味を漸く理解できたクリーブランドは、取り敢えず動き始めるのかどうかを聞けば、何もかもを見通すような目をしたままエンタープライズへと視線を向け、知らないはずのヴェスタルの存在までも示唆した。

 

「……よく知ってるな」

「だろうな。そこの固まってる女が一人でお前達を味方に付けたとは全く思ってないからな」

「……ある意味信頼されてないか?」

 

 エンタープライズへの一種の信頼ともとれる言葉に、ボルチモアは苦笑していた。それと同時に、どうやら本当に無能ではないらしいことを確認できて安心もしていた。

 

「味方はさっさと回収してセイレーンと遭遇したら撃退、遭遇しなかったらそのまま放置だな」

「あの戦いは?」

「隠れ蓑には丁度いいだろ。まぁ赤城と加賀はもう気が付いたみたいだがな」

 

 赤城の独断行動は恭介の真意を探る為の行動であることは、恭介も理解していた。赤城が自分に対して疑いの目を向けると同時に裏切らないことを望んでいることも知っていたが故に、赤城にわかりやすく重桜と敵対することを示唆する様な動きを見せた。鈴谷にわざと正面から艦載機を落とさせたのもその為である。

 

「すぐにこっちに来ると思っていたが……どうやらユニオンの本隊がやってくる方が早かったな」

「旗艦はアトランタだったか……ブルックリンもいたし、早く撤退したんだろうな」

「アトランタとブルックリンがそこの判断を間違うことは無いな」

「……ところで、その女はいつまで固まってるんだ?」

「さぁ?」

 

 未だに固まったまま動かないエンタープライズを見て、クリーブランドとボルチモアはもう何かを言うことも行動することもなく諦めていたが、恭介だけはため息を吐いていた。

 

「取り敢えず全員移動だ。エンタープライズはヴェスタルの迎えでも行ってこい」

「あ、あぁ! 任せてくれ!」

 

 恭介から飛んできた指示を聞くと、エンタープライズは目を輝かせて正規空母とは思えない程の速力で海を駆けて行った。露骨すぎるそのエンタープライズの対応に、瑞鶴は頬を引き攣らせていた。

 

「……ぞっこん」

「おい。変なことを言うな」

 

 鈴谷の口から漏れた言葉に恭介は心底疲れた様な表情のまま再びため息を吐いた。敵として戦場にいる時は個別に対策しなければいけない程の面倒くさい相手であるエンタープライズが、まるで忠犬の様に恭介の言葉一つで動く姿を瑞鶴は複雑な心境で見ることしかできなかった。

 

 


 

 

「あちゃー……敵さん荒れてるなぁ」

「理由は知らないけど厄介そうだな」

 

 アトランタからの報告を受けたユニオンの空母機動部隊は、一航戦が待ち受ける海域までやってきていた。アトランタ達が何処にいるのかが遠くから見ても理解できる程の量の艦載機が空を舞っていた。偵察艦隊を中心に上空を旋回しながら隙を見て攻撃している艦載機のかなり苛烈な特攻同然の動きを見れば、理解できる程の激情を感じていた。

 

「じゃあ行きますか」

「了解。艦上戦闘機、全機発艦」

 

 旗艦であるホーネットが艤装から一気に戦闘機を飛ばし、横にいたワスプもまたコンパウンドボウを引き絞って勢いよく戦闘機を全機発艦させた。

 

「赤城さん、敵空母機動艦隊が射程距離まで入ってきました」

「……扶桑、山城、長距離砲撃を。当たらなくてもいいわ」

「りょ、了解です!」

 

 ホーネットとワスプが戦闘態勢に入るとほぼ同時に、長良は敵艦隊を感知していた。空母対空母の戦いになることは、事前に恭介から聞いていたことなので赤城達にも全く動揺は見られない。

 

「対応が早いなぁ……」

 

 艦載機を全て発艦させたとほぼ同時に、扶桑と山城が主砲を放った音がホーネット達がいる場所まで聞こえていた。長距離射撃などそうそう当たるものではないが、そもそもその砲撃が当たるかもしれないという危険性が赤城達の狙いなので、ホーネット達には十分効果が表れていた。

 

「どうする? このまま進軍速度が遅くなればそれこそ敵の思うつぼだぞ」

「わかってはいるんだけどね……」

「こっちもぶっ放すか?」

「えー……でも当たらないでしょ?」

「そりゃあな」

 

 ワスプの言葉にホーネットは唸り声の様な物を口から出しながら次をどう動くか考えていた。後ろからワシントンが好戦的な笑みを浮かべながら主砲を上下に動かしていたが、それでは意味がないのでホーネットはあっさり却下した。

 

「じゃあどうするんだよ」

「……私が行きましょうか?」

「フレッチャー……危険だよ」

「それでもです。この状況を打開するには誰かが前に出る必要があります」

 

 降り注ぐというほどの弾幕ではないものの、戦艦の砲撃を受ければ駆逐艦であるフレッチャーはただでは済まないことは目に見えている。自慢の速力も、ある程度の距離になれば偏差射撃で簡単に撃ち抜かれる可能性も高くなるだろう。

 

「アトランタさん達を助ける為です。私に行かせてください」

「…………長女ってみんなこうなのかな」

 

 フレッチャーに覚悟が見える瞳で見つめられたホーネットは、自己犠牲とは違うその意思の強さに、自分の長姉であるヨークタウンを垣間見た。こうなった長女が絶対に譲らないことを知っているホーネットは、ワスプへと視線を向けるが、肩を竦められて苦笑した。

 

「じゃあお願いするよ。気を付けてね、フレッチャー」

「はい。お任せください」

 

 一度頷いてから元気よく走りだしたフレッチャーの背中を追いかけるように、他の全員が動き出した。ワシントンはフレッチャーの援護をする為に動き出し、ホーネットとワスプは艦載機の一部を操ってフレッチャーへと近づく艦載機を撃ち落としていく。

 

「うぅ……一機一機操るとすごい神経使うんだよなぁ……」

「文句を垂れるな。グリッドレイ、アトランタに連絡を頼む」

「了解!」

 

 空母の艦船が艦載機を操る場合、全ての機体を制御して細かく動かすことなどほとんどない。やろうと思えばできるが、数百もある腕を同時に動かすかのようなものであり、集中力を要求するその作業は到底できることではない。それでもやろうと思えばできてしまうのが艦船の凄まじい所なのだが、当然やればやる程精神的な負担が大きくなるので、いつ終わるかも分からない戦闘中にやることではない。

 

「くぅ……やっぱり一航戦は桁違いだ」

「当然と言えば当然か」

 

 フレッチャーを援護するように動かしている艦載機にすぐさま気が付き、アトランタ達への攻撃の手を緩めずに数機だけをフレッチャーへと差し向けながらも涼しい顔して操っている一航戦は、まさに歴戦の戦士と言えるだろう。

 赤城と加賀の独特な式神によって繰り出される艦載機は、的確にフレッチャーの援護をする艦載機一機ずつ撃ち落としていく。対空戦闘における零戦の強さは無類であり、ワイルドキャットを物凄い勢いで落としていく姿にワスプは舌打ちをした。

 

「流石に対空戦闘では分が悪いか」

「私が行こうか?」

「うわっ!? か、カヴァラ?」

 

 どうしようかと攻めあぐねているワスプとホーネットの足元にいきなり現れたのは、赤城が率いる艦隊以外の偵察に出ていたカヴァラだった。帰り道に丁度聞こえてしまったが故に唐突に足元に現れたのだが、空母であるホーネットからすればトラウマレベルの驚愕である。

 

「……酸素は持つのか?」

「大丈夫! ただ偵察してきただけだからそこまで消費してないよ!」

「なら頼む。状況を打開するにはどうしても一航戦の注意を逸らす必要があるからな」

「分かった!」

 

 ワスプの言葉に頷いてそのまま潜航していくカヴァラに、ホーネットは一先ずの安心感を覚える。

 

「カヴァラなら手傷ぐらい負わせてくれるかもしれないね」

「そうなればいいがな」

 

 実際に相対しているからこそ、一航戦の強さを理解できるホーネットとワスプは、空母として限りなく高みに近い場所にいる赤城と加賀の実力に歯噛みしていた。



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狂気

ほぼ半年ぶりの更新になりました。

許してください(小心者)


「うーん……難しい」

 

 赤城と加賀の注意を逸らすことを頼まれたカヴァラだったが、空中戦闘にかかりきりになっていると思いきや全方位に対して全く隙の無い動きをしている一航戦を見て、取り敢えず奇襲作戦が通用しないことを理解していた。

 

「近くに軽巡がいるみたいだね……ソナーも積んでるみたいだし、かなり遠距離からの攻撃になるかも。おまけに戦艦二隻は一航戦から少し距離が空いてる……これも全部向こうの指揮官の指示なのかな」

 

 戦艦を狙うにしても全員から見える位置ではないと攻撃できないように移動しており、一航戦は単純にその隙の無さに攻撃をしても手傷も与えられないこと。至近距離で撃とうにも長良と阿武隈が周囲に気を配っていることによってかなり不利な状況と言わざるを得なかった。

 

「あともう一手あれば……赤城には届くかもしれないけど」

 

 歴戦と言える赤城と加賀に対して潜水艦による奇襲はかなり難しいことではあるが、カヴァラもまた歴戦の艦船である。故に加賀と違って赤城の注意力が微妙に散漫なことに気が付いていた。前の敵と戦いながら後ろを常に気にしているかのようなその動きは、普段であればすぐさま魚雷を発射する程の隙であるのだが、それに気が付いているのか加賀が上手くカバーしている。

 

「どうにかして……どうにかして加賀の注意を逸らせれば!」

 

 そもそも一航戦の注意を逸らす為に潜水していると言うのに、加賀の注意を逸らしてくれる何かがあれば当てられるなど本末転倒もいい所である。

 

「どうすれば……あ」

 

 カヴァラが一人水中で唸っていると、視線の先で赤城、加賀、長良、阿武隈の四隻に向かって一人突っ込んでいく艦船の姿が見えた。

 

「あたしを沈められるか!」

「……馬鹿が一人突っ込んできたか」

 

 ある程度までアトランタ達を撤退させる為に殿を務めていたフェニックスだったが、いち早くフレッチャーの存在に気が付いて四対一の圧倒的不利な状況の中へと飛び込むべく走り出していた。明らかな自殺行為に対して、加賀は馬鹿だと冷静に切り捨てながらもその圧倒的と言える回避能力に感心していた。

 

「どれ、まずは貴様を食らい尽くしてやろう!」

「できるものならな!」

 

 獣を幻視するような圧倒的殺意を全身から放ち、身体の節々から青い炎を散らせている加賀を確認して水中のカヴァラはすぐさま動いた。長良と阿武隈の背後に向かって魚雷を一本放ってからそのまま二本赤城へと向けて魚雷を放ち、すぐさま距離を取り始めた。

 

「まさか『神秘』を使ってくれるとは思わなかった!」

 

 突撃するフェニックスに対して加賀は好戦的な性格を剥き出しにして、その身に『神秘』を降ろした。同時に加賀の視界が狭まることを直感的に理解したカヴァラは魚雷を放って全艦船から距離を取った。

 

「魚雷っ!?」

「阿武隈ちゃん!」

 

 加賀の爆発的な速度による初撃をフェニックスが避けたのを見て主砲を構えた阿武隈は、同時にソナーに響いた魚雷を探知してすぐに回避行動を取った。加賀の二撃目が繰り出される寸前に発生したその爆発音に、その場にいた全員が意識を奪われた。フェニックスも例外ではなくその爆発に驚いていることが、余計にその場の全員の判断を鈍らせた。水飛沫の中から外へと駆けだした阿武隈のソナーは、赤城へと達しそうな魚雷を的確に捉えているが、それを口にできる程の猶予は既になかった。

 

「赤城姉さまっ!?」

 

 連続する二つの爆発音の後に、加賀の悲痛な声が戦場に響いた。

 

 


 

 

「ヴェスタル! 迎えに来たぞ」

「あら? 合図を送って私が行くはずじゃ……」

「指揮官が自分から来てくれたんだ。後はヴェスタルと一緒に行けばいいだけだ」

 

 ホーネット達が戦闘している方向へと心配そうな視線を向けていたヴェスタルへと、突如現れたエンタープライズは元気が有り余っている様子だった。少し前までの歩くことすら迷っているように見えた姿に比べて、天と地ほどの差があるコンディションにヴェスタルは苦笑していた。

 

「とりあえず見つからないように合流地点まで行こう」

 

 エンタープライズとしてはヴェスタルさえ回収してしまえば後は恭介の指示に従うことが最善だと考えている。故にヴェスタルと共にどうやって周囲の艦船に見つからずに動くかが重要なのだが、幸いなことに赤城の攻撃とアトランタ達の報告によって重桜、ユニオン共に指揮系統が乱れている状態だった。長く英雄として戦場にいたエンタープライズは、そんな動きを読み間違えることもなくすぐに誰にも見つからずに動けそうなルートを発見する。

 

「よし。行こう、ヴェスタル」

「そうね……こんな戦争、早く終わらせましょう」

 

 ヴェスタルの言葉に頷いたエンタープライズは自らの艤装を解除して空母を出現させ、その上にヴェスタルを乗せる。当然艤装として纏って人間二人程度の大きさで動いた方が見つかりにくいものだが、今の戦場はかなりの混乱状態の中乱発して多方面から爆発音が聞こえる程の状態である。それに加え、元々遊撃を任されていたエンタープライズが艤装を解除したまま空母を走らせていたところで誰も気にしない程度には、戦局が動きかけていた。

 エンタープライズが手を引くようにヴェスタルを乗せ、速度を出して動き始めた瞬間に、赤城と加賀が戦っていた方向から巨大な爆発音が響いた。

 

「……急ごう」

 

 現在一航戦と戦っているであろう妹のホーネットを思い浮かべながらも、今は恭介との合流を最優先としなければいけないと判断して、エンタープライズは速力を一気に上げた。

 

「エンタープライズちゃん、大丈夫よ」

「わかっている……私の妹だからな」

 

 少し無理やりにでも笑顔を作ろうとしたエンタープライズだったが、上手く笑顔を作ることもできずにヴェスタルと視線を合わせた。そんな顔を見て、不謹慎ながらもヴェスタルは安堵の息を吐いていた。以前まで機械的としてか言いようのない顔をしていたエンタープライズが、今では妹の無事を願ってこんな顔ができるようになったのだから。

 今すぐ自分に何かできる訳でもないのに、とても悔しい思いを心の中に持ちながらもエンタープライズはただ神代恭介の待つ海域へと向けて走り続けていた。断続して聞こえる爆発音や発砲音から逃れるように速度を上げるエンタープライズを横で心配そうにしながら周囲を見ていたヴェスタルは、前方に重桜の空母を確認した。

 

「エンタープライズちゃん、あれ」

「……ん? あぁ……瑞鶴だな」

 

 エンタープライズが元の場所から随分と南の方向へと移動した先にいたのは、鈴谷から瑞鶴に乗り換えた神代恭介だった。他の艦船達は既に姿が無いことに疑問を持ちながら、瑞鶴のそばにやってきたエンタープライズは恭介に向かって手を振った。

 

「……返さないとダメか?」

「別にいいんじゃない?」

「指揮官、ヴェスタルはこの通り無事だ」

「初めまして、ですね。工作艦、ヴェスタルと言います」

 

 ユニオン艦船として、要注意人物として名をあげられていた神代恭介の顔を覚えていたヴェスタルは、瑞鶴の隣に座りこんで何かしらの機械を弄っている男に頭を下げた。

 

「あぁ……エンタープライズの専属艦、だったよな?」

「はい。でも、一応他のみんなの傷も見ていますよ?」

「白衣の天使ってところか……エンタープライズ、他の連中はもう既に南西方向へと先に行ってもらった。合流する為にまた動いてもらうが……そんな飛ばして燃料大丈夫なのか?」

 

 ドライバー片手に弄っていた時計を腕に巻き付けてから、恭介はエンタープライズが先程こちらにやってきた時の速度を思い出して目を細めるが、自信満々と言わんばかりに胸を張るエンタープライズを見て横のヴェスタルへと視線を移した。

 

「大丈夫ですよ。そこら中で戦闘が起きていたので、最短距離でこれましたし」

「ならいいか。瑞鶴、偵察機飛ばしながらさっき言った方向へよろしく」

「ん、任せて。でもグレイゴーストとヴェスタルさんもこっちのった方が効率よくない?」

「はっ」

 

 大型の空母二隻が同時に移動していている姿を見られること、それ自体が既に簡単に裏切りがバレてしまうのではないかと瑞鶴は不安そうに言うが、恭介はそんなことを鼻で笑い飛ばした。

 

「もうとっくに裏切りなんてバレてるよ」

「はい?」

 

 何気なさそうに放った言葉に同じ反応をした三人は、どうでもよさそうに言う恭介の顔を見てから数秒後に絶叫するのだった。

 

 


 

 

「赤城姉さまっ!?」

 

 カヴァラの放った二本の魚雷が赤城に命中して大きな水飛沫をあげる中、加賀は悲痛な声をあげて赤城のいた場所へと移動しようとした瞬間、背後から襲い掛かってきたフェニックスに対して九本の尾を同時に振るった。

 

「うぉっと」

「貴様等ァ!」

 

 加賀の攻撃も無理やりな体勢から簡単に避けたフェニックスは、先程よりも更に濃密な殺気を放ちながら青い炎を迸らせる加賀から油断なく距離を取った。旗艦であった赤城が攻撃を受けたことで、扶桑型の二人と長良型の二人が動揺して動けなくなっている間にフェニックスの傍までやってきたフレッチャー、そしてすぐそこまで近づいてきているホーネットとワスプの存在に、加賀は全身から怒りや憎悪と言った負の感情を放ちながら一歩一歩フェニックスに近寄っていた。

 

「全員潰してやるッ!」

「はっ! やってみな!」

 

 獣の様に牙を剥く加賀から感じる強い殺気に汗を滲ませながら、フェニックスは油断なく砲塔を向けていた。フェニックスを援護するようにフレッチャーも砲塔を向け、ホーネットとワスプは爆撃機をいつでも発艦できるように弓を引いていた。

 

「ふふ……」

 

 加賀が動き始めようとした瞬間、水煙の中から鮮烈な赤を纏った女性がとても軽やかな動きで加賀の隣までやってきた。

 

「馬鹿な」

「そんな、カヴァラさんの雷撃を受けて無傷なんて、ありえないです!」

「ね、姉様?」

 

 平然と移動してきた赤色に、フェニックスは驚愕の表情を浮かべ、フレッチャーは砲塔を降ろして動揺のまま叫んだ。遠目に赤城が無傷のまま立っていることを確認したホーネットとワスプはすぐに艦載機を発艦させ、赤城と加賀を攻撃しようとした。

 

「えっ……」

「フレッチ──」

「──遅い」

「あ、あぁ……」

 

 その場にいた全員が瞬きする間にフレッチャーは紙のように吹き飛ばされ、それに気が付いたフェニックスが背後に振り向いた瞬間、目の前が真っ赤に染まってホーネット達のいる方向まで吹き飛ばされた。

 何故か加賀が怯えるように赤城を見ていることをワスプは見ていた。

 

「……不味いね」

「まず勝てないな……グリッドレイ、二人を頼む」

「え……ほ、ホーネットさんとワスプさんは」

 

 ある程度の距離を開けてその攻撃を見ていたホーネットとワスプは、すぐに吹き飛ばされて意識を失っているフレッチャーとフェニックスを回収して、グリッドレイに預けた。負傷した二人をグリッドレイに預けるのは当然だとしても、グリッドレイから見たホーネットとワスプは、まるで死を覚悟したような顔をしていた。

 

「生きて帰れそうにはないから。すまいないが、皆に一航戦の戦闘能力を伝えてくれ」

「そんなっ!?」

「早く行きなよ。あちらさんは待ってくれなさそうだからさ」

 

 ホーネットとワスプの方へとゆっくり首を動かした赤城は、先程までの様な理知的でもなければ、何かに振り回されて荒れている様子でもなかった。あるのはただ単純な殺気と敵意のみ。あんな化け物を相手に勝てるはずが無いと思うのはグリッドレイも同じであり、だからこそ非常な決断をして二人を見捨てる形になることを、涙を流しながら頷いて了承した。

 

「あれが、赤城の『ミズホの神秘』なのか?」

「だろうね……情報にはなかったけど、片割れの加賀に比べて凶悪過ぎない?」

「でも」

 

 遠くから見ていても、実際に赤城が何をしたのかなど見えない程の速度なのだからどう考えても勝ち目がないことに苦笑しながらも、改めて重桜の艦船が扱う『ミズホの神秘』の危険性を再確認したホーネットは、加賀が先程まで見せていた『ミズホの神秘』と比べて苦笑してた。しかし、ワスプはその異常性に気が付いていた。

 

「さっきの加賀の反応からして、あれは加賀も初めて見たんじゃないか? そうでなきゃあんな顔はしないだろう?」

「わかってないことが多いから憶測でしかないけど……あれは『ミズホの神秘』が暴走した結果なのかもね」

 

 既に理性的な光を灯していない赤城を警戒しながら、ワスプとホーネットは油断なく空を飛んでいる艦載機を操る。赤城が暴力と言えるまでの力を発揮する代わりに、加賀も随伴していた長良型の姉妹も扶桑型の姉妹も動けずにいた。

 

「対空意識が甘めに見えるけど……どうかなっ!」

 

 ワスプの艦載機が赤城の真正面に向かって機銃を放ち、それに対応しようとした瞬間にホーネットが上から爆撃を仕掛ける。敵が一人で、尚且つ対空意識が薄くないと使えないという欠陥だらけの作戦だが、腕を力なく下げている今の赤城には有効的だった。

 

「っ!? ホーネット!」

 

 ただし、それは相手が艦船として動くのならばという前提が付き纏う。

 赤城の行動にいち早く反応したワスプは、横で艦載機を操りながら新たな爆撃機を発進させようとしていたホーネットの身体を、咄嗟に押し倒した。いきなりの行動にホーネットは驚愕するが、それと同時にワスプの髪先を掠る赤城の爪が見えて行動の意味を理解する。

 

「くっ!」

 

 何とか初撃を避けることに成功したワスプは、即座に赤城の頭へと蹴りを入れようとして易々と掴み取られてそのまま海の上に投げ飛ばされた。それと同時に、ホーネットが放った爆撃機が編隊を組んで赤城の直上へと容赦なく爆弾を切り離して投下するが、赤城が左手を払った瞬間に身体から湧き上がった炎が、みるみるうちに形を変えて零戦となって爆弾を機銃で破壊していく。

 

「勘弁してよッ!」

 

 同時に流星がホーネットへと向かって雷撃を放ち、ホーネットは結局至近距離にいたにもかかわらず赤城から距離を取る羽目になった。後方へと消えていく雷撃を見ながら、ワスプと視線を合わせてから上空を見上げて、ホーネットは苦笑した。

 

「本当に……こんなのどうやって勝てって言うのさ……」

 

 天を覆い尽くすのではないかという程の群れの赤い炎を纏った艦載機は既に戦場を支配し、赤い狂気に包まれた戦場は、既に重桜ユニオン問わず破壊の暴虐に飲まれつつあった。

 

 


 

 

「……」

 

 赤い狂気に飲まれていく戦場を遠くから見つめている翔鶴は、少し前に神代恭介を乗せた瑞鶴が敵であるエンタープライズと共に南の方角へと消えていくのを見た。神代恭介が以前に言っていた重桜から離反すると言う計画は、既に実行に移されているのだろうと考えながらも、翔鶴は自分から瑞鶴を奪っていった神代恭介のことばかりを考えていた。

 

「一人……私、ずっと一人……」

 

 虚ろな瞳で赤城の生み出したのであろう赤い艦載機を見つめながら、翔鶴はただ海に一人立っていた。

 本来この作戦に参加していないはずの翔鶴だが、自分でも気が付かないうちに彼女はこの海域に一人で立っていた。まるで何かに導かれるように戦場へと向かっていた翔鶴は、孤独の中を歩いていた。

 

「あら? 面白い子がいるじゃない」

 

 翔鶴の背後から突然現れた少女、オブザーバーは自らの艤装を動かして翔鶴の腕に絡みついた。

 

「……だれ?」

「誰でもいいわ。でも、貴女の心を埋めてあげられるかもしれない存在、とだけ言っておくわ」

 

 普段の翔鶴ならば、見ただけで相手がセイレーンだと判断できる程度の知能を持っている。しかし、今の翔鶴には目の前の存在が彼女の言う通り本当に自分の心に開いた穴を埋めてくれるのかだけが気になっていた。

 

「ねぇ? もしかして貴方……誰か憎い人がいるんじゃない?」

「にく、い? にくい……かみしろ、きょうすけ……」

「あはは! やっぱり、貴女最高だわ……これあげるわ」

 

 空虚だった翔鶴の瞳の中に生まれた神代恭介に対する何処までもどす黒い感情を見て、オブザーバーは上機嫌に笑みを浮かべてから翔鶴の腕の中に黒いメンタルキューブを渡した。

 

「それを使えば、貴女の思う通りに世界を支配することができる……上手くやればね。思うがままにやりなさい」

「……これをつかえば、ほんとうにせかいを?」

「そうよ。貴女の望む通りに、ね」

 

 悪魔の囁きは、初めて黒い感情を宿した未熟な艦船の魂へと刻み込まれていく。透明な水に墨汁を流し込んだように、翔鶴の心は瞬く間に黒く変色していく。

 一人で海に立っていた翔鶴が意識をはっきりさせると、既に黒いメンタルキューブもオブザーバーの姿も目の前の海からは消え、空を覆い尽くそうとする赤城の艦載機ばかりが目についた。

 

「……うふふ……世界を、思い通りに」

 

 虚ろだった瞳には鈍く鋭い光が灯り、自然と上がって行く口角は彼女の心の内と今の精神状態を如実に表していた。

 

「あはは……アハハハハハハ!」

 

 今、翔鶴と名付けられて生まれた艦船は完全にその在り方を歪ませてしまった。暗い瞳の中に確かな憎悪と怒りを灯す彼女は、既に翔鶴と呼ぶにはあまりにも妹である瑞鶴とかけ離れてしまっている。

 セイレーンの闇は、人類のすぐ傍まで這いよってきていた。




や み お ち

本当に許して(ビビり)


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幻想

 赤色の狂気が支配する戦場に突如として現れた傍観者達であるセイレーンは、戦闘に介入することなくその行く先を眺めていた。ピュリファイアーは赤城の神秘の力に目を輝かせ、オミッターは興味もなさそうに周囲に視線を向け、テスターはいつの間にかいなくなっているオブザーバーを探して視線を動かしていた。

 

「おい、オブザーバーは何処に行った」

「知らないよそんなの。それより、アレと戦っちゃダメなの?」

「アレはアレで違う実験中だ。手は出すな」

「ちぇー……じゃあ付いてきた意味ないじゃん」

 

 テスターの言葉に心底つまらなさそうな声を出すピュリファイアーは、オミッターが視線を向けている先に重桜の艦隊があるのを見つけた。テスターの実験中という言葉を思い出して、ピュリファイアーはオミッターの頭を横から叩いた。

 

「なにすんだよッ!?」

「明らかに狙ってたじゃん」

 

 好戦的なピュリファイアーからすると、先程のオミッターのように敵を見つめることそのものが既に戦闘行為の一環らしく、ピュリファイアーは躊躇なくオミッターの頭を叩いたので、オミッター自身が怒り心頭と言った様子でピュリファイアーに掴みかかった。

 

「ちっげぇし! 舐めたこと言ってるとぶっ飛ばすぞっ!」

「おー? やる気?」

「やめておきなさい。全く……大人しく観察もできないのかしら」

「……オブザーバー、また新たな実験でも始めたか」

 

 今にも艤装を起動して周囲全てを消し飛ばしながら戦い始めそうな勢いで掴み合っているピュリファイアーとオミッターは、突如現れたオブザーバーに視線を向けた。テスターはオブザーバーがなにやら楽しそうに笑みを浮かべながら、両手に持っていたはずのメンタルキューブの片方を持っていないことに気が付いて、彼女が艦船に接触したことを察知していた。

 

「神代恭介を刺激するのにピッタリな艦船を見つけてね。特異点の力がどれ程なのか探るにはいい実験体よ」

「そうか。だがこちらの赤城は……我々の計算を凌駕する出力だ」

 

 テスターの視線の先にいる赤城は、セイレーンが想定していた彼女の『ミズホの神秘』よりも数段出力が上だった。幾つかの計算パターンを想定していたテスターだったが、まさか自分が計算した過大評価とも言える数字を大きく上回る性能を発揮しているのを見て、興奮を隠せないと言った様子にピュリファイアーがため息を吐いた。

 

「でも、あんなでたらめ出力は身体が……メンタルキューブがもたないでしょ」

「そうねぇ……でも、もしメンタルキューブがもってしまったら? きっと彼女は『覚醒』に一気に近づくことになるわ」

「ふーん……」

 

 ピュリファイアーの目算は正しく、本来艦船が扱うことのできる出力以上の力が出てしまっている今の赤城に待っているのは、どう考えても肉体の崩壊だけである。万が一でもその艦船としての限界を超えてしまったら、それこそセイレーンの計算を大きく超える新たな特異点となり得るだろう。

 赤城の想定外の出力もまた、観察中の特異点である神代恭介が及ぼした影響の一つであるが故に、オブザーバーはとても楽しそうな目で赤城を見つめていた。

 

「定石通り壊れたら?」

「そんなもの、決まっているでしょう」

 

 オミッターの興味半分の質問に、オブザーバーは何故そんな分かり切ったことを聞くのかわからないと言わんばかりの顔をしながら、自らの手の上にある虹色のメンタルキューブを見た。

 

「壊れた玩具に、価値はないわ」

 

 セイレーンの名前の通り海の冷たさと恐怖を彷彿とさせるオブザーバーの言葉を聞いて、テスターとピュリファイアーとオミッターも当たり前のことだと納得してすぐに赤城へと視線を戻した。

 

「さぁ……どこまで高みに近づけるかしら」

 

 三人とは違い、恭介が向かった先である南の海を見ながらオブザーバーは口角を釣り上げた。

 

 


 

 

「か、加賀さん! 赤城さんはどうして」

「待て、今必死に考えている」

「考える? 赤城さんのあの姿は作戦にはないんですか?」

 

 異常を察知して近くまでやってきた山城と扶桑の言葉に、加賀は爪を噛みながら焦った表情を浮かべていた。赤城の『ミズホの神秘』など加賀からしても久しく見ていなかったが、以前に見た赤城の神秘とは全く違うその姿に、何かしらの関与を加賀は疑っていた。

 

「指揮官が……いや、奴はどれだけいっても人間。神秘を歪ませることなどそれこそカミにし……か……まさ、か」

「加賀さん?」

 

 爪を噛みながらなにかを呟いていた加賀の顔が一気に青褪めていくのに、長良はいち早く気が付いた。普段は焦がす様な闘争本能の中にも冷静さを感じさせる加賀の顔が、焦りすら抜けて何かに気が付いてしまったような表情をしていることが異常だった。

 

「セイレーン……だ」

「セイレーン?」

「姉様にセイレーンが何かしらの接触を図ったに違いないっ! あのままでは姉様の身体がもたん!」

「危険です加賀さん!」

 

 顔を真っ青にしたまま暴走する赤城の方へと走り出した加賀に、扶桑が必死に声をかけるが既に聞こえていないのか全速力で赤城へと近づく見ていることしかできない。既に陣形もなくなっているこの状況で、恭介からの指示も何もないことに扶桑は唇を噛みしめながら加賀を追いかけようとして阿武隈に止められた。

 

「放してください! 加賀さんが!」

「扶桑さんも同じになるよ。ここは他の艦隊を呼ぼう」

 

 あくまでも平常心で言う阿武隈の言葉に、自分の中に焦りの感情が浮かんでいたことを理解した扶桑は、山城のとても心配そうな顔を見て一度深呼吸をしてから頷いた。長良は安心した様に笑顔を浮かべながら通信機を手にして恭介に連絡を取ろうとしていた。

 

「……あれ? 指揮官に繋がらない」

「殿様になにかあったんですか!? あわわわ……どうしましょう……姉さま」

「慌てないで扶桑。何があったのかわからないけど、指揮官様ならきっと大丈夫よ」

 

 長良が首を傾げながら何度か作戦基地にいるであろう指揮官へと通信を試すが、何度やっても指揮官がその通信機を取ることは無い。阿武隈はそんな姉の姿を見ながら、通信機で比較的第一艦隊の近くで待機しているであろう第六艦隊の妙高へと通信を繋ぐ。

 

『こちら第六艦隊旗艦妙高』

「妙高さん。第一艦隊の阿武隈です」

『阿武隈? なにかあったのか?』

 

 まさか一航戦の護衛艦である阿武隈から通信が来るとは思っていなかった妙高は、驚きながらも状況の簡潔な説明を求めた。阿武隈は時間が無いことを最初に言葉にし、赤城がセイレーンの力によって暴走し、加賀がそれを止める為に一人で突出。指揮官との通信が繋がらないので一番近くにいた妙高へと救援を求めたとだけ伝えた。阿武隈は元々口数が多い方ではないが、普段よりも大雑把な説明をしていることに妙高も本当に時間がないことを理解して了承した。

 

「第六艦隊がすぐこっちに来てくれる。それまでユニオンを近寄らせない方が大事だと思う」

「そ、そうね……」

 

 本来爆撃の為に飛ばしていた瑞雲を回収しながら、扶桑はホーネットとワスプの救援に向かって来ていたユニオンの艦隊を思い出し、あれを止めるのかと思いながらも阿武隈の言葉は正論だったので頷くことしかできなかった。

 

「扶桑さん、赤城さんの所に向かって来てる艦隊はどのくらいの規模だったんですか?」

「……主力艦隊と空母機動部隊ね」

 

 あまり乗り気ではなさそうな扶桑の頷き方に長良が純粋な疑問を持って聞くと、扶桑は遠い目をしながら三本の指を立てていた。ユニオンの主力艦隊と空母機動部隊をこの四人で食い止めようなど、無理な話に阿武隈もついついため息を吐いてしまった。

 

 


 

 

 メンタルキューブによって生み出された艦船達は自らの船を操って艦隊戦を行うこと以外にも、船を艤装として纏って対人戦のような戦い方をすることもできる。彼女達はその身一つで大きな船を一人で動かし、通常艦隊を移動させることにかかる手間を省き、尚且つ艦隊決戦では自らの身に艤装を纏うことで単純に的を小さくしながら船の馬力を生み出すことができる。その、人間が戦うよりも遥かに効率的な戦い方を人間が指示して行っているということは、ある種の代理戦争とも言える。

 船のまま移動することは単純に艦隊として動きやすく、陣形を維持することがしやすい一方で、今回のユニオン側の救援部隊の様に緊急を要する事態に対処するのが遅れることがある。故に、今ユニオンの救援部隊として動く主力艦隊と空母機動部隊はそれぞれ自らの艤装を纏って海を駆けていた。

 

「……凄まじい、の一言につきる」

「ホーネットさんとワスプさん……大丈夫なんでしょうか?」

 

 炎を纏った艦載機がひたすらに空を制している姿を見て、機動部隊の旗艦を務めているイントレピッドは自分ではあんながことできないと理解して、敵の強大さを改めて感じ取っていた。その下で今も戦っているのだろうホーネットとワスプを思って心配そうな声を出しているリノは、自分の艤装をしきりに気にしていた。

 

「……二人の反応はまだある」

「本当? なら間に合うかも」

 

 スモーリーの言葉に反応したマラニーは、安堵の息を吐いてから気合を入れて加速した。空母の護衛艦として対空砲を起動させながら海を駆けるフレッチャー級の二人に、イントレピッドは笑みを浮かべてから艤装を展開した。

 

「行け! ヘルキャット!」

 

 充分な射程範囲だと判断して展開されたイントレピッドの飛行甲板から、対空戦闘機であるF6Fヘルキャットを連続して発艦させる。主力艦隊と共に動いている以上、敵に制空権を取られたままではまともに戦闘行為を行うことすら難しくなることを理解していたイントレピッドは、すぐに戦闘機を全機発艦させて赤城の艦載機に肉薄させる。エセックス級の艦船として生み出されたイントレピッドの搭載機数はかなり多く、発艦された艦載機は大編隊を組みながら赤城の艦載機が支配する空域へと踏み込んでいく。

 イントレピッドが発艦させたヘルキャットを見上げて、主力艦隊の面々は自然に艤装を握る手に力が入る。

 

「イントレピッドがヘルキャットを発艦させたのか……」

 

 主力艦隊の一人として航行を続けているインディペンデンスは、真っ直ぐに海域へと飛んでいくヘルキャットの編隊を見て、自らの持っている艤装を構えてヘルキャットを発艦させる。

 

「イントレピッドの支援をしてやれ」

「制空権、取れそう?」

「いや、ホーネットとワスプが加わってようやく優勢程度だと思う」

 

 発艦させたヘルキャットに大まかな指示を出しているインディペンデンスの横にやってきた旗艦アラバマは、インディペンデンスの言葉を聞いて一人で頷いてからポートランドとインディアナポリスへと視線を向けた。

 

「インディちゃん……危なくなったらお姉ちゃんを盾にしてね?」

「……それはしない」

「相変わらずだな」

 

 いつも通りのやり取りをしているインディアナポリスとポートランドを横目に、モントピリアは敵の中に以前戦った高雄がいないことを少しだけ残念に思い、別行動している尊敬する姉が無事であるかどうかを心配していた。本質的にはポートランドと考えていることが同じなのだが、そんなことはモントピリアの中では些事に過ぎない。

 

「おい、アラバマ」

「なに」

「お前突っ込むつもりか?」

「悪い?」

 

 前回の戦いから神代恭介の異常性をその身で味わっているワシントンは、旗艦のアラバマに彼女の方針を聞くが、帰ってくる言葉は少なくそれでいて何回聞いても変わりがないものだった。恭介の指揮能力を恐れているとも言えるワシントンだが、アラバマはそんなこと関係ないと言わんばかりに大鎌を手の力だけで回転させる。

 

「どうなるか、わからない。けどやれって言われたらやるのが軍人」

「そうかい……まぁ、死ぬなよ」

 

 そろそろ赤城の艦載機がこちらにも向いてくるだろうことを理解しながら、ワシントンはアラバマに忠告の様で心配する様な言葉を呟いてから艤装を操る。待っているのは緋色の地獄であることは変わりなくとも、ユニオンの艦船として成すべきことを成す。ワシントンにとってもそれだけのことだった。

 主力艦隊と空母機動部隊が赤城に近づいてくる間も、ホーネットとワスプはその空襲の中で必死に互いのフォローをしあいながら生き残っていた。

 

「冗談キッツ……どうすんのよこれ」

「口よりっ手を動かして欲しいなッ!」

 

 背中合わせになりながら艦載機を操る二人は直上にやってきた彗星からの爆撃を避け、続く流星の雷撃を避けてからヘルキャットでその艦載機を撃ち落としにかかり、何処からともなく現れた零戦にヘルキャットを落とされる。先程から繰り返される攻防一体の艦載機に、ホーネットとワスプの精神も限界を迎える寸前まで来ていた。空中を旋回する艦載機の一部分だけでもこれ程手間取っていることに苦笑しながら、ホーネットは自分の艦載機が今の赤城には通用しないことも理解していた。そんな時、赤城とは真反対の方向からやってきたヘルキャットの群れが、赤城の零戦に食って掛かる。

 

「あれは……イントレピッドのヘルキャット?」

「インディペンデンスもいる。救援が間に合ったか」

 

 ホーネットとワスプへの攻撃に気を取られていた艦載機の群れは、突然の横槍にヘルキャットの通り道から逃げるように道が開ける。その機会を逃すはずもなく、ホーネットとワスプは艦載機の包囲が薄くなった方向へと移動しながら自分達の持っている残りの艦載機全てを一気に発艦させる。

 

「結構落とされたけど、イントレピッドとインディペンデンスがいるなら……」

「いや、拮抗する程度だなッ」

 

 大量のヘルキャットが赤城の航空隊を蹴散らそうとするが、先程まで微動だにせずに艦載機を操っていた赤城が空へと視線を向けた瞬間に、空を舞っていた彗星、流星、零戦が急激に加速し始めた。急加速した艦載機の動きについていけず、編隊を少しずつ削る戦い方は今のホーネット達には効果的な攻撃だった。制空権は拮抗状態まで持って行けたが、それでも以前赤城が操る艦載機の脅威は消えることが無い。その上、艦載機を操っている赤城はまだ無傷でその場に立っている。

 

「……ねぇ」

「聞くな」

 

 空から赤城へと視線を移したホーネットは、赤城の周囲にいつの間にか現れているモノに顔を引き攣らせていた。元々ユニオンの艦船からすれば、一航戦の扱う式神の艦載機や実体なのかどうかも微妙な飛行甲板など分からないことだらけだったが、それでも彼女達は頭の何処かで超常的な物ではないと決めつけていた。

 

「あれでも、セイレーンって倒せないのかな」

「倒せないからこうなっているんじゃないか?」

「そっか……」

 

 ワスプの言葉にため息を吐いたホーネットは、赤城の周囲を飛び回っている緋色の龍を見てもう一度笑みを浮かべた。

 

「あれ、こっち来るよね」

「……来るぞ」

「来たねッ!?」

 

 赤城を守るように飛んでいた龍は、爆撃しようとするドーントレスを噛み砕いてからホーネット達に視線を向けて加速した。セイレーン大戦後に生み出された艦船として、戦場に立つようになってそれなりの時間が経っているホーネットだが、目の前を通り過ぎていった龍などという超常的な物を見るのは初めてだった。当然と言えば当然だが。

 

「ヤバいとかってレベルじゃなくなったよ」

「それこそ、冗談キツイぞ」

 

 苦笑しながら言うワスプに、ホーネットは同意するように頷いてから走り出した。ホーネットの動きに合わせてコンパウンドボウを油断なく構えたワスプは、赤城に近づこうとするホーネットを狙う龍へと矢を放つ。空を泳ぐように移動する緋色の龍は、横から飛んできた矢を平然と避けてからホーネットを頭から齧りつこうと動く。

 

「ちっ! 当たらないぞ!」

「ちゃんと当ててよ!」

 

 第二、第三の矢も平然と避ける龍とホーネットの距離は段々と近くなり、限界を感じたホーネットは急停止して赤城とは反対方向へとかけた。噛み切ることなく虚空を通り過ぎた牙は、なおもホーネットを追って海面すれすれの高度で巨体をうねらせながら飛ぶ。

 

「今度は当ててねッ!」

「わかってる!」

 

 自分の方へと向かって走ってくるホーネットに、ワスプは標準を合わせてコンパウンドボウを構える。目を閉じてから一度大きく呼吸をして、弦を引いた彼女に見えているのは焦っているようなホーネットの姿。しかし、弓を構えているワスプには一切の焦りも緊張もなく、ただ冷静なまま矢を放つ。

 

「っ!?」

 

 ホーネットへと放たれた矢は、ワスプの狙い通り的確にホーネットの頭の中心へと向かって真っすぐに飛んでいた。若干の回転が掛かっているワスプの矢を紙一重で横に避けたホーネットは、頬を掠めていく矢が自分のすぐ背後で大きく口を開けていた龍の口内へと吸い込まれていくのを見て海面に倒れた。

 

「やった!」

「ホーネットっ!」

 

 ワスプの放った矢は、艦船でもまともに当たれば動けなくなるだろうと確信できる程の速度が出ていた為、ホーネットは龍を貫くように消えていった姿に安堵してワスプの方へと視線を向けると、先程とは打って変わって焦った様な表情をしていた。

 

「…………マジ?」

 

 必殺の矢を放ったはずの本人がそんな表情をしている理由など一つしかないと知っていたホーネットが、ゆっくりと背後を振り向けば、物理的な攻撃など効かないと言わんばかりに穴が塞がって行く緋色の龍と、光の無い瞳で這いつくばるホーネットを見下ろす赤い九尾が立っていた。




アニメの赤城が出してたあの龍って……なんだったんだろうって思いました。


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共闘

 自らの背後に立つ圧倒的な上位者たる赤き九尾に身動き一つ取れないホーネットは、ゆっくりと振り上げられる手の動きを見ていることしかできなかった。ワスプは襲い掛かってくる龍から逃げることしかできず、コンパウンドボウを構えて赤城を牽制することすらできない。

 

「あはは……終わり?」

「逃げろッ!」

 

 遠くからワスプが声を張り上げているが、ホーネットは今から立ち上がったところで、できることなど何一つないことを察していた。手を振り上げている赤城がその手をどうするかなど見当もついていないが、本能的に自分が助かることは無いと察していた。

 

「姉様っ!」

 

 無表情のまま手を振り下ろそうとした赤城は、ホーネットでもワスプでもない悲痛な声によって動きを止めた。一拍遅れて赤城に縋りつくようにやってきた加賀は、振り上げられている手を取って懇願する様な顔のまま顔を覗き込んでいた。

 

「やめてください姉様! これ以上その力を使えば……貴女の身体がもたない!」

「どういう、こと?」

 

 赤城の手を取りながら叫ぶ加賀の言葉に、ホーネットは訝し気に目を細めた。ワスプを追っていた龍も赤城が停止するのと同時に、最初から存在していなかったかのようにかき消えていた。

 ゆっくりと立ち上がりながら赤城と加賀を注意深く見ていたホーネットは、赤城の背後から近づいてくる重桜の艦隊に気が付いて後ろを振り返り、ワスプの背後から近づくユニオン艦隊を視認した。

 

「……これは、どういう状況だ?」

「こっちが聞きたいよ」

「姉様っ!」

 

 ホーネット達に艤装を構えながら近づいてきた、重桜第一艦隊と妙高率いる第六艦隊のメンバーは、赤城の名前を呼び続ける加賀と、その二人を眺め続けている傷ついたホーネットの姿に困惑していた。妙高が最初に砲塔を下げて疑問を言葉にした。

 

「加賀、せめて状況を説明しろ」

「どうもこうもない! これ以上姉様をセイレーンの好きにさせるものかッ!」

「待って、今セイレーンって言ったの?」

 

 加賀の叫ぶような言葉にホーネットが聞き返そうとした瞬間、停止していた赤城の腕が再び動き始め、加賀の制止を振り切ってホーネットに向かって突き出された。凄まじい速度の突きだが、ホーネットは既に立ち上がって呼吸を落ち着けていたので軽々と横に避けてから、重桜の策にはめられたと思って視線をあげて絶句した。赤黒いオーラを身体から発している赤城が、その九本の尾で重桜艦隊全員を吹き飛ばしたのだ。

 

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫なのっ!?」

「大丈夫に、見えるか……」

 

 赤城の一番近くにいたことで尻尾の攻撃を真っ先に受けた加賀は、勢いよく吹き飛ばされたところをホーネットに抱き留められる形で止まった。片手で腹を抑えながら口から血を吐く加賀に、ホーネットは混乱し続けていた。仲間である重桜の艦船すらも攻撃し始めた赤城を見て、ホーネットは初めて目の前の赤城が意図しない形で暴走し続け、その後ろにセイレーンがいることを理解した。

 

「他の子は、大丈夫そうね」

「我らの、神秘は……そう生易しいものじゃ、ない」

「そうだね。それは……今の赤城を見ればわかるよ」

 

 腕の中で苦しそうに呻いている加賀を心配しながら、ホーネットは背後から近づいてくるユニオン艦隊に気が付いていた。

 

「ホーネットは無事そう」

「はぁ……厄介なことになってそうだな」

 

 アラバマの言葉に頷いてから、蹲っているホーネットに近づいて手を貸そうとしたワシントンは、腕の中で満身創痍の姿で赤城を睨み続けている加賀の姿に大きなため息を吐いた。

 

「ユニオン、か……丁度いい。手を、貸せ」

「へぇ……アタシらにメリットは?」

「世界が滅ぶのは、見たくないだろう?」

「……いいぜ」

「旗艦はぼく」

 

 口から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべる加賀に、ワシントンも同じ表情で返した。まるで艦隊の旗艦であるかのように応えるワシントンに、アラバマは不服そうな顔で大鎌に手をかけた。

 

「悪かった。それで? お前は反対なのか?」

「……世界と一時の和平。交換条件にすらなってない」

 

 手の中で大鎌を回転させたアラバマの動きを見て、ポートランド、インディアナポリス、モントピリア、インディペンデンスが艤装を構える。口数が少ないアラバマが旗艦の場合は、アラバマが戦闘の意思を見せた相手が敵である。ワシントンもそのことをよくわかっているので、不敵な笑みを好戦的な笑みに変えて主砲を起動させた。

 

「行くよ」

「了解っ!」

 

 アラバマの言葉に頷き、ワシントンはすぐさま主砲を赤城に向かって放つ。それと同時にポートランド、インディアナポリス、モントピリア、アラバマが赤城に向かって最高速度で近づき、インディペンデンスは上空で戦い続けているヘルキャットに指示を飛ばしながらアベンジャーを発艦させた。

 

「あっちは動き始めたわ。敵は赤城一人……こっちも動くよ!」

「はい!」

 

 主力艦隊が動き始めたのを見て、イントレピッドは飛行甲板からヘルダイバーとアベンジャーを発艦させる。リノはイントレピッドの言葉に頷いてから、対空砲を起動させてスモーリーとマラニーを連れて赤城の艦載機を一機でも撃ち落とす為に駆けた。

 

「……妙高さん、どうするの?」

「決まっているだろう。艦船ならば、正義の為に動くべきだ」

 

 攻撃された腕を庇いながら妙高の傍まで寄ってきた阿武隈の言葉に、妙高は俯いたまま応えた。この場における正義とは、暴走して周囲全てを巻き込む程の災害になってしまいかけている赤城を止めること。つまり、味方を攻撃することだった。

 

「扶桑、山城、阿武隈、長良……私達は戦うぞ。宵月、花月、春月、那珂、手伝ってもらうぞ」

「お任せください。秋月型ならば一航戦の航空機だろうとも……」

「那珂にお任せください!」

 

 妙高の決心と言葉に花月が少しだけ暗い顔で頷き、那珂も覚悟を決めた顔で頷いた。旗艦として仲間を攻撃する判断を下すことに悔しさを感じている妙高を前に、那珂はできるだけ明るく行こうと考えていた。

 

「あては、赤城さんを止めたい」

「そう、だよね」

 

 阿武隈は無表情のまま、拳を握りしめていた。鬼と呼ばれてその無表情さに勘違いされがちだが、阿武隈はどこまでも仲間思いで優しいことを姉である長良は知っていた。そして、優しすぎる長良を守るために時には非常な決断をしようとすることも。阿武隈の言葉に頷いた長良を見て、扶桑も山城へと視線を向けていた。

 

「山城は、どうしたい?」

「止めたいです! 赤城さん、本当はとっても優しくて温かいんです……だからっ!」

「そうね。大丈夫よ山城」

 

 扶桑の言葉に即答した山城は、艤装を揺らしながら今にも飛び出しそうにしていた。

 

「……あて達も参戦しよう。加賀さんもそう動くと思う」

「うん!」

 

 阿武隈の言葉に三人が頷き、同時に動きだした。

 ユニオン艦船十隻と重桜艦船十隻が共通の敵を前に、上官からの命令無しで共同戦線を勝手に共同戦線を作り出してた。

 赤城は、降り注ぐワシントンの砲弾を九本の尾で簡単に弾きながらも、近づいてくるアラバマへと視線を向けていた。大鎌を構えたまま向かってくるアラバマへと、龍をけしかけてから上空の艦載機を操ってアラバマへと向ける。

 

「……これで、いい」

 

 降下してくる艦載機を無視して、目の前の龍へと大鎌を投げたアラバマは更に加速して副砲を起動させる。放り投げられた大鎌はフリスビーのような回転のまま龍の口から上下に真っ二つへと斬り裂きながら進み、赤城の右手に掴み取られた。上下に裂かれた龍も物理的な攻撃など受け付けずに修復されるが、修復している間にアラバマは副砲の射程範囲まで近づいていた。迷いなく砲撃を放つアラバマだが、赤城はアラバマの方など視認もせずに大鎌を片手に持ったまま副砲から放たれた砲弾全てを尻尾一本で弾き飛ばし、再び遠方から放たれたワシントンの砲撃を右手に持っていた大鎌で二つに裂き、先程のアラバマと同じように密かに近づいてきていたモントピリアに向かって投げた。限界まで姿勢を低くして、髪の先を掠めていく大鎌を見送ったモントピリアは、すぐさま主砲を向けて砲弾を放つが、アラバマの副砲同様尻尾一本で全てを弾かれる。

 

「行くよインディちゃん!」

「うん」

 

 距離を置いていたインディアナポリスとポートランドは赤城を中心として左右に別れ、周囲を旋回するように動きながら主砲を放つ。九本ある尾の二本で同時砲撃を弾いた赤城は、アラバマが離れていくのを見て一歩踏み出そうとしてから、ワシントンによる上、ポートランドとインディアナポリスによる左右、隙ができるのを待ち続けていたモントピリア。四方向から同時に砲弾が飛んできたことに気が付いた赤城は、瞬間的に身体を逸らした。上と左右からの砲撃を尾で防いだことによって生まれた、防御の穴を的確に狙ってきたモントピリアの砲撃は赤城の脇を掠めて海へと消えた。

 

「来るぞ!」

 

 砲弾を避けた赤城は全身から放っていた炎の勢いを強め、九本の尾を振り払った際に生まれた火の粉が艦載機に変化して海へと飛びだって行く。明らかに通常の空母一隻が搭載できる量を軽々と超える艦載機の群れに、モントピリアがポートランドとインディアナポリスに声をあげる。上空でイントレピッド、インディペンデンスの放ったヘルキャットと空中戦をしていたはずの流星、彗星も降下を始め、赤城付近の四人へと狙いを定めた瞬間に、大量の機銃音が響いた。

 

「大丈夫ですかっ!」

「行くよ」

「はい!」

 

 機銃音にモントピリアが視線を向けると、高性能な対空レーダーを搭載しているアトランタ級の後期型であるオークランド級のリノと、それに追従する形で対空砲を向けるマラニーとスモーリーの姿があった。

 

「ヘルキャット!」

 

 イントレピッドとインディペンデンスも、ヘルキャットを動かして赤城の流星と彗星を一機ずつ確実に落としていく。大鎌を回収したアラバマは、再び赤城に向かって加速して鎌を振り上げ、ワシントンは遠距離砲撃を続けて赤城の移動を阻害する。モントピリア、ポートランド、インディアナポリスは周囲を旋回しながら適時砲撃を放つ。ユニオン艦船十隻による赤城の包囲網は、既に完成していた。

 

「どれだけ強くても、一人はこんなもの。終わり」

 

 赤城に向かってとどめとして大鎌を振りぬこうとしたアラバマは、身体から立ち昇る赤い炎から生まれた龍を咄嗟に避けた。大鎌についている鎖を溶かす程の熱量を見せたその龍に、アラバマは目を見開いた。

 

「……おわ、り? わらわせる……ならのぞみどおり、おわらせて、やるワ」

 

 本能的な危機を察知したアラバマが背後に飛び退いた瞬間、赤城の身体から立ち昇る炎が八体の龍へと変わって天へと飛び出した。最初に現れた一体と、アラバマが近づいた時に出した一体を合わせて計十体の龍を前に、赤城の周囲を飛び回る龍は、一斉にそれぞれのユニオン艦船へと襲い掛かった。

 

「くそッ!」

 

 一瞬で包囲を崩された艦船達は、同時に赤城の背から追加で空へと放たれた艦載機の群れに目を見開く。どこまでも続く絶望的な物量と、圧倒的なまでの殺意。既に赤城は、艦船としての枠を超えたナニカになろうとしつつあった。

 全艦船の元へと襲い掛かる龍は、砲撃や大鎌での攻撃を受けてもまるで効果がないように速度も変わらない。放たれた龍を倒せないにもかかわらず、空を舞う艦載機の群れは一向に減らず、ただただ理不尽なまでの暴力がユニオン艦船達に降りかかる。

 

「馬鹿共、がッ!」

 

 その場の全員が諦めの文字を頭の中に浮かべた瞬間、全ての龍に向かって青色の航空機が機銃を放った。満身創痍のまま立ち上がった加賀が、ふらふらのまま十機の艦載機を飛ばしてユニオンを救った。

 

「龍が、復活しない?」

「式神をたお、せるのは、式神だけだ……手を貸せと、言っただけで……お前達にやれとは言って、いない」

「か、が?」

 

 肩で息をしながらも操る艦載機は的確に龍の急所部分である目を撃ち抜き、十体全てを消滅させた。式神である龍が消滅させられる姿を見て、赤城は無表情のまま首を傾け、ホーネットに支えられながら立っている加賀を瞳に映した。

 

「か、がぁ……なぜ、貴女がジャまをすルの?」

「姉様……必ず取り戻して見せるッ! ホーネット、死ぬ気で支えろよッ!」

「わかってるよっ!」

 

 左半身を支えているホーネットは元気よく返事をしてから、加賀が頭につけている仮面を燃やした瞬間に現れた巨大な九尾の式神に驚きのあまり、口を開閉して言葉にならない空気を出していた。

 

「行けっ!」

「お、おう!」

 

 唐突に現れた巨大な白い九尾に、その場にいたユニオンの艦船全員が驚きのあまり動きを止めるが、加賀の声に反応して全員が再び赤城の包囲網を敷く。赤城の無尽蔵とも言える艦載機の群れを前に、マラニー、スモーリー、リノ、イントレピッド、インディペンデンスに加えて、九尾の背中に取り付けられている飛行甲板から放たれる加賀の艦載機で制空権を五分まで盛り返していた。赤城が龍の式神を召喚する度に、九尾の尾から放たれる弾幕がその龍を同じ霊的な力で消滅させる。ユニオン艦隊に足りない制空能力と式神能力を持つ加賀は、今のユニオン艦隊にとって、もっとも頼りになる味方だと言えた。

 

「……めザわり、ね……ウセロッ!」

「ぐッ!?」

「ちょ、ちょっと加賀っ!? ワスプっ! 艦載機残ってないの!?」

「艦載機は無いが、攻撃手段はある!」

 

 襲い掛かる九尾の弾幕を渾身の力で払いのけた赤城は、先程よりも数倍の巨体を持つ龍を召喚して九尾の身体に巻き付かせて動きを封じ、首に牙を突き刺す。式神に大きな傷を付けられた加賀は、痛みに呻きながら九尾を操ろうとするが、全身に巻き付く龍の力は加賀の操る式神とは比にならない力を持っていた。

 加賀を助けるためにホーネットが声をかけると同時に、ワスプはコンパウンドボウを構えて赤城へと向ける。しかし、巨大な龍一つで加賀の行動を封じた赤城は、すぐさま異常なまでの数に膨れ上がった上空の艦載機全てを動かしてユニオン艦隊の頭上を容易く支配する。

 

「宵月、春月、合わせて!」

「は、はい!」

「行きます」

 

 戦場を切り裂くように現れた三人の秋月型駆逐艦は、隙間の無い対空砲火で赤城の艦載機を撃ち落としていく。アラバマが視線を向けた先にいたのは、妙高が率いる重桜第六艦隊の面々だった。

 

「那珂、行くぞ」

「はいっ!」

 

 妙高の言葉に頷いた那珂は、同時に魚雷を赤城へと放ちながら、ポートランドとインディアナポリスとは逆方向に旋回を始めた。ワシントンの砲撃を弾きながらモントピリアに肉薄しようとしていた赤城は、自分へと向かってくる魚雷を視認して飛び退き、的確に頭を狙って放たれた妙高の砲弾を片手で弾き飛ばした。その隙を見逃す程、アラバマもモントピリアも甘い艦船ではなく、放たれた戦艦の副砲と軽巡の主砲は赤城の胴体に吸い込まれていき、大きな爆発を起こした。

 

「重桜が味方をしてくれるとは思わなかったけど、防空駆逐艦が三隻ね。ここが制空権を奪い取る最後の機会よ!」

 

 イントレピッドの言葉に頷き、最初に反応したインディペンデンスは、ヘルキャットを数機だけ降下させて対空砲火を続けている駆逐艦達の護衛をさせ、アベンジャーで赤城への決定打を狙っていた。リノ、マラニー、スモーリー、宵月、春月、花月は対空砲でひたすらに艦載機を撃ち落とそうとしていた。

 水煙の中から飛び出した赤城は、小さな損傷すら感じさせない動きでアラバマへと接近して大鎌の持ち手を掴む。

 

「シネ」

「っ!」

 

 大鎌を左手で抑えながら振るわれた右手の爪を、頬に掠る程度で避けたアラバマはそのまま大鎌を振るって赤城を上空へと飛ばす。それを見ていたポートランドとインディアナポリスはすぐさま主砲を放つが、赤城が手を振るって現れた龍が主砲を噛み砕く。

 

「伏せろッ!」

 

 そのままポートランドとインディアナポリスは向かってくる龍に、もう一度主砲を構えようとして聞こえた声に従って頭を伏せると、ミズホの神秘を発動させた妙高と那珂が頭を飛び越え、艤装ではなく爪で龍を切り裂いた勢いのまま赤城へと肉薄した。砲弾のような速度で左右から迫った妙高と那珂の攻撃を軽々と掴み取った赤城は、二人を勢いのまま投げ飛ばした。

 

「くっ……やはり赤城は強いか」

「妙高さん!」

 

 空中で態勢を整えた妙高達が立ち上がる前に、赤城は一歩を踏み出して襲い掛かろうとした瞬間、右肩が爆発してたたらを踏んだ。肩から上がる煙に視線を向けた赤城は、続く二発目を左わき腹に受け、三発目と四発目を弾き飛ばした。

 

「私達だってっ!」

「山城!」

 

 赤城へと主砲を命中させた山城と扶桑は、続けざまに主砲を放つ。降り注ぐ砲弾を弾くことなく避け、モントピリアと妙高の砲撃を弾きながら山城と扶桑の方向へと駆けだした赤城を見て、扶桑が悲痛な顔のまま目を伏せた。

 

「赤城さん……目の前の敵しか見えていないのですね。やはり、貴女は『なにか』に取りつかれています。それを祓うのも私の役目です」

 

 敵だけを見定めて突貫する赤城は、周囲の艦船達から放たれる砲弾を半分程度弾き、半分程度を受けながら突き進み、大きな爆発音と共に海に倒れこんだ。右足についていたはずの艤装が吹き飛び、航行不可能なダメージを負った赤城は、尚も自分に伸びている雷跡に気が付いてから光に飲まれた。

 連続した爆発音を聞き、自分が放った魚雷が予定通り命中したことを理解した阿武隈は、唇を噛みしめている長良を見て、俯いた。

 

「いつもの赤城さんなら、絶対に当たってなかった」

「そうだね」

「いつもの赤城さんなら……絶対扶桑さんに攻撃なんてしなかった」

「うん……」

 

 阿武隈の呟く言葉に、長良は小さく同意することしかできない。あの程度の攻撃で赤城が沈んでいるとは、阿武隈も長良も思っていないが、自分達が尊敬していた人を直接この手で攻撃したことが精神に負荷をかけていた。

 阿武隈と長良の魚雷が赤城に直撃し、式神にまとわりついていた龍が消えたのを確認した加賀は、ホーネットから離れてふらふらとした足取りのまま歩き、九尾の背に飛び乗った。左半身を庇うように手で抑えながら歩く加賀の目は、海に倒れたまま動かない赤城へと向いていた。

 

「姉様……今、助けます」

「は、はぁっ!?」

 

 九尾の背から飛び上がった加賀は、そのまま九尾に投げ飛ばされるような形で、自分を砲弾の様にして赤城のいる場所まで飛ばした。突然の奇行にホーネットとワスプが口を驚愕している間に、九尾は青白い炎となって消えた。

 

「阿武隈ッ!」

「ぐぅっ!? 姉様ッ!」

 

 倒れていたはずの赤城は幽鬼のようにゆっくりと立ち上がり、目の前にいる阿武隈に爪を向けた。驚愕のあまり動けなくなっている阿武隈に妙高が声をかけうが、その横を加賀がとてつもない速度で通り過ぎた。

 傷を受けていない状況ならまだしも、大破と言っていい程の傷を負っている今の加賀には、飛ばされている時に発生する風圧が身体中に痛みを与えているが、そんなことは関係ないと言わんばかりに力なく立ち上がった赤城に手を伸ばした。

 伸ばされた加賀の手は、赤城の胸を刺し貫いた。

 

「あ、赤城さんがッ!?」

 

 その場にいた全員が、赤城の死を理解できるような致命傷を与えた加賀に、驚いたまま動けなくなっていた。一航戦の片割れが、もう片割れの一航戦を殺す光景にユニオン艦船も武器を向けることすらできずに、立ち尽くす。周囲の驚愕を無視して、ずるりと赤城の胸から血塗れの手を抜いた加賀は崩れ落ちる身体を片手で支えてから、扶桑たちへと視線を向けた。

 

「なにを、しているんですか?」

「わめく、な……これは赤城に必要な、こと……だ……」

「加賀さん!」

 

 息も絶え絶えに、右手の先に持っている青色の小さな結晶を砕いた加賀は、そのまま前のめりに倒れた。赤城が止まったことを理解したその場の艦船達は、安堵の息を吐く間もなく再び緊張の糸を張り詰めらせる。

 共通の敵である赤城が倒れたということは、再び重桜とユニオンは敵対する者同士に戻ったのだ。

 

「結局、こうなるか」

「わかりきってた」

 

 実質、今の重桜艦隊を率いている妙高とユニオン艦隊を率いているアラバマは、言葉を交わしながらも互いに艤装を構えようとして、二人同時に膝をついた。神秘の副作用である強烈な疲労感に歯噛みしながら妙高が顔をあげると、足の艤装を一部破壊され、自慢の獲物である大鎌が持ちの部分から刃までヒビが広がっているアラバマと目があった。

 

「妙高!」

「アラバマ、撤退だ」

「金、剛? 何故ここに……」

「姉貴?」

 

 限界を迎えていた二人は、同時に攻撃態勢を取って背後から止められた。妙高の腕を取った焦り顔の金剛と、アラバマの肩に手を置いたサウスダコタは、互いに一度も目を合わせることなく妙高とアラバマを抱えて走り出す。

 

「姉貴、なんで?」

「これ以上の作戦継続は不可能だと、上が判断したらしい。僕にはなにがどうなっているかわからないけどね」

「そっか……そうなんだ」

 

 艤装が破壊されているアラバマを片手で抱えながら走るサウスダコタの顔は、上の命令に納得ができていないものだった。

 

「金剛、何故止めた」

「……指揮官が姿を消しました」

「は?」

「ついでに幾人かの艦船も消えています」

 

 手を引かれていた妙高は、金剛の言葉を聞いて、長良が指揮官と連絡が取れないと言っていたことを思い出した。重桜の指揮官として、この海戦に参加していたはずの彼が重桜の艦船幾人かと姿を消したこと、そして赤城が唐突に暴走したこと。その二つに何か関係性があるのではないのだろうかと、妙高は考えていた。

 

「なにか……なにかが起こっているのか?」

 

 不自然な指揮官と艦船の失踪と赤城の暴走。世界中が戦禍に飲み込まれようとしている中、裏で何かが蠢いている予兆を感じ取った妙高は、厳しい顔をしている金剛と頷き合った。



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初動

「赤城、姉様……」

 

 赤城の暴走を止める為に無茶した加賀は、小さく呻くような顔で目の前で眠っている人物の名前を呟く。自分も全身包帯姿になっているにもかかわらず、欠かすことなく毎日と見まいにやってきていた。

 赤城が謎の暴走を起こした戦闘が終了してから、既に数日が過ぎていた。あの戦いで傷を負った艦船は多く、特に赤城の暴走を止める為にユニオン艦船と共同戦線を張っていた艦船達の傷は大きく、艤装の修復にもかなりの時間を要する事態になっていた。

 

「あの力は……神秘などではない」

 

 戦場で見た赤城の異常なまでの力。加賀の記憶の中にある赤城の神秘は、確かに途轍もない力で敵を蹂躙するものではあったが、あのような得体の知れない力ではなかった。ましてや、味方であるはずの重桜の艦船にまで力を向けるなど、最早赤城であったかすらも怪しい。

 

「セイレーン、か……我らの扱う神秘は……誰がもたらした」

 

 加賀としてこの世に生まれた時から、神秘を扱うことは当たり前だった。重桜の艦船が扱う『ミズホの神秘』は、他陣営の艦船を圧倒することができる重桜の奥義とも言っていい力である。重桜艦船は当然の様にその力を制御するように研鑽を積み、実際にセイレーン大戦後に始まったアズールレーンとレッドアクシズとの戦争で、他陣営の艦船との戦闘で猛威を振るっている。

 

「この力こそがセイレーンの仕組んだものだとしたら……赤城姉様は、神秘の中に存在するセイレーンの力に飲み込まれたのだとしたら……」

 

 膨れ上がった疑念は止まることを知らず、加賀の中に数々の疑問を作り出していく。神秘を使うことを半ば強制する重桜上層部や、逆に作戦中に神秘を乱用することを禁止していた神代恭介の言動。神秘を扱う艦船の姿を見るたびに悲しげな瞳をしていた長門の姿。

 

「重桜の機密を余さず知っている者など、長門しかいないか。探ってやろうではないか……姉様を狂わせた力の正体を」

 

 倒れ伏したまま目を開けない赤城の傍で一人決意を固めた加賀は、左目を覆っていた包帯を解いて立ち上がった。今まで当然の様に扱ってきた神秘の正体を追うこと、それは重桜艦船の歴史を追うことでもある。重桜の禁忌に近い情報群である故に、見つけることは容易いことではないだろうことは当然のことだった。しかし、加賀は姉と慕う者を傷づけられて黙っていられる程、利口な艦船ではない。

 

「姉様、必ずや……貴女を呪縛から解いてみせます」

 

 重桜の重鎮であるはずの一航戦が、重桜の歴史を探ること。裏切りに近い行為であるが、最早加賀には止まる理由が存在しなかった。その行いが、義理であろうとも姉妹となった赤城の救いとなることを信じて。

 赤城の部屋を出た加賀は、初めに長門の元を訪れようとしていた。やはり重桜の全てと言わなくとも、多くの機密情報を知っているのは陣営のトップと言える艦船である長門か、最高指揮官である神代恭介の二択である。しかし、神代恭介は赤城が暴走した海戦の混乱に乗じて行方を眩ませている。明確な裏切りの瞬間を艦載機越しに見ていた加賀は、既に彼を自分の指揮官とも呼びたくない程嫌悪していた。。

 

「長門に会うには……やはり神木まで行くのが手っ取り早いか」

「か、加賀さん。怪我はもう大丈夫なんですか?」

「……二航戦か、丁度いい」

 

 廊下を一人で歩いていた加賀は、正面からやってきた蒼龍と飛龍の手にある花を見て、赤城の見舞いに来たのだと察した。今から長門を探しに行く加賀にとっては、赤城の傍に誰かが居てくれることは都合がよかった。あんな暴走を見せた後故に、どんな奴が赤城に愛に来るのかわからない状態なのだ。

 

「赤城のことを頼む。私は今から長門に会う用事ができた」

「長門様、ですか?」

「…………加賀さん、今重桜の上層部は混乱状態ですけど、何か知っていますか?」

「心当たりなど一つしかないがな」

 

 蒼龍の言葉に、加賀はため息を吐くことしかできなかった。陣営代表の裏切りなど、あの無能上層部では扱いきれる情報ではないだろう、と思いながら加賀は蒼龍の言葉に頷いた。

 

「指揮官の話ではないようなんですけど……」

「なに?」

 

 神代恭介と艦船数名の裏切り行為以外の問題など、今の時期に上層部が騒ぎ立てることではない。つまり、上層部は神代恭介の裏切りに何かしらの理由を見つけたか、それか神代恭介の裏切りと同程度の問題が発生したと考えるべきだった。

 加賀にとって上層部が混乱している今の状態は、艦船として自由に動きやすい時間が増えるだけなので利点にしかならないが、混乱状態が長く続けばユニオンが黙ってはいない。国を守護する艦船の代表として、加賀は今の状況に黙っている訳にはいかなかった。

 

「すまないが急がせてもらう。今の話には色々と探りを入れておく」

「わかりました」

「か、加賀さんも気を付けて」

 

 蒼龍と飛龍に言い残して、加賀は早足で赤城が療養している屋敷から出た。神木の根元にある重桜海軍本部へと足を向けた加賀は、すれ違う幾人かの艦船と言葉を交わしながらも、急ぎ足で本部の建物へと足を踏み入れようとして、門番に止められた。

 

「……何のつもりだ」

「今は艦船が中に入ることを禁じられている」

「裏切りを警戒しているのか? だとしたら安心しろ。裏切るならばとうの昔に……天城さんの艤装を改造した時点でこの建物を灰にしている」

 

 加賀の暴力的なまでの圧力に息を呑んだ門番は、背中に流れる冷や汗を感じながら、震える手で胸についている通信機の電源を付ける。

 

「一航戦加賀が、中に入れろと……はい……わかりました。許可が出た」

「ふん……弱者共が」

 

 門番へと吐き捨てるように言い残してから、加賀は本部の扉を開けて室内に入る。本部の建物内で隣を通り過ぎる軍人は、今の加賀の表情と発している圧力に小さな悲鳴を上げながら避けていく。誰も声をかけることすらできず、会議中の扉の前を見張っていた士官の男二人でさえも、視線を合わせることすらできず、そのまま加賀が飛びらを開け放つところを見ていることしかできなかった。

 

「な、なんだ……加賀か」

「おい。長門は何処だ」

「な、長門様は……その……」

「何処だ」

 

 強者の気配を隠そうともしない加賀の存在感に、会議室で何かを言い争っていた軍人達も黙り込むことしかできなかった。長門の所在を聞いている加賀だが、軍人達の煮え切らない言葉に怒りを感じ、手元に置かれていた資料を奪い取り、そこに書かれている文字を読み進めて動きを止めた。

 

「長門が……消えた、だと?」

「あ、あぁ……そ、それには事情が──」

「──黙れ。お前達の意見など聞いていない」

 

 先程よりも強くなった殺気に腰を抜かした男を見て、周囲の男達も恐怖のあまり流れる汗を拭うことすらできずにその場で座り込んでいた。加賀が一人で資料を捲る音だけが会議室に響き、しばらくした後に加賀はその資料を持ったまま会議室から出ていった。

 手に持った資料を捲りながら、神木の元へと向かって歩いていた加賀は、目の前に感じた気配に資料から視線をあげた。

 

「陸奥か」

「……長門姉、何処行ったの?」

「…………すまん。私にもわからない」

「そっか。やっぱり、指揮官には艦船を従える力があるから、なのかな……」

 

 重桜の中でも限られた人物しか知らない、神代恭介の正体。陸奥はその正体を知りながら重桜に残っている、唯一の艦船である。彼が自分の正体に気が付いたのならば、長門が付いて行くような力を持つ指揮官となったのであろうことを、陸奥は理解していた。

 涙を蓄えた瞳のまま俯いてしまった陸奥を見て、加賀は資料に皺ができる程強く握りこんでいた。姉である赤城を傷つけ、長門を連れて行って陸奥すらも傷つけた。余りにも身勝手な神代恭介の行いに、怒りを通り越して憎しみすら湧いてきた加賀は、一番手前の紙が破れたことで見えた、新たな資料に書かれている行方不明の艦船リストを見た。

 

「瑞鶴、大鳳、鳥海、愛宕、鈴谷、夕張、不知火、綾波、江風、明石、長門か。やってくれたな」

 

 どの艦船も一癖ある性格の集団で、実際にまとめ上げられるのは指揮官として圧倒的な能力を持っている神代恭介のみだろう。加賀は納得しながらも、次のページに書かれていた離反者の名前に目を見開いて、顔を青褪めた。

 

「あ、まぎ、さん?」

 

 資料には赤城が敬愛してやまなかった、加賀が尊敬してやまなかった者の名前が書かれていた。数年前、セイレーンとの戦いで艦船として戦うことすらできなくなった軍師。艤装を改造され、もう戦場に立つことを許されなくなった艦船。その改造された艤装を纏っているのが、加賀自身だった。

 

 


 

 

「指揮官、そろそろ鉄血だぞ」

「ん……」

 

 重桜から無事に離反した恭介は、仮称『新生アズールレーン』の基地から数人の艦船を連れて鉄血へと向かっている最中だった。重桜の代表者でもある長門、指揮官が作戦面で一番信頼している天城、工作艦である明石、兵装実験艦である夕張。それに加えて、恭介の護衛役であるエンタープライズ、瑞鶴、クリーブランドの三人。エンタープライズを中心に瑞鶴とクリーブランドが船のまま走り、エンタープライズの上に恭介だけがいた。

 かなりの速度で移動しているにもかかわらず、飛行甲板の上で平然と寝ている恭介の姿に若干の呆れを含ませたエンタープライズは、優しく起こすように指揮官を揺らした。

 

「あぁ……もう着いたのか」

「数日経ってるが、な」

 

 何回か港町を経由しながら、誰にも見つからないように移動していた新生アズールレーンの面々は、ようやく見えた航海の終わりに、疲労感を滲ませながらも笑顔を見せていた。

 

「それで、鉄血にはどうやって入り込むんだ?」

「入り込む? 真正面に決まってるだろ。エンタープライズとクリーブランドは艤装背負ったままどっか隠れてくれ」

「そんな無茶な……」

 

 恭介の言葉にため息を吐きつつも、エンタープライズはその言葉に従うことしかできない。まだアズールレーン所属になっているエンタープライズが、神代恭介達と共に動いているなど鉄血に知られたら、面倒くさいことにしかならないことは理解できていたからだった。

 それでもエンタープライズは、今の恭介に従うことは心の底から望んでいたことだった。以前基地に囚われていた恭介とは違う、どこか人間らしさの生まれた彼の言葉を聞く度に、エンタープライズは分かり合えるのだと再認識しているのだ。その姿を見たクリーブランドには、毎回にやけていると言われているが。

 エンタープライズとクリーブランドには後で迎えに行くとだけ告げてから、恭介は瑞鶴の上へと移動してから身体を伸ばしていた。

 

「さて……エンタープライズには真正面からとか言ったが、アポもなにも無しで来てるから、ビスマルクにだけ会いに行くぞ」

「えー……」

 

 さっきと言っていることが違うことに、呆れた様な声を上げた瑞鶴を無視して、恭介はそのまま鉄血領海へと我が物顔で入り込んだ。

 

「止まりなさい……何故重桜艦船がここにいるのですか?」

「よう。ビスマルクに会いたいんだが、あいつ……傷の具合はどうだ?」

「なッ!?」

 

 すぐさま重桜の艦船に気が付いた哨戒中のZ23は、平然と顔を見せた神代恭介の姿に唖然としていた。現在世界中を巻き込んでいる戦禍の中心にいる人物であり、重桜のもっとも権力がある人間が突然鉄血にやってきた彼に、Z23は驚愕のまましばらく動けなかったが、すぐに復活して敵を見るような視線を向けた。

 

「何をしに来たんですか?」

「そうだな……世界平和の為に、か?」

「何ですかその適当な理由は。そんなものでビスマルクさんに会えると、本気で思って──」

「──いいわよ。会わせてあげる」

「お、オイゲンさん!?」

 

 真意など全く話す気がない恭介の言葉に、迷わず主砲を構えるZ23の背後から現れたプリンツ・オイゲンは、笑顔を浮かべたまま気楽に手を振っていた。鉄血の領海内を哨戒するのは潜水艦と駆逐艦の役目だと言うのに、何故か領海ギリギリの範囲にいるプリンツ・オイゲンの姿に、Z23はただ困惑することしかできなかった。

 

「へぇ……まぁなんでもいい。会わせてくれるならな」

「ふふ……ついてきなさい」

「ちょ、ちょっと待って下さい! いいんですか!?」

「いいのよ。ニーミは哨戒頑張ってちょうだい」

 

 適当にひらひらと手を動かしながら、さっさと基地へと向かって移動するプリンツ・オイゲンの姿に、Z23は最早声も出せなかった。自由人に振り回される苦労人など何処にでもいるものだと思いながら、恭介は瑞鶴に乗ったまま後を追わせる。プリンツ・オイゲンが何故恭介を無警戒で通すのか、それが理解できない天城はいつでも恭介を守れるように、長門へと視線を向けた。天城の視線の意味を理解できている長門は、静かに頷いた。

 

 


 

 

 プリンツ・オイゲンが連れてきた神代恭介と長門の姿に、ビスマルクは少しの間放心していた。常に冷静なビスマルクの珍しい表情に、プリンツ・オイゲンは楽しそうに笑っていた。

 

「……まさか本当に動き始めたとはね」

「あら、疑っていたの? 色々と話してあげたじゃない」

「疑っていた訳ではないわ。ただ、本当に彼がこんなに早く動くとは思わなかった」

「そうだな。俺もそう思うぞ」

 

 なんとか言葉を出したビスマルクの言葉に、恭介は苦笑しながら長門と共にソファに座った。神代恭介が何故鉄血にやってきたかなど、ビスマルクが知っている訳ではない。このタイミングでやってきたことに、何も考えが及ばない程ビスマルクは無能ではない。実際、神代恭介が率いる重桜艦隊がユニオン艦隊と戦ったと言う話は、鉄血にも届いていた。

 

「それで、貴方は何を求めて鉄血にやってきたのかしら」

「軍艦が欲しい」

「は?」

 

 世界の戦争がKAN‐SENを主体としたものに変わっていく中、今更人が搭乗する軍艦が欲しいなどと言う人間はいない。そもそも、戦争自体も全て任せて、生き残っている人間はセイレーンからの侵略に怯えながら内陸の方へと逃げるぐらいしかしない。セイレーンに、現代兵器など無意味なのだ。

 

「……なにを企んでいるのか知らないけれど、貴方の望む軍艦はあるわよ」

「あるのか」

「え、あると知っていたから来たのではないのか?」

「いや、知らん」

 

 ビスマルクは目を細めて恭介を見定めるように見つめるが、恭介は全く気にした様子もなく、鉄血に軍艦が残っていることに驚いていた。知っていて来ていた訳ではないことに、長門とプリンツ・オイゲンが呆れた様な顔をしていた。

 

「セイレーンに軍艦なんて無意味よ」

「知ってるさ。俺らが欲してるのは母艦だけだ」

「母艦……つまり、あんたは艦船の移動拠点を作ろうってことね」

 

 厳密に言えば、セイレーンに現代兵器が全く効果が無い訳ではない。艦船達が自らの艤装を船のまま扱ってセイレーンを攻撃するように、全く有効ではない訳ではない。大量の人手を使って一つの軍艦を動かしても、セイレーンは無限のような数の量産型艦で押し潰し、上位個体は人型サイズで動くため、機銃でもなければまともに攻撃を当てることすらできない。それでいて人型の上位個体は、一発で戦況をひっくり返すような凶悪な艤装を持っている。現代兵器は効果が無いのではなく、戦うことがそもそも無意味なのだ。

 

「それで、貴方は私に何をしてくれるのかしら? まさか見返り無しで渡せなんて言わないでしょう?」

「なんでもいいぞ。そうだな……お前の妹とか?」

 

 揶揄うような恭介の言葉に、部屋の気温が下がるような圧をビスマルクは全身から放っていた。余りにも唐突な圧力に、長門もプリンツ・オイゲンも息を呑む中、恭介だけは微笑みを浮かべたままビスマルクの前に座っていた。

 

「俺は、本気だ」

「……そうみたいね」

 

 以前出会った時よりも、真っ直ぐで決意の様ななにかを秘めている瞳を見て、ビスマルクは大きく息を吐いた。

 

「わかったわ……貴方に艦艇とティルピッツの情報をあげる。その代わり、必ず妹を助けて」

「約束しよう。お前の妹は必ず俺()()が助ける」

 

 随分と強い目をするようになったと思いながら、ビスマルクは一人で苦笑した。恭介の目を見て、ビスマルクはこの世界から失われてしまったはずの希望を確かに感じ取った。

 荒事にならずに済んだことに安堵の息を吐いた長門は、肩を竦めるプリンツ・オイゲンと目を合わせて笑顔を浮かべた。プリンツ・オイゲンとしては、もし神代恭介が艦船の為に動き始めたら、ビスマルクを裏切ってでもそちらに付いて行くつもりだったのだが。

 

「オイゲン、彼らを案内してあげて」

「あら? ビスマルクはどうするの?」

「上を誤魔化すには、結構書類が必要なのよ」

 

 大きくため息を吐いたビスマルクの言葉に、今度は恭介が苦笑を浮かべた。建造されてから一度も使われていないとは言え、資材が不足しがちな世で、人が大量に乗れるような船が一隻無くなっただけでも大騒ぎである。加えて、恭介達はZ23とも顔を合わせているので、その全てを含めて上を上手く誤魔化さなければティルピッツ救出はできない。ティルピッツは、ビスマルクの人質のような扱いをされているのだから。

 

「じゃあ付いてきて頂戴。重桜の艦船全員を連れてね」

「わかってる。ビスマルク、ありがとう」

「礼を言うぞ」

「…………気を付けて行きなさい」

 

 恭介と長門の感謝の言葉に、ビスマルクは笑みを浮かべていた。

 

「これで……きっと世界は救われる」

 

 随分と遠回りをしてしまったが、ようやく世界が停滞から抜け出そうとしている波を感じて、ビスマルクは笑顔のまま目を閉じた。艦船が望み、人間が救われる世の中が近づいてきているのを感じながら、ビスマルクは一人でその感覚を楽しんでいた。




最近SBR読んでるせいで、ちょっと文章に影響されてるかも……


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計画

「それにしても、あんたが抜けて重桜は大丈夫なのかしら?」

「……さぁな。俺がいない程度で滅ぶのならば、それは既に寿命が来ている証拠にしかならないだろ」

「結構ドライなのね。愛国心とかないの?」

「そんな教育は受けていない」

 

 軽い足取りのまま前を歩くプリンツ・オイゲンの言葉に、恭介は適当に返しながらも今後の方針を考えていた。なんとか鉄血の支援を受けられることができたならば、それ以降の行動を決めなければならない。恭介たち新生アズールレーンは、世界平和だとかそんな形の無いものを追いかけている訳ではない。ましてや、腐りきってしまった国を守る為に戦うことは艦船としてもおかしいことであった。

 

「そう言えば、求めている軍艦はまだ未完成なのよね」

「……どうせ兵装がついてないとかだろ」

「正解。セイレーンには効かないからってそのまま付けられずに放置されてるのよね」

 

 船として人が搭乗して動かすことが可能で、軍艦故に防御性も十分に備えている。レーダーなどの索敵兵装もついていないことは多少の不便にはなるが、それでも今の時代に未完成の軍艦が存在していることが珍しい。恭介のように、艦船を指揮する為に現場まで乗り出そうとする軍人も、今では少なくなってしまっている。それだけ、セイレーンが世界にもたらした変革の波は大きい。

 

「さ、ついたわよ」

「…………デカいな」

 

 プリンツ・オイゲンが何かを入力して大きな扉を開け、暗闇の中から現れた軍艦の姿を見て、重桜の面々は全員が驚いた顔をしていた。解体されずに放置されていると聞いて、それなりの労力をかける大きさだろうとは予想していたが、まさか本当に空母サイズの様な軍艦が出てくるなど、微塵も考えていなかった。

 なにかしらの装置を弄って照明を強くしたプリンツ・オイゲンは、そのまま船に近づいていく。

 

「んー……思ったより劣化してなかったわね」

「どれくらい放置されてたんだ」

「セイレーン大戦からずっとよ」

「おいおい……」

 

 セイレーンへの反抗戦として計画されて実行されたセイレーン作戦は、恭介が軍人になる前どころか、未だに何も知らない子供の時のことだった。今、活躍しているような艦船達もまだ建造されていない者が多いほど古い艦艇が、今恭介たちの目の前に佇んでいる。

 

「動かせるのか?」

「さぁ? 放置されてる訳だから知らないわよ。けど、その為に工作艦を連れてきたんでしょう?」

「……まぁな」

 

 プリンツ・オイゲンの視線が明石の方へと向けられるのを見て、恭介は肩を竦めていた。

 目を輝かせて旧時代の艦艇に興奮している明石と夕張を見て瑞鶴は苦笑しながらも、その雄大さに圧倒されていた。

 

「明石、夕張、頼む」

「そ、それは勿論歓迎するにゃ。けど……」

「これだけの規模の船。ご主人だけで動かすことなんてできないぞ」

 

 本来、軍艦というのは日頃から訓練を積んでいる人間が数千人と乗って初めて動かすことができる。メンタルキューブから生まれた艦船の様に、自らの手足を操るが如く船を動かすことは人間には不可能なのだ。ただし、それは普通の人間に限る。

 急に自分の胸に手を当てた恭介を見て訝しむ艦船達だが、恭介の事情を知っている天城と長門だけが彼が何をしようとしているのかを理解して目を見開いた。

 

「……ほら、これで動かせるだろ」

「これ、は……」

 

 胸から手をゆっくりと放していく恭介の手がいきなり輝き始め、全員が咄嗟に目を閉じた。瞼の裏でも感じるほどの強い光が消失したのを確認して、ゆっくりと目を開けたプリンツ・オイゲンは、彼の手の中で淡い光を発する立方体を見て言葉が上手く出なかった。それは重桜の艦船達も同様であり、なぜ彼がその物体を手に持っているのか天城と長門以外は全く理解できていない。それは数年前に世界から失われていたはずの物体、メンタルキューブ。

 

「恭介、お主は……大丈夫なのか?」

「問題ない。二個程度ならな」

 

 恭介の手の中で光を放つ二つの物体は、正真正銘メンタルキューブである。艦船を生み出すコアとなる謎の物質であり、数年前に全ての陣営の保管庫から突如として姿を消した物。どこからやってきて、どこへ消えたのか誰も知らなかったはずの物体。長門と天城は、彼が何かしらの方法で自分の中に融合されている多数のメンタルキューブのうち二つを取り出したことを理解していた。理解していると言っても、二人は恭介が何かしらの要因でメンタルキューブを取り込んでいることを知っているだけで、メンタルキューブを切り離すことができるなど聞いてこともない。

 

「た、多分動かせると思うにゃ」

 

 声と手を震わせながら恭介からメンタルキューブを預かった明石は、夕張と視線を合わせ、絶対に失敗できないし妥協も許されないと互いに通じ合ってから艦に上がった。

 

「さて、俺たちはこのままティルピッツのところか」

「…………そうね」

 

 何事もなかったかのように振る舞う恭介の姿に、プリンツ・オイゲンは微笑みを浮かべてから頷いた。

 特別な人間であるとは認識していたが、ここまで特異性が強い人間だとは思っていなかったプリンツ・オイゲンは、ビスマルクの言っていた艦船にとっての希望という言葉の一端を理解した。

 

「それで、ティルピッツはどこにいる」

「北方の方よ。ビスマルクへの人質みたいなものね」

「そうか」

 

 ビスマルクからは既にティルピッツが動けなくなった理由など聞いていた恭介だが、意のままに操る為の人質にまでされているとは考えていなかった。不用意に助け出せばビスマルクが何をされるかわからない故に、恭介も慎重に動く必要性が出てくる。

 

「いっそのこと新生アズールレーンって名乗っちゃうとか?」

「いや、今やっても逆効果でしかない。世界を敵に回すにしても準備も必要だし、なによりティルピッツを救出するには大々的に動くことができない」

 

 瑞鶴の言葉に顎に手を当てながら答えた恭介だが、良い作戦が頭に思い浮かんでいる訳ではない。なにより彼は鉄血の内情と地理に詳しくない。それは天城も同じことだった。

 

「本当にどうするか……」

「情報なら、私があげるわよ」

 

 周辺海域の地図を頭に思い浮かべていた恭介は、突然耳元で聞こえたプリンツ・オイゲンの言葉に驚きながら後退った。悪戯が成功して笑みを浮かべているプリンツ・オイゲンは、身体の後ろから出した紙を恭介の前にひらひらと見せびらかしていた。

 

「それは?」

「ティルピッツがいる母港の機密情報、周辺海域の海流、護衛についている人員の総数と詳細な情報……後は何が書かれていたかしら?」

 

 いくつかの情報を出しながら、プリンツ・オイゲンは何の要求もなしに恭介へと機密情報が含まれている紙を平然と投げ渡した。軍人としてやってはいけないことを平然としているプリンツ・オイゲンに、恭介は訝し気な視線を向けた。

 

「本当よ? ただお願いを聞いてほしいだけ」

「……言ってみろ」

「私を連れて行ってくれないかしら?」

「は?」

 

 怪しい笑みを浮かべながら言い放ったプリンツ・オイゲンに、恭介は驚愕することしかできなかった。

 

 


 

 

「……それで?」

「ここまでされて断ることもできないだろ」

 

 明石と夕張を置いてエンタープライズ、クリーブランドと合流した恭介は、プリンツ・オイゲンを連れていた。当然鉄血の艦船を味方につけなければできないことだと理解していても、エンタープライズとしては常に余裕そうな笑みを浮かべて、何を考えているのかわかりにくいプリンツ・オイゲンのことを、いまいち信用しきれていなかった。

 

「あら? ユニオンの英雄は私のこと嫌いかしら?」

「まぁ、好きになれそうな性格ではないな」

「素直ね」

「仲間割れは辞めておけ」

「……指揮官が言うなら信用するが、気を付けてくれ」

 

 どこまでいっても指揮官の言うことなら信じるエンタープライズのスタンスに、クリーブランドは呆れた笑みを浮かべながらもプリンツ・オイゲンのことをそこまで警戒していなかった。やけに恭介と距離が近い以外は特に怪しい動きもなく、プリンツ・オイゲンの生体艤装も何故か恭介の足許で甘える犬のように頭を擦りつけている。

 

「取り敢えず明石と夕張が船の方はなんとかしているから、交換条件であるティルピッツの救出を急ぐぞ」

「ティルピッツの救出?」

「ビスマルクからの条件だ。取り敢えずティルピッツを連れ出せば後はあっちで誤魔化してくれるだろ」

「それならいいが」

 

 ユニオンの指揮下で戦っているだけだったエンタープライズは、鉄血の内情やビスマルクの過去など知っていることは少ない故に、彼が言っているティルピッツ救出の意味が多く理解できている訳ではない。

 

「ティルピッツは北方の母港に隔離されるような形で待機しているらしい。艤装は既に新しいのが完成しているが、それを持ち出せないようにされている。目標としては単純明快、ティルピッツを施設から連れ出して艤装を回収する」

「了解した」

 

 未だエンタープライズの中には多くの疑問が残されているが、恭介の表情から時間が限られていることを理解して何も問わずに頷いた。

 

「瑞鶴とエンタープライズだけ連れて行く。多人数の行動は危険になる可能性が高い……天城、頼む」

「わかりました」

「案内頼むぞ、オイゲン」

「任せてちょうだい」

 

 恭介の言葉にすぐ頷いたプリンツ・オイゲンは、一度自らの生体艤装を撫でてからメンタルキューブの力で重巡洋艦プリンツ・オイゲンへと変化させる。鉄血近海を移動するなら、鉄血艦であるプリンツ・オイゲンに乗って動く方が面倒ごとに巻き込まれにくいと考えての行動だった。

 

「行くぞ」

 

 瑞鶴とエンタープライズと共にプリンツ・オイゲンに乗り込んだ恭介は、すぐにプリンツ・オイゲンへと指示を飛ばしてそれなりの速度で北へと移動させる。向かう先は鉄血主母港から北の凍てつく大地、ティルピッツが囚われている実験施設。

 

 


 

 

「天城さんは、何故指揮官と共に行った……」

 

 重桜本島中心部である神木の根元で、加賀は海軍から奪った資料を何度も捲っていた。一番最初から全てを見て、もう一度最初から全てを確認する。無限に繰り返されるかと思われた行為は、陸奥の手によって終わりを告げた。

 

「何の用だ」

「そんな思い込んでもダメ!」

「……悪いがそういう訳にもいかない」

 

 基本的に精神が幼い艦船に対しては甘い加賀だが、今だけは陸奥の言葉を聞きいれることができなかった。無理やり陸奥の手から資料を取り返そうとした加賀は、横から伸びてきた手によってその動きを阻害された。

 

「……邪魔をするな、土佐」

 

 伸ばされている手だけで本来存在することのない妹を認識した加賀は、普段よりも控えめな圧を発しながらその顔を見つめた。普段のように威圧感と余裕を纏わせている訳ではない姉の姿を見て、土佐はショックを受けながらも手を引っ込めることもせずに陸奥の前に立った。

 

「姉上、流石に妹君へと手を出すことは見過ごせない」

「江風の真似事か? 止めておけ……お前にはできん」

「そんなことは知っているっ!」

 

 メンタルキューブの創り出した本来存在しないはずの艦船である土佐は、艦船として存在していても戦うための艤装が存在しない。紀伊型戦艦の艦船も存在しているが、彼女達も土佐同様艦船として自らの艤装が存在しない故に、戦うこともできずに燻っている。故に、加賀の言葉を一番知っているのは土佐自身だった。

 

「…………お前は関係ない。下がっていろ」

「そうはいかない。たとえ戦えなくとも、たとえ無力だろうとも、私は重桜の加賀型戦艦なんだ」

「加賀型戦艦など存在しない。私は航空母艦だ……天城さんの艤装を奪ったのは……力を奪ったのは……」

「姉上っ!」

「黙れッ!」

 

 土佐の言葉に対して暴虐の如き感情を露わにした加賀は、すぐにでも攻撃しかねない勢いがあった。今すぐに土佐に対して攻撃しようとでもするかの如く、青い炎を煌かせている加賀は、ゆっくりと土佐の背後から前に出てきた陸奥に目を見開いた。

 

「加賀さん、長門姉はきっとどこかで戦ってる。指揮官だって……」

「だが奴は重桜を裏切った!」

「ならなんで、天城さんは指揮官についていったの? なんでみんな指揮官のことを信頼しているの? なんで……赤城さんは、指揮官のことを愛しているの?」

 

 陸奥の口から出た言葉に、加賀は答えることもできずに唇を噛みしめてから膝から崩れ落ちた。

 

「姉上、怒りと憎しみに囚われては駄目だ。真実が見えなくなる……天城さんには何か考えがあるはずだ」

「天城さんの……考え……」

 

 加賀には天城の考えていることなど一度も理解できたことがない。彼女は余裕そうな笑みを浮かべている裏で、いつだって身体を弱めていた。いつだって重桜の未来と赤城のことを想っていた。そんな天城が重桜を裏切る理由など、加賀には完璧に理解できる訳がなかった。だからこそ、加賀は再起することができる。

 

「天城さんに直接問いただす」

「ちょ、直接?」

「裏があるならそれでいい。本当に裏切っただけなら殴ってでも連れ帰って見せる……そう、赤城に誓おう」

 

 加賀の脳裏に今あったのは、土佐の言葉でも陸奥の言葉でもなく、資料に書かれていた離反者討伐艦隊の情報だけだった。天城と将来的に確実に会うことができるのはその艦隊だけなのだと、加賀は理解していた。

 

「旗艦として私が動けば多少の融通はきく。すぐにでも艦隊を編成してやる」

「あ、姉上……」

 

 いきなり立ち上がった加賀の変わりようについていけない土佐だが、陸奥が嬉しそうに頷いているから問題ないのだろうと結論付けて、張り詰めてしばらく忘れていた息をゆっくりと吐いた。

 

「天城さんが選択を間違えたところを見たことがない。なら今回もきっとそうだ」

「天城さんだって間違えることぐらいあると思うけど……」

「ない」

 

 天城に対する異常なまでの信頼に、陸奥と土佐は目を合わせた。土佐も天城のことは信頼しているが、姉のようにそこまで盲目に信奉している訳ではない。変なところが赤城に似ていると思いながらも、加賀の次の言葉を待っていた。

 

「土佐、お前は二航戦に討伐艦隊のことを伝えろ」

「伝える?」

「二航戦は重桜に残ってもらう必要がある。仮にも最高指揮官である指揮官が抜け、長門が抜け、五航戦の片割れもいない。重桜の守護を満足にできるのは二航戦ぐらいだろう……信濃が起きてくれれば別なのだがな」

 

 加賀が討伐艦隊を率いれば重桜の戦力が危うくなるのは必然であり、その穴を埋めることができるのは二航戦ぐらいしかいない。ユニオンがこの状況を知れば、すぐにでも大規模な攻勢に出てくるのは目に見えている。もっとも、加賀はユニオン内でもエンタープライズがいなくなっていることを知らないが。

 

「赤城が起きるにはもう少し時間がかかる。その間は艦隊を何とか編成してやり過ごすしか無かろう……早急に天城さんと話を付ける。陸奥にも苦労をかける」

「いいの……長門姉は、きっとあれでよかったから」

 

 少しだけ寂しさを見える笑みを浮かべる陸奥に、加賀は微笑むことしかできなかった。

 

「全く……何処に行ったかの情報もない奴らを探すことになるとはな」

「指揮官なら、多分鉄血かロイヤルに向かったと思うよ」

「何故?」

「物資と仲間の数から考えて」

 

 陸奥の言葉には確信が含まれていた。天城が共に行っただけで、重桜の艦船と共に動いているだけだと考えていた加賀だが、恭介の秘密を知っている陸奥は彼がロイヤルと鉄血に助力を求めれば艦船がそれに応えることを知っていた。

 陸奥の言葉を聞いた加賀は、少し考える素振りを見せてから陸奥の手に握られていた資料を取って離反者のリストを確認した。

 

「鉄血かロイヤルに向かったとしても、この数だ。全員で動いていることはないだろう」

「何処かに拠点があると?」

「そういうことだな。祥鳳あたりに哨戒させるか」

 

 恭介の指揮官としての能力を知っている加賀は、行き当たりばったりの計画で離反しないことを知っている。天城すらも要している艦隊を出し抜くことは、天城を越えなければならないことも同義だ。

 

「面白い。久しぶりに天城さんと知恵比べといこうか」

 

 好戦的な笑みを浮かべた加賀に、土佐は少しだけ呆れたような顔をしてため息を吐いた。

 

 


 

 

「赤城先輩、加賀先輩が重桜離反者討伐艦隊を率いるそうですよ?」

 

 土佐の伝言を受けて赤城の看病から離れ、後を任された翔鶴はにっこりと擬音が聞こえてきそうなほどの笑顔を顔に貼り付けながら、意識の戻らない赤城に喋りかけていた。

 

「神代恭介……指揮官も討伐の対象ですよ? 赤城さんを裏切ったんです」

 

 笑顔のまま語り続ける翔鶴は、手の平を上に向けて笑みを深めた。

 

「許せませんよね。憎いですよね……私も、彼を殺したくて仕方ありません」

 

 手から黒い球体を浮かび上がらせた翔鶴は、その球体を赤城の身体へと投げる。溶け込むように赤城の身体へと消えていった黒い球体を見届け、翔鶴は確かな狂気を感じさせる笑顔を浮かべていた。

 

「復讐しましょう? 全部壊してしまいましょう? そうすれば……全部終わりますから」

 

 怪しく笑う翔鶴の視界の端で、意識を失っている赤城の手が動いた。



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救出

 随分と遅くなりました。



「……騒がしいわね」

 

 鉄で覆われた殺風景な部屋の中、一人で本を読んでいたティルピッツは、地下故に窓もない部屋の壁を見た。本来ならば外の音も聞こえるはずのない環境下で、ティルピッツの耳は廊下方面から聞こえてくる何かを破壊する音を感じ取っていた。この部屋に囚われてからずっと一人で過ごしてきたティルピッツにとって、現在の世界の情勢は過去のまま止まっている。プリンツ・オイゲンとの手紙をやり取りしているので、重桜が鉄血に追従する形でアズールレーンを脱退した程度は理解しているが、自分の目で外を見られない現状ではそれ以上の情報を手にする方法が存在しない。

 

「誰か来たのかしら」

 

 本を置いて椅子から立ち上がったティルピッツが、足の調子を確かめながら扉の方へと手を伸ばそうとした瞬間に、鉄板よりも分厚い扉があっさりと切り裂かれた。流石に扉が粉々に切り刻まれるとは思っていなかったティルピッツは刀を持って部屋に侵入してきた瑞鶴の姿に警戒を強めた。

 

「いた!」

「……重桜の艦船が何故この母港にいるのかしら?」

「見つけたか」

 

 刀を持つ瑞鶴相手とどう戦うかを考え始めたティルピッツは、あっさりと刀を納めて背後からやってきた人間に道を譲った姿を見て、警戒を緩めた。彼らがなにを目的でここにやってきたかは理解できていないが、同じレッドアクシズである重桜が刃を向けてくることはないだろうと考えた。

 

「指揮官、こちら側の制圧も済んだぞ」

「久しぶり、ティルピッツ」

「オイゲン? それと……」

 

 指揮官と呼ばれた男の背後から現れたプリンツ・オイゲンと、ユニオンの英雄であるエンタープライズの姿を見て、ティルピッツは余計に混乱してしまった。

 

「話は後だ。すぐにでも追手がやってくる」

「追手? 何を言っているの?」

「話は後と言った。急ぐぞ」

 

 ティルピッツの足を一瞥してから、恭介は瑞鶴に前方、エンタープライズに後方の索敵と敵の無力化を指示して廊下を走り始めた。

 鉄血北部の半分氷に閉ざされた母港の地下に存在するこの施設に、恭介達は強行突破で侵入した。鉄血所属である人間の生体情報が必要なことを知り、瑞鶴に邪魔な扉諸々を斬らせ、見張りの人間達を全てエンタープライズに任せての行動だった。当然、艦船実験用の施設が何者かに襲われていることはすぐに知られてしまうので、速度を重視した動きでティルピッツの奪還を狙っていた指揮官は、囚われている大まかな場所を事前に探らせ、虱潰しに瑞鶴と探し回った。結果として上手くティルピッツを発見し、警報システムが鳴り始める前に脱出の為に動き始めていた。

 言われるがまま恭介達の背中を追いかけて走り始めたティルピッツは、廊下の所々で転がっている兵士たちを見てから目の前の男が、重桜で艦船を指揮している男だと理解した。理解したが故に、そんな重桜の指揮官が何故か多国籍の艦船を従えながら鉄血の施設を襲った理由が分からなかった。

 

「指揮官、出口!」

「やっと外か……気を付けろよ。外にも既に展開してる可能性はある」

「後ろは大丈夫そうだ。隔壁が閉まってきているからな」

 

 空母としての特性上室内で十全な力を発揮することのできないエンタープライズだが、背後から迫ってくる兵士たちの足止めの為に矢を最低限放って火災に反応するはずのスプリンクラーと隔壁システムを誤作動させて追手を上手く足止めしていた。オイゲンの調べた情報から恭介の指示に従って前方を走っていた瑞鶴は、侵入する時に自分で斬り裂いた分厚い扉の向こうから見える外の光を見て、鉄の廊下に足跡ができる程の膂力で外へと勢いよく飛び出た。

 

「一、二……二隻だけなら余裕ッ!」

「侵入者が外に……重桜艦船っ!?」

 

 外へと思い切り飛び出した人影へと冷静に照準を定めたZ23は、しっかりと相手を認識した瞬間に目を見開いた。彼女の瞳に映る艦船は、間違いなくプリンツ・オイゲンがビスマルクに無断で鉄血へと入ることを許していた神代恭介と共にいた艦船である瑞鶴。右腕で構えていた艤装の標準を狂わせたZ23は、艤装を展開して艦載機を飛ばそうとする瑞鶴を見て対空砲を起動させた。

 

「ライプツィヒさん、敵は空母です!」

「わ、わかったよ!」

 

 すぐさま背後のライプツィヒへと声を張り上げてから、Z23は二人で固まっている所に爆撃されることを危惧してライプツィヒから一歩離れて対空砲の射角を調整しながら主砲を構えた。

 

「待て瑞鶴、今戦う必要はない」

 

 Z23の動きを見て艦載機を発艦させようとした瑞鶴の肩に手を乗せて止めた恭介は、背後から走ってくるプリンツ・オイゲンとティルピッツを見ながらZ23とライプツィヒへと視線を向けた。

 

「ふぅ……あら? ニーミじゃない」

「お、オイゲンさん? それに……ティルピッツさん!? 無事だったんですか!?」

「……なんとか、ね」

 

 恭介が口を開こうとした瞬間、背後からやってきたプリンツ・オイゲンが深呼吸をしながらZ23へと視線を向けてひらひらと手を振り、その横からティルピッツが久方ぶりの太陽に目を細めながらゆっくりと歩いて出てきた。それから更に少し遅れて、艤装を構えたエンタープライズが地下入り口上部の岩盤を弓で破壊して入り口を完全に塞いだ。

 

「丁度良かったわ。ニーミ、ビスマルクと通信繋げるかしら」

「……できますけど、後で本当に説明してくださいね」

 

 居場所を悟られない為に通信機諸々を置いてきたプリンツ・オイゲンは、Z23にビスマルクへと通信を繋げるように頼んだ。途轍もなく軽い感覚で頼まれたことにZ23は呆れながらも、向けていた銃口を降ろして素直にビスマルクのいる中央母港へと通信を繋げようと機会を弄り始めた。

 

「オイゲン姉ちゃん……」

「安心しなさい。別に鉄血を裏切った……ことになるのかしら?」

「知らん」

「はぁ……」

 

 ライプツィヒが泣きそうな顔で見ていることに気が付いたプリンツ・オイゲンは、罪悪感を覚えながらも言い訳をしようとして、先程までの行為が明らかに鉄血皇帝に背くことだと理解して、恭介の方へと向いて首を傾げるが、鉄血の人間では無い恭介にわかるはずもなく適当に返事をされていた。自分がやったことの重大さがいまいち理解できていない姿にティルピッツは大きなため息を吐いた。

 

「ティルピッツの無事は確保できた。これでビスマルクとの約束も守ったことになるか」

「ビスマルクと? 貴方は……貴方達は一体何のしようとしているの?」

 

 エンタープライズの持つ端末機器を受け取って周辺海図を確認した恭介は、一先ず頼まれたことを果たせたことに息を吐いた。まだまだやらなければならないことは大量に存在するが、研究施設からティルピッツを連れ去ることが最も難易度が高かったこともあり、安堵の息を吐いていた。

 いきなり入り込んできた重桜の指揮官と艦船、それに従うユニオンの英雄とプリンツ・オイゲンの姿に困惑していたティルピッツは、彼の口から出てきたビスマルクの名前に驚いていた。

 

「俺達に手を貸す条件として、お前を助けるように求められた。俺達が……アズールレーンが目指す物の為にお前を見捨てることは俺にもできることではなかった。利害の一致ってやつだ」

「……」

「指揮官、ビスマルクと繋がったわよ」

「ありがとう」

『随分と派手にやったようね』

 

 恭介の口から出てきたアズールレーンという単語は、単純に四大陣営が結集して作られた組織ではないことをティルピッツは理解していた。

 プリンツ・オイゲンから手渡された通信機器に耳を当てた恭介は、向こう側から聞こえてくる疲れ気味の声に苦笑を浮かべた。

 

「悪かった。艤装が見つからなくてな」

『でしょうね。そもそもティルピッツが本気で抵抗すればそんな場所すぐに破壊できるのだから、その場に置いてあるとは思っていなかったわ』

 

 ティルピッツ救出で最も予想外だったのは、プリンツ・オイゲンがもたらした情報の中にはティルピッツの艤装に関するものがなかったことだった。念のために、ティルピッツ救出時もエンタープライズと瑞鶴に全ての部屋を虱潰しに探させたが、資料の一つも見つからなかった。

 

「他の母港にあるのか?」

『単純に考えればそうなのでしょうけれど……』

「なにか引っかかるか?」

 

 妙に歯切れの悪いビスマルクの言葉に、恭介は何かしらの事情を知っているのだろうかと首を傾げながらプリンツ・オイゲンの方へと視線を向けるが、そう言ったことは専門外だと言わんばかりに首を振っていた。

 

『……私の首輪としてティルピッツを使うなら、何時までも戦場に出さない訳が無いわ。そして、いつか戦場に出した時にティルピッツが抵抗することを防ぐ為に何かしらの特殊技術を使っているとしたら?』

「セイレーン、か」

『可能性は高い』

「なら艤装の回収は危険か」

 

 下手に艤装を回収して、ティルピッツに悪影響が及べばそれこそセイレーンの思う壺である。安全性を考えるのならば、ティルピッツが戦場に出られないことを覚悟してこのまま母港を脱出することがいいと、恭介は考えていた。

 

『ティルピッツの艤装に関しては、貴方に任せるわ』

「俺に? それはどういう意味だ」

『どんな形でもいい。ティルピッツの安全を確保して欲しい……これは、私の個人的な願いよ』

「……お前にも、そんな心配そうな声が出せるんだな」

『……今のは聞かなかったことにしてあげる。頼んだわ』

「任せろ」

 

 妹を心底心配していることがわかる声色に、恭介は笑みを浮かべながらティルピッツの方へと視線を向けた。先程からこちらをチラチラと見ていたティルピッツへ、恭介は通信機を投げ渡した。突然のことにティルピッツは目を白黒とさせていたが、手元にある通信機を見て素直に耳に当てた。

 

『今なにか音がしたけど……何をしているの?』

「…………姉さん、ありがとう」

『ティル、ピッツ……無事でよかったわ』

「ふふ……もっと言うことは無いの?」

 

 突然聞こえてきたティルピッツの声に、ビスマルクは震える声で何とか返事をした。そんな受け答えがティルピッツの中でなにかしらの意味を持っていたのか、嬉しそうに笑みを浮かべながら姉の指導者然としている言葉に文句を付けるように返した。

 

『突然のことで驚いただけよ』

「声が震えているわ」

『揶揄わないでちょうだい……本当に、元気そうでよかった。まだしばらく会えなさそうではあるけれど──』

「大丈夫よ。私達は鉄血最強、でしょう?」

『──そうね。じゃあまた会える日まで』

 

 鉄血のトップとして、なによりティルピッツの姉として、ビスマルクは彼女に言葉をなんとか紡ごうとするが、妹は微笑みながらも自分が折れていないことを端的に伝えた。妹を失ったとずっと思っていたビスマルクにとって、ティルピッツのその言葉は何よりも勇気をくれるエールだった。

 しばらくの沈黙の後通信が切れたことを確認したティルピッツは、プリンツ・オイゲンへと手渡してから恭介の方へと正面から改めて向き合った。

 

「これからよろしく頼むわ。指揮官として」

「……こちらこそ、だな」

 

 ティルピッツの言葉にエンタープライズと瑞鶴が嬉しそうに笑みを浮かべ、恭介は微笑みながら手を伸ばした。断ることなく握手を交わしたティルピッツは、彼の手から伝わる温かさを感じながら一つの覚悟を決めた。必ず姉ともう一度再開し、真の意味で姉妹となれる日を追い求める覚悟を。

 

 


 

 

「どういうことだ」

「そのままの意味、としか言いようがありません」

「ふざけるなよ」

 

 鉄血皇帝へ首を垂れながらも、ビスマルクは自分の言葉を撤回することはないのだと態度で静かに示していた。

 北方に位置する実験施設の隠れ蓑として機能していた母港が壊滅した報告を受けた皇帝は、事の真相を聞くためにビスマルクをすぐに呼び出したが、帰ってきた返事は詳しくは知らないの一言だった。

 

「貴様の同型艦であるティルピッツが脱走したのかもしれんのだぞ? もし本人がやったのならば私に対する裏切りだ」

「ティルピッツはあの母港にいたのですか? 私は知らされていませんでしたが」

「惚けるのもいい加減にしろ!」

 

 怒りに満ちた表情のまま手に持っていた金属製の杖で床を叩き、皇帝は肩を怒らせながらビスマルクへと近づいた。

 

「三度目は無いと言った」

「……では、処分を」

「失態は自分で片付けろ。確実に逃げたティルピッツとその共謀犯を潰せ!」

「既に追手は放っています」

「ふん……船風情が」

 

 杖の先で顎を上げさせて威圧する皇帝に、ビスマルクはいつも通り表情の変わらない指導者のままただ事実を口にした。不気味とも言える表情の変わらなさに先に怯んだ皇帝は、そのままビスマルクを放置して退出していった。傍に控えていた大臣や護衛の人間達はオロオロとしながらも、皇帝の後を追っていき、ビスマルクはそんなものは関係ないと言わんばかりに立ち上がってその場から立ち去った。

 

「……追手、か」

「事実よ」

「そういうことにしておこう」

 

 謁見を終えたビスマルクはため息を吐きそうになりながら廊下を曲がると、壁に背を預けているグラーフ・ツェッペリンと、その横で静かに目を閉じているZ46の姿があった。

 

「ビスマルク、貴女は彼に何を託す」

「……未来よ」

「ふ……我には終末の使者に見えるがな」

「それもまた未来よ」

 

 真っ直ぐと何かを見透かす様な目をゆっくりと開いたZ46の問いに、ビスマルクは妹やエンタープライズのことを思い浮かべながらも自分の中での全てを表す言葉で答えた。独特な世界観を持っているグラーフ・ツェッペリンには恭介の中のなにかが見えるのか、度々彼のことを終焉と呼ぶことがある。しかし、ビスマルクとしては彼が世界の破滅を望むのならば、それも未来として受け入れることしかないと考えていた。ティルピッツが傷を負った時からビスマルクの中で燻り続けている憎悪の炎は、未だに勢いを落とすことなく彼女の身を焦がそうとしていた。

 

「ビスマルクよ、精々その破滅の力……扱い間違えぬように気を付けることだ」

「…………」

 

 楽しそうに笑み浮かべながら離れていくグラーフ・ツェッペリンの背中へと鋭い視線を向けながらも、ビスマルクは自分の内に秘められている憎悪の根源は心当たりを既に発見していた。ティルピッツが現れる直前、セイレーンを名乗る正体不明の存在からもたらされた黒いメンタルキューブ。いつの間にか消滅していたそのキューブが、もし艦船のメンタルキューブへと異常を発生させるものだとしたら。

 

「人に対する……いえ、全てに対する負の感情を増幅させるメンタルキューブ……何処まで変化しようともメンタルキューブは何かしらの想いを反映する物、か」

 

 


 

 

「ギリギリで完成したから動くかどうか微妙だったけど……まさか本当に動くとは思わなかったにゃ」

「本当に一人で動かせるとは……驚きだぞ、ご主人」

「……すまん、俺も本当に一人で動かせると思ってなかった」

 

 ビスマルクから出されていた条件であるティルピッツ救出を終えた恭介達は、明石と夕張が数日で急ピッチに改造した母艦の上で全員が驚いた表情のまま航海を続けていた。

 恭介からもたらされたメンタルキューブ二つをなんとか艦艇へと融合することに成功した二人は、これだけで動くなど夢にも思っていなかった。メンタルキューブの力が正しければ艦艇が人型になったり、特殊な力を発揮したりと色々と起きるはずだったのが、最初は全く反応を示さなかったのだ。しかし、恭介達がティルピッツを連れて工廠へと戻ってきたと同時に恭介の胸ポケットに仕舞われていた勾玉がいきなり光始めて、一斉に軍艦としての機能を起動させた。まるで主人が帰ってくるのを待っていたかのように。

 

「原理は全くわからないけど……取り敢えず指揮官なら動かせるってことだけはわかったわね」

「そうっぽいな。実際は装甲と対空砲の付いた客船みたいだがな」

 

 セイレーン大戦後に、まだ取り付けていなかった主砲などを全て解体されたこの名もなき軍艦は、申し訳程度の対空砲と無駄に分厚い装甲だけが残されていた。エンジンなどはメンタルキューブを融合させた過程で勝手に何処からともなく生えてきた、と明石と夕張は言っていた。

 

「それにしても……何でいるんだよ」

「それはこっちが聞きたいですよ!」

 

 動かせる原理や、メンタルキューブがどう作用しているのかなども全くわからない状態ではあるが、無事に艦船達の母艦としての役割が果たせそうなことに安心した面々は、普通に乗り込んでいる鉄血の艦船に目を向けた。

 鉄血へとやってくる時に連れていた、エンタープライズ、クリーブランド、長門、天城、瑞鶴、夕張、明石。本人の希望でついてきたティルピッツと、無理やりついてきたプリンツ・オイゲンに加えて、ライプツィヒとZ23の姿が艦上にあった。

 

「ビスマルクが正体不明の共謀犯と共に鉄血を脱走。それを追いかける為に私とライプツィヒとZ23は追手として放たれた訳よ」

「それが! どうして寛いでいるんですか!」

「うるさいわよニーミ。細かいことは気にしないの」

 

 ビスマルクが皇帝へと言っていた追手であるはずのライプツィヒとZ23とプリンツ・オイゲンは、極自然に恭介達と共に船の上で寛いでいる状況だった。叫ばずにはいられないZ23だが、ビスマルクが鉄血皇帝へと不信感を持っていることは事前にプリンツ・オイゲンから聞いているので、この状況にも一応の納得はできていた。できてはいるが、まさか鉄血を出発する時から既に一緒に居るとは思いもしなかった。

 

「なんか潜水艦の子達には手を振られるし……ライプツィヒさんはオイゲンさんと一緒に居られるからって満足してるし、ティルピッツさんも随分と彼のことを信頼してるみたいだし……」

「……あれは、苦労人って奴なのか? どう思う瑞鶴」

「うん……まぁ、大変そうだなって思う。なんか愛宕さんの相手している時の高雄さんみたいな?」

「成程」

 

 変な方向に納得した恭介は、ビスマルクから渡された欧州海域の海図を確認しながら潮風を感じていた。インスタントコーヒーの入った水筒を片手に横から海図を覗き込んだクリーブランドとエンタープライズは、今の進路を確認して首を傾げた。

 

「帰るんじゃないのか」

「いや、寄って行くところができた」

 

 現在恭介達一行を乗せた軍艦は、忘れされていた時間を取り戻すかのようにいきいきと波を割いて走っていた。しかし、順調そうな航海とは裏腹に、重桜南西海域に位置する新生アズールレーンの拠点とは真反対と言える方向へと船は移動していた。疑問を口にしたクリーブランドだが、すぐに海図に描かれている海流から彼が何処を目指しているのかを理解した。

 

「本気?」

「当たり前だ。今から俺達が向かう先は、ロイヤル本島だ」

 

 平然と口にした恭介の言葉に、全員が信じられないようなものを見る目を彼に向けていた。



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結成

「……寒くない?」

「北に行けば行くほど寒いのは自然なことだろう」

「それは、そうなんだけどさ……」

 

 鉄血艦船を新たに加えた新生アズールレーン一行は、次なる目的地であるロイヤル本島へと向けて移動している最中だった。息も白くなるような程寒くなってきた海を見ながら、クリーブランドは服を変えずに突っ立っている恭介の言葉に白い息を吐いた。

 

「それで、ロイヤルに向かう目的は何か聞いていいかしら」

「……俺が聞きたいぐらいだ」

「は?」

 

 恭介達についていくことを決めたプリンツ・オイゲンではあるが、基本的にはロイヤルの艦船とあまり関わりたくないと思っているので、ロイヤル本島へと向かうと言われて一番最初に反対したのはプリンツ・オイゲンだった。優雅を尊ぶ文化を根本的に理解できないと思っているプリンツ・オイゲンだが、鉄血への執念とも言える程の敵意を見せる、国そのものが信用できない面もあった。

 納得できる答えが聞けると思っていたプリンツ・オイゲンだったが、恭介から返ってきたのは苦笑と曖昧な言葉った。

 

「前々からこっち来い、ってクイーン・エリザベスには言われてたんだけどな」

「結構熱烈に来てたよね」

 

 恭介の言葉に瑞鶴は一人で納得して頷いていた。恭介宛にロイヤルから手紙が来ていることはプリンツ・オイゲンも知っていたが、まさか熱烈に勧誘しているとまでは思っていなかったので、プリンツ・オイゲンは眉間に皺を寄せることしかできなかった。

 

「そう心配するな。悪いことではないだろう」

 

 そう言いながら海の方へと指を差した恭介につられて、甲板にいたクリーブランドとプリンツ・オイゲンと瑞鶴が視線を向けると、そこにはゆっくりと艤装を起動させずに近づいてくるニューカッスルの姿があった。過去の戦いを思い出して露骨に嫌そうな顔をしたプリンツ・オイゲンを無視して、ニューカッスルは恭介の方へと頭を下げた。

 

「随分と、いい目をするようになりましたね」

「……そうだといいがな」

「ふふ……さぁ、こちらへ」

 

 ロイヤル領海と鉄血領海の間に存在する空白海域にもかかわらずニューカッスルが現れたことに、恭介は特に疑問も持たず、先導するように先を走り始めたニューカッスルを追うように船へと指示を出して舵を切った。メンタルキューブによって恭介の思考一つで動き出すその姿に、ニューカッスルはまるで艦船になったようだと苦笑していた。

 

「……一つ、重要なことを思い出した」

「なによ」

「まだなんかあるのか?」

 

 ニューカッスルの先導に従うことに不満を持っているのか、嫌そうな顔をしたままのプリンツ・オイゲンはぶっきらぼうに返事をし、クリーブランドはこれ以上の隠し事があるのかと呆れていたが、瑞鶴は過去の経験からこんな顔をしている時の恭介の口から出てくる言葉は、案外どうでもいいことなのを知っていたので、先にため息を吐いた。

 

「この船の名前、決めてない」

「知るかっ!」

 

 心底どうでもいいことを真面目な顔で呟く恭介に対して、プリンツ・オイゲンは青筋を浮かべながら手に持っていたコンパスを投げつけた。

 

 


 

 

 ニューカッスルに連れられるままロイヤル本島へとやってきた一行は、隠れるように船を停泊させてから本島へと降り立った。ロイヤル海軍本部がある場所から少しだけ離れた内海に通された新生アズールレーンの面々は、地上でも案内を引き受けたニューカッスルが海軍庁舎へと通されていた。

 

「流石に歴史を感じさせる建物だ」

「そういう国だからな」

 

 ユニオンのような最新鋭的な基地ではないものの、長い歴史と伝統を感じさせるロイヤル建築の海軍庁舎にエンタープライズは一人で感心していた。新生アズールレーンの代表として、恭介、エンタープライズ、長門、プリンツ・オイゲンだけが廊下を歩くニューカッスルを後ろを追いかけていた。

 

「ここです。どうか礼などは気にせずに、普段通りのままで構いません」

「助かる」

 

 ニューカッスルの言葉に礼を言ってから扉を開けて中に入ると、豪華な装飾がまず第一に目に入り、続いて正面に座って紅茶を飲んでいる少女の姿が目に入った。

 

「随分と久しぶりに感じるな。クイーン・エリザベス」

「世界会議以来ね。敵対している以上無理もないけれど」

 

 姿だけ見れば少女と言えるクイーン・エリザベスだが、全身から滲みだすカリスマと優雅さを見て、彼女がただの年端もいかない少女だと考える人はいないだろう。背後にはオールドレディと呼ばれるウォースパイトが護衛の為に立ち、ウォースパイトと逆側にはクイーン・エリザベスが最も信頼しているメイド、ベルファストが立っていた。

 

「ベル、人数分の紅茶をお願い」

「かしこまりました」

 

 クイーン・エリザベスはベルファストへと指示を下してから、恭介達に座るように促した。重桜で神子として敬われることが多かった長門と恭介は自然な形でソファに座り、プリンツ・オイゲンは不機嫌さを隠しもせずに座り、エンタープライズは少し緊張しながら座った。

 

「それにしても……バラバラな顔ぶれで面白いわね」

「そりゃあどうも」

「約束通り、指揮官を説得したぞ」

「約束した覚えはないけれど……本当にやるとは思わなかったわ」

 

 実際に世界会議で神代恭介の危うさを確認したクイーン・エリザベスだが、エンタープライズが本当に彼を動かすとは思わなかったし、彼がこんな目をするようになるのはもっと先のことだと考えていた。故に鉄血よりも初動が遅れてしまったことは事実ではあるが、クイーン・エリザベスとしては目の前にいる新生アズールレーンへの協力を惜しむつもりはない。

 

「それで、俺はここにきて何すればよかったんだ?」

「本当はロイヤルで指揮官をやって欲しかったけど……今の貴方にそんなこと頼むのは世界の損失ね。ロイヤルからも人員を出すわ」

 

 ロイヤルに勧誘してからゆっくりと彼の歪みを正そうとしていたクイーン・エリザベスだが、思ったよりも立ち直るのが早かったのを確認して、ロイヤルからも人員を送ることを決めていた。これから彼ら新生アズールレーンが良くも悪くも世界の中心になることは明白であり、その中心にロイヤルを一枚でも噛ませることができなければ、ロイヤルの未来そのものがないことをクイーン・エリザベスは理解していた。

 

「と言っても主力を貸し出せる程余力もないのは事実だろう?」

「そうね。けど、主力として動いていない艦隊ならいくらでも貸し出せるわ。ふふん、海軍強国を舐めないことね」

 

 得意げに鼻を鳴らすクイーン・エリザベスの姿に、見た目相応の年齢ではないのだろうかと思いながらも、恭介としては人員が少しでも増えるのはありがたいことだった。

 

「それで、誰を貸し出せるのよ。役に立たないのはいらないわよ」

「そう噛みつくなオイゲン」

「うむ……我らの今の戦力から考えると、メイド隊、か?」

「そうだろうな」

 

 全体的には空母と重巡が多くなっている現状では、軽巡洋艦として戦闘経験を積んでいる優秀なロイヤルメイドが欲しいという長門の言葉に、恭介は同意するように頷いた。それを聞き届けたクイーン・エリザベスは、ニューカッスルを手招きした。

 

「今メイド隊で動けそうで仕事が無い……丁度こっちに来てるハーマイオニーにしかいなくないかしら」

「そうですね……私も動けますが」

「そうね……わかったわ! ならロイヤルメイドとしてはまだ見習いだけど、戦果はきっちりあげているハーマイオニーと、貴方となにかと関わりが強いニューカッスルを派遣って形で送っておくわ」

「……アンタが来るの?」

「そのようになりました」

 

 再び露骨に嫌そうな顔をしたプリンツ・オイゲンに、ニューカッスルは見惚れるようないい笑顔を浮かべていた。プリンツ・オイゲンのロイヤルメイド嫌いもなんとかしないとと思いながらも、恭介は感謝の言葉をクイーン・エリザベスに述べながらニューカッスルと握手を交わした。

 

「よろしく頼む」

「貴方様の期待には応えて見せましょう」

「あ、貴方様だと!? し、指揮官を篭絡するつもりか?」

「はぁ……」

 

 ニューカッスルの言葉に過剰反応したのは、プリンツ・オイゲンとは指揮官と長門を挟んで逆側に座っているエンタープライズだった。紅茶のカップを揺らしながら動揺する姿に、長門は一人でため息を吐いた。

 

「助かる。なら話し合いはこれぐらいで充分か? やるべきことが多くてな」

「まだよ。メイド隊二人で人員が足りる訳ないでしょ」

 

 話は終わったと言わんばかりに立ち上がろうとした恭介を止めたクイーン・エリザベスは、プリンツ・オイゲンを一瞥してから笑みを深めた。

 

「フッドを、貴方に預けるわ」

「反対よ」

「まぁ待て……フッドと言えば、ロイヤルを代表する様な戦艦だったと思うが、俺の気のせいか?」

「そうね……フッドはロイヤルの中でも有名どころと言えるわ」

 

 クイーン・エリザベスの出した名前に、プリンツ・オイゲンは不機嫌そうな顔を瞬間的に怒りに満ちた顔へと変えた。かつてビスマルクとティルピッツを死に追いやりかけた艦船の名前を出されれば、新生アズールレーンとして各陣営の艦船達と協力しようと考えていたプリンツ・オイゲンでも、冷静さを保つことができなかった。

 プリンツ・オイゲンを片手で抑えながら、クイーン・エリザベスのフッドを預けるという言葉を上手く咀嚼できていない恭介は、ただ悪戯に鉄血勢へのヘイトを稼ぐだけの行為にしか聞こえなかった。

 

「そこの反応を見ればわかる通り、鉄血とロイヤルは今過去最悪と言っていい程の関係にあるわ。その下手人って言うのは少し違う気もするけれど……フッドは鉄血との関係に罅を入れた象徴と言ってもいいわ。そんな艦船を貴方の下で対等に扱ってほしいのよ」

「……内部で分裂する可能性があるとしてもか?」

「リスクは百も承知よ。でも、荒療治でもしなければ時間が足りないのは事実でしょう?」

 

 クイーン・エリザベスの言葉に、恭介は苦笑することしかできなかった。彼女の言う通り、ユニオンとロイヤルは既にレッドアクシズの制裁に動き始めている一方、鉄血もまた怪しい動きを見せている。北連とサディア、ヴィシア聖座も目立った動きを見せている訳ではないが、色々と黒い噂が絶えない状況になっている。世界中全てが一触即発のこの状況を黙って見過ごせる時期は、とっくに過ぎ去っていた。

 

「…………わかった。フッドを受け入れよう」

「感謝するわ。どちらにせよ、フッドはビスマルクとの戦いで動けない状況が続いていたから、問題は特にないのよ」

 

 片目を閉じながら言うクイーン・エリザベスに、恭介は危ない橋を渡るものだと感心しながらも頷いた。

 

「ついでに、そこで盗み聞きしてる二人も連れて行っていいわよ」

「……盗み聞き?」

 

 笑っているクイーン・エリザベスの言葉に従って全員が視線を扉の方へと向けると、紫色の髪と灰色の髪が恭介の視界に映った。

 

「……フォーミダブル様、ジャベリン様、陛下から別室で待機を命じられた筈ですが」

「あ、あはは……」

 

 容赦なく扉を開けたベルファストは、部屋を覗き込んでいたフォーミダブルとジャベリンを見て呆れていた。クイーン・エリザベスがこの母港まで移動するまでの護衛としてついてきたはずのフォーミダブルとジャベリンは、本来ならば今は別室で新生アズールレーンの他の艦船達と共にいるはずだったのだが、興味本位で盗み聞きをしていたのだ。

 

「何度目かわからないが……本当にいいのか?」

「いいわよ。今はロイヤルもユニオンも及び腰になって戦闘なんて起きる訳でもないし」

 

 重桜との戦いが思いのほか上手くいかないユニオンに引っ張られるようにして、鉄血への警戒を強めるばかりで日和っているロイヤル上層部に呆れた様子を見せながら、クイーン・エリザベスは美しい所作で紅茶を飲んだ。

 

「フッドは何処にいるんだ?」

「ニューカッスルが貴方を見つけた時に連絡したから、ハーマイオニーと一緒にそろそろ着く頃よ」

「そうか……俺達はこれから一度重桜の方へと帰る。何かあったら、連絡をくれ」

「わかってるわ。本当に大変なことになったら、貴方達に助力を求めるわ。ロイヤルの女王として、ね」

 

 可愛らしくウィンクしているクイーン・エリザベスを見て、抜け目のない女王だと思いながら、恭介は紅茶を飲み干してから立ち上がった。

 

「武運を祈るわ」

「ありがとう」

「ふん……」

「わわ、フォーミダブルさんどうしましょう?」

「どうって……ついていくしかないですわ」

 

 クイーン・エリザベスに一言だけ感謝を言葉を述べてから恭介は扉から出ていった。居心地悪そうにしていたプリンツ・オイゲンは黙って恭介の背中を追い、ニューカッスルもクイーン・エリザベスへ一礼してから恭介の後へと続いた。扉の外で盗み聞きしていたジャベリンとフォーミダブルは、女王陛下の命令であれば逆らうこともできないので急いで恭介の後を追った。

 

「私からも礼を言わせてくれ、ありがとう」

「全くよ。貴女がこんなに早く彼を動かすとは思わなかったけど……結果的には良かったわ」

「それでもだ。本当にありがとう」

「余たちを……恭介を信じてくれてありがとう」

「……むず痒いわね」

 

 普段から政治家やら海軍のお偉いさん方と腹の探り合いばかりをしているクイーン・エリザベスとしては、エンタープライズと長門の純粋な好意がむず痒く感じてしまった。実際にロイヤルの艦船を新生アズールレーンに派遣するのも、打算があればこそなのだが、二人はそのことを承知の上でこうして好意を向けているのだからクイーン・エリザベスとしては一番やりにくいのだ。

 

「ふふ……陛下、好意は素直に受け取っておくのが良いかと」

「わかってるわよ……世界のこと、頼んだわよ」

 

 ウォースパイトが微笑みながら助言のようにクイーン・エリザベスへと意見を述べ、それに対して彼女も打算無しの言葉をエンタープライズと長門へと返した。二人はクイーン・エリザベスのその言葉を聞いて、笑顔を浮かべながら頭を下げて部屋から出ていった。

 

「……私も、もう少し頭柔らかくしようかしら」

「よいと思います。時には柔軟性も必要でしょう」

 

 クイーン・エリザベスの言葉に、ウォースパイトは再び微笑みながら自分の意見を述べた。

 

「……ジュリア」

「なんですか?」

 

 紅茶がなくなったことに気が付いたクイーン・エリザベスは、カップを片手で触りながら、隣の部屋で待機していた女性の名前を呼んだ。金色の綺麗な髪を後ろにひとまとめにしている女性は、白い軍服を多少着崩したままクイーン・エリザベスの前に現れた。

 

「貴女もそろそろ実戦指揮をさせられるでしょ?」

「え!? そうなんですか!?」

「はぁ……ジュリア様、ロイヤルは今現場指揮をする者が減っている状況です。貴女も戦場に駆り出されることがあるでしょう、と陛下は仰っているのです」

「そ、そうなんですね……」

 

 先程クイーン・エリザベスの前に座っていた恭介よりも更に若い女性は、ロイヤルで艦船指揮を専門とする軍人として教育を受けてきた人間であった。クイーン・エリザベスのことをただの艦船だとして、執務に関わらせないようにしようとする上層部に対抗する為に、女王陛下自ら育て上げた艦船指揮のスペシャリストだが、未だに実戦経験はない。

 

「貴女、そのうちさっき来てた新生アズールレーンのトップ……神代恭介の下に行ってもらうわ。今決めた」

「……え?」

 

 端的に用件だけ言ったクイーン・エリザベスに、ジュリアは固まることしかできなかった。艦船を完璧に指揮する恭介と言えど、全ての艦船を一人で指揮するのは不可能だろうと考えての発言だが、ずっとロイヤルネイビーを指揮すると思っていたジュリアは、突然の言葉に固まったまま動かなくなっていた。

 

「……先が思いやられるわね」

「全くです」

 

 ウォースパイトとベルファストの呟きも聞こえていないジュリアに、クイーン・エリザベスはため息を吐いた。

 

 


 

 

「はぁ……艦船をひとまとめにするのも楽じゃないな」

「それは……当然、と言うと悲しいが当然のことだな」

 

 フッドに対して睨みを利かせているプリンツ・オイゲンを遠目に、恭介はエンタープライズと共に艦船全員が揃うのを待っていた。先に乗り込んでいた重桜とユニオンの艦船達も、ロイヤルと鉄血の一部がいがみ合っている姿を見て思い思いの表情を浮かべていた。

 

「早くしろ。さっさと帰るぞ」

「……ふぅ……全く、仲良しこよしはしないわよ?」

「それは好きにしていい。だが必ず協力はしろよ」

「わかってるわよ。そこまで子供じゃないわ」

 

 恭介に釘を刺されたプリンツ・オイゲンは不機嫌そうに船に乗り込み、その後ろを追いかけるようにライプツィヒが走った。

 

「ごめんなさい。オイゲンには悪気はないのよ」

「私も貴女も、そして彼女も……かつては己の所属する陣営の為に戦った。それ以上も以下もありません……彼女が私に向ける感情も、家族を傷つけられた者として当然のもの。私には受け止める義務があるのです」

「そうか……ありがとう」

 

 フッドが苦笑を浮かべながらそう言うと、ティルピッツは微笑みながらフッドと握手を交わした。Z23はその高潔とも言えるフッドの精神に感心し、尊敬の目を向けていた。度々無茶振りをしてくるプリンツ・オイゲンに比べたら、Z23の中ではフッドの方が理想の上司なのだろう。彼女もまた自分の妹のように可愛がっているシグニットを着せ替えしている、悲しい現実をZ23は知らないが。

 

「指揮官様、ロイヤルメイド隊ダイドー級のハーマイオニーと申します。これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそ……正直食事情が怪しかったから、メイド隊が来てくれて助かった」

「ふふ……お食事ならメイドの私と、ニューカッスルさんにお任せください」

 

 仕事ができると聞いて目を輝かせるハーマイオニーを見て、恭介はメイド隊の変わらなさに笑みを浮かべながら、全員がようやく船に乗ったことを確認して目を閉じた。

 

「さて、さっさと基地に帰るか」

「……これが神代恭介の力、ですか」

 

 彼の声に応じて船そのものがぼんやりと光を発してから、動き始めた。艦船のように大型の船を一人で動かす恭介の姿に、フッドは感嘆の声を上げながらも彼の背中を見ていた。

 ユニオン、重桜、鉄血、ロイヤル、それぞれ四大陣営の艦船を味方に付けた新生アズールレーンは、ようやく組織として動き出そうとしていた。恭介の目指す人と艦船が分かり合える世界の為に、一歩でも世界を前に歩ませる為に、恭介はようやく動き出した。

 

「新生アズールレーン、ようやく結成だな」

「ちょっと遠回りはしちゃったけど……指揮官なら大丈夫でしょ?」

「うむ。恭介、お主ならば……世界を正しき方向へと導けよう。その為なら、我らは幾らでも力を貸すぞ」

 

 エンタープライズ、瑞鶴、長門の言葉に背中を押されるように、恭介は薄く笑みを浮かべて頷いた。人と艦船の未来の為に、恭介は自分の信念を貫くことを決めた。

 かくして、新生アズールレーンという恭介が掲げる希望の船は進み始めた。例え行く先に嵐が待とうとも、そらすらも超えて、その先にある真実の楽園を目指す為に。




ようやく四大陣営が揃いました。
ジュリアちゃんはそのうち新生アズールレーンに指揮官として加わってもらうつもりです。
一人で全部こなしてたら普通に指揮官の頭壊れちゃからね。


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空白

「ユニオンも重桜も動かないな……」

 

 眼鏡をかけた恭介は、新聞を片手に持ちながら膠着状態になっている戦線を確認していた。重桜南西海域に位置する新生アズールレーンの基地には、現在二十五隻の艦船が所属している。本来は二十七隻の艦船が所属しているのだが、飛鷹と隼鷹は現在も重桜に残って動いている。

 

「失礼する」

「エンタープライズか……どうした?」

「いや、資源回収部隊が帰ってきたことの報告だ」

「もうそんな時間か……ありがとう」

 

 廃棄されていた基地を修理して使い始めた母港だが、何処からか現れた黄色く小さな生物によってあっという間に改造されていき、そこらの軍事母港よりも立派な姿になっている。新生アズールレーンの指揮官になったからには重桜の軍服を着る訳にもいかず、私服のまま執務室で新聞を読んでいた恭介は、エンタープライズに礼を言ってから入室してきた綾波に向き合った。

 

「問題なく燃料も回収できたのです。セイレーンが現れる兆候も見られないです」

「そうか……もう少し現れるかと思ったが、そうでもなかったな」

「じゃあ報告を終えたので、綾波は寝るです」

「お疲れ様、休眠はしっかりな」

 

 現在基地として使っている島の周辺には、セイレーンの量産型艦が多数動き回っている海域が存在したが、基地周辺の安全を確保する為に一掃し、油田などを確保していた。それ以来湧いて出てくるはずのセイレーンが現れないことに全員が不思議がっていたものの、空白期間となった今は、個々人の部屋で自由に過ごしている。

 

「それにしても……もう三ヶ月経ったが、世界は膠着状態だな」

「慎重にもなるだろう。重桜は実質的なトップが二人抜け、ユニオンだってお前が抜けた。鉄血だってティルピッツの件で色々と躍起になっているはずだしな」

「それにつられてロイヤルも、か」

 

 世界中で艦船の一部が行方不明にもなれば大騒ぎになるだろうことは明白だった。情報統制によって表立って騒がれてはいないが、特に重要人物が抜けたユニオンと重桜は対応に追われていることだろう。

 

「貴方様、紅茶はいかがですか?」

「貰おう」

「……初めに動くのは、何処だと思う?」

「どうだろうな……正直、予想しきれない状態にはあると思う。ユニオンはロイヤルに全面協力して鉄血を撃つ、と一度言ってしまった以上退くことはできないだろう。エンタープライズがいなくなったから、では世論が納得しない。同様に、重桜は今まで俺か長門の神子としての力を頼りに戦ってきた以上、不用意に戦闘繰り返すこともできない。東煌も目を光らせているだろうしな」

 

 横から現れたニューカッスルは、恭介が新聞を折り畳んだ姿を見て紅茶を淹れた。しれっと執務室で専属メイドのようになっているニューカッスルを見ながら、エンタープライズは恭介の意見を聞きたがった。

 

「鉄血はビスマルクが民を優先する以上大きな戦闘は起き辛く、皇帝の支持率も落ち始めていると聞く。ロイヤルはそもそもクイーン・エリザベスを中心とする女王派、ロイヤル首相を中心とする民衆派、ロイヤル海軍元帥を中心とする軍務派にわかれ一枚岩になりきれずにいる。総じてどこも動けない状況が、今の空白期間の正体だろうさ」

「……他の陣営はどうなんだ?」

 

 新聞やビスマルクとクイーン・エリザベスから定期的にもたらされる情報によって、世界中の情報を収集している恭介の言葉には、エンタープライズも頷くことしかできない。四大陣営全てが動けない状況が続いているのであれば、戦争が一旦止まるのもうなずける話ではあった。だが、世界に存在するのは四大陣営だけではない。

 

「そうだな……東煌はさっきも言ったが重桜に目を光らせている。国が近いってのもあるが、東煌だけの艦船では重桜に対抗しきれないからだ。サディアは逆に自らの目先である地中海に注力している節があるから、しばらくはセイレーンとの戦いにかかりきりだろう」

「成程……」

「貴方様、ヴィシア聖座と自由アイリス教国はどうでしょう」

「アイリスはロイヤルに亡命している負い目がある故に、ロイヤルが動けるようにならないと動けないのは確実だ。そうなってくると特に縛りの無いヴィシア聖座が一番動きやすそうではあるな」

 

 多くを語ってから紅茶に口を付けた恭介を見ながら、エンタープライズは北連の存在を思い出した。前にプリンツ・オイゲンが動き出したと恭介に語っていた陣営ではあるが、エンタープライズも詳細を知らされていない。

 

「北方連合はどうなっているんだ?」

「あー……あそこはダメだ」

「ダメ?」

 

 エンタープライズの言葉に一瞬考えるような動きを見せてから、恭介は頭をかいた。彼の言う「ダメ」と言うのがどういう意味か分からないエンタープライズは、目を細めながら恭介の瞳を見た。万が一でも彼が何かを隠しているとは考えていないが、それでも急にダメと言われてしまえば気になってしまうのが知的生命体の性である。

 

「ダメって言うのは、情報が全く入ってこないってことだ」

「全く? だがオイゲンは何かを掴んだんじゃないのか?」

「いや、北連がオイゲンの言う通り動き出したのは本当なんだが、全く裏が取れない。その陣営が現状では一番怪しいな」

 

 思ったよりも重要なことを軽く言う恭介に呆れながらも、エンタープライズは世界会議でも艦船を一人しか連れていなかったのを思い出した。他の陣営が少なくとも二人は艦船を連れていたにもかかわらず、北連だけは何かを隠すように一人だけ、しかも第一世代と呼ばれる旧型の艦船を連れていた。

 

「北連に関しては何も言えない。そうなってくると有力候補はヴィシアなんだが……正直、手を先に出すのはロイヤルだと思ってる」

「ロイヤルが?」

 

 恭介の言葉に反応したのは、開けっ放しになっていた扉から入室してきたフッドだった。執務室の扉を開けっ放しにしている時にこんな話をしていると思っていなかったフッドは、面食らった表情のまま入室して丁寧に扉を閉めた。

 

「ロイヤルが、何故ヴィシア聖座に攻撃をするとお考えなのか、聞かせていただけないでしょうか」

「……あまり気分のいい話じゃないけどな」

 

 ニューカッスルの方へも視線を一度向けてから、恭介は息を吐いた。ヴィシア聖座とロイヤルの確執は、ロイヤル艦船が聞いてもあまり気分がいい話とは言えない。

 

「ロイヤルがヴィシアに攻撃する理由は……端的に言えば防衛の為だ」

「防衛? 鉄血に降伏したはずのヴィシアを攻撃することが何故……」

「鉄血に降伏したって部分が問題なんだ。ロイヤルの地理的に、海戦で最大の敵になるのが鉄血だが、鉄血は艦船の絶対数が少ない。ヴィシアもそれは同じだが……降伏したまま残っている艦船が国内にはいる。その戦力が鉄血に吸収されるのを、ロイヤルは恐れている」

 

 鉄血潜水艦隊による通商破壊でそれなりの被害を受けているロイヤルは、これ以上鉄血に戦力が集中することを恐れていた。護教騎士団を束ねるリシュリューを中心に何隻かロイヤルに亡命しているとはいえ、リシュリューの妹である戦艦ジャン・バールやダンケルクなどの強力な艦船がまだヴィシアには残存している。海上戦力の乏しい鉄血は是が非でもヴィシア艦船を手中に収めたいだろうことは少し考えれば誰でも理解出来る。

 

「……ヴィシアに降伏勧告をしても鉄血との休戦を解消されることは目に見え、降伏しなければロイヤルは吸収される前にヴィシアを叩く、と?」

「そうなるだろうな。最悪の場合は……ヴィシア艦船全員が自沈する可能性もある」

「止める方法はないのか?」

 

 フッドと恭介の言葉に、エンタープライズは焦った表情のまま恭介に目を向けた。新生アズールレーンとして、艦船と人を繋げて世界をセイレーンの脅威から遠ざける為には、ロイヤルとヴィシア聖座に今正面から衝突されるのは、今後の怨恨になる故に無視することはできなかった。

 

「いつ艦隊を派遣するかわからない以上、俺達から動くことは不可能だ」

「それはそうだが……このままではヴィシアが完全に敵になってしまうぞ」

 

 ロイヤルとヴィシア聖座の争いを止めるには両者の戦闘に介入し、力尽くでも止める必要性がある。対応が後手に回らざるを得ない状況ではあるが、新生アズールレーンとしてそんな事態を見過ごせば存在意義すら危ぶまれることになる。

 

「落ち着け。クイーン・エリザベスからの連絡待ちでも遅くはない。ロイヤルが動き辛い状況には変わりないんだからな」

「むぅ……仕方ないか」

 

 ようやく納得したエンタープライズに苦笑しながら、恭介はニューカッスルの淹れてくれた紅茶を飲んだ。

 

 


 

 

「全く足取りが掴めんとはな」

 

 神子である長門、総指揮官であった神代恭介、作戦参謀として動いていた天城、穏健派のトップにいた三笠、重要人物を四人も欠いた重桜は、恭介が思っているよりも陣営内が荒れていた。長門と恭介がいなくなったのならば、一航戦がその場を取り仕切るべき時なのだが、肝心の赤城はまだ眠ったままだった。明らかに異常な程目を覚まさない赤城に期待することができないと考えた加賀は、裏切者を処断する為に討伐艦隊を即座に編成した。今や重桜の権力がほぼ全て加賀に集中していると言ってもいい現状だが、重桜政府は今も反戦争派との派閥争いで忙しいらしく、戦争関係は加賀に丸投げされている。長き間を平和で過ごしてきたツケとも言える状況に、加賀が呆れてしまうのも無理のないことだった。

 討伐艦隊を編制したはいいが、神代恭介は目立った動きもせずに数ヶ月もの間潜伏している為に、足取り一つ掴めず、追跡の一つもできないことが現状だった。

 

「鉄血とロイヤル方面に行った、と陸奥は言っていたが……向こうから全く連絡も来ないことを見るに、ビスマルクも向こう側と考えるのが自然か」

 

 討伐艦隊自体はそれ程大規模なものではないが、編成されている艦船は誰もがやる気に満ちている。そうなるように加賀が編成したのもそうだが、それ以上に彼女達は自分の姉妹に怒りを感じているらしい。高雄と摩耶は特にその傾向が強く、今にも飛び出していきそうな程である。

 

「姉上、やはりダメだったぞ」

「いやー……加賀さんの言う通りやったんやけどなぁ」

「ご苦労だったな祥鳳」

 

 恭介が使っていた執務室で考え事をしていた加賀の元に、土佐と祥鳳が訪れた。加賀に指示されて重桜周辺海域の探索を行っていた祥鳳だが、北方面、東方面、西方面、南方面のすべてを探索したと言うのに見つけられなかったことに負い目を感じているらしく、目に見えて落ち込んでいた。

 

「そう落ち込むな。それだけ天城さんと指揮官の隠れ方が上手いとも言える。それに……見つからなかったならば、それはそれとして使える情報になる」

「ほんまですか? なら……良いですけど」

「ここからは私の仕事だ。祥鳳は休んでおけ」

 

 祥鳳に休みを与えながら、地図を広げていた加賀は偵察に送り込んだ場所を赤色で塗りつぶしていた。それでも、重桜周辺の海域全てが赤色になろうと言う程の地図を見て、土佐も低く唸りながら加賀を見た。

 

「やはり、なにかしらの術を使って潜伏しているとしか考えられんか」

「そのなにかしらがわからない、か」

「そうだな」

 

 赤色で塗り終わった加賀は、所々の空白地帯を見ながら肘をついた。重桜周辺海域全てを探ったと言っても、探索しきれない場所は多くある。その一つが、地図上に現れた空白地帯である聖域や鏡面海域と見られる侵入不可能な嵐の壁などである。重桜周辺海域だけでも軽く百を超えているその数に、加賀はセイレーンの影響が思ったよりも及んでいることを改めて目にして、眉をひそめた。

 

「土佐……鏡面海域に侵入する方法は、あると思うか?」

「……あの嵐を確実に超える方法が発見されていたら、とっくにセイレーンなど打倒していると思う」

「だろうな。だが……もしそんな力を指揮官が持っていたとしたら……」

 

 ありもしないはずの考えが加賀の頭に思い浮かぶが、否定しきれる要素は加賀の手の中には存在しない。新生アズールレーンが嵐の壁を超える方法を持っているのだとしたら、現状の加賀達が追跡することは不可能になる。

 

「……なにか見落としている可能性がある」

「見落とし?」

「そうだな……重桜に残ってこちらの動きを探っている者がいる、としたらどうだ」

「それは……」

 

 加賀の言っていることはあり得ないことではないが、それを疑い始めてしまえば、味方との連携もまともにできなくなってしまう程の懐疑心を持つことになる。それが恭介の策だと言うのならば、見つからないことも含めて全て手の平の上で転がされていることになる。

 

「……最悪は考えておいた方がいい。だが、今はまだその段階ではない」

 

 加賀もそのことは理解しているので、味方へと更なる疑いの目を向けることはできない。陣営を超えた艦船を従える恭介に対し、連携の取れていない艦船の集団など有象無象にも足り得ないからだった。

 

「まだ情報が足りないのは事実だが、次に奴らが動くようなことは必ず起こる」

「動く様なこと?」

「正確には動かざるを得ないこと、だ」

 

 エンタープライズの言っていた陣営間が再び手を取り合うことを目的としているのならば、やはり陣営間での戦闘に介入することは避けることができない。その情報を後から掴んでしまえば、どう動いているのかを探るのは容易いと加賀は考えていた。

 

「時間はかかるだろうが……必ず追い詰めて全て吐かせてやる」

 

 重桜を裏切った恭介を許している訳ではないが、何かしらの理由があることは、加賀も一度冷静になった頭で考えた。今の重桜上層部に不甲斐なさを感じているのは加賀も同じだったのだ。

 

 


 

 

「……」

「最近は機嫌よかったのに、なんでいきなり機嫌悪くなっての? あいつ」

()と何かあったらしい」

「へー」

 

 水鏡を見ながらも全く表情の動かないオブザーバーを見て、ピュリファイアーは心底面倒くさそうな顔をしながらテスターの方へと視線を向けるが、はなからオブザーバーの機嫌になど興味もないテスターは適当なことしか言わない。

 

「オミッターは結局王冠に戻ったのか?」

「あっちが本業よ」

「はは、ウケる」

 

 あれだけ騒いでいた癖に何もできずにそのまま王冠へと戻っていったオミッターに、ピュリファイアーは楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

「それにしても、見事に停滞したなー」

「そうでもない。すぐに状況は動き出す……次に動き出したら、止まらないだろうな」

「でもカミシロキョウスケはよくわからないんだろ?」

「そうだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「めんどくさいよなぁ……人が苦労して実験だの演算だのしてんのに」

 

 以前までは演算の内の中で特異性を見せ、未来の絞り込みができない程度だった恭介は、今では既に演算では算出できない未来を描き出す存在となりつつある。まるで自身の望むように未来を捻じ曲げるような力に、以前まではそれ程興味が無さそうだったテスターも、今では恭介の次の行動に注目している。

 

「…………帰還」

「コンパイラー?」

 

 ゆっくりと歩いてきた少女の様な姿をしたセイレーンを見て、ピュリファイアーとテスターを珍しく驚愕したような顔をしていた。基本的にオブザーバーの命令に従い、姿を見せることが少ないコンパイラーに、ピュリファイアーは咄嗟にオブザーバーの方へと視線を向けた。

 

「お疲れ様。なにか掴めたかしら」

「……単独での世界移動は不可能」

「そう……奴らはしばらくはここにいるのね」

「コードGのことか」

「ちっ」

 

 コンパイラーの言葉に、オブザーバーは面白くなさそうな顔をしていた。テスターは今の言葉だけで余燼と称される艦船の集団が、今もまだこの世界線の何処かにいることを理解し、ピュリファイアーは以前邪魔されたことを思い出して一人で舌打ちをしていた。

 

「なら、今の内に奴らの対策は講じた方がいいわ」

M()E()T()A()()()の対策か……だが、私達の行動を監視している零はどう動く」

()()()()を動かすでしょうね。そうすれば……中層端末の対策の為に奴らも動くわ」

 

 既に零の命令を無視して動き始めているオブザーバー達は、前回の戦いに介入し始めた時から零の干渉がないことには気が付いていた。故に、更なる人類と艦船の進化の為に、零が中層端末を起動させるだろうことを予測していた。

 

「テスター、ピュリファイアー、箱庭の準備をしておきなさい」

「やっとか……場所はどこがいい?」

 

 表情を変えずに淡々と話すオブザーバーに、テスターは箱庭と言われて立ち上がった。

 

「バミューダよ」

「へぇ……面白そうじゃん」

 

 興味無さそうにしていたピュリファイアーだが、バミューダと聞いて凶悪な笑みを浮かべてテスターの手から『鍵』を奪いとった。アズールレーン本部の存在するNYシティに近いバミューダ海域に箱庭を作る意味を理解していたピュリファイアーは、笑みを浮かべたまま『鍵』を片手に握り締めていた。テスターは半分呆れた様なため息吐き、コンパイラーは心底うるさそうな冷めた視線をピュリファイアーに向け、オブザーバーは変わらず無表情のまま、ピュリファイアーだけが遠足を待つ子供の様に楽しそうにしていた。

 

「やっと……やっと好きに暴れられるんだろっ!? 最高じゃないかよぉ! アッハハハハハハッ!」



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出港

 仮称「新生アズールレーン」本部である母港は、現在全員が慌ただしく動いていた。ロイヤルの女王クイーン・エリザベスよりもたらされた情報によって、膠着していたロイヤルとヴィシアの関係が本格的に悪化し始めたことを知った恭介はすぐさま艦隊を編編制した。主力艦隊として戦闘海域へと向かう艦船が戦闘準備を進め、参加しない艦船達もトップである恭介不在の間、母港を正常に動かす為の準備に追われていた。

 

「天城、長門、留守は頼む」

「はい。どうか指揮官様のお心のままに」

「うむ……気を付けてな」

 

 執務室で天城と長門に向かい合っていた恭介は、横に立っているニューカッスルへと視線を向けてから二人に留守を任せるように指示していた。重桜の象徴たる長門をセイレーンとの戦いでもない戦場に連れて行く訳にもいかず、戦うことができない天城も同様に連れて行くことができないと判断した恭介は、信頼のおける二人に指揮官代理として母港の全てを委託した。

 

「艤装の完成の目途が経っていないティルピッツを連れて行くことはできないし、ロイヤルとヴィシアの戦闘原因も基本的には鉄血にある以上、オイゲンとニーミも連れて行くことはできない」

「当然ね。顔見ただけでどっちからも攻撃されるわ」

 

 天城、長門と共に執務室に呼び出されていたオイゲンは、恭介の言葉に肩を竦めていた。数ヶ月この母港で生活し、ようやくフッドやフォーミダブルとまともに話せるようになったオイゲンだが、当然ロイヤル本国に所属する艦船からしたら全く関係のない話である。

 ヴィシア聖座とロイヤルの間接的な戦闘原因となっている鉄血艦船を連れて行くことはできないとする恭介の判断に、フッドとエンタープライズも同意するように頷いていた。

 

「幸いなことに、今回のいざこざにユニオンが介入する気配はない。今のところは、だが」

「ユニオンは精神的に重桜と鉄血に挟まている形だからな」

「ただ、当然だがロイヤルとヴィシアの確執が長引けば、必ずユニオンも鉄血もこの戦闘に介入する。最終的には全ての陣営が入り乱れる泥沼へと発展すると考えていい」

 

 一度でも世界中で戦争を起こしてしまえば、今度こそ修復不可能な傷が外交にできてしまう。そう考えた恭介は、一番初めとなるであろうロイヤルとヴィシアの戦闘に介入することは前々から決めていた。

 

「戦闘海域はメルセルケビール沖。戦艦四隻と他艦船数隻が停泊している」

「戦艦四隻か……鉄血に渡るのを恐れるというのも、無理はないか」

 

 エンタープライズは陣営間の問題ほど解決し辛いことは無いと思っているが、今回のロイヤルによるヴィシアへの降伏勧告も、一筋縄ではいかない話だろうことは理解していた。互いが己の陣営の為に動いている以上、ぶつかり合うのは互いの正義である。人は正義の為ならどこまでも残酷になれる生物だと、エンタープライズもユニオン国民の持つ反重桜感情を思い出していた。

 

「ヴィシアの教皇が何を考えているかは知らないが、国民感情としてはまだ反鉄血寄りではあるはずだが……今回の攻撃でヴィシアの主張をなにも受け入れずにロイヤルが攻撃すれば、ヴィシアは一気にレッドアクシズに近づいていく。そうなればアイリスとヴィシアの統合など……どちらかが滅びるまで不可能になる」

「……血で血を洗う戦いになる、か」

「それだけは避けねばなりません」

 

 恭介の言葉に頷いたエンタープライズとフッドは、表情を強張らせていた。常に艦隊を率いるような立場で戦ってきた二人だが、今回の様に戦いを止める為に武器を取ることは初めてだった。指揮官として恭介が後ろでサポートをするとは言え、二つの艦隊の旗艦になるエンタープライズとフッドにとって慣れない戦いになることは間違いなかった。

 

「ロイヤル艦隊を足止めして、ヴィシアの教皇と艦船を説得するしかない。ヴィシアを不用意に刺激しない為にも、俺とエンタープライズはヴィシア側の説得、フッドはロイヤルの足止めを頼む」

「わかった」

「期待に応えて見せますわ」

 

 肩に力の入った様な二人の反応に苦笑いを浮かべ、ニューカッスルに視線を向けた。エンタープライズは恭介が共にいるのでどうとでもすることができるので、フッドを暴走しない程度に抑えておいてくれと思って視線を向けた恭介だが、言いたいことは理解できると言わんばかりに、ニューカッスルは薄く微笑みながら小さく頷いた。

 

「じゃあ準備頼む。長門達もな」

「うむ」

「じゃあ私はもう用事もないから帰るわよ」

 

 話が終わったのを察したプリンツ・オイゲンは、手をひらひらと動かしながら誰よりも早く執務室を出ていった。面倒くさそうな顔をしながら、その実誰よりも仲間のことを考えているプリンツ・オイゲンの行動に、天城は苦笑しながら長門と共に執務室から出た。

 

「指揮官様が元気そうでよかったですわ」

「そうだな……天城、お主も無理はするなよ」

「お気遣い、痛み入ります」

 

 廊下を歩く天城の言葉に、長門は少し心配そうな表情を浮かべていたが、天城はいつも通り笑顔のまま応えた。あまり心の内を見せようとしない天城の行動に、長門は口から出そうになったため息をゆっくりと飲み込んだ。

 

 


 

 

「さっさと出発するか」

「即断即決、です」

「時は金なり、って言葉もあるしな」

 

 明石と夕張によって整備されていた船を見ながら、指揮官は出撃準備の整った艦船達を見渡した。指揮官の言葉に綾波が最初に頷き、クリーブランドも頷きながら人生の格言と呼ぶべき言葉を口にしていた。

 

「あー……クリーブランドの口癖なんだ。気にしないでくれ」

「口癖って……重桜の人間が使う「時は金なり」とユニオンの人間が使う「Time is money」は意味が違うだろ」

 

 ボルチモアのフォローを聞いて、恭介は若干呆れながらもそのまま空気を引き締めることも無く船に乗り込んだ。

 船内でなにかデータを取っていた明石と、その周辺のうろうろとしているオフィサーユニットを見ながら、恭介は目を閉じて船の全体を感じ取った。メンタルキューブが改造に使われている故なのか、恭介が船に同期するように目を閉じると、人間の感情の様なものが船から流れ込んでくる。

 

「……悪かったって」

 

 恭介が出かける用事がしばらくなかったので数ヶ月ぶりに動かしたのだが、それがどうやら不満だったらしく、怒っているような拗ねているような感情が流れ込んでくるのを感じながら、恭介は一人で謝っていた。

 

「全員いるな」

 

 同期することによって艦内に存在する全てを支配した恭介は、艦隊の全員とオフィサーユニットと黄色い謎生物である仮称「饅頭」を感知してから力を入れるように全ての電源を動かした。

 

「指揮官、出発するのか?」

「あぁ……エンタープライズ」

「なんだ?」

 

 艦橋へとやってきたエンタープライズは、恭介が一人で笑みを浮かべている姿を訝し気に眺めていた。船と一人で対話していた恭介は、目を開いてエンタープライズへと振り返った。

 

「この船の名前……何がいい?」

「またその話か。結局決まらなかったじゃないか」

 

 名称がある方が指揮しやすいのではないかと考えた恭介達によって、この船の名前決めは以前に行われたのだが、どの陣営の言葉で名前をつけるかで議論が終わらずにそのまま決まらずに放置されていた。ただ、実際に戦闘になることが予想される今回の出発前には、恭介は名前を決めておきたいと考えていた。

 

「じゃあ俺の一存で決めていいのか?」

「いいんじゃないか? 多分、誰も文句は言わないと思うが」

 

 神代恭介の名の下に艦船が集まっている新生アズールレーンにとって、彼の決定は全員の意見よりも重いものである。本人はそんなことを考えもせずに、民主主義の様にしてしまえばいいと思っているが、指揮官を上にすることで力を発揮する艦船にとっては大事なことらしい。

 

「じゃあ……『アルゴー』かな」

「アルゴー?」

「だめ?」

「いや……ダメではないが」

 

 急に名前を決めようと言い始めた恭介に首を傾げるエンタープライズだが、恭介の考えた名前そのものには反対するつもりなど無かった。

 

「セイレーンの歌声は人を惑わし破滅へと導く。かつてアルゴーに乗船していたオルフェウスは、竪琴をかき鳴らしてセイレーンの音を打ち消して誘惑からアルゴナウタイを守った」

「だから、アルゴーなのか?」

「丁度いいだろう? 願掛けってやつだ」

 

 全てを裏側から操っているセイレーンに逆らおうと決めた時から、恭介はオルフェウスの伝説を思い出していた。自分が艦船を指揮することしかできないが、セイレーンから仲間を守るためにはオルフェウスの様に対抗するしかない。

 

「アルゴー船に乗っていた数々の英雄が艦船のみんなで、俺はセイレーンからみんなを守るオルフェウスになるさ」

「……オルフェウスも立派な英雄だろう?」

「そう言われるとそうだな」

 

 苦笑を浮かべるエンタープライズに、恭介も純粋な笑みを見せた。

 もう一度、恭介は船……『アルゴー』と同期するように目を閉じると、準備は万端と言わんばかりに期待の声無き声を挙げていた。

 

「アルゴー、出発するぞ」

 

 恭介の言葉に反応して、アルゴーは独特な金属音を立てながら錨を引き上げた。艦船十数人を乗せた希望の船アルゴーは、新生アズールレーンの想いを乗せて海を走り始めた。

 

 


 

 

「……そろそろメルセルケビールが見えてくるはずだ」

「そう……」

「上も相当焦っているようだ」

 

 ジブラルタルから出た艦船達は、ヴィシア聖座の艦船が停泊しているメルセルケビールへと向かって進んでいた。アーク・ロイヤルが偵察機を発艦させながら、旗艦として無表情でいようと努めているハウへと視線を向けた。かつて盟友だったはずのアイリスに対して、武力を行使しなければならないこの状況に、乗り気になっている艦船など一人もいない。

 

「ヴィシア聖座所属の戦艦が鉄血の手に渡れば、間違いなくロイヤルは終わりだ。ユニオンの手を借りると言っても限界は存在する」

「わかってるわ……けれど、こんな役目をしなければいけないことに、少し気が滅入っているだけよ」

「……そう、だな」

 

 ハウの言葉に、アーク・ロイヤルは明確な言葉を持って返すことができなかった。再現の様に繰り返される「大戦」の記録通りならば、ハウが今指揮を執っている艦隊は本来フッドが率いるものだった。フッド他数名の艦船が行方を眩ませてから、急遽ジブラルタルへとやってきたハウとしては、かつて背中を預けた者に銃口を向ける行為そのものが多大なストレスになっている。旗艦が暗い顔をしていては、艦隊もそれに引っ張られてしまうと思っているハウだが、そもそも艦船全員がこの交渉に消極的なのだ。

 

「…………あーッもう! やってらんない!」

「お、落ち着けヴァリアント」

「はぁ……あほらしい」

 

 唐突に叫び始めたヴァリアントに、アーク・ロイヤルは焦った様な声を見せた。基本的には明るくポジティブな性格をしているヴァリアントには、このどんよりとした空気が身体中に纏わりつく様で不満を爆発させていた。わちゃわちゃとしているヴァリアントとアーク・ロイヤルを横目に、アリシューザは呆れた様な疲れた様なため息を吐いた。

 

「ふぅ……命令は絶対よ。指示通り、アーク・ロイヤルはメルセルケビールに到着次第、機雷を投下して」

「本当にやるのか? まだ交渉があるだろう」

「ヴィシア聖座がこちらの提示する条件をのむと思っているの?」

「それは……」

 

 アーク・ロイヤルは、ジブラルタルの港で最後までこの『カタパルト作戦』に反対していた。あまりにもヴィシア聖座が取れる選択肢が少なく、攻撃をしに行くようなものだと訴えていたアーク・ロイヤルだが、最終的には押し黙ることしかできなかった。当然、アーク・ロイヤルとてダンケルクやプロヴァンス、ブルターニュなどの強力な艦船が鉄血に渡ればどうなるのかなど分かっている。それでも、かつて共に戦った相手に不条理な条件を叩きつけなければならないことに、理不尽さを感じていた。

 

「私達に求められているのは、敵戦力の無力化。沈めろとまでは言われていないわ」

「そうだとしても……本当にそれで済むはずがない」

「……どちらにせよ、この作戦はロイヤルの戦術的敗北が確定している様なものよ」

 

 今からロイヤルがヴィシア聖座に要求することは、明らかに鉄血との休戦条件を破る行為である以上、ヴィシア聖座は拒否することしかできないことが分かり切っていた。そして、ヴィシア聖座が要求を拒否した時にロイヤルが取る行動は、速やかなにヴィシア聖座の艦船を無力化することだった。そこに、ヴィシア聖座の事情など介在する余地はない。

 

「この作戦が成功した場合、ヴィシア内の反ロイヤル感情は大きなうねりとなって返ってくる。もう……回避することもできないの」

「くっ……」

 

 ハウの言葉に悔し気な声を押し殺したアーク・ロイヤルを見て、アリシューザはもう一度呆れた様なため息を吐いた。極めて冷静になるように振舞っているアリシューザだが、内心ではアーク・ロイヤルやヴァリアントと同様にロイヤルへの不信感が爆発寸前まで来ていた。

 士気が最低まで下がっているロイヤル艦隊の面々は、全員が下向きな感情を抱えたままメルセルケビール港近海まで近づいていた。

 

 


 

 

「急ぎなさい」

 

 メルセルケビール軍港では、すぐそこまでやってきているであろうロイヤル艦船に対抗する為に準備を進めているダンケルクの姿があった。要求を聞くまでもなく、鉄血と手を切って再びアズールレーン側に来いと言われることは理解していた。ダンケルクはすぐに動ける他の艦船達をいつでも脱出できるように指示を出し、ロイヤルとの交渉には自分一人が出るつもりだった。当然、メルセルケビールに停泊していた戦艦のプロヴァンスやブルターニュはダンケルクの作戦に反対したが、ヴィシア聖座周辺を監視するように動くセイレーンとの戦いで傷を負っていた為、艤装を捨ててでもヴィシア聖座を守護する護教騎士団の未来の為にと無理やりに説得した。

 

「頼んだわよ……ストラスブール」

 

 自分の妹であり、唯一艤装が問題無く動かせる状況だったストラスブールに他艦船とメルセルケビール軍港で働いていた人間全員を乗せ、ダンケルクが囮になっている間にストラスブールの船体ごと全員を脱出させる。これがダンケルクの考えた作戦の全てだった。当然、ダンケルクは自分だけでロイヤル全員の相手をできると思い上がっている訳ではないが、湾内にはストラスブールとダンケルクの艤装以外にも、メルセルケビールに停泊していた全ての艦船の艤装だけが浮かべてある。勿論フェイクとしての役割しか果たすことができないが、それだけでもストラスブールを逃がしきれるとダンケルクは確信していた。

 

「大いなる父と聖霊の加護があらんこと……貴女達に、ヴィシアの……アイリスの未来を託すわ」

 

 誰も居なくなった船の上で、ダンケルクは一人で呟いた。陸の上で慌ただしく脱出の準備を進める人影を何処か遠く感じながらも、ダンケルクはこれからの世界の未来を考えるだけの余裕があった。

 

「私は恐らく……ここで、沈むわ」

 

 カンレキのことなどダンケルクにもよくわからない話ではあるが、確かにダンケルクはこのメルセルケビールの海に沈んだことがある。とても悲しい『大戦』の記憶でもあり、ダンケルクの存在を確立する根柢のものでもある。どうやっても自分が助かる方法など無いのだろう、と『大戦』の記憶を元に物事を考えていると言うのに、記憶通りにブルターニュが沈むことは無いと都合よく考えてしまう自分に、ダンケルクは苦笑を浮かべた。

 

「ふぅ……枢機卿はロイヤルへと行ってしまった。ジャン・バールは……枢機卿のことで目の前が見えていない状態。教皇は何を企んでいるかわからないし……」

「だ、ダンケルクさん!」

 

 二つに割れてしまったアイリスとヴィシアの、見れもしない未来を憂いていたダンケルクは、船の外から大声で呼びかけてくる男性の声に反応した。今メルセルケビール軍港に残っている男性など、整備員ぐらいであり、彼らは脱出準備の為に手が離せない状況のはずだった。故に、声をかけられることを想定していなかったダンケルクはゆっくりと船から降りて整備員の前までやってきた。

 

「どうかしたのかしら?」

「そ、その……近づいてくる船影があって、ですね」

「船? 幾らなんでも早すぎるわ」

「いや……その……一隻だけなんです」

「……わかったわ」

 

 ロイヤルの艦隊がやってきたにしてはあまりにも早い到着に、ダンケルクは眉を顰めた。仮にロイヤルの艦隊だった場合は交渉によってなんとか時間を稼がなければならないと考えたダンケルクは、すぐに踵を返そうとして、男の声に反応して一瞬足を止めてから、海へと飛んだ。淡い光を伴って戦艦を全て艤装へと変換して身に纏ったダンケルクは、決意を秘めた瞳のまま湾口へと向かって自分の出せる最高速で飛び出した。

 一隻でやってきた艦船が何者なのかはダンケルクにも想像できなかったが、少なくとも戦闘をする為にやってきていないことは確実だった。なにせダンケルクが視認したその船には、兵装と呼ばれるものが対空砲しか積まれていないのだから。

 

「所属はどこの船かしら。作りは鉄血のようだけれど……」

 

 戦艦の兵装を無理矢理全て外し、装甲の厚い客船の様な姿へと変貌している艦船などダンケルクも聞いたことが無かったが、近づいてから外装が鉄血の艦船の扱う艤装と似ていることに気が付いた。対等に話し合う為に船を艤装として欲しかったダンケルクだが、船の先から顔を覗かせた人間の顔を見て、それができないことを悟った。

 

「そっちから来てくれるとは思わなかったな」

「貴方、人間ね。この船を動かしているのは誰かしら?」

「俺だよ」

「は?」

 

 顔を出した男の言葉を、ダンケルクは理解することができなかった。ヨットやボートならまだしも、戦艦級の船を一人で動かすと主張する男に、ダンケルクは目を細めてから艤装を構えた。

 

「敵なのかしら?」

「味方ではないな。俺はお前達と話をしに来た」

「……信じられるとでも?」

「信じて貰うしかない。少なくともアルゴーには砲塔なんて積んでないだろ」

「…………」

 

 男の言うアルゴーがこの奇妙な船の名前であることは理解したが、やはりダンケルクの記憶にはアルゴーなる艦船は存在しない。ますます不信感を募らせたダンケルクは、男が後ろを向いて誰かと言葉を交わしている隙に砲塔を起動して沈めてしまおうと考えていたが、船から飛び降りてきた陰に反応してそちらへと砲塔を向け、その姿を見て目を見開いた。

 

「そう焦らないでくれ。指揮官の対応についてはこちらから謝ろう」

「……ユニオンの英雄」

「私は知っているのか? 確かに、私はエンタープライズだ」

 

 船から出てきた予想以上の人物を前にして、ダンケルクは一瞬怯んでから彼女の言葉を思い返した。

 

「指揮官、ですって?」

「そうだ。あの人は神代恭介……私達、新生アズールレーンの指揮官だ」

「まだ仮称だけどな」

 

 新生アズールレーンと名乗る神代恭介とエンタープライズに、ダンケルクは何も言うことができなかった。




ダンケルクは神代恭介の顔は知らなくても、名前は知ってます。


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会合

「神代恭介……重桜の最高指揮官が、こんなことをしていていいのかしら?」

 

 ユニオンの英雄たるエンタープライズと、重桜の最高指揮官である神代恭介の両名を見ながら、ダンケルクは辛うじて声を絞り出した。冷静であろうとする内心、困惑は驚愕に変わって頭が真っ白になっているダンケルクは、ただ恭介とエンタープライズの言葉に、その場で返すことしかできない。

 

「……いいのかって言ったらだめだろうな」

「私はいいと思うぞ。自分の信念を曲げることは嫌いだからな」

「そう。それで……新生アズールレーン? それが何の用かしら」

 

 エンタープライズと恭介それぞれの言葉を聞いて、意思の疎通がイマイチ上手くいっていないのだろうかと考えたダンケルクは、冷静さを幾ばくか取り戻した。彼らが重桜やユニオンと言った陣営の枠にとらわれない組織として動いていることは理解できたが、その新生アズールレーンが自分に何の用があるのかが理解できなかった。

 

「あー……簡単に言うと、ロイヤルとの衝突を止めに来た」

「それは私達ではなく、ロイヤルに言うことね」

 

 あくまで自分達はロイヤルと敵対する意思は無いとするダンケルクに、恭介は笑みを浮かべた。

 

「だから、俺達が仲介する形でロイヤルと話し合いの席に着かないか?」

「……それだけの信頼を貴方達に向けろ、と?」

 

 今まで名前を聞いたことが無いような組織に仲介を頼む程、ダンケルクは警戒心が薄い訳ではない。ユニオンがロイヤルに介入してエンタープライズを派遣していて、仲介と言いながらこちらに不利な条件を突き付けられる可能性は無い訳ではない。

 ダンケルクの言葉に、一瞬何を言っているのかわからないと言わんばかりの表情を浮かべた恭介は、苦笑を浮かべた。

 

「信頼なんてしてもらわなくていい。俺もお前達を信頼する訳ではないからな」

「へぇ……」

「だが、信用はして欲しいな」

 

 自分達で使える存在なのかどうかを判断しろと言う恭介に、ダンケルクは探るように目を細めた。頼ることはしなくても自分達の存在を扱うことはできるはずだと言う恭介に、互いの利害の一致が見え隠れていたからだった。

 

「なら、ロイヤルの方へも貴方達が通してくれると思っていいのね」

「艦隊ならもう送った。戦闘になるかもしれないが……無力化しろとだけ言ってあるから問題ないだろ」

「……そういう人間ってことね」

 

 ここにきて、ダンケルクはようやく彼の目的が見えてきていた。彼らはロイヤルとヴィシアの正面衝突を避けたいだけであり、そこで発生する戦闘全てを取り除きたい訳ではない。今回ヴィシアに接触をしてきた理由は、平和を謳う組織としての名前を各陣営に知らしめる為なのだ。

 

「俺達だって不要な戦闘は避けたいし、正直に言うと今すぐ世界がまとまれるならそれに越したことではないと思うぞ」

「無理ね。それは分かっているわ」

「なら納得してもらわないと困るな」

 

 言い換えてしまえば、必要ならば戦闘を行う準備があると言う恭介に、ダンケルクはヴィシアの今の立場と戦力を考えると断ることができない提案をしているのだと気が付き、ため息を吐いた。先程までようなどこか軽い表情を浮かべながらも、重厚感のある雰囲気を纏っている恭介を見て、逃れることができないと判断したダンケルクはエンタープライズへと視線を向けた。

 

「なら教えて。貴方達が要求するのは本当にロイヤルとの話し合いだけなの?」

「別に目的がそれだけって訳じゃない。教皇に会いたい」

「いいわよ」

 

 陣営のトップに会わせてくれと言われて、ダンケルクはあっさりと許可を出した。仮にも陣営の頭となっているはずの教皇に対してあまりにも警戒心のない言葉に、今度は恭介の方が訝し気にダンケルクを見た。

 

「私も……教皇が何を考えているのか分からない。貴方が探ってくれると言うなら、是非歓迎するわ」

「おいおい……」

 

 恭介は会わせてくれと頼んだ身ではあるが、陣営内の艦船であるダンケルクにそこまで言われてしまう相手に会うには少し勇気が必要だった。

 ヴィシア聖座は現在親鉄血派の政党が国を治めている状態ではあるが、実際は国民の多くが反鉄血感情を持っている。宗教国家ではある故に、政治家達はは教皇には逆らうことができず、護教騎士団の艦船達の命令権も全てが教皇の手に委ねられている。しかし、今回のロイヤルとの関係悪化に際しても教皇から護教騎士団への指示は特になく、メルセルケビール軍港にいたダンケルク達が自分で考えて動かなければならない状態にあった。

 

「まぁいい……じゃあ俺はヴィシア本国の方に行くとするか」

「護衛はどうする?」

「綾波と江風で充分だろ。戦争しに行く訳でもない。他はメルセルケビールでロイヤルとの話し合いの仲介でもしてくれ」

「了解だ」

 

 神代恭介が要人であるとは言え、新生アズールレーンはそこまで艦船の数が多い訳ではない。護衛として多数の艦船を従えて動いてしまえばどうしても手薄な部分ができてしまう。基本的には指揮官の身の安全を優先する艦船だが、指揮官である恭介本人がいいと言うのだからエンタープライズ達は引き下がるしかない。

 

「じゃあ俺達はさっさと行ってさっさと帰ってくるよ」

「気を付けてな」

 

 アルゴーに明石、夕張、綾波、江風、恭介を残して他の艦船が全員海に降り立った。ダンケルクは静かにその姿を見ていたが、余計に彼らがどのような組織なのかがはっきりと見えてこないことに頭を抱えそうになっていた。

 エンタープライズ、ボルチモア、大鳳、鳥海は去っていくアルゴーを見送りながら、ダンケルクの方へと視線を向けた。

 

「すまないが、しばらく世話になる」

「……好きにして」

 

 笑顔で挨拶してくるエンタープライズに対して、もう何も言うことはないとダンケルクは深くため息を吐いた。エンタープライズの無邪気とも言えるその行動に、何度も呆れた過去がある鳥海とボルチモアは揃って苦笑を浮かべていた。

 

 


 

 

 恭介がダンケルク達と接触した同時刻、遠くに薄っすらとメルセルケビールが見える程近づいていたハウを中心としたロイヤル艦隊は、前方に現れた人影を前にして足を止めた。

 

「……何故、貴女がここにいるのか聞いてもいいかしら? フッド」

「それについてお話できることは少ないですが、矛を交えずに語り合いたいと思っていますわ」

 

 行方不明になっているはずのフッドが、何故かロイヤル艦隊の行く先を遮る様な形で立っている姿に、ハウはため息が出そうになっていた。本来はフッドが担うはずだった旗艦の役割を負わされているハウとしては、今すぐ自分と立ち位置を交代して欲しいとすら思っていた。

 

「ふ、フッドさん……大丈夫なんですか?」

「ふふ……」

 

 不安そうにフッドを見上げるジャベリンと、意味深な笑みを浮かべているフッドを見て、アーク・ロイヤルは目の前に立っている艦船達が何の為にここにやってきたのかを考えていた。フッド、ジャベリン、フォーミダブル、ニューカッスル、ハーマイオニー、全員が行方を眩ませる前にクイーン・エリザベスの近くにいた艦船であり、彼女達が女王から何かしらの命令を受けた結果目の前にいることも理解していた。

 

「話を聞く程度ならいいわ」

「ハウ」

「大丈夫。まだ上からの催促も来てないわ」

 

 催促が来てからでは遅くないか、と口に出さずに思ったアーク・ロイヤルだが、フッドの行動によってメルセルケビールでヴィシア聖座と戦う必要性がなくなる可能性を考えてからそれ以上なにかを言うのをやめた。ハウが旗艦をやっているこの艦隊も、本来ならばフッドが率いるはずだった艦隊であることは、相対しているフッドが一番よく理解しているはずだと考えて、悲劇を回避する方法をフッドに期待してアーク・ロイヤルは引き下がった。

 

「現在、私達と行動を共にしている仲間がヴィシア聖座の説得に赴いています。どうかここは穏便に済ませることはできないでしょうか」

「……これはロイヤルとヴィシア聖座だけの問題ではなく、鉄血が深く関わっていることは理解しているの?」

「それに関しても対処の方法はあります。しかし、まずはロイヤルとヴィシアが同じ目線で話し合う必要性いるのではなくて?」

 

 フッドの言っている平和的解決が叶うのならば、ハウとしても諸手を挙げて歓迎したいものである。しかし、ハウはあくまでも海軍上層部の命令によって動いている軍人である以上、フッドの甘言だけで艦隊全てを勝手に動かすことはできない。

 

「この件は上に話させて貰うわ」

「構いません」

「アリシューザ」

 

 ロイヤルから行方を眩ませる形で新生アズールレーンに付いた時から、こうして同郷の艦船と向き合う機会は必ず訪れることはフッドも理解していた。今更逃げるようなことなどするはずもなく、フッドはロイヤルネイビーの栄光ある巡洋戦艦ではなく、新生アズールレーンを指揮する神代恭介の代わりとして堂々と立っていた。

 フッドが退くことがないと理解したハウは、ため息を吐きながらアリシューザに上層部と通信を行うように指示した。

 

「一応聞いておくけれど、貴女は今誰に従っているのかしら?」

 

 女王からの命令とは言え、わざわざロイヤルから離反する様な形で何かしらの組織に所属しているフッドに、ハウはその組織のトップが誰かを問いかけた。勿論答えが返ってくるとは全く思っておらず、どうせここでは極秘任務やらの言い訳をして多くを語らず、怪しい組織内で獅子身中の虫としての役割を果たしている程度だろうと思っていた。

 

「神代恭介、重桜の元最高指揮官ですわ」

「……正気かしら?」

 

 返ってくると思っていなかった返事の内容を聞いて、ハウはすぐさま艤装を起動した。北連が関係している程度だと思っていたハウは、レッドアクシズ内でも最近不穏な動きの多い重桜の名前を出されて即座に敵に近い存在であることを判断した。

 

「落ち着いてください。指揮官様……神代恭介は既に重桜から離反しています」

「……聞き間違いかしら。離反、ですって?」

「はい。彼は既に重桜所属ではなく、少数の艦船を伴ってアズールレーンともレッドアクシズとも違う、第三勢力となりつつあります」

 

 キング・ジョージ5世級の戦艦として、軍の中枢に近い場所に立場のあるハウだが、重桜の最高指揮官が離反した話などは一度も耳に入っていない。それでも、前まで頻繁にユニオンと大規模な海戦を繰り広げていた重桜の動きが急に失速した話は既に知っていた。失速の理由が最高指揮官であり、現場で艦船全ての指揮を一手に担っていた神代恭介の離反であるのならば、ハウとしても納得できる理由ではあった。

 

「アズールレーンは本来セイレーンに対抗する為に生まれた組織。それが今となっては人類間の戦争を助長するだけの存在となっています。故に彼と……ユニオンの英雄エンタープライズがもう一度全ての陣営が手を取り合えるようにと作った組織こそが、今私の所属している組織です。名前はまだ決まっていませんが、仮称は新生アズールレーンとなっていますわ」

「……笑えない話ね」

 

 重桜の最高指揮官とユニオンの英雄、それに加えてロイヤルネイビーの栄光が所属している組織が、自分の判断一つで敵に回るかもしれないと、ハウはこれからのことを考えて大きなため息を吐いた。

 

 


 

 

 翌日、新生アズールレーンと名乗る艦隊を仲介としてロイヤルネイビーと護教騎士団の話し合いがメルセルケビールで行われることになった。護教騎士団は教皇から自身の判断で動いていいと以前から言われている為、ダンケルクは戦いを避ける為に話し合いに参加。ロイヤル側も無駄にアイリス国内における反ロイヤル感情を生み出さない為に話し合いを了承し、ハウをそのまま交渉相手とした。

 メンバーを変えずにメルセルケビールへとやってきたハウは、既に椅子に座っているダンケルクと紅茶を淹れているニューカッスルを見て目を細めた。

 

「ありがとう」

「いえ、メイドですので」

「そう……」

 

 微笑んだまま下がったニューカッスルから視線を外して、ダンケルクは紅茶を飲んだ。ハウ以外のロイヤル艦船は港で待機し、話し合いの相手としてやってきたハウはダンケルクの向かい側に座り、ニューカッスルの淹れた紅茶を口にした。

 

「情報では貴女以外にも他に艦船がいたはずだけれど」

「整備員と共にトゥーロンに逃がしたわ。てっきり私一人で貴女達全員を相手にすると思っていたから」

「そう……ヴィシア聖座にとっても、新生アズールレーンとやらは想定外なのね」

「そうなるわ」

 

 紅茶を飲みながら会話を交わすハウとダンケルクは、横で同じく紅茶を飲んでいるフッドとエンタープライズへと視線を向けた。向けられる視線に気が付いたエンタープライズは首を傾げ、フッドは意味深に微笑んだまま目を閉じていた。

 

「それで、ロイヤルはヴィシアに何を求めてやってきたのかしら? 一応、聞いておくわ」

「一応、ね……じゃあ伝えるわ。一、再びアズールレーンに加わりレッドアクシズと戦う。二、艦船を全員がロイヤル勢力下の港へ移動する……もし移動中に戦闘になって被害を受けた場合はロイヤルが補償する。三、鉄血の支配下になることに抵抗があるのならば、ロイヤル立ち合いの元ユニオンの指揮下で武装を解除する。四、今すぐ自沈する……これはないわね」

「そうね」

「最後に五、戦闘を行う……要求全てを受け入れられないなら戦うしかない」

 

 ロイヤルから突き付けられた条件を聞いて、ダンケルクは静かにティーカップを置いて首を横に振った。横で聞いていたエンタープライズは当然だろうと思いながらも、ロイヤルにもそうしなければならない立場があるのだとは理解していた。

 

「応えていくけれど……条件の一、二に関しては鉄血との休戦条件がある以上受け入れることはできないわ。変に受け入れてしまえば、問答無用でヴィシア本国に残っている艦船全員接収されかねない」

「……当然と言えば、当然ね」

 

 ハウも自分で条件を言いながら、ヴィシア聖座が取れる行動など三以外に存在するのだろうかと考えていた。アイリスも好きで鉄血と休戦をしている訳ではなく、戦争で負けたが故に鉄血の監視下で中立の立場を取っているのだ。その中立の立場を危うくしかねない行動など、鉄血が黙っているはずもない。

 

「四、五に関しては論外ね。自沈をするつもりもなければ、敵ではないと思っているロイヤルと戦う必要は感じない」

「なら三でいいかしら?」

「そうもいかないわ」

 

 ロイヤルの指揮下に入ることには鉄血も過剰に反応するだろうが、ユニオンに下って武装を解除することに関してはそこまで鉄血が躍起になることは無いだろうとダンケルクは判断していた。ユニオンとも正面から戦争をし始めようとしている鉄血だが、実際にユニオンと戦争をしようとした時に必要な味方はアイリスの残党であるヴィシア聖座ではなく、大陸を挟んで反対側にいる重桜なのだ。

 

「これは私達の問題なのだけれど……今、上層部と連絡ができない状況にあるの。護教騎士団が旗艦の判断によって動いていいとされていても、他陣営の指揮下に入るには上の許可が必要になるわ」

「……それで、貴女がこんな場所に座っているのね」

 

 ようやくヴィシア聖座がロイヤルに対してなんの返答もしなかった理由を知ったハウは、余計にこの問題の根深さを理解してしまった。現在メルセルケビールの総指揮権を持っていると言っても過言ではないダンケルクだが、何故か上層部と連絡することができない状況ではできることは限られてくる。戦闘を避ける為とは言え、不用意にアズールレーン側の指揮下に入れば離反と判断されることは違いない。

 

「正直に言ってしまうと、私もどうしていいのかわからないのよ」

「……一先ず、私達ロイヤルの要求に応えることのできない状況にあることは理解したわ。私も上に判断を仰ぐから、少し待っていて頂戴」

 

 本国に引きこもっているお偉いさん達には一人で交渉するように命じられたハウだが、流石にこんな話を聞かされてかつての戦友に答えを迫るようなことはできなかった。

 

「上層部と連絡ができない、か……やはりセイレーンの仕業か?」

「そう考えるのが妥当でしょうね。指揮官がアイリス本国の方へと向かっているそうですが……大丈夫でしょうか」

 

 話し合いを横で聞いていたフッドとエンタープライズは、ダンケルクから上層部と連絡ができない状況と聞き、アイリス本国へと向かった恭介の心配をしていた。護衛として綾波と江風が付いて行っているとは言え、セイレーンが現れたら、と考えていた。

 フッドとエンタープライズの会話を聞きながら、ダンケルクは初めて出会った恭介を思い出していた。連絡ができないことを黙ったまま教皇との謁見を許可したダンケルクだが、もしかしたら神代恭介の様な要人ならば教皇とも直に会えるのではないかと考えていたのだ。枢機卿だったリシュリューがアイリスから亡命する様な形でロイヤルに渡り、それから教皇が姿を現したのは世界会議の一度だけである。

 

「……待たせたわね。敵対する意思が無いのならば、上層部と連絡ができるまで返答を待つことができるらしいわ。当然、その間に鉄血と関係を接近させたり、ロイヤルとの敵対行動をするのならばすぐに戦闘になると思って」

「そう……大いなる父に誓って、ロイヤルと敵対する意思はないわ」

「……一件落着で済ませていいのか?」

「ヴィシア聖座上層部の今後次第ですわね」

「まぁ……指揮官がヴィシアの教皇に何か言ってくれれば早いんだけどな」

 

 ただ問題を先延ばししただけの様にも見えたエンタープライズは、フッドに疑問の声を向けるが、彼女もこれがいい方向に進むのかどうかはわからなかった。どちらにせよ、アイリスへと向かった恭介の行動によって、平和に向かって歩んでいくだろうことをエンタープライズは願っていた。



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教皇

 メルセルケビール軍港にて、ハウとダンケルクが新生アズールレーンの仲介によって話し合いをしている同時刻、恭介を乗せたアルゴーはアイリスの重要な軍港であり、メルセルケビールからダンケルク以外の艦船が避難しているトゥーロンへ辿り着いていた。

 ゆっくりと減速したアルゴーが完全に停止すると同時に、恭介は錨を降ろして綾波と江風を伴ってアルゴーから降りた。トゥーロンで待機していたヴィシア聖座の艦船達は、突然連絡を寄越して急遽やってきた重桜の最高指揮官に懐疑の目を向けていた。

 

「お前、何の為に来た」

「……ジャン・バール、か」

 

 歓迎はされていない雰囲気の中でも、全く動じずに歩き続ける恭介の姿に逆に気圧されてしまう艦船もいる中、真っ先に恭介の道を塞ぐように立ちはだかった艦船を見て、江風は静かに刀へと手を伸ばした。江風を手で制した恭介は、目の前に立ち塞がる艦船を見て、胡散臭そうな笑みを浮かべた。現在ヴィシア聖座に残っている護教騎士団を実質的に纏めているリシュリュー級戦艦の二番艦であるジャン・バールは、恭介の笑みを見て不愉快そうに眉を顰めてから腕を組んだ。

 

「質問に答えろよ。オレたちの国に何の用だ」

「教皇に会いに来た。メルセルケビールのダンケルクからは好きにすればいい、と言われてな」

「ダンケルクが? ちっ!」

 

 国が二つに分裂してしまった影響故に排他的な雰囲気の強いヴィシア聖座だが、同じ護教騎士であるダンケルクの名前を出されてしまえば、ジャン・バールは理由も無しに恭介の足を止められない。感情に流されやすい性格をしているが、不本意に護教騎士をまとめている立場にあるジャン・バールは、道理に沿わない暴力は自分の立場を悪くするだけであると理解していた。

 

「見た目よりも賢そうでなによりだよ。騎士道精神は持ち合わせていないと思ったが」

「……お前の言う通り、何も守れない口先だけの騎士道なんぞオレは持ち合わせてはいない……が、だからといって外道に落ちたつもりもない」

「そうか。誇り高き護教騎士団としては及第点なのかな?」

「いちいち不愉快な奴だ」

 

 恭介がわざと煽るようなことを言っているのはジャン・バールも理解しているので挑発に乗らないようにはしているが、不快に感じるかどうかと言えば当然不快だった。しかし、名前を知り姿を見ただけでジャン・バールがどういう立場で雁字搦めにされているのかを正確に把握し、その立場を守るために手を出せないことを知っていて挑発する恭介を見て、過小評価していたと理解したジャン・バールは、自分の中で恭介に対する警戒度を一つ上げた。

 

「ふん……これから戦場になるかもしれない場所にのこのこと……余程の大馬鹿野郎かと思ったが、存外骨のあるやつだな」

「今となっては、世界中どこでも戦場みたいなものさ」

 

 ゆっくりと恭介の目の前から横に移動して道を開けたジャン・バールに恭介は笑みを浮かべたまま、ゆっくり歩いて横を通り過ぎた。

 護教騎士団の視線に晒されながら歩いた先で、白の法衣を纏った老人が悠然とした姿で佇んでいた。年老いた姿でありながら、場を圧倒する様な雰囲気を醸し出しているその姿を見て、恭介は笑みを浮かべた。

 

「貴方の方から出迎えてくれるとは思っていませんでしたよ。教皇様」

「これはこれは……遠路はるばるようこそいらっしゃいましたな。重桜の最高指揮官殿……いや、新生アズールレーンの指揮官殿と言った方が、よろしいですかな?」

「流石に耳が早い」

 

 新生アズールレーンの名前を出してからまだ一日しか経っていないと言うのに、穏やかな笑みを浮べた教皇は平然とその名を口にした。

 

「と言っても、新生アズールレーンは組織として急遽独立した後に付けた名前でして。正式な名称は決まっていないのですよ」

「そうですか……名は体を表す。慎重になるのも仕方がありませんね」

 

 互いに笑みを浮かべながらも全く緩まない場の雰囲気に、綾波と江風も緊張した面持ちで黙っていた。腹の探り合いとも言えない談笑でしかないが、互いに食えない人物であると判断しての行動だった。

 

「ではこちらへどうぞ。貴方とは一度、ゆっくりと話したいと思っていたところです」

「ではお言葉に甘えて」

 

 教皇が身を翻すのと同時に、恭介は江風の肩を叩いた。突然肩を叩かれた江風は身体を跳ねさせてから、咳払いをしてから恭介の方へと振り向いた。

 

「俺の護衛よりも、周辺に聞き耳を立てている奴がいないかを気にしてくれ」

「……大丈夫なのか?」

「問題ない。それに……教皇も余り外に話を通したくないらしい」

 

 護衛として艦船を一人でも側に置いておくこともせず、護教騎士団を外に展開するだけで建物の中には一歩も入れない徹底ぶりには恭介もため息を吐かざるを得ない。恭介が先程までの会話で、自分よりも相手の方が外交能力が高いことを理解していたのだった。

 

「真摯に訴えてみるしかないか」

「……腹黒いのは、指揮官には似合わないと思うのです」

「そんなにか?」

 

 最初は色々と理由を付けてヴィシア聖座が一歩も本国から出られないようにしてやろうかと思っていた恭介だが、想像の倍以上は老獪な教皇に対抗する手段は、外交経験が少なく、重桜の最高指揮官という立場も失ってしまった恭介には存在しなかった。

 

「やっぱり外交は苦手だな……」

 

 歴史的に他国との関りが薄かった重桜の人間の例に漏れず、為政者としての外交が苦手な恭介は苦笑することしかできなかった。

 

 


 

 

「ふむ……つまり、我らヴィシアには大人しくしていて欲しい、と?」

「そういうことに、なりますね」

「確かに、貴方の言う通りヴィシアは現在板挟みの状況ではありますね」

 

 手札が少ない状態で外交しなければならない状況に舌打ちの一つでもしたい心持ちで教皇と話していた恭介は、ヴィシアが今どんな状況に置かれているのかを元にお願いをする形になっていた。

 自由アイリス教国からヴィシア聖座へと名を変えたこの国は、現在ロイヤルと鉄血によって板挟みの状態にあった。ロイヤルからは全ての武装を解除しろと迫られ続け、鉄血からは決してロイヤルに服従することを許さないとする圧力が増している。二つに分かれてしまった片方であるヴィシア聖座には、ロイヤルも鉄血も跳ね返す様な力は残っていない。

 

「だが、我らが大人しくしていても……鉄血の動きを考えれば不可能では?」

「……俺も、当然鉄血の侵略行為を許すつもりはありません」

 

 恭介が未だに重桜の最高指揮官としての立場であれば、当然同盟相手である鉄血の行為に何かを言うこともないのだが、今の恭介は陣営から離れて一つの組織を束ねる者である。完全なる世界平和を目指している訳ではないが、新生アズールレーンとしてはあくまで敵はセイレーンであるとして動いている。だからといって、鉄血が行っている無理やりな侵略行為を見逃しておけるほど恭介に情が無い訳ではない。

 

「…………私個人としては、君を信頼してもいいと思っている」

 

 護教騎士団の艦船を従えている教皇は、恭介の横に控えている綾波と江風の目を見て彼の人と成りを大体把握していた。自国内で多くの艦船を見てきた教皇は、綾波と江風は明らかに実力以上の力を発揮することができるだろうことを、その艦船の目を見ただけで理解できた。そして、艦船が真に信頼を向けている人物が決して一人の人間として悪い者ではないことも教皇は理解していた。

 

「だが、一つの陣営としてはイマイチ信頼性に欠ける」

「わかっています」

 

 艦船が幾ら信頼を向けていても、恭介はあくまでも人間でしかない。間違うこともあれば、道を踏み外しそうになってしまうこともあるだろうと教皇は考えていた。個人としては、こんな世界に対しても前向きで精力的な青年を信頼したいと思っていても、教皇として陣営一つをまとめる者の視線から見れば、手札が足りないと判断し、まともに腹芸ができないことを理解して真摯な言葉を口にしたことに関しては、プラスポイントであるが、恭介は少しばかり力不足であると感じていた。

 

「そうだな……いい方法があった」

 

 信頼したくとも信頼しきれない状況にある恭介に考え込んでいた教皇は、ある艦船の存在を思い出した。恭介をあるべき道へと導くことになるであろうその存在を考えて、教皇は笑みを浮かべた。

 

「君に託したい者がいる」

「託したい……もの?」

 

 突然託したいと言われても、恭介としては困惑することしかできない。ダンケルクの言う通り何を考えているのか全く分からない教皇の言葉に警戒心を強めていた恭介だが、笑顔を浮かべたまま頷く教皇を見て頭を抱えそうになった。

 

「君の言葉を信じる条件、とさせてもらうおうか」

「……アイリスとヴィシアが再び分かり合えるようにする架け橋となり、鉄血の侵略行為を止めること、ですか?」

「そうだ」

 

 本当なら断りたくて仕方がない恭介だが、それを読んでいたように断れない状況を作り出した教皇は一つの資料を恭介の前に差し出した。

 

「これは……『計画艦』ですか?」

「うむ。リシュリュー級戦艦四番艦……改リシュリュー級として生み出される予定だった艦船だ」

「リシュリュー級、ですか」

 

 計画艦と言われても恭介は対して驚く様子を見せない。最高指揮官として何回か重桜で名前を聞いたことがあったからである。計画艦の延長線上に存在する、艤装が存在しない艦船として加賀型戦艦二番艦である土佐などがいるが、実際に全く『カンレキ』が存在しない艦船は生み出されていない。

 

「名を『ガスコーニュ』と言う。君に彼女を完成させて欲しい」

「完成、させる?」

 

 怪しさを含む笑みのまま刺すような圧力を発する教皇の言葉に、恭介は辛うじて言葉を繰り返す程度のことしかできなかった。

 

 


 

 

 メルセルケビール軍港内で本を読んでいたエンタープライズは、何かを感じ取ったかのように顔を上げて窓の外を見た。

 

「……指揮官が帰ってきたみたいだな」

「え、本当か?」

「感覚だが、な」

 

 全く船の影も見えない外の水平線を眺めながら呟くエンタープライズの言葉に、ボルチモアは呆れた様な視線を向けていたが、エンタープライズはそんなことには全く気が付かずに手に持っていた本を置いて上着を羽織った。

 

「指揮官がもう少しでメルセルケビールに着くって連絡来ましたよ!」

「ほらな?」

「……おかしいだろ」

 

 元気いっぱいの笑顔で部屋に入ってきたジャベリンの言葉を聞いて、ボルチモアは深く項垂れた。「指揮官のことになると意味が分からないことを言い始める」とはクリーブランドの言葉だが、ボルチモアは心の底から同意してしまった。

 

「どうかしましたか?」

「いや、気にしないでくれ」

 

 首を傾げるジャベリンに爽やかな笑みを浮かべたエンタープライズは、部屋の隅で肉を啄んでいたいーぐるちゃんを肩に乗せて部屋から出ていった。

 数十分後、連絡通りメルセルケビールへとゆっくりと近づいてきたアルゴーを、フッド、エンタープライズ、ダンケルク、ニューカッスル、ハウが港で待っていた。

 

「意外な顔が残っているな」

「私? 本国に帰っても、あまり良い顔されないからいいのよ」

 

 アルゴーから降りた恭介は、ハウの顔を見て少しだけ驚いたような反応を示したが、ハウは疲れた様な顔で肩を竦めた。ただでさえかつての仲間を攻撃しに行くことで憂鬱になっていたのに、結局戦闘にならなかったにもかかわらず外交官の真似事をさせられてハウの気分は最悪だった。

 

「ダンケルク、教皇にはしっかり会えたよ……連絡してくれたのか?」

「していないわよ」

「……そう、か」

 

 ダンケルクが連絡していないのに何故か訪問することも、新生アズールレーンの指揮官であることも見通されていたことが分かって、恭介はため息を吐きたい気分になっていた。

 

「特に問題なし、です」

「護衛自体には、な」

「疲れたにゃ……」

「全く、ご主人は人使いが荒いぞ」

「何故護衛任務であの二人が疲れているんだ?」

 

 恭介の後に続いて降りてきた綾波と江風は、フッドとエンタープライズに護衛が完了した報告を簡易に済ませていた。更に後ろから疲れ果てた顔で這うように歩いている明石と夕張の姿を見て、エンタープライズは首を傾げたが、直後にアルゴーから降りてきた少女を見て固まった。

 人形のように動かない表情に特徴的な青色の髪、そして異常な程に白い肌の少女はしばらくメルセルケビールを観察してから、恭介の隣に並んだ。

 

「…………(メートル)ここは?」

「メルセルケビールだよ。アイリスの軍港だ」

「め、めーとる?」

「……アイリスの言葉ですね。ニュアンス的には我々ロイヤルメイドが使う『ご主人様』に近いものですね」

「ご主人様、だと?」

 

 恭介の横で無感情なまま待機している不思議少女の言葉に疑問を持ったエンタープライズだが、すぐにニューカッスルが補足をすれば今度は驚愕するように目を見開いた。

 

「そちらは?」

「あー……ヴィシアの教皇に言うこと聞いてもらう代わりの条件、みたいな?」

「押し付けられた、かしら?」

「別に嫌々って訳じゃないけど」

 

 動揺して言葉の出てこないエンタープライズを放置して、フッドは見たことも無い少女を見ていた。ロイヤルネイビーの栄光として数多の人間や艦船を見てきたフッドからしても、異様な雰囲気を纏う彼女は未知の生命体でしかなかった。

 

「ガスコーニュ、自己紹介してくれるか?」

「了解。リシュリュー級四番艦、改リシュリュー級戦艦ガスコーニュ。主の手により完成されることを目的としてこの艦隊に所属することになった」

「完成されることを目的とする?」

「リシュリュー級、ですって?」

 

 不思議少女──ガスコーニュの自己紹介に、港で待っていた全員が驚きの表情を浮かべた。リシュリュー級と言えばアイリスの指導者であるリシュリューがネームシップとなっているアイリスが保有する最大の戦艦である。そんな存在の四番艦を平然と恭介の手に渡す理由が理解できないと同時に、完成されることを目的とする、と言うガスコーニュの言葉に疑問が残った。

 

「説明すると長くなるんだが……ガスコーニュは対セイレーンに特化して生み出される予定だった特別計画艦なんだ」

「特別計画艦……聞いたことがありますわ。ロイヤルでは計画が凍結されていたはずですが……」

 

 かつてロイヤルの中枢に近い位置に立場のあったフッドは、まだ鉄血がアズールレーンから離脱する前に始まっていた特別計画艦の名前だけを聞いたことがあった。フッドからすれば凍結されたはずの計画が目の前にいることになる。

 

「艦船としての身体を生み出すことはできたんだが……艤装が特殊過ぎて生み出せないらしくてな。その完成を少しでも進めることを条件に、ヴィシア聖座には振り上げた拳を下げて貰った」

「……成程な」

 

 新生アズールレーンが間に入ることで、ヴィシア聖座としても鉄血とロイヤルの板挟みからある程度解放され、更には対セイレーンに特化した強力な戦艦が一隻増えることになる。

 

「しばらく俺達の組織でガスコーニュの面倒を見ることになる」

「協力を要請する」

「それは構わないが……ヴィシアとロイヤルの問題は解決したのか?」

 

 今回の話で一番大事な部分は、ヴィシア聖座とロイヤルの衝突を避けられたかどうかにある。

 

「それに関しては問題ない。ヴィシアからの条件はガスコーニュを完成に近づけること。そして……鉄血の侵略行為を止めることだ」

「私達護教騎士団は、手を出されなければどこにも攻撃しない。けれど……鉄血はそれを許さないでしょうね」

 

 恭介の言葉にダンケルクは一人で頷いた。教皇に提示した条件は、ヴィシア聖座にとって得になることではなく、一つのヴィシア聖座が陣営として形を保つために必須な条件なのだ。どれだけ戦力を整えようとも、四大陣営と呼ばれる鉄血に対抗する力はヴィシア聖座にはなかった。

 

「一件落着とまではいかないが、一先ずは俺達の勝ちだ」

「戦闘にならなかっただけマシ、か」

「そうですわね」

 

 最初から戦闘などする気もなかった恭介とエンタープライズだが、フッドは最悪自分が汚れ役をしてでもロイヤル艦隊を止めようと考えていた。最高とはお世辞にも言えない結果ではあるが、新生アズールレーンの理念を曲げることなく両者の矛を納めることができたのは大きなことだった。

 

「活動最初から戦闘に発展しなくて本当によかったよ」

「全くだ」

 

 楽観的とも言えるエンタープライズの言葉に、珍しく同意した恭介を見て、ニューカッスルも笑みを浮かべていた。

 

「さっさと撤収するか」

「帰るまでにそれなりに時間もかかるからな」

「あら、そこら辺諸々上に報告して良いのかしら?」

 

 恭介とエンタープライズの会話から、少なくとも大西洋周辺に拠点を持っていないことを知ったハウは、笑みを浮かべながら揶揄うような声を出した。新生アズールレーンは突然出てきた得体の知れない組織である以上、少しの情報でも欲しがられることは目に見えていた。とは言え、ハウもクイーン・エリザベスに付き従う艦船の一であるので、基本的には新生アズールレーンに対して協力的に動こうと考えていた。

 

「いいよ……と言うか色々報告してくれないと困る。将来的には抑止力として動きたいしな」

「そう。なら遠慮なく報告させてもらうわ……神代恭介、貴方の存在以外はね」

「……助かる。できた女だよ」

「あら、口説いているのかしら?」

 

 神代恭介が重桜から離れていることを知られてしまえば、ユニオンが対重桜との戦力に力を注ぐと判断したハウは、指揮官が誰なのかだけを伏せて報告することにした。続くハウの言葉に苦笑しながら肩を竦めた恭介を見て、エンタープライズとフッドも笑みを浮かべた。




いーぐるちゃんは平仮名だったことを唐突に思い出したので、修正しておきました。


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情報

「……え? もう一回言って?」

 

 飛行甲板の端に腰かけたままジュースを飲んでいたホーネットは、深刻そうな顔をしてやってきたヨークタウンを見て首を傾げていた。数ヶ月前の戦闘でホーネットの姉であり、ヨークタウンの妹であるエンタープライズが生死不明、行方知れずになってからずっと暗い表情をしていたヨークタウンだが、今日は一段と暗そうな表情をしていたのでホーネットは心配していたが、ヨークタウンの口から出た言葉は理解の範疇を超えていた。

 

「エンタープライズが見つかったわ。新生アズールレーン、と名乗ってボルチモアと一緒に行動しているみたい」

 

 ホーネットの反応も当然だろうと言わんばかりに、ヨークタウンはゆっくりともう一度同じ言葉を繰り返した。

 

「新生アズールレーン? 何その怪しい組織」

「わからないわ。でも……エンタープライズは重桜、ロイヤルの艦船と共に行動しているみたい。恐らくだけど、クリーブランドとヴェスタルもそこにいるはずよ」

「何やってんのさ……姉ちゃん」

 

 神代恭介に出会ってから戦闘一筋でなくなったことは知っていたが、まさかそんな奇行を繰り返しているとはホーネットも全く想像していなかった。ホーネットの言葉に同意するように、こめかみに手を当てて大きなため息を吐いたヨークタウンは、ホーネットの横で呆然としているエセックスへと視線を向けた。

 

「エンタープライズ先輩は……裏切ったと?」

「裏切ったとは言い切れないけれど……ユニオンに戻ってくるつもりはないみたいね」

 

 新生アズールレーンと名乗っていた集団は、ロイヤルとヴィシア聖座の衝突を止めただけでどちらとも戦闘行為をしていない。現状では敵対しているともしていないとも言えない状況であるが、第三勢力として現れた以上はいつか交戦することもあるのだろうとヨークタウンは考えていた。

 

「あんまり思い詰めすぎない方がいいよ?」

「でも、私は……ユニオンから離れたことを許せません」

 

 エンタープライズの背中を見てユニオンの戦士として育ってきたエセックスは、尊敬する人がユニオンの正義から離れることを許すことができなかった。今までユニオンの正義が正しいと信じて生きてきたエセックスにとって、今回のエンタープライズの行動は裏切りとも言えるのだろう。

 

「エンタープライズ先輩にどんな事情があるのかは知りませんが、殴ってでも連れ帰って見せます!」

「おー……頑張れ」

 

 変な方向に拗らせたりしないだろうかと心配していたホーネットとヨークタウンは、変な方向へと気合を燃やし始めたエセックスを安堵の息を吐いた。

 

「にしても……新生、ね。まるで今のアズールレーンではできないことがある、と言わんばかりのネーミングは……大統領も荒れるだろうなぁ」

「あまり、考えたくないわね」

 

 憂鬱そうに呟くホーネットに、ヨークタウンは否定することができずに苦笑を浮かべていた。

 

 


 

 

「新生アズールレーン、か……」

 

 新生アズールレーンによって回避された海戦の情報は、遥か東の果てである重桜にまで届いていた。

 第三勢力の情報を得た重桜上層部は、新生アズールレーンと名乗る集団の中に、重桜の艦船が所属していたことが発覚したことによって大騒ぎになっていた。

 

「鉄血は予想していたが、まさかロイヤルも味方に付けているとは思わなかったな」

「予想よりも大規模な艦隊になっているみたいですね」

「まぁ……指揮官だしなぁ……」

 

 加賀のため息混じりの言葉に、蒼龍と飛龍が反応した。どの程度の人員が新生アズールレーンに所属しているのかを予想していた加賀と蒼龍だが、既に予想を超える艦船が新生アズールレーンとして動いていることがわかっていた。飛龍は最初から恭介なら何をしても、指揮官だからやりかねないで納得するつもりだったので、そこまで驚いてはいなかった。

 

「問題はここからか」

「そうですね。ロイヤルとヴィシア聖座の問題を解決したのなら、すぐに拠点としている場所へと戻ってくるでしょうが……」

「その拠点が見つからないんじゃどうしようもないですよね……」

 

 結局まともに手がかりを見つけることもできずに、無為な時間を過ごしたことで加賀の率いる討伐艦隊の士気が下がり始めている。直情型な高雄と摩耶は特に顕著であり、逆に時雨は見つからないことで反骨心のようなものが燃え上がっていた。

 

「……逆にこちらを探させる方はいいかもしれない」

「どういうことですか?」

「いや……天城さんに、前に言われたことがあってな」

 

 加賀は以前天城と将棋をしていた時に言われたことを、一人で思い出していた。

 

「どんな状況でも攻勢に転じようとすることは、決していいことではない、とな……いっそのこと向こうにこちらを追わせるほうが現実的かもしれん」

「追わせると言っても……どうやって?」

 

 逆転の発想を持つことは悪いことではないが、加賀の言っている追わせる方法が蒼龍には思いつかなかった。そもそも、逆転の発想一つで神代恭介と天城をだし抜けるとも思えない蒼龍は、加賀の短絡的とも言える思考に若干の呆れを感じていた。

 

「手札ならある。新生アズールレーンの指揮官が誰かを、私達は正確に知っているということだ」

「え? 普通に指揮官じゃないですか」

「その情報、鉄血から流れてきた情報にあったか?」

「……成程」

 

 加賀の言っていることを理解した蒼龍は、極自然に見落としていた部分に再び目を付けた。加賀達が新生アズールレーンに関する情報を得たのは、同盟国である鉄血から流れてきた情報だが、新生アズールレーンを従えている指揮官に関しては誰とは記されていなかった。仮に神代恭介が指揮官であることが周囲に知られていたのならば、鉄血皇帝からすぐさま疑いの目が飛んでくるはずなのだ。

 

「今、世界中で神代恭介失踪の話を知っているのは、新生アズールレーンと重桜の上層部、そして我々重桜艦船だけだ」

「情報を餌にして誘き出す、と?」

「可能性は低いが……討伐艦隊が本気で動き始めれば、どこかにいる間者も動くだろう」

 

 重桜内に新生アズールレーンのことを知りながら、恭介に付いていかなかった艦船がいることを前提に話している加賀だが、数ヶ月もの間重桜の目から逃れ続けていることを考えて、間者がいる方が自然だと判断していた。

 

「どうやら新生アズールレーンは平和主義を謳う連中らしい。ならこっちから戦争を吹っかけてやれば食いつくだろう」

「…………正直、賛成しにくい強引な作戦ですが、他に方法もありませんね」

「ぼくは単純でいいと思うけどなぁ」

「はぁ……」

 

 何だかんだと言っているが、無茶な攻勢に出ようとするところが全く変わっていない加賀と、相変わらず頭を使うことが苦手な飛龍の言葉に、蒼龍は心底疲れた様なため息を吐いた。

 

 


 

 

「……(メートル)、ここが新生アズールレーンの基地ですか?」

「そうだ。現状唯一の基地、だな」

 

 メルセルケビールから遥か東に位置する基地へと戻ってきた恭介は、長い航海で固まった身体を解すように伸びをしていた。恭介の背後にずっと待機していたガスコーニュは、アルゴーから見える新生アズールレーンの基地を見ていた。

 

(メートル)、この薄桃色の花は?」

「桜だ。重桜にしか咲いてない不思議な花だよ……神秘の力で年中咲いてる」

「年中……それは花なのでしょうか」

「一応な」

 

 旧時代に重桜海軍が使っていた基地は、新生アズールレーンの活動拠点として使う為に改装した結果いつの間にか桜が咲いていた。誰かが植えた訳でもないのに、重桜本土に咲いている物と同じように年中咲き誇るその桜を見て、重桜出身の艦船と恭介は首を傾げ、それ以外の艦船はその美しさに圧倒されていた。

 

「データベースに記録。桜は年中咲く花と記憶」

「全部がそうじゃないけどな」

 

 足りない物を補うようにあらゆる事象に説明を求めるガスコーニュは、知識欲に満ち溢れた子供のようだと恭介は感じていた。未成艦の様に完成されたなかっただけではなく、そもそも存在することすらなかった特別計画艦は、情報の足りていない不完全な子供の様な物である。ガスコーニュはその中でも特に不完全な形で生まれており、感情全てが欠落していた。

 

「指揮官、この後はどうするんだ?」

「特に何も決めてないが……そろそろ重桜も動く頃だと思う」

 

 身体を解す為の体操を終えた恭介は、後ろからやってきたエンタープライズの言葉に反応して振り向いた。何を考えているのか、全く表情から分からないガスコーニュを警戒しながら恭介に近づいてきたエンタープライズは、恭介の言葉に首を傾げた。

 

「重桜が? 何の為に?」

「俺を拘束するためだろ。ついでに長門」

 

 ハウの報告には神代恭介の名前は一切出て来ていなくとも、エンタープライズが新生アズールレーンにいることは知られている。エンタープライズと共に活動していることがバレている重桜は、誰がその組織を運営しているかなど少し考えれば理解できる。

 

「じゃあ、どうするんだ?」

「それはわからない。俺を拘束する為に艦隊を動かせる程の余裕が、今の重桜にあるかどうか」

「そうか……基地に帰ったら隼鷹と飛鷹の報告待ちになるな」

 

 今後の予定を聞いて納得したエンタープライズは、肩に乗っていたはずのいーぐるちゃんがいなくなっていることに気が付き、ガスコーニュの方へと視線を向けた。

 

「……鷲」

 

 ガスコーニュの腕に止まっているいーぐるちゃんは、人としての気配が薄いガスコーニュに興味を示していた。腕を止まり木にされているガスコーニュも、初めて見るまともな生物を興味深そうに観察していた。

 

「取り敢えず、ガスコーニュには艤装が無いから戦闘には参加できないし、お留守番かな」

「情報が必要なら連れて行った方がいいんじゃないか?」

「どうだろうな」

 

 恭介は特別計画艦の名前や計画の内容を知っていても、どうやれば完成するのかなど知らない。そもそも、対セイレーンに特化しているはずの特別計画艦の完成方法を知っていれば、世の中にはもっと強力な艦船が溢れていることであろう。

 

「どちらにせよ重桜とはすぐに戦闘になるかもしれない。その時は頼むぞ」

「任せてくれ」

 

 重桜との問題は新生アズールレーンによってもたらされるものではなく、恭介自身が過去に置いてきた問題たちなのだが、エンタープライズ達も協力を惜しむ気はなかった。少しの情けなさを自分に感じながらも、恭介はエンタープライズの返事に安堵の笑みを浮かべた。

 

「所属艦隊『新生アズールレーン』の構成員、識別名『エンタープライズ』に『笑顔』と共に体温異常を感知。(メートル)、エンタープライズの検査を推奨」

「こ、これは違う!」

「問題ないってさ」

「……了解」

 

 恭介の笑みを見て、エンタープライズも頬を少しだけ赤らめながら微笑んだ。その姿を観察していたガスコーニュは、すぐさまエンタープライズの体温が上昇していることに気が付いていた。ガスコーニュの指摘に対して更に温度を上昇させた姿を見ても、(メートル)が苦笑を浮かべるだけで対処は必要無いと言うことに疑問を感じていた。

 

「エンタープライズのそれは複雑な感情だからな。まだガスコーニュには早かったかな」

「それが『カンジョウ』ですか?」

「一から少しずつ学んでいけばいいさ」

 

 ガスコーニュの腕に止まっていたいーぐるちゃんを呼び寄せ、器用に肩に乗せたままガスコーニュの頭を優しく撫でた。

 

「……(メートル)、先程のエンタープライズと同様に、ガスコーニュにも体温異常が検知されました」

「その熱を覚えておいてくれ」

「了解。ガスコーニュの記憶データベースへと検知されたシチュエーションごと保存しておきます」

 

 いーぐるちゃんに頬を小突かれながらも、恭介はガスコーニュを撫でる手を止めなかった。自身に起きている体温異常の原因が分からないまま、ガスコーニュはただ恭介に撫でられることを享受していた。

 

「……いつの間に、いーぐるちゃんに懐かれていたんだ」

「基地にいた時もたまに相手してやってたしな」

 

 ガスコーニュが撫でられている姿は、まだ幼い娘が父親に撫でられているようだと思いながらも、恭介の肩で定位置だと言わんばかりの寛ぎ方をしているいーぐるちゃんを見て、エンタープライズはため息を吐いた。

 

 


 

 

 基地へと戻ってきてから数日、恭介と共に遠征へと向かった艦船達を休ませている間に重桜に残っていた飛鷹と隼鷹がやってきた。飛鷹と隼鷹が基地へとやってくるのは今回が初ではないが、普段よりも少しだけ硬い表情で飛鷹が恭介へと書類を渡した。

 

「重桜内で加賀を中心に離反者討伐艦隊が動き始めた。前から結成されてはいたが殆ど偵察しかしてなかったはずが、ここ数日で大きく動き始めた」

 

 飛鷹から渡された書類を天城と共に眺めた恭介は、眉を顰めた。

 討伐艦隊の中には、重桜を離反した者達と関係の深い者達をわざとらしく組み込まれていた。加賀を筆頭として、瑞鶴の姉である翔鶴、鳥海と愛宕と同じ高雄型である高雄と摩耶、綾波と仲が良かった時雨と雪風。更に、新生アズールレーンの戦力をかなり把握しているのか、最も数が多い空母に対抗する為に秋月型防空駆逐艦の中でも実力が飛び抜けている涼月、第二水雷戦隊と第三水雷戦隊の旗艦である神通と川内、超弩級戦艦である伊勢型の伊勢と日向。離反者を追いかける為だけにしては余剰とも言える戦力に、恭介はため息を吐きたくなっていた。

 

「討伐艦隊、か……徒党を組むほどの余力があったのか」

「加賀が中心になって上手く上層部を言いくるめられてるみたいだな」

「加賀が、ですか?」

 

 冷静さからかけ離れた場所にいると思っていた加賀が指揮していると聞いて、天城は驚きの声を上げた。

 

「……赤城はどうした?」

「あー……赤城は……まだ意識が戻ってない」

「は?」

 

 自分を海の果てまで追いかけてくるなら赤城だろうと思っていた恭介は、飛鷹の言葉に目を見開いた。赤城が以前の戦いで大きな損傷を受けたことは知っていたが、あの戦闘から数ヶ月前の時間が経っていると言うのにまだ意識が戻っていないと聞いて、恭介は少なくない衝撃を受けた。

 

「それで、ですか……」

 

 逆に、天城は赤城が目覚めていないと聞いて納得していた。赤城が目覚めて動いていれば、加賀が中心となって動くことも、自分を律して指揮官の真似事もせず、すぐに飛び出しているであろうとことは明白だった。

 

「…………そう、か。わかった」

「どうするんだ?」

 

 飛鷹と隼鷹は潜水艦「大鯨」から改装された龍鳳を指導する傍らで情報を収集していたが、隼鷹が飛鷹よりも先に、重桜内に新生アズールレーンへの間者がいることを前提に加賀が動いていることに気がついた。故に、今回の情報提供を終えたら飛鷹と隼鷹は重桜に戻ることなく新生アズールレーンに留まるつもりだった。

 

「動くなら、今しかないだろう。目を逸らし続けていられる問題でもない」

「……了解した。楽しみにしておくからな」

「じゃあ指揮官「また」ね」

 

 報告を終えた飛鷹と隼鷹が執務室から出ていくのを見てから、恭介は一度息を吐いた。

 

「すぐに艦隊を編成して迎え撃つ用意をしなくてはいけませんね」

「そうだな」

 

 天城は討伐艦隊が向こうから未だに仕掛けてこないことから、加賀達はまだこの基地を発見することができていないと確信していた。それも、恭介と長門の持つ神子としての力で疑似的な神木を生み出し、重桜本土を覆っている隠遁結界と同じ効果を生み出すという特別なことをしているからだった。

 

「数の有利としてはこちらの方がありますが……加賀が何を考えているのかがイマイチ見えてきませんわ」

「そうだな」

 

 加賀の編成したと言う討伐艦隊は、新生アズールレーンの戦力をある程度把握しているからのものであると天城も理解してるが、離反者の関係者をわざわざ編成する理由が理解できなかった。高雄や摩耶は身内相手であろうとも手加減する性格ではないことは知っているが、妹への情が深い翔鶴や、友を助ける為なら健気な行動をするであろうことがわかりきっている時雨と雪風などは、討伐しようとしてもできないだろうこと考えていた。

 

「もしかすると、加賀は私達に何かをして欲しいのでしょうか……指揮官様? どうかしましたか?」

「……いや。ちょっと気分転換に外の空気吸ってくる」

 

 頭脳をフル回転させていた天城は、横で座ったまま全く思考が動いていないことが見ているだけでわかる恭介の姿に、天城は首を傾げたが、下手の嘘を誤魔化すように小さく笑みを浮かべてから恭介は執務室から外へと出ていった。

 恭介は自身の内側をぐるぐると渦巻く感情の正体が掴めなかった。押し潰されるような感情を覚えたのは、飛鷹に赤城が倒れたまま目を覚まさないと聞いてからだった。

 

「俺の……せいか」

 

 赤城が大きな損傷を受けた戦闘は、重桜とユニオンを派手に衝突させている隙にエンタープライズと合流し、新生アズールレーンとして動きだすためのものだった。

 エンタープライズ達と出会い、長門達と共に新生アズールレーンを立ち上げ、ティルピッツ達と共に基地を作り上げ、フッド達と共に平和の為に動き始めた裏で、赤城は一人で苦しんでいた。そう理解した瞬間に、恭介は振り上げた拳で鉄柵を思い切り殴った。鈍い音と共に拳から血が滴り落ちることも無視して、恭介は鉄柵に背を預けて空を見上げる態勢のまま、ずるずると力なく座り込んだ。

 

「…………情けない、な」

 

 艦船と人を救いたいと思って行動を始めたその時から、既に一人の艦船を傷つけていたことに気が付いた恭介は、頭を抱え込むような態勢のまま動けなかった。




ようやく重桜の話に戻ってこれました。
この話で重桜は殆ど終わるはずです……信濃とか、未成艦の土佐とか紀伊型とか、まだ未実装の大和型の二人とかありますけどね。
というか、長門がいなくなったら大和が代わりやってると思いますけど……そこら辺は考えないでください。


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剥離

「天城、すぐに動くぞ」

「指揮官様、その手は」

「問題ない」

「…………わかりました」

 

 右手から血を滴らせたまま執務室へと戻ってきた恭介を見て、彼が何を思っていたのかを大体理解した天城は、静かに頷いてからヴェスタルを呼んだ。天城が今ここで、赤城の件は恭介のせいではないと言うことは簡単だが、それでは恭介の心を覆っている負の感情を消し去ることはできない。むしろ、実の姉である天城が慰めてしまえば、より強い感情となって恭介の暴走を産むことになる。

 

「相手は十二隻編成の大艦隊か……素直に分断する方が楽か」

「指揮官様、相手は重桜の艦船。説得も一手かと」

「……説得、か」

 

 恭介は無自覚のまま、自分を慕ってくれていた赤城に対してあんな仕打ちをしておいて、今更加賀が話し合いに応じてくれるはずがないと考えていた。卑屈とも言える考え方ではあるが、以前から何かと意見が噛み合わないことが多かった加賀と恭介の関係を知っている天城は、確かに現実的ではないかもしれないと思っていた。特に、今の恭介に対しては加賀は怒りを覚えるだろうことは確信していた。かつて強い意志を宿していた恭介の黒い瞳は、今は吹けば飛びそうなほど儚く揺れていた。

 

「はいはーい。作戦会議はそこまでにして……指揮官、傷の手当てをしましょうね」

 

 急に執務室に入ってきたヴェスタルを見て、恭介は天城の方へと視線を向けたが、帰ってきたのは有無を言わさぬ笑顔だけだった。

 

「指揮官、怪我をしたのか?」

「その手ですね」

「なッ、血が出てるじゃないか!」

 

 何故かヴェスタルに付いて来ていたエンタープライズが騒いでいる横で、ヴェスタルは天城と同じように有無を言わさぬ笑顔のまま、人では到底かなわない膂力で恭介の腕を掴んでいた。

 

「ヴェスタル、腕折れる」

「人間の骨って結構丈夫なので簡単には折れませんよ。でも、この手はちょっと骨に罅入ってそうですね」

「ほ、本当かヴェスタル! すぐに指揮官を休ませないと」

「エンタープライズちゃんはちょーっと出ていってもらってね」

 

 恭介の怪我を見て唐突に慌て始めたエンタープライズは、ヴェスタルの笑みを見て若干顔を青くしてから押し黙った。ユニオンにいた頃から、ヴェスタルの手当てを一番多く受けてきたエンタープライズは、すぐに今のヴェスタルがかなり怒っていることに気が付いていた。

 

「……天城、エンタープライズとさっきの件を進めててくれ」

「はい。指揮官様も無理をなさらずに」

 

 このままヴェスタルを無視して進めることはできないと判断した恭介は、ため息と共に信頼している天城に託して医務室へと向かう為に立ち上がった。

 

「指揮官、人は艦船と違って傷つきやすいんですから……無理しないでくださいね。皆、心配してしまいますから」

「悪い。わかっていたつもりだったんだけど、わかっていなかったみたいなんだ」

 

 執務室を出てヴェスタルの二人きりになって、恭介は自嘲するように苦笑いをしていた。自分の行為が全て正しいと思い込んでいた訳ではなくとも、心身ともに赤城のことを深く傷つけていた現実を直視して、恭介は新生アズールレーンの指揮官となってから一番落ち込んでいた。

 恭介が苦笑したまま俯いている姿を見たヴェスタルは、かつて戦闘しか存在意義がなかったエンタープライズの姿を重ねていた。英雄と呼ばれながらも決定的な勝利をユニオンにもたらすことができず、一人で魘されていたかつてのエンタープライズと同じように、恭介は今指揮官と言う立場に押し潰されそうになっていた。

 

「ふふ……手当てのついでに、カウンセリングもしてあげますよ」

「助かる、って言えばいいのかな」

 

 気をつかってくれていることを理解した恭介は、苦笑を浮かべたままヴェスタルの提案を受け入れて諸々全てを吐きだしてしまおうと思った。

 医務室に辿り着いた恭介は、すぐに椅子に座らされると手早く右手の傷の手当てをされた。さっきまで感じてもいなかった痛みを感じて、涙目でヴェスタルの方へと視線を向ければ、無茶をするから悪いのだと微笑まれて恭介も黙り込んだ。

 

「はい。手当て終わりです」

「ありがとう……手際がいいな」

「昔はエンタープライズちゃんもよく似た怪我をすることが多かったですから」

 

 演習に力を入れすぎて怪我をすることが多いことは、以前本人からも聞いたので恭介も知っていたが、まさか鉄柵を思い切り殴った時と同じような怪我をするほどまでとは知らなかったので、渇いた笑みだけが口から出ていた。

 

「それで……どうしたんですか?」

「あー……すごい面倒くさい話になるぞ?」

「いいですよ。カウンセリングですから」

 

 まさしく聖母の様に笑うヴェスタルに苦笑しながら、恭介は今まで自分がやってきたことを頭の中で整理しながら口にした。

 今まで惰性で生きてきた中、エンタープライズと瑞鶴のおかげ立ち直れたこと。ビスマルクやクイーン・エリザベスから向けられた期待に応えたいと思って、新生アズールレーンを今まで引っ張り、その行いが艦船達にとっても人間にとっても正しい道であると信じていたこと。けれどもその裏で、惰性で生きていた自分を信じてくれていた赤城を裏切り、傷つけたまま放置してしまったこと。

 一つの組織のトップとして、普段弱気な姿を見せることが無い恭介の弱気な姿に、ヴェスタルは微笑みを浮かべながら相槌を打ち、しっかりと話を聞いていた。

 

「俺は、間違っていたのかな」

 

 正しいと信じていた行為が、大切な人を傷つけていたという真実は、恭介の心に深い影を作り出していた。

 

「指揮官……きっと、貴方は答えを求めているんですよね」

「そう、なんだと思う」

 

 今進んでいる道が赤城を傷つけるものであったことがわかり、恭介は道を進み続けることが間違っているのではないかと考え始めていた。だが、今道を引き返してしまえば、恭介を信じてくれた仲間達を裏切ることになる。その板挟みの中で、恭介は必死に手を伸ばして助けを求めていた。

 

「私が今「貴方は正しい道を歩いています」と言うのは簡単です。けど、きっと正しい道なんてものはどこにもないんですよ」

 

 カウンセリングをしようとしていたヴェスタルだが、彼が精神的に追い詰められているのではなく、ただ迷っているだけなのだと確信し、優しくする必要がないと考えての発言だった。

 

「気休めなんかじゃないですよ? 指揮官はきっと今とっても苦しい状態にあるんですよね? でも……貴方が求めている答えはきっと、その苦しみぬいた先にしかないと思うんです」

「正しい道はないって言ったのに、答えはあるのか?」

「私が言った正しい道がないって言うのは、きっと人それぞれに正しい道があると思うからです。赤城さんには赤城さんの、私には私の、指揮官には指揮官の。それが交わるか交わらないかは、その人達次第だと思いますけどね」

 

 苦笑を浮かべる恭介に、ヴェスタルは微笑みを浮かべたままユニオンにいるヨークタウンのことを思い出していた。今はエンタープライズと道を違えてしまっている彼女も、ヴェスタルはきっと共にあることができると考えていた。

 

「私達は貴方に道を預けたんです。先頭の貴方が迷ってしまえば、みんな迷ってしまいますよ」

「責任重大だな」

「ふふ、その割には身軽そうな顔をしてますね」

 

 その肩には信じてくれた全員を背負う義務があるのだと言うヴェスタルに、恭介は言葉とは裏腹に肩を竦めて憑き物が取れた様に笑っていた。

 

「俺が先頭なら、好き放題やっても付いて来てくれるんだろ?」

「ある程度までなら、ですけどね。無茶やっても付いてくるのはエンタープライズちゃんだけですよ?」

「充分だろ」

 

 エンタープライズが一人いれば充分だと言い切る恭介に、ヴェスタルは苦笑していた。今の言葉をエンタープライズ本人が聞けば、目を輝かせて大きく頷くことは間違いないと思いながらも、少しだけ前向きになれている恭介に安心していた。

 

 


 

 

「瑞鶴、この後長門、三笠、フッド、オイゲン、愛宕と鳥海、綾波を呼んで執務室に来てくれるか」

「別にいいけど……なにかあったの?」

 

 ヴェスタルの治療を受けた恭介は、執務室に帰る途中にすれ違った瑞鶴へと三人を呼ぶように声をかけた。伝える相手を聞いて何かあったのではないかと思った瑞鶴は、恭介の手に包帯が巻かれているのを見て停止した。

 

「これか? これは……俺が馬鹿だっただけだから心配するな」

「そ、そっか……えーっと長門様、三笠さん、フッドさん、プリンツ・オイゲン、愛宕さん、鳥海、綾波だっけ?」

「頼む。お前も執務室に来いよ」

「わかった」

 

 緊急事態でも起きているのかと思っていた瑞鶴は、恭介が笑みを浮かべているのを見てそこまで重要性が高い訳でもないのかと考えていた。呼ぶ人数が多いだけに早めにいかなければならないと思った瑞鶴は、恭介に了承したことだけを伝えて廊下を走っていった。

 

「ふぅ……二手に分けるって言ってもな……」

 

 重桜の問題であり、恭介が残してきた問題であるとは言え基地の近くで起きるかもしれない海戦である以上、新生アズールレーンの全戦力を使ってでも事に当たる必要があった。

 

「戻った」

「お帰りなさいませ指揮官様」

「話し合いはどうだ?」

「さっぱりだ。加賀がどう動くのか私達には知る術がないからな」

 

 執務室へと戻ってきた恭介の言葉に、天城とエンタープライズは若干肩を落としながらも首を振った。相手が十二隻による大艦隊で動くことは知れていても、加賀がどのような考えで艦隊を動かしているのかがわからない。

 

「話し合いだと嬉しいんだけどな」

「そう簡単にはいかないだろう」

「知ってるよ……加賀とは俺が話す」

 

 右手に巻かれた包帯を見ながら、恭介は決意を秘めた瞳でエンタープライズと天城を見据えた。ヴェスタルと話して何からしら心境の変化があったのだと察した天城は、恭介の決断に静かに頷いた。

 

「艦隊を二つに分けたい。重桜の艦船は三笠を旗艦として指揮の全てを天城と三笠に任せる」

「重桜の艦船を?」

「それ以外は俺と動いてもらう」

 

 アルゴーを動かす恭介と共に、鉄血とロイヤルとユニオンの艦船、そしてガスコーニュを連れて行き、三笠を旗艦として天城の指揮で重桜の艦船全員を動かす。そこにどんな意味があるのか理解できないエンタープライズは、首を傾げたまま天城へと視線を向けたが、天城もその意図を察しきれていなかった。

 

「予測でしかないが……向こうは俺達と少しでも対話する気があるのだと思う」

「それはどうして?」

「陣営内に内通者がいることを確信しながらも、艦隊の情報を簡単に寄越す奴だと思うか?」

「…………わざと私達に知らせた、と?」

「断定はしないが、そうであると考える方が自然だろうな」

 

 赤城が動けない状況でありながらも加賀が冷静さを失っていないのだと仮定した場合に、恭介が考えた加賀が一番にやりたがっていることが、天城に対しての問いかけだと判断だった。前からイマイチ意見の合わない所が多かった加賀が、自分に対して何かを求めていることは無いと考えている恭介は、加賀がわざわざ新生アズールレーンに接触しようとする理由が天城しか見当たらなかった。

 

「説得全てを任せる訳じゃないが、加賀との話し合いは天城に任せる。俺が会ったところで即攻撃されて終わりだ」

「…………了解しました」

「じゃあ私達は?」

「バックアップみたいなもんだな」

 

 加賀が何を求めているのか全く想像もできないエンタープライズからすれば、恭介の言っていることは正しいのかどうかも判断できない。それでも、恭介が信頼している天城の頭脳を信頼しているエンタープライズは、天城が了承したことで納得の形を見せた。

 

「戦闘になる可能性はないとは言い切れないからな。十分に準備してからでいいだろう……幸い向こうはこちらの基地を見つけられていない」

「なら全員に知らせるか。今回は基地防衛要員はナシ、だろう?」

「結果的には全員出撃、かな」

「よし。早く知らせに行こう」

「指揮官、連れてきたよ」

 

 恭介としても基地を空っぽにするのは気が引けるが、相手が大艦隊でありながら話し合いを求めているかもしれないとなれば、それなりに準備も必要であり、人手も必要だった。

 すぐに情報共有が必要だと判断したエンタープライズが、執務室を出ようとした瞬間に扉を開けて瑞鶴がやってきた。

 

「悪かったな。基地内奔走させて」

「別にいいけど……私も用事なんでしょ?」

「そうなるな」

 

 既に必要なメンバーを集め終わっている事実に驚いているエンタープライズを無視して、恭介は集まったメンバーを見て一度息を整えた。

 

「新生アズールレーンとして、またやるべきことができた。頼むぞ」

 

 新生アズールレーン指揮官としての言葉に、三笠、プリンツ・オイゲン、フッドが笑みを浮かべ、長門は若干呆れた様な顔をしていた。

 

 


 

 

「……メンタルキューブが共鳴しているわ」

「それ、確か重桜の……鶴に渡した奴だろ」

「翔鶴よ」

 

 バミューダ海域にて仕掛けを行っていたセイレーン一行のオブザーバーは、自らの持っていた黒色のメンタルキューブが不自然な共鳴を起こしている姿を見て、以前憎しみを()()()()()()()に艦船へと渡したことを思い出していた。

 

「彼女、ようやく動くのかしら」

「あー……別にどうでもいいんじゃないか?」

「よくないわ。特異点を刺激する為に生み出したのだから。そうね……テスター、駒を動かして」

「私の、か?」

「そうよ」

 

 静かに『箱庭』の準備をしていたテスターは、オブザーバーの言葉に目を細めながらも、一つだけ頷いて自らの駒である意識だけをインストールした量産型のテスターを起動させた。

 

「もし、彼女が鏡面海域を展開できる程の憎悪を獲得した時は、祝福の様に彼女を援護してあげて頂戴。オミッターも向かわせるわ」

「随分大掛かりだな……ダメ?」

「ダメよピュリファイアー。貴女は目的を見失うでしょう」

「そんなことないってばー」

 

 あくまで特異点である神代恭介に刺激を与える為の行いであるとして、オブザーバーはピュリファイアーの言葉を一蹴した。セイレーン大戦以後に指揮官として動き始めた神代恭介は、未だに上位型のセイレーンとの直接的な戦闘経験がない。故にオブザーバーは神代恭介が高みへと至る為の刺激としてテスターの駒とオミッターを送り込んだ。

 

「特異点の刺激はゆっくりと、少しずつ行うのよ……」

「なーんか野菜育ててるみたいな言い方だな」

「あながち、間違いではないのかもしれないがな」

 

 オブザーバーの入れ込みから考えて、テスターはピュリファイアーの冗談交じりの言葉を肯定した。テスターの駒は一度に大量投入できるが、所詮は意識データをコピーしただけの駒でしかなく、本物のテスターに比べてしまうと戦闘能力は激減してしまう。オミッターも相手を侮る傾向がある為、適当に雑魚の処理を任せるとでもオブザーバーが言ってしまえば、オミッターは主兵装も起動せずに舐めた攻撃を相手に繰り返すことは簡単に想像できた。逆に、ピュリファイアーは気狂いのようでありながらも、戦闘に関しては一切の油断も加減もなく敵を消し去ろうとするところがある為に、オブザーバーはピュリファイアーを神代恭介から遠ざけたのだった。

 

「ピュリファイアー……貴女には『箱庭』があるでしょう。完成したら思い切り遊べばいいわ」

「え? 思い切りでいいのか? 怒られるだろ」

「怒られる? 馬鹿なことを言うのね……」

 

 バミューダ海域に『箱庭』を生み出してしまえば、簡単に多数の艦船が集まることは想像できたピュリファイアーだが、それを相手にして思い切り戦ってしまえば人類の敗北を意味することになる。それをすれば、流石に『零』に怒られることは間違いないのだが、ピュリファイアーの言葉を聞いてオブザーバーは笑った。

 

「私達を怒るのは誰? 零? ソウゾウシュ様? 誰もいないのよ」

「零もソウゾウシュも干渉してこない、だと? オブザーバー……」

 

 オブザーバーの言葉に違和感を覚えたテスターは、オブザーバーが独断でなにをしたのかを察していた。

 

「今はもう誰も私達を止められないのよ。なにせこの世界線は……()()()()()()()()()()()()()()

「正気か、オブザーバー」

「狂気よ! アハハハハハハハ!」

 

 最果ての世界線が、観測されているはずの世界線から切り離されていることを知ったテスターは、静かにオブザーバーを責めるような言葉を発するが、既にオブザーバーには聞こえていなかった。

 世界をも切り離す狂気の瞳には、特異点である神代恭介しか見えていなかった。



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