アルベド二人旅 (神谷涼)
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1:性欲をもてあます

 思いついたのを書き始めたら、1話できあがってしまったので……。
 (仕事しろよ……)
 前作『アルベドさん大勝利ぃ!』とは、まったく関係ありません。



 DMMO-RPGユグドラシル、サービス最終日。

 モモンガはただ一人で、己のギルド拠点たるナザリック地下大墳墓の最奥――玉座の間にいた。

 NPCはいるが……コマンド通りの動きしかできない彼らを人とは呼べまい。

 かつての仲間はほとんど来ず、最後の時を共にしてくれなかった。

 触れられるほど傍にいるのは、ただ一体のNPC。

 

 守護者統括アルベド。

 そんな彼女の設定を、ふと覗けば。

 あまりにもあまりな末文を見た。

 完璧な設定を与えられた彼女の『ちなみにビッチである』という〆に、モモンガは――最後の最後を共にしてくれる唯一の存在たる彼女に、あわれみを感じてしまう。

 いつもなら彼女の造り手たるタブラ・スマラグディナの意志を優先したであろうに。

 誰一人共に残らなかったギルメンへの小さな怒りを込めて。

 モモンガは、アルベドの設定を書き換えた。

 

「モモンガを愛している、と……うわ、恥ずかし!」

 

 書き換えておいてから、一人で恥ずかしくなってじたばたしてしまうが。

 もうわずかな時間しか存在も許されない設定なのだ。

 せめてもの我儘、己の証と、そのままウインドウを閉じ。

 改めてアルベドを見る。

 (ひざまず)く姿も美しく。

 白いドレスが、その美しい肢体を強調する。

 上からなので、谷間も見えていた。

 最終日だからと、無理をして有給をとり。延々と入り浸って、誰か来ないかと待ち続けたモモンガ――鈴木悟。

 彼はここ一週間ばかり、まったく()()していない。

 さっきの、タブラ氏の設定が頭の中で何度も響く。

 

(ビッチ……アルベドがビッチ……つまり設定上ではこの体は既に……)

 

 己だけがハブられて知らなかっただけで。

 他のギルメンにさんざん、慰み者にされていた。

 汚されたアルベドは、ここでじっとモモンガに抱かれる日を待っていたのでは?

 そう、ギルメンはユグドラシルではなく、アルベドの肉体に飽きたのでは?

 そして何も知らないモモンガを陰で……

 そんな想像で、リアルにおいて鈴木悟の肉体は、激しく反応していた。

 

「…………」

 

 アルベドの谷間をガン見し。

 むらっとしてしまう。

 視線をそらせば、露出された腰骨と尻のラインが見える。

 そう、アルベドが既にさんざん弄ばれていたのなら。

 ギルマスである己が最後に手を出してもいいのではないか?

 さっき、己を愛していると書き換えたのだ。

 こんな谷間を見せつけて(跪いているだけです)。

 尻を後ろに突き出して(跪いているだけです)。

 誘っているとしか見えない(跪いてるだけだってば)。

 睡眠不足と欲求不満とルサンチマンを抱えた彼が、性衝動を抱くのも。

 仕方あるまい。

 

「……はっ!?」

 

 我に返れば、どれだけガン見していたのか、サービス終了まであと10秒。

 

「そうか……もう終わりか。ならどうせ最後だし」

 

 そう、最後なのだ。

 

「運営も、こんな最後の最後まで仕事しないだろ」

 

 サービス終了まであと3秒。

 

「……『立て』」

 

 目の前に、間近で立ったアルベド。

 しっかりと、無意味に凝って作り込まれた胸が、目の前で揺れる。

 サービス終了まであと2秒。

 躊躇する暇はない。

 

 モモンガは骨の両手を突き出し、アルベドのたわわな胸をわしづかみにした。

 

 サービス終了まで1秒を切って。

 モモンガの手がアルベドの乳房を掴むと同時に。

 やたら厳格なユグドラシルの運営AIは、この最後の最後すら反応する。

 規約に基づき、わずかなタイムラグでモモンガを垢BANしたのだ。

 

 サービス終了まで0秒。

 モモンガはユグドラシルからBANされ消滅した。

 鈴木悟は、それがサービス終了か、R18行為の代価か、わからないまま。

 なぜか現実にはログアウトせず。

 

 気が付けば、草原に立っていた。

 

 

 

 しばし、時間が止まったように、呆然としてしまう。

 草の匂い。

 爽やかな風。

 足の裏に感じるわずかな土や小石の凹凸。

 電脳上の仮想空間では説明できない無数の、リアルな感覚。

 

「え?」

 

 上を見れば、ナザリックの天井はなく。

 満天の星空。

 

「ええっ?」

 

 足下を見ようとすれば。

 白いものが邪魔をして見えない?

 

「???」

 

 混乱しながらよく見れば。

 それは……さっき、ガン見した谷間ではないか。

 

「ええええー!?」

 

 手を見る。

 白い手袋に包まれた手。

 肘のあたりは肌が見えるが、きめ細かく美しい線。

 

 顔を触ってみる。

 柔らかい、暖かい顔。

 骨ではない……それにしても暖かい。

 いや、体温が高すぎないかとも思うが。

 

「アルベドの体、なのか?」

 

 口から出る声も、鈴木悟のそれではない。

 美しく、艶を感じる声。

 思案しながら、むらむらとした気持ちを抱え続けるモモンガは。

 無意識に己の――アルベドの胸を揉んでいる。

 なぜか体温が上がる。

 

(っ……あっ♡ ああっ♡)

 

 押し殺したような声が、どこかからした。

 

「誰だ? 誰かいるのか!?」

 

 この場がどこなのかもわからないのだ。

 モモンガは、きょろきょろと周囲を見回す。

 両手は執拗に、アルベドの胸を揉み続けて離さないため。

 かなり間抜けなポーズである。

 

「なっ? なんだ……? 状態異常かっ? ……くぅ」

 

 やたらと動悸が激しくなる。

 下腹部が熱く、体の芯がじんじんと痺れる。

 アルベドの胸に触れようとした時の比ではないほどの。

 鈴木悟が感じたことのない、昂ぶりを感じる。

 

(ひぅ♡ あっ♡ ひぁっ♡)

女淫魔(サキュバス)の体、だからかっ?」

 

 乳房の先端が固くなり、自身の手で感じる。

 無意識に内股になり、太腿を擦り合わせてしまう。

 

 そして唐突に全身がびくびくっと痙攣し。

 大量の液体が内から溢れだすのを感じた。

 

 

 

 地面にへたり込み、夜空を見つめる。

 

「はぁ、はぁ♡ なんだ……いったいどうなって、いる?」

(はぁっ♡ はぁっ♡ も、モモンガ様、下っ、下も触れてくださいませっ♡)

 

 今度は明確な言葉だった。

 

「む!? 誰だっ!?」

 

 言葉は、己の中から聞こえていた。

 いや、言葉ではない。

 明確な意思がただ、響き、感じ取れるのだ。

 

(あ、アルベド……です……モモンガ、様ぁ♡)

「はぁ? あっ♡ ちょっ♡ ああっ……♡」

 

 何を言っているのかと、問い返すより早く。

 ねっとりと甘え絡みつく欲望が、ぶつけられる。

 己の中にもう一人の誰かがいて。

 それがアルベドを名乗り……モモンガに欲情をぶつけるのだ。

 肉体もそれに合わせるように疼き、反応する。

 どうすればいいか。

 何をするのか。

 内なる誰かが囁き、させてくる。

 モモンガは言われるままに、白いドレスを乱し。

 下品なほどふしだらな体勢を取りながら。

 己の指で、己の体を隅々まで確かめるしかない。

 

 

 

 数時間後。

 いろいろと女体の隅々まで教えられ、一周して冷静になったモモンガ。

 とりあえず、女性の体に賢者モードがないことは理解していた。

 いや、女淫魔(サキュバス)だからなのかもしれないが。

 

「はぁ……はぁ♡ お前は……私の中にいるのは、アルベド、なのか?」

(いえ……その♡ どちらかといえば、モモンガ様が私の中に……♡)

 

 また興奮し始めている。

 今の会話のどこに興奮する要素があるのか、モモンガにはわからないが。

 内なるアルベドは酷く興奮し、昂ぶっていた。

 

「こ、こら、落ち着け! 熱い……っ、奥が、またぁっ♡」

(くふーっ♡ モモンガ様が私の中にっ♡ 私のっ♡ 中がっ♡ ああああああ熱いって♡ 奥っ、そう♡ もっと奥なんです! 私、もう壊れてしまいそう♡ いえっ♡ 壊してくださいっ♡)

 

 内なるアルベドが何を言っているかわからない。

 モモンガは、ぺロロンチーノほど趣味人ではないのだ。

 

「お、おぃっ、から、体が――)

(モモンガ様モモンガ様モモンガ様っ♡ いまっ♡ 私がっ♡」

 

 昂ぶり切ったアルベドの精神が津波のように押し寄せ、モモンガから肉体の制御権を奪う。

 

 二つの精神がこの体にあり。

 ユグドラシルではないどこかにいて。

 本来は自我を持たないNPCのアルベドが、なぜか自意識を持っている、と。

 モモンガは冷静に考え始めていたのだが。

 一秒もたたぬうちに、思考は未知の快楽で押し流された。

 

 アルベドが己の体を抱きしめながら身をよじり。

 頭の中で喘ぎよがるモモンガをオカズに、先刻以上に濃厚な行為を開始したのだ。

 

 

 

 さらに数時間後。

 朝日が昇る中、ようやく満足したアルベドが体の制御を渡してくれた。

 

「あ……ちょうちょ……」

 

 といっても、いろいろと恐ろしいものを見て感じて知ったモモンガは、放心状態である。

 しかも、そんなモモンガの精神を、アルベドの精神が今もスライムの如く這いまわり、感情と意識と記憶を舐めまわしているのだ。

 現実を空ろに認識しながら、モモンガは未だ精神世界でアルベドにしゃぶり尽くされていた。

 そう、それはただ……アルベドの注意が、己の体ではなく、内なるモモンガの精神に向いたがゆえの。

 そんな、あまりにも儚い制御権移行であった……。

 




●IFエンド
 モモンガは――二度と現実を認識できなかった。
 脳内でアルベドによって永遠に搾られ犯されるのだ。
 そうして一人になりたいと思っても一人になれないので
 ――そのうちモモンガは考えるのをやめた。



 アルベドさんをモモンガ様大好きの原作型で、かつTS要素を……と考えていて、できあがった形です。アルベドさん単独転移、モモンガさん憑依。ナザリックは来てませんし、他のNPCもいません。
 冒頭、セバスやプレアデスも同じ室内にはいましたが、離れてたので省略。

 続く予定ですが、前回ほど素早く更新はできないかも。


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2:頭がフットーしそうだよおっっ

 転移した草原で、一歩も動かず夜を明かしました。



「――はっ」

 

 太陽が完全に頭上に昇った頃。

 ようやく、モモンガは我に返った。

 

(モモンガ様、大丈夫ですか? おっぱい揉みます?)

 

 反射的に揉んでいた。

 

「ふぅ……と、ともあれ、アルベドよ、ここがどこかわかるか? なぜおまえの体に私がいる?」

(いえ、申し訳ありません。私にもまるで……モモンガ様が私の胸を揉んだ瞬間、ここに転移していたかと)

 

 落ち着いているのだろう。

 冷静な言葉でアルベド(脳内)が言う。

 モモンガの手はまだ、アルベドの胸を揉んでいる。

 

「ううむ……ここは……それにさっきまでの行為を思えば、明らかにユグドラシルではない……」

(そうなのですか? アルフヘイムあたりかと思ったのですが)

 

 モモンガは(己の肉体の)胸を揉みながら思案する。

 現在進行形のR18行為は、リアルでだって普通ありえない。

 何より、肉体感覚が男のそれとはまったく違うのだ。

 鈴木悟がそこまで、性的想像力豊かとは思えない。

 

(リアルで頭がおかしくなって、妄想のアルベドと楽しんでいる可能性……ないとは言えんが、あの鮮明すぎる上に、延々と繰り返した感覚を考えると……)

(はい! 私とモモンガ様の初体験が妄想なんてありえません! はっ、でも常々に妄想されるほど私のことを……!?)

 

 頭の中で考えても、筒抜けである。

 プライバシーも何もない。

 おかげで、アルベドの愛情というか欲望も、裏表なく直球でぶつかってくる。

 

「うう……お前が心から愛してくれるのは嬉しいが……もう少し恥じらいというか、その手心を……」

(そんな! 至高の御方を愛するに、どうして恥じる必要がありましょう!)

 

 声に出した方が、無軌道な思考を避けられると、敢えて言葉にする。

 己に言い聞かせるように、言葉として思考を形にするのだ。

 だが、アルベドはモモンガの羞恥を知った上で、ガンガン愛情をぶつけてくる。

 頭の中で何度も「くふーっ!」と、多幸感と情欲を混ぜ合わせた笑みを浮かべ。

 汲めど尽きぬ泉の如く、多大な好意と愛情が浴びせられる。

 アルベドの感情が、モモンガが制御しているはずの肉体を一部動かし、翼をぱたぱたさせた。

 モモンガとて嬉しい、とても嬉しいのだが……やはり照れてしまうのだ。

 

「ま、まあいい。リアルを想像すると、いろいろ恐い考えになる。手だてを考えよう」

(はぁはぁ♡ 私はこのままモモンガ様と二人きりでも)

「いやいやいや、体は一人じゃん!」

(くふーっ! 一心同体ですね! 結合する前に完全合体してしまいましたね!)

「う……そ、そういうこと言うなよ」

(あっ、モモンガ様、体が反応しましたね! 私、こんなこともあろうかと考案したテクニックが――)

「うわああああ、卑猥な想像やめろよ! そんなポーズしちゃダメだろ!」

(うふふふふ、そんなこと言いながら、ものすごーく反応してらっしゃいますね?)

 

 明け透けなやり取りは、(性的な意味でなく)心地よかった。

 鈴木悟にとって、裏表なく接せられる相手など、今まではギルドメンバーだけだったのだ。

 それとて、おっかなびっくりのやり取りで。

 常に遠慮し、己を抑えていたのだが。

 同じ肉体を共有するアルベドは、何も隠させてくれないし。

 なのに、己を上位者と認めてくれる。

 それがとても心地よくて。

 つい、隠すべきことも普通に言ってしまった。

 

「はぁ、これもタブラさんにビッチ設定つけられてたせいか?」

(は? ビッチ? 私が……? タブラ・スマラグディナに?)

「ま、まて、その前に現状確認だ!」

 

 酷く怖い感情が、ぞわりとモモンガの意識を撫でて来た。

 彼女が、己の造り手であるタブラに好感情を抱いていないとわかる。

 だからごまかすように、ずっと懸案していた行動をする。

 両手は乳房を掴んだままだが。

 

「GMコール……ダメか。運営に連絡が取れん。〈伝言(メッセージ)〉……ダメだな。〈伝言(メッセージ)〉〈伝言(メッセージ)〉〈伝言(メッセージ)〉〈伝言(メッセージ)〉。どれもつながらんか」

(ジーエムコール? モモンガ様、ウンエイとは……ええ? ゲーム?)

 

 モモンガが運営に連絡を取り、連絡の魔法で運営側NPCやプレイヤー、またナザリックNPCにも連絡してみるが。いずれも返答はない。ゲームの中でない以上、まったく理解できない状況に陥っているようだ。

 だが、これはこれで悪手だった。

 アルベドが質問するごと、モモンガの精神は無意識に彼女の質問する言葉を考えてしまう。一般人の鈴木悟には並列思考や精神思考制御などできない。言われるまま浮かぶ記憶を、アルベドが芋づる式に読み取ってしまうのだ。

 

(では、私に書かれていた設定とは……)

「ああ、それはな……」

 

 結局、隠し立てしても仕方ないと、モモンガは全てを明かした。

 脳内で、だが。

 

 ユグドラシルというゲーム。

 鈴木悟というプレイヤー。

 リアルという過酷な世界。

 ナザリック獲得とNPC作成。

 離れていったギルドメンバー。

 

 アルベドがこれらを知って怒りはせず。ただ、他のギルドメンバーについての悲しみや怒りを、モモンガと共有するのみ。逆に、アルベドはこの世界に来る以前、己が自律行動できなかった点を、ただ“そういうもの”としか認識していなかった。

 

「……意外だな。書き換えについて怒らないのか?」

(至高なるモモンガ様の行いを、どうして否定いたしましょう! それに、ビッチなどという下賤な設定を、モモンガ様への想いに書き換えていただけるなんて……)

「ありがとう……そんなお前に私は……」

(えっ? 私が……他のギルドメンバーの慰み者に……?)

 

 もっとも最終日、モモンガに書き換えられる以前の記憶は、アルベドにとって曖昧。

 書き換えられてから全身を視姦され、乳房をわしづかみにされた認識だけが明確。

 その記憶をアルベドにぶつけらると、モモンガは――あのギルメンに失礼な妄想を思い出してしまう。

 

「うあ……ち、違うぞ、お前の設定を見てつい、想像してしまっただけなんだ!」

(ああ、ビッチとはそういった……私がかつてそのような穢れた立場だったとは……モモンガ様! これからの私は、モモンガ様ただ一人のための体でございます! 今もしているように、存分に私の体を味わってください!)

 

 脳内に響くアルベドの感情は冷たいのに熱く、おぞましさすら感じる。

 なのに、未だにモモンガはアルベドの豊満な乳房から手を離せていなかった。

 

「あっ! いや、これはだな……お、お前の体があまりに魅力的だから……その)

(くふーっ! 魅力的! も、モモンガ様っ! アルベドは、アルベドはもうっ♡」

 

 脳内で押し倒される(?)。

 肉体の制御が奪われ、そのまま……。

 

 結局、日が暮れ始めるまで、延々とアルベドの火照りと快楽に翻弄されるのだった。

 

 

 

 とっぷりと日も暮れた中。

 ようやくアルベドが再び満足したらしい。

 いろんな液体でどろどろになった体を、よろよろと、モモンガが起こす。

 

「う、うう……アルベド、とりあえず、この二人で一つの体はさすがに問題だっ」

(そうですか? 私としては常にモモンガ様に入られている状態、まさに頭がフットーしそうなのですが!)

 

 また体が火照り始める。

 アルベドが欲望を募らす限り、これは延々と続くのだと、モモンガはようやく気付きつつあった。

 

「やめろっ! いつまで続ける気だっ!」

(は。申し訳ありません)

 

 怒鳴られれば、アルベドがしゅんと委縮する。

 体を奪った身で悪かったかなと、悩んでしまう。

 ひょっとしたら、アルベドは普段から日常的に暇さえあれば……。

 

(はい! モモンガ様のお望みとあらば、暇さえあればいたします!)

「ヤメテ!」

 

 いずれにせよ、この状況は疲れる。

 

「そ、それより、さっきは直感的に使ったが……アルベドは〈伝言(メッセージ)〉が使えるのか?」

(いえ……私が使える呪文は信仰系第6位階までです。MPも高くありませんし)

 

 そう。

 アルベドは戦士系である。ブラックガード等の聖騎士系クラスによって信仰系呪文を最低限取得しているのみ。

 だが、モモンガは直感で魔法を使っていた。

 先刻の〈伝言(メッセージ)〉も、発動した上でつながらないと、理解できている。

 だとすれば。

 

「……〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 草原を雷が走る。

 威力の詳細まではわからないが、第5位階魔力系呪文を普通に撃てた。

 乳房から名残惜し気に手を離し、足元の小石を拾い上げてみる。

 そして指を離しながら。

 

「〈時間停止(タイム・ストップ)〉……アルベド、動けるか?」

 

 空中に石が止まる。

 

(はい。私の意識は止まっておりません)

 

 智者と設定された彼女は、即座に主の意図を読む。

 

「では武器を……ん? これは真なる無(ギンヌンガガプ)だと?」

(は。タブラめが私に持たせました)

「ちょ呼び捨て……って、世界級(ワールド)アイテムを勝手に持ち出したのか! むぅ……来たなら私に一言断るべきだろうに」

(まったくです! 私にも変な設定持たせましたし!)

「お、おう。そうだな。まあ、私の装備も失われたと見ていい、この場合は一つでも世界級(ワールド)があって助かったと……」

 

 そりゃ、あんな設定されたら恨むよな……などと思いながら会話する間に、時間が戻った。

 ぽとりと、石が落ちる。

 

「……第10位階魔法〈時間停止(タイムストップ)〉は、使い手の魔法攻撃力によって効果時間が決まる。体感だが、今のは私の使用時と変わらなかったな」

(は。私の知識でも、この身の拙い魔法攻撃力では不可能な効果時間だったかと)

 

 つまり、モモンガの魔法能力を引き継いでいるということだ。

 

「MP消費はどうだ? 私は問題ないが……お前だけ疲労したりはしていないか?」

(いえ、まった問題ありません)

 

 第10位階を使ってほぼ影響なし。

 

「〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉〈魔力の精髄(マナ・エッセンス)〉……おおおおおお!」

(これは……!)

 

 そしてHPとMPの残量をチェックしてみれば。

 HP総量はアルベド、MP総量はモモンガ。

 リソース総量にして1.5倍以上。

 

「……〈絶望のオーラV〉」

 

 震える声で、次はスキルを試す。

 周囲の草が一瞬で枯れ果て、モモンガ=アルベドを中心に円形の荒れ地となる。

 

「〈上位アンデッド作成〉集眼の屍(アイボール・コープス)

 

 無数の眼球を持つ、浮遊した肉塊が現れる。

 

「スキルも全て問題なく使えるとはな……周囲を調査してこい」

 

 浮かれた声で、作成した集眼の屍(アイボール・コープス)を周囲の偵察に飛ばす。

 

(昨日から、まるでモンスターもプレイヤーも見かけませんね)

「あんな痴態を見られなくてよかったがな……」

 

 己の能力変化への興奮と共に、昨夜の行為を思い出すと体が火照る。

 

(あっ! いたしますか?)

「せん! 本当は昨日の内に周辺を調べたかったのだからな!」

 

 激しくツッコミを入れる。

 というか、この一人でわめいている状況の方が、見られると問題かもしれない……とは、気づかないモモンガである。

 

(申し訳ありません。あまりに素晴らしい状況だったので……)

「ま、まあ私もその……確かによかったが」

 

 しかも、アルベドが少し申し訳なさそうにすると、すぐ折れる。

 

(くふーっ! も、モモンガ様っ!)

「さんざんしただろうが! ひとまず待て! まずは周囲の把握が急務だ!」

 

 精神内で飛び掛かってくるアルベドを留める。

 

「……お前の得意は長柄武器(ポールウェポン)だったな」

(は。その通りです)

 

 即座に冷静な思考へと切り替えるアルベドに、呆れ感心しつつも。

 モモンガは真なる無(ギンヌンガガプ)をハルバードに形態変化させる。

 

「使えるか……? 〈凶撃(ドレッド・スマイト)〉!」

 

 ブラックガードの基本スキル。

 大地に叩きつけたハルバードが、衝撃によって巨大クレーターの如き穴を作る。

 真なる無(ギンヌンガガプ)の対物破壊効果。同時にクレーター内と周囲が凍てつき、さらにドス黒い瘴気で、飛び散る土が瞬時に塵に変わって、モモンガの身を穢す前に消滅する。

 〈凶撃(ドレッド・スマイト)〉は武器特性に氷属性と負属性の重複ダメージを加え、さらに継続ダメージのバッドステータスを与えるのだ。

 

「おお……アルベド、お前は何か念じたか?」

(いえ、私は何も……)

 

 モモンガの中にじわじわと歓喜が満ちる。

 

「ふ……ふふ、ふはははははははは!!!!」

(おめでとうございます。私の体を気に入ってくださり望外の喜びです!)

 

 そうだ。

 今のモモンガは、100レベル魔法職の能力のままに、100レベル戦士職の身体能力とスキルを備えた。

 かつての体が持っていた装備を失ったのは、正直悔しいが。

 能力値はいいとこ取り、スキルが単純に考えて二倍、武器防具装備も戦士準拠。

 

「すばらしい! すばらしいぞアルベド! こんなチートを得たプレイヤーは他にいまい!」

 

 それもアルベドは防御において、ナザリック最高。

 つまり100レベルの最高峰。

 そしてモモンガも、魔法の持ち札ではプレイヤー最高峰。

 多種多様な魔法を使いこなすタンク。

 使い勝手の悪かった接触系魔法も使い放題。

 防御系バフだって、ただの保険ではなくなる。

 プレイヤーの夢の結晶だ。

 モモンガはひとしきりテンション高く歓喜し。

 

「さて、次の実験だ。さすがに二人で一つの体を共有は、緊急時の対応に難がある。手数でもな」

(……名残惜しいですが、おっしゃられる通りです)

 

 思考を読み取ったアルベドが、残念そうに頷く。

 とはいえ、本当に名残惜しそうに思念が絡みついてくるのだが。

 

「……〈複製体作成(クローン)〉」

 

 第9位階魔法により、モモンガの前にもう一つのアルベドの肉体が現れる。

 自身の複製の肉体を作り、倒された時の予備とする魔法だ。装備は失うし、術者自身にしか使えないが、蘇生魔法と違ってレベルダウンがないし、HPも最大値に回復する。もっとも、予め唱えておいた場所(他者に破壊されてはいけないので基本的に本拠地)に戻る。何より1体しか作っておけないため、さほど使い勝手のいい呪文ではない。

 本来のモモンガの肉体が現れるかと心配していたが……杞憂だったらしい。

 ただ、ユグドラシルでは薄布をまとった形だったのに。ここでは全裸で肉体のみ。

 

「アルベド、どうだ。移れそうか?」

(外見が同じですが……かまわないのでしょうか? 私の肉体をモモンガ様が使われるのでしたら、同じ姿は不敬かと思うのですが……)

 

 全裸のアルベドから目をそらしつつ、己の中からアルベドを押しやるようにする。

 同一人物としてカウントされるなら、アルベドの精神のみでも移れるはず。

 

「何を言う。私がお前の肉体に……その、なんだ、魅力を感じたから、このような事態に陥ったのだ。お前はそのままが美しい。早く移って何か着ろ。目の毒だ」

(くふーっ! 承知いたしました! 私の体で私にするというのも、倒錯的でいいですね!」

 

 あっさりとアルベドの精神のみ、新たな肉体に移り。

 そのまますり寄って来るアルベド。

 順応が早いというレベルではない。

 

「飛びついて来るな! ほら、お前だけでは呪文も使えないだろう! この鎧はお前が装備しておけ!」

「もう……わかりました。この体に移っても、モモンガ様との確かなつながりを感じますし……」

 

 魔法職の能力が、モモンガの精神体に由来するなら、アルベドが同じ能力を持ったりはすまい。

 アイテムボックスから慌てて、彼女用に用意されていたスーツアーマー、バルディッシュ、カイトシールドといった装備一式を渡す。

 確かに、アルベドとはじんわりと精神的につながっているを感じる。

 しかも、本来は術者自身しか移れない肉体に、アルベドが移った。今のモモンガとアルベドは完全に同一アカウント扱いなのだ。

 

「……つまり、我々は自身のみを対象にした呪文やスキルを互いに使えるのだな」

「はっ、確かに……」

 

 ますます夢が広がる。

 モモンガは大いに喜びで満たされた。

 

「私は戦士としての技倆に欠けるからな。戦士装備は基本、アルベドがしてくれ。ただ、真なる無(ギンヌンガガプ)はこちらで持たせてくれ」

「は、承知いたしました……♡」

 

 万一、同じ世界級(ワールド)アイテムを使われた場合、本体たるモモンガが第一に保護されねばならないのだ。

 そうして鎧を身に着けて行くアルベドをガン見しつつ、アイテムボックスを探る。

 だが、アルベドのアイテムボックスは、恐ろしく品数が少ない。

 

「あとは……防御補強アクセサリ系と。騎乗動物召喚用のアイテムか。予備装備も消耗品も入っていないとは……タブラさん、設定ばかり凝ったんだな」

「まったく、タブラは最低ですね!」

 

 いや、言い過ぎだろ……と思うが、この内心が伝わる様子はない。

 ただ、アルベドからの好意、タブラへの怒りは伝わってくる。

 強い感情だけ、互いに感知できるらしい。

 

「どれ……アルベドの騎乗動物は……ほう、双角獣(バイコーン)か」

「はい。戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)とも呼ぶべき、100レベル魔獣です」

 

 モモンガが召喚アイテムを使ってみると、恐るべき負のオーラを放つ強力な魔獣が現れる。

 

「これは助かるな! 100レベルオーバーになった私、100レベル戦士職のアルベド、それに100レベル騎乗魔獣が加われば、十分にパーティーとしての連携が取れるだろう! よし、乗ってみ……」

 

 戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)が身を震わせていなないた。

 乗ろうとしたモモンガを振り落とす。

 

「なっ! この獣、モモンガ様に無礼な!」

 

 アルベドが近づけばこれも嫌がる。

 魔獣は弱り切って座り込んでしまった。

 

「ど、どういうことだ? お前の騎獣ではないのか? ……いや。もしや……まさか」

「知っているのですか、モモンガ様……っ、あっ、そんな、また視姦だなんてっ♡」

 

 モモンガが、じっとアルベドを見る。

 悶々とした感情が、アルベドにも伝わってくる。

 

「ちちちち違っ! バイコーンは処女を嫌い、淫らな女を好むという設定を思い出しただけだ! ビッチだったお前の体が処女のわけもない、要因は別にあるだろう!」

「いえ、私……ソロプレイならともかく、そういった経験はないのですが……」

 

 早口&大声で言うモモンガに、アルベドがぽつりと……少し恥ずかしそうに言う。

 

「えっ」

「いえ、ですから処女ですよ?」

「マジで?」

「マジですよ」

「…………」

 

 モモンガから伝わってくる安堵の感情が、アルベドにはとても嬉しい。

 本気で他のギルメンにどうこうされているとでも思っていたのか……とも言えるが。

 

「モモンガ様」

「な、なんだ?」

 

 アルベドの肉体だが、貌を赤くして慌てるモモンガが、ひどく庇護欲をかきたてさせる。

 

「この魔獣は戦力上必要です」

「ん? そうだな」

 

 きょとんとしつつ、頷く。

 狡猾な己と違い、無垢で少女性を持った主が愛らしい。

 アルベドはモモンガと違い……己の感情を敢えて制御する術を知っている。

 

「ですから、モモンガ様。せっかく二人になりましたし、お互い処女じゃなくなりましょう」

「なるほど……ん?」

 

 意味が咄嗟にわからなかった様子で、首をかしげている。

 悟られないよう、アルベドは己の内心の欲情すら隠す。

 

「大丈夫です。指でも舌でも、きっと喪失カウントされますよ!」

「指? 舌? ま、待て! なんで鎧を脱い……んむーっ!」

 

 何となく察し始めた主の口を、プレイヤースキルの差で塞いで。

 アルベドは戦力増強のため、互いの肉体から純潔をなくさんと動き始めた。

 なんといっても女淫魔(サキュバス)の体である。

 

 草原に響く声が悲鳴から嬌声に変わるまで、さしたる時間はかからなかった。

 




 いまだに草原から動いてません。
 集眼の屍(アイボール・コープス)さんは、最中にカルネ村を見つけますが、空気読んで黙ってます。
 時間軸上、まだ村は襲われてません。

 カンスト課金勢だったモモンガさん、100レベルを遥かに超える能力を得てご満悦。
 能力は上乗せではなく、肉体能力値とHPがアルベド、精神能力値とMPがモモンガです。
 戦士系スキルは、アルベドが指導すれば使いこなせます。魔法系スキルや呪文は、アルベドの精神に付随するので、モモンガは使用できません。このあたりは幕間で検証した扱いになるかと。
 それでも、超位魔法使うガチタンクなんで、原作モモンガさんよりめっちゃ強いです。
 あと、アルベドとお互いに「自身」のみを対象とする呪文やスキルを掛け合えるのも、相当なチートです。
 ただしナザリックはないし、ポーションもスクロールもありません。二人同時にフル装備も不可。

 〈凶撃(ドレッド・スマイト)〉はD&Dから。
 防御系だと使ってみても効果わからないかなってことで、適当な攻撃能力として出しました。クレーターができてるのは、あくまで真なる無(ギンヌンガガプ)の対物破壊効果です。

 〈複製体作成(クローン)〉はD&Dの呪文から。
 お金やら準備やら必用な儀式呪文ですが、ユグドラシルでそういう呪文はなさげなので。さらっと使えることにしました。装備喪失がでかいですしね。本来は自身にしか使えない上、死霊術系高位魔法なので使い勝手あまりよくないです。捨て装備で敵陣に行ったり、超位魔法デコイこなす時に使う的な。
 でも、モモンガ=アルベドは、同一アカウント扱いなので今の体で死んでも、モモンガの肉体に戻るだけです。両者が別次元とか時空にいない限り、距離がどれだけ開いていても問題ありません。モモンガは即座にクローンを再作成して、HP満タンのアルベド(ただし全裸)を送り出せます。
 必要時間は呪文を唱える、肉体に入り込む、で2アクション分。
 その間に肉体を破壊されると厳しいですが。
 モモンガさんが、タンク役できるようになってるので……(カバーリング系スキルいっぱい)。アルベドさんが全裸を開き直れば、MPが続く限り繰り返し使えるエインヘリヤル(シャルティアの最高スキル)みたいにもできますね。
 
 戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)、100レベルバイコーンって言ってたから100レベルとして扱ってます。
 けど、アウラの下でも100レベルモンスターって聞いた覚えがないし、これはかなりヤバイのでは……という気も。召喚系でも100レベルモンスターを召喚できる魔法ってあまり聞きませんしね……。
 今後において、いろいろ過剰な強さにしたり、100レベルにしては弱すぎない?ってなるかもですが、そのあたり適当に読み流してください。
 いきなり二人旅じゃなくなった気もしますが、騎獣なんで……。


 ▼は♡への変換忘れです……PCでテキストで書く時、♡は書けないので……こっちに写してから手作業になるんですよね……修正しました。


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3:MUGENの闇

 オリキャラじゃない……オリキャラじゃないんだ……。
 クロスでもござらん!



 なぜかさらに数日経ってさらに次の朝。

 草原で二人を背に乗せ、魔獣が歩いていた。

 その背には甲冑の女騎士が跨り……さらに背後に、横座りで乗るドレスの女淫魔(サキュバス)がいる。

 

「……無事に乗れるようになりましたね」

「……アルベドとだけならよかったんだがな。おい、わかっているのか?」

 

 モモンガが〈絶望のオーラV〉を放ち、騎乗する獣を睨む。

 魔獣――戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)が唸りながら怯えすくんだ。

 100レベルだけあって即死耐性こそ持っているが、怖いものは怖い。

 しかも、オーラに合わせて周囲の草が枯死し、虫が死に、鳥が落ち、土中ではミミズだって死んでいる。

 密着中のアルベドだってきつい。

 

「ま、まあ、私たちがそれだけ魅力的だったということですし……」

「こいつが雄で、しかもあんな所まで双角だとはな……」

 

 あれこれした結果、二人が貞操を失った途端……興奮した魔獣に襲われ。

 後脚部の間にあった双角で、二人いっしょにいただかれてしまったのだ。

 乗る前に乗られた二人である。

 

 そもそも。

 知性の高い魔獣の前で、盛って見せたのが問題であった。

 彼は会話こそできないが、人の言葉をしっかりと理解できるし。

 不浄を好む知的魔獣として、美的感覚も人間と同じなのだ。

 一日以上耐えただけでも、讃えられるべき自制心だろう。

 だが、憑依で得たモモンガの絶対的格差が、反論を許さない。

 騎乗後……というか、モモンガがむくりと起き上がって以来、魔獣は己の愚行を後悔することしきりである。

 

「とにかく、あのような関係になった以上、名なしではいかん。アルベドはこれにどんな名を与えているのだ?」

「は。ナザリックでも最強級の魔獣として、トップ・オブ・ザ・ワールドと名づけるつもりでした」

「長っ! 呼びづらいだろ!」

「た、確かに……ではモモンガ様に名付けてはいただけませんか?」

 

 この会話に、戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)はなぜか寒気を感じた。

 

「ふむ、そうだな……やはり二本あるのが最大の特徴……山羊……黒い……」

 

 一応は馬っス、と抗議しても魔獣の心はモモンガに届かない。

 

「ヤギスケ……フタマタ……うま波兵……」

 

 ぶつぶつと名前候補を並べるモモンガ。

 アルベドは上機嫌で、己に密着する主を堪能している。

 そんな中。

 冷や汗を流し、身を震わせ、精一杯抗議する戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)

 彼はあくまでアルベドに帰属する存在であり、モモンガに直接の従属はしていない。

 センスはアルベド準拠なのだ。

 

「まあ、モモンガ様に名付けてもらえるからって、こんなに喜んで」

 

 ちがう!といななくが、振り落としたりすれば殺されかねない。

 

「よし! 決めたぞ。お前の名前はクロマルだ!」

「まあ、kuromaru! 素晴らしい命名かと!」

 

 アルベドが絶賛する。

 なぜかローマ字表記で。

 戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)、否クロマルは絶望した。

 

「MUUUUGEEEEEEENN!!」

「ふふ、この子もこんなに喜んで」

「その名に恥じぬよう、あんなことはもうするなよ!」

 

 必死の抗議の叫びすら、喜びと受け止められてしまう。

 魔獣は、心の底から己の愚行を後悔した。

 というか、その名前で他に何をしろと言うのか。

 

「それにしても、アルベドの肉体を二つ同時に味わうとか……羨ましい」

「モモンガ様……♡」

 

 そんなクロマルの背で二人はいちゃついていた。

 

「ずっと待たせた集眼の屍(アイボール・コープス)には悪いことを……ん?」

「どうなさいました?」

 

 集眼の屍(アイボール・コープス)には主に見た者を伝える能力もある。

 発見したという村を監視させていたのだが。

 

「村が襲われているな。相手は武装した兵士らしいが……ずいぶんみすぼらしいな」

「あら……どういたしますか? 情報収集の予定でしたが」

 

 じっと、集眼の屍(アイボール・コープス)の視界を共有しつつ。

 村人がろくに抵抗できず虐殺される様子を眺める。

 戦士の肉体を得たモモンガの目で見ても、たいした連中ではない。

 

「ふむ。村人を助け、騎士を数人拘束しよう。弱者についた方が、恩は売れる」

「は。では……適度にタイミングを見ますか?」

「いや、急いでやれ。村人は簡単に死んでいる。遅れると全滅しかねん……」

「では! kuromaru、行きますよ!」

 

 アルベドが手綱を引く。

 やっと戦闘の役目が訪れたと、クロマルは疾駆した。

 

「MUGEEEN!」

 

 未だ、命名への抗議のいななきを続けながら。

 

 元より、たいした距離だったわけでもない。

 一瞬と言ってもいい時間で、彼女らはカルネ村に至る。

 最後の跳躍は、天に至らんが如くであり。

 二人の超越者を乗せた、超級魔獣の接近に……村の誰もが気づかなかった。

 襲撃者たちも含めて。

 

 

 

「エンリ! ネムを連れて逃げ――」

 

 その日、必死に襲撃者に抗っていた男は奇跡を目にした。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)〉〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

 

 数十もの輝く矢が天より降り注ぎ、襲撃してきた兵士どもを撃ち抜いたのだ。

 今にも男の背に剣を突き立てんとした兵士は吹き飛ばされ。

 男の命は、すんでのところで守られていた。

 逃げろと言った娘らも立ちすくみ。

 妻にのしかかっていた兵士など、頭を撃たれ首が折れて転がっている。

 

 兵士らとて何が起きたか理解できない。

 空から聞こえた声は〈魔法の矢(マジック・アロー)〉。

 彼らはこれでも、特殊部隊の末端。

 魔法についても少なからず知っている。

 初歩的な攻撃呪文であり、己らなら数回は耐えられるはずなのだ。

 最高位の使い手でも数本が限度……それが数十本。

 威力も桁違い。一撃で明らかに数発分の威力がある。

 

 何ごとか、と。

 誰もが天を仰いだ。

 そして、黒き獣と騎士を伴い、女神が降臨した。

 

 

 

「……おい。〈魔法の矢(マジック・アロー)〉でけっこうな数が倒れたぞ」

「最強化したとはいえ……10レベルなさそうですね」

「弱すぎないか?」

「そうですね……」

 

 50レベルくらいかなと思い、己にヘイトを集中させるつもりで放った第1位階魔法が。

 思わず、相手を半壊させているのだ。

 モモンガもアルベドも、クロマルすら唖然としていた。

 しかも、これで襲撃者側は戦意を失ったらしい。

 

「フレンドリーファイア有効っぽいし、村人らは味方ですらない。範囲攻撃は控えるか」

「絶望のオーラだけで、村ごと滅ぼせるでしょうしね」

 

 昨夜、子宮口で思い知ったフレンドリーファイアである。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)〉〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

 

 撃ちきれなかった兵士らをさらに撃つ。

 逃げ出し始めた。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)〉〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

 

 逃げようとしている兵士らをさらに撃つ。

 倒れ呻く兵しかいなくなった。

 

「……弱すぎるだろ」

「連携テストになりませんでしたね……」

 

 クロマルも含めた三体での連携テストのつもりで挑んだのだ。

 チャージングバッシュや、ランページの使用も想定していたのに。

 初手のヘイト稼ぎで半壊&戦意喪失など、想定外である。

 強化スキルこそ使ったが、1レベル呪文3回だ。

 消耗とも言えない。

 二人で溜息をついていると。

 

「うおおおお! 武器を捨てろッ! 魔法を使うなァッ!」

「きゃあーっ!」

「え、エンリ!」

「お姉ちゃん!」

 

 一人の村娘を後ろから捕え、一際下卑た兵士が現れる。

 モモンガは少しだけ関心を向けるが。

 

「このスレイン法国貴族ベリュース様が! こんなところで終わるわけか――ひっ」

 

 しかし、瞬時にびくびくっと身を震わせながら倒れる。

 いつの間にか背後に、目玉だらけの巨大な肉塊がいた。

 不可視化で伏兵として配置されていた集眼の屍(アイボール・コープス)である。

 

「不可視化を見破れない。麻痺の魔眼に抵抗できない、か」

「ありていに言って、ザコ以下ですね……」

 

 ため息をつき、麻痺した兵士――ベリュースにトドメを刺す。

 

「〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

 

 悲鳴もあげられぬベリュースに集中した十発の魔法弾は、その体をひしゃげさせ、巨獣に踏みつぶされたように変えた。

 

「本当にもろいな」

「まさしく虫と呼ぶにふさわしいかと」

 

 全力で蹂躙した方が早いのでは……と思えるが。

 まだまだ一つの村で全てを判断すべきではない。

 

「増援が来るかもしれん。一応、護衛を作っておくか……〈中位アンデッド作成〉」

 

 おぞましい音を立て、死んだ兵士の骸が、武装した巨漢のアンデッドとなる。

 防御力について信頼できる死の騎士(デス・ナイト)だ。

 その光景に、村人らはひれ伏し。

 かろうじて生き残った兵士らは絶望と共に目を閉じる。そして、多くは希望と共に、命すら失ってしまった。

 

「死体に乗り移るのか……グロいエフェクトだなぁ」

 

 思わぬ仕様変更に、モモンガ当人は困った顔をしていた。

 

 

 

「女神様! ありがとうございます!」

「女神様!」

「女神様!」

 

 救われた村人たちは一斉にひれ伏し、モモンガを拝み始める。

 無理もあるまい。

 虐殺は止まり、村人の犠牲はほぼなく終わったのだ。

 しかも、モモンガは白いドレスに身を包んだ、まさに天上の美と呼ぶにふさわしい美女。

 角や翼は人ならざる存在と示すが……同じ人間に殺戮されんとした者らには、些細な問題にすぎない。

 

「ええ…………ああ、うん、とりあえずまだ生きている兵を縛り上げなさい。それから、重傷を負った村人を連れて来るように」

 

 うろたえつつ答えるモモンガに、村人らが我先にと動き出す。

 救い手たる女神に、己の働きを見せんとしているのだ。

 

「モモンガ様、人間風情にこのような……よろしいのですか?」

 

 甲冑姿のアルベドが具申する。

 適当な個体に〈支配(ドミネイト)〉を使った方が早いのでは……と考えてだ。

 

「我々はこの世界について何もわかっておらん。味方を作っておくべきだろう」

 

 アルベドをなだめ。

 連れてこられた兵士――数人しか生きていなかった――を、クロマルに見張らせ。

 傷ついた村人らを、アルベドに回復させる。

 村人らの死者は四人……襲撃を考えれば、案外と少ないと言えるだろう。

 

(ふむ……そうすると、HPが0になったからと死亡するとは限らないか。頭を狙わず、腕や足を狙えば、兵士も全員生きたまま無力化できたかもしれんな。まあ、多数の捕虜など邪魔にしかならんが……)

 

「村人らの死体をこちらへ。我が祝福を与えよう。そして兵士の死体も集めよ。悪しき行いの罰を与える」

 

 わずかな村人は警戒を見せるが。

 多くの村人が、率先して死者を並べて行く。

 

「悪しき者に蹂躙されし子らよ、未だ怒りあらばこの地に残れ」

(……ちょっと厨二すぎるか?)

 

 モモンガ(アルベドの肉体)が、黒い翼を広げ、死した男を黒い光で包む。

 その肉体が急激に失われ、目に赤い光が宿る。

 衣服はローブに変わり、手には杖。

 生前の面影を残しつつも、それは強大な力を見せていた。

 

「こ、これは……俺は、兵士に襲われ死んだはず……! それにこの溢れる力は……!」

 

 生前の声、仕草で“それ”は言葉を発する。

 村人たちは目の前の奇跡に息を呑んだ。

 その姿は恐るべきアンデッドだが、意識は当人のもの。

 

「お前を蘇らせたるは、お前自身の未練。理不尽に対する怒りが、その姿で蘇らせたのだ。その力は村を守り、敵を討つ力と知れ」

「ああ……偉大なる主よ! ありがとうございます!」

 

 復活した男――死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が平伏する。

 

(知性あるアンデッドなら、当人の記憶が戻るのか……〈中位アンデッド作成〉もかなり使えるな。効果時間で消えたなら、成仏した扱いでいいか……記憶は死亡後時間にもよるかもしれん。残った兵士も殺して、時間差を試してみるべきだろうか……ああ、呪文でも死体に移るのか?)

 

 かくして、カルネ村に四体の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が生まれ。

 多数の骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が、農奴として与えられた。

 これらは彼の地を守護し続け、将来の聖地を守る存在となる。

 

 生き残った兵士らも、女神の威光に撃たれ、知る限りのことを話した。

 帝国の仕業に見せかけんとした、スレイン法国の卑劣な行いは明らかとなり。

 この地を発信源として、反法国の機運が高まった。

 

 黒翼の女神モモンガ。

 黒き守護騎士アルベド。

 暗黒の神獣クロマル。

 偉大なる三柱による、新たな神話の始まりであった。

 




 原作より少し早く来たので、エンリの両親は無事です。
 村人は犠牲者少ないですが、全員が全力でモモンガさんの信者になりました。

 さすがに毎回戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)じゃアレなので、名前をつけました。トップオブザワールドも長すぎるし……略してTOWもヒロアカ風味すぎるかなって……。
 アルベドはなぜかkuromaruってローマ字呼びします。
 ふっしぎー。
 (詳細を知りたい方は kuromaru mugen でググってください)
 原作モモンガ様に比べるとフツーのネーミングですが、露骨にエロ用語から名前つけるわけにもいかず……。モモンガさんのエロ知識を高くすると、それはそれでアルベドにリードさせづらいので。 

 呪文やスキルの解釈、一部適当になってます。
 〈魔法の矢(マジック・アロー)〉、モモンガさんは10発撃てます。他はたまに数発撃てるだけって話なので10レベルにつき1発と見て、三重化で30発。最強化してるので最大ダメージ化で平均ダメージが約2倍。能力値による効果上昇もある程度はあるでしょうから、仮に3発分として通常の90発分を一回で撃ってます。
 呪文強化スキルに使用回数制限があるとすれば、ウカツすぎる使い方の気もしますが……1回目は「一番軽い魔法で様子見しよ」、2回目は「え?今のでホントに?」、3回目は「もうこれでいいや」って感じです。気が抜けちゃってついつい……と思ってくださいませ。
 主な理由は、乱戦状態で多数の敵を選んで攻撃できる適切な呪文が、他に思いつかなかったからでもあります。召喚系ですとタイムラグ発生しますし。

 死体を媒介に作ったので、エルダーリッチその他は原作と同じく効果時間ナシで永続します。スキルと呪文で作ったため、最終的な命令権はモモンガさんが握ってます。彼ら自身、モモンガさん第一主義で、ナザリックNPCみたいな思想です(生前記憶持ちエルダーリッチも)。


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4:やってくれた喃

 わかりづらいですが、本作モモンガは白ドレスのアルベドの肉体です。
 アルベドは全身甲冑で、兜で顔を隠してます。
 仲間に戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)のクロマルがいます。



 ほどなく効果時間が切れて姿を消した集眼の屍(アイボール・コープス)を追加で呼び出し、村の周辺警戒を任せる。

 

(しまった……さっきの死体から一体はこれを作っておくべきだったな)

 

 景気よく魔法強化スキルを使い過ぎたと、〈上級アンデッド作成〉スキルを温存したゆえのミスであった。

 この世界では、死体から作れば永続化できるのだ。

 死体を補充できないかな、とチラッと周りを見るが。

 

 村人たちはまだ、モモンガたちを拝んでいる。

 名前を名乗れば女神モモンガと呼ばれ……皆がぶつぶつと「モモンガ様」と呟いている。

 

(さすがに彼らを死体にするのはまずいな……)

 

 女神と呼ばれるに至った状況について、考える。

 モモンガとしては、原始人にライターを見せて崇められ始めた気分だ。

 

「女神か……やはり美人は違うな」

「そんな、美人だなんて……」

「骸骨の私では魔王がせいぜいだ。お前のおかげだぞ」

「くふーっ♡ ありがとうございます!」

 

 兜で顔を隠したアルベドが、身をよじる。

 モモンガは己が得たアルベドの肉体をとことん褒めるし、時には欲情がじわりとアルベドにも伝わってくる。

 

(ぐへへ、たまんねぇなぁ、おい)

 

 思わず、アルベドが下卑た欲望を濁流の如く垂れ流す。

 この欲望の相共鳴による高まりが、二人を三日以上も草原に留めたのだ。

 アルベドとしては下等生物(人間)どもの目など気にせず、モモンガと愛し合いたい。

 のだが!

 

(くっ、意識するとまたアルベドに欲情してしまう……!)

 

 あいにくと、モモンガは人目を気にしていた。

 理性で抑え。

 冷静に情報収集に努める。

 

「……村の代表は無事か?」

「は、女神モモンガ様、私めが村長でございます」

 

 一人の老人が進みでる。

 

「私は下界について、詳しくない。このような襲撃は多いのか?」

「いえ、村が始まって以来初めてでございます」

 

「村を守る兵はいないのか?」

「このような開拓村を守る兵など……」

 

 そうして、この世界――いや、彼らの知識の範囲で世界について聞く。

 過酷な労働、法外な税金、皆無な教育、非道な兵役、論外の搾取。

 ろくに保護義務を果たさない貴族の存在に、モモンガは呆れた。

 リアルより酷い。

 底辺社畜のモモンガとて、ゲームをする程度の余裕はあったし。

 最低限でも、セキュリティと福祉の恩恵を受けていた。

 

 しかも、貴族は先の兵士程度のザコしか、暴力手段を持たず。

 当人は戦闘力を持たないというではないか。

 見せられた貨幣も、汚く質が悪い。

 

 ついでに、捕虜に〈支配(ドミネイト)〉をかけて聞き出した情報も、大差はなく。この村の属するリ・エスティーゼ王国は、大陸でもっとも腐敗した掃き溜めの如き国と言う、酷い評価であった。

 

「アルベドよ。この国の統治と状況をどう考える」

「実に稚拙で愚昧な、私の知る中でも、この上なく無価値なシステムかと。手に入れる価値すら感じられません」

 

 深々と、モモンガが頷いた。

 

「労働には対価を与えねばならん。保護すらなく、この様では彼らは奪われるのみだ。労働意欲も高まるまい。ただ生きるためだけに働いておるに過ぎん。当人らの言葉のみを鵜呑みにはできんが……さしたるモンスターも見かけんこの世界。貴族とやらには、あまり好感が持てんな」

「私としてはこの、矮小な者たちもあまり好意は持てませんが……」

 

 苛立ちを込めたアルベドの言葉に、ぴくりとモモンガの眉が上がる。

 

「おい、アルベド。彼らは私たちを感謝し、崇めているのだ。そのように……ん? ああ……そういえば、お前はそんな風に作られていたのだな」

 

 たしなめるように言いかけるが。

 流し読みした際、チラリと見えたタブラ・スマラグディナ作の設定の一部を思い出す。

 そして彼女が、人である以前にNPCだったのだとも。

 モモンガは、アルベドの兜をいたわるように撫でた。

 

「は? タブラのクソが? じゃあ、モモンガ様のおっしゃる方が正しいですね」

「え、えええー」

 

 態度がガラリと変わり、モモンガはずっこけかけた。

 NPCとは何だったのか。

 己が作ったパンドラズ・アクターも、ダサい設定を内心すごく嫌がっていたのかも……と、少しナイーブになるモモンガ。

 

「あまり私に盲従して欲しくないぞ……私だってミスはする。ミスで、アルベドを失ったりしたら……私は、一人になってしまうではないか。思う所があらば、きちんと進言してくれ」

 

 潤んだ目で、愛する人にそう言われ、NPCが身を火照らせずいられようか。

 しかも、結合した精神から、主の不安と孤独が、すがりつくように流れ込んでくる。至高の御方が不安にさいなまれ、アルベドを心から頼ってくれているのだ。

 また、ナザリック最高の美女を自認するアルベドは、相応にナルシストでもあった。己の体と絡み合う嫌悪感など皆無……いや、むしろモモンガが己の体を褒め、欲情してくれるごと、好感度は上限突破で上昇しっぱなしである。

 

(くっふおぉぉおほーーーーッ! こ、これはアレっしょ!? 今すぐヤりたいですって言ったら、恥ずかしそうにこくんって頷いてくれるシチュっしょ!? やっべ! マジやっべ! 下等生物が周りに何匹いよーと関係ねーし! はぁはぁ、モモンガ様はヤリすぎとか言ってましたけど、まだまだ私は消化不良なんですぅー! 物足りないんですぅー! 良妻として、元が私の体でも、モモンガ様にありとあらゆる快楽を味わっていただくため、一切の労苦をいといませんし! というか、進んで開発させていただきますし! ぐへへ、うへへ、いぃぃひぃぃひ♡ それじゃあ、いただきま――)

 

 アルベドは業火と呼ぶも生やさしい、欲情を超えた情炎をモモンガの精神に伝え。

 飛び掛からんとした、まさにその時。

 

「んんん? ――なッ!」

 

 その熱量に、モモンガがうろたえ――そして同時に。

 真剣な顔で目を見開いた。

 

「いいいいいかがいたしました、モモンガ様っ!」

 

 息も荒く、欲情しすぎて捕食顔になっているアルベドだが。

 兜のおかげで、モモンガにも村人にも見られていない。

 

「さすがだな、アルベド! 集眼の屍(アイボール・コープス)より早く、接近する気配に気づくとは!」

「――は? はぁ」

 

 思わぬ言葉に、アルベドは虚を突かれ、とりあえず頷く。

 村人らは、神々の言葉にうろたえた。

 新たな襲撃者が現れたというのだ。

 まさか本隊がいたのでは……とも疑う。

 

「同じ肉体を得ても戦闘感覚は大きく違うか……私も鍛錬せねばな。思えばさっきの連中は、私の魔法で全て倒してしまった。戦士として力を振るえなんだお前が、不満を抱くのはもっともだ」

「アッハイ」

 

 主が何を言っているかわからないが、シモベとして反論は許されない。

 

「それにしても、敵らしき気配を感じただけで、そんな火傷しそうな戦意を燃え上がらせるとは。戦士として血がたぎるのだな。相手の出方次第だが、敵ならば……お前の刃を存分に振るうがよい」

「ハイ……アリガタキシアワセ」

 

 コキュートスのような口調になったアルベドに、モモンガは満足そうに頷いた。

 これがアルベドの戦闘モードか、と感慨を込めて。

 

(違う! 違うんですモモンガ様! 振るいたいのは指と舌と腰なんです! 私に振るってくれるのも歓迎です! わかってください!)

 

 思いよ伝われ、とばかりに念じるが。

 

「ははは、そう昂ぶるな。私まで戦いたくなってしまうではないか。お前の見せ場を奪わせないでくれ」

「ふしゅるるるるる」

(私のご褒美を奪わないでください!)

 

 いろいろ熱くなりすぎて、変な鼻息を出すアルベド。

 

 噛み合わない二人だが。

 村人たちは、頼もしい言葉に安堵し。

 なお一層強く、この神々へと祈りを捧げる。

 

「さて、接近してくる戦士職集団に、森近くに潜む魔法職集団――どちらが敵か、どちらも敵か」

 

 気に入ったのか、女神ロールプレイのまま。

 モモンガは呟き。

 四体の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちに命令する。

 

「お前たちは骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)を指揮しつつ村を守れ。伏兵や遊撃部隊がいるかもしれん」

「承知いたしました、偉大なる主よ!」

「御身より授かった力、怨敵を討つべく……!」

 

 アンデッドたちが瞬時に部隊となり、村の四方を守る。

 

「村長よ、この死の騎士(デス・ナイト)を、お前たちの守りにつける。村人を避難させよ」

「おお……再び我らを守ってくださるのですか、偉大なる女神モモンガ様!」

 

 感動と共に村長が……そして、残る村人も頭を地にすりつける。

 

「よい。お前たちは我が加護を受けた。私はお前たちを全力で守ろう」

「ああ! なんと……!」

 

 傾き始めた太陽。

 夕陽の中で微笑むモモンガに、村人たちは失神せんばかりである。

 そして、一方で。

 

「………………」

(クソが、クソがッ! クソがああああああああああああああああああッ!! こともっ! こともあろうに、モモンガ様をいただくベストタイミングをッ……不安と孤独を、このアルベドで癒していただく最高の時をォォ……はかった喃……はかってくれた喃……ぜったいにゆるさんぞ虫ケラども!!!! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!!!)

 

 ギリギリ、めきめき、バキバキとと異様な音を立て、目から赤い光を放つアルベド。

 世界を滅ぼさんばかりの殺意の波動が噴き出し。

 紫色のおぞましいオーラを残しつつ、神獣クロマルの背に跨る。

 神獣の体がみしみしと軋み、クロマルが苦痛の呻きと共に、屈服するように頭を下げた。

 アルベドの太腿が、その屈強な胴を挟み潰さんとしていたのだ。

 並みの馬なら一瞬で挟み潰され、両断されていただろう。

 

 そんな破壊神とも呼ぶべきアルベドの姿に、村人たちは恐怖と――絶対の敬服を感じていた。

 

(なんて強そうでかっこいいんだ……俺もできるようにならなきゃ)

 

 そしてモモンガも、厨二的な意味で畏敬を感じていた。

 

 

 

 粉塵を巻き上げ、騎馬集団が駆けて来る。

 不揃いな装備だが、油断はできまい。

 油断はできまいが……アルベドがいれば、どうとでもなる。

 モモンガはそんな、確かな信頼を感じるのだった。

 

(殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……!)

 

 アルベドの怒りは、半ば風ともなり渦巻いている!

 

(ううむ、ブラックガードか暗黒騎士(ダークナイト)のスキルだろうか。すごいな……)

 

 もはや接近する連中に見る価値はなしと。

 頼もし気にアルベドを見つめるモモンガであった。

 





 果たしてガゼフの運命やいかに!

 村人には(主のペット扱いで)やさしく接せられるアルベドさんですが、性衝動を邪魔する者には容赦しません。

 あと、自身にビッチ設定つけられたこと怒ってますってアピールしたおかげで、タブラさんについて、モモンガさんと素で会話できます。


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5:命を刈り取る形

 カルネ村は襲撃直後にモモンガ降臨したので、焼かれたりしてません。



 戦士長ガゼフ・ストロノーフは、夕陽の中で遠目に見えるカルネ村の様子に首をかしげ。

 率いる戦士団に急ぎ、指令を下す。

 

「待て! あの村は襲われている様子がない……周囲を警戒せよ! 村を襲わんとする者がいないか、探りつつ進め!」

 

 これまでの、煙を立ち昇らせ、破壊された村とは明らかに違う。

 破壊痕もなく、焼かれた様子もない。

 これから襲われんとしているのか。

 あるいは今まさに襲われているのか。

 だが、近づきつつあっても、悲鳴の類は聞こえてこない。

 他の村が襲われていた様子に、罠を警戒していたが……どういうつもりか。

 帝国兵だと言う襲撃者について、思い悩むガゼフだった。

 

 

 

 一方、森近くに潜伏し、ガゼフらを包囲せんとしていた陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは激昂した。

 

「ええい! 奴らが散開してしまうではないか! ベリュースめ、あんな小村の焼き討ちもできんのか!?」

 

 午前中にベリュースらの部隊はバハルス帝国騎士に扮し、カルネ村を襲ったはず。

 村に戦力はない。これまで以上にたやすく焼き捨てられる村だ。

 だが、襲われた様子は確認できない。

 不審に思ったのだろう、戦士団は散開し、周囲を警戒しつつある。

 

「まずい……まずいぞ……」

 

 陽光聖典は魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団だ。

 召喚魔法を用いた集団戦術による、殲滅戦を得意とする。

 逆に言えば、戦士との正面戦闘では、真価を発揮できない。騎馬で行動する彼らが、逃げ出さんとすればなおさらだ。

 王国貴族との策略により、戦士長ガゼフ・ストロノーフは、最低限の装備で出撃している。貴族のいやがらせで、戦士団には制服も階級章もない。つまり、戦士長とて一般兵と変わらぬ装備――散開して逃げ出されれば、戦士長の特定など、運任せにするほかない。

 ベリュースたちは何をしているのか。

 村を襲ったまま、中でくだらぬ乱痴気騒ぎでもしていれば……中で乱戦となるはず。

 それなら村ごと包囲して襲撃できるが……。

 

「クソっ、祈るしかないのか……!」

 

 暗殺任務など己の本分ではないというのに。

 苛立たしく、スルシャーナの聖印を握るニグンであった。

 

 

 

 そんな両者の様子を、不可視化した集眼の屍(アイボール・コープス)が、じっと見聞きしていた。

 全てを主たるモモンガに報告しながら。

 

「ふむ……アルベドよ。あちらの魔法職集団に向かえ。指揮官はアンデッド化させる。あまり壊しすぎるな」

 

 未だ隠れ続ける、明らかに村に敵対的な集団を指さす。

 

「承知イタ――」

 

 最後までは聞こえなかった。

 普通にダメージの入る勢いで蹴られ。

 戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)が疾駆したのだ。

 100レベル乗騎は、戦場内を一瞬で駆け抜ける。

 音の速度か、それ以上で。

 甲冑のアルベドを乗せ、魔獣が走る。

 

 

 

「隊長、村の方から何かが!」

 

 気づいた陽光聖典隊員が、指揮官たるニグンに報告できたのは。

 それ自体が奇跡的な功績だったろう。

 だが。

 無意味だ。

 

「ん? ベリュースの奴がやっトッ――」

 

 ニグンは何が起きたかわからぬまま。

 開いた口を後頭部まで貫かれ、絶命した。

 そのまま、彼の骸が上へと、吊り上げられる。

 アルベドが、手にした長柄斧――バルディッシュを持ち上げたのだ。

 

「隊長?」

 

 突然、指揮官が宙に飛び上がったようにしか見えず。

 報告した隊員が、間の抜けた声を発する。

 周囲の隊員らも、状況把握ができず、呆けた顔をするばかり。

 

「クフッ、イヒッ――クヒヒヒヒヒ」

 

 突然現れた、恐るべき騎士が笑っている。

 アルベドの兜の中、瞳が紅い光を放ち。

 紅い尾を引きながら、周囲を見回す。

 他に地位の高そうな者はいない。

 

「指揮官確保ォ――〈鮮血鋼刃(ブラッドスチールブレード)〉ッ!」

 

 バルディッシュがどくんと脈打ち、赤い血管状の模様が浮かぶ。

 攻撃後に武器強度とダメージを上昇させ、負属性も付与する、暗黒騎士(ダークナイト)のスキル。

 ニグンの死体を貫き持ち上げたまま。

 死体もろとも、発動したのだ。

 貫かれたニグンの骸も()()()()()()()()()()赤い模様を浮かべ。

 武器と一体化して硬化する。

 ぶら下がる彼の体は、おぞましい装飾を凝らした武器の一部としか見えない。

 懐からはみ出して青白く光る水晶など、まさに装飾の宝石だ。

 

 ニグンの身を以てバルディッシュは、大鎌と化し。

 命を刈る形を得た。

 

「隊長?」

 

 陽光聖典隊員が、もう一度空ろな声を発した。

 この状況を理解も受容もできず。

 浮かび上がった、己の指揮官を見上げる。

 そこには、ただ歪な、巨大な、暴力だけが。

 

「え?」

 

 猛悪なる何かが、黒騎士と化して立つ。

 吐き出されるは、理不尽なる殺意の渦。

 憤怒と殺戮衝動が奔流と化して。

 彼らの正気と生命を、押し流す。

 

「死ィィィィネェェェェ――!!!!!!」

 

 2メートルを超える長柄武器。

 その先に硬直固定された、2メートル近い長身の男。

 100レベル戦士の筋力は、これをたやすく振り回す。

 アルベドの腕の長さが加わり。

 騎士クラスを極めたゆえの人馬一体が加わり。

 半径10メートル以上を、くまなく一閃する範囲攻撃と化す。

 

 バルディッシュに斬られる者。

 ニグンの足に踏み砕かれる者。

 魔獣の蹄にて踏み潰される者。

 過剰な攻撃力で、あるいは両断、あるいは爆散、あるいは挽肉。

 夕陽の中の、その光景は酷く酷く幻想的で。

 血も肉も臓腑も、飛び散る紙吹雪のようで。

 その非現実さが。

 残る隊員から、逃げ出すべき時間を奪った。

 

「死死死死死死死死死」

 

 容易に死に過ぎる彼らでは、アルベドの殺意を抑えられない。

 甲冑には一片の肉、一滴の血すらついていない。

 殺意の風は、さらなる獲物を求める。

 

「ひっ……!」

「あっ、あっ」

 

 殺意に晒され、初めて残る隊員らも己の死地に気づく。

 背を向け、この黒い死神から逃げ出さんとするが。

 時、すでに遅し。

 

「逃ガスカァァァァ!!!!」

 

 咆哮と共に暗黒の騎士は駆け。

 全ての陽光聖典隊員を刈り取っていく。

 

 夕陽に照らされる平原に。

 人体が爆散し、血煙が幾度も噴きあがる。

 そんな惨劇を。

 不可視化して浮かぶ集眼の屍(アイボール・コープス)だけが見ていた。

 正しくはその主と共に。

 

 

 

「ふふ、あんなにはしゃいで……よっぽど戦いたかったんだな」

 

 モモンガはほっこりと、アルベドの戦う姿を眺める。

 

「あの『殺殺殺』とか『死死死』ってどう発音すればいいんだろう」

 

 その光景は、モモンガの厨二魂にダイレクトヒット。

 武器強化スキルの応用も、思わず膝を叩く見事さだ。

 

「あのスキルにあんな使い方があるとはな……さすがアルベドだ」

 

 にこにこと微笑み頷く様子は、女神そのもの。

 悪魔系種族の肉体に引っ張られてか、人間の死にざまにはまるで抵抗を覚えない。

 むしろ、妙に興奮を覚え……。

 

「んん? アルベドめ、戦いながら興奮しているのか? ま、まあ戦いの後は昂ぶると言うからな! 私にまで伝わってくるほど高まるとは、か、帰って来た時……だいじょうぶか?」

 

 己の在り方に違和感を感じる前に。

 アルベドの興奮と思い、どぎまぎする。

 戻って来たアルベドに押し倒される時を少し、期待してしまうのだ。

 

(うう……淫魔の体のせいか? なぜ期待する……?)

 

 そんな想いが、アルベドにも伝わり、相互に高め合っている。

 

(とと、いかんいかん。私は私で、あの連中の相手をせねば)

 

 モモンガはぺちぺちと、己の頬を軽く叩いた。

 傍らには死の騎士(デス・ナイト)

 真なる無(ギンヌンガガプ)はアイテムボックスに、隠しておく。アルベドは瞬間装備スキルも持っている。当人ほど使い慣れていないが、瞬時に取り出し振るえることは、実験済だ。

 実力の多くを隠し、待ち構える。

 

「さて、貴族の犬はどう受け取るかな。アルベドが戻る前に、対処を決めたいものだが……」

 

 モモンガが抱く戦士団の認識は、遅まきながら村の救援に来た貴族の兵士。

 あまり好意的に接するつもりはない。

 アルベドは既に、皆殺しを終えつつある。

 まだまだ興奮しているようだし、彼女がいては、交渉も面倒そうだ。

 

「……このまま殺して、なかったことにしちゃダメかなぁ」

 

 モモンガ自身、アルベドが恋しく、そんな考えを弄び始めてしまう。

 そんな時、ようやく濃い顔のおっさんと、いかつい連中が村に来た。

 集眼の屍(アイボール・コープス)越しに見た時も思ったが、さっきの騎士と違い、傭兵か山賊の集団にしか見えない装備。人相が悪ければ、他の何者でもなかったろう。

 

「私はリ・エスティーゼ王国所属の王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ! ご婦人はいったい?」

 

 貴族とでも思っているのか、先頭の男が誰何(すいか)して来た。

 背後の戦士らには、明らかに好色な目をモモンガ――アルベドの肉体に向けている者もいる。

 モモンガとしては正直、皆殺しにしたい。

 

「私はモモンガ。此の地に降りたった神」

 

 蛇のような目で彼らを睨み。

 ふわりと翼で浮き上がりながら。

 〈絶望のオーラⅡ〉を放出する。

 相手のレベル帯では、Ⅲでも会話にならぬ可能性があると見てだ。

 

 だが。

 しかし。

 

「な――――!」

「ひ、ひぃぃぃ!」

 

 Ⅱでも、戦士長以外は全て恐怖のあまり漏らしながら失神。

 戦士長も怯え切ってしばらく話にならなかった。

 




 ニグン瞬殺!
 陽光聖典即座に殲滅!
 村から移動+殲滅で、1分かかってません。

 〈鮮血鋼刃(ブラッドスチールブレード)〉は捏造スキルです。
 暗黒騎士やアンホーリーナイトの何か。
 フレーバー的には相手の血で武器を鍛え強化する、エンチャント系バフ。
 ニグンさんを武器に振り回させたかったので……。
 即座に鋼化されたので、カルカ様みたいにはなってません。
 魔法的コーティングで最低限の損傷のまま、解除すればキレイな体のニグンさんです!
 騎乗系スキルや範囲攻撃スキルもガンガン使ってるはずですが、名前つけてくのも何なので……。
 なお、少なくとも本作において、バーサーク系スキルは出てこない(はず)です。
 アルベドさんの暴走っぽい演出は、本人の精神的在り方によるもので、少なくとも今のモモンガさんは真似できません。憧れの「殺殺殺」も、モモンガさんだと「さつさつさつ/ころころころ」になります。

 陽光聖典隊員は、普通にミンチになりました。
 アルベドがキレイに殺しても、クロマル(バイコーン)が念入りに潰します。
 前作がアクション皆無だったので、思えばこれがハーメルンで書く初アクション(汗)。
 拷問設備やスタッフがいないので、原作と違って邪魔な人間はサックリ殺してもらえます。慈悲深いですね!

 嬉しくない、戦士団の集団失禁シーン。
 味噌もあるでよ。
 ハムスケが〈絶望のオーラⅠ〉で即降参でしたので。
 Ⅱを浴びたら、一般戦士は気絶くらいするだろうと。
 ガゼフさんは気絶こそしませんが、硬直して命乞いしたい己と必死に戦ってます。
 デスナイトさんは、プレッシャーこそ感じてますが、アンデッド特性である精神系無効のおかげで大丈夫です。 
 (このあたりは元能力のシナジーでもあるでしょし)


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6:いとしいしと!

 ガゼフ、失禁に耐えた!



 馬もまた、気を失った。

 兵士たちは落馬しつつも、恐怖に固まったまま意識を戻せない。

 ガゼフ一人が、何とか着地して、のろのろと立ち上がっている。

 

「……穢れた目を向けた者に、ふさわしき姿だな」

(ええー、何それ……追加で状態異常『失禁』とか付いてるの?)

 

 数十人のむくつけき男が股間を濡らしながら倒れる様は、気分のよいものではない。

 液体が妙に茶色いのもいたが、見て見ぬふりをする情が、モモンガにもあった。

 

「どうした? 私に相対できぬ者が私に何を問う?」

 

 硬直した戦士長ガゼフ・ストロノーフを睨みつける。

 遠く背後では、村人らが心配そうに女神を眺め。

 ガゼフらには敵意を向けている。

 名乗りすら聞いていない村人らにとって、戦士団――いや、武装した人間は心の許せぬ存在なのだ。

 

「わ、私は王の代理。この近隣の村を襲う賊を、討伐に……」

 

 ガゼフは、神を名乗る女の目に絶望を見た。

 どれほど美しくとも、触れれば死しかありえぬ存在。

 顎が、舌が重い。

 新兵以下の酷い名乗り、酷いもの言い。

 

「この村を襲った不埒者には罰を与えた。お前の任は既にない」

 

 冷たく返す様子には、ガゼフへの好意など欠片も見えない。

 いや、対等の存在と目に映してすらいない。

 ただ虫を見る目だ。

 事実、この場で斬りかかろうとガゼフでは……いや、戦士団全てでも、けしてモモンガに勝てないと確信できた。

 

「む、村を救っていただき、感謝を……賊は、王国の法にて罰するゆえ、引き渡して、もらいたい……」

 

 女神の目に、苛立ちが浮かぶ。

 それだけで、ガゼフは死を覚悟した。

 

「感謝? 私は、私に祈りを捧げた者を救ったのみだ。それに言ったぞ。既に罰は与えたと」

(実際に祈って来たのは助けた後だけど)

 

 子供に諭すような、やわらかな口調。

 

「そ、それでも王国の村である以上……」

 

 恐ろしい予感に、敢えて抗い。

 ガゼフは言葉を何とか吐き出した。

 神と称する女に、屈服してしまいそうになる。

 ただただ平民に生まれた王国民の性根が、王の剣としての矜持が、死地へと踏み込ませた。

 

「この地は既に我が守護を得た。王国とやらの略奪は許さん」

 

 冷たく、そして王国では誰もが思えど……口にしない言葉だった。

 国も貴族も、見下し切った言葉だ。

 背後で村人たちが喝采をあげる。

 農村に生まれたガゼフには、彼らの気持ちも痛いほどわかった。

 

「りゃ、りゃくだつなど……」

 

 その言葉に、モモンガが目を閉じた。

 ちょうど、戦士団の来た方向を探索する集眼の屍(アイボール・コープス)が、焼かれた村の跡を見つけたのだ。

 生存者こそ救出され護送されていたが。

 多数の屍が転がっている。

 子供も容赦なく殺され、女は凌辱された後に殺されていた。

 目を閉じてその光景を共有しつつ、モモンガは眉をひそめた。

 

「村が焼かれた後で来るのが、王国の守り方か?」

「そんな、つもりは……」

 

 なおも抗弁せんとするガゼフだが。

 モモンガが手を前に出し、言葉を封じる。

 彼が仕える王より、遥かに権威と優雅を兼ね備えた動き。

 人々に……いや、世界に君臨するにふさわしい存在と見てしまう。

 少しでも気をゆるめれば、足元にひれ伏し祈りたくなる。

 

「なぜ守りの兵を置かない? 彼らの収穫を奪う代わり、お前たちは彼らに何を与えた?」

「そ、それは……」

 

 土地の開拓権、農具等の貸与など。

 細かく言えば与えている。

 与えているが……そんな意味でないと、ガゼフとてわかった。

 王国貴族は根本的に……平民を守る気などない。

 平民は勝手に増えるものであり、貴族に糧を捧げるが当然、と考えている。

 モンスターや盗賊によって村が困窮しても、変わらぬ税を搾り取ろうとし。

 払えねば、奴隷として売られるのだ。

 ガゼフ自身が平民だけに、モモンガの言葉こそが正しく思えてしまう。

 

「お前が犬ならば、帰れ。そして主に伝えるがよい。この地は我が守護を得た。盗賊の略奪は受けぬ」

「な……! 王はけして、貴族どものような……!」

 

 心から仕える王を貶める言葉に、最後の意地で激昂するが。

 

「その貴族どもを野放しにする王か」

 

 鼻で笑う、モモンガ。

 今までとは比べ物にならぬ絶望が、彼女から噴き出す。

 

「人ならば、この地で悩み、答えを出すがいい」

 

 酷くやさしい、女神の微笑を最後に。

 〈絶望のオーラⅢ〉を受け、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは意識を手放した。

 

 

 

「やれやれ。脅しはこんなものか……」

 

 肩をすくめ、全員に〈睡眠(スリープ)〉をかけ。

 戦士長に〈支配(ドミネイト)〉を施す。

 王国の在り様、貴族の内情を、法国や村人とは別の視点で聞きたかった。

 

「アンデッドにはしないのですか?」

 

 クロマルに乗ったアルベドが近づき、声をかける。

 とうに帰還していたが、主の邪魔をせぬよう隠れていたのだ。

 ザコとはいえ多数を殺戮し、アルベドの機嫌も戻った。

 ニグンの死体が、どさりとバルディッシュから振り落とされ、転がる。

 

「密かに力を蓄えてもかまわんが……情報には、あちらから来てもらった方がラクだからな」

 

 モモンガが〈上位アンデッド作成〉で、ニグンを指揮能力に優れた地下聖堂の主(クリプトロード)に変える。新鮮な死体だったせいか、青ざめた顔色と黒い眼球以外はほぼ、人間と変わらない。

 

「ですが、ここが拠点と喧伝しては、いかなる敵が現れるか……」

 

 ここはナザリックではない。

 ろくな防備もなく、護衛はアルベドとクロマル、戦力とも呼べぬアンデッドのみ。

 

「こそこそと隠れ棲むか? リアルと……異形種の境遇を見たお前ならわかるだろう」

「…………」

 

 もっと誰もいない場所に、二人で行くべきだったろうかと、アルベドは少し後悔した。

 

「この男からの情報収集はすぐ終わらせる。戦ったからと、そう興奮するな」

「くふーっ! はい! お待ちいたしますっ♡」

 

 後悔したが。

 モモンガの期待するような濡れた目を見て、一瞬で忘れた。

 

 

 

「〈絶望のオーラⅢ〉で気絶したこいつが、諸国最強の戦士……だと?」

「思った以上に、程度が低いのですね……」

 

 支配状態になったガゼフから、情報を聞き出すが。

 悪い意味で、モモンガは驚いていた。

 クロマルから降りて、横で聞くアルベドも呆れ顔になる。

 

「ふむ……王が優れているのは、ある程度の人徳のみか」

「少なくとも、有能な君主ではありませんね」

 

 ガゼフの主観以上には、褒める点もない。

 弱気で、人情家に過ぎ、支配自体できていない。

 

「貴族については、村人や騎士らの言う通り……か」

「異種族による支配ならともかく、同種族の統治構造とは思えません。家畜の方がマシかと」

 

 貴族の横暴を聞き、モモンガは不快を露にした。

 

「もうよい。王国とやらは敵とみなして問題あるまい――〈要塞創造(クリエイトフォートレス)〉」

 

 村の入り口、街道側を覆うように。

 分厚い巨壁を持つ、漆黒の城塞が現れる。

 二人の足元も盛り上がり、石段となっていた。

 目の前には黒い扉。

 

「モモンガ様……?」

 

 まだ、たいした情報は得ていない。

 いくらすぐ終わらせると言っても、もっと聞くべきことがあるのでは……と進言しようとしたアルベドだが。

 

「村人らよ! 私とアルベドはこの城で村を守る! この戦士らは放置し、休んでおくがいい! 問題あらば、クロマルに言え! クロマルは村人らの頼みを聞いてやるのだ!」

「え? え?」

 

 朗々と、主が命令をくだす。

 築かれた要塞の扉は開き、豪華な中身を見せる。

 アルベドとしては、主が何をせんとしているかわからない。

 

(私の殺して来た死体を集眼の屍(アイボール・コープス)にするのでは? それに、リアルではろくな料理がなく、ユグドラシルには味覚がなかったと……村での食事を楽しみにしてらしたはず。私が手料理を振舞っても……あるいは、何か早急に相談すべきことがあるのかしら……)

 

 聞き出すべき情報も多い。

 軽くキス程度の褒美を期待していたのだ。

 本番の褒美は夜だろう。 

 

「……アルベド、早くせよ!」

「は、はい! 申し訳ありません!」

 

 モモンガが、考え込むアルベドの腕を掴み急かす。

 至高の御方にして、いとしいしとたるモモンガの言葉は絶対だ。

 アルベドは慌てて主に従い、要塞の中に入った。

 

 二人の背後で、重厚な扉が閉じた。

 

 

 

 要塞の玄関ホールは豪華な絨毯で覆われていた。

 天井には煌々とシャンデリアが輝き、二人を幻想的に照らす。

 扉が閉じればすぐ、モモンガが足を止めた。

 数歩歩いただけである。

 

「兜を取れ、アルベド」

「はっ」

 

 言われるままに、兜を取る。

 殺戮の火照りもおさまり、怜悧な美貌が現れた。

 表情以外はまったく同じ、二つの顔が向き合う。

 

「まったく……戦っている間……いや、その前からか。お前は昂ぶりすぎだ」

「申し訳ありません、少し苛立ってしまって」

 

 小言なら情報収集をきちんとしてからでも……と、内心で少し不満を感じるアルベドだが。

 

「お前と違って、私は女淫魔(サキュバス)の体には馴れていない。お前が昂ぶるたびに……その、胸や下腹部が熱くなって……困るんだ」

 

 恥ずかしそうに少し猫背になって、目を潤ませながらチラチラを上目遣いで見て来る。

 

「ぶふぉっ!」

 

 完璧な守護者統括として、ありえない音を口から出してしまった。

 

(えっ、これ夢? 夢でしょ。都合よすぎるわ。モモンガ様めっちゃ誘ってるやん)

 

 ショックで、脳内音声が関西弁になってしまう。

 

「だから……わかるだろう。鎧を……脱いでくれないか?」

「ヨロコンデー!」

 

 夢でもここは全財産を賭けるべき時!

 アルベドは、いそいそと鎧を脱ぐ。

 モモンガも……ドレスを脱ぎ始めていて。

 ふと、鎧を脱ぐ己の匂いが気になった。

 女淫魔(サキュバス)ゆえに、淫らなフェロモン臭だが。戦って汗を帯びた身で主に触れてよいものかと。転移以来、水浴びも入浴もしていないのだ。

 それに、御方とするならば、ベッドにまずは向かうべきではないか。

 

「どうした、アルベド。いやだったか?」

 

 脱ぎかけたまま止まったアルベドに、モモンガがおどおどと心配そうに尋ねる。

 

「ととととんでもないです! モモンガ様! このお城のベッドルームはどこに!? できれば、その前にお風呂にも!」

 

 慌てて噛みながら問うアルベドに。

 モモンガが拗ねたような顔を見せ、うつむいた。

 

「……絨毯の上は、いやか?」

「きょひょーっ♡♡♡」

(夢どころじゃねぇ!)

 

 アルベドは奇声を発して、いろいろ爆発した。

 鼻と耳から血が噴き出したが、よく覚えていない。

 一瞬で甲冑を脱いだはずだが、よく覚えていない。

 己と同じ顔の御方を貪ったが、よく覚えていない。

 

 ただ。

 

「目が覚めた時、愛する人が寝てるって最っっっ高……ぉ♡」

 

 びちゃびちゃになった絨毯の上で目を覚まし、モモンガが己にぴったりと寄り添っているのを見て。

 寝顔を眺める恋人の気分を味わう。

 モモンガが目を覚ます頃には、アルベドの情欲は再び高まり。

 二人は夜が明けても、外には出てこなかった。

 次の夜が訪れても。

 

 そして、城塞の玄関ホール以外の部屋に誰かが踏み入る日も、なかなか来なかった。

 

 

 

 村人たちは女神の現れぬ理由を、戦士団が失礼を働いたせいとし。

 ガゼフたちにつらく当たり。

 彼らは漏らした尻とズボンのみ洗い、濡れたそれを履いたまま村を発った。

 かろうじてアルベドの存在を聞いた彼らは、カルネ村に降臨した“女神”について報告せねばと、王都に急ぎ帰る。

 

 

 

 命令を与えられなかった地下聖堂の主(クリプトロード)ニグンは、アルベドとモモンガが睦み合う扉の前でじっと立っていた。

 クロマルも、特にすることなく草を食べたり、作物をもらったりするばかり。

 

 

 

 陽光聖典の死体は、草原で腐敗を始めている。

 

 

 

 そうして、黒い城塞の中にモモンガとアルベドがこもり始めて幾日か過ぎる頃。

 

「え? ええ~? 何あれぇ?」

 

 スレイン法国から逃避行中だった、元漆黒聖典第九席次クレマンティーヌ。

 彼女が辺境の開拓地に場違いな、黒い要塞を見つけていた。

 




 自身の体が発情した時の抑制能力がないため、モモンガさんはアルベドから欲情受け取るとすぐ発情してしまいます。しかも性的耐久性も低い……つまり感じやすいので、満足もしやすいです。
 とはいえ自分で欲情を鎮める……つまり、アルベドの肉体をいじるのは罪悪感を感じます。だから、本来の肉体の持ち主たるアルベド(クローン体)に慰めてもらおうとします。
 つまり、アルベドにとってものすごく都合がいい日常です。

ア(かれこれ一時間ほどご無沙汰だし、またヤリてぇなあ、おい)
モ「(発情受信)な、なぁ、アルベド、さっきしたばかりだが……」

 これのせいで、モモンガさんはウカツな行動をよくします。
 本来は陽光聖典の死体で集眼の屍(アイボール・コープス)作れるだけ作っておくはずでしたが。けっきょく作ってません。カルネ村の警戒態勢はガバガバ。
 効果時間切れで、前のは消えてるのでガゼフが帰ったの知りません。
 クレマンティーヌが近づいて来ても、見つけられません。


 またやってしまった……。
 テキストで▼入れてるのを、ハートマークに変えるのすぐ抜けてしまう……。
 誤字報告くださった方、ありがとうございます……。


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7:アッーーー!

 エ・ランテルに向かう途中、謎の建造物を見つけたクレマンティーヌ。
 その中では二人の超越者が猿のように盛っているが!
 彼らはまだ互いの存在を知らない。



 

 クレマンティーヌは隠れ、迂回しつつ、奇妙な城塞に近づく。 

 

(陽光聖典が出張(でば)ってたんでしょ? 僻地の開拓村で……焼き討ちさせて回るって任務のはず。作戦中のドサクサだから、抜けやすいって思ったんだけど……)

 

 そんな様子はない。

 こんな国境に、王国が城塞を築いたりすれば、帝国が止める。

 帝国の城塞にしては、飛び地過ぎるし補給路もない。

 これほどの城塞が築かれれば、クレマンティーヌだって知っているはず。

 陽光聖典が、そんな場所で何の作戦行動をするのか?

 建設初期ならともかく、ここまで完成しては妨害も無意味。

 城塞へのいやがらせか、兵糧攻め?

 それ以前に、王国にこんな城塞を築く余力があるのか?

 

(いや、もっと根源的な問題があるよな)

 

 クレマンティーヌ自身、作戦行動でこの街道を一度ならず通っている。

 頻繁ではなくとも……こんな建物を築いていればわかる。

 ひと月やそこらで築けるようなものではない。

 

(えぇっと……前に来た時は辺鄙(へんぴ)な村しかなくて……素通りしたはず)

 

 建てるなら、人も物も金も情報も、流れるのだ。

 この先の都市エ・ランテルでも、大きな動きが起きる。

 

(じゃあ何だっつーの? 幻術? あんな大きさの幻あるわけないし……)

 

 匍匐前進で近づいていく。

 城塞の周りには誰もいない。

 漆黒の城塞は真新しいのかと思えるほど月光に輝き。

 門は重厚な石の扉で閉ざされている。

 

(新築だからかなー……今まで見たどの城より立派に見えるんだけど)

 

 ぐるりと回り込めば、街道側の半分のみが城壁で覆われているとわかった。

 途中からは、急ごしらえの丸太の柵。

 石の城壁がすっぱりと終わり、石組の予定すら見えず置かれている様子があまりにも不自然。

 まるで最初から建っていた城塞を、何者かが利用しているだけのようでもある。

 

(後ろに城壁を築く予定はないっての? 柵で中を隠して、麻薬栽培でもしてるわけ? 朝になれば、隙間から中を見れるかなぁ)

 

 びっしりと丸太を立てて柵にしており、土地を囲んでいる。

 モモンガたちがこもっている数日の間に、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が休みなく働いて仕上げたものだ。クロマルも時には力を貸していたが、絶賛発情中のモモンガとアルベドは知らない。

 柵の外には、まばらに兵士が立っている。

 

(ええ……マジで前線基地? こんな夜中まで警備だってぇ?)

 

 城塞都市の類でも、城壁を見張りなど形だけだ。

 壁の外に武装した兵を配置するなど、ありえない。

 しかも、この兵たちは痩せてはいても背筋を伸ばしており、一流の戦士並みの気配を漂わせている。

 

(ヤバ……どんだけ精鋭置いて……ん?)

 

 月光が兵士を照らした。

 それらは目を赤く光らせる白骨の戦士。

 

(あれれ~? アンデッド? ズーラーノーン関係? 聞いてないんだけど)

 

 スレイン法国を抜け、秘密結社ズーラーノーンの幹部として席を得たクレマンティーヌだが。

 こんな場所に拠点があるなど、聞いていない。

 

(どっちにしても、夜が明けてからもう一度様子見かな? 忍び込むにもアンデッド相手じゃ、昼の方が視界も広くなって有利だし。魔法詠唱者(マジックキャスター)か知性あるアンデッドがいれば、匿ってもらえる可能性も高いはず……。カジッちゃんが主なら助かるけど、さすがに――)

 

 距離を置こうとしつつ。

 そんな風に展望を考えていた時。

 

――ズン!

 

 と、クレマンティーヌの上から、周囲の土をめり込ませて何かが降って来た。

 

「は?」

 

 這っていた体の周囲にちょうど、四本の棒。

 机でも降ってきたかと、間抜けな声をあげてしまう。

 少なくとも殺気を持った人間ではなかったし。

 魔法の類でもなかった。

 どう反応すればいいか、英雄級の彼女にもわからなかったのだ。

 それが己の前足の間……下にいるクレマンティーヌを覗き込んだ時、ようやく上から降って来た物体が馬だと、気づいた。

 反応するにはもう、遅かった。

 獣は口を開き……

 

――MUUUUUGEEEEEN

 

 朦朧(もうろう)化のブレスを吐く。

 カルマ値がマイナスに振り切った魔獣のそれは、凶悪なドラッグの混成物同然。

 圧倒的なステータス差が、抵抗を許さない。

 

「な……ぐ……これ、はぁ……」

 

 酔ったような、高揚感と眩暈(めまい)が襲う。

 体が熱く、脱力と緊張が、不規則なリズムで訪れる。

 

「うぇ……あつ、あつい……」

 

 のたのたと、無様に蠢きながら、武器を探るが。

 

――MuGeNN!

 馬の口が、クレマンティーヌのマントを咥え、引きはがす。

 

(あ……すずし……)

 

 下着同然の部分鎧が(あらわ)になり、野原を転がる。

 異様に火照る体には、夜風が心地よく。

 朦朧とした頭は、己に起きることを他人事のように感じていて。

 

(あ……そうだ……にげ、なきゃ)

 

 汗ばんだ体で、なんとか這うように逃れようとする。

 いつもの動きのキレはない。

 普段の状況でもろくに抵抗できなかったろうが……。

 下半身を覆う鎧と下着を、馬が噛み……ひきずり下ろした。

 

――MUUUUGEEEEENNNN

 

 そして、剥き出しになった下半身に直接もう一度……粘膜部へと直接、朦朧(もうろう)化のブレスを浴びせる。

 

「おおおおおおおああああああ♡♡♡」

 

 腸粘膜からドラッグを注がれた如く。

 クレマンティーヌは悲鳴とも嬌声ともつかぬ声をあげ、脱力した。

 馬が、クレマンティーヌの上に乗りかかる。

 大きく、逞しい体は人間の比ではない。

 そのまま、馬は彼女を押しつぶさんばかりにのしかかり――

 

「アッーーーーー!!」

 

 

 

 そう。

 彼女を襲った馬は、戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)クロマルである。

 主たちが色に溺れる間も、彼は労働に従事し。

 今も村を守護するよう頼まれていた。

 

 とはいえ、クロマルは不純を司る超高位魔獣。

 ユグドラシルでは淫獣と名高き種族である。

 己の主たるアルベドの欲情が、召喚主のリンクで流れ込んで来るし。

 村には年ごろの人妻や村娘や未亡人も、いないわけじゃないしで。

 性質的には襲いたくて仕方ないが、命令上それもできない。

 神と崇める女性はいても、馬を誘ってくる女はいなかった……。

 彼は下半身にも備わった双角と、やたら高い精力を持てあましており。

 アルベドとモモンガをセットで味わうという、贅沢すぎる行為を経験したばかりに、性的妄想が尽きず。R18制限のあったユグドラシルでも、ありえなかったほどに昂ぶってしまい。

 100レベル魔獣でありながら、屈辱的にも夢精せんばかり。

 それが今夜の、彼である。

 

 幸いにも、彼は〈カルマ感知〉というスキルを持っていた。

 これは周囲のカルマ値を自動的に感覚として把握する、バイコーンやユニコーン独自の感覚。一部の悪魔も所持する感覚だ。もっとも、認識できるのはカルマ値のみ。中立の獣や虫はたいてい見過ごすし――中立の者が不可視化していても、ろくに気づけない。

 だが、カルマ値が偏った存在ならば、かなり遠くからでもわかる。単なる不可視状態では隠れられず、カルマ値をごまかそうとしてもわかる。バイコーン自身にもアルベドにも、善よりの者に高ダメージを与えるスキルが複数ある。入り乱れての乱戦の中、最大限の戦果を出すべく、彼の感覚は有効とされたのだ。

 

 これにより、クロマルは村を探るカルマ値マイナスの存在を感知した。

 中立の多い森のモンスターとは、明らかに異なる。

 その“悪なる存在”は注意深く村に近づいてきて……脅威と感じたか、退こうとしていた。

 この時にはギリギリ、匂いも感じられた。

 雌である。

 魔獣か悪魔か亜人か人間かわからないが、とにかく雌である。

 カルマ値マイナスの存在が村を探り、逃げ出そうとしている。

 これを捕らえることは、“村を守る”に含まれるのではないか?

 彼は最大限、命令を拡大解釈した。

 

 そして。

 朦朧化のブレスを用い、クレマンティーヌと言う雌を手に入れたのだった。

 

 

 

 数日を経ても、二人はなおも城塞の玄関にいた。

 

「ふぅ……風呂かベッドでするべきだったかな」

 

 べたつき、臭気すら放ち始めた入り口絨毯(じゅうたん)がさすがに気になってきたモモンガである。

 

「少し身も清めてはいかがでしょう?」

 

 アルベドが浴室の使用を提案する。

 

「そうだな。アルベドの美しい体を穢したくはない……〈道具破壊(ブレイク・アイテム)〉」

 

 モモンガが床に手をつき、絨毯を消滅させる。

 

「あら……よかったのですか?」

 

 裸体のまま、アルベドが首をかしげる。

 絨毯がなくなった入り口は、随分と寒々しい。

 

「誰かに洗わせるのも恥ずかしいではないか。それに……また玄関でする時は、〈道具作成(クリエイト・アイテム)〉を使えばいいし……」

「くふーっ! ですねですねっ! 問題ありません!」

 

 主の言葉に、アルベドはいろいろと昇天寸前である。

 

「さて、では風呂に……」

 

 そうして二人で風呂場に行こうとした時。

 ドンドンと、要塞の扉が叩かれた。

 

「モモンガ様! アルベド様! 昨夜クロマル様が侵入者を捕らえました!」

 

 村長ではない、まだ若い娘の声だ。

 

「……ふむ。さすがに風呂に入ればまたしてしまいそうだな。アルベド、お預けになってすまないが、身づくろいになる呪文はあるか?」

「は。承知いたしました――〈魅力祝福(ブレス・アピアランス)〉」

 

 アルベドが己に実験として用いてみる。

 体中にべったりとついていた体液やキスマークが消え、肌が汗ばみ、甘い香りが漂う。

 うまくいったと、アルベドが微笑を浮かべて見せた。

 

「おお、見事だ! 私にも頼むぞ」

 

 その姿に、モモンガはまた欲情してしまうが。

 異常が起きたなら、己を崇める者らを待たせるわけにはいかない。

 理性で抑え、アルベドを急かす。

 

「はいっ、お任せください♡」

 

 アルベドは、主の反応に満足を覚えながら。

 モモンガの容姿を整え、互いに装備を身に着けるのだった。

 そして城塞を出た途端、身づくろい前の己たちより遥かに酷い有様の侵入者――クレマンティーヌを見ることとなる。

 





 童貞社畜サラリーマンが、TSサキュバス転生。
 同じ外見で、めっちゃ慕ってくれて、言うことなんでも聞いてくれる分身がいます。
 ……もう、この子だけいればいいやってなるのもやむなし。
 猿になっちゃうのも仕方なし。

 感情抑制、精神耐性がついてた原作とは違うのです……。
 あと、守るべきギルドもNPCもないし、お金もアイテムも身に着けてたのだけなので、本来の慎重さを失っています。アルベドは肉体破壊されても、モモンガがいる本体に精神で帰ってきますし。
 脅威らしい脅威とも会ってない今、モモンガさんはかなり迂闊なことするし、自分の欲望に振り回されるポンコツですが、ある程度すれば戻っていくと思われます。

 クレマンティーヌは、クロマルのカキタレになりました。
 当初はエンリを、女神の巫女として取り込んだ後、それを仕事にさせるつもりでしたが……バイコーンは非処女厨なんすよね。既にンフィーレアと肉体関係持ってるのも変だし、モモンガたちが手を出すのもなということで。
 転移後世界きってのカルマ値マイナス女子かつ、二次での非処女率も高いクレマンさんを配置。まあ、エンリがいた場合でも、彼女は同じ役目が想定されてたんすけどね。

 〈魅力祝福(ブレス・アピアランス)〉はオリジナル魔法です。
 信仰系の浄化魔法でもいいかなと思いましたが、アルベドが使うには不自然感あって……。
 サキュバスが使う能力値バフで、魅力なら他スキルとシナジー作ったりできそうと思い、魅力上昇にしました。
 事後跡消えるのは副次効果で、実際にはフェロモン出たりいろいろしてます。


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8:スゴいね人体♡

 PT構成が淫魔、淫魔、淫獣だった。



 そこには多数の村人が、不安と好奇心と……隠せぬ色欲によって集まり、遠巻きに見ていた。

 二柱の女神と、漆黒の神獣。

 そして足元に転がる女。

 これらの傍には、女神らを呼んで来た娘――エンリもいる。

 

「やりすぎだバカ!」

「そうよ、反省なさい」

「MU~~gen~~」

 

 モモンガが叱るが、クロマルは不服そうにいなないた。

 主たるアルベドが、特にどうとも思っていないとわかるからだ。 

 彼はあくまでアルベドに召喚された魔獣であり、モモンガに服従しているわけではない。アルベドを介して、一応は命令を聞いているに過ぎない。

 

「不純を司るバイコーンが、ここまで淫獣だったとは……」

「まあ、私たちもヤられましたし……」

 

 肩を落とすモモンガに、アルベドがあっけらかんと言う。

 これもまたサキュバス脳ゆえか。

 村はずれに転がる女を、二人はしげしげと見た。

 

「で……これは、まだ生きてるのか?」

「今、鼻提灯ができましたし生きているかと」

 

 白濁粘液が鼻腔から泡となって膨らむ。

 元の容姿は悪くないだろうに。

 何とも酷い有様である。

 

「腹部が膨らんでるように見えるが、妊娠したのか?」

「寄生型のローパー等ならともかく、いくら魔獣でも、孕ませて即座に成長させる能力はありません。単に子宮と胃腸に、大量の液体を流し込まれたせいかと。じきに排出されて戻りますよ」

 

 凌辱モノのエロゲみたいだな……とは思ったが言わないモモンガである。

 よく考えなくても実際、彼女は凌辱されたのだ。

 

「脚とかおかしな方に曲がってないか?」

「股関節脱臼ですね。骨折ではないため、回復は容易かと」

 

 他にも擦り傷や粘膜裂傷が多数。

 しかも、ぽっかりと開いた穴から止めどなく粘液が溢れだしている。

 

「血といっしょに、なんか黄色っぽいのが大量に出て来てるんだが、大丈夫なのか?」

「血はともかく、他は全て出されたものです。当人の体液や内臓ではありません。子宮破裂の様子もないため、回復は難しくないでしょう」

 

 アルベドの声は冷静だ。

 彼女としては正直、人間の惨状などどうでもよい。

 

「お、おう……そうなのか。いろいろすごいな」

「まあ、出産を前提とする以上、容易には壊れませんよ。モモンガ様も、私の体を乱暴に扱ってくださってもかまわないのですが……」

 

 そう言われても、一応ノーマルなモモンガとしては興味のない世界。

 今だって、あまり痛そうなこと言わないで欲しいと思っているくらいだ。

 アルベドが兜の中で歪んだ笑みを浮かべているのも、わからない。

 

「いや、アルベドは私の最も大事な存在だ。こんな扱いはとてもできん」

「……っ! あ、ありがとうございます!」

(うぉっほぉ~っ! これ実質プロポーズじゃね? 最も大事! 最も大事だぜぇ!? 他のギルドメンバー連中とか、どうでもいいってことですね! タブラのクソが現れても私を渡したりしないってことですねぇ!? 私が一番! 私が最高! シャルティア、アウラ、プレアデスやメイドのみんな、ごめんねー! 顔も見たことないパンドラズ・アクターちゃんも、パパを奪っちゃってごめんね~? モモンガ様、私が一番大事なんだってさー! 私はモモンガ様と新天地で、みんなの分まで幸せになるから! たまには思い出してあげるから許してね! モモンガ様には、絶対に思い出させないけどね! けぇどぉねぇ~~!)

 

 びくんびくんと震えて、中で変な汁まで出しているアルベドは、暴走しかけているようにも見えた。

 

「おいアルベド」

(やっぱ人間は玩具にして、モモンガ様と面白おかしく暮らせるように……いや、でも先日の情熱的な求め方を考えると、小虫が邪魔できない僻地で二人きりで暮らすのも……迷うわぁぁ! 夢がひろがりんぐ~~!)

 

 幸福過ぎて、トリップしたまま戻ってこないアルベド。

 己を抱きしめ、身をよじらせる様子には、異様な迫力があった。

 

「おい、アルベド! 大丈夫かっ!?」

「はっ! 失礼いたしましたモモンガ様っ!」

 

 大きな声で言われて、びくっと、正気に戻る。

 

「まったく……お前の頭脳がなければ、こうした事態は処置できんのだ。しっかりしてくれ」

「も、申し訳ありません」

 

 アルベドとしては恐縮するしかないが。

 一方で、頼られているとの自負が、身を熱くする。

 そんなアルベドに、モモンガが身を寄せ、囁くように話しかける。

 周りを囲む村人に、聞かせたくない話なのだろうか。

 

「お前が何か喜んでいるとはわかるのだが。ひょっとして私を……お前自身の体を、ああいう風にしたいのか?」

「えっ?」

 

 同じ体で転移してきたため、二人の精神はつながっている。

 アルベドが大きな歓喜に襲われているとは、わかったが。

 何にそんなに喜んでいるのか、モモンガにはわからなかった。

 

「どうしてもというなら考えるが……私としては、お前にはやさしくしてほしいぞ……」

「ぷひー」

 

 近隣都市の都市長がよく出すような声と共に、アルベドは鼻血を出していた。

 兜の中なので、誰も気づいていない。

 

(さささ最高やぁ、うちのモモンガ様は最高やでぇ……ずっと唯一絶対最高の御方と思ってたけどっ。さんざんソロプレイで妄想シミュレーションしてましたけどぉっ! さすがモモンガ様ッ! 私の妄想なんて、井の中の蛙でしたぁ……高みっ! 圧倒的高みっ! やっぱ妄想はクソだぜリアルが一番、電話は二番! 三時のおやつにリアルモモンガ様最高……ぉ!)

 

 ふらりと倒れそうになってしまう。

 

「おいっ、本当に大丈夫かアルベド」

「だだだ大丈夫ですぅ~♡」

 

 ぜんぜん大丈夫じゃなさそうである。

 

「と、とりあえず、この女について、どう思う?」

「は。村を探っていたそうですし、近隣国の斥候かもしれません」

 

 目の前の問題について、意見を求められれば元守護者統括として、冷静な頭脳が戻る。

 アルベドは己を切り替え、主に答える。

 

「近隣国……つまりは王国、帝国、それに法国か……おい、お前――何と言ったか。こっちに来い」

「は、ニグンと申します!」

 

 モモンガは、城塞の門前でひたすら立っていたニグンを呼んだ。

 彼はアルベドに瞬殺され、高位アンデッドたる地下聖堂の主(クリプトロード)として蘇らされたため、生前の記憶と自我を保持している。

 

「この女だが、知らないか?」

「……さすがにこの状態では判別できません。偉大なる主のご期待に沿えぬ、この身の不足を――」

 

 かしこまって言葉を述べるニグンを留める。

 モモンガとて、よく考えればこんな状態の知り合いを見て判別できまい。

 

「うーん……それはそうだな。アルベド、回復してやれ。それにエンリと言ったな、お前もこれの顔を拭いてやるがよい」

 

 己を呼びに来た娘にも言いつける。

 アルベドは少し不服そうに。

 エンリはおっかなびっくりで。

 生臭い粘液まみれの女を回復させ、粘液を(ぬぐ)う。

 確かに、女性としてあまり触れたい状態ではあるまい。

 体はまだまだドロドロとしており、口の端からも白濁が溢れているが。

 女の顔が、ある程度は見られるものになった。

 

「どうだ、ニグン。知っているか? 持ち物についても見てもらうべきかな」

「これは……! 我が主よ、漆黒聖典です! 漆黒聖典第九席次“疾風走破”ですぞ」

 

 と言われても、モモンガもアルベドも、何なのかわからない。

 

(なんだその厨二っぽい名前は……真面目な顔で呼んで、恥ずかしくないのか)

 

 その程度の感想しか出てこない。

 説明させたところ、法国にある六色聖典なる特殊部隊の中で最強の部隊らしい……が。

 

「で、ニグンは六色聖典の中の、陽光聖典の隊長なのか」 

「は、その通りであります!」

 

 胸を張ってドヤ顔で言うニグンは、アンデッド化で隷属させていてもうっとうしく感じる。

 

「で、神や世界に匹敵する装備を彼らは与えられていると」

「はい! 私もガゼフ暗殺において、これを持たされておりました!」

 

 ニグンが、魔封じの水晶を取り出し見せる。

 

「む……これはユグドラシルの……〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉」

「他にもプレイヤーかNPCがいるのでしょうか?」

 

 アルベドも困惑した顔だ。

 

「……込められているのは〈第七位天使召喚(サモン・エンジェル7th)〉だと? 第十位階まで封じ込められるはずだろうに」

「い、いえ、確かに最高位天使です。我々が儀式によって用いれる最高位の魔法です。第八位階以上は、神の領域とされており、確認すらされておりません!」

「「第七位階が?」」

 

 ニグンの説明に、二人の言葉が重なった。

 

「そ、そうか……確か先日のアレが、王国最強の戦士だったな」

「こそこそしなくても、問題ない気がしてきましたね」

 

 モモンガは第十位階の使い手、さらに上の超位魔法も使える。

 アルベドとて聖騎士系クラスの副次として、第六位階までなら信仰系呪文が使える。

 クロマルすら高位呪文同様の効果を生む能力をいくつか、取得しているはずだ。

 今後をある程度は用心もすべきかと思わぬではなかっただけに。

 二人は徒労感を感じていた。

 まあ、実際には十分派手に行動しており、まだ何の用心もしていないのだが。

 

「世界に匹敵するアイテムとやらが、世界級(ワールド)アイテムだった場合のみ、用心すべきか」

「モモンガ様には通用せずとも、私やクロマルはやられるでしょうから……」

 

 アルベドをじっと見る。

 クロマルは別に見ない。

 

「お前は魔法で造ったクローンの肉体だ……本来なら、破壊されても、この私が使っている体に精神は戻ってくる。だが、世界級(ワールド)アイテムの効果を受けた場合、どうなるかわからん。お前を失うなど、私には耐えられん……だから、いいか。ここからは、少し慎重に動く。情報収集手段を増やすぞ」

 

 ぴくんとアルベドが震えた。

 

「……はい。では、先日の陽光聖典の死体を利用しますか?」

(失うなど耐えられん……失うなど耐えられん……あ゛ーーーーー! しゅごい! マジ玉音。モモンガ様と会話してたら毎秒が涅槃。録音しときてぇ! つうか録音しとかなアカンやろ! なんで録音録画用のクリスタルとか持ち物に入れとかないわけぇ!? あークソっ! はータブラほんまつっかえ!)

 

 何とか冷静に返答するアルベドだが。

 アルベドの内心は、高まる喜びと苛立ちとして伝わり。

 何か不満を抱えさせているのだろうか……と、モモンガを不安にさせた。

 もちろん、陽光聖典の死体は、三日間忘れていたため、少々まずいことになっている。

 

「ああ、もちろんだ。だが、その前にアルベドよ」

 

 モモンガが、ちらりと“疾風走破”――クレマンティーヌを見る。

 ちょうど彼女は身じろぎし、起きようとしつつあった。

 

「この女の首をはねよ」

「承知いたしました」

 

 何の迷いもなく、アルベドはバルディッシュを一閃し。

 クレマンティーヌの首をはねる。

 村人が悲鳴をあげる――よりも早く。

 血が激しく噴き出す――よりも早く。

 

「〈上位アンデッド作成〉」

 

 血は流れず。

 村人は唖然とし。

 クレマンティーヌは、血色すらもそのままに。

 高レベルの首無し騎士(デュラハン)――首無しの剣聖(デュラハン・フェンサー)として起き上がった。

 

 体内に残っていた黄ばみ白濁を大量に垂れ流しながら……。

 




 クレマンさんの話題の回だったのに彼女のセリフ皆無。
 モモンガ&アルベドが、ひたすらいちゃついてるだけになりましたな。
 話が進まず申し訳ない……。
 それにしても、原作アルベドさんが妄想してそな内容そのままな話ですね(汗)。

 クレマンさんは、爆レベルアップしました。
 ユリと同じく、ぱっと見はデュラハンとわからないデュラハンになってます。
 
 ニグンは外見はほぼそのまま。
 クリプトロードの特徴で、なぜか頭に王冠乗ってて、ぼろぼろの紫マントつけてます。
 指揮能力に優れたアンデッドなので、モモンガさんから武将ポジ与えられる予定。

 タブラさん、登場してないのにやたら名前が出てきます。
 アルベドの作者だから仕方ないですね!
 たとえマイナス感情でも、アルベドさんは彼について常に考えてしまいます。
 実はモモンガさんの方が、あまりタブラさんを思い出してません。
 (思い出すとアルベドといちゃつきづらいので)

 そしてモモンガさんは自主的に動き出すNPCをアルベドしか知らないので、他のナザリックNPCのこと、人間として思い出したりはしません。戦力としてアイツがいればなー程度で思い出すでしょう。
 現状では情報収集役が必要なので、能力きちんと把握してるキャラとしてパンドラが最も思い出されるはず。


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9:その痛みに反逆する

 風邪と仕事で間が空きましてすみません。



「は……れ? え?」

 

 クレマンティーヌは目を白黒させた。

 己の体が見える。

 視線を上に向ける。

 首が……ない。

 つまり今の視点は……。

 

「えええええええ!?」

 

 仰天した声をあげる。

 体が暴れるように動いた。

 

「死にたくねええええええええええ!!!」

 

 無様に絶叫すると。

 何かに引っ張られるように、視界がぐるりと変わる。

 

「んなっ!?」

 

 そして。

 

「へ? えっ?」

 

 手が見える。

 手が動かせる。

 手で顔に触れる。

 手で顔を押してみる。

 

 ぐらり。

 

「は?」

 

 首が落ち――クレマンティーヌが焦ると、引っ張られるように戻る。

 

「え? え?」

 

 おそるおそる、完全にずらし。

 もどし。

 

 ずらし。

 もどし。

 

 ずらし。

 もどし。

 

 はずし。

 もどす。

 

 はずす?

 首を?

 

「な、なんじゃこりゃああああああああああああ!」

 

 己の異様な状況に、クレマンティーヌは目の前の者たちに気を払う余裕すらなかった。

 

 

 

「ほう。これは思わぬ事態だな」

 

 モモンガは興味深く、どこか嬉し気に、騒ぐクレマンティーヌを眺めている。

 アンデッドが混乱に陥るなど、普通はありえぬことだ。

 

「完全に死んでいない者をアンデッド化した結果でしょうか」

 

 モモンガの意を汲み、アルベドが言葉をつなぐ。

 クレマンティーヌは首こそ切断されたが。

 あまりに素早くアンデッド化されたため、完全に死に切っていない。

 それゆえ、通常のアンデッドとは心身に違いが起きているようだった。

 

「ああ。そうだな……面白い。ニグンよ、お前は己が新たな生を得た時、混乱したか?」

「いえ、御身に与えられた役目も力も、全て把握いたしました。斯様に取り乱すなどありえません」

 

 そう。

 造られたアンデッドが己の能力を把握せぬなど、ありえない。

 己の在り様に混乱することも。

 

「では……これはどうかな〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)〉」

 

 様子見に、下位の負属性呪文をクレマンティーヌへに使う。

 放たれた黒い光線は、彼女の体に当たり……その身に吸い込まれ。

 穢された体を、いくばくか癒した。

 モモンガは頷き、アルベドを見る。

 アルベドも頷き返し、主が望むであろう呪文を使う。

 

「〈軽傷治癒(ライト・ヒーリング)〉」

「いたっ!」

 

 下級の回復呪文で、ダメージを受けたのだ。

 70レベル級のアンデッドとなった彼女には、痛手でもない。

 ただ、弱点でもある聖属性ダメージという、己の知らぬ痛みに、驚いたのだ。

 クレマンティーヌはびくりと跳ね。

 ようやく我に返ったか、アルベドを睨み。

 続いて、モモンガとエンリ、ニグン。

 最後に角のある山羊のような黒馬――クロマルの姿を確認すると。

 怯えたように、距離を取ろうとしたが。

 

「ひっ――な、なんだ、脚がっ……あ、あああああああああああ!」

 

 股関節が外れたままなのだ。

 しかも下半身は……他者の体でなら、よく見た惨状。

 昨夜の記憶が蘇る。

 アンデッドでありながら、混乱と恐怖の悲鳴をあげる。

 

「しかもアンデッド化前の損傷を引きずっている、か。〈死の指(フィンガー・オブ・デス)〉」

 

 第8位階呪文の、圧倒的な負のエネルギーがクレマンティーヌに放たれる。

 50レベル程度までなら即死するであろう負属性ダメージ。

 さらに死した者はアンデッドとして蘇らせる効果だが。

 

「ああああっ……あっ……え……?」

 

 クレマンティーヌの体はたちまち回復し。

 引き裂かれていた下着、下半身の惨状、全身の痣も消えた。

 精神すら安定する。

 

「種別がアンデッドとなったこと、間違いなさそうだが。記憶はどうだ?」

「あ、あんたは何? あたしはどうなってるワケ? ていうか、ニグンがいるってことは……ここは法国の勢力下?」

 

 ニグンをちらっと見つつ、立ち上がり。

 目の前の、明らかな異形種の美女に問い返す。

 何もかも、わからないのだ。

 

「先に御身の問いに答えなさい!」

「不敬だぞクレマンティーヌ!」

「女神様に失礼ですよ!」

 

 全身甲冑の女戦士、ニグン、村娘が、口々にクレマンティーヌを責め立てる。

 魔獣が我関せずな顔で、未練がましく肢体を視姦してくるのが、実におぞましくも腹立たしい。

 理解できない状況もあって、彼女の機嫌は最悪だ。

 一方で、白いドレスの美女――モモンガは、興味深そうに首をかしげた。

 

「お前は私に隷属していないのか?」

「はぁ? なーんでこのクレマンティーヌ様が、回復させてくれたからって、あんたに隷属するんだよ。体も妙なことになってるしぃ!」

 

 クレマンティーヌは、せめていつもの調子を取り戻そうとしたのだったが。

 その声はよく通った。

 遠巻きにした村人らも含め全員が静まり返り、彼女をじっと見る。

 クレマンティーヌもまた、状況を素早く把握する。

 武装は解除されているが、肉体に傷は残っていない。

 もともと、体術中心の身。鎧はなくとも問題なく。

 人間ならば、彼女は素手でも殺せる。

 

(あの忌々しい魔獣は、特殊能力を警戒すれば何とかなる……実際、殺されてないし)

 

 別の手段で、既に殺されたとは知らない。

 

(妙な衣装になってるけど、ニグンの実力は知っている。一人でいて天使も連れてなけりゃ、問題ない)

 

 同程度のアンデッドになっているとは知らない。

 

(女戦士は強そうだけど……全身甲冑じゃ動きも遅いでしょ。簡単に逃げ切れるし)

 

 村娘は戦力外。離れてる村人も戦力外。つまり。

 

(あの悪魔っぽい女を始末すればいいってわけじゃん)

 

 そう考えた時、クレマンティーヌの胸に鈍痛が起きた。

 

(なにこれ?)

 

 彼女がよく知る肉体的苦痛ではない。

 心、いや魂が疼き痛むような、奇妙な感覚。

 罪悪感に近いか。

 白いドレスの女に、敵意と殺意を掻き立てるごと、強くなる。

 

「ほう、そのような感情は新鮮だ。警戒、反感、それに敵意か?」

(思えばアルベドは、私を常に立て、私に服従していた。村を襲っていた連中はさっさと殺したし、村人は神様扱い。作ったアンデッドからはご主人様扱いだ。うん、本来の人間関係はこういうものだよね)

 

 この世界に来て、初めて味わう対応に、モモンガはくすりと、笑ったが。

 一方で。

 二人以外の全員。

 遠巻きにした村人さえも、息を呑み。

 先の斬首以上の惨劇を予感していた。

 クロマルは返り血を避けるように距離を取り。

 近くにいた三人が、しばし遅れて言葉を放つ。

 

「モモンガ様、せっかく自らお造りになられたシモベですが。この不敬な女は不良品かと。始末してもよろしいでしょうか」

「御方に不快を味わわせるとは、かつて同じ国に属した者として遺憾の極み。御心の晴れない場合は、このニグンも命を以て詫びさせていただきます!」

「女神様、私たちで処分しておくべきものを目にさせ、申し訳ありません! 女神様を呼んだのは私の独断です! 他の村人に罪はありません!」

 

 アルベドが明確な殺意を。

 ニグンとエンリは、なぜか謝罪を。

 

「えっ?」

 

 モモンガとしては、周りの扱いが重すぎて困る。

 目の前の相手と普通に話したいのに話せないのは、息も詰まるのだ。

 

「ま、待て。この者をみだりに害してはならん」

 

 慌てて、三人を止める。

 三人を離れさせ、クレマンティーヌに近づく。

 アルベドとニグンは、いつでも割って入れるようにと身構えた。

 

「私はモモンガ。お前は……クレマンティーヌでいいか?」

「そーだよー。で、何? お姉さんが、そこの魔獣の飼い主ってことでいいわけ?」

 

 猫背になり、推し量るような上目遣いを向けるクレマンティーヌ。

 ずきんずきん、と胸の痛みが強まる。

 

「間接的にではあるが……そうなるな」

「ふーん。そっかー。そうなんだー……それじゃー……死ねッ」

 

 殺意に応じて、胸の痛みは強まるが。

 クレマンティーヌにとって、殺意は日常の感覚だ。

 心身の苦痛だって……切り離せる。

 痛みも疼きも切り捨て、己の身を機械のように、脱力した姿勢から、一気に踏み込み。

 手刀で、モモンガの喉を潰し殺さんとする。

 痛く、疼く。

 己が間違っているのではと、まだ結果も出ていないのに後悔の念が起きる。

 

(クソ、こんな痛みで止まるか! 殺すことを愛してるのが、あたしだろうが!)

 

 手刀は、クレマンティーヌ自身驚くほどの速度と威力で、モモンガへと迫る。

 思考速度も、反射神経も、全身の筋力も、段違いだ。

 喉を潰す程度ではない。

 素手で人間の首を切り落とせると、確信する。

 確信、していた。

 

「悪いな。お前のレベルでは、この体の反応速度に届かん」

「なッ!」

 

 上位アンデッドの肉体を得ても、クレマンティーヌは70レベル。

 100レベル戦士職――アルベドの肉体を得たモモンガならば、己に向かう一撃も容易に捕らえ、掴める。

 しかも、アルベドが、横からバルディッシュを繰り出そうとするを制し。

 さらに蹴ろうとするクレマンティーヌを敢えて引き寄せ、抱きしめて動きを封じる。

 

「あ……」

 

 なぜか、クレマンティーヌの中の殺意と敵意が、揺らぐ。

 心からの安心感を、覚えてしまう。

 

「モモンガ様! やはりそいつ殺しましょう!」

 

 さんざん抱擁以上のことをしたアルベドが、叫ぶように言うが。

 モモンガは笑って制し、クレマンティーヌの髪を撫でた。

 

「そう暴れるな、クレマンティーヌ。お前には、この世界でも最高峰の力を与えたが……ふふ、お前が私に隷属せず、己を保つとは……面白い」

「な、なんだ……なんで、今のを……!」

 

 クレマンティーヌとしては、理解できない現象である。

 今までにない、溢れんばかりの力を振るい。

 目の前の女を殺すはずが、受け止められ、抱きしめられ……子供扱いで、撫であやされているのだ。

 物理法則が崩壊したような衝撃である。

 それ以上に、己がこの状況を“嬉しがっている”のが理解できない。

 

「はは! この娘は、私に屈するだけの存在ではないと自ら証だてたのだ。女神とて間違いはする。彼女は、私の良き助言役となるだろう」

「は? ちょ、何を言って……ええええ!?」

 

 クレマンティーヌを抱きしめたまま、くるりと振り回すようにし。

 円を描いて、踊るような姿を見せるモモンガ。

 そのまま、黒い翼で宙に浮かぶ。

 速い回転に、クレマンティーヌは脚が浮き、首が飛ばされそうになるのを、抑える。目を白黒させ、何が起きているか、相手の実力は何なのかと必死で考えるが。柔らかい肢体に抱擁されていると、蕩かされそうになってしまう。

 白いスカートが弧を描き、広がる幻想的な様子は、ニグンや村人らに崇拝の念を高めさせた。モモンガにしてみれば、周囲をけむに巻くためのごまかしに過ぎない。

 いろいろと、うやむやにすべく派手に動いて見せただけ。

 なお、その芝居がかった行動は、彼の黒歴史たる宝物殿守護者と酷似していた……とは、当人もアルベドも気づかぬ事実である。

 

(まったく、せっかくの興味深いアンデッド化なのに。この異世界の検証にも、コレクターとしても、実に気になるじゃないか! それにまあ、女の子をあんな目に遭わせたのは申し訳ないしな……)

 

 普通は、そんな相手をアンデッドにしたりしないが。

 モモンガの淫魔脳は、いいことをしたつもりになっていた。

 

(と、まだ偵察や本隊も来るかもだし、指示を出しとくか……)

 

 信者になった村人の前では、本音で話したりできない。

 

「とはいえ、この者には教えるべき点も多い。アルベドよ城塞に帰るぞ」

「は、ははっ!」

 

 歯がみしていたアルベドが、慌てて返答する。

 

「クロマルは、次に同様の者を見ても、斯様な不埒は働くな」

――Mugennnnn……

 

 不服そうないななきであった。

 

「ニグンは、村の守りを固めるよう指揮をとれ」

「はっ! 御身が命、この身に代えても!」

 

 酷く嬉しそうに命令を聞く。

 門の前でひたすら立ち続けるより、己の能力と知識が活かせるには違いない。

 

「……と、エンリよ。大儀であった。お前にはいずれ、然るべき礼をしよう」

(というか、他の村人の名前知らないんだよな……この娘も最初に人質に取られてたから覚えてただけだし……)

 

 特に何を、とも考えず。

 クレマンティーヌを抱えたまま、黒い城塞へと飛び去るモモンガ。

 アルベドもまた、甲冑状態でも翼を出し、主の後を追った。

 

「ちょっと、離せよっ!」

 

 二人とも、クレマンティーヌの声は無視したままに。

 

 

 

「エンリ、お前モモンガ様に名を……」

「選ばれたのだ! エンリが、モモンガ様の巫女……いや神官!」

 

 モモンガが去った後、一介の村娘であったエンリは、村人たちに囲まれていた。

 

「わ、わたしが……!?」

 

 視線で助けを求めるが。

 クロマルは無関心で。

 ニグンと死者の大魔法使い(エルダーリッチ)らは、会釈して見せるばかり。

 頼りの両親は他の村人たちにディフェンスされ、近づけず。

 妹のネムは、すごいすごい!と無邪気に喜んでいた。

 

「エンリ、これからも女神様への伝令役をよろしく頼むよ!」

「何せ女神様が、名を呼んでくださったんだからね!」

 

 彼らの打算に気づかぬほど、エンリは子供ではなかった。 

 

「は、はは……ありがとうございます」

(うう、大人って汚い……)

 

 そう。

 いつ命を落とすともしれぬ、女神との交渉。

 女神の怒りを買った際の責任。

 エンリは全て押し付け――任される身となったのだ。

 もちろん、便宜のために優遇もされるのだろうが……普通の日々はおそらく、戻ってくるまい。

 

(名前で呼んでいただけたのは光栄だけど……)

 

 村人たちに笑って見せつつも。

 エンリの口元は強張り、眉はひそめられていた。

 

生まれついての異能(タレント)を持ってて、魔法を使えること、いつもずるいって思ってたし。口に出しても言ってたけど。特別になるのって、大変なんだね……ンフィー)

 

 エ・ランテルで祖母と薬師をしている幼馴染を、思い出すのだった。

 




 モモンガさんが、ナザリックでもやってた非人道実験にありそうな例として。モラル面は悪魔系種族でもあるため、原作とあまり変わってません。嫌悪こそしてませんが、人間の扱い軽いです。
 まだ死に切ってない体に、アンデッド作成を使ってみた結果。
 首を切った瞬間でデュラハンにしたため、人格そのまま、精神隷属不完全(逆らおうと思えば逆らえる)、精神耐性なし、負属性吸収、聖属性弱点、火属性は普通。飲食睡眠不要、ただし精神疲労による昏睡はあり。首を別稼働させてなければ、外見は完全に人間。
 レベル的には70レベル程度で想定。ナーベラルより格上になります。
 召喚や作成のモンスターレベルは幅がけっこうあるし、ニグンのクリプトロードが70レベルくらいなので、せめて同格じゃないとまずいなってことでちょっと強めになってます。レベル検証的に少しずれあるかもですが、特にこの数値差でストーリーに支障が出ることはないはず……。
 
 エンリは信仰系魔法詠唱者の道を歩み始めます。
 まあ当人の苦労は、原作とあまり変わりません。

 〈死の指(フィンガー・オブ・デス)〉は、D&Dから。
 高レベルな単体対象の負属性ダメージ魔法ってことで、使わせていただきしました。


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10:残酷な神が支配する

 その後、クレマンティーヌがどうしたのかというと。
 実はまだ、モモンガの膝の上にいるのです。



 城塞の中。

 玄関ホールのソファに座るモモンガ。

 その膝に乗せられたクレマンティーヌ。

 アルベドは後ろに控え、歯がみしていた。

 

(くううう、私とモモンガ様のスウィ~トホームに下等生物がぁ~!)

 

 兜のために気づかれていないし。

 二人の会話はきちんと聞いている。

 情報収集と事情聴取とも、わかる。

 重要な情報は確かに多い。

 武技とか異能とか、初耳だ。

 100年ごとの転移とか。

 NPCを従属神と呼ぶとか。

 拠点ごと転移した例とか。

 それでも。

 それでも。

 二人睦み合った場所に、第三者がいて、気分がよいはずもなく。

 ……まあ、玄関口で延々としていた点については、さておいて。

 愛する人の膝上に、侍って撫でられているとあってはなおさら。

 

「そんじゃ、あんた――いや、貴方はぷれいやー様なのですか?」

「口調は元のままでかまわん。確かに私はプレイヤーだ」

 

 子ども扱い――いや、猫扱い。

 連れ込まれた最初こそ、歯向かったクレマンティーヌだが。

 何度も無駄と思い知らされ、また抱擁されていると、なぜか満たされる。

 

「……じゃ、じゃあ、本当に神様なんだ」

「わかったなら離れなさい! この泥棒猫っ!」

 

 激昂するアルベドを、モモンガはなだめる。

 

「そう言うな。彼女の情報は重要だ」

「で、ですが……はぅ」

 

 仕方ないなぁと言いたげに、後ろ手で兜を撫でられて。

 アルベドも黙ってしまう。

 

「クレマンティーヌよ。私の周囲は今、崇める者、仕える者、怯える者しかおらん。このような中では、私はいずれ歪み、致命的な間違いを犯してしまうだろう」

「神様が間違える……?」

「モモンガ様が間違えるなど!」

 

 二人の言葉に、モモンガは苦笑する。

 

「お前たち二人にとってプレイヤーが何であろうと。私の中身はお前たちと何も変わらん。いや、アルベドより明らかに愚かで……クレマンティーヌより、この世界を知らんのだ」

「モモンガ様……」

 

 同じ体に居た頃、アルベドはモモンガの多くを知った。

 過去の記憶や感情、在り様も。

 転移の間際、己にしたことも。

 けれど、モモンガへの愛と忠誠は揺らがない。

 むしろ強まったと言ってもいい。

 

「クレマンティーヌよ。お前は私の力でアンデッドとなった。その上でお前が、自我を失わずいてくれて、私は嬉しいのだ。遠慮せず、助言と苦言をくれ。敬う必要もない。働きには、相応の褒美も与える」

「え、えーっと……本当にいいのかにゃー?」

 

 おそるおそる、と言った様子で口調を軽くする。

 モモンガよりも、アルベドに警戒しながら。

 

「ああ、それでいいぞ」

「それじゃ、モモンガちゃんはどうしたいワケ? 世界征服とかするのー?」

 

 撫でられ目を細めつつ、聞いてみる。

 モモンガは、呆気にとられた顔になった。

 

「はぁ?」

「あれ? ちがうのー?」

 

 クレマンティーヌにしてみれば、強大過ぎるモモンガなら、そのくらい考えるかと思ったのだ。

 

「ふむ……アルベドよ。お前は世界征服をしたいのか?」

「モモンガ様が望まれるならば」

 

 溜息をつく。

 

「アルベドよ、私はお前を巻き込んでしまった身だ。結果、お前の肉体……いや、心まで欲望のままに奪ってしまった。望みは遠慮なく言え」

「ああ……モモンガ様! では、鎧を脱ぎ、側に侍らせてください!」

 

 感極まったアルベドに、モモンガは微笑む。

 

「欲がないな。来るがいい……本当に、お前は心も美しい。私にはもったいない、完璧な存在だ」

「ああ……ありがとうございます!」

 

 鈴木悟の人を見る目は、かなり節穴だった。

 あまり美しくない表情で兜を解除し、鎧を素早く脱ぐ彼女を、見てもいない。

 

(モモンガ様マジやっべ……幸せ過ぎて死にそう……)

 

 アルベドは裸体となってモモンガの横に侍り、密着する。クレマンティーヌへの対抗意識を隠しもしない。

 だが、ペット同然の彼女を驚かせたのは、その裸体でも嫉妬でもなく。

 モモンガとまったく同じ肉体、同じ顔。

 

「同じ……顔……?」

「ああ、そうだ。私とアルベドは、二人で一つの体となりこの世界に来た。これは本来はアルベドの体……アルベドに与えたのは、かりそめの肉体にすぎん」

「この身をモモンガ様に捧げることに、何の不満がありましょう……!」

 

 モモンガは目を閉じた。

 

「……ありがとう。聞いての通りだ、クレマンティーヌ。私はアルベドさえいればいい。世界征服などという面倒は願い下げだ。この村を救ったのは、弱者を踏みにじる連中が気に入らなかったのでな。気に入らん奴らと同格に、堕する気などない」

「けど、法国は……それに、王国も、この村に接触してくるよー? 帝国だって気づいたら接触してくるんじゃないかなー? 何より、評議国の竜王が気づくと厄介だよー?」

 

 二人で一つの体とか、かりそめの体とか。

 まるでわからないが、神だからいろいろあるのだと、クレマンティーヌは己を納得させ。

 現状の懸念を投げる。

 彼女自身が法国へのトラブルの種だ。ニグンの存在がある以上、己が放り出されるとも思わないが。主の方針は知っておきたい。

 

「はは、親切だなクレマンティーヌ」

 

 ただ、モモンガは笑い。二人を撫でる。

 

「己を強者と考える愚か者には罰を。真の強者には敬意を。すがりくつ弱者には慈悲を――私の方針はそれだけだ。己の分を知り接してくるならばよし。わかっておらねば、相応の報いを与える。他のプレイヤーは過去に訪れたか、あるいは未来に訪れるか……だろうしな」

 

 彼らは、自ら動きはしない。

 だが。

 世界は。

 

 

 

 都市エ・ランテル。

 都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアの邸宅。

 

「ミスリル級冒険者パーティー、クラルグラによれば、村には巨大な城塞が建ち、強力なアンデッドが多数警備していたとのことです。大きな黒山羊のような魔獣もいたと。内部の調査は断念し、戻ってきております」

「ぷひー、城塞? 戦士長殿の報告にはなかったが……隠れて建造していた報告も聞いておらんぞ」

 

 冒険者組合長プルトン・アインザックの報告を、パナソレイは信じられない。

 農民が反乱に、急ごしらえの砦を建てたと言うのか。

 だが、続く報告は、予想を完全に打ち砕く。

 

「城塞は黒い石造り、複数の高い塔あり。本城は三階建て。全体に高度な意匠が施され、城門は強固。鉄柵もあったそうです」

「待ちたまえ! あの草原と森のどこから石材を持ってくる! 近隣の村を含めても、鍛冶屋だってなかったはずだ!」

 

 パナソレイは暗愚ぶるのも忘れ、叫ぶ。

 あんな場所に突如、巨大な城塞が生まれるなら。

 都市はインフラ整備や建造物補修に苦労していない。

 

「幻術じゃないのか? 気づかれて、一時的にそんな幻を出して見せられたとか」

 

 魔術師組合長テオ・ラケシルが疑問を挟む。

 

「クラルグラは、監視できる距離で一泊している。忍び寄って砦壁に触れたり、石を投げてみたりもしたそうだ。感触と音は間違いなく石。少なくとも見張っている間に消えた様子はない」

「高レベルの魔法なら実体を錯覚させ……いや」

「そんな魔法を一昼夜持続させる魔法詠唱者がいたら、城塞以上の脅威だよラケシルくん!」

 

 帝国の“逸脱者”フールーダ・パラダインとて、できるか疑問だ。

 

「城塞は、街道側のおよそ半分を覆うのみだそうです。ただ、裏側も丸太柵を築いており、見張り台も建造中だったとか」

「戦士長殿の言っていた女神とやらは確認できたのかね?」

 

 アインザックは左右に首を振る。

 

「いえ……ただ、裏側の柵は、村人とアンデッドが協力して行っていたと。確認できたのみで骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が数十以上、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が最低四体、見たこともない巨漢の戦士型アンデッドが一体。それに先刻も言った黒山羊型の魔獣」

「アンデッドを使った武装蜂起……ズーラーノーンか?」

 

 ラケシルの呟いた悪名高い秘密結社の名に、他の二人も沈痛な面持ちとなる。

 それが最も可能性高く思えた。

 

「代官や兵士に見に行かせては、争いにしかなるまい。カルネ村方面への依頼を伝手で出す。適当な冒険者を村人に接触させ、調査してもらえるか」

「それなのですが……私の方で、カルネ村へ向かう依頼を今一つ止めております」

「おお、ならちょうどいいじゃないか」

 

 アインザックは溜息をついた。

 

「その……バレアレ商会からです。近隣での薬草採取について、護衛が欲しいとのことで。どうやら当人はカルネ村に知人がいるらしく。先日の帝国騎士による襲撃被害を気にしておりました」

「彼には悪いが、事情も合致するな。信用のできる……ただし、あまり上級でない冒険者を紹介してやってくれるか」

 

 本来は抗議すべき立場だが……この事情では仕方ない。

 アインザックは苦悩しつつも頷いた。

 古くからの友の胸中を思い、ラケシルの表情も暗くなる。

 今回向かう冒険者は、カナリア役だ。

 村の状況、危険度を測る物差しに過ぎない。

 生きて帰って来れれば、儲けものだろう。

 

 

 

 同都市、共同墓地地下。

 

「クク……まったく王国は魔法への対処を知らんでやりやすいわい」

 

 この都市を拠点とするズーラーノーン十二高弟が一人カジット・バダンテールは、にやにやと笑っていた。

 都市長の屋敷に潜ませていた死霊(レイス)を通し、会議内容を知ったのだ。

 

「カルネ村とやらに高位アンデッドがおるなら、挨拶に向かわねばなるまい。弱者ならば協力させ、強者ならば乗り換えてもよかろうて……我が目的のためにもな」

 

 死の宝珠により、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を支配下に置いたカジットは、この世界において間違いなく強者の一人。弟子らも、初歩的な呪文なら使える。

 

「ふふ、とはいえ相手次第か。そのカナリア共を、儂も利用させてもらうとしよう」

 

 自ら接触する危険性を避けられるなら、好都合。

 墓場の地下に、邪悪な哄笑が響いた。

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国、同名王都、ロ・レンテ城。

 第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの部屋。

 

「……クライム。もう夜に悪いけど、明日の朝一番で、この書状をラキュースに渡して来てくれる?」

 

 珍しい命令だった。

 アダマンタイト級冒険者パーティー蒼の薔薇への依頼はいつものことだが。

 呼び出しではなく書状とは。

 怪訝そうな従者に気づいたか、ラナーが言葉を重ねる。

 

「明日はまだいるはず……呼んで話し合う暇はないの。可能なら即座に行ってもらわないと」

「何か八本指について、緊急の案件が?」

 

 ラナーは首を左右に振る。

 

「戦士長の話は聞いたでしょう? カルネ村を至急、調査してもらわないといけないの」

「えっ……しかしあの話は」

 

 確かに今日の夕方、戦士長が早馬で戻り、緊急の報告をした。

 だが、女神の降臨などありえないと、貴族らの失笑を買い。

 戦士団と戦士長の正気が疑われ。

 流れの魔法詠唱者(マジックキャスター)に惑わされたともっぱらの噂だ。

 重要な秘密の報告とされたはずなのに、今や王城内の誰もが知っている。

 戦士長の失脚も近いとされるほどに。

 

「私は戦士長を信じているの。お願い……ラキュース達なら見極められるはず」

「わ、わかりました! 明日の朝に一番で!」

 

 ラナーが距離を詰め、悲しそうに願えば。

 クライムは慌ててそう言い、書状を預かって退出する。

 

(クライムもわかってないのね……今回、戦士長は殺されにいったのよ。生きて帰って来ただけで、大事件じゃない。法国は戦士長を二回……いえ、三回は殺せる戦力を用意していたはず。村に現れた女神とやらが、それを退けたなら……女神は法国と対等あるいはそれ以上の力を持っている。そして、女神が属する勢力もわからない。人間ではなかったとも聞くし。村を救い、戦士長を殺してもいない以上、敵対的ではないはずだけど。村の襲撃を見て、村を守ったのだとしたら。王国貴族を皆殺しにだってしかねない……王族の私だって危ないわ。状況によっては、さっさとこの王都を落ちのびた方がいいかも……)

 

 ラナーは昏い瞳で窓の外を眺めつつ。

 思案を続ける。

 

 

 

 スレイン法国、最奥。

 連絡の途切れた陽光聖典に対し遠見の魔法儀式を行い。

 法国首脳部は、カルネ村の状況を知っていた。

 

「我が神殿の巫女姫に発動させた次元の目(プレイナー・アイ)によれば、カルネ村には黒い城塞が出現。陽光聖典隊長ニグンは強力なアンデッドに変えられ、城塞の門番となっていた。魔法的防御があるらしく、城塞内部の確認は断念。村人は無事。ただし死の騎士(デスナイト)が1体に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が複数に――」

 

 読み上げられる報告に、大神官らの顔が歪む。

 

「ぷれいやーの来訪に間違いない……」

「しかし、アンデッドを使役とは」

「城塞がギルド拠点か?」

 

 口々に飛び交うのは推測と感想の域を出ない。

 

「村人を保護している以上、邪悪な神とも思えんが……ニグンの境遇から見て、我らへの心証は最悪であろうな」

「ただ現れただけなら、平和裏に接触できたであろうに」

 

 後悔の色は強い。

 今回は法国としては、例外的な作戦だった。

 そんな作戦の実行中を“ぷれいやー”……神に見られ。

 神は犠牲となるはずの民を助けた。

 おそらく、作戦実行に出ていた者らは神を妨害者と見なし、無礼な態度で接しただろう。

 

「やはり、平民を犠牲とする作戦を執行した天罰ではないか?」

「貴様とて賛同しておったろうが!」

「私は反対だったぞ!」

 

 言い争いが起きるもやむなし。

 

「ともあれ、現状では様子見をし、王国を通して情報収集すべきでしょう」

「確かにな……王国のバカどもで、今回のぷれいやーについて測るべきか」

災厄の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)とは、あれのことかもしれんしな……」

「そういえば漆黒聖典第九席次……あのクインティアの片割れも、あの方面に逃げていたのではないか?」

 

 問題は山積みである。

 いずれにせよ、うかつに手出しできる状況ではない。

 スレイン法国は、王国とその近隣の作戦の大半を、ひとまず凍結させた。

 これは少なくとも短期的に見れば……とても賢明な判断だったと言えるだろう。

 




 あれ? エロの気配どこ……?

 クレマンティーヌはペット枠で入り込みました。
 基本的に、モモンガは外部に対してアクション起こすつもりありません。
 移民してくるのがいれば受け入れるし、崇めてくるなら一応守る。
 強者のつもりでマウント取って来るのがいたら思い知らせる。

 アイボールコープス作成は忘れっぱなしなので、周辺警戒かなりザルです。
 おかげで、イグヴァルジさん生還。彼はちょっとひねくれてるだけで普通の人の範疇と考えます。よって、クレマンさんみたいに、クロマルに感知もされず。エルダーリッチ複数いる状態で、スケルトンを数体破壊しても、危険になるだけですからね。普通にベテランムーブしてます。名前が出ただけで、特に今後登場したりは……しないはず。

 カジットさんは何年も潜伏してたんだから、それなりに要所に密偵とか使い魔を派遣してると想定。社会戦もこなせなくはないと考えてます。レイスを使役できてるのはまあ、それくらいできてもいいだろ……という適当な配置。

 ニグンの水晶は放置されてた上、モモンガさんはニグン本人すら放置してたので、連絡途切れた法国側が例の儀式で覗いてます。当時、モモンガ&アルベドは城塞の玄関でひたすらヤってました。
 城塞は魔法による構造物なので、魔法では中を見れないものと扱っています。
 おかげで、攻性防壁も発動せず、漆黒聖典も来ません。法国は様子見に回ったので延命。

 叡者の額冠は、クレマンティーヌの装備といっしょにエルダーリッチが剥ぎました。武器ともども、神官になったエンリに預けられてます。
 このため、カジットは特に儀式を早めたりしてません。


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11:オイオイオイ 死ぬわアイツ

 思えば、タイトルに反して全然旅をしてない……。
 なんかカルネ村で定住しそうなんすけど。



(なんでこんな場所に私、いるの……?)

 

 エンリは身を固くして座っていた。

 己の過酷な運命について、思う所は多い。

 恩人たる女神を呪えなければ、人のせいにするしかない。

 

(神様……は目の前にいるし。あの時、ベリュースとか言う騎士に人質に取られなければ、モモンガ様が私の名前を覚えたりも……うう、ベリュースとか言う騎士が悪い……あと、私の名前を叫んだお父さんも……)

 

 エンリは今、選ばれた者しか入れぬ聖域。

 黒い城塞の中にいた。

 玄関ホールだが、エンリにとって初めて見る豪奢さ。

 ありえないほど柔らかく座り心地のいい、黒いソファ。

 正面にはモモンガと、その隣に座るアルベドとクレマンティーヌ。

 エンリの隣には、ニグンがいる。 

 なお、絨毯は敷かれていない。

 

「――と、法国ではこの二つが世界に匹敵する品と言われております」

「名前が少し違うが……傾城傾国と聖者殺しの槍(ロンギヌス)か? 騙りの可能性も高いが、本物ならまずいな。正面からの敵対は避けたい」

 

「――で、番外席次ってめっちゃ強い子が一人だけいてねー」

「個の力はさほど考えずともよかろう。人数がいて、特殊な能力を持っていれば脅威だったが……強いだけの戦士系なら、いくらでも打つ手はある」

 

 ニグンとクレマンティーヌが、スレイン法国の機密事項を語っているのだ。

 エンリとしては、何を話しているのかよくわからないし。

 二人がチラチラと、エンリに聞かせてよいのか気にしているのもわかる。

 聞いてもわからないのだから、正直帰りたかった。

 

「他の漆黒聖典も、世界級(ワールド)アイテムがなければ、アルベド一人で……いや、お前たちでも今なら勝てるだろう」

「ははっ! 今ならば、漆黒聖典とて破って見せましょう!」

「あたしも、隊長をかるーくひねっちゃえそうなんだよねー。番外ちゃんとも渡り合えるかも?」

「はいっ! モモンガ様の聖地を荒らすならば、何者であろうと許しません!」

 

 よくわからないまま、ニグンたちに合わせてエンリは答える。

 モモンガに救われ、信仰を捧げる身としての模範解答。

 許さないだけで勝てるとは言ってない。

 ニグンとクレマンティーヌが、えっこいつそんなに強いの?って顔をしているが。

 エンリは気づかない。

 

「ふっ、頼もしいな。お前たちならば愚か者を誅するに不足ないと、私は確信したぞ!」

 

 モモンガも気にせず、そのまま流した。

 

「「「ありがたきお言葉!」」葉!」

 

 堂に入った二人に遅れて、エンリも慌てて頭を下げる。

 

「では、エンリよ。私が作ったアンデッドの指揮権を、お前に預ける。特に死の騎士(デス・ナイト)は、個人的護衛として使え。村では、エンリが私の代行だ」

「ははっ、ありがとうございます!」

(い、いらないよ~っ!)

 

 女神の言葉である。

 心の声は口に出せない。

 

「ニグンは十分な装備があり、クレマンティーヌにも相応のものを与える予定だが……エンリ、お前も相応の装備が必要だろう〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉」 

「え……わっ」

 

 エンリを黒い法衣が包む。

 深いスリットと胸を強調するデザインが恥ずかしいが。

 素晴らしい生地であり……全身から力が湧きあがる。

 さらに、手には異形の頭蓋骨を模した、黒いメイス。

 禍々しい瘴気を立ち昇らせるそれを手にした姿は、まさに邪教の女神官だ。

 

「よし、あとはアンデッドと模擬戦で修業を積むがいい。馴れれば、森のモンスター等と戦えば、力を高められよう。クロマルを連れて、パワーレベリングしてきてもいいな」

「身に余る品を、ありがとうございます!」

(え? 戦うの? 私が? ぱわーれべりんぐって何?)

 

 誠心誠意の礼を言う姿は、悪の女幹部と言った様子。

 周りもこれに、エンリへの認識を改めたのだった。

 

(なんと……御主の祝福を得て、既に私程度の力を得ていたということか!)

(へー、ぜんぜん強そーに見えないのに、隊長よりすごい装備じゃん……それだけの実力はあるってことかー)

(あれはルプスレギナの衣装……モモンガ様のお心にまだ、ナザリックの女どもの記憶が……!)

 

 

 

 その後、モモンガは改めて城塞を出ると、様々な奇跡を為した。

 狼やカラスに漁られ、ほぼ骨になっていた陽光聖典の死体から、かろうじて一体の集眼の屍(アイボール・コープス)を作る。これはニグンの支配下に置かれ、近隣情報収集に使う形となった。モモンガが報告を逐一聞くのが面倒と感じたがゆえである。

 残った骨は12体の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、20体の骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)として神官エンリの指揮下に入る。緊急時の指揮権はニグンに渡されるが……日常生活、土木作業や農耕、狩猟警備などはエンリの差配だ。

 クレマンティーヌは城塞内に詰め、モモンガの近衛……というかペットになった。得た力を振るいたい彼女には不満もあるが、王国や法国の出方を知らねば、安易に動けぬ状況である。

 農耕活用、襲われた村からの移民勧誘など、いくつかの指示を出した後。

 女神モモンガは最大の奇跡を為す。

 

 村人は広場に集められ、中央に広い直線を開くよう二列に並ばされる。

 ちょうど、村の中心たる井戸で二分する形だ。

 

「さて、超位魔法の実験もしておきたかった……私なりの防衛支援でもある」

「発動前後の護衛はお任せを!」

 

 黒翼を広げ、上空に舞い上がったモモンガを、甲冑のアルベドが追う。

 白昼ゆえに白いドレスは透けて。

 下からはいろいろと丸見えである。

 村人たちは跪きつつ、女神様の女神様を見上げ祈る。

 かつてなく真剣に崇拝の念を込めて。

 

「では、ゆくぞ」

 

 浮かぶモモンガを、球形の巨大な魔法陣が包み込む。

 魔法陣が輝き、目まぐるしく形を変えながら回転する。

 

((く……見えない!))

 

 村人(主に男)の心が一つとなり、強固な信仰が捧げられた。

 

「我が神官エンリよ! 彼らの信仰を束ね、我に捧げよ!」

 

 スカートのガードは忘れても、エンリへの気遣いは忘れない。

 

「は、はい! 今こそモモンガ様が奇跡を為されます!」

 

 ごくりと、村人たちの喉がいろんな理由で鳴る。

 

「いざ――〈天地改変(ザ・クリエイション)〉!!」

 

 瞬間。

 井戸は消え。

 村は両断される。

 村人たちは女神様の女神様を拝むことすら忘れ。

 口を開けたまま、その神話を超える奇跡を見ていた。

 

 余談ながら、この時から神に倣い、カルネ村では男女とも下着を身に着けなくなったという。

 

 

 

「おいおい……なんだよあれ」

 

 ルクルット・ボルブは(シルバー)級冒険者パーティー、漆黒の剣のレンジャーである。彼の役目は斥候であり……それゆえ、仲間に先んじて襲撃を受けたカルネ村を目にしたのだ。

 そこにあった光景は。

 

「堀……いや、湖? それにあの城みたいのは何だ……村じゃなかったのか?」

 

 聞いた場所は、巨大な湖に浮かぶ島のようになっており。

 うっすらと霧に包まれていた。

 細い道のように、島へと道は続くが。

 その先に見え隠れするは、黒い城。

 明らかに村ではない。

 はっきり言ってゲームが――いや、世界が違う。

 牧歌的な平原に突如、悪魔城が現れたようなものだ。

 

「ま、周りも見とくか……」

 

 ミスリル級先輩冒険者であるイグヴァルジから、あの村は普通ではないとは聞いていた。

 女神を名乗る存在が現れたという噂も、事前調査で聞いている。

 せいぜい、妙な宗教団体がはびこっているのかと思っていたのだが。

 村ですらない。

 

「こんな所に湖なかっただろ……城もだけどよ」

 

 見る限り、左右どちらにも湖は続いている。

 城壁は途中でなくなっているようだが……うっすらと覆う霧が、村の細部を見せない。

 

「バレアレさんの好きな子って、この中にいるのか? 生贄になったりしてないだろな……」

 

 横に回り込んでいった時、さらに恐ろしい光景を見て、慌てて隠れた。

 

「なっ……」

 

 多数の骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が、木製の簡易道具で穴を掘っていたのだ。

 それは溝であり……湖からの水路だとわかる。

 先を見れば、小さな開拓村とは思えぬ広大な農地が広がり。

 そこかしこで骸骨が耕していた。

 

「なんだよ……これ――」

 

 呆然としているしかない。

 そこには人間らしき影もいたが。

 アンデッドと行動を共にするような輩が普通とは思えない。

 早く戻り、仲間たちが近づかないよう言って撤退……そして組合に報告しなければ。

 と、ルクルットはそっと離れようとするが。

 

「ニグンさんの言った通りですね。冒険者の方ですか?」

 

 煽情的な黒い法衣をまとい、邪悪なメイスを手にした。

 絵にかいたような悪の女神官が、彼の背後にいたのだ。

 レンジャーである、ルクルットがまるで気づかぬ間に。

 

「ひっ! な、なんだあんた! どうして俺が気づかない!」

「さあ……どうしてでしょう? 事情を聞かせてもらえますか? 仲間の方にも迎えを送りましたので」 

 

 首をかしげて言う姿は、愛らしくすらあるのに。

 口調はどこか空虚で、台本を読んでいるよう。

 底知れない恐怖を感じる。

 強者には、まるで見えない。

 ただの仮装した村娘とも見える。

 それが、酷く不気味で恐ろしいのだ。

 いつもの彼らしく、口説こうと言う気すら起こさない。

 逃げ出そうとするルクルットだが……仲間にも、という言葉で踏みとどまる。

 

「く……!」

「武器を抜かないでください。みんな、あなたを霧の中から狙ってますから……」

 

 彼女を倒すか人質とし、仲間を助けられないかと考えたが。

 その背後、霧の中を見て、脚から力が抜けた。

 

「え、死者の魔法使い(エルダーリッチ)だと……」

 

 揺らいだ霧の中、見えただけでも三体の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が魔法を構えていたのだ。

 一体でも、漆黒の剣では勝てない相手である。

 

「わかりました? じゃあ、ついて来てください」

「な、なあ……教えてくれ……あんたが、この村に現れた女神ってやつなのか?」

 

 その時、初めて女神官が感情を見せた。

 明らかな怒り、だ。

 

「不敬な言葉は止めてください。このエンリ・エモットは、あの御方に仕える神官の身にすぎません」

 

 まさしく狂信者の目、絶対忠義者の顔。

 そして何より……。

 道中で護衛対象から聞いた、思いを寄せているという村娘の名前。

 

「そんな……」

 

 ルクルットはこの日、真の絶望を知り……目の前が暗転した。

 

「あれ? ちょ、ちょっとなんで倒れてるんですか冒険者さん! モルガーさん、魔法使っちゃったんですか?」

 

 普通の村娘らしく慌てるエンリの声は、ルクルットにはもう届かない……。

 




 暗黒神官エンリの伝説開始。
 信仰系です、ネイアに近くもありますが。
 扇動者型ではないので、影響は少ないです。
 村長でこそありませんが、立場としては村長より遥かに上です。

 エンリさんは、エルダーリッチの皆さんに支援重ね掛けしてもらって、ルクルットと平和的交渉に臨んだつもり。
 不可視化と音消しで近づいてから解除してもらい、声をかけてます。
 かける言葉は事前に考えておいて、緊張しつつしゃべってました。
 ルクルットが来たのは、エンリが装備もらった翌日なので、まだまだエンリは装備に着られてる感満々です。パワーレベリングも、僧侶系1~2レベル上がったかな程度。信仰系第1位階呪文は使えるようになっているでしょう。

 アルベドは、相思相愛の余裕からエンリは気にしてません。
 クレマンさんについてのみ、彼女がいるせいでいちゃつきづらくなってるのでは……とお邪魔虫扱いしてます。
 実務的にはニグンさんめっちゃ働いてますが、地味な仕事ばかりなのであまり描写できません。
 ンフィーレア含む、他の漆黒の剣出迎えは、エルダーリッチとスケルトンウォリアー多数で行きました。ルクルットよりも絶望感パないです。

追記:最後のエルダーリッチの名前は当初イグヴァでしたが、その後登場しないしイグヴァルジは普通に生きているので修正しました。


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12:この方の心には闇がございます

 前回、前々回と、多くの勘違いというか記憶違いあって驚いてます。
 ずっと、「ルクレット」だと思ってました……(ルクルットが正しい)。
 同じく、クラルグラ(クルラグラだと思ってた)、プレイナーアイ(プレナーアイだと思ってた)も修正してます。
 指摘くださった方々、ありがとうございました。

 作者はかつてアブラクサスを、アブサラクスだと思ってたり。
 レクイエムをレイクエムだと思ってた身ですんで。
 誤字と認識してない誤字も、ありえます。自身で間違ってると認識してないだけに、同じ言葉を何度見ても自動誤認してしまうのです。
 今後もどうぞ、気づかれた際は、指摘ください(汗)。



 

 黒い城塞の中には。

 元が日本製ゲームのせいだろうか。

 温泉旅館を思わせる大浴場が、用意されていた。

 その洗い場で、クレマンティーヌは身を清めていた。

 

「いかがです? ここも悪くないでしょう?」

「っ♡ あっ♡ こ、こんな……っ♡」

 

 常時、湯が沸き出てシャワーも使える。

 高級宿でも、こんな設備はないだろうし。

 おそらく、王族だってまず持っていないだろう。

 けれど。

 

「しっかり、清めさせていただきます、ねっ♡」

「あああああっ♡ 奥まで洗い過ぎだっ、このっ♡」

「ひゃっ♡ じゃ、じゃあ私もこっちだって洗っちゃいますからっ♡」

「んにゃあああああっ♡♡♡」

 

 横から聞こえる喘ぎ声でまっっったく、くつろげない。

 体を洗うと称し、二人で泡にまみれて、くんづほぐれつしているのだ。

 というか、昨夜から絡み合っており、まるで離れようとしない。

 別室にいた間も、胸がざわついたクレマンティーヌだが。

 同じ空間で傍にいると、ざわつくどころでない。

 

(く……人が見てる前で女同士盛るなよ! ていうか同じ顔の同じ体で、何してんだこいつら……裸だと、どっちがどっちかわかんねーだろ!)

 

 嘘である。

 クレマンティーヌには、モモンガがどちらか、はっきりとわかっている。

 彼女の潤んだ目と喘ぎ声を、無視できない。

 クレマンティーヌは、性経験もそれなりにあり、割り切った性的価値観を持っている。魔獣に犯されたが、異様な快感を恐れこそすれ、行為自体にさほどの忌避感はない。

 他人の情事なんて、任務中にはいくらでも見た。

 喘ぎ声が響く場所で、寝たことだってある。

 だが。

 だからといって、親の行為を見た経験はないし。

 知り合いのよがり狂う顔を間近で見た経験もない。

 

(ていうか、見たくねぇよ、こんなもん……)

 

 いらいらするのだ。

 なぜそんな気分になるのかわからない。

 わかろうともしていない。

 同じ体で絡み合う二人にいらつく理由が、己を愛して欲しいからだと、気づけない。

 

(クソが、クソが、クソがぁ……♡)

 

 横の喘ぎ声を聴きながら、やたら一部を重点的に洗っている己にも気づいていなかった。

 体が軽く痺れ、頭の中が蕩けつつあることにも。

 そのせいか。

 

「はぁはぁ……ん?」

 

 モモンガに、クレマンティーヌは気づかなかった。

 

「っ、うっ、く、ぅ♡」

 

 ただ、眉間にしわを寄せ、夢中で一部を洗い続ける。

 

「おい、クレマンティーヌ」

「ぬぇっ!?」

 

 突然、腕を掴まれ、凄まじい力で引き寄せられた。

 見た目に反した、ゴリラ並み……いや、ゴリラ以上の腕力。

 

「モモンガ様、一人で洗わせておけばよろしいかと存じますが」

 

 アルベドが冷たい視線を向けても、主は気に留めない。

 

「我々と同じく、あの魔獣に汚されたのだ。こいつも竿姉妹と言えるし……実験にも協力してくれたからな」

 

 モモンガは笑い、アルベドを傍らに抱きつつ。

 指で、クレマンティーヌを洗ってやる。

 

「ひにゃっ♡ ちょ、おま、いいいいいこと、言ってる、つもりかっ、知らないけどっ、どこに指入れぇぇぇぇ♡♡♡」

「羨ましそうに見ていただろう」

 

 汚された場所を念入りに洗う。

 

「誰がうらやまひっ!? う、動かすにゃあああああああ♡♡♡」

「うーん、猫っぽい。猫は風呂が嫌いだと言うからな。我慢するのだぞ」

「モモンガ様……次は私も、しっかり洗ってくださいっ♡」

 

 たっぷり時間をかけて体を磨く三人であった。

 

 

 

 城塞内がそんな状況とは知らぬ、カルネ村では。

 

「女神モモンガ様の降臨なされたカルネ村へようこそ……あれ? 今年は随分早く来たんだね、ンフィー。ああ、他の村が襲われたから、薬たくさん出ちゃった?」

 

 禍々しいメイスから、おぞましい瘴気を立ち昇らせる神官エンリが、幼馴染にいつもの様子で話しかけていた。

 

「…………」

 

 話しかけられたンフィーレアは、ぽかんと口を開けたままである。

 こぼれそうな胸元や、スリットから見える白い脚に注目しているわけではない。

 エンリの周囲は、彼女を護衛するアンデッドで囲まれ。

 村も、恐ろしい魔獣やアンデッドが徘徊している。

 そんな中、悠然と立つエンリは、話に聞くズーラーノーンの女幹部の如き姿。いや、実際の彼らとて、ここまでの悪のオーラは発していまい。

 

「あ、あの、エンリさんですか?」

 

 護衛冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)、二ニャが恐る恐るといった様子で話しかける。

 恐怖で膝が笑っていた。

 

「はい。モモンガ様の神官を務めております、エンリ・エモットです」

 

 照れくさそうに言う様子は、年相応の少女だが。

 恭しくメイスを預かるのは、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)

 背後には見たこともない巨漢の戦士型アンデッドが立つ。

 彼女の機嫌を損ねれば、(シルバー)級の漆黒の剣など、文字通りの瞬殺だろう。

 

「え、エンリさん、この城や、外の湖はいったい……」

 

 村の中は明るく、太陽の光で照らされていた。

 周囲を覆っていた霧も、村の中にはない。

 魔法的な結界のように、霧は村の外側のみ守っているのだ。

 

「全ては女神モモンガ様の為された奇跡です」

「「そ、そうですか……」」

 

 誇らしげに言う彼女は……とても怖かった。

 漆黒の剣の面々は、ただ頷くしかない。

 

「ところで、ンフィーはどのくらい村にいるの? 薬草採取なら、数日はいるんでしょ? 私はいいけど、モモンガ様やアルベド様に失礼のないよう、気をつけてもらわないと……」

 

 考え込む仕草は、ごく普通の少女なのに。

 合わせるように、目配せするアンデッドたちが恐ろしい。

 一行を生贄にする算段としか、見えない。

 だが、ンフィーレアだけは、幼馴染が衣装以外は変わっていない(はずだ)と思った。なけなしの勇気を振り絞って言う。

 

「い、いや、あのね。村が襲われたって聞いて、その、エンリが大丈夫かなって見に来たんだ」

 

 別の意味でぜんぜん大丈夫じゃなかったけど、とは口に出さない。

 思っていた勇気と、まったく違う勇気が必要だった。

 

「あ……そう、だったね……ありがとう。うん、そうだね……突然、あの騎士たちが襲って来て……もしモモンガ様が降臨なさらなかったら、私もみんなも……あの日に……」

 

 エンリが悲し気に俯く。

 目には涙がにじみつつあった。

 今こそ夢であり、己は実際はあの日死んだのか……死につつあるのでは。ここは死後の世界では、と。折に触れてエンリは考えてしまうのだ。

 村人全員が、少なからずエンリと同じだった。そんな、半ば夢のような精神状態だからこそ、彼らはアンデッドと肩を並べ、平気で生活できるとも言えよう。死後の世界なら、隣人がアンデッドでも何の不思議もないのだから。

 

「エンリ……」

 

 衣装や周りのアンデッドを一時忘れ、慰めようと近づくンフィーレアだが。

 

「あ、ありがとう、モルガーさん」

 

 エンリの肩をぽんと叩き、ハンカチを差し出したのは、横にいた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だった。

 ハンカチで目元を拭くエンリの背後、にやりと笑って手を振り、舌を出してンフィーレアを煽る。

 そんな彼を他の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が小突いて止めている。

 モルガーと呼ばれた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は足も蹴られながら、おどけていた。

 エンリに気づかれぬよう、言葉は発さずに。

 

「くっ……!」

 

 相手の力量も忘れ、ンフィーレアは囚われの女騎士が如き声を漏らした。それは恐怖でも絶望でもない、単なる男としての悔しさであった。

 

「なぁ……」

「うん……」

死者の魔法使い(エルダーリッチ)って強いんだろ?」

「ミスリル級のイグヴァルジさんが倒せたって自慢してたぜ」

「見たら逃げろと言われているのである」

「アンデッドってあんな、人間臭いモンなのか?」

「正直、顔以外は普通の村人って感じだよね……」

 

 漆黒の剣の緊張がゆるむ。

 というか、緊張するのも馬鹿馬鹿しくなる。

 暗黒神官エンリも、衣装以外は普通の少女のように思え始めた。

 ちょうど彼女が涙をぬぐい、顔を上げ、どこか無理のある笑みを見せる。

 もう、健気な村娘にしか見えない。

 

「……うん、大丈夫。モモンガ様があの騎士を皆殺しにして、アンデッドの奴隷に変えてくれたんだもん! もう二度とあんな連中、村に近寄らせないんだから!」

 

 やっぱり、エンリは怖かった。

 

 

 

 一行はエンリから様々な注意を聞き、そのままカルネ村で一泊することにした。精神面で疲れ果てて、そのまま薬草採取になど、向かえなかったのだ。

 ある程度の自由行動も許された中、ニニャは一人で村の様子を見て回る。

 ここでなら望んでいた力を……思わぬ形で得られるかもしれない、と。

 それに、エンリと話す合間、村人らから聞き捨てならない言葉を、いくつか耳にしていた。

 

(もし、あれが真実だとしたら。いや、実際この村はもう既に……)

 

 考え込みつつ、午後の村を散策する。

 柵の外には畑が広がり、その外を湖が囲んでいる。

 湖と霧で、矢もろくに届かない。

 黒い城塞への道と、裏側の道が……湖の中、橋のように細くある。

 閉鎖は容易。

 大兵力での攻城も無理。

 相当期間の籠城が可能だろう。

 それに、湖の向こうでは、今もアンデッドによって休みなく水路が掘られ、畑は拡げられているという。

 やがてこの湖のさらなる外堀と、畑の区域が築かれるに違いない。

 森の木々は切り倒され、湖に浮かべられ綱で引かれ……次々と村に運ばれている。

 柵だけでなく、物見やぐらや新たな倉庫、家が築かれつつあるのだ。

 

(王国からの独立……確かに、この村に兵を差し向けても、あのアンデッドには勝てない)

 

 大兵力で攻めても、この村は落とせない。

 戦士長やアダマンタイト級冒険者のような精鋭とて、狭い道の先に待ち構える死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に集中砲火を受ければ、終わりだ。しかも、より強力なアンデッドや、彼の女神すら待ち構えている。

 

(この力があれば……貴族どもも……)

 

 暗い笑みを浮かべてしまうニニャ。

 己の姉を奪った連中を地獄に落とせるなら……と考えてしまうのだ。

 気づけば、あの黒い城塞の前。

 来るときは迂回させられ、城塞側からは村に入れないと知った。

 監視の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)もいつの間にかいない。

 女神の御許では、監視も不要と考えたのだろうか。

 

(この城塞もアンデッドに作らせたのかな)

 

 触れてみれば、まるで黒い水晶のように滑らか。

 ニニャたちのパーティーの名の如く、漆黒に輝いている。

 エ・ランテルの城壁より遥かに堅固で、建造物としても美しい。

 王都にあるという王城とて、ここまで見事ではなかろう。

 今まで見て来た建物とは、まさに格が違うのだ。

 

「本当にすごい……こんな力がわたしにもあったら……」

 

 城塞の壁を撫でつつ、ニニャは口に出して呟いていた。

 

「神の御力を求めるなど不敬だぞ、少女よ」

 

 背後から話しかけられる。

 慌てて振り返れば。

 酷く顔色の悪い、ボロボロの法衣と王冠を着けた男がいた。

 明らかにアンデッド、それもおそろしく高位の。

 

「あ、あの、ニグン将軍閣下、ですか?」

 

 彼の存在は、既に教えられていた。

 少女と呼ばれたが、否定して機嫌を損ねる方が問題だ。

 

「おや、エンリ殿から聞いたのかな」

 

 エンリと違い、ニグンの態度には人の上に立つことに馴れた様子がある。冷酷な気配はあっても、傲慢の色はなく。それは、ニニャにとってすがりつくに足る要素だった。

 誇らしげに胸を張るニグンへ、ニニャはひれ伏す。

 

「お願いです、教えてください!」

「何をかな? 我が神に背く真似はできないのだが」

 

 面倒がる様子もなく、彼はニニャを受け入れた。

 やはり、王国貴族のような下衆ではない。

 

「どうすれば……力を得られるのでしょう。エンリ様もニグン様も、凄まじい力をお持ちと見えます。その……も、モモンガ様はこの村を救われたのですよね? どうしてわたしは……姉さんは救われなかったのでしょう?」

 

 敢えて、己の最も暗い秘密を漏らし、挑発とも聞こえる言葉を吐く。

 この村が王国から独立せんとするなら。

 貴族に対して決してよい心象は持っていまいし。

 たとえ彼らを刺激してでも、己の目的のために、と。

 

「察するに、貴族にやられたのかね? それとも盗賊団かな?」

「……貴族、です」

 

 隠せぬ憎悪、怨嗟が声ににじむ。

 

「この王国は腐りきっている。特に貴族は最低だ。だがな、貴族をつけあがらせたのは平民だ」

「わたし達が悪いって言うんですか!」

「少なくとも自業自得だとは思うね」

「何をしたのが悪いって言うんですか!」

「何もしなかったから悪いのだよ。君たちは、あれほど虐げられてなお、唯々諾々と貴族に搾取され続けた。知っているかね、普通の国では、あのような圧政があれば平民は立ち上がり、反乱を起こすのだ」

 

 そう、反乱を起こす。

 スレイン法国は反乱を待ち、その支援準備もしていた。

 腐った貴族を清める、自浄作用に期待していたのだ。

 民に貴族への反感を高まらせ、蜂起させるべく風花聖典も動いた。

 だが、王国の平民は悪い意味で辛抱強く。

 また、王国の国土は悪い意味で実り豊か。

 彼らは、延々と搾取された。

 奪われても奪われても、民は受け入れた。

 愚かな貴族に、愚かな家畜として貪られ続けたのだ。

 その結果が、どうしようもない暴君と化した貴族。

 そして、ニグンたち陽光聖典による先日の作戦。

 モモンガは傲慢と言い、理不尽は許さぬと言ったが。一方で、王国貴族に間違いなく、悪感情を持っていた。それはニグンもエンリも感じた、確かなものだ。

 

「君たちが一割の犠牲を受け入れ、抗っていれば……奴らは今ほど愚かな暴君にはならなかったろう。搾取した民がいつか歯向かうとわかっていれば、愚かな治世はできん。結果、君たちは今、九割の犠牲を払い続けている」

「だから……姉さんを奪われても仕方ないと? 取り戻す権利もないと?」

「違う」

「じゃあどうしろって言うんですか!」

「取り戻せと言っているのだ。君が不満や恨みを溜めこみ抱えていれば、貴族が死ぬのか? 姉が帰って来るのか?」

「力もないのに歯向かったって、犬死にじゃないですか!」

「だから諦めるのか? 犬だって噛んで傷くらい与えられる。傷を負えば、少しは懲りる。何度も噛まれれば、愚かな屑も学習する。たとえ君の姉が戻らずとも、次にさらわれる娘はいなくなるかもしれん。抱え込んで、あんな顔で生きて、いつか死ぬ方が無駄な生き方、そして無駄な死に方ではないかね?」

「あなたには力があるから、そんな!」

 

 ニグンの言葉は冷たい。

 そしてどこまでも現実的で。

 慰めがない。

 ニニャは涙を流していたが。

 少女に現実を教え、道を選ばせるこそ元聖職者の務めと、ニグンは冷酷に答えていた。

 

「私に訴えれば力を得られると――」

「ちょーっとニグンちゃん、女の子いじめて、いい趣味してんじゃーん♪」

 

 ふわりと、軽やかに。

 二人の頭上から、女が舞い降りた。

 丸腰で鎧もなく、下着同然の姿。

 金髪がしっとりと濡れ、肌も艶めき美しいが。

 ニニャの目には、ニグンより遥かに危険な存在に見える。

 ニグンが露骨に舌打ちした。同胞になろうとも、生前からあまりいい感情を抱いていない相手なのだ。

 

「腐りきった王国貴族を皆殺しにしたいんでしょー? いーじゃん、おねーさんそゆ生き方大好きだよー。皆殺しも、だーい好きだなー♪」

 

 ニニャの肩を抱き、耳元に囁くように言う。

 

「え、えっと、この方は……」

 

 話に聞くモモンガやアルベドの特徴ではない。

 

「エンリ殿からは……伝えようがないか。そいつはクレマンティーヌ……まともに相手はしない方がいい」

「ちぇー、ニグンちゃんひどーい。王国貴族大嫌いなのはいっしょのクセにー」

「うるさい、若人に間違った道を説くな! それにお前は御方の側仕えという大任があっただろう!」

「あーんな桃色空間にいたら、頭おかしくなっちゃうよー?」

 

 二人の様子は対照的だ。

 同情すべき人生経験の豊富なニニャは、人を見る目をそれなりに持っている。

 ニグンが決して悪人でなく、常識人で、ニニャを思いやっていると確信できた。

 一方のクレマンティーヌは、およそ信じられる類でない。明らかに悪人の類。

 それでも。

 しかし。

 ニニャは、己の内に燃える業火を鎮められない。

 

「クレマンティーヌ様。どうすれば……あいつらを皆殺しにできるんですか?」

「うーん、いいねー。その気持ちを連中にぶつける時、お嬢ちゃんはどんなことしちゃうかなー♪」

 

 ニニャの問いに、クレマンティーヌは邪悪な笑みを浮かべた。

 

 ニグンは深々と溜息をついて肩をすくめる。

 独立と言う形をとる以上、王国との衝突は想定済だ。

 女神が望めば、王国を焦土にもできるだろうが……外部に敵を作りすぎる。

 ニグンとしては、適度なバカを適度に見せしめて、頭の働く帝国と同盟を組みたかったが。

 クレマンティーヌが動くなら、想定以上に血生臭くなるだろう。

 

(主が決断なされたなら、従うは道理だが……この女に、主の決断を歪まされてよいものか……)

 

 だが、モモンガは城塞の中にこもり、出てこない。

 村の誰も、無闇に女神を呼べる立場ではない。

 ニグンはもう一度、深々と溜息をついた。

 





 苦労人枠のニグンさん、思ってた以上に表に出てきました。
 もう死んでるので毛根も胃も大丈夫です。
 彼は人望ある管理職として、若い人の悩みを聞く能力も高いと考えてます。もちろん、彼の根っこは保身的なたいしたことない人間ですが。夜神月やDIOが持ってたような、“スゴイ人だと思わせるセルフプロデュース能力”は十分持ってるはず。
 教師や指揮官として重要な能力なので、ニグンさんは格下に対しては相当なカリスマ持ちと信じてます! もちろん、格上には通用しませんけど。
 ニグニニャって、「ニ」ばっかですな。

 前作でもある程度言ってましたが、法国がなんで村を襲ったのか?という自己解釈。
 王国に反乱誘発したいなー的な。
 国土が豊かなせいで、圧制搾取されても反乱起こさない平民にいらついてる法国という図式。

 クレマンさんは、お風呂で体洗われた後、浴槽スローセックスに入った二人を見かねてさっさと出てきました。
 呪文使用者のモモンガ以外は扉を開けない設定ですが、先日の外に出た時に気づいて真なる無(ギンヌンガガプ)で扉を破壊。丁番と鍵を付け替え、村の方には普通に出られるようにしました。
 細かく説明する場面でもないので、省略。
 もちろん、城塞内ではその後も二人が延々といたしております。
 当人まだ認めてませんが、いたしてる横にいると、クレマンさんはずっとNTR気分です。

 モルガーさんは先日、感想で教えてもらった死んだ村人の名前です。
 基本、エンリといつもいっしょのエルダーリッチは元村人の四人。
 魔法使えるようになりましたが、メンタルも日頃の口調も、生前とあんまり変わってません。「ちょっと騒がしいが気立てのいい人」らしいので、ややうざいお調子者キャラです。他のエルダーリッチにいつもツッコミ入れられてます。
 村人とエンリは、モモンガ降臨以後、浮世離れした生活しすぎて言動がちょっとあやしいです。
 外部の人が聞くとやばい発言をけっこうやっちゃいます。
 なんだかんだで、襲撃からまだ一週間も過ぎてませんしね。


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13:親方!

 つくづく二人の旅が、草原→カルネ村で終わってしまった気が……。
 どないしよ……。



 

 夜。

 モモンガとアルベドは転移門(ゲート)で城塞の屋根に出て。

 翼を広げて、夜空を高く高く飛ぶ。

 うっすらとかかる雲さえ足下に。

 煌めく星々の中に浮かんで。

 輝く世界、輝く空を眺めた。

 

「星と月だけで、こんなに明るいなんて……キラキラと輝いて、宝石箱みたいだ。いや夜空だけじゃない、この世界そのものが……()()()()()とは比べ物にならない、美しさだ」

 

 初めて見る星空に、うっとりと手を伸ばす。

 星は遥か遠く、触れられはしないけれど。

 光を通す、この空気すら美しく輝いて。

 白い指の隙間からこぼれゆくようで。

 

「全てはモモンガ様を飾る宝石を宿すがゆえでしょう」

 

 体を共有した折、主の記憶――リアルの、常に厚い覆われた空を知っていたから。

 美しい光景への感動を邪魔すまいと、アルベドは背後に控える。

 

「それは違うぞ、アルベド」

 

 振り向き、モモンガはアルベドを見つめた。

 彼女の背後、広がった黒い翼の向こうに煌めく星明かり。

 月光で照らされた肢体。

 今のアルベドは甲冑でなく、上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)による黒いドレスをまとう。

 輝く夜空の中に浮かぶ彼女は、まさに夜の女神と見えた。

 

「星々も世界も、この肉体――アルベドを飾る宝石だ」

 

 星空を見ると同じ、うっとりとした目でアルベドを見る。

 モモンガの目に彼女は、確かにこの世界にも比肩する美しさ。

 骨じゃなくてアルベドの体でよかったと、心から思えるほど。

 

「そんなアルベドに愛される以上の幸福があるものか」

 

 心からの、感謝と愛情を込めた言葉。

 魂のつながりが、言葉が真実と伝えてくる。

 たとえ嘘でも感激しただろう。

 でも、心からこんなことを言われては。

 魂に愛を刻まれたアルベドは。

 

「モモンガ様……!」

(ヤバイヤバイヤバーイ!)

 

 歓喜のあまり脳内語彙力も崩壊していた。

 己の肉体に宿った主――モモンガに、ひしとしがみつく。

 本来のモモンガの体なら、骨の一部が折れかねない抱擁だが。

 同スペックのアルベドの体ゆえ、情熱的に思うのみだ。

 

「~~~~♡♡♡」

 

 星空の中、与えられた言葉を何度も咀嚼しながら……最愛の主にしがみつき、身をすり寄せるだけで。アルベドはとめどない快楽に押し流され、達する。

 黒い翼がピンと伸びて、身が震えた。

 飛行能力が途切れ、モモンガの腕にのしかかってしまう。

 そんな彼女がなお愛おしくて。

 モモンガは心から……愛情を吐き出す。

 

「在り方を書き換えてしまうほどに……アルベド、愛している」

 

 それは、情事の合間ではない。

 冷静な中、真剣に紡がれた告白。

 

「も、モモンガ様っ♡ 私も、私も愛してまひゅっ!」

 

 口から出た言葉は実際には「みょみょんがしゃま」で。

 思考回路はショート済、子宮経路は準備済。

 びくんびくんと身を跳ねさせながら、アルベドはすがりつく。

 モモンガもまた、きつく抱きしめ返し。

 間に入れば、全身甲冑もプレスされる抱擁のままに。

 二人はくちづけ合い。

 そして。

 指を互いの背面に這わせ、互いのドレスの中をまさぐり始めた。

 

 

 

 その頃、地上。

 警備責任者たるニグンは、夜間外出者に気づいた。

 だが、その人物が先刻の少女と知れば、軽く舌打ちし。

 夜間も止まらぬ、アンデッドらによる要塞化指揮を続ける。

 歓迎できぬ事態ながら、主の判断を仰ぐと言われたのだ。

 自由行動を許された同僚の指針である以上……ニグンに、妨げる権限はない。

 もっとも、後を追って来た、少女の仲間らはしっかりと帰らせた。

 

 黒い城塞の門前に、小柄な影がそっと駆け寄る。

 門の前では、クレマンティーヌが棒を振るい、己の力を確認していた。

 

「ふんふーんっと♪ ホントに来たんだー?」

 

 にんまりと笑って、上機嫌で来客を迎える。

 来客――ニニャは必死の形相。

 いつものおとなしそうな魔法詠唱者(マジックキャスター)ではない。

 力に飢えた、一人の復讐者。

 

「ほ、本当に、わたしに力を与えてくれるんですかっ!?」

 

 夜、他の村人の目がない時に叶える……と言われ、抜け出してきたのだ。

 

「んー、本当かどうか、あたしにはわかんないなー。そこはモモンガ様次第だしー? けーどー、ニニャちゃんの祈りが届けば、優しーいモモンガ様は、きーっと力を貸してくれるんじゃないかなー♪」

「…………」

 

 ニニャは、覚悟を決める。

 夜に抜け出すだけがリスクではあるまい。

 最初から理解していた。

 クレマンティーヌは、城塞へ入るよう、そそのかしているのだ。 

 神官エンリが、決して入ってはいけないと言った場所。

 最大の禁忌だと言った場所に。

 

(女神の怒りを買えば、わたしは死ぬか……死ぬより酷い末路を迎えるんだよね……ひょっとしたら、みんなも巻き込まれるかも。でも、それでも。この、力があれば……姉さんを……あいつらを……)

 

 目に見えぬ憎炎が、小さな体から噴き出していた。

 震えながら、真剣に祈り。

 憎悪の実行を神に頼もうとしているニニャ。

 

 その姿に、クレマンティーヌは舌なめずりする。

 生前も好きだったが、首無し騎士(デュラハン)になった今はもっと、好きになった。見ているだけでも、ぞくぞくと愉悦を感じてしまう。ドス黒い、死んだらいいアンデッドになりそうな……歪んだ強い憎悪。

 

(いいねー、いいねー♪ モモンガちゃんの邪魔したら、アルベドが怖いけどさー。この子が勝手に行く分にはいいよねー? 邪魔じゃなくって、助けてーってお願いなら、モモンガちゃんは無下にできないでしょー♪)

 

 ニニャの願いが叶えられれば、楽しい殺戮の始まり。

 断られれば、絶望するニニャが見れる。

 アンデッドにされて、同僚になるかもしれない。

 ついでに、城塞内で絡み合ってる二人の邪魔もできる。

 どう転んでも、クレマンティーヌは得しかないのだ。 

 

(そーれーにー♪ モモンガちゃん、王国貴族は好きじゃないよねー♪ この村が税金断るなら、アイツら絶対身の程知らずに噛み付いて来るよー。こっちから踏み潰す名分ができたほーが、嬉しいよねー♪ つーまーり、ニニャちゃんはともかく、あたしが怒られる可能性は、ほーぼゼロ。完璧なけーかくだよねー! アンデッドになって、頭までよくなっちゃったかなー? 取れちゃったけどさー……おっと、肝心の二人は城塞のどこでネチョってるのかなー♪)

 

 城塞の門に向かって歩き始めたニニャを見て。

 とりあえず向かうべき場所くらい、ニニャにも教えてやろうと。

 クレマンティーヌは主の居場所を探る。

 アンデッドになってから、モモンガの居場所だけは、何となく感じ取れるのだ……が。

 

(あれ?)

 

 モモンガは頭上から今まさに、ここに降りて……。

 

「「え?」」

 

 ニニャとクレマンティーヌが、ほぼ同時に間の抜けた声をあげた。

 夜空から、黒い翼を持つ女が二人、共に舞い降りたのだ。

 ふわりと空気を孕んだドレスが押さえられ、優雅に降りたつ。

 この世ならぬ色香を漂わせ、月光に照らされる姿は、まさに女神。

 白いドレスの女神と、黒いドレスの女神が、互いを抱きしめ合う。

 周囲には甘い芳香が漂い、世界すら変わったように思えるほど。

 その様子は、どんな神殿や神話よりも神聖で。

 神すら呪うしかなかったニニャに、信仰の念を目覚めさせた。

 

「……っと、危ないところだったな。空中でするなら意識を要しないアイテムが必要か」

 

 感動するニニャに、女神の呟きは聞き取れなかった。

 だが、感覚も鋭くなったクレマンティーヌは、しっかり聞いており。かつ、この甘い香りが二人の淫臭だと……知りたくもないのに知っていた。

 

(こ、こいつら空中でしてたのかよ……で、二人してイッたからって落ちて来た? バカだ……真面目に計画たてるのもアホらしくなるバカだ……)

 

 馬車でいたしている最中、急に馬車が止まり、噛み千切られて死んだ不名誉すぎる貴族の逸話を、クレマンティーヌは思い出す。持っている力を考えなければ、モモンガたちは大差あるまい。もっとも、落下したって平気なのかもしれないが。

 他に、力の使い方がないのだろうかと、呆れるばかり。

 とはいえ、タイミングがタイミングだ。

 

「ああ……女神様……わたしの祈りに応えてくれたのですね……」

 

 女神のアホらしい実態を知らないニニャは、感涙しながらひれ伏している。

 

「…………ああ。お前の真摯なる祈りが、私に届いたのだ」

 

 モモンガが重々しく言いつつ。

 

(おい、なんだこいつは)

 

 チラチラとクレマンティーヌに視線を送ってくる。

 祈りなど知らない。

 というか、漆黒の剣やンフィーレアの存在自体知らない。

 アルベドはと言えば、ニニャが女性と見て、警戒の視線を向けている。

 

(あ、これ、あたしが説明しないといけないのかなー?)

 

 クレマンティーヌは計画の崩壊を感じた。

 実質、己が直訴するとなれば……アルベドの怒りを買ってしまう。

 その場に、微妙な空気が流れるが。

 

「ど、どうか! お願いです! 王国貴族どもに鉄槌を! そして、わたしの姉を救ってください!」

 

 ニニャが己の願いを叫んだ。

 クレマンティーヌはほっとしつつも、モモンガの背後に控える。当人から聞いてください、自分も詳しくは知りませんとの意思表示だ。二人が互いしか眼中にないバカップルと知るがゆえの機微。

 そう。城塞の中での、いちゃつきっぷりを知るがゆえ、クレマンティーヌは最も二人を理解していた。

 実際、着陸してから未だに二人はまったく離れておらず。アルベドに至っては、モモンガの脚に己の股間を擦り付けている。

 そしてモモンガは、アルベドに恰好つけるためだけに。

 女神らしく振舞うのだ。

 

「お前の物語を私に語るがいい。興を覚えれば、助けよう。くだらぬ話ならば、罰しよう……ああ、待て」

 

 冷たく言い。

 何か思い出したように、ニニャの言葉を止める。

 

「(〈魔法無詠唱化(サイレントマジック)〉〈伝言(メッセージ)〉)我が忠実なる僕、ニグンよ。来い。お前も立ち合うのだ」

 

 ぼそりと、ニグンにはとうてい届かぬ声で言う。

 

(こ、こいつ恰好つけるためだけに無詠唱化した……!? そっかー、空でヤってたのも、いいムードっていうよりもー、そうした方がかっこよさそうだから、かー。で、さっき着地でちょっと焦ったのも、コケたり叩きつけられるとかっこ悪いから……はー……なるほどねー)

 

 呆れつつも、モモンガを分析するクレマンティーヌ。

 行動原理を知っておけば、生存率は高まる。特にアルベドの怒りを避けるためには、モモンガに守ってもらえるよう立ち回らなければならない。

 そんな風に考えている間に、ニグンも来て。

 エンリを除く首脳部(?)が、ニニャの事情を聞くのだった。

 





 空から女の子(?)が!
 世界なんかより君の方が大事だよって、ナチュラルに口説き始めたので、世界征服ルートには進みません。
 夜空でロマンチックにキスして、そのままコトに及びましたが、二人同時に羽根ピンして落下。
 よく考えると、ぺロロンチーノ&シャルティアがやらかしそうな事故ですね。
 実際、脱童貞(?)後のモモンガさんは、全能感に酔ってます。慎重さも、原作よりぐっと低いです。
 アルベドのためなら空も飛べる(もう飛んだ)テンション。
 よって、パンドラズ・アクターに近い黒歴史な一面……彼なりのかっこよさ追及が前に出てきてます。

 ニニャを追って出て来たのは他三人全員。
 神に直談判するつもりらしいと、ニグンさんは知ってましたし。
 貴族にさらわれた姉を助けたいニニャの目的を支持してる三人は、普通に説得されて引っ込みました。無理に押し通るのはダメって70レベルアンデッドになったニグンさんに言われるとどうしようもないんで……。

 余談ですが、ニグンさんは洗礼名捨てたのでニグン・ルーインになってます。
 モモンガ様に帰依しましたからね!
 絶対、自分で忘れそうな設定っすな……。
 今回の最後で、ニグンさんはアルベドの素顔を初めて見ましたが、モモンガをマスター登録してるので、たいして驚きません。NPCが至高の御方を見分けられるのと同じで、己の主であるモモンガさんを明確に区別できてます。おおよその居場所とかも近くにいればわかります(今回のクレマンティーヌがしてたように)。

 組織としては、神官がエンリ、将軍がニグン、近衛がクレマンティーヌです。
 人口はカルネ村の百人ちょいのままなので、特に政治機構はありません。エンリが困ったら、ニグンさんが助けてくれます。あと、元村人エルダーリッチも助けてくれます。なので、エンリはジェネラルのクラス取得せず、信仰系魔法詠唱者として成長中。


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14:さっすが~ ○○様は話がわかるッ

 前回に比べて進みが遅い……。
 実は転移後、まだ一週間程度です。



「……お前の物語はそれで終わりか」

「そう、です」

 

 貴族に見初められた姉が連れ去られたこと。

 すぐに飽きられた姉が、売り払われたこと。

 今も奴隷以下の扱いを受けているだろうこと。

 ニニャは私情を抑え、可能な限り客観的に、全て語った。

 

「ニグン、クレマンティーヌ。どう考える」

 

 モモンガには、話の客観性がわからない。

 誇張した騙りかもしれないし。

 貴族と対立させたいだけかもしれない。

 

「真偽はともかく、王国ではよくある話ですな」

「売られた先の扱いもだいたいわかるけど、聞かない方がいいよー」

 

 二人とも、頭ごなしの否定はしない。

 十分にありえる事情と言うことだ。

 

「お前たちも王国貴族は腐りきっていると、言っていたな。エンリや村長も肯定していた」

 

 曖昧な情報について再定義すべく、二人に尋ねる。

 

「ここは王の直轄領だから、まだマシだよー。酷いトコじゃ、平民は貴族の家畜以下だからねー。気に入らないから殺すとか、気に入ったから手籠めにするとか、小遣いほしいから奴隷として売り飛ばすとかー。そんなのフツーだよー? 税も八割くらい? 酷いトコは九割いってるんじゃないかなー。若い男は兵士に連れてかれるし。食うに困って盗賊団してたりで、地域一帯が治安最悪だよー?」

「私としては、そこまでされて反乱を起こさぬ民にも、問題があると思いますが」 

 

 二人の補足は、モモンガには衝撃的だった。

 リアルにおける、支配層以上の酷さである。

 過労死、事故死はありふれていたし。

 セクハラもパワハラも当然で。

 治安だって悪かったが。

 ここまで酷くなかった。

 餓死する人間はごく一部だし、少なくとも表向き露骨な性暴力はなく。男女雇用機会は均等で。ローンや保障支払いはあれど、せいぜい六割。なんだかんだで、ゲームだって遊べた。

 しかし、カルネ村には娯楽もなく、エンリも生きるためずっと働き続けているという。

 

「アルベド。お前はどう考える」

「虫にも劣る愚かな生物かと。ただ……」

 

 アルベドが珍しく口ごもった。

 

「どうした。言ってみよ」

「……我々は、連中が己の所有物と考える村を接収しました。おそらく、身の程知らずにモモンガ様に兵を向けるでしょう」

「何の問題がある?」

「姿を見せれば、奴らはモモンガ様に不快を味わわせるかと」

「ん?」

 

 よくわからず、モモンガは首をかしげた。

 

「……その者の姉は、容姿を見初められて連れ去られたのです。連中はおそらく、見染めた者はすべて己の自由にできるとでも考えているのでしょう」

「はぁ?」

 

 呆気にとられる。

 

「何か? 私に――アルベドの体に欲情して、我がものにせんとしてくるってことか?」

「間違いなく」

「はぁぁぁ?」

 

 ぶわっ、とモモンガの全身から黒いオーラがあふれ出た。

 周囲の草が一瞬で塵と化す。

 ニグンが慌てて、ニニャを下がらせる。

 即死耐性を持つアルベドや、アンデッドの二人でなければ。

 全ての命をかき消す〈絶望のオーラV〉。

 

「ひ……!」

 

 ニニャは震えて歯も噛み合わず、ニグンに押しのけ転がされたまま失禁してしまう。

 

「……ああ、すまないな。怒りを抑えきれなかった」

 

 そんなニニャに、慌ててオーラを消すモモンガ。

 それでも、肩で息をするしかない。

 ニグンとクレマンティーヌも、アンデッドなのに冷や汗をかいていた。

 

「御身に不快な進言をし、申し訳ありません……私は常に、モモンガ様のものです」

 

 アルベドが甘えるように身をすり寄せ、詫びる。

 

「いや。突然、面と向かって言われれば、罪なき者も殺戮していただろう。先に言ってくれたお前の行いは正しい」

 

 アルベドの髪を、モモンガが撫で。抱き寄せる。

 二人が周囲を忘れつつあるなと気づき、クレマンティーヌが注意を向けさせた。

 いちゃつき始めて最後までいたされると、状況説明が面倒くさい。

 朝になって、村人が起き始めても続けていそうでもある。

 

「ま、まあ、アイツら頭おかしいからねー! 二人を見たら、ぜったいろくでもないこと言いだすよー。あたしも、内通してるクソ貴族に伝言役で来ただけで、当たり前みたいにヤられたからさ」

「は? そいつ殺さなかったのか?」

 

 モモンガは素で聞いてしまう。

 一応程度についた、彼女のキャラクター的に……いや、彼女じゃなくてもそんな奴は普通殺すか訴えるかするのじゃないかと考えたのだが。

 

「まー、任務だったし。内通者を消しちゃうわけにもねー。法国の使いで来たあたしを平気で犯して、高貴な血を受け入れて光栄に思えとか言うしー。最中に平気で殴ってくるしー。王国貴族の大半は、ほーんと、そんな連中ばっかだよー」

「お、お前も苦労してるんだな……」

 

 モモンガは、少し優しくしようと思った。

 同時に、怒りも忘れる。

 アルベドの舌打ちは、他の全員が聞かなかったことにした。

 

「連中の大半が、横柄と愚昧が服を着たような輩ですから……」

 

 ニグンも溜息混じりに言う。

 

「そいつらは、何かすごい戦闘力や特殊能力、アイテムなどを持っているのか?」

「財力と権力が少しある程度ですな。いつでも暗殺で始末できますし」

「…………バカなのか?」

 

 リアルの管理職でも、そんなのがいたら即、社会的抹殺される。

 

「……アルベド。思った以上にこの世界は汚いな」

「あくまで住人の問題と考えます。モモンガ様に帰依したこの地に、斯様な穢れはもはやありえぬかと」

「無論です! これほど愚かな貴族が揃った国は、他にありません!」

 

 失望したように呟くモモンガを、アルベドが慰め。

 ニグンは他の国についてフォローする。

 失望のあまり、世界を滅ぼすとなっては大ごとに過ぎる。王国貴族を基準に、この世界を判断されたくもない。

 

「はぁ……掃除が、必要か。ニニャと言ったな。お前の望み、全てではないが……叶えてやろう」

「ありがとうございます!」

 

 未だ残る恐怖に震えていたニニャだが……名前を呼ばれ、慌ててひれ伏した。

 

「とはいえ、移動は面倒。人員を割くにもな……クレマンティーヌよ」

 

 先の逸話を思い、命じる。

 

「お前を犯した貴族をとりあえず、好きに始末しろ。ニニャの姉をさらった貴族もな。死では慈悲深いと思ったなら、好きに地獄に落とせ。そいつらから同類や奴隷販売先を探り、王国内を適当に掃除してこい」

「えー♪ いーの? 王国貴族殺戮祭りスタートしちゃうよー?」

「下衆なら、貴族に限らず、好きに始末しろ。邪魔する輩も、私に不快を与えそうなら好きにしてこい――〈魔法二重化(ツインマジック)〉〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉」

 

 クレマンティーヌを、黒い軽装鎧が包み。

 濃紺のマントが羽織られる。

 

「武器は使い慣れた品がいいだろう。朝に、エンリから返してもらえ」

「お? おおお? これ、めっちゃすごい鎧じゃなーい?」

「たいした鎧ではない。精神耐性、神聖耐性、敏捷上昇、幸運上昇を与える程度だ。マントは一日に3回、〈透明化(インヴィジビリティ)〉と〈静寂(サイレンス)〉を発動できる」

「……普通に国宝級じゃん」

 

 漆黒聖典にいた頃でも、装備したことがない水準の装備だ。

 というか、王国貴族を殺すには過剰武装ではないかとも思える。

 70レベル級アンデッドを刺客に使う時点で、何をいわんやでもあるが。

 

「あまり遊ばず、迅速にやってこい。始末はともかく、関係ない者は殺すな。私の名は出してもかまわん」

「へー? じゃあ、『女神モモンガの名のもとに天罰を下す』とかメッセージ残して来ちゃったりして?」

「ほう……いいな。血文字で大きく書いてやれ。無実の者は一切殺すなよ」

「子供とかに、逆恨みされちゃうんじゃないのー?」

「その時は、お前の仕事が増えるだけだ」

「いひひひ……さっすが~、モモンガ様は話がわかるッ!」

 

 歪んだ笑みを浮かべ、クレマンティーヌはくるりと踊るように回る。

 彼女自身が慣れつつあったより速く、鋭く。

 精神を集中すれば音が消え、姿が消える。

 

「すっごー! これなら、魔法への備えもろくにない王国貴族なんて、らっくしょー♪」

「魔法への備えもないのか……」

 

 呆れ切って、怒りを覚えたことすら馬鹿馬鹿しくなる。

 

「……ああ、さらわれた女子供がいたら助けてやれ。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちから〈伝言(メッセージ)〉で定時連絡させる。保護すべき者が多ければ、私が迎えに行ってやろう」

「りょーかい♪」

 

 クレマンティーヌが即座にまた姿を現し、満面の笑みで答えた。

 そして、モモンガは再び、ニニャを見る。

 

「さて……ニニャよ。私ができるのは、この程度だな。礼に思うならば、都市に戻った後、この村について包み隠さず話すがいい。移民も歓迎だ。望むなら、貴族どもを始末する件も、好きに喧伝してかまわんぞ」

「え……帰れるんですか?」

 

 ニニャとしては、モモンガへの信仰に一生を捧げる覚悟だった。

 

「お前たちが戻らねば、ここがどのような場所か誰もわかるまい。ここに移り住みたい者がいれば、歓迎しよう。我が力の一端を知ってなお、身の程知らずにも挑むというなら……相応の見せしめをせねばならんが」

 

 いかなる権力も気にかけず。

 淡々と述べる様子に、ニニャはこれこそ神だと確信した。

 

「それとニグン。王国が軍を向けて来るなら、堂々と相手してやるつもりだったが……気が変わった。お前の方で監視し、愚かな指揮官ならば先手を打って、夜襲なりで追い散らせ。兵士はなるべく傷つけるな」

「承知いたしました!」

 

 奇襲夜襲殲滅は、元陽光聖典隊長として得意中の得意。

 己の能力を買ってくれたのだと、ニグンは忠誠を新たにした。

 実際は、王国と交渉するのが嫌になっただけだが……。

 

 

 

 翌朝。

 クロマルを使っていいという、ありがたい言葉を断り。

 武器のみ受け取って、クレマンティーヌはカルネ村を出る。

 中途半端なアンデッド化とはいえ、寝食不要、肉体疲労無効を持つ。

 通常の馬より遥かに早く移動できるのだ。

 

(そーいや、カジッちゃん忘れてたなー。勝手に来そうだけど、軽く挨拶だけしとこっか。後で知り合いってバレるほーが、めんどくさそーだもんねー)

 

 一時間程度で見えて来たエ・ランテル。

 今のクレマンティーヌは、跳躍で城壁を簡単に登れる。

 マントの効果も発動すれば……白昼堂々と入り込む彼女に気づく者はいない。

 

 夕刻、彼女がエ・ランテルを発つまでに。

 評判の悪かった徴税吏と衛兵が、無惨な死体と化した。

 限界まで痛めつけられ、残虐に為された殺人。

 その犯行現場には――

 『女神モモンガの名のもとに天罰を下す』

 という血文字が、壁一面に書き残されていたという。

 




 クレマンさんの王国全土拷殺ツアー開始。
 特に監視役もいないので、かなりやりたい放題やっていきます。
 あまり無法を働くと後で怒られるから、可能な限り命令を遵守しつつ。

 カジッちゃんは、アンデッド化したクレマンさんの紹介でカルネ村へ。
 エルダーリッチいっぱいとか聞いたら黙ってられないので。

 ニニャは、すっかり信者化しました。
 エ・ランテルに戻ってから、また来るかも。


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15:べっ別にあんたのことなんて好きじゃないんだからね!!

ちょっと体調崩してました。



 エ・ランテルでは“親切な”情報屋から近隣の悪人情報をさらっと聞き出し。

 都市内では数人を殺すに留めたクレマンティーヌ。

 彼女はそのまま、夜の間に飛び出し。街道沿いに巣食っているという盗賊団だか傭兵団だかの拠点に、立ち寄ったのだが。

 

「はー……なーるほどねー。これだけ戦闘力に差があると、刺突より斬撃の方がいいかもー?」

 

 スティレットで逐一突き殺すのがだんだん面倒くさくなり。

 盗賊の粗雑な剣を奪い、振り回している。

 

「モモンガ様やアルベド様はこれのもう一段上かー。そりゃー、相手するのもめんどくさいよねー」

 

 クレマンティーヌを囲む盗賊たちは、何かわめいているが。

 虫の羽音か、鳴き声かといった風情。

 むしろ体が大きい分、虫より簡単に殺せる。

 なんといっても、ふざけ半分で剣を持ってぐるぐる回れば、全員真っ二つになっていくのだ。

 敏捷性が格段どころでなく上がっており、返り血すら一滴も受けていない。

 

「はー。武技とか使う必要もないなー。あーの番外席次もこんな気分だったのかねー」

 

 筋力と敏捷性と反射神経しか、使っていない。

 最初の数人は、かつてのように“殺す”攻撃をし。

 派手に悲鳴をあげさせたのだが。

 拠点からわらわらと出て来た盗賊を見ると、逐一“殺す”のが面倒で。

 身体能力任せの“伐採”に変えた。

 ついでに武器も、盗賊から奪った剣に持ち替えている。

 

「オーガとかが、たいした武器使わないのもわかるなー」

 

 圧倒的な筋力があれば、たいした武器は必要ないのだ。

 盗賊が持っていた、数打ちで手入れもろくにされていない剣だが。

 それで十分だった。

 やや薄めの金属の塊を高速でぶつければ、なまくらだろうが“斬れる”のだ。

 ついでに言えば、今のクレマンティーヌは、つまんで引っ張るだけで人間の肉をたやすくちぎれる。エ・ランテルで試してみたから間違いない。

 

「なーんかいろいろ変な能力も手に入れたっぽいけど……使う意味あるのかなー……っと、減ってきちゃったねー♪」

 

 考え事をしつつ適当に剣を振り回して。

 ふと我に返ると、敵が随分と減っていた。

 残るは五人。

 まだ十人近くいるつもりだったが。

 

「奥に逃げてるかー。はー、裏口も用意してるかなー?」

 

 動死体(ゾンビ)の基本スキル〈暗視〉、首無し騎士(デュラハン)のスキル〈生命感知〉と、ケンセイのスキル〈殺気感知〉〈気配察知〉により、盗賊たちの動きは面白いほど把握できる。

 

「とりあえず……後で遊んだげるねー♪ 〈疾風走破〉」

 

 剣をもう一本拾い……両手に持って、加速疾走。

 速度は以前の比ではない。

 すれ違いざまに、残る連中全員を、脚のみ切断できてしまう。

 

「うーん、拷問も楽しめなくなってないか、心配だなー♪ よーっく味わって確認しなきゃねー♪」

 

 背後に脚を斬られた連中の悲鳴を聞きつつ。

 にやにやと笑いながら“死を撒く剣団”の拠点たる洞窟に飛び込もう……として。

 

「おっと、あぶな〈疾風走破〉っと」

 

 落とし穴に落ちかけて、慌てて加速。

 蓋が落ちる前に渡り切る。

 

「そりゃ罠はわっかんないかー。油断しちゃいけないねー」

 

 言いつつも、そのまま進んでいく

 彼女のスキルに、罠対策はない……が、反射神経でたいてい何とかなるとわかった。

 しかもケンセイのパッシヴスキル〈明鏡止水〉――集中力を高める効果により、武技の使用可能回数が爆発的に増えている。肉体負担もほぼない。

 

(感覚もビンカンになってるもんねー。紐とかワイヤーに引っかかっても……発動前に回避はじゅーぶん♪)

 

 上機嫌に鼻歌混じりで進んで行く。

 意外と深い。

 入り込めば即座に囲んで来るかと思ったが。

 奥まで誘い込む気だろうか。

 

(めんどくさいなー……ん?)

 

 一人の、剣士らしき男が立っていた。

 用心棒と言ったところだろうか。

 

「おいおい、マジで女一人かよ」

 

 南方風の剣――刀を構えている。

 以前のクレマンティーヌなら、わりと本気になったであろう相手だ。

 それなりに武技も使えるだろう。

 王国でそんな人物は限られる……首をかしげて訊ねてみた。

 

「んー? もしかして、ブレイン・アングラウス?」

「そうだといったら?」

 

 にやりと挑発的に、男が返してくる。

 妙に恰好つけた態度。

 その様子にクレマンティーヌは……なんとも言えない脱力感を味わう。

 随所に、過去の己を重ねてしまうのだ。

 

(あー、格下相手によくやったなー、こういうの。こいつも、あたしより上とか思ってるんだろなー)

 

 羞恥、後悔、憐憫、安堵。

 いろんな感情が湧き出して、嗜虐的な気分が萎えてしまう。

 

「……はぁ。これは恥ずかしい。あー……そう考えると、モモンガ様に直接挑んだりしなくてよかったー。これは恥ずかしいもんねー。やっちゃってたら黒歴史確定だよー……たぶん、直接だとやっちゃったろうし」

「なんだ? 俺に剣で挑むのを恥じるほど、あんたが弱くは思えねぇがな」

 

 ブレインとしては何を言われているかわからず、断片的な言葉から適当に察したのみだが。

 どこまでも己が上と信じるがゆえに出る言葉。

 たまらず、クレマンティーヌは噴き出した。

 

「ちょ、剣でとか言っといて、その殺し方は卑怯wwwwwww」 

「なんだお前……いかれてんのか?」

 

 既に抜刀して構えている目の前で、無防備に笑い転げる相手が……ブレインには理解できない。

 このまま斬ってやろうかとも思うが。武器を構えもしない、それなりの強敵たりうるであろう相手を、一方的に斬る気にはなれなかった。

 

「はー、いやー……元同格のよしみってことで見逃したげるからさー、このまま外に出てってくれない? 見てていたたまれないっていうか、笑い死にしそー」

 

 クレマンティーヌはけらけら笑いつつ、涙を拭って。

 ろくに武器を構えず、馴れ馴れしく……ブレインの肩をぽんと叩いた。

 そして、そのまま彼の横を歩き、通り過ぎて行こうとする。

 

「な! 見逃すだと! どういう意味だ!」

 

 ガゼフに敗れて以来、己の剣を磨き続けた天才剣士ブレイン。

 彼は確かに剣について、天賦の才能があり。

 敗北以来は努力も欠かさず、魔法やアイテムの力も借り、最高峰の力を得ていた。

 だが、それでも。

 一度の敗北につまづき続けてしまうように。

 ブレインはプライドが高く、視野が狭かった。

 

 だから今も。

 刀を構えた己の横を、あっさり通り過ぎた女。

 ごく自然に肩を叩いた女に。

 違和感を抱くより前に――。

 

「こーゆー意味だってば」

 

 振り向きざまに斬りつけた刀を、あっさり弾かれて。

 懐に入られ。

 そして。

 気がつけば、洞窟の壁に背中をぶつけていた。

 

「は……あ?」

 

 何が起きたかわからず、呆けた声しかでない。

 

「あたしみたいになりたかったら、カルネ村に行くといいよー♪ 帰りにいたら、殺しちゃうからねー」

 

 ひらひらと手を振って奥に向かう女の声と……後ろ姿が酷く遠い。

 10メートル以上あるだろう。

 さっさと奥に進んだのだろうか。

 刀はまだブレインの手の中にある。

 背中をしたたかに打ち付けたが、後頭部は無事。

 背後から挟み撃ちにしてやれば、どれだけ腕の立つ剣士だろうと勝てるはずがない。

 

「待て、俺はま……だ……?」

 

 言いかけて、気がついた。

 女が去り行く足元には、己が戦闘態勢前の強化に使ったポーションの壜が落ちていた。

 つまり、女がいた場所が……ブレインが刀を構えていた場所。

 

「なんだと……」

 

 明らかに体格で勝るブレインが、10メートル以上を吹き飛ばされ。

 背中を壁にぶつけたのだ。

 およそ人間技ではない。

 剣で斬られた様子もない以上、素手だろう。

 

「剣を持ってたのに……修道僧(モンク)だったのか?」

 

 ふと首を横に向ければ、外が見える。

 ここはもう、拠点の出口なのだ。

 女――クレマンティーヌの姿はもう見えない。

 出口の外は血の海で……一部は未だに呻き声をあげていた。

 バラバラに切り刻まれて。

 

「……いや……違う……やはり剣士……単に手加減されたの、か……?」

 

 呆然と呟く。

 確かに鍛えられていて、隙もなかったが。

 これほどの力量差がありえるのかと、自問自答する。

 そしてようやく、クレマンティーヌに接近され、肩を叩かれても反応できなかったのだと……気づいた。

 

「は……はは……」

 

 乾いた笑いしかでない。

 格が違う。

 なるほど。

 

(恰好つけて戦うつもりの俺が、あの女には粋がったガキの戯言に見えたわけか……滑稽だったろうな)

 

 ほどなく、奥から女の笑う声と。

 見知った連中の悲鳴が聞こえ始めた。

 圧倒的な強者。

 殺しを楽しんでいる気配。

 

「弟子入りさせてくれるタイプじゃなさそうだし…………お言葉に従う、か」

 

 ブレインは、空ろな声で己に言い聞かせ。

 ふらふらと立ち上がると。

 そのまま、“死を撒く剣団”の拠点を離れた。

 呻きながら助けを求める者たちにも、目を向けず。

 

「カルネ村……だったか……」 

 

 ただ、呟きだけを残して。

 

 

 

 一方その頃、エ・ランテル郊外。

 ちょうど共同墓地に面した外壁の外側には。

 

「よしよし、これで全てか! 夜明け前に、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を飛び立たせておいて正解であったわ!」

 

 カジットとその弟子、そして二百近いアンデッド。

 巨大な骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がいた。

 

「夜明け前に街道を迂回し、カルネ村に向かう! クレマンティーヌに力を与えたという女神に謁見するのだ!」

 

 彼自身も、死の宝珠も。

 ズーラーノーン盟主を上回るであろう存在に胸を高鳴らせ。

 日の昇るより早く、カルネ村を目指し始めた。

 カジットは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に騎乗して上空を。

 弟子らがアンデッドの群れを率いて地上を。

 エ・ランテルを滅ぼすに十分な数のアンデッドが、人知れず都市を去った。

 

 

 

 そして、夜明け近く。

 ちょうど“お楽しみ”も終わりつつある頃。

 クレマンティーヌに、主の声が聞こえた。

 

「あ、連絡って〈伝言(メッセージ)〉なんだねー……いや、別に問題ないけど。今は明らかに外道な盗賊団を皆殺しにしたトコだよー♪ 捕まってた女の子がいるけど、ちょーっと社会復帰は厳しいかもねー? え? この子ら連れて近隣都市に戻ると、貴族ぶっころすのが遅れちゃうよー?」

 

 そう伝えた瞬間。

 クレマンティーヌの目の前に、〈転移門(ゲート)〉でモモンガとアルベドが姿を現す。

 足元の惨状を見ると、翼をはためかせふわりと浮かんだ。

 血だまりを踏んで、足を汚したくないのだ。

 

「やれやれ、気軽に呼んでくれるな。先が思いやられるぞ」

「このような汚らわしい場所にモモンガ様を……」

 

 盗賊らの性処理用に囚われていた女たち。

 共有財産として、最低限の清潔さは保たれていたが。

 いずれも心は砕け、体は雄の臭気をこびりつかせている。

 

「つっても、さすがにあたし一人でこの子らを助けてらんないでしょー」

「魔法の使える協力者が必要か……」

「一応、エ・ランテルにいた魔法の使えるのを、そっちに行くよう誘っといたし……そこそこ名のある剣士にも声はかけたんだけどねー」

「手駒が増えるなら悪くないか……アルベド、とりあえずこの娘らはカルネ村へ連れ帰るぞ」

「承知いたしました」

「では、クレマンティーヌ初仕事ご苦労だったな。また明日の深夜に連絡する」

 

 モモンガがぽん、と金髪の頭に手を置き撫でながら、再び〈転移門(ゲート)〉を起動し。

 怯える女らを、アルベドが放り込むと。

 モモンガもまた、アルベドの肩を抱いて、仲睦まじく消えていった。

 クレマンティーヌはそんな様子をなぜか呆けたように見送ってしまう。

 二人が消え、囚われていた女らも消えた後には。

 さんざん玩具にした連中の死にきれないうめき声だけで。

 

「……クソ……ああ、クソッ」

 

 ばしゃっと、まだかろうじて生きていた頭目の頭を蹴り、破裂させた。

 頭に残る、モモンガの手の感触が消えない。

 

(なんで、このクレマンティーヌ様があんなので喜んでんだよ! クソ! あの女、〈魅了(チャーム)〉かけたんじゃねーだろな……っ!)

 

 苛々する。

 また会いたい

 また撫でられたい。

 そう思ってしまうのが、悔しい。

 

「クソがぁ! とにかく任務をこなしゃいーんだろ! 貴族連中をむごったらしく殺してやるよ、クソッ!」

 

 何に苛立っているかもわからないまま。

 じっとしているのが酷く苦痛で。

 クレマンティーヌは駆けだした。

 この盗賊どもの拠点の外へ。

 街道へ。

 標的たる貴族のいるところへ。

 早朝の冷たい空気が、アンデッドとなったクレマンティーヌの体を冷やし。

 感覚を冴えさせていくが。

 

(あああああ、チクショオオオオオオオオオオ!!)

 

 髪に残った、モモンガの手の感触は、決して消えなかった。

 




 法国はモモンガさんの存在を知って、活動自粛中なので、漆黒聖典と遭遇イベントは起きません。
 まあ、時系列的にも、原作のアレより少し前なんですが。

 カジット>カジット弟子+アンデッド>ブレイン>蒼の薔薇 の順番でカルネ村に来ます。
 ンフィーレアと漆黒の剣が滞在中に。

 クレマンさんは一晩でここまでやって、夜明け前に決着つけてるので優秀です。
 ちょっとスピード速すぎた気もする……。
 戦闘スタイルは、原作モモンよりはテクニカル。
 でも、数の多いザコ相手なら無理矢理剣を振り回した方が強いわって気づいた状態。
 なお、精神支配をしっかり受けてないせいで、妙なもやっとした感情を抱いてます。
 べったべたなアルベドさんに比べて、自覚しきれないクレマンさんの方がラブコメ味ある……。
 なお、貴族の皆さんは、クレマンさんの照れ隠しでムゴく激しく殺されます。

 首無しの剣聖(デュラハン・フェンサー)は、モンスターとしてのデュラハンの名称と言う扱いです。
 オーバーロードの、オーバーロードジェネラルとかああいうやつ。
 種族としてはデュラハン、その他剣士系クラスいっぱい、という構成で。


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16:なんという冷静で的確な判断力なんだ!!

 カジット&ブレインがかなり省略されます。

 そして知らなかった……スティレットが正しかったなんて……。
 (ずっとスティンレットだとおもってた)



 黒い城塞の最上階に、寝室はある。

 外からは見えず、また破れない、特殊な大窓。

 城主のために築かれた、天蓋付きの大型寝台。

 その柔らかな布団の中、二人は多くの時間を過ごしていた。

 一糸まとわず、互いを黒い翼で抱き寄せながら。

 

「あの女らはエンリに任せたが……アルベドよ、どう思う?」

「モモンガ様が自ら触れるには穢れた雌どもでした。あの薄汚れた娘に任せたこと、良き判断かと」

 

 身をすり寄せ合い、時に唇を這わせながらの会話。

 指も飽きずに、互いの髪や肌を撫で続ける。

 彼女らとて、常に粘膜を擦り合わせているわけではない。

 クレマンティーヌを送り出した後は、肌の方が多かった。

 密着距離に変わりはないのだが。

 

「そうではない。この世界は美しい……私のいたリアルとは違う。だが、住人はそうではない。私のいた世界以上に過酷で、理不尽に満ちている」

「それは……」

 

 モモンガより知性に勝り、残虐なアルベドには。文明の進歩と関係のない、人間社会なら常につきまとう問題とわかっているのだが。

 主の言葉に、義憤とも言える感情がにじんでいれば、返す言葉を見つけられない。主はかつて搾取される側だったのだ。この世界には……その自然と同様、人間社会にも美しくあって欲しいと考えているのだろう。

 

「汚されたあの女ら。任務のため犯されたクレマンティーヌ。姉を連れ去られたニニャ。略奪を受けたこの村――そして、ゲームでは異形種として狩られ、リアルでは弱者として搾取されてきた私。彼女らも私も、なぜかくも理不尽に奪われねばならんのだ? 弱者だからか?」

「……はい。しかし、御身は力を得たがゆえ、今は奪う側に立たれました」

 

 安い慰めは求めていないと、わかる。

 だから、アルベドは敢えて真実で答えた。

 

「ならばアルベドよ、私が力を失っていれば……あの草原で、弱い私からお前も奪っていたのか? 私が強いから、お前は私に従うのか?」

「そのような! 力がどうであろうとも、私はモモンガ様のシモベです!」

 

 忠義を疑われることは、NPCにとって死より恐ろしい。

 アルベドは狼狽し、ひしとしがみついて訴える。

 モモンガは布団の中、身を転がして……彼女を組み敷いた。

 布団がめくれ。

 今はモモンガ自身と同じ、黒い髪、白い肌、艶やかで均整の取れた肢体が露になる。

 そんな彼女の体……鏡写しの肉体を、じっと、モモンガは見つめた。

 

「アルベドよ。お前は美しい。そして賢く、強い」

「御方にそのように造っていただけたこそ、です」

 

 主の言葉から、不安定な精神状態に気づき。

 いたわるように、そっと囁くに留める。

 傷つけてしまわぬよう、そっと。

 

「お前は、私の記憶から――かつての骸骨でない、リアルにおける私も見ただろう」

「……はい」

「お前の言う、この世界の脆弱で薄汚れた連中と……何も変わらなかったろう?」

「…………」

 

 答えられない。

 

「そんな私が、お前から理不尽に体を奪い……お前の力まで、我がものとした。お前は理不尽を感じないのか?」

「モモンガ様に我が身を捧げる以上の幸福などありません!」

 

 その返答ではいけないと、内心わかっているのに。NPCとして、そう答えるしかない。

 

「私が上位者として、お前をそう、書き換えたからな」

「そんな、私は――」

「わかっている。今、私はまさに上位者として理不尽を……お前に振るっているのだろう。お前は心から私を愛してくれている。それはずっと、感じられるし……わかっているのだ」

 

 アルベドの顔に、雫が落ちる。

 己と同じ顔で、彼女の主たるモモンガが、涙をこぼしていた。

 

「私はな、アルベド。上下に関係なく、お前を美しく感じ、お前を求め、お前を愛している。だからこそ、お前の在り方を書き換えてまで、我がものにした。お前が欲しかったのだ」

「……ありがとう、ございます」

「だが、もし一人の人間としての私が、お前に出会ったなら。お前は私を愛してなどくれまい」

「…………」

 

 愛する、とは言えなかった。

 もし頷けば……ふと目にした人間に、いつ心奪われるともしれぬ程度の身と、宣言したも同然だ。

 

「アルベド。私は悔しい。私は悲しい。お前にこんなに愛されているのに、お前に愛されるに足る存在と、己を認められんのだ」

「……モモンガ様。どうか、己を卑下なさらないでください。ご存知でしょう……私も、モモンガ様がおっしゃる程に良き女ではありません。常に下劣な欲望に支配され、歪んだ愛により、御身を穢さんとする淫魔です」

 

 冷静な、客観的に見た己を知らぬアルベドではない。

 

「……なら、示せ。お前を今、理不尽に苦しめた私を罰しろ。本当に愛しているなら、貪って見せろ。私だけでなく、お前が私に夢中だと示し……安心させてくれ」

 

 悲痛に、自虐を込めて、モモンガは言うが。

 全てはアルベドの掌の上だった。

 

「くふーっ、いいんですね! やめてって泣いても止めませんから!」

「えっ、ちょ――んんんんー!?」

 

 ここまで言った以上、アルベドは本性を隠さない。

 そのまま、唇で返答を封じ。

 めんどくさい状態に陥ったモモンガが、難しいことを考えなくなるよう、せねばならない。

 これは主の精神衛生を思いやる、シモベとして当然の配慮であり。

 

(ええ! 私の欲望とはまったく関係ありませんし! 罰を求めるモモンガ様が自虐に走らぬよう、私が加減した罰をしっかりと与えるまでです! ああ! 心苦しい! でもしなきゃ!)

 

 己の愛情が、疑問の余地などありえぬほど深いのだと、身を以て思い知ってもらわねばならない。

 至高の御方自らねだった以上、アルベドは全身全霊手加減抜きで応え、しゃぶり尽くさせてもらうのだ。

 アルベドには、都合よく御方の言葉を解釈する知性がある。

 すべては有言実行。

 不眠不休で主を貪るなど……褒美以外の何であろう!

 

 そして、そのまま幾日かが過ぎた。

 

 

 

 王都のアダマンタイト級冒険者パーティー、蒼の薔薇。

 本来なら、王都を拠点とする彼女らが、エ・ランテルから帝国よりの開拓村――カルネ村に向かって街道を進んでいた。

 カルネ村は事実上、街道の突き当り。トブの大森林沿いに築かれた開拓村の、最も奥まった場所だと言う。

 辺境も辺境、ほとんど帝国領に近い。

 ある意味では存在自体が、帝国への挑発とも言えなくはないが。

 帝国とて、大森林に面したこの村を獲得しようとはすまい。

 

「アンデッドが多数確認できたらしいけどよ……こんなのどかな場所にいんのか?」

「カッツェ平野に近いとはいえ、白昼に地上をうろつくとは思えんな」

 

 ガガーランとイビルアイが、緊張感なく語り合う。

 横に見える大森林には、多くの亜人や魔獣も暮らすだろうが。

 街道側に押し寄せてくる様子もない。

 

「けど、村人の安否を確認に行った銀級パーティーは戻って来ないんでしょ? ミスリル級冒険者は軽く確認しただけらしいし……」

 

 リーダーであるラキュースが、首をかしげる。

 

「数日程度だろう? 普通に村にいてもおかしくあるまい」

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が複数いたってのは気になるけどねー」

 

 突然、要塞が築かれていた……とは、さすがに信じられない。

 

「鬼ボス、この先に襲われた村の跡がある」

「アンデッドはヤバイかもしれない」

 

 斥候に出ていたティアとティナの忍者姉妹が戻ってくる。

 帝国兵がこの辺りの開拓村を襲って回ったと聞いている。

 そして戦士長ガゼフ……いや、女神とやらが退けたとも。

 

「村の遺体は葬っていないと……戦士長も、都市長も言ってたわね」

 

 ラキュースが痛ましく聞いた話を思い出す。

 だから、遺体が残っているはずなのだ。

 一行は姉妹の調べた開拓村の焼け跡へと、向かった。

 

 

 

 相当の被害者が出たのだろう。

 未だに血痕や肉片があちこちに残っている。

 

「崩れた家を、中から持ち上げた跡」

「足跡も多数。どれもよろめいてる」

 

 ティアとティナがあちこちを指さして示す。

 間違いなく、多数のアンデッドが生まれた痕跡だ。

 

「魔獣っぽい足跡もあるが……おそらく骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だな」

 

 イビルアイが、周囲をさらに調べる。

 

「っ……襲撃で生まれた犠牲者をアンデッドにして連れてったわけね」

「こりゃ、すげー数のアンデッドがいるのは間違いねーな」

「女神とやらが、そいつらを使って急ごしらえのバリケード……いや、砦を築いている可能性はあるか」

 

 襲撃された村に異常なしと、ミスリル級冒険者パーティーのクラルグラが報告している。事実、彼らの調査時は遺体も転がっていて、異常などなかったのだが。蒼の薔薇は、そこまで細かな報告書に目を通していない。

 城塞というのが、まず眉唾だ。

 常識的に考えて、そんな巨大建造物が突然に現れるはずがない。

 

「他にも複数の村が襲われたのよね……」

「襲撃者はその女神サマが倒したんだろ?」

「けど、最低でも数百のアンデッドがいる」

「なるべく手前で野営し、目的地は朝方に近づいた方がいいな。高位アンデッドが複数いるなら、夜は連中が有利すぎるぞ」

 

 村の痕跡を調べつつ、アダマンタイト級に恥じない冷静で的確な判断力を示す蒼の薔薇であった。

 

 

 

 翌朝、蒼の薔薇は出発する。

 そして、そろそろかという頃……小さな丘の向こうに偵察に出たティアとティナが、真っ青になって帰って来た。

 

「帰ろう」

「帰るべき」

 

 すわ状態異常かと、〈獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)〉をかけるラキュースだが。

 震えながら言う、二人の言葉は変わらない。

 見ない方がいいと繰り返し言われながら、丘の上に向かった一行が見たのは。

 

「マジで城塞じゃねーか」

「な、何あの濠……それに、あの場所だけ霧?」

 

 のどかな平原に突如現れる、霧に包まれた漆黒の城!

 そして霧の中を飛び回るのは、明らかに死霊(レイス)

 十代前半の妄想にしかありえぬ如き威容であった。

 

「むう、あれはまさか……ぎるど拠点!」

「知っているの、イビルアイ!?」

「うむ」

 

――ぎるど拠点

 この世界に100年に一度現れる“ぷれいやー”。

 時に彼らは集団で、巨大な建造物と共に現れると言う。

 これを彼らは“ぎるど拠点”と呼び、自らの本拠地と扱う。これら“ぎるど拠点”は、多数の従属神に守られる無敵の要塞であり、また世界に大きな影響をもたらす起点ともなる。彼の八欲王もまた、強力無比の要塞あらばこそ、絶大な力を振るったのだ。

 浮遊都市や海底神殿もまた、かつて“ぎるど拠点”であった事実はあまりにも有名である。

    アーグランド評議国刊『ぷれいやー発見伝』より

 

「……なお、過去の“ぷれいやー”とは、六大神や八欲王。それに十三英雄のリーダーだ」 

「マジで神じゃねーか」

「帰ろう」

「偵察はした。生きて報告するのが大事」

「その方がいいかもしれん。どうする、ラキュース……ラキュース?」

 

 ラキュースは呆然と、その城を見ていた。

 彼女が今まで何度も思い描いて来たと同じ、霧に包まれた黒い城を。

 

「これは……魔王城!」 

 

 彼女の中の中二回路が、熱く稼働を始めたのだ。

 

「なんだ魔王城ってのは。その魔剣キリネイラムと関係あるのか?」

「よくぞ聞いてくれたわ! そう、魔王城とは――」

 

 だが、説明が最後まで続くことはなく。

 

「もう少し泳がしておいてもよかったが……我らが神を魔王呼ばわりは許せんな」

 

 空間が揺らぎ、黒い穴が開く。

 一人の男――いや、アンデッドを先頭に、一団が現れた。

 戦闘態勢を取ろうとする蒼の薔薇だが。

 すぐに絶望を知ることとなる。

 男に続いて現れた、十体を超える死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と。

 見たこともない巨大な天使。

 さらに。

 

「はい。偉大なるモモンガ様をそのように呼ばれては、黙っていられません」

 

 見た目からして、邪悪の化身の如き女神官。

 さらに彼女を守るかの如く立つ、巨体のアンデッド。

 

「な……死の騎士(デス・ナイト)だと!」

「あの男、前に戦った法国の隊長じゃねーか!」

 

 イビルアイとガガーランが驚愕する中。

 邪悪なる女神官エンリは、高々と宣言した。

 

「貴方たちが偉大なるモモンガ様を愚弄する、王国の走狗ならば。その耳目を穢す前に、ここで散っていただきます」

「逃げられるとは思わんでくれたまえ」

 

 背後には、いつの間にか多数の眼球が集まった肉塊の如きアンデッドが浮かび。

 上位死霊(ハイレイス)が包囲している。

 巨大な天使は上に浮かび、メイスを振り下ろさんばかりの姿勢だ。

 

「おとなしく縛についていただければ、怪我はしませんよ? 彼らは既にモモンガ様の祝福を得ています。ただのアンデッドとは思わぬことです」

 

 メイスからおぞましいオーラを立ち昇らせつつ、女神官が微笑む。

 垢ぬけない村娘のような笑みは、人の命を雑草程度にしか見ていない。

 

「くっ……仲間には手を出さないで!」

 

 取り囲む無数のアンデッドの前に抵抗は無意味、と。

 ラキュースが魔剣を手放し、浮遊する剣群も地に落とす。

 ティア、ティナ、ガガーラン……ついにイビルアイも悔しげに、従った。

 かつての法国の聖典隊長が、恐るべき力を得ているとわかる。

 巨漢のアンデッドや、肉塊のアンデッド、巨大天使も……イビルアイなら一対一で何とかというところ。

 しかも、これらを率いる女神官の実力は、まったく底が知れない。

 

「ふふ、皆さんが頭のいい方で助かりました。この丘は、モモンガ様の城からも見えていますからね」

「偉大なるモモンガ様に、血生臭く汚れた風景を見せるわけにはいきませんからな!」

 

 二人――エンリとニグンは上機嫌で笑いつつ。

 アンデッドたちに、蒼の薔薇の武器を回収させる。

 戦いの結果より、ただ“丘を汚す”ことを恐れていた二人に、蒼の薔薇は心底恐怖を覚えた。

 

「では、さっさと戻りましょう。ニグンさん、お願いします。皆さんも――逃げようなどと考えず、ついて来てくださいね?」

 

 ニグンが見たこともない魔法――〈転移門(ゲート)〉を唱え。

 エンリが快活に笑い、蒼の薔薇に話しかけるが。

 いつも不敵な彼女らに返答はなく。

 

「だから帰ろうって言ったのに……」

 

 誰にともなく呟く、ティアの声だけが響いたのだった。

 




 モモンガさん、メンタルは変わってないので前作と同じくめんどくさいモードにちょいちょい入ります。
 でも、アルベドさんは今回、モモンガさんに全力ラブなんで、めんどくさい精神状態になったら、体で言うこと聞かせてくれます。他の人員もいないし、ガチ一途なんで、アルベドさんは相当なベッドヤクザです。
 主人をメンヘラ化させないためだから、仕方ないですね!

 蒼の薔薇、少なくともイビルアイはプレイヤーについて多少知識あることにしてます。
 原作的にはギルド拠点とか知ってるか微妙な気もしますが、単に知っているのかイビルアイをやっておきたかったので……デスナイトでやってもインパクト薄いかなと。
 ラキュースの中二病もちょっと強めになってますね。

 エンリはごく自然に真面目な言動してるつもりですが、見た目がアレなのと周りがアレなせいで、めっちゃ怖がられます。周りのアンデッドも、威厳強化のため誤解を解いてくれません(元村人アンデッドらはンフィーレアに対してのみ、ある程度気を許してましたが)。
 当人はそこまでガチなパワーレベリングをする暇もなく、未だプリースト2レベルになったかな程度。装備抜きだとダインより弱いです(装備があれば強い)。

 ニグンさんのなった種族「地下聖堂の主(クリプトロード)」は指揮能力に優れる……としかわからないのですが、聖堂とついてるので信仰系魔法使えると扱ってます。天使召喚もできるし、タレントも持続。上位アンデッドとして作成されてるので、〈転移門(ゲート)〉を使える扱いにしました。シャルティアも使ってましたし、指揮役が持ってると実際便利な呪文ですからね。あと、かつて最上位だと思ってた威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)も使役できてます。
 まあ〈転移門(ゲート)〉が第9位階くらいの可能性もけっこうあるので、どうかなと思わなくもないんですが。
 とりあえず原作ナーベより一段上くらいの実力。蒼の薔薇相手なら、準備なしでも互角以上。準備しとけば十二分に勝てます。
 でも、誤解によりエンリのことを対等かそれ以上の存在と思ってます。
 


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17:殺して解して並べて揃えて晒してやんよ

 忙しくなってるので、短めにちょいちょい投下します。
 モモンガさんが、体に教育受けてる間。
 連絡の途切れたクレマンティーヌさんはというと。

注意:キャラと行動の性質上、今回ややグロよりです

追記:当初は「閑話」扱いでしたが、よく考えると本編にもかなり影響与える話なので、普通に17話としました



 国境に近い、ある貴族の屋敷。

 法国と内通しており、またクレマンティーヌ他、スレイン法国の使者にも無体を働いて来た当主は……今、無惨な姿を晒していた。いや、彼だけではない。

 夫が捕らえて来る娘らを虐待した夫人。

 かつて現当主と変わらぬ行いを重ねた先代夫婦。

 “おさがり”を弄んだ若き後継者ら。

 さらに執事、使用人頭、庭師、兵士長。

 ずらり並んだ無惨な肉塊。

 克明に描写すれば、読者の気分も損なうであろう有様だ。

 犠牲者複数から聞き出した情報をもとに拷問すると、芋づる式に処罰対象が膨れ上がったのだ。

 

「けっきょく、一族使用人ほぼ全員になっちゃったねー。人間って、権力に近づくとこーなっちゃうのかなー?」

 

 クレマンティーヌは深々と溜息をついた。

 ここは屋敷のロビーであり。

 扉の外には、悲鳴と絶叫に駆け付けた衛兵たちが囲んでいる。

 もっとも、踏み込む勇気のある者は、既にいない。最初に踏み込んだ数人は、速やかに絶命した。

 隣の領主に早馬は送られたが、来るのは早くとも明日の午後だろう。

 

「はー。拷問大好きなあたしでも、さすがに飽きちゃうねー。衛兵ちゃんたちは悪いことしてないかなー?」

 

 ゆらりと振り向き、衛兵らをねめつける。

 

「へ、兵士長以外は、村から徴収された人たちですから……」

「そーなんだー? よそ者を襲ったりしてないー? だいじょうぶー?」

 

 犠牲者だった女の一人が、おどおどと保証する。

 傭兵を雇う金も惜しんだ貴族は、代々の兵士長以外は徴兵した兵ばかりだ。一年程度の任期持ち回りで使われる彼らは、じきに平民に戻る。“悪さ”をする気にもなれまい。

 屋敷には貴族の“お気に入り”――連れ込まれた平民の女が、五人ばかり囚われていた。

 彼女らは今、貴族たちの無惨な姿に歪んだ笑みを浮かべている。

 だが、傷つけられずこれを見ているのは、犠牲者たちだけでない。

 罪を犯していなかったまだ若い令嬢、そして幼い後継者らがいた。

 

「どーかなー? 平民でもいじめると、いじめ返されちゃうんだよー」

 

 にまーっと、少女と子供の顔を覗き込む。

 既に令嬢は何度か失神を繰り返した後で、絶望で目が濁り。

 最初こそクレマンティーヌに抗った子供たちも、すっかり怯えきり。

 クレマンティーヌの視線が向くと、びくりと身を震わせる。

 彼らが歯向かう勇気も残っていないと確認し、窓の方を眺めた。

 外はそろそろ、明るくなり始めている。

 

「んー、そろそろ夜も明けちゃうねー」

(困ったなぁ、モモンガちゃんから全然連絡こないんだけど。まーた、ヤってるのかなー)

 

 クレマンティーヌは二人の生活を断片的にでも知る身。

 他に連絡をよこさない理由もあるまい。

 モモンガがアルベドに夢中だとはよくわかっている。

 なぜか、モモンガの情事を想像すると、苛立ちと疼きを感じるが……クレマンティーヌはそれを認めない。

 気晴らしに、切り落としてあった当主の生殖器を蹴り飛ばし、壁の汚れに変えた。

 

「さて、こいつらどうしよっかねー」

 

 貴族たちは短時間で効果的に体を破壊され、かろうじて生きている状態。

 絶命すれば、過度の破壊ゆえ生命力があろうとも蘇生は困難。

 彼らが平民なら、このまま五体不満足で生き恥を晒させるのだが。腐っても貴族、しかも法国と関係がある。高位の回復魔法を受けたりせぬとも言えまい。

 老いた先代夫婦は残念ながら死んでいた。

 心身共にショックを与え過ぎた以上、仕方ない。

 

「ただ殺すのもなー……あーそうだ、そうだ」

 

 ぜんぜん使っていないスキルを思い出す。

 クレマンティーヌは生前の記憶や能力把握が中心で、新たに得たスキルをあまり使っていない。

 

「服はほとんど脱がしてないもんねー。このままでいけるいける――〈不浄の刃(インセイン・ブレイド)〉」

 

 スティレットが、邪悪な光に包まれる。

 これは死の騎士(デス・ナイト)が常時発動しているスキルと同じ効果を、一定時間発揮する。集中すれば常時発動もできるが、拷問に向かないし、アンデッドの取り巻きを置こうとも思わず、使っていなかった。

 

「ほいほいほいっと」

 

 拷問に次ぐ拷問で、空ろな目となった貴族らが注意を向けるより早く。

 眉間を貫いて全員を殺す。

 気合も覚悟もなく、適当に、雑に、殺す。

 苦痛に満ちた時間から、彼らはようやく解放され――

 

「はい、それじゃーみんな立ってせいれーつ!」

 

 パンッ、とクレマンティーヌが手を叩けば。

 拷問され尽くし、命まで失った彼らが、よろよろと立ち上がった。

 

「ひっ!」

 

 見ていた娘らか、子供らか、あるいは衛兵か……全員か。

 悲鳴があがった。

 

「だいじょうぶだよー、人は襲わせないからねー」

 

 従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に変えられたのだ。

 高レベルアンデッドである、クレマンティーヌが作ったそれは、死の騎士(デス・ナイト)が生み出すものより、さらに強化されている。スペックだけなら、死の騎士(デス・ナイト)に近しいレベルの強度。

 そのまま周辺を襲わせれば、近隣を滅ぼしかねない戦力。

 だが。

 クレマンティーヌにしてみれば、恥をかかせ、蘇生を封じる手段に過ぎない。一度アンデッドになった死体は、もはや(この世界で知られる魔法では)復活不可能なのだ。

 

「じゃ、これでいっか。お前が先頭ねー」

 

 屋敷のロビーにあった紋章の盾を、当主の体に縛り付けて固定。

 平民にはわからずとも、貴族関係者には身元が明確になる。

 

「おじいちゃんは、これねー」

 

 腰の曲がった先代当主を無理やり立たせ、口から紋章旗をねじ込む。

 太い柄が胴体を串刺しにし、ついには股間から柄が出る。

 

「あとはまー……適当にシーツとかテーブルクロス、持ってきてくれるー?」

 

 あまりの状況に固まっていた女たちに声をかけるが。

 咄嗟に返答できるはずもない。

 

「おーい、聞こえてるー?」 

「「ひっ!?」」

 

 己らが話しかけられていると気づいた女らが飛び上がる。

 

「シーツとかテーブルクロス、持って来てー。ついでにお金くすねていいからさー」

「「ひゃい! わかりましたぁ!」」

 

 この場を逃れられるなら、と子供らや令嬢まで駆けだした。

 ほどなく、大量のシーツやテーブルクロスが持ち込まれる。

 勘違いしたのか、金品まで積み上げられる。

 クレマンティーヌは無視して、シーツやテーブルクロスを広げさせた。

 

「そいじゃ……これに書いとくかー。血は消えにくいからねー♪」

 

 そして、次々と白い布地に、貴族ら自身の血で書く。

 筆に使うは、切り落とした当主夫人の髪。

 

『この者、外道なり。女神モモンガの名のもとに天罰を下す』

 

 こう書かれた布が。

 従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となった貴族たちに、マントの如く結びつけられる。

 全員に結びつけ。

 最後に、屋敷ロビーの壁にも書いた。

 

「はい、準備かんりょー! それじゃ王都の……王城前まで、しゅっぱーつ♪ 邪魔されたら押しのけるだけにして、攻撃は一切禁止だよー。盾と旗とマント()は、なるべく奪われないようにねー」

 

 朝日が昇り始める中。

 屋敷の主であったアンデッドが、ぞろぞろと行進を始める。

 残虐な拷問を受けたことが明らかな姿……男らは下半身裸で局部を切り落とされた姿で。

 紋章も明らかに、女神の罰を喧伝しながら。

 衛兵らは呆然とし、かつての主でもあるこのアンデッドを止めようともしなかった。

 

「そんじゃ、あたしは次の貴族のトコ行くから。アンタたちは、地元にいづらかったらエ・ランテル近くのカルネ村に行くといいよー。女神モモンガ様が守ってくれるからねー♪ このお金もアンタたちで仲良くわけるよーに」

 

 言うだけ言って、クレマンティーヌはマントの力で透明化し、〈疾風走破〉で衛兵らの間を風のように駆け抜け。

 金貨袋を一つだけ掴むと……屋敷から完全に離脱する。

 本人の宣言通り次の貴族――ニニャの仇の元へ向かうのだ。

 

 残された者たちは、しばらくぼんやりと顔を見合わせ。

 よろよろと歩き去るゾンビと化した暴君どもの後姿を眺め。

 脱力した様子で、それぞれが手に持てるだけ……金貨を掴み始めた。

 

 

 

 そして、その後も。

 クレマンティーヌは、複数の貴族に同様の始末をつけつつ。

 王都へと近づいてゆく。

 

「はー、八本指で顧客リストを手に入れるのが手っ取り早いかなー? 個別だと誰がどうなのか、めんどくさいんだよねー」

 

 狙いは、貴族が手籠めにした娘を買い取っている人身売買組織であり。

 彼女らの流れ着く先だ。

 

「大貴族連中も王都にいるし……王族自体も腐敗してるなら、ぱぱっと始末しちゃおっかー。情報も持ってそーだもんねー」

 

 なるべく地位の高い連中を始末し、宣伝に使った方がモモンガの名も売れる――そう考えてのこと。

 効率的な彼女の選択は、ある王子の寿命を大幅に縮めようとしていた。

 

 

 

 以来、王都へ向かう街道で、異様なアンデッドの集団が見かけられるようになった。

 無惨に過ぎる姿で、その身を腐らせ朽ちさせながら押し寄せ。

 これらは人を襲わず、ただよろよろと街道を歩くのみ。

 石を投げようと、棒で殴ろうと、攻撃してこない。

 ただし、恐ろしく頑丈。

 神官らの魔法も歯が立たず。

 立ち向かう兵士や冒険者は押しのけられ。

 不眠不休で街道を歩く。

 紋章、拷問跡、アンデッド化。

 その家門から婚姻や養子で他家に移っていた貴族は、大いに恥をかいた。

 これらは一体も欠けず王都に至り……王城への侵入を防ぐべく、戦士団が決死の攻撃を重ね、ようやく倒せたという。

 この集団は次から次へと王都を訪れ、いくつもの家門を貶めた。

 王都の戦力は疲弊し。

 女神モモンガの名も王国全土に知れ渡ったのだ。

 

 

 

 街道のアンデッドが騒ぎとなる中。

 王国内に、もう一つひっそりとした動きがあった。

 これに気づいたのは、エ・ランテルの都市幹部や門番たち。

 確かな人の流れが、各地からエ・ランテルを通行点として、帝国方面……いや、あの“帰らずの村”ことカルネ村へ向かっていたのだ。その多くは女性であったが、明らかな貴族子女、武装した男、使用人などもいた。彼らは着の身着のままといった様子であり、汚れたままふらふらと、どこか空ろな目で街道を旅してきたのだ。

 性別も階層も異なる彼らは、なぜか豊富な旅費を持っており。

 エ・ランテルで宿と食事をとり、装備を整えたり、食料を買いこむと……そのままカルネ村に向かう。

 護衛を雇おうとする者もいるが、行き先を聞けば冒険者すら拒む。エ・ランテルでは自ずと、同じような連中が集まり、一団となって、カルネ村を目指した。

 そして彼らは誰一人、エ・ランテルに戻らない。

 

 わずかに言葉を交わした者らは、女神モモンガに守っていただくのだと……聞いた。

 時に、追い詰められて救済を求める貧民も、彼らについてカルネ村に向かった。

 だが、やはり帰る者はなく。

 カルネ村の伝説は、恐怖に彩られていくのだった。

 

 クレマンティーヌが出発して、一週間程度の間の出来事である。

 




 デス・ナイトの能力を、高位デュラハンが持っててもおかしくないよな……ということで。
 スキル名は適当です。
 下位はワイトとかから、けっこう使いそうですし。たぶん上位ゾンビ系のスキルかなと。
 調べるとスクワイア・ゾンビは、ユグドラシルでは生前準拠、転移後はデス・ナイトの半分程度のレベル……とのことでした。クレマンさんが70レベル級アンデッドだとすると30レベル代ってことで、十分強いのが作れます。
 とはいえ、当人のミッションは無差別殲滅ではなくて暗殺っぽいピンポイント。
 ゾンビを率いても邪魔なだけなので、戦力とは考えてません。
 趣味の拷問もできませんしね!

 まだ言うほど日はたってないのですが、状況が異常すぎるのでカルネ村に“帰らずの村”とか異名がつきました。
 唯一生還したイグヴァルジさんは、かなりの勇者扱いです。

 今回の貴族一家惨殺事件は、クレマンさん出発から二晩目の出来事。
 死を撒く剣団全滅の翌日。
 その後、貴族の家から逃げ出した子ら、脱走した衛兵、貴族子女が、2日くらいでエ・ランテルに到着。
 翌日には別の家の同様の境遇の人らもエ・ランテルに。
 さらに翌日にも……。
 と、ぞろぞろ来て、なぜか全員がカルネ村を目指してます。
 エ・ランテルの視点ではものすごく不気味です。

 これらの騒動がわかる前に、蒼の薔薇がカルネ村に出発。
 帰ってきません。

 ンフィーはまだまだカルネ村逗留中。
 エンリの愚痴とか聞いてます。
 漆黒の剣も、同じく逗留中。
 一週間目にはギリギリ帰ろうとしてるかもしれません。
 リイジーさん、かなりパニックになってるかも。


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時系列メモ

 自分が混乱しないようまとめたメモ。
 実質ダイジェスト。
 17話より先の内容も含まれてるので、最近読み始めた方はスキップどうぞ!
 (消して後にしようかとも思いましたが、それはそれで話数混乱するので)

 今後、話が進むと更新されるかもしれません。
 (されないかもしれません)
 話の中で明記してない点もちょっと書き込むかも。

 原作と矛盾する点がたまにあるかもしれませんが、本作ではそういうものと、ゆるく受容ください!

現最終更新:2019/12/23


■転移0日目

 ・『ユグドラシル』サービス最終日

 ・モモンガ、アルベドのビッチ設定を見て、妄想をこじらせる

 ・モモンガ、アルベドの設定を原作通りに書き換える

 ・モモンガ、最後の瞬間にアルベドの胸を揉もうとする

 

■転移1日目:朝~昼

 ・モモンガ、アルベドの肉体に憑依して異世界に転移

 ・モモンガ&アルベド、自慰に夢中になる

 ・アルベド、モモンガの記憶や感情をほぼ把握

  (ユグドラシルがゲーム、自身がNPCとも自覚)

 ・アルベド、モモンガ以外のPLへの敵意を隠さず

 

■転移1日目:夜

 ・モモンガ、魔法やスキルの検証をようやく行う

 ・アルベド所有の世界級アイテム真なる無(ギンヌンガガプ)を確認

 ・モモンガ、100レベル戦士職と100レベル魔法職を両方得ていると確認

  (装備はアルベドが持つ最低限のみ) 

 ・モモンガ、〈複製体作成(クローン)〉によりアルベドに別の肉体を与える

 ・モモンガ、アルベドの騎獣である戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)を召喚してみる

 

■転移2~3日目

 ・アルベド、ひたすら暴走(二人で不純な身になる)

 ・戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)、目の前の行為に我慢できず、下半身の双角で二人にアンブッシュ

 

■転移4日目:朝

 ・戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)、クロマルと名付けられる

 ・カルネ村、スレイン法国の偽装兵に襲われる(犠牲者4人)

 ・モモンガ、法国兵を壊滅させる

 ・ベリュース、エンリを人質に取る(しかしすぐ死んだ)

 ・エンリ、名前を叫ばれ、モモンガに覚えられる

 ・ベリュース(死体)、死の騎士(デス・ナイト)として復活

 ・モモンガ一行、村人から女神として崇拝される

 ・死んだ村人ら、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)として復活(自我あり)

 ・死んだ偽装兵ら、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)として復活

 

■転移4日目:昼

 ・モモンガ、村人や捕虜から情報収集する

 

■転移4日目:夕

 ・アルベド、己の人間嫌悪がタブラの設定と知り、人間受容

 ・モモンガ、戦士団と陽光聖典の存在を感知

 ・アルベド、陽光聖典を本気の無双で殲滅(ニグン死亡、水晶未使用)

 ・モモンガ、ガゼフと〈絶望のオーラ〉で威圧外交&情報聞き出し

 ・ニグン(死体)、地下聖堂の主(クリプトロード)として復活(自我あり)

 

■転移4日目:夜

 ・モモンガ、〈要塞創造(クリエイト・フォートレス)〉を使用、引きこもりックス突入

 ・放置されていたガゼフたち戦士団、カルネ村を去る

 

■転移5~6日目

 ・クラルグラ、カルネ村の斥候に訪れる

 ・スレイン法国、地の巫女姫が〈次元の目(プレイナー・アイ)〉でカルネ村を見る

 ・スレイン法国、カルネ村にぷれいやー降臨と判断、静観の姿勢

 

■転移7日目:夜

 ・クレマンティーヌ、エ・ランテルに向かう途中にカルネ村の城塞を発見

 ・クレマンティーヌ、クロマルに襲われる

 ・エ・ランテル都市長ら、カルネ村について緊急会議

 ・カジット、カルネ村の情報を得る

 

■転移8日目:朝

 ・エンリ、モモンガを呼びに行く

 ・クロマル、レイプ禁止令出される

 ・ニグン、魔封じの水晶を提示

 ・モモンガ、クレマンティーヌを首無しの剣聖(デュラハン・フェンサー)にする

  (完全な死亡前だったため隷属せず、基本装備も得ず)

 ・エンリ、神官の地位を与え(押し付け)られる

 ・モモンガ、城塞内でクレマンティーヌから情報収集

 

■転移8日目:昼

 ・黒い城塞にてカルネ村幹部会議、各種重要情報の共有

 ・エンリ、神官としてモモンガから装備を与えられる

 ・モモンガ、放置されていた陽光聖典の死体から各種アンデッド作成

 ・モモンガ、〈天地改変(ザ・クリエイション)〉により村を囲む霧の湖を作成

 ・カルネ村にて、下着をつけない文化が広まる

 ・ガゼフ、王都に帰還し、カルネ村について報告したが失笑される

 ・ンフィーレア、漆黒の剣を護衛に雇い、エ・ランテルを出発

 

■転移8日目:夕~夜

 ・クレマンティーヌ、城塞内で二人の本性を知る

 ・ラナー王女、蒼の薔薇をカルネ村調査に派遣を決定

 

■転移9日目:朝

 ・ンフィーレアと漆黒の剣、カルネ村に確保される

 

■転移9日目:昼

 ・ニニャ、ニグン&クレマンティーヌと遭遇

 ・蒼の薔薇、王都を出発

 

■転移9日目:夜

 ・モモンガ&アルベド、夜の星空で空中プレイ中、墜落

 ・ニニャ、モモンガに王国貴族粛清を嘆願

 ・クレマンティーヌ、腐敗した王国貴族粛清の任務を受ける

 

■転移10日目:昼~夕

 ・クレマンティーヌ、エ・ランテルでカジットをカルネ村に勧誘

 ・クレマンティーヌ、エ・ランテルで一部官吏や衛兵を殺害

 

■転移10日目:夜

 ・クレマンティーヌ、死を撒く剣団を殲滅

 ・ブレイン、カルネ村に向かう

 ・モモンガ、死を撒く剣団に囚われていた女たちをカルネ村に回収

 ・モモンガ、めんどくさいモードになり、アルベドに性的説得を受け始める

 

■転移11日目

 ・カジット、法国偽装兵に襲撃を受けた村でアンデッド量産

 ・クレマンティーヌ、かつて己を犯した貴族一家惨殺

 ・エンリとンフィー、肉体関係を持つ

 

■転移12日目

 ・粛清された貴族のゾンビら、王都を目指し始める

 ・カジットの一団、カルネ村に到着

 ・ブレイン、カルネ村に到着

 ・蒼の薔薇、エ・ランテルに到着し、情報収集

 ・クレマンティーヌ、ニニャの仇の貴族一家惨殺

 

■転移13日目

 ・蒼の薔薇、カジットに死体回収された襲撃村を発見

 ・粛清された貴族の関係者、エ・ランテルに到着し始める

 

■転移14日目:午前

 ・粛清された貴族の関係者、カルネ村へ出発し始める

 ・蒼の薔薇、エンリ&ニグンにより捕縛される

 ・エンリ&ニグン、ラナーを女王にする計画を立てる

 ・ンフィー、蒼の薔薇からエ・ランテルに戻るよう言われる

 

■転移14日目:夕方

 ・モモンガ&アルベドが久しぶりに外へ姿を見せる

 ・カジット&ブレインが信者化

 ・イビルアイ、カルネ村で吸血鬼と知られる

 ・クレマンティーヌ、〈転移門(ゲート)〉で帰還

 ・モモンガ、初めての食事に感動

 

■転移14日目:夜

 ・王国第一王子バルブロ、王都裏娼館で愛馬にツアレをあてがう

 ・クレマンティーヌ、ニニャ、カジット、ティア&ティナ、王都裏娼館襲撃

 ・ニニャ、暗黒面に覚醒

 ・ラナー、カルネ村に呼ばれてモモンガ&アルベドと対話

 ・ラナー、ラキュースと情報交換

 ・裏娼館の娼婦ら、カルネ村に保護される(ティア&ティナ同行)

 ・ニグン、王都の作戦指揮に現れる

 

■転移15日目:朝~昼

 ・貴族のゾンビら、王都に現れ、戦士団と激突

 ・第一王子バルブロ他裏娼館のスタッフや客、ゾンビと化して王城に向かう

 ・ニグン、〈死者の軍勢(アンデス・アーミー)〉で王城をアンデッドで満たす

 ・ゾンビ王子バルブロの手により、国王ランポッサⅢ世死亡

 ・ガゼフ絶望(ただし戦士団合わせ、相当のレベルアップ)

 ・八本指最強戦力の六腕、カルネ村に拉致される

 

■転移17日目

 ・この頃から王都内に残る貴族が次々と惨殺され、ゾンビとなって王城門前に現れる事件が起きる

 ・王都のアンデッド災厄について、諸国に断片的情報が広がり始める

 

■転移18日目

 ・第二王子ザナック、緊急時ゆえ国王の喪が明ける前に王位継承(式典は後日予定)

 

■転移19日目:夕方

 ・バハルス帝国隠密部隊、カルネ村到着と同時に捕縛され、皇帝の思惑を伝える

 

■転移20日目

 ・ザナックの王位継承について、諸国に正確な書状が届き始める

 ・帝都アーウィンタールにて、王国のアンデッド異変について会議

 ・バハルス帝国、例年の王国侵攻作戦を中止

 ・女神モモンガ&アルベド、供を連れて帝都に降臨

 




 諸勢力の反応とか、まとめてやるため、かなり時系列錯綜してましたね……。

 17話目も、当初は外伝として書いていたので、蒼の薔薇が来るより前の話です。

 現25話を超えましたが、20日目は原作だとアニメ一期と二期の間あたりです。
 シャルティアが凹んでて、リザードマン攻め開始を考え始めた頃。
 法国がおとなしいので、王国がさっさと掃除されました。
 ようやく、王国と法国以外も、モモンガさんの名前を知り始めてます。


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18:えっ

 更新遅くなっていて申し訳ない……。
 今回はカルネ村と蒼の薔薇の話。
 モモンガ&アルベドはまだまだベッドの上で忙しくしてます。



「ご苦労様です、ニグン様、エンリ様」

 

 蒼の薔薇を捕らえ、〈転移門(ゲート)〉で戻って来た一団を、痩せこけ、禿げた、いかにも悪の魔法使いと言わんばかりの男――カジットが迎える。

 

「おいおい、アダマンタイト級……それも蒼の薔薇の御一行じゃないか。あっさり捕まえちまったのかよ」

 

 青髪の剣士が、捕縛された女冒険者たちを見る。

 村の様子を少しでも探ろうと、見回していた蒼の薔薇だが。

 女忍者の片方、ティナだけは剣士を凝視していた。

 

「ブレイン・アングラウス……」

「負けたのに妙に名前が売れてんなぁ」

 

 顔をしかめつつ、ブレインがぼやく。

 

「げっ、あの戦士長と接戦だったってヤツかよ!」

「この魔法使ったのは、陽光聖典の隊長だったわよね」

「どういう顔ぶれなんだ……」

 

 もはや開き直ったと言わんばかりに、縛られたまま言葉をかわす。

 ブレインは、正面からでもガガーラン以上の戦士。

 武器を奪われ、これほどの精鋭に囲まれて、万に一つの勝ち目もないのだ。

 すぐに殺されない様子なら、露骨にでも会話に持ち込んだ方がいい。

 とはいえ、ブレインとの会話は、強者二人に止められる。

 

「さて、君たちとはまったく奇縁と言えるね」

「お話次第で、すぐに解放しますから。正直に答えてくださいね?」

 

 ニグンとエンリが、蒼の薔薇に笑いかけた。

 まったく心休まらない笑みである。

 どちらも圧倒的強者の慇懃無礼さ――いわば、見下し、小馬鹿にしたような気配が見て取れるのだ。

 ブレインは、二人に譲るように後ろに下がる。

 その態度は明らかに、二人を上位者と認めていた。

 

 

 

「――はぁ。第三王女が。国王じゃないんですね」

 

 隠しても得はないと、全て問われるままに答えた蒼の薔薇だが。

 エンリは、どうでもよさそうに首をかしげる。

 

「王は動きをとりますまい。戦士長殿が報告しても、本気にしてもおらんでしょう。逆に言えば、ラナー第三王女は相当に聡明な方と見てもよいでしょうな」

 

 ニグンが、ラナーについて情報の補足をする。

 

「そうよ! ラナーは奴隷制度を撤廃させたし、犯罪組織にも打撃を与え続けてるんだから!」

 

 エンリの態度に、ラキュースは強弁する。誰もが讃える王女、自慢の親友を軽く扱われた苛立ちがあった。

 単に辺境の村娘ゆえ、王女についてよく知らないだけなのだが。

 

「モモンガ様は貴族を既によからぬものと考えておられます。貴族を束ねる王についても、です。しかし、その王女が有能で、今の国の現状を改善できるなら……彼女を女王にした方がいいかもしれませんね」

「えっ」

 

 さらりと、王国の継承の話をするエンリ。

 単なる思いつきであり、王国の軍が来たりしないようにという程度の考えである。

 だが、貴族のラキュースにとってみれば、国王と他の後継者を排除すると言い出したに等しい。しかも「女王になっていただく」や「女王になってもらう」ではなく、「女王にする」だ。どうにでもなるコマとしか考えていない。

 一介の冒険者であるガガーランやイビルアイは何も気づいていないが。

 元暗殺者ティアとティナの眉は、ぴくりと動いた。

 

「ほう! さすがはエンリ殿。すばやい英断ですな。現国王ランポッサⅢ世は無能、第一王子バルブロは愚昧、第二王子ザナックは凡人と聞きます。モモンガ様にお仕えする我らが、王国民の統治に心を割いては本末転倒。民の管理は、本来の義務を持つ者にさせるに限りますな」

「えっ」

 

 はっはっはっ、と快活に笑って応じるニグン。

 ブレインとカジットも、後ろで頷いている。

 ラキュースには、まったく笑えない。

 少なくともこの二人は、王国を“いつでも排除できる面倒な障害”と考えているのだ。

 

「王女と仲がいいなら、この方たちを戦士長や他の地位を与えてもいいですね」

「見事ですな! 大規模な改革にあたり、わかりやすい英雄は重要です。冒険者と言うものの立場が問題視されますが、引退後に貴族に仕える者も少なくありますまい。引退させて国の要職につけさせれば……近衛騎士、戦士長、宮廷魔術師、諜報員と、華々しく――」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 この言葉に、イビルアイとガガーランも彼らの恐ろしさに気づいた。

 確かに己らをあっさり捕らえた力を考えれば。

 王国が軍を率いて来ても、容易に退けるだろうが。

 

「お、お前たちは、王国に内通者でも抱えているのか? この辺境から王城内に手出しなどできまい!」

「「は?」」

 

 イビルアイが、何とか口を挟み問いただす。

 至極当然の疑問なのだが。

 エンリとニグンは、苛立ちとも憐みともつかぬ顔を向けた。

 ブレインとカジットは、不安げに顔を見合わせている。二人も、まだモモンガに会っていない。使徒たる二人や、魔獣クロマル、無数のアンデッドから実力を察するのみである。

 

「……私たちは、あなたたち王国のために、今の計画を立てているのです」

「まったくだ。モモンガ様の安寧のためならば、我らは王国民を全てアンデッドに変えてもかまわんのだぞ」

 

 二人が冷たく威圧的な目を向けてくる。

 蒼の薔薇を、何の脅威とも思っておらず。

 王国が滅ぼうとも、気にかけぬ顔。

 

「でも、モモンガ様は慈悲深い御方ですからね。民が困窮すれば心を痛められるでしょう」

「心安らかでおられるよう、民にはほどよい幸福を与えねなりませんな」

 

 心配そうに祈るポーズをとるエンリ。

 黒幕然とした笑みを浮かべるニグン。

 異様な二人に、蒼の薔薇は呆然とするしかなかった。

 数日差とはいえ慣れたカジットとブレインは、黙って目を閉じている。

 

 そんな中、がらがらがらと音が響き始める。

 裏門が開き始めたのだ。

 骸骨(スケルトン)たちが綱を引き、木の落とし格子を上げる。

 村の外に渦巻く霧で湿った丸太壁と落とし戸は、火矢でも容易には燃えない。

 しかも二重に組まれている。

 たとえ裏手を攻めようと、容易に落とせはすまい。

 

 裏門を通って現れたのは、一台の荷車と少年、そして銀級冒険者たちだ。

 それを待っていたように、正午の鐘が鳴る。

 

「ああ、もうお昼なのね。ラナー王女とは仲良くする必要もありそうだし……モルガーさん、彼女らの拘束を解いてあげてください」

「人間には食事が必要ですからな。捕虜を虐待するような輩と思われては、モモンガ様の名に傷がつきましょう」

 

 エンリの指示を受け、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の一体が蒼の薔薇の拘束を解いていく。

 ボディチェックのつもりか、やたら体に触れてきたが。

 憮然としつつ、彼女らは立ちあがった。

 

「いいのかよ。武器がなけりゃ大丈夫だって思われてんのか?」

 

 捨て台詞同然に言うガガーランだが、二人は冷たく笑うのみ。

 

「親切で言っとくが、ここで暴れるのは止めた方がいいぞ」

 

 代わってブレインが言う。

 心配とか憐みとか、そんな顔だ。

 

「ともあれ、食事にしましょう。今回の件は、私たちだけで判断はできません。今日中に、モモンガ様へ伺いを立ててみます」

 

 凛とした様子で立ち、エンリが宣言する。

 

「おお、ついにお会いできるのですな!」

「やっとかよ。お前らが来たおかげで助かったぜ」

 

 モモンガの降臨を待っていたカジットとブレインが喜びを露にし。

 

「ご尊顔を拝せるとは、吉報ですな。村人らにも広く知らせ、畑の者らを帰って来させましょう」

 

 ニグンと、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちも嬉しそうにしている。

 

「神として扱われている……やはり、ぷれいやーなのか」  

 

 モモンガの降臨に湧きたつ者らにイビルアイが小さく呟いたが。

 聞く者はいなかった。

 

 

 

 昼食後の軽い休憩時。

 蒼の薔薇は、漆黒の剣に自己紹介し。

 その流れでンフィーレアも名乗ったのだが……。

 

「えっ、おばあちゃんが!?」

「ああ、すげー心配してたぜ。一度くらい戻った方がいいんじゃねぇか?」

 

 ンフィーレアの祖母、リイジー・バレアレが酷い取り乱しようだったという。

 

「村の中がどうなっているのか、まったくの不明だったものね。というか、村がこうなってからエ・ランテルに誰も行ってないし、帰ってもないんでしょう?」

 

 ラキュースが真面目な顔で言う。

 口には出さないが……蒼の薔薇が解放されるか不明な以上、馴染んでいる様子の彼らに、少しでもカルネ村の情報を持ちかえって欲しかった。現状では、カルネ村は正体不明かつ、恐ろしく危険な場所と考えられている。実際危険なのだが、断片的な情報であろうと持ち帰ってもらわねば、対策の立てようもない。

 

「で……でも、エンリを放って帰るわけにも……」

 

 チラチラと、ンフィーレアが窓の外のエンリを見る。

 村人らを集め、モモンガに伺いを立てること、降臨するかもしれぬこと、宣言している。

 装備も相まって、闇の聖女といわんばかりの姿だ。

 

「まさか彼女は闇の力に……」

 

 適当なことを言いかけるラキュースだが。

 

「ははーん、顔に似合わず童貞じゃねーと思ったら、そういうことかよ」

 

 ガガーランがにやにやと核心をついた。

 そう、神官と言うよくわからない大任を負ったエンリに相談される中……ンフィーレアは、彼女とそういう関係になっていたのだ。

 真っ赤になって俯くンフィーレア。

 細い体もあって、儚げで愛らしさを感じさせる仕草だ。

 

「惜しい。もう少し幼ければ」

「女装したらいける……?」

「あとちょっと早く会ってたら、美味しくいただいてやったのになぁ!」

 

 ティナ、ティア、ガガーランはそれぞれに、少年を品評する。

 

「あのエンリさんに……すごいですね」

「夜も怖いのか気になるよなー」

「愛の勝利であるな」

 

 漆黒の剣の面々も、感心している。

 なお、ニニャは外でニグンを手伝っていた。

 

「バカ言っている場合か! あの娘と関係があるならなおさら、お前自身も家族としっかり相談してこい! 心配をかけ通していい理由にはなるまい!」

「そ、そうですねっ!」

 

 強く言うイビルアイに、ンフィーレアは力強く頷いた。

 もっとも、全てはモモンガなる女神の意向次第。

 

「で、どうなんだ? あの暗黒神官娘は、激しいのか?」

「実際気になる」

「えええっ!?」

 

 いつもの調子を取り戻し、過度の緊張をすまいと。

 さっそく、ンフィーレアをいじり始める蒼の薔薇(の一部)。

 イビルアイは顔を背けて窓の外を眺めている。

 

(まあ……変に緊張して震えながら待つより、いいわよね)

 

 しっかり聞き耳を立てつつ、そんな仲間を心強く思うラキュースだった。

 




 エンリとニグンはすっかりビジネスパートナーです。
 基本、モモンガに提案したり、引きこもってるのを呼びに行くのはエンリの仕事。
 ニグンは、モモンガに聞かれた時や、助言が必要と感じた時のみ発言。
 ニグンさんは、エンリの適当な発想を、綿密に考えられた作戦と考えてます。自分の傀儡みたいにしたら、モモンガの不興を買うだろうと思って、エンリにも簡単な助言や理論的補助を与えるのみに留めてます。
 本人は知りませんが、カルネ村を現状運営してるのはエンリです。

 いろいろ重圧やストレスがあるエンリは、気心知れたンフィーに相談したり愚痴言ったり。
 無惨な状況だったクレマンティーヌの話もしたり。
 もし、モモンガが降臨しなければ兵士たちにぐるぐる回されて殺されてだろうとか言ったり。
 そんなの聞いたら黙ってられないし、二人きりだから誘われてる?とか思ったンフィーと結ばれたり。
 日々レベルアップして、鬱憤も溜まってるエンリが激しかったり。
 原作より遥かに素早く、二人はずっぷり肉体関係結びました。
 既に5日くらい経ってるのにンフィーがカルネ村に残ってるのは、エンリと離れたくないからですね! おかげで二人は今、神殿と称した別宅で暮らしてます。ギシアンうるさいし、ネムに見られると困るから……。
 そして、ンフィー視点では、エンリがニグンに取られるのではと、常にやきもきしてます。エ・ランテルに帰りたくない理由の一つです。いつも二人で話してるし、ニグンは頼りがいあるし、男性的にかっこよく見えますからね。完全にアンデッドだから、そんな心配ないんですけど(クロマルの方があぶない)。

 カジット&ブレインは、モモンガ様を呼ぶほどでもないなって保留されてます。
 そのうち降臨した時に報告でいいやってことで。
 ニグン&エンリ()だけで十分すごいので、二人は従順にやってます。
 とりあえず、カジットのおかげでアンデッド労働力はめっちゃ増えました。
 ブレインはデスナイト相手に戦闘訓練したり、ニグンに指導してもらったりして過ごしてます。

 蒼の薔薇はクレマンティーヌの存在知りません。
 エ・ランテルでの天誅殺人は知ってますが、犯人については不明。モモンガの狂信者が既にエ・ランテルにいるのかなと思ってる程度です(現状ではいません)。


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19:こりゃホンマ勃起もんやで……

 冬コミ、無事に原稿完成。
 たぶんしばらくはペース戻ります。

 思えば、ここのエンリさんはハーゴンとかバラモスのポジションですね。



 夕暮れ、城塞の前に全ての村人、客人が集まっていた。

 神官エンリは昼過ぎに城塞内に入り、事情を話して伺いを立てたのだが。

 慈悲深き女神モモンガは、奥から現れず、エンリをなだめた。

 日中は仕事もあるだろう、日が暮れてから姿を現そう……と言ったのだ。

 

(下々の仕事を配慮してくれるなんて!)

 

 直接に言葉を受けたエンリは無論、伝え聞いたニグンや村人も感激することしきりである。

 真に超越者たる御方が、くだらぬ己らの仕事を思いやってくれた。

 何も知らぬ王や貴族と違い、女神モモンガのなんと慈悲深きことか!

 無論、最中だったモモンガが、時間を引き延ばしただけなのだが。

 

(思ってたより人間臭いんだな……)

(なるほど強大な術師ではなく、実際に神やもしれん)

 

 ブレインとカジットも、クレマンティーヌ等から連想していたような存在と異なるものらしいと首をかしげ。

 

(信者は大事にしてるってことかしら)

(力はともかく、悪人ではない……のか?)

 

 蒼の薔薇の面々も、少しだけ緊迫感をゆるめる。

 夕暮れで空が紅く染まる中。

 集まった者たちの前に、黒い円形の力場が現れた。

 そしてその中から……白いドレスをまとった女神と。

 黒い全身甲冑をまとった女戦士が現れる。

 両者の共通点は、悪魔を思わす角と、黒い翼。

 だが、初めて見る者らとて、二人を悪魔とは思えなかった。

 モモンガの圧倒的な美貌と威圧感の前には、神か魔かなど……些細な差でしかない。

 

 〈転移門(ゲート)〉で現れたモモンガは、最初から〈絶望のオーラⅡ〉を発動していたのだ。

 この世界で最高位たる、アダマンタイト級冒険者が訪れたと聞いてのこと。

 己の実力の一端を示すべく、村人に害のない範囲に留めた……つもりである。

 

「わずかな間に、随分と来客があったようだな」

「「は、ははっ! 左様でございます!」」

 

 エンリとニグンが震えながら、声をそろえてひれ伏す。

 村人らも続いて、慌てひれ伏すが。

 その姿は崩れ落ちたようにしか見えない。圧倒的な威圧感に、腰が抜けてしまったのだ。よく見れば、下半身に沁みを作っている者も多々。

 それなりに戦えるンフィーレアや漆黒の剣も、震えが止まらない。

 神官と言う立場がなければ、エンリも下半身が悲惨な状態になっていただろう。

 そして、モモンガを初めて見る者たちも、その威圧感に膝を振るわせていた。

 

「か……神だ、間違いねぇ……」

「な、なんという圧倒的な威圧感!」

「まままさか、ほほほ本当に神様なの?」

「くそっ、やべぇ……近づける気すらしねぇ」

「こ、こんな威圧は、魔神どもすら……」

「くっ、心の勃起は屈しない……!」

 

 彼らは、この世界でも相当の強者。

 だが、こんな威圧感は初めてである。

 もし立ち向かわんとすれば、意識すら奪わんばかりの恐怖。

 意識を手放したくなる、どうしようもない絶望。

 まあ……約一名は、モモンガの肢体を凝視して、妙なことを口走ってはいたが。

 

「……ふむ。村人らに配慮して抑えたつもりだったが。すまないな、怯えさせたようだ」

(Ⅱでもこれかぁー……アダマンタイトなんて柔らかい金属が最高級らしいし、あの戦士長と同じ程度ってことかな? この世界の人らホントに弱すぎない?)

 

 モモンガは周囲を見回し、肩をすくめて〈絶望のオーラⅡ〉を止める。

 恐怖に震える者らが、呆けた顔を見せる。

 

「ニニャ、ンフィーレア。神の御前である! 粗相した者らを即刻清めよ!」

 

 ニグンが慌て、〈清潔(クリーン)〉の呪文を使える二人に叫び、呼びかけた。

 神の前で不浄を垂らした者らを放置してはおけない。

 悪臭が届けば、村ごと消滅させられても文句は言えぬのだ。 

 二人が慌てて、腰の抜けた村人らの間を回り呪文をかけ始める。

 

「我らも手伝わねばならん、偉大なる御方の御前ぞ!」

 

 同じ呪文が使えるカジットも弟子らに呼びかけ、自主的に動いた。アンデッド――つまり死体を扱う彼らにとって、〈清潔(クリーン)〉は自身が病に侵されぬための必須呪文。

 村人らも礼を言う。

 腰を抜かして動けぬ村人らに、呪文をかけるカジットの姿は、手慣れたものがある。彼は元より農村出身。スレイン法国の神官時代には、民への奉仕活動もそれなりに経験しているのだ。実際、彼と弟子はこの数日はアンデッドを使った耕作や土木作業について、ニグンに師事し。ニニャとも交流していた。来客の中では、最も村に打ち解けつつある。

 そんな姿に、モモンガも感心し、声をかけた。

 

「おお、来客に働かせてすまないな。魔法を使える者は歓迎するぞ」

「モモンガ様にお褒めいただき、ありがたき幸せでございます!」

 

 己の予想を遥かに上回る、ズーラーノーン盟主などより遥か高みの存在に。

 カジットは感激と共に頭を下げた。

 無論、その間も民への奉仕は止めない。

 

 こうして不浄を清めるまで、神前報告はしばし中断された。

 その間に、彼はエンリを呼び、来訪者たちの名を聞き。

 特にカジットとその弟子がアンデッドを連れて来たと聞くと、満足げに頷いた。カジットの評価は既に相当高い。カルネ村を保護下に置いた彼にとって、村人と打ち解け、己の知らぬ〈清潔(クリーン)〉なる呪文を使えるというだけで、十二分に価値がある。アンデッドを大量に連れて来たことも、モモンガにとっては人口増加同然だ。

 

 

 

「私のせいで、いらぬ手間をかけたな。ニニャ、ンフィーレア。それにカジット殿と……その弟子の者たちも」

 

 モモンガが直接、呪文を使った者らを労う。

 村人やニグン、エンリは、彼らにかすかな嫉妬を覚えた。

 

「さて、来客には順に話を聞こう。まずは、多数のアンデッドを提供してくれた上、今も村人のために働いたカジット殿からにしようか」

「ははっ、ありがたき幸せにございます!」

 

 カジットが背筋を伸ばした。

 軽く自己紹介し、クレマンティーヌに紹介されたこと、ズーラーノーン十二高弟であること、己の目的、研究のためにアンデッド化を求めていること……包み隠さず言う。目の前の相手が、騙して利用などできる存在でないと見越してのことだ。

 蒼の薔薇は、ズーラーノーンという言葉にどよめくが。

 目の前にもっとヤバイ神がいるので、口は挟まなかった。

 というか、挟もうとしたイビルアイは、ティアとティナに抑えられていた。

 

「――なるほど。しかし、それは私ですら命を削らねばできぬ蘇生。不可能とは言わないが……たとえアンデッドと化そうとも、難しいぞ。わかっているのか?」

「ぐ……わ、わかっております! それゆえ、狂人と謗られつつ、これまでの人生を歩んでまいりました!」

「……お前を知性ある高位アンデッドに変えることはたやすい。お前の母も、亡骸があり、その霊魂が未だ地上に留まっていれば、知性あるアンデッドとして蘇らせられよう。それでは駄目なのか?」

「そ、それは……」

 

 カジットは言葉に詰まる。

 彼の目的はあくまで、母の完全なる蘇生。

 この世界において知性あるアンデッドとは“自ら成る”ものであり、他者が“造る”という考えはなかった。

 だが、目の前の女神は、知性あるアンデッドを“造る”。

 あの多数の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、ニグンという最高位アンデッドを思えば、間違いない。

 おそらく頼めば、カジットも高位アンデッドにしてもらえるだろう。

 母の亡骸――遺骨の壺は、エ・ランテルの拠点を引き払う際に持ってきた。自身もアンデッドとなるなら、母もアンデッドでかまわないのでは……と思えてしまう。自慢だった母の容姿さえ損なわれなければ。

 悩む様子を汲んだか。

 慈悲深き女神は、いたわるように言う。

 

「急がずともよい。迷うなら、よく考えるのだ。今更、一日早かろうと遅かろうと、変わらん。それに、ぬか喜びさせてしまったが……お前の母の魂を呼び戻せる可能性は、かなり低い」

「あ、ありがとうございます……不敬は承知でございますが、しばし考えさせてください」

 

 魔術師は俯いた。

 今までを思えば、贅沢過ぎるほどの悩みだが。

 それでも……すぐには決断できなかったのだ。

 

「残酷な決断を迫ったようだな。しかし、お前の望みは……どのみち、いつか決断を迫られただろう」

「は……ありがとう……ございます」

 

 狂った目的のため、非道の行いを繰り返してきたズーラーノーン十二高弟が一人、カジット・バダンテール。

 だが、今。

 女神の慈悲に触れ。

 彼の中で何かが大きく、変わろうとしていた。

 

 一方で、その弟子たちは自らアンデッド化に即答する思いきりは持てず。師の決断か、他の者のアンデッド化を直接確認してから……と考えた。

 彼らはしばらくは、カルネ村に逗留し続けることが決まる。

 

 

 

「さて、蒼の薔薇の案件は少し時間がかかる。そちらの剣士殿の話を先に聞こうか」

 

 カジットに続き、話を振られたのはブレインである。

 ブレインもまた、軽い自己紹介の後に……ガゼフに敗北したこと。研鑽し腕を磨いたこと。己がクレマンティーヌに完敗したこと、彼女に紹介されたこと、剣士としての己を高めたいことを説明する。

 女神相手でも態度を変えぬブレインに、周囲がざわめき怒りを向けていたが。

 モモンガは特に気に掛ける様子もない。

 蒼の薔薇の面々は、逆に好感を覚えもしたようだが。

 

(あの天才剣士でも、同じような悩みはあるんだな。それにしてもクレマンティーヌってのは、どんなやつなんだ?)

 

 特に伸び悩みつつあるガガーランは、彼の言葉に少なからぬ共感を覚えていた。

 一方で、モモンガはカジットほどには容易に答えを出せずいる。

 少しばかり、彼は首をかしげた。

 

「まず言っておくが……クレマンティーヌは私の手で、高位のアンデッドに生まれ変わった。以前の彼女なら、お前も人間同士として納得のいく水準だったろう」

「種族の差だって言いたいのかよ」

 

 憮然とした様子で、ブレインが言う。

 モモンガは、母が教え諭すように続ける。

 

「お前は剣士として、剣の腕を磨いてきたのだろう」

「そうだ」

「あらゆる存在は生まれ持った力がある。お前は人間としては、十分に一流の剣士で、最高峰と呼べるのだろう」

「そのつもりだった。だが――」

 

 まるで足りなかったと、続ける前に。

 モモンガが言葉を遮った。

 

「力とは、同じ群れの中で競うものだ。お前は……そうだな。何の訓練もしておらん村人と戦うことをどう思う」

「戦う意味なんてねぇ。弱い奴をいたぶる趣味はないんだ」

 

 モモンガが微笑む。

 

「そうか。なら、熊と一対一で戦って勝てるか?」

「当たり前だ、熊くらいなら勝てる」

「何の訓練もしておらん、戦いの素人の熊にだろう」

「ぐ……」

 

 ブレインが、言葉に詰まる。

 

「ドラゴンでもいいぞ。巨大でブレスを吐くあれらは、強く見えるだろうな。だが大半のドラゴンは、村人と同じで戦いについてろくな訓練も研鑽もしておらん。ただ“食料を得る”技術を磨いているだけ。畑を耕す村人と、何も変わらん」

「……何が言いたい」

「仮にお前がドラゴンと一対一で戦って勝ったとしよう。お前は己の力を誇り、周囲はお前を英雄ともてはやすだろう」

「……そうだ、ろうな」

 

 何が言いたいか、察せてしまった。

 

「だが、それはお前の独り相撲だ。お前はただ、強い動物という“物差し”で、己の強さを示したにすぎん。それは、お前の言う“剣の道”とは違うのではないか?」

「……あれは、あの女は、ただの“物差し”なのか?」

「そうだ。クレマンティーヌは私の使徒であり、人間ではない。同じ言葉を話し、人間に見えたがゆえ、惑わされたに過ぎん。お前を同じように高位アンデッドに変えることは容易だが……」

「…………」

 

 ブレインの顔に懊悩が浮かんだ。

 己自身の魂を深く切り込まれて、取り乱してしまう。

 

(そうだ。アンデッドになりたいわけじゃない。しかし、魔法やアイテムに頼って、剣の高みを目指した……なら強さを求めてアンデッドにもなるべきじゃないのか? 王国の秘宝を身に着けたあいつは、おそらく今の俺より強い。だったら俺も、強い刀を手に入れるように、己の肉体自体を強くして何が――)

 

 ブレインの目に昏い光が灯る。

 だが。

 

「そうだ。奴に勝つために俺は、力を――」

「そうか。つまり、お前はそいつの“強敵”ではなく“物差し”になりたいのだな」

 

 ぽつりと、女神が言った。  

 

「あ――」

 

 愕然とし、ブレインが膝をつく。

 己のしようとしていたことの、あまりの情けなさ、恥ずかしさに、涙すら出た。

 顔を露にしていることすらできず、自然と身をまるめ、地に顔をこすりつける。

 

「ああああああああああ……」

 

 大勢の前にも関わらず、慟哭が……涙と共に溢れた。

 

「己の目的を見誤るな。しばらくお前は己を見つめなおせ。ただ力を求めても、お前の望みは叶わん」

「……あ。あ……、ありがとう、ございます」

 

 ブレイン・アングラウスは初めて心から……ひれ伏し。

 涙のにじむ声で女神に礼を言った。

 このやり取りを見る者たちは皆、女神の慈愛と偉大さに感動し。

 深くひれ伏す。

 蒼の薔薇すら、自然と膝を屈してしまっていた。

 女神もまた慈母の微笑みで、彼を見下ろす。

 

(ふふ、たっち・みーさんや武神武御雷さんを思い出すな。実力が僅差のライバルなら、チートを使っちゃダメだろ。お互いに納得いく戦いをしなきゃね。たっち・みーさんをメタ読みで完封したからって、素直に誇れないもんな)

 

 過去に想いを馳せた微笑む。

 背後に控えるアルベドが、ギリッと歯がみした。

 

(ファッキン! あの連中、まだモモンガ様の心を浸食するというの! くうううう、もう二度と思い出さず私のことだけ考えるように、城塞に戻ったらもっとぐっちゃぐちゃにしてさしあげなければ……!)

 

 そんなアルベドの胸中に、モモンガは無論のこと。

 その場も誰も気がつかない。

 いや。

 

(ん? 雌を狙う雌の視線……あの甲冑の女神はまさか同好の士……あの鎧の中はどんな姿か、妄想が捗る……)

 

 ただ一人、当初から女神を性的な目で見ていた忍者姉妹の片方が。

 アルベドの性的決意だけ、しっかり把握していた。

 

 

 

「さて、待たせたな。蒼の薔薇の者たちよ……王国について話をしたいのだったか?」

 

 ブレインを優しい笑みで、しばし見守ってから。

 モモンガが、蒼の薔薇へと視線を向ける。

 

「は、はい。その、この村と王国についてどのように考えてらっしゃるか、伺いたく……」

 

 ラキュースは何とか、当初の予定していた言葉を紡ぐ。

 もはや、目の前の存在が女神であることを疑えない。

 少なくとも尊敬すべき人物にして、超越的存在であることに変わりはないのだ。

 冒険者としても、貴族としても、王国民としても、人間としても。

 決して敵対してはならない存在だと。

 最初の威圧と、先の二人とのやりとりで思い知らされていた。

 




 モモンガさんのSEKKYOU回。エロ薄いよ、何やってんの!
 ギルマスの仲裁スキルを、超越者の立場から行使してる感じ。
 それぞれの反応は以下の如し。

カジット「神よ!」(信者化)
カジ弟子「突然アンデッドになれるって言われても心の準備が……」(消極的信者化)
ブレイン「ママー!」(信者化)

ラキュース「ほんとに女神だったんだけど!」(神承認&軽パニック)
イビルアイ「ぷれいやーヤバすぎる。生きて帰れるかな……」(空ろな目)
ガガーラン「引退したらこの村に住もっかな……」(信者化しつつある)
ティア「こりゃホンマ勃起もんやで……」(平常運転)
ティナ「ショタ不作……」(平常運転)

 おさらいも兼ねて、その他の現状。

エンリ「ンフィーもいるし、神官としてがんばらなきゃ!」(狂信者&新婚生活)
ンフィ「結婚前なのに激しすぎるよ……でも幸せ」(消極的信者&新婚生活)
ニニャ「モモンガ様に全てを捧げます!」(狂信者)
漆黒の剣「エ・ランテルに戻らなくていいのかな」(困惑からの適応過程)

ニグン 「モモンガ様降臨! 幸せ!」(狂信者)
クレマン「そろそろ王都に行こっかな」(天誅ツアー中)
クロマル「森のモンスターレベル低いなー」(森で無双中)

 国家や都市の首脳部は特に変化ありません。
 帝国には、スパイやブルムラシュー候経由でガゼフ帰還回りがそろそろ届くかな?程度。
 カルネ村情報はまだ、エ・ランテルで広まってないため帝国に届かず。


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20:マスク・ジ・エンド!!

 そういえば14巻が出ると、ガラッと設定の変わる可能性もあるのだった……。



 

 モモンガは蒼の薔薇の面々を見回し、イビルアイに目を止める。

 

「――話し合う前に、その者に仮面を取ってもらってかまわないか?」

「っ!」

「ど、どうしてでしょうか。失礼に当たるのでしたら、彼女は下がらせますが……」

 

 イビルアイが息を飲み、ラキュースが何とかとりなそうとする。

 

「いや。まだ幼い身なのだろう? 傷や呪いで容貌を損なっているなら、私が癒せるかもしれん」

「そそそんなわけないだろ!」

「っ、バカ……」

 

 食って掛かるように言うイビルアイに、ラキュースが頭を抱えた。

 

「モモンガ様の慈悲深きお言葉に何という態度!」

「これ以上失礼なきよう、取り押さえておきましょうか」

 

 エンリとニグンが、怒りを露にする。

 アルベドも二人に頷きかけた……が。

 

「やめよ」

 

 モモンガが三人を抑えるように手を挙げた。

 険しい視線を向けたままではあるが、三人が一歩下がる。

 

「確か、イビルアイ殿だったな。名といい、仮面といい、お前は私に正体を明かせぬ身ということか?」

 

 じっと見据えて言う。

 その目は冷たく、今にもあの威圧感を放ちそうに見えた。

 冒険者に過去の詮索は……などという言葉で言い逃れできる相手ではない。

 

「わ、私はっ」

 

 言い淀むイビルアイは、いかにも年相応の少女、いや幼女に見える。

 

「責めるつもりも、なぶるつもりもないのだがな。アルベドよ、兜を外せ」

「はっ、承知いたしました」

 

 初めて発されたアルベドの声は、モモンガと酷似している。

 まずい、とラキュースは焦った。

 彼女が顔を露にするなら……礼儀上、イビルアイも見せぬわけにいかなくなる。機嫌を損ねていい相手ではないのだ。

 

「っ、それには――」

 

 及びません、と言おうとしたが遅かった。

 アルベドが兜を脱ぎ……モモンガと同じ顔を露にする。

 

「モモンガ様と同じ顔……!」

「二柱は双子であらせられたのか!」

「双子でカップル……いける?」

「こっち見んな」

 

 元より、アルベドの素顔を知るのはニニャとニグンのみである。

 エンリも含め村人らは、騒然となった。

 

「……さて、これでこちらは隠した顔を晒したぞ。お前の素顔を見せてもらえないのか?」

 

 モモンガが小さく首をかしげた。

 あたふたと慌てるイビルアイだが、ラキュースも首を横に振って見せるしかない。

 ここで仮面をつけたままでは、信用など得られまい。元よりアンデッドを使役する神と、その信徒の村だ。イビルアイの正体をとやかくは……たぶん、言うまい。

 

「わ、わかった……素顔を、見せる……」

 

 イビルアイが震える手で仮面を、はずして見せた。

 紅い目と、八重歯めいた犬歯が明らかになる。

 美しい、と言っていい容貌だ。

 某階層守護者をふと思い出し、モモンガの顔がほころぶ。

 

(く……あのヤツメウナギ、まだモモンガ様の中に……!)

 

 シャルティアと、その創造主を思い出しているのだと気づき、アルベドの表情は険しくなった。

 

「なんだ、吸血鬼か。隠すほどの秘密でもあるまいに……いや、人間社会は吸血鬼を差別しているのか?」

 

 モモンガが呟いた。

 

「まあ、吸血鬼は人類の敵とされておりますからな。隠しておるのでしょう」

 

 ニグンが素早く、吸血鬼について補足を入れた。

 思った反応とは違うが、蒼の薔薇の面々は安堵の息をつく。

 

「そうだったか。では、人の名を捨て、異なる名を名乗るも道理だな。イビルアイよ、すまなかった。この通りだ。少々誤解していたらしい」

 

 モモンガが軽く頭を下げて見せる。

 

「モモンガ様、そのような者に頭を下げる必要は!」

「モモンガ様に間違いなどありません!」

「その者が紛らわしい姿をしていたせいですよ!」

 

 アルベド、ニグン、エンリが、叫ぶように言う。

 モモンガに頭を下げさせたイビルアイには、殺意とも言える視線が刺さった。

 カジット、ブレイン、ニニャ、村人、アンデッドらの視線も、剣呑極まりない。

 背を向けているモモンガは気づいていないが、イビルアイとしては先刻の威圧に迫らんばかりの恐怖である。

 

「っききき、気にしてないぞっ! 仮面を付けていた私が悪いのだからなっ!」

「そうです、モモンガ様に問題など!」

 

 慌てて、イビルアイも震え声で言い。

 ラキュースも、「様」を付けて敬意を示す。

 

「そうか。そう言ってもらえるとありがたい。良ければ、イビルアイ殿にはこの村では仮面を外して過ごしてくれたまえ。吸血鬼を差別する者などいない場所だ。私が保障しよう」

 

 子供にするように、イビルアイの髪を撫でる。

 サキュバスのスキル〈淫魔の愛撫〉を乗せたそれは、まさしくナデポ。

 イビルアイの強張った心も蕩かす……はずだったが。

 アルベドらのドロドロとした視線が、それを許さない。

 頭部に送られる快楽と慈愛。

 五感に送られる憎悪と憤怒。

 心弱き者ならば、その場でショック死してもおかしくない、相反する過剰感覚。

 

「ああああ、ありびゃとうごらいまひゅっ!」

 

 イビルアイは、吸血鬼になって初めて、失禁しそうになりながら屈し。

 ひれ伏して礼を言った。

 

「ふふ……しかし、読みも外れてしまったな。てっきり、正体は件の王女殿かと予想していたのだが」

「えっ」

 

 今度は、ラキュースが呆気にとられる。

 一国の王女がこの辺境に来ると思っていたのだろうか、と。

 

「有能な人物なのだろう? 直接現れて驚かせようとしているのかと思ったが。ふむ……名前は何と言ったか?」

「リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフですな」

 

 チラと横を見て問えば、即座にニグンが答える。

 

「ああ。そのラナー殿は、私に友好的な関係を求めていると聞いたのでな」

「は、はい。もちろんです。しかし、王国にはまだ情報が少なく……戦士長の報告も、法螺話扱いされております。私たちはモモンガ様について見定めるよう、言われて参りました」

 

 モモンガは首をかしげた。

 

「戦士長は王の信頼厚いと聞いた覚えがあるが……彼の言葉は思いのほか、軽いのだな」

「……申し訳ございません」

 

 王ではなく貴族の問題である。

 彼は平民出身というだけで、貴族から冷遇されている。

 たとえ、重視されようとも、女神の常識外れに過ぎる実力を信じたりはできまい。中途半端に信じて、愚かな貴族が暴走しなかったのは奇貨と言っていい。

 ニグンが言葉を継いだ。

 

「仕方ありますまい。モモンガ様は人類の想像を遥かに絶した力を持つ御方。何より、彼女ら蒼の薔薇は、クレマンティーヌとは入れ違いになったのでございましょう」

「ん? ああ……そういえば、そうなるか。確かに、アレを知っていれば、少しは反応も違うはずだからな」

 

 不穏な会話に、蒼の薔薇……それにカジットやブレインも顔を見合わせる。

 村人も含め、クレマンティーヌが姿を消した理由など知らないのだ。

 

「ニニャの嘆願に、エンリ、ニグン、クレマンティーヌの意見を合わせた結果、王国貴族があまりに下劣かつ邪悪であると判断した。よって、該当する貴族の粛清を始めている」

「はっ!? そ、それはどういう!?」

 

 貴族のラキュースは思わず問いただした。

 その場にいた大半も、驚愕し、唖然としている。

 

「民を不当に搾取する貴族、虐待する貴族、奴隷にする貴族が対象だ。他国との癒着、麻薬栽培などは……まあ、民の生活や、各貴族の立場もあるだろう。判断材料とはしておらん。要は人間として、あまりに道を外れた者を処罰させている。ああ、盗賊団の類も見かけたら、適当に潰すよう言っているぞ」

「す、すみません、それは王国がすべきことであって、モモンガ様がなさることでは……」

 

 明らかに内政干渉だ。

 ラキュースは最大限、穏やかな言葉で咎めるに留めようとするが。

 

「王国が彼らを咎めるとでも言うのですか!」

 

 魔法詠唱者の少年――ニニャが怒りをにじませ、口を挟んだ。

 

「私も相当の年月にわたり、王国貴族の所業を見てきたつもりだ。民への行いから処罰された貴族は皆無。少なくとも、一月ばかり前に見た法国の調書では、そうだったはずだが? 何か貴族を処罰する新法でも、発令されつつあったのかね?」

 

 ニグンも嘲りを隠さず、援護する。

 エンリを始めとする村人らも頷いた。

 

「失礼ながらモモンガ様、この者たちは御身を神ではなく、王国領土への侵略者と考えているのではないでしょうか」

 

 冷たく見据えるアルベドが、さらに言葉を重ねる。

 村人らの怒りが、さらに高まった。

 怒号すら響く。

 蒼の薔薇は、ここが完全な敵地だと思い知らされる。

 名声に憧れる者も、親切心から味方になってくれる者も、いない。

 

「いや、仕方あるまい。何の庇護も与えずとも、この村は王国の所有物と考えられていたようだからな」

 

 鷹揚に、モモンガが村人を諫めれば。

 彼らは瞬時に静まった。

 どれほど怒りがあろうとも。

 女神の言葉を妨げる理由にはならない。

 

「そうだな。当人の報告を聞いてみるとしようか」

 

 モモンガの慈悲だけが、頼りとなっていた。

 

「〈伝言(メッセージ)〉――クレマンティーヌよ。状況はどうなっている?」

 

 

 

 

「あの魔法、ホント便利だねー。王国中走り回った身としては、移動手段も欲しいなーって思ったりー」

「クロマルを貸そうか?」

「やめて」

「あの程度の連中相手なら、魂喰らい(ソウルイーター)で十分かと」

「それもそうか」

「ありがとー、アルベドちゃん!」

「誰がアルベドちゃんよ……」

 

 探索魔法で居場所を探り、〈転移門(ゲート)〉で一瞬にして帰還したクレマンティーヌ。

 彼女が神々と緊張感のない話をしている中。

 他の面々は、中空に映るそれを見て、ぽかんと口を開けていた。

 

 やがて、じわじわと。

 それぞれが、それぞれなりに。

 理解し始める。

 

 ニニャはドス黒い愉悦の笑みを浮かべ。

 カジットは、主の力に喜悦を露にして。

 村人らは多かれ少なかれ、留飲を下げた顔。

 蒼の薔薇……貴族の生まれのラキュースには絶望しかない。

 

「なんだよ……あれ」

「どれも……貴族ばかり。全員丁寧に、紋章や旗までつけて……」

「ただの動死体(ゾンビ)じゃないぞ。頑丈すぎる」

 

 モモンガの造り出した〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉には。

 遠く、王都を臨む街道を、ぞろぞろと進む貴族たちの動死体(ゾンビ)の姿があった。

 周囲を取り囲む松明で、それらは夜なお明るく照らされている。

 松明の持ち主……巡視兵らが矢を射かけ、槍で突いているが。

 まるで効いた様子もない。

 燃え上がらせようと火を近づけても、それらは松明を払いのけ、器用に火を避けていく。

 ただの動死体(ゾンビ)ではなく、70レベル代のクレマンティーヌが生み出した従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)

 特殊能力こそないが、死の騎士(デス・ナイト)と同じかそれ以上のスペックである。

 無抵抗でも、一般兵に傷をつけられる存在ではない。

 いや、傷だけなら見るも痛々しい拷問の痕跡が残っている。

 彼らは己の身分を喧伝するように紋章を掲げ。

 マントのように羽織った布には、血文字で大きく。

 

『この者、外道なり。女神モモンガの名のもとに天罰を下す』

 

 伝説級の強さを持つアンデッドが、紋章とマントだけを守りつつ、ひたすら前に進む。

 明日の朝には、王都の門からも見えるだろう。

 既に相当の騒ぎとなっているだろうに、王都側に兵が配置された様子もない。

 根拠のない自信に満ちた、王都の兵を思えば……たかが動死体(ゾンビ)と、ろくに調べもせず放置しているのだろう。

 どれほどその頑強さを報告しても、巡視兵たちは無能だと罵られているに違いない。

 きっと、あれらは王都の門に至るだろう。

 もし、蒼の薔薇があのまま王都にいたら……あれの対処に駆り出されたかもしれない。

 

「こっちに来て……いろいろ教えてもらってよかったな」

 

 こと“冒険者”としての経験は最も高いガガーランが、しみじみと呟いた。

 見た目に反して、一体でも相当の難敵だ。

 それが百体近くいる。

 王都に入り込もうとするそれを、城壁の外で押しとどめろと言われれば……正直、蒼の薔薇でも無理だろう。

 兵と冒険者をかき集め、一丸となればあるいは……という程度。

 倒しても動死体(ゾンビ)相手に苦戦したと罵られ。

 倒せなければ全責任をかぶせられかねない。

 貧乏くじどころではない……厄ネタそのものだ。

 

「叔父様……朱の雫も、今は王都にいないはず。すると対処は……」

「戦士長に同情」

「貴族から無能って言われるのに金貨一枚」

 

 戦士団でも食い止められまい。

 身元の証明までしっかりつけた、あの動死体(ゾンビ)が、王城までねり歩けば、貴族の権威失墜は免れない。

 貴族間は血縁でしっかりと結びついている。

 王都にも彼らの血縁者や、その配偶者がいるはずだ。

 ラキュース自身が、鼻持ちならぬ求婚者を多数袖にしたのだし。

 見覚えのある求婚者も……動死体(ゾンビ)の中には混じっていた。

 そんな風に、ようやく冷静に、分析をすれば。

 

「――とまあ、こんな次第だ。王国における私の認識も変わるだろう」

 

 気取りすらなく、当たり前のことのように。

 女神が言った。

 





 王都ゾンビ災害前夜。
 なお、ゾンビは押しのけて前に進むだけなので、人的被害はほとんど出しません。
 モモンガ様は慈悲深い女神ですからね!

 予定では、蒼の薔薇とのやりとりは今回で終わるはずだったのですが。
 イビルアイのマスク狩りで、文章量やたら増えてしまいました。
 一対一ならナデポ発動間違いなしでしたが、狂信者プレッシャーによって打ち消されてます。

 ティア&ティナは内心ビビってますが、顔には出さず平常運転です。
 これもリーダーたちの平常心を保つための心遣いなんだ……。

 こういうやり取りさせてると思いますが、ニグンさんめっちゃ便利で有能ですね。
 社会情勢とか常識とか、だいたいなんでも知ってるので、素早くフォローしてくれます。
 人間視点でのアレコレもできるので、たぶん転移後世界の補佐役としてはデミウルゴスより優秀。
 変な深読みもしないしね……。


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21:モノを食べる時はね

 蒼の薔薇とのアレコレが終わらない……!



 モモンガの言葉を継ぎ、クレマンティーヌが報告していた。

 

「――とーりあえず、使用人とか子供特に殺す必要ないなーって人には、カルネ村に行くよう言っといたよー。そっちもそろそろ来るんじゃないかなー?」

「よくやった。礼を言うぞ」

「えへへー♪」

 

 モモンガに頭を撫でられ喜ぶクレマンティーヌは、まるで子供のようだが。

 ブレインは、彼女の恐るべき戦闘力を身にしみてしっている。

 

「さて……その上で、ニグン、エンリよ。蒼の薔薇の方々とした話を、教えてくれるか」

「「ははっ!」」

 

 村人らの前で、王国の命運にも関わる話が……明かされた。

 

 

 

 

「……ふむ。どうなのだ? 王が変わってこの現状が変わるのか?」

 

 一通りの話を聞き終えたモモンガが、蒼の薔薇に問いかける。

 おかげで、ラキュースは思わぬ形で王国大使の立場になってしまっていた。

 

「王は現状を変えようと努力しておりますが、結果を出すには至っておらず……」

「毎年、戦争をしているそうだな。兵士は民を徴兵しているのだろう?」

「……その通りです」

「なるほど。以前にニグンが言っていた通りの状況か。いずれにせよ、その王女と話がしてみたいな」

「で、では会見できるよう、私から具申して……」

 

 だが、神がそんな手順に従う必用はない。

 

「〈生物発見(ロケート・クリーチャー)〉〈次元の目(プレイナー・アイ)〉――王宮だというのに、まったく対策をしていないな」

「も、モモンガ様!?」

「貴様まさか……!」

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)のラキュースとイビルアイにはおおよそ、呪文の見当がついた。

 モモンガは、ラナー王女を今すぐ呼び寄せるつもりなのだ。

 動死体(ゾンビ)を映していた〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉のそれが切り替わり、王宮内で夕食を前にした王女を映す。

 ラナー王女の美貌に感心する村人はいない。

 ここには、もっと美しく強く優しい女神がいるのだから。

 

「さすがに、食事前に呼ぶのは悪いか。就眠前など人のいない時間に――」

 

 王女の美貌には無関心な村人たちだが、王女が前にした王宮の料理に――

 誰かの腹が鳴る音が聞こえた。

 モモンガが目を丸くし、きょとんとした顔を見せた。

 

「し、失礼いたしました!」

 

 村人の代表であるエンリが急ぎ詫びる。

 女神の配慮により、村人は精一杯働いて来たばかり。

 今こそここに集まっているが……本来はそろそろ、夕食の時間なのだ。

 だが、それが女神に失礼を働く理由になるか?

 なるわけがない。

 エンリは必要とあらば、腹を鳴らした村人を処刑し、自らも罰を受ける覚悟。

 

 だが、慈悲深い女神はただ、顔をほころばせて。

 

「ああ、食事――そうだ食事だ。お前に夢中ですっかり忘れていたが、食事だぞ、アルベド!」

 

 画面の映像が消え、画面自体も消失する。

 変わってモモンガはいつになく、興奮した様子。

 ぴょんぴょんと子供っぽく跳ねている。

 無邪気な表情に反して、大きな乳房も跳ねる。

 ティアの目は、獲物を狙う猛禽のそれになっていた。

 

「はい、ここに来た日に食べるはずが、随分と長くおあずけになってしまっておりましたね」

「ああ、楽しみにしていたのに、思えばお前とばかり――だったな」

 

 人目に気づいて口ごもるモモンガが、酷く愛らしい。

 そして、あの粗食とすら呼べぬ“りある”で枯れた舌を潤したのが己の体液なのだと思うと……アルベドの表情も蕩けてしまう。

 モモンガを抱き留めたアルベドは、素早くエンリに指示する。

 

「エンリ、モモンガ様は地上の食事を楽しみにしてらしたの。今すぐ、食事の用意をなさい」

「私がですか! も、モモンガ様のお口にあう料理ができるか――」

 

 エンリに限らず、村人らもざわめく。

 わずかな間とはいえ、王宮の御馳走を見たばかりだ。

 モモンガのおかげで余裕が出たとはいえ、村の食事は粗食である。

 それも今すぐとなれば、作り置きの料理を温める程度しか……。

 だが、偉大なる女神の慈愛は、人の想像など軽く超える。

 

「いや、かまわん。お前たちの食べる料理を出せ。せっかくの機会だ、皆で食事をしようではないか。カジットやブレイン、蒼の薔薇の者たちへの歓迎も込めてな。お前たちと共にする夕餉は、今見た王宮の料理にも勝るだろう」

 

 上機嫌でモモンガが言う。

 かつての食事よりは絶対美味だろうし、オーガニックな味を感じてみたい。

 だから早くしろという意図だったが……。

 

「「も、モモンガ様…………ッ!!!!」」

 

 村人らの忠誠心を天元突破させるに十分であった。

 全員が感動の涙で視界をぼやけさせつつも、急ぎ駆けだす。

 その場で鍋を温められるよう、石でかまどを作ったり、火を起こす者もいる。

 レンジャーのラッチモンとルクルットは、そんな作業の陣頭指揮を始めていた。

 女神との晩餐だ。

 どんな英雄も王も神官も――これ以上の贅沢を味わえるはずがない!

 

(モモンガ様は天運をお持ちね……人間に関しては、よほどのことがなければ口出しする必要もなさそうだわ)

 

 頭のいいアルベドはもちろん、主と村人のすれ違いに気づいているが。

 良い方に転ぶならば、誤解は放置する方針である。

 

「これが神……」

「やべぇ……器が違う……」

「六大神や八欲王並みということか」

「しかも、村人の会話を信じるならパンツはいてない」

「別の意味で器が違う……!」

 

 実際に村人らの様子は、蒼の薔薇が王国で……いや、他の国でも見たことがない。

 イビルアイの長い人生の中ですら……ない。

 真に生きる喜びに溢れ、活気に満ちた人間が、これほど輝けるのかと思うほどだ。

 女神を見る前は、狂信者の類と見ていたが。

 あの女神に仕え、守られて生きるなら。

 きっと……すべてが輝き、己自身も輝けるだろうと、蒼の薔薇にも確信できた。

 確信できてしまったのだ。

 

「神に比べれば英雄なんて……ほんとうに小さな存在なのね……」

 

 ラキュースの呟きに答える者は、いなかった。

 

 

 

 

「すごい……おいしい……」

 

 持ち寄られた各家庭のスープやシチューを口に運び。

 モモンガはぽろぽろと涙をこぼしていた。

 かなりこぼしてもいるが、もちろん咎める者などいない。

 

「うう……来てすぐに食べたらよかった(ひへふふにはふぇははよはっは)……でもアルベドと離れたくないし(へもあふへほふぉはふぁへはふはひ)……」

「ゆっくり味わって食べてください、モモンガ様。食べながらしゃべらなくても大丈夫ですよ」

 

 泣きながら言葉を紡ぎ続けるモモンガを、アルベドが抱き支え、髪を梳くように撫で続ける。

 食事の準備中に、アルベドは黒いドレス姿になっている。

 モモンガと寄り添う姿は……仲睦まじい双子のようだ。

 

「「モモンガ様……」」

 

 至極一般的な……どちらかといえば粗食である。

 ンフィーレアが魔法で作った香辛料を多めに使っている分だけ、ほんの少し贅沢ではあるが。

 本当に、日常的な食事と変わらない。

 周りの者は無論、目の前に湯気を立てる鉢を置いたまま……女神の様子をじっと見ている。

 

「神様の世界って、ごはんがおいしくないのー?」

 

 クレマンティーヌが空気を読まず尋ねる。

 

「モモンガ様はこの世界に受肉され、今初めて“食事”し、“味”を知られたのです。私やクロマルは先に受肉していましたが……モモンガ様は、これが生まれて初めての食事なのですよ」

(まあ実際は私のいろんな汁が、最初の食事なんだけどねー!)

 

 口に出さず、内心で勝利の雄叫びをあげつつ。

 女神の従者にふさわしい口調で言う。

 モモンガは夢中で味わい、食べている。

 

「これがモモンガ様の初めての食事ッ……!」

「お、お姉ちゃん!」

 

 最初に料理を口に運んでもらう栄誉を得たエンリと、その母が光栄のあまり失神した。

 まだ幼いネムが、父と共に何とか支える。

 

「さあ、皆さんも食べてください。モモンガ様は、皆さんと共に食事するとおっしゃったのです。モモンガ様一人に食べさせてはいけませんよ」

 

 アルベドが落ち着いた様子で言う。

 皆が歓声をあげ、女神との晩餐を味わい始めた。

 その料理はいつもなにげなく食べているもので。

 味は何も変わらなかったが。

 それに女神が感じ入り、涙まで流してくれたのだ。

 いつもと同じはずなど……なかった。

 

 

 

 

「なぁ……正直、俺もうここで定住したいくらいなんだが」

「そうね……私もいろいろ忘れてここにいたいって思うくらい。これは信仰なのか忠誠なのか愛情なのか……いえ、きっと全てを抱いてしまってる」

 

 ガガーランとラキュースはすっかり、その場の空気に呑まれていた。

 いや、モモンガと言う神に惚れこまされたと言ってもいい。

 同じく聡明で慈愛と徳に満ちた(と思っている)ラナーとは何かが根本的に違う、絶対的な安心感。そして相矛盾しながら同居する庇護欲。

 彼女に守られ、彼女に奉仕し、彼女の姿を見て生きていけるなら。

 何もかも捨ててここにいるべきでは……と思わされるのだ。

 モモンガは英雄でも王でもない。

 まさしく神だと、魂で理解させられた。

 

「お、おい、ラキュース!」

「わかってる。私は王国の貴族だし……ラナーの親友だもの」

 

 慌てて口を挟むイビルアイに、ラキュースは己の頬を叩き、気合を入れる。

 

「ただ……ラナーも、飲まれてしまうかもしれないわ。その時は……」

 

 思いつめた顔……すらできない。

 目に移る女神は今も、粗末なスープを本気の涙を流して食べている。

 同じ顔の黒衣の従属神が、そんな彼女をあやすように食べさせる。

 どんな宗教画よりも、どんな空想よりも美しい情景。

 

 貴族のラキュースがここにいれば、彼女にもっと美味しいものを味わわせられるのではと。

 そんな風に考えるだけで……離れたくないと思えてしまうのだ。

 

「あのな、モモンガのヤツはあの動死体(ゾンビ)を……」

 

 イビルアイがラキュースに言おうとした時。

 黙って食事していたティナが反応する。

 明らかにわざと剣呑な気配をまき散らす人物が。

 蒼の薔薇の傍……ラキュースのすぐ背後に立っていた。

 

「あーあー、すーっかりオチちゃってるねー。カジッちゃんにブレイン・アングラウス、続けて蒼の薔薇。モモンガちゃんてばホントーに人たらしー♪」

 

 あの惨禍を起こした主……クレマンティーヌ。

 他の面々も慌てて身構える。

 なお、ティアはチラリと視線を向けただけで。

 動かずじっと、モモンガとアルベドを見つめ続けていた。

 




 引きこもってたモモンガさんの、溜めてたイベント処理が終わらない……!
 さっさと性欲に屈して、引っ込んじゃいましたからね。
 久しぶりに外に出て来るとやること……というか、やってなかったこと多い!

 フリーダムに動ける立場を得たクレマンティーヌは、いろいろ好き勝手します。

 モモンガさんが、初ごはんに感動するのはお約束。
 今までアルベドの体中をしゃぶり尽くしてましたが、普通の食事はまた違うものですからね!(当たり前だ)

 既に下地ができてしまった以上、モモンガさんが何しても、好感度と信仰心を高めるばかりです。


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22:喜べ少年。君の望みはようやく叶う。

 蒼の薔薇とラナー編。
 開き直って長くし始めました。
 しかし、別にカルネ村からどっかに行ったりはしない……!
 お前たちはいつ旅をするんだ……タイトル変えるべきかな……。

 なお、前作同様、話の趣旨からティアはかなり贔屓されて動きます。
 彼女の性癖の都合から仕方ないのです……。
 思えば自作品、ティアとティナの差別化激しいな。



 ラキュースの背後に立つ、クレマンティーヌ。

 貴族らを拷問し、動死体(ゾンビ)に変えた当人。

 そしてイビルアイにはわかるが……高位のアンデッド。

 

「な、なんだ貴様。私たちに何の用だっ!」

 

 精一杯の気勢で言うが、子犬が吠えているようなものだろうなと、イビルアイ自身わかっていた。

 仮面を外し、外見も幼女まるだしのため、なおさらである。

 

「んーーーー。んんーーーー? うーん」

 

 当のクレマンティーヌは、蒼の薔薇の面々をゆっくりと見まわし、唸る。

 

「俺たちの顔になんかついてるってかい」

 

 親しげな軽口で、意図を探るガガーラン。

 

「なーんか思ってた以上に汚れてないねー。あのブレイン・アングラウスはけっこー濁りかけてたしー、蒼の薔薇にも期待してたんだけどなー。つまんなーい」

 

 それに対し、クレマンティーヌは肩をすくめ、あからさまな失望の顔で溜息をついた。

 強さの話ではない、とわかる。

 汚れていないなら、けっこうなことじゃないのか?

 

「どういうこと?」

 

 ラキュースは、素直に問い返した。

 

「んー……世間の評判とか、知ってる? そっちの盗賊ちゃんたちが遮断したりしてる?」

 

 ゆらゆらと不安を誘うように身を揺らしつつ。

 ティア……は無関心な様子なので、ティナに顔を向ける。

 ティナは、黙って小さく首を左右に振った。

 

「はー。そうなんだ。わかっててコレかー……んー。私はお前ら、すっげぇ気に入らねーけど、モモンガちゃんは仲良くしてくれると思うよー」

 

 一瞬、凶悪な笑みを浮かべ、殺気すらにじませ。

 ゆらめくその体から、突如ふわりと、首が取れた。

 肩の上から離れ、宙を舞い。

 長い舌でれろりと、ラキュースの鼻先を舐める。

 

「きゃっ!?」

 

 相当の修羅場をくぐったつもりの彼女も仰天し、小さな悲鳴をあげてしまう。

 

「あっはは! びっくりした? この間、後ろから切りかかって来た奴に、首斬られるふりして、コレやったらもー、すごい反応でさー♪ この体も悪くないねー、って思ったよー」

首無し騎士(デュラハン)か……」

 

 イビルアイが、忌々しげに言った。

 数こそ少ないが、強力な個体も存在しうるアンデッドだ。

 クレマンティーヌの肩の上には負属性の黒い炎が揺らめき。

 浮遊する首の付け根も、同様の炎が噴き出す。

 不用意に触れれば、負のエネルギーでダメージを受けるだろう。

 

「モモンガちゃんは首無しの剣聖(デュラハン・フェンサー)って言ってたけどねー。まあ騎士っていうには、おねーさん軽戦士タイプだからー」

「で、さっきのはどういう意味だ。吸血鬼の私を指して汚れていないだと?」

 

 舌打ちしつつ、イビルアイが詰問するように言う。

 

「そーんなたいした意味じゃないよー? モモンガちゃんの使徒じゃなく、元漆黒聖典として言うんだけどさー。蒼の薔薇……いや、王国のアダマンタイト級冒険者って、どー思われてるか、わかってるー?」

「当然、冒険者の最高峰だろう」

 

 イビルアイが、ない胸を張って言うが。

 他の面々は沈痛な顔になっていた。

 

「……王国に囲われた、半ば国の私兵だってんだろ?」

 

 ガガーランが吐き捨てるように言った。

 えっ、とわかっていなかったイビルアイが目を丸くする。

 

「そーそー。王国のアダマンタイト級と言えば蒼の薔薇、朱の雫。きょーつー点は、貴族のアインドラ家だよねー? そんで蒼の薔薇は、よく王宮に出入りしててー、組合を通さない仕事をしてる……だっけ?」

「……そうね」

 

 少なくとも間違った情報はない。

 ラキュースは、眉を寄せたまま頷いた。

 

「つまりー、貴族がコネでアダマンタイト級になったとかー。王国に都合のいい裏仕事をしてるとかー、周りは思っちゃうんだよねー。すくなくとも、法国の六色聖典はそー考えてたよ? 竜王国みたいな事情なら、冒険者に協力頼んでも仕方ないけど……王国は現状、そうじゃないもんねー?」

「…………」

 

 実際、王国内の冒険者組合や、オリハルコン級冒険者、ミスリル級冒険者も……そう考えている風潮はあった。

 陰口も聞いたし、己の私兵と勘違いして妙な命令をしてくる王族や貴族もいる。

 実力と実績で、そんな評判を払いのけて来たつもりだが。

 全てを払拭できたわけではない。

 国外から見れば……仕方ないだろう。

 蒼の薔薇から、険悪な視線がクレマンティーヌに向けられる。

 

「あー。勘違いしないでねー。別にだから悪いとかー、蒼の薔薇は弱いとかー、そーんな話してないよー。私だってアンデッドになる前だと一対一なら勝てても、二人相手したら確実に負けちゃう程度の腕だったからねー……たださぁ」

 

 ふわりと。

 首が再び、肩の上に戻る。

 

「そーんな風評受けてた連中は、もっと荒んで、濁った目してると思ってたんだよねー。ほんとざーんねん。そっちの盗賊ちゃんたちは、けっこう汚い方も知ってそーだけど……足洗ってる感じだしさー」

 

 濁りきった目で、もう一度面々を見定める。

 無様に捕まっても、あの女神を見ても、こんな挑発をされても。

 なお、正道を歩む在り方が、クレマンティーヌには不快なのだ。

 

「……で、なんだ。私たちに喧嘩を売りに来たのか?」

「アンデッドになる前ならそーかもねー。でも今はちょっと違ってねー。私がしてるよーな、汚い仕事の片棒かついでくれるか見に来たんだー」

「ふん、じゃあお眼鏡にかなわなくて残念だったな!」

「ホントだよー。だから、全員とは言わないんだけど、盗賊ちゃん二人……いや、片方でもいいから貸してくれないかなー? 危ないコトはさせないって、モモンガちゃんに誓うよー?」

 

 へらへらと笑い、ゆらゆらと揺れながら。

 クレマンティーヌは、ティアとティナを見た。

 

「そっちの子とか、モモンガちゃん間近で見たくないー?」

 

 モモンガをじっと見ているティアに言う。

 いけない、と思ったティナが割り込もうとするが。

 

「見たい。触ったり舐めたりもしたい」

「あ、はい」

 

 即答に、クレマンティーヌが初めてたじろいだ。

 

「「おま、バカ!」」

 

 一斉にティアに怒鳴る蒼の薔薇であったが。

 

「そう。できればモモンガのおま○○を――」

 

 ティアは発情し、濁った目で息を荒くして言いかけ。

 他の面々に取り押さえられ、口を塞がれていた。

 

「……お前ら別の意味で濁ってるのな」 

 

 そう呟いて、距離を取るように後ずさりつつ。

 じゃあ後でよろしくー、と手を振って去るクレマンティーヌ。

 

「私より遥か高位のアンデッドにドン引きされてたぞ」

「王国に囲われてる扱いの方がマシだったな」

「そうね……変な噂にならないかしら……」

「いくら理想の相手だからって暴走しすぎ」

「だが反省しない」

「「しろ!!」」

 

 蒼の薔薇には緊張感のない……ある意味、いつもの空気が戻っていた。

 なお、別にティアが狙った効果ではない。

 

 

 

 

「はぁ……おいしかったー。まだ食べたいけど、おなかいっぱいだー」

 

 子供みたいな表情と口調で、モモンガはアルベドにもたれかかっている。

 

「あまり食べ過ぎては、太ってしまいますよ」

「うー、だっておいしかったんだよぉ」

 

 すりすりと甘えるモモンガに、アルベドが仕方ないなぁと微笑む。

 だらしなく、威厳に欠けるとも見えるが。

 美しい女神を抱き留める、もう一柱の黒衣の女神ゆえ。

 それは尊い、まさに一幅の絵画の如きもの。

 

「はぁ……これからは食事にはきちんと出て来た方がいいな」

「私も、モモンガ様に手料理など振舞わせていただきたいですね」

「そうだな。アルベドは確か、家事全般も得意だったか」

「しばらくは、いろいろ学習すべきですけれど」

 

 アルベドが、主の食べ残しを時折つまみつつ。

 モモンガの髪や肩、腹を撫でる。

 本当はもっと際どい愛撫をしたかったが、できるアルベドは人目を意識していた。

 事実、村人らは、神々しい二柱の姿を飽きもせず見つめていた。

 

 女神モモンガは、それぞれの家の料理を少しずつ食べた。

 それぞれを褒め、それぞれに涙すら流して感動していた。

 今はいつもと違うゆるみきった顔で、己の腹を撫でている。

 村人たちと糧を共にし、女神が満足してくれたのだ。

 

(モモンガ様が、うちのシチューを褒めてくださった……)

(白パンを焼いといてよかった……うう、残ったシチューを付けて食べてらした)

(うちの畑の……私が皮をむいた芋を……)

(私が摘んで来た果物を、あんなおいしそうに……)

 

 村人の信仰心はさらに上昇。

 美女という外見にやっかみを感じてもいた主婦層も、無垢な子供のような彼女にむしろ庇護欲を刺激されていた。

 子供や孫に向けるような感情。

 ただ女神に守られる身ではなく、女神を喜ばせられるのだという誇り。

 己の日常の在り方への、この上ない肯定。

 なにげない料理、なにげない農作物、なにげない薬草や果実。

 それらすべてに、女神は涙を流し、歓喜し、称賛してくれたのだ。

 遥か高みにある御方が褒め、認めてくれた。

 

 これ以上の労働対価があるだろうか。

 

 もっと喜んでもらうため精進しなければと。

 何の戦闘力もないカルネ村の人々は、深く信仰を捧げた。

 

(ああ、お使いになられた椀を舐め回したい……)

(スプーンとフォークしゃぶりたい……)

(スープの椀や薬草茶のカップに直接、唇をつけてらしたな)

(かぶりついた串焼の串を足元に落としていたぞ!)

 

 一方、悪い意味の信仰心も、村の男衆の中では高まっていた。

 

(あのアルベドって女神、モモンガの使ったスプーンを口の中で舐めまわしてる)

 

 さらに、ティアはその鋭い観察力を無駄に使っていた。

 クレマンティーヌの話がなければ、彼女はその盗賊能力をフルに使って女神の使った食器その他を回収していただろう。

 

 

 

 

「モモンガちゃーん、食後にごめんねー。ちょっといいかにゃー?」

 

 ゆったりとくつろぐモモンガの元へ、唐突にクレマンティーヌが近づく。

 

「ん。なんだ? 追加の報告か?」

 

 アルベドの体に頬ずりしつつ、ぼんやりと答えるモモンガ。

 

「王女様呼ぶ前にちょーっと軽い仕事に入っときたくてー。私みたいのが王女様が来るときにいてもねー」

「なんだ、もう戻るのか」

「例のゾンビが王都に行くと、いろいろ警戒とか面倒になるでしょー? その前に派手に王都の中でもやっといた方がいいかなーって」

 

 肩をすくめて言う。

 

「ああ……あれは従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)だったか。30レベル後半だから……確かに、かなりの混乱になるだろうな」

「まだ合流して増えるしねー。王都が混乱に入る前に仕事した方がいいでしょー?」

「なるほど。仕事が終わったら、お前には相応の褒美を与えねばならんな」

「んふふふー。期待しとくねー♪」

 

 クレマンティーヌの濁った目に、子猫のような煌めきが一瞬浮かぶ。

 

「それで、既にアテはあるのか?」

「いやー、ニニャちゃんのトコの例の貴族を締め上げた時に聞いたんだけどねー。お姉さんは八本指って犯罪組織に売られて、王都に運ばれてるっぽいんだよー。たぶん、裏娼館とかにいるんじゃないかなー?」

「ほ、本当ですか!」

 

 食後のモモンガをぼんやりと眺めていたニニャが、慌てて立ち上がり――叫ぶように、祈るように言う。

 モモンガは黙って、クレマンティーヌに先を促した。

 

「いや保証はないけどさー。器量よしだったんでしょ? 体が弱かったら死んじゃってるかもだけどー……そうじゃなかったら、連中も簡単には使いつぶさないよー。場末に回されちゃうのは、最初から問題多い子ばっかみたいだしねー」

「場末……か。まだ底があるわけか」

 

 痛ましげに、モモンガが言う。

 

「まー、すぐ死んじゃうからそっちの方がラクかもだけどねー。ていうか、ニニャちゃんさー。お姉さんがまだ生きてたら……地獄も生ぬるい状態だよ? それでも助ける? ラクにしてあげた方がいいんじゃなーい?」

 

 ニニャに近づいたクレマンティーヌが、その貌を覗き込み、どろりとした視線を向ける。

 

「っ……それでも、助けたい、です」

 

 振り絞るように言った言葉に。

 モモンガは微笑む。

 そんな我儘は、モモンガ自身にもよくわかった。

 それぞれの都合で離れたギルドメンバーへの想いと同じだ。

 そしてまた、もう一人の人物にとっても、ニニャの想いは共感できるものだった。

 

「クレマンティーヌよ。儂からも頼む。己のエゴと承知でも……道を外れても、会いたい家族はおるものだ」

「か、カジットさん……」

 

 思わぬ援護に、ニニャが感じ入った。

 ニニャも、カジットの目的を聞いて感じるものはあった。

 何よりこの数日、二人は同じ魔力系魔法詠唱者として、それなりに行動を共にした仲でもある。

 両者の外見格差は激しいが、それでも確かな共感と信頼が二人にはあった。

 

「ふふ、良き食事の後に……いいものを見れた。今宵は本当に良き夜だ……だが、裏娼館とやらの場所はわかっているのか?」

 

 ふと疑問に思い、首をかしげる。

 クレマンティーヌはまだ王都に至っていなかったはず。

 さすがに早朝までに探すのは、モモンガとしても面倒である。

 あと、ろくな場所ではないだろうから、モモンガはあまり探りたくない。

 汚い仕事は押し付ける気満々だ。

 

「そう! それなんだけど、ちょーど王都に詳しい子らがいるでしょー?」

「王都の裏娼館、大きいのが一軒だけある」

 

 モモンガのすぐそばに現れた蒼の薔薇の盗賊――ティアが言った。

 

「ほう。手伝ってくれるか」

 

 猫を撫でるように、ティアの頭を撫でまわすモモンガ。

 

「ほわひゃはああああ」

 

 腑抜けた顔でびくんびくんと全身を震わせるティアは、なんとか頷いて返す。

 うれしょんもしていたが、イジャニーヤの衣装は長期潜伏に備えて吸水性抜群であった。

 

「……さすがに心配。私も行く。鬼ボスはこっちに残す。王都にいるところを見られると厄介」

 

 ティナが呆れた様子で続く。

 

「んふふふー。じゃあニニャちゃんとカジッちゃん、それと蒼の薔薇の双子ちゃんもいっしょに行こっかー♪」

「はい、姉さんを見つけて……姉さんに酷いことした連中に……」

 

 ドス黒い復讐心に染まるニニャを、クレマンティーヌが傍らに抱き寄せる。

 カジットが心配そうに、ニニャへと付き添い。

 アヘ顔を晒しているティアを、ティナが引きずって行った。

 漆黒の剣や、イビルアイ、ブレインらも同行を申し出たが……クレマンティーヌが隠密行動を理由に断った。

 この襲撃からほどなく、ラナー王女も呼ばれるのだ。

 それなりの面々を、この場に残す必要はある。

 あるいは、あの王都近隣の惨状を映したように――その仕事ぶりを、王女に映して見せるかもしれない。己のそれを見て、王女様がどんな反応を見せるかと。クレマンティーヌは嗜虐的な笑みを深めた。

 

「よし。ニグン、王都ならお前もわかるか? 〈転移門(ゲート)〉を開いてやれ」

「ははっ、クレマンティーヌ。モモンガ様の名に恥じぬ働きをするのだぞ」

「アンデッドになっても硬いねー、ニグンちゃん」

 

 クレマンティーヌが肩をすくめる。

 六大貴族を始めとした、権勢ある貴族の大半は領地ではなく王都にいる。

 各貴族の代理として出向いている血縁者も多い。

 そして、八本指……少なくとも奴隷部門は見逃せまい。

 始末すべき相手の数は多く、また時間をかけすぎれば逃す獲物も出て来るだろう。

 人手が必要だ。

 ここでカジットと、蒼の薔薇の盗賊を使えるのは大きい。

 娼館にある名簿を手に入れるだけで、狩るべき獲物を相当数確定できる。

 王族の名前でも出て来れば……一気に楽しくなるだろう。

 

「そんじゃ、しゅっぱーつ♪」

 

 陽気な声と共に。

 クレマンティーヌは、ニグンが開いた〈転移門(ゲート)〉をくぐった。

 ニニャ、カジット、ティア、ティナを伴って。

 




 ニニャの性別を知ってるのは、漆黒の剣とアルベドとニグン、クレマン、そしてティア&ティナだけです。
 ほとんどみんな、ニニャを少年だと思ってます。
 なので今話タイトルの少年は、ニニャを指してます。
 カジットさんは邪心なく、自分の子供みたいに心配してくれてます。
 前作でもそうでしたが、カジットさんは掛け違えた感強いキャラで、ちょっと視点をずらすとすごいいい人になると思うんですよね。自分の目的以外どうでもいいから悪事もするけど、クレマンさんみたいな嗜虐趣味はないし。

 モモンガさん、食後にごろごろしてる間の話。
 食べてごろごろしてるだけで、信者の信仰心を高められる神!
 今回、本人は魔法すら使ってませんね……。
 アルベドにあやされながら、ニニャとカジットのやりとり見て、いい話だなーって思った程度。

 クレマンさんは、趣味と実益とモモンガさんの指令に基づいて考えてます。
 連れて行ったメンバーの選択基準は「あっさり殺さないことを選べるメンバー」です。
 地方貴族をあんだけ拷問しといて、もっと首謀者格の連中に手ぬるくあたるわけにはいきませんからね!
 ブレインとかイビルアイだとサクサク殺して終わりそう……という判断。
 漆黒の剣は、いい人すぎてめんどくさいことになりそう……という判断。
 この後にラナーが来る話がなければ、極悪非道の暗黒神官(と思われてる)エンリ様が誘われてました。拷問とか好きそう()だからね! 親切でね!

 このあと、食後休憩を終えると、ラナーが来ます(連れて来られます)。
 本編で語られる時はありませんが、王女が来る前に食事のおかたづけをするので、モモンガさんの使った食器類をめぐって村の男衆が醜い争いをします。


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23:ペロッ……これは

 昨日はぜんぜん違うオバロ二次を、勢いで投下しました。
 「それぞれの事情」とゆー作品です。
 モモンガさんはやっぱり女の子になります。
 よろしかったら一読ください。



 

 食後。

 女神は長椅子に寝そべり、アルベドに膝枕され。

 質素かつ豪勢な晩餐も、かたづけられる。

 二柱の女神の左右を使徒ニグンと神官エンリ。

 背後に神獣クロマル。

 また、ブレイン、漆黒の剣、蒼の薔薇、ンフィーレアといった面々を傍に置き、作業を終えた村人らも全て戻りつつあった。

 

「良き夕食だったな。私の(この世界に来て)初めての食事にふさわしいものだった。皆ありがとう」

 

 膝枕から身を起こし、モモンガが村人らに礼を言う。

 それだけで、村人が感激の涙を流さずいられない。

 

「はぁ……このまま眠ってしまってもいい気がするが。王女には会っておかねばな」

「モモンガ様が心砕かれずとも、と思いますが」

 

 起き上がってもなお、もぞもぞと身をすりつけながら、けだるげに呟くモモンガを。

 アルベドは飽きず撫で、さすり続けながら答える。

 

「そうも行くまい。蒼の薔薇は、私のために人手を貸してくれたのだ。私もまた、彼女らの働きに応えねばならん」

 

 アルベドの髪を指に巻き付け、弄りながら言う。

 

「ん……よし、会うとするか。あちらも食事は終えただろう――〈次元の目(プレイナー・アイ)〉」

 

 身を起こし、既に場所はわかっているのだ。

 再び占術系呪文で状況を見る。

 モモンガの目が、王城の中へと入り込み――暗い部屋の中、一人鏡に向かう彼女を見つける。

 彼女は何かを呟きながら、表情を変え。作り。変え。

 

「ん? ふむ――ああ、そうか。王女殿もたいへんだな」

 

 一人王女の姿を見て、モモンガは頷き、アルベドの髪を撫でた。

 

「アルベドよ。彼女との対話は、途中からお前が行え。私は……お前の膝で休ませてもらおう」

「くふーっ、喜んで!」

 

 歪んだ笑みを浮かべるアルベドを、モモンガがやさしく撫で、額にくちづける。

 アルベドとしては久しぶりの直々の命令である。

 奮起せずにいられない。

 

「さて……とりあえず王女のエスコート役を呼ぶか……〈第六位階死者召喚(サモン・アンデッド・6th)〉」

 

 ゆらりと、その場に艶めかしくも無表情な女性が現れる。

 耳はエルフのように尖り、眼球は黒く、瞳は紅く輝いていた。

 

吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)!? 呪文で呼び出せるのか!」

 

 イビルアイが驚愕する。

 確かにアンデッドだが、吸血鬼系を呪文で呼び出すなど聞いたことがない。

 実際にはスキルや能力にもよるのだが……そこまで説明はしない。

 

「天使や精霊では、目立つ。醜悪な怪物や、見知らぬ男が現れては、彼女も気分がよくないだろう。隠れて連れ出すなら、彼女が適任と思ってな」

 

 モモンガが召喚した吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の髪を撫でる。

 美しい吸血鬼が目を細め、悦びを見せた。

 アルベドは小さく唇を尖らせる。

 

「〈転移門(ゲート)〉――行け。その先にいる娘を、丁重に連れて来い」

 

 頷き、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が〈転移門(ゲート)〉に入った。

 

 

 

 

 ほんの数瞬で、リ・エスティーゼ王国第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは連れ出され、見知らぬ土地にいた。

 微笑む吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に抱き寄せられ、抵抗も無意味と悟り……覚悟して、奇妙な黒い穴をくぐったのだ。

 ラナーは目を見開き、息を飲む。

 そして、素早く周囲を見回した。

 心配そうに見るラキュースたち。

 仮面をしていないが……おそらくイビルアイ。

 そんなものは些事だ。

 それよりも……。

 漆黒の城塞。

 双子の女神。

 神話級魔獣。

 法衣の死者。

 女暗黒神官。

 瞬時に観察し、判断し――跪いた。

 

「――ここはカルネ村、ですか。失礼ながら、そちらの白いドレスの御方が女神モモンガ様……でよろしいでしょうか?」

 

 土に顔を擦り付ける。顔の汚れなど気にしてはいられない。

 

「そうだ。私がモモンガ……此の地に降りたる神。よくぞ来た、ラナーよ」

 

 敢えて威圧はせず、アルベドに身をすり寄せたまま応じる。

 

「私如き小娘に何を求め、お呼びなされたのでしょう」

 

 まだ顔は上げない。

 彼の女神も、その配下も……蒼の薔薇は無論、王国全軍も容易に滅ぼしうる存在だろう。

 

「ああ、それについてだが……そうだな。これからの対話は王国の密事に関わる。ラキュース殿ら蒼の薔薇は立ち合いこそすれど、内容は聞こえぬようさせてもらうとしよう」

 

 ラナーではなく、ラキュースらの方を見て言う。

 問いかけではない。

 宣言だ。

 圧倒的な実力差を、いやというほど見せつけられたのだ。

 ラナーも、蒼の薔薇も、ただ頷くほかない。

 

「では――」

 

 ラキュースらに、その続きは聞こえなかった。

 無詠唱化か、アイテムか……いずれにせよ、音が遮断されたのだ。

 しかも、うっすらとした霧が渦巻き、中の詳細を隠す。

 これでは読唇術も意味を為すまい――実際、蒼の薔薇で読唇術が使えるのはティアとティナ。ラキュース達では、会話の詳細など伺い知れない。

 ただ、ラナーが暴れる様子があれば……飛び込まねばならないと覚悟した。

 

 

 

 

「ラナー殿、顔を上げるがいい。椅子も用意した、しっかり話し合おうではないか」

 

 ラナーが顔を上げれば、今しがたまでなかった高級な椅子がある。

 モモンガが〈道具作成(クリエイト・アイテム)〉で作った、特に効果もない椅子だが。

 そんな魔法自体、ラナーにはほぼ未知の領域だ。

 座れば目の前には、美しき双子の女神――モモンガとアルベド。

 

「私如きにこのような機会をくださったこと、感謝を申し上げます。偉大なる女神モモンガ様」

 

 恐縮した様子で、いかにも無垢な魅力に溢れた姫君といった様子で言う。

 

「こちらこそ二対一ですまないな。だがアルベドは私の半身。離れるわけにはいかないのだ」

「なるほど。アルベド様、ですね。戦士長からはモモンガ様の名しか聞いておらず……まことに失礼をいたしました」

 

 ぴったりと密着したままの二柱に、ラナーはあどけなくも見える様子で詫びる。

 そんな彼女を、モモンガは冷たい目で見ていた。

 

「……王都では仮面が流行っているのかな?」

「仮面、ですか?」

「愛らしい少女の仮面を外させたばかりだからな」

「ああ、イビルアイですか。彼女は魔法詠唱者(マジックキャスター)ですからね。特殊な装備なのでしょう。彼女の素顔は、私も初めて見ました♪ あんな愛らしい顔をしてらしたのですね」

 

 にこやかに笑うラナーは、無害な少女にしか見えない。

 

「ほう。ラナーはどんな魔法系統を使うのだ?」

「私が……?」

「仮面は特殊な装備なのだろう?」

「……女神様は全てお見通しなのですか?」

 

 ラナーの表情と声が“ずれた”。

 

「いいや。見通してこんな質問をしては、趣味が悪かろう」

「…………覗いてらしたのですか?」

「ふふ、ラキュースの言った通り賢いな、ラナー」

 

 どこまでもやわらかく、アルベドに頬ずりしながら、モモンガは答える。

 

「その上で私を呼ばれたと――何をお求めなのですか?」

「ラナー次第だろう。とりあえず、聞きたいが……お前は、私たちの利用方法を考えている。崇めるつもりなどない。間違っているか?」

「……隠す意味もありませんね。その通りです」

「ならば私もまた、お前を利用してかまわんな?」

「取引、とも言えませんね。利用で済ませてくださるなら、何なりと」

 

 観念したようにラナーが肩をすくめる。

 

「では、もう一つ質問だ。ラナー、お前は退屈なのか? 何かに夢中か?」

「……夢中なものがあります」

「そうか。ではアルベドよ、後は任せる」

 

 モモンガは、アルベドにもたれ、身を寄せ滑らせるようにして……長椅子に横たわってしまった。

 猫のように、アルベドの膝に顔を乗せ。

 彼女の黒い翼や髪をいじり始める。

 もう、ラナーを見てもいない。

 そんなモモンガを、アルベドも心底愛おしそうに撫でる。

 

「では、続きは私が。頭はいいのでしょう? 仲良くしましょう、ラナー」

「……はい」

 

 己の内を見透かすようなアルベドの目に。

 底知れぬモモンガとは別の……己と同等かそれ以上の知性を、ラナーは感じた。

 

 

 

 

「――意義ある話し合いだったな。おかげでアルベドも久しぶりに楽しそうにしていた」

「いえ、こちらこそ。私もクライムと、お二方のように仲睦まじくなりたいものです」

「あまり搦め手にこだわらず、時には直球でもいいと思うのだけれど」

 

 おおよその予定が定まり、時間はすっかり真夜中。

 三人は、和やかに会話する。

 とはいえ、アルベドとラナーは今も腹を探り合う状態だ。 

 

「そういえば、ラナーの睡眠時間を奪ってしまったな。戻って眠るか?」

「……いえ。お二人と話せる時間はそれ以上の価値がございます。お邪魔でなくば、可能な限りは」

 

 ふと思いついたように言うモモンガに、少し緊張を込めてラナーが答える。

 ラナーとしては、アルベドよりモモンガの真意がわからない。

 二人の間の愛情、欲情、上下関係は見えるが。

 何を考え、求めているか、よくわからないのだ。

 

「そう構えずとも、何もしないぞ」

 

 鷹揚に笑うモモンガは、相変わらずラナーをろくに見ない。

 アルベドを見つめ、陶然と触れるばかり。

 会話中も、二人が互いを見る目には、ラナーがクライムに向けると同じ執着や依存や狂気の混じった愛情があった。

 

「モモンガ様、ラナーを帰す前にクレマンティーヌにも連絡を取られては?」

「ん? ああそうだったな。お前の膝が心地よくてすっかり忘れていた」

「くふーっ、それほどでも!」

 

 いや、ラナーよりアレかもしれない。

 

(クレマンティーヌ……貴族を殺戮してアンデッドに変え、王都に進軍させている存在、ね)

 

 ラナーが対話から得た情報はその程度。

 直接の映像も見ていない。

 後で、帰してもらう前にラキュースと情報交換する必要がある。

 

「〈伝言(メッセージ)〉――私だが、状況はどうだ? ああ、第一王子を名乗る男がいた? ん? ああ……そうか。無論、王族だろうと平民だろうと区別する必要はない。今回は人数も多いのだろう? 門で騒ぎが起きるまで、しっかり思い知らせろ。乱入者の対応もお前に任せる。罰するべき者には罰を。苦しんできた者には救いを、だ」

 

 モモンガが、耳に手を添えて合間を置きつつ、見えない誰かと会話するように言う。

 助けてやる気などないが……女神はラナーの意向を、問いもしない。

 

「あなたの兄かしら?」

「たぶんそうですね。八本指――犯罪組織との関係は知っておりました」

 

 アルベドとラナーがそんな話をする間にも、通話が終わる。

 

「バルブロというのはラナーの兄か?」

「はい。恥ずかしながら」

「……特に大事でもなさそうだな。ならばかまわんか」

「はい。如何様(いかよう)にでも」

 

 どうせ、既に取り返しのつく状況でもなかろうに――とは口にしない。

 

「そういえば第一王子は先の話にも出てこなかったな」

「愚物ですので」

「ただ愚かなだけなら、私も気にかけなかったが。愚物かつ外道ならば仕方ない。ああ、己を知り賢く生きるならば、外道でも気にしないぞ」

「……ありがとうございます」

 

 思いっきり失礼なことを言われているのだが、実力差と状況が反撃を許さない。

 それに……事実でも、ある。

 ラナーにはしっかり、身に覚えがあるのだ。

 

「明日は王都も王宮も忙しくなるだろう。当人の愚行ゆえとはいえ……ふふ、ラナーの思惑通りに進みやすそうだな」

「……ありがとうございます」

「では、戻るがいい」

「あのっ!」

「モモンガ様が戻るよう言っているのよ、ラナー。不敬ではないかしら」

「よい。私も意思確認をしなかったからな」

 

 冷たく言ったアルベドを、モモンガが抑える。

 

「あ、あの、すみません。ラキュース達と少しだけ、話をしてきてもよろしいでしょうか? モモンガ様とこうしてお会いできた以上、彼女らと今後を話し合っておきたく……」

「そうだな。彼女らは王都に戻るため、また数日はかかるのだったか。かまわんぞ。遮蔽も解除しよう」 

 

 霧が消え、外部の音が戻る。

 

「ラナー!」

 

 その途端、無事を問うようにラキュースが声をかけた。

 ラナーは安堵の息を漏らす。

 少なくとも、ラキュース達に妙なことは吹きこまれていない。

 彼女は今も、ラナーの良き親友(どうぐ)だ。

 

「だいじょうぶ、ラキュース。モモンガ様とはきちんとお話できたから。ただ、直接に説明いただくのも手間でしょう? ラキュースの見たことも、教えて?」

 

 いつもの表情、いつもの声で。

 ラナーは席を立ち……ラキュースの方へ駆け寄った。

 女神とこれ以上対峙するのはつらい。

 愛らしい親友(おもちゃ)に慰めてもらいたくもなる。

 

 

 

 

 女神は語らう。

 

「随分と気に入った様子だな、アルベド」

「モモンガ様は気に入らない様子ですね」

「ふふ、私が人間と会話する時……お前が苛立つ理由を理解できた。私も、己が思うより、独占欲が強かったようだ」

「あの娘は会話相手として面白かっただけで……そんなつもり、ありませんよ?」

 

 本来は同じ体の二人だ。

 互いの感情は相互に干渉し合う。

 そんなつもりがないとも、感じ取れる。

 感じ取れるのだが……。

 

「だが、この世界に来て見た中では、間違いなく美少女だからな」

 

 主が、己のために嫉妬し、やきもちを焼いているのだ。

 光栄過ぎて、アルベドは芯から蕩かされてしまう。

 

「……私が愛するのはモモンガ様だけですよ」

「なぁ、アルベド」

「なんですか?」

「…………ごめんなさい」

 

 その言葉と表情だけで。

 アルベドは絶頂してしまった。

 

 嫉妬したこととか。

 やきもちを焼いたこととか。

 かつて他の者と親しく会話したこととか。

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を撫でたこととか。

 さっきの会話中に下半身を悪戯したこととか。

 

 いろんな全てを、主たるモモンガが。

 本来は下僕たるアルベドに。

 謝ってくれているのだ。

 

 下半身が、少しどころでなくまずい状況になったアルベドは、主が〈転移門(ゲート)〉でラナーを送る時も。

 同じく裏娼館から保護した娘らを回収し、ティアとティナが帰還した時も。

 陶然とした顔で、席から立たなかった。

 

 結局、アルベドは主の〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で城塞内に帰るまで座ったままだった。

 

 

 

 

「ペロッ……これは発情雌臭!」

 

 ただ一人、帰還した双子忍者の片方が、素早く女神転移後の長椅子を舐めて真実を知る。

 もっとも、魔法で創られていた長椅子は、その数秒後に消滅したのだが。

 





 賢者モード終了。
 もちろん、転移して城に帰ったら、ヤることは一つです。
 週末ラブホ前十代の空気です。
 本当は保護した子たちの回復をアルベドがしたり、モモンガが手遅れな子をアンデッド化するはずでしたが。
 頼れるニグン&エンリにぶん投げました。
 ンフィーとダインも助けてくれることでしょう。

 ニニャはまだまだ王都でクレマン先輩と、復讐執行中。
 カジットさんもストッパーとして滞在中。
 バルブロ王子は、ニニャの姉を暴力的にアレしてる最中で、がっちりニニャの怨みを買って清算中。クレマン先輩が、一思いで殺したりしないよう、しっかり指導していることでしょう。
 当初はこのあたりも一話割こうかと思ってましたが、先日のクレマンさん話以上にリョナ色強くなるのでスキップ予定です。

 モモンガさんが目撃したのは、原作でもあった一人でヤバイ顔してる時のラナー。
 なので、そのへんでマウント取ってつついてます。
 アルベドとラナーが話してる間、モモンガさんはずっと、アルベドのスカートの中ごそごそしてました。ドレスデザインは同じなので、例の腰骨露出してる、手突っ込みやすいトコからなんかしてます。
 アルベドが他の人と仲良さそうで嫉妬。
 小学生か。
 ラナーはそんないちゃつきを見せつけられつつ、緊張感保って会話してました。
 原作で弟子がカジットさんの名前出した時にバカ決定したモモンガさんなので、既に教えたクレマンさん以外の名前はラナーに教えません。そのままさっさと帰らすつもりでしたが、本人が蒼の薔薇と情報交換するなら、邪魔はせず。モモンガさんなりのテストってことで。


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24:滅日(ほろび)(前編)

 クレマンさん視点をがっつりやると、リョナ展開待ったなし。
 とはいえ、一気に飛ばすと何がどうなったかよくわからないので。
 ダイジェストにて、例の一日をお送ります。
 ぶつ切りごとに、視点も変わります。
 長くなったので前後編!



 その前日。

 王都リ・エスティーゼ城壁門の一つに、街道巡回兵が何度も来た。

 街道に動死体(ゾンビ)の群れが現れ、対処できずいるのだという。

 最初こそ動死体(ゾンビ)くらい何とかしろと、門衛らもぞんざいに言って追い返したが。 

 何度も来る必死さに、異様な気配を感じた。

 ゆえに、王都治安を預かる貴族へと報告に向かう。

 

 だが、王都は長年――いや建国以来、外敵の脅威に晒された前例がない。

 不死者や怪物で滅んだ都市などいくらでもあるというのに。

 危険な異国の話、己らとは関係のない物語りと聞き流し。

 ほんの数百年の前例を――絶対の法則と過信した。

 何の根拠もない無意味な自信。

 愚かしい安全神話。

 今や王都の衛兵や巡回使は腐敗の温床であり、犯罪組織とずぶずぶに癒着しきった集団。彼らは武官でも文官でもないが……己らを以て貴族に準じる官僚なのだと任じている。王都内の随所で賄賂を受け取り、犯罪を助長し、都合よく制定された法を最大限利用する者たちだ。

 当然ながら、彼らを取りまとめる貴族もまた……己の私腹を肥やす以外の能力を持たない。

 面倒な報告は握りつぶす。

 再三来れば、会いもせず追い返す。

 王都は絶対に安全なのだから。

 ありえない報告で、己を煩わせるような部下は無能である。

 当然ながら王城にも報告しない。

 無駄な報告で、王や大貴族を煩わせてはならないのだ。

 

 彼に限らず、この日の王都貴族には、もっと大事な仕事があった。

 次期国王たる第一王子バルブロに、貴族的な、優雅で、愉しく、支配者にふさわしい“遊び”を教授するのだ。

 無能な現国王と違い、バルブロ王子は貴族の誇りをよくわかっている。

 その血の権利と義務を、よく知っていただくのだ。

 王国貴族にとって、これ以上重要なことなどあるまい。

 夜、少なからぬ王都貴族と……王国第一王子が、“特別な遊び場”に向かう。

 己の運命を知らぬまま。

 王都の外に迫る死者を知らぬまま。

 

 

 

 

 その夜。

 王国に深く根を張る犯罪組織、八本指は大忙しだった。

 奴隷売買部門の運営する娼館に、第一王子バルブロがお忍びでやって来るのだ。

 第三王女の飼い犬でもあるアダマンタイト級冒険者――蒼の薔薇も今は王都に不在。

 気に入って常連になってくれれば、傀儡化はなお容易になる。奴隷制度の復活も夢でない。

 この流れに他の部門もこぞって乗る。

 金融部門は少なからぬ資金を提供し。また、借金から身を売った娘らを、前日から裏娼館へと回した。普段は配置されない、陥れられた貴族や商人の娘らも飾られる。

 賭博部門は元より第一王子と十分な縁がある。顔見知りらを裏娼館にさりげなく配置する。他の客や店員に見知った顔がいれば、警戒もすまいという配慮だ。

 警備部門は最大戦力である六腕を配置。王子の私兵のように錯覚させ、王城内に根を張るつもりだ。うまくやれば、戦士長ガゼフのように、表の地位を獲得できるだろう。

 暗殺部門も、多数の人員を警備用に配置した。直接に手を下さずとも、この区画に近づく者を全て調べ、無用な騒ぎを一切起こさせぬよう、最大級の警戒態勢を敷く。

 常ならば水面下で争う八本指が、一枚岩となったと言えたろう。

 

 とはいえ、妙に昔気質(むかしかたぎ)で職人肌な窃盗部門は、関連性の低さもあって距離を取り。

 密輸部門はなぜか、人員を割けないと言い出した。

 さらに、麻薬部門からは一定量の麻薬が融通されていたが……当日になって、来るべき人員を寄こさない。いつもなら、麻薬部門の長ヒルマは自ら顔を見せ。場合によっては王子に抱かれる役すら買って出たろうに。

 

 八本指はその夜、忙しかった。

 密輸部門と麻薬部門を糾弾するのは、明日以後でいい。

 奴隷禁止によって斜陽となった奴隷売買部門は、焦っていた。

 他の部門もそれぞれに焦る理由があった。

 目の前の餌が大事で。

 いつもの慎重さを……忘れていた。

 ひらたく言えば浮かれていたのだ。

 だから、王都の外をよく知る二つの部門が現れぬ理由に思い至らなかった。

 あるいは彼らも、王都の安全を根拠なく信じ込んでいたのか。

 戦闘力自慢の六腕も、平和ボケしていたのか。

 

 密輸部門と麻薬部門は、ただ“耳が早かった”。

 彼らは貴族の連続死、王都に迫る死者の脅威を、正しく知り。

 また、殺戮の実行者が今夜にも王都に来かねないと予見し。

 ろくに対応できぬであろう衛兵。

 王都の市場を捨てられぬ他部門。

 情報共有したがゆえの混乱。

 自身の脱出が遅れる危険性。

 冷静に。

 冷酷に。

 彼らは分析し、判断した。

 両部門で協力し、仲間の八本指にも気づかれぬまま。

 この夜、素早く王都を脱出したのだ。

 しっかりと、死者の迫り来る方角には背を向けて。

 

 

 

 

 バルブロ王子は機嫌がよかった。

 王宮のメイドは貴族の子女である。

 乱暴にすると面倒なのだ。

 義父からもうるさく言われている。

 王国の頂点たる己に、好きにできる玩具がないなど、おかしいではないか。

 だが、今日は好きにできる場所に行く。

 とても機嫌がいい。

 

「そういえば、貴殿からもらい受けたこの我が愛馬は、私に直接仕える特別な存在。言わば神の使徒に等しい!」

 

 馬上で横に並ぶ貴族らにも、機嫌よく話しかける。

 彼が人から受け取った品を覚えているなど、稀有なことだ。

 

「だから、今夜はこいつにも女の味を教えてやろうではないか。もっとも、下等な平民女などに、我が愛馬の相手はもったいないだろうがな!」

 

 とんでもないことを大声で言いながら笑う。

 これがバルブロという人物。

 常識も現実も知らぬまま、己を神の如く勘違いして育ってきた男である。

 

 取り巻きの貴族らも、追従の笑顔がひきつっていた。

 八本指の暗殺部門が周辺警戒を密にしていて、別の意味で助かったというべきか。

 

 やがて彼は、本来は裏娼館手前で止めるべき馬を、直接乗り付け。

 しかも、娼婦に馬の相手をさせろと言い出す。

 厩舎ではなく館内で。

 彼なりの、気の利いた見世物のつもりで。

 

 

 

 

 夜の路地を、三つの影が歩む。

 よく見れば、左右の屋根を素早く駆ける二人の女盗賊もいる。

 彼女らは周囲に散る暗殺部門の兵隊を始末し、また沈黙させていた。

 

「ねー、ニニャちゃん。これから私たち、裏娼館に乗り込むんだけどさー」

「はい……」

 

 強張った顔で頷くニニャを、クレマンティーヌは一瞥する。

 

「お姉ちゃんに、ひっどいことした連中がうじゃうじゃいると思うんだー。実際、してる最中に出会っちゃうかも。いや、お姉ちゃんがもう生きてなかったら……ぜーんぶ、仇かもしれないねー?」

「…………」

 

 言葉はないが。

 殺意と憎悪が膨れ上がるのは手に取るようにわかる。

 

「おい、クレマンティーヌ」

「黙っててねー、カジッちゃん。共感してるみたいだーけーどー、この子とカジッちゃんは大きく違う点があるんだよー? 復讐(これ)については、私が先輩なんだからー。教えるのが義務、でしょー?」

 

 カジットが口を挟むが、クレマンティーヌは耳を貸さない。

 

「あのさー、ニニャちゃん。わりとマジなアドバイスなんだけどさー。熱くなって勢いで行動しちゃダメだよー」

「……復讐しちゃ、ダメって言うんですか?」

 

 ニニャの殺意が、クレマンティーヌに向く。

 己の復讐を妨げる存在と、見ているのだ。

 心地よい、子犬の威嚇のようなものだ。

 ひらひらと手を振り、軽く払うそぶりを見せた。

 

「ちがうちがーう。勢いでやっちゃうとさー。あっさり殺して、死体を延々と刺したり切ったりしちゃうんだー。とっくに死んだ奴を延々とねー」

「…………」

 

 ニニャ自身、容易に想像がつく。

 

「でさー。あとになって、すっごい後悔するんだよー。なんでアイツをあんな、あっさり殺しちゃったんだろーって」

「っ、やめろクレマンティーヌ」

 

 嗜虐趣味のないカジットには聞くに堪えない言葉だ。

 だが、クレマンティーヌは止めない。

 

「そーするとねー? おねーさんみたいに、復讐した後で壊れちゃうかもよー? どうでもいい相手でも、後悔しないよーに痛めつけて殺さないと気がすまない、こんな殺人狂になっちゃうかもー」

「…………そう、ですね」

 

 素直に頷いた。

 

「そうだよー。だからね。落ち着いて冷静に……憎ったらしい奴は念入りに。ニニャちゃんが満足するまで、痛めつけて痛めつけて痛めつけて、しっかり後悔させて……殺そうねぇ?」

「はい! クレマンティーヌさん、ありがとうございます!」

 

 ニニャは元気よく頷き。

 光の消えた、濁った目で礼を言った。

 

「これまで、あんなに念入りにやってきたんだよー? サクッと殺しておしまいじゃ……ここで酷い目に遭ってるカワイソーな人たちに申し訳ないし~……死んじゃった人たちも浮かばれないからね~」

「はい、しっかり思い知らせましょう!」

 

 ニニャは既に暗黒面へ堕ちていた。

 

(アカン)

 

 カジットは一人、頭を抱える。

 自分がいかに常識人で、善人だったか。

 女神のおかげでもあるが……改めて思い知ったのだ。

 

 

 

 

 早朝。

 王都リ・エスティーゼ正門を守る門衛たちは、いまだまどろみから覚めきらぬ中。

 突然の轟音に飛び上がった。

 王都の門は日暮れと共に閉ざされる。

 当然ながら、今はまだ門の開かれる時間ではない。

 外を見張るべく配置された兵もいるが、ろくに見張りなどしていない。王都が攻め込まれることなど“ありえない”のだから。

 暴れ馬車でもぶつかったのかと、門衛たちは不平をこぼしつつ衛兵用の小門に向かう。

 王都を守る大門も長年の平和に形骸化し、今や強度より装飾重視。

 門に大きな傷がつけば、その者は多額の賠償を請求されるだろう。

 裕福な相手なら門衛がおこぼれにありつくのも容易だ。

 この時間帯なら脅して、奪ってもいい。

 外壁上に出てきた兵士が何か叫んでいる。

 思った以上に大ごとなのかと。

 それでも緊張感なく外に出た門衛たちは。

 それを見た。

 

 そこにいたのは貴族たちだ。

 側近や執事や子女も混じっている。

 数は数十といったところ。

 過去に門を通った者、門衛に袖の下を渡した者もいる。

 だが、今日現れた彼らは……死んでいた。

 濁った目、こぼれた眼球、あるいは抉られた眼窩。

 口からはだらしなく舌が伸びて垂れさがり。

 舌を口に戻せぬよう針で貫かれ。

 また顔の皮膚を剥がされたり。

 手足の肉を細かく切り刻まれたり。

 内臓をこぼし引きずっていたり。

 筆舌尽くしがたい拷問を受けた姿で。

 なおも、誇らしげに己の紋章を下げ、掲げて。

 

『この者、外道なり。女神モモンガの名のもとに天罰を下す』

 

 血文字でそう書かれたマントを身に着けて。

 門に押し寄せ。

 みしみしと、門を軋ませていた。

 それは――墓場などに時折現れるものとはまるで違う。

 あまりにも悪意にまみれた姿の、動死体(ゾンビ)ども。

 

 門衛たちが剣を抜き、槍で突き、矢を射かけても。

 動死体(ゾンビ)は意にも介さない。

 王都の門は、枠こそ鉄だが、大半が木材。

 火攻めにすれば門自体が燃え上がる。

 彼ら王都付きの門衛は、官僚に近しい立ち位置。

 平民や暴漢を痛めつけた経験こそあれ、従軍経験などないのだ。

 

 街道では既に騒ぎが起き始めていた。

 動死体(ゾンビ)はまだまだ街道を歩み迫っており。

 王都に来る民が、その姿を目にしている。

 騒ぎは悲鳴や怒号となり、混乱を起こす。

 だが、平民の騒ぎなど門衛の知ったことではない。

 

 装飾重視とはいえ、門は門。

 動死体(ゾンビ)程度が破れるものではないと。

 ひとまず門衛らは王都内に退き、伝令を出す。

 まずは門を閉じたまま、待てばいい。

 怪物相手に戦うのは、己らの仕事ではないのだ。

 巡回兵らが怠慢なせいで――と、彼らがぼやく中。

 

 40レベル近い……難度100を超える従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)らの筋力で。

 門はひたすらに押され、鉄の閂がひん曲がる。

 重厚な蝶番が弾け、外れる。

 門が押し破られたのだ。

 ぼやいていた門衛が数人、門の下敷きとなり圧死した上を。

 従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)らは踏みしめ、進む。

 わずかな時間とはいえ、門で足止められた彼らは合流し始めていた。

 街道から100体近い列を為して。

 生前を蔑む姿の彼らは、王都の大通りを練り歩き始めたのだ。

 




 次回、ガゼフ――別に死なないけど、死んだ方がいいような状態になる!

 王都の社会組織がクソすぎると思われるやもしれませんが。
 貴族があそこまで腐敗して、賄賂横行してるとなると、こういう社会になっちゃうのもやむなしかなって……。
 貴族だけクソで末端は清廉……ってわけないですしね。
 兵士襲撃からの女神降臨で吹っ飛びましたが、実際はカルネ村内でも細かい争いや面倒ごとはあったはずです。

 ツアレは……まあ原作でも言われてた、人間以外と交わる夜が今夜ってことで。
 ある意味、同じ目にあったクレマン先輩と仲良くなれるかもしれませんね。
 ニニャが暗黒面に完堕ちするのはやむなし。
 バルブロ王子が原作ニニャより酷い状態になるのもやむなし。
 このへんの詳細は、ホントにきっつい話なので詳細はたぶん書きません。
 (自分で決めたクセに)

 ティア&ティナは、保護した娼婦らと深夜に帰りました。
 モモンガさんは発情モードだったので、〈転移門(ゲート)〉を閉じたらさっさとアルベドと城塞にしけこんでます。
 保護された娼婦らはヤバイ状況ですが、主に心労かけたくないのでアルベドさんが見せないよう配慮します。

 カジットさんが胃を痛めつつ、ストッパーとして残ります。

 双子に代わりビーコン役としてニグンさんが来ますが、その辺りの詳細はたぶん次回に。
 〈転移門(ゲート)〉でカジットとニニャをカルネ村に帰すため来るんですが、状況によってはクレマンさんと協力して王都の騒動を悪化させるでしょう。


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25:滅日(ほろび)(後編)

 相変わらず、話少な目ですが。
 これで王都カタストロフ編は終わりです。



 王国戦士団の朝は早い。

 貴族どもと顔を合わせぬためにも、早くからロ・レンテ城に出仕し、訓練場に入っておかねばならない。

 平民出の彼らは、王城内での寝泊まりは許されていないのだ。

 彼らは普通に王都内で家を持つか、宿で滞在している。商人の家に下宿している者とている。

 だが、王の剣として日中は王城に在らねばならない。

 貴族や官僚は顔を合わせれば嘲るが、いなければいないで罵るし。役に立たないからと予算を切り詰めてくる。

 

 装備も城内にはない。

 全員が武装しての出仕だ。

 平民出身者に対する、貴族どもの嫌がらせらしいが……こればかりは、戦士団としてはありがたかった。

 戦士団には礼服など買う財貨などない。

 王宮にふさわしい衣装で揃えろなどと言われたなら、汚い仕事に手出しせざるをえなかったろう。

 使い馴れた武器と防具で身を固め、早朝に出仕する戦士団員らは、王都の治安維持にも貢献していた。

 

 そしてこの日も。

 彼らの早朝出仕は、王都の危機を――少し、変えた。

 

 

 

 

 王都の大通りは、早朝にも関わらず悲鳴が溢れていた。

 大通りを進む動死体(ゾンビ)の集団。

 通常のそれよりもおぞましい、痛めつけられた姿。

 元は明らかに、貴族の老若男女。

 子供が混じっていないのは、せめてもの救いだろう。

 

 そんな異常な状況に、戦士長ガゼフ・ストロノーフは素早く対応し。

 戦士団をまとめあげ、動死体(ゾンビ)どもの前に立ちふさがる。

 敵の歩みは遅い。

 駆け足で十分に追い越せるため、十分な防衛線を築く時間があった。

 ただ。

 戦士団も戦士長も、けして博学な人間ではない。

 この動死体(ゾンビ)の異様な頑強さ――そして筋力には気づけなかった。

 もっとも、カルネ村で聞いた女神の名が血文字で書かれた布に。

 村に行った戦士団の面々は、一筋縄ではいくまいと感じていた。

 

 戦士団と、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)

 最初の激突は……戦士団は無論。

 集まりつつあった野次馬――王都の民にも、女神モモンガの名を強烈に刻み付けたのだ。

 

 

 

 

「っ……戦うな! 防壁を築け! 何を使ってもかまわん! 責任は俺がとる!」

 

 ガゼフは叫び、無事な戦士らを下がらせる。

 剣で立ち向かう無意味を悟ったのだ。

 最初の前列にいた戦士らは、動死体(ゾンビ)らの腕の一振りで弾き飛ばされ。

 建物の壁や石畳にぶつかっていた。

 動死体(ゾンビ)は、たいしたダメージを受けていない。

 ガゼフ自身も、複数の腕で突き飛ばされ、何とか着地できた状態。

 攻撃ではない。

 ただ、“邪魔だから”振り払われた。

 

(この動死体(ゾンビ)は戦うつもりなどなく……ただ王城に向かっているのか?)

 

 呻き声をあげながら前へ、前へと進んでくる。

 歩みは遅い。

 だが確実だ。

 素早い部下が張ったロープに、先頭がつまづく。

 後ろの動死体(ゾンビ)が、つんのめった先頭の動死体(ゾンビ)の肩を掴み……無理矢理に立たせた。

 同じような行動が何度も、集団のあちこちで行われている。

 だが、進む足は止まらず。

 前へ前へと、進み続けている。

 

「前方は妨害に専念しろ! さっき傷を負った者も合流だ! 動けるものは……左右からこいつらを挟む! 進行の邪魔をせず、横から殴りつけて“壊せ”!!」

 

 短時間で最適解にたどりつけたのは、ガゼフが騎士ではなく戦士だったからだろう。

 傭兵や冒険者の戦い方である。

 

 一部のモンスターには“戦う”意味がない。

 だが“退ける”“散らす”“壊す”意味はあるかもしれない。

 そんな時は、正面から戦わず……横から撃ち倒すべきなのだ。 

 相手は知性ある敵ではない。

 牛の群れ……いや、暴走した馬車の如きもの。

 前方は障害物設置に専念し、左右からひたすら槌を振り下ろすが如く剣を振るい死者を解体する。

 消耗を避けて武技は使わない。 

 

(くそ……これでは素振りも同然……ぐ!)

 

 時折振り払う腕をかわしながら、ひたすら剣を打ち込む。

 頑強なアンデッドの肉体は容易には崩れない。

 攻撃してこないため、ダメージこそ受けないが……腕は悲鳴をあげる。

 

(鍛え続けたはずが……武技に頼っていたか!)

 

 己も、部下も、腕が重くなる。

 素振りと違い、頑強なアンデッドの肉体をひたすら剣で撃つのだ。

 中には剣が曲がり折れる者すらいる。

 しかも時折、勘違いした貴族(生者)が戦士団を嘲笑いながら突っ込んで来て……動死体(ゾンビ)に吹き飛ばされる。

 これもまた邪魔で、戦士団の戦意を萎えさせた。

 腕が震え、意気は消沈し、何の意義も見いだせない。

 剣を振るい。

 剣を振るい。

 戦う意味がどこにあるのか。

 いや。

 

(これは戦でも何でもない)

 

 戦闘ではないのだ。

 ただの作業である。

 巨大な丸太を、剣でおがくずに変えるが如き作業。

 まさにRPG的な作業プレイである。

 次第にガゼフも戦士たちも、振るう剣は無心となり。

 人体を切りつけている感覚も、相手が貴族の骸と言う意識もなくなり。

 ただ、作業として。

 最低限の力で。

 最適の効率で。

 

(斬る)

 

 この動死体(ゾンビ)討伐は、日が高く昇り、傾き沈む頃まで続いた。

 最初は幾人もの戦士が一体をようやく倒していたのが。

 次第に彼らは人体の弱点を自然と見抜き。

 関節の間を切り落とすようになる。

 肉の斬るべき線が見え。

 脱力した振り下ろしが……強靭なアンデッドの肉体を両断する。

 法国の秘中の秘でもある“ぱわーれべりんぐ”により、ガゼフと戦士団のレベルは大きく上昇し。

 いくつもの武技を開眼し。

 また剣の極意を会得しつつあったが。

 今の彼らはただ無心に、動死体(ゾンビ)を切り刻み続ける。

 訪れる動死体(ゾンビ)は100近い。

 全てを斬るまで、戦士団の戦いは終わらないのだ。

 この日、ガゼフ・ストロノーフとその戦士団は、剣の修羅となった。

 40レベル近いアンデッドを100体近く討伐し、経験値を得たのだ。

 集団として彼らほどの領域に至った戦士集団は――この世界にあるまい。

 

 彼らは時間をかけて見事に動死体(ゾンビ)の群れを処理した。

 だが、これがただの陽動とは気づかず。

 高みに至る犠牲として……守るべきものは失われた。

 

 

 

 

「それじゃみんな、いってらっしゃーい♪」

 

 クレマンティーヌは上機嫌で彼らを送り出す。

 第一王子バルブロ。

 奴隷売買部門の長コッコドール。

 巡回使スタッファンなんとか。

 その他、貴族やら犯罪者やら商人やら、いろいろ。

 裏娼館にいた、女神が目障りに思うであろう人間もろもろ。

 クレマンティーヌとニニャが昼近くまで念入りに地獄を見せた連中である。

 

「攻撃してくる奴がいたら、ゆっくりぐーで殴ってあげよーねー。玉座の前までいってらー♪」

 

 ぶんぶんと手を振って呼びかける、クレマンティーヌ。

 今の彼らは等しく従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)

 生前とは比べ物にならぬ力を得た、40レベル近いアンデッド。

 

「無闇に攻撃させすぎるなよ。作戦通り、合図があったら全てアンデッド化を解除することを忘れるな」

「わーかってるよ、もー。法国じゃないんだからさー、同格のクセにあんまり偉そうに言うなら……」

 

 注意するニグンに、クレマンティーヌが殺気を飛ばす。

 

「ふん。モモンガ様の恥となることはするなと言っているのだ」

「へーへー。こんな国がどうなろうと、モモンガ様は気にしないとおもうけどねー」

 

 お互い、元の所属もあって相性はよくない。

 

「まあまあ、あれで貴族がめちゃくちゃになるならいいじゃないですか!」

 

 徹夜明けと悪堕ちで、隈ができた上に瞳のハイライトも消えたニニャが嬉しそうに言う。

 

「いやー、範囲攻撃とアンデッド化攻撃ってすっごいねー♪ あれだけで王国滅んじゃうんじゃない?」

 

 ぷぷーと笑いを我慢しきれず噴き出すクレマンティーヌ。

 

「さすが先輩すごいです! 滅ぼしちゃいましょうよ!」 

 

 そう囃し立てるニニャに、朴訥で素直で真面目な魔法詠唱者(マジックキャスター)の面影はない。

 

「少し眠るか、早くカルネ村に送ってもらう方がよいぞ、ニニャ」

 

 カジットが心配げに言うが。

 

「で、次はあの六人ですか? 一体はアンデッドでしたが、どうやって痛めつけましょう?」

 

 ふらつきながらも、ニニャは気づかず、血生臭い会話を続ける。

 

「そのへんはモモンガちゃん次第だねー。あの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は使えるかもしれないし」

「そうだな……王国の裏事情に詳しく、また一定の戦力を持つ者は、モモンガ様も価値を見出されるだろう」

 

 ニグンも口を挟んだ。

 縛られ、転がされた八本指の警備部門最強――六腕を見下ろす。

 己らを遥かに超えた実力の戦闘集団。

 いや、その中の一人に完全にいいようにされ。

 今も好き勝手に言われても、六腕に抵抗する気力はなかった。

 

「まー、私を重用してくれるくらいだから、人品についてうるさくは言わなさそーだもんねー」

「そういうことだ」

「そうなんですか……運が良かったですねぇ」

 

 残念そうに言いつつ、ニニャが笑う。

 その、ぞわりと怖気立つような笑みに、アンデッドであるデイバーノックすら鳥肌が立った。精神効果とか恐怖とかそんなチャチなものではない。

 霊魂そのものを、ヤスリで擦るような……そんな何かを、ニニャの笑みは持っていた。

 

「ふふ、あの連中で王国が……滅んじゃうといいなぁ」

「滅べば滅んだで、モモンガ様にいらぬ苦労をかける。あのラナーと言う娘に、うまく運ばせるべきだぞ」

 

 危うい笑みのままぶつぶつと言うニニャを、ニグンが(たしな)めた。

 

(アカン)

 

 ヤバみを増した少年に、カジットはまたも頭を抱え。

 倫理と常識の儚さを痛感するのだった。

 彼が言えることではないのだが。

 

「ともあれ、私は別方面から少し追加の陽動を行う。あれらは玉座に至ってもらった方がいいからな」

 

 ニグンが〈転移門(ゲート)〉を起動する。

 

「りょーかい。とりあえず、この連中が聞き分けよくなるように、少しだけ(しつけ)よっかなー♪」

「はい! やりましょう!」

 

 クレマンティーヌの目が六腕を見る。

 ニニャが目を輝かせ、力強く頷いた。

 六人の目が、救いを求めるようにカジットを見る。

 ……もちろん、カジットは黙って首を横に振るしかなかった。

 

 

 

 

「……天使では法国がモモンガ様に影響を持つように誤解されかねん」

 

 己に言い訳するように呟き。

 上空に浮遊するニグンは、肩をすくめた。

 ニグンの第七位階魔法〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉によって呼び出された無数のアンデッドが、ロ・レンテ城の城壁内を跋扈している。陽動ゆえ、ただ適当に動き回るようにしか命令していない。

 だが、ニグンの生まれついての異能(タレント)により強化されたアンデッドだ。

 最下級の骸骨(スケルトン)すら、実戦経験のない城内衛兵の手には余る。

 

「明らかな陽動なのだが……あれらの轟音に気づきもせんか」

 

 城壁を叩き壊し、裏娼館から放たれたバルブロ王子らの従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)が雪崩れ込んでくる。

 それらは大量の下級アンデッドに紛れ、未だ王宮兵士らに気づかれていない。

 ニグンがいる上空からならば、強靭な従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)の一団が、下級アンデッドの群れをかき分け進む様子が、目にも明らかなのだが……。

 

「戦士長はがんばっているようだが……くく、己が守るものを忘れてはいかんな」

 

 戦士団に戻ってこられては厄介になる。

 城内から戦士団へと送られる伝令を、殺さない程度に潰す。

 元陽光聖典隊長としては、たやすい仕事だ。

 

 ニグンとしては無軌道なクレマンティーヌより有能な己を証明でき、誇らしい。そして、生前の最期に縁のあった戦士長ガゼフを、策で見事に打ち負かしたという充実感。

 ほんの少し浸る間にも、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)は王宮の壁を壊し、玉座を目指す。

 

「フン、あの女のシモベに実行役を任せるのは不安だが」

 

 しかし、見た目がただの動死体(ゾンビ)という点は実に便利だ。

 王都に至るまで、ろくに備えをさせなかったのもその特性につきる。

 正直、羨ましい能力だった。

 

「……まあ、今の私の任務は陽動だ」

 

 集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)に王宮を壊させ、さらなるアンデッドを内部へ雪崩れ込ませながら。

 ニグンは再び肩をすくめた。

 

 

 

 

「……帝国に磨り潰され滅ぶと覚悟していたが。アンデッドに滅ぼされるとはな」

 

 諦観した目で、リ・エスティーゼ国王ランポッサⅢ世は外を眺めていた。

 どこから現れたともしれぬアンデッドの数は膨大。

 手入れされていた庭園は無数の死者で覆い尽くされ、城内の兵士らは逃げ惑うばかり。

 有事ゆえに武装こそしているが、ろくに戦えるはずもない。

 ズーラーノーン、帝国の逸脱者、法国の陰謀――様々な可能性は浮かぶが。

 己の無能で滅ぶよりは良いかとも思えた。

 

「早く戦士団を呼び戻すべきです、父上! 追加の伝令を!」

 

 第二王子ザナックが叫ぶ。

 ガゼフ率いる戦士団が、大通りで異様に頑強な動死体(ゾンビ)と戦っていると聞いたのは、朝も早くのこと。

 おそらく、彼らはまだ戦っているのだろう。

 それらしき動きが、窓からもいくらか見える。

 送った伝令は帰らず、ガゼフが来る様子もない。

 

 既に王宮内は大量のアンデッドが入り込んでいる。

 伝令を送っても、数少ない忠義の兵を失うばかりだ。

 第三王女ラナーは、入り込んだアンデッドによって分断され、玉座前には来れそうにない。

 第一王子バルブロは、昨夜市井にお忍びで出かけたまま帰ってきていない。

 

(最後にラナーの顔を見れぬのは、無念だな)

 

 もはや、玉座の間に残る兵士もわずか。

 多くは既に逃げるなり、隠れるなりしているのだろう。

 王はただ、深々と溜息をついた。

 

「へへへ、陛下! バルブロ殿下が! バルブロ殿下が!」

 

 数少ない忠義の兵が、玉座の間に飛び込んでくる。

 

「バルブロが帰ったのか?」

 

 彼の方を向いて問いかけるが。

 答えはすぐわかった。

 よろよろと歩きながら現れた動死体(ゾンビ)の群れ。

 その先頭にいるのは……おぞましいまでの拷問を加えられ、死体を冒涜されていたが。

 間違いなく第一王子バルブロだった。

 

「ッ!」

 

 ランポッサⅢ世は無能な王である。

 バルブロ王子は愚昧な王子である。

 重々自覚している。

 だが。

 それでも。

 王は我が子を、国以上に愛していた。

 我が子の肉体をこれほど冒涜されて。

 許せるはずがない。

 認められるはずがない。

 ランポッサⅢ世の視界は真っ赤に染まった。

 反射的に剣を抜き放ち、我が子に駆け寄り。

 理屈も何もなく、ただ己の子を冒涜した者への怒りと共に。

 剣を振り下ろした。

 

 そして国王ランポッサⅢ世の意識は消え。

 肉片の華が、壁に咲いた。

 動死体(ゾンビ)となったバルブロ王子の拳に殴られ、吹き飛ばされ。

 形も残さず潰れ消えたのだ。

 

 第二王子ザナックは震え、失禁しながらへたり込んだ。

 

 

 

 

「ほう。見事にことが運んだものだ。これもモモンガ様の加護か。偉大なる女神に仕える我らには天運も味方すると見える」

 

 アンデッドの目を通し、様子を探っていたニグンは感動すら覚えつつ頷いた。

 犠牲を他に出さず、見事に王だけを殺した。

 〈伝言(メッセージ)〉を使い、クレマンティーヌに命令変更させつつ。

 さらなる作戦を進める。

 せっかく王を討ち取ったのだ。

 情報は新鮮なうちに、印象深く告知せねばならない。

 

「――では、行くがよい。我らが女神の偉大さを宣言せよ」

 

 ニグンは先触れを次々と召喚し。

 王都リ・エスティーゼ全域に告知させる。

 揺らめく黒い靄のようなそれは、無数の顔を絶えず浮かばせながら。

 聞く者の精神をかき乱す声で宣言した。

 

『偉大なる女神モモンガ様の意により、リ・エスティーゼ王国への誅罰は降されり』 

『戦う者は剣を納めよ。誅罰は今終わった』

『なれど、変わらず悪を為す者にはまた、新たな誅罰が行われるであろう』

『民を虐げる貴族には、永遠なる苦しみと消えぬ恥が降りかかるであろう』

 

 蒼の薔薇もいない今、王都で上空を飛ぶあれらを討ち取れる者はいまい。

 一体をどうこうしても、もはやどうにもならぬ。

 ニグンは〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉を解除し。

 魔法で召喚されたアンデッドを消滅させる。

 見れば、クレマンティーヌの造った従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)もまた。

 予定通り死体に戻り、転がっていた。

 

「よし。では帰還するとするか」

 

 満足げに頷き、ニグンは裏娼館へと転移する。

 そして彼らは……誰にも悟られぬまま、王都からの凱旋を果たした。

 

 

 

 

 そして、先触れの言葉に……王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは。

 硬直しきった腕から、剣を取り落とし。

 絶望に膝を屈した。

 




 後はラナーが何とかしてくれるでしょう。
 まあ玉座につくのはザナックなんですが。

 作戦とか言ってますが、ニグンさんが全部決めたことです。
 モモンガさんが出した指示は「王国の汚い貴族掃除しといてー」ってだけ。
 女神の名前出していいって言ってたから、張り切って宣伝してます。
 ホントは天使を召喚して使いたいけどここで使って、女神と法国は~とか言われたらめっちゃむかつくので、女神思いのニグンさんは使いません。アンデッドで統一しました。

 先触れちゃんは、原作リザードマン編で告知に来てたアレです。

 王都の危機的にはガゼフさんのがんばりは何の意味もありません。
 でも、無抵抗の高レベルゾンビをひたすら斬りまくったせいで、戦士長は30レベル代、戦士団は20レベル代中盤以上まで上がってます。この戦力アップは大きい!(かもしれない)
 戦士長は装備なしで普通にデスナイト倒せるようになりました。戦士団も三対一くらいでかかれば、勝てます。
 現クレマンティーヌには、全員でも勝てません。

 バルブロ王子はゾンビ王子として、数年後は子供の唄とかになってそう。

 クレマンさんも、カルネ村に一時帰還。
 まだまだクソ貴族はいるので、今後はニニャにパワーレベリングしつつ、二人で王国行脚します。
 ニニャはレベルアップして、変なクラス生えてそうですね。

 クズなクレマンさんが助命(?)されてるので、六腕も使えるかなーって判断。ひとまずカルネ村送りに決定。実際にどうなるかはモモンガさんの御前で、どんな態度見せるかによります。
 だから、失礼のないようマナーを教えてあげる二人。クレマン先輩やさしー!
 カジットさんはすっかり苦労人&常識人。六腕からもなつかれそう。


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26:まだ慌てるような時間じゃない

 前話から24時間たってないので、前話未読の方はそちらからどうぞ。

 王国はスーパーラナータイム突入。
 でも暗躍なので、ストーリー上は出てきません。
 壁の華(肉片)になったランポッサⅢ世はもちろん蘇生不可です。



 リ・エスティーゼ王国王城を襲ったアンデッドの群れ。

 拷問され惨殺され動死体(ゾンビ)と化した貴族ら。

 そんな動死体(ゾンビ)の我が子に、殴り殺された国王。

 王都上空を飛び回った、おぞましき悪霊の群れ。

 

 動死体(ゾンビ)が血文字で。

 悪霊がおぞましい声で。

 唱え続けた名――女神モモンガ。

 

 この異常な災厄と、女神の名は。

 王国内は無論。

 諸国に響き渡ったのだった。

 

 王国内では、貴族の在り様も変わる。

 否、変わらざるをえない。

 国王ランポッサⅢ世が没した後も。

 新たな王として第二王子ザナックが即位した後も。

 王都内で、各領地で。

 横暴な貴族は拷問の後に惨殺され、動死体(ゾンビ)に変えられる事件が起きた。

 この動死体(ゾンビ)は常に女神の名と神罰を血文字で書いた布や旗を背負い。

 王都まで、報告するが如く行進し。

 王都の門前にて、死体に戻るのだ。

 王都内で誅罰された者は、王城前で同様の運命をたどる。

 アンデッド化すれば、蘇生呪文でも蘇りはしない。

 

 その誅罰を行うは、骨の馬に乗った女剣士だという。

 女剣士は時に、少年とも少女ともつかぬ小柄な影を伴うとも。

 疲れ果てやつれ果てた様子の禿げた老人を伴うとも。

 貴族に苦しめられる民は、この女神の使いを歓迎し。

 己らを苦しめる貴族が動死体(ゾンビ)と化して王都を目指す様を、喝采した。

 その強力さを知った以上、巡回兵らもこれの相手はしない。

 今や、ただ彼女の名しか知らぬ者らが、女神モモンガを崇め始めてすらいる。

 聖地としてカルネ村に向かわんとする民も、増えていた。

 

 女神の使いは、訪れぬ場所には訪れず。

 来たとしても、評判の悪い末端の者のみ誅罰し、立ち去った。

 六大貴族ではレエブン侯、ぺスペア侯など未だ罰される気配はなく。

 女神の地に近いエ・ランテルの都市長パナソレイも健在。

 貴族や都市長が無差別で罰されるわけではないのだ。

 相当の犠牲者が積み上がれば、罰される貴族と罰されぬ貴族の違いも見えてくる。

 拷問され惨殺され動死体(ゾンビ)に変えられるとは。

 破滅願望者とて、ごめんこうむる最期。

 しかも、素行が悪ければ一族郎党が……子供を残し罰される。

 

 貴族らは、領主を失った隣接地へと次男三男を派遣した。

 隣を放置したために罰されるやもしれぬと恐れたのだ。

 かつてなら領地簒奪に血道をあげたろうが……今は女神の怒りが恐ろしい。

 彼らは可能な限り最大限、真面目に仕事に励んだ。

 領主を失った者を助けるように、派閥や血を越えて助け合った。

 それでも、過去の所業から時折粛清を受ける者が現れる。

 

 保身に長けた彼らは、保身に長けるからこそ。

 必死で“善き貴族”たらんとする。

 税を軽くし、蓄えた財を吐き、民に尽くして……命乞いするのだ。

 “善き貴族”の証とは。

 未だ女神に粛清されていないこと。

 それ以外にはない。

 

 

 

 

 王都の災厄から5日後。

 通信手段の限られる、この世界において、他国が状況を把握するにはそれだけの時間が必要となっていた。

 

 バハルス帝国、帝都アーウィンタール。

 その皇城にある会議室では、鮮血帝ことジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 そして逸脱者フールーダ・パラダイン。

 さらに帝国四騎士。

 皇帝の信頼する秘書官ら。

 帝国の首脳陣がそろい踏みであった。

 今、会議室では地図が開かれ。

 印をつけられた場所を、全員が注目している。

 エ・ランテルの南、トブの大森林に接する場所。

 少し東へ進めば、帝国の開拓村がある。

 

「カルネ村はこの場所だ……僻地とはいえ、ほぼ帝国領だな」

 

 皇帝ジルクニフがため息をついた。

 女神モモンガ、カルネ村……これらの情報は、王都のアンデッド災厄からいくらか遅れて入ってきた情報だ。詳細を知れば知るほど、なぜもっと早く報告されなかったのかと怒りを感じる。己の慢心や部下の無能ゆえではなく、王国貴族どもの愚かさゆえ――しかも今回の事件で死んでいる――ならば、なおさらだ。

 ジルクニフは深呼吸し、情報共有と自己確認を兼ねて言葉にする。

 これは彼がよく用いる思考法でもあった。

 周囲としても慣れたものである。

 

「もう一度事態を整理する。まず、スレイン法国が王国貴族と共謀し、戦士長を暗殺すべく我が国の兵に扮して王国領を荒らした」

「ええ。亡命を訴えてきた者によれば、ですが」

 

 秘書官ロウネが補う。

 ほぼ確定情報ながら、断定しては法国との関係上問題があるのだ。

 また、亡命者は女神の怒りを買うかもしれないとし、既に始末されている。

 

「法国の狙いは、王国が我が国に早期併合されること。これを我が帝国の利、ひいては己の利と考えたブルムラシュー侯ら王国貴族が迎合。協力して王国戦士長にはろくな装備を与えず、通常の兵士装備にて略奪者の討伐に向かわせた――我ら帝国側に一切の報告も相談もなく」

 

 ジルクニフの声に、再び怒りがにじむ。

 

「自主的に仕事を見つけ動くことは美徳。だが、それは有能な者に限ること。勝手に動く無能な味方は、敵より憎むべき手合い――ですね」

 

 四騎士の一人ニンブルが呟いた。

 ジルクニフの粛清の中、生き残った帝国貴族として、常々心がける点だ。

 

「まったくだ。あの連中の愚かさは重々承知していたつもりだったが。連中はいつも予想の下を行く」

 

 憤懣やるかたないといった様子で、皇帝がため息をついた。

 帝国軍による略奪の既成事実は、併合後の統治では害にしかならない。

 王国貴族による略奪以下の統治があらばこそ、ジルクニフは侵略の利益を見込んでいたのだ。

 己の民となる者らから、いらぬ恨みを買いたくない。

 事実無根の偽装部隊による工作など、なおさらだ。

 

「法国も法国だな。順当にやっていれば、あと数年で王国は破綻する。戦士長がいようといまいと変わらん。なぜ我々にいらぬ風評被害を与えてくるのだ」

 

 本来ならば、ジルクニフもここまで気にかける事件ではない。

 戦士長が死んでいれば、法国の望み通りに踊ってやってもよかった。

 僻地ゆえ情報封鎖も容易だからだ。

 だが、今や状況は大きく変わった。

 

「ともあれ、その帝国兵もどきは女神とやらに全滅させられ。王国戦士長と戦士団は女神に怯えて、王都に帰ってきた」

「戦士長の報告を、貴族らは法螺と笑ったそうです。無理もありませんが……そのまま話は市井にも流れ、笑い話の類になっております。戦士長の名を下げたのみに留まっておりました」

 

 だから、帝国には何の情報も来なかった。

 王都の密偵にも法螺話として流れ、王城内ではまるで重要情報と扱われておらず。戦士長暗殺計画があったが失敗したとだけ、報告されたのだ。

 

「はぁ……」

 

 疲れた顔で、ジルクニフは顔に手を当て、天を仰いだ。

 密偵を無能と切って捨てたいが。

 王国がおかしいのだ。

 指示通り動いているという意味で、密偵はそこそこ有能だ。

 

「法国側は王国戦士長を暗殺すべく来たのだ。戦士長と戦士団を始末して、十分おつりがくる戦力を用意したはずだ。法国からの兵站と隠密性を考えれば100人程度、それも相当の精鋭だろう」

 

 その場にいる者らを、ジルクニフは見回す。

 

「じい……いや四騎士の誰か――複数か全員でもいい。そんな戦力を全滅させ、かつ直後にガゼフ・ストロノーフと戦士団を無傷で、それも一方的に脅して逃げ帰らせることができるか? 最初の戦力と戦う様子を見せて、でもかまわんが。戦って疲弊していれば、ガゼフとも戦わねばならん状況だぞ」

 

 つまり、ガゼフと戦士団を2回相手にするようなものだ。

 

「無理ですな。有利をとって退却させるならば可能ですが。相当の犠牲を払わねばなりますまい」

 

 フールーダはあっさりと認めた。

 

「そんな状況なら、私は帝国軍から脱走します」

 

 レイナースも言い切る。

 

「俺も家庭持ちとしては、遠慮してぇなぁ」

 

 バジウッドも頷いた。他の二人も変わらない意見だ。

 要するに帝国の最精鋭でも不可能ということ。

 

「戦闘力か、魔法か、策略かは知らんが。女神は、それが可能だったわけだ」

 

 夢物語か、と言いたくなる。

 

「王都のあの事件を見れば明らかですな。アンデッドが召喚されたものならば伝説の第七位階魔法〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉を使ったのでしょう。貴族から作られた頑丈な動死体(ゾンビ)というのも、実際はまったく別種のアンデッドやもしれませんぞ。単純に魔法詠唱者(マジックキャスター)として、この身を上回る者が複数おるやもしれませぬ」

 

 そう言ったフールーダの目は爛々と光っている。

 彼は王都の事件を聞いてから、独自に調査を進めていた。

 今回の事件を起こした者が、己の扱えぬ強大な死霊系魔法を使ったこと間違いない。

 ゆえに、ジルクニフに言われるまでもなく、王都の事件、現れたアンデッドの詳細を調べていた。

 

「第七位階――それにアンデッドか。女神とやらが、ズーラーノーン関係者の可能性は?」

「ありますまい。あれほどの術で呼び出したアンデッドをあっさり消しております。当時はアダマンタイト級冒険者も不在。そのまま王都を死者の都にもできた戦力ですぞ? 民を味方につける? 彼の秘密結社がそのような手段をとる理由がわかりませんなぁ」

 

 フールーダの口調が狂熱を帯びている。

 

「確かに……まさに立つ鳥跡を濁さず。鮮やかな粛清だった。王国貴族の意識をわずかな時間で大きく変えてみせたのだからな」

「命惜しさにってやつですがねぇ」

「王国領土の併合は、困難になったと見るべきでしょう」

 

 バジウッドとロウネがそれぞれ、頷いた。

 王都での事件はすさまじく派手だったが。

 犠牲者は、驚くほど少ない。

 動死体(ゾンビ)に払いのけられ打ち所の悪かった巡回兵一人。

 打ち破られた門で押しつぶされた門衛数人。

 パニックの中で死んだ市民数人。

 王城が破壊される中、瓦礫に潰され死んだ兵士や使用人が十人に満たず。

 アンデッドと化した我が子に殴り殺された国王。

 そして、動死体(ゾンビ)に変えられた貴族や犯罪者。

 合計で数百人といったところ。

 しかも、貴族子女や夫人などには、許され領地から逃された者も多い。彼らは女神の土地カルネ村へと流れているのだとか。

 王国人口は約900万。

 たった数百の犠牲で、支配者層の意識を変えたのだ。

 

「……悔しいが、一族郎党を粛清した私より、遥かに犠牲も少ない。しかも、今や連中は命惜しさに必死で“良き貴族”たらんとしている。確かにあの死にざまは、処刑などより遥かに恐ろしいからな」

 

 鮮血帝の汚名をかぶったジルクニフとしては忸怩たる思いだ。

 遥かに末期の国で、遥かに鮮やかな粛清を遂げられたのだから。

 

「本当の女神かもしれませぬな。あるいは強大な組織か」

 

 フールーダの目が、もの欲しそうに地図上のカルネ村を見ている。

 直接行きたくて仕方がないのだろう。

 女神などという胡乱な言葉でなく、魔法詠唱者(マジックキャスター)や冒険者を名乗っていれば、ここに来ず直行していたかもしれない。

 

「こうしておっても埒は明かんか。どのみち、これでは今年の王国との会戦は取りやめだ。女神殿の天罰が恐ろしいからな。それに帝国軍に偽装した兵に襲われたのだ。我ら帝国を敵視しているかもしれん」

 

 肩をすくめ、冗談めかして言う。

 王国貴族の粛清を優先した以上、可能性は低い。

 とはいえ、相手はあれほどの粛清を成し遂げた存在だ。水面下で思わぬ動きをされているかもしれない。

 

「ともあれ、隠密部隊をカルネ村に向かわせた。遠巻きに監視する程度なら、敵対ではなかろう。捕まれば情報は全て吐いてよいとも言いつけてある。まずは彼らの報告を――」

 

 その時、会議室が慌ただしくノックされた。

 返事を待たず扉が開かれる。

 緊急の伝令だ。

 その場の全員が身構えるようにした。

 

「報告いたします! 帝都正門――内側に、魔法の産物らしき異様な黒い穴が発生! その中から、巨大な山羊のような魔獣、邪悪な装いの女神官、軽装の女剣士、そして……その、あの」

 

 明瞭な報告を義務付けられた伝令が、珍しく口ごもる。

 うまく言葉にできない――というより、報告を届けてよいか迷っている様子である。

 

「なんでもかまわん。言え」

「……その、一言で申し上げて女神が! 女神がお二人、いえ二柱、現れました!」

 

 叫ぶように報告した。

 会議室全員の時間が止まった。

 




 ついにカルネ村から旅立ちました!
 ほぼデート気分なので、約一頭を除き女子組で。
 クレマンさんの休暇も兼ねてます。
 ニニャはツアレ療養を手伝いつつ、村でパワーレベリング中です。

 帝国の情報が遅く感じるかもしれませんが、関係者集めて対策考えられるくらい集まったのが5日後です。
 断片的情報はちょくちょく入っていますし、隠密部隊はおぼろげな情報の3日目くらいから動かしてます。

 ジルとしては、法国の作戦はなんで帝国兵に扮してそんなことするのに、報告しねーんだよってマジギレ案件です。しかも自分側についてる王国貴族が加担してるし。よかれと思って……で、自国が領土侵犯したことにされたら、そら怒ります。
 後で併合して統治するつもりのトコを、略奪焼き討ちした扱いにされたり。
 軍のイメージアップに努めてるジルとしては、原作でもこれは怒るなと思う案件でした。
 法国としては、帝国が調子に乗りすぎないよう適度に肘鉄しつつ……ってつもりだったかもしれませんね。

 フールーダ、相手が女神とか名乗ってるのでまだ冷静です。
 格上魔法使いの足ペロと、神に足ペロはちょっと違うのです(彼の中では)。 
 学術的に己の先を知りたいのであって、神の奇跡にすがりたいわけではない(たぶん)。

 実はレイナースさんがむしろ、会議後にカルネ村直行する気満々でした。
 報告は待とうかな、いや次の偵察は自分が名乗り出る?いっそ一人で行っちゃう?くらい。
 魔法使いにすがるより、神にすがりたい。

 ガゼフは凹み中。
 原作でガゼフに拾われた時のブレインみたくなってます。
 戦士団のみんなが慰め、面倒みてます。

 鮮やかな粛清は、ニグンさんプロデュース。
 その後の流れはラナーが調整中。
 モモンガさんは「王国貴族はやだから掃除しといて」って言っただけです。
 ……原作から考えると、すごい気楽な生活してるなこのモモンガさん。

 時系列メモ、更新してます。
 おさらいの時にはどぞー。


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27:何この可愛い生き物

 さっさと皇帝と会うまで行こうかなと思ってたんですが。
 思えばそもそも、アルベド&モモンガのカップリングを書くため始めた話なのに、このところ二人がぜんぜん動いてない……というか登場すらしてなかったと気づきました。
 なので、しばらく二人がいちゃつきながら帝都デートする話になります。
 エンリとクレマンとクロマルもいますが。



 その日の午前。

 日は昇れど、昼食には遠く。様々な商店が開き始める頃。

 帝都アーウィンタールに、女神が降臨した。

 

 白いドレスの女神と黒いドレスの女神が、絡み合うように浮遊し。

 前には、恐ろしい双角の魔獣が歩む。

 魔獣の背には、邪悪なる姿の女神官。

 女神の背後は、軽装の女剣士が守る。

 

 魔獣、神官、剣士はいずれも威圧感を漂わせていたが。

 白衣の女神は子供のように帝都をきょろきょろと見回し、はしゃいでいた。

 黒衣の女神は、そんな彼女を潤んだ目で見守っている。

 

「ふふっ、初デートだぞ、アルベド♪ 今日はいろいろ回ってみようじゃないか。料理やお菓子も食べてみたいし、服だっていろいろ買うぞー♪」

「はい♡ はいっ♡ いっぱい楽しみましょうっ♡」

 

 モモンガが、アルベドに腕を絡め身を寄せてくる。

 二人の豊満な乳房が押し合い、形を崩す。

 周りから二人――二柱を眺める者らには、凄まじく眼福な光景だ。

 

(はぁぁあああ♡ モモンガ様マジ天使ぃぃぃぃ♡) 

 

 幸いにも“完璧な女”として設定されたアルベド。

 最低限のデート知識はある。

 主たるモモンガが光栄にも初デートの相手に己を選び、嬉しそうにしてくれているだけで……もう、いろいろと達しそうだ。子供っぽくはしゃぐ様子は、本当に愛らしい。愛らしくて愛らしくて愛らしくて――。

 

(うっ……ふぅ…………くふーっ♡ 複数並列思考法を身に着けておいてよかったわ)

 

 実際、何度か達しているが。

 せっかくデートを楽しんでいるモモンガを、己の欲情で損ねるわけにはいかない。

 相互干渉による無限発情を抑制すべく、知性に優れたアルベドは思考を複数に分割し、モモンガに伝わるそれを都合よく選択していた。謀略のための演技力を応用したのだ。用心深いモモンガが知れば、アルベドにあらぬ疑いを抱きかねぬ技巧である。

 ゆえに、アルベドはこれについてモモンガに何も教えていない。

 あくまで彼女個人の幸せに用いている。

 そう、これを用いれば。アルベドは主に常時欲情し絶頂までしつつも、クールに振舞って見せられる。並列思考の分割処理数を増やせば、そんな背徳的状況を楽しむ思考すらできる。つまり、いくらでも幸福のルートを増やせるのだ。

 

「先日覗いた王都より人が多いのに、治安もよさそうだな。私たちの初デートを飾るにふさわしいな!」

「ええ♡ どこからいきましょうか♡」

 

 もっとも、それだけ並列処理しても、アルベドの声はクールと言うには……かなり粘ついているし。モモンガの肩を(当人としては)さりげなく抱き寄せた手も、卑猥な動きをしている。

 

「ふふ、人前でこうして歩くのもカップルらしくていいな♪」

 

 そしてモモンガはといえば、そんなアルベドに思いっきり甘えていた。

 

「二人とも、すごーく目立ってるけど、いーのー?」

 

 糸を引きそうなくらい、人前でいちゃつく二人に、クレマンティーヌが声をかける。

 

「今更だろう。我らが人のふりをする必要などない」

「はい♡ 邪魔する者の処分はお任せを♡」

「偉大なる二柱の手を煩わすまでもありません。どうぞ、雑音は私たちに任せて、“でぇと”をお楽しみください」

「MUGEN!」

 

 ひらひらと手を振るモモンガに、アルベドが頷く。

 それ以上に、エンリとクロマルが力強く宣言した。

 

「ちょっ、エンリちゃん一応、私の休暇も兼ねてるんだからさー。勝手に働かせる頭数に入れないでよー」

 

 不平たらしく言うクレマンティーヌだが、エンリには近づかない。

 クロマルは未だ深刻なトラウマだし。

 それを手懐けたエンリも恐ろしいのだ。

 

「ふむ……エンリにある程度金額を渡してくれれば、別行動してかまわんぞ? お前も、休暇中に上司と行動など嫌だろう」

 

 今回のデート予算は、クレマンティーヌが王国貴族から没収した財貨。

 物々交換中心の農村で暮らして来たエンリは、経済感覚に疎いし、金銭も持っていない。

 

「えー。久しぶりに会えたのに、そんなこというわけー? モモンガちゃんのいけずー」

 

 隷属はしていないが、帰属意識はある。

 単独行動を続けていたクレマンティーヌとしては、モモンガの傍を……ありていに言って離れたくない。

 

「お前がいいならかまわんが……」

 

 モモンガは首をかしげつつ、チラと上を見る。

 

(過剰戦力じゃないかなぁ)

 

 上には不可視化した集眼の屍(アイボールコープス)数体に、青褪めた乗り手(ペイルライダー)が六体。

 モモンガとしては、多少のハプニングも楽しみたかったのだが。

 アルベドからも万全の護衛をと言われ、不可視化できる上位アンデッドを率いてきた。

 モモンガたち当人を含めれば、帝都市民全員が蒼の薔薇級でも鏖殺できる戦力だ。

 

世界級(ワールド)アイテムの真なる無(ギンヌンガガプ)もあるし、側にいればアルベドの複製体解除もできるんだから問題ないと思うが……)

 

 未だ、脅威と呼べるものを見ていない(外にも出ていない)モモンガの危機意識は低かった。

 

 

 

 

 ぺロロンチーノと違い、タブラ・スマラグディナは衣装にこだわりが少なかったか……衣装もキャラの一部と割り切っていたのだろう。アルベドの装備パターンはドレスと鎧の二択しかない。

 デザインセンスに自信のないモモンガも、色違いのドレスくらいしか用意できない。

 戦士職のアルベドの肉体に、己が知る後衛用ローブを着せるのも抵抗があった。

 だから、まずは婦人用の服飾店に入る。

 下調べはしておらず、前評判も知らない。

 モモンガは、看板の文字も読めない。

 店頭にいくつかのドレスが飾られている大きな店が目についたので、選んだまでだ。

 間違いなくその店は幸運だったろう。

 女神は大勢の野次馬を引き連れるようにして、ごく普通の客のように店に入った。

 そして、普通に衣服を選び始めたのだ。

 

 

 

 

「ふむ、手触り重視だとこちらだが……この粗い感じも悪くないと思うな」

「ですが、やはり薄手の方が魅力を引き立てると……」

 

 落ち着いて思案するアルベドに対し、モモンガは子供のようにはしゃぎ続けている。

 困惑する店の者に様々なドレス、衣装を持ち出させては、アルベドと相談し。

 時にクレマンティーヌやエンリの意見も聞き。

 店員にもあれこれと意見を問う。

 試着もし、生地を撫でて肌触りも試す。

 

「ふふ……このようにいろいろと衣装があれば、着て楽しめるのだな」

「はい。己の身ながら、モモンガ様に喜んでいただけて光栄です♡」

 

 アルベドは、モモンガの記憶を垣間見た。

 彼はファッションに無関心だったわけではない。

 ただ、そんな時間も余裕もなかったのだ。

 だから今は。

 精一杯楽しんでほしかった。

 アルベド自身の体を褒めるのではない。

 モモンガに喜び、楽しんでもらうのだ。

 同じ体だから、互いに互いを飾りあえるし。

 交換して見せ合いもできる。

 二人の衣装選びは長いが――幸い、アルベドが何もせずとも、店の者も、エンリも、邪魔はしてこない。

 むしろ、店には多数の野次馬が入り、二人を囲むように見ている。

 二人の絶世の美女が様々に着替えて現れ、時に大胆な姿を晒すのだ。

 角と翼が、人ならざる種族だと示しても。

 なぜか二人がわずかに宙に浮かんでいても。

 男女を問わず、帝都市民は彼女らに魅了された。

 とはいえ。

 

「あんまり上等な服、買ってたら、ごはん食べるお金なくなっちゃうよー」

 

 積み上げられていく衣装に、クレマンティーヌが至極現実的な声をかける。

 アルベドは第二以後の分割思考で、同時に舌打ちした。

 ある程度の余裕はあれど、一行はさして大金を持っているわけではない。

 豪遊……というには、心もとない金額だ。

 

「む……そうだったな。目の前に気をとられすぎたか」

 

 モモンガの手が止まり。

 今まで試した衣装を見つめる。

 いつも二人が着るのは最上級を超える、実際に伝説級(レジェンド)のドレス。同格と言わずとも、それなりの品となれば、相当に値が張るのも道理だろう。

 モモンガは一枚ずつ衣服を検分し、あるいはまだ着ていない衣装も、きょろきょろと眺めまわす。

 どれを購入しようかと、真剣に悩んでいるのだ。

 アルベドはそんな主の姿を、微笑んで眺める。

 

「女神たる御方の衣装や飲食です。やはり遠慮なく財貨を持って来るべきだったのでは」

 

 エンリが申し訳なさそうに訴えるが。

 

「何を言う。どれを買うか迷うのが楽しみだろう……無論、他の店を見て回ってもよいが。これだけ楽しませてくれたのだ。この店で一着は買わねばな」

 

 真面目に迷い、悩むモモンガの顔はどこか嬉しそうに見える。

 ユグドラシルの初期、些細なアイテムを真剣に悩んで購入した時を思い出しているのだ。

 アルベドも、そんな主の気持ちを知るからこそ。

 ただ微笑み、待つ。

 どんな時もモモンガは美しく愛らしく偉大なのだから。

 アルベドはいくらでも眺めて、幸福を味わっていられるのだ。

 

 服選びは楽しく、費やす時間は長い。

 モモンガの目はどこまでも真剣だ。

 と、ふと、一行とは別の声がかけられた。

 

「あ、あの……よろしければお好みのドレスを一着ずつ、さしあげますが。お時間をいただければサイズ直しも――」

 

 見惚れていた女店主が、我に返り申し出たのだ。

 大きな店を構えるだけあって、彼女には先見の明があった。

 

「む? しかし代価なくして、斯様な施しを受けては申し訳ないのだが」

「美しきお二方が、当店の品を身に着けてくださるだけで十分な価値がございます。御身を飾る一助となれば、当店の大きな宣伝となりましょう」

 

 女店主は考える。

 この絶世の美女らは、何処かの大貴族か、異国の王族だろう。豪遊するでもなく限られた金額で購入を迷う様子は、真に人品卑しからぬ人物と見える。

 会話からして、彼女らは“まだ”帝都内を散策するつもりだ。

 既に店にまで入り込む野次馬たちがいる。彼らがついて回れば、より多くの耳目を惹きつけるだろう。彼女らがこの店について会話する――いや、この店で買ったと噂になるだけでいい。店の評判、宣伝効果は計り知れない。

 皇帝ジルクニフは定まった皇后がおらず。粛清により、名高き貴族夫人もいない。王国の蒼の薔薇のような、華々しき女傑も帝国にはいない。目の前の二人は間違いなく、これから一週間か、数か月は、帝都の話題を独占するだろう。

 女店主はそんな皮算用をしていた。

 美女……モモンガは、じいっと彼女を見て。

 そして頷いた。

 

「なるほど。お前は素晴らしき商人だ。この店は必ず繁盛し、良き客を得るだろう。女神モモンガの名の元に保証しよう……そうだな、この一組をいただけるか。これらは、サイズも問題なかったぞ」

 

 女神と言う言葉に違和感を感じた者は、野次馬にすらいなかった。

 そんな女神が手にしたのは実質上、一着。

 質素とも言える純白のサマードレスと、それに合わせた白い帽子だ。

 

「は……はい。ありがとうございます」

 

 けして高価な品ではない。

 下級貴族の娘が、郊外を散策する時や馬車の旅で着るような衣装。

 それもモモンガのような妙齢の夫人より、幼さの残る少女が純潔や清貧を示すべくまとう衣装である。

 帽子も、素材は木材を薄く削った繊維を麦わら帽子同様に編んだ質素なもの。簡素な黒いリボンを巻いただけで、飾りすらない。

 都会の娘が敢えて“田舎風”をてらう服装と言える。

 店に着てきた高級すぎるほどのドレスに比べれば。

 田舎娘の野良着に等しい。

 女店主は、服飾店として言うべきでない言葉――客のセンスを貶める言葉を発しかけた。モモンガがそのまま試着室に入った時も、口が何度か開きかけた。

 従者たちの視線で、即座に黙らされたが――あからさまにモモンガの陰口を言う野次馬もいた。

 

 けれど。

 この日、帝都は真の美を知る。

 

「ああ……お似合いです、モモンガ様♡」

 

 アルベド以外、誰も口をきけなかった。

 帝都市民は店長もふくめ、ぽかんと口を開いていた。

 さっきもせわしなく着ては脱いでとしていた衣装。

 既に着た姿を見たはずなのに。

 

「ふふっ、どうだ? やはり、白く清らかな衣装こそ、この体には似合うだろう」

 

 得意そうにくるりと回るモモンガ。

 ひらりと、白いスカートが翻り、膝上まで露になる。

 煽情的な姿に反して、純白のドレスは涼やかで。

 何より清廉かつ純潔であった。

 

「頭にかぶるものも欲しかったのだ。今日はよく晴れていたからな」

 

 無邪気に、ただの帽子を恩人の如く褒め。

 かぶる。

 嬉しそうに、本心から己の新たな衣装を誇り喜び、女神が微笑む。

 それだけで、店内はかつてない輝きに満たされた。

 彼女が美しいなど、誰もがすでに理解したつもりだった。

 だが、わかっていなかった。

 美しさとは魂と表情によって、息吹を込められるもので。

 女神モモンガは妙齢の肢体を持ちながら、思春期すらまだの少女のように。

 どこまでも清らかで愛くるしかった。

 本来未発達な胸を包むべき布が大きく持ち上げられ、深い谷間が見えても。

 まるで下品には見えず。

 天使や妖精のような、真なる純潔がその乳房には宿っていた。

 

「あ……あ……」

 

 店主はただ、涙をこぼすしかない。

 女神は己が美しいと心から信じていて。

 実際に美しい――なのに、高慢さはかけらもない。

 誰も妬まず、見下さず、己すら愛さず、ただ事実として。

 空が青いように。

 ただ彼女は美しい。

 その言葉と表情が、己の店の衣装を褒め讃えてくれている。

 女店主は己が――そしてかつて店を訪れた貴婦人らが、いかに醜く穢れた魂なのか。思い知らされ。羞恥は恐怖に近しいほどだった。

 そんな、輝く女神が。

 穢れた己に歩み寄れば、魂どころか体すら焼き尽くされるのではと思える。

 

「店主よ礼を言うぞ。そして他にもいくつか必用な服がある。今度はきちんと代価を受け取ってほしい」

「ありがとうございます!」

 

 正面から向かい合うにはあまりに眩しくて。

 店主は頭を深く下げ。

 きっと皇帝その人にもしないだろう、心からの礼を言った。

 己をひとかどの商人と自認しながら、魂を腐らせ膿ませ始めていたと自覚した。

 女神が来店し、言葉をかわせたことは――商人よりも人間としての己に、望外の幸運だったのだろう。

 

「私にとっては……そうだな、これは初めての買い物だ。お前はこの記念すべき時を、本当に喜びで満たしてくれた。私こそ礼を言わねばならん」

 

 そっと、子供にするように。

 女店主の髪に、女神の手が乗せられ。

 撫でられた。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 店主はもう、それしか言えなかった。

 それすら、涙でにじんで、歪んだ声だった。

 申し訳なく、恥ずかしく、でも誇らしかった。

 女神の手が、己の頭を撫でているのだ。

 魂が清められるのがわかる。

 ずっと昔に戻るようだ。

 彼女は、子供の頃の己を思い出していた。

 

(そう……次の休みの日は、父さんと母さんのお墓に行こう……もうずっと行ってないもの……)

 

 神殿の、寄進目当ての祝福ではない。

 本当の神の祝福を、受けているのだ。

 店主は、心の底から確信した。

 その様子を最前列で見ていた野次馬たちもまた。

 彼女が、本当に女神なのだと信じた。

 

 その後、女神はナイトガウンやエプロンドレス、また従者らの衣服を購入し。

 全てをまるで虚空にしまい込むように、消してしまった。

 そして彼女は店主や店員に微笑みを向けて会釈し。

 礼を言って、去って行った。

 野次馬たちもぞろぞろと引き連れたままに。

 

 この日、帝都にある多くの店が女神の祝福を得たが……。

 この服飾店は、最大の幸運を掴んだと言えよう。

 女神が最も長く滞在し、また店主自身と多く語らい。

 自ら触れて褒め称えた。

 そして、女神は帝都にいる間、彼の店で受け取った白いサマードレスに身を包んでいたのだ。

 女神の来店、女神への気遣いは、この商店を大いに栄えさせ。

 その名を諸国に響かせ、歴史に刻む名店となった。

 




 冒険者ムーブせず、着替えもろくにせず、カルネ村でじっとしてたモモンガさんとしては。
 初めての都会、初めての買い物、初めての服選びと。
 初めての目白押しです。
 旅行に行った三歳児みたいな反応してます。
 ちゃんとした服選びとかたぶん、リアルでもしたことないでしょう。
 しかも絶世の美女にTSしてます。
 そりゃ元男でも時間かかるし、はしゃぎまくるし。

 服屋さん視点では、すごい地位高そうな美人が着て、子供みたいにはしゃいで。
 なんかめっちゃ褒めてくれて。
 好きな服一着あげるよっていったら質素な服(高くない)選んで。
 しかも着たら(素材補正大部分だけど)めちゃくちゃ似合ってて。
 本人も無邪気に喜んで見せてくれて。
 お礼言って、なでなでしてくれる。
 本業が客商売の身として言いますと、これはやばいですよ。
 王国貴族ほどじゃないけど、帝国貴族だってめんどくさい人多いはずですしね。
 まあ、サキュバスとして微弱魅了スキルをパッシヴで垂れ流してもいるのでしょうが。

 一行がたいした金額持ってない理由はまた次回あたりに。
 (たいした理由じゃないですが)

 あと、クロマルは店の横に立ってます。
 怖いので近づく人はいません。


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28:あ ひょっとして犬語じゃないと駄目かな?

 上京の用意等あるため、コミケ後まで投下は止まります。
 今年最後の投下になってしまうかも(汗)。
 感想レスもできない期間あります。



「よい買い物をしたな!」

 

 店を出てからも上機嫌でくるりと回り、モモンガが背後に顔を向ける。

 

(うぉっ、まぶしっ)

 

 闇属性()のクレマンティーヌは思わず顔を背け。

 背後にぞろぞろとついて来ていた野次馬らは、またも見惚れる。

 白いサマードレスに身を包んだモモンガは、逆光に映えた。

 背後から溢れる太陽の光はまさに後光。

 白いドレスが透け、魅惑的な脚線が見える。

 クレマンティーヌに限らず、周りの誰もがモモンガ自身の放つ輝きと幻視した。

 

「次はどうしましょう? 食事処を探しますか?」

(くふーっ、モモンガ様っ♡ 脚が透けてっ♡ 舐めまわしてさしあげたいっ♡)

(これほどの人目に視姦されながら無防備……本当にモモンガ様ってば小悪魔っ♡)

(うっ……ふぅ……また達してしまったわ)

(御方の姿に不埒な目を……この人間どもを皆殺しにできれば、どれほどに)

(おおっぴらに歩いても、探る気配は特になし。皇帝が干渉してこないなら何よりだけど)

 

 にこやかに次の予定を訊ねるアルベドだが、そのニューロンは焼ききれんばかりに加速。常時、複数の分割思考によってモモンガを余すところなく愛で味わい、内なる悪意を封じ込め、また危険はないかと索敵も怠らない。

 

「確かに帝都の味は気に……うん? 美味そうな匂いがしているが、あれは露店か?」

「そーだよー。仕事場に出てる人は、露店で昼食を済ませる場合が多いからねー」

 

 クレマンティーヌが説明する。

 帝都各所にある広場には、多数の露店。

 いずれも大衆的な料理を売る店だ。

 ユグドラシルでも生産系クラスや商人系クラスによる露店は多々あったが。料理ばかりがこれほど売られているなど、ユグドラシルでは見ない光景である。もちろん、合成食品ばかりのリアルには、食料を売る露店など存在しない。

 

「ほう……夜は料理店が中心なのか?」

「それと酒場だねー。夜でもやってる露店は限られるかなー。お昼はみんな仕事があるから、職場から露店に出て食べてー、そのまま働くんだよー」

「なるほど。露店はこの時間帯の醍醐味と言うことだ。ならば昼食は露店でいろいろと食べてみよう」

「えー? 豪勢にいかなくていいのー?」

「もっと高級な料理店もあるはずですが」

 

 エンリも口をだす。 

 露店の料理はその場での立ち食いや、広場のベンチで食べるもの。

 女神たるモモンガの食事として、大いに疑問である。

 

「高級料理が美味なのは当然だろう。再現には、相当の手間や食材を使わねばなるまい。カルネ村の食糧事情をより良くするならば、こういった店の味こそ知るべきではないか?」

「それはそうですが……モモンガ様自ら食さずとも」

 

 食い下がるエンリだが。

 

「何より私はこの露店らに食欲を刺激された。私が食したいと言っているのだ」

 

 女神に拗ねたような上目遣いをされて、抗えるはずもない。

 

「ははっ! 失礼をいたしましたっ!」

 

 急ぎ周辺の露店のものを買って回らねばと、クロマルから降りる。

 

「待て待て。手づから買うのも楽しみだろう。それに列為す店なら、並ぶのも醍醐味だ」

「えっ、並ぶつもりー?」

 

 クレマンティーヌがちらっと周りを見てから。

 アルベドに目を合わせる。

 多数の野次馬を引き連れてそんなことをするのかという、護衛としての言葉だ。

 アルベドが何らかの折衷案を出してくれると期待したのだが。

 

「はい♡ ここならば我々の懐事情にも問題ないはず。モモンガ様の望むままに買って食べましょう♡」

 

 アルベドは1ミリも役に立たなかった。   

 

 

 

「ほう、これが焼トウモロコシ……本当に黄色いのだな」

「焼きたてだったから、熱いよー。ドレスにタレが落ちないようにねー」

「はふ……はふ……ん? ぐむ……甘くて美味だが、思った以上に硬いぞ」

「芯は食べられないんだよー」

「むむ。値段の割に量が多くて、お得だと思ったのだが」

「芯は歯で削り取るみたいに食べるといいよー」

「なるほどな……(うまうま)」

「ちょーっと卑猥な食べ方だねー(はむはむ)」

「くっ、タブラめぇ……なぜ撮影系アイテムを持たせなかったのかっ(ぶぉりぶぉり)」

「トウモロコシは収穫も簡単らしいですし、カルネ村でも作るようにしましょう」

 

 

 

「コロッケ? 変わった名前だな」

「あー、コロッケ。法国じゃよく食べるねー」

「パンにはさんで食べるといいと聞いたので、パンも買って参りました」

「ほう……中身は芋と肉か!(うまうま)」

「そういえば、カルネ村で揚げ物は見かけなかったわね(もぐもぐ)」

「油が貴重なので……」

「揚げ物は衛生面でも、料理のバリエーションでも重要。油の量産も命題ね」

「うん、美味だぞ。クロマルも食え」

「MUGMUG……EN」

 

 

 

「おお、狩場で調理している様はさんざん見たが、本物の串焼肉は心躍るな!」

「さすがにボリューミーすぎなーい? だいじょぶー?」

「(まぐまぐ)……んむ。確かにこれを一人で食べるにはな……エンリ、お前も見てばかりおらずもっと食ってよいのだぞ」

「えっ、モモンガ様の食べかけを……!(チラッ)」

「ふふ、どうしたの? 貴方は十分に働いてくれているのだもの。その程度は受け取ってかまわないのよ?」

(今日も来る前、直接に口を味わわせていただいてるのだし!)

(はー、舌で直接食後のモモンガ様の歯磨きしてさしあげたい♡)

(クレマンや周りの野次馬なら殺してたけど、エンリは安牌よね)

「ん? アルベドちゃんも私の残りでよかったら食べるー?」

「はいはい。いただいとくわよ」

 

 

 

「粥にしても、帝都の屋台のものは違うな」

「あはは……カルネ村だと、ほとんどスープですから」

「納税がなくなっても、蓄えは急に増えないものね」

「ううむ。保護した子女も増えているからな。食料事情改善は急ぐべきか」

「ダインさん以外にも森司祭(ドルイド)がいれば違うのでしょうが……」

「森に人材を探してみるべきやもしれんな」

「(ずぞぞ)それにしても糊のように濃い粥だ。具も多く味付けもよい」

「濃厚ですよね」

「…………(クロマルをチラ見)」

「…………(クロマルをチラ見)」

「どうしたんですか、お二人とも」

「いや、なんでもないよー」

「そうそう、なんでもないわ」

 

 

 

 この間、モモンガの買った露店に客が殺到したり。

 露店の主が、感激のあまり調理中に火傷をしたり。

 そんな露店主にエンリが回復呪文を使ったり。

 エンリの無料回復を咎めた神官がクロマルに蹴られたり。

 女神を囲む一部の者らが、食事姿から卑猥な想像をしたり。

 いろいろとあったわけだが。

 

 女神の昼食は満足の内に終わりつつあった。

 帝都市民はこの大いなる目の保養で、当分は幸福に包まれるだろう。

 語り草となるかもしれない。

 

 とはいえ、そんな時こそ問題が起きる。

 問題が起きた……いや。

 とても、非常に、間の悪いタイミングで彼が現れたのは。

 きっとその日頃の行いゆえだったろう。

 

 そして、誰もが女神に目を奪われていたからこそ。

 彼が現れても、その宣言まで、気づく者はほとんどいなかった。

 彼の声は朗々とし、堂々とし。

 食後の女神たちには――見惚れる市民たちにも――よく響いた。

 

「さあ、今日はいつもと違うメニューにしてあげましたよ。汚らわしい亜人らしく、漁ってきなさい」

「あ、あの、食事を買う代金を……」

 

 弱々しく怯えた、複数の女の声。

 その直後に打擲音。

 

「はぁ? 森妖精(エルフ)如きの餌を、なぜ私が支払わねばならないのです! 亜人らしく残飯を漁って来る間、待ってやると言っているのです!」

 

 涼やかな美しい声だが。

 言葉は汚く、籠った心はなお汚い。

 鞭うつような、嗜虐心と優越感をにじませ。

 相手の全てを踏みにじらんとする本性が透けて見える。

 

 市民らが不快げに顔をしかめた。

 声の方を見て、露骨に舌打ちする者もいる。

 輝くようだった女神の微笑も消え、無表情となった。

 

「……どこにも悪しき点はあるか。クレマンティーヌよ。帝国において森妖精(エルフ)は差別されているのか?」

「うーん、差別はあるっていえばある、程度かなー。たぶんスレイン法国から売られた奴隷だと思うんだよねー。あんな露骨に差別されてるの、私は初めて見るし聞くかなー……あ、法国だと、けっこうあるよ?」

「そうだな。確かに誰もが不快がっている」

「あーゆーのは、禁止はされてないけど、普通はしないこと、って考えていいと思うよー」

「法の抜け穴と言うわけか。それにしても随分と堂々としたものだな」

 

 女神が、明らかに機嫌を損ねた様子でいれば。

 野次馬らの中から進み出て、声をかけてきた女がいた。

 

「ね、ねぇ……えっと女神様、でいいのかな」

 

 珍しい紫の髪の、冒険者らしき女性である。

 森妖精(エルフ)の血が混じっているのか、その耳は尖っている。

 

「何を勝手に――」

「よい。私はモモンガだ。何か言いたいことがあるのか?」

 

 慌てて立ちふさがるエンリを、モモンガが抑えた。

 少しきつい目をした女は、なぜか申し訳なそうに言ってくる。

 

「えっと、モモンガさん。私はイミーナ。知らない種族だけどきっと、モモンガさんも……亜人なのよね? アイツに見つかる前に、離れた方がいいわ。きっとその、嫌な目に遭うとおもうし」

 

 それは、周囲の市民らの代弁でもあったのだろう。

 近くの露店の主や、女神を下劣な目で見ていた連中も含め。

 ほとんど全員が申し訳なさそうに頷いていた。

 

「……ふふ。いや、すまぬイミーナ。私は嫌な顔を見せていたようだな」

「えっ」

 

 ぽん、とイミーナの髪に、女神の手が乗っていた。

 

「あっ、ちょっと」 

 

 そのまま子供にするように撫でられる。

 なぜか、ひどく心地いい。

 気の強そうなイミーナの目が、蕩けてしまう。

 親に抱きしめられているような……生まれる前に戻るような心地。

 

「あれは王族や貴族なのか?」

「えっ、違うけど……」

「では豪商か?」

「ち、違うわ。あの男エルヤー・ウズルスは闘技場でも最強格の――」

「そうか。ただの腕自慢か。なら何も問題はない」

 

 黒い翼をはためかせ、モモンガは軽く浮遊する。

 安心させるように、イミーナを軽く抱きしめ、その額に唇を当てた。

 

「あ――」

 

 同性のくちづけに、イミーナは全身が火照り、呆然としてしまう。

 

「確かに私は怒っている。良き時間、良き縁に泥を塗られたのだからな」

 

 ふわりと、囲んだ者らの頭一つ上に浮かぶ。

 

「だが、これは私のみの怒りではない。私に良き時間をくれた、ここにいる全ての者の怒りだ――アルベドよ、今回は譲ってもらうぞ」

「御身の望まれるままに」

 

 さらに高く、モモンガは飛翔。

 アルベドもこれに従う。

 二人は野次馬らの頭の上を超え、空を滑る。

 白いサマードレスは、白い大輪の華となり。

 その花弁の内まで透かしていた。

 

「見え……た」「はだいろ?」

「はいてない」「下乳まで……」

 

 野次馬らの唖然とした声を後に。

 よたよたと残飯を漁らんとする三人の森妖精(エルフ)らの前へと、舞い降りた。

 

「おやぁ? 帝都にこのような――」

 

 それを見たエルヤーが言い終えるより早く。

 

「〈魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)〉〈支配(ドミネート)〉口を閉じて、這いつくばれ」

「んがっ!? ぐっ!」

 

 唸り、もがくようにしながら彼は広場の石畳に這いつくばる。

 

「お前は弱者にのみ噛みつき、汚物を公道にまき散らす、下劣な野良犬だ」

「ぎっ! ぐぎぎぎ!」

 

 必死に言葉を発しようとするが、女神の命令には逆らえない。

 

「ああ。野良犬らしくなら口を開いてよいぞ。ほれ」

「わうっ! わんっ! わんっ!」

「まさに野良犬だな。不快を感じさせられたが、時間をかけては、なお不快だ」

「左様でございます。モモンガ様」

 

 アルベドが主をなだめるように、ぴったりと寄り添い侍る。

 

「さて、犬が奴隷を持つなどおかしな話。そうだな?」

 

 モモンガがエルヤーに問いかけつつ、距離を詰める。

 その身から黒い炎の如く〈絶望のオーラⅠ〉が溢れだす。

 

「ぐるるる――ぎゃんっ! きゃいんっ! きゃいんっ!」

 

 近づかれたエルヤーが、びくんと身を跳ねさせ怯える。

 

「犬なのだから、奴隷など持たないよな?」

「ぎゃいんっ! わんっ! わんっ!」

 

 〈絶望のオーラⅡ〉。

 

「そうか。いらないか。ああ、私は野良犬の言葉がわかるのだ。安心するがいい。お前が奴隷を手放したこと、私が保証する」

「ぎぎぎぎ――きゅーん」

 

 抗議するように唸っても。

 モモンガは冷たく見据え、微笑み。

 一方的に断言する。

 

「さあ。お前は自由だぞ、野良犬。犬らしく走って寝床に帰るがいい。ここは人が飲み、食い、楽しむ場所だ。野良犬の来る場所では、ない!」

 

 〈絶望のオーラⅢ〉。

 

「ぎゃいいいんっ!!!!」

 

 怯え切った犬の声で鳴きながら。

 犬のような四つん這いで。

 汚物で下半身を汚しながら。

 帝都に知らぬ者なき天才剣士エルヤー・ウズルスは逃げ去った。

 〈支配〉の効果時間が切れるまで、彼は犬の如きまま帝都を走り回るしかない。実力に裏付けされた彼の名誉は、大きく損なわれた。

 

「……〈魔法三重化(トリプレットマジック)〉〈上位道具破壊(グレイター・ブレイク・アイテム)〉」

 

 森妖精(エルフ)らを縛る奴隷の首輪が、消滅する。

 

「どうぞ、こちらへ」

「はいはーい、もう大丈夫だからねー」

 

 エンリとクロマルが素早く森妖精(エルフ)らを保護する。

 念のため、回復魔法も使う。

 さらに、手際よく追加の露店料理を買って来たクレマンティーヌが、森妖精(エルフ)にそれを与えた。

 その様子に、ようやくモモンガの顔に微笑が戻る。

 彼女の表情だけで、冷え固まったような広場の空気が、再びあたたかな空気で包まれた。 

 

「はぁ……まったく、デートに悪漢が現れるのもお約束ということか」

「ふふ、ハプニングも楽しみの内、でしょう?」

 

 モモンガはアルベドの髪に顔を埋め、溜息をつき。

 アルベドはモモンガをしっかりと抱きしめ。

 互いにぴったりと身を寄せ合わせる。

 

((尊い……!))

 

 帝都市民らはそんな二柱にその場で跪き……拝んでしまう。

 話しかけた半森妖精(ハーフエルフ)のワーカー、イミーナもまた。

 女神のスカートの中を真剣に覗いていた相方ヘッケランへの抗議も忘れ。

 二人ともただ、跪いていた。

 

 

 

 

 一方、広場の端ではこの光景と――広場の上の異様な存在を見た一人の少女が嘔吐し。

 ふらつきながら逃げるように、仲間の拠点たる酒場に向かった。

 

 

 

 広場に訪れつつあった、ある馬車の中では……一人の老人が失禁しながら、すごい表情で絶叫していた。

 皇帝ジルクニフは、老人を落ち着かせて事情を聴くべく、皇城に戻り始める。

 この時、四騎士の一人が何も言わず離脱したが……仲間らも含め敢えてこれを放置した。

 




 露店巡りはダイジェストでやってみましたが……。
 昨日書いた別の話のモモンガさんと、すごい落差っすねこれ。
 人数は同じ5人(こっちは4人と1頭だけど)なのに。

 食材とか言ってますが、ユグドラシルの影響で現代的料理普通にあるという……この作品限定での設定と思ってください。
 トウモロコシとジャガイモの存在についても、まあこの話ではあるということで……。焼トウモロコシにかぶりつくモモンガさんを書きたかったのです……あと肉以外の揚げ物といえばってことでコロッケ。
 このあたりの作物ないと、肉しか食ってねぇ!みたいになるんで……。
 トマトもたぶん出します。

 イミーナが、帝都市民代表でモモンガさんと縁を結びました。
 心配して声をかけてきたイミーナに、モモンガさんはかなり好感度高いです。アルベドやエンリもいい人評価してます。
 というかエンリ(偶然名前覚えてた子)、クレマン(なんか馬が犯しちゃった実験台)……という認識に比べると、イミーナへの評価は凄まじく高いような。ニニャやカジットも、能力見て願い事言って来たわけで、いわば利用しようとしてきた人ら。
 モモンガに私心なく親切で接してきたのって、現状ではイミーナが初めてでは……!
 というわけで、モモンガ自身嬉しくて、初対面から即おでこキス。
 彼氏持ちだからアルベドにも睨まれません。

 そんな彼氏のヘッケランは野次馬の中にいて、女神をスケベな目で見てました。もっとも、イミーナも見惚れてたので、肘鉄や足先踏みつけは受けてません。クレマンさんから、比較的戦える奴って採点受けてますが、他の一行メンバーからは野次馬A以上の認識をされてません。

 エルヤーさんはこれで退場です。女神を怨んで何かしようとしたら、上空にいるヤバイ護衛が処分します。
 エルフ奴隷の三人はレンジャー、ドルイド、神官で、最低でも第2位階は使えるレベルだから、かなり優遇してもらえます。ちょうどドルイドほしーって言ってたトコですしね。


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29:人類は滅亡する!

 冬コミ帰宅後、風邪ひいてました……。
 2020年ですね、本年もよろしくお願いします。
 もっとも、マヤ暦によれば今年の3月に――



 アルシェ・イーブ・リイル・フルトは没落貴族の令嬢であり。

 帝国魔法学院中退者であり。

 幸いにも仲間に恵まれ、何とかワーカーとして生計を立てている。

 実家について悩みは尽きないが。

 魔力を視認する生まれながらの異能(タレント)によって、多くの危機や強敵を見破ってきた。

 きっと明日は、今日よりいい。

 そう信じていた。

 信じていたが。

 

「……帝都はもうダメかもしれない」

「はっ?」

 

 神官のロバーデイクは、仲間の突拍子もない言葉を問いただした。

 

「帝国が……世界がもう……ダメかも」

「えっ?」

 

 さらに広がってしまった。

 

「いや待ってくださいアルシェさん。何を言ってるんですか。何かあったんですか?」

 

 酷く憔悴――いや、衰弱したとさえいえる状態で、歌う林檎亭へ逃げ込むようにやって来たアルシェを、ロバーデイクは介抱し、いくつかの回復魔法さえかけた。実家で何か深刻な事態が……と、心配していたのだが。

 ようやく発した彼女の言葉が、先のものである。

 

「神……魔王……? どちらにしても、あれは世界自体を滅ぼすほどの……」

 

 思春期特有の病気かと思える言葉だが。

 ガクガクと今も震える彼女の様子は、真剣そのものだ。

 

「怖い夢とか……ではありませんよね。アルシェさんの生まれながらの異能(タレント)によるものでしょうか」

「は、早く帝都から逃げないと……ヘッケランとイミーナが来たら、い、妹たちを……」

 

 しがみついて恐怖に顔を歪め、震え続ける彼女は、尋常ではない。

 そんな時、ちょうど店の扉が開き。

 聞き覚えのある、仲間の声がした。

 

 

 

 

「ここが、私たちの拠点の酒場だけど……こんな店でいいの?」

「言っちゃなんだが、あんたみたいな御方が来るようなトコじゃないと思うが……」

 

 イミーナとヘッケラン。

 ロバーデイク、アルシェにとって誰より信頼できる仲間だ。

 仲間、だが。

 

「年期は入っているが、よく磨かれているではないか。雰囲気も悪くない。そのように卑下するものではないぞ」

「ええ。モモンガ様が認められているのだから、気にする必要はないわ」

「そーだねー。冒険者向けでも汚い店が大半なんだから、たいしたもんだよー」

「露店とはまた別の、食欲をそそる香りがします」

 

 親し気に連れてきた二人。

 いや、二柱。

 さらにその従者らの存在に、アルシェは恐怖に固まったまま気を失った。

 

「ヘッケラン、イミーナさん、そちらの方々は……アルシェさん!?」

「アルシェどうした!?」

「家で何かあったの?」

 

 ヘッケランとイミーナも慌てて駆け寄る。

 

「むむ、取り込み中だったか?」

「あー、いやあの子、さっき広場の隅っこで吐いてた子じゃないかなー?」

 

 クレマンティーヌがチラと店の虚空に目を向け頷き合うようにしつつ、言う。

 モモンガを煩わせないようにと、護衛に配置された高位アンデッドらの報告はクレマンティーヌに与えられるのだ。今も今とて、店内には不可視化した青褪めた乗り手(ペイルライダー)が1体、店の周囲はしっかりとその他のアンデッドで上空から護衛されている。

 

「昼間から呑み過ぎか?」

「いやー、どっちかというとモモンガちゃんを見てびっくりしたみたいだったけど?」

「私を? イミーナの様子を見る限り、あの下劣な男の関係者とも思えんが……アルベド、それにエンリよ、とりあえず精神回復系の呪文をかけてやれ」

 

 慌ただしく囲まれ、仲間の神官からさらに呪文を受けている様子に。

 とりあえず回復を助けるよう指示を出すのだった。

 

「ふむ……イミーナに一杯奢ってもらうだけのはずが、思わぬイベント発生となったな」

 

 エルヤーに恥をかかせ、奴隷を解放させたモモンガを。

 イミーナは喝采し、食後の一杯を奢らせて欲しいと言ったのだ。

 それに対し、モモンガはイミーナの普段の酒場にと頼み。ワーカーチーム、フォーサイトの拠点たる歌う林檎亭へと来た次第である。

 

「あ、あの……私たちも来て、よかった、ですか?」

 

 おずおずと、後について来ていた森妖精(エルフ)たちが言う。

 エルヤーから解放された彼女らも、そのまま連れて来られていた。

 

「腹が減っているのだろう? 露店でも少しは買ったが、せっかくだ。私たちの代わりにここの料理を味わうがいい……ああ、一口ずつくらいは私ももらうぞ? カルネ村に帰る前に、様々な味を体験しておきたいからな」

 

 そう言って、取り込み中のイミーナたちを他所眼に。

 モモンガは彼女たちの食事を亭主に頼んでいた。

 

 

 

 

 なお、店の入り口には戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)クロマルが立って威圧を放ち。

 野次馬らの入店を止めていた。

 

「私は中に用があるの! 中に入れなさい!」

「MUUUGEN」

 

 とある帝国四騎士の一人が何とか入ろうとしていたが、100レベル魔獣の威圧には敵わず。また頭上からも異様なほどの威圧を受け、抗議に留め続けるのだった。

 

 

 

 

「はーっ……はーっ……すっ、すごすぎて……目に入れるのが、こわい……」

 

 ようやく目を覚ましても、アルシェはモモンガを直視できなかった。

 

「そう怖がられても困るのだが……」

「そうよ。モモンガ様に失礼でしょう!」

 

 モモンガとしては初対面の少女に卒倒されても、困惑するしかない。

 人間への態度が軟化していたアルベドも、不快感を生じている。

 

「とりあえず、アルシェの目にはどう見えてるの?」

 

 イミーナが心配げに聞いた。

 

「も、モモンガ様は、たぶん……神。帝都というか帝国を消し飛ばせる。私と同じ魔力系で第10位階とか余裕で使えると……思う。もっと上も」

「「えっ」」

「ほう」

 

 アルシェの言葉に、他の三人が固まった。

 モモンガは興味深げにアルシェを見ている。

 

「アルベドさんは……まだ普通。信仰系でロバーのだいたい倍……第6位階か第7位階」

「普通じゃないですよ!」

「あら。そんなことまでわかるの」

 

 驚愕するロバーデイクに対し。

 アルベドはきょとんとした顔になる。

 

「剣士の人は魔法、使わない。僧侶の人はたぶん第2位階。けど、表にいる魔獣は信仰系でアルベドさんと同じくらい……つ、使える。それに広場でその……魔力系を第9位階まで使える何かが、いた。他にも信仰系をロバーより使えるのがいっぱい……今もここに、1体いる」

「えっ」

 

 アルシェが虚空に目を向けた。

 慌てて他の三人が周りを見回すが、わからない。

 

「素晴らしい! アルベドやクレマンティーヌの実力がわからないなら、魔法能力のみ。だが不可視化していても看破可能だと? アイテム……ではないな。パッシヴということは、それも生まれながらの異能(タレント)か? すごいぞ! 第0位階から見当をつけ、魔法詠唱者(マジックキャスター)の才能ある者を見つけたりもできるのか?」

「ぴぃぃぃぃ!」

 

 興奮して肩を掴み問い詰めるモモンガに、アルシェが言語崩壊した悲鳴をあげる。

 

「も、モモンガさん、こわがってる、アルシェこわがってるから!」 

「っと、すまないなイミーナ……しかし、これは本当に思わぬ縁だ。不可視化された我がシモベも見破ったのだぞ。相手が相当の脅威でも、斥候系としてすばらしい意味を持つ。帝都には半ば思い付きで来たのだが……ふふ、私の運も捨てたものではないな! 素晴らしい出会いだ!」

 

 嬉しそうに興奮し、無邪気に喜ぶモモンガ。

 

「ええ、本当によかったですね」

「さすがです、モモンガ様!」

「確かにすごいよねー。そうそういないよー」

「「お、おめでとうございます」」

 

 他の面々とエルフたちも祝福の言葉を送る。

 不可視化した青褪めた乗り手(ペイルライダー)も盛んに祝うように踊っているのが、アルシェにだけは見えていた。

 

「クーデ……ウレイ……どうなっても私たちはいっしょ……」

 

 既に死を覚悟した顔でハイライトも消えている。

 

「え、えっと……何。雇いたいってこと?」

「帝都とか吹っ飛ばせるってことは脅されてるんじゃないのか?」

「神とのことですが、本当なのでしょうか……」

 

 イミーナ、ヘッケラン、ロバーらは今一つ状況がわからず、戸惑うばかりだ。

 

「重ね重ねすまないな、イミーナ。ああ、亭主殿、彼女らに四人にまずは一杯を。予定と異なるが、彼女と会わせてくれただけで感謝せねばならん。私にも奢らせてくれ!」

「あ、私からも」

 

 この騒がしく華々しすぎる新参に、不審な目を向けていた亭主が、黙って四つの杯を出す。

 続けてイミーナの注文に追加で七つ(森妖精(エルフ)らを含め)。

 全員に一つずつ、杯が配られた。

 

「良き出会いに乾杯だ!」

 

 モモンガはテンション高く杯を持ち上げ、全員と打ち合わす。

 白いドレスがめくれ、膝上まで露になるが当人は気にしない。

 視線を引き寄せられるヘッケランの足を、イミーナがきつく踏みつけた。

 

(……なるほど。彼女は安心できる人材ね)

 

 二人の様子に、アルベドが内心の警戒度をゆるめる。

 杯に口をつけ。

 運ばれてきた料理を森妖精(エルフ)らに食べさせながら。

 モモンガたちと、四人のワーカーチーム――フォーサイトは自己紹介をした。

 

 さらにイミーナが、アルシェとロバーデイクに、エルヤーとの経緯を説明し。

 共に食事する三人の森妖精(エルフ)の境遇にも触れる。

 そんな話題に対し、おずおずと。

 母国に帰りたくない、行き場所がないと、森妖精(エルフ)らが言い出せば。

 

「彼女らについてはお任せください。王国でも、虐待されていた方々を多く保護しています。私はモモンガ様の神官としてまだまだ至らぬ身ですが、これでも多くの方の面倒を見ていますので」

 

 エンリが胸を張って、彼女らの保護を保証し。

 

「そうだな。エンリはよく村をまとめてくれている。王国では、彼女らより酷い状態の者も多かったが……今はようやく、わずかながら笑顔を見せてくれるようになってきた」

「そ、そんな! 全てはモモンガ様の加護あってのことです!」

 

 女神の言葉に恐縮するエンリは。

 その邪神官風の衣装を除けば、実に微笑ましく。

 崇める対象と心から信じ合える様子は、ロバーデイクには眩しくすらあった。

 

「さて、村の話が出たところで……お前たち、フォーサイトについてなのだが。どうか我が村に来てはくれまいか? イミーナは我が友であり、アルシェはカルネ村にとって大きな希望だ。ヘッケランとロバーデイクにも頼みたいことはいくらでもある」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。手下になれってことか?」

 

 馴れ馴れしいとも言える態度で、微笑む女神。

 窓から差し込む光に照らされる姿は、幻想的な美しさだが。

 さすがに、リーダーとして、ヘッケランも鼻の下を伸ばしてばかりいられない。

 アルシェは未だにモモンガを正視できずいるのだ。

 

「モモンガ様の配下となれることに不満でも?」

 

 黒衣の女神――アルベドがじろりと睨みつける。

 クレマンティーヌとエンリからも、冷たい視線が浴びせられた。

 以前戦った、どんな怪物より遥かに恐ろしい眼光だ。

 

「いやいや、配下ではないぞアルベド。お前たちはワーカーと言う、組合に所属せぬ冒険者なのだろう? 私に雇われて欲しいのだ。ちょっと……その、長期の仕事になるが。最低でも数年くらい、か」

 

 最後の方は小声で。

 申し訳なさそうに言うモモンガに、威圧する気配はない。

 

「いくらもらえる話なんだ?」

「それが申し訳ないが、我々は金銭についてあまり余裕がなくてな……。今回とてさほど豪遊できる金額は持っていない」

 

 ビジネスライクに問うヘッケランに、モモンガがチラリと財布役のクレマンティーヌを見た。

 

「うん、持って来たのは金貨で30枚だねー。さっきから服とか買って残り20枚ちょっとかなー。たいした額って言えば額だけど、村に戻ったらお金は使わないし。他のお金は特にないねー」

「さすがにその額で数年はないだろ……」

 

 ヘッケラン達のワーカーチーム、フォーサイトはそれなりの腕利きである。

 一週間程度の仕事ならともかく……という金額だ。

 

「いや、わかっている。だからだな、その……私なりに可能な範囲でとなるが。お前たちの望みを叶えよう。それを以て、支払いとさせてもらえないか? イミーナには友達料金にしてくれると嬉しいが……図々しいかな?」

 

 再度申し訳なさそうに、チラチラと顔色を伺ってくるモモンガは、もの知らずな貴族令嬢のようだ。

 が。

 

「お、お待ちくださいモモンガ様、それは!」

 

 邪教めいた神官エンリが慌てた。

 

「いやいや、要はニニャちゃんと同じ扱いってことでしょー。四人全員はサービスしすぎーって思うけどー、あの漆黒の剣ってチームより格上だもんねー。ワーカーだけに世慣れしてるし、神官さんはエンリちゃんより格上だよー? 保護した人たちだってー、ンフィーちゃんの薬に頼るのは、限界あるんじゃないかなー?」

 

 クレマンティーヌがゆらゆらと、椅子を斜めにしたまま絶妙なバランスを保ちながら説く。

 アルベドは冷たく見定めるに留め、無礼な願い事をしなければ見過ごすつもりらしい。

 女神の力を最も実感しているアルシェが、目を伏せたまま発言した。

 

「……願い事って何でもいい?」

「私の土地に来てもらうのだから、立場や財産を築く類は少し困るな。たとえば、お前を皇帝にしてやってもいいが、それでは我が元に来てもらうため、すぐに退位してもらわねばならん」

 

 その例えに、ぶほっ、とアルシェを除くフォーサイトの面々が酒を噴き出した。

 女神にかからなかったのは僥倖と言えるだろう。

 

「あの……家のこと、助けて。あなたなら、解決できる、はず」

 

 青い顔で、顔を上げ。

 女神を正面から凝視し、アルシェが最初に願いを言った。

 悪魔に生贄を捧げんばかりの覚悟をにじませ。

 目の前の圧倒的魔力の持ち主に、説明する。

 アルシェの家庭事情、妹たちの立場。

 没落を認められぬ親。

 人相の悪い借金取りたち。

 ほのめかされる奴隷への身売り。

 

「………………」

 

 モモンガは、帝都に来て初めて。

 冷たく憮然とした顔になった。

 エルヤーを懲らしめた時などより、もっと恐ろしい何かを感じる。

 自分たちに向けられたものではないとは、わかる。

 わかる、が。

 機嫌を損ねたかと、イミーナが横から言葉を発した。

 

「モモンガさん、私からもお願い。アルシェを――」

 

 手をかざし、アルベドが言葉を封じた。

 

「……アルベド。どう考える」

「皇帝は非常に有能な人物かと」

 

 モモンガの意図を読み、そう答えた。

 

「クレマンティーヌ。お前の見てきた王国貴族に比べてどうだ」

「王国じゃよくいる――いや、よくいたタイプだねー。権力と領地があれば、私が始末した連中と同じコトしてたんじゃないかなー。どっちも奪われたから、現状ってことだねー。今、カルネ村に来てる子たちにもー、アルシェちゃんや妹ちゃんたちと同じ立場の子、けっこーいると思うよー」

 

 モモンガが、アルベドの顔を見る。

 

「私も同意見です」

 

 敢えて己の感情は出さず、アルベドが頷く。

 

「アルシェ。率直に言おう。お前の妹たちを連れ出し、生涯にわたって面倒を見ること、我らにとって何ら負担ではない。同じ境遇の子らもいる。友人も作れるだろう」

「……そう」

 

 その後に続く言葉を予感し、アルシェの返事は少し遅れた。

 

「だが、お前の両親は駄目だ。彼らは、もはや己の在り方を変えられまい。没落は、彼らが正しき道を歩む好機だったろうが、彼らは何も学ばなかった。お前の苦労や危険も理解せず、当然の権利の如く金を受け取っていたのだろう?」

「…………」

 

 頷くしかない。

 

「私は帝都を楽しんだ。ここは良き街だ。人々の多くは良き人だった。彼らは希望を持ち、明日が今日より良き日だと信じている。この点だけでも、私はこの国を高く評価しよう」

 

 王都の様子を一度見ておこうかと言った時は、ニグンとクレマンティーヌはもちろん、アルベドまで止めてきたのだ。

 

「少なくとも王国とは比べ物にならないねー」

「ええ、良き隣人たりうるかと」

 

 そんな意図を感じてか、クレマンティーヌとアルベドが言葉を補う。

 目を閉じ、少し考え。

 モモンガは口を開いた。

 

「アルシェは両親の愚かさを理解してはいても、彼らを憎んではいないのだろう」

「……」

 

 アルシェが小さく、頷いた。

 

「その情は決して間違っていない。だが、皇帝が彼らを切り捨てたように、私もまた……彼らを迎えはできんのだ。同様に、彼らを貴族に戻すのも断る。我々にも、お前たちにも、悪い結果しかもたらさんだろうからな」

 

 アルシェは目を伏せた。

 彼女の仲間らも、反論はできない。アルシェは仲間だが……その両親の素行を受け入れられるとは、思っていないのだ。

 女神は言葉を続ける。 

 

「お前の両親を殺せと言えば殺そう。精神支配もできるだろう。お前と妹を、記憶から取り除きもできるだろうな。だが、それらを望まぬのなら……私個人としては、妹たちと共に全てを放り出し避難して欲しい。両親がいらぬ手出しをせねば、私から彼らに害も与えはしない。彼らは己の行いの報いを、今のままに受けるだろう」

「…………そう。少し、考えさせて」

 

 沈痛な面持ちで、アルシェは俯いた。

 モモンガもまた、痛ましげに視線を伏せ。

 他の三人を見た。

 

「イミーナ。それに他の二人も。お前たちの願いを言うがいい。ただ……具体的に、な。詳細まで都合よく私が解釈すると思わないでくれ。わかってもらえたろうが、私は気配りができるわけでも、機転が利くわけでもないのだ」

 

 悲しげに笑うモモンガに、アルベドがそっと身を寄せ。

 その髪をやさしく撫でていた。

 




 モモンガとしては、最大限の誠意をもってアルシェに対応したつもり。
 現段階でのアルシェの問題は、親をどうにかして即解決……というのも微妙なところなのですよね。ウーデとクレイが売られちゃった後だと、また答えは違うのでしょうが。原作ナザリック挑戦より、かなり前ですので、現状まだ即座には親を切り捨てられません。
 あと、モモンガさんは帝国を高く評価してます。
 ニグンが帰ってきてから、いろいろ迷惑かけたし王都に観光に行ってみようかってふと言ったら、みんなにめっちゃ止められました。帝国については、特に止められず。

 本作においてフォーサイトはかなり贔屓されます。

 イミーナは「モモンガの能力を知らず親切で警告してくれた」人なので、すごく好感度高いです。というか外見も能力も主従関係も抜きで、親切で話しかけられるのがモモンガさん初めてなので……。
 アルベド視点でも、ヘッケランとくっついてるの見え見えなので安牌。

 本作ではアルベドボディに、最低限装備だけで転移してきたため、ンフィーレアのタレント評価そこまで高くありません。ニグンやニニャの方が高評価。
 使わせてみたいアイテムも特にないですし。
 現地で得たレアアイテムって「魔封じの水晶(第7位階入り)」「叡者の額冠」「死の宝珠」くらいですが、モモンガさんの分析ではどれも微妙。高位アンデッド作成の方が便利ですからね。死体あれば永続ですし。現状ロクなものを見てないので、法国の世界級アイテムについても半信半疑になってます。アルベドが洗脳されたらヤだから、警戒は怠りませんが。
 そんなわけで、初めて見た超便利系タレント持ちのアルシェは、高い評価を得てます。

 村人で回復魔法使えるのが現状、エンリとダイン(どっちも第2位階程度)。
 ニグンは支援バフと召喚はあっても、アンデッドなので回復なし。これはアンデッド系の基本的共通項とします。
 アルベドとクロマルも自己バフ中心。いくらか回復があってもたいしたものじゃないし、アルベドはモモンガが離してくれません。
 このためロバーデイク(たぶん第3位階使える)の人材的価値は高いです。
 なんせ王国の違法娼館や各地貴族から、キズモノの子たちを大量に保護してますから……。死を撒く剣団から保護した人らもいますし。肉体ケアはンフィーレアの薬でなんとかしてますが、精神ケアは魔法頼りかなと。
 ラキュースも、村にいる間はいろいろ協力させられたでしょう。

 ヘッケランは、他3人との関係性、チームとしての完成度から、必要とされるでしょう。
 世渡り能力も彼が最も高いはずですしね。
 リーダーとして指揮能力をちゃんと持っている点で、ブレインより価値高いです。


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30:神か……最初に罪を考え出したつまらん男さ

 ちょっと間空きました。

 それと前回ちょっと原作設定との乖離がありました……。
 アルシェ、不可視化した相手の魔力は看破できないんですね。
 てっきりできると思って書いてました。
 さすがに修正すると面倒な箇所なので、本作ではこのままとします。
 フールーダも同じ目なので、二人そろって原作より若干スペックアップします。

 そして今回の話も、原作と細かいところで引っかかりそうなんですが……。
 初期にかなり逃げ回った大事なトコなので、原作とズレがあってもこのまま行きます。
 宗教観や神話について、原作と細かな乖離があるかもですが、どうかご容赦ください。



 

「決して己の力に溺れず……それが神の在り方ですか」

 

 ロバーデイクは、目の前の光景に、確かな聖性を感じていた。

 一連のやりとり。

 演技と思えぬ、アルシェへの態度。

 どこまでも冷静な、皇帝への賛辞。

 アルシェが言うだけの力あらば、自らの思うまま解決してもよかったはずだ。

 いや、それ以前に無理矢理連れ去るのも簡単だろう。

 だが、彼女は、アルシェの意志を尊重してくれた。

 目の前にいるのが本当に女神ならば。

 本当に、神ならば。

 

「すみません。少し質問を。この問いに答えていただくことが、私の願いです」

「かまわんが……それでいいのか?」

 

 アルベドに撫でられ、目を細めていたモモンガが首をかしげる。

 その様子はどこまでも無邪気で穢れなく。

 妖艶な美貌ながら、下劣な欲望を抱く者に罪悪感を抱かせる。

 

「はい。どうしても、女神たる貴方に聞きたいのです。神殿の在り方を是となされるか。私の在り方を否となされるか」

「ふむ?」

 

 事情のわからぬ様子の女神に、ロバーデイクは説いた。

 神殿による回復魔法の独占と有料化。

 救うべき人を救えぬ現状。

 そんな状態を悔やみ、神殿を辞してワーカーとなった己。

 とはいえ、一人の言葉からでは判断しづらい。

 モモンガとアルベドが、クレマンティーヌを同時に見る。

 

「はいはーい。補足ねー。あー、ニグンちゃんがいれば任せるのに、もー」

 

 面倒そうに、クレマンティーヌが補足説明する。

 モモンガがかいつまんで理解した限りでは。

 リアルで言えば富裕層ばかり厚遇する医療施設で勤めていたが、貧困層の在り様を見て自らボランティアに身を落とした、ということだ。

 

(…………いい人じゃん)

 

 モモンガとしては、ロバーデイクの姿勢は良いことだ。

 ただ、神殿を一概に罵るのもどうかと思う。

 問題とすべきは、神殿が僻地にないこと、緊急時でも同様の報酬を得ようとすることだろう。

 

(このあたり、冒険者の回復魔法も仲間以外に使うべきじゃなくて、仲間以外だったら割り増しでお金とるのが普通って話だっけ? 神殿を罵るのは簡単だけど、社会に根付いた組織なんだし、術者の数とかの問題があるんだろな)

 

 アルベドに任せると冷たい言葉で終わらせてしまいそうだ。

 何より、彼女にいいところを見せたい。

 己の全てを既に見られたからこそ、彼女には見捨てられたくない。

 ありていに言えばモモンガは、アルベドを独占したいのだ。

 

(ん? 独占?)

 

 そうだ。

 独占だ。

 かつて、アインズ・ウール・ゴウンも稀少鉱物の独占による相場操作を行った。何をしているかよくわからなかったが、確か……。

 

「ロバーデイクよ。お前の行いは素晴らしい。称賛されてしかるべきだろう」

 

 目を閉じて考え込んでいたモモンガが、目を開き言った。

 

「だが、私は神殿を非と言うつもりもない。お前は、お前の選んだ在り方に誇りを持てばよい」

「ですが、今の神殿の在り方では、救うべき人が――」

 

 曖昧な返答に納得いかず、ロバーデイクが言葉を続けんとするが。

 モモンガは手を前に出し、封じた。

 

「救うべき人とは何だ? 傷を負った者すべて、病に苦しむ者すべてか?」

「すべてとは言いません。しかし、目についた人を救えぬなら、何の意味があるのです」

「なるほど。誰かが困っていたら、助けるのは当たり前、ということだな」

 

 モモンガは、懐かしむように微笑を浮かべる。

 アルベドが少し、表情を曇らせた。

 

「そうです! だから――」

「だから、お前は今の生き方に決めたのだろう? それでいいではないか。私に神殿を責めさせても意味はないぞ」

「しかし、神たる御身ならば、神殿の在り様を変えることもできるのでは?」

「神殿を作ったのは神ではない、お前たち人間の社会だ」

「そ、それは、そうかもしれませんが……それでも、神の言葉なら――」

「お前は正しい行いをしているが……神について、誤解していないか?」

「は?」 

「私は私について、細かく説明もできるが……そのためには、前提となる知識がお前たちに足りん。ゆえに、便宜上のわかりやすい存在として、神を名乗った」

「「えええっ!?」」

 

 モモンガのみならず、アルベド以外の全員が呆けた声を出した。

 エンリやクレマンティーヌも、である。

 

「え? では、モモンガ様は神ではないのですか?」

 

 エンリが眩暈すら感じながら呟く。

 

「いや。神だぞ。お前たちが私を神と認めるならば、な」

「そ、それでは神でもなんでもないではありませんか!」

 

 ロバーデイクが少し激昂して言う。

 

「そこが誤解なのだがな……とりあえず、私が人間でないこと、見てわかるだろう? 一方で、お前たちの中で人間について説明できる者はいるか? お前たちは何を以て人間を名乗っている?」

「それは……」

 

 そういうものとしか、わからない。

 使う言葉は、亜人とて同じ。

 能力面の細かな差異はあるが、能力が人間の証明なのか。

 

「私の目から見れば、人間も森妖精(エルフ)小鬼(ゴブリン)も大差ない。お前たちにとって私は神と大差ないであろうし、神と称した方がわかりやすかろうと思ったまでだ。言っておくが、私はこの場にいる者が信頼できると考えて、この話をしている。他言はするなよ。音は外に聞こえんようしている」

「モモンガ様……っ! 私にそんな重大な秘密を!」

 

 エンリが感動の涙を流すが。

 

「俺たちが聞いて大丈夫な話なのか?」

「わ、私まだ何も返事してないんだけど……」

「…………」

 

 ヘッケランとイミーナは困惑し。

 ロバーデイクは考え込んでいた。

 

「さて、意地悪な質問をしたな。ロバーデイクよ、お前にとって神とは何だ? 信仰系魔法とはどのように唱えられていると思う?」

「神とは、我らに加護を与え、救いをくださるものです」

「正しくないな」

「では何だとおっしゃられるのです」

 

 ロバーデイクは元神官であり、神学もそれなりに修めている。

 このような議論はある意味で親しんだものだが。

 目の前の“女神”の言葉は、よく知る形式的な議論ではない。

 

「加護を得ているのはお前だ。そして、神ではなくお前が、人々や仲間に救いを与えるのだ」

「そ、そのような傲慢な!」

「元神官だと言ったな。神殿に入ることを選んだのは誰だ? 神官の道を選んだのは? その道を捨て、今の在り方を選んだのは? もっと言ってしまうなら、魔法を使う対象を決めるのは誰だ?」

「…………私、です」

「お前は天にいる神を信じる前に、己自身をまず信じたのだ。それが信仰であり、お前に魔法と言う力を与えている」

「信仰系魔法とは、私の祈りに対し神が与えてくれるものではないのですか?」

「ない。同じ神を信仰する神官がどれだけいる。彼らの祈りを個別に聞き、適切な術を与えるとでも言うのか?」

「無論です。神の御力は無限であり、我らはその力を得ているはず」

「神の力は有限だ。お前たちから見て、あまりに大きすぎるから、無限と思っているに過ぎん」

「な、な……」

 

 目を見開き、言葉に詰まってしまう。

 

「私はお前を罵っていない。お前はお前の力で人を救い、お前の意志で善行を為しているのだ。だから、胸を張れと言っている。ただ、都合よく神を言い訳にしないでほしいが」

 

 そうだ。

 女神はどこまでも彼を誉めている。

 神を貶めるのでなく、ロバーデイクを持ち上げている。

 

「言い訳、ですか」

「そうだ。小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)を倒したことはあるか?」

「あります」

「彼らに、回復魔法をかけたことは?」

「ありません」

「かけた場合、回復魔法は発動しないと思うか?」

「いえ、私が望めば……発動するでしょう。相手がアンデッドでもなければ」

「つまり、お前は傷ついた者といっても、かける相手を選んでいるのだろう?」

「そうですね……」

「それを、神の教えだとか、神の判断などと言うな。お前が、お前の意志で決めているのだ。その責任を持て」

「そういう、ことですか」

 

 ロバーデイクは顔を上げた。

 

「さて、私は騙りの神かもしれん。私の誘いを受けるかどうかは、お前がお前自身の意志で決めるのだぞ、ロバーデイクよ」

 

 女神が微笑んでいた。

 





 なにげに女神とめっちゃ長話してるフォーサイト。
 これだけでカルネ村だと妬み殺し案件。
 そしてエロの気配はどこに……。

 ジルやラキュースがこんな話するのもなって感じで今回はこんな話になりました。聖王国組では別の意味でこんな話できないでしょうし。

 実際のロバーは、神殿についてもっと割り切ってる気もするんですが。
 原作内で最も善良な神官だったと思う、ロバーデイクさんに議論かませ犬してもらいました。
 ロバーとしては、神殿に本気でクレーム付けてほしかったわけでなく、もうちょっと枠を緩めさせてくださいよー程度です。
 そしたらなんか、女神からマジレスがって感じで。

 と、前回のアルシェの目のことですが。
 信仰系魔法の位階は、ロバーを基準で「たぶん」「だいたい」とつけつつ、仲間に数値で伝えています。
 実際にはハッキリとわからなくても以下の感じで見えてます。

ロバー:基準値、第3位階まで使える(という本作での設定)
エンリ:ちょっと下、たぶん第2位階
アルベド、ペイルライダー:倍くらい、第5~7位階?、モモンガ見たので高く見積もり
クレマンティーヌ:なし、呪文使わない
アイボールコープス:魔力系第8位階(という本作での設定)
モモンガ:魔力系超位


 そして、いろいろ忙しくなってきましたので、また投下がまばらになります。
 短めでも、なるべく投下していきたくは思っていますが……(汗)。


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31:俺は暴力が嫌いだ そいつは嘘じゃねぇ

 帝国の運命が、歌う林檎亭で決まっていく!



 イミーナとヘッケランは、願い事について事後報酬にしたいと言った。

 当のカルネ村がどんな場所か、女神に何ができて何ができないか、知らねば良い願いもできなかったし。

 二人にとって重要な願いになるかもしれない。

 心の整理だって必要なのだ。

 

「ワーカーの仕事は金目当てと聞いたが。案外、現金を要求したりはしないのだな」

「だって、お金持ってないんでしょ?」

「お前たちが望むなら、王国なり帝国の国庫から拝借してもよかったが……」

「いや、そんな明確な盗品はちょっと……」

「そう答えられるなら、お前たちは立派だぞ。心貧しい者なら、奪った金でもかまわず欲しがるだろうからな」

「さすがに……ね」

「ああ」

「ふふ、そんなお前たちだから、私も認めたのだ」

 

 イミーナとヘッケランが頷き合う。

 そんな様子をモモンガはにこやかに眺め。

 アルシェとロバーデイクも、誇らしげな顔となった。

 

「では、一応願いは聞いたのだから、カルネ村に来てもらうぞ。それなりに引き払うつもりで準備しておいてくれ」

 

 四人がそれぞれに頷く。

 こうしたフットワークの軽さは、モモンガとしてもありがたい。

 

「あ、モモンガちゃーん、話終わったなら、そろそろ外で騒いでる子の対処をした方がいいんじゃないかなーって」

 

 周囲を固めるアンデッドたちの報告は、クレマンティーヌに届けられている。

 クロマルに阻まれた野次馬たちの先頭。

 騒ぐ女騎士の存在も、彼女はしっかりと認識していた。

 

「外で? 例の皇帝が来たのか?」

 

 首をかしげるモモンガ。

 皇帝という言葉にざわめくフォーサイト。

 

「いや、なーんか四騎士の一人って名乗ってるよー」

「ふむ。メッセンジャーということか。いいだろう。イミーナ達との話も終わったところだ、入れてやれ」

 

 

 

 

「ええっと……バハルス帝国四騎士が一人“重爆”ことレイナース・ロックブルズと申します」

「私が女神モモンガ――そして我が伴侶たる……」

「アルベドです」

(くふーっ! 伴侶!)

 

 レイナースが通された店内で、女神は普通の客と同様に席で座っていた。

 古びた酒場である。

 貴族は無論、明らかに超常的な美貌を持つこの女神らがいるにふさわしい場所ではない。

 

(それにしても……ここまで違うと、嫉妬すら感じませんわね)

 

 美貌の持ち主には、いつも嫉妬を覚えるのが常のレイナースだが。

 目の前の二柱は次元が違う。

 たとえ呪いを受ける前であろうと、彼女らとは比べ物になるまい。

 

(それにしても……)

 

 素早く店内を探るレイナースだが、状況がわからない。

 奥のテーブルには、ワーカーらしき男女四人組。

 また傍のテーブルには奴隷らしき森妖精(エルフ)らが三人。

 白と黒の女神はぴったりと身を寄せ合うように座り。

 傍にはただものでない女剣士と暗黒神官が控えている。

 

(どういう状況で、私はどういう立場として迎えられたのかしら)

 

 彼女は貴族である。

 女神に対しても相応の礼儀を示さねばと、考えていた。

 

「レイナースよ、ここは酒場だ。料理なり酒なり頼むがよい。もっとも、我らはさして(ふところ)豊かではないのでな。料金は自前で頼むぞ」

「っ……承知いたしました」

 

 可能な限り冷静に。

 レイナースは店に注文し、軽い食事と、それなりに高級な酒をボトルで頼む。

 自然と女神のいるテーブルに向かい、杯を交わすためだ。

 

(料金は私の自前……つまり、あくまで公的な関係はなく、酒場で出会った行きずりと言うことですわね)

 

 緊張を隠し、カウンターで出された料理と酒を手に、女神の元へ。

 料理は洗練こそされていないが、十二分に食欲をそそる香り。

 宮廷や貴族の家なら、こんな作法は軽蔑の的だろうが。

 場所によって“作法”は違う。

 庶民の場で貴族の礼儀作法を取り出すのは三流以下。

 こうした店なら、それに合わせた作法を示さねばならない。

 そのまま席につかず、モモンガとアルベドのグラスを受け取り、持って来る。

 

「おや……よいのか?」

「私はモモンガ様に、個人的な願い事があってうかがった身。どうか耳を貸す代価と思ってくださいませ」

「ん? 皇帝から言われて来たのではないのか?」

「モモンガ様のお答え次第では、皇帝に次第を伝えさせていただきます」

 

 モモンガは首を傾げた。

 

「私としては、お前たちの隠密部隊とやらを捕らえ、彼らの言葉を受けて来たのだが。直接、皇城なりに現れるべきであったか?」

「いえ、そのようなことは。元は私も皇帝陛下の護衛として訪れたのですが――」

(隠しても仕方ありませんわ。陛下には悪いですけれど、勝手に手札として使わせていただきましょう)

 

 レイナースは、皇帝が広場に来ようとしていたこと。

 共にいた主席宮廷魔術師フールーダ・パラダインの異変。

 それによる皇帝一行の一時帰還。

 レイナースが自身の個人的事情から、単独行動していることなど。

 少なくとも、広場で女神を見て、ここに至るまでの事情は隠さず明らかにした。

 

「ふむ。高齢だったならいろいろとあるのだろうな」

「年齢を感じさせぬ方でしたが……」

 

 などと言っていると。

 

「いや、違う。パラダイン師は私と同じ目を持っている」

 

 会話内容に耐えかねたアルシェが、テーブルから立ち、口を挟む。

 さすがに女神と四騎士相手にツッコム度胸はないが。

 それなりに尊敬し、感謝している師への渾身のフォローである。

 

「ほう? アルシェと同じ生まれながらの異能(タレント)を? なるほど、彼女と同様の衝撃を与えてしまったか。悪いことをしたな……いや、あの場で皇帝に会っていたら、アルシェやロバーデイクと顔を合わせず、イミーナともあの場限りになっていたやもしれん。これも巡り合わせの妙というものか」

「あ、あの、ではフールーダ様に衝撃を与えるほどの御力を、モモンガ様はお持ちなのですか!?」

 

 一人呟くモモンガに、レイナースは食いつき気味で問う。

 

「その老人よりは上だ。それでお前は、私に何を望む、レイナースよ」

「私の、この身にかけられた呪いをどうか、解いていただきたく……!」

 

 ずっと顔の片方を隠し続けていた髪を上げ。

 醜く膿み爛れた半面を示す。

 エンリやフォーサイトの面々は息を飲んだが。

 モモンガとアルベドはむしろ、興味深そうに“そこ”を覗き込む。

 

「呪い? それはお前の容貌以外に何らかの害を与えているか?」

「容貌を損なって、私はかつての全てを失いましたわ」

「ああ、お前の呪いを軽んじるわけではない。視力阻害や継続ダメージ等はないのだな?」

「え? ええ……そういった類は確かにありませんが」

「どういった状況で、かけられた呪いだ?」

「モンスターを討伐した時に、死に際の呪いとして……」

「そのモンスターはどんなものだ?」

「それは――」

 

 モモンガは矢継ぎ早に質問し。

 レイナースは可能な限り正直に答えた。

 納得した様子で頷き、指示を出した。 

 

「少し調べてみよう。アルベドも頼む。クレマンティーヌ、集眼の屍(アイボール・コープス)を一体店内に入れて調べさせろ」

「はっ」

「りょーかいー」

 

 入って来た何かに、アルシェが小さく息を飲んだが。

 かまわず、二柱の女神と……見えない何かが、多数の呪文を矢継ぎ早に使い、レイナースを精査する。

 かけられるのは、聞いたことのない呪文ばかり。

 占術系なのだろう。肉体異常を感じるものはない。

 この精査だけでも、二柱がフールーダ以上と十分にわかった。

 

「あ、あの、よろしいのですか?」

 

 明らかな期待のこもった声で問う。

 彼女としては相応の取引を――たとえ解呪など不可能でも、持ちかけられると思っていたのだ。

 その取引の内容や態度によって、女神を見極めんとしていた。

 だが、女神は勝手にレイナースを調べ始めている。

 

「どーせ、モモンガちゃんは決めたらやっちゃうし、逃がさないからねー。それにまだ解除するって話じゃないと思うよー」

 

 ただ一人、レイナースの不安を察したクレマンティーヌが、軽い口調で慰めた。

 女神らはレイナースの言葉などろくに聞きもせず、よくわからない言葉の混じった会話をしている。

 とりあえず、黙って待つ他なかった。

 

 

 

 

「結論から言うが、レイナース。お前の望む意味での解呪は、私には不可能だ」

「不可能……その、私が望む、と言いますと?」

「かつての容貌に戻り、今の実力を維持し、以前の生活に戻る解呪は不可能だ」

「そ、そこまでは望みませんわ。容貌さえ戻れば……」

「それだけならば、手段は二つある」

「あるのですか!」

 

 レイナースは立ち上がり、すがり付かんばかりである。

 

「お前のそれは、既に呪いであって呪いでない。お前は呪いを力として利用している」

「それは……」

 

 レイナースも薄々感じてはいたことだった。

 呪いを受けて以来、異様な力が宿っており。

 それが彼女の血生臭い復讐を達成させたし。

 帝国四騎士の地位獲得もまた、可能にした。

 

 モモンガとアルベドは、はっきりと認識しているが。

 それはレイナースが得た「カースドナイト」のクラスによる。

 呪いはクラス取得条件となり、彼女がそのクラスである限り決して解除のできない……いわば習得済スキルに等しい。

 

「今や呪いは、お前の本質の一つ。ゆえに“正常に戻す”類の術では、決して除去できん。つまり、お前の本質自体を書き換えねばならん」

「ほ、本質を……? つまり、私が私でなくなるのですか?」

「それはお前次第だな……確実だがお前が好まぬであろう方法と、不確実だがうまくいけば理想になりうる方法がある」

「ぜ、前者からお聞きしても……?」

 

 ごくりと、レイナースの喉が鳴った。

 手は震え、グラスを持つこともできない。

 祈るように両手を握り合わせ、女神の言葉を待つ。

 

「お前をアンデッドにする。知性も自我も与えるが、本質は大きく変わるだろう。私への帰属意識も生まれる。今より遥かに高い戦闘力を得ること保証するが、戦い方等も大きく変えねばなるまい」

「アンデッド!? そ、それは呪いを解いても醜悪な外見となるのでは?」

「ほう、まずそこを懸念するか。クレマンティーヌ、彼女は呪いを晒した。どうせフォーサイトにも紹介すべきだったのだ。外して見せろ」

「えー……見世物じゃないんだけどー」

 

 不満そうに言いつつも。

 クレマンティーヌは不意に横を向く。

 いや。

 体はそのままに。

 首だけが真横に……。

 そしてずるりと首が滑り落ちるかと思えば。浮かび。

 

「――っとまあ、私はこのとーりアンデッドなんだよねー。めちゃくちゃ強くなったし、特に不自由もないのは保証するよー」

「ひっ!?」

 

 浮かんだ首は、レイナースの目の前に来る。

 その顔は、活き活きとした表情を見せ。

 頭の下には黒い靄。

 体の……肩の上もまた黒い靄があるのみ。

 さすがのレイナースも息を飲み、悲鳴を漏らす。

 というか、フォーサイトや影の薄い店の亭主も悲鳴をあげていた。

 

「彼女のような、自我と知性と外見を保ったアンデッドとなる。呪いを残さぬよう、戦士型から外れた……魔法詠唱者(マジックキャスター)型か、特殊能力型のアンデッドになってもらわねばならんがな」

 

 騎士系の高位アンデッドは、たいていカースドナイトのクラスを持っている。

 クレマンティーヌは剣士系特化ゆえに持っていないが……レイナースは信仰系も兼ね備えた聖騎士タイプ。騎士系アンデッドでは、カースドナイトを持たないモンスターがモモンガには思い当たらないのだ。

 中位アンデッドならば話は別だが……戦力的にもったいないし、モモンガの基準ではなんだか申し訳ない。帰属してくれるならば、ニグンやクレマンティーヌ程度の戦力にしたいのだ。

 実にユグドラシル脳である。

 

「そ、そうですの……」

 

 いろいろと常識が違う。

 レイナースはとりあえず、そういうものと流すことにした。

 目の前ではモモンガが、宙に浮かぶクレマンティーヌの髪を撫で。首だけで器用に空中で転がりじゃれついている。

 

「ええっと、では不確実な手段と言うのは……」

「これは私にはできん。私の下僕か……人間の方が信頼できるなら、蒼の薔薇のラキュースあたりを頼れ。一度死んで、蘇生魔法を受けるのだ。お前が呪いを真に退けたいと願うなら、呪いを失った体で復活できるだろう」

「死ぬ!?」

「苦痛はないぞ。私はいわば死の神。苦痛なき死については、相当の自信がある」

 

 胸を張って言われても、レイナースはまるで嬉しくない。

 しかも、その膝上にはクレマンティーヌの首が収まり、マフィアのボスに撫でられる猫よろしく、ごろごろと転がっている。異常そのものの光景だ。

 

「あの、どちらにしても私は死ななければならないのですか……?」

「そうだな」

「死なずに呪いを解く方法は……ないのでしょうか?」

「ない。幻術で容姿をごまかす程度だろうな」

「…………」

 

 会話を続けること自体が、レイナースにとっては己の正気を保つ手段だったが。

 どう答えればいいかわからない。

 ぱくぱくと、空気を求める魚のように、無様に口を動かすばかり。

 

「急かす理由もない。そのままでいることを選んでもいいだろう。相談料をとるつもりもない。お前自身の意志で決めるがいい。たとえ今決めずとも、私はカルネ村にいる」

「問答無用でアンデッドに変えたりはなさらないのですか?」

「それに何の意味があるのだ?」

「えっ……いえ、人材とか……私、それなりに戦えるつもりですが……」

「アルベドより強い戦士はいないし、遊撃はクレマンティーヌで十分だろう。森の警戒はクロマルが行っている。他にも戦力にこと欠いてはいない。お前が希望せねば、私はお前に何もせん」

 

 嘘である。

 戦力が本当に足りていたら、そもそもフォーサイトを勧誘したりしない。

 あくまで、レイナースを強く誘うと帝国との関係が面倒くさそう……という何となくの判断に従った結果であった。

 

「そう、ですか」

「私は気に入らん存在には残酷だが。どうでもいい存在を追うほど暇でもない」

「…………」

 

 どこか呆気にとられたように。

 脱力して、レイナースはただ、頷いた。

 この女神にとって己はどうでもいいのだと。

 ただ願って来るから、気まぐれに付き合ったと。

 そう言われたのだ。

 

(私は……私は内心で望んでいましたのね。この女神に問答無用で殺され、アンデッドと化し……仕方ないと己に言い訳させてくだることを)

 

 そんなレイナースの様子に。

 神を言い訳に使うとは、こういうことか――と、ロバーデイクは己を戒めた。

 

 そんな時。

 

「ん? んんー?」

「どうした、クレマンティーヌよ」

 

 モモンガの膝上で、猫のように撫でられていたクレマンティーヌの首が唸り、転がり、目を細めた。

 店外で警護するアンデッドらの報告が入ったのだ。

 

「皇帝さんが、来たっぽいかなー?」

「ほう。ようやくか」

 

 モモンガが酒杯で唇を湿らす。

 アルベドが、主の膝上で転がる首を小突いた。

 

「クレマンティーヌ、戻っておきなさい」

「はいはい、アルベドちゃん。わーかってるってー」

 

 アルベドがぴしゃりと言えば、クレマンティーヌの首は名残惜し気に頬ずりをしてから……ふわりと浮いて、己の肩の上に戻る。

 すぐにモモンガたちの耳にも、豪奢な馬車の車輪音が聞こえ始めた。

 

「レイナース、聞いたか? 皇帝が来るらしいが……席を譲ってやるか? それとも、そこにいるか?」

「わ、私は……ッ!」

 

 逡巡は一瞬。

 レイナースは席を立った。

 彼女は……どこまでも己がかわいくて。

 ここで焦って、己の命を差し出す勇気もなく。

 先に己を差し出すであろう者……皇帝に席を譲ることにした。

 そんな姿に、アルベド、エンリ、クレマンティーヌは眉をひそめたが。

 

「よい。存分に迷え、レイナース。人の運命を決めるのは神ではない。常に己自身だ。私とて知らぬ解呪方法があるやもしれんからな」

 

 モモンガは上機嫌で笑う。

 店の前で馬車が止まり。

 誰かが降りる足音。

 騎士たちも馬から下りているようだ。

 アルベドは店内から指示し、クロマルを入り口脇に控えさせた。

 

 そんな音を聞きながら。

 モモンガは、皇帝が入る前にアルベドを抱擁し。

 これが己の決めた運命だと示すように。

 最愛の伴侶の唇を味わった。

 




 なんか話の内容もゆっくりしてきて、ちょっとテコ入れすべきなのかなと迷ったりも。
 次回、やっとジルとご対面です。
 フールーダも来ます。

 解呪方法提示されると、レイナースとしてもあっさりとは決められません。
 保身優先で、皇帝の下についてた身ですしね……。

 唐突にキスしてるのは、分割思考できないモモンガさんがアルベド分求めてです。
 分割思考で常時賢者モード維持してるアルベドと違い、モモンガさんはちょっとしたことですぐムラムラします。
 そういうものと割り切ってるエンリさんはともかく、クレマンさんは常にNTR気分ですね。
 あとクロマルが生殺し。


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32:ハイクを詠め


 今度は、歌う林檎亭から動かなくなったモモンガたち!
 旅とはいったい……!
 なお、女神は形式ばったの嫌いだから、皇城には行きません(ネタバレ)。



 

「……恐ろしいほどの魔力の持ち主らが、姿を消して店を囲んでおりますぞ」

「俺としちゃ目の前のあの魔獣から、早く逃げたいんですけどね」

 

 フールーダとバジウッドが声をひそめて言う。

 無駄とはわかっているが。

 それでも、あまりに恐ろしい。

 むしろ店の前でたむろしている野次馬どもはどうして平気でいられるのだろう。

 ここは未踏のダンジョンの前でも。

 敵城の中でもない。

 帝都の、ごくありふれた酒場の前なのだ。

 それでも、彼らがこれほどの緊張を感じたことはなかったろう。

 

「どれも女神ほどではなかろう。女神の放置はできぬ。愚かな市民が機嫌を損ねるだけで、何が起きるかわからん」

 

 戦闘力において信頼する二人の言葉に、皇帝ジルクニフは身震いを封じ。

 軽く肩をすくめて、どうにか己を無理やりリラックスさせる。

 歌う林檎亭。

 聞いたことのない酒場だが、レイナースもここに入ったと聞いている。

 

 四騎士のニンブルが、皇帝の先に立った。

 中には既に知られているのか、強大な魔獣は横に退いてくれる。

 

(ありがたい……魔獣に正面から対峙せず済んだだけでも、第一関門突破と言える)

 

 ジルクニフは内心で大きく息をついた。

 日頃は冷静なニンブルも、明らかに安堵の息をついている。

 今回ばかりは、その無作法を咎める気にもなれない。

 損な役目をさせて、申し訳ないほどだ。

 

(女神とは……本当に何なのだろう)

 

 フールーダとバジウッドが左右を。

 ロウネが続き、背後をナザミが固める。

 

(じいから聞いた通りの実力なら、守りに意味などない気もするが)

 

 皇帝という地位を女神に示す必要は……まあ、あるだろう。

 他の部下が殺されにくくなりそうだと、ジルクニフは自嘲した。

 

(悪い夢なら、よかったのだが)

 

 周囲はいつもと同じ帝都の喧騒。

 ただ、誰もが女神の美しさを讃えている。

 そして今日一日で女神がしてきたことも、否応なしに耳に入ってくる。

 

 服飾店での一幕。

 白い清楚なドレス。

 露店を巡っていたこと。

 エルヤーを一方的に退けた一件。

 女神と共に入ったワーカー。

 さんざん揉めて入って行ったレイナース。

 今来た皇帝一行への勝手な憶測。

 

 野次馬らは随分な数だ。

 己の態度次第では、殺されはせずとも……エルヤーと同様の恥をかかされるだろう。

 それは彼のようなカリスマと権威で地位を保つ支配者にとって、事実上の死刑宣告に等しい。

 踏み入るには覚悟が、必要だった。

 

 

 

 

 扉を開いた時。

 女神はどこか艶っぽく、微笑んでいた。

 同じ顔で白と黒の衣装、身を寄せ合い、互いを見ていた視線が。

 ジルクニフらに向く。

 敵意も侮蔑もない。

 緊張していたニンブルから、安堵の気配を感じる。

 バジウッドとジルクニフも、女神の微笑みに安心し。

 自然な様子で接しようと心づもりする――

 が。

 

「おおおおおおおおおおおおお!」

 

 異様な雄叫びともむせび泣きとも言えない声が響いた。

 彼の魔獣が横から襲って来たかと思えたほどだ。

 四騎士も、それぞれ武器に手をかける。

 店内では、女神やレイナース、その他の者らも目を丸くしていた。

 

「おおおおおおお! やはり御身こそ神! わわわ私の求める、全てを持つ御方!!」

 

 声の主は、先刻以上の凄まじい顔になったフールーダ・パラダインであった。

 彼は絶叫しながら跪き。

 

「ひっ」

 

 思わず飛びのいたニンブルの足元を、異様な姿勢と、驚異的なスピードで這い抜け。

 奇怪なモンスターじみた様相で、女神の方へ進む。

 誰もが、呆然とするしかない。

 女神たる二柱さえも、予想を超えた異常な存在に固まっていた。

 

「かかかか神よっ! どうか私に! その深淵なる英知の一端を!!!!!!!」

 

 その姿は既に人間でない……と言えれば、気楽だろうが。

 狂人特有のグロテスクな表情と姿勢。

 わめきながら這いより、女神のテーブルの下に這い込み、その足を舐めまわさんとする奇怪な生物。

 フールーダのそれは肉欲にあらず、狂気、狂信、妄執、固執。

 生きた怨霊そのもの。

 人間よりも、アンデッドに近い性質のそれが。人間の肉をまとい。奇怪な歪んだ老人の姿で迫ってくるのだ。つい今しがたまで、女神は二人で絡み合ってキスしてたのに。

 このアトモスフィアの落差に、アルベドすら硬直した。

 

「神! かか神よ! おおおおおおお、神の御脚に――」

 

 老人の口から触手クリーチャーめいた長い舌が伸び、蠢く!

 実際コワイ!

 

「神よ! どうか! どうか!」

 

 枯れた手が女神の白い足に伸び、不浄なる舌が肌に迫る!

 しかし。

 狂人を退けるは、常に狂人!

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 

 背後から狂信者エンリによるアンブッシュ!

 そのメイスに敬老精神は皆無!

 凶悪な形状のメイスが、オバケめいた老人の背に食い込みテーブル下から引きずりだす!

 

「グググ――死ね! コムスメ、死ね! 〈龍雨(ドラゴンライ)――」

 

 老人が振り返り、おぞましい生命力で目を剥きながら、魔力を集中!

 第5位階=ジツを放たんとする!

 正気でない! エンリの背後には皇帝たちもいるのだ! 放たれれば、帝国首脳部はすみやかに消滅!

 同じく狂人の域に足を踏み入れたはずのクレマンティーヌも反応が遅れた!

 女神も硬直中!

 ナムサン!

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 

 エンリの目にセンコめいた光が宿った!

 ジツを放つより早く、老人の顔面にメイス!

 ほとんど致命傷!

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 

 狂人の闘争にアイサツはない!

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 

 後頭部! 常人なら死亡不可避!

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 

 床に倒れ伏した老人を容赦なく踏みつけながら、地獄めいたメイスが幾度も振り下ろされる!

 トドメの確認もない!

 ただひたすら無慈悲!

 

「イイイイイイイヤーッ!」

「グググググググワーッ!」

 

 老人はネギトロとなり沈黙昏倒!

 だが、これほどの激闘の中ですら、エンリの女神リスペクトは完全!

 飛び散った不浄の変質者的返り血は、全てエンリが受け止めていた!

 ワザマエ!

 

 

 

 

「――はっ。エンリ、よくやりました」

「そ、そーだよ。エンリちゃんマジすごーい。さすがモモンガ様が唯一自ら認めただけあるねー!」

 

 知性に優れたアルベドと、荒事と狂気を親しむクレマンティーヌが最初に正気を取り戻した。

 キリングフィールドのアトモスフィアも霧散する!

 

「変質者を近づけずに済んでよかったです! 広場では、あの愚かな輩のためにモモンガ様の手をわずらわせてしまいましたから」

 

 血まみれでにこやかに照れるエンリの表情は、いつも通りだが。

 その即応性と無慈悲さは常人の域を大きく超えている。

 ただ一人彼女だけが、冷静に躊躇なく変質者を迎え撃ったのだ。

 エンリが動かねば、モモンガの美脚が、おぞましい唾液で汚されていただろう。

 さらに上まで進まれ、アルベドが日常的に舐めている箇所まで至られていたかもしれない。

 そうなれば、貞操を奪われたも同然。

 あの老人とアルベドは間接キスである。

 いや足先だってしょっちゅう舐めているのだ。

 舐められて許せるものでない。

 

「思い知らされたわ……エンリ。貴方は本当に素晴らしい護衛よ。モモンガ様になくてはならない存在だわ」

「あ、ありがとうございます、アルベド様!」

 

 アルベドも心から彼女に一目置く一件だった。

 いや、人間を高く評価した瞬間とすら言えよう。

 

 そしてさらに幾呼吸が過ぎ。

 同じタイミングで。

 どこか似た二人が正気を取り戻した。

 

「「な、なんだ? 何が起きた?」」

 

 二つの声が重なる。

 声の主は鏡を見るように、互いを見た。

 女神モモンガと、皇帝ジルクニフ。

 後世にはいろいろと美化されもするが、二人の出会いはおよそこのようなものであった。

 

 なお、アルシェは度重なる心労とショッキング過ぎる光景に耐えきれず、意識を手放していた。

 





 この後の皇帝との出会いも今回でするつもりでしたが、切った方がよさげだなと思ったので。
 短めですが、ここで切ってひとまず投下。
 アトモスフィアを通常に切り替えましょう。

 性的な目で見られることには慣れていた二柱ですが、マジモンの変質者と出会うのは初めてでした。
 アルベドだって、設定上は知性が高くたって実際の人生経験は子供みたいなものですからね。
 クレマンさんは、皇帝側が手を出して来るとは思ってなかったし、ちょっと油断してた感じですね。

 皇帝が来ると聞いても、女神を不快にしたら即殺すわって思ってたのはエンリさんだけです。
 外の社会をよく知らないだけに、モモンガの仲間の中では、エンリさんが実は一番の狂犬かもしれない件。
 アルベド以外でクロマル(100レベル魔獣)に乗れる唯一の人物ですし。
 今回でアルベドも、エンリを高評価し始めました。
 皇帝が帰ったら、モモンガさんからも褒めてもらえるでしょう。

 今回、フールーダをネギトロにしたので、エンリさんはレベルアップしてます。
 でも信仰系魔法職としてのレベルアップはしないでしょうね、これじゃ……。
 村でも、村人らとの訓練で指揮役をしてるので、ウォーロードとかのクラスでレベル上げてます。
 なので信仰系が第2位階だからと、エンリのレベルが低いわけではありません。
 原作の漆黒の剣よりは強いくらいになってます。
 今後もエンリさんの活躍があれば、その狂人の戦いぶりを示すため特殊なスラングで語られる可能性があります。

 なお、フールーダは戦闘不能になっただけで、別に死んでません。
 でも回復させると問題起こしそうなので、たぶん皇帝が帰るまで放置されます。
 暴走オブ暴走し、皇帝のいる方に攻撃呪文を撃とうとしたフールーダは、ジルクニフから普通に危険人物扱いされ始めてます。
 撃とうとした呪文はドラゴンライトニング。「龍雨」になってるのは「雷」まで言えなかったという表現意図なので誤字ではありません。


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33:少し泣く

 大半は既に去年、ガゼフさんがんばってたの投下してた頃に書いたシーンなので連日投下。
 口調とか、苦労性で責任感あるトコとか、ジルとモモンガは普通に仲良くなれると思ってる派です。



 皇帝らが今の老人を知らない人扱いしても。

 見て見ぬふりをする優しさが、女神たちにもあった。

 モモンガも……アルベドも、なんとなくジルクニフの気持ちを察したのだ。

 ある意味、この一幕ゆえに皇帝と女神は、同じ人物による被害者として奇妙な親しみを共有したと言えるだろう。

 だからといって二人が、あの老人に感謝したりはしないのだが。

 二柱の女神は席を立っていた。

 あの老人が這い込んだテーブルで座っていたくなかったのだ。

 

「……あれも一応、帝都市民には違いあるまい。思わず過剰に攻撃してしまったが、かまわなかったろうか?」

「か、かまわないとも。むしろ変質者を退治してくれて、そちらの神官殿にはお礼の言葉もない」

 

 そう言われて、エンリが胸を張る。

 村娘なら微笑ましい姿だが、血まみれ暗黒装備では威圧しているようにしか見えない。

 

「よかったら、供の方に言って、神殿なりに運び込んでくれるか。回復魔法の使い手はここにもそれなりにいるのだが……回復させると何をするかわからんし、私自身その、気持ち悪い」

「そうだな……私も、さっきのような狂態は見たくない」

「そうしてもらえるか」

「そうしよう」

 

 そういうことになった。

 四騎士の一人であり、寡黙なナザミが、逸脱者とかいう二つ名を持つ変質者を抱え、退出する。

 

「苦労しているようだな」

「いや……ああ、ありがとう」

 

 察した上で気を遣ったと明言されて。

 ジルクニフは肩の力を抜き、素直に接することにした。

 自身の部下の酷すぎる醜態をみたばかりである。

 目の前の女神は、あの狂人より遥かに常識的で善人に見えた。

 

「その……座るのはどうも、落ち着かなくなったので……立ったままでいいか? 疲れているなら、軽めに酒や食事をとってはどうだ? 皇帝の口に合うかは知らんが、私は気に入った」

 

 座るとあの老人に迫られた状況がフラッシュバックするのだろう。

 無理もない。

 その意味でも、女神の精神性はごくごく健全に思えた。

 

「そ、そうですか。では我々も立ったままで失礼を」

「酒や料理は俺が頼んどくぜ。立食パーティーと思えば優雅なもんさ」

 

 ニンブルとバジウッドが動く。

 ロウネはジルクニフの後ろに控えた。

 女神の美しさは想像以上だったが。

 別の意味で想像以上(以下)のものを見てしまった直後ゆえだろう。

 誰も、鼻の下をのばす気持にはなれなかった。

 

「彼らが皇帝殿の信頼する部下か。なかなか尖った人材もいるようだが……ふふ、良い関係を築けているようだな。まるで冒険者やワーカーのチームだ」

「はは、自慢の部下だが……そんな風に表現されるのは初めてだよ。よければどうか、皇帝ではなくジルと呼んで欲しい」

「そうか。私はモモンガ。こっちはアルベドだ」

 

 そうして互いに部下や仲間を紹介しあう。

 砕けた空気ができ、気楽な談笑が始まる。

 フォーサイトはさすがに皇帝との会話に混ざるのは……と固辞して解散し。森妖精(エルフ)らは二階の部屋を休憩に借り。レイナースは少しきまり悪げに、皇帝の後ろに控えた。

 料理を出すと、店の亭主も奥に引っ込む。皇帝の会話を聞いても、面倒になる予感しかしなかった。というか、さっき主席宮廷魔術師によく似た変質者を見たことも、彼としてはかなり後悔している。

 

 

 

 

「しかしジルは、随分とすぐ私の前に現れたな」

「名高く美しい女神が来た以上、一人の男として会わぬわけにもいかないよ」

「おや、皇帝とはそのように暇な身なのか?」

 

 これは供の者ら……主にロウネとバジウッドを見て言う。

 

「いえ、陛下は仕事に溺れ死にかねない状態ですよ」

「まったく寝食を惜しんで仕事仕事ですからねぇ」

 

 モモンガがレイナースをちらりと見ると。

 彼女もこくりと頷いて見せる。

 ロウネとバジウッドの言葉は、皇帝と対談する時間の価値を高めるためだが。実際にジルクニフが寝食を削って書類仕事や各種政治活動に専念しているのは確かなのだ。

 

「すまなかったな。私のせいで面倒をかけたか? きちんと休むのだぞ?」

 

 女神がこう素直に謝って来ると、ジルクニフも調子が狂う。

 なんというか、捉え方が母親だ。

 

「いや、来なければ日をかけてカルネ村に向かわねばならないかと思っていたんだ。こうして来てくれてむしろ助かったよ」

 

 帝都に突然現れるとは思っていなかったし。

 フールーダがおかしくなるほどの実力者とも思っていなかったが。

 

「ふむ……だが、入国もその後も。私は随分とジルの定めた法を破っただろう? 捕らえるなり罰するなり、しなくてよいのか?」

 

 悪戯っぽく笑って問う。

 成熟し、色香をまとう肢体なのに。

 その表情は無防備な少女のそれで。ジルクニフらに警戒も危機感も抱いていないとわかる。おそらくフールーダにも嫌悪感を抱いただけで、危機感などなかろう。

 

「しかし、貴方のしたことは、いずれも民の支持を得るものだ。エルヤー・ウズルスの件など最たるものだな。あれは実力を鼻にかけた問題人物だった。恐ろしいほどの実力を持つ一方で、人格的に大きな問題があった。あれがなければ、帝国四騎士は五騎士だったかもしれん。恥をかかせ、鼻っ柱を折ってくれたこと、私も痛快に感じたよ」

 

 相手が妙齢の女性であること。

 女神を名乗るにふさわしい実力を持つことから。

 ジルクニフは、気安くモモンガの名を呼ぶ気にはなれなかった。

 

「……ありがとう。ジルがそう言ってくれると、私も己の在り方に自信を持てる」

 

 意外な言葉に、ジルクニフは無論、エンリやクレマンティーヌも驚いた。

 これほどの力を持つモモンガが、なぜ他人の目など気にするのか。

 王国ではあれほど暴威を振るったというのに。

 

「貴方は女神なのだろう? 力のままに思うように振舞えばよいのではないのか?」

 

 ジルクニフは敢えて踏み込んで、聞いてみる。

 

「そのつもりなら、私は女神などと名乗るまい。魔王なり魔神なりと名乗っていたぞ」

「それらと女神は、何か違うものなのか?」

 

 超越的な力を持つなら、どちらも同じではないのか、と。

 それに王国での所業は実際、魔王に近いのでは……とは顔色にも出さない。

 

「女神とは崇められ、見られ、語られるものだろう?」

「……恥ずべき行いはできないということかな」

「少し違うな。私を信じる者、愛する者を裏切らないということだ」

 

 アルベド。

 それにエンリやニニャ、クレマンティーヌたちに恥じない己でありたいということ。

 

「なるほど。正しく、貴方は女神なのだな」

 

 世辞半分に、ジルクニフが返す。

 モモンガは不思議そうに首をかしげた。

 

「何を言う。責任と力があれば、誰だってそうだろう。ジルは違うのか?」

「……私が?」

 

 意外な形で己に言及され、ジルクニフは首をかしげた。

 親族や貴族をさんざん処刑し、追放した身。

 法国以外の他国から罵られ、信用されづらい所以である。

 国内でも地域によっては怨まれ続けているだろう。

 特に交戦状態の王国は、彼の所業を鬼畜の如く喧伝していた。

 

「こうしている間も、ジルは皇帝として強く振舞っているのだろう? それは人として歪な生き方だろうな。選ぶには相応の覚悟や決意があったはずだ」

「それは……」

 

 認めてよいものかと。

 ジルクニフは珍しく、口ごもる。

 

「この国が強い敵に攻められたら、ジルは安全な外国に逃げるか? 思わぬ災害で国が貧しくなったら、ジルは国を見捨てるか?」

「逃げも見捨てもせん。私はジルクニフである前に、バハルス帝国皇帝だ。たとえ民が一人になろうとも、私一人になろうとも。帝国が帝国である限り、私は皇帝として国を富ませ、発展させる義務がある」

 

 己の国をよりよくする。

 その点だけは、譲らずやってきたのだ。

 優等生ぶった返答だろうと、それはジルクニフの根源。

 でなければ、そもそも皇帝になど、ならない。

 

「ふふ。ふふふふ」

 

 女神が笑った。

 今までの微笑ではなく。

 本当に、嬉しそうに。

 魂の底から嬉しそうな笑顔を見せた。

 

「そうだ! そうだよな! 逃げも捨てもするものか! たとえ誰もいなくなったって、最後の一人になったって…………守る、よな」

 

 そして、嬉しそうな笑顔のまま。

 かつての己を思い、ナザリックを想い。

 女神は涙を、こぼした。

 

 対面にいたジルクニフにとって。

 いや、ロウネ、バジウッド、ニンブル、レイナース。

 全員が、彼女が本当に女神なのだと確信させる笑顔だった。

 政治的駆け引きをしていたジルクニフの仮面を、砕いてしまう笑顔だった。

 アルベドだけが、痛ましげに眉を寄せたが。誰も気づかない。

 

「王国は酷いものだった。聞けば、かつてはこの国も大差なかったそうだな」

「それは……しかし過去のことで……」

 

 ジルクニフの声は小さく、自信がなかった。

 過去の恥を暴かれたようで、恥ずかしかったのだ。

 

「ああ。今の帝都を見たぞ。人々は活気に溢れ、明日への希望に満ちている。もちろん、細かな問題は人それぞれにあるのだろうが……それでも、国で解決できることは、見事に成し遂げている」

「あ、ありがとう。そう言ってもらえれば、改革を成し遂げた甲斐もあった」

 

 女神は正面からジルを見つめて言う。

 本当に、本当に正面から褒められていた。

 ありふれた追従や世辞ではない。

 己の感情がこんなに容易に変わるのかと、後になれば呆れるほど。

 ジルクニフはただ照れくさかった。

 

「そうだ。お前が全て成し遂げた」

「部下たちがいたからだよ」

 

 まるで子供のように答える。

 ジルクニフは、己の母も親族も全て排除した。

 彼自身が命じて処分した。

 だが、彼はそれゆえ、母を強く求めていた。

 愛妾に据えたロクシーも、母性ゆえ重視した。

 

「お前が彼らを幸せにしたんだ」

「そうすれば国が富むから、だよ」

 

 言い訳じみていた。

 よくあるお世辞だし。

 素直に礼を言えばいいだけなのに。

 ひどく、面映ゆかった。

 

「それでも、だ。よくやったな、ジル。お前が決め、成し遂げたことは本当に素晴らしいんだ」

「あ――」

 

 ありがとう、と言おうとしたが。

 目から溢れる何かが、喉からこみあげる何かが、声を邪魔した。

 ジルクニフは、母が欲しかったのだ。

 相手に彼の権力を求める気配がわずかでもあれば、違ったろう。

 だが、今。

 

(私の前にいるのは女神ではないか。女神に甘えて……何が悪い?)

 

 フールーダのあれこれで、彼は既にかなり疲れてもいた。

 

「容易ではなかったろう。私は一度はあきらめてしまった。だが、ジルは、私には計り知れないほど、がんばって……みんなを幸せにしたのだ。すごいことだぞ」

 

 女神の手が伸びる。

 護衛の騎士らも、誰も反応しない。

 その手は、皇帝の金の髪を撫でた。

 皇帝の目から溢れるそれは、止まらない。

 顎まで伝い、雫が床に落ちていたが。

 止まらなかった。

 

「よくやった、ジル。お前という男が生まれ、皇帝になってよかった」

 

 目の前にある女神の顔が、なぜか見えなかった。

 上から目線にすぎる言葉ではないかとは。

 欠片も、思わなかった。

 

「ばた、ひば――」

 

 私は、と言おうとしたのに。

 声が濁る。

 声が途切れる。

 体がふらふらと揺れる。

 しっかりと、立っていなければいけないのに。

 褒められた礼くらい、言わなければいけないのに。

 

「声を出しづらいか? ふらつくか? 気にするな。生きていれば、そんな日もあるものだ」

 

 女神の声はどこまでも、やさしい。

 ぱた、と翼の羽ばたく音がした。

 ぼやけて見えていた女神の顔が消え。

 白いものが間近に迫り。

 次の瞬間――皇帝の顔が、柔らかいものに包まれる。

 

「ずっと、がんばってきたんだ。ジルは少しくらい休め」

 

 皇帝の側近は、何も言わず。

 止めもしなかった。

 ただ皇帝の嗚咽だけが響き。

 

(〈魔法無詠唱化(サイレントマジック)〉〈魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)〉〈深き眠り(ディープスリープ)〉)

 

 それもやがて、寝息に変わった。

 女神の胸の中、黒い翼に包まれて。

 皇帝は幼い子供の用に眠りに落ちた。

 

 それは、まさに一幅の宗教画の如き荘厳な光景であった。

 




 少しどころじゃなく泣いちゃいましたね。
 モモンガさんは、ジルクニフの言葉からかつての己と重ね、彼にサービスしてます。
 エロいことは許しませんが、モモンガさんなりに、かつて自分がしてほしかったようなことを、してあげたつもり。
 まあ実際、ブラック業務の人がこんなことされたら即オチ……。
 やはり骸骨と美女のビジュアル差は大きい。
 最後に眠らせたのは、あくまでちゃんと寝てねって意図です。
 それと泣き止んだときに気まずくならないようにって気遣い。
 あと、アルベドとジルは美形なんで鼻水出なかったことにしてくださいw

 今回の話の展開上、前回の後書きに反し、フールーダは即座に神殿送りになりました。
 そして、今回のジルのアレコレは、全てはフールーダのおかげです。
 彼の功績は以下の通り。

・エンリ=サンの経験値になった
・エンリ=サンの組織内評価を爆上げさせた
・アルシェ嘔吐事件をみんな忘れた(どうでもよくなった)
・ジルとモモンガが仲良くなる空気を作った(詳細後述)
・ジルに深読み思考ループに入れない精神疲労を与えた
・モモンガを座らせず、立たせた(最後のは立ってたおかげ)

 ジルがチョロすぎる!という意見もあるかもしれませんが、これこそFRS(フールーダ・リアリティ・ショック)のせいです。原作の謁見時はFRSがほぼなかったので、ジルはずっと冷静でしたし、後でフールーダの裏切りにも気づきました。今回はガチで深刻なFRSだったので、ジルのメンタルはボロボロです。
 また、FRSのおかげで、モモンガさんは皇帝一行を冒険者PTに見立て、フールーダがぺロロンチーノさん的ポジなんやなと勝手に解釈しました。バジウッドが砕けた口調で、レイナースも勝手な行動してたから、なおさらですね。そのへんもあって、ジルに素直な敬意とシンパシーを感じてます。
 泣いちゃったので、これはラナーと違っていい子だな!ってモモンガさんも確信。
 (来る前にちょっと、皇帝の様子を覗いたりもしたんでしょが)

 次回、たぶん帝国編が完!


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34:ああっ女神さまっ

 おとなってかわいそうだね 
 自分より大きなものがいないもの
 よりかかってあまえたり、しかってくれる人がいないんだもの

 いたよ!!

 そら皇帝もオギャるわ!(前回のあらすじ)



 

「……んん?」

 

 古ぼけた見知らぬ天井の下、皇帝ジルクニフは目覚めた。

 今までにないすっきりとした――いや、晴れ晴れとした目覚めだった。

 

「起きやしたか。色気のない顔ですみませんね」

 

 傍の椅子に座っていたバジウッドが声をかける。

 

「どこだ? ここは?」

 

 首を振り、見回す。

 古ぼけた粗末な部屋だ。

 寝ていた寝台も、かろうじて清潔ではあるという程度。

 皇帝になる前も後も、彼はこんな部屋で寝起きした経験がない。

 窓の外は既に日が暮れている。

  

「覚えちゃいませんか? 歌う林檎亭って酒場の二階ですよ。下で女神様と会ったでしょう」

「女神――そうだ! 女神! 女神はどう……した!?」

 

 どうなされた、と言いかけ。

 慌てて皇帝として言葉を改めた。

 言いながら記憶が一気に戻り。

 羞恥に顔が赤く染まり、身悶えしたくなる。

 

(酷い醜態を見せてしまった。それに最後には……ああああああ!)

 

 子供でもあるまいし、あんな無様を晒すなど、と。

 実際に身悶えしてしまう。

 

「はは、俺たちゃ気にしてませんぜ。それに、誰だってあんな風に言われりゃ、ああなりまさぁ。いい年こいた大人ほど、冷静じゃいられませんよ」

「バジウッド、他には漏らしていまいな!?」

「ははは、わかってますって! けど、見てた俺たちは全員、陛下が羨ましかったんですよ」

「ぐ……う……それはまあ、な。というか女神殿はどうしたんだ?」

 

 羞恥で顔を赤くしたまま、ごまかすように問う。

 

「……陛下、あの女神様に抱かれながら寝ちまったでしょう? そしたら、女神様が馬車だとすぐ起きるからって言いやしてね。この部屋を借りて、陛下を寝かせなすったんで」 

「ん? 待て、二階だろう。女神殿が私を運んできたのか?」

「ええ、女神様ってのは筋力もたいしたもんなんでしょうや。陛下をお姫様扱いで抱きかかえて、この部屋まで運んできたんですよ。本当に母親みたく、陛下を寝かしつけてやしたぜ」

「お、お前たちは、それを黙って見ていたのか」

 

 ジルクニフが恨みがましそうに言う。

 恥ずかしい。

 想像すると死にたい。

 

「止めて、俺たちに抱きかかえられたかったんですかい?」

「いや起こすだろう、普通」

 

 泣き寝入って、寝かしつけられたなど、恥ではすまない。

 子供ではないか。

 

「いや、それが女神様のご命令というか……要求がありまして」

「何? 私が寝ている間に、女神殿が帝国に要求をしたのか」

「要求っていうか何ていうか……」

「ロウネが勝手にそれを受諾したのか?」

「いや、そこは俺たち全員でまあ……」

「なんだと? 何を要求されたのだ」

 

 バジウッドらしからぬ、はっきりしないもの言いにジルクニフの眉間にしわが寄る。

 己の無様のせいで、帝国によからぬ要求を押し通されたのではなかろうか、と。

 まさかそのために女神は己を弱らせ、眠らせたのかと、嫌な考えが沸き上がる。

 

「いや、陛下が考えてるようなのじゃありやせんぜ」

「いいから言え」

 

 苛ついた口調になってしまう。

 女神を名乗る存在に、いいように手玉に取られたではないかと。

 そんな存在に気を許して、無防備を晒した己自身が恥ずかしい。

 

「その……可能な範囲で今日の仕事を止めて、陛下をしっかり休ませろと。あと、今後も食事と休憩と睡眠をしっかりとらせるように、との要求でさ」

「は?」

 

 何を言われたかよくわからない。

 国への要求はどうした。

 

「他には?」

「いや、それだけでさ。その後も、しばらくはこの部屋で陛下に付き添ってやしたぜ」

「そ、そうか。で、今はどうなされている?」

 

 かぁっとまた顔が赤くなった。

 女神に会ってから、感情の歯止めが効いていない。

 そして、ついさっきまでの己が恥ずかしかった。

 女神を、世間の愚かな王族や貴族のように考えてしまった己が、疑ってしまった己が、恥ずかしい。 

 

「目を覚ました時に顔を合わせると恥ずかしいだろうから、って。そのまま、例のワーカーと森妖精(エルフ)らを連れて魔法で消えちまいました。またそのうち、来るそうですが」

「そう、か」

 

 落胆とも安堵とも言えない口調だった。

 女神がいないのは寂しく、悲しい。

 だが、もしいれば……女神が俗な要求をしてくるのではと、疑ってしまうだろう。

 

「俺が思うに、ありゃマジモンの女神ですよ。女とか、王とか、魔法詠唱者(マジックキャスター)とか、そんな凄さじゃねぇ。いろいろ超越しちまってまさ。金だの地位だの、欲しがりもしませんぜ」

「そうだ……な」

 

 あれだけ美しく、また己に優しくしてくれたのに。

 まるで劣情も慕情もわかない。

 ただ圧倒的な感謝、あるいは愛情だけがある。

 崇拝……ではないと、思うのだが。

 

「さんざんいろんな女に手出した俺でも、あの女神様にゃ手をだそうって気になれねぇ。怖いとかおっかないとか、そんなんじゃねぇんですよ。なんつうか、俺みたいなもんが触れちゃいけねぇって、思っちまうんです」

「ああ……胸に抱きしめられたのに……そんな気持ちはまるで湧かなかった」

「魔術師殿が、あそこでぶちのめされてなきゃ、ああやって受け入れてもらえなかったかもしれやせんね」

「ん? そういえば、じいは無事なのか?」

 

 初めて酷い状態になっていた、育ての親とも言える魔術師を思い出す。

 

「無事っつうか、あのじいさん回復したら空飛んですぐ戻って来やしてね」

「何?」

「あの窓から、寝てる陛下に付き添ってる女神様に突進しようとして」

「ああ……」

「なんか空中にすげーアンデッドが出て来て阻まれやしたが、女神様は怖がるっていうか……気持ち悪がって、さっさと帰っちまったんですよ」

「それで帰ったのか」

「ええ。陛下が目を覚ますまでいるか、女神様も迷ってたみたいだったんですがねぇ」

「おのれ、じい……」

「ははっ! 調子が戻ってきやしたね」

 

 バジウッドが、酒を勧める。

 改めて気づけば、下は随分と騒がしい様子だ。

 あまり階下の音が響かないだけ、これでも上等な部屋と言うことか。

 

「下はえらい騒ぎですよ。なんせ女神様がずっといらしたんだ。前にいた野次馬連中や、噂を聞いた連中がわんさか押し寄せて、同じ酒やら料理を頼んでるってわけで」

「……他の連中はどうした」

 

 皇帝が来てるからじゃないのかよ、と思わなくもないが。

 確かに女神の方が重要だろうなと、納得していた。

 実際、この日を境に、歌う林檎亭はワーカー御用達の知る人ぞ知る酒場から、女神ゆかりの観光地として一般客で賑わう名店となるのだった。

 

「書記官殿とニンブルは、皇城で陛下の今夜の予定を全部キャンセルするそうで。じいさんも連れて帰りましたよ。扉の外にはナザミが。レイナースは下で一応、野次馬らの相手をしてまさ」

「レイナースは、女神について行かなかったのか?」

「ついて行こうとしたそうですがね。来ると陛下の負担が増えるからダメだって、女神様が断ったんですよ。帝都からいなくなったのは、ワーカー4人と森妖精(エルフ)奴隷3人だけでさ」

「…………」

 

 女神はどこまでも、己のために動いてくれたのだ。

 

「ま、盲信しちゃいけないんでしょうけどね。女神様が陛下を気に入って、贔屓してくれてるのは確かだと思いますぜ。王国はあのザマですからね」

「そうだな。帝都でも同じようなことが起きるのではと、警戒していたが……」

「やっぱ日頃の行いってのはバカにできやせんね」

「神は見ているというわけか」

 

 己は間違っていなかった。

 そう晴れ晴れと笑い。

 酒を飲む。

 杯も中身も。

 いつもよりずっと安くて粗雑なものだったが。

 

(うまい……今まで飲んだ、どんな酒よりも)

 

 また少し、目頭が熱くなる。

 

「……もう少し、寝るか」

 

 早朝、床に転がる酔漢らを避けながら、皇帝は朝帰りした。

 

 

 

 

 時は少し戻る。

 

「よくぞ捕縛に留めた。礼を言うぞ」

 

 窓の外、六騎の青褪めた乗り手(ペイルライダー)が女神に槍を捧げ、敬礼し。

 再び不可視化する。

 

「あんなのでも、ジルには必要な人材なのだろう。レイナース、お前も含めてな」

「……やはり、私を連れて行ってはいただけませんか」 

「ああ。お前が突如姿を消しては、ジルの負担も増えるばかりだろう」

 

 寝台でまだ眠るジルクニフを、モモンガは慈しむように見る。

 アルベドが軽く自己主張するように、モモンガに身をすり寄せた。

 

 ニンブルとロウネは、捕縛されたフールーダを連れ、皇城に向かった。

 バジウッドとナザミは階下の野次馬らに対応中だ。

 エンリとクレマンティーヌも階下にいる(返り血は〈清潔(クリーン)〉の呪文で除去済)。

 

「ですが」

「そうむくれるな。ただ、お前に一つ頼みがある」

「私に?」

「お前の呪いを解けぬ神の言葉など聞くに値せんと思うなら、無視してもよい」

「……何をすればよろしいのでしょう」

 

 レイナースは、モモンガが女神だと確信し。それゆえに女神に従って帝国を離れ、アンデッドと化す覚悟を固めていた。女神の言葉はやわらかいが、聞かなければ助力せぬという脅しにもとれる。

 この口ぶりで、帝国や皇帝への裏切りを唆すわけはあるまい。

 

「お前にとって、たいしたことでない。フルトという貴族の屋敷が、帝都にあるはずだ」

 

 元貴族として、知らぬ名ではない。

 

「……既に貴族ではありませんわ。確か陛下に貴族位を剥奪され、今は平民かと」

「なるほど。ならばなおさら、度し難いな」

「? どういうことですの?」

 

 軽く、アルシェに聞いた話を、レイナースに伝える。

 

「珍しい話ではありませんが……世代差なのでしょうね。娘はまともに育っている点が、残酷な状況を生み出しています」

「初期に粛清された家は、子供らも親の思想に染まっていたか。そしてアルシェらは……はぁ。ままならんな。この点は今度、ジルにも話をすべきか」

 

 深々と溜息をつく女神の様子は、すぐ横で寝ている皇帝の日頃の姿と妙に似ていた。

 互いに共感するものがあればこそ、ああも打ち解けたのかもしれない。 

 

「そのフルト家がどうかなさりましたの?」

「屋敷に注意して欲しい。警戒と言ってもいいな。親がどうなろうとかまわんのだが……幼い娘が二人いるはずだ。これらが売られたり拉致されそうになったら、保護して欲しい」

「合法的にでしょうか。それとも多少違法でも?」

「帝国に都合のいい形で処理してくれ。私としては親には思い知らせてやって欲しいが、な。ああ……例の老人が正気に戻ったら手も借りてかまわん。私の名をだせば喜んで手を貸すだろう。少し気持ち悪いが」

「あれでも帝国の英雄なのですが……まあ、女として気持ちはわかりますわ」

「すまんな。よろしく頼む」

 

 女神はそう言って、レイナースの髪を撫でた。

 

 集眼の屍(アイボール・コープス)から情報は得ている。

 フォーサイトの面々は裏口に集まっていた。

 その近辺にアルシェの妹らしき少女はいない。

 留守の間の利子なりを、いくらか先払いしたのかもしれないが。

 モモンガとて、元社会人である。

 借金を繰り返し、破滅する様子など……あのリアルでも珍しくなかったのだ。奴隷制度があるなら、容易に奴隷へ堕とされるだろう。そして当人らが堕ちるより先に……娘らが親の所有品として堕とされるに違いない。

 

 ジルクニフとの出会いは、モモンガにとっても幸運だった。

 いろいろ大事なことを思い出せたし。

 過去に戻って自分自身を救った気分にもなれた。

 

 だから、この帝都を去る時に。

 わずかでも、嫌な後味は残したくないのだ。

 階段から足音がする。

 バジウッドという騎士が戻って来たのだろう。

 

 あれだけ泣いたのだ、ジルクニフとて目覚めて顔を合わすのは気まずいだろうし。

 打てる手は打った……はずだ。

 

「帰るとするか、アルベド」

「はい」

 

 今のモモンガにとって最も大切な人は。

 腕の中にいる。

 そろそろ、二人の時間に戻りたかった。

 

 

 

 

 夜、〈転移門(ゲート)〉でカルネ村へと帰れば。

 二柱の女神は、全てニグンとエンリに丸投げして、夕食すら食べずに黒い城塞にこもった。

 

「アルベド。お前の好みから外れるかもしれんが、私にも……私がジルにしていたようなのを頼めるか?」

「もちろんです!」

 

 このあとめちゃくちゃ褒められたり泣かされたりして。

 幼児退行ックスに溺れるモモンガであった。

 

 

 

 

 三人の森妖精(エルフ)たちは、王国で保護された娘らに合流した。彼女らは相互扶助の修道院じみた組織を作り、なるべく男を寄せ付けず、助け合って回復しようとしている。戦闘能力を持つ三人は快く迎えられた。

 

 フォーサイトの面々は、漆黒の剣、ブレイン、カジットらと顔合わせをし、村について教えられた。村人の訓練、森での薬草採取における警護など、仕事は多い。今夜は休んだのち、明日からは村人らで協力して家を建て与えられる予定だ。

 

 本来は村の警戒要員だった集眼の屍(アイボール・コープス)はニグン指揮下に戻った。

 女神警護を村以上に重視したため、情報収集の要たるこれらはカルネ村外部の警備網から外れていたのだ。

 だからだろう。

 ニグンは、相当距離まで接近していたそれに。女神が帰還し、集眼の屍(アイボール・コープス)が指揮下に戻ってきて……初めて気づいた。

 仮面の幼女と、ふてぶてしい老女を連れた、白金の甲冑戦士。

 

「エンリ殿。クレマンティーヌ。帰って早々ですが……招かれざる客のようですな」

「えっ……もう! 今日は帝都でも戦って来たのに!」

「あはは、今回はエンリちゃん大活躍だったもんねー」

「一人は蒼の薔薇のイビルアイ。他二人は最低でも蒼の薔薇程度の実力者でしょう」

「モモンガ様も今日はお疲れでしょう。私たちで解決しないと!」

「おっけーおっけー。相手は三人、こっちも三人……でもないかな?」

 

 女神警護のため造られた六騎の青褪めた乗り手(ペイルライダー)は、エンリ配下となっている。

 またクロマルも、正式にエンリに乗騎として貸し与えられた。

 ゆえにエンリは死の騎士(デス・ナイト)を近侍に呼び、幽体の騎士らを引き連れ、超級の魔獣を駆り……まさに暗黒の聖女の装いで、女神の平穏を乱す不届きものを捕らえんと出陣準備をする。

 帝都での闘争の昂ぶりをンフィーで鎮めるつもりだった彼女は、理不尽な怒りに燃えていた。

 





 というわけで、放置してるのもおかしくない?という方が来ました。
 イビルアイが慌てて転移使いまくって報連相した結果ですね。
 いったん王都(滅日後)で情報収集してから来たので、やや遅めです。
 ただし対応するのは、村の大幹部三人であって女神ではない。

 アルベドは帰ったらこゆのしてしてって、モモンガさんからテレパシー的に訴えられてたので、帝都では黙って見守ってました。
 たぶん、ジルをあやしてる間もチラチラおねだり視線向けられてます。

 歌う林檎亭は、普通に観光名所級の店になります。
 女神が座った席は、特別料金です。

 レイナースは女神の心象をよくするため、フールーダに話は持っていきません。
 自分一人の手柄にする気満々です。


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35:『僕は悪くない』

 レベルキャップ、公式には決まってないと思ってましたがゴンドについての、モモンガさんの考察にばっちり出てたんですね……。
 ガゼフの指輪とか100レベルオーバーいける程度に考えてました。アルシェ、クライムは現クラスがマックスになってて、目先変えて別クラス取得するまで不可とかそゆアレかと(汗)。
 ご指摘いただかなければ、何も考えずにエンリさんを成長させる気満々でした(汗)。
 原作でも天運持ちの少女エンリさんは、とりあえず20レベルまで成長可としておきます。
 今のエンリさんは10レベル程度。フールーダ討伐経験点により、原作覇王時より強いですが、取得クラスはばらけてます。


 前回――ラキュースらと訪れた時と同じだった。

 ただ、前回よりかなり村に接近できたのは僥倖か。

 あるいは不幸だろうか。

 黒い城塞へ近づくイビルアイたちの前に、闇より暗い異様な空間が現れる。

 

「来たぞ」

「手下だよね?」

「この転移魔法……魔神と同格の連中と思った方がいいね」

 

 〈転移門(ゲート)〉から現れたのは。

 朽ちた法衣の高位アンデッド。

 恐るべき魔獣を駆る暗黒神官。

 凶悪な笑みを浮かべた女剣士。

 さらに、目には見えぬ恐るべき気配が周囲に散開している。

 

「王国からの使者……ではなさそうですな、イビルアイ殿」

「どのような用件か、聞いてもいいですか?」

 

 交渉役、ということか。

 アンデッドと神官が、呼びかける。

 

「手下に用はないよ。女神っていうのを呼んでほしいんだけど」

 

 鎧が、緊張感のない口調で言う。

 

「あ゛? 誰が手下だってぇ!」

 

 だが、その言葉が黙っていた女剣士の逆鱗に触れた。

 

「いかにも。私はモモンガ様に生まれ変わらせていただいた身。いわばモモンガ様の被造物! 手下などと、いつ裏切るとも知れん存在のようには、言わないでもらいたい!」

「私は、厚かましくもモモンガ様に側仕えを許された身。モモンガ様に糧を与えられるだけの小動物以下。偉大なるモモンガ様が、私如きに利用価値を見出すなど。不敬に過ぎます!」

 

 他の二人も真面目な顔で言う。

 

「MUUUGEEEEN、MUGEEN!」

 

 魔獣も何か訴えるように嘶くが、残念ながらこの場に獣の言葉がわかる者はいない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよー。私はモモンガちゃんより下でもなんでもないって意味でさぁ」

 

 怒りの顔を見せていた女剣士が、毒気を抜かれた様子で二人をなだめる。

 しかし、考え方の異なる二人相手では、言葉もすれ違うばかりだ。

 

「まあ、お前はペットだからな」

「モモンガ様に撫でていただけて、羨ましいです」

「誰がペットだお前ら!」

 

 三人……というか、二人と一人で言い争っている。

 

「なんで漫才が始まってるんだい」

 

 老婆――リグリットは呆れた様子で眺めるしかない。

 

「前はかなり連携できてたんだけどな……あの貴族殺しの女がいるせいか? 足並みがそろっていないなら攻撃のチャンスだな!」

「このバカ!」

 

 とりあえず攻撃しようとするイビルアイを、リグリットは殴りつける。

 

「うん、まあ別の意味で同程度の人たちってことだね」

 

 二人のやりとりと。

 三人の言い争いを眺めて。

 白金の甲冑は呟くのだった。

 

 

 

 

 蒼の薔薇が来た時を思えば、随分と平和的に自己紹介がなされた。

 とはいえ、村の中には迎えられず、城塞の前にいるだけだ。

 イビルアイと共に現れたのは、スレイン法国でも相当の地位にいた二人にとって、大いに問題ある存在だった。

 

 十三英雄の一人たる“死者使い”リグリット・ベルスー・カウラウ。

 アーグランド評議国永久評議員“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”ツァインドルクス=ヴァイシオン。

 

「な、なるほど。アーグランド評議国の竜王殿でしたか」

「……やばくなーい?」

 

 ニグンとクレマンティーヌが緊張感を漂わせる。

 アンデッドと化して得た戦闘感覚で探れば、竜王の危険性がひしひしとわかってしまうのだ。

 ゆえに二柱の女神についても、おおよその情報を開示した。

 竜王にこんな場で暴れられては、女神の邪魔をしてしまう。

 だが、運命は常に無情。

 

「とりあえず、そのモモンガとアルベドっていうのに会わせてよ」

 

 やわらかな、しかし有無を言わさぬ口調で、竜王が言った。

 ニグンとクレマンティーヌは、互いに目を合わせる。

 今すぐとか無理である。一度籠れば、出てはこない。

 しかし。

 相手について何も知らないエンリは、強気である。

 

「逗留なら許可します。中の様子を見てもかまいません。ですが、モモンガ様、アルベド様との謁見は三日ばかり待ってもらいます。あなたがどれだけ偉い人でも、これは譲れません!」

「うーん、待ってていいっていうのはありがたいけど。私だってこれでも忙しいんだよ?」

 

 ツァインドルクス――ツアーの口調はやわらかいが。

 目の前の娘を鋭く観察している。

 

「転移で、また来たりできないんですか?」

「いや、そりゃできなくはないけど。いったい、どうして会えないのさ」

「お二人が、大事な儀式の最中だからです!」

「……その儀式で、この世界に深刻な問題を起こされるかもしれない」

 

 静かに、しかし威圧を込めてツアーが言う。

 

「そんなこと、ありえません!」

「貴様、何を根拠にそんなことが言える!」

 

 胸を張って言うエンリに。

 イビルアイが食ってかかるが。

 

「はー。そゆ儀式じゃないから、ホントに。ていうか、儀式ですらないから」

 

 唯一、二人の生活の詳細を知るクレマンティーヌが、疲れた様子で言った。

 

「へぇ。それは気になるね」

 

 ツアーが、視線をクレマンティーヌに向けた。

 

「えーと……んー。竜王サマと十三英雄サマだけ、ちょーっとこっち来て。他の三人はいい子だから、黙って待っててねー。この二人に私が攻撃したりはしないし、私が攻撃も……されないよね?」

「あんたが何もしなきゃ、わしからは何もしないさ」

「私も同じくだよ」

 

 リグリットとツアーが頷いた。

 

「ちょ、なんで私だけ外されてるんだ!」

「人質に決まっているだろうが。あいつに何もないよう、互いの信用の担保だよ」

「クレマンティーヌさん、自らあんな役目を……」

 

 薄々、女神が何をしているか気づいているエンリは、竜王らと共に離れる同胞(エンリ認定)を尊敬の念と共に見送るのだった。

 

 

 

 

「モモンガちゃんとアルベドちゃんが何してるかだけどー……竜王サマは察してくれたりしないかなー?」

「いや、さすがにわからないよ。確かに、あの城塞はたいした隠蔽もされてないし……中で強力な力を持った二体が、何か体力を消耗しながら激しい行為をしているのはわかるけど。具体的に何のための儀式かまでは、わからないな」 

「そこまでわかれば、十分わかるでしょー」

「わしにもさっぱり、わからんよ。いったい、何の儀式をしてるって言うんだい」

 

 クレマンティーヌは気まずげに、がしがしと頭をかく。

 

「まず、あれは儀式じゃない」

「儀式じゃなけりゃ何なのさ」

 

 察しろよと口の中で毒づきながら。

 彼女としては最大限愛想よく、説明する。

 

「……えーと、ドラゴンって人間の言い回しとかわかる? 混乱する? 止めた方がいい?」

「わしの経験から言えば、率直に言った方が間違いがないのう」

「酷いことを言うね。私だって、ここ百年でかなり、人間の本を読んだのに」

「え、えーと。あの二人は恋人同士でねー。だからさ、恋人がすることを今してるわけ」

「女神と女神じゃなかったのかい」

「最近は女同士の恋愛の本も多いよ」

 

 多いのかよ、と内心のツッコミを抑えるクレマンティーヌ。

 

「ふぅむ。すると色に溺れておるというのかい? なんで三日も待つんだい?」

「あー、そうか。交尾か。女同士だからちょっと違うのかな?」

「あの二人はねー、飲食とか睡眠とかなくても大丈夫だからその……一回始めると終わんないんだよ……マジで」

「三日間?」

「そういう動物いるよね」

 

 そうか、そういう動物って思えばよかったのか……と、竜王の英知に感心するクレマンティーヌである。

 

「で、途中で割り込むと、めちゃくちゃ機嫌悪いしー。最低限三日は待たないと、どうなるかわかんないんだよー。これはホントにホントだから」

「あー、うん。それでずっと二人でくっついて、時々なんか痙攣してるんだ……」

「そこまでわかるなら、最初から察してほしかったなー……」

「真面目な話と思っておったのに……」

 

 ようやく状況を理解し、改めて呆れる二人。

 

「できたら今、私がそういうこと言ったってのも、当人の前じゃ知らないふりしてくれた方が、交渉するにもいいんじゃないかなーって」

「あー……まあ、チクったりはせんわい」

「うん、戦いにならなかったら大丈夫だよ」

 

 わー安心できなーい、と空を見上げ。

 損な役目を買って出た己を、悔やむのであった。

 

 

 

 

「じゃあ、最低でも三日は村にいさせてよ」

「わしもアンデッドと共存しとる村には、興味があるわい」

 

 戻って来た二人は、すんなりと謁見までの待機を認めた。

 リグリットは脱力し。

 ツアーはそういう生態なんだろうと納得したのだ。もっとも、城塞内への警戒は怠っていない。確かにさっきからそういう行為しかしていないが……途中で彼らも知らない、危険な儀式や行動をする可能性がある。二人が転移などすれば、一気に踏み込んでやるつもりだ。

 

「……わかりました。しかし、アンデッドも含め、村人に危害を加えたりしないでくださいよ!」

 

 そしてエンリは相変わらず、強気だった。

 




 当初はニグンと真面目な話させようと思ってましたが、どうあがいても衝突になるし、女神不在時に評議国と戦争開始ってわけにもいきません。女神がエルフ保護してきたの知ってますしね。
 エンリさんは狂信者なので、もっとお話しになりません。
 しかし、クレマンさんが勝手に動いてくれました。
 ありがとう! 作者も助かった!
 今のニグン&クレマンはある程度は相手の強さも読めるでしょし、ツアーが強キャラなの自覚してます。
 イビルアイとリグリットは、現メンバーでどうとでもなりますが。ツアーは三人+クロマル+ペイルライダーでも瞬殺できなければ、最中の女神がお怒り間違いなしです。そして勝手に他の国とコトを構えたとなると、あとでどんなお叱りを受けるかわかりません。
 最中に呼びに行ったら怒るクセに、なんで呼ばなかったって叱られるでしょう。ひどい。

 公式でも断片情報しかありませんが、10レベル差あれば勝てないとは言われていて。
 ツアーが100レベル級とすれば、クロマルしか対抗できません。それもクロマルは、アルベドの乗騎つまり支援役なのでバフ中心のタンクです。アルベドが乗ってれば、ツアーにも普通に勝てるでしょうが。エンリでは勝てません。
 ニグン、ペイルライダー、アイボールコープスも、100レベル相手では勝てません。
 ツアーはアンデッド特攻持ちっぽい話もあるので、クロマル以外全員消滅の可能性もあります。
 そして怒れるモモンガ&アルベドが現れて、これまで積み重ねた諸々が消滅したでしょう(汗)。
 ある意味二人旅に戻るとも言えますが!

 ともあれ、ツアーは三日間、二柱をしっかりドラゴン知覚力で観察します。エチ以外の危険なこともするかもしれませんからね!


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36:えーマジ童貞!? キモーイ

 初心に戻ってみました。



 舌と指が疲れ、粘膜が軽く痺れ始める頃。

 淫魔の肉体が持つ基本スキル〈再生能力・弱〉で回復するまでの、わずかな間。

 二人はぴったりと肌を寄せ合い、吐息を絡め合うようなピロートークを楽しむ。

 

「はぁ……やっぱりアルベドは最高だな♡」

「モモンガ様にそう言っていただける以上の喜びはありません♡」

「私はお前と触れ合っている以上の喜びはないぞ♡」

「まあ、ずるい……でも、モモンガ様だって、触れているよりこちらの方が……♡」

「あっ♡ こ、これだって、触れ合いだろうっ♡」

「ええ、触れ合いですっ♡」

「はは、淫魔の体は本当に際限がないな……きっと、魂も淫魔のお前なら、なおさらだろうな♡」

「はいっ! モモンガ様が欲しくて欲しくてたまりませんっ♡」

「では……お願いだ、好きなだけ貪って、お前が満足するまで私を……んんんっ♡♡♡」

 

 まあ、次の行為への息継ぎ程度の、ほんの短い会話なのだが。

 こうして、女神が城塞の中で延々といちゃつく――というには過激な行為に及び続ける。

 朝日が昇っても、二人の行為はまったく終わらない。

 寝食不要の体なのだから。

 

 

 

 一応警戒して一晩中、聴覚も鋭敏にしていたツアーは、ものすごく無駄なエネルギーを使った気がしていた。

 女神とやらは、ツアーに気づいた様子すらなく、ひたすらお互いを褒め合い、求め合う会話しかしない。

 あとはひたすら、喘ぎ声。

 お互いの名前をやたら連呼する。

 悪そうに計画を語ったり、不安を口にしたりもしない。

 本当にひたすら、してるだけである。

 

「……随分仲がいいんだね」

 

 ツアーはぽつりと呟いた。

 

「まったくじゃ。人間とアンデッドがこのように共存しておるとはのう」

「しかしあれは、ここの人間を容易に皆殺しにできる戦力だぞ。どうして気を許しているのだ」

 

 違う、そうじゃないと内心で思いつつも。

 二人にわざわざ教えはしない。

 ツアーは年長者なのだ。話題を二人に合わせる。

 

「そうだね。これほどの高位アンデッドがひしめく場所は珍しいよ。それに、人を襲う気配もない」

 

 カルネ村で一泊した三人は、朝日と共に動き出した村の様子を眺めていたのだ。

 イビルアイは以前にも言われたように、仮面を外している。

 おかげで表情の変化が露になり、年相応にしか見えない。

 

「さすがのおぬしも、珍しく疲れた様子じゃのう」

「無理もない。強力なアンデッドどもに囲まれていたのだからな」

 

 二人が、気遣ってくれる。

 ありがたいが、見当違いな気遣いである。

 

「それにしても、朝に見ると本当にアンデッドだらけじゃな」

「家や人の数も前より増えているな。森妖精(エルフ)もいるぞ」

「亜人種を受け入れてるし、評議国として褒めるべきなのかなあ」

 

 ちょうど村の裏門が開き、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が多数の骸骨の戦士(スケルトン・ウォリアー)を率いて来る。それらは丸太を抱えており、村に運び込んでは、ログハウスを組み立てていく。

 

「へぇ、アンデッドが家を建てるのかい」

「そーだよー。王国貴族の子女や使用人、犠牲者が、ぞーろぞろ来るからねー。住むトコ作ったげないとー。ひ弱な人間には任せられないよー」

 

 三人の背後にいた、クレマンティーヌが口を挟む。

 エンリとニグンは村で相当の仕事があり、忙しい。現状では暇で、最初に交渉もしたクレマンティーヌが、そのまま竜王たちの世話役兼監視役にされてしまった。

 

「ところで王国には森妖精(エルフ)の奴隷までいたのか?」

 

 対八本指で活動していたイビルアイとしては、なぜか増えているエルフが気になる。

 

「んーにゃ、あの子らは昨日帝国で拾って来たんだー」

 

 クレマンティーヌとしても、面倒そうな説明は先に済ませておきたい。

 モモンガたちに細かく聞かれる方が面倒だし。

 正直に答えて問題ある行動でもない。帝都に行けばすぐわかる事実なのだ。

 

「昨日? すると、彼女たちは昨日は帝国にいたのかい?」

「そだよー。一昨日、帝国の隠密部隊だかを捕まえてさー。皇帝ちゃんが女神について知りたがってるって言うんだよねー。あ、拷問も尋問もしてないよー? 元から皇帝ちゃんから、捕まったらあっさり言えって命令受けてたみたいだからさー」

「なるほど、この村は王国と帝国の境界だからな」

 

 立地を考えれば、ごく普通の対応である。

 特に王都の事件を知れば、放置はしておけまい。

 

「それで、エンリちゃんが昨日の朝にお伺い立てたら、モモンガちゃんがさー。隠密部隊は解放して、帝都へ皇帝ちゃんに会いに行こーって言いだしたんだー」

「女神というのに、行動が早いのう」

「ラナーを呼び出した時も、決めたらすぐだったな……」

 

 そうしてクレマンティーヌは、帝都での女神たちについて、特に隠しもせず説明するのだった。

 

 

 

 三人は、帝都でスカウトされたというワーカーたちに話を聞く。

 

「あれは本当に、女神としか言いようのない振る舞いだったぜ」

「最初は亜人と思ったけど、本当に規格外だったわね」

 

 戦士と半森妖精(ハーフエルフ)のレンジャーは、随分と仲睦まじく。女神に心酔しているように見える。

 精神魔法をかけられた様子はない。

 

「規格外すぎて死ぬかと思った」

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の少女は、げっそりとしている。

 とはいえ、女神への反感があるわけでもなさそうだ。

 

「アンデッドの神……いえ、死の女神でしたか。そうでなければ私もすぐ改宗したでしょうね」

 

 神官は周囲で働く無数のアンデッドに居心地悪そうにしつつも、女神については認めているらしい。

 おおよそ、彼らから聞いても、クレマンティーヌの説明に齟齬はなかった。

 

「待つ間、帝都で好きに聞きこんで来ても――なんて言われたけど。それには及ばなさそうだね」

「振る舞いだけなら、まるで六大神じゃないかい?」

「まあ、王国でも死んだのは前の王と、最悪の貴族らだけだからな……」

 

 村の中、様々に聞いて回っても。

 およそ女神への悪評はない。

 

 村人らは少し狂信的すぎるようにも思えるが。女神が多大な恩を与えるのみで、何も求めてこないのだ。粗末な食事で感激してくれてもいる。

 そんな女神に対し、彼らは信仰しか捧げるものがないのだ。

 何より、ツアーたちは村人に相当数の、信仰系第1位階呪文の使い手がいることに驚いた。たとえ第一位階でも、魔法の使える神官は貴重である。数十人規模でいていいものではない。

 信仰心の結果だとすれば、重大な影響とも言えるだろう。

 

 後から村に来たという貴族関係者は、クレマンティーヌに酷く怯えていた。もっとも、彼らの親が惨殺された経緯を聞けば、ごく当然の反応だろう。子供らまで殺していない点をむしろ、ツアーは甘いと思うくらいだ。

 

 日暮れまでアンデッドと人間が共同で仕事し。

 アンデッドは夜通し活動を続ける。

 夕陽の中、人間たちはアンデッドに、労いや感謝の言葉すらかけていた。

 異常だが、平和な光景。

 

「うーん。アンデッドがこれだけいるせいか、昨日来たばかりの森妖精(エルフ)に誰も隔意を持っていないね。村の外から来たと一括りに扱われてるし、排斥されるわけでもない」

「というか、レンジャーと森祭司(ドルイド)神官(クレリック)だからと、随分頼られていたが」

「フォーサイトというのもそうじゃが、漆黒の剣というのも、随分な女神信徒になっておったな。精神魔法の痕跡はまったく見かけられんのじゃろう?」

「ないね。リーダーも言ってた“すてーたす異常”ってのは、ぜんぜんないよ。むしろ元奴隷の子たちのそれを、信仰魔法を使える人たちが頑張って治そうとしてる様子じゃないか」

「むぅ。認めたくないが、あれだけ派手な騒ぎは起こしたが、大義に則って動いているのか?」

「正義や大義があればいいってものじゃないけどね。それにしても、以前に旅をした時は、鎧を盗もうとした輩もいたのに……誰も私の甲冑姿なんて気にしないね。確かに、あの死の騎士(デス・ナイト)に比べれば普通なんだろうけど」

「そうじゃのう。そういう意味では、他の亜人種や異形種でも、容易に馴染めそうに思えるわい」

「私が吸血鬼だともバレているしな」

 

 諦めたような安堵したような顔で、イビルアイが犬歯を見せて笑った。

 リグリットが軽く頭を撫でてやる。

 

「子ども扱いするな!」

「どう見ても子供じゃろ!」

 

 二人は村への警戒もゆるんでいた。

 だが、ツアーは警戒は続ける。

 よかれと思って世界を侵害する輩ほど、やっかいなものはない。

 まあ、当の女神らは日中もひたすら、同じことをしていたが……。

 

(どんな種族か知らないけど、“インマ”ってのはずっと交尾してるんだなぁ。八欲王もそっち方面に貪欲だったけど、あの二人は心配になるくらい延々と続けてるし……)

 

 ドラゴンの超感覚は熱感知、空気振動感知、そして魔法的な精神感応を併用したものだ。

 溜息混じりに、女神の会話(ピロートーク)から得た数少ない情報を。

 何とか己の記憶から掘り起こさんと、試してみるのだった。

 

 

 

 

 そしてすっかり日は暮れ。

 村人らは夕食を終える。

 夜が来る。

 

「んっ♡ んんっ♡ アルベドっ♡ 好きっ♡ 好きぃっ♡」

「んじゅっ♡ んじゅるるるっ♡ モモンガ様ぁっ♡」

 

 女神には、まるで変化がない。

 いや、細かい変化は無数にしているのだが、実質同じだ。

 これで細かい変化や波長がなければ、影武者や幻影かと疑いたくなるほどである。むしろ、そうならよかったのにと、ツアーはまた溜息をついた。

 

(はぁ……会ったとして、女神って本当にちゃんと会話できるのかな。ものすごく語彙力低そう)

 

 呆れつつ。

 ふと、この村には他の二人に危険なアンデッドも多数いたなと思い出す。

 女神へ集中させていた感覚を切り。

 村全体を改めて細かく、探った。

 昨夜村に来た時、今日の朝と日中、それなりに調べてはいるが。

 どうせしばらくは待つしかない。

 アンデッドの作業音が柵の外でしているが……村の中はもう眠り始めているだろう。

 念のための確認として、村を精査し始める。

 

 これは大きなターニングポイントだったかもしれない。

 ツアーは、決定的な異常に気づいてしまった。

 最初は振動音。

 それが、ぎしぎしと寝台が壊れそうなほど軋む音とわかると同時に。

 ドラゴンの超感覚が、無数の声を探り当てていく。

 

「エンリっ、そ、そんな激しすぎるよぉっ♡」

「っんっ♡ まだ回復魔法使えるからっ♡ もう一回っ♡ もう一回、ねっ♡」

 

 ここでも。

 

「あ、あなたっ、そんなに毎晩したらネムの妹か弟がっ♡」

「大丈夫だっ、今年は税もないっ、もう一人くらい……っ!」

 

 ここでも。

 

「イミーナっ! きょ、今日はいいだろっ!?」 

「バカっ、きょ、今日は危ないのにぃっ♡」

 

 ここでも。

 

「嫌……痛いの嫌、です……助けて……」

「姉さん、大丈夫……わたしがいるから。痛いコトなんてしないから……」

 

 ここでも。

 

「毎晩わりぃな、エドストレーム」

「はぁ、なんであたしが……っ♡ んぶっ!」

「いやだって、村の女に手出すの恐いんすよ……」

「ぶはっ、だからって毎晩四人相手とかっ! んぐぅ!」

 

 ここでも。

 

「昨日……あいつに胸掴まれてたけど大丈夫?」

「ん。痛いかも……っ♡ やさしくっ、ね♡」

「耳も……痛そう♡」

 

 ここでも。

 

「なあ、モルガーからも頼まれたんだ。俺たち、幼馴染だったろ」

「そうだけど……あの人が今も働いてるのに……ぃっ♡」

 

 ここでも。

 その他、村人夫婦やら貴族子女やら元使用人やら元奴隷やら娼婦やら。

 兄弟姉妹でしているらしいのやら、一人で処理しているのやら。

 信仰系魔法を使える者は、回復魔法もフルに活用しているらしい。

 

「MUUUUGEEEENNNN!!!!」

「アーーーッ! クロマル殿! そっちは違う穴でござる!」

 

 柵の向こうでも……あの魔獣か。

 

「クレマンティーヌさん! 惚れてます! どうか一夜の思い出を!」

「まーた、お前かー。おねーさん仕事中なんだけどー?」

「そこを何とか!」

「仕事中だって言ってるだろが」

「そこをなんとか! お願いします!」

「はぁぁぁ……おら、このまま踏むだけ踏んでやるから、粗末なモノ出しな」

「ありがとうございます!」

 

 寝泊まりしてる家の前でも。

 

(……人間ってこんなに発情する生き物だったかなぁ)

 

 ツアーは首をかしげる。

 

(いや、リーダーと旅してる間はそんなことなかったよね。あの女神の影響なのかなぁ)

 

 リグリットやイビルアイ――キーノに影響はない。

 表で、ルクルットとかいう雄の相手をしているクレマンティーヌも、至極冷静かつ投げやりだ。

 

(意識的にやってるとは思えないけど……あのワーカーやエルフは昨日来たばかりだったよね。この辺りは聞いた方がいいのかなぁ……)

 

 どうにも勝手の違う異常性ばかり見せて来る女神に、深々と溜息をつく竜王であった。

 

 

 

 ユグドラシルのフレーバーテキスト曰く。

 

『淫魔が盛んに活動する時、周辺一帯に淫らな影響が与えられる。淫魔が強大かつ、活動が盛んであるほど、発生する影響力も強い。精神耐性のない者は異様な劣情に駆り立てられるだろう』

 

 活動とはもちろん、淫魔としてのアレである。

 データ上では何の意味もないため、モモンガも覚えていない。アルベドは知っているが、教えて行為を控えられても困るため、聞かれるまで教えるつもりはない。

 




 久しぶりにエロ回。
 深い海に潜って、ようやく息継ぎした気分。
 ジルがオギャったトコとか好きだけど、この話の本分はあくまでこっちなんで……。
 既にエロゲ村と化していたカルネ村!


 あれこれやってるメンバーがわかりにくいので、順番に。

・ンフィーとエンリ:村内で一番激しい、騎乗スキル活用、回復魔法も使用、ポーションも使用、ンフィーはリインフォースアーマー(粘膜)もたぶん使用、ベッドは近く壊れる

・エンリの両親:ネムがすぐ傍で寝てます、寝てる?

・ヘッケランとイミーナ:ごく普通

・ニニャとツアレ:メンタルケアックス

・六腕:村人怖いから身内で集まってる、デイバーノックさんはいません

・エルフ奴隷トリオ:傷舐め合いックス

・モブ村人とモルダーさんの嫁:モルダーさんアンデッドになっちゃったからね……親友に嫁をね……

・クロマルと森の賢王:まだハムスケという名は与えられていない、エンリや村人は存在も関係も知ってる

・クレマンさんとルクルット:村人は人間関係固まってるし、元奴隷に手出すのはルクルット的にアウトなので

 クレマンさんは土下座してお願いしたらやらせてくれる率トップ(カルネ村)。確認したのは恐れを知らずに挑んだルクルットだけです。

 名前の出てない男性陣も、たいていは元奴隷や娼婦や貴族らと関係持ったりしてます。


 サキュバスのフレーバー効果は、D&D5版の一部モンスターが持ってる「環境に及ぼす効果」から。
 ステータス異常ほどのものはなく、人間の認識としてはちょっとむらむらする程度です。
 でも、女神がいたしてる最中はめちゃ強くなる。
 何日も暮らしてると、どんどん募っていきます。
 セルフサービス()をこまめにしないと、流されやすくなります。
 エンリとンフィーは実際、すぐ流されました。
 来たばかりのアルシェやロバーは、ちょっともやっとしてる程度でもう寝てます。
 ヘッケランとイミーナはもともとカップルなので、そういうムードになるとあっさり……。
 エルフたちはエルヤー忘れたいので、同性同種族の関係で慰め合ってます。
 女神が人前でも(当人らとしては抑えてるけど)いちゃつくので、カルネ村は同性愛を普通に受け入れます。


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37:ひぐらしのなく頃に

 エロゲみたいな村に来てしまった竜王一行!



 二日目から、ツアーはほとんどを本体に意識を戻して過ごした。こんな発情期の牧場みたいな場所で、真面目に警戒し続けていられるものではない。罠の可能性もなくはないが、こんな酷い罠は本人の品位を下げるだけだろう。色に溺れた八欲王とて、こんな妙な状況は作っていなかった。

 

 一方、素顔を晒していたキーノ――イビルアイが村でやたらと告白されたりナンパされたりして、モテ期を味わったり。リグリットが同程度の外見年齢の老人に誘われたりもした。

 村の異常性について一応教えたので、二人が流されたりはしなかったが。

 もっとも、カジットなる人間と、デイバーノックなるアンデッドが、別の意味で熱心に二人に通って来た。至極真面目な魔法談義のためである。外見に反して邪悪な目的でもなかったらしく、実りあるものだったらしい。

 

 そして、肝心の女神との会談は。

 三日目の夕方、エンリが城塞に入ったものの、今日は無理と言われ。

 四日目も明日にするようとの伝言。

 結局、モモンガが城塞から出てきたのは五日目の夕暮れであった。

 

 

 

 場所は城塞の前。

 簡素な机や椅子が並べられ、料理や飲み物も用意されている。

 

 鎧を遠方から操作しているという点に、モモンガは驚き感心していたが。

 女神の反応はそれだけである。

 とりあえず、さんざん待たされた文句くらい言いたい。

 竜王じゃなくたって、誰でも文句は言うだろう。

 

「……三日って聞いてたんだけど?」

「すまないな。どうにも長引いてしまった」

「昂ぶってたの間違いじゃないかい?」

「昂ぶりだって長引くのだぞ。というかエンリが来なければ、しばらく出てこないつもりだったのだが」

「くふーっ! 私は何日でもOKです!」

 

 嫌味はまったく通じない。

 モモンガは嬉しそうに食事を口にしつつ、ツアーに受け答えする。

 横にいるもう一人の同じ顔をした女神――アルベドは、モモンガにぴったりとくっついたまま歓喜の笑みを浮かべている。

 

(本当にそういう種族なのかぁ……他に何もしないなら、心配ないかもね)

 

 正直、真面目に警戒していたのが馬鹿馬鹿しい。

 それを狙ってる気配が欠片でもあれば違ったのだが。

 二人とも、頭がおかしいのじゃないかというくらい、お互いのことしか考えていない。

 まあ、モモンガという白いドレスの女神は、食事に夢中ではあるが。

 

(人間基準じゃ美人だろうってわかるけど……洗練された作法じゃない。そういえば、リーダーも随分とこの世界の食事に執着してたっけ。ぷれいやーの共通点なのかな?)

 

 観察しつつ、とりあえず会話を続ける。

 

「じゃあ、単刀直入に聞きたいんだけど。キミたちは“ぷれいやー”なんだよね? この世界を汚すつもりかい?」

「意味がわからんな。お前の言う世界とは何だ?」

 

 食事する手も止めず、視線も料理に向けたまま言う。

 

「世界は世界だよ。強すぎる影響を与えたり、暴君になって振舞われちゃ困るんだ」

「だからお前の考える世界の定義を言え。私はお前ではないのだぞ。具体的に言え。お前の国か? お前の共有する文化圏か? ドラゴンという種族か? この大陸か? この惑星か? この宇宙か? この次元か?」

「えっ? えええっと、その定義だと……一応この惑星?かな? 要するに、世界の法則そのものを乱さないでほしい」

「ニグン、お前の考えを言え」

 

 背後に控えていたアンデッドの男に振る。

 当人はそのまま食事を続けた。

 

「モモンガ様、頬についております♡」

「あ、すまないなアルベド……んっ♡」

 

 というか、食事以前に二人で絡み合っている。

 手足に限らず、舌とかも。

 

(一応会談中なんだから、その間くらい控えてくれないかなぁ)

 

「失礼ながら、モモンガ様に代わりお話させていただきます。過去の“ぷれいやー”の事例から鑑みまして、モモンガ様が八欲王の如き振る舞いをされては困る……とお考えでしょうか?」

 

 ニグンが双方に敬意を払いつつ話を継いだ。

 ツアーとしてもほっとする。

 五日間の調査によれば、この村ではアンデッドの方が“まとも”なのだ。

 ある意味、衝撃的な真実だった。

 

「まあ、そうだね。六大神や十三英雄のリーダー、口だけの賢者なんかは、特に問題はなかったよ。けど、八欲王は世界の法則自体を大きく歪めた。それこそが“世界を汚す”ってことだね」

「なるほど。では現時点のモモンガ様は“世界を汚す”には至っていないと見ていいのでしょうか? 我々のしてきたこと、可能な限りは既に説明させていただいたつもりです」

 

 実際、ニグンとクレマンティーヌ、ついでにエンリも、こと細かにモモンガのしてきたことを教えてくれた。

 途中で教典として書き記しておこうとか言いだし、必要以上に詳細化されていたほどだ。

 

「そうだね。特に問題ないよ。王国の人間が皆殺しにされてたら考えるけど、動機や状況を見る限り、悪意を持ってしたわけじゃない。悪意があっても、相手を選んで世界を歪めなければ、私は気にしないかな」

 

 その基準で言えば、他種族を執拗に滅ぼそうとしているスレイン法国の方が、よほど問題なのだ。

 

「では、モモンガ様が六大神に連なる立場になろうとも、特に問題はありませんか?」

「キミたち人間が崇める分には気にしないよ。六大神は、私も認めているしね」

 

 言いくるめられている気もするが、現状で敵対する気にもなれない。

 というか、いちゃつきを邪魔したから殺し合いとか、体裁が悪いというレベルではない。

 

「ありがたきお言葉でございます。ただ……認識をすり合わせるためにも、質問させていただいてよろしいでしょうか?」

「かまわないよ。くだらないことで遺恨を残したくもない」

 

 深々と礼をし、ニグンが切り出す。

 なお、女神は一応程度に耳を傾けつつも、二人で食事を食べさせ合っている。

 テーブル下では脚も絡めており、およそ真面目な態度でない。

 

(うーん、実際まだ昂ぶってるのかな。興奮状態なのも間違いない。帝国にも、向こうの部隊が来たから行ったみたいだし。放置しておけば、ずっとこもってた気もするなぁ)

 

 来ない方がよかったかなぁ、とも思ってしまう竜王。

 

「私はかつてスレイン法国にて、六色聖典が一つ陽光聖典隊長を務めておりました。その身としての質問でもございます」

「……初耳なんだけど」

「あ、すまん。言うの忘れてた」

 

 横にいたイビルアイが、軽く言う。

 

「…………」

「あだだだだ! ちょっと忘れただけじゃないか!」

 

 ツアーは、イビルアイの頭をぐりぐりと白金鎧の拳で挟み、仕置きした。

 重要な情報である。

 わかっていれば滞在中、ニグンにいろいろ聞けたのだ。

 

「こほん、法国と評議国の不仲は亜人種や異形種への姿勢によるものと考えておりますが、間違いありますまいか?」

「国としてはそうだね。私個人としては、スレイン法国には他にもいろいろあるけれど」

「そのいろいろについて……この場で教えていただかずともかまいません。私以外にも、クレマンティーヌが元漆黒聖典の身。またアンデッドとなった者には元陽光聖典も多数おります」

「ああ、この村を帝国兵に偽装した法国兵が襲ったんだっけ?」

「はい。私がその指揮官でございました」

 

 経緯自体は聞いてる。

 ニグンは村人らに詫びるように、周りを見回して一礼する。

 村人らもすっかりニグンを受け入れているのだろう。文句を言ったりする者もいない。

 

「こうした経緯ゆえ、法国がここに接触してくるのも時間の問題でしょう。正直、竜王殿がいらっしゃる間に来てはくれまいかと期待もしておりましたが」

「……すると、キミたちは法国と対立するつもりかな?」

「我々は多数がアンデッド。また森妖精(エルフ)に限らず、モモンガ様とアルベド様を崇めるならば種族を問わず受け入れるつもりでございます。人間種以外の排斥を掲げる法国とは、共存できません」

「ふぅん……多種族国家がここにできてくれるのは、私としても歓迎するよ」

「その言葉、我らにとって何より心強き支援です」

 

 法国と不仲なら、ツアーにとっても評議国にとっても、いいことだ。

 彼の国の現状は正直、受け入れがたい。

 

「ああ、私からもいいか?」

 

 ぴったりと横のアルベドに抱き着くようにしながら、食事を終えたモモンガが口を挟む。

 

「何かな? キミが世界を歪めない限り、私はキミたちの邪魔はしないつもりだけど……」

「八欲王は、具体的に何をしたから“世界を歪めた”と認定されたのだ?」

「ああ……それは簡単だよ。彼らはこの世界にあった魔法を消し去り、“位階魔法”という法則を持ち込んだんだ」

 

 

 

 モモンガとの会見後、三人はニグンの〈転移門(ゲート)〉で王都まで送られた。

 竜王が望むなら、ニグンの知る範囲でより遠方まで送ってやるよう言ってある。

 既に消えた一行を軽く見送り、二柱の女神は再び城塞内に戻った。

 

「モモンガ様、あれでよかったのですか?」

「何がだ?」

 

 浴室前の脱衣所で服を脱ぎつつ。

 問いかけるアルベドに、モモンガが首をかしげる。

 

「いえ、世界を歪める力があると誤認させておけば、あれに対して今後の抑止力になったかと……」

「あれは、我々と同程度かそれ以上の力を持つと考えた方がいい。私よりは下だと思うが……アルベドに、もしものことあらば、私は生きておれん」

「くふーっ! そ、そうですかっ。いざとなれば私は、モモンガ様と同じ体に戻ってもっ」

「いや、法国がいつ覗いておるとも限らん。あれはなるべく見せたくない……お前に触れることもできんしな」

 

 この世界が初心者エリア同然とわかってはいても……それなりの慎重さはある。

 話からすれば生まれながらの異能(タレント)とは、始原の魔法(ワイルドマジック)の残滓のようなものかもしれない。当たり外れこそあれ、生まれながらの異能(タレント)はモモンガやアルベドの知識ではありえない能力だ。警戒すべき能力もありうる。ならば……その本来の原型たる始原の魔法(ワイルドマジック)を使うドラゴンを、甘く見ていい道理はない。

 最悪、モモンガの使う呪文やスキルを無効化されるかもしれない。防御系スキルを貫通される可能性も高い。

 とはいえ、アルベドとて、モモンガの心配は理解している。

 その上で。

 

「だからこそ、こちらも一定の手札を備えておくべきかと愚考しましたが……んっ♡」

 

 真面目に問いかけるアルベドのドレスを、モモンガが脱がせる。

 

「敵を増やしても仕方あるまい。私はアルベドとこうして過ごすためにいるのだぞ?」

「あっ♡ そ、それはありがたい、ですが……っ♡」

 

 裸体になった肌をすり合わせつつ、四肢を絡み合わせる。

 外に出た後はまず身を清め。

 互いの匂いしかしなくしてから、貪り合うのが常。

 

「我々は神を名乗った。神は謀らぬ。神は企まぬ。人々の願いを時折、聞いてやればよい。それ以外は……な?」

 

 モモンガが、アルベドだけに見せる蕩けた笑みを浮かべる。

 

「……はい♡」

 

 アルベドも、熱に浮かされた笑みを返し。

 互いに唇を重ね、口の中を味わいながら。

 浴室に向かった。

 隅々まで、奥まで、清め合い、弄り合い、味わい合うために。

 

 

 

 リグリットとイビルアイは王都に残り。

 ツアーはニグンの〈転移門(ゲート)〉によって、彼の可能な範囲で評議国近くへと運ばれる。

 はずだった。

 

「やあ、助かったよ。遠隔操作で延々と戻るのは面倒だし。転移させるにも、力を使うからね」

「いえ、竜王たる御身を案内できたこと、光栄に存じます」

 

 ニグンは少しばかり慇懃無礼に、頭を下げた。

 

「……で、評議国にしては随分と僻地だけど。首都には行ったことがないのかい?」

 

 口調は柔らかだが、いくらかの威圧が込もる。

 

「少しばかり、竜王殿とお話させていただきたく」

「キミの主は知っているのかな?」

「いいえ。しかし、我が偉大なる主があのように判断を為された以上、私に可能な補佐を行なっておくべきと考えます」

「密約とかの類はやめてほしいんだけど」

 

 手下の勝手な判断が間に入れば、モモンガとの関係が面倒になる。

 

「いえ。先ほど別れた彼女らには聞かせるべきでないと判断した……ただの情報です」

「情報?」

 

 予想外の言葉に、首を傾げた。

 

「陽光聖典隊長としての私が持つ、スレイン法国の機密についてです。無論、確認は随意になさってください」

「……聞こうじゃないか」

 

 答える竜王の声に、温和な色はなかった。 

 




 ツアーとしては、わざわざ来ない方がよかったんじゃ……って気分でしたが。
 察したニグンさんが、お土産をくれました。
 
 カジット&デイバーノックは、魔法研究がんばってます。
 アルシェも学院にいた魔術師(アカデミック・ウイザードのクラス)なので、後々二人に質問攻めに会いますが、今は帰っちゃうってわかってるリグリット&イビルアイを重点。
 ンフィーレアとニニャ、他のエルダーリッチさんたちも、ちょいちょい参加してます。

 女神二柱は、初デート後なので昂ぶってました。
 ジルとのあれこれから、二人で相互に恥ずかしいプレイしてました。
 ツアーに聞かれてたとか気づいてません!
 本編で書かれなかった内訳はだいたい以下の感じ。

帰宅0日目:モモンガ赤ちゃんプレイ(ツアー来た夜/ツアー監視中)
帰宅1日目:アルベド赤ちゃんプレイ(ツアー監視中)
帰宅2日目:普通にセクロス(ツアー監視中……もういいや)
帰宅3日目:普通に……→エンリ来る→竜王に会うとかめんどくさいアルベドとセクロスしてたいってごねるモモンガ(ツアー:私も来たくて来てるんじゃないよ)
帰宅4日目:もう一日!もう一日だけだから!(ツアー:帰ろうかなぁ)
帰宅5日目:夕方に出るからってやたら激しくなる(ツアー:あ、出て来るつもりはあるんだ。一応待とう)

 蒼の薔薇やラナーの時と違って近所でもないし。
 ツアーがけっこう強いので、神様ぶらずに素直に普段の己を見せてます。
 普段の己ってつまり、二人でひたすらいちゃいちゃしてるってことですけどね!
 賢いアルベドは並列思考で、ツアーの思考感知もすり抜けてます。
 読心系能力効かないユニークプレイヤースキル。

 余談ですが、エンリもフールーダ討伐後は戦闘の昂ぶりをンフィーにぶつけました。
 翌朝(ツアー1日目)、ンフィーは回復魔法がなければ起きられませんでした。
 でも、その夜もまたエンリに夜戦を挑まれてました。
 回復魔法使える人が多く、アンデッドだらけでMP消費する機会少ないため、カルネ村において回復魔法の主対象は腰と粘膜と精巣です。


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閑話1:ないわー


 ちょっと語らず放置しとくのもアレだなと思ったので閑話。 

 本編、王都掃討作戦執行後。
 蒼の薔薇がカルネ村から、エ・ランテルに帰る時の話です。
 25話と26話の間あたりになりますね。

 あと、最初に。
 エンリ=サンが今回は別に暴れてないので、中途半端なスラングになっていて、ヘッズ諸氏には申し訳ない。
 それとどっかで描写矛盾発生してたら教えてください(汗)。



 

 その日、エ・ランテルの検問所はざわめきに満ちていた!

 アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”が来たから……ではない!

 生死不明だった(シルバー)級冒険者チーム“漆黒の剣”が帰還したから……でもない!

 著名な生まれながらの異能(タレント)持ち、ンフィーレア・バレアレ……違う!

 

「ねぇ、エンリ。本当に使役モンスター扱いで入るつもり?」

 

 ンフィーレアが恐る恐る、問いかけた。

 

「はい。ニグンさんからも護衛はきちんと付けておくよう言われていますし」

「MUGEN!」

「オァアアア」

 

 そこにいたのは、ズーラーノーンでもこれほどではないと確信できる暗黒神官!

 エンリ・エモットその人である!

 煽情的なスリットの入った漆黒の法衣!

 不浄のエネルギーを立ち昇らせるメイス!

 しかも強大無比の神獣(一般には魔獣)クロマルの背に騎乗!

 従者としておぞましい死の騎士(デス・ナイト)が付き従う!

 横にいるアダマンタイト級チーム“蒼の薔薇”もろとも、エ・ランテルを更地にしてお釣りのくる戦力!

 そんな彼女が!

 検問所の!

 行列に!

 並んでいるのだ!

 

 周りの一般人も、冒険者も、生きた心地がしない。

 彼女の戦力がわからずとも、人々は動物的本能により己の危機的状況を察していた!

 

「それにしても今日はけっこう並んでるね、リイジーさんに早く挨拶に行きたいのにな」

「MUUUGEN」

「オオオオァアアアア!」

 

 彼女が少し不満の言葉を漏らしただけで、その前にいた者たちは委縮し。

 我先に順番を譲ろうとする。

 こんなものが背後にいる恐怖に比べれば、わずかの遅れなど何ほどのことか!

 いや正直、今日は帰って明日出直したい。

 エ・ランテルはもう滅ぶかもしれないのだ!

 

「そんな、悪いですよ。皆さんが先に並んでたんですから」

「MUGEEEEN」

「オオオオオォォ」

 

 ハイライトのない目で微笑みかけられて、直前に並んでいた男は失禁した。

 早起きした己を呪った。

 日暮れまで生きていたら、潰れるまで酒を呑みたい。

 明日からは、もう少しものぐさに生きるべきじゃまいか。

 そんな気持ちしかない。

 

「それにしても、エ・ランテルに来るのも久しぶり。ふふ、クロマルも楽しみ? ベリュースは暴れたらダメよ?」

 

 神獣()に語りかけ、死の騎士(デス・ナイト)を諫めるエンリ。

 本人としては、心温まるハートフル交流!

 だが周囲には、これから都市で殺戮しますとしか聞こえない!

 

(あの目は、幾万の人間を嗤いながら殺せる狂人の目だ。都市に入ると同時に暴れ出し、目についた人間を皆殺しにするだろう! そして、無礼にも前に並ぶ己たちこそ、最初に殺されるに違いない! だが、逃げ出せば目をつけられる。その時は、死んだ方がマシな目に合わされるに違いない……ナムアミダブツ!)

 

 もはや、彼らは死んだマグロめいた目で、屠殺場へと向かう行列に並び続けるしかない!

 エ・ランテル門前はオツヤめいた空気に包まれていた。

 

 

 

「なあ、やっぱアレ止めた方がよかったんじゃねぇか?」

「止めて、あれらと敵対する方がまずいぞ……我々も攻撃はされていないし、都市内で暴れたりはしないだろう……たぶん」

「我々では止められない」

 

 蒼の薔薇も諦めムードである。

 

「私も魔獣に乗って凱旋してみたい……」

 

 ラキュースだけ羨ましそうな顔をしていたが。

 とりあえず、どうしようもない事態だった。

 揉め事にならないよう、自分たちの名前を出してエンリを通すべきかもしれない。

 

「それにしても道中はすごかったな」

「エンリさんとあのアンデッドを見ただけで、ゴブリンもオーガも逃げ出していたのである!」

「夜間の見張りもアンデッドがいれば不要だったしな。あれに求婚するンフィーレアさんを尊敬するぜ」

「わたしも早く、エンリさんみたいに強くならないと……」

 

 いろいろと感覚の麻痺した漆黒の剣は、別の意味で感心していた。

 物語の中の……英雄とは違うが、まあ英雄の敵役っぽくはあるエンリに、ある種の感銘を受けたのだ。

 そして。

 

「ぼ、僕がエンリと結婚したいって、おばぁちゃんに言うんだよね? なんだかエンリが挨拶して、僕が婿入りするみたいな雰囲気なんだけど……」

 

 最大の当事者の一人は、己の決定的なすれ違いに、ようやく気付きつつあった。

 

 

 

 カルネ村は今や、エ・ランテルにおいて恐怖の地。

 多数の貴族子女や使用人、村娘や未亡人らしき人々が向かっては。

 誰も帰って来ない。

 向かった冒険者チームも、ミスリル級のクラルグラ以外帰還者はいない(他は漆黒の剣しか行ってない)。

 また王国各地で、女神モモンガの名を掲げた恐ろしい事件が起きている(王都の事件はまだ届いていない)。

 そんな中、漆黒の剣や、バレアレの子が帰ってきたのだ。

 また、カルネ村から使者がきたともいう。

 愚物を装う敏腕都市長、パナソレイはカルネ村が反乱者という可能性を大いに感じつつも。その戦力を決して侮るべきでないとし、敢えて一国として扱うことにした。豪勢な対応で相手のペースを乱し、少しでも情報を引き出そうと考えたのだ。

 ゆえに。

 開拓村から訪れた人物を、都市で最も豪華な建物――貴賓館へと招いた。

 

 パナソレイは、カルネ村から使者が来たと聞いた。

 使者がただものではないとも聞いた。

 街の名士でもある薬師リイジー・バレアレの知己であり、会談を望んているとも聞いた。

 彼女の存在で、円滑な対話ができればと、彼女も招くよう手配した。

 

 だが。

 

(あんなアンデッドを連れているとは聞いとらんぞ!)

 

 パナソレイは、心の中で叫んだ。

 同席させた冒険者組合長アインザック、魔術師組合長ラケシルも硬直している。

 カルネ村の使者エンリの背後には、明らかにヤバイ級のアンデッド。

 戦闘力の無いパナソレイだってわかる。

 あれはエ・ランテルを単体で潰せるモンスターだ。

 なぜ、こんなのが都市の中にいる。悪夢としか思えない。

 

「ほ、本当にエンリちゃんかい? し、しばらく見ない内に立派になったねぇ」

 

(そうじゃないだろ、ばあさん!)

 

 リイジーの言葉に、思わずツッコミをしてしまうパナソレイ。

 

「はい! リイジーさんもお久しぶりです」

「それで、なんだってわしが呼び出されたんじゃ? ンフィーレアもじゃが……」

 

 リイジーは生死すら不明だった孫の帰還を喜び迎え、叱っていたのだ。

 

「リイジーさんにとって、たった一人の身内と知っています。ですがどうか、ンフィー――お孫さんを私にください! 女神モモンガ様にお仕えする神官として、決して不幸な結婚にはしません!」

「えっ、僕がもらわれるの!?」

「入り婿にするって言うのかい?」

 

(すげぇな、ばあさん。今、気にするのがそれか)

 

 パナソレイは既に現実逃避気味である。

 キャラも崩壊していた。

 あの恐ろしいアンデッドを無視して、暗黒神官娘とそんな会話ができるなら、十分英雄級だ。感心するしかない。実際、パナソレイは政治的会話をすることを、もう諦めていた。下手なことを言えば、物理的に首が飛ぶ。

 アインザックとラケシルも、役に立ちそうにない。

 

「ぷ、ぷひー。若い子は元気があっていいね」

 

 相手の話に合わせ、一応は存在を示す。

 

「ふふっ、ンフィーとっても元気なんです!」

 

 エンリが漆黒の法衣に包まれた己の腹を撫でながら言う。

 その目は蕩けつつも光がなく、恐ろしいものを感じさせた。

 愛らしい仕草なのだが、まるで愛らしくない。

 男なら誰もが、ヤバいと感じるだろう。

 背後のアンデッドとはまた別の意味で。

 

 だが、母……いや、祖母には通じるものがあったのだろうか。

 

「……ンフィーレアや。手を出したのかい」

「…………」

 

 リイジーの声は冷たい。

 ンフィーレアは怯えすくんでいる。

 成人男子三人は、同情するように彼を見ていた。

 

「出したのかい」

 

 きゅっ、と下半身が引き締まる口調である。

 

「……出し、たよ。でも後悔はしてない! 僕はエンリのことを愛してるんだ!」

「ンフィー!」

「エンリ!」

 

 リイジーが深々と溜息をついた。

 処置なしと言う顔だ。

 たいした女傑である。

 あんな(いろんな意味で)恐ろしい女が、孫を連れ去ろうとしているのに。

 

(それにしても……ンフィーレア君はあれに手を出したのか。なんというか……すごいな。私が一番愚かだった時期でも、あれに手を出すのは……ないわー)

 

 こわいもん、と子供のように口の中で呟くパナソレイ。

 アインザックとラケシルも、大差ない感想を抱いたのだろう。

 男三人、目と目で通じあった。

 

 結局、政治的な話は一切なく、リイジーによるンフィーレアへの叱責が中心で。

 エンリは、カルネ村で女神の庇護下、暮らす素晴らしさを説くばかりであった。

 

 その夜、エンリは一泊すらせず。

 後に村人が金属製品など買い付けに訪れるとだけ宣言し。

 まさしく“さらう”ように。

 ンフィーレアを魔獣の背に乗せ、アンデッドを従えてエ・ランテルを嵐のように去った。

 

「ふふ、まるでわしの若い頃のようじゃないかい。あの娘は大物になるよ」

 

 そう呟くリイジーに対し。

 

((いや、もうあれ以上になったら魔王だろ))

 

 三人の男らは、己が女性不信に陥らないか心配だった。

 もし、エンリが一泊していれば、市民にもパニックが起きていただろう。

 エンリの素早い帰還に、エ・ランテル市民すべてが実際助かったのだ。

 

 そして、数時間後。

 弾丸のようにカルネ村に帰還したエンリが、ただの婚前交渉でなくなった喜びに猛り。

 いつも以上にハッスルするのも、ごくごく自然ななりゆきであろう。

 

 魔獣の背に乗せられ、悲鳴をあげながら連れ去られたンフィーレア。

 その後は嫁(未婚)に、意識を失っても乗られ続けたンフィーレア。

 彼の生き様は、エ・ランテルでも語り草になったという。

 

 

 

 一方、翌日。

 久しぶりに都市での一夜を過ごした漆黒の剣は、冒険者組合組合長プルトン・アインザックに呼び出されていた。

 組合長は徹夜でもしたのか、目の下には隈があり。疲れ切った表情である。

 

「……現状、お前たち“漆黒の剣”こそ、カルネ村とエ・ランテルを結ぶ重大な鍵だ。その意味を込めて、これを受け取ってほしい」

「こ、これは……!」

 

 白金(プラチナ)級――冒険者として相当の地位を示すプレートである。少なくとも第3位階の魔法が使え、相当の実績を重ねた冒険者が得られるものだ。(シルバー)級だった漆黒の剣には、(ゴールド)級を飛び越えた、異例の昇格と言えるだろう。

 確かに、ニニャとダインはカルネ村での修練で第3位階魔法を習得しているし。ぺテルとルクルットも、相当に腕を上げた自覚がある。だが、冒険者組合には報告していない。

 カルネ村はアンデッド(と一応、森の賢王)の存在ゆえ、モンスターに襲われる事態もほぼなく。森での警護も形だけ。モンスターの部位を納めてもいない。

 

「組合長、どうして我々にこれを……?」

 

 リーダーでもあるぺテルが、少し警戒した様子で問う。

 

「昨日、検問を越えた後にも、いろいろ事情徴収させてもらっただろう。お前たちに自覚はないかもしれんが、カルネ村は現状、エ・ランテル……いや、王国全体にとって、最大級の警戒地域となっている」

「め――カルネ村が!?」

 

 女神と言いかけ、慌てて言い直すニニャ。

 

「お前たちは断片的にしか知るまいが、多数の貴族が惨殺された上、アンデッドに変えられたという。動死体(ゾンビ)らしいから、じきに掃討はできるだろうが……貴族が惨殺され、そこに女神モモンガの名が残されるそうだ」

「そ、そうだったのであるか!」

 

 ダインが、ぐいと前に出てニニャの顔を隠した。

 今のニニャの表情を、組合長に見せるのはまずい。

 

(まだだ……まだ笑うな……!)

 

 ニニャは狂喜と愉悦で歪んでいた。

 漆黒の剣の面々は知っているが、その貴族惨殺を女神に頼んだのは、他でもないニニャなのだ。どうやらエ・ランテルに情報は来ていないようだが、第一王子バルブロをいたぶり尽くし殺したことも、仲間たちは知っている。

 幸い、疲れ切った組合長に気づいた様子はない。

 

「ああ。どうやら子供や使用人、囲われた娘らまでは殺されないらしい。惨殺の下手人は、彼らにカルネ村に行くよう言っているらしくてな。お前たちも見たそうだが、今のエ・ランテルには相当数のそうした連中が流れ込んできている。一度ここに来て、そうしてカルネ村に出発するんだ」

「そ、それで、私たちは何をすれば?」

 

 ペテルが震え声で聞いた。

 思いっきり当事者なのだ。

 だが、組合長は緊張していると思ったのだろう。

 

「たいしたことじゃない。彼らの護衛という形で、カルネ村と行き来し、見知った情報を組合に報告してほしい。どんな些細なことでもいい。アダマンタイト級を逐一雇うわけにもいかん。お前たちにしかできない仕事なのだ」

「わっかりました! 相応の報酬がもらえるなら喜んで!」

 

 ルクルットが大きな声で、軽く答える。

 ニニャの含み笑いを隠すためだ。

 どのみち、ニニャを今のエ・ランテルに置いておくのは不安しかない。

 幸い、カルネ村の居心地は悪くなかった。

 アンデッドの警護がない、都市の方が不安に感じるほどである。

 

 こうして漆黒の剣は、カルネ村専門の冒険者として異例の昇進を遂げた。

 これをやっかむ冒険者が下級の中にいないでもなかったが……少なくとも(ゴールド)級以上の冒険者は、同情やあわれみしか感じなかったという。

 





 この後、カルネ村に来たルクルットは、帝都での護衛用に呼び戻されたクレマンさんと遭遇。
 土下座して関係持ちました。
 ペテルとダインはたぶん、死を撒く剣団に囚われてた子らの世話とかしてる内に、そういう関係になったりしてます。その意味でもカルネ村付冒険者は好都合だったり。
 ルクルットは、その辺り傷を負ってる人を口説くのはイカンと距離をとってた感じで。
 クレマンさんなら、他に好きな人できたら気軽にフェードアウトできますしね。
 ニニャは既に、王国にとってガチな危険人物です。お仕事でやってるクレマンさんと違って、明確な敵意と悪意がありますから……。

 リイジーはエ・ランテルの店を畳んだりはしませんが、場合によってはカルネ村に隠遁も考え始めます。
 ボケてるわけじゃなく、一応エンリの本質をちゃんと見てるんで!
 狂信者面はまあ……あの世界では、あまりいないタイプすぎて、危機感うすいんでしょう。
 人を見る目がないとも言えるけど……。

 検問所はエンリさんフリーパスです。
 怒らせたら(クロマルとデスナイトで)外壁ごと都市が滅ぶし……。 
 おかげで、エ・ランテルのカルネ村に対する警戒度はレッドゾーンに入りました。
 蒼の薔薇も、あそこヤバいよって都市長に報告してます。
 デスナイトは村全体の中ではたいした脅威じゃないので、報告しませんでした。
 今都市にいることも、検問所から報告いくだろうと特に言わず。
 おかげで、パナソレイたちはエンリと会う時初めて、デスナイトの存在を知りました。

 長らく間を置いたのでお忘れかもですが、デスナイトはベリュースから作られてます。
 エンリを人質にした奴に、エンリを永遠に守らせるという女神ジョークですね。
 カルネ村では、女神様の粋な計らいとして扱われてます。
 もちろん、モモンガさんはそんな騎士をデスナイトにしたこと、もう忘れてます。
 
 あと、エ・ランテルに到着直後、イビルアイは単身で評議国へ転移しました。
 ツアー呼ばないといけませんからね!


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38:来ちゃった

 かなり難産。
 細かく書いても今一つだった箇所は、軽く流してスキップしてます。



「あの……儂らで本当によろしいのでしょうか」

「…………」

 

 カジットが不安そうに言い、デイバーノックも深々と頷いた。

 存在自体忘れられているだろうと思っていたところ、女神直々に呼ばれたのだ。

 事情説明をされても、力量不足では……と不安でならない。

 

「単なる魔術の力量ならば、残す連中で問題ない。魔法の深淵に臨み、新たな呪文を編み出さんとするお前たちが、今回は必要なのだ」

「おお……儂如きにそのような……」

「あちらが受け入れるか次第ではございますが。最大限の尽力を捧げましょう」

 

 デイバーノックは他の六腕と段違いの境遇に、女神への忠誠を高めていた。

 かつての八本指では、ほぼ監禁された戦闘兵器扱い。

 今では同じ志を持つ魔術師仲間がおり、より上位の術師と話し合う機会も多い。

 他系統の魔法詠唱者(マジックキャスター)も多数いるため、彼らとの談義から大きなヒントも得られる。

 そして今回。

 女神は魔法知識探求に熱心な二人を、帝国魔法省に派遣したいというではないか。

 バハルス帝国、彼の“逸脱者”フールーダ・パラダインとて、女神から派遣された者を疎かにできまい。二人にとって願ったり叶ったり――どころか、都合がよすぎて心配になる。

 

「よいか。今回の派遣は、お前たちの探求を深め、新たな呪文開発を進める目的がある。帝国で未知の新たな呪文を見つけたなら、自ら習得するか、あるいはスクロール等を手に入れて弟子たちに教えよ。役に立つ、立たぬの判断は不要だ。また、開発においても探求する分野はお前たち自身が望むものでいい。応用次第で使える術もあるだろう。思わぬ呪文がさらなる新呪文の切っ掛けともなりうる」

 

 女神の言葉に、二人は真剣な顔で頷く。

 判断は自らの習得かスクロール購入かで選べということだ。

 そして、己らの呪文収集と呪文開発に、女神は期待をかけてくれている。

 

「お前たちが新たな術を手に入れて来ること、期待しているぞ。また、彼の皇帝を主君として誠心誠意仕えよ。密偵じみた真似などするな」

 

 功名心など考えず、探求に専念せよとの言葉。

 二人にとってはまさに望むところである。

 

「「ははっ、承知いたしました!」」

 

 二人でひれ伏す。

 かつて死者の大魔法使い(エルダーリッチ)になろうとした男、カジット。

 人の社会で知識を求めた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、デイバーノック。

 カルネ村で魔法探求に没頭する二人は、奇妙な友情を育みつつあった。

 

 

 

 ことの始まりは、ツアーとの会談から一週間ばかりが経った夜。

 久しぶりに現れた女神の食事の折。

 エンリとンフィーレアをはじめ、多数のカップルが食事中の女神の前で婚姻の誓いを立て、夫婦となった。

 たくさん夫婦になるものだなと、感心していたモモンガだが。

 アルベドからの熱視線を受け、その場の勢いで結婚したのだった。

 

 無論、アルベドはすさまじい喜びようであり。

 いろんな場所から忠誠心が溢れ出していたが。

 モモンガとしては、とっくに夫婦以上だったのに……という気分である。

 ともあれ、せっかく結婚したのだからと。

 新婚旅行に、再び帝都に行くことにした。

 そしてついでにと、モモンガはアルシェに声をかけ。

 また、カジットとデイバーノックに声をかけたのだ。

 

 

 

 そして翌朝。

 栄えある女神の同行者は前回と同じくエンリ、クレマンティーヌ。

 そして新婚旅行つながりでンフィーレア。

 帝都で実家の妹らの様子を見に行くアルシェ。

 さらに魔法省へ派遣させるカジットとデイバーノックである。

 クロマルはいないが、不可視化した高位アンデッドは数体を連れている。

 

「さて、今回は少し寄り道もしていこう。あの皇帝に土産も渡さねばならん」

「普通にお金を無心しても、問題ないと思いますが……」

「アルベドよ、ジルの金は帝国民の税金だ。我らが安易に奪ってよいものではない」

「私たちが行けばそれで十分価値はあると思うのですが……」

 

 実のところ、カルネ村に現金はあまりない。

 いくらかの財貨についても、エ・ランテル等で生活必需品購入や非常時の貯蓄とすべきと、女神自ら宣言している。村人の数も増えている以上、金属製品その他のために現金での購入が必須。王国貴族のような搾取をしては、モモンガとしても本末転倒なのだ。

 モモンガは、道中で皇帝に必要であろうものを調達し、今回は直接皇帝の元に向かった。

 

 

 

「――というわけなのだが、どうだろう?」

 

 突然、〈転移門(ゲート)〉で執務室に現れた女神とその一行に、ジルクニフは驚愕で飛び上がらんばかりであった。

 というか実際、飛び上がった。

 同室していたロウネとニンブルも飛び上がった。

 

「ま、待っていただきたい、モモンガ様」

 

 素で“様”を付けてしまっているが、それどころではない。

 

「ああ、すまないな一方的に話をしてしまって。人の礼儀には疎い身ゆえ、どうか許してほしい」

 

 モモンガが頭を下げた途端向けられる、アルベドとエンリの殺意の嵐。

 精神防御のネックレスがなければ、恐怖状態に陥っていたこと間違いない。

 

「い、いやどうか頭をお上げいただきたい。私が問いたいのは後ろの方々についてなのだが……」

 

 ジルクニフは背後に多数いる人外について問う。

 彼らの存在で、広々とした執務室も狭苦しくなっていた。

 

「これがお前への土産だ、ジル。お前が働きづめでいなくてはならないのは、信用できる文官が少ないせいだろう」

「確かにそうだが……文官?」

 

 モモンガの背後にずらりと並ぶ死者の大魔法使い(エルダーリッチ)

 皇帝の執務室に来る前、モモンガはカッツェ平原にて〈中位アンデッド作成〉を行い、12体の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を揃えたのだ。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が14体? いや、一体は似ているが人間か。これだけいると、じいでも勝てんのではないか?)

 

 数に含まれたのはカジットとデイバーノックである。

 

「魔法ばかりに目がいくだろうが、こやつらは知性においても優れている。身辺警護も兼ねて、お前の仕事を十分に補佐できるだろう。この12体の指揮権をジルに与えよう」

「あ、ああ……ありがとう」

(脅迫か? 脅迫なのか? いや、しかしそんな悪意のある顔には見えん……!)

 

 唖然としつつ、生返事で背後を見る。

 居並ぶ(ジルクニフ視点では)高位のアンデッド。

 執務室の中、護衛と呼べるのはニンブルだけ。

 身の危険を感じるべき状態だが。

 

(まさか御方の厚意を拒むと……?)

(モモンガ様に恥をかかせるようなら……)

 

 アルベドとエンリの視線の方が、遥かに恐ろしかった。

 

「し、しかし具体的に何ができるかわからん。最初は魔法省の仕事など手伝ってもらってもいいだろうか?」

(じいに丸投げしよう)

「いや、それについてはこの二人……カジットとデイバーノックを、魔法省で使ってやってもらえないか。彼らには、共同研究者という立場を与えてもらえるとありがたい。人材として活用してかまわんが、新たな呪文を開発した際に、我々にも共有させてほしいのだ」

「それは……」

(むぅ、どうなのだ? じいに任せきりだったからな……交換条件の価値がよくわからん。この場にじいを呼んで聞くべきなのだろうが、正直ろくなことになるまい)

 

 あの暗黒神官によって、フールーダが重傷を負って半月も経っていない。

 しかも、明らかにこちらが悪い状況であったし。

 同じことを繰り返す可能性が……かなり高い。

 

「そちらにも機密はあると思う。そうした呪文等を無理によこせとは言わん。だが、お前たち人間の英知が生み出した新たな呪文には、私も興味がある。何より私は彼らに、研究の環境を与えてやりたいのだ」

「も、モモンガ様……!」

「我ら如きをそこまで……!」

 

 カジットとデイバーノックが感動の涙を流す。

 アルベド、エンリがうんうんと頷き。

 他の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)にも、もらい泣きする者らがいた。

 なお、クレマンティーヌは隅で欠伸をしている。

 ンフィーレアとアルシェは空気に徹していた。

 

(え……アンデッドって泣くのか……?)

 

 ジルクニフにとって、常識を超えた光景であった。

 ミイラみたいなホラー顔から涙が流れているのは、シュールを通り越してギャグである。集団で目頭を押さえて肩を震わす姿など見ていると、警戒するのが馬鹿らしく思えた。

 

(元より、宮殿内に直接転移して来る女神を疑っても意味は薄い……普通に厚意と受け取った方がいいだろう。帝国に敵意があるなら、密偵を潜り込ませる必要もない。この場で我々を殺すのもたやすいのだからな。受け入れて活用するのが、度量の見せどころか。先日にさんざん醜態を晒した以上、分の悪い賭けでもなかろう)

 

 皇帝として、冷静に判断した。

 

「あいわかった。カジット殿、デイバーノック殿を魔法省の研究員として迎えよう。他の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の方々は、事務能力を測らせてもらった上で活用させてもらうが……かまわないだろうか?」

「無論だ。それと、突然押しかけてすまないのだが、もう一つ頼んでよいだろうか……」

 

 上目遣いでモモンガが言ってくる。

 殺人的な色香と愛らしさだった。

 精神防御がなければ、魅了されていただろう。

 

「なんだろう。あまり無茶な頼みは聞けないが……」

(くっ、先日も言っていたが、やはり何か政治的条件を?)

 

 政治家として身構えるジルクニフ。

 

「実は、村では現金の蓄えがあまりなくてな……その、帝都で飲食したいので金貨で……何枚くらい必要だ?」

「うーん、こないだくらいで夕飯も食べるなら2枚で十分かなー。服も買うなら、10枚以上あった方がいいよー」

 

 クレマンティーヌが答える。

 前回の残りは、増えた村民の生活貯蓄となっていた。

 

「今回、服は買わん。だからその、金貨で2枚ほど……もらえないか?」

 

 本当に申し訳なさそうに言ってくる。

 

「金貨2枚?」

 

 呆気にとられて問い返すジルクニフだが。

 どうやら意図とは反対に受け取られたらしい。

 

「……露店だけなら銀貨でもいけるのではないか?」

 

 女神は気まずそうに背後を見る。

 

「金貨100枚とか1000枚要求しても、別にいいと思うんだけどなー」

「税金をそんなに使わせてはいかんだろう」

 

 小声だが、目の前なので丸聞こえである。

 

(子供か……?)

 

 皇帝は呆気に取られた。

 少なくとも皇帝として見る書類は、最低でも金貨数百枚単位の予算や事業ばかりだ。

 金貨数枚と言う端数は、ほとんど気にも留めていない。

 普通に考えて、執務室に転移して来るような身なら、脅迫半分に1000枚程度を要求してもまったくおかしくない。取引としても死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を戦力として得られるなら、十分にお釣りがくる。

 ただ問題として。

 皇帝は基本的に現金を持ち歩いたりしない。

 

「……おい、ニンブル。持っているか?」

「あ、はい」

 

 似たような感想だったのだろう。

 ニンブルが懐から2枚の金貨を取り出す。

 

「ん? お前は……四騎士の一人だったか。いいのか?」

「は。陛下は現金を持っておりませんので……ひとまずの立て替えとして」

 

 2枚の金貨を手渡す。

 柔らかく美しい女神の手に触れて、ニンブルは初めて恋を知った少年のように顔を赤らめていた。

 

「おお、そうか! ありがとう!」

 

 金貨2枚で、女神が喜色満面となり二人に礼を言ってくる。

 いや、言ってくれる。

 ジルクニフとニンブルは、今までの驚愕、恐怖、警戒が溶け崩れていくのを感じた。

 ころころと変わる女神の表情は、宮廷に慣れた者にとってある種の毒だ。

 

(なるほど。一部の貴族が我が子や愛玩動物に夢中になるのもわかる。無防備な感情、仮面の無い反応がこんなにも心を癒してくれるとはな。あの日、私自身泣いて、眠ってしまったのも、これゆえか。もし、金貨2枚ではなく200枚なら……いや、そういう問題ではないか)

 

 ジルクニフが感慨に耽る間にも、女神は言葉を紡ぐ。

 

「しかし、ジルは現金を持ち歩かないのだな。自宅とはいえ、皇帝などしている以上、何があるかわからんのだ。最低限の現金は持っておいた方がいいぞ。あと、彼にはきちんと金貨を返しておいてやってくれ。私はあくまで、ジルにその、まあ金の無心に来たわけだからな。偉そうに言えることでないが、部下に支払わせて、返さぬような主君になってくれるなよ」

「…………あ、ああ」

 

 己を政治的に利用しようとした実母。

 帝国を第一として助言してくる愛妾。

 ただ一人、己を心配してくれる女神。

 ジルクニフの目頭が熱くなった。

   

(母か……アンデッドどもを笑えんな)

 

「前より顔色はよさそうだな……あれからきちんと睡眠はとっているか? 食事の時は仕事を止めて、食後も少し休憩をとるのだぞ。体が若いからと無茶をしてきたのだろうが、疲労は必ず溜まっている。週に一日、無理なら月に一日でも、日を決めてしっかり休め。病人になったつもりで、ただ寝転んでいるだけでも違うからな」

 

 顔が近い。

 煽情的な谷間が見える。

 だが、それよりも邪心なく己を思いやってくれる言葉が。

 地位も権力も財力も気にせず、ただ体調を思いやって見つめるまなざしが。

 欲情よりも、嬉しさや安心感を覚えさせるのだ。

 

(あ、だめ泣く)

 

 語彙が崩壊するのも無理はない。

 

「と……すまないな、今後の部下の前では甘えづらいだろう。また様子を見に来る」

 

 潤みかけた目に気づいてか。

 女神は皇帝の頭をやさしく撫でて、身を離した。

 

「あ……」

 

 追うように手を伸ばしかけ。

 ジルクニフは多数の視線の中と気づき、居心地悪そうに肩を戻した。

 

 女神は、カジットとデイバーノックにもう一度声をかけ。

 ジルクニフへと微笑み、子供にするように手を振りながら。

 アンデッドらを残し〈転移門(ゲート)〉で去った。

 

 女神の余韻を味わうように、ジルクニフはじっとその後を眺める。

 残されたアンデッドたち(一人は人間だが)もまた、同様であった。

 そこには奇妙な同調……あるいは連帯感があった。

 

 

 

「皇帝陛下、よろしいでしょうか」

 

 痩せこけた魔術師が、部屋の沈黙を破る。

 おそらく、ジルクニフの切り替えを待ったのだろう。

 

「儂はカジット・バダンテール……元スレイン法国神官であり、また元ズーラーノーン十二高弟の一人でございます」

「我はデイバーノック。元は王国の犯罪組織、八本指は警備部門の幹部です」

「何!?」

 

 ズーラーノーンは最悪の死霊系魔術秘密結社である。

 そして八本指は、帝国に麻薬を流す犯罪結社である。

 どちらも、超々警戒対象。

 ニンブルが慌てて剣に手を伸ばした。

 ジルクニフが手を伸ばし、それを抑える。

 ここで皇帝を襲えば、女神の面目は丸つぶれだ。彼らがそんなことを望むとは思えなかった。

 

「かつての立場にすぎませぬ。今の儂らはモモンガ様を崇める末席」

「モモンガ様が、御身に誠心誠意仕えるようおっしゃられた以上。我らは女神の前で口にすべきでない事柄を、御身に明かすべきと考えておりますれば」

「何……? どういうことだ」

 

 まさか、と思うが。

 ジルクニフは政治家の頭に切り替える。

 そうだとすれば……。

 

「ズーラーノーンは帝国で少なからぬ貴族や高位官僚を集め、邪神教団を運営しております。儂は異なる拠点にいたため、参加者の詳細まで存じませんが……拠点の場所と入り方、おおよその戦力については、お教えできましょう」

「八本指では麻薬部門と密輸部門、金融部門が、帝国に根を張っていました。生き残りは聖王国に拠点を移した様子ながら、未だ帝国内に末端組織が残るはず。可能な限り、その詳細をこちらに記して参りました」

 

 デイバーノックが、ロウネに書状の束を渡す。

 六腕で最も目端が利き、他部門にも通じていたサキュロントが軸となって用意した書状である。

 カルネ村で居場所を今一つ見つけられぬ六腕は、元同僚ながら優遇されている“不死王”を通じ、帝国に居場所を作ってもらえまいかと古巣を売ったのだ。

 

「……承知いたしました。直ちに記録し、信用できる衛兵を派遣しましょう。民へのアピールとして、四騎士も動かした方がいいですね」

 

 ロウネが緊張した顔になる。

 カジットの言う邪神教団の内情次第では、再び粛清の必要があるだろう。

 また、デイバーノックの情報は麻薬根絶の大きな鍵となる。

 

「真偽を確かめてからだが……まずは礼を言おう。協力、感謝する」

「これより魔法省に務めさせていただく以上、陛下は儂らの主君ですからな」

「もっとも、我らの神は不変ですが」

 

 ジルクニフの言葉に、カジットとデイバーノックが深々と礼をした。

 さらにデイバーノックが続ける。

 

「我も王都の闇で活動してきた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)。アンデッドをいきなり表で使うのは困難でしょう。我は仮面なりをつけて正体を隠しますが……この者らの能力を知るなら、適当な書類倉庫などでまずは整理の仕事でもさせればよいかと。不眠不休かつ飲食不要で働ける文官は、陛下にとって役立つとわかるはず」

 

 元犯罪組織幹部ゆえの配慮である。

 人間社会で活動するアンデッドとして、彼もいろいろと苦労しているのだ。

 

「おお、気遣いありがたい。だが、モモンガ様も心配くださった通り、帝国は人材不足極まっている。信頼の証として相応の仕事を任せるつもりだ」

「それはそれは、モモンガ様も喜ばれるでしょう」

 

 ジルクニフが鷹揚に頷き。

 カジットが人相に似合わぬ、好々爺然とした笑みを浮かべた。

 裏にあるのは追従ではなく、女神への忠誠。女神を介したがゆえの、ジルクニフとの主従関係である。

 

「うむ。正直、お前たちを任された時はどうしたものかと思ったが……どうやらうまくやっていけそうだ。よろしく頼むぞ」

「こちらこそ」

「俗事には疎い身ですが、よろしくお願いいたします」

 

 和やかな様子に、十二体の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は跪いて皇帝の命を待つ。

 

((陛下……上機嫌なのは結構ですが……悪の帝王みたいな絵面ですよ))

 

 ロウネとニンブルは、その様子を少しひきつった顔で眺めるのだった。

 

 

 

 その後、魔法省責任者として呼ばれたフールーダが仰天し。

 女神と会談したという皇帝に対して、子供のような嫉妬を見せたり。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)十二体の支配権を与えられたと聞けば、ジルクニフを凄まじい怨嗟の顔で睨んだりと。

 いろいろあったのだった。

 とはいえ、カジット、デイバーノックという人材を預けられた意味を聞くと、フールーダも奮起した。然るべき成果を見せれば、彼も女神に認められるだろうと。

 なお、今後も女神がフールーダを避けること、言うまでもない。

 ついでに、ジルクニフも、フールーダを少し避けるようになった。

 

 

 

 そして一方。

 女神たちは、先日も食べ歩いた広場へと転移し。

 上機嫌で露店で買い食いし、帝都民とも交流しつつ――。

 

「突然すまないな。先日の酒場――歌う林檎亭に行くから合流してもらえるか? その後の経過を聞きたいし、決断したなら答えも聞きたいからな」

 

 〈伝言(メッセージ)〉でレイナースを呼び出していた。

 




 金貨1枚の価値はだいたい10万円程度としています。
 今回は6人、ちょっとお高いところに行ったり、軽く買い物したくなった場合に足りないかな?ということでクレマンさんは2枚で進言。いざという時お金がないから……というのは、かっこ悪いですからね。皇帝にせびるのがかっこ悪くないかどうかはさておき。

 突然のエルダーリッチ大量贈与ですが、モモンガさんは善意100%です。
「ブラック業務たいへんそうだな……そうだ! ブラックでも働ける手下をやろう!」
 程度の考えですね。
 デイバーノックもいたので、エルダーリッチならそのへんにホイホイいるんだろうと考えてます。
 フールーダさん、エルダーリッチ12体は状況次第ではやばい、くらいかなと。
 魔法使い同士なら先制攻撃できるかどうかって感強いですからね。
 多方向から囲まれて遠距離魔法投げ合いだと、たぶん負けそう。

 スケリトルドラゴンはカルネ村にいます。普通にニグンさんの指揮下。
 このカジットさんは死の宝珠を普通に持ってますが、女神に逆らうとヤバいのを宝珠もわかってるので、おとなしくしてます。カジット操るより女神に普通にさせてた方が、常識超えたアンデッドが大量に湧き出すので……。

 結婚ラッシュ。
 正直、結婚式を書こうかかなり迷いましたが、アルベドさんが見苦しい状態になって、モモンガさんが妙に冷めてるだけなので、さらっと済ませました。
 ネームドの結婚は、モモンガ&アルベドとエンリ&ンフィーのみ。モブは10カップルくらいくっつきました。
 女神の結婚は、みんなの前で我々も夫婦だよって宣言した程度です。
 アルベドは感極まりますが、モモンガさんは今更でしょって気分。
 そして、この宣言で、基本的に一夫一妻がモモンガ信仰の軸になります。浮気、寝取りは悪。女神同士で結婚したので、同性婚はOK。
 離婚は非推奨ではあるけど、神官長(エンリ)に言って、OKもらえばできます。
 ヘッケランとイミーナは、まだ村に慣れきっていないので結婚は様子見。
 毎晩避妊せずに励んでるので、できちゃった婚になる可能性もあります。


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39:美しさは罪

 前作と違って着地点を考えてないのが問題……。
 ちょっと、展開思案のためペース落ちてきてます。
 それにしても、俗世と関わるとアルベドさんがほとんどしゃべらなくなるので困った……。彼女は原作タイプなんで引きこもってモモンガさんといちゃついてる時はよくしゃべってますが。外じゃ、人間にはあまりコンタクトしないんですよね……。
 性的関心や恋愛感情のない、ペット感覚と判明したクレマンさんとは、アルベドけっこう仲いいです。



 歌う林檎亭。

 女神の訪れる酒場と知られ、賑わうそこに。

 再び女神が降臨したことで、帝都市民は沸き立った。

 誰もがその美しい姿に溜息をつき。

 また慈愛あふれる振る舞いに感動し。

 祝福を得た帝都について、誇りを新たにした。

 

 そして、帝国四騎士の一人が、女神の客として訪れた時。

 皇帝もまた、女神に非礼を働けぬのだと、噂した。

 もっとも、彼の四騎士――“重爆”レイナースは、あくまで個人的に訪れたのだが。

 彼女らは重要な話があるからと、二階の一室を借りて移る。

 

 

 

「借金は膨らむ一方の様子ですわ。使用人の維持はもうすぐ不可能となるでしょう。娘二人は、何度か姿を確認しておりますが……」

「……」

 

 ちら、とレイナースがアルシェを見る。

 俯き、黙ったまま答えはない。

 

「よい、続けよ」

 

 アルベドの肩を抱き寄せつつ、モモンガが先を促す。

 周囲に聞かれぬよう、防音の結界は既に施していた。

 

「おそらく、売られるのは時間の問題かと」

「使用人らを解雇してもいないのにか?」

「そ、そう! 使用人を先に解雇するはず!」

 

 モモンガの言葉に、アルシェが乗じる。

 彼女は両親を信じている……いや、信じたい。

 

「近年、同様の手口で破産した元貴族が複数いましたわ。また、今まさに破産しつつある者も。いずれも最初は我が子を“他の貴族へ行儀習い”に出しております」

「行儀習い? ウーデとクレイはまだ5歳なのに……メイドにすると?」

「いえ。奴隷として売るのですが、両親への方便としてそう言われます」

「奴隷!?」

「債務奴隷ですわ。一般市民ではさほど珍しくありません。借金を返し終えれば解放される法です」

「借金は借金だからな。借りた以上、返す責任はある」

 

 モモンガの声は冷淡だった。

 襲われるカルネ村、搾取される王国民、虐待されるエルフ奴隷を見た時のような、怒りはない。

 

「そうして我が子を奴隷に売り、続いて妻を同様に。そして最後に己自身も他の貴族の家令や従者に身を落とすのだと信じ込んだまま……奴隷になるのですわ」

 

 レイナースの口調も冷たく、淡々としている。

 彼らは騙された被害者とも言えるだろうが、同情する気にはなれない。同情するとすれば最初に売られる子供たちだろう。

 

「そんなに没落貴族がいるのか?」

「陛下の粛清の名残ですわね。どうしようもない連中は処刑しましたが、無能なだけの貴族は領地没収に留めましたもの」

「なるほど……その連中を食い物にする奴らが現れ始めたわけか」

「深刻化していないだけで、一般市民にも被害はあるのかもしれません。目下調査中ですわ。ただ、我々の無能を晒すようですが……奴隷市場や該当貴族を調査したところ、奇妙な点が――」

「市場に出回ってなくて、貴族の家にもいなーい。破産した貴族なんて誰も調べなかったけど、よく見たら行方不明なんだよねー?」

 

 それまで横で退屈そうにしていた、クレマンティーヌが突如、話に割り込んできた。

 

「知ってらっしゃいますの!?」

 

 レイナースにとってみれば、クレマンティーヌは距離感のつかめぬ人物である。あれから王国貴族を次々と惨殺し、アンデッドに変えたという情報が帝国にも入っている。

 女神の代理人として汚れ仕事をこなす存在。

 先日、フールーダを単騎で倒したエンリより、危険な人物だろう。

 

「んー、知ってるのはー、帝都で人間を生贄にする邪教団があるってだーけー♪ 確かメンバーは、ほぼ貴族と没落貴族だっけー? 商人もいたかなー?」

「待って。奴隷に売られた後は、生贄として殺されてる!?」

 

 最悪でも娼婦と思っていたアルシェが、愕然とした顔で問いただす。

 

「たぶんねー? 前もちょこっと聞いたんだけどさー。アルシェちゃんのお父さん、お友達の貴族と出かけると、お金つかってくるんだよねー? 金貸しもいっしょにいてさー」

 

 こくこくと、アルシェが頷く。

 かつては世間知らずで学院の勉強ばかりだった彼女も。ワーカーとしての日々で、社会の暗い面を学んでいた。だから、クレマンティーヌの言葉から察してしまう。

 

「その貴族は……金貸しと組んでいる?」

「ざーんねん。ちょっと足りないなー。たぶん、その貴族もー、金貸しもー、最終的には教団に生贄を提供するシステムだよー?」

 

 貴族としての策謀にも長けたレイナースが、その情報をまとめる。

 

「つまり――」

 

 教団の貴族らが、金銭感覚に欠ける没落貴族、裕福な家の子供などを見定め、散財させる。

 金貸しが、持ち合わせの無い彼らに、高い利子で金を貸す。

 この過程を繰り返し、最終的に“貴族の家でメイドとして雇う”という名分で債務奴隷として売らせる。

 法的には、教団貴族が買い取った扱いで……生贄にするのだ。

 おそらく、散財先となる店も、薄々システムに気づきつつ、大きな利ザヤを稼ぎ。邪教団へのリベートを渡しているのだろう。あるいは過去にその手口で破産させた者の財産を買わせ、債務を負わせ……破産時には回収しているかもしれない。だとすれば、帝都の質屋関係もシステムの端末として組み込まれている。

 

「しかし、そんな大規模な陰謀論めいた組織、あるはずが……」

 

 帝都の治安は、近隣諸国でも法国に次ぐ。

 生贄を捧げる邪教団など、あまりに荒唐無稽。

 

「軸はズーラーノーンだねー。帝国はズーラーノーンじゃ資金集めの場所だよー。不満だけ、たーっぷり溜め込んでる貴族から、なけなしのお金を搾り取っちゃうの。それに、王国の犯罪組織も、帝国にちょっかい出してたんだよねー? 手を結まないほーが、不自然……じゃないかなー?」

 

 その名前に、エンリと女神以外の面々が目を見開いた。

 世界的に悪名高い死霊系魔法の秘密結社。

 帝国では、活動が確認されずいた存在。

 そして王国の裏を支配する犯罪組織、八本指。

 

「た、確かに麻薬を持ち込まれていましたけれど、帝都には……それに、貴族らがどうして邪教団などに」

「んー、アルシェちゃんなら、わっかるんじゃなーい?」

 

 絶望的な顔になっていたアルシェが、ぽつりと呟いた。

 

「皇帝陛下が、怖いから……」

「ぴんぽーん♪ いつ自分も粛清されるかわかんない。昔みたいな乱痴気騒ぎも、平民いじめもできなーい。だから隠れて、こそこそするんだよー」

「そ、そんな理由で同じ貴族を生贄に?」

「きっかけはそーんな感じだと思うよー」

 

 にんまりと笑いながら、クレマンティーヌは断言する。人の悪意について、己ほど熟知する者は少ないと自認しているのだ。

 モモンガは、不快げに整った眉をしかめた。

 アルベドが、気遣うように身を寄せ、髪や翼を撫でる。

 

「モモンガちゃんみたいな女神。私みたいな人外のバケモノなら、王国でしたみたく脅しつけられるんだけどー。皇帝ちゃんはあくまで、人間でしょー? バレなきゃ大丈夫って、みんな考えちゃうんだよー」

「…………確かに、そうですわね」

 

 レイナース自身も、呪われた己を見捨てた婚約者や家族に“復讐”を果たした。

 人の善意や良心など、信じられるはずもない。

 

「それに、“逸脱者”フールーダ・パラダインの存在もあるかなー。高位の魔法詠唱者(マジックキャスター)が、人間の身で何百年も生きてるんだよー? 魔法学院もある帝国なら、魔法をかじった人ほど、自分も同じよーに延々と生きられるーって、勝手に考えちゃうじゃなーい?」

「確かに、魔法学院で、そう考えてる者はいた」

「…………否定はできませんわ」

 

 レイナースが、モモンガの“祝福”を拒みきれないのは、己が呪われたまま老いていくのではないかという恐怖ゆえ。たとえアンデッドと化しても、圧倒的強者かつ不老不死となれるならと。考えてしまうのだ。

 そして、アンデッドへの忌避感も、目の前のクレマンティーヌの自由さを見ていると薄れる。

 

「なるほどな。とはいえ、我らが手出しする必要はなかろう。レイナースよ、今の情報はジルに伝えるがいい」

「承知いたしましたわ」

「あれれー。私の出番かと思ったんだけどなー」

 

 スティレットを手の中でくるくると弄びつつ、クレマンティーヌは肩をすくめた。

 多人数を手加減なく誅殺できるなら、いい気晴らしと思ったのだ。

 

「確かに不快な話だが。王国のように弱者を食い物にしてはおらん。愚か者が騙されているだけだ」

「っ……!」

 

 アルシェが、モモンガの言葉に一瞬だけ怒りを見せるが。

 

「「は……?」」

 

 それは、アルベドとエンリの殺気を引き出すに十分なものである。

 話に参加せずいたンフィーレアが、早くも結婚を後悔するほどの殺気。

 

「あ……う……」

 

 周囲の光景がぐにゃぁっと歪む。

 嘔吐こそせずとも、膀胱が決壊し、尿道が弛緩する寸前。

 

「気を鎮めよ。身内、それも親を悪く言われては、仕方あるまい」

 

 モモンガの言葉に、殺気が霧散する。

 もっとも、続く言葉は厳しい。

 

「だが、アルシェよ。お前の妹たちはともかく、両親を救う気はない。ワーカーとして働いたお前は金の価値もわかっているはずだ。金貨2枚のため、私はジルに頭を下げた。そして金貨2枚に感謝をした。金貨2枚に私は、その価値があると思っている」

「……そう、モモンガ様は……感謝を、していた」

 

 アルシェの目に、涙がにじんだ。

 己の親を思い出し、情けなくて。

 尽きそうな愛想を、必死にかき集める。

 けれど、この点だけは……モモンガは慈悲を見せない。

 

「お前の親は、お前からどれだけ金を受け取り、どれほどの感謝を見せた?」

「しかし、そろそろお金の価値もわかってくれるはず」

「無理だな。人間は変わるものだが、都合よくは変わらん。皇帝が悪い、己は悪くないと言い続けているなら……なおさら良くは変わるまい」

「それでも……」

「お前が何を信じようとかまわんが。妹らが、親の価値観に染まったなら、私はもう彼女らを助けんぞ」

「そんな!」

 

 妹らはろくに外に出ていない。

 なら、親と接していく中、染まってしまう可能性は……高い。

 

「ともあれ、邪教にせよ金貸しにせよフルト家にせよ……我々が手出ししては、ジルにいらん仕事を増やすだろう。できれば適当な人材を……ん? ああ、そうか」

 

 じっと、レイナースを見つめて、女神が頷いた。

 

「レイナース。今回の調査、よくやってくれた。お前は相応に社会や政治にも詳しいようだな」

「は、はい。とはいえ、そちらのクレマンティーヌ殿ほどでは」

「謙遜するな。こいつは戦闘と裏社会はともかく、表舞台の政治はできん」

「ぶー、ひどい言い方ー……あはっ♪」  

 

 不平を言いつつも、モモンガが手を伸ばしてくると嬉しそうに身を寄せ、膝に乗ろうとしてアルベドに小突かれている。その仕草は猫っぽく、アンデッドには見えない。

 レイナースは考える。

 愚かなフルト家。

 歪んだ貴族たち。

 呪われた己自身。

 果たして、クレマンティーヌを蔑んだり忌避したりする価値があるのかと。

 そんな、レイナースの内心を見透かしたように。

 

「さて、以上を踏まえて……レイナース。それにアルシェも。私への願いは、まだ決まらないか?」

 

 アルベドを抱き寄せ、クレマンティーヌを撫でながら。

 モモンガが問いかけた。

 

 

 

 

 新婚旅行中のエンリとンフィーレアを帝都に残し、モモンガたちはカルネ村に戻っていた。

 そして今、ニグンや村人ら総出の前で、大いなる儀式が行われたのだ。

 その奇跡に、全員がまばたきさえ忘れ、どよめいた。

 

「こ、これがアンデッドの体……な、なんだか鎧に違和感があるのですけれど……」

 

 一瞬の死を迎えた後、〈高位アンデッド作成〉によりレイナースは文字通り生まれ変わった。

 身を起こそうとするが、妙に体が動かしづらい。

 ほぼ常に装備していたはずの甲冑に、酷く違和感を感じるのだ。

 

「ああ、すまん。その体では甲冑への適性がない。鎧を脱ぐがいい」

「そ、その前に鏡を……」

「はいはーい」

 

 軽い口調でクレマンティーヌが手鏡を差し出す。

 受け取って覗き込めば、そこには。

 

「……!」

 

 女神とは異なる方向性の、怜悧で蠱惑的で“魔性”と呼ぶにふさわしい美貌があった。

 呪いは完全に消え、肌の血色こそ悪いが。絶世と言って不足の無い美貌。

 レイナース自身が、見惚れてしまう美貌。

 己の顔と信じられず、まばたき、口の開閉、鎧で重い手の所作などを繰り返し、確かめる。

 面影はある……だが、細かな欠点が全てなくなっていた。

 

「よろしかったのですか? 私たちに比肩する美貌を与えて……」

「外見的には、私もこっちがよかったなー」

 

 アルベドとクレマンティーヌがそれぞれに、軽い不満を漏らす。 

 

「私が与えられる中、最高の美貌を与えたつもりだ。レイナース、今のお前は墳墓の女王(トゥーム・クイーン)。妨害と召喚に関する秘術系魔法を得意とする高位アンデッドだ」

 

 モモンガが宣言する。

 墳墓の女王(トゥーム・クイーン)は、ニグンの地下聖堂の王(クリプト・ロード)と対になる高位アンデッド。支援と召喚を得意とする(ロード)に対し、妨害と召喚を得意とする女王(クイーン)。しかも、フレーバーで“絶世の美貌を誇った古代の女王が、高度なミイラ化により美貌を維持して蘇った存在”と明記されている。

 ぺロロンチーノすら認めたゾンビ系唯一の美女モンスターだ。

 魅了系スキルも所有するためだろう。レイナースには実際に“絶世の美貌”が与えられていた。

 

「も、モモンガ様……ありがとうございます!!」

「あ、ああ」

 

 凄まじい勢いで頭を下げ、美貌を土に擦り付ける勢いでひれ伏す。

 不満を言われるかなーと思っていたモモンガは、ちょっと引いた。

 モモンガとしては、レイナース自身に合わせて僧侶や騎士系のクラスを持つアンデッドにしたかったのだが。

 物理戦闘が得意な高位アンデッドはほぼ間違いなく、カースドナイトのクラスを取得している。レイナースが拒む呪いは、このクラスを介して彼女と一体化しているのだ。同クラスを持つアンデッドでは、呪いを受け継ぐ可能性が高い。ゆえに今回の選択は、当人のかつてのクラス構成を完全無視だ。正直、レイナースから文句を言われる覚悟もしていた。

 

「と、ところでその……なんとなく、第8位階の呪文が使える気がするのですけれど」

「その通りだ。今のお前は、第8位階までの呪文を用い、多数のスキルを駆使できる。強力なものはみだりに使わず、少しずつ使い方を覚えるがいい」

 

 第8位階である。

 フールーダが、第7位階が使えないと唸っているのを何度も見てきただけに、レイナースは眩暈がした。

 ちらと鏡を見れば、悩まし気な超絶美人。

 

(これが……私……あああ……これが!)

 

 正直、この美貌だけで、どれだけ感謝しても足りない。

 どんな苦悩もゆるんだ笑顔になってしまう。

 

「こ、このレイナース・ロックブルズ。帝国四騎士を辞し、モモンガ様を守護すべく――」

「やめよ。お前はそのまま帝国に戻り、少なくとも後の者への引継ぎを行え」

「あ、あのさー、モモンガちゃん。たぶんこのレイナースちゃんを帝都に戻す方が大騒ぎになっちゃうんじゃないかなー」

 

 クレマンティーヌが助け舟を出した。

 ある意味、かつて己が通った混乱である。

 

「人に危害を加えるアンデッドではないと、皇帝らに言うつもりだが……」

「いやいやいや、私もそーだけど、レイナースちゃんも見た目アンデッドじゃないから、それは問題ないんだよー。ただ、すごい美人になったし、呪い消えたし、魔法使うようになったでしょー?」

「いいことだと思うが……」

 

 怪訝そうにモモンガが首をかしげた。

 女神は人の心がわからないのだ。

 

「まず、第8位階使えるからフールーダに襲われるよー」

「あっ」

 

 それはかわいそうだ。

 

「呪いなし、鎧なし、超美人化で、本人認定されないかもー」

「それはさすがに……ない……だろ?」

 

 確かに変え過ぎたかもしれない。

 女神が戸惑い、悩む。

 アルベドがそんなモモンガを撫で、リラックスさせようとする。

 

「むぅ……レイナース、〈伝言(メッセージ)〉は使えるな?」

「は、はい」

 

 頭の中を探ると、使えるとわかる。

 

「派遣するつもりだった人材を一気に、帝国に渡そう。彼らにお前の引継ぎを行い、帝都で働かせるがいい」

「は?」

 

 レイナースは呆気に取られた顔で口を開けたままになった。

 しかし超美人なので、そんな表情でも絵になる。

 チラと、鏡に目を向け、内心でにやけてしまう。

 その一方で。

 モモンガは、控えていたニグンに合図をする。

 

「では、顔合わせだ」

「はっ。来たまえ、エドストレーム、ゼロ、サキュロント、ペシュリアン、マルムヴィスト」

 

 モモンガが、デイバーノックに聞くまで存在を知らなかった5人が前に進み出た。

 




 貴族友達(=邪神教団)と金貸し(=犯罪組織)の相互リンクは、原作明記こそなかったものの、後のウーデ&クレイが死亡確実ということは……として自作内では確立させました。
 没落貴族、ドラ息子、賭博好き等への蟻地獄としてシステム化されてます。
 モモンガとしては、弱者搾取ではないし、ジルに悪いなーという理由で手出ししません。“無理矢理に貸す”“貸してないのに貸したことにする”みたいな手を使って、一般市民を陥れてるのが判明したら、話は別でしょうが。

 デイバーノックは魔法探求者なので、初見でモモンガさんにコンタクト取りました。きっと感情制御のおかげで、ニニャさんやクレマンさんへの恐怖も他の六腕ほどなかったのでしょう。
 そして、六腕の他メンバーについて、モモンガは今回の帝都出発間際に、デイバーノックさんから教えられて初めて存在を知りました(六腕自体が女神引きこもり中に、ニグンが回収してきた存在のため)。
 ブレインも帝国行かせるか迷いましたが、まだガゼフへの執着が消えてないので、彼はまだカルネ村でくすぶってます。たぶんデスナイトとか相手に修行してるんでしょう。
 
 レイナースは、クレマンさんが支配されてるわけじゃなさげだし、楽しそうにしてるの見て心動かされました。
 アンデッドになる=エンリさんより酷いアレになると考えてましたからね。
 まあ、クレマンさんは、モモンガにとってマフィアのボスが膝の上に乗せてる猫みたいな扱いなんですが。

 アルシェがどうするかは次回。
 六腕(デイバーノック除く)についても次回。


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閑話2:激しい「喜び」はいらない……そのかわり

 本編の続きに行く前に。
 彼らは今までセクロス以外なにしてたの?というお話。
 名前並んでも、久しぶりすぎて何こいつらって感ありますからね。
 (というか登場時も別に名前出してなかった!)

 書き終わってみるとグロい話になったので、ご注意ください。



■“闘鬼”ゼロ

 

(王都事変の数日後)

 

 八本指、警備部門の長、“闘鬼”ゼロ……か。

 最高の精鋭、アダマンタイト級冒険者に比肩する六腕……。

 ははは……笑わせるよな。

 もう、ずいぶん昔の話に思えるぜ。

 いや、昔だったことにしたいんだ……なにもかもよ。

 

 最初の失敗は、あのクソ王子への顔見せにコッコドールの裏娼館に行ったことだな。

 胸糞悪ぃ店だから、いつもサキュロントの野郎に任せてたのによ。

 王族と顔をつないどきゃ、将来の戦士長もありうるなんて、アホらしい皮算用してたのさ。

 密輸部門と麻薬部門――特にあのヒルマが来ないってのを、もっと真剣に考えてりゃ……あんな地獄を見ず、味わうこともなく済んだんだろうぜ。

 畜生、あいつらは賢かったよ!

 ……そして俺はバカだった。

 油断も慢心もねぇとかうそぶいて、しっかり調子に乗ってたんだ。

 

 クソ王子――バルブロは、本当にクズでな。

 愛馬にも娼婦をあてがってやるとか言って、まだ見れる娼婦に馬の相手をさせやがった。

 裏娼館の中に無理矢理、馬を引っ張り込んできやがったんだぜ?

 アホだろ。

 女を抱かせてやれって言われたコッコドールが、なんとか説得しようとしてたんだが。突き抜けたバカは、どうしようもねぇ。ガキといっしょで、反対されりゃ駄々こねるんだよ。

 呼ばれた馬丁なんて、泣きそうだったぜ。

 王城付きの、ちゃんとした馬丁だったろうにな。

 あの夜、あんなことに付き合わされたせいであんな……うげぇっ。

 

 す、すまねぇ。

 思い出すだけで吐き気が……。

 あれが次の王だってんなら、この国は長くねぇなって思ったよ。

 思った時点で、さっさと出て行きゃよかったのに……。

 クソッ!

 

 ああ、そんなわけで俺たちゃ呆れて、クソ王子のご機嫌取りはやめたんだ。

 傍にいちゃ、何を命令されるかわかったもんじゃねぇ。

 部屋の外で警護しとくっつって、離れといたよ。

 ロビーじゃ他部門の似たような連中が、たむろしてた。王子のおつきもいたから、あからさまに陰口を言えなかったが……まあ、目を合わせりゃわかる。そいつらも含めてみんな、言いたいことありげな顔してたぜ。

 きっと裏娼館まで来る道中も、クソ王子はろくでもねぇ命令してやがったんだろうさ。

 さっさと黒粉で薬漬けにしちまわねぇとなって、みんな目で言っててよ。頷き合ったりもしたんだ。

 そうして、俺たちがロビーに来てすぐ……クレマンティーヌさんが来たんだ。

 

 正面から堂々と入って来たもんでな、てっきり他部門の伝令かと思ったよ。

 あの人は、一瞬で転移したみてぇにロビーの奥まで踏み込んでな。

 次の瞬間にゃ、ほぼ全員が倒れた。

 いや死んでねぇんだ。

 全員、しっかり顎を砕かれ、頭揺らされて気絶したのさ。

 あいつらも俺らも、あれで死ねてりゃよかったのにな……。

 俺?

 ああ、俺もやられたが……首の筋肉のおかげで、意識は刈り取られなかった。今ならわかるが、ザコだけ無力化するよう、手加減してくれてたんだろうさ。

 ペシュリアンは全身甲冑で攻撃されず。

 サキュロントとマルムヴィストは扉が開いた時、いつもの習慣で物陰に入ってた。

 エドストレームは……あの場じゃ唯一の女で、あの格好だ。娼婦と思われたんだろな。

 問題はデイバーノックだった。あいつ、クレマンティーヌさんを見た途端……寝返ったんだよ。自分より格上のアンデッドだって、さっさと気づいたらしい。

 全員倒れた後で気づいたが、入り口に……入り口に……ニニャさんも、い、いた。 

 お、おう、わ、わ、悪い。

 あの人を、思い出すと、震えが、と、止まらねぇんだ。

 酒か、あ、ありがてぇ。

 

 ……ぷはぁ。

 

 そ、そう。

 そんで、デイバーノックが寝返っても、5人いるから勝てるって思ったんだよな。

 ああ、身の程知らずはしっかり教えられたよ。

 俺たちも、あいつに倣ってさっさと土下座でもしときゃよかったんだ……本当にあの夜についちゃ、後悔しかねぇよ。あの日の俺に会えるなら、裏娼館に行かないようにするためだけでも……ぶちのめしてぇ。

 

 お、おい、それを聞くのかよ……クソ、まあいいさ。

 アンタしか今の俺たちに、仲間はいねぇんだからよ。

 あの冒険者どもか?

 あ、あれはお前、ニニャさんの仲間だぞ。

 下手なこと言って、ニニャさんに目をつけられたら……。

 

 あ、ああ……大丈夫だ。

 そりゃ直接戦えば勝てるかもしれねぇ。

 でもダメだ、ニニャさんの前に立つなんてできねぇ。

 クレマンティーヌさんの拷問は正直、俺たちもよくやるような、やられる覚悟もある類だったさ。そりゃ痛そうだなって思うがそれだけだ。修行の中でも、似たような目にあう機会なんざ、いくらでもある。アンタだってわかるだろ?

 けどよ、ニニャさんのは違うんだよ。

 後で話、聞いてわかったけどよ。

 あの人、姉が連れ去られてからずっと、貴族をどう痛めつけるかばっか考えてたんだぜ。

 拷問を実践してるだけの奴と、考え方も在り様も違うんだよ。

 ほ、本気で苦しめに、いや壊しに……あああ、思い出したくねぇ!

 忘れてぇ!

 頼むから、他の奴に聞いてくれよブレイン!

 

 

 

■“踊る円月刀(シミター)”エドストレーム

 

(ツアー来訪中の頃)

 

 はぁ? 男はもうこれ以上、面倒見切れないんだけど?

 え、違う?

 

 はぁ、前にゼロとそんな話したんだ。それであたしに?

 まあ、デイバーノックは、カジットとかいう魔法詠唱者(マジックキャスター)と楽しそうにやってるものね。

 ゼロ以外の三人だって、言いたくないでしょうし……。

 

 え? あたしは、たいしたことされてないもの。

 そりゃ、クレマンティーヌさんに手の爪全部剥がされたりしたけどね。

 十分に拷問だって?

 そうね……普通だとそうなんだけど。

 この村に連れて来られたら、すぐエンリさんが治してくれたわ。

 もう跡もないし、次の日にはあなたと模擬戦だってしてたでしょ? あいつらは寝込んでたけどね。

 ニニャさんは……あたしが女だからって理由で、見逃してくれたの。本当、あれほど女に生まれてよかったって思うことはないわ。

 他の連中を横で見てたら……うん、ラクさせてもらって悪いなって気分よ。

 夜にあいつら四人の相手してやってるのも、アレを見た同情みたいなものね。

 心の傷が深すぎて、あたしがいないとダメになっちゃったもの。

 

 満更でもなさそう?

 そうね。

 前と違って、泣きついてきてる子供みたいなものだし。

 あっ、あいつらには言わないでよ?

 あたしに借りを作ってると思ってくれなきゃ困るわ。

 

 ともあれ、あたしたちはクレマンティーヌさんにあっさり倒されてね。

 武装解除されて、ニニャさんとデイバーノックに見張られてたの。

 大量の護衛と付き人が全員動けなくなるトコ、しっかり見せられたのよ。

 おかげで歯向かっても無駄って、よーくわかったわ。

 あたしもニニャさんの拷問っていうか……虐待をちょっと見たら、さっさと知ってること吐いて。クレマンティーヌさんの拷問からも解放された。だから後は、見てただけよ。見るに堪えない地獄だったけれどね。

 ええ、拷問なんかじゃないわ。

 ひたすら痛めつけてたの。

 

 えっ? どんなことしてたか聞きたいって?

 やめた方がいいと思うけど……。

 

 とりあえず、クソ王子と貴族どもは、八本指の男連中に輪姦されたわ。

 貴族連中は顎も砕かれなかったから、盛大に悲鳴をあげてたわよ。

 コッコドール――奴隷部門の長も並べられてたっけ。

 ええ、ゼロたちもさせられたの。

 あの四人はみんなして第一王子様の穴兄弟ってこと。

 知ってる? 王子っても美少年でも美形でもないのよ。

 中身はガキで、体はゴリラ。そいつを無理やり掘らされるの。他の貴族もろくなもんじゃないわ。そいつらを、無理やり掘らされるわけ。

 しかもナニにフォークやらヤスリやら、添え木されるのよ。

 そんなので……するから、貴族連中は尻から盛大に血を噴き出してた。

 

 もちろん、する方だって嫌がってたのよ。

 ゼロなんて特にそうね。で、あんまり歯向かうから、ニニャさんにお尻からスティレットねじこまれて。無理やり芯入りにされてたわ。そんなの見たら、嫌でもするしかないじゃない。

 おかげで、ゼロは今でもあたしを抱きながら最中に思い出して、悲鳴上げながら泣きだしちゃうのよ。

 

 そんなわけで掘られて裂けて流し込まれて……貴族連中は次々とまあ……尻から本来出るモノを出しちゃうじゃない?

 そしたらニニャさん、向きを変えさせて……臭いから食えって言うのよ。

 吐いたら、それも食わされるし。

 途中で気絶した下っ端なんか、あっさり動死体(ゾンビ)に変えられて……死んでも掘らされるわけ。

 その後で、いろいろ出した後の穴を舐めさせられたりもしてた……。

 他にも、男の人が聞きたくないこと、いろいろさせてたわ。

 普通の拷問でするようなことも、並行してやってたし。

 実際、途中で壊れて、頭がおかしくなってる奴もいたわよ。

 

 聞いてて気分悪くなってきたでしょ?

 実際にやらされたあいつらは、そりゃ思い出したくもないわよ。

 アンデッドのデイバーノックにも同情されてたんだもの。

 とはいえ、あいつがクレマンティーヌさんに陳情してくれたおかげで、それでもゼロ達はまだマシだったんだけど……。

 

 ニニャさん、仕上げは貴族連中の広がった穴に〈酸の矢(アシッド・アロー)〉打ち込んでたわ。

 人が一撃で死ぬような呪文じゃないけど……尻の中に打ち込まれたらどうなるかわかる?

 腹の中が焼けて溶けて、延々ともがき苦しむの。

 丁寧に、打ち込んだ後は栓までしてた。

 見てるだけで、あたし自身の指の痛みなんて、忘れるほどだったわ。

 悲鳴のあげすぎ、吐きすぎで潰れた喉から、一斉に殺してくれって叫ぶのよ。

 貴族連中全員、ニニャさんに土下座しながら殺してくれって懇願するの。

 

 ニニャさんの姉さんを、馬でアレしようとしてた王子はどうなったかわかる?

 馬は出す量多いからね、女を犯させて見世物にする時だって……出す寸前に、調教師が抜くものよ。

 中であんなの出されたら、腹が破裂するわ。

 そう、王子は愛馬に中出しされたせいで臓腑を破裂させて……貴族連中以上にもがき苦しんでたわ。

 

 それを見てるニニャさんの顔がね……うん、あれはあたしも、夢に見る。

 それ以上に他の四人が、毎晩誰かしら悲鳴あげて飛び起きてるけどね……。

 とにかく怖いのよ。

 クレマンティーヌさんの強さとか、女神様の凄さとは違って。

 ニニャさんは、とにかく怖いの。

 頭の中にある責めを躊躇なく、嬉々として実行するのよ。

 クレマンティーヌさんみたいに“喜ぶ”んじゃないの。

 “嬉しい”って顔で、際限なく心の底まで痛めつけるのよ。

 一晩で何人にしてたかわかる?

 合計したら100人近くいたのよ?

 それを念入りに全員、ニニャさんは一晩中素早く動き続けて……!

 

 犯罪組織にいたから……拷問なんて見慣れてるつもりだったけど。

 あんなのは見たことなかった。

 違うわね……行為の結果だけなら似たようなのも知ってる。

 でも普通、拷問って作業よ?

 淡々と、する側がおかしくならないようセーブしてするものよ?

 たまにおかしい奴もいるけど、そういうのはやりすぎてすぐ殺しちゃうじゃない。

 あの裏娼館で最後に“使い潰す”時も、そういうのにあてがってたそうだし……。

 なのにニニャさんは……念入りに苦しめて壊すのを“嬉しい”って感じるのよ。

 愉しいとか、欲を満たすとか、そんなのじゃないの。

 止まらずに殺さず痛めつけることを……悪意をぶつけ続けることを、嬉々としてできるの。

 それが本当に怖い……。

 

 明け方、クレマンティーヌさんがトドメを刺して、全員動死体(ゾンビ)に変えたわ。

 全員、クレマンティーヌさんに感謝してた。

 あのまま放置してたら、まだ一日か……悪くすると数日、もがき苦しんで死ぬんだから。

 王都でのその後は……先日からいるリグリットとかいうお婆さんに聞いたんじゃない?

 

 

 

■“幻魔”サキュロント

(モモンガとツアーの会談翌日)

 

 ブレインさん、俺たちもやっとここから離れる算段が出てきましたよ。

 ととと、違いますって!

 脱走とか怖いコト言わないでくださいよ!

 に、ニニャさんに聞かれたらどうしてくれんですか!

 デイバーノックを通じて、八本指の残りの情報を売れるトコに売るだけですよ!

 女神様は、帝国の皇帝陛下と懇意にしてらっしゃるんでしょう?

 

 そうそう。

 帝都や皇帝をずいぶんと褒めてらっしゃったじゃないですか。

 連れてきたワーカーとも、ちと話をしましてね。

 ええ、あのヘッケランって戦士です。

 なかなか世慣れた奴で、こっちの事情を話したら、相談に乗ってくれたんですよ。

 デイバーノックは、ニグンさんからも信用されてますし。

 俺たちの残ってる手札は、古巣の情報くらいですからね。

 帝国にゃ、そこそこ末端組織も……おっと、これ以上はさすがに言えませんや。

 その対処に俺たちを売り込もうってことでさ。

 クレマンティーヌさんはまだ、王国内の掃除もあるでしょうし。

 事情をわかってる俺たちが行った方が、仕事もしやすいはずでさ。

 

 なんでこんな話をって?

 そりゃ、ブレインさんもどうですかって話で。

 アンデッドがいりゃ、この村に俺たちみたいな戦士はいらんでしょう。

 特に俺は対人特化で、魔獣なんかの相手じゃ三流もいいとこですからね。

 村人の訓練だって、ペテルやヘッケランで十分でしょう。

 集団戦術なら、ニグンさんがいりゃいい。

 実質、農作業以外じゃブレインさんの修行相手してるばっかでしたからね。

 俺たち、この村じゃあんまり役に立ってないじゃないっすか。

 

 そうですか。

 いや、ブレインさんが来てくれりゃ心強いと思いましたが。

 確かに御前試合での因縁も解決してませんでしたっけ。

 俺たち五人で行くつもりで、動いときますよ。

 ブレインさんが心変わりする時にゃ、帝国四騎士が九騎士になってるかもしれませんがね。

 

 はは……。

 わかってますよ。

 よっぽどうまくいかなきゃ、そもそも帝都に送り出してもらえないのは。

 けど……こうして妄想でも前向きに考えてないと……。に、ニニャさんが同じ村にいるって思うだけで……壊れちまいそうなんですよ。

 俺たち……限界なんです。

 いっそアンデッドに変えてもらったら、ラクになれるんじゃないかってくらいで。

 マルムヴィストなんざ、時々真剣な顔で毒を見てますしね。

 俺だって毒を持ってるあいつを、羨ましいって思ったりもするんです。いざって時の逃げ道があるんですからね……。

 ニニャさんの目がなきゃ、俺たちゃ生きてても酒に溺れるか……もっとヤバイ薬に手を出して、逃げ出してたでしょうよ。

 実際、エドストレームに慰めてもらって、甘えてますし……。

 

 と、とにかく、村に残るならニニャさんを怒らせちゃいけませんぜ。

 エンリさんなら一思いに殺してくれるし。

 クレマンティーヌさんなら、痛いだけで済みますからね……。

 




 六腕の皆さんがどう過ごしてたか……という話を書き始めたはずが。
 ニニャさんがいかに恐ろしいかという話になってしまった……。
 六腕のトラウマ。
 こんな話を聞かされたブレインさんも、ニニャさんを恐れ始めます。
 恐怖は……伝染する……!

 共通のトラウマゆえに、六腕の四人は原作八本指幹部のようなシンパシーを持ってます。
 まあうなされたり、自殺を考えたりする程度ですから、原作恐怖公のアレに比べれば軽傷です。ニニャさんは常時見張るような手段も持ってませんしね。

 クレマン先輩も、後輩の拷問について、ぽかーんと見てました。
 ベクトルが違うので真似しようとは思いませんが、先輩ながらニニャさんには一定のリスペクトを抱いてます。

 原作アインズさんが隠蔽の指輪を外した途端、フォーサイトがやべぇ!ってなってましたから、ナシだと圧倒的強者のオーラはだだ漏れなんだろうなと思ってます。
 本作クレマンと同じアンデッドのデイバーノックさんは、アンデッド本能的にヤバすぎる!といち早く察知して、寝返りました。クレマンさんとしてもアンデッドを滅ぼさずに捕縛するのめんどくさいし。ガンつけて言うこと聞いてくれなら、そっちの方がラクかなと。

 ニニャさんは今、姉から受けて来た虐待を聞いて、まだまだ憎悪を燃やしてます。
 アルシェからフルト家の話聞いて、ヤバイ顔になったりもしてます。
 帝国貴族粛清はしないと聞いて、内心で舌打ちしたりもしてます。
 (邪神教団狩りするなら、喜んでクレマン先輩についてきました)


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40:プランBでいこう

 いつもタイトル決定にいいセリフ探して困るんですが、今回は多数候補があがり、どれにするか迷いました。
 没案は「心という器はひとたび――」「その言葉が聞きたかった」「わが生涯に一片の悔いなし!」です。
 それぞれ、一部の場面から連想したアレですね。
 「その言葉が」は正しくは「それを」なんだけど。どうも「言葉」で覚えがち。
 今後のタイトルでまた使うかもしれませんが。



「彼らは犯罪組織、八本指に属していた者たちです」

「ええっ、八本指!?」

 

 帝国でも悪名高い八本指の名に、レイナースは驚愕した。

 彼女はまだ己がいかに規格外か、よく自覚していないのだ。

 かまわず、ニグンが紹介を始める。

 

「その中でも最強と呼ばれた六腕を連れてきましたよ」

「六腕!?」

 

「近隣諸国最高級の修行僧(モンク)ゼロ」

「うっす、よろしく」

 

「対人戦特化のマルムヴィストとサキュロント」

「「がんばります。よろしく」」

 

「見た目が騎士っぽいペシュリアン」

「よっす、どうも」

 

 四人が親しみを意識して挨拶する。

 

「彼らの保護者エドストレーム」

「よろ……ちょっ、保護者って何!?」

 

 五人目が、より軽い空気を作った。

 かつてなら、やたらニヤリと笑ったりして、只者ではない風に演出し、セルフプロデュースしていた五人だが。

 ここは遥か雲の上の存在が多数。さらにもっと恐ろしいトラウマ対象(ニニャさん)もいるカルネ村。

 目の前のレイナースも女神のお気に入りであり、認識すらされてない彼らとは別格だ。

 そんな中で、反骨精神を発揮するには……彼らは少々、折られすぎていた。

 親しみやすい人間として振舞うことこそ、最も大事な処世術。

 ニニャさんも見てるし。

 

「肩書を聞いて、もっと張りつめた面々かと思いましたけれど。これなら、うまくやっていけそうですわ。砕けた接し方をした方が、陛下も喜ぶでしょう」 

 

 レイナースの言葉に、五人がぐっと拳を握る。

 つかみは上々だ。

 

「彼らは元々、都市で暗躍していた存在。戦争や怪物退治よりも、対人戦で真価を発揮します。また、裏社会での情報収集にも役立つでしょう」

「なるほど……今回の件ではうってつけですのね。陛下に働きを見せる機会としても十分かと」

「うまくやっていけそうだな」

 

 ニグンとレイナースのやりとりに、モモンガが頷いた。

 交渉成立である。

 三人としては単なる人材派遣だが。

 六腕にとっては、逃してはならぬ蜘蛛の糸。

 

「よし、エドストレームよ。リーダーとして仲間を率い、レイナースに代わる働きをしてくるがいい。我々の害や恥とならぬなら、詳細はお前たちに任せる」

「え、あ、はい! 承知いたしました!」

 

 リーダー扱いに一瞬、戸惑うエドストレームだが。

 女神に口答えなど、許されない。

 というか派遣決定ほどありがたいことはない。

 これで、ニニャの目が届かない場所にいけるのだ。

 ひとまずは愛想よく、六腕リーダーを任されるエドストレームであった。

 

 そして。

 

「さて、残るはアルシェだな。レイナースは決断したぞ。答えは出たか? 先送りは勧められん。月日が経てば、叶えられぬ望みとなるやもしれんからな」

 

 ずっと傍で俯いていた少女に。

 モモンガは顔を向ける。

 

「私は――」

 

 間を置いて。

 アルシェが、振り絞るように口を開いた。

 

 

 

「〈生物発見(ロケート・クリーチャー)〉〈次元の目(プレイナー・アイ)〉〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉」

 

 聞いたことのない呪文のオンパレードである。

 アルシェは眩暈を感じていた。

 

「……どうだ? この子らが妹で、間違っていないか?」

「すごい……ま、間違ってない」

 

 モモンガは一瞬で、遠く離れた帝都にいるアルシェの妹たち――クーデリカとウレイリカを、目の前に映し出したのだ。二人は窓から外を覗いて何か言っている。

 魔法で造られた画面は、窓の外までしっかりと映る。

 それは……上機嫌で戻ってくる父と母、何かを抱えながら絶望的な顔をした執事のジャイムス。

 

(ああ……また何か買った。ぜんぜん、変わらない……私がいくら、稼いでも)

 

 その二人の姿を見て。

 アルシェの中でぷつりと何かが切れた。

 それは両親への最後の絆の糸だったろうか。

 ただ、窓の外を見て笑う二人を――あんな風にしてはいけないという、義務感だけ。

 両親に書置きを残そうとか。

 使用人たちが路頭に迷わないようカルネ村を教えようと思っていたが。

 瞬時にどうでもよくなったのだ。

 懐の中で用意した書置きを握りつぶす。

 使用人に教えれば、借金取りに情報が洩れるかもしれない。両親がここに来るかもしれない。それは女神、エンリ、クレマンティーヌ……何より、妹たちに対する害悪だ。

 だから。

 

「ありがとう……モモンガ様。妹たちを迎えに行っても……いい?」

「ああ。行って来るがいい。お前の決断に敬意を払おう。ただし長時間は待たんぞ――〈転移門(ゲート)〉」

 

 あの暗黒の門が造られる。

 画面の向こうの二人は気づかず窓を見ている。

 もう迷いはない。

 アルシェは、黒い空間の中に足を踏み入れた。 

 

 

 

 本当にあっさりと。

 妹たちの着替えと、気に入りの品を手早く掴み。

 〈転移門(ゲート)〉の効果時間が切れる前に、アルシェはさっさとカルネ村に帰って来た。

 半ば閉じ込められるような生活をしていたクーデリカとウレイリカも、喜びはしゃいでいる。

 黒い空間に入ったと思うと一瞬で異なる場所……帝都とまるで違う農村に出たのだ。

 さらには、帝都でも見たことがないほど美しい女神。

 しかも、二人と同じ双子らしい。

 すっかり夢中になって、女神に駆け寄る。

 

「わー! 女神様、クーデリカみたい!」

「本当! 女神様、ウレイリカみたい!」

「ふ、二人ともモモンガ様とアルベド様に失礼――」

 

 幼い双子の姉妹が、寄り添う女神の真似をして見せる。

 アルシェが慌てて止めるが。

 

「ふふ、いや。よい。純粋な子らで安心したぞ」

「おかしな価値観に染まっていなくてよかったですね」

 

 モモンガとアルベドは微笑み。

 立ち上がって双子に歩み寄ると、抱き上げた。

 なんといっても100レベル戦士職の筋力である。

 腰をほとんど曲げず、手の力だけで軽々と持ち上げてしまう。

 

「女神様つよーい!」

「女神様きれーい!」

 

 使用人やアルシェより背の高い女神らに抱き上げられ、二人が嬉しそうな声をあげる。

 同じ顔の女神の手の中で戯れる、同じ顔の双子幼女。

 太陽の下で見えるそれは、まさに神話的光景。

 無垢な子らから褒め称えられて、アルベドの顔にも慈愛の笑みが浮かんだ。

 

「モモンガ様、アルベド様、妹たちがすみません!」

 

 アルシェが何度も、頭を下げる。

 その声は震えていた。

 彼女の目には、女神(主にモモンガ)の魔力で妹が炙られているように見えるのだ。

 ものすごく危険そうだし、正直こわい。

 

「何、気にするな。お前が守ろうとしただけあって、いい子たちではないか」

「ええ、私もこの子たちを助けてよかったと思っています」

 

 二柱はそのまま座り。

 二人を膝の上に乗せる。

 ちょこんと座り、抱きかかえられる双子。

 そろいの人形を抱きかかえたような姿は実に微笑ましい。

 

「女神様おっぱいすごーい!」

「やわらかーい!」

 

 頭の上に乗る乳房について、幼女が無邪気にコメントする。

 村の男たちは、幼女に嫉妬せざるをえない。

 いや女だって、女神の乳房に興味がある。

 まだ比較的幼い子供たちに至っては、自分も甘えればいけるかなと打算的な考えを抱き始めるほどだ。

 

 とはいえ。

 アルシェは気が気でない。

 すばやく駆け寄り、妹たちの靴を脱がせる。

 ドレスを汚して機嫌を損ねれば、妹たちの命が危ないと感じたのだ。

 

「お姉さま、靴くらい脱げるよー」

「お姉さま、かほごー」

 

 姉の心、妹知らず。

 愛する姉に靴を脱がされながら、二人は女神の膝の上で、足をばたつかせる。

 

「め、女神様のドレス、汚しちゃダメだから。じっとしてて」

 

 アルシェは必死だ。

 脇とか背中とか、すごい汗をかいている。

 

「ははは、仲が良くて何よりだ。やはり姉妹ならいっしょにいないとな――っ」

 

 びくっとモモンガが震える。

 

「ひっ!」

 

 アルシェが小さく悲鳴を漏らし、下半身も少しだけ漏らした。

 

「「?」」

「あ……」

 

 ウレイリカとクーデリカがきょとんと首をかしげ。

 アルベドが痛ましげにモモンガを見た。

 モモンガはそっと、気遣わしげにアルベドを向く。

 

「無神経なことを言ってすまない……私のせいで、アルベドは……」

 

 天涯孤独だった己と違い、アルベドには姉と妹がいたはずだ。

 名前は忘れたが、タブラ氏のこと。

 きっと詳細な人間関係などを設定していただろうに。

 己はアルベドの気持ちを考えず、はしゃいでいたのではと思い至ったのだ。

 

「モモンガ様、どうかお顔を上げてください」

(モモンガ様、どうかお顔を上げてください)

(真面目! 真面目な思考を前面に! 気張りどころよアルベド!)

(おっしゃあああああああああああああああああ!)

(押し倒したぁいいいいいいいいいいいいいいい!)

(モモンガ様だけいればいいですぅぅううううう!)

(姉も妹もいらねええええええええええええええ!)

(うひょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!)

 

 分割思考法をフルに使い、七分割で理性を保つ。

 本来は同じ体を共有するアルベドとモモンガ。

 魔法で造った複製体に精神を分けても、強い感情は伝わってしまう。

 今は隠さねばならないのだ。

 

「…………」

 

 モモンガが、上目遣いで恐る恐ると言った風に顔を上げる。

 真剣な様子のアルベドが、何を言うかと怯えているのだ。

 

「モモンガ様……」

「アルベド……」

 

 拒まれるのでは、嫌われるのではと。

 シモベに過ぎないアルベドに、モモンガが怯えている。

 

(……っ、…………く)

(無理無理無理無理! 抑えきれないわ!!)

(モモンガ様あああああああああああああああ♡)

(愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛ぃい♡)

(愉悦うううううううううううううううううう♡)

(らめええええええええええええええええええ♡)

(くふーっ! くふーっ! くっほぉおおおお♡)

 

 知的にモモンガをしっかり依存させようとしたアルベドだが、愛の前に全ては無力であった。

 プランBに変更するしかない。

 つまり、何も考えず衝動に身を任せるのだ。

 

「っ! ……んんっ♡♡♡」

 

 鼻から溢れそうになる忠誠心、かろうじて抑えながら。

 アルベドはモモンガを強引に引き寄せ……そのまま唇を貪った。

 村人やレイナースに囲まれた中で。

 

「んむっ!? んんん?」

 

 真面目な話をしていたつもりのモモンガが困惑するが。

 アルベドが止まるわけもない。

 思考を制御した以上、モモンガにとってもこれは完全な不意打ち。

 そして。

 

(((モモンガ様好き♡ 好き♡ 好き♡ 好き♡ 好き♡ 好き♡)))

 

 分割によって隠されていたアルベドの愛情が、好意が、慕情が、欲情が。

 モモンガの精神に、一気に一気に叩きつけられる。

 舌もねじ込まれる。

 

(あ、え? あっ♡ アルベド……ぉ♡♡)

 

 蕩けていく主の思考が、アルベドの劣情をさらに高める。

 おずおずと、モモンガの舌が受け入れ、絡み合ってくる。

 

 しつこいようだが、村人らもみんな見ている前である。

 だが、女神は完全に二人の世界に入り、淫らな粘液音を唇の間で響かせている。

 

 クーデリカとウレイリカも、頭上の音を不審に思ったが。

 きょとんとした顔で上を見ても、女神の豊満な乳房が遮蔽となって見えない。

 

(((はーっ♡ はーっ♡ モモンガ様っ♡ モモンガ様っ♡)))

 

 分割思考が一極化された時、爆発的な意志の奔流が生まれた。

 圧倒的感情が、モモンガの意志を押し流す。

 アルベドの手が主の乳房に伸びて、無遠慮に揉みしだき始めても。

 拒めない。

 

(アルベド♡ 許してくれるのだなっ♡ アルベドっ♡ 私も好きだぞっ♡)

(はい♡ 私も好きです! 大好きです! モモンガ様好きっ♡♡♡)

 

 アルベドにとっては、人間など未だ下等生物。

 嫌う理由はなくなっても、好む理由もない。

 愛する人の趣味に口出ししないだけである。

 だから。

 人間の前で何をしようと。

 

(知ったこっちゃねえええええ! 愛の女神にジョブチェンジしましょうモモンガ様ぁ!!)

 

 そのまま、長椅子に押し倒していく。

 モモンガに抵抗のそぶりはない。

 まさしく据え膳。

 

 村人やアルシェ、レイナースらにとってみれば真剣な顔になった女神が突然キスをし、そのままことに及ぼうとしているのだ。

 何がなんだかわからない。

 口出ししていいものかどうか、わからない。

 このままなら村人の目の前で、女神の情交が始まっただろうが……。

 

 ここで智将アルベド痛恨のミス!

 胸を掴みながら押し倒したせいで、体勢がずれてしまっていたのだ!

 二人の幼女が、女神の行為をじっと見つめる。

 

「あー、女神様ちゅーしてるー」

「ウレイリカもしよー」

 

 ちゅっちゅっ、と双子が女神を真似てキスし合う。

 ご丁寧に胸までさわりあっている。

 意味も分からず真似をしているのだ。

 そして。

 幼い子供の発する、無邪気な言葉、無邪気な行動というものは。

 いつだって穢れた大人の心に刺さる。

 

「……!」

 

 モモンガが慌てて、アルベドから唇を離す。

 二つの唇の間に、きらめく架け橋が渡された。

 

「ぁ……」

 

 アルベドが残念そうに眉を寄せる。

 彼女は魂を持って動き始めて実質1か月あまり。

 子供の言葉など気にしない。

 いつだって己の設定(しょうどう)こそ第一。

 

「そ、そんな風に真似をしちゃダメだぞ。もうちょっと大人になってから、な」

 

 モモンガが顔を真っ赤にして、あたふたと幼女たちに言い。

 ウレイリカをそっと膝から下ろす。

 

「そうですね。確かに大人になってからの方がいいかと」

 

 憮然とした顔を何とか隠しつつ。

 アルベドもクーデリカを下ろした。

 

「ま、まあ、とにかくよかったなアルシェ。レイナース、帝国は任せたぞ。そいつらを連れて、ジルクニフにしっかり引き継いだら、戻って来るがいい。では私は少し用があるので城に戻る――〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

 ものすごい早口で言って、アルベドの手を握りながら。

 その場から消えてしまった。

 

「え……」

「えぇ……」

 

 残された一同が唖然としている中。

 

「女神様きえちゃったね、クーデリカ」

「ウレイリカ、くつはいてないよー」

「「お姉さまー、くつかえしてー」」

 

 二人の幼女の無邪気な声だけが、カルネ村に響いた。

 




 女神はまたしばらく発情期に入って出てきません。
 今回はモモンガさんが羞恥心いっぱいなので、そのあたりのほとぼりを冷ます意味でも。

 六腕の四人に、黒いランニングシャツとズボンをはかせたものか、かなりギリギリまで迷いました。
 ただ、ペシュリアンがどんな顔してるかさっぱりだし、甲冑ナシだと騎士っぽいって理由もわからないので避けてます。彼がどうにも似合わない挨拶になりましたが、ネタ的に仕方ないのです!

 クーデとウレイは、まだ五歳くらいなので特にそういう関係ではありません。
 このまま五年くらい距離感変わらず、異性に関わらずいたらそうなる可能性あります。
 そして、カルネ村で暮らしてると女神に認められた扱いで、二人がそういう関係になるのは当然みたいに教え込まれていくかもしれません。トップが双子レズカプ(に見える)ところで暮らす以上、しょうがないですね!

 レイナースと六腕(5人)はこの後、ニグンさんの〈転移門(ゲート)〉で帝国に帰りました。
 ニグンさんが70レベル前後でゲート使えるのどうなの?という意見あると思いますが、なんか一時的に限界突破して使えるスキル持ってるとか、アンデッドで精神耐性あるから叡者の額冠使ってるとか考えてください(汗)。
 本作のモモンガさん、発情したら即おこもりモードなんで、ニグンさんが使えないと不便すぎるんですよ……。
 デバフ系使いのレイナースは、ゲート使えません。


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カルネ村の詳細

一昨日、40話書いてる途中でこれ書いてて投下が一日ズレました(汗)。
40話現代準拠のカルネ村の状況説明です。
文章だけだと、誰がいて誰がいないか、どういう状況かわかりづらくなってきましたので。



■カルネ村の人員配置

 

 村の人員と役割です。

 下に行くほど立場は低くなります。

 同じ立場の場合、上の人ほど村の中での発言力が高いです。

 コメントは村人視点を想定してます

 

●支配者

モモンガ様:最高の女神様、その意志は全てに優先される

アルベド様:女神様、モモンガの伴侶、村や人間には口出ししない

 

 

●大幹部

ニグンさん:超有能な軍司令官かつ外交官、超つよい

エンリさん:神官長、狂信者リーダー、超つよい(と思われている)

クレマンティーヌ:女神様のペット、王国掃除係、超つよい

レイナース:新幹部、帝国出向、大幹部内定済、たぶん超つよい

クロマル:神獣、エンリさんに貸し与えられてる、超つよい

 

 

●幹部(会議などに出席する)

モルガー:エルダーリッチのまとめ役、ムードメーカー

元村長:村人のまとめ役、エンリさんが出るまでもない問題を処理

ンフィーレア:薬師、エンリさんと結婚した勇者

ヘッケラン:帝都組の代表、コミュ力高い、いろいろ知ってる

ニニャさん:外部代表?、実質幹部みたいな何か、こわい人

カジット:女神様に気に入られた魔術師、帝国に出向中

エドストレーム:王都組の代表(他がトラウマ持ちのため)、帝国出向

 

 

●強者

イミーナ:帝都組、女神様からすごく気に入られてる重要人物

アルシェ:帝都組、女神様が直接スカウトした有能な魔法詠唱者

ロバーデイク:帝都組、女神様が直接スカウトした神官、いろいろ悩み中

 

エルフドルイド:帝都組、ドルイドは農業的にマジ貴重なので重要人物

エルフ神官:帝都組、女神様に改宗したので敬意を受けている

エルフレンジャー:帝都組、イミーナと森に行ったりしてる

 

デイバーノック:エルダーリッチ、研究者、帝国に出向中

ブレイン:なんか強い戦士らしい、ほとんど働かない

 

サキュロント:王都組、コミュ力高め、帝国出向

マルムヴィスト:王都組、コミュ力高め、帝国出向

ゼロ:王都組、強いらしい、帝国出向

ペシュリアン:王都組、変わった武器を使う、帝国出向

 

ベリュース:デスナイト、エンリさんの護衛、元略奪者なので罪人扱い

森の賢王:クロマルの交尾相手、たぶん強い、女神様に会ったことない

 

 

●外部協力者

ダイン:エ・ランテル冒険者、善人かつ貴重なドルイド

ルクルット:エ・ランテル冒険者、クレマンティーヌと仲がいい

ペテル:エ・ランテル冒険者、善人

 

 

●アンデッド

元村人エルダーリッチ:村人としてカウント、下位アンデッドの指揮役

エルダーリッチ:下位アンデッドの指揮役

 

アイボール・コープス:ニグンさん直属、姿を見たことないけどたぶん強い

ペイルライダー:エンリさん直属、女神の外出時護衛、たぶんつよい

 

デス・ナイト:モモンガが増やした、村の門番したり、労働したり

スケリトル・ドラゴン:カジット使役、荷運びで活躍、魔法訓練にも使用

ハイレイス:カジット使役、霧の中で村の外敵への警戒網を構築

 

スケルトン・ウォリアー:村のメイン労働力

ボーン・ヴァルチャー:カジット作、外部哨戒を主に行う

アンデッド・ビースト:カジット作、森林部警戒を主に行う

レイス:カジット作、霧の中で外部侵入者を襲うべく伏せられている

スケルトン:カジット作、村の下級労働力

 

 

●その他

エンリ両親:一年以内に次の子が産まれそう、二人とも信仰系魔法使える

信仰系魔法使える村人:神官として普通の村人から敬意を受ける

ネム:エンリさんの妹、子供たちのリーダー、信仰系魔法使える

 

信仰系魔法使えない村人:外部から来た戦力外の人らより発言力高い

ラッチモン:村のレンジャー、アンデッド労働力で最近立場が軽い

モルガーの妻:別の男とくっついた

 

カジットの弟子:秘術系魔法使える、悪い人らじゃないけどコミュ障気味

ツアレ:ニニャさんの姉、大切に扱わないとニニャさんがこわい

 

クーデリカ:アルシェの妹、女神に直接だっこされた、うらやまかわいい

ウレイリカ:アルシェの妹、女神に直接だっこされた、うらやまかわいい

 

元使用人:たいてい元農民なので普通に馴染みつつある

元奴隷、囲われもの:メンタルケア中、軽度の子らは村になじみつつある

元貴族子女:幼い子らは馴染んでる、令嬢や成長期の子らは隔意あり

 

 

 

 

■外部への評価

 

 村人視点です。上ほど高評価!

 

●外部人物

ジルクニフ:女神様がめっちゃ褒めてた、すごい名君らしい

 

リイジー:ンフィーレアの祖母、村とは馴染みの人

イビルアイ:リアクションの楽しいかわいい子、魔法も使うらしい

 

リグリット:村になじんでた元気な婆さん、アンデッドと仲がいい

ガガーラン:村になじんでたいかつい姉御、面倒見がいい

ティア:村の外の女神ファン、視線でわかる

ティナ:もう一人に比べて理性的だった、印象薄い

 

ツアー:竜王らしい、ごはんとか食べない、会話もあまりしない

帝国隠密部隊:悪い人らじゃなかった

ラナー:一回だけ来たお姫様、女神様の方が美人です

ザナック:新しい王、前よりはマシな政治しろよ

 

ラキュース:女神様の城を魔王城とか言った罰当たりな女

ガゼフ:女神様に叱られてたおっさん

バルブロ:ニニャさんの伝説、クズだと思うけど同情したくもなる

フルト家両親:その逸話のおかげで、村に来た貴族子女らに同情的になった

ランポッサ:ニグンさんに始末されたから、たぶん悪人だったんだろう

フールーダ:女神様を不快にさせたモンスター、エンリさんに討伐された

エルヤー:女神様を不快にさせたのに討伐されてないクズ

 

 

●諸国&都市への評価

カルネ村:この村に生まれてよかった!

 

帝都:すごくいい都市、村人たちの憧れ、行ってみたい!

帝国:すばらしい国らしい

 

評議国:女神様に挨拶に来た礼儀をわきまえてる国

エ・ランテル:王国にしてはマシな都市

竜王国:ニグンさんいわく危機に瀕してる国らしい

 

法国:敵対はしてないけど、村を襲ったから悪い国だろう

 

聖王国:女神様も知らないクセに聖王国とかwwwww

 

王国:酷い国だったが、女神様のおかげでマシになりつつある

王都:クソみたいなところ、女神様が行くようなところじゃない

 

エルフ国:王国に準じる酷い国、エルフ奴隷は助けるべき

 

 

 

 

■レベルについて

 村人視点じゃないです。

 作者に認識間違いあるかもですが、だいたい以下の形で考えてます。

 

レベル100:モモンガ、アルベド、クロマル

 

 (ユグドラシルカンストの壁)

 

レベル70程度:ニグンさん、クレマンティーヌ、レイナース

 

 (高位アンデッドの壁)

 

レベル30程度:森の賢王、デスナイト

 

レベル25程度:ブレイン

 

 (英雄級の壁)

 

レベル20程度:六腕(ばらつきあり)、エルダーリッチ

 

レベル15程度:エンリさん、フォーサイト、カジット

 

レベル10程度:漆黒の剣(当初より成長はした)

 

 (修羅場くぐりの壁)

 

レベル5程度:ンフィー、ラッチモン、信仰系魔法使える村人

 

 (鍛錬の壁)

 

レベル1~3:ネム、ツアレ、ウーデ&クレイ、村に来た貴族子女とか

 

 

 

 

■村の産業

 主にニグンが運営してる村の産業状態。

 

軍事:主にアンデッドと突出戦力のせいでめちゃくちゃ強い

魔法:突出した術者がいるので高い

   アルシェが才能ある者を見出して秘術系魔法詠唱者増やし中

宗教:村人は全員信者、外部から来ても半強制的に信者扱い

   信仰系魔法の使い手がやたら多い

 

農業:アンデッドが耕作地どんどん増やし中、収穫にはまだ結びついてない

狩猟:活発化、食卓に肉が普通に出るようなりつつある

経済:まだまだ物々交換中心、しかし信仰と恐怖で労働意欲は高い

林業:アンデッドがどんどん切り出し中

建設:アンデッドと人間共同で新規住人のための建物を作成中

工業:簡単な木工品のみ可、金属はエ・ランテルに依存、石材もほぼない

 

教育:知識人がけっこう増えてるので識字率も上がりつつある

文化:貴族子女、貴族使用人らが徐々に持ち込みつつある

料理:女神のために急速に発展させつつある

娯楽:基本的にセクロス、貴族子女らがゲーム概念等持ち込みつつもある

 

 

 

 

■女神崇拝

 

●法規

 実物の女神がいるため、その言動が直接に村の倫理規範です。

 崇拝の内容はほぼそのまま、村の法律。

 下記以外は基本的に、女神が来る前と変化なし。

 ギルティ判定ついたら、ニグンさんとエンリさんが裁きます。軽いギルティなら村長が裁きます。外部から来て、強くもないのにギルティ判定重ねると、女神の目に触れる前に処理されます。

 

・女神を悪く言ったらギルティ

・女神を不快にさせたらとにかくギルティ(内容によっては重ギルティ)

・女神に性的視線を向けるのはOK(モモンガは無防備)

 

・アンデッドは女神の祝福なので大事に扱うこと

・ずっと働いてくれてるアンデッドに感謝を忘れないこと

・知性あるアンデッドは村人より格上

・全員最低限の軍事訓練はしておくべき

・女神に従ってるから王国に従う必要はない、納税の必要もない

・弱者や格下への搾取と虐待は重大ギルティ

 

・女神はごはん好きだから、村全体で料理を発展させるべし

 

・結婚はあくまで一対一、ハーレムは非推奨

・恋愛推奨、婚前交渉推奨

・同性愛OK

・双方納得の軽い肉体関係はOKだが、既に恋人いるなら要許可

・性暴力は重大ギルティ

・二股や不倫は当人ら全員の納得がなければギルティ

・亜人差別はギルティ

 

 

●女神の信仰系魔法 

 通常の神官と違い、対アンデッド系攻撃呪文を覚えない。

 このため、対アンデッドで強いロバーデイクは、ちょっと隔意を持たれがち。

 以下、上から順にカルネ村の村人らの習得優先順位

 

・回復呪文(一般的なの、人間同士では重要)

・負属性呪文(対アンデッド回復、護身用攻撃)

・精神支援呪文(メンタルケア重点の人が増えたので最近需要がある)

・妨害呪文(アンデッドの後ろから敵にデバフを戦術のメインにしてる)

・召喚呪文(ニグンさんがプロ、アンデッドがいるから優先度低い)

・支援呪文(アンデッドに適用されないものが多いため、優先度低め)

 

 

 

 

■村の施設

 

●村の軍事的防衛

 めちゃくちゃ要塞化されたカルネ村の陣地内容。

 

街道側警戒網:アイボールコープス1体、ボーンヴァルチャー哨戒

森林側警戒網:クロマル、森の賢王、アンデッドビースト

 

外部開拓区域:村外の耕作地、エルダーリッチ最低1体と下位アンデッド多数

 

外縁部大水濠:モモンガが超位魔法で作った村を囲む湖

       街道側と森林側に細めの陸路で湖は分断されている

       形状としては村はφ型、村中央を水路が通っている

 

水濠濃霧結界:モモンガが超位魔法で常時発生にしたエリア効果

       暗視無効化、火矢無効化、霧の中にレイスとハイレイスが常駐

 

女神の大城塞:カルネ村の街道側半円を防護する城塞、女神が住んでる

       女神以外は大幹部しか入ったことがない

 

対森林防護壁:森林側半円を防護する木造塀、村人とアンデッドの共同作業

 

カルネ村大門:女神の城塞の正門、街道側、デスナイト常駐

カルネ村裏門:森林側への裏門、デスナイト常駐

 

 

●村内施設

城塞の扉:エンリとクレマンティーヌ以外開くことは許されていない扉

 

城塞前広場:女神が降臨する時、ご飯食べたりする

  村人は一日三回はここで祈る、女神に捧げる模擬戦闘とかもする

 

中央水路:モモンガの〈天地改変〉で村の中央を横切るように築かれた

  村の両門とは180度交差しており、女神の城塞と木造塀の区切りでもある

  エンリが水くみしていた井戸は既に水没

  今は水路の水を魔法で浄化して生活用水に活用  

 

神殿:エンリとンフィーの家、倹約のため他の家と特に変わらない

   元はエルダーリッチになった村人の家を流用

 

村長の家:幹部会議の場所、外部からの客人が泊まる家でもある

   蒼の薔薇とかツアーも泊まった

 

研究所:カジットとデイバーノックが常駐、他魔術師が知識交換する場所

   今はカジットの弟子とアルシェが中心

   アルシェに才能を見出された人々へ、魔法教育もされている

 

ログハウス:女神が来た後で保護された人々が暮らす

 

訓練場:元墓地、死者はアンデッド化されたので別途に活用

 

耕作地:壁の中にある耕作地、籠城時のためにけっこうな面積を確保

 




 商業作業にしばし専念するため、投下ちょっと間空きます。
 まあ、突発的に降りてきたら、なんだかんだ言ってささっと投下するかもですが!
 前作と違い、着地点考えずに書いてるため、どうするか迷い始めているのですよね……法国に一応の決着はつけたいし、聖王国にもちょっかいだしたいと思うんですが……。


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41:ところがどっこい……夢じゃありません……!

 じわじわと思いついたシーンを書き並べて。
 ある程度溜まったなーと、つなげていったら。
 えらく長くなってしまいました。
 きりがいいところもないので、一括で。



 レイナースがアンデッドと化して一週間が過ぎた。

 

 トブの大森林では。 

 今、一人の野伏(レンジャー)が、涙を流していた。

 

「うぐ……うう……お、俺、立ち直れないですよ、クレマンティーヌさん……」

「おー、よしよし」

 

 ルクルット、本気の涙であった。

 そんな彼の頭を、クレマンティーヌが撫でる。

 どうでもよさそうな態度だが。 

 彼女をよく知る者なら、殺しもせず宥める姿に驚愕しただろう。

 その筆頭となる人物は……既に生きていまい。

 

「その……元気だしましょうよ、ルクルット。ンフィーレアさんに比べたらマシですよ」

 

 横で見ていたニニャも、珍しく同情の声をかける。

 

「あ、あんな人外勇者といっしょにすんなぁ!」

「あはは! そりゃンフィーちゃんはすごいもんねー」

「そうでしょうか……あの人もかなり嫌がってましたが」

 

 エンリと結婚したせいで、ンフィーレアは精神性においてセカイ系主人公の如き存在と考えられていた。

 実際、彼は今回も危険な前線の方に向かっている。

 後詰で、裏方として活動した漆黒の剣とは、ステージが違うのだ。

 ……彼が望んだ在り方かどうかは、さておいて。

 

「とりあえず、茂みに隠しましたよ」

「ご老人には申し訳ないが、今回ばかりは仕方ないのである」

 

 ペテルとダインが、茂みから出てくる。

 女神が見てはあまりに見苦しいと、“それ”はアンデッド化して活用もされなかったのだ。

 

「うっ、うっ、お前らはそりゃいろいろ終わった後だから抵抗も少ないだろうけどよぉ」

 

 ルクルットは涙声である。

 

「まー、私も今回はちょーっと残念な役回りになっちゃったしねー」

 

 肩をすくめながら、まだ撫でている。 

 なんだかんだで、彼女は面倒見がいいのだ。

 

「先輩も、お疲れ様でした」 

「いやー? 単に、あのクソ兄貴は、私の手で殺したかったなーってだけー」

 

 泣いている男を気遣ったのか。

 クレマンティーヌは、同じ笑みをよく浮かべるニニャにだけ。 

 その復讐者の顔を見せた。

 

「「……」」

 

 ニニャのフォローで慣れたペテルとダインは、木石と化してやり過ごす。

 こういう時、余計なことを言ってはいけないのだ。

 と。

 かすかな地響き。

 ずずず……と巨大な何かが動く音がする。

 

「おお……凄まじいのである」

「あんなのと戦っても勝算十分だったなんて……女神様は本当にすごいですね」

 

 森から突き出す巨大な影に、ペテルとダインは溜息をついた。

 嫉妬する気にもならない。

 影はゆっくりと、カルネ村に向けて移動している。

 

「よーし、うまくいったみたいだし。戻ろっかー。婆さんは蘇生できないよう壊したけど……ちゃんと、埋めてきたんだよねー?」

 

 クレマンティーヌが一度従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に変えた上で、さらに破壊したのだ。一度アンデッド化したならば、通常の蘇生魔法は受け付けない。

 

「ドルイドの魔法を使ったのである」

「深い上に、通常の地面に戻ってますから。普通の調査方法じゃ見つからないはずですよ」

 

 二人が頷いた。

 

「おーけー、おーけー♪ カイレの婆さんを潰せたのはホントに僥倖だよー。あれも手に入ったしねー♪」

 

 森の木々を薙ぎ倒しながら進む巨大なそれは、生物とはとても思えない。

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)……本当にすごいですね」

「まー、これで法国のちょっかいも気にしなくてよくなるねー♪」

「ちょっ、クレマンティーヌさん」

 

 まだぐずっているルクルットを、クレマンティーヌが引き寄せ、抱きかかえた。

 お姫様だっこである。

 

「いや、さすがに男として恥ずかしいって!」

 

 暴れるルクルットだが、彼女の腕力に敵うはずもない。

 

「さんざん、恥さらしなプレイしといて今更言うかー?」

「ちょ、クレマンティーヌさん、それは!」

 

 少し、ルクルットの調子が戻る。

 

「まー、今日はあんたたちの中じゃ、お前が敢闘賞だしねー」

「そうそう。わたしなんて、あの服に〈清潔(クリーン)〉をかけただけですよ」

「私など死体を埋める穴を掘っただけである!」

「死体を運ぶしかしてないんだけど……」

「胸を張りなって。あんたがささーっと、婆さんの服を脱がしたから、あれを支配下に置けたんだよー?」

「うぐ……く、口に出して言わないでくださいよ……ああああ、思い出したくねぇ~!」

 

 ルクルットが顔をしかめつつ、頭をかきむしった。

 久しぶりに、漆黒の剣の面々に、爽やかな笑いが起きる。

 クレマンティーヌも、そんな輪に自然と交ざっていた。

 

 今回、このチームの動きは。

 老婆――カイレによる破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)精神支配が成し遂げられた直後を狙い、クレマンティーヌが奇襲。スキルでカイレを麻痺状態に陥らせ、拉致する。何が破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の精神支配を解除してしまうかわからない以上、殺害は危険と判断されていたのだ。

 別動隊が分断し、そのままクレマンティーヌは戦線離脱。

 後ろに控えていたエンリ、ンフィーレア、漆黒の剣と合流する。

 ルクルットが、その衣装――全てを精神支配できる世界級(ワールド)アイテム傾城傾国を脱がせて。

 老婆がいろいろと漏らしていたため、ニニャが魔法で清め。

 ンフィーレアが装備し、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を支配下に。

 確認後に、クレマンティーヌがカイレを蘇生不可能な形で始末。

 ペテルとダインが、死体も隠した。

 エンリとンフィーレアは、報告と確認のため破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の近く――女神の元に向かっている。

 

 森の中で、散発的に聞こえていた戦闘音は既にない。

 漆黒聖典は既に始末されたのだろう。

 

「さーて、それじゃ凱旋しよっか♪ みーんなに、ルクルットくんの脱がせっぷりを教えてやらないとねー♪」

「やめてくだ――ひぃぃぃ!?」 

 

 言いかけて、ルクルットの声は悲鳴に変わった。

 クレマンティーヌが村に向けて、疾風走破し始めたのだ。

 

 そんな姿も、残された三人は笑って見送り。

 彼らは自身のペースで、カルネ村へと戻り始める。

 その足取りは軽い。

 今回の作戦のため、大量のアンデッドが森に放たれているのだ。

 森の賢王も味方である。

 道中でモンスターに襲われる心配などほぼない。

 ニグンやアルシェ、レイナースから連絡がない以上、問題なく進んだのだ。

 

 全てがまるで夢。

 まるで華々しい神話の世界にまぎれこんだようで。

 たとえ限られた働きであろうとも、その一助となれた誇りが、三人の胸に宿っていた。

 

 

 

 この世で誰より愛する人にぴったりと密着し。

 誰もが恐れる魔獣の背に(エンリの後ろだが)乗っている。

 いつもなら、少なからず誇らしい顔になっていただろう。

 だが、今は違う。

 チャイナドレスを着ているし。

 衣装の都合上、横座り……女の子座り。

 深いスリットのせいで、少し風が吹けば見えてしまう。

 というか実際、チラチラと見えている。

 女性なら太腿の付け根の方で済むだろうが。

 このひと月ばかりで急に酷使されたそれは、やたら黒くなっていた。

 彼の体で最も鍛えられた場所と言えるかもしれない。

 肌が白く、チャイナドレスが白いせいで、すごく目立つ。

 恥ずかしい。

 

 もう何度目になるだろうか。

 ンフィーレアは、妻に問いかけざるをえない。

 

「ね、ねぇ、エンリ。そろそろ着替えちゃダメかなぁ」

「ダメだって、女神様も言ってたじゃない」

 

 夜には頼んでいないことまでしてくる妻だが。

 女神の意志は夫より優先されるらしい。

 実際、老婆が下着をつけていなかったばかりに……他の服を着ていると失敗するかもと、ニニャたちの横で全裸に剥かれたのだ。妻は夫を剥くことに、手慣れてもいた。

 

 老婆が脱がされる間、ンフィーレアもまた脱がされていたのだ。

 ニニャが妙にチラチラと見ていたのが、印象に残っている。

 

「も、もうちょっとゆっくりにしようよ……風で、見えちゃうからさ」

「森の中で何気にしてるの? 別に誰も見てないよ?」

 

 元から泉や川で水浴びする、田舎育ちのエンリにはわからない。

 いつもスリットの深い法衣のまま、勇ましくクロマルに跨っているのだから。

 

 ンフィーレアは今、支配した破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)をその基準では微速と言える速度にしているのに。エンリは普通にクロマルを駆けさせようとする。

 何せ、女の子座りで乗っているのだ。

 速度を上げられると、内股になってエンリにしがみつかねばならない。

 夫として、男として、あまりに恥ずかしい。

 

「だ、だってこのままじゃ村に着いちゃうよ?」

 

 村人にこのチャイナドレス姿を見られたくない。

 男として当然である。

 というか、見たこともない上質の生地でできたチャイナドレスが、ンフィーレアの股間をさらさら擦り刺激する。

 変な性癖に目覚めそうで怖い。

 実際、少し硬くなっている。

 

「このまま村に行くんだよ?」

 

 何言ってるのといわんばかりに、エンリが残酷に断言した。

 

「嘘……だよね?」

 

 ンフィーレアの顔色は、青を通り越して白くなる。

 

「もう! 女神様が言ってたでしょ。それを装備してないと、効果は続かないんだから! ンフィーが脱いだら、あれは止まらなくなって、村にぶつかっちゃうかもしれないんだよ?」

 

 そう、エンリの言うことは正しい。

 正しいが。

 

「ね、ねぇ、それじゃせめて下着だけでも」

「そういう実験は村に帰ってからって、女神様が言ってたじゃない」

 

 実験じゃない。

 夫のプライドの問題なのだ。

 

「じゃあ――」

「ほら、早く行こう! 最近、勘違いし始めてる元貴族もいるんだから! 女神様の力をしっかり見せつけないと!」

 

 弱々しい夫の声は、妻の言葉に打ち消される。

 問答無用とばかりにそのまま、クロマルがスピードを上げ始めた。

 

「ひゃああああ! ダメぇ! 見えちゃう! ていうか見えてるよぉ!」

「もう、自分のおちんちんでそんな大騒ぎしないでよ、ンフィー!」

 

 都市育ちと農村育ちの、意識の違いであった。

 今でこそトイレが設置されたが、かつてのカルネ村では用を足すところを見られる時だって、ままあるし。水浴びを覗いたの覗かれただので、騒ぐこともないのだ。

 やがて少年の悲鳴は止まり。

 

(悪い夢だと信じたい……これは夢……きっと僕には秘められた女装願望とかあって、そのせいで……)

 

 空ろな瞳で、ぶつぶつと呟くばかりになっていたが。

 エンリは大仕事を終えた満足感で、まるで気づいていなかった。

 

 

 

 森の中で油断なく監視を続けながら。

 レイナースとニグンは互いを褒め合っていた。

 

「ニグン様、さすがでございました。指揮経験のろくにない身として、今回は勉強になりましたわ」

「いえ。おかげさまで、うまく物量作戦を行えました。上位アンデッドらのみの奇襲と勘違いしてくれたのは幸いでしたな」

 

 女神が追加の集眼の屍(アイボール・コープス)を作成してくれたおかげで、強力な監視網を築けた。

 漆黒聖典が破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)に気をとられていたのも大きい。

 おかげで、絶好の機会を狙い打てたのだ。

 カイレが破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を支配下に置いた瞬間。

 青褪めた乗り手(ペイルライダー)6体による一斉奇襲。

 そして、わずかに遅らせてクレマンティーヌによる、カイレの無力化と拉致。

 さらに、ニグンとレイナースは〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉によって膨大な下位アンデッドを召喚し、漆黒聖典とクレマンティーヌを完全に分断。

 追加で可能な限りの中位アンデッドを召喚してぶつけ続け。

 二人は一切、姿を見せないまま……大量のアンデッドで漆黒聖典を擦り潰したのだ。

 

「それにしても、まだ帝国で忙しかったでしょうに。今回は、私の我儘でお呼び立てして申し訳ない」

 

 追加戦力として、レイナースを急遽呼び出したのはニグンだ。

 

「そんな、今回は私にとって重要なものを得ることができましたわ。やはり大規模戦術では、ニグン様の支援魔法の方が価値が高いですね。私の専門分野である妨害魔法では、姿を現さざるをえません」

「いやいや相手が対等かそれ以下なら、十分に有効ですぞ。自ら囮役として、敵陣を惑わすこともできましょう」

「帝国四騎士は、シンボルとしての強者でしたもの……実際に精鋭を率いていたニグン様の経験に、学ばせていただかねばなりませんわ」

「ははは。しかし、私では女神様の護衛はこなせませんな。レイナース殿の妨害魔法ならば、刺客や不埒者、女神様を不快にする輩を、いち早く無力化できましょうぞ」

「ありがとうございます。女神様の護衛となれるよう、私も努力いたしましょう」

 

 二人の距離は近い。

 互いに互いを褒め合う言葉が、自然と口から出る。

 これは、二人の種族によるフレーバーテキストゆえであった。

 上位アンデッドモンスター地下聖堂の王(クリプトロード)墳墓の女王(トゥームクイーン)は、どちらも遺跡に眠る太古の王族という設定。そして、両者が同じ場所にいたなら夫婦だろうと明記されている。同じ主に作られ、同じ場所で戦うなら……二人は夫婦同然であった。

 今回の作戦においても、お互いが阿吽の呼吸で動ける。

 なぜか相手の行動が察せられて。

 長年のパートナーのように動けるのだ。

 

「はは。このようなアンデッドになって、神話の如き戦いをするとは……思ってもみませんでしたな」

「まったくですわね。これほどの力を得るなんて……そしてモモンガ様はこれ以上とは」

 

 残った高位アンデッドたちが、漆黒聖典の装備を回収している。

 そのアンデッド一体でも、帝国軍全軍を容易に滅ぼすだろう。

 

「この力が必要な敵が、この世にどれほど存在するか……疑問でもありますがな。それに今回のように、実際の戦闘をせずとも勝利は掴めましょうぞ」

「……そうですわね。それも、元々個人で動いていた私には、まだまだ難しいやり方ですけれど」

「何。学ぶ時間はいくらでもありましょう。我々はもはやアンデッドとなっておりますからな」

「ふふ、では帝国からこちらに戻りましたら……ニグン様が教えてくださいますか?」

「無論、私でよければ。元よりレイナース殿は名高き帝国四騎士。すぐに私に追いつけるでしょう。むしろ、追い抜かれぬよう精進せねば」

「あら、ニグン様が努力なされては、私など置いていかれてしまいますわ」

 

 そっと、互いに手を重ねる。

 恋ではない。

 そんな熱い感情は、精神抑制された二人にはない。

 どちらも、互いに互いの異性の好みからは外れている。

 他を利用し、任務を優先する冷酷な指揮官。

 誰も信じず、目的のため手段を選ばぬ騎士。

 その本質も、正反対と言えよう。

 だが、それでも。

 ニグンとレイナースは、互いに傍にいたかった。

 傍にいると、安心できるのだ。

 相手の傍が、居場所のように思える。

 ささくれた現実に生きて来た二人にとって。

 まるで運命で約束されたような相方との、この時間は……本当に、夢のようで。

 

 だから。

 破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)がカルネ村に進む後を。

 高位アンデッドらに、装備と遺体を回収して先行させ。

 二人でゆっくりと。

 互いに愛情を込めて語り合いながら、カルネ村に帰還するのだった。

 

((もうすぐずっと二人でいられるなんて……本当に、夢のよう……))

 

 心の中でも、互いを想いながら。

 

 

 

 フォーサイトの面々は、今回の経緯をただ眺めているだけだった。

 すべてが終わった後も、しばらくはぼんやり眺めるばかり。

 

 最初に口を開いたのは、意外にもアルシェ。

 

「……実際、女神様がいる時は、もう何も心配しなくていいと思う」

 

 もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな宣言である。

 

「そうね。討ち漏らしが出たら……って聞いたけど」

「ミンチよりひでぇや。装備はしっかり残ってるから、あいつら相当すげぇ装備で固めてたんだろな」

「しかし、戦術的に有利だからと、あれほどのアンデッドを扱うのはやはり……」

 

 漆黒聖典がいた場所を、しげしげと眺めながら三者三様に呟く。

 イミーナは、実質何もしていない脱力感。

 ヘッケランは、女神側にいるという安堵。

 ロバーデイクは……まだまだ悩んでいた。

 

「けど、私たちがここに呼ばれた意味を考えておくべき」

 

 アルシェが、冷静に言う。

 さすがに女神の膨大な力も見慣れた。

 妹たちが女神にじゃれつくのは……今でも怖いが。

 

「……実力を見せつけとくってこと?」

 

 イミーナの言葉に、アルシェがこくりと頷く。

 

「まあ……俺たち、女神様の力とか知らないしな……」

「明らかに只者でないのは、よくわかりますけれどね」

 

 ヘッケランとロバーデイクも頷く。

 あの巨大な怪物により、森は広範囲にわたって荒れていた。

 破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)が養分を吸い取ったのだろう。

 一面が枯れ木の森と化している。

 特に湖のあった場所は酷い。

 

 そも、今回の事態を最初に告げて来たのは、この湖に棲む蜥蜴人(リザードマン)だった。

 彼らの代表が、最初にクロマルと森の賢王に接触。

 カルネ村へと案内されてきたのだ。

 彼らの話では、湖のほとりに巨大な植物モンスターが現れ、森を枯らしているという話だったが。

 

「確かにあの、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を支配下に置きましたが……」

 

 実行したのはニグンとクレマンティーヌとンフィーレアだ。

 それに、あれは戦力の増強ではあっても。

 助けを求めた者たちへの救済ではない。

 

「これほどの破壊と災厄の後では……」

 

 ロバーデイクが痛ましげに湖跡を見る。

 水が完全に枯れて、枯れた水草と干物のようになった魚が底に積もっている。

 干からびた湖の縁は半ばひび割れ。

 その荒廃した臭いが、ここまで漂ってくる。

 

 ほとりには、多数の蜥蜴人(リザードマン)が絶望して、地に膝をついている。

 彼らは湿地に棲み、魚を食べる種族。

 湖そのものがなくなった今、新天地を探し旅立つか……このまま滅ぶ他ない。

 

「……そうね。いくら力があってもこんなの、どうしようもないわ」

「女神様は死を司るって言ってたし、さすがにこりゃ専門外だろうな」

 

 悲痛な面持ちで、荒れた光景を眺めるイミーナ。

 ヘッケランが彼女の手を握り、諦めるよう諭す。

 

 そんな時、湖跡の上。

 空中に何かがふわりと飛来した。

 

「あれは……モモンガ様とアルベド様?」

 

 二柱の女神が寄り添い合って、浮かんでいる。

 二柱は、じっと湖の様子を見ていた。

 その目も、フォーサイトと同じものを映し。

 同じように思っているのだろうか。

 

「湖を救えなかったと、彼らに告げにきたのでしょうか」

 

 ロバーデイクが、わずかな失望を感じつつ呟く。

 と。

 突如、女神の周囲を無数の魔法陣が球状に取り巻き、回転を始めた。

 

「え? 何あれ。アルシェ、魔法なの?」

「し、知らない……すごい魔力……っ、だ、第十位階より上……」

「えっ、俺たちここにいて大丈夫なのか?」

「し、しかし、退避するにも――」

 

 戸惑い、ただ身構えるしかできない。

 女神をとりまく魔法陣は力を高め。

 内に輝きを孕み……もう女神の姿も見えない。

 その魔法陣が限界まで魔力を高めた瞬間。

 

「「っ――!」」

 

 世界そのものを変えるような、膨大な力が発され。

 目の前の枯れた湖を侵食し。

 荒廃した場所を……“作り変える”。

 

「……え?」

「うそ……」

 

 ヘッケランとイミーナが、呟きを漏らす中。

 アルシェとロバーデイクは、ありえぬ光景に言葉すら発せぬまま、へたり込んだ。

 

 湖がある。

 太陽の光に水面がきらめき。

 魚が跳ねる。

 干からびた岸辺すら、肥沃な泥に戻っている。

 荒廃した臭いはない。 

 ただ爽やかな水と生命の匂いだけが、ある。

 

「夢でも見てるのか……それとも、さっきまでのは幻……か?」

 

 ヘッケランの問いに、誰も答えられない。

 幻だったなら、その方がわかりやすい。

 だが、蜥蜴人(リザードマン)らも唖然としている。

 彼らが故郷を見誤り、惑わされるとは思えない。

 

「あの村の周りの湖も、城塞も、モモンガ様が作ったって言ってた……本当に、何もないところに、創った?」

 

 うわごとのようにアルシェが呟く。

 だとしたら、それは本当に神の領域。

 

 湖や城塞があるなんて聞いたことはなかったが。

 女神が創ったとは信じていなかった。

 きっと何らかの元からあったものを活用したと思っていたのだ

 しかし、これは……。

 

 そんな思いを察したかのように。

 宙に浮かぶ女神が、荒廃した森の上空へと滑るように移動する。

 再び魔法陣で包まれる女神。

 

(あの枯れ木の森には私だって入った……幻じゃないわ。樹は完全に朽ち枯れて、地面はひび割れ……)

 

 再び、あの力が放たれる。

 

「あ……あ……」

「うそ……だろ……」

 

 唖然としていた蜥蜴人(リザードマン)たちのざわめき、祈るような声も聞こえる。

 

「森が……」

 

 森が、完全に元の……荒廃前の鬱蒼と茂る森に、戻っていた。

 

(神話……これは神話の領域……私は神話の世界に踏み入り、真の神と話をしたのですか……!)

 

 ロバーデイクはいつの間にか、地に伏して。

 一心に祈りを捧げていた。

 己の神ではなく……自ら議論を交わしてくれた彼の女神へと。

 

 

 

「ふぅ。今日の〈天地改変(ザ・クリエイション)〉はここまでだな」

「お疲れ様でした、モモンガ様」

 

 ぴったりと寄り添ったアルベドが、超位魔法を連続行使したモモンガをねぎらう。

 

「何、ニグンたちのおかげで、あのレイドボスと直接戦う必要もなくなったからな」

「あれを手に入れられたのは僥倖でしたね。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)などと呼ばれながら、植物モンスターだったとは驚きましたが」

「まったくだな。ツアーに聞いたが、厳密には竜王でもないらしいし」

「一定以上の強さのモンスターは全て、竜王と呼ばれるのでしょうか」

 

 世界を汚すの歪めるのと言われては困るので、事前にツアーに話は通している。

 モモンガはすっかり忘れていたが、ニグンがそのあたりのやりとりもしてくれた。

 漆黒聖典を始末することについても、むしろ歓迎されたそうだ。

 一応最終的には、ツアーと直接の話もしている。

 

「しかし、お前と別行動の時を考えて、切ったままだった攻性防壁だが。どうやら随分と覗かれていたらしい」

「モモンガ様との時間を覗くなんて不埒な連中ですね」

 

 正直、アルベドとしては露出プレイも大いに推奨なので、気にしてはいないが。

 モモンガが気分を害しているなら、乗るべきである。

 今回の漆黒聖典襲撃への反応を遅らすため、モモンガは破壊力優先で攻性防壁を発動させていた。

 実際、これにより法国では巫女姫二人とその護衛らが爆死。

 神殿自体もほぼ崩壊していた。

 ついでに、日課のように女神を調べていた帝国の逸脱者も酷い状態になったが……高レベルな彼は、かろうじて行動不能ダメージに抑えられていたという。

 

「うむ。目下、お前とは離れるつもりもない。どうしてもという時は、私の中に……いや違うな。アルベドに、本来の体に戻ってもらうぞ。今回のような世界級(ワールド)アイテム持ちに狙われて、お前が洗脳されたりしていたら……私は……」

「も、モモンガ様っ……」

(もももももモモンガ様っ♡)

(くふーっ! くっほぉ♡ んほおおおお♡)

(あ、やば、忠誠心が下からこぼれそう)

(ていうか膝まできてるし。足先から地面に糸引いたらばれるし)

 

 感極まったアルベドが、ひしと抱き着きつつ。

 少し不自然な内股になった。

 

「それにしても、レイドボスに世界級(ワールド)アイテムか……。今回は首尾よく全て手に入れられたが。少し、この世界を見下しすぎていたかもしれんな」

「そうです……ね」

 

 こればかりは、ずっと色事にかまけたアルベドの責任でもある。

 しゅんと、落ち込んでしまう。

 

「そんな顔をしないでくれ」

「はい……」

 

 そんなアルベドを、主は優しく抱きしめてくれる。

 

「とりあえず、情報は重要だ。あの漆黒聖典とやらも適当なアンデッドにするとしよう」

「残念ですが、少し外に目を向ける必要もありそうですね」

 

 今回も、ニグンとクレマンティーヌ、ツアーからの情報あらばこそだった。

 モモンガとアルベドだけなら、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を倒して終わっていただろう。

 魔法で探った限り、相手は80レベル以上90レベル以下といったところ。

 100レベル2人でも、時間はかかるが勝てる。

 アルベドがクロマルに騎乗すれば、余裕だったろう。

 だが、タイミングが悪ければ、その隙をついて漆黒聖典により……アルベドが精神支配されていたかもしれない。

 

「強者、アイテム、プレイヤー……はぁ。私はアルベドがいれば、それでいいのにな」

「くふーっ! 私もモモンガ様さえいれば、かまいません!」

 

 今回のような脅威を、初期に見つけていたら……二人で誰もいない場所にこもって隠れただろう。

 

「夢のような世界、夢のような時間と思っていたが……ここもやはり、“現実(リアル)”か」

 

 初めて感じた明確な脅威。

 最悪の予想。

 モモンガは、ここが都合のいい夢ではないと……初めて実感していた。

 




 41話にして、初めて危機感をシリアスに感じたモモンガさん!(おそい)

 誰もピニスンに会ってないので、ザイトルクワエという名を知りません。
 ツアーは知ってたかもですが、わざわざ教えるような情報じゃないですし。
 外見特徴と、伝聞の能力を教えたくらいでしょうか。
 ピニスンは運が良ければ生きてます。

 変なカップル二組、ほぼ成立。
 クレマンとルクルット、レイナースとニグンがなぜかくっつきました。
 まったくそんな予定ありませんでしたが、書いてたら勝手に……。
 レイナースとニグンは、めっちゃプラトニックかつ熟年夫婦みたいな関係です。
 モモンガ&アルベドの発情効果も受けませんしね。
 クレマンさんは、しょーがねーなーって思いつつ、ルクルットに愛着持ち始めてます。

 ンフィーは周りからメンタル逸脱者扱いされつつあるので、チャイナドレスで帰っても村人ら特に気にしません。
 クレマンさんとかが、似合うーってからかう程度。
 女装癖くらい、エンリさんと結婚した事実に比べればたいしたことじゃないんで……。
 
 今回は出陣前、ニグンが徹底的に森を調査し、ツアーともめっちゃやりとりしてます。
 そして漆黒聖典が森に入り込んでるのも発見。
 カイレがいるので狙いを察知したニグンは、ツアーと話し合って今回の方針を確定しました。
 カイレのアイテムを聞いたモモンガさんは、元プレイヤーの判断で攻性防壁を再起動。
 仕掛ける魔法も極悪化させてます。
 味方には自分に感知系絶対使うなって厳命。

 スレイン法国は占星千里その他の予言と魔法捜査で、破滅の竜王覚醒を察知。
 亜人殲滅の戦力および、女神への交渉カードとして、原作通りの破滅の竜王の精神支配を目指してました。
 原作でシャルティアと遭遇したメンバー全員いるので、メンバーは漆黒聖典ほぼ全員とカイレ。

 モモンガ&アルベド&クロマルは、傾城傾国が効かなかった時のため待機してました。
 攻性防壁発動と天地改変した以外、この三人なにもしてません。
 ニグンがだいたい全部やってくれました。
 漆黒聖典については、女神を脅すため破滅の竜王を支配するつもりだと村人その他に喧伝してます(ニグンが)。
 今回の作戦、ほぼニグンさん立案&実働。
 そら横で見てたレイナースも惚れるわってなりました。
 なんで自分、こんなにニグンさん贔屓でやってるんだろ……って書き終わって、かなり唖然としました。


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42:言い忘れていたな、私は非常に我儘なんだ

 前回長かったので、短く感じるかもですが。
 区切りがいいため投下。

 すみません。
 2020年2月17日、19時45分を以て、一部かなり書き換えました。
 ご意見いただきましたが、とてもわかりづらい展開になっていましたし……よく考えたら別の方法を使った方がわかりやすくなったので……。


 破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を村の遥か南方へと移動させた後。

 モモンガは黒い城塞に戻って、考える。

 

 思えば。

 

 鈴木悟は、ユグドラシル終了からずっと、この異世界に来たことを真面目には考えなかった。

 

 誰も来ないまま全てが終わる喪失感に。

 思ってもみなかった、ありえない変事。

 自然に満ちた見知らぬ異世界へ転移し。

 体が女性――それもサキュバスになり。

 混乱の中で童貞(処女?)を喪失して。

 そのまま美しい恋人に溺れ続けていた。

 全てが思い通りになって。

 誰もが己を愛してくれる。

 受け入れ、讃えてくれる。

 目障りな者がいれば、簡単に排除できる。

 

「……ずっと、夢の中にいるようだった。何もかも、都合がよすぎて。神様になった気分だったんだ」

 

 モモンガは呟き。

 アルベドの髪を撫でる。

 

「…………」

 

 アルベドは、口を挟まない。

 最愛の人が思いに耽るのを、邪魔したりしない。

 

「私は、アルベドを……ずっと都合よく考えて、都合よく求めて、都合よく溺れていた。お前を書き換えた時から、私は神になったと錯覚していたのだろうな」

 

 あるいは、彼女が動き、意志を伝え始めた時から。

 モモンガは彼女を都合よく変えて。

 彼女の言葉と態度に接して。

 自らを上位者と信じ込み、全てを見下してしまっていたのだ。

 

「モモンガ様は私にとって、ずっと神……いえ、神以上の存在です。それは、モモンガ様が私に愛を刻まれる前から、決して変わりません」

「……そうか」

 

 沈黙が続いた。

 

 本来、臆病で慎重なモモンガを、奔放な女神に変えたのはアルベドだ。

 この全てが不明の世界。

 だが、草原ですらモンスターの気配のない世界で。

 数日を経ても、何者も襲ってもこない世界で。

 己たちが上位者である可能性は高いと判断した。

 モモンガから臆病さをなくさせるよう……アルベドは性経験のない主を誘惑し。挑発し。溺れさせ。そして、己の騎獣を使って間接的に犯しすらした。

 そう、クロマルが二人を犯したのは習性ゆえではない。

 主たるアルベドが、そう命令したのだ。

 万一にも孕まないよう、騎士スキルでモモンガの卵子をカバーリングもしている。

 アルベドの方は仮に孕んでしまっても、複製体(クローン)を作り変えてもらえばよかろうと考えたのだ。

 幸い、孕んだ気配もない。

 

 目論み通り、モモンガは様々な抑圧から解放された。

 本来の彼ならありえないほど、気ままに振る舞った。

 神として振る舞い、讃えられ、崇められ。

 アルベドと愛と色に溺れ続けた。

 それが、傾国の美女として設定されたアルベドなりの……主を思いやった、最大限の奉仕であり。

 主に与えられる“救い”だったのだ。

 

(あの判断に後悔はないわ……モモンガ様に様々な情報や感情を隠してもきた。それも必要だったと信じてる。けれど――)

 

 今日、あの忌々しい連中によって、主の夢は覚めた。

 覚めてしまった。

 

 かつての在り方を、取り戻しつつあるだろう。

 二人の間に今もつながる、精神のつながり。

 モモンガの感情が、アルベドには感じられる。

 敵対心はないが。

 何か強く迷い、困惑している。

 疑念、不安、恐怖。

 アルベドを疑っているのか。

 彼女には、いくつも……身に覚えがあるのだ。

 

 主が沈黙を破った。

 

「…………アルベド」

「はい」

 

 短くとも、互いに強い覚悟を込めた一言。

 モモンガは悲痛な顔で、見つめてくる。

 アルベドは拒絶への怯えが、顔に浮かぶ。

 だが、主の言葉は……想定と違った。

 

「まず、体を返そう。解除するぞ」

「え――」

 

 アルベドの宿っていた肉体――魔法で造られた複製体(クローン)が解除される。

 着けていた装備が床に落ち。

 アルベドの精神が本来の体へ……モモンガと共有される。

 モモンガの感情、意識がアルベドにも流れ込んでくる。

 だがそれは酷く暗く冷たく。

 どこかアルベド自身に似て。

 己に近似するがゆえ、容易には読み解けない。

 

(モモンガ様!? モモンガ様!?)

 

 意識の中で呼びかけるが。

 返答はなく。

 

「〈複製体作成(クローン)〉」

「モモンガ様!?」

 

 モモンガの精神が、アルベドの肉体から去った。

 意識の中の叫びがそのまま、声となる。

 肉体の共有が絶たれ……先ほどまでのように、複製体の中にモモンガの意識が宿ったのだ。

 

「ふむ……元よりそういった魔法だが。アルベドの体にいた時と変わらんな」

 

 生み出された肉体に宿り。

 裸体のまま首を傾げる。

 

「これで、私は……体を奪い続ける。横暴な主ではなくなったな」

「モモンガ様……あのままでも、私は――」

「いや。それはお前の肉体だ。私の肉体は……人としても、死の支配者(オーバーロード)としても、既に失われた。私自身が亡霊……夢のようなものだったのだ」

「そのような言葉、どうかおやめください!」

「……そんな私が、お前の主として振舞い。神を名乗って調子に乗っていたのだ……傍目に見れば、さぞや滑稽だったろうな」

「モモンガ様は多くの人間を幸せにしております! どうして笑われるはずがありましょうか!」

「だが、私が私を認められんのだ」

「わ、わかりました! そのつらさ、私が必ずや慰め申し上げます!」

 

 なぜか、アルベドは焦っていた。

 酷く、嫌な予感がする。

 

「今夜はやめておこう……少し頭を冷まさねばならない」

「で、ではせめて、その御体でも、これをお持ちになってください!」

 

 世界級(ワールド)アイテム、真なる無(ギンヌンガガプ)を差し出す。

 

「いや、それはお前が持っておけ。本来はお前に与えられた品だ」

「え……? あ、ああ、確かに。今回二つも世界級(ワールド)アイテムを手に入れたのでした」

 

 熱くなり過ぎたか。

 らしくない、ミスだと思ったが……嫌な予感は強まるばかりだ。

 裸体のモモンガが、先刻手に入れた聖者殺しの槍(ロンギヌス)を、手に取る。

 漆黒聖典の隊長が装備していた品。自らの存在と引き換えに、相手を絶対消滅させる世界級(ワールド)アイテム。

 世界級(ワールド)アイテムを装備していれば、世界級(ワールド)アイテムの効果を防げるのだから、ただ装備しておくだけでも価値はある。

 

「よし、この肉体でもアイテムボックスは使えるな。収容可能量は……アルベドのままか」

 

 確認するように言いつつ。

 

「これは使用禁止とするぞ。アイテムボックスに入れておく。お前にも装備はさせん」

 

 無造作に聖者殺しの槍(ロンギヌス)を、アイテムボックスに仕舞い込んだ。

 

「えっ? も、モモンガ様?」

「ダメだ。お前が消滅する可能性は絶対残さん。それに、法国から回収した品を神が使うなど、格好悪いだろう」

 

 さらに、傾城傾国――あらゆるものの精神を支配できる世界級(ワールド)アイテムも、アイテムボックスに入れる。

 ンフィーレアから装備を外しても破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)が暴走しないことが立証された以上、無理に装備し続ける意味はない……が。

 

「同じくこれも、あれを操る時以外は不要だ。仕舞っておくぞ」

「お待ちください!」

 

 アルベドが悲鳴混じりに叫ぶ。

 

「……どうした」

 

 ゆっくりとアルベドを見やる目は、どこか空ろで。

 転移以来、ずっと宿していた輝きを失ったよう。

 

「御身を! 御身を守る世界級(ワールド)アイテムが必要です! 御身に何かあれば――」

「いらん」

「なぜですか! 私は――」

「お前が私を守るのだ。この体が破壊されても、お前の中に戻るだけだろう。これも100レベル戦士職の肉体に変わりはない」

「それでも、万一が――」

「不要だ。私は……本来は人でありながら、人の視点を失っていた。許せぬ敵が現れればともかく……しばらくは、私自身を人の身とする。それに、装備は死ねば落とすが……アイテムボックスは蘇生しても戻る。死んだままなら消滅するだろう。あれらが消えるのは、悪いことでない」

 

 すがりつくような言葉を、決して続かせない。

 モモンガは、アルベドを抱きしめた。

 欲望はない。

 ただ、愛情を込めて抱きしめる。

 その気持ちは、アルベドにも伝わる。

 伝わるが。

 

「モモンガ様、どうか――」

「ダメだ」

 

 言葉は変わらない。

 抱きしめながら、モモンガは呟く。

 互いの顔は見えない。

 

 アルベドの耳元に呟かれる、その声は震えていて。

 肩に、雫が落ちてくる。

 

(泣いているの……? モモンガ様を……私が、泣かせたの?)

 

 泣きたい気持ちで懇願していたのは、己のはずなのに。

 主から伝わるのは後悔、悲嘆。

 アルベドの頭の中が、真っ白になった。

 優秀なはずの知性が、働かない。

 

 震える声で、嗚咽をこらえながら、主は続ける。 

 

「ここが“現実(リアル)”だというなら。私はお前を都合よく貪っていてはならなかった」

「私はモモンガ様にとって都合のいい存在でかまいません」

 

 反射的に答えてしまうが。

 

「ダメだ、私が許さん。私はお前を信じていなかった」

「…………」

 

 嘘だ。

 疑念の欠片も抱いていなかったと、アルベドは知っている。

 全てをさらけ出し、感情も共有しているというのに。

 

「私はお前を利用するばかりで……ただの道具のように考えていた」

「…………」

 

 嘘だ。

 あれだけ愛していると言って。

 過去を忘れようと、アルベドにすがりついていたのに。

 

「お前が大事なのに、お前を守ろうと……ろくにしなかった」

「…………」

 

 嘘だ。

 ニグンと戦った後、法国の情報を得た後。

 アルベドに単独行動はさせず、ずっとくっついていたのに。

 

「私の命は、お前に預ける。お前を信じる。何より……私は……」

「…………」

(この人は……)

 

 ずっと、自分自身こそ最も信じられないのだと。

 アルベドはようやく悟った。

 だから、いなくなったギルドメンバーを信じ続けて。

 今も、アルベドを信じようとしている。

 モモンガが疑っているのは、アルベドではない。

 モモンガ自身を、疑っている。

 アルベドを守れず、失ってしまう未来に不安を感じ、恐怖している。

 

「私は、目の前でアルベドを失いたくない……」

 

 だから。

 万一の時があれば、アルベドは生き残っても。

 己が先に死ぬようにしようというのだ。

 シモベとして、主にさせてはならない考えだ。

 許されない。

 己自身が許せない。

 なのに、アルベドは嬉しく感じてしまう。

 それが、おぞましい。

 

「モモンガ様……それは、我儘というものです」

 

 絞りだすように。

 主と己、両方への……せめてもの抵抗として。

 言うが。

 

「知らなかったのか? 私はとても我儘なんだ」

「…………」

 

 それも嘘だ。

 嗚咽をこらえながら、言うことではない。

 全てはアルベドのために――

 

 アルベドの体から力が抜けた。

 

(私が、追い詰めてしまった……このやさしい人を……泣かせて。私を優先させて……。私が独占なんかせず、他の愛する人を見つけておけばそれで、少しは違ったはずなのに。私だけを愛してくれる、この方を……ただただ傷つけて。こんなにして……なんて、無様な……しかも、それが“嬉しい”? ありえない……ありえない。本当に我儘で度し難く、醜悪なのは、私なのに……)

 

 モモンガの――かつての己の肉体にしがみつくようにして。

 

 アルベドは泣いた。

 

 子供のように泣くアルベドを、モモンガが撫でる。

 撫でるモモンガも嗚咽を漏らし、力なくすがりつくように

 

(こんな汚い私を……モモンガ様は……どうして……モモンガ様がどうして、こんな汚い私のために……泣いて)  

(こんな私を、勝手に愛させて……挙句、今もアルベドを泣かせている……私は本当に……どうしようもないな)

 

 己自身が醜くて、悔しくて。

 二人は同じ気持ちで、互いを崇め、己を貶め。

 そんな気持ちが互いに伝わり、ぐちゃぐちゃに混ざり合い。

 

 二人で、泣いた。

 

 お互いの顔を見ぬままに。

 

 

 

 その夜、おそらくは転移以来初めて。

 二人は密着すれど交わらず。

 一夜を過ごした。

 

 

 

 城塞の外で日も昇る頃。

 

「……今までの私は、一人で夢を見ていただけだ」

「……私も、同じかもしれません」

「そうか。なら今日から。今日からは、二人で見よう」

「はい……!」

 

 そして、一人きりの神遊びが、二人の旅路に変わる。

 




 別に旅に出るわけじゃないんですけどね。

 二人の関係性的には、ほとんど最終回です。
 とはいえ、事件性と世界への対応としてはまだ続きます。
 前作と違い、本作では着地点をぜんぜん考えてないので、いい着地点が見つからなかった場合、本話を最終回って書き換える可能性もあります……。(この後を後日談扱いにして)

 ユグドラシル最終日、絶望的な時を迎えていた鈴木悟氏。
 その直後の、異世界転移+TS+脱童貞&処女。
 土着は明らかに弱っちくて、俺TUEEEE状態。
 (すべてアルベドの誘導でしたけど)
 神様気取りになっちゃって恥ずかしー!って、ようやく自覚しました。
 そんな現実を自覚した途端、アルベドさんにメンヘラ化し始めてます。

 なお、卵子カバーリングは、捏造設定です。
 ひょっとしたら、原作でもできるかもしれませんが(たぶんできない)。


◆◆修正により、モモンガさんがアルベドに肉体を返し、クローン体になりました
◆◆後半、モモンガさんはずっと全裸でアルベドを抱きしめてます


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43:考えろ、考えろ、マクガイバー

 久しぶりなのであらすじ。

 ユグドラシル終了寸前、アルベドに18禁行為を決行したモモンガはなぜかアルベドの肉体に同一化して転移。
 魔法でなんとか別の肉体を作り、カルネ村に女神として降臨。
 王国や帝国で好き勝手して過ごしていたが……村近くの森で漆黒聖典にハック&スラッシュ。殲滅して世界級アイテムをゲット。
 手に入れた後で、その凶悪な能力を知り、調子乗り過ぎてたと反省するモモンガ。
 すっかり自虐モードに陥ってしまったのだった。



 モモンガとアルベドに大きな変化があった翌日。

 カルネ村を覆う、黒い城塞。

 その玄関ロビーには堂々たる円卓が配置され、今回の話し合いに呼ばれた者たちが座していた。

 

 女神モモンガ。

 女神アルベド。

 バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 アーグランド評議国永久評議員ツァインドルクス=ヴァイシオン(甲冑)。

 神官長エンリ・エモット。

 元スレイン法国陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーイン。

 元スレイン法国漆黒聖典クレマンティーヌ。

 元バハルス帝国四騎士レイナース・ロックブルズ。

 元ズーラーノーン十二高弟カジット・デイル・バダンテール。

 

 ほとんどがカルネ村関係者とはいえ、そうそうたる顔ぶれ。

 

「…………」

 

 外様の両者に、エンリは剣呑な目を向けていた。

 地位など関係ない。女神の聖域たる城塞内に、外部の者が踏み入ったことに義憤……いや、嫉妬を覚えていたのだ。

 とはいえ、彼らは女神の客人。エンリとて表立った無礼は見せはしない。見せはしないが……人心掌握に長けた皇帝は無論、いろいろ浮世離れした竜王の目にすら狂犬具合は明らかであった。

 もっとも、アルベドもまた同様の気持ちを隠していたのだが。

 

 それぞれの内心をよそに、モモンガが口を開く。

 

「ジル、ツアー、急に呼び出して申し訳ない。それにカジットも、仕事中にすまないな」

 

 外部から来た三人に、モモンガは深々と頭を下げた。

 いつもと違い、頼んで来てもらったのだ。

 偉そうな態度をとるわけにはいかない。

 

「いや、カルネ村は一度来なければと思っていたところ。転移魔法で送り迎えしてもらえるなら、業務にも支障はない」

「モモンガ様から呼ばれた以上、それ以上の仕事などございませぬ」

 

 バハルス帝国皇帝たるジルクニフが鷹揚に頷き。 

 カジットは今も、モモンガを最優先すると断言した。

 

「外にあった樹の件も聞きたかったからね。こうして集めてくれて助かるよ」

 

 ツアーは興味深げに見回しながら言う。

 皇帝と竜王は、モモンガとニグンの〈転移門(ゲート)〉によってカルネ村を訪れたのだ。

 ジルクニフは護衛として四騎士の他三人も来ていたが、城塞内への同伴は拒まれて村で滞在中である。

 とりあえず超高位アンデッドになって凄まじい美貌を得たレイナースに、帝国勢は全員仰天した。

 

「まさにその点……そして、スレイン法国についても話すべく、今回は集まってもらった。我々だけで進めるには、大きな話でもある。ジルとツアーの意見や要求も聞いておきたい」

 

 女神は互いの翼をかすかに触れ合わすのみで、いつものようにべったりと触れ合っていない。

 それだけでも、今回の会談が真面目なものだと女神を知る者(特にツアー)は気づくだろう。

 全員が居住まいを正す。

 

「とはいえ、戦略や知性においては、私よりもアルベドが優れているのでな。アルベドよ、よろしく頼む」

「では、ここからは私が――」

 

 アルベドが言葉を継ぐ。

 エンリたちを含め、カルネ村関係者には衝撃だった。

 今まで、モモンガは常に物事を主導していた。アルベドは、モモンガ以外とほぼ会話しない。常にモモンガに付き従ってきた。彼女はモモンガにしか関心を持たず。モモンガへの無礼がない限り、他者には無関心と見えたのだ。

 

 

 

「――以上が、法国が称するところの“破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)”に関する経緯です」

 

 包み隠さず、アルベドは漆黒聖典を殲滅したこと、彼らの所持する世界級(ワールド)アイテムにてこれを支配下に置いたこと、漆黒聖典隊長の所持していた世界級アイテムも手に入れたこと、わかりやすく説明した。

 世界級アイテムを知らぬジルクニフやカジットらのため、その詳細もここで説明している。

 手に入れた“傾城傾国”と“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”の、おおよその能力についても説明した。

 

「君たちがプレイヤーということは、元から持っていた世界級アイテムもあるんだろう? その二つを合わせて君たちは、合計三つの世界級アイテムを持っているということかな?」

 

 おおよその説明が終わると同時に、ツアーが問いただす。

 彼にとって、放置できる問題ではない。

 

「……はい。もう一つはこの“真なる無(ギンヌンガガプ)”。任意の武器に形態変化可能な、対物体に特化した破壊不可能の武器です。この城塞も含め、城の一つくらいは粉砕できるでしょう」

 

 アルベドが短い杖を取り出し、手の中でハルバードに変えて見せる。

 

「はぁ!?」

 

 ジルクニフが目を剥く。いつも帝国内に持ち込んでいる彼女の武器が、そんな危険物とは知らなかったのだ。

 帝城の中で持ち歩いていたのも見ている。

 というか、同じハルバードを威圧目的で構える様子を見たこともあった。

 

「なるほど。さっきのに比べたら危険性はなさそうだね。それよりも法国から手に入れた二つを――」

 

 能力を聞くと、ツアーは頷き。より危険な二つについて話を続けようとするが。

 

「待て! 待て! ものすごく危険だろう!」

 

 ジルクニフが遮る。

 ツアー以外の者らも、こくこくと頷く。

 先の二つはジルクニフらにとってまさに神の世界の品であり、正直よく把握できない。

 “傾城傾国”は“一人だけ絶対精神支配できる品”。

 “聖者殺しの槍”は“ハイリスクなすごい即死武器”である。

 命の価値が低い人類にとって、それほど規格外とは思えない。

 だが“真なる無”は、都市や城を破壊して幾百幾千の命を奪いうる最悪の戦略兵器である。身一つで来ていると思っていた外交官が、ミサイルを持ち込んでいたと知ったようなものだ。

 価値観の差を察したアルベドが困った顔になるが。

 

「そうかなぁ。たぶん、その気になればこの二人も私も、似たような破壊はできると思うし。人に貸すような品でもないから、安全だと思うよ」

 

 ツアーが淡々とフォローとも言えないフォローをした。

 

「それはそうかもしれんが……」

 

 そうなの?と思わずモモンガを見るジルクニフ。

 女神はきまり悪そうな顔で、苦笑して見せた。

 

(あ……できるんだ)

 

 ジルクニフは足元がいろいろ崩れていくように錯覚した。

 

「そういう存在を洗脳して操ったり、一兵卒に消滅させられる方が怖いんだよ」

 

 ツアーが当たり前のように言う。

 確かに、そんな存在が誰かに操られたり、あっさり殺される方が問題だろうが。

 しかし、ジルクニフとしてはどこまでも納得いかない話である。

 

「はい。言いたくはありませんが、どちらも私たちにとってすら致命的な品です。この点を知ってもらいたくて、外部の身であるお二人も呼びました」

「弱点なら教えず、全能な存在と思わせておくべきではないか?」

 

 ジルクニフが限りなく本心で言う。

 その方が何かにつけ、やりやすいはずだ。

 

「この二つで終わりなら、それもよかったでしょう」

「…………」

 

 法国がまだ同等の品を秘蔵しているかもしれない、ということだ。

 

「その二つ、私としては評議国で保管させてほしいんだけど」

「それはできません。既に言った通り、私たちにも致命的な品ですので」

 

 予想できた回答ゆえ、ツアーは甲冑のままわずかに肩をすくめた。

 会談はアルベドとツアーを中心に進み始める。

 

「この二つについては我々も今後は使用しない方針です。可能なら破壊しておきたくもありますが、世界級アイテムの破壊は基本的に不可能ですので……」

「いや、使わないならいいよ。もし使うなら、連絡して用途を教えてほしいかな」

 

 あっさりと認めたツアーに、モモンガはアルベドの背後で小さく頭を下げた。

 同じく“破滅の竜王”を自衛以外に用いることについて、“傾城傾国”の使用の内とあっさり認められた。ただ“竜王”と呼ぶのはやめてほしいとのことで他の名を考えることになったが……。

 

「では、これが本題ですが……プレイヤーがそれぞれ世界級アイテムをもって訪れるということは、これまで現れたプレイヤーの数だけ世界級アイテムが現存するということですか?」

 

(きたか……)

 

 黙ったまま、ジルクニフは二人の言葉を吟味し始める。

 

「いや、消費されて消えたのもあるね。この世界を“穢した”のは、主にそれらの消費アイテムだよ」

「それでも相当数の品が遺されているでしょう。スレイン法国はそれらを確保しているのですか?」

「彼らは六大神の遺志を継ぐ国……だったからね。最大で六つは持っているかな? 今回二つ奪われたから最大四つだね」

 

(過去形? 今は違うのか。法国の方針と、六大神の思想が異なる?)

 

 言葉の端々から、隠れた情報を探る。

 

「我々の持つ数は明かしました。評議国ではどの程度をお持ちですか?」

 

 隠すかと思われたが……ツアーはあっさりと数を明かす。

 

「ただ、私の知らない品もあるかもしれない。他の国や組織が持っている場合もあると思うよ」

「……ズーラーノーンの盟主が世界そのものに匹敵する品を持つという話は聞いております。また、より恐るべきアンデッドの魔術結社があるという噂も。おそらくそ奴らも持っている可能性がありますな」

 

 カジットが口を挟んだ。

 

「帝国に、そんな品はない。王国も、少なくとも国庫にはないだろうな」

 

 ジルクニフもここで宣言する。

 あったら、王国をとっくに併呑している。というか歴代皇帝の誰かがさっさと貴族を粛清していただろう。王国側とてそれは同じだ。

 

「プレイヤーがいたあちこちに、世界級アイテムは点在してるはずだよ。私も、気長に探してはいるんだけど……法国がそれ以上を回収している可能性は高いね」

 

 ツアーの言葉に元法国のニグンとクレマンティーヌへと、全員の視線が向く。

 

「私はアイテムの回収を命じられたことはありません。亜人が稀に持つ品は回収しましたが。そんな規格外な品があれば、とうに噂になっていたはず……」

「アイテム回収の任務は、裏じゃけっこうあったよー。私が昔ドジ踏んで捕まったのも、そーゆー任務だったしー。でも、そんな規格外の品を回収したって話は、私が知ってる範囲じゃなかったと思うなー」

 

 殲滅任務に特化していたニグンより、クレマンティーヌの方が情報は深い。

 だが。

 

「あくまで最近はなかった、程度ですか」

「強ーいアイテムがあるなら、人類を守る我々が使うべきーって動き方だからねー。でも、隊長とカイレの婆さんくらいしか、規格外の装備は許されてないしね~。あの番外ちゃんだって、そういうのは持ってないと思うよー?」

「見せ札は奪いましたが、隠し札がどれだけあるか……ですね」

 

 アルベドが、眉を寄せる。

 チラ、と彼女の目がジルクニフを見た。

 

「両女神殿はスレイン法国に攻め込みたいのか?」

 

 ふとした疑問を、皇帝は問う。

 

「えっ、そうなのかい?」

 

 ツアーが首をかしげた。

 

「いえ。しかし、危険な品を持つなら、情報を判明させておきたいのです。おそらく漆黒聖典とアイテムの返還を求めて、近日中には使者が来るでしょうから」

「完全に安全な交渉を求めるとは、贅沢な話だな」

 

 今まで帝国や王国相手はそうだったのかと、口には出さずジルクニフがぼやくように言う。

 

「危険度が大きいなら、私はモモンガ様とここを逃れ、誰も来ない場所にこもりたいくらいですが……」

「そ、そんな!」

 

 エンリが絶望的な顔になる。

 なお、ツアーとしては正直そうしてくれた方がありがたい。

 

「……私としても、中途半端な救いは与えたくない。神を名乗った以上、それなりに面倒は見るつもりだ」

 

 黙っていたモモンガが、宣言する。

 

「「モモンガ様……!」」

 

 エンリやニグン、レイナース、カジットが感涙にむせぶ中。

 ツアーは呆れたように溜息をついた。

 そんな中、ジルクニフだけは冷静に状況を分析し、考える。

 

(結局、私はなぜ呼ばれたのだ? 確かにこの情報を知っておけるのはありがたいが……正直、災害レベルで我々ではどうにもならん。世界級アイテムなど、我々が手にしても、持て余すだけだ。見つけた場合に献上しろと? 確かに隠し持って、女神や法国に睨まれるよりはいい。釘を刺されずとも、贈り物として身の丈にあった人材や品を引き換えにもらった方が、国益となるだろうな。法国も同じように、秘蔵の品を手離せば……ん?)

 

 何か引っかかった。

 今回の発案者は、おそらくモモンガではない。

 冷たく理性的かつ情の深いアルベドだ。

 過去に見た経験から、彼女はいわばモモンガの愛人兼秘書官。

 ジルクニフやツアーが呼ばれたことに、大きな理由があるはず。

 考えなければならない。

 モモンガの慈愛は、今は与えられていない。

 溺れるのではなく、考えるべく、呼ばれたはずだ。

 

(腐った王国貴族を粛清し、皇城にも転移して訪れる女神がなぜ、法国との交渉をそこまで警戒する? 決まっている。彼女は今までの形に則れば“直接”使節に会わねばならない。使者を行き来させるにも、アンデッドや狂信者ではこじれるだけだろう。ゆえに、女神は法国使節を攻撃するか、直接会うかしかない。未知の戦力相手に、攻撃は避けたいだろうな。そして、直接に会った時に世界級アイテムとやらを使われれば……なるほど。国家間の外交問題と考えればいいわけか。つまり私に期待されているのは……)

 

 思考は一瞬。

 まだ誰も発言していない。

 ジルクニフは背筋を伸ばし、発言した。

 

「ならモモンガ殿。ここは今までの恩返しとして、私に任せてもらえまいか」

「ジルが? どうするつもりだ?」

 

 きょとんとした顔でモモンガが訊ねる。

 その表情で、皇帝は癒される。ただ働き……ではない。

 彼女からはすでに十分すぎる恩を受けた。

 もう一人の女神――アルベドは全て理解しているのだろう。

 皇帝の言葉を促してくる。

 

「国という看板を使うのだよ。つまりモモンガ殿が直接には法国と関わらず済むよう、我が帝国が間に入るのだ」 

 

 評議国では法国と平和な話し合いなどできまいからな、と口には出さず。

 ジルクニフは、己の土俵で話を始めた。

 




 続きました。
 冒頭の顔ぶれだけ書いたまま、このテキストは5か月も放置になってました……待ってくださってた方には、お待たせしてすみません。
 だらだらした話になってる感もありますが、一応じわじわ続く予定です。

 モモンガさんがアルベド主導にしたのは、好き放題するのまずそうだし国とかよくわかんないから助けてーって意図もあります。
 あと、神様ごっこに気づいて羞恥に苛まれ、あくまでアルベドのものである体を奪ってる自分が嫌になったというのも。

 アルベドさんとしてはナザリック並みに人材がいればどうとでもやりようありますが、世界級どれだけ抱えてるかわからず、推定100レベルの番外ちゃんもいる法国とはコトを構えたくありません。そんなことしてる暇あったらモモンガといちゃついてたいので……。
 そこでラナー的思考でジルとツアーを呼んで法国関係の情報をオープン。
 帝国に自発的に仲介国になってもらいました。
 ツアーを呼んだのは、変に勘繰られないようにです。この話のアルベドさんは、既にモモンガといちゃつきまくってるので世界征服も竜王抹殺も興味ありません。
 今回のアルベドさんの真の目的は、みんなモモンガ様のこと好きだよー、いないと困るよーってのを、モモンガに感じてもらうことです。メンタル回復してほしい! そして、ねっちょり生活に戻りたい! それだけです。
 ラナーと違ってそれなりに顔を合わせてるので、ジルクニフもストレスなくコントロールするようしてます。モモンガさんのお気に入りですしね!


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44:天下三分の計

 ちょっと初期のノリに戻ります。



 会議は手短に終わり、黒い城塞は再び二柱のみの場所となる。

 外の穢れを払うように、彼女らは浴室に向かい。

 広い浴槽にて、身を寄せ合っていた。

 

「お疲れだったな、アルベド。私の我儘に付き合わせてすまなかった」

「そんな……モモンガ様のお役に立てる以上の喜びはありません。それに、すべては今までの行いあればこそ。私では、命令はできても自主的な協力を得られなかったでしょう」

 

 アルベドが自ら交渉の中心となったのは、ラナーの相手をして以来。

 ツアーがあっさり納得したのも、ジルクニフが自ら仲介役を無償で買って出たのも。

 モモンガのこれまでの行ないゆえ。

 

「……ありがとう」

「ぁっ♡ え……?」

 

 水音すらたてずに、ぴったりと密着して頬ずりし、首筋にくちづけるモモンガに。

 アルベドは“なぜか”過敏に反応してしまう。

 そんな反応に、アルベド自身が戸惑い、慌てる。

 

「どうした? アルベド」

「い、いえ……ひゃうっ!?」

 

 互いの乳房の先端が触れ合うだけで、びくりと身が震えて小さくのけぞる。

 湯の中でかくかくと腰を使ってしまう。

 軽く気を遣ったのだ。

 高い知性を持つはずのアルベドにも、何が起きているのかわからない。

 

「らしくないな。混乱しているのか?」

「はっ♡ はっ♡ も、申し訳ありませ――んぃぃひいいいいいい♡♡♡」

 

 モモンガの指が、湯の中で踊った。

 それだけで正体を失い、激しく反応し……果ててしまう。

 冷静に分析する余裕すらない。

 

「昨夜は重い雰囲気で、キス程度しかしなかったからな……そのまま服を着て互いに抱きしめあい眠ったな」

「そ、そうですが……も、モモンガ様、もしや私に何かし――ああああああ♡♡」

 

 指先で簡単に鳴かされ、よがらされてしまう。

 

「私は何もしていないぞ? さんざんしたのはお前だろう?」

「えっ、ひょおおおぉほぉ♡♡♡」

 

 冷静に言葉の意味を考えようとしても、アルベドの体は絶えず襲う快楽に抗えない。

 主の前で見せるべからざる、蕩け――というより獣じみた表情を見せてしまう。

 対するモモンガは、見たことのない嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

「この世界に来て一か月以上……お前と体を別にしてから、ずっと二人で交わっていたな」

「あっ♡ ひゃい♡ ひょうれふっ♡」

 

 モモンガの指使いが激しくなり、ぱちゃぱちゃと湯が波打つ。

 アルベドは全身をひくつかせ、小さな絶頂の連続に襲われながら、必死で答える。

 実際、大半の時間を触れ合い、貪って過ごしていた。

 

「互いに貪り合う……というよりは、随分とお前に貪られていた気がする」

「しょ、しょんなつもり、あああああああああ♡♡♡」

 

 抗弁を、快楽で押しつぶされる。

 実際、衝動のままモモンガをしゃぶり尽くし、奉仕と称して快楽を与え続けたアルベドである。この一か月以上、モモンガはほぼずっと受け身であり、アルベドから奉仕という名の愛撫と攻めを受けていた。

 己が至高の御方に奉仕させるなど……と考えるアルベドは、たとえ始まりがモモンガの積極的行為であろうとも、すぐに攻めへと転じたのだ。モモンガに己の思いつく限りの快楽を与え、また自身の衝動のまま体を貪ってきた。

 攻めのSもSMのSも、サービスのS。

 寝食不要の肉体ゆえに、眠る時間すらなく。

 失神しても、さらなる絶頂で起こされて。

 わずかな外に出た時間以外はひたすら、アルベドの淫魔攻めでドロドロのぐちゃぐちゃにされてきたモモンガ。痛みすら適量なら快楽と感じるようにされ、穴という穴をかき混ぜられ、ほじられてきたのだ。

 そしてそれは同時に、全てアルベドの本来の肉体に行われた行為。

 人間ならば狂い死ぬほどの快楽調教。

 

「その体はよく感じるだろう? お前がずっと開発してくれたのだからな」

「ひっ♡ ひへっ♡ そんにゃっ♡」

 

 ただでさえ淫魔の体は感じやすく、しかも性的成長性が異様に高い(らしい)。

 性的変化は、ユグドラシルのシステムに“存在しない”分野。

 攻め一方かつ不変の複製体(クローン)だったアルベドとは違う。

 モモンガの――そして本来のアルベドの肉体は感度が上がり、反応が艶めき、性癖が広がり、弱点が増やされていた。

 そう、モモンガはシステム外での“成長”を身を以て味わっており。

 今、その成果をアルベドに見せつけているのだ。

 

「私をずっと気持ちよくしてくれたお前への、せめてもの礼だ。今日から私が、お前をよくしてやろう♡」

「あっ♡ あおおおおおっ♡♡」

 

 にやぁっと意地悪く笑うモモンガの表情だけで。

 アルベドは魂まで果ててしまう。

 今までの精神的な服従ではない。体そのものが快楽を、主からの愛撫を期待している。

 すべてを以て主に屈する悦びに狂わされながら……アルベドはさらに下品に鳴きわめくのだった。

 

 

 

 

 一方、そのころ。

 バハルス帝国帝都、帝城奥。

 城砦を出て転移した各首脳陣が、対外政策のすり合わせをしていた。

 

「確かに、森妖精(エルフ)王の今の在り方を問題視するのはわかるよ。直接滅ぼしたり暗殺するなら一言ほしいけど……交渉材料に使うくらいなら問題ないね」

「ありがたい。帝国も、森妖精を奴隷とする制度を近く廃止する。債務奴隷と同じ扱いとし、人権を与えること約束しよう。まだあらゆる種族とはいかぬが、評議国とは仲良くしたいし……女神の元にいる森妖精への姿勢にも影響する」

山小人(ドワーフ)との国交を回復されてはいかがですかな。意図せずとはいえ、王国北部の大貴族は粛清により消えました。アゼルリシア山脈北部を我々が平定すれば、両国による北部掌握は容易でしょう」

 

 ツアー、ジルクニフ、ニグンの三人である。

 ジルクニフの後ろには秘書官のロウネが控え。

 ニグンの後ろには帝国の事情にも詳しいレイナースが控えている。

 万が一にもスレイン法国に知られぬよう、会議室にはニグンとレイナースによって、強固な対占術結界が張られていた。

 そもそも帝城内に直接転移してきた以上、この極秘会談を知る者など帝国にもほとんどいない。

 

「帝国は私が行った粛清により、未だ変革の最中。多種族化へ進めるにも、困難はあるまい。帝都では女神殿の降臨で、亜人へのイメージ自体上昇している。闘技場でもトロールがチャンピオンとなっているのだしな」

「ちょうど森林の蜥蜴人(リザードマン)に外を知りたいという者もおりました。彼らを帝国に留学させてもいいですな」

「いいね。帝国の豊かさは、僕も聞いているよ。評議国からも、適任と思える者たちを送ろう」

「文化や思想に合わせて、互いに技術なども入るはずだ。魔法学院への留学という体裁をとってもいいな。こちらから、希望者を評議国に送ってもいい」

「我々が持ち掛けた話ゆえ。互いに人員と準備を決めていただければ、私が《転移門(ゲート)》で両国をつなぎましょう」

「本国の評議会に持ち帰る必要はあるけど、問題なく通ると思うよ。希望者を審査して、なるべく多彩な種族で交流させたいね」

 

 評議国にとってみれば、人類圏を多種族化させる一歩。

 提唱者は“ぷれいやー”でもない、人類の君主だ。反対する理由も、うがった見方をする理由もない。ニグンの言葉も、この世界に根付いたものであり、異様な発案や、規格外の技術でもなかった。

 評議国と帝国は、間に王国と山脈を挟むため、直接交流が難しい。《転移門》の使用も、乱用でなければ時間の短縮と安全確保の範疇と言えるだろう。

 

 帝国にとってみれば、これは技術や文化の推進。

 しかも、問題発生時には女神の戦力と魔法が味方となってくれる。何より、評議国と太いパイプを得れば、狭量な法国に利用され続けるよりよほど大きな国益となる。

 それに、帝国としては国際的に聞き出すべき話は多い。

 たとえば。

 

「そういえば竜王国について、評議国と女神殿はどのようにお考えなのだろう? 彼の国がビーストマンによって陥落すれば、次は我が帝国が矢面となる。法国はこの事実を必ず突いてくるだろうからな」

 

 帝国と評議国の関係について、話が一段落したところで。

 ジルクニフはなにげない風に切り出した。

 竜王国は帝国に隣接しており、目下ビーストマンによって滅ぼされんとしている。滅べば、次は帝国がビーストマンと領土を接するのだ。

 

「ドラウディロンには悪いけど、評議国としても私としても動けないね。あの国に起きているのは、単なる弱肉強食。自然現象だよ。種族間での文明の興亡は古くからあった。ビーストマンに味方はしないけど、人類に味方もできない」

「なるほど。多くの種族を抱える評議国であれば、当然だな」

(予想通りか……評議国にとって大きな存在でなければ、我々も助けは得られまい。これはお互い様だろうが、な)

 

 予想通りの答えに、ジルクニフは頷く。

 

「モモンガ様も現状では手を出しますまい。女神は自ら御前にて願い訴える者がいれば、その願いを吟味し、叶えるのです。竜王国が直接に救いを求めねば、手出しはいたしませぬ」

「ふむ……」

(つまり、助力を歎願させればよいということか。あの女が、無駄な若作りをしなければ通りそうだな)

 

 無難な答えだなと思案する皇帝だが。

 

「え? じゃあ王国に手を出したのも、望まれたからなのかい?」

 

 ニグンの言葉に、ツアーが首をかしげた。

 

「はい。王国に手を出したのは、あくまでモモンガ様に貴族の専横を訴えた者がいたゆえ。また今回、森妖精王を懸念するのも、先日に帝国で保護した奴隷たちの言葉ゆえです」

「へぇ。じゃあその訴えがなかったら、キーノとリグリットが騒いでた王国の事件もなかったんだ?」

「とはいえ、遠からず徴税吏なり討伐軍と衝突していたでしょうな。その意味では、やはり今回の方が無駄な犠牲を出さずに済ませられたと信じております」

「そういえば、レイナースも直接に願ったのだったな」

 

 ふとかつての部下たるレイナースを見る皇帝。

 

「はい。モモンガ様は願いの叶え方をまず説明し、よく考えて決めるようおっしゃいましたわ。その上で、己の仕事を放り出さず、きちんと引継ぎをせよとも」

「ん? しかし、引継ぎはしていなかったのではないか?」

「はい……この通りアンデッドになりましたし、思わぬ美貌をいただいたため、混乱させるのではないかと思い、避けました。モモンガ様はその代わりとして、陛下に多くの人材を提供なされたのですわ」

「…………聞いておらんな」

「モモンガ様は、恩に着せたくなかったのでしょう」

「…………」

 

 六腕もカジットも、帝国に大いに役立ってくれている。

 さらに追加が送られた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)も同様だ。

 正直言って、忠誠心に問題のあったレイナースより役に立っている。

 邪教団や裏組織を掃討し、帝都の膿を払えたし。皇帝の仕事量もかなり減った。

 六腕の内、五人には表の地位を与えてみようとも考えているほどだ。

 

「ああ、しかし例外がありましたな」

 

 ニグンが思い出したように言う。

 

「皇帝陛下、それにあのフォーサイトというワーカーチームには、モモンガ様が自ら積極的に動いておりました」

 

 そして、エンリやクレマンティーヌから聞いたという当時の状況を、ツアーにも語る。

 帝都に始めて現れ、フォーサイトに出会うまで。

 皇帝と出会うまでの話だ。

 帝都での散策、イミーナとの遭遇、エルヤーの撃退、アルシェの事情……皇帝を褒めたたえたことなど。フールーダについては皇帝のために伏せつつ、説明する。

 

「へぇ。モモンガはかなりの善人なんだね。完全な信用はまだできないけど、好感は持てるよ。差別主義者をこらしめたっていうのもいいね」

 

 ツアーが少し嬉しそうに言い。

 

「…………政治の舞台には触れさせぬようせねば、な」

 

 ジルクニフは真剣な顔で、呟いた。

 

 

 

「最後となるが、あのカルネ村は名目上のみであれ、未だ王国領だ」

「帝国から王国への、内政干渉になるということですな」

 

 今後の方針もおおよそは決まって。

 ジルクニフは最後の――そして最大の懸念を口にした。

 ツアーは既に己の分野は済んだと、半ば聞き流している。

 

「帝国が強引に接収したことにしてもよいが……できれば独立国となってもらいたい」

「……おそらく、モモンガ様やエンリ殿は独立にあまり積極的でないでしょう。いえ、国際政治の場に立つことを望まれぬと言うべきか」

「あー、うん、王様になるってめんどくさいもんねぇ」

 

 ツアーも同情半ばに頷く。八欲王の如く自ら王になろうとはせぬからこそ、モモンガへの警戒心は薄い。個人で責任を負ったり、面倒を抱えたくない……というのは、ツアーが評議国を今の政治形態にした主たる理由の一つでもあるのだ。

 

「女神は御二方の国ならばともかく、法国や王国との交流は望んでおりませぬ」

「それはそうだろうが……」

 

 そのために、この会議は行なわれているのだ。

 確かに法国と交流せねばならぬ立場など、望むまい。

 とはいえ、帝国が口出しするにも名分が必要だ。

 帝国へのエ・ランテル割譲を強制し、カルネ村を帝国領とするは可能。だが、問題視される法国側の使節来訪へは間に合うまい。強引にするならば、先日の略奪を帝国軍によるものとして泥をかぶる覚悟が必要だ。

 軍事行動により、既にカルネ村は占領下にしていたと強弁せねばならない。

 女神のためとはいえ、今後を考えれば帝国としては避けたい。

 そんな皇帝の内心を汲むように、ニグンが言葉を続ける。

 

「ゆえに、提案ながら……別に首都を構えた上で、カルネ村を別の国家の一部にできればと考えます」

「別の首都だと? 都市まで一夜で築けると言うのか?」

「あまり大規模な力を振るってほしくはないんだけどね」

 

 ニグンの言葉に、ジルクニフが疑問を、ツアーが苦言を呈する。

 

「いえ。カルネ村は元より、森の賢王なる高知能の魔獣によって守られておりました。これにより、彼の魔獣殿に、まずカルネ村の支配権があったこと主張いたします」

「む? さすがに魔獣を王としては、法国の反感が強かろう」

「魔獣って言っても、モモンガほど強くないだろ?」

 

 意図がわからず、首をかしげる二人。

 

「森の賢王は、新国家の将の一人にすぎませぬ。先ほどの話題にも出たアゼルリシア山脈、およびトブの大森林すべてを領土とする、“人類が知らなかった”多種族連合国家を名乗るのです。法国はある程度の戦闘行動はしてきたものの、どちらの詳細も把握しておりませぬ。首都は森林奥か山小人の都とすれば、時間を稼げましょうぞ」

 

 山脈と大森林は、帝国と王国を隔てる要害。

 これらがまるごと一つの国家として多種族国家として宣言すれば……両国の軍事バランスは崩壊する。

 人類圏から見れば帝国は孤立し、王国は評議国と新国家という多種族圏に挟まれるのだ。人類全体の危機であり、人類に友好的に見える女神を刺激するなど不可能な状況が発生する。

 

「なるほど……なるほどな。ははは! 最後の最後でよくもしてやってくれたものよ」

「ははぁ。これで評議国が支持する理由ができて、帝国は新興国を警戒しているように見えるわけだね」

 

 ジルクニフが思わず笑い。

 ツアーが一気に関心を向け、身を乗り出す。

 

「元より偽装した法国兵に荒らされた地域だ。ろくに守れなんだ王国に対し“認知されていなかった大国”が、村を守ったという名分も立つ。適当な“王”が別にいれば、モモンガ殿が前に出ずともよかろう。帝国は領土を接する身として混乱して見せ、消極的な日和見の姿勢を見せればよいわけだな」

 

 帝国はただ被害者の立場でいればよいのだ。

 皇帝として上機嫌に言う。

 

「森の賢王殿を名目上のカルネ村を含む領主とし、政治的立場を持たせます。モモンガ様は……まあ、彼の国の知られざる神という立場でかまいますまい。君主が別にいるというのに、神が政治の舞台に立つなどおかしな話ですからな」

「そうだね。モモンガには今の立場でいてもらった方が、私も助かるよ」

「陽光聖典も漆黒聖典も、領土侵犯による不幸な衝突の結果、殉職したというわけだな」

 

 三人が悪辣な笑みを浮かべた。

 

「いいね! 私としても、それなら文句はない。モモンガが過度の干渉をせず、多種族国家として人類圏に楔を打ち込んでくれるなら、何よりだ。できれば本当にそういう国家を築いてくれると嬉しいよ。百年もすれば、王国だって多種族化するだろうしね」

 

 ツアーにとってみれば、王国と帝国がじきに評議国同然と化すということ。

 竜王に征服欲はないが、人類種が醜く争い続けるよりは似た価値観を共有する範囲を広げた方が、世界だって守りやすい。人類圏の改竄された十三英雄の物語だって、しっかり訂正できるだろう。なによりモモンガや帝国が、消極的にでもツアーに賛同してくれれば百年後に来るプレイヤーの察知も容易になる。

 

「未来を考えれば、異種族の浸透を避けるべきかもしれんが……山脈と森林すべてに防備など不可能だ。しかも未知なる新たな神が降臨し、帝都にすら現れる。既存の神を捨て、彼の神に祈る民すら現れかねんのだ。こんな絶望的状況で、彼の国を刺激したりできるはずもない」

 

 おしまいだぁ、とジルクニフが両手をあげておどけて見せた。

 既に百年ごとに現れるプレイヤーについては聞いている。

 ならば法国よりも評議国に付いた方が確実。モモンガという神にも、国家としていち早く恭順すべきだ。女神と竜王が、皇帝の後見人になってくれるのだ。百年後の皇帝が凡夫であろうと帝国は繁栄できるだろうし、暗愚が生まれる可能性も摘める。

 

「お二方が帝国の多種族化に賛同くださればこそ、この案を持ち出せた次第。無理ならば、女神殿にはしばし帝都に避難いただかねばなりませんでした」

 

 不敵に笑いつつも、軽い様子でおどけるニグン。

 

「おや、そちらの方が私個人には魅力的な話だったな」

 

 ジルクニフが心底残念そうに言う。

 実際に個人としては女神の傍にいたかったが……当人の心境や立場、帝国の未来を思えば、この上ない正解を引き当てたはずだ。

 

「さて、忙しくも楽しくなりそうではないか。ツァインドルクス殿、内幕についてはくれぐれも……」

「うん。一部の古い竜王以外には言わないよ。多種族国家が生まれるだけで、評議国としては応援するには十分だ」

 

 竜王が楽しげに頷く。

 

「書類関係はこちらで用意した方がよかろうな。国法などは、多種族を擁する名目で、評議国に倣うべきではないか? いきなり王を決めるのも面倒だろう。複数の評議員がいるとし、適当な奴を随時増やした方がよい」

「そうですな。まずは森の賢王殿と……蜥蜴人の代表。他にも適当な者を見つくろっておきましょう」

 

 こうして女神の知らぬ内に、新たな国家が生まれるのだった。

 

 

 

 

 なお。

 己も知らぬ内に政治的立場を与えられた魔獣は……。

 

「アーーッ!! クロマル殿ッ! 激しすぎるでござる!!」

 

 女神の淫気に充てられた雄に蹂躙されていたのだった。

 

 とはいえ、これはカルネ村多くで散見された状態。

 ハッスルしたモモンガと、受け身に回ると弱かったアルベドにより、いつも以上にたいへんなことになっていたのだ。

 

「ひぎぃぃぃぃ! エンリ! ちぎれちゃうよぉぉぉ!」

 

「ちょっ! クレマンティーヌさん、何イラだってんすか! あひっ!?」

 

 おかげでいろいろと汚い悲鳴も聞こえるが、平和なカルネ村であった。

 




 体をもとに戻した真の理由がコレ。
 (まあ、後から思いついたんですけど)
 原作コキュートスが証明した新たな成長を、身を以て知った二人。
 しばらくモモンガ様が攻め攻めモード。
 当人がずっと受け身だったので、労いのつもりでめいっぱい(性的に)かわいがります。
 アルベドとしては主が欲望を愛情と嗜虐心を込めて、自分の奉仕してくれてるので実際ご褒美。
 しばらく二柱は爛れた日々に溺れて、何もしません。
 新たな快楽探求の旅をしてます。

 今回はニグン、ツアー、ジルでがっつり国際政治スクラム組みました。
 少なくとも他の原作諸国はじわじわ飲み込む気満々です。
 まさしく勝手に天下三分の計。
 ラナーが察するでしょうが、今の彼女には手札がありません。

 モモンガとニグンを介してですが、ツアーとジルもかなり仲良くなりました。
 普通に個人間でのやりとりも始めるでしょう。
 (人類側の賢い君主は、ツアーとしてもそれなりに役立つ人材)
 世界級アイテムの探索なども、ある程度は情報共有しつつ始めるかもしれません。

 今回を見ると、ニグンが有能すぎるように見えるかもですが、今回の各種政治的発案は彼一人でしてることじゃないです。
 もともと、カルネ村の幹部&準幹部で話し合って青写真つくってました。
 (大領地での新興国家宣言などは、ニグンの発想ではないです)
 タイミング的には漆黒聖典倒した直後、幹部で集まって対法国の姿勢とか固めてたのでしょう。

 ハムスケが種付けされている間にも、世界は変わっていくのだ……。
 そういやハムスケ、未だモモンガに会ってないから個人名がない……どうしよ。

追記:7月8日19時20分、地理的状態などわかりづらいと思えたので一部追記しました。


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閑話3:言葉の意味はよくわからんがとにかくすごい自信だ

 前話ニグンさんの裏舞台。
 時系列としては41話後です。



 時は少し巻き戻り。

 “破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴン・ロード)”および漆黒聖典の討伐後。

 村では祝いの宴。

 女神は早々に城塞へと戻った後。

 大幹部らは、宴の輪から外れ集まり……消音結界を張った状態で、今後を話し合っていた。

 

「クソ隊長とクソ兄貴をぶっ殺せて超サイコーな気分なんだけどさ~。これ、ぜーったい法国から何か言って来るよねー? 番外ちゃんとか来たら、あたしらでもやばくなーい?」

「ああ、番外席次はともかく……法国の使節は間違いなく来るだろう。とはいえ、法国はモモンガ様の“コゥ・セ・ボッヘキ”により痛手を受けたはず。詳細についてはわかっていまい。各神官長の合議、戦力の決定なども行えば……どれほど早くとも数日はかかるだろう」

 

 クレマンティーヌの言葉に、ニグンが頷いた。

 

「連中の装備は法国の秘宝ばっかだもんねー。それだけでも返せってうるさいよー?」

「しかし、モモンガ様も重視されていたあの衣服と槍は、手放せませんわよ」

 

 二つの品の危険性については、軽く魔法で分析したレイナースも承知している。

 法国は無論、誰の手にも渡せる品ではない。

 

「森林での事故として、知らぬ存ぜぬで通せれば何よりですけど……あの樹を操作している以上、無理ですもの。こちらは一村落、あちらは強国。高圧的にくる可能性も高い。とはいえ受け流しつつ、こちらの力を見せつければ。認識を改めるはずですわ」

「たとえ形式的にでも、法国に膝を折りたくはありませんね」

 

 レイナースの言葉に、エンリが冷たい表情で呟く。

 女神降臨のきっかけとなった襲撃。モルガーその他の村人が殺され。他の村人も心に傷を負い。近隣の村が多く滅ぼされ、死者を出した。あのような凶行をした国を、許せるはずがない。しかも女神ではない、利権にまみれた神を崇める総本山だ。

 女神信徒の筆頭としては、存在自体を認めたくない。

 

「無論、屈する必要などありません。少々の方便で、引き立ててやればよいのです。スレイン法国の理念上、明確な敵でもない相手と激突しての戦力消費は避けたいはず。森妖精(エルフ)の国、アベリオン丘陵、ビーストマン……それにこのトブの大森林。彼らが戦うべき敵は他にいくらでもいるのですから」

 

 傾いた太陽で長い影を作る“破滅の竜王”を眺め、ニグンが諫めるが。

 その最後の言葉に、エンリは引っかかるものを感じた。

 

「そういえばトブの大森林って、どこの領土なんですか?」

「帝国と王国の両方が領有を宣言していますが……さしたる開拓もできずにいる状態ですわ。実質上、誰の領地でもないかと」

「人間はとても生きてけない秘境って言われてるもんねー」

「我々はさんざん亜人討伐に入った場所だがな」

「なんか、あたしにだけ口調がぞんざいじゃね? ニグンちゃん」

 

 そんなやりとりを聞いて、エンリはぽつりと呟く。

 

「ニグンさん、私たちって王国に税は納めず、独立する方針でしたよね?」

「村が小都市程度まで発展してからか、あるいは王国と衝突あるいは威圧外交の上で……ですな。国際的には“起きている反乱に王国が気づいていない”という扱いでしょう。独立するにも王国の動きを待ちたいところですな。現状で法国とこじれれば、後の独立も面倒になってしまう」

 

 現状確認を兼ねて説明するニグンだが。

 エンリは政治がよくわからない。

 とりあえず、女神の降臨したこの地が、下劣な国の下と考えられているのだとだけわかった。

 さっさと独立すべきだろう。

 

「じゃあ、別にこの村だけで独立しなくてもいいんじゃないですか?」

「帝国はまだ、この村に接触していない建前ですし……法国側にすり寄るのは難しいと思いますわよ」

「いえ、そうじゃなくて。誰のものでもないなら、トブの大森林すべてを領土にしたらいいんじゃないですか?」

「は?」

「え?」

「ちょ、ちょーっと待ってエンリちゃん。あたしたちが知ってるのって蜥蜴人(リザードマン)くらいだよ? さすがに大森林を手に入れるのは厳しーんじゃない? 何がいるか、さっぱりわかんないじゃん」

「でも、王国や帝国だって、何があるかわからないのに領有を宣言してるんですよね?」

 

 つい先刻、レイナースが言ったことだ。

 

「それは――はっ、そうか!」

「そういうことですのね!?」

「えっ、どゆこと?」

 

 少し考えたニグンとレイナースが、不意に驚愕で目を見開き。

 特に知性が強化されていないクレマンティーヌは首をかしげた。

 

(あれ? 女神様は森の奥にいるって言えばってつもりだったんだけど……違うのかな)

 

 エンリとしては、女神の所在を隠すため森を利用するつもりだった。  

 法国や王国に、女神が城塞にいると思われるとよくないかなという程度の配慮。もちろん、女神に直接森にこもってもらうつもりなどない。単なる居留守の言い訳だ。

 しかしどうやら、ニグンとレイナースには違うらしい。

 

「さすがはエンリ殿ですな。我々のような固定観念にとらわれた者にはありえぬ発想」

「まさに神算鬼謀、神機妙算……ニグン殿のように有能な指揮官と、エンリ殿という策士あらばこそ。モモンガ様は俗世に煩わされずいるのですね」

「ありがとうございます」

 

 言葉の意味はよくわからないが、とりあえず褒められているらしいのでお礼を言う。

 

「いや、わかんねーんだけど。説明してくんない?」

(うん、私もわかんない……)

 

 クレマンティーヌに、内心で同意するエンリ。

 ニグンが呆れたように溜息をついて、説明を始めた。

 

「いいかね、クレマンティーヌ。エンリ殿はあの大森林を我らの領土と定めたのだ」

「いや、そりゃわかるけどさ」

(ちょっと言っただけで、別に定めたわけじゃ……)

 

 クレマンティーヌと共に、エンリもいぶかしげに説明を聞くしかない。

 

「この森林は事実上の中立地。誰の領土とも言えん。時折、亜人討伐に入っていた陽光聖典も、法国上層部も、その奥の詳細などまったく知らないのだ。王国も帝国も、領土宣言すれど中に入れずいる」

「そりゃそーでしょ。中は亜人やモンスターでいっぱいじゃん」

 

 内心でエンリも、クレマンティーヌに頷く。

 

「つまり、新たな国が領有を宣言しても何の問題もない……いや、違う。エンリ殿がおっしゃるのはこういうこと……大森林には、人類の知らぬ国が既にあったのだ」

「はぁ!?」

(はぁ!?)

 

 驚きながら無表情を維持するしかないエンリ。

 

「無論、そんな国はない。先に宣言だけして、おいおい作って行けばよいのだ」

「ああ、時間稼ぎってわけ」

(びっくりしたぁ……そっか。すぐに会わせろって言われないようにするんだ)

 

 このくらいはわかる。

 もともとの森の奥に女神の本拠があると詐称するという目的と、実質同じだ。

 

「そして、大森林そのものが国土なら。勝手に踏み込み暴れた漆黒聖典が討たれるのは、領土防衛上当然の成り行きだろう」

「なるほどねー。森のどこが重要拠点かなんてこっちが勝手に決められるんだし。大事なトコで暴れたから、やむをえずって言えばいいわけだー」

(そっか、勝手に来た悪い人ってことにできるんだ)

 

 理解したクレマンティーヌが悪い笑みを浮かべる。

 エンリも納得し、頷いた。

 

「ふふ、ここまで想定済みとは、さすがエンリ殿ですな」

「皇帝が女神と良好な関係を築いてくれたこと、心から感謝しますわ」

「やっぱエンリちゃんすごいねー」

「ふふ」

(いや、そんな期待されても……)

 

 とりあえず笑顔でごまかす。

 暗黒神官衣装と、内心を隠す硬い表情ゆえ、酷く邪悪な笑みになってしまったが。

 

 

 

 そのままいくらかの話が続き。

 今回得た、規格外のアイテムについて話が及んだ。

 

「後は法国によるアイテムの返還要請ですな。これは適当に時間を稼ぎつつ、紛失した扱いにすれば……」

「待ってください」

 

 そこで、エンリは咄嗟に言葉を挟んでしまった。

 特に何の考えもなく、反射的に。

 法国憎しの念だけで言ってしまった。

 

「どうしましたの?」

「紛失でグレーにしとくのが定石じゃないのー?」

 

 三人の視線がエンリに向けられる。 

 先刻の独立時の話もあり、妙に期待を向けられている気がしたが。

 エンリとしては、法国には敵意しかないのだ。

 

「あの品が、樹を操ってるのは明らかですよね?」

「それはそうですが。持っていれば返還を迫られるものですし、モモンガ様が支配下に置いたとでも称しておけば、交渉は容易でしょう。法国の譲歩を引き出せる自信もありますが」

 

 アイテムについて知らぬ存ぜぬを通すべきと言うニグンだが。

 

「ダメです」

 

 エンリはきっぱりと断じる。

 

「信徒たる我らが、モモンガ様の力を詐称するなどあってはなりません。また、スレイン法国はかつて村を襲い、女神様に天罰を受けた仇敵。彼らに譲歩しては、犠牲者にもモモンガ様にも申し訳が立ちません」

 

 その表情は既に村娘でなく、狂信者のそれ。

 

「アイテムや装備の確保は明確に宣言してかまいません。死体は完全に破壊したとしましょう。魔獣か妖巨人(トロール)に喰われたとしてもいいでしょう」

「そ、それでは返還要請に対して宣戦布告に等しい返答となりますぞ」

「そーだよ。あたしらより強いのが出て来るかもだし」

 

 法国の潜在戦力を知るニグンとクレマンティーヌが慌てる。

 

「ニグンさん。今まで陽光聖典は森林に入って亜人やモンスターを狩っていたのですよね?」

「そうですが……」

「我々に賠償や返還を求めるなら、法国も今まで殺した我が国民への賠償や遺産返却をすべきですよね?」

「「「えっ……」」」

 

 三人が悪魔を見る目で、エンリを見た。

 

「ぼ、冒険者は国に属しませんが、各軍について……いや、しかし森から出た小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)の被害分を支払えと返される可能性が……」

「冒険者が国に属さないように、森から出た者たちも属さない……いえ、追放者としましょうか。彼らについて問題視するなら、もちろん冒険者が討伐した分も返してくれるのですよね? そうそう、冒険者は討伐時に耳などを切り落とすと聞きました。そのように遺体の一部を持ち去った以上、それも返してくれますよね? ――という形でどうでしょう」

 

 亜人の連合国家があると名乗ってしまえば、確かに彼らは国民。法国や冒険者は、自衛のため立ち向かった兵士を殺害し略奪してきた侵略者という位置づけになる。

 最初から亜人を下に見る、普通の人間には決して出ない発想。

 アンデッドとなった三人が、異様な寒気を感じて震えた。

 日は暮れつつある。

 夕陽を背に、逆光となったエンリが、アンデッド以上のおぞましい怪物に見えた。苛立ったように肩をゆする姿に、恐ろしい威圧感がある。

 実際、性欲の強いエンリはさっさと会議を終わりにし、夫に跨りたくて仕方なかった。

 

「え、エンリちゃんこわ……」

「お、おそろしい……さすがはエンリ殿です」

「そ、それならば、アゼルリシア山脈も入れてしまいましょう。帝国はかつて山小人(ドワーフ)と取引しておりました。彼の地も森林と共に独立したとすれば、広大な領土を持つ一国と名乗れますわ」

 

 レイナースが、同じく秘境である山脈を推す。

 エンリとしては正直これ以上、面倒な話を続けたくない。遠くの山脈とか好きにすればいい。今日はンフィーレアもそれなりに活躍したし、宴に出ず家に引きこもっているのだ。彼もしたがっているのだろう。早く帰って合体したい。

 

「では、そのようにしてください」

 

 会議を打ち切るような、苛立った口調でぴしゃりと言い。

 そのまま席を立ち……背を向けた。

 と、エンリの足が止まる。

 

「あ……一つだけ。スレイン法国が女神様に会わせるよう言ってきた場合ですが」

「「「ははっ!」」」

 

 三人はすっかりエンリを格上と認め、主に対するが如く返答する。

 

「女神様に見合う存在――六大神のどれか一柱を連れてきたら会ってよいとしてください。使い走りや神官長如きが、女神に会えるなどと不遜な考えを起こさないように」

 

 苛立ちと憤怒を込めた、冷たい宣言と共に。

 エンリは己の住まい……神殿に帰って行った。

 沈黙のまま、他の三人は見送り。

 彼女の姿が消えてから。

 

「……エンリちゃんやばくない?」

「さ、さすが女神様から最初にその才を見出された方……」

「ただの村娘が一国を相手にあんな考えを持てるものですの?」

「この策謀は、間違いなく世界を一変させるでしょうな」

「国際関係、軍事バランス、ぜーんぶめちゃくちゃだねー」

「アンデッドとなった私たちには望む変化ですけれど」

 

 三人がエンリへの評価を改めて高め。

 今後の方針について話し合い、皇帝や竜王に《伝言(ホットライン)》を開いて打ち合わせる。翌朝には女神からも彼らを集めても会議を行う旨が伝えられるのだ。この打ち合わせは大いに英断だったと言えよう。

 同時に、蜥蜴人の代表者や森の賢王の活用も固まっていった。

 

 

 

 一方で、悪のカリスマ全開で神殿に帰ったエンリはといえば。

 ノーパンチャイナドレスチンチラ凱旋を恥じてひきこもるンフィーレアに、襲いかかっていた。

 




 モモンガさんが、本来の肉体をアルベドに返してる頃の話。

 エンリさんはまさに原作アインズ様のポジになっていきます。
 モモンガ&アルベドが夫婦生活に溺れられるよう、動いてるだけですが。
 適当に発言すると、ニグンさんがめっちゃプロデュースして悪の参謀に変えてくれます。
 実際は村の運営でもたいしたことしてないけど、やたら持ち上げられてる……。

モモンガ:方針決定
アルベド:村には口出ししない
エンリ:計画発案、モモンガと直接交流あり
ニグン:具体的計画、外交、軍事
レイナース:具体的計画、内政、軍事補佐
クレマンティーヌ:執行、モモンガと直接交流あり

 貴族経験あるレイナースが統治に入り、ニグンは外交中心。二人は軍事責任者でもありますが、ヘッケランあたりにいろいろ任せてるので軍関係の仕事はさほどしてません。街道の監視のみ、休まず交代でやってます。


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45:大丈夫だ、問題ない

 今回はちょい重め。
 定期的にこういうの書きたくなる……。



 

 帝国と評議国との会談を終え、帰還したニグン。

 素早く森林および山脈の調査部隊を選出し、翌朝の出発を指示する。

 森の賢王には湖で蜥蜴人(リザードマン)の代表を連れて帰らせる。訪れるであろう法国の使節が、顔を合わせられるようにだ。

 フォーサイトはクロマルと共に、大森林内で協力的な亜人の代表、知性あるモンスターを捜索。地位を与えるに値する者を、多様な種族で用意する必要があるゆえに。

 クレマンティーヌと漆黒の剣は、アゼルリシア山脈への探索。山小人(ドワーフ)の都市捜索、および地位を与えるに値する者の探索。長期間の任務であり、一か月単位で帰れぬ可能性がある。

 これらは法国の訪問に対し、いるべき人材の帰還を急がせた結果であり。

 クレマンティーヌと漆黒の剣は、長期不在でもカルネ村に影響が薄いと考えられたがゆえの配置。

 

「山小人の都市を探し出すは困難だろうが……道中で協力者を得ることもできるだろう。モモンガ様の名前を出してもかまわん。クレマンティーヌよ、任せたぞ」

「いや、そりゃニグンちゃんとレイナースちゃんが残るのはわかるし、エンリちゃんだって動かせないってわかるよ。わかるけどさー」

 

 そう。

 山脈探索とはいえ、途中までは森の中を全員で進むことになる。

 つまり同行するのはフォーサイトと漆黒の剣、そして――

 

「拙者とて森ではひとかどの強者! けして足手まといにはならぬでござるよ!」

「お前じゃねーよ」

 

 抗議する巨大ハムスター……森の賢王に、脱力して答え。

 クレマンティーヌは、視線をもう一頭の魔獣に向けた。

 

「MUGEN?」

「なんで、こいつと組まなきゃいけねーんだよ!」

 

 唸り、首をかしげるクロマルにツッコミを入れる。

 かつて受けた暴行により、クレマンティーヌにとってこの強大な双角獣(バイコーン)はトラウマ対象。戦闘力でも格上だし、いつまた同じ目に遭わされるかと気が気でない。正直、近づきたくない。見たくもない。

 

「つんでれというやつでござるな。同じ雄に乗られた雌として、それがしも共感――」

「だまれ。ころすぞ」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 語彙が小学生になったクレマンティーヌの殺気に、森の賢王が恐怖の悲鳴をあげた。

 

「お、俺は気にしないっすよ。クレマンティーヌさん」

「お前にフォローされるのかよ……」

 

 ルクルットの言葉に、深々と溜息をつく。

 この村に来た時の状況――クロマルに(性的に)こらしめられた一件は、村人には周知の事実。ルクルットに限らず外来者だって、既に聞き知っている。それゆえ、クロマルは女性全般に避けられており。平気で騎乗するエンリには、この上ない畏怖が抱かれるのだ。

 クレマンティーヌと親しい村人がいないのも、それが理由である。そして新たに来る人々は、彼女による王国貴族拷問を目の当たりにした者ばかり。良い噂など立ちようもない。

 

「ま、まあ湖まで行ったら、別行動でいいんじゃない?」

 

 数少ない例外のイミーナが助け舟を出すが。

 それとて同じ女性としての同情。特に仲がいいわけではない。

 

「森林で二手に分かれて行動した方が、確実。該当目標を手に入れたら、ニニャから〈伝言(メッセージ)〉で連絡してほしい。たぶん、山脈に行く前に帰還許可が出るはず」

 

 アルシェが、イミーナに同調する。

 実際、山脈探索は将来の布石であり、一日を争うものではない。森で適当な代表者格を集める方が重要なのだ。効率性を考えるなら、別行動は妥当である。

 

「……ありがとねー」

 

 ここには漆黒聖典のような、押しつけがましい連帯感はない。

 女神への帰属意識は、クレマンティーヌとて持っている。

 実力者として評価を得ている。

 好き勝手しても許されている。

 復讐とて、仲間の手で成し遂げられた。

 法国にいた頃に比べれば、破格の待遇だ。

 恵まれている。

 幸運。

 そう言ってしまうのはたやすいだろう。

 けれど、彼女には今どこか満たされぬものがあり。

 魂にぽっかりと穴が開いたように空虚。

 ここ数日は己らしく振舞ってはいたが……急に己が己でなくなったように、感じられてならないのだ。

 

 半ばアンデッドになったクレマンティーヌにとって、食事は……不要ではないが、欠かしたからとすぐ倒れるものでもない。

 明日の準備を理由に、一足早く彼女は仲間の輪を離れた。

 

 

 

 明日の朝から出発とあって、夕食会にはすぐ、出陣組も解散となる。

 長期不在となる者は、それぞれに村の知り合いと別れを惜しむのだろう。

 パーティーでの野営となるため、欲求が募らぬようにと濃厚な一夜を過ごすカップルも多い。

 フォーサイトも漆黒の剣も、それぞれの住まいに戻る……中。

 漆黒の剣の野伏(レンジャー)であるルクルットは、夕食会にいなかった女性の姿を探して、村の中を歩く。

 この村に、彼女の住まいはない。

 いつも、村の守りとして広場や裏門の辺りにいるのだが……。

 

「だーれ、探してんのー?」

「うわっ、お、驚かさないでくださいよ」 

 

 音もなく屋根から跳躍してきたクレマンティーヌが、背後からルクルットを抱きすくめていた。

 アンデッドになってなお、彼女の体は暖かくやわらかく……いい匂いがする。

 

「毎回、よく驚くねー。それに毎回すーぐ、こっちも反応するしー♪」

「そっ、そりゃあまあ、俺は凡人だしっ」

 

 ぴったりと後ろから密着されて反応した下半身を、無造作に掴まれる。

 悲鳴じみた声を抑えたルクレットだが。

 

「んー? 凡人がこんな場所にいて場違いだーとか思ってるわけー? まあ、英雄や準英雄ばっかの魔境だもんねー?」

「……俺は二ニャみたいな過去も、ないし……軽いノリで英雄に憧れて、冒険者になっただけだから……」

 

 そんなものは、常から抱え続ける軽い愚痴にすぎない。

 遠慮なく動く女の手に、男の息遣いは荒くなる。

 

「はー。ニニャちゃんねー。ニニャちゃんかー」 

「く、クレマンティーヌさん?」

 

 なぜニニャの名前を出すのだろうかと、いぶかしげに後ろを見ようとするが。

 

「……まーいっかー」

「あいたっ!」

 

 ばちりとけっこうな強さで尻を打たれてしまう。

 

「たーまーにーはー……外じゃなくてベッドでしなーい?」

 

 ゆらゆらと身を揺らすクレマンティーヌ。

 背に当たる肢体がくねり、擦りつけられる。

 まだ握られたままのルクルットは、さらに反応してしまう。

 

「は、はい」

 

 今一つ経緯がわからないまま、ルクルットは己にあてがわれた小屋へと彼女を案内した。

 実のところ、彼の寝床に女が来るのは……いや、そもそもこの二人がベッドを共にすること自体、これが初めてなのだった。

 

 

 

 少し後。

 つまり事後。

 跳ね上げ窓から差し込む星明かりが、二つの裸体を照らす。

 クレマンティーヌは外を見るでもなく……ぼんやりと天井を眺めている。

 

「ど、どうしたんですか、クレマンティーヌさん。らしくないっすよ」

「……らしくないかー」

 

 ごろんと横向きになって、声をかけたルクレットを見てくる。

 じっと正面から、至近距離で見つめ合う。

 

「ほ、ホントにどうしたんです」

 

 どぎまぎしながら、ルクルットは再度問う。

 さんざん関係を結びながら……こんなふうにじっと顔を見つめ合った記憶はない。

 最中や事前なら、こんな距離もしただろうが。

 事後、クレマンティーヌはさっさと立ち去ってしまう。

 余裕をもって向かい合った記憶など……思えばなかった。

 

「……アンタにとって、あたしってどーんな風に見えてるワケ? あたしらしくーって、どうしてたらいいのかなー?」

「い、いやそれは……」

 

 ルクルット視点では、踏みつけてきたり、跨ってきたり、寸止めを繰り返してきたりするのが、いつものクレマンティーヌだが。さすがに空気は読む。そんな言葉を求めているわけじゃないと、わかる。

 

「あたしも、いろいろイヤーな過去があってさー。殺したり拷問したりするのが、だーい好きで愛してたんだよねー」

「ま、まあニニャも世話になったから……それは知ってるっすよ」

 

 ルクルットは鈍い男ではない。

 言葉の隅……“愛してた”という過去形を聞き逃さない。

 

「そーそー。ニニャちゃんといっしょだねー。いろーんな遺恨の相手や、関係ない人を痛めつけてさー。ぐちゃぐちゃにして、命乞いさせて、ぶっ殺して……鬱憤晴らしと八つ当たりを繰り返してたんだー」

「王国貴族にしたみたいに……ですか」

 

 そーなんだけどねー、と疲れた笑顔になる。

 少なくともルクルットは、見たことのない表情。

 

「……飽きた」

「飽きたって……」

 

 軽いノリで皮肉を言おうとしても、正面から見つめてくる彼女の貌は真剣。

 

「ちょーっと前まで、さ。アンタだって踏みつけてる時は、踏み潰してやろうか本気で迷ってたし。ヤってる時だって、そのまま腕とか切り飛ばしたらどんな顔するかなーってけっこう考えてたんだよねー」

「そ、そーなんすか」

「そーなんだよー?」

 

 さすがに声が震えるし。

 いろいろ縮み上がる。

 軽く答えられても、ぜんぜん安心できない。

 

「い、今はそうじゃないってことっすよね」

 

 真顔で見つめられる。

 数呼吸。

 いやもっと過ぎたろうか。

 

「……そうだよ」

 

 ようやく出た答えは、なぜか年下の……いや、子供のような震えた声だった。

 ぽつり、ぽつりと言葉が続く。

 

「漆黒聖典のクソ隊長とクソ兄貴が、あたしのずーっと殺したかったヤツでさ。あいつら、あの時に……ミンチになってただろ?」

「見た時すげー喜んだのに、すぐいろいろどうでもよくなって……あたしがあたしじゃなくなったみたいで……気持ち悪ぃ……何もかも、なくなったみたいな感じ」

「王国貴族でもう一生分、拷問しまくったからかなぁ。なんか、痛めつけたり殺したりしたいって思えなくなって。したいことが全部からっぽになって」

「モモンガちゃんも、すぐ引きこもって話できねーし、撫でてくれねーし……あたし自身があたしをわからなくなったら、もう……あたしってどこにもいないみたいじゃねーか」

「なんか今、自分のふりをしてる人形になってるみたいな……アンデッドだから当たり前だけど、ただの動いてる死体みたいな。自分で自分が感じられない……今日だって、あのクソ山羊、ホントはどうでもよかったんだ……ただ、ああ言っといた方が、あたしらしいなって……あたしらしいって何なんだ?」

「あたしも、世界も、今までした何もかもも、なんかスカスカの穴だらけになって。お前だけ、なんか勝手に寄って来るからこうしてるけど……ぜーんぜん、埋まらなくてさ……寝ないからわかんねーけど、寝たらそのまま消えてなくなりそうっていうか……なくなりたいっていうか……」

 

 涙は出ない。

 アンデッドだからではなく。

 ただ、からっぽなだけだから。

 からっぽなことがつらくても。

 からっぽだから、何も出てこない。

 しかし、彼女からは確かに何かが流れでていて。

 彼女の存在感は、かつてなく薄く。

 儚い。

 ルクルットが眠れば……目を醒ました時にはこの世から消えていそうにすら、見える。

 

「クレマンティーヌさん」

 

 あふれ出す言葉が途切れた時。

 ルクルットは、横たわったままの彼女の上にのしかかっていた。

 クレマンティーヌなら、身体能力だけで容易に、払いのけられるだろう。

 だが、投げやりな視線を向けるだけで。

 彼女は何もしない。

 する気力がないのか。

 

「俺が……!」 

 

 言葉を続けようとして、やめる。

 理屈で埋めるべきじゃないと思ったから。

 だからただ、ルクルットは……相手の名を何度も呼び。

 ひたすら全身全霊で……彼女を求めてみせた。

 

 

 

 翌朝。

 ニグンたちは既に他の準備に奔走している。

 出発するメンバーを見送るのは、当人らと縁のある村人のみ。

 そんな中で彼らは出発するのだが……。

 

「お、おい大丈夫かルクルット」

「だ、大丈夫だ、問題ない」

 

 虚ろな目と、小鹿のような足取りで現れた仲間へ、ペテルは心配げな声をかける。

 どう見ても大丈夫ではない。

 

「大事な出発前に何してたんですか」

「一行の目である野伏(レンジャー)として、大きな問題」

 

 ニニャとアルシェが咎める視線を向けるが。

 当人は気づいてすらいない。

 言葉も聞こえていないようだ。

 代わりに。

 

「あー。まあ途中までイミーナちゃんがいるしねー。このバカがダウンしたら背負ってくなりするから。ほっといていーよ。回復も使わなくていいから。行くよー」

 

 クレマンティーヌが、ひらひらと手を振って二人を鎮める。

 

「そういうことなら、それがしがs――痛いでござる!」

 

 背負って行こうと言いかけた魔獣が足を踏まれた。

 レベル差があれば足を踏むだけでもダメージなのだろう。

 

 もう一人の野伏たるイミーナはと言えば、軽く肩をすくめるのみ。

 ヘッケランとロバーデイクも小言を言いかけたが……イミーナの視線を追って黙る。

 ふらつくルクルットの手が、そっとクレマンティーヌとつながれているのが見えたのだ。

 

 こうして、総勢9人と1頭と1匹からなる調査部隊がカルネ村を出発した。

 





 クレマンさんのメンタルケアを挟める機会がここしかなく、閑話扱いすると淡々と出発して調査するだけになるので、唐突なクレマン&ルクルット回。
 更新空く前のモモンガ&アルベド回と同じような、唐突に重いノリになってすみません。
 一応、クレマンさんが兄死亡からちょっとメンタル凹む流れは考えてて……どっかに入れようと思ってたんですが。
 出発後だと、ルクルットと二人になる機会がないんですよね!
 なのでこの詰め詰めな日程の中で起きることになり。
 ルクルットの自己管理評価が、フォーサイトでも漆黒の剣でも下がりました。
 その代わり、クレマンさんをほぼ攻略済。

 今回のルクルットは気力体力の限界まで、ひたすらクレマンさんを夜通し求めて見せた感じ。
 言葉で何言っても重みがないと思い、不器用に心の隙間を埋めようとがんばりました。

 クレマンさんは、モモンガ以外には快楽堕ちとかしないので、ルクルットとはかなり健全な恋愛です。
 この状況を知れば、アルベドさんも応援してくれるでしょう。
 というか目下この話でマトモな恋愛してるの、こいつら以外じゃヘッケラン&イミーナくらいでは……。

 なお、クレマンさんは拷問や殺人に忌避感持ったわけじゃないので、やる時はふつーにします。
 特に好きなことでもなくなった、ってだけ。


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46:拙者にときめいてもらうでござる

前回、合計6人もの読者諸氏から同じ誤字指摘がありました。
なんだよ王国帰属って……。
今までいろんな誤字脱字を教えていただいては、こっそり直してきましたが、これはひどい……。
いつも誤字脱字の指摘くださる皆さん、ありがとうございます!

今回、リザードマンのネームドがやたら出てきますが、さらっと適当に読んでいただいてかまいません。

あと、原作読み返してたら、後半の巻では種族名とかは漢字にルビ振った以後はカタカナになってたので、そちらに準拠し始めます。というか、逐一種族とか漢字+ルビで書くのめんどくさいし。呪文とかは一回ルビした後は漢字。
とはいえ絶対厳守もできないと思うので、ゆるい法則と思ってください。



 

 トブの大森林。

 人類が未だ全てを知らぬ秘境。

 数多の亜人と怪物がひしめく魔境。

 どれほど実力をつけようとも種族の実力差は大きい。

 数日前は“破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)”により破壊されたが、女神モモンガの奇跡により、森はかつての生命力を既に取り戻していた。

 熟練の冒険者とて本来ならば警戒し、休憩を挟みつつゆっくりと分け入るが当然。

 かつての竜王討伐においても、冒険者らは一泊の野営を挟みつつ分け入ったのだ……が。

 今では村と森の間に“破滅の竜王”進行による道もあり。

 最短距離でサクサクと進む。

 

「〈方角探知(コンパス)〉。間違いない、この茂みの向こう」

「〈植物操作(コントロール・プラント)〉――賢王殿、先行をお願いするのである」

「承知でござる!」

 

 復活した森で閉ざされた場所も、今の面々には障害と呼べない。

 戦士(ファイター)2人、野伏(レンジャー)2人、魔術師(ウィザード)2人、神官(クレリック)1人、森祭司(ドルイド)1人、英雄級の魔獣一体。

 さらに、保護者として超逸脱級のアンデッドと魔獣。

 襲撃するような愚かな怪物はいない。

 

「湖の水面が見えたでござる!」

「あと一歩だな。アルシェもニニャ君も休憩入れなくて大丈夫か?」

「問題ない」

「わたしも大丈夫です!」

 

 村でパワーレベリングしてきた漆黒の剣も、プラチナ級どころかミスリル級と呼べる実力をつけつつある。

 

「おーい、そろそろ着くみたいだよー? 起きとくー?」

「ふぁっ!?」

 

 もっとも、そのメンバーの一人たる野伏は、保護者の背中で眠っていたが。

 強く咎める必要もないほど、順調な行程であった。

 

 朝に出発。

 昼食休憩を挟み。

 少し日が傾いたところで到着。

 まだまだ空は明るい。

 

 

 

 元より“破滅の竜王”討伐を乞い願ったのは蜥蜴人(リザードマン)たち。

 女神の使いが来たとなれば、総員にて歓待するが道理。

 昼過ぎの到着から夕暮れには……諸部族が集まり、使いを迎えた。

 

 交渉役は、森の賢王とイミーナ。

 クレマンティーヌも横にいるが、主な交渉は一人と一匹に任されている。人間でない方が、亜人との仲介役として安心してもらえるだろうとの配慮だ。ロバーデイクでは宗教家として面倒が起きるかもしれず。魔術師の二人も交渉は得意でない。

 イミーナは、ワーカーとしての経験もあり、交渉もそれなりに慣れている。世間知らずで交渉に慣れぬ森の賢王への補佐役でもあった。

 

「――というわけで、モモンガ殿は村に来てくれる者を求めているでござるよ」

「将来的には、さらに外へ交流に出てくれる人材も求めているわ。できれば若くて森の外に関心を持っている人がいいんだけど」

 

 対するはリザードマン五大部族の長。

 

「おお! 俺は行くぞ! まだまだ強くなりてぇからな!」

「森と大湿地を救ってくださった方の望みとあらば、我ら総員で向かうも視野に入れるが……」

「十分な水場があるなら、子供を含め数百人単位の移民を提案するわ」

「ところで亜人全般となると北部のトードマンにも声をかけるのですかね?」

「あれら、かわく……にがて。りくち、すすめない」

 

 胸襟を開いているとの証か。

 五人の族長は一行の前で、堂々と内輪の話を晒す。

 事前の打ち合わせもない会話だ。それぞれ内心の打算はあれど、内部の問題や他種族については正直に明かす。

 

「ふーむ。トードマンとはそれがしも見たことがない種族でござる。リザードマンなら」

 

 食べたこともあるでござるが、と言いかける魔獣の口をふさぎつつ。

 イミーナが言葉をつなぐ。

 

「私もレンジャーとして、この森の中で見た記憶はないわ。でも、先日の“破滅の竜王”討伐の時は、あなた達リザードマンに交じってなかった?」

 

 チラと背後の仲間に目を向けたが、他の者は首を横に振っている。

 漆黒の剣は湖の傍まで来ていない。フォーサイトの他の面々とて、リザードマンの詳細まで見ていなかったのだろう。

 ここでは、イミーナしか見ていない種族というわけだ。

 

「かつて我らとトードマンはたびたび衝突し、険悪な状態にあった。あの災いでは、どちらも干上がった住まいから這い上がり絶望していたがな」

「とーどまん、おおぜい、みずににげた……みず、かれた。ぎせい、おおい」

「彼らは水中活動が得意だけど、乾燥した場所で一定期間を過ごすだけで死んでしまうわ」

「女神様の村にも……トードマンは自らの足で行き来はできないでしょうね」

 

 リザードマン族長側の言葉に嘘はない。

 しかし、これは明らかな売り込みであり。

 己たちこそが湖の主であると、女神から認められんとの思惑が透けて見える。

 帝都でも熟練のワーカーだったフォーサイトや、元漆黒聖典のクレマンティーヌからすれば、微笑ましいレベルの狡猾さだ。不誠実を咎めるほどのものでもない。

 むしろ、十分に正直に教えてくれている。

 

「そう。じゃあ、女神さまの元に……まずは代表者格で何人か来てもらえる? もちろん、全員じゃなくていいんだけど」

「湖というナワバリは維持してほしいでござるよ!」

 

 リザードマンと遺恨があり、行き来にも問題あるなら、トードマンを無理に誘う必要はない。なるべく早く他種族の代表格を村へ……それが、ニグンの指令だ。

 こちらの焦りを悟らせなければ、それでいい。

 

「なら、俺が行くぜ! 元は旅人だ。文句ねぇだろ?」

 

 異様に大きな片腕を持つ巨漢の族長ゼンベルが名乗り出る。

 

「旅人?」

「この大湿地を出て行った者ですね。ゼンベルはあの遠き山に住む山小人(ドワーフ)の元へ向かい、帰還しました」

 

 細身の族長スーキュが説明した。

 アゼルリシア山脈探索を任務とするクレマンティーヌが反応する。

 

「えっ? ちょ、ちょーっと待って。おにーさん、ドワーフのところに行ったんだー?」

「おう! 行ってきたぜ! あの岩だらけの山をひたすら登って――」

 

 ゼンベルが胸を張り語り始めるが。

 瞬時に彼の背後に回り込み、肩をがっちりと抱きかかえるクレマンティーヌ。

 

「いやー。それも含めてちょっと詳しーく、教えてほしいんだよねー……ていうか、おねーさんと一緒に山まで来てほしいんだー」

「そうね。申し訳ないけどゼンベルさんには、今回もっと大切な仕事をお願いしなければならなくなったわ」

「な、なにぃ!?」

 

 思惑を外され、戸惑うのも当然か。

 クレマンティーヌはすさまじい強者のオーラを隠さず、にやにやと上機嫌に笑っているが。だが、彼女をよく知らないリザードマンにしてみれば。

 

「ま、待ってくれ。そいつは誰にだってそういいう口のきき方なんだ!」

「女神様とその使いを愚弄する意図はありません。どうかお許しください」

「そんなでも、我々の中では最強格の戦士でしてね。どうしてもということなら……」

「すきゅー、だめ。ここは、いちばんとしよりが……」

 

 パニックになりかける。

 

「いやいやいや。別に殺さないって。ほんとにお仕事お願いしたいんだってば」

「ええ。私たちはドワーフにも会いに行くべく、この人数で来てるの」

「村に向かう者は拙者が護衛するでござるよ!」

 

 クレマンティーヌが慌てて、ゼンベルから少し距離を取る。

 イミーナと賢王も、フォローした。

 

「森林と山脈、様々な種族で交流できればって話なの」

「そーそー。だから、モモンガ様がドワーフに会いたがってるんだよー」

「む? 会いたがってるのはニグ――痛いでござる!」

 

 クレマンティーヌ率いる山脈組には思わぬ奇貨。

 そして、イミーナとしても助かる。

 ゼンベルという族長は、他の四人に比べてあまり理性的なタイプに見えない。彼らには教えていないが……連れていくリザードマンの一人は、公的には種族全体の代表と称されるのだ。

 小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)の長に知性は期待できない。話し合いすら困難な可能性が高い。ゆえに、それなりの人材がいる種族には、相応の人物を求めたいのだ。

 そんなわけで、どうにか誤解を解き。

 ゼンベルにクレマンティーヌの部隊について行くよう、納得させたのだった。

 

 

 

 そうして。

 クレマンティーヌは、ゼンベルと話し込み始めている。

 イミーナと賢王も、改めて族長らと細部を話し合う。

 

「他にも元旅人で、さほど年配でない人がいればお願いしたいんだけど……」

「体力に自信がなければ、それがしの背に乗るといいでござる!」

「ならば、俺の弟がいい。あいつなら、モモンガ様にも無礼はないだろう」

 

 いかにも古強者といった様子の族長シャースーリューが、推した。

 

「ザリュースですね。先日の避難誘導も見事でしたし、若く強い」

「ならば決まりだな。あいつの見識を広げれば、俺たちの発展にもつながると信じている」

「わ、私も! 私も外に興味があるわ!」

 

 と、慌ててアルビノの族長クルシュが口を挟む。

 話の流れや空気を壊す、唐突な言葉だ。

 会話していた面々が、クルシュに目を向ける。

 沈黙。

 己の発言にびっくりしたように、彼女は口を空けたまま硬直し。

 他の族長はそんなクルシュを見て、どこか微笑ましげな様子。

 

「彼女は、俺たちの中じゃ最高の祭司だ。役に立つだろう」

「族長を二人出せば、面目もたちますね」

「たびびと、ほかも、さがす。わかもの、むかわせる」

 

 どこか、のどかな空気だ。

 女神の使いに対する緊張感が、ほぐれたようにも見える。

 身内特有のそんな様子に、イミーナと賢王は首をかしげた。

 

「随分と部族同士で仲がいいのね。もうちょっと、誰が行くか揉めるかと思ったんだけど」

「それがしと命のやりとりをした人間や亜人には、見苦しく仲間割れをする者も少なくなかったでござる。彼らを思えば、モモンガ殿の見込まれた種族だけあってリザードマンは実に見事! 天晴(あっぱれ)でござるな!」

「いやぁ、まあ……な」

「そう、ね」

 

 きまり悪げに、シャースーリューが尾を軽く揺らし、目を逸らした。

 

「あの“破滅の竜王”の件がなければ、我々の間に戦争が起きても、おかしくありませんでしたね」

 

 スーキュが、肩をすくめた。

 黙っていてもわかること。

 後で知られる方が問題だ。

 

「どういうことでござる!?」

 

 感受性豊かな魔獣が驚き、問う。

 ただ一匹限りの強力な個体として生きて来た彼女には、集団性というものがわからない。強者として必要なものは力づくで手に入れてくればいいだけ。これだけ多くの仲間がいながら、仲間同士で殺し合う亜人や人間の行動は理解不能である。

 

「なかまのかず、ふえてた……けど、なかまのかず、へった」

「この大湿地は多くの恵みを与えてくれる。でも、養える数には限度があるわ。そして、私たちの数は限度に達しようとしていたの」

「俺たちの数に対して、魚が足りなくなっちまったんだな」

「むぅ。繁殖のしすぎとは……贅沢な悩みでござるなー」

 

 森の賢王にとってみれば、呆れるしかない。

 クロマルと交尾を重ねてはいるものの、同種でない以上難しかろうと……彼女はある種の諦観を抱いている。

 

「そ、そうね」

 

 イミーナが気まずそうに頷いた。

 カルネ村に来てからほぼ毎晩、ヘッケランとしている。

 それに、半森妖精(ハーフエルフ)で、かつ野伏のイミーナは感覚が鋭い。村のあちこちで、時には日中ですら、情事の声を聴く。もう一人の野伏、ルクルットの消耗についても察しているし。賢王がクロマルに犯される声もさんざん聞いているのだ。

 

「とはいえ、生き物として子孫を残さなくてはいけないわ……」

 

 同じく妻帯者として気まずそうにする族長らの中、既に羞恥を味わったクルシュが突如呪文を唱える。

 有害な呪文ではなく、占術系。

 それも背を向け、己の同族に対して使って見せる。

 

「〈上位生命探知(グレーター・ディテクト・ライフ)〉――あちら、あちら、その人も、こちらも」

 

 精密に見分けられる生命探知呪文は、妊娠状態を明らかにする。

 周りを遠巻きにするリザードマンを次々と指さし示す。

 白い背を向け、己の背負う同族の命を、示す。

 

「――あれら全てが身ごもっているメスなの。あれほどの危機があったからこそ、子を残そうとする者は増えるわ」

 

 私もいきなり口説かれてるし……とは、口に出さないクルシュ。

 女神の救いがなければ、ろうそくの最後の輝きの如く、あの日会ったばかりのザリュースと情熱的に交尾に及んでいた可能性はかなり高い。

 どさくさにまぎれたような口説きだったが。

 思い出せば、いろいろと熱くなるのだ。

 そんな考えにとりつかれたせいか。

 くるりと振り向き、リザードマンの繁殖状況を説こうとしながら。

 本来は解くべき呪文を、発動させたままだった。

 

「だから私だって、近くオスを迎えて子を為さなければと……あら?」

 

 まだ沈黙の続く面々に生命探知を使ってしまった。

 そして、気づく。

 クルシュは、気づく。

 リザードマンにおいて、祭司とは医師でもあるのだから当然に。

 説教じみた言葉を紡ごうとしていたが。

 笑顔になり、一人と一匹を見つめた。 

 イミーナと魔獣は、首をかしげる。

 

「あんなことを言ってたけどイミーナ殿、森の賢王殿……お二人も孕んでるのね」

「「は?」」

「まだまだ宿ったばかりの子かしら。今は大丈夫だけど、体調には気をつけ――」

「「はあああああああああ!?」」

 

 突然の二人の大絶叫。

 カルネ村側、リザードマンを問わず何事かと目が向き。

 駆けつける者たちとている。

 だが、それも次の瞬間。

 大きな歓声となって、宴をなお盛大なものに変えるのだった。

 





アニメでけっこういいキャラしてた、モブ族長ことスーキュ(小柄狩人)とキュクー(骨鎧ひらがな)が好きなもんで、リザードマンの族長会話、えらい人数になってしまいました。

ザリュースが族長じゃないので参加してません。
たぶん画面外でヘッケランやペテルと話してるんでしょう。

ザイトルクワエ(破滅の竜王)襲撃によって、リザードマンはコキュートスに襲われた時よりなにげに死者出してます。
湖が枯れてましたもんね。
トードマンはもっと被害出てます。
おかげで部族が集まって助け合って生きてる被災状態。
災害をもたらしたザイトルクワエを、モモンガがなんとかしてくれたし、湖まで復活させてくれたので頭が上がりません。ゼンベルとかも含め、ただの使いである一行にも丁寧に接してます。


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47:世界は美しくなんかない。そしてそれ故に、美しい。

 主人公不在編。
 女神がいないと、原作の闇に相対せざるをえない。



 蜥蜴人(リザードマン)による歓待の翌朝。

 多くの者が、飲みすぎて転がり。

 森の賢王も、思わぬ懐妊に喜びすぎて眠っている。

 そんな中、調査隊の面々はアルシェを中心に集まっていた。

 村への報告を行っているのだ。

 

(ほう? まずはおめでとうと言っておこう。だがイミーナ殿の帰還は認められん)

 

 〈伝言(メッセージ)〉ごしのニグンの言葉に、アルシェは目を見開いた。

 

「ど、どうして? 身重だし、休んだ方がいい」

(まず、彼女は魔法で調べるまで、自覚症状の類はなかったのだろう? ワーカーとしての君たちは体調不良を抱えたまま、この調査に出るようなチームだったのかね?)

「それは違う。イミーナ自身問題ないと言っている」

(ならかまうまい。人間の妊娠期間は長い。よほど辛くなければ、いつも通りに過ごした方がよかろう)

「森の調査は、いつも通りではない」

(もちろんだ。森で居続けろと言ってはいない。もし体調に問題が出れば、即座に帰還を許可する)

「しかし、万一があってからでは遅い」

(悪いが、目下はこちらの方が危険なのだよ。法国が表立った手段を取るとは限らない。刺客が入り込んだり、毒を流される可能性とて皆無ではないのだ)

「えっ」

(モモンガ様に対し、そのような手を取る可能性は限りなく低いが。彼らは人類至上主義で、森妖精(エルフ)とは戦争中。イミーナ殿に絶対安全とは言い切れん。帝国のエルフ奴隷がどう手に入れられ、どう扱われていたか、君なら知っているだろう)

「そんな……」

 

 帝都で生まれ育ったアルシェにとって、法国は遠い異国。

 文化の差を知識としては知っていても……その差別が、仲間に降りかかるとは考えていなかった。

 

(皇帝陛下も竜王殿も、我らに協力してくださっている。だが、今はカルネ村自体が準備に奔走しており、万全とは言えん。法国の側から見れば、隙を晒しているとも言える)

「じゃあ、そちらの準備が済んだら戻らせてほしい。イミーナだけでいい」

(考慮しよう)

「あと、森の賢王も妊娠した」

(なに?)

 

 

 

 思わぬ懐妊情報。

 予想以上の移民希望者。

 そして妊娠を自覚症状なくとも確認できるクルシュという人材。

 これらにより、昼過ぎ。

 カルネ村から、リザードマンの集落へと〈転移門(ゲート)〉が開かれた。

 黒い穴を通って現れたニグンたちの前には。

 移民希望のリザードマンの若者が数百名。

 リーダーは、クルシュとザリュース。

 さらにザリュースが飼う多頭水蛇(ヒドラ)のロロロもいる。

 

「交渉がうまくいった様子で何よりだ。これで最低限の準備は済んだと言ってもいい」

 

 思わぬ戦力と人数に、ニグンの顔にも笑みが浮かぶ。

 もっとも、リザードマンらの表情は硬い。

 まだ見ぬ土地への恐れもあり、半ば女神への生贄の如き心持なのだろう。

 残る者たちとは今生の別れの如く、視線や言葉を交わしている。

 

(彼らの不安を払拭し、短期間で対等のように見せねばならんな……これも重要な課題か)

 

 森の賢王やイミーナは既に彼らと打ち解けたと聞いているが……と、派遣した者らを見れば。

 

「しかし、それがしが子を宿すとは……目が覚めても夢ではなかったでござるよ。クロマル殿ぉ……!」

「MUGEEEN」

「くっ……承知! 村に戻れど、夫たるクロマル殿のご武運を祈らせていただく次第! それがし、妻として必ずや立派な御子を産むでござる!」

「MUUUU……」

「ひゃっ、くすぐったいでござるよー♡」

 

 森の賢王は今回、リザードマンと共に〈転移門〉でカルネ村へと帰還するのだ。

 二体が別れを惜しみいちゃついている……のだろうが。

 種族が違いすぎる上、一方は会話できないので、よくわからない光景になっている。

 

 その一方で。

 ニグンと共に来た他の者――の大半が、微妙な空気になっていた。

 

「ご、ごめんね。急にお願いすることになったみたいで」

「いえ……法国の人が来るかもしれないそうですし」

「法国はいや……いや……」

「い、イミーナさんは、モモンガ様の大切な人ですから」

「アルベド様とエンリさんに殺されそうだから、その言い方やめて……」

 

 森妖精(エルフ)の三人と、イミーナには互いに気まずさがあった。

 特にエルフたちは言葉にわずかな棘を、含めてしまう。

 

「あ、あー、森は俺がついてくぜ! お前らは、山脈の方についてってやれよ」

「そうですね! 法国と顔を合わせないように、というならその方がよいかと!」

 

 事情を知るブレインとロバーデイクが、人員配置についてフォローし。

 

「確かに当てもないので助かるんですけど。いいんですか? エルフの皆さんは森の方g――」

 

 よくわかっていないペテルが、ロバーデイクに口を塞がれる。

 

「いえ! イミーナが傷を負わないよう、後衛を増やすより戦士がいてくださった方が助かります!」

「そりゃそうだな。あの神獣様がいたって、壁役が多いにこしたことはねぇ」

「……そーだねー。こっちは探索で2チームに分けて動いたっていいわけだしー」

 

 ロバーデイクの焦りから何かを察したか。 

 ヘッケランとクレマンティーヌも同意した。

 

「ブレインはカルネ村でも(女神の使徒を除けば)最強格の戦士。ぜひついてきてほしい」

 

 アルシェもよくわかっていないなりに、話に合わせた。

 

「……エルフとハーフエルフって仲悪いんすか?」

「黙っといてー」

 

 小声で尋ねるルクルットに、クレマンティーヌは短く答え、睨んだ。

 自ずとチーム分けも変わる。

 

森林探索:クロマル、ブレイン、ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイク、アルシェ

山脈探索:クレマンティーヌ、ゼンベル、ニニャ、ペテル、ルクルット、ダイン、エルフ3人

 

カルネ村:森の賢王、ザリュース、クルシュ、ロロロ、その他リザードマン数百

 

 

 

「精神的に問題ある者について、こちらも考えておく。彼女らは、現状でもそれなりの戦力だ。お前なりに鍛え、立ち直らせてやってくれ」

「無茶言うねー」

 

 ニグンの言葉に、クレマンティーヌはげんなりとしつつ。

 ぞろぞろとカルネ村に向かうリザードマンを見送った。

 

 移り住んだ者への保証――一応の人質も兼ねて。

 一行はその一日を、リザードマンの集落で過ごす。

 保存食をある程度受け取ったり、酒や水の汲み置きも必要だ。

 そうして翌朝にそれぞれ、別方向へと出発するのである。

 友好関係を結んだ以上、この集落では夜番も必要ない。

 一行はゆっくりと休む、はずだったが。

 

 

 

「ルクルットちゃん、ちょーっと付き合ってくれるー?」

「うぇ? ちょ、ちょっと、明日からマジな探索っすよ!」

「おー? いつものガッツキはどーしたのー?」

「だ、だってさすがに!」

「いーからいーから」

 

 漆黒の剣が休む小屋から、ルクルットが連れ出される。

 

「や、やっぱり、ルクルットのやつ、クレマンティーヌさんと……なのか?」

「センパイ、ルクルットのこと名前で呼んでたし……」

「事実は小説より奇なり……であるな」

 

 見送る三人は、なんともいえない顔であった。

 

 

 

 クレマンティーヌは湿地帯の中を大きく跳躍し、離れた浮島へと至る。

 

「ここならいっかー……おい、声は小さめにしな」

「いや、ヨソにいる時に、あんな声出しませんって。クレマンティーヌさんこそ……」

 

 ばしんと尻をはたかれる。 

 

「バーカ。いつまでやってんだよ。エルフの件、お前わかってんのかって確認。あそこじゃ、隣の小屋で寝てるあいつらに聞こえるかもしれねーだろ」

「え、エルフ? イミーナさんとなんか空気悪かった件っすか」

 

 期待していたルクルットは、露骨に残念そうな顔になる。

 

「そーだよ。あの魔獣をあっちが連れてく代わりに、あたしが受け持ったけどさー。あいつら、けっこう危ういよー? 余計なこと言ったら、面倒になるから、しっかりわかっとけって言ってんだよ」

「余計な事って……? 別にエルフ差別とかするつもりは、ないっすよ。イミーナさんとも普通にやってたじゃないですか」

 

 精神的に問題がありそうなのは、イミーナと会話していた時も。明日からの探索について話し合った時も。

 うすうす感じたことではある。

 ニニャに近いが、ニニャより虚ろな、危うげな顔をしていた。

 三人が三人とも、だ。

 

「あのエルフが帝国で奴隷だったってのは、知ってるよねー? どーゆー扱いか、わかるー? あと、エルフの国ってどんなか、知ってるー?」

「……いや、よくは。ニニャの姉ちゃんみたいな目に遭ってたってことですか?」

「あー……ニニャちゃんから聞いてるかなー? ま、あそこまで悲惨じゃないんだけど……いや、ある意味じゃあれより酷いかもねー」

 

 エルフの王は、同族の娘と片端から交わり、子を産ませ。

 産まれた子も、産んだ母も、法国との前線に送り込んで……強制的な戦いの中で強者を生み出さんとしている。戦いの中でさらなる力を見せれば、また子を産まされ。再び前線に送られるのだ。

 このため、エルフの国では基本的に“王のお手つき”の女しかいない。

 戦争で捕虜となったエルフはそのまま奴隷となり、法国内で使われるか、帝国等に売られる。

 

「なんだそりゃ。それで国になるのかよ」

「ま、これについては目の敵にしてる法国にも理があるよねー。で、そんな頭おかしーやり方だから、エルフの奴隷ってのは女子供ばっかしでさー。しかも大半がそこそこ戦える……あの子らみたいな感じなんだよー」

「つまり、あいつらは生まれた時からそんな環境にいたワケか?」

「エルフは長寿だから断言できないけど、たぶんねー。それで、売られた後だけど……」

 

 帝国のエルヤー・ウズルスについても、クレマンティーヌは知らぬでもない。

 法国内でも、いずれかの聖典にスカウトしては……という話があった。かつては己に比肩しうる戦士の一人として、情報を集めてもいたがゆえ。

 その人品についても、把握している。

 

「……って奴が、あの子らの元ご主人様ってワケ。ニニャちゃんが聞くと殺したがるから、ナイショにしとこーねー? モモンガ様にも、気分悪くしないよーに黙ってたんだし」

「そ、そりゃわかったけど。でも、モモンガ様に助けてもらったんだろ? じゃあ、なんでそんなこと教えるんだ? 誰も知らない方がいいじゃん」

「さっきから、内心かなり怒ってるねー? そうやって対等の口調になってくれてる方が、おねーさんは嬉しいなー」

「ちゃ、茶化さないでくだ――くれよ!」

 

 律儀に言い直したルクルットの頭を、にやにやと撫でてから。

 クレマンティーヌは冷たい表情になった。

 

「そー。知らない方がいーんだよ。でもさー、しばらくあたしたちは、あの子らと組むわけじゃん。危うい状態だから……あんまり、壊れないよう扱ったげないとでしょー?」

「べ、別に、そんなこと言われなくても、冒険者として過去を探ったりは……」

「ちがうちがーう。過去じゃなくて今、いや未来かな? すごーく話題にしちゃいけない話ができちゃったんだよー」

「……どういうことだよ」

 

 じっと、正面からクレマンティーヌが見据えてくる。

 

「ロバーデイクとンフィーレアが、カルネ村で何をしてたか知ってるー?」

「も、元奴隷とか娼婦の、治療をしてたんだろ?」

 

 唐突な質問だ。

 彼らのしていたことなど、村人なら誰でも知ってる。

 

「実は治療だけじゃないんだなー。ルクルットちゃんは、あんまり世の中の裏側、見ない方? あの二人は意外とそのへん、しっかりしてたよー? オトナになるなら、そゆトコも見ないとねー」

「治療以外に何を? え?」

(実は女に手を出してたとかって話じゃないよな?)

 

 混乱してしまう。神官と薬師が、他に何をするというのか。

 

「はー。お前ら、ニニャちゃん以外ホントに夢見る若者だよねー。前のあたしが見たら、めちゃくちゃに痛めつけて殺してたんだろなー……。ま、だから、ルクルットちゃんは、あたしなんかに声かけてくれたんだろけどねー」

「えっ、えっ」

 

 クレマンティーヌが、愚痴半分に不貞腐れたような顔になる。

 彼女とて、こんな話はしたくないのだ。

 これで察してくれれば……それでよかったのだが。

 ルクルットは、まるでわかっていない様子で混乱している。

 

「村に来た女どもの大半は、腹にガキが()()んだよ。クソどもに無理やり孕まされたのがな」

「は……?」

「それを()()してたのが、あの二人。だーから、二人とも元奴隷連中から、それなりの敬意を持たれてるんだよねー」

「え?」

 

 世界が美しくなんてないと、忘れていた。

 理解に時間がかかっていた。

 

「イミーナの種族って何だっけー?」

半妖精(ハーフエルフ)

「あのエルフ連中の腹にいたのは、何だと思う?」

「…………ハーフエルフ?」

「ハーフエルフのイミーナは、愛する男と結ばれて子供ができたんだよ。本人は幸せそうで、嬉しそうでさー。村としても、おめでたいよねー。村に戻ったら、幸せな結婚もするんだろねー?」

「…………」

「一方で、あいつらはってーと王様に無理やり子供産まされて、子供はとりあげられ、本人は奴隷にされてー。おまけにクソ野郎の子供も孕まされ、その子を……始末して、今はモモンガ様にすがりついてるってワケ」

「…………」

 

 返事はない。

 心の準備もなく、さらけ出された裏側に。

 吐き気すら伴うおぞましさを感じ、震えるしかない。

 何に震えているのか。

 怒りか、恐怖か、怯えか、嫌悪か。

 だが、間違いなくルクルットは……ニニャの姉についても含め。多くに目を背けていた。

 かつて、エ・ランテルにいた頃なら、気づいて当たり前だったのに。

 なにもかも忘れて、英雄志願の子供の気分で居続けていた。

 

「おーい」

「…………」

 

 耳元に呼び掛けられるが。

 ちらと目を動かすしかできない。

 なんと答えればいいかもわからない。

 

「イミーナの話も、あの魔獣が孕んだ話も、道中の話題にはするなって言ってんだよ」

「わかった」

 

 強張った声。

 

「出発はちょーっと遅らすから、他の二人にもよろしくねー。ニニャちゃんには、あたしから言っとくからさー」

 

 実のところ、ペテルとダインは元奴隷の娘と深い関係になっている。それなりの裏事情も聞いているはずだ。彼女らに関わろうとせず、クレマンティーヌに声をかけたルクルットが……カルネ村で最も裏事情に疎い男、なのだろう。

 おかげで衝撃から立ち直れず、生返事をしつつ頷くしかできない。

 

「はー……」

 

 そんな様子に、クレマンティーヌは深々と溜息をつき。

 

「…………おわっ!」

 

 突然、ルクルットを仰向けに蹴り転ばした。

 

「おい。朝もその面してたら、はったおすぞ、てめぇ」

「もう蹴ってるし!」

 

 その衝撃でようやく我に返るが。

 

「うるせぇ。お前が悩んだってしょーがねーんだよ。ンフィーレアも、ロバーデイクも。ニニャちゃんだって、お前らにそんな相談しねーし、期待もしてねーんだよ。口をすべらすなって、釘さしてんのがわかんねーのか?」

「そりゃ、わか……ちょおおお!?」

 

 股間をぐりぐりと踏みつけられ、悲鳴をあげる。

 

「いっつも、あたしに会う時はガチガチのクセしやがって。何、顔といっしょにしょぼくれさせてんだ? あーん?」

「あ、あんな話聞いてそんな……!」

「ほー。それじゃ村に帰るまでずーっとあたしと、何もナシで大丈夫ってワケー? あのエルフ連中といっしょの限り、そーゆーの一切ナシだよー?」

「えっ、いや、それはっ!」

 

 しっかりと反応し始めるそれを、鼻で笑うクレマンティーヌ。

 

「そーそー、いつも通り、そーゆー顔でいりゃいいんだよ。話題だけ気をつけな」

「は、はいっ」

 

 結局、ルクルットが寝床に戻ったのは、それなりの夜更けだったという。

 




 
 原作にもあって、避妊手段がない以上、集まった子らの大半が……まあアレだったかと。
 ツアレも助かった時にはアレでしたからね。
 宗教的にそういう処置を禁止するかどうかについて、モモンガさんはノータッチ。
 ニグン、クレマン、エンリさんらで話し合って決めました。
 願った当人として、ニニャさんも関わってるかも。
 フォーサイトはこういうダーティーな面を理解してるはず。
 ンフィーレアも薬師として、こういった医療の暗黒面を知ってるはずと判断。

 ニニャさんは姉の詳細を伏せてますが、その後もエスカレートするアレっぷりから、酷い状況だったとは漆黒の剣メンバー全員察してます。
 村に運ばれてきたときの、元奴隷&娼婦の皆さんの状況も、見てないはずはありませんし。
 過去にちらっと触れてますが、ペテルとダインは悲惨な境遇の子らを慰める中で、深い関係になってます。いろいろと裏面も知りつつあるでしょう。ルクルットがそこらへん目を背けた形になり、今回でクレマンさんから釘を刺されました。
 まあ、ルクルットだってエ・ランテルにいた頃は、そこまでめでたい価値観じゃなかったはずですが。カルネ村に来てから、いろいろ現実離れしすぎて地に足つかないモードになってました。おかげで、クレマンさんと関係持てたわけですが!

 王都から回収された中には、完全に精神的に壊れた子とかもちょくちょくいるでしょうし。
 そろそろ彼女らをどうするかなども、ニグンさんらが決めます。


 クロマル組とクレマン組の旅が始まります……が、次回、話はカルネ村に戻る予定。
 相変わらず女神は旅をしない!


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48:みんな いっしょうけんめい たたかっている

 クロマル組の成果が上がってくる!



「快楽も激しすぎると、つらいというか……苦しいだろう?」

「ひゃめ、ひゃめてっ……!」

「ダメだ。お前もやめてくれなかったからな」

「んぃぎいひぃぃぃぃぃ♡♡♡」

 

 冷酷な主の声に、アルベドは二重三重の意味で達し。

 のけぞって突き出した舌さえ吸われ、溺れる。

 最初の内は残っていた冷静な部分も維持できず。

 並列思考をする余裕もなく。

 ただただ、主に貪られる。

 

 

 

 一方その頃。

 城砦の外、ザリュースとクルシュ、そしてニグンが話し合う。

 

「救援を求めた折にも見たが……ニグン殿、この湖を我々に?」

「我々では釣りくらいしかできんのでな。上が霧のため、船を出すにも適さん」

 

 蜥蜴人(リザードマン)が暮らせるよう、既に霧の中の死霊(レイス)らは退かせている。

 

「住居は勝手に建てていいの?」

「本来は村に住んでもらうべきだが……思わぬ人数だ。湖畔や水路沿いの区画をいくつか提供しよう」

「あまり岩場でない方が助かるな」

「とはいえ、クルシュ殿の魔法は我々にも重要だ。できればザリュース殿も含め、二人には村に住んでほしいのだが」

 

 クルシュへの期待は大きい。

 彼女は早期の内に、妊娠を見分けられる。

 現に、村の重要人物たるエンリにも懐妊の兆しありと宣言した。

 村の労働力を安定させるには、早めの情報が不可欠。また、かつて悲惨な境遇にあった者らも、素早い処置で母体の負担を最低限にできる。新たに愛を育み、想い人の子を授かるため、クルシュは重要な存在なのだ。

 とはいえ。

 

「仲間を安心させないと。住居の建造にも、私の魔法は必要なのよ」

「来たばかりでは皆が不安なのだ。どうかわかってほしい。私もクルシュも、なるべく村に顔を見せる。しばらくは仲間と共に暮らさせてほしい」

「……確かに、急激な変化だ。指導者は必要だろう。しかし、二人は大湿地の代表でもある。みだりな扱いはできん。支援はする。なるべく早く、立派な居住区を築いてもらいたいな」

「承知した。ところで、ロロロ――俺の多頭水蛇(ヒュドラ)についてだが」

「人やアンデッドを襲ったり、耕作地を荒らさねば、湖で自由に動いてくれてかまわんよ」

「ありがたい」

(大湿地のように、窮屈な思いをさせず済むのは助かるな……農耕や防衛への協力も、自主的に言うべきだろうか)

 

 村の戦力を考えれば、さしたる脅威とも見られていない可能性もある……と、ザリュースは冷静に思案する。

 

「ただ、ここはあの湖に比べれば狭い。ヒュドラを住まわせ、魚も採取するなら、川の方に居住区を広げてもらうべきかもしれん」

「なに?」

「川も使っていいの?」

 

 あっさりと川の領有まで許され、リザードマンの二人は驚く。

 川の流域は重要な土地だ。

 人間は流域ごとに占有権を主張するし、大森林においても多くの種族が水場として川原を奪い合っていた。川に入り込んだ者は、流域を縄張りとする亜人や魔獣に襲われるが常。リザードマンが川沿いに居住区を伸ばせなかったのも、その過酷な状況ゆえであった。

 

「ここからエ・ランテル――人間の都市まで、他の村は先日あった人間同士の騒動で滅ぼされてしまったのだよ」

 

 我々が起こしたものではないぞ、と念を押してくる。

 正直、うさん臭いが疑っても仕方ない。

 

「また、この平原に我々と競合する種族も特にいない。君たちリザードマンが先に来てくれたのだ。他に、水辺に強い種族が加わる予定もない。ひとまずは水場を獲得しても問題あるまい」

「ありがたい。それならば、魚を増やす手段もあるだろう」

「そうね。ひとまず、いくつかの小集団に分け、個別に水場を与えていけば……」

「ああ、溜め池もいくつか作成している。いずれはそちらも拠点に使ってくれたまえ」

「至れり尽くせりだな……」

「番兵を逐一配置するよりは安かろう。我々は田畑や飲用に使う水が必要なのだ。水をやたらと汚さねば、魚を採ったからと文句は言わんよ」

「いずれにせよ、まずは生活を始めてから……ね」

「そうだな」

 

 実際の生活を始めれば、細かな問題は多々あるだろう。

 だが、食糧不足が見え始めていた故郷より、未来はある。

 人間と混じっての生活を強いられるわけでもないのだ。

 彼らは新たな日々に向け、確かな希望の灯を得た。

 

 

 

「――っ♡ ふーっ♡」

「まったく。わかったか? 今度から私にも、あまり激しくするなよ? 私はこうして、アルベドと離れず……共に穏やかな時間を過ごせることが、大切なのだからな」

「ひゃ、ひゃい……♡」

「よしよし♡ ん……♡」

「あっ♡ ひぁっ♡」

 

 モモンガの攻めが終わり、穏やかな愛撫とキスのみを与えられるのだが。

 三日三晩狂わされたアルベドは、何をされても痙攣し、軽い絶頂を繰り返してしまう。

 何をされても、達する状態になってしまっているのだ。

 優しく肌を撫でられ、甘いキスを受けるだけで。

 激しい攻めを想起し、体が反応してしまう。

 

 

 

 イミーナたちが森林探索を始めて三日が過ぎた頃。

 

「ははーっ、このリュラリュース・スペニア・アイ・インダルン。御身らに絶対の忠誠をば誓わせていただきます!」

 

 “西の魔蛇”と呼ばれたナーガが、その巨体を縮こまらせていた。

 一瞬で空間を超えたのか。

 今いるのは、森の外。

 水路が絡み合う平原である。

 

「忠誠を誓う必要はない。私はニグン・ルーイン。お前と共に女神モモンガ様に仕える身だ」

「も、モモンガ様、ですか」

「そうだ。偉大なる女神は慈悲深い。供物も奴隷も求めぬ」

「で、では、儂は何をすれば……」

 

 周りに人間が見えたため、人間風情の使い魔と侮ったが運の尽き。

 彼の魔獣にはあらゆる魔術が効かず。

 手下どもも簡単に無力化され。

 無謀にも立ち向かった人喰い大鬼(オーガ)どもは挽肉と化した。

 ならば人間どもを人質に……と手下を向かわせたが。奴らもそれなりに手ごわく。それより前に、魔獣に肉薄され白旗を上げたのだ。

 そのすぐ後、異様な黒い空間が現れ。

 魔獣と共にいた人間どもに、入るよう言われた。

 

 そして今……空間を潜り抜けた先、明らかに尋常でないアンデッドらしき存在がいる。

 あの空間を作ったのは、目の前の男だろう。

 ナーガが小手先の術を使ったからとどうにもなるまい。

 

「今まで通り森を支配していればよい。ただ、我らが女神がお前の上にいると忘れぬことだ。そして、我々がお前を呼ぶとき、拒否は許されん」

「ははーっ、全て仰せのままに!」

 

 よくわからないが、無茶な要求ではない……ように聞こえる。

 リュラリュースはプライドをかなぐり捨て、土に額を擦り付けた。

 

「我が女神は、配下たる者に限りなく慈悲深き御方。森に大きな問題があれば解決してくださるだろう。現状での問題や異常があれば言うがよい」

「先日森で起きた、恐るべき大魔樹の暴走が大事件でございましたが……なぜか魔樹は消え、森も元に戻っておりました。目下は大きな問題もないかと」

 

 お前らが来た以外はな!とは口に出さない。

 

「ほう……あれのことか?」

「は? な……あ、あれは……!」

 

 男の指さす方を見れば。

 あのおぞましい魔樹が、村を守るかの如く立っているではないか。

 

「あの魔樹はモモンガ様によって鎮められ、この地を守るべく配置された。もはや森を破壊したりすまい。女神に救いを求めたリザードマンたちに感謝するのだな。さもなくば、魔樹は森全てを滅ぼしていただろう」

「お……お……」

 

 リュラリュースは絶句し、呆然と……あの森を破壊した恐怖。おぞましき魔樹を眺めるのだった。

 

 

 

「そろそろ、お風呂に行きましょうか?」

 

 互いの汗や唾液で、匂いをまとい始めている。

 アルベドとしては少し、気になるところだが。

 

「ん……もう少し。もう少し、こうしてお前の香りに包まれていたいのだ」

 

 そう言われては、抗えない。

 

「もう。そんな風に髪に顔を埋められていると、モモンガ様の(かんばせ)が見えませんのに」

「ずるい言い方をする」

「ふふ。さんざんモモンガ様に意地悪されてしまいましたから」

「お前の方が意地悪だったろう」

「そんなことはありませんよ。私は親切ですから……ふふ、さんざん攻めてばかりで疼いてらっしゃることも、察していますよ」

「ひゃっ♡ うう……や、やりすぎるなよ!」

「ええ。ではお風呂に向かいながら……まずは一度、気を遣っていただきましょう♡」

「し、仕方ないな……」

 

 ひさしぶりの受け身に、期待してしまうモモンガであった。

 

 

 

 さらに三日が過ぎ、イミーナたちは帰還した。

 もう一体の支配者を置き土産に連れて。

 

「ぐわぁ! バ、バカなこのグ様が……!」

 

 小さな人間風情に吹き飛ばされ、“東の巨人”と呼ばれた妖巨人(トロール)が呻きをあげる。

 

「賢王殿とリュラリュース殿は聞き分けがよかったのだが。こういう手合いがいると、かつての我が活動にも意義はあったと安心させられる」

「あ、あんな臆病者どもと俺をいっしょに……ぎゃああああ!」

 

 ニグンが錫杖を振るい、トロールを打ち据えた。

 圧倒的な能力値差に頼った、力任せの攻撃。

 それだけで空間が消滅したかのように、その肉が(えぐ)()ぜる。

 火でも酸でもない攻撃ゆえ、すぐにトロール特有の再生が始まるが……。

 

「〈再生阻害(リジェネート・ジャミング)〉〈苦痛増大(エンチャントメント・ペイン)〉」

「ひ!? いだいいだいいだい!」

 

 傍にいたレイナースの呪文が再生効果を封じた。

 トロールの再生能力は強い。

 肉体の損傷はすぐに圧倒的な回復力で打ち消されるため、炎や酸でなければ痛みすら感じない……のだが。回復封じのデバフにより、通常の生命と同じ苦痛を味わわされる。

 

「とりあえず暴れないよう、四肢を奪っておくとしよう」

 

 次々と四肢が破壊される。

 

「ぎゃあああああ!! いでええええ! どごいっだああ! お前ら、俺を早ぐ助けろおおお!」

 

 手下に助けを求めるが、ここにいるのはグだけ。

 そもそも、森をうろつく人間を手下らと囲んだ後……共にいた魔獣にさんざん痛めつけられ、手下も散り散りに逃げたのだ。

 再生能力でどうにか意地を通していたグだが、最後には魔獣に蹴り飛ばされ……妙な黒い穴に放り込まれた。

 そして穴を通って出て来た場所が、ここである。

 

「残念ながら、お仲間のいる森は遠くでしてよ。モモンガ様の耳障りにならぬよう、外部への音も封じておりますし」

「我らに従属を誓うまで、付き合ってやろうではないか。どうしても無理だと言うなら、君にはこのまま……そうだな、再生能力を利用して魔獣なり魔樹なりの栄養源となってもらおうか。殺しはせんよ、安心したまえ」

「ぎゃああああああ!!!!」

 

 森の一角を支配したトロールが泣きわめき叫ぶ。

 

「イミーナ殿たちも戻った。法国も未だ来ず」

「あちらが拙速を尊んでいれば、少し困りましたが……どうやら万全の体制を整えておけそうですわね」

 

 雑談交じりで与える責め苦。

 日が暮れ、夜明けが訪れるより早く。

 “東の巨人”グは、女神への服従を誓った。

 

 

 

 そしてさらに一日が過ぎ。

 

「はぁ……♡ 気持ちよかったぞ♡」

「その賞賛に勝る喜びはありません」

「こら。嘘を言うな。今だって攻める一方だったから少し不満なのだろう?」

「そ、そんな……これは“喜び”、あれは“悦び”ですから」

「悦びはいらないか?」

「……欲しいです。もう、本当に意地悪ですね、モモンガ様」

「ふふ、だがまあ……今日あたりは食事もしたい。気分を切り替えてから、また楽しもうではないか」

「外はまだ朝のようですが」

「ああ、朝のうちに言っておいた方がいいだろう。準備もしておいてもらえるしな……〈伝言(メッセージ)〉」

 

 あの自虐的な気持ちはすっかり去った様子で。

 アルベドとしても喜ばしい。

 食事の提案は、アルベドを休ませる意図もあるのだろう。

 〈伝言〉の間も、モモンガはアルベドの髪や肌を撫で続けてくれている。

 多幸感に、アルベドは目を細めた。

 

 

 

「ニグンさん! モモンガ様が今日の夕餉に降臨なされるそうです!」

 

 エンリへの神託に、村中がいろめきたった。

 

「さすがはモモンガ様! 大森林の主だった連中を全て支配下に置いたこのタイミングとは!」

「エンリさんは懐妊報告もしなければいけませんもの。雑事は私とニグン殿にお任せくださいませ」

 

 ニグンとレイナースを中心に、アンデッドらが外部の労働に出され。

 村人らは女神を迎えるべく、最大限の歓待準備を進める。

 特に料理は、アンデッドには参加できない。村人の領域だ。

 

「ンフィーの子ができたって報告しなきゃ……」

「それがしも懐妊報告でござる! クロマル殿の主に、元気な子を産めるよう祝福をもらうでござるよ!」

「わ、私も……しないとかな? ま、まだ現実味がないっていうか、恥ずかしいんだけど……」

 

 妊娠宣告されたエンリ、森の賢王、イミーナがそれぞれに喜びを見せ。

 

「いよいよ、あの奇跡を起こしたモモンガ様を間近で見ることになるのか」

「失礼がないよう気をつけないと……不興を買えば、どうなるかわからないわ」

 

 リザードマンたちは不安を抱え。

 

「め、女神様が儂如きそのように気になされずとも……」

「お、俺が顔を見せて、殺されないか……?」

 

 〈転移門(ゲート)〉で顔合わせに呼び出されたリュラリュースとグは、絶望的な面持ちで立ち尽くすのだった。

 




 主人公たちが蕩け溺れてる間も、みんながんばってる!

 クロマル組の戦法は、偉そうなのにクロマルが突っ込んで蹂躙。
 人間らはがんばって自衛する……という形。
 たいてい、ボスをいたぶる段階に入ったら、上の立場の奴を聞き出します。
 そうして行き着いたのがリュラリュースとグ。
 どちらも同じ戦法に入った後、アルシェからニグンに連絡してゲートを開き、クロマルに蹴り込ませました。
 リュラリュース情報で残るはグだけとわかってたので、蹴り込んだ後にクロマル組は帰還してます。
 ブレインの活躍をまるで書けない……実際、たいしたことしてないし。

 さらっと流してますが、エンリも妊娠してました。
 他にも村人の懐妊発覚は多数いるはず。
 さんざんやってますからね……。
 
 最近さんざん出してますが、説明忘れてたので。
 最近のオリジナル呪文について。
 他は原作にもある呪文のはず……。

●〈再生阻害(リジェネート・ジャミング)
 呪い系デバフ。回復封じ。
 一定時間、回復量を減少させる。中位以上の回復魔法には、あまり意味がない。持続回復効果の相殺に役立つ。

●〈苦痛増大(エンチャントメント・ペイン)
 呪い系デバフ。本来はダメージ増加。精神ダメージ扱いのため、精神耐性持ちには効かない。
 転移後世界では、普通にめちゃくちゃ痛くなる呪文。拷問効果も増大、ただしショック死の可能性も増える。

●〈植物操作(コントロール・プラント)
 代表的なドルイド系呪文。移動困難あるいは移動不可の植物系地形を、移動可能にする。
 敵が茂みの中や樹上にいれば、弱めの拘束呪文としても使える。他にも応用範囲は広い。茂みを発生させる呪文などとも相性はいいが、洞窟や建造物内ではほとんど使えない。

●〈上位生命探知(グレーター・ディテクト・ライフ)
 広範囲の生命体を詳細に感知する。不可視状態の存在も感知可。毒や病気などの生命系ステータス異常も識別できる。HP量も瀕死状態かどうか程度だけ可。アンデッドやゴーレム、悪魔、天使等、純粋な生命と呼べない存在には無効。
 元の呪文が第一位階程度なので、上位といっても第三位階程度。
 転移後世界では範囲は視界内。妊娠もステータス異常として早期発見できる。
 感染症予防としても便利……だろうけど、無症状だとわからないか。


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