新世紀エヴァンゲリオン takeⅡ (周小荒)
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プロローグ

 テレビのOPのラスト部分のシンジ君の笑顔を期待された方も多いと思います。
 視聴者の期待は映画で見事に裏切られましたが、それに納得されない多くの人々が二次創作の世界ではハッピーエンドを書かれてます。
 拙作もハッピーエンドを前提した物語になりますので安心して下さい。
 但し、第二話で役人根性を発揮したミサトさんには、多少のお灸を据える事になります。


 


 

 既に時間の経過も分からない状態でシンジは夜明けの無い赤い海を漂っていた。

 既にアスカも赤い水に還元していた。

 シンジは自分だけの世界を望んでいたが、人類の命を代償にする事は望んではいなかった。

 

(ごめん。綾波。ごめん。アスカ。ごめん。ミサトさん。ごめん。みんな)

 

 これで、何回目であろう。数百回、数千回かもしれない謝罪を繰り返していた。

 シンジは過去を思い出しては何万回にも達する後悔をしていたのである。

 

(あの時に、もっと積極的に行動していれば、いや、その前の段階で違う行動をしていれば、こんな結末を迎えなかったのに)

 

 意識が朦朧としてきた。

 シンジは今度こそ、安らかな死が訪れる事を期待して意識を手離した。

 

「碇君。碇君。起きて!」

 

 懐かしい声がシンジを呼ぶ。シンジが目を開けると、懐かしい声と共に懐かしい顔が視界に映り込んだ。

 

「あ、綾波?」

 

「ごめんなさい。碇君に辛い思いをさせて」

 

「何故、綾波が謝るんだい?」

 

「全ては、私が無に還る事を望んだ結果だから」

 

「そんな事はないよ。本当に悪いのは僕なんだから、それに綾波は、こうして僕を迎えに来てくれたんだろ?」

 

「ごめんなさい。違うの」

 

「まだ、僕は赦されないの?」

 

 シンジの声には納得と絶望が同居していた。

 

「そうじゃなくて、また、碇君に辛い思いをさせる事になるから」

 

 シンジにはレイの言っている意味が理解が出来なかった。現状より辛い思いというのは想像が出来なかったからである。

 

「一度だけなら、碇君の魂だけを過去に帰す事が出来るわ」

 

「魂だけを過去に帰す?」

 

「そう、もう一度だけ碇君の魂を過去に帰す事が出来るわ」

 

「綾波は?」

 

「私は無に還るわ」

 

 シンジはレイが無に還る事を渇望する気持ちを理解していた。自分がレイの立場なら、同じく無に還る事を選ぶであろう。

 

「ありがとう。綾波」

 

「どうして?」

 

「綾波は僕に、やり直しのチャンスを与えてくれた」

 

「そう。良かったわね。もし、碇君がやり直しを望むなら、お願いがあるの」

 

「何?」

 

 レイは少しだけ躊躇ってから、望みを口にした。

 

「過去の私を救ってあげてね」

 

 レイの頬が朱に染まった。シンジも頬を朱に染めてから返事を口にする。

 

「僕が一番、やり直したい事だから」

 

 シンジの言葉を聞いてレイは頬だけでなく耳まで紅くする。

 

「綾波。真っ赤だよ」

 

「い、碇君も」

 

 シンジは自身の頬の火照りを誤魔化す為にレイを優しく抱き締めた。

 

(温かいなあ)

 

 シンジは全身に温もりを感じると心地好い眠りについた。

 

 

 

 



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第1話 シンジ帰還

 

「特別非常事態宣言の発令の為、現在、全ての通信回線は不通となっております」

 

 蝉の声と共に耳に流れ込んで来る声に、シンジは意識を取り戻した。

 

「ここは!」

 

 目の前には、最近では珍しい公衆電話があり、シンジは受話器を握っていた。

 受話器を置くと左手の腕時計で時間を確認する。

 

「本当に戻って来たのか!」

 

 視線を腕時計から周囲に移すと、水色の髪の少女が離れた所に佇んでいた。

 

(見送りに来てくれたんだね)

 

 レイの表情が見える距離ではないが、シンジにはレイが微笑んでる事が分かった。

 思わず声を掛けようとした時に、鳥の群れが一斉に飛び立つのに反射的に振り向いて視線を戻した時には既にレイの姿はなかった。

 

(帰ったのか)

 

 シンジは鞄を持つと一気に駆け出した。今は1分1秒でも時間が惜しい。

 一刻でも早くミサトと合流して、初号機に乗るべきなのだ。

 

「綾波も、もう少し早い時間に戻してくれたら良かったのに!」

 

 早速、不平を言うシンジであった。

 聖人ならざる身であるシンジとしては、この程度の不平は口にしたくなる。既に国連軍のVTOL機の爆音が聞こえてきたのである。

 

「兎に角、逃げなきゃ駄目だ。逃げなきゃ駄目だ!」

 

 走り出したシンジの背後ではミサイルの一団が使徒に命中して爆発をする。

 背中に爆風を感じて地面を蹴る脚に力がこもる。

 

「あれは!」

 

 シンジの視界に青い影が映る。

 青い影はシンジの前でドリフトしながら急停車をするとドアが開いた。

 

「急いで乗って!」

 

 シンジが開いたドアに飛び込む様に乗り込んだ時、シンジの視界の隅でVTOL機が墜落したのが見えた。

 そして、次の瞬間には使徒の巨大な足が地上に墜落したVTOL機を踏み潰す。

 

「しっかり、掴まって!」

 

 ミサトがルノーを急発進させる。

 シンジは助手席の背凭れに両手でしがみつく。ミサトは第三者が居れば感嘆する程の見事なドライビングテクニックで落下してくる残骸等を高速走行しながら避けていく。

 当事者のシンジにしてみれば、ミサトのドライビングテクニックが優れていても、何の慰めにもならなかった。

 右に左に揺れる車体は目隠しをしてジェットコースターに乗っているのと変わらなかった。

 

(た、助けて!)

 

 シンジの心の声が神に聞こえたのか十分後には戦闘地帯を抜け出していた。

 

「もう、大丈夫よ。シンジ君」

 

 ミサトが語尾にハートマークが付きそうな猫なで声でシンジに声を掛けてきた。

 

(我ながら、こんな目にあって、よくネルフに残る気になったよなあ)

 

 シンジは過去の自分に感心しながら、荷物を後部座席に移動させて助手席に座り直す。

 

「それより、予定より、かなり遅れました。急いでもらえますか!」

 

 シンジは故意に刺のある口調でミサトに要求した。

 前回は役人同士の縄張り争い意識からミサトが高みの見物をした為に、結果として、ネルフ本部に到着するのが遅れてしまった。

 今回は遅れられない。遅れたら、市街地で戦う事になる。そうなれば、また、トウジの妹に怪我をさせてしまう可能性があるのだ。

 

「分かっているから、安心してね」

 

 口では気軽さを装っているが、ミサトは今更ながらに目の前の少年がネルフの最高責任者の息子である事に気付いて、内心は冷や汗を掻いた。

 

(ヤバい。ヤバい。要らん事をして司令に何を吹き込まれるか)

 

 ミサトは車載電話で発令所に詰めている日向に連絡をする。

 

「日向君。彼は最優先で保護したわよ。だから、直通のカートレインを用意してくれる?えっ、嘘。N2地雷を使うの!」

 

 ミサトは日向の返事も聞かずに受話器を置くとアクセル全開で全速力でルノーを走らせた。

 

「うわ。急ぐにしても安全運転でお願いします!」

 

 ミサトはシンジに返事する余裕も無かった。諸事情でN2兵器の威力は知る身である。爆発が起きる前に遮蔽された場所に移動しなければ自動車程度は簡単に吹き飛ばされてしまう。

 ミサトがN2地雷の爆発から必死に逃げていた頃、発令所ではN2地雷の起爆を心待ちにしている人間達もいた。

 

「まさか、国内でN2兵器を使用する事になるとはな」

 

「碇君には悪いが、これで終わりだな」

 

「要らぬ犠牲を出した。最初から使うべきだったな」

 

 国連軍指揮官達の勝利を前提にした発言を聞いていた冬月がゲンドウに話し掛けた。

 

「本当にN2兵器程度で倒せるのかね?」

 

「まさか、ATフィールド相手に単純な火力では話にならんよ」

 

 ATフィールドを持つ使徒を倒す事が出来るのは、同じくATフィールドを持つエヴァだけである。

 既にエヴァを動かすパイロットも確保している。後は国連軍から作戦指揮の権限を受け取るだけである。

 

「やっと、始まるな」

 

「ああ、終わりの始まりだな」

 

 ゲンドウは長年の計画が始まる事に、眼前で組んだ手で隠しながら笑みを浮かべた。

 

 ゲンドウが発令所で暗い笑みを浮かべていた頃、ミサトとシンジはカートレインで移動中だった。

 

「間一髪、間に合ったみたいね」

 

 安堵の溜め息を吐くミサトよりも余裕の無いシンジは放心状態であった。

 ミサトの言う様に、まさに間一髪の差であった。ルノーがネルフ本部に入った直後にN2地雷が起爆して被害は無かったが激しい揺れが起こったのである。

 

(危なかった。もう少し遅ければコンクリートの壁に叩き付けられてた)

 

「シンジ君。シンジ君。お疲れのところを悪いけど、お父さんからID貰ってない?」

 

「これですか?葛城さん」

 

 シンジがゲンドウから送られた封筒にはミサトの写真とIDカードが入っていた。

 

「私の事はミサトでいいわよ。それと、これ読んどいてね」

 

 ミサトはシンジからIDカードを受け取ると同時にパンフレットを渡した。

 シンジが封筒からIDカードを取り出す時にゲンドウの手紙がチラリと見えたが、内容にミサトは絶句した。

 

(あの髯親父は何を考えているのよ。息子に渡す手紙に一言だけとは!)

 

 ミサト自身も、生前の父親とは不仲だったが自分の父親よりも更に上を行くゲンドウに呆れるのと同時にシンジに同情した。

 ミサトの父親も不器用な人間だったが、子供宛の手紙に「来い」と一言だけを記す父親ではなかった。

 

「その、お父さんの事が嫌い?」

 

 ゲンドウから送られた手紙は破かれてセロテープで繋ぎ合わされていた。

 

「好き嫌いとか以前の問題だと思っています。それより、ミサトさん?」

 

「何かしら?」

 

「凄いですね。車に電話が付いているなんて!」

 

「珍しいでしょう。特注品なのよ!」

 

 車載電話は確かに珍しかった。セカンドインパクト以前から、携帯電話全盛期であり、車載電話等は既に過去の遺物であった。 

 

「特注品なんですか。ちょっと触ってみても大丈夫ですか?」

 

 シンジが子供らしい好奇心を見せたのでミサトも安心した。

 シンジは車載電話を手に取ると、リダイアルをして発令所に繋ぐ。

 

『はい。日向ですが。葛城さん、何か有りましたか?』

 

「僕、碇シンジです。待ち合わせに遅刻する人は信用が出来ません。途中まで誰か代わりの人を迎えに来させて下さい!」

 

 シンジは自分の用件だけを言うと返事も聞かずに電話を切る。

 

「ちょっと、シンジ君!」

 

 シンジの意外な行動にミサトは悲鳴に近い声を出す。

 

「当たり前でしょう。遅刻されて、怪獣と軍隊が戦っている場所に放り出されたんですから!」

 

 正論である。シンジからの信用を失っていた事に今更ながらに気づき落ち込むミサトであった。

 駐車場に到着すると既に日向が待機していた。日向のミサトを見る目に刺があるのはミサトの思い違いではない。

 

「君が碇シンジ君だね。僕は日向マコト。僕が案内するから安心して大丈夫だよ」

 

 日向は上司であるミサトを無視してシンジに話し掛ける。

 

「あの、日向君?」

 

 日向はミサトの呼び掛けを無視して、更にシンジに話し掛けた。

 

「それから、葛城さんの事は許してやってくれないか。悪い人じゃないんだ。優秀な人だけど、ちょっとドジな所があるだけなんだ」

 

 日向も一応は上司を庇うつもりであるが、ミサトには部下からドジと評された事が堪えた。

 

「大丈夫ですよ。父さんは時間に厳しい人ですから、タイミング悪く戦闘に巻き込まれたと言えば誤魔化せると思いますよ」

 

 日向はシンジがミサトの立場を理解して自分を呼んだ事を理解した。

 これで本部内を迷子になったら、流石に誤魔化せないと判断したのだろう。

 

「僕からも礼を言わせてもらうよ」

 

 日向はシンジの聡明さと気配りに感心した。

 

「という訳で、日向君。案内を頼むわね」

 

 ミサトとしたら針の筵状態を脱出するべく話題を転換する必要を感じていた。

 

 ミサトが針の筵状態でいた頃、発令所では国連軍の幹部は苦虫を噛み潰した表情になっていた。

 

「まさか、N2兵器でも息の根を止める事は出来んとは!」

 

 スクリーンの中では第三使徒のサキエルが仁王立ちしていた。

 

「やはり、ATフィールドか」

 

 冬月が予想範囲内の事といえ、ATフィールドの防御力に驚きを超えて呆れていた。

 スクリーンの中で使徒の目が光った次の瞬間にカメラ位置が変わった。使徒がカメラを攻撃したのである。

 

「自己修復中でも活動停止してはいない様だな」

 

 冬月は自己修復中の間なら、攻撃も容易に出来るのではと期待をしていたが、現実は甘くなかった。

 

「しかし、自己修復中は移動が出来ない」

 

 しかし、ゲンドウは既に勝機を見出だしていた。移動が出来ない使徒の近くにエヴァを置きエヴァにATフィールドで使徒のATフィールドを中和させて、攻撃すれば未熟なパイロットでも使徒を倒す事が出来る。

 

「はい。分かりました。了解です」

 

 国連軍幹部が電話で何やら指示を受けた様子である。幹部は電話を切るとゲンドウに向かって、宣言する。

 

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並み拝見させてもらおう」

 

「了解しました」

 

「しかし、君に、あの敵生命体を倒す事は出来るのかね」

 

「その為のネルフですから」

 

 ゲンドウは不敵な笑みを浮かべて、静かに宣言した。

 



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第2話 再会

 

 ゲンドウが宣言すると共に国連軍幹部達は発令所を退室した。

 幹部達が退室した後で冬月がゲンドウに声を掛けた。

 

「碇。エヴァを動かすにもパイロットが居ないぞ」

 

「問題ない。既に予備のパイロットが届いている筈だ」

 

 ゲンドウは、そう言い残すとケイジに向かった。

 

「実の息子も物扱いか」

 

 冬月は発令所を出た男の胸中を考えたが途中で止めた。窃盗犯が強盗犯の事を考えるのと大差がないからである。

 冬月は益の無い思慮に拘るより、目の前の責務に集中する事にした。

 

「総員、第一種戦闘配置!」

 

 そして、ゲンドウから物扱いされた息子は既にケイジに到着していた。

 

「シンジ君に見て欲しかったのは、これさ!」

 

 日向の合図でケイジ内の照明が点灯すると巨大な顔が出現する。シンジは自身の母と再会をした。

 

(母さん。今度は必ず皆を守るからね)

 

 シンジが無言で初号機に語り掛けているのを見て、日向にはシンジが驚きのあまりに声も出ない様に見えた。

 

「これが、人類最後の秘密兵器。汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン初号機!」

 

 シンジの反応が無いので、日向は説明を続けた。

 

「建造は極秘裏に行われた、僕達、人類の最後の切り札さ」

 

 日向はシンジに向き直り、シンジの両肩に手を置き目線をシンジと同じ高さにする。

 

「シンジ君。君がこれに乗り、外の怪獣と戦うんだ」

 

「ちょっと、日向君。越権行為よ!」

 

 今まで、場の仕切りを日向に委ねていたミサトが慌て気味に日向を制止する。

 

「葛城さんは黙っていて下さい。男同士の話です」

 

 一瞬だけ頭に血が上ったミサトだったが、遅かれ早かれシンジに告げる必要な事だと納得した。

 

「子供の君に戦わせるのは、本当に心苦しい。でも、エヴァは操縦する人間を選ぶんだ!」

 

 日向は基本的に民主国家の軍人である。民主国家の軍人は市民を守るのが義務と日向は信じていた。

 故に、中学生のシンジに戦わせる事は断腸の思いであったのは事実であった。

 

「大丈夫。君が死ぬ時は、ここに居る皆と一緒だから寂しくは無いよ!」

 

 シンジが日向の言葉を聞いて俯いて小さく肩を震えさせたので、ミサトはシンジが怯えて搭乗を拒否するのではと心配になった。

 

「シンジ君!」

 

 日向も自分の説得が失敗したかと焦っていた。

 

「日向さん」

 

「何だい?」

 

「それ、説得になっていませんよ!」

 

 シンジは日向の説得以前に初号機で戦うつもりであったが、日向の説得に笑いの感覚を刺激されてしまったのだ。

 

「日向さんが真剣に話すから、笑ったら駄目だと我慢したけど、僕が死んだら、ここの人達も一緒だから大丈夫って、説得になっていませんよ」

 

 シンジは我慢が出来ずに笑い出してしまった。それに連れてミサトも笑い出す。

 

「日向君。横で聞いていた私も理解に苦しむ理論よ」

 

 日向も自身の理論の無茶苦茶さを理解したようで赤面する。

 

「シンジ君も、そんなに笑ったら駄目よ」

 

「ミサトさんだって、笑っているじゃないですか」

 

 ケイジ内で作業していた職員達も日向の大穴が空いた理論と笑い続けているシンジとミサトに誘われて笑い出す。

 

「楽しそうだな。シンジ」

 

 ケイジの上階からゲンドウが笑いの発作を起こしたシンジに声を掛けた。

 

「あっ、父さん」

 

 笑いを残した顔で自身を見上げる息子にゲンドウは言葉を続ける。

 

「久しぶりだな」

 

「うん!」

 

 余程、ツボに嵌まった様で、笑顔を残した息子に多少困惑しながらもゲンドウは指令を発した。

 

「出撃!」

 

「了承!」

 

 あっさりと了承するシンジに意外さを感じ絶句するゲンドウであった。

 

「赤木さん。発進準備は大丈夫ですか?」

 

 日向がケイジ内のLCLのプールに叫ぶと、オレンジ色の水面から潜水服を着た人物が親指を立てた手を上げて返事をする。

 

(リツコさん。あんな所に居たんだ)

 

「エヴァンゲリオン、発進準備!」

 

 リツコの合図を確認したミサトが叫ぶとケイジ内が急に慌ただしくなる。

 ケイジ内の職員達も使徒が自己修復中の今がチャンスだと理解していたのである。

 

「シンジ君は発進準備が出来るまで、日向君に説明を受けてね」

 

「はい」

 

 ミサトはシンジの相手を日向に任せる事にした。日向なら中学生のシンジにも理解しやすい説明が出来るだろうと判断した。

 

「では、簡単な説明をするから、シンジ君は此方に」

 

「はい」

 

 日向の説明は簡単であった。

 

「エヴァは基本的にパイロットの脳波を読んで動くんだ。だから、操縦自体は簡単だから安心してほしい」

 

「はい」

 

「それから、操縦席はオレンジ色の水で満たされるけど、溺れる心配は無い。肺まで入ると酸素を血液の中に直接に取り込んでくれる」

 

「はい」

 

「操縦席は水で満たされるから衝撃を受けてもダメージは少ないから大丈夫だ。生卵を振っても中の黄身が壊れないのと同じ理屈だよ」

 

「はい」

 

「それと、エヴァはパイロットの脳波を読むと同時にエヴァが受けた感覚もフィードバックするから耐えられない時は言ってくれたら、此方でカットする事も出来る」

 

「はい」

 

「本当に簡単な説明だけど、今は時間が惜しい」

 

「はい」

 

 シンジは今更の事なので質問をする事も無いが、それ以上に日向と同じく時間が惜しかった。

 

(とにかく、戦うのが街中でなかったら、トウジの妹さんも怪我をする事は無くなる)

 

 シンジがネルフ本部に急いだ理由がトウジの妹の事があったからである。シンジには既にトラウマ化していた事なのである。

 

「それから、これを髪に着けてくれ。これはシンジ君の脳波をエヴァが読む為の道具だ」

 

「はい」

 

 差し出されインターフェイスを装着するとシンジは初号機パイロットとして、これから始まる使徒との戦いに没頭していった。

 

(あまり派手な戦い方は出来ないが、二週間後の使徒との戦いに影響しない勝ち方をしないと)

 

 シンジはゲンドウやネルフの上層部を信用していなかった。シンジが逆行した人間と判明した途端に殺される可能性もあると考えていた。

 シンジの脳裏には戦自に殺されかけた記憶が甦っていた。

 

(僕だけじゃない。ネルフの人達や世界中の人達も殺したんだから)

 

 シンジにはミサトが教えてくれた人類補完計画の意義を全く理解が出来なかった。理解する気も無いのが本音である。

 

(トウジやトウジの妹さんを犠牲にした連中と一つになるもんか!)

 

「シンジ君。僕は発令所に戻るけど、何か有れば言ってくれ。それから、発進した後は葛城さんが指示を出してくる。あの人は意外と優秀な人だから」

 

 考えに没頭している間にエントリープラグの前まで来ていた。

 

「はい。では、宜しくお願いします」

 

 シンジは発令所に戻る日向を見送るとエントリープラグに入り再び思考の海に没頭するのであった。

 

 

「意外と素直に乗ってくれたな」

 

 冬月がシンジが初号機への搭乗を簡単に了承した事に軽い驚きを持っていた。

 

「ふむ。それについては、日向君の功績だな」

 

「そうか。これからは日向君にシンジ君の事を頼んだ方が良いだろうな」

 

「ああ」

 

「葛城君とは所詮は上司と部下だからな」

 

 冬月とゲンドウが話をしている間にも眼下では初号機の発進準備が進んでいる。

 

「主電源接続」

 

「全回路動力伝達」

 

「第二次コンタクト開始」

 

「A10神経接続異常なし」

 

「初期コンタクト全て異常無し」

 

「双方向回線開きます」

 

「シンクロ率39.8%」

 

「ハーモニクス全て正常値」

 

 次々と進められる準備の間、シンジは懐かしい安堵感に包まれていた。

 

(そうか。エヴァに乗ると落ち着いていたのは、母さんが居たからなんだ)

 

 シンジは久しぶりの母との再会に感慨にふけていく。

 

(今度は、皆を守りたいから協力してね)

 

 シンジが初号機に眠る母に語り掛けている間にもケイジ内では発進準備は進められていく。

 

「あれ!」

 

 発令所でマヤが小さな驚きの声をあげた。

 

「マヤ、どうしたの?」

 

 リツコがマヤの声を聞いて質問する。

 

「先輩。これを見て下さい」

 

 リツコがマヤに言われて見たモニターにはシンジのシンクロ率が緩慢に上がっていた。

 

「先輩。こんな事があるんでしょうか?」

 

「現実として起きている現象よ」

 

(シンジ君が搭乗した事にユイさんが反応しているの?)

 

 リツコにも疑問の範囲でしかない。エヴァについてはリツコにも謎だらけなのである。

 

「エヴァ初号機発進準備完了!」

 

 リツコの困惑と別に既に初号機は射出口に移動していた。

 

「構いませんね?」

 

 ミサトがゲンドウに確認を取る。

 

「もちろんだ。使徒を倒さねば我々に未来は無い」

 

 ミサトはゲンドウから最終確認を取ると発進の号令を掛ける。

 

「エヴァンゲリオン初号機発進!」

 

 ミサトの声を聞きながら冬月もゲンドウに小声で確認する。

 

「碇。本当にいいんだな?」

 

 ゲンドウは冬月の質問に答えもせずに、人知れず眼前に組んだ手で北叟笑むのであった。

 ゲンドウの反応を横目に冬月はゲンドウとユイ、ゼーレの歪んだ関係に自身の罪を自覚した。

 

(シンジ君。死ぬんじゃないぞ!)

 

 シンジの生存を願う事だけが、冬月に出来る唯一の贖罪であった。

 

 

 



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第3話 第三使徒サキエル

 

 初号機が長いトンネルを抜けて地上に現れた時には夕陽にオレンジ色に染められた世界が広がっていた。

 初号機の正面には西日を受けた自己修復中のサキエルが仁王立ちしていた。

 

「いいわね。シンジ君」

 

 ミサトがエントリープラグ内のシンジに声を掛ける。

 

「は、はい」

 

 シンジもミサトの声で母との語らいから、現実世界に引き戻された。

 

「最終安全装置解除。エヴァンゲリオンリフトオフ!」

 

 ミサトの命令と共に自由を得た初号機は大地に降りた立った。

 

(此方が夕陽を背にして、地の利はある)

 

 前回の第13使徒戦で夕陽を背にした敵との不利を体験しているシンジは、歴戦の戦士になっていた。

 

「シンジ君。先ずは歩く事だけを考えて」

 

 スピーカーからリツコの声が流れてくる。シンジは敵を前に状況把握をしていたが、発令所のリツコにはシンジが戸惑っている様に見えたのだろう。

 シンジはリツコの声に従い一歩目を踏み出した。

 

「歩いた!」

 

 リツコの感嘆の声がスピーカーから流れてきた。

 

(歩いた程度で喜ばれても……)

 

 前回も同じくリツコは感嘆の声を出したのだろうが、シンジは覚えてなかった。それだけ、今のシンジには余裕があった。

 そして、余裕は油断に変わり易いものでもある。

 一歩目を踏み出した初号機は、いきなりバランスを崩した。

 前回と違い街中ではなく、郊外での戦いである。偶然にも何処からか飛んで来たブルーシートを踏みつけて足を滑らせたのである。

 

「うわっ!」

 

 反射的に、二歩目を踏み出して転倒するのを防いだが、一度、失ったバランスを取り戻すまでには至らずに三歩目、四歩目と踏み出して、何時の間にか走り出していた。

 

「暴走?」

 

 発令所ではミサトが懸念の呟きを漏らしたのを聞き咎めたリツコが反射的に反論をした。

「失礼ね。全て正常よ。暴走はしてないわ。でも、暴走しているわね」

 

 スクリーンで初号機を観察していたリツコの反論も尻すぼみになる。

 リツコの言葉通りに、スクリーンの中の初号機は文字通り暴走していた。

 

「これって、坂道で止まらなくなった人と同じ理屈なわけ?」

 

 ミサトの問いにリツコも渋い表情で首肯くしか出来ない。

 

「誰か!止めて!」

 

 シンジの悲鳴に近い叫びが発令所に虚しく響いていた。

 暴走する初号機に発令所の面々は困惑していたが、敵であるサキエルも困惑したであろう。

 迎撃するにはエネルギー充填する時間も距離も無く、避けるにもサキエル自身は動けない。

 そして、サキエルは使徒として当然の選択をした。

 岩と岩が衝突した様な鈍く低い大きな音がした。

 発令所のスクリーンにはオレンジの壁に激突して大の字に張り付く初号機の姿が映しだされていた。

 

「あれは、痛い!」

 

 青葉が漏らした感想はスクリーンを観ていた全員の内心を代弁していた。

 

「一応は神経接続は切りましたけど」

 

 マヤが青葉の感想に返事をした途端にシンジの声がスピーカーから流れた。

 

「痛い!」

 

 マヤの言葉を裏切る様にシンジの声に発令所の視線が一斉にマヤに集中する。

 

「ほ、本当に切りました!」

 

 集中した視線に耐え兼ねてマヤが弁解する声に重なる様にシンジの声が流れて来た。

 

「痛い。絶対にシートベルトが必要ですよ。日向さん!」

 

 どうやら、プラグ内で股間を打ちつけた様である。スクリーン内ではシンジが両手で股間を押さえていた。

 

「操縦席は正面のコンソールを跨ぐ形に作っているから」

 

 ミサトは呟きながら、エヴァのパイロットは、シンジが初めての男性パイロットであった事を思い出した。

 

「ぜ、善処するわ」

 

 リツコが小声でミサトに応えた。

 

 股間を強打したシンジは、既に油断は消え去りサキエルを警戒していたので、サキエルの目が光るのを見逃さなかった。

 サキエルの目が光る寸前に初号機は大きくジャンプする。

 一瞬前まで初号機が居た場所が爆発する。

初号機は爆発を眼下に置いて空中で体勢を変えるとサキエルに飛び蹴りをくり出す。

 サキエルの前に、オレンジの壁が出現して初号機を弾き返す。

 プロの軍人である発令所の面々には初号機の飛び蹴りの威力は想像が出来た。当たれば一撃必殺となったであろう。

 その初号機の飛び蹴りを弾き返すATフィールドには忌々しさを覚えずにはいられなかった。

 

「また、ATフィールド!」

 

 人類の最後の切り札であるエヴァンゲリオンでさえ、ATフィールドの前に敗れるのかと発令所には絶望感が漂った時に、スクリーン内を紫の影が横切った。

 その直後、スクリーン内からサキエルが消えた。

 

「……!」

 

 発令所の全員が事態を把握する前にカメラが変わり、腹部の赤いコアを粉砕された倒れるサキエルが映し出された。

 その直後、スクリーンが白色の光で満たされる。

 

「ま、眩しい!」

 

「マヤ。調光、最大限!」

 

 ミサトが光の直撃を受けている間にリツコは、素早くマヤにスクリーンの光量調整を指示する。

 光量調整が終わったスクリーンにはキノコ雲が映し出されていた。

 

「パターン青。消滅。使徒の殲滅を確認!」

 

 マヤの宣言に発令所から歓声が起きる。

 

「初号機は?」

 

 歓声の中、ミサトが素早く日向に指示を出す。

 

 爆発する使徒を背にして片膝と片手を付いていた。

 

「初号機は無傷、パイロットも各数値は正常!」

 

 日向の宣言で再び発令所には大歓声が沸き起こる。

 国連軍でも倒せなかった使徒に人類が対抗手段を得る事が出来たのである。

 ましてや、司令の息子とは言え、中学生をパイロットにした罪悪感からも解放されたのである。

 

「急いで初号機を回収。パイロットの保護を最優先!」

 

 ミサトが勝利に酔いしれる発令所で冷静な声で指示を出すと、発令所は瞬時に落ち着きを取り戻して、ミサトの命令を実行する為に作業に取り掛かる。

 ミサトは初号機がケイジに回収された事を確認すると、発令所を出て行こうとする。

 

「ミサト。何処に行くの?」

 

「ケイジよ。シンジ君を出迎えに行くわ!」

 

 ミサトも勝利した事を、単純に喜んでいる様に見えた。

 作戦部は単純に今の勝利を喜んでいれば良いが、リツコを頂点に技術部はそうじゃなく初めてエヴァを用いた使徒戦の解析をしなければならない。

 更に操縦席の改善に回収した初号機の点検とメンテナンスの準備もある。リツコは勝利の後も忙しいのである。

 

 実はミサトも単純に喜んでばかりではない。

 これから、シンジに正式なパイロットになる事を説得しなければならない。

 そして、シンジが最大限に実力を出せる様にメンタルケアと環境を整え、戦闘訓練と計画立案と作戦課のトップとして仕事が山積みなのである。

 

(まあ。面倒な事は後にして、今はシンジ君を誉めてあげなきゃね)

 

 ケイジでは既に初号機が回収されて、次々と拘束具や安全装置が取り付けられている最中であった。

 

「エントリープラグ排出!」

 

 エントリープラグが初号機の背中から抜き出される。

 LCLが吹き出されてエントリープラグがアンビリカルブリッジに横着けされた。

 エントリープラグからシンジが出て来るとミサトはLCLで濡れ鼠のシンジを抱き締めた。

 

「立派よ。シンジ君!」

 

「あのう。ミサトさん」

 

 顔を赤くしながらシンジがミサトに真剣な顔を向けた。

 

「今の戦いで被害は?」

 

「大丈夫よ。初号機も人も被害は無いわ」

 

「そう。それは良かった!」

 

 ミサトの返答にシンジは安心した表情を見せた途端に、ミサトの腕の中で崩れる様に気を失ったのである。

 

「シンジ君!」

 

「誰か、担架を持って来い!」

 

「赤木博士に連絡しろ!」

 

 ケイジ内が使徒戦とは別の緊張に包まれる。

 ミサトがシンジを運ばれたストレッチャーに乗せるのを眺めながら冬月がゲンドウに鮮やかな勝ち方をしたシンジに疑問を口にする。

 

「本当に初陣とは思えぬ戦い方だったな」

 

「問題無い。初号機の中にはユイが居る。ユイが手助けをしたのだろう」

 

「ユイ君か」

 

「目覚めてないが母親の本能だろう。何にせよ、最優先課題は使徒を倒し尽くす事だ」

 

「確かに」

 

 冬月もゲンドウの主張の正しさを認めるしかなかった。

 

「それに暫くは初号機が戦いの主力になる。初号機の戦闘力が高いほうが都合が良い」

 

 冬月はゲンドウがユイとの再会を諦めてシンジと共に生きる事を期待していたが、ゲンドウの意志は変わらぬ様である。

 

(私も罪深いが覚悟を決めるか)

 

 使徒、ゼーレ、ゲンドウの三つ巴の戦いが始まったと冬月は思った。

 この時、冬月もシンジを初号機を動かす道具としか見てはなかった。

 人類の未来を懸けた戦いは、始まったばかりである。

 

 

 

 

 



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第4話 見慣れた天井

 

 白い壁に白い光が射し込む部屋でシンジは目覚めた。

 

「また、この天井だ」

 

 シンジは見慣れた病院の天井を眺めていた。

 窓の外からは小鳥の囀ずりとラジオ体操の音が流れてくる。

 

「前の時は昼過ぎだったけどな」

 

 シンジは小さいが確実に歴史を変えた事を実感していた。

 シンジがベッドの上で体を起こすのと看護婦が入って来るのが同時だった。

 

「あら、おはよう。昨日は疲れたでしょう」

 

 看護婦は昨夜の事も知っている様で、シンジの荷物や服を持って来てくれた。

 

「それから、この後に朝食になるけど、朝食の後は色々と検査をするから覚悟していてね」

 

「はい。宜しくお願いします」

 

 シンジが返事をすると看護婦は苦笑していた。

 

「元気そうね。それに、私達が礼を言う立場だわ」

 

 シンジが朝食を摂っている頃、ミサトとリツコは使徒の爆発跡で作業中であった。

 

「綺麗に跡形も無いわ」

 

「あれだけの爆発だもの。当然だわ」

 

 無駄だと分かりながらも、使徒が爆発した後の調査をしていた。

 

「どうやって、世間を誤魔化すつもりかしらね」

 

 ミサトが広報部に対して皮肉な疑問を呟く。

 

「あら、広報部は仕事が出来ると喜んでいたわよ」

 

 リツコがミサトの皮肉に皮肉で返す。

 

「連中も、お気楽なものね」

 

「空元気も元気の内よ」

 

 第三使徒を倒したと言え、ネルフが使徒に対して不利な状況であるのは職員全員が把握していた。

 

「誰も経験したくないわ。サードインパクトは」

 

「当たり前でしょう!」

 

 ミサトの脳裏にはセカンドインパクトの恐怖と共に胸の傷痕が残っている。

 

 ミサト達が朝食を摂り終わり一服しているとリツコの携帯が鳴った。

 

「はい。赤木です。分かったわ。此方も後始末が終わったら、其方に向かうわ。結果は逐次報告して」

 

 リツコが電話を切るとミサトにシンジが目覚めた事と検査が始まった事を告げた。

 

「あの子、大丈夫かしら?」

 

「そうね。もし、シンジ君がパイロットになる事を承諾したら、あの子に命令を出すのは貴女よ」

 

 リツコはミサトより軍人向きなのかもしれない。軍人としての覚悟の有無をミサトに確認してきた。

 

「ネルフに入った時から覚悟はしているわよ」

 

 結婚まで考えていた恋人を捨て、平凡な幸せも捨てネルフに入ったのだ。

 

(どの道、畳の上で死ねないわね)

 

 リツコもミサトの胸中を察しながらも、自問自答していた。

 

(私も事実を知られたらシンジ君には恨まれるわね)

 

 ミサトとリツコは共に自身の罪を自覚しながらも、更に罪を重ねる事を止める気が無いのであった。

 

 ミサトとリツコが自身の罪の重さを自覚していた頃にシンジは検査漬けになっていた。

 血液検査から始まり、胃カメラに脳神経外科まで受診していた。

 

「まだ、有るんですか?」

 

 前回も検査は受けていたが、前回は全てが初めての体験で中学生には珍しい体験だったが、パイロットとして過ごす間に既に拷問と化していた。

 

(綾波やアスカは子供の頃から、これをしていたんだよなあ)

 

 シンジはレイやアスカの偉大さを再確認した。

 

「はい。もう終わりよ。お疲れ様」

 

 看護婦が笑顔で全ての検査の終了を告げる。

 

「た、助かった!」

 

「夕方に迎えが来るから、それまではベッドでゆっくりしていてね!」

 

 シンジは自分に病室に戻って行く途中にレイを乗せたストレッチャーと擦れ違う。

 

(あっ、綾波!)

 

 包帯だらけのレイを見てシンジは思わず声を出しそうになった。

 

(駄目だ。まだ、綾波の事を知らない事になっているんだから)

 

 シンジはネルフの首脳部とゼーレを信用していなかった。

 逆に信用する要素が皆無であったが、同時に諜報能力を侮ってはいなかった。

 シンジは通り過ぎるレイを見送る事しか出来なかった。

 

「シンジ君。心配しなくていいわ。あの娘の怪我は貴方と関係無いわ」

 

 シンジがレイを乗せたストレッチャーを見送るので看護婦は心配したらしい。

 シンジは知らないが、シンジの担当した看護婦は、昨晩、シンジがミサトに被害状況を聞いた後に倒れたのを目撃していた。

 

「そうなんですか。紅い瞳が珍しかったもので」

 

 平静を装いながら、シンジは内心はヒヤリとしながらも自身の迂闊さを反省した。

 ここは敵中なのだ。何処に監視の目があるか分からないのである。

 ベッドに戻るとシンジは、これからの事を考える。

 使徒の事、人類補完計画の事、ゲンドウの事と考える材料が尽きる事は無いが、当面の問題はミサトの事である。

 

(また、一緒に暮らすのか?)

 

 シンジとしてはミサトとの生活は苦しさもあったが、仮りそめとは言え、初めての家族でもあった。

 思慕と嫌悪と危機を感じながらも明確な答えが出ないままに、シンジは何時の間にかに寝てしまった。

 シンジが眠りの住人となっている頃、ミサトは既にネルフ本部に戻り、前日のサキエル戦の分析結果の報告を受けていた。

 

「注目して頂きたいのは、初号機が一回目のキックを弾かれた直後です」

 

 マヤがキーボードを叩くと壁に埋め込まれた画面に初号機が映しだされる。

 

「弾かれた直後に初号機もATフィールドを展開します。この時点では互いのATフィールドは干渉してません」

 

 画面の中の初号機が弾かれた上空で体勢を立て直す。

 

「この時点で互いのATフィールドが干渉を始めて、初号機が降下を始めた時にATフィールドの中和を始めます」

 

「中和じゃなく侵食ね」

 

 マヤの説明にリツコが訂正をする。

 

「失礼しました。使徒のATフィールドは初号機のATフィールドに無力化されましたが、初号機のATフィールドは健在なまま使徒にキックを敢行します」

 

「初号機の全体重とATフィールドも加えた飛び蹴りね。そりゃ、使徒も耐えられないわ」

 

 ミサトの声は平静さを保っていたが顔色は良くなかった。

 もし、蹴りが外れたらネルフ本部にも被害が出る事を理解していたからである。

 

「ATフィールドの件だけではなく、シンクロ率も瞬間的に84%をマークしてます」

 

 ミサトの手元の資料を見ると僅か2秒足らずであるがシンクロ率が跳ね上がっている。

 

「リツコ。これは?」

 

「まだ、分からない事だらけよ。エヴァの実戦運用が初めてなのよ」

 

 ミサトの疑問も当然なら、リツコの返答も当然であった。

 

「葛城さん。シンジ君の検査は全て終了しました。異常は見つかりませんでした」

 

 日向が受話器を片手にミサトに報告をした。

 

「そう。私が迎えに行くと伝えて、それから、技術部にはシンクロ率とATフィールドの件に関しては解明を引き続き頼むわ。作戦部も協力を惜しみません」

 

「そう。なら、流石に今日は無理だから、明日にもシンジ君に感想を聞きたいわ」

 

「分かったわ。シンジ君の様子を見て今夜の内に連絡をするわ」

 

「それなら、葛城さん。シンジ君にパイロットになる意思とは別に、この街に住むのかも聞いてもらえますか?」

 

「何で?」

 

「シンジ君は中学生ですよ。転校の準備もあります」

 

「分かったわ」

 

 ミサトが気の回らない部分も気を回す日向であった。

 日向に後事を任せるとミサトは病院へと向かうのであった。

 病院に到着すると既にシンジは着替えて待合室で迎えを待っていた。

 シンジはミサトが近付いても気付く事はなく、何か考え事をしている様子であった。

 

「シンジ君。お待たせ!」

 

「あっ、ミサトさん」

 

「ごめんなさいね。本当に待たせたみたいね」

 

「僕も今、来たところです」

 

 幸か不幸かゲンドウと顔を会わせる事もなくネルフ本部に到着した二人であった。

 

「えっー。別居ですか。シンジ君。本当にいいの?」

 

「いや、当然でしょう」

 

「父子が一緒に暮らす方が当然でしょ!」

 

 シンジの落ち着いた態度にミサトがヒートアップする。

 

「普通なら、一緒に暮らすでしょうけど、僕は正式なパイロットなんですから、末端の人間と組織の幹部が一緒に暮らすのは機密とかの関係で駄目でしょう」

 

 正論とも言えるシンジの言にミサトも苦虫を噛み潰した表情になる。

 シンジとしたら、ミサトが同居を言い出すか出さないかは、ミサトに任せたのだ。

 結局、シンジはミサトと同居する事になった。

 二人の同居の話を聞いて慌てたのはリツコであった。

 

「ちょっと、貴女、何を考えてるのよ!」

 

 リツコにすれば、死地に送る命令を出す側と出される側が一緒に暮らす事など、悪質な冗談としか思えなかった。

 

「流石に子供に手を出したり、しないから」

 

「当たり前でしょう!」

 

 リツコが内心、ミサトがシンジを自身の肉体で籠絡するのでは…と考えたのは内緒である。

 ミサトのマンションに着いた途端にシンジは忘れていた事を思い出した。

 シンジの眼前には汚部屋が展開されていた。

 

(そうだ。ミサトさんを真人間にしないと)

 

 シンジが決意すると着替えが終わったミサトにも手伝わせて掃除に取り掛かる。

 

「シンジ君。今日は遅いから明日に……」

 

 シンジの絶対零度の視線に最後まで言葉が出ないミサトであった。

 掃除を済ませた後に、簡単な食事を摂るとシンジは風呂に入り、これからの事を考える。

 

(兎に角、ミサトさんには、掃除と洗濯と料理を教えないと)

 

 ある意味、人類補完計画の阻止よりも難題だと言える事を決意していた。

 そして、考え事をした為に長湯となり半分のぼせてベッドに潜り込む。

 

「おやすみ」

 

 シンジは見慣れた天井に就寝の挨拶をすると眠りについた。

 

 



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第5話 ネルフ本部にて

 

 ミサトは風呂上がりにシンジの悲鳴が聞こえたので、バスタオル姿のままシンジの部屋に飛び込んだ。

 ベッドの上で手足を振り回し錯乱していたシンジは駆け寄ったミサトに抱きついた。

 

「ミサトさん。皆が!皆が僕を責めるんだ!」

 

 シンジは涙で濡れていた顔でミサトに助けを求める。

 

「何故、逃げたんだ。自分達を見殺しにしたと怒るんだ!」

 

 ミサトはシンジを抱き締めるとシンジがパイロットになった理由の一端を理解した。

 

「大丈夫よ。シンジ君は誰も見殺しにしてないし、逃げずに立派に戦ったわ」

 

 ミサトは錯乱するシンジを必死で宥めて落ち着かせた頃には、風呂上がりのミサトの体も冷えきっていた。

 

「ごめんなさい。ミサトさん」

 

 俯きながら謝罪するシンジに、ミサトは逆に謝罪した。

 

「シンジ君は悪くないわ。私達大人がだらしないのよ」

 

 ミサトは謝罪しながらシンジを抱き締める。文字通り、シンジに顔向けが出来なかったのである。

 

「子供のシンジ君に、事前に話もせずにエヴァに乗せたんですもの」

 

 シンジを抱き締めるミサトの手に力が籠る。

 

「シンジ君の善意に甘えて、シンジ君を道具扱いをしたのよ」

 

 ミサトの告白にシンジは本当は自分が悪いのだと口にしそうになった。

 ミサトは戦自に襲撃された時に選択肢を与えてくれた。

 このまま逃げるのか。初号機に乗り戦うのか。駐車場で最後の最後で逃げる事を許してくれたのだ。

 あの時に自分が逃げる事を選んだらミサトは命を落とす事もなく、パイロットが居ない初号機は起動せずに人類補完計画は頓挫していたかもしれなかったのだ。

 

「ミサトさんは悪くない。僕さえ、しっかりしていれ……」

 

 シンジは最後まで言えなかった。シンジが自制したのではない。ミサトがシンジの口を自身の口で塞いからだ。

 

「……!」

 

 突然のミサトの行動に、シンジは驚き人類を滅ぼした罪悪感も吹き飛んだ。

 驚愕して一瞬だけ意識が空白になったシンジの隙にミサトはシンジの口腔内に舌を潜り込ませる。

 シンジが反射的に逃げようとすると、既にミサトに首と背中へ腕を回されていた。

 シンジが限界になる寸前でミサトはシンジを解放した。

 

「落ち着いた。シンジ君」

 

「は、はい」

 

 シンジは一時の錯乱状態から醒めたが、正常状態とは別の意味で言えなかった。

 

「今日は遅いから一緒に眠りましょう」

 

 ミサトが着替えの為に自室に戻るとシンジはベッドの上で見慣れ天井を見つめて冷や汗を掻いていた。

 

(危なかった。あの世界の事を夢に見るとは思わなかった)

 

 シンジは紅い世界でサードインパクトの犠牲者から責められる夢を見たのだ。

 シンジが人類を滅ぼした一因である事は間違いなく。中学生のシンジが耐えられる筈も無く錯乱するのは当然の事であった。

 

(あんな世界にしない為に戻って来たんだ。綾波との約束は必ず守る)

 

 シンジが改めて決意をした時にミサトが部屋に戻って来た。

 

「シンジ君。お待たせ」

 

 パジャマ姿のミサトがシンジを抱く様に添い寝をする。

 

「今夜は何も考えずに眠りなさい」

 

 シンジはミサトの胸に抱かれながら懐かしい記憶に包まれる。

 シンジはミサトに抱かれると安心したのだろう。直ぐに眠りについた。

 シンジの寝顔を見ながら、ミサトは罪悪感を感じていた。

 

(そうよね。まだ、中学生のシンジ君に人類の未来を背負わせるなんて酷な話よ)

 

 そして、自身がシンジに死地に向かわせる命令を出す立場なのだ。

 シンジとの同居も、いきなりパイロットになったシンジを不安に思い、監視目的で提案した事である。

 

(汚れてるわね)

 

 自身の罪に苦笑するしか無いミサトであった。

 

(例え、罪に汚れて地獄に落とされても、今さら引き返す事は出来ないけどね)

 

 父の仇である使徒への復讐を諦められないのはミサト個人の資質ではなく人間の業であろう。

 

(何時、誰が裁くかは分からないけど、その日までの罪滅ぼしね)

 

 ミサトは華奢なシンジを優しく抱くと朝まで眠りに落ちたのである。

 故に夜中にシンジに膝蹴りを食らわせた事も気づかずに、寝相の悪さに閉口したシンジがリビングに避難した事も知らなかった。

 

 翌朝、シンジの部屋で目覚めたミサトは見慣れない風景に昨夜の事を思い出していた。

 

「そうか。昨日はシンジ君と一緒に寝たのよね」

 

 ベッドの主であるシンジの姿が無いので、取り敢えず着替えの為に部屋を出たミサトは見慣れない風景を再び目にする。

 かつて空の酒瓶と中身が詰まったゴミ袋の部隊に占領されたリビングとキッチンは、占領軍の殲滅により、元の景観を取り戻していた。

 

「あっ、おはようございます。ミサトさん」

 

 エプロン姿のシンジがペンペンの餌皿に鰯を置きながら挨拶をして来た。

 

「えっ、あっ。おはよう」

 

「起きたなら、直ぐに着替えて下さいね。ご飯も炊けてますから」

 

「そ、そうなの」

 

 着替えを済ませてキッチンに戻るとテーブルには味噌汁と鯵の干物と玉子焼きの連合軍が鎮座していた。

 

「これ、シンジ君が作ったの?」

 

「はい。そうですよ」

 

 炊きたての白米は湯気を放ち、味噌汁の豊潤な香りがミサトの食欲を誘う。ミサトは日課の朝酒も忘れて椅子に座る。

 

「いただきます」

 

 行儀良く両手を合わせて二人は食事を始めた。

 

「シンジ君。料理が上手ね」

 

「お世辞を言っても駄目ですよ。ミサトさんには料理を覚えてもらいますから」

 

 シンジの返答に幾分は気分を害した様子のミサトは反論をした。

 

「失礼ね。私が料理が出来ないみたいに言わないでくれる!」

 

(この人、自覚が無かったのか!)

 

「なら、今度はリツコさんを呼んで試食会をしましょう」

 

 内心の声は出さずに冷静に返すシンジであった。

 

「それより、今日はネルフの皆との面通しとエヴァに乗った感想を聞きたいの」

 

「は、はい」

 

 不利を悟ったミサトの露骨な話題転換にシンジも呆れ気味に返事するしかなかった。

 食事を摂り終えた二人はネルフ本部に向かった。

 ネルフ本部では「初めまして」という単語を繰り返すシンジであった。

 一通り挨拶回りが終わると、次はリツコの事情聴取とエヴァについての座学講習となる。

 

(何が感想だよ。これじゃ、尋問だよ。ミサトさん)

 

 前回はシンジがパニックになった事もあり、何も聞かれる事は無かったが、今回は初めてエヴァに乗っての実戦で見事な操縦で使徒を倒したのである。リツコにしたら色々と根掘り葉掘りと質問するのは当然である。

 

「これが最後の質問よ。最初の蹴りを弾かれた後の蹴りは見事だったけど、あれはシンジ君が意識して出した技なの?」

 

「ああ、反転キックですか。女の人は分からないと思いますが、男の人なら「お約束」の技ですよ」

 

 シンジから「お約束」と言われて怪訝な表情になるリツコである。

 シンジは補足説明の必要を考えたが、リツコの尋問にも疲れてきたので、人に押し付ける事にした。

 

「父さんの世代の人なら、僕よりは上手く説明が出来ると思いますから、父さんに聞いてみて下さい」

 

 後日、シンジの進言の通りゲンドウに質問して「お約束」の意味を理解したリツコだが、ゲンドウも凡百の男と変わらない事を知る事になった。

 

 午後からはリツコによるエヴァに関しての座学となった。

 シンジにしては既知の事なので苦にはならないが、リツコにしてはシンジは大変に出来の良い生徒という印象になった。

 

(やはり、ユイさんの血かしらね)

 

 リツコは思わずシンジの顔を見つめてしまった。

 

(目元は母親似ね)

 

 夕方になり、講義が終了するとシンジからリツコに提案があった。

 

「あの、リツコさん。明日でも良いですから、自分専用の送迎車とか駄目ですか?」

 

「あら、いきなりVIP待遇を要求するの?」

 

 リツコの言葉にシンジは慌て気味に説明する。

 

「使徒が現れた時に、ネルフ本部からの迎えを待つよりは、常に送迎車が近くに待機してもらえば、早く対処が出来ますし、僕も心の準備が出来ます」

 

 シンジの主張は確かに当然だと思えたのでリツコも暫し考えた。

 

「そうね。シンジ君の言う事にも一理あるわね。私から司令に話をしてみるわ」

 

 リツコは、その場でゲンドウに内線電話で連絡を取る。

 

「はい。サードチルドレンの主張にも一理有ります。現に葛城1尉は、今日は残業でサードチルドレンが一人で帰宅する事になります」

 

「葛城1尉には私から伝達します。警備部からで宜しいのですか?」

 

「了解しました。今日は既に終了しました」

 

 リツコは内線電話を切るとゲンドウがシンジの要求を受け入れた事を伝えた。

 

「ありがとうございます。リツコさん」

 

「別に礼を言われる事じゃないわ。使徒が現れててエヴァも起動したのだから、シンジ君の指摘は当然の事よ」

 

 シンジは内心で第9使徒マトリエル戦の対策が出来た事を安堵した。

 

(無駄になれば良いけど)

 

 シンジは、自身が逆行した影響で、歴史に影響があるか予測も出来ないでいたが、打てる手は全て打つのであった。

 

 



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第6話 悔恨と謝罪

 

 シンジは送迎車の準備が出来るまで、本部に待機する事になった。

 

「リツコさん。そういえば、僕がサードなら、他にファーストとセカンドが居る筈ですよね?」

 

 シンジの思いがけない質問に、リツコも内心の焦りを隠す為に短く返答する。

 

「居るわよ」

 

「その二人は何処に居るんですか?」

 

 リツコが恐れていた質問がシンジの口から出たのである。

 セカンドチルドレンのアスカはドイツに居る。問題はファーストチルドレンの綾波レイである。

 レイは零号機の暴走事故により入院中である。その事実を知ればシンジが怯えて、パイロット就任を拒否するのでは…と懸念したのだ。

 

「私の権限だと、シンジ君の質問に回答する事が出来ないわ」

 

「誰なら権限があるんですか?」

 

 リツコの予測範囲の質問に、あらかじめ用意していた対策を実行に移す。

 

「ミサトなの。ミサトに聞いてみるわ」

 

 リツコはシンジを部屋に残して隣の部屋からミサトに内線電話で連絡した。

 

「ちょっと、ミサト。シンジ君が他のパイロットの事を気にし始めたわよ!」

 

「それは、不味いでしょ!」

 

「だから、どうするの?」

 

 リツコにしたらシンジが他のパイロットの事を質問してくるのは当然であり、ミサトの立場なら対策は既に用意して然るべきと思っている。

 同時にミサトの事だから、無為無策だと思っていたが、予測していても現実に慌てるミサトに対して苛立つのであった。

 

「隠しても仕方ないわ。正直に話すしかないでしょ」

 

 思わず頭を抱えるリツコであった。

 

「まあ、貴女が担当者なのだから貴女の判断に従うわ」

 

 内心は自分に厄介事を押し付ける気ではと勘繰るリツコであった。

 

「ちょっち、仕事を抜け出してシンジ君をレイに会わせてくるわ」

 

 リツコはシンジが怯えてパイロットを降りたいと言い出さない事を願うばかりであった。

 

「シンジ君。ミサトが来るから、ちょっと待っていてね」

 

 リツコはシンジに、そう言い残すとシンジの前から逃亡した。シンジからレイについて質問されても困るからだ。

 

(リツコさんも忙しそうだな)

 

 シンジ当人はレイの怪我も既知の事なので大人達の思惑は的外れなのであった。

 

「シンジ君には先輩パイロットに会わせる必要もあったわね」

 

 ミサトは出来るだけ軽い口調で、故意に先任のパイロットの事に触れなかったふりをした。

 

「一人はドイツに居るわ。残りの一人は近くに居るから、今から会いに行きましょう」

 

 シンジは荷物をまとめると、ミサトと共に部屋を出る。

 ミサトはシンジをルノーに乗せるとアスカの説明を始める。

 

「今、ドイツに居るパイロットはシンジ君と同い年の女の子で既に戦闘訓練もしているわ」

 

「そうなんですか!」

 

「今、使徒の出現を受けて日本に来る準備をしているわ」

 

「もう一人は?」

 

 シンジの質問に数瞬の逡巡の末にミサトが口を開いた。

 

「シンジ君が来る前に事故に遭って、今は入院中よ」

 

「事故?」

 

「そう、ちょっとした事故で入院していて来週には退院するから、その時にシンジ君に紹介するつもりだったの」

 

 ミサトが言い訳をしている間に二人を乗せたルノーは病院に到着した。

 

「ちょっち、待ってね」

 

 ミサトは病院の駐車場でシンジの送迎車の手配を始めた。

 

「そう。私は本部に戻るけど、サードは帰宅しますので、送迎を宜しく」

 

 ミサトはシンジが取り乱した時の保険に警備部の人間も巻き込むつもりである。

 最悪の場合は送迎車の人間にシンジを押し付ける算段をしていた。

 

「私は、この後は本部に戻るけど、シンジ君は先に帰ってね。今日は遅くなるから」

 

「じゃあ。帰りにスーパーに寄って買い物しますから」

 

 シンジは帰りにスーパーに寄り、色々と買い物をする為にミサトから現金を預かった。

 葛城家の冷蔵庫には酒の肴ばかりで、まともな食材が少ないのである。それに、シンジ用の食器を揃える必要もある。

 

「これで、足りるかしら?」

 

 家庭的な会話をすませると二人はレイの病室に向かった。

 

(警備部の人間が来るまで、待った方が良かったかしら)

 

(綾波に会ったら、何と言えば良いのかな)

 

 二人は互いの考えに没頭して無言のまま、レイの病室に到着した。

 

「レイ。入るわよ!」

 

 病室に入ると片目と片手を包帯を巻かれた少女がベッドに横になっていた。

 

「葛城一尉」

 

「起きなくても大丈夫よ。レイ」

 

 ミサトがベッドから上半身を起こそうとするレイを制する。

 

「レイに紹介するわね。この子がサードチルドレン。碇シンジ君よ」

 

「碇シンジ?」

 

「そう。彼は碇司令の息子さんよ」

 

「初めまして、僕が碇シンジです」

 

「この娘が、ファーストチルドレンの綾波レイよ」

 

 シンジはレイの手を握ると口を開くが何も言葉が出なかった。代わりにシンジの目から熱い涙が溢れてきた。

 

「どうして泣くの?」

 

 ミサトも想定外のシンジの反応に戸惑うばかりである。

 

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 

 シンジは逆行前の自身の対応と司令である父ゲンドウの対応について、レイに思わず謝罪の言葉が出たのである。

 シンジは三人目のレイと知った時に、レイを避けてしまった。

 そして、レイを終始、道具として扱ったゲンドウの息子として悔恨の思いが涙として出たのである。

 

「貴方は悪くないわ。私は大丈夫だから」

 

 レイとしたら、他に言葉の掛け様も無いのである。

 困惑したレイはミサトに視線だけで助けを求めた。

 

「ほら、シンジ君。レイも困っているから」

 

 ミサトは陽気な声を出してシンジを病室から連れ出した。

 ミサトは、泣きじゃくるシンジを慰めながら、自身も罪悪感を覚えていた。

 

(シンジ君は司令の息子として、レイに責任を感じてるのに、私はパイロット達を道具としか見てない。私も司令と同罪ね)

 

 ミサトは使徒に対する復讐者以前に軍人という職業の業を自覚したのである。

 

(しかし、今さら、引き返せない)

 

 ミサトは自身の罪を自覚しながらもパイロットを道具としか見ないつもりである。

 ミサトはシンジを警備部に引き渡すとネルフ本部へと戻った。

 本部では病室でのシンジの行動が既に話題になっていた。

 

(そうか。病室は24時間体制で監視されていたわね)

 

「ミサト。貴女、本当にシンジ君と一緒に暮らせるの?」

 

 リツコがミサトに聞いた質問は、リツコも己の罪を自覚していた為である。

 

「大丈夫よ。全ての使徒に勝てば良いだけよ」

 

 言葉にすれば簡単な事だが、実行の困難さを考えると頭が痛い話である。

 

「分かったわ。せめて、パイロットを無事に帰還させる努力をしましょう」

 

 人類補完計画も全ての使徒を倒さないと話にならない。パイロットが生還しても人類補完計画が発動されたら意味が無いのである。

 

(所詮は偽善ね)

 

 リツコは偽善と思いながらも、偽善でも行う事に意義を見出だしていた。

 

 ミサトとリツコが不毛な会話をしていた頃、シンジは主夫に変貌していた。

 

「味噌と煮干し、米と卵と、それに納豆も必要かな?」

 

「随分と買い込むんだな」

 

 シンジの買い物に付き合わされた警備部の人間も呆れ気味である。

 

「だって、ミサトさん。自炊をした形跡が無いんですよ。外食ばかりだと体に悪いですもん」

 

 このシンジの言に警備部の人間も黙るしかなかった。

 独身者と単身赴任者が多いネルフである。自炊をしている者の人数の方が少ないのである。

 

「まあ、葛城一尉も忙しい人だからな」

 

 警備部の人間のミサト擁護にはシンジは懐疑的である。

 

(それでも、冷蔵庫の中身がビールと肴だけなのは、どうなんだろう)

 

 内心の思いは口に出さずにシンジは手早く商品をカゴに入れて行く。

 引っ越しの荷解きも終わってなく、実際に時間も無いのである。

 シンジが生活戦争に没頭していた頃、ネルフ本部では冬月がシンジとレイの関係に危惧を抱いていた。

 

「碇。若い二人が近い未来に駆け落ち等をする事態になるのでは?」

 

「問題ない」

 

「しかし、お前の息子の反応を見ただろ」

 

「レイはユイのクローンだ。シンジが惹かれるのは自然な事だ」

 

 それは、余計に不味い事態だと思う冬月である。

 

「それより、あのシンジの反応を見て本部内の士気が上がっている」

 

 シンジの病室での反応は、既に本部職員の知る事となっていた。

 本部職員も中学生に戦わせる事に程度の差があれ罪悪感を持っていたので、シンジの反応に贖罪の意識が化学反応を起こして打倒使徒の士気が上がっていた。

 

「お前には、全ての者が計画の為の道具だったな」

 

 冬月は自身もゲンドウと同罪である事を自覚していた。

 

「大半の駒は揃っている。後はドイツだけだ」

 

 冬月はゲンドウの計画が成功しても失敗しても構わないと思っていた。

 

(しかし、ゼーレの人類補完計画だけは看過する訳にはいかん)

 

 ゲンドウとゼーレと使徒と三者の戦いが始まったばかりである。

 

 



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第7話 第四使徒シャムシエル

 

 シンジがミサトと暮らしを始めて二週間になる。

 シンジは毎朝、自分とミサトとレイの分の三人分の弁当と二人分の朝食を作り登校する。

 

「ミサトさん。僕は学校に行きますけど、御飯は食べたら食器はシンクに下げて下さいね」

 

「了解」

 

 ミサトは布団から手だけ出して返事をする。

 

 シンジが家を出ると電話が鳴りミサトは受話器を取る。

 

「彼氏との同棲生活はどう?」

 

 電話の主はリツコである。

 

「シンジ君ね。父親に似て口煩いわよ」

 

 ミサトの声には真実味があった。

 

「兎に角、几帳面な性格で箸の持ち方から椅子の座り方まで煩いわ」

 

 ミサトの泣き言にリツコの額には青筋が浮かぶ。

 

(中学生に言われる程のズボラでガサツな性格を治しなさいよ!)

 

「それで、レイが退院してからは毎朝、レイの分の弁当まで作っているわ」

 

 流石のミサトもレイとの関係を茶化す気にはならないようである。

 

「そうね。シンジ君にしたらレイに負い目を感じているんでしょうね」

 

「それから、携帯も渡しているけど、掛ける事も受ける事も無いみたいなの」

 

「シンジ君は友達を作るのに不向きな性格みたいよね」

 

「あいつ、学校ではレイしか見てないのかも」

 

 ミサトの予測は半分は当たりで半分は外れであった。携帯に関しては真面目なシンジが官給品を私用に使わなかっただけであった。

 そして、シンジがレイしか見てなかったのはミサトの予想通りであった。

 シンジはレイが学校に復帰して以来、レイの側を離れないでいた。

 休み時間にはレイが休んでいた間に遅れた勉強を教えて、昼休みもシンジが用意した弁当を二人で食べるのである。

 クラスメート達は二人が交際していると勘違いをしていた。

 

「今日も碇君の手作りの弁当だわ」

 

「あんな優しい彼氏がいるとか、綾波さんが羨ましいわ」

 

 クラスメート達が誤解するのも当然である。毎日、レイが片手で食べれる様に俵型のお握りに野菜のハンバーグと魚の佃煮と凝ったメニューである。

 レイも大人しくシンジが作る弁当を食べるのである。

 端から見れば仲睦まじいカップルに見えるのは当然で第三者であるクラスメート達が声を掛ける隙も無いのである。

 

「綾波は肉が苦手だから、明日は豆腐ハンバーグとか考えているんだけど」

 

「問題ないわ。碇君の作る料理は美味しいもの」

 

 レイはシンジの料理について事実を言ったまでだが、会話を聞いていたクラスメートには惚気に聞こえるのである。

 シンジもクラスメートの反応には無頓着なままで、今のシンジにはレイの事しか眼中にはなかった。

 

(綾波には色々と興味を持ってもらわないと)

 

 シンジはレイの物事に執着しない性格を危ぶんでいた。

 何かに興味を持ち執着する様になれば、自分の代わりは居るからと危険に飛び込む事は無くなるのではと考えていた。

 

 二人が弁当を食べ終わると同時に警報が鳴り響いた。

 シンジとレイの携帯からは緊急呼び出し用の着信音が流れる。

 シンジとレイが携帯の着信音を止めると同時にパイロット付きの黒服が教室に入って来た。

 

「非常呼集だ。表に車を回している!」

 

 シンジとレイが黒服に先導されて教室を出て行くのを見て、残されたクラスメート達は唖然とするのであった。

 

「なあ、トウジ。転校生と綾波が非常呼集されたという事は、例の怪獣騒ぎで怪獣を倒した秘密兵器のパイロットって、あの二人かもな」

 

「ケンスケ。お前も遠回しに言わんと、素直に上の戦いを見物したいと言えや!」

 

 クラスメート達の家族もネルフ勤務の者ばかりである。そこで、先程の黒服とネルフと碇の単語が揃えば、シンジの父親が碇ゲンドウである事は容易に察しがつくのである。

 そして、いち早く教室から黒服に先導されたのはシンジとレイが更に安全な場所に避難したのだとクラスメート達は思い込んでしまった。

 故にケンスケが正解であるとトウジは思わずに、ケンスケがシェルターを抜け出す為の口実だと判断したのだ。

 そして、トウジの判断は世の中の大半の人間と同じ判断であった。

 

「俺達、友達だよな。トウジ」

 

「難儀な奴やなぁ」

 

 結局、トウジはケンスケと共にシェルターを抜け出すのである。

 実はトウジもケンスケ程ではなかったが、ネルフの秘密兵器には興味があったのだ。

 ケンスケとトウジがシェルターを抜け出す相談をしていた頃、ネルフ本部では慌ただしく初号機の出撃準備がされていた。

 既に国連軍は冬月が言う。「税金の無駄遣い」を終了して匙をネルフに投げ渡していた。

 

「いい?シンジ君。練習の通りにすれば大丈夫よ!」

 

「了解」

 

 ミサトの声に簡潔に返答しながら、シンジは既にミサトの作戦が失敗した後の事を考えていた。

 

(ケンスケとトウジは、また、シェルターを抜け出しているかもしれない)

 

 ケンスケが主犯なのはシンジにすれば自明の理であった。

 

(前回は幸運にもエヴァの指と指の間で助かったけど、今度も助かる保証は無い)

 

 この世界に戻って来た時から対策は考えていたが、全て計画通りに行くとは限らない事をシンジは熟知していた。

 その意味では、シンジは歴戦の戦士であった。

 

「初号機パイロット。心拍数と血圧の上昇を確認。かなりの緊張状態です!」

 

 マヤがシンジの状態をミサトに報告する。

 

「無理も無いか。前回とは条件が違い過ぎるわ」

 

 ミサトは初心者特有の緊張だと判断したが解決策も無いままシンジを地上に送り出す。

 

「エヴァ初号機発進!」

 

 ミサトの号令を受けて初号機が発進する出現位置は第4使徒シャムシエルの至近距離である。

 初号機はパレットライフルを手に取ると兵装ビルから飛び出して、シャムシエルにライフルのフルオート射撃を浴びせる。

 発射された劣化ウラン弾は全て命中して爆炎と爆煙を生んだ。

 

「馬鹿。爆煙で敵が見えない!」

 

 ミサトが思わず無責任に叫ぶ。

 初号機は半歩だけ後退してシャムシエルの様子を観察する。

 待ち構えてる初号機目掛けて爆煙の中から高速の光の鞭がライフルと一緒に兵装ビルも袈裟斬りにする。

 初号機はライフルを犠牲にバックステップして光の鞭を避けると袈裟斬りに斬られて滑り落ちる兵装ビルを抱き抱える様に受けとめる。

 斬られた兵装ビルを抱えている初号機の前に爆煙の中からシャムシエルが姿を現す。

 

「シンジ君。新しいライフルを出すから逃げて!」

 

 ミサトが指揮官らしく反射的にシンジに指示を出す。

 初号機は抱えていた兵装ビルをシャムシエルの頭上に放り投げる。

 シャムシエルは頭上から飛来するコンクリートの塊を光の鞭で細切れにする。

 粉塵がシャムシエルと初号機を飲み込みスクリーンから両者の姿が消える。

 

(上手い!)

 

 ミサトだけではなく発令所のスクリーンで観戦していた職員達はシンジが逃げる隙を作る為に兵装ビルをシャムシエルに放り投げたと考えた。

 

「初号機。プログレッシブナイフを装備」

 

 しかし、マヤの報告が発令所の面々の予想を裏切った事を伝える。

 粉塵の煙幕が消えた時、自分達の予想を超えた光景をスクリーンの中で確認する事になった。

 スクリーンの中では、シャムシエルの胸のコアにプログレッシブナイフが突き刺さり、初号機が両手に光の鞭を握り片足でプログレッシブナイフのグリップを押さえつけていた。

 シャムシエルは退く事も進む事も出来ずに胸のコアから火花を散らしていた。

 

「まさか!」

 

 ミサトが驚きの声を漏らす。ミサトの声は発令所に詰めていた職員全員の心の声の代弁でもあった。

 火花を散らしていたコアが高く乾いた音を発した次の瞬間、光の鞭が消える。

 光の鞭が消えると初号機もバランスを崩して背中から地面に倒れた。

 

「パターン青、消滅。使徒、沈黙しました」

 

 日向の声が発令所に響いた。

 

「勝ったの?」

 

「敵の反応が消え、初号機が健在な状況は勝ったと言えるでしょう」

 

 ミサトの疑問にリツコが返答した。次の瞬間にはミサトが指示を出す。

 

「初号機を回収。パイロットの保護を最優先して!」

 

 ミサトの指示に反応して発令所が慌ただしくなる。

 

「お疲れ様、シンジ君。3番リフトを使ってね!」

 

「了解しました」

 

 シンジが返事をして、スクリーンの中の初号機が起き上がると同時にシンジが素っ頓狂な声を出す。

 

「何で!」

 

 シンジの声と同時に初号機が捉えた映像が発令所のスクリーンに転送される。

 

「シンジ君のクラスメート!」

 

 スクリーンにはシェルターを抜け出して初号機と使徒の戦闘を見物していたケンスケとトウジの姿があった。

 

「保安部は二人の身柄の確保!」

 

 ミサトの声には深刻な響きが含まれていた。世間には、何時かはエヴァの存在を知られるのは必然であったが、あまりにも早過ぎる事と地上は劣化ウラン弾の爆発で放射能汚染の危険があった。

 

「保安部は何をしていたの!」

 

 一般人がシェルターから抜け出せる程度のセキュリティでは機密保持に不安を抱かざる得ない。

 この防諜体制の甘さは、後に現実問題としてネルフを危機に陥れる事になる。

 

 

 

 



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第8話 絆

 

 第四使徒戦から一夜が明けて、ネルフは使徒戦とは別の緊張感に支配されていた。

 

「練習の時には、あんな煙は出てませんでしたよ!」

 

 シンジがリツコに猛烈な勢いで苦情を言う。

 

「シンジ君。まあ、あの使徒が想定外に頑丈だったのが原因なのだから、リツコを許してあげて」

 

 ミサトが間に入るがミサトもシンジから苦情を言われる事になる。

 

「何を他人事みたいに言っているんですか!」

 

 シンジの矛先がリツコからミサトに移行する。

 

「ミサトさんの命令通りにしたのに、『馬鹿、爆煙で見えない』って、どういう事なんですか!」

 

 シンジの苦情が正論過ぎるのでリツコもミサトも反論の余地が無い。

 

「シンジ君。落ち着いて。シンジ君の怒る気持ちは当然だが、葛城さん達も五里霧中だったんだ」

 

 日向が間に入りミサト達を擁護するがシンジの怒りは治まらない。

 

「それだけじゃありません。なんで、一般人が地上に居るんですか!」

 

 話がケンスケ達に及ぶと日向も擁護をする術がなくなるのである。

 

「劣化ウラン弾とか、放射能を撒き散らす武器を使っているのに、一般人が居たら武器も使えないじゃないですか!」

 

 これは、ネルフの威信に関わる重大問題である。職員の過失とは言え、秘密機関が重大情報を漏洩したのである。

 ミサトやリツコだけの問題ではないのである。

 

「碇。家族とはいえ、重大情報が簡単に漏れるのは、敵に疑念を抱かせる事になるぞ」

 

「問題ない。ダミーを混ぜて玉石混交にすれば良いだけだ」

 

「今、問題なのは外ではなく、内に対してだ!」

 

「内に関しては一考しよう」

 

 長い付き合いの冬月が興味深くゲンドウの顔を観察する。

 よく言えば、常に冷静沈着のゲンドウが困惑する姿は稀有の事であった。

 

「碇。お前でも困惑する事があるんだな」

 

「冬月。私を何だと思って居るんだ?」

 

 ゲンドウの声には非難の成分が混入していた。

 

「小心者の冷血漢」

 

 冬月は冷静な事実の指摘にゲンドウは絶句する。

 

「……」

 

 正副の司令が漫才をしていた頃に、騒ぎを起こした張本人達は保安部と校長と父親の説教のフルコースを味あわせられていた。

 

(こんな事になるなんて!)

 

(もう、ケンスケの口車には乗らん!)

 

 特にケンスケは父親からの説教が深夜にまで及んだのである。

 翌朝、ケンスケはシンジからも詰め寄られる事になる。

 

「転校生。待ってくれよ!」

 

「一応は言い訳を聞こうか!」

 

 シンジは、ケンスケを許す気は一切なかった。

 ケンスケがエヴァのパイロットに憧れる気持ちを知っているだけに、この際にケンスケのミリタリー志向を徹底的に矯正するつもりである。

 以前の世界では懲りずにヤシマ作戦の時も父親から情報を盗んで発進場所に先回りした事もあった。

 

(エヴァのパイロットなんか、成るもんじゃないのに)

 

 ホームルーム前の学校でケンスケは教室に入って来たシンジの表情を見て青くなる事になる。

 シンジの表情は鬼気迫る迫力があったのだ。

 シンジとしてはケンスケのミリタリー趣味を粉砕する決心をしているのだから、当然である。

 

「本当に悪かったと反省しているから、今回は許してくれ!」

 

 シンジに頭を下げたケンスケだが、ケンスケはビンタをされて、吹き飛ばされる事になる。

 シンジもクラスメート達も驚いたのは中学生男子を吹き飛ばす程の強烈なビンタをしたのはレイであったからだ。

 

「エヴァでの戦闘では飛び道具も使う。何処に流れ弾が飛ぶかは分からない。ライフルの弾も劣化ウラン弾を使っていて生身の人間には危険な物。一般人を守りながらの戦闘はパイロットの過度の負担になる。結果、パイロットの命取りになる。謝れば済む話ではないわ」

 

 レイの口調は冷静な事実を指摘する口調だがケンスケを見る目には激しい怒りがあるのを確認出来た。

 レイに先を越された格好になったシンジは逆にレイを宥める役に回らざるを得なかった。

 

「そ、その、相田君も反省しているから、綾波も許してやってよ」

 

 宥めるシンジの腰が幾分か引けてるのは仕方がない。

 

「綾波さん。碇君も許しているし、相田も反省しているみたいだからね」

 

 委員長のヒカリも責任感から怯えながらもシンジに協力してレイを宥める。

 

「碇君が許すなら構わないわ」

 

 レイが怒りを鎮めた事にシンジを含めたクラス全員が安堵したのである。

 この一件で「怒らせると怖い」とクラスメート達に認識されたレイであった。

 それと同時にレイとシンジの仲の誤解が拍車を掛けた。

 

「やっぱり、綾波さんも碇君の事が好きなんでしょう」

 

「そりゃ、そうでしょう。好きな人を危険に曝したから綾波さんも相田に対して怒ったんでしょう」

 

 クラスメート達の噂話が当人達の耳に入るとお互いに必要以上に相手を意識してしまう。

 

(私は何故、あれ程、怒ったの?)

 

 クラスメートの噂を否定したいレイだったが、否定する材料を見つけられないでいた。

 逆にクラスメート達の噂には信憑性があるのである。

 

(あんなに怒った綾波は初めて見たけど……)

 

 シンジもレイにビンタされた事があったが、ケンスケよりは遥かに手加減されていた。

 その事も考えるとレイを見ると赤面してしまうシンジであった。

 

「何か、俺がキューピッド役になったのか?」

 

 レイを筆頭にクラス全員から怒られたケンスケとしては理不尽な感じがするが、文句も言えないのである。

 

「碇には感謝せなアカンで!」

 

 悪友のトウジは逆にレイを宥めたシンジに感謝をしろと主張する。

 

「確かに碇には感謝するべきなんだけど……」

 

 世の不公平さを実感するケンスケであった。

 第四使徒戦から一週間後、レイの包帯も取れた。

 シンジはレイと一緒の送迎車で登下校して相変わらずレイの為に弁当を作り昼休みは一緒に食べている状態である。

 そんなシンジも日曜日はレイと離れるのである。

 

「原型を留めた使徒でシンジ君には感謝するわ!」

 

 リツコがシャムシエルの解体現場でシンジに感謝の念を表す。

 

(まるで新しい玩具を貰った子供だな)

 

 シンジの内心の感想はネルフ職員全員の感想であったかもしれない。リツコは研究者魂を発揮していた。

 

「それで、何か分かったの?」

 

 上機嫌なリツコに呆れ気味にミサトが調査結果を尋ねる。

 リツコもミサトの質問に表情を変えるとモニターをミサトとシンジに見せる。

 モニターには解析不能の表示がされている。

 

「動力源くらいは解ったんでしょう?」

 

「らしき物はね。でも、作動原理はさっぱりなのよ」

 

 リツコとミサトが中学生のシンジを置き去りにして専門用語を飛び交わせている。

 シンジは視察に来ていたゲンドウに目を向ける。

 ゲンドウの手の平の火傷が目に入る。

 

(父さんには、綾波は母さんに会う為の大事な道具なんだろうなあ)

 

 父のゲンドウが妻と再会する為にレイやリツコだけではなくネルフやゼーレも道具として利用する姿勢は息子としては複雑である。

 

(息子より奥さんを大事にする男って……)

 

 子供以前に結婚もして無いシンジにしたら男としてのゲンドウの行動の是非は分からない。

 シンジに分かる事は父やゼーレの思惑に人類を犠牲にさせない事である。

 

(父さんも男らしく責任を取ってリツコさんと再婚すれば良いのに)

 

 しかし、目の前のリツコに視線を戻すとリツコを母と呼べるかは自身の事だが疑問になるシンジであった。

 その日の夜に使徒解体作業も終わり、ささやかながら慰労会が葛城宅で行われる事になった。参加者は葛城家の人間とリツコとレイだけである。

 

「ミサトの部屋が綺麗に整理整頓されるのは有史以来の事じゃないの」

 

「お呼ばれして憎まれ口を叩かない」

 

 ミサトとリツコが漫才をしている最中にシンジとレイがカレーを盛り付けている。

 

「私もレイもシンジ君の手料理が食べられるから来たのよ」

 

「失礼ね。今日は私の手料理よ!」

 

 ミサトの言葉を聞いてリツコの表情が一瞬にして凍りつく。

 

「大丈夫ですよ。僕も手伝いましたから」

 

 シンジの助け船がなければリツコは、葛城宅から逃亡していたかもしれない。

 

「シンジ君には、本当に苦労を掛けるわね。シンジ君には悪いけど、ミサトを見放さないでね」

 

「はい。ミサトさんが結婚しても大丈夫な様に頑張ります」

 

 二人の会話をミサトはコメカミに青筋を浮かべながらも大人しく聞き、レイは珍しく好奇心を刺激されたのか、興味深く聞いていた。

 

「そんな事より、忘れていたわ。レイ、新しいカード」

 

 カードを受け取っているレイを見てシンジが思い出した様に声を掛けた。

 

「ミサトさん。この家に綾波も一緒に住んだら駄目ですか?」

 

「えっ!」

 

 ミサトはシンジの突然の質問に面食らう。

 

「綾波の住んでる場所をネルフからの帰りに見ましたが、あのマンション、綾波以外は誰も住んでないじゃないですか!」

 

「そうね。レイの住んでる場所も問題があるわね」

 

 リツコが援護するが、ミサトは簡単には返事しない。

 

「レイの希望も尊重するべきだし、司令にも相談するべき事だわ」

 

 シンジと同様にレイも身近に居てくれたらミサトも上司として安心が出来る。

 使徒が存在する以上はテロの心配がなく危険分散の為にパイロットを離すより、パイロットが一緒に居てくれたら警護の都合も良い。

 

「私は碇君の近くに居たいです」

 

 レイ本人もシンジと一緒に居たいと真っ赤になりながら主張している。

 

「別の意味で不安がある気もするけど、仕方ない。明日にも司令に提案するわ」

 

(本当にレイも変わったわね)

 

 知らぬ間にレイとシンジの間にも絆と呼べる物が出来たらしい。

 ミサトは若い二人を上司としてではなく、大人として祝福するのであった。

 

 

 



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第9話 第五使徒ラミエル

 

 暗い部屋でゲンドウは立体映像相手にゼーレの面々と武器なき戦いを繰り広げていた。

 

「しかし、人員の増員と予算の追加とは軽く言ってくれるではないか」

 

「エヴァと、そのテクノロジーは下は市井のミリタリーマニアから上は独裁国家までが渇望する機密の塊です」

 

 ゲンドウはケンスケの一件から内部調査を行ったら、世界中のスパイと呼ばれる人間が第三新東京市に集結している事実を掴んだのである。

 

「正直、保安部や諜報部の人材と人員の不足の為にパイロットの警護も指揮官と同居させている始末です」

 

 ゼーレの面々もゲンドウの主張の正しさは理解しているが、人員や予算の追加で対処が出来るとは思えないのである。

 

「更にゼーレには、各国の指導者に通達を出して頂きたい」

 

 ゼーレとしたら、通達に従わない反抗的な各国の指導者を排除する口実が出来るのである。

 

「分かった。碇よ。現に使徒との戦いでは予算的な被害も当初の想定以下な事もある。予算の追加は認めよう。それと人員に関しては信頼の出来る人材を選考するのに時間が必要になる」

 

「構いません。現状ではスパイの関心はドイツ支部と分割されてます。弐号機が到着する前までに増員をして頂きたい」

 

「ドイツ支部は既に弐号機の積み込み作業に入っている。なるべく急がせよう」

 

 結局は人員の増員と予算の追加の要求を通したゲンドウであった。

 ゼーレの面々の立体映像が消えるのと同時に部屋の照明も点灯すると冬月が立っていた。

 

「ふむ。予算は別にして連中が選んだ人材が信用が出来るのか?」

 

 会議を傍聴していた冬月にしたら、当然の疑問である。

 

「問題ない。機密を盗んだ所で技術が追い付かぬ。それよりも互いに噛み合わせるだけだ」

 

 スパイの世界は完全な縦割り社会である。ゼーレの息の掛かった人材と敵対組織と噛み合わせて両者の勢力を削ぐつもりである。

 

「最初から、そのつもりだったな。その一環でレイと葛城君の同居を認めたのか」

 

「本当に保安部や警備部から人員の増員の要請が出ている。パイロットを1ヶ所に纏めるだけでも負担が軽くなる」

 

「葛城君の負担が大きくなるが良いのか?」

 

「その程度なら問題ない」

 

 一時間後、冬月はゲンドウの言葉の意味を理解する事になる。

 

「父さんも副司令も何を考えているんですか!」

 

 シンジが司令に息子として面会を求めて来たのだが、顔を見た途端にシンジの説教が始まったのである。

 

「綾波の引っ越しで分かりましたけど、年頃の女の子が服は制服と体操服に水着だけで私服が1枚も無いとは呆れましたよ」

 

「そうだったのか?」

 

 これは、ゲンドウが冷淡というよりは、男性特有の無関心なだけだった。

 ゲンドウは司令官としては優秀な男であるが、家庭人としては完全な劣等生である。

 シンジは自身の父であるが、頭を抱えたくなった。

 

「シンジ。私にどうしろと?」

 

 シンジは母が何故、父と結婚したのか不思議に思いながらも具体的な要求をする。

 

「兎に角、明日にも綾波とクラスの女の子と一緒に綾波の服を買いに行きますから、お金を出して下さい」

 

「分かった。帰りに経理に寄って行くがいい。こちらから経理には連絡しておく」

 

 横で黙って聞いていた冬月が口を挟む。

 

「シンジ君。これは少ないが、買い物に付き合ってくれた友人達に何かご馳走しなさい」

 

 冬月は懐から財布を取り出すと数枚の紙幣をシンジに渡した。

 

「ありがとうございます!」

 

「いや、私達が気づかない所まで、気を配ってくれたのだ。この程度は当然だな」

 

 礼を言って部屋を出たシンジの後ろ姿を見て冬月はユイの事を思い出した。

 

(シンジ君は外見は若い頃の碇に似ているが、気配り上手な所は母親似だな)

 

 口にすればゲンドウが本気で嫌がるので口にしない冬月であった。

 その頃、冬月から外見がゲンドウ似と評されたシンジは委員長のヒカリに既に連絡をして明日の放課後のアポを取ると警備部に行き、明日の送迎車の運転手を女性にしてもらったのである。

 買い物にヒカリだけじゃなく、大人の女性の意見も聞くつもりである。

 気配り上手な部分は冬月の評が正鵠を射っていたかもしれない。

 

 翌日の夜、ミサトが帰宅すると自宅ではレイのファッションショーが開催されていた。

 

(レイも、やっぱり女の子よね)

 

 その後、ミサト監修のコーディネートまで加わりレイのファッションショーは深夜まで続くのであった。

 

 

「ふあっ!」

 

 妙齢の女性でありながらも大きく欠伸をするミサトにリツコも呆れていた。

 

「ミサト。大事な起動実験中に欠伸とは何を考えているの!」

 

「メンゴ。昨日の夜が遅かったのよ」

 

「仕事に夢中になるにしても、体調には気をつけなさい」

 

 残業で遅くなったと勘違いしたリツコであった。深夜まで、レイを着せ替え人形代わりにしていたと知ったら、小一時間はミサトに小言を言った事であろう。

 管理職二人組の他愛ない会話の間にも起動実験は進んでいる。

 

「ボーダーライン突破。零号機起動しました」

 

「了解」

 

「引き続き連動実験に移行します」

 

 技術部職員の間に安堵の溜息が洩れた。前回の暴走事故を考えれば無理も無い事である。

 技術部職員の安堵も長く続かなかった。海上より未確認飛行物体接近の報が飛び込んできたのである。

 

「碇。恐らく使徒だが、零号機はどうする?」

 

「まだ、戦闘には耐えられん。今回は初号機のみで対応する。総員第一種戦闘配置!」

 

「初号機は360秒で出撃が可能です」

 

「ダミーバルーンと遠距離攻撃の準備をせよ。敵が海上に居る間に敵の兵装の威力偵察を行う」

 

 二回の使徒戦の被害が少ない為に予算も余裕があり、今回は威力偵察する事が出来たのである。

 シンジは使徒の加粒子砲の餌食になる事が避けられた事に、人知れず胸を撫でおろした。

 

(あの地獄は、二度と味わいたくないからな)

 

 シンジはプラグスーツに着替えるとケイジ脇に設置されたパイロット詰所のモニターで第五使徒への威力偵察を見守っていた。

 

(今回もヤシマ作戦が採用されるんだろうけど、綾波を危険な目に遭わせたくない)

 

 既にシンジはレイを除外しての作戦を考えていた。

 問題はシンジの考えた作戦を、どの様な方法とタイミングでミサトに提案するかであった。

 末端のパイロットであり未成年者の意見を取り上げるか不安もある。

 モニターの中では、ダミーバルーンが蒸発していた。

 自走臼砲の攻撃も肉眼で確認が出来る程のATフィールドに弾かれている。まさに難攻不落の空中要塞である。

 

「これは、白旗でも挙げますか?」

 

 モニターを見ていた日向も、お手上げ状態である。

 

「まあ、その前に悪足掻きをしましょうか」

 

 ミサトはモニターを観察していて、閃いたのは超長距離からによる射撃であった。

 

「日向君。戦自に連絡して!」

 

 ミサトは矢継ぎ早に司令を出し始める。既にラミエルは巨大なドリルでボーリング作業を始めていた。

 

「時間との戦いだわね」

 

 ミサトが時間との戦いならば、ゲンドウは縄張り意識の強い役人との戦いであった。

 戦自からの兵器の徴発許可を日本政府に交渉する。

 同時にスペースシャトルも盾として使う為に科学局にも交渉する。

 徴発して運び込まれた後は技術部の出番である。

 技術部が自身のプライドに掛けて作業する間にも、ゲンドウは日本全国から電力を調達する為の交渉を経団連と行う。

 

「使徒を倒さなければ、人類に未来が無い事を理解が出来ぬとは!」

 

 ゲンドウが愚痴を漏らす程に日本の役人は頑迷であった。

 

「シンジ君に砲手を担当してもらいます。簡単な操作だけど一応は練習よ」

 

「陽電子は磁場や地球の自転で必ず真っ直ぐに飛ばないわ。でも、機械が計算してくれるわ。貴方は機械の指示に従って引き金を引くだけよ」

 

 リツコもミサトに口添えする。

 

「大丈夫よ。敵からは届かない距離からの攻撃だし、万が一の事も考えて盾も用意しているわ」

 

 シンジは、この時と思いミサトに進言した。

 

「ミサトさん。もっと楽に勝てる方法があるんですけど」

 

 シンジの意外な発言にミサトとリツコは面食らい、互いの顔を見合せた。

 

「それは、興味があるわね」

 

 ミサトの顔は笑っているが目は笑っていなかった。自身の策を超える策を提示すると言われて心から笑える人間は稀有である。

 

「まあ。ミサト。若いシンジ君の方がプロの常識に囚われない発想を持っているかもよ」

 

 リツコが間に入りシンジが提案を披露する空気を作る。

 そして、シンジの提案を聞いたリツコとミサトの両眼は驚愕と納得の色を帯びる事になる。

 

「コロンブスの卵ね。中学生の発想は大人の常識を超えるわ」

 

「リツコ。技術的には、どうなの?」

 

「シンジ君の案なら、コストも時間も節約が出来て技術的にもリスクは少なくなるわ!」

 

 ミサトは大急ぎで、ゲンドウに連絡を取ると作戦の修正と許可を申請した。

 



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第10話 決戦、ジオフロント

 

 ヤシマ作戦が大幅に修正された為に技術部を筆頭に各部署は色々と急に増えた仕事に忙殺されていた。

 ミサトはリツコに技術部の進捗具合を確認する。

 

「リツコ。技術部の方は?」

 

「陽電子砲は大丈夫よ。盾はSSTOの流用だけど、元から耐熱処理された部品だし、双子山より距離は近いけど、18枚の特殊装甲がある分、耐久時間も延びて、20秒は耐えられるわ」

 

「そう。防御の方も有利になったのね」

 

「とんだコロンブスの卵だわ。ジオフロントから射撃するなんて!」

 

「流石に碇司令の息子と言うべきね」

 

 ミサトはシンジとの会話を思い出す。

 

「だから、あの敵が風船や大砲には、あの波動砲を撃ったのに、ここを攻めるのに地道にドリルで穴を開けるのは、下の方向には波動砲が撃てないんですよ」

 

「あっ!」

 

「だから、逆にジオフロント側から奴を撃てば安全な筈です」

 

「ミサト。確かにシンジ君の読み通りよ。あの加粒子程なら22枚の特殊装甲を貫通する事なんて容易い筈よ」

 

「リツコ、直ぐに計算して、私は司令に作戦修正の申請と許可を取ってくるわ!」

 

 その後、MAGIによる計算によれば38%の勝率を弾き出した。

 最初に計算結果を知ったリツコの声には称賛の成分が大量に含まれていた。

 

「元の作戦よりも30%も勝率が上がり、徴発する電力も関東圏だけとはね」

 

 リツコにミサトも半ば感心しながらも応える。

 

「確かにジオフロントは独立したコロニーとして想定されているから、変電所もあるし、冷却も地底湖を利用する事も出来るわ」

 

 ミサトの声にはシンジに対する嫉妬は皆無で勝率が上がった事の高揚感が滲み出ていた。

 

(普通は素人の中学生が自分より、優秀な作戦を考えたら気を悪くするもんだけど)

 

 リツコは友人を面白く感じていたが、リツコもパイロットの要望には出来る範囲で応えているのである。

 リツコとミサト、優秀な科学者の親を持ちながら性格が正反対の二人が友人でいられる一因だと言える。

 ネルフ職員が修正されたヤシマ作戦の準備で忙殺されていた頃、原因を作った張本人も大量の握り飯作りに没頭していた。

 

「碇君。次は何処に持って行けばいいの?」

 

「次は保安部かな」

 

 丁寧に一個ずつラップに包み手が汚れない様に配慮している。

 握り飯と一緒に本部中から集めた空のペットボトルを綺麗に洗浄して茶を入れている。

 ジオフロントが戦場になるのだ。第三新東京市の住民をシェルターではなく、市外に避難させる必要があり、保安部や警備部も食事を摂る暇が無いのである。

 シンジを逆行前に第12使徒レリエル戦で飲まず食わずを体験した過去が炊き出しにと駆り立てる。

 

「了解!」

 

「それから、綾波。綾波の分もあるから、つまみ食いは止めようね。口元にお米が付いているよ」

 

 反射的に口元を手で隠したレイが珍しい事に赤面したのであった。

 

「技術部。盾と砲の準備完了!」

 

「保安部。全住民の避難も完了!」

 

「警備部もジオフロント内から退避完了!」

 

 次々と発令所に作業完了の報告が届く。

 

「葛城君。後はパイロットだけだな」

 

 ゲンドウが握り飯と茶を両手にミサトに確認をする。

 ミサトも口の中の握り飯をペットボトルの茶で流し込んだ後に返事をする。

 

「はい。パイロットも既に準備が出来ています」

 

「では、パイロットが搭乗次第に順次出撃せよ」

 

 零号機と初号機がスクリーンの中でジオフロントに射出されて行く。

 

「碇。塩が薄くないか?」

 

「ああっ」

 

 シンジはゲンドウと冬月の握り飯は二人の健康を考えて薄塩にしていたのである。

 二人の健康を考えたシンジは初号機を射撃体勢にするとレイに話し掛けていた。

 

「綾波。僕は大丈夫だから、使徒を倒した後の瓦礫に注意してね」

 

「了解。でも、碇君も無理をしないでね」

 

 発令所で会話を聞いていた面々も軽い驚きを感じていた。

 レイは利己主義でもなく不器用ながらも他人に配慮が出来る子供であるが、極端に無口で滅多に口にする事が無い。

 そのレイがシンジを気遣う言葉を口にした事は稀有な事である。

 発令所の面々は、二人の関係を祝福しながら、二人の命を守る決意をしていた。

 

(僅かな間にレイの心を掴むのに成功したのね。流石は司令の息子と言うべきかしら)

 

 若い二人の関係を祝福しながらも、自身とゲンドウの関係を思い自身を冷嘲するリツコは他者と違っていた。

 

(二人を引き取ったのは早計だったかしら)

 

 結婚予定も恋人もいない独身女の身には中学生カップルが自宅にいるのは、色々とメンタルダメージを受けるのである。

 二人を祝福しながらもミサトは他者と違い自身の不幸について考えていた。

 十人十色の考えをしている間に、作戦開始時間になる。

 

「作戦スタート!」

 

「シンジ君。貴方に関東中のエネルギーを預けるわ。頑張ってね」

 

「第一次接続を開始します」

 

 変電所からの電気がポジトロンライフルに集中していく。

 

「全冷却システム始動!」

 

「収束機始動開始!」

 

「第二次接続開始!」

 

「陽電子流入順調なり!」

 

「加速機始動!」

 

「第三次接続開始!」

 

「収束機、加速機、順調なり!」

 

「最終接続開始!」

 

 ポジトロンライフルのスコープが計算を始める。

 

「目標の掘削機が逆回転を始めました!」

 

「逃げる気?」

 

「目標に高エネルギー反応!」

 

「何ですって!」

 

 発令所内では次々と状況が変わる中、シンジは焦りながらもスコープが計算を終わらせるのを我慢強く待つのであった。

 

「加粒子砲を放つ事で時間稼ぎをする気ね!」

 

 ラミエルは、地下で発生した高エネルギーに敏感に反応して、威嚇の為に加粒子砲を放つが間に合わなかった。

 ポジトロンライフルから放たれた光の槍が、ラミエルが掘削した穴を通りラミエルを貫通して夜の虚空へと吸い込まれる。

 光の槍が貫通したラミエルの頂上部からは炎が噴き上げて火山の噴火を連想させた。

 

「ヨッシャー!」

 

 発令所ではミサトが掛け声と共にガッツポーズを取る。

 

「パターン青。消失。使徒の殲滅を確認!」

 

 発令所が勝利の高揚感を味わっている頃、レイはネルフ本部のピラミッドの頭上に盾をかざして、ジオフロントの天井から落ちてくる残骸から本部を守っていた。

 

「私は何時まで、こうして居ればいいの?」

 

 幸いな事に天井から残骸が落下する事もなく、応急措置として硬化ベイクライドで天井の穴を塞がれるまで10分程の時間を要した。

 レイが零号機でケイジに戻ると、既にケイジにいた職員から胴上げされるシンジが居た。

 

「ちょっと、降ろして下さい!」

 

 シンジは胴上げされた空中でレイを見つけると胴上げを中断させてレイに駆け寄る。

 

「良かった。綾波が無事で本当に良かった!」

 

 シンジはレイを抱き締めると何度も何度も繰り返しレイの無事を喜ぶのであった。

 

「碇君!」

 

 レイもシンジに抱き締められて、シンジが自分の無事を喜ぶ事と衆人環視の中で抱き締められる事に驚きと気恥ずかしさを感じていた。

 レイもネルフ職員もシンジが誰の為に戦ったのか丸分かりである。

 レイには、何故、シンジが自分の為に戦うのか見当もつかない。

 シンジと会って、1ヶ月程度である。シンジに好意を持たれる時間も無いのである。

 

「シンちゃんも隅に置けないわねえ」

 

「どちらかと言えばレイの方が隅に置けないのでないの」

 

 シンジとレイを迎える為にケイジに入って来たミサトとリツコもケイジの入り口で苦笑している。

 その苦笑も数秒後には消える事になった。レイがシンジに抱き締められたまま尻もちをついたからである。

 

「ちょっと、シンちゃん!」

 

 ミサトの目にはシンジがレイを押し倒した様に見えたのである。

 

 ミサト達や職員達も慌てながら、パイロット二人に駆け寄るとシンジが意識を無くしていた。

 

「赤木博士!」

 

 レイがシンジの身を心配してリツコに救いを求める。

 勝利に酔っていたケイジ内を一瞬にして緊迫感が支配する。

 

「マヤ。初号機パイロットのメディカル状況を報告して!」

 

 リツコがインカムで発令所に居るマヤにシンジの健康状態を報告させる。

 シンジ達の着ているプラグスーツはパイロット達の健康状態を常にモニターしているのである。

 

「初号機パイロットの血圧、脈拍、全ての数値は正常です」

 

 マヤの報告を受けて、リツコの肩から力が抜けた。

 

「緊張が解けて、寝ちゃったのね」

 

 ミサトとレイには心当たりがあった。昨夜は夜遅くまで、ファッションショーにシンジを付き合わせて寝不足だったのだ。

 使徒が出現してからはネルフ職員に炊き出しの握り飯を作ったりと仮眠も取ってなかったのだ。

 

「シンジ君は頑張り過ぎたのよ。だから、レイも安心しなさい」

 

 ミサトも呆れながらも、自身のパイロットの健康管理失敗に自覚があるので、一般論で誤魔化した。

 

「はい」

 

 レイは素直に返事をするとシンジの体を優しく抱き締めた。

 

 



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第1 1 話 告白

 

 シンジが目覚めると視界は水色に占領されていた。

 

「綾波!」

 

 レイがプラグスーツ姿で自分に抱きつく様に寝ていた。

 慌てて周囲を確認すると医務室のベッドの上である。

 プラグスーツの時計を確認すると朝の8時であった。

 

(こんな事をするのはミサトさんだな。医務室には防犯カメラもあるから、監視をしているんだろうけど)

 

 シンジは気持ち良さそうに寝ているレイを起こさない様にベッドを出ると、ミサトに苦情を言う為に作戦課まで行ったのである。

 

「仕方ないでしょう。シンちゃんは寝てるし、レイもシンちゃんが寝てると分かると安心したのかシンちゃんに抱きついたまま寝るし!」

 

 元は自分がレイに抱きついたまま寝てしまった事が原因なので戦後処理に忙しいミサト達に文句も言えないのである。

 

「それより、シンジ君」

 

「はい」

 

 ミサトが表情と口調が真面目になるのでシンジも身構えた。

 

「これは、上司とパイロットとしてじゃなく。一人の女として言うけど」

 

 ミサトが何を言うのかシンジには想像も出来ない。

 

「シンジ君。レイの事をどう思っているの?」

 

「あ、綾波の事?」

 

 ミサトがレイの事について真面目に聞いてくるとは思わなかったのでシンジも戸惑う。

 

「レイは完全にシンジ君の事を好きになっているわ。シンジ君はレイの気持ちに応える気があるの?」

 

 ミサトにすればシンジの性格も、ある程度は把握している。シンジがレイに対する態度は贖罪意識からきているのは理解していた。

 それでも、レイがシンジに好意を抱くには十分過ぎる態度であったと思う。

 

「その、それは……」

 

 シンジにすれば、レイには逆行前の世界から、淡い恋心を持っていた事は自覚していたが正面から問われたら赤面してしまう。

 ミサトは、この件に限り追及を緩める気が無いのは目を見れば分かる。

 端から見れば大人が、中学生の恋愛に首を突っ込んでいるだけだが、ミサトは二人の立場を考えれば恥も外聞も無いと思っている。

 

「シンジ君。死んだ人に思いを伝えても意味は無いのよ」

 

 ミサトの言葉は自身の苦い体験からの言葉であるだけに現実味があった。

 シンジはミサトの言葉で覚悟を決める。

 

「ミサトさん。僕は綾波の事が好きです。これからも一緒に居たいです」

 

 ミサトの目が優しい目に変わる。

 

「そう。レイが羨ましいわ」

 

「ミサトさん。僕に勇気を与えてくれて、ありがとうござます」

 

 シンジは一礼すると部屋を出て行く。

 シンジを見送るとミサトはリツコに連絡して医務室のカメラとマイクをミサトの部屋にだけに流れる様に設定させる。

 

「ちょっと、貴女の出歯亀趣味にも呆れるわ」

 

「不潔です。葛城さん」

 

(そう言いながら、私の部屋に来て、自分達も覗く気じゃないの!)

 

 ミサトもリツコとマヤに内心は呆れながらも黙っている。成人女性が三人で中学生の告白シーンを覗くのである。

 モニターの中では、ベッドで眠るレイの隣で椅子に座りシンジがレイの寝顔を見ている。

 

「女の子の寝顔を見るなんて、シンジ君も悪趣味ね」

 

「まあ。気持ちは分かるけどね」

 

 マヤの言葉にミサトがシンジを擁護する。三人が観察しているとレイが目覚めたようである。

 

「綾波。おはよう!」

 

「おはよう。碇君」

 

 レイは低血圧なのか、少し寝ボケてるようである。

 

「綾波。大事な話があるんだけど」

 

「何?」

 

「その前に、一緒に朝御飯を食べに行こう」

 

「そうね。食事は大事だと赤木博士も言っていたわ」

 

 モニター前の出歯亀三人組はガッガリしながらも納得していた。

 

「あちゃー。シンジ君に食事を抜くなと言っていたのが裏目に出たわ」

 

「私もレイに日頃から言っていたわ」

 

「あっ!」

 

 ミサトとリツコが天を仰いだ時に、モニターから目を離さなかったマヤが声を出す。

 マヤの声に反応してミサトとリツコがモニターに視線を戻すとモニターの中でシンジがカメラに向かいアッカンベーをしていた。

 

「シンジ君に、こちらの行動を読まれていたみたいですね」

 

 マヤが乾いた笑顔でシンジの読みに感心していた。

 

(出来れば覗いていたのはミサトだけと思っていて欲しいわね)

 

「まだよ。まだ終わらないわよ!」

 

 ミサトは諦めずに二人を覗くつもりだったが、ミサトには残念な事にシンジには幸運な事に、日向が大量の仕事をミサトの前に運んで来た。

 

「葛城さん。技術部との打ち合わせも大事ですが、関係各所からの問い合わせが来ています。赤木博士も碇司令が呼んでましたよ」

 

 ミサト達は覗き行為を断念して、本来の仕事に従事する事になった。

 ミサト達が仕事の海にダイブしていた頃にシンジとレイは食堂でプラグスーツのまま食事をしていた。

 

「ネルフの味噌汁は白味噌なんだよな」

 

「葛城一尉の家は赤味噌だわ」

 

 シンジとレイは味噌汁の味について論評していた。

 

「ミサトさんは具沢山の味噌汁が好きみたいだけど、綾波は?」

 

「私も具が多い方が健康だと思う」

 

「じゃあ。今夜から味噌汁は具沢山にするか」

 

 とても中学生とは思えない所帯染みた会話である。

 

「食事が終わった後に湖に行かない?」

 

「地下湖に?」

 

「うん。彼処なら大事な話をするのに都合がいい」

 

「分かったわ」

 

 その後、二人は食堂で仲良く食事を済ませると地下湖に出掛けた。

 

「うわ。綺麗に凍っている」

 

「昨夜の作戦で冷却システムとして利用したから」

 

 地下湖は一面に白い氷に覆われていた。

 

「人が乗っても大丈夫かな?」

 

「大丈夫だと思うわ。昨日、赤木博士が冷却システムの計算していた時に底まで凍ると言っていたから」

 

「なら、綾波もおいでよ!」

 

 シンジはレイを連れて湖の中央まで行く。

 

「綺麗だね」

 

「湖の周辺の木も白く凍っているわ」

 

 レイも湖の中央から見る景色の美しさに驚いていた。

 

「ねえ。綾波」

 

「碇君。なに?」

 

 レイはシンジが自分を湖の中央に連れて来た目的を思い出した。

 

「大事な話なんだ。僕は綾波の事が好きだ。ずっと一緒に居て欲しい」

 

 シンジの真剣な眼差しでレイを見ていた。レイはシンジの真剣な目にシンジの真意を悟った。

 

「ありがとう」

 

 レイは耳まで赤くして俯きながら一言だけ返すのが精一杯だった。

 再びシンジに視線を戻すとシンジは困惑した顔している。

 

「どうしたの?」

 

「あの。僕じゃあ駄目なの?」

 

 レイは自分の気持ちを確実に伝えられなかった事に気付いて、正直に自分の気持ちを伝える事にした。

 

「私も碇君の事が好き。私も碇君と一緒に居たい」

 

 二人は互いに真っ赤な顔をしたまま見つめ合うと互いに抱き締め合った。

 ジオフロントで若い一組のカップルが誕生した頃、ゲンドウはゼーレのメンバーと陰険漫才を演じていた。

 

「碇君。22層の特殊装甲の修理代も馬鹿にはならんよ」

 

「しかし、当初の予定より徴発する電気は関東圏だけで済みました。特殊装甲と引き換えなら安いものです」

 

「しかし、もう少し、エヴァの運用は効率化が出来んのかね?」

 

「現状で戦闘に耐えられるのは初号機のみです。零号機も起動実験に成功したばかりで戦闘には耐えられません」

 

 既に三体の使徒を倒したネルフだが実態は薄氷を踏む様な勝利であった。

 

「その為にも、エヴァのアシスト役のロボットも開発されている」

 

 ゲンドウは口元に冷笑が浮かぶのを耐える苦労をする事になる。

 使徒の最大の武器は加粒子砲などの火器ではなくATフィールドである。ATフィールドを持たぬロボットが役に立つ筈がない事も理解が出来ない老人達が権力を握っていた。

 

「あれは、実戦では使えません。格闘戦を前提にした兵器にリアクターを搭載するとは正気の沙汰では有りません」

 

 ゲンドウの説明で日本重化学工業が開発したロボットの致命的欠点にゼーレの老人達も納得する。

 

「分かった。碇。以前から要望のあった弐号機とパイロットの配備を急がせよう」

 

「理解して頂き感謝します」

 

 ゲンドウが最後まで言い終わる前に立体映像は消えた。

 

「碇。例の玩具の対処は?」

 

 冬月がゲンドウに珍しく積極的に陰謀を奨励してくる。

 

「既に対処済みだ。あの様な大艦巨砲主義の産物に予算と人を使うのは単なる浪費でしかない」

 

「来週には予定通りに開催されるらしい」

 

「ネルフからは葛城君と赤木君を出席させる」

 

「あの二人は最近は働き詰めだからな。たまには物見遊山も悪くない」

 

 シンジが逆行前も後も知らない陰謀が行われていた。

 中学生のシンジが逆行する事で得たアドバンテージは僅かなのである。

 シンジはゲンドウやゼーレを出し抜く事の困難さを覚悟していたが、シンジの覚悟よりゲンドウやゼーレの闇は深かったのである。

 シンジの逆行により、歴史は変わったが、それが歴史の本流まで変える事が出来るのかはシンジ自身も分からないままなのであった。

 

 

 



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第12話 幸せな日常と陰謀

 

 シンジがレイに告白して一週間が過ぎた。

 二人は学校では冷やかされネルフでは生温かい目で見られていた。

 自宅ではミサトを残業を理由にネルフ本部に避難させていた。

 

「覚悟していたけど、四六時中、二人でイチャイチャして!」

 

「そんな事は分かりきった事じゃないの」

 

 ミサトの愚痴にリツコが突っ込みを入れていた。

 

「まさか、レイが、あそこまで変わるとは思わなかったもん」

 

 ミサトの話に全員が興味を持ったが聞かないのが大人である。

 

「ミサトが毎日、残業するので日向君は助かっているわね」

 

 リツコは日頃、ミサトが日向に仕事を押し付けている事を遠回しで指摘する。

 

「そんな事より、ミサト。例の準備は?」

 

「出来ているわ。その為の残業よ」

 

 リツコの問い掛けに憮然として返事をするミサトであった。

 ミサトが残業に勤しんでいる頃、葛城宅ではシンジとレイが感心な事に中学生らしく仲良く勉強をしていた。

 中学生二回目のシンジとリツコに英才教育をされたレイであるから勉強は捗るのである。

 時折、ペンペンがレイに甘えてくる程度である。

 

「ペンペンは綾波に懐いたなあ」

 

「葛城一尉が居ないから寂しいのね」

 

 ペンペンはレイが喉元を撫でると気持ち良さそうに目を閉じて甘えた声を出す。

 

「ペンペンは可愛いわ」

 

 それを見たシンジが悪戯心を出してペンペンと同じ様にレイの喉元を撫でる。

 

「クウ~ン」

 

 レイもペンペン同様の反応をしてしまった。

 

「綾波も可愛いよ」

 

 レイも仕返しとばかりにシンジの喉元を撫でるとシンジもペンペン同様の反応をしてしまった。

 

「クウ~ン」

 

「碇君も可愛いわ」

 

 二人で互いに相手の喉元を撫で合うのである。

 その光景を見たペンペンは呆れたのか。自室である冷蔵庫に引き上げるのである。

 勉強が終わると明日の朝食と弁当の仕込みを二人で始める。

 レイは自炊とは無縁の生活だったが、シンジの指導で既にミサト以上の腕前になっていた。

 レイはシンジと一緒に居るだけで幸せだった。

 自身には何も無く、いずれは無に還る事を望んでいた自分にはゲンドウとの絆以外は不要だと思っていた。

 その思い込みをシンジが変えてくれたのである。レイ以外の人間も時が来れば無に還るのである。しかし、無に還る間の期間をシンジは楽しむ事を教えてくれた。ゲンドウ以外の絆もある事も教えてくれたのである。

 レイは今の幸せな日常が続く事を祈っていた。

 シンジもレイ同様にレイと一緒にいる時間を幸せに感じていた。

 逆行前には孤独だった自分を最初に孤独から解放してくれた存在はレイであった。

 ミサトの同情と指揮官としての下心のある同居生活ではシンジは孤独から解放されなかった。

 利害関係なしでシンジの心に寄り添ったのはレイであった。

 その反動か、二人は常に一緒にいる事を望み互いに依存していた。

 端から見れば、若いバカップルにしか見えなかった事が難点であった。

 その日もバカップルからの精神汚染攻撃から残業という名目で避難していたミサトが帰宅したのはバカップルが就寝した後であった。

 翌朝、ミサトがネルフの礼服で自室から出て来た姿を見て、朝食を摂っていた同居人達は手にしたトーストを落としそうになる。

 

「レイ、シンジ君。おはよう」

 

「おはようございます」

 

 ミサトは反射的に挨拶を返す同居人達に苦笑しながらも連絡事項を伝える。

 

「朝食はパス。帰りは今日も遅くなるから」

 

「分かりました。今日は出張なんですね」

 

「まあ。そういう事」

 

「それなら、五分だけ待って下さい。綾波!」

 

 シンジとレイは五分で二人分の弁当を作るとミサトに差し出す。

 

「痛みにくい様に生姜とニンニクを使ってますけど涼しい所に置いて下さいね」

 

 シンジの気配りに感心しながら、ミサトは礼を言って自宅を出た。

 

「綾波。僕達も行こうか」

 

 シンジ達も自分達の弁当を持って登校する。

 逆行前の世界でミサトから、日本重化学工業が自分達のテーブルにはビールしか出さなかった事に対して恨み事を言っていた事を覚えていたシンジは二日前から毎晩煮しめを作り、弁当の用意をしていたのである。

 どうやら、シンジは第十二使徒戦での虚数空間とサードインパクト後の空腹体験がトラウマになっている様であった。

 

(まあ。また、ミサトさんがロボットの暴走を止めるから、僕達には関係ないか)

 

 シンジは自分の手の届かない範囲と割り切り今回は静観するつもりである。

 

(所詮は中学生の僕が頑張っても駄目な事はあるからなあ)

 

 シンジはサードインパクトの阻止とレイを幸せにする事を目標に帰って来たのである。

 それ以外の事までは責任は持てないと健全な考えを持つ様になった。

 サードインパクトの引き金を引いたのは自分だが、弾倉に弾を込めて撃鉄を起こしたのはゼーレでありゲンドウである。

 自分にも責任はあるが、全責任があるわけではないとシンジは考える様になった。

 

(でも、サードインパクトは絶対に阻止する)

 

 横を歩くレイに視線を向けると、以前の様に無表情ではなく幸せそうな笑顔を浮かべて歩いている。

 シンジはレイの笑顔を何時までも見たいと思ったし、何時までも見る為にはサードインパクトの阻止は絶対条件だと確信した。

 逆行前と同じ様に昼休みが始まると同時にネルフから非常呼集されたのである。

 送迎車の中で昼食を摂りながら、事態の内容を聞くのである。

 

「綾波と二人で片方がロボットを抑えて、もう片方がミサトさんをロボットに乗せる役をした方が確実ですね」

 

「分かった。葛城一尉に伝えよう」

 

 送迎車の運転手を務める警備部員がシンジの策の正しさに納得してミサトに上申してくれた。

 

「ありがとうございます!」

 

「いや、多分、君の策が最上だと俺も思うよ。まあ。今回は日本政府に恩を高値で売り付けてやれ!」

 

 シンジは警備部員の言葉に苦笑するしかなかった。

 シンジは苦笑するだけだったが、ミサトは現場の指揮を取るのに悪戦苦闘していた。

 役人特有の責任転嫁の為の盥回しにシンジ達との合流手段の確保とJAのコックピットへの侵入方法の確認と忙しい。

 

「ミサト。本気なの?」

 

 裏面の事情を知るリツコは危険は無いと思いミサトを本気で制止するつもりは無いが、一応は制止する。

 

「仕方ないでしょ。誰かが止めないと」

 

 防護服を着ながらミサトは気軽に返事をしていたが、急に着替える手が止まる。

 

「やっぱり、止める?」

 

 リツコはミサトが考え直したと思ったが違った。

 

「服が入らない!」

 

 リツコのコメカミに青筋が浮く。

 

「人が、あの男と喧嘩している時に、他のテーブルから料理を貰ったりするからでしょう!」

 

 ミサトはリツコと開発責任者が激しく討論をしている時に、他のテーブルから料理をお裾分けして一人で食べてたのである。

 他のテーブルから見ればビールが6本だけのネルフのテーブルは嫌がらせにしても露骨に見えたうえ、ミサトが高名な赤木博士の随伴で来た新人に見えたのである。

 新人の士官が組織同士の対立で空腹を抱えている様に見えたのだ。同情するのも不思議ではない。

 一人だけ料理を食べた後にシンジが用意した弁当も食べたのだから物理法則に従いミサトの体型も一時的に膨張しているのである。

 

(この娘は!)

 

 それでも、ワンサイズ上の防護服を調達して来るリツコはミサトと良いコンビかもしれない。

 

「じゃあ。ちょっち、行って来るわ!」

 

 防護服を着込んだミサトはヘリで厚木に向かう。既に厚木には日向がパイロットとエヴァを運んで来ている。

 厚木に到着したミサトはウイングキャリアに搭乗するとシンジとレイと細かい打ち合わせをする。

 

「じゃあ。綾波がロボットを正面から止めてる隙に僕がミサトさんをロボットに運べばいいんですね」

 

「そう。万が一の時はATフィールドを全開にしてね。エヴァなら大丈夫だし、被害も最小限に抑える事が出来るわ」

 

 逆行前の体験からシンジも無駄にミサトの心配をしない。

 端から見ればミサトに絶対の信用を置いている様に見えた事であろう。

 事実、ミサトは見事に炉心溶融を阻止して見せた。

 

「ミサトさん。大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ。今夜は冷たいビールを宜しくね!」

 

 シンジの通信に軽い口調で応えながらも、ミサトは仕組まれた暴走劇について考える。

 

(きっと、碇司令の差し金ね)

 

 今回の暴走劇で一番の利益を蒙るのはネルフであり、ゲンドウなのである。

 

(まあ。司令らしいと言えば司令らしい)

 

 ミサトにも利益があったと言えば晩酌のビールをシンジが増やしてくれた事である。

 

(シンちゃんの作る肴はビールに合うのよねえ)

 

 ゲンドウの暗躍に気付きながらも違和感もなく受け入れたミサトは久しぶりの運動で、翌日には全身筋肉痛になり、湿布を下着代わりに貼られ、ネルフ本部で隔離される運命を知らない。

 

 



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第13話 アスカ、来日

 

 「シンジ君。明日は私とクルージングデートよ!」

 

 朝食の席で突拍子もない発言をしてレイの反応を楽しむ悪趣味なミサトにシンジは冷静に苦情を言う。

 

「ミサトさん。綾波をからかうのは止めて下さい!」

 

「私、からかわれたの?」

 

 レイもミサトの性格を熟知しているので、シンジの苦情に瞬時に冷静さを取り戻して、ミサトに氷点下の視線を浴びせる。

 

「うっ!」

 

 レイの氷点下の視線に、あっさりと降参したミサトは、正直に弐号機とパイロットの出迎えに行く事を伝えたのである。

 

「最初から正直に言えば良いのに」

 

 シンジも呆れながらも、弐号機とパイロットの出迎えに行く事を承知する。

 

「仕方がないよ。本部を空にする訳には行かないから」

 

 シンジと離れる事に不満と不安を隠せないレイを宥めるシンジ。

 

「何か有れば、すぐに戻ってくるからね」

 

「弐号機のパイロットは可愛い女の子だけど、私が浮気しないように監視するから安心してね」

 

 レイを宥めるシンジを見て、懲りもせずに再びレイをからかうミサトにシンジは冷たく断罪する。

 

「ミサトさん。今日と明日は休肝日です!」

 

「ちょっと、シンジ君!」

 

 シンジはテーブルに出していたビールを無情にも取り上げて冷蔵庫に入れる。自業自得の見本となるミサトであった。

 

「そんな事より、新しいパイロットが来るなら、引っ越しの必要も有りませんか?」

 

「えっ!」

 

「新しいパイロットも同じ場所に居ないと警備や使徒が来た時に困るでしょう」

 

 ミサトは一瞬だけ考えると、シンジの意見の正しさに納得する。

 

「そうね。じゃあ。今から引っ越しをしましょう!」

 

 ミサトの行動の速さにシンジとレイも驚く。

 

「明日の夕方には新しいパイロットが来るから、今日中に引っ越しをする必要があるわ」

 

「はあ」

 

 ミサトはシンジとレイに引っ越しの為に荷造りをさせるとネルフ本部に連絡を入れる。

 

「そう。家族向けの部屋を提供して欲しいの」

 

 シンジは受話器の向こうはパニックになっていると思ったが、意外な事に電話一本で新しい部屋と引っ越しの準備が出来た。

 

「新しい部屋は隣のコンフォート18で同じ場所よ」

 

 あっさりと引っ越し先から運搬の人手まで手配するとミサトはネルフに出勤するのであった。

 

「流石はミサトさん。やる事が早い!」

 

 その日の夕方には引っ越しも終わり明日の為に早めにベッドに入るシンジであった。

 

(明日にはアスカと再会する事になるのか)

 

 シンジにはアスカに対して罪悪感があった。

 

(あんな事をしてアスカを汚したからなあ)

 

 シンジにとって、レイが初恋の女性なら、アスカは憧れの女性であった。

 シンジと違い才能に恵まれていて、自信と自尊心を持つ強い女性であった。

 人は自分に備わってないものを持つ人間に憧れる。

 

(アスカも絶対に守る!)

 

 シンジはアスカを守る事を誓うが、決して一方的に庇護する気もなかった。

 

(アスカが来てくれたら、これからの戦いも楽になる)

 

 シンジはアスカの強さも脆さも理解していた。その上で、アスカにはサードインパクト阻止に協力してもらうつもりである。

 

(何時かは綾波にも相談しないとな)

 

 シンジはネルフの大人達を信用していなかった。使徒打倒を免罪符に道義に反する事を行った事を知っていたからである。

 それでも、何時かはミサトやリツコに加持と発令所の面々に協力を仰がなければならない事も理解していた。そのタイミングが難しいのである。

 

(すぐに答えが出る事でもないよな)

 

 シンジは苦笑をすると引っ越しの疲れが出て眠りにつくのだった。

 

 翌朝、シンジは紙袋に自分のプラグスーツを入れるとミサトと共にヘリに乗り込む。

 

「綾波。心配は無いよ。すぐに帰って来るからね」

 

 手を振るレイに笑顔で応えるのであった。

 

「シンジ君。一応、セカンドチルドレンの事を教えておくわね」

 

 前回の時は、シンジだけではなく、部外者のケンスケとトウジが居たので、ミサトも何も言わなかったのであろう。

 シンジは表情の選択に困り神妙な表情を作り、ミサトの説明を聞いた。

 

「凄いエリートなんですね」

 

 シンジは当たり障りの無い感想を口にする。

 

「まあ。エリートと言えばエリートだけど、中身は普通の女の子よ。優しくしてね」

 

 今度は天然の神妙な表情が出たシンジである。

 

(アスカが普通の女の子?)

 

 アスカを知る人間なら当然の感想と言えた。

 ミサトとアスカの話をしている内にヘリは国連軍の虎の子と言える空母に着陸した。

 ヘリを降りるとヘリと海風が吹く強風であった。

 シンジは大きく伸びをして筋肉をほぐすとミサトも強風に髪を乱されるのを防ぐ為に髪を押さえながら歩く。

 

「ヘロー、ミサト。元気にしてた?」

 

「あら、貴女も背が伸びたんじゃない?」

 

「他の所も女らしくなっているわよ!」

 

「シンジ君。紹介するわ。彼女がエヴァンゲリオン弐号機パイロット、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ」

 

 ミサトが言い終わった途端に一陣の風が吹く、シンジは反射的にクルりと後ろを向いた。

 シンジにしたら、ビンタをされてまで見たい物でもない。

 

「ミサト。その子がサードね」

 

「そうよ。シンジ君、もう前を見ても大丈夫よ」

 

 シンジが振り返るとアスカが値踏みをする様にシンジに近付いて来た。

 

「へえー。意外と紳士じゃない」

 

 アスカはシンジに片手を出して握手を求めてきたので、シンジも片手を出して自己紹介をする。

 

「僕が碇シンジです。宜しくお願いします」

 

「此方こそ、宜しく!」

 

 シンジの挨拶に握手をしながら返すアスカであったが、それで、終わらないのがアスカであった。

 

「使徒を既に三体、倒したらしいけど、私が来たからには貴方の出番は無いわ!」

 

 シンジの記憶の内に残るアスカらしい発言であった。

 この生命力に溢れた元気な少女が傷心の為に痩せこけてベッドの住人になったのである。

 その少女を自分は汚した上に見捨てたのである。

 過去の自分の所業の罪悪感と元気なアスカを見た喜びが化学反応を起こした結果、シンジ自身も予想外の行動に出た。

 シンジはアスカを抱き締めて子供の様に泣き出したのである。

 

「ちょっと、何?」

 

 アスカもシンジの予想外の行動に困惑するばかりである。

 

「ちょっと、シンジ君!」

 

 ミサトもシンジの行動に一瞬だけ驚いたが、すぐに納得したのである。

 

(そうよね。今まで実質、一人で戦ってきたものね。無理もないか)

 

「ちょっと、ミサト!」

 

 アスカはミサトに助けを求めたが、ミサトは両手で拝む仕草をする。

 

「なっ!」

 

 アスカもミサトが頼りにならないと判断するとシンジを宥めに掛かる。

 

「何があったか知らないけど、私が来たからは安心なさい」

 

 アスカは優しい声で幼児をあやす様にシンジに呼び掛ける。

 数分後、シンジが落ち着くとアスカはミサトを残してシンジを連れて行く。

 

「ミサトは事務手続きがあるんでしょ。私達は食堂に居るから」

 

 ミサトはアスカの変わらずに優しい部分に安堵した。

 

(結局は優しい娘だもん。シンジ君やレイと上手くやっていけるでしょう)

 

 ミサトはシンジとアスカが衝突するのではないかと内心は心配していたが、自分の杞憂だった事に安心して艦橋に向かったのである。

 ミサトは安心したが安心されたアスカの方は困惑していた。

 

(まさか、何か地雷を踏んだのかしら)

 

 二人が食堂に着く頃にはシンジも落ち着いてきたのでアスカはシンジが話す事を辛抱強く聞いた結果は、アスカも同情する内容であった。

 シンジの話を聞くと長年離れて暮らしてた父親に呼ばれ第三新東京市に来た日に使徒と国連軍の戦闘に巻き込まれ、なんとかネルフ本部に到着した途端に、初めて見るエヴァに搭乗して使徒と戦わされる。

 使徒を倒した翌日には、起動実験での事故で大怪我したファーストチルドレンの存在を知りエヴァのパイロットにならざる得なかった事。

 二体目の使徒も運良く倒したが、訓練とは違い劣化ウラン弾は爆煙を起こして使徒に通用しない上に一般人が見物に来ている状況だった事。

 三体目の頃にファーストも戦線参加する様になったが、当初の作戦では使徒の加粒子砲の餌食になっていた事。

 まさに三体の使徒を倒したと言っても、全て薄氷を踏む様な勝利だった事。

 そこに、自分とは違い訓練を受けたアスカの登場で安心して泣いてしまった事。

 アスカもシンジの話を聞いて同情してしまった。

 シンジも最後だけは事実では無いが、その他の事は全て事実なのでアスカも信じてしまった。

 

「今まで、良く頑張ったわね。でも、ファーストも訓練を受けているし、私も居るから、もう心配する事はないわ」

 

 アスカはシンジの両手を握り、孤軍奮闘してきた素人の少年を一生懸命に勇気づける。

 

「此れからは、三体のエヴァで使徒を袋叩きにしてやりましょう」

 

 アスカは気付いていないが、アスカはシンジの話を聞いて仲間と協力する事を自然と選択したのであった。

 この事が、これからの使徒戦に大きく影響する事になる。

 

 



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第14話 第六使徒ガギエル

 

「やーい。シンちゃんの浮気者!」

 

 アスカとシンジが手を取り合っているのを見つけたミサトが能天気な声を掛ける。

 

「葛城。お前なあ」

 

 ミサトの背後では加持が頭を抱えていた。

 

「あっ、加持さん」

 

 アスカが自分の横に加持を招くとミサトはシンジの隣に座り、シンジをからかい始める。

 

「レイに告げ口しょうかな!」

 

 ミサトの言葉を聞いてアスカも思春期の少女らしく敏感に反応する。

 

「ミサト。レイって、もしかしたらファーストの事?」

 

「そうよ。ファーストチルドレンでシンジ君の彼女なのよ!」

 

 ミサトの口から彼女という単語が出た途端にシンジの顔が赤くなる。

 

「へえ。サードもやるじゃん!」

 

 アスカも思春期の少女らしく恋愛話が好きみたいである。

 

「ねえ、ミサト。ファーストって、どんな娘なの?」

 

「可愛い娘よ。無口で内気な娘よ」

 

 ミサトがレイの事を教えるとアスカは更に興味を持った様である。

 

「サード。そんな娘を、どうやって口説いたの?」

 

 シンジもアスカに質問されて、本来のヘタレな中学生に戻る。

 

「いや、別に、その僕が口説いたとかじゃないよ」

 

「ほう。では、ファーストの方がサードを口説いたの?」

 

 アスカが意地の悪い笑みを浮かべてシンジに質問すると代わりにミサトが応える。

 

「シンちゃんが全力でレイを守る為に戦う姿を見て、レイもシンちゃんにメロメロになったのよねえ」

 

「あら、ファーストが羨ましいわ。私も、そんなナイトが現れたらメロメロになっちゃうなあ!」

 

「シンちゃんは女の子の理想の男の子よね。料理も上手で優しくて命懸けで守ってくれて!」

 

 日頃、自宅で二人に当てられてる仕返しとばかりにミサトも照れるシンジに追い討ちを

掛ける。

 シンジがアスカとミサトの二人から玩具にされてるのを見て、加持もシンジを気の毒に思い、助け船を出す。

 

「シンジ君は葛城と同居しているんだろ?」

 

 レイの事から話が逸れたのでシンジも加持の話に飛び付く。

 

「はい」

 

「彼女の寝相の悪さ治っている?」

 

「毎日、起こしてますけど、凄い格好で」

 

 加持の質問はシンジには日常的な事なので自然に応えるがアスカとミサトは一瞬に顔を赤くする。

 

「加持、あんた子供相手に何を!」

 

「ちょっと待て、葛城。シンジ君が毎日と言っていたが、大人の癖にシンジ君に起こしてもらっているのか!」

 

「それとこれとは関係ないでしょ!」

 

「誤魔化すな。学生じゃないのに、ズボラでガサツな性格を治せよ!」

 

 大人の男女の醜い口喧嘩にアスカも呆れながら自身の情操教育に悪いと判断して、シンジを連れて食堂を出るのであった。

 

「馬鹿な大人はほっといて、サードには私の弐号機を見せてあげる」

 

「あ、ありがとう!」

 

 シンジはアスカの優しい笑顔に思わず顔を赤くする。

 アスカはシンジの反応に苦笑しながらも弐号機を積んでる船まで連れて来た。

 

「これが、私の愛機の弐号機よ!」

 

「弐号機は赤いんだね」

 

「カラーリングだけじゃないわ。試作品の零号機やプロトタイプの初号機と違い正式モデルよ!」

 

 アスカは力説した後に声のトーンを変えて話を続ける。

 

「だから、安心しなさい。ネルフの戦力は確実に向上しているから、使徒から貴方の大事な人を確実に守れるわ!」

 

「うん。ありがとう」

 

 シンジはアスカが弐号機を自慢する為に見せたのでない事を悟った。

 

(アスカは不器用だけど、優しい娘だよなあ)

 

 シンジがアスカの事を再認識していると、爆音と共に船が大きく揺れた。

 

「何事!?」

 

「使徒だ!」

 

 アスカの疑問にシンジは瞬時に応えると甲板に走っていく、その後をアスカも追い掛ける。

 海上では魚雷攻撃で応戦しているらしく水柱が幾つも確認できた。

 

「あれが、使徒!」

 

「駄目だ。魚雷程度ではATフィールドは破れない!」

 

 シンジの横でアスカが他人には見せれない表情で呟いていた。

 

「チャーンス!」

 

 アスカはシンジを連れて艦橋に戻ると自分の予備のプラグスーツをシンジに渡す。

 

「これに着替えて!」

 

「大丈夫。自分のを持参して来たから!」

 

 シンジは紙袋を掲げて見せる。

 

「流石ね。やるじゃない!」

 

 二人はプラグスーツに着替えると弐号機に乗り込む。

 

「思考言語は日本語にしてね」

 

「あっ、そうか!」

 

 シンジの指摘にアスカも思わず別の意味で声が出た。

 シンジが素人の中学生だった事を思い知る。

 

「思考言語、日本語をベーシックに!」

 

 シンジが小さく頷く。

 

「エヴァンゲリオン弐号機起動!」

 

 アスカは弐号機のシステムを立ち上げると同時に弐号機も文字通り立ち上がった。

 

「ミサト。聞こえる」

 

「アスカ!」

 

「僕も居ますよ」

 

「シンジ君も居るのね!」

 

 空母の艦長が横で騒いでるのが聞こえるがシンジもアスカもミサトまでもが見事に無視をしている。

 

「アスカ。出して!」

 

 直後に艦長の一際、大きな声が聞こえたが、またもや、無視をするネルフ一党であった。

 アスカが操縦する弐号機は大きく宙にジャンプする。

 

「ミサト。甲板に外部電源を用意して!」

 

「了解!」

 

 弐号機は文字通りに海上に点在する艦艇を足場に八艘跳びをして空母の上空まで辿り着く。

 

「エヴァ弐号機。着艦します」

 

 アスカはシンジやレイにも出来ない巧みな操縦で弐号機を空母に着艦させると外部電源を装着させる。

 着艦時に一機数億円の戦闘機が何機か海に落ちたが誰も気にしない。

 

「来るよ。左舷九時方向!」

 

「任せなさい!」

 

 アスカが肩のウェポンラックからナイフを取り出そうとするとシンジが制止する。

 

「どうして?」

 

「敵を受け止めるのに両手を使うから、ナイフを使う余地は無いよ」

 

 アスカもシンジの意見に納得して素手で敵が来るのを待ち構える。

 

「それと、足元に注意して。戦闘機用のエレベーターとかあるから!」

 

 アスカはシンジの的確なアドバイスに内心は感心した。

 

(流石に素人とは言え、三体も使徒を倒した強者だわ!)

 

 アスカが感心している間にも使徒は猛スピードでジャンプして空母の上に弐号機に襲い掛かる。

 

「なんの!」

 

 アスカは空母の上でジャンプして来た魚型の使徒ガギエルを受け止める。

 

「ミサトさん。このまま陸にコイツを運びましょう!」

 

「了解。此方のホームグランドで袋叩きにしてあげましょう!」

 

「そんな無茶な!」

 

 艦長の叫びを何回目かの無視を決め込んだネルフ一党は空母でガギエルを一路、第三新東京市まで運ぶ事にした。

 

「シンジ君。向こうに着いたら零号機が敵を抑えるから、その隙に初号機に移乗して!」

 

「はい」

 

「アスカは向こうに着いたら、敵を陸地に投げて。出来る?」

 

「任せなさいよ。ミサト!」

 

 第三新東京市に到着する間は、シンジとアスカの二人は協力して使徒を空母の上に抑え込んだのである。

 

「コイツ、魚の癖にパワーが有るわ!」

 

 操縦桿を握るアスカの手の上からシンジも手を出してアスカの負担を軽減させる。

 

「向こうに着いたら、どうやって陸地にあげるつもり?」

 

「あら、ミサトも言っていたじゃない。投げるのよ!」

 

 シンジは弐号機の何倍も有る使徒を、どうやって投げるのか不思議だったが、アスカの自信のある態度を信用する事にした。

 二時間後に空母は第三新東京市に到着したのである。

 

「アスカ。遠慮なく投げちゃいなさい!」

 

 ミサトの言葉は指示や命令ではなく、アスカを嗾けてるだけである。

 

「待ってました。喰らえ。ジャーマンスープレックス!」

 

 弐号機はガギエルを両手で掴んだまま後ろに倒れる様にして砂浜にガギエルを投げ飛ばした。

 

「ジャーマンじゃない。フロントスープレックスだ!」

 

 シンジの無駄に正しい叫びは誰からも無視された。

 砂浜に投げ飛ばされたガギエルは待機していた零号機にナイフで尾ヒレの付け根を刺されて地面に縫い付けられた。

 更に零号機が馬乗りになりガギエルの頭部にパンチを連打する。

 

「シンジ君。今のうちに初号機に移乗して!」

 

 弐号機の上空にヘリが現れて縄梯子を投下する。

 

「じゃあ。後は任せたよ」

 

 シンジはエントリープラグにアスカを残して縄梯子に掴まり待機していた初号機へ搭乗する。

 アスカはシンジが縄梯子に掴まり移動した事を確認すると弐号機を空高くジャンプさせる。

 

「退いて、ファースト!」

 

 弐号機が見事なムーンサルトプレスを披露した後、ガギエルは既に虫の息となっていた。

 

「零号機と弐号機は初号機のアシストに回って!」

 

 リツコの指示を受けて二人が初号機を見ると初号機がナイフを片手に近づいて来る。

 

「シンジ君。三枚おろしで良いから」

 

 リツコの指示にアスカは意味が分からなかったが初号機の行動で意味を知った。

 

「リツコさん。コアはどうします?」

 

「コアは切り取ってね。内臓もある様なら切り取ってくれたら助かるわ」

 

 感覚はカエルの解剖か。それとも、大物の釣魚を魚屋に持ち込んだ常連である。

 初号機は見事なナイフ捌きでガギエルを三枚おろしにしていく。

 

「見事なもんね!」

 

 皆が使徒の解体ショーに注目する隙に、加持がハリアーで離脱したのに気付くのは、全てが終わった後であった。

 

 



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第15話 第七使徒イスラフェル

 

 アスカが転入して一週間になる。既に校内の有名人となっていた。

 

「しかし、惣流の奴、碇以外の男子には当たりが強いのう」

 

 ぼやくトウジにケンスケが応じた。

 

「しかし、性格は写真には写らんからね」

 

 二人はアスカの盗撮写真で小遣い稼ぎをしていた。

 確かにアスカは類まれな美少女であり男子生徒だけじゃなく、女子生徒にも人気があった。極度の男嫌いなのも原因であろう。

 下駄箱に入っていたラブレターの山を全て未開封のままゴミ箱に捨てたのである。

 

「ふん。私の外見しか見ない奴と付き合う気になるはずないわ!」

 

 ある意味、正論とも言えるのである。

 

「それでも、読まずに捨てるのは失礼だと思うよ」

 

 シンジの諫言にもアスカは耳を貸さないのである。

 

「百歩譲っても、男の癖に直接に告白が出来ないヘタれには興味無いわ!」

 

 アスカは力強く断言するのであった。

 

「惣流さん。格好いいわ!」

 

 一部の女子からは支持されている。シンジも苦笑するしかない。

 レイとの関係も逆行前よりも良好である。最初はアスカを警戒していたレイもアスカがした耳打ちの一つで関係が改善してしまった。

 

「レイったら、最初は私がシンジを誘惑すると思って警戒していたけど、私が『シンジは浮気とかしないから安心しなさい』と言ったら顔を真っ赤にして可愛いんだもん」

 

 どうやら、アスカは小型のミサトの様である。

 

「シンジ。私が嘘つきにならない様にしなさいよ!」

 

「ぼ、僕は浮気なんかしないよ!」

 

 自宅では一応は、お客様扱いで家事は日本の生活に慣れるまではと免除している。

 シンジもレイとアスカ二人に家事を教えるのは手間なので、二人でキッチンに立っている間はシンジのDVDを観賞してもらっている。

 

「古い作品ね。特撮技術も稚拙だし、衣装の作りも雑ね」

 

 悪態を吐きながらも往年の名作だけあって、アスカは夢中になって観ている。

 

「おやっさんって、ナイスミドルよねえ」

 

 確かにナイスミドルだが、中年のサブキャラがお気に入りなのは、思春期の少女としては、どうなんだろうと思うシンジであった。

 

「ええっ。新しい主人公!」

 

「ああ。それは、最初の主人公の役者さんが怪我して入院したからテレビ局の苦肉の策なんだよ」

 

 シンジが日本では有名な裏話で解説する。

 

「まあ。1号よりは衣装のセンスも良くなったわね。怪我の功名って奴ね」

 

 アスカはDVDを観賞をする様になって、難しい日本語も覚えてきた。

 

「ただいま。また、アスカはDVDを観ているの。アスカもすきねえ」

 

 ミサトもアスカが来てからは残業名目でネルフ本部に避難する事が少なくなった。

 

「そう言うミサトも、最近は帰りが早いけど、仕事の方は大丈夫なの?」

 

「最近は使徒も来ないから暇なのよ」

 

「そんな筈はないでしょ。弐号機が来て色々と忙しい筈なのに、日向さんに仕事を押し付けてるんじゃないの?」

 

「そ、そんな事は、な、無いわよ!」

 

 どうやら、日向の災難は続く様である。

 

「それより、アスカ。日本の学校はどう?」

 

 露骨な話題転換にアスカも呆れながらも、真面目な話にアスカも真面目に返事をする。

 

「酷いわね。教師のレベルが低過ぎるわ。それに、ナンセンスなルールも多いわ」

 

「いや、アスカ。そういう事じゃないの」

 

「大丈夫よ。委員長をしている娘でヒカリという友達も出来たし、レイやシンジも居るから」

 

「そう、それなら安心ね」

 

 アスカを通じてヒカリとレイも交流を持つ事が出来た。三人が揃えば、大抵はレイがシンジとの事で質問責めになるのは仕方がない事である。

 この日も体育の授業で男子は水泳。女子はバレーボール。コートの外で待機中の三人はレイとシンジの事で話の花を咲かせていた。

 

「綾波さん。碇君の第一印象は、どんな感じだったの?」

 

 ヒカリにすれば、漫画の様な返答を期待したのだが、現実は散文的なものであった。

 

「分からない人」

 

「えっ?」

 

「レイ。分からない人って、どんな状況だったの?」

 

「私が入院している時に葛城一尉が紹介してくれたの」

 

「それで?」

 

「その時に碇君。私の手を握ると泣きながら何度も謝るの」

 

 アスカもヒカルもシンジの泣いて謝る理由

に見当がついた。

 

「何も碇君は悪くないのに……」

 

 期待していた甘い初対面ではなく、黙るしかないアスカとヒカリであった。

 

「でも、やっぱり、羨ましいわ!」

 

 アスカが突如、レイにヘッドロックを掛ける。

 

「痛い!」

 

 レイも長年、ネルフで訓練を受けた身である。アスカのヘッドロックを外すと構えを取る。

 

「どういうつもり、アスカ!」

 

「だって、羨ましい話だからよ」

 

 片手を腰に当て、反対の手を真っ直ぐに伸ばしてレイを指差すアスカであった。

 横では腕組みをしたヒカリが何度も大きく頷きながらアスカを支持する。

 

「それなら、洞木さんはどうなの?」

 

 レイがヒカリの腕を掴み詰問する。

 

「えっ、どういう事なの?」

 

 アスカもレイの突然の発言に困惑する。

 

「洞木さんも鈴原君が居るでしょう!」

 

「いえ、私と鈴原は何も関係ないし!」

 

「私の目は誤魔化されないわよ。洞木さん。鈴原君の事を何時も見ているわ」

 

 ヒカリの抗弁もレイの赤い瞳には通用しなかった。

 

「うっ!」

 

 観念したヒカリにアスカが肉食獣の笑みで通告する。

 

「レイだけじゃあ。不公平よ。ヒカリ」

 

「たく、油断も隙もあったもんじゃない!」

 

「さっさと、ゲロして楽になりな!」

 

 何処で覚えるのか。アスカが下卑た口調でヒカリを促す。

 

「その、鈴原も妹さんが居るじゃない。それで、妹さんの面倒をみる。優しいところ!」

 

 ヒカリは白状すると顔を朱に染めて背けた。

 

「えっ!」

 

「そう」

 

 驚愕の表情で固まるアスカとは対照的に無表情で納得するレイ。

 

(好みは人それぞれだけど、ヒカリ。あんた確実に趣味が悪いわよ)

 

 アスカは親友の趣味に驚くばかりであった。

 平和な午後が過ぎようとした時にネルフの警備部員が現れた。

 

「非常呼集だ。車は既に運動場に待機させている!」

 

 アスカとレイは思春期の少女からパイロットに瞬時に切り替わった。

 

「使徒は紀伊沖で発見されて、国連軍の攻撃を受けながら第三新東京市に接近中よ」

 

 ミサトが既に指揮車で使徒の上陸ポイントを戦場と定めて急行していた。

 

「今回は水際で使徒を捕捉、近接戦闘で波状攻撃を掛けて殲滅するわよ」

 

「支援兵器のある場所まで誘導はしないのですか?」

 

「折角、エヴァが三機あるのよ。それに、街中だと三機の運用は難しいのよ」

 

「はあ」

 

「シンジ君とアスカがオフェンス。レイがアシストよ」

 

「了解!」

 

「じゃあ。シンジ。今回は私に花を持たせなさい!」

 

「わかったよ。アスカ。でも、油断したら駄目だよ」

 

「分かっているって!」

 

 セカンドインパクトで水没したビルの屋上が海面から顔を出している場所での戦闘であった。

 

「アスカ。深い様で遠浅の浜だからね。気をつけて!」

 

 ミサトもアスカに危惧を抱いたのか気を引き締める為に警告する。

 

「出来るだけ、足場はビルを使うわ」

 

 アスカはミサトの警告を受け入れて油断をしない様に自分自身を戒めた。

 アスカとシンジが待ち構えていると沖から第七使徒イスラフェルが接近して来るのが見えた。

 アスカは間合いを見切ると弐号機は突然に大きくジャンプして空中で1回転して、手にしたソニックグレイブに加速を与えてイスラフェルを唐竹割りに一刀両断にした。

 シンジはアスカがイスラフェルを両断すると同時に叫んだ。

 

「まだだ。まだ終わってない。アスカ、離れろ!」

 

 シンジの声に反射的にアスカは弐号機を跳ぶ様に後退させる。

 アスカが後退した次の瞬間にイスラフェルは二体に分裂した。

 

「ぬゎんて、インチキ!」

 

 ミサトが指揮車で臍を噛んだが、パイロット達は既に体勢を整えていた。

 

「なるほど。シンジが油断をするなと言う筈ね!」

 

 初号機と弐号機とで2対2の戦いが始まる。

 

「コイツら切っても直ぐに再生するわ!」

 

 アスカがミサトに悲鳴に近い報告をしながらも初号機と弐号機はイスラフェル相手に優勢に戦っていた。

 しかし、決定打を与えられないので長期戦になれば、パイロット達の体力が尽きるのである。

 ミサトがN2兵器の使用も考え始めた時にシンジが意味不明の事を叫んだ。

 

「行くぞ。一文字!」

 

 シンジの叫びにアスカが応じる。

 

「おう。本郷!」

 

 初号機と弐号機はイスラフェルを遠くの沖に投げ飛ばすと二体の使徒は融合をして一体に戻ろうとする。

 初号機と弐号機は見事なユニゾンで同時にジャンプすると融合途中のイスラフェルに向かって飛び蹴りを放つ。

 

「エヴァダブルキック!」

 

 イスラフェルの胸のコアに初号機と弐号機のキックが炸裂した。

 イスラフェルは更に沖に蹴り飛ばされると墓標と思える十字の火柱を発生させた。

 

「パターン青。消失。使徒の殲滅を確認」

 

 指揮車でマヤが宣告するがミサトや発令所に居たリツコは唖然とするばかりだった。

 ミサトとリツコを唖然とさせた張本人のシンジもエントリープラグ内で唖然としていた。

 

(まさか、本当に成功するとは!)

 

 



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第16話 邂逅と塞翁が馬

 

 その日、アスカは大変に機嫌が良かった。

「加持さんとデート!」

 

 加持の両手にしがみつき、歩く姿は微笑ましい父娘である。

 

「おいおい、こんな所にも付き合わせるのか!」

 

 プレイボーイの加持も女性の水着売り場は苦手の様である。

 

「加持さん。これなんかどう?」

 

「流石に中学生には早いんじゃないか?」

 

「加持さん。遅れてる。今時は大人しい方よ!」

 

「ははは」

 

 アスカが選んだ水着を見てジェネレーションギャップを痛感する加持であった。

 アスカの買い物も終わりデパートの屋上で休憩する事にした加持はアスカの楽しそうな笑顔を見て羨ましいと思った。

 

「楽しそうだな。アスカ」

 

「うん。修学旅行って、初めてだもん」

 

「そうか。ドイツには修学旅行は無かったなあ。因みに何処に行くんだい?」

 

「お・き・な・わ!」

 

「今の日本で行く意味があるのか?」

 

 2015年、日本は常夏の国である。

 加持に買い物のに付き合ってもらい上機嫌のアスカの幸せは夜まで続かなかった。

 

「えー、修学旅行に行っちゃあ駄目!?」

 

「当然でしょう。貴女達が沖縄に行っている間に使徒が来たら、どうするの?」

 

 ミサトが当然と言った顔で断言する。

 

「それもそうね。仕方ないか」

 

 ミサトもシンジもアスカの物分りの良さに軽く驚いた。

 あっさりと引き下がるアスカを見ると、流石のミサトも仏心が出るのである。

 

「それで貴女、プールの独占を認めたの?」

 

 翌日、事の次第を聞いて、リツコの声には呆れの成分が大量に混入されていた。

 

「仕方ないでしょう。ドイツには修学旅行なんか無いから、アスカには生まれて初めての修学旅行だったのよ」

 

「それで、プールを貸し切りにしたのね」

 

「どうせ、修学旅行の間は学校に行っても意味は無いでしょう。それに、シンジ君には良い機会だわ」

 

 リツコもミサトの真意を知ると苦笑するのであった。

 

「まさかと思うけど、日頃、シンジ君とレイに当てられている仕返しじゃないでしょうね」

 

「そんな筈は無いわよ」

 

 そんな筈はあった様である。

 

「綾波。その格好は?」

 

 シンジが疑問を持つのも当然で、レイは上下黒のジャージにサングラス姿である。更に何故か竹刀も持っている。

 

「葛城一尉がスポーツのコーチをする時の伝統だと言っていたわ!」

 

 シンジは頭を抱えたい衝動に抵抗する気も無く頭を抱えた。

 

(ミサトさんは何を考えているんだ……)

 

 レイは頭を抱えたシンジを無視して、シンジの襟首を掴んで男子更衣室まで連行する。

 

「ち、ちょっと、綾波!」

 

 レイは男子更衣室まで入るとシンジに男性用水着を渡して着替えを要求してきた。

 

「逃げないから、着替えて訓練を受けるから更衣室から出てよ!」

 

「駄目。お返しよ!」

 

「はい?」

 

 シンジはレイの発言の意味が分からなかった。

 

「私も碇君に着替える時に部屋に居座られたわ」

 

 シンジの目に理解の色が広がると同時に涙が溢れる。

 

「綾波は僕の知っている綾波なの?」

 

「私は碇君しか知らない綾波レイよ」

 

「綾波!」

 

 シンジは思わずレイに抱き付いた。

 

「綾波。綾波!」

 

 子供の様に泣きじゃくるシンジを優しく抱き締めるとレイもシンジの名前を連呼する。

 

「碇君。碇君!」

 

 レイも泣いているのだろう。サングラスの下から涙が流れている。

 二人は互いに落ち着きを取り戻した後に簡単な情報交換をする。

 

「綾波は何時の間に戻って来たの?」

 

「私は最近よ。碇君と会ってから、夢で前の世界の事を断片的に見てたの」

 

「そうなんだ」

 

「完全に戻ったのは、この間の使徒戦の時ね。アスカとのユニゾンキックを見た時よ」

 

 意外なタイミングで戻って来たレイにシンジも驚く事しか出来ない。

 

「多分、アスカとの事を嫉妬したんだと思う」

 

 戻って来た理由にも驚いたが、今度は別の意味で言葉が出ないシンジであった。

 

「私、物凄く嫉妬心が強いんだと思うわ」

 

「そうなんだ」

 

 何故か乾いた笑顔になるシンジであった。

 

「でも、綾波は無に還ると言ってたから、帰って来てくれて嬉しいよ」

 

「ありがとう。でも、碇君。泳ぎを覚えましょうね」

 

「えっ、あ、はい」

 

 観念して、力弱く返事をしたシンジであった。

 

 レイの特訓は過酷であった。プールの深い部分にシンジを突き落として、プールサイドに辿り着いたら再びプールに突き落とすのである。

 幸いにもプール内にはアクアラングを装備したアスカがいるので万が一の事にも安心が出来る。

 

(あの感動の再会は何だったんだ!)

 

 今のレイは以前のシンジを知っているので、シンジに対して、厳しくする必要がある時と必要がない時を心得ている。

 

「助けて、アスカ!」

 

 シンジは近くで泳いでいたアスカに縋る様に抱き付いた。

 

「ち、ちょっと!離しさい、シンジ!」

 

「嫌だ!」

 

「別にシンジに下心が無いのは分かるけど、この状況は不味いっちゅうの!」

 

 アスカの声に冷静さを取り戻したシンジがレイを見ると、そこには修羅が居た。

 

「碇君。いい根性をしているじゃないの!」

 

 レイが外したサングラスを握り潰す。レイの瞳は元の赤色と別に怒りの炎で真っ赤だった。

 

「離せ。シンジ!」

 

 アスカがシンジを突き放す。友情より自身の身の安全を優先したアスカを誰が咎める事が出来よう。

 

「碇君!」

 

 嫉妬に狂ったレイは上下黒ジャージのままプールに飛び込む。

 

「ひゃぁあ!」

 

 シンジは奇妙な悲鳴を上げて、修羅からの逃亡を開始する。

 

「待ちなさい!」

 

 待てと言われて待つ者はいない。まして今のレイを相手に待つのは自殺行為に等しい。

 水着で泳ぎの下手なシンジと上下ジャージ姿で泳ぎの得意なレイとでは速さは拮抗していた。

 

「碇君。往生しなさい!」

 

「嫌だ。ここで往生したら、本当に往生する事になる!」

 

 若い二人の鬼ごっこはプールの閉館時間まで続くのであった。

 

「あら。結果的にシンジは泳げる様になったじゃない」

 

 恐怖心から泳げる様になったシンジを見てアスカは日本語の諺を思い出した。

 

「犀王が馬だったかしら」(正=塞翁が馬)

 

 翌日、三人はミサトからネルフ本部に待機を命じられた。

 

「本部に待機とか使徒でも発見したのかしら?」

 

 アスカが核心を突く発言をする。

 

「かもしれないわ」

 

「僕達も何時でも出撃が出来る様に心の準備をしておこう」

 

 アスカの言葉を、事実を知るレイとシンジが肯定する。

 パイロットがネルフ本部で心身ともに待機をしている頃、ミサトと日向は浅間山地震観測研究所で火口内の調査をしていた。

 

「既に限界深度を超えています」

 

「壊れたら、ネルフが弁償します。構わないわ。調査を続行して!」

 

 モニターを凝視する日向とミサトの前に目標物の反応が表れた。

 

「解析開始!」

 

 ミサトの指示の数瞬後に探査機は圧壊してマグマの中に消えてしまう。

 

「ギリギリで間に合いました。パターン青。使徒と確認」

 

 ミサトは日向の報告を受けて研究所をネルフの支配下に置くと宣言する。

 そして、ネルフ本部に報告と共に重大な要請をした。

 

「司令にAー17の発令を要請して!」

 

「Aー17!」

 

 ミサトの指示に青葉も全身を緊張させる。

 

「これは、通常回線ですよ!」

 

「すぐに守秘回線に切り替えて!」

 

 ミサトの要請を受けたゲンドウはゼーレを召集してAー17の発令の審議をさせる。

 

「此方から討って出るのか!」

 

「余りにもリスクが大き過ぎないか?」

 

「生きた使徒のサンプルを得られるチャンスなのですよ。その事を考えたら安いものです」

 

 ゲンドウは馬鹿らしいと思っていた。生きた使徒のサンプルを得ても研究等が出来る筈がないのである。

 ゲンドウの目的はA-17の発令により、各国の現有資産の凍結である。

 一時的にも資産を凍結させる事により、各国で極秘裏に建造しているエヴァ量産機の開発を遅らせる事である。

 ゼーレの面々はゲンドウの予想通りに生きた使徒のサンプルという絵に描いた餅に食い付いた。

 

「碇。失敗するなよ」

 

 最後にキール議長が残した捨て台詞に冬月が冷笑する。

 

「失敗した時は人類が滅ぶよ」

 

 目前の餌しか見えない狂信者達の御し易い事にゲンドウも内心は冷笑していた。

 そして、狂信者の首魁であるキール議長もゲンドウの思惑を読んでいた。

 既にエヴァ量産機シリーズの開発が終わっている。後はダミープラグの開発だけだったのである。

 今はゲンドウのシナリオに従っていれば良い。全ての計画を実行するにはゲンドウの才能が必要なのだ。

 

「必要な間だけ使い、使い終わった道具は処分すればよい」

 

 ゲンドウとゼーレ、そして使徒とのサードインパクトを望む三つ巴の戦いも折り返し地点である。

 その中でシンジとレイがサードインパクトを回避する為の戦いを強いられている。

 しかし、シンジは今までとは違い孤独ではなかった。レイという存在がシンジを強くしていた。

 シンジとレイの勢力とも呼べない極小の勢力が使徒、ゲンドウ、ゼーレを征してサードインパクトを回避する事が出来るかどうかを知る者は、この世に存在しないのであった。

 




蛇足ながら、アスカが引用した「犀王が馬」は間違いです。
正しくは「人間万事塞翁が馬」です。
意味は、人生の幸福も不幸も予測が出来ない事。


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第17話 第八使徒サンダルフォン

 

 ブリーティングルームに集合したパイロット達に浅間山火口への出撃命令と作戦内容が伝えられた。

 

「今回は使徒の殲滅ではなく、使徒の捕獲を目的とします。その為には火口内にエヴァで潜航する必要があります」

 

 リツコは作戦内容に続き具体的な手順を説明する。

 

「火口に潜る人選はアスカとします」

 

 リツコが人選の発表をするとマヤが補足する。

 

「局地用のD型装備が弐号機にしか装着が出来ないのよ」

 

「エヴァの装備だけで火口に潜るんですか?」

 

 シンジの質問にリツコも苦笑しながら返答する。

 

「本当はハリネズミみたいに色々と装備させたいけど、他には耐熱型のプラグスーツのみね」

 

「その耐熱型プラグスーツを僕の分も用意して下さい」

 

「私も希望します」

 

 シンジとレイの申し出にリツコも再び苦笑する。

 

「こんな事もあろうかと思って、貴方達の分も用意しているわよ」

 

 リツコの傍らで黙って聞いていたマヤは場違いな事を考えていた。

 

(万が一の事を考えたら普通に用意する物でしょうに。先輩。言ってみたい台詞だったんだろうなあ)

 

 マヤは内心の思いとは別にレイとアスカを更衣室に連れて行く。

 

「ねえ。何処が耐熱仕様なの?」

 

「左手首のスイッチを入れてみて」

 

 プラグスーツを着たアスカの問いにマヤが返答する。

 その数秒後、アスカの悲鳴が更衣室に響いた。

 

「何よ。これは!」

 

 色、形から達磨としか形容が出来ない存在が更衣室に誕生した。

 

「ちょっと、レイもスイッチを押しなさいよ!」

 

「私には、まだ、必要が無いから」

 

 レイも思春期の少女だけあって、流石に白い達磨となってシンジの前に出る勇気は無い様である。

 アスカはシンジが青い達磨になっている事を期待してケイジに移動したが、アスカの期待は見事に裏切られた。

 

「ちょっと、シンジも何でスイッチを入れてないの?」

 

「何処がスイッチか知らないから」

 

「シンジ君。左手首のスイッチよ」

 

 マヤがスイッチの場所を教えたがシンジはスイッチを押す気が無い様である。

 

「はあ。友情って、脆いものね。私は世界一不幸な少女だわ」

 

 アスカの不幸はプラグスーツだけではなかった。

 

「私の弐号機が!」

 

 大昔の潜水服か宇宙服の様な姿の弐号機がケイジに鎮座していた。

 

「では、出撃するわよ」

 

 アスカの嘆きを無視してリツコは出撃命令を出すのであった。

 アスカは作戦開始前から精神的ダメージを受けていた。

 アスカのダメージとは関係なく、浅間山火口では作戦準備が進んでいた。

 

「えっ、零号機も此方に来るの!」

 

 自身の作戦とは違う事にミサトも驚きを隠せない。

 ネルフ本部内では、ゲンドウ、冬月に次いで制服組のNo.3のミサトの指示を無視する事が出来るのは前者の二人しか居ない。

 

「司令の命令かしら?」

 

 ミサトの予想は半分当たりで半分は外れた。零号機の出撃命令を出したのはゲンドウだったが、出させたのはシンジであった。

 

「現場の人間から言わせたら、使徒が卵から孵ったら弐号機は、マグマの中で使徒の餌食になるのは確実だよ。1対1より2対1で対応させて欲しい」

 

 ゲンドウもシンジの主張の正しさを認めて零号機を出動させたのである。

 その様な事情を知らないミサトは到着したパイロット達に別の意味で説教する事になる。

 

「遊びじゃないのよ。何でペンペンを連れて来るの!」

 

「だって、全員で此方に来たら、誰がペンペンの面倒を見るのよ」

 

「クワッ!」

 

 アスカの反論にペンペンもタイミング良く同調したので、ミサトも何も言えずに黙るしかなかった。

 指揮車内ではA-17発動で緊張していたオペレーター達もペンペンのタイミングの良さに笑いが込み上げるのを我慢する。

 

(まあ。皆の緊張が解れたならいいか)

 

 パイロット達の無垢な行動が大人達には救いであった。

 ネルフ職員の誰もがパイロット達に罪悪感を持っていた。

 しかし、当のパイロット達が大人達の罪悪感を一時的でも吹き飛ばしてくれるのである。

 

「レーザー照射!」

 

「レーザー照射完了。軌道確保」

 

「エヴァ弐号機発進!」

 

 ミサトの号令により、弐号機がクレーンで吊られて火口の上まで移動する。

 

(UFOキャッチャーの景品みたいだな)

 

 シンジはアスカが知れば怒りそうな感想を持ったが、当のアスカは楽しまなければ損とばかりに能天気な事を言ってきた。

 

「シンジ、レイ。見て。ジャイアントストロングエントリー!」

 

 これには、シンジもレイも苦笑するしかなかった。

 シンジとレイを苦笑させたアスカもマグマの中に入ると笑みが消える。

 温度調整システムを最大にしても深度が増すと同時に温度が上昇するのである。

 

「熱いわねえ。プラグスーツの中は汗だらけよ。早く終わらせてシャワーを浴びたい!」

 

「終わったら温泉に行きましょう。近くにいい温泉があるわ。そのつもりだったんでしょ。最初から!」

 

「 分かる?」

 

「分かるわよ。ペンペンまで連れて来たら」

 

 ミサトが一人暮らしをしていた時から同居していたのだ。二日や三日程度の放置には慣れているのだ。

 

「でも。ペンペンを一人だけにするのが可哀想なのは本当よ」

 

 ミサトは発露したアスカの根の優しさ微笑んでしまう。

 

「限界深度を超えました。葛城さん!」

 

「あと少し潜りましょう」

 

「今度は人が乗っているんですよ!」

 

 日向が流石に制止する。

 

「私が責任を取ります」

 

「大丈夫よ。日向さん。潜っている本人が言っているから!」

 

 日向もアスカ本人が言っているので引き下がるしかなかった。

 更に潜航すると足に装着していたナイフと固定したベルトが熱と圧力により弐号機から失われる。

 全員が作戦の続行を諦め掛けた時に日向の声が指揮内を緊張させる。

 

「パターン青。反応ありました」

 

 リツコがアスカに技術的な説明をして注意喚起をする。

 

「アスカ。お互いに対流に流されてるから、チャンスは一度だけよ」

 

「了解。任せなさい!」

 

 言葉通りにアスカは天性の勘を見せて使徒を捕獲した。

 

「お見事!」

 

 アスカが使徒を捕獲して引き上げられる最中にも、シンジとレイは緊張をしていた。

 レイは零号機が装備している、ソニックグレイブを火口に投擲するタイミングを図っていた。

 シンジも軌道確保に使用したレーザーで火口から援護射撃が出来ないかと考えていた。

 そして、シンジとレイが恐れた事態が起こり始めた。蛹の状態から羽化が始まったのだ。

 予兆もなく突然の事に反応が出来ない大人達を尻目にレイがソニックグレイブを火口に投げ込む。

 

「アスカ。キャッチャーを捨てろ!」

 

 シンジの鋭く強い声にアスカも反射的に従う。

 

「キャッチャー破棄!」

 

「弐号機の引き上げを急いで!」

 

 ミサトも瞬時に指示を出すが、他の指示を出せないでいた。

 

「アスカ。レイがソニックグレイブを投げたわ。受け取って!」

 

 ミサトの声にアスカは返事をする暇もなかった。羽化したサンダルフォンが弐号機に猛烈なスピードで突撃して来たからである。

 

「バラスト放出!」

 

 一撃目はなんとか避けたがサンダルフォンはマグマの中とは思えないスピードで泳ぎ回っている。

 

「視界は悪い。敵は速い。おまけに熱い!」

 

 アスカの背中をマグマの中であるのに冷たい汗が流れる。

 

「アスカ。届くわよ!」

 

 零号機が投擲したソニックグレイブを弐号機が受け取る。D型装備のマジックハンドでは振り回す事が出来ないが、突きや薙ぎ払いくらいは出来るだろう。

 

(少しずつ弐号機は上昇している。火口表面近くに行けばシンジやレイの援護も期待が出来る)

 

「アスカ。正面よ!」

 

 指揮車からミサトがサンダルフォンの位置を指摘してくる。

 

「そこか!」

 

 弐号機が突き出したソニックグレイブとサンダルフォン自身の正面突撃の勢いでサンダルフォンはソニックグレイブで串刺しにされた。

 

「チィ、コアは固くて破壊が出来ないか!」

 

 それでも、アスカはサンダルフォンの動きを止める事に成功した。

 サンダルフォンは串刺しにされても自由な両手を使い弐号機の命綱とも言える冷却パイプに手を伸ばしかけた。弐号機より長いサンダルフォンの両手を払い退ける手段は弐号機には無い。アスカは背筋が凍るのを実感して目を閉じた。衝撃が連続した。

 

「アスカ。使徒の両手の様子を報告して、此方からは末端部分はモニター出来ない!」

 

 リツコの声にアスカが目を開けて指示通りにサンダルフォンの両手を確認すると付け根から消えている。

 

「無いわ。使徒の両手がなくなっているわ。何で?」

 

 アスカの疑問に返答する余裕はリツコにもミサトにもなかった。

 初号機は軌道確保用のレーザーを持ちミサトの指示で移動している。

 リツコはモニターから送られるサンダルフォンの位置データと火口の形からMAGIでレーザーでの狙撃ポイントを割り出すのに忙しかった。

 

「シンジ君。胴体部には致命傷は与えられないけど、怯ませる事は出来るわ」

 

 初号機がレーザーでサンダルフォンの両手を撃った事がリツコの通信でアスカは理解した。

 

「アスカ。効いている?」

 

「駄目。効いてないわ!」

 

 アスカが報告した直後、再び弐号機に衝撃があった。弐号機が急上昇しているのである。

 

「今度は何よ?」

 

 今度は零号機が引き上げ用のモーターを無理矢理に回した結果である。

 

「ちょっと、Gが!」

 

 弐号機とサンダルフォンにGが掛かる最中、突然に変化が起きた。

 サンダルフォンが急に膨張したと思ったら、粉々になって消えたのである。

 

「パターン青。消滅。使徒、殲滅しました」

 

 マヤの宣言を聞きながらアスカは何が起きたか分からないままだった。

 

「まあ。生き残れたみたいね」

 

 この時に唯一、アスカに分かる事であった。

 

 



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第18話  旅館にて

 

 弐号機から降りたアスカが最初に行った事は水分補給であった。

 

「ちょっと、アスカ。飲み過ぎじゃないか?」

 

 シンジから2本目の2リットルのペットボトルを受け取ると一気に飲み干した。

 

「仕方ないでしょう。さっきまで、我慢大会をしていたんだから!」

 

 アスカの言い分に苦笑するシンジであった。

 

「はい。それじゃあ。二人共、さっさっと着替える」

 

 ミサトがレイを連れて二人の所にやって来た。レイは既に着替えてペンペンを抱いている。

 

「今から温泉に行くわよ!」

 

 どうやら、日向に仕事を押し付けている様である。

 パイロット達とペンペンはミサトの運転する車で温泉旅館に向かうのであった。

 

「あのう。僕達だけ温泉を楽しんでいいんでしょうか?」

 

「大丈夫よ。日向君達も少し遅れて来るわよ。後は保安部の仕事だもん」

 

 ミサトも内心は温泉が楽しみな様である。

 

「しかし、あの使徒は何で消滅したのかしら?」

 

 アスカが疑問に思った事をミサトに聞いてみた。

 

「あれね。リツコに言わせると、膨張したのよ」

 

「膨張?」

 

「そう。膨張よ。火山の中に居たんですもん。凄い高圧力の中にいたのが、急に圧力の低い火口表面の近くに来れば体の中の僅かな空気が膨張したのよ。膨張して薄くなった表皮が周りの熱さに耐えられなかったのよ」

 

「釣られた魚みたいね」

 

 アスカの感想に思わず苦笑したミサトであった。

 ミサトが運転する車が旅館に到着すると旅館には『ネルフ一行様』と書かれていた。

 

(色んな意味で良いの?)

 

 アスカは思ったがミサトは当然とした顔をしている。

 旅館に入り部屋に通されると浴衣に着替えて温泉に行く事になる。

 

「クワッー!」

 

 ペンペンは温泉ペンギンの名の通りに温泉に入ると喜んで泳ぎ回る。

 シンジも貸切状態の温泉で日頃の疲れを癒すのであった。

 

(はあ。ご飯の支度もせずに、お風呂に入った後に食事をして後片付けもしないとか、本当に極楽だなぁ)

 

 主婦みたいな感慨に耽るシンジであった。シンジが束の間の癒しを堪能していた頃、女三人組も大人しく温泉を堪能していた。

 

「アスカ。ドイツの温泉と比べて日本の温泉はどう?」

 

 ミサトがアスカにビール片手に質問した。

 

「ドイツみたいに時間制でないのがいいわ」

 

 アスカはミサトの手にしている金色の缶をチラリと見て言葉を続ける。

 

「逆に飲酒は禁止な事がドイツの良いところよ」

 

「こ、これは、水分補給よ」

 

 ミサトの言い訳にならない言い訳にアスカも呆れる。

 

「そんな生意気な事を言う子は、お仕置きよ!」

 

 ミサトがアスカを正面から胸に抱き締める。アスカはミサトの胸に顔を埋めさせられて息が出来ない。

 思わずタップするアスカであった。

 

「ちょっと、ミサト。殺す気!」

 

 ミサトの胸から解放されたアスカが文句を言うのは当然である。

 

「あら、女同士のスキンシップよ」

 

「何がスキンシップよ。あんたの胸は凶器よ!」

 

 ミサトとアスカが低レベルの口喧嘩をしていると、レイがミサトの背後に忍び寄りミサトの胸を鷲掴みした。

 

「これが、凶器なの?」

 

 言いながらもレイはミサトの胸を揉んでいる。

 

「ちょっと、レイ!?」

 

「アスカ。葛城一尉の胸。柔らかくて弾力がある」

 

「えーそうなの?」

 

 アスカもレイのセクハラ行為に加担する。

 

「ちょっと、貴女達!」

 

「本当にミサトの胸って、柔らかくて弾力が有るわ!」

 

「ちょっと、止めなさい。触るなら自分の胸を触りなさい!」

 

 

 隣で聞く気もないが女子達の会話を聞いてしまったシンジは顔の半分まで湯に浸かっていた。

 

(また、膨張してしまった!)

 

 シンジが無駄な精神修練を積んでいると日向と青葉が入って来た。

 

「よう。シンジ君」

 

「あ、日向さん、青葉さん!」

 

「シンジ君も、かしまし娘達のお世話、ご苦労様!」

 

 青葉がシンジを労うと隣のミサトが聞き咎めてきた。

 

「青葉君。なんですって!」

 

「聞こえてました?」

 

「バッチリと聞こえていたわよ!」

 

 慌てる青葉にアスカが声を掛ける。

 

「青葉さん。私達をミサトと一緒にしないで」

 

「私もです!」

 

「ちょっと、アスカ、レイ!」

 

「シンジ君。人生を棒に振る気が無いなら引越しを勧めるわ!」

 

 リツコもアスカを支持する。

 

「リツコ。あんたねえ!」

 

 青葉の言葉が事実と証明している事に気付いてない会話が聞こえて来る。

 日向が小声でシンジに語り掛けてきた。

 

「シンジ君。色々と大変だけど、葛城さんを見捨てないでくれ」

 

 日向の眼鏡が湯気で曇ってなければ、シンジは日向の涙を見る事になったであろう。

 隣の女湯ではネルフの良心とも言えるマヤが頭を抱えて呟いていた。

 

「特務機関の面目丸潰れ」

 

 騒がしい入浴を済ませると宴会場にての晩餐となる。

 宴会ではなく、晩餐なのは、乾杯の時にグラスのビールだけで後はひたすら食事に専念したからである。

 ミサトと日向は朝から調査の為に出向き、A-17発令後は機密守秘の為に昼食も抜いていた。

 リツコを筆頭に本部に残った面々も浅間山への移動準備の為に昼食を抜いていた。

 パイロットは一応は軽食を摂ったが食べ盛りのパイロット達が満足が出来る量ではなかった。

 

「仲居さん。おかわり!」

 

「私も!」

 

 仲居が何回もお櫃を持って宴会場と厨房を行来する。

 パイロットの前には特別に担当の仲居とお櫃が用意された。

 欠食児童の集団と化した一行が満腹になると全員が就寝した。

 A-17の発動が大人達の精神に負担になった事が窺える。

 アスカも疲れた様で布団に入った途端に寝息を立てた。

 シンジは大人達のイビキに閉口して部屋を抜け出すと温泉に浸かり静かに月を眺めていた。

 

「碇君?」

 

 聞こえる筈のない声に、月を眺めていたシンジが反射的に振り返るとレイも温泉に浸かっていた。

 レイの白い肌と水色の髪は湯気で簡単に隠れていた。

 

「あ、綾波!」

 

 幸いな事に乳白色の温泉はレイの身体を隠している。

 

「男湯に何で?」

 

「私が入る時は女湯だったわ」

 

「何時から入っているの?」

 

「夕食が終わってから」

 

 シンジは唖然とした。夕食からは既に数時間が経過している。

 

「綾波が入っている間に男湯と女湯を入れ替えたんだよ」

 

「そうなの」

 

 シンジは頭を抱えたくなった。ミサトとは別にレイも羞じらいが無い。

 

「取り敢えず、僕が先に出て見張るから綾波も出て!」

 

 使徒や人類補完計画と別にミサトに料理を教えて結婚が出来る様にする事を目標に逆行したシンジだが、新しい目標が出来てしまった。

 

 脱衣場から出たレイを見てシンジは自身の顔が火照るのを自覚した。

 月の光に照らされて湯上がりのレイは静かな美しさを持っていた。

 

「碇君。顔が赤いわ。湯あたりかしら」

 

 レイはシンジを旅館の庭にあるベンチに連れて来た。

 

「少し、涼んだ方がいいわ」

 

 シンジの横に座り月を眺めるレイを見てシンジは改めてレイの美しさに魅入られる。

 

「綺麗だ」

 

 シンジが無意識に出した言葉にレイは月を眺めながらも応える。

 

「本当に綺麗な月ね」

 

 シンジはレイの誤解を解こうとしたが言い出せずにレイの誤解に便乗した。

 

「本当に綺麗な月だね」

 

(綾波が横に居てくれるだけで、満足しないと駄目だよなあ)

 

 世間一般ではヘタれと呼ばれる行動を取っている事にシンジは気づかない。

 そして、仲良く月を眺める自分達を見ている集団にも気づかない。

 

「無様ね。シンジ君」

 

「シンちゃんには帰ってから色々と教育の必要があるわね」

 

「シンジって、本当にガキね」

 

「まあ。シンジ君らしいですよ」

 

 ミサトの寝相の悪さで起きたアスカがレイが部屋に居ない事に気づいてミサト達を起こして探していたのだ。

 

「葛城さん!」

 

「赤木博士!」

 

 小さいが鋭く強い声がした。出歯亀カルテットが振り返ると日向と青葉が立っている。

 その後、出歯亀カルテットは二人に部屋まで連行されて説教をされる事になる。

 その頃、シンジは勇気を振り絞りレイと手を繋ぐ事に成功していた。

 

(綾波の手って、柔らかい)

 

 握った手をレイも握り返してきた。二人は互いの瞳を見つめた後に、そっと抱き合う。

 

「これからも、何千何万回も綾波と二人で月を眺めたい」

 

「うん。私も碇君と月を眺めたい」

 

 シンジは抱き締めたレイの温もりを手離したくないと思った。

 だから、全ての人を不幸にする人類補完計画を阻止してレイと共に生きたいと思うのであった。

 

 

 

 



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第19話 第九使徒マトリエル

 

 シンジは送迎中の車の後部座席から、ゲンドウに携帯で電話していた。

 

「来年以降の進路の三者面談があるんだけど」

 

「お前の学校生活から全てを葛城君に一任している」

 

「ミサトさんも忙しいだろ。部下にプライベートな事まで押し付けるのは駄目だろ」

 

「お前の言う事も一理はあるが、」

 

 通話中に電話が切れてしまった。

 

(来たな!)

 

 シンジは横で話を聞いていたレイに目だけで合図するとレイも無言で頷く。

 レイは携帯を取り出して電話を掛ける。

 

「どう。綾波?」

 

「駄目。繋がらない」

 

 二人の会話を聞いていた助手席のアスカが振り返って会話に加わる。

 

「何が駄目なの?」

 

「その、携帯が繋がらないんだ。アスカは?」

 

「二人の携帯が繋がらない?」

 

 アスカも携帯を出して掛けるが繋がらない様子である。

 

「これ、おかしいわ!」

 

 運転していた警備部員も車を止める。

 

「携帯だけじゃないぞ。見てみろ。信号機も消えている!」

 

 言われて窓の外を見てみると交差点の全ての信号機が消えている。

 

「全員手摺りに掴まってくれ。本部まで飛ばすぞ!」

 

 急発進した車内で、運転手の警備部員も含めて対策会議を開く。

 

「何か事故か事件が起きているのは間違いないわ」

 

 アスカが会議の口火を切った。

 

「問題は何が起きているかね」

 

「携帯電話が使用不能になり、信号機も消える」

 

 シンジが起きている現象を確認する。

 

「停電ね」

 

 レイが事実を口にする。

 

「しかし、停電となると事故ではなく、人為的な現象だな。この街は使徒と戦う為に作られた街だから、何重にも停電対策をしている。事故で停電したとは考えにくい」

 

「リツコが実験に失敗した可能性は?」

 

「……」

 

 アスカの失礼な発言に警備部員が否定も肯定もしないのは、リツコへのネルフ職員からの評価が分かる。

 シンジとレイは事実を知る者として、リツコの濡れ衣を晴らそうと思ったが出来なかった。

 

「もし、リツコが犯人じゃなかったら、誰が停電を起こしたの?」

 

 アスカの疑問は当然の疑問である。

 

「エヴァだけじゃなく、ネルフはハイテクの集合体だから狙う連中は沢山いる。君達を狙う連中もいるから気をつけてくれ」

 

「はい」

 

 三人が異口同音に返事をすると同時にネルフ本部の出入り口まで到着していた。

 シンジ達がネルフ本部に入った頃、日向はコインランドリーで洗濯物を回収した帰りであった。

 

「葛城さんも本当にズボラだな。自分の洗濯物ぐらい自分で取りに行けばいいのに。シンジ君の苦労が忍ばれる」

 

 愚痴を言いつつも惚れた弱味でミサトの制服を運ぶ日向である。

 この時点では、日向はネルフ本部の異変を察知してなかった。

 そして、日向が徒歩で駅に向かっていた頃、ネルフ本部は混乱の極みであった。

 

「生き残った回線は?」

 

「全ての回線を含めて1.25%です!」

 

 発令所内を大声で会話する状態であった。

 

「全ての電力をセントラルドグマとMAGIに回せ!」

 

 叫ぶ冬月に青葉が全館の生命維持に支障が出る事を進言する。

 

「構わん。セントラルドグマとMAGIが最優先だ!」

 

 照明代わりの蝋燭を中で生き残った回線をマヤが探している。

 

「駄目です。正、副、予備の全ての回線が落ちています」

 

「保安部と警備部は非常警戒体制を取れ、整備部と営繕部は回線の復旧を急げ」

 

 矢継ぎ早にゲンドウが指示を出す。

 

「碇。パイロット達はどうする?」

 

「問題無い。シンジ達は既に本部の異変を察知している筈だ。今頃は送迎車で此方に急行している」

 

 ゲンドウの予想した通りに、この直後に警備部の送迎車が発令所に入って来た。

 

「非常事態により、パイロットを発令所まで直接に連れて来ました!」

 

 車からパイロット達が降りて来る。

 

「パイロット達はプラグスーツに着替えて待機せよ」

 

 ゲンドウはシンジ達に指示を出すとリツコにミサトの行方を尋ねる。

 

「分かりません。本部に居るのは確かです。何処かに閉じ込められてると思われます」

 

「そうか」

 

「ふむ。葛城君が不在の今、復旧までの間に使徒が来なければ良いが」

 

 冬月の危惧が現実化したのは数分後である。日向が選挙カーで使徒進攻を知らせたのである。

 

「冬月、ここを任す。私はケイジでエヴァの発進準備をする」

 

「手動でか?」

 

「緊急用のディーゼルがある」

 

「もう、若くないのだから、無理をするな」

 

「ああ」

 

 そう言い残すとゲンドウは盥から足を出して靴下と靴を履き、タラップを下りて行った。

 エヴァの発進準備が部署を超えてネルフ職員達が人力で進めている最中に作戦部の長であるミサトも危機に瀕していた。

 

「こんな長時間の停電は異常だわ。ここを脱出しないと!」

 

「発令所には、碇司令に副司令もいる。赤木もいるから、葛城が居なくとも心配ないだろ」

 

 エレベーターに一緒に閉じ込められた加持がミサトの焦りを宥める。

 

「それだけじゃないわ」

 

「他に何が」

 

「さっきから、トイレを我慢していたの。もう限界に近いわ」

 

「マジ!?」

 

 流石に顔を赤くするミサトの切迫した事態に顔を青くする加持であった。

 ミサトと加持が被害としては軽微だが危機に瀕していた頃、ケイジではエヴァの発進準備が完了していた。

 

「エヴァ、拘束具を実力で除去!」

 

 三体のエヴァが拘束具を自力で動かして行く。

 

(また、コストが……)

 

 冬月が呟いていたが聞こえた者も聞こえなかった事にした。

 

「非常用バッテリー搭載完了!」

 

 リツコがハンドスピーカーを手に号令を掛ける。

 

「エヴァ全機。出撃!」

 

 三体のエヴァは出撃を始めた射出口をよじ登り、途中からは水平方向へと匍匐前進をする。

 

「格好悪い!」

 

 アスカが嘆いたが使徒が直上まで来ているのである。格好悪くとも急がなければならない。

 

「この先の穴を出れば地上だよ!」

 

 先頭を行く初号機の中からシンジがアスカを慰める。

 

(さて、この先からは上から溶解液が降って来るけど、その前に辿り着けるかな)

 

 シンジの心配は的中した。縦穴を登っている最中に第九使徒マトリエルが溶解液を落としてきた。

 

「溶解液だ!」

 

 シンジが叫んで後方のアスカとレイに注意を喚起する。

 シンジは初号機を両足だけで縦穴に固定して、ATフィールドを斜めに展開して溶解液を縦穴の一部分だけに集中して流す。

 零号機も両足だけで縦穴内で自身を固定させると手にしたライフルを初号機に投げ渡す。

 初号機はライフルを受け取ると頭上のマトリエルに乱射した。

 マトリエルは至近距離からの攻撃を受けて力尽きた。

 

「ナイスコンビネーション!」

 

 最後尾から初号機と零号機の連携プレーを目撃したアスカが素直に称賛した。

 

「私とでは、こうは行かないわね」

 

 アスカが人の悪い笑みを浮かべて意味深な発言をする。

 

「そうね。私と碇君だもの」

 

「レイ。あんたね」

 

 レイの惚気とは自覚しないままの惚気にシンジはエントリープラグの中で赤面するのであった。

 

 6時間後、第3新東京市に人工の光が甦る。星空を眺めていたパイロット三人の眼下では街に光が広がる光景が展開される。

 

(今回は大した対策も取れないでいた。事前に起きる事が分かっていても、僕の力では僅かな事しか出来ない。次の使徒は前回と同じ戦法しかない。これから先が不安だな)

 

 シンジが自身の無力さを痛感しているとレイがシンジの手を握ってきた。

 シンジがレイに視線を向けるとレイは頷きながらシンジに笑顔だけで語り掛けてきた。

 

(大丈夫。少しずつだけど前回よりは確実に改善しているわ)

 

 シンジは握られた手を握り返す事で自分は一人ではなかった事を伝える。

 そう。シンジ一人では無いのだ。今、自分の横には最大最強の協力者がいるのである。

 そして、見つめ合う二人に気付いた一人の少女が声に出さないまま神に縋っていた。

 

(神様。私にも幸福を下さい!)

 

 更に不幸な一組の男女がネルフ本部に居た。

 男の肩車でエレベーターから脱出を試みた女は結局、トイレには間に合わずに男の肩に漏らしてしまう。

 肩車をした男は漏らされて上着とシャツをシャワー室で自身の体と一緒に洗濯をしていた。

 更に2日後、全身が筋肉痛の為に湿布を体中に貼り付けた男が筋肉痛と戦いながら被害報告をゼーレにする事になる。

 



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第20話 第十使徒サハクイェル

 

 マトリエル戦が終わり、シンジ達は束の間の平和を楽しんでいた。

 

「すまんなあ。碇」

 

「急な雨だったからね」

 

「本当に天気予報も信用が出来ないんだから!」

 

「ヒカリはこっちね。それとミサトが寝てるから静かにしなさいよ!」

 

「了解。惣流」

 

「碇君。はい、タオル」

 

 シンジ達は、下校直前に雨が急に振りだした為、送迎車にクラスメートを同乗させて、一旦、葛城宅に雨宿りさせた。

 

「ヒカリ。傘が足りなくて、悪いけど、鈴原と一緒に帰ってくれる」

 

「相田君は鈴原君達と反対方向だったわね」

 

 実際は傘が2本しかないのではなく、ヒカリとトウジを二人きりにする為のアスカとレイの策略であった。

 

(鈴原はシンジ以上の朴念仁だし、ヒカリは奥手だから)

 

(洞木さんと鈴原君がカップルになれば、私も学校で碇君と遠慮なく一緒にいられる)

 

 アスカはシンジが聞けば不機嫌になりそうな事を考え、レイはクラスメート達が聞けば『あれで、遠慮してたのか』と言われそうな事を考えていた。

 

「あら、今日は。皆、来ていたの」

 

「あ、ミサトさん。お邪魔してます」

 

 トウジが一同を代表して挨拶するとヒカリとケンスケも頭を下げる。

 

「そんなに改まらなくても」

 

 ミサトも苦笑するしかない。

 

「あっ!」

 

 突然、ケンスケが驚きの声を出したので全員がケンスケに注目する。

 

「これは、御昇進、おめでとうございます!」

 

 ケンスケがミサトに祝いの言葉を言うので、ケンスケ以外は呆気にとられる。

 

「おい。碇達も一緒に暮らしていて、一尉から三佐に昇進したのを知らなかったのか?」

 

「そうなんだ。それなら言ってくれたら良かったのに、ミサトさんも水臭い」

 

「そんな、照れ臭いじゃない」

 

 シンジの言葉に珍しくミサトも少し照れている。

 

「それじゃあ。ミサトの昇進パーティーを開きましょう!」

 

 アスカが提案して、シンジとレイも賛成したのでミサトの昇進パーティーは速やかに開催されたのである。

 

 パイロット達は恒例のシンクロテストを行っていった。

 

「しかし、シンジ君は素晴らしいですね。まるで、エヴァに乗る為に生まれた来た様な子です」

 

 技術部の職員が感嘆するのも無理はなかった。シンジのシンクロ率は第四使徒以降、常にトップの数字を出している。

 シンジにしたら、初号機の中に母親のユイが存在する事を知っているので、シンクロ率の操作等は簡単なのである。

 しかし、真実を知らないミサトにはシンジが不憫に思えていた。

 

「本人の意思を無視してだけどね」

 

 ミサトは思う。もし、シンジにエヴァの

パイロットとしての適性が無ければシンジの人生は平穏なものではなかったか。大人達の道具になる事もなかったと思うが、エヴァのパイロットだから、レイという恋人を得る事が出来たのではないか。

 

(本当に人生は塞翁が馬よね)

 

「はい。三人ともお疲れさま。実験終了よ」

 

 ミサトが思考の海を泳いでいる間に実験は終了していた。

 

「シンジ君は安定しているわね。アスカとレイも着実に数字を伸ばしているわ。この調子で、これからも頑張ってね」

 

「はい」

 

 リツコが総括すると解散の流れとなった。ミサトは部屋を出て行くシンジの後ろ姿を見て、本当に不思議な子だと思う。

 

(以前のアスカなら、数字に拘りシンジ君を敵視していた筈なんだけどね)

 

 悪い言い方をすればアスカを手懐けてしまったのだ。

 そして、シンジはネルフ職員に自分達が本当に守るべき相手を常に示している。

 

(私達、役人の縄張り意識や利権とか、下らない物より大事な事を分かっているのね。だから、アスカもシンジ君を信用しているんだわ)

 

 ミサトは自嘲してしまう。三佐に昇進しても嬉しくない理由が理解が出来たのだ。

 実際は、この時期、シンジは使徒戦については何も考えていなかった。

 次の第十使徒サハクィエルに対してはミサトの作戦が最上策でシンジが修正する部分が無いのである。

 更に第十一使徒イロウルに関してはシンジは何も聞かされて無いので対策を立てる事が出来ないのである。

 シンジにしたらネルフ本部の大人達を信用するしかないのである。

 そして、シンジも所詮は中学生である。恋人であるレイとの何気ない日常に幸せを感じて堪能していたのである。

 その証拠として、ミサトの昇進パーティーでは、レイとイチャつくのである。

 

「はい。綾波。アーンして!」

 

 素直に口を開けて肉団子を食べるレイがいた。

 

「少しずつで良いから、綾波も肉を食べれる様になろうね」

 

 シンジに食べさせてもらった肉を咀嚼しながら、コクりと頷くレイである。

 この状況を見せつけられる参加者の精神汚染を半ば本気で心配するリツコであったが、中学生達とミサトは慣れたものである。加持とリツコだけが唖然とするのである。

 

「ちょっと、ミサト。これが日常風景なの?」

 

 ミサトが諦めた表情で頷く。

 

(それなら、ミサトが残業したがるのも理解が出来るわ)

 

「アスカ。あの二人、学校でも、あの調子なのか?」

 

 加持がアスカに小声で尋ねると予想外の返答がきた。

 

「今日は大人達がいるから、大人しい方よ」

 

 アスカの言葉に加持は思わずミサトに同情してしまった。

 

 息子が腑抜けている頃、父親は真面目に仕事に取り組んでいた。

 人類補完計画の鍵の一つである、ロンギヌスの槍の回収に南極に来ていたのである。

 

「死の世界、南極か。また、同じ過ちを繰り返すのか?」

 

「その為の人類補完計画だ」

 

 冬月の皮肉に皮肉で返すゲンドウであった。

 ゲンドウにしたら、ユイと再会さえすれば、世界がどうなろうと関係ないのである。

 冬月にしたら、ゲンドウとユイが再会する事の副産物として、ゼーレの人類補完計画を頓挫させる事が出来るからゲンドウに協力しているだけなのである。

 ゼーレ、ゲンドウ、冬月と三者が互いを利用しているだけなのである。

 

(それでも、今は使徒を倒す事が最優先だがな)

 

 冬月が歪な関係を皮肉に思っていると、警報が鳴り響いた。

 

「ネルフ本部より入電。インド洋上空、衛星軌道上に使徒発見!」

 

「二分前に突如、現れました」

 

「至急、碇司令に連絡。国連軍に協力を要請。それと使徒のサーチを」

 

 ミサトは日向の報告と同時に指示を出しながら、スクリーン上の使徒を観察する。形態から攻撃方法を探るのだ。

 

「しかし、常識を疑うわね」

 

 サーチ開始した瞬間にスクリーンは砂嵐となった。

 

「ATフィールドの新しい使い方ね」

 

 何時の間にかミサトの横に来ていたリツコも半ば感心していた。

 更に感心する事に、第十使徒サハクィエルは自身の体の一部を切り離して落下させてきた。

 

「一発目は大外れ。二発目以降は修正してきている」

 

「次は来るわね。本体ごと」

 

 ミサトもリツコも航空写真を見るだけで破壊力は理解が出来た。

 

「碇司令との連絡は取れません。N2航空爆雷も効果ありません」

 

 

「本部の退去を始めます」

 

 青葉の報告と同時に決断をするミサトであった。

 

「ここを捨てるのですか?」

 

「その前に悪足掻きはするわよ」

 

 驚く日向の問に笑顔で応えるミサトであった。

 

「という訳で、落下する使徒をエヴァで受け止めます!」

 

「了解!」

 

 ミサトはパイロット達は何も言わずに命令を受けたので拍子抜けした。

 

「ちょっと、何も聞かないの?」

 

「ミサトの無茶ぶりは、いつもの事じゃない」

 

 アスカが一同を代表して応えるとシンジとレイが同時に頷く。

 

「大丈夫よ。私達に任せなさい!」

 

「悪いわね。終わったらステーキでも奢るわ」

 

 ミサトもパイロット達の軽い口調に気分が楽になった。

 

「じゃあ。早速、作戦の詳細を説明します」

 

 作戦の詳細と言っても、MAGIが算出した場所にエヴァを配置するだけである。

 使徒を発見次第、落下地点に移動するだけである。

 問題は間に合うか間に合わないかの話だけである。

 

「MAGIが距離一万迄は誘導します。後は各自の判断で対処して」

 

 パイロット達はエントリープラグ内でミサトの説明を聞きながら緊張感の欠片もなかった。

 

「スタート!」

 

 ミサトの合図と共に三機のエヴァが地を駆ける。ソニックブームを起こしながら一直線に落下地点に移動する。

 前回同様にシンジが一番乗りをしたが、前回と違うのは初号機が展開したATフィールドと他の二機のスピードである。

 

「凄い。初号機が使徒と互角のATフィールドを展開している」

 

「零号機。ATフィールド全開!」

 

 零号機が加わると逆にサハクィエルを浮き上がらせる。

 

「弐号機。ATフィールド全開!」

 

 更に弐号機が加わるとサハクィエルはエヴァが展開したATフィールドに包まれた。

 

「こん、チクショウ!」

 

 弐号機がサハクィエルのコアに会心の一撃を放つ。

 サハクィエルはエヴァ三体が展開するATフィールドの内で爆発したのである。

 

 

 



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第21話 それぞれの晩餐

 

 頭を下げるミサトに加持は憮然とした顔をしていた。

 

「葛城三佐殿。子供達に飯を食わせる金も無いとは、どういう事なんですか?」

 

 加持が他人行儀な事から、本気で怒っている事がミサトには分かっているだけに、下げた頭を更に下げる事になる。

 

「ほら、車の車検代が思っていたより、高くついてね」

 

「それなら仕方がない。俺も日本に戻って来て色々と揃えるのに余裕が無いからなあ」

 

 加持にしたら、ミサトの年齢と役職から車検程度で子供達に食事を奢る金に困る事は無いとは分かっているが、上司であるミサトから頭を下げられては無下には出来ないのである。

 

「来月には耳を揃えて返してくれよ」

 

 財布から数枚の札を出してミサトに渡す加持であった。

 ミサトが加持に頭を下げていた頃、リツコはサハクイェル戦の分析をしていた。

 

「先輩。これは、一体?」

 

 マヤがモニターを見て顔を青くしている。

 

「初号機のATフィールドが尋常でない事は納得が出来るけど、問題は零号機と弐号機ね」

 

 リツコが指摘したのは初号機のATフィールドに零号機と弐号機のATフィールドが同調している事である。

 

(初号機はリリスのコピー。それにアダムのコピーである零号機と弐号機と同調するとは!)

 

「ATフィールドが同調して強化されるとは!」

 

 エヴァや使徒、ATフィールドは謎ばかりなのである。

 その、謎ばかりの物ばかりで、戦いをしているのが現状である。

 

「初号機のATフィールドに同調して零号機のATフィールドも強化してます。更に弐号機も加わり三機のエヴァのATフィールド全体を強化されてます」

 

 マヤも分析結果の意味も分かるので驚きも大きい。

 

「今回は半球状に展開して使徒の爆発のエネルギーを上空に逃がしてます」

 

「形状まで変えるとはね。何でも有りね」

 

「でも、これからの使徒との戦いでは強力な武器になりませんか?」

 

 現実問題として、事前に想定した家屋の被害も小さいのである。

 

「使徒だけならね」

 

 ATフィールドだけでも、軍事技術としては価値がある。

 ましてや、パイロット達が未成年となれば長い年月と費用を掛けてパイロットを育成する必要もない。

 

「マヤ、一度、休憩してから、同調するプロセスから調べましょう」

 

 リツコとマヤは売店で買ってきた、カップ麺とサンドイッチの夕食を始めるのであった。

 

 冬月は夕食のカップ麺のうどんを一口啜り、顔をしかめる。

 

「松本で仕入れたものか?」

 

 セカンドインパクト以前は京都に在住していた冬月には松本から仕入れたカップ麺は塩辛く感じてしまう。

 

「ああ。そうだな」

 

 ゲンドウのカップ麺は冬月のカップ麺より、出汁の色が明らかに薄い。

 

「碇。それは?」

 

「自前で用意していた物だ」

 

「な、何だと。碇。お前という奴は!」

 

 冬月同様にゲンドウもセカンドインパクト以前は京都に在住していたので、食事は全般的に薄口である。

 そして、ゲンドウは以前にも南極行きの経験があり、南極行きの艦内の食事に関しても知っていたので事前に用意していたのである。

 ならば、南極行きが初めての自分に助言なり忠告くらいしても良いものを。

 冬月はゲンドウの性格を知りながらも腹が立ったが、カップ麺ごときで喧嘩するのも、恥ずかしいと思い我慢して、夕食を再開するのであった。

 

 ミサトに金を貸した事を加持は後悔していた。

 

「万札かと思っていたら、五千円札だったか」

 

 ミサトに札を渡す時に一万円札を残したつもりが五千円札だったのだ。

 自家用車の駐車場代を払うと財布の中身は空に近くなる。

 

「仕方ないが自炊するか」

 

 加持は米を研ぎ炊飯器を早炊きにセットすると、買い置きの非常食を漁る。

 

「おっ、缶詰があったぞ!」

 

 スパムを薄切りにカットして塩胡椒をして下味を付ける。

 小麦粉をまぶしてフライパンで焼き、キャベツを敷いた皿に盛り付ける。

 即席の味噌汁に少しだけチューブニンニクを入れると米が炊き上がる。

 飯茶碗に飯を盛り付けて、スパムに醤油を垂らす。

 

「いただきます」

 

 行儀良く手を合わせるのは、アスカの手本となる為につけた習慣である。

 

「もう少し水を入れた方が良かったかな」

 

 一人での夕食だが、加持はミサトより家事のスキルは有るようであった。

 

 加持に自炊をさせた原因を作ったミサトはアスカとステーキハウスで無言でステーキをカットしていた。

 

「綾波。あーん」

 

 シンジがレイに肉を切って食べさせている。

 

「はい。碇君」

 

 次はレイがシンジに肉を切って食べさせている。

 アスカはミサトの向かいに座り、シンジがミサトの財布の中身を心配してラーメンでもとの主張を却下した事を後悔していた。

 

「あんた、ばか?」

 

 アスカはお決まりの台詞の後に自身の説を主張した。

 

「ミサトの金欠病は毎晩の晩酌が原因なんだからね。ここで散財させてビール代を使わせるのがミサトの健康のためよ!」

 

 この主張は、逆行前よりも酒量が増えた事を知るシンジには効いた。

 

「それに、レイも肉を食べれる様になってきたんじゃない。良い訓練にもなるわよ」

 

 この主張にシンジも納得してステーキハウスでの晩餐になったのだが、まさか、ステーキハウスでもバカップルっぷりを発揮するとはアスカも想定外であった。

 目の前で無表情でステーキを切り続けるミサトを見ると、ミサトが酒を飲む理由が分かった気になるアスカであった。

 

(加持さん。ミサトを助けてあげて!)

 

 アスカとしたら、哀れな独身女を救えるのは加持しか居ないと確信したのだ。

 若い自分にはチャンスがあるがミサトと結婚する奇特な男性は加持しか思い浮かばなかったのである。

 

 アスカからミサトを救う候補から外された日向は青葉と二人でネルフ本部の食堂で食事をしていた。

 メニューは二人とも野菜炒め定食にジャンボサラダである。

 二十代半ばの二人には肥満とは無縁に思えるが、座り仕事が多い二人は慢性的な運動不足とビタミン不足の自覚があった。

 

「最近、葛城さんが残業する事が多くて、仕事のチェックが厳しいんだ」

 

 日向の愚痴に青葉も自身の愚痴を口にする。

 

「自分も副司令が不在の時は、副司令の仕事が回ってきて大変なんですよ」

 

 ゲンドウは家庭人として完全な落第生だが、管理職としては優秀で細かい所まで口煩いのである。

 冬月はゲンドウの口煩い性格を把握していて、部下からの書類は全てチェックしていたが、冬月が不在の間は青葉が代行しているのである。

 自然とデスクワークが多くなり、運動不足となるのである。

 

「ふう。碇司令か冬月副司令かの、どちらかが居てくれないと困るな」

 

 日向の危惧はミサトの三佐昇進という形で対処されているが、日向の仕事量の減少には貢献してないのが現状である。

 逆にミサトの三佐昇進の影響をモロに受けた者もいる。

 

「クワッ!」

 

 ペンペンは自分の餌皿に山盛りのイワシと傍らに置かれたビールを前に喜びの声を出していた。

 イワシを食べながら器用に嘴で缶ビールの開封してビールの穴に嘴を入れてビールを飲んでいる。ペットは飼い主に似るとは事実の様である。

 ミサト達が帰宅すると、ペンペンは居間で大の字になって爆睡していたのである。

 ビールを飲んで爆睡しているペンペンを見てパイロット達は飼い主であるミサトに冷たい視線を向ける。

 流石に子供達の視線に耐え兼ねたのかミサトは晩酌をせずに自室に逃げ込んだ。

 子供達は順番に入浴すると昼間の疲れが出た様でベッドの住人となった。

 夜半、ミサトが盗み酒に起き出すと、ベランダでシンジとレイの二人が月を眺めていた。

 

(あら、まあ。シンちゃんもやるじゃない!)

 

 ミサトは軍人としてのスキルを発揮して二人の会話が聞こえる位置まで移動すると既にアスカが身を隠していた。

 二人は無言で互いの出歯亀行為について、無言で了承する。

 

「碇君。まだ、考えてるの?」

 

「いや、もう考えてないよ。綾波は?」

 

「私も考えられないわ」

 

 若い二人は苦笑して肩を寄せ合う。

 

「僕達が考えても、ミサトさんやリツコさんの作戦を超える事は出来ないよ」

 

「そうね」

 

「僕は綾波さえ無事なら、それで満足だよ」

 

「私も碇君さえ無事なら満足よ」

 

(私は?)

 

 二人の会話を聞いてアスカは色々な意味で口に出来ない思いを心で叫ぶ。

 

「でも、万が一の事もあるわ」

 

「大丈夫。ミサトさんやリツコさんがいるから、僕は大丈夫だよ。今も、ここに居る」

 

 ミサトは流石に良心が咎めたのか、アスカを促して自室に戻った。

 そして、シンジとレイの会話は続いていた。

 

「次の使徒は二人に任せるしかないわ。でも、その後の使徒は……」

 

 そこで、言葉に詰まったレイがシンジに抱きついた。

 

「大丈夫だよ。まだ、時間はある。ゆっくり考えよう」

 

 シンジは抱きついてきたレイを抱き締めて強敵である使徒について考えた。シンジとレイの関心は既に第十一使徒イロウルではなく、第十二使徒レリエルにあった。

 

 

 

 



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第22話 勧誘

 

 シンジとレイは第十一使徒イロウルについては完全に開き直り、自分達の思い出を作る為に熱心であった。

 言葉を変えれば対策を諦めてイチャつく事に熱心であった。

 

「たく、二人でイチャイチャと色ボケしおってからに!」

 

 ミサトが残業しながら書類に八つ当たりする。

 

「まあまあ。葛城さん!」

 

 日向も苦笑するしかない。ミサトが残業して仕事も減り、ミサトの細かい指摘にも慣れて日向は定時で帰れる事も増えた。

 ミサトとしては残業代も稼げるし、家に居る時間が少なくなるので酒量も減り健康的なので良い事ばかりなのだが、それでも不満はある。

 

「まあ。明日はMAGIの定期検診があるから仕方ないですけど、実験が終わったら早めに帰宅されてはどうですか?」

 

 日向にしたら、善意からの言葉だったが、ミサトには別の意見がある。

 

「はあ。日向君は、あの二人のバカップルぶりを知らないから言えるのよ」

 

 ミサトの言葉に日向は色々と想像してしまった。

 

「それなら、尚更、葛城さんが帰宅するべきでは!」

 

「何を想像したか聞かないけど、健全な付き合い方だから、見ている方が恥ずかしいくらいよ!」

 

 ミサトには、日向の頭の上にハテナマークが浮かんで見えた。

 

「まあ。一度、日向君を我が家に招待するわ!」

 

 その頃、ミサトにバカップルと言われたシンジとレイは二人で手を繋ぎ仲良くテレビを見ていた。

 

(はあ。何でテレビを見ている時に手を繋ぐ必要があるのかしら?)

 

 アスカはペンペンの相手をしながら、二人を見て呆れていた。

 

「ちょっと、そこのバカップル。今日は早く寝なさい。明日は特別なテストもあるんだから!」

 

「「はい」」

 

 返事が見事にユニゾンをしている。

 

(はあ。私は世界一不幸な美少女だわ!)

 

 アスカも二人が自室に入るのを確認すると自身も就寝するのであった。

 翌日、パイロット達は放課後、家に寄らずにネルフ本部に直行する。

 本部に到着すると入浴させられる。

 

「全員、綺麗に全身を洗うのよ!」

 

 三人は言われるままに全身を洗うと、新しい下着を用意され、一人が立つ程度の部屋に入れさせられる。

 

「ここで下着を脱いでね。もう一度、綺麗に消毒します」

 

「ここから、先は超クリーンルームなの。シャワーを浴びて下着を替えた程度では済まないわ」

 

 ミサトとリツコの二人に言われてアスカも文句を言えないまま黙って従うしかなかった。

 その後、エアシャワーとシャワーの洗礼を受けると横の壁と正面の壁が消える。

 

「どう。お望み通りに17回も垢を落としたわよ」

 

「では、そのまま部屋を通り抜けて、そのままエントリープラグに入って頂戴!」

 

 これには、流石にアスカも抗議した。

 

「ちょっと、何を考えているのよ!」

 

「カメラは切っているから、プライバシーは守られているわ!」

 

「そういう問題じゃないでしょ!」

 

「アスカ、命令よ!」

 

 ミサトが伝家の宝刀を抜き、アスカも渋々ながらも従うしかなかった。

 

「ミサトさん。命令には従いますがエントリープラグにプラグスーツの用意をお願いします。もし、事故とかあった時は困ります」

 

「その、シンジ君、ちょっと待ってね」

 

 数分後、ミサトからエントリープラグ内にプラグスーツを用意したと伝えられた。

 

 シンジとレイにすれば、これから始まる騒動を知っているのでプラグスーツ程度は欲しいのである。

 実験は何事もなく順調に進んでいく様に思えた。

 突然、レイの悲鳴が実験室に響くと、マヤが緊迫した声で報告する。

 

「レイの模擬体が動いてます!」

 

 レイの模擬体の左腕が攻撃をする寸前に安全装置が働き模擬体の腕が肘間接から千切れる。

 その後、エントリープラグが緊急排出されて、パイロット達は地下湖に脱出させられる。

 アスカは地下湖にエントリープラグが浮かぶとプラグスーツに着替えて隣のシンジのエントリープラグまで、泳ぎノックする。

 

「アスカ?」

 

「シンジ。無事?」

 

「うん。大丈夫だよ。綾波も居るよ」

 

 エントリープラグの扉が開くとシンジとレイが中に入れと手招きをする。

 アスカは、これからの事を相談するのかと思いプラグ内に入る。

 

「アスカも無事な様だね」

 

「まあね」

 

「これから、アスカには僕達の秘密を話すから仲間になって欲しいんだ。もし、アスカが嫌なら仲間にならなくても構わない。でも、秘密は最後まで守って欲しい」

 

 シンジとレイの真剣な眼差しにアスカも瞬時に覚悟を決めた。

 

「あんた達と私の仲じゃない!」

 

「アスカ。僕は、僕はね。ウルトラセブンなんだ!」

 

 次の瞬間、レイの平手打ちがシンジの後頭部に炸裂した。

 

「碇君。いくら私でも怒るわよ!」

 

 シンジの胸倉を掴んで凄むレイにシンジもアスカも流石に怯えた。

 

「ごめん。つい」

 

「分かったなら、いいわ」

 

 シンジは再び真面目な顔を作ると深呼吸してから、口を開いた。

 

「僕は人類が滅んだ未来から来たんだ」

 

 アスカはレイの平手打ちが再びシンジの後頭部に炸裂するかと思ったが、今度は炸裂する事はなかった。

 アスカは反射的にレイを見たが、レイも真剣な表情をしている。

 

「どういう事よ。説明しなさい」

 

「綾波の事は個人のプライバシーに関するから言えないけど、僕が既に一度、体験した事と僕が後で知った事を教えるね」

 

「分かったわ」

 

「最初は、前の世界で初めて、この街に来た時の話をするね」

 

 シンジの長い話が始まった。

  第三使徒戦の時にレイを半ば脅迫の材料に使われて初号機に乗せられた事。

 その戦いでトウジの妹に重傷を負わせた事。

 その後で家出した事やアスカとミサトと三人で暮らした事。

 シンジのシンクロ率がアスカを抜きアスカから憎まれた事。

 第十三使徒戦で自分の消極的な態度からトウジに重傷を負わせた事。

 アスカが使徒の精神汚染攻撃でシンクロ率が下がり始めて、レイがシンジを救う為に零号機を自爆させた事。

 その後、アスカが廃人化した事。

 最後の使徒が人間でシンジと友達になり、シンジが乞われて殺した事。

 その後、戦自の無差別攻撃でネルフ職員が大量殺人の犠牲になった事。

 その最中にアスカが復活した事。

 そして、ミサトが未来を自分に託して戦自の凶弾に倒れた事。

 シンジは初号機に乗る事を拒否して量産型のエヴァに弐号機が蹂躙されるのを見過ごした事。

 その後、人類補完計画が発動して人類はアスカとシンジを残して全滅した事。

 生き残った世界でシンジを拒否したアスカをシンジが扼殺した事。

 そして、シンジ自身も衰弱死する寸前に第三新東京市に来た日に戻っていた事。

 レイはシンジと会った日から断片的に前回の記憶を夢で見ていた事。

 レイが決定的に過去の記憶を取り戻したのはアスカとシンジのユニゾンキックを見た瞬間だった事。

 

「まあ。レイが嫉妬深いのは知っていたけどね」

 

 アスカがレイを見る目に呆れた感情が混じるのは仕方がない。

 

「それから、これから話す事はネルフでも一部の人間しか知らない事なんだ」

 

 シンジは前置きをしてから、アスカにエヴァの秘密を話した。

 

「エヴァのコアの中には、初号機の中には碇ユイ。僕の母さんの魂が眠っている。そして、弐号機のコアの中にはアスカのお母さんの魂が眠っている」

 

 アスカは衝撃的な事実に無反応であった。

 

「アスカ?」

 

 心配したシンジが呼び掛けるとアスカは復活した。

 

「説明してくれるわね」

 

 アスカは静かだが力強い言葉で聞いてきた。

 

「その事は私から説明するわ」

 

 シンジの代わりにレイが説明を始める。

 

「エヴァは使徒をコピーしたものなの。しかし、肉体をコピーしても魂が無ければ動かないわ。人間の魂をコピーさせる筈だった。でも、魂をコピーさせるなんて、出来なかった。肉体も魂もエヴァのコアに呑み込まれたの」

 

「それで、ママが弐号機の中に居るわけね」

 

 レイは頷く事しか出来なかった。

 

「ママを助ける事は出来ないの?」

 

「それが、碇司令の目的なの。碇司令はエヴァの外に出せないなら、自分がエヴァの中に入れば良いと考えたの」

 

「それって、後追い自殺じゃないの!」

 

「そうね。アスカの言う通りだわ」

 

 アスカは大きく長い溜め息をすると複雑な表情を見せた。

 

「女としたら、そこまで愛してもらえて、嬉しいけど、母親としたら息子の事を忘れないでと思うわよ」

 

 忘れられている息子も苦笑するしかない。息子はレイという愛する存在を得て、既に親離れをしてしまっている。

 しかし、シンジは自分がゲンドウの立場ならゲンドウと同じ事をするだろうと確信していた。

 

「まあ。貴方達の与太話として聞いておくわ。因みに次の使徒は、どんな奴なのか教えなさいよ」

 

「次の使徒は白黒の西瓜みたいな奴だよ」

 

「はあ!?」

 

 シンジもアスカの反応に苦笑しながらも第十二使徒レリエル戦を詳しく説明した。

 

「あんた、バカァ!?」

 

「バカって、なんだよ。アスカ」

 

「当たり前でしょう。前も成功したからといって、同じ事を繰り返すなんて!」

 

「仕方ないだろう。他に策が無いんだから!」

 

「有るわよ」

 

 アスカが簡単に言うので、シンジとレイは驚くしかなかった。

 

 



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第23話 嘘と誠

 

「シンジ。まだ、納得してないの?」

 

 葛城宅のリビングでシンジが仏頂面でアスカと二人で向かい合い、海老炒飯を食べている。

 

「納得はしているけど、感情の整理が出来ないだけだよ」

 

 アスカは苦笑して、シンジの背後に回り、両方の頬を引っ張る。

 

「痛い!痛い!やめて、アスカ!」

 

 アスカはあっさりと止めて、元の場所に戻るとシンジに説教をした。

 

「あんたね。今、シンジが感じてる不安をレイに味あわせ様としてたのよ!」

 

「うん。分かってる」

 

「今回は私が一番の適任者だから、私がやるだけよ」

 

「そりゃ、そうだけど。でも、アスカは女の子なんだから」

 

「男女平等よ!」

 

 シンジはアスカの言葉を聞いて、眼前の海老炒飯に目を向けた。

 

「な、何よ?」

 

「アスカ。やっぱり、ニンニクを入れ過ぎだよ」

 

「そう?」

 

「隠し味が隠れてないよ」

 

 今日は夕方からレイはネルフ本部に行き、ミサトは作戦部の部下の送別会に出席の為に二人だけである。

 稀な機会なので、アスカがシンジに料理を習いながら作ったのだが、アスカの味付けは極端の様だ。

 

「綾波はニンニクが好きだから、喜ぶけどさぁ」

 

「その、レイは遅いわね」

 

「そろそろ、帰って来ると思うよ」

 

 愛の力か「噂をすれば影がさす」なのか、玄関からレイの帰宅を告げる声がした。

 

「ただいま」

 

「グッドタイミングね。お腹空いたでしょ。海老炒飯があるわ。温かいうちにどうぞ!」

 

 アスカがキッチンに行き海老炒飯を皿に盛って、リビングに入って来たレイに勧めた。

 

「これは?」

 

「私が作ったの。ねえ。食べて食べて!」

 

「そう。アスカが作ったの」

 

 レイは行儀良く手を合わせ、食事の挨拶をしてから匙を取る。

 一口、食べた後、レイは猛烈な勢いで海老炒飯を食べる。

 

「はは、感想を聞くまでもないわね」

 

「綾波はニンニクが好きだからなあ」

 

 食事後に三人はコーヒーを飲みながらレイの報告を聴いた。

 

「タイムスケジュール通りの作業だったわ」

 

 レイは具体的な事は単語で言わないでいた。ミサトは盗聴をする人間でないと信用しているが、ネルフという組織は信用していなかった。

 

「シンジ。これから、どうするの?」

 

「まあ。基本は現場対処だと思うよ」

 

「それは、そうね」

 

 アスカも納得してしまった。シンジを含め自分達はパイロットであり、所詮は中学生なのである。出来る事の範囲は限られている。

 

「まあ。仕方ないわ。レイも疲れてるだろうから、今日は早めに寝ましょう」

 

「そうだね。今日は早めに寝ようか」

 

「そう。私も賛成するわ」

 

 その夜、日向が酔ったミサトを送って来たが誰も出迎えには来なかった。

 

(女の子達は仕方がないにしても、シンちゃん、冷たいじゃない!)

 

 翌朝、シンジ達に苦情を言うがパイロット三人に猛反論されたのである。自業自得の見本である。

 

「ミサト。聞いたわよ。昨日は羽目を外して日向君に迷惑をかけたらしいわね」

 

「うっ。何故、それを!」

 

「帰宅中に見掛けたのよ」

 

「面目無い。でも、最近はストレスが溜まるから」

 

「そうね。此処んとこ結婚式が多いもの」

 

「どいつもこいつも、慌てて結婚しやがって!」

 

 ミサトの僻み根性丸出しの発言に、部下達も笑いの発作を耐える。

 

「お互いに、最後の一人にはなりたくないわね」

 

「はあ。また、出費か」

 

「本当に暗くなるわね」

 

「シンジ君もね」

 

 その日、実験が終わった後にミサトは結婚式用のスーツを買いに出掛ける。

 

「アスカは明日はデートか」

 

「何、嫉妬?」

 

「別に!」

 

 デート相手を置き去りにした結果を知るシンジが相手に同情しているのは内緒である。

 

「それより、明日、お墓参りなんでしょ」

 

「うん」

 

 アスカもシンジも複雑な表情である。故人の肉体も魂もエヴァの中にある事を知っている二人なら当然の反応である。

 

「レイは、例の実験ね」

 

「うん」

 

 レイも複雑な表情である。ダミープラグが開発された結果が目の前の親友を傷付けたのである。

 しかし、ダミープラグの開発が早ければエヴァ参号機のパイロットはダミープラグが採用されトウジは無事であった筈なのだから。

 

 三人が沈んだ空気になった時に、ミサトが帰宅した。

 

「たっだいま!」

 

「ミサトさん。おかえりなさい」

 

「葛城三佐。おかえりなさい」

 

「ミサト。おかえり。ねえ。新しい服を買ったんでしょう。見せて、見せて!」

 

「葛城三佐。私も」

 

 女三人寄れば姦しいとは事実の様である。シンジは自室に退散するのであった。

 翌日、四人はペンペンを留守番に残して外出する。

 

「行ってきます!」

 

「クワッ!」

 

 ペンペンは元気良く返事すると四人を見送ったのである。

 

 シンジはゲンドウとユイの墓前で落ち合う。

 

「母さんの写真とか一枚も無いんだね」

 

「ユイが亡くなった時に全て処分した」

 

「息子の事は考えなかったの?」

 

 

「……」

 

 シンジの主張は正論であった。故にゲンドウは何も言えない。

 

「父さん。再婚は考えなかったの?」

 

 意外な質問にゲンドウは動揺するかとシンジは思ったがゲンドウの返事は更に意外であった。

 

「何回か考えた事はある。しかし、結論は私にはユイだけだ」

 

「母さんも父さんと結婚が出来て幸せだったね」

 

 シンジの感想はゲンドウには意外に思えた。

 

「そうか。お前が言うなら、私も救われる」

 

 二人の墓参りは終わった。シンジにすればユイを追い求めるゲンドウは自分とレイと重なるのである。

 

(僕は綾波を追い求める為に戻って来た。父さんと変わらないな)

 

 シンジは自嘲しながらもゲンドウの計画を阻止する事を止める気にはなれなかった。

 シンジが帰宅してチェロを弾いていると不意に拍手が聞こえた。

 

「あれ、早かったね」

 

「つまんない男。ジェットコースターを待っている間に置いて来ちゃった」

 

「酷いなあ」

 

「うん。警備部の春日さんにも怒られた。一応、ヒカリに連絡して非常呼集が掛かったと言っておいたわ」

 

 どうやら、逆行前の世界と違い、この世界では叱る人がいてくれる様である。

 

「しかし、シンジも意外な特技があるもんね」

 

「まあね。言われて続けただけだけど」

 

「それでも、立派な事よ。継続は力なりね」

 

(本当にアスカは変わったなあ。前は呆れられたのに)

 

 その後、レイが帰り、三人と一羽だけの夕食を摂るとレイが甘える様にシンジの背中に抱きついてきた。

 

「碇君」

 

「綾波」

 

 アスカはバカップルの精神汚染攻撃から逃げる為に自室に避難をする直前に、加持に抱えられてミサトが帰って来た。

 

「加持さん。すいません。ミサトさんが迷惑を掛けまして」

 

 頭を下げるシンジの横で、アスカがシンジと反対の意見を言う。

 

「もう。加持さんも甲斐性なしね。ミサトをホテルに連れ込むぐらいしないと!」

 

「おいおい、アスカ。俺はまだ死にたくないぞ」

 

 アスカも過激なら加持も過激な返答をする。

 

(意外だな。シンジ君とレイちゃんは思ったより、健全な交際をしているみたいだな)

 

 二人の会話を聞いて、シンジとレイは赤面していた。

 レイは純粋に会話を聞いて赤面していたが、シンジは逆行前の世界でアスカとミサトにキスされた事を思い出していた。

 

(これは、綾波も知らない事だから、墓場まで持って行こう!)

 

 シンジが自身の過去の隠蔽を誓っていた間に加持はアスカからの宿泊の誘いを断って、帰宅していた。

 

(しかし、シンジも日頃はレイと人前でイチャイチャする癖に、意外と純情なのね)

 

 アスカは内心、シンジをからかうネタが出来た事を喜んでいた。明らかに某保護者の悪影響であった。

 

 翌日からシンジとレイはアスカの生きた玩具となっていた。

 そして、アスカに悪影響を与えた人物は、加持の後頭部に銃を突き付けて、ネルフ本部の最下層にある白い巨人を目撃する事になる。

 

「まだ、私が知らない秘密がネルフにはあるのね」

 

「ああ、これだけじゃない。司令と副司令にリッちゃんは、他にも隠し事が有るみたいだぞ」

 

「どうやら、私はネルフを甘く見ていたわね」

 

 シンジが逆行してから、歴史の流れの末端の幾つかは修正されたのだが、歴史の本流は変わらないままである。

 シンジが変えた末端の流れが本流の流れを変える事が出来るのかを知る者は、少なくとも生者には居なかった。

 

 

 

 

 



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第24話 第十二使徒レリエル

 

 朝の葛城宅のキッチンでは、少女二人が朝食と弁当作りに勤しんでいる。

 

「レイ。これで、良いかな?」

 

「大丈夫だと思う」

 

 二人の美少女が色々と思案しながらも、料理をする光景は美しいが、当人達は必死であった。

 

 話は数日前のネルフ本部の食堂に遡る。

 

「流石にミサトも加持さんと別れた後、何人かと付き合ったでしょう」

 

「付き合ったけど、結婚まで至らなかったのね」

 

 アスカのミサト擁護とも言える発言にレイは冷たく現実を突き付ける。

 

「まあ。当然と言えば当然だろうね」

 

 シンジが訳知り顔でお茶を啜りながらレイの発言を支持する。

 

「シンジに何が分かるのよ!」

 

「だって、ミサトさんは料理が壊滅的に下手だもん」

 

 シンジはフェミニストが聞けば逆上する様な事を言う。

 

「前時代的な発言ね。今時、料理の腕前程度で女性を判断するなんて!」

 

 アスカの立ち上がっての主張は食堂に居合わせた女性職員達の耳にも届いていたので、女性職員達は心の中でアスカに声援を送っていた。

 

「逆に言えば料理も出来ない女性とは結婚を考えるよ。アスカだって、ミサトさんと結婚して、死ぬまでミサトさんの御飯の面倒を見れる?」

 

 アスカが殴られた様によろめいた。其処にシンジは追い打ちを掛ける。

 

「それに、外食や買ってきた物ばかりだと不経済だし健康にも悪いよ」

 

 アスカは、既にノックアウト寸前のボクサーの様であった。

 

「だからミサトさんみたいに美人で公務員のエリートが、性格も良いのに売れ残るんだよ」

 

「ぐわっ!」

 

 シンジの言葉はポジトロンスナイパーライフル並みの破壊力でアスカを完全に叩き伏せた。

 アスカは伝説の某ボクサーの様に椅子に腰を掛けて、真っ白になって沈黙してしまった。

 その余波は食堂に居合わせた女性職員達とパイロット達と一緒に食事を摂るつもりで食堂の入り口まで来ていたミサトにも回復困難なダメージを与えたのである。

 ネルフはエリートの集合体である。そして、エリートとは料理が苦手なものである。それは、掃除や洗濯に比べて知識だけでは成り立たずに経験が必要だからである。

 このシンジの発言が効いたのか、ネルフ職員の間には男女区別なく料理ブームが到来するのである。

 この様な事情でアスカは毎朝の食事と弁当作りに必死なのである。

 そして、アスカが毎日、学校で昼休みにシンジとレイと一緒に弁当を食べていても誰も怪しむ事はなかった。

 

「でも、シンジ。相談をするのに大袈裟じゃない?」

 

 アスカが自作の弁当を食べながらシンジの発案に疑問を呈した。

 

「何処で盗聴されてるか分からないし、学校なら、人が多いから安心だよ。それに、食堂で言った事は本当だよ」

 

 レイは二人の会話を聞きながら、弁当に夢中である。

 

「それで、今度の使徒にはATフィールドで干渉した瞬間にN2兵器を爆発させるリツコの策を優先して使うわよ」

 

 アスカが自身の不利を自覚して真面目に本題の話を始める。

 

「それで、倒すのが理想的なんだけど」

 

「第二の策として、私が弐号機で飛び込むわ」

 

 アスカの策をシンジが快く思わずに止めているのだが、アスカが頑として譲らない。

 

「だって、シンジは自分のママに会えたんでしょ」

 

「はっきりと会った訳じゃない。存在を感じただけだよ」

 

 アスカが自身の母親に会いたいという気持ちはシンジも分かるので、アスカがディラックの海に飛び込む事に反対しながらも止める事が出来ないでいた。

 

「シンジも生還したんでしょ」

 

 アスカの主張は一理も二理もある事を頭で理解しているのだが、感情が納得しないままである。

 シンジとアスカが第十二使徒対策で色々と話している間、レイは全く無言である。レイにしてみれば親友となったアスカが自ら死地に行く事を止めたいが、アスカを止めればシンジが行く事が確実な為に何も言えないでいた。

 シンジもアスカもレイが自分達の板挟みになっている事が分かるから、レイには何も意見を求める事はなかった。

 結局は、アスカの案を採用するしか無いのである。

 そして、遂に第十二使徒レリエルの来襲である。

 

「直上にいきなり現れました!」

 

「パターンオレンジ。ATフィールドの反応はありません!」

 

「どういう事なの?」

 

「新種の使徒?」

 

「MAGIは判断を保留してます」

 

 発令所は軽いパニックになっていた。使徒は常に形状や能力が違うが、共通するのはATフィールドを持っている事である。

 そのATフィールドの反応が無い使徒となると困惑しながらも警戒せざるを得ない。

 ミサトはパイロット達にデータを送ると指示を出した。

 

「全員に送ったデータが現時点で判明している事です。警戒しながら可能な限り接近する。可能ならば市街地に誘導します。先行する一機を残りが援護、よろしい?」

 

「はーい、先生!試しに市街地から遠距離射撃してみない?もし、反撃してきても市街地なら被害も少ないし、敵の攻撃手段も分かるわ」

 

 アスカの進言にミサトも数瞬だけ考えるとアスカの策を採用した。

 

(そうね。上手く行けば市街地に誘導が出来るかもしれないわね)

 

「アスカの策を採用します。全員。海岸まで移動して、移動後に改めて指示を出します」

 

 ミサトからの新しい指示に従い三機のエヴァは海岸に移動を開始した。

 

「アスカも一端の軍師じゃない」

 

「そうね。シンクロ率ではシンジ君に一歩譲るけど、格闘能力と戦術眼は一番ね」

 

 リツコは苦笑してしまった。ミサトの表情は上司の部下を評価するものではなく、単なる親バカの表情であったからである。

 

「貴女、いい教師になれるわよ」

 

 リツコに皮肉を言われた自覚も無いまま、ミサトは既に海岸での布陣を考えていた。

 

(海岸には電源が少ない。一機を海上に配置して両翼にエヴァを配置するしかないか)

 

 発令所では既に海岸に電源車と武器の搬送の手配を始めていた。

 

(事実上のオフェンスである中央には反撃されても回避能力の高いアスカを配置して、使徒を挟む形になる両翼には、コンビネーションの良さを考えたら、シンジ君とレイを配置するのがベストでしょうね)

 

 エヴァが海岸に到着すると海上にある廃ビルの屋上を足場に待機させて、シンジとレイを砂浜に待機させる。

 空から見れば二等辺三角形を形成する布陣であった。

 

「アスカ。足場は大丈夫?」

 

「足場は大丈夫みたいよ」

 

「スナイパーライフルで狙撃した後に反撃して来たら逃げて。敵の攻撃方法を知りたいわ」

 

「了解」

 

「シンジ君とレイは敵が反撃して此方に接近するまでは手を出さないで。敵が三角形の中に入ったら三方から袋叩きにしてあげて!」

 

 ミサトはパイロット達に作戦を伝えると国連軍にも協力を要請する。

 

「国連軍には沖合いから艦砲射撃による援護要請するわ」

 

 ミサトは日向が国連軍に協力要請の手配をする間に敵の様子を報告させる。

 

「目標。先程より僅かに減速しながらも移動をしてます。進行方向に変わりありません」

 

 青葉からの報告を受けるとミサトは弐号機から狙撃した場合に、被害が少ないと思われる場所を特定させる。

 

「出ました。この位置になります。幹線道路同士の交差点の上になります」

 

「到達時刻は?」

 

「約十八分後になります」

 

「アスカ。データを送るから、その位置に目標が来たら狙撃して」

 

「了解!」

 

 アスカに指示を伝達すると初号機と零号機の兵装の確認する。

 

「初号機、零号機にはパレットライフルを持たせています。それと近接戦闘を考慮してソニックグレイブを用意してます」

 

「バズーカも用意して頂戴。市街地じゃないなら周囲の被害も考慮しないでいいわ」

 

「了解しました。十分で用意します」

 

(さて、準備は終わったわ。問題は目標の反応ね)

 

 ミサトは目標の形状から第5使徒ラミエルと似た様な攻撃手段を予想していた。

 

(此方の思惑に乗ってくれたら良いのだけど)

 

 攻撃を受けた目標が此方に向かって来る保証は無いのである。

 

(どちらにしても、敵の攻撃手段を知らないと話にならないわね)

 

「目標。狙撃位置に入ります」

 

「アスカ!」

 

「任せなさい!」

 

 アスカが射った弾丸は空中に浮かぶ球の中心部が存在していた空間を通過した。

 アスカが狙撃した瞬間に目標が消えたのである。

 

「な、!?」

 

「パターン青。場所は弐号機の足元です!」

 

 アスカは攻撃方法を事前に知っていた為、反射的に逃げようとしてビルを蹴ったがジャンプに失敗した。

 ビル自体が黒い空間に飲まれて、反動を得られなかったのだ。

 

「アスカ!」

 

 零号機がディラックの海を迂回して弐号機のアンビリカルケーブルを命綱代わりに引っ張り弐号機を救出するつもりで走り出す。

 初号機は零号機と反対側から陽動を兼ねてパレットライフルで弐号機の頭上にあるレリエルに発砲するがレリエルは再び姿を消す。

 零号機がアンビリカルケーブルに辿り着いた時には既に弐号機の姿はディラックの海に消えた後だった。

 

「シンジ君。レイ。命令よ。撤退しなさい」

 

 ミサトの怒りを抑えた声が残ったエヴァのエントリープラグのスピーカーから流れた。

 

 



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第25話 悪夢と現実

 

 アスカと弐号機がディラックの海に消えてから四時間が 経過していた。

 シンジとレイは海上で海水を飲み込むディラックの海が見えるビルの屋上に居た。

 

「碇君」

 

 震えるシンジをレイが優しく後ろから抱き締めている。

 

「綾波。僕は大丈夫だよ」

 

 シンジの顔色は少し悪いが嘘ではないようである。

 

「そう」

 

「それより、食事は届いたの?」

 

「届いたから呼びに来たの」

 

 無理に明るく振る舞うシンジの姿はレイだけじゃなく、ネルフ職員には痛々しく見えた。

 

「シンジ君。辛いでしょうね」

 

「零号機が引き上げたアンビリカルケーブルの先は抜けていたわ」

 

「それじゃ……」

 

「アスカが闇雲にエヴァを動かさずに生命維持モードで耐えれば十六時間はもつわ」

 

 既に国連軍の部隊が扇状にレリエルを半包囲していた。

 その包囲下でネルフ職員達は必死にレリエルのデータと解析を行っていた。

 

「しかし、陸上部隊とか役に立つんですかね」

 

「私達に圧力を掛けてる気なんでしょ」

 

 青葉の疑問にミサトは返答すると日向にレリエルの様子を確認する。

 

「影の現状は?」

 

「直径六百メートルで停止したままです」

 

 ミサトが電子双眼鏡でレリエルを観察している横でシンジとレイは握り飯とカップに入った味噌汁の食事を摂っている。

 

「長丁場になりそうだわ」

 

「そうだね。食べれる時には食べておこう」

 

 二人の健全な会話に大人達も刺激されたのか用意された握り飯に手を伸ばすのであった。

 シンジ達が食事を摂っていた頃、アスカはエントリープラグ内で空腹を抱えていた。

 

「戦闘機じゃあるまいし、非常食が無い兵器というのも問題よね」

 

 それも、本来ならディラックの海を発生させた後に国連軍が所有する992発のN2兵器を使用する。

 アスカはプラグスーツの時計を確認する。

 

「あと、十二時間も待つのか。退屈だな」

 

 アスカは待つだけだったがネルフ職員は多忙であった。

 

「弐号機が使徒に飲み込まれて八時間が経過したわ。その間に判明した事を報告します」

 

 リツコがホワイトボードを持ち出して臨時の量子力学の講義を始める。

 

「使徒は影に見える極薄の空間を内向きのATフィールドで支えているわ。内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間よ」

 

「じゃあ。あの影が本体なのね」

 

「そう。多分、内部は他の宇宙に繋がっていると思うわ」

 

「まるで、吸引しないブラックホールみたいだ」

 

 シンジの中学生らしい感想にリツコも苦笑する。

 

「では、あの上空の球体は?」

 

「あれこそが影よ。使徒が虚数空間を閉じれば消えるわ」

 

 リツコの説明を聞いたミサトの顔に焦りの色が見えた。宇宙空間に居る弐号機をサルベージする困難さが分かったからである。

 ミサトが焦りを自覚した頃、アスカも焦り始めていた。

 

「寒いわ。ヒーターの出力が落ちてる。それに水も濁ってきてるわ」

 

 全てが弐号機の電力が残り少ない事を示していた。

 

「ママ、早く来てくれないかな」

 

 アスカは呟くと何度目かの眠りにつくのであった。

 

「エヴァの強制サルベージ!」

 

 ミサトの驚愕する声が響き渡る。

 

「現存する992個のN2兵器を投入、その後、一斉爆破の瞬間に残ったエヴァ二機によってATフィールドに干渉するの」

 

「ちょっと、待って。そんな事をしたらアスカが無事じゃ済まないわ!」

 

「このまま、手を拱いていればタイムアウトよ」

 

「……」

 

「アスカを喪う事になっても、私を恨まないでね。アスカを喪うのは貴女のミスなのよ!」

 

 ミサトはリツコに反論が出来なかった。代案も何も無かったからである。

 シンジとレイは予め知っていた事とは言え、焦燥感が募るばかりであった。

 

(アスカの馬鹿。ジャンプに失敗してディラックの海に飲み込まれるなんて)

 

(アスカ。早く戻って来て。そうじゃないと碇君が壊れる)

 

 二人がアスカの生還を願っていた頃、アスカは電車に乗っていた。

 自分はプラグスーツを着ていた筈なのに、何時の間にか学校の制服を着ている。

 

(これが、シンジが言っていた使徒が見せる幻覚ね)

 

 アスカの脳裏には、母がエヴァからサルベージされて自縊するまでの記憶が走馬灯の様に映し出される。

 不快な走馬灯が終わると向かいの席には、幼い頃のアスカが座っている。

 

「貴女は、誰?」

 

「私は惣流・アスカ・ラングレーよ」

 

「そう。あんたは私なの!」

 

「そう。私は貴女。貴女は私。人は自分の中に沢山の自分を持っているわ」

 

「だから?」

 

 アスカは立ち上ると幼児の自分に蹴りを食らわす。

 

「私は私。惣流・アスカ・ラングレーは、この世に一人だけよ!」

 

 アスカはレリエルと話をする気は皆無であった。

 今のアスカには親友が居る。守るべき存在が居る。不快な過去を見せつける者と話をする必要性をアスカは認めなかった。

 

「ふん。人のトラウマを刺激した報いよ!」

 

 気がつけば、アスカはエントリープラグ内で寒さに耐える為に体を丸めていた。

 視界にプラグスーツの電池切れの警告灯が点滅しているのが見えた。

 

「もう少しで限界ね」

 

 再び目を閉じると寒さが消え去り体中が温もりに包まれた。

 頬に懐かしい感触が触れてきた。

 

(何時も、近くで見ているわ)

 

「そんな所に居たんだ」

 

 アスカは、自分が最も会いたい人の存在を感じていた。

 

 それは、突然の変化だった。

 初号機と零号機が配置に着き、N2爆雷の投下準備も終了して命令を待つだけであった。

 初号機と零号機の前でディラックの海が個体化した様に粉々に砕け始めたのである。

 それと、同時に空中に浮かぶレリエルの影に亀裂が入ると亀裂から赤い液体が噴き出していた。赤い液体が雨の如く降り注ぎ海面が真っ赤に染まる。

 

「まだ、何もして無いのよ!」

 

 予想外の急変にリツコは軽いパニックに陥る。

 

「状況は?」

 

 パニックに陥るリツコを無視してミサトが状況把握を試みるが返答は簡潔であった。

 

「分かりません」 

 

「全てメーターが振り切れてます」

 

 簡潔過ぎる日向の報告に補足する様にマヤも報告をした時に雄叫びが聞こえた。

 空中のレリエルの球体の影の亀裂から赤い手が亀裂を更に広げようとしていた。

 

「弐号機!」

 

 雄叫びの主は弐号機であった。弐号機がレリエルの影を引き裂きながら姿を現す。

 

「なんて物をコピーしたの私達は!」

 

 リツコの顔には恐怖の色に染められていた。 

 影を引き裂いた弐号機は赤く染まった海に腰まで浸かりながら雄叫びを上げる。

 その姿に恐怖を感じる者もいれば、喜びを感じる者もいた。

 

「アスカ!」

 

 初号機の外部スピーカーからシンジがアスカの名を呼ぶ声が響くと、その声に我を取り戻した大人達が弐号機回収の為の作業を始める。

 

「シンジ君。レイ。弐号機を浜辺まで運んで、此方からアスカの無事を確認が出来ないの」

 

 ミサトの指示で初号機と零号機が弐号機に近づくと弐号機は仲間が来た事に安心した様にゆっくりと動きを停止させる。

 初号機と零号機で浜辺まで弐号機を運ぶと零号機が弐号機からエントリープラグを抜き取り、初号機から降りたシンジがエントリープラグのハッチを開ける。

 

「アスカ!」

 

 シンジがエントリープラグ内のアスカに声を掛けると、気絶していたアスカは何かを呟くと再び気を失うのであった。

 シンジはアスカをエントリープラグ内から運び出すと、既に零号機から降りたレイも駆け寄って来た。

 レイはシンジからアスカを受けとるとアスカの胸に手を当てる。

 

「大丈夫。アスカは生きてる!」

 

「良かった!」

 

 二人がアスカの無事を喜んでいると医療班が駆けつけてアスカを担架に乗せて行く。

 シンジとレイは安心した様に、その場に座り込むのであった。

 

 アスカが目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

 体を起こした時に違和感を感じて視線を下に向けるとシンジとレイが左右から自分を囲む様にプラグスーツ姿で椅子に座り上半身を自分に預けて寝ていた。

 アスカはシンジとレイの寝顔を見て苦笑したが、すぐに呆れた表情になる。

 

「ちょっと、人の体を挟んでイチャつく事ないでしょ!」

 

 シンジとレイはちゃっかりと手を握り合っていた。

 窓の外から小鳥の鳴き声と朝日が入り混んでいた。

 アスカは体を再びベッドに預けるとシンジとレイの手を取り二度寝する事を決めた。

 アスカが二度寝をした後に目を覚ましたシンジとレイは、今度はアスカのベッドに潜り込み両サイドからアスカに抱きついて二度寝をするのであった。

 

「レイはともかく、シンジ君まで!」

 

 三人が同じベッドに寝ているのを発見したミサトは頭を抱えそうになった。

 

「可愛いぃ!」

 

 リツコの代理でミサトに随伴したマヤの一言でミサトは今度は頭を抱えたのであった。

 

(私と加持の時は「不潔!」だったじゃない!)

 

 アスカが生還した喜びとは別に涙が流れそうになるミサトであった。

 

 

 



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第26話 四人目の適格者

 

 残業で深夜に帰宅したミサトは一日の疲れを癒す為に、可愛い家族の寝顔を見るのが習慣になっていた。

 我ながら所帯染みた習慣だと思っていたが、最近は癒しではなく自虐となっていた。

 

(今日もかしら?)

 

 ミサトは帰宅後、レイの部屋を覗くとレイの姿はなかった。

 凡人ならシンジの部屋かと思うであろうが、彼の部屋には誰もいない。

 そして、アスカの部屋を覗くと三色の頭髪がベッドに並んでいるのが見えた。

 端からシンジ、レイ、アスカである。

 

(やっぱり、今日もなのね)

 

 アスカが生還した際に三人で病院のベッドに寝て以来、習慣付いた様である。

 流石にシンジまで一緒に寝るのは如何なものかと思うのだが、止めさせる事が出来ないミサトであった。

 実際に三人共、誰かを抱いて寝たり抱かれて寝たりする経験が無かった為か、仲良く気持ち良さそうな寝顔を見ると何も言えなくなる。

 ミサトを保護者として悩ませている裏には、実は深刻な事情もあった。

 シンジはネルフという組織を信用していなかったが、諜報活動に関しては信用していた。

 実際、逆行前の世界では加持がダブルスパイを行った結果として落命している。

 ゲンドウが葛城宅の盗聴を指示しても不思議では無い。

 その為に盗聴防止として、三人で同じベッドに寝て布団を被り相談したりしていた。

 勿論、ミサトの思い込みも事実であった。

 

「あんた達の記憶が正しければ、今週辺りで、アメリカ支部が消滅する頃じゃないの?」

 

「うん」

 

「そうね」

 

 シンジとレイの声は暗かった。二人にとっては忌まわしい記憶であった。

 

「でも、レイが知っている話だと、鈴原がパイロットになったのは妹さんの為でしょ?」

 

「そうだね」

 

 レイが視線でアスカに「余計な事を」と牽制する。

 

「レイ、そんな顔する必要ないわよ。こっちの世界じゃシンジが頑張ったから、鈴原の妹さんも無事だったわけだし、パイロットになんかならないわよ」

 

 レイは、何故アスカが敢えてトウジの妹の話を持ち出したのか理解した。

 シンジはアメリカ支部消滅の事を気に病んでいる。勿論、シンジに責任が無い事は彼自身も理解しているが、感情的に割り切れずに無力感に囚われている。

 アスカは、トウジと妹のサクラを救った実績がある事をシンジに告げたいのである。

 

「そうだね。パイロットが居なければ、ダミープラグを使う事になると思うけど、開発の方は進んでるの?」

 

「前の世界よりは進んでるわ。前の世界の時は試運転も無しに本番で急遽の使用だったから。」

 

 シンジが逆行してから、第三新東京市の被害は軽微である。予算も時間も余裕が出来ている筈である。

 

「それなら、参号機のパイロットはダミープラグじゃないかしら?」

 

「そうだね。ケンスケも、前の世界ではパイロットになりたがっていたけど、此方のケンスケはパイロットになる事を怖がると思うよ」

 

 シンジの視線がレイに向かうのにアスカは気づいた。

 

「レイ。あんた何をしたのよ」

 

 レイは視線を明後日の方向に向けて惚ける。

 

「正直に言わない悪い子は、こうよ!」

 

 アスカがレイを擽り始めた。

 

「アスカ。や、やめ、て!」

 

 シンジも面白がってくすぐりに参加したので、レイは素直に自白した。

 レイから事情を聞いたアスカは白い目になり「レイ…おそろしい子ッ!」と呟いた。

 三人の意見は参号機の試運転にはダミープラグが使われるだろうと結論に達した。

 後日、三人は、この事を苦く思い出す事になる。

 

 平和な日々が暫く続くと思われたが、シンジ達の期待は翌日には裏切られた。

 シンジの活躍の恩恵はアメリカ支部も受けていた。

 

「駄目です。全ての連絡方法を試しましたがコンタクトが取れません!」

 

「第一支部に連絡しろ!」

 

「アメリカ政府と日本大使館にも連絡をとれ!」

 

 ネルフ本部では使徒来襲並みの緊張感に包まれたのである。

 

「消滅!?壊滅ではなく消滅なのか!?」

 

 一応の情報を収集する事が出来たのは、その日の夕方であった。

 

「アメリカ政府から提供された映像と報告書になります」

 

 床に設置された巨大モニターには、アメリカ第二支部消滅の寸前の映像と直後の静止画が映し出された。

 

「タイムスケジュールでは、S2機関の搭載実験中の事故と思われます」

 

「こりゃ、テロの可能性も低いですね」

 

 日向は、マヤの読み上げる報告書と映像から、事故の可能性を示唆した。

 

「半径83Kmにある関連施設と数千の人間も道連れよ。」

 

 リツコが科学者が最も恐れる事を指摘する。

 

「ドイツで修繕したS2機関も無駄になったわね」

 

「人類の夢も潰えたわ」

 

 ミサトはS2機関に関しては複雑な心境であった。

 その後に、アメリカ政府からエヴァ参号機の委譲が決定した事を伝えられて各人で準備をする様にと指示を受けた後に散会となった。

 

「委譲と言えば聞こえは良いけど、都合が悪くなって他所に押し付けるなんて虫の良い話だわ!」

 

「仕方ないわ。あの惨劇の後なら、誰だって弱気になるわよ」

 

 ミサトはS2機関の事もあるが、軍人同士の縄張り意識も働き機嫌が悪い。

 

「それで、起動実験はどうするのよ?」

 

「流石に此処ではしないわよ。松代でするわ」

 

「例のダミーを使うのかしら?」

 

「これから、検討するわ」

 

 この時、既にダミープラグは完成しているが完璧とは言い難い出来であった。

 

「レイのパーソナルを移植していますが、所詮は偽物です。レイ本人が操縦する程の成果の期待は出来ません」

 

「エヴァが動けば良い」

 

 報告を受けるゲンドウはお茶を濁す程度の代物で構わないと考えていた。

 リツコにすれば、ゲンドウの考えも理由も理解していたが、科学者としての矜恃が許さない。

 

「では、参号機の起動実験に使用します」

 

「いや。ダミープラグの完成を老人達には、まだ、伏せておきたい」

 

「では、パイロットは三人の内の誰にしますか?」

 

「エヴァが四機にパイロットが三人では戦力の死蔵になる。四人目を選ぶか」

 

「コアの確保が速やかに出来る子が居ます」

 

「詳細は一任する」

 

「分かりました」

 

(これで、また、大人の都合で不幸な子供が増えるわね)

 

 リツコは不幸な子供を作る事の共犯である自覚を込めて自嘲するのであった。

 

 翌日、シンジ達は教室で昼食を摂っていた。

 アメリカ支部が消滅したのと連動してクラスからパイロットが選出されるのではと、一応の警戒をしていた。

 三人が昼食を摂り終えた後に雑談をしていると校内放送が流れた。

 

「2年A組の鈴原トウジ君は至急、校長室まで来る様に」

 

「なんかやったの?」

 

「職員室飛び越して校長室ってか…マジで洒落にならんぞ、おい!?」

 

「待たんかい!最近は、何も、しとらんぞ。」

 

 トウジは青くなりながらも教室を出て行く。

 その後ろ姿をパイロット三人は複雑な表情で見ていた。

 トウジが帰って来たのは昼休みが終わるギリギリの時間だったので、三人は放課後に彼と話をする事にした。

 放課後、三人がトウジに話し掛けるより先に彼自身が三人に話し掛けてきた。

 

「すまん、話があるんやけど……」

 

 三人は一階の階段下にトウジを連れて行く。

 

「すまん!申し訳ない!」

 

 階段下に着いた途端、トウジが頭を下げてきた。予想外の事に三人は驚いた。

 

「ちょっと、鈴原。どういう事よ?」

 

 アスカが一同を代表してトウジに事情を聞く。

 

「あぁ、すまん。昼休みに来たネルフの金髪のおばはんにな、パイロットになれとか言われたんやけど…サクラが心配やったから、断ってもうた。」

 

 パイロット達の顔色が青くなり、トウジは自分がパイロットを断った事に対する反応だと判断した。

 

「碇だけやない!惣流や綾波みたいに女も戦っとんのに、ホンマすまん!」

 

 アスカがシンジとレイに促されて頭を下げるトウジに自分達の事情を説明する。

 

「鈴原。私達は逆にパイロットになるのを止める気でいたのよ」

 

「へえ!?」

 

「私達も、鈴原には妹ちゃんの方を大事にしてほしいって思ってたからね。」

 

「それより、鈴原君は重大なミスを犯しているわ。赤木博士の事を、おばさんと呼んでは駄目。命の保証が無いわ」

 

 レイの意外な発言にトウジも驚くばかりである。レイの後ろでシンジとアスカが大きく頷いている。

 これが、発言者がアスカなら悪い冗談だとトウジも信じなかったが、真面目なレイの発言だけあって、信用するしかなかった。

 

「あの、お、赤木さんは怖い人なんか?」

 

「赤木博士の目の前で言えば殺されるわ」

 

 「経験者は語る」、である。赤木博士違いではあるが。

 

「それから、トウジも分かってると思うけど、本当は僕達にも秘密の筈だろ?」

 

「確かに、言われたわ。せやけど、お前らにワビ入れんと気がすまんかったんや!」

 

 三人はトウジの律儀さに苦笑するしかなかった。予想通りにトウジが断ったので安心したのは、中学生である三人には無理からぬ事であったが、ネルフは三人が思っている程に甘くはなかった。

 



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第27話 風は松代へ

 

 トウジがパイロット就任を断った事で、パイロット三人組は喜んだが、翌日の夕方に状況は逆転する。

 

「あれ、リツコさんは?」

 

「先輩は今朝から出張よ」

 

 シンクロテストには必ず立ち会っていたリツコが不在となるとシンジ達は不安になるしかなかった。

 その日は、例により三人でベッドの中で会議した結果、他にもパイロット候補がいるという結論になった。

 

「甘かったなあ。まさか、他にもパイロット候補がいるとはなあ」

 

「もう、過ぎた事は仕方がないから、参号機が使徒に乗っ取られた時の対策を練りましょ」

 

 アスカが前向きな意見を言う。

 

「飛び道具はエントリープラグに当たる可能性があるから、使わない方が良いと思うわ」

 

 レイが早速、経験から意見を出す。

 

「それなら、電池も積んだ方がいいよ。前回は三人でバラバラに仕掛けたのが敗因だから」

 

「使徒に乗っ取られた参号機の能力を具体的に教えて!」

 

 三人は具体的な参号機対策の話を始めた。

 レイは、アスカを仲間にした事は大正解だったと思う。

 自分もシンジも過去に未練を持つタイプである。

 自分にはアスカの様に過去は過去として、未来に対する布石にする事が出来ない。

 自分やシンジには無いアスカの貴重な性質である。

 

(前の世界では、羨ましがるだけで、アスカの美点を見逃していたわ)

 

「ちょっと、レイも教えなさいよ!」

 

 アスカが何も言わなくなっていたレイに意見を求めた。

 

「アスカ。好き!」

 

「はあ!?」

 

 レイの突拍子の無い発言にアスカとシンジが面食らっているとレイはアスカに抱きつく。

 

「ま、待って。そんな趣味は無いわよ!?」

 

「綾波って、初めて会った時から、分からない部分が多かったけど、今でもわからないよ」

 

「んな悠長なコト言ってる場合か!!」

 

 レイが暴走した為に、結局翌日の昼休みに改めて会議をする事となった。

 

「まあ。パイロットが戦闘のシミュレーションをするのは当然だよな」

 

 シンジ達は、机の上で消しゴム三個を置いて、筆箱を使徒に仮想してフォーメーションを考える。

 

「やっぱり、オフェンスが二人にディフェンスが一人かな」

 

「そうね。ディフェンスがケーブルを守りながら、オフェンスと交代で参戦するのが理想ね」

 

 シンジの意見にアスカも賛成する。

 

「問題はディフェンスの位置ね。遠ければ交代の時に隙が出来るわ」

 

 レイが更に具体的な話を切り出す。

 

「オフェンスと連絡を取りながら、交代に適した場所までディフェンスが移動するしかないでしょ」

 

「第九使徒戦で使った電池も装備した方がいいと思うよ。当日、連絡があった時に言ったら大丈夫だと思う」

 

 パイロット達が第十三使徒対策に一致団結していた頃、大人達は内輪揉めをしていた。

 

「馬鹿な私でも、参号機が来るタイミングでフォースチルドレンが発見されるなんて偶然とは思わないわよ!」

 

 ミサトがリツコに詰め寄っていた。

 

「当たり前でしょう。誰だって、子供を死地に送りたい人間なんて居ないわよ。適格者を発見しても出来るだけ普通の暮らしをさせたいのが人情よ。」

 

 リツコが冷静に反論する。

 

「貴女、以前にアスカはエヴァに乗る事にプライドを持ってると言ったけど、世間では洗脳と言うのよ」

 

 リツコは反論だけでなく、強烈な一撃をミサトに浴びせた。

 リツコの言葉にミサトは何も反論が出来ない。軍人であり復讐者のミサトには自身の罪を直視する余裕がなかったのである。

 リツコは沈黙するミサトを見て、大学時代の恩師の言葉を思い出していた。

 

「赤木君。君は私より豊かな才能を持っている。いずれは私などが足元にも及ばない科学者になるだろう」

 

 大学院時代に既にリツコの才能は評判となっていた。

 

「しかし、我々、科学者は常に歴史を学ばなければならない。才能が巨大になる程に歴史を学ばずに理想を追い求めて、ロバート・オッペンハイマー博士の様に歴史に悪名を残す事になる」

 

 当時のリツコには陳腐な説教だと思われたが、今の自分を見ると価千金の忠告だったと思う。

 今、思えば恩師はセカンドインパクトの真相に気づいていたかもしれない。

 

「明日から松代で起動実験をするわよ。泊まり込みになるから、貴女も準備しときなさい」

 

 内心の思いとは別に事務的な事を口にするリツコであった。

 

 

「それじゃあ。四日間だけ出張に行って来るから、留守番を頼むわよ。一応は加持が来てくれる事になっているから」

 

 翌日の朝、ミサトは加持にパイロット達の事を頼むと松代に向かった。

 道中にフォースチルドレンのプロフィールに目を通す。

 ミサトの顔が段々と険しくなってゆく。

 

「リツコ。これは?」

 

「書いてある通りよ」

 

「嫌な時代ね」

 

「私は鈴原君がパイロットを断ってくれた事を感謝しているわよ」

 

 ミサトもリツコの意見に賛成していた。セカンドインパクトから15年の歳月が流れたが世界は完全に復興していない。

 そして、何時の時代も一番の被害者は子供である。

 

「ネルフが良心的な組織に思えるわね」

 

 皮肉にならない皮肉だとリツコは思ったが何も言わずにいた。

 

(私が何を言っても、所詮は偽善ね)

 

 その日の夕方、加持はミサトが言っていた家庭内精神汚染に呆気に取られる事になった。

 

「ほら、綾波。秋刀魚を食べる時は骨に気をつけないと」

 

 シンジが器用にレイの焼き秋刀魚から骨を抜き取る。

 問題は距離である。レイの背中越しにレイの手に自分の手を重ねているのである。

 

「その、アスカ。毎日、こんな感じなのか?」

 

 加持が小声でアスカに質問するがアスカは予想外の返事をする。

 

「今日は加持さんが居るから、遠慮してる方よ」

 

(葛城。お前も苦労していたんだな)

 

 加持は、ミサトさえ辟易としている二人に動じないアスカに対して感心を覚えたが、就寝時間になるとレイを挟んで三人で寝ているのを目撃して頭を抱えたのである。

 

(アスカよ。お前もか!)

 

 加持に日頃の苦労を押し付けたミサトはというと、自室でリツコと晩酌をしていた。

 話題はフォースチルドレンの事である。

 

 

「あの子のパイロットになる条件は大学卒業までの学費と生活費の負担よ」

 

「あのプロフィールには実父の事が記載されてないけど」

 

「母親自身も誰が父親か分からないのよ」

 

 流石にミサトも黙るしかなかった。それと同時に目の前の偽悪趣味の友人が情に強く脆い事も知っていた。

 

「可哀想に私が面談した時も怯えていたわ。

周囲の大人が薄情だったんでしょ!」

 

 遠回しに一緒に生活するなら、優しくしろと言われている事ぐらいはミサトにも分かるのである。

 

(私が虐待する人間に見えるのかしらね)

 

 シンジが逆行する前に家事をアスカと共に押し付けた事を知らないミサトである。

 因みにシンジ主導によるミサト再教育計画が進んでいる事はパイロット達しか知らない。

 

「まあ、零号機も以前より動ける様になったし、参号機のパイロットには、ゆっくり訓練を受けてもらいましょう」

 

 現状では三機のエヴァで対処が出来ている。四機目のエヴァも実戦に投入するには、使徒と戦う前に予算との戦いがあるのだ。

 ミサトの言葉には参号機委譲に対する政治的な問題も含まれている。

 

「そうね。また、シンジ君には苦労を掛ける事になるわね」

 

 エヴァのパイロット達のチームワークもシンジが要になっている事は、ネルフ職員達の共通認識である。

 

「その為にも、起動実験は成功してもらわないと」

 

「そうね。その為にも、今日はお開きにしましょう」

 

 リツコが部屋を出て行くとミサトは残ったビールを一気に飲み干した。

 

 

 三時限目が終わり、生徒たちが四時限目の準備をしていると、三台の携帯が同時に鳴り響いた。

 シンジ達パイロットが急いで帰り支度を始める。

 

「非常呼集だ。校庭に車を待たせている」

 

 警備部の春日が教室まで現れた。春日の声には今までに無い緊張感が混じっていた。

 送迎車に乗り込んだシンジが詳細を聞く。

 

「春日さん。今回は何処に使徒が現れたんですか?」

 

 パイロットを代表したシンジの質問に対する春日の返事は簡潔であった。

 

「松代」

 

「ミサトさん達は?」

 

「葛城三佐、赤木博士は行方不明。使徒はエヴァ参号機を乗っ取り、此方に進行中」

 

 技術部と作戦部の長である二人が行方不明なのである。春日が何時になく緊張している筈である。

 シンジは春日に必要な事を聞くと日向に電話する。

 

「日向さん。忙しいところ、すいません。今回は松代という事なので、エヴァに電池を積載して下さい!」

 

 春日は運転しながらも驚きを隠せないでいた。この少年は場所を聞いただけで電源の確保が困難と判断したのだ。

 シンジは、エントリープラグ内に囚われた、おそらく自分達と同じ年頃であろうパイロットに責任を感じていた。

 本来ならネルフに関わらずに平凡な日常を送れた筈である。

 シンジ達によるトウジのパイロット就任の妨害工作の結果なのである。

 

(絶対に助ける!)

 

 シンジは声に出さずに誓うのであった。

 



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第28話 第十三使徒バルディエル

 

 前回と同じ様に野辺山にてエヴァ三機はバラバラに配置された。

 戦力分散になるが電源確保の都合なので仕方ない。

 

「まあ。電池を積んでるのが心強い」

 

 これ以上は市街地になるので被害を出さない為にも、ここが決戦の場となる。

 被害を出さない努力をしていたのはシンジ達パイロットだけではなかった。

 

「パターン青。使徒と確認」

 

「緊急活動停止信号を出せ!」

  

「停止信号、受け付けません」

 

「エントリープラグ強制射出!」

 

「駄目です。プラグ排出コードも認識しません」

 

「現時刻を以てエヴァンゲリオン参号機は破棄。第十三使徒と認定。速やかに殲滅せよ!」

 

「しかし、参号機の中にはパイロットが乗っているんですよ!」

 

 日向がゲンドウの命令に疑問形の体裁で抗議する。

 

「我々の使命は使徒の殲滅だ。多少の犠牲は仕方ない。ましてや民間人ではなくパイロットだ。本人も覚悟の上だ」

 

 正論である。故に何も言えなくなる。

 

「日向君。君が葛城君に次ぐ作戦課の先任士官だ。君が指揮を執れ」

 

 言外に自分の指揮でパイロットを救えと言っている事は日向以外の人間にも理解が出来た。

 

「了解しました」

 

 日向は本来のオペレーターとしての業務と兼任する事になる。

 それでも、自身の手で救えるかもしれないのだ。

 

「三人共、聞こえるかい。僕が指揮を執る事になった。レイは参号機の脚を狙って狙撃してくれ。参号機の足を止める」

 

「了解」

 

「日向さん。私は?」

 

「アスカは参号機の足が止まったら、両腕をバズーカで

落としてくれ。その後でエントリープラグを引き抜くんだ」

 

「了解」

 

「シンジ君には、状況に依って、その場で指示を出す」

 

「了解」

 

 レイがスナイパーライフルを構えて足に狙い定めて引き金を引く寸前に参号機が視界から消えた。

 

 それと、同時にバズーカの発射音が辺りに響いた。

 

(敵も勘が鋭い!)

 

 零号機はスナイパーライフルを捨て、ダッシュで弐号機が待機していた場所までダッシュする。

 

「日向さん!」

 

 シンジも日向の指示を請いながらも、ダッシュで弐号機に向かう。

 アスカは事前にシンジ達から参号機の跳躍力を聞かされていたので、参号機が視界から消えた瞬間に上空へ向けてバズーカを連射した。

 バズーカを連射された参号機は空中で身を反らして直撃を避けたが弐号機からは離れた場所に着地する事になった。

 

「チィ、器用な奴!」

 

 参号機は地面に四つん這いになり、再度、跳躍する様に思われたが、アスカは弐号機をバックステップさせる。

 次の瞬間、弐号機が立っていた地面から参号機の腕が飛び出してきた。

 

「何で、装甲まで伸びるのよ!」

 

 突っ込みを入れたアスカだが、パイロットの中では戦闘センスが一番である。

 参号機が伸ばした腕を戻す瞬間に腕よりも早く懐に入り、脳天に浴びせ蹴りを食らわせたのである。

 弐号機の浴びせ蹴りを脳天に食らい地面に頭を潜らせた参号機の背中に、駆けつけた零号機が飛び乗り、馬乗り状態になる。

 零号機は参号機のエントリープラグを守っている装甲を剥がし、引き抜こうとしたが、参号機が暴れた為、背中から振り落とされる。

 

「レイ!」

 

「私は大丈夫!」

 

 零号機が立ち上がると同時に参号機も立ち上がる。

 前後を挟む形になった所で初号機も加わる。

 参号機が完全に包囲された時に、参号機の外部スピーカーから少年の声が流れる。

 

「えっ、此処は?」

 

 参号機のパイロットが目覚めたのである。

 

「ヒロシ君。怪我は無いかい?」

 

 発令所の日向が通信で呼び掛けてみる。

 

「ちょっと、頭が痛いですけど大丈夫です」

 

 映像は出ないが会話は出来る様であった。

 

「中のパイロット。何かに掴まっていなさい。必ず助けてあげるから!」

 

 アスカが通信でヒロシと呼ばれた少年に呼び掛けた。

 

「えっ、何が一体?」

 

 混乱して事態を把握していない様子であった。無理もない事である。

 

「貴方の参号機は使徒に乗っ取られたの」

 

 レイが手短に説明する。

 

「だけど、僕達が必ず助けるから安心して!」

 

 シンジがレイの説明に言葉を添えて落ち着かせる。

 三人がヒロシに語り掛けながら、包囲の輪を少しずつ狭めて行く。

 

「そうか。実験場で暴れたのか。博士達は?」

 

 パイロット達も発令所も誰も返答しなかった。

 中学生に松代実験所で爆発事故を起こしたと告げられる者など、居る筈もなかった。

 関係者が沈黙する中、その沈黙を破ったのはヒロシ自身であった。

 

「今、自爆装置を入れたから、先輩方にはバリアで爆発を最小限にして欲しい」

 

 急に、とんでもない事を言い出した。

 

「待ちなさい。必ず助けるから!」

 

「貴方が死んでも何も解決しないわ!」

 

「死んじゃ駄目だ!」

 

 エヴァパイロット達が説得するのと同時に三機で同時に参号機を押さえ込もうとするが、参号機を乗っ取った第十三使徒バルディエルも参号機の自爆を察した様でエヴァ三機が眼中に無く、その場で転げ回る。

 その様は、野生動物が寄生虫を落とす為に泥浴びをしているのに酷似していた。

 

「レイ、シンジ。ATフィールド全開にして!」

 

「了解!」

 

「アスカ。ちょっと待ってよ!」

 

 了承するレイとは反対にシンジが止めに入る。

 

「自爆装置が起動して参号機が、この有様だと助けられないわ。パイロットの意思を尊重するべきよ」

 

「でも、アスカ!」

 

「シンジ。弐号機パイロットの指示に従え。死ぬべき時に死ねないのは不幸でしかない」

 

 初めてゲンドウがエヴァパイロットに命令を出した。

 

「分かったよ。父さん」

 

 ゲンドウに言われ、シンジも自らの経験でヒロシが死を望む事を理解していた。

 

「私は弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレー。参号機のパイロット。あんたの名前は?」

 

「僕は宗谷ヒロシ」

 

「そう。いい名前ね。あんたの事は死ぬまで忘れないわ!」

 

「私は零号機パイロット。綾波レイよ。私も貴方の事を忘れないわ」

 

「僕は碇シンジ。初号機のパイロットだよ」

 

「ありがとう。お手数を掛けます」

 

 礼を言った後に、通信装置を切り忘れているのだろう。ヒロシが参号機に語り掛ける声も通信で流れた。

 

「短い付き合いだったけど、最期に敵を道連れに出来たから、本望だと思ってくれよ」

 

 三機のエヴァがATフィールドを全開にして参号機を取り囲む。

 三機のエヴァのATフィールドが同調した時の強力さは既に実証済みである。周辺地域の被害は皆無に近いであろう。

 パイロット三人も顔も知らない新しい後輩との別れに涙が溢れた。

 発令所でも一部の職員はスクリーンから顔を背けていた。

 その一人の中にマヤもいたが、背けた視線の先が自身のモニターだった事がネルフ職員としての義務感だった。

 その義務感が事態を急転展開させる。

 

「パターン青、消滅しています!」

 

 マヤの報告に唖然となる発令所とパイロット達。

 

「参号機パイロットは速やかに自爆装置を解除しろ」

 

 ゲンドウが命令を出すと発令所には参号機からの通信が入る。

 

「解除の仕方が分からない!」

 

「青いボタンを押せば自爆解除が出来る。慌てずに落ち着いて!」

 

 日向が解除方法を伝える。

 

「えっと、これだ!」

 

 暫しの沈黙の後に場違いな声が聞こえる。

 

「アメリカ製って、本当に作りが雑だよな。ボタンの青いカバーが取れかけてやがる」

 

 思わず吹き出してしまう発令所の一同であった。

 

「シンジ君。アスカ。レイ。ご苦労様。後は現地のスタッフに従ってくれ」

 

 日向自身も現地に行きたいがミサト不在のままで本部を留守にする訳にはいかない。

 日向に労いの言葉を掛けられたパイロット三人も予定とは随分と違う手順だが、参号機を健在なまま参号機パイロットを救えた事に満足していた。

 

 頭痛と耳に不快な喧騒がミサトを眠りから一時的に覚醒させた。

 

「私、生きてるの?」

 

「葛城。気がついたか」

 

 横から加持が声を掛けてきた。

 

「加持君。リツコは?」

 

「安心しろ。葛城より軽傷だ」

 

「ヒロシ君と参号機は?」

 

「パイロットと参号機は健在。使徒は消滅した」

 

「そう。安心したわ。加持君。ちょっと眠るわ」

 

「ああ、今は眠るがいいさ」

 

 ミサトが眠りについた頃、目覚めた者もいた。

 宗谷ヒロシは目覚めた時、視界には白い天井、耳にはコオロギの鳴き声が聞こえてきた。

 

「此処は?」

 

「此処は病院よ。救出された後で気絶した事を覚えてる?」

 

 自分のベッドの横には同じ年頃の少女が座っていた。

 

「自爆スイッチを解除した事までは覚えているけど、その後は思い出せない」

 

「無理して思い出す必要は無いわ。それにお腹空いてるでしょ」

 

 少女は立ち上がるとプレートの病院食を差し出した。

 

「今日は、これで我慢してね」

 

「はい。ありがとうございます。その、貴女は誰ですか?」

 

 ヒロシの疑問も当然である。看護婦なら理解が出来るが学校の制服を着た同年代の少女がいるのは理解が出来ない。

 

「ああ、ごめん。私が惣流・アスカ・ラングレーよ。他の二人も来たがったけど、あの二人は精神衛生上、良くないから遠慮してもらったの」

 

「はあ」

 

「取り敢えず、ネルフにようこそ!」

 

 



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第29話 一夜明けて

 

事件の翌日、リツコは松代を後にしてネルフ本部に出勤していた。

 

「参号機の機体を隅々まで検査しましたが使徒を発見する事は出来ませんでした」

 

 マヤの報告にリツコは頭を悩まされる事になった。使徒に乗っ取られた間のデータが極端に少ない事も一因である。

 

(司令も大変でしょうね)

 

 リツコの懸念通り、ゲンドウも大変だったが、彼を呼び出したゼーレの老人達も困惑していた。

 

「では、君は被害者だと主張するのかね。碇君」

 

「当然ですな。アメリカ政府の輸送手段に手落ちがあった為に、参号機は使徒に侵食され、松代第二実験場を喪ったのです」

 

「では、参号機がS2機関を取り込んだ事は何と言うつもりかね」

 

「その事については、私達にも詳細は不明なままです。使徒が本当に消滅したのかも分からないのです」

 

 これは、隠蔽でも捏造でもなく事実なので、ゼーレの老人達も何も言えない。

 

「昨日の今日です。現在、調査中ですので、進展があり次第報告いたします。」

 

「その間、参号機はどうする?」

 

「参号機は安全性が確認されるまで、凍結処分とします」

 

 確かに文句のつけようがない対応である。

 エヴァに関してはゼーレの老人も把握していない事だらけなのである。

 

「分かった。調査を継続した上で報告する様に。それまで参号機は凍結で構わん」

 

 ゼーレとの会議が終了すると苦笑している冬月がいた。

 

「何か言いたそうだな」

 

「何、昨日の今日でまともな報告が出来るとは老人達も思ってないだろうよ」

 

 冬月も、ゲンドウに対するゼーレの嫌がらせだと分かっている。「少しは愛想を良くしろ」とゲンドウに言っても無駄だということも分かっている。口に出したのは別件である。

 

「消滅した使徒の事だが、エヴァに取り込まれたのではないか?」

 

「ああ。私も同意見だな」

 

「問題はエヴァに取り込まれた使徒がエヴァから戻ってこれるかだな」

 

「取り込まれた使徒が戻る可能性は無いと思う。私が問題に思うのはS2機関も取り込んだ事だな」

 

「しかし、私にはエヴァが取り込んだS2機関を活用出来るとは思えんぞ。碇」

 

「そこが問題だ。場合に依ればシナリオを修正する必要も出てくる」

 

 この時、最も真実に近いと思われたのはリツコである。

 マヤが提出した資料について、リツコがMAGIを駆使し、改めて精査した結果、ゲンドウと同じ結論に達していた。

 

「やはり、エヴァに取り込まれたのですか?」

 

 マヤも内心は同じ結論を出していた様である。

 

「そう考えるべきね」

 

 リツコはコーヒーを一口啜ると当時の状況から、一つの推論を披露する。

 

「参号機の自爆装置が起動した事で使徒も逃げ場を探したんでしょう。その証拠に野生動物が寄生虫を落とすのと同じ行動を取っているわ」

 

「地面を転げ回った行為ですね」

 

「そう。それでも駄目だったから、最悪、宿主を捨てる行為に出るつもりがエヴァ三機によるATフィールドで包囲されてしまった。そこで、参号機の体内で最も安全なコアの中に逃げ込んだのでしょうけど、そのまま、参号機のコアに取り込まれてしまった。確かにエヴァのコアは自爆した後も再利用が出来るように設計されて安全だけど」

 

「また、暴れ出す危険は無いのでしょうか」

 

「それは、無いでしょうね」

 

(コアから抜け出せるなら、既に「あの人」も惣流博士もサルベージできてるわ。初号機なら、今頃はセカンドインパクトが起きていたでしょうけど)

 

「問題はS2機関ね。それより、ヒロシ君は?」

 

「はい。フォースチルドレンなら、今朝退院して、パイロット研修中です」

 

「そう。夕方にはミサトも帰ってくるから、司令とミサトで検討するでしょう」

 

「それと……い〜ま、面白い事になっているんですよぉ」

 

 マヤには似合わない、人の悪い笑顔になっている。

 

(まるでミサトね。ミサトにマヤへ近付かない様に言っておくべきね)

 

「あのアスカがヒロシ君の世話を色々としてるんですよ」

 

 リツコもマヤの言葉に驚いた様である。アスカは人に世話を焼かせる事はあっても、他人の世話を焼く人間とは思われてなかったからである。

 

「それは、事件ね!」

 

 この部下に対して、この上司である。マヤに悪影響を与えてるのはミサトだけの責任では無い様である。

 リツコとマヤの二人から話のネタにされたアスカとしたら、勘違いも甚だしい事である。

 アスカにしたら、同僚二人は逆行前の今回の事件がトラウマだったらしく二人で泣きなが喜んでいるのは良いが抱き合ってばかりなので、流石のアスカも付き合いきれないのである。

 家に居ればバカップルに精神汚染される為、本部に逃げ込んだのが真相である。

 それに、ミサトが残業を盾にネルフ本部に逃げ出している現状では一人でも精神汚染を受ける事になる。

 それ以前に、アスカは元々年下や弱い者には優しい少女なのである。

 夕方になり、ミサトがネルフ本部に戻ると、ヒロシは正式にパイロット三人と対面した。

 

「彼がフォースチルドレンの宗谷ヒロシ君。貴方達の一つ下だから、親切にしてあげてね」

 

「宗谷ヒロシです。宜しくお願いします」

 

「この娘がファーストチルドレンで零号機のパイロットの綾波レイよ」

 

「よろしく」

 

「もう知っていると思うけど、彼女がセカンドチルドレンで弐号機パイロットの惣流・アスカ・ラングレー」

 

「私の事はアスカで良いわよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「この子がサードチルドレンの碇シンジ君。初号機パイロットよ」

 

「よろしくね」

 

「ヒロシ君の参号機は検査が終わるまで凍結扱いだから、暫くは訓練と研修を受けてもらうわ。住む所は皆と同じで私の家になるからね」

 

「……はい」

 

「では、全員。プラグスーツに着替えてシンクロテストを始めるわよ」

 

 騒動が起きたのは十分後である。レイとアスカのプラグスーツ姿を見たヒロシが頬を赤く染めたのである。

 

(純情ね。シンジ君でさえ、二人のプラグスーツを見ても平気だったのに)

 

 流石のミサトも新人をからかう気にはならなかったが、彼女の悪影響を受けたのはどうやらマヤだけではなかったらしく……

 

「あ〜ら、ヒロシィ。顔が赤いわよ〜。今朝、退院したばかりだし…」

 

 アスカはヒロシの状態を分かっていて、故意に近づいて行く。

 

「もしかしたら、熱があるかも」

 

 アスカは熱を測るふりをして、自身の額をヒロシの額に合わせる。

 アスカは掛値無しの美少女である。そんな彼女に水着と同様体のラインが出ているプラグスーツ姿で顔を近づけられたので、ヒロシは耳まで真っ赤になった。

 

「アスカ、貴女ねぇ…!」

 

 リツコが友人の悪影響の害に思わず頭を抱えてしまった。

 シンクロテストの前に被験者の精神を掻き回す行為は技術部としては控えて欲しいと思うリツコであった。

 シンクロテストの結果として、先輩パイロット達は安定の伸びを見せていたが、新人だけは可もなく不可もない結果だった。

 

「これが、普通の数値なんでしょうけど」

 

 ミサトの感想にリツコが応じる。

 

「シンジ君の異常さが良く分かる結果ね。ヒロシ君も、普通なら初めてのシンクロテストで優秀な数値よ」

 

「暫くは、シンジ君たちの代打として、考えた方がいいかもね」

 

「そうね。それが現実的だと思うけど、ちゃんと互換実験をする必要があるわね。勘違いして欲しくないけど、レイとシンジ君のようにパーソナルパターンが酷似しているのは、ごく稀なケースだから、通常はコアの書き換えからの話になるわ」

 

「参号機の凍結が解除されたら、運用する側は楽なんだけどね」

 

「そうなると、技術部も色々と忙しくなるわ」

 

「技術部には色々と苦労を掛けるわね」

 

(死地に立たせる子供達と一緒に暮らす貴女よりマシだけどね)

 

 その日、ミサトはパイロット達と一緒に帰宅した。片手の負傷で運転が出来ない為である。

 ネルフ本部にはヒロシのみが残り、葛城宅への引っ越しと転校の手続きが終わり次第、一緒に暮らす事になっている。

 ヒロシは用意された部屋の風呂に入り、これからの事を考えていた。

 

「葛城さんか…悪い人じゃないと思うけどね」

 

 どうやら、ミサトは子供達の第一印象が悪い様である。

 

「それに、赤木博士は怖いからなあ。パイロットになったのは早計だったかな」

 

 シンジ達先輩パイロットが居れば全面的に同意を得られる印象をリツコに持った様である。

 

「しかし、司令といい、赤木博士といい、普通の役人とは随分違うなあ。役人なのに髭や金髪だし…。ネルフって、やっぱヤバい組織なんだろうか」

 

 ゲンドウとリツコの容姿を見て、ネルフに悪印象を抱いたヒロシを誰が責められるであろうか。

 

「パイロットも職員も美男美女ばかりだよなあ。顔で採用してないか?」

 

 ネルフに対して低俗ながら色々と疑問を持った様だ。

 

「それに、アスカ先輩やレイ先輩と一緒に暮らすのか。大丈夫かな?」

 

 思春期の男子として健全で最大の不安を持った様である。

 これが、第十三使徒戦の翌日の話である。

 

 



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第30話 第十四使徒ゼルエル

 

 第十三使徒戦から二日目の朝である。シンジは珍しく朝からシャワーを浴びていた。

 

(今日は最強の使徒が来る。ここまでは何とかやってこれたけど、今日の使徒だけは、結局対策が思いつかなかった)

 

 第十四使徒だけはシンジも記憶が無い。後から聞いた話によると、初号機の暴走で倒したようだ。

 

(また、初号機を暴走させるべきなのか?)

 

 都合よく暴走するとは限らない。シンジが逆行してから、一度も暴走していないのだ。

 よしんば暴走して勝てたとしても、初号機が凍結されてしまう。

 

(前回よりは敵の攻撃方法が分かっている程度なんだけどなあ)

 

 第十三使徒戦が終了してからも三人で何度も相談したが対策が出来ないままであった。

 

「何の為に帰ってきたのか」

 

 思わず口に出してしまった。我ながら予想通りの行動に苦笑してしまう。

 

(やっぱり、口に出したか。保険を掛けてシャワーを浴びて良かった)

 

 シンジがシャワーを出た後にレイが入り、レイが出た後にアスカが入る。

 全員が同じ気持ちで同じ行動を取った事に苦笑してしまった。

 朝食時にニヤニヤ笑う子供達に、ミサトは頭上にクエスチョンを浮かべたのは言うまでもない。

 食事が終わった後で全員でネルフ本部に向かう。

 幸いな事に、急遽実施される事になった機体互換試験の為、ネルフ本部にパイロットが集結したので、ゼルエルの地上迎撃が間に合うだろう。

 そして、パイロット四人がプラグスーツに着替えた時に警報がなった。第十四使徒ゼルエルの来襲である。

 

「試験中止!パイロットは担当機体に乗りケイジに!」

 

「あのう。僕もですか」

 

 ヒロシがミサトに質問する。

 

「ヒロシ君も参号機に乗って。戦況によっては参戦してもらうわ」

 

「はい」

 

 走り去るヒロシの背中を見送った後にリツコがミサトをからかう。

 

「本当に貴女って、甘いわね」

 

「仕方ないでしょ。エヴァの中が一番安全なんだから」

 

 ミサトとリツコが発令所に入ると三機のエヴァは出撃準備を終了していた。

 

「エヴァンゲリオン発進!」

 

 ミサトの号令で三機のエヴァが出撃する直前に使徒の攻撃で18枚の特殊装甲が破られていた。

 

「敵は遠距離戦タイプと思われるわ。近接戦闘で行くわよ。武器を用意するから、自分に合ったものを使って!」

 

 三機のエヴァが地上に到着するのとゼルエルが地上に降り立つのは同時であった。

 三機のエヴァはゼルエルの正面を避ける様に囲みながら、少しずつ距離を詰めて行く。

 初号機と弐号機が左右から迫り、零号機が背後から忍び寄る。

 ゼルエルは、三機を無視する様に自身が開けた穴を目指して前進する。

 

「シンジ君。アスカ。敵のジオフロント侵入を阻止して!」

 

 ミサトは、シンジとアスカの連携を信用し、具体的にゼルエルの前進を阻止する方法までは指示しなかった。

 初号機と弐号機が駆け寄ると、ゼルエルは両手とも言える折り畳み式の触手で襲い掛かった。

 ゼルエルの攻撃手段を知っている二人は身を屈めて切れ味抜群の触手の攻撃を避ける。

 

「アスカ!」

 

「シンジ!」

 

 初号機と弐号機は、伸ばされた触手が戻る前にゼルエルの懐に入り、前面に回し蹴りを同時に炸裂させる。

 ユニゾン攻撃を受けたゼルエルは後方に吹き飛ぶ。

 ゼルエルが後方に吹き飛んだことで、初号機と弐号機は結果的に使徒の正面に立つ形となる。

 ゼルエルが、前進を邪魔した二機に対して、18枚の特殊装甲を貫いたビームを放とうとした寸前、後方から忍び寄っていた零号機に組付かれた。ジャーマンスープレックスである!

 ゼルエルが放ったビームは大空へと吸い込まれた。

 

「ナイス、レイ!」

 

 倒れたゼルエルに、初号機と弐号機のエルボードロップが炸裂する!

 しかし、ゼルエルは三機の連続攻撃を物ともせず、三機が取り付いてきても、それさえ跳ね除けた。

 

「エヴァ三機を!」

 

 ミサトの表情に焦りの色が拡がり始める。遠距離では特殊装甲18枚を貫いたビーム攻撃の、中間距離では鋭利な刃物の様な触手の餌食になる。

 近接戦闘では不死身と言える耐久力を持っている。

 

(使徒と違いエヴァは人間が操縦している。いずれはパイロット達の体力と気力が尽きるわ!)

 

「うぐっ!」

 

 ミサトの懸念は現実となった。零号機がビームの餌食になった。零号機は左腕をビームで切り落とされた。

 腕を切り落とされて、一瞬だけ怯んだ零号機にゼルエルが止めの一撃を食らわそうとする。

 

「綾波ィィ!」

 

 初号機の体当たりで、攻撃は逸れて零号機の背後にあった山の頂上部分が爆発する。

 

「ミサトさん。僕も戦線に参加させて下さい。勝てなくったって、先輩たちが休憩する時間くらいは作れます!」

 

 ヒロシがミサトに進言するが、彼女の権限では参号機の凍結を解くことはできない。

 

(ヒロシ君と参号機で、本当に時間を稼げるかしら?)

 

 ミサトからすれば、参号機は時間稼ぎどころか、足手まといになる危険性がある。

 スクリーンの中では、弐号機がビームを避けるのを見越して、待ち伏せていた触手が……!

 弐号機は肩のウェポンラックを犠牲にして難を逃れた。

 その光景を見たミサトは決断をした。

 

「碇司令。参号機の凍結の解除と参戦を要請します!」

 

 ミサトと同様にゲンドウも戦況の推移を見て迷っていたが、ミサトの進言でゲンドウも決意した。

 

「現時刻を以て、エヴァ参号機凍結の一時解除及び出撃を認める」

 

「ありがとうございます。司令」

 

「礼を言われる事ではない。使徒の殲滅がネルフの使命だ」

 

 ゲンドウにしたら使徒に敗れる事は、ゼーレの人類補完計画どころか自身の計画も潰えてしまうことと同義である。

 故に、眼前の使徒を殲滅する必要があるのだ。

 

「ヒロシ君。凍結解除と参戦が認められたわ。出来るだけ敵の注意を引き付けて逃げ回って」

 

「はい。逃げる事は得意ですから任せて下さい!」

 

 自慢にならない自慢である。

 

「エヴァ参号機出撃準備!」

 

 参号機の出撃準備がされてる間も、地上ではゼルエルとの苛烈な戦いが続いている。

 コアは硬い瞼の様な殻で守ったとはいえ、N2兵器の直撃にもダメージを受けなかった使徒である。倒したのは初号機の暴走であり、シンジも暴走時の記憶は無い。

 初号機の暴走も偶然の結果である。今は三機のチームワークで使徒を地上に足止めするのが精一杯なのである。

 それも、そろそろ限界に達している。エヴァ自体は問題無いが、操縦しているパイロットの体力と気力が限界を迎えようとしていた。

 

(体力的に、綾波がまずい)

 

 シンジは焦るも、意図的に暴走を起こす事が出来ない。

 もし、起こせても、その前に零号機や弐号機…レイやアスカに万が一の事が有れば意味が無いのである。

 そして、二人もシンジの心理を読んでいた。

 

(碇君。馬鹿な事は考えないで!)

 

(バカシンジが馬鹿な事やらかす前に倒さないと、レイが爆発するかもしれないわね…)

 

 それぞれが仲間の事を考えて焦りを自覚していた。

 

「皆、聞こえる?今から参号機も参戦します。参号機が時間を稼ぐから、一息ついて!」

 

 ミサトの恥も外聞も無い指示に三人は苦笑する。

 パイロットに出した指示とは別に、ミサトは発令所内だけの指示も出していた。

 

「何時でも出来る様に、参号機パイロットの神経接続カットとエントリープラグ強制射出の準備を急いで!」

 

「ちょっと、ミサト!貴女、参号機を犠牲にする気なの!?」

 

 慌てるリツコに、顔も向けず、ミサトはスクリーンを直視しながら応える。

 

「そんなに気前がいい筈ないでしょ。最新鋭機を簡単に捨てる気は無いわ。それでも、パイロットの命よりは安いけどね」

 

 地上に現れた参号機は、ラミエル戦で使われる事のなかった盾を手にしていた。

 

「安保反対!」

 

 若い理工系エリート集団のネルフ職員には、ヒロシの渾身のギャグは残念ながら理解されなかった。

 唯一、理解していた正副の司令達は、冬月は「盾を持っている方が言われる台詞だ!」と真面目に小声でツッコミを入れていた。

 ゲンドウは何時もの様に顔の前で手を組むポーズをしながらも、自身の立場を弁えて声を出さずに笑った。

 大人も理解しないギャグに先輩パイロット達も頭上にクエスチョンを浮かべながら参号機の行動を見守っていた。

 参号機は見事なまでに盾に身を隠すとゼルエルに向かって突撃を始めた。

 それを発令所から見ていたミサトがヒロシを制止する。

 

「ヒロシ君。無茶をしちゃあ駄目!」

 

 参号機はミサトの制止にも応じずに突撃を続ける。

 

(ちょっと!?自殺する気でネルフに来たの!?)

 

 ミサトは内心の声とは別に口に出したのはパイロットの命を守る指示であった。

 

「参号機のエントリープラグを強制射出して!」

 

 しかし、日向の返答は…

 

「駄目です。参号機側からロックされています!」

 

 

「なんですって!」

 

 スクリーンの中ではゼルエルの目が光を宿して強烈無比のビームを発射していた。

 

 

 

 



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第31話 参号機、初陣

 

 ゼルエルの強烈なビームが発射されて、参号機の盾は半分が消滅した。

 発令所にいたマヤはスクリーンを直視する事が出来ずに顔を背けたが、予想していた悲嘆の声ではなく、驚嘆の声が発令所を満たした。

 マヤは不思議に思い、スクリーンに目を向けると、再び予想外の光景が視界に飛び込んで来た。

 参号機が半分になった盾の下の部分を持ち、極端な低姿勢でゼルエルに突撃していた。

 参号機はゼルエルの攻撃を読んで盾を身を守る為ではなく、身を隠す為に使ったのである。

 

「なんて器用な!」

 

「駄目よ。帰って来たら叱ってあげないと」

 

 ヒロシの行動に感心するリツコと真面目に怒るミサト。

 日向は、背後での上司の会話を聞き、「普段とは逆だな」と思ったが口にする事はなかった。

 そして、参号機に騙された形のゼルエルは二回目のビーム攻撃は出来なかった。

 参号機が急接近した為に間に合わなかったからである。

 ゼルエルは肉眼でも確認が出来る八角形のオレンジ色の壁を出現させて参号機の突撃に対抗する。

 オレンジ色の壁と元SSTOの低部を挟んでゼルエルと参号機の力比べとなった。

 ゼルエルも自身でATフィールドを展開しながら、その内側でビームを発射する自爆行為はせずに触手を八角形の壁の外側から大きく迂回させて、参号機の背後を狙う。

 上空から見ればアルファベットのM字の形を作ろうとしている様に見えた事だろう。

 

「ヒロシ君、避けて!」

 

 最早、指示でも命令でもないミサトの叫びに、ヒロシも今度は素直に従い、その場にしゃがみ込んだ。

 参号機がミサトの叫びを聞くと、その場にしゃがみ込むのであった。

 そして、参号機が一瞬前まで居た空間をゼルエルの触手の槍が通り過ぎ、参号機の盾と自身のA.T.フィールドを貫通して自らのコアへ向かっていく。

 直撃寸前に硬い殻(シールドガード)がコアを覆って、触手の槍を受け止めた。

 その光景を見た人間は脳内で「矛盾」という単語を思い浮かべた。

 今回は参号機の盾と自身のA.T.フィールドで勢いを減じた為か、矛ではなく、盾の勝利となった。

 

「駄目だったか!」

 

 ヒロシは最初からゼルエルの自爆を狙っていたが目論見は見事に外れたらしい。

 

「まだだ。まだ終わらんよ!」

 

 参号機はゼルエルのA.T.フィールドに縫い付けられた盾を手前に引っ張り、縦方向に半回転させると、次は横方向へ何かのハンドルの様に回転させ始めた。

 先程と比べて上空からは見るとM字だったのが、左右の触手が捻れて、逆さのY字になっていた。

 二本の触手が捻れて合わさりゼルエルの眼前に来る様に参号機が位置を調節しているのでビーム攻撃も封じた形だ。

 更に参号機が盾を回し続けると二本の触手は捻じ切れてしまった。

 触手を失ったゼルエルは、唯一の武器となったビーム攻撃で参号機に報復を図るが、事態を見守っていた三機のエヴァに後ろ向きに引き摺り倒されてしまう。

 ゼルエルのビームは虚しくも再び空に吸い込まれてしまった。

 しかしゼルエルは諦めずにビーム攻撃を行おうとするが、目に光が宿った瞬間、参号機の抜き手が目に突き刺さった。

 

「秘技、つぼぬき!」

 

 ヒロシが叫ぶと発令所にいるミサトやリツコは「つぼぬき」という単語が何を意味するか分からなかったが、シンジだけが反応した。

 

「綾波!アスカ!使徒が動かない様に押さえて!」

 

 レイとアスカは、ヒロシの叫びやシンジの指示の意味は分からなかったが、シンジを信じて従う。

 三機のエヴァが防御の必要もなく全力でゼルエルを押さえている間に参号機は、ゼルエルの目に突き刺した抜き手を更に深く押し込んで行く。

 最終的には参号機は腕の付け根までゼルエルの体内に潜り込ませる。

 

「碇先輩、手伝って下さい!」

 

「了解!」

 

 腕の付け根までゼルエルの体内に潜らせた参号機を初号機も手伝って、一回転、二回転させる。

 

「綾波!アスカ!そのまま押さえてて!」

 

「じゃあ碇先輩、いきますよ!」

 

「わかった!」

 

 参号機がゼルエルの体内に入れた腕を引き抜き始めた。

 腕を引き抜く参号機の体を引っ張る形で、初号機が補助する。

 結果は、2015年のテレビ放送ならモザイクが必要な光景となった。

 参号機が、ゼルエルの内臓を掴み、引き摺り出したのである。

 参号機の肘から内臓が絡み付き、臓器を鷲掴みした手をスクリーン越しに見ていた発令所では嘔吐する人間も何人かいた。

 

「カメラの位置を切り替えて!」

 

 最初は呆然としていたミサトも嘔吐する人間が現れると慌てて指示を出す。

 スクリーンには、内臓を抜かれたゼルエル、そしてゼルエルを押さえつけている零号機と弐号機が映される。

 

「パターン青、消滅しました……」

 

「エヴァの回収と洗浄の準備を、それと使徒の死体の処理を急いで!」

 

 日向の報告に素早くミサトが指示を出す。これほど、真摯に実行された命令も珍しかった。

 発令所のスクリーンは切られて黒い画面になった途端に安堵の声を出す者もいた。

 

「ヒロシ君、圧倒的じゃないか!」

 

 自分の仕事部屋のモニターで観戦していた加持が感想を口にする。

 

「この想定外の戦力は、ゼーレの老人達も黙ってはいませんよ、碇司令」

 

 加持と同様の事を冬月も口にしたが、ゲンドウは笑うのみだった。

 

「問題ない。初号機さえ確保していれば良い」

 

「しかし、今、ゼーレに介入されるとシナリオが狂うぞ」

 

「老人達に何が出来る。使徒がいる間は何も出来んよ。所詮はシナリオ通りだ」

 

 加持と冬月の危惧が杞憂となるか現実化するのかは、この時点では予想はつかないままである。確実に言える事は本来の歴史より、ネルフ本部の被害は皆無であり、女子職員の一部の人間に強烈なトラウマを残したという事である。

 

 そして、その一部の人間に該当しなかった二人の女子職員が、洗浄されている参号機を眼下に会話をしていた。

 

「あの時、ヒロシ君が叫んでた『つぼぬき』って料理用語らしいの」

 

「料理用語?」

 

 料理は食べる専門のミサトには初耳の話である。

 

「魚や鳥の内臓を取り出す技法の事らしいわ」

 

「初耳だわね」

 

「そうなの。釣りする人も使うらしいわ」

 

「シンジ君は知っていたみたいだけど」

 

 自身が中学生以下だと気づいた二人は、阿吽の呼吸で話題を変える事にした。

 

「そう言えば、話題のヒロシ君は?」

 

「さっき、きつく叱ったら泣いちゃったわ。今、アスカが慰めてる」

 

「へえ、あのアスカがね」

 

 リツコはマヤから聞いた噂話をミサトの耳に入れるか迷ったが、結局は黙っておく事にした。

 リツコも色々と背徳行為を行っているが、その程度の倫理観はあったらしい。

 

「ほら、そんなに泣く事じゃないわよ」

 

 ミサトに叱られて泣いているヒロシをアスカはまるで姉の様に慰めていた。

 根は優しい性格である。弐号機内で母親の存在を感じてからは少しずつ本来の優しさが出てきた印象である。

 そんなアスカを見ていたシンジは自身の戦闘センスを考え直していた。

 

(元から戦いのセンスがあるとは思ってなかったけど、今日の事で使徒に対しての戦いに固定観念が出来ていた事が分かった)

 

 横に居るレイも同じ考えだったらしく、シンジの顔を見て無言で頷く。

 使徒に対して固定観念の無いヒロシは柔軟に対応してゼルエルを倒したのである。

 何時の間にか自分達は使徒に対して固定観念を持っていた様である。

 倒すべき使徒は、あと二体である。次の使徒が現れるまで1ヶ月以上の時間がある。

 それまでに色々と考えて対策を取る事が出来る筈である。

 それと同時にミサトに料理を教え、加持との交際を考えてもらう。加持に危険な行為は控えて貰うことも重要だ。彼の望む情報は、既にシンジが握っている。加持が命を捨てる必要はない。

 本来なら歴史に関わる事のない参号機とヒロシの介入で、シンジの知る未来とは変わった可能性が出てきた。

 それが、シンジの目指す未来に繋がるのか、それとも事態を悪化させる事になるのかは分からないままである。

 取り敢えず、確定した未来は、ヒロシが泣くほど叱りつけたミサトの晩酌を抜きにする事である。

 既に、朝の寝起きのビールと朝シャワー後のビールは禁止している。

 当然と言えば当然な措置であるが、ミサトの受難はバカップルの害とは別に暫く続く様である。

 

 

 

 



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第32話 大人と子供

 

「では、参号機の凍結解除も不可抗力だと君は主張するのかね。碇君」

 

「第十四使徒は強敵でした。18枚の特殊装甲を一撃で貫通する程の強力な遠距離攻撃能力に兵装ビルを瞬時に両断する近接攻撃能力を持っていたのです。パイロット達がジオフロントへの侵入を阻んだだけでも称賛するべきでしょう」

 

 ゲンドウの主張は本音であり、事実だったのでゼーレの老人達も、それ以上は文句も言えない。

 

「しかし、参号機の戦力はネルフが持つには強大過ぎないか」

 

「参号機に関しては我々も想定外です。本来なら起動実験は終了し、パイロットも戦闘訓練を終えているはずでしたが、例の一件の為に起動実験もままならず、戦闘能力は未知数でした」

 

 ゲンドウが遠回しに参号機受け渡しの不備を責める。

 

「分かった。碇よ、君の主張が正しいようだ。それと、予算については時間が掛かるが配慮しよう」

 

 立体映像が消えると呆れた顔をした冬月がいた。

 

「参号機の事で逆に噛みつくとは思わんかったよ」

 

「ふん。事実だ。一歩間違えれば、我々は赤木博士を失っていた」

 

 ゲンドウの主張は、ネルフという組織が技術開発部に依存している事の証明であった。

 

「それと、技術部から予算申請の要望書が届いているぞ」

 

 金額を見るとゼーレの老人達と陰険漫才をする前に見たかったと思う数字であった。敵は使徒とゼーレだけではなかった。

 ゲンドウは、ゼーレの老人達を相手にした方が楽だと思えた。

 

 ゲンドウからゼーレの老人よりも強敵と評されたリツコの方はと言うと、不眠不休で作業に当たっていた。

 原因はゼルエル戦でのエヴァの被害である。致命的な被害は無いがエヴァの装甲のあちらこちらに使用に耐えても戦闘に耐えられない損傷があった。

 

「あの触手の攻撃を紙一重とは言え避けたりしてたんだから、装甲に傷が入るのは当たり前よね」

 

 リツコは、自分を慰めるかのように呟いていた。

 

「触手で傷が入った部分に、爆風の余波を受けて傷口が広がっていますね」

 

 そんなリツコにマヤが被害の詳細を報告に来た。

 

「ドイツへの発注は済んだの?」

 

「はい。既に来週の頭には予備が届く事になっています」

 

「その間は使徒に来て欲しくはないわね」

 

「一応は交換した装甲も修復してますが、予算は別にしても時間が掛ります」

 

「そう。報告はそれだけ?」

 

「はい。以上です」

 

「それなら、3時間程仮眠を取るから、仮に司令やミサトが来ても追い返して頂戴!」

 

「了解しました!」

 

 鬼気迫る迫力にマヤも反射的に直立不動の姿勢で敬礼してしまう。

 

 リツコが疲労の極みに居た頃、ミサトも同じ有様であった。

 

「関係各省からの苦情に兵装ビルの被害と修復計画会議と改善計画会議と……後は何があるの?」

 

「それと、参号機パイロットの訓練計画と連動訓練の計画立案をお願いします」

 

 流石に日向に割り振る事の出来ない仕事ばかりである。

 日頃から残業していた為に仕事は少なくなっている筈であった。

 

「使徒に殺される前に過労死するわ!」

 

 ミサトがネルフ本部に泊まり込んでいる間、ヒロシの引っ越しから転校の手続きは加持が代行する事になった。

 そして、引っ越しの1日目だけ葛城宅の居間で寝たのだが、2日目の夕方には仕事を盾に逃亡した。賢明な判断であった。

 シンジとレイのバカップルに加えてアスカに甘えるヒロシの姿も葛城家の日常風景になっていた。

 アスカもヒロシに甘えられると邪険には出来ず、つい甘やかしてしまうのである。

 

(葛城…仕事が一段落しても地獄が待ってるぞ!)

 

 加持が逃亡した翌日、数日ぶりに帰宅する贅沢にありつけた日向は、ミサトの洗濯物を葛城宅に届けた際、パイロット達から夕食に招待されたのだが、上司が帰宅拒否症になる理由を理解した……

 

 技術部も作戦部もゼルエル戦の後処理で忙しい為に、シンクロテスト等も延期が決まり、パイロット達は意外な余暇を手にする事が出来た。

 

「折角だから、四人で何処かに遊びに行かない?」

 

 アスカの発案に、シンジとレイも意外な事に賛成した。

 一つは難敵だったゼルエルとの戦いが予想外の小さい被害で済んだ事に対する安堵と、ヒロシの歓迎会も兼ねている。

 更に言えば、ヒロシの戦いぶりを見て、ネルフ色に染まり柔軟な思考が出来なくなっていたことを自覚した為、自分達の意識をリセットすることも兼ねていた。

 

「警備部の都合も考えて、近くの山へのピクニックが手頃だと思うけど」

 

「そうだね。それがいいね」

 

「私は碇君さえ居れば何処でもいいわ」

 

「僕もアスカ先輩が居るなら何処でも構いません」

 

 レイは別にして、ヒロシまでがアスカに対してレイ化している。

 アスカも真正面からヒロシに言われると気恥ずかしいのと同等の嬉しさがある。

 ヒロシにしたら、アスカは優しく頼りになる姉貴分だと思えたのだろう。

 

「じゃあ。決まりね」

 

 それから、四人で色々と相談をして計画を立てたのである。

 四人が各自で弁当を用意して、当日に品評会をする事にした。

 その際に、常夏の日本では当たり前だが、シンジが食中毒予防の注意をした。

 翌日、警備部の車でペンペンも連れて近場の山に出かけたのである。

 

「近くに駐車場とトイレがあり、綺麗な池もあるなんて、こんな穴場があったんだ!」

 

 シンジが驚くのは無理も無い話である。このキャンプ場は、逆行前の歴史だと、サキエル戦の時に、初号機のキックで砕けた使徒の身体の一部が落下した為に火事となり閉場していたのだ。

 消火した後に雨などで地崩れしない様に植林したのである。

 キャンプなどに興味の無いシンジが知る筈もなかった。

 

「アスカ先輩は、よくこんな場所知ってましたね!」

 

「敵を知り己を知れば百戦、殆からずと言うでしょ。それを実行しただけよ」

 

「アスカ、凄いわ。私は加持一尉とのデート場所を探したのかと思ったわ」

 

「……レイったら。私は、そんな不謹慎な人間じゃないわよ」

 

(なんて、鋭いの。レイ、恐ろしい娘!)

 

(図星だったみたいね) 

 

(アスカ。今の間は自白しているのと同じだよ)

 

(アスカ先輩は真面目だなあ!)

 

 約一名だけ、アスカの戯言を信じた人間がいた。

 ペンペンは池を見ると喜んで泳ぎ回る。

 

「おーい、ペンペン!お前もペンギンなら自分でメシ獲ってみたら?」

 

 ヒロシがペンペンに向かって叫ぶと、ペンペンは一声鳴いてから水中に潜った。

 

「この池、魚がいるの?」

 

「さっき、魚影が見えたから居ると思うよ」

 

「何か捕まえたわ!」

 

 どうやら、ペンペンも野生を少しだけ取り戻した様である。

 

「そろそろ、お弁当にしましょう!」

 

 どうやら、ペンペンの食事を見て刺激された様で、アスカが昼食の提案をすると全員賛成したので、レジャーシートを敷いて食事の準備を始めたのだが、レイとアスカが取り出したレジャーシートにはネルフのロゴが大きくプリントされている。

 

「碇先輩。ネルフって、特務機関ですよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「特務機関って、秘密組織ですよね?」

 

「それは、僕も来た時から思ってた…」

 

 ヒロシの疑問は当然といえる。ネルフには、ロゴマーク入りの生活用品等が溢れている。

 

(マグカップに目覚まし時計にタオルにノート…父さんも何を考えているんだろう)

 

 シンジの内心の声とは別にヒロシが更に疑問を提示する。

 

「ヘリコプターにはネルフのマークが入っているのに、エヴァには入って無いのも問題だと思う」

 

「エヴァにはネルフのロゴを入れなくても、エヴァ自体がネルフの象徴みたいなもんだから」

 

 その後、四人は互いの弁当を食べては真剣に論評していた。主にシンジが悪い点と改善方法をアドバイスする。

 レイとアスカの料理の腕も上達している。

二人とも勘がよくセンスもあるので、後は経験を積むだけである。

 昼食を食べた後、弁当作りに朝が早かった為か四人とも昼寝を始めた。

 夕方になり、駐車場で待機していた警備部の春日が迎えに行くと、レイとシンジ、アスカとヒロシが抱き合う様に寝ていた。

 

(こりゃ、作戦課長も家に寄り付かなくなるのが理解が出来るわ)

 

 四人は春日に起こされて、急いで帰り支度を始める。

 

「ペンペン、帰るよ!」

 

 ヒロシの呼び掛けでペンペンも戻り、全員が無事に帰宅すると、シンジが既に用意していたカレーライスの夕食を済ませ、交代で入浴する。その日は各自の部屋に戻り、早めの就寝となった。

 深夜に帰って来たミサトが、それぞれの部屋を見て子供達の寝顔を見た後に、用意されていたカレーライスを肴に帰宅中に買ってきた缶ビールを飲む。

 

(四人の子持ちになった気分だわ……独身なのに)

 

 ミサトは食器をシンクに置くとビールの缶を潰した後にレジ袋に入れてキッチンのゴミ箱に捨てると、その日は布団に潜り込んだのである。

 ネルフが平常業務に戻るには、もう一週間ほど時間が必要であった。

 

 



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第33話 そして、人間らしく

 

 ミサトが久しぶりに帰宅した翌日、加持リョウジも多忙を極めていた。

 エヴァ三機の装甲の発注や兵装ビルの再建と巨大な利権が動けば、不心得者が不祥事を起こすのは当然で、監査官の加持も摘発の日々であった。

 

「兵装ビルなんか使徒に壊されるのは分かっているからな。手抜き工事をしたくなるのも理解が出来ん事はないが…許される事じゃないのにな」

 

 既に一個中隊程の不祥事を摘発した加持は、呆れながらも報告書を整理していた。

 

「チーフ。サードチルドレンが面会を求めてますが、どういたしましょう?」

 

「シンジ君が?」

 

 加持は時計を見ると既に退勤時間を過ぎている。

 

「こんな時間に訪ねて来るとは?」

 

(葛城かアスカと何かあったのか)

 

 内心は口に出さず、加持はシンジとの面会を口実にその日の仕事を終わりにした。

 

「シンジ君が俺を御指名とは珍しいねえ」

 

 二人は加持の西瓜畑に来ている。

 

「ここなら、盗聴の心配も無いでしょうね」

 

 これには、加持も苦笑するしかなかった。ネルフは自分が思った以上にシンジから信用をされていなかったらしい。

 

「まあ、ここは大丈夫だよ。保証するよ」

 

「では、本題に入ります。危険なバイトを辞めて下さい」

 

 一瞬だけ、加持の表情が変わるが、苦笑いで誤魔化した。

 ミサトがシンジに話すとも思えない、ましてゲンドウなどは論外である。

 シンジが一人で辿り着いたとは思えないが、辿り着いたと考えるべきなのだろう。

 

(我ながら中学生にバレる程度だったとは、間抜けな話だな)

 

 加持は自身の諜報行為の稚拙さに内心苦笑するしかない。

 

「加持さんが居なくなればミサトさんが泣く事になります。加持さんが知りたい事は僕が知っていますので命を粗末にしないで下さい」

 

 この発言には加持の表情も変わらざるを得なかった。

 

「シンジ君。君は何を何処まで知っているんだ」

 

「それは、加持さんがミサトさんを引き取る事を約束してくれたら話しますよ」

 

(結婚じゃなく、引き取りか!?)

 

「分かった。葛城を泣かすのは俺の本意じゃない。シンジ君が真実を教えてくれるなら、葛城の事は男として責任を取るさ」

 

「でも、僕が教えても、本当の事なのか、加持さんの事だから裏付けを取るでしょうから、その必要が無い様に、少しだけ真実を教えておきますね。次の使徒は鳥の様な使徒で宇宙空間から精神攻撃してきます」

 

「そうか。それ以上は聞かない事にする。それから、次の使徒が来るまでは俺も大人しくしておくよ」

 

「ありがとうございます。それとは別に、ミサトさんの相手もして下さいね」

 

「ああ。仕事が一段落したら食事にでも誘うよ」

 

 加持はシンジと別れた後にゼーレからの指令を多忙を理由に断った。

 

「冗談じゃない。表の仕事も忙しくて、そんな暇はありませんよ。それに、今の時期に副司令を誘拐するなど、ネルフ本来の使命が果たせません!」

 

 更に何かを言い募るゼーレの老人に数枚の書類を見せる。

 

「これは?」

 

「御覧の通り、兵装ビルの落札に関しての談合の証拠と、これから検挙する人間のリストです」

 

 加持が差し出した書類にはゼーレと個人的な関わりを持つ者も少なくなかった。

 

「少しは、私の仕事を減らす配慮をして欲しいですな!」

 

 ゼーレの老人達も、身内の不祥事とその後の業者選定となると、加持の主張にも首を縦に振らざるを得なかった。

 

「分かった。ネルフに余裕が出来た時に計画を実行してくれ」

 

「ご理解して頂き助かります!」

 

 ゼーレとはいえ全能ではなく、不正を働く人間を無くす事は不可能なのである。

 ゼーレの老人達も身内の不正に頭を痛めるのであった。

 

 一方、加持をはじめとした特殊監査部の働きにより、兵装ビルの談合から手抜き工事まで数社摘発される事になっていた。

 加持の仕事に抜かりはなく、裁判でも確実に有罪となるであろう。

 ゼーレの老人達も苦々しく自分達の息が掛かった企業が摘発されるのを傍観していた。

 

「まあ。下手に隠蔽すれば自分も巻添えを食うからなあ」

 

 一方、ミサトとリツコも発注業者の摘発で全ての計画を見直す事になったのは災難としか言いようが無い。

 

「なにを考えてるの。使徒に負けたら自分達も破滅するのに!」

 

 吠えるミサトを横にして、リツコも納入された備品のチェックに余念がない。

 

「エヴァの装甲はドイツ支部で作ったから安心だけど、アンビリカルケーブルやエントリープラグの部品のチェックを急いで!」

 

 この頃、冬月も多忙を極めていた。新しい業者の選定と既に建築された兵装ビルの処分についての見直しと色々仕事が増えている。

 

「碇。新しい業者の選定くらいは受け持て。私は手抜きされたビルの解体と補修に関しての専門家を集めた協議があるんだ!」

 

 面倒な事を押し付けられたゲンドウも、本来は自分の仕事なので、文句も言えずに業者との交渉を始める。

 

「はあ。私の方は問題がなかったけど、ミサトの方は大丈夫なの?」

 

 仕事終わりにミサトに自宅まで送ってもらう途中、リツコは少し聞いてみた。

 

「私の方も全てを副司令が代行してくれたから、予定よりは遅れるけど問題ないわ」

 

「そう。なら、久しぶりに二人でどう?」

 

 リツコが、互いの仕事が一段落した事を祝って誘ったが、珍しい事にミサトは断った。

 

「ごみん。今日は、ちょっち、野暮用があってね」

 

「それは、残念ね。また、今度にしましょう」

 

 リツコは大人の社交辞令と共に車を降りる。

 

「今度、埋め合わせするから!」

 

 走り去るミサトの車を見てリツコは苦笑していた。

 

「仕事が片付いた途端に加持君か。まあ。あの家に居れば当然の結果かもね」

 

 リツコの耳にも二組のバカップルの噂は届いていた。

 

「それか…リョウちゃんも覚悟を決めたのかも」

 

 自分だけが、最後の一人になるのかと思うと悲しくなるが、親友のラストチャンスだと思うと祝福するしかないと再び苦笑するリツコであった。

 

 リツコを苦笑させたミサトは、加持も苦笑させていた。

 

「葛城が誘いに応じてくれるとは思わなかったよ」

 

「私も所詮は女だったのよ。それに、毎日毎日、あの子たちに当てられたら当然よ」

 

 ミサトの愚痴に、実際に葛城家の状況を知る加持が苦笑するわけである。

 

「で?人類補完計画、何処まで進んでるの?」

 

「それが知りたくて、俺と会ってる?」

 

「それもあるわ。正直ね…」

 

「残念ながら、俺も分からん」

 

「碇司令やネルフの行動も?」

 

「こっちが知りたいよ」

 

 付き合いの長い二人のこと、互いの嘘は分かってしまう。

 

「なんだ。加持君も分からないのか」

 

「そうだな。ネルフやゼーレの闇は深いよ。

それより、葛城」

 

「何よ?」

 

「全ての使徒を倒したら、全てを忘れて二人で暮らさないか?」

 

「加持君…それって!」

 

「もう、無駄に危険な事をするよりは、穏やかに生きたくなっただけさ」

 

「そうね。シンジ君達を見ていたら私も危険な橋を渡る意味が分からなくなったわ」

 

「あの子達も不幸な育ちだが幸せを手に入れようとしている。あの姿を見たら大人として過去に拘る自分が情けなくなってね」

 

「そうね」

 

 ミサトは、レイは例外として、シンジ達チルドレンの過去を知っている。

 レイの過去も似たようなものだと見当がつくのである。

 その子供達が戦いに駆り出されながらも必死に幸せを掴む為に生きているのを見ていて、自分が、過去に、父親の呪縛に縛られているのが馬鹿らしく感じてしまう。

 

「全ての使徒を倒したら、誰も知らない土地で二人穏やかに暮らす…それも悪くないわね」

 

 もしかしたら、自分が本当に望んだ物があるかもしれない。想像すると自然に顔が緩んでしまう。

 

(いい笑顔だ。この笑顔を見れるなら真実の追及など馬鹿らしく思える)

 

 加持とミサト。二人の思いが数年ぶりに一つとなった。

 

 ミサトと加持が数年ぶりに思いが一つになった頃、更に若い男女が一つになっている思いを確認していた。

 

「今度こそ、必ず守るから」

 

「そうね。今度こそ守りましょう」

 

 シンジとレイは葛城宅のベランダに置かれているカウチに仲良く身を横たえて夜空を眺めていた。

 一人用のカウチである。シンジは、自分の上に横になったレイが落ちない様に両手を回して彼女を抱き抱えている状態である。

 

「イチャイチャするのに格好つけなくても良いでしょうに〜」

 

 アスカは親友二人の決意を知り過ぎているので、二人が思いを確認していても感動も何もない。

 

(今更でしょう)

 

 そうして、親友二人のバカップルぶりに呆れながらも自身も横に座るヒロシの手をテーブルの下で握りながらテレビを一緒に見ている。

 

「クワッ!」

 

 ペンペンが一声鳴いて自室の冷蔵庫に入る。

 

「おやすみ。ペンペン!」

 

 ヒロシが律儀にペンペンに挨拶を返す。

 もしかしたら、バカップルの一番の被害者はペンペンかもしれない。

 

 

 

 

 

 



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第34話 第十五使徒アラエル

 

 「今頃になって、エヴァシリーズの建造が急ピッチで進められてるの?」

 

「そうです。今まではパイロットの問題がありましたけど、ダミープラグの開発に成功した事が量産化に踏み切った理由とされてます」

 

「でも、今更の話だし、そんな大量にいらないでしょうに」

 

「ええ。軍事転用するにしても、電源を切られたら五分しか使えないのであれば戦術的にも意味は無い話ですから」

 

 ミサトは日向とジオフロントの公園のベンチで話をしている。

 ミサトは加持との将来を共にする事を誓ったが自分が退職するにも、ゼーレの動向を警戒する必要があった。

 

(加持君もゼーレの目的が分からないままみたいだし、人類補完計画の内容も分からないままだわね)

 

「ごめんね。危険な事をさせて」

 

「いえ、貴女だけの為じゃあありません。シンジ君達の為でもありますから」

 

 日向の言う通り、ミサトの中で一番の気掛かりなのがパイロット達の事である。

 加持と共に退職した後に残される子供達が心配なのである。

 

(責任は、取らないとね…)

 

 最悪の場合は子供達を連れて逃亡する必要もあると思っている。

 

「しっかし、敵は使徒だけじゃないのね。所詮、人間の敵は人間かぁ…救いが無いわ」

 

 ミサトが人間同士の争いが水面下で行われていることを懸念し始めた矢先、警報が使徒の来襲を告げる

 

「先程から、衛星軌道上で停止したまま、全く動きません!」

 

「エヴァの発進準備!」

 

 日向の報告にミサトはエヴァの出撃準備を指示する。

 

「パイロット達は?」

 

「既に全員が待機してます!」

 

「宜しい。そのまま待機させて。衛星軌道上の敵は迎撃できないもの。」

 

「しかし、委員会からは出動要請が出ています」

 

 青葉の声にもミサトは冷淡だった。

 

「此方が手を出せないのに相手の的になるだけよ。無視して構わないわ!」

 

 事態は膠着状態となり、三日の時が流れた。

 

「衛星軌道から動きませんねぇ」

 

 日向の意見にミサトも同意するが、動かない敵を動かす策が無いのである。

 

(此方から近づくにはウイングキャリアしかないけど、それこそ狙い打ちね。使徒の後方から誘導ミサイルで攻撃してもA.T.フィールドで無効化されるのがオチね)

 

 ミサトは焦りを自覚していた。第3新東京市には戒厳令が出されて住民は避難しているが、住民の避難生活にも限界があるのだ。

 使徒とミサトの我慢比べであるが、意外な所から膠着状態が破れる事になる。

 

「ミサトさん。僕達が囮になって、使徒に揺さぶりを掛けてみましょう」

 

「シンジ君!?」

 

「僕達が出て、敵が攻撃してきたら逃げますし、近づいてくれたら儲けもんじゃないですか!」

 

 ミサトも同じ事を考えていたが、パイロット達を無駄に危険に晒す事と同義である為に採用しなかったのである。

 数瞬の間、ミサトは考えるとシンジの案を採用する事にした。

 膠着状態に煩く出撃の要請をする委員会と避難している住民の理解を得る為でもある。

 

「宜しい。シンジ君の策を採用しましょう。但し敵が攻撃してきたら、すぐに逃げる事!」

 

「了解しました」

 

 横に居たリツコが耳打ちしてきた。

 

「本当にいいの?」

 

「良いも悪いも、此方は人間よ。そろそろ我慢の限界よ!」

 

 発令所に居ても分かる程にネルフ職員の士気が上がっているのだ。

 

「エヴァ全機発進!」

 

 四機のエヴァが地上に上がると第十五使徒アラエルは太陽を背にしていた。

 

「四人共、聞いて。此方の攻撃は全て届かないわ。今回は敵の攻撃手段とリアクションの情報を得る為だから、危険だと思ったら、すぐに逃げるのよ!」

 

「了解」

 

 四人は元気よく、異口同音の返事をするが

ミサトとしたら怪しいのだが…

 

(本当に分かっているんでしょうね)

 

 ミサトの心配とは別に四機のエヴァはアラエルを警戒していたが反応は無かった。

 

「ミサト。向こうからすれば、私達の存在に気付いてないと思うわよ」

 

 言われてみれば、使徒の索敵能力が優れていても衛星軌道上から地上のエヴァを認知する事は不可能に思える。

 

「誘いを掛けてみますか?」

 

 ヒロシが、シンジが言う予定の話を切り出した。

 

「誘う?」

 

「そうです。魚も餌を食う気が無ければ、餌を動かして餌の存在を魚に教えてやるんですけど、この場合は石でも投げますか?」

 

 流石に石を投げても届かぬ距離である。届くのはポジトロンスナイパーライフルだけであろう。

 

「仕方ない…ポジトロンスナイパーライフルで敵を狙撃します。尚、効果は期待が出来ません。狙撃したら、すぐに逃げる事が条件よ」

 

(問題は誰に狙撃をさせるかだけど、レイとヒロシ君は論外だわ。狙撃後に逃げ切れないでしょうね。そうなれば、シンジ君とアスカね)

 

 結局、ミサトはアスカを選んだ。アスカの反射神経ならば使徒からの攻撃を避ける事も出来ると配慮したのだ。

 しかし、シンジとレイは自分が狙撃手になる以上に緊張感を募らせていた。

 

(この時の攻撃が原因で、アスカは壊れてしまったんだ)

 

 シンジにとって、レイが初恋の人ならば、アスカは憧れの人であった。

 全てにおいて、実力に裏打ちされた自信を持ち、常に前向きでシンジには無い強さを持っていた少女であった。

 その少女が、シンクロ率で自分が追い抜かれてから壊れ始めた。何事も無ければ、復活したであろう。

 実際に、マトリエル戦の後に病室には入らなかったが、シンジを心配して見舞いに来た事もあった。

 それに、絶対に墓まで持って行くべき事だが、シンジのファーストキスの相手であり、病院で意識不明の時には犯罪行為と呼べる事をした相手でもある。

 あらゆる意味で、シンジが守り抜くべき存在がアスカなのである。

 

「シンジ、レイ。そんな顔しなくても大丈夫よ!」

 

 事の顛末を既に知っているアスカは気軽に言うが言われた方は素直に納得が出来なかった。

 結末を知るシンジとレイ、そしてアラエルの未知なるリアクションを危惧する人々も見守る中で弐号機がライフルの引き金を引く。

 ライフルから発射された光の槍は長い距離の旅の末、アラエルの展開するオレンジの壁の前に四散した。

 

「アスカ!来るよ!」

 

 シンジが叫ぶと同時に虹の柱が瞬時に弐号機を包み込む。

 

「逃げて!」

 

 弐号機が虹の柱に包まれた瞬間にシンジが叫ぶよりも早く行動をする者がいた。

 参号機が弐号機に全力の体当たりをして、弐号機を虹の柱から弾き出す。

 

「アスカ!」

 

「宗谷君!」

 

「ヒロシ君!」

 

「ヒロシ!」

 

 初号機が弾き出された弐号機を抱えて地下へと逃げ込む。

 

「レイ、ドグマに降りて、槍を使え。」

 

 それまで、無言で事態の推移を見守っていたゲンドウが初めて口を開く。

 ゲンドウの命令に弾かれた様に、レイは、ターミナルドグマへ降下する為のリフトに乗り込む。

 残されたのは虹の柱に包まれた参号機のみとなる。

 

「敵の指向性兵器なの?」

 

「いえ、熱エネルギー反応は有りません!」

 

 ミサトの疑問に、日向が即座に回答する。その直後、マヤからの報告が一同を驚愕させる。

 

「パイロットの心理グラフが乱れてます!」

 

「使徒が心理攻撃…まさか、使徒に人の心の理解が出来るの?」

 

 マヤの報告にリツコが慄然としていた。使徒は本能だけで動いているという先入観を打ち砕く事態であった。

 その間にも参号機は頭を両手で抱え込みパイロットが苦しんでいる状況が見て取れる。

 

「精神汚染が始まっています!」

 

「光の分析は?」

 

「駄目です。A.T.フィールドに似てますが詳細は不明です!」

 

「精神汚染、Yに突入!これ以上は危険です!」

 

 ミサトと日向が打開策を探っている間にもマヤがパイロットの被害状況を報告する。

 参号機は苦しんでいるが虹の柱から逃げ出そうとしない。正確には逃げる事も出来ないでいた。

 

「うぐ。うあ!」

 

 パイロットの悲鳴に成らない悲鳴が発令所のスピーカーから流れて来る。

 ヒロシの悲鳴をBGMに冬月とゲンドウが小声で会話をする。

 

「碇。本当にいいんだな?」

 

「問題無い。たとえ槍を使っても口実さえ有れば老人達も文句は言えん」

 

「しかし、事が事だぞ」

 

「時計の針を戻す事が出来なくとも、進める事は出来る。槍を処分する予定が早まっただけだ」

 

 二人が会話を終わらせた頃、ロンギヌスの槍を手にした零号機が地上に現れた。

 

「零号機、投擲態勢に入ります」

 

「レイ!MAGIがサポートするから、それに従って!」

 

「了解」

 

「カウントダウン入ります!」

 

「5秒前、4、3、2、1、0!」

 

 零号機が全身のバネを利用してロンギヌスの槍を投擲すると、肉眼では視認する事の出来ない速度で衛星軌道上のアラエルに向かって行く。

 危険を察知したアラエルがA.T.フィールドを展開したが、ロンギヌスの槍は「神殺しの槍」の異名に違わず、薄紙を突き破る様に壁を突き破り、アラエルを瞬殺した。

 

「使徒、消滅しました」

 

「それで、槍は?」

 

 冬月が槍の行方について日向に問い質す。

 

「槍は第二宇宙速度で太陽に向かって行きました」

 

「回収は不可能だな」

 

「はい。あれだけの質量を回収する術も時間も有りません。回収に向かった頃には太陽の引力に吸い寄せられてます」

 

 この数日後に加持の姿は暫く消える事になる。

 冬月とゲンドウはゼーレに処分されたと思い、ゼーレはゲンドウに処分されたと思い込む事になる。

 

 




さて、第二宇宙速度で飛び出したロンギヌスの槍は太陽に引力に引き寄せられるのかは作者には分かりません。
分かる方は解説して下さい。


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第35話 過去

 

 少年は夢を見ていた。

 それは、幼き頃の夢だった。

 

「クロ。お前の弟のヒロシだよ」

 

 ジャーマンシェパードが不思議そうな顔をしながら、ヒロシを見ていた。

 ヒロシには両親はなく、祖父母とジャーマンシェパードのクロだけが家族だった。

 幼い頃、自分に両親が居ない事を不思議に思っていたのだが、学校に通いだすと両親が揃っている級友の方が少ないことに気づいた。

 まだ、セカンドインパクトの爪痕が残っていた時代でもあったのだ。

 

 家に帰れば、クロはヒロシの良き遊び相手であり保護者でもあった。

 住まいは海が見える山の斜面にあり、水道が無い代わりに井戸で水を汲む様な生活である。

 貧しくもヒロシは幸せであった。祖父はヒロシを連れて、よく釣りに出掛けたものである。

 しかし、ヒロシが八歳の時にクロは死んだ。死因は老衰であった。

 

「クロは爺ちゃんだったからな。お前が来た頃には平均寿命を過ぎていたから、長生きした方だった」

 

 祖父が泣きじゃくるヒロシを慰める。遺体を庭に埋める気になれずに業者に依頼し火葬にしてもらい骨壺を仏壇の横に安置していた。

 その二年後に祖父も仕事場で心臓麻痺で急死する。

 宗谷の墓はセカンドインパクトの時に海の底に沈んだので、祖母の実家の墓にクロと共に納骨をした。

 

「爺ちゃんとクロが離れない様に…」

 

 そう言って、ヒロシは祖父の骨壺に愛犬の首輪を入れた。

 その後は祖母と二人で貧しいながらも自給自足に近い生活をしていた。

 祖父の遺品である竿を担ぎ海に出掛けては魚を釣り、釣った魚を祖母と一緒に料理して糊口を凌ぐ生活をしていた。

 大漁の時は近所にお裾分けをして、後日、野菜や果物を貰うこともあった。

 そして、食べた魚の骨を猫の額ほどの庭の畑に埋めて肥料とした。

 畑では茄子、胡瓜、トマトに二十日大根を植えていた。

 ヒロシは学校から帰ると、足を悪くした祖母の代わりに、畑の世話と井戸の水汲みをするのが日課となっていた。

 ヒロシが中学生になった頃、祖母は体調を崩しがちになった。

 

「婆ちゃん。明日は日曜だから、明後日は病院に行こう。月曜日はテストだから午前中で学校も終わるからね」

 

「そうかい。なら、月曜日に病院に行くかね」

 

 月曜日にヒロシが学校から帰宅すると祖母が布団の上で倒れていた。

 慌てながらも、救急車を呼び、心臓マッサージを施したが、祖母は帰らぬ人となった。

 祖母の葬儀も終わり、納骨を済ませて帰宅すると、学校から呼び出しが掛かった。学校へ向かってみると、金髪の女性がヒロシを待っていた。

 この時、ヒロシは自身の両親について初めて知る事になる。

 ヒロシの母親は未婚のまま彼を産んだのである。

 父親については、ネルフという組織でも調査したが分からなかった。

 母親はヒロシを産んだ後に、結婚したが、数年前に病死していた。

 幸か不幸かはヒロシには判断が出来ないが、彼には兄弟は居ないそうである。

 母親と結婚した相手は既に再婚して子供もいるそうである。

 そこまで話をした後で、金髪の女性はネルフという組織に来ないかと話を切り出してきた。

 

「簡単に言うと、貴方の体質が、私達が運用しているロボットのパイロットに適しているの。正直に言うと、生命に関わる危険な仕事だけど、それに見合う報酬は用意するわ」

 

「あのう。どれ位でしょうか。出来れば大学まで進学する費用と生活費を稼ぎたいのですが?」

 

 金髪の女性は二つ返事で了承してくれた。

 

「その他にも社会保険を完備しているし、大学を卒業した後も関連機関に優先して就職が出来るわ。逆に関連機関に就職すると色々と制約される事になるけどね」

 

「要は飼殺しになるんですか?」

 

「言葉は悪いけど、その通りよ。だけど、ケチな組織では無いと思うわ」

 

 ヒロシには既に帰る場所もなく、断れば孤児院に行く事になる。

 ならば、将来を保証してくれる組織に身を任せる事も生命を惜しむ理由もなかったのである。

 次の日には荷物を纏めると金髪の女性と共に生まれ育った故郷を離れた。

 そして、第三新東京市で運命的な出会いをする。

 相手の名前は、惣流・アスカ・ラングレー。

 彼女は都会生活に慣れないヒロシの為に、色々と世話を焼いてくれたのである。

 一つ屋根の下で暮らしながら、勉強やネルフでのルールを教えてもくれた。

 目を覚ますと、件の少女が青い瞳を赤くして自分を見ていた。

 

「大丈夫?」

 

「アスカ先輩こそ、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ、お陰様で!」

 

「それは、良かった」

 

「人の事より、自分の方は大丈夫なの?」

 

 アスカが心配そうに顔を近付けて来る。ヒロシは頬を朱に染めながらも大丈夫と伝える。

 

「頭は痛くない?」

 

「多少は…二日酔いみたいな痛さだけど」

 

「え〜っ?なんで、二日酔いなんて知ってんの?未成年でしょ?」

 

「あっ。いや、その、えっと、例えばですよ、例えば!」

 

 狼狽するヒロシに思わず吹き出すアスカであった。

 

「ちょっと、酷くないですか、アスカ先輩!?」

 

「そりゃ、自爆したあんたが悪い」 

 

 アスカの正論に何も言えなくなるヒロシであった。

 

「それより、使徒の光線を浴びて大丈夫なの?」

 

 アスカとしては心配になるのは当然である。シンジとレイからは光線を浴びた後に自分が壊れた事を聞いていたのだから。

 

「何か、昔の嫌な事を思い出しましたけど。大丈夫ですよ!」

 

 ヒロシの軽い口調にアスカも呆れ半分と驚き半分で絶句する。

 

「だって、所詮は過去の事だし、今は手を伸ばせば幸せがあるから」

 

 ヒロシはアスカを抱き寄せて、下から甘える様にアスカの胸に顔を埋める。

 アスカも最初は戸惑ったが納得した様にヒロシの首に手を回して抱き締める。

 

「アスカ先輩。好きです。愛してます」

 

 当然の告白にアスカも思わず赤面するが、そこはアスカである。

 ヒロシを引き剥がすとヒロシの頬に両手を添えて顔を向けさせる。

 

「もう一度、私の顔を見て言いなさい!」

 

 アスカの口調には有無を言わせぬ響きがあった。

 ヒロシも観念した様にアスカの顔を見て正直に自分の想いを口にする。

 

「アスカ先輩。好きです。愛してます!」

 

「そう。奇遇ね。私もよ」

 

 アスカはヒロシの想いに応えると自分の唇をヒロシの唇に重ねる。

 ヒロシは耳まで真っ赤になる、頭から湯気が出そうな程に。

 

「キスは初めて?」

 

 アスカの問いに、ヒロシは無言で首を縦に振る。

 

「そう。私も初めてよ」

 

 ヒロシはアスカの想いを知り再び抱きつく。

 その時にアスカとヒロシは初めて闖入者に気づいた。

 

「綾波先輩!」

 

「レイ!」

 

 レイが興味深そうに、二人を凝視していた。

 

「レイ!」

 

 ミサトが開いたままのドアから飛び出してレイを小脇に抱えてドアの外まで連れ出す。ドアの外にはシンジの顔も見えた。

 

「どうぞ、私達には、お構いなく続きをどうぞ!」

 

「ちょっと、あんた達。何時から其処に?」

 

 アスカがヒステリックな声で問い質すとミサトがジャパニーズスマイルを浮かべて明後日の方角を見ながら白状した。

 

「『もう一度、私の顔を見て言いなさい』からかな」

 

 アスカとヒロシの顔が真っ赤になる。そしてヒロシは思わずドアの外に居るミサト達に枕を投げつけた。

 ミサトは余裕を持って、飛んでくる枕を軽く片手で払うが、次の瞬間に顔を青くしてシンジも小脇に抱えた。

 

「殺す。絶対に殺す!」

 

 アスカが、自分が座っていた金属製のスツールを両手で振り上げている姿が視界に入ったからである。

 

「ちょっち、アスカ。待って!」

 

 待てと言いながらも、既にミサトはシンジとレイを小脇に抱えて逃げ出している。

 

「待てるか!」

 

「私は一応上司よ!」

 

「上司がする事か!」

 

 アスカがスツールを頭上に掲げてミサト達を追い掛けて部屋を出て行く。

 後日、葛城宅にはシンジとレイを凌駕するバカップルが爆誕するのである。

 しかし、現状ではバーサーカーと化したアスカからの逃亡が急務であった。

 

「葛城の奴、何を考えてんだか…シンジ君と話す事が出来ないじゃないか。」

 

 顔を愛機と同じ色にして、スツールを振り回しながらミサトを追い掛けるアスカの背中を見て、加持が呟いていた。

 因みに、それから三日間、ミサトはネルフ本部で寝泊まりをする事になる。

 その間に加持は葛城宅でシンジから真実を聞く事になるのであった。

 

 



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第36話 真実

 

 「流石にそれは…いや、信じるしかないんだろうな……」

 

 アスカの怒りを買ったミサトがネルフ本部へ撤退してから1日目の夕食後、リビングで事情を聞いた加持の素直な感想である。

 シンジとレイの告白を聞いて、加持も唸るしかなかった。

 二人が事実を言っているのは、アラエルの来襲と形状を予言する事で既に立証されている。

 更に加持が苦労して入手した、ミサトも知らない筈の情報を、シンジ達が知っているのだから信じるしかないのである。

 

「無理もありません。自分でも、死に際の妄想じゃないのか今も疑ってますからね」

 

 シンジも苦笑するしかなかった。

 

「しかし、なんでそんな重要な事を俺に話す気になったんだい?葛城にだって…」

 

 シンジも言いにくいのだが、腹を決めて、正直に話す。

 

「ミサトさんは悪い人じゃないですし、僕も好きですけど、信用が出来ません」

 

 逆行前の世界で初日からミサトはシンジからの信用を失っていた。

 ケイジにて、リツコから初号機の搭乗を強要された時、最初は反対していたが舌の根が乾かないうちにシンジへ初号機搭乗を強要したのである。

 それも、シンジに搭乗する義務なり責任がある様に言ったのだから、ミサトを全面的に信用しないのも当然であろう。

 

(何やってんだよ!?)

 

 加持もミサトとの結婚に不安を感じたのは仕方がないであろう。

 

「それに、ミサトさんに話しても、加持さんはバイトは止めないでしょ。貴方にバイトをやめてもらわないと、ミサトさんが悲しみます」

 

(何て健気なんだろうか。酷い目に遭わされてばっかりだったろうに)

 

 加持はシンジを思わず抱き締めたくなったが、流石に実行はしなかった。

 

「それから、ヒロシにも謝らないと…本来なら君は平和に暮らしていた筈だから」

 

 このシンジの謝罪に、ヒロシは笑顔で手を振り、「謝罪は無用」と伝えた。

 

「僕は逆に先輩方に感謝してますよ!」

 

 ヒロシは一度、アスカに視線を向けると、理由も伝えた。

 

「だって、最終的に人類は滅亡したんでしょう?平和に暮らしても同じ事ですし、今は…アスカ先輩に巡り会えましたから」

 

 ヒロシは言い終わると、アスカの手を握って視線を交わす。

 

(逆行前の世界での罪に対する罰なら、アイツが少し不憫だな)

 

 加持も若いバカップル二組との生活に同情してしまった。

 

「それで、シンジ君。俺は何をしたらいいんだい?」

 

 シンジが事実を話したのは、ミサトを悲しませない為だけでは無い事を加持は理解していた。

 

「加持さんも、予想はしていると思いますが、戦自が攻めて来るのを止めて欲しいんです」

 

 流石に加持にしても、一個師団の兵力を足止めするのは荷が重い様に思われた。

 

(シンジ君も、過大評価が過ぎるな…)

 

「加持さんでも大変だと思いますが、一応は材料は有ります、役に立つか分かりませんけど」

 

「ほう。材料とは?」

 

「日本政府が、死地に立たせた未成年(パイロット)も問答無用で殺害する命令を出した事です」

 

「詳しく話を聞こうか」

 

「ちょっと待って!」

 

 加持が興味を持ったのでシンジも話そうとした矢先、アスカからストップが掛かった。

 

「どうしたの、アスカ?」

 

「その話は何度も聞いたから、パスさせてもらうわ。少しお腹も減ったし」

 

 加持が腕時計を見ると残り1時間で日付も変わる時間であった。

 夕食を摂ってから既に5時間が経過していた。

 

「もうこんな時間か!」

 

「私が何か作るから、加持さんはシンジ達から話を聞いて」

 

「アスカ先輩、僕も手伝いますよ」

 

「ヒロシも、加持さんと一緒に話を聞きなさい」

 

「それなら、少し休憩を取ろう。俺も煙草を吸いたいからな」

 

「じゃあ、シンジとレイも休憩してて。ヒロシ、手伝ってくれる?」

 

「はい!」

 

 葛城宅は全面禁煙の為、加持はベランダで一服していたが、ベランダから部屋の中を見ているとアスカが見事な手際で握り飯を作っているのが確認できた。

 

(あの、アスカがねえ)

 

 加持が2本目の煙草を吸い終わる頃、食卓には握り飯が盛られた大皿、味噌汁が注がれたマグカップが並んでいた。

 

「ほう。アスカも良いお嫁さんになれるな」

 

「もう、加持さんたら!」

 

 暫しの間、一同は飲食に口を使うのであった。

 

「それじゃ、急いで続きを聞こうかな」

 

 シンジは戦自が攻めてきた時のことを話し始めた。

 

「その時、僕は生きる気力を無くして階段下で蹲ってたら、戦自の人から殺されそうになりました。既の所で、ミサトさんに助けられましたけど」

 

「アスカも狙われたのか?」

 

「はい。アスカは意識不明で入院中でしたけど、ミサトさんが弐号機に避難させたそうです」

 

 加持も絶句するしかなかった。

 

「『狡兔死して走狗煮られる』、ですね…」

 

 ヒロシが故事を引用し、一連の出来事を過不足なく表現した。

 

「全くだ。ヒロシ君の言う事は正しい。流石に人類補完計画とは別に阻止するべき事だな」

 

 加持は戦自の出動阻止を約束して、その日は就寝となった。

 リビングで仲良く五人で川の字になって寝る。

 二本程少ないのは、若いカップルが一つの布団で寝た為である。

 ヒロシがシンジの話を聞いて不安になりアスカと添い寝を希望したからである。

 ヒロシは単に甘えてるだけかもしれないが、レイもヒロシに倣って希望したので、互いのパートナーに弱いシンジもアスカも了承した為に、加持がお目付け役になったのである。

 

(はあ。こりゃ本当に苦労してたんだなあ…!)

 

 ミサトの評価がコロコロと変わる加持であった。

 翌日、中学生であるパイロット達は学校に行き、加持はネルフに出勤する。

 

「加持君。子供達の様子はどうだった?」

 

 加持が出勤すると同時に、ミサトが声を掛けてきた。

 

「葛城。お前も苦労しているんだな」

 

 ミサトも加持がバカップル二組の被害者になった事を知ると嬉しそうな顔をする。

 

「まあ。子供達は変わらんけどな。後、2日間は家に帰れんぞ」

 

「あちゃ〜。アスカ、まだ、怒ってんの?」

 

「アスカだけじゃない。シンジ君もレイちゃんもだ!」

 

「えっ!?」

 

「葛城。お前、毎朝飲酒運転してたらしいな」

 

「今はして無いわよ!」

 

「『今は』、だろ。シンジ君とアスカから言われて、止めたんだっけか?それに、禁酒を言い渡されたのに夜遅く帰ってから飲んでたらしいな。空き缶の分別はしておけよ!」

 

「げっ!」

 

「ズボラな性格を直さないと子供達から見放されるぞ!」

 

「ちょっち、加持君!」

 

 流石にミサトも堪えたらしく、加持に執り成しを頼むのであった。

 

「それを含めて、2日の猶予をくれと言っているんだ!」

 

「本当に感謝しているわ、加持君!」

 

 一応ミサトは加持の上司になるのだが、プライドも外聞も無い様子に加持も呆れるしかなかった。

 

 2日目、ゼーレの人類補完計画の全貌についてシンジが話すと加持は呆れを通り越して絶句した。

 

「全人類を巻き込んだ無理心中じゃないか!」

 

(流石に加持さんは大人だけあって、例えが上手いなあ)

 

「どちらかと言えば、究極のファシズムだと思う」

 

 ヒロシも呆れながら突っ込みを入れる。

 

「そう。全人類からしたら迷惑な話だわ」

 

 レイも珍しく口を開いたが、明らかに呆れの成分が大量に含まれていた。

 

「全人類が一つになるとか、私は嫌よ。少なくともゼーレとかいう連中とは断固拒否!」

 

 アスカの言葉は過激だが、その場に居た者達の代弁でもあった。

 

「次に碇司令の目的ですが、人類補完計画を利用して、亡くなった奥さんと再会する事です」

 

 ゲンドウの目的はシンジではなくレイが説明した。

 エヴァのコアには肉親の魂が取り込まれて

いる事。

 初号機にはシンジの母親でゲンドウの妻である碇ユイが眠っている事。

 初号機と同様に弐号機、参号機にもパイロットの母親が眠っている事。

 

「だからエヴァとシンクロ出来るパイロットが限られているのか!」

 

 そして、加持が最大の興味を持っているセカンドインパクトの真実である。

 

「これは、加持さんが命と引き換えに得た情報です。ミサトさんが教えてくれました」

 

 セカンドインパクトは人為的に起こされた…ロンギヌスの槍を用いて、南極にいたアダムを制御する過程で起きた現象であり、最初から予期されていた事。

 

「ミサトさんのお父さん達は、知らずに爆弾処理に利用させられたんです」

 

 そして、卵まで還元されたアダムは加持がドイツから運び、今はネルフ本部にある事。

 地下の白い巨人は第二使徒リリスで第一使徒アダムでは無い事。

 

「なんだ。その事も知っていたのか」

 

 自身がアダムを運搬した事も知られていたとあっては、加持も苦笑するしかなかった。

 

 

 



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第37話 墓場

 

 ミサトがネルフ本部に泊まり込んでから、三日目の夜になった。

 

「それで、残りの使徒は二体だったな」

 

 加持が極秘に調査していた裏事情は分かったが、問題は残りの使徒である。

 「全ての使徒を倒す過程で零号機を失う」という情報は、痛い話だった。

 既に十三号機建造着手の情報が入っている以上、エヴァ同士の戦いは避けられないと思われる。少しでも、戦力の確保はしておきたいと思うのは当然であろう。

 

「零号機も必要ですが、僕には綾波の方が大事ですから」

 

「確かに」

 

 臆面もなく惚気を言ったシンジ自身、惚気を言った自覚が無いのが質が悪い。

 

(こりゃ、本当に葛城も大変だな)

 

 加持の思いと別に、シンジは次の使徒について話を始める。

 

「次の使徒は白いロープの様なヤツです。触ればエヴァと同化しますから、迂闊に触る事も出来ませんし、ライフルは効きません」

 

「そりゃ、厄介だな」

 

「だけど、ナイフは効いたみたいです」

 

 ライフルは駄目でナイフが効果的という非常識な所は、流石に使徒と言うべきだろう。

 

「シンジ君には、何か対策はあるのか?」

 

「一応は考えています。使徒を四等分に切り、その後で、それぞれのエヴァで吸収が出来ればと思っているんです」

 

「なるほど、S2機関を取り込むつもりか」

 

「はい。前の世界ではエネルギー切れで痛い目に遭いましたから…でも、都合良くS2機関が働いてくれるとは限りませんけど」

 

「アスカやレイちゃんは賛成なのかい?」

 

「私は碇君の作戦が最上の策だと思う」

 

「私もシンジの作戦しかないと思うわ」

 

 アスカとレイもシンジの作戦を支持の様である。

 

「ヒロシは大丈夫なの?」

 

「三人が長い事考えた策なら、それが最良だと思いますよ」

 

 アスカがヒロシにも意見を求めたが、異議は無い様である。

 

「それなら、最後の使徒は?」

 

「彼は…カヲル君は、アスカが弐号機とシンクロが出来なくなった後、ゼーレより、フィフスチルドレンとして派遣されました」

 

「人型の使徒か!」

 

 加持も、シンジが使徒を「カヲル君」と親しげに呼んだ事から、二人の間に友情が生まれた事を察した。

 

「シンジ君。それ以上、言う必要はないよ」

 

「いえ、大丈夫です……カヲル君にしたら、『死も生も等価値』なんだそうです。でも、カヲル君を殺したのは早まった事だと思ってます」

 

「そうか」

 

 加持は、それ以上何も言えなかったし、言うべき事ではないと悟った。

 

「だから、今度はカヲル君も助けたいと思います」

 

「しかし、人と使徒が共存が出来るのかい?」

 

 加持にすれば当然の疑問である。

 

「はい。カヲル君は共存が出来ないと言ってましたが、今になって考えれば今日、明日の話ではなかった筈です」

 

 確かに僅かな期間だろうが、弐号機パイロットとしてネルフで過ごしていたのである。シンジの意見も不思議ではなかった。

 

「確かに、話し合う必要があったかもしれないな」

 

「はい。カヲル君とは話し合いをして、本当に人類と使徒のどちらかが滅ぶべきだったのか考えるべきでした」

 

「そうだな、それがいい!」

 

 加持だけでなく、レイも何も言えないでいた。レイはアスカに続きシンジが壊れていく姿を見ているのである。

 アスカもシンジの最大のトラウマと察していたので、シンジが好きな様にさせるつもりであった。

 

「では、カヲル君との事はシンジ君に任せるとして、戦自は俺に任せてくれ。問題は量産機との戦いだな」

 

「はい、僕もそう思います。奴らは、エヴァとしては、アスカの弐号機一機との戦いで全滅する程度ですが、恐ろしい自己再生能力を持ってました。その再生能力のせいで、エネルギー切れを起こしたのが、弐号機の敗因です。」

 

「再生能力とは、量産機も侮れないじゃないか」

 

「はい。コアを確実に破壊するしか方法はありません。前回は弐号機だけでしたけど、今回は四機で戦います!」

 

「分かった。パイロット達は使徒と量産機の事に集中してくれ。戦自とゼーレは俺達、大人の仕事だ」

 

 加持はゲンドウの事には触れなかった。それは、シンジとゲンドウの間で決着をつけるべき事だろうと確信したからである。

 

(亡くした妻に再会する為に、息子だけじゃなく、全人類も利用するとは)

 

 加持は自分がミサトを失った時に、ゲンドウと同じ行動が取れるかと考えたが想像も出来なかった。

 そして、シンジ達は触れてなかったが、レイの秘密にもゲンドウが関わっている事は、加持だけではなく、アスカやヒロシも気づいている筈である。

 シンジはゲンドウと和解するのか、それとも、徹底的な対立になるのかは、誰にも分からなかった。

 

 翌日、加持はミサトに条件付きで帰宅出来る事を伝える為に、彼女の執務室を訪れる。

 

「ちょうど良かった。加持君に連絡を取るつもりだったの」

 

「そうか。俺も君に朗報があってな」

 

「あら、何かしら?」

 

「シンジ君がアスカを取り成してくれてな。家に帰れるぞ、「一ヶ月間禁酒」が条件だけどな」

 

「そう。ちょうど良かったわ。私も禁酒しようって決めてたとこなの」

 

「葛城が、禁酒、ねえ…」

 

 加持の顔が胡散臭いと語っていたが、ミサトが珍しく頬を朱に染めて、彼の手に何かを握らせる。

 

「なんだ?」

 

 ミサトが握らせた物を目にした途端に加持の表情が硬化した。

 妊娠検査薬である。

 

「葛城、これは!?」

 

 検査窓が見事に赤くなっている。

 

「うん。その、病院には、まだ、行ってないの」

 

「そうか」

 

 思わぬ事に加持の声も裏返る。

 

「今日の昼から予約が取れたから、夕方には正確な報告が出来るわよ」

 

「そうか」

 

「確定しても直ぐ産休になる訳じゃないから、仕事は続けられるし」

 

「そうか」

 

「あの、加持君…産んでも良いでしょ?」

 

 先程から同じ事しか言わない加持にミサトが不安な面持ちで問い掛けてくる。仮に加持が駄目と言っても、産むであろう事は目に見えている。

 

「ああ、当然だろ」

 

 加持の返事を聞いてミサトの顔が一気に明るくなり、それに反比例して加持の顔が暗くなる。

 

(もしかしたら、サードインパクトが起きた世界の葛城も妊娠していたかもしれんな)

 

 加持はミサトの喜ぶ顔を見ていると、真実の追及よりも、ミサトと、まだ見ぬ我が子の為にもサードインパクトの阻止と生き残る事を改めて決意したのであった。

 

「その、葛城。子供が産まれる前に使徒を全て倒そう」

 

 ミサトは少女の様な笑顔で頷くのであった。

 

「全てが片付いたら、八年前に言えなかった事を正式に言うよ」

 

「うん、ありがとう。加持君」

 

 ミサトが嬉し涙を流したのは何十年ぶりだろうか。恐らくはセカンドインパクトの数年前から流す事が無かった涙である。

 加持はミサトに嬉し涙を流させても、悲しみの涙を流させたくないと思った。

 そして、自分が人生の墓場に行く事に安堵を覚えたのである。

 

 加持が想定外の人生の墓場行きが決定した頃、ゲンドウは墓石にも似たモノリスに囲まれていた。

 

「碇よ。何故、ロンギヌスの槍を使った?」

 

「衛星軌道上の使徒殲滅を優先させました。やむを得ない事情です。」

 

「しかし、人類補完計画にはロンギヌスの槍は必要不可欠だぞ!」

 

「そうでしょうか?」

 

「なんだと!」

 

「ロンギヌスの槍のデータは既にドイツ支部へ送っています。オリジナルは失いましたが、コピーを手にする事は可能です。」

 

 ゲンドウの態度に業を煮やしたモノリスがヒステリックに声を荒げる。

 

「しかし、最近の君の勝手な行動は目に余るものがあるな!」

 

「私は決して、ゼーレを軽視したりしていません。ただ、使徒殲滅に際しては迅速さが必要なのです。その為、現場の判断を優先せねばならぬことも多々あります。その事については、御理解頂きたい。使徒に敗北してしまえば、人類の歴史には終止符が打たれるのですから。」

 

 ゲンドウは顔色も表情も変える事なく、冷静に返答をするのだが、モノリスのホログラムを介した者達の目には慇懃無礼に映るのである。

 

「碇よ。確かに使徒殲滅は現状最優先するべき事である。だが、我々の最大にして最上の使命は人類補完計画である事を忘れるなよ」

 

「議長。その事は、常に肝に銘じております」

 

 ゲンドウが退場した後、モノリス達はゲンドウの処遇に関して審議を始めた。

 人類補完計画の遂行する人事はゲンドウしか居ないのである。

 

「しかし、碇が裏切ったとして、何のメリットがあるのだ」

 

「分からん。されど、奴が面従腹背なのは確実である」

 

「だが、あの男以外で人類補完計画を遂行出来る者は居ないのも事実だ」

 

「奴に付けた鈴は何をしている?」

 

「ふん、鳴らない鈴に意味は無い」

 

「鈴を処分するか?」

 

「我々が手を出さずとも、碇の方で処分するだろう」

 

「左様。碇が何を企んでいようと大過あるまい。EVAシリーズも既に八体まで完成している」

 

「最後の一機も完成は近い」

 

「切り札は全て此方にある。あの男が、どう足掻こうが結果は変わらぬ」

 

 この翌日、加持の姿が忽然と消える事になる。

 

 

 



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第38話 闘志

 

 加持が姿を消す前夜、レイは自分が生まれ育った部屋に居た。

 通常なら限られた人間しか入れない場所である。

 

「綾波、本当にいいの?」

 

「問題無いわ」

 

 レイの先導で、シンジはダミープラグがある部屋へ到着する。

 レイが慣れた動作で照明のスイッチを入れると、無数のレイが全裸で水槽内を漂っていた。

 

(貴女達は私、私は貴女達…私は偶然に選ばれただけの存在。もしかしたら、貴女達の誰かと私は立場が入れ替わっていたかもしれない。ごめんね。)

 

 魂の無い肉体(うつわ)に、レイは罪悪感を感じていた。

 そして、シンジと共に生きる事を選ぶ事は人として生きる事でもある。

 人として生きる事は肉体のスペアを捨てる事でもあった。

 

「綾波……辛いなら、僕が」

 

「それは駄目。もしフィフスの説得に失敗した時、碇君は、私に任せてくれる?」

 

「ごめん。僕が間違っていたよ」

 

「別にアナタが謝る事じゃない」

 

 レイは覚悟を決めて、水槽に繋がるパイプのバルブを回す。

 レイがバルブを回し終えると水槽の内のレイ達が崩壊していく。

 

(おめでとう)

 

(貴女は人になったのね)

 

(私達の分まで幸せになってね)

 

(さようなら)

 

(ありがとう)

 

 レイにしか聞こえない声が聞こえてきた。

 崩壊するレイ達には魂は無かったが、心はあったのだ。

 そして、レイは思い出した。二人目のレイが選ばれて水槽から出て行った日の事を。

 

(そう。私も貴女達と同じ気持ちだった)

 

「綾波!」

 

 シンジの声でレイは自分の頬を熱い物が流れた事に気づいた。

 

「涙。私、泣いているの?」

 

 この時、レイは全てを悟ったのである。逆行前のサードインパクトの最中に、二人目のレイの心が自分と融合した事を。

 そして、今、水槽内のレイ達の心も自分に融合した事を。

 

(そう。私は貴女達、貴女達は私。一つになったのね)

 

 レイは生まれて初めて嬉し涙を流したのであった。

 この時、ゲンドウやゼーレと違う人類の補完が極小規模で実現した事に気づいた者は当事者であるレイも含めて誰もいなかった。

 

「綾波、帰ろう。僕達の家に」

 

 レイは小さく頷くとシンジに両手を絡めた。

 そして、シンジはレイの肩に優しく手を回した。

 シンジはレイの流した涙を見て、父であるゲンドウとゼーレに闘志を燃やすのであった。

 そして、無言で二人は、寄り添う様に部屋を出て行った。

 

 翌朝。加持の姿が消えた事とダミーシステムが破壊された報告を受けて、ゲンドウはダミーシステムを破壊した犯人を加持 リョウジであると考えた。

 ゼーレが、自分に対する警告のつもりで、加持に指示させて行った事であり、加持の姿が消えたのは口封じを兼ねての脅しだと捉えた。

 

「老人達め。無益な事を」

 

 ゼーレにすれば、加持が音信不通になったのはゲンドウによる口封じ、そしてダミーシステム破壊は裏切りの証拠を隠滅する為だと考えた。

 

「碇め。鳴らない鈴の存在が邪魔だったようだな」

 

 互いに敵視して相手の仕業と思い込んだのである。

 第三勢力と呼ぶ事も出来ないシンジ達の仕業だと疑う事はなかった。

 それぞれが相手の仕業だと思い込む事で、加持は行動の自由を得たのである。

 

「碇、加持君の事は仕方ない。それより、葛城君が面会を求めているぞ」

 

「そうか。昨日、病院に行っていた様だが体調不良なのか?」

 

「その報告かもしれんな」

 

「分かった。会おう」

 

 ゲンドウと冬月の予想は当たっていたが、内容は見事に外れた。

 

「葛城君。昨日は病院に行っていたみたいだが、体調は大丈夫かね?」

 

「はい。その事で報告がありまして……」

 

「何か問題でもあったのかね?」

 

「その、あの、実は、妊娠しました!」

 

 顔を赤くするミサトに、冬月も絶句する。

 

「そっ、そうか……それで?」

 

「はい。使徒との戦いが終わったら産休に入りたいと思いまして」

 

 ここで、ゲンドウが初めて口を開いた。

 

「了解した。葛城君が産休に入るのと同時に日向二尉を一尉に昇格させて、当面は課長代理を務めてもらう」

 

「ありがとうございます!」

 

「別に礼を言われる筋合いではないが、この事は内密に頼む」

 

「了解しました」

 

「うむ。では、仕事に戻りたまえ」

 

 ミサトが退出すると、冬月がゲンドウに皮肉な視線を向けた。

 

「なんだ?罪滅ぼしのつもりかね?」

 

 冬月も父親に関しては誰であるか、見当がついていた。

 

「別に。彼女は使徒がいる間だけ居てくれれば良いだけの人間だ」

 

 冬月は何も言わなかったが、ゲンドウと同意見であった。

 使徒に対して復讐心を持ち、それ故に、視野狭窄になっている人間は多いが、ミサトは別格であった。

 

「彼女も貢献してくれたからな」

 

 冬月はミサトの父葛城 ヒデアキ博士とは知らぬ仲ではなかった。知人の娘と思えば、使徒を全て殲滅した後に起こるゼーレとの戦いに巻き込みたくはなかった。

 

(入院先は松本が良いだろうな)

 

 冬月は脳裏の交友名簿から松本で病院を経営する友人をピックアップした。

 

「十数年ぶりに電話をしてみるか」

 

 冬月は知人の娘と孫を守る為に、ゼーレの人類補完計画を阻止する事に闘志を燃やし始めた。

 

 行方不明となっている父親の代わりに色々と手配を冬月が考えていた頃、父親の方は既に第三新東京市を離れていた。

 

「しかし、兄ちゃんも災難だったね。折角の出稼ぎで貯めた金盗まれるなんて!」

 

「まあ。大半は送金した後で、帰りの切符と土産代程度でしたから…この船に便乗させてもらえたのは不幸中の幸いでしたよ」

 

 加持は漁船に乗っていた。夕方に出港する漁船に第二新東京市から出稼ぎに来たが、財布を盗まれて帰れないからと言って、漁船に便乗させてもらったのだ。

 

「しかし、兄ちゃん。百姓だけあって体力があるなあ。俺達も仕事を手伝ってもらったから助かったよ」

 

 漁師の年齢は加持達の親と同じ世代だろう。

 

「俺の息子も生きていれば、兄ちゃんくらいの歳だわさ」

 

「自分も死んだ親父と一緒に居るみたいで楽しかったですよ」

 

「そうか。なら俺も嬉しいもんだ」

 

 セカンドインパクトで息子を亡くした男と親を亡くした男の会話である。

 

「父ちゃん!兄ちゃんを独り占めしたらあかんがね!」

 

 漁師の女房が加持と旦那の間に割って入る。

 

「おめぇ、独り占めとか人聞きの悪い事を!」

 

「父ちゃんの人聞きが良かろうが悪かろうが本当の事じゃろ。それより、向こうの港に着いたら、馴染みの魚屋が松本までトラックで運んでくれると連絡があったでね」

 

「それは、本当にありがとうございます!」

 

「礼を言われる事じゃにゃーって、向こうさんも荷物の積み下ろし手伝って欲しい言うとったでね」

 

 目的地に着いた加持は、漁師夫婦が手配してくれたトラックに乗り第二新東京市へ向かうのである。

 別れ際に漁師はお駄賃という名目で数枚の紙幣を渡してくれた。

 

「無料(タダ)で運んでもらったのに、お金まで頂くわけには…!」

 

「兄ちゃんが手伝ってくれたで、俺達もどえりゃ楽が出来たでね」

 

「そうじゃ。それに、その金はお前さんにやるんじゃにゃー。嫁さんと子供に、途中で何か土産を買いなせにゃ。」

 

 そこまで言われ、加持も紙幣を受け取った。

 

「この御恩は、決して忘れません」

 

 これは加持の本音である。ネルフの外に出ると子供達を死地に送り出す事に慣れた自分達が如何に汚れているかを自覚する事になる。

 加持は、トラックの助手席に座り、渡された紙幣を握り締めた。

 

(貴方達の息子さんの仇は必ず討ちます)

 

 セカンドインパクトを引き起こしておきながら、権力の座に身を置いて正気の沙汰とは思えない計画を実行しているゼーレに対して、加持は静かに闘志を燃やしていた。

 

(先ずは松本に着く事が大事だな)

 

 ゼーレとネルフから追われる身となった加持は、最後の肩書きである日本政府内務省調査部調査員としての権限を利用する為に第二新東京市へ向かうのである。

 加持がゼーレに闘志を燃やしていた頃、加持の行方不明の報を聞いた日向も静かに闘志を燃やしていた。

 

(そうか、加持さんが行方不明なのか。葛城さんにアタックするなら、今が好機!)

 

 敗北は既に決定的であるが、それを知らない日向は、ミサトのネルフ内での世話に精を出すのであった。

 事情を知る冬月からは生温かい視線を向けられてる事にも気づかないままである。

 



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第39話 第十六アルミサエル

 

 ゲンドウは、表情には出さないが呆れていた。

 自分達が命令を出してダミーシステムを破壊させておいて、その事で自分を呼び出して、嫌味を言い続けているのだ。

 

(俺は色々と忙しいのだ。お前達とは違う)

 

 内心の思いとは別に、老人達の嫌味に丁寧に返事をする。

 

「ダミーシステムを破壊されるとは、警備に問題があったのではないか?」

 

「その件なら、私も何度も検討しましたが、断念しました。警備システムは所詮は機械です。専門家相手に機械は無意味です」

 

「では、警備員を配置すべきであったろうに!」

 

「機密保持に問題が発生します」

 

「しかし、碇君。現実問題として、」

 

 老人が更に何かを言い募っていたが、非常呼出回線が鳴り響く。

 ゲンドウが非常回線電話と一目で識別が出来る赤い受話器を手にする。

 

「冬月、今は審議中だぞ……そうか、分かった」

 

 ゲンドウは受話器を置くと老人達に報告する。

 

「使徒が現在接近中です。非常事態の為、失礼します」

 

 ゲンドウが発令所に到着すると既にエヴァの発進準備は終了していた。

 

「碇司令。如何しますか?」

 

「エヴァ全機出撃させろ」

 

「了解。エヴァ全機発進!」

 

 地上に上がったエヴァのうち、最も使徒の近くにいた弐号機が、最初にアルミサエルの標的にされた。

 

「速い!」

 

 エヴァパイロット随一の運動神経と反射神経を持つアスカならではの操縦で、アルミサエルの攻撃を紙一重で躱した。

 

「アスカ!」

 

 シンジの脳裏に零号機がアルミサエルを道連れに自爆した時の光景がフラッシュバックする。

 弐号機を仕留め損なったアルミサエルが再び弐号機に襲い掛かろうとした時に参号機が兵装ビルを踏み台にジャンプして上空から落下速度を利用してアルミサエルをプログレッシブナイフで両断した。

 

「大切断!」

 

 両断した傷口からは赤い血液の様なものが噴き上げた。

 二本になったアルミサエルは速度こそ落ちたが切断面同士が再び接着して復元した。

 

「まぁた、インチキ!」

 

 発令所のミサトは叫んでいれば良かったが、現場のパイロットはアルミサエルの変幻自在の動きに翻弄されていた。

 特に参号機と零号機が狙われている様に見えた。

 

 

「ヤバいわね。エヴァに慣れてないヒロシ君が狙われてるみたいね」

 

 リツコの感想にミサトの顔が次第に青くなる。ミサトだけではなく、ネルフ職員にもミサトの感情が伝染した様に青くなる。

 

「リツコ。あんた、どんな基準でヒロシ君を連れて来たのよ?」

 

「えっ!」

 

「シンジ君といい、ヒロシ君といい、化け物揃いだわ」

 

「ミサト、何を?」

 

 戸惑うリツコにミサトが青い顔をしたまま説明する。

 

「あの子達、使徒を相手に実戦訓練してるのよ!」

 

「なっ、何ですって!」

 

 零号機と参号機がアルミサエルの前に立ち、自身を攻撃させて避ける訓練と避けながら反撃する訓練をしていたのである。

 

「本当に危なくなれば、初号機と弐号機がフォローに入ってるわ!」

 

 ミサトはパイロット達の成長に驚愕した。特に参号機が配属されてからの成長は異常とも言えた。

 ミサトはリツコの表情を覗き見るが、スクリーンを見ているリツコの表情にも驚愕の色が表れていた。

 

(リツコや碇司令が何かを隠しているのは、気づいていたけど、これは、リツコ達も想定外みたいね)

 

 加持はこの事を把握していたのだろうか、と一瞬だけ彼の顔がよぎるミサトであった。

 ミサトが以前からの疑問に思い至っている間にもエヴァ全機による実戦訓練は続いていた。

 ダッキング、スウェーバック、ウィービングと器用にも防御技を習得していく。

 

「ヒロシ君は事前に練習していましたね」

 

 日向が参号機の動きを見て感想を漏らしたが、ミサトも同意見だった。

 学校では、休み時間に友達とボクシングやプロレスをして遊んでいたと報告を受けていたが、これ程の技術を身に付けていたとは思わなかった。家ではアスカに甘えてばかりいたのだ。

 実戦訓練も終了したらしく零号機と参号機がアルミサエルの両端部分を相手にしている間に弐号機がアルミサエルの中央部分から両断する。

 更に、両断された片方の中央部分を初号機が両断する。

 噴き上げる赤い体液が血の雨となって周囲に降り注ぐ。

 先端を参号機に掴まれたアルミサエルは参号機の手から体内に侵入を始める。

 

「目標、参号機の生体部品に侵食しています!」

 

「シンジ君!」

 

 マヤの報告にミサトがシンジの名を叫ぶが、既に初号機もアルミサエルの侵食を受けていた。

 

「弐号機は!」

 

 弐号機と零号機もアルミサエルの侵食を受けていたが、弐号機がウェポンラックのニードルを発射してアルミサエルを中央部分から両断していた。

 

「エヴァ全機。目標から侵食を受けてます!」

 

 マヤの報告に発令所が凍りつく。

 

(何か私達で出来る援護は?)

 

 ミサトは周囲に居る職員の手前、表情はふてぶてしかったが、内心は周囲の職員と同様に焦っていた。

 

(兵装ビルからの攻撃ではエヴァも巻き添えになる。自爆装置を入れて参号機の様に使徒を脅すか!)

 

 ミサトは一か八かの打開策を考えるとパイロット達に自身の策を伝える。

 

「皆、自爆装置をオンにしなさい!使徒が逃げ出したらエヴァ全機のA.T.フィールドで包み込むわよ!」

 

 ミサトの打開策に対して、パイロット達からの返事はなかった。

 

「駄目です。パイロット達の意識が混濁している様です!」

 

 日向の報告に、ミサトが被っていた冷静な仮面がはずれた。

 

「全ての接続をカットして、パイロット達を脱出させて!」

 

「既に制御系統も目標の支配化にあります!」

 

 青葉の報告は既に悲鳴に近かった。

 

「そんな!」

 

 発令所が絶望に支配されている時、パイロット達はオレンジ色が支配する世界に居た。

 

「私と一つにならない?」

 

 レイの前に居た幼児のレイが話し掛けてきた。

 

「貴女は、私達が使徒と呼んでいる存在なのね」

 

「そう。貴女達が使徒と呼ぶモノ」

 

「貴女は私と一つになりたいのね?」

 

「そう。心が痛いの。だから、私と一つになりましょう」

 

「駄目!」

 

 レイは使徒の首に手を掛けた。

 

「何故?」

 

「碇君の望みだから」

 

 レイが手に力を入れると鈍い音がした。

 

「悪く思わないでね」

 

 レイが目覚めた時に視界に入ったのは白い天井であった。

 

(この天井は、病院)

 

 左側から光と暖かさを感じ、目をやると、窓から朝日が差し込んでいた。

 次に右側を見ると自分と同じ様にシンジがベッドに寝ている。

 上半身を起こして正面を見るとベッドがあり、アスカとヒロシが一緒に寝ていた。

 

(……)

 

 アスカのベッドの横は……当然空である。

 レイはベッドから降りるとシンジのベッドの中に入り込み再び眠りについた。

 十数分後、見舞いに来たミサトが頭を抱える事になる。

 

「はあ。起きたらヒロシ君やレイと話をしないと駄目ね」

 

(しっかし、リツコが見たら怒り狂いそうねぇ)

 

 ミサトは、幸せそうに眠るパイロット達を見て、自身も幸福感に浸りたくなったが、親友の苦労を思うと立場上パイロット達を起こさなければならない。

 ミサトがパイロット達を起こしている頃、リツコを筆頭に技術部は修羅場に居た。

 

「何て事…エヴァ全機が使徒を逆に侵食してしまうなんて!」

 

 四等分にされたアルミサエルは各々のエヴァに吸収されてしまった。

 生体部品部分である筋肉の栄養素にされた様である。

 

「検査の結果、金属筋肉の栄養素にされたのは確実な様です」

 

 マヤが報告した検査結果は、予想通りのものであった。

 

「此方を見て下さい。出撃前の初号機の生体部品と回収直後の生体部品です」

 

「肉眼で確認が出来る程肥大しているわね」

 

「そして、一時間前の生体部品です」

 

「肥大した筋肉が元に戻っている…と。」

 

「消化されたと理解するべきでしょうか?」

 

「貴女の理解が正しいでしょうね。問題はS2機関でしょう」

 

 リツコは渡された資料をマヤに返しながら溜め息をついた。

 

「S2機関を取り込んだ事は間違いないでしょうけど、果たして、それが正常に作動するものかしら?」

 

「暴走の可能性もあるのでしょうか?」

 

「逆に暴走しない可能性の方が少ないでしょうね」

 

(既に二回も失敗しているわ)

 

 リツコは部下を無駄に怯えさせる事になるので、後半の言葉は飲み込んだ。

 

「四機を一度に検査するなら、今週も家に帰れないですね」

 

「帰宅以前に、寝る時間も無いわよ」

 

 リツコは無意識で天井に視線を向けた。この事態が、彼女の視線の先、最上階に居る人物のシナリオ通りのものなのか疑問に思ったのである。

 

(この事態、流石に何時もの嫌がらせだけでは済まないでしょうね)

 

 この時、既にリツコは、近い未来に予想し得るゼーレからの攻撃への対処を考えていた。

 



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第40話 フィフスチルドレン

 

 既に恒例化した技術部の修羅場が佳境に入った頃、ゼーレもゲンドウの反意を確信していた。

 

「度重なるシナリオの逸脱。既に碇の反意は明確である」

 

「既に人類補完計画も大詰めとなっている。故に碇の存在も不要であろう」

 

「しかし、碇の奴が何か切り札を隠しているかもしれん」

 

「しかし、奴には鈴を付けても無意味では?」

 

「前回の鈴は問題があった」

 

「計画まで残り僅か。ここは慎重になるべきだろう」

 

「では、新たなる鈴を送るべきでは?」

 

「次の鈴は前回とは違う」

 

「いざとなれば、計画を我らの手で繰り上げるだけだ」

 

「では、碇に新たな鈴を」

 

 その頃、老人達の陰謀を既に知っている若者達は、特に行動を起こしてはいなかった。

 

「まあ。シンジ次第なんだから、対処も何も無いでしょ」

 

 昼休み、学校の屋上で弁当をみんなで食べていた時にアスカは断言した。

 

「そうね。私もアスカの言う通りだと思う」

 

「碇先輩が気に病む事でも無いですよ。死にたく無い人間を殺すのが罪なら、死にたい人間を死なせないのも罪だと思いますし」

 

「ヒロシまで……」

 

 シンジはヒロシの意見に反対する事も出来なかった。

 シンジ自身、死を望んだ過去があったからである。

 死を望んだシンジが紆余曲折の末に未来を望んでいるのだから、カヲルも同じ事が言えるのではと思うシンジであった。

 

「問題はフィフスチルドレンが私達に寝返るなり、当初の本人の望み通りになった後の事よ」

 

 加持に戦自の介入阻止を依頼したとは言え、仮に戦自と戦う事になった場合、シンジが参加するとはアスカは思えなかった。

 目の前の少年が、殺人などを出来る少年ではないと、アスカにも分かっていたからだ。

 しかし、レイやヒロシ、そして自分が戦自と戦えば、その後もシンジは苦しむ事になるだろう。

 アスカとしたら甘いと思うが責める気にもならないのである。

 

(それが、シンジの美点だもんね)

 

 それに比べてと、自分の横で弁当を貪る少年を見る。

 シンジと反対に戦自との戦いには躊躇が全く無い。

 短い付き合いだが、自分が愛した少年は役人嫌いな様である。

 

(コイツも色々と苦労したみたいだから、役人に恨みでもあるのかしら)

 

 更に言えば自分の目の前の少女もシンジの望みを叶える為に人類を滅ぼした女なのである。人殺しが出来ないシンジの為に戦自を皆殺しにする程度は躊躇いが無いだろう。

 

「しかし、ネルフも変な連中ばかり集めたもんね」

 

「本当ですね。一人の例外も無く変な人の集団ですから」

 

 アスカの意見にヒロシが同意する。さほど遠回しとは言えない皮肉にアスカがヒロシの脳天にゲンコツを落とす。

 

「痛い!」

 

「天罰よ!」

 

 この様に、パイロット達の関心は既に戦自との戦いに向いていた。

 その頃、ゼーレからフィフスチルドレン…渚 カヲルを派遣されたネルフでは、大人達が彼について色々と思惑を測っていた。

 

(この時期にフィフスチルドレンなんてタイミングが良すぎるわ)

 

 ミサトもカヲルに対して警戒心を抱かざるを得なかった。

 そして、リツコと冬月もこの少年に対して疑念を持たざるを得なかったのである。

 

「コアの変換も無しに参号機とシンクロしただと!」

 

「初めて乗って、シンクロ率も新記録です」

 

「システム上、あり得ないです…」

 

「でも事実なのよ。事実をまず受け入れてから原因を探ってみて」

 

 シンジ達が学校に行っている間に、既に疑惑のデパート状態であった。

 

「碇 シンジ君か。会うのが楽しみだなあ」

 

 当人は能天気なもので、ミサト達は内心呆れていた。

 遅めの昼食を摂る為に、リツコと共に彼を食堂へ連れて行った時、ミサトは更に驚愕する事になる。

 

「カヲル君、好きな物を食べて!私の驕りよん」

 

「あら、悪いわね。ミサト」

 

 リツコがミサト相手に誂い始めた。リツコにしたら、ミサトを誂う事で精神のバランスを取っているのだ。

 

「ちょっとぉ、私はカヲル君に言ったのよ!?」

 

 ミサトも彼女の心理状態を察しているので、そのまま乗っかった。

 

「あら、冷たいわね」

 

 二人の会話を見て笑い出すカヲルであった。

 

(さて、ゼーレに何を吹き込まれたか知らないけど、本人は普通の子供と変わらないわね)

 

 彼を食堂に連れて来たのは、何かボロを出すのではと思ったからである。出してくれたら儲け程度だったが意外な事を知る事になる。

 カヲルは注文した定食を食べ始めると白米や味噌汁に感動するのであった。

 

「カヲル君。今まで、どんな食事をしていたの?」

 

 流石に呆れたリツコが質問すると、驚愕する返答であった。

 

「食事はジャガイモとハムとキャベツのサラダの繰り返しでしたからね。ネルフの食事の種類の多さには感動しますよ」

 

「えっ!?」

 

「ちょっと!?それだと栄養のバランスが悪過ぎでしょ」

 

「足りない栄養は錠剤で摂ってましたよ」

 

「そんな」

 

 思わずミサトが両手で口を塞いだ。

 

(昔のレイも大概だったけど、それ以前の問題じゃない!ゼーレは何を考えているの!?)

 

 リツコは声に出さないが、非人道的なゼーレに怒りを覚えた。

 

「ネルフだけじゃなく、世の中には、他にも色々な料理があるからね」

 

 カヲルに声を掛けるミサトの目には涙が浮かんでいた。

 

(ウチにしろゼーレにしろ、ろくな組織ではないわね。あちらさんの方が数段上みたいだけど)

 

 ミサトは使徒殲滅とは別にゼーレに対して激しい敵意を持つのであった。

 

 そして夕方、ネルフに来たシンジ達にカヲルを紹介した。

 

「君が碇 シンジ君か。会えるのを楽しみにしていたよ」

 

「僕の方こそ。それから、僕の事はシンジでいいよ。僕もカヲル君って呼ぶから」

 

「ありがとう。君は良い人だね。好意に値するよ」

 

 カヲルが差し出した手を握って何故か頬を朱に染めるシンジに、危険を感じたレイはカヲルから引き剥がす。

 

「大丈夫だよ。君からシンジ君を奪ったりしないから」

 

「そうよ、レイ。カヲル君は男の子だからシンジ君が浮気する事ないから」

 

(まぁ浮気したら、それはそれで観てみたいけど)

 

 ミサトは内心の思いとは別に常識的な発言で取り成す。

 

「そうだよ。君は僕と同じだろ」

 

「違うわ。私は自分の命の大切さを知っている。他人の命の大切さも知っているわ。貴方は自分の命の大切さを知らない。そして、貴方の死を悲しむ人の事も知らない」

 

 レイが核心となる話を始めた。

 

「私は自分が死ねば碇君が悲しむ事を知っている。だから、私は死ぬ事を選ばない」

 

 レイの言葉を聞いてカヲルは何かを考え込んだ様子である。

 その様子を見ていたアスカはヒロシを抱き寄せていた。

 

「分かった。僕が死ねばシンジ君が悲しむんだね」

 

「残念ながら、そうよ」

 

 レイの目はシンジが悲しむなら自分の手で殲滅すると言っている。

 

(ホント、あのレイが、ここまで嫉妬深くなるなんてねぇ)

 

 ミサトは、レイの反応に内心頭を抱えながらも、仲裁する。

 

「ほら、カヲル君も、友達としてシンジ君の事を好きと言ってるだけだから、ね?」

 

「そうだよ、綾波。僕が綾波を裏切る筈ないだろう」

 

「碇君が、そう言うなら」

 

 シンジが口添えする事で、レイも渋々ながらも矛を収める。

 

「それなら、親睦を兼ねて渚先輩の歓迎会でもしませんか」

 

 ヒロシの発案にシンジとアスカが賛成したのでレイも参加する事にした。

 ヒロシがミサトに何か交渉していたが暫くするとミサトが内線で何処かに連絡を始めた。

 

「私は仕事があるから不参加だけど…羽目を外さないようにね?」

 

 小声でアスカがヒロシに耳に囁いた。

 

「アンタ、どんなウラワザ使ったの?」

 

「普通に店から家に帰る間に監視役を発見する事が出来る可能性を教えただけ」

 

「監視役って!」

 

「自宅からレストランに行って、そこからネルフへ引き返したら監視役も慌てるでしょうね」

 

 自宅とネルフは遠くから監視されているが、急にレストラン等に行かれたら慌てる事は間違いない。

 監視役がボロを出さないとも限らないのである。

 

「失敗しても、経費は安いもんですよ」

 

「あんたも性格が悪いわねえ」

 

 アスカもヒロシの主張の裏の本音を喝破していた。

 ヒロシは口実をつけて、レストランで食事をしたいだけである。

 カヲルの監視役がゼーレから派遣されている事を想定しての策には違いない。

 

「監視役を発見するだけでも、脅しにはなるでしょ」

 

(コイツ。碇司令と同じ人種だわ)

 

 日頃は、自分に甘えてばかりの少年が、意外と策士だと知ったアスカの心境は複雑であった。

 実はヒロシの狙いは別の所にあったのだが、その事を後で知ったアスカは呆れる事になる。

 フィフスチルドレン渚 カヲルを巡り、ゼーレとネルフとパイロット達の三つ巴の化かし合いが始まるのであった。

 



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第41話 晩餐会

 

 カヲルを連れて一度帰宅したシンジ達は、歓迎会の為に再び家を出る。

 アスカは、私服に着替えようとした時に、ヒロシから制服のままで良いと言われた為、近所のファミレスかと思っていたが、到着したのはなんと第三新東京市でも有数のホテルであった。

 

「ちょっと、ヒロシ。大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよ。副司令に話を通して貰っています」

 

「副司令って、おい!?」

 

 送迎役の春日もヒロシの軽い調子にドン引きである。

 

「これだけ高級な場所だと相手側も中に入れずに焦ってるでしょうね」

 

 ヒロシの意地悪な笑顔に春日も呆れている。

 

「春日さんもお願いします。中学生が居たら成金野郎とかが因縁つけて来る可能性もあるから!」

 

 ヒロシの誘いに春日も諦めた様子で同行した。

 春日が同行して驚いたのは、高級レストランには違いはないが、バイキング形式のレストランであった。

 

「ここなら、肉食女子でも肉嫌いでも大丈夫だし、渚先輩も色々と食べれるでしょう」

 

 確かに肉嫌いなレイや食の好みが不明なカヲルを連れて来るには良い場所である。

 周囲の客は年輩の男性と若い女性が多い。

 

「ありゃ、ホステスと同伴の客だな」

 

 成る程と春日が感心した。中に入るのは、後で調べれば身元が簡単に分かる連中である。

 いざとなれば、領収書のコピーを店側に出させれば問題ない。

 日本は会社の経費で私的に飲食をしても問題にならない国である。

 問題にならないなら使わないのは馬鹿というものである。

 

「春日さん。悪いですけど、テーブルの番をお願いします」

 

 一同は部屋の壁際のテーブルを確保すると春日を残して料理を取りに行く。

 ヒロシは握り寿司を皿に山盛りである。レイは意外な事にフルーツやサラダをボウルに山盛りにする。

 アスカは全員の予想通りにハンバーグにソーセージと山盛りのマッシュポテトをテーブルに持ち帰って来た。

 シンジは天ぷらにトンカツ等の揚げ物を皿に乗せている。

 

「揚げ物って、後片付けが大変だからなあ」

 

 言っている事は主婦と変わらない。肝心のカヲルは、チャーハンに餃子、ラーメンを手にしている。確かに外国人から見ればご馳走であろう。

 五人がテーブルに戻ると春日もテーブルを離れて料理の物色に向かう。

 下級公務員では滅多に食べられない料理なのだから当然であろう。

 

「で、渚先輩の目的というよりは、ゼーレの目的は何ですか?」

 

 ヒロシが率直にカヲルに質問すると、素直に答えてくれた。

 

「サードインパクトを起こす事さ」

 

 カヲルが簡単に返答するのでアスカとシンジは吹き出しそうになる。

 

「その事は既に承知しているわ。問題はサードインパクトを起こす方法なの」

 

 レイが質問を更に具体的にすると、カヲルは納得した様な顔する。

 

「その事は、話せば長くなるから、次の機会で良いかな?」

 

「そう。それなら仕方ないわ」

 

「僕達はカヲル君と戦いたくない。君には、長生きして欲しいんだ」

 

 言葉からシンジの真摯な思いは伝わるが、レイにマンゴーを食べさせながらでは、言葉の重さも半減する。

 

「僕には生も死も等価値なんだけどね」

 

「じゃあ、僕の為にも生きてよ」

 

「しかし、この星で人類と僕のどちらかしか、生き残る事は出来ないんだよ」

 

「それって、今日、明日の話じゃないでしょ!」

 

 皿の上の料理を片付けたアスカが、始めて飲食以外に口を使った。

 

「其ほどの時間は残されて無いよ」

 

「具体的には、どんくらい?」

 

「そうだね…早くて、二百年程かな」

 

 全員、椅子から落ちそうになった。

 

「アンタ、馬鹿ァ!?」

 

 そこに、料理を手にした春日が戻って来た。

 

「アスカ!女の子が汚い言葉を叫ぶんじゃない!」

 

 大人として立派な態度だが、両手の皿にはキャビアにフォアグラが山盛りなので、説得力に欠ける。

 

「春日さーん、コイツ、超天然なのが判明したわよ」

 

 アスカの反論に残りの三人も同時に首を縦に振る。

 

「僕は変な事を言ったのかい?」

 

「自覚が無いよ、この人!?」

 

 カヲルの問いにヒロシも呆れていた。

 

「その、カヲル君と僕達の時間に対する考え方が違い過ぎるよ」

 

 シンジは頭を抱えながらもカヲルに説明する。

 

(なんか、話し合う事の大事さを身に滲みて分かったよ)

 

 シンジは逆行する前にカヲルを扼殺した事に罪悪感を持っていたが、今は罪悪感よりも徒労感がシンジを支配していた。

 その後は春日が戻って来た事もあり、五人は、専ら飲食に口を使う事になる。

 この時、レイが意外にも健啖家であった事に、春日は驚かされた。

 テーブルに並ぶ珍しいフルーツを全品制覇した後にサラダバーも制覇して行く。

 

「綾波先輩はウサギだから」

 

 以前にレイを評したヒロシの言葉を思い出した春日である。

 レイがサラダバーの列に並んでいると思うとシンジが魚のアラ煮に唸っている。

 

「やっぱり、ミサトさんに頼んで圧力鍋を買ってもらうかな」

 

(主婦か!)

 

 シンジを見ていると突っ込みが口に出そうになるので、視線の方向転換をすると、アスカが相変わらずソーセージとハンバーグを食べている。人は食べ慣れた物が一番な様である。

 その隣ではヒロシが大きなボウルに具沢山のスープを食べている。

 

「ヒロシ君は何を食べているんだ?」

 

「スッポンです。出汁が美味しいんですよ!」

 

「……」

 

 春日は思わず絶句してしまった。確かに高級なバイキングであるが、スッポン料理まであるとは思わなかった。

 最後に今日の主賓であるカヲルを見ると、白米に煎茶をかけた…茶漬けを無心に食べている。

 

「茶漬けはいいね。日本が生み出した究極の文化だよ」

 

 カヲルの前には天婦羅の皿がある。どうやら天婦羅を茶漬けにしている様である。

 

(そりゃ、美味いだろうなあ)

 

 五人が、それぞれに料理を楽しんでいる光景を見ると、保護者のミサトの苦労が察せられた。

 

(葛城さんも独身なのに五人の子持ちかよ)

 

 春日がミサトに同情していると、胸の携帯が振動する。

 

「はい。春日です」

 

 パイロット達に背を向けて小声で携帯に出ると銃を持った男がバイキングの店に紛れ込んだという報告であった。

 

「性別は二十代の男性。服装は紺色のスーツの上下にネクタイが青地に白の水玉模様」

 

 ネクタイは簡単に取り替えが出来る。スーツもリバーシブルなら店内に入った後に替える事も出来る。

 

(ヤバいな。少々早いが退店するか)

 

 春日がそう思っていると、アスカが空になった皿を持って立ち上がった。

 

「アスカ。悪いが、もう帰……」

 

 春日が言葉を言い終わる前に事は起こった。

 アスカは手にした皿を手首のスナップを効かせて投げたのである。

 アスカが投げた皿はシンジの後ろを通り掛かった女性に一直線に向かった。

 誰もが女性の負傷を想像したが、現実は女性が片腕で皿を叩き落としたことを物語っていた。

 更に事態はエスカレートする。皿を叩き落とした女性の袖口から一本のナイフが現れたのである。

 春日が反射的に懐の銃を取り出す寸前、女性に椅子が投げつけられた。

 アスカの横に座っていたヒロシがアスカの椅子を投げつけたのである。

 女性も皿を叩き落とす事は出来たが、椅子は無理だった様で、鼻血を出しながら倒れた。

 女性が倒れた直後に春日がテーブルを蹴り上げて立てると、レイがシンジを、アスカがカヲルをテーブルの裏に引っ張り込む。

 立てられたテーブルには、銃弾の弾着音が振動と共に伝わってくる。

 

「何を考えているんだ!」

 

 春日の叫びはパイロット達の代弁でもあった。衆人環視の中で未成年の暗殺を行うとは、既に常軌を逸している。

 

「僕のお茶漬けが!」

 

 カヲルが場違いな悲しみを口にするので、春日を除いてパイロット達は苦笑するしかない。

 

「カヲル君。生きて帰れたら、他にも美味しい茶漬けを、ご馳走するよ」

 

「本当かい。約束だよ!」

 

 嘆くカヲルに同情したシンジが約束したのと同時に窓ガラスが割れる音が響く。

 

「全員。頭を地面に着けて耳を塞げ!」

 

 春日の指示にパイロット達も反射的に従う。

 パイロット達は耳の奥まで達する様な激しい振動を感じた。

 その後に待機していた警備部のメンバーが突入して来るのが気配で分かった。

 

「今の内に脱出するぞ」

 

 春日に肩を叩かれて、パイロット達は厨房を通り裏口から脱出する。

 

「こっちだ!」

 

 春日は、パイロット達をホテルの駐車場ではなく近所のコインパーキングに駐車していた軽ワゴン車に案内する。ちなみに「春日工務店」とプリント付きである。

 

「準備万端ね」

 

 レイが感心すると春日も苦笑いしている。顔には無駄になってくれたら良かったと書いてある。

 

「さて、ネルフ本部に逃げるか!」

 

 シンジが歴史を変えて来た反動が一気に出た様である。逆行前には経験した事が無い事態にシンジは驚くばかりである。

 しかし、今夜の騒ぎは始まったばかりであった。

 

 



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第42話 災難

 

 春日が運転する軽ワゴンは故意に街中を通りネルフ本部を目指した。

 

「流石に敵さんも街中では手出しは出来んだろう。街を出たら警戒が必要だから、今の内に休憩してくれ」

 

 春日の指示にパイロット達は胸を撫で下ろした。

 

「あっ!」

 

 ヒロシが座席の下にペットボトルを発見した。

 

「言い忘れてたけど、各座席の下にペットボトルを用意しているから飲んでくれ」

 

 パイロット達はペットボトルの水を飲んで一息ついた。

 軽ワゴンが交差点で信号待ちをしていたら歩道を猛スピードで走る人影が見えた。

 

「春日さん、早く車を出して!」

 

 突然、レイが叫ぶ様に春日に訴える。

 

「赤信号だけど」

 

 この時点では、レイだけが危険に気づいていた。

 歩道を走る人影はアスカとヒロシの連係プレーに倒された女性であった。

 女性は軽ワゴンに近付くと拳銃を取り出して春日に向かって発砲する。銃声と共に鈍い音がした。

 

「大丈夫、ネルフ特製の防弾ガラスだ!ちょっとやそっとじゃ傷もつかん!」

 

 しかし、春日の余裕は数秒しか保たなかった。女性が44マグナムを懐から取り出したのだ。

 

「それは、流石に無理!」

 

 春日はそう叫ぶと、軽ワゴンを急発進させる。銃声を聞いて歩行者が前に居なかった事が幸いした。

 軽ワゴンは、車の流れに突入して多大な迷惑を掛けながら逃げ出すと、女性も走り出す。

交差点で信号無視をして人が飛び出せば、急ブレーキを踏むのはドライバーとして当然である。

 急ブレーキと見事なハンドル捌きで事故を避けたドライバーは、窓を開けて女性に怒鳴る。

 

「テメー、死ぬつもりか!」

 

 怒鳴られた女性はドライバーの胸倉を掴み車外へ引摺りだす。

 

「なんて、怪力!」

 

 ヒロシは驚愕するのは無理もない。女性が片腕一本で大の男を車外に引摺り出して投げ捨てたのを目撃したのである。

 

「ターミネーターかよ!」

 

 ターミネーターは不運なドライバーの車を奪うと軽ワゴンの追跡を再開した。

 

「よりにも寄って、ベンツ!」

 

 軽ワゴンとベンツではエンジンに差が有りすぎる。

 障害物の多い街中で、排除なり撒くなりしたい相手である。

 

「全員、シートベルト!何かに掴まれ!」

 

 春日の指示にパイロット達は即座に従った。これから、カーチェイスが始まるのである。従わない理由は無い。

 

「ふん。車の性能が速さの決定的な差でない事を教えてやる!」

 

 春日の自身を鼓舞する発言もパイロット達には不吉な予言にしか聞こえなかった。

 パイロット達の危惧した通り、街中で派手な追跡劇が始まったのである。

 小手調べとばかりに、お互い右へ左へ迷惑を掛けながら車を追い抜かして行く。

 

「ミサトさんの運転みたいだ!」

 

 シンジの感想は別にしてベンツは軽ワゴンにピッタリと張り付いて来る。

 

「しかし、これは無理だろ!」

 

 春日は軽ワゴンを脇道の狭い裏道に入った。車幅の差を利用してベンツを引き離して行く。

 

「はん!排気量が全てじゃないんだ!」

 

(春日さん…何か大型車に恨みでもあるの?)

 

 レイは何時もの無表情と無言を貫き通して、春日の過去を考えていたが、悲鳴をあげる事になる。

 

「先回りしてる!」

 

 ベンツは通路を出て大通りから裏道の出口まで先回りしていた。

 

「強行突破だ!」

 

 ベンツに向かって軽ワゴンを突進させる。パイロット達も頭を低くして衝撃に備える。

 ベンツから44マグナムが火を吹いた。

 一発目で軽ワゴンのフロントガラスが白く染まり二発目でフロントガラスが砕け散る。

 

「うわ、リアガラスも真っ白!」

 

「ヒロシ君、リアガラスを割ってくれ!」

 

 春日が指示に従い、ヒロシは空になったペットボトルを投げつけて白く染まったリアガラスにとどめをさす。

 ペットボトルを投げた彼の目に、派手なUターンをしているベンツが映った。

 

「ボケッとしない!」

 

 アスカがヒロシの手を引っ張り、座席の下に引き摺り倒す。

 その直後、Uターンを終えたベンツから再び44マグナムが火を吹き、今度は助手席のヘッドレストに命中した。

 その後、空気を切り裂く擦過音がしたのは何発か車内を通り抜けた証であろう。

 弾丸を込め直しているのか、ベンツの速度が落ちた隙に軽ワゴンは距離を稼ぐ。

 

「これだけ正確にマグナムを片手でぶっ放すとは…奴は化け物か!?」

 

 春日も流石にターミネーターに対して恐れを成した様である。

 軽ワゴンのアクセルを全開にして、一刻も早くネルフ本部に到着するしか策を思い付かなかった。

 

「ネルフ本部からも援軍の部隊が出ている筈だ。今は逃げの一手しかない!」

 

 春日は全力走行しながらも、パイロット達に状況を説明する。

 しかし、ベンツは既に44マグナムの射程圏内まで追い付いていた。

 

「全員、頭を低くしてろ!この車は対戦車ライフルでもない限り安全だ!」

 

 パイロット達は座席の下に隠れていれば安全だったが、運転している春日は身を隠すわけにはいかない。

 ターミネーターは運転席の春日を狙って、ベンツを軽ワゴンの右側に着けた。

 

「春日さん!」

 

 シンジが叫ぶと同時に、ベンツの運転席から伸ばされた腕から44マグナムが撃たれた。

 シンジが咄嗟に運転席をリクライニングにした為に、春日は難を逃れたが、次にガラスが割れた窓に銃口を差し込んできたので、咄嗟に軽ワゴンで体当たりを食らわせた。しかし悲しい事に、重量差で軽ワゴンの方が弾き飛ばされたのである。

 幸いにも、カーチェイスをしている間に街中を抜けて、逆行前にミサトとシンジがN2地雷の洗礼を受けた場所へ着いていた為、衝突する物が無く事故にはならなかった。

 失速した軽ワゴンに再びベンツが迫った時、軽ワゴンのドアが開く。アスカとシンジとレイに腰と左右の足を掴まれたヒロシが、火の着いた発煙筒をベンツの運転席に投げ入れた。

 発煙筒を投げ入れられたベンツの車内は、たちまち煙が充満した。

 更に厄介な事に充満した煙が発煙筒の姿を隠すので、ベンツは停車を余儀なくされた。

 

「お見事!」

 

 先輩パイロット達が異口同音にヒロシのコントロールを賞賛した。

 停車したベンツに春日がグロッグ18を取り出すとフルオートで全弾をベンツに向けて撃ち尽くす。

 この程度で倒せる相手だとは思っていないが、敵の機動力は奪うべきであろう。

 ベンツのタイヤとボンネットが弾けたのを確認して、春日はアクセル全開で、その場から離れたのである。

 この後、ネルフ本部からの武装した味方車両に合流して、軽ワゴンは虎口から逃れた。

 そして、ネルフ本部の駐車場に到着した時、ヒロシが気絶しているカヲルを発見したのである。

 

「カヲル先輩、目ぇ回してら…」

 

「えっ!」

 

「あっ!」

 

「しまった!」

 

 逃亡中にシンジからも存在を忘れられていたが、他の四人に比べて乗り物に乗る経験の少なかったカヲルが、派手なカーチェイスで乗り物酔いの末に気絶しても不思議な話ではなかった。

 

 翌朝、五人は仲良く、ネルフの食堂で朝食を摂っていた。

 昨夜はネルフ本部に泊まり込んだのである。今朝は早くに大浴場で朝風呂を堪能してからの朝食となった。

 

「はあ。昨日は中途半端で食事が終わったからなあ」

 

「本当に迷惑よね」

 

「せめて、食事が終わった後に襲撃して欲しかったよ」

 

「人の食事を邪魔する存在は殲滅」

 

「折角の人類の究極の文化が台無しだよ」

 

 五人は不満を口にしていたが、パイロット達は本部に到着すると同時に宛てがわれた部屋へ入り就寝したが、大人達は事後処理に大忙しであった。

 全ての情報が整理されておらず、情報処理だけでも骨を折ったのである。

 そして、パイロット達は知らなかったが、彼らがレストランを脱出した直後、催涙弾を撃ち込んだ新手が乱入してきたのである。

 その鎮圧に、作戦部からも更に人を出す結果となった。

 警備部、保安諜報部、戦術作戦部の人間は一睡もしていないのだ。

 冬月が、全容とは言えないまでも表面上の事情を把握したのは、その日の夕方であった。

 そして、事態を深刻にしたのが、レストランの一件が日本中に知られた事であった。

 それこそ一流ホテル内のレストランである。当日、現場には著名人から政治家まで居た事が事態を悪化させていた。

 特に元有名女優の議員が、議会や家族には「視察旅行へ向かう」と言っておきながら、同僚議員と同ホテルに居た事が、マスコミの格好の餌食になり、世間の耳目を集めたのである。

 これは、流石に情報操作が得意なゲンドウも止める事が出来なかった。

 各社が昼のワイドショーで放送した為に、広報部は用意していたシナリオが使えなくなり辻褄合わせに四苦八苦する羽目になる。

 当事者のパイロット達は呑気に控え室でワイドショーに夢中になっていた。

 

「あらあら…浮気したのは悪いけど、全国的にバレるなんて、とんだ災難だねえ」

 

 災難を引き起こした張本人は、能天気なものである。

 

 



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第43話 真相

 

 冬月は機嫌が悪かった。ゲンドウが面倒な事を全て押し付けた事が原因である。

 

「それでは、今回の事件を時系列で説明させてもらおう」

 

 恰も進学校の特進科の授業の様な雰囲気である。

 

「最初にレストランで事を起こした女性は、南米を拠点にしたフリーランスの殺し屋…通称『ターミネーター』と呼ばれているらしい。依頼人は不明のままだ」

 

 ミサトや諜報部、警備部の人間からは驚きの声が漏れる。

 

「よもや、あの伝説が再び!」

 

「生きていたとは!」

 

「セカンドインパクトの時に死んだという噂だったが!」

 

 その場の動揺にリツコと冬月だけが取り残されていた。

 実際に遭遇した春日は青い顔をしている。

 

「すまんが、私や赤木博士は件の殺し屋の事は詳しくは知らんのだが、誰か説明してくれるか?」

 

 周囲の人間から肘でつつかれたミサトが説明する。

 

「話は90年代初頭の南米から始まります。当時、南米はソ連崩壊により独裁政権が倒れて民主化の時代が訪れました。それに伴い独裁政権時代の残党狩りが始まったのですが、彼女も、その頃に活躍した残党狩りの一員です。目標に対する執念深さから、当時世界中でヒットした映画の殺人ロボットの呼び名が定着したみたいです。彼女の手に掛かったものは三桁に及ぶと言われています」

 

「なるほど、伝説の殺し屋という訳か」

 

「私達軍事関係者の間では有名な人物です」

 

「ふむ。分かった。ご苦労」

 

「伝説の殺し屋だなんて…フィクションの世界だけじゃないのね」

 

 リツコの感想に冬月も同意見だったが、今は話を進める事にする。

 

「件の殺し屋の次にレストラン内で発砲した馬鹿者達だが、これは、ドイツの情報局の一部が暴走した結果だった」

 

「副司令。ドイツの情報局というと、もしやBNDでしょうか?」

 

「そうだ。詳しく言えば第9局の一部が暴走した結果と報告を受けている」

 

「第9局といえば、破壊活動を担当する超法規的機関の筈です。何故、彼らが?」

 

「その事なんだが、要は弐号機やセカンド、フィフスを日本に移動させた事の意趣返しの様だ」

 

 ドイツ支部にとって、長年教育と訓練を施してきたアスカ、そして建造した弐号機を日本に持っていかれた事が面白くなかった。

 それは、最初から分かっていた事だから我慢もしたが、虎の子のカヲルも移動させられた事で不満が爆発した。

 日本は既に四機のエヴァと専属パイロットを擁していたのだから、カヲルの異動は納得が出来なかった。

 ましてや、日本はダミーシステムを破壊された影響で、ドイツ側のシステムを各国に提供させられたのである。

 ドイツとしては量産機のパイロットにはカヲルをと思っていたのだから、恨みも倍増である。

 端から見れば、ゲンドウがゼーレに取り入り我儘を言っている様に見えたのである。

 

「だからと言って、パイロットを狙うのは筋違いでしょうに!」

 

 ミサトの声は冬月を筆頭に日本ネルフ本部職員の本音でもあった。

 実際はゼーレが裏で誘導したに違いないと冬月は確信していた。

 

「それで次に、警備部による事態収拾の途中、催涙弾を投げ込んで乱入してきた馬鹿者共は戦自の情報七課と報告が上がってきた。司令も、その事で今、防衛省へ抗議に向かっている」

 

「はあ!?」

 

 ミサトが思わず声を出して慌てて口を閉じた。

 

「無理もない。私も葛城君の気持ちと同じだ!」

 

「失礼しました。しかし、戦自が何故、介入して来たのでしょうか?」

 

「ふむ。一応は海外からの組織的敵対行為に対する正当な対応と主張している」

 

「そんな無茶な!」

 

「君達が生まれる前から、彼らは色々と暗躍をしていたと噂はされていた」

 

 冬月が若い頃、ロシア空軍による旅客機撃墜があったが、その時も事実隠蔽に暗躍したと言われている。

 

「それ以前に、戦自はネルフに敵対心がある様だが、何か心当たりはないかね?」

 

 ミサトとリツコは表情を変えないまま、内心冷や汗を掻いていた。

 

(ヤバい。ポジトロンライフルを借りる時に戦自の研究所の屋根を零号機で剥がしたんだわ)

 

(借りてきたポジトロンライフルを返さず仕舞いなのよね。原型は既に無くなっているけど)

 

 この二人が親友なのは、根本的な考えが同じだからかもしれない。

 ネルフの威光で好き放題しているのである。

 

「兎に角、BNDと戦自の情報七課には、これ以上の手出しはさせんが、例の殺し屋だけは早急に対処するべきだろう」

 

「諜報部と警備部で対処する様に…出来れば生捕りにして背後関係を知りたい」

 

「了解しました」

 

「しかし、相手が相手である。無理をする必要は無い」

 

「ありがとうございます」

 

「それと、広報部も含めて今後の対応が必要になる」

 

 冬月が幹部達を集めて事後処理の手筈を行っていた頃、シンジ達パイロットも、カヲルの説得とゼーレの人類補完計画を、パイロット控え室で聞き出していた。

 

「カヲル君、生と死が等価値なら、時間もある事だし、僕達が寿命で死んでからでも問題ないだろ」

 

「そうだね。昨日の茶漬けは美味しかったよ」

 

「お茶漬け以外にも、他にも美味しい料理は色々とありますよ」

 

 ヒロシが茶漬けだけでは飽きるだろうと気を回す。

 

「そうなんだ!」

 

「そうよ。特に日本は美味しい物が多いわよ!」

 

 アスカもヒロシの言葉が事実だと証言する。経験者なだけに証言に重みがある。

 

「それに、碇君と宗谷君は料理が上手よ」

 

 レイの言葉が聞いて、カヲルがシンジとの約束を思い出した。

 

「そう言えば、シンジ君。美味しい茶漬けを食べさせてくれると約束したよね」

 

「そうだよ!」

 

 こうして、カヲルは食い物に釣られてしまった。

 

「詳しい事を話しても大丈夫かい?」

 

「今なら大丈夫ですよ。昨日の騒ぎで諜報部の人も子供を見張る余裕は無いから」

 

 歓迎会を開くことでカヲルから監視の目を逸らすのがヒロシの狙いであったが、効果は予想以上だった。

 

「じゃあ。昨日の事を含めて話をするね」

 

 カヲルが語った事は既にシンジ達が知っている事が多かったが、逆行したシンジが歴史を変えた事でゼーレの策も変質していた。

 ネルフの戦力が本来の歴史よりも多くなった事でゲンドウとゼーレの関係が悪化していた。

 ゼーレの目から見ればエヴァ四機に、被害を最小限に抑えた熟練のパイロット達。

 ゼーレが直接に対抗するには巨大過ぎる戦力である。

 

「MAGIのハッキングも考えたらしいけど、ネルフには赤木博士がいるからね。彼女が居る限りMAGIへのハッキングは無理だから」

 

「それで、戦自をぶつけてくるわけね」

 

「そうだよ。でも、エヴァ四機だと戦自でも無理だろうね」

 

 実際に二機のエヴァでは、流石の戦自もネルフ攻略は無理であると考えていた。

 サードインパクトもシンジの意思をレイが優先して失敗に終わる。

 結局は人類が滅んだだけの結果となったのである。

 

「量産機は既に完成しているの?」

 

「既に完成しているよ。試運転も終了している。何時でも使える状態だね。量産機はスピードやパワーは君達のエヴァには敵わないけど、搭載されたS2機関のお陰で再起動する為の再生能力もある。だから、コアを潰すしか倒す方法はないよ」

 

「やはり、それしか手は無いか」

 

「シンジ君。それにしても、君は何故、ゼーレやセカンドインパクトについて知っているんだい?」

 

「カヲル君も既に仲間になったから話すね」

 

 レイとアスカが握り拳を作るのがシンジの視界に入っていた。

 

「僕は、サードインパクトが起きた世界から来たんだ」

 

 レイとアスカが握った拳から力を抜くのをシンジは視界の隅で確認した。

 

「詳しく話を聞こうか」

 

 シンジは逆行前に体験したサードインパクトが起きた直後までの話をした。

 

「そうなんだ。君には済まない事をした。僕は、シンジ君の気持ちを考えずに、自分の我儘で、君を苦しめたんだね…」

 

 カヲルの目から涙が溢れ出した。

 

「それなら、僕はシンジ君達に全面協力するよ!」

 

「カヲル君…ありがとう!」

 

「良かったわね、碇君!」

 

「良かったじゃない!」

 

 レイもアスカもシンジの後悔を知っていたので、カヲルが説得に応じた事を喜んだ。

 

「それで、シンジ君。ゼーレと戦う準備は出来ているのかい?」

 

「まあ。準備と言っても、何をすればいいのか分からないんだ」

 

「それなら、僕に考えがあるんだけど、いいかな?」

 

「へぇ、どんな?」

 

 アスカの問いにカヲルは不敵な笑みを浮かばせると衝撃的な発言をする。

 

「僕の正体をばらして、僕を殺す事だよ」

 

 



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第44話 猿芝居

 

 キール・ローレンツは機嫌が悪かった。エヴァのパイロットの襲撃が失敗に終わったからである。

 ドイツ情報部の不平分子を煽り、パイロット達を襲撃させたのだが、パイロット達は全員無傷であった。

 更にゼーレのメンバーの一人が、自分に無断でフリーランスの殺し屋まで雇っていたのである。

 結果として、ネルフに対しテロ対策の予算を認めざるを得なくなった。

 

「パイロットを再起不能にすら出来んかったとはな!」

 

 メンバーの一人が、キールの怒りの矛先を話題と共に変えようとした。

 

「議長。例の殺し屋は如何なさいますか?」

 

「処分しろ!我々との関係がネルフに知られると不味い!」

 

 既に雇い主である事はゲンドウも理解しているが、証人が居るのと居ないのとでは、条件が変わってくる。

 

「分かりました。直ちに……」

 

 翌朝、芦ノ湖で一人の女性の水死体が発見される。

 

「例の女で間違いありませんか?」

 

 春日は返答に困ってしまった。件の女ターミネーターは素顔を晒さなかった為、背格好は似ているとしか言えないのである。

 

「そうですか。指紋を調べても前科が無かったもので。それに、9パラを二発受けていることから口封じかと思ったのですが……」

 

「すいません。あの時は逃げるので精一杯でしたので」

 

「そりゃ、仕方ないですよ。私達も資料を見ましたが、あんなのに狙われて自分だけじゃなく子供達も守りきったのは偉業ですよ」

 

 捜査課の主任刑事が逆に慰めてくれるが、春日は助かったのは偶然の産物だと思っている。

 

「いえ、子供達に助けられましたから」

 

 これは、春日の本音である。パイロット達の機転が無ければ、自分達は犠牲者の記録簿に名を記されていただろう。

 

「しかし、あの女が簡単に消されたとは思えません」

 

「逆に返り討ちにした、と言う訳ですか?」

 

「そちらの方が自然だと思います」

 

「では、まだ、第三新東京市内に潜伏していると思われますか?」

 

「いえ、依頼主が裏切ったのです。既に脱出していると思いますよ」

 

 春日は正直、安心した。依頼主が仕事の継続を認めていたら、今度はパイロットだけではなく自身の命すら守る自信がなかったのである。

 

(「運が良ければ」、二階級特進していただろうなあ…)

 

 春日が安堵していた頃、伝説の殺し屋に命を狙われる心配がなくなったパイロット達は、カヲルの爆弾発言の内容を考えていた。

 

(確かに、このままなら第二、第三の刺客が来るだけだよなあ)

 

 カヲルは自身が死んだ事にして、ゼーレに事を起こさせるべきだと主張したのである。

 

「僕が生きたままだと、人類補完計画は発動せず、シンジ君達の命が狙われるだけだよ。それよりは、計画を発動させて潰した方があの老人たちには効果的だと思うかな」

 

 カヲルの主張は一理も二理もあると思うが、戦自の介入阻止を依頼した加持からの連絡が無いままである。

 

(戦自の対策が失敗したなら仕方がないけど、せめて連絡があるまでは待ちたいよ)

 

 シンジとしたら、ミサトの仇とも言える存在の戦自だが、出来るだけ血を流したくないと思っている。

 

「碇君。渚君の話の事を考えてるの?」

 

「うん。綾波は、どう思う?」

 

「私は渚君の意見に賛成だわ。私達には準備の限界がある。でも、向こうには時間が味方するわ」

 

「私もレイの意見に賛成」

 

「僕も!」

 

 アスカとヒロシの二人もレイと同意見の様である。

 四人は学校の屋上で弁当を食べながらの会議をしている。

 因みにカヲルはケンスケと一緒に教室で弁当を食べている。

 別にカヲルを仲間外れにした訳ではない。彼も誘ったのだが、クラスメート達に反対されたのである。

 

「お前達と一緒に弁当とか、最早、拷問だ!」

 

「リア充、爆発しろ!」

 

 この件に関して、何時もなら間に入るヒカリもトウジも、クラスメート達から「お前らが言える立場か!」と一喝されている。

 色々な意味で格差社会が拡がっているのだ。

 

 四人はカヲルの意見を採用する事にした。具体的な詳細は今晩にも話し合う必要がある。

 彼らはネルフの諜報部を過小評価していなかった。むしろ過大評価をしていたので、襲撃事件の後遺症も早晩には回復する事を理解していた。

 そして、ネルフとゼーレから追われる身になった女は、まだ第三新東京市内にいたのである。

 口封じに来たゼーレのエージェントを返り討ちにしたが、不覚にも一服盛られてしまった。

 彼女は痺れる手足に鞭を打ち、偶然にもかつてレイが住んでいたマンションの部屋に身を隠していた。

 レイが制服と下着の替えだけを持ち、葛城宅に引っ越したので、幸いにもベッド等は放置されたままであった。

 

「これまでか?」

 

 体温が下がり始めていた。間接の痛みも強くなっていく。

 ネルフの捜査の目が、このマンションに向くのも時間の問題であった。

 

「ふん。死神とネルフの競争とはね」

 

 苦笑しながらも、力強い意志が全身に漲っていた。こんな状況に陥っても、彼女はまだ依頼主への報復と生還を諦めていない。

 現状を知る者が居れば彼女の呼び名に納得したであろう。

 

 翌日、パイロット達を迎えに来た春日から、件のターミネーターが依頼主と決裂した話を聞いた時、一同は安堵したものである。

 

「残念だな。ネルフで雇えば良かったのに」

 

 ヒロシの軽口に一同は苦笑する。

 

「ヒロシ君。ネルフは一応公的機関なんだがね」

 

「でも、ミサトさんや博士は悪の女幹部の衣装とか似合いそうですよ」

 

 パイロット達の脳裏でミサトとリツコのコスプレ姿が想像された。

 全員が苦笑しながらも納得したものである。

 

「確かに、あの二人は幹部だからなあ」

 

 咎める立場の春日も苦笑するしかなかった。

 午前中は、専属パイロットが自分の愛機とのシンクロテストとハーモニクス・テストを受ける。

 

「四人共、順調に記録を伸ばしています」

 

 マヤがリツコに報告する。

 

「あんな事があった直後だから、何か影響があると思ったけど、杞憂だったわね」

 

「はあ…私生活に影響が出てるわよぉ〜」

 

 リツコの言葉にミサトが呆れ顔で報告する。

 

「どんな影響かしら?」

 

「例の事件を口実にあいつら甘えまくりよ!」

 

「それは、大変ね」

 

「カヲル君なんて、『日本では、これが普通なんですか』って聞いてくるし!」

 

「それは、大変ね」

 

 リツコも苦笑するしかないが、エヴァの操縦に影響が無ければ、所詮は他人事である。

 

「問題はフィフスね。彼は参号機の予備パイロット扱いで良いの?」

 

 リツコがミサトに再度、確認する。

 

「チームワークで言えば、レイ、アスカ、シンジ君のトリオが最強だわ。交代するとしたらヒロシ君ね」

 

「まあ。作戦課長の貴女が判断するなら、技術部としては口を出す事じゃないけど」

 

 リツコとしては、零号機の予備にするべきだと考えていた。

 レイは人類補完計画の要なのである。純粋に戦力として考えれば、格闘戦が不得意なレイより男のカヲルが相応しいと思えるのだが、ミサトにはミサトなりの考えがあるのだろう。

 ミサトもリツコの素人考え等は既に承知していたが、参号機が第十三使徒を取り込んでいる事に危惧を抱いていた。

 最悪の場合はゼーレから送られたカヲル共々、生贄にするつもりでいた。

 ミサトもゲンドウやリツコと同じくカヲルを信用していなかった。

 

(死んだら地獄に堕ちるわね)

 

 ミサトは苦笑してしまった。カヲルや参号機の件だけではなく、自身の復讐心を満たす為に未成年を死地に送らせている自分は元より地獄行きが決定していた事を失念していた。

 

(人道主義者のふりをしても、所詮は偽善ね)

 

 ミサトの思いとは別に、「カヲルを零号機の専属パイロットにせよ」とゲンドウから命令があったのは、昼食後に参号機とカヲルの準備をしていた時である。

 

「もう少し、早く言ってくれたら良かったのに」

 

 オペレーター達の愚痴を聞き流しながら、突然の専属パイロット交代にミサトは疑念を抱かざるを得ない。

 

(碇司令は何を隠しているの?)

 

 ミサトと違い当事者であるカヲルとレイは、ゲンドウの思惑を完全に把握していた。

 

「どうやら、僕達の猿芝居に付き合ってくれるみたいだね」

 

「今は共通の敵がいるから、手を結ぶわ」

 

 

「碇、本当に良いのだな?今なら間に合うぞ!」

 

 冬月の折角の忠告も詰め将棋をしながらでは説得力に欠ける。

 何を言っても目の前の男は翻意しない為、忠告も既に儀式化しているのは、冬月としても自覚があった。

 

「問題無い。ある程度のイレギュラーは当然だ」

 

 冬月もシンジ達が子供同士で何かを企んでいるのは気づいていた。

 内容までは分からないが、日頃のシンジ達を見ていれば微笑ましいとさえ思っていた。

 内容を知れば微笑ましいなどと、決して言えないだろうが。

 

(ふん。ゼーレと碇と子供達で化かし合いか)

 

 ゼーレとネルフを巻き込んだ猿芝居の始まりのベルが鳴ろうとしていた。

 

 

 



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第45話 開演

 

 それは、突然に始まった。マヤの叫びが発令所に響く。

 

「パターン青!」

 

「何処!?」

 

 ミサトの問いにマヤの声が裏返る。

 

「この下です。第七ケイジです!」

 

「なんですって!?」

 

 マヤの報告に慌てて日向が発令所のメインスクリーンに第七ケイジの映像を出す。

 

「な、!」

 

 映像を見たミサトは自身の視覚神経を疑う事になった。

 メインスクリーンには宙に浮かぶカヲルの姿が映し出されていた。

 

「それでは、始めるか」

 

 カヲルが降下するのと同時に零号機が拘束具を引きちぎると、セントラルドグマまで一直線に壁を破壊する。

 

「警報を止めろ!」

 

 ゲンドウが発令所に入るなり、命令をだす。

 

「直ぐに残りのエヴァ全機で追撃させろ!」

 

 ゲンドウがミサトに指示を出す傍らで冬月も青葉に指示を出す。

 

「セントラルドグマの全隔壁を緊急閉鎖!」

 

「ダメです!既に試しましたが、隔壁が閉まりません!」

 

「なんだと!」

 

 青葉の報告に冬月の顔色が一気に青くなる。

 

「大変です。既に閉鎖されていた隔壁が開いていきます!」

 

「なんという事だ!」

 

 冬月も指示の出し様が無くなってしまった。

 

「パイロットが搭乗次第、順次発進させて、目標は零号機とフィフスチルドレン!」

 

「ミサトさん。三機が一度に降りるには狭すぎます!」

 

「シンジ君が一番乗りなのね。取り敢えず先に降りて時間を稼いで!」

 

「分かりました!」

 

 初号機が零号機が開けた穴に入り追跡を始める。

 

「碇。どうする?」

 

 流石の冬月もゲンドウに指示を求めた。

 

「ふん。例えターミナルドグマに到着しても無駄骨を折るだけだ」

 

 ゲンドウは自身の左手を擦りながら、冬月に返答する。

 

「しかし、ターミナルドグマにレイ以外のパイロットが入るのは不味いぞ!」

 

「問題無い。パイロットが何を見ても、何を見たかも分からん」

 

 この時、既に初号機は零号機の姿が確認出来る距離まで追い付いていた。

 

「駄目です。強力なA.T.フィールドで初号機が!これ以上は近づけません!」

 

「万事休すか!」

 

 日向の報告に、発令所に詰めていた全員の顔が一気に青くなる。

 

(無理も無いわね。サードインパクトが起こる現場に立ち会う事になったんですから)

 

 リツコはターミナルドグマに幽閉されている巨人の正体を知っている為に、僅かながらに冷静さが残っていた。

 

「カヲル君!」

 

「おや。シンジ君が一番乗りかい」

 

 初号機の後ろには弐号機、その後には参号機が見えている。

 

「そんなに慌てなくても」

 

 カヲルが苦笑する。

 

「変わった奴だと思ったけど、筋金入りね」

 

 弐号機の中でアスカも苦笑していた。既にカヲルのA.T.フィールドで発令所との連絡が取れなくなっていた。

 

(さーて、ここまでは計算通り。最後まで騙せるかな!)

 

 ヒロシは最後尾で他の追跡者の存在を警戒していた。

 本来の歴史の流れを再現するにはシンジとレイの記憶だけが頼りである。

 そして、本来の歴史の流れでは、自分とアスカは異物なのである。他にも異物が紛れ込む可能性があるのだ。

 

(綾波先輩は予定通りに先回りが出来たのかな?)

 

 ヒロシが不安を覚えていた。ゼーレというネルフの上位組織もネルフも欺かねばならない。パイロット達だけで事を運ぶ重大さを認識していた。

 ヒロシの不安はパイロット全員の不安でもあったが、レイとシンジの不安は更に深刻であった。

 シンジは、カヲルを自らの手で扼殺した事がトラウマになっていた。そのトラウマがシンジを責めている。

 そして、シンジのトラウマを知るレイも彼の理性の限界に不安を感じていた。

 

(碇君。辛いでしょうけど、頑張って!)

 

 レイはアスカやヒロシの手前、カヲルと同様の力を使う訳にはいかずに、ひたすらターミナルドグマを目指してセンサーやカメラの死角を通りながら降下して行った。

 

(こんな時に碇君の傍に居てあげられないなんて!)

 

 レイの懸念していた通り、シンジは過去の自分とのトラウマと戦っていた。

 

(僕は罪人だ。だけど、その罪を償う為に戻って来たんだ)

 

 シンジのトラウマがシンジの理性を嘲笑する。

 

『自分の罪を隠してミサトさんやトウジの前で善人のふりをしている偽善者じゃないか!』

 

(違う。僕は、そんなつもりじゃない!)

 

『ふん。ミサトさんが駐車場で逃げても良いと言ってくれたのに選ぶ事もしなかった癖に!』

 

(だって、あの時は!)

 

『あの時に逃げていれば、ミサトさんは死なずにサードインパクトも起こらなかった』

 

(そんな!)

 

『ミサトさんが自分の命と引き換えにした願いも無視してアスカを見殺しにした癖に!』

 

(違う、僕は!)

 

『何が違うだ!トウジの時も自分が戦っていたら、無事に助ける事が出来たかもしれないのに!』

 

(そんな!)

 

『そうさ、救い様の無い偽善者だ!』

 

(そうか。僕は罪人で偽善者なんだ!)

 

『やっと認めたか!』

 

(そう。僕は最低かもしれない……だけど、僕の助けたい気持ちは本当なんだ)

 

『それがどうした。過去は変えられないよ』

 

(誰が僕を裁くか知らないけど、でも、今、自分に出来る事はするべきなんだ!)

 

『するべき事?』

 

(サードインパクトを阻止して、この世界を守る事!)

 

 今の今まで、自身の犯した罪に怯えていたが、トラウマに責められた事でシンジは自身の過去に向き会う事が出来たのである。

 それは、一種の開き直りだったかもしれない。しかし、トラウマを乗り越えたのは事実だった。

 

「やっと、到着したね」

 

 カヲルの声にシンジは現実の世界に戻って来た。

 

「カヲル君。何も零号機まで動かす必要はなかったんじゃ?」

 

 零号機が弐号機と参号機に両側から支えられて姿を現す。

 

「僕に考えがあるんだ」

 

 四機のエヴァが揃う頃にレイもターミナルドグマに到着した。

 パイロット達はレイの到着を合図に全員がエヴァを降りて、一堂に会した。

 

「カヲル君は、これから何処に身を隠すつもり?」

 

「暫くの間は第三新東京市の外を旅してみようかなって」

 

 シンジの質問に、休日の過ごし方を語る様な軽さでカヲルが応える。

 

「ちょっと!連中に見つからない様にしなさいよ!」

 

「大丈夫だよ。僕自身がトップシークレット扱いだからね」

 

 アスカの心配も杞憂だと笑い飛ばすカヲルであった。

 

「この人、本当にお気楽だわ」

 

 ヒロシもカヲルの楽観的な性格に呆れるのみである。

 

「ドジを踏んだら駄目よ。」

 

 レイがカヲルを嗜める。

 

「もし、ドジを踏んで碇君に迷惑を掛けたら…酷いわよ?」

 

 レイの口調は静かだが、静かな分だけ迫力があった。

 

「わ、分かったよ。大人しくしているから」

 

 流石のカヲルも恐怖を感じていた。

 

(彼女が特別に怖い存在なのか?それとも、女性全てが怖いのか?)

 

 正解が後者である事をカヲルが理解するには暫く時間が必要であろう。

 

「それで、綾波。カヲル君が脱出するルートは大丈夫なの?」

 

「それは大丈夫よ。ここは深いけど、一応は外と繋がっている通路があるの」

 

「そうなんだ」

 

「本来は監禁用だけど」

 

「じゃあ、僕は直ぐに外へ行くよ。何時までも僕の存在があると疑われるからね」

 

「じゃあ、カヲル君…またね」

 

「うん。シンジ君、またね」

 

 その後、アスカとヒロシが、カヲルは死ぬと同時にL.C.Lに還元して消えたと証言した。

 シンジは何も語らずに下を向いていた。そんなシンジをレイが優しく抱きしめていたので、大人達は何も聞く事が出来なかったのである。

 

 翌朝、ネルフに対してA-801が発令された。

 これにより、ネルフは特務機関としての法的立場を失い、指揮権を日本政府に委譲される筈であった。

 しかし、ゲンドウはこれを拒否する

 と同時に一部の職員と民間人の避難を発令する。

 

「碇君。何のつもりかね?」

 

「簡単な事です。老人の痴呆に付き合っていられなくなっただけですよ」

 

「ふん。碇め。遂に牙を剥くか!」

 

「老人が引き際を間違えると見苦しいだけですよ」

 

「分かった。今まで御苦労であった。君には死を与えよう」

 

 別れ際のキールの陳腐な脅し文句に、この男には珍しく失笑してしまった。

 この後、ゼーレは満場一致でゲンドウの造反に対する懲罰を可決した。

 

「碇。我々に叛いて何を求めるつもりだ?」

 

 キール議長だけが、ゲンドウの真意を図っていた。

 

「全てのMAGIシステムからハッキングを行え。MAGIシステムの占拠は第三新東京市の占拠と同義である」

 

 遂にゲンドウとゼーレの全面対決が始まったのである。

 此処まで両者のシナリオは同じであった。しかし、結末は両者とも独自のものである。

 狂信者とエゴイスト…第三者には迷惑な戦いであった。

 



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第46話 悲劇

 

 ゲンドウがゼーレに宣戦布告を出した10分後には、MAGIに対して世界5ヶ国から同時にハッキングが行われた。

 

「MAGIによるMAGIに対してのハッキング。それも同時に5ヶ所から!」

 

 焦る冬月とは対照的にゲンドウは落ち着き払っている。

 内心は別にして、動揺しない司令官は部下達を安心させるのである。

 

「問題無い。想定の範囲内だ」

 

「しかし、碇。MAGIの占拠は本部のそれと同義だぞ!」

 

 冬月の言葉は事実であった。ネルフ本部のセキュリティ設備から、地上の電気、ガス、水道のインフラ設備まで、全ての設備はMAGIにより管理運営をされている。

 

「赤木君。対処を頼む」

 

「任せて下さい。所詮は偽物。オリジナルには勝てませんわ」

 

 リツコは、ゼーレの人類補完計画とは別に、科学者として、更に言及すれば一種の職人として挑戦を受けたと思っていた。

 

(赤木さんが燃えている!)

 

(リツコがスーパーサイヤ人になっている!)

 

(先輩、凛々しいです!)

 

 その場の人間の感想は様々であったが、MAGIシステムの第一人者であるリツコの出陣は発令所の士気を上げたのであった。

 

「赤木博士、時間が有りません。指示を願います!」

 

 マヤの言葉にリツコは会心の笑みを浮かべ、彼女が科学者を志してから、一度は言ってみたかった台詞を口にする。

 

「こんな事も、あろうかと用意していたわ!」

 

 残念ながら、リツコが満を持して口にした台詞の正しい意味を理解したのはゲンドウのみであった。

 

「リツコ。何を用意していたの?」

 

 ミサトの無理解に傷心しながらも説明をする。

 

「MAGIのコピーが出来た時に同型機による攻撃なんか想定済みよ。既に対抗プログラムは用意しているわ!」

 

 リツコはポケットから端末を取り出すと第666プロテクト、別名「Bダナン型防壁」を展開した。

 

「非常手段は、使う時に簡単に使えないと意味がないのよ」

 

「そ、そうね」

 

 簡単にハッキング攻撃を防いだ事にミサトも毒気を抜かれていた。

 ミサトは毒気を抜かれる程度であったが、防がれたゼーレとしては面白い筈も無い。

 

「ネルフは此方のハッキングに対して第666プロテクトを展開した。出来うるだけ穏便に事を運びたかったのだが、致し方あるまい」

 

「碇も罪な事をする」

 

「日本政府に通達!ネルフ本部施設の直接占拠を行う様に!」

 

 キールの通達は直ぐに実行された。通達を受けた日本政府は戦自一個師団の派遣を総理権限で決定した。

 

「ネルフの真の目的がサードインパクトだったとはな」

 

 総理はゼーレから通達の内容に驚きが隠せないでいた。

 

「第三新東京市の被害が甚大になりますが、どう対処しますか?」

 

 官房長官が後の利権について遠回しに質問をした。

 

「勿体ないが、二十年は放置区域に指定するしかないだろう」

 

「惜しいですな。折角、血税を注いで作ったものを」

 

「ふん。その時に再び、国民から吸い上げればよい!」

 

 ゼーレやゲンドウとは別次元で下劣な会話がなされる中、部屋の外が騒がしくなる。

 

「何の騒ぎだ?」

 

「さて?」

 

 部屋の扉が開くと数人の男達が立っていた。

 

「何だ、君達は?」

 

「私は警視庁特命捜査課の神代警視正です。総理、貴方を殺人教唆及び公務員職権濫用罪で逮捕します!」

 

 神代警視正が逮捕状を総理に突きつける。

 

「なんだと!?」

 

「官房長官。貴方も同罪で逮捕状が出ています」

 

「どういう事だ?」

 

 

 

「未成年の殺害も指示をしておいて……逮捕されるのは当然ですな」

 

 実は加持が与党内の対立派閥に情報を流した結果であった。

 加持の予想通り、対立派閥の長は狂喜して加持が持ち込んだ情報を活用した。

 故に裁判所も異例の早さで逮捕状を発行したのである。

 しかし、加持にとって予想外の事が起きた。命令を受けた戦自は総理逮捕の報を受けても進軍を取り止めなかったのである。

 加持が想像したよりも、戦自はサードインパクト阻止の使命に燃えていたのだ。

 

 総理官邸で現職の総理が殺人教唆で逮捕されるという前代未聞の事態が発生していた頃、第三新東京市から逃げ出す人間がいた。

 通称ターミネーターと呼ばれる女性である。

 第三新東京市の異変に気づけてもMAGIの監視がある為に逃げ出せなかったが、MAGIがクラッキング攻撃を受けている僅かな時間を察して第三新東京市から逃げ出していたのである。

 

「どうやら、ネルフと依頼主が殴り合いを始めたみたいだな」

 

 自分を追う者同士が戦うのだから、皮肉なものである。心情としてはネルフを応援するが、当のネルフは迷惑と感じるだろう。

 苦笑しつつも、逃亡用に隠していたモトクロスバイクまで、復活したであろうMAGIの監視システムの死角を移動する。

 

「何だ、あれは?」

 

 裏道を戦自の小隊が警戒しながら偵察しているのを発見した。

 MAGIの死角での移動となれば限られるので不思議ではない。

 

「殴り合いから戦争にまで発展したか!」

 

 ネルフと戦自では勝負にならない。セカンドインパクト後に対人実戦を経験した戦自と技術集団のネルフでは、人の数も質も装備も大差がある。

 

「しかし、そこまでするかね?」

 

 最初は組織同士の小競合いだと思っていたが、軍を動かす程の争いとは思っていなかった。

 

「ネルフに義理は無いが、意趣返しはさせてもらうか」

 

 第二師団は都市防衛型部隊である。麾下には普通科連隊、特殊車両連隊、戦車大隊、飛行部隊、化学防護隊等から編成されていて、兵員七千四百名を抱えている。

 師団長は森下陸二将である。指揮を執る指揮車は冷房が利いている。

 これは、別に幹部の特権ではなく、常時、各部隊から送られる情報を処理する為に大型コンピューターを搭載しているが故である。

 

「師団長。総理が逮捕されたそうですが、如何なさいますか?」

 

 幹部の一人が今後の行動について質問する。

 

「総理が逮捕されても、我々に出された命令が撤回された訳ではない。我々は職務を遂行するだけだ」

 

「既に全部隊は予定された配置についています」

 

「うむ。それでは作戦を開始する。目標は敵の人型兵器とパイロットである。敵の司令官の身柄は無視して宜しい」

 

「了解しま……」

 

 幹部達は最後まで言葉を言い終わる事は永遠に出来なくなった。

 指揮車の燃料タンクをマグナム弾で撃ち抜かれたのである。

 爆発炎上する指揮車の消火作業を行われる間に、第二師団の悲劇は続くのであった。

 総理逮捕の報告を受けて、動揺する兵士を落ち着かせる為に幹部達が師団長の元に集まったのが致命的であった。

 各部隊は帰って来ない上司を待っている間に通信装備を破壊されてしまった。

 

「駄目です。司令部が応答しません!」

 

「司令部のある方向で爆発を確認しました!」

 

「直ぐに伝令を出せ!」

 

 各部隊は情報手段を断たれて孤立してしまったのである。

 各部隊にも総理逮捕の報は届いており、兵士達に動揺が走るなか、幹部士官が今後の行動の確認を取る為に司令部に出向いたことで、各部隊に不安が拡がる。

 

「兵器の破壊は分かるがパイロットも殺せとは流石に不味いだろ」

 

「それよ。パイロットって、中学生だろ」

 

「幹部連中も、それで揉めているのか?」

 

 若い兵士の中には中学生の弟や妹が居る者もいた。

 また、年輩の古参の兵士の中には中学生の子を持つ者もいた。

 命令に忠実だった幹部士官が居なくなると、兵士や下士官の間には作戦に対する疑問が膨らんでいく。

 

「大変だ!部隊長と師団長が死んだ!」

 

「敵襲か!?」

 

「ネルフの連中に出来る事か?」

 

 司令部と幹部を失った師団は退く事も進む事も出来ずに立ち往生するだけであった。

 その原因を作った張本人は民間人を装い、図々しい事に戦自に保護されて安全地帯へ逃亡していた。

 

「食中毒で動けない間に取り残されるとは災難でしたね」

 

 第二新東京市までの護送を命じられた新人兵士は心から同情していた。

 

「はい。歩く事も出来ずに車の中で寝込んでいました。途中で何回も救急車を呼んだのですが、繋がらずにバッテリーが切れてしまいました」

 

「もう安心です。我々が第二新東京市まで送りますので」

 

「日本の皆さんには感謝します」

 

 美女に感謝されて喜ばない男性は稀であろう。

 まさか、目の前の美女が司令部を全滅させて、各部隊の通信設備を破壊した凶悪なテロリストとは想像もしなかった。

 

 その頃、ネルフでは、既に第三新東京市が包囲されていることは分かっていたが、包囲したまま戦自が沈黙している事に困惑していた。

 

「何が目的なの?」

 

 軍人であるミサトも戦自の意図が分からずにいた。

 まさか、パイロット達を襲撃した殺し屋が戦自の司令部を全滅させて、連絡手段を断ち、立ち往生させていると誰が想像出来るであろうか。

 



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第47話 人類補完計画

 

 総理逮捕の報はゼーレにも即座に伝わっていた。

 

「あの馬鹿者は何をしているのだ!」

 

 キールが思わずテーブルを叩いた。

 キールにすればゼーレの傀儡となる無能な人間が御し易いと考えて、政治資金を与えて総理に据えたのだが、キールの想像以上に無能だった様である。

 

「何故、命令書にパイロットの殺害を明示するのだ!」

 

 有能なればゲンドウの様に造反し、無能なら指示を出しても遂行が出来ない。

 

「出動した軍は、どうしている?」

 

「それが、司令部が壊滅した様で、立ち往生しています!」

 

「ゲンドウの仕業か?」

 

「いえ、事故かもしれません」

 

 キールは思わず天を仰いだ。

 

「総理が無能なら、軍までも…」

 

「ならば、全て消去しますか?」

 

「止むを得ぬ」

 

 キールが決断を下した頃、第三新東京市では戦自の同士打ちが発生していた。

 

「何が起きているの?」

 

 発令所でのミサトの言葉はネルフ職員全員の代弁でもあった。

 ネルフ職員は困惑するだけで良かったが、当事者の戦自の兵士は困惑と不安と恐怖が入り交じっていた。

 最初に待機していたVTOL機が爆発した事が原因だった。

 敵襲と勘違いした兵士が周辺に威嚇射撃をした事から、他の部隊から反撃を受け、更に反撃をした事で味方同士での戦闘になってしまった。

 既に事態を治める司令部が壊滅した為、一部部隊が撤退を始めると全部隊に波及していったのである。

 

「どうやら、助かったみたいね」

 

 ミサトが安堵したのも束の間、観測所から驚愕するべき報告がなされた。

 

「入間基地より、N2弾道ミサイルの発射が確認されました!」

 

「奴ら、加減という物を知らんのか!」

 

 冬月がゼーレに対して、思わず怒りを爆発させたが、ミサトは冷静に指示を出していた。

 

「エヴァ全機、緊急発進!」

 

「了解!」

 

「皆。聞いての通りよ。四機のエヴァのATフィールドで、この街を守って!」

 

 ミサトがパイロット達に激を飛ばす。

 パイロット達は既に事態に対する対策を考えていた。

 地上に上がったエヴァはパレットライフルで弾幕を作り飛来する弾道ミサイルを空中で爆発させてからA.T.フィールドを展開したのである。

 これは、アスカの発案であった。空中爆発をさせる事で爆発エネルギーの半分を空中に逃がすのである。

 そして、地上に向かう爆発エネルギーをエヴァ四機によるA.T.フィールドで防ぐのである。

 結果的に被害は最小限に抑える事は出来たが、皆無とはならなかった。

 A.T.フィールドに阻まれた爆発エネルギーは横方向に逸れて、撤退中の戦自を背後から襲う形となってしまった。

 兵員輸送車で先頭を走っていた者は難を逃れたが戦車大隊の後方にいた部隊は高蒸気を浴びて全身火傷をしたのである。

 戦車大隊の中には、戦車内にいたことで高蒸気の熱による脱水症状を起こした者もいた。

 

「仲間が完全に撤退していないのを確認もしないとは!」

 

 冬月は呆れていたが、実際は冬月の認識に間違いがあった。

 N2弾道ミサイルを発射した入間基地は国連軍の管轄になっていた。

 セカンドインパクト前は同じ自衛隊だったのだが、セカンドインパクト後には完全な別組織であった。

 

「要らん手間を掛けさせおって!」

 

 逐次届く戦況報告にキールは舌打ちをしていた。

 四機のエヴァを倒した後に、ジオフロントを露出させる為の余計な作業が入るからである。

 キールは既に量産機の勝利を確信していた。四機のエヴァは所詮パイロットが操縦。

 それに比べ、量産機はダミープラグを使用している。四機のエヴァが何度量産機を倒しても直ぐに再起動するが、四機のエヴァは一度でも負ければ後が無い。

 生身のパイロットの心身共に掛かる負担は大きく、中学生が耐えられる事ではないと思っていた。

 キールは十分な余裕を持って量産機と四機のエヴァの戦いを観戦するつもりであった。

 しかし、シンジ達も既に量産機の対策は考えていたのである。

 九機の量産機が第三新東京市の上空をゆっくりと円を描く様に滑空している。

 白い機体に白い翼は遠目に見れば天使を連想させる。

 

「ぎゃ!」

 

 ヒロシの声が通信回路から流れて来た。

 

「ヒロシ君、どうしたの?」

 

 発令所のミサトが心配してヒロシに声を掛ける。

 

「うわっ。こいつらのデザインした人って、どんな趣味してんだ?」

 

 ヒロシの参号機が捉えた映像を発令所のスクリーンに転送する。

 

「な……これは、確かに、酷いわね」

 

 ミサトも発令所のスクリーンを見て納得してしまった。

 

「こりゃ、まるでウナギだな」

 

「ウナギにしては口が下品よ!」

 

 ヒロシの論評にアスカが更に辛辣な事実を口にする。

 

「二人とも、無駄話はしない!」

 

「じゃあ、行くよ!」

 

 レイが二人を注意して、シンジが三人に合図をする。

 零号機と参号機がバレーボールのレシーブの様な態勢を取ると初号機が零号機に、弐号機が参号機に向かい突進する。

 

「あの子達、何する気なの?」

 

 指示も出さない内に行動を起こすパイロット達にミサトは疑問を持つ。その答えは、直ぐに得られる事となった。

 味方に突進した初号機と弐号機は、それぞれのパートナーの手に足を掛けると、中国雑技団の様に空高く舞い上がる。

 

「な、なんて器用な!」

 

 実はパイロット達が学校で休み時間等を使って練習した結果である。

 ヒロシは量産機の話を聞いた時に、量産機が起動する前に破壊する事を考えたが、シンジもレイも量産機が、どの様に戦場に現れたかは知らなかった。

 そこでシンジの「量産機には翼があった」という証言から空から空輸、もしくは自力で飛んで来たと考えたのだ。

 

「エヴァみたいな巨大な物が戦闘機の様な動きは出来ないと思う」と考えたヒロシは、それとなくリツコに質問してみた。

 リツコの返答はヒロシの予想通り、「エヴァに翼があっても鳥の様に飛べずに滑空する程度」というものであった。

 そこで滑空中の量産機を攻撃する事を考えた末に出した作戦がこれである。そして、作戦は見事に成功した。

 初号機と弐号機は滑空中の量産機を捉える事に成功したのである。

 滑空中にエヴァ一体分の重量が加われば量産機は墜落するしかなかった。

 墜落した量産機を下敷きにして、初号機と弐号機は一機ずつ量産機を破壊する事に成功した。

 墜落した場所に零号機と参号機は駆け寄り、量産機の手からロンギヌスの槍を奪うとコア諸共に量産機を両断する。

 他の量産機が地上に着陸した時にはミンチになっていた。

 

「残り七機!」

 

 初号機と弐号機の連係プレーで量産機を倒すと零号機と参号機が倒れた量産機のコアを破壊していく。

 

「残り五機!」

 

 シンジ達は油断しなかった。完全破壊した代わりに自身のエヴァが使われる可能性も考慮した為である。

 

「残り三機!」

 

 初号機と弐号機の連係プレーに量産機が撹乱されている隙に零号機と参号機がロンギヌスの槍で二機葬った。

 

「ラスト一機!」

 

 九機の量産機の完全破壊まで五分と掛からずに決着がついてしまった。

 ゼーレは自分達の人類補完計画が水泡と化した事が信じられなかった。

 キールは量産機の勝利を信じて疑う事はなかった。

 裏死海文書を発見してからの長い年月が僅か五分で無になったのだから、無理もない。

 

「何故だ!何故、こんな結果になった!?」

 

 キールの問いに答えを返す者は、「ゼーレの中では」誰もいなかった。

 そう。他の者が返答したのである。

 

「それは、貴方達の驕りが原因なんですよ。」

 

 その声を合図にゼーレのメンバーの立体映像は消えた。

 キールが後ろを振り向くと数人の兵士が銃を持って部屋に乱入していた。

 

「お久しぶりですね。議長!」

 

「貴様、生きていたのか!」

 

「ええ、日頃の行いのお陰でね!」

 

「まさか貴様が!」

 

 激昂するキールに対して加持は冷ややかに否定する。

 

「残念ながら、このシナリオを書いたのは自分ではありませんよ」

 

「では、碇か?」

 

「まあ。確かに碇には違いありませんけどね」

 

「どういう事だ?」

 

 キールにはシンジの存在などは、眼中になかった様である。

 

「説明するのも面倒臭いんでね、借りは返させてもらうぞ!」

 

 加持の声を合図に兵士達がキールに向けて発砲する。

 たちまちキールは蜂の巣どころか、ミンチになるまで銃撃を受ける事になる。

 兵士達は弾切れになると新しいマガジンを装着して執拗にキール・ロレンツであった肉塊に発砲するのであった。

 彼らもセカンドインパクトで肉親を失った者達であることが窺える。

 

(さて、ゼーレのメンバーは殲滅した。後はシンジ君次第だな)

 

 第三新東京市には、もう一つの補完計画を企んでいる人物がいる。

 そして、その人物との戦いは他人が口を挟めない事を加持は理解していた。

 



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第49話 もう一つの補完計画

 

 全ての量産機を完全破壊して四機のエヴァは帰投した。

 ミサトはケイジに降りて、パイロット達を出迎える。

 

「皆。お疲れ。部屋を用意したわ。ゆっくり休んでね」

 

 ミサトはパイロット達の為に視察に来る政治家用の貴賓室を用意していた。

 

「こんな部屋があったのか。知らなかった」

 

 シンジもレイもネルフに貴賓室という代物が存在した事に驚いたが、それ以前にゲンドウが政治家相手に貴賓室を用意していた事にも驚いた。

 ミサトも使った事があるのか知らないが、ゲンドウの指示なので素直に従っただけである。

 確かに、地上だと戦自の残党の心配もあった、何よりもパイロットを労う気持ちはミサトも同じだったからである。

 

「ヒロシ。遊びに来てあげたわよ!」

 

 夕食の後にアスカがヒロシの部屋を訪れた。本音は貴賓室という代物が珍しく他の部屋も見たかっただけである。

 

「殆んど変わらんでしょう?」

 

 アスカの本音を見透かして、身も蓋もない事を言うヒロシの頭にアスカが拳骨を落とす。

 

「こういう時は、素直に喜びなさい!」

 

 そう言いながら、アスカはバスルームを見やると、ジオフロント内が一望できる展望風呂になっている事に気づく。

 

「何よ。あんたの部屋のバスルームの方が豪華じゃない!」

 

「入りたければ入れば?」

 

 ヒロシが言う前に既にアスカは入浴の準備を始めている。

 

「あのね。年頃の娘が男の部屋で本当に風呂に入るかね?」

 

「ヒロシなら大丈夫よ」

 

 ヒロシを異性として見ているのか見てないのか微妙な発言である。

 

「それより、ヒロシ。これ使い方が分からないわ」

 

「どれどれ」

 

 ヒロシがバスルームに入るとアスカが抱きついてきた。

 

「今、レイの部屋に行ったらレイは居なかったわ」

 

「碇先輩には?」

 

「教えたわ」

 

「なら、僕達がする事は無いでしょうね」

 

「そうね」

 

 アスカとヒロシは抱き合いながら、小声で会話した。

 ネルフの貴賓室などは、部屋全体が盗聴器と考えるべきだろう。

 

「じゃあ。敵の目を引き付けておきましょうか」

 

「はあ?」

 

 アスカはヒロシに抱きついたまま、ヒロシの唇を奪う。

 ヒロシの顔が真っ赤になった後でアスカはヒロシを解放するとベッドまで連れて行く。

 

「ちょっとアスカ先輩!」

 

 アスカはベッドにヒロシを投げ倒すように横にすると、アスカは再びヒロシの唇を奪う。唇を奪われたヒロシが手足をバタバタと動かすが、それも次第に勢いを無くす。

 

「もう!強引なんだから!」

 

「ふふっ、今頃、ミサトが頭から湯気を出しているでしょうね」

 

 二人はベッドで抱き合いながら会話をしている。

 

「僕も怒ってますよ!」

 

「えっ!」

 

 アスカが驚きの声を出すと、先程のヒロシとは別の意味で顔を真っ赤にしたミサトが部屋に入って来た。

 

「アスカ!あんた何考えてんの!?」

 

「別に!」

 

「どうぞどうぞ!遠慮なく、厳しく、折檻してやって下さい!」

 

「ちょっと、ヒロシ!?」

 

 ヒロシの意外な発言にアスカも慌てる。

 

「ヒロシ君が怒るのも当たり前でしょう!」

 

 ミサトの剣幕に事の重大性に気づいたアスカだが、既に手遅れであった。

 アスカはミサトに襟首を掴まれて連行されて行く。

 

(まあ。外野の目を逸らす目的は果たしたけど、綾波先輩達は大丈夫かな?)

 

 ヒロシに心配されたレイはゲンドウと共に全裸でターミナルドグマに居た。

 

「レイ、約束の時が来た」

 

「あら。私との約束は反故にするつもりですか、司令?」

 

 リツコが先回りして二人を待ち伏せていた。

 

「先程MAGIのプログラムを変更しましたわ。此処で、全てを精算しましょう」

 

 リツコが右手で拳銃を構えるとポケットに入れた手に力を加える。

 数秒の時間が流れても何も変化を起きないので、リツコが左手に持っていた端末を確認する。

 

「カスパーが裏切った…母さん、娘より自分の男を選ぶの!?」

 

 狼狽するリツコに今度はゲンドウが拳銃を向ける。

 

「赤木君。本当に愛していたよ」

 

「嘘つき」

 

 ゲンドウの言葉にリツコが自嘲気味に返答をするとゲンドウが引き金を引く。銃声がターミナルドグマ内に反響した。

 反響が収まった時に床に倒れていたのはゲンドウだった。

 レイが引き金を引ききる直前にゲンドウを一本背負いで床に叩きつけたのである。

 レイはゲンドウの手から拳銃を奪うと、ゲンドウの左腕を踏みつけてゲンドウの左手に向けて発砲した。

 

「何の真似だ、レイ!?」

 

「使徒を殲滅するのが、ネルフの使命だから」

 

 レイは、左手を押さえて痛みに耐えるゲンドウに最早一瞥もくれずに白い巨人へ向きなおる。

 

「さよなら」

 

『さよなら』

 

 レイはリリスの声を聞いた。

 その直後にリリスはL.C.Lに還元して消えてしまった。

 リリスが消える寸前にリリスの思いがレイの心に伝わってきた。

 嘗ての自分と同じ様にリリスは何千年も前から無に還る事を望んでいたのだ。

 リリンという子孫を残して本来の使命を果たしたのである。

 使命を果たした後も自身の意思とは別に子孫達の抗争の道具として生き長らえさせられていたのだ。

 

(全ての命に限りがあるから尊い。貴女は限りのある命を充実させなさい)

 

 リリスは最初から最後まで道具として生きてきた。

 そして、永遠の命とは別に心の寿命がきていたのである。

 レイは限りある命をシンジと共に充実させる道を発見したのである。

 

「また…何時か!」

 

 レイが自分の分身でもあるリリスに別れを告げていると、リツコがレイの背後から自分の白衣を脱いでレイに掛けてくれた。

 

「そうね。貴女にはシンジ君がいるものね」

 

 レイはリリスが居た筈の空間を見ながらコクりと頷く。

 

「シンジ君が心配しているわよ。もう戻りなさい。そして、二度と此処には来ない事よ」

 

 今度はリツコの顔を見てレイは頷く。

 

「さあ、いきなさい。私の心配をしなくても大丈夫よ」

 

 レイは一度だけ、リツコに頭を下げるとシンジの元に戻って行った。

 そして、その場にはリツコとゲンドウだけが取り残された。

 

「もう一度だけ、会いたかった」

 

「そうですか…でも、諦めて下さい」

 

 リツコはゲンドウの傍らまで行くとスカートのポケットからハンカチを出して止血をする。

 

「私達も帰りましょう」

 

「…そうだな」

 

 ゲンドウは自身の補完計画が破綻した事を悟った。

 ただの人形だと思っていたレイは、何時の間にか自分の手を離れていた。

 そして、その原因は息子のシンジである事も理解していた。

 

「息子も娘も知らぬうちに大人になっていく」

 

 ゲンドウの言葉にリツコは思わず吹き出してしまった。

 全ての使徒を倒して、ゼーレを敵に回して人類補完計画を阻止した稀有な男が凡百な父親と同じ事を口にする。

 

「赤木君、何が可笑しいのだ?」

 

 この男にしては珍しく、リツコに笑われて気分を害した事を隠そうともしない。

 

「安心しましたわ。貴方にも人並みの感情があったんですね」

 

(先程。拳銃を向けられた時の言葉は、本当かもしれないわね)

 

 全てが終わった頃にシンジはレイが脱いだ制服や下着を発見した所だった。

 

「これは!?」

 

 シンジの逆行前の記憶が不安を煽っていた。

 水槽内を漂うレイの群れが思い出される。

 そして、それを破壊したリツコの狂気が恐怖となり全身に纏いつく。

 

「間に合ってくれ!」

 

 シンジには何をどうすれば良いのか全く分からなかった。

 逆行直後から考えていた事だが、所詮は中学生である。大人の男女の機微等、理解が出来る筈はなかった。

 それでも、シンジはレイを守りたい一心でターミナルドグマを目指していた。

 

(綾波を守れなかったら、サードインパクトを防いでも意味は無いんだ。僕が本当に守るべき存在は綾波なんだ!)

 

 レイを失う恐怖が、レイの存在の貴重さを再確認させていた。

 五分程走ったところで、薄暗い通路を裸足で歩く音が聞こえて来た。

 白い白衣を纏い両手で裾を持ち上げて歩く様は、童話に登場する姫君の様に見えた。

 シンジは駆け寄るとレイを無言で抱き締めた。

 レイもシンジの反応に一瞬だけ驚くも、彼の背中に手を回した。

 

(碇君は温かい)

 

 シンジの体温がレイには心地好く感じられた。

 レイは、この温もりを決して手離したくなかった。

 シンジはレイを抱き上げると来た道を戻り始めた。

 シンジは色々な意味で自分が随分と遠回りした事に気がついた。

 シンジは本来の進むべき道を見つけたのである。

 それも、一緒に進むべき存在を自身の腕に感じながらである。

 

(後はミサトさんとカヲル君の事だけだな)

 

 そして、ミサトの妊娠を知らないシンジは、自分が逆行して以来の最大の壁ではないかと思っていた。

 その頃、シンジから低評価を受けた本人はと言うと、アスカ相手に説教をしていた。

 

(この娘は、私と加持君が結婚して監視する人間が居なくなったら、何をしでかすか分からないわね)

 

 アスカの積極さは貴重だと思いながらも年齢相応の男女交際をして欲しいと切に願うミサトであった。

 



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第50話 戦後処理

 

 全ての使徒を倒し、宿敵とも言えたゼーレを駆逐したことで、ネルフは組織としての目的を果たしたと言える。

 その為、本来なら解体される筈であったが、色々と問題が浮上してきていた。

 

「特務機関の看板だけでも外せないの?」

 

 ヒロシは無邪気な発言をするが、ネルフにはその肩書を外せない事情があった。

 

「A.T.フィールド搭載戦車。ダミープラグ仕様の戦闘機…」

 

 ミサトの例えで納得したヒロシであった。

 

「肝心の碇司令は?」

 

 ゲンドウは自身の補完計画が失敗しても内心は別にして表面上は変わらないままであった。

 むしろ、ネルフの司令としての立場がゲンドウを支えていたかもしれない。

 ゲンドウは日本政府に対して厳重抗議をしていた。

 これは、世間的にも納得できる正当な行為と思われた。

 使徒という未知の敵を倒した後、確証も無いままに武力制圧をされかけたのである。

 まして、未成年者の殺害も目的にされていたのだ。

 幸いにも差し向けた軍が事故で自滅した為に大過はなかったが、一歩間違えれば虐殺されていたのである。

 この件に関して、世界中から日本政府は叩かれ、ネルフは同情される事になる。

 

「昨日は国連議会で、明日は日本の証人喚問。今日は機上の人よ」

 

 多忙の様である。次から次へと仕事が詰まっていて落胆する暇も無いようである。

 冬月を中心としたネルフ職員は、地上に残された戦いの後始末…今までゼーレに頭を抑えられていた諜報組織への対応に忙しいようだ。

 組織を解体すれば楽であるが、そうなった場合、エヴァの技術に関する情報の管理が問題になる。

 軍事転用されると困る技術の宝庫であり、S2機関を取り込んだ四機のエヴァの扱いも問題であった。

 アメリカ支部の惨劇を思えば、受け入れる国が無いのが現状である。

 国連議会では、エヴァに関する研究を凍結させる事が満場一致で可決したのだが、ダミープラグや使徒の研究は認められた。

 

「やっぱり、エヴァは解体する方向みたいね」

 

 リツコとしては、自身が心血を注いだエヴァの解体は断腸の思いだが、仕方ないとの思いもどこかにあった。

 そんな時に、カヲルがフラりと第三新東京市に現れたのである。

 パイロット達以外が仰天したのは当然である。

 

「その、皆さんが驚くのは当然ですけど、カヲル君は人畜無害ですので安心して下さい」

 

 シンジだけでなく他のパイロットの援護により、冬月が間に入る事になった。

 

「君が我々と友好を結ぶ意思がある事は、シンジ君達から聞いた。しかし、何故、この街に戻って来たのか…その理由を聞きたい」

 

「風の噂でエヴァの解体が決まったと聞いたので、その前に大事な事を伝えに来ました」

 

 冬月は何処で噂を聞いたのか、気になったが、今は大事な話を優先させる事にした。

 

「エヴァの中に取り込まれたヒト達のサルベージについてです」

 

「何!?」

 

「君はユイ君のサルベージが可能だと言うのかね!?」

 

「はい。僕だけでは無理ですが、赤木博士の力が有れば可能ですよ」

 

 この後、冬月がゲンドウ限定の箝口令を出したのは言うまでもない。

 

「碇に話せば仕事を投げ出すからな」

 

 これには、ネルフ職員も苦笑するしかなかった。

 一方、リツコは、ユイとの関係は別にして、サルベージについては懐疑的であった。

 

「カヲル君。サルベージなら既に二回も試みられてるのよ?」

 

「今回のサルベージは以前と条件が違います。参号機のコアを使いますからね。」

 

「参号機の?」

 

「参号機はヒロシ君の母親とバルディエル…十三使徒が取り込まれてます。使徒とエヴァのコアは親和性が高いのは知ってますよね」

 

「確証は無いけど、多分、高いとは思っていた程度よ」

 

 リツコの顔が更に胡散臭いと言わんばかりの顔をしていた。

 

「量産機のコアは僕のコピーが取り込まれていたんですよ。」

 

「なっ!?」

 

「そこに僕のダミープラグですからね」

 

 リツコは、非人道的なゼーレのことであるから、生身の人間をコアに取り込ませていると思い込んでいたようだ。

 

「確かに貴方のコピーなら、人道的…かもしれないけど、コピーに魂は無いはずよ?」

 

「そんな事は有りません。僅かながらも魂はあります。問題は一つの魂から、どれだけの量を分けるかです」

 

「それなら、ここのダミーシステムにも?」

 

「僅かながらにもあったと思いますよ。破壊された時に本来の持ち主に還ったと思いますが」

 

「なるほどね。それに気が付かないなんて、科学者失格ね…」

 

 リツコは自嘲するしかなかった。恐らくカヲルの知識の源はゼーレのお膝元ドイツにあるのは間違いない。

 ダミーシステムの開発者として自分が第一人者だと思っていたが、ドイツ側の責任者は自分より上だったようである。

 

(我ながら、無様ね)

 

「それで、サルベージに話を戻しますが、エヴァのコアと使徒の親和性が高い為に他の魂は異物と認識されるんです」

 

「つまり、ヒロシ君の母親をサルベージした後に、コアの書き換えをしてユイさんをサルベージするのね」

 

「ご名答!」

 

「惣流博士も可能よね」

 

「はい。零号機以外はサルベージが出来ますよ」

 

 リツコの顔が一瞬だけ険しくなる。

 

「そんな顔をする必要は無いですよ。既に零号機のコアは空の筈ですからね」

 

「貴方、何故、それを?」

 

「リリスが無に還るのを感じたから、僕はこの街に戻って来たんですよ」

 

 リツコの顔に危険な色が加わる。それは秘密を守る為の保身に走る人間の表情ではなく、純粋な科学者の探究心から出る表情である。世間ではそれをマッドサイエンティストと呼ぶ。

 

「ちょっと!赤木博士!?」

 

 流石のカヲルも恐怖を覚えていた。いくら生と死が等価であっても実験動物とされるのは遠慮したいのである。

 

「カヲル君、何かしら?」

 

 カヲルは近くにいたマヤの背に隠れた。

 

「ちょっと、人の冗談を真に受けないの」

 

 マヤもカヲルも本当に冗談だとは思っていないが、リツコの表情が元に戻ったので、渋々ながらもカヲルは話を続ける。

 

「兎に角、サルベージをするなら早い方がいいですよ」

 

 カヲルの言葉に従い、10日後にはサルベージ計画が実行されるのであった。

 

「まずは、参号機から始めます」

 

「その、先輩。ヒロシ君は?」

 

「来てないわよ。こればかりは私達が口を出せる事じゃないから」

 

 母子の問題に、特務機関とはいえ、口を出す訳にはいかない。

 お節介のミサトも傍観している状況であった。

 

「それより、気をつけてね。10年前は失敗しているのよ」

 

 カヲルが保証しているとはいえ、難しい計画であった。

 

「第一信号発信」

 

「エヴァ。拒絶反応無し」

 

「続いて、第二、第三信号発信」

 

「全信号受信」

 

「第二ステージへ移行」

 

 この時、発令所は異様な緊張感に包まれていた。

 それは、今までの使徒戦とは違う緊張感であった。使徒との戦いは、最終的にパイロット、そしてミサト達が責任者であった。しかし今回は、自分達が責任者となる番なのだ。

 子供達の母親の命、その重みが自分達の肩に伸し掛かる。緊張するのは当然であった。

 

「各種、誤差、想定内です」

 

 作業が順調に進んでいく。反比例して職員達の緊張と興奮が高まる。

 

「主モニターをカット。サーモグラフィーに切り替え」

 

「救護班はケイジ内に待機」

 

 作業も最終段階に入る。リツコの声にも緊張感が混入していた。

 

「カウントダウンに入ります。5秒前、4、3、2、1、0」

 

 マヤのカウントダウンの声をネルフ職員達が固唾を飲んで聞いている。

 

「被験者を確認。脳波、脈拍、全て正常!」

 

「救護班、急いで!」

 

 リツコの指示と共に職員達は緊張感から解放される。

 

「被験者に現時点で異常無し!病院に搬送します!」

 

 救護班からの報告に、リツコはサルベージ作業の成功を確信した。

 

「了解。後は頼むわ」

 

(さて、後はミサトの仕事ね)

 

 リツコは宗谷母子の家庭事情に関わる気は無い。実際に関わる暇も無いのである。

 リツコ達には、まだやるべき事が残っているのだ。

 

「さて、このデータを元にして、作業を続けるわよ!」

 

「了解!」

 

 参号機のコアからのサルベージ作業が成功し、自信を持った職員達は力強く返事をした。

 サルベージに関連する事は極秘とされ、ネルフのトップシークレット扱いであった。

 職員達には、元が非人道的な実験の犠牲者だからと説明されていたが、実際は碇ユイがサルベージされた事を知ったゲンドウの暴走防止の為であった。

 そして、三人目のサルベージ作業が完了するまでの間、ゲンドウに気付かれる事なく舵を取った冬月の手腕は「見事」と称賛されるべきであろう。

 

(さて、ユイ君が還ってきたとなると…アイツの反応が怖いな)

 

 冬月は失敗しても成功しても、気苦労が絶えないのであった。

 

 



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第51話 それぞれの道

 

 キョウコが目覚めると、視界には白い天井が入ってきた。

 

「うーん。よく寝たわ!」

 

 声に出した途端に胸の上に圧迫感を感じて視線を向けると一人の少女が抱きつく様に眠っていた。

 一目で自身の愛娘だと認識すると頭を優しく撫でる。

 弐号機に取り込まれた時の記憶は断片的にあったが意識朦朧の状態であった。

 それでも、母親の本能で成長する娘だけは認識していた。

 

(大きくなったわね)

 

 成長した我が子に、十年分の愛情を、どの様に注ごうか思案していると娘が目覚める。

 

「私の事が分かる?」

 

「ええっ、分かるわよ。アスカちゃん」

 

「ママ!」

 

「アスカちゃん!」

 

 アスカは本当に自分の母が帰ってきたのか不安だった。しかし、自分の懸念が杞憂であった事に喜びを隠せないでいた。

 そして、十年の時を経て母娘が再会したのである。 

 母娘が感動の再会をした病院内では、逆に完全な絶縁となった母子も存在した。

 

「その、ヒロシ君。武士の情けで、お母さんと呼んであげたら?」

 

 ミサトの口調も歯切れが悪い。宗谷親子に関しては事情を知る者には当然の反応であろう。

 

「葛城一佐。それは、命令ですか?」

 

 ヒロシが事務的な口調で問い返す。声は絶対零度の冷たさである。

 

「べ、別に命令なんかじゃないわよ」

 

 お節介な性格のミサトが、下手な行動で自爆をしているのを見てリツコは「無様ね」と思うのだが、自身の母の事を考えると他人事ではなかった。

 結局は親子の対面は成立せずに、逆にヒロシから経歴抹消を申請されたのである。

 

「後悔しないわね?」

 

 ミサトも親子関係を無にする行為に気が引けたがヒロシの意思を尊重せざるを得なかった。

 悲劇は宗谷親子だけではなかった。碇家の場合は離婚に至ったのである。

 ユイは、キョウコより明確な意識があった様で、初号機の内部からシンジやレイの境遇を把握していた。

 ユイからすれば、シンジは勿論のこと、レイも自身の娘と同様の存在である。

 その二人の境遇を考えれば、夫であるゲンドウは完全な育児放棄に虐待である。

 ユイ自身も二人に対して負い目を自覚していた。

 

(シンジがサードインパクトの世界から帰って来ていたとはね。私の我が儘でシンジには辛い思いをさせてしまったわ)

 

 ユイは初号機に取り込まれていた時に、シンジの心の内側も知ってしまった様である。

 そこから、ゲンドウの女性関係も知ってしまったのだから、ユイの怒りは頂点に達していた。

 

(シンジにも母親が必要だから、再婚しても構わないけど、育児放棄して自分はリツコちゃんを弄ぶなんて、女として許せないわ!)

 

 ゲンドウが父親として失格なだけなら、ユイが間に入り父子の仲を修復させる事が出来たのだが、リツコと愛人関係を結んで更に彼女から恨まれる事をしたとなれば、ゲンドウに男として責任を取らせる他無い。

 縋りつくシンジを抱きしめながらユイは修羅と化していた。

 

「ユイ!」

 

 そんな事とは知らずに、冬月からユイのサルベージ成功を告げられて無邪気にゲンドウが病室に来たことで、事態は一気に悪化した。

 

「あなた!」

 

 ベッドから上半身を起こしてシンジを抱き締めていたユイは、ゲンドウが入室すると同時にシンジを解放する。

 両手を広げたユイを目掛けてゲンドウが直進する。感動の再会だと、事情を知らぬ者には思えただろうが、数秒後には、とんでもない思い違いだったと知る事になる。

 ゲンドウがユイを抱き締める寸前に、ユイは上半身のバネだけを使った右ストレートをゲンドウの顔面に炸裂させた。

 元新撰組の警官の奥の手並みの威力であった。

 

「ユイ、何をする!?」

 

 問い質すゲンドウの声にユイは、ベッドから下りると仁王立ちになり、床に尻もちをついたゲンドウへ絶対零度の冷たい視線と声で返答する。

 

「私が何も知らないと思っているの?」

 

 ユイの返答にゲンドウは一気に顔を青くする。

 

「ま、待て。ユイ。誤解だ!」

 

 ゼーレの追及を徹底的に躱したゲンドウでも、この様な場合には世間並の言い訳の常套句しか出てこない。

 

「問答無用!」

 

 そして、月並みな言い訳が通用する場合でも相手でもなく、ユイの怒りの鉄拳の嵐を受ける事になる。

 

「私が居なくなった途端に育児放棄をする!」

 

 ユイのパンチがゲンドウの顔面に炸裂する。

 

「女の子のレイにも、何て扱いをしたの!」

 

 ユイのボディブローの連打を受けてゲンドウの肋骨が粉々に砕ける。

 

「リッちゃんにも手を出して、何を考えているの!」

 

 ユイの左右のハイキックがゲンドウの側頭部に叩き込まれる。

 

 既にゲンドウは虫の息である。

 

「リッちゃんの事だけでも、男らしく責任を取りなさい!」

 

 騒ぎを聞きつけて、病室に駆け込んだ冬月とリツコの目の前には、床の上に肉の塊と化したゲンドウが倒れていた。

 

「碇!」

 

「司令!」

 

 慌てながらも、ゲンドウの生死の確認をする二人は流石である。

 

「色々とあったから、リッちゃんも殴りたいでしょ。私に遠慮せずに、どうぞ!」

 

 ユイがゲンドウをリツコに差し出した。

 

「ユイさん。もう、殴る所が残って無いですよ」

 

 青い顔をしながらも返事をするのは、女性同士の仲間意識なのかもしれない。

 

「ユイ君。幾ら何でも、これは、やり過ぎだろ」

 

 冬月も青ざめながら、ユイに諫言したが、逆に説教される立場となった。

 

「冬月先生。先生が側に居ながら、何故、この人を諫めてくれなかったのですか!」

 

「いや、その、ユイ君。それは……」

 

 冬月もユイの迫力に押されて逃げ腰であるのは仕方ない。

 

「私は先生の事を信頼していたんですよ!」

 

「その、面目ない!」

 

 あっさりとユイに全面降伏する冬月であった。

 

「とにかく、ゲンドウさんとは離婚します。シンジとレイは私が引き取ります!」

 

 ユイの当然といえば当然の宣告にゲンドウはユイの足に縋りついて慈悲を乞う。

 

「ユイ、私を捨てないでくれ!」

 

「ゲンドウさん、離しなさい!」

 

 特務機関の司令官の体裁も面子もかなぐり捨ててまで、縋り付くゲンドウをユイは無慈悲にも蹴り剥がす。

 

(男女が入れ替わったが金色夜叉の貫一とお宮だな)

 

 冬月は声にしなかったが、内心の感想はユイも同じだったらしい。

 

「女々しいわよ!」

 

 その場で膝を折り、悲嘆に暮れるゲンドウをリツコが無言で背後から優しく抱き締めた。

 

「赤木君」

 

「司令」

 

 暫し見つ合う二人であったが、ゲンドウがリツコから視線を背けた。

 

「私は君が愛するに値しない男なのだ。君は君に相応しい相手を見つけるべきだ」

 

 生きる目標を失ったゲンドウの、最後の誠意の言葉である。

 

「それなら、私に相応しい男は貴方だけですわ」

 

 リツコの言葉にゲンドウも思わず視線を戻す。

 

「私も貴方も非人道的な人間ですもの。お似合いの男女ですわ」

 

 ゲンドウはリツコの告白に再び顔を背けた。

 

「何を馬鹿な。君は私の命令に従っただけだ。全ての責任は私にある」

 

 ゲンドウが言い終わるのと同時にユイの踵落としがゲンドウの脳天に炸裂する。

 

「だから、責任を取れと言っているのよ!」

 

「わっ、分かった!」

 

 離婚を宣告されても、ユイに頭が上がらないゲンドウであった。

 一部始終を見ていた息子と娘はユイには決して逆らってはならない事を学習していた。

 

(母さんって、怖いんだ)

 

(ユイさんは、色んな意味で、私の母親になるのね)

 

 碇家の嫁姑問題は姑の一方的な勝利で終結した様である。

 ユイは即断即決の人であり、実行するのも早い人であった。

 翌日には弁護士に離婚調停を依頼して、自分が初号機に取り込まれるまでのゲンドウの財産の半分を請求した。

 シンジとレイの養育費については、一円も請求せずに権利を放棄していた。

 これは、言外に子ども達とも縁を切らせる宣言でもあった。

 ゲンドウにすれば、ユイとの関わりを完全に切られた事になる。

 そして、傷心のゲンドウを慰めるリツコの存在が大きくなるのであった。

 

(リツコさんも母さんも、父さんの何処が良かったんだろうか?)

 

 ゲンドウに寄り添う様に、色々と彼の身の回りの世話をするリツコを見てシンジは不思議に思うのである。

 シンジ自身もユイとレイとの三人暮らしに戸惑いながらも新生活を始めていた。

 アスカもキョウコとヒロシとの三人暮らしを始めている。

 そして、シンジが最も驚いた事は、ミサトと加持が結婚した事である。

 

「お腹が目立たないうちに、式を挙げようって、大急ぎで式場を予約したわ」

 

 周囲の人間にミサトは語るが、誰も本気にしていなかった。

 大急ぎで予約したにしては、招待状から列席者の席割りまで、全ての配慮が行き届いた式であったからである。

 

「何も、そんな事に見栄を張らなくてもいいのに…」

 

 アスカの感想は参列者全員の内心の代弁でもあった。そして、式の間、シンジは泣き続けていた。

 シンジにしてみれば、最期は自分を守り非業の死を遂げたミサトが結婚するのである。

 泣かない筈がない。

 

「シンジ君」

 

「碇君」

 

「シンジ」

 

 ミサトは単純に、シンジが泣くほど、自分を慕っていたと感動していたが、全てを知るレイとアスカの見解は違っていた。

 

(そこまで、結婚が無理と思っていたのね)

 

 真実を知らない方が幸せなケースの見本である。

 ミサトを結婚させる偉業を成し遂げた事にシンジは満足していたが、その後、想像すらしなかった事態が起きるのである。

 セカンドインパクトの真相を調べていたのは加持リョウジだけではなかったのである。

 



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第52話 惨劇

 

 それは、結婚式での出来事であった。

 ゲンドウとリツコの結婚式の出席者は、パイロット達とキョウコと加持夫妻のみ。

 碇ユイは出席せずに名代としてレイを出席させていた。

 出席者は七名だけだったが、出席者とは別に、ゼーレの残党の報復を警戒して、厳重な警備体制が隠密裏に敷かれていた。

 ミサトと加持の二人は職業柄、この警備に気付いてはいたが、口にしたのは……

 

「綺麗よ、リツコ!」

 

「おめでとう、リッちゃん!」

 

 二人からささやかな祝福を受け、頬を朱に染めるリツコは、お世辞抜きに美しかった。

 新婦は初婚という事もあり、美しいのだが、タキシード姿の新郎は怪しさ満点であった。

 

「まあ、父さんの場合は、紋付き袴より、タキシードの方が、まだ、マシだよ」

 

 息子の容赦無い言葉にゲンドウは心を痛めたが、シンジの言葉は出席者全員の本音の代弁でもあった。

 

「碇先輩、本当の事でも口に出したら駄目ですよ」

 

 ヒロシが無意識にゲンドウに追加のダメージを与える。

 

(碇司令が紋付き袴だと、ヤクザの襲名披露と変わらないからなあ)

 

 ヒロシの心の声は、出席者全員の内心の感想でもあった。

 新郎と新婦の格差は別にして、新婦の幸せに満ちた顔に出席者全員が理解不能ながらも祝福をしていた。

 式は大過なく進み、新郎新婦はライスシャワーを浴びながら教会を出た。この瞬間に惨劇が始まったのである。

 新婦がブーケをトスした瞬間に、ブーケは空中で四散する。それと同時にゲンドウが額から血を吹き出して倒れる。

 

「ゲンドウさん!」

 

「リッちゃん!」

 

 倒れた新郎を庇う様に抱きつく新婦を新郎ごと加持が教会内に引き摺る様に避難させる。

 ミサトはシンジとレイを押し倒す様に地面に伏せさせる。ヒロシは惣流母子の襟首に飛び付き引摺り倒す。

 

(銃声が無い。超遠距離?)

 

 加持とミサトが銃声と着弾の時間差で狙撃手との距離を計ろうとしたが、肝心の銃声がしないのである。

 

(まさか遮音してるの?)

 

 ミサトが軍人として現状の分析をしながらも、ヒロシに指示を出した。

 

「ヒロシ君!まだ動いちゃ駄目よ!」

 

「了解!」

 

 ミサトがヒロシに指示を出した後、ふと娘の笑顔が頭を過ぎる。

 

(サトミを連れて来ないで正解だったわね)

 

 ミサトには娘の事を気に掛ける余裕もあったが、彼女に庇われたシンジは想定外の出来事にショックを受けていた。

 

(何で!?サードインパクトも阻止して、ゼーレも壊滅した筈なのに!?)

 

 逆行者として使徒戦とゼーレとの暗闘にアドバンテージを持っていたシンジだったが、所詮は中学生であり、セカンドインパクトを知らない世代である。

 世界には、セカンドインパクトにてかけがえのないものを永遠に喪った人たちが居る事に気付いていなかった。

 シンジには目前のサードインパクト阻止という巨大な目標があり、それ以外は眼中に入らなかった事は無理からぬ事であった。

 

「碇君」

 

 想定外の惨事に放心状態になっているシンジを心配してレイが優しく呼び掛ける。

 レイの呼び掛けに現実に戻ったシンジだったが、事態は膠着したままである。

 

「大丈夫よ。既に保安部が動いているから心配無いわ!」

 

 ミサトがパイロット二人を安心させる為に声を掛けるが、二人の心配は目前の狙撃ではなく、狙撃された背景にあった。

 

(ゼーレの残党なら、今回の狙撃だけでは終わらないはず。これからも、ネルフに仕返しに来るのでは?)

 

(碇司令が狙われたなら、息子の碇君も狙われるのでは?)

 

 シンジもレイもゼーレの残党の仕業と思い込んでいたのだが、ヒロシには別の考えがあった。

 

(碇司令が狙われたのは、セカンドインパクトを起こした連中の仲間と思われたからでは?)

 

 他のパイロット達とは別にヒロシはネルフに対しては冷めた目で見ていたので、ネルフの世間的な評価について正確に想像していた。

 ヒロシに言わせれば、所詮、ネルフはゼーレの傀儡であり、現状は仲間割れの結果であり、暴力団の跡目抗争で下克上が成功したのと同次元の話だと思っていた。

 ゼーレ、セカンドインパクト、エヴァ、ネルフと怨嗟の声が絶えないのである。

 

(次に狙われるのは碇先輩だけにしてくれよ……最低だ、俺って)

 

 ヒロシが薄情な事を考えていると保安部員から狙撃手の身柄を確保した事を伝えられた。

 

「テロリストは既に死亡しました。皆さん、安心して下さい!」

 

 保安部員の声に、シンジはミサトを跳ね除けるように体を起こすと同時に教会へ駆け出す。その後をレイ、ミサトの順で追い掛ける。

 

「救急車を呼んで!」

 

 ミサトが走りながらも指示を出す。その間にシンジは教会内に駆け込む。

 

「リツコさん!父さん、は…………?」

 

 駆け込んだシンジが目にしたのは、頭部から血を流すゲンドウとウエディングドレスを真っ赤に染めながらも必死に止血作業をしているリツコであった。

 

「患者は頭部に被弾している。応急措置をしているが、出血が止まらん!」

 

 リツコの背後で加持が携帯電話で医師の指示を仰いでいた。

 

「シンジ君。タオルか何かを持って来て!」

 

 リツコが鋭い声で指示を与えると、シンジは反射的に動きだした。

 その直後、教会内に救急隊員達が飛び込んで来た。

 

「出血が激しいわ!止血を最優先に!!」

 

 リツコが救急隊員にゲンドウの容態と対処を指示しながらも救急車に乗り込む。

 

「ユイさんが心配するわ。シンジ君はレイと帰りなさい……。」

 

 救急隊員と入れ替わりにやって来たミサトがシンジ達の帰宅を促した。

 素直に従う他ない。

 帰宅中の車内でシンジは呆然とするしかなかった。

 

「碇君……」

 

 横に座っていたレイがシンジの手を握ると、彼を自身の方へ引き寄せて抱きしめた。

 

「大丈夫。碇君はやれる事は全てやり尽くしたわ。後は大人達が解決する事よ」

 

 レイからすれば、シンジは既に人類補完計画を頓挫させたのである。称賛はされても、ゲンドウ達が犯した罪に連座をする必要は無いのである。

 

「……うん」

 

 シンジは返事をしながら、自分がレイに守られている事を自覚した。

 彼女の覚悟をシンジは敏感に感じていた。シンジやユイに危害を加えようとする者達を排除する覚悟を。

 

(僕も父さんも最後は女の人に支えられるのか)

 

 シンジは自身の不甲斐なさを自嘲しながらも、レイに抱きしめられる安心感に身を任せた。

 そして、若い二人が絆を再確認していた頃、同じく送りの車中で抱き合う若い二人がいた。

 

「アンタ、今日の襲撃を予想していたでしょう!」

 

 アスカが小声でヒロシの耳元で詰問する。

 

「もしかしたら程度には」

 

 ヒロシは素直に返事をする。アスカに抱かれるのは心地よいのである。

 

「まあ。いいわ。冷静に考えたら、不思議な話じゃないわ」

 

「それに、もう、一波乱が起こると思うけどね」

 

 アスカのヒロシを抱きしめる腕に力が入る。

 

「シンジや私達がターゲットになるの?」

 

「いや、たぶん、大人同士の醜い争いだよ」

 

「そう」

 

 ヒロシの返事に安心したのかアスカは腕の力を緩めた。

 

「私達に害がなければ構わないわ」

 

 アスカは他人が聞けば利己主義と思われる事を口にする。

 アスカに言わせれば使徒を相手に戦いながら、組織の対立意識から命を狙われ、更にゼーレの人類補完計画を阻止する為に量産機と戦ったのだ。これ以上、自分達を巻き込むなというのが本音である。

 

「それも、碇司令の容態次第だと思う」

 

 アスカもヒロシが何を言いたいのかは理解が出来た。

 ネルフとゼーレは最終的には対立したが、それまでは蜜月関係であった。

 ゲンドウとゼーレに対して憎む者は国単位でいる筈である。

 

(シンジとリツコには悪いけど、碇司令が亡くなってくれた方が安心だわ)

 

 セカンドインパクト前後は平和だった日本と違い、常にテロや紛争の緊張感を持っていたヨーロッパに育ったアスカには今後の事を考えずにいられない。

 

「ネルフとは早く縁を切った方がいいわね」

 

「うん」

 

 若い二人が車の後部座席で抱き合う姿をバックミラーで見ていた母のキョウコと運転手の保安部員が苦笑していた。

 

「何時も、こんな感じなんですか?」

 

「家だと、もっと仲良しよ」

 

 キョウコが保安部員の質問に苦笑に苦笑を重ねて応じる。

 

(葛城さんも大変だっただろうなあ)

 

 キョウコの返事から、ミサトに同情する保安部員であった。

 その頃、保安部員に同情されたミサトは別の意味で苦慮していた。

 

「犯人の背後関係は?」

 

「まだ、調査中ですが、恐らくは単独犯だと思われます」

 

「根拠は?」

 

「これを見て下さい」

 

 保安部員が差し出した数枚の写真にミサトの表情も曇る。

 写真の中には雪ダルマと犯人と思える初老の男性と娘と孫と思われる三人が写っていた。

 

「雪か、懐かしいわね……」

 

 セカンドインパクト前の幸せな一家の写真であった。

 

「調査中の結果は加持一尉に報告して」

 

 ミサトは調査結果を聞いても、益なく、不愉快になるだけだと判断して加持に押し付けることにした。

 ミサトは碇司令とゼーレに反感を持つ組織の攻撃に備えなければならないのだ。

 

(碇司令が助かれば、こんな苦労をしなくても良いんだけどね)

 

 しかし、事態は予想外の展開を迎えるのであった。

 

 




身内の不幸が重なった事とコロナの影響で仕事の方が忙しくなった為に更新が遅れました。
以前よりは更新が遅くなると思います。


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第53話 遺された人々

 

「そう。裏取りが出来たの」

 

 ミサトは執務室で諜報部員からの報告を受けていた。

 

「はい。夫を事故で亡くした娘と孫の三人暮らしで、孫の成長だけが生甲斐だったそうです。セカンドインパクトで娘と孫を一度に亡くしていました」

 

 ミサトは諜報部員の口調には同情の成分が溢れている事に気付いていた。セカンドインパクトを経験した人間なら、ミサト自身もだが同情してしまうのは仕方がない事である。

 

「碇司令だけを狙ったのは、感謝するべきね」

 

 犯人はゲンドウを狙撃した直後に、犯行現場で服毒自殺していた。

 遺された遺留品から犯人の身元と経歴を調べるのに二週間の時間が必要であった。

 

「単独犯となると、シンジ君達がテロの標的になる心配は今のところ無いわね」

 

「一応は隠密に護衛は続行しています」

 

「ご苦労様。宜しく頼むわね」

 

 諜報部員が退室するとミサトはセカンドインパクト経験者の感傷を消し去り、冷徹な軍人に気持ちを切り替えた。

 

(実行犯に結婚式の情報を流した人間がいる筈よ)

 

 ある人物の名前がミサトの脳裏に浮かんだ。

 

(極秘で警備も厳重だった。その間隙を突くとなると内部の人間となるわ。そんな芸当が出来る人間は限られる)

 

 脳裏に浮かんだ名前にミサトは溜め息をつく。

 

(まあ。リツコには悪いけど、復讐の対象が碇司令だけなら許すべきね)

 

 ミサトがゲンドウ暗殺について結論を出していた頃、父親を暗殺された息子も自室のベッドに横になり溜め息をついていた。

 

(僕が生まれる前の事だけど、セカンドインパクトで大勢の人の死に責任があるんだ。恨まれ当然だよなあ)

 

 シンジは口に出さないがゲンドウの死を受け入れていた。

 シンジはゲンドウ以上の大量殺戮者としての自覚があった。

 

(気の毒なのはリツコさんだよ)

 

 シンジはリツコに対しては負い目を感じていた。

 ミサトと共に見た泣き崩れるリツコの姿を忘れる事は出来なかった。

 

(これが最後なら良いけど……)

 

 シンジが不安を感じるのは自分も復讐の対象になっている可能性を感じていたからである。

 逆行前はサードインパクトの起爆剤として利用された結果、人類を滅ぼしたが、逆行後には不可抗力であるが侵攻して来た戦自を壊滅させていた。

 

(まさか、N2ミサイルをATフィールドで防いだら、戦自に被害がいくとは思わなかったよ)

 

 死んだ戦自の隊員の遺族からすればエヴァのパイロット達は肉親の仇と思われるかもしれなかった。

 しかし、その事には内罰的なシンジも抗弁したくなる。

 逆行前の事だが、シンジ自身が頭に銃を突き付けられて引き金を引かれる寸前だったのである。

 駆けつけたミサトに救われたが、そのミサトの致命傷を与えたのも戦自である。

 

(そりゃ、この世界とは関係ない逆行前の事だけど)

 

 銃を持った兵士に追い回された経験のあるシンジとしたら正当防衛意識があるのだが、表面上の事実からすれば、ネルフに被害は無く、一方的に戦自が被害を被っているのである。

 シンジを肉親の仇として狙う人間がいても不思議ではなかった。

 

(これも、罰なのかな?)

 

 逆行前の世界で人類を滅ぼした罪悪感から逃げれないシンジであった。

 

「碇君。起きてる?」

 

 レイが声を掛けるとシンジの部屋に入って来た。

 

「まだ、起きてるよ」 

 

「そう」

 

「綾波、どうしたの?」

 

 シンジの問いにレイは一瞬だけ躊躇うと口を開いた。

 

「碇君が司令の事で自分の事を責めているんじゃないのかと思って……」

 

 レイの沈痛そうな表情にシンジは笑顔で否定する。

 

「心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫だよ。綾波」

 

 シンジは予想外の笑顔に戸惑うレイの手を引いて抱き締める。

 ベッドの上で身体を重ねる二人を月明かりが照らす。

 

「碇君?」

 

 意外な行動に驚くレイに、シンジは返答の代わりに抱き締める腕に力を込める。

 

「碇君……」

 

 シンジの気持ちを察したレイは自身の唇をシンジの唇に重ねる。

 シンジが自身を責める事はなかったが不安が感じていた事を正解に理解したからだ。

 

(貴方は死なないわ。私が守るもの)

 

 レイは逆行してからシンジの前では決して口にする事がなかった決意をしていた。

 

 若い二人が抱き合っていた頃、もう一組の若い二人も自宅のリビングで抱き合っていた。

 

「もう。甘えん坊ね!」

 

 アスカの呆れ口調の中に嬉しさの成分が混入していた。

 

「だって、アスカ先輩の事、大好きだだもん!」

 

 シンジとレイがテロの不安を互いの温もりで慰めていたが、こちらの二人は能天気に平和を堪能していた。

 

 保護者であるキョウコも達観しているのか二人の横で紅茶を飲んでいる。

 

(本当に仲が良いわね。二人がテロの標的になる事は無いでしょうけど)

 

 キョウコもゲンドウ暗殺の事実に不安を感じていた。

 

(この地を離れるよりはセキュリティの整った此処に居た方が安全よね)

 

 表面上は呑気な母親であるが、娘と娘の恋人の命が掛かっているのである。キョウコも深刻にならざるえない。

 

(碇司令暗殺でセキュリティが厳重になったとはいえ、内通者がいるはず、内通者がシンジ君を標的にするかが問題よね)

 

 キョウコはシンジとレイがテロの標的にされた場合に、娘達が巻き添えになる事を危惧していた。

 

(アスカに二人に近づくなと言えないものね)

 

 レイ、シンジ、アスカは同級生で戦友でもあるのだ。

 キョウコの視線がヒロシに向かう。

 

(ヒロシ君は良い子だし、将来はアスカを支えてくれるでしょうけど)

 

 キョウコはヒロシの事も気に入っている。娘の生涯のパートナーとして認めている。更に言えば息子の様に思っていた。

 

(中学生のヒロシ君にアスカを守ってとは言えないしね。保安部に期待するしかないわね)

 

 キョウコは結論を出すとアスカとヒロシのイチャ付きに参加する。

 

「そこ、二人だけでイチャイチャしないの!」

 

 キョウコはアスカとヒロシを二人まとめて抱き締める。

 アスカとヒロシも見事なコンビネーションでキョウコに抱きつく。

 キョウコが子供達とのスキンシップを楽しんでいる頃、もう一人の母親はネルフの一室でディスプレイを注視していた。

 

「既に成功しているからと安心は出来ないですからね」 

 

 ユイの言葉に、反応した人物がいた。

 

「ユイさんの目から見ても大丈夫でしょうか?」

 

 ディスプレイに視線を向けたままユイが応える。

 

「流石にリッちゃんの仕事ね。私にも不備は見えないわ!」

 

 部屋にはユイの他にもリツコがいた。

 

「しかし、リッちゃんには迷惑を掛けるわね。あの人の尻拭いをさせて」

 

「気に病まないで下さい。私にも責任がある事ですから」

 

 リツコはコーヒーを淹れながらユイに返事をしていた。

 リツコにしてみれば最初はゲンドウに強要された事とは言え、職業人としての本能で参加したのである。

 

(偽札の偽造犯が利益と関係なく偽造するのと大差ないわね)

 

 リツコは声に出さずに自嘲してしまう。

 

「私も人の事が言えないわよ。シンジが産まれる前に気付いて止めるべきだったと反省しているわ」

 

 ユイもゲンドウとゼーレの暴挙に関しては罪悪感を感じていた。

 初めての妊娠に手一杯で夫や上部組織の動向を察知する事が出来なかった。

 

「ユイさん。少し休憩しませんか?」

 

 リツコの声にコーヒーの芳醇な香りとクッキーの甘い香りがユイの鼻腔を刺激する。

 

「お言葉に甘えて頂くわ」

 

 ユイも肉体年齢は20代である甘い菓子の誘惑に抗えない。

 テーブルの上のクッキーとコーヒーが疲れた脳に染み渡る。

 

「私だけじゃなくキョウコさんに確認してもらった方がいいわね」

 

 ユイが初号機のコアに取り込まれて復帰するまでの間に10年間の時が流れている。

 優秀な科学者であるユイにしても10年のブランクは大きい。

 

「キョウコさんも私と同じ浦島太郎だろうけど、私よりは少しはマシだと思うわ」

 

 セカンドインパクトの影響は大きく多くの優秀な人材が研究から離れて、その日の生活に追われてしまった。

 リツコを代表してネルフの職員は恵まれた人達なのであった。

 逆に10年間のブランクがあるユイやキョウコが即戦力として投入されるのは二人の才能が群を抜いている証拠でもあった。

 

「そうですね。キョウコさんには明日にも連絡してみます」

 

「この計画は私やキョウコさんにも責任がある事だから」

 

(それに、あの人が残した最後の仕事だからね)

 

 ユイとリツコがデスクにあるファイルに視線を向ける。

 ファイルの表紙には「第6次サルベージ計画」とラベルが貼られていた。

 ゼーレ、ゲンドウ、亡き後に遺された人々には課された仕事が残っていた。

 

 

 




 随分と投稿の間が開いてしまいました。
 身内の不幸と連続して転勤と引っ越しにコロナ禍という事態に執筆に時間を割けない状態でした。
 コロナの流行により、何かと不便な事が多い今日ですが、この状況が一日も早く解消されて、平和な日常が戻り皆様に多幸がある事を祈っております。
 まだまだ、予断が許されな状況ですが、どうか御自愛されて下さい。
 


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第54話 迎える人々

 

「クラスの皆のママのサルベージ!」

 

 リツコがテーブルを挟んでパイロット達に第6次サルベージ計画を伝えるとアスカの素っ頓狂な声が談話室に響いた。

 

「そんなに驚く事じゃないでしょう。もう、エヴァは必要ないんだから」

 

 リツコもアスカの声に呆れながらも説明を続ける。

 

「今回は貴方達のクラスメート全員コアからサルベージするから人手が足りないのよ。既にユイさんとキョウコさんもラボに入っているわ」

 

「だから、ママやシンジのママが駆り出されるのは分かるわよ。でも、私達までが本部に泊まり込む必要があるのよ!」

 

 アスカの言葉にシンジ、レイ、ヒロシの三人も大きく頷き同意を示す。

 

「仕方ないでしょう。中学生だけで何日も保護者無しで生活させられないでしょう」

 

 リツコの言葉は世間一般の良識ではあるが、パイロット達には今更の話である。

 数ヶ月前までは、中学生に兵器に搭乗させて、危険な戦闘行為をさせた組織の主要人物が言っても説得力が皆無なのである。

 

「それに貴方達だけで生活をさせて間違いがあるとも限らないでしょう」

 

 リツコの言葉にシンジとアスカが即座に反応して、真っ赤な顔して異口同音で否定した。

 

「間違いとか無いです!」

 

「間違いとか無いわよ!」

 

 横で聞いていたレイとヒロシの頭の上には大きくクエスチョンが浮かぶ。

 

(間違いって、何を間違えるの?)

 

(キョウコさんの方が天然なのに)

 

 レイとヒロシはリツコの言葉の意味を大きく間違えていた。

 

「アスカ先輩も碇先輩も、今はネルフも人手不足で僕達が本部で宿泊したら警備の人達も楽になるんだし」

 

 ヒロシが場の空気を読んで上級生二人を宥める。

 

「いや、ヒロシ君。何か勘違いしているよ」

 

「ヒロシ、あんたねぇ……」

 

 アスカはヒロシの純真無垢さに頭を抱えてしまう。

 

(こんな子と間違いが起きるはずがないでしょうに)

 

「あの、期間と学校の方は?」

 

 律儀にもレイが小さく手を挙げて肝心な質問する。

 

「そうね。予定では期間は二週間前後になるわね。学校は本部から送迎があるわ」

 

「了解しました」 

 

「他には質問は?」

 

「部屋や食事はどうなるんです?」

 

 ヒロシが具体的な生活面について質問する。

 

「そうね。食事は各自で食堂を使えば問題無いでしょう。部屋も余っているし一人一部屋でも構わないけ……」

 

 リツコは最後まで続けられなかった。レイとヒロシの視線に気づいたからである。

 

「そんな顔をされたら、一人一部屋とか言えないわね」

 

 リツコはミサトがパイロット達にあてられて愚痴を言っていた事を思い出した。

 

(まあ。今回は誰か犠牲になるわけでもないから問題は無いわね)

 

「男女別に二部屋用意するわ!」

 

 レイとヒロシの視線の意味を理解しながらも、リツコの立場からして建前上、若い男女の同室を認められない。

 

「それなら、着替えとか取りに一度、帰らないと、ママの着替えも用意しないと」

 

「冷蔵庫の生物も処分しないと」

 

「教科書とかも必要ね」

 

 上級生三人が宿泊の準備を話をしていたがヒロシだけが複雑な表情をしていた事にリツコは気づいた。

 

「ヒロシ君。何か不安?」

 

「いえ、先輩達のクラスが予備パイロット達を集めていたのは分かりますけど、その他には居ないんですか?」

 

 ヒロシにしたら当然の疑問であろう。

 

「当時の事は私も学生だったから分からないけど、副司令の話だと、シンジ君のクラス以外だとヒロシ君だけよ」

 

 本来なら機密に関わる話なのだが、この件についてはリツコも本当に何も知らなかった。

 リツコが把握していたパイロット候補はシンジ達のクラスとヒロシだけであった。

 当時を知る者は、既に冬月しか居ない。

 

「漏れが無ければ良いですね。この機会を逃せば次は無いでしょうから」

 

 その様な凡ミスを冬月がする筈がなく、リツコにはヒロシの杞憂に思えた。

 

(この子も年齢に似合わずに苦労しているから、色々と気を回すでしょうね)

 

 ヒロシの苦労の大元は知り合う前だが、自身の夫のゲンドウに大半の責任がある事をリツコは自覚していた。 

 

(本当に偽善ね。ミサトの事を言えないわね)

 

 リツコは夫と同じく口元を歪ませて自身を冷笑した。

 

 他にも表情に出さずに冷笑していた人物がいた事にリツコは気づかなかった。

 

 その後、パイロット達は忙しかった。

 自身の着替えだけではなく、ユイとキョウコの着替えも用意する事になった。

 家族とはいえ女性の下着を扱う事にシンジとヒロシには抵抗があり、アスカとレイに着替えの準備を任せると主夫らしく冷蔵庫の整理に専念する。

 

「肉食や魚は冷凍するにしても野菜はどうしょう?」

 

「サラダにします?」

 

「そうだね。サラダにするしかないか」

 

「碇先輩とこは、野菜好きな綾波先輩がいるから問題ないでしょうけど、うちはアスカ先輩は野菜嫌いだからなあ」

 

 ぼやくヒロシに苦笑するシンジであった。

 レイは肉嫌いの反動なのか、野菜や果物が好きらしく、アスカやヒロシからは「前世はウサギ!」と揶揄される事がある。

 

(確かに目も赤いけど)

 

 日頃は無表情のレイに、二人は苦笑させる快挙を成し遂げている。 

 パイロット達が泊まり込みの支度を済ませてネルフ本部に戻る頃には夕方になっていた。

 大浴場に入浴した後で久しぶりに四人で夕食となった。

 

「しかし、ネルフも銭湯みたいな風呂があるのに洗濯機が無いのも不思議ですよね」

 

「技術部には作業着専用の洗濯機はあるわよ」

 

「プラグスーツも毎回、洗濯されてるわ」

 

「でも、プラグスーツは普通の洗濯機じゃ無理だと思うよ」

 

 ヒロシ、アスカ、レイ、シンジの順で会話する。

 パイロット達だけの食事も久しぶりである。

 他愛のない会話にシンジは達成感を感じていた。

 セカンドインパクトを阻止して、身近な人を亡くす事もなく、クラスメート達の母親達も帰還する事に満足していた。

 シンジはクラスメート達の母親についてまで気が回らなかったのが、大人達はシンジが気が回らない部分もフォローしてくれた事に安心した。

 

(もう、僕に出来る事は無いな。ミサトさんやリツコさんに全てを任せてもいいんだな)

 

 シンジ達は食事が終わると、男女別に用意された部屋に戻り就寝となった。

 部屋の電灯を消す直前にヒロシが部屋を出て行くがシンジは気に留める事はなかった。

 アスカがヒロシのベッドに潜り込むのは稀で、ヒロシやレイがアスカやシンジのベッドに潜り込むのが常だったので、この日もヒロシがアスカのベッドに潜り込みに部屋を出たとシンジは思っていた。

 実際にシンジの予想通りにヒロシはアスカのベッドに潜り込んでいた。

 シンジの予想と違ったのはレイがシンジのベッドに潜り込むつもりで部屋を出ようとした時にヒロシがレイをアスカのベッドに引き摺り込んだ事である。

 

「碇君の前では話せない事?」

 

 ヒロシとアスカは二人同時にレイの質問に頷く。

 アスカのベッドで三人がヒロシを中央に川の字になって会話が始まる。

 レイもヒロシと一緒に暮らしていたので、ヒロシの行動に意味がある事は理解していた。

 

「手短に話ますよ。碇先輩の前でサルベージの話やクラスメートの話は避けて下さい」

 

 今回のサルベージを最も喜んでいるのはシンジである事はレイもアスカも理解していた。

 その事に触れるなと言われて当然の如く二人は疑問に思う。

 

「ちゃんと理由も説明しなさい」

 

 説明を求めるアスカの口調には常にない厳しさが混じっていた。

 

「今回のサルベージは道義上、必要ですが、既に死んだと思っていた人が現れても困る場合もありますから」

 

「それで、リツコが談話室で話をした時に浮かない顔していたのね」

 

 二人には、ヒロシの発言は理論的には理解が出来たが、心情的には理解が出来なかった。

 レイは元々が天涯孤独の身であり、アスカも慕母の念は強かった、それ故に弐号機とのシンクロ率も高数字を出す結果となった。

 

「既に再婚して新しい母親と暮らしている人もいるでしょう。それに新しい母親が産んだ弟や妹もいる家庭もあるでしょう」

 

 この発言にはアスカはクラスメート数人の顔が浮かんだ。

 アスカ達が親しくしているヒカリやトウジやケンスケの父親は再婚していない。

 しかし、思い浮かんだクラスメートの父親は再婚したのであろう。

 休み時間の雑談で母親の事に触れている会話が聞こえて来た事もある。

 

「太平洋戦争が終わった後に戦地から帰って来たら、奥さんが新しい旦那と結婚していた話とかもありますからね」

 

 この辺りの知識は戦争経験のある祖父母からである。

 実際に母親が現れても拒絶したヒロシが言うのだから説得力があった。

 

「分かったわ。私の役目は碇君を支える事ね」

 

 レイの心境は言葉とは反比例して複雑であった。

 レイはシンジが人類補完計画を阻止するために逆行した意味を知っていたからである。

 サルベージが終了してコアに取り込まれた母親達が還ってくれば、ヒロシの予想する悲喜劇が起こるだろう。

 

(今回の事は碇君には全く責任が無い事なのに)

 

 レイは自分の考えは正論と言え、シンジが納得するとは思えなかった。

 全ての発端はゼーレとゼーレの指示で動いたシンジの父親のゲンドウにある。

 恐らくシンジはサルベージが完了した時に傷つくであろう。

 傷ついたシンジを癒す事が出来るのは自分だけである事も理解していた。

 

(碇君は私が守るもの)

 

 レイは無言で誓うとベッドが出て想い人が待つ部屋に行くのであった。

 

 



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第55話 帰還した人達

 

 サルベージは1日に3人までが限度であった。

  ゲンドウ亡き後、ネルフの組織解体の最中であり、人員と予算を削られた結果である。

 それでも、冬月やリツコに言わせると最優先事項にされているらしい。

 

「道義上の事だものね」

 

 サルベージされた母親達は順次、病院での検査入院後に家族の元に帰宅予定である。

 最初の一組目はケンスケ、トウジ、ヒカリの三人の母親達であった。

 彼女達の夫は再婚もせずに妻が還ってくるのを待っていたのだ。

 

「また、生きて娘達に会えるとは思いませんでした。有り難う御座います」

 

 ベッドの上でユイに涙を流しながら感謝の謝辞を述べたのはヒカリの母親である。

 彼女は3人目の娘であるノゾミを妊娠中に癌が発見された。

 妊娠中の娘の命と自身の命の二者択一の選択を迫られた。

 彼女は娘の命を選択した後に人口進化研究から勧誘されたのであった。

 

「人間を原子レベルまで分解して再生する研究をしています。身体は健康体で再生されます」

 

 死の病魔に苦しむ人間が断れるはずがない悪魔の囁きである。

 

「仮に成功したとしても、既に何十年後で娘さん達どころか、お孫さんが成人しているかもしれません」

 

 一応はリスクも説明されても座して死を待つよりはと、誰でも考える事であろう。

 母親として何十年経過していても娘達の行く末を見届けたいと思ったのである。

 深々と下げられた頭にユイとしては複雑な心境であった。

 

「人として、科学者として、同じ母親として、当然の事をしただけですよ」

 

(本当は私の軽率な行動が原因なんだけど)

 

 平凡な社交辞令とも言える返答しながらも結果的には健康体となって還ってきたが、家庭の方は色々と問題があるのではないかと考えてしまう。

 ユイ自身の経験談なのだから仕方ない。

 

(まさかねえ。あんな形でリッちゃんに手を出すとは思ってなかったわ)

 

 既に離婚して他人となり鬼籍に入ったゲンドウに対する怒りは消えておらず葬儀にも顔を出さなかった。

 周囲の説得でシンジとレイを名代として出席させたが悲しい事にシンジもレイも故人を悼む気持ちはなく、リツコの心配をするばかりであった。

 自身の家庭でさえ家庭崩壊して離婚まで発展したのである。

 これからサルベージ作業が進行すれば、騒動が起きるのは必至である。

 

(だからと言って、サルベージはしないとならないわよね)

 

 ユイとヒロシの懸念通りにサルベージ作業が進むにつれて家庭内トラブルが発生したのである。

 再婚もせずに父親と子供のみで暮らしていた家庭は少なくなかったが、既に再婚して新しい家庭を営んでいた親子も多かった。

 新しい母親と一緒に幸せな家庭で暮らす我が子を見て黙って身を引く母親もいれば、元夫に対して我が子の親権を要求する母親も多かった。

 突然、実母が現れて我が子同然に育て上げた子供と夫を争って、パニックになる継母も多く悲喜劇がサルベージした数だけ起きたのである。

 

 鈴原家では子供達と夫に実父が喜んで迎えたが、何故か娘が一人増えていた。

 

「六年の間に利息がついた!」

 

 自分はナツミという娘を産んだ筈だが不思議な事にサクラという自身が産んだ娘と同い年の娘がいた。

 

(私は双子を産んだ覚えは無いのだけど)

 

 家族も自分が知らない娘の存在の事も説明する素振りもなく、ごく自然な態度である。

 内心は別にして二人の娘が泣きながら抱きついて来たので、優しく抱き締め返しながらサクラを娘として受け入れたのである。

 

 相田家は夫と息子だけの生活だったので大過なく迎えられたのである。

 夫は出張が多いため、一人で居る事が多い息子は趣味に没頭する事で淋しさを紛らわせたようで、息子のミリタリー趣味の熱も徐々に冷めていった。

 

 洞木家は夫と娘三人の生活で賑かではあったが、娘三人は母親の帰還を喜んで迎えた。

 

「ところでコダマ、貴女、一番上のお姉ちゃんのくせにヒカリに家事を押しつけていたらしいわね!」

 

「ちょっと、何で知っているのよ!」

 

「ネルフの人が退院する前に家庭の事情を教えてくれるのよ」

 

 半分は嘘であり半分は事実でもあった。数年の間に夫が再婚している等の家庭の状況の変化もあるために事前に現状の家庭状況の説明をして、退院後の身の振り方の判断材料にしてもらう為である。

 しかし、家庭内の細かい部分までネルフが調査する暇も必要もあるわけでなく、赤毛の少女が家事に追われる親友を気の毒に思いネルフ職員の地位を利用して報告していたのである。

 

「コダマもヒカリを見習って家の事をしなさい!」

 

 長女のコメカミに握り拳をグリグリと押しつけて説教が始まった。

 

「痛い!分かりました!」

 

 夫は苦笑いしながらも妻のお仕置きを止める気は無い様である。

 

 シンジ達が親しくしていたクラスメートは家庭内トラブルもなく母親の帰還を喜んでいた。

 

(トウジとケンスケ。それに委員長も喜んでくれて良かった)

 

 シンジは自分が気が回らない部分もフォローしてくれた冬月やリツコに感謝した。

 

 当初、自罰的な性格からシンジが自身を責めて苦しむのではとレイやヒロシが心配したが杞憂となった。

 因みにアスカに言わせると「あんな父親を持ったなら、大抵の家庭環境がマシに見えるわよ!」となる。

 事実、子供を放置して新しい愛人を囲っていた父親は居なかった。

 残された父親達は再婚した者もいたが、程度の質は別にして子供を一生懸命に育ていた。

 こうして、24名の母親達が10年近い年月を超えて社会に復帰したのである。

 それぞれの家庭でのトラブルもエヴァの核に取り込まれる前に説明されて予期できた事なのでシンジも被験者の自己責任として自身を責める事はなかった。

 

(これで、全てが終わったかな)

 

 シンジはネルフ本部での宿泊最終日の夜をベッドで過ごしていた。

 片手をレイに拘束されていたが、拘束されている事に安心感を覚える。

 シンジとしてはゲンドウが残した負債を完済した気分であった。

 

「眠れないの?」

 

 色々と考え事をしているうちにレイを起してしまった様である。

 

「ちょっとね。サルベージ作業も終わって、明日から普通の生活に戻れると思ったら嬉しくて」

 

「そうね」

 

「これから組織解体されたネルフに、どの程度の権限が残るか分からないけど、色々と制限される生活になると思う」

 

 シンジはレイの深紅の瞳を見つめながら話を続ける。

 

「でも、僕は綾波が側に居てくれたら、それで満足だよ」

 

 シンジは自由な片手をレイの背中に回すとレイを抱き締めた。

 

「私も碇君が側に居てくれるだけで満足よ」

 

 一年未満の短い期間だったが、これから長い生涯を送るであろう二人には忘れる事が出来ぬ期間だった。

 これからも平凡とは言えぬ生涯となるであろう。

 ネルフが組織解体された後は、世界中のあらゆる組織がエヴァンゲリオンのパイロット達を狙う事も有り得るのである。

 これからは五里霧中の人生となるのである。

 それでも、紅い世界よりと比べると雲泥の差である。

 何故なら、二人は互いが求めていた存在を手にする事が出来たのであるから。

 シンジはレイの体温を全身で感じ取っていた。

 

「綾波は温かいな」

 

 レイからの返答はなく、静かな寝息がシンジの耳に届く。

 

(戻って来て、良かった)

 

 シンジはレイの寝顔を眺めながらレイの温もりに引きずられ様に睡魔に身を任せたのである。

 シンジが幸福感に浸っていた頃、リツコが第三新東京市から自ら姿を消したのであった。

 翌朝、リツコの失踪に騒ぐ大人達を無視して、食堂に朝食を摂りに来たパイロット達はリツコの失踪について何も語る事はなかった。

 

(今度こそ、リツコさんには幸せになって欲しいなあ)

 

 シンジは逆行前の世界でミサトと共に見たリツコの慟哭を食後のコーヒーを飲みながら思い出してリツコの幸せを願うのであった。

 

(ネルフやエヴァに関わっても何も良い事は無いからなあ)

 

 リツコの捜索も直ぐに打ち切られたのである。

 組織解体中のネルフにはリツコの捜索を続ける余裕もなく、捜索しても発見が出来ない事が分かっていたからである。

 ネルフの捜索範囲は第三新東京市内に限られており、リツコが本気で失踪すれば既に市外に脱出している事はネルフの人間ならば誰もが理解していたからである。

 ネルフが捜索を打ち切った後も機密保持の名目で内閣調査室と公安警察が数年の時間を掛けて地道な捜索を続けたが遂に発見する事はなかったのである。

 日本政府もリツコがエヴァやクローン技術に関する機密を墓場まで持って行くのなら好都合と言えたので捜索を打ち切ったという事情もあったのである。

 これ以降、シンジを代表にパイロット達とリツコが歴史の表舞台に立つ事は二度となく人々の記憶から消えたのである。

 

 

 



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