俺はずっと好きでいる (とりがら016)
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プロローグ
はじまり


 中学二年生の冬といえば、もう既に志望校を決定し、その志望校に合格するための勉強をせこせこ始めている頃だと思う。かくいう俺も志望校は決めていないものの、元々勉強は得意だったからどんどんレベルを上げて勉強している。なんかこう、できていくようになる感覚が楽しい。これはできるやつにしかわからない感覚じゃね?と調子に乗っている俺は、無個性である。

 

 個性とは。

 

 各人が持っている不思議な力のことで、火を吹いたり、物を引き寄せたり、もの凄いパワーを出せたりと様々なものがある。今やその個性を活用してヒーローなんていう人助けをする職業ができているくらいだ。大半の子どもはヒーローを志すことから、その職業の人気がわかる。

 いや、ヒーローが人気なんじゃなくて、個性を目一杯使えるのがいいのかもしれない。

 

(俺は個性使えないんだけど)

 

 思いながら、路地裏でタバコを吸う。いつの時代にも不良というのはいるもので、これはワルの先輩から貰った。一応教師には隠しているつもりだが、俺の成績がいいから黙っているだけかもしれない。それとも俺の吸っている銘柄がピースだからだろうか。平和を願っているやつを咎めるわけにはいかないとか。

 

(面白くない)

 

 煙を吐き、火を消して携帯灰皿に吸い殻をぶちこむ。喫煙者としての最低限のエチケットだ。

 

 俺がなぜタバコを吸うのか。

 

 無個性という自分が嫌になったから、というわけではない。医者からも「何か個性があるはずなんですけど」と言われているから希望を捨てたわけじゃないし、何より無個性を嫌がっては俺を産んでくれた両親に申し訳ない。だったら未成年の喫煙はやめろという話だが、それとこれとは別にしてほしい。一回吸うとマジでやめられないんだ、タバコ。

 

 そう、なぜタバコを吸うのかという話。それはただ「悪いことをしてやろう」という気持ちからきたものだった。万引きをしようとして見つかり、口八丁で誤魔化したこともあったし、学校のやつの持ち物をパクったが実はそれ自体がパクられていたやつであり、お礼を言われたこともあった。どちらも失敗しているが、悪いことをしようとしたのは変わりない。となると、なぜ悪いことをしようとするのかという話になる。

 

 これは単純。好きな子が(ヴィラン)だから。

 

 敵とは、ヒーローと対の存在。つまり、個性を使って悪さをするやつらのこと。言ってしまえば犯罪者。そんな敵のうちの一人が俺の好きな子で、その好きな子に近づきたいけど敵になる勇気もないから小さい悪さをしている。そのうちの一つがタバコ。ちなみにこれは誰にも話したことがない俺の秘密。もしこれを誰かに話せば笑われるだろうか。やめておけと言われるだろうか。反応は様々だろうが、何にしたって俺の気持ちが変わることはない。

 

 なんかこう、人を好きになるのに敵かどうかなんて関係ない、みたいな?今のなし。なし。これだから中学生は困る。いきなり恥ずかしいことを言ってしまうし、バカな行動をしてしまう生き物、それが中学生。

 

 そして何にもなれない中途半端なやつ。それが俺。

 

(これでも運動神経と頭はいい方だ)

 

 体育祭では引っ張りだこ。テスト前にも引っ張りだこ。ただ友だちと呼べるやつはそこまでいない。みんな俺のことを便利屋だと思っているんだ。卑屈な考えだが、あながち間違ってもいないと思う。イベントのときだけ頼られるやつなんて、便利屋以外の何だというのか。

 

(あぁ、便利屋にはなれてるのか)

 

 自分に対する皮肉をこぼし、路地裏を出て帰路につく。制服にタバコの臭いをつけるという愚かな真似は絶対にしないため、今は学校帰りではなく遊びに行ってくると親に言って、その帰りだ。一緒に遊ぶ友だちなんかいないのに。

 信号が青になるが、なんとなく立ち止まったまま空を見上げる。ダメだ、最近思考が暗くていけない。もっと楽しいことを考えよう。そういえば俺の人生で楽しかったことなんてあったっけ?あったといえば幼い頃、あの子に会った時、あの子と遊んだ時くらいだろう。

 

(人生に値段をつけられるなら、俺の人生は小学生のお小遣いで買える程度だろうな)

 

 もっとも、買い手が見つかるとは言い難いが。そうやって笑っていると、もう横断歩道を歩いているのは小さな女の子のみとなっていた。信号が赤になってはめんどくさいので俺もゆったり歩き出す。

 

 すると。

 

「……は?」

 

 大型のトラックがブレーキをかける様子もなく突っ込んできていた。いや、待て待て。この超人社会にまさかの居眠り運転?そういう個性か?居眠りしながら活動できる個性?違う、どう見ても居眠り運転してるだけだ。しかもタチの悪いことに女の子目掛けて一直線に。

 

(まぁ、ヒーローが助けるだろ)

 

 本当に?もしヒーローがいなかったら?というかいたとしても助けられるのか?今女の子に一番近いのは俺だ。今走り出せば女の子は助けられる。俺はどうなるかわからない。もしかしたらいきなり個性が発現してどうにかなるかもしれない。医者によれば俺個性あるらしいし。それがトラックとぶつかって無事でいられるような個性かどうかはわからないが。そもそも発現するかどうかもわからない。

 

 でも、あの女の子を助けられるのは確かだ。

 

(あぁ、これだから)

 

 俺は地を蹴り、女の子に向かって走り出した。

 

(中学生は嫌なんだ)

 

 いきなり恥ずかしいことを言ってしまうし、バカな行動をしてしまう生き物、それが中学生。いや、それが俺だと言うべきだろうか。

 

 火事場のバカ力というのか、信じられない速度で走った俺は女の子のところにたどり着いた。元々女の子を突き飛ばすつもりだったが、これなら優しく突き飛ばすくらいはできる。どっちにしたって変わらないか?

 目を丸くしている女の子を突き飛ばして右を見ると、もう目の前にトラックが迫っていた。なんて物語的な死に方だろう。女の子を助けて死ぬ。なるほど、助けるというのは案外悪くない。あぁ、なら、

 

(敵だろうがなんだろうが、好きな子を助けられたらよかったなぁ)

 

 迫りくる死を覚悟して目を閉じる。俺の死体からタバコが見つかって両親に怒られるんだろうなぁと想像しながら、襲ってくるであろう衝撃を待った。

 

 しかし、俺が待っていた衝撃はこず、その代わりに。

 

 俺の体に何かが巻き付いたかと思うと、そのままふわっとした浮遊感が体を襲い、そのまま。

 

「……?」

 

 緩やかに地面に降ろされたかとおもうと、遠くで大きなブレーキの音。どうやら目が覚めたらしい。被害が出なくてよかったよかった。

 

「じゃなくて」

 

 俺に巻き付いているものを確認すると、それは白い布のようなものだった。包帯のようにも見えるから、めちゃくちゃな怪我をしたみたいになっている。もしかして今トラックにはねられた後?

 

「怪我ないか」

 

 どうやら違うらしい。ぼそりと呟くように聞かれたその言葉は安否を確認するもので、それは俺の背後から聞こえた。恐らく俺を助けてくれた人だろう。お礼を言おうと後ろを向きながら、「問題ないです」と伝えると、その人物は小さく頷いた。

 

(……小汚いな)

 

 ぼさぼさと伸ばされた髪に無精髭。ファッションセンスのかけらもない黒一色。助けてもらっていなければ近寄りたくない見た目をしている。

 

「お前、何歳だ?」

 

「えっと、中学二年生なんで、十四です」

 

「タバコ吸ってるだろ」

 

 臭いするぞ、と言われたときにはじめて「しまった」と思った。これだけ近づかれて気づかれないわけがないのに、なぜ正直に答えてしまったのだろうか。いや、助けてくれた人に嘘を言うのもよくない、ということにしておこう。うっかりしていたわけではない。

 

「未成年の喫煙は法律で禁止されている。とりあえず今持っている分は渡せ。あぁそれから」

 

 答えを待たず俺のポケットをまさぐり、タバコを取り出したその人は何でもない風に、

 

「お前ヒーロー志望だろ。どこ受けるんだ?」

 

 ピースって、またキツイの吸いやがってとぐちぐち言うその人に思わず「え?」と首を傾げてしまう。なぜ俺がヒーロー志望だっていう話になったのだろうか。首を傾げた俺が不思議だったのか、その人は「ん?」と言ってからタバコを懐にしまった。

 

「なんだ、違うのか。俺はてっきり……」

 

「おにいちゃん!」

 

 その人の言葉を遮ったのは幼い声。下から聞こえてきたその声に目線を下に向けると、先ほど助けた女の子がにこにこしながら俺を見ていた。

 

「たすけてくれて、ありがとうございました!」

 

 言って、深々と頭を下げた。怖かっただろうに、泣かずにお礼を言えるとは親御さんの教育が物凄くいいに違いない。というかなんだこれ。なんとなく胸にじわじわくるというか、なんというか。

 

「すげぇじゃねぇか兄ちゃん!」

 

「勇気あるのねー!」

 

「顔もカッコいいし!プロヒーローになったら応援するからねー!」

 

「は、え?」

 

 次々と送られる称賛の声に困惑する。いやいやそんなそんな。というかプロヒーローって別に俺はヒーローになりたいわけじゃ。

 

「向いてるな」

 

「え?」

 

 その人はまたぼそりと呟くように言って、俺を見た。

 

「誰が言ったか、ヒーローの本質は自己犠牲の精神、らしい。助けた後どうするか、ってところはまだまだだが、その精神自体はヒーローに向いてるな」

 

 これは、あれだろうか。ヒーローに向いてるよっていう話?いや、そのままそう言ってるけど、今の俺には入ってこない。というかそもそも俺は。

 

「俺、無個性なんですけど」

 

「お前、風邪ひいても疲れてもめちゃくちゃ動けてたろ」

 

「なんでわかるんです?」

 

 その人は懐に入れたタバコを指して、ため息を吐いた。

 

「タバコを吸ってるお前が、あんな超人じみた速さで動けるってのはどう考えても個性によるものだろ。ってことは考えられるのは増強系の個性。で、本人が無個性だって言うなら何かしらの条件付き。恐らく体が悪くなる……疲労や病気、多分怪我でも。悪くなれば悪くなるほど力を増す。言うなれば」

 

 無個性だということを恨んだことはなかった。無個性なりになんでもできてきたし、運動だって個性持ちに引けを取らなかった。それがまさか。

 

「個性『窮地』ってとこか。ま、全部推測だから適当に受け止めてくれ」

 

「いえ、俺の個性は『窮地』です」

 

 後ろを向いて去ろうとするその人にそう言うと、その人は首だけこちらを向いて小さく息を吐いた。

 

「俺、ヒーローになります」

 

「……そうか」

 

 それは、よかった。と残して、その人は去っていった。……よかったって言うのは、どういう意味だろうか。

 

 なんとなくだが、前向きに受け止めてみようと、そう思った。




お試し投稿です。こういう風な考えるだけ考えて消化できていないネタが何本もあります。


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助走段階

 ヒーローになると決めたあの日から。

 

 まずは何事も基礎からだろうと、全体的な筋肉をつけ、持久力をつけることから始めた。ワルの先輩に「俺ヒーローになります」と言ったところ、「じゃあ俺らが揉んでやるよ」とトレーニングの相手をしてくれている。ワルの先輩だからヒーローになるなんて言ったらボコボコにされると思ったが、「俺たちが危なくなったら助けにきてくれよ!」と肩を組んで言ってくれた。なんであんないい人たちが悪いことしてるんだろう。

 

 そうそう、今はそんな話をしたいのではなく、いや、したくはあるのだが。

 

 持久力をつけるために日課のジョギングをしているときに目に入ったものについて話をしたい。誰に?って、これから行動するであろう未来の自分に話したいんだ。自分との相談っていうのはいつになっても大事なのである。特に、こういうどうすればいいんだろうという状況は。その状況が何なのかというと。

 

 あの日、俺を助けてヒーローの道を示してくれた人が、猫を可愛がろうとしていた。しかも逃げられた。

 

「……」

 

「……」

 

 道端でしゃがみこんだ状態のまま動かないあの人に、俺も思わず立ち止まる。ジョギングを続けてもいいのだが、恩人相手に無視はないだろう。例え恩人が無視してほしいと思っていたとしてもだ。

 

「……」

 

「……」

 

 あの人が俺を見た。これで俺のことに気づいていなければやりやすかったのだが、やはり気づいていたらしい。それもそうだろう。俺も声をかけようとして、その後に猫を可愛がろうとして逃げられたという場面を見てしまったのだから。俺が早く話しかけていれば俺が猫を逃がしてしまったという風に言えるのに、行動の遅い自分が悔やまれる。

 

「……久しぶりだな」

 

「あ、お久しぶりです」

 

 これは、なかったことにしたいのだろうか。というより、見なかったことにしろということだろうか。いずれにせよ触れてもいいことはなさそうなので猫の件は今忘れることにする。

 

 あの時のカッコいい印象をずっと持ってたから、ちょっと可愛いなと思えてむしろいいと思うんだけど、本人はまったくいい気はしないだろうし。

 

「ジョギングか」

 

「はい。とりあえず基礎をつくるところから始めようかと思いまして」

 

「合理的だな。まずは何事も基礎からだ」

 

 これは褒められたのだろうか。褒められてはいないにせよ俺のしていることは間違っていないということではありそうだ。

 

「もう志望校は決めたのか?」

 

「一応、雄英に」

 

 成績的に目指せそうというか、心配なのが実技だけというか。せっかく成績がいいんだから上を目指そうと担任から言われ、ヒーロー科のことはよくわからなかったのでそれに従った形になる。まぁ、最高峰っていうくらいだから他よりはいいのだろう。

 

「雄英か。まぁ、頑張れよ。幸い個性と向き合う時間も約一年ある。できるだけモノにするといい」

 

「あ、その個性のことで相談があるんですが」

 

「それは俺の仕事じゃないだろ」

 

「ヒーローに向いていると言ってくださったのはあなたです」

 

 あの人はめんどくさそうに頭を掻いた。見た目が見た目だからそういう仕草がめちゃくちゃ似合う。……もっときちんとすればしゅっとしてカッコいいだろうに。

 

「なんだ」

 

「最近気づいたんです。俺の個性、あまり強そうじゃないなって」

 

 これは、先輩たちに揉まれていた時に思ったことだ。俺の個性は傷つけば傷つくほど、疲れれば疲れるほど身体能力が増す。それは筋力、持久力、五感まで。あらゆるものが強化されるのだが、これが少しまずい。ある日、先輩たち相手に調子乗って動き続けていたら、急に体がガタガタになった。つまりこれは、増した分の力が返ってきているということ。

 

「要するに俺の元々の力量を100とすると、身体の負担によって120、と力が増しますが、その負担が取り除かれると120-100=20。つまり20は身体の限界を超えたわけですから、そのツケが回ってくると考えたわけです」

 

「なるほどな。通常動けていないはずの状態で動いてしまっているから、か。だが少しおかしくないか?例えば負担が疲労だとして、持久力が120になっているなら、回復するごとに119、118、と力量が減っていき、最後には100で安定するはずだろ。まさか一気に100まで回復するわけでもあるまいし」

 

「常時発動ならそうですね」

 

 俺の言葉に、あの人は納得いったように頷いた。偉そうになってしまうがこの人、一を言うと十を理解するタイプだと思う。俺もそうなれたらカッコよくていいのだが。

 

「なるほどな。つまり徐々に力量が上がっていくわけじゃなく、100の状態から個性を発動して初めて力量が120になるってことか」

 

「はい。そうしてしまうともう20のツケを払うことが確定してしまうわけです」

 

 最近個性を認識して任意発動できるようになったが、今までは無意識に発動していた。だから疲れても平気だけど休んでからがものすごくしんどかったのかと最近になって納得したところである。俺は恐らく成績はいいがバカなタイプだ。なぜか一番ダサく見えるやつ。

 

「で、それがどうしたんだ」

 

「このツケを払わなくてもよくなる方法って思いつきます?」

 

「ないな。慣れろ」

 

 やはりそうか、と冷たいなぁと思いながら自分の結論と一致したことで更に自信を強めた。いや、別にこの人の言ってることが全部正解ってわけじゃないんだけど、どうもあんな風に助けてもらって道を示されれば、そりゃ憧れもするし。

 

「ですよねぇ。せめて普通の状態でも戦えるようにして、負担がかかったら負担がかかっただけ力量を増すんじゃなくて、その増し方も調整できればと思うんですが」

 

「50の負担がかかっていたとして、20力量を増す、みたいなことか?」

 

「そうですそうです。何分個性を自覚したばかりなので、その辺りの調整がどうも難しく……」

 

「自分で考えることはいいことだ。が、躓いたなら同じ系統の個性を持つやつに相談するのがいいかもな」

 

 はは、そうですねと返しつつ、もう全滅なんですけどと心の中で呟いた。もう少し早く個性を自覚していればこれほど悩むことはなかったのだろうが、まぁそんなもしもの話をしていても仕方がない。

 

「ま、ほどほどに焦れよ。知ってるとは思うが雄英の門は狭い。恐らく全国からエリートが集まってくることだろう」

 

 言うと、あの人は立ち上がり、背を向けて手を振りながら、

 

Plus Ultra(更に向こうへ)だ。無茶はするなよ」

 

 ……あぁいうクールな大人っていいよなぁ。俺みたいな年齢の男子からすれば、大人の男なんて大体よく見えるとは思うが。

 

 いや、そんなことより。

 

「すみません!お名前を聞いてもよろしいですか?」

 

 あの人の背中に声をぶつけると、立ち止まってこちらを向いてくれた。口に出して言ってはいないが、いつまでもあの人なんて呼んでいたら失礼だ。なにより、俺自身が名前を知りたい。

 

「あ、俺の名前は久知(ひさち)(そう)です」

 

「……相澤(あいざわ)消太(しょうた)だ。よろしく」

 

「はい!あと猫って可愛いですよね!」

 

 睨まれた。やはり触れてほしくなかったらしい。

 

 

 

 

 

(筋肉痛だ)

 

 いや、筋肉痛どころの騒ぎではない。まるで体内に地雷を埋め込まれ、それを何も恐れることなくすべて踏み抜いて行き、連鎖的に大爆発が起きているかのような爆発的痛み。とりあえずそろそろ限界を知っておくかと思って体力のギリギリまで走り込み、最大限窮地を発動させてみれば死にかけた。とんでもなく痛い。今日が休みでよかった。

 

 うん、これはない。使ってそれが収まった後動けなくなってしまってはヒーロー失格だろう。これではどちらかといえば要救助者だ。助ける側が助けられてどうするという話である。これは速やかに強化幅の調整を身につけなければならない。

 

 そう考えながら、部屋に飾ってある雄英の写真を痛む首を回してじっと眺めた。

 

 こういう話がある。志望校と自分が映っている写真を撮り、それを部屋に飾るとモチベーションアップにつながり、合格しやすい、という話。自分がその学校でこうしているだろうなぁというイメージを固め、それを実現したいという意欲を高めるためそうなると俺自身は考えている。

 それと似たようなもので、今のこの状態を写真に撮って「こうはなりたくないなぁ」という戒めとして部屋に飾っておこう。見る度情けない気持ちになるが、こういうのは自分に厳しくした方がいい。慣れないうちは同じこと繰り返しかねないし。

 

 となれば、まずはスマホで写真を撮って、それから……。

 

「……」

 

 体が動かないので、親がくるのをひたすら待った。数分して部屋を訪れた母親から「何してんの?」と冷たく言われたことは二度と忘れないだろう。




書きたかったので書きました。


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雄英入試~体育祭
倒して助ける


 入学試験とは。

 

 大半の学生が緊張し、らしくないミスをしたり、焦っていつも通りの力を出せない場のことである。

 

「今日は俺のライブへようこそー!エヴィバディセイヘイ!!」

 

 だというのに、実技試験のプレゼンをする先生は物凄くハイテンションだ。これは緊張しているであろう学生を柔らかくするためのものだろうか。だとしたら尊敬するべきことだが、恐らく自分がああしたいからああしているのだろう。なんか楽しそうだし。

 

 実技試験の概要はこうだ。

 

 持ち込み自由の10分間の模擬市街地演習に現れる攻略難易度によって1、2、3、とポイントが割り当てられた仮想敵を行動不能にし、ポイントを稼ぐというもの。その仮想敵の他に0ポイントの所謂お邪魔虫が1体おり、なんでも大暴れするとか。1体ということはものすごくめんどくさいやつに違いない。よっぽどのことがなければ避けて通るべきだろう。

 

「俺からは以上だ!最後に我がリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう!!かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!!Plus Ultra(更に向こうへ)!!それでは皆、良い受難を!!」

 

 ……こういうのってなんかいい。男の子なら震えあがるところだろう。それがこれから始まる試験への緊張か、プレゼンの熱さに心を震わされてかはわからないが。少なくとも俺は後者だ。

 

「……よしっ」

 

 ヒーローたるもの前向きに。俺は受かるに決まっている。そう自分に言い聞かせて俺は試験会場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 周りを見ると、やはり緊張しているのが何人か。普通はそうだろう。最高峰の雄英を受験しにきて緊張しないはずがない。していない、あるいはしているかもしれないがしていないように見えるのはパッと見る限り金髪のツンツン頭のやつか。目怖いな。

 

(怖さで言えば相澤さんもそうか)

 

 種類は違うが、あの人もどこか冷たい印象を受ける。実際は優しい人なんだけど。

 

『ハイスタートー!』

 

「ん?」

 

 ハイスタート?なんだそれ、と考える前に、近くで爆発音が聞こえた。見ると、さっきのツンツン頭が受験生の群れから飛び出して、仮想敵を倒しにいっている。

 

『どうした!?実戦じゃカウントなんざねえんだよ!!走れ走れぇ!!』

 

 スタートの合図もないだろうけど、と屁理屈を頭の中でこねながら走り出した。

 

 俺の個性は、身体に負担がかかるまで発動できない。そして一旦発動すると10分間という長時間使用できるが、次使うまでに3分のインターバルが必要だ。使用中にまた発動させることもできるが、それは身体への負担が大きくなるのであまり使いたくない。

 なので、基本的には個性を使わず、どうしてもと言うときに使う。幸いこの試験は10分間。俺の個性の制限時間内だ。

 

「標的捕捉!ブッ殺ス!」

 

「物騒だな」

 

 敵らしいことを言いながら現れたのは1ポイントの仮想敵。速くて脆いという特徴のそれを、あのツンツン頭がバラバラにした仮想敵の一部を抱えて、一閃。

 

「1ポイント、っと」

 

 崩れ去る仮想敵を確認し、ポイントをカウントする。これくらい脆いなら強く叩けば行動不能くらいにはできそうだ。ただ、1ポイントばかり稼いでいても受かることはないはず。

 

(狙うなら2ポイントか3ポイント)

 

 他の受験生を襲っていた2ポイント仮想敵を上からたたき潰しつつ、その仮想敵の一部を拾う。この超人社会に武器を現地調達って、まるで原始人だな。

 

「サンキュー!助かったぜ!」

 

「おう。ちょうど武器が欲しかったところだ。気にすんな」

 

 見た目がカチカチなやつの礼に「また雄英で会おうぜ」と軽く返して、仮想敵を探しに行く。今の恥ずかしいやつと思われてないかな。いや、だってこういうの憧れるじゃん。誰だって。決勝で会おうってやつと同じノリ。

 

「3ポイント」

 

 心の中で誰かに向けて言い訳しつつ、一閃。2ポイント仮想敵の武器を放り投げ、3ポイント仮想敵の一部を抱え上げる。中々の重さだが、こうして重いものを持って疲労を蓄積することは俺にとって都合がいい。

 

『残り5分!』

 

 そうして淡々と仮想敵を狩り続け、時には他の受験生を後ろから狙っていた仮想敵を横取りしていると、もう時間は半分となっていた。稼いだポイントは20くらいだろうか。まだまだ不安なので、そろそろ個性を使う頃合いだろう。

 

「上限解放30、くらいか」

 

 呟きとともに、体中に力が溢れてくる。ちなみに上限解放30は固いものを容易く壊せるほどの力が手に入るくらいで、これは解除したときに激痛が数分続くくらい。動けないほどではないが、今からそのことを考えると少し憂鬱ではある。

 

(ただ、今は受かることが第一)

 

 抱えていた武器を放り投げ、市街地を駆ける。

 

 風になるとはこういうことか。思えば個性を思い切り使ったことがなかったのでこうして全力で走れるのは初めてだ。全力といっても上限解放をした時点での全力、といったほうが正しいか。

 

「ほっ」

 

 すれ違いざまに軽く仮想敵を叩き、破壊する。こんなに簡単に破壊できるなら最初から使っておけばよかったと思ったが、そういえば最初から使えないんだったとアホなやり取りを自分の頭の中で完結させ、そうしながらも数体破壊。

 

(1、2、……4、くらい?)

 

 そして強化された聴覚で仮想敵の位置を割り出し、そこに向かって駆け出した。同じ方向で爆発音が聞こえたので、もしかしたらあいつがいるかもしれないが、4体は流石にきついだろう。加勢にいく振りしてポイントを頂こう。

 

「って、速いな」

 

 到着と同時に仮想敵を叩き潰すと、もう残りはいなかった。確かあと3体くらいいたはずなのだが、俺が到着する前に目の前にいるツンツン頭が破壊してしまったらしい。というかなぜかめちゃくちゃ怒ってる。

 

「っテンメェ横取りすんじゃねぇ!」

 

「悪い。加勢のつもりだったんだが」

 

「余裕ぶってんじゃねぇザコ!俺を舐めとんのか!」

 

 舐めてしまっていたかもしれない。そういえばスタートの合図と同時に飛び出していたこいつなら、4体くらい余裕だと考えた方がよかったかも。もしかしてこれ俺が悪いのか?

 

「……ん?」

 

「っ、なんだ」

 

 しばらく睨まれて、お互いまた仮想敵を倒しに行こうとしたとき、突然地面が揺れ始めた。そして俺たちの目の前に、とてつもなくデカい何かがビルを崩しながら現れる。

 

「でっ、か」

 

 恐らくあれが0ポイントの仮想敵。あんなもん誰が相手にするっていうんだ。証拠に受験生全員0ポイント仮想敵を背にして逃げている。

 

「ありゃあダメだな。俺たちも逃げよう」

 

「うっせぇ!言っとくがアレが0ポイントじゃなきゃぶっ壊してたからな!」

 

「待ってくれ!」

 

 ?と二人同時に首を傾げる。聞こえてきたのは俺たちの背後で、つまり俺たちより0ポイント仮想敵に近い距離。見ると、そこにいたのはさっき会ったカチカチのやつと、腰を抜かしているやつらが四人ほど。

 

「こいつら運ぶの手伝ってくれねぇか!?腰抜かして動けねぇみたいなんだ!」

 

「腰抜かしてって……」

 

 仕方ない、と思うと同時に、間に合うか?という疑問が浮かんだ。あいつらとの距離を考えると、こっちが向かって一人が二人抱えるとして、あの0ポイント仮想敵から逃げられるだろうか。他の仮想敵が襲ってこないなんて保証もない。

 

 となると、これはつまり。

 

「……なぁ」

 

「あ?」

 

 俺はツンツン頭に声掛け、0ポイント仮想敵を指して一言。

 

「あいつ、ブッ倒してみたくねぇ?」

 

「……ちったぁ気が合うみたいだな」

 

 返事と同時に走り出し、ツンツン頭は手の平を爆破させて飛び、加速していく。

 

「ちょ、お前ら」

 

「お前は襲ってくる仮想敵蹴散らしとけ!」

 

「あのデカいのは俺らでなんとかする!」

 

 ぎょっと目を見開き俺たちをみるカチカチにそう告げ、0ポイント仮想敵を睨んだ。

 

「お前は関節っぽいところを爆破でぶっ壊して少しでも軽くしてくれ!そうすりゃ俺があいつをブッ倒してやる!」

 

「あ!?指図してんじゃねぇ!っつーかできんのかよ!」

 

「できる!」

 

 上限解放40。さっき重ねてやるとキツイって思ってたばかりなのに、まさかやることになるとは。ヒーローはいつだって命がけって誰かが言っていた気がするが、こういうことなのだろうか。

 

「頼むぞ!」

 

「言われんでもやったるわ!」

 

 聞くと同時に、跳躍。一気に0ポイント仮想敵の頭まで跳び、そのまま頭を押さえ、力を込める。

 

「おっっっっも!!」

 

 殴って壊してしまえば、あいつらのところに倒れてしまうかもしれない。なら答えは一つ。あいつらとは逆の方向に無理やり倒す!

 

「オラァァァアアア!!」

 

 下の方でガラの悪い声が聞こえるのは、あいつが仮想敵を爆破させて軽くしてくれているのだろう。徐々に傾いていく0ポイント仮想敵に、より一層力を込めて、とどめ。

 

「ぶっっっ倒れろ!!」

 

 勢いのまま腕を振りぬくと0ポイント仮想敵が少し浮き、大きな地響きと音とともに仰向けに倒れ込んだ。そして、

 

「う、おおぉぉぉぉおお!?」

 

 腕を振りぬいた勢いのまま落下していく俺。そういえばこうした後考えてなかった。もしかして俺このまま落下して死ぬ?

 

「バッカ野郎が!」

 

 人生二度目の死をそうして覚悟したとき、俺の襟首を誰かが掴んだ。そのまま抱え込まれ、激しくも規則的で、どこか緩やかな軌道で空を飛び、やがて地面に降ろされる。

 

 俺を地面まで運んでくれたのはツンツン頭だった。

 

「倒すだけ倒して後は考えねぇってバカがいるか!俺に脇役やらせといて死ぬ気かテメェ!」

 

「いや、それはもう。ハハ。ありがとう!」

 

「詰めが甘ぇんだよ!落ち死ね!」

 

 なんだろう落ち死ねって。受験にってことか?

 

「おい、無事か!?」

 

 イライラしているツンツン頭に頭を下げていると、カチカチがやってきた。固そうな姿をしている割には、人のよさそうな表情をしている。

 

「このバカが死にかけたが、後は問題ねぇ」

 

「怪我はない。そっちは?」

 

「大丈夫だ!あいつらはちゃんと逃げれたぜ!ありがとな、助けてくれてよ」

 

「いやいや、これでもヒーロー志望だからな。当然のことよ」

 

「もういいか?俺はもう仮想敵ブッ潰しに行くぞ」

 

 あぁ、そういや今試験中だったなとツンツン頭に賛成して、俺も倒しに行こうとしたその時。

 

『終了ー!!』

 

 試験終了を告げる放送。目を合わせる俺たち。

 

「……」

 

「……」

 

 何か怒鳴られる前に個性を解除し、激痛に苦しむことによって逃げることにした。怒鳴るツンツン頭と心配してくれるカチカチが対照的で物凄く面白かった。人間追い詰められるとまともな思考じゃなくなるのである。




名前:久知(ひさち)(そう)

年齢:15

誕生日:9月9日

身長:165cm

好きなもの:タバコ銘柄『Peace』(やめてる) 平和

個性:『窮地』

個性詳細
自分の体にかかる負担を力に変える!傷でも疲労でも病気でも果ては心労でもなんでもありだ!ただし、強化すればするだけ後で反動がくるぞ!


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入学初日

 あれは、いつの頃の話だっただろうか。

 

 周りから笑顔の気持ち悪い子と言われ避けられていた子を可愛いと思い、周りから色々言われつつも一緒に遊び。子どもながらに立派な恋をして。

 

 肌を突き破られ、血を吸われたのは。

 

 普通の子どもならその時点で怖がって近づかないと思う。が、俺はおかしかったのか、それとも実は周りがおかしいのか、俺は血を吸われて嬉しかった。なぜなら、その子にとって特定の誰かの血を吸うことは好きな人にキスをするように、愛する行為だと心のどこかで感じ取ったからだ。

 

 まぁ、本人がどう感じ取ろうと大人からすれば関係ないわけで。

 

 その子とは物理的に距離を離され、その日から一度も会わないまま、敵になったという情報だけを得て今に至る。ただ、そんな経験をして、親からやめておけと言われても、恋は盲目というかなんというか。

 

 まだその子のことを好きなのだから、やはり俺はおかしいのかもしれない。

 

 

 

 

 

「うーん、キマってる」

 

 姿見の前でポーズ。背は少し低いが顔がいいので、制服を着るとよりカッコよく見える。……背が低いのはタバコのせいか?やめときゃよかったか。なんだかんだいい先輩と出会えたきっかけではあるから、後悔はしていないけど。

 

「そんじゃ、いってきます」

 

 俺が家を出るころには家に誰もいない。両親ともに朝早くから出勤である。最後にご苦労様と伝えたのは何年前だろうか。ヒーローになると会う暇もなくなるだろうから、今のうちに親孝行をしておいた方がいいかもしれない。

 

 雄英高校ヒーロー科に合格した、という通知がきたのは試験を受けて一週間後だった。あの日は母親が慌てて機動隊ばりに俺の部屋に突入し、通知を投げつけてきたのを覚えている。そこまで慌てなくてもと思ったが、受験したのが天下の雄英なので無理もないかと変に冷静だった。あの自分より慌てている人を見たら冷静になるというやつである。

 

 通知を見ると、投影されたのはオールマイト。どうやら雄英で教師をすることになったらしく、一人ひとりにこうやってメッセージを送っているそうだ。まぁ、メッセージ自体は要約すると合格おめでとうという簡単なものだったが。

 

 と、絶対に受かると思いつつ内心びくびくしていた俺は無事雄英に合格することができた。晴れてヒーロー科42人の仲間入りである。

 

 雄英ヒーロー科は21人が2クラスの合計42人。そのうち推薦入試組が4人、だったか。雄英に推薦入試で入るとは、きっとものすごいやつなのだろう。あのツンツン頭よりすごいってもうそれは人ではなく化け物かなにかだと思うのだが、どうだろう。そういえばあいつらの名前聞くの忘れてたな。多分俺のせいだけど。

 

「……お?」

 

 そんなことを考えながら通学路を歩いていると、前の方に見覚えのあるツンツン頭がいた。きっちり雄英の制服を着ているし、アレは見間違えようもない。ここで声をかけないのはないだろうと小走りで近づき、挨拶した。

 

「よっ、おはよ」

 

「……」

 

 目線だけこちらに寄越し、中指を立てるツンツン頭。そういえばイヤホンしてるなこいつ。

 

「人と話すときはイヤホンしちゃダメなんだぞ?」

 

「……」

 

 更にもう片方の手の中指を立て、こちらに向けてきた。なるほど。

 

 俺はツンツン頭の耳からイヤホンを外そうとして腕を伸ばしたが、直前で叩き落とされた。中指を立てながら。ムカついたので足を踏んでやると、鬼の形相で胸倉をつかまれ、イヤホンを外し、

 

「上等だテメェ!!その喧嘩買ったらぁ!!」

 

「おはよう。久しぶり」

 

「どんなメンタルしとんだコラ!!」

 

 やっとイヤホンを外してくれたので挨拶すると、精神状態を心配されてしまった。俺も俺自身の精神が心配になることがあるので何もおかしなことではない。

 

「いや、だってムカついたし。お前イヤホン外さねぇし。そりゃ踏むだろ」

 

「踏むな!!朝から最悪な気分だクソが!!二度とそのツラ見せんじゃねぇ!」

 

「あ、一緒に行こうぜ。せっかく一緒の高校なんだし」

 

「行くか!今すぐ落ちろ!」

 

 無理だろ。

 

 ツンツン頭の隣に並び、歩調を合わせて歩く。あれほど暴言を吐いた割には隣を歩くことを許してくれるらしく、俺は高校生活最初の友人と桜を眺めながら、晴れやかな気分で通学路を歩いていた。ちなみにもう横っ腹を既に三回はどつかれている。

 

「おい」

 

「今のでお相子だ。一回踏んだろ」

 

「雄英生ともあろうものが数も数えられねぇのか?俺は一、お前は三」

 

「あんときの迷惑料だ」

 

「その節はどうも」

 

 それを言われたらどうしようもない。潔く頭を下げると、ツンツン頭はふん、と鼻を鳴らした。

 

「はい。これで同じ立ち位置な。貸し借りゼロ。対等な関係。というわけでお名前は?俺は久知想。好きな物はタ、……平和」

 

「た?」

 

 そっぽを向いて口笛。うっかりタバコと言いかけた。危なすぎる。ツンツン頭の密告によって俺の退学が決定するところだった。

 

「で、名前は?」

 

「誰が教えるかカス」

 

「それが名前か?よろしくな。カス」

 

「爆豪勝己だコラ!!いっぺん殺し倒したろか!」

 

「殺し倒すっていっぺんじゃすまなくない?」

 

 バカな話をしながら歩いていく。何度か飛んでくる本気パンチを避けていると、無駄にデカい雄英の門が見えてきた。この前雄英を見た父親が小さな声で「税金……」と言っていたのが印象深い。

 

「何組?」

 

「A」

 

「お、一緒じゃん」

 

「最悪だわクソが」

 

 1-A、1-A……あった。ドアでか。雄英はデカけりゃデカいほどいいと思ってるのか?

 

「バリアフリーだろ」

 

「あぁ、なるほど。口悪い癖に頭いいのな」

 

「テメェ一言多いってよく言われねぇか?」

 

「よく言われる相手がいなかった」

 

 今まで暴言を吐いてきた爆豪の口撃が止んだ。そこで止むなや。悲しくなるだろ。

 

「開けるぞ」

 

「何ためとんだ。格付けか」

 

 爆豪の言葉に少し笑いつつ、ドアを開けた。

 

「結構集まってんのな」

 

「どけカス」

 

「俺に開けさせといて?」

 

 どこまでも自分だな、爆豪。既にこれまでのやり取りで慣れてしまったのでらしいとしか思わないが。

 爆豪の後をついていき、空いている席を探す。ちょうど爆豪が座ろうとしている後ろが空いているのでそこに座ろうとすると、

 

「ん?お!お前ら試験のときの!」

 

 教室に入ったときからこっちを見ていた赤髪の男子が俺たちを指して話しかけてきた。試験のとき?同じ試験会場だったのか、こいつ。

 

「ほら、0ポイント仮想敵のときの!」

 

「……あぁ、あの固そうな!」

 

「そう!あんときお前がのたうち回るから自己紹介もできねぇままでよ!俺は切島鋭次郎!よろしくな!」

 

「そののたうち回ったっていう情報伏せといてくれない?」

 

「ザコカス」

 

 爆豪に対して親指を下に向けながら、切島に自己紹介する。

 

「俺は久知想。よろしくな。で、あいつは爆豪勝己」

 

「何勝手に紹介しとんだ!」

 

「勝己ちゃんがまともに自己紹介できないからでしょ?」

 

「できるわ!し倒したろか!」

 

「一回でいいんだけど……」

 

「仲いいんだな、お前ら!」

 

 爆豪が大きい舌打ちをして机にどっかりと座った。そんな勢いよく座るの王様くらいだろ。王様の座り方知らないけど。

 ひとまず先生が来て怒られるのは嫌なので爆豪の後ろの席に座る。どんな先生がくるのだろうか。雄英の先生なのだからきっとヒーローの鏡のような人に違いない。例えば相澤さんみたいな……そういえば相澤さんってヒーローなのか?何度か会ってるけどそこらへん全然知らないぞ。

 

「……ん?」

 

 ごちゃごちゃ騒いでいる爆豪を無視して教室の入り口に目を向けると、芋虫みたいな何かがいた。正確には寝袋に入って芋虫みたいになっている人。そして俺はその人にものすごく見覚えがある。

 その人は寝袋に入ったままのそりと立ち上がり、寝袋からぬっと出てきた。やはり見覚えがあると感じたのは間違いではなかったらしい。

 

 ボサボサの長い髪に無精髭。俺を助けてくれた布を首に巻いているあの人は。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 相澤さんその人だった。というかヒーローだったのか。

 

 相澤さん……先生は寝袋から体操服を取り出し、グラウンドに出るよう命じた。まさかグラウンドで、しかも体操服で入学式をするわけでもあるまいし、合理的を好むあの人の事だ。きっと何かやるに違いない。

 

「おい、何にやけとんだ」

 

「え?あ、あぁ。悪い。カッコよくて」

 

「は?誰の許可得て人の形してんだゴミ」

 

 行くぞ、と既に着替え終わった爆豪にジャブを放ちながら付いて行く。あてるとめんどくさいのでもちろん寸止めだ。

 

「いや、あの人知ってる人でな。所謂命の恩人ってやつ」

 

「聞いてねぇわ」

 

「何にやけとんだって言ったろ」

 

「きめぇからにやけんなって意味だ」

 

「やんのか?」

 

「待てよ二人とも!」

 

 一触即発。睨みあっている俺たちの間に切島が割り込んできた。人のよさそうな輝かしい笑顔を浮かべて肩を組んでくる。

 

「せっかくなんだから一緒に行こうぜ!」

 

「お、悪い。置いてっちまって」

 

「いいって!爆豪が早すぎたんだろ?」

 

「テメェらが遅すぎんだよ」

 

 なぜこれほども清々しく俺様でいられるのだろうか。己に勝つっていう名前だし、勝ち続けた結果こうなったのかもしれない。自尊心の塊か?

 

「何するんだろうな。体操服着てグラウンドって」

 

「体力測定とか?」

 

「ありえる。ヒーロー科だから基礎運動能力を知る、みたいな?」

 

 多分そんなところだろう。入学初日にやるっていうのがまた相澤先生らしいというか。ヒーローになるためには入学式も無駄っていうことか。

 

 みんなより早めにグラウンドにつき、喋っていると相澤先生に睨まれたので大人しくしているとすぐに全員揃った。やはり雄英にくるだけあってこのあたりは優秀らしい。

 

 そして、先生の口から告げられたのは。

 

「個性把握」

 

「テスト?」

 

 個性把握テストという、雄英ならではの測定だった。



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個性把握テスト

「死ねぇ!!」

 

 死ね?

 

 個性把握テスト。言ってしまえばそれは個性使用ありの体力テストのようなものだった。今爆豪がモラルに欠けたセリフとともに投げられたボールは、爆豪の個性である『爆破』の勢いが乗せられ、705.2mを記録した。どや顔でこちらを見ている爆豪に迷わず中指を立てる。

 

「まず君らには自分の最大限を知ってもらう」

 

 自分の個性でどこまでできるかってことね。でも、これちょっと俺に不利というかなんというか。

 

「個性思いっきり使えんのか!すげー面白そう!」

 

 心の中で「俺は思いっきり使えないんだよ」と文句を言いつつ、ただまぁ爆豪みたいな個性のやつは面白いだろうなと俺にめちゃくちゃキレてくる爆豪を見ながら思う。何せ個性を思い切り使う場所なんて普通の生活をしていればなかったはずだ。日常的に役立つものなら別だろうが、モロ戦闘向きの個性なんか使う機会なんてそうそうない。

 

 爆豪なら関係なしに使ってそうだけど。

 

「面白そう、か。うーん、よし。じゃあトータル成績最下位の者は見込みなしとして除籍処分にします。頑張れ」

 

「え」

 

 面白そうと思ってしまったことが気に入らなかったのか、先生が大人げないことを言い出した。いやいや、いくら自由が校風といっても入学初日に除籍て。……俺数年前に見込みありって言われたから大丈夫よね?

 

(ちょっとずつ重ねがけしていってもいいけど、負担がやばいからナンセンス)

 

 限界ならとっくに知ってるから、俺は万全の状態からできることを模索していくべきだろう。先生もそれを期待しているに決まってる。ちっともこっちを見てくれないけど。

 

 第一種目は50m走。これは普通に走ろう。なんかメガネのやつがすげぇ記録出してるけど、他のやつのすごさに引っ張られて対抗してもいいことがない。……3秒04って、どれくらい上限解放すれば出せるかな?

 

「次」

 

「お、よろしく爆豪」

 

「消えろ」

 

 消えろ?

 

「爆速ターボ!!」

 

「邪魔!」

 

 スタートの合図とともに、爆豪は爆破で飛んで行きすぐにゴールした。それはいいけど目の前で爆破させられたらめちゃくちゃ邪魔なんだけど。やり直しききませんかね?

 

(といっても)

 

 記録は6秒5。個性を使っていないにしては速い方だろう。個性の都合上、やろうと思えば限界を超えて鍛えられるのでそれが幸いした形か。あの激痛を思えば嬉しいやら嬉しくないやら。

 

「ザコ」

 

「?」

 

 爆豪にザコと言われた気がしたが、気のせいだろう。俺凄いし。

 

 握力、立ち幅跳び、反復横跳びも個性なしでこなしていく。待ち時間とかの都合上、残り三種目あたりで個性を使った方がいい。時間制限のある個性って本当に難儀すると思う。いや、俺のはインターバルがあれば使えるんだけど。

 

「テメェ、なんで個性使わねぇ」

 

「反動がな。結構辛いのよ」

 

「喋るな。次」

 

 ソフトボール投げを終えて帰ってきた爆豪とちょっと話すと先生に怒られてしまった。厳しいのね。久しぶりだから話をしたいが、今は教師と生徒の関係なのであまりよくはないだろうし。生徒じゃなくなるかもだけど。

 

(まぁ)

 

 あの緑のもじゃもじゃ。あいつも個性使ってないみたいだから現時点の最下位はあいつだろう。ここから巻き返しがくるかもしれないから油断はしないようにしよう。俺みたいに反動がデカい発動型かもしれないし。というか多分そう。

 

「よし、はじめ」

 

 今までの疲労的にはそこまでたまってない。せいぜい使えて20くらいか。……いや、20もなさそう。もう少しだけど。俺の個性ってここら辺がわかりにくいから不便なんだよな。

 

 とにかく、足りなさそうなら疲労をためればいいだけ。

 

「先生、円から出なきゃ何してもいいんでしたっけ?」

 

「いいからはよ」

 

 全然興味なさそうだな、と思いながら許可を得られたので腿上げを開始する。上半身をめちゃくちゃに動かしながら。周りからはめちゃくちゃ滑稽に映っていることだろう。聞き覚えのある声で「とうとうおかしくなったか」って聞こえてくるし。絶対爆豪だ。覚えとけよ。

 

「よし、たまった」

 

 仕上げにその場でぴょんぴょん跳ねてからボールを構える。

 

「上限解放、20」

 

 言葉とともに沸きあがってくる力。解除したときの痛みを今は忘れておいて、力いっぱいボールを投げた。

 

(多分、500くらいだろ)

 

 大体の飛ぶ距離にあたりをつけつつ投げたボールは、意外にも俺が思っていたよりも伸びていき、出た記録は。

 

「678.4」

 

「……ほえー」

 

 限界を知るってこういうことか。なるほど。どうやら俺は身体を鍛えれば鍛えるほど上限解放した時の力の伸びが増すらしい。悪い見方をすれば、鍛えれば鍛えるほどまた自分のできることを見直さなければならないってことだけど。

 

「やっとヒーローらしい記録出たな!」

 

「まぁこんなもんよ。こっからは全部ヒーローらしい記録だすからよろしく」

 

「俺よりはザコ」

 

「ぷぅー」

 

 恐らく言い返すよりもムカつくであろう返しをすると、本気パンチが飛んできた。やめとけその喧嘩っ早いの。

 

「お、次はあの緑の子か」

 

「無個性のザコだからどうせ除籍だ除籍」

 

「無個性?君は入試時に彼が何をしたのか知らないのか?」

 

「あ?」

 

「え、普通に個性持ちじゃねぇの?」

 

 緑の子を無個性だと言い張る爆豪に聞くと、「無個性に決まってんだろ」と返ってきた。いや、お前の中で決まってることなんか知らねぇよ。

 

「発動型で反動がデカいから今まで個性使ってなかったんだと思ってたけど、マジの無個性?流石にあの試験を無個性で乗り切るのは無理あると思うぞ」

 

「セコイことしたんだろ」

 

「いや、彼は入試時に0ポイント敵を倒したんだ!」

 

 爆豪の「は?」と俺の「え?」が重なった時。緑の子がボールを投げた。しかし、0ポイント敵を破壊したらしい緑の子が投げたボールは46mという何の変哲もない記録に終わる。個性使ってなくね?出し惜しみ?

 

「個性を消した」

 

 個性を消した?

 

「そうか、あのゴーグル……視ただけで個性を消せる、抹消ヒーローイレイザーヘッド!!」

 

「そうなんだ」

 

「恩人じゃなかったのか?」

 

 いや、恩人だけど最初以外はほとんど話してるだけだったし。そういやあの布使うこと以外何も知らなかったな。てっきりあれが個性なのかと。

 

「つか、個性消したってことはやっぱり何かしらの個性は持ってるんだろ」

 

「……」

 

 黙ってしまった。何か思うところがあるのだろうか。

 

 恐らく、相澤先生が個性を消したのならやはり反動つきの個性で、しかもデカい反動なのだろう。そうじゃなきゃ個性を消す理由がない。俺の個性は消されてないし、これは許容範囲内の反動だからだと考えるとつじつまが合う。多分腕一本くらい犠牲にしようとしていたんじゃないか?

 

 あいつが俺が思っている通りの個性なら、腕じゃなくて指にすればいいのにと思ったが、もしかしてその辺りの調整ができないのだろうか。俺も脳の回転、感覚、筋力のどれか一つを強化、という程度ならできるが、まだ身体の部分強化はできないし。

 

「お、投げるぞ」

 

「興味ねぇわ」

 

 言いつつじっと見つめているので説得力がまったくない。

 

 そして。

 

 700m以上飛んだボールを見て、めちゃくちゃびっくりしているから尚更説得力がない。

 

「どーいうことだデク!ワケを言えコラテメェ!!」

 

「行っちゃったよ」

 

 ぶるぶると体を震わせていたので「あ、キレてるな」と思ったがまさか本当にキレているとは。全然どうでもよくないじゃん。

 

「何かややこしそうだなあいつら」

 

「爆豪がややこしいなんて今更だろ」

 

 心配するように爆豪たちを見る切島に軽く返した。あぁいうのは当人同士で解決する問題だろ。どんな問題か知らんけど。

 

 

 

 

 

 

 結局、結果は9位だった。個性を使ってから盛り返したものの、それまでの差が埋められずといったところ。ちなみに最下位除籍は嘘だったらしいが、見込みナシって思ったら絶対除籍したんだろうなと個人的には思ってる。

 

 個性把握テストが終わって、今日は解散。爆豪と帰ろうと思ったがめちゃくちゃ機嫌が悪そうなので断念し、相澤先生のところへ行くことにした。久しぶりだから挨拶くらいはしておかなければ。

 

「職員室……」

 

 地図を頼りにたどり着いたそこを前にすると、少し緊張してくる。ほら、学生って職員室入るのすごく緊張しない?俺だけ?多分一定数はいると思う。

 とりあえず落ち着くために深呼吸。あと体の激痛を和らげるためにも。結構普通に歩いてきたが、体が痛くないというわけではない。普通に痛い。

 

 深呼吸を終えて、いざ扉を開こうと職員室のドアに手をかけたその時。

 

「何してるんだ?」

 

「相澤さん」

 

「先生だ」

 

 いつの間にきていたのか、相澤さん、先生が俺の後ろにぬぼーっと立っていた。

 

「いえ、お久しぶりですので相澤先生に挨拶をと」

 

「必要ない。俺には仕事があるからまっすぐ家に帰れ」

 

「冷たくないです?」

 

 言いつつ、これが相澤先生だとうんうん頷く。頷いている俺をじとっとした目で見てくるのも相澤先生らしい。

 

「じゃあ帰ります。ちょっと挨拶をしておきたかっただけなので」

 

「おう、帰れ帰れ。その体休めないとダメだろ」

 

 普通にしていたつもりだったがバレていた。先生をやっているとそこら辺の目も養われるのだろうか。ちょっとカッコいい。「お前怪我してるだろ」って一生に一度は言ってみたい。

 

「では、失礼します。明日からよろしくお願いしますということで」

 

「あぁ」

 

 まったく不愛想な人である。爆豪とはまた違ったベクトルで。……俺変な人に懐きすぎじゃない?

 

「……久知」

 

「はい?」

 

 頭を下げてから帰ろうと歩いていると、相澤先生に呼び止められた。何だろうか。除籍とか言われたら泣く自信がある。

 

 相澤先生は職員室のドアに手をかげながら空いた手で似合わないOKサインを作り、

 

「個性、頑張ってるな。だが満足はするなよ」

 

 とだけ言って、職員室に入っていった。

 

 うん。除籍とか言われなくても泣くわこれ。



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屋内戦闘訓練

「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!」

 

 次の日。

 

 午前中に英語等の普通の授業をし、爆豪が食う真っ赤な食い物に引きつつ昼食を終えた午後、ヒーロー基礎学の時間。

 

「今日は戦闘訓練だ!」

 

 いきなり戦闘訓練をするらしい。後ろ姿でも爆豪がめちゃくちゃ嬉しそうにしているのがわかる。君好きそうだもんね。

 

「それに伴って!君たちの個性届と要望に沿ってあつらえた戦闘服(コスチューム)!これを来てグラウンドβに集まるんだ!」

 

 ヒーロー科とはこれほどワクワクするものなのか。男の子なら一度は憧れるだろう。ヒーロースーツを着て戦うという燃える行為。まぁ俺の戦闘服は白い線が入った前を開けたジャケットに黒い肌着、更に黒いカーゴパンツとほとんど私服みたいなもので、ヒーロースーツとは程遠いのだが。

 

 ただ、普通の服に見えても衝撃を吸収したり熱に強かったりと様々な素材を用いて作られている。どれだけお金がかかったかなんて想像したくもない。

 

 戦闘服に着替えてグラウンドβに向かう。うきうきしている爆豪を俺と切島で挟んで歩き、辿り着いたのは入試の演習場。また市街地演習でもやるのだろうか?

 

「いいや!屋内での対人戦闘訓練さ!」

 

「対人……」

 

「なんで俺を見る?」

 

 こいつ俺を殺してやろうとか考えてないか?

 

「君らにはこれからヒーロー側と敵側に分かれてもらい、二対二、もしくは二対三の屋内戦を行ってもらう!」

 

「2対3か。不利じゃん」

 

「何人いてもブッ殺しゃ一緒だろ」

 

「ブレねぇな爆豪……ま、劣勢を覆すのも漢っぽくていいけどな!」

 

 それはわかるが、できれば二対二をしたい。それか三人のうちの一人になるとか。できれば個性を使いたくないから、強いやつと組んでそこそこにいい動きをして終わりたい。消極的に思えるかもしれないが、俺にとって個性を使わずに動くということは一番といっていいほど重要なことだ。

 

「状況設定は敵がアジトに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている!勝利条件はお互い二つ!ヒーロー側は制限時間内までに敵を捕まえるか核を確保すること!敵側は制限時間終了まで核を守るか、ヒーローを捕まえること!捕まえたという判定はこの確保テープを巻くことだ!」

 

 なんだ、気絶させなくていいなら少しやりやすい。流石に個性なしで爆豪みたいなやつに勝てるとは思えないし。爆豪とやるって決まったわけじゃないけど、雄英のヒーロー科なんて強いやつらの集まりに決まってる。

 

「さぁみんなくじ引いて!」

 

 くじて。まぁ入学して間もないから適当にペアを組むっていうのもやりにくいからくじの方がありがたいけど。爆豪とか絶対ペアになってくれないし。むしろ嬉々として俺を殺そうと敵になるだろ。

 

「ん、Jか」

 

「お、久知と一緒か!知ってる分気が楽だな」

 

 どうやら切島と一緒らしい。よかった。爆豪と一緒になったら仲間割れ起こす可能性があった。あいつ基本的に俺の事嫌いだから爆破されかねない。これであいつのペアとやることになったらそれはそれで爆破されるんだけども。

 

「さぁ最初はAコンビがヒーロー!Dコンビが敵だ!」

 

 その心配もないみたいだ。確かDコンビって爆豪とメガネ、飯田、だっけ?だったはずだし。……Aコンビに緑、緑谷?爆豪が因縁つけてるやつがいるのがちょっと心配だけど、爆豪だって場はわきまえるだろう。恐らく。多分。

 

 

 

 

 

 

「わきまえなかったなぁ」

 

「なにがだ?」

 

「いや、なんでも」

 

 あれからしばらく経って、俺たちの番。俺たちが敵側で、Gコンビがヒーロー側。なんか耳になんかついてる女の子と、チャラいやつが相手だ。女の子の方は耳が個性に関係するんだろうけど、チャラい方がわからん。

 

 あの後。爆豪は人殺しギリギリの攻撃をかまし、結果的に負け、めちゃくちゃ静かになってしまった。アレは触れちゃいけない状態だ。触れた瞬間爆破して俺が粉々になる可能性がある。一応友だちとしてなんとかしてやりたいが、俺じゃどうにもできなさそうだし。

 

 まぁ、今は訓練に集中するべきだろう。爆豪は爆豪だし、明日には元通りになっている。はず。

 

「切島。先に俺の個性を説明しとく」

 

「おう。頼む」

 

 ちなみに俺は見た目通り硬くなる個性な。と言ってカチカチになる切島に頷き、説明を始めた。

 

「俺の個性は『窮地』。痛み、疲労、病気、あらゆる負担を力に変える発動型の個性だ。負担が大きければ大きいほど力を増せるが、制限時間は10分、インターバルは3分。使ってる途中に重ねて個性を発動できるが、その場合体に返ってくる負担もデカくなる」

 

「だから入試ん時のたうち回ってたのか」

 

「アレは忘れろと何度も言ってる」

 

 まぁつまりだな、と続けて、

 

「はじめは個性なしで戦うしかない。で、この個性って防衛戦はすげぇ不向きなわけ。速攻されると負担をためる間もなくやられるし、不意をつかれると個性を発動される前に捕まりかねない。だから、そのためのサポートを頼みたいんだけど」

 

「おう!お前が個性を使えるようになるまで俺が盾になってやる!」

 

「男前すぎるだろ。ま、捕まらない程度には戦うから盾にするつもりはない」

 

『それでは戦闘訓練スタート!』

 

「じゃあ行くか」

 

「おう」

 

 俺たちは部屋を出て、四階から下に降りていく。ちなみに俺たちがいた部屋に核は置いていない。なんか向こうに耳っぽい個性の子がいたから、音で索敵できると踏んで俺たちがいた部屋に核がないかと勘違いしてくれないかな、と思ってそうしただけだ。できなかったらできなかったでどうせ向こうはローラー作戦するしかないし。

 

 今は四階建てのビルの二階。向こうが索敵できるなら一階を探さず迷わず上がってくると思うけど……。

 

「はい、確、ほっ!?」

 

「読め読め」

 

 索敵できると警戒している以上、角は要注意。案の定俺が近づいた瞬間飛び出してきたチャラいやつを蹴り飛ばす。うわ、モロに腹に入った。痛そう。

 

「よし、確保するぞ!」

 

「いや、ストップ。どんな個性かわからんうちは不用意に近づかない方がいい」

 

 それに、起き上がって一対二を覆せるようなやつならどうせどんな状況でもこっちが勝てるわけないし。というか一人?これは……。

 

「おい、もう一人はどこ行ったんだ?どこで誰が待ってるかもわからん状況で単独行動は危険だろ」

 

 逆に考えれば誰がどこで待ってるかわかってるから単独行動してる、って捉え方ができるんだが。

 

「そりゃ俺が多対一でも勝てる個性だからだ!降参するなら今の内だぜ!」

 

 あ、これ索敵能力あるな。

 

「切島、上に行ってくれ。こいつは俺がやる」

 

「わかった!」

 

「行かせるか!」

 

 上に行ってくれ、というのには意味があり、今は二階だから、探しに行くなら当然選択肢は上か下に分かれる。そこでわざわざ上に探しに行ってくれ、という意味は「今から上に行きますよ」とわかりやすく伝えるためで、それを嫌がるということは高い確率で上に相方がいる、ということになる。このチャラいやつわかりやすそうだ、

 

「しっ?」

 

「久知!」

 

 俺の体を襲ったのは、痛みと熱、痺れ。何をされたかわからなかったが、これは絶対に電気だろう。電気使えるって、それ強すぎない?

 

「これで一人!お前も痺れさせて」

 

「やらせねぇよ」

 

 麻痺していた俺の隣を抜けようとしたチャラいやつを蹴り飛ばす。

 

 上限解放20。電気を浴びせてくれたおかげで手っ取り早く個性が使えた。

 

「ったく、普通の人間なら気絶するくらいの電気あびせやがって。死んだかと思ったわ」

 

 切島に行け、とアイコンタクトを送るとすぐに上がっていった。いやぁ、上限解放すると耐久力増すってのが便利すぎる。こういう持続ダメージの中で動けるようになるっていうのは大きい。その他がほとんど不便な個性なんだけど。

 

「ってぇー……なんで平気なんだよ!」

 

「俺実は電気平気なんだよ。小さい頃雷にうたれてから」

 

「マジ!?」

 

「は?嘘に決まってんだろ」

 

「ムカつく!」

 

 とても純粋なやつだ。いや、アホって言うのか?こういうやつは。

 

「ま、これ以上相手にする必要もないし俺行くわ」

 

「は?おい待て!」

 

 チャラいやつに背を向けて走り出す。個性を使っている俺にあいつが追いつけるはずもなく、どんどん距離をはな……さずに、途中で振り返って急加速し、スライディングをかました。俺のスライディングはチャラいやつの足をしっかり捉え、思い切り転倒させた。受け身をとれているのは流石ヒーロー科といったところか。

 

「はい確保」

 

 まぁ受け身とろうが関係ないんですけどね。

 

 倒れたチャラいやつの足に確保テープを巻き、確保完了。いやぁこいつが素直で助かった。会話に応じてくれなかったら速攻でやられてただろうし。

 

「あ、クソっ!こすいなお前!」

 

「電気使うやつ相手に正面切って戦っても負けるだろ」

 

 情けないことを言うようだが、これは本当。実際最初のやつがもっと威力高かったら俺負けてたし。危なかった。強い個性を持っているやつはこれだから。羨ましい。

 

「お、残り数分。戦闘音聞こえないってことは不意つかれたか逃げられたかのどっちかだな」

 

「何ゆっくりしてんのお前?」

 

「だって核一階にあるし」

 

 言うと、チャラいやつは突然にやけ始めた。なんだこいつ?

 

「ふっふっふ、引っかかったな!」

 

「何が?」

 

「俺は油断したお前から核の場所を聞き出す役割!今頃耳郎が一階を探してる頃だぜ!お前の仲間は間に合わねぇし、お前も間に合わねぇ!俺たちの勝ちだぜ!」

 

 まさか。ということはこいつ俺が上に行ってくれって言ったときも演技してたのか?今頃一階を探してるってことは元々耳郎は一階にいたってことだろうし。

 

「あらそう。ならこうしよう。えーっと、耳郎?でいいのか。聞こえてる?」

 

 こいつの説明通りなら、耳郎はこの会話を聞いているのだろう。だとしたらやることは一つ。

 

「核を見つけても触るなよ。触ったらこのチャラいの殺すぞ」

 

「チャラいの!?」

 

 つか殺すって、と呟くチャラいのに何を不思議がっているのかと首を傾げた。

 

「今の俺は敵、らしいから、敵ならこうするだろ。多分。まぁアレだな、お前の命と核によって出る被害、どっちをとるかって話」

 

「鬼畜!」

 

「何とでも言え。今の俺は敵だ。制限時間はあと三分くらいか。よかったな。核と天秤にかけて悩んでくれてるぞ」

 

「うおー!!俺のことは構うな耳郎!早く核を!」

 

「そういうわけにはいかないっしょ」

 

 声とともに何かが俺に刺さったかと思うと、内部から衝撃。これあれだ。俺の個性の反動と似てる。なんて考えてる場合じゃない。

 

「助けに来たよ、上鳴」

 

「耳郎ー!!」

 

 衝撃に耐えながら振り向くと、クールな印象を受ける女の子、耳郎が耳から伸びたプラグを俺に刺していた。流石索敵できるやつは隠密行動もできるのか。まったく気づかなかった。

 

「確保!あとは敵が一人に核を見つけるだけ!」

 

「頑張れ耳郎!」

 

「あー、やられた。ところで耳郎」

 

「悪いけど、アンタに構ってる暇ないから!」

 

「いや、えっと」

 

「それに、核が四階にあるってことも知ってる!アンタほんっと性格悪いね!」

 

 俺に対してボロクソ言い残した耳郎は、急いで階段を駆け上がっていった。時間稼ぎ失敗。まぁあんだけ時間があれば一階探し終えてるだろうし、だとしたら四階に行った切島のところに核があるって考えるのが普通だよな。しかも俺が捕まってるから切島を捕まえても勝ちだし。

 

「あと一分か。なぁなぁ上鳴、でいいのか?いいこと教えてやろうか」

 

「なんだ?」

 

 痛む体を引きずって、上鳴を連れて歩く。確保されて戦えないが、これくらいは許してくれるだろう。

 

「ここの部屋ちょっと覗いてみ」

 

「……もしかして」

 

 そのもしかしてである。

 

「あー!!」

 

『敵チームWIN!!!』

 

「嘘ついてごめん」

 

「性格わりー!!」

 

 覗いた部屋に置かれていたのは傷一つない核。いやぁ、耳郎が索敵できてよかった。できてなかったら速攻見つかって負けてたし。

 

「おう、お疲れ」

 

「お疲れ、って」

 

 上から下りてきた切島の声に振り向くと、そこにいたのは切島だけではなく耳郎もいた。確保テープを巻かれて。

 

「なんだ、戦ったのか?」

 

「いやぁ、作戦通り逃げようと思ったんだけどよ。なんか、こう、漢が」

 

「それで負けてても文句は言わねぇけど、随分男らしい敵ですね?」

 

「言ってねぇか?文句。勝ってるし」

 

 結果ももちろん大事だが、過程も重視するタイプなんだ。俺は。

 

 こうして戦闘訓練は敵チームの俺たちの勝利で終わった。上鳴と耳郎からはみんなのところに戻るまでずっとじとっとした目で見られていた。いや、悪かったよ。



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講評、尋問、飯

「講評の時間だよ!」

 

 モニタールームに着くと、相変わらず画風が違うオールマイトとねぎらいの言葉をかけてくれるみんなに迎えられ、講評の時間が始まった。

 

「さて、まぁ結果を見ると今戦のベストは久知少年だな!」

 

「ありがとうございます」

 

 結果を見ると、という言葉が気になるところだがベストだというならありがたく受け取っておこう。いまだに上鳴と耳郎がじとっとした目で見てくるけど。

 

「常に先手を取り、相手を翻弄し、最後まで騙してみせた!更に入学して間もないというのに敵の心理を理解している!が、結果を見るとって言った意味わかるかい?」

 

「あー、まぁ、なんとなく」

 

 入学間もないやつが敵の心理を理解していたら、それは敵よりのやつじゃないのかと思ったりもしなくないが、今は置いておこう。ほら、敵に近づこうとしていた時期があったくらいだし、それは仕方ない。

 

「正直博打でしたからね。俺が向いてるのは時間制限なしの持久戦、それを考えると正面からの戦闘は愚策だと思いまして、相手が索敵できる個性と仮定した上で、それを元に作戦を立てました。仮定した個性がハズレだった時のことも考えて核を置いていた二階に向かっていたんですが、それで正面戦闘になると負けていたでしょうし」

 

 実際、上鳴が切島すら巻き込んだ放電をかましてきていたら負けていた。試合には勝っているが俺は捕まっているわけだし、あの時点で切島がやられていればふっつーに敗北。うまくいきすぎたんだ。本当に。

 

「俺と上鳴が一対一の場面になったときに耳郎が不意をついてきていたら上鳴を倒す前にやられていたでしょうし、『核を見つける』っていう意識が向こうにあったから勝てたようなもんですよ。なまじ索敵できる分、安全に核を見つけて勝てるっていう手段が向こうにあったからうまくいった作戦ですね。勝った気してませんし。普通に」

 

「……えっと、うん。すごいな君!自分を使うのはうまくても、人を動かすのはあまり得意ではないみたいだね?」

 

 確かに。今回俺ばかり動く作戦だったし、だからこそ切島も我慢できなくなって最後戦ったのだろう。俺だけのための授業ではないのだから、その辺りも考えるべきだったか。

 

「さ、講評終わり!次行ってみよう!」

 

 ヒーローを志す以上、いつか人の上に立つときがくるだろう。そういう時、今回のように自分だけ前に出るやつに果たしてどれだけの人間がついてきてくれるだろうか。しかも必ず体をボロボロにして帰ってくるおまけつき。

 

 その点を反省しながら個性を切って、激痛を耐えながら観戦した。

 

 

 

 

 

 

 授業が終わって、放課後。

 

 俺は黙って教室を出て行く爆豪の背中を見送りながら、上鳴に肩を組まれてぐちぐち言われていた。

 

「鬼畜ー、鬼ー、少し背の小さいイケメンー」

 

「だから悪かったって。あとありがとう」

 

 どうやら自分を人質に使われたことが気に入らないらしい。だって敵ならああするかなって。いや、初めて敵の役をするのにあそこまで徹することができるっていうのが問題なのか?

 

「や、あんなの文句も言いたくなるって。授業としては正しかったのかもしんないけど」

 

 椅子に座っている俺の机に腰かけたのは上鳴のペアだった耳郎。流石にもうじとっとした目で見てくることはないが、やはり思うところはあるらしい。俺性格悪いって言われたしね。

 

「切島と戦っても瞬殺されたし。これでもちょっとへこんでるんだよ、ウチ」

 

「アレは時間がなかったから焦っていいとこみせようとして突貫しただけだから、気にすんなって!次やったらどっちが勝つかわかんねぇし!」

 

 な!と上鳴と同じように肩を組んでくる切島に小さく頷いた。聞くに、焦った様子で上ってきた耳郎をこれまた焦った様子の切島が出合い頭にワンパン。沈んだ耳郎に確保テープを巻きつけたらしい。えげつない。

 

「次があったらウチが勝つし。にしても、久知の言う通りだね。上鳴を行かせて一人安全に核を探そうっていうのはまだいいとしても、せっかく久知が一人になったのに戦いに行かなかったのはねぇ」

 

「あぁあれな。あの時点では耳郎が上の階にいるって思ってたから、どうせ切島とぶつかるだろって思ってたけど、実は一階にいましたって俺相当ヤバかったろ。いきり散らして恥ずかしい」

 

「それ言ったら俺は堂々と作戦ばらして人質にされてんだぜ?だっせーのなんのって」

 

 少し沈みだした俺たちに、切島が明るい笑顔で「これからこれから!」と励ましてくれる。こういう明るいやつがいるとクラスはうまく回るんだ。俺クラスの輪に入ったことないから知らないけど。

 

「ま、耳郎は上鳴を助けにきたし、上鳴は普通に強い個性だし、切島は特に活躍無いけど結果的に戦って勝ってるし。悪いとこばっかじゃなくていいとこ見て行こう。俺は敵役が板についてた」

 

「ほんとそれな!やってた?敵」

 

「元敵が入れる雄英って何だそれ」

 

「ウチ、心音聞こうか?尋問尋問」

 

「えらく可愛らしいウソ発見器だな」

 

「はいはい。変なこと言って逃げようとしたってそうはいかないからね」

 

 バレた。耳郎みたいなタイプってかわいいとかなんとか言ってりゃ恥ずかしがってうやむやにできると思ったのに。最低か?俺。そりゃ性格悪いって言われるわ。

 

 耳郎がプラグを伸ばし、俺の胸にぴとっと当てる。まぁ本当に敵をやっていたわけじゃないし、おふざけ程度だからそこまで嫌がることもないだろう。微妙な顔をする切島に、手をひらひらと振って「いいよ」と伝える。切島っていいやつだから、冗談でも人を疑うようなこと嫌いそうだな。

 

「じゃあ質問。あなたは敵をやっていましたか?」

 

「ノー」

 

「……うん、落ち着いてる」

 

 よかった。ここで心臓バクバク鳴ったらどうしようかと。敵じゃなかったんだけど、こういうことされると無駄に緊張してしまう。

 

「あなたは何かしら悪いことをしたことがありますか?」

 

「……そりゃ誰だってあるだろ。ほら、小さいときって善悪の区別つかないじゃん?」

 

 未成年喫煙の文字が頭をよぎったので、これは嘘をついたらバクバク鳴るなと判断して本当のことを言いつつバレないように回答する。こういうことばっかやってるから「敵やってた?」って言われるんだろうが。反省しろ、俺。

 

「うわ、はぐらかすの上手いね。でもはぐらかすってことは、結構ヤバそうなことやってたんじゃない?」

 

「……」

 

「うるさっ!」

 

 どうやら俺の心音が爆発的な音を出したらしい。耳郎はたまらずプラグを俺の胸から外し、耳を抑えた。

 

「はは、耳郎やだなぁ。なんで俺が動揺する必要あるんだ?」

 

「うっそ、やべぇことしてたのか?なになに?」

 

「やめとけ上鳴!こういうときはダチを信じてやるのが漢だろ!」

 

 心なしか体が熱くなってきた気がする。いや、これは冷えてるのか?どっちかわからん。わかるのは俺が追い詰められているってこと。あぁ、追い詰められるならあの子に追い詰められたかった。ごめんね。今俺はここで死にます。

 

「うー。一瞬でそんな動揺するって、なんなのホント。嘘つくの上手いのか下手なのかわかんない」

 

「嘘ついてないし!俺なんも喋ってないもん!黙ってたらいきなり心臓が爆音鳴らしただけで!」

 

「まーまーもういいじゃねぇか。誰にだって言いたくない秘密の一つや二つあるだろうし」

 

 なぜか責められる俺を、切島が優しくフォローしてくれる。どれだけいいやつなんだこいつは。チャラチャラしてるだけのアホ上鳴とはワケが違う。

 

「そうだぞ上鳴。詮索しすぎるとよくない」

 

「え、俺?耳郎がいなきゃ実行できなかったから一番悪いのは耳郎だろ」

 

「さいってー」

 

「女の子に責任押し付けるのはなぁ」

 

「漢じゃねぇな」

 

「ひでー!」

 

 俺ら親友じゃん?なぁ?と顔を寄せてくる上鳴を押しのける。面白いやつだが、一日で親友にまで距離をつめられるほど仲良くした覚えはない。これからなれればいいなとは思うが。

 

 しばらく攻防していると、上鳴が「なんだよー」と言って拗ね始めてしまった。恐らく演技だろう。ちらちらとこちらを見る目がとても鬱陶しい。が、人質にしたり蹴ったりと色々申し訳ないことをしてしまったので、ここはひとつ男気を見せてやるとしよう。

 

「悪かったって。お詫びに飯行こうぜ。軽いもんなら奢ってやるよ」

 

「お、マジ?だってよ!」

 

「へぇ、じゃあウチもご馳走になろうかな」

 

「漢だな!よし、俺も乗っかるぜ!」

 

「ヒーローが人を経済的に苦しめていいんですか?」

 

 「アンタが言ったんだし、いいでしょ」と飛び降りながら耳郎。「やっぱり漢だな!」と拳を合わせながら切島。「食うぞー!」とアホ面して上鳴。なるほど。女の子に奢るのはよし、切島もいいやつだからよし。上鳴はムカつくからやだ。あれ?上鳴だけに奢ろうとしてたのに、上鳴だけ奢りたくないぞ?

 

「……まぁいいか、俺金持ちだし」

 

「ナチュラルに嫌なやつだなお前!」

 

「金持ちならこれからも奢ってもらおうかな」

 

「たかんのは漢らしくねぇぞ、耳郎!」

 

「ウチ女なんだけど……」

 

 ワイワイ騒ぐみんなから少し外れて、財布の中身を見る。……帰ったらお母さまにお小遣いの前借をお願いしよう。うん。みんな良識あるはずだからそんなにお金なくならないかもしれないし、軽い気持ちでいこう。

 

 

 

 

 

 

 財布が空になった。クソが。



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委員長に相応しいのは?

「オールマイト……あれ、君ヘドロの?」

 

「爆豪爆豪、出会い頭にヘドロってバカにされてんぞ。ろくなもんじゃないな、メディアって」

 

「さらっと俺と一緒に登校してるテメェのがろくでもねぇんだよ」

 

 戦闘訓練の翌日。オールマイトが雄英教師になったと知れ渡り、マスコミが押し寄せてくる事態になっていた。初めの内は「テレビに出られるじゃん!」とうきうきしていたが、オールマイトオールマイトとうるさかったのでもう今はうんざりしている。ここに超イケメンな男子高校生がいるのにね?

 

「しっかしすげぇなオールマイト。教師やってるだけでこんなにくるもんか」

 

「暇なんだよ。メディアは」

 

「それはそれで平和な証拠だろ」

 

 マスコミがオールマイトが教師になった!と騒げるのは特にデカい事件が起きていないという証拠。事件が起きてたとしてもオールマイトを優先しそうなものだが、流石にそれはないだろう。ないよね?

 

 ところでヘドロって何?と爆豪に聞いて殴られるということを繰り返しながらホームルームの時間を迎える。そんなに嫌がるってことは、俺のピースくらいとんでもないものなのだろう。ヘドロ吸ってたとか?

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。V見させてもらったぞ」

 

 教壇に立った相澤先生が労いの言葉をかける。あと爆豪と緑谷に対するダメ出し。他の生徒もダメなところはあっただろうが、目立ってこの二人がダメ、というか注意しておくべきだと思ったのかな。爆豪に関しては全面的に同意である。口悪いし。

 

「えー、さて、急で悪いんだが今から君らには……」

 

「また臨時テストか?」

 

「お前を殺す」

 

 ひとり言を呟くと爆豪に殺害予告されてしまった。なぜ?

 

「学級委員を決めてもらう」

 

「爆豪がなれないやつじゃん」

 

「なるわ!」

 

 無理でしょ。全員やりたそうにしてるし、この中から爆豪が選ばれることなんてありえない。なんとなく上に立つのは向いてそうではいるけど。

 

 しかし、学級委員って雑務をやるイメージが強いからこんなに人気なのって異常だと思う。みんな手あげてるし。やっぱみんな人を導くっていう仕事がしたいのかね。なんて思いつつ俺も手をあげているわけだが。だってほら、ヒーロー科の学級委員ってそれだけでカッコよくない?

 

「静粛に!」

 

 自分が自分が、とおさまりがつかなくなってきた時、見た目がものすごく委員長っぽい飯田がストップをかけた。

 

「多を牽引する責任重大な仕事だ。ここは投票で決めるべきだろう!どうでしょうか先生!」

 

「時間内に決まるならなんでもいーよ」

 

 熱く先生に確認を取る飯田に対し、先生は寝袋に入りながら適当に答えた。温度差ってこういうことか。

 

「うーん、爆豪。俺に入れてくれね?」

 

「あ?死ね」

 

「入れてくれって言っただけでこの理不尽」

 

 いや、入れてくれるとは思ってなかったけど、死ねはないでしょ死ねは。

 

「むしろテメェが俺に入れろや」

 

「え?やだよ。俺形だけでもお前の下につくなんて絶対嫌だもん」

 

「上等だコラ!投票用紙貸せや!」

 

「不正!不正が行われようとしています!」

 

 爆豪からの攻撃を必死にガードしながら投票用紙を守る。俺がここで踏ん張らなければ爆豪に二票入ってしまい、もしかしたら爆豪が学級委員になってしまうかもしれない。そんな最悪な事態は避けなければいけない。頑張れ俺。

 

「爆豪くん!無理やり書かせるのは学級委員としてあるまじき行為ではないか!?」

 

「知るか!なれりゃいいんだよなれりゃ!」

 

「もしお前に投票しようとしてくれてた人がいたとしたら、今のでゼロになったな」

 

 飯田が助けに入ってくれた瞬間に投票用紙を提出し、爆豪に中指を立てる。怒りに歪む表情が面白い。

 

「爆豪とそんなやりとりしてる時点でアンタにも入らないと思うんだけど」

 

「いつ人質にされるかわかんねーしな」

 

「うっせぇテメェら。金返せ」

 

 席に戻る時に茶化してくる耳郎と上鳴に舌を出して挑発し、席につく。あいつら容赦なく食いやがって。何が甘いものは別腹だ。太れ。太って二人そろって爆豪に「ダルマ」ってあだ名つけられろ。まったく、切島はあんなに遠慮してくれたというのに。しかもあとでこっそりお金渡してくれたし。それはそれで申し訳なくて受け取ってないけど。

 

 さて、開票結果。俺が願うのは爆豪が学級委員になりませんように、ということだけ。別に俺がなれなくてもいいからそれだけはお願いしたい。本当に。

 

「僕三票ー!!?」

 

「テメェかコラ!!」

 

「すぐに俺疑うのやめない?ほら、俺に一票入ってんじゃん」

 

 緑谷が三票獲得しているのを見て俺を疑う爆豪。自分に対する嫌がらせするのは全部俺だと思ってるのだろうか。あながち間違いではないかもしれない。

 

 まぁ犯人捜しをするわけではないが、緑谷に入れたのは飯田と麗日だろう。ゼロ票だし。轟もゼロ票だけど緑谷と接点ないし、二票とった八百万に入れたんだと思う。

 緑谷とあの二人はいつも仲良さそうだから、その中で学級委員に相応しいと思わせる何かが緑谷にあったってことか。すごいな緑谷。俺の次に。

 

「爆豪よりは相応しいわな」

 

「殺す」

 

「緑谷!委員長としてこいつ止めてくれ!」

 

「えっ、えぇ!?」

 

 早速委員長に頑張ってもらおうと思ったら先生に睨まれてしまった。ごめんなさい。ほら、学生って楽しくて。ね?

 

 

 

 

 

 

 昼、食堂。

 

 爆豪がとにかく赤いものを食べているのをドン引きしながら見つつ、俺はサンドイッチを頬張っていた。本当は味の濃いもの、ラーメンとか肉とかの方が好きなのだが、いまだにそういうものを食べるとめちゃめちゃタバコを吸いたくなるのでそれすら我慢している。「吸いてー!」と言ってしまう自信がある。そんなこと言ったらもうおしまいだ。

 

「爆豪が食ってんのって毒?だからあんな口わりーの?」

 

「赤すぎるだろ。俺の髪より赤いじゃん」

 

 俺の隣に座る上鳴が爆豪をバカにし、爆豪の隣に座る切島も爆豪をバカにする。それほど信じられないものを食べてるんだ。爆豪は。

 

「ま、アレだろ。個性の関係ですぐ汗がでるように、みたいな」

 

「ンで知ってんだコラ!」

 

「緑谷に聞いた」

 

「デクテメェ!!」

 

 遠くの方で「ひぃ!」という声が聞こえた。流石幼馴染。いるって知ってたのか。

 

 アレは戦闘訓練が終わって、緑谷が教室に帰ってきてからのこと。「爆豪の個性、詳しく教えてくんね?」と頼んだところ、「え、えっと、そんなことしてかっちゃんにキレられないかなぁ」と迷っていたところに「俺の個性教えるから」と言えば目をキラキラさせて教えてくれた。情報を売って情報を手にしたわけである。

 

「なんでも手の平から出る汗がニトロみたいになってるらしくて、それを着火させて爆破させてるらしい」

 

「へー。くせぇの?」

 

「臭くねぇわ!嗅いでみろや!」

 

「あんまニトロを嗅ぎたいって思わないけどな……」

 

 確かに。爆豪ならそのまま爆破させてきそうだ。特に俺に対しては。

 

 サンドイッチを平らげ、さて一服しようと懐をまさぐりながら「あ、そういや俺タバコやめたんだった」と絶望していたその時。

 

『ウウーーー!!』

 

「警報?」

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』

 

「セキュリティ3ってなんだ?」

 

「校舎内に誰かが侵入してきたんだろ」

 

「あぁなるほど。それで屋外へ避難ってことね」

 

「なんでそんな落ち着いてんだお前ら!早く逃げるぞ!」

 

 いや、だってなぁ。

 

「あんなとこ行ったら敵と会わなくても死にそうだし」

 

「……確かに」

 

 俺たちの視線の先には避難しようとして団子状態になっている生徒の姿。そりゃこうなるよね。避難訓練があったとしても、あれって大体スタートは教室だし。食堂から避難するマニュアル何てないんじゃないか?

 

「つっても逃げ遅れたら敵と会っちまうぜ。どうすんだ?」

 

「殺す」

 

「逃げる」

 

「面白いほど正反対だなお前ら……」

 

 だって雄英のセキュリティを突破してくる敵に勝てるとは思えないし。ただでさえスロースターターなのに、そんな強敵相手無理だろ。きっと瞬殺される。

 

「けっ、0ポイント仮想敵には立ち向かったクセによ」

 

「アレは勝てると思ったからだろ。今回は別に戦わなくてもいい」

 

「大丈ー夫!!」

 

「し?」

 

 面白くなさそうな爆豪を宥めていると、聞き覚えのある声が食堂に響き渡った。声のする方をみると、壁に非常口のように貼り付いている飯田の姿。何してんだアイツ?

 

「ただのマスコミです、何も焦ることはありません!ここは雄英!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

「マスコミだって」

 

「殺す」

 

「いや、殺すなよ」

 

 マスコミに何か恨みでもあるのだろうか。俺もあまり好きじゃないけど、ヒーローになる以上メディアは味方につけておいた方がいいと思うんだけどなぁ。まぁ爆豪には無理か。顔と個性がよくても言動でめちゃくちゃマイナスだろ。その点俺は個性でマイナスだけど。

 

「よかったよかった。雄英に乗り込んでくるバカなんて流石にいないと思ってたけど、ただのバカでほんとによかった」

 

「爆豪もそうだけど、久知もマスコミ嫌いすぎねぇ?」

 

「いや、そんなことないって。好き勝手情報操作するけどそれに騙される世間の方が悪いんだし」

 

「そういう顔してねぇけど……」

 

 上鳴の指摘に首を傾げた。いやそんなまさか。ちょっと顔の筋肉使ってるなってくらいで、いつもとそこまで変わらないだろう。

 

 ただなぜかその後俺と爆豪が二人に気を遣われつつ教室に戻ることになった。あと緑谷の提案で飯田が委員長をすることになった。メガネだし、妥当だろ。副委員長の八百万がかわいそうだけど。



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人命救助訓練……?

「今日のヒーロー基礎学は……人命救助(レスキュー)訓練だ」

 

「爆豪できんの?」

 

「俺ぁなんでもできんだよ!」

 

 なんでもは無理でしょ。学級委員になれてないし。

 

 雄英に入ってからヒーロー科というものに少し慣れてきた頃。少し離れた場所にある訓練場に行って人命救助訓練をするといういかにもヒーローな授業。慣れたとは言ってもできるわけじゃないから結構不安ではある。

 

 ただ、この不安も俺の個性は負担と捉え力にすることができるので、何も悪いことではない。臆病でいつづけることが個性をすぐに使うコツでもある。俺にとっては。

 

「お隣失礼」

 

「座んな」

 

 爆豪の言葉を無視して隣に座る。訓練場まではバスでの移動で、まるで遠足のようだ。というか雄英敷地広すぎじゃない?少し離れた場所に訓練場があるって、どれだけお金をつぎ込めばそんなことができるのだろうか。国の借金とか大丈夫?

 

「人命救助なぁ。俺迅速な人命救助に向いてないんだよなぁ」

 

「テメェいっつも遅いな。クソ個性が」

 

「自覚してる。爆豪もどっちかってーとスロースターターなのに最初からやれること多いよな」

 

 同じスロースターターでもその内容は異なる。俺はゼロからのスタートで、爆豪は元から五十くらいあって、そこから徐々に伸ばしていく感じだ。スロースターターと言っても最初から強い。俺は最初は弱い。しかも個性使ったとしてもしばらく経てば反動でダメージを受けるというクソ。なんで雄英にいるんだ俺は?

 

「だから俺基礎トレがめちゃくちゃ重要なのよ。生身でできること増やさねぇと」

 

「テメェを殺すなら一撃必殺でだな」

 

「それはそうだけど、殺さないでくんない?」

 

 爆豪が言うように俺はダメージを与えると個性を使って巻き返してくるため、倒すなら一撃で気絶させるのが一番いい。あとはダメージを与えて俺が個性を使ったら10分間逃げて、またダメージを与えての繰り返し。そうすれば俺はいつか自滅する。ゴミじゃん俺。

 

「つか、久知の個性って結局なんなん?俺放電耐えられたことだけしか知らねぇんだけど」

 

「あぁ、言ってなかったか」

 

 俺たちの会話を聞いていたのか、上鳴が俺の個性について聞いてきたので快く答える。自分の個性話すのって好きなんだよな。なんとなく。

 

「俺の個性は『窮地』。体の負担を力に変えることができるが、制限時間は10分間。インターバルは3分だが、使用中に重ね掛けできる。ただ、それをすると反動がデカいからあまりやりたくない。しかもただでさえ個性を使うと反動があるからな。イメージは体の中で爆発が起きる感じ」

 

「キツっ」

 

 シンプルな言葉ありがとう。そう、きついんだよ。

 

「でも、ヒーローっぽい個性でいいと思うよ。ピンチをチャンスに変えるなんてまさに。個性の特性上何かしら体に負担がないとダメっていうところを自分で理解して生身でできることを増やそうとしてるっていうのも見習わなきゃなって思うし、そうすることで個性を使ったときの強化の幅が増すし、使い方によればどこまでも強くなれる個性なんじゃないかなって」

 

「俺より俺の個性に詳しそうなやつがいる」

 

「あ、ゴメン!」

 

 いやいや、いいよいいよと手をひらひら振っておいた。緑谷は考えるのが大好きなんだろうな。個性教えたの最近なのにそこまで理解できてるなんて、対個性なら緑谷が一番なんじゃないか?今のところ。相手の個性を瞬時に考察するなんてめったにできることじゃないだろ。

 

「ザコがザコを評価してら」

 

「あ?」

 

「もう着くぞ、いい加減にしとけよ」

 

 相澤先生に喧嘩を止められてしまった。いや、止めてくれていいんだけども。ただここでちょっとだけ怪我をしておくと訓練に有利かなと思っただけで。アレだよな、悩みどころなのは鍛えすぎると疲れるまで時間がかかって、上限解放の最大値を上げにくいってやつ。スタミナありすぎるのも考え物だ。

 

 訓練場に到着し、バスを降りる。するとそこには、まるでテーマパークかと思うような光景が広がっていた。燃えていたり、建物が倒壊していたり、本当に学校の一部なのかと疑うほどである。授業にだけ使うってめちゃくちゃもったいなくないか?

 

「皆さんようこそ!嘘の(U)災害や(S)事故ルーム(J)へ!」

 

 俺たちを出迎えてくれたのは災害救助で活躍しているらしいスペースヒーロー13号。宇宙服のようなものを着ていて、見た目が可愛らしい。女性人気を狙ってるのか?

 

「えー、始める前にお小言を一つ、二つ、三つ……」

 

 なんだろう。まさかバスの中で騒ぎ過ぎだとか?

 

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性はブラックホール。人を簡単に殺せてしまう個性です。みんなの中にもそういう個性を持った人がいるでしょう」

 

 ちら、と爆豪を見ると、既に爆豪は俺に向けて中指を立てていた。人を簡単に殺せてしまう個性を持ってるし、人を簡単に殺しそうなやつである。

 

「超人社会は一見個性を資格制にし厳しい規制の下で成り立っているようには見えますが、一歩間違えれば容易に人を殺せるいきすぎた個性を持っているということを忘れないでください」

 

 個性を日常的に扱うことになるヒーローだから気を付けなければいけないことだ。俺だって強化の仕方を間違えてしまえば一撃でミンチにしかねないし、逆に自分が死にかねないし、何度か死にかけてるし。個性がいかに怖いものかというのは十分理解しているつもりではある。

 

「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います」

 

 ……何人か躊躇なく人に向けて個性ぶっ放してたけど。いや、俺は調整の仕方知ってたし?

 

「ですが、この授業では心機一転!人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう!君たちの力は傷つけるためにあるのではなく、助けるためにあるのだと心得て帰ってください」

 

「できた人だ……」

 

「なんでこっち見んだ、コラ」

 

 いや、別に比較してたわけじゃないです。

 

 しかし、人を助けるための個性の活用法か。単純な増強系はその辺り結構難しそうで、瓦礫の撤去とか体を動かすことにしか向いてない気もするけど、もしかしたら他に活用法があるのだろうか。俺は一歩間違えれば救助される側になるから気を付けなければいけない。

 

「よし、そんじゃあまずは……」

 

 13号のスピーチが終わり、早速訓練を開始しようと相澤先生が声をかける。が、途中で止まり、広場の方を見た。つられてそちらを見ても何もない。……いや、何か黒い渦みたいなものが……。

 

「一塊になって動くな!13号、生徒を守れ!」

 

 相澤先生が焦った様子でゴーグルをつける。入試の時みたいにもう始まってるパターンかと思ったがそうでもないらしい。

 

「アレは、敵だ!!」

 

 ……あの先頭にいるやつ、手つけすぎじゃね?最近の敵って手をつけるだけつけりゃいいって思ってんの?

 

「あーあークソオブクソ。雄英に乗り込んでくるとかどんだけ自信家なんだよ。爆豪かっての」

 

「俺ァヒーローだカス!」

 

 わかってるよ、と返しつつ避難を始める。一人で敵のところに向かった相澤先生が心配だが、加勢に行くと足手まといにしかならないと思うのでここは引いておくのが吉。足手まといにならなかったとしてもめちゃくちゃ怒られそうだし。

 

「はじめまして」

 

「!?」

 

 そんな俺たちの前に、黒いモヤが現れた。さっき見た黒い渦を出した張本人だろうか。だとすると、個性はワープ系?すげぇ厄介じゃん。

 

「我々は敵連合。僭越ながらこの度雄英に入らせて頂いたのは、平和の象徴に息絶えて頂きたいと思いまして」

 

「うーん、でも全身モヤだったらおかしな話だし、本体ありそうなもんだけど。どう思う?」

 

「俺が確かめてやらぁ!」

 

「あ」

 

 行っちゃった。目の前の黒いやつの考察を爆豪と一緒にしようと思ったのに、爆破で一気に距離を詰めた。好戦的過ぎるだろ。

 

「危ない危ない……生徒といえど雄英。優秀なことに変わりはない。散らして、嬲り殺すとしましょう」

 

「あぶなっ!」

 

 と言いながら、俺は黒いモヤに飲まれた。大体「あぶなっ」って言っておけば助かる法則を試してみたんだが、ダメだったみたいだ。今度は「びっくりした」を試してみよう。次があればだけど。

 

「「あつっ!」」

 

 黒いモヤが晴れたかと思えば、目の前に広がったのは炎。どうやら火災ゾーン的なところにきてしまったらしい。重なった声に疑問を持って隣を見てみれば、尻尾の生えた空手着の、

 

「尾白?」

 

「久知!」

 

 よかった、一人じゃないのか。一人だったら詰むところだった。

 

「おぉ、きたきた。エモノが二匹」

 

「見るに、熱耐性はないみたいだな」

 

 だって、目の前にめちゃくちゃ敵いるし。いや、袋叩きにしてくれれば一瞬でひっくり返せやしないかな?

 

 まぁ、それは一人だったときの作戦だ。二人いるなら、時間を稼いでもらえればすぐに個性が使えるようになる。こういういるだけで体力を削ってくれるような環境なら。

 

「尾白」

 

「何?」

 

「俺も普通に戦うけど、初めの方そっちの負担デカくなるかも。いい?」

 

「……個性上、仕方ないよな」

 

 物分かりが良くて助かった。俺と尾白は背中を合わせて構え、拳を合わせる。

 

「ま、尾白が危なくなった時は絶対助けるから、あとは頼む」

 

「その後は頼むよ。どれくらい強くなるか知らないけど、頼りにしてるから」

 

 任せてくれ。俺は、こういうフィールドなら滅法強い。



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戦闘、USJ

短いです。


 俺にとって疲労とは、そのまま力に変えることのできるエンジンのようなものだ。痛みも力に変えることはできるが、反動でダメージがくることから痛みよりも疲労を力に変えた方がいい。外傷負ってるのに内側から爆発するような痛みがくるのってめちゃくちゃ痛いから。

 

 だから、この火災ゾーンは正直ありがたい。疲労しやすいというのは戦いやすさにつながる。

 

「上限解放30!」

 

 何人かを尾白の助けを借りながら倒し、疲労がたまってきたころに個性を発動。入試の時と同じ解放幅だ。凶悪敵かと思えばチンピラレベルだし、この程度で事足りるだろう。

 

「んだこいつ、急に強くっ!?」

 

「はいごめんねー」

 

 すれ違うやつすれ違うやつを一撃で沈めていく。個性を使うと生身の体がどれだけ普通か実感するな。もっと鍛えなければ。

 

「オラ!死っ」

 

「なない」

 

 背後から迫ってきた敵を振り向かずに裏拳でぶっ飛ばす。上限解放は五感まで強化されるため、普段なら気づかないであろう背後の敵にも気づくことができる。そもそも後ろとられるなって話なんだけど、これだけ人数が多いんだから仕方ない。

 

 制限時間は10分間。足りるだろうが、もしもがあるからできるだけ早めに倒そう。別にこの火災ゾーンだけで戦闘が終わるとは限らないし、余力を残しておいて損はない。俺に向けて放たれた炎を跳んで避け、そのまま跳び蹴りをくらわせて沈めた後周りを見渡すと、もうチンピラの数が3人くらいになっていた。

 

「おぉ、尾白強いのな」

 

「久知の方に集中してくれたからね。こっちもやりやすかった」

 

 つまり俺のおかげってことか。いやいや、そんな褒めるな。

 

「んじゃま、パパっと」

 

「舐めんな!」

 

 何か攻撃してくる前に速攻で沈める。ごめんね、チンピラさん。他の場所なら俺負けてただろうに。でも大体災害を再現してるから適当に個性発動条件満たせるか?どうだろう。

 

「ふぅ、終わった。強いな、久知」

 

「いや、初めの方に尾白がサポートしてくれたからだ。アレがなきゃ多分死んでた」

 

 実際そうだと思う。俺は個性を発動するまでは普通の人間だから、数で押されたら普通に負ける。負ける前に個性を発動すればいいのだが、その暇もなくやられる可能性もあるし、負けかけで発動すると反動でとんでもないことになる。だから疲労で個性を発動する方が都合がいいんだ。それができたのは尾白のおかげっていうのは間違いない。

 

「ま、ここは二人ともすごいってことにしといて、どこにいく?」

 

「そうだな……とりあえず、山岳ゾーンに行ってみる?他のみんなも散らされてるだろうから、助けに行かないと」

 

「だな。相手との相性が最悪だった、とかもありそうだし」

 

 俺らが相手したのはチンピラだったが、たまたまだという可能性もある。情けない話だが、あの黒いモヤと中央エリアの敵はプロに任せよう。今は確実に生き残ることを優先しなければ。

 

 山岳エリアには案外すぐついた。上へ上へと行きつつ周囲を警戒する。

 

「音が聞こえない……」

 

「いや、そうでもない」

 

 立ち止まって、尾白を手で制して止める。今の俺は五感も強化された状態。つまり聴覚も強化されており、遠くの音も聞くことができる。この先、敵がいる。しかも誰かが人質にとられているようだ。声的に……あぁ。

 

「上鳴のアホが人質にとられてる。幸いちょうど敵の背後をとってるな」

 

「マジか。どうする?」

 

「うーん……」

 

 上限解放30では一気に距離を詰めて倒す、というのはこの距離じゃできない。人質がいなければできないことはなかっただろうが、それでも厳しいレベルだ。しかも火災ゾーンを抜けてちょっと疲労が回復してるし、30以上は出せなさそう。うーん。

 

「……よし、こうしよう」

 

「……えぇ、大丈夫?それ」

 

「任せろ。悪いけどちょっと引き摺られてくれ」

 

 不安そうな顔をする尾白の足を掴み、ずるずると引き摺る。土埃が舞って尾白の体を汚し、これで『俺が尾白をブッ倒して引き摺ってきた図』の完成だ。敵の向こうにいる耳郎と八百万が目を丸くして驚いている。

 

「……?なんだお前」

 

 そして当然、隠れてもいないから敵にバレる。バレても歩き続け、やがて「止まれ」と言われたところで言われた通りしっかり止まった。

 

「お前、なんだ?」

 

「雄英生です。敵志望の」

 

 そして嘘。あと数歩だ。あと数歩で俺の間合いになる。近づける口実を得ることができれば俺の勝ち。

 

「雄英の内側から暴れるタイミングを待ってたんですが、ちょうどよくあなたたちがきたので、こうして手土産を持ってきました」

 

 言うと同時に、引き摺っていた尾白を掲げる。気絶した演技をさせて申し訳ない。でもほら、ちょうど引き摺ってやられた感だしやすそうだったから、ね?

 

「敵連合、でしたっけ。俺も入れてくださいよ。少なくともここで倒れてるやつらよりは使えると思うんですけどね」

 

「……いいだろう」

 

 よし、これであとは近づくだけだ。そうして一気に踏み込んで敵をぶっ飛ばせば、

 

「っ!?」

 

「なんて、誰が言うか。信じるわけないだろ」

 

「久知!」

 

「久知さん!」

 

 甘かった。そりゃそうか、敵志望かどうか確実にわからないなら、とりあえず危なそうだからブッ倒しておく。正しい判断だ。でも、それは俺以外が相手だった場合の話。

 

 個性を発動するなら、これくらいの痛みはちょうどいい。

 

「上限解放、40」

 

「なっ、に!?」

 

 痛みは俺にとってのエンジン。重ね掛けは負担がかかるがそんなこと言っていられない。上限解放40で一気に距離を詰めて、そのまま蹴り飛ばした。投げ出された上鳴をキャッチし、華麗に着地。これで反動がこなければ最高にカッコいいのに。

 

「久知!全然ダメだったじゃないか!」

 

「結果オーライ。俺が攻撃されるか距離をつめるかどっちかならよかったんだ。上鳴を攻撃する線もあったが、人質がいなくなればやられるんだからやらないだろ」

 

「ヒーローの発想か?それ……」

 

 薄汚れた尾白が起き上がって怒ってくるのを受け流す。俺自身穴だらけでクソみたいな作戦だと思っているが、そうしなきゃあの場面を見てるだけで終わってたんだ。やってできたんだからとりあえずよかった。……相澤先生が見てたらブチ切れてただろうな。

 

「ふぅ。とりあえず結果的には助かったからお礼言っとくけど、何アレ?一瞬本当かと思った」

 

「えぇ。堂に入った演技で騙されそうになりました」

 

「それ俺が敵っぽいってこと?」

 

 聞くと、耳郎と八百万は俺から目を背けた。おい、こっち向けや。

 

「まぁいいや。騙せるくらいの演技ができてたならそれはそれでいいことだろ」

 

 ポジティブにいこう。そんな、まさか俺が敵っぽいわけがない。きっとこいつらもノリでそういう反応をしただけだ。箱入りっぽい八百万がそういうことできるかどうか疑問だが、偏見はよくない。

 

「セントラルの方に戻るか。多分もう終わってるだろ」

 

「?なんで」

 

「ほら、上に穴空いてるだろ?多分オールマイトが敵をぶっ飛ばしたんだろ。……あんなことしたら死んじゃうんじゃね?」

 

「普通はね」

 

 さっき見えたのは黒い怪物だったので人間かどうかも怪しいが、そんな怪物でもあんなことされたら死ぬと思う。オールマイトまさかの人殺し?

 

「いや、オールマイトがそんな間違いしないか。尾白、上鳴頼む」

 

「あぁ、いいけど」

 

「俺あと数分で反動くるから、そんときも頼む」

 

「えぇ?いいけど……」

 

 尾白はいいやつだ。嫌そうな顔一つせず承諾してくれる。男の子的な願いを言えば耳郎か八百万に支えてもらいたいところだけど、それは申し訳ない。歩くたびに痛いっていう男を支えるのめんどくさいだろうし。

 

 セントラル広場に向かっている途中、案の定激痛に襲われた俺は情けなくも願い通り耳郎と八百万の二人に支えられてセントラル広場へ向かうことになった。ごめんね。あとありがとうございます。



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雄英体育祭
迫る体育祭


「相澤先生無事かなぁ。俺直接見てないからわかんねぇけど、エグイ事なってたんだろ?」

 

「知るか、カス」

 

 今日も今日とて爆豪の暴言から一日が始まった。USJ襲撃から一日たった今日、奇跡的に1-Aは全員無事で、大した怪我もなく学校にこれている。ただ、相澤先生が敵との戦いで重傷を負ったらしく、俺としてはものすごく心配、

 

「おはよう」

 

「復帰はやっ!!?」

 

 もはや肌が見える部分がないほど包帯を巻いた相澤先生が現れた。復帰しちゃダメだろアレ。今の相澤先生なら俺でも勝てそうだ。……多分。

 

「さて、君らに伝えておくべきことがある。まだ戦いは終わっていないということ」

 

「何ッ」

 

「まさか……」

 

「雄英体育祭が迫っている!」

 

「あのボロボロに負けた爆豪を俺が上から見下ろすというイベントが!?」

 

「ルゥゥアアァァァア!?」

 

 爆豪が化け物みたいな叫び声をあげて襲い掛かってきた。人間をやめることだけはするなや。

 

 

 

 

 

 

 

「体育祭かー。結構ワクワクすんな!」

 

 昼休み。なんとか数時間かけて爆豪を宥め切った俺は、爆豪と切島、上鳴とともにいつものように昼食をとっていた。未だに機嫌が悪いのは引き摺り過ぎだと思う。あんな化け物みたいになるくらい怒らなくてもいいと思うんだけどなぁ。

 

「しかもプロ注よプロ注!俺張り切っちゃうぜ!」

 

「こんな早い段階からアピールできる場があるってのはありがたいよな」

 

「アピールできる個性でもねぇだろザコ」

 

「あ?やんのかコラ」

 

「すぐ喧嘩始めんなってお前ら!」

 

 確かに強い個性ではないが、アピールできないわけではない。

 

「見せ方ってもんがあるだろ?個性を上手く使えてるとか、配分をわかってるとか。そういうとこを見せればいいんだよ。俺みたいな反動がある個性は特に」

 

「確かに。ボロボロになって使いもんにならなくなるやつきてほしくないしなー」

 

「上鳴も気をつけねぇとな!」

 

 うぇい、と上鳴が沈みながら返事した。本人もあの状態をどうにかしなければと思っているらしい。

 

 上鳴は許容上限を超えた放電をしてしまうとアホになる。せっかく強い個性なのにもったいないとは思うが、それくらいのデメリットがないと強すぎるのでちょうどいいと言えばちょうどいい。爆豪と轟はもっとデメリットつけろ。

 

「ここで優勝しとくとデカいな。ヒーローになれるのは確実といっていい」

 

「テメェが優勝できるわけねぇだろ」

 

「あ?」

 

「俺が優勝する」

 

 爆豪は首を掻っ切るジェスチャーを俺に向けてした後、ご丁寧に中指を立てた。

 

「ザコはザコらしく埋もれてやがれ」

 

「……!!」

 

「上鳴!止めるぞ!」

 

「おう!」

 

 この後、切島と上鳴の二人から自分を抑えることを覚えろと怒られてしまった。爆豪のことも怒れ。アイツ相当だぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆豪とそこそこ喧嘩しつつ迎えた放課後。

 

 1-A教室の前に、ものすごい人だかりができていた。

 

「なんだアレ?」

 

「敵情視察だろ。敵襲撃のこと聞きつけて見に来たってとこか」

 

 疑問を口にすると、爆豪から答えが返ってきた。なるほど。体育祭前にどんなやつらか見ておこう、ってところか?確かに性格知っておくだけでもアドバンテージになるもんな。爆豪みたいなやつは特に。こいつの場合個性とセンスがとんでもないから結果的に意味はないんだけど。

 

「意味ねぇからどけや、モブども」

 

 本人も意味ないって言ってるし。というかホント誰に対しても口悪いなぁ。

 

「おいおい、随分偉そうだな。ヒーロー科に在籍するやつはみんなこんななのか?」

 

「違うぞ。こいつだけだ」

 

「テメェも似たようなモンだろが!」

 

 自分で似たようなモンって言っちゃうのかよ。

 

「ヒーロー科以外の科って、ヒーロー科に落ちたから入ったって人が結構多いんだ。知ってた?体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科への編入も検討してくれるらしい。その逆もまた然り」

 

 人ごみの中からぬっと出てきたのは、少し不健康そうな見た目の男子生徒。ヒーロー科のとこにきてこんなに喋るって、相当自信あるのか?

 

「少なくとも俺は、調子乗ってっと足元ごそっと掬っちゃうぞっつー、宣戦布告をしにきたつもり」

 

「話が長い。行こうぜ爆豪」

 

「あぁ」

 

「やっぱアイツも相当だって!」

 

 峰田が後ろで騒いでいるが、無視。誰が相当だって!?と言いそうになったがぐっと我慢だ。ここで反応してしまえばそれこそ相当である。

 

「あぁいう盤外戦術狙ってくるやつは無視に限る。何を見られてるかわかったもんじゃない」

 

「勝ちゃいいだろ、勝ちゃ」

 

「俺は慎重派なんだよ。ごり押しで勝ち抜ける個性じゃねぇんだから」

 

 体育祭はそのシステム上、俺の個性と相性が悪い。各種競技で予選を行って、勝ち抜いた者が本選に行く。そのため、予選で個性を使ってしまえばそのまま本選に響くというわけだ。予選のどこかで使ってしまえば体育祭中必ず反動がくる。本選がガチンコバトルなら尚更不利。

 

「USJでも担がれてたな。ダセェ」

 

「言うな。アレは自分でもダサいと思ってる」

 

 反動で動けなくなって女の子に担がれる。実は自分で歩けないことはなかったんだけど、まぁ、男の子だし。

 

「ま、体育祭までになんとか考えないとな。そうしないと爆豪を見下ろせねぇし」

 

「?」

 

「本当に不思議そうな顔をするな」

 

 暴言吐かれるのもムカつくが、そういう態度もムカつく。というかこっちのがムカつく。爆豪は暴言吐いてなんぼなのに。

 

「お、いた。久知、少しいいか」

 

「相澤先生」

 

 爆豪へのムカつきをどう表現しようか悩んでいると、ミイラ男になっている相澤先生に呼び止められた。アンタ休むべきでしょ。なんで仕事してんの?

 

「悪いな爆豪。先帰っててくれ」

 

「いや先生、それ俺のセリフ……」

 

 てか爆豪待たずにもう先行ってるし。ほんとなんなんだアイツ。

 

「さて、呼び止めたのはお前の個性の話だ」

 

「それよりその状態で動いてる先生の方が気になるんですが……」

 

「動けてるんだからどうでもいい。気にするだけ無駄だ」

 

 本人は気にならなくても周りがめちゃくちゃ気にする見た目なんですけど。

 

「お前、USJで無理したらしいな。体育祭でもそうするつもりか?」

 

「うっ、いやぁ、今それについて考えていたところでして……」

 

 やはりそこを突かれたか。そうだよなぁ、ヒーロー活動する上で動けなくなるっていうのは致命傷だし、直すべきところだろう。ただ、どれだけ鍛えても反動はくるからめちゃくちゃ悩む。

 

「考え方だな。反動がくるのは仕方ないとして、その反動をどう抑えるか。個性の制御とあわせて考えてみるといい」

 

「どう抑えるか?」

 

「あとはお前の努力次第だ。あまり肩入れしすぎるとアレだからな」

 

 焦れよ、と言い残して相澤先生はふらふらと去っていった。やっぱりキツイんじゃん。あそこまで無理して出勤するって、教師の鑑だな。絶対真似しちゃいけないやつだけど。

 

 それにしても、反動を抑える方法、か。思いついているには思いついているが、個性の制御がどうもうまくいかない。反動がくるから何度も練習できるものでもないし、本当に難儀な個性だ。うーん、よし。

 

 踵を返し、教室に戻る。確かアイツはまだ教室にいたはずだ。残っていたら話を聞いてみよう。ちらほら残っている生徒を避けつつ教室に入ると、いた。

 

「緑谷」

 

「えっ、僕?」

 

「お前以外に緑谷いんの?」

 

 声をかけたのは緑谷出久。隣にいた飯田と麗日に断りを入れて少し借りる。

 

「ちょっと個性についてな」

 

「こ、個性?何かな?」

 

 ……?なんでこんなに焦ってんだこいつ。もしかして俺のこと爆豪と同じ不良だと思ってる?タバコやめたのに?そんなまさか。俺が爆豪と同じと思われてるなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

「いや、緑谷の個性ってすげーパワーだした後すぐにダメージくるだろ?アレどうやってんのかなって」

 

「どうやってるって、別に技術とかはないよ。逆に制御できてないからあぁなっちゃってるってだけで」

 

「イメージでいい。個性を使うときどんな感じだ?」

 

 制御できていない、というのは見ててわかる。ただ、個性を使う瞬間どんな感じなのか知りたい。俺と緑谷の個性は少し似ているから、何かヒントになるかもしれないし。

 

「えーっと、力を振り絞って全力でやってる感じかな」

 

「なるほど」

 

「内側から爆発させる?みたいな。うーん、言葉にすると難しい」

 

「内側から、爆発」

 

 ……なるほど。内側から爆発か。俺からすれば最もイメージしやすい。いいヒントだ。やはり緑谷に聞いてみてよかった。体育祭まで二週間だが、なんとか形にはできるだろう。恐らく。地獄のような痛みが待っているだろうが、ヒーローになるためだ。うだうだ言っていられない。

 

「サンキュー緑谷。参考になった」

 

「え?今ので?役に立てたならいいけど」

 

 不思議そうな顔をしているが、十分役に立っている。爆発させるイメージ。俺は今まで爆発させないように個性を使って結果最後に爆発してしまっていたが、思えば逆をしたことはなかった。

 

「体育祭頑張ろうぜ!つってもお前は俺より下だろうがな!」

 

「ナチュラルに喧嘩売ってきてる……」

 

 おっと、爆豪と一緒にいるときの癖が出てしまった。いかんいかん。口を悪くする相手は選ぶと決めているのに。緑谷は人がよさそうだから暴言は控えなければ。

 

「飯田と麗日も、悪いな。また明日」

 

「また明日!」

 

「ばいばーい!」

 

 早速特訓をしようと教室を急いで出て、「廊下は走らない!」という飯田の声を背に駆けていく。そういえば使い方によればどこまでも強くなるって言ってくれたのも緑谷だった。今度から個性の事で困ったらアイツに相談してみようか?頼り過ぎはよくないが、少しくらいならいいだろう。

 

 でも、爆豪が嫌な顔するかなぁ?デリケートな部分っぽいから気を遣わねば。ややこしいんだよ、あいつ。



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雄英体育祭(1)

 そして迎えた体育祭当日。俺は控室でだらだらと過ごしていた。今更焦ったところでどうしようもないので、むしろリラックスしている。始まったら緊張してる暇もないだろうし、これくらいがちょうどいい。爆豪はかなり集中しているみたいで、いつものように煽ってみても淡泊な反応しか返ってこなかった。むなしい。

 

「さぁ、みんな入場だ!」

 

 委員長の飯田に言われ、入場ゲートに向かう。あれ、リラックスしてたのにめちゃくちゃ緊張してきた。俺ダサくね?みんなとは違って緊張しない余裕のある男感出してたのに。それはそれでダサいけど。

 

『雄英体育祭!ヒーローの卵たちが我こそはとしのぎを削る年に一度の大バトル!』

 

 マイク先生の実況が聞こえてくる。そうか、年に一度。チャンスをものにするにはここしかない。プロヒーローに成長のタネでも見せることができれば勝ちと同じ。

 

『どうせテメーらアレだろ!?こいつらだろ!?敵の襲撃を受けたにもかかわらず、鋼の精神でそれを乗り越えた期待の新星!!ヒーロー科!!1年!!A組だろぉお!?』

 

 持ち上げてくれてるが、結果的に俺はボロボロになってたしなんとか切り抜けたって感じだった。うん、自信を持つのはいいが持ち過ぎはよくない。自分の力を過大評価せず、できることを一つ一つ確実にこなしていこう。大丈夫、ヒーローはそういうやつを見てくれる。

 

 選手の入場が終わり、ミッドナイト先生が朝礼台に上がった。相変わらず18禁である。その18禁が18歳以下の生徒しかいない雄英になぜいるのか疑問だが、男がそれを口にするのは野暮ってものだろう。俺はありがたく思っている。

 

「選手宣誓!選手代表、爆豪勝己!」

 

「入試『は』一位か……」

 

 俺の呟きを無視して爆豪は宣誓に向かう。まぁ流石にこんな場所で噛みついてこないよな。爆豪でもその辺りの常識はあったようだ。

 

「せんせー」

 

 ただ、やる気がなさそうに手をポケットに突っ込みながら宣誓するのはどうかと思う。選手代表だぞ?お前。

 

「俺が一位になる」

 

「調子乗んなよA組オラァ!!」

 

 やはり爆豪は爆豪だった。というか学校側はこんな宣誓でいいの?自由過ぎない?

 

 爆豪はそれだけに止まらず、なぜか俺の方を見て首を掻っ切るジェスチャーをした後、

 

「せめて跳ねのいい踏み台になってくれ」

 

「!!!!」

 

「やべぇ!久知が人前で見せちゃいけねぇ顔になってる!」

 

「止めろ!」

 

 あまりのムカつきに襲い掛かろうとしたが、切島と上鳴に止められてしまった。今すぐブッ倒して再起不能にするべきだろ、あいつ。今の俺に言ったようなもんだし。実は宣誓に向かう前に俺が呟いたの気にしてたな?小さい男だ!

 

 爆豪を悪く言うことで気を落ち着かせる。なんとも小さい気の落ち着かせ方だが、自分を制御できているだけマシだろう。制御できるなら止められる前に制御しろという話だが、まぁ、それは、うん。

 

「さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう!運命の第一種目!今年は……コレ!!」

 

 ミッドナイト先生が示した先には、障害物競走の文字。体育祭では一般的だが、雄英の障害物競走がまともなわけがない。

 

「計11クラスでの総当たりレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4キロメートル!コースさえ守れば何をしたってかまわないわ!」

 

 4キロ、かぁ。個性を使えるくらい疲労はたまるが、この競技中に個性を使わないと勝てなさそうな距離でもある。何をしたってかまわないということは妨害もアリということで、妨害されればこちらも個性を使うしかない、という状況になるだろう。そうならないように人を避けて走った方がいいか?この人数を避けるなんて無理な話だが、強いやつを避けることはできる。

 

「さぁ行くわよ。よーい、スタート!」

 

 そのスタートの合図と同時。

 

 俺のすぐ隣から風が巻き起こった。情けなくも普通にびっくりした俺は風とともに飛び出そうとしていた男子生徒の体操服を掴み、一緒に生徒の群れから飛び出した。

 

「と、飛んでる!?」

 

「うおっ、なんだアンタ!すごいガッツだな!」

 

 俺をぶらさげながらも飛び続けるこいつが、どうやら風を起こした張本人らしい。風を操る、起こす個性か?この競技にめっちゃ有利じゃん。

 

「そのガッツは尊敬するが、落ちろ!」

 

「待てそよ風野郎!お前ヒーロー科か!?」

 

「ヒーロー科っス!そして俺は夜嵐イナサ!」

 

「よし夜嵐!俺はとても困っている!」

 

「何!?困ってるのか!」

 

「そうだ!そんな困ってるやつをヒーロー科が放っておいていいのか!?」

 

「それはダメだ!よし、しっかり掴まっておくっス!」

 

 よし、バカだ!今日の俺は運がいい。こいつめちゃくちゃ強そうだから蹴落とした方がいいんだろうけど、蹴落とせるほどの個性を俺は持っていない。となれば協力するのが一番だ。強そうだけどバカでよかった。

 

「俺は久知想。頼むぞ夜嵐!」

 

「任せとけ!」

 

 しっかりと夜嵐にしがみつき、他の生徒からぐんぐんと距離を離す。いやぁ快適快適。疲労がたまらないっていうのが気になるところだが、そんな贅沢言っていられない。楽して勝てそうなんだから、文句を言っちゃ罰が当たる。

 

『さぁ第一の関門、ロボ・インフェルノ!』

 

「お、入試の時のゼロポイント敵!」

 

「入試?」

 

「あ?入試んときあったろ」

 

「俺推薦組っス!一位!」

 

 ってことは轟より優秀ってことか。推薦入試の内容にもよるけど、その場において誰よりも優れていたことは間違いない。これは心強いな。

 

 夜嵐の個性ですいすいとロボの間を通り抜け、第一関門を難なく突破。すごいなこいつ。最初に食らいつけてよかった。

 

「お、後ろでロボ倒れた」

 

「ほんとだ!すごいやつがいるな!」

 

 多分轟だろう。俺が知っている限りあんな芸当できるのは爆豪かあいつ、もしくは緑谷しかいない。まぁ爆豪は破壊して進むより避けて進むだろうし、緑谷は最初に個性使って使い物にならなくなるっていうバカはしないだろうから、アレは轟の仕業だ。

 

『第二関門!ザ・フォール!落ちたらアウトの綱渡りだ!落ちたくなきゃ這いずりな、ってもう越えたァー!!』

 

「夜嵐に有利な関門だな」

 

「ヨユーっス!」

 

 飛べる個性を持っているやつにとっては関門でもなんでもないだろう。夜嵐とか爆豪とか。落ちたら終わりでも、飛べればただの道と変わらない。

 

『今んとこ一位はB組夜嵐!で、二位はA組久知、でいいのか!?夜嵐の荷物状態になってるぞアイツ!』

 

『何でもアリ、だからな。夜嵐がいいならいいんだろう』

 

『三位は轟!夜嵐もスゲーが負けてない!こりゃまだまだわかんねーぞ!』

 

「轟か!やっぱすごいな!」

 

「そうか、推薦組だから顔見知りか」

 

 轟の名前を聞いて夜嵐が嬉しそうに笑っている。友だちか何かだろうか。だとしたらA組とB組に分かれてかわいそうというか……。

 

「俺、轟嫌いだ!」

 

「えぇ?」

 

 まさか嫌いだとは。でもそれじゃなんでそんな嬉しそうなんだ?

 

「でも、親友になってみせる!俺、ヒーローっスから!」

 

「や、ヒーローでも嫌いなやつくらいいるだろ」

 

「ドライだな、アンタ!」

 

 嫌いなのに親友になろうとするとは、変わったやつだ。いや、嫌いだからこそ?きっと夜嵐にしかわからない何かがあるんだろう。俺があの子を好きでいるように。きもいな、俺。

 

『さて早くも最終関門、怒りのアフガン!一面地雷原だが……』

 

「ラッキー!」

 

「よっしゃ行け!夜嵐!」

 

『関係ねー!後続!あいつらなんとか妨害しろ!』

 

『おい』

 

 観てる側は面白くないっていうのはわかるが、こっちも必死なんだ。俺何もしてないけど。楽に勝てるなら楽に勝てるでいいじゃないか。

 

「ま、てやコラァァァアアア!!」

 

「爆豪!」

 

「おぉ!速い!」

 

『きたー!A組爆豪!そのまま先頭にくらいつけ!』

 

「情けねぇ勝ち方すんじゃねぇ!」

 

「ヒーローが助けられちゃいけねぇなんて決まってねぇだろ!!」

 

 夜嵐の背中から爆豪と口喧嘩。爆豪は轟と妨害しあいながら着実に距離をつめてくる。

 

「夜嵐!もっとスピード出せないのか!?」

 

「すまん!疲れてきた!」

 

 俺のせいだな。確実に。このままじゃ後ろの二人に追いつかれる。……いや、追いつかれてもいいんじゃないか?夜嵐はともかく、俺は実力での順位じゃないんだし。例えここで追いつかれても四位か三位になるだけだ。なら、ここは。

 

 後のことも考えて夜嵐に恩を返しつつ、個性の発動条件を稼いでおく。

 

「夜嵐!俺のことは気にせず進めよ!」

 

「なっ、何してんだアンタ!」

 

 俺は夜嵐の背中から飛び降りて、爆豪と轟の前にある地雷を思い切り踏んづけた。

 

「また後で会おうぜ!」

 

「久知ィィィイイ!」

 

 三人一緒に仲良く吹き飛ばされる。ただこれで妨害は済んだ。夜嵐が一位になって、この距離なら爆豪と轟には抜かれるとして、四位にはなれる。が、そうはいかないのが雄英体育祭。吹き飛ぶ俺たちの間を、一人の人間が通り抜けていった。

 

「緑谷!?」

 

『おーっとA組緑谷!吹き飛んだ三人の間を抜けて、夜嵐に追いついたー!』

 

 アイツ、個性を使わずここまできたのか。んなことしたら俺がものすごくダサいやつみたいにならない?もうなってるけど。

 

 まぁいい。それでも五位になるだけだ。わざと轟を先に行かせて、氷の上を安全に進んでいく。最後まで人の力だな、俺。

 

 轟が作った道を通っていくと、やがてスタジアムにたどり着いた。それと同時に、

 

「よかった久知!生きてた!!」

 

「うおっ!夜嵐!」

 

「すまん!せっかく久知が体張ったのに二位だった!」

 

「いやいや、あれは緑谷がすごかっただけだって」

 

「確かに!すごかったな!」

 

 めちゃくちゃ純粋だな、夜嵐。悪いやつに騙されないといいが。

 

 第一競技は五位通過。個性を使わなかったにしてはいい順位だろう。緑谷も個性使ってないし、それで一位だけど。俺が霞む。すごいな緑谷。



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雄英体育祭(2)

「予選通過は上位44名!次からはいよいよ本選よ!ここからは取材陣も白熱してくるから気張りなさい!さーて、第二種目は……コレ!!」

 

「騎馬戦か」

 

 ミッドナイトの説明によると、選手は2~4人のチームを自由に組んで騎馬を作る。基本的には普通の騎馬戦と同じルールだが、一つ異なることがあり、それは第一種目の結果に応じたポイントが各選手に振り当てられること。44位から5ポイントずつ増えていき、なんと1位には1000万ポイント。差がありすぎる。実質1000万ポイント争奪戦だろ。

 

 制限時間は15分で、割り当てられた合計のポイントが騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイントが表示されたハチマキをつけ、制限時間終了までハチマキを奪い合う。ハチマキは首から上につけ、更に重要なのはハチマキをとられても騎馬が崩れても失格にはならないということ。ただし個性はアリだが騎馬を崩す目的の攻撃をすると退場となる。

 

「それじゃ今から15分!チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

 

 15分。焦らないとどんどん決まっていくな。できれば初めから高いポイントを持っておいて逃げ切りたいんだが、爆豪がいる以上難しそうだ。アイツ絶対狙ってくるし。1000万ポイントにだけ集中してくれればありがたいんだけど。

 

 さて、そうなると高いポイントを持っていて尚且つ逃げ切り、迎撃の両方をこなせるやつと組みたい。となると……。

 

「夜嵐はどこに……?」

 

 夜嵐ならそれが可能だろう。推薦一位で入れる実力に、汎用性の高い個性。本選で戦いたくはないが、ここで敵に回した方が厄介だろう。背に腹は代えられない。

 

 そう考えながら探し、見つけはしたが何やら夜嵐の様子がおかしい。大人しすぎる。アイツの性格を考えればこういう場面ではめちゃくちゃ騒ぎそうなんだけど……尾白と、宣戦布告しにきた話の長いやつと一緒にいるからあいつらと組むのか?残り一枠空いてそうだし、入れてもらうか。

 

「夜嵐!」

 

 声をかけつつ背中を強く叩く。多分こういうコミュニケーション好きだろ、こいつ。完全に偏見だけど。

 

 背中を叩かれた夜嵐はハッとした表情になり、周りをきょろきょろ見た後俺を見つけ、次に宣戦布告野郎を見た。なんだその今目を覚ましたみたいなリアクション?

 

「うお!俺寝てたか!?数分間の記憶が全然ない!おはよう久知!あとアンタ!」

 

「寝てた?だから大人しかったのか」

 

 いや、そんなわけない。いくら夜嵐でもこの状況で立ったまま寝るなんてありえないだろう。本人はそう信じ切ってるけど。さっきまでの意識がなかったってことは、まず最初に考えられるのは誰かの個性を受けた、っていうこと。で、夜嵐を大人しくさせるメリットを考えた時、まず間違いなく夜嵐は味方にしたい。味方にせず蹴落としたいっていう線もあるが、さっき俺が叩いた程度の衝撃で意識が戻るなら放置して蹴落とせるとは思えない。騎馬戦の途中で目が覚めて一瞬でリカバリーされる。夜嵐はそれぐらいのやつだ。

 

 つまり、夜嵐を大人しくさせるのは一緒に組みたいからであり、そうなるとこの場にいるやつの個性ってことになって、尾白は尻尾が個性だから自動的に宣戦布告野郎の個性ってことになる。ここまで考察して外してたら恥ずかしくて死ぬ。

 

「夜嵐、意識無くなる前の記憶あるか?」

 

「ん?そこの人に返事したところで意識を失った気がする。悪いな!話してる途中に寝てしまって!」

 

「いや……それよりアンタ、俺と組まないか?」

 

「んー、なるほど。とりあえず返事しない方がいいかもな」

 

 宣戦布告野郎が眉をピクリと動かした。正解っぽい?

 

「多分、返事か何かしたら発動する個性だろ。で、強い衝撃があればそれは解ける。その個性の詳細まではわからんが、まぁいいや。組もう!」

 

「は?」

 

 宣戦布告野郎が呆けた顔で俺を見る。そんなに不思議なことか?

 

「絶対一緒に組んだ方がいいだろ。お前が騎手に声かけて向こうが返事したら大人しくなるんだろ?めちゃくちゃ有利じゃん。誰も傷つけなくていいし、すげぇ個性じゃね?」

 

「そんな個性だったのか!すごいな!」

 

「夜嵐、大声出すな。気づかれる」

 

「……!!」

 

「黙れとは言ってない」

 

 本当に純粋で極端だな、こいつ。俺が叩いてなかったら訳の分からないまま騎馬戦終わってたぞ。

 

「あ、どんな個性か教えてくんね?どうせ条件わかってんだからいいだろ」

 

「……洗脳。発動条件はお前が言った通りで、解除条件もそうだ。かかったやつは俺の言うことを聞くようになる。あぁ、正確には問いかけに答えたら、だな」

 

「なるほど。じゃあ尾白起こすか。今の教えるけどいいよな?」

 

「この先は一対一で競い合う形式だろ。俺が不利になる」

 

「それは悪いとは思うが、尾白が起きてた方が他の奴らにお前の個性が割れずに勝てる可能性が高い」

 

 宣戦布告野郎の言葉を待たず、尾白を起こす。確かに初見殺し的な個性だからバレたくないってのは分かるが、俺からすりゃ知ったことではない。第一、この競技を勝ち抜いて次に上がれるってだけで十分っちゃ十分だろ。

 

「ま、次戦うことになったら恨みっこナシってことで。俺は久知想。お前は?」

 

「……心操。心操人使」

 

「俺は夜嵐イナサっス!よろしく!」

 

「え、何?どうなってんの?」

 

 混乱する尾白に説明した後、四人で作戦を立てる。騎手は飛べる夜嵐がいいとは思うが、何分こいつにポイントを託すのは不安なので万が一を考えて心操がいいだろう。もしものときは洗脳を使えばいいし、夜嵐は馬をしていても暴れられるくらいには強い。となると馬の位置だが、尾白は個性上後ろについた方がいい。で、夜嵐は働いてもらうために後ろと前を確認できる後ろ。そうなると俺は前。

 

「基本的には夜嵐が牽制、尾白はそのサポート。俺と心操は状況確認。俺は役立たずだが個性上許してくれ」

 

「っス!」

 

「あぁ」

 

「了解」

 

 俺たちの合計ポイントは80+160+200+215=655で、ちょこちょこポイントは狙った方がいいくらいのポイント数だ。

 

「最初のうちは逃げて、終盤狙っていこう。ただ、取れそうなら取ってもいい」

 

『さぁ行くぜ!勝っても負けても恨みっこナシ!雄英1年の合戦カウントダウン!3、2、1!スタート!』

 

 スタートと同時にすべての騎馬から距離をとる。予想通りほとんどの騎馬が一位の騎馬を狙いに行っており、最初の方は安心できそうだ。

 

「心操。ポイントの動きしっかり見ててくれよ」

 

「わかってる」

 

 このポイントのまま逃げ切って勝てるとは思っていない。だが、取りに行く前にやるべきことはポイントの動きを見て、終盤どの騎馬のポイントを取りに行くか見極めることだ。

 

「個人的には、緑谷、爆豪、轟には喧嘩売りたくないな」

 

「なんでだ!?」

 

「轟は単純に強い。上鳴も鬱陶しい。爆豪はめんどくさい。緑谷は何をするかわかんねぇし、逃げ続けるからめんどくさい」

 

「ズバズバ言うな……」

 

 だから、できればB組連中が上位に上がってきてくれると嬉しい。舐めてるわけじゃないが、あいつらよりは絶対にマシだ。

 

「参加してる風に見せかけるためにちょっとだけ内側に寄ろう。参加しすぎないのもヘイトを集める」

 

「あんた、本当にヒーロー科か?」

 

「賢いだろ?」

 

 俺も自分で自分のことをズルいやつだと思っている。それを認めて割り切ることこそ必要なことだ。勝てりゃいいんだし。……プロヒーローがどう思うかがアレだけど、こういうところも評価してくれるだろ。多分。

 

『さー7分経過した現在のランクを見てみよう!』

 

「ほー。B組じゃん」

 

「どうする?」

 

「もうちょい待ちだな。誰が誰を狙ってるかも見なきゃならんし」

 

 モニターに表示された順位を見ると1位が緑谷で、2~4位がB組、5位が俺たち、6位が轟で後はパッとしない。爆豪が0ポイントなのは笑えるが、これは誰かが爆豪のポイントを取ったということでつまりそいつはこの競技の通過が絶望的になったということである。

 

「狙うなら鉄哲、拳藤だな。爆豪のポイント取ったの物間っぽいし」

 

「おい、後ろ!」

 

 心操が焦った声で叫ぶが、心配ない。

 

「よっ」

 

 尾白が尻尾で後ろから来た騎馬を牽制し、その隙に夜嵐が風で俺たちを囲い、そのまま風とともに移動。まるで台風だ。心操のハチマキが飛んで行きそうで怖い。

 

「こっからは俺たちも積極的に狙われるだろうから、一層注意するぞ」

 

「了解っス!」

 

「すごいな、夜嵐の個性……」

 

「ただのバカじゃないんだな」

 

 全体の様子を見ながら移動する。うまい具合にポイントがばらけてくれたおかげか、俺たちを狙ってくるチームは少ししかおらず、ある程度余裕を持ってみることができる。俺たちを狙ってこないのはさっきの夜嵐の個性を見たからというのもあるだろうが。

 

「さーて、残りもう少ないんじゃね?そろそろ鉄哲の方に寄るか」

 

『残り1分を切って現在、轟が緑谷からハチマキを奪い取り、1位の座も奪い取ったー!!』

 

「らしい。夜嵐!」

 

「オッケーっス!」

 

 夜嵐に指示を出しながら鉄哲チームに接近。十分近づいたところで俺たちと鉄哲チームを邪魔が入らないように風の壁で囲う。そして、仕上げは心操。

 

「なぁ、アンタ本当に勝てるつもりでいるのか?」

 

「あ!?当たり前だ!」

 

「はいゲット」

 

「おい!鉄哲!?」

 

 本当にすごいな心操の個性。夜嵐みたいな性格だったらバンバン引っかかるだろ。惜しいのは初見殺し感が強すぎるところだ。コスチュームとかで補えないのだろうか。ヒーロー科じゃないのがものすごく惜しい。

 

『ここでタイムアップ!』

 

「あれ、なんだ!?」

 

 後ろで鉄哲の洗脳が解けたようだが、もう遅い。ポイントは根こそぎ奪ったから俺たちは2位くらいか?あれれ?これ爆豪に勝ったんじゃない?

 

『それじゃ順位見ていくぜ!1位轟チーム!2位……心操チーム!?』

 

『あぁ、久知がいるな』

 

「なんか変な納得の仕方されてんだけど」

 

「日頃の行いじゃない?」

 

 ドンマイ、と言って肩に手を置いてくる尾白に首を傾げた。日頃の行いが悪いって?そんなはずないだろ。

 

『3位爆豪チーム!4位が緑谷チーム!!以上4組が最終種目へ進出だァァアアアー!!』

 

「げっ、やっぱ爆豪も緑谷も上がってくんのか」

 

「楽しみだな!久知!」

 

「……」

 

 爆豪と緑谷が上がってくることは予想していたが、別にそれ通りにならなくていいのに。できれば弱いやつが上がってきて、楽に倒す、みたいな。まぁ弱いやつ何ていないだろうけど。

 

「あぁ心操。他のやつらには個性バラさねぇから安心しろって」

 

「別に、心配してない」

 

「嘘つけ」

 

 俺ならめちゃくちゃ心配するね。バレたら勝つのはほぼ無理だし。見たところフィジカルも強くなさそうだ。ま、バレなかったら勝てるっていう意味でもあるんだけど。

 

「ま、お互い頑張ろうぜ」

 

「何するんだろうな!そうだ!みんなで飯食おう!」

 

「アンタ、こんなのと一緒にいて疲れないのか?」

 

「慣れるよ。ヒーロー科ってみんな濃いんだ」

 

「?そうは見えないが」

 

 心操の正直な一言に尾白が傷ついていた。いや、普通っていうのは誇れることだぞ。何にも染まらない、みたいな。カッコいいじゃん。普通も立派な個性だし。ね?

 

 なんとか尾白を慰め、俺たちは昼休憩に入った。残すは最終種目のみである。



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雄英体育祭(3)

『さぁ最終種目!進出4チーム総勢16名からなるトーナメント形式!一対一のガチンコバトルだ!!』

 

 なぜかA組の女子がチアの恰好をして出てきたことは見なかったことにして、最終種目の発表に集中する。どうせ峰田か上鳴が何かしたんだろ。

 

「それじゃあ組み合わせ決めのくじびきしちゃうわよ!これが終わればレクリエーションを挟んで開始だから、レクリエーションへの参加不参加は慎重に決めてね」

 

 俺としては動いていないと個性が発動できないから参加した方がいいのだろうが、疲れ具合を自分で調整しにくいからやめておこう。多分トーナメント参加するやつらは全員参加しないだろ。夜嵐みたいなやつ以外。

 

 1位チームから順にくじを引いて行き、組み合わせが決まった。

 

第一試合

緑谷VS心操

 

第二試合

轟VS瀬呂

 

第三試合

尾白VS上鳴

 

第四試合

飯田VS発目

 

第五試合

芦戸VS夜嵐

 

第六試合

久知VS切島

 

第七試合

常闇VS八百万

 

第八試合

爆豪VS麗日

 

 ……夜嵐と爆豪と同じブロックて。轟と同じブロックいけやお前ら。

 

「一回戦久知とか!よろしくな!」

 

「おぉ。よろしく。俺はこの組み合わせに軽く絶望してるところだ」

 

 切島ももちろん強いだろうし、勝ったとしても夜嵐、奇跡的に勝ったとしても爆豪。で、また奇跡的に勝ったとしても轟。死だろ、死。くじ運悪すぎじゃない?俺何か悪いことしたか?心あたりはあるけど。

 

『よしじゃあトーナメントは置いといて!楽しめ!レクリエーション!』

 

 第一種目と第二種目で個性使わなかった反動がここにきたと思うようにしよう。レクリエーションはスルーで、精神統一だ。精神統一。せっかくここまできたんだから、いい結果は残したいしな。

 

 

 

 

 

 

 

『ヘイガイズアァユゥレディ!?色々やってきましたが、結局これだぜガチンコ勝負!!』

 

 スタジアムの中央にフィールドが用意され、トーナメントの準備が出来上がった。相手を場外に落とすか、行動不能にするか、参ったと言わせれば勝ち。命にかかわるような攻撃はアウト。切島が相手なら参ったと言わせるのは無理だと思っていいだろう。そんなこと言うようなタイプではない。となれば、場外に落とすか行動不能。観客はガチンコファイトで行動不能っていうのが見たいのだろうが、先のことを考えるとガチンコは少し躊躇してしまう。

 

 狙うなら場外。切島は空中で移動できるタイプでもないから、ぶっ飛ばせば場外は狙いやすい。問題はそれまでに疲労をためておかなきゃいけないってことで……。

 

「あれ、どこ行くんだ?」

 

「準備」

 

 初めの対戦相手である切島にそう返して、人目のつかないところに行く。

 

 最初から何もない状態で戦って勝てるような相手でもない。試合が始まるまでにできるだけ疲労をためておいて、即行でケリをつける。次を考えるならその勝ち方が一番だ。戦ってるやつらには悪いが、試合結果はほぼわかりきってるから見るまでもない。わからんのは今やってる緑谷VS心操くらいか。

 

 よし、走るか。勝つために。

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ行くぜ第六試合!5位、2位と地味に優秀!まだ個性を見せていないミステリアスボーイ!ヒーロー科久知想!』

 

 緑谷、轟、上鳴、飯田、夜嵐が勝ち進み、ついに俺の出番がやってきた。ミステリアスと言うと聞こえはいいが、他人の力でのし上がってきただけである。多分何人かにはバレてる。

 

『対するは激アツの男気!仮想敵に下敷きにされようがなんのその!同じくヒーロー科、切島鋭児郎!』

 

 アレの下敷きになって無事ってどんだけ硬いの?個性使わなかったら肉弾戦で絶対勝てないだろ。これが第二種目じゃなくてよかった。

 

『START!!』

 

「行くぜ!久知!」

 

「できればくるな」

 

 突っ込んでくる切島から逃げる。一発でもあたると事故で気絶しかねないので、慎重に見極めつつ回避。麗日のように触れられたら終わりの個性ではないから避けるのはまだ楽だ。だが、こいつ。

 

「油断、してねぇのな」

 

「するかよ!これでも一回コンビ組んでんだ」

 

 部分的に硬化してくれていればまだ楽だったのだが、全身を硬化している。油断してくれていればまだ楽だったのに、初めから全力で倒す気だ。そりゃ俺相手に持久戦って俺の個性を知ってたらありえないしな。

 

『ラッシュをかける切島に、久知は逃げる、逃げる、逃げるー!!』

 

 俺が情けなく見える実況はやめてほしい。一応この逃げも必要なことなんだ。必要以上にダメージを受けず、個性の発動条件を満たすため。ただ無様に逃げ回っているだけじゃない。

 

「クッソ、当たれ!」

 

「当たるか」

 

 避けに徹していれば避けるのはそんなに苦労しない。訓練を積んだやつが相手ならこうはいかないだろうが、雄英ヒーロー科とはいえまだ一年。動きが直線的で避けやすい。あくまで避けに徹していた場合のみで、俺も攻撃していれば普通に何発かもらうだろうが。

 

「って、ぐおっ!?」

 

『ここでこの試合初めてのダメージが久知に通ったー!!』

 

 なんてことを思っていたら避けきれずに肩を殴られてしまった。これが腕とかならまだよかったのだが、肩は重心がずれるから少しマズい。ここは衝撃に逆らわず、一旦距離をとるべきだ。

 

「逃がすか!」

 

「人の動き読めんのかよ!」

 

 てっきりその場で攻撃し続けると思ったんだが、俺が後ろに退くことを読んで詰めてきやがった。あんまり考えるの得意そうじゃないのに。

 

「勘だ!」

 

「いい勘してんな、オイ!」

 

 言いながら振るわれた拳を受け止める。こうやって受け止めちゃうと、次避けんのが難しくなるんだよなぁ。てか受け止めるだけですごく痛い。硬すぎだろ。そりゃ下敷きにされても無事だわ。

 

 切島のラッシュを受け、流し、なんとか避け、精神をすり減らしながらそうし続ける。何回か体に攻撃をくらっているが、致命傷じゃない。大丈夫だ。

 

「ハッ、焦ってるな?」

 

「そりゃな!」

 

 段々切島の表情から余裕がなくなってきた。俺にダメージと疲労が蓄積しているからだろう。……そろそろか。

 

「あっ」

 

「もらった!」

 

 バランスを崩したように見せかけ、わざと隙を作る。この場合、切島がどこを狙うか、だが。俺を確実に仕留めたいはずだから、恐らく。

 

『モロに入っ……てないー!久知、寸前のところで拳を止め、腕ごとガッチリ掴んだー!!』

 

「顎、だよなぁ」

 

「クッソ、相手が久知なんだから怪しむべきだった!」

 

 なんだそれ。まるで俺が騙し討ち上等みたいな言い方。あまり間違ってはないけど。

 

「じゃあ行くぜ切島。恨むなよ!」

 

「え、ちょ、待て!」

 

 俺は切島の腕をガッチリ掴んだまま個性を発動させる。

 

 あの日、緑谷からヒントを得た俺は二週間その練習に励んでいた。内側から爆発させるイメージ。そこで考えたのが、本来強化される10分間の分を一瞬に持ってこられれば、上限解放10程度でもすごい力を出せるんじゃないか?ということ。じんわり爆発させないようにやっていた強化を、瞬間的に。

 

「瞬間解放、10!」

 

 そして、それは成功した。瞬間解放は本来10分間あるはずの制限を5秒間に短縮し、爆発的な力を引き出す諸刃の剣。

 

「じゃあな!」

 

「クッソぉぉおおお!!」

 

 その爆発的な力で切島を場外まで投げ飛ばした。そして5秒の制限時間が終わり、体に激痛が走る。ただ、普通の上限解放なら30くらい出さなければ投げられなかった相手だ。10程度の激痛ですむなら安いもの。……まぁ瞬間解放してその攻撃が失敗すると、単に激痛がくるだけになるが。使いどころが難しい。

 

「切島くん場外!久知くん二回戦進出!」

 

「うっし」

 

『押されていた久知、一瞬で勝負を決めて二回戦進出ー!ただ勝ったのにめちゃくちゃ痛そうだ!』

 

 それが俺の個性なんだから仕方ない。

 

「クッソ、負けた!速攻はよかったと思うんだけどなー」

 

「切島が経験積んでたらどっかでいい一撃もらって俺が負けてたかもな。俺の勝ちも読みがうまく当たっただけだし」

 

「次の試合のこと考えながら戦ってるやつに負けてんだ。完璧な負けだろ、これ」

 

 バレてた。いや、ほら、俺の個性上それは仕方ないというか、ね?しかも相手が相手だし。それは切島にも言えることだけど。

 

「ま、うじうじすんのはらしくねぇ!久知、勝てよ!」

 

「相手が相手だからなー。まぁ頑張る」

 

「そこは勝つ!でいいだろ」

 

 切島と話しながらリカバリーガールのところへ向かう。俺の場合ダメージは残しておいた方がいいが、学生の身だから学校のことも考えて一応行っておかないとな。

 

「次って確か夜嵐?だっけ。あの風がすごいやつ」

 

「あぁ。推薦入試一位だってよ」

 

「マジ?轟より上じゃねぇか!」

 

 だから恐ろしい。飛ばれたらほぼ何もできないし、ほとんどのやつは完封されることだろう。それほど飛べるっていうのは戦闘において大きなアドバンテージなのだ。遠距離攻撃を持っていればまだなんとかなるだろうが、俺はそれを持っていない。勝つ方法は限られているが、それをして勝ったとしても次の試合でまともに動けるかどうか。

 

「俺ん時は勝てたからいいけど、次の試合は余力残して勝とうなんて思うなよ」

 

「んー、でもトーナメントだしなぁ」

 

「それで負けたら意味ないだろ?」

 

「それもそうだ」

 

 でも、できれば余力を残しておきたい。そんなことができる相手だとは思ってないが、それでも。俺の個性、というより俺をアピールするにはそっちの方がいいだろうから。ボロボロになるとしてもまだ動ける程度には。

 

「応援してるぜ!」

 

「ボロ雑巾になったら慰めてくれよ」

 

 勝たなきゃ許さん!というプレッシャーを俺にかけた切島は、清々しく笑った。



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雄英体育祭(4)

『轟三回戦進出ー!って、緑谷アレ大丈夫か!?』

 

 俺たちの試合が終わり、第七試合は常闇が勝ち、第八試合は爆豪が勝って。二回戦第一試合は緑谷VS轟。それが今終わり、緑谷はボロボロの状態でリカバリーガールのところに運ばれていった。その緑谷に対するヒーローの印象はあまりよくなく、やはりボロボロになるのは避けた方がいいらしい。が、俺はまだ誤魔化しがきく方だろう。緑谷はダメージが外にきて、俺は内側にくる。だから、最悪俺が我慢すれば何とか印象は落とさずに済む。

 

 まぁ、雄英の教師陣からは怒られるだろうけど。

 

 俺は二回戦第三試合なので、観戦をやめて控室にいる。夜嵐は俺がボロボロになるくらい無茶しなければ勝てない相手であることは間違いない。ただ、ボロボロになってまで勝つ必要というのは本当にあるのだろうか。飯田と戦っていたサポート科のやつは自分の作ったアイテムを散々披露して自ら場外に出た。ああいう風に自分をアピールできればそれでいいんじゃないか、と思う。対応力を見せつける、とか。

 

 ただ、ヒーローは負けたら終わりでもある。勝ってボロボロなのもマズいが、勝たなければいけないのがヒーロー。時と場合にはよるが、基本的にそうだろう。つまり、サポート科と違いヒーロー科がアピールするには対応力はもちろん、勝利が一番の近道。緑谷の印象が悪かったのはボロボロになった上で負けてしまったから。勝ってても印象は悪かっただろうが、欲しがるところもあったはず。

 

 俺に必要なのは、勝利と勝利後も動けるというアピール。そのためには瞬間解放ではなく上限解放を使い、尚且つ宙に浮かぶ相手を倒せるほどの解放をすること。激痛で死ぬんじゃないか?俺。40程度では足りないだろう。……40程度にして頑張ったなぁ、みたいなことにならないかな?

 

 まったく、やる気があるんだかないんだか。どっちつかずで自分が嫌になる。

 

『飯田の速攻で上鳴瞬殺ー!!』

 

 そろそろ出番なので、控室から出てゲートに向かう。こうなったらなるようになる、だ。初めのうちは念のために疲労とダメージを蓄積させて、そこから考えよう。

 

『さーサクサク行くぜ!二回戦第三試合!第二種目でチームを組んでた二人、夜嵐VS久知!』

 

「一試合目すごかったな!俺凄い楽しみだ!」

 

「俺は自分のくじ運を恨んでるところだ」

 

『START!!』

 

 まず、飛ばれたらしばらくは何もできない。だから初めは速攻。

 

「瞬間解放、10!」

 

 瞬間解放を使い、身体能力を強化。そのまま地を蹴って一瞬で距離を詰める。が、俺が距離を詰めたと同時に夜嵐は風を巻き起こし空へ飛んだ。その風に押され体勢を崩し、個性が切れて激痛が体を襲う。早速出たよ、瞬間解放のデメリット。

 

『おーっと一試合目と違い積極的に狙いに行ったが、夜嵐には通用せず!飛べるってズリーなおい!』

 

 ほんとに。降りてきてくれるとやりやすいんだが。

 

「危なかった!今度はこっちの番っス!」

 

「まっず!」

 

 塵が巻き上がったのを見て、その場から急いで離れる。体が痛むとか言っている場合じゃない。

 

「うおっ!?」

 

 できるだけ距離を稼ぐために前方へダイブ。そのすぐ後に後ろで風が地面に叩きつけられていた。変な表現になるが、そうとしか言いようがない。まさしく暴力。身近で繊細なコントロールの台風を見ている気分だ。

 

「よく避けたな!」

 

「めっちゃくちゃだなオイ……」

 

 俺を褒めつつ夜嵐は風を操って地を這う旋風を放つ。これに当たってしまえばそのまま場外もあり得るので、横に避けるが、

 

「うっそだろっ!」

 

 俺を追うようにして風が曲がり、そのまま直撃。体が浮きそうになったところを瞬時の判断で瞬間解放10を使い、強く踏ん張って耐える。あんな大雑把そうな性格しといて、どんだけ正確で精密なコントロールしてんだ、あいつ!

 

「そこで耐えてたら、上からドーンっス!」

 

「待て、おちつっ」

 

 やられる寸前の小悪党のようなセリフを吐きながら俺は上から来た風に潰された。強すぎる。個性も元々強いが、本人の使い方もうまい。この歳でここまで繊細なコントロールができるやつなんて他にいるのか?

 

「連、続だァ!」

 

「瞬間、解放っ、10!」

 

 そのまま続けてくらうとマズいので瞬間解放で無理やり脱出する。一回戦から逃げ回ってばっかだ。なんなら第二種目でも逃げ回ってたから、今日逃げ回ってばかりだ。これじゃヒーローっていうより敵だな。敵。

 

「またいきなり加速した!ゴキブリみたいだな!」

 

「バカにしてんのか!」

 

「俺、ゴキブリはかっけーから好きっス!」

 

 ということは褒めてくれてるのか。褒められた気まったくしない。

 

 ふざけたことを言いつつ、夜嵐は攻撃の手を休めない。上から叩きつけるような風、地を這う旋風。繊細なコントロールで巻き起こされるそれは、徐々に俺を追い詰めていった。なんとか瞬間解放で逃げられてはいるものの、反動がたまって負けるのも時間の問題だ。

 

『久知!上空からの攻撃に成す術もなく逃げ回るー!なんか応援したくなってきたぜ!!』

 

『偏った実況はやめろ』

 

 あー、個性『応援』みたいなやつが応援してくれてパワーアップ、みたいなことにならねぇかな。それって不正になんのか?多分心操が外部から干渉してきたら不正になるから不正だろう。バレなきゃよさそうだが、ヒーローとしてそれもどうかと思うし。ヒーローを語れるほどヒーローのこと知らないけど。

 

「そこ!」

 

「ぐっ」

 

 地を這う旋風を避けた隙をつかれ、風に叩きつけられる。咄嗟に受け身をとれたが、頭を打って打ち所が悪ければ負けていた。あー、なんで俺こんなに戦えちまうんだ。もっと俺がザコだったらすぐに終わってたのに。俺の才能と強さが怖い。今ボコボコにされてるけど。

 

「瞬間解放っ!?」

 

「させないっスよ!」

 

 同じようにして瞬間解放で抜け出そうとするが、動いたところを捉えられ、また叩きつけられる。クソだクソ。俺は虫か?ハエにでもなった気分だ。

 

「よし!とどめいくぞ!」

 

 んで、こっからとどめって。お前これでとどめさされてるように見えないの?俺ぶっ倒れてるけど。いや、気絶はしてないけどさ。そんな風巻き上げて何する気?殺す気か。俺を。こんな光景見て止めないってことは、教師陣の誰かが俺に期待してるってことか?それとも俺に死んでほしいから?それはないよな。雄英の教師にそんな人はいない。

 

 あー、いや、期待してるわけじゃなくて俺に意識があるから「参った」っていうのを待ってるのか?わからん。考えるのもめんどくさい。そういや俺なんで雄英に入ったんだっけ?

 

「それ!」

 

 そうだ。確か、助けたいというか、力になりたい女の子がいて、その子が敵で、そんな感じ。だとすると、道半ばで死んだらいけないわけで、例えば今がその道半ばだとして。

 

 ここで負けたら死ぬのと同じ。そう思うことにしよう。

 

『直撃ー!!アレ大丈夫か久知!死んではないだろうが、どう思う!?』

 

『さぁな。よく見てみりゃわかるだろ』

 

『あん?……あーっと!久知、生きているー!間一髪で避けたのか何をしたのか、とにかく無事だー!』

 

 上限解放、60。制限時間は10分間。或いは無理がたたってもっと短いかもしれない。それでも、60くらいになれば短くても十分だ。

 

「夜嵐、覚悟しとけよ」

 

「どうやって避けたんだ?気になる!」

 

 俺は夜嵐の言葉に返さず跳んで一瞬で距離を詰めて夜嵐を掴み、地面に向かって投げ飛ばした。

 

「う、おおおぉぉぉおお!?」

 

 夜嵐が風を操って地面すれすれで止まったところを、着地した俺が追撃をしかける。当然、夜嵐は俺の速度に対応しきれない。反応はできても、せいぜい姿を確認できる程度だろう。俺の移動した軌跡をなぞるように赤い光が走っているのは、俺の体から漏れ出る赤い光のせいだろうか。

 

 仰向けに浮いていた夜嵐の腹に手を添えて、叩きつける。思い切りやると死ぬので手加減して叩きつけたがそれでも衝撃はデカく、轟音が鳴り響いた。やり過ぎたかと思ったが、夜嵐は風を巻き起こして俺に攻撃をしかけてきた。見上げた根性、呆れたタフネス。まさか反撃がくるとは思ってなかった。

 

 数分前の俺なら吹き飛ばされていたであろう旋風を踏ん張って耐え、夜嵐の足を掴む。そして、

 

「飛んでこい!」

 

 場外に向かってぶん投げた。叩きつけたときの一撃でほとんど意識が飛んでいた夜嵐はそれでも風を操って耐えようとするが、勢いに負けて壁に叩きつけられ、そのまま地面に落ちた。

 

『……いきなりコミックみたいな動きを見せて、久知が勝利!三回戦進出ー!!とんでもない個性だな、オイ!』

 

『……』

 

 相澤先生が無言の圧力をかけてくる。いや、違うんですよ。無理しないでおこうと思ったんですけど、なんか男の意地というかなんというか。

 

『何はともあれフィールドがめちゃくちゃだ!またも修繕ターイム!』

 

 運ばれていく夜嵐を横目に、俺もリカバリーガールのところへ向かう。今回ばかりは治してもらわないとダメだ。もしかしたら次の試合はやめておけと言われるかもしれない。それはそれで嬉しい気もするが、

 

「爆豪」

 

「おう」

 

 リカバリーガールのところへ向かう途中に、爆豪がいた。そういえば次の試合か。夜嵐との試合でいっぱいいっぱいになってて忘れてた。

 

「大丈夫なんか、次の試合」

 

「なんだ?心配してくれてんのかよ」

 

「ちげぇわカス。俺が目指してんのは完膚なきまでの一位だ」

 

 そのまま俺の横を通り過ぎて、振り向きもせずに言った。

 

「テメェにも勝たなきゃ意味ねぇんだよ」

 

「……はは。ま、なんとかするわ」

 

 こりゃ次の試合に出ないと爆豪がブチ切れそうだ。なんなら無理やり試合しにくるかもしれない。そんなことになるとめんどうくさいどころの騒ぎではないので、なんとしてでも次の試合には出なければ。

 

 ……でも、ドクターストップがかかったら仕方ないよね?



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雄英体育祭(5)

「ダメっすか?」

 

「ダメだよ」

 

 リカバリーガールの保健所にあるベッドで横になりながら受けたのはドクターストップ。ごめん爆豪、無理そうだ。

 

「どうしてもダメですか?」

 

「あんた、自分で動くのも厳しいんだろう?そんな状態で試合してどうなるかなんて自分でわかるはずだよ」

 

 確かにわかっている。今の俺は上限解放できるとしても40が最大。しかも既に体がガタガタなので10分間持つかもわからない。そして個性が切れた時には動くのが厳しいどころか動けなくなることは間違いない。上限解放したとしても痛みが消えるわけでもないし、勝てる確率はほぼ0%。

 

「焦る気持ちもわかるさ。でも、今無理して体を壊しちゃ本末転倒だ」

 

「俺も試合が終わるまではそう思ってたんですけどね」

 

 ただ、あんな戦いたそうな爆豪を見てしまったらそりゃやる気出る。プロヒーローへのアピールだとかそういうのを無視してでも戦いたいと一瞬でも思ってしまった。よく考えれば一人でもプロヒーローの目にとまればそこから力を伸ばしていけばいいわけで、大勢のプロヒーローの目にとまる必要はない。いや、とまった方がいいんだろうけど、今の俺にはそれよりも優先したいことがあるわけで。

 

「それでも戦いたいんです。自分の限界はわかっています」

 

「こっちは親御さんからあんたたちを預かってる身だよ。もしものことがあったら顔向けできやしない」

 

「その点は心配いりません!」

 

 どうにかして折れてくれないかと懇願していたその時、一人の男が扉を開けて勢いよく部屋に飛び込んできた。この暑苦しさ、そしてプロヒーローが集まる雄英体育祭。そして今部屋にいる俺、そしてこの声。様々な条件から導き出されたその男の正体は、ものすごく見覚えのある人物で、というか身内だった。

 

「父さん!?」

 

「いかにも!俺は久知想の父さんである久知(ひさち)(きわむ)!そしてまたの名を根性ヒーロー『ノーリミット』!」

 

 俺の父親であり、プロヒーローでもある久知極。本当に俺の親なのかと疑うほど暑苦しい男である。

 

「リカバリーガール、親御さんである俺は許可します!こいつがまだ戦えて、戦いたいというなら戦わせてやりたい!」

 

「取り返しのつかないことになるかもしれないよ?」

 

「そうなりそうだったら俺が全力で止めましょう!ですが大丈夫!こいつは賢い子だ。自分の限界を見誤ることはない!それに」

 

 父さんは俺に向けて暑苦しくサムズアップして、

 

「もう後悔するようなことはあってほしくないんです。やりたいことはやらせ、そのやりたいことが間違っていると思えばぶつかり、譲れるところを見つける。それが俺たち親子の在り方!そうだろう想!」

 

「……おう」

 

「それに、こいつの個性は使えば使う程新たな可能性が見えてくる!それが『窮地』ならば尚の事!こいつの可能性も見るためにも、許可を出してはくれませんか!?」

 

 言って、父さんは頭を下げた。

 

 本当に父さんは暑苦しい人で、俺がヒーローになると言って、その理由も言ったとき「俺は何故あの時無理やり引き離してしまったんだァー!!」と号泣しながら俺に向かって一日中土下座しながら付きまとった後、「お前の夢を全力で応援しよう!」と暑苦しく抱擁された。だから今こうして頭を下げてくれてるんだろう。暑苦しいだけじゃない、いい父さんなんだ。

 

「……個性の制限時間。それが切れたら戦っちゃダメだよ。あと、一度でも倒れてもダメ。あんたを想ってくれてる人がいるってことを理解して戦いな」

 

「リカバリーガール!」

 

「一つ雄英に貸しだよ」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 父さんと口を揃えてお礼を言い、頭を下げる。立場もあるだろうに許可を出してくれるなんて、一生頭が上がらなさそうだ。

 

「さ、行ってきな」

 

「はいっ!?」

 

「大丈夫かァー!!?」

 

 ベッドから下りた瞬間に激痛が走ってバランスを崩し、父さんに支えられた。そのままゲートの方まで支えてもらいながら向かう。

 

「勝て、とは言わん。後悔しないように戦ってこい!」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 そしてゲートの前で父さんから離れて、フィールドの上によたよたしながら上がっていく。

 

『準決勝第二試合!ここまで危なげなく勝ち上がってきた爆豪と、逃げ回ってからの一転攻勢で勝ち上がってきたなぜか怪しい足取りの久知!』

 

「ふらふらじゃねぇか」

 

「安心しろよ」

 

『START!!』

 

「今の全力、ぶつけっから」

 

 上限解放、40。初めから個性を使わなければ動けないほど今の俺は消耗している。そして、個性を使わない状態で逃げ回れるほど、

 

「ハッ、動けんのかよ!」

 

「安心しろっつったろ!」

 

 爆豪は甘くない。

 

『開始早々ぶつかる両者ー!お互い攻撃が直撃したー!』

 

『今のどっちも避けれたろ、アレ』

 

 爆豪は拳を、俺は爆破を顔面に受け、お互いよろける。が、すぐさま体勢を立て直して爆豪の懐に潜り込み、拳を振り上げる。しかし爆豪は爆破による空中軌道でそれを避けると、そのまま俺の背中に向けて一発。

 

「死ね!」

 

「死ぬか!」

 

 上限解放した俺は感覚も強化されている。つまり、強化された聴覚、あるいは嗅覚である程度なら見えないところからの攻撃にも対応できるということだ。爆豪の居場所は個性の特性上わかりやすい。

 

 俺は背後からの爆破を前進することで避け、収まると同時に振り向いてまた距離を詰める。制限時間が短いかもしれないのでゆっくりしている暇はない。

 

「っ!」

 

「当たる、かっ!?」

 

 その勢いのまま振った腕はまた避けられるが、腕を振ったのは殴るためではなく掴むため。今の俺の力なら掴まなくとも服の端に指を引っかけるだけでいい。

 

「ラァ!」

 

 指を裾に引っ掛け、力任せに振り飛ばす。爆破で空中移動できる爆豪ならこんなもの屁でもないだろうが、爆破を体勢の立て直しに使わせることに意味がある。少なくとも、その瞬間は攻撃に転じられないはずだ。俺に飛ばされた爆豪を追い、体勢を立て直すところを殴りつける。

 

「って、マジかっ」

 

「舐めんな!」

 

 が、爆豪は空中で体を捻りながら無差別に爆破。殴りつけようとしていた腕は弾き飛ばされ、その間に体勢を立て直される。花火だ花火。爆豪花火。つーか無防備晒す瞬間なんてないんじゃないのこいつ。天才的な反射神経とそこから対応できるセンス。持って生まれて更に努力したやつはこうなるのか。すごすぎだろ。

 

 弾き飛ばされてよろけたままでは爆破をくらいかねないので、一旦距離をとる。さっきは制限時間の関係で押せ押せでいこうと思っていたが、そんなごり押しで勝てる相手でもなさそうだ。わかってはいたが、少しはいけるかな、なんて思っていたのが甘かった。

 

「逃がすか!」

 

「あぶなっ!」

 

 笑いながら追ってきて爆破してきた爆豪のそれを間一髪で避ける。上限解放40までやっていてギリギリとは、どんな能力してんだ爆豪。だが、避けれたなら問題ない。爆破の際に伸ばされた腕を掴み、今度は地面に向かって振り下ろす。痛いだろうが、死にはしない。

 

「やらせるかよ!」

 

「ぐっ」

 

 振り下ろす前に、爆豪は掴んでいる方とは逆の手を爆破させ、それによって得た推進力で勢いをつけて俺の横腹を蹴る。蓄積されてきた痛みも合わさって腕を離しそうになるが、意地でぐっと踏ん張って爆豪を叩きつけた。

 

「ぎっ」

 

「ハッ、逃げるべきだったなぁオイ!意地張って攻撃してきやがって!」

 

 まるで悪役のようなセリフを吐きながら踏みつけるが、転がって躱されて爆破で距離をとられた。爆豪が距離をとるなんて、あのままではマズいと思わせることができたということだろうか。それなら嬉しい。

 

「チッ、喧嘩みてぇな戦い方しやがって」

 

「生憎、付き合ってくれた人が喧嘩しかできなかったからな」

 

 俺の戦い方はワルの先輩が元になっている。動物的に反応して攻撃し、防御し、投げ、避ける。二年生後半から雄英を目指し始めた俺は、個性を調節できなければ即役立たずになっていたため格闘技を学ぶ時間なんてなかった。そこをカバーしようと喧嘩慣れしていたワルの先輩に揉まれていたというわけである。だから喧嘩みたいな戦い方なのだ。

 

「ま、不良みたいな爆豪相手ならちょうどいいだろ」

 

「吠えてろ、カス」

 

 言い終わると同時にお互い走り出す。

 

 実際、型がないっていうのはあまりよくない。正しい力の使い方ができていないっていうことで、どうしても自分の力任せになってしまう。俺の場合身体能力を強化できるからなんとかカバーできているが、ふとした拍子に変な体の痛め方をしても不思議じゃない。

 

 だが、今は喧嘩しかできないからこれで戦うしかない。そしてこれで勝つには相手の動きの予測も必要だ。正面から走ってきている爆豪は、このまま正面から爆破してくるだろうか?確か、最初のヒーロー基礎学の戦闘訓練では……。

 

「なっ」

 

「当たり!」

 

 爆破による軌道変更、そして背後から爆破。俺のようなパワー系相手に正面からくるバカはしないはずだと思って爆破のタイミングで後ろに反転してみたら的中した。そのまま間抜け面している爆豪の服を掴んでまた叩きつける。

 

「クソがっ!」

 

「いって!」

 

『おーっと爆豪掴まれた服を爆破し、破いての脱出!少し破れた服から覗く素肌がセクシーだー!』

 

『なんの実況だ』

 

 爆豪は掴んでいた俺の手ごと自分の服を爆破して脱出し、距離をとるかと思いきや爆破で距離を詰めてきた。気づいたときには顔の前に爆豪の掌。

 

「まっず!」

 

 勢いよく上体を逸らして地面に手をつき、爆破を避ける。そのまま蹴り上げて勢いを利用しながらバク転して離脱、しようとしたが蹴り上げを避けた爆豪が逃がすまいと追ってきていた。執念深すぎる。

 

「ぶっ飛べ!」

 

「避け、」

 

 られない。そうと決まれば爆豪が右腕を伸ばすタイミングに合わせ、爆破をくらいながら左手で腕を掴んで引き寄せた。そしてそのまま顎を狙って右腕を振るう。

 

「づっ!」

 

「嘘だろっ!?」

 

 しかし俺の右腕は爆豪の超反応による左手の爆破で弾かれた。横から爆破されたので爆豪の右腕は殴れたが、顎に決まっていれば勝っていた。本当に厄介な反射神経である。というより慣れられて攻撃を予測された?

 

 殴った時に腕を離したため爆豪が弾き飛ばされる。それに追撃をしかけようとしたその時、体中に激痛が走った。まさかもう制限時間が?いや、まだなはず。制限時間がきたなら途端に俺はぶっ倒れて動けなくなるはずだ。痛むには痛むが、倒れるほどじゃない。でも、なんだ?この内から飛び出てくるような痛みは。まるで体が破裂するような痛みは。

 

「……このままじゃラチがあかねぇな」

 

 激痛に苦しむ俺を油断なく睨む爆豪。はは、油断してくれてりゃいいのに。ちょっと待ってって言っても聞かないよな?

 

「いくぞ、テメェが避けらんねぇほどの最大火力!」

 

 爆豪が両手を俺に向けて不穏なことを口走っている。最大火力て、死ぬんじゃね?俺。避けようとしても動けないし、避けられないって言ってるし。なんか弾けそうだし。絶体絶命ってやつだこれ。

 

「あ、弾ける」

 

 その言葉と爆豪が大規模な爆破を起こすと同時。

 

 俺の体から、赤い光が勢いよく放たれた。

 

『うおっ、なんだ!?』

 

 俺の視界が赤い光に染まり、そして。光が収まると糸が切れたようにその場で倒れ込んだ。

 

「……は?」

 

 爆豪はその場でボロボロになって膝をついていた。おー、俺のあのわけわからん光、ダメージあるのか。見掛け倒しじゃなくてよかった。

 

 負けたけど。

 

「久知くん、行動不能!勝者爆豪くん!」

 

『決勝は轟対爆豪に決定だー!!っつーか最後何が起きたんだ!?』

 

『……さぁな』

 

 俺自身何が起きたか知らねーもん。意識あるだけマシってことくらいしかわからん。

 

「……オイ、なんだ今の」

 

「しらね。何か出たわ」

 

「……」

 

 俺の言葉を聞くと、爆豪は背を向けて行ってしまった。助けようとは思わないの?こんな無様に倒れてるのに。

 

 かと思えば、数歩歩いたところで爆豪が立ち止まった。やっぱり助けてくれる気になったとか?まぁ爆豪も人の子だし、良心くらいはあるよな。

 

「納得してねぇぞ」

 

「?」

 

「ハナからボロボロのテメェにボロボロにされて、勝ったなんて納得してねぇ」

 

「じゃあ俺決勝いっていいの?」

 

「んな状態で戦えるか、アホ」

 

 言って、今度こそ爆豪はゲートの向こうに消えていった。なんか、最初会った頃より丸くなったなぁ。こんなこと言ったらあいつブチ切れるんだろうけど。

 

 爆豪の背中を見送った俺は、そこで意識が途切れた。



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雄英体育祭 後

「お、気が付いたか」

 

 目を覚ますと、そこはリカバリーガールの出張保健所。またベッドの上に戻ってきたらしい。痛む首をなんとか動かして横を見ると、相澤先生が椅子に座って俺を見ていた。見た目で言えば相澤先生の方が寝ているべきなのに俺が寝ているとは、不思議なものである。リカバリーガールがいないのは、表彰式か何かをやっているからだろうか。

 

「今、表彰式やってるとこだ。本来はお前も上がるはずだったが、まぁその状態じゃ、な」

 

「死にそうです」

 

「よくやったとは言わねぇぞ。むしろやりすぎだ」

 

 これから説教が始まるのかと身構えていると、相澤先生は俺としっかり目を合わせて、

 

「なりたいヒーロー、見えてきたか」

 

「……ヒーロー、っていえるのかはわかりません」

 

 なぜ相澤先生がそれを聞いてきたのか、なんとなくだが理解できる。本来の俺は夜嵐と戦い終わった時点で次の試合を棄権するようなやつだった。個性の関係上次戦えば今の俺のようになることがわかってるし、一人で帰れなくなるような状態になるなんて迷惑かけようなんて思わない。でも、俺は戦った。そこに相澤先生は何かしらの変化を感じ取ったんだろう。

 

 なりたいヒーロー。なんとなくのイメージはあるが、それを実現するには経験がなさすぎる。また、まったく一般的じゃないから受け入れられるかどうかもわからない。

 

「俺の目指すヒーローは、力でなれるもんじゃないんです」

 

「敵の心も救うヒーロー、だったか?」

 

 敵の心も救うヒーロー。市民を救うのは当然として、敵の心も救いたいというのが俺の目指すヒーロー像。だが、敵を救うとは?そもそもそれを望んでいる人はいるのか?もちろん罪は償うべきだと思ってる。それは俺の好きな子もそうだし、犯罪はいけないことだ。ただ、その子……その人の事情も聞かず、悪いことをしたから力でぶっ飛ばして監獄行き、というのはどうも納得できない。その中には、社会のせいで敵になってしまった人もいるだろうから。

 

「救えない敵もいると思います。元から悪事が好きで、何の理由もなく犯罪を犯す敵が。でも、そうじゃない敵もいる。それに、俺は敵になりそうな人にも手を伸ばしたい。小さい頃俺ができなかったことを」

 

「何度も言うが、それはお前のせいじゃないぞ」

 

「わかってます。ただ、俺は随分一途なみたいで」

 

「らしいな」

 

 相澤先生が笑った気がした。この人全然笑わないから笑ったかどうかがわかりにくい。普段笑わない人が笑ったりするとギャップでコロリといっちゃうってことがあるから、もっと積極的に笑えばいいのに。いや、積極的に笑うとギャップがなくなるからほどほどに。

 

「お前の目指すヒーローは、人との触れ合いが重要になってくる。今回の無茶は褒められたものじゃないが、そういう点で見れば無駄ではなかったかもな」

 

「俺、いつも冷静なつもりだったんですけどね。なんかつい、意地というか」

 

「冷静ではないな。それを装ってるだけだろ」

 

 その通りです。自分の感情のコントロールがあまりうまくいかないというか、抑えつけるために色々考えるというか、でもうまく装えてると思うけどなぁ。

 

「ま、悩め。ここまで一気に進みすぎたから立ち止まるのもいいだろう。だが、それは後だ」

 

 相澤先生はふらつきながらも立ち上がり、いつもの気だるげな目で俺を見て、

 

「その恰好のままでいい、HRにこい。切島と上鳴を呼んであるから連れてきてもらえ」

 

「俺まともに座れないかもしれませんよ?」

 

「わかってる。でも出ろ」

 

 そう言い残して、相澤先生は去っていった。あぁ、また俺支えられていかなきゃいけないのか。雄英に入ってそんなに経っていないのにここまで支えられるなんて、情けなさ過ぎて悲しくなってくる。

 

 どうにか個性の反動が小さくならないかと思ったが、そういえば本当にギリギリ体が動かせる程度で済んでいるので、思ったより反動がきていない。成長した証拠だと勝手に納得して、切島と上鳴がきてくれるのを待ち続けた。むなしい。

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれっつうことで、明日明後日は休校だ」

 

「そうしてくれなきゃ困る……」

 

 あの後切島と上鳴に連れられ教室に戻った俺は、机に突っ伏しながら相澤先生の話を聞いていた。とてつもなく無礼だが背筋を伸ばせないほど消耗しているのだから仕方ない。後ろの席の緑谷も前が見えやすくなって大層助かっていることだろう。

 

「プロからの指名等はこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」

 

 以上、解散という言葉とともにみんなが騒ぎつつ立ち上がる。明日明後日休校ってテンション上がるよな。どういう風に過ごすか、とか。俺は明日一日安静は確実なんだけど。

 

「こういうボロボロポジは緑谷の役目だろ……」

 

「僕も相当だけどね」

 

 あはは、と人のよさそうに笑う緑谷は、相澤先生ほどではないが包帯を巻くほどの怪我をしている。見た目的には緑谷の方が重傷なのに。もしかして包帯を巻けば俺も普通に動けるようにはなるのだろうか?

 

「なー、緑谷。爆豪呼んでくんね?俺このままじゃ帰れねぇんだ」

 

「かっちゃんならもう帰っちゃったよ。帰ってなくても担いでもらうのは無理だと思うけど……」

 

 あら、うるさくないと思ったらもう帰ってたのか。せっかく家まで送ってもらおうと思っていたのに。アイツぐらい暴言吐いてくるなら送っていってもらう申し訳なさとか罪悪感とか一切感じないし。

 

「爆豪はいねーけど、俺らならいるぜ?」

 

「しゃーねーから送ってってやるよ。いつかの飯のお返しな」

 

「おぉ。切島、上鳴。悪いな、何度も」

 

「いいっていいって。誰かがやんなきゃいけないんだし」

 

「そんな罰ゲームみたいな言い方……」

 

 傷つきながら二人に肩を貸してもらう。いやぁ、個性でボロボロになったとき大体一人でどうにかしてたから人の存在のありがたさが身に染みる。これで肩を貸してくれるのがあの子だったらどれだけよかったことか。

 

「じゃあな緑谷。怪我早く治せよ」

 

「久知くんこそ」

 

 それもそうか。まぁ俺のこれは休めば確実に治るから問題ない。休みが一日潰れるのはもったいないが、無茶の代償と考えればむしろ足りないくらいだ。

 

「そういやさっき話してたんだけどよ、明後日空いてるか?」

 

「空いてるけど、なんで?」

 

「クラスのやつらに声かけて体育祭の打ち上げ、みたいな?楽しそうじゃね?」

 

 打ち上げか。確実に爆豪はこないだろうから和やかな雰囲気になることだろう。俺もできれば行きたい。

 

「行くわ。どうせ明日寝たきりで終わるから、明日詳細くれ。俺の暇つぶしに」

 

「オッケー。ちゃんと怪我治せよ?」

 

「治す」

 

 肩を貸してもらいながら歩き、時々変な物を見る目で見られながら校門を抜ける。人ひとりの体重を支えるのはきついだろうに、ほんとにいいやつらだな。

 

「電車通学だっけ?」

 

「あぁ。電車賃は出すから、頼む」

 

「それには及ばないよ」

 

「おわっ、誰だ!?と思ったら綺麗なお姉さん!」

 

 財布の中に金いくらあったかな、と考えていると、突然会話に何者かが入り込んできた。……何者か、と言ったがその正体は分かり切っている。歳の割に若々しいファッション、明るい髪、派手なメイク、かと思いきや素材の良さを生かすナチュラルメイク。身内から見ても美人だと言えるその人は久知(ひさち)(みつ)。俺の母親だ。

 

「どうも。うちの息子と仲良くしてくれてるみたいで、ありがとね」

 

「……息子?」

 

「俺の母さん」

 

「嘘だろ!?若っ!」

 

「大学生のお姉さんが逆ナンしてくれたのかと!」

 

「お、素直でいい子たちだね。想とは大違い」

 

「母さんに似たんだよ」

 

 どうみても俺は大怪我人なのに、母さんは迷いなく足を踏み抜いてきた。

 

「っ!!っ!!!」

 

「あとは私が車で持ってくから、ここまででいいよ」

 

「なら車まで俺たちが連れて行くっす!」

 

「任せてください!」

 

「そう?ならお願いしようかな」

 

 苦しむ俺を楽しそうに見降ろし、母さんは背中を向けて歩いていく。虐待だ、虐待。俺の個性のこと知ってるくせにあぁいうことしてくるなんて。あぁやって息子をいじめることが若さを保つ秘訣なのか?なら今すぐ老化してほしい。

 

「なぁ、久知って姉ちゃんいたりする?」

 

「一人っ子」

 

「役立たず」

 

「俺のせいなの?」

 

 母さんの容姿を見て期待したのか、上鳴が俺に姉貴の存在の有無を聞いてくるが俺に兄弟姉妹はいない。一人っ子だから憧れはあるがいないものはいない。そしていないのは俺のせいじゃないのに、なぜ役立たず呼ばわりされてしまったのか。それ以前に姉貴がいたとしても上鳴に紹介することは絶対にない。いいやつだがこいつはアホだ。

 

「久知って母ちゃんと顔似てんのな。性別違うから多少違いはあるけど」

 

「まぁ俺イケメンだし」

 

「身長があればもっとな!」

 

 切島に笑顔で毒を吐かれた。仕方ないじゃん。育ち盛りのときにアレを吸ってたんだから。アレを吸ってなくてもこの身長だったかもしれないけど、それはない。アレを吸っていなければ俺は今頃180センチくらいはあったはずだ。父さんも母さんも背高いし。

 

「よし、ついた。後ろ開けるから適当に放り込んで」

 

「久知、いいのか?」

 

「丁重に扱え」

 

 放り込まれた。あいつら俺の扱い段々わかってきたな?

 

「ありがとう。えーっと」

 

「切島鋭児郎っす!」

 

「上鳴電気です!」

 

「切島くん、上鳴くん。今度うちに遊びにおいで。今日のお礼したいから」

 

「いえ、友だちっすから!でも遊びには行きます!」

 

「お母さんに会いに!」

 

 車の外で上鳴が切島に殴られていた。俺も殴りたい。人の母親を変な目で見てんじゃねぇ。

 

 母さんはまったく気にしていないのか小さく微笑むと車を発進させた。外から手を振る二人に激痛を我慢しながら手を振り返し、姿が見えなくなったところで力尽きる。

 

「……はぁー!」

 

「母さん、何あの喋り方」

 

「おかしくなかった!?いやー、想が友だち見せてくれたの久しぶりだから、ちょっと気ぃ張っちゃって!でもいい子だねぇ!私の事美人だって!」

 

 さっきまでの落ち着いた様子はどこへやら。ハイテンションになった母さんが頬に手を当ててきゃっきゃ言っている。歳を考えてほしい。

 

「あと体育祭お疲れ!惜しかったじゃん。最後なんかぴかーってなってたけど。アレ何?」

 

「さぁ」

 

「うちの息子なのに冷めてる!」

 

 母さんは先ほどの微笑みは何だったのかと言いたくなるくらい明るく笑い、ルームミラー越しに俺を見た。

 

「でも、頑張ったから今日はご褒美になんでも好きな物食べさせたげる!何がいい?」

 

「自力じゃ食えないんだけど」

 

「食べさせたげる!」

 

 それってもしかして、あーんっていうやつでしょうかと聞くと、「父さんもやりたがってたよ!」という返事が返ってきた。どうしよう。今から引き返して誰かの家に泊まろうかな。

 

 もちろんそんなことはできず、俺は高校一年生であるのにも関わらず両親から「あーん」攻撃を受け続けた。もう二度と反動で動けなくなるなんてことにならないよう心に誓った。



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窮地少年久知想の優雅な休日

「君体育祭3位の!表彰式に出てなかった子だよね!」

 

「あ、そうです。すみません」

 

 家を出てから何度声をかけられただろうか。やはり雄英体育祭の視聴率はすごいものであるらしく、一応ではあるが体育祭3位になった俺はちょっとした有名人になっていた。なんでも、俺の試合は爽快であったらしい。まさに『個性』だったと。確かに、夜嵐と爆豪との試合は見ごたえがあった、と思う。夜嵐との試合は前半逃げ回ってばかりだったが、個性の思い切りという点では爽快感はあっただろう。

 

 ただ気に入らないのは全員が全員表彰式に出ていなかったことを言ってくることと、なぜか声をかけてくれるのが男の人ばかりだということ。女の人もかけてくれるのはかけてくれるのだが、それでも圧倒的に男の人の方が多い。俺見た目カッコいいのになぁ。まぁ一過性のものだろうから気にしないようにすればいいだけの話。

 

 手を振ってくれる人に手を振り返しつつ、集合場所を目指す。今日は適当に昼飯を食ってそのままカラオケに行くらしい。……俺、曲は知ってるけどまともに歌ったことがないんだが、大丈夫だろうか?もしものときはどうにかして切り抜けよう。

 

 集合場所は駅前の時計塔前。30分前についてしまったが、誰かいるだろうか。飯田は今日これないらしいし、性格的に考えると八百万か、切島か、八百万と一緒に耳郎が来ているという可能性もある。できれば切島にいてほしい。普段ならいいが、体育祭で雄英生の顔が知られた後に女の子と一緒だとあらぬ噂が立ってしまうかもしれない。それは女の子に申し訳ないし、何より万が一にでもあの子の耳に届いてしまったらどうしようかと思う。向こうは俺のことを覚えていないかもしれないが。

 

「……ん?」

 

 駅を出ると時計塔はすぐ見つかって、案の定と言うべきか八百万と耳郎らしき影が見えた。ただ、その二人をガラの悪そうな連中が囲んでいる。……なんとなく、見覚えがある気がしないでもない。

 

「よう、久知」

 

「切島」

 

 頭に浮かんできた可能性に冷や汗を流しつつどうしようかなと悩んでいると、切島が肩を叩いて声をかけてきた。いつものように明るい笑顔がないのは、やはり八百万と耳郎がガラの悪い連中に囲まれているのを見たからだろうか。いつになく真剣な顔をしている。

 

「有名になるっていいことばっかじゃねーのな」

 

「だなぁ。まぁあの二人なら有名じゃなくても声かけられそうなもんだけど」

 

「なら俺たちが声かけてやんね?」

 

「上鳴。いたのか」

 

「ひどくね?」

 

 上鳴が切島と違い茶らけた笑みを浮かべて切島の隣から顔を出した。しかし、目は真剣そのものである。そりゃクラスメイトが絡まれてるんだから穏やかじゃいられないよな。

 

「っしゃ、いっちょ男見せるか!」

 

「助ける姿見ておねーさんたちが声かけてくれたらどうしよっかなー。もしそうなったらそっち行っていい?」

 

「それでおねーさんの方行ったら評価プラマイゼロだろ」

 

 おねーさん的にも、あの二人的にも。女の子を助けたのにそんなことをすればあっちへふらふらこっちへふらふらするチャラいやつにしか見えない。実際そうか?

 

「ちょっとおにーさんたち。その子ら俺たちのツレなんだけど?」

 

「あ?なんだお前ら……」

 

 こういうことには慣れているのか、上鳴が二人の前に出てガラの悪いやつらを柔らかく睨みつける。それに付随する形で俺と切島は隣に並んだ。さりげなく腕で二人を庇う切島に男を感じながら、ガラの悪いやつらの顔をよく見てみる。嫌な予感が当たっていませんようにと思いながらじっくり見ていると、

 

「って、想じゃねぇか!」

 

 ガラの悪いやつに腕を引っ張られ、肩を組まれた。あー、嫌な予感が当たってしまった。そういやこっちの高校に進んだって言ってたっけ。

 

「体育祭見たぜ!3位だってな、3位!可愛い後輩が雄英で3位って俺ら誇らしいぜ、オイ!」

 

 この人たちは中学の時に俺を文字通り可愛がってくれていたワルの先輩。いい人たちなのになぜワルなのかと悩ませ続けられた人たちである。

 

「いや、悪かったな君ら。体育祭で観た可愛い子らがいたからついちょっかい出しちまってよ」

 

「あぁ、いえ。紳士的でしたので」

 

「うん。全然気にしてないですよ」

 

「ならよかった!流石想のダチだな!」

 

 今肩を組んでいる先輩とは逆の方からまた別の先輩に肩を組まれ、少し息苦しくなる。これ、周りから見たら完全にカツアゲだろ。もしくは金でヤンキーを従わせてるお坊ちゃん。むしろ中学時代は先輩たちからタバコを貰ったり奢ってもらったりしていたので、事実的には逆になってしまうのだが。

 

「えっと、もしかして中学時代の先輩?」

 

「うん、そう。なんとなく気づいてはいたけど、そうじゃなかったら危ないなと」

 

「いや……」

 

 上鳴が先輩たちを見て何か言いたげにしている。まぁ、危なそうに見えるよな。

 

「この人たちはしつこく女を誘うような人たちじゃないから。八百万も紳士的って言ってたし」

 

「はい。初めは『面白いところ知ってるから、どう?』と誘われたのですが」

 

「ウチらが人待ってるって言ったら、じゃあそれまで声かけられないように壁になるわ、って」

 

「うわ、マジか!すんません!俺、勘違いして」

 

「いーって。俺ら周りから見たら普通にガラ悪いし。それより君、想と戦ってた子だよな?」

 

「はい!切島鋭児郎っす!」

 

 基本的に先輩たちはいい人なので、先輩に好かれそうな性格をしている切島はすぐに打ち解けた。もはや俺より仲がいいのではないのだろうか。

 

「ま、想たちがきたならもう俺たちはお役御免だろ!行こうぜ!」

 

「おう。またな、想!」

 

「来年は1位になってくれよー」

 

 先輩たちは引き際もすっきりしており、話が盛り上がる前にすっと俺たちから離れていった。確かに俺たちがくるまでいるという話だったが、もう少しいてもいいのに。いや、寂しいとかじゃないけど。

 

「人って見かけによらねーのな」

 

「上鳴は見かけ通りアホだけど」

 

「わかる」

 

「えっ?俺イケメンじゃん!」

 

 イケメンだから頭がいいとは限らない。俺は頭いいけど。上鳴も雄英に入っているということは頭が悪いわけではないのだが、周りの雄英生と比べると頭が悪い方に入ってしまうし、何より個性がアレだから余計アホに見えてしまう。そのキャラが定着してしまった。

 

「すばらしい交友関係をお持ちですのね。今度私のお紅茶と合わせてみません?」

 

「何人の先輩を食おうとしちゃってんの?」

 

「ぶふっ」

 

 八百万がおかしくなってしまった。どうやらこのお嬢様は俺の先輩をお紅茶とともにおいしくいただこうとしているらしい。何としても阻止しなければ。あと耳郎、笑いすぎ。

 

「ふふっ、実はさっき久知の先輩が『普通の発言をしてそれに合わないお嬢様発言すれば面白いんじゃね?』って言ってて」

 

「お気に召しませんでした?」

 

「俺の先輩が八百万にとんでもないこと吹き込んでる……」

 

「いえ。皆さんと打ち解けたいという私の相談を受けて仰ってくださったことなので。本当に素敵な方たちですわ」

 

「お前の先輩の信頼のされ方何なの?久知と大違いじゃん」

 

「誰が信頼されてないって?」

 

 さっきの仕返しと言わんばかりに攻めてくる上鳴に青筋を立てながら睨みつける。俺が信頼されていないわけがない。信頼されない心当たりは結構あるけど。特に上鳴と耳郎からは。まぁいいやつらだしもう根に持ってないだろ。

 

 そう思っていると耳郎が思い出したように俺の胸にプラグを当て、

 

「そういえばもしかして前の『ヤバそうなこと』ってあの先輩ら関係?」

 

「いやぁ、耳郎。今日も可愛いな。こんなに俺を惑わせて一体どうする気なんだ?」

 

「信頼されないのってそういうところじゃねぇか?」

 

 無駄に爽やかな笑顔の切島に指摘され、ぐうの音も出なくなってしまった。八百万は目を輝かせてるから完璧に騙せてるのに。お前ら全員俺に都合よく騙されろよ。耳郎は俺の胸から響く爆音で耳抑えてるから聞こえてやしないだろうけど。

 

「まったく、隙あらば俺の秘密を覗こうとしやがって。何?俺の事好きなの?」

 

「は?」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

「そんな態度だとモテねーぞ?耳郎」

 

「モテる態度とって寄ってくるような男なら興味ないし」

 

「男らしいな!」

 

 ウチ女なんだけど……と不満そうにしている姿はまさしく女の子なのに、なぜあんなに人を刺すような雰囲気で「は?」なんて言えるのだろうか。俺にはそれが不思議でならない。思わず心臓止まっちゃうかと思ったし。今なら耳郎が心音を聞いたとしても安眠できるくらい静かな心音を届けられることだろう。

 

「ま、俺の秘密はどうでもいいだろ。上鳴がチア姿の耳郎の写真を持ってるってことくらいどうでもいい」

 

「は!?」

 

「久知お前なんて流れ弾を!」

 

「狙撃したんだよ」

 

「まぁ、お上手ですのね」

 

 八百万、ズレてるズレてる。もしかしてそれも先輩から教えられたこと?あの短時間でどんだけ芸を仕込んだんだ?あの人ら。

 

「消せ!すぐ消せ!」

 

「待てって!ほら、よく撮れてんじゃん!消すのはもったいねーって!」

 

「仲いいなー」

 

「八百万はいいのか?撮られてても」

 

「?えぇ。少し恥ずかしいですが、思い出ですので」

 

 後で私も頂こうかしら、と嬉しそうな八百万の純粋さになぜか心を痛めつつ、じゃれついている上鳴と耳郎を見守る。どんだけ必死なんだよ。どうせ消されても峰田が持ってるし、何よりあの峰田がスマホだけに保存しているとは思えないから完全に消すことは不可能だろう。あいつの執念を舐めてはいけない。エロに関しては本気なんだ、あいつは。

 

「あ、いたいた!おーい!」

 

「早いねぇ!って、耳郎と上鳴なにしてんのー?」

 

「おぉ、芦戸、葉隠!よかった、これでうやむやに」

 

「こいつが私らのチア姿の写真持ってるって!」

 

「なにー!?」

 

「えー!後で私に送ってから消して!」

 

「ならねぇ!!」

 

 うやむやになるかと思ったのも束の間、耳郎に増援がきて上鳴はもみくちゃにされた上、写真を消されてしまった。みじめで悲しい姿である、が。

 

 俺は上鳴にそっと近寄って、耳打ちした。

 

「どうせテレビで映像に残ってんだし、元気出せって」

 

「録画してない……」

 

「俺の家くるか?」

 

 俯いていた上鳴はバッと顔を上げて、俺を見た。そんな上鳴に無言で頷いて微笑んで見せると、「そんとき久知のお母さんいる?」と言ってきたので蹴り倒しておいた。ゴミが。しばらくそのツラ見せんじゃねぇぞ。



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職場体験
決めろ、ヒーロー名


 体育祭から二日後。今日も今日とて声をかけられ続け、雨に降られながらやっとの思いで学校につき、クラスメイトに挨拶を交わしながら席に座る。一応爆豪にも挨拶をしておいたが、無視されたので目の前でわざとらしく肩を竦めてみせると無言で蹴られてしまった。お前そんなんだからダメなんだぞ。みんな楽しそうにお喋りしているというのに。

 

「おはよう」

 

 そんな楽しそうなお喋りも、相澤先生が来た瞬間に収まった。人の躾がうますぎる。こんなスイッチのオンオフができるのうちのクラスくらいだろ。

 

「今日のヒーロー情報学はちょっと特別だ」

 

 特別ってどういうことなのだろうか。もしかしてテスト?俺はこつこつ勉強するタイプだからそこまで困らないけど、上鳴は終わったな。ご愁傷様。

 

「『コードネーム』ヒーロー名の考案だ」

 

「……そういえばヒーロー名とかあったな」

 

「アホ」

 

 爆豪が振り向かず罵倒してきたので椅子を蹴る。振り向こうとしても相澤先生が喋っている時なので振り向けない。やはり俺は策士だ。椅子を蹴ったことで俺が相澤先生に睨まれているが、爆豪と違って手を出してこないだけマシである。

 

「というのも先日話したプロからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積んだ2、3年から。つまり今回きた指名は君らへの興味に近い」

 

「爆豪を実力で欲しがる人はいても、性格で切り捨てそう」

 

「テメェは実力も性格もクソだけどな」

 

 その言い返しにくいこと言うのやめてほしい。実力がまだまだだということは理解してるし、性格も本気でいいとは言えないからありえるんだよな。切り捨て。

 

「で、その指名の集計結果がこれだ。例年はもっとバラけるんだが……」

 

「おー、流石1位と2位。爆豪みたいなやつでも指名入んのな」

 

 やはり体育祭1位というのはすごい。指名数が2位の轟の方が多いのは爆豪の性格のせいと見て間違いない。これは絶対。爆豪が轟と同じくらいの性格なら爆豪の指名数が一番多いはずだ。

 

 まぁ他人のことはいい。俺の指名数を見てみると、数は91と3位にしては少ない。やはり爆豪との試合で出たよくわからんやつと、表彰式に出なかったのがマズかったか。ただ個人的にはゼロでもおかしくないと思っていたから嬉しい誤算ではある。……指名をくれたうちの一つは父さんだろうけど。

 

「これを踏まえ指名の有無関係なく、職場体験に行ってもらう。君らは一足先に体験してしまったが、プロの活動現場を見てより実りのある訓練をしようってことだ」

 

 なるほど。ということはヒーローのお手伝い的な立場でいいのだろうか?基本的には活動を見学して、ヒーローの指示で実際に動いてみて。資格を持っていない学生に無茶はさせられないだろうから避難誘導とかが主だろう。

 

「まぁここで決めたヒーロー名はあくまで仮のもんだが、適当につけると」

 

「痛い目みちゃうよ!」

 

 相澤先生の言葉に割り込みながら教室に入ってきたのは18禁ヒーローミッドナイト。

 

「この時の名が世に認知されてそのままプロ名になってる人が多いからね!」

 

 ……ミッドナイトも痛い目に見た人の一人なのだろうか。今でこそ本人は楽しそうだが、ヒーロー名を決めたのは俺たちと同じ歳のときなわけで、それでミッドナイト。つけた由来はどうであれ、世に認知されたイメージの結果が18禁だったのであれば痛い目を見たと言っていいだろう。元々本人がそういう趣味でつけたという線もあるが、流石にないはずだ。ないよね?

 

「俺はそこらへんのセンスの査定はできんからミッドナイトさんにやってもらう。『名は体を表す』。ここでつけた名が将来自分がどうなるかというイメージを固め、そこに近づくことになる。ま、メディア露出したいなら真面目に考えとけ」

 

 今のは「俺はメディア露出したくなかったから適当につけた」という意味だろうか。相澤先生らしいと言えば相澤先生らしいが、そんな人が名は体を表すって。『イレイザーヘッド』がぴったりだったからよかったものの、変な名前だったら目も当てられなかった。俺の尊敬も一瞬でなくなったかもしれない。それはない。

 

「爆豪どんなのにすんの?」

 

「爆殺王」

 

「珍しく素直に返事してくれたと思ったらこれかよ」

 

 爆殺王て。どこに人気出る要素があるんだ?人殺し確定じゃねぇか。しかも王ってついてるからとんでもない独裁者のイメージが出てくる。センスの欠片もない。頭がよくて体育祭1位でもセンスがなければダメ人間に成り下がる。これが俺ルール。つまり俺は爆豪より上だ。

 

 さて、俺は何にするか。父さんの根性ヒーロー『ノーリミット』から貰うとすればアレは父さんの個性に関係する名前だから、俺の場合どうなるのだろう。窮地を英訳しただけではずっと窮地に立っている人みたいだからヒーローというより要救助者みたいになるから、父さんの『ノーリミット』のように窮地から脱する、的な意味合いを持たせた名前がいいか。

 

 それか、なりたいヒーロー像をそのまま名前に込める、とか。そっちの方がそれっぽくて個人的にはいい。個性に関連したヒーロー名も覚えてもらいやすくていいが、やはり名は体を表すのであればなりたいヒーロー像を名前に込めた方がいい。そうすれば嫌でも意識する。名前を呼ばれるたびにそうであろうとする。俺みたいなふらつきやすいやつにはちょうどいいだろう。

 

 だとすると、まず『Peace』を入れることは確定だ。このままだと子どもが分かりにくいから変えたくはないが仕方なく『ピース』にして、後はここに何かをつければ完成。このピースはタバコではなく、平和という意味だ。ヒーローたるもの平和を作っていかなければ。

 

 俺の目指すヒーローは『敵をも救うヒーロー』。これを言い換えると平等、になるのか?

 

「じゃ、そろそろできた人から発表してね!」

 

「うおっ、マジか」

 

 真っ白なホワイトボードとにらめっこしながら考えていると、発表の時間になった。というか発表形式なのかよ。後に知られるであろう名前とはいえ、自分が考えたヒーロー名をクラスメイトに知られるのは少し恥ずかしい。というか『ピース』に反応して相澤先生が何か言わないだろうな……?

 

「あ、爆豪マジでそれで行くの?」

 

「あ?文句あんのか」

 

 爆豪が席を立ったので思わず止めると思い切り睨まれてしまった。そんな自分のセンスに自信あるのか。『爆殺王』で持てる自信ってなんだ?人殺しの自信しかつかないと思うんだが。

 

「爆殺王!」

 

「そういうのはね……」

 

 案の定ミッドナイトに呆れられながら却下されていた。そりゃそうだ。今までのみんなのヒーロー名を聞いて無理だと思わなかったのだろうか。あの峰田でさえまともにもぎたてヒーロー『グレープジュース』なんていう名前にしてたのに。人気出そうな名前からの本人の所業への落差がひどいけど。

 

「思ったよりずっとスムーズ!残ってるのは再考の爆豪くんと、飯田くんと、久知くんと緑谷くんね!」

 

 最後は嫌だな、と思いつつ頭を捻る。いや、爆豪が再考ばかりになるだろうから最後はないか。それでも次かその次あたりには発表したいところ。

 

「あなたも名前ね」

 

 飯田が出したホワイトボードには『天哉』の文字。自分の名前がヒーロー名ってプライベートでも全然落ち着かないと思うんだけどなぁ。ほら、ヒーローにも休みって必要だと思うんだよ。そんな休みの日にまでヒーロー名で呼ばれるなんて息が詰まりそうだ。普通のヒーローもプライベートでヒーロー名で言われたりするだろうけど、だからこそ友だちとか恋人とかに呼ばれる自分の本名が何かこう、刺さるんだと思う。憧れる。

 

「うっし」

 

「ダセェ名前できたんか?」

 

「センスまで爆破させちゃったお前に言われたくはねぇよ」

 

 王はまだしも、殺という文字をヒーロー名に入れるのは流石にぶっ飛んでいる。そんなやつよりセンスが下だとは思いたくない。

 

「いいですか?」

 

「うん、どーぞ!」

 

 一応ミッドナイトに確認を取り、ヒーロー名を発表する。

 

「フェアヒーロー『(イコール)ピース』」

 

「いいじゃない!『俺がいるということは平和ってことだ』っていう意味?」

 

「平和の象徴を自称するようでおこがましいですが、その意味もあります」

 

「『も』?」

 

「『フェア』で『(イコール)』で『ピース』ですので、誰に対しても平等に手を差し伸べられる、そんなヒーローにっていう意味で」

 

「ますますよし!名前に潰されないよう頑張りなさい!」

 

 よかった。これで再考くらってたら恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。爆豪みたいな真剣に考えてないだろって思われるやつはいいが、俺のみたいにちゃんと考えたのにも関わらず再考ってなると恥ずかしさが段違いだ。こんな小心者がヒーローでいいのか?

 

 こうしてヒーロー情報学は俺の後に緑谷が発表した『デク』というヒーロー名を最後に終わりを告げた。爆豪は再考である。爆豪くらいならなんでダメかわかってると思うんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「爆豪どこにすんの?」

 

「ベストジーニスト」

 

 職場体験で行くところは自分で決めることができ、指名があった生徒はその中から選び、指名がなかった生徒は学校側で用意した受け入れ先から選択する。爆豪は3000以上指名があったから悩むかと思ったが、即決らしい。とりあえず上に行くってのはなるほど爆豪らしいな。

 

「お前は」

 

「うーん、悩んだけどやっぱ父さんのとこかな」

 

「久知くんのお父さんってヒーローなの!?」

 

「うおっ、いきなり興奮すんなよ緑谷」

 

「うっせぇぞデク!!」

 

「ご、ごめん……」

 

 そうやって爆豪が怒鳴って緑谷が謝ってしまうと構図的に俺もいじめてるみたいになるからやめてほしい。しょんぼりしながらも隠し切れない好奇心が宿る目を俺に向けてきているのは流石緑谷といったところか。

 

「根性ヒーロー『ノーリミット』が俺の父さん。やっぱ指名きてたから行こうと思ってな」

 

「『ノーリミット』!?自身の限界を壊す個性『限界突破』を持ってて、本気を出せばオールマイトと同程度の力が出せるけど反動があってそれほどの力を出しちゃったらしばらくは活動できなくなるんだったっけ。でも限界突破は段階にわけて自分を強化できて、確かある程度までなら反動なしでもいけたはず。参考にしようと思ってみてたヒーローでもあるから、そんなノーリミットが久知くんのお父さんだなんて感激だ!」

 

「今度サイン貰ってこようか?」

 

「いいの!?」

 

 緑谷のヒーローに対する喰いつきがすごい。確かに父さんはわかりやすく強いから人気が出るのはわかる。元々俺みたいに反動がドギツイ個性だったらしいのにそれを努力で打ち消したのはめちゃくちゃ尊敬するし、生身でも強いし。あの人個性無くても敵に勝てるんじゃないかと思ったほどだ。

 

 それに、親子だから個性も当然似ている。あの爆豪との試合で出てきた赤い光についても何か掴めるかもしれない。

 

 あとは、ヒーローは指名を二人に送れるらしいから誰かと一緒になるかもしれないっていうところが少し不安だが、爆豪が一緒じゃないことがわかったからもうほとんど心配はない。アイツといると喧嘩ばかりしそうだからな。



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職場体験

 職場体験当日。俺は父さんの事務所である『ノーリミットヒーロー事務所』にきていた。父さんの活動を見てヒーローの事を、そして俺の個性のことを知ろうと意気込んできたはいいものの、一つ誤算というか考えもしなかった事態に陥っている。

 

「ようこそ二人とも!『ノーリミットヒーロー事務所』へ!」

 

「俺、夜嵐イナサ、ヒーロー名は『レップウ』!よろしくお願いします!!」

 

 夜嵐と体験先が同じだということ。お前もっと上位ヒーローのとこいけたろ?

 

「なんでいんの?」

 

「久知に負けたから!」

 

 それがノーリミットのところへ来ることにどうつながるのだろうか。あれか?俺に負けたから意地になってついてきたとか?

 

「ハハハ!我が息子は強かったろう!?ただ応用力で言えば君の方が上で、更に言えば現段階でヒーローとして重宝されるのも君の方だ!しかしだからこそ足りない物も見えてくるだろう。この職場体験で何か一つでも実りのある学びをさせられたらと思っている。というわけでよろしく!!」

 

「はい!」

 

「はい」

 

 この場はヒーロー事務所なので親子という関係ではなく上司と部下だ。父さんはそういうの気にしないだろうが、タメ口はよくないだろう。周りから見たらただの無礼な学生だ。

 

「まずはパトロール!ほとんどただ歩くだけだ!」

 

「身も蓋もない」

 

 実際、パトロールしているヒーローがいるところで犯罪を犯そうとするやつなんていないからほんとにただ歩くだけなんだろうけど、そうすることによって犯罪の抑止力になっているから無駄な行為ではない。ヒーローを狙いに来るやつがいれば話は別だが。

 

 事務所を出て周りを見ながら歩いていく。

 

「パトロールは敵を見つけるだけでなく、困っている人を見つけるという目的もある。道に迷っている人でも、荷物が重そうな人でも何でもいい。ヒーローは敵を倒すだけにあらず、あらゆる人を助けるものだ」

 

「でも、いないっスね!」

 

「いない、というか……」

 

 さっきから歩いていて思ったことは、周りの人たちがみんな仲がよさそうで、それこそ道を教えたりお年寄りの荷物を持っていたりと全員が積極的に助け合っていた。

 

「道案内、荷物持ちは別にヒーローでなくともできること。その人に助けたいという気持ちがあれば実行できることだな」

 

「普通はって言ったらおかしな言い方になるけど、できないと思うんですが」

 

「自分が困った時に助けてもらった経験があれば、困っている人の気持ちもわかるし、助けてもらった時の気持ちもわかる。その気持ちを抱えていざ困った人に会った時どうするか。いい人なら助けるだろう。それが積み重なって今がある」

 

「つまりノーリミットのおかげってことっスね!」

 

「いや、元々ここの人たちがいい人ばかりだったんだ。俺が何もしていなくてもいずれこうなっていたさ」

 

 今の話を聞いてみると、ヒーロー事務所の周りの治安だとか人の行動だとかはそのヒーローの活動の特徴が出るのかな、と思う。父さんの周りでは今見たように人々がお互い助け合っているが、どこもそうというわけではないだろう。父さんの場合はどんな人でも助けるという姿勢と人柄がいいからこうなっているわけで、ただ助けるだけじゃこうはならない、と思う。

 

 うん、我が父ながら誇らしい。

 

「さて、では街中に敵が現れたと仮定しよう。まず最初に取る行動はなんだと思う?」

 

「戦う!」

 

「市民の安全確保?」

 

 夜嵐がハッとした顔で俺を見た。学校で習ったろ。

 

「戦うっていうのは安全確保の手段で、ヒーロー側が一人の場合。ヒーロー側の人数と敵側の人数によってとる行動、とれる行動は違ってくると思いますが、戦う人は絶対に必要なので夜嵐、レップウの言ってることも間違いではないと思います」

 

「いいやつ!!」

 

「ただ、戦う前に話を聞くとかもあると思いますが」

 

 俺の答えに父さんは満足気に頷いて、

 

「そうだな。相手が会話できるのであればまず話をするべきだ。力を振るわなくてもいいのなら物的被害も最小限に収まる上、誰も傷つくことがない。会話をする時は市民を守りながらになるから多少難しいが、慣れだ!」

 

 中には捕まえてから話を聞けばいいというヒーローもいるだろう。それも正しい。話している間に被害が出てしまったら元も子もない。ただ、俺は被害を抑えつつ話ができるならそれが一番だと思う。これは個性の関係もあるのだが、できるだけ戦わず解決できた方がいいに決まっている。大半の敵は大人しく聞いてくれないから結局戦うことにはなると思うが。

 

「まぁさっきから色々話しているが、これは俺の持論であってすべてのヒーローがそう思っているわけではない。君たちも自分の目指すヒーロー像をしっかり持って、ブレない行動をとってくれ。ヒーローとは常に強い信念を持つ者だ!」

 

「カッケー!俺、ノーリミット好きだ!」

 

「ありがとう!」

 

 普段家で見る父さんと違う。家ではただ暑苦しいだけの人なのに、ヒーローとしての父さんはここまで立派なのか。わかっていたつもりだったが、想像以上にちゃんとしていた。

 

「よし、もう少し見て回ったら事務所に戻るか。そこで個性について勉強しよう」

 

「個性?てっきり事務仕事かなんかをやるのかと……」

 

「実りのあるものを、と言ったろう?事務仕事は見たところで仕方ない。君たちには職場体験中に少しでも強くなってもらおう」

 

 ありがたい、が職場体験なのにいいのだろうか。……まぁ父さんは普段からトレーニングしてそうだし、職場体験と言えば職場体験と言えるか。無理やり納得しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

「戦闘とは、ただ単に強さで勝敗が決まるものではない」

 

 事務所に戻って、用意された席に座って父さんの話を聞く。何か雄英にいるときと同じようなことをしてるなぁと思いながらも、ためになることは間違いないので俺と夜嵐は真剣に聞いていた。

 

「どういう意味かわかるか?」

 

「んー、俺の場合、個性の発動条件を満たすような戦い方をしなきゃいけないから、なんとなくわかると言えばわかるような……」

 

「自分のペースで進めるってやつか!」

 

「そう!大体それで合っている!」

 

 それ、って『自分のペースで進める』のことか?確かに、俺はさっき言った通り自分のペースというか、個性を発動条件を満たさなければただの人だから自分のペースに持っていく戦い方をしなければならない。そうするには相手の力量を見極めて、どれくらい強化すれば勝てるかを考えながら、疲労と傷を調節する。めんどくさい個性だな。

 

「戦闘は自分の得意に持っていくことが重要だ。=ピースなら個性の発動条件、レップウなら間合い。自分が苦手な分野に持ち込まれたら、そこで無理に戦おうとはせず自分の得意に持ち込む。レップウは体育祭の騎馬戦の時風で壁を作っただろう?」

 

「っス!=ピースの指示で!」

 

「アレも敵退治には有効だ。ああやって囲んでしまえば市民への被害が出なくてすむ。ヒーローは市民を守って敵を殺さないように戦わなければいけないが、敵は好き勝手暴れてなんなら相手を殺してもいい。つまり、敵にとって市民が周りにいる状況というのは『得意』だと言える」

 

「その得意を風の壁でつぶせる、ってことか」

 

「なるほど!」

 

「それに、レップウは精密な操作で人を傷つけずに風で運べるらしいな。それもまた素晴らしい。レップウが=ピースに負けたのは相手の得意に持っていかれてしまったからだな」

 

 確かに。あの試合では場外があったため夜嵐がそれに専念していれば俺は負けていただろう。実際何度も風が直撃していたし、だからこそ上限解放60が使えた。夜嵐が真っ向勝負を挑んできたから勝てたようなものだ。夜嵐にとっちゃそれも得意のうちに入っていたのかもしれないが。

 

「俺、=ピースの個性あんま知らなかったんで、それも負けた理由の一つっスね!」

 

「そう。戦闘とは相手を知ることにもある!相手の個性、戦い方を理解しなければ得意への持っていき方もわからない。レップウは圧倒的力でねじ伏せられるだけの力を持っているが、相手が何をできるか、逆に何をできないかを考えることも必要だぞ」

 

「勉強になりまス!」

 

「その辺り=ピースはできているが、レップウと違って個性がまだまだ成長の余地がある。体育祭で見せた赤い光、抑えきれない反動。体育祭前にやっと瞬間解放を完成させたが、それでもまだまだだ」

 

 それは自分でもわかっている。このままじゃプロとして使い物にならない。なったとしてもプロヒーローのサポートをするサイドキックとしてだけだろう。常に戦っていけるとは思えない。

 

「というわけで、これから一週間パトロールをした後に俺と戦闘訓練で個性を慣らし、またパトロール!そしてその後に戦闘訓練!これが一日のスケジュールで、早めに体を休める!休み方もヒーローの仕事で重要なものの一つだ!体力管理をしっかりしろ!パトロールで敵と会った場合、よほどのことがなければ避難誘導を任せるが、最終日は君たちに敵の相手をしてもらう!心しておくように!」

 

「敵の相手!責任重大だ!」

 

「頼りにしてるぞ、レップウ」

 

「二人で頑張るんだ!」

 

 パトロール、訓練、パトロール、訓練。パトロールで敵に会うことも考えたらその体力配分もしないといけないな。訓練もそこそこにしなければ。

 

 俺の職場体験は思ったよりも濃いものになりそうだ。



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職場体験という名の強化トレーニング

「うわあああああ!!?」

 

「レップウー!!」

 

「ハハハ!まだまだだなぁ!?」

 

 目の前で父さんに叩き落された夜嵐を見て思わず叫んでしまう。

 

 ここはノーリミットヒーロー事務所にあるトレーニングルーム2。トレーニングルームは二つあり、トレーニングルーム1は基礎トレーニングのための器具やらなにやらが置いてあり、今俺たちがいるトレーニングルーム2は今やっているように戦闘訓練のために使われている。

 

 職場体験三日目、二回目の戦闘訓練。初めの方は体力の余裕もあってボコボコにされることはなかったが、三日目の戦闘訓練にして体力が追い付かず、ボコボコにされてしまっている。夜嵐を叩き落した父さんは体から赤い蒸気を吹かせながら暑苦しく笑った。

 

「レップウがどれだけ飛べようとも、俺からすれば地にいるのと同じこと!ノーリミットには文字通り限界はない!」

 

「体育祭の時の=ピースみたいだ!太刀打ちできん!」

 

「アレを反動なしで使えるんだからチートだ、チート。今のレップウの風じゃ物ともせず突き破ってくるぞ」

 

 父さんは自分の得意を押し付けるのが戦闘では重要だと言っていたが、自分の得意を純粋な力で潰してくる相手はどうしようもないんじゃないか、と思う。父さんの個性は発動条件の違いだけで、ほぼ俺と同じだ。となると当然どれくらい強化されているかも予想がつく。今の父さんはレップウの風を食らってもバランスを崩すだけでダメージを与えることはできない。空中でバランスを崩して俺が父さんの防御を上回る火力で殴ればいいのだが、あの状態の父さんなら間違いなくカウンターしてくる。というか今日の一回目の戦闘訓練で既にやられている。あの化け物にどうやって勝てって言うんだ?

 

「今日はここまでにするか!各自飯を食って早めに休むように!」

 

 言って、父さんは個性を解除してトレーニングルームから去っていった。……この後もきつくて嫌なんだよなぁ。

 

「またあの量食わなきゃダメなのか……」

 

「ウマいけど多い。メシが苦しいと思ったのは初めてだ」

 

 父さんは食事も容赦がなかった。パトロール、戦闘訓練、パトロール、戦闘訓練と繰り返している俺たちが消費するエネルギーは莫大であり、父さんはその分を補給させようと大量のメシを用意する。最低でもどんぶりご飯三杯に大量のおかずと、あの人は俺たちを殺すために指名したんじゃないかと思う程だ。

 

「アレに慣れると職場体験終わってからの食費が心配だ」

 

「深刻な問題だな。学食プラス弁当の生活か」

 

 それもそれで楽しそうっス!とはしゃいでいる夜嵐とシャワールームに行き、一日の汗を流す。この事務所ムキムキな人が多いなと思ったら、トレーニング設備に金かけてるからか。サイドキックの人も希望すればメシを食えるらしいし、もう寮みたいなものだ。俺たちがいる間はできれば食うのをやめてほしいと思っている。あれ、食べてるの見るだけで腹がいっぱいになるんだ。

 

「でも俺のことだから二日目くらいで潰れるかと思ってたが、案外持つな」

 

「個性が成長してるとか?すごいな!おめでとう、久知!」

 

「いや、まだ決まったわけじゃないって」

 

 ただ、その感覚はある。個性が変わってきている感覚。それは二日目の二回目の戦闘訓練の時、上限解放40を使った時に起きたこと。俺は、父さんと同じように赤い蒸気が体から出ていた。その時は10分経たずに個性が解除されてしまったが、あれは初めて起きた現象だ。

 

「赤と言えば、バクゴーと戦った時も出てたよな!赤いの!」

 

「確かに。ただ、昨日のはただ出てただけで何の威力もなかったが……」

 

 シャワールームから出て体を拭いて食堂に行き、用意されている飯がある席に座る。相変わらずの山盛りのご飯と大量のおかずに気圧されながら、手を合わせて「いただきます」と一緒に言って食べ始めた。

 

「あの赤いやつの正体がわかれば早いんだけどなぁ」

 

「アレじゃないか?エネルギー!」

 

「それっぽいってことはわかってるんだが……」

 

 爆豪の最大火力と相殺、いや、最大火力を少し上回っていたことから少なくとも何かしらのパワー、エネルギーであることはわかる。ただそれだけだ。多分俺の限界が近づいてきたら出てくるんだろうな、というのもわかっているが、それも憶測。もしかしたら限界じゃなくても出せるかもしれないし。

 

 夜嵐が一杯目のおかわりに向かった。早すぎる。

 

「そういや久知、反動で倒れなくなってきてないか?やっぱ成長したんスよ!」

 

「そりゃあペース配分考えてるからで、今も結構キツいんだぞ?」

 

「いーや、赤い蒸気出してからあんまり痛がってない!成長したに違いないっス!」

 

 どれだけ俺を成長させたいのだろうか、こいつは。……でも、なんとなく納得できるところはある。爆豪との試合で赤い光を出した時、動くのが困難になりはしたが思っていたより反動がこなかった。あの時は個性に対しての耐性がついてきたのかと思っていたが、夜嵐が言っているように赤いやつが関係しているかもしれない。

 

 今のところ限界近い時に出て、それが出た時は反動が少し軽減される。

 

「……もしかして、元々反動として俺の体にくるはずだったエネルギー、とか?」

 

 ということは爆豪戦で耐え切れずあれだけの赤い光が出て行ったのは、あれが反動としてきていたらとんでもないことになっていたから防衛本能で出てきた、というのが自然だろうか。この仮説がもし当たっていたとしたら、俺反動でどうなってたんだろう。死んでた?

 

「おお、多分それだ!だから昨日個性の時間短かったのか!」

 

「恐らく。でもそれがわかったところでそのエネルギーをどう捕まえるかなんだよなぁ」

 

 おかわりをしに席を立ちつつ、エネルギーの捕まえ方を考える。瞬間開放は爆発させるイメージ、上限解放は爆発させないイメージ。となると、爆発ギリギリで抑え込めば出てきそう、か?

 

「使いこなせるようになれば反動なしで個性使えるんじゃないか?」

 

「どうだろうな。完全に反動なしとはいかないんじゃないか?インターバルもなくならないと思うし」

 

 例えば個性を使用して4分経ったときに赤いエネルギーを放てたとする。その場合残っていた6分のエネルギーを放出したことになるはずなので、4分の分は反動を受けることになるはずだ。そしてこの場合10分間個性を使ったのと同じことなので、インターバルは同じく3分。うーん、仕留めきれるかどうかがわからないし、一気に残り時間を使わなきゃいけないならここぞというときに使う技になりそうだ。

 

「なんか必殺技っぽくてカッコいいな!」

 

「必殺技か。そう考えると悪いことじゃないな」

 

 男は単純で、カッコいいものに弱い。確かに外せば3分間個性が使えなくなるとしても必殺技なのだからそれくらいの代償は当たり前。むしろ安いくらいだ。必殺技の名前は何にしよう?

 

 いや、できると決まったわけじゃないから気が早い。……でも考えるくらいはいいか。別に。

 

「俺も必殺技ほしいな!相手を切り刻む風とかどうっスか!?」

 

「グロくね?」

 

「威力は抑える!それにノーリミットにも通るんじゃないか?刃風・暴!」

 

「もう名前つけてるし……」

 

 確かに、切断系は通りそうだ。ただ、それをやってもしモロに通ってしまった場合、ヒーロー活動に支障がでないかというところが心配ではある。夜嵐は実力でいえばプロ級だし、そうなってもおかしくはない。……まぁそれを父さんが察知できないとは思えないから、通りそうだと思ったら本気出して避けるだろう。

 

 二杯目のおかわりをしに二人で席を立ち、またご飯を山盛りによそった。これで最後、これで最後。

 

「うぷっ……」

 

「耐えるっス!これが終われば後は休むだけだ!」

 

 激しい運動の後の大量のご飯はきつすぎる。雄英のトレーニングよりきつい。職場体験できた生徒にやらせることか?これ。いや、成長の実感はあるけど。職場体験終わったら一日中休もう。そうしよう。……まだ三日目か。

 

「クソ、夜嵐。こうなったら職場体験中に一発でもクリーンヒット入れるぞ」

 

「そしてお互い必殺技を完成させる!頑張ろう!」

 

「それにはまずこの飯を片付ける!」

 

「燃えてきたっス!」

 

 競っているわけでもないのに、俺と夜嵐はどんぶりにあるご飯を一気にかきこんだ。こういうのはのろのろやっていると余計に辛くなるから一気に終わらせた方がいい。

 

「ご、ちそうさま!」

 

「ごちそうさまでしたァ!」

 

 食べ終わると手を合わせてごちそうさま。食べ終わると安心してしまうが、明日の朝も夜もこの食事をしなければならない。地獄だ、地獄。父さん俺たちが負けてもすぐ立たせてまた戦うし、もう戦えなくなったら基礎トレやれって言ってくるし、なんだコレ。めちゃくちゃ努力家じゃん。

 

 食器を洗い、俺たちに用意された部屋へ向かう。二人一部屋で、洗面所に洗濯機に冷蔵庫に風呂にトイレにと、普通に生活でき、初日に部屋を見た時は「金持ってるなぁ」と思わず呟いてしまったほどだ。

 

「ッカー!この一日が終わってベッドに飛び込むこの瞬間!生きてるって感じがして好きだ!」

 

「明日からまた死にに行くけどな」

 

 部屋に戻り、歯を磨いて、ベッドに飛び込む。職場体験に来る前もやっていたはずのことがこんなにも幸せだとは思わなかった。あれだ、脳が「幸せ」と叫んでいる。クスリやってるみたいな言い方になってしまった。

 

「明日も頑張るぞ!おやすみ!」

 

「おーう、おやすみ」

 

 これが職場体験じゃないならスマホをいじったりするのだが、そんなことをすると体力が持たない。ちらっと確認する程度にして、ゆっくり目を閉じた。

 

 そういや緑谷から何かきてたけど、あれなんだったんだろう。職場体験が終わったら聞いてみるか。



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ノーリミットの必殺技

「ぐおあああああ!!?」

 

「=ピースー!!」

 

「甘いわ!砂糖1キロにたっぷりはちみつをかけて一気に流し込むよりも甘い!」

 

 死ぬだろ、それ。

 

 今日も今日とて戦闘訓練。三日目の夜に夜嵐と話して必殺技を完成させようと試行錯誤しているが、俺だけうまくいかない。夜嵐は今日パトロールに出た時敵と出くわし、敵と俺たちを閉じ込めて敵の逃げ道を塞ぐ『壁風(へきふう)(ろう)』を披露し大きく貢献。俺は今のところインファイターでしかないので、敵と戦わないのであればできるのは避難誘導のみ。こういう時夜嵐のような汎用性の高い個性が羨ましくなる。

 

 夜嵐の必殺技はそれだけではなく、回転数の多い風で相手の防御を削りきる『旋風(せんぷう)(つじ)』、三日目の夜に言っていた相手を切り刻む『刃風(じんぷう)(ぼう)』、接近戦の手段として自分の体に風を纏う『纏風(てんぷう)(そう)』、無数の風を打ち出す『乱風(らんぷう)(れん)』。様々な状況に応じた必殺技を編み出し、父さんに少しダメージを入れるほど成長した。

 

 対する俺は、赤い蒸気を意識して出すことができるようになったものの、爆豪戦のようにそれを打ち出すということはできず丸っきり俺の上位互換である父さんに殴り飛ばされるだけ。赤い蒸気が出ている状態は普段の強化状態より速くなっている気がするのでまったく意味がないというわけでもなさそうだが、それでも夜嵐と比べれば成長した気がしない。

 

「いやぁどんどん強くなっていってるな!アドバイスするならレップウは状況に応じた必殺技を編み出したのはいいが、せっかく二対一という状況なのだから味方を生かす使い方をしてみたらどうだ?例えば、=ピースが攻撃するときに相手をよろけさせて隙を作る、逆に=ピースがピンチになったときに牽制する。必殺技はただ撃つだけでも強力だが、効果的に使えばより強力になる!」

 

「はいっス!」

 

「=ピースは赤い蒸気を出しているとき普段と比べ一、二段階は速くなっている!それを活かすならここぞというときにそのモードになって緩急をつけるのがいいんじゃないか?いきなり速くなれば相手も対処が遅れる。そして緩急はそのまま武器になる!まぁこれは個性の成長が必要だからすぐにとはいかんかもしれんが、頑張れ!そもそもこの数日でそこまで持って行けたこともすごいんだ!自信を持て!」

 

「……っス」

 

 何か照れ臭い。夜嵐が隣で「やっぱすごいっスよね!」と父さんに同意を求めているのも恥ずかしい。あと父さんが人を褒めるのとアドバイスがうまいっていうのがまた信じられない。この人教師とか向いてるんじゃないだろうか。雄英が人手不足になったら雇うべきだと思う。真面目に。あの地獄の食事も効果出てきてるし。

 

「ま、明日が最終日。予定通り敵と出会えば君たちに敵の相手をしてもらう。危なくなれば当然助けるが、心配いらないだろう!俺は君たちを信じてる!」

 

「頑張りまス!」

 

「敵と会わないのが一番だけどな」

 

「そりゃそうだ!平和が一番!」

 

 ハハハ!と笑う父さんに夜嵐もハハハ!と笑う。この二人相性いいんだよな。夜嵐は大体の人間と相性よさそうというか、夜嵐側がそういうの気にせずガンガン行きそうだからそりゃよく見えるんだけど。

 

「さ、明日に備えて今日はここで終わりにしておくか!飯を食って寝るように!」

 

「……やだなぁ」

 

「頑張ろう!」

 

 明るく振舞いつつも、頬が引きつっている夜嵐の表情を見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、職場体験最終日。

 

「よし、行くぞ!」

 

 朝飯を食べ、少し体を動かした後。俺たちはパトロールに出発した。最終日にして体が一番軽く感じるのはトレーニングの成果か、はたまた感覚が死んでしまったのか。できれば前者であることを願いたい。

 

「しかし今日で最終日か。短かったな」

 

「俺、もうどんな授業でも乗り越えられそうっス!」

 

「ほんとにな。何度死ぬと思ったことか」

 

 多すぎる飯に、吐きそうになるほどのトレーニング。間に挟まるパトロールももしものために周囲に気を配らなければならないので気が休まらず、一日の最後、寝るときだけが休息の時間。この数日ほど普通の勉強がしたいと思った日はないだろう。トレーニングアレルギーになりそうだった。

 

 大通りに出て通行人の邪魔にならないよう歩きながらパトロール。今日も平和そうな街だ。ここで暴れようとするやつなんてそうそういないだろう。数日前いたけど。

 

「っ!?」

 

 なんて、思っていたのが甘かったのだろうか。あまりにも突然だった。

 

「=ピース!?」

 

「なんだ、こいつ!」

 

 俺はいきなり現れた異形の敵に殴り飛ばされ、あっさりと跳ね飛ばされた。俺と夜嵐ならともかく、父さんも反応できないほどの速度で殴られた俺は一瞬意識が飛びかけるが、地面で体を打った痛みで意識が覚める。

 

「レップウ!予定は崩して市民の避難誘導!『壁風・牢』も頼む!俺はあの敵を……」

 

 父さんが言葉を詰まらせたのを不思議に思いながら、次の敵の攻撃を警戒して起き上がる。すると、俺の視界に映ったのは真っ白な体を持った敵と、真黒な体を持った、どちらも脳をむき出しにしている異形の敵。確かあれは脳無と呼ばれる敵で、とんでもない強さの改造人間だったはずだ。

 

 真っ白な脳無は四肢が長く、真黒な脳無は上半身が異常に大きい。見た目だけ見ると戦いたくないが、そうもいっていられないか。

 

「……=ピース、動けるか」

 

「はい」

 

「学生を預かっている身である以上本来は二体まとめて相手するべきなのだろうが、市民を狙われてはかなわん」

 

「俺たちで一体やりまっス!」

 

 父さんの言いたいことを理解した夜嵐が『壁風・牢』で俺たちと脳無を囲む。

 

「ノーリミットは黒いやつを!俺たちは白いやつを!」

 

「……すぐ終わらせて助ける!勝たなくていい!死ぬな!」

 

 そして、父さんは黒い脳無と拳をぶつけ合った。力が拮抗しているということは、あの脳無とんでもない力を持っている。もしかして俺はアレに殴られたのだろうか。そりゃこんなに痛いわけだ。

 

「そっち行ってるぞ!=ピース!」

 

「わかってる」

 

 上限解放40。長い四肢を使って恐ろしい速さで俺の方へ向かってくる脳無を避けようと左に回避する。しかし、脳無は超反応で方向転換し、俺に腕を伸ばしてきた。

 

「『疾風(しっぷう)(れつ)』!」

 

 避けられない、と腕を交差させて防御態勢をとった時、俺の目の前まで来ていた腕が夜嵐の必殺技で弾かれる。その隙に夜嵐の方へと逃げるように移動して、いつの間にか止めていた息を思いきり吐き出した。

 

「助かった!」

 

「助けた!」

 

 知ってるよ。昨日父さんに言われていた『必殺技を効果的に使う』っていうのをやってのけたこと。本当にすごいやつだ、こいつは。

 

「基本的には無理せず距離をとりながら、ノーリミットの方へ行かないようにする。レップウは風で牽制して、俺はあいつの周りで気を引く。それでいこう」

 

「危なくなったらまた助けるっス!」

 

 さっき『疾風・烈』で腕が弾かれたところを見ると、少なくとも常時発動の防御系個性はないと見ていい。それなら俺の攻撃で倒せそう、ではあるが、無理をしてやられてしまうのはよくない。ここは父さんを信じて耐え、無理は控えるべきだ。となると、攻撃を仕掛けるのは愚策。

 

「っぶね!」

 

 何やらよくわからない叫び声をあげながら俺に伸ばしてくる腕を避けていく。ギリギリになったときは夜嵐の援護で助けてもらい、援護も間に合わないと思った時は赤い蒸気を出して一瞬身体能力を強化して避ける。待て、俺今咄嗟に個性成長させなかったか?

 

「うおっ!?」

 

「大丈夫か!」

 

 自分の成長に気が緩んで、脳無の攻撃が頬を掠る。掠るだけで頬が裂けるというのだからとんでもない。一体どんな個性持ってるんだ?こいつ。

 

「一旦離れるっス!『乱風・連』!」

 

 夜嵐の指示通り一気に離れ、それと同時に無数の風が脳無を襲う。いくら脳無といえど、これは一たまりもないだろう。そう思いつつも脳無を警戒していると、脳無は突然勢いよく空気を吸いだした。すると、

 

「おいおい」

 

「マジっスか」

 

 夜嵐の『乱風・連』がすべて吸い込まれてしまった。個性『吸い込み』、みたいな?なんだその星の戦士みたいな個性。というかこれマズくね?あれ吐き出されたら大惨事になると思うんだけど。

 

「レップウ!最大威力を!」

 

「言ってなかったが、『壁風・牢』を使ってると最大威力出すの無理なんだ!」

 

「なんで先に言っておかねぇんだ!」

 

「俺も今気づいた!」

 

 俺と夜嵐は回避行動に移る。これで父さんがダメージを受けて負けた、なんてことになったら大戦犯だ。死んでも勝つしかない。

 

「って、アレ?」

 

 とりあえず父さんにでかい攻撃がきそうだと伝えようと思って周りを見てみると、黒い脳無が地に沈んでいる姿が目に映り、そして。

 

「よし、よく見ておけよ=ピース。俺とお前の個性はよく似ている。お前の個性の更なる成長のために、俺が必殺技を見せてやろう」

 

「アレ!?ノーリミット、あの脳無は!?」

 

「倒した!」

 

 いつの間に?あんな化け物みたいな脳無をこの数分で倒すって、どんだけ強いんだこの人。いや、俺たちがいるから無理してくれたのだろうか。それともこれがプロの普通?……ただ単純に俺たちが必死で周りが見えていなかっただけ、というのもありえる。むしろこれが正解ではないだろうか。

 

「ノーリミット!くるっス!」

 

「これが俺の必殺技の一つ!個性のエネルギーを爆発的に撃ちだす必殺技!『風虎(かぜとら)』!」

 

 父さんが手の平を突き出して必殺技を撃つのと脳無が巨大な風を吐き出したのは同時だった。しかし、威力は圧倒的。圧倒的に父さんの方が高く、爆発的に放たれた赤いエネルギーは脳無が吐き出した巨大な風を脳無ごと一瞬で飲み込んだ。それはあまりにも圧倒的で、必殺技にも、暴力にも見える技。

 

「よし、終わり!」

 

 輝く笑顔で俺たちにサムズアップを向ける父さんに、安心感に襲われ、同時に離れすぎている実力を感じて肩を落とした。



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ただいま学校

「お世話になりました!」

 

「なんのなんの!」

 

 脳無たちを倒して……父さんが倒してから。脳無たちを拘束して引き渡し、その後処理で俺たちの職場体験は終わりを告げた。最後の敵退治はほとんど見学しているようなものだったが、プロの本気を見れたという点では有意義だったと思う。おかしいってあれ。ほぼオールマイトじゃん。

 

「君らがヒーロー資格を持っていれば脳無たちの相手を最後まで任せてもよかったんだが、流石にな。勝てたとは思うが、それで大怪我をしてしまえば大問題だ。ここはひとつ、俺の『風虎』を見れたということで我慢してくれ」

 

「カッコよかったっス、『風虎』!」

 

「ありがとう!まぁ実はうちの息子が爆豪くんとの試合の最後に出したアレも『風虎』なんだが」

 

「マジ?」

 

 いや、でも確かに似ている。赤いエネルギーを撃ち出すというのは同じだし、違うところと言えばそれが意図的かどうかと、俺のは周り全体に放出していて、父さんのは敵の方だけに放出していたってところか。感覚を覚えてしまえばできるようにはなれそうだが、果たしていつになることやら。

 

「俺と息子の個性は似ている。だから、もう少し成長すれば俺の必殺技を教えてやらんこともない。一番は自分で作り出すことだがな」

 

「頑張ってみるわ」

 

「よし!それとな」

 

 父さんは笑顔をすっとやめて真剣な顔になり、声のトーンを落とす。真面目な、というかきりっとした父さんはあまり見ないので珍しく思いつつ身構える。

 

「今日会った脳無だが、基本的には無差別に人を襲うと聞いている。しかし今回は迷わず想を攻撃し、最後まで俺たちから目を離さなかった。となると、初めから俺たちを標的にしていたという予想ができる」

 

「え、やべぇっスね」

 

「しばらくは警戒しておけよ。それだけだ!また近いうちにな、二人とも!」

 

「軽っ」

 

「お世話になりましたァ!」

 

 また近いうちにって、そりゃ俺と父さんは家で会うし。でも、二人ともってことは夜嵐もまた近いうちにってことか?まさか雄英に来る気じゃないだろうな、この人。

 

 嫌な予感を抱えながら、俺の職場体験は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「爆豪がイメチェンしてる」

 

「誰がすっかコラ!変なクセついちまったんだよ!」

 

 翌日。一日くらい休ませてくれよと思いながら登校すると、爆豪が8:2分けのピシッとした髪型にイメチェンしていた。あの爆発頭がここまでピシッとしていると面白いを通り越して逆に心配してしまう。職場体験で何か辛いことがあったのだろうか。

 

「……まぁ元々変な奴だし、変な髪型でもいいか」

 

「誰が変だ!ぶっ殺すぞ!」

 

「あ?やんのか?お前が頑張って変な髪型になってる間、俺はずっとトレーニングしてたんだぞ?」

 

「この髪型を努力の結晶みたいに言うんじゃねぇ!」

 

「じゃあお前なんのために職場体験行ってたの?」

 

「俺が知りてぇわ!」

 

 爆豪が俺のいじりに耐え切れなくなったのか、机を叩いて立ち上がるとそれとともに髪が爆発していつもの爆豪の髪型になった。どうなってんだこいつの髪型。個性が髪型にも影響してるとか?すぐにハゲそう。すぐキレるし。

 

「そういやお前、脳無と会ったんだってな」

 

「ん?あぁ」

 

 舌打ちして座り、戻った髪型の調子を手で触って確認しながら聞いてくる爆豪に軽い返事。会ったには会ったが、気づいたら父さんが倒してたって感じだから実のところあまり実感はない。

 

 俺の軽い返事が気に入らなかったのか爆豪が俺の机を蹴った。オーバーリアクションの方がよかった?

 

「ンでテメェの親父は俺に指名出してねぇんだ」

 

「出してたとしても父さんがすぐに倒したから、爆豪の出番なかったぞ」

 

「あるわ!出番!」

 

 髪型を変えただけの職場体験が不満だったのか、その不満を爆発という形で表そうと手に力を込めている。ここで爆破すると危ないからやめてほしい。ほら、髪型爆発したからそれでいいじゃん。

 

「あとはあれだ。毎日どんぶり三杯の米と大量のおかず。パトロール、トレーニングを2セット。ほら、もう行かなくてよかったと思えてきただろ?」

 

「……上等だ!」

 

 あの戦闘好きの爆豪が少し悩むほどだ。大体のことには即答で生意気なこと言ってくるのに、爆豪が少し悩むだけで俺がやっていた職場体験がどれだけ異常だったかがわかる。昨日は夕方に帰ったから晩飯は家で食べたが、あの量に慣れてしまって今でもお腹が空いている。こんな体にしてしまうって、ダメだろ。下手すりゃ死ぬぞ。

 

 そんなこんなで。

 

 職場体験が終わっていつも通りの日常を過ごし、いつもより学食を多めに食べ、迎えた放課後。

 

「あぁ、久知。後で生徒指導室にこい」

 

「え?俺なんかやっちゃいました?」

 

「広告でよく見る主人公かよ」

 

 上鳴のちゃかしに「うっせぇ」と中指を立てる。俺は品行方正で成績優秀だから怒られるようなことは何もしていないはずだが、もしかしたら知らないうちに何かやってしまっていたのかもしれない。爆豪と一緒にいるとどうしても口が悪くなるし、その関係だろうか。だとしたらそれは爆豪が悪い。

 

「んじゃ、行くわ」

 

「明日からいなくなるのは勘弁な」

 

「あ?テメェのが実力的に下だろ」

 

 またも上鳴がちゃかしてきたので事実をぶつけてやると面白いくらいに崩れ落ちた。あまりの情けなさに「あんた頑張ってるよ」と耳郎が慰めにいったのを横目に教室を出る。……さっきのは言い過ぎたか?俺上鳴と正面から戦って勝てる自信あんまないし。でも体育祭の成績は俺の方が上だったから俺の実力の方が上だってことにしておこう。自分くらい自分を褒めてやらないと。

 

 生徒指導室の前に立って、ノックを三回。どうでもいいが、二回のノックはトイレで、正しくは四回らしい。四回やると長すぎて鬱陶しいから三回が普通になってるけど。そもそも、こういう知識を全員が持っているとは限らないのでノックは三回って覚えておけば間違いない。

 

「失礼します」

 

 生徒指導室のドアを開けると相澤先生がいた。軽く頭を下げてからドアを閉めて、相澤先生の対面に座る。

 

「それで、あの、何の御用でしょうか」

 

「職場体験についてだな」

 

 正しくは脳無、か。と相澤先生は続けて、

 

「どうも、あの時の脳無の動きがクサくてな。あの数日前にも脳無が現れたが、その時の脳無は無差別に人を襲っていた。が、お前らを襲った時は……久知を狙っていた、という報告がある」

 

「狙われるようなことした覚えないんですけどね」

 

「覚えがあるにせよないにせよ、狙われたかもしれないっていう事実はある。そこでだ」

 

 相澤先生はスマホを取り出すと、画面を俺に見せてきた。これは……。

 

「緊急連絡。お前が無理やり聞き出してきた普段の俺の連絡先とは別の、非常時に使う連絡先だ。これに連絡するとお前の位置情報が伝えられる仕組みになってる」

 

「なんとまぁご迷惑をおかけして」

 

「すぐ連絡できるようにしておけよ。お前、頭いい風を装ってるくせに結構抜けてるからな」

 

「そんな幼馴染が言う『俺だけはわかってるぜ』みたいなこと言わなくても……」

 

 ギロ、と睨まれた。普段眠そうな目してるくせに睨むときだけめちゃくちゃ怖いんだよなこの人。ネコ好きなのに。

 

「まぁ俺もお前にそこまで狙う価値があるとは思えないから、気のせいだとは思うが用心するに越したことはない」

 

「先生なのに随分な言いようですね?」

 

「冗談だ。お前のことは評価してる」

 

「え、すき」

 

「冗談だ」

 

「は?」

 

 鼻で笑って俺をバカにする相澤先生。俺の性格がわかってるからこんなことするんだろうが、相手が相手なら泣いてるぞ。先生に恋する系の女子生徒なら「もう!先生!」って怒ってから頬を赤くして幸せそうに笑うぞ。父さんが持ってる漫画で見た。ということは俺が女だったら先生に惚れていたかもしれないということか?

 

「ほら、用は済んだから出てけ」

 

「ドライなセフレかよ」

 

 本気で睨まれてしまったのでそそくさと退散する。相澤先生みたいな人ならセフレのくせに急に恋人感出してくる女の人とかいそうなのに。だから睨まれたのだろうか。

 

 生徒指導室のドアに手をかけて、相澤先生に「さようなら」と頭を下げる。礼儀は大事だと教わってきた俺は挨拶を殊更大事にする。それは嘘。尊敬する人以外には適当にしがちだ。

 

「はいさようなら。気をつけてな」

 

 あぁいうぶっきらぼうに見えて生徒の身を心から案じてくれるところとか、ものすごく尊敬できる。だから俺は相澤先生にちゃんと挨拶をするのだ。時々変なことを口走ってしまうのは信頼の表れだということで大目に見てほしい。「ドライなセフレかよ」なんて他の先生には言えないしね。ミッドナイト先生に言ったら興奮しちゃうだけだし。

 

 なってくれないかな?ドライなセフレ。

 

「何考えてんだ俺」

 

 あまりにもズレ始めた思考に喝を入れるために自分で自分の頬を叩き、気を引き締める。俺は一途が売りなんだから。そもそも誰に売ってるの?って話になるけど。あの子が買ってくれるかどうかもわからないし。

 

 学校を出て、相澤先生に『今日はありがとうございました。センキューベリーマッチベイベ』とメールで送り、『?』と返ってきたのを確認して帰路につく。どうせ相澤先生のことだから俺のことを心配してスマホをちらちらみる生活が続くのだろう。今すぐに返信がきたことがその証拠だ。一文字どころか一記号しか返ってこなかったけど。ムカついたから爆豪に『かきくけこが言えるってことはあいうえおも言えるってことだよな?』って送っておこう。

 

 ……この間に襲われたら笑えないよなぁ。



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期末試験
気になるあの子


 そいつは、あのヒーロー殺しと手を組んだ時にさりげなく俺たちに紛れ込んでいた。なぜか本来の姿ではなく雄英体育祭に出ていたあの体をボロボロにして戦う子どもの姿で。そして開口一番「ほしい人がいるのです!協力してよ、弔くん!」と言い、先生との会話にも口をはさんで悪ノリした先生が脳無を出撃させた。

 

 出会ってから今までを見てのこいつに対する感情は、気に入らない。が、面白くもある。確かにあいつは悪くない。

 

「失敗。失敗です」

 

 そんな気に入らなくて面白いあいつ……トガヒミコは、いつも俺たちが集まっているバーのカウンターでぶーたれていた。あいつを連れ去るのを失敗したのが気に入らないのだろう。そもそも特に移動能力も持っていない脳無があいつを連れ去ることができるわけがないと先生が脳無を出撃させる前からずっと言っていたのだが、それでもあいつを連れ去ってこれると信じていたらしい。ガキか。

 

「仕方ないでしょう。アレらは完成品とは言えない粗悪品レベルのものだったのですから。それに、オールマイト級とはいかないものの十分な化け物が近くにいたわけですし」

 

「私ならもっとうまくできました」

 

 ぶーたれるトガを黒霧が宥めるが、まったく効果がない。どころか足をぶらぶらさせて余計にガキっぽい振る舞いをする始末。確かにこいつはガキっぽいがあの粗悪品脳無二体よりはいい働きをするだろう。紛れる、隠れる、隙をつく。バレないことに関しては天才だと言ってもいい。限定的にしか使えないが、戦闘力もある。

 

「今お前が考えなしに接触してもダメだろうな。もう警戒されてるだろ」

 

「その警戒を潜り抜ける自信、あります」

 

「イレイザーヘッド」

 

「……」

 

「ほらな」

 

 トガがご執心なあいつが尊敬しているであろう人物、イレイザーヘッド。俺も一度会ったこと……というより戦ったことがあるが、あいつは厄介だ。見ている間は個性を消すことができる個性。トガは人の血を摂取するとその人の姿になることできる個性だから、相性はよくない。

 

 ……バレないように近づいて殺せばいいのだろうが、それを簡単に許す相手とも思えない。プロヒーローだしな。

 

「つか、敵に引き込むっていうめんどくさいことするくらいなら、犯罪せずにあいつと一緒に平和な暮らししてりゃよかったんじゃねぇの」

 

「忘れようと思ったんです」

 

 は?と返すと、トガはなぜかあいつの姿に変身して、あいつの声で話し始めた。

 

「あんなにおいしくて、興奮して、体が熱くなる血は想くんだけでした。だから忘れようと思ったの。いいな、って思った人からチウチウして、ぐちゃぐちゃにして。でも忘れられなかった。ふふ、私と想くんを引き離した人たちが悪いんです。あのまま一緒にいられたら、私は敵にならずに想くんと一緒に幸せでいられたのに」

 

「それ、どっちにしろその想くんが死ぬだろ。で、お前は敵になるだろ」

 

 聞くと、トガは変身を解いて元の姿に戻ると、少年漫画のヒロインのように笑った。

 

「想くんが死んだら私も死にます」

 

 当然ですよね?と首を傾げながら聞いてくるトガに、「知るか」と短く返した。いかれてるとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。個性の詳細を聞くに、変身できる時間は接種した量と比例するらしいが、それなら今想くんに変身できているのはどう考えてもおかしい。本人曰く『愛がなせるワザ』らしいが。そんな重い想いを向けられて、想くんも大変だな。

 

 というかまず、そんなに想くんが好きなら殺すなよと言いたいんだが、トガの場合『好きだから殺す』んだろう。好きじゃなくても殺すのだろうが、好きだからこそ尚更殺したい。とんだ地雷女だな、こいつ。

 

「そういえば弔くん。あのえっちな映像またみせて!」

 

「お前の大好きな想くんがボロボロになってるからって、天下の雄英体育祭をえっちな映像って言うなよ」

 

「そういう目的で観ている人間も少なからずいるとは思いますが……」

 

「黒霧?」

 

 まぁ、現役の女子高生を観て興奮している輩もいないとは言い切れないが、にしたってえっちな映像呼ばわりはないだろう。現代のオリンピックとえっちな映像はイコールでつながらない。はずだ。

 

「ふふ。想くんがこっちにくるまではあれで我慢するのです」

 

「却下」

 

「なんでー!」

 

「お前、アレ観たら発情するだろ。で、誰か殺しに行くだろ。で、ここがバレるリスクが高まるだろ。俺からすればいいことがない」

 

「うー、我慢できないー!」

 

「なんなら想くんに変身したお前を、俺がボロボロにしてやろうか?」

 

「……ん、んん。我慢、します」

 

 こいつ、ちょっと悩んだな。どれだけ他人の姿をしていようと傷つくのは自分の体なのに。どんだけ想くんが好きなんだ。

 

 ……却下したが、みせなかったらみせなかったでストレスが溜まっていって、結果外に出て殺しに行きそうな気もする。やはり定期的なガス抜きは必要だろうか。

 

「一週間に一回だ」

 

「え?」

 

「一週間に一回なら許してやる」

 

「弔くん!好き!」

 

「……教育現場を見ているようですね」

 

 妙なことを言う黒霧に近くにあったグラスを投げつけるが、簡単に受け止められてしまった。

 

 くそが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狙われていると聞かされたが特に何もなく時は流れ、六月最終週。つまり、期末テストまで残り一週間を切っていた。

 

「ンー、そろそろテストかァ。いやァ、勉強あんまりできてないなァ。中間4位の爆豪くんは大丈夫なの?」

 

「は?殺す」

 

「順位チラつかせただけで殺意をチラつかせるな」

 

 言外に「俺は3位で、君は4位。つまり俺の方が賢い」って言っただけなのに。どこまで負けず嫌いなんだろうか。

 

「勉強ができないアホどもは苦労するよな」

 

「普通に嫌なやつだな!お前!」

 

「見損なったよー!」

 

「でも勉強できないできないって言うけど、雄英に入った時点でそれは通用しないから。つまり勉強できないんじゃなくてやってないだけじゃね?」

 

「刺さる……!」

 

 文句を言ってきた上鳴と芦戸を叩きのめし、勝利の笑顔。雄英に入学できた時点で頭はそこそこいいってことはわかってるんだ。それでついてこれないのはただ単にアホだからじゃなくて勉強をやっていないから。雄英はやればできるの集まりだと思っている。上鳴も普段はめちゃくちゃアホだが、やればできる。恐らく。

 

「こいつの場合、友だちいたことねぇから勉強すんのに慣れてんだろ」

 

「事実ってのは言っていい事実と悪い事実がある」

 

「ごめん久知……」

 

「私たちが勉強会開いてあげよっか?」

 

「そして同情するなお前ら。あと開いてあげよっか?ってまるで俺が勉強できないみたいに言うけど、お前らが勉強できないんだからな?」

 

 爆豪からの横やりでしめたと言わんばかりに攻め込んできた上鳴と芦戸。友だちがいなかったわけじゃないし。うん。ほら。テスト前は頼られてたし。便利屋として。あれ?友だちじゃなくね?

 

「つか、勉強教えてもらうなら俺みたいな人でなしじゃなくて八百万のがよくね?確か中間一位だろ」

 

「わ、私ですか?」

 

 教室の隅っこでおとなしくしていた八百万を指して言うと、指された本人は目を丸くして俺を見てきた。そりゃ俺みたいなゴミみてぇな性格してる肥溜め以下のドブより、綺麗な性格してる綺麗な八百万に教えてもらった方がいいに決まってるだろ。教えるのがめんどくさいとかそういんじゃないよ?

 

「お二人がよろしいのであれば、是非!」

 

「いいの!?ヤオモモ!」

 

「よっしゃ!ゲロみたいにクセェ性格のカス久知に教えてもらわなきゃなんねぇのかと思ったぜ!」

 

「おい上鳴。どうやらお前は理解できない芸術作品のような顔にされたいらしいな」

 

「ウチも久知じゃなくてヤオモモに教えてもらお」

 

「俺も久知じゃなくて八百万に教えてもらいてぇな」

 

「俺もいい?」

 

「は?そんなにいじめなくてもよくね?」

 

 上鳴と芦戸に続いて耳郎、瀬呂、尾白まで八百万のところに行ってしまった。一人くらいこっちにきても、ねぇ。というか「久知じゃなくて」っていう言葉いらなくない?人って思ったよりあっさり傷つくんだぞ。

 

「久知!勉強教えてくんね?」

 

「切島ァ!」

 

「うおっ、抱き着くなよ!」

 

 やっぱり切島はいいやつだ!顔に同情の色が深く表れていたとしてもいいやつだ!根っこから綺麗なんだろうな。俺のことをバカにしやがったクズどもとは違って。

 

「なら爆豪にもきてもらうとして」

 

「あ?俺いらねぇだろ」

 

「友だちだろ?」

 

「うっせ、カス!どこでやんだ!」

 

「典型的ツンデレかよ」

 

 爆豪も言動と態度が問題なだけで普通にいいやつなんだよな。そもそも相澤先生が除籍してないからヒーローの素質はあるんだろうし。……本当にあるのか?こいつ。殺すとか死ねとか日常的に言ってくるけど。

 

「じゃあ俺の家でやるか。母さんいるけどいいか?」

 

「久知。そういえば俺はお前のお母さんに会わなきゃいけないってことを思い出した」

 

「なぁ上鳴。そういえば俺はゲロみたいにクセェ性格のカスらしいぞ」

 

「久知!な?」

 

「今『死ね』って言ったつもりだったんだけどわかんなかった?」

 

 俺の母さんに釣られてこっちにきた上鳴を叩き返す。あいつは正真正銘のクズだ。性欲に脳を支配された獣。いくら身内からみても美人だからって人の母親に手を出すのはない。いや、本気で手を出すつもりはないんだろうけど。

 

「でも爆豪は教えるのへたそうだよな。できないってことがわからないから」

 

「あ?」

 

「あー、なんとなくわかる。『なんでできねぇんだ?』って本気で言ってきそう」

 

「できねぇ方が悪い」

 

 爆豪は大体のことならすぐに理解してしまうタイプだから、『できない』という経験がほとんどない。だからできない人がなんで躓いてるのかがわからないし、だからこそ教えるのには向いていない。俺よりひどいじゃん。

 

「じゃあ俺が教え方を教えてやろうか?」

 

「んなもん教えられなくてもわかるわ!」

 

「久知が爆豪にそれを教え始めたら、俺の勉強ができねんだけど……お?」

 

 そうやって三人で喋っていると、向こうの方から上鳴がとぼとぼと歩いてきた。見ると、少し怒ったような顔の耳郎と芦戸、困ったような顔の八百万、ひきつった笑みの瀬呂と尾白が上鳴を見ている。

 

「あの、いいでしょうか……」

 

「どうした」

 

「俺が久知のお母さんに釣られたことが知られて軽蔑されて耳郎と芦戸に跳ねのけられたので、俺も参加していいですか」

 

「芦戸」

 

「女目当てで動くなんてサイテー!」

 

「耳郎」

 

「久知のお母さんの方がいいんでしょ?上鳴にとって悪いことないじゃん」

 

 女がらみになるとこうも女の子は怖くなるのか……。八百万は別にいいのにって感じだろうが、可愛そうなのは瀬呂と尾白だな。あの立ち位置一番気まずいだろ。

 

「何も本気で言ったわけじゃないのになー?うちの母さんより耳郎とか芦戸とか八百万とかの方が断然魅力的なのに」

 

「え?それは、うーん」

 

「久知、そいつ引き取って」

 

 俺が出した助け船も空しく、俺たちの勉強会への上鳴の参加が決定した。



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演習試験開始

 上鳴のあほさ加減と爆豪の天才加減を再確認した勉強会の成果を発揮し、筆記試験を終えた俺たちは演習試験を迎えていた。筆記が終わった後切島と上鳴がそろって「爆豪だけに頼まなくてよかった」と言っていたので、力にはなれたのだろう。俺は爆豪と違って勉強して点数取るタイプだし、どこで躓くのかは理解してるつもりだからな。

 

「これから演習試験を始める」

 

 俺たち1-Aの前には相澤先生だけでなく、多くの先生が立っている。この時点でクラスの誰かが仕入れていたロボ相手ではなさそうだと予想がつく。というかこれアレじゃね。先生たちと戦うとかそういうやつ……。

 

「諸君らなら事前に情報を仕入れて内容は薄々わかっているとは思うが……」

 

「ロボなら楽勝だぜ!」

 

「花火!カレー!肝試ー!」

 

「残念!諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

 相澤先生の捕縛布から出てきた校長先生の言葉を聞いて、ロボ相手の戦闘だと思って浮かれていたアホ二人組が膝から崩れ落ちた。まぁロボ相手なら体育祭の時もやったし、あまりやる意味もないだろう。……俺もロボ相手のがよかったなぁ。

 

「諸君らには、二人一組(チームアップ)でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」

 

「二人一組……」

 

「お疲れ」

 

「テメェはやるまでもないってよ」

 

「お?喧嘩なら買おうじゃねぇか」

 

 二人一組、そして1-Aは全員で21名。ということは一人余る計算になる。それを理解した上鳴と爆豪が俺を一人になるやつだと決めつけてきたので、演習関係なくぶちのめすことを心に決めた。あと上鳴はもう試験のとき助けてやんない。

 

「そこでわちゃわちゃ騒いでいる通り、うちのクラスは21名。つまり一人余る」

 

「あ!そういえばB組も21名だからB組から一人とA組から一人で二人一組ってことですね!」

 

「一人になるのは久知、お前だ」

 

 どうやら俺は先生に嫌われているらしい。上鳴と爆豪も本当に俺が一人になるとは思っていなかったのか、気まずそうに俺から目を逸らしている。いや、普通そうじゃね?B組から一人とA組から一人で二人一組だと思うじゃん。それが自然じゃん。

 

 抗議の意を込めて相澤先生を睨むと、先生はめんどくさそうにため息を吐いた。おい、教師なら生徒と真摯に向き合え。

 

「そもそも、この演習試験にはそれぞれに課題があり、それを基に組み合わせを決めている。動きの傾向や成績、親密度……つまり、お前は誰と組んでも問題がなく、となれば見るべきは一人でいるときの立ち回り。個性上、課題があるのは一人でいるときだからな」

 

 確かに。俺の個性は疲労、ダメージを蓄積しなければならないという縛りがあるため、一人のときの立ち回りは慎重にならなければならない。ペース配分、ダメージの受け方、その他諸々。二人一組ならまだ味方に敵の相手を任せながら疲労、ダメージをためることもできる。

 

 そう考えると俺は一人の方が試験になるんだけど、やっぱり寂しい。みんな二人一組なのに。

 

「って、それだと先生側の人数足りなくないですか?」

 

 今ここにる先生の人数は合わせて10人。もしかして俺は今日帰ってもいいとか?

 

「あぁ、お前の相手は俺だ。で、全員演習試験が始まる前に俺とお前でやっているところを全員モニタールームで観てもらう」

 

「え?職員会議の結果、俺を公開処刑する運びになったんですか?」

 

「それはお前次第だな」

 

 俺に対する特別扱いがすごい。なんで俺の演習試験をみんなに見られなきゃいけないんだろう。あれか?これがお前らが目指すべき姿だ、みたいな?へへ、照れるな。

 

「なんで久知の演習試験を全員に見せるかだが、まぁそれは各々考えてくれ。俺の見込み違いじゃなきゃきっと勉強になるはずだ」

 

 何そのプレッシャー。もしかしてここで潰して除籍しようというお考えでしょうか?

 

「じゃ、モニタールームに移動な。久知は俺と演習場だ」

 

「お前の宗派ってなんだっけ?」

 

「俺が死ぬことを予想してお焼香のあげ方を勉強しようとするな」

 

「そんだけ口が回るなら大丈夫そうだな」

 

 頑張れよ、と俺の背中を叩いて上鳴は去っていった。何カッコつけてんのあいつ。

 

「恥ずかしいやつだなぁ」

 

「お前には人の心がないのか?」

 

 呆れたように俺を見る先生に、俺は肩を竦めてみせて「ジョーク」と一言。

 

 先生は無視してバスの方へ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスに揺られて着いたのは住宅地を模した演習場。

 

 

「制限時間は30分。お前の目的はこのハンドカフスを俺にかけるか、ステージから脱出するかのどちらかだ」

 

 つまり目的は一つということか。俺と相澤先生の相性で俺が勝てるわけないし。

 

 相澤先生の個性は見ている間その人の個性を消すことができる個性。対して俺は個性を発動してその時の体への疲労、ダメージを身体能力強化につなげることができる代わりに、個性の制限時間が終わるとともに激痛が体を襲う。つまり、俺は一度個性を発動するという過程が必要なため、発動した瞬間先生に見られてしまえばただただ激痛が体を襲う。相性は最悪だ。

 

「で、俺のことは敵だと考えろ。戦って勝てればそれでいいが、実力差が開きすぎている場合逃げて応援を呼ぶ方が賢明だ」

 

 一人で会敵したときに逃げたらその敵が逃げるかもしれないし、民間人に危害を加えるかもしれない。あれ、そう考えるとこの試験においては逃げの選択をしたら赤点ってことか?でも目的にステージから脱出するってあるし、んー。

 

「で、俺は体重の約半分の重量があるおもりを装着する。意味は自分で考えてくれ」

 

 おもりをつけないとそもそも勝負にならないからですね。いつもなら俺を舐めんなよと調子に乗ったことを言うところだが、今回はそんなことを言っていられないので黙っておこう。

 

「お前はここ、ステージ中央からスタートだ。俺は脱出ゲートと中央の間のどこかからスタートする。以上」

 

 言って、相澤先生はさっさとどこかへ行ってしまった。

 

 さて、正直めちゃくちゃ不安だ。相手が他の先生ならごり押しでなんとかいけたかもしれないが、相澤先生は無理。ごり押しじゃ無理ってことは頭脳戦で上をいかなきゃならないってことで、もうあーあーって感じ。あんなバスの中でスマホに保存してるネコの画像見るような男なのに、なぜああも有能なのだろうか。ネコの画像見てるくせに。

 

「なんとか頑張ろ。赤点とっても死にゃしないし」

 

 これが実戦だったら死ぬんだけど。試験開始の合図とともに、俺はブロック塀を背に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってモニタールーム。1-Aと数名の教師陣が観ているモニターには、ブロック塀を背に座り込んでいる久知と、屋根の上で油断なく周囲を警戒している相澤の姿が映されていた。

 

「何してんだ、あいつ?」

 

 座り込んでいる久知の姿を見て率直な疑問を口にする上鳴。比較的久知と過ごす時間の多い彼だが、久知のとる戦術、また思考については厄介そうだということしか理解していない。

 

 数人には、諦めたように見えていた。試験開始とともに座り込んでぼーっとしている姿を見て諦めたと判断するのも無理はない。実際、久知という少年はやる気があるかないかと言われればない方に属する人間で、普段からそのような言動や行動をとっている。

 

 しかし、数人が『諦めた』と判断した中で、一度久知と組んだこともあり体育祭で拳を交えた経験のある切島はとてつもなくやる気がなさそうな顔をしている久知を見ても、「きっと考えがあるんだろ!」と信じて疑わなかった。

 

「僕も、そう思う。確かに久知くんは怠惰な感じはするけど、初めから諦めるなんてことはしない」

 

「でもあぁやってたらただ時間が潰れるだけだぜ」

 

「言い訳を作ってんだろ」

 

 久知に対する緑谷のフォローに上鳴が返し、その会話に爆豪が割り込む。緑谷は意外そうに目を丸くしたが、そういえば爆豪は久知と仲が良かったと思い意外でもないのか、と自分を納得させた。

 

「言い訳?」

 

「テメェに言ってねぇよクソデク」

 

 しかし自分に対する態度は相変わらずのようだったので、緑谷はおとなしく引き下がることにした。

 

「俺らは二人一組で、クリア条件は同じ。ただ、俺らの場合どちらか片方が逃げるのに成功したら、っていう条件だがあいつの場合そもそも一人しかいない。で、孤立無援のヒーローが逃げ出したら何が起こるかっつったら、敵が逃げる、もしくは民間人に危害を加える。それを考えたあいつはまず行動をしないことによって、『自分の存在を知っていて、自分を警戒して動けない敵』っていう状況を作り上げて、自分は合理的な行動をしてるっつーアピールでもしてんだろ」

 

 くだらねぇ、ぶっとばしゃいいんだよ。と続けた爆豪に、今度は緑谷だけでなくクラス全員が目を丸くした。驚いたのはブチギレずに長い間喋り続けたこともそうだが、冷静に状況を判断していたこともそうである。ここで、1-Aは「そういえば爆豪は天才だった」ということを思い出した。

 

 爆豪の考察だが、これは見事に的中していた。

 

 久知はまず、相澤とまともに戦っても勝てない、という前提条件で動いている。そのため、どうにかして評価点を稼いでいこうという腹なのだ。

 

「大方、目的とは言われてるがそれを達成しなきゃ赤点だって言われてないから、達成できなくてもなんとか合格できるって考えてんだろうな」

 

「あ、でもそうか。確かに達成できなきゃ赤点だとは言われてない」

 

「っせェ!テメェは喋んな!」

 

 こういうときくらいは普通に話してくれてもいいのに、と思いながら緑谷はまたおとなしく引き下がった。

 

「でも、久知さんからは相澤先生の位置はわかりませんが、相澤先生は久知さんの位置を把握しています。早めに動かなければ」

 

「センセーは少なくとも数分はあの位置から動かねぇだろ。自分から有利位置を捨てる必要がねぇ」

 

 僕以外の人とはちゃんと話すんだね、と八百万の疑問に被せる形で話始めた爆豪に、緑谷は小さな不満を抱いた。

 

「まずセンセーは後手に回ってもあのクソを封殺できる。そんぐれぇの相性の良さがある。その前提があって、今の有利位置は捨てる理由がねぇだろ。まぁ、センセーだから何かしらのアクションはとるだろうがな」

 

 爆豪はこの時、アクションをとるのは相澤からだろうと踏んでいた。今まで当たっていた考察はしかし、久知の手によって裏切られることになる。

 

「あ、久知がなんか取り出して……って、スマホ?」

 

 試験開始5分。モニターに映る久知が取り出したのは、自身のスマホだった。



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逃げきれ、鬼ごっこ

 試験開始から9分。制限時間のおよそ三分の一を過ぎようとしている今、久知はまったく動きを見せない。個性の影響で考えナシのバカに見えるがその実、考えて動くタイプであり、戦術の組み立てではクラスの上位に位置するあいつのことだから、どうせこの無駄に見えるような時間も作戦の一部なんだろう。相手は素人だが、警戒しておいて損はない。

 

 恐らく、あいつは初期位置からそれほど動いていない。俺との相性がわからないほどバカではないから、先手をとられるのだけは避けなければならないのはわかっているだろう。疲労、ダメージのないあいつはほぼ無個性と同じだ。

 

 が、このままガン待ちしていてもいいがそれでは試験にならない。そろそろ動いてもいい頃だろう。

 

 そう思い一歩足を進めたその時、遠くの方、スタート位置からさほど離れていない場所からロック調の音楽が聴こえてきた。

 

「……なるほど」

 

 小賢しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、こっすい……」

 

 久知が起こした行動の一部始終を見ていた1-Aは、誰かが言ったその言葉に同意した。

 

 久知がとった行動はまずスタート位置から離れたところにスマホを置き、アラームを最大音量でセット。それが終わるとスマホを置いた位置から離れて、アラームが鳴ると同時に塀を上り、相澤の位置を確認。そして瞬時に家の庭に入って移動を開始した。

 

 簡単に言えば、相澤の視線を音で釣ったのである。数分間行動を起こさず、いきなり音を鳴らして一瞬音の鳴る方へ視線を誘導し、その一瞬をついて相澤の位置を確認。少々博打要素もあるが、相澤は久知を確認できていないようなので賭けには勝った。

 

「……アイツ」

 

 その上、久知は連絡先を知っている者全員に敵に襲われている、ということと位置情報を送信しており、また言い訳を作っていた。目的を達成できなくても「とるべき行動はとれてましたよね?」と赤点を免れるつもりである。

 

「でもこれってほとんど位置バレたくね?まさか音が鳴った方にいるとは思わないだろうし」

 

「音が鳴った方に行くしかないんじゃないかな。相澤先生は見張っていた範囲で久知くんが移動してないってことはわかってるんだから、まだスタート位置近くにいるってことはわかってるはず。それなら音が鳴ったところを確認して、他の場所を探した方が合理的だ。もし音が鳴ったところに久知くんがいたとして、相澤先生が音が鳴ったところにはいないだろうって決めつけたら、久知くんにすぐゴールされちゃうから」

 

 純粋な疑問を口にした上鳴は、思ったよりも返ってきた言葉に「お、おぉ」と押され気味。そんな上鳴の様子は知らず、緑谷は調子よく続けた。

 

「もし相澤先生の位置を確認したときに見つかったとしても、『見つかった』ってことがわかってるから迎え撃ちやすい。奇襲されるよりは全然いいんだ。ただ、ここからの移動は相澤先生を警戒しつつのスピード勝負になってくる。久知くんに音を聞ける能力があればいいんだけど」

 

「あいつ確か、個性使ったら感覚も強化されたはずだぜ」

 

「うーん、でも、強化できるほど疲労がたまってるかっていうところなんだよね。バレないうちに強化できたらいいんだけど」

 

「……してる」

 

「え?」

 

 長い間喋っていた緑谷にイライラした様子の爆豪がモニターの久知を見ながら呟いた。緑谷は爆豪が会話に入ってきたこともそうだが、久知が強化しているということにも驚き、改めてモニターに映る久知を見てみた。

 

「……あっ」

 

 よく見てみると数秒に一瞬だけ、久知は普通より少し速い速度で移動していた。そう、久知は職場体験での経験を経て、より小刻みに強化することを可能にしていた。ただ、緑谷がよく見なければ気づけないほどの強化であり、その程度の強化であっても反動はそこそこのものなので使い勝手は非常に悪く思えるが、使えば使う程ダメージが蓄積されていくのでそう悪いものでもない。

 

「ゴールまでの距離を縮めつつ、しっかり戦闘できるように準備してやがる」

 

「あ、瞬間開放から上限解放になった?」

 

 モニターの中の久知の速度が目に見えて上がった。瞬間開放を重ねることによって上限解放できるほどのダメージが蓄積したのだ。上限解放20。爆豪の攻撃になんとか対応できる程度の強化である。

 

「ただ、今使っちゃうと相澤先生に見られた時ものすごく痛いんじゃ……あっ」

 

 緑谷の言ったことはすぐに実現された。

 

 スタート位置周辺を確認していた相澤が急激なスピードで久知と距離を詰め、その姿を捉えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思ったより、早かった。

 

「よう。久しぶりだな」

 

「あぶなっ!あぶなっ!」

 

 くる、とはわかっていたがまさかここまで速いとは。体に激痛が走った瞬間に横っ飛びして捕縛武器を避けたのはいいものの、ゴールまでの距離を思ったより稼げていない。

 

「すぐに回避したのは流石だな。まぁくるのがわかっていたんだろう、」

 

「さようなら!」

 

 ごちゃごちゃ喋り出したのを無視して、瞬間開放を使って跳躍。屋根の上に着地する。

 

 瞬きの瞬間を狙えないなら、瞬間開放をひたすらやろうとすればいつかそのタイミングと合致する時がくる。ただここからが問題だ。俺が屋根に上ったということは瞬間開放をすれば一気にゴールまで跳べる可能性があるということで、それを無視できない相澤先生は意地でも捕縛しようとしてくるはず。ということは瞬きをせずに無理やり俺を見続けて個性を封じてくるだろう。ここからは素のフィジカルで相澤先生の攻撃をやり過ごし、いつか訪れる瞬きのタイミングで一気にゴールまで行かなければならない。

 

「って、こともない」

 

 相澤先生が屋根に上ってきたのを少し首を後ろに向けて確認し、それと同時に屋根から飛び降りた。これで相澤先生の視界から外れたので、個性を使うことができる。

 

 相澤先生と戦うとき、遮蔽物があるならそれを利用しない手はない。そして、それは平面上での遮蔽物だと上から見られるから意味がなく、となれば立体的に遮蔽物を利用していけばいい。だから、上から見られる前に跳躍して、再び屋根の上に乗る。そしてまた飛び降りて相澤先生の視界から外れる。これの繰り返しでいいはず。

 

「よっ!」

 

 瞬間開放で跳躍し、降りた屋根から二軒先の屋根に着地。ここを素早くしなければ相澤先生に追いつかれるから、またすぐに飛び降りる。って、

 

「あー、なるほど」

 

「また会ったな」

 

 しばらく相澤先生は屋根伝いに追ってくると思ったが、相澤先生も飛び降りていたらしい。そして俺の後を追って捕縛武器を使って移動し、最短ルートで俺に追いついて俺の目の前に着地したと。まさか高い位置をすぐに捨てるとは思わなかった。

 

「しかも個性消されてるし。あの、見逃してくれません?」

 

「何度も策に乗ってやったんだ。もう見逃さん」

 

 まぁ、先生は俺がとってほしい行動をなぞっていたところがある。アラームを鳴らした時もそうだし、最初動かなかった数分にしてもそうだ。相澤先生の機動力があるなら、俺が個性を使えないうちに速攻をしかけてもよかった。なのに、相澤先生は試験だからとわざわざ待って、策に乗ってくれた。そう考えたら乗ってくれた上で追いつめられている今が問題だろう。

 

「じゃ、行くぞ。うまく避けろよ」

 

「合図してくれるって、随分優しいんですね!」

 

 捕縛武器がまっすぐ俺に向かって伸びてくる。個性が使えるならひっつかんで無理やり投げ飛ばしてもいいのだが、今は個性が封じられている状態。これは回避しながら影に隠れるのが一番だが、隠れさせてくれるとも思えない。

 

「いや、それは悪手だろ」

 

「どうですかね」

 

 捕縛武器をすり抜け、相澤先生に突進する。このままではすぐに捕縛されるだろうが、これなら。

 

「っと」

 

 相澤先生に向かってハンドカフスを投げる。当然それを無視できない相澤先生は避けるように後ろに下がった。その隙をついて、近くにある塀の裏へ一気に跳ぶ。そして追いつかれる前に瞬間開放を使って一気に跳躍。

 

「ゴキブリみたいだな」

 

「ゴキブリはカッケーらしいですよ!」

 

 夜嵐曰く、だが。あいつの言うことは一般的ではなさそうだから気休めにしかならないけど。

 

 体に走る激痛を我慢しながらゴールに向かって走る。瞬間開放を多用したためか体はズタズタだ。相澤先生に気づかれてなければいいが、どうせ気づいているだろう。痛いところを突かれる前に早くゴールにつかなければ。

 

「くっそ、速いな」

 

 後ろから聞こえた着地音を聞いて一層脚に力を籠める。正直脚はボロボロだが、職場体験での地獄を思えばなんてことはない。むしろ心地いいくらいだ。それは言い過ぎ。

 

「って!」

 

 余計なことを考えていたからだろうか、ついに俺の脚が捕縛武器で捕らえられた。その拍子で思い切りこけて、顔面を強打するかという寸前で手を屋根につくことでそれを回避。でもあぁよかったなんて言ってられない。

 

「やっと捕まえたぞ」

 

「一度逃がしてみる気はありません?」

 

「ないな」

 

 また瞬きする瞬間を狙おうと思ったが足を捕らえられたまま、まるで釣り上げられた魚のように宙へ引っ張り上げられる。瞬きするために俺が移動できないようにしたのか。本当に油断がないというか、もうちょっと手加減してもよくない?

 

 まぁ、俺の勝ちなんだけども。

 

「相澤先生」

 

「?」

 

 俺を宙に引っ張り上げて目薬を差す相澤先生にニヤッと笑い、拳を振りかぶった。

 

「俺、実は秀才なんで理解さえすれば習得早いんですよ」

 

 思い出すのは体育祭の爆豪戦と父さんの必殺技。父さんは強化のエネルギーをそのまま放出しており、俺が同じようにそれを使うとすれば瞬間開放と似たやり方になる。強化に使うエネルギーを一瞬体にあふれさせ、それを外部に向かって弾き出す!

 

「『風虎』!」

 

 俺が降りぬいた拳から、サッカーボール程の大きさの赤いエネルギーが放たれた。父さんの『風虎』はバス程の大きさでそれと比べるとものすごく頼りないが、威力、スピードは絶大。

 

「なっ!?」

 

 予備動作が丸見えだったため避けられたが、俺の『風虎』は小さな台風と言っても過言ではない。突風を生み出し、屋根をもはがすその台風は回避行動に移った相澤先生を軽く吹き飛ばした。それと同時に着地し、先生に見られる前にゴールに向かって瞬間開放で跳躍する。

 

「ぶへっ!」

 

 着地に失敗して無様に転がってしまったが、ゴールを通り抜けた。博打要素が多かったが、なんとか赤点は回避できたんじゃないだろうか。多分、恐らく。

 

 問題は、まだあまり制御できない『風虎』を撃ったことでぐちゃぐちゃになった腕を見てなんて言われるか、だけど。




相澤先生、強すぎて動かしにくいです。


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期末試験終了

 演習試験が終わり、翌日。

 

 切島、上鳴、芦戸、砂籐の四人は見るからに沈んでいた。俺は試験が終わった後リカバリーガールに治癒してもらって校舎のベッドで休んでいたから試験内容を見ていないが、目的を達成できなかったことだけは知っている。俺のように小細工をするタイプにも見えないし、小細工をしたところで赤点を免れるわけでもないので、赤点は確実と言っていい。赤点をとれば林間合宿には行けないと言われていたので、もう林間合宿に行けないと思っている四人の空気が重い。

 

「うぅ……みんな、土産話、楽しみにしてるからっ……」

 

「あぁ。期末試験も突破できねぇようなアホにもわかりやすい土産話持ってきてやるよ」

 

「鬼かテメェは!!ここは普通『まだわかんないよ!』って慰めてくれるところだろうが!!」

 

「って爆豪が言ってました」

 

「あ?」

 

 つい口が滑ってとんでもなく性格の悪いことを口にしてしまったので、爆豪に罪を擦り付ける。アホだから騙されてくれるだろ。だって爆豪言いそうだし。

 

「ぐっ、絶妙に言いそうで嘘か本当かわかんねぇ……!」

 

「嘘に決まってんだろ!んなこともわかんねぇからクソ赤点なんだよカス!」

 

「言ってるじゃん……」

 

 シンプルに傷ついた上鳴が膝をついた。芦戸は俺と爆豪を睨みつける女子に慰められている。おいおい、睨むなら爆豪だけにしろよ。俺は何も言ってないんだから。そんな、赤点取った友だちを慰めもせず死体蹴りするなんて。

 

「まぁ落ち着けよ。俺も峰田のおかげでクリアはしたけど寝てただけだし、多分赤点だろ。逆に、クリアできてなくても赤点じゃないってこともありえるんじゃね?」

 

「なぁ緑谷。みんなの試験を見ていたお前に聞きたいんだが、この四人は合格できそうな試験内容だったか?」

 

「え、えっと、うーん」

 

「だってさ」

 

「知ってたよチクショウ!」

 

 とうとう上鳴は床にうつぶせになってしまった。少々言い過ぎただろうか。ちょっとフォロー入れておこう。

 

「ま、色々言ったけど多分全員行けるって」

 

「今更下手な慰めなんていらねぇんだよ!」

 

「いや、聞いてくれ。雄英がただの林間合宿をするわけがない。つまり、林間合宿という名の強化合宿だってことで、赤点を取ったやつこそ行かなきゃダメなんだよ」

 

「よく回る口だな。殺してやろうか?」

 

「ごめんなさい」

 

 どうやらおちょくりすぎたらしい。そんなに林間合宿を楽しみにしていたのかと思うと罪悪感がふつふつとわいてきた。いや、元からあったけど。

 

 このまま話し続けると本当に殺されそうなので、自分の席につく。こっちもこっちで爆豪とかいうブチギレ地雷野郎がいるが、俺が悪者になってしまうよりはマシだろう。そう思いながら先生の到着を待っていると、爆豪が俺の方を向いて話しかけてきた。

 

「お前は思考検査したら敵に向いてるって言われそうだな」

 

「お前は見た目言動行動すべてが敵に向いてるって言われそうだな」

 

「あ?」

 

「お?」

 

「予鈴が鳴ったら席につけ」

 

 立ち上がって今まさに喧嘩をしようとしていたところで先生がやってきた。怒られるのはごめんなので「ぷー」と言ってから席につく。なんかよくわからないけど、「ぷー」って言われたらムカつくと思うんだよな。爆豪顔中の血管が浮き出てるし。

 

「おはよう。今回の期末試験だが、残念ながら赤点が出た。したがって……」

 

 このままだと本気で上鳴に殺されかねないので、どんでん返しがあってくれと手を合わせる。さっき俺の言ったこともあながち間違いじゃないし、なくはない。

 

「林間合宿は全員行きます」

 

「どんでん返しだぁ!!」

 

 やっぱりそうだよね!いやぁ、まさか天下の雄英が一部の生徒を林間合宿に行かせないなんてそんなことあるわけないと思った。

 

「筆記の方はゼロ。実技で切島、砂藤、上鳴、芦戸、瀬呂が赤点だ」

 

 赤点取得者は予想通りだった。林間合宿に行けるとは言っても、恐らく現地で地獄の補習があるだろうからせめて五人の幸福をお祈りしておこう。あと俺赤点じゃなくてよかった。結構不安だったんだよな。

 

「今回の期末試験、我々敵側は生徒に勝ち筋を残しつつ、どう課題と向き合うかを見ていた。勝ち筋を残さなかったら課題以前に詰むやつばかりだったからな」

 

 詰むっていうなら俺もそうだ。相澤先生が策に乗ってくれなかったら開始早々詰んでたし。クリアしたっていうよりもクリアさせてもらえたっていう感覚の方が強い。

 

「ま、そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取ったやつこそ行ってもらわなきゃ困る。赤点取ったら行けないっつったのは……まぁ、やる気出たろ?合理的虚偽ってやつだ」

 

「俺言ったこと当たってんじゃん」

 

 嘘を本当にする個性でも発現したのだろうか。それならもう『窮地』いらなくね?最強じゃん。「君、敵じゃないよ」って言ったら敵じゃなくなるんでしょ?最強。

 

「先生!二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!」

 

 林間合宿に全員行けるとわかって喜んでいるところに、飯田が水を差した。そういえば相澤先生は体力テストの時に最下位は除籍にするって言って、それも嘘だったんだっけ。どっちも本気にさせるためには必要な嘘だと思うけど、確かにこう嘘ばっか言われると「今回もどうせ嘘なんでしょ?」って思いかねないな。

 

「確かにな、省みるよ。ただ全部嘘ってわけじゃない。赤点取得者には別途補習の時間を設けている。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりきついから覚悟しておけよ」

 

 じゃ、合宿のしおり配るから後ろに回してくれ。という言葉を果たして赤点を取った五人は聞けたのだろうか。多分、近いうちに訪れる地獄を感じてそれどころじゃなかったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一週間の強化合宿だってよ。行く前にたっぷりママに甘えておけよ」

 

「あ?喋んじゃねぇ。息が乳クセェんだよ」

 

 爆豪はどうしても俺の手によって殺されたいらしい。誰がママのおっぱいを未だに飲んでるって?お前俺の母さんに会ったことあるだろ。乳が出るような胸に見えたのか?

 

「んー、一週間か。俺旅行とかあんま行ったことねぇから色々必要なもんあるなぁ」

 

「友だちいなかったもんな」

 

「おいおい。おいおい」

 

「返す言葉ねぇじゃねぇか」

 

 だって本当に友だちいなかったし。ふざけんなテメェ今はお前が俺の友だちだろ。それでいいじゃん。

 

 爆豪に事実を言われたので拗ねかけていると、先ほど「お前が言った通りだったな!」と純粋さを見せた上鳴がこっちに来た。やっぱり殺してやるとか?

 

「なぁお前ら!明日A組で買い物行くことになったんだけど、くるよな?」

 

「勝手に行ってろ」

 

「あぁ、爆豪も友だちいなかったからこういう集まりどうしたらいいかわかんないんだっけ?いやぁ残念だ。集団でびくびくする爆豪が見たかったのに」

 

「上等だコラ!行って本気のぼっちのテメェとは違うってとこ見せつけたるわ!」

 

「おい、本気のぼっちってどういうことだ?」

 

 爆豪は静かに俺を指してから、話すことは終わったと帰り支度を済ませて席を立った。待てやコラ。

 

「あいつら、買い物の時も喧嘩しねぇよな?」

 

「したら知らん振りしとこう。雄英の汚点だ」

 

 好き放題言う切島と上鳴の声を背に、俺は爆豪を追った。今日という今日はぶっ殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ショッピングモール、興味あります!」

 

「は?」

 

 いつものようにアジトでだらだらしていたら、いきなりトガが立ち上がって顔を寄せてきた。それを手の甲で押しのけつつ、ため息を吐く。

 

「なんでまた」

 

「ここ、陰気クサいと思いません?もっと華が必要だと思うのです」

 

「華ならお前だけで充分だろ」

 

「死柄木弔。敵らしく思ってもないことを言っていますね」

 

 黙ってろ、と目で黒霧を制する。トガは適当に喋っておくのがちょうどいい。いちいち本気で相手してたらこっちの労力がえげつないことになる。大体、あの荼毘とかいうクソムカつくステイン大好き野郎のせいで今ちょっとイライラしてるんだ。大人な対応で敵連合に入ることを許してやったが、本来なら殺しているところだ。

 

「さっき叩き出した荼毘くんも、ここがもっと華やかになれば好きになってくれると思うんです」

 

「叩き出してない。黒霧が勝手に放り出したんだ」

 

「あのままでは手を出しそうだったので」

 

 俺はそんなことはしない。黒霧は余計なことばかりする。

 

「で、ショッピングモールだったか?勝手に行ってこい。ただし、いらねぇ心配だとは思うが見つかるなよ。念のため黒霧に送り迎えはさせるが」

 

「私の了承は」

 

「ありがとうございます!黒霧さん!」

 

「……」

 

 俺をじっと見てくる黒霧は無視することにした。黒霧もトガは必要な人材だってわかってるから、無下に扱わないだろう。ぜひ送り迎えをやっておいてくれ。

 

「トガヒミコ。ここが陰気クサいのはリーダーである死柄木弔が陰気クサいのもあるかと。一緒にショッピングモールへ行ってみては?」

 

「あ、いいですねそれ。行こ?弔くん」

 

「誰が行くか」

 

 こんなイカれた女とショッピングモールってどんな地獄だ。喜ぶやつがどこにいる?……心当たりはないこともない。

 

「えー、行こうよ弔くん。隣歩きたくないので別行動ですけど」

 

「よし。どこからバラバラになりたい?」

 

「あ、弔くんが嫌なわけじゃなくて、隣を歩くのは想くんだけって決めてるんです」

 

「やっぱり華ならお前の頭ん中に咲いてるやつだけで充分だろ」

 

 口を開けば想くん想くん。そんなにいい男かね?性格がねじ曲がってて友だちがいなさそうで、いかにも敵になりそうなやつじゃねぇか。……いいな。そういえば雄英は林間合宿があるんだったか。ならそれの買い出しにショッピングモールへ行っていてもおかしくない。ということは、想くんがいる可能性もなくはない。

 

「わかった。俺も行く」

 

「あれ、どういう心変わりです?」

 

「目を離したらお前が想くんのところに行きそうだからな。監視だ」

 

「わ、えっちです」

 

「黒霧」

 

「殺してはいけませんよ」

 

 こいつの個性、脳無に移しちゃダメだろうか。そうすればこいつを殺しても問題ないのに。



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合宿・神野
ショッピングモールでの出会い


 クラスメイトと訪れた木椰区ショッピングモール。個性の関係で普通の衣類等では合うものがない人にも合うものが見つかる最先端。あまりこういうところへ買い物にきたことがなかったから新鮮だ。見渡す限りの人、人、人。俺が敵ならこういうところでパニックを起こさせる。

 

 ショッピングモールについた俺たちはそれぞれの目的のもの買うために、時間を決めて自由行動をとることにした。靴、バッグ、果てはピッキング用品と小型ドリルなどと怪しいものまで。最後のやつは絶対いらないだろと思ったが、触れるとめんどくさいので放置することにした。

 

 俺も誰かについていこうとしたのだが、遠くの方に興味深い店を発見した俺は一人その店にきていた。店の前にある看板にはタバコの絵が描かれており、タバコから出ている煙にバツ印がつけられている。

 

 そう、ここは体に有害な物質をあまり含まないタバコ『アロマシガレット』が売られている店だ。タール、ニコチンが一切ないが形はタバコ。その役割は線香、アロマと似たようなもので、バニラやローズなど様々な香りを持ったものが売られている。もっとも、有害な物質を『あまり』含まないというだけで、子どもにはあまりおすすめしないらしい。

 

 そして俺は、『アロマシガレット:Peaceフレーバー』という商品をこれでもかというくらい眺めていた。興味本位で入店したときはどうせタバコ風なだけで実際はクソ甘い空気吸うだけなんだろ、と思っていたが、まさかのPeace。どうやらアロマシガレットは禁煙具としても用いられているらしく、様々な銘柄のアロマシガレットがある。ただ、Peaceのように香りが目立つもの以外のタバコは再現が難しいのか、『MEVIUS風フレーバー』と保険をかけている。少し心配になるが、逆を言えばPeaceには『風』がついていないため期待してもいいと言える。

 

 俺は、ヒーローになるためにタバコをやめた。でもこれならいいんじゃないか?別に20歳未満は禁止されてるわけじゃないし、値段もひと箱20本で710円……高いが、払えない値段じゃない。普通のタバコより高いって、それだけ技術が必要ってことか。

 

「うーん……」

 

「お悩みですか?」

 

 あまりにも悩みすぎていた俺を見かねてか、店員さんに話しかけられた。ここでセールストークをされたら間違いなく買ってしまうので、「自分で考えさせてください」と申し訳ないと思いつつ言おうと店員さんの方を見ると、

 

「随分、いい趣味してるんだな」

 

 店員さん、ではなかった。フードを被り、全身真黒で不健康そうな顔。様々な個性で溢れている現代だ。それくらいなら個性の関係でそうなってるんだろうな、で済むがこいつに関してはそうもいかない。

 

 こいつは、USJで襲撃をかけてきた敵。

 

「死柄木、弔」

 

「お話しようぜ。想くん」

 

 死柄木はまるで旧知の友人のように俺に笑いかけ、俺の肩に四本指で手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弔くんも想くんに会いたいなら、どっちが先に見つけるか競争です!」

 

 待て、と止める前にトガは去っていった。ここへ来る前に変身させたから大丈夫だとは思うが、ここに想くんがいたとして、トガが俺より先に想くんを見つけたらマズい。あいつの想くんに対する執着を考えると何をするかわからない。

 

 俺はため息を吐いて、トガとは別の方向に歩き始めた。

 

 正直、俺たちと想くんの行動が被る可能性なんてほぼゼロだろう。トガは想くんのことが大好きだが、その行動パターンを熟知しているわけではない。数年ストーカーしてタバコをやっていたり悪い先輩とつるんでいたりしていたことは知っているらしいが。俺からすればなんでストーカーしていたときに声かけなかったんだと思うのだが、トガ曰く『確実に縛り付けられないから』らしい。今の敵連合のように、滞在できる場所があって、そこでじっくりゆっくり想くんとの時間を過ごしたいと聞いた時は、トガを追い出そうと本気で考えた。

 

 もっとも、人間性的に想くんが欲しいのは間違いない。理由はわからないが未成年でタバコをやっているやつは間違いなく敵の素質がある。そしてあいつは雄英生。雄英生が敵に寝返ったとなれば、雄英は大打撃だろう。

 

(タバコをやってたなら、アロマシガレットってのを見てみるか)

 

 雄英の破滅を想像して静かに笑っていると、視界の端にアロマシガレットの店が見えた。シガレットというくらいだからタバコに関係するものだろう。20歳未満立ち入り禁止とも書かれていない。なんとなく想くんは誘惑に弱そうだから、いるならここか友だちのところ。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 元気のいい店員の声を聞きながら入店する。なるほど、禁煙グッズ、それかタバコの雰囲気を味わいたいやつ向けの店か。なんとも不良にバカにされそうなものだな。これを吸っていると腰抜けだと思われそうだ。

 

 そんなことはどうでもいい。アロマシガレットはそこそこに店内を探し回る。そこまで広くない店内を歩き回っていると、そいつはいた。

 

 トガがうるさいくらい言っていたから容姿ははっきり覚えている。浅黒い肌、黒い刈り上げのショートヘア。毛先が立っていて、サイドにある分け目がカッコいい、らしい。俺にはわからない。ある棚の前に立って商品を見ている目は眠そうなつり目で、二重でまつ毛が長いところが更にカッコいいと褒めていたことを覚えている。鼻筋が通っているギリシャ鼻で、薄めのピンク色の唇。あいつはそこがギャップがあって可愛いと興奮していた。背が165と少し小さめなのもまた可愛いらしい。

 

 余計な情報が多い。それもこれもトガが可愛いとかカッコいいとかを連呼するからだ。俺から見てもそう思いかけているため、軽い洗脳をかけられている。

 

 ただ、トガから聞かされていた容姿と体育祭で見た容姿と目の前の男の容姿は完全に一致している。あれで想くんじゃなければトガが変身しているんだろう。それか、想くんは双子だった、とか。

 

「うーん……」

 

「お悩みですか?」

 

 自然に近づくため店員を装って声をかける。狙い通り想くんは何の警戒心も持たず振り向いて、何かをいいかけた。俺の顔を見ると流石に警戒心を引き上げたが、何か行動する前に想くんの肩に手を置いた。五指で触れると崩壊するため、中指は立てて。

 

「死柄木、弔」

 

「お話ししようぜ、想くん」

 

 トガのせいでしっくりきてしまっている呼び方をすると、想くんはわかりやすいくらいに嫌そうな顔をした。

 

「おいおい、そんな顔しなくてもいいだろ?」

 

「俺のこと名前で呼んでくれる人10人もいないのに、そのうちの一人がお前ってなぁ」

 

 言いながら、想くんは目で周りの状況を確認している。いざというときを考えてのことだろう。妙な行動をする前に、俺と話す価値があると思わせた方がいい。

 

「まぁ、そのことはいい。知ってるとは思うが、俺が五指で触れた瞬間そこを起点に崩壊が始まる。妙な気は起こすなよ?」

 

「お前がおとなしく帰ってくれるならな」

 

「そりゃお前次第だ」

 

 想くんはタバコをやっていてなおかつ悪い先輩とつるんでいたのにも関わらず雄英に合格していることから、頭は悪くないはずだ。うまく隠していたにしても、黙認されていたにしても。黙認されるということはそれだけ優秀だったってことになる。そんな人間が、この状況を理解できていないわけがない。

 

 俺の個性は触れるだけで殺せる。つまり、想くんが俺を完封できなければ時間の許す限り人を殺せるということだ。

 

「……何の用だよ」

 

「単刀直入に聞くが、敵連合に来る気はないか?」

 

「ない」

 

 そうだろうな。別に驚くことじゃない。雄英に入るほどの人間が、ただの勧誘で首を縦に振るはずがない。そんなことがあったら雄英は終わりだ。入試システムと教育システムを一新するべきだろう。雄英の財力があれば可能なはずだ。忌々しい。

 

 俺を睨みつける想くんに肩を竦める。同時に、ますます気に入った。警戒心だけしか見えてこないところがいい。普通学生なら恐怖心、出し抜いてやろうという若さ、様々なものが見えるものだが、こいつにはそれがない。よっぽど隠れること、それか隠すことがうまいのだろう。トガと同じように。

 

「そうか、そりゃ残念だ。想くんはきっといい敵になるはずだと思ったが……ん?おい、どうした」

 

 まだ焦って無理やり連れて行く時じゃない。次会った時にでも連れて行けばいいだろう。そう思いながら話していると、想くんが俺の背後を見て驚愕していた。さっきまではうまく感情を隠せていたのに、今は様々な感情が漏れ出ている。驚愕、不安、警戒……歓喜?

 

「みつけた」

 

 俺の背後から聞こえてきた声に、やってしまったと後悔する。極力トガと会わせないように人目のつかない場所へ移動するべきだった。

 

「久しぶりだね。想くん」

 

 振り向くと、トガが見たこともないほど綺麗に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、見間違いかと思った。だってそうだろう。未成年だからメディアに情報があまり載らず、なんとなく敵になったということしか理解してなくて、どこにいるかなんていう情報も入ってこない。それに俺のことなんて眼中にない可能性もあったから、もう一度会う可能性はほとんどゼロだと思っていた。

 

 でも、ゼロじゃなかった。死柄木の後ろにいるその子は、姿こそ違えど絶対にあの子だ。俺が惚れたあの笑顔を、見間違えることなんてあるはずがない。

 

「久しぶりだね。想くん」

 

「……被身子」

 

 渡我被身子。俺の初恋の人で、今でも好きな女の子。俺がヒーローになった理由。

 

 被身子は笑みで歪んだ口を更に歪ませ、死柄木を突き飛ばして俺に抱き着いてきた。それと同時にドロリ、と変身が解けて本来の被身子の姿になる。どうやら、服ごと変身したわけではないらしい。……服ごと変身していると、変身を解いた時に裸になるから危なかった。

 

「嬉しい!わかってくれた!私を私だって、私が想くんを見つけたのと同じように!想くんも私を見つけてくれた!」

 

「おい、トガ」

 

「弔くんは黙っててください」

 

「……はぁ。あ、すみません。ツレが騒いじゃって」

 

 好きな女の子に抱き着かれてドギマギしながらも、死柄木が俺たちを迷惑そうに見ている店員さんと他のお客さんに頭を下げているのを見て笑いそうになる。敵連合のトップが一般人に頭を下げるって、かなりレアではないだろうか。

 

 というかそんなことより俺の理性がやばい。柔らかい体をすりすりと擦り付けながら、俺の匂いを目いっぱい吸い込んでいる被身子の姿にやられそうになる。俺臭くないよな?タバコやめたし。タバコに似たようなものに誘惑されてたけど。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふふ。本物の想くんだ。やっと触れる、やっとお話できる!ね、嬉しいね。嬉しいねェ!」

 

「……あれ、ちょっと待って。冷静に考えるとこの反応ってもしや両想い?俺の片想いじゃなく?え、ほんとに?そりゃ嬉しい!」

 

「嬉しいね!」

 

「……イカレてんなこいつら」

 

 イカレてるって、どこが。好きな女の子と両想いだってわかったんだ。嬉しい以外に何がある?そうか、死柄木は恋をしたことがないんだろう。恋は切なくて、だけど幸せで尊いものなんだ。そんな幸せがわからないなんて、今すぐ俺が教えてやりたいくらいだ。

 

「ね、弔くん!想くん一緒にきてもいいよね!」

 

「それがな。さっき誘ったんだが、断られた」

 

「えー!なんで!」

 

 超至近距離で俺を見てくる被身子に興奮、ドキドキしながら、なんとか「いや、俺ヒーローだし」と答える。そろそろやばい。なにがやばいって、ね?

 

「や、です」

 

「いや、や、じゃなくて」

 

「せっかく一緒になれるのに、我慢なんてできないよ、想くん」

 

 俺だってしたくないよ!

 

「……アー、トガ。その辺にしとけ。今日はもう帰るぞ」

 

「や!連れて帰る!」

 

「ペットか。俺は」

 

 ペット飼いたい!とねだる娘とそれを拒否するお父さんの図に見えてきた。正直被身子のペットならなってもいい。やっぱりよくない。どうも抱き着かれてる状況に頭が混乱しているらしい。普段の俺ならこんなことは思わない。思わない?

 

 しかし、どうするか。被身子はともかく死柄木は俺が妙な真似をすればその辺りの人を殺すだろうし、状況的にマズいのは間違いない。なんとなくほんわかしている空気に油断してはいけない。何か死柄木と被身子の仲がよさそうなのも気にしてはいけない。場合によっては死柄木を一生許さない。

 

 死柄木に対して一方的な恨みを募らせながら、この場を切り抜ける方法を考える。嬉しいことに、いや、最悪なことに腕は被身子にがっしりホールドされているためスマホは使えない。助けを呼ぼうにも助けが来る前に死柄木が動き出す。となると、俺が呼ばずとも助けがきてくれるのが一番……。

 

「オイ、なにしとんだ」

 

 その一番がきてくれた。いつもは憎たらしいとしか思えない爆発頭が、今は大親友としか思えない。大親友、爆豪は上鳴や飯田らを引き連れて現れた。

 

「え、久知が女の子に抱き着かれて……た、よな?おい爆豪。俺たちお邪魔じゃね?」

 

「久知くん!公共の場でそのようなことは慎むべきではないか!」

 

 流石、と言うべきか。俺の友だちがきた瞬間に被身子は俺から離れて、死柄木の隣に並んだ。名残惜しさを感じながらも気を引き締め、二人の動きを注視する。

 

「ねー久知。あの子とどういう関係?」

 

「もしかしてもしかして!」

 

 きゃーきゃー騒ぐ芦戸と葉隠に「そのもしかしてだ!」と叫びたいが今はそんなことを言っている場合ではない。もしかすると一般人に被害が出るかもしれない今、気を抜くのは一番やってはいけないことだ。

 

 しかし、俺の心配とは裏腹に、被身子と死柄木はショップの出口に向かって歩き始めた。

 

「っ、おい!」

 

「追ってくるなよ。わかってるよな?」

 

「うー、ごめんね。想くん。今度は一緒に帰ろうね」

 

「それは無理だ」

 

 死柄木に対してではなく、被身子に対してはっきり告げる。

 

「俺は、ヒーローになる。ヒーローになって、ちゃんと迎えに行く」

 

 意外にも、死柄木は立ち止まった。くだらないと切り捨てて立ち止まらないと思っていたのに。何を考えているのかわからないが、ちょうどいい。

 

「だから、それまで待っててくれ」

 

「……んーん。それは無理だよ。私は、一刻も早く想くんを私のものに」

 

「俺はずっと好きでいる」

 

 死柄木が面白いものを見た、と言わんばかりにニタァ、と笑った。被身子は可愛らしく頬を赤く染めている。

 

「……ダメか?」

 

「ふ、ふふ!じゃあ競争だね!」

 

 被身子は本当に綺麗に笑う。初めて会った時からずっと。

 

「私が想くんを捕まえるか、想くんが私を捕まえるか!競争だね!」

 

 その綺麗な笑顔で告げて、被身子は死柄木とともに去っていった。瞬間、上鳴たちに囲まれる。そりゃそうだ。こいつらの目の前であんなこと言ったら。

 

「おいどういうことだよ久知!今の!聞いてないぞ!?」

 

「今のって恋だよね!愛だよね!」

 

「詳しく聞かせてー!」

 

「あーうっせぇなテメェら!ちょっとおとなしくしとけ!」

 

 一応通報しなければならない。もうショッピングモールにはいないだろうが、敵と会ったのに放置はありえない。囲んできた上鳴たちを散らして警察に通報しようとスマホを取り出したその時。

 

「おい」

 

 爆豪がいやに真面目な表情で俺を呼んだ。

 

「大丈夫なんか。今の」

 

「……アー」

 

 らしくない友だちの心配に、俺は変な声で返すことしかできなかった。




ラブを書くのは向いてない。


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家庭訪問?

 あの後。俺の通報によりショッピングモールは一時的に閉鎖され、ヒーローと警察が捜査にあたるもやはり見つからず。俺は結局何も買わないまま警察署に連れていかれ事情聴取を受けた。アロマシガレット……。

 

「会話内容つっても、俺……アー、僕が敵連合に誘われたくらいですかね?」

 

「えぇ……」

 

 警察は敵連合に対して特別捜査本部を設置しているらしく、その捜査に加わっている塚内さんから死柄木との会話内容を聞かせてくれと言われたので、素直に喋ったら呆れられてしまった。そういえば色々衝撃があって混乱していたが、敵連合に誘われるってものすごいことなのかもしれない。いや、ものすごいことだ。職場体験で脳無に襲われたこともつながるし、あの時から俺は狙われていたということになる。

 

 理由は、多分被身子がいるからだろう。

 

「うーん、それはなんというか、大問題だね。逆を言えば殺されることはない、ということなんだろうけど……」

 

「俺雄英生ですしね。敵連合側に行っちゃったら雄英の信用ガタ落ちですよ」

 

「君は君自身の心配をした方がいいとも思うけど……」

 

 そういうのは大人が考えることだ、と返されては何も言うことができない。俺としては俺なんかで信用落としてほしくないんだけどなぁ。俺を見つけてくれた相澤先生にも申し訳ないし。正直、敵連合に誘われてるのは私情が大分絡んでる、気がするし。

 

 ……やっぱり、被身子のこと言っといた方がいいよなぁ。

 

「えっと、それでなんですけど」

 

「ん?」

 

「敵連合に新しいメンバーがいまして……渡我被身子って言うんですけど……」

 

「……それが本当だとしたら、敵連合は勢力を拡大しつつあるのかもね。なんで渡我被身子のことを知ってるかは聞いても?」

 

 やっぱりそうなるよな。被身子は未成年だから名前とかは伏せて報道されてるし。俺は被身子のことが好きすぎるからわかったけど、被身子のことを知ってたらおかしいって思うのが普通だ。……被身子に好意を持ってるってことは伏せよう。

 

「いや、小さい頃一緒にいたことがありまして。向こうもそれを覚えていたみたいで、多分敵連合に誘われたのもその関係ですかね?」

 

「へぇ。それはいつ頃?」

 

「小学校にも通ってなかったかと」

 

「へぇ。随分前の事を覚えてるんだね。若さの証かな」

 

 塚内さん俺のことめっちゃ疑ってない?いや、俺が敵だと疑ってるわけじゃなくて、何か情報を隠してるってことに気づいてる、みたいな。そりゃ警察の人だから察しがよくて当然か。でも、被身子が好きだって言うのは、ねぇ。ほら、僕も思春期の男の子ですから。

 

「……まぁ、いい。とりあえずありがとう、久知くん。君が冷静でいてくれたおかげで被害はゼロだった」

 

「死柄木に先手取られたわけですから、ヒーローとしてはどうなんだって気もしますけど」

 

「はは。その辺りは君の先生にお願いしようかな」

 

 事情聴取を受けていた部屋から出て、警察署の出口へ向かう。先生に説教されるのかなぁ。俺結構一生懸命やったぜ?死柄木に触れられる前にぶっ飛ばそうにも、個性の使用許可下りてないし。一般人としては大正解の行動だろ。

 

 まだ先生と会ってもいないのに心の中で言い訳しながら警察署を出る。目の前に相澤先生がいた。塚内さんを見た。

 

「ほら、先生には連絡しないと」

 

「子どもを殺す気ですか?」

 

「お前は俺をなんだと思ってる」

 

 相澤先生はいつものように俺を睨みつけて、ため息を吐いた。ここは「無事でよかった」とか言うところじゃない?相澤先生そんなキャラじゃないけど、キャラじゃないからこそ言うことでギャップが生まれて、更に俺の心を惹きつける、みたいな。

 

「お前が敵と遭遇したとなれば、すぐに会って話を聞いた方がいいからな。脳無に襲われたこととつながりがあってもおかしくない」

 

「あ、俺敵連合に勧誘されたんですよ」

 

「合宿地は変更だな」

 

「やっぱりそうなります?」

 

 今回は偶然だったのかもしれないが、少なくともUSJは計画的だった。ここで予定通りの合宿先に行けば、また敵連合の襲撃を受けかねない。今回俺が勧誘を受けたから尚更だ。本来なら中止にした方がいいのだろうが……その辺りは大人の事情があるのだろう。

 

「ま、最悪の事態にならなくてよかったよ。正直お前は危なっかしいからな」

 

「はっきり言いますね?」

 

 危なっかしいから敵連合に狙われたんだろうけど。そう考えると俺は敵に向いてるってこと?いや、相澤先生がヒーローに向いてるって言ってくれたからそれはないはずだ。

 

「先生。今お伝えしておきたいことがあるのですが」

 

 はたして俺は本当にヒーローに向いているのかと悩んでいると、塚内さんが相澤先生に「実は、久知くんの幼い頃の知り合いが敵連合にいたらしく」と言ってしまった。相澤先生は俺と被身子の関係を知っているので、これは察したな。相澤先生めっちゃ俺見てるし。

 

「……心配なので、私も家までついていきます」

 

「そうですか。そうしていただけると助かります」

 

 これ、うちで延長戦するパターンだな、とどこか諦めに似た感情を抱きつつ相澤先生から目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渡我被身子が、敵の組織に所属していたようで、本日想くんと接触しました」

 

 俺を迎えに来た両親と相澤先生とともに家へ帰った俺は、リビングで相澤先生の隣に座り、両親と向かい合っていた。相澤先生は以前にもうちにきたことがあり、その時に俺と被身子の関係について話している。関係と言っても、俺が被身子を捕まえたいという話をしただけだが。

 

「そう、ですか」

 

 母さんが猫かぶりモードで真面目な表情で俯いている。この話題はうちであまり触れられない。そもそも両親が俺のためを思って被身子から離したのに俺が被身子を追っているものだから、両親は俺の気持ちを考えてなかったと自分たちを責めてしまう。俺からすれば正常な判断だと思うから、別に気にしなくてもいいのだが。

 

「想。あの子の様子はどうだったんだ?」

 

「抱き着かれた。めっちゃいい匂いしたし柔らかかった」

 

 三人が目を丸くして俺を見た。そんなに驚かなくても。

 

「いやー両想い?みたいな?いよいよ俺にも春がきたというかなんというか。ずっと好きでいてよかったというか。色々障害があるんだけども、よりヒーローになる決意が固まったというか」

 

「……幸せそうでなによりだな」

 

 今度は呆れられた。相澤先生にはわかんないかもしれないけど、両想いってものすごく嬉しいことなんですよ。しかも長年想い続けてきた子と両想い。これで舞い上がらない男がどこにいる?……少々関係性は特殊だけど。

 

「ヒーローになるというところは一貫しているみたいだな。なら心配ない。俺の息子は俺をも上回るヒーローになるに決まってるからな!」

 

 父さんを上回るのはあと何年後のことだろうか。正直オールマイト級の化け物だと思っている。トップ10に入っていないのは単に知名度的な問題で、実力的にはトップ2、3くらいには入っているだろう。それくらい強い。第一生身でも強いし。

 

「ここからが本題で、想くんは敵組織から勧誘されました。もちろんこちらでもお守りしますが、正直今想くんは非常に危険な状態です」

 

 笑っていた父さんとほほ笑んでいた母さんが揃って俺を見た。仲がいいなと場違いなことを考えつつ、相澤先生に同意するように小さく頷く。

 

「それに伴って合宿地は変更します。予定通りの場所に行くのはあまりにも危険。その上でお聞きしますが、合宿への想くんの参加許可を頂けませんでしょうか」

 

 言って、相澤先生が頭を下げた。

 

「あ、いいですよ」

 

 それと同時に父さんが軽く返す。

 

 え?

 

「……?」

 

 相澤先生が珍しく間抜けな顔をしている。そりゃそうだ。普通の親なら絶対にダメだって言ってる。子どもが狙われていて、そんな状況で合宿なんて気が気じゃない。というか、うちの両親はダメだって言うと思ってた。だって、実際に小さい頃被身子と距離を置かせたし。

 

 相澤先生と一緒に間抜けな顔をしていると、母さんが小さく微笑んだ。

 

「決めていたんです。あの子を追い続ける息子を見て、これからは息子の意思を尊重しようって。本音を言えば絶対に行ってほしくないんですけど、この子、おとなしくさせればさせるほど危なっかしくなるので。あの子を追うためにかはわかりませんが、タバコも吸っていましたし」

 

「気づいてたのかよ……」

 

「親ですから」

 

 父さんが「吸ってたの!?」みたいな顔してるけどそこのところどうなの?

 

「ですから私たちからは、どうか息子をお願いします、としか言えません」

 

「攫われても息子が余計なことをしない限り殺されはしないでしょう!」

 

「……必ず、想くんはお守りします」

 

 言って、相澤先生はまた頭を下げた。なんか、ここまで俺のことを考えてくれてたんだと思うと恥ずかしくなってくる。あとタバコ吸ってたのもバレてたし、色々恥ずかしい。同時に、俺は被身子を追ってもいいんだという安心感。心のどこかで両親への遠慮があったのかもしれない。そりゃ、いつまでも親に心配はかけたくないから。

 

 でも、ここまで言ってくれるなら俺を信じてくれる両親に応えるしかない。必ず無事に帰ってきて、どうだ!と胸を張る。それが俺にできることだ。

 

 俺は、相澤先生と同じように頭を下げた。今までと、これからの感謝を込めて。

 

 頭を下げるときに一瞬見えた、両親の握った拳が印象的だった。



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合宿初日

 そんなこんながあって、林間合宿当日。俺たちはバスに揺られて合宿地へ向かっていた。車内はしりとりやらなんやらで大いに盛り上がっているが、俺は敵連合のことが気になって仕方がない。合宿地についたらついたで楽しめるとは思うが……そもそも合宿だから楽しむとかないのか?相澤先生がそんなレジャー目的で合宿させないだろうし。

 

 今はみんなのように盛り上がれる自信がないので、隣に座っている爆豪が寝ているのはありがたい。俺に気を遣ってじゃなくてただ単純に寝たいからなんだろうけど。

 

「ついたぞ。休憩だ」

 

 降りろ、という指示が出たので寝ていた爆豪をたたき起こし、反撃を鳩尾にくらいながらバスを降りる。俺が乗り物酔いするタイプだったらゲロ吐いてたぞ、ゲロ。むしろ爆豪を汚すために吐いてやりゃよかった。

 

「……って、ん?」

 

 勝ち誇っている爆豪を睨みつけるので忙しく周りを見ていなかったため気づかなかったが、よく見ればここはパーキングではない。どころか山と緑を一望できるだけの何もない場所だ。ここで休憩って相澤先生とうとうおかしくなったのか?

 

「よーうイレイザー!」

 

 不穏な空気を感じて警戒していると、女の人の声が聞こえた。相澤先生が「ご無沙汰してます」と言っていることから、今回の合宿のサポートをしてくれる人か何かだろう。

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!』

 

「うわ」

 

 ポーズをとる女の人二人を見て、きっつ、と言いかけた口を慌てて抑える。流石にそれは失礼だ。たとえいい歳した女の人がキュートにキャットにスティンガーであろうとも、『きっつ』なんて傷つける言葉を言っていいはずがない。爆豪は隠すことなくキツそうな顔してるけど。

 

「連盟事務所を構える4名一チームのヒーロー集団!山岳救助等を得意とするベテランチームだよ!キャリアは今年でもう12年にもなる……」

 

「心は18!」

 

 ヒーローオタクの緑谷曰くキャリアは12年らしい。高校出てすぐ活動を始めたとしたら、30……。

 

「爆豪、どう思う?」

 

「なんかガキがいんな」

 

「目を逸らしたくなるくらいの気持ちであることはわかった」

 

 確かに目つきの悪い子どもがいることも気になるところだが、明らかあのキツイ二人組の方が気になるだろうに。爆豪が触れたくないほどキツイということだろう。……ヒーローってあんなこともしなきゃいけないのか。

 

「ここら一帯は私たちの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」

 

「遠っ!!」

 

「……爆豪」

 

「バスにゃ戻れねぇだろうな」

 

 やっぱりそう思う?だってこんな中途半端な場所に降ろして宿泊施設はあそこ!なんて説明、どう考えたっておかしい。入学初日に体力テストを行った相澤先生のことだから、きっと……。

 

「今はAM9:30、早ければ12時前後ってとこかしらん」

 

「12時半までにたどり着けなかったキティはお昼抜きね!」

 

 諦めに似た感情を抱きつつその時を待っていると、俺たちが立っていた地面が一斉に崩れ始めた。恐らく女の人のどちらかの個性で人為的に起こされたであろうこれは、単純に言えば土砂崩れ。生徒に対してやっていいことじゃないと思いながら土の波に飲まれ、下の方に見えていた森に放り込まれた。

 

「っと」

 

 常人なら死ぬくらいの勢いで放り込まれたが、その辺りはどうやら考えていたらしく、土がクッションとなって俺たちを受け止めた。

 

「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!この……魔獣の森を抜けて!!」

 

 上からキツイ人の声が聞こえてくる。なんでこんないきなり土まみれにされなければならないのだろうか。雄英っぽいの一言で片付いてしまうのがとんでもないところである。

 

「つか魔獣の森って、まーた嫌な予感すんだけど」

 

「今はそんなことどうでもいい!シッコだシッコ!」

 

 股を抑えながら峰田が走っていく。あんまりみんなから離れない方がいいと思うんだけど……だって、魔獣の森だし。

 

 今峰田の目の前に『あれは何ですか?』と聞かれれば誰もが『魔獣です』って答えるくらい魔獣な魔獣が出てきたし。

 

「マジュウだー!?」

 

「静まりなさい獣よ。下がるのです」

 

 口田が人以外の生物を操れる個性『生き物ボイス』を魔獣に使うが、効いた様子はない。あんな魔獣を飼ってるとすれば敵しかないだろうから、あれは土でできたやつだろう。緑谷、爆豪、轟、飯田が魔獣をボロボロにしたことで確信した。

 

「うーん、優秀なやつが多くて助かる」

 

「お前一応体育祭3位だろ?」

 

「序盤はただの人間と変わんねぇから期待すんな」

 

 呆れた様子の上鳴にこちらも呆れた様子で返す。俺が疲労もダメージも溜まってない状態で役に立てると思うか?せいぜい囮程度だ。わかったらお前ら前出ろ。

 

「ザコ」

 

「吠えたな爆豪!俺がお前らの囮になってザコじゃねぇってとこ見せてやるよ!」

 

 それってザコじゃね?と言った上鳴を軽いビンタで黙らせて、俺は前に出た。どうせ魔獣に一、二発やられた方が個性使えるし、都合がいい。本当に三時間程度でつくなら、だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三時間でつかねぇじゃねぇか」

 

 夕焼け。カラスが鳴くに相応しい空。三時間しか経っていないなら今は昼のはず。しかしこれはどう考えても8時間は経っている。あと俺は後半にダウンしてもう立つのがギリギリ。なんとか気力で歩いているが、この反動がどうにもならないのは俺の明確な弱点だ。父さんはある程度反動を克服しているから、俺も克服できるとは思うが、それがいつになるかはまったくわからない。できれば早い方がいい。

 

「とりあえずお昼は抜くまでもなかったねぇ」

 

 本当に死ぬかと思った。個性の反動で体がボロボロになるわ、空腹で倒れそうになるわ。本当にザコじゃん俺。大体夜嵐に体育祭で勝てたのだってアイツの頭がちょっとアレだったからだし。

 

「ねこねこねこ……でももうちょっとかかるかと思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいね、君ら。特にそこ4人。躊躇のなさは経験値によるものかしらん?」

 

「俺は?」

 

「ボロボロになってただけだろ、カス」

 

 爆豪にボロクソ言われたが、ぐうの音も出ない。最初に魔獣が出てきたとき飛び出していった緑谷、爆豪、轟、飯田より俺が優れているとは思えないし。いや、ダメージ溜まってたら俺の方が優れてるけどね?

 

「でも上出来だと思うぜ?前までの俺なら今こうして立ててなかっただろうし。USJの時は実際そうだった」

 

「そんでもギリギリだろうが。ダメージゼロに抑えてから威張りやがれ」

 

 厳しい……。爆豪の言うこともわかるけど。

 

「んじゃ、部屋に荷物運んだら食堂にて夕食。その後入浴で就寝。本格的なスタートは明日からだ。さァ早くしろ」

 

 相澤先生の指示をすぐに実行しないと機嫌がものすごく悪くなるので、重い体を引きずりながら部屋に荷物を運び、食堂へ向かう。体がバキバキなため切島に食事を手伝ってもらいながら夕食を終えると、男子全員で風呂に向かった。

 

「切島ァ、体洗うの手伝ってくれェ」

 

「いいけど、前は自分でやってくれよ?」

 

「そりゃそうだ」

 

 優しい切島に背中を洗ってもらい、バキバキの腕をなんとか動かして背中以外を洗う。「ロボットみたいだな!」とバカにされながら体を洗っていると、「くそガキィイイィイ!?」という峰田の叫び声が聞こえてきた。どうせ女湯を覗こうと個性を使ってよじ登ったら、プッシーキャッツと一緒に居た男の子……洸汰くんだっけ?に突き落とされたんだろう。見なくてもわかる。峰田だし。

 

「アイツ、男らしくねぇことを……」

 

「むしろ男らしいだろ」

 

「そういうことじゃねぇんだけど」

 

 わかってるよ、と手をひらひら振って、体を洗い流した。シャワーですら痛い。これで明日から本番ってどんだけきついの?いや、今日は俺が加減をちょっと間違えただけで、何もしなきゃこんなに苦しむことはなかったんだけど。

 

 入浴を終え、時刻は21時。

 

「好きな子だーれだ!!」

 

 男がもっとも男らしい理由で盛り上がっていた。こういうのは中学生で終わりだと思っていたが、どうやら高校生でもやるらしい。中学生でやった記憶がないのはなんでだ?

 

 こういう話が好きそうな上鳴が率先して場を盛り上げる。ほとんどの男子に話を振りつつも俺に振ってこないのは、俺と被身子の関係を知っているからだろう。

 

 ショッピングモールでの一件があってから、当然俺はあの場にいたやつらから質問攻めにあった。そりゃそうだ。ただの女の子と仲良くしていただけならともかく、死柄木弔と一緒にいた女の子と俺が仲良くしていたら気になるに決まってる。だから俺は塚内さんに言ったのと同じように「小さい頃の知り合い」って言ったら「じゃああの『俺はずっと好きでいる』って何?」と聞かれ、詰んだ。正直に答えた。

 

 ……なんで俺はあそこであんな恥ずかしいセリフを口走ってしまったのだろうか。穴があったらその穴を更に深くして入りたい。おかげで「きゃー!」って女子に騒がれるし。一応俺の好きな子だからって遭遇しても容赦するなよとは言っておいたけど。被身子は敵だし。俺だって容赦……しない。

 

 みんなより一足先に寝ながら、これからのことを考える。今思えば俺の未来は不安ばかりだ。個性のこともそうだし、被身子のこともそうだし。こういうときにポジティブな思考ができればよかったのに、生憎俺はどちらかといえばネガティブ思考。現時点でできそうにもないことをできるとは思えない。ただ。

 

 両想いだったのはやっぱり嬉しい。うふふ。



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合宿二日目

 翌日、合宿二日目。5時半に集合という朝弱い人にはきついスケジュール。俺は朝が早くても6~8時間程度寝れば大丈夫な人間だからみんなよりは平気。話に入れなかったから俺は早く寝れたし。悲しい。

 

「おはよう諸君」

 

 相澤先生が眠たそうにしているみんなに構わず朝の挨拶。何人かが「おぁようごぁいあす……」とふわふわしながら返している。ちなみに俺ははっきりと「おはようございます」と返した。この辺りが凡人と天才の違いである。俺は優秀な生徒。

 

「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及び"仮免"の取得」

 

 仮免って一年からとれるもんなのか?てっきり二年くらいからだと思ってたんだけど。一年から仮免持って個性使えるようになっちゃうと、責任問題とか追いつかないような気もするし……特に爆豪みたいなやつは。

 

「具体的になりつつ敵の悪意に対抗するための準備だ。というわけで爆豪、これ投げてみろ」

 

 そう言って相澤先生が爆豪に向かって投げたのは、個性把握テストのボール投げの時に使ったボール。投げた瞬間から測定が開始され、着弾すると相澤先生の手に持ってある機械に距離が表示される。確か俺は678.4mだったか。

 

「前回の……入学直後の記録は705.2m。どんだけ伸びてるかな」

 

「どうせ伸びてねぇって」

 

「伸ばしまくるわ!」

 

 なんだよ伸ばしまくるって。まぁ爆豪はムカつくことに天才だから伸びてるんだろうけど。これで伸びてなかったら気まずすぎて声をかけづらい。

 

「んじゃ……よっこら、くたばれ!!」

 

 爆豪らしい独特な掛け声で投げられたボールは、爆破の勢いが乗せられて空高く飛んでいった。さて、何m?

 

「……709.6m」

 

 俺はそっと爆豪から目を逸らした。これは恥ずかしい。伸びてないって言って実際伸びてて、俺が悔しがるっていう流れのつもりだったのに。本当に伸びてないなんて思いもしないだろ。普通。

 

「約三か月間。君らは様々な経験を経て成長したが、それはあくまでも精神面や技術面。あとは多少の体力的なものがメインで、個性に関してはそこまで成長していない」

 

 俺も個性の成長というよりは使い方を変えた、幅が増えたって感じで、個性自体はあまり成長していない。まだ反動あるし。あれがなくなれば成長感あっていいんだけど。

 

「だから、今日から君らの個性を伸ばす。死ぬほどきついがくれぐれも死なないように」

 

 なぜそんなひどいことを言いながら笑えるのだろうか。絶対趣味悪いよあの人。あの見た目でネコ好きだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、お前はちょくちょく俺が見る」

 

「嬉しいような嬉しくないような……」

 

 相澤先生に見守られながら、昨日の疲労を利用して個性を発動する。俺の林間合宿中の目的は、個性の使用法を模索しつつ、体も鍛える。向こうの方では増強型個性のやつらが単純な肉体強化の訓練をしているのに、なぜ俺はそれプラス個性の使用法を模索しなければならないのだろうか。俺だけきつくない?

 

「お前ならわかっているとは思うが、正直緑谷よりひどい」

 

「言い方がひどくないですか?いやそうなんですけども」

 

 体育祭の時はボロボロになっていた緑谷も、今ではそれを克服して怪我をしないようになっている。対して俺は使用法こそ増えたが、いまだに怪我はする。そういう点を見れば俺の方がひどい。

 

「で、恐らくだがお前は体を鍛えれば鍛えるほど反動がマシになる。そしてならせばならすほど反動も抑えられてくる。お前がUSJのときにボロボロになっていて、昨日なんとか立てるレベルで済んだのもそのせいだろう」

 

 それは、父さんからも聞いた。父さんも個性を使えば使う程マシになっていったらしい。そう考えると俺もマシになると考えるのが道理だが、できればやりたくない。死ぬかもしれないから。

 

 今、その死をひしひしと感じている。今から行おうとしているのは、上限解放して相澤先生に抹消してもらい、また上限解放して抹消、それの繰り返し。消されてバッキバキになるのを繰り返さなければならないのだ。正直帰りたい。

 

「……で、バッキバキになった後はお前の親父さんの協力の下、必殺技の訓練をしてもらう」

 

 なんか父さんと相澤先生が仲良くなってる。どっちも尊敬してるし嬉しいけど、母さんが拗ねないだろうか。……そういえば。

 

「先生って母さんの個性知ってます?」

 

「『活性』だろう?多少の傷なら細胞を活性化させることで治してしまえる……あぁ、確かにな。なくはない」

 

「でしょ?」

 

 相澤先生は頭が回るから、会話を一つ飛ばせて助かる。

 

 俺が言いたかったのは、個性は遺伝だから母さんの要素も俺に受け継がれていてもおかしくない、ということだ。父さんの『限界突破』が変異したとも言えるが、その思考に捉われるのはよくない。なぜなら俺に『活性』の要素があるならもっと楽になるからだ。回復できるってよくない?その分強化できなくなるけど。

 

「注目するなら、お前が体育祭の時と期末実技の時に出した赤いエネルギーだな。アレを回復に利用できるかもしれん。例えば」

 

「10分の強化分のうち、5分のエネルギーを回復にあてる、とか?」

 

「こういうところは優秀だな」

 

 褒めてもらえたのに褒められた気がしない。こういうところはって一言余計じゃない?

 

「それができればプラスマイナスゼロで、反動がなくなる……?」

 

「できるとは限らないがな。ま、可能性なくはない。そういうのを伸ばすための特訓だから、やってこう」

 

 俺のあの赤いエネルギーは何かはっきりしていない。ただ単純に強化のエネルギーなのか、別のエネルギーなのか。『活性』の特性を持ったエネルギーなのか。攻撃にも回復にも使えるなら、俺は最強になれる。

 

「ただ、それは必殺技の後だな。確実な部分を詰めてくぞ」

 

 じゃ、鍛錬特別メニュースタート、と言って相澤先生は離れていった。ここから5分間、俺は筋トレを行って5分後にくる相澤先生に個性を消される。それを2セットしてから3セット目に必殺技の訓練。地獄だ、地獄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬ」

 

 16時。俺はボロボロになっていた。結局回復できなかったし。むしろエネルギーが暴走して地面がボコボコになって俺もボコボコになった。相澤先生にもボコボコに説教された。仕方ないじゃん。使い方はっきりしてないんだから。

 

 そしてこの状態でカレーを作れとのこと。上限解放10を繰り返していたので昨日よりはマシだが、それでもきついことに変わりはない。そりゃ緑谷よりひどいって言われるわ。

 

「爆豪包丁さばきうまっ」

 

「ほんまや!意外やわぁ」

 

「あ?包丁にうまいも下手もねぇだろ!」

 

「出た、才能マン」

 

「人に突き立てる方が向いてそうなのにな」

 

「突き立てたろかクソヤニ!」

 

「おい、ヤニ呼ばわりはやめろ」

 

 アロマシガレットを見ていただけでヤニって、それはひどい。いや吸ってたけども。……バレてないよね?

 

「じゃあクソ」

 

「ただの排泄物じゃねぇか」

 

「カレー作ってるときにウンコの話すんじゃねぇよ!」

 

 上鳴に悪い、と言ってから自分に与えられた作業をこなす。あまり料理をしない方なので爆豪と同じように材料を切る係だ。爆豪ほどとは言わなくとも、そこそこうまいとは思っている。というか爆豪がうますぎるんだよ。その才能ちょっと分けろ。

 

 全員で協力したカレーが出来上がり、カレーを食べ始める。俺はタバコのせいで味覚がぐちゃぐちゃなので大体のものはうまく感じるから、カレーはどこで食べても大体同じ味だ。うん、うまい。

 

「俺が切ったであろう野菜が一番うまいな」

 

「なんかクセェなこれ。お前が切ったやつだろ」

 

「俺が切った野菜がわかるくらい俺のこと好きなの?」

 

「確かここって個性使っていいんだったな」

 

「飯中にそれはダメだ」

 

 じゃあ後でぶっ殺してやらぁ、と言って爆豪は勢いよくカレーを食べ始めた。俺は今日死ぬかもしれない。……いや、疲労とダメージがたまってるからワンチャンあるか?上等だ、ぶっ殺してやる。

 

 カレーを食べ終わった後調子に乗って喧嘩しようとしたら、相澤先生に説教された。俺は悪くないんだけど?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、もう一度説明するぞ」

 

 ブローカーの紹介で集まってきたやつらを前に、目的を再確認する。クセまみれの連中だが、敵連合に入った以上組織の目的は達成してもらわなければならない。

 

「まず、今回殺しは目的じゃない。雄英の地位を堕とすためと、優秀な人材の確保のためだ」

 

「想くんですね!」

 

「想くんね!」

 

 うるさいトガとマグネを視線で黙らせる。マグネはトガの想くんトークを聞いて、「素敵!応援しちゃう!」とノリノリだった。女同士……女同士通じ合うところがあるのだろう。トガが俺にちょっかいをかけてくることが少なくなったから、正直助かる。

 

「二人の言った通り、久知想も確保目的だが……第一は爆豪くんだ」

 

 言って、二枚の写真を全員に見せる。一枚は爆豪くん、一枚は想くん。もっとも、約一名は爆豪くんの写真は見えていないだろうが。

 

「想くんは欲しいところだが、雄英の地位を落とすには不十分。体育祭一位で、なおかつ表彰式の時に大暴れした爆豪くんをさらった方が効果的だ」

 

 体育祭決勝、爆豪くんはエンデヴァーの息子に舐めプされて、大層お冠だった。あの粗暴な印象が放送され、その子どもが俺たちにさらわれたとなれば、雄英に大打撃を与えられるだろう。日本のメディアは責任問題が大好きだ。

 

「私は想くん第一です」

 

「わかったから黙っとけ」

 

「いやん!ひどいわ弔くん!恋する乙女に黙れだなんて!」

 

「そうだ謝れ死柄木!お前は正しい!」

 

 うるさい三人組が集まった。トガ、マグネ、トゥワイスの三人が集まるとかなりうるさい。全員有能ではあるが……まぁ、楽しそうでいいんじゃないか?俺は諦めた。

 

「うーん、できれば殺しは……ナシだな。想くんの印象はいい方がいい」

 

「あら、結局弔くんも想くんが好きなの?」

 

「アイツ、いいだろ」

 

 マグネが意外そうに俺を見てくる。どうせ、強く否定するとでも思っていたんだろう。だが、俺は好きだ。恋愛的な意味ではなく、人として。ヒーローを目指しているのが気に入らないが、トガに血を吸われた経験があるのに好きになるのはおかしい。そういうおかしさを持っている人間は、敵になれる素質がある。

 

 なにせ、そういう異常さを肯定できる思考があるということだから。



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合宿三日目、襲撃

 父さんから教えてもらった必殺技は『風虎』を含めて計四つ。うち三つは攻撃技で、一つは防御技だ。そして俺は攻撃技のうちの一つを習得しようとしている。ただ、期末で『風虎』を使った時に腕がぐちゃぐちゃになった通り、必殺技には多大な反動が伴う。それを抑えるためには単純に上限解放10、20程度で抑えればいいのだが、それでは必殺技に相応しい威力は出ない。

 

 俺の必殺技はすべて10分間という制限時間のうち、数分間分のエネルギーを使う技だ。使ったエネルギー分制限時間が短縮されるため、使いどころが重要になってくる。そのため、仕留めきれずに体だけがぐちゃぐちゃになる、ということもありえるのだ。

 

 どうしたものか。あの赤いエネルギーが回復に使えるかもしれない、とは言っても実際使えるかどうかわからないから、結局体を鍛える、個性を何度も使うという無理やりなやり方しか確実性がない。

 

「はい、5分」

 

「っでぇーー!?」

 

 考え事をしながら体を動かしていると、相澤先生に個性を抹消された。不意に来た反動に思わず叫びながらのたうち回る。昨日の分のダメージを引きずっているため、今日は一段とキツイ。これがあと数時間もあるというのだから、地獄だ。

 

「ぐあー……先生、俺何か悪いことしました?」

 

「したかもな。いいから立て」

 

 無慈悲すぎる。とはいっても立てないほど体が痛むわけではないので、素直に立ち上がった。

 

「拷問ですよコレ……弱点克服のためには仕方ないってわかってますけど」

 

「無駄口叩く暇あるなら個性使え。はよ」

 

「鬼!」

 

「確か次は必殺技の訓練だったな」

 

 文句を言ってもさらっと流されてしまう。もう少し優しくしてくれてもいいのに……。俺が本当にダメだと思っていたら優しくしてくれるとは思うが。きっと、相澤先生もまだ俺がいけると信じてくれているからこんな対応をしているのだろう。そうじゃなきゃ俺を殺す気だ。

 

「調整難しいんですよね、必殺技。加減間違えたら『風虎』になるし」

 

「『風虎』よりも弱いエネルギーを無数に撃ち出す技、だったか?『風虎』ができるならそれほど難しいとは思えないが」

 

「これがまた難しいんですよ。『風虎』は大雑把にエネルギーを撃ちだしゃそれで『風虎』になるんですけど、こっちはもっと繊細なコントロールが必要で」

 

 今までバカみたいに上限解放、瞬間解放を繰り返していただけなので、そういう繊細なコントロールは身についていない。これじゃ俺がバカみたいだ。成績はいいのに。

 

「……そういうコントロールなら、緑谷に聞くといいかもな」

 

「緑谷に……あぁ、あいつ途中から大怪我しなくなりましたもんね」

 

「お前の個性と緑谷の個性は似ている。何かヒントになるかもな」

 

 時間をやる、走って聞いてこい。と鬼教官に送り出され、プッシーキャッツの一人である虎の『我ーズブートキャンプ』で体を苛め抜いている緑谷のところに向かう。何か奇怪なダンスを踊っているように見えるが、あれはあれで効果的、らしい。俺はやりたくない。

 

「緑谷」

 

「あ、久知くん」

 

「動きを止めるな!」

 

「ぶへぇ!」

 

 声をかけると、緑谷が動きを止めて俺の方を見て、虎がすかさず緑谷に暴行を加えた。どうやらこっちもこっちで大分スパルタらしい。俺の足もとに転がってきた緑谷に手を貸して立ち上がらせ、「少し相談があって」と伝えると、「二分だ!!」とものすごい目力で言ってきた。怖すぎる。

 

「なんか悪いな、緑谷」

 

「ううん。動きを止めた僕が悪いから」

 

 緑谷も洗脳されてるし。恐ろしいな『我ーズブートキャンプ』。

 

「それで、相談って?」

 

「あぁ、個性のことでちょっとな」

 

 そういえば前も緑谷に相談した気がする。俺が個性でつまったとき緑谷に相談するっていうのがお決まりのパターンになりそうで怖い。それってつまり緑谷が常に俺の前を走り続けてるってことだから。爆豪みたいなことを言いたくないが、それは気に入らない。同じような個性で負けるって、完全な敗北じゃん。

 

「今必殺技の訓練しててな」

 

「必殺技!?流石久知くん。個性を伸ばす訓練をしてる僕らと違ってもう必殺技の訓練をしてるなんて」

 

「相澤先生から個性を鍛えるついでにやった方が合理的だって言われてな。多分お前よりキツイぞ」

 

「そ、それは……あはは」

 

 笑ってごまかしてしまいたいほどのことらしい。さっき緑谷が虎に殴られていたが、俺は長時間にわたって筋トレして、数分感覚で体をぐちゃぐちゃにされてるようなものだからな。今俺が本当に生きているのかどうかも怪しい。

 

「んで、必殺技のことなんだが……緑谷って前まで大怪我してたけど、途中から怪我しないようになったよな?」

 

「え、あ、うん」

 

「それってどういうイメージでやってる?」

 

 うーん、と緑谷が考え込む。緑谷は理論派な感じがするから何かイメージがあってやってるもんだと思ったが、違ったか?細かい制御方法となると流石に違ってくるから、イメージを教えてくれると助かるんだが。

 

「えっと、電子レンジでたい焼きを温めるときみたいにじんわり……みたいな。つ、伝わらないよね!ごめん。えっと、要するに」

 

「なるほどな」

 

「わかったの!?」

 

 じんわり、つまり徐々にってことか。なるほど。さっきまでの俺は『風虎』より弱いエネルギーを一発ずつのエネルギーにわけて撃つイメージでやっていた。そうするとどうしても『風虎』のイメージが強くて、調整をミスってしまう。なら、『風虎』と同じように使うエネルギーだけ意識しておいて、それを徐々に漏らしていくっていうイメージなら……。

 

「サンキュー緑谷。助かった」

 

「うん。役に立てたならよかった」

 

 俺が勝手に理解してしまったためか、緑谷はまだ混乱した様子。申し訳ないが、早く戻らないと相澤先生が怖いから急いで戻る。二分過ぎると緑谷が虎に殴られるし、お互いにとっていいことがない。軽く手を振って緑谷と別れ、相澤先生のところに向かう。

 

「何か収穫あったか」

 

「ありました。あいつ教師向いてんじゃないですか?」

 

 言いながら個性を発動。上限解放20。そして、そのまま誰もいない方へ向けて、一発一発じゃなく、じんわりと徐々に漏らしていくイメージで!

 

「……空に向けて撃つとかなかったのか」

 

「すみません。考えてませんでした」

 

 必殺技は成功したが、森に向けて撃ってしまったため木が数十本バキバキに折れてしまった。いや、ほら。成功するかもって思ったらテンション上がっちゃうし、ね?

 

 相澤先生に個性を消されてしまった。あの男、いつか絶対訴えてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練を終え、晩飯を食べた後。肝試しをするために、森の前に集まっていた。

 

「肝を試す時間だー!」

 

 クラスでも林間合宿を楽しみにしていた芦戸、上鳴の賑やかし組が大はしゃぎしている。俺としては休ませてほしいところだが、こういうものに参加しておかないとクラスとしての結束が……結束より俺の体の方が大事じゃないか?

 

「その前に大変心苦しいが、補習連中はこれから俺と補習授業だ」

 

「ウソだろ!!」

 

 相澤先生に連行されていく補習連中を敬礼で見送る。夜嵐も補習かよ。あいつ絶対筆記で引っかかったろ。

 

 肝試しはクラス対抗で行われ、まず初めに回るのがA組。二人一組になって3分置きに出発し、ルートの真ん中にある名前の書かれたお札を取って帰ってくる。その間にB組が個性を使って脅かしてくる、という内容だ。できればこういうのを被身子と回りたかったのだが、恐らく肝試し中に刺される。つまり死ぬ。

 

「俺は一組目で……緑谷とか」

 

「よろしくね。久知くん」

 

 二組目が爆豪と障子。三組目が耳郎と葉隠、四組目が轟と八百万、五組目が麗日と蛙吹、六組目が尾白と峰田、七組目が飯田と口田、八組目が常闇と青山……ん?なんか轟と八百万だけずるくない?一組だけ青春してない?

 

「よりにもよってテメェらが俺の前を歩くんじゃねぇ!」

 

「ありえないくらい一番に固執するな」

 

「流石かっちゃん……」

 

 あんな粗暴なやつと組まされる障子が可愛そうだ。物静かだし絶対爆豪と合わないだろ。

 

「じゃあ早速一組目行っちゃって!」

 

「うっし。じゃあ行くか」

 

「……叫んじゃったらごめんね」

 

 まぁ、所詮学生のやることだから大丈夫だろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こわい」

 

「こわい」

 

 俺たち二人は見事に怖がっていた。だって地面から出てくるって反則だろ。緑谷めちゃめちゃ叫んでたし。後ろから「うっせデク!!」って爆豪も叫んでたし。緑谷からしたら爆豪のが怖くね?叫ぶたびに後ろから爆豪が叫んでくるんだから。

 

「まぁもうちょっとで終わりだし、あとは風呂入って寝るだけ、」

 

「肉」

 

 咄嗟の判断で緑谷を突き飛ばし、地面に伏せる。森の中から伸びてきた無数の刃で体中に切り傷ができたが、致命傷じゃない。いきなりにしては上出来だろう。

 

「久知くん!」

 

「大丈夫だ!そっちは!?」

 

「僕は大丈夫!それより」

 

「肉ゥ!」

 

 どうやら刃は襲ってきたやつの個性らしく、もはや口しか見えていないほど拘束具を付けた男の歯から伸びてきている。その伸びてきた刃を慌てて避けた。喋る暇くらいほしいもんだけどな!

 

「なんでここに敵が!?」

 

「知るか!話が通じる相手じゃなさそうだし、やるぞ!緑谷!」

 

「……」

 

「緑谷?」

 

 ふらふらと俺たちに近づいてくる敵を前にして、緑谷がどこか迷った様子を見せる。しきりにある方角を気にしているような……。

 

「洸汰くんが、危ない」

 

「……あー」

 

 洸汰くん。確か、プッシーキャッツの一人、マンダレイの従甥だったか。そういえば緑谷は洸汰くんのことを気にかけていた。もしかしたら、

 

「場所、知ってんのか?」

 

「うん、でも……」

 

「行っていいぜ」

 

 正直二人で相手をしたいが、それで早くなるとは思えない。あんな見た目してる敵なら脱獄囚か何かだろうし、口だけしか見えていない拘束具で脱獄できるんだとしたら相当な実力を持っているはず。それなら、一人があいつの相手をして、一人が洸汰くんを助けに行った方がいい。

 

 それに、多分俺は殺されないだろうから。

 

「俺と違って、洸汰くんは自衛の術がない。敵に襲われたら終わりだ。大丈夫。俺は死にゃしねぇ」

 

「……わかった。死なないでね」

 

「そっちこそ」

 

 緑谷が去ろうとするのと同時、敵が刃を伸ばしてきた。それを見て上限解放40を発動し、緑谷に向かう刃の横っ面を蹴ってへし折った。

 

「俺が相手だ。クソ敵」

 

「肉……仕事?」

 

 ただでさえ体がボロボロなのに敵がくるとは。しかも、俺が敵連合に狙われてるらしいってときに。まったく、ついてない。



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エンターテイナーにご用心

《敵二名襲来!複数いる可能性あり!》

 

「知ってるよ!」

 

「肉、仕事?肉ゥ!」

 

 んでうるさいなこいつ!肉仕事ってなんだよ!

 

《動ける者は直ちに施設へ!会敵しても敵対せず撤退を!》

 

「無理だろ!」

 

「肉ゥ!」

 

 敵は肉を優先することに落ち着いたようだ。どう見ても落ち着いてないけど。どうでもいいこと考えながら、俺に向かってくる刃を避け続ける。上限解放40で避けるのはなんとかいけるが、まったく近づけない。刃を地面に突き立てて宙に浮かび、上から刃を伸ばしてくるから、いざ跳んで攻撃して避けられたら一巻の終わりだ。

 

 今日ある程度完成させた必殺技と『風虎』は、当たる、と確信したタイミングで撃つべきだ。戦ってわかるが、この敵は相当な手練れ。少なくとも入学当初の俺、もしくはダメージ、疲労がたまってない俺なら一瞬でやられていた。今ばかりはあの地獄の訓練に感謝だ。

 

「いっ!」

 

「やった。肉、肉ゥ!」

 

 腕が裂かれ、血が噴き出す。敵が大喜びしているのは血が好きだからだろうか。それとも肉肉言ってるから肉か?肉食いそうな見た目してるし。いや、人間だから肉は食うか。あれだ、人肉。人肉食いそうな見た目してる。

 

 これ、緑谷行かせない方がよかったか……?あの敵隙見せないじゃん。今ある必殺技は未完成、確実性がない。俺一人では……そういや二組目って爆豪いなかったか?一人で無理して交戦するより助けを待った方がいい。幸い、制限時間は10分間ある。今で大体3分くらい経ったから、あと7分くらいか?

 

「おいクソヤニ!どうなってんだ!」

 

「ナイスタイミングだ爆豪!あと障子!」

 

「俺はついでか」

 

 B組のやつを一人背負った障子と爆豪が後ろから走ってきた。刃を一本へし折りつつ二人のところまで後退する。

 

「歯が刃になる!んで、めっちゃ強い!」

 

「要はぶっ殺せってこったろ!やったらぁ!」

 

「いや爆豪、お前の個性を森の中で使うと火事になるかもしれん」

 

「アァ!?」

 

 そう、爆豪は爆破の個性。そしてここに消火活動のできる個性を持っているやつはいない。だから、慎重に作戦を立てて個性を使ってもらう。

 

「爆豪!シンプルに伝えるぞ!俺が刃をどうにかっすっから、怪我しねぇ程度にあの敵叩き落とせ!」

 

「俺に指図すんじゃねぇ!」

 

 って言いつつ素直に従ってくれるのが爆豪のいいところだ。敵が刃を伸ばしてきたタイミングで俺と爆豪が同時に動き出す。爆豪は爆破で宙に、俺は刃に向かい合うように。途中、宙へ上がった爆豪に向かって刃が伸びていくが、俺がどうにかすると約束した。だから、どうにかする。

 

 使うのは3分のエネルギー。両手の平を刃に向けて、じんわりと徐々に漏らしていくイメージで!

 

「『(あめ)(すずめ)』!」

 

 無数の赤いエネルギーが刃を叩き折っていく。エネルギーが手の平から出るたびに腕に激痛が走るが、今緩めたら爆豪が危ない。痛みに耐えながら、エネルギーを撃ちだしていく。細かな制御はできないから、できるだけ広範囲に及ぶように!

 

「ぎ、逃げ、」

 

「逃がすかァ!!」

 

 雨雀の勢いに押された敵が逃げようと身をよじるが、爆豪が敵を掴み、爆破で回転。その勢いを乗せて地面に向かって放り投げた。

 

「久知!!」

 

「おう!」

 

 爆豪の声で気を引き締め、歯がボロボロに砕けた敵に向かって拳を突き出す!

 

「『風虎』!」

 

 残っているエネルギーを一気に放出。『風虎』はまるで獣が唸るような音を響かせながら風を裂き、木々を薙ぎ倒しながら敵を吹き飛ばした。アレを食らって無事ならもう勝てない。どっちにしろ逃げられるから無事でも無事じゃなくてもいいけど。

 

「ぎゃあああ!!」

 

「大丈夫か、久知!」

 

「何自滅しとんだ!」

 

 反動の激痛で思わず膝をついた俺は宙から戻ってきた爆豪に手を引かれて無理やり立たされる。腕はやめて!今ボロボロだから!

 

「チッ、体育祭の時より随分調子いいみてぇだな」

 

「そりゃ、成長してなかったらお笑いだろ」

 

 大丈夫か?と心配してくれる障子に手をひらひら振って応え、大きく息を吐いた。確実に倒すために『風虎』を使ったが、別にシンプルに殴り倒してもよかったか?いや、折った刃がまた生えてこないとも言い切れないし、あれでよかったはず。俺はもう戦えないくらいボロボロになってるけど。

 

《生徒のかっちゃん!かっちゃんはなるべく戦闘を避けて!》

 

「お、狙われてるってよ。まぁ森の中で使いにくいクソ個性は大人しく後ろ下がっとけ。俺が守ってやるわ」

 

「ンだと?」

 

「ガチギレじゃん……」

 

 爆豪が人に見せられないような顔で俺を睨んできた。睨んでるかどうかすらもわからないくらい顔の筋が浮き上がっている。悪かったって。今どう見ても俺の方がお荷物だもんな。

 

《久知くんも戦闘を避けるように!二人は単独では動かないこと!》

 

「テメェもじゃねぇか」

 

「俺もだったわ」

 

「言っている場合か?」

 

 だって俺は狙われてること知ってたし、爆豪はそういうので怖がるタイプじゃないし。もう交戦もしちゃったし。伝達が遅い。

 

「っつーかかっちゃんて、緑谷無事だったのな」

 

「あ?」

 

「そういえば久知は緑谷と一緒だったな」

 

「洸汰くんを助けに行ったんだよ。で、『かっちゃん』ってマンダレイが言ったってことは、緑谷は洸汰くんを助けた上に敵を倒したんだな」

 

 敵と交戦した上で敵の目的を聞き出すって、緑谷やるなぁ。俺なんて爆豪の力を借りてぶっ飛ばすので精いっぱいだったのに。どうせ目的聞き出そうとしても聞き出せなかっただろうけど。あいつ肉しか言ってなかったし。RPGのNPCかよ。

 

「かっちゃん!久知くん!」

 

「噂をすれば……ってボロボロじゃねぇか!」

 

「お前には言われたくないと思うぞ」

 

 うるせぇ。今俺と緑谷ってやっぱ似てんだなぁって再確認したところだよ。

 

 緑谷は敵と交戦したからか、とても動いていいような状態ではなかった。見た目だけで言えば俺よりひどい。俺は腕がぐちゃぐちゃで体中に切り傷といった具合だが、緑谷は全身打撲のような見た目になっている。とても痛々しい。

 

「俺なら抱えられる。緑谷、俺の背中に掴まれ」

 

「でも、それじゃいざというときに戦えな、」

 

「ンなクソボロ雑巾でどう戦うってんだ、アァ!?クソ敵は俺がぶっ殺すからテメェはクソヤニと一緒に下がってろ!」

 

「お前も狙われてんだよ。お前が下がってろ」

 

「二人が狙われてるんだよ!二人が下がってて!」

 

「今口論していても仕方ないだろう。狙われているとわかった以上久知と爆豪を守らないといけないが、人員的に完全に守るのは不可能だ。俺が前で索敵しながら進み、二人が後ろにいるのが最善だ」

 

 おっしゃる通り。正直俺は結構きついから、障子の言う通り後ろに爆豪を引っ張りながら行く。抵抗するかと思ったが、爆豪もそれが最善だとわかっているのだろう。案外大人しくついてきてくれた。

 

「かっちゃんが大人しく……」

 

「なんか言ったか」

 

「な、なんでも!えっと、施設に向かおう!施設には相澤先生とブラドキングがいるから、そこが一番安全だと思う。でも広場はプッシーキャッツが交戦中だから、森をまっすぐ突き抜ける最短ルートで行こう」

 

「敵に遭遇するかどうかはほとんど運だな。森の中だと爆豪は戦えないし、ほぼ博打だ」

 

「でも、広場に行くよりは断然いい。危ない橋だけど、今はそれしかない」

 

 敵に遭遇したら結構やばい。障子が抱えてる二人を下ろしたとしても、戦えるのは障子とボロボロの俺、個性を使いづらい爆豪。緑谷は戦えるような状態じゃない。

 

「行こう!二人とも、離れないでね!」

 

「りょーかい」

 

「けっ」

 

 納得いってなさそうな爆豪が何かやらかしそうで怖い。いや、爆豪は賢いから最善をわかってるはずだ。最悪なことはやらかさない。はず。俺は信じてる。

 

 森の中をできるだけ音を立てないように進んでいく。万が一を考えて後ろを警戒しながら。敵の個性はわかっていない。もしかしたら隠密行動に優れる個性があるかもしれない。爆豪にも伝えておくかと爆豪の方を見た瞬間、

 

「爆豪!」

 

 上から伸びてきた手が見え、爆豪を突き飛ばす。そして。

 

 俺の視界は黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「て、めぇ!!」

 

「まさか反応されるとは、いやはや俺のマジックもまだまだということか」

 

 久知くんの叫び声が聞こえたと思ったら久知くんがいなくなっていて、代わりに木の上に仮面をつけてシルクハットをかぶったトレンチコートの男がいた。その手にはビー玉サイズの玉が一つ。

 

「ま、目的の一つは貰っちゃったよ。俺の未熟なマジックでね」

 

「返せよ!!」

 

「返せ?おかしな話だな。君と彼がそういう関係ならあるいは"返せ"という表現も間違いではないかもしれないが……そうではないだろう?彼は彼自身のものだ」

 

「じゃあ死ね」

 

 いやに静かな怒りを抱えたかっちゃんが爆破で仮面の男に向かって飛び上がろうと膝を畳んだ。かっちゃんの能力なら森が燃えないように個性を使うことができるかもしれないけど、そうすると戦いがものすごく制限される。木の上に立っている仮面の男に爆破で攻撃するわけにもいかないし、何より仮面の男の個性が割れてない!

 

「ダメだかっちゃん!君も狙われてるんだ!」

 

「アァ!?なら久知をほっとけってか!」

 

「落ち着け爆豪!敵の狙いはお前と久知だ!二人とも攫われるわけにはいかん!」

 

「あら残念。近づいてくれりゃあっと驚くマジックショーをお見せできたのによ……ま、こねぇならここでおさらばだ」

 

 このままじゃ逃げられる!かっちゃんなら空を飛んで追えるけど、かっちゃんも敵の目的の一つ、追わせるわけにはいかない。考えろ、どうする!?

 

「チッ、うじうじ悩んでる時間がもったいねぇ!俺ァ行くぞ!」

 

「待ってかっちゃん!君が行くのは」

 

「ダメだっつっても行くってわかんだろテメェなら!」

 

 宣言通り、かっちゃんは飛んで行ってしまった。せっかく久知くんが守ってくれたのに……それだけ冷静でいられなくなったってことだろうけど、今はそんなこと考えてる場合じゃない!

 

「障子くん、麗日さんを探そう!確か麗日さんは蛙吹さんとペアだったはずだ!」

 

 麗日さんに浮かせてもらって、蛙吹さんに投げてもらう。今すぐ考えられるのはそれくらいしかない。

 

「……なるほど。だが俺たちだけでいけるのか?」

 

「かっちゃんが行っちゃった今、行くしかない!二人とも攫われるのだけはダメだ!」

 

 僕たちが行くまで無事でいてくれよ、かっちゃん!



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敗北

「麗日さん!」

 

 森を抜けると、運がいいことに麗日さんと蛙吹さんがいた。敵と交戦したんだろう、二人とも怪我をしている。

 

「急でごめん!僕と障子くんを浮かして、蛙吹さんにあっちの方向に投げてほしいんだ!」

 

「え、デクくんその怪我」

 

「早く!久知くんが攫われて、かっちゃんがそれを追ってる!」

 

「!」

 

 僕の言葉を聞くと、麗日さんがすぐ僕と障子くんに触れてくれた。

 

「麗日さんにも来てほしい。ここからじゃ攫ったやつとの距離が見えないから、近づいてきたら解除して。できる?」

 

「やる!」

 

 頼もしい。ただでさえ僕らを浮かさなきゃいけないのに、自分も浮かすとなると負荷がすごいはずだ。麗日さんのこういうところは本当に尊敬できる。

 

「行くわよ三人とも。絶対に久知ちゃんを助けてね」

 

「任せて!」

 

 僕ら三人に巻き付いた舌を勢いよく振りかぶって、一閃。僕らは砲弾のように宙へと撃ちだされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追いついたぞクソ仮面!」

 

「速いな爆豪くん」

 

 久知を攫った木の上を跳び回ってるクソ仮面の横に並び、すかさず爆破。どんな個性か知らねぇが、空中ではこっちに分があるはずだ。クソ玉になった久知を見るに、恐らく小さくする系統の個性。物の大小が自由だとしても、空中での分は覆らねぇ。

 

 だが、クソ仮面は俺の爆破を見たのにも関わらず俺に向かって手を伸ばしてきた。どう考えてもおかしい行動に無理やり軌道修正して、クソ仮面から距離をとる。

 

「チッ、触れるのが条件みてぇだな」

 

「おや察しがいい。もう少しだったのになぁ……ま」

 

 クソ仮面が急降下した。それを追って急降下して着地すると、周りにクソ敵、クソ敵、クソ敵。

 

「察しがいい割に、ここにはくるんだな」

 

「お、爆豪くんもついてきてくれたのか」

 

「想くんだけでいいです」

 

「でかしたコンプレス!ヘマしやがったな!?」

 

「全員ぶっ殺す」

 

 四人か。個性がどんなもんか知らねぇが、ぶっ殺しゃ関係ねぇ……いや、今はクソ仮面を優先で殺すべきだ。俺と久知が狙われてる以上、手荒なことはされねぇはず。ならうまく立ち回りつつクソ仮面をぶっ殺して、久知を連れて逃げた方がいい。

 

 なら早速やるか、とクソ仮面に手の平を向けた時。上からデクどもが降ってきた。

 

「あ?」

 

「きたよ、かっちゃん!」

 

「うぷ……」

 

「大丈夫か、麗日」

 

「そいつの上からどけ!それか殺せ!触れられっとクソ玉ンなるぞ!」

 

 クソ仮面を踏みつぶしながら呑気にべらべら喋ってるクソどもに叫ぶ。慌ててクソ仮面の上からどく三人を見て、俺は久知を取るためにクソ仮面に近づいた。

 

「待て爆豪!久知なら取った!」

 

「あ?」

 

「恐らく、これだろう。エンターテイナー」

 

 言って、クソ腕が見せたのはクソ仮面が持っていたクソ玉。久知がいなくなったときにクソ仮面が見せてきたそれだ。

 

「チッ、なら逃げっぞ!」

 

 攻撃してこないのは、俺に万が一があるとめんどくせぇからか。ムカつくが好都合だ。本当なら逃げたかねぇが、無駄に戦ってやられるのもアホくせぇ。クソ腕と丸顔はまだしも、ボロボロのクソデクを抱えてやり合うのは分が悪い。なんできやがったんだクソデクコラ!

 

 全員で走ってクソ敵から逃げる。が、クソ敵が追ってこない。なぜだと振り向いて後ろを見ると、USJで見たあの黒いモヤがクソ敵どもを飲み込んでいた。

 

「は」

 

「いや、走り出すほど嬉しかったみたいなんでね。言おうかどうか迷っていたんだが……」

 

 クソ仮面は汚ねぇ舌の上にクソ玉を乗せて、ニヤケ面で言った。

 

「どうだ、いいマジックショーだったろ?」

 

「……!!」

 

「くっ、行っちゃだめだかっちゃん!あのワープする敵がいる今、君が行ったら!」

 

 デクの言葉を無視して、クソ仮面に向かって走り出す。俺も狙われてるからどうした。俺はオールマイトの勝つ姿に憧れた。完全無欠の、どんな逆境もひっくり返す無敵のヒーロー。そんなヒーローになるなら、攫われるやつを見捨ててじっとしてるわけがねぇ。

 

「殺して助けんだよ、黙ってろデク!」

 

 あいつらは俺の確保も目的だ。俺が向かうとなりゃ、欲が出て逃げんの躊躇するはずだ。そこを爆破で一気、に……。

 

「オイ……何浮かしとんだ丸顔!!」

 

 焦って後ろへの警戒が薄れていたからか、丸顔に浮かされてクソ腕に腕を掴まれた。

 

「離せ!テメェら見えねぇのか!あいつら今逃げようとしてんだぞ!」

 

「爆豪くん、お願い」

 

「ア!?」

 

「今、爆豪くんが行ったら」

 

「知るかンなこと!クソ腕、テメェも」

 

 そこで初めて、丸顔とクソ腕とデクの顔を見た。揃いも揃って歯を食いしばって、クソ敵を睨みつけてやがる。

 

「ちっ、くしょおおおおおおお!!!」

 

「それではこれにて」

 

 クソ敵全員が、モヤの中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日間。二日間僕は病院で気絶と悶絶を繰り返し、高熱にうなされた。その間のことはまったく覚えていない。ただ、自分がボロボロだってことだけは理解できた。そして、あのことが事実だったってことも。

 

「……あ」

 

 ベッドのそばには、お母さんの字で「起きたら食べて連絡してください」という紙と一緒に綺麗に切り分けられたリンゴが置かれていた。……またお母さんに心配かけちゃったかな。

 

「おー緑谷、起きたのか!」

 

「え?」

 

 病室のドアの開く音が聞こえたかと思って入口の方を見ると、クラスのみんなが入ってきた。峰田くんがメロンを頭上に掲げる姿は平和そのものだけど、みんな沈んだ感情を隠しきれていない。

 

「A組みんなできてくれたの?」

 

「テメェ、喧嘩売ってんのか」

 

「! かっちゃん」

 

 まず思ったのは、意外だった。かっちゃんが僕のお見舞いにきてくれるなんて、天地がひっくり返ってもありえないと思っていたのに。それほど僕とかっちゃんの仲は悪い。まともに喋ったことだってほとんどないし。

 

 かっちゃんは僕のそばまで来ると、イライラした様子を隠そうともせずに吐き捨てるように言った。

 

「耳と透明はガスでまだ寝てる。で、久知は持ってかれたから17人だ」

 

「かっちゃ」

 

「俺ァ行くぞ」

 

「え、何を」

 

 かっちゃんは行儀悪く轟くんを指した。あまり表情に感情が出ない轟くんにしては珍しく、気まずそうに僕から目を逸らす。

 

「半分野郎が俺を見て妙な反応すっから、無理やり吐かせたら、八百万が発信機作ってB組のやつの個性でクソ脳無に張り付けたってな」

 

「じゃあ」

 

「受信機を作らしゃ助けに行ける」

 

 何を、言っているのだろうか。いや、言っていることは理解できる。脳無につけた発信機を頼りに久知くんを助けに行く、そう言っているだけだ。でも色々納得できない。

 

「なんで、それを僕に?」

 

「テメェが俺が行くってことを知ったら、這いずってでもついてくんだろ」

 

 テメェはそういうやつだ、と忌々しそうに吐いて舌打ちを一つ。

 

「くるなってことだ。足手まといが増えたところで意味ねぇ」

 

「かっちゃん、君も狙われてたんだよ?それなのに行くって、どういう意味かわかってるの?」

 

「敵をぶっ殺せば済む話だろ」

 

「かっちゃん」

 

 これを言ったら、多分かっちゃんは怒るだろう。自尊心の塊みたいな人だ。でも遠慮なんかしない。今回ばかりは絶対に僕が正しい。だって、

 

「君は、()()()()()()()()()()()ここにいるんだよ?」

 

「緑谷!」

 

 事情を知っている障子くんが止めに入ろうと声を上げるが、その前にかっちゃんが僕の胸倉をつかんだ。みんなから止められても、かっちゃんは僕しか見ていない。怒りで周りの声なんて聞こえてないんだろう。ただ、僕だって怒ってる。友だちが攫われて冷静じゃいられないとしても、これはない。

 

「テメェ、デク!」

 

「かっちゃんだけは行っちゃだめだ。かっちゃんは狙われていて、しかも久知くんに守られたんだから」

 

「なんだ、俺が無様に攫われるとでも」

 

「実際、そうなるところだっただろ」

 

「──っ!」

 

「落ち着けよ爆豪!緑谷も!」

 

 切島くんに羽交い絞めにされて、かっちゃんの手が僕から離れていった。止めてくれた切島くんには申し訳ないけど、僕もかっちゃんも止まらない。そんな性格してない。

 

「かっちゃん。君もわかってるはずだ。それは一番最悪な選択だって」

 

「成功すりゃ最善だろうが!テメェ、俺が言って止まるような人間じゃねぇってわかってるだろ!」

 

 誰から見てもわかる。かっちゃんは冷静じゃない。元から考えナシのようには見えるが、実際は考えて動くタイプだ。それだけの頭脳と、こなせる能力がある。でも今回はおかしい。敵の勢力もはっきりしてないのに、戦闘許可もない言ってしまえば一般人と同じ立場で、しかも狙われてるのに敵のところに行く。そんなことしちゃいけないって、バカでもわかるはずだ。

 

「ここで止まんのはダメなんだよ!俺が敵をぶっ殺して、久知を助けんだ!あんま舐めた口叩いてんじゃ」

 

「俺が俺がって」

 

 アァ!?と大声で僕を威嚇するかっちゃん。いつもなら怯えてしまうそれが、なぜだか今は子どもが泣いているようにしか見えなかった。

 

「一体、かっちゃんは誰の心配をしてるの?」

 

 今のかっちゃんからは自分がこうあるべきだっていうある種の強迫観念のようなものが見える。僕だって、かっちゃんが目の前で友だちが攫われて黙ってられるような人間だとは思ってない。でも、今その『らしさ』は必要なのかな?

 

「君が、色々考えて、久知くんに守ってもらったことも自分が狙われてるってことも無視してそれでも行くって言うなら」

 

 だるい体を奮い立たせ、ベッドから降りて立ち上がる。そのままかっちゃんを正面から見て、言った。

 

「僕は殴ってでも君を止めるよ、かっちゃん」

 

 色んな感情がごちゃ混ぜになった歪な笑顔で僕を睨みつける。暴力で解決するのは好きじゃないけど、かっちゃんが相手なら仕方ない。

 

「待てよ!なんでそういう話になんだ!」

 

「一旦落ち着こうぜ!二人とも冷静になれよ!」

 

 切島くんと上鳴くんが僕たちを止めに入る。ごめん。でも、この分からず屋は殴ってでも止めなきゃいけないんだ。

 

「テメェが、俺を、殴って、止める?」

 

「そう言ったよ」

 

「そこまでだ君たち!冷静でいられないのはわかる!だが、内輪で揉めている場合じゃないだろう!?」

 

「そうだ君たち!悔しい気持ちをぐっとこらえて、ここはプロヒーローに任せなさい!」

 

「……え?」

 

 飯田くんの後に喋った人は、誰だ?何か、入り口の方から聞こえたような……。

 

「うーん、お見舞いに来てみれば随分とアツい展開になってるな」

 

「久知の親父さん!」

 

 驚いたように叫ぶ切島くんの言うことが本当なら、この人は『根性ヒーロー:ノーリミット』!?僕のお見舞いにって、なんで。

 

「話は全て廊下で聞いていた。別にタイミングをつかみ損ねたわけじゃなく、感情の吐露は必要なことだからな。いや、本当に。ただ大人でプロヒーローな俺からすれば、行かせるわけにはいかないな」

 

「っるせぇ!俺は」

 

「君たちが束になってかかってきても、俺の足もとにも及ばない」

 

 ノーリミットは何でもない風に、さらっと言ってのけた。雄英ヒーロー科一クラスが自分の足もとにも及ばないと。

 

「あぁちなみに告げ口のようで悪いが、相澤先生にも連絡しておいた。色々要約するとバカ野郎!だそうだ。ハッハッハ!まぁここは任せてくれ。こういうときのためのプロヒーローだ」

 

 言って、ノーリミットは病室をぐるっと見渡してから背を向けた。そして、首だけこちらへ向けて笑顔のまま、

 

「行ったらぶっ飛ばすぞ」

 

 僕らに恐怖を植え付けて、去っていった。



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敵か、ヒーローか

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「おい、デク」

 

「何?」

 

「何?じゃねぇよ。ぶっ殺されてぇのか」

 

 あの後。退院した僕は万が一に備え、お母さんに連絡してからかっちゃんの家にお邪魔していた。ノーリミットが止めに来てくれたから大丈夫だとは思うけど、あの冷静さを欠いたかっちゃんなら一人で行きかねないと思ったからだ。夕飯までごちそうになっちゃったのは申し訳ない。

 

「んな信用ならねぇのかよ」

 

「ならない」

 

「チッ、気色悪ぃ。ストーカーかよテメェ」

 

 ストーカーって言われても仕方ないくらいのことはしてる自覚はある。でもどっちかっていうと監視の方が近いんじゃないかな。

 

「テメェと同じ空間にいるってだけでも耐えられねぇのに、俺が動く度に反応しやがって」

 

「僕をどうにか出し抜いて出て行こうとするのかと」

 

「出て行ったところで受信機がねぇだろ。もう俺には追えねぇよ」

 

 それはそうだけど、あらかじめ八百万さんが受信機を作ってる可能性も否定できない。かっちゃんなら脅して作らせてそうだし、十分ありえる。やっぱりかっちゃんの家にきたのは間違いじゃなかった。

 

 ……素直にかっちゃんが居座るのを許してくれるとは思ってなかったけど。何かしら心境の変化があったのだろうか。かっちゃんが僕の滞在を許す心境ってなんだ?もしかしたらかっちゃん、敵の個性で洗脳されてるとか?

 

「こっちみんな。デクがうつる」

 

 よかった。いつものかっちゃんだ。病院の時よりは落ち着いている。かっちゃんが落ち着いてるってイメージはないけど。

 

「かっちゃん。ごめんね、病院でのこと」

 

「あ?」

 

「ふざけんなって思ったとはいえ、言い過ぎだったかなって」

 

 わざとかっちゃんの自尊心を傷つけるようなことを言ってしまった。普段なら爆破されていてもおかしくない。むしろ、あの時怪我を増やす覚悟で言っていた。だから謝らなきゃと思った。僕が思っていたよりも、かっちゃんは冷静だったのかもしれないと思って。

 

「……いや」

 

 かっちゃんは苦虫を嚙み潰したような表情でぼそっと呟き、僕を見た。

 

「あれは」

 

「ちょっと二人とも!大変なことなってるよ!」

 

 かっちゃんの言葉を遮ったのは、勢いよくドアを開けたかっちゃんのお母さん。かっちゃんのお母さんは驚いて固まる僕たちの手を力強く掴んでリビングへつれていく。一体何が?

 

「んだババア!」

 

「いいからくる!」

 

 かっちゃんに厳しく返しながら僕に「ごめんね?」と言ってくれたので会釈をする。リビングにつくと、僕を掴んでいた手は離れ、かっちゃんはソファに向かって放り投げられた。……なるほど、かっちゃんの親だ。

 

「っにすんだ!」

 

「テレビ!」

 

 言われるがままにテレビを観ると、そこには。

 

『この度──我々の不備からヒーロー科1年に被害が及んでしまった事、ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えたこと、謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした』

 

「な……」

 

 相澤先生、ブラドキング、校長先生が雄英代表で謝罪会見を行っていた。相澤先生はメディア嫌いなのに……いや、そういう問題じゃないか。生徒が一人攫われてるなら、社会的に謝罪会見は必要だ。

 

『NHAです。雄英高校は今年に入って4回生徒が敵と接触していますが、今回生徒に被害が出るまで各御家庭にはどのような説明をされていたのか、また具体的にどのような対策を行ってきたのかお聞かせください』

 

「このゴミども、雄英の基本姿勢は知ってんだろが……」

 

 かっちゃんの言う通り、体育祭開催のときは『あえて開催することで強気の姿勢を見せる』って説明があったはずなのに、それをまた言わせようとするってことは……悪者扱いだ。

 

 マスコミは言ってしまえば売れればいい。だから質問相手を怒らせて、売れるような言葉を引き出せれば一番だ。そしてその印象操作は世間に濃く伝わる。……相澤先生、怒らないといいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪しいものは入ってませんよ」

 

「……ありがとう、ございます?」

 

 攫われた俺は、敵連合がアジトにしているであろうバーにいた。なぜか、拘束もされず飲み物まで出して歓迎される始末。バーカウンターの椅子に座り、右隣に被身子、左隣に死柄木が座っており、バーテンダーのようにモヤモヤの人が立っており、他の人たちは俺たちを囲むように立っている。拘束されてはいないが、逃げられない。

 

 そして、俺たちは設置されたモニターに映っている雄英の謝罪会見を観ていた。

 

「俺たちじゃなくヒーロー側責めているところを観ると、申し訳なくなってくるな」

 

「よく言うなぁ……」

 

 モヤモヤ……黒霧さんがくれた飲み物を一口飲み、悪態をつく。お前らが攫ったクセに申し訳ないってどの口が言ってんだよ。言いすぎると殺されそうだからあんまり言わないようにするけど。

 

「あ、被身子。あの先生が俺の尊敬してる人」

 

「へー!なら私も尊敬する!」

 

「おいおいトガちゃん、ヒーローを尊敬してどうすんだよ!ところでイレイザーのサイン持ってない?」

 

「相澤先生はそういうタイプじゃないんで、ごめんなさい」

 

「ほしくねぇよ!残念だぁ」

 

 あのマスクの人面白いな。確かトゥワイスさんだっけ。俺がここについたときに死柄木が教えてくれた。くれた?いや、死柄木に教えられた。どうやら死柄木は俺が完全に敵連合に入ったものだと考えているらしい。入らねぇよボケ。

 

「ねぇねぇ久知くん。ヒミコちゃんとの馴れ初め聞かせてくれない?」

 

「被身子から聞いてないんですか?」

 

「だって両想いだそうじゃない?久知くんからも聞いてみたくて!」

 

「えー、恥ずかしいなぁ」

 

 俺も思春期だから、好きな子の話をするのは照れ臭い。しかもこんな大勢の前で……いやそもそも今敵に囲まれてるからそんな場合じゃないんだけど。

 

「お前、やっぱ敵に向いてるぞ」

 

「なれるかもしれねぇけど向いてはない」

 

「一緒にやろう!想くん!」

 

「俺はヒーローになるの」

 

「えー、やろ?」

 

「死柄木も言ってやれ」

 

「俺もトガ側なんだが」

 

 そういえばそうだった。死柄木って前ショッピングモールで会ったときの印象的に被身子の保護者的な立ち位置に見えたから、てっきり俺の味方をしてくれるのかと思った。ダメだ、被身子が隣にいるとどうしても調子が狂う。

 

「ま、真面目な話をするとな。爆豪くんを攫おうとしたのは雄英に打撃を与えるためだが、お前を攫ったのはお前が敵に向いてると本気で思ったからだ」

 

「俺は向いてないと思う」

 

「今、お前は俺たちを怖がっていないだろう?」

 

 図星だった。ショッピングモールで会った時は多少怖がっていたが、今はそこまで怖くはない。それがなぜか自分ではわからない。ただ、言い当てられるほど自然体であるということは間違いない。

 

「ヒーローだから敵に屈しない、強気でいる……そういう理由も考えられるが、お前はそうじゃない気がするんだ。今自然体でいるのがその証拠。親近感、諦め、色々あるが……まぁ、そこまではわからんな」

 

「一人でベラベラやかましいなお前。話したがりか?」

 

「そういうことをカウンターに突っ伏しながら言えるのがそもそもおかしいって言ってんだよ」

 

 ……無意識だった。被身子が俺の髪をいじってくれるのがあまりにも心地よすぎて、突っ伏している状態が普通になってしまっていた。敵の本拠地にきてリラックスするヒーローがどこにいる?俺は本当に親近感を持ってるのか?いや、今抵抗しても無駄だからと諦めているだけのはずだ。諦めるにしても早すぎないか?

 

 俺は、こういうときどうするやつだった?

 

「言ったろ。向いてるんだよ」

 

 面白そうににたにたと笑いながら俺を見る死柄木から、なぜか目を離せない。ただ、恐怖も、緊張も、マイナスな感情はなかった。これは、なんだ。親近感じゃない。

 

「お前は、俺たちみたいなやつを受け入れるのに、向いてるんだ」

 

 ──なぜか、死柄木が悲しそうだと。そう感じた。

 

 そういえば、俺は敵をも救えるヒーローになろうとしていたんだったか。その理由に被身子がいるのは間違いない。ただ、被身子だけを救うヒーローになろうとしていたのか?そうじゃない。敵にならざるを得なかった敵を、社会、環境が敵にした人を救おうとしたんだ。

 

 敵連合の人たちは、どうなんだろう。もしかしたら俺は、根っこから悪人じゃないって感じてしまってるから怖がってないのか?

 

『今回攫われた久知くんはまさに文武両道と言ってもいい生徒だったと伺っています。ですが、同時に体育祭である種の危うさも見せました。ほとんど動けるような怪我ではないのにも関わらずトーナメントを戦い、最後は個性が暴走。この異常に目を付けられ狙われたとして、もし久知くんが悪の道に染まってしまったとしたら?久知くんが敵にならないと言い切れますか?』

 

 思考を巡らせている中、ふと謝罪会見の音が耳に入った。先生を攻撃して怒らせようとするだけの、何の根拠もない暴論。相澤先生はメディア嫌いだから、それを知ってのことだろう。

 

 でも、そうか。俺を"異常"だと捉える人がいるのか。わからなくもない。あんなボロボロな体なら、棄権した方がいいに決まってるから。

 

 ネガティブなことを考えながら、テレビを観てみる。ここで相澤先生がキレてくれたら、それはそれで俺はありがたいかもしれない。俺を想ってのことだし。雄英側にとっては、マイナス、だろう、けど……。

 

『体育祭での行動は確かに。一生徒を預かる身として、許容するべきものではなかったかもしれません』

 

 モニターの中の相澤先生が、頭を下げていた。

 

『ただ、アレは"異常"ではなく"成長"です。彼は、様々な事情を抱えもがいている。自ら思い、描いたヒーローへの道を歩んでいる。誰よりも人を想う心があり、救う心を持っています。皆さんに見える形がどうであれ、それは変わりません』

 

 ……相澤先生に初めて会った時、言ってくれてたな。

 

『彼は、ヒーローに向いている。敵になることはありえません』

 

『感情論に聞こえます。私は具体的な根拠を──』

 

「悪い、死柄木」

 

「……」

 

「俺、ヒーローになるんだ」



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神野、はじまり

「交渉決裂か。いけると思ったんだが、残念だ」

 

 死柄木が言葉とともにため息を漏らす。残念だという割にはそれほど残念そうに見えない。白々しく肩を竦める姿は、最初から俺が敵にならないと確信していたように見える。

 

「仕方ない、黒霧。もう行こう。あんまりだらだらしてるとヒーローがくる」

 

「ヒーロー……?いや、それより待てよ。俺を殺さなくていいのか?」

 

「別に殺してやってもいいんだが」

 

 俺が敵連合に入らないなら死柄木からすれば殺してもいいはず。そう思って聞いたとき、俺の腕を被身子がぎゅっと掴んだ。見ると、頬を膨らませてとても可愛らしい怒り方をしている。

 

「俺が殺すと怒られそうだ。お前みたいなやつは殺すに限るんだが」

 

「ダメです」

 

「らしい。……黒霧、ゲートだけ開けておけ」

 

 死柄木の指示通りに、黒霧がゲートを開く。そこに次々と敵連合の人たちが入っていき、死柄木もゲートに半身を沈めた。それと同時に、外が段々騒がしくなってくる。騒がしく、というより何か戦闘音のような……。

 

「……先生の言った通りだったな」

 

「は?先生?」

 

「こっちの話だ。トガ、二分だ。二分経ったらゲートは閉める」

 

 あとは好きにしろ、と言い残して、死柄木はゲートの向こうに消えていった。まさか、俺と被身子に気を遣って?いや、被身子に俺の説得を任せたとか?それとも始末を?ダメだ、わからん。でも、せっかく襲撃して得た俺をあっさり手放すのも違和感があるし、恐らく説得か殺害が目的だろう。死柄木が手を下さなかったのは、殺した後被身子がめんどくさいから。

 

 被身子なら、俺を殺すなら絶対に自分の手でって思ってるはずだから。

 

「想くん」

 

「なんだ」

 

 バーに二人きり……多分黒霧もいるが、雰囲気的には二人きり。なんとなくいやらしい感じがしてどぎまぎする。落ち着け、俺はヒーローで被身子は敵だ。それを間違えちゃいけない。

 

「ほんとうに、きてくれないの?」

 

 被身子は掴んでいた俺の腕をそっとなぞり、手を重ね合わせた。好きな女の子の体温にドキッとしつつも、煩悩を振り払って真面目に向き直る。

 

「俺は、ヒーローだから。敵連合には入れない」

 

「……そっか」

 

 悲しそうに俯いて、被身子は席を立った。手を引く被身子につられて俺も立ち上がり、まるで結婚式の新郎新婦のように向かい合う。手はつないだまま。……手汗、かいてないだろうか。

 

 俯いていた被身子はゆっくり顔をあげると、今にも泣きだしそうな笑顔で、言った。

 

「ねぇ想くん。もらってもいい?」

 

「もらっても、って」

 

 恐らく、血のことだろう。被身子の愛情表現。好きな人にキスをするように、被身子は好きな人の血を吸う。幼い頃、俺も血を吸ってもらった。あの行為には確かな愛を感じた。それを今、被身子はやってもいいかと聞いているんだろう。

 

 正直、ヒーローの身としては頷き辛い。被身子は血を吸うとその人に変身できる個性を持っており、ほいほい血を渡すのはヒーローとしてよくない。好きな子だが、敵なんだ。その線引きをしっかりしておかないと、俺はヒーローじゃなくなる。

 

「ごめん、それは」

 

「んっ」

 

「!?」

 

 できない、と言おうとした時だった。唇に伝わった柔らかい感触を認識する前に口内が蹂躙され、遅れて快感がやってくる。何をしているのか理解できず身を任せていると、ゆっくりと被身子が離れていった。被身子は俺に意識させるように自分の唇を指先でなぞり、妖しく微笑んだ。

 

「確かに、頂きました」

 

「……!?」

 

「じゃあね、想くん。今度は、絶対にこっちへきてもらうね」

 

 混乱する俺を放置して、被身子はゲートの向こう側へ消えていった。俺、一体何されたんだ?理解が追いつかない。頂かれたことは間違いない。ただ、その頂かれ方が問題で……。

 

 放心状態のままぽけーっとしていると、突如ドアが勢いよく吹き飛んだ。そういえば死柄木がヒーローがくるとか言ってたっけ、と徐々に思考を取り戻しつつドアの方を見ると、焦った様子のオールマイトがいた。相変わらず画風が違う。

 

 

「無事か!?久知少年!」

 

「あ、無事です」

 

 心は無事じゃないけど。暴力も何もなかったし、普通に元気だ。むしろ合宿の時の方が無事じゃなかった。

 

「すまない。乗り込もうとしたときに複数の脳無が現れてね……敵連合の連中は?」

 

「さっきゲートでどっか行きましたよ。オールマイトたちがくるってわかってたみたいですね」

 

「そうか……できればここで捕まえたかったが、久知少年が無事ならなによりだ」

 

 怖かったろう、と肩を叩いてくれるが、怖くなかったんです。申し訳ない。とりあえず「ありがとうございます」と返すと、オールマイトは歯を見せてにかっと笑った。流石No.1ヒーロー。人を安心させる笑顔だ。……俺も練習しようかな、笑顔。

 

「私も君と一緒にいてあげたいが、神野に行かなければならない。神野にもヒーローが向かったのだが、連絡が途絶えていてね。何かあったはず、だ……」

 

「どうしたんです?オールマイト」

 

 俺の背後を見て、オールマイトが突然固まった。敵連合はいないはずだし、俺の後ろにはモニターしかないはず、だが……。

 

「は?」

 

 モニターを観ると、オールマイトが固まった理由がわかった。ヘリからの映像だろう。上空から見下ろす神野は、荒れ地と言っていいくらいボロボロになっていた。建物が倒壊し、多くの人が倒れ。しかし、そこに立っている人間が二人いた。

 

 マスクをつけた得体の知れない男と、全身ボロボロになった根性ヒーローノーリミット。俺の、父さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は数分前にさかのぼる。

 

 警察の捜査によって久知が囚われている場所がわかっており、久知の親であるノーリミットは息子が現場にいると冷静さを保てないかもしれないという理由で、神野にあると思われるアジトの制圧に回っていた。

 

 ノーリミット以外で制圧に参加しているのはNo.4ヒーローベストジーニストを初めとして、ギャングオルカ、Mt.レディ、林間合宿時に同じプッシーキャッツのメンバーであるラグドールが攫われた虎等の実力派ヒーロー、更に警察。並の敵なら相手にならないほどの戦力を持って臨んだ制圧は、拍子抜けする結果に終わった。

 

「……何も、いない?」

 

 脳無格納庫であろうと予想して突入した廃倉庫には、脳無が一体も存在しておらず、脳無が入っていたであろう生体ポットと、意識がどこかへ飛んでいるラグドールのみが存在していた。

 

「事前に察知されていたか……だとすると、罠の可能性があるな。タイミングよく脳無を移動したとは考えづらい」

 

 ギャングオルカの言った『タイミングよく脳無を移動したとは考えづらい』というのは、その場にいる全員の意見だった。たまたま脳無を移動しようとしていた、というのはいくらなんでもタイミングがよすぎる。元々そういう計画があり、攻められることを危惧して移動させた、ということも考えられるが、それならば移動させたことを悟らせないためにダミーを置いていてもいいはずだ、というのが総意だった。脳無という怪物を作り出せるのであれば、ダミーを作り出すことなど容易なはず。わざわざ初めからもぬけの殻にする必要はない。

 

「しかし、罠だとしてもどういった罠なのか……こう言ってはなんですが、我々の戦力に太刀打ちできる罠などそうないのでは?」

 

「確かにそうですが……我々は敵の戦力の全体を詳細に把握できてません。警戒するにこしたことはないでしょう」

 

 ノーリミットの楽観的ともとれる発言に、ベストジーニストが返す。ヒーロー歴はノーリミットの方が長いが、No.4に名を連ねるだけあって現場慣れはベストジーニストの方に軍配が上がる。ノーリミットはほとんど自分の事務所を構えている区で起きた事件にしか赴かないためでもある。

 

 新人のMt.レディが向けてくる「大丈夫かな、この人」という視線をノーリミットは華麗に無視して、ベストジーニストの言う通り警戒を始めた。ノーリミットは個性の性質上体を鍛える必要があり、その感覚も鋭敏である。チンピラ程度の敵なら個性を使わずとも制圧できるほどの強さを誇るノーリミットは、廃倉庫の暗闇の先から聞こえる足音に気づいた。

 

「何かいます。皆さん、お気をつけて」

 

 ノーリミットの言葉に、その場にいる全員がノーリミットの視線の先にいる何かを警戒した。敵の戦力は未知数。すぐに対応できるように全員が構えた、が。

 

 訪れたのは、暴力だった。

 

 何が起きたか理解する前にヒーローたちは圧倒的な暴力に曝され、それは周囲の建物までをも崩壊させた。意識を保てたのは、二人だけだった。

 

「ホウ。すばらしい!流石はNo.4。瞬時に味方の繊維を操り、僕の攻撃範囲から少しでも逸れるよう引っ張った。そして……」

 

 姿を見せた得体の知れない男……死柄木を育てあげた敵連合のボスともいえるオール・フォー・ワンが、もう一人の意識を保っている人物に顔を向ける。その人物は、辛うじて意識を保っているベストジーニストとは違い、少々負傷している程度で済んでいた。

 

「ノーリミット。ランキングに上がっていないが、知っていたよ。ともすればオールマイトにも匹敵する力を持っているヒーローだとね」

 

「そいつは、光栄だな」

 

 体の正面で腕を交差させて笑みを浮かべるノーリミットは腕を下げると、倒れたヒーローたちを庇うように前に出た。

 

「ジーニストさん、倒れたヒーローたちの避難を。私は……」

 

「うん?」

 

 一瞬だった。ノーリミットが踏み込んだかと思うと、オール・フォー・ワンに肉迫し、顔面を殴りつけた。

 

「こいつの相手をする」

 

「君に私の相手が務まるかな?」



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ヒーロー:ノーリミット

 ノーリミットの個性『限界突破』とは。己の限界を壊し、身体能力を強化する個性。ノーリミットを知る者は、口をそろえて「オールマイトのようだ」と言う。実際にオールマイト級の力を出すことはできるが、それに伴う反動がある。オールマイト級の力を出した後の反動は計り知れない。

 

 だが、オール・フォー・ワンにはオールマイト級の力がなければ対抗できない。一瞬で廃倉庫を周りの建物ごと崩壊させる力は、あまりにも強大だ。

 

 つまるところ。反動を気にして戦っていたノーリミットはオール・フォー・ワンにまったく及ばなかった。

 

「期待外れ、と言えばいいのかな?」

 

 腕を膨らませて宙に浮かびながら、ノーリミットを見下ろすオール・フォー・ワン。余裕そうなオール・フォー・ワンに対して、ノーリミットは体中に打撲、切り傷が見え、膝をついていた。

 

「僕の力に対抗するにはどの程度の強化をすればいいのか、君ならわかりそうなものだが……何か企んでいることがあるのかな?」

 

「さてな……」

 

 ノーリミットは、戦闘に関して言えばランキングに名を連ねるヒーローたちに後れを取らないどころか、一対一で戦えば勝利を収めるほどの実力を持っている。それは元から持っている戦闘センスも含め、単純な個性の強さ。更に意外と考えるタイプであり、相手に合わせて強化するのはお手の物。そのノーリミットがなぜ、強化しないのかと言えば。

 

(俺が倒れたら、みんなを守る者がいなくなる)

 

 ノーリミットの反動は、個性の使用中に訪れる。つまり、個性の反動によって、個性使用中に倒れる可能性も十分にありえるということだ。そうなってしまえば、満足に戦える人物がいなくなってしまう。ベストジーニストはオール・フォー・ワンからの攻撃を防ぐノーリミットに守られながら、救助活動をしている。それもギリギリの状態でだ。

 

(やつが俺に合わせて遊んでいる今、強化する必要はない)

 

「とでも、考えているんだろうね」

 

「なっ」

 

 時間稼ぎに徹していたノーリミットの思惑を打ち砕くかの如く、オール・フォー・ワンの腕が肥大化した。廃倉庫を吹き飛ばしたときよりも更に大きく。

 

「アレは耐えきれたみたいだが、これはどうかな?強化しないと耐え切れないばかりか、守り切れないと思うよ?」

 

「クソッ!」

 

 ノーリミットが慌てて個性で強化すると、体中から赤いエネルギーがあふれ出た。天へ上る勢いのエネルギーを右腕に集約させると、オール・フォー・ワンが肥大化した腕を突き出したのに合わせて右腕を突き出した。

 

「『風虎』!」

 

 右腕から放たれたのは、巨大な赤いエネルギー。空気を切り裂き、風をも裂く巨大な赤いエネルギーは、オール・フォー・ワンの放った暴力的な威力を持つ攻撃とぶつかり、大気を震わせた。相殺には成功したが、ノーリミットの腕は一撃の『風虎』で限界に近付いている。それほどの威力を一瞬で撃ってみせたオール・フォー・ワンに戦慄しながらも、ノーリミットは笑ってみせた。

 

「うん、そうこなくちゃね。僕としてもやりがいがない」

 

「言ってろ」

 

 数段上がった速度でオール・フォー・ワンの背後に回り、その移動だけで脚に走る激痛を無視しながら拳を上から叩きつけた。

 

「だろうね」

 

 しかし、オール・フォー・ワンは腕を後ろに回し、一瞬で肥大化させて衝撃波を生み出した。『風虎』を出す暇もなく、ノーリミットは衝撃とともに弾き飛ばされる。強化しているとはいっても、空中で身動きはとれない。オールマイトのように拳圧で移動しようものなら、確実に腕が死んでしまう。

 

「クッ」

 

「強化したんだから、そりゃあ後ろを警戒するだろう」

 

 また腕を肥大化させるオール・フォー・ワンを見て、ノーリミットも腕にエネルギーを集約させる。

 

「『風、……!?」

 

 しかしオール・フォー・ワンはそれをノーリミットには向けず、人が集まっている街に向けた。

 

(チッ、ふざけやがって!)

 

 敵は周りの被害はお構いなし。更に、人質はお手の物。そして、オール・フォー・ワンは()()()()()ノーリミットの力を最大限まで引き出そうとしている。オール・フォー・ワンはノーリミットの個性に注目し、調べ上げ、人柄についても知っているため、どうすれば自身を強化するのかを理解していた。

 

 ノーリミットは、市民の安全を第一に考える。周りに人がいれば自身が怪我をすることは無視して守りに動き、建物への被害すら最小限に抑えるヒーローだ。その意識を持っているヒーローは数多くいるが、実際にそれができるヒーローは多くない。

 

 ノーリミットには、それをできるだけの力があった。

 

 だからこそ、ノーリミットは自身の限界をもう一つ突破した。

 

 足の方へエネルギーを集約させ、それを弾けさせることでオール・フォー・ワンが狙う人々の前へ移動する。同時に、オール・フォー・ワンが衝撃波を放った。

 

(『風虎』では衝撃が後ろに逃げる可能性がある!ここは……)

 

「『玄岩(くろいわ)』!」

 

 ノーリミットは体から溢れ出るエネルギーを前方に広げ、衝撃波を受け流した。『玄岩』は溢れ出るエネルギーを操作する防御技であり、一か所に集約させれば何をも防ぐ盾になる。広げれば硬さは薄れるが、自在に形を変えれるエネルギーという点を利用して、衝撃を逃がすこともできるのだ。この方法で衝撃を逃がしたノーリミットは、『玄岩』を自身の体に纏い、跳んでオール・フォー・ワンに肉迫する。

 

「驚いた。本当にオールマイトみたいだね」

 

「余裕だな!」

 

 『玄岩』は盾であり、同時に矛でもある。溢れ出るエネルギーを利用するという性質上、かなり強化しなければ使えないが、その強化に見合った性能はある必殺技だ。

 

 その性能は、オール・フォー・ワンにとっては大したものではないのだが。

 

「あぁ、余裕だよ」

 

 確かにオール・フォー・ワンへ向かっていたはずのノーリミットは、突如上から圧力に襲われ、地面に叩きつけられた。叩きつけられたノーリミットにオール・フォー・ワンは再び衝撃波を放つが、間一髪のところで跳んで避ける。

 

「速いな」

 

「……っ!」

 

(遊ばれている……!)

 

 オール・フォー・ワンがノーリミットを殺すチャンスは何度もあった。最初からオール・フォー・ワンが本気を出していれば今ノーリミットは立っていない。反動がなしで済む強化上限を超えても、歯が立たなかった。

 

「いや、なに。僕相手にここまで戦える人間はそういない。誇るといいよ。今そこに立てていることを。もっとも、もう限界みたいだけどね」

 

「……限界?」

 

 しかし、そんな逆境に立たされて尚、ノーリミットは笑っていた。映像越しに、あるいは実際に目で見た人々はその姿にNo.1ヒーロー『オールマイト』を想起する。どんなときでも笑顔を絶やさない、ヒーローの中のヒーロー、平和の象徴。

 

「俺に対して限界だと?面白いことを言うな」

 

 人々は、声を張り上げて応援していた。頑張れ、倒せと。初めはオールマイトの到着までの時間稼ぎとしか思われていなかったノーリミットは、今まさに巨悪を打ち砕くヒーローとなった。

 

「教えてやろう。俺に、限界はない!」

 

(──想は、観ているだろうか)

 

 ノーリミットは、ヒーローたちに助けてもらったであろう息子のことを想う。時間稼ぎで終わるつもりだった。しかし、今ここで限界を超えなければ、オール・フォー・ワンは確実に民衆へ手を下す。それを理解したノーリミットに、もはや限界を超えないという選択肢はなかった。

 

(恐らく、無事では済まないだろう)

 

 今までで何度か超えたことのある強化点。そこまで強化したときは確実にひと月は入院生活だった。ただし、それは訓練で強化しただけであり、実際に戦ったことはない。

 

(最後になるかもしれん。できれば、観ていてほしいものだな)

 

「ヒーローの、背中ってやつを!」

 

 ノーリミットは、更に限界を超えた。溢れ出るエネルギーに、体中が悲鳴を上げる。それでも笑ってみせた。

 

「俺は、ヒーローとは"勝つ"だけではなく"守り、勝つ"ものだと考えている!」

 

「……?いきなり何を」

 

「行くぞ、敵。ヒーローの強さを教えてやろう」

 

 ノーリミットが、消えた。その現場をみていた者でノーリミットに反応できたのは、オール・フォー・ワンただ一人。それも、()()()()()()反応だった。

 

「攻撃、入ったな」

 

「……」

 

 オール・フォー・ワンの顔面に突き刺さるノーリミットの拳を見て、歓声があがった。それは、この戦いを通して初めてまともにオール・フォー・ワンへダメージが通った攻撃。

 

 与えられた打撃は一発だけのように見えたが、実際には数発だった。オール・フォー・ワンの腕を防御に使えないようにまず腕を攻撃し、その後に顔面を殴りつけた。この間、一秒にも満たない。

 

 しかしオール・フォー・ワンは冷静だった。攻撃を受けたのは完全にノーリミットを下に見ていたからであり、今のノーリミットでもオールマイトの方が上だと判断したためである。当然と言えば当然の思考に、オール・フォー・ワンは自嘲するとともに落胆した。あれだけ自信ありげに喋っていた割には、この程度かと。

 

「……?」

 

 ハエを払うように個性を使って攻撃しようとしたオール・フォー・ワンはしかし、腕に違和感を覚える。腕が、動かなくなっていた。ノーリミットの打撃は、エネルギーを人体の内側に通し、機能をしばらく低下させる。わかりやすく言えば、それは破壊であった。

 

(なるほど、オールマイトにはない力だ)

 

 オール・フォー・ワンは感心するとともに、()()()()()()()と脚に複数の増強系個性を乗せ、ノーリミットを蹴りぬいた。

 

(醜いあがきだ)

 

 蹴りぬかれる直前、ノーリミットはオール・フォー・ワンの脚に数発打撃を与え、機能を低下させる。しかし、オール・フォー・ワンにとっては数秒程度で治るものでしかない。そして、ノーリミットは今の攻撃で立ち上がれないだろうと確信していた。

 

 実際に。限界突破を重ねたノーリミットの体はボロボロで、オール・フォー・ワンから受けた一撃で意識を失っていた。その顔に笑みを浮かべながら。

 

 ──ノーリミットは意外に考えるタイプである。そして、守り、勝つことを信条としている。その勝ちとは、自分で取りに行く必要はない。

 

「──オール・フォー・ワン!!」

 

「なるほど」

 

 ノーリミットが四肢に打撃を通すことで稼いだオール・フォー・ワンの数秒は、No.1に後を託すためのもの。ヒーローらしいタイミングで登場したオールマイトは、その数秒を無駄にすることなく必殺とも言える一撃をオール・フォー・ワンに与えた。今まで宙に浮かび余裕を保っていたオール・フォー・ワンは、必殺の一撃によって地に叩きつけられる。

 

「──よく、守り切ってくれた」

 

 初めの廃倉庫を吹き飛ばした攻撃以外の被害は、ゼロ。ノーリミットは戦いながら市民を、ヒーローを、人々を守り切ってみせた。

 

「勝つのは、私に任せてくれ」

 

 "勝つ"ことを、オールマイトに託して。



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ヒーロー仮免
親と寮とシガレット


 その日、オールマイトはオール・フォー・ワンを下した。自身の力をすべて使い切って。筋骨隆々な姿ではなく、頼りない骸骨のような姿になって。カメラを指し、『次は、君だ』というメッセージを残して。

 

 世間は騒然としていた。神野区の悪夢、平和の象徴、オールマイトがいない時代。オールマイトの引退は、ヒーローの本場アメリカすら騒然させた。オールマイトの代わりにとノーリミット……父さんを期待する声も上がっているらしい。……その精神性はともかく、自分一人にオールマイトの代わりは無理だと本人が言っていた。「オールマイトに任せていた平和の象徴を、次は我々全員で担わなければならない」と。

 

 本当に、すごい人だ。

 

 俺は警察に届けられ、その日のうちに帰宅。本気で泣いた母さんを見たのは、久しぶりだった。

 

 ──そんな大きな変化が起きたとしても、日常はやってくる。

 

「わざわざありがとうございます」

 

「いえ、失礼します」

 

 今、俺の家に相澤先生とオールマイトがきた。雄英は生徒をより強固に守るため、全寮制の導入を提案。そのための家庭訪問である。両親と生徒で対応をお願いします、とのことだったが、うちは父さんが入院しているので母さんと俺の二人だ。父さんとは、個人的に話を済ませてきている。

 

 相澤先生とオールマイトをリビングに通し、二人が座るのを待った。いくら自分の家とは言っても相手は目上の人。先に座るわけにはいかない。そう思って座ってください、と促そうとすると、

 

「申し訳ございませんでした」

 

 相澤先生とオールマイトが頭を下げていた。え、いや、なんですか?

 

「必ず想くんをお守りすると約束したのにも関わらず、敵に攫われてしまったことを謝罪させてください」

 

「あ、いいですよ。元々、攫われても仕方ないと思っていましたし、こうして無事に帰ってきてくれたので。夫も私も、そこに関しては同じ意見です」

 

 頭を上げてください、という母さんの言葉で相澤先生とオールマイトが頭を上げて、母さんが座ったのを見て二人も座った。なんとなく取り残された気分になりつつソファに座り、気持ち背筋を正す。

 

「今回は、全寮制の件でお伺いしました」

 

「はい。それについてもよろしくお願いします」

 

「え」

 

 思わず「え」と言ってしまったオールマイトに視線が集まり、オールマイトは冷や汗を流しながら頭を下げた。俺だって不思議だから、オールマイトが驚くのも無理はない。てっきり、俺は反対されるかと思った。むしろ、雄英をやめろとまで言われるかと。

 

 ただ、母さんと一緒に父さんのお見舞いに行った時、父さんは「雄英がいいんだろ?」と言い、母さんは「私たちも、あなたのやりたいことを優先させるって決めたからね」とため息を吐いて笑ってくれた。

 

「……正直、嫌だとは思います。夫は、ヒーローなので誰かを守る、救うことに理解がある。だからこそ、想の意志を尊重して全寮制を承諾したんだと思います。ですが、私は、あの日。家族を二人同時に失う恐怖を覚えました」

 

 ぎょっとして、母さんを見る。その話は聞いていない。ただ「全寮制なんだけど」と言ったらあっさり承諾されて、それで終わっていたはずだ。……ヒーローの父さんの前では言いづらかった、とかだろうか。

 

「こんなことを言うのもなんですが、想には他の誰かより自分を一番大切にしてほしい。あんな風に死にかけたり、攫われたりするような世界に身を置いてほしくない。……でも、あなたが」

 

 母さんは俺でも見たことがないような柔らかい笑顔で相澤先生を見て、それから俺の手を握った。

 

「あなたが、この子に道を示してくれた。私たちのように見守るだけでなく、ヒーローという道を示してくれた。その道の先がどんなものであっても、私はその道を歩み始めた想の輝きを見てしまっています。……それなのに、やめてなんて、言えないじゃないですか」

 

 震えながら力が入っていく母さんの手を、じっと見つめる。

 

「この子、相澤さんが相澤さんがって。職場体験に行ってからは夫の話も加わって、『父さんって、カッコいいんだな』って」

 

「母さん?」

 

「本当に尊敬しているんです。ですから、あの会見でのあなたの言葉がものすごく嬉しかったみたいで。ふふっ、この子ったら、相澤さんがくる!って髪のセットまでしていたんですよ」

 

「母さん!」

 

「『失礼がないように!』って私に言ってきたんですよ?普通私が言うことなのに」

 

「母さん?」

 

「ですから、私は信頼します。あなたを、雄英を。どうか、息子をよろしくお願いします」

 

「母さん……」

 

 色々バラされて恥ずかしくなったが、頭を下げた母さんを見て俺も一緒に頭を下げる。別に、セットした髪を見せているわけじゃない。

 

「……ありがとうございます。今度こそ、必ずお守りします」

 

「そして、想くんを立派なヒーローに育て上げてみせます」

 

 はい。と言った母さんに握られた手は、形が変わってしまうほど強く握られていた。……我慢、させちゃってるなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英敷地内。校舎から徒歩五分の築三日。築三日というところにとんでもなさを感じる"ハイツ・アライアンス"が、今日から俺たちの家になる。

 

「1年A組、無事にまた集まれたようで何よりだ」

 

「爆豪は集団生活無理だからこないと思ってたわ」

 

「何勝手に無理だって決めつけてんだ!できるわ!」

 

「俺が話してる」

 

 久しぶりに受けた相澤先生の威圧にぐっと押し黙る。そういえばこの人めちゃくちゃ怖いんだった。最近色々あったから忘れてたわ。

 

「これから寮について説明する、が……その前に一つ。これからは合宿でとる予定だった仮免取得に向けて動いていく」

 

「あったなぁそんな話」

 

「ゴミみてぇな記憶力だな」

 

 相澤先生にばれないよう、爆豪の足を踏み抜こうとしたが戦闘センス抜群の爆豪には通用せず、簡単に避けられた。そのまま足の踏み抜き合いをしていると、また相澤先生に睨まれる。いや、爆豪が喧嘩売ってきたんです……手を出したのは俺です。

 

「んで、爆豪。お前、久知を助けに行こうとしたらしいな」

 

「マジ?」

 

「……」

 

 爆豪の顔を覗き込むように見てみると、目を逸らされた。マジかよ。あの爆豪が?今俺の足踏んでるのに?

 

「ノーリミットさんから聞いたぞ。なんでも、緑谷と喧嘩をしそうになっていたとか……。もしも行っていたら、爆豪だけじゃなく止められなかった全員除籍にしていた。耳郎、葉隠、久知は除いてな」

 

 それは嫌だな。その空気地獄だろ。気まず過ぎて死ぬ。

 

「感情だけで動いていい問題じゃない。自分の立場とその他諸々、よく考えろよ。以上!さっ、中に入るぞ。元気に行こう」

 

「そうだぞ。怒られたからって気を落とすな、かっちゃん」

 

「落としてねぇよ」

 

 ありゃ、いつもみたいにブチギレるかと思いきや、俺と目を合わせるだけ。足踏むのもやめたし、どういう心境の変化だろうか。あのブチギレがなければ爆豪じゃないってくらいなのに。

 

 爆豪は俺を見て忌々しそうに顔を歪めると、顔を背けてぼそっと呟いた。

 

「……ったな」

 

「はっきり喋れや」

 

「悪かったな!!つったんだカス!」

 

 耳が潰れるくらいの大声で謝られた。攻撃するか謝罪するかどっちかにしてくれ。ただ、この方が爆豪らしい。大人しい爆豪もそれはそれでありかもしれないが、こっちの方がしっくりくる。

 

「つか、悪かったって何が?」

 

「俺がザコだったせいでテメェが攫われて、だ」

 

「確かに。やーいザコ。これは俺が体育祭1位って言ってもいいんじゃね?」

 

「チッ、クソ、この野郎……!」

 

 先に謝ってしまったからか、暴言を出しづらそうにしている。バカめ、下手に出た方が負けなんだよ。この場合の勝ち負けが何か知らないけど。

 

 ただ、謝られてもピンとこない。爆豪も被害者だし、悪いのは敵だ。爆豪が責任を感じる必要なんてどこにもない。助けに行こうとしていたことに関しては流石に責任がないとは言えないが、個人的には、その、嬉しいし。

 

 なんとなく照れ臭くなって歩きだし、手を振りながら爆豪を挑発した。

 

「ま、爆豪が俺をどうしても助けに行きたがるくらい好きだっていうのでチャラにしてやろう」

 

「悪ぃかよ」

 

「え?」

 

 意外すぎる言葉に振り返って爆豪を見ると、心底人を馬鹿にしたような笑みを浮かべて中指を立てていた。

 

「ンなわけねぇだろ、バーカ」

 

「……!!!??」

 

「久しぶりに久知がブチギレた!」

 

「止めろ!本気で喧嘩して除籍は笑えねぇ!」

 

 後で聞いた話だが、俺は獣のような叫び声をあげながら切島と上鳴に押さえつけられ、相澤先生にビンタされることで正気を取り戻したらしい。やっぱ敵に向いてんじゃねぇか?俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイツ・アライアンスは1棟1クラス、右が女子棟、左が男子棟になっており、一階は共同スペース。食堂、風呂、洗濯は共同スペースで行い、ソファ、テレビ等も置かれている。豪華。

 

 部屋は二階からで、1フロアに男女各4部屋の5階建てで、俺は四階の端っこで爆豪の隣だ。調子に乗ったら死ぬかもしれん。

 

 今日は事前に送った荷物があり、部屋を作って終わりらしい。部屋にエアコン、トイレ、冷蔵庫、クローゼットがあるのは嬉しい限りだ。

 

 さて、部屋を作ろうと段ボールを開けようとしたとき、ふと母さんから「プレゼント、送っといたよ!」と言われたことを思い出した。とりあえず段ボールを見ていくと、大きく「プレゼント!」と書かれた段ボールを発見。絶対これだろ。

 

 少し悩んだが、まず部屋を作ってから開けることにした。家具じゃないとは言っていたので、恐らく服か何かだろう。楽しみにしつつ部屋を作って、いざ!と気合を入れて段ボールを開けた。その中には、

 

「……!」

 

 シンボルマークのオリーブを加えた鳩が描かれているパッケージ。それが段ボールの半分を占領し、他には消臭液、そしてZippoとメンテナンスキット。灰皿。間違いない。これは『アロマシガレット:Peaceフレーバー』!よく見たらZippoもPeaceモデル!この段ボールの中身だけで総額いくらするんだこれ?というか息子へのプレゼントにしては渋すぎる!が。

 

 俺は早速Zippoにオイルを入れ、箱からアロマシガレットを一本取り出し、フィルターを下に向けてトントン、と叩いた後、口に咥えて火をつけた。Zippo特有のオイルのいい香りが鼻腔をくすぐり、カッコつけて片手でZippoの蓋を閉めると、脱力しながら煙を吐いた。

 

「……生きてるぅー」

 

 もう一度吸って、吐く。肺にガツン、とくるあの感じはないが、味はPeaceだ。香りは甘すぎる気がするが、問題ない。

 

 俺はこの日、母さんに人生で一番感謝した。



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初めての寮の夜

 俺の部屋は特に面白くもなく、Peaceの配色が好きすぎてそれが色濃く表れているくらいだ。ベッドもPeaceの配色だし、カーテンも、カーペットも。中央に置いてある灰皿、ノートパソコンを置いてあるテーブルや、壁に引っ付けてある机は流石にシンプルな白色だけど。……一応誰かが来た時は灰皿隠した方がいいか?いや、むしろやましいものみたいになってしまう可能性がある。俺が吸ってるのはアロマシガレットだし、隠す必要もないだろう。説明するとき無駄に焦らなければ大丈夫なはずだ。

 

 それにしても、落ち着く。吸って吐くという行為がこんなにも素晴らしいものだなんて思いもしなかった。こう、アロマシガレットの先が吸った時にジリジリと燃えていくのがなんともたまらない。口で吸うのと同時に鼻から空気を吸うと、甘い香りが鼻を抜けてじんわりと広がっていく。止まらないなコレ。クスリでもやってんのか俺は?

 

 クールスモーキングを心掛け、ゆっくりと吸う。かなりの数貰ったが、恐らくこのペースならすぐになくなってしまうので、一本一本を大事にしようという腹だ。そうでなくてもゆっくり吸わないと熱くなりすぎてしまうので、アロマシガレット本来の香り、味が破壊されてしまう。タバコを吸う前はみっともないと思っていたが、こうやって楽しむように吸っていると渋く感じてしまうから不思議だ。実際、先輩たちが吸ってた姿はカッコよかったし。

 

 しばらくアロマシガレットを楽しんでいると、ドアが力強くノックされた。同じ階には障子、切島、爆豪がいたはずで、多分このノックは切島だろうとあたりをつけてから咥えタバコならぬ咥えアロマシガレットでドアを開けると、そこには案の定切島がいた。

 

「よっ、って甘っ!?なんだこの匂い……つかタバコ!」

 

「あ、やべ。違うんだよコレ。アロマシガレットっつって未成年でも吸っていいやつだ。体に害はない」

 

「ん?そういやショッピングモールでも見てたっけか。悪ぃな。一瞬疑っちまった!」

 

「俺こそ紛らわしいことして悪いな。で、何の用だ?」

 

 切島を気遣って上を向いて煙を吐く。気遣うなら消していけと言われそうだが、別に害はないからいいかというのが俺の考えである。これがタバコなら消してたけど。というかドアを開けていない。タバコは本人が思っているよりも数倍臭いからな。

 

 切島は俺に聞かれて思い出したのか、手の平をぽん、と打って人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「部屋出来たんなら下集まんねぇか?爆豪は『くだらねぇ、寝る』つって寝ちまったけど」

 

「健康的な生活してんなぁ」

 

 高校生にしては寝るのが早すぎる。雄英生としては正しいかもしれないが、高校生としてはどうなのだろうか。

 

「まぁどうせ爆豪は輪を乱しまくる問題児だからな!!赤ちゃんみてぇに早めのおねんねがお似合いだぜ!!」

 

「おい久知!なんだってそんな爆豪をバカにするようなこと」

 

「テメェぶっ殺してやらぁ!」

 

「普通に呼ぶよりこうした方が早いんだよ。爆豪呼ぶのは」

 

「慣れてんなぁ」

 

 そりゃ毎日口喧嘩してたらな。なんだかんだノリいい……というよりのせやすいし。

 

「爆豪。下集まるらしいから行こうぜ」

 

「けっ、誰が行くか」

 

「ほら、せっかく共同生活するようになるんだから最初くらいはさ」

 

「めんどくせぇ」

 

「えーじゃあ俺も行かなーい」

 

「気色ワリィなテメェ!行けや!」

 

 部屋の中に戻ってアロマシガレットの火を消す。消すときは香ばしい甘い匂いがするから好きだ。

 

「俺コレ吸いたいし」

 

「テメェさっき共同生活するようにとかどうとか言ってたクセにンだそれ!」

 

「まーまー落ち着けって爆豪。多分久知はお前に気ぃ遣ったんだよ」

 

 それもある。朝爆豪怒られてたし、ここでみんなに混ざらなかったら気まずいかなと。でも今思ったら爆豪はそんなこと気にする奴じゃないか。それにみんないいやつだし、敵にでもならない限りどんなことになっても受け入れてくれるだろう。多分。

 

「んじゃ、悪いな。誘ってもらったのに」

 

「気にすんな!」

 

「死ね」

 

 死ね?爆豪の暴言があまりに唐突過ぎて反応できないまま、ドアが閉められた。あいつ本当いい加減にしろよ。暴言吐かれてるのが俺だからいいけど。俺以外ならもう嫌われてるぞ。……いや、緑谷がいるからそんなことないか。

 

 アロマシガレットをもう一本取り出し、火をつける。体に害がないとはいっても、これだけ連続で吸っていると体に悪そうな気もする。電子タバコも害がないタバコと言われてたが結局害あったし。アロマシガレットもまだ知られていないだけで何か害があるかもしれない。

 

 ……まぁ、害があったらあったで個性に利用できるので完全に悪いことではないのだが、両親や相澤先生はブチギレそうだ。個性を早く発動させるために興奮剤を打つのがダメだと言われるのと一緒で、自分の体を自ら壊すような真似は絶対にダメだ。

 

 爆豪の部屋側の壁をドンドン叩いて嫌がらせしながら煙を吐く。口に煙をためて、わっかをつくる遊びもしながら。これをすると燃えやすくなるからあまりしたくないのだが、時々やりたくなる。ほら、見た目がポップでいいから。ポップって思ってるのは俺だけかもしれないけど。

 

 そうやってゆったりとした時間を過ごしていると、再びノックの音。また切島か?とドアを開けると、先頭が切島の大所帯だった。

 

「またか」

 

「よっまただ!」

 

「わー!久知がタバコ吸ってるー!」

 

 また咥えアロマシガレットで出てしまった。もう俺から切って離せないものになってしまっている。これはこれで中毒性があってマズいものなんじゃないか?初日でこんなことになってるんだぞ?ちゃんと政府の審査とか通っているのだろうか。

 

「これはアロマシガレットっつって、タバコに似てるが体に害のないアロマとか線香とか、そういう類のもんだ」

 

「へー!そういえばなんか甘い匂いすんね!」

 

 入っていいとも言っていないのにずかずか芦戸が部屋に入ってきて、部屋を見まわしながら鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。さっき切島がきたときに「甘っ!」と言っていたので匂いをこもらせるのはダメか、と思い換気しながら吸ってたから、いい感じの香りにはなっていると思う。

 

「で、なにこれ?」

 

「部屋王つって、みんなの部屋見て回ってんだよ」

 

「部屋王」

 

 教えてくれたのはありがたいが、まったく意味が分からない。上鳴が勝手に言ってるだけかと思い近くにいた耳郎に聞いてみると、「合ってるよ」と返ってきたので間違いないだろう。

 

「なんで信用してくれねぇの?」

 

「なんか上鳴ってノリで生きてそうだからな。耳郎の方が信用できる」

 

「わかる」

 

「ひでぇ!」

 

 上鳴とよく話している耳郎ならわかってくれると思っていた。なぜかその耳郎が俺の方をじーっと見ているのが気になるけど。何?俺の鼻が逆さまになったりしてる?

 

「なんだ?」

 

「いや……うーん」

 

 まぁいいや、と言って耳郎は部屋の中に入っていった。なんのこっちゃ。

 

「うーん、結構普通なんだねー。いっつもバクゴーと喧嘩してるからもっと攻撃的な部屋かと」

 

「なんだ攻撃的な部屋って」

 

「でも落ち着いた感じで何か大人?っぽい!」

 

「葉隠。いいやつだな」

 

 芦戸に普通と言って貶されたが、葉隠の優しいフォロー。葉隠って透明人間なのに女の子らしくてかわいげあるんだよな。別に褒めてもらったから好感度上がったわけじゃなくて。

 

「おっ、何このカッケーの!ライター?」

 

「Zippoつって、簡単に言えば香りがいいライターだな。結構違うんだよ、ライターで火つけるのとZippoで火つけるの」

 

 ……喋ってからしまったと思った。俺今部屋にライターないから、なんでライターでつけた時のこと知ってるの?って聞かれたらマズい。家でライター使ってたんだよーって言えばいいか?よし、そうしよ、

 

 胸に、とすん、という小さな衝撃。見ると、耳郎が周りにばれないよう俺の胸にプラグを置いていた。そのままそっと俺に身を寄せて、耳打ちしてくる。

 

「アンタ、タバコ吸ってた?」

 

「……」

 

 耳郎が耳を抑えてうずくまった。どうやら俺の心音はものすごいことになっているらしい。周りが耳郎を心配して駆け寄るのに合わせてしゃがみ、「大丈夫か?」と白々しく声をかける。睨まれた。

 

「また今度話すから、な?」

 

「……いいケド」

 

 恨めしそうにプラグで叩かれた。クセになりそう。いやいや俺は被身子一筋だ。確かに耳郎は気やすくていい子だが、俺には被身子がいる。悪いな、耳郎。向こうも俺なんかごめんだろうけど。

 

「よし次いこー!久知もくる?」

 

「いや、もう寝るわ。色々疲れてるし」

 

 誘ってくれた芦戸に申し訳なさそうな顔を作って断ると、「そっか!」と明るく返して、みんな部屋から出て行った。あそこまで明るく言ってくれると申し訳ない。何か俺が汚れているように思えてしまう。汚れてるんだけども。

 

 しかし、耳郎どうすっかな。なんであそこまで俺のタバコどーたらこーたらを気にするんだろうか。ただ単純に同級生が非行してないか知りたいだけ?まぁ同級生が知らないとこで非行見つかって除籍、ってなると後味悪いからな。なんだ、耳郎めっちゃいい子じゃん。

 

 俺が密かに耳郎の評価を上げていると、切島とは違う控え目なノック。耳郎かな?と思ってドアを開けると、耳郎だった。

 

「部屋王終わったのか?」

 

「うん、砂藤の優勝でね」

 

「あー、なんかケーキでも作ってたんだろ」

 

「よくわかったね」

 

 糖分でパワーアップする個性だし、お菓子が作れても不思議じゃない。たらこ唇でがっちりした体だからお菓子作るイメージないけど。

 

 耳郎を部屋の中に招き入れ、アロマシガレットの火を消す。灰皿の底が見えなくなるくらいたまった吸い殻を見て自分で引きつつ、耳郎にクッションを投げつけた。「ありがと」と言って耳郎はクッションを抱き、話を切り出す。座れっていう意味で渡したのになぁ。

 

「まず最初にごめん。久知の部屋行くって何人かにバレちゃった」

 

「誰に?」

 

「女子全員」

 

「あーあ」

 

 あいつらそういう話大好きだからな。女の子だから仕方ないとは言え、少々めんどくさい。男にバレるよりはいいけど。特に峰田辺りはやばい。女子と部屋に二人きりになったってだけで殺しに来そうだ。

 

「ま、別にやましいことはないしいいだろ」

 

「やましいことないかどうかはアンタ次第なんだけど」

 

「女の子座りするって可愛らしいな」

 

「話逸らすな」

 

 頬にプラグを当てられた。こうされると尋問を思い出す。あの時は切島が守ってくれたが、今はそうはいかない。いても耳郎は確信してるだろうから逃げられないだろうし。

 

「胸じゃねぇの?」

 

「アンタ、胸に当てたらめっちゃうるさいし」

 

 チッ、それで逃げられると思ってたのに。耳郎の耳をぶっ壊してうやむやに……。敵の思考じゃん。恐ろしすぎだろ。

 

「で、単刀直入に聞くけど、アンタタバコ吸ってたよね?」

 

「吸ってないって言っても信じてくれないだろ?」

 

「ってことは吸ってたんだ」

 

 へー、と怖い反応を見せる耳郎。警察に取り調べ受けてるときってこんな感じなのだろうか。だとしたら随分可愛らしい警察官である。

 

「今は?」

 

「今は吸ってない。吸ってたのは中学の時で、高校入ってからはまったく」

 

 これは本当だ。相澤先生に会ってからはまったく吸っていない。吸いたいとは思っていても、一度も。だからこそその我慢がたまってこうしてアロマシガレットを吸っている。

 

「ふーん……ならいっか。ごめん。あんまり知られたくないことだったよね」

 

「え?あ、あぁ。なんか意外とあっさりしてるな」

 

「今吸ってたらやめさせたけど、吸ってないなら別に。せっかくこうしてみんな集まれたのに、非行で除籍なんて馬鹿らしいじゃん」

 

 まさかの俺が考えていた通りだった。めちゃくちゃいいやつだこいつ。爆豪はあんなにドブみたいな性格してるのに。あいつはあいつでいいやつだけど。

 

「じゃ、ウチ帰るね。これ以上居座ると何言われるかわかんないし」

 

「ぜひそうしてくれ。俺と変な噂が立つと耳郎に申し訳ない」

 

「ウチは悪い気しないけど?」

 

「可愛いとか俺がからかったやつの仕返しだろ。騙されねぇぞ俺は」

 

「ウソつき上手の久知には通じないか……」

 

「偉く不名誉な称号だなぁ……」

 

 軽口を叩き合いながらドアの方に向かい、一応耳郎は女の子なのでドアを開けた。女の子は大事にしろというのは親の教えである。

 

 ただ、俺の部屋の前で集まっていた女の子はあまり大事にしたくない。

 

「オイ」

 

「えーっと、ね?アハハ!」

 

「だって!久知くんの部屋行くってなったら気になるしー!」

 

「私はやめとこうって言うたんやけど、ちょっと、気になって……」

 

「すみません。後学のために、と……」

 

「ごめんね久知ちゃん。響香ちゃんが心配で」

 

「俺ァ一途なんだよ!耳郎とはそういう関係じゃねぇわ!耳郎に謝れ!」

 

 俺の部屋の前に集まっていた女子たちに説教していると、俺の大声で起きた爆豪が参戦し、ぐちゃぐちゃになった。爆豪、これに関してはごめん。でも俺も悪いけどこいつらも悪いと思うんだよ。な?



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自分だけの技

 翌日。爆豪と起きるタイミングが重なっていつも通り喧嘩しつつ登校し、俺をワクワク感がこもった目で見てくる女子を睨みながら迎えた日常。

 

「昨日話した通り、当面は"仮免取得"が目標だ」

 

「はい!」

 

 仮免を取得すると、敵の確保で個性を使えるようになる。爆豪なんかは大喜びだろう。素行が悪くて仮免落とされそうだけど。まぁ最近段々マシになってきたから大丈夫だとは思う。うん。俺を助けに?きてくれようと?してたし?

 

「ヒーロー免許ってのは人命に直接かかわる責任重大な資格だ。合格率は例年5割を切っている厳しい試験だ」

 

 5割。人命にかかわるなら当然か。クソ弱い上に人命を優先しないやつが資格を持ってしまったらとんでもないことになる。ここを厳しくしなければ市民に対して胸を張れない。

 

「それで君らには最低でも一人二つ……」

 

 相澤先生が指で合図すると、教室のドアが開いてミッドナイト、エクトプラズム、セメントスが入ってきた。

 

「必殺技を作ってもらう!」

 

「必殺技……」

 

 学校っぽくてそれでいてヒーローっぽいのキター!!とみんなが喜んでいるが、学校っぽいだろうか。ヒーロー科っぽくはあるが、学校という大きな枠でくくるとそれっぽいとは言いづらい。こんなこと考えるやつはろくなやつじゃない。社会不適合者と言っても過言じゃない。

 

「詳しい話は実演を交え合理的に行いたい。コスチュームに着替え、体育館γに集合だ」

 

 必殺技。完璧とは言えないが俺も一応必殺技を持っている。『風虎』に『雨雀』。父さんの必殺技のうちの二つだ。……俺も、考えていたことがある。父さんの必殺技ではなく、自分の必殺技を編み出そうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育館γ。通称トレーニングの(T)台所(D)ランド(L)。USJだとかTDLだとか、雄英はテーマパークに金でも払っているのだろうか。それとも金を貰ってるから宣伝のためとか?

 

 必殺技とはそのヒーローを象徴するものであり、状況に左右されることのない安定行動はそのまま戦闘力につながる。つまり、必殺技を持っていると仮免の合否に大きく影響するというわけだ。

 

 俺の必殺技は、代償を伴う。使えば勝てるが、安定行動とは言いづらい。そのため、大怪我しないように個性を伸ばし、なおかつ大怪我しないような必殺技を編み出さなければならない。今のままでもいいが、より合格を確実にするためにはそうした方がいい。

 

 セメントスがトレーニングの場を作り上げ、エクトプラズムを相手に必殺技を考案する。エクトプラズムは『分身』の個性を持っており、自身の複製を複数出せる。対人訓練をしたいときにはものすごく便利な個性だ。

 

 俺は緑谷と並んで必殺技の訓練をしている。緑谷にはなにかと学ぶところがあるため、どうせなら近い方がいいかという理由だ。

 

「うーん」

 

「どうした緑谷?」

 

 必殺技の訓練を始めず考え込む緑谷。組手してくれていたエクトプラズムに待ってくださいと断りを入れてから緑谷に話しかける。

 

「えっと、ちょっと必殺技のビジョンが見えなくて。腕に爆弾ができちゃったんだよね、僕」

 

「あー、緑谷ってオールマイトの必殺技参考にしてるもんな」

 

 オールマイトは腕主体の必殺技だ。なのに腕に爆弾ができてしまったとあれば、緑谷としては痛いところだろう。

 

「俺も父さんの必殺技を真似しててな。でも、どうしても怪我を伴うから怪我をしないような必殺技を編み出そうとしてる」

 

「『風虎』だっけ。腕すごいことになってたもんね」

 

「緑谷に言われたくねぇけどな」

 

 最近大怪我しなくなったなと思えば気づいたら腕に爆弾。こいつとことん俺と似てないか?個性。

 

「でも、今ある必殺技じゃなくて新しく、か。ん?待てよ……」

 

「お、なんか思いついたか?」

 

 緑谷は考えるタイプだ。咄嗟の判断にも優れている。少しヒントがあれば答えに辿り着けるような思考能力があるから、何か思いついたのだろう。俺はヒントを与えたつもりはまったくないが。

 

「うん!ありがとう久知くん!ちょっとコスチュームの改良に行ってくる!」

 

 本当に何か思いついたみたいだ。緑谷は成長が早いから、きっとまた進化して帰ってくる。……そう考えると俺ってあんまり進歩ないよなぁ。

 

「成長ノスピードハ人ソレゾレダ。焦リモ大事ダガ、無理ハ禁物ダゾ」

 

「うっす」

 

 そうだ、比較しても仕方ない。違う個性だから、成長スピードが違って当たり前だ。にしたっていまだ上限解放10、20でもめちゃくちゃ痛いのはどうにかしたいところだが……ここはやはり、回復できる可能性を探っていった方がいいだろうか。そのことをエクトプラズムに伝えると、フム、と一つ頷く。

 

「君ノ個性デ回復デキルヨウニナレバ、カナリ強ミニナルナ。タダ、ドウスレバ回復デキルノカガ……今君ガ持ッテイル必殺技ハドンナモノダ?」

 

「持っているというより、教えてもらったもので未完成なものもありますけど……」

 

 一つ一つ説明していく。まずは『風虎』。自分の内にあるエネルギーを体外に放出する必殺技。初めに習得した必殺技で、体育祭のときに強化限界を超えた際、偶然できてしまったものだ。

 

 次に『雨雀』。内にあるエネルギーを体外に放出するところまでは『風虎』と同じだが、『雨雀』は一気にエネルギーを放出する『風虎』と違い、徐々にエネルギーを放出する。やろうと思えば使用中に撃つ方向を変えることもできる。

 

 まだ習得していない『玄岩』。体外のエネルギーを操作する必殺技。自分の体に纏って防御力を上げるとともに攻撃力を増すのもよし。遠距離攻撃から身を守るため盾にするもよし。汎用性のある必殺技だが、体外にエネルギーが漏れ出るほど強化しなければ使えない。俺の場合、上限解放60からだろうか。

 

 そして、『天昇龍(てんしょうりゅう)』。父さんがあの戦いですら見せなかった必殺技。なんでも作ったはいいが相手が死んでしまうから使えない、らしい。相手を天までぶっ飛ばして相手を無防備にした後、目にも止まらぬ連撃を叩きこむだけの技だ。しかし、これは空中で自分が自由に動ける必要があるので、相応の強化が必要である。俺の場合上限解放80、いや、90は必要かもしれない。そこまで強化すると天までぶっ飛ばした時に殺してしまいそうだ。

 

「これくらいですかね」

 

「気ニナルノハ、体外ニ出ルエネルギーダナ。『玄岩』ト言ッタカ……他ノ必殺技ハ単純ナ攻撃ダガ、『玄岩』ダケハエネルギーノ形ヲ変エテイル。恐ラクソコニヒントガアルノデハナイカ?」

 

「……なるほど」

 

 エネルギーは操作することが可能ということであり、だとすればその性質を変えることができる可能性がある。そもそも、俺のエネルギーは攻撃的要素以外にも別の要素があるかもしれない。

 

「となると、まずは『玄岩』を習得した方がいいかもしれませんね。母さんにも『活性』について聞いておきます」

 

「ソレガイイダロウ」

 

 そのためにはまず上限解放60ができるくらいの疲労、ダメージをためなければならない。……あまり気が進まないが、あの方法が一番だろう。

 

「相澤先生!ちょっといいですかー!」

 

 エクトプラズムにちょっと離れますと言って、遠くで俺たちを見ていた相澤先生に声をかけ、走り寄る。相変わらずダルそうな目で俺を見た相澤先生が手の平で静止の合図をしたので、急ブレーキをかけ停止した。

 

「なんだ」

 

「お願いがありまして」

 

 俺が考えたのは、合宿での訓練をもう一度する、ということだった。あのやり方が早めにダメージ、疲労がたまる上に、強化したときの動きも学べていい。あの時は組手相手がいなかったが、今回はエクトプラズムがいる。あの時よりも濃密な訓練になると言っていいだろう。

 

「5分間強化して5分間組手。それを上限解放60ができるくらいまで繰り返して、そこから『玄岩』の練習。お願いできますか?」

 

「死んでも文句言うなよ」

 

「死人に口なしですから!」

 

「……お前、前まではキツイ訓練嫌がってたのにな」

 

 真面目なのはいいことだ、とギリギリ聞こえるくらいの声で褒めてくれた相澤先生に「でしょう?」と返すと調子に乗るな、と言われ睨まれてしまった。ちょっとくらい調子に乗ってもいいじゃん。

 

 ……相澤先生の言う通り、俺はあまりキツイ訓練が好きじゃなかった。好きじゃなかったとは言いつつもやるにはやっていたのだが、自分から積極的にやりたいと言ってやったことなんてなかった。でも、あの日父さんが戦う姿を見て、早く父さんに追いつきたいと思ってしまった。やはり、俺も男の子でヒーロー志望だということだろう。

 

「さ、お願いします!」

 

「遠慮セズニコイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔すんぞ」

 

「わぁ!?」

 

 訓練が終わり、夜。アロマシガレットを吸いながらゆっくり過ごしていた俺の部屋に、爆豪がドアをバン!どころかドバァン!という心配になる爆音を立てて開け、侵入してきた。とうとう強盗でも始めたのだろうか。

 

「いきなりなんだよ。びっくりすんなぁ」

 

「るせェ。黙って話を聞け」

 

「マジモンの強盗じゃん……」

 

 クッションを手に取って投げようとすると、強奪されて尻に敷かれた。耳郎はあんな可愛らしく抱きしめてたのに、やはり爆豪は爆豪だ。期待を裏切らない。

 

「座り心地がワリィ」

 

「喧嘩売りに来たのか?」

 

「いつもしてんのに、わざわざしにくるかよ」

 

 いつもしてる自覚はあったのか。

 

「……今からする話に関しては、あんまり詮索すんなよ」

 

「恋?」

 

「テメェと一緒にすんな。昨日は随分楽しそうだったじゃねぇか」

 

「うっ、アレは違くてですね」

 

 まぁどうでもいい、と爆豪は切り捨てて、偉く真面目な表情。どうでもいいならその話振ってくんじゃねぇよ。

 

「テメェは、個性を人から貰うってのがあると思うか?」

 

「人から、貰う?それは遺伝じゃなくてか」

 

「遺伝じゃねぇ。そのまんまだ」

 

 言われて、考え込む。遺伝じゃないならあまりピンとこない。人から個性を貰うなんて聞いたこともない。俺のように後から個性があるってわかった例なら実際に体験してるからわからなくもないが、貰うとなると……。

 

 いや、ある。

 

「脳無」

 

「っぱそうか」

 

「複数個性持ちの化け物……それを敵連合が所持していて、なおかつ攫われたピクシーボブの個性がなくなってた。それなら、敵連合は個性を奪うことができて、なおかつそれを与えることができた、ってことになる、か?」

 

「恐らくな。推測の域は出ねぇが、人から個性を貰うってこと自体は確実にあると見ていい」

 

 俺に聞いたくせにずっと確信めいた口調で話す爆豪に違和感を覚えるが、最後の確信を持ちたいから聞いてきたんだろうと勝手に納得する。詮索はするなって言われたしな。

 

「そういや、テメェの個性はオールマイトに似てるな」

 

「んなこと言ったら父さんだって似てるし、緑谷も似てるだろ」

 

 むしろ緑谷が一番似てる気がする。必殺技をオールマイトっぽくしてるからそう思うだけかもしれないが、個性を制御できていない頃に見た緑谷のパワーはまさしくオールマイト級だった。

 

「……テメェもそう思うんなら、っぽいな」

 

「ん?」

 

「なんでもねぇ。悪かったな」

 

 らしくもなく爆豪は礼を言うと、立ち上がってこちらを振り向きもせず部屋から出て行った。……一体、なんだったのだろうか。個性を貰うことはあるかを聞いて、いきなり俺の個性がオールマイトに似ているって言ってきて……ダメだ。詮索するなって言われてもあんなこと言われたら気になってしまう。新手の嫌がらせか?訓練に身を入らなくさせるための。

 

 いや待て、オールマイト?そういや最近活動限界だかなんだかで個性も使えなくなって……考えすぎか。オールマイトの個性が受け継がれていくモンなわけが、ないとは言い切れないが判断材料が少なすぎる。

 

 とりあえずこのことを頭から追い出すために、俺はアロマシガレットを吸った。



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訓練、訓練、訓練

「おわー!危ねぇ緑谷!」

 

「えっ、わー!?」

 

 俺の操作していたエネルギーが鞭のようにしなって暴れまわりながら緑谷に襲い掛かる。声をかけるのが間に合ったから間一髪回避が間に合い、エネルギーは緑谷が避けた先にある壁を粉砕した。これ以上暴れると危ないので、一旦エネルギーの操作……『玄岩』をやめる。

 

「悪い、緑谷!」

 

「ううん、大丈夫!びっくりしたけど……新しい必殺技?」

 

「新しいっつーか」

 

 体の周りに戻ってきたエネルギーにほっと息を吐きつつ、気を落ち着かせるために深呼吸。エクトプラズムと組手しながらってわけじゃなかったのに制御できないのは少々マズい。もっと精度をあげないと。

 

「『玄岩』っつー父さんの必殺技でな。体から溢れ出るエネルギーを操作する必殺技なんだが……どうもうまくいかなくてよ」

 

「でも、使いこなせるようになったら超強いよ!見た感じ『風虎』のときみたいに反動がくるわけでもなさそうだし!」

 

 そう、『玄岩』は『風虎』、『雨雀』と違って反動がない。エネルギーを操るだけだからか、と考えたが実はエネルギーを操るだけの必殺技ではないのだ。

 

 溢れ出るエネルギーは、そのままでは何の攻撃力も持たないただのエネルギーである。それを攻撃的なエネルギーに性質変化させ、操るのが『玄岩』だ。この性質変化する過程で反動がきてもおかしくないのだが、今のところまったくきていない。

 

 仮説的に言えば、やはり俺のエネルギーは『活性』の性質があり、性質変化のプロセスでその『活性』が反動を抑えている、と考えられる。難儀なのは、攻撃的なエネルギーにするのは今までの感覚があるからすぐにできるのだが、『活性』が全く掴めない。この仮説が当たっているとすればほとんど無意識化で『活性』を行っているということになる。使い続けて『活性』の感覚を掴めればいいのだが……。

 

「でもめちゃくちゃムズイんだよこれ。全力でマラソン走りながら全力でダンスするような感覚でな」

 

「それは難しいね……うーん、力になれたらいいんだけど、エネルギーってなると」

 

「いやいや。むしろ緑谷が思いついて俺が思いつかなかったってなったらムカつくからいいわ」

 

「ムカつく……」

 

 じゃあな、と言って緑谷から離れ、一人で『玄岩』の訓練をする。周りに人がいると危ないので、ギリギリまでみんなから離れて。まずは攻撃的な性質にエネルギーを変化させ、体に纏うように調整する。さっきは調整しきれずエネルギーが暴れ回ってしまったから、今度はより慎重に。じわじわと体を纏う感覚を肌で感じられてきたとき、いきなりエネルギーがうねりはじめ、そして。

 

「ぎゃぁああああああ!!」

 

「久知ぃぃいいい!?」

 

 エネルギーが爆発して床を陥没させ、その中心部で倒れこんでいる俺に近くにいた上鳴が駆け寄ってきてくれた。

 

「大丈夫かお前!」

 

「見た目よりは……」

 

 上鳴の手を借りながら立ち上がり、「ありがとう」と礼を言う。エネルギーが暴走して爆発した割にはあまりダメージがない。せいぜい体を動かすと痛いかな?程度だ。上限解放60の反動はこんなものではないので、恐らくこれも『活性』が絡んでいる。もしくは俺の体が強靭になったか、だがそれはありえない。いくらなんでも成長が早すぎる。

 

 大丈夫そうだと判断したのか、上鳴は「あんま無茶すんなよ!」と言って自分の訓練に戻っていった。あいつもあいつで時間がないだろうに俺の心配してくれるとは、本当にいいやつだな。アホだけど。

 

「……思ったより無事そうだな」

 

「相澤先生」

 

 コスチュームについた汚れを払っていると、相澤先生がやってきた。そりゃこんだけ爆発起こせばそうなるよな。今までの俺って個性使ったらボロボロになってたし、今回もそうなっていると思ったんだろう。

 

「『玄岩』の訓練だったか。その様子じゃ難航してそうだな」

 

「そうなんですよ。どうもエネルギーの操作が難しくて」

 

「だが、今怪我が少ないということは『活性』の性質がお前のエネルギーにあった、と考えられる。それだけでも収穫だな」

 

「まーそれをどう扱うかがわかんないんですけどね」

 

「繰り返せ。せっかく怪我が少なかったんだしな」

 

 はーい、と返事して上限解放60を発動。再びエネルギーが体から溢れ出た。

 

 昨日母さんに聞いた話では、『活性』は発動するタイプらしく、怪我をしたときにその箇所を「治すぞー!」と発動させることで怪我をしている部分が淡く光り、徐々に治っていくらしい。アバウトすぎるが、とりあえず「治すぞー!」という意識は必要そうだということはわかる。意識せず怪我が少なくなったからそれすらいらないかもしれないが。

 

 とりあえず『玄岩』に慣れるために再びエネルギーを性質変化し、体に纏う。相澤先生の目が気になるところだが、きっとアレはプレッシャーに耐えろという意味なのだろう。できればやめてほしい。怖いし。

 

「……お前、全身に纏おうとしてるんだな」

 

「? はい。一応防御技でもあるので」

 

「それ、一か所だけってのはできないのか」

 

「……!?」

 

 そういえば、そうか。なんで気づかなかったんだ。全身に纏うのが難しいってわかっているなら、一か所に集中して纏えばいい。めちゃくちゃ簡単なことだ。……どうも、父さんから「全身に纏うといいぞ!」と言われたのを意識しすぎたようだ。父さんなら多分最初から全身に纏えたんだろうが、俺は俺のペースでいい。

 

 相澤先生の言う通り、まずは今結構ボロボロな右腕に集中してエネルギーを纏う。すると、すべてのエネルギーが右腕に集まって見た目がものすごくブサイクになった。右腕に赤い透明な風船をつけてる、みたいな。

 

「先生、これ……」

 

「できたはできたみたいだな。予想とは違う見た目だが……」

 

 俺もこんなことになるとは思っていなかった。体の周りにエネルギーを残しつつ、右腕辺りのエネルギーだけが固まっていく感じかと……。

 

「恐らく、エネルギーの100%を操作してしまったからだろう。右腕にだけ纏い、他のエネルギーを体の周りに残すなら数%程度操作するだけでいいはずだ」

 

「あー、それもそう、です、ね?」

 

「どうした」

 

 俺って結構バカなんだなぁと思いながら相澤先生の話を聞いていると、エネルギーを纏っている右腕に違和感を覚えた。何か、痒い。そうあれだ、かさぶたができたときのような……。

 

「あれっ、傷が塞がってる!?」

 

 見てみると、右腕にあった小さな切り傷が塞がっていた。父さんの使う『玄岩』にこんな効果はない。ということは、

 

「『活性』か」

 

「やった!でも傷治んの時間かかるし何より見た目がカッコ悪い!」

 

「常時全身に纏えるようになれば大分変わるだろ。よかったな」

 

 『活性』があるってわかったのはよかったけど、エネルギーの100%を集めてこの治る早さは……いや、むしろ早い方なのか?時間にして1分経ったか経たないかくらいだったし。俺のイメージが一瞬で治る感じだったから遅く感じてしまっているだけだ。

 

「当面は全身に纏う訓練だな。多分そのまま個性を解除すると右腕以外ボロボロになるから気をつけろよ」

 

「あ、なるほど。『玄岩』で纏ってないところ以外は『活性』されてないから……ありがとうございます!」

 

「今倒れると時間の無駄だからな」

 

 冷たいことを言いつつどうせ俺のことを心配してくれている相澤先生に頭を下げてから、右腕に纏っているエネルギーを全身に渡らせる。一気に全身にではなく、まず胸から。胸に纏えたら左腕にと、徐々に広げていく。まずは全身に纏うという感覚を覚えなければならない。

 

 よし、このままこのまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、今日めちゃくちゃ爆発してたね」

 

「マジで!爆豪かと思ったわ」

 

「うるせぇ。俺だって好きであぁなったわけじゃねぇわ」

 

 共同スペースのソファに倒れこみ、上鳴と耳郎に体をつつかれながら反論する。爆豪と一緒にしてんじゃねぇよテメェ。

 

「っかー!なーんでうまくいかねぇかなぁ。いっつももう少しってとこで失敗すんだよな」

 

「金魚すくいみてぇ」

 

「久知下手そうだもんね」

 

「祭り行った事ねぇからわからん」

 

 上鳴と耳郎が俺から目を逸らした。そんな露骨な反応されるとむしろ傷つく。

 

「ほ、ほら。ウチが一緒に行ってあげるから。元気だしなって」

 

「もちろん俺も行くぜ!」

 

「別に凹んでねぇよ。それにもう今年は祭り行ってる暇ないしな」

 

 夏休みは訓練訓練また訓練。どこにも祭りに行っている暇が見当たらない。俺たち三人が訓練なんてしなくてもいいほど優秀なら行ってもいいのだろうが、生憎そういうわけでもなく。

 

「まぁ、祭りは置いといて。俺結構焦ってんだぜ?最近の久知スゲー訓練に真剣だからよ」

 

「あ、それ思った。なんか前までとは違うよね。前までは何かこう、やらされてる感?みたいなのがあったけど」

 

「俺そんなわかりやすかったの?」

 

 聞くと、二人から頷きで返ってきた。やらされてる感を出す生徒ってめちゃくちゃダメな奴じゃん。

 

「それでも結果残してたのに、訓練にやる気出されちゃそりゃこっちも焦るって」

 

「競争しようとしてるわけじゃないんだ。でも、どうしても意識しちゃうよね」

 

「俺を?爆豪とか轟とかならわかるけど」

 

 俺を意識するってどういうことだ。体育祭の成績はいい方だったが内容は褒められたものじゃなかったし、初めの方にやった戦闘訓練もうまく作戦がハマっただけだ。

 

「いや、追いつけそうだったから」

 

「爆豪と轟は最初から別次元だったけど、アンタは同じ次元にいて前を走ってた感じがしたから」

 

「要するに舐めてんだな?」

 

 あはは、と笑う二人は隠すつもりもないらしい。まぁ、俺もそう思うけど。轟は個性がめちゃくちゃ強いし、爆豪はセンスの塊だ。強がりでも絶対に勝てるとは言えないほど突出している。

 

「でも他人なんて気にしてたらキリがねぇだろ。似たような個性ならともかく、俺とお前らの個性なんかカスリもしねぇから参考にならん」

 

「そうやって割り切れたら楽なんだけどね」

 

 俺からすれば耳郎の強さは俺や爆豪、轟とは別のところにあると思う。集団戦ならまず耳郎から先に潰すほど耳郎は厄介だ。単純な戦闘力ではなく、その索敵能力はめちゃくちゃ鬱陶しい。障子もそうだが、索敵能力を持っているやつは味方に一人は欲しいし。上鳴は個性を使いすぎてアホになる弱点と電気を操れない弱点をどうにかすれば間違いなく最強クラスだし。だからこそ、他人と自分を比べるのはあほらしい。

 

 今は仮免を取れれば勝ちなんだし。



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友だちって?

「久知ー!」

 

「お?」

 

 いつものように訓練していると、元気な声が俺を呼んだ。今ここにいるはずのないやつの声に振り向いてその姿を確認すると、しっかりコスチュームを見に纏って個性を発動して飛んでおり、そいつはうまいこと個性を使って周りに被害が出ないよう着地した。

 

「よう!元気そうだな!」

 

「お前もな」

 

 夜嵐イナサ。一緒に職場体験を過ごしたB組の生徒で、体育祭でも戦った何かと縁のあるやつである。ちなみに体育祭の時は俺が勝った。

 

「なんでここに?」

 

「午後からB組がTDLを使うことになってるからな」

 

「午後……?まだ10分早いぞ」

 

「待ちきれなかったっス!」

 

 久知にも会えるしな!と嬉しいことを言いながら肩を叩いてくるので、急いでエネルギーの性質を元に戻した。『玄岩』の練習中だったから、あのままだったら夜嵐が怪我をしていた。夜嵐は俺の『玄岩』を知らないだろうから無理もないが、もうちょっと気を付けてほしい。こんなにわかりやすいくらいエネルギー漏れてるんだから。

 

「久知、強くなったか?俺は強くなったぞ!もう負けないっス!」

 

「言うじゃねぇか。体育祭で俺に負けたくせによ」

 

「だったら戦ってみるかい!?」

 

 ウザそうな声が聞こえてきた。俺と夜嵐の間に入って挑発してきたこいつは、物間。B組の汚点と言っていいくらいA組を貶し、挑発するが、それもB組のことを想っての事だと思えば、別に……ウゼェな。

 

 物間はいつものようにへらへらしながら俺を見て、挑発を続ける。

 

「仮免試験の前に自分の実力を試すにはちょうどいいんじゃないかな?でも体育祭で夜嵐にまぐれで勝った君じゃ怖くて戦えないか!あぁ残念!まぁこれで夜嵐の方が、B組の方が強いってことが証明されたんだけど!!」

 

「あ、轟!こんにちはっス!!」

 

「おう」

 

「B組が使うんなら個性止めとくか」

 

「……無視ってことは認めたってことだよね!喜べみんな!今B組の方が優れているということが証明された!」

 

 そのB組のうちの一人がお前を無視して轟のところに行ったんだけどな。というかあいつら面識あったのか?体育祭の障害物競走の時、夜嵐が轟と友だちになりたいって言ってたのはなんとなく覚えてるが……ま、夜嵐くらい元気でいいやつなら友だちになるのはすぐだろう。

 

 ……ただ、轟のことが嫌いだとも言ってたからちょっと心配だ。一応どんな感じか聞いておこう。夜嵐と話す轟を待ち、夜嵐と別れたところを捕まえてそういえば轟と話したことあんまりなかったな、とどうでもいいことを考えながら話しかける。

 

「轟、夜嵐と友だちだったのか?」

 

「友だち……なぁ久知。嫌いって言ってきたやつでも友だちになんのか?」

 

「ストレートだなアイツ……」

 

 普通人に対して嫌いなんてあんまり言わないだろう。言うとしても心の通じ合った相手に悪ふざけで言う。それを夜嵐はまだ友だちと言っていいくらい話してもいないのに「嫌いだ!」と言ったらしい。素直なのはいいことだが、素直過ぎる。

 

「あぁでも、最近は俺のこと好きって言ってたから友だちになんのか。よく話すし」

 

「なら友だちでいいだろ。俺も友だちがどんなもんかよくわかんねぇけど」

 

「お前と爆豪みたいな関係じゃねぇか?」

 

 俺と爆豪の関係。日々口喧嘩し、煽り合う。はた目から見ればめちゃくちゃ仲が悪いように見えると思うのだが、案外そうじゃないらしい。まぁ爆豪はどう思ってるかわからないが、俺は友だちだと思ってるし。爆豪も助けにこようとしてくれたし。親友じゃん俺ら。

 

「珍しい組み合わせじゃん!何話してんだ?」

 

「上鳴」

 

 並んで歩く俺たちの間に入って肩を組んできたのは上鳴。最近ではちょっとの訓練じゃアホになることはなく、ひどくてもアホになりかけるくらいだ。

 

「友だちについて話してたんだよ」

 

「友だち?」

 

「なぁ、友だちってなんだ?上鳴」

 

 えらく哲学的な質問をされた上鳴は「友だちぃー?」と間抜けな声を出してから考え込み、ふらふら揺れて俺、轟と交互にもたれかかる。俺の方が身長低いんだからやめてほしい。重い。轟は満更でもなさそうだけど。

 

「別に、そんな難しく考える必要なくね?一緒にいて楽しいとか、面白いとか、そう思ったら友だちだろ。ほら、俺と一緒にいたら楽しいっしょ?」

 

「あぁ、楽しい」

 

「え、やだ。嬉しい……!」

 

 上鳴のキャラ的に、「別に」と言われるかと思っていたが、そういえば轟は素直なやつだった。上鳴も明るくていいやつだし、こいつと一緒にいて楽しくないって言うやつは相当な根暗だろう。調子に乗って「久知は?」と聞いてくる上鳴に「俺も」と答えると、また嬉しそうな間抜け面。

 

「久知のことだから絶対暴言吐いてくると思ったのに」

 

「どういう意味だコラ」

 

「確かにそういうイメージあるな」

 

 轟までそんなことを。これは絶対に爆豪のせいだ。あいつといつも喧嘩してるから口が悪いというイメージを持たれているに違いない。だって俺爆豪と話してないときは口悪くないし。多分。多分って思ってる時点で本当かどうか不安なところがあるが。

 

 ……どうも、中学まで友だちがいなくて先輩とつるんでばっかだったから友だちがいるっていうのは新鮮な感覚だ。こうなるとなぜ俺に友だちがいなかったのか不思議になってくるが、中学の俺はとても仲良くしたいような人間じゃなかったんだろう。個性もなかった、というより見つかってなかったし。無個性ってだけでバカにしてくるような人間がいる現代だ。無個性だと思われるだけで結構なマイナスである。

 

「相手が爆豪ならまだしも、誰彼構わず暴言吐くかよ。ちゃんと相手は選んでんだよ」

 

「俺何回か吐かれたことあんだけど」

 

「それくらい心許してるってことだ」

 

「俺は吐かれたことないってことは、心許してないってことか?」

 

「いや、そういうことじゃないんだ」

 

 上鳴をあしらおうとしたら轟に隙をつかれてしまった。まさかここに反応するとは。まさか轟、気心の知れた関係に憧れがあるとか?でもそれなら緑谷とか飯田とかいるだろうし、そうでもないか。多分ただ単に気になっただけだろう。

 

 そう思っていたが、轟は何を思ったのか俺の目をじっと見て、「なぁ」と短く切り出した。

 

「ちょっと俺に暴言吐いてみてくれ」

 

「え?」

 

「轟がおかしくなった!」

 

 轟は一体何を考えているのだろうか。暴言を吐いてみてくれって、どう考えても普通じゃない。そんなことしてほしがる人なんてド変態しかいないだろう。ということは轟はド変態?こんなにイケメンなのに?イケメンだからこそ?いやいや何を考えているんだ俺は。だらだら考える前に、本人が目の前にいるんだから聞けばいい。聞くの怖いけど。

 

「なんで暴言なんか」

 

「いや、いつも爆豪と言い合ってるとき楽しそうだと思ってな。俺もやってみたくなった」

 

「それって轟が暴言吐くってことか?超レアじゃん!」

 

「轟はそんなことしない方がいいと思うんだけどなぁ」

 

「なんでだ?」

 

 なんでだ、って。そりゃ暴言吐き合ってるから楽しいんじゃなくて、アレは俺と爆豪だから楽しいわけで。いや楽しくないけど。ムカつくけど。とにかく、轟には向いてないというか、俺が暴言吐いてる轟を見たくない。

 

「やってみてぇ。ダメか?」

 

「うわぁ。おい上鳴、これがイケメンってやつだ」

 

「轟にこんなこと言われて『ダメだ』っていうやついんの?」

 

 こんなイケメンに首を傾げて聞かれたら断れない。俺が男だったからよかったものの、これを女の子にやったら一撃でやられてしまうだろう。耳郎なんかあぁ見えて乙女だから顔が真っ赤になるに決まっている。俺が「可愛い」って言っても受け流すのに。

 

「わーったよ。でも暴言ってどんなのかわかってんのか?」

 

「自分で言うとなるとわかんねぇ」

 

「基本的には相手が嫌がる言葉だな」

 

「なるほど。久知」

 

 上鳴の説明に頷き、俺を見つめる轟。暴言ってそんな構えてから言うもんじゃないんだけどなと思いつつ、どこか微笑ましいものを感じながら待っていると、ゆっくり開いた轟の口から出てきた言葉はとんでもないものだった。

 

「好きだ」

 

「ぶふっ!」

 

「はぁ!?」

 

「えー!」

 

「きゃー!」

 

 上鳴が噴き出し、俺は顎が外れるほど口を開いて驚き、俺たちをちらちら見ながら前を歩いていた葉隠と芦戸が騒ぎ始めた。アイツらに聞かれるとろくなことがないので、睨みつけて目で「こっちにこい」と言うと、正しく伝わったようで興奮した様子で歩いてきた。

 

「やーなんかイケメンが並んでたから何話してんのかなーって聞いてたら、何今の!」

 

「やるねぇ轟くん!轟くんのことだからどうせそういう意図ないんだろうけど!」

 

「ん?なんかわかんねぇけど褒めてくれてんのか。ありがとな」

 

「このド天然野郎が!今なんで俺に好きっつったんだ!」

 

「? 相手の嫌がる言葉を言えばいいんだろ」

 

「嫌がる言葉ってとこは合ってるのがタチわりぃな」

 

 今の罵倒か?となぜかキラキラした目で俺を見てくる轟を無視して頭を抱える。嫌な言葉ってだけじゃなくて、汚くて嫌な言葉だと説明しておくべきだったか。確かに轟から「好き」と言われるのは嫌だが、暴言ではない。嫌のベクトルが違う。

 

「なんか久知と仲良くなれた気がする。暴言ってすげぇな」

 

「一応言っておくがさっきのは暴言じゃねぇからな?もっと汚ねぇ言葉が暴言っつーんだよ」

 

「久知の性格はクソ下水一週間煮込みだとか、なぁああああ!?」

 

「アホだねー上鳴」

 

「そんなこと言われたら久知くんキレるに決まってるのに」

 

 俺にとんでもない暴言を吐いた上鳴の腕を掴み、思いきり握る。跡ができるくらい握っては流石に可愛そうなので、程のいい頃合いで握るのをやめた。涙目で上鳴が睨んでくるが知ったこっちゃない。お前が悪い。

 

「久知は黙ってたらイケメンなのにねぇ」

 

「あ?喧嘩売ってんのか」

 

「そーいうとこ!」

 

「なぁなぁ、俺は?」

 

 期待の眼差しで聞いた上鳴を無視してきゃっきゃっと騒ぐ芦戸と葉隠に、上鳴は肩を落とした。あまりにもかわいそうだったので肩を叩いて「お前もイケメンだぞ」と言うと、「お前に言われても嬉しくねぇ」と言われてしまった。なんでも、心が感じられないらしい。誰が中身からっぽ人間だコラ。



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仮免試験開始

 『玄岩』の訓練を中心に、ちょこちょこ『風虎』と『雨雀』の訓練に終始した日々は過ぎ。ヒーロー仮免許取得試験当日を迎えた。

 

「この試験に合格し仮免許を取得できればお前らタマゴは、晴れてセミプロへと孵化できる。頑張ってこい」

 

「頑張ります!見ててください相澤先生!」

 

「懐くな」

 

 腕を上げて相澤先生にアピールすると、しっしっと手で払われてしまった。冷たすぎる。これから仮免試験を受けようという生徒に対する態度じゃない。だが俺は知っている。相澤先生は生徒想いだから、きっとこれは照れているだけだ。そう信じないと俺の心が持たない。

 

 周りを見ると、そこそこ注目されている。雄英ってだけでも注目度が高いのに、雄英体育祭がテレビで放送されるから尚更だろう。あそこに士傑……、がいるからあっち見といてほしい。東の雄英、西の士傑って言われるほどの難関校なんだから。

 

「イレイザー!?イレイザーじゃないか!」

 

 周りを観察しながら気持ちを落ち着かせていると、先生を呼ぶ女性の声。先生に女性の影がちらついたのは初めてだったので首が取れるくらいの勢いで声の主を探すと、笑顔が素敵な女の人がいた。

 

「テレビや体育祭で姿は見てたけど、直で会うのは久しぶりだな!」

 

 親し気に話しかける女の人とは対照的に、相澤先生はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。子どもが言うのもなんですけど、あんまり顔に出すのはよくないですよ。

 

「結婚しようぜ」

 

「しない」

 

「わぁ!!」

 

「やった!」

 

 女の人の求婚にテンションが上がった俺は思わず芦戸とハイタッチ。やはり相澤先生の魅力はわかる人にはわかるらしい。いい人だもんな。見た目は小汚いけど。生徒想いでカッコいい人だ。見た目は小汚いけど。

 

 お相手も綺麗な人だし、相澤先生が全力で嫌そうな顔をするってことは仲のいい証拠だ。ここは祝福すべきだろう。

 

「おめでとうございます。相澤先生」

 

「覚えとけよ」

 

「仮免試験で舞い上がってたみたいです。申し訳ございませんでした」

 

「ブハッ!ウケる!」

 

 ウケてしまった。俺は相澤先生に睨まれて気が気じゃないっていうのに。調子に乗り過ぎた。仮免試験とっても相澤先生に殺されるかもしれない。いや、仮免試験とったら許してくれるか?

 

「私と結婚したら笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞ」

 

「幸せじゃないだろその家庭」

 

「相澤先生の笑ったとこみたいよな」

 

「みたい!」

 

 相澤先生に怒られるのは嫌なので芦戸に耳打ちする。芦戸はこういう話題が好きなので、ハイテンションで乗ってくれた。そのせいでまた相澤先生に睨まれる。逃げるためにこいつです、と芦戸を指すと、相澤先生にお前だろ、と指された。芦戸の評価は下がるわ相澤先生に怒られるわ最悪である。

 

「なんだ、お前の高校もか」

 

「そうそう。おいでみんな!雄英だよ!」

 

 そんな動物をみるみたいな言い方しなくても……爆豪は動物みたいだけど。

 

「おお!本物じゃないか!」

 

「すごいよすごいよ!テレビで見た人ばっかり!」

 

「1年で仮免、へー随分ハイペースだね。まぁ色々あったからね。流石雄英、やること違うなぁ」

 

 目が笑っていない笑顔の男の人、ミーハーっぽい女の人、一人だけめちゃくちゃ喋る髪の長い男の人、喋らなかった人。どうやらこの人たちが女の人の生徒らしい。

 

「傑物学園2年2組。私の受け持ちだ。よろしくな」

 

 2年……そういえばそうか。俺たちは前倒しで受けに来てるだけで、本来なら仮免は2年にとるやつだったっけ。優秀過ぎじゃない?俺たち。

 

「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね!」

 

「さわっ……はい。大変でした」

 

「今触るなって言いかけたぞアイツ」

 

「流石爆豪と並んでクソみたいな性格してるだけあるな」

 

「誰がクソだアホ面!」

 

「触るなって言いかけてないしな。失礼なこと言うなよ瀬呂」

 

 言いかけたけど。だって初対面で手握ってくるやつなんて信用ならないし。今から敵になろうっていう人なのに。それに物間のように触れることで条件を満たす個性かもしれない。個性がわからない以上、無暗に接触するのはよくない。目が笑ってないのも怖い。

 

「失礼だろ久知!すみません無礼で」

 

「いいんだよ!恐らく僕を警戒してくれたんだろう?光栄なことさ!」

 

「爆豪、あの人怖い」

 

「ウゼェ」

 

「お前も怖いな」

 

 いつの間にか俺の周りに怖い人が集まっていたようだ。相澤先生も怖いし。なんだ、俺を恐怖で殺す気か?

 

「コスチュームに着替えてから説明会だ。時間を無駄にするなよ」

 

「はい!」

 

 相澤先生が時間を気にし始めたら即行動。雄英1-Aの常識だ。時間を気にし始める前に行動しろという話だが、そこは学生。大目に見てほしい。

 

 相澤先生に怒られないよう、俺たちはコスチュームの着替えに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮免試験一次は、受験者1500人での勝ち抜け演習。先着100名らしく、とてつもなく狭き門だ。合格率5割だと聞いていたが、社会で色々アレがあったので仕方ないだろう。俺も当事者っぽいところはあるし、文句はあまり言えない。

 

 一次試験は、体の好きな場所、ただし常にさらされている場所にターゲットを取り付け、それぞれに配られる6つのボールでターゲットに当てる。ターゲットはボールが当たると発光し、3つ発光した時点で脱落となり、3つ目のターゲットを当てた人が倒した判定。二人倒した人から勝ち抜き、というルールだ。

 

「えーじゃあ展開後ターゲットとボールを配るんで、全員に行き渡ってから1分後にスタートとします」

 

「展開?」

 

 展開という言葉に疑問を持ったのもつかの間、俺たちがいた会場の天井と壁が徐々に開いていき、現れたのは街、山、滝などの様々な地形。まず初めに思ったのが、金かかってんなぁという色気のない感想だった。

 

「各々得意な地形、苦手な地形があると思います。自分を活かして頑張ってください」

 

 俺にはあまり得意な地形とかないんだけど……しいて言うなら山か。疲れやすそうだし。ただ、山、滝など自然が溢れかえっているところではそれこそ独壇場になりかねない個性の人がいそうなので、パス。梅雨ちゃんとか。

 

「先着で合格なら、同校で潰し合いはない。むしろ手の内を知った仲でチームアップが勝ち筋!みんな!あまり離れず一かたまりで動こう!」

 

「フザけろ遠足じゃねぇんだよ!」

 

 緑谷の提案を即座に跳ねのけ、一人集団から離れる爆豪。まぁ爆豪ならそうするよな。

 

「爆豪は俺と切島に任せろ、緑谷」

 

「え、でも」

 

「単独行動はマズいからな」

 

 離れていった爆豪に追いつくため切島と並んで走っていく。自然と「俺と切島に」って言っちゃったけど、よかったのだろうか。確認のために切島を見ると、にかっと歯を見せて笑ってくれた。本当にいいやつだ。

 

「ダチだからな!」

 

「ほんと好きだわ切島」

 

「俺は!?」

 

「?」

 

 切島と二人で走っていたはずが、後ろから聞きなれた声がした。振り向くと、上鳴。なんできてんだこいつ。

 

「なんできたんだ?」

 

「なんか走ってったからついてきちゃったんだよ!」

 

「人数多い方が心強ェ!ありがとな!」

 

「見たか久知!これが人格者だ!」

 

「テメェから脱落させてやろうか?」

 

 ひぃ!と叫んで俺から距離をとる上鳴。冗談だって。油断してるところを背後からポン、ってやれば楽だろうが、それで合格してヒーローを名乗れるのかという話になる。俺は名乗れないと思う。あまりにも卑劣すぎる。

 

 しばらく走るとすぐ先に特徴的なツンツン頭。爆豪だ。走る速度を上げて爆豪と並ぶと、まず「ンできてんだテメェら!」という可愛くない罵声。

 

「お前なら一人でも大丈夫だろうが、一応な」

 

「どうせ初めは個性使えねぇから、疲労がたまりやすい俺の方にきたんだろ。大勢いるとたまりにくいからな」

 

「流石爆豪。察しがいい」

 

「ダチだからついてきたワケじゃねぇのか!?」

 

「やっぱ久知は久知だな」

 

 仕方ないだろ。小刻みに個性を使えるようになったとはいえ、今は仮免試験。俺たちより一年以上長く訓練していた人たちが本気で取りに来てるんだ。そんな悠長なことをしていられない。今だってちょっとずつ個性使いながら走ってるし。既に上限解放20できるぐらいにはダメージがたまっている。非常に痛い。

 

 爆豪を先頭に、高架道路に上がるためのはしごを上っていく。もう一次はスタートしており、遠くの方で戦闘音が聞こえてくる。みんな大丈夫だろうか。分断とかされてなきゃいいけど。俺みたいにダメージ、疲労を欲しがる個性じゃない限り集団でいた方がいいに決まってるんだから。あと上鳴も爆豪も轟もそうか。他に人がいたら範囲攻撃がしにくい。

 

 はしごの終わりが見えてきた。出たところで待ち伏せされていたら危険なので爆豪にそれを伝えると、「わかっとるわ」と冷静な声。いつものように怒鳴ると位置を知らせるとわかっているのだろう。やっぱり変なところ冷静だ。

 

 まぁ先頭が爆豪なら大丈夫か、と安心していると爆豪が上り終えたのと同時に、爆発音が聞こえてきた。慌てて三人ではしごを上りきると、何やら気持ち悪い肉の塊が士傑生の足下にうじゃうじゃ。

 

「こういうことだろ」

 

「……腐っても雄英生ということか」

 

 あの肉の塊は目の細い士傑生の個性だろうか。爆豪に目配せすると、頷きが返ってくる。

 

「気色ワリィ肉飛ばしてきやがる。多分ソレに触れるとあぁなるんだろ」

 

「なるほど。切島は分が悪いな」

 

 飛ばしてくるということは遠距離が可能ということで、どれだけ数を出せるのかもわからない。この状況で切島を前に行かせるのは危険だ。囮という手もあるが、それなら俺が前に出た方がいい。機動力なら俺の方が上だ。

 

 まぁ、それをする必要はあんまりないんだが。

 

「爆豪、合わせろ」

 

「うっせぇ」

 

「我々士傑生は活動時制帽の着用を義務づけられている。なぜか?それは……」

 

「『針雀(はりすずめ)』」

 

 ごちゃごちゃうるさい目細士傑生に新必殺技の『針雀』を撃つ。『針雀』は『雨雀』よりも威力を抑え、なおかつエネルギーも針のように小さくした必殺技。必殺かどうか怪しいところだが、カッコいいから必殺技だ。

 

「人が話しているときに!」

 

「俺ら四人前にして喋ってっからだろうが」

 

「あ」

 

 俺が『針雀』を撃ったのと同時。爆豪が空中を爆速で飛んで目細士傑生の真上まで距離を詰め、切島と上鳴が走り出す。肉の塊で『針雀』を防いでいる目細士傑生は、切島と上鳴の対処に肉の塊は使えない。

 

「死ねや!」

 

 どちらにせよ、爆豪に爆破されて終わるんだけど。

 

「やっぱり、何かする前にぶっ倒すのが一番だな」

 

 『針雀』をやめて、前に突き出していた腕を下げる。いやぁ、切島は『硬化』があるからともかく、上鳴は生身だから『針雀』を当てないようにするのに苦労した。爆豪だけで足りていたとは思うが、保険は必要だったし。

 

 ただ、目細士傑生を倒してもまだ終わりじゃない。肉の塊にされていた受験生たちがもごもごと奇怪な動きで元に戻り始めている。ので、とりあえず近くにいた人をひっつかんでぶん投げ、混乱しているところにボールをターゲットにぶつけてぶっ倒しておいた。南無。

 

「お前本当にヒーロー?」

 

「油断してたあの人が悪い。それより、くるぞ」

 

「燃えてきた!」

 

「まとめてぶっ殺す」

 

 ここにヒーローっぽくない人がもう一人いるんですけど。



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接触

『立て続けに4名通過ー!現在通過82名!残席は残り18名です!』

 

 肉の塊にされていた人が結構いたため大混戦になったが、案外危なげなく一次を通過することができた。ボールが飛んできても見てから避けれるのは大きい。個性を使えば速くなれるから、ボールで直接ターゲットを殴れば余裕だった。俺以外の三人も元々戦闘力が高いため、そこまで苦労していなかったように思う。爆豪もちゃっかりサポートしてくれてたし。あいつ他を気にする余裕あるってやっぱ才能マンだな。

 

「皆さんよくご無事で!」

 

「ヤオモモー!ご無事よご無事!つかみんな早くね!?」

 

 控室に行くと、既にA組の半分以上がいた。残り18名ってアナウンスで言ってたからもうちょっといると思っていたが、やっぱり雄英のマークはきついのだろうか。峰田辺りはこの試験なら最強だろうにまだ通過していないということはそういうことだろう。

 

 個性を使って痛む体を休めるため、水分補給。ある程度回復できるようになったとはいえ、それは上限解放60をすればの話。『玄岩』を使えない状態では回復はできず、今まで通り反動がモロにくる。爆豪たちと一緒じゃなかったら俺もまだ通過していなかったかもしれない。

 

「わっ」

 

「あ、すんません」

 

 水分補給を終えて肩をぐるぐる回していると、後ろにいた人に腕が当たってしまった。何か柔らかい感触がしたのは気のせいだろう。セクハラで仮免取れなくなるのは勘弁してくれと振り向いたそこには、士傑、の女の人がいた。

 

「ねぇ君雄英の子だよね?」

 

「あー、そう、ですね」

 

 体を摺り寄せてくる女の人の柔らかい感触に鼻の下を伸ばしそうになり、慌てて表情を引き締めた。他のA組のやつらがいる今、だらしない顔はできない。後でいじられるに決まっている。

 

 しかしそんな俺の思いを無視して、女の人はそっと手を絡ませてきた。()()()()()()()とは違う感触に眉を顰めつつも、()()()()()()()()()()()また表情が緩みそうになる。そんな場合じゃないのに。今この子がここにいることを許しちゃいけないのに。

 

「……ね、気づいてる?」

 

「声抑えろ」

 

 言外に気づいてるという意味を込めて言うと、女の人……被身子は俺の見覚えのある笑みを浮かべた。他人の顔でそれをやられると違和感があるが、むしろこの人は被身子なんだと確信できる。俺が被身子の笑顔を見間違えるわけがないから。

 

「……試験始まる前からなんか見覚えあると思ってんだ。こうしてこの距離まで近づいて確信した。何しに来てる?被身子」

 

「それはちょっと教えられないねぇ。ふふ」

 

 こうして接触してきたのはなぜだろうか。俺を見て我慢できなくなった、とかだったら嬉しいところだが、被身子は敵連合の一員。相手が俺とはいえ、わざわざ正体を明かすとは思えない。こんな仮免試験という場で、周りはヒーローのタマゴ。俺がここで被身子を取り押さえれば終わりだというのに。

 

 考えられるのは、見つかってもいいから。これは捕まりにきたというわけではなく、俺が騒いだ瞬間に黒霧のゲートで大量の敵が乗り込んでくるとか、そういう脅しの要素があるからあえて見つかりに来た、と考えられる。気づかせることで俺を脅し、目的の邪魔をされる前に封じておく、ということか。どちらにせよ、今は下手に動けない。

 

 本音を言うなら、今ここで捕まえた方がいいとは思う。いや、捕まえたい。ただこれは俺の私情であり、そうすることによってここにいる誰かが死ぬようなことになったら、俺に責任がとれるのか。

 

「考えてる姿もカッコいいねぇ。安心して。誰かに危害を加えるつもりはまったくないから」

 

「それを信じろって?」

 

「見つかったら黒霧さんのゲートですぐ逃げる予定ですし」

 

 だったら尚更ここで止めるわけにはいかない。黒霧のゲートで逃げるなら、ほぼ確実に逃げられる。そんな逃げると言っている相手を変に刺激すると被害が大きくなりかねない。

 

「君に接触したのは脅しの意味もあるけど、これを伝えたくて」

 

 ……プロポーズ?いやいや何を浮かれてるんだ俺は。好きな子から伝えたいことがあると言われて期待しないやつはいないとはいえ、今この状況で浮かれるのはない。どんだけおめでたい野郎なんだ。

 

 動揺する俺を見てクスクス笑った被身子は俺の耳に顔を寄せて、そっと囁いた。

 

「仮免取れたら、やっと迎えにこれるね」

 

 俺が何か反応する前に被身子は俺からすぐ離れて、薄く笑いながら手を振って去っていった。アレは、どういう意味だろうか。宣戦布告?これるものならきてみろよみたいな?ダメだ、わからん。案外俺と会える機会が増えそうで嬉しい、というだけかもしれない。

 

「オイ久知なんだ今の!いつの間にあんな仲良くなってんだ羨ましい!」

 

「お、落ち着け上鳴!」

 

 被身子が離れた瞬間に駆け寄ってきた上鳴は、俺の肩を掴んで激しく揺さぶってくる。結構体痛いから勘弁してほしい。というかこんな時にも女女って節操ないなお前。俺もだけど。

 

「クソッ!見た目は同じくらいなはずなのになんでお前がモテんだよ!何か秘訣とかあるんですか?」

 

「いきなりへりくだるな。別にモテてねぇし」

 

「俺はお前と耳郎に噂が立っていることを知っている!」

 

「上鳴、見てみろ」

 

 上鳴が俺の指した方を見ると、耳郎がとんでもなく無表情で俺たちを見ていた。

 

「な?」

 

「無ってあぁいうことを言うんだな……」

 

「俺がモテてるなら、『は!?そ、そんなわけないじゃん!』って赤くなりながら慌てるはずだろ。つまり俺はモテてない。謝れ」

 

「ごめん……」

 

 耳郎の無表情は上鳴に結構効いたらしい。怖いよな。下手に動けば殺されそうな雰囲気がある。……別にそこまで嫌がらなくてもよくない?上鳴もなんか慰めてくれてるし。切島もこっちにきて肩に手を置かれた。何慰めに来てんだお前。俺がそんな惨めに見えたか?

 

『100人!今埋まり!終了です!』

 

「お」

 

「お!終わったみてぇだな!A組は……」

 

 緑谷たちが嬉しそうに騒いでいる。あの様子なら恐らく全員通過したんだろう。例年がどうかわからないが、マークされている中全員通過するのはすごいことなのではないだろうか。しかも俺たち一年だし。優秀すぎる。

 

 脱落した人の撤収を終え、A組が全員合流した後しばらく。控室にあるモニターに、先ほどまで試験を行っていたフィールドが映された。

 

『えー100人のみなさん。これご覧ください』

 

 言われた通りモニターを観ていると、突如すべての建物、地形が爆破された。思わず爆豪を探したところ、ちゃんといる。よし。爆豪が犯罪者になったのかと思った。俺に中指立ててるから犯罪者と言っていいかもしれないけど。

 

『次の試験でラストになります!皆さんには今からこの被災現場でバイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます!』

 

「パイスライダー?」

 

 上鳴と峰田がアホなことを言っている。バイスタンダーとはざっくりいえば現場に居合わせた人のことで、一般市民のことも言う。ちなみに俺もパイスライダー好きだ。何言わせてんだ。

 

『ここでは一般市民としてではなく仮免を取得した者としてどれだけ適切な救助が行えるのか試させていただきます』

 

 二次試験の内容は救助。フィールド内にいる要救助者のプロHUCが傷病者に扮し、その人たちの救助を行う。その救助活動をポイントで採点していき、基準点を超えていれば晴れて合格。

 

『10分後に始めるのでトイレ等済ませておいてくださいねー』

 

「救助かぁ」

 

 むしろされる側だしな、俺。個性的にもそうだし、実際救助してもらったし。それに、救助となると戦闘力とは全く別で、こればかりは他校に劣る。俺たちは前倒しで仮免試験を受けに来ているため、救助活動等の経験がほとんどない。あっても授業でやるか、職場体験でやったかくらいのもの。

 

 確か、父さんは救助活動のとき、一番大事なのは被害者を安心させることだと言っていた。オールマイトの「私がきた!」なんてモロにそれだ。オールマイトの場合はNo.1という知名度も含まれた安心感がある。それがない俺が被害者を安心させるのに必要なのは、笑顔と言葉。被害者の状態を確認することも大事だが、安心させるという点で言えば笑顔と言葉が大事だと思う。

 

「……」

 

「何見とんだ」

 

 無理そうなやつを見つけてしまった。ただ、爆豪は心から鬼というわけではないので多分大丈夫。暴言さえ吐かなければ。……吐きそう。

 

 採点基準が明かされていない以上、やれることはやっておくべきだ。被害者を安心させることで加点があるかもしれない。正直個性を使えば使うほど怪我人に近づいていく俺は救助活動に向いていないが、そんなことを言ってられない。より個性の使用を抑え、より多くの人を助ける。これを目標にしよう。

 

「爆豪、わかってるよな。被害者に対していつもみたいな言葉遣いしたら落ちるぞ。冗談抜きで」

 

「わーっとるわカス。舐めんな」

 

「言っとくけどついてくぞ。お前だけ仮免落ちたってなったら嫌だし」

 

「勝手にしろ」

 

「じゃあ俺も!」

 

「俺も!」

 

 俺に便乗して切島と上鳴も爆豪のそばに寄る。……正直救助活動なら八百万、麗日のどちらかと行動したいが、むしろあの二人がいると俺のやることがなくなりそうだ。それほど救助活動においてあの二人の個性は役に立つ。

 

「確認しとくぞ。まず最初は安心させるための言葉掛け。次に怪我の状態を確認して、適宜必要な処置。んで、安全なところに連れて行く。基本は抑えとこう」

 

「こういう時の久知は頼りになるな!」

 

「爆豪はわかってても教えてくんねーし」

 

「授業聞いてりゃ分かんだろ。だからテメェはアホ面なんだよ」

 

 上鳴が涙目で俺を見る。でもごめん。授業聞いてりゃ分かるっていうのには同意だ。こればっかりは聞いてない方が悪い。

 

 このまま放っておくとめんどくさいので適当に慰めていると、突然ジリリリ、とベルの音が鳴り響いた。恐らく試験開始の合図。

 

『敵による大規模テロが発生!規模は○○市全域!建物倒壊により傷病者多数!道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ!到着するまでの救助活動はその場にいるヒーローが行う!』

 

「っし、行くか」

 

「足引っ張んじゃねぇぞ」

 

「ぜってぇ受かる!」

 

「俺やっぱヤオモモのとこ行こっかな……」

 

『一人でも多くの命を救い出すこと!』

 

 上鳴に「八百万のとこ行ったらお前やることないぞ」と言ったら素直についてきた。もっと自分に自信持ちゃいいのに。



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仮免試験終了

「腕を怪我したの!」

 

「助けて!痛い!」

 

「今助けますねー!」

 

 斜面を滑り降り、被害者に駆け寄る。ここは山エリアで、足場がかなり不安定だ。怪我をしている一般人が移動するには厳しいだろう。

 

「上鳴と切島はこの人らを救護所に連れて行ってくれ。見たところ軽傷だがしっかり怪我の確認をして、敵のテロである以上何が起こるかわからんから周囲を警戒しながら頼む。俺と爆豪は奥行って他に人がいないか探してくるから、あとで合流してくれ」

 

「おう、わかった!安全なとこ連れてくんで、もう大丈夫っスよ!」

 

「足下不安定なんで気を付けてくださいね!」

 

 上鳴と切島は強いのは強いが、この不安定な場所を軽く移動できるかと言われればそうでもない。爆豪は空中を移動できるし、俺は個性を使えば障害物を跳び越えることができる。不安なのは、岩の下敷きになっている人を助けづらいということだろうか。

 

「しっかし驚いたな。爆豪のことだから自分で助かれや!っていうかと思った」

 

「実際、救護所と距離がなきゃそっちのがいいだろ」

 

 確かに。途中まで護衛は必要だが、あの人たちの怪我なら自分で救護所まで行けているはずだ。このエリアが救護所から遠いって理由で上鳴と切島を護衛につけただけで、爆豪の言うことは正しい。

 

「まだこっちのエリアに何人残ってっかわかんねぇ以上、人手減らすのは悪手だろ。ただでさえ救助に万能な個性じゃねぇんだから」

 

「だな。俺の聴覚が個性で強化されてんのが唯一の救いだが……」

 

「誰かいたら返事しろや!!」

 

 隣から響く大声に思わず耳を塞ぐ。俺今聴覚強化してるって言ったよね?そのタイミングで大声って喧嘩売ってんのかこいつ。

 

 まぁ、そういう確認は大事だけど。目で探しているだけでは重傷者を見逃してしまう可能性がある。こうして確認することで、ちょっとでも声を出してくれれば俺の耳が拾えるから行動としては正しいのだが、今から言うぞみたいなことは言ってほしかった。おかげで耳が痛い。

 

「どうだ、クソヤニ」

 

「……聞こえん。そもそももういないか、重傷者が岩の下敷きになってる可能性がある。俺は探しながら音聞いとくから、爆豪はじゃんじゃん声出してくれ……もっと柔らかい言葉でな。ヒーローじゃなくて敵だと思われかねん」

 

「なっ、チッ……ヒーローだ!助けがいるやつは返事!」

 

 あんまり変わってない。やっぱりここら辺は変わらないか。最近丸くなってきたが、それでも爆豪は爆豪。むしろいきなり優しい言葉使いだしたら不安になる。

 

「……ぁ」

 

「爆豪。聞こえた」

 

「どっちだ」

 

「ついてきてくれ」

 

 変わらない爆豪に安心していると、耳が誰かの声を拾った。受験生ならもっとはっきりした声を出すだろうから、十中八九被害者だろう。爆豪に呼びかけをしてもらいつつ、声のする方へ走っていく。

 

「多分ここら辺……いた!」

 

 大きな岩と岩が寄りかかって、奇跡的なバランスで屋根のようになっており、その下に仰向けで倒れている男の人がいた。

 

「状態……意識ほぼねぇな。安全は?」

 

「早いとこ岩の下から出した方がいいな。ただ、下敷きになってるわけでも、体が埋もれてるわけでもねぇから……恐らく落石が頭に当たって、打ち所が悪かったんだろう。声かけてみて、反応なかったら頭動かさないよう慎重に運ぶぞ」

 

「オイ、聞こえっか」

 

「ぅ……」

 

 爆豪が声をかけると、仰向けに倒れたまま呻き声をあげ、閉じていた目が徐々に開いてきた。うっすらとだが意識が戻ってきたことを確認し、状態を聞いていく。意識が戻ったからとはいえ、重傷者じゃないと決まったわけではない。

 

「吐き気、手足のしびれはありますか?あったら瞬きを一回。なかったら二回お願いします」

 

「い、いや……大丈夫だ。ちょっとショックで気絶していたようで」

 

「動くな。自分でもわかんねぇ怪我があるかもしれねぇ」

 

 起き上がろうとした男の人を制し、爆豪が頭を支える。頭を打った人は、体を揺するのもダメでもちろん頭を揺するのもダメ。急に起き上がろうとせず、起き上がるとしてもゆっくり支えながらがベストだ。見たところ意識はしっかりし始めているが、用心するに越したことはない。

 

「ゆっくり起こして、岩の下から出てまた寝かすぞ。それで何もなけりゃ救護所に連れて行く」

 

「だな。二人で支えるぞ」

 

 体を揺らさないよう慎重に支えて、岩の下から出ていく。この途中で岩が崩れてきたら手荒な真似をするしかなかったので、崩れてこなかったのは幸運だった。こういう時『創造』で支えを作れる八百万が羨ましい。

 

 男の人を寝かせて、状態を聞いていく。段々しっかりしてきたので、本当にショックで意識が薄れていたっぽい。そう判断して、俺が男の人を背負って爆豪に護衛を頼んだ。俺なら背負っていても多少は動けるが、爆豪は『爆破』という個性なため誰かを背負って戦うのは向いていない。爆豪ならできそうだが。

 

 時々声をかけて状態を確認し、途中で合流した切島と上鳴を山エリアに向かわせる等なんやかんやしていると、救護所についた。救護所にいる人に状態を伝えて、また山エリアに向かおうとした、その時。

 

 救護所近くで爆発が起きた。慌てて爆豪を見るが、俺に中指を立てているだけ。どうやらまた爆豪ではないらしい。ということは、

 

「テロ……」

 

「敵か……!」

 

 爆豪が嬉しそうに笑っている。これじゃどっちが敵かわかったもんじゃない。

 

『敵が姿を現し追撃開始!ヒーロー候補生は敵を制圧しつつ、救助を続行してください』

 

「行くぞクソヤニ!」

 

「あの強そうなのは任せるからな!」

 

 爆破が起きたところから現れたのは、なにやら右腕にごついものを付けた全身黒いスーツが複数と、強そうなシャチの人。確か、ギャングオルカだったか。あまりヒーローのことを知らない俺が知っているくらいだから、相当強いはず。今俺はあまりダメージ等がたまっておらず上限解放できても40くらいなので、ギャングオルカの相手は爆豪に任せて周りの敵の制圧に移る。

 

 飛んでいった爆豪に遅れて走っていると、ちょうど目の前で傑物の目が笑っていない人、真堂さんが地面を崩し、足止めしていた。しかしその人一人が殿で、他の人は避難を優先している。プロヒーロー相手にそれはない。上限解放40を重ね、一気に距離を詰めて爆豪に追いつくと、上空の爆豪がギャングオルカに向けて爆破を放つと同時、ギャングオルカの目の前にいる真堂さんに飛びついて距離をとる。

 

「っぶね!」

 

 俺が通り過ぎた後、ギャングオルカが超音波を放っていた。爆豪は爆破で攻撃しながらうまく避けたようで、いまだに好戦的な笑みを浮かべている。楽しそうだな。

 

「悪い、助かった!」

 

「いえいえ、むしろ手荒になってすみません」

 

「おい久知ィ!テメェは周りのザコ狩ってろ!」

 

「加勢がきたらそっち行くからな!よく考えたら一人で相手できるわけねぇ!」

 

「いや」

 

 変に意地張り始めた爆豪にどうしてやろうかと考えていると、背後からイケメンの声。それとともに氷結がギャングオルカを襲った。

 

「俺がやる」

 

「カッッコイーな!」

 

 轟は顔もイケメンで登場のタイミングもイケメンらしい。ギャングオルカは轟と爆豪に任せ、周りに漏れている敵を倒しに行く。爆豪の戦闘センス、制圧力の高い轟がいればある程度は戦線維持できるはずだ。

 

「轟、確かギャングオルカはシャチだ!恐らく乾燥に弱い!」

 

「わかった」

 

「真堂さん、あの地面崩すやつまた頼めます!?」

 

「威力によってインターバルがある!あまり大きいのをするとしばらく役に立たない!」

 

「足下崩す程度でいいです!」

 

 話している間に敵が何かを撃ってくる。何であるにしろ、当たっていいことはないだろう。

 

「いくぞ!」

 

 声と同時に真堂さんが個性を発動し、敵の足下が振動によって崩れ、敵のバランスも崩れていく。この程度ならすぐに態勢を立て直せるだろうが、俺にはこの一瞬で複数をぶっ倒せるようなちょうどいい必殺技がある。

 

「『雨雀』!」

 

 両手の平から放たれる無数のエネルギーは、バランスを崩した敵を撃ち抜いていく。全力でやると大怪我してしまうため、威力は抑えめで。訓練によって反動はいくらかマシになったが、あまり長くは続けられない。今は全エネルギーの20%程度。それでも腕が軋んでくるのだから、使い勝手が悪い。

 

「っし!片付いた!」

 

「便利な個性だね!」

 

「真堂さんこそ!」

 

 互いを褒め合いながら、敵の対処に向かっていく。真堂さんは一人でも強いのに、遠距離攻撃を持っている味方との相性が抜群にいい。さっきのようにバランスを崩すことで攻撃を確実に当てることができる。なんで雄英にいないんだこの人。学力かな?

 

「どうやら、ヒーローが集まってきたみたいだ」

 

「ですね。俺らがここを守り切ってれば避難は完了しそうです」

 

 敵の位置を確認しつつ、ギャングオルカの方に目をやる。二人ともやられてはいないが、やはり相手はプロヒーロー。きつそうだ。ある程度加減はしてそうだが、耐久力が半端ない。爆豪の爆破をものともせず、轟の氷結は凍らされる前に砕き、炎は普通に耐えられている。なんであの炎を耐えれんの?

 

「さっきのを見て、必要以上に近づかなくなってきたね」

 

「あの二人の邪魔をされてもマズい。俺たちが戦線上げていきましょう」

 

 敵が俺たちの連携技を見て周りにこなくなってしまったので、二人で前に出る。ここで一番マズいのは爆豪と轟の邪魔をされることだ。さっきまでは避難を邪魔されることが一番マズかったが、既に避難を完了させている今、制圧が第一優先。

 

「きやがった!バカめ!」

 

「撃て!セメントガン!」

 

 が、それが敵の狙いだったのか俺たちに向けて一斉にセメントガンを撃ってくる。名前的に当たったら固まってしまうのだろう。それはまずい。戦場のど真ん中で身動きがとれないやつほど邪魔な奴はいない。ここは……。

 

「真堂さん!俺の後ろに!」

 

「ああ!」

 

「上限解放60!『玄岩』!」

 

 『風虎』、『雨雀』のいいところは、強化中に能動的にダメージを蓄積できるところだ。今までは強化が切れた時の反動を利用してまた一、二段階上の強化をするか、瞬間解放をするかしかなかったが、必殺技なら相手を制圧しながらダメージを蓄積できる。溢れ出るエネルギーを操作してドーム状にし、セメントガンを防ぐ。威力の高い攻撃は防げなくてもセメントガン程度なら屁みたいなものだ。

 

「真堂さん。1、2、3でドーム解きます。合わせて崩してもらえますか?」

 

「オッケー。相手が多いから強めに行くよ」

 

「お願いします。1、2、3!」

 

 合図でエネルギーの操作をやめ、真堂さんが地面を揺らして崩していく。それに合わせて『雨雀』。やばい。真堂さんとめちゃくちゃ相性いいかもしれない。

 

「ヒーローになったら組んでみます?」

 

「ハッ、ありかもね!」

 

 軽口を叩きつつ、後ろから加勢がきたことを確認する。これで俺が無理をする必要もなくなった。真堂さんが足を止めて、全員で倒しにかかれば……。

 

「久知!手ェ空いたんならこっちこいや!」

 

「!」

 

「俺と半分野郎じゃ決定打を出しにくい!加われ!」

 

「……真堂さん、あとお願いします!」

 

「任された!」

 

 まだ残っている敵の隙間を擦りぬけて、轟の隣に立つ。爆豪はギャングオルカを挟んで向こう側に。辺りは氷結で凍っており、爆破でボロボロに崩れているその戦場とは対照的に、ギャングオルカにはほとんど傷がついていない。

 

「おっせぇんだよ!ターゲットバラけさせて決めれそうなら一気に決めっぞ!」

 

「基本は維持だ!倒されないよう戦ってりゃどんどん加勢してくれる!」

 

「接近戦するなら氷結と炎、気を付けてくれよ」

 

 わかってる、と小さく返してから『玄岩』を使う。あの超音波は接近戦だとめちゃくちゃキツイ。できるだけ遠距離から攻撃した方が……って!

 

「ホウ、避けたか」

 

「遠距離もいけんのか!」

 

 ギャングオルカが俺の方を見て超音波を飛ばしてきたので慌てて避ける。上限解放60まで行くと見てから避けるのが可能だから便利だ。反面、可能だからこそ慎重さが少しなくなってしまう。俺は慎重さで個性をカバーしてなんぼなのに。

 

「合わせろ」

 

 轟が超音波を放ったギャングオルカの一瞬の隙をついて大氷結。視界を塞いでしまうため格上相手ではマズい選択肢だが、俺がいれば別の話。

 

「飛べ、爆豪!『風虎』!」

 

 向こう側にいる爆豪に声をかけてから、エネルギーの30%を使って『風虎』を放つ。当然上限解放60の30%ともなると腕が死ぬほど痛むが、『玄岩』を纏えばある程度は治る。ある程度は。

 

 『風虎』は轟音を響かせ空を裂き、氷を容易く砕きながら進んでいく。少し威力強すぎたか?と思ったがギャングオルカ相手ならむしろ弱いくらいだろう。氷が砕け散った先で見えたギャングオルカは回避行動をとっていた。ただ、少し離れた程度なら風圧で吹き飛ばすことくらい容易い。そして、吹き飛ばせば大きな隙が生じる。そこへ一気に、

 

「死ねや!!」

 

 手榴弾のようになっている腕の装備から放たれる、爆豪の最大火力!

 

 が、ギャングオルカを襲う前に。けたたましいブザー音が鳴り響いた。

 

『えーただいまをもちまして、危険区域より配置されたすべてのHUCが救助されました。まことに勝手ではございますがこれにて仮免試験全工程終了となります!』

 

「ンだそれ!!」

 

 爆豪がガンギレしている。そりゃもうすぐギャングオルカにダメージ与えられたんだから、悔しいよなぁ。俺と爆豪、轟の三人でやっとだけど。本当にダメージ与えられたのかどうかもわからんし。

 

『集計ののち、この場で合否の発表を行います。怪我をされた方は医務室へ。そうでない方は着替えてしばし待機でお願いします』

 

 ただまぁ、なんというか。爆豪ほどじゃないが俺も釈然としない。爆豪の戦闘狂がうつったか?



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仮免試験、結果

「ふぃー。どうなっかなぁ」

 

 仮免試験を終え、結果待ちの時間。結果を待っている全員が……いや、一部を除いて緊張した面持ちだ。俺としてはもう結果を見るだけなので開き直っている。やれることはやった。自信はない。けどいい動きをしたとは思ってる。自信がないのは採点基準が明かされていないからだ。未知のものは人間誰でも怖い。

 

「受かってると思うか?」

 

「あ?受かってるに決まってんだろ」

 

 自信満々なのは爆豪。こいつには聞くまでもなかったか。実際、爆豪は受かってると思う。被害者に対して暴言を吐いてなかったし、対処も俺から見ると適切だった。……いや、暴言を吐いてなかったが口は悪かった。そこで減点されていてもおかしくない。

 

「俺不安だなぁ。結局爆豪と久知と切島についていっただけだし」

 

「それ言うなら俺もだぜ?最後は別行動だったから、そこで巻き返せたらいいんだけどよ」

 

 自信なさげなのは切島と上鳴。俺が指示を出す形になっていたからだろう。ただ、こいつらもこいつらで切島じゃないとダメなこと、上鳴じゃないとダメなことがあったはずで、その役割をきちんとこなせていたのなら受かっているだろう。腐っても雄英生。基本的な動きはできているはずだ。

 

 せっかくだから雄英1-A全員で合格したい。口に出して言うのは恥ずかしいから言わないけど。

 

 ……そういや被身子はどこに行ったんだろう。何かしらの目的を達成して帰っていったのか?士傑が集まっているところには見当たらないから、多分そうだ。どうせならもうちょっと話して……いやいや、それは恋人同士がやることだ。俺と被身子はヒーローと敵。仲良く話してどうする。

 

『えー皆さんお疲れさまでした。これより合格発表を行いますが、その前に一言』

 

 今回の仮免で説明を行っていた目良さんが壇上に立ったのを見て、うじうじした思考を彼方においやって姿勢を正す。みんなも心なしか表情を引き締めて目良さんに注目していた。誰かがつばを飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

 

『採点方式についてです。我々ヒーロー公安委員会とHUCの皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させていただきました。危機的状況でどれだけ間違いのない行動をとれたかを審査しています』

 

 減点方式。しかも二重。そう聞くと怖すぎる。なんか、加点方式より減点方式の方が緊張する感覚ってわからないだろうか。俺は減点方式の方が緊張する。できている部分より悪い部分の方が注目されるってことだろ?いや、今聞かされたところで取り返せるもんでもないから、今緊張しても仕方ないんだけど。

 

『とりあえず合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認ください』

 

 目良さんが示した先のモニターに、名前がずらっと表示される。五十音……ひ、ひ……。

 

「お、爆豪もあんじゃん」

 

「何勝手に見つけとんだヤニカス!」

 

「ヤニカスはやめてくれ」

 

 外面は平静を装いつつ、内心めちゃくちゃ安心しながら爆豪に絡む。いつも通り暴言を吐かれて凹みつつ、他のクラスメイトの名前を探す。

 

「全員あんじゃん」

 

「やったぜ久知!」

 

「やったな爆豪!口悪いから受かんねぇと思ってた!」

 

「あ!?やんのかクソ髪コラ!」

 

 合格が嬉しかったのか、上鳴が飛びついてきた。爆豪は切島に肩を組まれている。仲いいよなぁ二人とも。爆豪めちゃくちゃキレてるけど。

 

『えー全員ご確認いただけたでしょうか。続きましてプリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されておりますのでしっかり目を通しておいてください』

 

 ボーダーラインは50点。どの行動が何点引かれたかがずらーっと並んでいる。俺は87点。行動はいいが、安心感が足りないらしい。どうやら不安感が透けていたようで、精神的な面でマイナスされていた。一番情けない気がする。

 

「爆豪は……85点。思ったより高いな」

 

「口悪ぃ程度で減点すンなや……!」

 

 やはり口の悪さで減点されていたようだ。しかしその他に目立って悪い点はなく、俺には及ばないが優秀な成績だ。俺には及ばないが。

 

『合格した皆さんはこれから緊急時に限りヒーローと同等の権利を行使できるようになります。すなわち敵との戦闘、事件事故からの救助など、ヒーローの指示がなくとも君たちの判断で動けるようになります』

 

 俺がそれを聞いて思うのは、被身子のこと。緊急時のみだが敵連合は雄英と何かと因縁があり、緊急時になる可能性がかなり高い。俺は敵連合に狙われていたくらいだ。

 

 緊急時になれば、被身子をこっちに引っ張ってくることができる。……ただ、俺は被身子と戦うことができるのだろうか。捕まえるには戦闘は避けられない。俺にとっては敵であり、好きな子でもある。戦う覚悟は決まっているつもりだが、いざその時となると。

 

『しかしそれは君たちの行動一つ一つにより大きな社会的責任が生じるということでもあります』

 

 目良さんがつらつらと、しかし確かな熱を持って語っていく。オールマイトという平和の象徴の不在。それによって増えてくる敵。世の中が大きく変化し、その結果社会の中心は俺たち若者になる。

 

『次は皆さんがヒーローとして規範となり抑制できるような存在とならねばなりません。今回はあくまで仮のヒーロー活動認可資格免許。半人前として考え、各々の学舎で更なる精進に励んでいただきたい!』

 

 今まではタマゴだったが、資格を手にする以上それ相応の覚悟がいる。これからは被身子を迎えに行くのが現実的な話になる。

 

「……黙って変なこと考えてんじゃねぇよクソヤニ」

 

「変なことじゃねぇよ」

 

 小声でつっかかってくる爆豪に笑いながら返すと、舌打ちが返ってきた。何が気に入らないのか聞いてみようと思ったが、聞いたらキレられそうだったのでそっと口をつぐんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験場から帰り、寮。みんな手に入れた資格を見て各々好きな形で喜びを表現している。俺は両親にメールを送って、先ほど電話で「よかったね!」と母さんからお祝いしてもらった。父さんからはメールで「流石俺の息子だ!」と一行のメール。俺の両親は感情表現がストレートで非常に嬉しい。本当に俺の親か?俺は感情表現へたくそなのに。

 

「久知が87点て意外……いや、意外でもないのか?成績は優秀だもんな」

 

「口は悪いのにな」

 

「上鳴、瀬呂。喧嘩売ってんなら買おうじゃねぇか」

 

「そういうとこだぞ?」

 

 しまった。まさか上鳴に論破されるなんて。まぁ俺も口が悪いことは自覚しているからまだマシだ。自覚しているのとしていないのとでは全く違う。俺は直そうとして口がすべってしまっているだけだ。一番悪いじゃねぇか。

 

「そうか、意外っつったら爆豪だな。あんなクソみてぇな性格してんのに85点だぜ?」

 

「クソみてぇな性格の俺に負けんだから、テメェはよっぽどゴミなんだろうな」

 

「久知!どうにかしてくれコイツ!」

 

「爆豪を煽るから悪い」

 

 上鳴から魂が抜けていった。実際、爆豪を煽ったらやり返されるに決まってるんだから触れる方も悪い。それでも爆豪に構うのは友だちだからだろう。本当にいいやつだ。爆豪みたいなクソ性格に構うなんて。俺も同じくらいクソだけど。

 

 魂が抜けた上鳴をどかし、ソファに座る。結構体がバキバキなので休みたい。このまま部屋に戻ってもいいが、少し仮免取得の余韻に浸りたいのだ。高得点とれて気分がいいし。八百万には負けるけど。なんだよ94点て賄賂でも渡したのか?絶対渡してないだろうけど。

 

「でも爆豪は久知のおかげで受かったみたいなとこありそ!久知って口は悪いけど爆豪のストッパーみたいな役割だし」

 

「一人でも受かっとったわ!」

 

「デフォでこれだもんねー」

 

「そういやいつもの言葉遣いやめろって言ってたな」

 

「ほらー!」

 

 芦戸と葉隠にいじられ、切島がそれに乗っかり、爆豪がブチギレかけている。目が極限まで吊り上がって奥歯がなくなるんじゃないかというほど歯を食いしばって俺を睨みつけていた。なんで俺?何も言ってないじゃん。

 

 でもまぁ、俺が何も言ってなくても爆豪はわかっていたと思う。多分。爆豪は本当に丸くなったし、緑谷に対する当たりも入学当初と比べてキツくない。あの頃はマジでいじめっ子みたいな感じだったし、誰に対しても感じ悪かった。入学当初の爆豪はこうしてみんなと話すことなんて絶対になかった。成長したなぁこいつ。口悪いけど。

 

「チッ、俺より下の点数取っといてごちゃごちゃうっせぇんだよカスども」

 

「わー!またそんなひどいこと!どうにかして久知!」

 

「なんで爆豪のことは全部俺に投げんの?」

 

「切島くんは人がいいから、本当に止められるのは久知くんかなって」

 

「ンでこいつらが俺の保護者みたいになってんだ!」

 

「おう!俺たちはダチだぜ!な?」

 

「そういうことじゃねンだよクソ髪!」

 

 キレつつも友だちだってことは否定しないのね。いやぁ嬉しいなぁ。俺も友だちいなかったし。中学の頃から何かと悪そうな人と縁があるのは気のせいだと思いたい。俺の性格はクソだが、外面はいいはずだ。もう何人かに俺の性格がクソだって見抜かれてるけど。

 

「オイデク。何笑っとんだテメェ……」

 

「え、あ、別に変な意味はないよ!?」

 

「爆豪。お前がいじられてていい気味だってよ」

 

「久知くん!?」

 

 矛先が緑谷に向いたので援護射撃。今の時間から爆豪と喧嘩するのはものすごくカロリーを使うので、緑谷に任せよう。幼馴染だし軽いものだろう。泣きそうな顔で俺に助けを求めているのは気にしないことにする。

 

「いい身分になったもんだなぁ……アァ?」

 

「み、身分とかじゃなくて!ただ、かっちゃんがこうしてみんなと楽しそうにしてるのが、えーっと、嬉しく、て?」

 

「ぶふっ」

 

 緑谷の保護者みたいな発言に思わず噴き出すと、爆豪がぐりん、とこちらに向いた。怖すぎだろ。

 

「よかったねぇかっちゃん。君のことを想ってくれる人がいて。あとみんなといるのが楽しくて!イーッヒッヒッヒ!」

 

「魔女みてぇな笑い方してんじゃねぇよクソヤニ!ぶっ殺す!」

 

「落ち着けって爆豪!久知も無駄に煽んな!」

 

 爆豪が切島に羽交い絞めにされている隙に、俺は共同スペースを後にした。明日から通常授業なので、喧嘩している暇もないだろう。俺は策士である。でも多分関係なく喧嘩売ってくる。まぁ、爆豪は楽しそうだからいいんじゃないだろうか。俺も楽しいし。



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みとめ、あい

「……ほんとにきた」

 

「ワリィか」

 

 荒々しいノックに慌ててドアを開けると、そこにいたのはかっちゃん。共同スペースで「後でテメェの部屋行くからな」と言った時は耳を疑ったが、どうやら僕の耳は正常だったらしい。聞き間違いだったほうがよかったと思っている僕もいる。なぜかっちゃんが僕の部屋にきたのかまったくわからない。そんなに仲良くないというか、仲は悪いはずなのに。

 

「オールマイトばっかだな」

 

「あ、あはは。まぁファンだしね」

 

 かっちゃんが僕の部屋を眺めて、つまらなさそうに呟いた。かっちゃんなら「キメェ部屋作ってんじゃねぇよカス!」くらい言うと思ってたのに、意外だ。最近のかっちゃんは丸くなったから、そのおかげだろうか。

 

 かっちゃんは、中学の頃と比べて大分変わった。僕からすればすごい人だけど嫌なやつで、どうしても悪感情を持ってしまっていた。だって、いじめられてたし。でも、雄英にきてからかっちゃんは柔らかくなったように思う。それはきっと、久知くんや切島くん、かっちゃんと友だち関係を築いてくれてる人たちのおかげだろう。見た目はブチギレていても、かっちゃんは毎日楽しそうに見える。そう見えてるのは僕だけかもしれないけど。

 

 かっちゃんは遠慮なくベッドに座り、僕を睨みつけた。それから椅子に目線を移し、また僕を睨む。座れ、ということだろうか。ここでぐだぐだしているとキレられるので、おとなしく座ることにする。

 

「……な、何の話かな?」

 

 僕を睨んで何も話さないかっちゃんに耐えられなくなった僕は、遠慮がちに聞いてみた。すると舌打ちが一つ返ってきて僕から目を逸らし、オールマイトのフィギュアを見ながら口を開いた。

 

「テメェの個性の話だ」

 

「!」

 

 ……そういえば、かっちゃんには僕の個性が人から貰ったものだってことを言っていたんだった。そのかっちゃんから個性の話を切り出されるってことは、そういうことだろう。多分、かっちゃんは僕の個性が元々誰のものだったかってことに気付いている。

 

「変な誤魔化しはいらねぇ。その個性、オールマイトから貰ったんだろ」

 

「……」

 

 僕が何を言っても、かっちゃんの考えが変わることはないだろう。それほど、確信めいた聞き方だった。

 

「ヘドロ、いや……オールマイトが街にやってきたあの日から。テメェはどんどんどんどん成長していきやがる。考えてみりゃすぐだった。無個性だったお前が、オールマイトと出会ってから急に変わったんだ」

 

 オールマイトのフィギュアを見ていたかっちゃんは僕に視線を戻し、続ける。

 

「ねこババアが個性を失ったこと、脳無が複数個性を持っていること。それから考えて、人から人へ移動する個性があるっていう信憑性は高ェ。ンで、神野の一件でオールマイトは力を失った。あの日。俺の隣でみっともなくぎゃんぎゃん泣いてたお前は、俺とはまったく別の捉え方をした」

 

 『次は、君だ』。オールマイトがカメラを指しながら言ったあの言葉は、敵への宣戦布告とも捉えられた。でも僕は、僕へのメッセージだと捉えた。『私は使い果たしてしまった。だから、次は君が』、と。僕の隣で見ていたかっちゃんは、それに気づいたらしい。

 

「聞いて、どうするの」

 

 これは、誰にも言わないようにっていう言いつけを守らなかった報いだ。僕には、かっちゃんを真正面から受け止める義務がある。

 

「……気づいた時は、ガチでやり合ってお前の何がオールマイトにそこまでさせたのか確かめてやろうかと思った。ただ、バカらしくなっちまってよ」

 

「ガ、ガチでって……」

 

 そんなことしようとしてたのか、かっちゃん。確かにかっちゃんならやりかねないけど、思い直してくれてよかった。

 

「バカらしくなったって?」

 

「俺とお前で、オールマイトが認めたのがお前だってことを、認められない俺が、だ」

 

 まず、びっくりした。かっちゃんが自分のことをバカらしいと言ったことに。いや、内心では思っていたのかもしれないが、人にそれを伝えるということにびっくりした。人に弱みを見せることなんてなかったのに。

 

「ガチでやり合うより、早ェ話テメェの上に立ちゃいいんだ」

 

 言って、かっちゃんは立ち上がった。僕を見下ろして、中指を立てて。

 

「選ばれたお前よりも、俺は上に行く」

 

「……!なら、僕はその上を行く!」

 

 勝手にしろ。と吐き捨ててかっちゃんは僕の部屋から出て行った。……少しは、わかり合えるようになったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……死柄木」

 

「なんだ?」

 

 肩を組んで馴れ馴れしく呼んでくるトゥワイスを押しのけながら、一応返事をしてやる。するとトゥワイスは前を指しながら耳打ちしてきた。せっかく押しのけたのに。

 

「トガちゃん、どうしたんだ?心配してねぇけど」

 

 指した先には、イスに座っているトガ。その顔は赤く染まっており、どこか遠くを見つめている。十中八九想くんのことだろう。この前、仮免試験で想くんと会ったそうだ。帰ってきたとき、「カッコよかったです!」とハイテンションで俺に詰め寄ってきたことを覚えている。カッコよかったって言う暇があるなら堕としてこいと言ったら、「堕とすだなんて、そんな」とくねくねされた。鬱陶しい。

 

「どうせ、愛しの想くんのことだろ」

 

「今想くんの話しました!?」

 

「うわっ!落ちついた!」

 

 想くん、という名前を聞いた途端トガが詰め寄ってきた。相変わらず想くんへの執着心が強い。トゥワイスものけぞって大層驚いている。

 

「お前がぼーっとしていたからな。トゥワイスが心配していた」

 

「そうなの?ありがとです、仁くん」

 

「どういたしまして!ありがとう!」

 

 こうしてにこにこしていると普通の女子高生にしか見えないのに、想くんが関わると一気にやばくなる。想くんの前では大人しくしているらしいが、帰ってきてからはものすごかった。うろうろしては「えへへ」と笑い、かと思えばぼーっとして。しばらくそれを繰り返すものだから気味が悪かった。マグネなんかは「あらあら」と微笑ましそうにしていたが、アレはそんなもんじゃない。

 

 トガと二人きりになった時、今まで想くんと会った時になんで血を吸わなかったのかと聞いたことがある。その時、トガは恋する乙女のように、「二人きりになったとき、誰にも邪魔されないところでゆっくりとがいいのです。いっぱい愛し合いたい。殺し合いたい。弔くんもそう思うよね?」と言ってのけた。俺は敵だが、想くんに同情してしまったほどだ。

 

 ただ、人それぞれ個性があるように人の想いも人それぞれだ。俺にそれを邪魔する権利はなく、俺以外のやつだってその権利はない。それに、想くんはトガの愛の形を受け入れている。……本当に、なんで想くんは敵じゃないんだか。

 

 いや、この場合トガがなぜ敵なのか、と言うべきか。

 

「? どうしたんですか、弔くん」

 

「なんでもない」

 

 こいつは、想くんに自分を受け入れてもらった。世間からは確実に受け入れられないであろう自分を。なのに、トガは敵になった。それは、想くんの親が想くんをボロボロにしたトガから引き離したから。一番トガを受け入れることができる想くんは、早々にトガの下からいなくなった。子どもを心配してのことだというのはわかるが、子どものことを考えていない。

 

 トガと想くんの関係は、こんなにも羨ましい……、いや。誰もが認めるべきものなのに。個性によって歪んでしまった愛の形をそのまま愛として受け止められる想くんという人物が近くにいたということは何より幸運なことで、引き離せばどうなるかなんてわかっていたはずだ。結果、トガは敵連合にいる。

 

「ふふ、楽しみだなぁ。想くんが迎えに来てくれるの。今度こそ二人きりになってぐちゃぐちゃにするのです!」

 

「優しくしてやれよ」

 

「トガちゃんバイオレンスだな……羨ましいぜ!」

 

 ぐちゃぐちゃにされてもあいつなら喜びそうだと思うが、俺はあいつが敵連合にくるなら大歓迎なのでできる限り勧誘する形でお願いしたい。あいつの中のヒーローを支えている芯をへし折って連れてきてくれるのがベストだ。想くんが死ぬと、トガも後を追って死にそうな気がするし、そうなると貴重な戦力と貴重な戦力になるかもしれないやつが同時に失われる。

 

 実際、トガは想くんが死んだら死ぬだろう。トガは血が好きだと言っているが、その実あまり口に含まない。想くんの血が美味しすぎて、他が不味く感じすぎてしまうからだそうだ。いきつけのラーメン屋以外のラーメンは受け付けないのと似た感覚だろう。……俺としては積極的に血を摂取してほしいのだが。仮免試験に潜入して適当に集めてきた血も摂取せず放置している始末。想くんには血を摂取せずとも変身できるのに、他は全然だ。変身できるだけマシとも言えるが。

 

「次はいつ会えるのかなー。あ、私が雄英に入学するっていうのはどうです?」

 

「イレイザーがいなかったらアリだったかもな」

 

「えぇ!?そんなことしたらトガちゃんと会えなくなっちゃうじゃねぇか!清々するな!」

 

「うーん、仁くんか想くんなら想くんですね。確実に」

 

「ショック……!こんなに嬉しいことはねぇ!」

 

 フラれたトゥワイスは俺に寄りかかり、「慰めてくれ」と一言。鬱陶しいから肘で押しのけると「あはん」と気持ち悪い声を出しやがった。バラバラにしてやろうか?

 

 俺たちのやりとりを見て、トガが上品にくすくす笑う。想くんと会うようになってから女らしさに磨きがかかってきたように思えるトガは、思い出したように「あっ」と言って俺を見ると、申し訳なさそうな顔で「そういえば、ごめんなさい」と謝ってきた。

 

「何がだ?」

 

「私、想くん以外に変身できなくなっちゃったっぽいです」

 

「は?」

 

「え?」

 

「ちょっと、好きすぎちゃったみたいで」

 

 申し訳なさそうな顔はどこへやら。幸せそうに「えへへ」と笑うトガに、俺は頭を抱えた。同情したように俺の肩をたたくトゥワイスを、今度は押しのけることができなかった。



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インターン
二学期開始


 色々濃かった夏休みを終え、始業式。校長のクソ長い話を適当に聞き流し、ぼーっと過ごしているといつの間にか始業式が終わっていた。爆豪に「何の話してたんだ?」と聞くと、「お前退学だってよ」という冗談。笑いながら「冗談だろ?」と聞くとまったく答えが返ってこなかった。え?ほんとに?

 

 退学になるようなことしたかなぁと考えながら教室に戻り、席につく。みんなが俺に何も言ってこないってことは爆豪の冗談なんだろうけど……なんかムカついてきたな。今度アイツの部屋のドアノブにガム貼り付けてやろう。

 

「じゃあまぁ、今日から通常通り授業を続けていく。今日は座学のみだが、後期はうっかり死んじゃうくらいキツイ訓練あるから気を付けて」

 

 生徒を殺してしまう訓練……?ダメだろ雄英。ただでさえ今世間からの評価悪いのに。ここで生徒の中から死人だしたら終わりだぞ。死ぬとしたら多分俺だし。

 

「ごめんなさい、いいかしら先生」

 

 遠くない未来迫ってくるであろう死の恐怖に震えていると、蛙吹が礼儀正しく挙手した。俺なら挙手せずにべらべら喋っちゃうのに、優等生はやはり違う。見とけよ爆豪。あれが優等生ってやつだ。

 

「始業式でお話に出ていたヒーローインターンってどういうものか聞かせてもらえないかしら」

 

「ヒーローインターン?そんなこと言ってたのか」

 

「……」

 

「ひえぇ……」

 

 うっかり口が滑ってしまったのを相澤先生に聞かれ、睨まれてしまう。べ、別にいいじゃん。相澤先生も学生時代は多分聞かなくていい話は先生の話も聞かなさそうだし。俺と同じだ。俺と同じか?ヒーローインターンってめちゃくちゃ重要そうだけど……いや、優等生の蛙吹がインターンの詳細を聞いている以上、詳しい話はしていなかったはず。よって聞かなくてもよかった。俺の勝ちである。

 

「……それについては後日説明する予定だったが、まぁ、今やる方が合理的か。聞いとけよ、久知」

 

「なんで名指しなんですか?」

 

「心当たりがないなら個人的な指導がいるな」

 

「すみませんでした」

 

 相澤先生に個人的指導をやってもらえるのは嬉しいが、同時に苦しい。辛い。林間合宿のときの補習組も死にそうな顔してたし。始業中、授業中の相澤先生の前でふざけるのはやめておこう。

 

「簡単に言えば、以前行った職場体験の本格版。体育祭で得たスカウトをコネクションとして使う、生徒の任意で行う活動だ。元々は各事務所が募集を出す形だったんだが……雄英生徒引き入れのためにいざこざがあってこのような形になったそうだ」

 

 体育祭で得たスカウトをコネクションとして、ということは体育祭でスカウトがなかった人はインターンの参加自体が難しいってことか。……インターンの時期がわからないが、父さんの回復は間に合うのだろうか。

 

「仮免を取得したことでより本格的、長期的に活動へ加担できる。ただ1年での仮免取得は例がない。敵の活性化も相まってお前らの参加は慎重になっているのが現状だ。体験談も含め、後日ちゃんとした説明と今後の方針を示す」

 

 「じゃ、待たせて悪かったな」と相澤先生が教室の入り口に向かって言うと、マイク先生がやかましく騒ぎながら入ってきた。目覚ましにちょうどいいから一限目は毎日マイク先生がいいな。うるさいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。久しぶりの授業が苦痛に感じたが天才である俺はそつなくこなし、予習をしておらず授業で置いていかれた切島たちを優越感に浸って見下ろしつつソファにふんぞり返る。人の上に立っているという感覚は気分がいい。

 

「ウーン、予習をしていないとは雄英生として自覚が足りないんじゃないか?なぁ爆豪」

 

「予習しなくても一回見りゃわかんだから必要ねぇ」

 

「オイ!せっかく俺が珍しくお前と仲良く他を見下してやろうとしたのによ!」

 

「男らしくねぇなぁ」

 

「俺最近、爆豪より久知のがクソなんじゃねぇかって思ってんだ」

 

「は? ……」

 

「返す言葉なくなってるじゃん」

 

「でも爆豪くんと違ってあんまり感じ悪くないよねー!」

 

 仲良くしようとした爆豪に見放され、切島と砂藤に責められ、耳郎が隣に座りながらとどめを刺しに来たところに葉隠のフォロー。いいやつだな葉隠。こういう優しさが必要だと思うんだよ、俺は。例え思ってもいないとしても。聞いてるか。ソファの背もたれに座って俺の頭に手を置いてる爆豪。いつでも爆破できるぞっていう脅しか?

 

「久知はインターンどうすんの?まだ詳しいことわかんないけど」

 

「アー、まぁ、父さんのとこかな」

 

 耳郎が俺的ぐっとくる仕草ベスト5くらいに入る『前のめりになって覗き込みながら聞いてくる』を披露し、それにドキッとしながら冷静を装って返す。俺は被身子が好きだが、別に他の女の子に反応しないというわけではないのだ。恋愛対象ではまったくないけど。ごめんな耳郎。

 

「ノーリミットか!アツいヒーローだよな!男!って感じだぜ!」

 

「ノーリミット!僕も見てたよ!あの人がヒーロービルボードチャートのトップ10に入っていないのがおかしいくらいにすごかった!特にオールマイトを彷彿とさせる単純な強さ、劣勢に立たされながらも民衆に与える安心感。まさにヒーローって感じでめちゃくちゃ感動しちゃったよ。僕としては次のヒーロービルボードチャートでかなり上位にランクインするんじゃないかなって思ってるんだけど、久知くん的にはどう思う?実力的にはかなり上位だけど、事件解決数はどうなのかな。国民支持率はあの一件で結構集めただろうし」

 

「長ェよクソデク!ンな長尺で親父の話されるやつの身にもなれや!」

 

「わ、ごめんかっちゃん!久知くんも!」

 

「あぁいや、いいって。父さんを褒めてもらえんのは素直に嬉しいしな」

 

 ノーリミットの名前が出た途端一瞬で緑谷が現れ、べらべら喋り出したことに驚きつつも、父さんがちゃんと評価されているのが嬉しい。職場体験の時も思ったが、あの人は一つの地域で収まるような人じゃないと思っている。きっと父さんにも理由があって活動範囲を広げていないのだろうが、もう国民は父さんを放っておかないだろう。緑谷の言っているように、ヒーロービルボードチャートのトップ10に名を刻んでもおかしくない。

 

「でもお父さん大丈夫なの?」

 

「普通に喋れるくらいには元気になってるけど、インターンに間に合うかどうかはわかんねぇなぁ」

 

 あの人なら間に合わせそうだけど。ただ、あんなとんでもない戦闘をしたんだから普通なら回復には大分時間がかかる。はず。この前病院に行った時はもうすぐ退院できるって本人が言ってたのは冗談だと思いたい。あんな大怪我を一か月以内で治すってとんでもない化け物だ。……あの歳になって個性と体が成長しているならおかしくもない、のか?『限界突破』ってもしかして治癒能力も限界突破しちゃう感じか?

 

「つってもインターンに行って勉強についていけるかどうかなんだよなぁ」

 

「あー、それね。ウチも不安なんだよね……そもそも行けるかどうかもわかんないけど」

 

「成績上位のやつらに教えてもらえばいいんじゃね。八百万とか飯田とか俺とか緑谷とか轟とか」

 

「オイ……ンで俺を抜いた……?」

 

「教えんの下手くそじゃん。なぁ切島」

 

「お?あ、まぁ……」

 

「言い淀んでんじゃねぇぞ男らしくねぇ!」

 

 だって実際下手だし。切島が「勉強についていけるかどうかわかんねぇから、もし無理だったら爆豪、頼むぜ!」と言わなかったのは爆豪が勉強を教えるのが下手くそだからだ。俺に頼まなかったのはきっとインターンに行くって言ったから気を遣ってくれたんだろう。そうに違いない。

 

「確かに男らしくなかった!ワリィ爆豪!お前下手くそだから、教えてもらうのは久知のがいいわ!」

 

「いい度胸じゃねぇかテメェ!教え方完璧にしたるわ!」

 

「この向上心見習いたいよな」

 

「向上心っていうのかな……」

 

 完璧にする、と言ったからには完璧にするのだろう。爆豪はそういうやつだ。……これ以上完璧になられると困るので、邪魔してやろうと思う。このままでは教え方を極めすぎて将来先生になりかねない。未来の子どもたちのためにも全力で阻止せねば。

 

 未来を守る決意を胸に、俺はその日の晩爆豪の部屋に突撃した。教え方を教えろと言われて嬉しかったので教えてしまった。は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターンの説明があってから。クラスの中ではインターンの話で持ち切りだった。どこに行くか、受け入れてくれるか、勉強との両立はできるか。俺は言ってしまえばコネでインターンにいけるのでその悩みはあまり理解できない。コネであろうと個性的に父さんのところが一番いいのは事実だが。

 

「久知!」

 

「夜嵐」

 

 そんなインターンの説明があった翌日。授業を終えて寮に戻り、共同スペースでだらだらしていると夜嵐がやってきた。学校で見かけたらちょくちょく話す中ではあるが、こうして訪ねてくるのは珍しい。

 

「どうした?」

 

「インターンのことっス!できればノーリミットのとこ行きたいからな!」

 

「なるほど」

 

 嬉しいことに、夜嵐も父さんのところに行きたがってくれているらしい。職場体験のコネを使うなら正しい選択だが、夜嵐の個性なら他に相応しいヒーローがいそうなのに父さんを選んでくれるとは。

 

「神野のノーリミット!スゲーカッコよかった!あんなスゲー人にしごいて貰ってたんスね!」

 

「そうだろ。父さんはすごいんだ」

 

「お父さんのことになると久知って可愛くなるよね」

 

「いつもはクソなのにな」

 

「耳郎、可愛くなるってのはやめてくれ。上鳴はあとで前衛的なオブジェにしてやる」

 

「耳郎!助けて!」

 

「ウチも手伝うよ」

 

「味方がいねぇ!」

 

 上鳴はなぜ懲りないのだろうか。爆豪を煽っても暴言が飛んできて、俺を煽っても暴言が飛んでくるのに。構ってもらえるのが嬉しいのだろうか。見た目チャラいし、きっと人と関わるのが好きなのだろう。

 

「それで、ノーリミットの容態はどうっスか!?」

 

「信じられんことに、もうすぐ退院できるらしい。前は発動するだけで一か月は動けなかったって聞いてたんだけどな」

 

「流石ノーリミットっス!」

 

 ついさっきメールで「インターン!!」とだけ送られてきた。恐らくインターンにこい、ということだろう。父さんは大体一行でメールを済ませてしまうが、家族だからこそ察することができる。流石に家族以外にこんなメールしてないよな?

 

「じゃあまた一緒になれそうだな!」

 

「つってもあの食事にトレーニング。それに加えてもっとハードな活動があるんだろ?耐えられっかな俺」

 

「……あの頃より成長してるからヨユーっスよ!多分!」

 

 あのポジティブな夜嵐が一瞬詰まるほどだ。アレは大分キツイ。今でも普通の食事じゃ足りないなと感じてしまう程だ。でも、アレのおかげで体力は大分ついたと思う。アレの前と後じゃ個性の反動が結構違ったし。

 

「父さんには俺から伝えとくわ。インターンの詳細出てねぇからまだ伝えねぇけど」

 

「よろしく!」

 

 言って、夜嵐は嵐のように去っていった。そうか、今思ったがあの飯をまた食わなきゃいけないのか……。

 

「爆豪、父さんのとこくる?」

 

「ア?俺ァ別で行くとこあんだよ」

 

 通りすがりの爆豪を道連れにしようと思ったが、フラれてしまった。一回食いすぎて吐く爆豪を見たかったのに。



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戦闘、通形ミリオ

「じゃ、本格的なインターンの話をしていこう」

 

「いきなりだな」

 

 挨拶とかあってもいいのに。そんなんだからめちゃくちゃいい人でカッコよくても結婚できないんだ。傑物のMs.ジョークはどうだろう。ぜひ結婚して相澤先生を毎日笑わせてほしい。

 

「職場体験とどういう違いがあるのか、実際現場に行っている人間から話してもらう。多忙な中都合を合わせてくれたんだ。心して聞くように」

 

 なぜか俺を見ながら言う相澤先生に首を傾げて、教室の入り口を見る。現場に行っている、ということは今インターンに行っているということで、2年か3年の人だろう。あんまり他学年と交流がないから誰がきてもピンとこないけど。

 

「現3年生でもトップに君臨する3名、通称ビッグ3のみんなだ」

 

 入ってきたのはがっちりした笑顔の人、綺麗な人、背の曲がった人。がっちりした人は確か、去年の雄英体育祭で脱いでいた人だ。脱いでいたというより、脱げてしまったと言った方が正しい気もする。

 

「じゃあ手短に自己紹介頼めるか?天喰から」

 

 相澤先生が自己紹介を促すと、背の曲がった人の目にいきなり力が入った。鋭い眼光が俺たちを貫き、クラス全体に緊張が走る。やはりビッグ3。正直相澤先生に睨まれる方が怖いが、ものすごい迫力だ。

 

「駄目だ、ミリオ。波動さん」

 

 果たして何を言うのかと身構えていると、「駄目だ」という言葉。ビッグ3のお眼鏡に適わなかったということか。見ただけで分かった気になってんのかコイツ?

 

「……ジャガイモだと思って臨んでも、頭部以外が人間のままで依然人間にしか見えない……!無理だ、まったく言葉が出てこない……」

 

 出てきた言葉は、思っていたものとは大分異なっていた。震えながら発せられたそれは、緊張した空気を混乱へと染め上げる。しまいには俺たちに背を向けて「帰りたい……!」とまで言ってしまった。

 

「ノミかよ」

 

「コラ爆豪。目上の人に対して失礼だろ」

 

「会って間もない1年にノミだと言われた……!」

 

「ね!天喰くん人間なのにね!不思議!」

 

 あ、この綺麗な女の人もやばそうだ。悪い意味じゃなくて、個性的そうだなという意味である。俺は人の事を悪く言ったことはない。

 

「彼はノミの天喰環。私は波動ねじれ。今日はみんなにインターンについてお話してほしいと頼まれてきました」

 

 あれ、まともか?と思った瞬間、波動さんが障子に目をつけ、「なんでマスクしてるの?風邪?おしゃれ?」と聞いて答えが返ってくる前に轟へ突撃した。この瞬間俺は波動さんの声を聞かないように意識を逸らした。

 

「ケッ、大丈夫かよ」

 

「性格と実力は別だろ」

 

 爆豪が吐き出した文句にフォローを入れる。確かにこんな個性的な人が続いたら不安にもなるだろう。これがビッグ3と言われても疑ってしまう気持ちもわかる。俺も疑っている。でも、緑谷は普段おどおどしてるけど強いし、そんなもんだ。普段がどうであれ、実力とは関係ない。かもしれない。

 

「前途ー!?」

 

「うわっ多難」

 

「一人だけツカミ成功!君とは気が合いそうだね!」

 

「爆豪……」

 

「助けねぇぞ」

 

 意識外からいきなり「前途」と言われたので反射的に答えてしまった。あんな大スベリを全力でかます人と気が合うなんて……いや、ビッグ3だから気が合うのかもしれない。やはり頂点同士、惹かれるものがあってもおかしくない。

 

「まぁ、何が何やらって顔してるよね。必須でもないインターンの説明に突如現れた3年生。そりゃ無理もないよね。というわけで!」

 

 言って、がっちりした人は元気よく腕を上げて、

 

「君たち全員、俺と戦ってみようよ!」

 

「っしゃあ!ぶっ殺したらぁ!」

 

「血ぃ有り余ってんなぁ」

 

 戦うと聞いて席を立ちあがった爆豪は、相澤先生に睨まれて大人しく座った。可愛いところあるなこいつ。

 

「俺たちの経験を身を持って経験した方が合理的でしょう!どうですかイレイザー!」

 

「……勝手にしな」

 

 爆豪がガッツポーズした。ホント好きね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体操服に着替えて体育館γに集合したみんなは何が何やらという感じだった。先輩はやる気を見せて準備運動をし、俺も爆豪に付き合って準備運動をしているが、他のみんなは「本当にやるの?」と困惑している。

 

「ミリオ、やめておいた方がいい」

 

 そんな俺たちの耳に、天喰さんの小さい声が入ってきた。壁に向かって、というより壁に引っ付いて話す天喰さんの声を拾うため耳を澄ますと、そのままぼそぼそと喋り始めた。

 

「こういうことがあってとても有意義ですよ、で済ませるべきだ。みんながみんな上昇志向というわけじゃない。立ち直れなくなる子が出てきてはいけない」

 

「……!?」

 

「待て爆豪!すぐ手ぇ出そうとすんな!」

 

「見下してんじゃねぇぞコラ!!大体自己紹介もできねぇクソノミが立ち直れなくなる子が出てきてはいけないってンだそれ!大したユーモアだなぁオイ!」

 

「すんません!コイツ戦闘前はハジケちゃうんです!今のは『ムカついたからぶっ飛ばしてやる!あとあなた面白い人ですね』って意味なんで!」

 

「フォロー下手かよ!元気があって大変よろしい!」

 

 先輩……ミリオと呼ばれた人は腰に手を当て、高らかに笑った。どうやら気にしていないらしい。天喰さんは「確かにそうだ……僕なんかが口を出すべきじゃなかったんだ……」ってめちゃくちゃ気にしてるけど。あとで謝っとけよ。

 

「よし!いつどっから来てもいいよ!一番手は誰だ!?」

 

「僕……ってかっちゃん!?」

 

 緑谷が前に出て「行きます!」という前に、爆豪が飛び出した。ほんと戦闘ってなると我慢できねぇなアイツ。まぁあの才能マンのことだから多分なんとかなるとは思う……。

 

「あー!!」

 

 耳郎が叫んだ。それは、ミリオさんの体操服がすべて脱げたからである。いや、落ちた。初心で乙女な耳郎には刺激が強いだろう。かわいそうに。爆豪にはできるだけ早く股間を爆破で隠してほしい。

 

「失礼!調整が難しくてね!」

 

 ミリオさんは慌てて下を履き始めた。脱ごうと思って脱いだわけではないらしい。脱ごうと思ってたならとんでもない変態だからそうじゃなくてよかった。ビッグ3がノミ、不思議ちゃん、変態って雄英が終わったと思われてしまう。

 

「ふざけやがって!」

 

 爆豪がキレながらミリオさんに接近していく。しかし、ミリオさんは爆豪には目もくれず、まだ履こうとしている。ということは別に見なくても大丈夫ということか?そう仮定するなら体操服が落ちたのは……。

 

「爆豪!手ぇ狙え!」

 

「わかっとるわ!」

 

「おっ」

 

「緑谷!先輩の動き見ててくれ!」

 

「え、わ、わかった!」

 

 俺一人じゃ考えがあっているか不安なので、俺より鋭い緑谷に協力してもらう。すり抜ける個性であることは間違いないが、その条件はまだわからない。ただ、今履こうとしてズボンを掴んでいる手は少なくともすり抜けないはずだ。避けられないとは言ってないけど。

 

「君!鋭そうだね!」

 

「うおっ、速っ!」

 

 ぐだぐだ考えているうちに、いつの間にかミリオさんが目の前にいた。そして、腹パン。マジかこの人。会ったばかりの1年に腹パンする3年生っているの?

 

「なにしてんだクソヤニ!」

 

「悪い!」

 

「お、腹パンされて喋れるタフネス!やっぱり早めに倒した方が」

 

 言い切る前に、ミリオさんが炎にのまれた。実際は無事だろうが、やはり目の前の人がいきなり炎にのまれたらドキッとする。が、ドキッとしている暇もないので瞬間解放10でそこから一気に離れた。ワープ紛いのことをしてくるから離れても意味はなさそうだが。

 

「そういうことなら、まずは遠距離持ちからだよね!」

 

「轟くん!」

 

 また気づいたら一瞬で移動していたミリオさんに、轟が沈められた。そりゃ轟倒すよな。俺でも倒せるなら真っ先に倒す。ただ……。

 

「緑谷、見てたか」

 

「うん。沈んだ」

 

 ミリオさんは移動する前に一瞬沈んでいる。そして気づけばワープしている。どういう原理かはわからないが、恐らくすり抜けて沈み、弾き出されるように移動しているはずだ。そういう移動の仕方なら、どう沈んだかである程度出てくる場所は予想できる。

 

「できた、ところで」

 

 そうして考えている間に、俺たちの後ろにいる遠距離組が全員倒れていた。まだ5秒くらいだぞ?

 

「比較的安全なのは空中だな」

 

「……大人しいと思ったら、爆豪。お前、見てたんだな」

 

 俺の隣に立って冷静に言う爆豪。いつもなら「待てや!」とかなんとか言って相手を追いかけまわすのに、今はいやに冷静だ。それほどミリオさんが強いということだろう。

 

「沈んで移動するってことがわかってんなら、空中に引きずりだしゃそん時は移動できねぇ。一度空中で避けちまえば追撃はねぇはずだ」

 

「沈み具合で距離が変わるとしたら、空中に逃げた瞬間地面に沈んで移動、避けられたら天井に沈んでまた移動ってのをされんじゃねぇか?」

 

「なら避けてぶっ殺す」

 

「してみなよ!」

 

 気づけば、二人仲良くみぞおち。二発目はダメだ……!上限解放して無理やり耐えるしか、

 

「知ってるよ!」

 

「がっ」

 

 解放しようとした瞬間に、叩き伏せられた。どうやら爆豪もやられたようで、二人仲良く地に伏せている。

 

「特にタフそうだったからね!ごめんね!」

 

 嬉しいのか嬉しくないのか微妙な言葉を残して、ミリオさんは他のみんなを沈めに行った。

 

「ぐ、ぎぎぎ」

 

「アー……ここは大人しくしとこう。授業だし」

 

 隣で呻いている爆豪が今にも飛び出しそうだったので制しておく。この戦いの目的はインターンがどんなものか知ることであって、ミリオさんに勝つことではない。俺も少々ムキになってしまったが、勝敗は関係ないのだ。隣の爆豪はまったく納得いってなさそうだけど。めちゃくちゃ悔しそうに歯を食いしばっている。

 

「……クソが」

 

 どうやら、納得してくれたようだ。無理やりに。



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インターン承諾

「まぁこんな感じなんだよね!ちんちん見えないよう努めたけど、ごめんね女性陣!」

 

 男にも謝ってほしいと思ったが、気にしないようにしよう。ちんちんどうこうより全員一気に倒された方が気になるし。

 

「俺の個性強かった?」

 

「俺の個性のがつえぇわ!」

 

「張り合うな張り合うな」

 

 さっき納得したと見せかけてまだ納得していなかったのか、爆破しながら目を吊り上げる爆豪を抑えにかかる。確かに個性で言えば爆豪の方が強いかもしれないが、今はミリオさんの時間だ。変に流れを変えてしまっては申し訳ない。

 

 しかしミリオさんは「そうなんだよね!」と俺たちにぐりん、と顔を向けた。

 

「君たち二人ならもう察してると思うけど、個性が強いんじゃなくて強くしたんだよね!」

 

 察してないけど。攻撃を透かせて一瞬で移動できるなら、それはめちゃくちゃ強い個性だと思うが……強くしたということは何かしらデメリットがあるのだろう。

 

「俺の個性は『透過』!個性を発動するとあらゆるものをすり抜ける!地面もね!地中に落ちたときに個性を解除すると質量のあるものが重なり合うことはできないらしく、弾かれてしまうんだよね!」

 

 それはまぁなんとなく察しはついていた。爆豪もわかっていたことを説明されたからか、つまらなさそうに腕を組んでいる。態度悪いぞお前。態度悪くなかったら爆豪じゃないみたいなとこあるけど。

 

「ただし、発動中は酸素を肺に取り込めないし、目も見えないし耳も聞こえない。全部透過してるからね。だから地中に落ちているときは質量を持ったまま落下の感覚があるということなんだ。そんなんだから壁一つすり抜けるのにもいくつか工程がいるんだよね」

 

 頭が悪かったらすぐにミスりそうだ。個性の解除方法がわからず延々と落下することもあり得る。怖すぎだろ透過。訓練するのも命がけだ。俺も命がけと言えば命がけだが、ベクトルが違う。俺は透過をうまく扱える気がまったくしない。

 

「この個性で上に行くには遅れだけはとっちゃダメだった!何より予測!が必要だった!その予測に必要なのは経験!経験則から予測を立てる!」

 

 緑谷もそういうタイプだ。分析が得意で、誰がどういう攻撃をするのかということが頭に入っていても不思議じゃない。現に、爆豪は緑谷にクセを掴まれている。逆もまた同じだが。俺もどちらかというとそのタイプだろうか。自分じゃわからん。

 

「これが手合わせをした理由!言葉よりも経験で伝えたかった!インターンに行くとお客さんじゃなくて一人のサイドキックとして扱われる!これは恐いよ……何せ人の命を預かるってことだからね。けれど恐い思いも辛い思いもすべて学校じゃ手に入らない経験値!俺はインターンで得た経験値でトップを掴んだ!だから、怖くても行くべきだと思うよ1年生!」

 

 努力でトップを掴んだ……父さんが好きそうな人だ。というよりみんなが好きそうな人だ。最初は疑っていたが、今はトップだと言われても頷ける。話し方もプロっぽいし。めちゃくちゃ笑顔だし。笑顔は本当に見習うべきところだと思う。もう無理かなと思って諦めかけてるところはあるけど。

 

 しかし、お客さんか……職場体験の時はそんな感じじゃなかった気がする。もしかしたらアレは父さんなりのおもてなしなのかもしれない。ヒーローになったらこんなもの優しい方だぞ、みたいな。そんなわけないだろ。

 

 その後、全員でお礼を言って教室に戻った。要するに、上に行こうと思うならインターンに行け、ということだろう。父さんのところに行けば間違いなく強くなれる。多分あの化け物はもうすぐ退院するから、あとは頼むだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、こんなところにきてもらって」

 

「俺も何の信頼も得ていない奴を本拠地に呼ぶのはごめんだからな。我慢するさ」

 

 目の前にはオーバーホール。簡単に言えば、ヤクザの若頭。そいつがいた。少し前にトゥワイスから「今からいいやつ連れてくぜ!」と連絡があり、場所を指定して待っていたらこれだ。随分大物を連れてきたものである。

 

「誰ですか?弔くん」

 

 俺の隣に立つトガがオーバーホールを見て首を傾げている。本当に想くん以外興味ないんだなこいつは。日陰でこそこそ生きていくなら知っていてもおかしくないだろうに。

 

「ヤクザだ。死穢八斎會の若頭」

 

「私たちと何か違うんですか?」

 

「そうだな……敵予備軍として監視されてる団体ってとこか」

 

 あまり説明してもすぐ忘れるだろうから、適当にすませておく。どうせ聞いちゃったから適当に質問しておけ、っていうノリだろう。いちいち本気で相手していたら疲れるだけだ。

 

「極道!初めて見たわ!危険な香り!」

 

「……」

 

 オーバーホールはテンションが上がっているマグネを見て微妙な表情をしている。悪い。でも受け入れてくれ。別に取って食おうっていう話じゃないんだから。

 

「で、何の用だ」

 

「早い話、俺の傘下に入れってことだ」

 

「断る」

 

 なんだくだらない。なんで俺がお前みたいなヤクザの傘下に?日陰で過ごし過ぎて頭がおかしくなったのか。俺ですらそんなにおかしくなっていないのに。

 

「俺が支配者になる計画の遂行には金がいる。ただ、名もないやつに貸してくれるお人よしはいないんだ。だが、名の売れたお前たちなら別。悪い話じゃないだろう?どうせお前ら、すぐ終わるんだ」

 

「無意味に煽るなァ。別に、傘下になんのが嫌なだけで、手を組みたくないとは言っていない」

 

 あの自分が上だと思い込んでいる言い方、目が大分鬱陶しいが、ここで争ってもなんの意味もない。単身……かはわからないが、見た目単身で俺たちのところにくるほどだ。実力は相当なものなんだろう。連合の誰かが動かないようあらかじめ俺が前に出ておく。

 

「手を組む?」

 

「お前らは敵連合の名前が、俺たちは更に名を売れる。傘下に入る気はない。お互い納得できるところを探していこう」

 

「……思っていたよりも大人なんだな」

 

 思っていたより?俺の何を知っていて思ったよりって言ってるんだコイツ。俺はずっと大人だ。

 

「えー、私やだ。ヤクザ、なりたくないです」

 

「想くんに会える」

 

「なります!」

 

「オーバーホール。まず一人だ」

 

「……想定と違うな。まぁいい。お前らが冷静なやつらなら、もっと落ち着いた場所で話そうか」

 

 オーバーホールは俺たちに背を向けて、「ついてこい」と俺に言った。どうやら本拠地に案内してくれるらしい。わざわざ不利になるようなところに行く必要はないと思うが、あれだけ大口叩くやつなら何かいいものでも持っていそうだ。ノって損はない。

 

 黒霧に連絡を入れてから、オーバーホールの後ろをついていった。ついてこようとしたトガはお留守番。今すぐ行って想くんに会えるわけじゃないから、おとなしく待ってろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれだけ受けたインターンの説明だが、職員会議で多くの「やめとけ」の声が上がったらしい。全寮制になった経緯を考えればそりゃそうだが、あれだけ説明しといてそれはないだろう。ただ、インターン受け入れの実績が多いヒーロー事務所に限り、1年生のインターンを許可する方針らしい。

 

「で、そこんとこ聞きたいんだけど」

 

『あぁ、それなら問題ないだろう。そこそこ実績はあるからな』

 

 父さんのところに行くつもりなのでそれを聞いた放課後、寮に戻ってから電話してみると、どうやらオッケーなようだ。電話の向こうから元気な父さんの声が聞こえてきて、ほっと胸を撫でおろす。これで無理って言われたら俺はどこに行けばいいんだって思っていたから安心した。あとは退院できるかどうかだが……。

 

「父さん。怪我の調子は?」

 

『あぁ、退院した!』

 

「は!?」

 

 いきなり大きな声を出したからか、共同スペースにいるみんなから一気に注目された。なんとなく誇らしくなって手を振り返すと数名は手を振り返してくれたがあとは全員無視。ひどすぎる。

 

「大丈夫なのか?まだ一か月も経ってないだろ」

 

『なんか回復したからな。大丈夫、二、三日は家で休むさ。活動は週末に再開するからその時にきてくれ』

 

「大丈夫なら……あ、あと夜嵐も行きたいって言ってたんだけど」

 

『むしろ連れてこい!』

 

 どうやら既に面倒を見る気だったようだ。これで俺と夜嵐はインターン参加決定である。……またあのご飯食べなきゃいけないのかぁ。あれだけ勘弁してくんねぇかなほんと。訓練は身になるからむしろありがたいけど、あの量のご飯だけはほんとにダメだ。許してほしい。

 

「んじゃ、頼むわ」

 

『おう!任せておけ!』

 

 そんじゃ、と言って電話を切り、ソファに向かう。あそこに座るのがクセになってしまっている。なんかこう、あそこでみんなと喋ってだらだらできる時間がいいんだ。あそこでアロマシガレットを吸えたら最高。

 

「誰に電話してたんだ?」

 

「父さん。インターンについてな」

 

「行動早ぇなぁ。で、どうだって?」

 

「いけるってさ。週末に夜嵐と行ってくるわ」

 

「マジかよ!俺も行きてー!」

 

 ソファに座って上鳴と話す。どうやら上鳴も父さんのところに行きたいらしい。それはよかった。だったら内容を話しておいてやろう。心構えができているといざその時に直面しても衝撃はマシになる。

 

「食事は毎回大量のおかずにどんぶり三杯。んで戦闘訓練毎日。俺はこれを職場体験でやった。恐らくインターンはもっとキツイ。よし、一緒に行くか?」

 

「あ、遠慮します……」

 

 嫌がられてしまった。まぁ嫌だと思うけど。俺だって嫌だし。むしろこようとしたらやめとけって言おうと思っていた。アレ耐えれるの切島か爆豪くらいだろ。多分。

 

「まぁ増強系個性なら体作んのは必須だからな。そうじゃなくてもやって損はない」

 

「でも大量のおかずにどんぶり三杯は無理だぜ?」

 

「俺も無理だと思ってた」

 

 あのいつも笑顔の夜嵐でさえ死にかけてたんだ。アレは相当だぞ。このままいけば父さんのサイドキックになるだろうが、その時には体を作り終えてあの飯は遠慮したい。……いや、食い続けないと維持できないのか?

 

 とりあえず、夜嵐にメールで『インターン、オッケーだって』と送り、ここ数日は食事の量を増やそうと決意した。あの地獄に耐えるために。



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インターン開始!

「やーん可愛い!若頭さん、エリちゃん持って帰ってもいいですか?」

 

「……」

 

「悪い、オーバーホール。好き勝手させちまったのは俺の責任だ」

 

 死穢八斎會の本拠地に招かれ、加わることが決定しているトガを連れてきたのだが、気づけばトガはいなくなり、かと思えば小さい女の子を連れて戻ってきた。その時のオーバーホールの形相はとんでもないものだったが、しばらくすると諦めたようにため息を吐いた。わかる。めんどくさいよな。

 

「……こいつをうちに入れるのが不安になってきた」

 

「俺も毎日不安に思ってる。結果大丈夫だったから、まぁ気にするな」

 

 困惑する子ども……エリを膝の上に乗せて手を握り、呑気に遊ぶトガを見て頭を抱えるオーバーホール。有能だからとトガを死穢八斎會によこすのは賛成していたが、今になって不安になってきたらしい。トガが想くんにしか変身できないことは言わない方がいいだろう。言ってしまえばトガはいらないと言われるに違いない。想くんに変身できるのも十分強いのだが。

 

 オーバーホールは「まぁ、いい」とどう見てもよくなさそうな表情で吐き捨てると、トガを見ないようにでもしているのか俺を睨みつけた。

 

「で、トガ以外は誰を寄越してくれるんだ?俺としてはトゥワイス、黒霧はほしいところだが」

 

「トゥワイスはいいが、黒霧はダメだ。代わりにコンプレスかマグネはどうだ?」

 

 黒霧は今少々忙しい。そうでなくても有能なやつだ。オーバーホールに渡すには惜しい。トガとトゥワイスが惜しくない、というわけではない。ただ単純に、客観的に見た時の重要度の話だ。それに、こいつらなら適当に仕事をこなして適当に帰ってくるだろう。

 

「……マグネ、だな」

 

「コンプレスがくると大事なもんが盗まれるかもしれないからな」

 

 オーバーホールが考えているであろうことを言い当てると、ただでさえ鋭かった眼光を余計に鋭くした。今のは「俺が何か狙ってますよ」って言ってるようなものだったからな。狙ってるんだけど。

 

 トガには適度に死穢八斎會を探って定期連絡を頼んでおり、トガ以外のやつらにも頼んである。死穢八斎會に行ったやつは十中八九監視されるだろうが、バレたらバレたで黒霧にゴーサインだ。本当に便利すぎる。

 

「まぁ、利用し合う関係がちょうどいいか。お前らが無償で動くやつらだとも思えん」

 

「そりゃあな。そんなボランティア精神があるなら敵なんてやってない」

 

「子どもの面倒を見るボランティアはやってると思っていたが……」

 

「それについては目を瞑ってくれ」

 

 俺もできれば瞑りたいさ。と言うオーバーホールに、俺は深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週末!

 

「強くなったなぁ二人とも!」

 

「エグイ……」

 

「職場体験の時よりきついっス……」

 

 インターン初日。父さんの事務所を訪れると、「よし!戦闘訓練だ!」とトレーニングルーム2に連れてこられ、今しがたボコボコにされた。職場体験の頃より強くなったはずなのに夜嵐と一緒に一瞬で捻り潰され、少々自信をなくしているところである。

 

 父さんは地面に倒れている俺たちの前に立って満足そうに頷いているが、俺たちの攻撃をすべて受け止めた上でほぼ無傷なのだから、強くなったなぁと言われても煽っているようにしか聞こえない。……いや、父さんがおかしいんだと思うようにしよう。

 

「話には聞いていたが、本当に『玄岩』を使えるとはな。しかも俺と違って回復もできるときた。こりゃあ超えられる日も近いかもなぁ!」

 

「流石っス!俺も負けないぞ!」

 

「レップウも個性の使い方がうまくなった!繊細な操作、更に相手の嫌がる行動、戦闘技術が大幅に向上している。俺が俺じゃなかったら危なかった!」

 

「自慢かよ……」

 

 ゆっくり起き上がりながら悪態をつくと、父さんは歯を見せて笑った。どうやら自慢だったらしい。まぁ、自慢してもいいくらいすごい個性……というか、強さだけど。父さんがここまで戦えるのは努力の結果。すごい個性なんて言葉で片づけていいものじゃない。

 

「いやしかし、素晴らしい成長スピードだが俺も負けていない!一、二か月の入院は覚悟していたが、まさかこうも早く退院できるとはな。成長している証拠だ」

 

「それ以上強くなるって、もうオールマイトみたいなもんじゃん」

 

「ノーリミットがNo.1っスか!……!」

 

「似合わないって思うならハッキリ言ってやれ」

 

「ハッハッハ!俺自身もそう思うから別に構わん!」

 

 俺も父さんがNo.1になるところはあまり想像できない。地域に密着したヒーローだからというのもあるが、そこまで地位にこだわりがあるわけでもなく、実際世間にノーリミットを呼ぶ声があるのに対し、父さんは地域から出ていない。俺なら名声がほしくてバンバン出ちゃうのに。

 

「そういえばノーリミットってなんでこの地域だけで活動してるんスか?そんなに強いのにもったいないっスよ!」

 

「ふむ、なんで、か」

 

 聞くもんでもないだろうと思っていると、いつの間にか夜嵐が聞いてしまっていた。本当に素直というか、まっすぐなやつだな。でもこういうやつが上の人に好かれるんだろう。俺も可愛がってほしい。

 

 聞かれた父さんは腕を組んで悩み、地面に座り込んでいる俺を見た。そしてまた「うーん」と悩み始める。夜嵐ほどとはいかなくても結構ストレートな性格をしている父さんがここまで悩むとは、何かすごい理由でもあるのだろうか。少し期待して答えを待っていると、父さんは「よし」と頷いた。

 

「ヒーローになったときの身の振り方にも関係することだからな。話しておこう」

 

 言って、父さんは座り込んだ。夜嵐もそれに合わせて体を起こし、期待の眼差しで父さんを見ている。まるでヒーローを見る子どものようだ。いや、ヒーローを見る子どもなんだけども。

 

「まず、俺がこの地域から出ていない理由だが……特にない」

 

「え?」

 

「気づいたらそうなっていた、と言うべきか。俺は自分のことをそこそこ強いと思っているが、多くの人を救えるほど器用なわけではない。救えるかどうかわからない人より、確実に救える人を優先したというわけだな。それと……」

 

 父さんは俺を見て、男らしく笑った。

 

「あまり忙しくなると家族の顔が見れなくなるからな!」

 

「恥ずかしっ」

 

「なんでだ!スゲーいいお父さんじゃないっスか!」

 

 いいお父さんだけど、それを聞くこと自体恥ずかしいのに夜嵐の前でってのが余計に恥ずかしい。というか、ヒーローがそれでいいのか。何か、一般市民より家族を優先してしまっているような気がする。ヒーローなら私情を挟むのはよくないのではないだろうか。

 

「家族も一般市民だからな!俺が守らねば!」

 

 俺が首を傾げていたからか、父さんが俺の心を読み取って答えてくれた。時々こういうことをする父さんを不思議に思ってなんでそんなことができるのか聞いた時、「愛だ!」と言われ、以降気にしないようにしている。案外、父さんの個性の隠された能力的なものかもしれない。察する能力の限界突破みたいな?無理やりすぎるか。

 

 まぁ、俺も家族がいればそっちを優先するだろうからあまり強くは言えない。というか、ほとんどのヒーローがそうじゃないか?エンデヴァーですら家族を優先するだろう。何か仲悪そうだけど、轟はインターンでエンデヴァーのところに行ったらしいし、思ったよりは悪くないのかもしれない。

 

「で、だ。俺が地域を出ない理由を話しただけでは勉強にならんから、ヒーローをする理由について話してみるか」

 

「ヒーローをする理由?」

 

 聞くと、笑顔のまま頷いた。

 

「それぞれヒーローになる理由はあると思う。これをしたいから、こうなりたいから。ただ、なぜそれをするのか。なぜそれをしたいのか。それを考えてみるのがいいかもしれんな。俺の場合は、家族を守るためだな」

 

 また恥ずかしいことを言うのだろうか。他人にとっては美しいものに聞こえるかもしれないが、身内にとっては恥ずかしいものでしかない。カッコいいとは思うけど、思うけど!

 

「名をあげすぎると家族に危険が及ぶ。そして危険に晒された家族を守るためには、あまり手を広げるべきじゃない。すぐに駆け付けられないからな。だから地域に密着し、実力をじわじわ伸ばしている。伸ばしたからと言って地域密着をやめるわけではないがな」

 

「みんなのヒーローっていうより家族のヒーローって感じっスね!」

 

「まァな!神野の一件も想……=ピースが攫われたからで、家族に関係しないなら行ってなかった……はずだが、アレを放置して家族が危険に晒されるならやはり行っていたかもな」

 

 実際、神野での父さんの働きはかなりのものだった。自分が勝つのではなく守ることに徹し、最後は決死の限界突破を敵の動きを封じることに使った。普通、決死の限界突破をしたらその力で敵を倒そうとするのに、オールマイトが勝つことを信じて。他力本願ともいうが、あまりできることではない。人間、自分の利益になることが目の前にあれば手を伸ばしてしまうものだ。大物敵を倒したともなれば、オールマイト級の名声が手に入るだろう。

 

 父さんには、その力があった。それなのに守りに徹した。口では家族優先みたいなことを言っているが、俺にとっては立派なヒーローで、目標である。恥ずかしいから言わないけど。

 

「自分の行動が正しいのか、間違っているのか。そう悩んだときは自分がヒーローを志した理由を考えてみるといい。自分の芯がしっかりあれば立派なヒーローだ。別に大勢を救えなくてもいい。誰かにとってのヒーローになれればな」

 

 後半のは個人的な意見だ、と断りを入れてサムズアップ。なんでこの人がランキング上位にいないんだろう。俺めちゃくちゃファンなのに。

 

「ノーリミットカッケー!一生ついて行きまス!」

 

「ハッハッハ!ならもう一度訓練だ!その後飯!その後にパトロール!行くぞ!」

 

「ハイっス!」

 

「ちょ、待てって!」

 

 いきなり戦闘態勢に入った二人を見て、慌てて個性を使う。いきなり上限解放60。こうでもしないと父さんと夜嵐についていけない。恐らく、俺は現時点でこの中じゃ一番弱いから。

 

 数分後、俺たちは蹂躙されてまた地面に倒れ伏していた。強すぎるんだよチクショウ。



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白黒つける?

 今日はインターンに呼ばれず、普通に登校する日。度重なるトレーニングと量のおかしい飯のせいでぐちゃぐちゃになった体を引きずって、なんとか一日を過ごす。今日ほど疲労がたまっていても動ける個性でよかったと思った日はない。そのおかげで学校での訓練も乗り越えることができた。同じくインターンに行っているらしい緑谷はどこか集中できていない様子だったが……まぁ、あいつもあいつで何かあるんだろう。

 

「切島は関西だっけ?」

 

「クソ根暗先輩のインターン先に行ってるんだとよ」

 

 共同スペースのソファに座ってインターンの体験交換会という名の雑談をする。クソ根暗先輩……天喰さんのことか。こいつ先輩にも容赦ねぇのな。あの人は一応雄英ビッグ3なのに……とはいっても爆豪からすればいずれ自分の下になる人間なので、総じてクソなのだろう。

 

 爆豪はベストジーニストのところに行っているらしく、それを聞いた時に意外だと思った。職場体験で得たコネクションを使うというなら正しいが、あんな髪型にされたところへまた行くとは思えなかったのだ。この前さらっとなんでベストジーニストのところに?と聞いた時は「ただ強ぇだけじゃダメだからだ」って言ってたけど、アレどういう意味だろう。爆豪はポエマーにでもなってしまったのだろうか?

 

「あーあーお前らまた俺と実力差つける気かよ!俺も行きてぇなインターン!」

 

「行きゃいいじゃねぇか」

 

「オイ爆豪。上鳴の学力で両立できるわけねぇだろ」

 

「両立できねぇってごちゃごちゃ言わずに、すンだよ」

 

 上鳴はうぐっ、と言葉を詰まらせた。上鳴もわかっているんだろう。インターンに行けばかなりの経験値が貰えるし、行けるなら行くべきだと。ただ、少し頭がよろしくないので学業との両立が厳しい。別で補習してくれるとは言っても、ただでさえ補習レベルの学力だ。無理だと思っても仕方ない。

 

 しかし、爆豪の言うこともわかる。できないって言ってやらないんじゃなくて、とりあえずやれ。やらずに文句言うのが気に入らないんだろうな。多分。

 

「これでも週末に予習会とかやってんの!でも無理なの!」

 

「お前ならできんだろ」

 

「オイ久知!お前だな!爆豪を前向きなことしか言わないようにさせたやつは!あの頃のクソみたいな爆豪を返せ!」

 

「言い方は前のが悪かったが、元から結構前向きだっただろ」

 

 俺も今の爆豪にはなんとなく違和感があるが、きっとインターンで疲れているか、思うところでもあったんだろう。それか、上鳴の相手がめんどくさいから適当に喋っているかだ。だとしたら無視しているだろうから、多分それはない。

 

 俺がインターンに行っていて参加していなかった予習会は、八百万が教えてくれるらしい。確か期末のときも勉強会的なことをやっていた記憶があるから、それくらい八百万は教えるのが上手なんだろう。人望も厚いし、爆豪とはえらい違いだ。上鳴はその予習会に参加してなお無理なようだが、きっと普段の授業を真面目に受けていないからだろう。予習もして、普段の授業も真面目に受けていれば勉強の方は問題ないと思う。

 

「俺は学校の自主トレで頑張っからいーの!」

 

「そうか、頑張れ。いくらやっても俺たちのがすごくなるだろうけど」

 

「まずはアホになんのを克服しろや」

 

「ほんと痛いとこついてくるなぁ!?」

 

 相澤先生も痛いところはついていけって言ってたから、爆豪はそれを実践してるだけだ。優等生で大変よろしい。上鳴は「もういいもん!」と気色悪い拗ね方をしてどこかへ行ってしまったが。爆豪にあとで謝っておくように言っても無視されてしまったため、この辺りはあまり変わっていないようである。

 

「おにーさん!隣いい?」

 

「キャバ嬢かよ」

 

 上鳴が座っていたところに、芦戸と耳郎が新しく座った。華があって大変嬉しいが、お風呂上りに隣に座るのはやめてほしい。俺は健全な男子高校生であって、同性愛者でもなく、普通に女の子が好きなんだ。無警戒が過ぎる。

 

「ちょっとインターンのこと聞きたくてさ」

 

「そーそー!二人ともインターン行ってんでしょ?聞かせて!」

 

「私もお聞かせ願えませんでしょうか?」

 

 インターンのことを聞かれてどうしようかなと悩んでいると、八百万お嬢様も合流なされた。これは逃げられないなと思って爆豪を見ると、何か立ち上がろうとしていたので急いで腕を掴み、ソファに座らせた。

 

「っんどくせぇんだよ!気になんならテメェで行けや!」

 

「まーまー。実際行ってるやつのこと聞いて判断したいのかもしんねぇし」

 

「知るか!それならテメェがイチャイチャやっときゃいいだろ!」

 

「あ、もしかしてインターンのこと話したくないとか?」

 

「……!」

 

「わっかりやす」

 

 爆豪の性格から考えると、恐らくいいようにやられているのだろう。ベストジーニストは上位ランクのヒーロー。敵退治、救助、その他どれをとってもすごい人だ。いくら爆豪とはいえ、勝てるところはほとんどないはず。それを教えるのが嫌だから、いきなり立ち上がって部屋に戻ろうとしたってところか。

 

「考えてもみろ。俺が一人になって女の子と喋っているところをあのエロブドウに見られたらめんどくさくなるに決まってんだろ?俺を助けると思って!」

 

「誰もテメェのことなんか意識してねぇだろ!」

 

「ひどい……そうなんだけど……」

 

「確かに!イケメンだけどねぇ」

 

「友だちって感じだし」

 

「すごい方ですから、意識はしていますわ!」

 

「ヤオモモ、ちょっと違う」

 

 可愛らしく首を傾げるお嬢さまは置いといて、どうやら俺は激烈にモテないらしい。俺が好きな子は被身子だからいいんだとは思っていても、やはりそこはモテたいと思ってしまうのが男の子だ。……普段の言動と行動をどうにかすればもしかしたらモテるのでは?ほら、芦戸もイケメンだって言ってくれたし、耳郎も友だち関係から恋に発展するタイプっぽいし、八百万は知らん。

 

 まぁ俺がモテるのは天地がひっくり返ってもありえない。なぜなら俺は被身子一筋だから、女の子が遠慮してしまうかだ。ふっ、決まったぜ。

 

「……」

 

「どったの?久知」

 

「死にたくなった」

 

 一人で恥ずかしいことを考えてむなしくなり、頭を抱える。心配してくれる八百万に「久知はいつもこんなんでしょ」と言った耳郎は覚えてろ。今度仲良さげな上鳴との根も葉もない噂を広めてやる。と思ったけどそんなことしたら殺されちゃうからやめておこう。俺は冷静な男である。

 

「で、インターン何してんの?今日いつもより疲れてたみたいだけど」

 

 耳郎からの質問を聞いて、まず爆豪を見る。そっぽを向いているので、答える気がないみたいだ。爆豪が答えないならと、仕方なく俺が答える。

 

「朝から行って、父さんと戦闘訓練してちょっと休憩して戦闘訓練して、大量のおかずとどんぶり三杯のご飯を食べて、パトロール行って敵退治して……パトロール終わったらまた戦闘訓練して、いらねぇっつってんのにまた飯食わされて終わり」

 

「ひえぇスパルタ……B組の夜嵐も一緒に行ってたよね?」

 

「あぁ。流石のアイツも帰る頃には笑顔がなくなってたわ。あいつ今日大丈夫だったのか?俺は個性上疲労は平気……じゃないけど平気みたいなもんだが」

 

 少し心配だ。俺は疲労を次の日に持ち越してもそれを個性に使えるからまだいいが、夜嵐は学校生活に支障が出ている可能性がある。パトロールで敵退治も参加できるようになったため、職場体験の頃よりキツイ。

 

「そのような状態で敵退治をして平気なのですか?危険としか思えないのですが……」

 

「プロに甘えられるうちに極限状態での敵退治を経験しておけ、だとよ。とことんスパルタだわあの人。雄英より断然厳しい」

 

「なんだかんだ、久知が一番成長早そうだね」

 

「アァ!?俺のが強くなるに決まってんだろが耳!」

 

「耳って……」

 

 確かに耳郎の耳は特徴的だけど、耳はないだろ耳は。丸くなったかと思えばそういうところは変わらないんだな。……いや、爆豪がちゃんとし始めたらモテそうだからこのままでいい気がする。だって暴言吐かなくなったらただのイケメンの才能マンじゃん。俺が何においても勝てなくなる。勉強は勝てるか?

 

「つか、強くなるじゃなくてずっと俺のが強ェ!クソヤニが俺より強くなることなんざねぇんだよ!」

 

「そんなこと言ってていざ俺に負けたらめちゃくちゃ恥ずかしくね?」

 

「勝ちゃ勝ちだ!」

 

「そもそも勝負する機会ないんだけどねー」

 

 芦戸、確かに直接勝負する機会はほとんどないかもしれない。だがこいつに言わせっぱなしは俺も我慢ならん。ちゃんと戦って負けたのは体育祭だけで、アレも俺は万全じゃなかったから完全に負けたとは言えない。むしろあの状態で拮抗してたから俺の勝ちともいえる。あれ、俺強い?

 

「……ウチ、偶然聞いちゃったんだけどさ」

 

 言っていいのかどうか悩んでいるのか、俺と爆豪を交互に見て悩んでいる耳郎に、「何をだ?」と聞いてみる。俺と爆豪を交互に見るってことはろくでもないことに違いないが、話を切り出されたら聞かないと気持ち悪い。あの爆豪ですら耳郎の方を見て続きを待っている。

 

 耳郎はコードをくるくると指でいじりながら「確かじゃないんだけど」と言って、

 

「次の全員が揃ったヒーロー基礎学、クラス内でチーム戦やるらしいよ」

 

「殺したらァ!!」

 

「早くも白黒つきそうだなァ!?」

 

 爆豪と額を突き合わせて睨み合う。爆豪とは仲がいいとは思っているが、それとこれとは話が別だ。そのチーム戦で勝って、俺が爆豪より上だってことを証明してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、ヒーロー基礎学の時間。俺たち1-Aはグランドβに集まっていた。

 

「今日のヒーロー基礎学はチームに分かれての戦闘訓練だ。4人チームが3つ、3人チームが3つ。計6つのチームに分かれる」

 

「チーム分けは相澤くんと私が担当した。3人チームは数的に不利だが、それを覆してこそヒーローだ!」

 

「それぞれこちらで決めた位置からスタートし、戦闘を行ってもらう。戦略は自由。いつもならヒーローと敵という設定を設け、その設定に応じた動きをしてもらうところだが、今回は純粋な戦闘力を見る。体育祭を終え、仮免を取ったお前らが改めて自分の実力を知るチャンスだ。気張れよ」

 

「はい!」

 

「……」

 

「……」

 

「じゃあAチーム!きてくれるかな!」

 

 Aチーム。俺たちのことだ。一人に行こう、と声をかけ、もう一人にも不本意ながら声をかけて先生の所へ向かう。

 

「ンでこいつとチームなんだ!!」

 

「俺が聞きてぇよ!」

 

「俺も聞きてぇよ……」

 

 Aチームは俺、爆豪、峰田の三人。白黒つけるって息巻いてたのに、こりゃねぇよ。



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戦闘訓練 (1)

 戦闘不能判定はモニタールームにいる相澤先生、オールマイトによって行われる。また、ハンドカフスをかけることでも倒した判定となる。

 

「正直轟と上鳴以外怖くねぇんじゃね?」

 

「怖ェやつなんざいねぇだろ!全員ザコだ、ザコ!」

 

「女子と組めなくてもいいからこいつらと離してくれぇ……」

 

 チームワークが不安過ぎる。一人は全員見下してるし、一人は俺たちと組むのをめちゃくちゃ嫌がってる。なんでそんなに嫌なのかと聞くと、ただ単純に一言「怖い」と返ってきた。クラスメイトを怖がってんじゃねぇよ、ヒーローだろ。

 

 Aチームは俺と爆豪と峰田。Bチームは緑谷と上鳴と耳郎。Cチームは轟と瀬呂と芦戸。Dチームは麗日と蛙吹と口田と青山。Eチームは常闇と障子と飯田と砂藤。Fチームは切島と八百万と尾白と葉隠。注意すべきはBチーム、Cチーム、Dチームくらいか。Bチームは耳郎、Cチームは轟と瀬呂、Dチームは麗日が厄介だ。索敵されるのは言わずもがな、轟は単純な制圧力、瀬呂は拘束力、麗日は触れられたらアウト。ただ一番怖いのはBチーム。耳郎の索敵に、上鳴の放電、ブレインに緑谷。……上鳴と戦っても勝つ自信しかないが、その後がキツイ。

 

「で、どうする?」

 

 今は作戦タイム。5分後に戦闘訓練が開始する。俺としては様子見がいいのだが……。

 

「手当たり次第ぶっ潰す!」

 

「だよなぁ」

 

「お前ら!オイラが弱いってこと忘れんなよ!」

 

 峰田が自分のことを弱いと言っているが、一緒のチームになって助かったと思っている。もぎもぎを引っ付けられたらそれだけで終わりみたいなものだ。ある程度ダメージ、疲労がたまらないと近接しかできない俺は、峰田に速攻をしかけられると案外勝てない可能性もある。

 

「テメェは対敵したら俺らの邪魔ンならねぇくらいに玉投げとけ。そうすりゃ俺らが使ったるわ」

 

「今のは『お前の個性は使えるが、どこに投げれば効果的かってのはお前のが知ってるだろうから任せるぞ』って意味だ。実際、峰田の個性はめちゃくちゃ強ェと思うぞ」

 

 峰田のもぎもぎは拘束力が高く、無視できるものではない。くっつけ方によっては相手の逃げ場を塞ぐこともできるのだ。相手の自由を奪えるというのはそれだけで強い。機動力のない近接型にはかなり有効だろう。

 

「そんなこと言っていざオイラが危なくなっても見捨てる気だろ!」

 

「ンなわけねぇだろ」

 

 卑屈になっている峰田を睨み、爆豪は口角を釣り上げた。

 

「本当に強ェやつは味方も死なせねぇ。3人残って全員ぶっ殺す!いいか、基本的に自分のことは自分でどうにかしろ!無理そうなら助けろ!」

 

「序盤はほとんど役に立たねぇから頼りにしてるぜ」

 

「……あーもう! 爆豪に言われたらやるしかねぇじゃん! いつの間にかいい子ちゃんになっちまってよぉ!」

 

『それじゃあ戦闘訓練開始!』

 

「よし、殺しに行くぞ!」

 

「できれば強いとこ同士潰し合ってほしいよなぁ」

 

「なんで久知はそういう考え方なのに爆豪についていけんだよ!」

 

 そりゃまぁ、爆豪がこの中で現状一番強いし。強いやつを完璧に活かした方が勝率高い。気がする。

 

「クソヤニ!20溜まったら教えろ!」

 

「一応待ってくれんのね」

 

「ったりめぇだろ!20も溜まってねぇテメェは玉より使えねぇ!」

 

「あれ? 今オイラもバカにされた?」

 

「悪いな。流れ弾」

 

 爆豪が空を飛び、俺と峰田が走って街を駆け抜ける。まだ戦闘音が聞こえないことから、どこもぶつかっていないのだろう。耳郎と障子、口田あたりは敵チームの位置を把握していそうだが。

 

「爆豪!空!」

 

「鳥はいねぇ!」

 

 そりゃそうか。開始と同時に口田が鳥を索敵に出したら、自分たちの位置を知らせるようなもんだ。恐らく戦闘が始まった時に飛ばすつもりだろう。それか高く飛ばさずに低空飛行で飛ばしているか。

 

 ……今考えたらEチームも結構厄介だな。爆豪がいるから常闇は怖くないと思ったが、奇襲性能が高すぎる。障子に索敵され、飯田が持ち前のスピードで俺か峰田のどちらかにハンドカフスをかけてしまえばそれで一人脱落だ。唯一の救いはエンジン音が聞こえることだろうか。速さに対応できるかはともかく。

 

「! クソヤニ!」

 

「溜まってる!」

 

「行くぞ! クソ髪ンとこだ!」

 

 切島か。「ラッキースケベできっかな?」とほざいているブドウを掴んで、上限解放20を発動し爆豪を追いかける。峰田には悪いが、爆豪に追いつくには俺が峰田を運ぶしかない。ちょっとの間我慢してくれ。

 

「いきなり掴んだらあぶねぇだろ!」

 

「悪い!そうしねぇと爆豪に追いつけなかった!」

 

 俺の手を離れて背中におんぶする形でよじ登ってきた峰田に謝罪。いきなりじゃなくても掴んだら危ないと思うのだが、そこは気にしないでおこう。

 

 爆豪を追って角を曲がる。すると、数メートル先に切島たちの姿が見えた。八百万のことだからこんな街中には出ずに籠城するのかと思ったが、そうしようとしていた途中だったのだろうか。表情に焦りが見える。

 

「合わせろ!」

 

「はいよ!『針雀!』」

 

 爆豪が空中から攻撃を仕掛ける前に切島たちの足を止めるために『針雀』を放つ。上限解放20程度の威力では切島に防がれてしまうが、向こうには薄い八百万と葉隠がいる。八百万は自分で対応できるとしても、葉隠は守るしかないだろう。

 

「みなさん!作戦通りに!」

 

「おう!」

 

 作戦……?と首を傾げたのも束の間、八百万は上へマトリョーシカを投げた。それと同時に向こうのチームが全員ゴーグルをかける。

 

「峰田! 俺の背中に顔伏せて耳塞いどけ! 爆豪!」

 

「わぁってる!」

 

 俺が声をかける前に、爆豪は既に回避行動に移っていた。俺の予想が正しければ、あのマトリョーシカの中にはスタングレネードのようなものが入っているはず。それに備えて目と耳を塞ぐと、直後強烈な光と音が炸裂した。この間にハンドカフスをかけられるといけないので、一旦向こうのチームから距離をとろうとした、その時。

 

「おわっ!?」

 

 体に何かが絡みつき、そのままこけてしまった。感触的には……網?ネットランチャーか!マズい!

 

「聞こえてっかしんねぇけど、峰田!ちょっと衝撃いくぞ!」

 

 ネットはもがけばもがくほど絡みついていく。そして、ハンドカフスで捕まれば終わりの今そんなごちゃごちゃしてたら負けは確実。瞬時にそう判断して、俺はネットを掴んで瞬間解放20を使い、強引に引きちぎった。すぐにネットから抜け出して、徐々に戻ってきた視界を頼りに向こうのチームを見て、上限解放30を発動。切島と尾白が飛び出していることから、俺たちにハンドカフスをかけるつもりだったのだろう。……溜まっててよかった。

 

「拘束解けた! どうする!」

 

「久知さんは後半になればなるほど強くなります! 同じチームに爆豪さんがいる以上逃げられないと考えれば、まだそれほど溜まっていない今倒すのが最良でしょう!」

 

「っし! 行くぞ尾白!」

 

「あぁ!爆豪が来る前に」

 

「誰が来る前にって!?」

 

 爆音、それとともに、爆豪が八百万と切島、尾白の間に着地した。あれ?俺たちを助けに来たわけじゃないの?

 

「俺ァこいつをすぐぶっ殺すから、テメェらはそいつらとやっとけ!」

 

「了解! あ、峰田。右に玉4、5個くらい投げてくれ」

 

「え? いいけどよ」

 

「!」

 

 峰田が玉を投げ始めたのを見て、切島と尾白が焦り始めた。やっぱりそうか。

 

「きゃっ!」

 

「なんだ今のエロイ声!」

 

「エロくはないだろ」

 

「クッソ! なんで気づいたんだ!」

 

「俺は聴覚も強化されんだよ。つってもギリギリだったわ」

 

 強化して気づいたのは、徐々に近づいてくる足音。鳴らないように気を付けているのだろうが、近くまでくればどれだけ小さい音でも聞こえるため、「あぁ、葉隠か」と理解できた。あとは峰田に玉を投げてもらえば、気づかれないと思って近づいてきていた葉隠に玉があたり、場所がわかるようになるってことだ。できれば足にくっついて身動きがとれなくなってくれればよかったんだが、くっついたのは場所的に腹あたりか。

 

「オイラの玉が葉隠にくっついてる……!? オイ久知、ナイスだな!」

 

「うるせぇ。次は前に3個」

 

「もぎもぎ使いが荒い!」

 

 言いながらもしっかり投げてくれる。峰田の玉の厄介さは全員知っているため、尾白は一瞬足を止めた。が、切島は気にせず走ってくる。なるほど、男らしい。

 

「葉隠! 挟むぞ!」

 

「オッケー切島くん!」

 

「挟む……!?」

 

「いい加減にしろよエロブドウ」

 

 俺まで変に思われるだろうが。

 

 前から切島、遅れて尾白。右から葉隠。葉隠は正直怖くない。確か目くらましができたはずだからそれにさえ気を付けていれば十分だ。問題は、上限解放30で前の二人をさばききれるかどうか。……峰田がいなければ厳しかっただろう。

 

「峰田、降りて切島と尾白を足止めしといてくれ」

 

「は!?」

 

「頼むぞ」

 

 言って、峰田を無理やり降ろして葉隠に向かって走る。峰田から「チクショー!」というやけくそになった声が聞こえるのは、やる気を出してくれているからだろう。

 

「わっ、久知くん!?」

 

「痛いかもしんねぇが、我慢してくれよ」

 

 まず腕を振って、袖の部分を葉隠の腹にくっついている玉にくっつける。そのまま勢いに任せて腕を振り抜くと、葉隠がバランスを崩して倒れこんだ。頭をうたないように葉隠の後頭部があるであろう部分をそっと支えてからハンドカフスを取り出し、手探りで葉隠の手を掴んでからハンドカフスをかける。

 

『葉隠戦闘不能!』

 

「悪い。怪我ないか?」

 

「うっわ、何今の。うわー」

 

 玉にくっついた袖を引きちぎりながら葉隠を気遣うと、頬(だと思う)に手をあててなにやらぶつぶつ呟いていた。もしかして頭打ったか?

 

「オイ久知! もう限界だ!」

 

「今行く!」

 

 葉隠が気になりつつも、泣きながら玉を設置して逃げ回っている峰田を助けに行く。玉はくっつく性質を持っているが、峰田自身を弾く性質も持っている。だから、玉で埋め尽くしてしまえば峰田の独壇場になってもおかしくないのだが、やはり地面にしか設置できない場所では逃げるのに限界があったようだ。膝を畳んで力を籠め、一気に距離を詰める。そのまま勢いを乗せた拳を切島に向かって振るう、が。

 

「おっもいな!」

 

「かったいな!」

 

 即座に反応されて硬化で防がれてしまった。流石。

 

「ガチでやり合うのは体育祭以来だな!」

 

「また俺が勝つけどな」

 

「あの、俺もいるんだけど……」

 

「オイラは無視していいぜ!」

 

 こんな玉だらけの地面なのに無視できないでしょ。



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戦闘訓練 (2)

 切島の硬化と上限解放30ではほぼ互角。速さでこちらに分があり、防御力で切島に分があるくらいか。隙を狙って瞬間解放を使えばひっくり返せるだろうが、この後も戦うことを考えるとあまり使いたくはない。となると、ここは峰田にかかっている。

 

「うおっ、峰田のもぎもぎ!」

 

「結構いいタイミングで投げてくるな!」

 

「いいぞ峰田! けど頭大丈夫か!?」

 

「言い方には気をつけろよ!」

 

 まだ大丈夫だ!と返した峰田に一つ頷く。上限解放30を発動していても切島と尾白の二人をさばくのは厳しいため、やられそうになった時に峰田が二人に向かって玉を投げてくれる。あの玉を体に引っ付けられると動きが大分制限されるから、二人は避けざるを得ない。この戦闘だけで終わるなら別に引っ付けられてもいいが、この後のことを考えれば峰田の玉を体に引っ付けられるのはかなりのハンデだ。

 

 やっぱり峰田は強い。峰田の玉が地面に散らばって切島と尾白は身動きがとり難そうにしてるし、こうなればどこで踏み込むかもわかりやすくなってくる。俺は尾白が踏み込んで体をしならせた瞬間にその場で踏ん張り、直後振るわれたしっぽを受け止めた。

 

「峰田!」

 

「任せろ!」

 

「まっず!」

 

 しっぽを掴んで動きが止まった尾白に、峰田が玉を投げつける。避けようとしてももう遅い。俺は力を籠めてしっぽを引っ張り、尾白のバランスを崩して回避を妨害した。結果、三個の玉が尾白のしっぽ、胸、脚に引っ付いた。

 

「オォ!」

 

「まぁくるよ、な!」

 

 尾白の相手をしている隙をつき、切島が向かってくるのを見て尾白のしっぽから手を離して迎え撃つ。いくら硬いとはいえ、殴ってもダメージがないわけではない。切島の顔を狙って拳を振るうと、切島は読んでいたのか姿勢を低くして潜り込み、そのまま下からアッパー。

 

「峰田!」

 

 焦りながら無理やり体を捻って避け、峰田を呼ぶ。切島に向かって玉を投げてもらい、それを避けるために切島が一度離れてくれるだろうと考えてのことだったが、切島は怯まずに追撃を仕掛けてきた。

 

「チッ!」

 

「覚悟しやがれ!」

 

「うおー! 久知!」

 

 峰田が焦ったように叫ぶ。このまま殴られたら終わる可能性がある。瞬間解放を使えば切り抜けられるが、今はもう必要ないだろう。

 

「『徹甲弾(A・P・ショット)』!」

 

「っ!?」

 

 俺と切島の間を圧縮された爆破が射抜き、思わずよろめいた切島の腕を爆豪が掴んだ。そして、掴んだ手と逆の手を爆破させ、その勢いを利用して切島をぶん回し、玉が設置されてある地面に向かってぶん投げた。

 

「『爆破式(エクス)カタパルト』!」

 

「おおぉぉっ!?」

 

 切島は地面との衝突に備え体を硬化させるが、叩きつけるのが目的ではなく玉に引っ付けて行動不能にさせるのが目的だ。空中で動けない切島は玉を避ける術がなく玉に引っ付いて身動きが取れなくなってしまった。

 

「クッソ……って、尾白!? オメーなんで」

 

「爆豪にやられたよ……加勢しようと思ったら後ろからいきなりね」

 

 よく見れば、八百万は気絶している。容赦なしかよ。

 

「何ちんたらやっとんだカス!二対二でしっかりやられかけてんじゃねぇぞ!」

 

「まーまー、チームプレイだよチームプレイ。な?」

 

「そうだ! 二人とも、よくオイラの指示通り動いてくれたな!」

 

「テメェも肉弾戦クソヤニだけに任せずもっと前出ろや!」

 

「インファイター三人の中に入るのってめちゃくちゃコエーんだぞ!」

 

『Fチーム脱落。と、同時に砂藤、口田が脱落だな』

 

 放送を聞いて、爆豪がすぐに飛んでいった。峰田に背中に乗ってもらい、それをすぐに追いかける。ちょっと休んでもいいのに、そんなに戦いたいのか。

 

「爆豪! オイラもうちょっと人減るの待った方がいいと思うぜ!」

 

「っるせぇ!」

 

「理由くらい言ってくれてもいいじゃん……」

 

 俺の背中で峰田が拗ねてしまった。悪いな、爆豪がクソで。でも、戦い続けて勝ちたいって気持ちはわかる。今までの行動が行動だから、爆豪は隠れて勝つわけにはいかないってのもあるし、まだインターンに行って間もないとはいえ、その成果を試したいという気持ちもある。爆豪は前より空中での移動速度が速くなっているような気もするから、少しずつ成長していってるんだろう。

 

「浮いてる! 行くぞ!」

 

「砂藤が浮いてるのが見えたから、あそこでDチームとEチームが戦ってるはずだ、乱入するぞ! ってことらしい」

 

「スゲーな久知!」

 

 俺も浮いてる砂藤が見えていなかったら何言ってんだってなっていた。爆豪は好き勝手喋ってこっちが混乱していたら「わかれや!」って言うタイプだから、こっちが苦労する。幸い爆豪と一緒にいる時間が長いからなんとなくわかるが、もうちょっとわかりやすくしてほしい。峰田が置いてけぼりになりかねない。

 

「俺があいつらの足止める!その間に何人かぶっ殺せ!」

 

「はいよ! 峰田、あいつらの周りに玉投げてくれ!」

 

「いいけど、もっと近づいてくれよ!」

 

 一足早く上空から近づいていた爆豪が気づかれたようだが、気づかれる一瞬前に爆豪が空からDチームとEチームに向かって圧縮された無数の爆破を放った。暴力的な雨に曝された2チームがその対処に追われている間に一気に近づいて、

 

「『風虎』!」

 

 峰田が玉を2チームの周りに投げたのと同時に2チームの間を割くように『風虎』を放つ。爆破の雨を貫くように走る突風は2チームを吹き飛ばし、麗日の個性で浮いた蛙吹と、その蛙吹の舌で玉を避けた麗日、そもそも風圧をものともしなかった障子、無理やり方向転換した飯田、黒影によって回避した常闇以外……つまり青山だけを峰田の玉で拘束することに成功した。

 

『青山脱落』

 

「クソヤニ! 『風虎』使って一人だけってどういうこった!」

 

「俺が聞きてぇよ!」

 

 思ったよりも対処されてしまった。おかげで制限時間が短縮されて残り強化時間5分。そして腕にダメージ。これで青山一人は割に合わん。

 

「うわー、爆豪くんと久知くんのチームか! どうする? 梅雨ちゃん」

 

「離脱しても追ってきそうね。青山ちゃんもやられちゃったし、ここは……」

 

「麗日、蛙吹」

 

「なに?」

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

「ここは、協力しないか」

 

 爆豪が俺の隣に下りて、めちゃくちゃ好戦的な笑みを浮かべている。楽しそうなことになりそうだからだろう。最初の奇襲が失敗に終わった以上、俺たちも作戦立てなきゃいけないから一回こっちにきたってのもあるんだろうけど。

 

「正直、三つ巴の状態で勝てる相手ではない。俺は爆豪と相性が悪いしな」

 

「できれば俺たちの力だけで勝ちたいが……ルール上は問題ないはず! どうだろうか!」

 

「オイ爆豪、久知。なんかマズくね?」

 

「上等ォ」

 

「何がマズいって、爆豪が乗り気なのがマズいんだよな」

 

 蛙吹を下ろすために麗日が個性を解除し、空から落ちてきた砂藤を慌てながら受け止めている障子を見てため息を吐く。今のままいけば3対5か。常闇は爆豪が相手すれば問題ないが、素直に相手させてくれるかどうかだ。

 

「……えぇ、私たちも二人はキツイと思っていたところなの」

 

「んじゃ、協力しよっか!」

 

「ザコが組んで勝てると思ってんじゃねぇぞ! 作戦、"俺に合わせろ"だ!」

 

「随分な策士だな、オイ」

 

「やっぱりこのチームやだ!!」

 

 どんだけ嘆いてもチームは変わらないんだから、もう諦めろ。俺は諦めてる。

 

 さて、どう考えても厄介なのは麗日だ。触られた瞬間終わりなんてチートだろ、チート。飯田も厄介だが、猛スピードからのハンドカフスに気を付けていれば問題ない。問題は爆豪が誰を相手にするか、だが。

 

「行くぞ!」

 

「お」

 

 爆豪は爆破で麗日を狙いに行った。まずは常闇から倒すと思っていたから意外だ。それくらい麗日を警戒しているということだろうか。

 

「『閃光弾(スタングレネード)』!」

 

 身構える麗日と蛙吹に向かって不意打ち気味の目くらまし。それに合わせて、爆豪たちと常闇たちを分断するように『風虎』。

 

「くっ!?」

 

「そりゃあ助けに、行くよな!」

 

「久知……!」

 

 腕が死ぬ!しかも制限時間はもうあと1分……、いや、もしかしたら1分もないかもしれない。ここで爆豪が麗日と蛙吹を仕留めてくれなければきつくな、る……。

 

「ヒュー」

 

「ちったぁ役に立つじゃねぇか」

 

『Dチーム脱落』

 

 麗日と蛙吹がハンドカフスで仲良くつながれているのを見て、思わず口笛を吹いてしまった。行動が迅速過ぎる。こいつ才能ある才能あるとは思ってたけど、ここまで強かったか?白黒つけてやるって息巻いてたが、同じチームでよかったかもしれない。強すぎる。

 

「協力しても意味なかったなぁ!?」

 

「完全に敵役だぜコレ」

 

「二人とも似合いそうだしな」

 

「誰がだ! 殺すぞコラ!」

 

 お前がだろ。

 

「ワリィが、一瞬で終わらせっぞ」

 

「……そう簡単に負けるつもりはない」

 

 話している間にこっそり上限解放40を発動。これで最終的に60を発動して回復するしかなくなった。このまま制限時間が終わればただでさえひどい反動が重ね掛けで死ぬほどひどくなる。……まぁ、この後恐らく緑谷と轟と戦わなきゃいけないから、上限解放60でちょうどいいくらいだろう。

 

「んじゃまぁ、死ね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Eチーム脱落』

 

「また……!」

 

「早いってコレ! 本当に逃げ切れんのか?」

 

「耳郎さんの個性があれば逃げ切れるはず。音を消す個性の人はいないはずだから……唯一心配だった麗日さんに浮いて奇襲されるっていう心配もなくなったし、あとは待ちでいいと思う」

 

 放送を聞く限り、あと残っているのはAチーム、Bチーム、Cチームの3チーム。僕たちは戦闘訓練が始まると、すぐに大通りへ出られるような路地裏に入り、耳郎さんの索敵で他のチームから逃げていた。その理由は、上鳴くんにある。

 

 上鳴くんの個性は強いけど、許容上限をオーバーするとアホになってしまう。そうなるともう僕と耳郎さんの二人チームになったのと同じだ。となると、できるだけ交戦を避けて上鳴くんがアホになっても勝ちきれるような状況まで待った方がいい。耳郎さんの索敵で相手の位置を割り出し、奇襲で上鳴くんの放電。動きを止めている間にハンドカフスをかけるのが一番だ。

 

「……! やり合い始めた!」

 

「よし、案内してくれる?」

 

「ひぃー、こえぇなぁ。残ってんのって爆豪と轟だろ? 俺の放電通用すんのかなぁ」

 

 ……通用する、と信じたい。自信なさげな上鳴くんを鼓舞しつつ、僕たちは戦っている場所へと向かった。



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戦闘訓練 (3)

 勝負は一瞬だった。俺が飯田の蹴りを防いでワンパンでぶっ飛ばし、その瞬間に爆豪が常闇を爆破で仕留め、峰田が障子に向かって「この二人に勝てると思ってんのか!」と叫び、実際に俺たち二人で障子を倒して終わった。飯田が俺を舐めて正面からきたから勝てたが、もっと警戒してくれていたら違った結果になったかもしれない。

 

「あとはデクのとこと半分野郎のとこだけか」

 

「あこ二つがヤなんだよなぁ。単純に強ェわ」

 

「凍らされたら助けてくれるよな? な?」

 

「助ける暇がねぇから、凍らされんじゃねぇ」

 

 それには俺も同意する。俺と爆豪は氷を砕けるが、峰田にはそれができない。でも、峰田が凍らされると爆豪の目標である3人残って勝利が達成できなくなるため、どうにかして凍らされる前に助けてくれるのだろう。それを峰田にこっそり伝えると、「ウソだ」と真顔で言われてしまった。爆豪どんだけ信用されてねぇんだよ。じゃあ俺が助けると言っても「ウソだ」って言われたし、信用されていないのは俺たち二人らしい。

 

 流石の爆豪も休憩が必要なのか、歩きながら他のチームを探す。位置は前に爆豪、爆豪の左後ろに俺、右後ろに峰田。この位置、爆豪が危なくなったら俺がフォローしなきゃいけないし、峰田が狙われたときも俺がフォローしなきゃいけないから俺への負担がすごい。「テメェならできんだろ」と言われた瞬間に「任せとけ!」って言っちゃったのがマズかった。

 

「デクのことだから、どうせ耳に頼んで俺たちの位置を探ってんだろ」

 

「多分俺たちと轟のチームがやり合わない限り出てこねぇよな」

 

「漁夫の利だ! 漁夫の利!」

 

 緑谷の位置に俺がいたら俺でもそうしたと思うけど。上鳴は長時間の戦闘に向かない。戦い方を工夫すればいけるはずだが、本人はまだ成長途上。戦闘中に上鳴を活かせるほど指揮能力もない。それで耳郎がいるのだから、潜伏して最後に漁夫の利を狙うってのが一番合理的だ。

 

「ただ、轟のチームが今まで戦闘してねぇってのが不思議なんだよな」

 

「怖気づいてんだろ」

 

「轟が……? ないない」

 

 俺もないと思う。恐らく緑谷チームを警戒したんだろう。轟チームは轟が反応できなければ上鳴の放電を防ぐ術がない。戦っている間に放電されたら一気に終わり、みたいなこともありえる。それは俺たちにも言えることだが。

 

「轟からしても耳郎を追うのは無理だ。こっちが見つける前に逃げられちゃ追いつけない。だから多分、俺たちを先に見つけて奇襲するつもりなんじゃねぇの」

 

「だろうな。半分野郎にしろ、しょうゆ顔にしろ、見てから反応できっから問題ねぇが……」

 

「芦戸の酸、それか瀬呂のテープを避けさせて、避けたところに氷結。もしくはその逆か」

 

「それされるとメンドクセェからやられる前にぶっ殺してェが……クソヤニ、音は?」

 

「聞こえねぇ。そもそも近くにいないか、近くにいるけどじっとしてるか、だな」

 

「お前らが冷静に話してると逆にこえぇよ……」

 

 結局俺たちが怖いだけじゃねぇか。

 

 周りを警戒しながら大通りを歩く。警戒する場所は多く、路地裏、ビルの窓、ビルの屋上。聴覚が強化されているため近くで物音がたてばすぐに反応できるが、まったく音がしない。これは、近くにいない……。

 

「爆豪、右!」

 

 爆豪に右からくると伝え、「え?」と呆けている峰田をひっつかみ回避行動に移る。右の方から微かに「いくぞ」と声が聞こえた。アレは瀬呂の声、のはず。右からくるであろうテープを警戒し右から離れながら路地裏、ビルの窓、屋上を見ていると、一足早く回避行動に移っていた爆豪が俺に向かって叫んできた。

 

「半分野郎はテメェが対処しろ! 玉はクソヤニと一緒にいたら邪魔になっから俺とこい! 左!」

 

「左……! なるほど」

 

 左、と聞いて音が聞こえた方とは逆側を見ると、路地裏から炎があふれ出てきていた。それを見た瞬間峰田を爆豪に向けて投げ飛ばし、爆豪がキャッチしたのを確認せず路地裏に向かって『風虎』を放つ。すると、路地裏から弧を描くような氷結が伸び、轟が俺の前に着地した。

 

「失敗か」

 

「爆豪がいなきゃ危なかった……普通、奇襲で炎出してくっかね?」

 

「お前らなら大丈夫かと思ってな。わりぃ」

 

「わりぃじゃねぇっての!」

 

 爆豪なら大丈夫だとは思うが、あいつの相手は拘束力の高い瀬呂と、単純に個性が強い芦戸。どちらも動きがキレており、A組内での実力で言えば上位に食い込むであろう二人だ。無策で奇襲をかけてくるわけがないから、爆豪がしてやられてもおかしくない。

 

 となれば、早めにケリをつけるべきだ。上限解放40なら近接戦闘を主体としているやつでもない限りごり押しで勝ちきれる。注意すべきは氷結だ。至近距離で炎をくらっても無理やり耐えれるが、凍らされたらその時点で終わり。いくら上限解放できるとは言え、意識が薄れてしまえば無理だ。だから、狙うのは左側。

 

「って」

 

 そう考えて轟の左側に移動しようとした時、炎が地を這った。これを跳んで避けると身動きがとれない空中で凍らされて終わる。かといってここで離れたら爆豪を攻撃される。それなら、もう一発!

 

「『風虎』!」

 

 威力を抑えた『風虎』は地を這う炎を吹き飛ばしながら轟を襲う。『風虎』を氷結で防げないことは仮免試験でわかっている。轟はこれを避けるしかなく、避けるとしたら氷結を使うしかない。

 

「ってことはこっち側!」

 

「!」

 

 轟は自身の右側で凍らせ、左側で燃やす。なら、咄嗟に回避するならどうしても左側に回避してしまうはずだ。氷結で自分の体を押し出すようにすればいいだけだから。その予測は当たっており、あらかじめ轟の左側に移動していた俺は、轟の腹を拳で捉えることに成功した。が、

 

「あっっ、づァ!?」

 

 カウンター気味に轟が炎を纏った拳で俺の頬をぶん殴り、なくなるんじゃないかというくらいの熱と痛みが一気に襲ってきた。超反応が過ぎる。爆豪と同じくらいの反応速度だったぞ、今。

 

 殴られた頬を抑えつつ轟が吹っ飛んでいった方を見ると、苦しそうに膝をついているがまだ動けそうではある。上限解放40の攻撃くらってまだ意識があるなら上等だ。流石クラス上位を張るだけはある。

 

「いってぇなオイ! クラスメイトの顔を炎でぶん殴るやつがあっか? アァ!?」

 

「げほっ、それ言うんなら、クラスメイトの腹思いきりぶん殴るやつがいんのか?」

 

「俺ァ手加減したぜ」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 どうやら俺たちは手加減がへたくそらしい。俺からすればゲロ吐くくらい思いきり殴らなかったことを感謝してほしいくらいだ。やろうと思えば肉抉れるくらいの強さで殴れるんだから。そんなことを言えば、轟も俺を焼死体にできるくらいの火力は出せるのだろうが。

 

 ……さて、ここからどうするか。俺はさっきの一撃で決めるつもりだったが、まだ意識がある。轟は動かなくても個性が使えるからタチが悪い。遠距離では轟に分があると見て間違いないだろう。俺は今の状態ではダメージを負いながらでしか遠距離攻撃ができない。となると、轟が爆豪の邪魔をしないように立ち回って、爆豪があいつらを倒すのを待った方がいいだろう。他力本願に見えるかもしれないが、これはチーム戦だ。頼って悪いことなんて何もない。

 

「っと!」

 

 考えている隙をついて氷結が伸びてきたので、力任せにぶん殴って氷を砕く。もうちょっと考える時間くれてもいいだろうに、そんなに緑谷チームが怖いか?

 

 ……ここで邪魔されたら俺も困るから、できれば俺も早くケリをつけたい。ってなると、もうそろそろ使うしかないだろう。上限解放60。

 

「! 緑谷たちが来てからやると思ってたが……」

 

「俺がそんなにお行儀よく見えたのか?」

 

 見えねぇな、と返されたときには俺はもう轟の隣に立って拳を振り抜いていた。咄嗟に放たれた炎が体を焼くが、『玄岩』で振り払ってから回復を始める。

 

「……お前、ちょくちょく自信なさげにしてるが、普通に強ぇよな」

 

「どうかねぇ。大怪我と仲良しの個性だし、単純に強いとも言えねぇかもな」

 

 『玄岩』でエネルギーを鞭のようにしならせて轟に向かって振るいながら距離を詰める。上限解放60を使った以上速攻で終わらせなければならない。かなり重ね掛けをしてるから、『玄岩』で回復し続けてもどでかい反動がくることは間違いない。つまり、この10分間でこの戦闘訓練自体を終わらせるのがベスト。

 

 轟は『玄岩』の鞭を避け、俺に向かって炎を放つ。段々容赦がなくなってきたことに笑ってしまいつつ、鞭を戻して体を覆うようにエネルギーを固めた。これで体が焼けることはないが、普通に熱は感じるためめちゃくちゃ熱い。このまま燃やされ続けたら普通に負けるので、体を覆っているエネルギーを一瞬爆発させ、炎を吹き飛ばした。

 

「!」

 

 炎を吹き飛ばすと、突如爆風が俺を襲った。確か、『膨冷熱波』だったか。俺が知る限りで轟の最大威力を誇る必殺技。なるほど、俺が『玄岩』を防御に使っていない隙を狙ってきたか。これだから優等生は嫌になる。

 

 俺は吹き飛ばされながらエネルギーで体を覆い、回復に集中した。そして、このままだと追撃を仕掛けられれば無理やり対処するしかないため、爆豪たちの戦闘状況を確認し、助けを求める。どうやらちょうどよかったらしい。

 

「爆豪!」

 

「ハッ、吹っ飛ばされんなよ、ザコ!」

 

 吹き飛ばされながら戦闘状況を確認したとき、爆豪が手榴弾型の籠手についているピンに指をかけているのが見えた。射線上には瀬呂、芦戸、そして轟。瀬呂と芦戸の周りに峰田の玉が設置されており、瀬呂のテープも峰田の玉に固定されていた。オイ、めちゃくちゃやるじゃねぇか峰田。

 

「死なねぇ程度に収めてあっから、安心しろ! んじゃ」

 

 そして爆豪が籠手のピンを抜いた。

 

「死ねェ!!」

 

「死なねぇ程度じゃねぇのか……?」

 

 受け身をとりつつ瀬呂と芦戸を飲み込む暴力を見て冷や汗を浮かべる。アレで抑えめの威力って、くらったらタダじゃ済まなさそうだけど。煙であいつらの姿見えないし。

 

『……瀬呂、芦戸、脱落』

 

「瀬呂と芦戸だけ……?」

 

 距離が離れていたから轟には避けられたのか。それとも、あの爆撃を受けてなお意識を保ったのか。もしそうだとしたら化け物過ぎる。ただ、これで轟を倒せば……。

 

「久知ィ! 後ろだ!」

 

「っ」

 

 爆豪が叫ぶのと同時に後ろを見たその時には、俺たちの立っていた地面が砕けていた。バランスを崩し、慌てて態勢を立て直そうとした時、地面を崩した耳郎の後ろから上鳴が飛び出してきた。

 

「イイトコとっちゃうようでワリィけど、全員まとめて!」

 

「ま、っず!」

 

「俺がいただくぜ!」

 

 放電か。でもそれじゃ耳郎も巻き添え食らうだろと思って耳郎を見ると、緑谷がお姫様抱っこして離脱していた。いーいご身分だなコラ!

 

 一瞬して、上鳴が痛いぐらいに発光した。



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戦闘訓練 (4)

「……って、あれ? うっそ、一人も倒せてねぇじゃん」

 

 許容上限を超えていないのか、アホ面になっていない上鳴が俺たちを見て首を傾げている。

 

 俺は無理やり体を捻って峰田に飛びつくと、そのまま『玄岩』で俺と峰田を覆って放電を防いだ。誰にも言っていないが『玄岩』は攻撃を防ぐとその分消耗するから、制限時間も短くなる。轟との戦闘とさっきの放電で大分減った。

 

「随分ご機嫌な挨拶だな。ぶっ飛ばしてやろうか?」

 

「待てって、コエーな!」

 

「いけ、久知!オイラは後ろで応援してるぞ!」

 

 お前も戦えと言いたいところだが、上鳴と戦うなら峰田は邪魔になってしまう。上鳴が放電する度に峰田を庇っていたらまともに戦えない。ここは下がっておいてもらった方がいいだろう。峰田の方を見てそれを伝えようとすると、突然炎の波が俺たちに向かってきた。声を出して驚く暇もなく、俺は峰田を掴んで上鳴に飛びつき、上鳴も掴んで炎の波から逃げる。一瞬してから、炎の波は俺たちがさっきまでいた場所を飲み込んでいった。

 

「あっぶね! 何してくれてんだ轟!」

 

「ワリィ! 助かったぜ久知!」

 

「二度も助けてくれるなんて、オイラたちの友情は本物だったんだな!」

 

 上鳴と峰田と無事を確認しあってから一息ついている暇もなく、目の前に巨大な氷の壁が現れた。俺たちを凍らせるためのものかと思ったが氷は俺たちまで伸びてくることはなく、そこにそびえたつのみ。しばらくしてから、分断されたことに気づいた。

 

「まさか、爆豪とサシでやるつもりか!?」

 

「ウソだろ! クソ、すぐに助けにいかねぇと!」

 

「オイラは足手まといになるからここで待っとくぜ!」

 

「いや、上鳴。なんか勝手に寝返ってるけど、アンタはウチらのチームだからね?」

 

 上鳴たちと爆豪の加勢にいく算段を立てていると、耳郎の声。見ると、腰に手を当てて呆れた様子の耳郎と、苦笑している緑谷がいた。

 

「はっ、しまった! 助けてもらったからつい仲間って勘違いしちまってた!」

 

「おわっ、なんで助けてんだ俺!」

 

「間抜け! 上鳴を見殺しにすりゃ一人減ってたのによ!」

 

「ひどくね!?」

 

「……はぁ」

 

「ま、まぁまぁ耳郎さん」

 

 緑谷が耳郎をなだめている。仕留めに来たらかわされて、なぜか自分のチームの人間が敵と仲良くしていたんだからそりゃため息の一つも吐きたくなるだろう。俺も上鳴を見殺しにしなかったことに対してため息を吐きたい。

 

「んじゃとりあえず殴っとくか」

 

「うおっ、あぶねっ!?」

 

 敵だと決まればぶっ飛ばす。まだ俺の近くでぼーっとしていた上鳴に殴りかかると、間一髪のところで避けられてしまった。そのまま逃げだした上鳴を追おうとすると、緑谷がこっちに向かってきているのが見えたので防御の構えをとり、そのまま緑谷の一撃を受け止めた。

 

「今の俺に肉弾戦たぁ、いい度胸だな!」

 

「ぐっ、硬い!」

 

 俺は緑谷を受け止め、そのまま地面に叩きつけようと持ち上げると、緑谷がデコピンを俺に向けているのが見えた。それに構わず、一気に叩きつけ、

 

「チッ!」

 

「あ、惜しい!」

 

 ようとしたところで、上鳴のシューターが飛んできた。アレは上鳴の放電に指向性を持たせるアイテム。くっつけられたら俺が避雷針みたいになっちまうから、避けるしかない。そして、恐らく。

 

「『ハートビートファズ!』」

 

「そうくるよな! 峰田!」

 

「ちゃんと指示してくんなきゃわかんねぇこともあるんだぜ!?」

 

 言いながらも、峰田は俺が思った通りに動いてくれた。

 

 俺が上鳴のシューターを避けてバランスを崩した瞬間、耳郎がまた地面を崩してくるのは読めていた。そうすることによって俺に大きな隙ができ、緑谷が俺を仕留めることができる。緑谷たちには作戦、行動指針を決める時間が十分あった。だから、すべての攻撃が連携につながると考えた方が自然だろう。

 

 そして俺はまず緑谷の接近を封じるため、峰田にもぎもぎを緑谷へ投げてもらうよう頼んだ。といってもしっかり口にしてはいないがそれはちゃんと伝わって、峰田は緑谷へ複数のもぎもぎを投げてくれた。その間に態勢を立て直して上鳴と耳郎を倒そうとしたその時、

 

「またシューターか!」

 

「また当たんねぇのか!」

 

 俺に向かってシューターが飛んできた。いきなり飛んできたそれを無理やり避けてしまったため、不安定な地面に耐えることができず軽くこけてしまう。マズい、と思った時にはまた俺に向かってシューターが飛ばされていた。引っ付けられてはマズいと『玄岩』でシューターを落とそうとした瞬間、俺の個性が解けた。

 

 制限時間オーバー。それはまさかのタイミングで激痛とともに訪れた。結構無理したから反動がやばい。すぐに個性を発動しようとしても痛みで脳が追いつかない。

 

 その隙を逃す上鳴ではなかった。俺の個性が解けたのを見た上鳴は即座に走り出し、放電の射程圏内に俺と峰田を収める。

 

「俺さ、結構気にしてたんだぜ。お前らと差が広がるの。俺だけ置いて行かれたみたいでさ」

 

 お前ら、というのは爆豪、切島、俺のことだろう。そこそこ一緒にいたから、自分だけインターンに行ってないことを気にしていたのか。

 

「だから今」

 

 痛みに霞む視界の中で見えたのは、発光する上鳴が曖昧に笑っている姿だった。

 

「正直、どうだ! って思ってる!」

 

 そして、二度目の放電。個性を使えなかった俺にそれを防ぐ術はない。そんな状態で動けたのは、意地としか言いようがないだろう。個性が発動できないながらも、体が動いてくれて助かった。

 

 俺の体には、上鳴につけられたシューターがある。それは放電に指向性を持たせるためのもの。所謂避雷針。だったら、俺が峰田から離れれば少しでも峰田に向かう電気を減らせるはずだ。そう考え、俺は峰田から距離をとるために無様に地面へ飛び込んだ。「久知!」という声が聞こえる。今の俺、ヒーローっぽくね?

 

「ぐっ、があああああ!?」

 

 俺が飛び込んだ一瞬後に、電撃が俺の体を焼いた。入学して間もない頃の戦闘訓練で受けたものとは比にならない。そりゃそうだ。俺が成長したように、上鳴も成長している。でも、俺はどこかで上鳴のことを下に見ていたんだ。だから、上鳴には勝てるなんて甘いことを考えていた。それが今はこの様。

 

 放電が終わり、膝をつく。もう体が限界を迎えているのがわかった。意識を保てているだけでも奇跡だろう。峰田の声が微かに聞こえるから、どうやら俺の行動も無駄じゃなかったみたいだ。ハハ、後で爆豪になんて言われるかな……。

 

「……?」

 

 負けたか、と思い意識を失いかけたその時、俺の後ろから何かが割れる大きな音が聞こえた。それは氷。それから聞こえてきたのは、聞きなれた怒号だった。

 

「なに、死にかけてんだ! テメェはそうなってからが本番だろ!」

 

 爆豪の声。いや、でも爆豪は轟と戦っていたはずで、轟が脱落したっていう放送は流れてなかった。だとしたら、爆豪は。

 

「立てや! 久知!」

 

 言葉とともに、俺の体を赤いエネルギーが覆った。それと同時に『玄岩』で爆豪に迫っていた炎を防ぎ、無理やり足に力を入れて立ち上がり、峰田を倒そうと迫っていた緑谷に肉薄して蹴り飛ばした。

 

「は、はは。冗談だろ? なんであっから立てんだよ」

 

「あぁ、俺はあぁなってからが本番なんだよ」

 

 バチ、と上鳴が放電する態勢になったのを見逃さず、地面を蹴って耳郎の隣に移動。耳郎が俺に気づく前に耳郎を上鳴の方へ押し飛ばすと、二人まとめて地面に倒れ込んだ。

 

「峰田!」

 

「よしきた!」

 

 少し焦げ付いている峰田が俺の意思をくみ取って峰田がもぎもぎをもつれ合っている上鳴と耳郎に向かって投げた。もぎもぎは上鳴と耳郎をくっつけ、戦闘不能に陥れさせる。

 

『上鳴、耳郎、脱落』

 

「上鳴くん、耳郎さん!」

 

「ワリィ緑谷!」

 

「ちょ、もうちょっと離れて!」

 

 密着している上鳴と耳郎を見て、峰田が血涙を流している。そんなに羨ましいと思いつつもぎもぎを投げたんだから大したやつだ。

 

『続いて轟、戦闘不能』

 

「ハッ、ザコが!!」

 

 大きな爆発音とともに轟の戦闘不能が告げられ、つられて爆豪を見るとその手に気絶した轟が握られていた。完全に悪役である。不思議でもなんでもなく似合ってるのだが。

 

「さて……」

 

「あとはテメェだけだなぁ、デク!」

 

「くっ……」

 

 数分後、爆豪の宣言通り一人も欠けることなく俺たちの勝利が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、強すぎな!?」

 

「まぁ、これが"差"ってやつかな?」

 

 授業を終え、寮に帰ってから。俺たち1年A組は共同スペースで今日の反省会を兼ねて集まっていた。俺たちを強いと評する瀬呂に、峰田が調子に乗っている。

 

「でも、やっぱり強かった。かっちゃんと久知くんはもちろんだけど、峰田くんの個性も強い。体にくっつけば戦えなくなる個性なんて、自由度の高いハンドカフスをいくつも持っているようなものだ。かっちゃんと久知くんの強さに埋もれがちだったけど、一番に警戒するべきは峰田くんだった。ちょっと考えればわかることじゃないか。いやでも、久知くんがあぁなるとサポートの幅も広いし、峰田くんを狙っても」

 

「絶好調やなぁ」

 

 最後に俺たちと一人で戦った緑谷はいつも通りぶつぶつと反省していた。確かに緑谷の言う通り、敵チームに峰田がいるならまず俺は間違いなく峰田を狙う。峰田はフリーにすると厄介だが、速攻をしかけてもぎもぎを設置する前に仕留めればなんてことはない。ただ、峰田を制圧しやすい個性を持っているのが緑谷のチームに上鳴しかおらず、その上鳴のシューターが俺についてしまったことが敗因だったと言える。

 

 まぁあと、爆豪が強すぎたってことか。

 

「クッソ、次こそ勝ってみせっからな!」

 

「ハッ、俺が負けるわけねぇだろうが!」

 

 件の爆豪は切島と男の友情を深め合っている。熱いな、あそこ。

 

「これより、被告人久知の『安易にイケメンな行動をしてしまった』裁判を始める!」

 

「は?」

 

 俺がソファに寝そべってみんなの様子を見ていると、芦戸が突然わけのわからないことを口走った。隣には葉隠がいて、その後ろでは八百万が作ったのか、眼鏡をかけた耳郎と八百万がノリノリで付き添っている。そのわけのわからない集団は俺の前までくると、丁寧に俺の体を支えながらソファに座らせた。デイサービスかよ。

 

「被害者葉隠、前へ」

 

「はい。私は今日行われた戦闘訓練で、怪我をしないように細心の注意を払われながら、しかも頭に手を添えられて優しく手をとられ、『悪い。怪我ないか?』とイケメンな顔とイケメンな声で迫られました!」

 

「被告人、この証言に間違いはありますか!」

 

「いや待て。身に覚えはあるがそんなつもりでやってない」

 

「しかし葉隠はその乙女心を刺激されています!」

 

「知るか! つか葉隠はちょっと加減間違えりゃミンチになんだから、誰でも気ぃ遣うだ……」

 

 俺は一旦言葉を途切れさせ、爆豪を見た。

 

「いや、まぁ誰でも気ぃ遣わないかもしんねぇが、気ぃ遣うのが普通だろ!」

 

「オイ! テメェなんで今俺を見た!」

 

「言い換えれば、俺が強いから気ぃ遣う余裕があったってこったな!」

 

 向こうでうるさい爆豪は無視して、俺に詰め寄る芦戸に言い放つ。あんまりな言い方だが、妙な疑いをかけられるよりはマシだ。と思ったがしかし、俺の嫌味な言葉にも動じた様子はなく、むしろ葉隠は体をくねくねさせ、

 

「と言いつつ、久知くんは紳士だってこと知ってるよ?」

 

「葉隠の乙女心を刺激し、クソな性格がよく見えるようにした罪は重い! よって有罪!」

 

「久知には私たちの興味関心、乙女心を満たすために恋愛トークをしてもらう!」

 

「さぁ、おとなしくお縄につきなさい!」

 

 芦戸が有罪判決を言い渡し、耳郎が罪状を告げて八百万が俺の体を持ちあげた。待て、今から何が行われようとしてるんだ?

 

「オイ! どこに連れてく気だ!」

 

「私の部屋!」

 

「葉隠の!? ってかさっき頬を染めて恥ずかしそうにしてたワリにゃ随分平気そうだな! 全部演技か、コラ!」

 

「まぁちょっとドキッとしたのは事実だけど、久知くんだしって思って」

 

「ンだと!? テメェ俺が優しくしてりゃ調子に乗りやがって! 今すぐミンチにしてやろうか!?」

 

「でも、そんなこと言いつつ久知くんは女の子に優しいってこと知ってるよ?」

 

「ウッセェわボケ!」

 

「……段々お前と似てきてね? 久知」

 

「どこがだコラ!」

 

 ほら、と言う切島の声を最後に、俺は葉隠の部屋へと連行された。



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自主練

「このままじゃ、ダメだって思った!」

 

「お、おう」

 

「あ゛?」

 

 昼休み。食堂に行こうとすると、後ろの席から突然緑谷がわけのわからないことを言い出した。俺はその勢いに圧され、爆豪は眉間に皺を寄せてキレている。なんでキレてんだお前。

 

 俺たちの反応を見て緑谷はぐっと握っていた拳を柔らかく解き、「いや、昨日のね」と続けた。

 

「絶対勝てるように、って作戦を立てたつもりだったのに、最初から戦い続けてたかっちゃんたちに負けちゃって、このままじゃダメだって思ったんだ。もちろん、チームワークもすごかったけど、それ以上にかっちゃんと久知くんの素の力が鮮烈だった」

 

「オイラは……?」

 

「も、もちろん峰田くんもね!?」

 

 席を立って教室を出ようとしていた峰田は緑谷の声が聞こえたのか、少々お冠な様子で緑谷に問いかける。焦った緑谷がフォローするが、「どうせオイラはそこの化け物二人とは違いますよー」と拗ねて教室を出ていってしまった。誰が化け物だコラ。

 

 緑谷は教室を出ていった峰田を「大丈夫かな……」と気にしつつ、また俺たちに目を向けた。

 

「強くならなきゃって思ったんだ。君たちを超えるくらいに」

 

「俺を!!? 超えるだァ!!?」

 

「落ち着け爆豪。もうすぐ飯だぞ」

 

「ンなことでイライラしてねンだよ!」

 

 ほら、爆豪がイライラするから緑谷がビビってる。これじゃ俺たちが緑谷をいじめてるみたいじゃねぇか。俺が誰かをいじめるなんてそんなことあるはずないのに。なぜなら俺は聖人君子でそもそも生まれてこの方一度も口汚い言葉を吐いたことがない。そんな俺だからこそ爆豪と友だちでいられるってところもあるが。

 

「おーい、何してんだ二人とも? そうしてっと緑谷いじめてるようにしかみえねーぞ」

 

「誰が誰をいじめてるって!!?」

 

「うわっ、なんでキレてんだ!?」

 

 俺たちに食堂へ行こうと誘いにきたのか、上鳴が俺と爆豪に声をかけてきた。緑谷をいじめてるなどと信じられないことを言う上鳴に怒った俺を、切島が「まーまー」と宥めにかかる。

 

「そんな怒ることじゃねぇだろ。そんで、何の話してたんだ?」

 

「あ、実はかっちゃんと久知くんを自主練に誘おうと思ってて」

 

「誰がテメェなんかに付き合うか!」

 

「おぉ! そういう熱い話は好きだぜ! 俺も参加していいか?」

 

「もちろん! 実戦形式でやりたいと思ってたから、人数は多ければ多いほど色んなパターンができて……」

 

「実戦?」

 

 爆豪が実戦という言葉に反応した。爆豪の考えていることはなんとなくわかる。自主練という名目で実戦形式なら、合法的に個性をぶっ放せる上に誰かをボコボコにできてストレス発散できる、ってとこだろう。まぁストレス発散は言い過ぎだが、戦うことが好きな爆豪ならこの誘いに乗るはずだ。

 

「使用許可は下りてんだろな」

 

「えっ、うん。今日の放課後にTDLを……」

 

「ハッ、ぶっ殺してやらァ! 行くぞ!」

 

「やっぱ乗った」

 

 爆豪は先ほどのブチギレフェイスはどこへやら。好戦的な笑みを浮かべて席を立ちあがり、大股で食堂へ向かっていった。俺も最近インターンに呼ばれないから暇してたところだ。体が鈍らないようにっていう意味でも、自主練の誘いは嬉しいところではある。

 

「あ、俺に負けた上鳴はくる?」

 

「クッソ! そんなこと言いつつお前負けかけてたじゃん!」

 

「おう。お前強かったしな」

 

「え? ん? ありがとう?」

 

 首を傾げて頭の上に「?」を浮かべる上鳴を放置して、俺は切島と一緒に爆豪の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、TDL。俺は麗日と上鳴と肩を並べて、爆豪と切島からボコボコにされている緑谷を見ていた。麗日は昼休みの会話を聞いていたらしく、「私も行く!」と緑谷に押しかけ、どもりながら緑谷がオッケーしたらしい。戦ってるときは凛々しいのに、日常生活だと途端にヘタレるよな、緑谷。

 

「しっかしまぁ、やっぱ二対一だとボコられるか」

 

「そりゃ爆豪がいるしなぁ。しかも爆豪の爆破でほとんど怯まねぇ切島が組んでりゃ最強じゃね?」

 

「だから仲がいいんかもねぇ」

 

「あ、入った」

 

 喋っていると、爆豪の爆破が緑谷にクリーンヒット。緑谷は俺たちの目の前に吹き飛ばされてきた。受け身をとっているのは流石だと言うべきだろう。爆豪が容赦なく追撃を仕掛けにきてるのはどうかと思うが。

 

「爆豪、一旦ストップ」

 

「っ、チッ」

 

「お前これが自主練だって忘れたの? 随分優秀な頭脳をお持ちで」

 

「次はテメェを殺してやろうか!?」

 

「すぐ喧嘩売んなって久知!」

 

 爆豪にはこれくらいでちょうどいいんだよ、と止めに来た切島をやんわりと躱し、膝をついていた緑谷を抱き起こす。さっき爆豪にはあぁ言ったが一応自主練ということは覚えていたらしく、目立った外傷はない。切島はともかく、爆豪がそういう手加減をちゃんとできるのが意外だった。

 

「まー勝てなかったなぁ」

 

「うっ……流石に二対一で勝てるとは思ってなかったけど、まさかここまでボコボコにされるなんて……」

 

「いやいや緑谷、戦えてた方だぜ? 俺なら開幕速攻でやられてただろうし」

 

 上鳴がフォローしても、緑谷は悔しそうに唸っている。まぁわかる。緑谷は普通に自信を持っていいくらい強い。実際によーいドンで戦い始めたら俺は負けるだろう。というか、俺とよーいドンで戦って負ける相手なんてそうそういないと思う。俺は疲労もダメージも溜まっていないとただのザコだからな。

 

「……おいクソヤニ。なんかねぇんか」

 

「俺?」

 

「あ、そっか。久知くんってデクくんと個性似とるもんね」

 

 麗日今の爆豪の言葉の意味わかったのか。爆豪の乱暴な言葉がわかるのは俺か緑谷くらいだと思っていたが、なかなかやる。

 

 爆豪が言った言葉の意味は、緑谷に対して何かアドバイスはないのか、だ。爆豪が誰かにアドバイスを求めるのも珍しいのに、それが緑谷へのアドバイスともなると天変地異より珍しい。多分張り合いがないからとかそういう理由なのだろうが、それでも珍しい。誰かのためになんてわかるようにするやつじゃないのに。

 

「んー、そうだな……戦い方的なことは置いといて、個性について言うとすれば」

 

「言うとすれば?」

 

 なぜか緑谷と同じくらい真剣に聞いている麗日の合いの手に笑ってしまいそうになりつつ続ける。

 

「緑谷の個性って、別にそれが上限ってわけじゃねぇんだろ?」

 

「うん。でも、これ以上強化しちゃうと怪我しちゃうから……」

 

「俺は個性使ったら絶対に怪我するぞ」

 

「えっと、そうじゃなくて、久知くんは個性上仕方ないけど、僕は怪我をしないよう戦うことが大事であって……」

 

「つまりな」

 

 俺がそんなこともわからないバカだと思われていたのか。これでも成績いいのに。今のは俺の説明の仕方も悪かったが、そんな当たり前のこと上鳴以外誰でもわかる。

 

「いっそのこと、特訓するときは怪我しちまえってことだ」

 

「……つまり、上限を底上げするために体を慣れさせるってこと?」

 

「その通り。頭の回転が速いと助かるな」

 

「なんでそこで俺を見たの?」

 

 無意識のうちに上鳴を見てしまっていたらしい。故意ではなかったので素直に謝ると、「いや、素直に謝れてもそれはそれで……」と文句を言ってきたので「うっせぇアホ」と罵倒しておいた。なぜか「これだ!」みたいな顔をしていたので上鳴とはしばらく距離を取ろうと思う。

 

「俺は体を鍛えれば鍛えるほど怪我が少なくなっていく。それと似たような感じで、緑谷も体を鍛えれば鍛えるほど耐えられる上限が上がってくんじゃねぇか? だから、今限界って自分が思ってても、それが本当に限界かどうかわかんねぇわけよ」

 

「そうか! 自分で自分がどれだけ鍛えられたかなんてわかりにくい。だからこそ特訓のときにどれくらい耐えられるようになったか確認することが必要だったんだ! ってなると徐々に強化していけばいいのかな。今は5%だから、6、7、8と上げていって、今耐えらえる上限を見つけて、それから実戦お願いできる!?」

 

「おう」

 

「絶好調やなぁ……」

 

 この緑谷がぶつぶつ言うのにも慣れてきた。麗日に至っては子どもを見守るような優しい笑顔をしている。

 

 今回は一応緑谷の特訓ということなので、緑谷をいじめ抜く形になっている。さっきは爆豪と切島が緑谷の相手をしていたが、次は俺と上鳴と麗日が緑谷を相手する。それが終わったらさっきみたいに改善点的なことを話す、みたいな感じだ。

 

「麗日、緑谷のクセみたいなのある?」

 

「くせ? うーん、デクくん戦い方ちょこちょこ変えてるし、あんまわからんかな」

 

「俺が放電して一発で決めりゃよくね?」

 

「当然緑谷もそれを警戒するだろうから、俺は上鳴を守りに行く。ただ、そうなると麗日がフリーになるんだよな」

 

「いや、久知も俺んとこにきたら放電くらっちゃうぞ?」

 

「別に、俺の個性を考えたら一石二鳥だろ」

 

「デクくんはどうやったら怪我せんで済むか考えてるけど、久知くんはその逆やな」

 

 本来ならそういう無理やりダメージを受けに行くような行動はよくないんだが、緑谷相手ならダメージを受けに行かないと負ける。それくらい強いと思ってるし、実際強い。だから小細工上等怪我上等で行くべきだ。

 

「んん、よし! 準備できた!」

 

「んじゃ始めるか」

 

 緑谷の右側に上鳴、左側に麗日、正面に俺と、5メートルほど距離を取って立つ。俺は気持ち上鳴の方に意識と足の先を向けた。

 

「よし、開始!」

 

 切島の合図とともに、緑谷が動き出す。普通なら上鳴を無視できない。開幕放電されたら抵抗できずやられてしまう可能性があるからだ。だからこそ、

 

「無視するよな、緑谷なら!」

 

「っ、読まれてた!?」

 

 麗日の方へ緑谷が走り出すことを読んでいた俺は、緑谷が麗日のところに辿り着く前に回り込むことに成功する。といっても正面衝突ギリギリだ。俺は走った勢いのまま緑谷に足をかけると同時に腕を引っ張りバランスを崩させる。が、何の強化もしていない俺は腕一本で無理な体勢の緑谷に投げ飛ばされた。でも、この一瞬があれば十分。

 

「くっ」

 

「はいおしまい!」

 

 俺が緑谷ともつれあっている間に麗日はそこから離れ、上鳴が距離を詰めていた。そして、いくらバランスが崩れたまま腕一本で俺を投げ飛ばせる力があっても、その体勢から上鳴の放電を避けることはできない。結果、

 

「うわぁぁあああ!!」

 

「アレ大丈夫か? 手加減できてる?」

 

「どうやろ……流石にそこまでアホちゃうと思うけど」

 

 麗日と合流し、上鳴の放電で焼かれる緑谷を心配する。これ自主練だから相手に負けたって思わせれば勝ちなんだけど、そこんところ理解してる? ちょっとぴりって来る程度の放電でいいのよ?

 

「……はっ!」

 

「お、意識あるみたいだ」

 

「大丈夫!? デクくん!」

 

 ちゃんと手加減してたんだろう。放電が収まると、緑谷は案外平気そうな顔で立っていた。上鳴は緑谷に駆け寄る麗日を見て「そんな信用ない? 俺」と悲しそうな顔をしている。信用はしてるけど心配なものは心配なんだ。許してやってほしい。

 

「まさか、麗日さんを狙うのが読まれてたなんて」

 

「俺が緑谷ならどうするかって考えただけだ。上鳴を一撃で倒して次は俺、ってのが普通だが、それはあくまで普通だからな。それを本人がわかってないはずがないから、あえて上鳴を無視する。まず麗日を捕まえて上鳴の方に放り投げて、麗日ごと上鳴をぶっ潰すのが手っ取り早い」

 

「完全にバレてたんだ……うぅん、これは許容上限以前の問題か」

 

「ま、次は正面から戦ってくれるやつらだから安心しろよ」

 

 俺が指した方には、凶悪な笑みを浮かべる爆豪と体をがちがちに硬化させた切島がいた。まぁあれだ。

 

 爆豪を自主練に誘った方が悪い。



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インターン再び

「久しぶりの、インターン! だ!!」

 

「やっとだなぁ」

 

 数日後。最近呼ばれていなかったインターンにやっと呼ばれ、俺は夜嵐と学校の前で合流した。正直あのスパルタな日々が延々続くと思っていたからここまで呼ばれなかったのが意外だが、父さんにも色々あるんだろう。

 

「お、二人も今日なのか」

 

「切島」

 

「奇遇っスね! もしかしたら一緒に仕事できちゃったり!?」

 

「だといいな! そんときはよろしく頼むぜ!」

 

「……」

 

 一緒に仕事するってことは、事務所が二つくっついて対処しなきゃいけない案件があるってことだから、あまりいいことではない。できれば俺はよろしくしたくないところだが、ここで口を挟むのも野暮だろう。まぁ俺はそんなデカい案件はない方がいいってだけで、一緒に仕事をしたくないわけじゃない。切島はいいやつだからな。

 

「あれ、久知くんたちも今日?」

 

「おぉ、緑谷!」

 

「なんかここまで一緒だと嬉しいっスね!」

 

「あれー? みなさんお揃いで!」

 

「こんなに揃うのは珍しいわね」

 

「麗日に梅雨ちゃんまで!」

 

「なんかテンション上がるな! な! 久知!」

 

「……」

 

 いやいや、まだデカい案件があるって決まったわけじゃない。大体そんなデカい案件ならエンデヴァーのところに行ってる轟や、ベストジーニストのところに行ってる爆豪がいなきゃおかしいからな。別に緑谷たちのインターン先のヒーローが弱いって言ってるわけじゃないけど、最低でも四事務所がチームアップしなきゃいけない案件ならエンデヴァーかベストジーニストが絡んできてもいいはずだ。

 

 せっかくだから一緒に行こうということで、俺たちは並んで駅に向かった。途中なぜかヒーローが多い気がしたのは気のせいだと思いつつ、送ってくれるというヒーローの厚意に甘えて駅に到着。

 

「ん? 切島は関西じゃなかったか?」

 

「なんか今日は集合場所が違うんだよ」

 

「……奇遇だな。俺たちもだ」

 

 更に下りる駅も同じだった。

 

 曲がる角も同じだった。

 

「お! きたね」

 

 そして、目的地にはビッグ3も揃っていた。

 

「? どうしたんスか? なんか元気ないな!」

 

「恐れていたことが現実になり始めた」

 

 こういうときむしろ燃え上がる爆豪の性格が羨ましい。こうなると十中八九チームアップで何かデカい案件を対処することはほぼ決まりと言っていいだろう。コスチュームを持ってこなくていいと言われているため、今日は説明だけっぽいところがありがたい。

 

 建物に入ると、様々なヒーローがいた。俺たちインターン生を受け入れている事務所のヒーローだけいればまだ研修的な何かかなと思えたのだが、明らかにそうじゃないヒーローたちがいる。あぁこれチームアップだわ。相澤先生までいるじゃん。

 

「おう、来たかお前たち!」

 

「父さん……あ、ノーリミット」

 

「おはようございまス!」

 

「はいおはよう! いやすまないな。もっと呼んであげたかったんだが、こちらの都合であまり呼べなかったんだ」

 

「いや、それはいいけど……これ、チームアップですよね?」

 

「思い出したかのように敬語を使ったな。ま、そういうことだ。詳しい話はナイトアイがしてくれる」

 

「みなさんご協力感謝します。みなさんから頂いた情報のおかげで、調査が大幅に進みました」

 

 父さんの言葉の後を狙いすましたかのように眼鏡で長身のヒーローが話始めた。確か、あの人がナイトアイ。緑谷から一度話を聞いた。なんでも、ユーモアを大事にしているらしい。

 

「つきましては、死穢八斎會という組織が何を企んでいるのか、情報の共有とともに協議を行いたいと思います」

 

「死穢八斎會……?」

 

 それが、今回の案件だろうか。俺はまったく話を聞かされていない。父さんにそのことについて聞くと、なぜか微妙な顔をした後、「少し、迷ってしまってな」と返された。それがどういう意味かはわからなかったが、なんとなく俺は素直に引き下がって父さんの後ろにつき、会議室へと向かう。なにやらテンションの高い夜嵐を軽くいなしつつ席に座ると、すぐに会議が始まった。

 

「えー、私たちナイトアイ事務所は二週間まえから、独自に死穢八斎會という指定敵団体について調査を進めてきました。きっかけは、レザボアドッグスと名乗る強盗団の事故で、どうにも腑に落ちない点があり追跡を始めました」

 

 いきなりついていけない。死穢八斎會が所謂ヤクザだってことはわかったが、レザボアなんたらが何かわからない。なんか死穢八斎會が遭遇した事故があって、その自己が不自然だったから死穢八斎會を追い始めたってことだろうか。

 

「そして私、サイドキックのセンチピーダーがナイトアイの指示の下追跡調査を行っておりました。死穢八斎會は裏稼業との接触が急増しており、組織の拡大に動いていると思われます。そして追跡を開始してすぐ」

 

「!」

 

 モニターを観て、驚愕した。そこには、敵連合のトゥワイスの姿があった。視界の端で、父さんが俺の方を見た気がした。

 

「敵連合の一人分倍河原仁、敵名トゥワイスとの接触。尾行を警戒されたため追跡は叶いませんでした」

 

「……すまんな想。敵連合と聞いてお前を呼ぶべきだという父親の俺と、呼ぶべきではないというヒーローの俺がいた」

 

「いいよ。俺だって父さんの立場ならそう思う」

 

 むしろ、私情を挟みかねない俺を、一度敵連合にさらわれた俺をここに呼ぶのは相当の勇気がいる、というか変だ。俺は本来この場にいるべきじゃない。みんな触れてはいないが、被身子のことを調べているなら俺のことはとっくにバレてるはずだから。

 

「……少し気になったんだがよぉ、雄英生とはいえガキがこの場にいるのはどうなんだ?」

 

「アホ言え! この二人はスーパー重要参考人やぞ!」

 

 浅黒い肌のヒーローの文句に立ち上がったのは、丸々太ったヒーローだった。どうやらファットガムというらしい。切島を受け入れてるヒーローか。見た目からして脂肪に関する個性っぽいが、どうだろう。あの人と戦うなら腹は極力狙わない方がよさそうだ。 

 

 なんで俺はファットガムと戦う話をしてるんだ?

 

「死穢八斎會は以前認可されていない薬物をシノギにしていた疑いがあります。そこで、その道に詳しいヒーローに協力を要請しました」

 

「昔はそーいうのをぶっ潰しとりました! そんで先日の烈怒頼雄斗(レッドライオット)デビュー戦! 環に個性を壊すクスリが撃ち込まれた!」

 

「個性を壊すクスリ……!?」

 

 幸いそれを撃ち込まれた天喰先輩は個性が戻っているようで、牛の蹄をアピールしている。

 

 個性を壊す、と聞いて最初に思い浮かんだのは相澤先生のことだった。相澤先生の個性は抹消。目で見た相手の個性を使用できなくする個性。ただ、相澤先生が好きな俺に言わせてみればちょっと違う気がする。

 

「抹消は個性を攻撃しているわけじゃないので、俺のとはちょっと違うみたいですね。俺は個性因子を一時停止させているだけで、攻撃はできない」

 

「ただ、環がクスリを撃たれたとき病院で診てもらったんやが、その個性因子が傷ついとったんや。連中が持っとった弾もそれっきり。もちろんダンマリや。ただ、ここにおる切島くんが身を挺して弾いてくれたおかげで、中身の入った一発が手に入った!」

 

「おっ、俺っスか!? びっくりした!」

 

 まさに切島はうってつけだったってことか。切島がいなきゃその弾の解析はできなかったし、お手柄過ぎる。俺なら撃ち込まれて終わりだ。

 

「そしてその中身を調べた結果、えらいもんが出てきた。人の血や細胞が入っとったんや」

 

 つまり、個性によって個性を破壊したってことか? 気色悪いにもほどがある。ありえない話じゃないって思ってしまえることがなおさら気色悪いが……シノギにするとしても生産は間に合うのだろうか。個性によって個性を壊すなら元の個性因子が必要っぽくて、それを弾にするなら弾の元になった人間が生産スピードに耐えられるとは思えない。

 

「切島くんが捕らえた男が使用した薬物。死穢八斎會が売りさばいた証拠はないけど、その中間売買組織との交流があった」

 

「先日リューキュウたちが対峙した敵グループ同士の抗争。片方の元締めがその交流のあった中間売買組織だった」

 

 最近起きてる事件が、死穢八斎會につなげようと思えばつなげられるのか。隣で夜嵐がアホ面晒してぼーっとしているのは話についていけないからだろう。俺が説明できればいいんだけど、流石にこの場で喋るのは緊張感がすごいし、場違い感もすごい。話を聞く限り学生が出ていい案件じゃなさそうだし。一応仮免持ってるけど。

 

「これだけでは死穢八斎會がクロとは言い切れませんが……若頭、治崎の個性は『オーバーホール』。分解し、修復する個性です。分解し治す個性。そして、個性を壊すクスリ。詳細は不明ですが、治崎には娘がいる。私の受け入れているインターン生二人が遭遇したときには、手足に夥しい数の包帯が巻かれていました」

 

「まさか、そんなおぞましいこと……」

 

「ぅぇ、まじか」

 

 気づいたら声が漏れていた。さっき考えていた生産の話、ここで回収されるなんて思ってなかった。回収されない方がよかったし、されるべきでもなかったんだが……。

 

「? どうしたんスか、久知」

 

「いや、なぁ……」

 

「やっぱガキはいらねーんじゃねぇの? 分かれよな」

 

 浅黒い肌のヒーローはそう言うが、むしろ学生のうちはわからなくてもいいと思う。そりゃインターンで経験を積んでいるなら分からなければいけないが、まだ一年も経ってないうちに察しがつくやつは賢いやつか、汚いやつだ。

 

「つまり、娘の体を銃弾にして売りさばいてんじゃね? っつーこった」

 

 頭を抱えたくなる。俺でもこんな気分悪くなってるんだから、その娘に遭遇したっていう緑谷は大分キてるはずだ。

 

 これから対峙しなきゃいけないであろうものを考えて漏れそうになったため息をぐっとこらえた。まぁ、気が重いなんて言ってられる場合じゃないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議が終わって、俺たちはテーブルを囲んで緑谷と通形先輩から話を聞いた。緑谷はその場で保護しようとして、先輩は先を考えて確実に保護できるよう動いた。どっちも間違いじゃない。でも、こんな話を聞いた後で間違いじゃなかったからよかったね、なんて思えるわけがない。

 

「悔しいな……」

 

 元気印の夜嵐も、今は大人しい。どうしたらいいかわからない、って感じだ。なんとか元気づけようとしてもその方法がわからない。あんな話を聞いた後ではどんな風に慰めていいかなんて、夜嵐じゃなくてもわからないだろう。

 

 胸糞の悪さを解消したくて胸ポケットに入れているアロマシガレットを取り出そうとするが、流石にここじゃ印象悪いかと思って手の中で転がすだけに止め、代わりに思いきり背もたれに体重を預けた。

 

 そんな重い空気の中、エレベーターが到着する音が聞こえ、エレベーターからゆっくりと相澤先生と父さんが出てきた。相澤先生は俺たちの様子を見て「通夜でもしてんのか」とぼそっと呟いた。

 

「相澤先生、父さん」

 

「学外ではイレイザーヘッドで通せ。しかし、まぁ……」

 

 父さんは父さんでいいんだな、と思いつつ相澤先生の言葉を待つ。父さんは、父さんに似合わない神妙な顔をしていた。

 

「今日は君たちにインターン中止を提言するつもりだったんだが……」

 

「えぇ!? いきなりなんで!」

 

「連合が関わってくる可能性があるって聞いたろ。そうなると話は変わってくる、が」

 

 相澤先生が俺と緑谷を見て、緑谷に話しかけた。

 

「緑谷はエリちゃんと実際に会って、その性格だ。きっと俺が止めても飛び出してしまうんだろう。だったら」

 

 相澤先生は緑谷に目線を合わせるようにしゃがんで、緑谷の胸に拳をそっと置いた。

 

「俺が見ておく。するなら正規の活躍をしよう」

 

「……はい!」

 

「お前もだぞ久知」

 

「あ、やっぱりですか?」

 

 敵連合と言えばお前だろ、と不名誉な言いがかりをつけられた俺は、何やら怖い顔をしている相澤先生と目を合わせた。おいおい、緑谷に話してるときは優し気だったじゃん。

 

「敵連合に攫われたお前を今回の作戦に参加させるわけにはいかない、が。成績がよくて賢いフリをしているお前はその実、あることになるとバカで考えナシで一直線だ」

 

「ひどくね?」

 

「俺としては今回のことが終わるまで縛り付けて監禁していようと思ったんだがそうはいかない。むしろ、そうやってもお前は無理やり拘束を解いて会いに行くんだろうと確信してしまった」

 

 会いに行く、と聞いて緑谷と切島が目を逸らし、麗日と蛙吹が頬を赤らめた。俺が芦戸たちに連行されたあの日、麗日と蛙吹も途中から参加して根掘り葉掘り聞かれたんだっけか。気ぃ遣ってもらうのも申し訳ないけど、もうちょと遠慮しろと俺は思ったね。一応俺が好きな子って敵だぞ?

 

「まぁ!!」

 

「いてぇー!!?」

 

 ぼーっと考えていると、突然後ろから両肩を叩かれた。腕が落ちていないか確認してから振り向くと、父さんがムカつくくらいの笑顔でサムズアップ。親に殺意を覚えたのは初めてだ。

 

「お前は俺の息子だ。どんな逆境だろうと、どんな限界だろうと、どんな窮地だろうと乗り越えていけると信じている。それに俺もついている! お前はお前のやりたいことをやればいい!」

 

「……ヒーローが自分優先しちゃダメだろ」

 

「頭が固いなァー!? ヒーローはヒーローだが、同時に人間で息子でもあり娘でもあり、親でもあり兄でもあり姉でもあり友でもあり恋人でもある! しかしそれでもヒーローだ! やりたいことをやっていれば、勝手に人は救われる! だから、堂々とお前のやりたいことをやればいい!」

 

 上向いて行こう! と父さんは腕を高くつき上げた。……本当に俺の父さんか? 俺似てなさすぎじゃない?

 

「いいお父さんっスね! 流石ノーリミット!」

 

「……だろ? 流石父さんだ」

 

 褒めてくれる夜嵐に、俺は得意気に胸を張った。



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すき

「想くんまだかな、想くんまだかな」

 

「想くん?」

 

 私の腕の中でエリちゃんが可愛らしく首を傾げる。エリちゃんと遊びたいとごね続け、若頭はついにエリちゃんと遊んでもいいという許可をくれた。許可をくれたときに「お前らのリーダーが、『トガは我慢させた方がめんどくさいぞ』と言っていたからな」と言われたのは気に食わないものの、エリちゃんと遊べるならオールオッケー。ついでにエリちゃんが逃げ出さないように見張っておかなきゃいけないみたいだけど、むしろ私がエリちゃんを連れて逃げ出して、想くんのところに行こうかななんて考えている。

 

 首を傾げるエリちゃんに優しく笑いかけると、エリちゃんはまた首を傾げた。この子は笑顔を見せない。普通じゃ考えられないほどの痛くて怖い経験をしてきたからだと思う。想くんなら、子どもはもっと子どもらしくって言うだろう。だったら私もそう思う。

 

「想くんはね、とても優しくて、とてもかぁいくて、とってもカッコいいの。私の大好きな人」

 

「大好き?」

 

「そう。大好きです」

 

 エリちゃんの小さなおててをにぎにぎしながら言うと、エリちゃんはまた首を傾げた。今の会話で首を傾げるところがあったかな? と思いながら一緒に首を傾げると、エリちゃんは私の腕の中でくるりと体を回してわたしの首の後ろに腕を回すと、また首を傾げて言った。

 

「すきって、なに?」

 

 可愛らしいことをしたエリちゃんに思わず噛みつきそうになるのと同時に、衝撃を受けた。この子は、好きを知らないんだ。あんなに幸せで、温かくなる気持ちを。若頭はこんな小さな女の子から笑顔だけじゃなくて好きっていう気持ちも奪ってるんだ。

 

「うーん、この人温かいな、って人に会ったことあります?」

 

「温かい……」

 

「好きっていうのはあれこれ難しく考えるものじゃなくて、もっと単純、簡単に、その人といると温かくなれる、そんな気持ちなの」

 

「じゃあ、ヒミコさんのこと好き、かもしれない。今まで会ったことある人と同じだけど、ヒミコさんは温かいもん」

 

「嬉しいっ! 私もエリちゃんのこと大好き!」

 

「みゅ」

 

 嬉しくなって抱きしめると、エリちゃんが潰れた声を出した。窒息させてしまってはいけないと名残惜しさを感じつつそっと離して、柔らかい髪を撫でる。くすぐったそうに目を細めるエリちゃんも最高に可愛い。

 

「んー……あっ、ヒミコさん以外に温かい人いた」

 

「え! だれだれ?」

 

「わからない。けど、ヒーローさん。私がここから逃げた時、助けようとしてくれたの」

 

「なら一緒だね」

 

「一緒?」

 

 うん、と頷いてもちもちのほっぺにそっと手を添えて、エリちゃんの顔を傾かせて目を合わせる。

 

「想くんもね、ヒーローなの。だから一緒。エリちゃんの好きな人と、私の好きな人。あ、同じ人って意味じゃないよ? ただ、優しくてカッコいいってところが一緒なの」

 

「優しくて、カッコいい……」

 

「そ」

 

 エリちゃんのほっぺをむにむにしていると、エリちゃんがむっとして私のほっぺもいじってきた。ふふ、楽しい。エリちゃんはこうして遊んでると普通の女の子なのに、こんなところに閉じ込められて、そんなのダメだと思う。だから、私はエリちゃんに一つ提案した。

 

「ね、エリちゃん。エリちゃんの好きな人に会わせてあげよっか?」

 

「え?」

 

 私のほっぺをいじる手を止めて、エリちゃんは目を丸くした。その表情に思わず笑って、エリちゃんの頭をぽんぽん撫でる。

 

「子どもはやりたいことやらなきゃダメだと思うんです。だから、私がエリちゃんを好きな人のところに連れてってあげる」

 

 だって、想くんならそうするだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久知、ちょっといいか」

 

「え? なんです?」

 

 一日の授業が終わって、さぁ寮に帰ろうとしたとき、相澤先生に呼び出された。俺が女子高生なら告白か何かかと期待するところだが、俺は残念ながら男子高生。絶対に告白じゃないし、そもそも俺が女子高生だろうと相澤先生が告白なんてするわけがない。じゃあなんで呼び出されたんだろうか。

 

 いやまぁ、俺は優等生だから学校のことじゃないはずだ。成績優秀だし。

 

「退学だ退学」

 

「俺が退学ならこのクラスの大半は退学だろ」

 

「なんでお前はそう敵を作るんだ……?」

 

 一緒に帰ろうとしていた上鳴の疑問に俺もなんでだろうなと思いながら先生についていく。歩く先生は無言だから、どうやら誰かに聞かれていいものじゃなさそうだ。

 

「入れ」

 

 まるで牢屋に入れるかのような口ぶりで入室を促され、おとなしく生徒指導室に入る。まさか本当に退学じゃないよな? と内心びくびくしながら相澤先生が座るのを待って、座ってから俺も相澤先生の対面に座った。

 

「いきなり呼び出して悪いな、という挨拶は時間の無駄だからやめておく。今日呼び出したのは敵連合についてだ」

 

「あぁ、そのことですか」

 

 なんだ、退学じゃなかったんだと安心していると、相澤先生に睨まれたので黙っておく。

 

「敵連合が絡んでるかもしれないってのは言ったな」

 

「はい」

 

「ってなると、まぁ、お前の大好きな女の子の話になるんだが……」

 

「大好きだなんて、そんな」

 

「お前、捕まえる気はあるのか?」

 

 大好きな女の子の話、と言われて照れていた俺は時間が止まったかのように体の動きを止めた。あぁ、ここでその話をするのか。俺だって捕まえるって一度思ったものの、まだふらふらしていたのに。

 

「一般論で捕まえた方がいいから捕まえる、っていうのはナシだぞ。お前自身の気持ちを聞かせろ」

 

「捕まえますよ」

 

 即答すると、相澤先生は目を閉じた。心なしか、その表情は笑って見える。さては、俺が被身子のことが好きすぎて捕まえないなんて言うとでも思っていたのだろうか。……正直、父さんの言葉を聞く前の俺だったらちょっとは悩んでいたとは思うが、俺はヒーロー。その前提を守っていれば、自ずと答えは出てくる。

 

「別に、捕まえたからと言って会えなくなるわけじゃない。そりゃ、ずっと一緒にいられないのは嫌ですけど、被身子がやったことは許されていいことじゃありませんから。ちゃんと罪を償ってもらって、その間に俺はちゃんとヒーローになって。それで、被身子を支えられたらって思ってます」

 

「……安心したよ。ちょっとでも悩んでればやっぱりお前の参加を取り消すところだった」

 

 危なかった。よくやったぞ俺。父さんがヒーローの心得を教えてくれたから、ここはよくやった父さんって言うべきか?

 

「お前はヒーローに向いている。それは、お前と初めて会ったころから変わっちゃいない」

 

「え、うれしい」

 

「職業としてのヒーローもそうだが、誰かにとってのヒーローになることに向いている」

 

「誰かにとっての、ヒーロー」

 

 つまり、どういうことだろうか。俺は考えることが得意だとは思っていたが、あまりよくわからない。

 

 相澤先生に俺の混乱が伝わったのか、相澤先生は短く息を吐いた後、「つまりだな」と切り出し、

 

「職業としてのヒーローが救えないやつでも、誰かにとってのヒーローになれるお前なら救えるかもしれないってことだ」

 

「……もしかして、背中押してくれてます?」

 

「そういうのは、気づいても言わないもんだぞ」

 

 相澤先生は、俺に被身子を救えって言ってる、んだと思う。はっきりとは口にしてはいないが、俺には伝わった。職業としてのヒーローにこだわらず、誰かにとってのヒーローに、被身子にとってのヒーローになれ、と。

 

 父さんもそうだが、俺の周りの大人は尊敬できる人が多すぎる。なんでこんなにいい人なんだろう。父さんと相澤先生には、一生頭が上がる気がしない。

 

 父さんと相澤先生は、いつだって道を示してくれる。俺の背中を押してくれる。俺を見守ってくれている。いつか立派なヒーローになって恩返しをしないと、と自然に思えた。父さんには死穢八斎會のことが終わったら、インターンで返してもいいかもしれない。父さんよりも早く事件を解決して、完璧に、迅速に。俺の個性じゃそれは難しいけど、だからこそやってみせることに意味がある。

 

「俺は緑谷とお前をいっぺんに見切れないから、お前のことはノーリミットさんに任せる。あの人と一緒なら大丈夫だろうが、万が一ということがある。目的を見失わず、しっかりノーリミットさんについていって、やれることをやれ」

 

「はい。あくまで俺は仮免持ってるだけの学生ですから」

 

「そういうこった。お前は一度敵連合にさらわれてるんだからな。そのあたりも警戒しておけよ」

 

「またさらわれたら今度こそ雄英の信用に関わりますもんね」

 

「俺が頭を下げて済む話ならいいんだが」

 

 相澤先生が頭を下げるような状況にさせちゃいけない。あの会見は俺にとって録画して何度も見返したいほど心に来るものだったが、だからこそあれを何度も繰り返しちゃいけない。俺が被身子につられて敵連合にいく、なんてことになったら大問題だろう。いや、死穢八斎會に被身子がいるって決まったわけじゃないけど。

 

 でも、もしいるとしたら被身子は俺を狙ってくれると思う。なにせ俺と被身子はりょ、両想いなんだから。……両想いだってことを考える度めちゃくちゃ嬉しいな。あれ? ほんとに両想いだよな。俺の妄想とかじゃなくて。だとしたらめちゃくちゃ痛い奴だぞ。爆豪が聞いたら爆笑した後「気色悪ぃ」って言って爆破してくるに違いない。

 

「ま、お前がそう思ってるならいいんだ。お前はある意味緑谷より問題児だからな」

 

「なに言ってんですか。緑谷も俺も超優等生でしょ」

 

 お前がそう思うんならそれでいいさ。と何か含みのある発言をする相澤先生に、俺は思わず押し黙った。



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決行

 決行日、当日。

 

「こうして集まると壮観だな……」

 

「燃えてきた! 頑張ろうな、=ピース!」

 

「二人とも実力はあるが、油断するなよ。俺みたいに手加減してくれる相手じゃないからな」

 

 むしろ父さんはもっと手加減してほしいんだけど、という言葉をぐっと飲みこんで頷いた。思えば、こうしてきちんと作戦に参加するのは初めてかもしれない。インターンじゃいつもボロボロの状態で流れ作業で敵退治してたから緊張する暇もなかったが、今めちゃくちゃ緊張してる。怪我も疲労もない状態の俺はすぐにやられてもおかしくない。

 

「令状読み上げたら速やかによろしくお願いします」

 

 お屋敷に取り付けられたインターホンの前で、警察の人がヒーローに確認を取る。夜嵐が隣で「任せてください!!」と元気よく返事するのを見て、俺は小さく息を吐いた。

 

「よく緊張しねぇな」

 

「緊張はしてるっス。でも、そんなこと言ってられないだろ?」

 

 俺たちはヒーローだから、笑顔でいることが大事なんだ! と夜嵐が俺に笑いかけるのと同時、死穢八斎會の敷地内から巨漢が門をぶち壊しながらこちらに飛び出してきて、その衝撃で数人の警察官が吹き飛ばされた。

 

「レップウ!」

 

「もうやってまス!」

 

 父さんが指示するより前に、夜嵐は風を操って吹き飛ばされた警察官を保護していた。柔らかな風は警察官の体をまるで羽のように地面へ着地させ、それを見て夜嵐の個性の繊細さを理解する。こいつ、また個性の使い方うまくなってねぇか?

 

「彼はリューキュウ事務所で対処します。みんなは突入を」

 

「ドラゴンだ! カッケェ!」

 

「カッケェのは同意するが、行くぞレップウ」

 

 子どものように目を輝かせながらドラゴンに変身したリューキュウを見る夜嵐を引っ張って、敷地内に突入する。

 

「レップウ。俺の疲労がたまるまでサポート頼む」

 

「お任せ!」

 

 個性、武器、拳、様々な方法で俺に殴りかかってくるヤクザをレップウに対処してもらう。腐っても雄英生、個性なしでも対処できないことはないが、目的地までまっすぐ行った方がいい今、余計な時間は使っていられない。

 

「おじゃまします!!」

 

「礼儀正しいな君!」

 

「皮肉ですよ!」

 

 そのまま走って屋敷の中に入り「おじゃまします」と言うと、ファットガムに褒められてしまった。俺としては皮肉のつもりで言ったんだが、夜嵐も俺をまねして「おじゃましまス!」と言っているからなんだかな、という感じである。

 

「しかし、やけに一丸になって襲ってくるな」

 

「俺知ってるぞ。チューギってやつだ!」

 

「その忠義を尽くされてる治崎も、それに幹部も見当たらねぇから今頃逃げ出してるんだろうな」

 

「なにぃ!? じゃあチューギじゃない! 俺が知ってるチューギはもっと熱かったぞ!」

 

 屋敷に入ってもヤクザが襲い掛かってくるため混戦状態になり、なんとかヤクザを蹴散らしつつ奥へ向かう。父さんとの戦闘訓練で体が勝手に動いてくれるようになってるから、今のところ攻撃はもらっていない。その代わりちょっと無茶な態勢になったりはしたが。

 

「ここだ」

 

 そうやって走って進んでいると、ナイトアイが立ち止まった。そして板敷きを押し込んだかと思えば、忍者屋敷のように壁が低い音を鳴らしながら動き始めた。夜嵐が目を輝かせて興奮しているのに共感できてしまうのは、俺が男の子だからだろうか。

 

「なんじゃおまえら!!」

 

「びっくりした!」

 

 壁が動いて通路が現れると、そこから三人のヤクザが飛び出してきた。忍者屋敷かと思ったらお化け屋敷かよ、とびっくりしている俺の前に出たナイトアイのサイドキック、バブルのお姉さんとムカデのお兄さんが鮮やかに三人を抑えつけた。

 

「先行ってください! すぐ合流します!」

 

「迅速だなぁ」

 

「感心してる場合じゃないぞ」

 

 父さんの言葉に「わかってますよ」と返事して、地下へ続く階段を下りていく。このまま進んでいけばエリちゃんのいるところにたどり着くはずだったが、進んだ先にあったのは壁だった。

 

「いや、道は続いてます! 壁で塞がれてるだけです!」

 

「となると、俺の出番だなァ!」

 

 通形先輩が透過で壁の向こうを見て道があることを報告すると、父さんが風を巻き起こすほどの勢いで地を蹴り、風を切りながら壁を蹴りぬいた。

 

「ふっ、完璧、どわぁ!?」

 

「ノーリミット!?」

 

 壁を蹴り抜いて華麗に着地した父さんは、突然地面に飲み込まれて姿を消した。あんた俺と一緒にいるって言ってなかったか!?

 

「待て、道がうねって変わっていく!」

 

「本部長入中か!? しかしあいつが操れるのはせいぜい冷蔵庫サイズまでのはず」

 

「オクスリ使えば、できひん話やないけどな」

 

「父さんなら大丈夫だろうけど、厄介だな。まさかコンクリートに入って地下を丸ごと操ってくるなんて……!」

 

「みんな、俺は先に向かってます! どれだけ歪められようと、向かうべき位置がわかってるなら俺は行ける!」

 

 思い切りがいい。まだ学生なのに一人で奥に行くのはどれだけの勇気がいるだろうか。相澤先生がNo.1に近い男だって言ってたけど、こういうことなんだな。

 

「レップウ。俺たちは基本的にプロヒーローと一緒に行動するべきだ。だから──」

 

「=ピース!?」

 

 絶対に離れるなよ、と言おうとした瞬間に、壁に飲み込まれた。それと同時に夜嵐が落下していく。恐らく床が開いたんだろう。なんで俺だけ別なの? なんて。

 

「……お前がいるからに決まってるよな」

 

「久しぶり。想くん」

 

 飲み込まれた先には、俺の好きな女の子であり敵でもある、被身子がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでマグ姉!」

 

「何? トゥワイス」

 

「俺たちはなんで、若頭から逃げてるんだろうな!?」

 

「そりゃあ私の腕の中にエリちゃんがいるからよ!」

 

「返せ!」

 

 地下、最奥。そこで追いかけっこをしているのは敵連合のトゥワイス、マグネ、治崎の三人だった。もちろん鬼は治崎であり、捕まったら死ぬという死の追いかけっこである。

 

 なぜそんな楽しくないことをしているのかと言えば、マグネの腕の中にいるエリが原因であり、つまるところ、トゥワイスとマグネがエリを攫ったからこうなっている。

 

「ヒーローを排除しに行ったのは、トゥワイスが増やしたお前らだな?」

 

「正解! 全然違うぜ!」

 

「いやんバレちゃったわ! どうしましょう!」

 

「ところでマグ姉!」

 

「なーにトゥワイス!」

 

「俺たちの目の前の壁が塞がれちまったってことは、絶体絶命ってことか!?」

 

「えぇ、大ピンチね!」

 

「じゃあ勝負だ若頭! 優しくしてね!」

 

 治崎の個性によって道を塞がれた二人は、振り返って治崎と対峙する。しかしトゥワイスはすでに個性で数人増やしているため個性を使ったところで脆い人形が出来上がるだけであり、マグネはエリを抱えているためろくに磁石が振るえない。

 

「手間取らせやがって、死──」

 

 二人に手を伸ばした治崎は、突如壁を壊しながら現れた赤いエネルギーに弾き飛ばされた。その壁を壊したエネルギーを使っているのは、浅黒い肌、黒い刈り上げのショートヘア。毛先が立っていて、サイドにある分け目がカッコいい男の子。

 

()()()()()! 遅いぜ。生き永らえちまうかと思った!」

 

「随分ボロボロね。大丈夫?」

 

「想くんボロボロバージョンです。怪我したわけじゃないよ!」

 

 想に変身した被身子だった。被身子は想以外に変身することはできなくなったが、想に変身するならそのレパートリーは豊富であり、髪の長さ、肌の質、果ては傷まで。様々な時期の想を再現することできる。ちなみに、服ごと変身してはいないので、想が女子高生の制服を着ている姿となっている。

 

 そして今はボロボロになった想に変身し、想の個性で治崎の側に置かれている汚れ役、鉄砲玉八斎衆の酒木泥泥と音本真をブチ転がして二人を助けにやってきた。ブチ転がしたとは言っても完全に不意打ちであり、『人に気づかれないスキル』と『個性"窮地"上限解放60』を併せ持った被身子は一撃で勝利をもぎ取って見せた。

 

「さ、行こ! 私が道を開くから!」

 

 被身子は想の姿のまま女の子の口調で話し、壁を壊して道を開いていく。それを見たトゥワイスとマグネは顔を見合わせた後、「おっかない」と呟いた。

 

「むっ、おっかないとはなんですか。カッコいいと言ってください。──エリちゃん。もうすぐ会わせてあげますからね。カッコよくて、温かい人に」

 

「──」

 

 この人たちなら、私を助けてくれるかもしれない。エリは、闇の中に突如射した希望の光に、小さく頷いた。

 

 ──そして、被身子たちが去っていった後、再び闇は動き出す。

 

「オーバーホール。こいつぁ一体」

 

 治崎がすぐ戻ると言って走り出し戻ってこないのを不思議に思って駆け付けた若頭補佐、クロノスタシスが治崎に近寄ると、一瞬にして塵となった。塵となったのは治崎も同じであり、やがて塵となった二人は一つの体となって融合する。

 

「……なぁ酒木、音本」

 

 お前らも、クロノと同じく俺のために死んでくれるよな? と言って治崎は二人に手を伸ばし、今度は四つの体が一つになった。

 

 生まれたのは、異形。治崎の個性の発動条件である手は腕が背中、腹、いたるところから生え八本になったことで効果範囲を増し、重さが増した上半身を支えるように下半身は肥大化していた。その全長は2メートルを超え、どう見ても異形であり化け物であるその姿は、脳無に酷似していた。

 

 そして、異形が生まれたのと同時に通形ミリオが到着する。

 

「……これは」

 

「ああ、学生さんか」

 

 ミリオは、辺りを染める赤い色に眉を顰め、異形となった治崎を見た。

 

「お話聞こうかと思ったんですけど、お話しできる状況じゃないみたいですね」

 

「すみませんね。またエリが駄々こねちゃいまして」

 

 訪れたのは、破壊だった。治崎が手で地面に触れた瞬間、通路は崩れ去り、そしてそれらが細かいレベルで修復され、瓦礫の棘となってミリオに牙を剥く。

 

「私も少々、気が立ってるんですよ」

 

 ミリオは、その個性の速さに冷や汗を流した。崩壊が始まったかと思えばそれは棘になり、棘になったかと思えば自身にそれが襲い掛かってきた。ミリオは予測ではなく、反射で透過を使用していた。

 

「すぐにどいてもらうぞ、学生さん」

 

 そして、異形による蹂躙が始まった。



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久知想:オリジン

「なにぃ!? 溶けた!?」

 

 ノーリミットは飲み込まれた先でトゥワイス、マグネと遭遇し、問答無用でパンチ。それが直撃したトゥワイスとマグネはどろどろに溶け、消えてなくなってしまった。ノーリミットが遭遇したのはトゥワイスが個性で増やした分身。トゥワイスの個性を知っていたノーリミットは殺したわけじゃない、と自身を安心させ、上を見た。

 

(……入中が厄介だな。片っ端からコンクリートを壊して本体を引きずり出せばいいか?)

 

 考えて、ノーリミットは首を振った。

 

(そんなことをして地下が崩れてしまえば本末転倒だ。ここは、俺もルミリオンを追った方が……待てよ、先に想と合流するのがいいか? いや、こんなに地下を動かせるんだ。合流はまずできないと思った方がいい)

 

 決まり! とノーリミットは叫んで、力任せに床をぶち壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、うふふ。やっぱり想くんカッコイイね。ね! 想くん」

 

「いや、俺に聞かれても……」

 

 ここでそうだね! と言ったら俺はナルシストだろ。芦戸とか葉隠とかは俺のことをイケメンだなんだと言ってくれるが、俺は自分でそういうつもりはない。だって恥ずかしいし。

 

「二人きりになれたし、何する? コイバナ? キス? それとも、もっといいこと?」

 

「お願いしまっ……! いや、被身子。俺は今そんなめちゃくちゃ心惹かれるようなことしてる場合じゃないんだ」

 

「えー、残念。じゃあ想くんは何しに来たの?」

 

「エリちゃんを助けに来た。で、あわよくば被身子を捕まえに」

 

 相沢先生はあくまでエリちゃんの保護が目的だって言ってたけど、こうして目の前に現れた以上戦わないわけにはいかないだろう。戦って、勝って、捕まえて、償ってもらって、その後に俺たちを始めればいい。

 

 クサいな今の。恥ずかしい。

 

「そう言うと思ってた。想くんは、いつだってヒーローだったから」

 

「らしいな。最近俺も俺がヒーローなんだって教えてもらった」

 

「最近じゃなくて、ずっとヒーローだったよ」

 

 昔話でもしない? と言って、被身子は小さい頃の俺の姿に変身した。

 

「な、え?」

 

「私と会った頃の姿。覚えてる?」

 

「いや、覚えてるけど……」

 

 そんな、忘れるはずがない。被身子はいつだって被身子で、そんな姿が鮮烈で、被身子のことが好きになったんだから。

 

 何かしら個性はあるけど、どんな個性かがわからない。なんて診断を受けた俺に待っていたのは、無個性だ、無個性! という周りからの嘲笑だった。気にしていなかったと言えば嘘になる。俺の世代で個性が発現していない子は珍しかったし、実際個性が発現していないのは俺だけだった。

 

『うわ、出た! トガだ、きもちわりぃ!』

 

『見ろよ、死んだ鳥なんか持ってるぜ!』

 

 そして、無個性なんて馬鹿にされながらも悔しさを押し殺して毎日を生きていた、そんなある日。ヒーローごっこするけどお前無個性だから入れてやんねぇ! とわざわざ俺の家にきて宣言しにきたやつを制裁するべく公園に向かった俺の目に映ったのは、一人の女の子を囲む男の子たちの姿だった。女の子の手には血を流した鳥がいて、俺もそれを見た時すげぇ子もいるもんだなぁなんて思ったような気がする。

 

 でも、その子は首を傾げて、本当に不思議そうに言った。

 

『なんで? 小鳥さんカァイイのに』

 

 俺は子どもながらに、子どもだから周りから見てどれだけ自分がおかしいかわからないんだな、なんて思っていた。死んだ小鳥を見て可愛いなんて感想を抱く子どもなんているわけないだろうって。実際周りにいた男の子たちも「可愛くねぇよ、きもちわりぃ!」なんて言ってより攻撃的になった。やれお前は笑顔が気持ち悪い、やれお前はくさい。いつしかそれは言葉だけではなく、暴力にまで発展していた。

 

 それでも、その子は小鳥を抱えて、小鳥を可愛いと言い続けた。自分の好きを曲げなかった。思えば、俺はその輝きに惹かれたんだと思う。

 

『──親の七光りパンチ!』

 

『うわっなんだ!?』

 

『ゆうくんがやられた!』

 

『俺の父さんはヒーローだ! つまり俺もヒーローで、俺にパンチされるやつは悪者だ!』

 

 子どもらしい暴論を振りかざして、俺は女の子を庇うように立った。当然殴られて引き下がるような子たちではなく、必殺親の七光りパンチを受けてもなんのその。一瞬で俺を取り囲んだ。

 

『悪者だって! 敵っていうならそいつだろ! 笑い方気持ち悪いし、死んだ鳥をかわいいって言ってるし! どう考えたっておかしいぜ!』

 

『俺もそう思う! 死んでる小鳥は可愛くない! それはおかしい! でも笑顔は可愛かっただろ、ふざけんな! 父さんが言ってたぞ、男の子は素直になれないから、逆に素直になった方が好感度高いぜって! お前たちはこの子がかわいいけど素直になれないから気持ち悪いなんて言ってるんだ!』

 

『そうじゃねぇよ! 気持ち悪い笑い方してるそいつのことが可愛いなんて、お前どうかしてるんだな!』

 

 その時の俺は、えぇ、ほんとに可愛いのになぁ、と思って首を傾げていた。今でも俺はその子の笑顔が可愛いと思うし、なんならずっと可愛いし、最近綺麗になってきたし、ますます好きになってきた。俺は、初めて会ったその時からずっとその子のことが好きだけど。

 

 どうかしてる、と言われた俺は、一歩前に踏み出して男の子たちを威圧した。そして、その子の輝きに惹かれた俺は、大きく息を吸って、大声ではっきりと言い放った。

 

『どうかしてても、好きなものを好きといって何が悪いんだ! 俺はこの子の笑顔が好きだ、どれだけおかしいって言われても死んだ小鳥を可愛いって言えちゃえる心が好きだ! この子の輝きに比べたらお前らなんか焦げだね、焦げ! 焼肉したときに隅へ寄せられるやつ!』

 

『うっ、何言ってんだお前! こんなおかしいやつやっちゃえ!』

 

『かかってこい!』

 

 もちろん、俺は完膚なきまでに敗北した。そりゃそうだ。俺はちょっと賢いだけの子どもで、その時は無個性だって信じて疑ってなかったんだから。しかも5対1くらいだったし。見事にぼっこぼこにされた俺は、満足した男の子たちが帰るまで気絶したふりをしていた。そして帰った後、すっと上半身を起こして、子どもらしく涙ぐんで、

 

『ふっ、バカめ! 起き上がった俺に倒されたくないから逃げやがったな! つまり俺の勝ちだ!』

 

『……』

 

『あ、怪我ない? 俺は怪我あるけど』

 

『っ、ごめん、なさい』

 

 思えば、この時その子は我慢してたんだと思う。その子は血がめちゃくちゃ好きで、俺はボコボコにされて血を流してたんだから。でも、その子は我慢した。俺のために我慢できる優しい子だったんだ。

 

 俺はそんな優しいその子に、その時はまだ得意だった笑顔を披露した。

 

『女の子のために体を張るのは当然のことだ! 気にすんな! それより友だちにならねぇ? 俺多分今ので遊ぶ相手いなくなっちゃったし!』

 

 もし今の俺がその場にいたら、そんなこと言ったら気にしちゃうだろと俺の頭を叩いていたかもしれない。まぁ子どものときはデリカシーなんてあってないようなものだ。俺もその辺りは大目に見ている。

 

『……いいの?』

 

『なにが?』

 

『だって、私、おかしいし』

 

『おかしいぞ!』

 

 泣きそうな顔になったその子を見て、俺は慌てて「違う違う」と言った。

 

『おかしいけど、それでも好きって言えるのはスゲーと思う! 俺って無個性だから、誇れるもんじゃないって思ってたんだ。でも違う。無個性だからなんだ。無個性でも今こうやって君を助けられたんだから。周りがなんて言おうと関係ない。そんなカッコよさを君に教えてもらったんだ!』

 

 だから、隠さないで、胸を張って。と言うと、今度こそその子は泣いてしまった。なんで泣いたかわからなかった俺はひどく狼狽して、ポケットからぐちゃぐちゃになったハンカチを取り出し、これじゃねぇなと思って何かないか体のあちこちを探っていた。

 

『……渡我被身子』

 

『?』

 

『渡我被身子。私の、なまえ』

 

『! 俺は久知想! よろしく!』

 

 言って、俺はぐちゃぐちゃのハンカチで被身子の肌が汚れることを気にしたのに、どろどろの手で被身子と握手した。そういや、この頃の方がヒーローっぽかったっけ。

 

「それからの毎日は、とても楽しかった。二人だけだったけど、大好きな想くんと一緒で。温かかった。こんな毎日がいつまでも続くと思ってた」

 

 小さい頃の俺の姿で、俺の声で被身子は言う。何か変な感じだ。

 

「私が、我慢できなかった。大好きな想くんの血を吸ってみたい。大好きな想くんと愛し合ってみたい。みんなが好きな人とキスをするように、私は好きな人の血を啜る」

 

 俺は無意識に、首筋を撫でた。あの頃、被身子に突き破られた箇所。血を啜られたところ。あの頃の俺は、なんて思ってたっけ。

 

『ごめんね、ごめんねぇ、想くん』

 

 被身子は俺の首筋に歯を立てて、血を啜っていた。その表情は見えないけど、たぶん、笑顔だった。俺の好きな、俺が可愛いって思うあの笑顔。被身子のお父さんとお母さんは気持ち悪いなんて言うけど、俺はずっとこの笑顔が好きだった。

 

『なんで謝ってるの?』

 

『だって、だって』

 

 力が抜けていく体を必死で奮い立たせて、俺は被身子の頭を抱き寄せた。

 

『痛いけど、大丈夫。被身子は血を吸うのが好きなんだろ? だったら嬉しい。それって俺のことが好きってことじゃね?』

 

 バカじゃないのか、と思う。血を吸われて体力が落ちて死にかけてるのに嬉しいなんて。多分、この時に窮地が発動していたんだと思う。そうじゃなきゃここまで喋れるはずもないし、動けるはずもない。この時はただの子どもだったから。

 

『まぁ、でも、流石に他の人にこれやっちゃだめだぞ? 俺だけな。俺だけ。あれ、なんか目の前が──』

 

「それが、最後だった」

 

 気づけば俺は病院のベッドの上で、そこから被身子に会えることはなかった。そりゃ息子が死にかけたんだから、そんな目に遭わせた子と息子を会わせるはずがない。でも、小さい頃の俺はふざけんな、って思った。思ったし言った。けど、すぐに我慢して自分を抑圧した。賢くなってしまった。言ったところで結局、変わることなんてなかったから。

 

「私ね、想くん。あのまま想くんと一緒にいられたら、もしかしたら私は敵になってなかったんじゃないかなって思うの。想くんの血だけを吸って、いつも想くんと一緒にいて。いっぱい愛して、愛されて。でも私は敵になっちゃった。ねぇ想くん。お願い、私と一緒にきてくれない?」

 

「いやだ」

 

 断ると、被身子はわかっていたと言わんばかりに笑った。

 

「俺は被身子のことが好きだけど、おかしいことはおかしいって言うし、間違ってることは間違ってるって言う。被身子。ちゃんと償って、それから一緒にいよう。前も言ったろ。俺はずっと好きでいるって」

 

「想くん……私──」

 

 被身子が何かを言おうとしたその瞬間。被身子が立っていた床が派手に崩壊して、被身子がドロドロに溶けていった。崩壊した床から出てきたのは、敵連合のトゥワイスさん、マグ姉、マグ姉に抱かれてるエリちゃん……エリちゃん!? なんでここに?

 

「想くん!」

 

 それに、俺……じゃなくて、被身子だった。あれ、じゃあさっきの被身子はトゥワイスの……。

 

 三人は床から出てくると、一目散に俺に向かって走ってきた。まさかまた俺を攫うつもりか!? くるならきやがれ、と構えていると、その後に床から出てきたやつを見てどうやらそうじゃないということを察した。

 

 床から出てきたのは、明らかな異形。その顔で辛うじて治崎だとわかる程度のそれは、こちらを、正しくはマグ姉が抱えているエリちゃんを睨みつけて、その足をこちらに向けた。

 

「な、なんだアレ! お前ら何やってんの!?」

 

「想くん!」

 

 俺の方に向かって走ってくる被身子がどろっと溶け、中から本来の可愛い被身子が現れた。よかった。女子高生のかっこした俺を見るのはなんか妙な気分だったんだ。いや、今はそんなこと考えてる場合じゃなくて。

 

「助けて!」

 

「──おう」

 

 個性の限界がきたのか、ふらついた被身子の体をそっと支えて、こちらに向かってくる治崎を睨みつける。さて……。

 

「トゥワイスさんとマグ姉、でいいんだっけ。俺今クソ雑魚だから協力頼める?」

 

「あぁ!? なんでお前なんかと! いいよ」

 

「仕方ないわね。エリちゃん、ちょっと下がっててね。今からわるーい人をやっつけちゃうから!」

 

「……想くん?」

 

「え、あ、俺? 想くんだけど」

 

 なぜかエリちゃんに名前を呼ばれたので、思わず返事をした。正直今それどころじゃないんだけど、子どもを突っぱねるわけにもいかないし。

 

「あの、私、いいんです。このままじゃ、みんな──」

 

「あぁ!? ふざけんな! ヒーローが女の子に助けてって言われたんだ!」

 

 上限解放20。これであんなのに勝てるとは思わないが、使わないよりマシだ。

 

「そりゃ助けるさ! ま、一番は俺が助けたいからなんだけどな!」

 

「エゴだな、ヒーロー! そういうの嫌いだぜ!」

 

「想くん。トゥワイスは好きって言ったのよ」

 

 そういやなんで俺ヒーローとじゃなくて敵連合と一緒に戦ってんだろうな、なんてどうでもいいことを考えながら、トゥワイスさんとマグ姉と一緒に飛び出した。



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守って救って

「俺の個性は『二倍』! 一つのものを二つに増やす! 例えば、それは人でも可能だ!」

 

 トゥワイスさんが叫んで生まれてきたのは、敵連合のトップ死柄木弔。確か、触れたものを崩壊させる個性を持っている。死柄木が治崎に触れてくれたらそれで解決なんだが……。

 

 死柄木は数本の腕は避けたものの八本の腕を避けることはできず、一瞬でバラバラにされてしまった。おい、なにあの化け物? 完全に死柄木の上位互換じゃん。

 

「触ってバラバラにされるとしても、触れなきゃ意味ないわよ!」

 

 死柄木が稼いだ時間を無駄にせず、マグ姉は個性を発動させた。人に磁力を付与する個性で治崎に磁力を付与し、マグ姉が持っている大型の棒磁石と磁力を付与した治崎の斥力を利用して治崎を弾き飛ばした。しかし治崎は弾き飛ばされながら床に触れると一瞬で床が崩れ瓦礫となり、その瓦礫が棘となって俺たちに向かってくる。

 

「『風虎』!」

 

 正面からくるそれらを壊すために前に出て全力の『風虎』でぶち壊す。激痛が体中を襲うが泣き言は言っていられない。俺はたまったダメージを利用して、上限解放40を使った。

 

 攻撃を凌ぎきったところで、マグ姉の個性の効果範囲に出た治崎が納得したように頷いた。

 

「確か、マグネの個性の効果範囲は5mあたりだったか……それなら、この距離から殺せばいい」

 

「へっ、それは古い情報だぜオーバーホール! 大正解だ!」

 

「仕方ないわね。私は二人がやられないように個性でサポートするわ」

 

「何とか隙を作って一発おみまいしたいが、あの腕の量反則だろ」

 

 治崎にとって手の数は個性の発動範囲の拡大につながる。近接戦闘を挑んでも、さっきバラバラにされた死柄木みたいなことになるだろう。あれは分身だからよかったが、俺たちの体は一つ。触られたら終わりだと思った方がいい。マグ姉を警戒してこっちにこないのはむしろありがたい。

 

「トゥワイスさん! 俺を増やしてくれ!」

 

「そりゃ無理だ! 俺はしっかり見てしっかり測ったやつしか増やせねぇ!」

 

「だったら被身子を! さっきの見た限り、被身子は俺に変身できるだろ!」

 

「それだ! もちろん俺もその答えに至ってた!」

 

 愉快なことを喋りながら増えた被身子は、俺を見ると一目散に駆け寄ってくる。そのまま笑顔で俺に抱き着くと、ふにゃりと笑った。

 

「想くんだ! 会えてうれしいな」

 

「俺も嬉しいがあそこでものすごい形相で今にも俺たちを殺そうとしてきてるやつを見ろ! アレぶっ倒すの手伝ってくれ!」

 

「わ、ほんとだ」

 

 治崎が床に手をついたのと、被身子が変身したのはほぼ同時だった。治崎の個性によって無数の瓦礫の棘が生み出され、四方八方から俺たちを襲ってくる。さっきは正面からだけだったが、今度は天井、地中、壁から。

 

「被身子は後ろを」

 

「想くんは前を」

 

 トゥワイスさんとエリちゃんを庇うマグ姉を挟むように立って、互いに背中を向ける。そして、すぐ近くの地面から瓦礫の棘が生まれた瞬間、俺と被身子は同時にそれを放った。

 

「『雨雀』!」

 

 放たれるのは無数のエネルギー。一つ一つがテニスボールくらいの大きさのそれは、瓦礫の棘を悉く破壊していく。

 

「……さっきの俺の攻撃を防いだ時、一瞬顔を顰めたのが見えた。恐らくお前はダメージを力に変える個性。そして、今お前が使っているその技は、さっきの技よりも小さいのに威力がほぼ同じだ。ということは、お前の個性には限界がある」

 

 強いうえに賢い。俺が自分に個性があるってわかったのは相沢先生のおかげだってのに、あいつは一瞬で俺の個性を見抜きやがった。教師にでもなればいいんじゃねぇの? 向いてると思うぜ。その賢さだけは。

 

 もっとも、まだ賢さが足りない。

 

「たまったぜ!」

 

 『雨雀』を使い続けることで蓄積していったダメージで、上限解放60を発動する。俺の体を赤いエネルギーが纏い、それと同時に右腕を後ろに引いて、一気に放った。

 

「『風虎』!」

 

 狙いは治崎。確かに『雨雀』には限界があり、瓦礫の棘を生み出され続ければいずれ俺たちはやられていたが、本体を叩けば話は別。そして、上限解放60の『風虎』は瓦礫の壁程度じゃ防げない。不意打ち気味に放たれた『風虎』は治崎を狩り取るかのように見えた。

 

 しかし、治崎は『風虎』が放たれた瞬間に床を崩し、下に落下することで『風虎』を避けて見せた。落下して避けた治崎は上がってこず、不気味な沈黙が流れている。

 

「なんだ? 逃げたのか?」

 

「多分、下だ、ろっ!」

 

 案の定下から突き出てきた瓦礫の棘を避け、俺が本体の被身子とエリちゃんを、被身子がマグ姉とトゥワイスさんを抱えてその場から離れる。さっきまでは治崎の挙動が見えてたから攻撃に対処できたが、挙動が見えてない分攻撃タイミングがわからない。だから、近くにいると危険だ。

 

「って」

 

「おいおい!」

 

 俺がそう考えるってことは、治崎も同じことを考えているわけで、つまり俺たちを逃がすまいとする。治崎は個性で俺たちが立っていた床を崩壊させ、俺たちを宙に放り出した。驚くことに、俺たちの真下には巨大な瓦礫をつなぎ合わせて作られた3mほどの瓦礫の巨人とつながっている治崎だった。ロボットアニメかよ。

 

「被身子っ!?」

 

「想くん!」

 

 このままやられるのはまずい、と被身子と一緒に治崎へ向けて『風虎』を撃とうとしたが、その前に瓦礫の腕で叩き落され、地面に叩きつけられる。咄嗟に『玄岩』を纏ってダメージは軽減できたものの、結構な高さから叩きつけられたためどこかの骨が折れていてもおかしくない。

 

「きてるわよ!」

 

 崩壊、修復を繰り返すことで疑似的な瓦礫の巨人を操作する治崎は、俺に向かって瓦礫の巨人の腕を振り下ろした。『風虎』で迎え撃とうとするが、直線状に被身子たちがいる。『玄岩』を使っても大ダメージは免れない。

 

「くっ」

 

 くるであろう衝撃に備え歯を食いしばったその時。優しい横なぎの突風が俺をさらった。一瞬遅れて瓦礫の腕が俺のいた場所を砕き、それを見て嫌な汗を流す。

 

 いや、それよりも今の突風。俺が知る限りそんなことをできるのは一人しかいない。突風で俺をさらい、ついでに空中にいた被身子たちを風で安全に地面に下ろしたのは、今俺の隣に立っている、

 

「レップウ!」

 

「ごめん! 遅くなった!」

 

 夜嵐イナサ。乗り込んで早々離れ離れになった、同じ事務所のインターン生。この窮地にやってくるその姿は、まさにヒーローだった。

 

「今どういう状況っスか!」

 

「敵連合がエリちゃん連れてきて、治崎が追いかけてきて、敵連合と共闘してる!」

 

「熱いな! 俺そういうの好きだ!」

 

「多分マズいんだけどな! ってアレ!? =ピースが二人いる!?」

 

「どうも。トガヒミコって言います。よろしくです」

 

「新技か!」

 

「いや、俺の個性さ! 俺は一つのものを二つに増やす個性!」

 

「みんな、仲良くするのはいいけど集中しなさい!」

 

 マグ姉の言葉にはっとして、治崎を見ると鬼の形相で俺たちを睨んでいた。

 

「次から次へと虫がうるさいな。一思いに叩き潰してやろう」

 

「……レップウ、他のヒーローは?」

 

「デクたちは交戦中、ルミリオンとノーリミットはわからない!」

 

 ……いや、待て。通形先輩は確かエリちゃんのところまで一直線に行って、でもエリちゃんは敵連合が連れてきてて、それを治崎が追ってきて……そんなはずはない。あの通形先輩が、やられるはずがない。

 

「ルミリオン? あぁ、俺がここに来る前に潰してきたあいつか。死んではないだろうが、早く助けた方がいいだろうな」

 

「!!」

 

 まさかとは思ったが、そのまさかだった。少し考えれば思い至ることだったが、信じたくなかった。エリちゃんが敵連合に連れて行かれて焦っていたからとどめはささなかったようだが、それでも治崎の個性なら重傷は間違いないはず。マズい、緑谷たちは交戦中ってんなら、通形先輩は今めちゃくちゃ危険な状態だ。

 

「どうせ死ぬから心配しなくてもいいだろう。お前たちも、そのルミリオンも」

 

「……みんな、ルミリオンのところに行ってくれないか」

 

「なっに言ってんスか! さっきも俺がいなかったらヤバかっただろ!」

 

「だからってルミリオンをほっとけないだろ。大丈夫。逃げ回ればなんとか時間は稼げるはずだ」

 

「おいおい、その精神は立派なもんだが、逃げるにしろ戦うにしろ一人じゃきついぜ!」

 

「いいよ。行こう、みんな」

 

「被身子? あれ、なんで」

 

 なんで被身子自身の声が、と思って振り向くと、被身子は綺麗に傷がなくなってしっかり立っていた。そして俺が二人いるのを見てにへ、と笑ってから、

 

「エリちゃんが辛そうなの。多分、個性が暴走してる。ね、想くん。こういう時は先生だよね」

 

「無理だ。壊理は個性の制御方法がわからない。そしてその個性は触れた者を際限なく巻き戻す。つまり、触れただけで"なくなってしまう"んだ」

 

「残念でした。私なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、エリちゃんに触れることができるのです」

 

 被身子は、ボロボロな俺に変身してエリちゃんを抱いた。その瞬間傷が治り、被身子の姿に戻るが瞬時にボロボロな俺に変身する。それは、かなり神経のいる行為なはずだ。一歩タイミングを間違えれば死んでしまう、消えてしまう。そんな恐怖を抱えながら相沢先生のところまで行くなんて、

 

「想くんが私を守ってくれるから、私がエリちゃんを守るの」

 

「……」

 

「私なら、(想くん)ならできる。だから、行くね」

 

「よっし、行こうぜトガちゃん! ただ勘違いすんなよヒーロー! 俺はトガちゃんのために動くだけで、別にテメェらなんか大好きだぜ!」

 

「まずはルミリオン? のところね! エリちゃんに治してもらって、それからイレイザーのところに行きましょ!」

 

「死ぬなよ! =ピース!」

 

「あの、私」

 

「エリちゃん」

 

 不安そうな顔で被身子に抱かれているエリちゃんに、治崎を警戒しながら話しかける。

 

「エリちゃんの個性はすげぇ個性だ。さっきだってボロボロだった被身子を治してくれた。命を救える個性なんだ。だから、俺たちに救えないルミリオンを、エリちゃんが救ってやってくれ。大丈夫、エリちゃんならできるから。安心しろ。ここ切り抜けたら待ってるのは平和だぜ」

 

「行かせると思うか?」

 

「やらせると思うか?」

 

 今までとは比にならない数の瓦礫の棘を『玄岩』で防ぐ。上限解放、70。溢れ出るエネルギーは荒々しく蠢き、瓦礫の棘を次々に破壊していった。

 

「じゃ、また後でな」

 

「いこ、エリちゃん」

 

「あっ、えっと」

 

 死なないで! という言葉に、俺は軽く手を挙げることで応えた。



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天龍

「さて……」

 

 あの化け物に対抗するため上限解放70を発動したが、俺大丈夫なんだろうか。『玄岩』を纏って回復すれば少しはマシになるだろうが、それでも痛いものは痛い。上限解放60のときでも痛かったんだ。70となると相当な激痛だろう。

 

 ただ、そんなことを言ってられない状況なのも確かだ。すぐにエリちゃんを追いたい治崎は、容赦なく攻撃を浴びせてくる。床や壁を崩壊させた瓦礫の棘。治崎が身にまとう瓦礫の巨人の腕。そして脚。すべてが息を整える暇もないくらいの速さで俺を攻め立てる。

 

「……荒いな。慣れてないのか? その状態」

 

「さぁ」

 

 バレてる。確か体育祭の時もそうだったか。限界を超えての強化は制限時間が短くなる。上限解放40から60、そして70の重ね掛け。なんとなく、体が反動を与える準備をしてるような気がする。今も、体の内側から外側に向かってエネルギーが飛び出ようとしている感覚がある。

 

 気づかれたからと言って焦っちゃだめだ。焦りは隙となり、その隙を見せれば一瞬でやられてしまう。治崎はそういう個性だ。分解と修復。それを繰り返すことによって瓦礫の棘を瞬時に生み出す個性の制御能力もあり、正直言ってめちゃくちゃ強い。

 

「んっ」

 

 無限に生み出される瓦礫の棘を『玄岩』を操作して壊し、振り下ろされる瓦礫の腕を殴ることでぶち壊す。上限解放70を使ってると、『玄岩』を操作するだけでも大分体が痛む。まるで父さんの個性を使ってるみたいだ。

 

「いいのか、こんなちんたらしてよ! エリちゃんは保護されて、ヒーローが集まってくるぜ!」

 

「お前は確実に殺す。一瞬でも隙を見せれば倒されそうだからな」

 

 評価してくれるのは嬉しいが、もうちょっと油断してくれてもいいのに。いや、油断しなかったからこそ今まで陰で生きてこられたのか。なんで陰で生きてんだボケが。

 

「お前は強い。だが、その強さには制限時間がある。いずれ訪れる時間切れ、お前が焦って隙を見せる、そのどちらかを待てばいい」

 

 憎たらしいくらいに冷静だ。本当に八本の腕つけてその上瓦礫の巨人と融合してるやつなのか? そんな見た目してたら普通冷静でいられないだろ。ふざけんな。

 

 俺が心の中で文句を言っている間にも、攻撃は止まない。数回の攻防で俺が対処しにくい位置を理解したのか、背後から緩急をつけて瓦礫の棘が襲ってくる。『玄岩』は全方位カバー可能で操作もできるが、むやみやたらに操作すると暴発する危険性がある。つまり繊細な操作が必要で、目で見えている位置にエネルギーを動かすのはまだ簡単だが、目で見えていない背後への操作は難しい。

 

「そうするしかないよな」

 

 だから背後からの攻撃を避けるために前に走ったが、読まれていた。俺に襲い掛かってくるのは周囲から生えてきた瓦礫の棘。獲物を捕食する肉食動物の牙のようなそれを、俺は無理やり体を捻って一回転し、『玄岩』ですべてを壊した。

 

 が、続けざまに上から瓦礫の腕が振り下ろされる。ろくに態勢も立て直せないままになんとかそれを受け止めて、無理やり『玄岩』で瓦礫の腕を壊す。鞭のようにしなる『玄岩』は瓦礫の腕を壊したが、体を纏っていたエネルギーは『玄岩』によって纏っていない部位が生まれ、その纏っていない部位、俺の足に瓦礫の棘が突き刺さった。

 

「づっ!?」

 

「こうなると、早い」

 

 治崎は瓦礫の巨人を分解させ、俺の視界を埋め尽くすほどの瓦礫の棘を作り上げた。足に瓦礫の棘が突き刺さっている今、アレに対処するには『風虎』か『雨雀』しかない。ただそれをやってしまうと制限時間が短くなり、俺が耐えれる時間が短くなる。恐らくアレを壊して俺に残される制限時間は3分あればいい方だ。そして3分経てば40、60、70の重ね掛けによる大ダメージが俺を襲う。

 

 でも、やるしかない。俺が倒れれば治崎はすぐにエリちゃんを奪い返そうと追いかけるだろう。それだけはやらせちゃだめだ。

 

 すぅ、と短く息を吸って、右腕を引き絞る。放つのは『風虎』。あわよくば治崎を倒せればという願いを込めて、一気に、

 

「『風虎』!!」

 

 ──放とうとしたその時。俺を襲おうとしていた瓦礫の棘すべてが、下からの暴力で粉々に砕け散った。俺は『風虎』を撃っていない。俺以外に『風虎』を撃てるのは、俺に変身した被身子か、

 

「よく耐えたな、=ピース」

 

「ノーリミット!」

 

 ノーリミット。俺の父さんだ。

 

 父さんの『風虎』で空いた穴から出てきた父さんは俺を庇うように立つと、目を治崎の方に向けたまま後ろ手でサムズアップする。

 

「ルミリオンは無事だ。俺が応急手当をし、数分と経たずレップウと敵連合、エリちゃんが来て傷は元通りだ。安心していい。お前はルミリオンとレップウ、敵連合とエリちゃんを守り抜いた」

 

「いや、俺は」

 

「そして、今度は俺が守る番だ」

 

 守る番って、

 

「俺もヒーローなんだけど」

 

「そんな足では満足に戦えんだろう。立っているだけでもキツいはずだ。それに何より、ヒーローだからと言って守られてはいけないというわけじゃない。ヒーローはその場に応じて誰でも助けてしまうんだ」

 

 お前が敵を助けたようにな。と言って、父さんは治崎に向かって走っていった。

 

「ノーリミット! 治崎に触れられると一瞬で分解させられる!」

 

「知ってるさ!」

 

 迫る父さんに振るわれるのは、八本の腕。その八本の腕はしかし、治崎の目の前で父さんが消えたことによって空を切る。そこで俺は、なるほどと思った。俺と父さんは感覚が強化され、速く動くものも目で追えるが、治崎はそうじゃない。となると、近接戦闘でも十分渡り合える可能性があったんだ。

 

 治崎の目の前で消えた父さんは、治崎の背後にいた。

 

「=ピース! 慎重さも大事だが、時には大胆さも大事だ!」

 

 父さんは治崎の背中を蹴ると一瞬で治崎の前に移動し、仰け反った治崎の顎を蹴り上げた。

 

「お前がもっと大胆になれるよう、最後に俺の技を見せてやろう! 必ず見てモノにしろ!」

 

 最後? と聞く前に、父さんは蹴り上げた治崎に向かって跳んだ。エネルギーを足の裏で弾けさせて移動する技。あれも習得しろといことだろうか。『玄岩』の応用、のように見える。

 

 治崎は空中で苦し紛れに腕を振るうが、父さんに触れる前にそのすべてが払われる。そしてその払われた腕は、力を無くしたかのようにだらん、と下がった。あれは父さんに聞いたことがある。エネルギーを相手の体内に通し、一時的に機能を停止させる技。かなり繊細なエネルギーの操作が必要な技で、今の俺じゃ相手を弾けさせることにしかならないと思う。

 

「お前に教えた『天昇龍』、その弱体化版!」

 

 言いながら、父さんは治崎に手のひらを当て、エネルギーを小さく爆発させた。弾き飛ばされた治崎の背後を取るように父さんは空中でエネルギーを弾けさせて移動すると、今度は治崎の背中に手のひらを当てた。弾いて追いつき、弾いて追いつき。それを繰り返し、

 

「『天龍』!」

 

 最後に空中から地面に治崎を叩きつけた。……死んでないよな? 『玄岩』を纏って警戒しながら近寄ると、治崎はピクリとも動いていなかった。が、息はしている。よかった。身内から殺人犯が出たらどうしようかと思ってた。

 

 父さんは危なげなく着地すると、俺に向かってピースサイン。この状態から治崎が起き上がってくるとは思えないが、警戒しなくていいのだろうか。あんな攻撃をくらっても、執念で起き上がってくる可能性もある。

 

「決まったな。治崎を抑えた以上、制圧は直に完了するだろう。つまり、俺たちの勝利だ!」

 

「だな。……それとさ、さっき最後って言ってたけど」

 

「ん? あぁ、アレだ」

 

 父さんがあっけらかんとして言ったそれは、治崎を倒した喜びを容易く打ち消す言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリちゃんの個性が止まった!」

 

「スゲーなイレイザー! クソしょうもねぇ個性だな!」

 

「うおー! よかったっスね、エリちゃん!」

 

「あ、あの、ありがとうございます。おじさん」

 

「……あぁ、いいよ。ところでルミリオン、この状況なんだ?」

 

「えっとですね、ハハハ! 僕もあまりよくわかってないんですよね!」

 

 その光景は、異様だった。ヒーローと敵が子どもが助かったことを同じように喜び、同じように笑っている。マグネは緑谷に「あの時殺そうとしちゃってごめんね」と合宿のときのことを謝罪しており、緑谷はどうすればいいかわからない、といった様子だ。

 

 俺たちのところにこいつらが来たのはついさっき。俺たちと交戦していた死穢八斎會の連中を瞬く間になぎ倒し、久知の姿をしたトガヒミコが「先生、エリちゃんをお願いします!」と言った時は思わず目を疑った。なぜ、と聞く前に個性を発動できたのは、長年のヒーロー活動の賜物だろう。

 

 エリちゃんの個性を止めて、さぁ理由を聞こうとこの場で一番マシであろう通形に聞いても、答えは返ってこなかった。なんとなく敵連合のやつらが協力してくれているであろうことはわかるが、なぜそうなったかがわからない。

 

「先生。私たちがエリちゃんを連れだしたんです」

 

 そんな俺の疑問を解消したのは、エリちゃんの個性が止まったことによって久知の姿になっておく必要がなくなったトガヒミコだった。変わらずその腕の中にエリちゃんを抱きつつ、トガヒミコは俺と目を合わせて続ける。

 

「想くんなら、エリちゃんを助けたいって思うだろうから。裏切って、連れ出しちゃいました」

 

「……」

 

 信じられん。あの敵連合が、子どもを助けた? 連れ去ることもせずに? トガヒミコがエリちゃんの個性を荒業とはいえ抑え込めるという事実がある以上、連れ去ることも可能だったはずだ。それをせず俺のところにきたということは、敵連合はヒーロー側にエリちゃんを預けようとしている?

 

「あ、想くん! 想くんが危ないの!」

 

「何?」

 

「えっとね、おじさんが一人想くんのところに行ったけど、戦ってて、それでね」

 

「想くんが治崎と一人で戦って、それを聞いたノーリミットが今想くんを助けに言ってるわ」

 

「なっ」

 

 マズい、と思ったのはこの場にいる全員だろうが、俺とナイトアイは違った。今回の作戦を決行するにあたって、ヒーロー全員に告げられている事実。

 

「すぐに助けに向かうぞ! ノーリミットは今、個性を使い続けると死んでしまう状況にある!」

 

「えっ……?」

 

 いつも笑顔の夜嵐が、珍しく笑顔を消して顔を青ざめさせた。



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負けてもいいですか

「大丈夫か、ノーリミット!」

 

「大丈夫だ!」

 

 治崎が動かないかどうか見張っていると、相澤先生が色んな人を引き連れてやってきた。被身子たち、エリちゃん、通形先輩、ナイトアイ、緑谷、夜嵐、ロックロック、その他大勢のヒーローと、警察の方々。大丈夫か、と言うことは、先生は知ってたってことか。

 

「治崎はこの通り、エリちゃんは保護……うん、保護? してる。この勝負、我々の勝利だな!」

 

 ハッハッハ! と笑う父さんにさっき聞いたのは、『個性を使い続けると死ぬ』ということ。あの日、敵の親玉と戦った時に個性が壊れ、痛覚も壊れた。その結果、自分の限界がわからなくなり、個性の調整もほとんど効かない。この作戦は、俺を見届けるために参加したらしく、父さんはこの作戦が終わるとヒーローを引退する。

 

「ん、んん。エネルギーが漏れているかいないかで判断できるのはいいな」

 

「あ、ほら! 動くなって父さん!」

 

 今も調整をミスったのかめちゃくちゃふらついている。……なんで今回の作戦に参加したんだっていうのは聞いていない。きっと、俺の経験のためだろうから。そして、父さんの技を俺に教えるため。無謀だとは思うし、他のヒーローもなんで止めなかったんだと思ったが、父さんが押し切ったんだ。恐らく。

 

「ノーリミット! ほんとっスか、あの話!」

 

「あの話ってのが何かはわからんが、そうだな。本当だ」

 

 言いながら、父さんはふらついて倒れている俺の隣に倒れた。俺は数分前に制限時間が過ぎて反動をくらい、見事にぶっ倒れている。場所が場所じゃなけりゃ、青春の一シーンだったんだけどな。

 

「ハハ、動かん! 本当にダメらしいなぁ、俺は!」

 

「……ノーリミット」

 

「なんだ、そんな顔するな。ヒーローは笑顔が大事なんだぞ。ルミリオンを見習え」

 

「いーや、俺よりノーリミットを見習うべきだと思いますね!」

 

 こんな状況で笑顔になれってのが無理な話だろう。俺のインターン先がなくなるとかそんなことじゃなくて、実の父親が、父親として、ヒーローとして色んなことを教えてくれた人が引退するなんて。死ぬわけじゃないが、とても軽く受け止められない。

 

「俺は嬉しいんだ。お前は今、()()()()にヒーローとしての道を示され、その道を進み、立派なヒーローになろうとしている」

 

「俺はどうっスか、ノーリミット!」

 

「個性の扱いならプロヒーロー級だ。あとは考える力だな」

 

「っス!」

 

 父さんは夜嵐の返事を聞いて笑うと、ゆっくり体を起こした。数人が父さんを支えようと駆け寄るが、父さんはそれを制して俺をぐっと引き上げて同じように座らせる。

 

「ずっと、お前たちに謝らなければと思っていた。数年前、想が可愛いばかりに引き裂いてしまったあのことを、俺は今までずっと後悔している」

 

 父さんの目には、エリちゃんを抱いている被身子が映っていた。なんで逃げてないんだ、被身子。いや、そんなに囲まれたら逃げられないだろうけど。

 

「──すまなかった。俺はあの時、父親として、そしてヒーローとして失格だった。お前たちの気持ちを理解してやれていなかった」

 

 父さんは拳を地面につけて、頭を下げた。視界の端で、治崎が確保されているのが見える。

 

 頭を下げられた俺と被身子は、自然に顔を見合わせた。そして、どちらともなくふっと笑う。

 

「いいんです。確かにあの時は悲しくて、色んなことしちゃって敵になっちゃいましたけど、またこうして想くんと会えた。想くんが私を好きでいてくれた。ずっと好きでいるって言ってくれた。それだけでいいんです」

 

「おい、聞くなレップウ、デク!」

 

「うわ、ご、ごめん!」

 

「お手伝いしてきまス!」

 

 興味津々に俺たちを見ていた夜嵐たちを追い払い、父さんの肩に寄りかかりながらため息を吐く。……流石に被身子は敵だから、トゥワイスさんとマグ姉と一緒に包囲されている。仕方ないか。

 

「そりゃあさ。俺は相澤先生にヒーローの道を示されるまで何にもなかったけどさ。ありゃ仕方ないって。俺はちゃんと被身子のあれが愛情だってわかってたけど、周りから見たら父さんの判断が正しい」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな」

 

「それにさ」

 

 俺は無理やり体に力を入れて、震えながら立ち上がった。覚えてないが、初めて立った時もこんな感じだったんだろうか。今にも倒れそうだ。制限時間が切れるまで『玄岩』を足に集中させていたが、まだ怪我が完全に治っていない。立つだけで死にそうだ。

 

 でも。

 

「どんだけ離れてても、俺は被身子が好きなんだ。だから絶対に捕まえる。そんで罪を償わせて、それから一緒にいる。心配すんな。俺は、ちゃんとヒーローやれるよ」

 

「想」

 

「『=ピース』。平和を志すヒーローの名前だ。覚えとけ」

 

「……そうだったな、『=ピース』」

 

 俺は、笑う父さんに背を向けてゆっくり歩く。エリちゃんを抱いている被身子のところへ。後ろでトゥワイスさんとマグ姉が「きゃー!」と言っているのは無視することにする。というか周りの人、この人たち確保してください。そんな雰囲気じゃないのはわかりますけど。

 

「被身子」

 

「想くん……えいっ」

 

「うをぁ!?」

 

 俺がやったの思いで立ち上がり、やっとの思いで歩いて行ったっていうのに、被身子は俺に背を向けるとゆっくり体重を預けてきた。立っているだけでやっとだった俺に被身子を受け止めることはできず、そのまま地面に倒れこんでしまう。咄嗟に被身子とエリちゃんを庇うように腕を回せたのは奇跡に近い。

 

「あっぶねぇな! 何してんだいきなり」

 

「私、わからなくなったの。敵連合は好きだけどそれ以上に想くんが好きで、でも想くんはきてくれなくて。私、どうしたいんだろうって」

 

 いい匂いがすんな、とか、柔らかいな、とか。そんな雑念を振り払って、被身子の言葉だけに集中する。表情は見えないが、なんとなく沈んでいるような感じがした。

 

「エリちゃんを助けたのだって、敵連合がどうとかじゃなくて私がそうしたかったから。本来なら敵であるはずのヒーローも助けちゃった。ねぇ想くん、私どうしたらいいかなぁ?」

 

「捕まってくれ」

 

「捕まるのは、ヤ」

 

「いや、捕まってくれって」

 

「ヤ。想くんと会えないもん」

 

「出てきたら会えるから。面会にも行くし」

 

「……ヒミコさん、悪い人なの? 優しいよ?」

 

 俺たちの言い争いに割り込んだのは、被身子の腕に抱かれているエリちゃんだった。本当に不思議だ、という声色で、思わず黙ってしまう。

 

「私を助けてくれた。いっぱい遊んでくれた。温かかった。それでも、悪い人なの?」

 

「……んー、難しいな。いい人だけど、悪い人って言えばいいか?」

 

「んー?」

 

 被身子越しに、エリちゃんが首を傾げるのが見えた。被身子はその様子がおかしかったのか、くすくすと笑っている。

 

「まぁ、捕まっちゃうくらい悪いことはしてるんだ。いい人だけど」

 

「え、ヒミコさん捕まっちゃうの? 一緒にいられないの?」

 

「え、っと」

 

「やだよ。私、ヒミコさんと一緒にいたい」

 

 エリちゃんは、被身子に抱き着いた。被身子が敵だって知っている人からすれば、めちゃくちゃ危険に見えるであろうそれは、俺から見ればただ小さな女の子がお姉さんに甘えている姿にしか見えなかった。

 

「えっとね、エリちゃん。それは」

 

「俺と一緒に時々会いに行こう。そうすりゃ寂しくない。被身子が出てきたとき、こんなに成長したんだって教えてやればいいんだ」

 

 想くん? と被身子が振り向いた。至近距離にある被身子の顔にドキッとするが、それを表情に出さず冷静に続ける。

 

「被身子は捕まる。それは仕方ない。だから、その後のことを考えよう。被身子が出てきたときに一緒に何をしたいか、どこに行きたいか、何を話したいか。そうやってれば寂しくない。もし寂しくても代わりに俺がいる。エリちゃん、俺じゃ不満?」

 

「……ん、んー。そんなことない」

 

「……ふふ。子どもは正直ですね」

 

「今そんなことないって言ったろ?」

 

 口ではそういいつつも、エリちゃんが被身子の方がいいって思ってるのはわかってる。エリちゃんは優しい子だから、俺を傷つけないように言ってくれたんだろう。こんな環境で育ったのに、こんないい子に育つってすげぇな。俺なら確実に敵になってた気がするわ。

 

「私、待ってるよ。だから、ちゃんとごめんなさいしてね」

 

「……エリちゃん」

 

「ぷっ、そうだな。悪いことしたらごめんなさいしなきゃいけないよな」

 

「──仁くん、マグ姉」

 

「ん」

 

「なぁに?」

 

「私、負けてもいいですか」

 

 被身子は、震えていた。体も、声も。

 

「いいぜ! 今度会った時は味方だな!」

 

「敵でもあり味方でもあるって意味ね。ヒミコちゃん。私、応援してるわ」

 

「ありがと」

 

 小さくお礼を言って、被身子は「想くん」と俺を呼んだ。

 

「想くんの、勝ちです」

 

「……おう」

 

「これで私を好きじゃなくなったって言ったら、殺しちゃうかも」

 

「前も言ったろ。俺はずっと好きでいるって」

 

 そういや、この会話色んな人に聞かれてるんだよなぁ。なんてのんきなことを考えていると、周りの人たちが動いた。会話が終わるのを待ってくれていたんだろう。だから会話が終わった今、トゥワイスさんとマグ姉を確保しようとしてるんだ。

 

「──え?」

 

 そう思っていた時、上に黒い靄が広がっているのが見えた。そこから現れたのは、三体の脳無。

 

「上です! 上!」

 

「なっ、あれは!」

 

 三体の脳無が下りてきて、手当たり次第に警察、ヒーローを襲う。その混乱に乗じてトゥワイスさんとマグ姉はゲートに入って帰っていった。去り際に、「じゃ、また!」と残して。こんだけヒーローと警察がいて逃げられたのって、多分俺のせいだよなぁ。

 

 父さんは何してんのかな、と思ってみてみたら、気絶していた。こんな大変な時にのんきな人だ。起きてる俺が動けないのは被身子とエリがいるからで、いなかったとしてもこれ以上個性を使ったら体が死ぬ。

 

「よう」

 

「あれ、弔くん」

 

「誰?」

 

「……何しに来たんだ」

 

 ヒーローと警察は大丈夫だろうか、と無理やり首を動かすと、そこに死柄木がいた。脳無がでてきたってことは狙ってやったんだろうが、死柄木がここに出てくる必要はないはず。

 

「あのね、弔くん。私」

 

「あぁ、いい。お前はクビだって言いに来たんだ。そのために博士から脳無を三体借りることになったのは、結構痛かったけどな」

 

 ふぅ、と死柄木は黒いゲートを背に座り込んだ。嫌がらせのように俺の頬をつついてくる。一体何しようってんだ? 死柄木からは嫌な感じがまったくしない。

 

「正直な、お前はそろそろ捕まると思ってた。だからアジトも変えた。お前以外の全員に伝えてな」

 

「え、ひどいです。私も仲間なのに」

 

「もうそうじゃないだろ。敵とまではいかないが」

 

 ……今、言わない方がいいんだろうか。俺が死柄木の立場なら言われたくないから、黙っておいてやろう。死柄木が去ってから教えるか。

 

「じゃあな、トガ。……想くん」

 

「なんだ」

 

「俺のところに来る気はないか?」

 

「お前がこっちにこい」

 

「冗談言うな」

 

「お前もな」

 

 死柄木は、小さく笑ってゲートの向こう側に消えていった。残ったのは、脳無とヒーローたちの戦闘音。本当に、敵連合はかき回すのが得意だ。

 

「なぁ被身子」

 

「……なに?」

 

 捕まる、と決心した被身子だが、既にそれを死柄木に察知されて切り捨てる準備をされていたと思ってしまったのか、声に元気がない。ただ、切り捨てる準備をしていたのは多分、理由がある。

 

「わざわざアジトを変えたって伝えに来たのはさ。被身子が敵連合のアジトを吐かないだろうから、それで罪が重くなるのを防ぎに来たんじゃね?」

 

「……?」

 

「つまりさ。吐きやすくしてくれたんだと思うぜ」

 

「弔くんは優しいってこと?」

 

 エリちゃんの言葉に、俺は「そうかもな」と笑って返した。



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ただいま学生生活

 ──色々あった。死穢八斎會の件が終わって病院に運ばれ、退院してから諸々の手続きを済ませ、考える暇もなく寮に帰ってきた。死人は死穢八斎會側から治崎に殺された人が数人で、ヒーロー、警察側は出ていない。ただ重傷者はそこそこいて、俺もその中の一人だった。でかい外傷は足のケガのみだったが、反動によるダメージが酷く、全身ボロボロだった切島と同じタイミングで完治したほどだ。

 

 父さんは、病院でエリちゃんについている。ヒーローを引退するとメディアで報道されたがそのヒーロー性は健在のようだ。別れ際に「仕事なくなったからどうするか。そういえば、俺は教員免許を持っているんだが……」なんて怖いことを言っていたが、どうせ冗談だろう。今更雄英に父さんがきたところでやれることは……んん。戦闘に関して言えば適格なんだよな、あの人。

 

「ただいまーっと」

 

 そうして、緑谷たちと寮に帰ってこれたのが今日の夜だった。みんなにもみくちゃにされた後、ソファに座って黙ってこっちを見ていた爆豪が気になったため、隣に座った。俺たちが気になってるのに入ってこれなかったんだな? 恥ずかしがり屋さんめ。

 

「あ? 誰が帰ってこいっつった」

 

「絶好調だな」

 

 こいつはこういうやつだった。優しさに触れすぎて薄汚い性格のやつがこの世にいることを忘れてた。爆豪は座った俺を見て舌打ちすると、呟くように言った。

 

「ニュース、見たぞ」

 

「ニュース?」

 

「テメェの親父と、テメェがキメェほど執着してるクソ敵のことだ」

 

「あー」

 

 被身子は未成年だからもちろん顔と名前は公開されていないが、なんでわかったんだろうか。そう考えていたのが透けていたのか、「見りゃわかる」とバカにするように吐き捨てた。俺そんなわかりやすいかね?

 

「らしくねンだよ。さっき『誰が帰ってこいっつった』って俺が言ったとき、噛みついてこなかっただろ」

 

「色々あって元気がないって捉え方は」

 

「そうやって言い訳じみたこと言うってことは、そういうことだろ」

 

 カマかけられたってことか? それにしてはえらく確信めいた言い方だったが……爆豪は頭いいからってことで納得しておこう。隠すことでもないし。

 

「……お前、ブレてたりしてねぇだろうな」

 

「ブレる?」

 

「親父が引退して、目的だったクソ敵も捕まえた。もうヒーローを目指さなくていいって思ってねぇだろうなって言ってんだ」

 

「あ、心配してくれてんの?」

 

「誰がするかボケが! 骨の形変えっぞクソヤニ!」

 

「そんな怖すぎる言葉使わないでくれ」

 

 骨の形変えるって、ただでさえ個性の反動で色々おかしくなる可能性があるのに。父さんが個性の使い過ぎであぁなった以上、俺もそうなる可能性がある。俺の個性はどうしたってダメージ、疲労とセットだから。

 

「ま、ヒーロー目指すのは変わんねぇよ。ここでやめるなんてありえねぇだろ」

 

「ならいい」

 

 爆豪は立ち上がって、俺に背を向けた。それが聞きたかったのか? 嘘だろ、マジでどうしたんだ爆豪。気遣いは意外にできるタイプだったけど、こんなわかりやすい気遣いするやつじゃなかったのに。

 

「爆豪、ありがとな!」

 

「うっせ! 死ね!」

 

「なになに? 爆豪から何か貰ったの?」

 

 アホの上鳴に「気遣い」と言ったら、上鳴は死ぬほど驚いていた。失礼だろお前。俺もびっくりしたけど。

 

 ま、今日くらいは喧嘩せず素直に受け取ってもいいだろう。なんとなく、そういう気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9月が終わり、10月。エリちゃんのこと、被身子のことを気にしながら平凡な毎日を過ごしていた。世間ではMt.レディとエッジショット、シンリンカムイのチームアップが話題となり、1-Aでも将来プロになったらチームアップしよう、なんて盛り上がりを見せていた。

 

「麗日が私を浮かせて、私が酸の雨を降らすの! 瀬呂が私を操作して、口田と障子と耳郎が偵察ね! 名づけてチーム・レイニーデイ!」

 

「俺たちは!?」

 

「いらない」

 

 チーム・レイニーデイの選考に漏れた上鳴と峰田がしょぼくれながら俺のところにやってきた。かわいそうに。きっと普段の行いだな。

 

「つっても正直上鳴と峰田はめちゃくちゃ組みたいけどな」

 

「えー? でも上鳴と峰田じゃん」

 

「まぁ頭の方はアレだけど、個性は文句なしだろ。なぁ爆豪?」

 

「俺一人のが強ェ」

 

 今日も爆豪は絶好調で、首を親指で掻っ切るジェスチャーをして、そのまま親指を下に向けた。上鳴と峰田は舐めてたらマジでやられるからな。爆豪は舐めないからやられないだろうけど。

 

「でも普通に上鳴と俺って相性いいと思うんだよな。上鳴はポインターないと放電に指向性もたせらんねぇから人と組むのはあんまり向いてないけど、俺なら上鳴の放電はむしろ餌になるし」

 

「ごり押しすぎだろ」

 

 あんまり頭がいいとは言えないが、そこそこいい気もする。上鳴がネックなのってマジで放電とやりすぎると脳がショートすることだけだからな。その二つをクリア出来たらめちゃくちゃ強い。

 

「防御は峰田のもぎもぎで嫌がらせして、遠距離攻撃は俺か爆豪が対処して」

 

「何俺を勝手に入れてんだ!」

 

「チーム・レイニーデイより強くね?」

 

「久知と爆豪が強すぎるだけだと思うんだけど……」

 

 耳郎の嬉しい言葉に、上鳴は「俺は強くねぇの?」と鬱陶しい絡みをしていた。だから強いって。普段の行動がアホだからそう見えないだけで。

 

 そんなやり取りをして俺たちはコスチュームに着替え、必殺技の訓練に挑んでいた。最低必殺技二つの習得、習得しているものは更なる向上。俺は『風虎』『雨雀』『針雀』『玄岩』の四つ。これから習得するべきは父さんが使っていたエネルギーを弾けさせて空中移動する技と、それを使った『天龍』。でもあれ、加減ミスると大ダメージなんだよな。『玄岩』で足を防御しながら足の裏でエネルギーを弾けさせることによって飛ぶらしいが、そもそも俺は『玄岩』を使えるようになるまで結構なダメージを蓄積しないといけない。訓練にも一苦労だ。

 

 やはり、シンプルに体を鍛えながら必殺技の訓練をするってのが一番いいのだろうか。俺は一番それが効率良い気がする。

 

「おい、クソヤニ」

 

「ん?」

 

 そうと決まれば、と体を苛め抜こうとしていた時、爆豪に声をかけられた。訓練中に爆豪が声をかけてくるってことは、かなりの確率でろくでもないこと。

 

「試させろ。お前も試せ」

 

「……いいけど、許可は?」

 

「とってる。大怪我しねぇようにだとよ」

 

「あぁ、心配されたんだな。お前が」

 

「どう考えてもテメェだろうが!」

 

「え、それお前が加減もできないバカだってこと?」

 

「テメェがザコだってことだよ!」

 

 叫び、俺に背を向けて数歩歩いて距離を空け、俺と向かい合った。戦う前の初期位置ってやつか。距離なんて爆豪にとっては関係ないと思うのだが、一応公平性を保ってくれているつもりなんだろう。訓練が始まってしばらくしてから声をかけてくれたのがその証拠だ。きっと、俺の疲労がたまるのを待っていたんだ。

 

「なんぼだ」

 

「30だな」

 

 爆豪が腰を落とした。上限解放がどれくらいできるか聞いてきてくれるって、本当に訓練のつもりなんだな。もしかしたら訓練にかこつけて俺の骨の形を変えようとしてるんじゃないかと思ったが、そうじゃないようだ。安心した。簡単に骨の形を変えられるつもりはなかったけど。

 

「行くぞ!」

 

 爆豪が手のひらを爆破させ一瞬で俺の目の前に現れた。緑谷が言うには爆豪は最初右の大振りが多いらしいが、それは昔の話。爆豪のことだから、意識して変えていることだろう。ということは、今右腕を振っているのはブラフ、

 

「と見せかけて本命!」

 

「チッ」

 

 俺を爆破しようとしていた爆豪の右手を腕を掴むことで止め、そのまま力任せに投げつける。組み合ってもいいことはない。どうせ爆破されて終わりだ。爆豪と戦うときは組み合わず、一撃一撃与えていけばいい。

 

 なんて考えていたら、爆豪が俺に手のひらを向けて、その手のひらに空いた手で作ったわっかを押し当てていた。確か、あれは。

 

「『徹甲弾 機関銃(A・P・ショット・オートカノン)』!」

 

 貫通力が増した爆破。それが俺の体を貫こうと降り注いでくる。流石に威力は抑えているだろうが、当たれば貫かれる、位の気持ちでやらなければならない。それなら、

 

「『風虎』!」

 

 前方に広げるように『風虎』を放ち、相殺する。『風虎』は一点集中のエネルギー弾も『風虎』であり、今のように波にしてエネルギーを放つのも『風虎』と呼ぶ。ただ、それだとあまりカッコ付かないから名前変えようかな? 『波虎』とか?

 

「次は上だ!」

 

「絶え間ないな!」

 

 前からの攻撃を防いだかと思えば爆豪は俺の真上に飛んでおり、また同じ攻撃を放ってきた。爆破の雨が降り注ぐ前に、俺は必殺技を使うことはせず、回避を選ぶ。上にくることは予想できていた。『風虎』、いや『波虎』を抜けてくるとするならダメージは免れない。そして、爆豪の性格なら攻撃の手を休めることはしない。後ろに回るのは時間がかかる。それなら上しかないだろう。予想していた俺は、爆豪が攻撃を撃つよりも早く回避を選択できていた。

 

「おせぇ!」

 

 回避してから、そういえば爆豪って見てから回避できたんだっけ、と『徹甲弾 機関銃(A・P・ショット・オートカノン)』を撃つのをやめ、俺に向かって飛んでくる爆豪を見て考えた。戯れに爆豪へ小さなエネルギーを放つが、簡単に避けられてしまう。空中で動けるってずるいな。

 

「死っ」

 

「『針雀』!」

 

 その、回避してまた俺の方にこようとした瞬間を狙って『針雀』を放つ。爆豪は一瞬、本当に一瞬固まったもののすぐ『雨雀』に向かって手のひらを向けて爆破し、『針雀』を相殺した。

 

「『波虎』!」

 

 だったらと、エネルギーを波状にして放ったが、爆豪は圧縮した爆破で『波虎』に穴を空け、そこから抜け出てきた。何それ。俺のエネルギーって穴空くの?

 

「ぶっ飛べ!」

 

 『波虎』を撃ったことによって硬直していた俺は、爆豪の爆破をモロに受ける。ただ、そこでぶっ飛ばず無理やり踏ん張って、爆豪の腕をがっちり掴んだ。さっき組み合ったら負けだって思っていたが、違う。もっと大胆に。そうしなきゃ勝てない相手もいる!

 

「捕まえた」

 

「チッ」

 

「おら、テメェがぶっ飛べ! 『風虎』!」

 

 残っているエネルギーをすべて使って放った『風虎』は、寸でのところで爆豪に避けられた。空いた手で無理やり自分の体を捻り、その勢いを利用して俺が掴んでいた方の手を爆破させ、強引に俺の拘束から脱出して。ただ、『風虎』によって巻き起こる風圧を受けてぶっ飛びはした。

 

「クソ!」

 

「ストップ。時間切れだ。これ以上やると俺もお前もボロボロになる」

 

「あ? なれや!」

 

「ほら、訓練だから。な?」

 

「……チッ」

 

 素直に引き下がってくれたのを見て安心しつつ、丸くなったなぁとびっくりする。前までの爆豪なら「知るか!」って言って殺しに来そうなのに。

 

 去り際に「次は40んときにやるぞ!」と残して、爆豪は自分の訓練に戻っていった。



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雄英文化祭
こい、文化祭!


「オーケーボーイ! レッツダンスィ!」

 

「何やってんだ芦戸……?」

 

「うるせぇから黙らしてこい」

 

「んな無慈悲なことできるかよ」

 

 10月某日。エリちゃんのこととか被身子のこととか連絡まだかなーと教室でぼーっとしていると、教室の後ろで何やら芦戸が騒ぎ始めた。ブレイクダンスである。俺も中学の頃少しだけはまっていたような気がする。先輩たちがやっているのを見て、見様見真似でやったらなんとなくできてしまった。それは本当になんとなくで、あの頃は筋肉も柔軟性も何もなかったから、形だけだった。

 

「でもあぁいう趣味っていいよな。ヒーローになる助けになるじゃん」

 

「テメェはヤニしかねぇからな」

 

「アレに有害物質入ってたら俺からすりゃ助けになるんだけど」

 

「自分で体壊すヒーローがどこにいンだ」

 

 それもそうだ。そんなバカなことはない。いくら個性が使えるような状態になるって言っても、寿命を縮めていいことなんかないんだから。年取ってヒーローやってるかどうかは別として。

 

「つってもヒーロー活動に役立つ趣味をやる必要なんてないだろ? 趣味は趣味なんだから」

 

「テメェはほんとにいい子ちゃんなセリフが得意だな」

 

「そりゃ性格いいからな。ドブみてぇなお前と違って」

 

「アァ!?」

 

「席につけ」

 

 爆豪がキレたタイミングで相澤先生が教室に入ったため、爆豪は顔中に青筋を立てたまま前を向いた。怖すぎるだろ。俺が先生でこんな生徒がいたら怖くて単位めちゃくちゃあげちゃうわ。

 

「さて、世間では色々あり、色んな敵の動きが見えてきた今、雄英にもあるものが迫ってきている」

 

「あるもの……?」

 

「まさか敵が活発になって休学になるとか?」

 

 相澤先生の不穏な物言いに教室中に緊張が走る中、相澤先生はそんなことを気にした様子もなく軽く言った。

 

「文化祭があります」

 

「ガッポォォオオオイ!!」

 

「るせぇ」

 

「お前ほんと流されないよな」

 

 まぁ文化祭とかそういう学校行事で爆豪がテンション上げてたらそれはそれでなんか違うんだけど。にしたって「るせぇ」はないだろ。みんな爆豪に慣れてるから平気ってだけで、全員初対面だったら空気凍るからな?

 

「でもいいんですか!? この敵隆盛の時代に!」

 

 まさか切島からそんな言葉が出るとはと思ったが、死穢八斎會に乗り込んだあいつだからこそ思うことか。インターンでも敵を肌で感じただろうし、心配するのも無理はない。現状を考えると、体育祭で襲ってこなかったのが不思議なくらいだ。……あんだけプロヒーロー集まってたらそりゃ襲ってこないか。今のは俺が間違えてた。

 

「もっともな意見だ。だが、今回の文化祭は体育祭と違って他の科が主役。おいそれと中止にするわけにはいかないんだよ。最近寮制やらなんやら、ヒーロー科主体の動きが多いからな。それに対してストレスを感じている生徒も少なからずいるだろう」

 

「うっ、そう考えると中止するわけにはいかないっすね……」

 

「あぁ。雄英はヒーロー科だけじゃないからな。簡単に自粛するわけにはいかないんだ」

 

 確かに、体育祭で他の科から何か言われた気がするし、心操だって宣戦布告しにきたほどだ。ヒーロー科を敵視している人がいたって不思議じゃない。俺たちだって被害者だが、そんなことを言っても知ったこっちゃないからな。

 

「それで、今年は一部関係者を除いて学内だけの文化祭になる。今回ヒーロー科は主役じゃないが、決まりとして一クラス一つ出し物をしなきゃならん。今日はそれを決めてもらう」

 

「ここからはA組委員長飯田天哉が進行を務めさせていただきます!」

 

 張り切ってるなぁ。久しぶりに委員長らしいことをするからか? いや、そうじゃなくても飯田はこういうやつだったか。こう考えると爆豪が委員長にならなくてよかったと心の底から思える。爆豪が委員長になってたら独裁が始まってただろうからな。

 

「まずは候補を挙げていこう! 希望のある人は挙手してくれ!」

 

 流石と言うべきか、全員手を挙げた。かくいう俺は、悩んで手を挙げれていないんだが。

 

「殺し合い」

 

「少しはブレろよ爆豪」

 

「意見もねぇカスは死ね!」

 

「今ここでやってやろうか?」

 

「爆豪くん! 久知くん! 統率を乱すような行為はやめるように!」

 

 お前のせいで怒られちまった、と文句を言うと、爆豪は中指を立ててきた。だから俺はお前のせいだって言ってんだけど、わかる?

 

「あとは久知くんだけだな。何かあるかい?」

 

 気づけば、クラス中の視線が俺に集まっていた。別にそれで緊張する性格でもないが、気まずさは感じる。なんでみんなそんなに早く希望出せるんだ? 峰田が出したオッパブはクソとして、大体まともなやつばかりだ。……いや、そうでもない。雄英らしく個性に溢れたものばかりだった。

 

「んー、そうだな」

 

 主役が他の科って考えるなら、自分たちが主役に見えるようなものはあまりよくなさそうだ。やるなら、みんなに楽しんでもらえるようなもの。

 

 ……あと個人的に、気になる子がいるからその子にも楽しんでもらえるようなものがいい。

 

「アー、具体的に浮かばなくて悪いんだが、他の科の人も楽しめるようなものがいいと思う」

 

「ア? ムカつくやつからンなことされて素直に受け取ると思ってんのか」

 

「じゃあ楽しませ殺す」

 

 俺を睨んできた爆豪は満足したように前を向いた。これでいいの? 表現を変えただけなんだけど。

 

「あとさ。これちょっと個人的な事情になるんだが、ちょっと文化祭に呼びたい子がいて……これるかどうか微妙だけど、できればその子にも伝わりやすいような、見て純粋に楽しい! って思えるような何かがいい」

 

「う、んん。素晴らしい意見だが、俺たちの技術で、楽しませる……」

 

「それならダンスとかいーじゃん!?」

 

「いや、素人芸ほどストレスなもんはねぇぞ?」

 

 興奮する芦戸に、瀬呂が水を差す。ただそれはもっともだ。いくらこっちが楽しませようとしていても、それが素人芸ならしらけるだけでむしろストレスになってしまう。

 

「私教えられるよ!」

 

「芦戸はさっき教室の後ろでうるさ……にぎやかにダンスの指導をしていた。指導力は抜群だろ」

 

「クソな性格が垣間見えたな……」

 

「で、ダンスするなら音が必要だ」

 

 俺のクソな性格をつつかれたら困るので、峰田は無視する。うっかり『うるさく』って言いかけただけだろ。俺が嫌な奴みたいな言い方しやがって。

 

「ん! 音楽と言えば耳郎じゃね!?」

 

「だね! 耳郎ちゃん演奏も教えるのもすごく上手だし、音楽してる時とっても楽しそうだったよ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 私の趣味は芦戸とかみんなみたいにヒーロー活動に根差した趣味じゃなくてただの趣味で、そんな自慢できるものじゃないの」

 

「ヤニより数億倍マシだろ」

 

「うるせぇ山登るしか脳のねぇサルが! ヤニはカッケーからいいんだよ!」

 

「隠してたじゃん」

 

「!!?」

 

 そういえば耳郎には俺がちゃんとタバコ吸ってたことがバレてたんだった。まさかここでそれを指摘されるなんて。いやでもほら。タバコ吸ってるってまさに言うもんでもないだろ? 俺はカッケーしクールだと思ってるけど、未成年の喫煙はダメなんだから。

 

「久知のクソヤニはともかくさ」

 

「クソヤニ?」

 

 お前ら、高校生があんまりヤニヤニ言うなよ。すげぇ治安悪い高校みたいだろ。ここは天下の雄英だぞ、雄英。

 

 俺のことを『クソヤニ』と言って貶した上鳴は、人を貶した後とは思えない笑顔で耳郎に笑いかけた。

 

「あんな楽器できるってめちゃくちゃカッケーじゃん! やろうぜ、耳郎!」

 

 こういうのって上鳴が言うから意味があるよな。俺が言うと絶対打算的に思われるし。乗せるために言ってるんだろ? みたいな。その点上鳴はアホだから、感情が素直なんだ。いいものはいいし、悪いものは悪い。比較的上鳴と話すことが多い耳郎なら、それがビシビシ伝わるはずだ。

 

「耳郎さん。人を笑顔にできるかもしれない技だよ。十分ヒーロー活動に根差してると思うよ」

 

 そんな上鳴から、純粋な口田による追撃。あの二人から褒められて悪い気になるやつなんていないだろ。俺のヤニも褒めてくんねぇかな。さっき上鳴から『クソヤニ』って言われたばっかだけど。

 

「ん、んん……ここまで言われたやらないのも、ロックじゃないよね」

 

「おぉー!」

 

「じゃあA組の出し物は生演奏とダンスで決まりだ!」

 

「どうせなら個性使ってド派手な演出やらね?」

 

「いいね、それ!」

 

 耳郎が承諾したことで話し合いが盛り上がっていく。よかった、なんとかうまくまとまったか。こういう話し合いでまとまらなかったら相澤先生不機嫌になるからな。非合理だなんだとか言って。なんで俺相澤先生に合わせてんだ?

 

 そうやって盛り上がり始めたところで、チャイムが鳴った。相澤先生のそりと立ち上がって、

 

「とりあえず、生演奏とダンスってことでいいんだな」

 

「はい! 今パリピ空間の提供ってことで決まりました!」

 

 爆豪が不機嫌そうになった。さっきの会話から考えると、『提供』っていう言葉が気に入らなかったんだと思う。音とダンスで殴り殺すっていう言い方をした方が爆豪にとってはいいだろう。いや、言い方というより、そういう意識でやった方がってことか?

 

「……ま、いいよ。詳細はちゃんと話し合っておくように」

 

「はい!」

 

 見た目表情は変わらないが、相澤先生も微妙そうだ。まさか相澤先生も殺すつもりでやれって思ってるとか? 教師がそれってどうなんだ。……まぁ、ヒーロー科にストレス抱えてる人たちが素直に楽しむわけない、って考えてるんだろうけど。相変わらず捻くれてんなぁ。

 

「あぁ、それと久知」

 

「はい!」

 

 失礼な考えがバレてしまったのか、相澤先生に名指しされた。「あいつ名指しされること多くね?」という誰かの言葉は聞かなかったことにして、俺を見る相澤先生に緊張しながら背筋を伸ばす。

 

「あと緑谷。あとで話がある」

 

「……俺、お前とセットで呼ばれていいことがある気しねぇわ」

 

「あ、あはは」

 

 何もしてないはずなのにお話があるらしい。怖くね?



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文化祭準備期間

「よっ、エリちゃん」

 

「こんにちは、エリちゃん」

 

 病院、その一室。そこに俺と緑谷は訪れていた。エリちゃんに会いに、である。相澤先生から聞かされたのは、俺と緑谷にエリちゃんが会いたがっている、ということ。個性の都合上面会は極力避けるべきという状態だったらしいが、暴走するほどのエネルギーはないとのお医者さんの診断で面会できるようになった、ということである。もし暴走したとしても相澤先生がいるし。

 

「想くん、と……」

 

「緑谷出久、えっと、デクの方が呼びやすいかな?」

 

「デクさん」

 

 なんで俺はくんづけなんだと思ったが、被身子の影響か。なんか色々すっ飛ばして仲良くなった気がして嬉しい。というか死柄木も俺のこと想くんって呼ぶし、被身子の影響力すごすぎだろ。俺に関してのことだけ。

 

「えっと、助けてくれて、ありがとうございました」

 

「どういたしまして。ま、ヒーローだから当然だ」

 

「僕はほとんど何もできてないけど……」

 

 あはは、と頬をかく緑谷に、エリちゃんは首をふるふると横に振った。

 

「助けようとしてくれた。温かかった。だから、ありがとうございます」

 

「助けようと……あ、あの時」

 

 通形先輩とパトロールしてた時に出会った、ってやつか。あの時のことをずっと覚えてお礼を言うなんて、ほんとになんでこんないい子に育ったんだ? 反面教師ってやつ?

 

「想くん、ごめんなさい。私のせいでいっぱい怪我しちゃって、デクさんも、みんなも」

 

 エリちゃんは涙を堪えるように震えると、「でも」と続けて、

 

「極さんが言ってくれたの。『無事でいてくれてありがとう』って。『みんなエリちゃんのために戦って、エリちゃんが無事でよかったって思ってる』って」

 

「極さん?」

 

「父さんだよ」

 

「ノーリミット!?」

 

 緑谷が振り返り、病室の入り口にいる父さんを見た。父さんはサムズアップしてムカつくほどの笑顔を見せる。

 

 父さんはヒーロー引退の手続きをしながらエリちゃんと一緒にいた。暴走したところで個性が元に戻るだけであり、本来なら個性が壊れている父さんに頼むべきではないが、いざというときの戦力にもなる。エリちゃんの精神状態が安定しているように見えるのは、父さんのおかげだろう。

 

「だから、ありがとうの方が嬉しいって」

 

「あぁ、そうだな。俺も緑谷も、みんなだって『ありがとう』の方が嬉しい」

 

「うん! それでね、エリちゃん。僕たちね、エリちゃんに文化祭にきてほしいなって思ってて」

 

「ぶんかさい?」

 

 当然だが、エリちゃんは文化祭を知らないらしく首を傾げた。ほとんど楽しいことを知らないまま育ってきたんだ、無理もない。

 

「俺たちの学校でやるお祭りのこと。学校中の人がみんなに楽しんでもらえるよう出し物をしたり、食べ物を出したり。とにかく楽しいお祭りだ」

 

「どうかな? エリちゃん」

 

「楽しい……」

 

 エリちゃんは、難しそうに首を捻っている。──ここに来る前、父さんからエリちゃんについて色々聞いた。そのうちの一つが、『楽しいってこと、笑うってことを知らない』ということ。なんでも、父さんの爆笑ジョークでも笑わなかったらしい。そりゃ笑わないだろと思うが、父さんのジョークは案外子どもにはウケるかもしれないので一概にそうとは言えない。

 

 だから、楽しいお祭りって言われてもピンとこないんだろう。だったら、

 

「エリちゃん、好きなものある?」

 

「好きなもの?」

 

「なんでもいい。人でも、物でも、食べ物でも」

 

「えっと……リンゴ」

 

「それなら、リンゴアメとかでるかも!」

 

 緑谷の言葉に、エリちゃんはまた首を傾げた。

 

「リンゴをさらに甘くした食べ物だよ!」

 

「さらに……」

 

 楽しいことがわからなくても、好きなものがあるなら十分だ。好きはプラスな感情。そこからまた楽しいっていうプラスな感情につながることもなくはない。

 

「それで、どうかな?」

 

「……行きたい。お外のこと、想くんたちのこと、もっと知りたい」

 

「よし、決まりだァ!」

 

 エリちゃんの言葉に、いきなり父さんが叫んだ。病室で騒いだことによってお医者さん、相澤先生から注意されてぺこぺこ頭を下げつつ、父さんは俺たちの間に割って入り、しゃがんでエリちゃんと目線を合わせた。

 

「それなら、俺と一緒に行こう」

 

「極さんと一緒に?」

 

「あぁ。俺と一緒は嫌か?」

 

「ヤじゃない。行く」

 

「よし!」

 

 決まりだ! とはしゃぐ父さんは、この中で一番子どもに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「補習終わった!」

 

「やっとだな!」

 

「なげぇ」

 

 文化祭ちょうど一か月前のこの日。俺たちはようやくインターン分の補習を終えた。補習で話し合いに参加できなかったため、今日から本格的に参加できるということになる。

 

 補習の疲労感そのままに、寮のドアを開けた。

 

「うーっす」

 

「補習今日で穴埋まりました! 本格参加するよー!」

 

「ちょうどよかった!」

 

 今日も話し合いをしていたらしく、みんな集まっている。その中から耳郎が出てきて、こっち……正確には爆豪に向かって歩いてきた。なんだ? 今までの横暴に対する文句?

 

「爆豪、ドラムやってくんない?」

 

「あ? 誰がやるかンなもん」

 

「あぁ、やめとけ耳郎。こいつドラムめちゃくちゃ下手くそなんだよ」

 

「やってやるよ見とけ才能ゼロのゴミヤニカスが!」

 

「そこまで言わなくてもいいじゃん……」

 

 爆豪からの罵倒に傷つきつつ、耳郎にウインクしておいた。爆豪の扱いは俺に任せろ、と。しかし俺の完璧素敵カッコいいウインクを受けて、耳郎は露骨に嫌な顔をした。テメェ上等だな?

 

「ってか、うま」

 

 俺の挑発に乗ってドラムをたたき始めた爆豪は、その才能を周囲に見せつけた。昔音楽教室に通ってただけでこんなにできるなんて、やはり才能マン。耳郎も隣で「完璧……」とめちゃくちゃ驚いている。

 

「すげー!」

 

「爆豪ドラム決定だな!」

 

「……馴れ合いならやんねぇぞ、俺ァ」

 

「これ、『本気でやらねぇんだったらぶっ飛ばすぞ。殺すつもりでやンだよ!』って言ってるんだぜ」

 

「勝手に代弁してんじゃねぇ!」

 

「似てる……」

 

 俺の爆豪の物まねがそっくりだっていう地味に傷つく評価は置いといて、爆豪が言いたいことはつまりそういうことだろう。言い方は悪いけど。楽しませるんじゃなくて、本気でやるから勝手に楽しめ、みたいな。

 

「馴れ合いじゃねぇ、音で殺すんだよ! わかったか耳!」

 

「耳って……うん、ありがと!」

 

 爆豪は盛大に舌打ちして、俺を睨みつけた。なんで睨まれてんの? 俺。何も悪いことしてないんだけど。ただ爆豪を煽っただけで。

 

「ア? こんなとこにクソ個性のせいで大した演出もできねぇゴミがいんなァ?」

 

「アァ!? テメェぶっ殺すぞ! だったら上限解放60使って演出でもダンスでもなんでもやったるわ!」

 

「ったりめぇだろザコ! すぐ使えるよういじめ抜いとけ!」

 

「本気でやるってのはそういうことだろ!」

 

「……あんたらって仲いいよね」

 

『どこがだ!』

 

 ほら、と言う耳郎に、俺たちは何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員の役割が決まって、土曜。俺は爆豪に「個性使って一つの隊だけか?」と煽られ、見事にダンス隊と演出隊に参加することとなった。まぁ俺が出すエネルギーって見ようによっちゃ綺麗に見えるし、あとは細かい調整ができるようになりゃいけるだろ。ダンスもできない動きはないってくらい順調だ。

 

「久知くんって、結構なんでもできるよね……」

 

「できると思ったらできるんだよ。自信つけろ自信」

 

 あまり動きがよくない緑谷に「久知は指導側!」と芦戸から任命された俺が教えつつ、逆立ちして腕立て伏せする。上限解放60で万が一があったら大事だ。文化祭までに練習しつつ鍛えて、父さんが使っていた空中機動技も完成させたい。あれができれば、演出にも幅ができるはず。

 

「いやぁ、精が出てるな少年少女!」

 

 そうして練習している俺たちに声をかけたのは、俺がめちゃくちゃ聞き覚えのある声。声がした方を見ると、そこには。

 

「父さんに、エリちゃん!」

 

「想くん、デクさん」

 

「エリちゃん、ノーリミット! なんでここに?」

 

 腕に力を入れて体を跳ねさせ華麗に着地し、立ち上がる。周りを見れば騒ぎを聞きつけてみんなが集まってきていた。

 

「文化祭に来る前に、一度きて慣れておこうって話でな。これから学校を回るんだが、お前たちもくるか?」

 

「っていうお誘いがあんだけど、いいか? 芦戸」

 

「じゃー休憩にしよっか!」

 

 芦戸の提案に賛成し、俺と緑谷は一度制服に着替えるため寮に戻って、エリちゃんと父さんと合流した。そのまま学校内を歩き回る。

 

「えっと、なんて呼べばいいですか?」

 

「極さん、と呼んでくれ。今の俺は引退した身だ」

 

「わかりました!」

 

 緑谷が父さんに何か聞きたくてうずうずしている。ヒーロー好きな緑谷のことだ。めちゃくちゃ聞きたいことがあるんだろうが、エリちゃんの前だから遠慮してるんだろう。

 

 父さんの隣にいたエリちゃんは今俺の隣を歩いており、自然と手をつないでいた。これも被身子のおかげだろうか。俺に対してはどこか親密なものを感じる。

 

「しかし、一か月前だというのにみんな張り切ってるなァ」

 

「雄英だしな。先輩も、もちろん一年も本気なんだろ」

 

「その通り! もちろん君たちA組より僕たちB組の方が断然すごい!」

 

 こんなとこで油売ってる君たちよりね! といつも通りウザがらみしてきたのはB組の物間。相変わらず絶好調のようで、何やら大道具を抱えたB組のやつらを置いて俺たちを攻めに来ている。俺は物間が近づいてくるのを見てしゃがんでエリちゃんと目線を合わせると、物間を指した。

 

「あれな、かわいそうな性格の人」

 

「かわいそうな人……」

 

「子どもになに教えちゃってるのかなぁ!?」

 

「真実」

 

 こいつめんどくさいんだよなぁ。B組好きなのはいいけど、そんなにA組を目の敵にしなくても。

 

「ライヴ的なことをするんだってね! 僕らは演劇さ! しかもオリジナル脚本! 僕らに負けて泣く準備をしておいた方がいいよ!」

 

「あ、久知! ノーリミット! それに緑谷!」

 

「ぶへ」

 

 物間を極力見せないようにエリちゃんの目をふさいでいると、その物間を押しのけて夜嵐がやってきた。ナイス。あいつ多分悪い奴じゃないんだろうけど言動行動がめちゃくちゃ悪い奴なんだよな。だからと言ってA組の俺が殴って止めるとまたそれで何か言われるし。

 

「で、そこにいるのはエリちゃんだ! 俺は夜嵐イナサ! 久知の親友だ!」

 

「しんゆう?」

 

「つまり一番仲がいいってことっス!」

 

「一番はヒミコさんじゃないの?」

 

「アー」

 

 そうか、エリちゃんからすると俺と一番仲がいいのは被身子ってことになるんだ。うーん、どう説明すればいいものか。

 

「そうだな、被身子は親友ってより、恋人だ」

 

「こいびと」

 

「勉強しといてくれよ。次また会う時に答え合わせだ」

 

 約束な、とエリちゃんを撫でながら言うと、エリちゃんは小さく頷いた。本当なら教えてあげたいが、俺の口から言うのは少し恥ずかしい。好きの違いもわからないだろうから、今言っても難しいだろうし。

 

「じゃあな夜嵐。頑張れよ」

 

「久知も、緑谷もな! また会いましょうノーリミット!」

 

「今の俺はノーリミットではなくただの極だ!」

 

「極さん!」

 

「おう! また会おう!」

 

 元気に手を振る夜嵐に振り返し、また歩き始める。周りは本当に慌ただしい、といった様子だ。人が動き回り、大声で話し、でも楽しそうにしている。文化祭って準備期間めちゃくちゃ楽しいんだよな。俺今回初めて本格的に参加するけど。

 

「お! やっと見つけた!」

 

「先輩!」

 

 しばらく歩いていると、前の方から通形先輩が手を振りながら走ってきた。あの人いつでも笑顔で元気いっぱいだなぁ。オールマイトみたいだ。

 

「あ、これはこれはノーリミット! ご無沙汰してます!」

 

「通形くんか。あと俺はノーリミットではなくただの極だ」

 

「極さんですね! 俺の中ではいつでもノーリミットですけど!」

 

「嬉しいこと言ってくれるなァ!」

 

 父さんが通形先輩とじゃれあっている。多分この二人相性いいよな。というより、父さんも通形先輩も人を選ぶタイプじゃないから、そりゃいいに決まってる。この二人は誰とでも仲良くなれるんだ。敵以外。

 

「緑谷くんも久知くんもこんにちは! エリちゃんも元気だった?」

 

「えっと」

 

「俺は通形ミリオ! ミリオさんって呼んでくれ!」

 

「ミリオさん」

 

「100点!」

 

 通形先輩は笑いながらサムズアップした。

 

「いや、エリちゃんが学校にきてるって聞いていても立ってもいられなくてね。ちょっと会いに来たんだ。よかったらついてきてくれないか?」

 

「どこに?」

 

「波動ねじれさんのところに!」

 

 なんでフルネーム? と聞く前に、通形先輩は歩きだしてしまった。



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『跳馬』

 向かったのは、備品室。そこには波動先輩、天喰先輩がいた。あと数人知らない先輩がいる。波動先輩は個性によってふわふわ浮いており、俺たちを見るとそのままふわふわ飛んできた。

 

「あれ、エリちゃんだ! なんでここにいるの? 不思議!」

 

「波動ねじれさんは去年のミスコンで準グランプリだったのさ!」

 

「え、波動先輩で準ですか?」

 

「そーなの! ねぇ聞いて。すごい子がいるの!」

 

 見せられたのは、めちゃくちゃ派手な女の人だった。というよりもはや女とか男とかじゃなくて派手すぎてもはや別の生き物に見える。ミスコンってどういう競技なんだ? 派手であればあるほどいいのか?

 

「今年はCM出演で隠れファンが急増している拳藤さんも出る。波動さんも気合が入ってる。……大勢の前でパフォーマンスなんて、考えるだけでもお腹が痛い……!」

 

 この人、めちゃくちゃ強いのになんでこんなに自信ないんだろう。ノミの心臓にもほどがある。もっと堂々としてればカッコいいのに。まぁこれが天喰先輩らしさなんだろうけど。

 

「私ね、言われるがままにやってきたけど、なんだかんだ楽しいし負けると悔しいよ。だから今回は勝つの! 最後だもん!」

 

「勝てるさ!」

 

 ……被身子、ミスコンに出ないかな。そしたら個性を覚醒させて分身できるようになって何票でも入れるのに。

 

 通形先輩とはそこで別れ、次はサポート科に向かった。緑谷が言うには全学年一律で技術展示会をするらしく、毎年注目が集まっているらしい。そこら中から機械音が聞こえてくる。エリちゃんは大丈夫かと思って見てみると、興味深そうに周りをきょろきょろと見ていた。大丈夫そうだ。

 

「そう! 文化祭はサポート科が主役です!」

 

「発目さん!」

 

 エリちゃんと同じくらい周りを興味深そうに見ていた緑谷の後ろから現れたのは、発目。体育祭で緑谷と組み、トーナメントで発明品を披露してさっさと負けた商売根性たくましい子だ。

 

「えっと、なんか、汚れてるね?」

 

「お風呂に入る時間ももったいないので!」

 

「すごい熱意だな!」

 

 父さんが褒めるようにすごい熱意だが、お風呂に入らないのはどうだろう? 体が痒くなって集中できないと思うが……そんなことが気にならないくらい集中、熱中してしまうんだろう。

 

「見てください、ドッカワベイビー第202子です!」

 

「でかい! ロマンだな!」

 

「すご……」

 

「次々にアイデアが湧いてきて楽しくてですね! 体育祭と違って、より多くの企業によりじっくり我が子を見てもらえるのです! 恥ずかしくない子に育て上げなくては!」

 

 立派なことを言いながら、ドッカワベイビー第202子である巨大ロボをバン! と叩く。でかくてすごいのはいいんだが、こいつ何に使うんだろう。個性持ってなくても戦えるようなロボットみたいな? だとしたらロマンだ。俺もロボットで戦ってみたい。

 

「って、あれ?」

 

 異変が起きたのはその時だった。ドッカワベイビー第202子ががたがたと震えだしたかと思うと、勢いよく頭が爆発した。咄嗟にエリちゃんを庇ったもののそこまで爆発の規模は大きくなく、派手なのは音と見た目だけだ。

 

「あぁっ、ベイビー!?」

 

「は、発目さんなんかごめん!」

 

「行くか、エリちゃん。ここは危なそうだ」

 

「うん。音おっきくてびっくりした」

 

 そんなことを言いつつも平気そうなエリちゃんに、俺は小さく笑った。

 

 その後も色々回って、食堂。俺、エリちゃん、緑谷の順に並んで座って、父さんが対面に座る。

 

「どうだった?」

 

 俺と緑谷の間に座ってジュースを飲んでいるエリちゃんに聞いてみると、「わからない」と返ってきた。仕方ないか、と緑谷と顔見合わせて笑っていると、エリちゃんは「でも」と続けた。

 

「みんな頑張ってたから、どんなのになるんだろう、って……」

 

「人はそれをワクワクさんと呼ぶのさ!」

 

 エリちゃんの言葉に返したのは、俺たちのいる席から少し離れたところでチーズを食べている根津校長だった。隣にはミッドナイト先生がいる。根津校長はチーズを食べ終えると行儀よく口元を拭いて、

 

「私も文化祭、ワクワクするのさ! 多くの生徒が最高の催しになるよう励み、みんなが楽しみ、楽しませようとしている」

 

「警察からも色々ありましたからねぇ」

 

「香山くん」

 

 そうだろうな、とは思う。敵隆盛のこの時代、敵の侵入を許した雄英高校が文化祭を開催するのはよくないというのが普通の意見だ。きっと、校長先生は色んな所に頭を下げてくれたんだろう。

 

「じゃ、僕は行くよ。君たちも文化祭、楽しむように」

 

 根津校長は椅子から降りて、クールに去っていった。見た目ネズミなのに、どうしてあんなに大人な感じがするのだろうか。まぁ大人なんだけど。頭めちゃくちゃいいし。

 

「……詳しくは言わないけど、色々もめたみたいよ。その結果、セキュリティを強化して、もし警報が鳴ったらそれが誤報だろうと即座に中止、避難することが開催条件になったの」

 

「厳しい……」

 

「もちろんそうならないように警備はしっかりするわ。学校周辺にハウンドドッグを放つし」

 

「放つって」

 

 しかし、誤報でも中止か。文化祭を開催する雄英を狙おうとする敵は少なからずいるはず。そいつらをまとめて外で始末……もとい捕まえることができればいいんだが。

 

「そうそう! A組の出し物、職員室でも話題になってたわよ。青春、頑張ってね!」

 

 綺麗なウインクで俺たちを激励してくれるミッドナイトに「はい!」と緑谷と二人で返事すると、エリちゃんが俺の袖をちょこ、と引っ張った。

 

「想くんたちは何するの?」

 

「ん? 俺たちは音楽とダンス。俺も緑谷も……アー、デクも踊るんだ」

 

「エリちゃんにも楽しんでもらえるよう頑張るから、必ずきてね!」

 

「心配せずとも、俺がしっかり連れて行くさ!」

 

 俺はダンスと演出両方に入るが、別に言わなくてもいいだろう。どうせ派手なんだ。

 

「じゃあもう少しで休憩終わるから、俺たちは……そうだ、父さん」

 

「ん? なんだ、想」

 

「アレのやり方教えてくんね?」

 

「……んー」

 

 いいぞ! と笑ってくれた父さんにこの時はほっとしたが、明日になってやめときゃよかったと後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、日曜日。当たり前のように父さんが雄英に来て、俺の修行を手伝ってくれることになった。みんなにはあらかじめ言っておいて許可をもらっている。ダンスは芦戸に完璧だと太鼓判を押され、演出隊には「必要なことだから」と言って許可をもらった。俺だけ個性全開で行く以上、半端なものは見せられない。

 

「お前が習得したいのは『跳馬(はねうま)』だな?」

 

「あれそんな名前だったのか……」

 

 今俺と父さんがいるのはグラウンド・β。初めての戦闘訓練を行った場所で、市街地を模したグラウンドでもある。そこで父さんから教えてもらうのは『跳馬』。エネルギーを自分の近くで爆発させることで自分の体を弾き、空中での移動を可能にする技だ。これを使うには『玄岩』が必要であり、別になくてもできるのだがその際は自分が爆発させたエネルギーでデカいダメージを負う。

 

「実際、どこまでできるんだ?」

 

「エネルギーを爆発させるってのはできるんだ。ただ、『玄岩』がうまくいかなくて」

 

「どんな風に?」

 

「バランス。爆発させるエネルギーと『玄岩』をちょうど一対一にすんのが難しいんだ。小さいエネルギーならなんとか合わせられるんだけど、勢いよく飛ぼうとエネルギーを大きくしたら、めちゃくちゃ弾かれるか全然弾かれないかのどっちかで」

 

 『跳馬』は言ってしまえば自分を攻撃して、その衝撃が体にこないようエネルギーで防御して、その勢いを利用して自分を弾き飛ばす技。自分に攻撃する、という意識がある以上、調整はめちゃくちゃ慎重になってしまう。一歩間違えれば大怪我だ。

 

「『雨雀』、『風虎』の威力の調整はどうやっていたんだ?」

 

「なんとなく、こんくらいなら死なないだろみたいな」

 

「ふむ、その辺りの調整の仕方も覚えた方がいいが……簡単なやり方を教えよう。お前が『玄岩』を使えるような強化状態になったとき、全体に纏った状態で高く飛ぶにはおよそ全体の5%の威力のエネルギーが必要だ」

 

「5%」

 

「足だけにエネルギーを纏うというのをやると、他の体に衝撃がいってしまうから慣れるまではやめた方がいい。まずは全身に纏った状態で、自分をどれだけ弾けるかを試していこう」

 

「5%がどれくらいかピンとこないんだけど……」

 

 アバウトにこれくらい、っていうやつならなんとかわかるけど、そこまで細かいとやり辛い。そう言った俺に、父さんは笑顔で「試せ」と言った。

 

「試せ?」

 

「だから、5%が掴めるまで自分の近くでエネルギーを爆発させろ」

 

 もちろん、俺は死ぬほどボロボロになった。ある時はエネルギーを大きくしすぎてめちゃくちゃ弾き飛び、ある時は『玄岩』をがブレて暴発し。気づいた時には全身ボロボロになっていた。クソ、俺の個性威力デカすぎるだろ。死ぬぞ、こんなん人に向けてやったら。

 

「段々掴めてきたな」

 

「なんとかな……でも、姿勢制御がうまくいかねぇ」

 

 そのむちゃくちゃなスパルタのおかげで、なんとか「これが5%か?」となんとなく掴めるようにはなった。ただ、エネルギーを爆発させた後が問題で、体勢がぐちゃぐちゃになってしまう。自分で飛んでいる、という感じではなく、飛ばされているという感覚だ。

 

「うーん、体が出来上がっていないのかもな。確かに、今のお前は空中で溺れているようだった」

 

「そんな無様な表現しなくても……」

 

 強く言い返せないのが悔しい。父さんは姿勢制御については「耐えてた」っていうバカみたいな一言で済ませたし、こっからは自分でなんとかするしかない。まさか文化祭までに体の芯をしっかりさせるなんてことができるわけないから。

 

「って、待てよ?」

 

「ん?」

 

 空中での姿勢制御? そうだ、よく考えたら身近に参考になるやつがいた。しかも『爆発させる』っていうところまで一緒。俺は父さんを真似して足でエネルギーを爆破させていたが、あいつを真似るなら両方の手のひらから。

 

「5%を均等に、両方の手のひらに分けて……」

 

 爆破させた瞬間。距離は足で爆破させたときより短いものの、姿勢制御がうまくいった。綺麗に爆破させたときの姿勢のまま飛べている。

 

「できた!」

 

「やったなぁ! 想!」

 

 柄にもなく父さんにピースすると、『玄岩』が暴発して空中ではじけ飛んだ。なんだよクソ!



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文化祭前の日常

「非常勤講師の久知極だ! 今日から雄英内をうろうろするからよろしく!」

 

「嘘だろ」

 

 朝。ホームルームが始まった瞬間に相澤先生から「お話があります」と告げられ、教室のドアを勢いよく開けて入ってきたのは俺の父さんだった。父さんが自己紹介した瞬間クラス中から俺に視線が集まるが、そんなことが一切気にならないくらい気が動転している。

 

「いや、この時期の雄英に外部からの受け入れって駄目なんじゃないですか?」

 

「息子であるお前からそういう発言が出るのは非常に非情で大変よろしい」

 

 だが、と相澤先生は続けて、

 

「敵とのつながり、的なことを考えているならこのクラス、どころか世間で見てもノーリミット……極さんは限りなくゼロ。それに、ただ単に講師として受け入れたんじゃない」

 

「っていうと」

 

「エリちゃんを正式に雄英で受け入れることが決定した。容態が落ち着いたから個性を抑えられる俺が預かって、ただ俺もフリーなわけじゃないからエリちゃんについておいてもらうために極さんにきてもらった」

 

「俺は個性が使えないわけじゃないからな。一時的に引退はしたが、感覚を取り戻せば復帰しようとすら思っている!」

 

「やめてください極さん。アンタ一歩間違えたら死ぬんですから」

 

「ヒーローはそういうものでしょう!」

 

 極さん今はヒーローじゃないですけどね、と相澤先生に返されてなお父さんは笑っていた。なるほど、エリちゃんを雄英で預かることになって、そのために父さんがきたと。まぁ、非常勤講師って言うのは肩書で名乗っているだけだろう。この分じゃ授業を受け持つとかはしなさそうだ。

 

「あぁ、ちなみに俺は君たちの個性をすべて把握している。個性の訓練、及び肉体的なトレーニングのアドバイスは任せてくれ! 授業にもちょくちょく顔を出すからな!」

 

「久知の成長具合を考えれば極さんの手腕を疑うところはないだろう。よく見てもらえよ」

 

「はい!」

 

「ふざけんなよ……」

 

 爆豪が珍しく俺に憐れみの目を向けていた。せめて煽ってくれ。この親が学校にいて、しかも授業を見に来るっていう恐怖と羞恥を感じているこの俺を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「的、確!」

 

「なにが?」

 

 一日の授業を終え、文化祭の練習を終えて寮の共同スペース。夜も遅いから寝ようと部屋に戻ろうとすると、何やらテンションの高い上鳴に捕まってしまった。なにが? と言いつつ十中八九あれのことだろうな、と諦めながら上鳴の言葉を待っていると、肩を組んできた上鳴は俺をソファに連行した。寝させろ。

 

 ソファには耳郎、芦戸、切島がいた。テーブルの上には何やらノートを広げており、恐らくダンスの振り付けと音の合わせ、その演出の確認をやっていたのだろう。念入りで大変すばらしい。そんな中に俺を持っていくってどういうことだ?

 

「オメーの父ちゃんだよ、極さん! 俺と個性ちげーのにめっちゃ的確なアドバイスもらっちまった!」

 

「あ、それウチも。テンション高くて暑苦しそうだって思ったけど、流石プロって感じだった」

 

「入ってこなくていいんだぞ? ほら、忙しいだろうし」

 

 ソファに座った俺たちを見て「なんだ?」っていう顔をしていた三人は全員上鳴の話に興味が移ったようで、テーブルの上のノートそっちのけで身を乗り出してしまっている。テーブルの上のノートがかわいそうだろ。

 

「もう寝よっかって話してたからオッケーだよ!」

 

「じゃあ寝ろや」

 

「いけず!」

 

 口の先を尖らせてぶーぶー文句を言う芦戸にウインクしてやった。そうすると芦戸は困惑して思考を停止させ、静かになってくれる。これこそ『わけのわからない行動をしてうやむやにする作戦』!

 

「びっくりしたぁ。顔だけはいいからちょっと見惚れちゃった」

 

「正直なことはいいことだが、時に悪いこともあるんだぜ?」

 

「待て待て! 久知のいいとこは知ってるぜ!」

 

 立ち上がって拳を握りしめた俺を止めたのは聖人君子と名高い切島。切島は人懐っこい笑みを浮かべて、「一つ目!」と元気よく宣言する。

 

「努力家だ! 今日だって新しい必殺技使ってたしな!」

 

「あ、確かに! なんで俺に黙ってたんだよ!」

 

「何でお前に教えるんだよ」

 

「友だちだろー?」

 

 肩を組んでくる上鳴を押しのけながら、授業のことを思い出す。

 

 授業では必殺技の訓練があり、俺はまた爆豪に喧嘩を売られた。今日は上限解放60を使えと言われ、なんだかんだ負け続けていた俺は調子に乗って上限解放60を発動。いい機会だからと『跳馬』も披露し、あと一歩のところまで追いつめたが爆豪の見てから反応で相打ちになってしまった。あいつずるすぎだろ。俺の『跳馬』の完成度が高くないのもあるけど。

 

「つっても、あれは未完成なんだよ。演出に加わるためにもしっかり完成させねぇと」

 

「アレで飛んで、青山のレーザーにエネルギーぶつけて派手な花火! 絶対成功させてよ!」

 

「でも大丈夫なの? 久知、結構負担大きいけど」

 

「耳郎。お前って時々バカにしてくるけどめちゃくちゃ優しいよな」

 

「バカにするのはバカだからじゃん」

 

 一瞬キレかけたが優しい耳郎に免じて堪えて、「大丈夫」と返した。

 

「やるならガチだ。上限解放60だったらそんくらいやって当然だろ」

 

「男らしいのも久知のいいとこだな!」

 

「確かに! けっこー責任感あるよねぇ」

 

「嘘つきだけど」

 

 耳郎の言葉にぎくりとしつつ、誤魔化すようにせき込んだ。俺が喫煙していたことを知ってるからって、それをネタにしすぎじゃないか? 俺と秘密を共有できてるからってはしゃいでんのかよ。可愛いやつめ。……今のなし。クソ気持ちわりぃ。

 

「つか、極さんだよ極さん! 忘れてた! せっかく久知をいじれると思ってこの話持ってきたのに!」

 

「どうせそういうこったろうと思ったよ。俺寝るかんな」

 

「まーてって! 悪い話するわけじゃねぇんだから!」

 

 部屋に戻ろうとした俺を上鳴が掴み、強引にソファへ引き戻される。いや、悪い話とかいい話とかそういう問題じゃなくて、親の話されんのが恥ずかしいんだよ。思春期特有のあれだ。お前らだって嫌だろ、親の話。

 

「そうだ! 極さんめちゃくちゃツエーよな。俺個性使ってない極さんにコテンパンにされちまった」

 

「切島持ち上げられて壁に埋められてた! 見たよー!」

 

「極さんに遠慮してたとかは……なさそーだね」

 

「おう! 男らしく全力だったぜ。それで負けちまうってちょっと自信なくしちまうよな」

 

 言いながらも、暗い顔一つしていない。一層奮起したんだろう。父さんがただ負かすだけなわけがない。負かしてから、何か一言二言添えてやる気にさせるのが父さんだ。俺もインターンでそれを何回やってもらったか。……いつの間にか父さんを褒めてしまっていた。いや、尊敬してるから褒めたくないとかそういうわけじゃないけど。

 

「まぁ、父さんは生粋のインファイターだしな。元の体が強いんだよ」

 

「指導も的確だからめっちゃセンセーに向いてるよな! 個性が元に戻ればなぁ」

 

 それは本当にそう思う。神野の一件で父さんは有名になり、そして有名になったまま引退。そして俺はその父さんの息子。期待値ってやつがめちゃくちゃデカいんだ。あの引退したノーリミットの息子ってなると、当然、っていう言い方は少しおかしくなるが、ノーリミットの穴を埋めることを期待される。あの化け物の穴をだ。俺じゃなくてもプレッシャーを感じるに決まってる。爆豪みたいなアホは例外として。

 

 それに、父さんはオールマイトがいなくなった後の希望の一つだった。その希望が引退するってことは、社会にとってあまりよくない。オールマイトに任せきりだった社会を担おうとしていた一人が早速欠けてしまったんだから。

 

「父さんなら、案外すぐに戻ってくるだろ」

 

「だといいね。ウチも極さんの個性元に戻ってほしいし」

 

 やっぱり耳郎はいいやつだなぁと思って耳郎を見ると、何やら苦い顔。どうしたのかと声をかけると、耳郎は気まずそうに「いや……」と言って、

 

「極さんって指導は的確だし、わかりやすいしとっつきやすいんだけど、スパルタなんだよね……」

 

「それ! 雄英よりきつい人いるんだーって思ったもん」

 

「俺はあれくらいの方が好きだぜ! 男らしいし」

 

「切島の男らしいの基準って何なん?」

 

 上鳴の言う通り、あれは男らしいとかではなく拷問に近い。学校だからまだ抑えていたが、インターンに行っていたときはボロボロだった。父さんが本気でトレーニングさせようとするなら、食事メニューにまで口を出してくる。耳郎はスパルタと言ったが、まだまだ序の口だ。まぁ序の口でもスパルタなんだけども。

 

「でも言動とかその辺りは久知と似てないよね。極さんは暑苦しいけど、久知ってそうでもないし」

 

「ん? あー、そうかもな。別に子どもは絶対親に似るってわけでもないから不思議じゃないだろ」

 

「身長も高いし! 極さんは濃いイケメン? って感じ!」

 

「身長のことについて言うのはやめてもらおうか」

 

「まーまー気にすんなって。これから伸びるだろ。つか、伸びない方が俺は嬉しいんだけど」

 

「なんで」

 

「だって久知にはっきり勝ってるとこっつったら身長くらいだろ?」

 

 上鳴の情けない発言に、耳郎が「ダサ」とボソッと呟いた。上鳴には聞こえていなかったようで、「伸びるなー、伸びるなー」と手のひらを合わせて何やら拝んでいる。別に、勝ち負けで言うならもっと負けてるところあるんだけどな。それを言ったら調子に乗るから言わないが。

 

「ま、父さんがいれば強くなれるのは事実だ。スパルタだけど、ちょっと頑張ってついていけば結果がついてくるから」

 

「流石、極さんの一番弟子!」

 

「息子な」

 

「一番息子!」

 

「や、そういうことじゃなくて。なんだよ一番息子って」

 

 ほんとあほだな、と上鳴に言うと、「何が!?」と本気でびっくりしていた。そういうとこだぞ。



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頼むか否か

お久しぶりです。
転職して時間ができました。


 文化祭五日前。『跳馬』の制御を両手で行うようになったのはいいものの、そこは今まで地に足をつけて戦っていた人間。空中で自由自在に動けるはずもなく、成長の兆しを見せないでいた。

 

 そこで、気づいてしまった。俺の身近に両手を爆破させて空中を自由自在に動き回るやつがいることを。

 

「ア? 何見とんだヤニ」

 

 いつもの教室。二時間目が終わった休み時間。とんでもないことに気づいてしまった俺は前の席にいる爆豪を凝視していると、爆豪が振り向いて睨んできた。いつもなら口喧嘩、ひどければ殴り合いが勃発するところだが、俺の脳内は別のことで埋め尽くされている。

 

 爆豪にコツを教えてもらうか否か。

 

 正直とてつもなく嫌だ。なぜなら頼んだところで「は? クセェ口閉じろや。ヤニクセェ」とバカにしてくるに決まっているからであり、いや別に俺の口はクサくないが、とにかく見下してくるに違いないからだ。そうじゃなくても、勝ち誇ったように俺を見下ろし、「ついに俺のが上だって認めたか」と偉ぶるだろう。

 爆豪はいいところが見えるようになってきたが、十分クソみたいな性格してるからな。入学から、その前からつるんでいる俺はわかる。

 

 爆豪が黙ったままの俺を見て「うるせぇのがついに死んだわ」と喜んでいる。俺が黙っているのがそんなに珍しいのか、切島と上鳴、耳郎と芦戸、どころかクラス全員が俺の周りに集まってくる始末。

 

「どうしたんだ久知? 爆豪と喧嘩しねぇなんて……」

 

「先生呼んだ方がいいかな?」

 

「ウンコしたいのか?」

 

 爆豪にコツを教えてもらうかどうかで悩んでいる俺の脳では、クラスの誰が何を言っているのかすらわからなかった。多分ウンコは、いや確実に、間違いなくウンコって言ったのは上鳴だろうが。

 

 あぁ被身子に会いたい。なんで俺がこんなドグサレ爆発頭にコツを教えてもらうかどうかでこんなに悩まなきゃいけないんだ。頭よしよしされながらゆっくりと血を吸われたい。あの綺麗な笑顔を俺に向けて欲しい。そういやいつ会えるんだろ。相澤先生が「できるだけなんとかする」ってカッコいいこと言ってたけど音沙汰無しだし。

 

「なぁなぁ。ウンコしたいのか?」

 

 なんで俺がウンコしたいかどうかが気になってんだこのアホ面。お前高校生だろ。なんでウンコがそんなに気になるんだよ。俺ウンコしたくねぇし。同じくらいアホの芦戸が「我慢はよくないよねぇ」ってアホ晒してんだろ。ってか何で俺がウンコしたい方向で話が進んでんだ。俺今までウンコしたいとき沈黙する男だったか? 違うだろ。「ウンコ行ってくるわ」って男らしく宣言して行くような男だったろ。わざわざ言わなくていいのに。

 

 違う。ウンコの話はいい。

 

 人が集まってきて鬱陶しそうにしている畜生爆発頭にコツを教えてもらうかどうかだ。爆豪以外なら普通に頼めるのに、こうも頼みづらいのはやはり爆豪のクソみたいな性格のせいだろう。しかもいつも喧嘩してるからみんなの前で頼むなんて屈辱以外の何物でもない。みんなに「久知が爆豪に屈した」って思われたら明日から俺は学校にいけない。みんなと暮らしてるから学校に行かなかったところで意味ねぇけど。

 

「もしかしてお前……」

 

 上鳴が頬を引きつらせ、後ずさりする。漏らしてねぇよクソアホ。なんでお前はそんなにウンコさせてぇんだよ。ウンコが好きなのは小学校男児までだろ。……上鳴なら別におかしくないか。アホだし。

 

 視界の端で耳郎に制裁されている上鳴を捉えつつ、考える。流石耳郎。あのアホを放置していても耳郎がいるなら安心だな。

 

 まず今爆豪に頼むのは絶対ない。みんなに見られるのは嫌だ。そもそも頼むかどうかだが、これはもう頼むしかないと思ってる。文化祭が近いし、中途半端な状態で個性を使うのが一番危険だ。だったら恥を忍んででも頼んだ方がいいに決まっている。

 

 じゃあどうやって頼むか。みんなの前で頼まず、二人きりで。あれ、そういえば爆豪の部屋って俺の隣じゃなかったっけ?

 

 ピンときた俺は、爽やかな笑顔を爆豪に向け、言った。

 

「爆豪! 今夜俺の部屋にこいよ!」

 

 俺の体は爆豪の爆破によって綺麗に教室の後ろまでぶっ飛ばされた。

 

「だ、大丈夫ですか久知さん!」

 

「や、八百万。俺は死ぬかもしれん。思ったより本気の爆破だった。咄嗟に体引いてなかったらヤバかった」

 

「気色ワリィこと言ってんじゃねぇぞテメェぶっ飛ばすぞ!」

 

「これ以上?」

 

 慌てた八百万に抱き起されながら爆豪を見る。

 激昂していた。目をひん剥いて、体中のあちこちに血管が浮き出ている。もう人じゃねぇよアレ。

 

「久知くん久知くん。確認だけど、そういう意味じゃないよね?」

 

「あ? そういう意味って」

 

 浮かんでいる制服、葉隠がるんるんと近寄ってきて、興味津々に聞いてくる。何言ってんだこいつ。そういう意味ってどういう意味?

 

 首を傾げていると、上鳴の制裁を終えた耳郎がため息を吐いて、

 

「いや、『今夜俺の部屋にこいよ』って、言い方ややこしすぎるでしょ」

 

「……なるほどね」

 

「てかいつまでヤオモモと引っ付いてんの。離れろ」

 

 耳郎が俺の襟首をひっつかんで八百万から引きはがす。心地いい温もりがなくなったのは残念だが、耳郎の目が本気で怖いので「妬いてんのかハハハ」と冗談をかましたところ普通に真顔でビンタされた。せっかく起こしてもらった俺の体はまた床に転がってしまう。

 

「泣きっ面に蜂……」

 

「石の上にも三年だな!」

 

「何と間違えたんだ上鳴。踏んだり蹴ったりだろ」

 

 アホがアホしているのは放っておいて、あまり痛くない頬を抑えながら立ち上がる。爆豪を見ると怒りは収まっていないようで、絶え間なく爆破しながら俺を睨みつけていた。もう殺されんじゃねぇの? 俺。

 

 しかしそこで救世主が現れた。

 

「あ、あはは。久知くん、かっちゃんに何か言いたいことがあったんだよね? みんなの前で言いづらいからあんなこと言っちゃっただけで。いつも喧嘩してるから、言い方が変になっちゃっても仕方ないよ」

 

 その救世主も爆豪によってぶっ飛ばされた。

 

「緑谷!!」

 

「何ヤニカスのフォローしてんだぶっ飛ばすぞ!」

 

「これ以上どこに……?」

 

 俺が緑谷を抱き起こすと、もっともなことを言いながら首を傾げていた。あいつぶっ飛ばした後にぶっ飛ばすぞって言うってどんだけイカれてんだよ。てか教室内で個性使って暴力振るうってそれでもヒーローかあいつ。

 

「やっぱそういう意味じゃなかったんだ。つまんなーい」

 

「まず俺たちの心配をしろよ。八百万だけだぞ心配してくれたの。なんでみんな爆豪を責めないの?」

 

「だっていつも通りだし」

 

 葉隠の言葉に爆豪と八百万以外のクラス全員が頷いた。ちなみに緑谷も頷いていた。お前は俺の仲間だと思ってたのに。

 

「飯田! お前学級委員だろ! 教室内で個性使ってクラスメイトぶっ飛ばすやつを見逃していいのか!」

 

「飯田なら職員室に用があるっつっていないぜ」

 

「どうりで無法地帯だなって思ったよ!」

 

 瀬呂の言葉に絶望し、床を拳で殴りつける。

 その手を、八百万が柔らかく包んだ。

 

「久知さん。大丈夫ですわ」

 

「八百万?」

 

「私、副委員長ですもの。任せてください」

 

 八百万が爆豪を睨みつける。俺の唯一の味方が降臨なされた。やっぱり八百万だよな。常識人で美人で頭がよくて。こんないい女の子男はほっとかないって。俺は被身子一筋だけど。

 

「爆豪さん!」

 

「ア?」

 

 爆豪は今から八百万によって裁かれる。八百万はみんなの人気者、爆豪はゴミ。どっちが優勢かなんて火を見るよりも明らかだ。

 心強い味方を得た俺は、八百万の隣で勝ち誇った笑みを浮かべる。さぁ爆豪。俺を、ついでに緑谷をぶっ飛ばした罪は重い。思う存分懺悔しろ。

 

「久知さんがあなたと遊びたいと仰っているのですから、ちゃんと答えてあげてください!」

 

「八百万?」

 

「確かに、あなたたちは普段喧嘩ばかりなさっているかもしれません」

 

「八百万」

 

「ですが、私たちはあなたたちが本当は仲がいいということを知っていますわ」

 

「八百万!」

 

「私たちの前でそれを見せるのは恥ずかしいかもしれません。けれど、久知さんはそんな中でも勇気を出してあなたを誘った。それを無下にするなんて、あんまりですわ!」

 

「八百万!!」

 

 的外れを連発している八百万に、男子の何人かが腹を抱えて笑っていた。テメェら後で覚えとけよ。あと耳郎は可哀そうな目で俺を見るな。お前八百万の保護者だろ、なんとかしろ。

 

 そんな俺の願いむなしく、耳郎は首を横に振った。俺の言いたいこと伝わってんならなおさら何とかしろテメェ。

 

「って、轟?」

 

 諦めた耳郎ではなく、俺の隣に立ったのは轟だった。轟はのほほんと俺と爆豪を交互に見た後、俺の肩をぽんぽんと叩いて自分を指す。

 

「俺も交ぜてくれ」

 

 その目はキラキラと輝いていて少年のようだった。

 

「なぁテメェら。ザコが仲良しこよしで俺に喧嘩売ってんのか……?」

 

 ついに爆豪が立ち上がり、俺たちの方へ近づいてくる。

 

「いえ、久知さんはあなたと遊びたいと仰っていますわ」

 

「仰っていませんわ八百万さん」

 

「なぁ久知。こういうときって売る方がいいのか? 買う方がいいのか?」

 

「ズレてんだよテメェ。どっちもダメだ。あとなんで入ってきたんだ。とんでもなく事態がぐちゃぐちゃになってんのがわかんねぇのか?」

 

 天然コンビに挟まれて、めちゃめちゃにキレている爆豪を待ち受ける。もうほとんど爆豪がキレてる理由に俺関係ないじゃん。火種落としたのは俺だけど、好き勝手その火を大きくしたのこいつらじゃん。俺悪くないじゃん。

 

 俺の目の前に立ち、もはや人間の顔をやめている爆豪を見て冷や汗を流す。なんでこうなったんだ。ちょっと言い方間違えただけじゃん。最近の爆豪なら話せばわかってくれる範囲だったじゃん。

 

「……はぁ」

 

「?」

 

 そのまま殴り飛ばされるかと思っていたが、爆豪はため息を吐いて舌打ちを一つ。

 

「どうせ、テメェが手こずってるアレのことだろ。教えてやっから、すぐ寝んじゃねぇぞ」

 

 そう言って爆豪は背を向けて、自分の席にさっさと座ってしまった。

 

「……わかってんならぶっ飛ばすんじゃねぇよ」

 

 爆豪に睨まれたので「何も言ってません」スマイルを返した。隣で轟が「結局俺も交ぜてくれんのか?」と言っていたのは無視した。



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灰色

「なぁお前らほんとにわかってるのか?」

 

「はい……」

 

「あくまで訓練だ。本気でやりあってボロボロになるやつがどこにいる」

 

「ここに二人……」

 

 相澤先生に睨まれたので、咄嗟に目を逸らした。

 

 保健室。そのベッドの上。そこで俺と爆豪は正座して相澤先生から説教を受けていた。

 あの日の夜、爆豪が部屋にやってきていやにすんなりコツを教えてくれることを約束してくれて、妙に教えるのがうまい爆豪に助けられなんとか形になってきた文化祭三日前。その日の訓練の時間に、爆豪が俺に獰猛な笑みを向け、「もうガチでやりあえるなァ……?」と挑発。見事に乗った俺と爆豪はガチでやりあい、まるでヒーローと敵の最終決戦かの如く縦横無尽に空中、地上で戦い続け、決着がつくかと思ったその時、相澤先生に個性を消されて保健室に直行。

 

 そんなこんなで今である。隣で正座している爆豪はそっぽを向いて「俺は悪くない」と精一杯のアピールをしているが、元々お前から売ってきた喧嘩だからお前の方が悪い。というわけで俺は教室に戻っていいということでどうかここはひとつ。ダメ? そう。

 

「極さん、あなたもあなたですよ。明らかに訓練の域を超えていたら止めてもらわないと」

 

「いやぁ、あれは止められませんよ。せっかく二人とも熱くなってたんですから」

 

 監督不行き届きで、父さんも相澤先生の説教の対象として選ばれてしまっていた。俺たちのように正座することはないが、相澤先生の隣で「たはーっ!」と笑っている。何笑ってんだこいつ。

 

「いやでもほら先生。あぁでもしなきゃ俺の『跳馬』が完成しませんでしたし。文化祭にも必要なことですから。ね?」

 

 そう、俺はボロボロになりつつも『跳馬』を習得できた。それこそ爆豪のように空中を移動できるくらいにはなっている。父さんもそれを見て「爆豪くんは教えるのがうまいなぁ!」と褒めていたくらいだ。爆豪はうざそうな顔をしていた。お前仮にも目上の人だぞ? 俺は全然父さんに失礼な態度とってもらっても構わないけど。

 

「ボロボロの体で文化祭でるつもりか? お前、体育祭の時のこと忘れたわけじゃないだろうな」

 

「ギクッ!」

 

 本当にギクッ! っていうやつがあるかってツッコまれるかと思ったが相澤先生はお気に召さなかったらしく、捕縛布で俺をぐるぐる巻きにした。ちょっと怪我人なんですけど俺。あ、包帯に見えてちょうどいい?

 

「いざヒーロー活動するときに、『体がボロボロだったから助けられませんでした』じゃ話にならん。今からそういう意識持っとけよ。……修行に夢中なのはいいが、やりすぎも毒だ。爆豪もちゃんと見てやれ」

 

「っス」

 

「ちょっと待ってください聞き捨てなりませんよ! なんで俺がこの爆発パーティ男爵に監督される立場になるんですか!」

 

「爆豪も問題児だが、どっちかって言うと無茶するのはお前の方だからな」

 

 心当たりがないわけでもないので、おとなしく引いておいた。いやぁその節はどうも。節がありすぎてもはやどの節にどうもしてるのかすらもわからない。

 

「いや、だが驚いた。想は一度見たものならすぐに習得できるほど才能はあるが、一度躓くととことん躓くからな。爆豪くんのおかげだ」

 

「別に、こいつならやれんだろって思っただけだ」

 

「待て。なんで俺ばっか怒られて爆豪はちょっと褒められてんの? 日頃の行い確実にこいつのが悪いだろ」

 

「どっちもどっちだろ」

 

 言い返せないのでだんまりを決め込む。そういや爆豪って俺と喧嘩してるか緑谷に吠えてるか以外はあんまりクソみたいなことしてないもんな。流石先生、よく見てる。

 

「それで、事故なくいけそうか」

 

 捕縛布を解いて聞いてくる相澤先生に一瞬ぽかんとしてから、OKサインを作って自信満々に頷く。それを見た相澤先生は目を閉じて小さく笑った。

 

「そうか。それなら、万が一がないようにしっかり身につけろ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……!!」

 

「うわ、キショ」

 

 相澤先生のそれが、被身子に関することであることは言われなくてもわかった。思わず緩んだ頬に、爆豪がとんでもなく失礼なことを言ってくるがそれすらも気にならない。

 見れば、父さんも俺に向かってサムズアップしていた。この大人たちカッコよすぎる。将来はこうなりたい。やっぱり俺の恩人と父親は最高だ!

 

「それじゃ、放課後まで安静にしてろよ。休むのもヒーローの立派な仕事だ」

 

「頑張って休め!」

 

 言って、相澤先生と父さんが保健室から出て行く。それと同時に、俺と爆豪は同時にベッドへ倒れこんだ。

 

「っかー、だから言ったんだよ。訓練だからある程度でやめとこうって」

 

「今回はテメェも乗り気だったろ」

 

「ほら、楽しくなっちゃって……」

 

 男の子にとって空を自由に移動できるってのはめちゃくちゃ楽しいことだ。それに、今の自分の実力がどの位置にあるかってのはいつでも知りたいことで、その相手に爆豪はちょうどいい。体育祭で負けて、戦闘訓練では一緒のチームになって、張り合ってはいるがちゃんとした戦績で俺は負けている。だからこそ、超える目標になる。

 

「テメェはどうも、模倣はうめぇが生み出すのが下手くそみてぇだな」

 

「な。爆豪が俺のやりたいことと似てることしてるって気づいてからは結構すぐ『跳馬』が安定するようになったし……ただ、自分の必殺技が全然ねぇってのがなぁ」

 

 結局、今俺が持っている必殺技はほとんど父さんの模倣。自分自身の必殺技なんて持っちゃいない。それが悪いことって聞かれると頷きにくいが、これじゃ完全に父さんの下位互換だ。

 

 上に行くなら、もっと自分の力を伸ばさなきゃいけない。

 

「天才とゴミの差だな。テメェは一生俺に追いつけねぇ」

 

「あ? 続きやっか?」

 

「上等だコラ。負けてびーびー泣いて無様晒して死ね」

 

「あんたら、それ以上騒ぐともう治してやんないよ」

 

 そういえばいたリカバリーガールの声に、俺たちはおとなしくすることにした。

 

 ……文化祭がデスマッチとかになったりしねぇかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かだ。

 

 いつもなら、今まで通りなら、「ねぇねぇ弔くん」と鬱陶しいくらい話しかけ、聞いてもいない想くんの話をしてくるあいつは、もう敵連合にはいない。ただむさくるしい男とオカマが集まり、少し話して黙る。そんな毎日が続いていた。

 

 別に、仲良しこよしでやっていこう、なんて思っちゃいない。だが一つの組織である以上、今のようにまとまりのない現状は少しマズい。原因はわかり切ってるが、その原因を奪い返しに行くのは絶対になしだ。というか、奪い返しに行ってもフラれるのがオチだろう。

 

「はーやだやだ。陰気クサいったらありゃしない。こんなに綺麗に咲いてる"私"っていう華があるっていうのに」

 

「ほんとだクセェ。ラフレシアってこんな臭いなのか」

 

「あら失礼ね。なんなら一緒に、じっくりゆっくり嗅がせてあげましょうか?」

 

「ジョークだジョーク。お前はいつでもバラの香りがするさ。虫と棘まみれだが」

 

 変わらないのは、変わらないように見せているのはマグネとコンプレスだけ。黒霧はデカブツのところに行っていてほとんど姿を見せないが、変わった敵連合の空気を察し、俺を見る事が多い。

 

「なー死柄木ー。トガちゃん元気にしてるかなぁ。くたばってるだろうなぁ」

 

 荼毘もどこか調子を狂わせて、スピナーも微妙な空気に居心地を悪くしているが、特にひどいのはこいつ、トゥワイスだ。口を開けばトガの名前。それは恋だとか浮ついたものじゃなく、純粋に仲間として寂しがっているだけだが、それにしても鬱陶しいくらいにうだうだしている。

 

 思わず、ため息を吐いた。どうやらトガが抜けた穴は想像以上に……いや、想像はできていた。が、それに対する覚悟が足りなかった。トガは簡単に言えば敵連合のムードメーカー。あいつがいるだけで団結力が深まるような、不思議な存在。

 思えば、トガも『受け入れる』ことができるやつだった。

 

「……」

 

 トガが大好きな男、想くんのことを思い出す。トガと想くんは、似ている。人に似るところも、受け入れるところも、イカれた頭も。だからって想くんにトガが抜けた穴を埋めてもらおうとも思っていない。思っていないというより、こっち側にくるとは思えない。トガを引っ張り上げて、やっぱりこっち側にくるなんて、そんなにブレるやつだとは思えない。

 

「黒霧」

 

「ここに」

 

 ただ、責任くらいはとってもらっていいと思う。

 

 黒霧の名前を呼ぶと、俺の隣に見慣れた黒い渦が現れ、それが形となり黒霧が隣に立った。そしてトゥワイス、マグネ、コンプレス、スピナーを見て、今帰ってきた荼毘を見て。

 

「近いうちに、会いに行く」

 

「えぇ。そろそろだと思っていました」

 

 見透かされたようでムカつくが、有能なのは悪いことじゃない。俺はあいつみたいにいちいち激怒するようなやつじゃないしな。

 

 戦争をしに行くわけじゃない。これは、敵連合からトガを引き抜いた責任を取ってもらうだけだ。ちょっと話して、それからはなるようになる。戦うかもしれないし、話して終わるかもしれない。あいつが普通のヒーローなら、きっとすぐに通報して俺たちはピンチになるだろう。

 

 ただ、そうならない確信があった。短い間だがトガと一緒にいた俺ならわかる。想くんは、受け入れるのに向いている。敵になれる可能性がある。それと同じくらいヒーローに向いている。

 

 色で言えば灰色。白でもない黒でもないどっちつかず。

 

「救いか?」

 

 荼毘が、光を宿していない目で俺を見る。救い。誰がそれを求めて、誰にそれを求めているのか。そもそもそれを望んでいるのか。

 

 きっと俺は、おかしくなったんだろう。トガに触れて、トガを挟んで想くんを見て、想くんに会って。社会に抱えていた憎しみが、少しずつ色を変えてきているのがわかる。憎んでいることに変わりはない。ぶっ壊したいって思っているのにも変わりはない。

 

「あぁ」

 

 真っ黒から、徐々に灰色へと。俺の今の状態は、そんなところだろう。

 

「確かめようと、思ってな」



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ハジけろ、文化祭!

 文化祭、当日。

 

「想くん」

 

「お、エリちゃん」

 

 午前9時25分。緑谷がどこかに行っていて俺が代打になるんじゃないかって話しているところに、相澤先生と父さん、そしてエリちゃんがやってきた。

 エリちゃんは父さんのそばから離れて小走りで俺の方にやってくると、小さな首をきょろきょろと動かした。

 

「デクさんは?」

 

「あぁ、あいつな。今気合い入れてるところでここにはいねぇんだけど、大丈夫だ。ちゃんと踊るし、ちゃんと楽しませてくれる」

 

 しゃがんでエリちゃんと視線を合わせ、微笑んだ。緑谷の姿が見えなくて心配だったんだろう。不安げに揺れている目をいつも通りに戻すため、精一杯大丈夫だと伝える。

 

「それになエリちゃん。俺派手に目立つ場面あるから、楽しみにしててくれよ?」

 

「派手に……」

 

「おう。だから」

 

 エリちゃんにそっと近づいて、耳打ちする。

 

「被身子に俺がすごかったって、伝えてくれよ?」

 

 俺から言うのは恥ずかしいからさ。と付け加えると、エリちゃんは胸を張って「任せて」と小さな手で自分の胸を打つ。かわいらしい仕草に思わず笑って、ぽん、と頭に手を置いて一撫でして立ち上がった。

 

「相澤先生、エリちゃんお願いします。父さんも」

 

「あぁ。大丈夫だとは思うが、頑張れよ」

 

「俺が想よりエリちゃんと仲良くなっても嫉妬するなよ! ハッハッハ!」

 

「エリちゃん。俺とあそこのおっさん、どっちのが好き?」

 

「想くん」

 

「何……?」

 

 本気でショックを受けている父さんを放置してエリちゃんに小さく手を振り、みんなのところに戻る。

 するとなぜか、クラスのほとんどが意外そうな目で俺を見ていた。なんじゃコラ。

 

「いや、久知ってあんな一面あんのな。いつもクソなのに」

 

「クソって何だコラ。喧嘩売ってんのか?」

 

「ほら」

 

 失礼をかましてきた瀬呂を睨みつけると、論破されてしまった。あぁなるほど。俺とエリちゃんのやりとり見てびっくりしてたわけね。そりゃ俺いつも罵倒するか喧嘩するかしかしてないからなぁ。

 

「いつもあぁしてると普通にカッコいいのにねー」

 

「あ? 俺はいつもカッケーだろうが」

 

「顔だけね?」

 

「待て久知! 相手は女の子だぞ!」

 

 明らかに喧嘩を売ってきた葉隠に掴みかかろうとすると、慌てた切島に羽交い絞めにされた。なんだ顔だけってテメェ、身長もカッコいいって言え! 顔だけじゃねぇだろ俺は!

 

 ……けどまぁ、いい。俺には被身子がいるし、被身子が俺のことをカッコいいって思ってくれてたらそれだけでいいんだ。別に葉隠にカッコいいって思ってもらわなくても全然……やっぱり思ってもらいたい。ほら、男の子って女の子にモテて悪い気するやついないじゃん? 誰を好きになるとかそういうのは別にしてね?

 

「……葉隠って透明なのにめちゃくちゃ可愛いよな。雰囲気もいいし、ぜひその可愛らしい顔を見せてほしいもんだぜ」

 

「響香ちゃんが『久知が言うキザなセリフは大体その場を逃れようとしてるか、仕返しに照れさせようとしてる』って言ってたよ!」

 

「でも嘘じゃない」

 

「久知くんの性格が酷いって知ってるから、あんまり効きませーん」

 

 一切照れた様子もなく葉隠はからから笑っている。結構キメ顔で真っすぐな言葉なつもりだったのにこれって、俺被身子いなかったら一生独身だったんじゃね?

 

「なぁ切島。俺ってそんなに性格悪い?」

 

「ん? んなことねぇぜ。久知はいいやつだって!」

 

 眩しい笑顔を向けてくる切島から目を逸らしてしまった俺は、性格が悪いに違いない。本当にモテるのは切島みたいなやつだよな。あと普通にイケメンな轟。俺の味方は爆豪だけだ。クソみたいな性格してる顔のいいクズ。

 

「あと久知くんって一途だから、それ知ってるとキザなセリフ言われても微笑ましくなっちゃうんだよね」

 

「殺せ! シンプルに恥ずかしい!」

 

「お、落ち着け久知!」

 

 そうやっていつものようにドタバタしながら。

 

 午前9時59分。開演1分前を迎えた。

 

 緑谷は間に合ったんだろうか。あいつのことだから絶対間に合わせるだろうが、何か変なことに巻き込まれて傷だらけってのが十分あり得る。

 

「もうすぐだ。外しとけよ」

 

「おう」

 

 轟に言われ、体につけていた装置を外す。

 

 サポート科に頼んで作ってもらった、筋肉に多大な負荷をかける装置。訓練で上限解放60を出していた時は傷、疲労があったからいけたが、まさか傷だらけで舞台に立つわけにはいかない。だからこそ、客にわからない範囲で負荷をかける必要があった。

 

「キッツ……。俺これ終わったら棒になる自信あるわ」

 

「頑張れよ、久知!」

 

「張り切りすぎてミスんなよ?」

 

「誰に向かって言ってやがんだ」

 

 緊張もある。けど、今俺を励ました切島も、俺をおちょくった瀬呂も笑っている。

 

 下に広がる客を見た。その中に、エリちゃんがいる。雄英全員音で()るのに変わりはないが、願わくばエリちゃんが笑ってくれると一番嬉しい。

 

「いくぞゴラァァアア!!」

 

 爆豪が叫び、スティックを振り上げる。

 

「雄英全員、音で()るぞ!!」

 

 爆破とともに、ステージがライトアップされた。雄英を殺る音が、始まる。

 

「よろしくお願いしまァス!!」

 

 耳郎が叫ぶ。開幕爆発、掴みはド派手に。伝染病のように、一人一人感動を伝播させていく。

 

「いい音してんなぁ」

 

「な」

 

 ステージで輝くみんなを、ステージとは真反対。演出隊と同じ位置で眺める。

 俺の出番は、始まって少し後。サビに入る少し前。なんでこんな一番目立つようなところで出番がくるのかとか、少しの文句が出てくるのはやっぱり俺がクズだからだろう。

 

 でも、人に笑顔を届けるのがヒーローだ。それができるなら、少しの文句なんて軽く吹き飛ぶ。

 

「出番だ。頼むぞ」

 

「かましてこい!」

 

「爆豪が文句言えねぇくらいにな」

 

 轟、切島、瀬呂の言葉を背に、柵の上に立った。音が少し静かになる、その時が俺の出番。

 

 今この時から、人を傷つける力は、人を笑顔にする力に変わる。

 

 上限解放60。体の内側から力が溢れてきて、それはやがて目に見える赤いエネルギーになる。そして、俺はその場で少し跳んで、

 

「な、なんだ!?」

 

 誰が言ったかはわからないが、『跳馬』で空中に躍り出た俺を見て声を上げる。それにつられて、全員が上を見上げた。

 

 勢いを止めず、左手で『跳馬』を使い体を回転させながら空中で踊る。赤いエネルギーが軌跡を描く。そのまま空中で跳ね続け、ステージのほぼ中央に降り立つ。

 

「『UA』……」

 

 俺が空中で描いた軌跡は、『UA』という文字を形作り、それがふわりと消えたところでサビに入る。みんなが跳び上がるタイミングで『玄岩』でエネルギーを躍らせ、みんなと同じタイミングでゆっくり立ち上がりながら、右腕を高く突き上げた。

 

 緑谷と青山が俺の隣にくる。二人と合わせて踊り、もう一つの見せ場がやってきた。

 

「いくぞ、緑谷、青山」

 

「うん!」

 

「ウィ☆」

 

 一足早く跳び上がり、少し遅れて青山が緑谷に投げられ、空中に跳び上がった。

 

 そしてそのまま回転しながら無数の小さいレーザーを放つ。それに『針雀』をぶつけ、赤と青で彩られた無数の花火が全体を明るく照らした。

 

 できることなら、被身子にもこの光景を見てもらいたかった。全員が一体となって、一緒に盛り上がって、個性が人を笑顔にしているところを。

 

 氷のかけ橋が出来上がり、垂直に跳び上がる。奥の方に見える轟と切島と目を合わせ、笑って頷き合った。

 

 轟がボール程度の大きさの氷を複数生み出し、それを抱え削りながら走り回る。そして中央の方に放り投げられたそれらをすべて『波虎』で打ち砕いた。極小になった氷の粒が光に照らされ、ダイヤモンドダストとなり降り注ぐ。

 

 客席を見ると、笑顔が見えた。本気で心から楽しんでくれている笑顔。今の俺は目がいいから、見間違えるはずもない。

 

「わあぁ!!」

 

 エリちゃんが、父さんに抱え上げられ両腕を挙げて笑っている姿も。

 父さんが俺を見て腕を突き上げている姿も。

 相澤先生が珍しくちゃんと笑っている姿も。

 

 俺は今まで色んなヒーローに出会ってきた。俺を救い、ヒーローへの道を示してくれた相澤先生。俺が気づかないうちにそばにいて、背中を追い続けさせてくれる父さん。共に歩き、最高のヒーローになるための道を進んでいるみんな。

 

 そして、俺に心からの笑顔をくれた被身子。

 

 今度は俺の番だ。俺がみんなを笑顔にさせる。俺が、最高のヒーローになる。

 

 だから、待っていて欲しい。いつか俺が、みんなを救って笑顔にするその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「想くん! デクさん!」

 

 公演が終わり、反動でボロボロの体を引きずって片付けをしている時。エリちゃんが駆け寄ってきて、その後ろから父さんがゆっくり歩いてきていた。

 

「あのね、最初はどーんっておっきな音してびっくりして」

 

 爆豪のアレだろ。あいつだけは本気で殺す気でやってたに違いない。

 

「でもみんなのダンスがキラキラで」

 

 エリちゃんが少し体を跳ねさせて、必死で伝えてくれる。その顔には笑顔があった。

 

「想くんがお空でびゅんびゅんってして綺麗で、デクさんがいなくなったと思ったらぐるぐるってしてピカピカってなって」

 

 興奮した様子で、腕をバタバタさせる。泣きそうになっている緑谷を肘で小突いて、そっとしゃがんだ。

 

「女の人の声がワーってなって」

 

 両腕をあげて、「ワーっ」と言うエリちゃんに思わず笑うと、エリちゃんもにっこり笑った。

 

「私、わああって言っちゃった!」

 

 隣に立っている緑谷が、溢れ出た涙を拭った。

 

「楽しんでくれてよかった」

 

 泣きそうな笑顔で言うと、エリちゃんは明るい笑顔で頷く。

 

「カッコよかったろ?」

 

「カッコよかった!」

 

 純粋なエリちゃんの言葉に気分がよくなって、頭を撫でてからそっと抱き上げる。

 

「わ」

 

「よっしゃ、こっからは俺らと一緒だ! 片付け終わったら全力で楽しもうぜ!」

 

「片付けやるってわかってんならさっさとしろやお前ら!」

 

「ご、ごめん! すぐにやるよ!」

 

「どうせミスコンが近いからキレてんだろ峰田」

 

「彼女持ちのお前でも気になんだろ! 早くしろ!」

 

 被身子以上に綺麗で可愛い女の子なんてこの世に存在しないから気にはならない。耳郎が出るってなったら写真撮りまくって一生いじりつくすネタにできたが出るはずもない。マジで被身子出ねぇかな。そうしたら俺が一瞬で校長になって殿堂入りさせるのに。

 

「想」

 

 エリちゃんを抱えて片手で氷を拾い上げていると、後ろから父さんに声をかけられた。俺も手伝うぞ! ってんだろどうせ。こういうのは片付けまでが出し物だから、父さんが混ざると変な感じになるから遠慮しておこう。

 

 だが、父さんが言ったのは、予想と全く違った言葉だった。

 

「立派になったなぁ」

 

「……誰の息子だと思ってんだよ」

 

「そうだな」

 

 父さんの方を見ないようにしながら、氷を拾っていく。

 

 エリちゃんが、俺の頭をぽんぽん、と撫でてくれた。



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文化祭の終わりに

 特に興味もなにもない、みんな綺麗で惚れちゃいそうになるくらいだったミスコンが終わり、クラスのみんなと別れて文化祭を回ろう、というところ。本当に興味なかったな。それにしても波動さん綺麗だった。B組の拳藤も中々。

 

 微塵も興味のなかったミスコンについて振り返っていると、服の端をちょん、と引かれた。見ると、小さく頬を膨らませたエリちゃんが俺をじっと睨んでいる。

 

「ヒミコさんがいるからダメだよ?」

 

「……ははは。何がだ? エリちゃん。おかしなことを言うなぁ」

 

「ガキに叱られてら」

 

 エリちゃんの前でキレるわけにはいかないので、エリちゃんにバレないよう余計なことを言う爆豪を睨みつけるも、鼻で笑われた。俺がキレ散らかすのはエリちゃんの教育上よくないが、後で覚えてろよクソ。

 

「じゃあ俺はエリちゃんと文化祭楽しむから、ワリィな一緒に回れなくて。寂しいだろ?」

 

「二度とその面見せんな」

 

 寂しがるどころか、絶交されてしまった。俺としては爆豪たちと回るのも楽しそうでいいが、まさかエリちゃんを置いていくわけにもいかない。かといって爆豪も連れて回るのはダメだろう。あいつは教育上ほんとによくない。物間と同じくらいよくない。

 

「想くんのお友だち?」

 

「ア?」

 

 が、そんな教育上よくない爆豪にエリちゃんが話しかけた。普通の子どもなら泣いて逃げ回り親に言って即座に指名手配されるであろうとんでもないクズの爆豪に、エリちゃんが。緑谷もマズいと思ったのかエリちゃんを止めに行く。

 

「え、エリちゃん。このお兄さんはちょっと色々アレだから」

 

「おいデク。テメェいい度胸してんな……?」

 

「ひぃ! ごめんかっちゃん!」

 

「想くんとデクさんのお友だち?」

 

 止めに行ったはずが、エリちゃんの好奇心に火をつけた。子ども相手に「ア?」と言ってしまうくらいどうしようもない爆豪は見上げるエリちゃんをしっかり見下ろしながら「……さぁな」と答える。さぁなって。

 

「一緒に回りませんか」

 

「は?」

 

「おい久知」

 

 爆豪と一緒に回る予定だったのか、瀬呂がこそこそと爆豪の後ろから移動して俺にこっそり話しかけてくる。耳を貸すと、瀬呂は爆豪とエリちゃんを指して、

 

「マズい」

 

「あぁマズい。でも、あぁなった時点で終わりだ。まさかエリちゃんにダメだって言うわけにもいかねぇし、爆豪に話しかけようもんならうっかり喧嘩しちまう。それは教育上よくねぇ」

 

「お前らの関係性のがよくねぇだろ。喧嘩すんな」

 

 それはもっともだが、気づいたら罵り合ってしまうんだ。これは仕方ない。

 

 ただまぁ、教育上ゴミだとかクソ人間だとか色々思ってはいるが、爆豪なら大丈夫だろう。流石に子ども相手に何かやらかすことはないはずだ。アレでもヒーロー目指してるんだし、めちゃくちゃ丸くなったし。

 

「ンで俺が仲良しこよししねぇといけねぇんだ」

 

「やっぱクズじゃねぇか」

 

「あぁ。予想外にクズだった」

 

 爆豪は吐き捨て、エリちゃんに背中を向ける。お前ブレないのはいいけどあとでフォローする方の気持ち考えろよ。せっかく笑ってくれたのにまた曇ったらどうすんの? っていうかエリちゃんが爆豪を『俺の友だち』だと認識してるんだから、こんなろくでもないやつが友だちなのかって思われて距離取られたらどうすんの? ……今ここでエリちゃんにばれないように殺してやろうか?

 

 エリちゃんを見ると、寂しそうな顔で爆豪の背中を見ていた。瀬呂が俺の肩を叩いて、「ま、頑張れ」と嬉しくもない励ましを残し、爆豪の背中を追う。いつの間にか爆豪のところには切島や尾白が集まってきていて、大層賑やかそうに去っていこうとしていた。

 

「エリちゃん。あいつワリィやつじゃねぇんだよ。距離感掴むのが苦手なだけでな」

 

「うん。今日は僕たちと一緒に楽しもう?」

 

「私たちも一緒に回っていい? エリちゃん」

 

「一緒に楽しみたいわ。どうかしら? エリちゃん」

 

 見かねた俺、緑谷、麗日、梅雨ちゃんが一斉にエリちゃんを励まし始める。しかしなぜかエリちゃんは爆豪の背中を見続けていた。

 まさか、恋? いやいやそんなはずはない。あいつ顔はいいけどそれ以外は基本的にゴミだし、そもそもエリちゃんは恋なんて自覚する歳じゃ……いや、俺が言うとあんまり説得力がない。でもそうじゃないはずだ。

 

「うん……ごめんなさい。想くんとデクさんのお友だちなら、いい人なんだろうなって思って」

 

 ……そういやエリちゃん、俺と緑谷のこと知りたいとか言ってたっけ。子どもってのは恐ろしい。俺と緑谷のことを知るなら、爆豪以上に適任なやつはいねぇしな。

 

「……まぁ仕方ねぇよ! あいつエリちゃんみたいなちっちゃい子ですら人見知りしちまうくらいシャイなやつだからな! 社交性ゼロのどうしようもねぇやつなんだ! エリちゃんを楽しませる自信がねぇってよ!」

 

「想くん?」

 

 いきなり大声で叫び始めた俺を、エリちゃんが不思議そうな目で見上げてくる。

 爆豪は基本的にゴミだ。だが、俺は知っている。爆豪が話せばちゃんとわかってくれるやつだってことを。時々わかってくんねぇけど。

 

 爆豪には、さっきの俺の言葉がこう聞こえたはずだ。

 

「誰が社交性ゼロだ! 楽しませ殺したるわクソが!」

 

 一緒に回ってくださいお願いします、ってな。

 

 爆豪は振り返り、鬼の形相で俺たちの前まで大股で歩いてくる。その後ろから、仕方ないなと笑いながら、切島たちも歩いてきた。

 

「な。ワリィやつじゃねぇだろ?」

 

「うん、いい人」

 

「誰がいい人だコラ!」

 

「お、落ち着いてかっちゃん。いい人って褒め言葉だよ?」

 

 うっせぇデク! と緑谷にキレ散らかしている爆豪を、エリちゃんは楽しそうな表情で見ていた。

 

「久知くん、ほんま爆豪くんの扱いうまいなぁ」

 

「尊敬するわ。あの爆豪ちゃんが可愛らしく見えるもの」

 

「単純なんだよアイツ」

 

「聞こえてっぞ!」

 

 騒ぎながら、爆豪を先頭に文化祭を周りに行く。

 

 エリちゃん、俺、緑谷、麗日、梅雨ちゃん、爆豪、切島、瀬呂、尾白、付き添いの相澤先生、父さん。大所帯になったが、この方がエリちゃんも楽しんでくれるだろう。多分。

 

「話すこと増えたな」

 

「うん!」

 

 エリちゃんと手をつなぎながら、雄英文化祭を回る。

 

「爆豪さんのくれえぷまっか」

 

「ア? やんねぇぞ」

 

「エリちゃんの視界にすら入れないでほしい」

 

 みんなでクレープを食べているとき、爆豪がメニューにあったかどうか疑わしい真っ赤なクレープを食べ、それに興味津々なエリちゃんを必死に止めたり。

 

「お化けやしき……」

 

「めちゃくちゃ怖いといけねぇから、緑谷と麗日、尾白と瀬呂入って確かめてきてくれ」

 

「な、なんでその二組なん? 尾白くんだけでよくない?」

 

「え? 俺は麗日に気を遣って……」

 

「想くん想くん。麗日さんってデクさんのこと……」

 

「ウワー!!」

 

「なぁ瀬呂。なんで俺だけ名指しにされたと思う?」

 

「フツ―の反応でフツーの感想言ってくれそうだからじゃね?」

 

 エリちゃんがC組のお化け屋敷に興味を示したので、大丈夫そうか確認するために緑谷と麗日、尾白と瀬呂をぶち込み、満場一致で『NO』と返ってきたため、不満そうなエリちゃんのご機嫌を取りながらお化け屋敷をスルーしたり。

 

「第二十三問! ノーリミットが活動範囲を──」

 

「家族を守るため!」

 

「正解!」

 

「活動範囲を広げない理由は? ってとこか。知られてんじゃん父さん」

 

「インタビューで一度だけ答えたことがあるが……すごいなァ」

 

 雄英プロヒーローサインの寄せ書きが優勝景品であるヒーロークイズ大会で緑谷が見事にオタクぶりを発揮し、一位を取ったり。ちなみに父さんのサインもあった。

 

「十五秒! 俺と一緒か!」

 

「俺は十三秒だから俺の勝ちだな!」

 

「……」

 

「なぁ緑谷。エリちゃんが俺たちを期待の眼差しで見てるぞ」

 

「僕はともかく、久知くん大丈夫……?」

 

 アスレチックを乗り越え、ボタンを押すまでのタイムを競う出し物を楽しんだり。尾白と切島が十五秒、瀬呂が十三秒、緑谷が九秒で俺と爆豪が八秒だった。ちなみに俺は激痛に襲われながら必死に笑って、珍しく相澤先生に労ってもらった。

 

 そして、文化祭が終わる。

 

「はい、エリちゃん! 戻ってから食べてね」

 

「お、リンゴアメじゃん。途中でいなくなったのってこれ作ってたのか」

 

「うん。プログラム見てリンゴアメないかもって思ったから、買い出しの時に材料だけ買っておいたんだ」

 

 雄英、教師寮の前。エリちゃんに「ありがとうございました!」と言われ、微妙な表情をしていた爆豪と笑顔で手を振ったみんなと別れ、俺と緑谷は形だけでもと見送りに来ていた。

 途中でいなくなったときは何してんだと思ったが、粋なことをするやつだ。これじゃ俺が何もしねぇカスみたいになるじゃねぇか。俺と緑谷で作ったことにしてくんないかな?

 

 エリちゃんはリンゴアメを受け取って、少しかじった。カリッ、という音が鳴り、エリちゃんの口元が少し赤くなって、その赤くなった口のままにっこり笑う。

 

「……おいしい。ありがとう、デクさん」

 

「喜んでくれてよかった!」

 

「相澤先生。なんか俺気まずいです」

 

「差だろ。人間性の」

 

 アンタよく親の前でそんなこと言えんな。父さん笑ってるけど。笑ってる父さんもどうなんだよ。

 

「じゃあまたね。いつでも会いに来て。僕も会いに行くから」

 

「エリちゃん。俺はリンゴアメ必死に探してたんだぜ? 本当だ。ただ緑谷のが一枚上手だった」

 

「エリちゃん、あぁはなるなよ」

 

「ハッハッハ!」

 

「相澤先生さっきから親の目の前でよくそういうこと言えますね! つか父さんもなんで笑ってんだ!」

 

「あぁ、久知は少し残ってくれ。悪いな緑谷」

 

「俺に謝れや!」

 

 苦笑しながら、緑谷はエリちゃんに手を振って寮へと帰っていく。クソ、なんだ。確かに緑谷はいいやつで非の打ちどころのない、強いて言うなら無茶するところが玉に瑕ってだけの優等生だけど、こんなに俺が悪く言われる必要ある?

 

「さて、久知。お前に残ってもらった理由だが……」

 

「被身子ちゃんと会えることになった」

 

「騒ぐなよ」

 

「……!!」

 

「想くん……」

 

 叫ぼうと仰け反ったところで、相澤先生の捕縛布が俺の口を覆う。もごもごしながら目をかっぴらいてせめて動きだけでもと大暴れして喜びを表現していると、エリちゃんに引かれてしまった。でも仕方ない。それくらい俺は被身子に惹かれてるんだから。これげきうまジョーク。あ、ジョークじゃない。

 

「ただ、特例も特例。本来なら絶対会えないが、関係性、今までの行動その他諸々でなんとか面会にこぎつけた。そのあたりを重々承知するように」

 

「もちろん、面会の日は俺と相澤先生が付き添う。エリちゃんにもしものことがあったらいけないからな」

 

「俺は?」

 

「守るが、お前は守る側だろう。もしもの時は頼りにしてるぞ」

 

「想くん嬉しそう」

 

 相澤先生が捕縛布を解いてくれたせいで、父さんに褒められて喜んでいる可愛い息子だとエリちゃんにバレてしまった。子どもってのは本当鋭いね。

 緩んだ頬を引き締め直し、「ありがとうございます」と頭を下げる。俺とエリちゃんが被身子と面会できるのは、大人の力ってやつだ。ここで何かあれば相澤先生と父さんの顔に泥を塗ることになる。もしもの時は頼りにしてるって言われたが、そのもしもがあっちゃいけないんだ。

 

「日にちは追って連絡する。浮かれないようにな」

 

「無理です」

 

「せめて努力はしろ」

 

 無理でしょ。相澤先生だって好きな人と会えるってなったら浮かれるだろうし。あ、そんな人いない? そうですか。

 

「楽しみだな、エリちゃん」

 

「楽しみ!」

 

 お互い笑い合って、ハイタッチする。エリちゃんの小さな手が俺の手を打って、パン、と小気味のいい音が鳴った。



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敵連合
再会


「トガヒミコはおとなしいもんらしい。犯罪歴もまぁ……数だけが問題で、殺人その他重罪はない。模範囚ってやつだ」

 

 父さんが運転する車に乗せられて、助手席にいる相澤先生の話を聞く。

 

 11月中旬。被身子と会える、その日。運転席に父さん、助手席に相澤先生、運転席の後ろに俺、そしてなぜか俺の膝の上にエリちゃん。この四人で被身子がいる少年院に向かっていた。

 

「何度も言うようだが、特例中の特例だってことを忘れるなよ。トガヒミコの拘束は解かないし、面会はガラス越しだ。お前からすれば文句はあるだろうが、我慢しろ」

 

「ちゃんとわかってますよ。会えるだけで十分です」

 

「じゅーぶんです」

 

 少年院って確か、面会は親族とかギリギリいけて婚約者とかだけだったはずだ。個性社会っていう関係上何度か特例を認められているって話を聞いたことがあるが、まさか自分がその特例に入るなんて思ってもいなかった。

 

 車が揺れ、エリちゃんが落ちないようにそっと抱きしめる。腕の中でエリちゃんが「きゃー」と楽しそうな声をあげるのに微笑みつつ、「ついたぞ」という父さんの声に正面を見た。

 

「俺と相澤先生は外で待っている。何かあったらすぐ連絡するようにな」

 

「おう。行こうエリちゃん」

 

 小さく頷くエリちゃんの手を取って少年院に入り、随分やつれた監守の案内に従って被身子の下へ向かう。

 

 案内されたのは、面会するにしては少し大きな両開きの扉。なんかもっとこう、ドラマとかでよくあるこじんまりとしたところに通されると思っていたんだが、被身子はもしやVIP待遇なのだろうか。流石被身子。監守たちも被身子が美しすぎて特別扱いしているに違いない。被身子に色目使ってるやつがいたら俺がぶっ飛ばしてやろう。

 

 監守が四本の指でドアノブを握り扉を開け、中に通された。そこで俺は、『特例中の特例』の本当の意味を知った。

 

 被身子は俺が部屋に入ると同時に駆けだし、抱き着いてくる。その部屋には相澤先生が言っていたようなガラスもなく、そして被身子は拘束されていなかった。

 その理由が今更わからない俺じゃない。監守を見た瞬間に気づいたし、今扉を閉めて笑い始めた監守で確信を得た。

 

「想くんは賢いよな。俺を見た瞬間に気づいて、でも俺が監守に成りすましてるってことはここが占拠されていて、ってことは人質がいるかもしれないっていう事実にたどり着いた……まぁ、そんなもん関係なくただトガに会いたかったから無視しただけかもしれないがな」

 

 そこんとこどうなんだ? と聞いてくる()()()を無視して、腕の中にいる被身子を見た。

 

 被身子は、痩せていた。死穢八斎會で会った頃とは比べ物にならないくらい。

 

「被身子……」

 

「血だ」

 

 部屋の壁に寄りかかっていたコンプレスに目を向けると、その手にはバインダーにまとめられた紙があった。

 

「普通の食事をほとんど食べず、個性上血を欲しているのかと輸血パックを渡しても身体が拒否反応を起こす。さぁどうしようって時に、イレイザーとノーリミットがやってきた。ここの監守の結論として、トガヒミコを変えられるのは想くんしかないってなったわけさ」

 

「おい被身子。今の話本当か?」

 

「……ごめんね、想くん」

 

「ヒミコさん……」

 

「エリちゃんもきてくれたんだね。嬉しい」

 

 穏やかに笑って、被身子は俺から離れてエリちゃんを抱きしめる。望んでいた再会であるはずなのに、エリちゃんは悲しそうな顔をしていた。

 

「俺らもトガちゃんの姿見てびっくりしたぜ。めちゃくちゃ安心したよ」

 

 椅子に座って、エリちゃんと同じくらい悲しそうな顔をしているトゥワイスさん。この人多分めちゃくちゃいい人なんだと思う。仲間想いというか、そういういい人感がビシビシ伝わってきてあまり悪い印象を持てない。

 

「悪いな。感動の再会を邪魔して」

 

「他の連中は?」

 

「ここにいるので全員だ。他もきたがってるやつがいたが、人数を増やすとここを占拠したってことが想くんくる前にバレかねないからな」

 

 目的が、わからない。被身子を連れて行くなら俺が来る前に連れ去っておけばよかったし、俺がくるってことはつまり相澤先生も、個性が壊れてるとはいえ父さんもくるわけで、捕まるリスクを考えたら俺を待っている必要なんてまったくないはずだ。

 

 いや、もしかして。

 

「被身子以外の、捕まっていたやつらはどうしたんだ?」

 

「ゲットした」

 

 コンプレスが手のひらを見せつけてひらひらと振ってくる。

 

「最近うぜぇやつらがいてな。そいつらを潰す……いや、配下に置くには戦力が必要だった。で、ちょうどよかったから貰っていった。それだけのことだ」

 

「ちょうどよかった? 別の目的があったみたいな言い方だな」

 

 被身子とエリちゃんを庇いながら、死柄木の正面に立つ。死柄木は似合わない監守服を脱ぎ去っていつもの姿になると、その顔に手をはめながら笑った。

 

「トガは想くんの血がないと生きていけない。そしてトガのいるところには俺たちがやってくる。そしてトガは模範囚。経歴調べたら出てくる出てくる同情の余地。さて、トガが安全に過ごせる場所ってどこになると思う?」

 

「エリちゃんとはわけが違うんだぞ」

 

 雄英。つまり、死柄木はそう言いたいんだろう。だがそれは無理な話だ。被身子にいくら同情の余地があっても犯罪は犯罪。周りからすればそんな危険があるやつを雄英になんて置いておけない。しかも、まだ敵連合とつながりがあるって疑われるに違いない。死柄木の言っているそれは、暴論だ。

 

 被身子と一緒に居たくないわけじゃない。でも、それは不可能なことで、というかまず死柄木がなぜそうしたいのかすらもわからない。

 

「なぁ想くん、トガ。俺はさ、ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、人に恐怖を与える笑みじゃなく、純粋な、穏やかな笑みだった。

 

「だからさ」

 

 言葉とともに、監守室の壁を突き破って、二つの影が転がり込んできた。

 

 相澤先生と、父さん。

 

「相澤先生! 父さん!」

 

「想! 逃げ……って」

 

「敵連合……やはりいたか」

 

 なんで相澤先生と父さんがぶっ飛ばされて、誰に? そうやって混乱しながらも二人が吹っ飛んできた方を見ながら、被身子とエリちゃんを背に庇ったその時だった。

 

 真っ黒な腕が俺に向かって伸びてきて、思い切り叩きつけられる。割れるような痛みが全身を襲い、意識を一瞬持っていかれた。個性上打たれ強くないといけねぇってので耐える訓練をしていてよかった。体育祭頃の俺なら間違いなく今ので気絶してた。

 

「想くん!」

 

「くんな!」

 

 瞬間解放30で俺を抑えつけている手を跳ねのけて、瞬時に上限解放60を使い被身子とエリちゃんを抱えて距離をとる。

 

 目の前にいたのは、脳無。四足歩行の人と言うよりは獣のような姿で、膨張した四肢をすべて地面につけ真っ黒な体毛が生えており、むき出しの目をぎょろぎょろと動かして俺と相澤先生、父さんを睨みつけている。

 

「確かめることにしたんだ。想くんに守るだけの力が、救う力があるのかどうか」

 

 気づけばコンプレスとトゥワイスさんはいなくなっていて、死柄木を見ると黒い渦に体を突っ込んでいるところだった。

 

「頼むよヒーロー。ちゃんと救ってくれ」

 

「──死柄木!」

 

 手を伸ばすが、俺の手は虚空を掴んだ。死柄木は黒い渦の中に消え、この場からいなくなる。

 残ったのは、脳無。確か、自我はなくて命令通りにしか動けない怪物。それだけ聞けば弱く聞こえるが、その力はとんでもない。むしろ自我がないのは複数の個性を持っていて、脳のリソースを自我に避けないからだろう。

 

「父さんは被身子とエリちゃん連れて逃げてくれ! この怪物は俺と相澤先生でなんとかする!」

 

「いや、俺が戦うから──」

 

「極さん! あんた個性使ったら死ぬかもしれないんですから、おとなしく下がっててください!」

 

 脳無に突進された父さんを捕縛布で引っ張り上げ回避させる。相澤先生が見てるのにあの速さってことは、あの筋肉は個性じゃないってことか。化け物かよ。

 

「被身子、エリちゃん! 絶対に父さんから離れるなよ!」

 

「想く、」

 

 ()()()()()()()()振り下ろされた脳無の腕を受け止める。ハハ。まさかとは思ったけど本気で被身子も対象に入ってんのか。命令するなら、被身子は殺さないようにってできるはずなのに。

 

「早く、父さんも!」

 

「想くん、絶対帰ってきてね」

 

「──ッ、エリちゃんは私が守ります!」

 

「いーや、俺が君たちを守るんだ!」

 

 父さんがエリちゃんを抱えて、小さい声で「頼んだぞ」と告げた。ったく、初めからそうしろっての。頼んだぞってこっちのセリフだし。

 

「っだらァ!!」

 

 『玄岩』で腕の関節を攻撃し、緩んだところで腕を掴んで脳無を投げ飛ばした。その間に相澤先生の隣に立って、油断なく『玄岩』を俺と相澤先生を覆うように展開する。

 

「相澤先生。俺、ちょっと嬉しいんですよね。相澤先生と肩並べて戦えるの」

 

「言ってる場合か。正直、情けない話だが俺はあの手のタイプに有効打がない。個性は消しておくから、純粋な近接勝負だ」

 

 まったく堪えた様子もなく起き上がる脳無。流石に十分以内にケリはつけられるとは思うが、感情が見えない分体力が減っているかどうかすらも、攻撃が効いているのかどうかすらもわからない。

 ただそれでも焦らず、確実に。俺にとっての勝ちは、被身子たちに追いつかれないことだ。ここで粘っていれば、父さんが呼んでくれる増援が駆けつけてくれる。

 

 別に、相手がこの脳無だけなら俺自身が勝つ必要はないんだ。

 

「無茶だけはするなよ」

 

「先生こそ」

 

 お互いの顔を見ずに言って、同時に脳無へ向かって駆けだした。



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80

 薙ぎ払われた腕を跳んで避け、その勢いを利用して顔面に膝を叩きこむ。肉にめり込む感触と、鋼鉄のような硬い感触。考えなしに攻撃したが、強化していなかったら危なかったと冷や汗を流しながら振りぬこうとするが、微動だにしない。

 

 何が起こっているのか把握する前に、俺の体に捕縛布が巻き付いた。脳無から俺の体が離れた一瞬後に、俺がいた場所で蚊を潰すように脳無が両掌を打つ。『玄岩』を発動していなかったとしたら、あれでぺちゃんこになっていた。命のやり取りは初めてじゃないが、一瞬一瞬が命取り。引っ張り上げてくれた相澤先生に小さくお礼を言って、『玄岩』を鞭のようにしならせて脳無の腕を打った。

 

 死柄木の言っていたことが本当なら、ここにはもう誰もいないってことになるが、もしかしたら他に誰かいるかもしれない。そんな状況で『風虎』なんか撃ってもしいたとしてその人に直撃したら俺は人殺しになる。

 

 被害は最小限に。

 

 俺たちに向かって投げつけられた瓦礫を『玄岩』で叩き落とし、距離を詰める。今一番ダメなのは、脳無に自由を与える事。もしかしたら俺たちを無視して被身子を追うかもしれないし、俺じゃなくて相澤先生を狙われたら戦いづらい。俺は最悪殴られても耐えられるが、相澤先生は生身だ。致命傷は免れない。

 

 幸い、襲ってくるのは単調な腕の振り下ろし、薙ぎ払い。上限解放60でなんとか張り合えるレベルの筋力が恐ろしいが、これならなんとか渡り合える。

 

「相澤先生……いや、イレイザーヘッドか。目ェきつくなったら教えて下さい! 守りに移ります!」

 

「気にするなと言いたいところだが、その方がいいな」

 

 相澤先生の個性は『見る』ことが条件。けど相澤先生はドライアイで、ずっと見続けるのはきついはずだ。だから、相澤先生の目を休める時間も必要。その間も戦い続けるってのは相手の個性がわからないからナンセンスだ。

 

 今のところわかっているのは、個性関係なしにとんでもない筋力を持ってるってことと、四足歩行だから動物系の個性を持っているんじゃないかっていう推測。それくらいだ。

 

「って、頭突き!?」

 

 俺に向かって振り下ろされた頭を左に避ける。脳無の頭が地面を割り、振動に足を取られた。

 

「避けろ=ピース!」

 

 ヒーローとしての名前を相澤先生が叫んだのを信じて、訳の分からないまま『跳馬』で上に避ける。それは正解だったようで、眼下で巨体がまっすぐに砲弾のように突き進むのが見えた。相澤先生はそれを横っ飛びで避け、誰も捉える事ができなかった砲弾が地面を転がる。

 

 が、今この瞬間。相澤先生の視界から脳無が外れた。

 

「ヅっ!?」

 

 脳無の手が俺に向かって払われたかと思った瞬間、体に強い衝撃が襲い、ボールのように弾かれた。そのまま天井に叩きつけられる。マズいと思って『玄岩』を前方に向けて展開すると、それと同時に脳無の拳が『玄岩』とぶつかった。

 なんとか防御できたものの、重力に従って俺の体が落下していく。脳無は無茶苦茶に腕を振り回すと、『玄岩』の防御ごと俺を地面に叩きつけた。

 

 息をつく間もなく、脳無が俺に向かって落下してくる。それを『跳馬』で無理やり自分の体を弾いて避け、受け身をとって態勢を整えた。

 

「すまん、一瞬視界から外れた」

 

「仕方、ないですってアレは。にしても、さっきの……」

 

 口の中にある血を吐き捨てて、のそりと起き上がる脳無を睨みつける。

 

「空気を弾いたように見えたな」

 

「遠距離も搭載ってやっぱ化け物ですね」

 

「お前も似たようなものだろ」

 

 確かに、と笑う余裕はまだあった。俺もあの脳無と張り合えるほどの力と遠距離攻撃がある。差といえばその体格と、周りを気にしないでいいか、気にしなきゃいけないか。正直この差はかなりデカい。

 

 増援がくるまで耐えられればいいと思っていたが、これは厳しそうだ。相澤先生が一瞬目を離しただけでコレ。一撃まともにくらって瞬間解放30が使えるようになるくらいダメージを与えてくるやつだ。見積もりが甘かった。

 

 痛む体に鞭打って、『跳馬』で一気に懐へもぐりこむ。そのまま股の間を抜けて、脚を掴んだ。正面切って戦ってなんとか渡り合える程度じゃだめだ。一撃一撃のダメージがお互いで違いすぎる。

 

「ぬっ、アァ!!」

 

 今の俺でさえ重いと感じる巨体を持ち上げて、地面に叩きつける。俺の攻撃で大してダメージが通っていなかったみたいだから、どうせこれも大したダメージはないどころか、ノーダメに近いだろう。ただ、狙いはこれでダメージを与えることじゃない。

 

 仰向けに倒れた脳無の上に跳んで、右腕を振りかぶる。下に向かってなら、壁の向こうにいるかもしれない人を気遣う必要はない。

 

「『風虎』!」

 

 強大な、赤い暴力が脳無を襲う。『風虎』は脳無を捉え、地面に大穴を開けて突き落とした。歯を食いしばって軋む腕に耐え、『跳馬』で距離を取り、油断なく穴を見る。

 

「やりすぎだ」

 

「大目に見てください」

 

 あの穴の修繕費を考えただけで胸が痛む。プロヒーローになったらアレの修繕費って俺が出すんだよな。なるほど、無茶な戦い方は自分のためである、と。

 

 『玄岩』を回復に回さず攻撃に回し続けていたせいか、ダメージがモロに体を蝕んで膝をつく。本来ならあのまま『雨雀』『風虎』を叩きこみ続ければよかったのだが、体が悲鳴をあげていたのと、本当にダメージが通るのかわからなかったためエネルギーを使いすぎるのはよくないと判断した。

 

「おい、大丈夫か」

 

「大丈夫です。今のうちに少しでも回復を……」

 

 そうして『玄岩』を体に纏い始めたその時。足元、ちょうど真下から振動が伝わってきた。弾かれるようにして動き出し、相澤先生を抱えてその場から離れると、脳無が地面を突き破って現れた。

 

「……ピンピンしてるように見えますね」

 

「少し効いているようにも見えるが……」

 

 確かに、息は荒くなっているがその程度。マジで自信無くす。『風虎』受けて無事って、人間じゃありえないからな。個性が無事な頃の父さんとかオールマイトとかなら別だけど。

 

 声にならない雄叫びをあげて、脳無が突進してくる。そういやUSJの時オールマイトは相澤先生が個性を消していない状態の脳無に勝ったんだっけ。やっぱオールマイトも化け物だ。

 

 相澤先生は少し後ろに下がって俺を盾にする。非情に見えるがこれが一番いい。相澤先生が離れて行ったとして、相澤先生が狙われたらどうしようもない。むしろこれは非情じゃなく、信頼だ。仮免持ってるだけの生徒に対する信頼。

 

「っつァア!!」

 

 それに応えなきゃ男でも生徒でもヒーローでもない。脳無の頭を両手で受け止め、必死に踏ん張る。このままいるとさっきみたいな攻撃がくるはずだ。

 読み通り、俺を叩き潰そうと脳無の両手が襲い掛かる。それを()の裏でエネルギーを爆発させて『跳馬』を使い、上へ飛んだ。そしてそのまま両掌でエネルギーを爆発させて一直線に落下し、脳天目掛けて踵を振り下ろす。

 

 巨体が地面に叩きつけられ、大地が揺れた。これでも効きそうにないってんだから本当嫌になる。

 

「って」

 

 『跳馬』で脳無から離れる前に、脳無が巨大な手で俺を掴んだ。そのまま相澤先生に向かって投げ飛ばされる。

 

「くっ」

 

「すんません!」

 

 受け止めてくれた相澤先生に謝りながら、前方に『玄岩』を展開。目の前には腕を振りかぶった脳無が見えたかと思ったその時。目に見えない速さで腕が振りぬかれ、『玄岩』の防御を貫いて拳が俺に突き刺さった。相澤先生を巻き込んでぶっ飛ばされ、白黒する視界になんとか意識を繋ぎとめながら地面を転がる。

 

「す、ぐ、立ち上がれっ! くるぞ!」

 

 相澤先生に言われるが、思うように体が動かない。霞む視界で脳無がこちらに突っ込んできているのが見える。避けようと、無理やり体を動かそうとするが、後ろには相澤先生がいる。一瞬の迷いが、体の動きを鈍くした。

 

 その俺の体に、捕縛布が巻き付き、そのまま横へ投げ飛ばされた。飛びかけている意識の中でも、今から何が起こるかなんてすぐにわかった。

 

 このままじゃ、脳無に相澤先生がやられる。

 

「う、オオオォォォォォオオオオ゛!!」

 

 気づけば、俺の体が真っ赤に染まり、体を覆うエネルギーも燃えるように赤くなっていた。そして、気づけば脳無を殴り飛ばしていた。

 

 無意識のうちにやっていたが感覚でわかる。上限解放80、未知の領域。父さんには90以上を出せば無事じゃいられないって言われたことがある。じゃあ、60から80の重ね掛けは大丈夫なんだろうか。

 

 ただまぁ、相澤先生が殺されるよりは断然いい。

 

「お前」

 

「『窮地』。あなたがくれた個性の名前です」

 

 痛みすら感じなくなっていた。体が軽い。脳無に肉薄して、連撃を叩きこむ。ピクピクと俊敏な動きを見せる様子がなくなった脳無に、拳にエネルギーを集約させて叩きこんだ。

 

 轟音。

 

 爆発が起きたような、ミサイルが着弾したような音が響き渡る。それでも体に穴が空いていない脳無は流石と言うべきだが、もう動く様子はなかった。指先一つ動かさず、地に沈んでいる。

 

「……お前、それが解けたらどうなる」

 

「わかりません。今まで通りなら、きっと無事じゃいられない。ですが」

 

 真っ赤なエネルギーが淡く光る。回復にエネルギーを使う時、微妙にだが少し色素が薄くなる。それを体に纏って、個性が解けた時マシになるよう体の回復に努めた。

 

「それが『窮地』なら、俺なら何とかなりますよ」

 

「……後の処理は俺がやっておく。お前はその足で病院に行け。雄英には連絡しておく」

 

「今なら速攻ですね。ハハハ」

 

「笑いごとか」

 

 睨んでくる相澤先生の視線から逃げるように少年院を飛び出して病院に向かった。

 

 被身子とエリちゃんは無事だろうか。父さんがついてるから無事ではあるだろうけど、やっぱり心配だ。死柄木の目的が本当に被身子の幸せを願っているなら、何も心配はいらないのだろうが。

 

 ただ、俺は死柄木の言っていることが本当に思えた。

 

 ちゃんと救ってくれって言っていた時、助けを求める顔をしていた気がした。

 

 俺の意識は、病院を前にしたところで完全に真っ暗になった。



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自由を謳う者

「やぁ死柄木弔。わざわざきてもらってすまないね」

 

 泥花市(でいかし)、そこにあるクソ高いビル。そこで俺はハゲみたいなおっさんと会っていた。名前は四ツ橋力也。この前の電話ではリ・デストロと名乗っていた。サポート企業デトネラットの社長、そしてちょこちょこ俺たちのことを嗅ぎまわっている鬱陶しいやつ。

 

「いや、会いたいって言ったのはこっちだ。出向くのは礼儀だろ」

 

「ならちゃんとした方法できてもらいたかったがね。そちらの黒霧は随分優秀みたいだ」

 

「そこは信頼してないって受け取ってくれればいい。どうせ正面から行ったら襲ってくるだろ」

 

 この前。俺たちが少年院を襲い、増えた戦力を利用して犯罪代行ビジネスを行ってしばらく。そのビジネスの窓口を使って、目の前にいるリ・デストロから連絡がきた。内容はここ泥花市にこいというものと、ご丁寧に11万6516人の戦力、異能解放軍ってのがあるっていうアピール。つまり要約すると、『お前らが邪魔だから、殺してやろうと思う。なので来てください』ってことだ。

 

 当然、他のやつらは渋った。別に誰かが人質にとられているわけでもなく、行く必要はまったくない。ただ、俺たちの周りでうろちょろされるくらいなら、もうさっさとなんとかした方がいいと思った。下の方に待機させているデカブツっていう札もある。それがなくても、こいつら程度なら俺一人でも十分だ。

 

 なんとかするってのは、別にどっちでもいい。全殺しか、配下に置くか。金の問題を考えれば配下に置いた方が都合がいいが、分かり合えないなら仕方ないとも思う。そのあたり想くんならうまくやるだろうか。ビルボードチャートが発表されている今も目を覚ましていないらしいあいつに期待しても何もないとは思うが。

 

「まぁ、もう責めはしない。君の言うこともわかるからね。君からすれば敵地に踏み込んでくるようなものだ。警戒するのも無理はない」

 

「わかってくれて助かるよ。流石社長だな」

 

「はは。規模は違えど君も頂点に立つ者だろう?」

 

 思ってもないことを言うなぁ。リ・デストロは笑っているが、目は口ほどにものを言う。『お前が邪魔だ』とはっきり告げている。

 

「それで、俺に何か用があったんじゃないのか? わざわざあんな電話まで寄越して」

 

「あぁそうそう。君は異能解放軍の目的を知っているかな?」

 

「俺たちを嗅ぎまわっていたから鬱陶しくて調べた。能力を100%発揮できる世の中にするってやつだろ? 別に俺たちと対立することはないと思うんだけどな」

 

 正確には調べさせた。俺の強くなった個性はまだ制御があまり効かず、五本指で触れるっていう条件をわざわざ残して運用している状態。そんな状態の俺が調べものをしたら、媒体を崩壊させかねない。感情が昂ったら指一本でも触れてたらバラバラだ。

 

 仲間が調べた結果、異能解放軍は個性がまだ『異能』と呼ばれていた時代、それを行使するのは人として当然の権利だって暴れ回っていたやつらによって結成された組織。初代指導者は『デストロ』……。目の前のこいつはデストロの再臨とでも言いたいんだろう。遺志を継いでってやつか。窮屈そうで大変そうだ。

 

「勉強熱心だな。助かるよ。そう、私たちは異能の解放を目的としている。ここまで言えば君ならわかりそうなものだが」

 

「ここに来る前からわかってるよ。大方、解放の先導者はデストロじゃなきゃいけないって言うんだろ?」

 

「君たちは大きくなりすぎた。少し前の少人数の時ですら名前が大きかったのに、最近おかしなビジネスを始めてじわじわ勢力を広げているそうじゃないか」

 

「俺からすればお前のやってることもおかしなビジネスに見えるけどな」

 

 俺の背後にあるエレベーターから、有象無象が湧いて出てくる。そいつらはあっという間に俺を取り囲んで、退路を断った。

 

「おいおい。命乞いもさせてくれないのか?」

 

「どうせしないだろう」

 

「バレたか」

 

 有象無象が個性を使ったのがわかった。振り返ってもいないから何をされているかわからないが、まぁ大丈夫だろう。

 

 俺はしゃがんで、後ろの方に手をついた。

 

「……」

 

 それだけで、俺の背後にある床と、その上に立っていた有象無象がすべて塵と化す。

 

「どんなやつらでも利用価値があるから、減らしたくはなかったんだが……」

 

 有象無象が放った個性(残りカス)を振り払って崩壊させる。

 目の前にいるリ・デストロは呆けた表情をしていた。何考えてんだこいつ。

 

「異能の解放、大いに結構。別にお前らがどうこう言わなきゃ俺たちが邪魔することはないし、俺はちゃんと受け入れる」

 

 床に両手で触れた。

 

 崩壊が始まる。

 

 俺が手をついた床を起点に罅が広がっていき、俺たちが立っていたビルは一瞬で塵となった。下を見ても誰もいないってことは、これ以上戦力が減ることはないってことか。安心した。

 

 リ・デストロは自分でなんとかしてもらうとして、俺はこのまま落ちたら多分死ぬ。だから助けてもらうことにしよう。

 

 真下の地面が隆起する。そこからデカブツが現れ、そのデカブツの周りに黒いゲートが開かれた。そこから出てきたのは俺の仲間たち。そのうちの一人コンプレスがデカいクッションを俺の落下地点に放り投げた。

 

 ほぼ同時に、クッションに落下する。柔らかい感触と衝撃が身体に伝わるが、死ぬよりはマシだ。確か高かったはずのクッションを崩壊させないように気を付けて立ち上がると、デカブツ……ギガントマキアが俺に手を差し伸べる。

 

「お乗りください、主よ」

 

「クッションの上じゃカッコ付かないもんな」

 

 俺のことを先生の後継として慕うマキアの手の上に乗る。マキアはそのまま俺を肩まで持っていったから、肩に乗れってことかと理解し肩に乗った。

 

 ほどなくして、落下したリ・デストロが立ち上がる。

 

「お、よかった。ちゃんと生きてた」

 

「貴様……」

 

「怒るなよ。だからハゲるんだ」

 

 崩壊したビルに異常を感じてか、この街の住民……まぁほとんどが異能解放軍のやつらだろうが、そいつらが集まってきた。11万人以上の勢力があるっていうのは嘘じゃないらしい。それだけいても俺たちには勝てないだろうが。

 

「おい死柄木! これ今から暴れるっていう状況か!? いつでもいいぜ! 逃げ道はどこかな!?」

 

「焦るな。ビルを壊したのはパフォーマンスだ」

 

 飛び出そうとするトゥワイスを声で制する。俺を見てきた荼毘も目で制して、リ・デストロを見た。

 

「なぁ、ちゃんと話し合おう。お互い仲間を減らしたくはないだろう?」

 

「こちらが先に襲ったことを鑑みても、やりすぎだと思うが」

 

「ケチくさいこと言うなよ。お前も気に入らないものは壊してきただろう?」

 

「私の力はデストロの意志を完遂するための手段だ! ただの破壊とは違う!」

 

「デストロの意志か。ハハッ、窮屈そうだな」

 

 怒りに歪んでいた表情だったリ・デストロは、俺が笑うときょとん、とする。お前みたいなハゲたおっさんがそんな顔しても気持ち悪いだけだと思うとまた笑えてきた。

 

「まぁお前の目的がなんであれ、それがどこからくるものであれ、俺は受け入れるよ。人間自由じゃなきゃな。お前もそう思うだろ?」

 

 マキアの頭を手の甲で叩いて、地面に下ろしてもらう。そのままリ・デストロのところへ歩いて、笑いながら言った。

 

「だからさ。俺たちのことも受け入れてくれよ。そうすりゃどっちも自由だ」

 

 笑う俺に、リ・デストロは膝をついた。まるで支配下につきますと言わんばかりに俺を見上げる。俺としては、どっちにしろ反発してきて戦闘が始まると思ってたんだが、これはやらなくていいパターンか?

 

「私たちの目的は、抑圧ではなく解放」

 

 リ・デストロは両手を地面についた。

 

「その頂点に立つ者は、笑って自由を謳う者こそ相応しい」

 

 そして、そのハゲ頭を地面に擦り付ける。

 

「異能解放軍は、あなたについていく」

 

 静寂が訪れた。集まってきた住民たちは何が起きたのかわからないと困惑している。俺も同じ立場ならそう思うだろう。ビルが崩れて何が起きたと駆けつけてみれば最高指導者が土下座して降伏。夢だとしか思えない。

 

 ただこれは夢じゃない。俺がリ・デストロを受け入れ、リ・デストロが俺を受け入れてくれた。それだけの話だ。

 

「話が早くて助かるよ。流石社長だな」

 

「──オォッ、主よォォオオオ!!」

 

「きゃっ、ちょっとうるさいわよマキア!」

 

「あれスピナー。この軍勢と戦わなくてよくなって安心してないか?」

 

「だ、黙れコンプレス! これを見たら誰だってそう思うだろ!」

 

「なぁ黒霧。なんで俺たちはここに呼ばれたんだ?」

 

「顔見せらしいですよ。これから仲間になる者たちへの」

 

 騒がしい仲間にまた笑って、「ま、楽にいこう」と言ってリ・デストロに顔をあげさせた。自由を謳う者こそ相応しいって言われたやつが土下座させるってお笑いだろ。完全に抑圧だ。

 

 さて、これからどうしようか。想くんが起きてないと動いても面白くない。かといってこれ以上やることと言っても思いつかない。せいぜいじわじわ勢力伸ばして、来るべき日に備えるくらいだ。……やっぱりここにくるの早かったか?

 

 まぁなるようになったから結果オーライだ。手始めに、今まで頑張ってくれたこいつらにご褒美でもあげよう。

 

「なぁ、お前社長だから金あるよな?」

 

 自由を謳うが、自由をするためには金がいる。そんな世の中だから仕方ない。

 

 マキアは金があったら何するんだろうか、なんてどうでもいいことを考えながら空を見上げた。俺が崩壊させる必要もない真っ青な空。そこにあるのは太陽だけ。

 

「なぁ、俺主人公みたいじゃないか?」

 

「どうしたんだ死柄木? 珍しくまともなこと言うな」

 

 首を傾げるトゥワイスに「冗談だよ」と返して、とりあえず俺たちを囲んでいる異能解放軍に手を挙げて挨拶をしておいた。



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雄英:冬
ただいま


 超常解放戦線。それが敵連合が異能解放軍を吸収した結果出来上がった組織。名前にこだわりはないが、随分仰々しい名前だ。組織が大きくなった分、この前荼毘がハイエンド引き連れてエンデヴァーのところへ遊びに行ったみたいな派手なことはできないだろう。また想くんのところへ遊びに行こうと思ったが、今は我慢だ。

 

 どうせ数か月後には遊べるんだからな。

 

「なんだ死柄木、楽しそうだな」

 

 手の中で圧縮した何かを転がしながら話しかけてくるコンプレスに「あぁ」と返事して、

 

「そろそろ起きそうだと思ってな」

 

「?」

 

 ここにトガがいたら、『誰が』起きそうだって言ったかすぐにわかっただろう。いや、あいつはなんでもかんでも想くんにつなげるクセがあるからわかったわけじゃないんだろうが。

 

 ただ、今回ばかりは正解だ。俺たちが大人しくしている間、どこまで伸びるか。期待しておこう。

 

 未来の立派なヒーロー様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 目が、覚めた。しばらくぼーっとしてから、周りを見る。

 

 誰もいない。ただ、ここが雄英だって言うことはわかった。そして思い出す。俺が眠る前に何があったかを。

 

 病院で倒れて、そこで治療してくれて、そっから普通の病院じゃ危ないからって雄英に移されたってところか。いやそんなのはどうでもいい。問題は、今がいつで、被身子はどこにいるかってことだ。

 

 しばらく眠っていたことだけはわかるが、思ったよりもややこしい機械は俺に取り付けられておらず、栄養補給のための管が取り付けられているだけだった。怪我自体はそこまでじゃなかったってことか? そんなはずはない。だって俺60から80の重ね掛けしたし、下手したら死ぬと思ってたし。

 

 ……まさか文化祭に向けての体力づくりがここにきて活きたとか? あの短期間の特訓で? 確かに上限解放60をバンバン使ったが、それでも短期間でこれはあり得ない。

 

 てかなんで俺の周りに誰もいないんだ。ここは感動のお目覚めタイムで「待ってたよ想くん!」って被身子が抱き着いてくるところだろ。いや抱き着いてほしい。今の俺には癒しが足りない。

 

 頭の中でぐるぐると文句を言っていると、俺のいる部屋のドアが静かに開いた。そこから顔を出したのは、俺の恩人。

 

「久知」

 

「ぁ」

 

 相澤先生、と言おうとしてうまく声が出ず咳き込んだ。ベッドの横のテーブルの上にあった水を手に取って口に含み、ゆっくりと喉を潤してから相澤先生に向き直る。

 

「もう一回目覚めのシーンからやり直していいですか。出て行ってください」

 

「大丈夫そうだな」

 

 相澤先生はドアを閉めて、椅子を引っ張り出しそこに座る。その手には何もないことから、俺が目覚めたからきたってわけじゃなくて偶然きたところで俺が目覚めたんだろう。相澤先生なら、俺が目覚めるってわかってたら俺が寝ている間の授業資料とかを持ってくるはずだ。合理性の鬼だから。

 

「今いつですか?」

 

「12月頭だ。約一か月経ってる」

 

 約一か月。その間俺はずっと眠り続けたってことか。その間みんなと差つけられて……ないな。俺強いし。つけられてるとしたら爆豪、轟、あと多分緑谷の三人だろう。あーやだやだ。才能マンと努力マンはこれだから。そんな差すぐ大天才超努力マンである俺が追い抜くんだけど。

 

「ちなみに今日何曜日ですか?」

 

「日曜日だ」

 

「それにしては俺のお見舞いいなさすぎじゃありません? ほら、一か月も眠ってるクラスメイトがいたら休みの日なんかそりゃもうみんなで集まって目覚めろ応援タイムでしょ。もしかして南無ってるって思われたとか? ははは」

 

「面白くないぞ」

 

「はっきり言わないでください」

 

 まぁ元気そうで何よりだ、と相澤先生は笑いながら言った。

 

 元気は元気だけど、本当にショックだ。せめて切島あたりは側にいてくれると思ったのに。一番いてほしいのは被身子だけど、ってそうだ!

 

「相澤先生、被身子は?」

 

「お前が寝てたせいで止まった授業もあるんだ。早くよくなれよ」

 

「いやよくなってますって。なんなら今から動けますよ」

 

 管を取り外し、ベッドの上に立って見せる。立ち眩みも何もなく、怪我をする前の元気な俺の状態そのまま。何なら前より調子がいいまである。相澤先生は管取り外した瞬間睨んできたが、ベッドの上で元気な様子の俺を見て、目を丸くしていた。ベッドの上で元気ってエロくね? ははは。面白くない。

 

「それより被身子は?」

 

「それくらい元気ならまぁ……一応リカバリーガールを呼ぶか」

 

「被身子は?」

 

「呼んでくるからちょっと待ってろ」

 

「相澤ちゃん?」

 

 捕縛布で締め上げられた。俺病み上がりなんですけど?

 

 

 

 

 

 

 

 

 リカバリーガールに「信じられないくらいの健康状態」と言われ、むしろ動いた方がいいということで戦闘行為なし、個性の使用無し、激しい運動なし、という約束のもと俺は相澤先生に連れられて雄英の敷地内を歩いていた。向かっているのは、ハイツアライアンス。今みんながいるであろう場所。

 

 相澤先生の隣を歩きながら周りを見る。

 

「変わらないな。この学校も」

 

「面白くないぞ」

 

「相澤先生。愛嬌って知ってます? 今あなたに足りないもののことです」

 

「久知。落ち着きって知ってるか? 今お前に足りていないもののことだ」

 

 そんなことはないと言い切れない。目覚めてすぐに管外して元気アピールするようなやつだ。目覚めたばっかでちょっとテンション高いし、ここは反論せず「やるな」という笑顔で頷いておこう。

 

 相澤先生に呆れた目を向けられた。なぜだ。

 

「気になるだろうから言っておくが、エリちゃんと極さんは無事だ。傷一つなく今も元気に雄英にいるよ」

 

「よかった。カッコつけて怪我してたら俺どんな顔すりゃいいかわかんないですもんね。被身子は?」

 

「向こうがどんな顔すりゃいいかわからないだろ。お前が寝たんだから」

 

 ……そういえばそうだ。被身子とエリちゃんと父さんは俺と相澤先生を置いて逃げて、無事だったと思ったら俺が目覚めなくなった。エリちゃんのトラウマになってなきゃいいが……父さんは暑苦しく抱擁してきそうだ。しばらく放っておこう。

 

「そういえば爆豪って除籍になりました?」

 

「当たり前みたいに言うな。誰も除籍になってない」

 

「願望が出てしまいました。被身子は?」

 

「お前がいないから爆豪はおとなしかったぞ。喧嘩する相手が一人減ったからな」

 

 今のは嫌味だろうか。微妙なところだったので笑って「そうですか」と意味ありげに呟いておく。相澤先生は無視して速足になった。

 

 激しい運動ってどこから激しいの範囲に入るんだろうかと考えながら相澤先生に歩調を合わせる。今更ながら相澤先生と一緒に戦って、今こうやって隣を歩いている事実に嬉しくなり、さっきの適当な笑顔とは違って心からの微笑みを浮かべると、「おい久知。具合が悪いのか?」と相澤先生に心配された。この人実は俺のこと嫌いなのだろうか。

 

 しばらく歩いていると、ハイツアライアンスについた。当たり前だが、俺が眠る前と同じ外観。もしかしたら敵連合が攻めてきてボロボロになっているのかと思ったがそんなことはない。まぁそんなことがあったら相澤先生が真っ先に言っていただろうから、ほとんどその心配はしていなかったんだが。

 

「なんか緊張しますね。一か月眠ってただけなのに。被身子は?」

 

「まぁ気持ちはわかるが、別に何も変わらないだろ」

 

「相澤先生さっきから被身子のこと聞いても無視してきますけど、被身子に何かあったんですか?」

 

「その話は後だ。はよ入れ」

 

 血も涙もない相澤先生に背中を押され、中に入る。

 

 入った瞬間、誰かに抱き着かれた。誰か、って思ったのはいきなりすぎて思考が追い付かなかったのと、なんでここにっていう疑問に襲われたからだ。もし今敵に襲われたら面白いくらい瞬殺されるだろう。

 

 抱き着いてきた子越しに、クラスメイトが見える。何人かはにやにやして、何人かは興味津々に俺たちのことを見ていた。一人はソファに座ってこっちを一瞥して、中指を立ててきた。今帰ってきたばっかだっての。

 

 そんなことはどうでもいい。反射的に回した腕をその子の肩に置いて、そっと引きはがし顔を見る。

 

 被身子だ。眠る前に会った時よりも健康そうな、被身子。雄英の制服を着ているのが意味不明だが、似合っている。可愛い。素敵。

 

「被身子」

 

「被身子です、想くん。おはよう」

 

 泣きそうな顔で笑う被身子に見惚れていると、背後から声をかけられた。

 

「そういえば説明してほしがってたな。今するか?」

 

「後にしてください。空気読めないんですか?」

 

「読んだつもりだけどな」

 

 ニクい大人の相澤先生に心の中でそっと感謝して、被身子の体をぺたぺた触る。もしかしたらトゥワイスさんが生み出した被身子じゃないのか。八百万がついに人も創造できるようになったんじゃないのか。あらゆる可能性を考えて本当に被身子かどうか確かめるが、確実に被身子だった。

 

「くすぐったいよ想くん」

 

「悪い! いやらしい意味じゃないんだ! ただいやらしいことしたいってのも間違いじゃない!」

 

「ここだとちょっと恥ずかしいから……」

 

「あぁ、俺の部屋に行こう。隣に住んでるゴミどもには出て行ってもらって」

 

「不純異性交遊」

 

 捕縛布でぐるぐる巻きにされて、床に投げ出された。テンション上がりすぎた。今からごめんなさいって謝ってもこの拘束を解いてはくれないだろう。惜しいことをした。二人だけ理解できる言葉で話して、そのまま部屋に行くべきだった。いやそうすると隣にやつらが帰ってきたときに困る。なら約束を無視して個性使ってぶっ飛ばしておくべきだったか? そうしても相澤先生に個性を消されて止められていたに違いない。なんてこった。俺は詰んでたんだ。

 

「ったく、ずっと眠ってたから心配してたってのに全然元気そうだな。安心したぜ!」

 

「よかったねぇヒミコちゃん! 愛しの彼がお目覚めだよ!」

 

「ドラマみたいだった! いいもの見させていただきました!」

 

 俺が簀巻きにされたのを皮切りに、みんなが集まってくる。気持ちのいい笑顔の切島、被身子を囲む芦戸と葉隠。一人を除いて続々と集まってくる。

 

 ……なんか被身子みんなと仲よさそうですね?

 

「どうなってんですかこれ」

 

「トガヒミコは雄英で預かる……監視することになった。お前なら、それ以上の説明はいらないだろう」

 

 はいはい。色んな大人が動いたってことね。俺が知らなくてもいいってことだろう。今はただ純粋に喜んでおけってことか。

 

「想くん!」

 

 被身子は簀巻きにされている俺の目の前にしゃがみ込んで、にっこり笑った。

 

「これからもよろしくね!」

 

「……おう、よろしく。あとただいま」

 

 被身子の「おかえり」に合わせて、みんなから「おかえり」の大合唱を頂いた。そこに約一名の「遅ェ」という声があったのはご愛敬だろう。



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ご挨拶

「想が起きたって本当か!?」

 

「想くん!」

 

「父さん。それ俺に言うセリフじゃねぇよ」

 

 共同エリアのソファで被身子と一緒にだらけていると、エリちゃんを連れた父さんがやってきた。エリちゃんは俺を見た瞬間飛び込んできて、落とさないようにしっかり受け止める。

 

「お前、心配したんだぞ! 夜嵐くんも毎日お前のところに訪れて手を握って応援していた!」

 

「ありがたいけど、男にやられると微妙だな……被身子は?」

 

「私はあんまり自由なくて毎日はいけなかったの。ごめんね!」

 

「私は毎日行ってた」

 

「おー、ありがとなエリちゃん! 被身子も」

 

 目に涙を溜めて俺を見上げるエリちゃんを優しく撫でる。随分懐いてもらったもんだ。多分これは被身子のおかげでもある。やはり被身子はすごい。被身子以外の、いや被身子とエリちゃん以外の女の子はノミに見えるくらいすごい。あ、遠巻きでノミどもが俺らのことをワクワクしながら見てら。負け組どもめ。

 

「もちろん俺も毎日行っていたぞ!」

 

「そうですか」

 

「他人行儀! だが目覚めてくれて嬉しいから無礼講だ!」

 

 ハッハッハ! と笑う父さんは当たり前だがいつも通りで、何も変わってないんだなと改めて思わされる。もしかしたら俺が寝ている間に色んなことが変わってるんじゃないかって思ったが、そんなこともなかった。むしろ、俺が寝ている間はみんなの元気がなかったらしい。まったく、みんな俺のこと好きなんだから。

 

 そんな中、ほとんと変わらず、変わったと言えば喧嘩しなくなって少し静かになった程度の男がいたとも聞く。

 

「爆豪も俺がいなくて寂しかったろ?」

 

「ア? 喋んなカス。ニヤニヤしやがって気持ちワリィんだよゴミ。とっとと死ね」

 

「絶好調だな」

 

 俺たちが座っているソファとは別のソファに座っている爆豪その人だ。

 

 さっき俺たちがここに座った時何も言わず去ろうとしたのを引き留めて、ずっと同じ空間にいてもらっている。いつもならお邪魔虫だと思うだろうが、なんだかんだずっとつるんできたやつだ。目覚めたばっかで久しぶりなんだから、一緒にいたってバチは当たらないだろう。

 

「想くん想くん。三奈ちゃんたちから聞いてるの。爆豪くん結構な頻度で想くんに会いに行ってたって!」

 

「ハハーン? さてはお前、俺のこと好きだな?」

 

「クソオスメスが! 一緒に殺してやらァ!!」

 

「私も想くんのところでバクゴーさんと会ったことあるよ」

 

「ハハーン? さてはお前、俺のこと愛してるな?」

 

 爆豪の顔中に血管が浮き出すぎてもはや人間ではなくなってしまった。エリちゃんの教育上大変よろしくないのでぎゅっとエリちゃんを抱き寄せて見えないようにする。俺の胸にすりすりと頬を寄せるエリちゃんの可愛さにノックアウトされそうになりながらも、「冗談だよ」と爆豪に返した。

 

「まぁ、心配かけて悪かった。今はこの通り元気だよ」

 

「心配なんざしてねぇよ。どうせテメェなら何があっても平気な顔して起きてくんだろ」

 

「想くん。ライバルが女の子ならまだしも男の子ってどういうことです? しかもあんなどうしようもない人」

 

「どうしようもないってどういうこったクソイカレ女!」

 

「女の子にそんな言葉使う時点でどうしようもないだろ」

 

「バクゴーさんってどうしようもない人なの?」

 

 顔をあげて無邪気に聞いてくるエリちゃんに「そうだよー」と被身子と口を揃えて言うと、爆豪がついに立ち上がって俺に襲い掛かろうとしてきた。そこに割って入った父さんが華麗な動作で爆豪を受け流し、見事俺の隣に座らせる。射程範囲に持ってきてどうすんの?

 

 もしかしたら俺の敵なのかもしれない父さんは「元気そうで安心した!」と笑いながら爆豪がさっきまで座っていたソファに座り、また大声で笑う。

 

 うるせぇ。

 

「仕方ないよ想くん。お父さん、ずっと心配してたんだから。きっと想くんが元気になってくれて嬉しくて仕方がないのです」

 

「極さんね、想くんの隣でずっと応援してたの。大声で」

 

「そうなのか。きっとうるさかったんだろうな」

 

「お前もどうしようもねぇ人間じゃねぇか」

 

 なんだかんだ大人しく座った爆豪からの攻撃を聞かなかったことにして、そういえばと父さんに聞きたかったことを思い出した。

 

「父さん。俺ってなんでこんなに早く目が覚めたんだ? もしかして父さんみたいに個性がぶっ壊れたとか?」

 

「それはない。むしろ成長したんだろう」

 

 成長。何がだろうか。もしかして被身子が近くにいることによって男として成長したとか? いやぁそんなそんな。親の前でなんか恥ずかしいなぁ?

 

「その顔ならもう気づいたみたいだな。そう、お前は解放値が60を超えると、その値が上がるのに比例して癒しの力も上がっていく」

 

「あぁ」

 

 まったく気づいていなかったが、父さんが真面目な顔をして言うので「わかっていましたよ感」を出すために表情を引き締めて誤魔化しておく。両隣にいる被身子と爆豪、そしてエリちゃんまでもが俺を呆れた目で見てくるが、バレていないはずだ。嘘をつくのがうまいんだ、俺は。

 

 にしても、癒しの力。そう言われるとそれが出始めたのは上限解放60からであり、だとすると仮説的には70、80と上がっていけばその力も上がっていってもおかしな話じゃない。大怪我前提の解放値じゃないと癒せないってのがポンコツ感すごいが、そのおかげで早く目が覚めたんだから文句言うことはないだろう。

 

「元々怪我はそこまでじゃなかったんだ。とはいっても普通の人間なら完治するのに二か月はかかっただろうが、お前の個性がその期間をぐっと縮めた」

 

「……! それって」

 

「あぁ。その成長に加えて、新たなことがわかった。お前の『窮地』は常時発動型の個性。そう見て間違いないだろう」

 

 爆豪にこっそり耳打ちで「どういうことだ?」と聞くと、爆豪はエリちゃんに向かって「オマエはこうなるなよ」と言った。どういうことだ?

 

「とはいっても常時とは少し違うがな。お前が怪我をしてる時、疲労している時、もしかしたら病気の時でも。お前の『窮地』に反応して個性が働き、そこから脱するために異常な早さで体が治っていく。元々早いなとは思っていたが、今回のそれは完全に異常だった。眠っていたのは恐らく、異常な個性の動きに体が耐えられなかったんだろう」

 

「ザコ」

 

「エリちゃんはこんなやつにならないようにな」

 

「私はどんな人になればいいの?」

 

「エリちゃんはエリちゃんです」

 

 被身子がエリちゃんを撫でると、エリちゃんはくすぐったそうに微笑んだ。この一瞬が絵画になるなら俺は内臓を売ってでも手に入れる。あ、内臓なくなったら『窮地』で再生したりしないかな? 流石にしない?

 

「ただ、個性も身体機能。早すぎる回復は俺と同じように、何かデメリットがあってもおかしくはない。寿命が縮むとかな。ハッハッハ!」

 

「おい爆豪。息子の寿命が縮むかもしれないってんのに笑う父親がいるらしい」

 

「子も子なら親も親だな」

 

 ならお前の親もきっととんでもない暴言マシーンなんだろうな。と言いかけたがぐっとこらえる。爆豪の親御さんを目の前にして言うならまだしも、いないところで言ったらただの陰口だ。言うなら目の前。そっちの方が気持ちいい。そもそも言うなって話だが。

 

 実際に言われた父さんはといえばそんなことを気にするような人でもなく、むしろ余計に笑っている。正直どうだろうとは思うが、心の中でどう思っていても「想は想のやりたいことをやれ」っていうスタンスでいてくれる。父さんはそういう人だ。

 

 父さんはひとしきり笑った後膝に手を置いて立ち上がった。

 

「ま、そんなややこしい話はもう終わりにしよう。通常授業には明日から復帰してもいいだろうが、演習に関しては三日間は様子を見る。相澤先生が伝え忘れていたから伝えておいてくれとさっき言われてな。きっと想が心配でいつもの調子を出せなかったんだろう。ハッハッハ! いい先生だなァ!!」

 

 笑いながら父さんが去っていく。そのままハイツアライアンスから出ようとしたところで立ち止まり、俺に背を向けながら言った。

 

「母さんも心配してたぞ。連絡くらいはしてやってくれ」

 

「言われなくても」

 

 父さんは右腕を伸ばしサムズアップして、そのまま出て行った。ヒッチハイクでもするんだろうか。するんだとしたら家に帰るんだろう。俺の無事を報告しに。

 

 さていつ連絡するかなぁとぼんやり考えていると、俺のポケットを被身子がまさぐり、慣れた動作で母さんに通話をかけた。しかもテレビ通話。

 

「え?」

 

『もしもし想!? あんた起きたのって被身子ちゃん! やーん相変わらず可愛いわね元気にしてた? エリちゃんもこんにちは! そこにいるのは爆豪くん? いつも息子がお世話になってます!』

 

「はい、元気です! お母さん!」

 

「こんにちは」

 

「おい久知。なんでこの二人からお前が生まれんだ」

 

「知らねぇよ」

 

 母さんの声が聞こえた瞬間エリちゃんはくるりと体を回して、被身子が構えるスマホに映ったハイテンションの母さんに向かってぺこりとお辞儀した。なんで知り合ってるんだとか知り合ってる上に妙に親しそうだなとか色々言いたいことはあるが、とりあえず今は無事を報告するのが先だろう。

 

「ごめん母さん。ちゃんと生きてます」

 

『見ればわかるわよ?』

 

「そういうことじゃなくて」

 

 隣で「やっぱテメェの親だな」と納得している爆豪は後で血祭りにあげるとして、何て言ったもんかと頭を悩ませる。

 

「いや、そのな。心配かけてごめんなさいってのを」

 

「聞いてくださいお母さん! 私さっき想くんとぎゅーってしちゃったのです!」

 

『あらまぁ素敵! 私も若い頃はいっぱいしてたわ。あれはまだ想が生まれる前のことでね』

 

「息子の前でなんて話しようとしてんだ! 親のそんな話聞くのは何より地獄だってわかんねぇのか!?」

 

 声を荒げると、画面の向こうで母さんが『アハハ!』と笑っていた。というか切島と上鳴の前じゃあんなに取り繕ってたのに、今はめちゃくちゃ素だな。気を張ってないって証拠だろうが、それだとますます被身子たちと母さんが親密ってことになる。外堀が埋まるのは結構だが、自分の知らないところで埋まっていくともやもやする。

 

「あーもう! もっとこう感動の親子対面とかねぇの!? 俺今のところ感動的な対面したの被身子とエリちゃんしかないんだけど! あとクラスのみんなが『おかえり』って言ってくれたやつ! 親が感動的じゃねぇってどういうことなんだよ!?」

 

『もう想のやることに口出さないって決めたからねぇ。心配は心配だけど、ちゃんと生きて笑ってるなら言うことないわ』

 

 母さんの言葉に、体から力が抜けた。爆豪が「アホ」と言っているのが聞こえる。

 

 あぁそうか。うん。やっぱり親には敵わない。

 

『年末にはちゃんと帰ってきてね』

 

「おう」

 

『久しぶりのお友だちと仲良くね』

 

「久しぶりのって枕詞いらなくね?」

 

 爆豪が鼻で笑い、被身子が俺の頭を撫で、エリちゃんが気づかわし気に俺の膝をぽんぽんと叩いた。泣くぞコラ。

 

『……さ、しばらく寝てたんだからすぐに追い抜くつもりで頑張りなさい! 想は私と極さんの息子なんだから有象無象を追い抜くのなんてちょちょいのちょいよ! それじゃ、またね!』

 

 やけに早口で言い切って、一方的に通話が切られた。少し震えていた声を聞かなかったことにして、小さく息を吐く。

 

「頑張らないとな」

 

「テメェさては母親似だろ。俺らのことを『有象無象』って言ったの聞こえたぞオイ」

 

 最後母さんは大声で言っていたのできっと遠巻きに俺たちを見ていたみんなにも聞こえていただろう。あぁ母さん。何も親子で敵を作ることないじゃないか。

 

 笑いながらみんなに向けてピースすると、一部から罵詈雑言の嵐を受けた。



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演習復帰

 あれから三日経って、本格的に演習参加の許可をリカバリーガールから得た。リカバリーガール曰く、「健康状態的にはすぐにでもいけたんだけど、一応ね」とのことで、本当に一応だと自分でも思うほど健康状態に変わりはない。めちゃくちゃ元気で、何度被身子と元気にしようと思ったことか。それを目論むたびに相澤先生にぐるぐる巻きにされ、吊るされた後その状態で反省文を書かされたのだが。おい、安静にしなきゃダメなんだぞ俺。

 

 被身子はなんと教師寮にいるらしく、エリちゃんと一緒にいるらしい。外から見て大丈夫なのかその光景と思ったが、被身子が危ないことをしないとなぜか教師全員信じ切っている上、何かあったら守り切ると息巻いている始末。俺としては嬉しいんだが、それでいいのか雄英教師陣。

 

 ともあれ、今日から演習に参加できる。つけられているかどうかもわからない差を埋めるために、この三日間眺めるしかなかった演習に気合いを入れて取り組むために。俺は食堂で爆豪の真っ赤な飯を一口貰い、死にかけていた。窮地だ窮地。誰か助けてくれ。

 

「そりゃそーなるだろ。相変わらず久知はアホだなぁ」

 

「ア!? 雄英ド底辺の最下層クソアホに言われたくねぇんだよ!」

 

「ひどくね?」

 

 背中をさすって水をくれた上鳴に暴言で返し、一気飲み。水は飲みすぎると死ぬらしいが、今は飲みすぎないと死ぬ。なんでこんなクソみたいな飯食ってんだこいつ。まさか罰ゲーム? 誰かにいじめられてる?

 

「にしても、久知が起きて本当によかったぜ! みんな心配してたからな」

 

「あぁ切島。心配かけて悪かったな」

 

「おう! また一緒に頑張ろうぜ!」

 

 切島は本当にいいやつだ。俺が女なら放っておかなかっただろう。硬派なところがまたいい。男すぎて漢だが、女版の俺なんてそんなのマイナス要素にもなりはしない。

 

 逆に爆豪みたいなやつはアウトだな。まず性格が悪い。そしてゴミ。そしてクズ。そしてカス。顔はいい。それだけ。

 

「爆豪。そのうちいいことあるって」

 

「何勝手に慰めてんだゴミ」

 

 ほらな?

 

 なんて風に食堂で食べるのも、起きて翌日の月曜日には懐かしく感じたもんだ。実際ずっと寝てたからそれほど久しぶりってわけじゃないんだろうが、感覚的に懐かしいと思った。爆豪が真っ赤な飯を食い、上鳴がアホみたいに騒いで、切島が場を回して、爆豪がクズで。よくやった『窮地』。なんか父さんがデメリットどうこうの怖い話をしていたが、これからも仲良くやっていこう。

 

「にしても今日の演習なにやんだろな。久知がいないからって止まった演習があるんだっけ?」

 

「相澤先生はそう言ってたな」

 

「ってことは全員で何かやるってことか! 戦闘訓練みたいな」

 

「全員殺す」

 

 仲良し四人組に紛れた殺人鬼は置いておいて、多分戦闘訓練だろう。前みたいにチームに分かれるか、それとも個人個人でやるか。いずれにせよ全員が揃っていないと意味がないものには違いない。もしA組の中だけでやるものでチームを組むものなら、願わくば爆豪とは違うチームにしてほしい。こいつ、戦闘に関してはマジで優秀だから俺と組むとヌルゲーになるんだよな。

 

「爆豪は何やると思うんだ?」

 

 真っ赤な飯を食い続ける爆豪に切島が問いかけると、行儀のいい爆豪は口の中にあるものを飲み込んで、一旦食べる手を止めた。

 

「戦闘訓練。形式はわかんねぇが、それだろうな。久知がいねぇと意味がねぇってならそれしかねぇ」

 

「それってつまり俺が強いからみんなの参考になるってこと?」

 

「俺がテメェを潰せねぇだろうが」

 

「ハーン? お前が、俺を? 悪い爆豪。ずっと寝てたから耳が悪くなったのかもしれん。もう一回言ってくれ」

 

「死ね」

 

「止めろ上鳴!」

 

「お前ら隣にしなくてよかったぜほんと!」

 

 立ち上がって掴みかかろうとした俺を、切島の指示を受ける前に上鳴が抑えつける。そろそろ白黒つけなきゃいけねぇんだ離せ! 大体前の戦闘訓練だって白黒つけるとか言っときながら同じチームだったし、必殺技の訓練の時も引き分けか途中で終わるかが多すぎて不完全燃焼なんだよ!

 

「オイ久知。テメェ80使えや。俺がぶっ潰してやる」

 

「は? すぐに80出そうとしたら大怪我しなきゃダメだろ。重ね掛けしたらまた寝ちまうし、あんなの本物の戦場じゃねぇと無理だ」

 

「俺が使えって言ってんだから使え」

 

「俺様すぎだろ」

 

 つまりこいつは俺に死ねって言ってんのか? 上等だ。先に俺がぶっ殺してやる。ここは律義に俺を止めてくれる切島と上鳴に免じて下がっておくが、戦闘訓練では覚えてろ。

 

 なにがなんでもぶっ殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はA組対B組の対抗戦です」

 

「そりゃねぇよ相澤先生!」

 

 運動場γ。工場地帯を模した訓練場に待機していた俺は、集まってきたみんなと話しながら開始時間を待っているとB組が現れ、嫌な予感がしていたところで相澤先生とブラド先生が現れ、相澤先生から無慈悲な宣告。思わず叫ぶと相澤先生に睨まれたので、口笛を吹いて『何も言っていませんアピール』をしておいた。

 

 そのアピールが通じたのか、相澤先生はため息を吐いてから説明を続ける。

 

「さて、このまま対抗戦の説明……と行きたいところだが、今回ゲストがいる」

 

「おい、まさかじゃねぇの?」

 

「被身子なわきゃねぇだろ。一応監視対象だぞ」

 

 肘で小突いてきた上鳴に冷たく返して、ブラド先生の背中から現れた影を見る。

 

 その人物は、体育祭で一度組んだあいつだった。

 

「ヒーロー科編入を希望している、普通科C組の心操人使くんだ」

 

「心操! テメェその首に巻いてる布なんだ!? まさか相澤先生の真似じゃねぇだろうな!」

 

「心操! 久しぶりっス! あと久知も! 挨拶に行けなくて悪いな!」

 

「うるさすぎる」

 

 声をかけてきた夜嵐と心操を見ながらハイタッチして詰め寄っていると、相澤先生に夜嵐と仲良くぐるぐる巻きにされた。最近巻かれること多いぞ俺。寿司くらい巻かれてるじゃねぇか。

 

「久知元気そうでよかった! 今日はよろしくな!」

 

「おうよろしく。あとこの状態でよく普通に話せるな」

 

「一言挨拶を」

 

「相澤先生! 俺らこのままですか!」

 

 相澤先生は華麗に俺を無視した。ひどい人。

 

 いい女みたいなことを考えてしまった俺は拘束を解いてもらうのを諦めて、前に出た心操を見る。心操は俺と夜嵐を呆れた目で見た後、まるで俺たちをこの場にいないものとして扱うかのように視線を外した。

 

「何人かは既に体育祭で接したけど、拳を交えたら友だちとか、そんな気持ちのいいスポーツマンシップ掲げられるような気持のいい人間じゃありません」

 

「え、友だちじゃないのか?」

 

「しーっ、夜嵐。相澤先生に殺されたくなかったら静かにしとけ」

 

「はっ!」

 

 夜嵐は相澤先生を見た後、唇を内に閉まってグッと口を閉じた。素直なやつだなともはや尊敬の念すら覚え、相澤先生にウインクして『俺は何もしてませんよアピール』をかまし、心操の挨拶に耳を傾ける。

 

「ヒーロー科と普通科じゃやれることも、やってきたことにも差がありすぎる。俺はもう何十歩も遅れてる。悪いけど必死です。……まぁ、あそこの二人みたいに失望するような行為していても、その実力は段違いだってこともわかってる」

 

 夜嵐が何か言いたげに、目を輝かせて俺にアピールしてきた。どうせ「やっぱり心操も友だちだって思ってくれてた!」とでも言いたいんだろう。でもあれ客観的に見てるだけで友だちだから褒めたとかそんなんじゃないぞ。

 

「立派なヒーローになって、人のために個性を使いたい。この場にいるみんなが超えるべき壁です。馴れ合うつもりはありません」

 

 夜嵐が寂しそうな表情で心操を見ている。馴れ合うつもりはないって言われたからだろう。でも心操もきっと話せばいいやつだから、馴れ合うつもりはなくても友だちにはなってくれるって。ヒーロー目指すやつに悪いやつはいないんだから。

 

「というわけだ。ここの二人みたいにヒーロー科として恥ずかしい行動はしないように」

 

「久しぶりだな心操! 友だちになろう!」

 

「相澤先生! あいつに悪気はないんです! 後で俺から言っておくので、はい、すんません!」

 

 心操のところへ飛んでいった夜嵐を羽交い絞めにして引きはがす。ブラド先生はどういう教育してるんだ? こういう真っすぐなところが夜嵐のいいところでもあるが、真っすぐすぎるのも玉に瑕だろ。

 

「心操は初めてヒーロー科の演習に参加するんだから力入ってんだよ。落ち着かせてやれ」

 

「そうだったのか! 流石久知、俺気を付けるよ!」

 

 その言葉を信用して夜嵐を解放し、相澤先生に「ではどうぞ」と目で合図した。相澤先生はじとっとした目で俺を睨んだ後、「まぁいいか」とため息を吐いて説明を始める。

 

「最初言った通り、今回はA組対B組の合同戦闘訓練だ。双方4人組、ないしは5人組を作って一チームずつ戦ってもらう」

 

「心操は今回A組・B組に一回ずつ参加してもらい、合計二戦参加してもらう。つまり5試合中2試合は5対4になる」

 

「そんなん4人が不利じゃん!」

 

 相澤先生から引き継ぐように説明したブラド先生に、葉隠が文句をぶつける。ただこれはそうじゃないかもしれない。

 

「心操はほぼ経験がない。4人の中に組み込む方が不利になる。5人チームは数的有利を得られるが、しっかりハンデもある」

 

「今回の状況設定は『敵グループを包囲し確保に動くヒーロー』! お互いがお互いを敵と認識しろ! 各陣営に設置された『激カワ据え置きプリズン』に4人投獄した方の勝利となる!」

 

「緊張感なさすぎだろ」

 

 見た目は檻だが、可愛らしいドアと根津校長の看板が檻から生えており、緊張感がまったくない。激カワかどうかも怪しい。

 

 まぁつまり、ハンデってのは慣れないメンバーを入れて、4人先に捕まった方が負け。お荷物抱えながら戦えってことだ。

 

「じゃ、クジ引け」

 

 相澤先生が『A』と書かれた箱、ブラド先生が『B』と書かれた箱を持つ。クジか。戦闘力のバランス考えて先生たちがチーム考えてると思ったが、そうでもないらしい。俺は真っ先に相澤先生のところへ行ってクジを引いた。書かれている数字は『4』。

 

「5人チームのやつだな。スロースターターのお前ならちょうどいいだろ」

 

「マジでそうですね。俺一瞬で投獄されて終わる未来しか見えませんでしたし」

 

 相澤先生に返しながら、ほっと一安心。上限解放していない俺なんてちょっと動ける一般人と一緒だ。最終的には父さんくらい生身でも強くなりたいが、今はそうじゃない。同じチームを組む人には悪いが、最初はお荷物を抱えてもらおう。

 

「爆豪も4だな」

 

「は?」

 

「は?」

 

 まさかと思って爆豪が引いた紙に書かれている番号を見る。『4』だった。寝ている間に数字の概念が変わっていないとしたら、それは紛れもない『4』だった。

 

「……相澤先生、同士討ちってありですか?」

 

「本番でもそれやんのか?」

 

「クソが!」

 

「ハッ、足引っ張んなよ」

 

「テメェがなァ!?」

 

 こいつ、もし本当にイライラしたら後ろから撃ち抜いてやろう。そう覚悟して、他の同じチームである耳郎、瀬呂、砂藤と「よろしくね」と握手しておいた。気持ち悪がられた。

 

 は?



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A組 VS B組 対抗戦 ①

「制限時間は20分。時間内に決着がついていなかった場合は残り人数の多い方が勝ちだ」

 

 最初の対戦はA組上鳴、切島、梅雨ちゃん、口田に心操を加えた5人。B組塩崎、宍田、鱗、円場の4人の対戦。どっちが勝つかと考えてみたが、B組のやつらの個性を全く知らないので考えようがない。ただ見た目的に塩崎は髪の茨が個性で、宍田は獣みたいな個性だろう。

 

「第一試合、スタート!」

 

 ブラド先生の合図で、第一試合が始まる。その様子を試合に参加していない俺たちは試合の様子が映されるデカいモニターで観戦ができる。

 

 B組の誰が厄介かはあまりわからないが、A組で一番厄介なのは確実に上鳴だ。俺みたいな個性じゃなきゃまともにくらえば一瞬で終わりだろう。あいつはアホだが個性は本当に強い。使い方次第じゃ普通に追い抜かれるかもしれないのに、追い抜かれる気がまったくしないのは上鳴がアホだからだろう。本当にアホだな上鳴は。

 

「さて爆豪。俺らどう動く? 始まってみねぇとわかんねぇけど、ある程度の動きは決めといた方がいいだろ」

 

「俺に合わせろ」

 

「だそうだお前ら。爆豪に合わせろ」

 

「いや、期待してなかったけどよ」

 

「ただ正直それが一番勝率いいんだよな」

 

「久知は序盤役立たずだしね」

 

「おい耳郎。はっきり言うな」

 

 瀬呂、耳郎、砂藤は呆れ顔だが、瀬呂の言った通りそれが一番勝率高いってのがわかってるんだろう。爆豪は性格がクソだが、戦闘センスは段違い。爆豪について行ってサポートに徹するだけで勝利をもぎ取れる。

 

「でも夜嵐がいんだよなぁ。最低60は出さねぇと勝てる気しねぇよ」

 

「俺が殺しゃいいんだよ」

 

「あのなぁ、夜嵐以外なら対面すりゃすぐ勝てるだろうが、夜嵐は無理だ。アイツに時間取られて他のやつらの対処が疎かになったら意味ねぇだろ。まぁそうなったら俺らがどうにかするけど」

 

「わかってんならいちいち文句言ってんじゃねぇカス」

 

「この二人、戦闘ってなるとすげぇ冷静なのな」

 

「成績いいからね」

 

「いつもはクソなのになァ」

 

 俺たちに対する周りの評価がものすごいのはいつものことだから無視しておく。そりゃ一緒に組むってなっていつもみたいに喧嘩するわけにはいかないからな。チャンスがあったら後ろから潰そうかと思うこともあるが、そんなことしたら除籍処分されかねない。おふざけの範囲を超えている。

 

「お、上鳴やるじゃん」

 

 爆豪と話し合い……うん、話し合いながらモニターを観ていると、上鳴が珍しく活躍していた。

 

 宍田と円場にA組チームが襲撃された場面。デカい獣みたいになった宍田に上鳴がやられるかと思ったその時、心操の『洗脳』に宍田がかかり、動きが止まったその瞬間に詰め寄って電気を浴びせた。円場は上鳴が詰め寄ってきたのを見てすぐに離れたが、その隙を梅雨ちゃんにつかれベロで拘束される。

 

 心操の『洗脳』は衝撃で解ける。それを理解していたからか上鳴は油断することなく宍田から離れ、ポインターを宍田に付け、それを外す暇を与えないまま放電。電気に撃ち抜かれ、しかしまだ耐えようとしていたところを切島と口田のダブルパンチでノックダウン。

 

「やっぱ上鳴つえぇよなぁ。アホだけど」

 

「ちゃんとアホにならないよう出力調整してるしね。アホだけど」

 

 俺と耳郎にアホと罵られた上鳴は、画面の向こうでガッツポーズしていた。追い抜かれる気がまったくしないって言っていたが、そういや前の戦闘訓練でやられかけたことを思い出し、中々侮れないなと認識を改める。元々強い個性だからそりゃやる気出しゃ強いわな。

 

「こりゃもうA組の勝ちだろ」

 

「油断しなきゃな。あのアホだけなら油断してただろうが、カエルがいんならそれもねぇだろ」

 

「爆豪が人を評価してる……!?」

 

「優秀なやつは覚えるんだよこいつ。あとぶっ殺したいやつ」

 

 驚いている砂藤は覚えられているかどうか微妙だが、流石にクラスメイトだから覚えてるだろう。瀬呂と耳郎は間違いなく覚えてる。瀬呂の個性は優秀だし、地味に成績もいいし、耳郎の個性はめちゃくちゃ使える。相手に夜嵐さえいなきゃ勝ち戦だった。

 

 俺たちが予想した通り、A組はそのまま口田の索敵でB組の位置を割り出し、数の暴力で圧勝。最初に上鳴がちゃんと動けたのがデカかった。心操の『洗脳』と動いてくれることを信じてなきゃできない動きだった。

 

「でも上鳴にはやっぱり負ける気しねぇわ。よく考えたら俺にとっちゃあいつドーピングみたいなもんだし」

 

「勝ち方ダサくない? 上鳴も一発で倒そうとしてアホになるだろうし」

 

「勝てば勝ちなんだよ」

 

「お前爆豪に似てきてるな」

 

「俺はこんなダサくねぇわ!」

 

「俺もダサくねぇわ!」

 

 今まさに喧嘩が始まろうとしたその時、反省を終えた上鳴たちが帰ってきた。上鳴が俺と耳郎の間に、切島が爆豪の隣に座る。

 

「どうよ! 俺どうよ! よかったっしょ!? 惚れるっしょ!?」

 

 上鳴が俺と耳郎を交互に見ながら腕をばたばたと動かして「褒めて褒めて」と言っている。あまりのアホ加減に笑いを堪えている耳郎に変わって、俺が褒めてやることにした。実際、MVPっつったら上鳴……いや、上鳴の個性を考えたら当然の動きか。やっぱMVPじゃない。自惚れるな。

 

「確かに、上鳴やるじゃんって言っちまったしな」

 

「やっぱり!? 俺やるんだよ、実は!」

 

「くくっ、よかったね。そのアホ試合中に出なくて」

 

「アホって! 褒めてくれてもよくね!?」

 

 上鳴に犬の尻尾が生えているのが見える。勢いよく左右に振って耳郎を期待の眼差しで見つめていた。子どもかこいつ。どんだけ褒めてほしいんだ。

 

 耳郎は一つ咳払いして心を落ち着かせると、キラキラした目の上鳴を正面から見てまた笑いそうになりつつ「まぁ、よかったんじゃない?」と精一杯の褒め言葉を奉げた。それで満足したようで、「だろ!」と少年のような笑顔で喜んでいる。こいつの場合純粋って言えばいいのかアホって言えばいいのか。1:9でアホの勝ちだな。

 

「んじゃ爆豪。そろっと本気で動き決めとくか。お前主体に動くってのは間違いねぇけど、役割も決めておいた方がいい」

 

「俺が先頭。接敵したら俺がぶっ殺す。俺がヤバくなったらテメェらがどうにかしろ。クソヤニはたまったら俺とツートップだ。クソ風が出たら真っ先に潰す。そん時テメェがまだたまってなかったら邪魔がこねぇように他のやつらと周りのやつら潰しとけ。耳は索敵、唇はザコと障害物潰し、しょうゆ顔はその場の状況見て臨機応変に動け」

 

「はいよ」

 

「唇ってもしかして俺のことか?」

 

「この中で唇って言ったらお前だろ」

 

「てかやっぱ久知は特別なんだね」

 

 あいつが特別扱いすんのはダメージと疲労がたまった俺だけどな。普段の俺はこの中で一番弱いし。個性使えるのとそうじゃないのじゃ天と地ほどの差があるが、そんな言い訳が通用する世界でもない。爆豪は『たまってなかったら』って言ったが、言外に『死ぬ気ですぐためろ』って言ってるようなもんだ。

 

 期待、というか信頼されて悪い気はしないから死ぬ気でためよう。わざとダメージくらいにいくんじゃなくて、スマートなやり方で。

 

「あと最初の方はぜってぇザコのクソヤニが狙われっからテメェらがサポートしろ。相手が普通に出てくるとしたら最初はクソ風がクソヤニ狙いにくる。俺がクソ風の対応してる間に他のザコもクソヤニ狙ってくるだろうからな」

 

「久知をほっとけば爆豪が二人になるみたいなもんだからな」

 

「瀬呂。その言い方はあんまり嬉しくねぇ」

 

「俺のセリフだクソが」

 

 飛びかかろうとした俺を砂藤が止める。切島と上鳴は「いつも俺らが止めてるけど、それやらなくていいのは楽だな」とのほほんと談笑していた。止めてるんじゃねぇよ止められてやってんだよ。ちなみに砂藤は力が強すぎて本気で動けない。力が強すぎて怖い。

 

 羽交い絞めにしてきた砂藤の腕をタップして拘束を解いてもらい、砂藤の前では爆豪に飛びかからないようにしようと心に誓った。ムキムキの大男に羽交い絞めにされるのがこんなに怖いとは思わなかった。この怖さをリセットするために今度被身子に羽交い絞めにしてもらおう。そうしてくれたら俺が被身子を羽交い絞めにしちゃうかもな!?

 

「どうした久知? 気持ち悪いぞ」

 

「ンだとコラ上鳴。そういや耳郎が前お前のこと好きだって言ってたぞ」

 

「うぇ!? マジ!?」

 

「ねぇ久知。今もしかして『気持ち悪い』とウチの『好き』を同じ意味で使わなかった?」

 

「はははそんな。ははっ、ぎゃあ!」

 

 笑っていると爆音をお見舞いされた。暴力はよくないぞ、暴力は。おかげでちょっとダメージたまったけど、こんな情けないダメージのたまり方嫌だ。上鳴はまだ「え、マジ!?」って言ってるし。嘘だよ気づけよアホ。

 

「ねぇ久知。このアホどうにかしてくんない? めちゃくちゃ詰め寄ってくるんだけど」

 

「知らねぇよ。切島お疲れ」

 

「知らねぇよって何あっさりしてんの! ちょ、バ上鳴! さっきのは嘘だって言ってんでしょ!」

 

「え、嘘なの!?」

 

 にぎやかな二人を置いて、切島の隣に座った。切島は「おう!」と笑って迎えてくれたが、苦笑しながら「オメーあぁいうのはよくねぇぞ?」と注意してくる。切島の言うことなので素直に頷いておこう。切島はいいやつだ。爆豪とつるんでいることからいいやつ加減がよくわかる。つまり俺もいいやつ。

 

「あんまりいいとこなかったなぁ」

 

「俺の個性って相手が喧嘩してくれねぇと意味ないからな。もっと戦いに持っていくような立ち回りしねぇと」

 

「追って殺せ」

 

「追わせて殺せ」

 

「おう、殺さねぇけど参考にするぜ!」

 

 『追って殺せ』という爆豪の意見も参考にするなんて、やっぱりいいやつだ。切島には絶対『追わせて殺す』方が向いてると思うのに。まぁ正直切島は放っておいても脅威になるような個性じゃないから、『追って殺せ』の方がいいのかもしれないが。

 ちなみに俺は『追わせて殺せ』が合っている。自分で言うのも何だが、放置するととんでもないことになるからな。俺すごい。

 

「それでは第二セットそれぞれ準備を!」

 

 そうして話していると、第二セットが始まろうとしていた。A組が八百万、葉隠、常闇、青山。B組が拳藤、黒色、吹出、小森。吹出漫画のコマみたいなツラしてるけどアレどうやって呼吸してるんだ? 個性知らねぇからまったくわからん。

 

 ……あとで他のやつに俺らの相手の個性聞いておこう。そう決めた瞬間、第二セットの開始が告げられた。



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