恋姫習作 (rikka)
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益州編 ―1

無事に脱ニートをして生活が落ち着いたために復帰。
リハビリ作として思いつくままに書いたので、更新は不定期となるでしょうがよろしくお願いします。



 

 眼前に広がるのは、見渡す限りのだだっ広い平地。

 上を向けば、かすかに雲がかかった太陽と白い雲、そして蒼い空。

もう一度視線を真っ直ぐ前に戻して右と左を確認するが、やはり乾いた平地が広がるだけで、道も川も見当たらない。

 

 

――外は雨降ってなかったっけ?

 

 

 記憶が確かならば、確か自分は最近始めたネットゲームでひたすら使用キャラのレベルをカチカチ上げながら……多分、寝落ちしたハズ。

少年は、そこまでを思い出してため息交じりに片手で頭を押さえた

 

(……キーボードをめちゃくちゃに打ってチャットやらが変な事になってなきゃいいんだけど……)

 

 未だ寝ぼけた頭でそんな事を考えながら、めんどくさそうに後ろ頭をワシャワシャと掻き毟る。

 土埃がついていたのか、妙にジャリジャリする髪の感触に顔をしかめる。

 気が着いた時は大の字で寝ころんでいた事を、そういえばと思いだす。そりゃあ体中埃まみれの砂だらけになっていてもおかしくない。

 もう一度ため息を吐き、やはり服についている砂埃をパタパタとはたきながら、少年はこの不可解な状況に対する答えを出した。

 

「なるほど、夢か」

 

 夢なら変な状況になっているのもしょうがない。

 少年は自分の考えに納得したのか何度か頷く様な仕草を見せると、ちょうどその辺に落ちていた程良い長さの木の棒を地面に立て、そして手を離す。

 支えを失った棒きれは、当然のごとく重力に従い地面へと倒れ――

 

「ん、よし。こっちに進むか」

 

 あっけからんとした口調で少年は行き先を決定すると、何気ない足取りで前へと進みだした。

 どういう夢なのかよく分からないが、適当に歩き回っていればそのうち目を覚ますだろう。

 

 

 

 

 

 

 

――そう考えてから五年の月日が経ち……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――少年は、未だ夢から覚めていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というかこれ……夢じゃなくね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『恋姫習作(仮題)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(懐かしい夢をみたな……)

 

 自分がこの訳の分からない世界を放浪しだした時の事を夢に見た男は、あの時の同じようにワシャワシャと髪を掻き毟る。

 なけなしの金をはたいて久々に泊った宿だ。近くの大きな街への中継点となっている村だけあって寝床はしっかりしており、今日こそはさぞ夢見の良い眠りにつけるだろうと思っていたのだが――

 

(別に悪い事だけだというつもりはないけど……)

 

 数えが間違っていなければ、この『世界』に紛れ込んで5年も経つのだ。

 その切欠――もとい、始まりの光景を夢の中とはいえもう一度体験することになった男は、不機嫌そのものといった顔つきになる。

 空腹も手伝ってこんなに腹立たしいのだろうと自分なりに分析した男は、薄汚れた袋の中から干した木の実を取り出して口に放り込む。

 ……やはり不味い。

 

(キチンとした料理なんざもうしばらく食ってないな……。やっぱり朝食もつけてもらえばよかった)

 

 なにせ、元の世界に戻る手かがりを探すためにあっちこっちを旅しながら生活しているのだ。

 普段食べるものと言えばそこらで捕まえた鳥や獣を焼いて食べるか、自生している木の実や食べられそうなキノコや草をおっかなびっくり口に含む位だ。今にして思えば、特に最初の1年は腹を壊す程度でよく済んでいたと、変な方向に感心してしまう。

 獣の毛皮や、途中出会った流れ者の医師に教えてもらった薬草等を行く先々の村や町で売って小金に代えたり、必要な物と交換してもらっているために生活に困ることは幸い無かったが、それもどうにか飢えて死ぬことはないレベルのものだった。

 この宿に泊まる時も、しばらく貧相な食事に耐える事を覚悟していい寝床を取るか、ここで日持ちしそうな食料を一気に買いこんでいくかを真剣に悩んでいたのだ。

 ついでに言えばこの5年の旅で分かった事が、ここが自分の知る古代中国に酷似している『変な世界』であると言う事のみ。帰る方法はおろか、手掛かりすら見つからなかった。

 そんなこんだで悶々としている時に、あんな夢を見たとあれば不機嫌なのも仕方がなかった。

 

「あれかね、キチンとした寝床だったのが返って悪かったのか……」

 

 愚痴じみた思考であれこれ考えるが、数分程経ってからアホらしいとその考えを打ち切った。

 夢見が悪かったとはいえ身体を傷めず、雨も気にせずにグッスリと眠れたことは確かだったのだ。

 この5年で野宿慣れはしてきたとはいえ、肩や腰の痛みに頭を悩ませながらにわか雨を気にする生活を思い返すと思わず目頭が熱くなる。

 

「賊の気配に叩き起されることもないし……」

 

 どうも急激に賊が増えたような気がする。

 単純に最初の一年で運よく賊にほとんど出くわさなかったからかもしれないが、それでもここ最近はやたら頻繁に賊に出くわす。

 確かに北の方で大飢饉があったという話は聞いていたが、南の方は比較的落ち着いている――はずだ。最近は情報収集を怠っていたから絶対の自信はないが……それがなぜこうなっているのか。

 

(不安なのかね。ここが――漢という国が)

 

 この世界の人間の文化が、思っていたよりも自分と変わらない事が幸いだった。

 もちろん、いつでも死が隣り合わせという前提があるが、それでもかんがえていたよりもずっとましだった。

 だが、この世界――いや、時代には自分達が持っていた伝達手段のほとんどが存在しない。結果、情報の広がりは遅い上に広がるにつれて変化してゆき、結果真贋を見極めるのに労力を必要とする。

 詳しい話は聞いていないが、ひょっとしたら飢饉関係の話が違う形で広がっているのではないだろうか。

 

(益州入ってから商人か誰かが襲われた跡をよく見かけるし)

 

 死体こそ見かけなかったが、打ち捨てられた積み荷跡や逃走の際に着いたと思われる深い蹄跡などを頻繁に見かける。

 

(さっさと成都まで行きたいけど慎重にルートを選んだほうがいいかなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 益州を目指すもっとも大きな理由は、その地に多くの蓄積があるという南蛮に関する知識だ。

 以前立ち寄った広陵という城下町にて耳に入った情報が、益州を治める主君劉焉の噂話と、彼が苦戦しているという南蛮勢力に関する話しだった。

 単純にこの国の敵というだけならば別に放っておいていい話だったが、この国にはない知識の――話を聞く限りはほとんどが元の情報を留めていないガセネタのような気がしたが――話というのは、元の世界に帰る手掛かりを追い求める彼にとっては一度触れておきたいものだった。

 

「にしても、この道はキツすぎだろマジで……」

 

 なだらかだった荊州と違い、益州は文字通りの山道がほとんどだった。

 一応それなりに道は整備されているが、さすがにこの勾配だけはこの時代の技術だけではどうしようもないのだろう。今歩いている道も、木々に日光がある程度は遮られているとはいえ、十分に熱い。

 男は疲れた体を休めるために、適当に腰をかけれそうな場所を探し、やや大きめの岩を見つけた。大きさも程良く、上の部分はなめらかになっている。休憩にはちょうどいいだろうとそこに腰をかけ、懐から竹筒を取り出して中に入っている水を一口だけ口に含んだ。

 ……温くて返って気力を奪われた様な気がするが、そこは割愛。

 

(それにしても……やっぱり人通りが少ないな……)

 

 この道は高低差が激しく、歩いているだけで非常に疲れるとはいえキチンと整備された道である。普通ならば商隊や個人商人の一人や二人すれちがってもおかしくはないのだが……。やはり、噂になっていた盗賊の被害がかなりのものになっているのだろう。

 益州に向かうと話した時、やや仲良くさせていただいた商人からは漢中を経由したほうがいいと警告されていた。

 その警告を無視したのは、一刻も早く成都に到着したいという気持ちがあったのと、なによりほとんどの商人が漢中経由で入っているのならば、賊たちもそちらに狙いを変える――まではいかなくても、旨みの少なくなったこの地から移動しているのではないかと考えた結果である。

 実際、益州にはいってからもう随分経つが今の所賊に襲われた事はない。あながち自分の考えも間違っていなかったのだろうと思うが、しゃべるどころか挨拶を交わす相手もいないと言うのは少々寂しいものがある。

 

(賊に襲いかかられるよりはマシだけどさ…………ん?)

 

 そこまで考えた時に、ふと辺りの気配が変わった――様な気がした。

 こめかみのあたりがザワザワとして、軽い吐き気にも似た緊張感が身体の奥底からこみあげてくる。

 なぜ気配が変わった様な気がしたのか。その答えはすぐに分かった。

 血の匂いだ。

 この世界に来てから何度も嗅ぐ事になったこの異臭。

 これの匂いがした時点で良い事など起こる筈がない。

 

(これがいわゆるフラグが立ったってやつか)

 

 男は、そっと腰に手を回す。

 この世界に来てから狩猟でも、護身でも役に立ってくれた獲物。やや長めで反りのある片刃の剣――刀だ。以前お世話になったとある河賊から旅に出るならあったほうがいいと半ば押し付けられたそれの鞘に手を当てて、いつでも抜けるようにしておく。

 

(さすがに一回もコイツを抜かずに成都までとはいかなかったか)

 

 出来るだけ流血沙汰は避けたかったが、かといってオロオロしているだけでは余計な犠牲が出るだけだと言う事をこの5年で男は理解した。理解せざるを得なかった。

 ただ一点に集中するのではなく、周囲全体をうっすらと感じ取る様『適当』に集中する。

 敵意を持つ者を何度も相手にするうちに覚えた、口では説明しづらい独特の集中法を使い、異変が起こればすぐに対応できるように構える。

 やや遠いが、耳に入ってくる足音が複数聞こえてくる。

 整備された道ではなく、やや離れた森の方からだ。真っ直ぐこちらへと向かってきている。

 徐々に木々がこすれるガサガサという音が大きくなる。もはや集中しなくても聞こえるほどに近い。

 男は鞘にかけていた手を滑らせるように鞘の根元へと走らせ、握り締める。

 

(まずは一人……)

 

 先手必勝が戦術においてはそれなりに有効な手だというのは今も昔も――いや昔も現代も変わらない。それが賊相手なら尚更だ。

 わずかに鞘から刃を覗かせる様に抜く。狙いは音がする方向。先頭を走っているだろう存在。囲まれている可能性も考え、逃げ道の確認と周囲への気配りも忘れない。

 

(機先を制して勢いを削ぐ……!)

 

 ガサリと大きく、目の前の草木が揺れると同時に男は大きく一歩を踏み出す。

 そしてそれとまったく同じタイミングで人影が男の前に飛び出る。そして――

 

「やっと見つけたぞ! この賊めがーーっ!!」

 

 

 

 

 

「――――ぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「……焔耶の奴め、飛びだしていきおって……大丈夫かの」

「そこまで心配ならば貴方自身が追っていけばよかったじゃない。……と、いうより追っていきたいのでしょう?」

「ふん、アイツにもそろそろ将としての自覚を持たせんとそっちの方が心配じゃ」

「あらあら」

「……なんじゃい、気味の悪い笑いをしおって……」

 

 やや開けた平地におよそ二百程の兵を率いた二人の女性がそれぞれの馬に跨り、眼前に生い茂る森を眺めている。

 拗ねたように口を尖らす銀髪の女性に対して、もう一人の女性――薄紫の髪が印象的な美人だ――はただ笑みを浮かべるだけだ。

 

「一応貴女の部隊の兵士を貸しているのだから大丈夫だと思うけど、万が一っていうことがあるでしょう? 念のために偵察を強化しておいたわ」

「……別にそこまでせんでいいと思うんじゃがのう……」

 

 なにやら複雑そうな大きい金属製の武器を肩に担ぎ直した銀髪の女は、うんざりといった様子でため息を吐く。それにもう一人は不可解そうに眉をひそめて、

 

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

 

 そう尋ねた。

 その問いに、銀髪の女はどこか遠い目を――過去を振り返るかのような目をして呟いた。

 

「だいたい騒がしい所を探せばおるじゃろ」

「…………」

 

 あんまりと言えばあんまりな言葉に、もう片方がなにか慰めの言葉を口にしようとするが結局思い浮かばず――そのまま困ったような愛想笑いで誤魔化した。

 

 

――……ょぅ……ぁ…………っ

 

 

「ほれ、早速来よったわ」

 

 そうこうしている内に遠くの方から声が聞こえてきた。若い女が何か叫んでいるようだ。

 聞き覚えのあるその女の声に、銀髪の女はそちらに目を向ける。

 そして声の主の姿を確かめようと、女はしかめるように目を細めた。

 

「桔梗様ーー!!」

 

 その先に見えるのは、先ほど自分たちが焔耶と呼んだ活発そうな少女が巨大な棍棒を振り回しながらこちらに向かって馬を走らせている光景だ。

いや、さらに目を凝らせば、どうやら背に誰かを乗せている様だ。

黒髪黒目の、いかにもごくごく普通という言葉を体現したような男だ。その背に負っている荷物からして恐らく旅人なのだろう。しかしなぜか縄でぐるぐる巻きにされて――

 

「桔梗様―! 賊をひっ捕らえてまいりましたーっ!」

「だから! 自分は賊じゃありません! 疑われるのは百歩譲ってしょうがないとしても有無を言わさず連行というのは酷すぎます!!」

「嘘を付け! こんな所を一人でのこのこ歩く旅人がいてたまるか」

「一人でのこのこ街道を歩く盗賊だっていませんよ!!」

「えぇい、ごちゃごちゃうるさい!!」

「横暴だっ!!?」

 

 

 

「…………」

「…………ねぇ、桔梗」

「頼む。皆まで言うな」

 

 

 

 浮かべていた愛想笑いを引き攣らせた女が何か言おうとするのを、桔梗と呼ばれた女は呆れた顔で懇願する。呆れ顔とはいえ、こめかみには僅かに血管が浮き出ており、握り締めた拳はぶるぶると震えている。

 当然後ろに控えている兵士たちにもそれは見えている。

 最前列で待機している兵士は自分達の指揮官の後ろ姿と、無邪気にこちらへ馬を走らせているその副官の姿を交互に身やり、そして確信する。

 

 

『あ、あの人また殴られる』

 

 

 兵士一同が、非常によくみる光景が再現されるだろう事を想い目をそっと閉じる中、グルグル巻きにされて連行されている男の叫びだけが響いていた。

 

「――だから自分の名はキョウスケ! 橘恭介! 一介の旅人です!!」

 

 

 

 

 

 箸でつままれた芋虫がごとく身をよじらせる男の叫び声が、木々の生い茂る益州の山道にむなしく響き渡った。



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益州編 ―2

まったく筆が進まないorz 一年前までの気合は一体どこにいったんだ……
恋姫、タツミー、オリジナルと考えている中、さらには先日みた映画の影響でコナン二次までorz




 

 

 

 

 

 

 

「儂の部下が大変済まぬことをした、旅の方。この厳顔、こやつの身柄を預かる将として深くお詫び申し上げる」

「そ、そんな! 桔梗様がそのような事をなさらずとも――」

「うるさい! お前は黙っておれ!!」

 

 

 

――……なんだかなぁ……

 

 

 

 どうしてこうなった。

 恭介の頭に浮かぶ言葉はその一語に尽きた。

 森の中から真っ直ぐこちらに向けて走る音が聞こえたために、獣か賊と判断して剣を抜けるように構えていざ――と思ったら飛びだしてきたのは女の子。驚いているうちにいきなり賊扱いされ、気がついたら殴り倒されるわ縛られるわ。

 後から来た兵士達が彼女をなだめようとしてくれたが当の本人は聞く耳持たず、いきなり連行されたかと思えば、今度は目の前で将軍と名乗る女性が旅人に自分に頭を下げている。

 

「どうか頭を上げてください厳顔将軍。確かに有無を言わさず連行された事には少々言いたいこともありましたが、賊を追っていたとなれば近辺にいた素姓の確かならざる者を疑うのは当然のこと。しかし、将軍は今こうして私の無実を信じてくださいました。しがない旅人である自分には十分すぎる措置であります」

 

 心から恭介はそう思う。

 荊州を旅していた頃は、賄賂を断ったために罪人扱いされかかった事もあった。幸い、その場に居合わせたお偉い様のおかげで事なきを得たが、一歩間違えれば今頃自分は最悪この世にいなかっただろう。

 それに比べれば、連行程度で済んだのは僥倖とも言えた。

 

「む、そう言ってもらえると助かる。こやつは常識をどこかに置いてきた猪故な――」

 

 口にこそしなかったが、おそらくほとほと困っているとでも言いたかったのだと推測した恭介は内心、目の前にいる将軍にお疲れ様ですという言葉と共に手を合わせる。

 

「しかし桔梗様。あれだけ荊州と益州をまたぐ道が危険だと知られていながら、この道を一人で歩いていた者です。怪しむには十分――」

「怪しんだ事を叱っているのではなく、問答無用と言わんばかりにその獲物で殴り飛ばした事は叱っておるのがまだ分からんのか!!」

「う……」

 

(……確かにあれは痛かった……)

 

 咄嗟に力の流れる方向に跳躍してダメージを軽減できたからよかったものを、もしあのまま馬鹿正直に受けていたら、あばら骨の一本二本は確実にへし折られていただろう。

 おそらく青あざが出来ているだろう未だ痛む脇腹をそっと手で押さえながら、恭介は半分涙目になりながら叱られている金棒女(仮名)に視線をやった。

 

 

――どうやったらこの状況収まるのかな……。

 

 

 口にこそ出さないが、恭介はそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 運の良い事に、最寄りの街である永安までは何事もなく辿りつく事が出来た。

 今現在、厳顔将軍率いる部隊は出没する賊の対処に当たるために永安を拠点としているらしく、そこへの帰還に同行する形となったのだ。今は予備の馬を一頭貸していただき、揺られながらのんびりと馬を歩かせている。歩きで十分と何度も行ったのだが、怪我人を歩かせるなど~という言葉に折れて、こうして好意に甘える事になった。

 整備されているとはいえ足場の悪い山道を歩くのはちょうど億劫だったので、正直助かる。馬に乗るのは久しぶりだったが、歩かせるだけならば問題ない。自分に馬術を教えてくれた涼州の友に改めて感謝しよう。

 そして道中、やはりというかその間に色々聞かれはしたが疑ってかかってのものといった様子はなく、あくまで確認の様なものにすぎなかった。

 

「なるほど、荊州ほどではないとはいえ中々に栄えている街ですね」

 

 数日かけてようやく到着した街――永安は、荊州の様な商人の町という感じではなく、農民による街といった雰囲気の強い所だった。

 そのため立ち寄ってきた荊州や北の町々に比べると小規模ではあるが、それでもそれなりの商人が街を構えている所を見ると、この街の領主――厳顔将軍がどれだけ努力したかが透けて見えると言うものだ。

 

「もっとも、この街も近々紫苑……すまぬ、黄忠将軍に譲る形になるがのう」

 

 厳顔がそういって目線で示す先には、薄紫の髪をたなびかせるエロい――もとい、妖艶な美女がくすりと笑って見せた。

 

「私は、荊州からこちらに流れてきた者だから領地をもらうなんてまだまだと思っていたけど……」

「荊州――では、ひょっとして劉表様の所で?」

「正確には長沙太守の韓玄様にお仕えしていて……もう三年になるかしら。子供が産まれたのを機に将軍の座を辞して益州に移ってきたのだけれど……色々あって、また弓を手に」

 

 そう言って彼女が軽く触れる弓。恭介は一目見て、それが自分には引くことも叶わないだろう強弓である事を察する。

 だが同時に、何よりも恭介がショックを受けたのは――

 

(……子持ちの人妻……マジでか)

 

 今までにも目を奪われるような美少女や美女はこちらに来てから何度か目にしたが、ここまで妖艶な女性は初めてだった。

 恭介も男だ。美人を眺めることは大好きだし、桃色一色の妄想をしたりすることもあるが、それがすでに人の物となると……なんとなく悔しい気分になる。

 

「おい貴様! 紫苑様に色目を使うんじゃない!!」

 

 少しどんよりとした気分を更に盛り下げてくれるのは、この数日でもはや聞き慣れたこの罵声。

 恭介はうんざりといった様子で声の主に顔を向ける。

 

「……魏延将軍。自分の何が貴殿を御不快にさせているのか分かりませんが、そろそろ機嫌を直していただけないでしょうか」

「ふーっ!」

「せめて人の言葉で会話してくださいよ」

 

 なんというか、よっぽどこの人とは相性が悪いようだ。

 恭介がやれやれと肩を軽く竦めると、黄忠将軍はもう慣れたでしょうと笑う。

 

「慣れたといっても、長く人から敵意を浴びるのはごめんこうむりたいのですが……」

「あらあら。長く幸せに生きるコツは図太く、そして強かになることよ? だから……ね? 私の下に来ないかしら? 読み書きが出来るのならば下働きとしては十分よ。色々と鍛えられるし、鍛えてあげるわよ?」

 

 おそらく、魏延という少女がやたら自分を敵視しているのはこれが原因なのだろうなと、恭介は推測していた。

 先ほどから隙あらば――というわけでもないが、なぜか厳顔将軍や黄忠将軍から文官達の下働きとして来ないかという誘いを受けていた。

 正直に言って訳が分からない。

 以前にもいわゆる『お偉い様』と関わった事は幾度かあった。だが、知己として引き止められることはあれど勢力――組織の一員として誘われた事などほとんどなかった。

 唯一あるとすれば、人手不足のためか人材の獲得に躍起になっていた陳留太守――その部下という女性に文官の誘いを受けたくらいだ。

 その時は陳留太守の厳格さと能力を知る者たちが多く集まった事を理由に部下の女性からの推薦を辞退した。代わりになぜか彼女と知己を得て、この世界における信頼の証と最上級と言える真名を預かる事になった。

 今にして思えば状況に抗おうとして結局流されかかっていただけだったのかもしれないが――まぁ、悪くない思い出である。

 

「自分にはもったいないお言葉ですが、やはり辞退させていただきます。自分の能力が将軍たちのご期待に添える能力に達しているとは到底思えません。なにより……自分は未だ、――旅の途中ですから」

 

 

――いつ終わるか分からない……けど。

 

 

 言葉にはせず、恭介は口の中でだけそう呟いた。

 口にすれば、本当に帰れるかどうかという不安までもが出てきそうだったからだ。

 

(数えが正しければほぼ五年……か)

 

 あれから随分と経ったものだと思う。

 あのだだっ広い荒野から当てずっぽうに歩き回りながら、出会った人や運に助けられてきた。

 そして元の世界に帰る手掛かりを探してずっと旅を続けてきたが、未だそれらしき物は見つからないまま。

 一度だけもしやという手がかりもあったが、結局それも外れ。

 

(本当に……旅が終わるのはいつになるのやら……)

 

 黄忠将軍が未だ自分の方を見ているのは分かるが余り気にならず、恭介は思わず身体を逸らして空を仰いだ。

 

「いつ終わるかのか、あるいは――終わらせられるのか……面倒だな、本当に……」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

(特に目立った動きも見せず、仕官話を振っても大して興味ない様子。間者ではなさそうだけど……おまけに字がないとは……変な男ね)

 

 黄忠と厳顔が、恭介と名乗る旅人を不審に思ったのは他でもない魏延の行動のせいだった。

 魏延が言う様にこの益州と荊州を結び道を通る者は少ない――が、いないわけではない。

 なんらかの理由があって先を急ぐ者や、通る者が激減したことから賊も移動したのではないかと考え道に入る者。

 特に、出没している賊は優先的に商隊を襲っているために少数の方が安全だと考える者は結構おり、注意を促しても通る者はいる。

 この旅人。いくらか言葉を交わしてみたが、どうやら愚者という訳ではないようだ。恐らく以前にいた広陵でもう少し情報を待っていれば、漢中を経由した道は未だに賊がほとんど出ていないという話も耳にしたのではないか。

 もっとも、それからまた漢中までの道のりを考えるとやはりこの道を選ぶのかもしれないが……。

 要するに、この道を選んだ事自体はそこまでおかしい事ではない。

 では何が二人の注意を引いたかというと、それは魏延のあの獲物で殴られており、それから一刻――どころかほんの少しの時間で目を覚まし、今は平然と馬に揺られている事である。

 確かに頭を使う事が苦手で、いつも暴れ牛のごとく暴走しがちな彼女だがその力は確かだ。あの一撃を真っ当に受けて……いや、受け止めて且つすぐさま意識を回復させる人間が――いや、そもそも骨を折られずにいる人間がどれほどいるだろうか。

 本人はとっさに身体が動いたから助かったと苦笑いしていたが、それはとっさに身体が動くほど修羅場慣れしているという風にも取れる。

 実際、彼の動きはまだ少々の無駄があるものの、ただ鍛えただけのそれよりも洗練されている。

 ある程度身体を鍛えていた途中で、誰かに身体の動き方を教わったと考えると納得できる。そういう身体運びだ。おそらく今も彼は成長途中なのだろう。

 なにより、馬の乗り方に至ってはかなりの腕前だ。益州では地形の関係で歩兵の方が好まれるとはいえ、一応騎兵も育てている。一介の旅人である筈の彼が、曲がりなりにもきちんと訓練を受けた兵士と同じ位――いや、先ほどからちまちまと障害物をすいすいと避けながら進ませている所をみると、それ以上に馬の扱いには慣れているのかもしれない。

 

――様々な技術を、一流とまではいかなくとも備えている男がただの旅人なのだろうか?

 

 口には出さずとも目線で厳顔が同じことを考えていると理解した黄忠は、会話の中から旅人の事を探ろうとする。

 旅の目的。経緯。どうやら生まれ故郷に戻るための旅を続けている様だが、その生まれ故郷の話に関しては、かなり話がボンヤリしている。

 会話の途中で彼の生家が、海の近くにある大きな街らしい事は分かったが、それ以上の事が良く分からない。その情報もつい口が滑ったという様子で、それ以上の事はほとんどが誤魔化された。

 自分の身分を隠して旅する、奇妙な男。

 さらにいえば、現れた時期も悪い。

 最近、件の賊にこちらの動きを知られている様子があったので情報に注意し、哨戒・警戒の動きを変えたばかりの時に現れたのだ。

 

(怪しいし……不審な点は多々ある。けど、何度誘ってもこちらの懐に飛び込もうとはしないし……うーん……)

 

 これほど扱いに困る存在も珍しい。それを言えば、そもそもの賊騒ぎさえなければこんなにも人を疑わなくともよかったのだが。

 ちらりと厳顔に目くばせをすると、彼女は周囲に分からないように軽く肩をすくめて見せた。向こうも判断に困っているのだろう。

 あえてこちらから見た彼の立ち位置を言葉にするならば、限りなく黒に近い様な気がしなくもない白――いや、やはりよく分からない。

 

(でもまぁ、監視をつけておいて損はない……といったかしら?)

 

 黄忠は、未だに恭介と名乗る旅人相手に威嚇を続けている少女の横顔を見てクスリとほほ笑んだ。

 あぁ、ここにちょうどいい番犬がいた、と。

 彼女の様子を見る限り、何を言わずともこの自称旅人に突っかかってくれるだろう。

 言葉こそ悪いが彼女が食ってかかるのをなだめていけば、彼もこちらに対する警戒を緩めるかもしれないし――なにより、もし、彼が本当にただの旅人だと言うのならば……

 

(引きこめるかもしれないわ。私達の懐に……ね)

 

 馬の上で器用に身体を反らし、空を見上げながら何事かつぶやいた男の横顔を見ながら、黄忠は静かに、そして妖艶に微笑むのだった。

 

 

 

 

 



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益州編 ―3

 

 

 

――予想通り、あの二人は自分達の主力をほとんど永安に連れていったな

 

 

 

――ここまでは計画通りというわけか。……報告? なんだ?

 

 

 

――……知らない男が一緒? 構わん、放っておけ。どうせ意味はないんだ。それに邪魔になるのであれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

――殺せ

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 永安にたどり着いたのは日が沈む少し前だった。宿は厳顔将軍が取ってくれた、ちょっとした高級旅館を使用している。正直そこまでしてもらわなくてもと思い「安宿に泊まりますから」と何度も言ったのだが、どうも面子の問題らしい。

まぁ、路銀を使わずに贅沢できるのならば悪くはない。そう思ったのは、めったに口に出来ない暖かく豪華な食事と酒を腹に納め、久方ぶりの湯浴みを楽しんでから寝所に入るまでの事。

 そして今――

 

 

 

 

 

「おい、貴様いつまで寝ている! もう朝だぞ!」

「…………いや、もう起きていますし。そもそもなんで貴女が来ているのですか、魏延将軍」

「貴様の世話係を命じられたからだ!」

「一将軍に身の回りの世話をさせるとか庶民である自分の胃がストレスでマッハなんですけど!!?」

「うるさい、良く分からん言葉を使うな!!」

 

 

 野宿生活の多い旅の癖で日が昇るのとほぼ同時に目を覚ました恭介は、やはり旅の癖ですぐに装備品の確認を始めていた。寝る前の手入れと、起きた後の再確認。これを怠れば、それはそのまま自分の危機へと直結すると、世話になった河賊の娘に耳がタコになるほど聞かされた言葉だ。

 部屋の戸がやけに乱暴にノックされたのは、ちょうど確認と、一部手入れのやり直しを終えて一息つく――そんな時だった。

 こういう宿にしては随分と乱暴だなと思い警戒しながら戸をあけると、そこには昨日いやというほど見た顔が、仏頂面を見せていた。

 

 

 

―― いや、ほんとになんで?

 

 

 

「とにかく行くぞ! 桔梗様と紫苑様がお前に街を案内しろと言うので仕方なく案内してやる! あ、夜には宴もあるからな!?」

「……俺――いえ、私も出るのですか?」

「うむ、昨晩の非礼を詫びねばならんのでな!」

「…………」

 

 恐らく非礼というのは魏延将軍のあの重い一撃の事だろうし、つまりは自分に非礼を働いたのは目の前にいる魏延将軍に他ならないわけで……

 

 

(どうしてそんな自信満々に言ってんのさ)

 

 

 ものすごく突っ込みたいのだが、同じ仏頂面でも昨日に比べたら少しはマシに見えなくもない将軍の顔を見ているとそれも野暮かと思ってしまう。

 加えて言うならば、昨晩までの時点でかなりお世話になっているというのにこれ以上の謝罪を重ねようとする黄忠、厳顔両将軍の姿も不自然だ。

 思い当るとすれば――

 

「魏延将軍、つかぬ事を伺いますが……」

「なんだ!?」

「……ひょっとしてこの益州――いえ、黄忠・厳顔両将軍の下では、人材が不足していらっしゃるのでしょうか?」

「……ふん」

 

 なぜか、こっちが質問をしたときにこれから斬り合いでも始めかねない程警戒をしていた将軍が、それを聞くと同時に妙に自信に満ち溢れた様子でふんぞり返った。

 

「人手など十分に足りておるわ! この魏文長がいるのだからな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――あぁ……。これ、致命的だわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、市から商人たちが立ち去った跡が見えるな……。数もかなりのものだ)

 

 恭介が魏延の案内である程度の場所を把握した後、一人で歩き回っていたのは市の中だった。

 案内役の魏延も一応は務めを果たそうと色々案内をしてはくれたのだが、恭介が気にかかったことに関しては知らなかったようで、

 

『いちいち細かい事を気にするな!』

 

 という一言で押し切られてしまった。

 軍に関する所は、やはり成り立てとはいえ将軍を名乗るだけあって、程々に詳しく教えてくれたのだが……。

 

(将軍達、苦労してるんだろうなぁ……。良くも悪くも。)

 

 心の中で厳顔・黄忠両将軍に手を合わせた恭介は、そのまま市の中を歩いていく。

 ここに到着した際に大きな市を通ってはきたが、そこはここまで目立つ痕跡はなかった。

 恐らくは、風評などを気にした将軍がある程度手を廻して商人たちを留まらせたのだろう。

 

(税率で優遇……程度じゃ無理か。堅実かつ現実的なものだと、商隊の護衛に益州兵を貸し出しているのかな。ついでにそれにかかる糧食関係はその商人から買い取ってんのかな)

 

 おそらく、商人からすれば固定客の確保に加え、州の有力者との太いパイプを繋ぐことができる。盗賊の件に関しても、両将軍から貸し与えられた兵ならば信頼は置けるし、兵士たちとの間のつながりも、商いをする者として軽視はできない物だ。

 

 

 

(荊州寄りの街というだけあって、元々はかなり栄えていたみたいだけど……やっぱり賊の影響が根強い、か)

 

 商人というものは、情報を集め、吟味して動く生き物だ。

 当然かなり早い段階で賊の情報を手に入れていたはず。恐らくは州牧――あるいはその配下の将軍達の力量を見てこの地に拠点を残した者たちも多かったハズだが、今ではここまで減っている。それはつまり――

 

(州牧劉焉、そして将軍達の力量を疑問視する者が増えた何よりの証拠。だからこそ、とっておきの将軍……いわば切り札を二枚切った訳か)

 

 賊の影響が、自分が想像していたそれよりもはるかに大きく、そして根強いものになりつつあることを感じながら、恭介は辺りを見渡して目的の店を見つけ、その戸をくぐる。

 

「いらっしゃいませー! お好きな席へどうぞー!」

 

 恭介が探していたのは、飲食を満たせる店――酒家だった。

 店に入るなり、元気な少女の声が響き渡り店の中へと案内される。

 店内の雰囲気は明るく、客も多い訳ではないが、悲壮感に満ちた顔で酒に溺れる者は一人もいない。

 

「おぅい、店の者よ、酒のお代りを頼む! つまみのメンマはまた大盛りでな!」

「はーい、ただいまーっ!」

 

――なぜか不機嫌な顔で酔い潰れようとしているものならばいるが。

 

(……どんだけ飲んでんだこの人?)

 

 白を基調とした、やや肩や足周りの露出の多い服を着た蒼い髪の女は、文字通り水代わり――いや、それにしても多い量の酒を文字通りガブガブ飲んでいる。一見ある程度飲んでいるだけのようだが、仕切り越しに僅かに見える厨房の方には、あまりの多さに処理の追いつかない大量の酒瓶が見え隠れしている。

 

(…………まぁ、いいや。深く気にしない事にしよう)

 

 その女性――正直、かなりの美人なのでもう少し観察していたかったが、経験上大酒飲みの美人に絡むとろくな目に遭わないのがいつものことだったの――本当にいつもの事なので、それを無視して席につく。

 

「すみません、今日の定食と水を一杯お願いできますか」

 

 通りがかった給仕に注文を頼むと、やはり元気のよい声で「はい、かしこまりました」と返事を返し、厨房の方へと消えていった。やはり雰囲気は悪くない。

 

(まぁ、ああいう人が飲んでられるのならば、まだこの街は大丈夫かなぁ……)

 

 午前の間に魏延と街を見て回って分かった事は、黄忠・厳顔両将軍の人気の高さだ。

 魏延将軍も、意外や街の人間からの人気は高いようで、道を通れば様々な街の人から手を振られていた。

 この三人がいるのであれば、永安は揺らがない。そう信じている節がある。

 

(って当然か……三国志のゲームでもこの三人が常駐してる都市なんてそれだけで攻撃ためらうし、賊が発生しても即座に鎮圧できるしなぁ……)

 

 自分が向こう側にいた頃にちょくちょくやっていたゲームを思い出した。

 むろん今現実としてここにいる以上、それや本から得た知識が役に立たないというのは重々承知してはいる。

 いわば、この世界で自分だけが持つだろう先入観は、当然、この世界の人間が持ちえない視点だ。役に立つこともあれば、足を掬われることだってある。

 そも、全員が女という時点ですでに色々ずれているのだ。

 

(今考えるべきは自分の動きか。出来る事ならば明日――は、どう考えても無理か。明後日くらいにはここを発ちたいんだけど……)

 

 どうにもそれが可能な感じがしない。というか、明日がだめなら明後日という訳でもなく、そのままずるずるとあの二人の将軍に引き伸ばされそうだという妙な確信があった。

 

(何があの二人の気を引いたのか……)

 

 魏延将軍の言のように一人でノコノコやってきたのが疑われる原因なのだろうか?

 いやいや、一人で旅する連中など、それこそ山の様にいる。

 確かに、その半分ほどは何らかの理由で故郷を追われたり、どこかで罪を犯して逃げたりするものが多いのも間違いではないが――

 

 

 

 

 

――あれ? いややっぱこれじゃね?

 

 

 

 

 

「お待たせいたしましたー。本日の定食でございます!」

 

 ちょっと思考が鬱な方向に向かい掛けていたところに、まるでタイミングを図ったように給仕が定食を運んできた。

 昔からの癖で反射的に軽く頭を下げて、定食の乗った盆を受け取る。

 

(賊の目的はなんだろうな……)

 

 賊さえいなければ、この益州への旅も複雑な事を考えずに済んだというのに。

 

(もうだいぶ商人も道を変えているんだから、この場所で賊を続ける旨みってあるのかな? いや、いきなり州の将軍に襲われた逆恨みとかじゃなくて……別にさっさと違うとこ行けよとか思ってるわけじゃなくて――まぁ、死ねボケェというかイヤイヤ……)

 

 ともあれ、賊の目的次第では成都までの道、そして益州から出る道で遭遇する可能性は十分にある。賊の一人二人程度ならばどうにかする自身はあるが、集団ともなると厄介なことになる。

 

(……考え方を変えよう。荊州と益州の道を封鎖する事で何が変わった?)

 

 益州内はともかく、一番変わったのはやはり流通路だろう。

 水が入った湯呑みの様な陶器の中に指をさし、机の上に水で軽く地図を描く。

 益州の主要都市である成都、梓潼、江州、そしてここ永安の位置を水滴で指し示していく。

 

(これまでは、江陵、武陵に続くこの永安がいわば出入り口だった。その出入り口が狭まったとなると……)

 

 ここ益州は作物の種類こそ違うが、北部に次ぐ穀倉地帯だ。その需要はかなり高い。

 現に荊州などはなんらかの理由――たとえば災害などで足りない分は商人が益州から仕入れて売りさばいている。

 

(そうでなくても、この世界では益州経由で香辛料なんかが豊富に出回っている。商人から益州の物は高く売れるというのはよく聞いていたし)

 

 海がないため需要の高い塩と香辛料の類の取引は盛んに行われており、そのため荊州などでは益州との交易で立場を築いた商人が多くいる。―― 一攫千金を夢見て落ちぶれた者も少なくないが……。

 恭介は永安を指し示す水滴の隣に、濡らした指で×を書く。

 

(こうなると……物の流れは当然変わる)

 

 次に金になりそうな中原に出るには、道を外れて山を越えるか漢中を経由するしかない。

 大量の荷を抱えるならば山を越えるルートは不可能。個人レベルの荷物ではどれだけ効果でも小遣い稼ぎにしかならないだろうし、それも現実的ではない。

 となれば、商人に残されたのは漢中を経由するルートしかない。

 

(益州商人はこれまで主に荊州との交易でやりくりしてきた。その物流……いや、富の流れから荊州が外れる)

 

 そして物流が変わるという事は益州にとっても大きな変化がある。これまで塩を入手するのに大きな労力を必要としなかった美味しいルートを変更せざるを得なくなる。

 市場的な意味合いで、次点でもっとも旨みがあるだろう漢中から中央へと至る道を書いてみるが、

 

(漢中を経由すればある程度は稼げるだろうが、今までの様にはいかないだろう。そもそも単純にこれまでよりも距離が増えて日数がかかる。それだけでも道中で落とす金は結構な額になるだろうし……)

 

 長期的――いや、戦の香りが濃くなってきている今の情勢ではもっと短い時間で、益・荊両州の力を削ぐことになるだろうという事になるが……一介の賊がそこまで考えるだろうか?

 いや、賊だと想定した考えで行き詰ったのだから、それは無視すべきだ。

 

(だいたい、獲物が少なくなっている狩り場に居座り続けている時点で普通の賊じゃないんだよな。これまでの略奪で十分に稼ぎはあったのだから、その金を使っても移動すれば――いや、もっと言えば)

 

 そもそも、荊州への道は益州にとって最重要と言っていい交易路だ。

当然、配備されている兵は精鋭だったはず。いや、そうでなければならない。それが何度も裏をかかれているというのが気になる。

 交易路の警備という仕事に慣れて油断していたとしても、これほど被害が出るというのは普通あり得ないし、痕跡すらつかめないなど尚更である。

 

(相手がずば抜けた精鋭だった? 正規の訓練を受けた兵士より……というのはあり得ないか)

 

 仮に敵が兵士並みの技量を持った存在だとしても、ここまで一方的な事になる筈がない。

 なんらかの方法――例えば末端兵士への買収、あるいは潜入させての情報収集など――で、警備隊の情報を抜き取っているのだとしても、確実に裏をかき続けられるハズなどあるはずがない。

 仮に裏をかけ続けるとすれば、――

 

(…………やっぱり早い段階でこの街――いや、とんぼ帰りでもいいから益州を出よう。無茶苦茶ヤバイ感じがする。情報よりも命だ)

 

 考え事に集中しすぎていたため、机の上には漢のおおよそ三分の一ほどを簡単に描いた地図が出来ていた。

 とりあえず、目の前の食事を食べながら今後の計画を立てようと箸を取って焼いた川魚を口に入れた瞬間。

 

「これ、そこの御仁よ、何を辛気くさい顔をして……その様な顔で酒家に来るのはいかがなものか?」

「…………ぁん?」

 

 まさかの伏兵が現れた。

 

 

「先ほどから何やら難しい顔で延々延々、悶々悶々とまるで稟のように――あの者も、やれ路銀の使い過ぎだ、メンマの買いこみ過ぎだの……別れの時ですらネチネチネチネチ昔のことを引き合いにいつまでも――」

「なんの話をしている!!?」

 

 思わず振り返って言い返すと、その反応を待っていたと言わんばかりにこちらの顔を覗き込んでいる先ほどの女が立っていた。

 ニヤリと笑う女は、こちらの肩をつかんだまま、隣に仁王立ちしている。もう片方の手にはメンマが入っているのだろう壺がある。……いや、でもなんでメンマ?

 

「よいか、御仁。ここはウジウジとどうでもいいことを考える場所ではない。嫌なことを全て忘れる場なのだ!」

「勝手に酒家を現実逃避の場所にしてんじゃねぇ!!」

「それを貴殿は――酒に対して申し訳ないとは思わんのか!?」

「一滴も飲んでねぇよ! これは水だ! み・ず!」

「水!? 酒家に来て水とこんな安そうな定食だけですと!? なんと……なんと恥知らずなっ!!」

「恥を知るのはてめぇだろうが!? これ美味ぇんだぞ!!?」

 

 いきなりいちゃもんを付けてきた女は、思いっきり不機嫌そうな顔で――しかし慣れ慣れしくこちらの肩に手を廻したかと思うと、驚くほどに自然な身のこなしで自分の隣に腰を下ろした。

 

「そこで、どうでしょう? 何か悩みがあるのならば申してみては?」

「なんで初対面の女に話さにゃならん。――そもそもお前は誰だ」

「ふむ、人に名を名乗る時は自分からというのが礼儀では?」

「昼間っから酒飲んだくれたあげくに他人に絡んでいる奴に言われたかねぇ!!」

 

 本当にどうして、自分に絡んでくる女は癖の強い奴ばかりなのか。

 相手をしなければ絡まれ続け、相手をすればすればでやはり絡み続けるのだろう。

 頑として肩から手を離さない女の顔を睨みつけながら、半ば恭介は確信していた。

 

「……橘恭介。旅人だ。」

「それは……なんとも妙な名ですな」

「ほっとけ。それで? そっちの名は?」

「それにしても、この時勢に一人旅とは豪気な事。一体いくつの土地を歩き回ったので?」

「無視か!? 自由か!!?」

「まぁそれは置いておきましょう。旅人というなら土産話の一つや二つは持って当然のハズ。ここは私が奢りますから、酒の肴に一つ……。おーい、酒の追加を頼む!!」

「だ・か・ら――」

 

 

 

 

 

 

 

「人の話を聞けやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、行ってしまったか」

 

 自らを旅人だという男が去った後、彼に先ほどまで絡んでいた女はそのまま男が座っていた席で、メンマを肴に酒をちびりちびりと飲んでいた。

 

「実にからかい甲斐のある――いやいや、面白そうな御仁であったが……」

 

 一目見た瞬間に、あの男がそこらの町人でない事はすぐにわかった。

 服飾の生地の隙間から垣間見えた体つきは、ただの旅人にしてはかなり鍛え上げられていた。

 どうしても気になり、絡み酒の振りをしてその身体に触れてみれば――なかなかどうして、鍛えている肉付きだ。惜しむらくは、いわば完成している武人の肉体には程遠いが……

 

(あれは私のような武人や、切り込むための将とは違う肉の付き方……)

 

 例えるならば、状況に対応できるように訓練した兵士の身体だ。その上で、将に求められる武を身につけるような訓練をしたと言ったところだろう。

 そのような訓練、才のない人間ならばちぐはぐになり、常人よりもやや力がある程度にしかならないはず。

 だが、あの旅人は間違いなくそれで生き残ってきているのだ。

 触れた時に感じた、そして布地の隙間から見えた傷跡が、あの旅人がくぐってきた修羅場を物語っていた。

 

(あの肉の付き方かして……恐らく得物は腰に差していた剣と……そして恐らくは弓)

 

 持っている様には見えなかったが、恐らく鍛錬はかなりしているはずだ。いや、今も続けているはずと言うべきだろう。

 しかし、あの男との会話は、どこか浮世離れした物を感じさせた。

 この街、この州、……いや、この大陸に生きる者とはどこか違う空気。

 この大陸に生まれた者は、どこか争いの匂いを染み付けて育ってくる。

 街の中では商人や役人――あるいは兵士のいざこざが、離れた村に生まれたのであれば、今度は賊や不貞兵士と脅威があるように、この大陸に生まれた者は必ずと言っていいほど血や暴力に揉まれて育っていく。

 その中で自然と染み付く、ある種の血の匂いという者が、あの旅人からはしなかった。

 

 好物であるメンマを咀嚼し、飲み込んだ女は、今度は机の上の半ば乾きかかっている水滴で描かれた絵――地図に目を落とす。

 

「これが恐らく永安。この印は荊州との交易路ならば、この点は恐らく漢中……そして」

 

 女の指が、恐らくは男が何度も指でつついたのだろう、未だにやや大きな水滴となって残っている一点でぴたっと止まる。

 かなりおおよその地図ではあるが、恐らくこの場所は――

 

「……なるほど……」

 

 自然と女の頬が緩み、口元が釣り上がる。

 女は、直感に近いが、確信した。あの男はきっと普通ではない、只者ではないと。

 これでも多くの人間を見てきたのが女の自慢なのだ。だからこそ、分かる。

 ごく稀に、ああいった人間が出てくる。

 恐らくは己の目的のために生きようとしているのだろうが、気がつけば大きな流れの中にいる。流れに流されるか、流れに乗るか――あるいは、流れに逆らうか。

 

 

 

「旅人、橘恭介……」

 

 

 手にした杯を煽り、酒精を身体に取り込む。

 この益州に、目当てとする物がなくて飲んでいたのだが、今日はこれからいい気分で飲めそうだ。

 まだ、この大陸に、可能性を感じさせる者がいる。

 これから戦乱へと向かうだろうこの時代に、修羅場をくぐり抜けた身体と、どこか浮世離れしたような空気を纏うちぐはぐな存在がいる。

 それが女には、どうにも愉快で仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

「……興味深い御仁だ……」

 

 

 

 

 



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