ぐだ子と新宿オルタズと異世界特異点 (さんあめま)
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1話

南極大陸に魔術的に隠蔽された標高6000メートル級の名もなき山脈。

そしてその山頂付近に居を構える人理保障機関カルデア。

白磁の建物の一角。ブリーフィングルームと呼称される一室で二つの人影が会話をしていた。

 

「コフィンに不具合?」

 

一人は十代後半の茶髪の少女、藤丸立香。

元人類最後のマスターにして、魔術王の企みを阻止し、人理修復を成し遂げた者。

そしてもう一人は、

 

「そうとも」

 

ぴんと人差し指を立て、立香と向き合い説明する女性。

見た目には眼鏡の似合う知的な美女。

しかしてその実態は自らの肉体を理想の女性に作りかえた偉大なる変質者、召喚例第3号。

サーヴァントキャスター。万能の天才、ダヴィンチその人である。

 

「天才を持ってしても出所不明のプログラムが混入していてね。どうやらどこかにレイシフトされるようだが、詳細を調べようにも何度解析を試みても弾かれる。全容を見るには一度プログラムを走らせてみるしかない、というワケさ」

 

「大丈夫なのかな、ソレ」

 

罠の確率が高い正体不明のものをわからないまま使う、というのは随分と豪気が過ぎるような気がする。

差し迫った状況ならばともかく、余裕があるならば回避したい。

君子ナントカともいうし、と立香は考えた。

 

「大丈夫、とは言いきれないけれど、何時また亜種特異点が発生するかもわからない。万全を期すためにも不確定要素は取り除くべきだし、処理作業にはカルデアがビジー状態でない時に臨みたいのさ」

 

「確かに」

 

コフィンはレイシフトの際、安全に深く関与するものだ。

レイシフトは一度実行してしまえば帰還まで中断することはできない。不測の事態が頻発する特異点攻略に不安要素を抱えたまま向かうというのも良くない。

今のところ五つ目の亜種特異点は現れる兆候はないが、事前準備だけは怠るべきではないだろう。

 

「それに、科学、魔術のありとあらゆるアプローチを試した結果、敵意や害意は含まれていないのだけは確認できた。どちらかといえば毎年恒例のハロウィンのような反応だね」

 

「それは、地獄、では?」

 

人理修復中に二度。修復後に一度。

累計三度経験したハロウィントリロジー。

その消し去ることのできない記憶に立香は背筋をぶるりと震わせた。

 

「こちらから連れていけるサーヴァントは二騎。それ以上を連れていくとプログラムは作動しないらしい。メンバー選抜は立香ちゃんに任せよう」

 

「二人か……」

 

立香の脳裏に想起されるカルデアのサーヴァント達。

詳細不明の状況で連れていける戦力は二人のみ。

単純戦力、状況適応力、優先させるべきは何か。

よく考えて判断しないといけない。

立香は腕を組み、片方の手を口元に当てた。

長く思考する際の癖だ。

 

と、

 

「へぇ…面白い話をしてるわね」

 

突然の第三者の声に二人は振り向く。

 

「……!ジャンヌ!」

 

ブリーフィングルームの入り口に立っていたのは見知った黒衣の女性だった。

ジャンヌ・オルタ。

ジル・ド・レェによって聖杯から産み出された、聖処女ジャンヌ・ダルクの贋作。

 

初めて出会ったのは第一特異点オルレアン。

邪竜を従える魔女──敵として、カルデアと立香の前に立ち塞がった。

カルデアで召喚されたサーヴァントに加え、現地のサーヴァントの協力もあってなんとか撃破。

そこからクリスマス、贋作回収騒動を経て紆余曲折の後、カルデアに召喚された。

始まりこそ敵同士ではあったが今となっては大切な仲間の一員だ。

 

マスターとサーヴァントとしての関係は比較的良好。

常に斜に構えたようなスタンスで口では文句ばかりだが、なんだかんだと付き合いは良い。

日頃の態度からか、忠誠心の高い他のサーヴァントからの印象は良くないが、元より立香は杓子定規な主従関係などに固執するつもりはない。

むしろ彼女の気安い態度を好ましいとさえ思っている。

 

 

そんなジャンヌ・オルタの今の格好は、ファー付きの黒いコートに白いふとももが眩しいタイトなミニスカート。

以前解決した亜種特異点新宿。

その時のジャンヌ・オルタが着用していた衣装だ。

カルデアに召喚されている彼女は新宿のジャンヌ・オルタとはまた違う存在なのだが、カルデアのデータベースで新宿での記録を見てから後、かの地での装いを自作(!!)し、気に入ったのか度々着るようになった。

 

尚、映像記録に残っていない部分──新宿から退去する際の詳細を立香から無理矢理聞きだし、異なる自分がしでかした事にしばらく身悶えた後、何やら創作活動に励んでいたとの報告が上げられている。

 

「丁度ネームに行き詰まっていたのよ。マスター、私を連れていきなさい」

 

「それは、願ってもないことだけど」

 

性格上の問題か矢鱈と力押しを好み、火力一辺倒のきらいはあるがその火力こそが破格。

気分屋故に扱いには注意が必要だが、戦力としては申し分ない。

何よりルルハワでの度重なるループを共に乗り越えた仲だ。

ついてくるというのなら頼もしい。断る理由はない。

 

と、

 

「ほう、廊下の先から田舎娘の声がしたと思えば…随分と面白い話をしているな」

 

「げ」

 

愉悦に歪んでいたジャンヌ・オルタの顔が一瞬で苦虫を噛み潰したかのような表情に変わる。

 

「あ、アルトリア」

 

続いて現れたのはアルトリア・オルタ。

かの騎士王アルトリア・ペンドラゴンの別側面。

アーサー王の苛烈な為政者としての部分を強調された存在だ。

 

ジャンヌ・オルタと同じくファーストコンタクトでは敵として立ちはだかったが、特異点X冬木を攻略して後、直ぐに召喚に応じてくれたカルデアでも古参に位置するサーヴァント。

立香にとっては共に人理修復を成した大切な仲間の一人であり、ジャンヌ・オルタとは第一特異点からの因縁である。

余談だが、カルデアに召喚されたこのアルトリア・オルタ。

サンタにメイドとなにかにつけてはコスプレを嗜むようになり、最近ではバニースーツに興味を示しているようだ。

 

見れば彼女も新宿での衣装を身に纏っている。

薄手のキャミソールにフード付きのパーカー。

いささか短過ぎる程のショートパンツにハイブーツ。

黒一色だが金の髪と白い肌にとてもよく似合っている。

 

「えっと…色々と聞きたい所はあるけど、まずその服どうしたの?」

 

「これか?ヴラド公に作らせた」

 

指先で見せつけるように肩紐をつまみ上げ、アルトリアは答える。

立香に言及されたのが嬉しいのか、どことなく上機嫌な様子だ。

 

「呆れた。趣味のものを人に作らせるなんて、王サマはやることが違うわね。しかもそれ、要するに私のパクリでしょ」

 

しかしその機嫌もジャンヌの言葉によって急降下。

こめかみに青筋を浮かべながら言い返す。

 

「ふ、流石は聖処女の贋作モドキ。言うことが違う。そもそも記録を見る限りあの特異点ではお前こそが私の後追いだったようだが?」

 

「あれは私だけど私じゃないから関係ありませーん。ノーカンよ、ノーカン」

 

そして始まったいつもの言い合い。

ラリーの度に際限なくヒートアップしていくやり取りは新宿でもカルデアでも何度も経験した。

放っておけば何時まで経っても話がすすまない。矛先を変えさせるため、立香は口を開く。

 

「それで、さっきの話を聞いてアルトリアはどう思ったの?」

 

「む、そうだ。思わず本題を忘れる所だった。貴様のせいだぞ」

 

「はぁ?アンタの頭の出来の悪さを私のせいにしないでくれる!?」

 

打てば響くとはこのこと。

些細な火種に即座に反応、爆発。

二人の間はまるで火薬庫である。

 

「この狂犬女だけではマスターが危うい、私もついていこう」

 

そしてアルトリアによって投げこまれる新たな火種。

流れからして半ば予想していたことではある。

そしてこれから起きる出来事もある程度予測できる。

立香は固まったような笑顔のまま汗を垂らし、ダヴィンチは色々な事を諦め、考えるのをやめた。

 

「はああああ!?冗談じゃないわ、お呼びじゃないっての!」

 

「それを判断するのはお前ではない、マスターだ」

 

アルトリア・オルタもまた、戦力としては申し分ない。

好む戦法はジャンヌ・オルタと同じく真正面からの力押しだが、低ランクとはいえ直感スキルを保持しているのと、王としての経験から戦闘中においても常に冷静。

必要とあらば搦め手を使うことにも躊躇はない。

彼我の戦力差の計算や引き際に関しても信頼できる。

事実、立香は人理修復の最中何度もその判断に助けられた。

 

ジャンヌ・オルタにアルトリア・オルタ。どちらも立香にとっては信頼を寄せるに値するサーヴァントなのだが……。

 

「だからあんたは来なくていいのよ、後輩ちゃんを連れていくから。マスターに私、あと後輩ちゃん。完璧な面子ね」

 

「問題大アリだ脳筋女。マシュは今サーヴァントとしての力を発揮できない、忘れていたのか貴様」

 

「それでも足を引っ張らない分、アンタよりは余程マシよ」

 

「何……?」

 

「なによ」

 

この二人、もの凄く仲が悪いのである。

顔を合わせれば直ぐ言い合い。

そのくせお互いがお互いになにかと突っかかる。

もうこれは逆に仲がいいのではと勘繰りたくなる程だ。

 

「キリがない……こうなったらマスターに決めてもらう。異論はないな?」

 

「上等」

 

「へっ?」

 

付き合ってられないとばかりに、しゃがんでこっそり部屋を抜け出そうとしていた立香に突如矛先が向いた。

 

「「というわけで……」」

 

「選べマスター。この突撃女と私、どちらを連れていくのかを」

 

「そうよ、選びなさい。この冷血女と私、どちらを連れていくの?」

 

「え?え~っと……?」

 

何時の間に話が変わったのやら、どちらか一人を選択して連れていくことになっている。

どうしてこの二人はこういう所だけ息が合うのか。

見下ろされた状態の立香は頭を抱えたくなった。

 

「私よね?」

 

ジャンヌが逃がさないと言わんばかりに、立香を挟んで壁に左手をついた。

至近距離で目にした金の瞳にどきりと胸が鳴る。

 

「いいや、私だ。──そうだろう、マスター?」

 

思わず横に逃れようとした立香を、さらにアルトリアが追い詰める。

耳に直接囁くような言葉に背筋がぞくりと震えた。

 

そして塞がれた逃げ道。

ジャンヌが左手、アルトリアが右手を顔の横につき、挟むように追い込まれた立香。

彼女の前に陣取り、早く選べと催促してくる二人。

 

「さあ」

 

「どっち」

 

(た、助けてマシュ!)

 

二つの整った顔にぐいぐいと迫られ、立香はパニックに陥り、心の中で頼れる後輩に助けを求めた。

 



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2話

書けるうちはガシガシ書いていきたい所。


人間離れした二つの美貌を前に立香はテンパっていた。

 

(こんな壁ドン嬉しくないってば!)

 

立香に同性愛のケはない。

いかに女の子の理想のシチュエーションだろうが、はっとするほど美しかろうが、女性に言い寄られたところで困ってしまうだけである。

さらに人理修復を経験した歴戦のマスターとしての経験が警告している。

どちらを選んでもロクなことにはならない、と。

どうしたものかと壁に背を張り付けながら思考を回す。

 

(──はっ!そういえばここには頼れる天才がいた!)

 

起死回生の一手。

この部屋に居るもう一人の存在を思いだした立香は、ダヴィンチに視線を投げかけ助けを求める。

立香の視線によるSOSを受けとったダヴィンチは、

 

(了解、任せてくれたまえ)

 

こくりと頷き、

 

「う~ん、喧嘩する程仲がいいとはよく言ったものだね。美しきかな友情。これはもうこのメンバーでレイシフトするしかないようだ」

 

(この裏切りもの!!)

 

火に油を注ぐ言葉。

立香がジト目で睨むも、ぴゅーぴゅーと口笛を吹きながらふい、とそっぽを向かれた。

 

「ちょっと、ダヴィンチ。あんた目が腐ってるんじゃないの?」

 

「不本意だが同感だ。この女と友情などあるわけがないし、喧嘩など発生しようもない。何故なら争いとは同レベルの者の間でしか起こらないからだ」

 

「へえ、アンタにしてはまともな事言うじゃない。当然、私が上ってことよね?」

 

「フッ(鼻で笑う)」

 

「──買ったわ、その喧嘩」

 

「いいだろう、かかってこい」

 

立ち上がり、それぞれの手に邪竜の旗と、黒く染まった聖剣。

自らが敵を撃滅するための獲物が現れた。

双方が向かい合うと同時に漏れ出る、可視化するほど濃密な魔力。

 

まさに一触即発。

凄まじくくだらないことが原因で、カルデアの終末時計が十二時を示そうとしている。

 

振り上げられる凶器。

もう、猶予はない。

 

「はい!先に手を出した方は連れていきません!!」

 

強気の一手。

我慢の限界とばかりに立香が挙手しながら宣言する。

 

ぴたりと静止する二つの武器。

 

「「……」」

 

遅れて発生する無言でのにらみ合い。

 

「ちょっとアンタ、今だけなら一発くらい我慢してあげるけど」

 

「殊勝な心がけだな、単細胞。あまりに短絡的で涙が零れそうだ」

 

「──潰す」

 

「構わんぞ。お前の居残りが決定した瞬間、即座に反撃するが」

 

「ぬぐっ」

 

手にした聖剣を下ろし、余裕の笑みを浮かべるアルトリア。

手にした旗を振り上げたまま怒ったり悔しがったりと百面相をするジャンヌ。

先程よりはどこか弛緩した空気に、ひとまず直近の危機は去ったらしいと立香は息をついた。

 

そして間隙をつくように、すすすと立香の横に寄ってきたダヴィンチが口を開いた。

 

「どうかな立香ちゃん。どちらか一人取り残した場合、カルデアに大惨事が待ち受けていると思うんだ」

 

「うん……」

 

ダヴィンチの言葉に全力で同意する。

立香は二つのパターンを脳内でシミュレートした。

 

アルトリアを連れて行った場合。

イライラを隠しもせず大荒れするジャンヌ。

そして憂さ晴らしに付き合わされ進まないおっきーの原稿。

 

ジャンヌを連れて行った場合。

八つ当たりのように食堂の備蓄を食い荒らすアルトリア。

そして丁寧に作った料理を不味いと一蹴され背中に哀愁を漂わせるエミヤ。

 

どちらの光景も立香にはありありと想像できた。

おっきーの原稿とエミヤの料理人としてのプライドを守るため、これはもう、覚悟を決めるほかないだろう。

 

「わかった。両方連れていく──けどレイシフトの前にマシュの所に寄らせて」

 

「もちろん。構わないさ」

 

 

 

 

 

 

覚悟を決めた険しい表情のまま、オペレータールームに向かう。

扉を開けると、

 

「あ、先輩。レイシフトの準備は完了です、いつでもいけますよ」

 

振り向いた、カルデア制服の上からパーカーを羽織った少女。

薄紫色の髪に、前髪と眼鏡の奥からのぞくアメジストのような瞳。

そこに待っていたのは立香にとっての天使だった。

 

「それで、やはり今回も私はついていくことができないみたいで──ごめんなさい、先ぱ「マシュ~!!」

 

認識した途端、一瞬で顔が緩む立香。

神妙な顔をしてぺこりと頭を下げた後輩に、一も二もなく飛びつく。

勢いのままに両腕でぎゅう、と正面から抱き締めた。

 

「へ?きゃっ、せせせ先輩!?」

 

突然の奇行に可動域の制限された両手をわたわた振り、慌てふためくマシュ。

そんな彼女を他所に立香はたわわな胸元に顔をうずめた。

肺いっぱいにマシュの匂いを取り込む。

薄く柔らかな匂いは疲弊した立香の精神を安定させてくれた。

 

「あ゛~、癒される~」

 

「密着!すごく密着してます先輩!」

 

「よいではないか~」

 

「よくないです、見られてます!先輩!皆さんに見られてますからっ!!」

 

マシュの言葉のとおり、スキンシップにしては少々過激にすぎるその光景を背後から眺める視線が三つ。

 

(いくらなんでもそれでノンケは無理があると思うよ、立香ちゃん)

 

(むう、やはりまだマシュの方が強いか)

 

(後輩ちゃん、やっぱり手強いわね)

 

「あ、先輩!ダメっ!ダメですってば!」

 

 

 

 

「ふー、堪能した」

 

一仕事終えたとばかりに額の汗をぬぐう。

 

「もう……先輩ひどいです」

 

ずれた眼鏡と若干乱れた着衣を整えながら、マシュはジト目で立香を睨んだ。

 

「ごめんごめん、また少しの間会えなくなると思うとつい」

 

「──」

 

少しの寂しさを感じさせる声。

 

マシュの脳裏をよぎったのは、共にのりこえた七つの特異点と、離れた場所で見守ることしか出来なかった三つの亜種特異点。

セイレムでは共に困難に立ち向かったが、今度はまた、立香は手の届かない場所に行ってしまう。

共に向かうジャンヌ・オルタとアルトリア・オルタが少し、羨ましい。

傍に居られない自分と、傍に居られる二人。

ちくりと胸を刺す痛みを、マシュは顔に出さず、

 

「精一杯、サポートしますね」

 

笑顔で立香を送り出す。

 

「──うん、頼りにしてる」

 

立香もまた、笑顔で応えた。

 

 

 

更衣室で身体にぴっちりと張りつく黒と橙を基調とした戦闘服に体を通し、

 

(これを着るのちょっと恥ずかしいんだけど、っと)

 

カルデアスの前に移動。

オペレーター達の見守る中、藤丸立香、ジャンヌ・オルタ、アルトリア・オルタがそれぞれにコフィンに乗り込む。

体調は万全、気合い十分、覚悟も決まった。

準備は完了。

あとはレイシフトの瞬間を待つだけだ。

 

「仮のポイントは比較的簡単にレイシフトできる場所、1800年代のロンドンに設定しておいたよ。けれど実際は何処に向かうかわからない。いきなり水中や土の中ってことはない筈だけど」

 

「空の上なら何度かあったね、ふふふ」

 

「ああっ、先輩のメンタル値が低下していきます!?」

 

「おっと藪蛇だったかな。おおよその注意点は先程説明したとおり。リソースを削る必要があった時、我々は何よりも君の存在証明を優先する。場合によっては通信が一時的に通じなくなるかもしれないが──まあ、いつものことだね」

 

「うん、わかってる」

 

不足の事態なんてものは日常茶飯事。

レイシフト中にカルデアとの通信が途絶したのも一度や二度のことじゃない。

予測不能の事態が起きた上で、手持ちの情報を元に、どう判断し、どう行動するのか。

何度もやってきたことだ。困難に立ち向かうことだけには、自信がある。

 

立香の落ち着いた様を見て、ダヴィンチが優しく笑う。

 

(本当に、随分と頼もしくなったものだね)

 

「ならば良し。それじゃあ早速行こうか!実証開始!」

 

その言葉とともに立香の身体は霊子と化した。

 

 

 

 

 

内部が未確定となったコフィンの前でオペレーター達によって次々と状況報告がなされる。

そのうちの一つ、

 

「レイシフト先の座標がリアルタイムで変更されています!」

 

待っていた情報にダヴィンチが食い付く。

 

「おっと早速来たか。どれどれこの座標は、っと──」

 

そして羅列された数字に目を通した後、お手上げとばかりに額に手をやった。

 

「────参ったなこれは」

 

「せ、先輩は何処に向かったのでしょうか、ダヴィンチちゃん」

 

ダヴィンチの様子にマシュが思わず追求する。

彼女の見ているデータ、藤丸立香のバイタルデータは変わらず正常な数値を吐き出している。

少なくとも、直接危機的状況にあるわけではない。

 

「う~~ん。まだ確証が持てないことが多いけど、とりあえず。わかっていることが一つだけ」

 

額に当てていた手を離し人差し指を立てて、マシュにデータから導き出された、その結論を話す。

 

「彼女達が向かったのは、地球上には存在しない場所だ」



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3話

「よくぞ私の声に答えてくれました。異世界の勇者様方」

 

「へっ?」

 

レイシフト直後の立香達を謎の声が迎える。

 

聞こえてきた突飛な言葉はひとまず捨て置き、まずは状況の確認。

ジャンヌとアルトリアは直ぐ傍に、立香と同じように立っている。

外傷、拘束は存在しない。

二人とそれぞれ目線を合わせて意志の疎通を行う。

必要とあらば即座に戦闘体制に入ることができるだろう。

次に視線をずらして周囲を見れば、白塗りの世界が延々と続く不可思議な空間。

一切の染みもなく、只ひたすらに白一色。

縦にも横にも広大な空間に、立香達がまるで異物のようにぽつんと在る。

 

全くもって見覚えのない景色。

しかしこの突拍子の無さは時間神殿に通じるものがある。

またとんでもない出来事に巻き込まれたのだろうか、などと立香は想像した。

 

 

 

「混乱するのも仕方がないこと、ですがまずは私の話を聞いてください」

 

再び響く謎の声。

立香は相手が何処にいるのか周囲を見渡し、

 

「ねぇ、なんか妙に聞き覚えのある声なんだけど……私の気のせいかしら」

 

「奇遇だな、私も同じことを考えていた。今まさにお前の口からその声が聞こえた所だ」

 

二騎の英霊は嫌な予感に苛まれていた。

 

 

 

 

「こちらです、異世界の勇者様方」

 

立香が背後を振り向く。

そこには、立香達の見知った顔がいた。

長い金の髪を三つに編み、白磁の肌と青い瞳。白い布のような服に身を包んだ、聖女のような、

 

「私はこの世界を守護する女神「ちょっと、なにやってんのよアンタ」

 

相手を認識すると同時、ジャンヌが即座に食って掛かる。

 

「自ら聖女を名乗るのはまあギリセーフとしても、流石に女神を自称するのはアウトよ、アウト」

 

女神を名乗る者に対してはあまりに気安い言葉。

だがそれも当然のことだろう。

 

(聖女のような、っていうか聖処女だ)

 

そこに居たのは神々しい白の衣装を纏ったジャンヌ・ダルクその人だった。

 

「え?えっと……自称?ではなく私は本当に」

 

突如遮られたことに目をぱちくりとしながら困惑し、再度自らの事を説明しようとする自称女神のジャンヌ。

 

「もうその設定はいいっての。まったく、姉がそんなだと私まで変な風に見られるんだから。ホント、気をつけてよね」

 

(ナチュラルに姉呼びしてる)

 

(洗脳はまだ解けていなかったか)

 

しかしそれも遮られる。

そして何の疑問もなく姉と口にするジャンヌに、立香とアルトリアは聖処女の洗脳の強力さを思い知った。

 

「それで、こんな所でなにやってんのよ」

 

「何って……で、ですから私は本当に女神──というか姉ってなんですか!?」

 

「──い!──ぱい!──先輩!聞こえますか、先輩!」

 

と、立香の左手首につけられた腕輪から、マシュの声が響く。

謎の空間に居るが、どうやら未だ通信は行えるらしい。

少し安心しながら立香は右の人差し指で腕輪に触れ、通話機能をオンにした。

視界の端ではジャンヌとジャンヌ(女神)が未だにやいのやいの言い合っている、

 

「もしもしこちら藤丸立香、感度良好。こっちは無事だよ、マシュ」

 

「──っ、無事でよかったです、先輩!」

 

「うん、今のところはね」

 

「よかったよかった、一時はどうなることかと」

 

「その声はダヴィンチちゃん。えっと、どんな問題があったの?」

 

「うーん。なんというか、立香ちゃん達の居る座標がね」

 

「うん」

 

確かに変な所にいるなぁ、と立香は続く言葉に身構え、

 

「地球上に存在しないんだよ」

 

「…………わっつ?」

 

投げかけられた予想外に、意識が一瞬空白と化した。

 

 

 

「やあ、ミス藤丸。ダヴィンチ女史は送られてくるデータの処理に忙しい。なのでここからは私が解説しよう」

 

「ホームズ!いたの!?」

 

先程まで会話していたダヴィンチと入れ替わるように、神経質そうな男性が通信に出る。

シャーロック・ホームズ。

世界一有名な私立探偵であり、カルデア随一の知恵者だ。

人理修復中は独自で行動していたが、新宿攻略後にカルデアに合流、新たなブレインとなった。

なお同時期に召喚されたモリアーティとは度々物騒なジョークを飛ばしあっている。

 

「日課の瞑想が終わってね、先程私も管制室入りした所さ」

 

(この私立探偵、またおくすりキメてたんだ)

 

思わずジトっとした表情になるが、おそらくは伝わっていないだろう。

もっとも伝わった所ではははと笑い飛ばされるだけだが。

 

「協議の結果、今現在ミス藤丸達が居る場所をひとまず〈異世界〉と呼ぶことにした」

 

「異世界?」

 

なにやら聞き慣れない単語に立香は首を傾げる。

未だ勉強不足だが、カルデアのキャスター陣の協力もあってか魔術の知識だけはそれなりになってきた所。

しかし異世界という言葉には馴染みがない。

 

「空間や時間ではなくそれ以外の何かで隔絶された、本来ならレイシフトを持ってしてもたどり着けない場所ということだよ。今回は混入していたプログラムが案内役となったようだね」

 

「それって平行世界とは違うの?」

 

「ああ、違う。カルデアの設備では、平行世界を観測することは出来ない。しかしこちらではミス藤丸達をしっかりモニターできている。つまり平行世界ではないということさ。魔術世界ではついぞ使うことのない単語だが、今回は便宜上そう名前をつけさせて貰った」

 

「なるほど」

 

「そんなのはどうでもいいのよ!」

 

突如声を荒げたまま、通信に乱入してくるジャンヌ。

ジャンヌ(女神)と口論するように話していたが、決着はつかなかったのだろうか。

 

「そっちでも確認できてるんでしょう?なんであの駄姉がここに居るのか、その説明をしなさい!」

 

「駄姉て」

 

「どれだけ言っても女神を自称するのをやめないのよ!?あんなの駄姉で十分よ!」

 

「ふむ、いいだろう」

 

と言って、パイプを吹かす音。

一呼吸の後に、ホームズは再び口を開いた。

 

「といっても結論はとてもシンプルだ──彼女はジャンヌ・ダルクではない」

 

「は?」

 

鳩が豆鉄砲をくらったかのような、見事なまでの呆け顔。ジャンヌが全く予想していなかった結論のようだ。

 

「ちょっと、それはどういう……!」

 

即座に食って掛かるジャンヌ。

しかし、気持ちとしては立香も同じだ。

女神を自称する彼女の見た目は完全に、第一特異点で協力し、後にカルデアにて召喚された聖処女ジャンヌ・ダルクそのものだ。

別人と言われても、はいそうですかとは納得できない。

それはホームズも理解しているようで、一つずつ、証拠を提示するように根拠を話し始めた。

 

「カルデアに召喚されたジャンヌ・ダルクの霊基は今も確かにカルデア内に存在するし、何より観測する限り彼女の反応は英霊のソレではない」

 

「じゃ、じゃあ生前の……?」

 

「それも違う。彼女は人間でもない。反応としては神霊に近しい。しかしイシュタルやパールヴァティーなどの疑似サーヴァントでもない。──つまり彼女の自分は女神である、という話は本当のことだろう」

 

「うそ……」

 

「ミス藤丸は虚月館での出来事を覚えているかな?」

 

「虚月館っていうと──」

 

夢の中で起きながら、現実の世界ともリンクしていた不思議な殺人事件。

その事件の中で、立香は出会う人達を自らの知人と当て嵌めて認識していた。

 

「──つまり、私達が赤の他人の彼女をジャンヌ・ダルクの姿で認識しているだけ、ってこと?」

 

「エクセレント。百点の回答だ。理屈は私も十全には説明できないが、状況証拠的にそれ以外は考えられない」

 

提示されたヒントから推察を述べれば、手放しの称賛を受ける。

しかし虚月館のあの現象は夢の中にあったから、のはずで……今のこの状況には当て嵌まらないのではないか。

 

(ううむ……わからない)

 

そもそも虚月館の現象の理屈を、まったくもって立香は覚えていない。

なんか小難しいことを言っていた気がする、程度の認識だ。

 

「じゃ、じゃあ。私は初対面の女神を姉呼ばわりした上、口論に及んだってコト……?ウソ……めちゃくちゃ恥ずかしい人じゃない、ソレ」

 

視界の端でジャンヌが呆然としながらショックを受けている。

羞恥のあまりか、両手で顔を覆っていた。

 

──そっとしておこう。

 

立香は見なかったことにした。

 

 

 

 

「ひとまず今を取り巻く状況は理解した。であれば次は何を成すべきかだ」

 

今まで静かに事の推移を見守っていたアルトリアが口を開く。

 

「今回のレイシフトの目的は正体不明のプログラムを暴くため、だ。その目的は達成した。安全を重視するのであれば直ぐに帰るべきだろう。女神とやらにかまける必要はない」

 

「当初の目的が完了すれば即撤退。ふむ、冷静な判断だ。──しかし、そういうわけにも行かないようでね、ミスアルトリア。その〈異世界〉にはいつもの反応がある」

 

聖杯(いつもの)かぁー……」

 

立香は思わず肩を落とした。

聖杯があるのであれば暴走の危険性がある。放置するわけにはいかない。

不具合チェックのためのレイシフトは、今を持って聖杯回収の任務へと変わった。

 

であれば、まず行うべきは現地の人間との接触による情報収集。

立香はジャンヌの見た目をした女神に、改めて話を聞くことにした。

 

「えーっと、長らくお待たせしたけど、もう一度お話を聞かせてもらってもいいかな?」

 

二転三転の後にリスポン地点に戻った気分。

置いてきぼりを食らっていた女神に近づき話かけると、なにやら決意に満ちた顔で直視された。

 

「ええ、はい。ない威厳を出そうとしたのが失敗でした。まさか初対面の人間に、女神を名乗るのはやめろ、と言われるとは」

 

思わず目をそらす。

 

(それ勘違いなんです、ごめんなさい)

 

自分がしでかした訳ではないとはいえ、同じ勘違いを自分もしていた。

心の中で、申し訳ないと立香は謝った。

 

「──回りくどいのは無しにして、ここは単刀直入にいきましょう」

 

すぅ、と息を吸い込み、女神はよく通る大きな声で宣言する。

 

「貴女方に、世界を滅ぼさんと企む魔王を、倒していただきたいのです!」

 

「魔王?」

 

「ふむ」

 

魔王と聞いて首を傾げる立香。

ヴォーティガーンあたりか?とアタリをつけるアルトリア。

そして、

 

「異世界…女神…魔王…まさか」

 

いつの間にか復活していたジャンヌ。

その手の文化に精通している彼女は、お約束ともいえる既知の展開に、これっていわゆるアレなのでは?と疑惑を膨らませる。

 

三者三様の反応を見せて、物語はさらにすすむ。



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