欲望の赴くまま、己を解放せよ (カレーパン)
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欲望の赴くまま、好きなことを為せ

「母ちゃん、たっだいまー!」

 

麗日お茶子は雄英高校の入学試験を受けて関西の実家に帰ってきていた。入学試験の手応えを話そうとるんるん気分で家の扉を元気よく開けると、そこにはいつもの景色が無かった。

 

異臭がした。死臭がした。

 

臭いを嗅いだお茶子は返事がないことも含めて、嫌な予感が頭をよぎった。急いで靴を脱いでリビングに向かう。

 

リビングのドアを開けたお茶子の目に飛び込んできたのは赤色だった。

 

「……え?」

 

頭と四肢と胴体がバラバラにされて別々の場所に付け替えられていた父親だった何かと、ぽとりと離れた所に落ちている母親のと思わしき片腕と片足。

 

お茶子は何が起こっているのか全く分からなかった。昨日電話した時は両親は二人とも元気だったし、入学試験を受けるお茶子を勇気付けてくれていたはずだ。そして今日の朝も電話で母親の声を聞くことができたのだ。

 

しかし今目の前にいるのは、物言わぬ肉塊と、母親の体の一部だけだ。

 

お茶子はあまりの惨劇に呆然としていた。すると突然、画面が暗く消されていたテレビの電源が突然つき、お茶子はそちらに目を向ける。

 

テレビから嬌声と泣き声、懇願が聞こえた。映し出された映像は母親が仮面を付けた男に犯されている映像だった。

 

お茶子は思わず嘔吐した。いくらヒーロー志望とはいえ、普通の女の子がこの惨状に耐えられるわけもなく、それは当たり前の反応だった。

 

お茶子が現実を受け入れることができず震えている間に、長い長いその映像が終わる。

そこには"地獄より、感謝を込めて"とのメッセージが英語で表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

「いやはや、あの夫の絶望と恐怖はとても愉しかった。この私も多いに満足だよ」

 

黒いシルクハットとフロックコート、そしてベストをきっちり着込んだ、如何にも英国紳士然とした長い髭を蓄えた老人はニコニコと笑いながら眼鏡をかけている見目麗しい少女とともに街の裏路地を歩いていた。

 

「ボクもとても楽しませて貰ったよ。やっぱり夫の前で妻を傷つけて犯すのは最高だなって」

「……正直、私は強姦とか好まないんだがね。まあ、君たちの欲望を邪魔するのは約定に反するからどうでもいいが。しかし、君は仮にもヒーローなのだから少しはヒーローらしく謹んだらどうだい?」

 

少女の発言に少し呆れながら宥める英国紳士に対して少女は持っている黒い袋、ちょうど人一人くらいが入りそうな袋を指差した。

 

「だって、こいつが如何にも気持ち良さそうな体してたからさ……ついボク勃起しちゃったんだよねぇ。勃起しちゃったら仕方がないじゃん。生理的現象なんだし」

「はぁ……全く、君たちの変態性にはいつも気持ち悪いと思わされるよ。こんなのが同僚とは全く最悪だね」

「そんなこと言わないでよ"ジャック"〜! ボクは君のことを親友だと思ってるんだからさ」

 

馴れ馴れしく英国紳士──"切り裂きジャック"の肩を叩く少女、いや少女のように見える少年──"ハイルブロンの怪人"に対してジャックはあからさまにため息をつく。

 

いや、一応友達だし、師匠関係でもあるのだが……女性は英国紳士らしく優しく殺すのがジャックの流儀であって、ハイルブロンのやり方はジャックの好みではない。ジャックの内心は正直複雑であった。

 

ハイルブロンとジャックは生きた人間を用意するという任務を遂行するために適当な人間を探していたのだが、この性欲魔神男の娘が今袋の中にいる妻を見た瞬間この女がいいと言って聞かなくて仕方なく夫婦の後をつけて夫婦の家に転がり込んだのだ。独り身の方が殺すのが楽なのに態々、だ。

 

任務の邪魔だし、気持ち悪いしでジャックは正直この性欲魔神が嫌いなのだ。友達だが。

 

「はいはい、私も一応友達だと思っているさ、一応ね」

「釣れない反応だなぁ、ジャックは。照れなくてもいいのに……」

「照れてないよ」

「嘘をつかなくてもいいよー」

「本当だよ。照れてないぞ」

 

この二人の犯罪者達はつい先ほど人を殺し、犯したと思わせないほど陽気に会話しながら、ふらりと裏路地の奥へと消えていった。

 

この世界に一人の孤独な復讐鬼を生み出して。

 




*切り裂きジャック*
1888年にイギリスで連続発生した猟奇殺人事件および犯人の通称。世界的に有名な未解決事件であり、現在でも犯人の正体についてはいくつもの説が唱えられている。

*ハイルブロンの怪人*
1993年から2008年にかけて、ドイツをはじめヨーロッパ各地で起きた、殺害事件を含む40件の犯罪現場でのDNA採取で検出された同一のDNAから推定された、架空の犯人。



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犯罪組織

ある街の地下。

 

「はい、メンゲレ!新鮮な人間だよ」

「君が犯してるから新鮮ではないのでは」

 

茶々を入れたジャックに対して蹴りを軽く入れながらハイルブロンは黒い袋から片腕と片足がらない女を出す。気絶していて、意識はないようだ。

 

その女の状態を見て、メンゲレと呼ばれた男──"死の天使メンゲレ"はため息をついた。

 

「駄目じゃあないか、貴重な研究材料に傷を付けては。だからハイルブロンに頼むのは嫌だったんだ。ジャァァァァック! しっかりと見張っていたんじゃないのかァ!?」

「見張っていても言うこと聞かないのだよ、ハイルブロンは割と股間で物事を考えるからね……。寧ろなんとか生きて持ってきたことに感謝して欲しいのだが」

 

ジャックのその点に関してはどうしようもないというという態度にメンゲレは頭を抱えて嘆く。

 

「どうしてこんなのばかりが同僚なんだ……ああ、クソどもめ、クソどもめが!! 全て奴らのせいだァ!」

 

メンゲレは突然頭を掻き毟り叫びだした。ハイルブロンとジャックはいつもの発作と言わんばかりにスルーして研究室を後にする。

研究室を後にして報告の為にある部屋に向かう必要があったためにメンゲレのいつもの発作に構っている暇はないのだ。というかメンゲレ程度の変態なら本当に優しい方なので感覚が麻痺しているとも言える。

 

そして目的の部屋に入ると片眼鏡をかけた青年と、ぽやぽやとしている高校生くらいの少女がいた。入ってきた二人に対して二人にニコニコと手を振ってきた"暗殺の天使コルデー"に対してジャックは軽く会釈を返し、片眼鏡の青年の方を向く。

 

「やあ、そろそろ来ると思っていたぞ、ジャックにハイルブロン」

「はい、ただ今帰りました"教授"。ボクたちが今日確保した人間で今回の採集は終了でよろしいですか?」

「ああ終了でいい。これだけあればメンゲレの研究も進むだろう。君たち二人とも一週間お疲れ様、次の集会までゆっくり休みたまえ。集会以外に何かあったら"コルデー"を通して連絡するとも」

「了解です。では」

 

普段の様子からは考えられないほど真面目に返すハイルブロンにジャックは相変わらず笑いそうになるが堪えていた。我らが敬愛する"教授"の前だからハイルブロンもまともになるのも当たり前だが、やはり普段とのギャップが酷すぎる。

 

この組織に所属する者全員が、"教授"を名乗るこの青年に集められたのだ。元傭兵や、処刑人、家具屋……様々な人間がこの組織には所属している。職業も国もバラバラな人間たちが教授のカリスマ性に惹かれて集まった。ハイルブロンでさえ教授の前では大人しくなるのも道理というわけだ。

 

退出した二人を待っていたのは"キングズベリー・ランの屠殺者"という名を与えられた少女だった。少女はジャックとハイルブロンを見ると無邪気に走り寄ってくる。血塗れの格好で、誰かの腕を片手に持って。

 

「あ、ジャックとハイルブロンだ!任務終わったの?」

「やあキングズベリー。任務はついさっき終わった所だとも」

 

任務が終わったという話を聞いて、キングズベリーの顔がぱあっと明るくなる。

 

「じゃあ一緒に遊ぼう! ハイルブロンもジャックも!」

「ボクは構わないよ〜、暇だし。ジャックはどうする? 」

「ふぅむ、ゆっくり寝ようかと思っていたが……まあいいか。私も同行しよう」

 

やったー!!と誰かの腕を持ってはしゃぐキングズベリー。ジャックはその様子を微笑ましそうに見た。

 

「いやはや、子供が楽しそうなのは良いことだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*死の天使*
ヨーゼフ・メンゲレは、ドイツの医師、ナチス親衛隊将校で親衛隊大尉。第二次世界大戦中にアウシュヴィッツで勤務し、"死の天使"と渾名された。収容所の囚人を用いて人体実験を繰り返し行い、実験の対象者やただちにガス室へ送るべき者を選別する際にはSSの制服と白手袋を着用し、クラシック音楽の指揮者さながらに作業にあたったと伝えられ、メンゲレの姿を見た人々からは恐れられた。

*暗殺の天使*
シャルロット・コルデーは、フランス革命において、ジロンド派を擁護し、ジャン=ポール・マラーを暗殺した女性である。後世、その美貌から、"暗殺の天使"と呼ばれた。最後は断頭台へと消えたが、その途上の彼女の儚さに恋した男性も多かったという。

*キングズベリー・ランの屠殺者*
アメリカ合衆国オハイオ州のクリーブランドで1930年代に犯行を重ねた正体不明の連続殺人犯。「キングズベリー・ラン」とは最初の犠牲者が発見された地のこと。"クリーブランド胴体殺人者"による犠牲者は全て斬首されており、しばしば四肢が切りとられているものや胴が半分に切断されている異常なものであった。



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