いつもとなりの友希那さん (葛葉一壱)
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いつもとなりの友希那さん

 突然だが、日常とはどこからが日常なのだろうかと問いかけてみる。

 今日始めた『特別』を何回続ければ日常になるのか。

 ではそれまで特別だったものが日常になってしまったとき、果たして価値はなくなってしまうのか。

 

 

 

「おはようございまーす」

 

「はい、おはよう! 今日もいつものルームでいい?」

 

「お願いします。機材もいつも通りで……」

 

 

 

 何が言いたいかと言うと、『特別』とは一瞬の煌めきなのだと、そう思うのだ。

 今そこにしかない時間、体験、場所。そういったものを『特別』と呼ぶ。

 煌めきを感じなくなってしまえば、それは『特別』から遠ざかって、ただの『日常』に成ってしまう。

 

 要は、そこに価値はなくなってしまう。

 

 

「さて、始めますかね」

 

 

 いつものように扉を開け、一人では持て余すほどのレッスンルームの確りと防音の行届いた静寂を噛みしめる。

 アンプ、よし。シールド、よし。

 

 テキパキと手荷物の中から必要なものを取り出して用意を始める。

 これもまた俺の『日常』で、変わらない日々の一ページになるものだ。

 

 例え価値なきものになったとしても、積み重ねたそれは糧となる。蔑ろにしてはならない。

 特別とはまた別に、日常とは人格を構成するうえで最も重視すべきものであるからこそ。

 

 

「チューナーよし。ピックよし」

 

 

 最後に、一際大きいバッグから取り出したるは一本の青いギター。

 エレキギターの中でも一番メジャーといっても過言ではないストラトキャスター型のごく普通のモデルだ。お値段4万ちょっとの教本付き。

 駆け出しが買うお得なセットについてきたものではあるが、そこそこ年季の入ったこれが一番手に馴染むので結局コイツ、命名『アイバちゃん』に落ち着いてしまう安い男なのであった。

 

 

「最後に本体よーし。ではチューニングをば」

 

 

 発声ついでに独り言を大きく声に出しながら確認作業。

 ベンベンとアンプにつないでいないとき特有のシュールな音が木霊する。

 初めて触った時は(え、ギュインギュイン言わんやん……)と落胆したものだが、今振り返れば懐かしい思い出だ。

 

 

 

「おーるおっけー。したらば適当に――――」

 

 

 アンプにシールドを通してギターを繋ぎ、普段ならばヘッドフォンで周囲に気を遣うがここはライブスタジオのレッスンルーム。何を気にするという話。

 備え付けの大きなスピーカーに接続してみればこのベンベンとした地味な音は一気に変身を遂げる。

 

 

「――――!!」

 

 

 気の向くまま、想いの繋がるままに音色を弾き出す。

 一見すればコード進行やらどこからがサビだよと突っ込まれ放題な雑すぎるそれが、実のところ一番この普段からボーっとしている脳に刺激を与えてくれる。

 浮かんでくるのは一曲の全体図。漠然としたそれを弾きながら少しずつ形になるように修正しつつ、適度に思いついた歌詞をつけていけば。

 

 

「――――! ……~♪」

 

 

 数分? いや十数分? 或いはもっとだろうか。

 時間を忘れて弾き続け、まとまりのない音の塊であったものが歌に変わる。

 衝動のままに口ずさんでいた言葉を歌詞に変えて、曲のイメージを掴みきったと理解した瞬間には最早語ることもない。

 一気にラストまで駆け抜けて、痺れが来るほどに弾き続けていた指を止めてギターを傍に置いたスタンドに立て掛けて鞄の中からノートと鉛筆を取り出す。

 

 

「~……~? 違うな。……~♪ うん。これだ」

 

 

 浮かんだ歌詞が再び沈んでいかないうちに書きなぐり、その上に簡単なTABをつけて記録付けていけば、ただの弾き語りからそれはもう立派な『作曲』作業に早変わり。

 その場その場で実際に口ずさんで都度修正を繰り返し繰り返し行う。

 

 

 

「ふんふん……ギターちょっと主張強いかな。まあそこは追々……あでもソロは欲しいからちゃんと決めておかないとダメかぁ」

 

「私はもっとリズム感を意識して細かく歌詞とメロディを修正した方がいいと思うわ」

 

「あー確かにおんなじリズム続きすぎかぁ。でも小賢しくならんかなあ」

 

「それをテクニックとして昇華させるのがボーカルの務めよ。やれるなら修正するべきだと思う」

 

「うーんためになるなぁ……んん?」

 

 

 しまった。没頭のあまり幻覚と話してしまうとは。

 今日は少し疲れたのかなー。と目を擦り眉間の皺を解す。

 

 

「……」

 

 

 目の前には麗しい銀髪の少女が一人。

 

 あっれぇ幻覚消えないなー。と立ち上がって肩をグルグル回して血行をよくしてポケットから目薬を取り出して数滴垂らしてみる。

 

 

「……ぁ、~♪ こうかしら

 

 

 あらやだ上手い。

 まだちゃんとした譜面として完成していないのに直感だけで数フレーズ歌うのは大したものだ。

 

 

「うん。うん……いい曲じゃない」

 

 

 お気に召して何よりでございます。

 あまり表情に出してはいないけれども少し柔らかくなった声色から褒められてることはかろうじて理解できた。

 まあこんな歌上手な娘に歌ってもらえれば曲も幸せというもの――――

 

 

 ――――いやいや待て待て。

 

 

 

「……おっかしいなぁ俺一人でこの部屋使ってたんだけどなぁ」

 

「奇遇ね。私も隣のスタジオを借りて練習していたの」

 

「ふぅん? んで?」

 

「聞き馴染のある声が聞こえたから、ちょっと失礼させてもらったわ」

 

「少なくともドヤ顔は今違うと思うぞ。湊」

 

 

 

 ふふん。と得意げにするその姿に突っ込みながらため息をひとつ。

 この銀髪の少女の名前は湊友希那。

 

 最近になって現れた、俺にとってのまだ『特別』な知り合いの一人だ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「次のライブにも出ることにしたのだけれど、曲目がまだ思いついてないのよ」

 

「それで俺にか? 言っとくけどアレはまだ全然仕上がる目処立ってないぞー」

 

「そうなの……勿体ないわね」

 

 

 あれからしばらくこちらの即興で拵えた曲にあれこれアドバイスと言う名のお小言をくれたクールビューティー様と作曲と言う名の殴り合いを行い、そろそろスタジオから出なければならない時間へと差し掛かっていた。

 

 アンプにつないでいたギターの機材をテキパキと外しながら、ふと彼女のほうを流し見る。

 

 

「……」

 

 

 どうやら先程の曲がよほどお気に召したのか、それとも気に入らないのか。

 そのどちらにせよ食い入るように最低限曲としてまとめた楽譜もどきになったノートを食い入るように見つめ続ける姿がそこにあった。

 ……いや、本当に穴が空きそうなくらい見つめてらっしゃる。流石に恥ずかしくなってきた。

 わざとらしくこほんと咳払いをひとつしてから、これまたわざとらしく伸びをしながら独り言ちる。

 

 

「あーっと。片付け終わったなー……!」

 

「! そう。ごめんなさい。手伝えばよかったかしら」

 

「いやいや。相棒の世話は自分でしろってね。んで……そんなに気に入ったのかよ。それ」

 

 

 よっこらせ。とバンドマンらしく肩にギターケースを担いで近寄ると、先程までの姿を見られていたことを言葉から察したのかその頬に珍しく朱が差す。

 おお。本当に珍しく照れている。いつも氷かと思われるくらいに表情筋が冷めきっていることでこのライブハウスでは定評のある歌姫には、まだ人の心は残っていたらしい。

 あまりはっきりとした意思表示はない。もにょもにょと口を動かすその仕草がどうにもまどろっこしくて、つい結論を急いでしまった。

 

 

「……本気で()りたいんなら。用意してやるよ」

 

「ぇ……いいの?」

 

「ああ。次の定例ライブ。確か二週間後だろ。一週間以内に完璧にしてやるから。一週間でお前も完璧に落とし込め。約束するなら曲はくれてやる」

 

 

 本当は、先程「無理」と言った手前あまり大口は叩きたくなかったのだが。

 ……だがまあ。あれほど熱心に見つめられてくれれば、それは作った側としてはやはり嬉しいものだ。

 

 それに、彼女ならば。

 このまだ生まれたての整えられただけの音の塊を、きちんとした場所で『音楽』として世に解き放ってくれると信じている。

 

 

「余裕だよな? 孤高の歌姫サマならよ?」

 

「……一週間ね。いいじゃない。乗った。だけど貴方もなるべく早く形にしなさい。できるでしょ?」

 

 

 おう。中々いい返しが飛んできたじゃないか。

 大分はっきりとしたあおり返しだが、乗ってやらねば男が廃る。

 これでも、創作という行為に関しては謙遜はしない性質だ。

 

 

「……ハッ。5日でやってやる。本番トチったら覚えとけコラ」

 

「安心しなさい。『絶対にない』から」

 

「頼もしいことで。んじゃあそろそろ出るか。湊はこのあとどうすんだ」

 

「私ももう遅いし、流石に帰るわ」

 

 

 ……勢いとはいえ、一曲作るのに五日は流石に盛りすぎただろうか。

 先程叩きたくないと言ったばかりの口からは大言が飛び出して既に引っ込みはつかない。

 冷や汗を誤魔化しながらスタジオから出れば、既に太陽は沈み切ったあとであった。

 

 既に返却の手続きを終えた友希那はそのまま受付に会釈をひとつしてから外へ。

 俺は俺でまだ終わっていない手続きをするために数時間前にあいさつを交わした女性のもとへと向かう。

 

 

「ありがとうございました。まりなさん。撤収終わりました」

 

「はい。お疲れ様! ……ふふ。今日も友希那ちゃん、一緒に居たみたいだね?」

 

「揶揄わないで下さいよ……。いつも気づいたら隣にいるだけです」

 

「まるで君の音に吸い寄せられるように、ね? いやぁ友希那ちゃんホイホイとはこのことかぁ」

 

「なんすかそれ……」

 

 

 最近うちで噂になってるよー。とニマニマ嫌らしい笑顔を浮かべながら告げられるその言葉に、げ。マジかと顔をしかめる。

 バンドマンとはかくも女性関係にだらしないものが多い。

 週刊誌にすっぱ抜かれる女性の交際相手がバンドマンだったときの絶望感たるや計り知れないのだ。

 

 

「あんまあることないこと撒かないで下さいよ? アイツが可哀想だ」

 

「しないしない! 私はしてないったら。まあ、ちょっと乗っかっちゃったりはしたけど……」

 

「アウトです。それに、湊は音楽以外には興味ないですよ……」

 

 

 そう、あくまで彼女が興味があるのは俺が作る曲であって俺ではない。

 外を一瞥すると、扉の向こうには何やら物思いに耽っている様子がうかがえる。

 ああしているときも、きっと考えているのだろう。歌のことを。

 

 だから。と付け加えてから、手元の書類にサインを残してまりなさんへ渡しながら、苦笑に乗せて言葉を放つ。

 

 

「俺はそんなアイツをちょっとだけ応援してやりたいだけなんですよ。はいこれ書類」

 

「……まあ、キミがそう言うなら。私からもあんまり茶化さないように言っておくね。はい、受け取りました」

 

 

 支払いを済ませ、手を振るまりなさんに別れを告げてライブハウスを出る。

 扉をくぐった先には、まだ彼女がいた。

 

 

「……」

 

 

 月明りに照らされたその姿はいっそ神秘的と言っても過言ではない位に、綺麗だった。

 一瞬どう声をかけていいか分からないコミュ障染みた動きでわたわたとしていれば、ふとこちらに空を見上げていた目線が流れてくる。

 吸い込まれるような金色の目。

 ほんの少しだけそれが細められると、小さな口から透き通る声が耳へと届けられる。

 

 

「遅かったじゃない」

 

「ぉ、ぁ。……ぉう。悪い。駅まで送るわ」

 

「助かるわ」

 

 

 こちらがどもってもお構いなしなクールビューティーさで思い切り詰まった言葉をスルーしてもらい、その小柄な体の歩幅に合わせて道を歩く。

 いつの間にか、彼女が横に来るようになってから行われるようになった夜道を送る行為は、まだ『日常』にはなっていない。

 眩い位に光って見えるこのとなりの人物を見て、一人この瞬間を噛みしめながら歩くのだった。

 

 

 



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気づけばとなりの友希那さん

「…………」

 

 

 暗がりの中、唯一点灯している画面を見ながらひとりキーボードをたたき続ける男がいる。

 カーテンさえも閉め切って、昼か夜かも定かではないこの空間に引きこもってからもう何日が経っただろうか。

 

 カタカタと打っては消し、打っては消しを繰り返し。

 

 既に飽きるほど行った動作の反復だが、しかしこれをしないと先に進めぬと分かっているからこそ手だけは止めない。

 

 

「……ん。ぁ、クソ。切れたか」

 

 

 一度良しと決めたラインまでを聞き返しながら、手元にあった缶を呷るが中身は空を告げている。

 軽い悪態をつきながらよっ。と椅子から立ち上がり廊下に備え付けられている小型の冷蔵庫を乱雑に開け放つ。

 赤と青の色がつけられたエナジードリンクを2、3本手にもってすぐに部屋へ引き返した。

 

 

 久々に動かした身体は酷く鈍り切っており、椅子に座るだけでもギシギシと骨が軋み、筋肉は悲鳴を上げ始めた。

 おのれもう少し運動をしておくべきだったか……。と後悔するのも束の間。

 

 ピピピ。とPCモニタの横に置いてあった時計がセットした時間を迎えたと音を鳴らし始め、すぐさまそれを手にとって止める。

 

 

「……0時。か」

 

 

 日にちを跨いだ。

 あの日以来、ほとんど休みなく続けてきたこの作業にも終わりが見えてきたところだ。

 

 5日で終わらせる……あの日、即興で作り上げた音の塊を音楽へと格を押し上げる為に、約束を守る為にほぼ休みは睡眠時間のみ。そのほか注げる時間を全てを注いで1つの曲が創り出されてようとしている。

 

 

「……あと、1日」

 

 

 カウントダウンは既に始まっている。

 ここが正念場だ。

 グビ。と缶から液体を喉に流し込んで、改めてキーボードを叩きながら己との戦いに身を投じていくのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 歌う。

 ただ今は歌う。

 

 それしかないと分かっているから。

 これしか道がないと理解しているから。

 

 足りないものはと常に問いかけ、自問自答の中でもがき続ける姿は一体周りからどう見られているのだろうか。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 私の目標は、歌を歌うことでしか叶えられない。

 

 特筆すべき楽器の才を、私は与えられなかった。

 ギターを弾けはする。だが弾けるだけだ。人を惹きつける演奏を、かつて見続け憧れた存在が奏でたものには程遠い。

 しかし歌は、歌だけは譲れない。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 一曲歌い終えた直後に、借りていたスペースに備え付けられた受話器が鳴り響く。

 急いでそれを取れば、終了時間を告げる連絡である。

 正直言ってまだ歌い足りない気持ちはあるが、それで大切な喉を傷めるのもなんとも馬鹿らしい話ではあるので引き際は弁えなくてはならない。

 

 

「……あと、1日」

 

 

 貸し出された備品を片付けながら、つい口に出たその言葉。

 今彼は何をしているんだろうか。あんなことを言ってしまったけれど、本当に5日という期間で仕上げてくれるのだろうか。つい考え込んでしまう。

 ……いや、きっと彼はやり遂げてくれるだろう。

 彼は私の歌を信じてくれている。ならば私は、彼の音楽を信じるだけだ。

 余計な心配は不要だと、彼なら言いそうだと考えながら部屋を出ると、受付へと向かう道中、壁に張り出されたポスターが目に入った。

 

 開催日があと一週間程に差し掛かった、このライブハウスで定期的に開催されている定例ライブのポスター。

 

 どんなに小さなライブでも、湊友希那に失敗は許されない。

 

 

 そのことだけを胸に刻んで、私は来たるべき明日に備えて早めの休息へと切り替えていく。

 

 

「あ、友希那ちゃん! お疲れ様ー」

 

「……まりなさん。お疲れ様。撤収終わったわよ」

 

「はい。じゃあお会計だねー……そういえば今日は一緒じゃないの?」

 

「? ……え、と」

 

「あぁ、茶化すなって言われたばっかりだった……ごめんね? 最近ほら、友希那ちゃん、よく彼と一緒にいるなーって思ってたんだ」

 

「彼……ああ」

 

 

 会計中に、このライブハウスにほぼ常勤していると言える位の頻度でカウンターに立っている女性、まりなさんがおかしなこと言い出した。

 得意げに話すことではないのだが、私はあまり人と話すのが得意ではない。

 幼馴染とも上手く意思疎通が取れない程だ。そんな私と常に一緒に誰かがいるなんてありえないと、首をかしげているうちにようやく彼女の言う"彼"が誰なのかが検討がついた。

 

 ……よく一緒に居ると、周囲に思われているのね。

 

 何故かは分からないけれど、少し胸のあたりが暖かくなる感覚に違和感を覚える。

 

 

「今は、曲を作っていると思うわ。多分――――いえ、明日、渡しに来るので」

 

「そうなの! 次の定例ライブだよね? いやあ楽しみだなあ……」

 

「妥協はしない。完全に仕上げてくるから、楽しみにしていてちょうだい」

 

 

 告げる言葉に、まりなさんは屈託のない笑顔で受け入れてくる。

 純粋に音楽を楽しんでくれる人の顔だ。この人がいてくれるから、私は今もこのライブハウスを拠点にしているのかもしれない。

 

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

「うん! もう暗いから、気を付けてね!」

 

「ええ、まりなさんも」

 

 

 平日は放課後にしか練習できない都合上、どうしても練習後は日が落ちてしまう。

 扉をくぐると少々冷たい風が肌を撫でた。

 だがそんなことが気にならなくなるほどに、今は気分が高揚している。

 

 明日。ああ、明日だ。まだ生まれたばかりで骨組みだったあの曲を、彼はどんな風に仕上げるのだろうか。

 それが今から楽しみで仕方がない。

 私の音楽をもっと上の領域に押し上げてくれる彼の音楽を、もっともっと近くで感じたい。

 浮き足立つ気持ちの中で、ふと隣を気にして思うことがある。

 

 

 ――――最近ほら、友希那ちゃん、よく彼と一緒にいるなーって思ってたんだ。

 

 

「……そう、なのかしら」

 

 

 何故だろう。夜風に吹かれているのにちっとも寒くはない。

 むしろ火照ってくるこの現象に対する名前を私は知らなくて、ただただ戸惑うばかり。

 もしかしたら風邪なのかもしれない。暖かくなってきたとはいえ、まだ春先だ。

 体調を崩しては元も子もないと、すっかり夜になった街を急ぎ足で駆けていく。

 

 顔は、まだ熱を持ったままだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…………」

 

 

 その部屋には静寂だけがあった。

 閉め切られたカーテンのおかげで、光源はモニターから煌々としているものだけだ。

 本来その場所に座っていた筈の人物は、今はそこにはいない。

 

 恐らくベッドに向かう最中で力尽きたのか、上半身はベッドに辛うじて横たわっているだけの状態。

 見る人が見ればすわ事件かと騒ぎになるような体勢で、彼は一人寝息を立てていた。

 一体いつから寝入ってしまったのか、その体勢からかうなされながらも時折ぶつぶつと何かを呟いては沈黙することを繰り返し……。

 

 

「……ん、んん……ぅ、ぁあ……? あぁッ!?」

 

 

 けたたましく鳴るスマホのアラームが、彼を夢から引きずりだした。

 夢うつつだった意識はスマホの画面を見て瞬時に覚醒。

 しまった寝落ちだ。と気づいた時には、すぐに日付と時間の確認に急いでいた。

 

 

「……っふぅ。あぶねぇ、朝か」

 

 

 約束の日。念の為と用意していたアラートが役に立ったようだ。

 5日目の朝、まだ日も完全に登り切っていない時刻ではあったが、遅刻という大惨事だけは回避できたようである。

 

 

「……よし、ちゃんと。できて、るな。うん」

 

 

 そろりそろりと画面を覗きこむ。目の前の画面に映っているものが夢ではないことが何よりも今は安心させてくれた。

 まだ時間はある。念の為一から聞き直し、粗を探しの最終チェック。

 それだけでもかなりの修正は見込めた。やはり一晩寝かせるというのは創作においては鉄板だ。

 

 ちくちくと重箱の隅をつつく位の意識で微修正を行うこと数時間。

 ふと時計を見ると、時刻は既に12時過ぎに差し掛かっていた。起きた時間から優に6時間は経過している。

 集中しすぎるのも考え物だ。と一度背伸びをして、安全にUSBコネクタを切り離しその手に収める。

 

 

 『無題』と書かれたテープが張りつけられたそれは、正にここ数日の結晶のデータだ。

 

 

「……ふむ。時間、余ったな」

 

 

 待ち合わせはあの後細かく決め、5日後の夕方と取り決めてある。

 人間存外やれるものだ。と渇いた笑いを浮かべて、さっと身支度を整えていく。

 特段急いでもいなければ、時間がそんなにあるわけではない。

 そんな時には、どこへ行こうにも自然と足があの場所へと向かってしまうのだ。

 

 

 

 

 

「お。なんか今日人多いな……」

 

「……あ、おはよう! あれ、今日スタジオ取ってたっけ?」

 

「おはようまりなさん。いえ、今日は取ってないんで、空いてたら程度にと思って来ちゃいました」

 

「そうなんだ。ちょっと待っててね。今確認するから……」

 

 

 そう、ふらりと向かってしまう場所といえば、我らが拠点ライブハウスCiRCLEである。

 なんと常連割引でいつもレッスンスタジオを2割引きしてくれるという神対応のこの場所は、元々あまり人気のあるような場所ではない。

 そもライブハウスというもの自体があまり人を寄せ付けないというのもある。

 だからこそ、本当に音楽をしたい人に居場所を提供するという信念の下運営されていることもあってか、徐々にその集客を増やしつつあった。

 

 

「……スタジオ、結構埋まってきたみたいですね。昔じゃ考えられないや」

 

「有難いことにねー。前だったらこんなふうに空室確認とかしなかったもん。あははっ」

 

 

 自嘲気味に笑うまりなさんだが、実際できたばかりの頃にふらりと寄って以来住み着いた組としては感慨深いものである。

 なにせオーナーが色々この人にぶん投げているおかげで本当に大丈夫かと思うこと多々であった。彼女が元々バンドマンということでかろうじて首の皮一枚繋げていた。

 その時に諸々お手伝いしたこともあるのだが……まあ、ここでは蛇足であろう。

 

 

「……あ、そういえばあと少しすればライブがあるんだけど、見ていく?」

 

「ライブ? こんな昼間に……ああ、今日土曜でしたっけ」

 

「そうそう。他のライブハウスを拠点にしてる今どき珍しいガールズバンドでね。グリグリって愛称で呼ばれてるんだけど」

 

「へぇ。ガールズバンド……」

 

 

 バンドと言えば男。なんていう凝り固まった思想を持っているわけではない。

 だが珍しいことは確かだ。今密かにガールズバンドブームが来ようとしている。なんて眉唾ものな噂も流れてはいるが、それを行うにはとてつもない転機が必要だろう。

 そう、まさに火付け役のような、嵐を巻き起こす連中が不可欠だ。

 

 

「んじゃ見ていきましょうかね。いい刺激になりそうだ」

 

「ありがとー! あと30分で当日分のチケット出し始めるから、もう少しゆっくりしてて。多分お客さんももうそろそろ増えてくるころだし」

 

「なるほど。やけにロビーに人いるかと思えばライブでしたか」

 

 

 そうそう! と嬉し気に話すまりなさんから目線を外して、普段はここを利用するバンドたちが使っているテーブル等には、あまりお見かけしない一般人ルックな人がちらほらと散見される。

 このライブハウスの外に併設されているカフェにもそこそこの人が確認できる以上、ガールズバンドと侮ってはいけないらしい。全てが観客だとすれば中々の集客数だ。

 

 

「今ガールズバンドブーム。来てるらしいからねっ。君もうかうかしてたら追い抜かれるよー?」

 

「油断慢心一切なしですよ俺は。そもそも畑が若干違うんでどっちかっていうと観客気分って感じで……にしてもガールズバンドブームねぇ。俺の仕事もこれで増えてくれればいいんですが」

 

「お互い頑張り時だねー……あ、そろそろ準備に戻るから、またあとでね!」

 

「あ、はい。それじゃあまた」

 

 

 忙しそうにライブハウスを駆けるまりなさんにエールを送りつつ、少しはやめに当日分のチケットが販売されたため慌てて購入して地下に備え付けられたライブスタジオへと出向いていく。

 開け放たれた扉からは、既にチケットを購入していた客でほぼ埋まりつつあった。

 他のライブハウスを拠点にしているということで固定客もいるのだろうが、それでもこの箱を埋め尽くす観客は大したものだ。

 

 

 感心しているうちに出てきたるは若い女性たちで組まれたバンド。

 確か――――まりなさんが愛称グリグリと言っていたか。

 彼女たちの演奏は一言で言えば気持ちの良い。思い切りのいいものだ。

 小難しいことは考えない、ただ『やり切ってしまう』ことだけに注力している。それでいて完成度は高くまとまっている。

 普通にメジャーで売れてもおかしくない位のパフォーマンスを意外にも見せつけられてしまった。

 

 これは……なんというか。

 

 

「心が騒ぐ。かしら?」

 

「……何時からいたよ?」

 

「待ち合わせの時間にいつまで経っても現れない。まりなさんに聞いてみれば『地下でライブ観てる』ときたから、探しにきたの」

 

「いや、それはマジでごめん……」

 

「別に気にしてないわ。……いいバンドね」

 

「ああ。音楽を楽しんでる。いいバンドだ……けど」

 

 

 いつの間にか隣にいた、5日ぶりの湊が小首を傾げてこちらを見る。

 ポケットからは取り出すのは、5日分の魂を込めた逸品だ。

 ただ作ってはいさよならじゃない。俺は、その先を見る為にこれを完成させたのだ。

 

 

「お前の音楽の方がテッペンだって。俺に見せてくれよ」

 

「……っ! これ」

 

「割と苦労した。だからお前も存分に振るってくれ……弄り回してやったから覚悟しろ?」

 

 

 面食らう彼女に、してやったりと笑顔で応える。

 まさか本当に5日で仕上げるとは思っていなかったのか、その綺麗な目を見開いて、彼女はただその手のひらに渡った小さなUSBとこちらを交互に見つめ続け、そして。

 

 

「……私の音楽が、てっぺん」

 

「おう。頂点取るって豪語してただろ。だったら圧倒させてくれよ。今度のライブ」

 

 

 忘れもしない出会いの日。

 珍しく女性が歌ってると聞いて野次馬程度に参加したライブで、まさかの歌姫降臨に立ち会った。

 本当に真剣に音楽に向き合っている。賭けているといっても差し支えない程鬼気迫った歌は、まさに聴く人全てを引きこむカリスマに溢れていたのだ。

 

 本当にそれが嬉しくて、つい話しかけた時には。

 

 

『私は頂点を目指してる。さっきのライブ程度で私は止まれない』

 

『けど、称賛は受け取っておくわ。ありがとう』

 

 

 なんて、可愛げのない言葉で切り返されてしまったが。

 

 

「……? おい、湊?」

 

 

 思い出に少し浸ってしまったが、どうにも湊の反応が帰って来ない。

 俯いたままの彼女の表情が垂れた髪の毛で見えないことで、一体どうしたと声をかける。

 まさかここにきて『気に入らないわ』と突き返されたらどうしようと万が一を考え出したあたりで、目の前でラストスパートを駆け抜けたグリグリの曲が終わった。

 止まないコールがスタジオにひしめき合う。

 

 喧騒の中、突然彼女はふっと顔を上げて。

 

 

「……ありがとう。紘汰(こうた)。私、頑張るから」

 

 

 ふわりと笑って、周りの音にかき消されないように耳に近づいて、囁いた。

 

 

「ぉ……へ、え?」

 

「じゃあ、行くわ。早速聞いて練習しないといけないものね」

 

 

 一気に処理落ちした俺を置いて、湊はくるりと目の前でターンしライブスタジオから出ていってしまう。

 ……ああ、クソ。反則だ。

 アレは自覚していないのだろう。何せ音楽一筋で、それ以外に興味がないのだから。

 当然俺もそっち側寄りの人間で、だからこそ彼女は俺の近くに自然といることもわかっている。

 

 だけどもやっぱり、まだまだ若造の俺は意識せざるを得ない。

 

 

 いつも気づけば隣にいる湊友希那は、クールに見えて実際物凄く可愛いのだと。

 あとで男の人に耳元で囁いちゃいけませんと教育しなければいけないと強く心に刻み込み、未だライブハウスで沸き立つアンコールに半ばやけっぱちで参加するのだった。

 

 

 

 




主人公の名前判明:藤井 紘汰(ふじい こうた)

年齢:?
職業:?

追々掘り下げていきますが、もっと友希那さんを可愛く書きたいのでほんとに追々


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となりで魅せたい友希那さん

 春である。

 別れと出会い。新しい年度の始まりの季節。

 まだまだ寒さはあるものの、次第に暖かさを感じることができる今日この頃。

 

 そんな日々をまったりと過ごす俺は、今日も今日とて日常を謳歌しているのであった。

 

 

「謳歌しているのであった……はずなのになぁ」

 

「いやー……あははは」

 

 

 カウンターに肘をついて溜息を一つ。

 溜息ついでに愚痴を吐けば、隣からはバツの悪そうな笑いが漏れた。

 

 

「いくら暇だからって俺を引きこみます? 普通」

 

「だ、だって……音楽詳しい知り合いで手が空いてたの、紘汰君しかいなくって……!」

 

「まあ勝手知ったる場所ですからねぇ。本当に暇だったのは確かですし。今日位は付き合いますよ」

 

「こ、紘汰君……!!」

 

 

 あれはまだお昼前の平日のこと。

 いつも通り暇だなー。とブラブラしつつ結局拠点のライブハウスCiRCLEに吸い寄せられた俺は、予約しようとカウンターに近づいたのが運の尽き。

 一瞬目を光らせたと思いきや瞬時に俺を捕まえ、どこに隠してたと言わんばかりの力であれよあれよという間に一日限定ヘルプとして引きこまれてしまったのだ。

 

 なんでも、今日入るはずだったシフト二人がどちらも季節の変わり目により体調不良。代わりもなくまりなさん一人で本来回さなきゃいけないと頭を抱えていたところ、ぼけーっとカモがネギ背負ってやってきた。ということらしい。

 

 カモネギ扱いとは、大変遺憾である。

 

 

「うぅ……ごめんね? 本当に今日だけの臨時でいいから……!」

 

「はいはい。まあ貸しひとつってことで。流石に離れてた時期が時期ですから、カウンターだけでいいですか?」

 

「ありがとねー……。基本はカウンターにいてもらって、必要になったらその都度振らせてもらってもいいかな?」

 

「りょーかいです。んじゃ、一日のんびり臨時バイトさせてもらうとしましょうか」

 

「神様仏さま紘汰様だよー……」

 

 

 誰が神様やねん。

 よよよ。と泣きながら裏手に回っていくまりなさんを見ながら、やれやれと本日何度目かの溜息をひとつ。

 窓から刺す日差しが実に心地よく、温もりだけを体に届けてくれる。

 たまにはこんな日もありか。と切り替えつつ、椅子に座って適当な音楽雑誌を捲っていくのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「うへぇ……新しい機材の導入とか聞いてねー……」

 

 

 あの窓から刺す日差しはいずこへ。時間はあれから大分経ち学生諸君待望の放課後と呼ばれるものまで過ぎ去っていた。

 確かに必要になったら呼ぶ。という要求にOKを出したのは俺だが、ボスラッシュにも程があった。

 呼ばれてみれば出るわ出るわ肉体労働の数々。カウンターだけでいいですよねと俺言ったよね?

 頼まれたものと言えば天井スピーカーの取り換え、舞台照明を一々取り換える必要のあるカラーフィルター式をライブスタジオだけ最新のLED式にアップグレードする等etc...

 

 ライブスタジオ一室だけと言って侮るなかれ。照明とは音響と切っても切れない重要な部分故、かなりの台数が設置されているのだ。

 長尺の脚立に乗って外す作業はプロの照明の仕事だろうと愚痴を垂れつつ、しかし経験者であることを盾に結局は引き受けてしまうのは甘さだろうか。

 

 そうして力仕事が終われば今度は合間にやってくる客への対応。

 平日昼間ということで閑散としたなかに疎らにやってくる程度であるが、スタッフ二人で回すには少々過酷シフトが過ぎる。これはオーナーに直訴も辞さない。

 

 

「……あのー」

 

「大体まりなさんもちゃんと最初から言ってくれればそれなりに覚悟するってのに……。まあ苦労してるのは分かるから怒るに怒れんけどさぁ」

 

「? あ、あのー……」

 

「もうちょっとオープンにしてほしいよなぁ。これは今日飯奢ってもらおう。そうしよう」

 

「あ、あの……」

 

「そうと決まれば美味い飯屋探すか……どれ近場の高い店は」

 

「あのッ!!!」

 

「はいっ!? いらっしゃいませぇ!?」

 

 

 突然の大声。びっくりして声を裏返しながら決まり文句を言う俺。

 こちらもびっくりしているがお客さん側もそこそこびっくりしたようで、目をまん丸にしてこちらを見つめていた。

 学生服……見覚えがあると思えば湊と同じ学生服だ。確かこの近くにある女子高だったか。

 ともかく少し自分の世界に入りすぎたことを戒めつつ、急いで張り付けた営業スマイルでこの小さな少女の対応をせねばなるまい。

 

 

「あ、あぁ。驚かせてすみません……。えと、どういったご用件でしょう?」

 

「い、いえこちらこそ大きな声を出してしまって……。えと、ここがCiRCLEさん、で間違いないでしょうか?」

 

 

 如何にもここがCiRCLEである。なんて厳かに言いたいがネタを言う相手は弁えよう。

 茶髪のくりくりした目が特徴の、少しシャイそうな少女の問いにその通りですがと返す。

 するとそうですか。と少し安心したように笑みを浮かべてくれたので、どうやら初手のやらかしについては挽回が効きそうで安心だ。

 

 

「えと、私。幼馴染でバンドを組んでるんです。それで新しい練習場所を探すことになりまして、近場にライブハウスがあると聞いて、是非見学したいなと!」

 

「ほう? バンド……そりゃまた随分意外というか」

 

「ッ……やっぱり、そうですかね?」

 

 

 おっと、これはやらかした。

 すぐに訂正を入れる。音楽は誰でもやる権利がある。見た目等二の次三の次なのだ。

 

 

「いや、こりゃ失言でした。バンド、いいと思いますよ。仲間と一緒に何かやるのも、音楽やるのも誰でも権利があって自由で然るべきだ」

 

「ぁ……! はい……ありがとうございます!」

 

 

 軽口は災いの元だなこりゃ……。と再び自分の胸にしかと刻んでから、また笑みを取り戻してくれた彼女からようやく事の詳細を聞くことができた。

 要は新天地探しだろう。聞けば色々なライブハウスを試しているそうだが、本当に音楽が好きならばここはうってつけだと断言できる。

 何せ仕切ってるのがあの人(まりなさん)だ。女性の立場から応援もできるだろうし、理解もある。

 

 ともなれば、おすすめしない理由はないだろう。

 

 

「んじゃあCiRCLEは大歓迎ですよ。ここの実質店長みたいな人……今は裏で休んでるけど、女性だし音楽にすっげー理解ある。しかも気さくな人だ。見学もいつでも来ていいから」

 

「そうなんですか! よかったぁ……。あ、じゃあ早速! 今からでもいいですか!?」

 

「今から? まあ平日でレッスンスタジオも空席があるし、構わないですけども……。バンド仲間は大丈夫なんで?」

 

「大丈夫です! 私達、すぐ近くに家がある幼馴染同士なので! すぐ来てくれると思います!!」

 

 

 ぐっ。とガッツポーズを小さく決めてからメルメルとスマホを操作しだす茶髪ちゃんの気迫に一瞬気圧されて「あ、はい」と押し込められてしまった。

 というかまだ会って数分の男性に個人情報を教えるんじゃありません。危ないでしょ。

 ……思えばおんなじ高校の湊も大概不用心であった。

 確かそこそこの進学校だったと思うんだけどなぁ。

 

 

 

 

「……くしゅんっ。……やっぱり風邪かしら。薬、帰りに買っていきましょう」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「あ、そろそろ着くみたいなので、私迎えに行ってきますね!」

 

「はいはい。気を付けていっておいで、つぐみちゃん」

 

 

 元気にとたた。と駆けていく茶髪少女、もとい羽沢つぐみちゃんとは、先程ちゃんとご挨拶を交わしておいた。

 まだ連絡とってから30分も経っていないところを見ると本当に全員近くに住んでいるらしい。

 幼馴染っていいよなー。もしいたらなー。なんてありもしない妄想に憑りつかれそうになったところで、再び入口のドアから今度は複数人がわいわいと入店。

 

 

「……おおう。赤メッシュ」

 

 

 入ってきた五人組はつぐみちゃんを覗けば大分パンチが効いていた。

 パンクロック風と言うべきか、先頭に立つ黒髪に赤いメッシュをいれた強烈な印象を残す少女に、背の高めの少女は赤く染めた長髪と中々にかましている。

 後に続く二人も先頭二人と比べれば落ち着き気味だがそれでも溢れ出る派手さを放ち続けてるときた。

 そうとくればそりゃあ茶髪のつぐみちゃんは意外って言われるの嫌だよなあ……。

 この辺は極めてデリケートな問題であることを再確認してから、雑誌を横において改めて接客対応だ。

 

 

「いらっしゃいませ。つぐみちゃんが言ってたバンド仲間さん?」

 

「どうも。先程はつぐみがお世話になりました……美竹蘭です。今日はよろしくお願いします」

 

「青葉モカですー。つぐのツグりにお付き合い頂き大変ありがとうございましたー」

 

「宇田川巴です。今日はよろしくお願いします!!」

 

「わはー! 感じのいい男の人だぁ……あっ上原ひまりですっ!」

 

「改めまして羽沢つぐみです。私達、Afterglowっていうバンドやってるんです!」

 

 

 うんうん。見た目に騙されそうになったが、いい子達そうで安心した。

 美竹さんに青葉さんに宇田川さんに上原さん。そしてつぐみちゃんと。五人組ということはそこそこ本格的なバンドなのかもしれない。

 今から彼女たちの練習を聞くのが楽しみだ……というか、気になってたがツグりってなんだ。

 

 

「ツグりってなんだ……?」

 

「わっわっ。そこは気にしなくて大丈夫ですっ」

 

「そう? んじゃあ……俺は藤井紘汰。今日は臨時で店員やってるけど、いつもはここを利用する側だ。もし会ったら、よろしく頼むな」

 

「え? 臨時なんですか? なんだー若い男性店員さんとのロマンスはないのかぁ」

 

「滅茶苦茶失礼だよひまり……」

 

「あっはは。アグレッシブな娘だな上原さん……ここ仕切ってる人なら、そろそろ出てくると思うけど――ほら」

 

 

 ぐいぐい来よる。美竹さんが突っ込んでいるところを見ると案外苦労人枠なのかもしれない。

 いかにもJKだなあ。と感じるノリに苦戦しそうになっていると、後ろの休憩室からのそりとお疲れ気味のまりなさんが御登場だ。

 今の今まで寝ていたのかしばらく俺を見てからしぱしぱと瞬きをした後、俺の背の向こう側の五人組を見つめて――――。

 

 

「お客さんっ!? こんなに若い娘たちが、嘘ー!」

 

「あーこちらAfterglowっていうバンド組んでる娘たち。見学らしいですよ……んで、こっちがここを大体仕切ってる月島まりなさん」

 

 

 よろしくお願いしまーす! と元気よく挨拶している数人にあらあらまあまあと嬉し気に話しかけていくまりなさん。

 やっぱりその性格からか相性はいいようで、既に打ち解けている様子だ。 

 うむうむ。姦しいとは言うが女の子がきゃっきゃしている様は見ているだけでも微笑ましい。

 一部女の子? が混じっているが、口にするとうっかり〆られかねないので心の最深部にしまって鍵をかけておくことも忘れずに。

 

 話はとりあえず当初の予定通り今日は一旦CiRCLEの見学。本格的な使用はまた後日ということになった。

 まあ見た所何人かは楽器を持ってきていなかったみたいだし、当然と言えば当然か。

 

 

「よーし、じゃあお姉さんが特別に案内しちゃう! 着いて来てー!!」

 

 

 元気のいい返事に更にテンションがおかしい方向に振りきれたまりなさんが、Afterglowの面々を連れてスタジオ方向へと引っ込んでいく。

 中々いい常連さんを見つけられたみたいだ。これから彼女たちがどんな活躍をするのか見物である。

 

 

「何をしているのかしら。紘汰」

 

「ほわぁ!? な、なんだ湊か……いらっしゃい」

 

「……バイト? 労働とは殊勝な心掛けね」

 

「頼まれただけだよ。てかいつ来たんだ……今日はレッスンか? スタジオなら空いてるけど」

 

 

 カウンターでニコニコしていると、唐突に聞き馴染のある声が鼓膜を揺らす。

 目を向けてみればそこにはマスクをつけた湊がそこにいた。喉対策だろうか。ちょっと芸能人っぽい。

 

 さて貸出書類はとごそごそ漁っている最中、ふと視界の端にその立ち姿が目に入るのだが。

 

 

「……っ ね、ねえ」

 

「んー?」

 

「今の、あの娘たち……」

 

 

 なんだ。妙にそわそわしていると思えば結構前から居たらしい。

 女子高生集団なんてこのCiRCLEで一切合切見てこなかったものだ。それは珍しいだろう。

 

 

「ああ。Afterglowっていうバンド。CiRCLEの設備見たいってんで、今日見学なんだよ」

 

「そう、そうなの……バンド、ね」

 

 

 書類をバインダーに挟んで差し出すと、答えたにもかかわらず湊は若干そわそわしたままだ。

 何か気になるものでもあるのだろうか。目線があっちこっちに散らばったあと、ふい。と遠慮がちにこちらの目線とぶつかった。

 おっと。その上目遣いは凶悪だ。一体どこで学んだんだい?

 溢れ出る若造精神を抑え込む。ングッと変な声が喉から漏れたがなんとか耐えたことにしたい。

 

 

「ねぇ。今日は、忙しい……?」

 

「けほっ……ん? いや別にピークは昼頃だったし今は別に暇だが……」

 

「! な、なら……えっと」

 

 

 手をもにょもにょとさせながら、湊は貸出書類に記載をしてこちらに返してくる。

 まだ何かあるのかと身構えれば、取り出したるは俺が先日手渡したUSB――ではなく、恐らく複製したものだろうか。

 原本はきちんと保管する。データ管理の基本を守っているようでなによりだ。

 

 

「大分仕上がってきたの……歌、聴いてもらえたりはしないかしら」

 

「もう仕上がってるのか!? すげえな歌姫……そんなことなら、よろこんで」

 

 

 どうやら歌姫サマは新曲の仕上がりを確認してほしいそうだった。

 まあ作詞作曲した本人が身近にいれば意見を欲しがる気持ちは分かる。俺だってそうするだろうし。

 二つ返事で返すと、その冷淡な表情を少し和らげてから「じゃあ、待ってるから」と湊はレッスンスタジオへ姿を消していく。

 

 さて、では俺も準備をしてしかと聞かせてもらいましょうかね。

 

 

 

「あれ、紘汰君どうしたの?」

 

「まりなさん。はい、受付バトンターッチ」

 

 

 軽くカウンター周りを整頓してから後を追うと、見学を終えたのか後ろにAfterglowの面々を連れたまりなさんと鉢合った。

 この様子だと湊とはすれ違わなかったらしい。

 事情を一々説明するのも面倒だと、手を挙げてそう宣言すると、まりなさんは訳も分からずえっえっ。と声を漏らしながらハイタッチ。

 

 さあこれで受付係交代だ。安心して一観客の役割に戻れる。

 

 

「えっ紘汰君!? なになに、どういうことー!?」

 

「Afterglowのみんなも、よかったらCiRCLE御贔屓にな」

 

「はい! 紘汰さんも、これからよろしくお願いします!!」

 

「紘汰君! 説明してよぉ!!」

 

 

 五人組にも軽く挨拶をすれば、つぐみちゃんが代表してそう返事を返してくれる。

 やっぱりいい子だぁ。と感動している最中にも、しかしまりなさんはお目目ぐるぐるで抗議してくるわけで。

 

 ああ面倒くさいと。端的に、一言に纏めて。

 

 

「歌をとなりで魅せたいっていう奴の応援ですよ。そんじゃ!」

 

 

 すたこらさっさと廊下を駆ける。

 久し振りに聞ける歌声は、どんなに進化してるのだろう。

 今から楽しみでしょうがない気持ちを抱いて、俺は彼女が待つルームの扉を開けるのだった。

 

 




友希那さんと言いつつも半分アフロ回
時系列的にはまだ友希那さんがバンド組む前の二年生春ごろです

さて次回からはRoselia結成編に。お楽しみいただければ幸いです。


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もっと高みへ友希那さん

日間入りの総合評価200間近ということで驚きを隠せない。
友希那さん誕生日おめでとう記念投稿です。


 日常とは同じ経験、日々の焼き増し。カセットテープを巻き戻すようなものだ。とはどこかの哲学者の談だ。

 本当はそんな飽き足りた毎日を超人的な意思で云々とかいう小難しい話になっていくのだが、そこはまあ割愛でいいだろう。

 要は未知であるか、既知であるかの違いだ。

 

 子供の10年と大人の10年に何故体感時間の違いが生まれるかは、それによるものが大きいとされる。

 

 何も知らないうちは毎日が未知で、覚えることだらけ故に毎日が輝き続けている。

 何もかもを知ってしまったら、全てが既知。覚えたことを反復するだけの毎日は灰色にくすんでいる。

 

 以前『特別』について語ったが、『特別』が輝いているのは即ち未知への期待が大半を占めている。

 ああ、あの場所はどうなっているんだろう。行ってみたい、知りたい。そんな想いを抱いているうちは、それはもう日々はとてつもなく充実する。

 だが知ってしまったら? ああこんなものかと落胆するかもしれないし、案外別の深みを見つけて更に邁進できるかもしれない。

 

 

 さて、前置きが過ぎた。あまり悠長にペラ回していると言葉の重みがなくなると言うし、ここは端的に話をまとめようと思う。

 

 つまりはだ。自分にとっての『特別』が飽き足りた『日常』になってしまうと、もう奇跡でも起きない限り二度と『特別』へは這い上がれないんだ。

 

 

 だから俺はこうなった。

 別段なんにもない普通の朝を迎えて、普通に生活を送って。

 

 そうして、自分にとってごくごく当たり前に傍にあった『特別』に触れようとしたとき。

 

 

 俺にとっての『特別』であった音楽は、ある日なんの兆しもなく唐突に『日常』へと色褪せ、変わり果てていて。

 

 

 気づいた時にはもう、俺はあっさりとこれ以上の未知を望むことをやめていたんだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「~♪ ……」

 

 

「…………」

 

 

 

 普段通りの毎日、放課後と呼ばれる時間帯。

 俺にとってはあまり関係ないが、この時間に特定の場所にいると自動的にとなりにポップする歌うまモンスターがいる。

 名前は湊友希那。色々なライブハウスで歌一本で勝負をしており、今はここCiRCLEを拠点にしている孤高の歌姫。

 何の因果か、彼女は俺の気ままに作り上げる音楽をお気に召したらしい。

 彼女の歌は凄まじいものだ。洗練された技術と情熱の末に編み出された結晶を、そこらに転がっているメジャーな歌手くらいなら蹴散らす勢いでぽこしゃかと生み出し続けている。

 

 そして、そんな彼女に歌をときたま創って提供するのが、俺のできる数少ない"応援"なのだ。

 

 

 

「うーん……」

 

「……」

 

「こう? いやこう…………ベース単体で練習ってしづらいな。みんなどうやってんだ」

 

「……」

 

「あ、そうか動画でも流せばいいのか。どれどれ……おっ結構あるじゃん。やりぃ」

 

「……」

 

「ふんふん~♪ べんべべべっ」

 

「……」

 

「ふん……ふ、ふ~……」

 

「……」

 

「ふん……ふ~……ってやりづらいわぁ!!!」

 

 

 数少ない俺の応援を、絶対零度もかくやというほど冷たい平坦な視線が貫き続けていた。

 そして今日はいつにも増して距離が近い。1.5倍くらい近い。ネックがあたっちゃうでしょうが。 

 なるべく気にせずにいこうとしようとしたが隣からほんのり香ってくるいい匂いとか体温で妙にピリピリする半身の感覚とかに耐えられず数分でギブアップ。

 すぐさま抗議を行うが、当の本人ときたら「え? やめちゃうの?」と言わんばかりに小首を傾げている。

 

 可愛い。んんっ!! ……落ち着け若造。

 

 

「……やめてしまうの?」

 

「いや、やりにくいから。見るにしてももうちょい離れなさいな」

 

「ベースが懐か――――いえ、ベースは……その、あんまり触れる機会がなかったのよ……」

 

「? そういやギターは多少弾けるんだったか……いやにしても今日はどうしたよ。いつもの万倍不審者だぞ」

 

「失礼ね。研究熱心と言いなさい」

 

「ならもうちょいやり方を工夫しなさいよ。ガン見で研究対象困らせてどうする……やっぱなんかあったろ。言ってみ。今更驚いたりしないから」

 

 

 うぐぐ。と珍しいことに分かりやすく湊が言葉を詰まらせている。

 どうやら何かしらを抱えていたことは正解だったか。研究と言いつつもベースの音聞いたり俺の顔見てきたりさっきみたいに言葉を濁したりで随分注意が散漫になっていた。

 まあここはお得意のお悩み相談室の時間だ。まりなさんで鍛えられたおかげで、聞き上手な自信はある。

 ほれキリキリ吐けと言う意思を込めて湊の揺れる金色の瞳を捉え続ける。

 逸らしたところで逃がしはしない。徹底的にだ。やるならね。

 

 

「……う、うぅ。じゃあその、相談、なのだけれど」

 

「おう。言ってみ言ってみ」

 

「えっと……紘汰、私……バンドを組んでみようと、思ってるの」

 

 

 ほう。バンド。バンドね……いいじゃないかバンド。Afterglowの仲良しバンドもあれからちょくちょくCiRCLEで見るようになったし。いいね、バンド。

 

 

 

 え、バンド?

 

 

「バンドって言ったか。今お前……」

 

「絶対聞き返してくると思ったわ……!」

 

「いやいやいや! だってお前、あの湊友希那がバンド!? そりゃ色々激震ものだぞ!」

 

 

 目の前で罰の悪そうに顔を逸らすこの彼女は、自分がどれほどの存在なのか理解しているのか。

 首都圏の名のあるライブハウスでたった一人の歌声で他者を圧倒する孤高の歌姫。

 その実力はメジャーからお声がかかっているという噂が絶えないあの湊友希那がバンドを組むと言い出した。と彼女を多少知っている者に言えば冗談だろ? と返されること請け合いだ。

 

 それ位ありえない。というか、彼女の目指す高みについていける奴なんてそうそういないのだ。

 

 

「だって湊、お前結構前にCiRCLEでフリーの楽器隊と組んでボコボコに批評して泣かせただろ……あの後フォロー大変だったんだぞ」

 

「……事実を述べたまでよ」

 

 

 ファサ。と華麗に髪の毛を揺らして格好つけてもそうはさせん。

 ある日別のライブハウスを拠点にする女子高生バンドが湊を見つけてきゃいきゃいとはしゃぎながらその日限りのボーカルとして無理やり組み込んだことがあった。

 確かに美人で歌が上手い。しかも同年代となれば一回組んでみたいと思う気持ちは分かるが、相手が悪かった。

 この歌姫、あろうことかライブ後に一人ずつありがたいアドバイスと言う名の爆撃を繰り返し全員が楽屋でギャン泣きするという騒ぎを起こしたことがあるのだ。

 当時の湊からすれば何故事実を受け止めずに泣き出すのか? と困惑するだけだったが、ともかくあの場は駆けつけた俺とまりなさんによって多少傷を負わせながらもトドメを刺される前にフォローすることができた冷や汗ものの事件だった。

 

 またあれを起こされるのも困る……。というのが正直な気持ちだが。

 

 

「まあ、お前が音楽のことで適当言う訳もない、か。……考えはあるのか?」

 

「ないわ」

 

「は?」

 

「だから、ないから相談してるのだけれど」

 

 

 何を自信満々に言ってるのだろうかこの娘は。やだ案外ポンコツ?

 失礼な考えを何かしらで受信したのか目の前でムスッとしてしまった湊をなだめつつ、さてどうしたものかと一応考えてはみるものの。

 

 

(困った……こいつの力量に合ったバンドマンを俺は知らない……)

 

 

 お世辞じゃなくコイツはマジもんの天才だ。

 それも才能を持っていながら努力型の天才なのは身近でその練習量を見ていたからこそ分かる。

 絶対に妥協を許さず、持てるすべてを費やして完成された彼女の歌に負けない位実力のあるメンバーが必要不可欠と思うのだが。生憎とそんなものは下手なメジャーバンドから引っこ抜いてくるより難しい。

 

 何より湊本人との相性も問題だ。このストイックさについていける自信がある奴は少なくともここらにはいないと断言できる。

 

 

「……アテはない。ってことでいいか?」

 

「そうね。何度か声をかけられたことはあっても、やはり実力に見合わないことが多くて」

 

 

 それはそうだろう。以前の少女たちも青春の一環としてバンドをしていたのであって湊のように何かに向かって全身全霊を以って挑んでいたわけじゃない。

 要はこの湊友希那という敷居の高さをどうクリアしていくのかが課題であり結論なのだが……。

 

 

「……ま、お前がこれだ。っていう楽器隊を自分で見つけるしかないんじゃねーの?」

 

「随分投げやりじゃないかしら、それ」

 

「そりゃ俺はお前じゃないしなぁ……。俺がいいと思ってもお前がそうとは限らん。ならそれこそ探し回ればいい。幸いここはライブハウス。ライブは小規模なものなら平日でもやってるくらいだしな?」

 

 

 まあ、こういうことになるのは必然か。

 湊が何故今になってバンドを組もうとしたのかは存ぜぬが、彼女自信が納得のいくメンバーを見つけ出すほかない。

 なので大人しくこのライブハウスというフィールドで正攻法で攻めればいいのだ。

 まりなさんや他利用者たちの尽力で、ここCiRCLEにも今は人が集まりつつある。

 

 色々な面々が入れ代わり立ち代わりで入ってくる今こそがある意味チャンスだ。

 

 

 と、いうか。

 

 

「俺が真面目に話してるんですから顔を近づけるのをやめなさい。近い。近いぞぉ」

 

「紘汰のことだからもっと革新的な解決案を出してくれると思ったのに。残念ね」

 

「そいつはどうも。淑女たるもの貞淑さを忘れないでねー……。けどまあ、こんな安牌しか切れない代わりに湊さんへ朗報だ」

 

「朗報? 一体なんの――――」

 

「これから地下スタジオでいくつかのバンドグループがライブするみたいだぞ。小規模だけど」

 

「――――紘汰私急ぐからまた今度ねさようなら」

 

 

 はいはいそんな一息に言わんでもライブは逃げないぞー。

 なんて言う言葉も無視して一足飛びで扉から出て行く湊に手を振って、ようやく静かになったと一息つく。

 

 さあ、これはとんでもないことになってきた。

 

 あの湊友希那が本格的にバンドを始めるとなれば、それはもうただのアマチュアバンドには収まらない。

 いつしかまりなさんが言っていた言葉――――ガールズバンドブームは来るかもしれない。

 

 いや、ブームなんてものじゃない。

 転換期。新しい音楽の1ページが更新されるかもしれない。

 それこそ1つの時代を築き上げるような瞬間に……。

 

 

「『ガールズバンド時代』、来るのか……マジで?」

 

 

 武者震いが止まらない。

 色褪せたと思っていた。もうこれ以上時は進まないと思っていた。

 

 なのに楽器を持つ手はこんなにも歓喜に震えている。

 

 

「……あいつと一緒に居るとマジで日常が退屈しないわ。――――最ッ高だ」

 

 

 俺の日常が、また少し輝きを取り戻したような……そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 そうして、彼女は運命の始まりに遭遇する。

 

 

 

「あなたに提案があるの……私と、バンドを組んでほしい」

 

「――え?」

 

 

 

 これより遥か未来にて、ガールズバンド時代と呼ばれるものを引き起こした彼女たちの出会い。

 

 

「あなたの実力もわかりませんし、今は……お答えすることはできません。貴女は――」

 

「私は湊友希那。今はソロでボーカルをしていて……『FUTURE WORLD FES.』に出るメンバーを探しているの」

 

「しかし、それなりに実力のある方でなければ、私は」

 

「私と貴女が組めばいける。私の出番は次の週末、土曜日――――私の歌を、聴いてもらえればわかるはずよ」

 

 

 孤高の歌姫であった彼女が、重なり合う青い薔薇となるのは、もう少し先の話。




※ちなみに紘汰君は友希那さんがラブコールしてる裏で影口叩いた連中に懇切丁寧に訂正入れて回ってたり。

ここから怒涛の青薔薇ラッシュ。更新頻度マシマシでお届けしたい。


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バンドつくるよ友希那さん

狂犬現る


「という訳で、素晴らしいギターの演奏者と組むことができそうよ」

 

「いやまだ決まったわけじゃないだろ。次のライブで……ああ、まあ結果は分かってるか」

 

 

 本番を前日に控えた金曜の昼。

 少しはやめに学業を終えた友希那はCiRCLEのスタジオ受付をする俺を見つけると、さあ行こうと当然のようについてきて今に至る。

 

 何やら興奮冷めやらぬといった感じでその『紗夜』という女性に関して話を続けていたが、どうやら相当なギタリストらしい。1フレーズのミスを正確に覚えているのはかなりのストイックさだ。

 おまけに主義主張が湊そっくりとくれば、もうこれは勝ちだ。絶対にこいつは『紗夜』をバンドに引き込むだろう。

 

 何故なら条件は歌で認めさせること。この湊友希那の歌声を、音楽に真摯に取り組む人が聴いて評価しないはずがないのだから。

 

 

「……ん。ふふ。そうね、結果は分かってる――――紗夜は絶対に、私にとって重要な存在。そんな気がするの」

 

 

 湊は満足気に少し口角をあげてから、そんなロマンチックなことを言い出した。

 結果的に言えば、あのテキトーな助言はまさに適当だった。ということなのかもしれない。

 

 

「なんだ。見つけられたじゃねーか。これだ! っていう楽器隊」

 

「……そうね。今になってみればいい案を出してくれていたわ。結果論だけど」

 

 

 ちょっと弄ってみるもすぐさま切り返されて痛み分け。

 最近の湊は弄り慣れてきたような気がする。いや、もしかしたら元からよくいじられるような娘だったのかもしれない。

 ふふん。と鼻を鳴らして傍に置いてあるの俺のアイバちゃんを撫でるその所作は、あまりにも手慣れている。

 しっかりと感触を確かめるように、しかし繊細な手つきは見る人が見ればドキッとするようなものだ。

 湊の場合、見てくれがとても良いので非常に絵になる。

 これに接近されたときとくればそれはもう理性は溢れ出る若造魂をせき止めるのに総動員しなければいけない位だ。

 

 

「あなたのギターも大分年季が入ってるわね。買い替えはしないの?」

 

「あーなんだかんだコイツが一番手に馴染んでなあ……グレード上げようにも、俺ギター専門ってわけじゃないからどこまで上げればいいのか按配が分からん」

 

「そう……。でも手入れは行き届いてる。こんなに持つのも納得ね。流石だわ」

 

「お、おぅ……さんきゅ。んで、当たり前のように着いてきたけど今日はどうしたよ?」

 

 

 よっ。とギターをケースに嵌った状態から取り出してチューニングを行いながらそう問いかける。

 あまりにも自然な動作で一緒に来たもんだから今の今まで失念していたが、そういえば俺スペース一人で予約してたのに何故まりなさんは当たり前のように湊を通したのか。

 職務怠慢だ。これは今度約束していた焼肉をグレードアップしてもらうしかない。

 

 

「え。どうしたって……ライブ、明日じゃない」

 

「? おう。明日だな。練習したほうがいいんじゃないのかよ」

 

「だから練習しにきてるのだけれど……」

 

 

 あれーおかしいなーここ俺が予約してたスタジオなんだけどなー。

 んー? と頭をこんがらせている俺に、湊はマイクの置かれた前方へと歩いて行って、その前に立つと後ろに座る俺に向き直った。

 堂々たる金色の眼が正面から射貫いてくる。

 この圧倒される感じ。普段の湊とは違う、ステージで歌を届けるボーカル湊友希那の顔で。

 

 

「最終調整、付き合ってくれるんでしょ? 『絶対に失敗するな』と作詞作曲した貴方から脅されているんだもの。貴方の意見を聞きたいと思うことは不自然かしら?」

 

「――――はっ。そりゃごもっとも。言っとくけど料金二倍になってたら割り勘だかんな?」

 

「あら? いたいけな女子高生からたかるの?」

 

「どこに作曲家脅して練習付き合わせるいたいけな女子高生がいるんだよ……んじゃ、始めっか」

 

「ええ。もっと高みへ行くために……見ていなさい。紘汰」

 

 

 ずっと見てるよ。これまでも。これからも。

 そんな歯の浮くような言葉の1つでも吐ければ俺もイケメンの仲間入りなんだろうか?

 それとも勘違い野郎? どちらにしても、あまりノリのいい返事を思いつかなかったので軽く笑ってから近くのスピーカーに鞄から取り出したPCを接続する。

 

 流れ出す音楽に乗せて、孤高の歌姫が孤高でなくなるための最終稽古が今、始まった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……う~っ」

 

「何もそんなにそわそわしなくてもいいんじゃない~?」

 

「で、でもまりなさん。俺なんか落ち着かなくってっ……」

 

「まるで子供の発表会に来た親ね……。友希那ちゃんだってステージ何回もこなしてるし、きっと大丈夫だよ!」

 

「今回は色々賭けてるもんが違うんでぇ……」

 

 

 翌日。

 普段よりロビー付近には人気が多い中、俺はカウンター近くでこの浮き足立った気持ちをまりなさんにぶつけていた。

 これまで知り合いが出ているライブは何度か見てきたし、様々な立場で関わったライブもそこそこ経験してきたとは思っている。……が。

 何だろう。この逸る気持ちが止まらない。

 まりなさんのいう通り、これではまるで発表会に来た親ではないか。

 

 

「あと30分……湊、緊張してなけりゃいいけど」

 

「あははっ。ないない。友希那ちゃんに限ってそれはないよー」

 

「うぅ。で、ですよねぇ……」

 

 

 ううむ。しかしどう感情を落ち着けたものか……。

 なんてそわそわしながらあっちこっちに目線を飛ばしていれば、既に観客が地下ライブスタジオへと向かいだしていることに気が付いた。

 話しているうちに大分時間が過ぎていたらしい。さて、あの歌姫のことだ。最前列にいなければ今回に限り愚痴られること間違いなし。

 

 

「開いたみたいですね。んじゃあ俺、行ってきますわ」

 

「うん! 楽しんでおいで。あ、それと健闘を祈ってるよ!」

 

「演るのは俺じゃなくて湊ですけどね……。けど一応、ありがとうございます!」

 

 

 カウンターから離れて地下ライブスタジオへ向かう。

 かつて、孤高の歌姫に初めて出会ったこのスタジオで、今日彼女は孤高でなくなれるかもしれない。

 ほかでもない、俺が作った歌で湊友希那を高みへ羽ばたかせて見せる。

 それだけの歌を作ったはずだ。ならば、この舞台はきっと至高のものとなる。

 

 

(信じてるぞ。湊――――!!)

 

 

 ブザーと共に開場のアナウンスがスタジオに響く。

 ぎりぎり最前列。ど真ん中でステージを見据えた俺は、まっすぐ目を離さずその瞬間を待ち続けるだけだ。

 次いで一瞬の静寂を破る旋律は聞き間違えはしない。

 他の誰よりも、俺と彼女が聞いたはずのイントロ、そして照明がステージを照らし――――

 

 

 さあ、開演だ。派手に舞って見せろ。湊。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ええ。分かってる。最高のステージにしてみせる。

 最前列、言わずとも目の届く位置からこちらを凝視していた彼と一瞬、目が合った。

 伝わる意思がそこにある。きっとあれは『派手にやれ』とでも思っているに違いない。

 ならば期待に応えよう。誰よりも真っすぐに、今日この場に集った全員余すところなく表現して見せる。

 

 不思議と緊張はしなかった。歌い出しも完璧だ。

 ほんのミスが致命傷になる。紗夜は見逃しはしないだろう。そして、彼女が妥協しない性格であるのはあの演奏が見て取れる。

 ならば魅せるべきは一切の失敗のない完璧なステージ。

 やってみせる。孤高だなんて言わせない。

 

 

(ねえ、そうでしょ? 貴方は絶対に、私を見失わない。分かってる)

 

 

 頭のほんの片隅で、食い入るように見つめる彼を想う。

 紗夜、貴女もどこかで見ているのでしょう?

 私の評価は耳にしているはず。格下とは接しない。薄情で冷徹な女。

 当然だ。私は目指すべき場所がある。その為に全てを捨てる覚悟もある。

 だけど、それでも、貴女が私の歌に希望を見出してくれたのなら。

 

 

(これから共に、高め合いましょう。紗夜。そして――――)

 

 

 紗夜はすぐに見つかった。

 私を真っすぐ見つめて、その目に確固たる意思を宿している。

 このライブが終われば、手を取ってくれることを伝えてくれている目だ。

 

 歌が終わり、出番が終わる。

 歓声に包まれたステージから捌ける時、自然と目線は彼へ向いた。

 

 

(これからも、見ていて……ね)

 

 

 意思を汲み取ってくれたのだろうか。

 目線に対して深くうなづいた彼にほんの少し心が暖かくなる。

 そんな気持ちを胸に抱いて、私は今日という大事なステージを終えたのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「おめでとう。湊……」

 

 

 ライブが終わった後のCiRCLEの外。

 人気が既になくなったそこで、湊は『紗夜』と何やら話し込んでいた。

 きっとこれからのことだろう。見た所、握手をしているみたいだし上手く行ったみたいだ。

 

 そのことに惜しみない賛辞を送りたい。今まで誰からもその音楽観を理解されてこなかった湊に、よい理解者ができたことに。

 これでもう俺が傍にいて一々見守ってやる必要はないだろう。

 今まで通りとはいかなくなるが、彼女の応援は続けていくつもりだった。

 形を変えても、湊友希那の音楽を見続けていこう……。

 

 

 そう思った。のだが……。

 

 

 

 

 

 

「なんッッで増えてんだよッッ!!?」

 

 

「ちょっと紘汰? いきなり大声はやめて頂戴」

「……?」

 

 

 思っていた。はずだったのだ。

 時刻は一日経って日曜日。ああ少し寂しい気持ちもあるが一人で音楽と殴り合うのも悪くないと気持ちよくなること数刻。

 気づけばそこにヤツがいた。と言っておけばいいのだろうか。

 振り向けば湊友希那、横に面識のない少女を添えて。だ。

 

 結論から言えば、『紗夜』を連れて何故か湊が居た。いつも通り、隣に。

 

 理解しきれず叫んでみれば抗議される始末。非常に解せない。

 ほら紗夜さん、何が起きたかわかんなくて訝しんでるでしょうが。

 こいつ誰? って思ってるのが丸わかりだ。表情はもうちょっと隠すことをお勧めする。

 

 

「……んで、なんでいるんだよ。まったく気づかんかったぞ」

 

「楽しそうに演奏していたのものね。ああ、こちらが紗夜。ギター担当で私と組むことになったわ」

 

「知っているよ延々と聞かされたからな。……俺が聞いてるのはなんでいるかってことなんだが」

 

 

 延々と聞かされた。の部分でちょっとびっくりしたような紗夜さんではあったが、すぐにそのツラを鉄面皮へと逆戻り。

 ああ、こりゃ昔の湊にそっくりだわ……。と一瞬懐かしんでしまった。いや、今も表情中々読めないから似たようなものだが。

 まるで私には音楽以外にないんです。って顔をしている。

 実際、そうなんだろうな……俺も当時はそんな感じだった。いやはや懐かしい。

 おっと、感傷に浸るのは爺臭くなる。やめだやめ。

 

 

 

「……あの、湊さん? 面白いものが見れると聞いて連れてこられたのですが、まさか彼が?」

 

「ええ。彼が紘汰。……中々いい演奏をするでしょう?」

 

 

 そう言って湊は勝手にマイクを設定しに少し離れていってしまった。

 目の前で歌姫に褒められるのは中々貴重だが、紗夜さんは不機嫌オーラをちょっと強める。

 そりゃそうだろうなぁ……。ようやく音楽一本で一緒に高め合える仲間に出会えたと思ったら、いきなり知らない男の前に引っ張り出されればお前マジかよってなりはする。俺だってなる。

 そして肝心の俺の演奏はお世辞にも上手くはない。紗夜さんと比べられれば10も100も足りないことだらけだ。

 

 

「あまり、初対面の方に言うのは憚れるのですが……」

 

「ああいいよ。俺が一番分かってるから。上手くはないだろう? 俺の演奏は」

 

「! ならば何故、貴方の前に私を……」

 

「そうさなあ……アイツの考えてる事は、今でも分からないことだらけだけど……まあ分かる理由は一個だけ」

 

「……聞きましょう」

 

「ここ一年近く湊友希那の音楽を傍で聞いてきた。あいつと一緒に曲もいくつか作った。これからバンドを始めるにあたって、問題点を指摘するくらいはできる」

 

 

 恐れながらね。と付け加えてギターを置くと、紗夜さんはムッと口を噤んだ。

 お前如きが何を意見すると言うのだ下手くそめ。って顔だな、それは。

 確かに俺には天才的な指捌きはない、ないが……。

 

 

「肥やしまくった耳がある。1フレーズたりとも見逃してやらん位の自信はある。何より……自慢じゃないが10年間、音楽に関しては誰よりも妥協を許さなかった男だ」

 

「っ……自信があるというのは分かりました。けれど私達は先ほどのようなお遊びの音楽は必要としていない。私達の目標への足枷になる。その時は――――」

 

「大人しく傍からは引き下がるよ。っていうか、俺は元々そのつもりだったんだけどな……」

 

「いいえ紘汰、貴方には紗夜に示してもらうわ。貴方の価値を」

 

 

 話は聞いていたのだろう。

 つかつかと歩いてきた湊は普段より厳しく俺にそう言い聞かせる。

 ――示せ。というのがどういうことでなのかは、あまりにも曖昧だが。

 

 

「私たちは本気でフェスに行く。その為に紘汰の助力は不可欠と私は思っている。私にそう思わせたように、紗夜にも示しなさい。決して遊びではない、貴方の『音楽』を」

 

「……あぁ。そりゃ随分分かりやすくなった。遊びじゃないってことはいくらでも見せてやれるぞ」

 

「当然ね。貴方の力を私は知っている。必要でなければわざわざこうして引き留めていないわ」

 

 

 続く二の句ではっきりと条件を叩きつけられた。

 天才湊友希那にそこまで発破をかけられて、やる気を出さない訳にはいかない。

 輝くものはとうに見つけられなくなったが、それでも日常として積み上げられたものはある。

 その日々を、『遊び』だなんて誰にも言わせはしない。

 

 

「あのくれてやった曲、お前の方でメロディ詰めてんだろ? 今できるか」

 

「ええ勿論。紗夜、貴女は――」

 

「言われた通り、担当パートの部分を詰めてきましたが……」

 

「ならやりましょう。紗夜も、紘汰に見せてあげなさい。その実力を」

 

 

 言われなくとも。と言った感じに紗夜さんはギターを取り出して準備を始めた。

 やれやれ随分と衝突しまくったが、ようやく湊の目指す目標への第一歩を踏み出せたようだ。

 あとは俺が蹴られるか認められるかだが、ここで踏ん張らねば本気で歌姫に軽蔑されそうなので久々に全力で挑んでみようじゃないか。

 

 これからも彼女の飛翔を見守るために、まずは俺も第一歩、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~~~っ! 絶対、ぜーったい友希那さんとバンドやりたい!」

 

「あこちゃん……私は、応援……してるからね」

 

 

 青薔薇の花びらは、着々と揃いつつあった。




紘汰さんメモ:年齢不詳。音楽歴10年以上。楽器はそこそこ。友希那さんとの出会いは追々

あれからお気に入り200超評価300超と大変ご好評いだたき驚いております。
これからも距離近い系友希那さんを頑張って書いていきますので、感想評価お気に入り、お待ちしております。


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メンバーあつめよ友希那さん

「まったくもって! 業腹ですが! ……今は認めます! ええ、今はですが!」

 

「ははは……そりゃどうも」

 

「当然ね」

 

 

 

 一通りのセッションを終え、各々思った感想をぶつけあったあとの第一声がこれである。

 苦笑いする俺、眉を吊り上げて威嚇する紗夜さん。そしておすまししてる湊。

 

 なんともまあ纏まりのない練習になったが、これはこれで濃い練習になった……と、思いたい所だ。

 

 

「ギターの枠は埋まった。あとは最低限ベースとドラムは欲しいとこだが……湊はアテはない、よな。うん」

 

「ちょっと、まだ返事してないのだけれど」

 

「紗夜さんの前だからってカッコつけなくてもいいっつの。この前泣きついてきたのは誰だったっけー?」

 

「っ……」

 

 

 湊をぐぬぬとさせてから、とりあえず進んだ現状を把握してもう一歩ステップアップする算段をようやく始めだす。

 当然、バンドというのはボーカルとギターだけじゃ足りない。

 俺の作った曲も基本的な五人バンドのものが大概だし、ライブをするのであればあとはベースとドラムを確保しなくちゃいけない。

 キーボードは優先度が1つ落ちるが、それもいずれ必ず必要になってくるだろう。

 つまりは、だ。

 

 

「ひとまずベースとドラム。ですか……。道は遠いですね」

 

「けれど、何もしないと始まらないわ。紗夜、貴女にベースとドラムのアテはあるかしら?」

 

「残念ながら……」

 

「そう……。じゃあまた地道に探していくしかなさそうね……」

 

 

 ふむ。と顎に手を当てて考えてみる。

 紗夜さんの例はなんというか、ラッキーパンチ的なものだ。

 俺だってCiRCLEに集まってくる楽器隊から好きなの探せと言いはしたが、あくまでアテもないしツテもないことへの妥協案だった節はある。

 この幸運は長くは続かない。もう一度このライブハウスからベースとドラムを探せと言われれば、次は一体どれくらいかかるだろうか。

 

 かといって、これ以上妥協して湊と紗夜さんに釣り合わない奴を連れてくるのも妥協にすらならないことになるのでバツ……。さてさてどうしたものか。

 

 

 ……ん?

 

 

「紘汰、どうかしたの?」

 

「いんや。今ドアのとこに誰か……」

 

 

 ふとドアの方へ視線が向いた時であった。

 ガラス窓の部分に、なにやら髪の毛がひょこひょこと揺れていた。

 こちらが気付いたことを察したのか、湊に返事をしながら近づくと慌てた様子で引っ込んでしまったが。

 

 

「覗きですか? まったく不届きな輩もいたものですね……」

 

「んー。覗きっていう程のことでもないと思うが……ぉ、なんだこりゃ」

 

 

 ドアを開けて周りをきょろきょろと見渡しても特に誰かがいることもなく。

 一体何用だったんだろうな。と思っていると、地面に一冊の本のようなものが落ちていた。

 紗夜さんはマナーがなっていませんとプンスコしながら気づかず戻って行ってしまったが、ひょいと拾い上げるとなんとも表紙はボロボロになっている。

 

 あまり中を見るのもなあ。とカウンターに届けようとした時だ。表紙に書いてある文字に目が行った。

 

 

「これ……。スコアか」

 

 

 バンドスコア。簡単に言うとバンド用の楽譜のようなものだ。

 メジャーのシングルとかは市販されていたりするが、マイナー曲だったりすると耳コピしてノートに書きなぐったものをスコア代わりに使うこともある。

 これは後者のものだ。書き込みでぐちゃぐちゃになりかけているが、曲目はつい先日ライブにてお披露目したばかりの、俺がつくったあの曲なのは一目でわかった。

 

 

(多少間違ってるがほぼ完璧……。しかも内容からしてこれ作ったのはドラマーか。あの短期間でこれだけくたびれたってことは、どれだけやり込んだんだ? どちらにせよ――――)

 

 

 これを持っていた人物は、かなり使える。

 おまけに欲しがっていたドラマーときた。実力はとりあえずおいておいて、希望は持ててきたんじゃないだろうか。

 

 まりなさんに届けてやろうと思ったが、予定変更だ。

 

 

 

「紘汰? 何をしてるの……いや、本当になにをしてるのかしら」

 

「酷い……いえ、悪役顔みたいになっていますよ。企むのは勝手ですが、私達を巻き込まないように」

 

 

 

 ケッケッケ。何を仰るやら。

 これは君たちの為の悪巧みなのでご愛嬌戴きたい。あと紗夜さんしれっと人の顔酷いとか言わないで。

 

 

「ドラマー捕獲作戦始動だ……ちょーっとだけ付き合ってくれ、な?」

 

 

 笑いを含む俺に向けて、ちょっと引き気味にだが頷く二人。

 さてさて、このスコアを使っている練習熱心なドラマー君は一体どんな子なのだろうか。楽しみだ。

 

 所で二人ともめっちゃ引いてるけどそんなに悪い顔してるのだろうか、俺……。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「で、この行動になんの意味が?」

 

「わからないけれど、とりあえずドラマー候補が見つかると言うのならもう何も言わないわ……」

 

「んー、まあ見ててくださいって」

 

 

 レッスン時間はあれから過ぎて、今は別のバンドに部屋を引き継いだ後。

 つまりは練習後なのだが、俺たちはそのままCiRCLEのロビーに居座っていた。

 いつもそそくさと帰ってしまうはずの俺たちがいるのがうれしいのか、まりなさんはニッコニコでカウンターからこっちを見てくるのがちょっと気まずい。そんなに喜ぶことでもないのに……。

 

 ではそろそろ作戦を説明しよう。

 

 

 まずあのドアからひょっこりしていた人影からこのスコアの持ち主を彼(彼女)と推測する。

 そしてこの使いこまれようからして恐らくないと知れば探しに来るだろう。

 そこで……これみよがしに少し離れたテーブルにスコアをポイっと放り出す。無論今日バンド練にきていた奴らの中に持ち主がいなかったことは確認済み、なので取りに来るとしたらドラマー本人なのは間違いない。

 そこをとっ捕まえてみようっていう作戦。実に隙がない……。

 

 

「……どこからが真面目に言ってるのかまるでわかりません」

 

「奇遇ね紗夜、私もよ」

 

 

 へいそこシャラップ。結局のところ勝てばいいのだ勝てば。

 さてそろそろ時間も経ってきた。なくしものに気づくにはちょうどいい時間だと思うが……。

 

 

「……ねえ紘汰、あれ」

 

「ん? ……あ」

 

 

 ちょいちょいと肩を引かれ、導かれるままに入口に目線を向ける。

 ひょこひょこと揺れるツインテ―ル、小さい身長の少女が周囲をうかがいながらCiRCLEに入ってきたではないか。

 慌てて俺はフードを被り、友希那はマスク、紗夜さんには俺が持っていた帽子を慌てて被せることで難を逃れる。紗夜さんめっちゃ舌打ちしてきた怖い……。

 

 少女はそのままカウンターへ向かい、まりなさんと2、3言葉を交わしてからレッスンスタジオ方面へ姿を消していく。

 

 

「……今の女の子、だよな。え、ガールズバンド組めたりするのかこれ」

 

「年齢と性別は関係ないわ。彼女がドラマーで、実力があるのなら誘う。でなければ放置する。それだけよ」

「ええ、なのでさっさと話を終わらせたいのですが……」

 

「しーっ! 帰ってきた……」

 

 

 大分辛辣な意見が飛び交う中、ようやく少女がロビーに帰ってくる。

 「ないなぁ……うぇぇ」なんて一人悲しくとぼとぼと帰ってきた彼女だが、しかしその目がロビーにある机の一つへ向くと沈んでいたそれが眩いばかりに輝いた。

 

 

 よし、ビンゴ。

 

 

 

「あーっ!! あこのスコアー!! あった、あったよーっ!」

 

 

「そう、そのスコア。貴女のだったのね」

 

「えへへ。そうなんです! いやーなくしちゃったかと思っ……て、まし……た?」

 

 

 忘れ物を見つけてはしゃぐ少女に、湊がまず突撃する。

 次いで俺、そしてけだるげについてくる紗夜さん。不審者装備を取っ払うと、少女の目はまんまるに見開かれる。

 

 

「ゆ、ゆ……『友希那』!? ……ぁ、さん!? 孤高の歌姫の、なんでここに!?」

 

「どうも。ところでそのスコアについて話をしたいのだけれど」

 

「……さっさとしましょう。帰って自主練がしたいです」

 

「悪いねドラマー少女、ちょっと付き合ってくれると嬉しい」

 

「……え? えぇぇぇ!?」

 

 

 

 がっしと両肩を掴んで連れ去られる少女に合掌しつつ、CiRCLEの外にあるカフェテリアに席を移す。

 既にちょっと夜が近づいているため、手短にと湊に耳打つとコクリ。と相槌だけ打って話し始める。

 俺と言えば後ろから腕組みオタクスタイルだ。いやバンドのことはあまり無責任に口を出したくないっていうのが理由の大半だけども。

 必要な時だけ口を挟むとしよう。余計なことを言うと紗夜さんが噛み付いてきそうだ。

 

 

「単刀直入に言うわ。貴女がこのスコアの持ち主のドラマーで間違いない?」

 

「うぇっ。ぁ、はい。確かにそれはあこのですけど……」

 

「手書き、ボロボロになるまで使い込まれたスコア、しかも新譜……。条件は、満たされていると思いますが」

 

「そうね、でも紗夜。条件を満たしただけで、私達はまだこの娘の実力を見ていないわ」

 

 

 なんという会話のドッチボールでしょう。

 手短に。とは言ったがこれではドラマー少女があんまりにも置いてけぼりだ。今も目の前で交わされる言葉に「えっえっ」と困惑する声を挙げているし。

 

 ……んー。ちょっとだけ手伝おう。

 

 

「このスコア。手書きだけど大体譜面は合ってた。君が一人でこれを書いたのか?」

 

「は、はい。あの! 友希那さんが、その、バンドを組むって聞いて! それで」

 

 

 緊張しながら、必死に言葉を選んで少女は意志を湊へ伝える。

 成程。湊と一緒に組みたいから、歌っていた曲目を叩けるように練習していたのか。

 その後もえっと、とかあの、と一生懸命に言葉を繋げる姿は実に保護欲をそそる。妹って本当はこんな感じなのだろうか……。

 何はともあれいい流れだ。努力はしてるみたいだし、あとは実力さえあれば――

 

 

「あこ、世界で2番目に上手いドラマーですっ!! だから、その……あこと組んでください!!」

 

「……2番目?」

 

 

 あ、やばい地雷踏んだ。

 慌てて湊を止めようと口を開こうとするが時すでに遅し。

 紗夜さんもカチンときてしまったのか、顔を険しくさせていた。

 

 

「私は頂点を目指している。己の武器である音楽を1番と自称すらできない者は要らない」

 

「同意します。2番目で甘んじているのなら、それが貴女の限界でしょう」

 

「あーっ! ちょ、ちょっと待った! 一旦、な? 一旦実力を見てやる位はいいんじゃないのか?」

 

「紘汰。貴方も分かっているはず。どれだけ実力があろうとなかろうと、己が頂点であるという気持ちをそもそも持てない者は土俵にすら上がれない」

 

「……っ。それは、なぁ」

 

 

 言葉に詰まる。実際その通りだ。……謙遜と自負は違う。言うべきところで啖呵が切れない者は、肝心なところで日和ってしまうことも承知の上だ。

 だけれども話を聞こうとしたのはこっちなのにその言いぐさはちょっとかわいそうが過ぎる。ドラマー少女も俯いて出す言葉が浮かばないのか唇を噛むばかりだ。

 

 湊の言葉は棘があるけれど真意を突いている。このバンドに入りたいと思うのならば、所謂覚悟というものを決めてもらわねばならない。

 全ては頂点に至るために。

 

 

「あこちゃん……だっけ? どうして2番目なのか教えてくれるか?」

 

「あこ……お姉ちゃんに憧れてドラム始めたんです。お姉ちゃんのドラムはすっごく上手くて、あこもそうなりたくて、だから!」

 

 

 湊と一緒に組めば姉に追いつけると思った。

 その言葉の続きは、唐突に手を机に叩きつけた紗夜さんによって止められた。

 

 

「……っ!」

 

「紗夜? どうかしたの?」

 

「……失礼しますッ」

 

「え、あ。紗夜さん……?」

 

 

 何が紗夜さんの心の奥底に触れたというのか。

 彼女はすぐさま立ち去って行ってしまう。

 湊も特には止めたりはしない。戸惑いこそすれど、俺もまた然りだ。

 ああいったときに引き留めるのは逆効果だと、お互い知っているがゆえに。

 

 

「……貴女は姉に追いつきたいから私と組みたい。そういうことでいいのかしら」

 

「あ、あこは……もっとカッコいい自分になりたくて、友希那さんと一緒なら、あこどんなことでもやれるって――――!」

 

「ごめんなさい。私は()の貴女とは組めない。練習、これからも頑張って」

 

「あ…………」

 

 

 紗夜さんに次いで、湊も立ち去っていく。

 残されたのは俺と、ドラマー少女。

 さてさて、どうしたものか……。

 

 

「……ごめん。俺が言い出したんだ。このスコアの持ち主はもしかしたらバンドに入れるくらいのドラマーかもって」

 

「! ……ありがとう、ございます。えと、貴方は」

 

「ああ悪い。自己紹介まだだったな。俺は藤井紘汰。湊とは……まあ腐れ縁みたいなもんだ」

 

「紘汰さん、ですか……宇田川あこです。友希那さんと知り合いなんて、すごいですね」

 

「俺より音楽バカだって、俺自身が認められるのはアイツくらいかな。……スコアボロボロだなぁ。ドラム、好きなのか?」

 

「え? ……はい! ドラム、大好きです!」

 

 

 

 そうじゃなきゃツーバス使う俺の新譜を好き好んで練習したりしないしな。と付け加えると、難しかったですーと素直な感想も聞かせてくれた。

 一言断ってから所々ミスってる部分の上に正しいものを書いてあげつつ、俺は俺なりの思いを伝える。

 湊も、そして紗夜さんも。悪意があってああいった言葉を吐いてるんじゃない。

 そこにあるのは純粋な音楽への気持ち。ただそれだけなのだ。

 

「湊は文字通りテッペンを目指してるんだ。アイツは本気でバンドでフェスに……『FUTURE WORLD FES.』に出ようとしてる。それも、コンテストで優勝して」

 

「っ……! 『FUTURE WORLD FES.』」

 

「この名前を聞いてまだ湊と組みたいと――思ってる目だなそりゃ。諦めることもできると思う。君なら湊じゃなくても他のバンドなら引っ張りだこだ」

 

「あこは! 友希那さんと組みたいです! ……カッコよかったんです。友希那さんのステージ。憧れで、もっと近くであの人の音楽を見たくて!」

 

「……そっ、か。……ふふっ。俺とおんなじこと言ってら」

 

「え? おんなじこと?」

 

「俺も、キミと同じ湊のファンだってことかな。だから俺から言えるのは1つ。自分の音楽への想いを、ちゃんと湊と紗夜さんに伝えてくれ。そうすればきっとアイツは応えてくれるし、俺はできる限り君のサポートをする」

 

「……なんで、あこにそこまでしてくれるんですか?」

 

 

 そんなこと決まってる。

 単純に、俺の作った曲をここまで理解してくれる人がいるのが何より嬉しかった。

 それにこの娘は絶対に湊と紗夜さんにとっていい影響を与えてくれる。そんな予感が、今はしている。

 

 

「あとはまあ単純に……俺のせいで君を巻き込んじゃったことへの贖罪?」

 

「……ぷっ。あははっ、紘汰さん……はい! では、あこが友希那さんを口説き落とすまでサポート、宜しくお願いしますね!」

 

「口説き落とすってお前な……まあ、おう。そこそこに頼ってくれ!」

 

 

 

 これが宇田川あことの出会い。

 やがて青薔薇になる者は、着々とこのライブハウスに集まりつつある。

 

 




投稿初めて一ヶ月。
たくさんのお気に入りと評価ありがとうございます。全てモチベーションに還元して頑張ってお届けしたいと思う所存。

あ、私的な話ですがツイッターやってます。よかったら絡んできてください。

みんなRoseliaリゼロコラボ生き残りましょうね……。


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メンバーそろえよ友希那さん

 あれから少しの時間が経った。

 おおよそ一週間だろうか。春が少し過ぎ去り暖かくなり始める予兆を見せている週末の午後。

 何をしているかと言えば、それはもうライブハウスですることは1つ。

 だけど普段とちょっと違うのは、ここが俺の拠点とするCiRCLEではない。ということだ。

 

 ではなんでわざわざ使い慣れた拠点から退いてまで別のライブハウスに来ているかというと……。

 

 

「……はい、オッケー! そこまででいいぞーあこ」

 

「はい! はぁ……ふぅ。紘汰さん、どーでした!? あこのドラム!!」

 

「おー及第点だ。粗は目立つが気持ちがいい。もう一曲叩いてみ! ……流石、巴さんの妹さんだな」

 

「はーい! フッフッフ。我が闇の両腕に宿りし漆黒の……うーんと、なんとかが……バーン!!」

 

 

 あの日、俺の至らぬばかりに傷つけてしまったドラマー少女こと宇田川あこの強化特訓。とでも名付けようか。

 技術は確かなものがある。では後はあの音楽一筋の筋金入りを納得させるだけの意思をぶつけるだけでいい。

 しかし本人には姉という明確な追う背中があり、それが自分の中で勝手に妥協点を作ってしまっていると踏んだ俺は当初の予定通り湊と組めるように手助けをすることになった。

 

 別にCiRCLEでもよかったのだが、あそこのスタジオを借りるとほぼ100%の確率で歌うまモンスターがポップして再び不毛な言い争いになってしまうので却下。そこで手を借りたのが、彼女たちだ。

 

 

「はは、自慢の妹ですよ。それよりあこが世話になってすいません、紘汰さん」

 

「俺の責任でもあるから気にしないで。それより頼って申し訳ないよ、Afterglowには」

 

「おー、あこちん。いつの間にあんなに上手くなっちゃってー」

 

「うん。……悪くないね」

 

「紘汰さんにはCiRCLEに初めて来たときからよくしてもらってますし、私達も手伝えることがあればと思ってたんです!」

 

「あこちゃーん! 頑張れー!」

 

 

 Afterglow。既に一月ほど前にはなるが、CiRCLE利用を勧めたガールズバンド。

 あれからちょくちょく足を運んでくれた彼女たちの中にあこの姉がいるとはまさか思いもしなかった。

 ドラマー姉妹ということで巴さんのドラムも見せてもらったが、これが中々イカしている。妹が憧れるのもまあ納得のロック加減だった。

 どこかにあこと一緒に足を運べるライブハウスはないかと探していたところ、つぐみちゃんにここを紹介してもらった。というのが此処までに至る経緯だ。

 

 

「というかあこの言ってたカッコいい人って、湊さんだったのか……」

 

「おお? 巴さん湊のこと知ってるのか」

 

「うちの学校の一つ上ですね。そうか、紗夜さんと組んだって言うからどんな人かと……」

 

 

 まるであの人ならあの紗夜さんと組んだのも納得だなあ……。と言いたげな目でうんうん頷く巴さん。

 共に音楽にはストイックすぎることでこの付近では有名だ。Afterglowにもその名は轟いていたのだろう。

 

 

「というか、アタシらは藤井さんがあの実力主義の塊みたいな二人と知り合いだったっていうのが驚きなんですけど」

 

「蘭ー。それだいぶ失礼に片足突っ込んだ発言だとモカちゃん思う~」

 

「ま、まあ言わんとすることは分かる……。けど俺も音楽の感性はどっちかっていうとアイツら寄りだよ。私情が分かれてるだけで、むしろ一本筋で真剣な分湊たちの方が信頼できると思うぞ」

 

 

 要は半端モノってこと。と自嘲しつつかの孤高の歌姫サマにちょっと対抗心が芽生えつつある美竹さんとそれに突っ込む青葉さんにフォローだけは入れておく。

 確かに見る人が見ればお高く留まってると思われるかもしれないが、それが彼女たちは本気で上を目指そうともがいている証左だ。

 だったらそれを応援こそすれど誰が邪魔だてなどできようか。

 

 

「あこの湊と組みたいって願いを叶えたいのも、それが湊にとっていい方向に向くと俺が思ってるっていう打算込みだ。……結局のところ自分のやりたいことをやってるだけだよ」

 

「! で、でも紘汰さんは、その……あの時、困ってる私にも親切にしてくれて」

 

「そうですよ! むしろ好印象だと思いますっ!」

 

「さんきゅな。つぐみちゃん、上原さん。でも大人っていうのはそういう汚いもんを腹に1つは抱えてるもんだ。美竹さん達も、こういう大人にはなっちゃだめだぞ~?」

 

 

 もっと悪い大人の食い物にされちゃうからね。

 特にバンドマンなんて一歩間違えば悪い奴らとイコールで結びつきかねない程に世間一般からの印象はあんまりよろしくないと再三言ってることだし。

 こんな純粋な少女たちは、汚いことを知ってる大人が守っていかなきゃいけないとこだ。

 よりよい音楽の将来のためにも。

 

 

「……藤井さんは、汚くないですし。あと蘭でいいです」

 

「おー。蘭がそういうならあたしもモカちゃんって呼んでくださいな~」

 

「あっ! 私も私も! というかつぐだけちゃっかり名前呼びなのずるいですっ!」

 

「いやずるいて……。んじゃせいぜい心に留めるだけ留めといてくれ。……えと、蘭に、モカに、ひまり……えと、巴さんは」

 

「あ、アタシは別に今のままでいいですよ……無理しないでください」

 

 

 ああ、言っちゃだめだけどサバサバとした姉御肌から出るやさしさが染みる……。

 あこがいい娘に育つわけだ。

 いい姉兼目標になってくれているんだろう。実に理想の関係なのではないか。

 

 

「つぐだけやっぱりちゃん付けだし……」

 

「いやあつぐみちゃんはなあ……なんか、つぐみちゃん。って感じだし」

 

「ふぇっ!? あ、いや。えへへ……」

 

「誑し……」

 

「誑しだ~」

 

 

 はい。うるさいぞー蘭モカコンビ。お兄さんはそういう邪な感情は若造精神と共に封印しているのです。主に音楽の為に。

 さて、そうこうしている間にもしっかりと目の前で一曲叩きおわったあこが今か今かと指示を待っているのでそろそろ練習に戻るとしようか。

 これでも話しながらしっかりとミスった部分とよかった部分を指摘できるくらいには耳は肥えてるのだ。えっへん。

 

 

「紘汰さん紘汰さんっ! どうでした!? これ、友希那さんのライブ初めて聞いたときの曲で、すっごく練習したんです!」

 

「おう。興奮するとめっちゃ手数増やすのをやめて、ペダル踏む時に足全体じゃなくてつま先意識して踏むともっとよくなると思うな。音が整うし、後半息切れしにくくなるぞ」

 

「ぐぅ。や、やってみます……」

 

「じゃあまずは3分リズムキープな。はじめていいぞー」

 

 

 こうかなあ。と口でリズムを刻みながらゆったりとリズムキープする練習を始めるあこを後目に、再び休憩中のAfterglowの面々のもとへ。

 そこには少し神妙な顔持ちの巴さんが、自分のスティックをくるくると回しながら真剣に練習する妹の姿を見つめていた。

 

 

「……どうです? あこの奴、湊さんのバンドに入れてもらえると思いますかね」

 

「きちんと自信を持って、自分の音楽で湊と紗夜さんにぶつかっていければ……って感じかな。実力は確かにある。あこがそれに気付ければなんだが」

 

 

 実際、あの夜に湊の前で「私が一番のドラマーだ」と言えばすぐにでもセッションなりして湊はその実力を試しただろう。

 だがあこの中では姉の存在が大きすぎる。故に自分の中で無意識に追いかける者としての意識が染みついているんだろう。

 それでは、頂点に向かって全速力で走り抜ける覚悟の面子にはついていけない。

 

 

「でも、あこならやってくれるって、アタシは信じてます」

 

「自慢の妹だから?」

 

「それもありますけど――アタシの妹は、世界で一番カッコいいバンドのドラマーになる。らしいんで」

 

 

 ニッ。と笑みを浮かべる巴さん。

 世界で一番カッコいいバンドのドラマー……ねえ。

 なんだ、覚悟なんてとっくのとうに出来上がってるじゃないか。

 

 そうと決まれば、もう大丈夫だろう。

 きっと宇田川あこは既に湊友希那のお眼鏡にかなう楽器隊になっている。

 

 

「……おっ、と。まりなさんから?」

 

 

 ピリリ。と普段一切鳴らないスマホから着信がかかる。

 メッセージの相手は『月島まりな』。件名は……『助けて』?

 

 ……内容を恐る恐る開く。

 

 

『友希那ちゃんご乱心。紘汰君の所在所望。

 PS.ごめん』

 

 

 血の気が引くとはこの事か。

 

 

「紘汰さん? 何が――」

 

「ちょっと野暮用が。あこは多分、もう大丈夫。きっと湊も認めてくれる」

 

 

 だから。と付け加えようとする前に、巴さんが肩を叩く。

 やっぱり男らしいなあ。と思わざるを得ない所作に笑いながら、彼女の言葉を受けとめた。

 

 

「あこを、頼みます」

 

「任せとけ。世界で一番カッコいいドラマーになるはずだよ。……っと。そろそろ行かんと」

 

 

 ひとまずここを離れねば。

 でなければあこを湊に引き合わせる云々以前の話になってしまう。

 

 Afterglowの面々にはそれぞれ別れを済ませ、もう時間はとっくに過ぎたというのに集中してリズムキープを続けるあこの頭に手を乗せた。

 

 

「ひゃわぁ!? こ、紘汰さん?」

 

「あこ。明日……そうだな。学校帰りにでも湊にアタックしてみたらどうだ?」

 

「え? でも――」

 

「あこなら大丈夫だ。自信持てよ、世界で一番カッコいいバンドのドラマーになるんだろ?」

 

「……っ! うん! わかった。あこ頑張る!」

 

「その意気だ。俺はもう行くから……頑張れ」

 

 

 エールの言葉に、あこは自信に満ち溢れた視線で応える。

 この分ならもう心配はない。きっと明日には湊のバンドに新しいメンバーが増えていることだろう。

 

 ライブハウスを出て、少し夜風の冷たさに当たる。

 冷静になった頭で考えることは1つだ。

 

 

「やっべ。湊になんも言ってねえや」

 

 

 そういえばそうである。あの後湊は何も言わずにあこと俺と置いていったし、当然特訓はその翌日からスタートした。

 まりなさんには仕事で付き合いがある故ちょっと所用で近くのライブハウスに行ってくるとは一応言いはしたものの、ものの見事にあの二人には何も言わずに一週間近く経っちゃっているのだった。

 バンドメンバー探してやるよと豪語しておいてこれは不味い。最悪殺される。

 さあてどうしようどうしようと思いつつも特に浮かばない。

 

 ……とりあえず商店街行ってブラブラして明日説明しよう。

 

 紗夜さんあたりにまた噛み付かれると思うと胃がキリキリしてきた。……薬局まだ開いてるかな。

 

 

 と、歩き始めた時である。

 ――――俺の横からふわりとした香りと、ちょっとの衝撃が体を襲った。

 

 

「お、っと――――湊?」

 

「はぁっ……はっ。はっ」

 

 

 艶やかな銀色の髪。鮮やかな金色の瞳を揺らして、なんとちょっと息まで切らしている。

 かと思えば一気にその眼光を鋭くさせるのだから心臓に悪い。しかも腕まで掴まれては逃げ場もなく。

 俺は何も出来ぬまま、ただ道中固まるしかなかった。

 

 

「あー……いや、その。湊? これはな」

 

「――――いなくなったと思った」

 

 

 ただでさえ悪かった心臓が跳ねあがったと錯覚する衝撃。

 普段冷淡な声色は震えて、今にも消え入りそうな程か細いくらいに。

 きゅ。と腕を掴む両手に力が入る。

 

 

「なんで何も言わなかったの」

 

「……その」

 

「メンバー集め、手伝ってくれるんじゃなかったの」

 

「悪い……」

 

「……見てて。って、言ったでしょ」

 

 

 ああ、敵わないな。と自覚する。

 この歌姫サマを一生かかっても追い越すことはできないんだろう。

 思わず口から出そうになる甘言を飲み込んで抑え込んで、ただ俺は湊の両手にそっと片手を添えて応える。

 

 

「ずっと見てるよ。湊と、湊の創る音楽を」

 

「なら、勝手に消えないで――意見を言ってくれる人がいなくて、少し困ったじゃない」

 

「ふ、ふふっ……」

 

「なっ……!? 何を笑っているのかしら。紘汰、大体あなたがぶらぶらとしているから練習の進行が」

 

「ああ、悪い悪い……俺が悪かった、機嫌治せよ湊。それに俺、ちゃんとバンドメンバー探してたんだぜ?」

 

「え、そう、なの? ……いえ、だとしても、きちんと連絡くらいは入れなさい」

 

「俺はバンドメンバーじゃないんだけどなあ……」

 

 

 いつの間にか、二人そろって道を歩き始める。

 駅までか? ええ、お願い。そんないつもの会話が一週間の間だけだというのに、何故か懐かしい。

 いや、心地よい。と言うべきか。

 

 

 俺のとなりに湊がいるのが、どうしようもなく『特別』であり日常であることを理解させてくる。

 ああ、やっぱり俺はコイツには敵いそうにない。

 湊友希那がとなりにいることで、どうしようもなく俺の感性を昔のようにしてくれる。

 なんの変哲もない日常が、また少し輝いて見えるんだ。

 

 

「そうだとしても、あなたが必要だと私が言ったはずよ? 忘れたの?」

 

「いやいや、忘れる訳ないだろ。最後までとことん付き合うって、言ったはずだぞ?」

 

「覚えていればいいのよ……あと、紗夜から伝言よ。『明日覚えとけ』。だそうよ」

 

「げ、マジか」

 

「精々言い訳を考えておきなさい」

 

「勘弁してくれ……」

 

 

 ふふん。と得意げに歩く湊の隣で、ため息をつく。

 まだ暖かくなるには少し遠い春の夜道を、ゆっくりと時間を噛みしめるように歩いて行った。

 

 

 青薔薇が花開くまで、あと少し。

 




友希那さん…なんか一週間近くとなりにいなかったせいで爆発中。
紘汰さん…一週間ぶりの友希那さんに倍プッシュで精神を削られ中。

失礼、ギスギスした雰囲気を書いたあとは反動でイチャこらさせたくなる病に侵されていましてね……。
アフロを混ぜつつあこちゃん編でした。
さて次回でようやくRoselia全員集合なるか。


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メンバーきまるよ友希那さん

 拝啓、母上殿。

 お元気でらっしゃいますでしょうか。

 不肖の息子は今も不健康な生活ではありますがなんとか生きてはいます。

 段々と春の陽気を感じさせる気温になってきましたが、風邪には気をつけて下さい。

 

 新生活シーズンとはなりましたが、妹は元気ですか?

 受験やらなんやらでピリピリしてると思うので直接の連絡はとってないですが、もし入り用のものがあったら頼って下さい。

 

 近いうちにまたご連絡差し上げます。

 

 

 ……と、まあ偉そうにメールを打ったのはつい先日のこと。

 

 いやあ親孝行って大変だなあ。と考えていたのだが――――

 

 

 

「ぁ……ぁ……」

 

 

 

 ――――女子高生に罵倒され、魂の抜けたように声を漏らす俺を客観的に見て、どんな親不孝者だよと思ったわけです。

 ごめんなさいお母さん。こんな姿見せられません……!

 

 

 

「なるほど、それでああなっちゃった訳だ……」

 

「自業自得です。練習に一週間も穴を開けて帰ってきたと思ったら成果なし? ありえません」

 

「だからメンバー一人探してきたってぇー……」

 

「どこにいるんですかそのメンバーは。言い訳するならもう少しマシなことを言ってください」

 

「うぐぅ……」

 

 

 時刻は毎度の如く平日の放課後すぐ。

 そこには久々のCiRCLEロビーの机で突っ伏する俺と、容赦なく言葉の剣を突き刺しにかかる紗夜さん、そして苦笑いのまりなさんの三人がいた。

 なんでも紗夜さんは湊の学校とは違うらしく用事がない時はこのように湊より先に来ることが多いらしい。おかげ様で孤立無援の俺はHPは減り続けている。ツライ。

 

 ここに湊がいれば少しは変わったのだろうか……いや、多分変わらんな。

 紗夜さんと一緒になってグサグサ刺してくるに決まってる。

 

 

「……それにしても遅いですね。羽丘の下校時間は過ぎているはずですが」

 

「確かにいつもより友希那ちゃん遅いねー……あ、私は仕事に戻るから、ゆっくりしててねー」

 

「あーい……ん? 待て、なんで紗夜さんが湊の高校の下校時間を」

 

「! ……た、たまたまです」

 

「たまたまねぇ……」

 

「なんですかその目は! 本当に反省しているんですか!?」

 

 

 ふとした疑問を口に出せば、何故か挙動不審になった紗夜さんが再びその手に剣を持ち始める。

 ぐっさぐっさと無常に背中へと刺さる罵詈雑言を消え入りそうな声で応対しつつ、俺は心の中でそっと思うのだった。

 

 

(今だけは、湊にいてほしかった……)

 

 

 いや、さっきお前湊がいても変わらんって言ってただろっていう突っ込みはなしで。

 気の持ちようと言うか、彼女がいると色々気合いが入ると言うか、そんな感じだから……。

 

 ……とにかく、色々違うのだ!

 故にヘルプミー孤高の歌姫! あこを連れてさっさとCiRCLEに帰ってこーい!!!

 

 

「ごめんなさいじゃ済まないんですよあなたもいい大人なんですからもっとしっかり――――」

 

「ぁ、はぃ……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 

 

 女子高生に説教されるバンドマンという滑稽な図は、まだまだ続きそうであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 いつも通り、学校が終わる。

 あまり興味はない授業の終焉を伝える鐘が校舎になると同時に鞄を持って、すぐさま下駄箱に向かうのは新学期になっても変わらないことだ。

 ……しいて言うならば、少しだけ……ほんの少しだけ足取りが軽い。

 また、彼が傍で歌を聞いてくれる。それだけで心が温かくなる気がした。

 

 

 そういえば彼はメンバーを一人見つけてきたと言っていたが、一体どういう人なのだろうか。

 「期待しておけ」としか言っていなかったが、きちんと説明してほしいものだ。

 

 

 

「……~い。おーい友希那~!」

 

「! ……リサ」

 

「も~置いてっちゃうなんて酷いじゃん!」

 

「話をしていたみたいだったから、邪魔をしては悪いと思って」

 

「そんなことないって! ……で、このあとなんだけど」

 

「ごめんなさい……。ネイルは行けない。練習があるの」

 

「そ、そっか……」

 

 

 この学校で、湊友希那という人物に興味を持つ人は少ない。

 理由は大体察しがつくけれど、私にとっては総じて些事だった。

 

 私の居場所はここじゃない。

 私が私であるべき場所はきちんとあるから。

 

 そんな態度を貫いても尚、彼女だけが私を気にかけてくれた。

 

 ――――今井リサ。私の、幼馴染。

 

 せっかく気にかけてくれたのは素直に嬉しいけれど、リサと私の生き方は違うから。

 そう言って断れば、少し困ったような顔をしてリサは「そっか」と口にするだけ。

 ……何故だろう。いつもはここで別れるはずなのに、リサはまだ私の手を取ってもごもごと口を動かしている。まるで、今何か理由を見つけようとしてるみたいに。

 

 

「あ~……じゃ、じゃあ……!」

 

「――――友希那さんッ!」

 

「! ……あなたは」

 

「はぁっ……はぁっ……や、やっと見つけた!」

 

 

 リサの声を遮って、私の名前を呼んだ先を見てみればそこには……確か、ドラムをしたいと言っていた娘、宇田川あこ。だったか。

 相当探し回ったのか、息を荒げて彼女は私の元へと歩いてくる。

 

 ……ピンときた。まさか、彼が言っていた「メンバー」は。

 

 

「ゆ、友希那さん! お願いお願いお願いします! あこ、絶対に友希那さんに相応しいドラマーになります! 練習もちょ~頑張りますっ! だから……だから!」

 

「悪いけれど、あなたとは組まない。そう言ったはずよ」

 

「……ちょ、ちょっと待って友希那! あこと知り合い? っていうかドラムって……!」

 

「? リサ、この娘と知り合いなの?」

 

「中等部の娘。部活一緒なんだ……それ、スコア?」

 

「えっあっリサ姉!? これは……えと」

 

 

 例え彼が何をしようとも、この娘とは目指すべき理想が違う。

 そう思って断ろうとしたが、意外な繋がりでリサはこの娘が握りしめていた一冊のスコアを手に取る。

 

 ……それはあの日彼が持ってきたスコアと同じ。だけれど更に汚れて、更にボロボロになったもの。

 

 

(そう、練習……してたのね。あれからもずっと)

 

「このスコア、すっごいボロボロじゃん? きっと沢山練習して、沢山努力した証拠だと思うんだ。だから、ね? 1回! 1回だけ、あこに付き合ってあげようよ」

 

「り、リサ姉~~~っ」

 

 

 手渡されたスコアには、この娘が書き加えたものとは明らかに違う字が赤ペンで書き記されている。

 ……よく見てきた字だ。推測通り、彼があれから目を掛けてきたのだろう。

 相変わらずお人好しが隠せていない。音楽というものに対してはリアリストなのに、それとは別に情というものを大切にしようとする面が彼にはあった。

 

 あのライブスタジオの日から一週間、その間彼が導いてきたというのであれば……期待してもいいのかもしれない。

 

 

「……わかったわ。1曲だけセッションしてあげる。それで全て決めましょう」

 

「ぁ……は、はい! やったよリサ姉~~!」

 

「おぉ~よかったじゃんあこ! ……で、ねえ。友希那。それ……私も観に行っていい?」

 

「? ……どういうこと?」

 

 

 チャンスをあげよう。そう思って声をかけてみれば、意外な所から提案が持ちかけられた。

 意図が分からない。かつて……道を違えたと思っていたのに。

 気まずそうに手をもじもじとさせるリサの言葉を読み解けず、思わずそのまま返してしまったが……。

 

 

「け、見学だよ見学! 偶にはね? ライブハウスもいいかな~って」

 

「……ネイルはいいの?」

 

「あ~それはまた今度! ほら、あこも行こう?」

 

「うぇぇ!? は、はい~~!」

 

 

 いつもは一人で歩いていた筈の校舎からライブハウスへの道。

 三人で歩くのが少し慣れていないのか、二人をすぐに置いて行ったりしてしまいながら歩く道は、少し見方が違って新鮮だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「来ましたね……あら?」

 

「! よしっ!!」

 

 

 あれから少し。紗夜さんがようやく落ち着いてきた辺りで、CiRCLEの扉が開かれる。

 入ってきたのは湊と、あこと……あれは、誰だろうか。

 ともかくあこがここまで来ることに成功した。ということは、少なくともスタートラインに立つことは許されたということだ。

 

 

「あっ!! 紘汰さ~~~ん!!」

 

「おぉ~あこ。やったなぁ。よしゃよしゃ」

 

 

 友希那さんがセッションしてくれるんですー! と突っ込んできたあこを受け止めて撫でつける。

 きゃーきゃー言ってはしゃぐあこを離して、すぐに追いついてきた湊とその横に居る人へと目を向けた。

 

 

「……やっぱりあなたの差し金ね」

 

「めっちゃ鍛えた。あとはとくとご観覧あれ。って感じだな……っと、そっちはうぉっ!?」

 

「ん~~~~~……」

 

 

 湊へと目を向けた瞬間に目の前へと一瞬で詰め寄ってきた女性は俺の前でひたすら見つめながら唸る。

 何だ何だと狼狽えていれば、その目は湊と俺へ交互に行ったり来たり。

 耐えかねたのは湊だった。溜息を吐きながら、女性へと話しかける。

 

 

「……藤井紘汰。少し前から、お世話になってる人よ」

 

「! やっぱり~~いつもお話はかねがね。友希那がいつもご迷惑をおかけしてます~!」

 

「え? へ? あ、はい……? こちらこそ……?」

 

 

 見つめてきたと思えば、今はにぱーっと猫を印象付ける笑顔を浮かべて俺の手を取ってブンブンと振り続ける。

 訳も分からず俺もあいさつし返したが。このギャルギャルしい方は一体……。

 

 

「今井リサ。私の幼馴染よ」

 

「あー君が今井さんかぁ。湊からはたまに……」

 

「えっ友希那私のこと話してるんですか? いや~照れます~。あ、アタシのことはリサでいいですよぉ」

 

 

「……で、いつになったら話は進むんですか?」

 

 

 呆れた様な、苛立った様な紗夜さんの言葉に、あ。と俺と今井さん、もといリサさんとにこにこと笑っていたあこの声が重なる。

 そうだ。本題を見失ってはならない。今日はあこの大事な試験突破のための日なのだから。

 

 

「そうだそうだ。んで、あこは結局どういう扱いになったんだ? 湊」

 

「1曲セッション。それで決めるわ……あなたがどう目をかけたとしても、私と紗夜が認めない限りは先はない」

 

「! が、頑張ります……!」

 

「そかそか。んで……リサさんは?」

 

「えっ? 私?」

 

「彼女にはベースを弾いてもらうつもりよ」

 

「えっ? ……えぇ~~~!?」

 

 

 あこについては妥当というか、そもそも目指していた形には収まった。

 んでもって次は湊の幼馴染というリサさんだが、これまた結構意外な反応が返ってきた。

 楽器の1つでもやってそうな雰囲気だったが、見当違いだっただろうか。

 

 

「無理無理! アタシはもうベース辞めて何年も経ってて……!」

 

「リサ。ここに来たということは、見学なんていうものじゃ済まないと、あなたは理解してる筈よ」

 

「リサ姉ベース弾けるの!? やろうやろう!」

 

「……1曲やるだけでしょう? ベースが増えようが大して変わりません。やるならやる。やらないなら、今すぐここから去って下さい」

 

「う、うぅ……わ、わかった。やってみる!」

 

 

 湊からの言葉と方々からの言葉がリサさんへと集中する。

 一瞬逡巡した様子ではあったが、最後には湊と視線を交わしたのちに踏み出したようだった。

 

 さてさて、ではここは音楽のお兄さんの出番かな。

 

 

「さてリサさん。ここに取り出したるは我がアイバちゃんベースバージョン。使うといいよ」

 

「あ、ありがとうございます! よし、やるぞ~……!」

 

 

 本当は今日俺が練習するために持ってきたベースなのだが、潔く貸すことにする。

 何せ湊のバンド計画が始まってから初めてボーカルギターベースドラムとバンドらしい演奏が聴けるのだ。俺が出せるものならばなんでも貸してあげましょう。

 

 

「Aスタジオにセッティングは済ませてるぞ。んじゃあ、行こうか」

 

「ええ。私は何時も通り歌うだけ……見せてもらうわ、あこ。リサ」

 

 

 歌姫湊友希那の言葉に、二人は緊張から生唾を飲み込む。

 さて、どんな化学変化が起きるのか。俺も楽しみで武者震いが止まらない。

 

 あらかじめ取って今日このためにセッティングしたステージに、四人が並び立つ。

 あこのスティックに合わせて始まる楽曲。

 忘れもしない湊友希那へ贈った曲が、目の前で弾ける。

 

(! これは――――)

 

 歌声が届いた瞬間、俺の視界は文字通り衝撃で白く染め上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この一体感は……!)

 

 

 歌へと全ての集中を注ぐ中、私は確かな一つのものを感じていた。

 文字通り、この場にいる四人が音を使って繋がっている。そんな感覚。

 

 紗夜の正確なギターが聴こえる。

 

 リサの少しぎこちないベースが、私達の音を支えようとするのを感じる。

 

 あこの激しい感情が、ドラムの正確さと裏腹に伝わってくる。

 

 

(これが……これが、私達のバンド)

 

 

 行ける。これなら必ず。私達で頂点に。

 だから……。

 

 

(……これからも)

 

(ああ。これからも)

 

 

 重なり合う四つの感情の中に、薄く細く。だけどしっかりと繋がる気持ちを手繰り寄せて、そこへと辿り着く。

 ぶつかった目線からは力強い意思。それを跳ね返す勢いで、私は歌を終焉へと導いていく。

 力強く、歌詞通りの、全てを圧倒する黒き咆哮で。

 

 

『――――見ていて/見てるよ』

 

 

 この場に鳴り響いていた音が消える。

 それと同時に、たった1つの拍手を迎えて、私は今日。バンドメンバーを二人迎え入れることを決心したのだった。

 

 

 




今日の紘汰さんmemo:妹がいることが判明。職業不詳。あれからしばらく友希那さんの距離感が更に詰まってて色々ピンチだった。


残業まみれで疲弊してたのですがラウクレの衝撃に耐え切れず書き切りました。
青薔薇結成編は次でラスト。

それと、此処を借りて沢山の評価と応援のお言葉。誤字脱字報告などに感謝を。

これからも頑張るぞー!えい、えい、おー!!


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青薔薇芽吹くよ友希那さん

 その事件は、ようやく湊のバンドメンバー探しが落ち着いたある日に起こった。

 

 

 

「最近思ったんですけどー」

 

「ん~? どしたーあこ」

 

 

 

 相も変わらずバンドメンバーではないけれど練習にみっちりしっかりとつき合わされ、練習後の片付けを行っていた際のこと。

 あこがマイクスタンドを収納しようとしていた俺と湊のところへてこてこと歩いてきた。

 メンバー全員が俺を含めあこの奔放さにある程度慣れてきた頃であったので、真面目な話ではないと判断した段階で片付けを続行したのだが……。

 それが、いけなかった。

 

 マイクとスタンドを分離させ、湊にマイク部分をアタッシュケースへと入れるよう促してからよっこらせとスタンドを持ち上げて所定の位置に持っていこうとした、その瞬間。

 

 

「友希那さんと紘汰さん、いつもくっついてて仲良いですよね! あことりんりんみたいです!!」

 

「フゥワッ!?!?」

 

「~~~~っ!?」

 

「わお☆」

 

「……はぁ」

 

 

 珍妙な声を挙げて慌ててスタンドを取りこぼしかける俺、そして右側から聞こえる声にならない声とアタッシュケースを盛大に床へと落とした豪快な音。

 リサさんは一瞬で猫のように目と口を変え、紗夜さんはまた下らないことを話し始めたわこ奴らとため息を吐く。

 

 な、なんていう爆弾を無自覚で投下しやがるんだこの娘は……っていうかりんりんって誰だ……!

 

 純粋無垢とはかくも恐ろしい。

 戦慄し、しかし即座に切り替える。今はこの場を切り抜けねばならない。

 リサさんは論外。紗夜さんは恐らく一切この手の話題に乗ってこない。

 湊は――――駄目だあからさまに動揺して息を整えている。援護は不可能。

 

 

(つ、詰んだか……!!)

 

 

 何気ない一言、それだけでバンド練後の和やかな雰囲気は跡形もなく消し飛んでいった。

 宇田川あこ、恐ろしい娘……!!

 

 ともかく、ここはなんとしても無傷で潜り抜けて――――!

 

 

「い、いやぁあ? そそんなことないんじゃねぇぁ?」

 

 

 思いっきり声裏返ったぁ……。

 失態だ、リサさんの顔がニヤニヤと変化してきやがる!

 俺は撃沈し膝から崩れ落ちる。となれば後は頼れるのは湊、お前だけだぞ……。

 

 チラ。と再び縋るように湊を見れば、そこにはようやく立ち直ってくれたのかいつも通りの氷の表情でケースを棚へと戻してこちらにズンズンと向かってくる姿。

 まるで初めから何もなかったかのように俺たちの前へと躍り出た湊は、ファサ。と髪の毛を靡かせてから目を閉じ、言葉を紡ごうと口を動かす。

 

「…………っ」

 

 

 上手い具合に凌げるか……? 

 ぐ、と息を飲む。緊張の一瞬だった。いや、なんでこんなとこで緊張の糸張り詰めてんだよと言われたらそれはもうまったくもって仰る通りですとしか言いようがないが。

 ともかく、見せてやれ孤高の歌姫、お前の絶対零度の言葉で、この場を上手く締めるんだ。

 

 だってそうだろう? 俺とお前は音楽だけに全てを賭けてきたんだ。こんな中学生男子みたいな揶揄いに、負けていい筈がない!

 

 さあ言ってやれ。「そんな下らないこと言ってる暇あったら練習しろ」位の刃を浴びせてやるのだ。

 いけ湊っ……! せっ……! せっ……!

 

 祈る俺を前にその冷淡な表情はそのままで、ついに湊がこの戦場へと切り込んだ。

 

 

そうかしら。私はそうは……思わないけれど?

 

 

「……」

 

「え? 友希那さん、今なんて言いました?」

 

「ん~~~っ友っ希那~~~!!」

 

「自主練があるので、失礼します」

 

 

 ――――いや声ちっさ。

 

 ここにいる全員が恐らく思ったであろう。

 いつものバンド練ではスタジオをビリビリ言わせる位の声量を誇る彼女が、蚊が飛ぶような細い声でつぶやくそれに、俺は膝から崩れ落ちリサさんは何かが振りきれたのかきゃあきゃあとはしゃぐながら湊へと向かっていく。

 

 ギター片手にそそくさと退散していく紗夜さん並みの強心臓が欲しい。

 そう思いながら俺はこのあとやってくるであろうリサさんの質問攻めに対して、きちんと躱せる回答を準備しつつスタンドを元あった位置へと戻しに行くのであった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あこ。金輪際ああいった冗談は禁句よ。いいわね?」

 

「うぇっ。は、はいぃ……すみません」

 

「まあまあいいじゃん友希那。アタシは久し振りに可愛い友希那が見れてよかったよ~?」

 

「リサ、やめて……あれはその、そういうのではないから」

 

 

 ライブハウスから出て、自宅へと帰る道。

 リサが加入してからは、いつもとなりにいた彼はあまり付き添いには来なくなった。

 練習に熱が入ってすっかり夜が更けてしまったことがあれば危ないからと途中まで付いていく位で、最近はもっぱらリサと、道中の商店街に家があるあこ。そしてそこに稀に紗夜が入ってくる。

 

 私はまだ火照りが取れない頬をマスクで隠しながら、とりあえず今後ああいった事故が起きないように注意を促しておいた。

 またあんな冗談がそれこそ練習中に飛び出してきたのならたまったものではない。

 1つ疑問に思うことがあるとするのなら……何故、あそこまで狼狽えてしまったのか。

 

 最近は、特に彼があこを連れて一週間近く開けた後帰ってきた時から、どこか体の調子がおかしいときがある。

 頂点を目指す。そのために全てを擲つ覚悟で挑む練習はいつもメンバー全員がピリピリと張り詰めているものの、休憩の合間にはリサとあこが今日のように話題を持ちかけてくることがあるのだ。

 紗夜は露骨に顔をしかめて嫌がるも、私個人としてはバンド練に支障がない休憩時間であれば常識の範疇で私を抜きに好きにしていいという方針だった。

 

 だが彼とは珍しく意見が会わなかった。

 メリハリがついていいし、なんなら私も紗夜も混ざったほうがいいときた。

 

 何故か問うてもはぐらかすばかりで、理由を聞きたい私は結果的に彼の傍でヒントを聞き出そうと躍起になった正にその時に、今日のこれだ。

 

 だからこそあこの発言に心当たりがあって慌てたのは認めるが、今思えばあそこまで過剰反応する道理はないだろう。

 そもそもくっついていたからなんだというのだ。私だって親しい友人と話すくらいはする。

 

 ……やはり、体調が思わしくないのだろうか。せっかくバンドが本格的に始まったというのに、私の体調管理不足で時間を無駄にするのはよろしくない。

 

 

 

「リサ、あこ。私は薬局に寄るから、ここで別れましょう」

 

「へ? 薬局……? 別についていくよ~?」

 

「友希那さん風邪ですか!? そういえばマスクしてるし……あこもよかったら付き添います!」

 

「もし本当に風邪だったら移してしまうかもしれないし、それでは練習に支障が出る。気持ちだけ受け取っておくわ」

 

 

 それじゃあ。と言い残して、帰り道から少し逸れて近くの薬局へ。

 ぴと。と頬に手を当ててみれば、やはり少し熱い。これは明日次第では本格的に療養しなければと決めて、足早に道を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 そそくさと立ち去っていく友希那の後ろ姿を見て、今井リサはふむと顎に手を添える。

 朝の登校中に稀に話題に上るくらいだった件の彼と直接関わるようになってきたのはもう一週間近く前のこと。

 最初こそあの友希那がボーイフレンドを作ったのかと目玉が飛び出るくらい驚いてしまったが、知れば知るほどあの二人の関係性は謎に満ちている。

 一言で表せない関係。簡単にいってしまえば……。

 

「……ん~。もしかしてあの二人……すっごい拗らせてる系?」

 

「こじらせぇ?」

 

「あぁ、ううん? あこは気にしなくていいんだよ~☆」

 

「そっか! じゃあリサ姉、あこもここらへんで! また明日~!」

 

「は~いまた明日~。ふぅ……う~ん、紘汰さんの方は意識してると思うんだけど、友希那は鈍感なところあるからなぁ」

 

 

 まあ、頼れるお姉さんの出番はまた今度ってことで!

 心の中でよし。と諸々含めた決意を抱いて、リサもまた帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ってことがあって! すっごい毎日楽しいんだよ!」

 

『……そっか、それは……よかったね。あこちゃん』

 

 

 その日の夜。宇田川宅、あこの部屋にて。

 PCを前にヘッドセットを着けたあこは、その画面に映るゲームをプレイしつつ、マイクの先に居る1番の親友へと近況を報告していた。

 少したどたどしい喋りに少しの喜色を浮かばせて、ふふ。と時々笑いながらもあこの説明に聞き入っている。

 

 

「あ、今日も通しの動画録ったから、あとでりんりんにも送るねー?」

 

『ありがとう。あこちゃん、いつも楽しそうにドラム叩いてて……見てるこっちも、楽しくなるよ』

 

「えへへ~でっしょ~? 練習は大変だけど、あこだけのカッコいいドラムを絶対にマスターしてみせるんだ! あ~あ。りんりんも一緒にバンドできたらいいのに」

 

『え、あ……う、うん。そう、だね』

 

「まあでも! あこがバンドの楽しさを知ってもらうために毎日きちんと動画は送るからね! ふっふっふ……我が真なる力の宿りし二振りの……えと」

 

『ふふ……魔剣の鳴動に跪け?』

 

「そうそれ! ……あ、もうこんな時間かぁ。りんりん、そろそろログアウトしよっか」

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎていくというもので、既に時刻は23時を回っている。

 通話越しの人物も時計を確認したのか了承の返事を返し、やがて通話を切って部屋にはあこ一人となる。

 

 

「……ん~っ。毎日が楽しいなぁっ」

 

 

 ボフッ。とベッドに倒れ込むように寝転がると、そのまま天井を見つめながらここ数日の想い出に浸る。

 あこにとっては激動の日々だ。毎日が新しいことの連続で、自分の目指すものに少しでも近づけているように今は思える。

 

 

「……あこだけのカッコいい。きっと、いつか」

 

 

 姉の背だけを追う者はいらないと言われた。

 それは所詮真似で、自分自身にとってのカッコいいは偽物だと。

 ……けれど、それが自分の源だから。

 叶えて見せる。このバンドで。

 

 ぼやける思考の中、ただそれだけを思い描いて、あこは眠りにつく。

 

 

「……やっぱり、りんりんも一緒にできたら、なぁ」

 

 

 そんな、本当に夢のような願いを口にして。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……っふぅ」

 

 

 ――――親友との日課のような通話を終わらせてから、少しした後。

 送られてきた動画を見ていたら、ふと視界にそれが映った。

 

 

「……やっぱり動画に合わせてピアノ弾くの、楽しい」

 

 

 最初はほんの少しの違和感だった。

 送られてきた動画を見ていると、たまに意図的に開けられたかのような音の薄い場所、空白を感じた。

 ただの気のせい。そう考えつつも私の手は、両親が私のために置いてくれたピアノへと向く。

 空白を埋めるように、自分の音を重ねていく。

 するとどうしたことだろう。ピタリと。それこそ欠けていた歯車がカチリとかみ合ったかのような高揚感が胸を満たした。

 

 

「けど、やっぱり――――」

 

 

 私は言いかけて、止める。

 最初に抱いた高揚感。しかし、今では……それすらも足りないと思っている自分がいる。

 らしくない。本当に……。

 

 

「私も、バンドに入りたい、なんて……」

 

 

 柄じゃないことは分かってる。なんでもハキハキと物を言う元気な親友とは対照的に、私の性格はひたすらに内向的だった。

 どこに行くにも、彼女がいなければ新しいところへ踏み出せない。

 今回も、やりたいと思うだけで一向に踏み出すことができないでいた。

 

 

『――――でね~? キーボードが足りなくて困ってるんだぁ。私達に教えてくれてる人も、キーボードがあって初めて完成する曲だ~って言っててさぁ』

 

 

 数日前に語られた時に、言うことができなかった。

 私が弾けるよ。と言いさえすれば、今こうして描く空想が現実になったかもしれないのに。

 

 

「……弾きたい」

 

 

 この動画に映る親友と、そのバンドの人たちと。

 動画に合わせるだけでこれだけ楽しいと感じるんだ。やっぱり私は、彼女たちと弾きたい。

 

 

「私も、前に……!」

 

 

 あこちゃんは、一度拒絶されても諦めなかったという。

 私はまだスタートラインを切ってすらいない。

 

 

「こんな時、あの人なら……お兄さんなら、また、言ってくれるのかな……?」

 

 

 幼い頃の記憶。

 もう何年も前のことだけど、私はしっかりと覚えてる。

 逃げ出してしまいそうになっていた時、ふらりと現れた年上の男の子が私に向かって言ってくれた、大切な言葉。

 

 

「諦めるのは、簡単……でも」

 

 

 これを逃したらもう私が変わる機会はない予感がする。だから、今だけは勇気を振り絞って――!

 

 

 

 

 

 

「ライブ。決まったな」

 

「ええ。決まったわね……けれど、まだキーボードがいない。私達の音楽を形にするためには、必要不可欠なのだけれど……」

 

「短期間で私達全員が揃うというのが奇跡だったということです。藤井さんの曲や私達で作った曲はキーボードありきですが、妥協してメンバーを入れる位なら……」

 

 

「ん。それなら打ち込みでいいわな。ここでせっかくそろった歯車がかみ合わなくなったらそれこそ大惨事だ。まあ一番は見つかってくれることだが」

 

「んー。でもアタシとしては、せっかく作った曲なんだからベストの状態で聴いて欲しいケドなぁ」

 

「……切り替えていくしかないわね。ひとまず現状をまとめましょう。紘汰、お願い」

 

「んじゃあとりあえず当面の目標はここで開催されるミニライブってことでいいか。スケジュール表更新しとくから後で個人個人で確認してくれ。湊、曲目の希望は?」

 

「……そうね、貴方のと私達のとでオリジナル2曲、後は――」

 

 

 時間は週末お昼に差し掛かってきた頃。

 CiRCLEのスタジオが今のところ開いていないということで、共同経営という形で出店しているカフェで湊たちバンドメンバーは会議を開いていた。

 

 ある日突然決まったミニライブ。CiRCLEのミニライブといえば、名前とは裏腹にメジャーのスカウトマンも集うと言われている。気合いが入るのも道理だった。

 

 まあ当然のようにスケジュール管理が俺になっているのはこの際置いておこう。

 紗夜さんは個人のスケジュールならともかく団体のスケジュール管理は経験が浅いと言っていたので、教えるついでに今は俺がアプリで見れる管理ツールを実際に使って教えている最中だ。

 

 それに加えてあらかじめ印刷した今まで湊が歌ってきたオリジナルからカバーまでを羅列したシートを机に適当に並べる。

 黙々と選んでいく湊の選曲に耳を傾けつつ、ちらりと腕時計に目をそらした。

 さて、そろそろ本日もう1つの本題がやってくる時間だが……。

 

 

「りんりん! こっちこっち!! お待たせしましたーっ!!」

 

「はぁ……あこ、ちゃ……早い……」

 

 

 噂をすればなんとやら。

 なんとキーボードを連れてきたのはあこであった。

 リサさんの交友の広さはそのコミュ力を直に味わったこともあって頼りにしていたのだが、まさかまさかのキーボード欲しいと言った数日後にあこの口から「あこの親友、ピアノ弾けますッ!」と言われた日にはひっくり返ったものだ。

 

 即座に課題用の曲を1本お渡しして、本日初顔合わせといった次第である。

 

 

 

「え、と……白金、燐子……です。よろしく、お願いします」

 

 

 ぺこり。と丁寧に挨拶され、ひとまず座って落ち着いてもらうことに。

 遠慮がちに座った姿はなんというか……小動物染みていた。

 

 

「へ~、この娘が燐子ちゃん? あこの友達っていうから、似たような元気っこだと思ったケド……」

 

「りんりんはねっ! あこをいつも助けてくれるんだ! あ。あとネトゲもすっごいんだよぉ!!」

 

「あ、あこちゃん……今は、その、音楽の話を……」

 

 

 おお。見事にオロオロされてらっしゃる。

 なんというか、意外だった。あこの交友関係もそうだが、とてもじゃないがバンドをやるような雰囲気ではない故に。

 

 ……ん? いや待て、白金?

 

 

「白金燐子……ピアノ……?」

 

「え、あ、はい。私が白金で……あっ!?」

 

 

 …………あっ。

 記憶の端に引っかかっていたものが呼び起こされていく。

 もう一度ようよく顔を見てみれば、すぐにでもそれを思い出した。出してしまった。

 

 

「お、お兄さ……んぐっ!?」

 

「あっはっはーいやあどうしたんだいりんりんとやら、口の横になんかついてたよぉ~?」

 

 

 何かいけないことを口走ろうとした口に高速でティッシュをあてがう。

 すまないな。お兄さんの痛いいたーい過去を、こんなところで曝け出させるわけにはいかないんだ。

 もごもごとしばらく困惑した様子を見せて、やがてこれは言ってはいけないことだと理解してくれたのか口を噤む白金さん。

 話を拗らせないで。と言外の意思を込められた溜息を紗夜さんに吐かれ、追加で貴方また何かしたのねいいから今は一旦黙ってなさいと言わんばかりの眼光で湊が俺をひと睨み。

 

 ……あ、はい。引っ込んでまーす……。

 

 

「……邪魔が入ったけれど、音楽の話をさせてちょうだい。燐子さん? 課題は弾けたのかしら」

 

「あ、友希那……さん。あの、私……ずっと、練習の動画で、その……たくさん」

 

「? 私はあなたがどれだけ弾けるのかが知りたいのだけれど」

 

「クラスは一緒だけれど、話すのは初めてね。白金さん……あなたは確か、コンクールの受賞歴があったはず。課題曲は問題なく弾けた……違うかしら」

 

 

 

 コンクール。その単語を聞いて、白金さんは俺にわずかに目線を合わせてきた。

 小さく横に振る俺。それだけでなんとなく察してくれたのか、再び紗夜さんに向き直った。

 

 

「コンクールは、小さいころの話で……でも、曲は沢山、弾いてきました……」

 

「そう。私たちは今後ライブに積極的に出ていく……あなたは、それを承知で私達と共に行きたい?」

 

「っ……らい、ぶ……。私、私は……」

 

「できないのであれば帰って。いくら弾けたところで、それを魅せることすらできないのであれば」

 

「――――”諦めるのは、簡単。でも”」

 

「ッ……」

 

 

 小さく呟く白金さんの言葉。それに、聞きおぼえがあった。

 声を挙げそうになって慌てて唇を噛む。昔の記憶が、また1つ掘り起こされたようで頭痛がした。

 それは、まだまだ青二才も青二才だった頃の俺が、身の程を知らずたった一人の少女に投げた言葉。

 

 

「”1曲弾くのは、もっと簡単……!” だから、私は……やりますっ!!」

 

「そう。なら期待しているわ……あこと同じ、1曲だけ。それでだめなら諦めてもらう」

 

「は、はい……頑張り、ます!」

 

「では行きましょう。そろそろ予約した時間です」

 

 

 湊を先頭として、それに白金さん、そして紗夜さんがCiRCLEへと入っていく。

 あとに残されたのは俺、リサさん。そして呆然としているあこ。

 

 

「……なーにボケっとしてんだよあこ。ほらセッションセッション」

 

「はっ!? りんりんのおっきな声、初めて聞いたからびっくりしちゃった。うん、あこ頑張るよーっ!」

 

「あはは。頑張るのはあこじゃなくて燐子さんでしょー?」

 

 

 ほらいったいったとあこの背中をリサさんと一緒に押しながら、おどおどとしていて、しかし強い意志を持って湊の背中を追う白金さんを見た時、俺は確信めいた思いを抱いた。

 もう何度も繰り返したことだ。このバンドのことになると唐突に発揮される直感。この人は絶対に湊とバンドを組む。という予知染みたもの。

 それに今回に限っては彼女ならば技術は何ら問題ないだろうということを、俺は知っているから。

 

 

 

 数十分後、CiRCLEから出てくる五人組の彼女たちが正式にバンドメンバーとしてスタートラインを切るのも、当然の未来であると言えただろう。

 

 

 不可能を可能にする湊友希那の名のもとに、今こうしてメンバーは揃う。

 青薔薇は、不可能に近かったその華は、ようやくその小さな芽を現実にしたのだ。

 

 

 

 




今日の紘汰さんメモ:燐子さんとは何やらお知り合い。


ガルパポストカード友希那さん可愛すぎたので衝動で書き切りました。
ようやく五人そろったのでそろそろバンスト軸の物語はじまるよー


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名前を決めなきゃ友希那さん

「ほいじゃ、各自きちんとスケジュール表は見ておくこと。次はメンバー決まったバンド練1回目だから遅刻はなしなー」

 

「当然よ。遅刻なんてして時間を無駄にさせない……ライブは二週間後。それまでに一気に詰めていくわよ」

 

 

 おー! と声を挙げるリサさんとあこの元気ーズに、静かにしているがみなぎるやる気が隠せない紗夜さん。そして……。

 今日晴れてメンバーに加入した娘の、少し気弱な声が耳に入ると同時に俺は叫んでいた。

 

「――――あの」

 

「よしッ!! 解散ッッ!!! 各自自主練はやりたい奴はご自由にッ!!」

 

「おに――え、えぇっ?」

 

「藤井さんに言われなくても勝手にやります。それでは」

 

「リサ、ブランクがあると思うけれど……練習の付き添いは必要かしら?」

 

「え、ホント~? 助かるよ友希那~」

 

「あこもお姉ちゃんにみっちり教わってきますッ!!」

 

 

 秘儀、湊のバンドをやる気にさせる号砲『自主練はお好きに』を発動し、その場を無理やり動かすことに成功する。

 これまで神様でも後ろにひっついてんのかと思うくらい順調にメンバーが揃い、そこに狙ったようなライブの機会。ここまでお膳立てされてやる気の出さない面子ではなかった。

 それぞれがそれぞれの目的のためにせわしなく駆けていく中、俺も抜き足差し足とその場から離れることにする。

 

 

「んじゃ次のまた次の練習日にな~チャオ~」

 

「あ、あの……」

 

「りんりーん!! 今日自主練終わらせたらNFOしない? あこちょっとだけドロップ素材が足りなくて~」

 

「あ、あこちゃん……その、私……あ……! お兄さん、待って……!」

 

 

 そそくさと去る俺の背中に痛い位に視線が刺さるが、ここは我慢のし所だ。

 逃げてどうなるという問題ではないが、今は心の準備っていうレベルじゃない不意打ちを受けて俺もちょっと心が穏やかじゃない。

 あの娘と話すのは、もっと俺が冷静になった後でもいいだろう。

 

 なので、走る。長いこと生きてきたが、追ってを撒くために走るなんて経験したのはこれが初めてだ。

 荒くなった息を整えて、近くを流れる川の音が荒くれた心を安らげてくれる。

 冷静になって今一度振り返ってみれば、実に俺らしからぬ行動だった。

 

 

「……っふぅ、撒いたか……神様ってば意地悪だなぁもう……」

 

 

 ……本当嫌になるなぁ。

 先送りにしてるだけっていうことを理解してるのに、それでも逃げざるを得ない俺自身の弱さと、逃げることの正当化を自分の中で勝手に完結させてる性格に。

 

 絶対にいつかこのしっぺ返しがくる。その時までに、俺は俺自身ともう一度向き合わなければならない。

 

 

「――おに――――ま」

 

「……おいおい」

 

 柄にもなく感傷に浸ったせいなのか、はたまた彼女の執念なのか。

 聞こえてくる声と足音に、思わず振り返って顔をしかめた。

 

 

「――――お兄ッ、さ……けほっ。ま、待ってくだ、さい……」

 

「足速いんだな……って言ってる場合じゃないな。ああもう、や~っぱり追っかけてきちゃうかぁ」

 

 

 家へと向かう最短コース、川沿いの道中で俺はその娘と向き合う。

 白金燐子。今日ようやくそろった湊のバンドメンバー最後の1人にして、キーボード。

 そして、俺のやらかしまくった忌々しい過去の中で特に名前を憶えていた何人かのうちの1人だ。

 

 

「……あ~あ~そんなに慌てて走ってきて……大丈夫か? 転んだりは? ほい水」

 

「だ、大丈夫、です……ぁ、お水……ありがとうございます……」

 

 

 あんまりにも鬼気迫っていた表情だった。もう心の準備がどうとか言ってる時ではない、腹をくくる場面の中の1つなのだろう。

 バックから勿論未開封の水を手渡して、怪我がないかだけ確認する。

 これからライブに向けて調整していく体だ。こんなしょうもないところで支障を出すわけにはいかない。

 

 

「んで。白金さんはどうして俺をおいかけてきたのかな」

 

「……とぼけないで、下さい……流石に覚えてますし、知ってます」

 

「……そっか。それじゃあ、俺が何しでかしたか。ってのも知ってるわけだ」

 

 

 覚えてる(・・・・)。ならまだしも知ってる(・・・・)。なら、全てとはいかないが俺がどんな人物なのかはおおよそ理解できているとみていい。

 その上で、わざわざ話しかけてきたということは。

 

 

「――――俺が湊たちのバンドを手伝っていることが、不安かい?」

 

「ふ、あん……?」

 

「何せ将来を約束されたバンドを一度殺した(・・・)男だ。俺を知ってる白金さんがそのことについて言いたい事があるなら、いくらでも聞く」

 

「あ、あの……」

 

「でも信じてほしい。俺は湊に――」

 

「ま、待って! ……ください」

 

 

 俺の声を遮って、白金さんが振り絞った声が既に暗くなった辺りに溶けていく。

 白金さんは落ち着くように、言葉を整理するように何度か深呼吸をして、俺を正面に見据えた。

 

 

「私は……確かにあなたの話を、知っています。3年前の、あの記事までは」

 

 

 なら。と話そうとする俺を、白金さんは手で制した。

 最後まで聞いて欲しい。そんな気持ちのこもった目で見られて、思わず俺は押し黙る。

 そして決めた。この娘に何を言われても、全てを受け止めようと。

 そうでないと、俺は湊のバンドに関わることすらできなくなってしまう。それでは……あの時の約束を、破ることになる。

 

 

「私は……あなたに感謝してるんです」

 

「かん、しゃ……? 俺に? なんで……」

 

「……”1曲弾くのは、もっと簡単”。この言葉が、まだ私の中に残ってます。だからピアノを続けてこれた……もう、コンクールには出なくなっちゃったけれど、それでも私はピアノを続けてこれました」

 

 

 ――――だからまずは、お礼を言わせてください。

 

 

 そう言って頭を下げる白金さんに、俺は動揺を隠せないでいた。

 どうして、何故。その言葉に、そんな価値があるとは思えない。だって。

 

 

「……何も世間を知らなかった若造が、無責任に押し付けた考えだ」

 

「確かに、びっくりしましたけれど……よくよく考えてみればその通りだったんです。だって、そうじゃないですか。私が、一生懸命練習したのは……逃げることじゃない。曲を、弾くことなんですから」

 

 

 そうだ。俺はそう思って、あの時今にも逃げ出しそうな泣き顔の少女に声をかけた。

 

 

 何故逃げる?

 

『……だって、こんなに、人がいるなんて思わなくって……』

 

 お前は今日ここに来るために何を練習してきた?

 

『……それ、は』

 

 お前はここで弾く為の1曲を練習してきたのだろう。だったら弾けるはずだ。

 

『私……弾ける……?』

 

 そうだ。”逃げるのは簡単だ……。だが、1曲弾くのはもっと簡単だ。”

 

『簡単……曲を弾くのは、簡単』

 

 お前が逃げる為の練習をしてなければの話だけど……そら、いってこい。お前の番だ。

 

『う、うん……頑張る。あり、がとう……お兄さん!』

 

 

 

 在りし日の記憶。

 俺が未熟で、何も分かってなかったクソッタレな俺だったころの、記憶。

 だけど、彼女は……白金さんはそんな過去の俺の言葉に、感謝していると言った。

 

 例え嘘でも……その言葉と感謝の想いに、確かに少しだけ気持ちが晴れる。

 あんな俺にも、救えた人がいたのかと。

 

 

「……わざわざ、それを言いに走って追いかけてきたのか? 白金さんは」

 

「えっで、でも……お兄さん、逃げちゃうし……私、今日どうしても……いつか会ったら絶対に言わなきゃって……それ、で」

 

「……ぷっ」

 

「えぇっ!? ど、どうして笑うんですか……?」

 

 

 わたわたと慌てて手を振る白金さんに思わず俺は吹き出してしまった。

 どうやら俺のくくった腹は見事にスカされてしまったらしい。

 毒気は抜かれてしまったけれど、言わねばいけないことがある。

 これから先、俺が白金さんに関わっていく上で絶対に守ってほしいことを。

 

 

「いや、ごめんごめん。けど……ありがとう。あんな俺でも誰かの役に立てたってんなら、少しは昔の自分に好意的になれるよ」

 

「そんな、こと……私は、あの話すらお兄さんのことだって、信じられなくて……」

 

「残念だけど、事実だ。……白金さん。1つ約束してほしいことがある。過去の俺を知ってる人として……これから先、バンドをやっていく上で頼みたいことだ」

 

 

 頭を下げる。白金さんは急な俺の態度に慌てて止めに入るが、絶対に退きはしない。

 既に落ちるところまで落ちた男だが、これ以上全てを失わない為に必要なことだから。

 何よりも、俺が結んだ2つの約束を破らない為に。

 

 

「俺の昔のことについては、あんまり言わないでくれると助かる。特に、バンドのメンバーには」

 

「……お兄さんの、昔のことを?」

 

「そうだ。何やってたとか、そういうのを……頼めるか?」

 

「必要な、ことなんですか……?」

 

「必要。すっっっげー必要。確かに事情を知った時に裏切りって思われるかもしれない……けじめは、いずれきちんと取るから」

 

 

 だから、頼む。

 そう言って更に頭を下げた俺に、白金さんは少し間を置いて考え、そして……。

 

 

「わかり、ました……お兄さんのことは、ただのコンクール仲間。と。聞かれたらそう答えますね」

 

「ぉ、ぉう……ピアノやってたことはばれるけど、まあそれはそれで……ていうか。いい、のか?」

 

 

 これでもかなり無茶苦茶なことを言っている自信がある。

 虫のよすぎる話なのだが、白金さんはそんな疑問にも笑顔で答えてくれた。

 

 

「だって、私を一度助けてくれた人、からのお願いですから……」

 

「……白金さん」

 

「だから、待ってます。お兄さんが、ちゃんと話してくれるその日まで」

 

「うん……。ありがとう。いつか、きっと」

 

 

 そう言いきって、ほう。と胸をなでおろす白金さん。どうやら普段はあまりしゃべらないらしく、疲れてしまったらしい。

 春とはいえ夜は冷え込む。ひとまず白金さんを家の近くまで送ることにして、暗くなった夜道を2人で歩いた。

 少しの川の音と、二人の足音だけが街頭の照らす夜道に響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「昨日燐子と何していたのかしら」

 

「ブゥッ!?」

 

「うわー!? 紘汰さん汚いよ~!」

 

 

 時はあれから少し経ち、俺は湊に呼び出されCiRCLE併設のカフェテリアへと赴いていた。

 せっかく頼んだコーヒーを吹き出し、それを拭きとりながら俺は唐突にえぐいところを突いてきた湊へと恨めしい目線をお返しする。

 が、帰ってきたのはおすましした表情のみだ。

 どうやら、この歌姫サマはまったく関心ないように見えてしっかりばっちりこっちを見ていたらしい。

 

 

「燐子が何やら話したがっていたし、あの日は放置しておいたけど……」

 

「おい待て。何を言おうとしてるかは知らんが、邪なことは一切ないからな。ここにいない白金さんの名誉の為にも言っておくが」

 

 

 淡々と切り込んでくる湊に対してこちらは不意を突かれたものの実際やましいことは一切していないので当然のように応戦する。

 ……まあ、話していないこともあるにはあるが。

 

 

「そういえばりんりん、紘汰さんのこと知ってるみたいでしたし……どういうことなんですか~?」

 

「ん、まあ別に隠すことでもないしなぁ……白金さんとは何回かピアノのコンクールで会った位だよ。俺はすぐに出なくなっちゃったから、そのあとは知らんが」

 

「なになに、紘汰ってばピアノやってたのー?」

 

 

 俺、湊、あこというちょっとした不思議面子の中に、ようやく潤滑剤となりえる存在がにょきっと俺たちの間に生えてくる。

 最初こそ彼女のグイグイくる感じにうろたえてしまったものの、今ではすっかり打ち解けてしまった今井リサことリサさんだ。

 

 関係ないがあこの呼ぶリサ姉っていう呼び方、語感がよくていいよね。

 俺も思わずリサ姉って何回か呼びそうになるときがある。いやまあ俺の方が年上なのに姉呼ばわりはどうなんだという思いで寸前で止めているが。

 

 

「あ、リサ姉ー! 少し遅かったけど、何かあったの?」

 

「ん~? ちょっと部活に顔出しにねー……んで、ちょっと興味深い話が聞こえてきたんだけど」

 

「おう。白金さんと知り合いだーっていう話な」

 

「ピアノやってたんだねぇ。初めてあった時はベース持ってたから、ついベーシストの人なのかと思ってたよー」

 

「あ! そういえばあこに初めて教えてくれた時はドラム叩いてくれました! 紘汰さんってば色々できる人なんですよねー」

 

 

 そう、これまで散々引っ張ったが、実は俺はバンドで使うような楽器は大体扱えたりするのだ。

 ……まあそもそもその日の気分によってやる楽器変えてたりするから、CiRCLEでよく話す奴やまりなさんには既に周知の事実となってしまっているのだが。

 

 

「ふふん。もっと褒めてもいいんだぞー?」

 

「器用貧乏とも言うわね」

 

「おいコラ湊泣くぞ。俺が一番自覚してるわ」

 

「自覚してるなら何よりね、まだ救いがあるわ」

 

 

 褒めてと言った傍から貶される始末。湊の音楽観は極限までの一点集中型なので、俺のこういった面はあまり受け入れられることはない。

 初めて会ってから俺が楽器をとっかえひっかえして曲を作ってる時も「は? こいつマジか?」みたいなもの凄い目で見られたことは今でもトラウマものだ。

 だからこそこうしてマルチプレイヤーを褒めてくれる人は貴重なのだが……。

 

 

「音楽というのは極める為に膨大な時間を費やす。その点あなたはもう少しその何にでも手を出す手癖を治して一か所に纏めておけば、もう少し音に深みが出るとおもうのだけれど」

 

「へーへー。まあ俺の本領はそこじゃないんでねぇ。いたいけなお兄さんを苛めてないでそろそろ本題に移って下さいませんか湊サマ」

 

 

 はぁ。とため息1つつかれてダメ出しが出だしの内にせき止め、今日この場に集まったことの意味を問う。

 今日ここにいない紗夜さんと白金さんは学校関係の仕事で欠席だが、集められる全員をわざわざバンド練がない日にかき集めるということはそれなりの理由があるのだろう。

 

 湊は俺の言葉を受けてしばらく考え込んだようにふむ。と口元に手を当て、目を瞑る。

 全員の視線が集中する中、その一文字に閉じられたものがス、と開き……。

 

 

「――――決まらないのよ」

 

「……何が」

 

「…………私達の、バンドの名前」

 

 

 

 あ。と今度は湊以外の三人の声が揃う。

 そうだそうだ。そこまでは俺の管轄外だからすっかり抜けていたが、まだ湊からバンドの名前を聞いていなかった。

 ライブの運営にもバンド名を出しておかなければいけないし今の内にメモを……え?

 

 

「……決まって、ないのか?」

 

「…………だから、そう言ってるじゃない」

 

「ライブ、あと一週間後だけど?」

 

「………………手伝いなさい。紘汰」

 

 

 我らがバンドの歌姫サマは、今日もちょっぴり抜けていました。

 

 




あけましておめでとうございます。
年内投稿は間に合いませんでしたが、今年もしっかりと更新していくのでよろしくお願いしますね。

紘汰さんメモ:奏者としては広く浅い。過去が重いことが確定。


重くしたらそれだけ軽くいちゃこらさせたい。
私の作品の友希那さんは長らく頼れる大人が近くにいたのでちょっとポンコツさが先んじて滲み出てしまってます。

では、これからもどうぞいつもとなりの友希那さんを御贔屓にしていただけると幸いです。


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