いつもとなりの友希那さん (葛葉一壱)
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いつもとなりの友希那さん

 突然だが、日常とはどこからが日常なのだろうかと問いかけてみる。

 今日始めた『特別』を何回続ければ日常になるのか。

 ではそれまで特別だったものが日常になってしまったとき、果たして価値はなくなってしまうのか。

 

 

 

「おはようございまーす」

 

「はい、おはよう! 今日もいつものルームでいい?」

 

「お願いします。機材もいつも通りで……」

 

 

 

 何が言いたいかと言うと、『特別』とは一瞬の煌めきなのだと、そう思うのだ。

 今そこにしかない時間、体験、場所。そういったものを『特別』と呼ぶ。

 煌めきを感じなくなってしまえば、それは『特別』から遠ざかって、ただの『日常』に成ってしまう。

 

 要は、そこに価値はなくなってしまう。

 

 

「さて、始めますかね」

 

 

 いつものように扉を開け、一人では持て余すほどのレッスンルームの確りと防音の行届いた静寂を噛みしめる。

 アンプ、よし。シールド、よし。

 

 テキパキと手荷物の中から必要なものを取り出して用意を始める。

 これもまた俺の『日常』で、変わらない日々の一ページになるものだ。

 

 例え価値なきものになったとしても、積み重ねたそれは糧となる。蔑ろにしてはならない。

 特別とはまた別に、日常とは人格を構成するうえで最も重視すべきものであるからこそ。

 

 

「チューナーよし。ピックよし」

 

 

 最後に、一際大きいバッグから取り出したるは一本の青いギター。

 エレキギターの中でも一番メジャーといっても過言ではないストラトキャスター型のごく普通のモデルだ。お値段4万ちょっとの教本付き。

 駆け出しが買うお得なセットについてきたものではあるが、そこそこ年季の入ったこれが一番手に馴染むので結局コイツ、命名『アイバちゃん』に落ち着いてしまう安い男なのであった。

 

 

「最後に本体よーし。ではチューニングをば」

 

 

 発声ついでに独り言を大きく声に出しながら確認作業。

 ベンベンとアンプにつないでいないとき特有のシュールな音が木霊する。

 初めて触った時は(え、ギュインギュイン言わんやん……)と落胆したものだが、今振り返れば懐かしい思い出だ。

 

 

 

「おーるおっけー。したらば適当に――――」

 

 

 アンプにシールドを通してギターを繋ぎ、普段ならばヘッドフォンで周囲に気を遣うがここはライブスタジオのレッスンルーム。何を気にするという話。

 備え付けの大きなスピーカーに接続してみればこのベンベンとした地味な音は一気に変身を遂げる。

 

 

「――――!!」

 

 

 気の向くまま、想いの繋がるままに音色を弾き出す。

 一見すればコード進行やらどこからがサビだよと突っ込まれ放題な雑すぎるそれが、実のところ一番この普段からボーっとしている脳に刺激を与えてくれる。

 浮かんでくるのは一曲の全体図。漠然としたそれを弾きながら少しずつ形になるように修正しつつ、適度に思いついた歌詞をつけていけば。

 

 

「――――! ……~♪」

 

 

 数分? いや十数分? 或いはもっとだろうか。

 時間を忘れて弾き続け、まとまりのない音の塊であったものが歌に変わる。

 衝動のままに口ずさんでいた言葉を歌詞に変えて、曲のイメージを掴みきったと理解した瞬間には最早語ることもない。

 一気にラストまで駆け抜けて、痺れが来るほどに弾き続けていた指を止めてギターを傍に置いたスタンドに立て掛けて鞄の中からノートと鉛筆を取り出す。

 

 

「~……~? 違うな。……~♪ うん。これだ」

 

 

 浮かんだ歌詞が再び沈んでいかないうちに書きなぐり、その上に簡単なTABをつけて記録付けていけば、ただの弾き語りからそれはもう立派な『作曲』作業に早変わり。

 その場その場で実際に口ずさんで都度修正を繰り返し繰り返し行う。

 

 

 

「ふんふん……ギターちょっと主張強いかな。まあそこは追々……あでもソロは欲しいからちゃんと決めておかないとダメかぁ」

 

「私はもっとリズム感を意識して細かく歌詞とメロディを修正した方がいいと思うわ」

 

「あー確かにおんなじリズム続きすぎかぁ。でも小賢しくならんかなあ」

 

「それをテクニックとして昇華させるのがボーカルの務めよ。やれるなら修正するべきだと思う」

 

「うーんためになるなぁ……んん?」

 

 

 しまった。没頭のあまり幻覚と話してしまうとは。

 今日は少し疲れたのかなー。と目を擦り眉間の皺を解す。

 

 

「……」

 

 

 目の前には麗しい銀髪の少女が一人。

 

 あっれぇ幻覚消えないなー。と立ち上がって肩をグルグル回して血行をよくしてポケットから目薬を取り出して数滴垂らしてみる。

 

 

「……ぁ、~♪ こうかしら

 

 

 あらやだ上手い。

 まだちゃんとした譜面として完成していないのに直感だけで数フレーズ歌うのは大したものだ。

 

 

「うん。うん……いい曲じゃない」

 

 

 お気に召して何よりでございます。

 あまり表情に出してはいないけれども少し柔らかくなった声色から褒められてることはかろうじて理解できた。

 まあこんな歌上手な娘に歌ってもらえれば曲も幸せというもの――――

 

 

 ――――いやいや待て待て。

 

 

 

「……おっかしいなぁ俺一人でこの部屋使ってたんだけどなぁ」

 

「奇遇ね。私も隣のスタジオを借りて練習していたの」

 

「ふぅん? んで?」

 

「聞き馴染のある声が聞こえたから、ちょっと失礼させてもらったわ」

 

「少なくともドヤ顔は今違うと思うぞ。湊」

 

 

 

 ふふん。と得意げにするその姿に突っ込みながらため息をひとつ。

 この銀髪の少女の名前は湊友希那。

 

 最近になって現れた、俺にとってのまだ『特別』な知り合いの一人だ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「次のライブにも出ることにしたのだけれど、曲目がまだ思いついてないのよ」

 

「それで俺にか? 言っとくけどアレはまだ全然仕上がる目処立ってないぞー」

 

「そうなの……勿体ないわね」

 

 

 あれからしばらくこちらの即興で拵えた曲にあれこれアドバイスと言う名のお小言をくれたクールビューティー様と作曲と言う名の殴り合いを行い、そろそろスタジオから出なければならない時間へと差し掛かっていた。

 

 アンプにつないでいたギターの機材をテキパキと外しながら、ふと彼女のほうを流し見る。

 

 

「……」

 

 

 どうやら先程の曲がよほどお気に召したのか、それとも気に入らないのか。

 そのどちらにせよ食い入るように最低限曲としてまとめた楽譜もどきになったノートを食い入るように見つめ続ける姿がそこにあった。

 ……いや、本当に穴が空きそうなくらい見つめてらっしゃる。流石に恥ずかしくなってきた。

 わざとらしくこほんと咳払いをひとつしてから、これまたわざとらしく伸びをしながら独り言ちる。

 

 

「あーっと。片付け終わったなー……!」

 

「! そう。ごめんなさい。手伝えばよかったかしら」

 

「いやいや。相棒の世話は自分でしろってね。んで……そんなに気に入ったのかよ。それ」

 

 

 よっこらせ。とバンドマンらしく肩にギターケースを担いで近寄ると、先程までの姿を見られていたことを言葉から察したのかその頬に珍しく朱が差す。

 おお。本当に珍しく照れている。いつも氷かと思われるくらいに表情筋が冷めきっていることでこのライブハウスでは定評のある歌姫には、まだ人の心は残っていたらしい。

 あまりはっきりとした意思表示はない。もにょもにょと口を動かすその仕草がどうにもまどろっこしくて、つい結論を急いでしまった。

 

 

「……本気で()りたいんなら。用意してやるよ」

 

「ぇ……いいの?」

 

「ああ。次の定例ライブ。確か二週間後だろ。一週間以内に完璧にしてやるから。一週間でお前も完璧に落とし込め。約束するなら曲はくれてやる」

 

 

 本当は、先程「無理」と言った手前あまり大口は叩きたくなかったのだが。

 ……だがまあ。あれほど熱心に見つめられてくれれば、それは作った側としてはやはり嬉しいものだ。

 

 それに、彼女ならば。

 このまだ生まれたての整えられただけの音の塊を、きちんとした場所で『音楽』として世に解き放ってくれると信じている。

 

 

「余裕だよな? 孤高の歌姫サマならよ?」

 

「……一週間ね。いいじゃない。乗った。だけど貴方もなるべく早く形にしなさい。できるでしょ?」

 

 

 おう。中々いい返しが飛んできたじゃないか。

 大分はっきりとしたあおり返しだが、乗ってやらねば男が廃る。

 これでも、創作という行為に関しては謙遜はしない性質だ。

 

 

「……ハッ。5日でやってやる。本番トチったら覚えとけコラ」

 

「安心しなさい。『絶対にない』から」

 

「頼もしいことで。んじゃあそろそろ出るか。湊はこのあとどうすんだ」

 

「私ももう遅いし、流石に帰るわ」

 

 

 ……勢いとはいえ、一曲作るのに五日は流石に盛りすぎただろうか。

 先程叩きたくないと言ったばかりの口からは大言が飛び出して既に引っ込みはつかない。

 冷や汗を誤魔化しながらスタジオから出れば、既に太陽は沈み切ったあとであった。

 

 既に返却の手続きを終えた友希那はそのまま受付に会釈をひとつしてから外へ。

 俺は俺でまだ終わっていない手続きをするために数時間前にあいさつを交わした女性のもとへと向かう。

 

 

「ありがとうございました。まりなさん。撤収終わりました」

 

「はい。お疲れ様! ……ふふ。今日も友希那ちゃん、一緒に居たみたいだね?」

 

「揶揄わないで下さいよ……。いつも気づいたら隣にいるだけです」

 

「まるで君の音に吸い寄せられるように、ね? いやぁ友希那ちゃんホイホイとはこのことかぁ」

 

「なんすかそれ……」

 

 

 最近うちで噂になってるよー。とニマニマ嫌らしい笑顔を浮かべながら告げられるその言葉に、げ。マジかと顔をしかめる。

 バンドマンとはかくも女性関係にだらしないものが多い。

 週刊誌にすっぱ抜かれる女性の交際相手がバンドマンだったときの絶望感たるや計り知れないのだ。

 

 

「あんまあることないこと撒かないで下さいよ? アイツが可哀想だ」

 

「しないしない! 私はしてないったら。まあ、ちょっと乗っかっちゃったりはしたけど……」

 

「アウトです。それに、湊は音楽以外には興味ないですよ……」

 

 

 そう、あくまで彼女が興味があるのは俺が作る曲であって俺ではない。

 外を一瞥すると、扉の向こうには何やら物思いに耽っている様子がうかがえる。

 ああしているときも、きっと考えているのだろう。歌のことを。

 

 だから。と付け加えてから、手元の書類にサインを残してまりなさんへ渡しながら、苦笑に乗せて言葉を放つ。

 

 

「俺はそんなアイツをちょっとだけ応援してやりたいだけなんですよ。はいこれ書類」

 

「……まあ、キミがそう言うなら。私からもあんまり茶化さないように言っておくね。はい、受け取りました」

 

 

 支払いを済ませ、手を振るまりなさんに別れを告げてライブハウスを出る。

 扉をくぐった先には、まだ彼女がいた。

 

 

「……」

 

 

 月明りに照らされたその姿はいっそ神秘的と言っても過言ではない位に、綺麗だった。

 一瞬どう声をかけていいか分からないコミュ障染みた動きでわたわたとしていれば、ふとこちらに空を見上げていた目線が流れてくる。

 吸い込まれるような金色の目。

 ほんの少しだけそれが細められると、小さな口から透き通る声が耳へと届けられる。

 

 

「遅かったじゃない」

 

「ぉ、ぁ。……ぉう。悪い。駅まで送るわ」

 

「助かるわ」

 

 

 こちらがどもってもお構いなしなクールビューティーさで思い切り詰まった言葉をスルーしてもらい、その小柄な体の歩幅に合わせて道を歩く。

 いつの間にか、彼女が横に来るようになってから行われるようになった夜道を送る行為は、まだ『日常』にはなっていない。

 眩い位に光って見えるこのとなりの人物を見て、一人この瞬間を噛みしめながら歩くのだった。

 

 

 



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気づけばとなりの友希那さん

「…………」

 

 

 暗がりの中、唯一点灯している画面を見ながらひとりキーボードをたたき続ける男がいる。

 カーテンさえも閉め切って、昼か夜かも定かではないこの空間に引きこもってからもう何日が経っただろうか。

 

 カタカタと打っては消し、打っては消しを繰り返し。

 

 既に飽きるほど行った動作の反復だが、しかしこれをしないと先に進めぬと分かっているからこそ手だけは止めない。

 

 

「……ん。ぁ、クソ。切れたか」

 

 

 一度良しと決めたラインまでを聞き返しながら、手元にあった缶を呷るが中身は空を告げている。

 軽い悪態をつきながらよっ。と椅子から立ち上がり廊下に備え付けられている小型の冷蔵庫を乱雑に開け放つ。

 赤と青の色がつけられたエナジードリンクを2、3本手にもってすぐに部屋へ引き返した。

 

 

 久々に動かした身体は酷く鈍り切っており、椅子に座るだけでもギシギシと骨が軋み、筋肉は悲鳴を上げ始めた。

 おのれもう少し運動をしておくべきだったか……。と後悔するのも束の間。

 

 ピピピ。とPCモニタの横に置いてあった時計がセットした時間を迎えたと音を鳴らし始め、すぐさまそれを手にとって止める。

 

 

「……0時。か」

 

 

 日にちを跨いだ。

 あの日以来、ほとんど休みなく続けてきたこの作業にも終わりが見えてきたところだ。

 

 5日で終わらせる……あの日、即興で作り上げた音の塊を音楽へと格を押し上げる為に、約束を守る為にほぼ休みは睡眠時間のみ。そのほか注げる時間を全てを注いで1つの曲が創り出されてようとしている。

 

 

「……あと、1日」

 

 

 カウントダウンは既に始まっている。

 ここが正念場だ。

 グビ。と缶から液体を喉に流し込んで、改めてキーボードを叩きながら己との戦いに身を投じていくのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 歌う。

 ただ今は歌う。

 

 それしかないと分かっているから。

 これしか道がないと理解しているから。

 

 足りないものはと常に問いかけ、自問自答の中でもがき続ける姿は一体周りからどう見られているのだろうか。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 私の目標は、歌を歌うことでしか叶えられない。

 

 特筆すべき楽器の才を、私は与えられなかった。

 ギターを弾けはする。だが弾けるだけだ。人を惹きつける演奏を、かつて見続け憧れた存在が奏でたものには程遠い。

 しかし歌は、歌だけは譲れない。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 一曲歌い終えた直後に、借りていたスペースに備え付けられた受話器が鳴り響く。

 急いでそれを取れば、終了時間を告げる連絡である。

 正直言ってまだ歌い足りない気持ちはあるが、それで大切な喉を傷めるのもなんとも馬鹿らしい話ではあるので引き際は弁えなくてはならない。

 

 

「……あと、1日」

 

 

 貸し出された備品を片付けながら、つい口に出たその言葉。

 今彼は何をしているんだろうか。あんなことを言ってしまったけれど、本当に5日という期間で仕上げてくれるのだろうか。つい考え込んでしまう。

 ……いや、きっと彼はやり遂げてくれるだろう。

 彼は私の歌を信じてくれている。ならば私は、彼の音楽を信じるだけだ。

 余計な心配は不要だと、彼なら言いそうだと考えながら部屋を出ると、受付へと向かう道中、壁に張り出されたポスターが目に入った。

 

 開催日があと一週間程に差し掛かった、このライブハウスで定期的に開催されている定例ライブのポスター。

 

 どんなに小さなライブでも、湊友希那に失敗は許されない。

 

 

 そのことだけを胸に刻んで、私は来たるべき明日に備えて早めの休息へと切り替えていく。

 

 

「あ、友希那ちゃん! お疲れ様ー」

 

「……まりなさん。お疲れ様。撤収終わったわよ」

 

「はい。じゃあお会計だねー……そういえば今日は一緒じゃないの?」

 

「? ……え、と」

 

「あぁ、茶化すなって言われたばっかりだった……ごめんね? 最近ほら、友希那ちゃん、よく彼と一緒にいるなーって思ってたんだ」

 

「彼……ああ」

 

 

 会計中に、このライブハウスにほぼ常勤していると言える位の頻度でカウンターに立っている女性、まりなさんがおかしなこと言い出した。

 得意げに話すことではないのだが、私はあまり人と話すのが得意ではない。

 幼馴染とも上手く意思疎通が取れない程だ。そんな私と常に一緒に誰かがいるなんてありえないと、首をかしげているうちにようやく彼女の言う"彼"が誰なのかが検討がついた。

 

 ……よく一緒に居ると、周囲に思われているのね。

 

 何故かは分からないけれど、少し胸のあたりが暖かくなる感覚に違和感を覚える。

 

 

「今は、曲を作っていると思うわ。多分――――いえ、明日、渡しに来るので」

 

「そうなの! 次の定例ライブだよね? いやあ楽しみだなあ……」

 

「妥協はしない。完全に仕上げてくるから、楽しみにしていてちょうだい」

 

 

 告げる言葉に、まりなさんは屈託のない笑顔で受け入れてくる。

 純粋に音楽を楽しんでくれる人の顔だ。この人がいてくれるから、私は今もこのライブハウスを拠点にしているのかもしれない。

 

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

「うん! もう暗いから、気を付けてね!」

 

「ええ、まりなさんも」

 

 

 平日は放課後にしか練習できない都合上、どうしても練習後は日が落ちてしまう。

 扉をくぐると少々冷たい風が肌を撫でた。

 だがそんなことが気にならなくなるほどに、今は気分が高揚している。

 

 明日。ああ、明日だ。まだ生まれたばかりで骨組みだったあの曲を、彼はどんな風に仕上げるのだろうか。

 それが今から楽しみで仕方がない。

 私の音楽をもっと上の領域に押し上げてくれる彼の音楽を、もっともっと近くで感じたい。

 浮き足立つ気持ちの中で、ふと隣を気にして思うことがある。

 

 

 ――――最近ほら、友希那ちゃん、よく彼と一緒にいるなーって思ってたんだ。

 

 

「……そう、なのかしら」

 

 

 何故だろう。夜風に吹かれているのにちっとも寒くはない。

 むしろ火照ってくるこの現象に対する名前を私は知らなくて、ただただ戸惑うばかり。

 もしかしたら風邪なのかもしれない。暖かくなってきたとはいえ、まだ春先だ。

 体調を崩しては元も子もないと、すっかり夜になった街を急ぎ足で駆けていく。

 

 顔は、まだ熱を持ったままだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…………」

 

 

 その部屋には静寂だけがあった。

 閉め切られたカーテンのおかげで、光源はモニターから煌々としているものだけだ。

 本来その場所に座っていた筈の人物は、今はそこにはいない。

 

 恐らくベッドに向かう最中で力尽きたのか、上半身はベッドに辛うじて横たわっているだけの状態。

 見る人が見ればすわ事件かと騒ぎになるような体勢で、彼は一人寝息を立てていた。

 一体いつから寝入ってしまったのか、その体勢からかうなされながらも時折ぶつぶつと何かを呟いては沈黙することを繰り返し……。

 

 

「……ん、んん……ぅ、ぁあ……? あぁッ!?」

 

 

 けたたましく鳴るスマホのアラームが、彼を夢から引きずりだした。

 夢うつつだった意識はスマホの画面を見て瞬時に覚醒。

 しまった寝落ちだ。と気づいた時には、すぐに日付と時間の確認に急いでいた。

 

 

「……っふぅ。あぶねぇ、朝か」

 

 

 約束の日。念の為と用意していたアラートが役に立ったようだ。

 5日目の朝、まだ日も完全に登り切っていない時刻ではあったが、遅刻という大惨事だけは回避できたようである。

 

 

「……よし、ちゃんと。できて、るな。うん」

 

 

 そろりそろりと画面を覗きこむ。目の前の画面に映っているものが夢ではないことが何よりも今は安心させてくれた。

 まだ時間はある。念の為一から聞き直し、粗を探しの最終チェック。

 それだけでもかなりの修正は見込めた。やはり一晩寝かせるというのは創作においては鉄板だ。

 

 ちくちくと重箱の隅をつつく位の意識で微修正を行うこと数時間。

 ふと時計を見ると、時刻は既に12時過ぎに差し掛かっていた。起きた時間から優に6時間は経過している。

 集中しすぎるのも考え物だ。と一度背伸びをして、安全にUSBコネクタを切り離しその手に収める。

 

 

 『無題』と書かれたテープが張りつけられたそれは、正にここ数日の結晶のデータだ。

 

 

「……ふむ。時間、余ったな」

 

 

 待ち合わせはあの後細かく決め、5日後の夕方と取り決めてある。

 人間存外やれるものだ。と渇いた笑いを浮かべて、さっと身支度を整えていく。

 特段急いでもいなければ、時間がそんなにあるわけではない。

 そんな時には、どこへ行こうにも自然と足があの場所へと向かってしまうのだ。

 

 

 

 

 

「お。なんか今日人多いな……」

 

「……あ、おはよう! あれ、今日スタジオ取ってたっけ?」

 

「おはようまりなさん。いえ、今日は取ってないんで、空いてたら程度にと思って来ちゃいました」

 

「そうなんだ。ちょっと待っててね。今確認するから……」

 

 

 そう、ふらりと向かってしまう場所といえば、我らが拠点ライブハウスCiRCLEである。

 なんと常連割引でいつもレッスンスタジオを2割引きしてくれるという神対応のこの場所は、元々あまり人気のあるような場所ではない。

 そもライブハウスというもの自体があまり人を寄せ付けないというのもある。

 だからこそ、本当に音楽をしたい人に居場所を提供するという信念の下運営されていることもあってか、徐々にその集客を増やしつつあった。

 

 

「……スタジオ、結構埋まってきたみたいですね。昔じゃ考えられないや」

 

「有難いことにねー。前だったらこんなふうに空室確認とかしなかったもん。あははっ」

 

 

 自嘲気味に笑うまりなさんだが、実際できたばかりの頃にふらりと寄って以来住み着いた組としては感慨深いものである。

 なにせオーナーが色々この人にぶん投げているおかげで本当に大丈夫かと思うこと多々であった。彼女が元々バンドマンということでかろうじて首の皮一枚繋げていた。

 その時に諸々お手伝いしたこともあるのだが……まあ、ここでは蛇足であろう。

 

 

「……あ、そういえばあと少しすればライブがあるんだけど、見ていく?」

 

「ライブ? こんな昼間に……ああ、今日土曜でしたっけ」

 

「そうそう。他のライブハウスを拠点にしてる今どき珍しいガールズバンドでね。グリグリって愛称で呼ばれてるんだけど」

 

「へぇ。ガールズバンド……」

 

 

 バンドと言えば男。なんていう凝り固まった思想を持っているわけではない。

 だが珍しいことは確かだ。今密かにガールズバンドブームが来ようとしている。なんて眉唾ものな噂も流れてはいるが、それを行うにはとてつもない転機が必要だろう。

 そう、まさに火付け役のような、嵐を巻き起こす連中が不可欠だ。

 

 

「んじゃ見ていきましょうかね。いい刺激になりそうだ」

 

「ありがとー! あと30分で当日分のチケット出し始めるから、もう少しゆっくりしてて。多分お客さんももうそろそろ増えてくるころだし」

 

「なるほど。やけにロビーに人いるかと思えばライブでしたか」

 

 

 そうそう! と嬉し気に話すまりなさんから目線を外して、普段はここを利用するバンドたちが使っているテーブル等には、あまりお見かけしない一般人ルックな人がちらほらと散見される。

 このライブハウスの外に併設されているカフェにもそこそこの人が確認できる以上、ガールズバンドと侮ってはいけないらしい。全てが観客だとすれば中々の集客数だ。

 

 

「今ガールズバンドブーム。来てるらしいからねっ。君もうかうかしてたら追い抜かれるよー?」

 

「油断慢心一切なしですよ俺は。そもそも畑が若干違うんでどっちかっていうと観客気分って感じで……にしてもガールズバンドブームねぇ。俺の仕事もこれで増えてくれればいいんですが」

 

「お互い頑張り時だねー……あ、そろそろ準備に戻るから、またあとでね!」

 

「あ、はい。それじゃあまた」

 

 

 忙しそうにライブハウスを駆けるまりなさんにエールを送りつつ、少しはやめに当日分のチケットが販売されたため慌てて購入して地下に備え付けられたライブスタジオへと出向いていく。

 開け放たれた扉からは、既にチケットを購入していた客でほぼ埋まりつつあった。

 他のライブハウスを拠点にしているということで固定客もいるのだろうが、それでもこの箱を埋め尽くす観客は大したものだ。

 

 

 感心しているうちに出てきたるは若い女性たちで組まれたバンド。

 確か――――まりなさんが愛称グリグリと言っていたか。

 彼女たちの演奏は一言で言えば気持ちの良い。思い切りのいいものだ。

 小難しいことは考えない、ただ『やり切ってしまう』ことだけに注力している。それでいて完成度は高くまとまっている。

 普通にメジャーで売れてもおかしくない位のパフォーマンスを意外にも見せつけられてしまった。

 

 これは……なんというか。

 

 

「心が騒ぐ。かしら?」

 

「……何時からいたよ?」

 

「待ち合わせの時間にいつまで経っても現れない。まりなさんに聞いてみれば『地下でライブ観てる』ときたから、探しにきたの」

 

「いや、それはマジでごめん……」

 

「別に気にしてないわ。……いいバンドね」

 

「ああ。音楽を楽しんでる。いいバンドだ……けど」

 

 

 いつの間にか隣にいた、5日ぶりの湊が小首を傾げてこちらを見る。

 ポケットからは取り出すのは、5日分の魂を込めた逸品だ。

 ただ作ってはいさよならじゃない。俺は、その先を見る為にこれを完成させたのだ。

 

 

「お前の音楽の方がテッペンだって。俺に見せてくれよ」

 

「……っ! これ」

 

「割と苦労した。だからお前も存分に振るってくれ……弄り回してやったから覚悟しろ?」

 

 

 面食らう彼女に、してやったりと笑顔で応える。

 まさか本当に5日で仕上げるとは思っていなかったのか、その綺麗な目を見開いて、彼女はただその手のひらに渡った小さなUSBとこちらを交互に見つめ続け、そして。

 

 

「……私の音楽が、てっぺん」

 

「おう。頂点取るって豪語してただろ。だったら圧倒させてくれよ。今度のライブ」

 

 

 忘れもしない出会いの日。

 珍しく女性が歌ってると聞いて野次馬程度に参加したライブで、まさかの歌姫降臨に立ち会った。

 本当に真剣に音楽に向き合っている。賭けているといっても差し支えない程鬼気迫った歌は、まさに聴く人全てを引きこむカリスマに溢れていたのだ。

 

 本当にそれが嬉しくて、つい話しかけた時には。

 

 

『私は頂点を目指してる。さっきのライブ程度で私は止まれない』

 

『けど、称賛は受け取っておくわ。ありがとう』

 

 

 なんて、可愛げのない言葉で切り返されてしまったが。

 

 

「……? おい、湊?」

 

 

 思い出に少し浸ってしまったが、どうにも湊の反応が帰って来ない。

 俯いたままの彼女の表情が垂れた髪の毛で見えないことで、一体どうしたと声をかける。

 まさかここにきて『気に入らないわ』と突き返されたらどうしようと万が一を考え出したあたりで、目の前でラストスパートを駆け抜けたグリグリの曲が終わった。

 止まないコールがスタジオにひしめき合う。

 

 喧騒の中、突然彼女はふっと顔を上げて。

 

 

「……ありがとう。紘汰(こうた)。私、頑張るから」

 

 

 ふわりと笑って、周りの音にかき消されないように耳に近づいて、囁いた。

 

 

「ぉ……へ、え?」

 

「じゃあ、行くわ。早速聞いて練習しないといけないものね」

 

 

 一気に処理落ちした俺を置いて、湊はくるりと目の前でターンしライブスタジオから出ていってしまう。

 ……ああ、クソ。反則だ。

 アレは自覚していないのだろう。何せ音楽一筋で、それ以外に興味がないのだから。

 当然俺もそっち側寄りの人間で、だからこそ彼女は俺の近くに自然といることもわかっている。

 

 だけどもやっぱり、まだまだ若造の俺は意識せざるを得ない。

 

 

 いつも気づけば隣にいる湊友希那は、クールに見えて実際物凄く可愛いのだと。

 あとで男の人に耳元で囁いちゃいけませんと教育しなければいけないと強く心に刻み込み、未だライブハウスで沸き立つアンコールに半ばやけっぱちで参加するのだった。

 

 

 

 




主人公の名前判明:藤井 紘汰(ふじい こうた)

年齢:?
職業:?

追々掘り下げていきますが、もっと友希那さんを可愛く書きたいのでほんとに追々


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となりで魅せたい友希那さん

 春である。

 別れと出会い。新しい年度の始まりの季節。

 まだまだ寒さはあるものの、次第に暖かさを感じることができる今日この頃。

 

 そんな日々をまったりと過ごす俺は、今日も今日とて日常を謳歌しているのであった。

 

 

「謳歌しているのであった……はずなのになぁ」

 

「いやー……あははは」

 

 

 カウンターに肘をついて溜息を一つ。

 溜息ついでに愚痴を吐けば、隣からはバツの悪そうな笑いが漏れた。

 

 

「いくら暇だからって俺を引きこみます? 普通」

 

「だ、だって……音楽詳しい知り合いで手が空いてたの、紘汰君しかいなくって……!」

 

「まあ勝手知ったる場所ですからねぇ。本当に暇だったのは確かですし。今日位は付き合いますよ」

 

「こ、紘汰君……!!」

 

 

 あれはまだお昼前の平日のこと。

 いつも通り暇だなー。とブラブラしつつ結局拠点のライブハウスCiRCLEに吸い寄せられた俺は、予約しようとカウンターに近づいたのが運の尽き。

 一瞬目を光らせたと思いきや瞬時に俺を捕まえ、どこに隠してたと言わんばかりの力であれよあれよという間に一日限定ヘルプとして引きこまれてしまったのだ。

 

 なんでも、今日入るはずだったシフト二人がどちらも季節の変わり目により体調不良。代わりもなくまりなさん一人で本来回さなきゃいけないと頭を抱えていたところ、ぼけーっとカモがネギ背負ってやってきた。ということらしい。

 

 カモネギ扱いとは、大変遺憾である。

 

 

「うぅ……ごめんね? 本当に今日だけの臨時でいいから……!」

 

「はいはい。まあ貸しひとつってことで。流石に離れてた時期が時期ですから、カウンターだけでいいですか?」

 

「ありがとねー……。基本はカウンターにいてもらって、必要になったらその都度振らせてもらってもいいかな?」

 

「りょーかいです。んじゃ、一日のんびり臨時バイトさせてもらうとしましょうか」

 

「神様仏さま紘汰様だよー……」

 

 

 誰が神様やねん。

 よよよ。と泣きながら裏手に回っていくまりなさんを見ながら、やれやれと本日何度目かの溜息をひとつ。

 窓から刺す日差しが実に心地よく、温もりだけを体に届けてくれる。

 たまにはこんな日もありか。と切り替えつつ、椅子に座って適当な音楽雑誌を捲っていくのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「うへぇ……新しい機材の導入とか聞いてねー……」

 

 

 あの窓から刺す日差しはいずこへ。時間はあれから大分経ち学生諸君待望の放課後と呼ばれるものまで過ぎ去っていた。

 確かに必要になったら呼ぶ。という要求にOKを出したのは俺だが、ボスラッシュにも程があった。

 呼ばれてみれば出るわ出るわ肉体労働の数々。カウンターだけでいいですよねと俺言ったよね?

 頼まれたものと言えば天井スピーカーの取り換え、舞台照明を一々取り換える必要のあるカラーフィルター式をライブスタジオだけ最新のLED式にアップグレードする等etc...

 

 ライブスタジオ一室だけと言って侮るなかれ。照明とは音響と切っても切れない重要な部分故、かなりの台数が設置されているのだ。

 長尺の脚立に乗って外す作業はプロの照明の仕事だろうと愚痴を垂れつつ、しかし経験者であることを盾に結局は引き受けてしまうのは甘さだろうか。

 

 そうして力仕事が終われば今度は合間にやってくる客への対応。

 平日昼間ということで閑散としたなかに疎らにやってくる程度であるが、スタッフ二人で回すには少々過酷シフトが過ぎる。これはオーナーに直訴も辞さない。

 

 

「……あのー」

 

「大体まりなさんもちゃんと最初から言ってくれればそれなりに覚悟するってのに……。まあ苦労してるのは分かるから怒るに怒れんけどさぁ」

 

「? あ、あのー……」

 

「もうちょっとオープンにしてほしいよなぁ。これは今日飯奢ってもらおう。そうしよう」

 

「あ、あの……」

 

「そうと決まれば美味い飯屋探すか……どれ近場の高い店は」

 

「あのッ!!!」

 

「はいっ!? いらっしゃいませぇ!?」

 

 

 突然の大声。びっくりして声を裏返しながら決まり文句を言う俺。

 こちらもびっくりしているがお客さん側もそこそこびっくりしたようで、目をまん丸にしてこちらを見つめていた。

 学生服……見覚えがあると思えば湊と同じ学生服だ。確かこの近くにある女子高だったか。

 ともかく少し自分の世界に入りすぎたことを戒めつつ、急いで張り付けた営業スマイルでこの小さな少女の対応をせねばなるまい。

 

 

「あ、あぁ。驚かせてすみません……。えと、どういったご用件でしょう?」

 

「い、いえこちらこそ大きな声を出してしまって……。えと、ここがCiRCLEさん、で間違いないでしょうか?」

 

 

 如何にもここがCiRCLEである。なんて厳かに言いたいがネタを言う相手は弁えよう。

 茶髪のくりくりした目が特徴の、少しシャイそうな少女の問いにその通りですがと返す。

 するとそうですか。と少し安心したように笑みを浮かべてくれたので、どうやら初手のやらかしについては挽回が効きそうで安心だ。

 

 

「えと、私。幼馴染でバンドを組んでるんです。それで新しい練習場所を探すことになりまして、近場にライブハウスがあると聞いて、是非見学したいなと!」

 

「ほう? バンド……そりゃまた随分意外というか」

 

「ッ……やっぱり、そうですかね?」

 

 

 おっと、これはやらかした。

 すぐに訂正を入れる。音楽は誰でもやる権利がある。見た目等二の次三の次なのだ。

 

 

「いや、こりゃ失言でした。バンド、いいと思いますよ。仲間と一緒に何かやるのも、音楽やるのも誰でも権利があって自由で然るべきだ」

 

「ぁ……! はい……ありがとうございます!」

 

 

 軽口は災いの元だなこりゃ……。と再び自分の胸にしかと刻んでから、また笑みを取り戻してくれた彼女からようやく事の詳細を聞くことができた。

 要は新天地探しだろう。聞けば色々なライブハウスを試しているそうだが、本当に音楽が好きならばここはうってつけだと断言できる。

 何せ仕切ってるのがあの人(まりなさん)だ。女性の立場から応援もできるだろうし、理解もある。

 

 ともなれば、おすすめしない理由はないだろう。

 

 

「んじゃあCiRCLEは大歓迎ですよ。ここの実質店長みたいな人……今は裏で休んでるけど、女性だし音楽にすっげー理解ある。しかも気さくな人だ。見学もいつでも来ていいから」

 

「そうなんですか! よかったぁ……。あ、じゃあ早速! 今からでもいいですか!?」

 

「今から? まあ平日でレッスンスタジオも空席があるし、構わないですけども……。バンド仲間は大丈夫なんで?」

 

「大丈夫です! 私達、すぐ近くに家がある幼馴染同士なので! すぐ来てくれると思います!!」

 

 

 ぐっ。とガッツポーズを小さく決めてからメルメルとスマホを操作しだす茶髪ちゃんの気迫に一瞬気圧されて「あ、はい」と押し込められてしまった。

 というかまだ会って数分の男性に個人情報を教えるんじゃありません。危ないでしょ。

 ……思えばおんなじ高校の湊も大概不用心であった。

 確かそこそこの進学校だったと思うんだけどなぁ。

 

 

 

 

「……くしゅんっ。……やっぱり風邪かしら。薬、帰りに買っていきましょう」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「あ、そろそろ着くみたいなので、私迎えに行ってきますね!」

 

「はいはい。気を付けていっておいで、つぐみちゃん」

 

 

 元気にとたた。と駆けていく茶髪少女、もとい羽沢つぐみちゃんとは、先程ちゃんとご挨拶を交わしておいた。

 まだ連絡とってから30分も経っていないところを見ると本当に全員近くに住んでいるらしい。

 幼馴染っていいよなー。もしいたらなー。なんてありもしない妄想に憑りつかれそうになったところで、再び入口のドアから今度は複数人がわいわいと入店。

 

 

「……おおう。赤メッシュ」

 

 

 入ってきた五人組はつぐみちゃんを覗けば大分パンチが効いていた。

 パンクロック風と言うべきか、先頭に立つ黒髪に赤いメッシュをいれた強烈な印象を残す少女に、背の高めの少女は赤く染めた長髪と中々にかましている。

 後に続く二人も先頭二人と比べれば落ち着き気味だがそれでも溢れ出る派手さを放ち続けてるときた。

 そうとくればそりゃあ茶髪のつぐみちゃんは意外って言われるの嫌だよなあ……。

 この辺は極めてデリケートな問題であることを再確認してから、雑誌を横において改めて接客対応だ。

 

 

「いらっしゃいませ。つぐみちゃんが言ってたバンド仲間さん?」

 

「どうも。先程はつぐみがお世話になりました……美竹蘭です。今日はよろしくお願いします」

 

「青葉モカですー。つぐのツグりにお付き合い頂き大変ありがとうございましたー」

 

「宇田川巴です。今日はよろしくお願いします!!」

 

「わはー! 感じのいい男の人だぁ……あっ上原ひまりですっ!」

 

「改めまして羽沢つぐみです。私達、Afterglowっていうバンドやってるんです!」

 

 

 うんうん。見た目に騙されそうになったが、いい子達そうで安心した。

 美竹さんに青葉さんに宇田川さんに上原さん。そしてつぐみちゃんと。五人組ということはそこそこ本格的なバンドなのかもしれない。

 今から彼女たちの練習を聞くのが楽しみだ……というか、気になってたがツグりってなんだ。

 

 

「ツグりってなんだ……?」

 

「わっわっ。そこは気にしなくて大丈夫ですっ」

 

「そう? んじゃあ……俺は藤井紘汰。今日は臨時で店員やってるけど、いつもはここを利用する側だ。もし会ったら、よろしく頼むな」

 

「え? 臨時なんですか? なんだー若い男性店員さんとのロマンスはないのかぁ」

 

「滅茶苦茶失礼だよひまり……」

 

「あっはは。アグレッシブな娘だな上原さん……ここ仕切ってる人なら、そろそろ出てくると思うけど――ほら」

 

 

 ぐいぐい来よる。美竹さんが突っ込んでいるところを見ると案外苦労人枠なのかもしれない。

 いかにもJKだなあ。と感じるノリに苦戦しそうになっていると、後ろの休憩室からのそりとお疲れ気味のまりなさんが御登場だ。

 今の今まで寝ていたのかしばらく俺を見てからしぱしぱと瞬きをした後、俺の背の向こう側の五人組を見つめて――――。

 

 

「お客さんっ!? こんなに若い娘たちが、嘘ー!」

 

「あーこちらAfterglowっていうバンド組んでる娘たち。見学らしいですよ……んで、こっちがここを大体仕切ってる月島まりなさん」

 

 

 よろしくお願いしまーす! と元気よく挨拶している数人にあらあらまあまあと嬉し気に話しかけていくまりなさん。

 やっぱりその性格からか相性はいいようで、既に打ち解けている様子だ。 

 うむうむ。姦しいとは言うが女の子がきゃっきゃしている様は見ているだけでも微笑ましい。

 一部女の子? が混じっているが、口にするとうっかり〆られかねないので心の最深部にしまって鍵をかけておくことも忘れずに。

 

 話はとりあえず当初の予定通り今日は一旦CiRCLEの見学。本格的な使用はまた後日ということになった。

 まあ見た所何人かは楽器を持ってきていなかったみたいだし、当然と言えば当然か。

 

 

「よーし、じゃあお姉さんが特別に案内しちゃう! 着いて来てー!!」

 

 

 元気のいい返事に更にテンションがおかしい方向に振りきれたまりなさんが、Afterglowの面々を連れてスタジオ方向へと引っ込んでいく。

 中々いい常連さんを見つけられたみたいだ。これから彼女たちがどんな活躍をするのか見物である。

 

 

「何をしているのかしら。紘汰」

 

「ほわぁ!? な、なんだ湊か……いらっしゃい」

 

「……バイト? 労働とは殊勝な心掛けね」

 

「頼まれただけだよ。てかいつ来たんだ……今日はレッスンか? スタジオなら空いてるけど」

 

 

 カウンターでニコニコしていると、唐突に聞き馴染のある声が鼓膜を揺らす。

 目を向けてみればそこにはマスクをつけた湊がそこにいた。喉対策だろうか。ちょっと芸能人っぽい。

 

 さて貸出書類はとごそごそ漁っている最中、ふと視界の端にその立ち姿が目に入るのだが。

 

 

「……っ ね、ねえ」

 

「んー?」

 

「今の、あの娘たち……」

 

 

 なんだ。妙にそわそわしていると思えば結構前から居たらしい。

 女子高生集団なんてこのCiRCLEで一切合切見てこなかったものだ。それは珍しいだろう。

 

 

「ああ。Afterglowっていうバンド。CiRCLEの設備見たいってんで、今日見学なんだよ」

 

「そう、そうなの……バンド、ね」

 

 

 書類をバインダーに挟んで差し出すと、答えたにもかかわらず湊は若干そわそわしたままだ。

 何か気になるものでもあるのだろうか。目線があっちこっちに散らばったあと、ふい。と遠慮がちにこちらの目線とぶつかった。

 おっと。その上目遣いは凶悪だ。一体どこで学んだんだい?

 溢れ出る若造精神を抑え込む。ングッと変な声が喉から漏れたがなんとか耐えたことにしたい。

 

 

「ねぇ。今日は、忙しい……?」

 

「けほっ……ん? いや別にピークは昼頃だったし今は別に暇だが……」

 

「! な、なら……えっと」

 

 

 手をもにょもにょとさせながら、湊は貸出書類に記載をしてこちらに返してくる。

 まだ何かあるのかと身構えれば、取り出したるは俺が先日手渡したUSB――ではなく、恐らく複製したものだろうか。

 原本はきちんと保管する。データ管理の基本を守っているようでなによりだ。

 

 

「大分仕上がってきたの……歌、聴いてもらえたりはしないかしら」

 

「もう仕上がってるのか!? すげえな歌姫……そんなことなら、よろこんで」

 

 

 どうやら歌姫サマは新曲の仕上がりを確認してほしいそうだった。

 まあ作詞作曲した本人が身近にいれば意見を欲しがる気持ちは分かる。俺だってそうするだろうし。

 二つ返事で返すと、その冷淡な表情を少し和らげてから「じゃあ、待ってるから」と湊はレッスンスタジオへ姿を消していく。

 

 さて、では俺も準備をしてしかと聞かせてもらいましょうかね。

 

 

 

「あれ、紘汰君どうしたの?」

 

「まりなさん。はい、受付バトンターッチ」

 

 

 軽くカウンター周りを整頓してから後を追うと、見学を終えたのか後ろにAfterglowの面々を連れたまりなさんと鉢合った。

 この様子だと湊とはすれ違わなかったらしい。

 事情を一々説明するのも面倒だと、手を挙げてそう宣言すると、まりなさんは訳も分からずえっえっ。と声を漏らしながらハイタッチ。

 

 さあこれで受付係交代だ。安心して一観客の役割に戻れる。

 

 

「えっ紘汰君!? なになに、どういうことー!?」

 

「Afterglowのみんなも、よかったらCiRCLE御贔屓にな」

 

「はい! 紘汰さんも、これからよろしくお願いします!!」

 

「紘汰君! 説明してよぉ!!」

 

 

 五人組にも軽く挨拶をすれば、つぐみちゃんが代表してそう返事を返してくれる。

 やっぱりいい子だぁ。と感動している最中にも、しかしまりなさんはお目目ぐるぐるで抗議してくるわけで。

 

 ああ面倒くさいと。端的に、一言に纏めて。

 

 

「歌をとなりで魅せたいっていう奴の応援ですよ。そんじゃ!」

 

 

 すたこらさっさと廊下を駆ける。

 久し振りに聞ける歌声は、どんなに進化してるのだろう。

 今から楽しみでしょうがない気持ちを抱いて、俺は彼女が待つルームの扉を開けるのだった。

 

 




友希那さんと言いつつも半分アフロ回
時系列的にはまだ友希那さんがバンド組む前の二年生春ごろです

さて次回からはRoselia結成編に。お楽しみいただければ幸いです。


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もっと高みへ友希那さん

日間入りの総合評価200間近ということで驚きを隠せない。
友希那さん誕生日おめでとう記念投稿です。


 日常とは同じ経験、日々の焼き増し。カセットテープを巻き戻すようなものだ。とはどこかの哲学者の談だ。

 本当はそんな飽き足りた毎日を超人的な意思で云々とかいう小難しい話になっていくのだが、そこはまあ割愛でいいだろう。

 要は未知であるか、既知であるかの違いだ。

 

 子供の10年と大人の10年に何故体感時間の違いが生まれるかは、それによるものが大きいとされる。

 

 何も知らないうちは毎日が未知で、覚えることだらけ故に毎日が輝き続けている。

 何もかもを知ってしまったら、全てが既知。覚えたことを反復するだけの毎日は灰色にくすんでいる。

 

 以前『特別』について語ったが、『特別』が輝いているのは即ち未知への期待が大半を占めている。

 ああ、あの場所はどうなっているんだろう。行ってみたい、知りたい。そんな想いを抱いているうちは、それはもう日々はとてつもなく充実する。

 だが知ってしまったら? ああこんなものかと落胆するかもしれないし、案外別の深みを見つけて更に邁進できるかもしれない。

 

 

 さて、前置きが過ぎた。あまり悠長にペラ回していると言葉の重みがなくなると言うし、ここは端的に話をまとめようと思う。

 

 つまりはだ。自分にとっての『特別』が飽き足りた『日常』になってしまうと、もう奇跡でも起きない限り二度と『特別』へは這い上がれないんだ。

 

 

 だから俺はこうなった。

 別段なんにもない普通の朝を迎えて、普通に生活を送って。

 

 そうして、自分にとってごくごく当たり前に傍にあった『特別』に触れようとしたとき。

 

 

 俺にとっての『特別』であった音楽は、ある日なんの兆しもなく唐突に『日常』へと色褪せ、変わり果てていて。

 

 

 気づいた時にはもう、俺はあっさりとこれ以上の未知を望むことをやめていたんだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「~♪ ……」

 

 

「…………」

 

 

 

 普段通りの毎日、放課後と呼ばれる時間帯。

 俺にとってはあまり関係ないが、この時間に特定の場所にいると自動的にとなりにポップする歌うまモンスターがいる。

 名前は湊友希那。色々なライブハウスで歌一本で勝負をしており、今はここCiRCLEを拠点にしている孤高の歌姫。

 何の因果か、彼女は俺の気ままに作り上げる音楽をお気に召したらしい。

 彼女の歌は凄まじいものだ。洗練された技術と情熱の末に編み出された結晶を、そこらに転がっているメジャーな歌手くらいなら蹴散らす勢いでぽこしゃかと生み出し続けている。

 

 そして、そんな彼女に歌をときたま創って提供するのが、俺のできる数少ない"応援"なのだ。

 

 

 

「うーん……」

 

「……」

 

「こう? いやこう…………ベース単体で練習ってしづらいな。みんなどうやってんだ」

 

「……」

 

「あ、そうか動画でも流せばいいのか。どれどれ……おっ結構あるじゃん。やりぃ」

 

「……」

 

「ふんふん~♪ べんべべべっ」

 

「……」

 

「ふん……ふ、ふ~……」

 

「……」

 

「ふん……ふ~……ってやりづらいわぁ!!!」

 

 

 数少ない俺の応援を、絶対零度もかくやというほど冷たい平坦な視線が貫き続けていた。

 そして今日はいつにも増して距離が近い。1.5倍くらい近い。ネックがあたっちゃうでしょうが。 

 なるべく気にせずにいこうとしようとしたが隣からほんのり香ってくるいい匂いとか体温で妙にピリピリする半身の感覚とかに耐えられず数分でギブアップ。

 すぐさま抗議を行うが、当の本人ときたら「え? やめちゃうの?」と言わんばかりに小首を傾げている。

 

 可愛い。んんっ!! ……落ち着け若造。

 

 

「……やめてしまうの?」

 

「いや、やりにくいから。見るにしてももうちょい離れなさいな」

 

「ベースが懐か――――いえ、ベースは……その、あんまり触れる機会がなかったのよ……」

 

「? そういやギターは多少弾けるんだったか……いやにしても今日はどうしたよ。いつもの万倍不審者だぞ」

 

「失礼ね。研究熱心と言いなさい」

 

「ならもうちょいやり方を工夫しなさいよ。ガン見で研究対象困らせてどうする……やっぱなんかあったろ。言ってみ。今更驚いたりしないから」

 

 

 うぐぐ。と珍しいことに分かりやすく湊が言葉を詰まらせている。

 どうやら何かしらを抱えていたことは正解だったか。研究と言いつつもベースの音聞いたり俺の顔見てきたりさっきみたいに言葉を濁したりで随分注意が散漫になっていた。

 まあここはお得意のお悩み相談室の時間だ。まりなさんで鍛えられたおかげで、聞き上手な自信はある。

 ほれキリキリ吐けと言う意思を込めて湊の揺れる金色の瞳を捉え続ける。

 逸らしたところで逃がしはしない。徹底的にだ。やるならね。

 

 

「……う、うぅ。じゃあその、相談、なのだけれど」

 

「おう。言ってみ言ってみ」

 

「えっと……紘汰、私……バンドを組んでみようと、思ってるの」

 

 

 ほう。バンド。バンドね……いいじゃないかバンド。Afterglowの仲良しバンドもあれからちょくちょくCiRCLEで見るようになったし。いいね、バンド。

 

 

 

 え、バンド?

 

 

「バンドって言ったか。今お前……」

 

「絶対聞き返してくると思ったわ……!」

 

「いやいやいや! だってお前、あの湊友希那がバンド!? そりゃ色々激震ものだぞ!」

 

 

 目の前で罰の悪そうに顔を逸らすこの彼女は、自分がどれほどの存在なのか理解しているのか。

 首都圏の名のあるライブハウスでたった一人の歌声で他者を圧倒する孤高の歌姫。

 その実力はメジャーからお声がかかっているという噂が絶えないあの湊友希那がバンドを組むと言い出した。と彼女を多少知っている者に言えば冗談だろ? と返されること請け合いだ。

 

 それ位ありえない。というか、彼女の目指す高みについていける奴なんてそうそういないのだ。

 

 

「だって湊、お前結構前にCiRCLEでフリーの楽器隊と組んでボコボコに批評して泣かせただろ……あの後フォロー大変だったんだぞ」

 

「……事実を述べたまでよ」

 

 

 ファサ。と華麗に髪の毛を揺らして格好つけてもそうはさせん。

 ある日別のライブハウスを拠点にする女子高生バンドが湊を見つけてきゃいきゃいとはしゃぎながらその日限りのボーカルとして無理やり組み込んだことがあった。

 確かに美人で歌が上手い。しかも同年代となれば一回組んでみたいと思う気持ちは分かるが、相手が悪かった。

 この歌姫、あろうことかライブ後に一人ずつありがたいアドバイスと言う名の爆撃を繰り返し全員が楽屋でギャン泣きするという騒ぎを起こしたことがあるのだ。

 当時の湊からすれば何故事実を受け止めずに泣き出すのか? と困惑するだけだったが、ともかくあの場は駆けつけた俺とまりなさんによって多少傷を負わせながらもトドメを刺される前にフォローすることができた冷や汗ものの事件だった。

 

 またあれを起こされるのも困る……。というのが正直な気持ちだが。

 

 

「まあ、お前が音楽のことで適当言う訳もない、か。……考えはあるのか?」

 

「ないわ」

 

「は?」

 

「だから、ないから相談してるのだけれど」

 

 

 何を自信満々に言ってるのだろうかこの娘は。やだ案外ポンコツ?

 失礼な考えを何かしらで受信したのか目の前でムスッとしてしまった湊をなだめつつ、さてどうしたものかと一応考えてはみるものの。

 

 

(困った……こいつの力量に合ったバンドマンを俺は知らない……)

 

 

 お世辞じゃなくコイツはマジもんの天才だ。

 それも才能を持っていながら努力型の天才なのは身近でその練習量を見ていたからこそ分かる。

 絶対に妥協を許さず、持てるすべてを費やして完成された彼女の歌に負けない位実力のあるメンバーが必要不可欠と思うのだが。生憎とそんなものは下手なメジャーバンドから引っこ抜いてくるより難しい。

 

 何より湊本人との相性も問題だ。このストイックさについていける自信がある奴は少なくともここらにはいないと断言できる。

 

 

「……アテはない。ってことでいいか?」

 

「そうね。何度か声をかけられたことはあっても、やはり実力に見合わないことが多くて」

 

 

 それはそうだろう。以前の少女たちも青春の一環としてバンドをしていたのであって湊のように何かに向かって全身全霊を以って挑んでいたわけじゃない。

 要はこの湊友希那という敷居の高さをどうクリアしていくのかが課題であり結論なのだが……。

 

 

「……ま、お前がこれだ。っていう楽器隊を自分で見つけるしかないんじゃねーの?」

 

「随分投げやりじゃないかしら、それ」

 

「そりゃ俺はお前じゃないしなぁ……。俺がいいと思ってもお前がそうとは限らん。ならそれこそ探し回ればいい。幸いここはライブハウス。ライブは小規模なものなら平日でもやってるくらいだしな?」

 

 

 まあ、こういうことになるのは必然か。

 湊が何故今になってバンドを組もうとしたのかは存ぜぬが、彼女自信が納得のいくメンバーを見つけ出すほかない。

 なので大人しくこのライブハウスというフィールドで正攻法で攻めればいいのだ。

 まりなさんや他利用者たちの尽力で、ここCiRCLEにも今は人が集まりつつある。

 

 色々な面々が入れ代わり立ち代わりで入ってくる今こそがある意味チャンスだ。

 

 

 と、いうか。

 

 

「俺が真面目に話してるんですから顔を近づけるのをやめなさい。近い。近いぞぉ」

 

「紘汰のことだからもっと革新的な解決案を出してくれると思ったのに。残念ね」

 

「そいつはどうも。淑女たるもの貞淑さを忘れないでねー……。けどまあ、こんな安牌しか切れない代わりに湊さんへ朗報だ」

 

「朗報? 一体なんの――――」

 

「これから地下スタジオでいくつかのバンドグループがライブするみたいだぞ。小規模だけど」

 

「――――紘汰私急ぐからまた今度ねさようなら」

 

 

 はいはいそんな一息に言わんでもライブは逃げないぞー。

 なんて言う言葉も無視して一足飛びで扉から出て行く湊に手を振って、ようやく静かになったと一息つく。

 

 さあ、これはとんでもないことになってきた。

 

 あの湊友希那が本格的にバンドを始めるとなれば、それはもうただのアマチュアバンドには収まらない。

 いつしかまりなさんが言っていた言葉――――ガールズバンドブームは来るかもしれない。

 

 いや、ブームなんてものじゃない。

 転換期。新しい音楽の1ページが更新されるかもしれない。

 それこそ1つの時代を築き上げるような瞬間に……。

 

 

「『ガールズバンド時代』、来るのか……マジで?」

 

 

 武者震いが止まらない。

 色褪せたと思っていた。もうこれ以上時は進まないと思っていた。

 

 なのに楽器を持つ手はこんなにも歓喜に震えている。

 

 

「……あいつと一緒に居るとマジで日常が退屈しないわ。――――最ッ高だ」

 

 

 俺の日常が、また少し輝きを取り戻したような……そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 そうして、彼女は運命の始まりに遭遇する。

 

 

 

「あなたに提案があるの……私と、バンドを組んでほしい」

 

「――え?」

 

 

 

 これより遥か未来にて、ガールズバンド時代と呼ばれるものを引き起こした彼女たちの出会い。

 

 

「あなたの実力もわかりませんし、今は……お答えすることはできません。貴女は――」

 

「私は湊友希那。今はソロでボーカルをしていて……『FUTURE WORLD FES.』に出るメンバーを探しているの」

 

「しかし、それなりに実力のある方でなければ、私は」

 

「私と貴女が組めばいける。私の出番は次の週末、土曜日――――私の歌を、聴いてもらえればわかるはずよ」

 

 

 孤高の歌姫であった彼女が、重なり合う青い薔薇となるのは、もう少し先の話。




※ちなみに紘汰君は友希那さんがラブコールしてる裏で影口叩いた連中に懇切丁寧に訂正入れて回ってたり。

ここから怒涛の青薔薇ラッシュ。更新頻度マシマシでお届けしたい。


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バンドつくるよ友希那さん

狂犬現る


「という訳で、素晴らしいギターの演奏者と組むことができそうよ」

 

「いやまだ決まったわけじゃないだろ。次のライブで……ああ、まあ結果は分かってるか」

 

 

 本番を前日に控えた金曜の昼。

 少しはやめに学業を終えた友希那はCiRCLEのスタジオ受付をする俺を見つけると、さあ行こうと当然のようについてきて今に至る。

 

 何やら興奮冷めやらぬといった感じでその『紗夜』という女性に関して話を続けていたが、どうやら相当なギタリストらしい。1フレーズのミスを正確に覚えているのはかなりのストイックさだ。

 おまけに主義主張が湊そっくりとくれば、もうこれは勝ちだ。絶対にこいつは『紗夜』をバンドに引き込むだろう。

 

 何故なら条件は歌で認めさせること。この湊友希那の歌声を、音楽に真摯に取り組む人が聴いて評価しないはずがないのだから。

 

 

「……ん。ふふ。そうね、結果は分かってる――――紗夜は絶対に、私にとって重要な存在。そんな気がするの」

 

 

 湊は満足気に少し口角をあげてから、そんなロマンチックなことを言い出した。

 結果的に言えば、あのテキトーな助言はまさに適当だった。ということなのかもしれない。

 

 

「なんだ。見つけられたじゃねーか。これだ! っていう楽器隊」

 

「……そうね。今になってみればいい案を出してくれていたわ。結果論だけど」

 

 

 ちょっと弄ってみるもすぐさま切り返されて痛み分け。

 最近の湊は弄り慣れてきたような気がする。いや、もしかしたら元からよくいじられるような娘だったのかもしれない。

 ふふん。と鼻を鳴らして傍に置いてあるの俺のアイバちゃんを撫でるその所作は、あまりにも手慣れている。

 しっかりと感触を確かめるように、しかし繊細な手つきは見る人が見ればドキッとするようなものだ。

 湊の場合、見てくれがとても良いので非常に絵になる。

 これに接近されたときとくればそれはもう理性は溢れ出る若造魂をせき止めるのに総動員しなければいけない位だ。

 

 

「あなたのギターも大分年季が入ってるわね。買い替えはしないの?」

 

「あーなんだかんだコイツが一番手に馴染んでなあ……グレード上げようにも、俺ギター専門ってわけじゃないからどこまで上げればいいのか按配が分からん」

 

「そう……。でも手入れは行き届いてる。こんなに持つのも納得ね。流石だわ」

 

「お、おぅ……さんきゅ。んで、当たり前のように着いてきたけど今日はどうしたよ?」

 

 

 よっ。とギターをケースに嵌った状態から取り出してチューニングを行いながらそう問いかける。

 あまりにも自然な動作で一緒に来たもんだから今の今まで失念していたが、そういえば俺スペース一人で予約してたのに何故まりなさんは当たり前のように湊を通したのか。

 職務怠慢だ。これは今度約束していた焼肉をグレードアップしてもらうしかない。

 

 

「え。どうしたって……ライブ、明日じゃない」

 

「? おう。明日だな。練習したほうがいいんじゃないのかよ」

 

「だから練習しにきてるのだけれど……」

 

 

 あれーおかしいなーここ俺が予約してたスタジオなんだけどなー。

 んー? と頭をこんがらせている俺に、湊はマイクの置かれた前方へと歩いて行って、その前に立つと後ろに座る俺に向き直った。

 堂々たる金色の眼が正面から射貫いてくる。

 この圧倒される感じ。普段の湊とは違う、ステージで歌を届けるボーカル湊友希那の顔で。

 

 

「最終調整、付き合ってくれるんでしょ? 『絶対に失敗するな』と作詞作曲した貴方から脅されているんだもの。貴方の意見を聞きたいと思うことは不自然かしら?」

 

「――――はっ。そりゃごもっとも。言っとくけど料金二倍になってたら割り勘だかんな?」

 

「あら? いたいけな女子高生からたかるの?」

 

「どこに作曲家脅して練習付き合わせるいたいけな女子高生がいるんだよ……んじゃ、始めっか」

 

「ええ。もっと高みへ行くために……見ていなさい。紘汰」

 

 

 ずっと見てるよ。これまでも。これからも。

 そんな歯の浮くような言葉の1つでも吐ければ俺もイケメンの仲間入りなんだろうか?

 それとも勘違い野郎? どちらにしても、あまりノリのいい返事を思いつかなかったので軽く笑ってから近くのスピーカーに鞄から取り出したPCを接続する。

 

 流れ出す音楽に乗せて、孤高の歌姫が孤高でなくなるための最終稽古が今、始まった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……う~っ」

 

「何もそんなにそわそわしなくてもいいんじゃない~?」

 

「で、でもまりなさん。俺なんか落ち着かなくってっ……」

 

「まるで子供の発表会に来た親ね……。友希那ちゃんだってステージ何回もこなしてるし、きっと大丈夫だよ!」

 

「今回は色々賭けてるもんが違うんでぇ……」

 

 

 翌日。

 普段よりロビー付近には人気が多い中、俺はカウンター近くでこの浮き足立った気持ちをまりなさんにぶつけていた。

 これまで知り合いが出ているライブは何度か見てきたし、様々な立場で関わったライブもそこそこ経験してきたとは思っている。……が。

 何だろう。この逸る気持ちが止まらない。

 まりなさんのいう通り、これではまるで発表会に来た親ではないか。

 

 

「あと30分……湊、緊張してなけりゃいいけど」

 

「あははっ。ないない。友希那ちゃんに限ってそれはないよー」

 

「うぅ。で、ですよねぇ……」

 

 

 ううむ。しかしどう感情を落ち着けたものか……。

 なんてそわそわしながらあっちこっちに目線を飛ばしていれば、既に観客が地下ライブスタジオへと向かいだしていることに気が付いた。

 話しているうちに大分時間が過ぎていたらしい。さて、あの歌姫のことだ。最前列にいなければ今回に限り愚痴られること間違いなし。

 

 

「開いたみたいですね。んじゃあ俺、行ってきますわ」

 

「うん! 楽しんでおいで。あ、それと健闘を祈ってるよ!」

 

「演るのは俺じゃなくて湊ですけどね……。けど一応、ありがとうございます!」

 

 

 カウンターから離れて地下ライブスタジオへ向かう。

 かつて、孤高の歌姫に初めて出会ったこのスタジオで、今日彼女は孤高でなくなれるかもしれない。

 ほかでもない、俺が作った歌で湊友希那を高みへ羽ばたかせて見せる。

 それだけの歌を作ったはずだ。ならば、この舞台はきっと至高のものとなる。

 

 

(信じてるぞ。湊――――!!)

 

 

 ブザーと共に開場のアナウンスがスタジオに響く。

 ぎりぎり最前列。ど真ん中でステージを見据えた俺は、まっすぐ目を離さずその瞬間を待ち続けるだけだ。

 次いで一瞬の静寂を破る旋律は聞き間違えはしない。

 他の誰よりも、俺と彼女が聞いたはずのイントロ、そして照明がステージを照らし――――

 

 

 さあ、開演だ。派手に舞って見せろ。湊。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ええ。分かってる。最高のステージにしてみせる。

 最前列、言わずとも目の届く位置からこちらを凝視していた彼と一瞬、目が合った。

 伝わる意思がそこにある。きっとあれは『派手にやれ』とでも思っているに違いない。

 ならば期待に応えよう。誰よりも真っすぐに、今日この場に集った全員余すところなく表現して見せる。

 

 不思議と緊張はしなかった。歌い出しも完璧だ。

 ほんのミスが致命傷になる。紗夜は見逃しはしないだろう。そして、彼女が妥協しない性格であるのはあの演奏が見て取れる。

 ならば魅せるべきは一切の失敗のない完璧なステージ。

 やってみせる。孤高だなんて言わせない。

 

 

(ねえ、そうでしょ? 貴方は絶対に、私を見失わない。分かってる)

 

 

 頭のほんの片隅で、食い入るように見つめる彼を想う。

 紗夜、貴女もどこかで見ているのでしょう?

 私の評価は耳にしているはず。格下とは接しない。薄情で冷徹な女。

 当然だ。私は目指すべき場所がある。その為に全てを捨てる覚悟もある。

 だけど、それでも、貴女が私の歌に希望を見出してくれたのなら。

 

 

(これから共に、高め合いましょう。紗夜。そして――――)

 

 

 紗夜はすぐに見つかった。

 私を真っすぐ見つめて、その目に確固たる意思を宿している。

 このライブが終われば、手を取ってくれることを伝えてくれている目だ。

 

 歌が終わり、出番が終わる。

 歓声に包まれたステージから捌ける時、自然と目線は彼へ向いた。

 

 

(これからも、見ていて……ね)

 

 

 意思を汲み取ってくれたのだろうか。

 目線に対して深くうなづいた彼にほんの少し心が暖かくなる。

 そんな気持ちを胸に抱いて、私は今日という大事なステージを終えたのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「おめでとう。湊……」

 

 

 ライブが終わった後のCiRCLEの外。

 人気が既になくなったそこで、湊は『紗夜』と何やら話し込んでいた。

 きっとこれからのことだろう。見た所、握手をしているみたいだし上手く行ったみたいだ。

 

 そのことに惜しみない賛辞を送りたい。今まで誰からもその音楽観を理解されてこなかった湊に、よい理解者ができたことに。

 これでもう俺が傍にいて一々見守ってやる必要はないだろう。

 今まで通りとはいかなくなるが、彼女の応援は続けていくつもりだった。

 形を変えても、湊友希那の音楽を見続けていこう……。

 

 

 そう思った。のだが……。

 

 

 

 

 

 

「なんッッで増えてんだよッッ!!?」

 

 

「ちょっと紘汰? いきなり大声はやめて頂戴」

「……?」

 

 

 思っていた。はずだったのだ。

 時刻は一日経って日曜日。ああ少し寂しい気持ちもあるが一人で音楽と殴り合うのも悪くないと気持ちよくなること数刻。

 気づけばそこにヤツがいた。と言っておけばいいのだろうか。

 振り向けば湊友希那、横に面識のない少女を添えて。だ。

 

 結論から言えば、『紗夜』を連れて何故か湊が居た。いつも通り、隣に。

 

 理解しきれず叫んでみれば抗議される始末。非常に解せない。

 ほら紗夜さん、何が起きたかわかんなくて訝しんでるでしょうが。

 こいつ誰? って思ってるのが丸わかりだ。表情はもうちょっと隠すことをお勧めする。

 

 

「……んで、なんでいるんだよ。まったく気づかんかったぞ」

 

「楽しそうに演奏していたのものね。ああ、こちらが紗夜。ギター担当で私と組むことになったわ」

 

「知っているよ延々と聞かされたからな。……俺が聞いてるのはなんでいるかってことなんだが」

 

 

 延々と聞かされた。の部分でちょっとびっくりしたような紗夜さんではあったが、すぐにそのツラを鉄面皮へと逆戻り。

 ああ、こりゃ昔の湊にそっくりだわ……。と一瞬懐かしんでしまった。いや、今も表情中々読めないから似たようなものだが。

 まるで私には音楽以外にないんです。って顔をしている。

 実際、そうなんだろうな……俺も当時はそんな感じだった。いやはや懐かしい。

 おっと、感傷に浸るのは爺臭くなる。やめだやめ。

 

 

 

「……あの、湊さん? 面白いものが見れると聞いて連れてこられたのですが、まさか彼が?」

 

「ええ。彼が紘汰。……中々いい演奏をするでしょう?」

 

 

 そう言って湊は勝手にマイクを設定しに少し離れていってしまった。

 目の前で歌姫に褒められるのは中々貴重だが、紗夜さんは不機嫌オーラをちょっと強める。

 そりゃそうだろうなぁ……。ようやく音楽一本で一緒に高め合える仲間に出会えたと思ったら、いきなり知らない男の前に引っ張り出されればお前マジかよってなりはする。俺だってなる。

 そして肝心の俺の演奏はお世辞にも上手くはない。紗夜さんと比べられれば10も100も足りないことだらけだ。

 

 

「あまり、初対面の方に言うのは憚れるのですが……」

 

「ああいいよ。俺が一番分かってるから。上手くはないだろう? 俺の演奏は」

 

「! ならば何故、貴方の前に私を……」

 

「そうさなあ……アイツの考えてる事は、今でも分からないことだらけだけど……まあ分かる理由は一個だけ」

 

「……聞きましょう」

 

「ここ一年近く湊友希那の音楽を傍で聞いてきた。あいつと一緒に曲もいくつか作った。これからバンドを始めるにあたって、問題点を指摘するくらいはできる」

 

 

 恐れながらね。と付け加えてギターを置くと、紗夜さんはムッと口を噤んだ。

 お前如きが何を意見すると言うのだ下手くそめ。って顔だな、それは。

 確かに俺には天才的な指捌きはない、ないが……。

 

 

「肥やしまくった耳がある。1フレーズたりとも見逃してやらん位の自信はある。何より……自慢じゃないが10年間、音楽に関しては誰よりも妥協を許さなかった男だ」

 

「っ……自信があるというのは分かりました。けれど私達は先ほどのようなお遊びの音楽は必要としていない。私達の目標への足枷になる。その時は――――」

 

「大人しく傍からは引き下がるよ。っていうか、俺は元々そのつもりだったんだけどな……」

 

「いいえ紘汰、貴方には紗夜に示してもらうわ。貴方の価値を」

 

 

 話は聞いていたのだろう。

 つかつかと歩いてきた湊は普段より厳しく俺にそう言い聞かせる。

 ――示せ。というのがどういうことでなのかは、あまりにも曖昧だが。

 

 

「私たちは本気でフェスに行く。その為に紘汰の助力は不可欠と私は思っている。私にそう思わせたように、紗夜にも示しなさい。決して遊びではない、貴方の『音楽』を」

 

「……あぁ。そりゃ随分分かりやすくなった。遊びじゃないってことはいくらでも見せてやれるぞ」

 

「当然ね。貴方の力を私は知っている。必要でなければわざわざこうして引き留めていないわ」

 

 

 続く二の句ではっきりと条件を叩きつけられた。

 天才湊友希那にそこまで発破をかけられて、やる気を出さない訳にはいかない。

 輝くものはとうに見つけられなくなったが、それでも日常として積み上げられたものはある。

 その日々を、『遊び』だなんて誰にも言わせはしない。

 

 

「あのくれてやった曲、お前の方でメロディ詰めてんだろ? 今できるか」

 

「ええ勿論。紗夜、貴女は――」

 

「言われた通り、担当パートの部分を詰めてきましたが……」

 

「ならやりましょう。紗夜も、紘汰に見せてあげなさい。その実力を」

 

 

 言われなくとも。と言った感じに紗夜さんはギターを取り出して準備を始めた。

 やれやれ随分と衝突しまくったが、ようやく湊の目指す目標への第一歩を踏み出せたようだ。

 あとは俺が蹴られるか認められるかだが、ここで踏ん張らねば本気で歌姫に軽蔑されそうなので久々に全力で挑んでみようじゃないか。

 

 これからも彼女の飛翔を見守るために、まずは俺も第一歩、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~~~っ! 絶対、ぜーったい友希那さんとバンドやりたい!」

 

「あこちゃん……私は、応援……してるからね」

 

 

 青薔薇の花びらは、着々と揃いつつあった。




紘汰さんメモ:年齢不詳。音楽歴10年以上。楽器はそこそこ。友希那さんとの出会いは追々

あれからお気に入り200超評価300超と大変ご好評いだたき驚いております。
これからも距離近い系友希那さんを頑張って書いていきますので、感想評価お気に入り、お待ちしております。


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メンバーあつめよ友希那さん

「まったくもって! 業腹ですが! ……今は認めます! ええ、今はですが!」

 

「ははは……そりゃどうも」

 

「当然ね」

 

 

 

 一通りのセッションを終え、各々思った感想をぶつけあったあとの第一声がこれである。

 苦笑いする俺、眉を吊り上げて威嚇する紗夜さん。そしておすまししてる湊。

 

 なんともまあ纏まりのない練習になったが、これはこれで濃い練習になった……と、思いたい所だ。

 

 

「ギターの枠は埋まった。あとは最低限ベースとドラムは欲しいとこだが……湊はアテはない、よな。うん」

 

「ちょっと、まだ返事してないのだけれど」

 

「紗夜さんの前だからってカッコつけなくてもいいっつの。この前泣きついてきたのは誰だったっけー?」

 

「っ……」

 

 

 湊をぐぬぬとさせてから、とりあえず進んだ現状を把握してもう一歩ステップアップする算段をようやく始めだす。

 当然、バンドというのはボーカルとギターだけじゃ足りない。

 俺の作った曲も基本的な五人バンドのものが大概だし、ライブをするのであればあとはベースとドラムを確保しなくちゃいけない。

 キーボードは優先度が1つ落ちるが、それもいずれ必ず必要になってくるだろう。

 つまりは、だ。

 

 

「ひとまずベースとドラム。ですか……。道は遠いですね」

 

「けれど、何もしないと始まらないわ。紗夜、貴女にベースとドラムのアテはあるかしら?」

 

「残念ながら……」

 

「そう……。じゃあまた地道に探していくしかなさそうね……」

 

 

 ふむ。と顎に手を当てて考えてみる。

 紗夜さんの例はなんというか、ラッキーパンチ的なものだ。

 俺だってCiRCLEに集まってくる楽器隊から好きなの探せと言いはしたが、あくまでアテもないしツテもないことへの妥協案だった節はある。

 この幸運は長くは続かない。もう一度このライブハウスからベースとドラムを探せと言われれば、次は一体どれくらいかかるだろうか。

 

 かといって、これ以上妥協して湊と紗夜さんに釣り合わない奴を連れてくるのも妥協にすらならないことになるのでバツ……。さてさてどうしたものか。

 

 

 ……ん?

 

 

「紘汰、どうかしたの?」

 

「いんや。今ドアのとこに誰か……」

 

 

 ふとドアの方へ視線が向いた時であった。

 ガラス窓の部分に、なにやら髪の毛がひょこひょこと揺れていた。

 こちらが気付いたことを察したのか、湊に返事をしながら近づくと慌てた様子で引っ込んでしまったが。

 

 

「覗きですか? まったく不届きな輩もいたものですね……」

 

「んー。覗きっていう程のことでもないと思うが……ぉ、なんだこりゃ」

 

 

 ドアを開けて周りをきょろきょろと見渡しても特に誰かがいることもなく。

 一体何用だったんだろうな。と思っていると、地面に一冊の本のようなものが落ちていた。

 紗夜さんはマナーがなっていませんとプンスコしながら気づかず戻って行ってしまったが、ひょいと拾い上げるとなんとも表紙はボロボロになっている。

 

 あまり中を見るのもなあ。とカウンターに届けようとした時だ。表紙に書いてある文字に目が行った。

 

 

「これ……。スコアか」

 

 

 バンドスコア。簡単に言うとバンド用の楽譜のようなものだ。

 メジャーのシングルとかは市販されていたりするが、マイナー曲だったりすると耳コピしてノートに書きなぐったものをスコア代わりに使うこともある。

 これは後者のものだ。書き込みでぐちゃぐちゃになりかけているが、曲目はつい先日ライブにてお披露目したばかりの、俺がつくったあの曲なのは一目でわかった。

 

 

(多少間違ってるがほぼ完璧……。しかも内容からしてこれ作ったのはドラマーか。あの短期間でこれだけくたびれたってことは、どれだけやり込んだんだ? どちらにせよ――――)

 

 

 これを持っていた人物は、かなり使える。

 おまけに欲しがっていたドラマーときた。実力はとりあえずおいておいて、希望は持ててきたんじゃないだろうか。

 

 まりなさんに届けてやろうと思ったが、予定変更だ。

 

 

 

「紘汰? 何をしてるの……いや、本当になにをしてるのかしら」

 

「酷い……いえ、悪役顔みたいになっていますよ。企むのは勝手ですが、私達を巻き込まないように」

 

 

 

 ケッケッケ。何を仰るやら。

 これは君たちの為の悪巧みなのでご愛嬌戴きたい。あと紗夜さんしれっと人の顔酷いとか言わないで。

 

 

「ドラマー捕獲作戦始動だ……ちょーっとだけ付き合ってくれ、な?」

 

 

 笑いを含む俺に向けて、ちょっと引き気味にだが頷く二人。

 さてさて、このスコアを使っている練習熱心なドラマー君は一体どんな子なのだろうか。楽しみだ。

 

 所で二人ともめっちゃ引いてるけどそんなに悪い顔してるのだろうか、俺……。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「で、この行動になんの意味が?」

 

「わからないけれど、とりあえずドラマー候補が見つかると言うのならもう何も言わないわ……」

 

「んー、まあ見ててくださいって」

 

 

 レッスン時間はあれから過ぎて、今は別のバンドに部屋を引き継いだ後。

 つまりは練習後なのだが、俺たちはそのままCiRCLEのロビーに居座っていた。

 いつもそそくさと帰ってしまうはずの俺たちがいるのがうれしいのか、まりなさんはニッコニコでカウンターからこっちを見てくるのがちょっと気まずい。そんなに喜ぶことでもないのに……。

 

 ではそろそろ作戦を説明しよう。

 

 

 まずあのドアからひょっこりしていた人影からこのスコアの持ち主を彼(彼女)と推測する。

 そしてこの使いこまれようからして恐らくないと知れば探しに来るだろう。

 そこで……これみよがしに少し離れたテーブルにスコアをポイっと放り出す。無論今日バンド練にきていた奴らの中に持ち主がいなかったことは確認済み、なので取りに来るとしたらドラマー本人なのは間違いない。

 そこをとっ捕まえてみようっていう作戦。実に隙がない……。

 

 

「……どこからが真面目に言ってるのかまるでわかりません」

 

「奇遇ね紗夜、私もよ」

 

 

 へいそこシャラップ。結局のところ勝てばいいのだ勝てば。

 さてそろそろ時間も経ってきた。なくしものに気づくにはちょうどいい時間だと思うが……。

 

 

「……ねえ紘汰、あれ」

 

「ん? ……あ」

 

 

 ちょいちょいと肩を引かれ、導かれるままに入口に目線を向ける。

 ひょこひょこと揺れるツインテ―ル、小さい身長の少女が周囲をうかがいながらCiRCLEに入ってきたではないか。

 慌てて俺はフードを被り、友希那はマスク、紗夜さんには俺が持っていた帽子を慌てて被せることで難を逃れる。紗夜さんめっちゃ舌打ちしてきた怖い……。

 

 少女はそのままカウンターへ向かい、まりなさんと2、3言葉を交わしてからレッスンスタジオ方面へ姿を消していく。

 

 

「……今の女の子、だよな。え、ガールズバンド組めたりするのかこれ」

 

「年齢と性別は関係ないわ。彼女がドラマーで、実力があるのなら誘う。でなければ放置する。それだけよ」

「ええ、なのでさっさと話を終わらせたいのですが……」

 

「しーっ! 帰ってきた……」

 

 

 大分辛辣な意見が飛び交う中、ようやく少女がロビーに帰ってくる。

 「ないなぁ……うぇぇ」なんて一人悲しくとぼとぼと帰ってきた彼女だが、しかしその目がロビーにある机の一つへ向くと沈んでいたそれが眩いばかりに輝いた。

 

 

 よし、ビンゴ。

 

 

 

「あーっ!! あこのスコアー!! あった、あったよーっ!」

 

 

「そう、そのスコア。貴女のだったのね」

 

「えへへ。そうなんです! いやーなくしちゃったかと思っ……て、まし……た?」

 

 

 忘れ物を見つけてはしゃぐ少女に、湊がまず突撃する。

 次いで俺、そしてけだるげについてくる紗夜さん。不審者装備を取っ払うと、少女の目はまんまるに見開かれる。

 

 

「ゆ、ゆ……『友希那』!? ……ぁ、さん!? 孤高の歌姫の、なんでここに!?」

 

「どうも。ところでそのスコアについて話をしたいのだけれど」

 

「……さっさとしましょう。帰って自主練がしたいです」

 

「悪いねドラマー少女、ちょっと付き合ってくれると嬉しい」

 

「……え? えぇぇぇ!?」

 

 

 

 がっしと両肩を掴んで連れ去られる少女に合掌しつつ、CiRCLEの外にあるカフェテリアに席を移す。

 既にちょっと夜が近づいているため、手短にと湊に耳打つとコクリ。と相槌だけ打って話し始める。

 俺と言えば後ろから腕組みオタクスタイルだ。いやバンドのことはあまり無責任に口を出したくないっていうのが理由の大半だけども。

 必要な時だけ口を挟むとしよう。余計なことを言うと紗夜さんが噛み付いてきそうだ。

 

 

「単刀直入に言うわ。貴女がこのスコアの持ち主のドラマーで間違いない?」

 

「うぇっ。ぁ、はい。確かにそれはあこのですけど……」

 

「手書き、ボロボロになるまで使い込まれたスコア、しかも新譜……。条件は、満たされていると思いますが」

 

「そうね、でも紗夜。条件を満たしただけで、私達はまだこの娘の実力を見ていないわ」

 

 

 なんという会話のドッチボールでしょう。

 手短に。とは言ったがこれではドラマー少女があんまりにも置いてけぼりだ。今も目の前で交わされる言葉に「えっえっ」と困惑する声を挙げているし。

 

 ……んー。ちょっとだけ手伝おう。

 

 

「このスコア。手書きだけど大体譜面は合ってた。君が一人でこれを書いたのか?」

 

「は、はい。あの! 友希那さんが、その、バンドを組むって聞いて! それで」

 

 

 緊張しながら、必死に言葉を選んで少女は意志を湊へ伝える。

 成程。湊と一緒に組みたいから、歌っていた曲目を叩けるように練習していたのか。

 その後もえっと、とかあの、と一生懸命に言葉を繋げる姿は実に保護欲をそそる。妹って本当はこんな感じなのだろうか……。

 何はともあれいい流れだ。努力はしてるみたいだし、あとは実力さえあれば――

 

 

「あこ、世界で2番目に上手いドラマーですっ!! だから、その……あこと組んでください!!」

 

「……2番目?」

 

 

 あ、やばい地雷踏んだ。

 慌てて湊を止めようと口を開こうとするが時すでに遅し。

 紗夜さんもカチンときてしまったのか、顔を険しくさせていた。

 

 

「私は頂点を目指している。己の武器である音楽を1番と自称すらできない者は要らない」

 

「同意します。2番目で甘んじているのなら、それが貴女の限界でしょう」

 

「あーっ! ちょ、ちょっと待った! 一旦、な? 一旦実力を見てやる位はいいんじゃないのか?」

 

「紘汰。貴方も分かっているはず。どれだけ実力があろうとなかろうと、己が頂点であるという気持ちをそもそも持てない者は土俵にすら上がれない」

 

「……っ。それは、なぁ」

 

 

 言葉に詰まる。実際その通りだ。……謙遜と自負は違う。言うべきところで啖呵が切れない者は、肝心なところで日和ってしまうことも承知の上だ。

 だけれども話を聞こうとしたのはこっちなのにその言いぐさはちょっとかわいそうが過ぎる。ドラマー少女も俯いて出す言葉が浮かばないのか唇を噛むばかりだ。

 

 湊の言葉は棘があるけれど真意を突いている。このバンドに入りたいと思うのならば、所謂覚悟というものを決めてもらわねばならない。

 全ては頂点に至るために。

 

 

「あこちゃん……だっけ? どうして2番目なのか教えてくれるか?」

 

「あこ……お姉ちゃんに憧れてドラム始めたんです。お姉ちゃんのドラムはすっごく上手くて、あこもそうなりたくて、だから!」

 

 

 湊と一緒に組めば姉に追いつけると思った。

 その言葉の続きは、唐突に手を机に叩きつけた紗夜さんによって止められた。

 

 

「……っ!」

 

「紗夜? どうかしたの?」

 

「……失礼しますッ」

 

「え、あ。紗夜さん……?」

 

 

 何が紗夜さんの心の奥底に触れたというのか。

 彼女はすぐさま立ち去って行ってしまう。

 湊も特には止めたりはしない。戸惑いこそすれど、俺もまた然りだ。

 ああいったときに引き留めるのは逆効果だと、お互い知っているがゆえに。

 

 

「……貴女は姉に追いつきたいから私と組みたい。そういうことでいいのかしら」

 

「あ、あこは……もっとカッコいい自分になりたくて、友希那さんと一緒なら、あこどんなことでもやれるって――――!」

 

「ごめんなさい。私は()の貴女とは組めない。練習、これからも頑張って」

 

「あ…………」

 

 

 紗夜さんに次いで、湊も立ち去っていく。

 残されたのは俺と、ドラマー少女。

 さてさて、どうしたものか……。

 

 

「……ごめん。俺が言い出したんだ。このスコアの持ち主はもしかしたらバンドに入れるくらいのドラマーかもって」

 

「! ……ありがとう、ございます。えと、貴方は」

 

「ああ悪い。自己紹介まだだったな。俺は藤井紘汰。湊とは……まあ腐れ縁みたいなもんだ」

 

「紘汰さん、ですか……宇田川あこです。友希那さんと知り合いなんて、すごいですね」

 

「俺より音楽バカだって、俺自身が認められるのはアイツくらいかな。……スコアボロボロだなぁ。ドラム、好きなのか?」

 

「え? ……はい! ドラム、大好きです!」

 

 

 

 そうじゃなきゃツーバス使う俺の新譜を好き好んで練習したりしないしな。と付け加えると、難しかったですーと素直な感想も聞かせてくれた。

 一言断ってから所々ミスってる部分の上に正しいものを書いてあげつつ、俺は俺なりの思いを伝える。

 湊も、そして紗夜さんも。悪意があってああいった言葉を吐いてるんじゃない。

 そこにあるのは純粋な音楽への気持ち。ただそれだけなのだ。

 

「湊は文字通りテッペンを目指してるんだ。アイツは本気でバンドでフェスに……『FUTURE WORLD FES.』に出ようとしてる。それも、コンテストで優勝して」

 

「っ……! 『FUTURE WORLD FES.』」

 

「この名前を聞いてまだ湊と組みたいと――思ってる目だなそりゃ。諦めることもできると思う。君なら湊じゃなくても他のバンドなら引っ張りだこだ」

 

「あこは! 友希那さんと組みたいです! ……カッコよかったんです。友希那さんのステージ。憧れで、もっと近くであの人の音楽を見たくて!」

 

「……そっ、か。……ふふっ。俺とおんなじこと言ってら」

 

「え? おんなじこと?」

 

「俺も、キミと同じ湊のファンだってことかな。だから俺から言えるのは1つ。自分の音楽への想いを、ちゃんと湊と紗夜さんに伝えてくれ。そうすればきっとアイツは応えてくれるし、俺はできる限り君のサポートをする」

 

「……なんで、あこにそこまでしてくれるんですか?」

 

 

 そんなこと決まってる。

 単純に、俺の作った曲をここまで理解してくれる人がいるのが何より嬉しかった。

 それにこの娘は絶対に湊と紗夜さんにとっていい影響を与えてくれる。そんな予感が、今はしている。

 

 

「あとはまあ単純に……俺のせいで君を巻き込んじゃったことへの贖罪?」

 

「……ぷっ。あははっ、紘汰さん……はい! では、あこが友希那さんを口説き落とすまでサポート、宜しくお願いしますね!」

 

「口説き落とすってお前な……まあ、おう。そこそこに頼ってくれ!」

 

 

 

 これが宇田川あことの出会い。

 やがて青薔薇になる者は、着々とこのライブハウスに集まりつつある。

 

 




投稿初めて一ヶ月。
たくさんのお気に入りと評価ありがとうございます。全てモチベーションに還元して頑張ってお届けしたいと思う所存。

あ、私的な話ですがツイッターやってます。よかったら絡んできてください。

みんなRoseliaリゼロコラボ生き残りましょうね……。


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メンバーそろえよ友希那さん

 あれから少しの時間が経った。

 おおよそ一週間だろうか。春が少し過ぎ去り暖かくなり始める予兆を見せている週末の午後。

 何をしているかと言えば、それはもうライブハウスですることは1つ。

 だけど普段とちょっと違うのは、ここが俺の拠点とするCiRCLEではない。ということだ。

 

 ではなんでわざわざ使い慣れた拠点から退いてまで別のライブハウスに来ているかというと……。

 

 

「……はい、オッケー! そこまででいいぞーあこ」

 

「はい! はぁ……ふぅ。紘汰さん、どーでした!? あこのドラム!!」

 

「おー及第点だ。粗は目立つが気持ちがいい。もう一曲叩いてみ! ……流石、巴さんの妹さんだな」

 

「はーい! フッフッフ。我が闇の両腕に宿りし漆黒の……うーんと、なんとかが……バーン!!」

 

 

 あの日、俺の至らぬばかりに傷つけてしまったドラマー少女こと宇田川あこの強化特訓。とでも名付けようか。

 技術は確かなものがある。では後はあの音楽一筋の筋金入りを納得させるだけの意思をぶつけるだけでいい。

 しかし本人には姉という明確な追う背中があり、それが自分の中で勝手に妥協点を作ってしまっていると踏んだ俺は当初の予定通り湊と組めるように手助けをすることになった。

 

 別にCiRCLEでもよかったのだが、あそこのスタジオを借りるとほぼ100%の確率で歌うまモンスターがポップして再び不毛な言い争いになってしまうので却下。そこで手を借りたのが、彼女たちだ。

 

 

「はは、自慢の妹ですよ。それよりあこが世話になってすいません、紘汰さん」

 

「俺の責任でもあるから気にしないで。それより頼って申し訳ないよ、Afterglowには」

 

「おー、あこちん。いつの間にあんなに上手くなっちゃってー」

 

「うん。……悪くないね」

 

「紘汰さんにはCiRCLEに初めて来たときからよくしてもらってますし、私達も手伝えることがあればと思ってたんです!」

 

「あこちゃーん! 頑張れー!」

 

 

 Afterglow。既に一月ほど前にはなるが、CiRCLE利用を勧めたガールズバンド。

 あれからちょくちょく足を運んでくれた彼女たちの中にあこの姉がいるとはまさか思いもしなかった。

 ドラマー姉妹ということで巴さんのドラムも見せてもらったが、これが中々イカしている。妹が憧れるのもまあ納得のロック加減だった。

 どこかにあこと一緒に足を運べるライブハウスはないかと探していたところ、つぐみちゃんにここを紹介してもらった。というのが此処までに至る経緯だ。

 

 

「というかあこの言ってたカッコいい人って、湊さんだったのか……」

 

「おお? 巴さん湊のこと知ってるのか」

 

「うちの学校の一つ上ですね。そうか、紗夜さんと組んだって言うからどんな人かと……」

 

 

 まるであの人ならあの紗夜さんと組んだのも納得だなあ……。と言いたげな目でうんうん頷く巴さん。

 共に音楽にはストイックすぎることでこの付近では有名だ。Afterglowにもその名は轟いていたのだろう。

 

 

「というか、アタシらは藤井さんがあの実力主義の塊みたいな二人と知り合いだったっていうのが驚きなんですけど」

 

「蘭ー。それだいぶ失礼に片足突っ込んだ発言だとモカちゃん思う~」

 

「ま、まあ言わんとすることは分かる……。けど俺も音楽の感性はどっちかっていうとアイツら寄りだよ。私情が分かれてるだけで、むしろ一本筋で真剣な分湊たちの方が信頼できると思うぞ」

 

 

 要は半端モノってこと。と自嘲しつつかの孤高の歌姫サマにちょっと対抗心が芽生えつつある美竹さんとそれに突っ込む青葉さんにフォローだけは入れておく。

 確かに見る人が見ればお高く留まってると思われるかもしれないが、それが彼女たちは本気で上を目指そうともがいている証左だ。

 だったらそれを応援こそすれど誰が邪魔だてなどできようか。

 

 

「あこの湊と組みたいって願いを叶えたいのも、それが湊にとっていい方向に向くと俺が思ってるっていう打算込みだ。……結局のところ自分のやりたいことをやってるだけだよ」

 

「! で、でも紘汰さんは、その……あの時、困ってる私にも親切にしてくれて」

 

「そうですよ! むしろ好印象だと思いますっ!」

 

「さんきゅな。つぐみちゃん、上原さん。でも大人っていうのはそういう汚いもんを腹に1つは抱えてるもんだ。美竹さん達も、こういう大人にはなっちゃだめだぞ~?」

 

 

 もっと悪い大人の食い物にされちゃうからね。

 特にバンドマンなんて一歩間違えば悪い奴らとイコールで結びつきかねない程に世間一般からの印象はあんまりよろしくないと再三言ってることだし。

 こんな純粋な少女たちは、汚いことを知ってる大人が守っていかなきゃいけないとこだ。

 よりよい音楽の将来のためにも。

 

 

「……藤井さんは、汚くないですし。あと蘭でいいです」

 

「おー。蘭がそういうならあたしもモカちゃんって呼んでくださいな~」

 

「あっ! 私も私も! というかつぐだけちゃっかり名前呼びなのずるいですっ!」

 

「いやずるいて……。んじゃせいぜい心に留めるだけ留めといてくれ。……えと、蘭に、モカに、ひまり……えと、巴さんは」

 

「あ、アタシは別に今のままでいいですよ……無理しないでください」

 

 

 ああ、言っちゃだめだけどサバサバとした姉御肌から出るやさしさが染みる……。

 あこがいい娘に育つわけだ。

 いい姉兼目標になってくれているんだろう。実に理想の関係なのではないか。

 

 

「つぐだけやっぱりちゃん付けだし……」

 

「いやあつぐみちゃんはなあ……なんか、つぐみちゃん。って感じだし」

 

「ふぇっ!? あ、いや。えへへ……」

 

「誑し……」

 

「誑しだ~」

 

 

 はい。うるさいぞー蘭モカコンビ。お兄さんはそういう邪な感情は若造精神と共に封印しているのです。主に音楽の為に。

 さて、そうこうしている間にもしっかりと目の前で一曲叩きおわったあこが今か今かと指示を待っているのでそろそろ練習に戻るとしようか。

 これでも話しながらしっかりとミスった部分とよかった部分を指摘できるくらいには耳は肥えてるのだ。えっへん。

 

 

「紘汰さん紘汰さんっ! どうでした!? これ、友希那さんのライブ初めて聞いたときの曲で、すっごく練習したんです!」

 

「おう。興奮するとめっちゃ手数増やすのをやめて、ペダル踏む時に足全体じゃなくてつま先意識して踏むともっとよくなると思うな。音が整うし、後半息切れしにくくなるぞ」

 

「ぐぅ。や、やってみます……」

 

「じゃあまずは3分リズムキープな。はじめていいぞー」

 

 

 こうかなあ。と口でリズムを刻みながらゆったりとリズムキープする練習を始めるあこを後目に、再び休憩中のAfterglowの面々のもとへ。

 そこには少し神妙な顔持ちの巴さんが、自分のスティックをくるくると回しながら真剣に練習する妹の姿を見つめていた。

 

 

「……どうです? あこの奴、湊さんのバンドに入れてもらえると思いますかね」

 

「きちんと自信を持って、自分の音楽で湊と紗夜さんにぶつかっていければ……って感じかな。実力は確かにある。あこがそれに気付ければなんだが」

 

 

 実際、あの夜に湊の前で「私が一番のドラマーだ」と言えばすぐにでもセッションなりして湊はその実力を試しただろう。

 だがあこの中では姉の存在が大きすぎる。故に自分の中で無意識に追いかける者としての意識が染みついているんだろう。

 それでは、頂点に向かって全速力で走り抜ける覚悟の面子にはついていけない。

 

 

「でも、あこならやってくれるって、アタシは信じてます」

 

「自慢の妹だから?」

 

「それもありますけど――アタシの妹は、世界で一番カッコいいバンドのドラマーになる。らしいんで」

 

 

 ニッ。と笑みを浮かべる巴さん。

 世界で一番カッコいいバンドのドラマー……ねえ。

 なんだ、覚悟なんてとっくのとうに出来上がってるじゃないか。

 

 そうと決まれば、もう大丈夫だろう。

 きっと宇田川あこは既に湊友希那のお眼鏡にかなう楽器隊になっている。

 

 

「……おっ、と。まりなさんから?」

 

 

 ピリリ。と普段一切鳴らないスマホから着信がかかる。

 メッセージの相手は『月島まりな』。件名は……『助けて』?

 

 ……内容を恐る恐る開く。

 

 

『友希那ちゃんご乱心。紘汰君の所在所望。

 PS.ごめん』

 

 

 血の気が引くとはこの事か。

 

 

「紘汰さん? 何が――」

 

「ちょっと野暮用が。あこは多分、もう大丈夫。きっと湊も認めてくれる」

 

 

 だから。と付け加えようとする前に、巴さんが肩を叩く。

 やっぱり男らしいなあ。と思わざるを得ない所作に笑いながら、彼女の言葉を受けとめた。

 

 

「あこを、頼みます」

 

「任せとけ。世界で一番カッコいいドラマーになるはずだよ。……っと。そろそろ行かんと」

 

 

 ひとまずここを離れねば。

 でなければあこを湊に引き合わせる云々以前の話になってしまう。

 

 Afterglowの面々にはそれぞれ別れを済ませ、もう時間はとっくに過ぎたというのに集中してリズムキープを続けるあこの頭に手を乗せた。

 

 

「ひゃわぁ!? こ、紘汰さん?」

 

「あこ。明日……そうだな。学校帰りにでも湊にアタックしてみたらどうだ?」

 

「え? でも――」

 

「あこなら大丈夫だ。自信持てよ、世界で一番カッコいいバンドのドラマーになるんだろ?」

 

「……っ! うん! わかった。あこ頑張る!」

 

「その意気だ。俺はもう行くから……頑張れ」

 

 

 エールの言葉に、あこは自信に満ち溢れた視線で応える。

 この分ならもう心配はない。きっと明日には湊のバンドに新しいメンバーが増えていることだろう。

 

 ライブハウスを出て、少し夜風の冷たさに当たる。

 冷静になった頭で考えることは1つだ。

 

 

「やっべ。湊になんも言ってねえや」

 

 

 そういえばそうである。あの後湊は何も言わずにあこと俺と置いていったし、当然特訓はその翌日からスタートした。

 まりなさんには仕事で付き合いがある故ちょっと所用で近くのライブハウスに行ってくるとは一応言いはしたものの、ものの見事にあの二人には何も言わずに一週間近く経っちゃっているのだった。

 バンドメンバー探してやるよと豪語しておいてこれは不味い。最悪殺される。

 さあてどうしようどうしようと思いつつも特に浮かばない。

 

 ……とりあえず商店街行ってブラブラして明日説明しよう。

 

 紗夜さんあたりにまた噛み付かれると思うと胃がキリキリしてきた。……薬局まだ開いてるかな。

 

 

 と、歩き始めた時である。

 ――――俺の横からふわりとした香りと、ちょっとの衝撃が体を襲った。

 

 

「お、っと――――湊?」

 

「はぁっ……はっ。はっ」

 

 

 艶やかな銀色の髪。鮮やかな金色の瞳を揺らして、なんとちょっと息まで切らしている。

 かと思えば一気にその眼光を鋭くさせるのだから心臓に悪い。しかも腕まで掴まれては逃げ場もなく。

 俺は何も出来ぬまま、ただ道中固まるしかなかった。

 

 

「あー……いや、その。湊? これはな」

 

「――――いなくなったと思った」

 

 

 ただでさえ悪かった心臓が跳ねあがったと錯覚する衝撃。

 普段冷淡な声色は震えて、今にも消え入りそうな程か細いくらいに。

 きゅ。と腕を掴む両手に力が入る。

 

 

「なんで何も言わなかったの」

 

「……その」

 

「メンバー集め、手伝ってくれるんじゃなかったの」

 

「悪い……」

 

「……見てて。って、言ったでしょ」

 

 

 ああ、敵わないな。と自覚する。

 この歌姫サマを一生かかっても追い越すことはできないんだろう。

 思わず口から出そうになる甘言を飲み込んで抑え込んで、ただ俺は湊の両手にそっと片手を添えて応える。

 

 

「ずっと見てるよ。湊と、湊の創る音楽を」

 

「なら、勝手に消えないで――意見を言ってくれる人がいなくて、少し困ったじゃない」

 

「ふ、ふふっ……」

 

「なっ……!? 何を笑っているのかしら。紘汰、大体あなたがぶらぶらとしているから練習の進行が」

 

「ああ、悪い悪い……俺が悪かった、機嫌治せよ湊。それに俺、ちゃんとバンドメンバー探してたんだぜ?」

 

「え、そう、なの? ……いえ、だとしても、きちんと連絡くらいは入れなさい」

 

「俺はバンドメンバーじゃないんだけどなあ……」

 

 

 いつの間にか、二人そろって道を歩き始める。

 駅までか? ええ、お願い。そんないつもの会話が一週間の間だけだというのに、何故か懐かしい。

 いや、心地よい。と言うべきか。

 

 

 俺のとなりに湊がいるのが、どうしようもなく『特別』であり日常であることを理解させてくる。

 ああ、やっぱり俺はコイツには敵いそうにない。

 湊友希那がとなりにいることで、どうしようもなく俺の感性を昔のようにしてくれる。

 なんの変哲もない日常が、また少し輝いて見えるんだ。

 

 

「そうだとしても、あなたが必要だと私が言ったはずよ? 忘れたの?」

 

「いやいや、忘れる訳ないだろ。最後までとことん付き合うって、言ったはずだぞ?」

 

「覚えていればいいのよ……あと、紗夜から伝言よ。『明日覚えとけ』。だそうよ」

 

「げ、マジか」

 

「精々言い訳を考えておきなさい」

 

「勘弁してくれ……」

 

 

 ふふん。と得意げに歩く湊の隣で、ため息をつく。

 まだ暖かくなるには少し遠い春の夜道を、ゆっくりと時間を噛みしめるように歩いて行った。

 

 

 青薔薇が花開くまで、あと少し。

 




友希那さん…なんか一週間近くとなりにいなかったせいで爆発中。
紘汰さん…一週間ぶりの友希那さんに倍プッシュで精神を削られ中。

失礼、ギスギスした雰囲気を書いたあとは反動でイチャこらさせたくなる病に侵されていましてね……。
アフロを混ぜつつあこちゃん編でした。
さて次回でようやくRoselia全員集合なるか。


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メンバーきまるよ友希那さん

 拝啓、母上殿。

 お元気でらっしゃいますでしょうか。

 不肖の息子は今も不健康な生活ではありますがなんとか生きてはいます。

 段々と春の陽気を感じさせる気温になってきましたが、風邪には気をつけて下さい。

 

 新生活シーズンとはなりましたが、妹は元気ですか?

 受験やらなんやらでピリピリしてると思うので直接の連絡はとってないですが、もし入り用のものがあったら頼って下さい。

 

 近いうちにまたご連絡差し上げます。

 

 

 ……と、まあ偉そうにメールを打ったのはつい先日のこと。

 

 いやあ親孝行って大変だなあ。と考えていたのだが――――

 

 

 

「ぁ……ぁ……」

 

 

 

 ――――女子高生に罵倒され、魂の抜けたように声を漏らす俺を客観的に見て、どんな親不孝者だよと思ったわけです。

 ごめんなさいお母さん。こんな姿見せられません……!

 

 

 

「なるほど、それでああなっちゃった訳だ……」

 

「自業自得です。練習に一週間も穴を開けて帰ってきたと思ったら成果なし? ありえません」

 

「だからメンバー一人探してきたってぇー……」

 

「どこにいるんですかそのメンバーは。言い訳するならもう少しマシなことを言ってください」

 

「うぐぅ……」

 

 

 時刻は毎度の如く平日の放課後すぐ。

 そこには久々のCiRCLEロビーの机で突っ伏する俺と、容赦なく言葉の剣を突き刺しにかかる紗夜さん、そして苦笑いのまりなさんの三人がいた。

 なんでも紗夜さんは湊の学校とは違うらしく用事がない時はこのように湊より先に来ることが多いらしい。おかげ様で孤立無援の俺はHPは減り続けている。ツライ。

 

 ここに湊がいれば少しは変わったのだろうか……いや、多分変わらんな。

 紗夜さんと一緒になってグサグサ刺してくるに決まってる。

 

 

「……それにしても遅いですね。羽丘の下校時間は過ぎているはずですが」

 

「確かにいつもより友希那ちゃん遅いねー……あ、私は仕事に戻るから、ゆっくりしててねー」

 

「あーい……ん? 待て、なんで紗夜さんが湊の高校の下校時間を」

 

「! ……た、たまたまです」

 

「たまたまねぇ……」

 

「なんですかその目は! 本当に反省しているんですか!?」

 

 

 ふとした疑問を口に出せば、何故か挙動不審になった紗夜さんが再びその手に剣を持ち始める。

 ぐっさぐっさと無常に背中へと刺さる罵詈雑言を消え入りそうな声で応対しつつ、俺は心の中でそっと思うのだった。

 

 

(今だけは、湊にいてほしかった……)

 

 

 いや、さっきお前湊がいても変わらんって言ってただろっていう突っ込みはなしで。

 気の持ちようと言うか、彼女がいると色々気合いが入ると言うか、そんな感じだから……。

 

 ……とにかく、色々違うのだ!

 故にヘルプミー孤高の歌姫! あこを連れてさっさとCiRCLEに帰ってこーい!!!

 

 

「ごめんなさいじゃ済まないんですよあなたもいい大人なんですからもっとしっかり――――」

 

「ぁ、はぃ……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 

 

 女子高生に説教されるバンドマンという滑稽な図は、まだまだ続きそうであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 いつも通り、学校が終わる。

 あまり興味はない授業の終焉を伝える鐘が校舎になると同時に鞄を持って、すぐさま下駄箱に向かうのは新学期になっても変わらないことだ。

 ……しいて言うならば、少しだけ……ほんの少しだけ足取りが軽い。

 また、彼が傍で歌を聞いてくれる。それだけで心が温かくなる気がした。

 

 

 そういえば彼はメンバーを一人見つけてきたと言っていたが、一体どういう人なのだろうか。

 「期待しておけ」としか言っていなかったが、きちんと説明してほしいものだ。

 

 

 

「……~い。おーい友希那~!」

 

「! ……リサ」

 

「も~置いてっちゃうなんて酷いじゃん!」

 

「話をしていたみたいだったから、邪魔をしては悪いと思って」

 

「そんなことないって! ……で、このあとなんだけど」

 

「ごめんなさい……。ネイルは行けない。練習があるの」

 

「そ、そっか……」

 

 

 この学校で、湊友希那という人物に興味を持つ人は少ない。

 理由は大体察しがつくけれど、私にとっては総じて些事だった。

 

 私の居場所はここじゃない。

 私が私であるべき場所はきちんとあるから。

 

 そんな態度を貫いても尚、彼女だけが私を気にかけてくれた。

 

 ――――今井リサ。私の、幼馴染。

 

 せっかく気にかけてくれたのは素直に嬉しいけれど、リサと私の生き方は違うから。

 そう言って断れば、少し困ったような顔をしてリサは「そっか」と口にするだけ。

 ……何故だろう。いつもはここで別れるはずなのに、リサはまだ私の手を取ってもごもごと口を動かしている。まるで、今何か理由を見つけようとしてるみたいに。

 

 

「あ~……じゃ、じゃあ……!」

 

「――――友希那さんッ!」

 

「! ……あなたは」

 

「はぁっ……はぁっ……や、やっと見つけた!」

 

 

 リサの声を遮って、私の名前を呼んだ先を見てみればそこには……確か、ドラムをしたいと言っていた娘、宇田川あこ。だったか。

 相当探し回ったのか、息を荒げて彼女は私の元へと歩いてくる。

 

 ……ピンときた。まさか、彼が言っていた「メンバー」は。

 

 

「ゆ、友希那さん! お願いお願いお願いします! あこ、絶対に友希那さんに相応しいドラマーになります! 練習もちょ~頑張りますっ! だから……だから!」

 

「悪いけれど、あなたとは組まない。そう言ったはずよ」

 

「……ちょ、ちょっと待って友希那! あこと知り合い? っていうかドラムって……!」

 

「? リサ、この娘と知り合いなの?」

 

「中等部の娘。部活一緒なんだ……それ、スコア?」

 

「えっあっリサ姉!? これは……えと」

 

 

 例え彼が何をしようとも、この娘とは目指すべき理想が違う。

 そう思って断ろうとしたが、意外な繋がりでリサはこの娘が握りしめていた一冊のスコアを手に取る。

 

 ……それはあの日彼が持ってきたスコアと同じ。だけれど更に汚れて、更にボロボロになったもの。

 

 

(そう、練習……してたのね。あれからもずっと)

 

「このスコア、すっごいボロボロじゃん? きっと沢山練習して、沢山努力した証拠だと思うんだ。だから、ね? 1回! 1回だけ、あこに付き合ってあげようよ」

 

「り、リサ姉~~~っ」

 

 

 手渡されたスコアには、この娘が書き加えたものとは明らかに違う字が赤ペンで書き記されている。

 ……よく見てきた字だ。推測通り、彼があれから目を掛けてきたのだろう。

 相変わらずお人好しが隠せていない。音楽というものに対してはリアリストなのに、それとは別に情というものを大切にしようとする面が彼にはあった。

 

 あのライブスタジオの日から一週間、その間彼が導いてきたというのであれば……期待してもいいのかもしれない。

 

 

「……わかったわ。1曲だけセッションしてあげる。それで全て決めましょう」

 

「ぁ……は、はい! やったよリサ姉~~!」

 

「おぉ~よかったじゃんあこ! ……で、ねえ。友希那。それ……私も観に行っていい?」

 

「? ……どういうこと?」

 

 

 チャンスをあげよう。そう思って声をかけてみれば、意外な所から提案が持ちかけられた。

 意図が分からない。かつて……道を違えたと思っていたのに。

 気まずそうに手をもじもじとさせるリサの言葉を読み解けず、思わずそのまま返してしまったが……。

 

 

「け、見学だよ見学! 偶にはね? ライブハウスもいいかな~って」

 

「……ネイルはいいの?」

 

「あ~それはまた今度! ほら、あこも行こう?」

 

「うぇぇ!? は、はい~~!」

 

 

 いつもは一人で歩いていた筈の校舎からライブハウスへの道。

 三人で歩くのが少し慣れていないのか、二人をすぐに置いて行ったりしてしまいながら歩く道は、少し見方が違って新鮮だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「来ましたね……あら?」

 

「! よしっ!!」

 

 

 あれから少し。紗夜さんがようやく落ち着いてきた辺りで、CiRCLEの扉が開かれる。

 入ってきたのは湊と、あこと……あれは、誰だろうか。

 ともかくあこがここまで来ることに成功した。ということは、少なくともスタートラインに立つことは許されたということだ。

 

 

「あっ!! 紘汰さ~~~ん!!」

 

「おぉ~あこ。やったなぁ。よしゃよしゃ」

 

 

 友希那さんがセッションしてくれるんですー! と突っ込んできたあこを受け止めて撫でつける。

 きゃーきゃー言ってはしゃぐあこを離して、すぐに追いついてきた湊とその横に居る人へと目を向けた。

 

 

「……やっぱりあなたの差し金ね」

 

「めっちゃ鍛えた。あとはとくとご観覧あれ。って感じだな……っと、そっちはうぉっ!?」

 

「ん~~~~~……」

 

 

 湊へと目を向けた瞬間に目の前へと一瞬で詰め寄ってきた女性は俺の前でひたすら見つめながら唸る。

 何だ何だと狼狽えていれば、その目は湊と俺へ交互に行ったり来たり。

 耐えかねたのは湊だった。溜息を吐きながら、女性へと話しかける。

 

 

「……藤井紘汰。少し前から、お世話になってる人よ」

 

「! やっぱり~~いつもお話はかねがね。友希那がいつもご迷惑をおかけしてます~!」

 

「え? へ? あ、はい……? こちらこそ……?」

 

 

 見つめてきたと思えば、今はにぱーっと猫を印象付ける笑顔を浮かべて俺の手を取ってブンブンと振り続ける。

 訳も分からず俺もあいさつし返したが。このギャルギャルしい方は一体……。

 

 

「今井リサ。私の幼馴染よ」

 

「あー君が今井さんかぁ。湊からはたまに……」

 

「えっ友希那私のこと話してるんですか? いや~照れます~。あ、アタシのことはリサでいいですよぉ」

 

 

「……で、いつになったら話は進むんですか?」

 

 

 呆れた様な、苛立った様な紗夜さんの言葉に、あ。と俺と今井さん、もといリサさんとにこにこと笑っていたあこの声が重なる。

 そうだ。本題を見失ってはならない。今日はあこの大事な試験突破のための日なのだから。

 

 

「そうだそうだ。んで、あこは結局どういう扱いになったんだ? 湊」

 

「1曲セッション。それで決めるわ……あなたがどう目をかけたとしても、私と紗夜が認めない限りは先はない」

 

「! が、頑張ります……!」

 

「そかそか。んで……リサさんは?」

 

「えっ? 私?」

 

「彼女にはベースを弾いてもらうつもりよ」

 

「えっ? ……えぇ~~~!?」

 

 

 あこについては妥当というか、そもそも目指していた形には収まった。

 んでもって次は湊の幼馴染というリサさんだが、これまた結構意外な反応が返ってきた。

 楽器の1つでもやってそうな雰囲気だったが、見当違いだっただろうか。

 

 

「無理無理! アタシはもうベース辞めて何年も経ってて……!」

 

「リサ。ここに来たということは、見学なんていうものじゃ済まないと、あなたは理解してる筈よ」

 

「リサ姉ベース弾けるの!? やろうやろう!」

 

「……1曲やるだけでしょう? ベースが増えようが大して変わりません。やるならやる。やらないなら、今すぐここから去って下さい」

 

「う、うぅ……わ、わかった。やってみる!」

 

 

 湊からの言葉と方々からの言葉がリサさんへと集中する。

 一瞬逡巡した様子ではあったが、最後には湊と視線を交わしたのちに踏み出したようだった。

 

 さてさて、ではここは音楽のお兄さんの出番かな。

 

 

「さてリサさん。ここに取り出したるは我がアイバちゃんベースバージョン。使うといいよ」

 

「あ、ありがとうございます! よし、やるぞ~……!」

 

 

 本当は今日俺が練習するために持ってきたベースなのだが、潔く貸すことにする。

 何せ湊のバンド計画が始まってから初めてボーカルギターベースドラムとバンドらしい演奏が聴けるのだ。俺が出せるものならばなんでも貸してあげましょう。

 

 

「Aスタジオにセッティングは済ませてるぞ。んじゃあ、行こうか」

 

「ええ。私は何時も通り歌うだけ……見せてもらうわ、あこ。リサ」

 

 

 歌姫湊友希那の言葉に、二人は緊張から生唾を飲み込む。

 さて、どんな化学変化が起きるのか。俺も楽しみで武者震いが止まらない。

 

 あらかじめ取って今日このためにセッティングしたステージに、四人が並び立つ。

 あこのスティックに合わせて始まる楽曲。

 忘れもしない湊友希那へ贈った曲が、目の前で弾ける。

 

(! これは――――)

 

 歌声が届いた瞬間、俺の視界は文字通り衝撃で白く染め上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この一体感は……!)

 

 

 歌へと全ての集中を注ぐ中、私は確かな一つのものを感じていた。

 文字通り、この場にいる四人が音を使って繋がっている。そんな感覚。

 

 紗夜の正確なギターが聴こえる。

 

 リサの少しぎこちないベースが、私達の音を支えようとするのを感じる。

 

 あこの激しい感情が、ドラムの正確さと裏腹に伝わってくる。

 

 

(これが……これが、私達のバンド)

 

 

 行ける。これなら必ず。私達で頂点に。

 だから……。

 

 

(……これからも)

 

(ああ。これからも)

 

 

 重なり合う四つの感情の中に、薄く細く。だけどしっかりと繋がる気持ちを手繰り寄せて、そこへと辿り着く。

 ぶつかった目線からは力強い意思。それを跳ね返す勢いで、私は歌を終焉へと導いていく。

 力強く、歌詞通りの、全てを圧倒する黒き咆哮で。

 

 

『――――見ていて/見てるよ』

 

 

 この場に鳴り響いていた音が消える。

 それと同時に、たった1つの拍手を迎えて、私は今日。バンドメンバーを二人迎え入れることを決心したのだった。

 

 

 




今日の紘汰さんmemo:妹がいることが判明。職業不詳。あれからしばらく友希那さんの距離感が更に詰まってて色々ピンチだった。


残業まみれで疲弊してたのですがラウクレの衝撃に耐え切れず書き切りました。
青薔薇結成編は次でラスト。

それと、此処を借りて沢山の評価と応援のお言葉。誤字脱字報告などに感謝を。

これからも頑張るぞー!えい、えい、おー!!


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青薔薇芽吹くよ友希那さん

 その事件は、ようやく湊のバンドメンバー探しが落ち着いたある日に起こった。

 

 

 

「最近思ったんですけどー」

 

「ん~? どしたーあこ」

 

 

 

 相も変わらずバンドメンバーではないけれど練習にみっちりしっかりとつき合わされ、練習後の片付けを行っていた際のこと。

 あこがマイクスタンドを収納しようとしていた俺と湊のところへてこてこと歩いてきた。

 メンバー全員が俺を含めあこの奔放さにある程度慣れてきた頃であったので、真面目な話ではないと判断した段階で片付けを続行したのだが……。

 それが、いけなかった。

 

 マイクとスタンドを分離させ、湊にマイク部分をアタッシュケースへと入れるよう促してからよっこらせとスタンドを持ち上げて所定の位置に持っていこうとした、その瞬間。

 

 

「友希那さんと紘汰さん、いつもくっついてて仲良いですよね! あことりんりんみたいです!!」

 

「フゥワッ!?!?」

 

「~~~~っ!?」

 

「わお☆」

 

「……はぁ」

 

 

 珍妙な声を挙げて慌ててスタンドを取りこぼしかける俺、そして右側から聞こえる声にならない声とアタッシュケースを盛大に床へと落とした豪快な音。

 リサさんは一瞬で猫のように目と口を変え、紗夜さんはまた下らないことを話し始めたわこ奴らとため息を吐く。

 

 な、なんていう爆弾を無自覚で投下しやがるんだこの娘は……っていうかりんりんって誰だ……!

 

 純粋無垢とはかくも恐ろしい。

 戦慄し、しかし即座に切り替える。今はこの場を切り抜けねばならない。

 リサさんは論外。紗夜さんは恐らく一切この手の話題に乗ってこない。

 湊は――――駄目だあからさまに動揺して息を整えている。援護は不可能。

 

 

(つ、詰んだか……!!)

 

 

 何気ない一言、それだけでバンド練後の和やかな雰囲気は跡形もなく消し飛んでいった。

 宇田川あこ、恐ろしい娘……!!

 

 ともかく、ここはなんとしても無傷で潜り抜けて――――!

 

 

「い、いやぁあ? そそんなことないんじゃねぇぁ?」

 

 

 思いっきり声裏返ったぁ……。

 失態だ、リサさんの顔がニヤニヤと変化してきやがる!

 俺は撃沈し膝から崩れ落ちる。となれば後は頼れるのは湊、お前だけだぞ……。

 

 チラ。と再び縋るように湊を見れば、そこにはようやく立ち直ってくれたのかいつも通りの氷の表情でケースを棚へと戻してこちらにズンズンと向かってくる姿。

 まるで初めから何もなかったかのように俺たちの前へと躍り出た湊は、ファサ。と髪の毛を靡かせてから目を閉じ、言葉を紡ごうと口を動かす。

 

「…………っ」

 

 

 上手い具合に凌げるか……? 

 ぐ、と息を飲む。緊張の一瞬だった。いや、なんでこんなとこで緊張の糸張り詰めてんだよと言われたらそれはもうまったくもって仰る通りですとしか言いようがないが。

 ともかく、見せてやれ孤高の歌姫、お前の絶対零度の言葉で、この場を上手く締めるんだ。

 

 だってそうだろう? 俺とお前は音楽だけに全てを賭けてきたんだ。こんな中学生男子みたいな揶揄いに、負けていい筈がない!

 

 さあ言ってやれ。「そんな下らないこと言ってる暇あったら練習しろ」位の刃を浴びせてやるのだ。

 いけ湊っ……! せっ……! せっ……!

 

 祈る俺を前にその冷淡な表情はそのままで、ついに湊がこの戦場へと切り込んだ。

 

 

そうかしら。私はそうは……思わないけれど?

 

 

「……」

 

「え? 友希那さん、今なんて言いました?」

 

「ん~~~っ友っ希那~~~!!」

 

「自主練があるので、失礼します」

 

 

 ――――いや声ちっさ。

 

 ここにいる全員が恐らく思ったであろう。

 いつものバンド練ではスタジオをビリビリ言わせる位の声量を誇る彼女が、蚊が飛ぶような細い声でつぶやくそれに、俺は膝から崩れ落ちリサさんは何かが振りきれたのかきゃあきゃあとはしゃぐながら湊へと向かっていく。

 

 ギター片手にそそくさと退散していく紗夜さん並みの強心臓が欲しい。

 そう思いながら俺はこのあとやってくるであろうリサさんの質問攻めに対して、きちんと躱せる回答を準備しつつスタンドを元あった位置へと戻しに行くのであった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あこ。金輪際ああいった冗談は禁句よ。いいわね?」

 

「うぇっ。は、はいぃ……すみません」

 

「まあまあいいじゃん友希那。アタシは久し振りに可愛い友希那が見れてよかったよ~?」

 

「リサ、やめて……あれはその、そういうのではないから」

 

 

 ライブハウスから出て、自宅へと帰る道。

 リサが加入してからは、いつもとなりにいた彼はあまり付き添いには来なくなった。

 練習に熱が入ってすっかり夜が更けてしまったことがあれば危ないからと途中まで付いていく位で、最近はもっぱらリサと、道中の商店街に家があるあこ。そしてそこに稀に紗夜が入ってくる。

 

 私はまだ火照りが取れない頬をマスクで隠しながら、とりあえず今後ああいった事故が起きないように注意を促しておいた。

 またあんな冗談がそれこそ練習中に飛び出してきたのならたまったものではない。

 1つ疑問に思うことがあるとするのなら……何故、あそこまで狼狽えてしまったのか。

 

 最近は、特に彼があこを連れて一週間近く開けた後帰ってきた時から、どこか体の調子がおかしいときがある。

 頂点を目指す。そのために全てを擲つ覚悟で挑む練習はいつもメンバー全員がピリピリと張り詰めているものの、休憩の合間にはリサとあこが今日のように話題を持ちかけてくることがあるのだ。

 紗夜は露骨に顔をしかめて嫌がるも、私個人としてはバンド練に支障がない休憩時間であれば常識の範疇で私を抜きに好きにしていいという方針だった。

 

 だが彼とは珍しく意見が合わなかった。

 メリハリがついていいし、なんなら私も紗夜も混ざったほうがいいときた。

 

 何故か問うてもはぐらかすばかりで、理由を聞きたい私は結果的に彼の傍でヒントを聞き出そうと躍起になった正にその時に、今日のこれだ。

 

 だからこそあこの発言に心当たりがあって慌てたのは認めるが、今思えばあそこまで過剰反応する道理はないだろう。

 そもそもくっついていたからなんだというのだ。私だって親しい友人と話すくらいはする。

 

 ……やはり、体調が思わしくないのだろうか。せっかくバンドが本格的に始まったというのに、私の体調管理不足で時間を無駄にするのはよろしくない。

 

 

 

「リサ、あこ。私は薬局に寄るから、ここで別れましょう」

 

「へ? 薬局……? 別についていくよ~?」

 

「友希那さん風邪ですか!? そういえばマスクしてるし……あこもよかったら付き添います!」

 

「もし本当に風邪だったら移してしまうかもしれないし、それでは練習に支障が出る。気持ちだけ受け取っておくわ」

 

 

 それじゃあ。と言い残して、帰り道から少し逸れて近くの薬局へ。

 ぴと。と頬に手を当ててみれば、やはり少し熱い。これは明日次第では本格的に療養しなければと決めて、足早に道を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 そそくさと立ち去っていく友希那の後ろ姿を見て、今井リサはふむと顎に手を添える。

 朝の登校中に稀に話題に上るくらいだった件の彼と直接関わるようになってきたのはもう一週間近く前のこと。

 最初こそあの友希那がボーイフレンドを作ったのかと目玉が飛び出るくらい驚いてしまったが、知れば知るほどあの二人の関係性は謎に満ちている。

 一言で表せない関係。簡単にいってしまえば……。

 

「……ん~。もしかしてあの二人……すっごい拗らせてる系?」

 

「こじらせぇ?」

 

「あぁ、ううん? あこは気にしなくていいんだよ~☆」

 

「そっか! じゃあリサ姉、あこもここらへんで! また明日~!」

 

「は~いまた明日~。ふぅ……う~ん、紘汰さんの方は意識してると思うんだけど、友希那は鈍感なところあるからなぁ」

 

 

 まあ、頼れるお姉さんの出番はまた今度ってことで!

 心の中でよし。と諸々含めた決意を抱いて、リサもまた帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ってことがあって! すっごい毎日楽しいんだよ!」

 

『……そっか、それは……よかったね。あこちゃん』

 

 

 その日の夜。宇田川宅、あこの部屋にて。

 PCを前にヘッドセットを着けたあこは、その画面に映るゲームをプレイしつつ、マイクの先に居る1番の親友へと近況を報告していた。

 少したどたどしい喋りに少しの喜色を浮かばせて、ふふ。と時々笑いながらもあこの説明に聞き入っている。

 

 

「あ、今日も通しの動画録ったから、あとでりんりんにも送るねー?」

 

『ありがとう。あこちゃん、いつも楽しそうにドラム叩いてて……見てるこっちも、楽しくなるよ』

 

「えへへ~でっしょ~? 練習は大変だけど、あこだけのカッコいいドラムを絶対にマスターしてみせるんだ! あ~あ。りんりんも一緒にバンドできたらいいのに」

 

『え、あ……う、うん。そう、だね』

 

「まあでも! あこがバンドの楽しさを知ってもらうために毎日きちんと動画は送るからね! ふっふっふ……我が真なる力の宿りし二振りの……えと」

 

『ふふ……魔剣の鳴動に跪け?』

 

「そうそれ! ……あ、もうこんな時間かぁ。りんりん、そろそろログアウトしよっか」

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎていくというもので、既に時刻は23時を回っている。

 通話越しの人物も時計を確認したのか了承の返事を返し、やがて通話を切って部屋にはあこ一人となる。

 

 

「……ん~っ。毎日が楽しいなぁっ」

 

 

 ボフッ。とベッドに倒れ込むように寝転がると、そのまま天井を見つめながらここ数日の想い出に浸る。

 あこにとっては激動の日々だ。毎日が新しいことの連続で、自分の目指すものに少しでも近づけているように今は思える。

 

 

「……あこだけのカッコいい。きっと、いつか」

 

 

 姉の背だけを追う者はいらないと言われた。

 それは所詮真似で、自分自身にとってのカッコいいは偽物だと。

 ……けれど、それが自分の源だから。

 叶えて見せる。このバンドで。

 

 ぼやける思考の中、ただそれだけを思い描いて、あこは眠りにつく。

 

 

「……やっぱり、りんりんも一緒にできたら、なぁ」

 

 

 そんな、本当に夢のような願いを口にして。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……っふぅ」

 

 

 ――――親友との日課のような通話を終わらせてから、少しした後。

 送られてきた動画を見ていたら、ふと視界にそれが映った。

 

 

「……やっぱり動画に合わせてピアノ弾くの、楽しい」

 

 

 最初はほんの少しの違和感だった。

 送られてきた動画を見ていると、たまに意図的に開けられたかのような音の薄い場所、空白を感じた。

 ただの気のせい。そう考えつつも私の手は、両親が私のために置いてくれたピアノへと向く。

 空白を埋めるように、自分の音を重ねていく。

 するとどうしたことだろう。ピタリと。それこそ欠けていた歯車がカチリとかみ合ったかのような高揚感が胸を満たした。

 

 

「けど、やっぱり――――」

 

 

 私は言いかけて、止める。

 最初に抱いた高揚感。しかし、今では……それすらも足りないと思っている自分がいる。

 らしくない。本当に……。

 

 

「私も、バンドに入りたい、なんて……」

 

 

 柄じゃないことは分かってる。なんでもハキハキと物を言う元気な親友とは対照的に、私の性格はひたすらに内向的だった。

 どこに行くにも、彼女がいなければ新しいところへ踏み出せない。

 今回も、やりたいと思うだけで一向に踏み出すことができないでいた。

 

 

『――――でね~? キーボードが足りなくて困ってるんだぁ。私達に教えてくれてる人も、キーボードがあって初めて完成する曲だ~って言っててさぁ』

 

 

 数日前に語られた時に、言うことができなかった。

 私が弾けるよ。と言いさえすれば、今こうして描く空想が現実になったかもしれないのに。

 

 

「……弾きたい」

 

 

 この動画に映る親友と、そのバンドの人たちと。

 動画に合わせるだけでこれだけ楽しいと感じるんだ。やっぱり私は、彼女たちと弾きたい。

 

 

「私も、前に……!」

 

 

 あこちゃんは、一度拒絶されても諦めなかったという。

 私はまだスタートラインを切ってすらいない。

 

 

「こんな時、あの人なら……お兄さんなら、また、言ってくれるのかな……?」

 

 

 幼い頃の記憶。

 もう何年も前のことだけど、私はしっかりと覚えてる。

 逃げ出してしまいそうになっていた時、ふらりと現れた年上の男の子が私に向かって言ってくれた、大切な言葉。

 

 

「諦めるのは、簡単……でも」

 

 

 これを逃したらもう私が変わる機会はない予感がする。だから、今だけは勇気を振り絞って――!

 

 

 

 

 

 

「ライブ。決まったな」

 

「ええ。決まったわね……けれど、まだキーボードがいない。私達の音楽を形にするためには、必要不可欠なのだけれど……」

 

「短期間で私達全員が揃うというのが奇跡だったということです。藤井さんの曲や私達で作った曲はキーボードありきですが、妥協してメンバーを入れる位なら……」

 

 

「ん。それなら打ち込みでいいわな。ここでせっかくそろった歯車がかみ合わなくなったらそれこそ大惨事だ。まあ一番は見つかってくれることだが」

 

「んー。でもアタシとしては、せっかく作った曲なんだからベストの状態で聴いて欲しいケドなぁ」

 

「……切り替えていくしかないわね。ひとまず現状をまとめましょう。紘汰、お願い」

 

「んじゃあとりあえず当面の目標はここで開催されるミニライブってことでいいか。スケジュール表更新しとくから後で個人個人で確認してくれ。湊、曲目の希望は?」

 

「……そうね、貴方のと私達のとでオリジナル2曲、後は――」

 

 

 時間は週末お昼に差し掛かってきた頃。

 CiRCLEのスタジオが今のところ開いていないということで、共同経営という形で出店しているカフェで湊たちバンドメンバーは会議を開いていた。

 

 ある日突然決まったミニライブ。CiRCLEのミニライブといえば、名前とは裏腹にメジャーのスカウトマンも集うと言われている。気合いが入るのも道理だった。

 

 まあ当然のようにスケジュール管理が俺になっているのはこの際置いておこう。

 紗夜さんは個人のスケジュールならともかく団体のスケジュール管理は経験が浅いと言っていたので、教えるついでに今は俺がアプリで見れる管理ツールを実際に使って教えている最中だ。

 

 それに加えてあらかじめ印刷した今まで湊が歌ってきたオリジナルからカバーまでを羅列したシートを机に適当に並べる。

 黙々と選んでいく湊の選曲に耳を傾けつつ、ちらりと腕時計に目をそらした。

 さて、そろそろ本日もう1つの本題がやってくる時間だが……。

 

 

「りんりん! こっちこっち!! お待たせしましたーっ!!」

 

「はぁ……あこ、ちゃ……早い……」

 

 

 噂をすればなんとやら。

 なんとキーボードを連れてきたのはあこであった。

 リサさんの交友の広さはそのコミュ力を直に味わったこともあって頼りにしていたのだが、まさかまさかのキーボード欲しいと言った数日後にあこの口から「あこの親友、ピアノ弾けますッ!」と言われた日にはひっくり返ったものだ。

 

 即座に課題用の曲を1本お渡しして、本日初顔合わせといった次第である。

 

 

 

「え、と……白金、燐子……です。よろしく、お願いします」

 

 

 ぺこり。と丁寧に挨拶され、ひとまず座って落ち着いてもらうことに。

 遠慮がちに座った姿はなんというか……小動物染みていた。

 

 

「へ~、この娘が燐子ちゃん? あこの友達っていうから、似たような元気っこだと思ったケド……」

 

「りんりんはねっ! あこをいつも助けてくれるんだ! あ。あとネトゲもすっごいんだよぉ!!」

 

「あ、あこちゃん……今は、その、音楽の話を……」

 

 

 おお。見事にオロオロされてらっしゃる。

 なんというか、意外だった。あこの交友関係もそうだが、とてもじゃないがバンドをやるような雰囲気ではない故に。

 

 ……ん? いや待て、白金?

 

 

「白金燐子……ピアノ……?」

 

「え、あ、はい。私が白金で……あっ!?」

 

 

 …………あっ。

 記憶の端に引っかかっていたものが呼び起こされていく。

 もう一度ようよく顔を見てみれば、すぐにでもそれを思い出した。出してしまった。

 

 

「お、お兄さ……んぐっ!?」

 

「あっはっはーいやあどうしたんだいりんりんとやら、口の横になんかついてたよぉ~?」

 

 

 何かいけないことを口走ろうとした口に高速でティッシュをあてがう。

 すまないな。お兄さんの痛いいたーい過去を、こんなところで曝け出させるわけにはいかないんだ。

 もごもごとしばらく困惑した様子を見せて、やがてこれは言ってはいけないことだと理解してくれたのか口を噤む白金さん。

 話を拗らせないで。と言外の意思を込められた溜息を紗夜さんに吐かれ、追加で貴方また何かしたのねいいから今は一旦黙ってなさいと言わんばかりの眼光で湊が俺をひと睨み。

 

 ……あ、はい。引っ込んでまーす……。

 

 

「……邪魔が入ったけれど、音楽の話をさせてちょうだい。燐子さん? 課題は弾けたのかしら」

 

「あ、友希那……さん。あの、私……ずっと、練習の動画で、その……たくさん」

 

「? 私はあなたがどれだけ弾けるのかが知りたいのだけれど」

 

「クラスは一緒だけれど、話すのは初めてね。白金さん……あなたは確か、コンクールの受賞歴があったはず。課題曲は問題なく弾けた……違うかしら」

 

 

 

 コンクール。その単語を聞いて、白金さんは俺にわずかに目線を合わせてきた。

 小さく横に振る俺。それだけでなんとなく察してくれたのか、再び紗夜さんに向き直った。

 

 

「コンクールは、小さいころの話で……でも、曲は沢山、弾いてきました……」

 

「そう。私たちは今後ライブに積極的に出ていく……あなたは、それを承知で私達と共に行きたい?」

 

「っ……らい、ぶ……。私、私は……」

 

「できないのであれば帰って。いくら弾けたところで、それを魅せることすらできないのであれば」

 

「――――”諦めるのは、簡単。でも”」

 

「ッ……」

 

 

 小さく呟く白金さんの言葉。それに、聞きおぼえがあった。

 声を挙げそうになって慌てて唇を噛む。昔の記憶が、また1つ掘り起こされたようで頭痛がした。

 それは、まだまだ青二才も青二才だった頃の俺が、身の程を知らずたった一人の少女に投げた言葉。

 

 

「”1曲弾くのは、もっと簡単……!” だから、私は……やりますっ!!」

 

「そう。なら期待しているわ……あこと同じ、1曲だけ。それでだめなら諦めてもらう」

 

「は、はい……頑張り、ます!」

 

「では行きましょう。そろそろ予約した時間です」

 

 

 湊を先頭として、それに白金さん、そして紗夜さんがCiRCLEへと入っていく。

 あとに残されたのは俺、リサさん。そして呆然としているあこ。

 

 

「……なーにボケっとしてんだよあこ。ほらセッションセッション」

 

「はっ!? りんりんのおっきな声、初めて聞いたからびっくりしちゃった。うん、あこ頑張るよーっ!」

 

「あはは。頑張るのはあこじゃなくて燐子さんでしょー?」

 

 

 ほらいったいったとあこの背中をリサさんと一緒に押しながら、おどおどとしていて、しかし強い意志を持って湊の背中を追う白金さんを見た時、俺は確信めいた思いを抱いた。

 もう何度も繰り返したことだ。このバンドのことになると唐突に発揮される直感。この人は絶対に湊とバンドを組む。という予知染みたもの。

 それに今回に限っては彼女ならば技術は何ら問題ないだろうということを、俺は知っているから。

 

 

 

 数十分後、CiRCLEから出てくる五人組の彼女たちが正式にバンドメンバーとしてスタートラインを切るのも、当然の未来であると言えただろう。

 

 

 不可能を可能にする湊友希那の名のもとに、今こうしてメンバーは揃う。

 青薔薇は、不可能に近かったその華は、ようやくその小さな芽を現実にしたのだ。

 

 

 

 




今日の紘汰さんメモ:燐子さんとは何やらお知り合い。


ガルパポストカード友希那さん可愛すぎたので衝動で書き切りました。
ようやく五人そろったのでそろそろバンスト軸の物語はじまるよー


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名前を決めなきゃ友希那さん

「ほいじゃ、各自きちんとスケジュール表は見ておくこと。次はメンバー決まったバンド練1回目だから遅刻はなしなー」

 

「当然よ。遅刻なんてして時間を無駄にさせない……ライブは二週間後。それまでに一気に詰めていくわよ」

 

 

 おー! と声を挙げるリサさんとあこの元気ーズに、静かにしているがみなぎるやる気が隠せない紗夜さん。そして……。

 今日晴れてメンバーに加入した娘の、少し気弱な声が耳に入ると同時に俺は叫んでいた。

 

「――――あの」

 

「よしッ!! 解散ッッ!!! 各自自主練はやりたい奴はご自由にッ!!」

 

「おに――え、えぇっ?」

 

「藤井さんに言われなくても勝手にやります。それでは」

 

「リサ、ブランクがあると思うけれど……練習の付き添いは必要かしら?」

 

「え、ホント~? 助かるよ友希那~」

 

「あこもお姉ちゃんにみっちり教わってきますッ!!」

 

 

 秘儀、湊のバンドをやる気にさせる号砲『自主練はお好きに』を発動し、その場を無理やり動かすことに成功する。

 これまで神様でも後ろにひっついてんのかと思うくらい順調にメンバーが揃い、そこに狙ったようなライブの機会。ここまでお膳立てされてやる気の出さない面子ではなかった。

 それぞれがそれぞれの目的のためにせわしなく駆けていく中、俺も抜き足差し足とその場から離れることにする。

 

 

「んじゃ次のまた次の練習日にな~チャオ~」

 

「あ、あの……」

 

「りんりーん!! 今日自主練終わらせたらNFOしない? あこちょっとだけドロップ素材が足りなくて~」

 

「あ、あこちゃん……その、私……あ……! お兄さん、待って……!」

 

 

 そそくさと去る俺の背中に痛い位に視線が刺さるが、ここは我慢のし所だ。

 逃げてどうなるという問題ではないが、今は心の準備っていうレベルじゃない不意打ちを受けて俺もちょっと心が穏やかじゃない。

 あの娘と話すのは、もっと俺が冷静になった後でもいいだろう。

 

 なので、走る。長いこと生きてきたが、追ってを撒くために走るなんて経験したのはこれが初めてだ。

 荒くなった息を整えて、近くを流れる川の音が荒くれた心を安らげてくれる。

 冷静になって今一度振り返ってみれば、実に俺らしからぬ行動だった。

 

 

「……っふぅ、撒いたか……神様ってば意地悪だなぁもう……」

 

 

 ……本当嫌になるなぁ。

 先送りにしてるだけっていうことを理解してるのに、それでも逃げざるを得ない俺自身の弱さと、逃げることの正当化を自分の中で勝手に完結させてる性格に。

 

 絶対にいつかこのしっぺ返しがくる。その時までに、俺は俺自身ともう一度向き合わなければならない。

 

 

「――おに――――ま」

 

「……おいおい」

 

 柄にもなく感傷に浸ったせいなのか、はたまた彼女の執念なのか。

 聞こえてくる声と足音に、思わず振り返って顔をしかめた。

 

 

「――――お兄ッ、さ……けほっ。ま、待ってくだ、さい……」

 

「足速いんだな……って言ってる場合じゃないな。ああもう、や~っぱり追っかけてきちゃうかぁ」

 

 

 家へと向かう最短コース、川沿いの道中で俺はその娘と向き合う。

 白金燐子。今日ようやくそろった湊のバンドメンバー最後の1人にして、キーボード。

 そして俺のやらかしまくった忌々しい過去の中で名前を憶えていた何人かのうちの1人。

 

 

「……あ~あ~そんなに慌てて走ってきて……大丈夫か? 転んだりは? ほい水」

 

「だ、大丈夫、です……ぁ、お水……ありがとうございます……」

 

 

 あんまりにも鬼気迫っていた表情だった。もう心の準備がどうとか言ってる時ではない、腹をくくる場面の中の1つなのだろう。

 バックから勿論未開封の水を手渡して、怪我がないかだけ確認する。

 これからライブに向けて調整していく体だ。こんなしょうもないところで支障を出すわけにはいかない。

 

 

「んで。白金さんはどうして俺をおいかけてきたのかな」

 

「……とぼけないで、下さい……流石に覚えてますし、知ってます」

 

「……そっか。それじゃあ、俺が何しでかしたか。ってのも知ってるわけだ」

 

 

 覚えてる(・・・・)。ならまだしも知ってる(・・・・)。なら、全てとはいかないが俺がどんな人物なのかはおおよそ理解できているとみていい。

 その上で、わざわざ話しかけてきたということは。

 

 

「――――俺が湊たちのバンドを手伝っていることが、不安かい?」

 

「ふ、あん……?」

 

「何せ将来を約束されたバンドを一度殺した(・・・)男だ。俺を知ってる白金さんがそのことについて言いたい事があるなら、いくらでも聞く」

 

「あ、あの……」

 

「でも信じてほしい。俺は湊に――」

 

「ま、待って! ……ください」

 

 

 俺の声を遮って、白金さんが振り絞った声が既に暗くなった辺りに溶けていく。

 白金さんは落ち着くように、言葉を整理するように何度か深呼吸をして、俺を正面に見据えた。

 

 

「私は……確かにあなたの話を、知っています。あの記事までは」

 

 

 なら。と話そうとする俺を、白金さんは手で制した。

 最後まで聞いて欲しい。そんな気持ちのこもった目で見られて、思わず俺は押し黙る。

 そして決めた。この娘に何を言われても、全てを受け止めようと。

 そうでないと、俺は湊のバンドに関わることすらできなくなってしまう。それでは……あの時の約束を、破ることになる。

 

 

「私は……あなたに感謝してるんです」

 

「かん、しゃ……? 俺に? なんで……」

 

「……”1曲弾くのは、もっと簡単”。この言葉が、まだ私の中に残ってます。だからピアノを続けてこれた……もう、コンクールには出なくなっちゃったけれど、それでも私はピアノを続けてこれました」

 

 

 ――――だからまずは、お礼を言わせてください。

 

 

 そう言って頭を下げる白金さんに、俺は動揺を隠せないでいた。

 どうして、何故。その言葉に、そんな価値があるとは思えない。だって。

 

 

「……何も世間を知らなかった若造が、無責任に押し付けた考えだ」

 

「確かに、びっくりしましたけれど……よくよく考えてみればその通りだったんです。だって、そうじゃないですか。私が、一生懸命練習したのは……逃げることじゃない。曲を、弾くことなんですから」

 

 

 そうだ。俺はそう思って、あの時今にも逃げ出しそうな泣き顔の少女に声をかけた。

 

 

 何故逃げる?

 

『……だって、こんなに、人がいるなんて思わなくって……』

 

 お前は今日ここに来るために何を練習してきた?

 

『……それ、は』

 

 お前はここで弾く為の1曲を練習してきたんだ。だったら弾けるはずだ。

 

『私……弾ける……?』

 

 ”逃げるのは簡単だ……。だが、1曲弾くのはもっと簡単だぞ。”

 

『簡単……曲を弾くのは、簡単』

 

 お前が逃げる為の練習をしてなければの話だけど……そら、いってこい。お前の番だ。

 

『う、うん……頑張る。あり、がとう……お兄さん!』

 

 

 

 在りし日の記憶。

 俺が未熟で、何も分かってなかったクソッタレな俺だったころの、記憶。

 だけど、彼女は……白金さんはそんな過去の俺の言葉に、感謝していると言った。

 

 例え嘘でも……その言葉と感謝の想いに、確かに少しだけ気持ちが晴れる。

 あんな俺にも、救えた人がいたのかと。

 

 

「……わざわざ、それを言いに走って追いかけてきたのか? 白金さんは」

 

「えっで、でも……お兄さん、逃げちゃうし……私、今日どうしても……いつか会ったら絶対に言わなきゃって……それ、で」

 

「……ぷっ」

 

「えぇっ!? ど、どうして笑うんですか……?」

 

 

 わたわたと慌てて手を振る白金さんに思わず俺は吹き出してしまった。

 どうやら俺のくくった腹は見事にスカされてしまったらしい。

 毒気は抜かれてしまったけれど、言わねばいけないことがある。

 これから先、俺が白金さんに関わっていく上で絶対に守ってほしいことを。

 

 

「いや、ごめんごめん。けど……ありがとう。あんな俺でも誰かの役に立てたってんなら、少しは昔の自分に好意的になれるよ」

 

「そんな、こと……私は、あの話すらお兄さんのことだって、信じられなくて……」

 

「残念だけど、事実だ。……白金さん。1つ約束してほしいことがある。過去の俺を知ってる人として……これから先、バンドをやっていく上で頼みたいことだ」

 

 

 頭を下げる。白金さんは急な俺の態度に慌てて止めに入るが、絶対に退きはしない。

 既に落ちるところまで落ちた男だが、これ以上全てを失わない為に必要なことだから。

 何よりも、俺が結んだ2つの約束を破らない為に。

 

 

「俺の昔のことについては、今は言わないでくれると助かる。特に、バンドのメンバーには」

 

「……お兄さんの、昔のことを?」

 

「そうだ。何やってたとか、そういうのを……頼めるか?」

 

「必要な、ことなんですか……?」

 

「必要。すっっっげー必要。確かに事情を知った時に裏切りって思われるかもしれない……けじめは、いずれきちんと取るから」

 

 

 だから、頼む。

 そう言って更に頭を下げた俺に、白金さんは少し間を置いて考え、そして……。

 

 

「わかり、ました……お兄さんのことは、ただのコンクール仲間。と。聞かれたらそう答えますね」

 

「ぉ、ぉう……ピアノやってたことはばれるけど、まあそれはそれで……ていうか。いい、のか?」

 

 

 これでもかなり無茶苦茶なことを言っている自信がある。

 虫のよすぎる話なのだが、白金さんはそんな疑問にも笑顔で答えてくれた。

 

 

「だって、私を一度助けてくれた人、からのお願いですから……」

 

「……白金さん」

 

「だから、待ってます。お兄さんが、ちゃんと話してくれるその日まで」

 

「うん……。ありがとう。いつか、きっと」

 

 

 そう言いきって、ほう。と胸をなでおろす白金さん。どうやら普段はあまりしゃべらないらしく、疲れてしまったらしい。

 春とはいえ夜は冷え込む。ひとまず白金さんを家の近くまで送ることにして、暗くなった夜道を2人で歩いた。

 少しの川の音と、二人の足音だけが街頭の照らす夜道に響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「昨日燐子と何していたのかしら」

 

「ブゥッ!?」

 

「うわー!? 紘汰さん汚いよ~!」

 

 

 時はあれから少し経ち、俺は湊に呼び出されCiRCLE併設のカフェテリアへと赴いていた。

 せっかく頼んだコーヒーを吹き出し、それを拭きとりながら俺は唐突にえぐいところを突いてきた湊へと恨めしい目線をお返しする。

 が、帰ってきたのはおすましした表情のみだ。

 どうやら、この歌姫サマはまったく関心ないように見えてしっかりばっちりこっちを見ていたらしい。

 

 

「燐子が何やら話したがっていたし、あの日は放置しておいたけど……」

 

「おい待て。何を言おうとしてるかは知らんが、邪なことは一切ないからな。ここにいない白金さんの名誉の為にも言っておくが」

 

 

 淡々と切り込んでくる湊に対してこちらは不意を突かれたものの実際やましいことは一切していないので当然のように応戦する。

 ……まあ、話していないこともあるにはあるが。

 

 

「そういえばりんりん、紘汰さんのこと知ってるみたいでしたし……どういうことなんですか~?」

 

「ん、まあ別に隠すことでもないしなぁ……白金さんとは何回かピアノのコンクールで会った位だよ。俺はすぐに出なくなっちゃったから、そのあとは知らんが」

 

「なになに、紘汰ってばピアノやってたのー?」

 

 

 俺、湊、あこというちょっとした不思議面子の中に、ようやく潤滑剤となりえる存在がにょきっと俺たちの間に生えてくる。

 最初こそ彼女のグイグイくる感じにうろたえてしまったものの、今ではすっかり打ち解けてしまった今井リサことリサさんだ。

 

 関係ないがあこの呼ぶリサ姉っていう呼び方、語感がよくていいよね。

 俺も思わずリサ姉って何回か呼びそうになるときがある。いやまあ俺の方が年上なのに姉呼ばわりはどうなんだという思いで寸前で止めているが。

 

 

「あ、リサ姉ー! 少し遅かったけど、何かあったの?」

 

「ん~? ちょっと部活に顔出しにねー……んで、ちょっと興味深い話が聞こえてきたんだけど」

 

「おう。白金さんと知り合いだーっていう話な」

 

「ピアノやってたんだねぇ。初めてあった時はベース持ってたから、ついベーシストの人なのかと思ってたよー」

 

「あ! そういえばあこに初めて教えてくれた時はドラム叩いてくれました! 紘汰さんってば色々できる人なんですよねー」

 

 

 そう、これまで散々引っ張ったが、実は俺はバンドで使うような楽器は大体扱えたりするのだ。

 ……まあそもそもその日の気分によってやる楽器変えてたりするから、CiRCLEでよく話す奴やまりなさんには既に周知の事実となってしまっているのだが。

 

 

「ふふん。もっと褒めてもいいんだぞー?」

 

「器用貧乏とも言うわね」

 

「おいコラ湊泣くぞ。俺が一番自覚してるわ」

 

「自覚してるなら何より、まだ救いがあるわ」

 

 

 褒めてと言った傍から貶される始末。湊の音楽観は極限までの一点集中型なので、俺のこういった面はあまり受け入れられることはない。

 初めて会ってから俺が楽器をとっかえひっかえして曲を作ってる時も「は? こいつマジか?」みたいなもの凄い目で見られたことは今でもトラウマものだ。

 だからこそこうしてマルチプレイヤーを褒めてくれる人は貴重なのだが……。

 

 

「音楽というのは極める為に膨大な時間を費やす。その点あなたはもう少しその何にでも手を出す手癖を治して一か所に纏めておけば、もう少し音に深みが出るとおもうのだけれど」

 

「へーへー。まあ俺の本領はそこじゃないんでねぇ。いたいけなお兄さんを苛めてないでそろそろ本題に移って下さいませんか湊サマ」

 

 

 はぁ。とため息1つつかれてダメ出しが出だしの内にせき止め、今日この場に集まったことの意味を問う。

 今日ここにいない紗夜さんと白金さんは学校関係の仕事で欠席だが、集められる全員をわざわざバンド練がない日にかき集めるということはそれなりの理由があるのだろう。

 

 湊は俺の言葉を受けてしばらく考え込んだようにふむ。と口元に手を当て、目を瞑る。

 全員の視線が集中する中、その一文字に閉じられたものがス、と開き……。

 

 

「――――決まらないのよ」

 

「……何が」

 

「…………私達の、バンドの名前」

 

 

 

 あ。と今度は湊以外の三人の声が揃う。

 そうだそうだ。そこまでは俺の管轄外だからすっかり抜けていたが、まだ湊からバンドの名前を聞いていなかった。

 ライブの運営にもバンド名を出しておかなければいけないし今の内にメモを……え?

 

 

「……決まって、ないのか?」

 

「…………だから、そう言ってるじゃない」

 

「ライブ、あと一週間後だけど?」

 

「………………手伝いなさい。紘汰」

 

 

 我らがバンドの歌姫サマは、今日もちょっぴり抜けていました。

 

 




あけましておめでとうございます。
年内投稿は間に合いませんでしたが、今年もしっかりと更新していくのでよろしくお願いしますね。

紘汰さんメモ:奏者としては広く浅い。過去が重いことが確定。


重くしたらそれだけ軽くいちゃこらさせたい。
私の作品の友希那さんは長らく頼れる大人が近くにいたのでちょっとポンコツさが先んじて滲み出てしまってます。

では、これからもどうぞいつもとなりの友希那さんを御贔屓にしていただけると幸いです。


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疾く飛べ高く友希那さん

非常に、非常にお待たせしました……


「……」

 

「……」

 

 

 静寂、どこまでも静寂。

 あるとすれば時計の音がチクタクと規則正しく時間が過ぎていくことを伝えてくることだろうか。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 そう、時間が過ぎていく。

 こうして二人、虚無の表情で天井を仰いでいる間にも刻一刻と時間は過ぎ去っていくというのに。

 この場にいる二人は動かない。動けない。

 

 ……いや、実のところ動けないのは俺だけだったりするんだけどね?

 

 

「…………すぅ」

 

「……」

 

 

 正確には俺と背を預け合うようにして座る後ろの銀髪美少女が動かない限り俺が動けないのだ。

 時折深呼吸をするように深く息を吸ってはまた何か考え込むかのように天井を仰ぎ見るその一挙一投足に合わせてビクつきながらただ背中を貸し続けることしかできない。

 

 つまりどういうことか説明する為に、冒頭から俺の心情を差し込んでもう一度再生してみよう。

 

 

「……」

 

「(あのーそろそろ動いてくれませんかね俺いつまでこうしてあぐらかいてればいいんですかね)……」

 

 

「……」

 

「(やばいちょっといい匂いするし体温高いな湊……顔熱ッちょっとだけ動いてもばれへんか)……」

 

 

「…………すぅ」

 

「(ひぇっすいません動きません通報だけは勘弁してください)……」

 

 

 

 こうである。現実は無常。

 わずかな身じろぎすら許されない俺にできることといえば、思考を放棄して湊と同じく天井を仰ぎ見ることだけなのであった。

 

 さて、時間は過ぎ去っていくことには変わりない。

 言ってはいなかったがここはCiRCLE。スタジオの無駄遣いとしか言いようがないが、まあバンドのためとすればぎりぎりセーフだろうか。

 時間は有限だ。犯罪者にはなりたくないが、そろそろ止めねばならないだろう。

 

 

「……湊、そろそろ」

 

「ぁ……もう、そんな時間なのね」

 

 

 振り返り、声をかければ湊のぼうっとした声が返ってきた。

 どうやら相当深く思考の海に潜っていたらしく、声はかえってきても体を動かす気配がない。

 一体どうしたのかと考えていると、ぽつりぽつりと湊の口から言葉が漏れ出てきた。

 

 

「考えて、いたの……私達のバンドについて」

 

 

 結局バンド名は決まったのか気になるが、ここは口を挟まずにしゃべらせてやることにする。

 言葉にすることで整理できる気持ちがある。湊がこのバンドに対して何やら思う所があるのならば、聞いて気持ちの整理をつけさせてやることも重要だ。

 もとより、俺はそのためにいるのだから否応もない。

 

 

「私は頂点に立つ。私の音楽を、世界に認めさせる……その気持ちに嘘はないし、バンドのメンバーにもそう伝えるつもり。けれど……果たしてそんなことが可能なのか、って」

 

「……やけに弱気な発言だな」

 

 

 湊らしくない。とは敢えて言わない。

 だが本当にらしくない発言だった。今まで音楽に対しては決して後ろ向きな言葉を言わなかった湊が、ここにきて『可能なのか』と疑問を持つこと自体が。

 

 

「勿論私は必ず頂点に行く……けれど、バンド全員がずっと同じ目標を掲げ続けられるかというと、そうはいかないものよ」

 

「まあ、バンドってのはそんなもんだな。音楽性の違い~なんて、今どきネタにすらされる位だし」

 

「私はあの娘たちを、私の歌についてきてくれたバンドのメンバーを貴重だと思っている。だからはっきりとさせたい。私の覚悟を……いえ、バンドメンバー全員で抱くべき覚悟を」

 

 

 姿勢が姿勢故に今は見えないがきっと湊の目を今見れば分かるはずだ。その覚悟の度合いが。

 このバンドに全てを賭けているものが、集ってくれたメンバーに対して思う心情が。

 湊は、まだ答えを探している。

 

 

「頂点へと至る。その言葉の意味を……バンドの名前にしたいの」

 

「意味、か……難しいな」

 

「ええ、本当に……難しい」

 

 

 頂点。てっぺん。トップ。色んな言い方があるが、そんなものは抽象的なものでしかなく、結局のところ誰かが決めることでしかそれを表現することができない。

 かつてトップに立ったと言われるバンドも、当の本人たちからすればまだまだ上があったに違いない。

 ではそれを掲げる湊のバンドはどうする? と言われれば、答えは出る。

 

 

「つい先日できたばかりの弱小バンドが、最高とされるステージに立つ。それは……一見『不可能』に見えるわ」

 

「……」

 

「でも不思議ね。私にはそれが『不可能』だとは到底思えないの。必ず私達はあの舞台に辿り着ける。そんな気がする」

 

「……夢物語、だな」

 

「ええ、今は目標であり、夢――だけど、私達はそんな『不可能』を『可能』にさせる力を持っている」

 

 

 覇気のないぼうっとした声が、段々と芯のある強い声色へと変わっていく。

 そこにはかつてないほどの執念があることを、俺は知っている。

 けれどその目的に一体どれほど抱え込んだ感情があるのか、俺には計り知れない。

 

 でも、後に続く湊の言葉には「こいつは本当に辿り着く」と思わせる程の何かが秘められていた。

 

 

「『不可能を可能にする』……ああ、見つけた気がするわ。私の、私達のバンドの名前」

 

「……そっか。なら、お前はやれるよ。湊」

 

 

 掛けられている時計が刻限を刻む。

 俺のかけた言葉の返事代わりに湊はすっと立ち上がり、鞄を拾って出る準備を始めていく。

 それに合わせてようやく自由になった五体を思う存分動かしてほぐしながら、退出のために念の為ひっぱりだしたマイクスタンドを片付けていった。

 

 

「ありがとう、紘汰。また迷惑をかけたわね」

 

「今更何言ってんだよ。お前のバンドの名前を決める為に呼んだんだろ? なら目的達成。万々歳だ」

 

「……そんなに甘やかすと私、つけあがっちゃうわよ?」

 

「ぉっ……ん、んんっ」

 

 

 スタンドを片付けて振り返ると、そこには微笑というべき表情をした湊がすぐそばに立っていた。

 同時に肩にこつんとぶつかる衝撃。当てていた拳を広げて叩いた部分を2、3度撫でてから離れる湊の一連の所作がどうにも俺の心を揺さぶってきて、ひっくり返りそうな声を抑える為にせき込んでしまう。

 

 

「じ、じゃあ言わせてもらうが? 名前を決めたいからって、俺を背もたれにする必要あったか?」

 

「そうね……あなたなら理解していると思ったの。裏も表もまとめて、今の私を。だから……だから、今はあなたの傍が一番落ち着いて物事を考えられると、そう思っただけよ」

 

「お……おぅ。そ、そうか?」

 

「やっぱり正しかったみたいね。よく考え過ぎて、3時間も経っていたわ……おかげで、やるべきことは見えた」

 

 

 壁に掛けられた時計を見ながらなんの躊躇もなく放たれる言葉の数々。

 即答で帰ってくる言葉とは思えない程に殺し文句がすぎる。

 ……相変わらずこいつは天然ながらも凄まじい言葉を時々放ってくるものだ。おかげで心臓が警鐘を鳴らすがごとく忙しい音を立てて止まらない。

 こういうのは普通立場が逆だろう。

 

 

「……今日も湊に振り回されっぱなしだったなぁ」

 

「これからも頼らせてもらうわよ? 藤井先生?」

 

「お前先生は本気でやめろ……鳥肌立ったわ」

 

「ふふ、ごめんなさい……さ、行きましょう。私も、やらなきゃいけないことがあるわ」

 

「おう。行くか……ん、湊」

 

 

 レッスンスタジオから出て、ロビーへと向かう廊下の途中で俺はふと湊を呼び止めた。

 別に必要ないことだろうが……まあ、言うのと言わないとでは俺自身の気の持ちようが大分違う。

 

 

「? どうしたの? 何か忘れ物かしら」

 

「あーいや、そうじゃないんだが……これから、大事な話し合いをするだろ? だから……まあ、頑張ってこい。湊、俺はお前を信じてる」

 

「――――!」

 

「だってお前、口下手な癖にこういう時だけはすげーはっきり自分の気持ち伝えてくるし……いつも通りのお前でぶつかっていけば、絶対みんな分かってくれる。大丈夫だ」

 

「……紘汰」

 

 

 湊はぽつりと俺の名前を呟いて、それからすぐに振り返ってしまう。

 おかげで表情はうかがえないが、俯いたその顔がもう一度こちらに向けられた時、確信した。

 

 

「――――ええ、行ってくるわ」

 

「おう、行ってこい」

 

 

 散々前置きをだらだらとしてしまったが、結局俺たちにはこんな短い言葉のやり取りでも十分だ。

 駆けだしていく湊の後ろ姿を見守りながら、俺はただこの後輝かしい道を駆けあがっていくであろう新たなバンドの真の誕生の瞬間を、心待ちにしているばかりだ。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、今週のミニライブに友希那ちゃんのバンド。出るんだね」

 

「ああ、エントリーはもうとっくに済ませてるって言ってましたよ。といっても、それ以降は俺はあんまり知りませんが……よっ、と」

 

 

 日は変わり、CiRCLEのロビー。

 相も変わらず暇な身分であることを口実にホームに入り浸る俺にまりなさんからの頼み事が飛んでくるのはいつものことで、今は貸出用の楽器の軽いメンテを行っていた。

 クリップチューナーで音を合わせ、軽く指で弾いてフラットになっていることを確認したギターを立て掛けながらお互い知りえた近況を報告し合う。

 報告し合うといっても、要は世間話だ。俺が知っていることなんてこのCiRCLEでヌシの如く鎮座しておられるまりなさんは大体知っているし、逆もまた然り。

 なので今日みたいな平日の忙しくなる直前とかはこうしてぐだぐだと延々駄弁りに興じてしまう訳で。

 

 

「それで、どう? 最近は」

 

「なんですかその距離感測れない親子みたいな切り出し方。テンプレですけど、ぼちぼちやってますよ?」

 

「そっか。それならよかったよー……紘汰君、最近すごく元気そうで、お姉さん安心しちゃった」

 

「……ご心配おかけしたみたいで。どうも」

 

 

 ふと横眼で見たまりなさんがどうにも美人過ぎて目を逸らした。ということにしておいて、その実気まずさが先行した俺はつい不器用な返事を返してしまう。

 本当に、この人にはお世話になりっぱなしだ。今も昔も。

 といっても、まだ知り合って二年と経っていないと思えば、ここにきてから随分と密度の濃い日々を過ごしてきたのだろう。特に最近は尚更だった。

 

 ……思えば、一ヶ月経たずにバンド結成即ライブって常識的に考えてかなり無謀というか無茶苦茶なんだが。

 今頃になって大丈夫だろうかと震え出す俺に、まりなさんは苦笑しながら背を押してくれる。

 

 

「友希那ちゃん達の晴れ舞台、しっかり見てあげないとね!」

 

「も、勿論ですよ。最前列バッチリ予約してあるんで」

 

「わ。手が早い。私の手助けはいらなかったかー」

 

 

 湊のバンドについては、なるべく自分の力でやっていきたいんで。

 そうドヤりながら手にした一枚のチケットをピラピラとさせてると、不意にスマホが振動し着信を伝えてきた。

 画面に表示されたのは『今井リサ』という文字。

 ここまでくれば何故湊じゃないかと疑問に思うだろうが、中身を見てみればあっさりと疑問は解ける。

 

 

「『今日の5時半からバンド練だよー☆ あとでちゃんと動画送るから、ご指導ヨロシク! by湊友希那』……いやいやいや」

 

 

 あからさまに用件リサさんに伝えて代打ちしてもらったろアイツ。こんなメッセージアレが送ってきたとしたらまずどんな表情なのか見てみたいわ。

 ……というか、まず湊はこんな流暢な言葉スマホで打てないことはとっくに知っているし。

 さて、んじゃこの時間までにはあいつ等が来てしまうことが確定したわけだし、長居は無用だ。

 最後まで弄り回していたベースの弦がちゃんと張り直されているかどうかだけ確かめてから、この場を離れる為に身支度を始める。

 

 

「ほいまりなさん。ベース返却。あと、湊達予約してるっぽいから、俺そろそろ行きますわ」

 

「わ。ありがとー助かるよ~……ってあれ? 予約してるから、観ていくんじゃないの? 今日もてっきりそうかと……」

 

「あいつ等、ちゃんとバンド結成した日に『デビューライブまで生演奏はおあずけ!』なんて言いやがりましてね。だから最近何やってるのかとか知らないんですよ。まあ、最低限動画みて不味そうなところを指摘してあげる。って感じで」

 

 

 数日前、突然あこからメッセージが飛んできたと思えばさっきの言葉と一緒に腕でバツ印をつくったあこの画像が送られてきたときは何事かと思ったものだ。

 ほーんとそのまま放置してみれば、十分経たずに『やっぱ動画送るから見てー!!!』というメッセージが練習風景の動画と共に送られてきたときは「いや、もうちょっと耐えろよ」と口に出して突っ込んでしまった。

 

「そんなわけで、サプライズを楽しみにしていたいので、当日までは直に音聴くの我慢してるんです」

 

「そっかそっかぁ。……紘汰君、今すっごくいい顔してるよ。これからも、みんなと頑張ってね!」

 

「う……や、やめてくださいよそういうの……恥ずいですわ。じゃ、じゃあ今日はこの辺で!」

 

 

 またもや飛び出たお姉さんスマイルがどうにも気恥ずかしくて、持っていた帽子を目深に被って慌てて踵を返す。

 時間にはまだ余裕があるものの、あいつ等のことだ。本番近くなって我慢できずに予約前に突撃なんてことも――

 

 

 

「……あら」

 

「うわちゃ~やっぱり早く来過ぎたか~」

 

「……だから早く向かいすぎだと言ったんです」

 

 

 ドアを開けると、そこには湊友希那さんとそのご一行がいらっしゃったとさ……。

 帽子を被っていても俺であることは向こうからしたら丸わかりなのだが、ここはひとつ芝居を打つとしよう。

 

 

「ぁ、あ~すいません、ぶつかったりしなかったですかぁ~?」

 

「へ? あ、いや……えぇ……? えと、はい?」

 

「あれ、友希那さんどうしたんですかぁ? ……あーっ! ちゃんとメッセしたのになんでいるんですか紘むぐぅ」

 

 既にバレバレではあることを承知のうえで声色を変えて敢えて知らんふりをする。

 困惑しながらも一応乗ってくれるリサさんと、思いっきり台無しにしようとしたあこの口を高速で塞いでくれた困り顔の白金さんに心の中で感謝を贈りつつ、『うわぁ……』と顔に書いてある紗夜さんの視線を避けてするするとドアの横からすり抜けていく。

 

 よし。みんな(一部を除いて)ノリがよくて助かった。このまま退散させていただこうと俺は微笑んだ。

 ……帽子を被りなおしてクールにこの場から去ろうとした背後から、声を掛けられるまでは。

 

 

「……ねえ」

 

「……っ!? は、ちょ、おま」

 

 

 その声は紛れもなく、湊友希那その人。

 今いい感じだったじゃん! 空気読んでよ! の意を目線に込めて思い切り振り返ってしまうと、いつも通り冷淡な表情をした湊がほんの少しだけそれを柔らかくし、話を続けてきた。

 

 

「私達の『バンド』が、今度ここでライブをすることになったの。……あなたも、もしよかったら来てもらえないかしら?」

 

「……!」

 

 

 それはまあなんとも、湊らしからぬ発言であった。

 空気を読むのも勿論だが、あえてこの場で俺を誘うその言動はこの場にいる全員、紗夜さんすら例外ではなく仰天させている。

 ……やられっぱなしは癪なので、まあここは口車に乗ってやるとしよう。幸い、さっきまで握っていたちょうどいい手札もポケットにあることだし。

 

 

「……一週間後のミニライブでしたら、最前列の、ど真ん中を取らせてもらいましたよ」

 

 

『――――!』

 

 

 ピッ。とカッコつけながら取り出したチケットをみて、湊を除くメンバーがまたもや息を飲む。

 絶対に隅々まで見逃さないという意思を込めて勝ち取ったチケットを見せながら、未だ微笑を崩さない湊へと扉をくぐりながら言葉を投げかけた。

 

 

「楽しみにしてますよ。あなた達の魅せる音楽を」

 

「――――ええ。最高のライブを届けてあげるわ」

 

 

 これが本当に、ライブ前に交わす最後の言葉となった。

 それぞれが思い思いの感情を灯した瞳に見つめられながら、俺は足早にCiRCLEから立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ーびっくりしたぁ。何が『楽しみにしてますよ。フッ』だようわぁー黒歴史になったわぁ絶対終わった後弄られるじゃーん!! もー!!! やだ!!!」

 

 

 その後、部屋のベッドで一人ジタバタしてしまったのは、ご愛嬌。

 




紘汰さん:案外過去がイタイイタイなのでこれ以上増やしたくない


という訳で二カ月以上お待たせしての11話でした。本当にお待たせしました。
引越やら別の締め切りに追われる中、バンドリの新情報が山のように押し寄せてきてパンク気味でございます。
とはいえやることは変わらないので、これからはもっと更新頻度をあげていきたいと思いますので見捨てないで下さると幸いです。あと感想評価もできたら欲しいです……。

あ、あと更新してない間にさよひなとリサゆきのSS書いてたりしました。詳しくはマイページからどうぞ。


次回、薔薇の花が狂い咲く。


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今宵至高の青薔薇を

外に出れなくて捗っているので初投稿です


「……」

 

 

 真夜中。人々は眠り静まり返った中、部屋の明かりもつけずにベッドに腰を掛けギターを弾く男がいた。

 周辺への配慮からかアンプを繋げておらず、奏でる音はチープですぐに静寂に溶けていってしまう。

 机に立てられたタブレットの画面に写る譜面に沿って、本来のテンポよりも遅くゆったりとしたペースで弾かれる音の旋律は彼の普段を知る者からすれば有り得ないと口をそろえて言う程、普段のそれと異なっていることに気づく者は、今は誰もいない。

 

 一線を画す変化。ただ楽しみながら思うがまま曲を弾いていた普段の彼のギターとは、何もかもが違う。

 普段の奏者としての彼の力量は言ってしまえば大したことのない、アマチュアレベルのそれだ。

 ギター奏者である氷川紗夜は直にその耳で確かめ即座にプロとは程遠いものと判断したし、湊友希那を初めとして、そして彼自身もそのことを認めていた。

 

 ――――藤井紘汰は、”もう”至高のプレイヤーにはなり得ない。

 

 

「……あぁ……ここまでか」

 

 

 ゆったりとした調子から、本来のテンポへと加速しつつ感情を乗せていく。

 ようやくノッてきた。そう思ったときに彼の直感が告げてきたのは、『引き返せ』という警告であった。

 逆らうことなく嘆息し、直感に従って手を止める。

 

 

「……見えないよな。そりゃ」

 

 

 今まで弦を弾いていた手を見つめながら呟いて、ギターをスタンドに立て掛けそのまま後ろに倒れ込む。

 目を閉じて、思うことは1つだった。

 

 

「――――湊」

 

 

 つい声に出してしまったことにも気を留めずに、ただ夢想する。

 あの不可能を可能にするとまで言ってのけた彼女が、果たしてどこまでたどり着けるのか。

 果たして二人の目指すべき場所に手が届くのか。

 そんな不安を固めた考えは、即座にあの日――彼女たち五人が初めて演奏した日――の景色を思い出すことにより一蹴する。

 届くのか。じゃない。彼女は、湊友希那はきっと成し遂げるのだと。

 

 右腕で顔を隠し、その手をきつく握りしめる。

 今はただ、こうして祈り染みたことをするしかないけれど。

 

 

「お前なら、やれるよ。湊……」

 

 

 彼は確信している。もし今音楽の世界に新しい流れが、ガールズバンド時代が本当に到来するとするのならば。

 火をつけ、嵐を巻き起こす中枢の役目を果たすのは紛れもなく彼女たちのはずだと。

 万感の思いを込めた言葉を口に出して形に残し、やがて彼も眠りにつく。

 

 ライブハウスCiRCLEが舞台となるミニライブは、既に明日に迫っていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……すー。はー……よし、いくぞ……で、でもなぁ」

 

 

 翌日、日も段々と落ちていく時間帯に、ライブハウスの前で不審な挙動をする男が一人。

 言うまでもなく彼は湊友希那のバンド結成の手伝いを行った藤井紘汰その人なのだが、普段は行きつけの店の暖簾をくぐるように入るCiRCLEの入口付近で右往左往している真っ最中であった。

 手に握りしめたチケットは今まさに開場時間となって人が地下スタジオへと吸い込まれていくミニライブ、その最前列席が記されているものなのだが。

 

 

「ぐ。まずい。これ紗夜さん引きこむ時のライブより緊張する……。開場時間もう過ぎてるし……早く行かないと……あぁ胃がいてぇ」

 

 

 何故ここまで彼は動こうとしないのか。

 答えは単純明快。普通に――――ビビっていた。

 

 

「だ、大丈夫。あの湊のバンドだぞ? いくらバンド組んで一ヶ月とちょっとだからって、大ポカやらかす未来なんてありえない……よし、覚悟を決めろ藤井紘汰!」

 

 

 大きな懸念点はまさに練習期間と、その練習をあまり見届けられなかったという2つからくる。

 無論湊友希那の創る音楽に絶大な信頼を持つこの男は当初まったくもって実際の練習を見ないという約束には不安を抱かなかったし、日々送られてくる彼女たちの練習風景を映した動画には簡単な指摘を送りながら和んでいたりしていた。

 だが本番前日、そして当日ともなればメンタルが鋼鉄でもない限り少しの隙が生まれる。

 信頼しているが、心配している。この感情が今の彼を足踏みさせていた。のだが。

 

 開場時間は過ぎ、もうすぐ開演時間。

 ビビりはするし、実際どうなるかわからない恐怖心はあるものの、

 

 

「……頼むぞ!」

 

 

 彼の場合は、それらをねじ伏せる程の好奇心と、高揚感を持ってしてようやく足を進める。

 チケットを受付に手渡し、カウンターからひっそりと手を振るまりなへと親指を立てて「行ってきます」と心の中でそう告げる。

 向かうは地下のライブスペース。左右の壁をポスターで彩られた階段を抜けて、観客席へと辿り着く。

 最前列。ど真ん中……気合いで手に入れた席へ座り、渡されたパンフレットには敢えて目を通さずにポーチへしまってしまう。

 結局あの後も申請は彼女たちが出してしまったが故に終ぞ知ることのなかった、彼女たちのバンドの名前。

 あの孤高の歌姫が孤高でなくなるための場所にどんな名を付けたのかは、直接彼女の耳で聞きたいという思いが強い。

 間もなく会場の照明が落ちる。次第に静まり返っていく観客席の中で、ふとした瞬間に今までの自分と違う自分が顔を覗かせた。

 

 

 ――湊の実力は心配ない。現時点でプロで十分通用する。氷川紗夜は想定外に弱いが、それでも芯の通った正確無比な演奏は並みのギタリストのそれじゃない。問題は後の三人……。

 ――ブランクと慣れないステージということを除けば、不確定要素も残るが白金燐子も問題ないだろう。基礎の土台を作り上げる時間が特に長く、しっかりしている。

 ――宇田川あこと今井リサはどうだろう。練習を間近で見てきはしたものの、ドラムの粗削りは否めない。ベースは短期間の練習でブランク分は取り戻したみたいだが、果たして……。

 

 

 先程捨てたはずの『万が一』の可能性を探してしまう。

 そうしている時の彼は能面のような表情で、

 

(……! っておいおい、万が一があっても大丈夫ってさっき切り捨てたばっかだってのに……。くそっ)

 

 

 幕を挙げるブザーの音で我に返り、浮かんでいた考えを即座に頭から叩き出す。

 こんなものは所詮、何かあった時の逃げ道を作っているだけで何の意味もない想像だ。

 そして何より、と紘汰は握りこぶしを額に当ててじっとその時を待ちながら、つぶやく。

 

 

「俺が信じないでどうする……っ」

 

 

 約束は絶対に違えない。信じるから――――信じさせてくれ。

 幕が開けた。流石にド頭の出演ではないのか出てきたのは若いロックバンドだった。

 心地よいリズムが崩れかけた心のバランスを正してくれる。深く息を吸い、ライブ特有の空間に没入していけば、もう乖離した思考は霧散していた。

 そうしているうちにトップバッターはいつの間にか曲を終え、歓声の中はけていく。

 次に出てくるバンドはツインギターの威勢の良さそうなバンドだった。簡単な自己紹介の後、さっそくその2つのギターを活かして分厚いサウンドを届けてくる。

 

 ここまで聴いて、紘汰はよくここまで呑まれずにやるものだと心の中で称賛した。

 ライブハウスCiRCLEのミニライブは、この地区ではいつからか登竜門と呼ばれるようになった。

 この場所、このライブで素晴らしいパフォーマンスを出したバンドは、運が良ければプロのお声がかかる。

 そうでなくてももっと大きい箱でのライブに誘われることままある、まさにこれから大成しようというバンドにとって腕試しに最適な環境と言えよう。

 そんな名の知れ渡ったライブのトップバッターは萎縮せずにやりきったし、次、また次と入れ替わり演奏していくバンドはそれぞれ存分に『己』を出し切っていった。

 

 ……まだか。と焦れる心を抑えつけて、今はただ目前のライブへと目線を注ぐ。

 新規精鋭のバンドたちが奏でるサウンドを直に聴くと言うのも、これまたいい刺激になるのだ。

 今後もし湊たちに助言を求められた際に、いつまでも古い価値観を振りかざすつもりはない。常に新しい風を取り込み、使えるものをストックするまでが紘汰流のライブの楽しみ方であった。

 

 ――と、ここにきてバンドが入れ代わり、それ以前より長い間の暗転が挿し込まれる。

 時間が経つにつれて、近くの観客たちはやれトラブルか? と困惑する声も上がりだすものの、紘汰はその存在をまったく視界のない暗闇の中で知覚した。

 

 

「…………来た」

 

 

 照明が灯される。光に一瞬目が眩み、少しずつ瞼を開けてその先のステージへ、

 

 

「――――――”Roselia”です。私達の音楽、聴いてください」

 

 

 青い薔薇に彩られたステージ。マイク越しに、聞き慣れた、けれどステージで放たれるかつて身を焦がされた声色から、ついにその名が告げられる。

 目と鼻の先に現れた五人のガールズバンドの存在に、それまでの様々な思考は掻き消えて、

 

 

「……ろぜ、りあ……ロゼリア……Roseliaッ」

 

 

 繰り返すように口ずさむ。決してその名を忘れないように。

 藤井紘汰はその瞬間、ただ一人の観客としてこの運命の瞬間に歓喜していた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「うわわわ~っ!? り、リサ姉、大丈夫……?」

 

「……だ、だだだ大丈夫だよぉあこぉ~……」

 

「お、お水……どうぞ……」

 

 時間は数十分前に巻き戻る。

 ミニライブ出演者に宛がわれた楽屋に五人はいた。

 

「……意外ですね。今井さんはこういった場で緊張しないタイプかと思っていましたが」

 

「いつも一緒にステージでダンスもするのに……リサ姉、ほんとに大丈夫?」

 

「あ、あはは~……ご心配おかけしてます~……で、でも。大丈夫! アタシ頑張るよ!」

 

 

 他の出演者が慌ただしく準備に奔走する中、出演順で言えば後半にあたる彼女たちは比較的緩やかに支度を行えることができた。

 あとはステージで成果を出すのみ。といったところで、意外にもプレッシャーを感じ早々に机に突っ伏してしまったリサへ、あこと燐子がフォローに入る。

 紗夜すらも意外そうに目を丸くしているその傍らで静かにただずんでいた友希那は、浮つき始めていたメンバーへと静かに告げる。

 

 

「……何があろうと、私達がやるべきことは一つ。最高の舞台を作り上げること。その為の練習をしてきた。その為のバンドを作った……そうでしょう?」

 

「…………うん。そうだね。ちゃんとついていくよ、友希那」

 

 

 緩んでいた緊張の糸が、一人の声によって張り詰められる。

 唯一変わらないのはあこのみだろうか。リサに続き友希那へ元気よく返事をした後、出演するバンドが書かれたボードについて思い返してはニコニコと笑っている。

 

 

「それにしても、ろぜりあ……Roseliaか~! バンド名ちょーカッコよくてびっくりしちゃいました! 友希那さん、名前に意味とかあるんですか?」

 

「……薔薇のRoseと、椿のcamelliaからとったわ。不可能を、可能にする……そんな意味を込めて」

 

 

 きっかけは登下校中の花屋で見かけた薔薇の花。

 曖昧だったバンドとしての意思を言語化するのには随分時間がかかってしまったが、それも解消できた。

 そうして生まれたのが、不可能を可能にする、青い薔薇――Roseliaだった。

 

 

「不可能を、可能に…………ええ、実によい名ですね」

 

「名前に、負けないよう……がんばらないと……ですね……」

 

 

 決意を込めて、それぞれが己の分身たる楽器やスティックを握りしめる。

 

 

「えー、Roseliaさーん! スタンバイお願いしまーす!」

 

「! ……はい!」

 

 

 ついに来た。威勢よく返事をして先頭を切る友希那に続いてステージへと歩いていく。

 まだ自分たちより前のバンドは演奏中だった。ステージから放たれ、客席へと伝播していく熱気は袖からでも伝わってくる。

 

 

「……すごい」

 

「ええ。このライブに出るバンドとだけあって、やはり全員……上手い」

 

 

 長らく音楽から離れていたリサが、零すように受けた衝撃を言葉にする。

 あれだけ技術面に関してはストイックである紗夜すらも、認めざるを得ない。

 目を輝かせるあこと燐子を流し見て、友希那は振り返り改めて四人に告げる。

 

 

「……今日、この場所に立った誰よりも。私達は上にいく。そして、それを……いえ」

 

 

 そこから先は、言葉にしない。

 ふと袖から見た観客席。最前列、ど真ん中。そこに……彼がいた。

 沸き立つ観客の中で微動だにせずにステージに目線を注ぎ続けているが、彼のことだ。きっと今すぐにでもはしゃぎ出したい気持ちを必死にこらえて目の前にある光景を焼き付けているのだろう。

 以前交わした言葉を、嘘にはしない。

 

 

「――――最高のステージにしましょう」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 

 声が重なる。

 舞台の明かりが消え、暗転の中へ進んでいく。

 まるで世界が止まったかのような長い、長い時間の果てにスポットライトがステージに立つ五人に向けて降り注がれ、そして。

 

 

 

「――――――”Roselia”です。私達の音楽、聴いてください」

 

 

 名を告げて、音楽を奏でる。

 この場にいる全ての観客へ、そして――確かに今も繋がっている、輝く瞳でステージを見つめる君へ。

 

 今宵、至高の青薔薇を。

 

 

 

 

 

 

 

 CiRCLEのミニライブは、稀に見る大成功といっても過言ではなかっただろう。

 観客は常に沸き立ち、熱狂し、ステージへと歓声を送り続けた。

 残念なことに友希那のバンドが終わった直後に踵を返してライブ会場から去った紘汰にはその全てを見ることは叶わなかったが、それでもここ数年で一番の盛り上がりだったことは請け合いだ。

 

 

「……なんてこった。完成度が違いすぎる。湊友希那はバンドを組みたかったのか……?」

 

「この間のプロの誘いを蹴ったって聞いたな。何か目的が……ん? おい、今出ていったのってもしかして――」

 

「……他人の空似だろ? いや、でもあのバンドが演った曲、彼の曲調に似ていたような……」

 

 

 ……プロのスカウトや雑誌編集者らしき人物の目から逃れ出て、誰もいない近くの公園へと辿り着く。

 夜風がライブで火照った体を冷やしてくれる心地よさに目を細めながら、紘汰は空を仰ぎ見た。

 

 

「……すごかった」

 

 

 目を離していた期間は、二週間もない。けれど彼女たちの奏でた音楽はあの場に居た誰もが認め、そして他のステージ出演者の誰よりも惹きつけるものを身に着けた。

 見上げた空には都会の夜空とは思えない程に星が瞬いていた。

 紘汰の目にはステージでの輝きと、色鮮やかなセカイが未だに消えず残っている。

 

 一体どれくらいの時間、そうやっていたのだろう。

 気づけばあれだけ火照っていた体もすっかり冷え切って、くしゃみをすることでようやく現実へと引き戻される。

 ……そろそろ、帰るか。

 ベンチから立ち上がろうとした、その時だった。

 

 

「…………やっほ」

 

「……リサ、さん?」

 

 

 すぐ目の前には、コーヒーの缶。

 そしてそれを持つのは、先程までステージで紘汰を惹きつけて止まなかったバンドのベース。

 ――――今井リサが、そこにいた。

 




テイストをちょこっと変えてみました。
元に戻したともいえるんですが、各話タイトルは友希那と主人公メインは以前のような形に、本筋は今回のような話の中から引っ張ってくる形にしようかと思います。
(ネタ切れともいう)

ここから数話挟んで、一章終盤へ。地道に更新頑張ります。


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賭けてる

幕間、今井リサ


「…………やっほ」

 

「……リサ、さん?」

 

 

 俺の内心を現すかのように、夜風に揺らされた木々がざわめいた。

 直接会って話すのは久々だけど、変わらない笑顔を向けながらリサさんはコーヒーを更にぐい、と俺のほうへと突き出してくる。

 受け取って手を温めると、自然と息が漏れた。

 

「どうしてここに?」

 

「いやー偶然も偶然なんだけどね。ミーティング終わらせた後、シュシュをCiRCLEに置き忘れちゃったの思い出してさ。取ってきた帰りに見知った顔が黄昏てるもんだから声かけちゃった」

 

「偶然ね……そういえば、ライブ大成功だったな。おめでとう」

 

「ありがと。でも最初にその言葉をかけるの、アタシでよかったの?」

 

「……何の勘繰りかは置いておいて、ちゃんと五人揃ったときに言うつもりだったよ。俺も」

 

 いただきます。と一声かけて缶コーヒーを開けて喉へ流し込む。

 ほう。と一息ついていると、缶が開く小気味良い音と共にリサさんが隣に腰掛けてきた。

 くぴくぴと少しずつ傾け同じように一息ついてから、同じく一息ついてしばらく互いの間に静寂が流れる。

 

「最初に紘汰と会った時から、機会があれば二人で話してみたかったんだ」

 

「……俺と? まぁ幼馴染が変な男とつるんでれば気にはなるか」

 

 静寂を破ったのはリサさんだった。

 つまるところ、今がその機会だと。俺の言う言葉に苦笑いしながら、リサさんは続ける。

 

「変なって……それ自分で言っちゃう?」

 

「名前が売れてれば兎も角、名前も知らない顔も見たことない奴が音楽やってます。なんて言っても怪しさマックスだろ? 随分気を揉んだだろうに。湊が一人でライブハウスに出入りして、妙な男の話を時々してきたらさ」

 

「……お見通しか。うん、バンドを組むまで、友希那とはあまり話せなくなって。でも偶に遊びに連れ出そうとするんだけど、ライブがある。の一点張り」

 

 目に浮かぶな。そう呟けばやっぱり? と苦笑いで返された。

 

「それから、毎日ライブハウスに行く友希那が心配で適当に理由つけたりして近くまでついて行ってたんだけどね? 女の子が夜遅くまで外にいるのは危ないよって言ったら、男の人に送ってもらってると来たからもうびっくり」

 

 オーバーなリアクションをつけるリサさんだが、確かに湊友希那の口からそんな言葉が出たとなれば俺もそうなることは想像に容易い。むしろその場で発狂して相手は誰だと詰め寄るまである。

 まあ、そのあとでお前は私のなんなんだと一蹴されるのがオチなのだが。

 

「友希那は、あんまり自分から人と関わることがないから……だからその時から気にはなってた。今の友希那を助けてあげられる人が、どんな人なのか」

 

「…………」

 

「ね。紘汰のコト、教えてよ。これからバンドとして……Roseliaとして長く付き合っていくのに、アタシ達は紘汰のことを何も知らない。どうして紘汰はそんなにアタシ達の……ううん、友希那の傍にいてくれるの?」

 

 成程。本題はここか。

 どこまでもまっすぐな瞳が向けられる。すこし灰色がかかったようなそれは、夜に包まれたこの空間で鮮やかに色を放っていた。

 

「…………俺は別に、なんてことない。その辺に転がってるような音楽好きだよ。ただ、その質問に答えるとするなら」

 

 今井リサという人物はどこまでも湊友希那のためにあろうとする人というのが、短い期間の交流で感じた俺のリサさんへのイメージだった。

 短い期間だったからこそ、言動、行動の端端に湊への気づかいの多さに気づく。

 だから今こうして勇気をもって一人の男の胸中へ踏み込んできた彼女に対して、俺は真摯になって応えなければならないんだと思う。

 

「俺は湊友希那の紡ぐ音に、声に。歌に惹かれてる。だから応援してやりたいと思った。傍で見ていたいと思った……きっと、Roseliaのみんなと一緒だと思う」

 

 それが同じ歌姫に焦れ、共にいることを願った同類であれば尚更に。

 みんな湊に惹かれていた。あの最初のセッションから今日のライブまでに至るまで、湊友希那の全てに。

 

「俺は湊友希那に賭けてる(・・・・)

 

「……賭けてる。か」

 

 短く伝えた俺が何故湊と共にいるかという理由。

 それを聞いたリサさんはゆっくりとその言葉を反復して、微笑んだ。

 

「友希那もおんなじこと言ってたなあ……」

 

「……ちなみに聞いておくけど、あいつはなんて?」

 

「さっきミーティングしたって言ったでしょ? そこで……Roseliaに、全てを賭けられるかって言われてね」

 

「全てを……」

 

 それはきっと、湊なりの覚悟の伝え方だったのだろう。

 バンドを組む目的も恐らく伝えたに違いない。その上で覚悟を問うたのだ。

 全てを賭けてでも、このバンドについてこれるか、と。

 

「なら聞いたか? アイツが、湊がバンドを組んだ理由」

 

「『FUTURE WORLD FES.』……沢山のバンドが目指すステージの、頂点」

 

「俺が初めてあいつと話したときも、そう言ってた。必ずフェスの舞台で……自分の音楽を認めさせるって」

 

 あの日のことは、恥ずかしながら興奮しきっていてあまり覚えていないけれど。

 

『――――私は、『FUTURE WORLD FES.』に必ず出る。その為にもっと技術が必要なの』

 

 そう言っていた彼女の表情は、よく覚えている。

 ステージでは常に冷淡であった彼女が見せた、何かに追われているような鬼気迫る顔。

 正直に言って、かなり惹かれた。命の炎を全力で燃やすような幻影すら浮かぶような彼女の在り方に。

 

「だから言ったんだ。手伝わせてくれって。こんな俺にできることがあれば……って。流石に最初は断られたけど、いつの間にかアイツは俺と一緒にいてくれるようになった」

 

 今でこそ毎日のように顔を合わせるようになったが、それはごくごく最近のことだ。

 お前なんていらない。そんな言葉を隠し切れない表情のままやんわりと断られて俺と湊の初対面は終わった。

 それがいつの間にかスタジオで楽器を弾く俺のとなりにくるようになって、一緒に曲を作って、バンドを組むなんて言い出して。

 まるで巡りあわせのように、五人がライブハウスに集って、それで――――

 

「――――で、今に至るわけだ。正直な所、今でもびっくりしてるんだよ」

 

「びっくり……?」

 

「ああ。少なくとも今年のフェスには出ないと思ってた。貪欲なまでにステージに上がって、歌を歌うのはもっと技術を磨いて沢山の目に留まる為なのかと……でも違った。アイツは今年のフェス出場を本気で狙ってる」

 

 バンドを組む。そう言われた時に仰天したのは、湊の目指すべき場所を知っていたから。

 フェスは生半可な覚悟で目指せるものじゃない。アマチュアのバンドが目指したところで夢破れることなんて誰しも分かりきっていることだ。

 だからステージに上がって技術を示す。そうすることで、少しでも遠くに己の実力を知らしめて同じ意志を持った奏者に見つけてもらう。

 そういう魂胆かと、思っていたのだけど……。

 

「こんなに早く、フェス規定の三人どころか五人バンドになっちゃうとは流石の紘汰も予想できなかったわけだ?」

 

「当たり前だろ? 予想外の連続過ぎて心臓が持たないっつーの……まったく、いいか?」

 

 本当に奇跡のめぐりあわせだと思ってる。

 最初こそ演奏に不安が残ったリサさんすらも、あの四人とセッションをした途端にまるでピースがかっちりと嵌った様に見事な調和を成し遂げた。

 間違いなく女神か何かに好かれているには違いないのに。

 わざわざこうして解説してやらないと、自分たちがどれだけすごい存在なのか分からないなんてな。

 

「見込みがなかったメンバーをとんとん拍子で見つけて? 初めてのライブはこの地区のアマ精鋭が集まるミニライブで? 更にプロの目を掻っ攫う程の満点デビューライブをこなした? 言っとくがお前らのやってきたこと箇条書きして掲示板にでも書いたら絶対こう返されるぞ。『妄想乙』ってな」

 

「あ、アハハ~……やっぱり?」

 

「自覚はあったのか……」

 

「かなり無茶苦茶なことやってるなー……とは、うすうす? ほら、終わった途端にいろんな人から色んなお話飛んできたみたいで」

 

「湊はなんて?」

 

「片っ端からバッサバッサと切り捨ててました」

 

「さいで……まあ、そんな湊が選んだのがリサさん達、Roseliaなんだ。俺はバンドができたら引き下がるつもりだったが、当の本人から『まだいろ』ときたからな。いつか不必要になる時までは付き合うよ。だからリサさん達も、頼む」

 

 飲み終えた缶をすぐ傍にあったゴミ箱に収めてから、振り返って懇願するような言葉を選ぶ。

 湊がプロでなくこのRoseliaを選んだのならば、俺はそれについて行くまでだ。

 全ては『フェス』に出る為に……。

 

「うん。Roseliaは大切にしたい……友希那の傍で、あの娘を支えていきたいんだ」

 

「本当に、湊が大切なんだな」

 

「そりゃあ幼馴染だもん。勿論大切だよ? ……それに、友希那は元々すっごくいい娘で、あ。今もいい娘なんだけどね? 笑顔がとっても似合って、歌を歌う時は本当に可愛くて……そんな友希那が変わっちゃったのは、アタシの責任でもあるから」

 

「――――なら、一緒だな。俺たち」

 

「へ? 一緒、って」

 

「……ぁ、ああ、いや。なんだ。俺たちがやりたいことは一緒だってことだ。湊を支えて、アイツの夢を叶えてやるんだよ。もう孤高の歌姫なんて呼ばれないようにさ……よっ。と」

 

 リサさんの飲み干した缶を受け取って、少し行儀が悪いがゴミ箱へ放る。

 綺麗な放物線を描いたブラックコーヒーの缶は小気味良い音を立てて中へと吸い込まれていった。

 よっし、ゴール! なんておちゃらけていればリサさんは困ったように眉をハの字にしてベンチから立ち上がった。

 

「もう、行儀が悪いぞー?」

 

「男の子はいつまでたってもこういうことがやめらんないのよ。カッコつけたがりは治らねーって」

 

「…………不思議だね。紘汰は」

 

「不思議ィ? 何だよ急に」

 

「だって、初めてあった時は気さくなお兄さんって感じだったのに、バンドの練習だと真面目に指導してくれる先生って感じで。けど今こうして話してる紘汰は、そのどっちでもない」

 

「先に言っておくけど、二重人格とかそういうびっくり人間じゃないからね、俺」

 

 先手を打ったのに対して「二重人格! それ結構当てはまるかも!」と等と逆に合点がいってしまっているのはどういうことか。

 大体ステージに立つ人種は立っているときと立っていない時の性格が変わるのはもはや職業病のようなものだ。

 湊を見てみろ。ステージに立ってないときは時々ポンコツなのかと思う位なのにステージに立った瞬間完全無欠の歌姫サマに様変わりだ。

 

「俺は俺だよ。藤井紘汰。湊の歌を世界に認めさせて、フェスの舞台に立つ夢を叶えて欲しいって思ってるお節介な音楽好き」

 

 そう、俺は俺だ。

 例えどんなことがあったとしても、アイツと交わした約束は絶対に果たす。その為ならなんだってしてやれる。

 それが俺の唯一できる――――

 

「だからリサさんはバンドの中から湊を支えてやってくれよ。俺は外から、湊が選んだRoseliaを支えるから」

 

「……うん。そうだね! どんな紘汰でも友希那のことすっごい大切にしてくれてるってことは変わらないし! アタシにできることを少しずつやってくよ!」

 

「へっ!? いや、俺は別にアイツのこと大切にしてるとかそういうのじゃないし? ただあんな凄い歌を歌う奴の夢が叶う瞬間を見たいだけだし?」

 

「照れなくてもいいのにー。自分がスタジオ使ってない日もわざわざCiRCLEに友希那をわざわざ迎えに行ってあげてたんでしょ~? うりうり~」

 

「はぁ~!? そんなつもりじゃなかったし? たまたまだし? やめっやーめーろーよー!」

 

 それ以上言うなら送って行かねーからな! えーケチ~。そんな風にギャイギャイとはしゃぎながら俺たちは公園を出て自然と帰路につく。

 隠していることもある。話していないコトは勿論ある。

 けれどそれは、いずれ俺がRoseliaに不要になった際に訣別の証として打ち明けるものだ。

 今はただ、Roseliaを生み出した彼女に託された俺のできることを成すだけ。

 

 誰かと騒ぎながら歩くことにどこか懐かしさを感じながら、俺たちはお互いがバンドの為にできることを存分に語らっていった。

 

 

 

「――――いつか、友希那しか知らない本当の君と話せたら、いいな……」

 

 

 

 公園を離れる際、そんな小さな願いを込めた声は今は届くことはなく。

 時折向けられる悲哀に満ちた瞳に俺が気付くことになるのは、遠く先のことであった。




こんなご時世ですし普段とは違う時間に出すことにしました
観てくれる人の暇潰しになれば幸いです
頻度も上がればいいなぁ……


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練習、しましょう?

 これほどまでの達成感と高揚感を得たのは久しいと、記憶を掘り返して思う。

 

 同時に充足感だけはどうあがいても未だ満ちず。私の夢の遠さを自覚する。

 ステージに立った時、まるで世界中の音が止まったように錯覚したのだ。

 聞こえるのは私の傍に立つ四人が奏でる音、そしてそれに乗せて紡がれる私の歌。

 

 完成には程遠く、まだまだ足りないモノだらけだけれど。

 そこには確かなものがあった。私達のバンドだけの何かが。

 一体それが何なのか。未熟な私にはまだ分からない。だけど1つだけ、確かに分かることがあった。

 

 

「…………あの顔は、しばらく忘れられそうにないわね」

 

 

 いつもは場の空気に合わせてわざと気さくな男を演じるあの男。

 私にも測りきれない程の様々な感情を併せ持って生きる彼が、あの日あの時、ステージを見ていた瞬間だけはたった1つの感情のみを隠さず表情に出していた。

 

 それは歓喜。私達が出るその瞬間まで押し殺していた感情が爆発したように笑みを浮かべて周りの観客と同じくサイリウムを振る姿はまるで――――

 

 

「まったく、あれじゃサポーター失格よ……」

 

 

 言葉とは裏腹に、私の口角は少し吊り上がって声色は喜色を帯びていた。

 どうせ私達に少しでも多くを与えようと出演する全てのバンドの演奏を隅から隅まで分析していったのだろうが、肝心の私達の演奏で全てを飛ばしてしまえば意味がないではないか。

 頭は職務を投げ出したことに対する文句の嵐。あまり言葉が達者じゃない私だけど、今会ってしまえば多分ひとしきりの褒め言葉を受け取った後につらつらと文句で返してしまうことだろう。

 

 だけど心はひたすらに伝えてくる。

 きっとこれは、あの時の彼と一緒の――――

 

 

「もう、単純なんだから……ふふっ」

 

 

 出会ってから、ずっと私の歌を信じてくれている。

 私の成すことに己の全霊を以って支え、時には道を拓いてくれる。

 分かってる。この関係が酷く歪なことに。

 きっといつか破綻する。危ういバランスの上に成り立っているワタシタチが崩れ去るのはもはや天命だ。

 

 だけど……弧を描いていた口を結ぶ。

 それ(終わり)はまだだ。まだそう(終わる時)ではない。

 全ては二人で結んだ約束……私たちの夢の果て。あの舞台で歌を歌うその時まで……。

 

 

 

 

 

 私たちはもう止まれない。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「まりなさん。こんにちわ」

 

「あ、友希那ちゃん! いらっしゃい、昨日のライブすごかったよー! 今日は一人?」

 

「ありがとう。いいライブになったと思うわ。一人なのだけれど、スタジオは空いている?」

 

「え、本当に一人? あ、勿論スタジオは空いてるから、是非使っていって!」

 

 

 翌日、よく晴れた正午にCiRCLEへ訪れると週末で混み合った中でカウンターに立つ見知った女性の姿に安堵を覚えながら近づく。

 話しかけると、女性――まりなさんは少し驚いたように私の周囲を見渡してから何度も「いないのかぁ」なんて呟くものだから、ついつい私は気になって。

 

 

「あの……紘汰に何か用?」

 

「へっ!? あ、ごめんね! ああもう大分前にも茶化すなって……うぅ、私のばかばか」

 

「いえ、特に気にはしてないけれど……少し困ってるようだったから」

 

「そ、そうなんだよぉ……実は――」

 

 

 特に理由なくお目当ての人物が紘汰であると決めつけて話してみれば、実際その通りだったようで眉をハの字にして訳を話しだす。

 訳を聞けば納得する。ああ、これはアレの領分だなと。

 

 

「――つまり、新しくレンタル用の機材を導入したけれど、扱い方がイマイチ分からないスタッフが多くて困ってる。と」

 

「そうそう! 私は一応大丈夫なんだけど、使い方とかふわっとしてて……レンタルで借りてくれるバンドに説明。となるとちょっと……」

 

「確かに。私も見たことないわ……エフェクター、かしら?」

 

 

 

 

「お。珍しいもん持ってるな。ディレイエフェクターか? それ」

 

「「!?」」

 

 

 

 まりなさんから件の機材を受け取り、物珍しく見ていたその時。

 まるで突然生えてきたように真横から聞こえる声。驚き振り返れば、当たり前のようにギターケースを背負って笑う紘汰がいた。

 

 

「おはようございますまりなさん。それと湊、それそこそこいい値段するから、落とすなよ?」

 

「お、おはよう紘汰君……いつから?」

 

「さっきです。二人してまじまじと何か見てるもんで、気になっちゃって」

 

「気づかなかったわ……はいこれ。詳しくはまりなさんから聞いて頂戴。私は先にスタジオに入ってるわ」

 

「はいよ。まぁお前らのバンドが使ってる楽器に比べちゃ安価だけどな。……あ。で、まりなさん。このエフェクターがどうかしたんですか?」

 

 

 いい値段ということを聞いて少し丁寧にエフェクターを手渡し、同時に書いていた書類にサインをして――こっそり人数を1から2に書き換えることも忘れずに――受け取り、一足先に個人練習の場へと足を向ける。

 

 

「ディレイが2つかけれるんですけど、そこにリバーブもアナログでかけれて――」

 

「へー! あ、ここで設定できたんだー! うわ、いっぱい弄れそう……」

 

「でしょ!? 空間系はこれだからやめらんなくて、特に箱によって全然――」

 

 

 ……もう少し機材関係の知識も深めておくべきだろうか。

 和気藹々と話す二人に少しだけ後ろ髪を引かれながら、少しずつ前に進んでいくのだった。

 

 別に何とも思ってない。話に混ざれないどころか軽くあしらわれたことに対してなんて何も思っていない。

 

 

 本当に思っていないから。

 

 

 

 

 

 

「機嫌治せよ湊ー」

 

「機嫌悪くなんてないわ。むしろすこぶるいい方よ」

 

 

 少し経ち、ようやく個人練習の時間になった。

 ギターをチューニングしている紘汰の横に座っていると、目線はギターのまま声だけが私へと向く。

 これに対してついそっけなく返してしまうのだけど、紘汰はそれすら苦笑して受け止め「そうかい」と短く返してチューナークリップを外し2、3度軽く弦を弾くと、何か言いたげな表情で私へと向き直った。

 

「……? 何かしら」

 

「え、歌わないの?」

 

 そのための準備してたんだけど。とギターを掲げて首をかしげる姿につい呆気に取られてしまう。

 この男は本当に……。

 勿論ここには練習できているし、バンドを組んだ以上これまでより更に力をつけなくてはならないからこその個人練習なのだが。

 そう、バンドを組んだのである。そしてつい先日デビューライブを終えたのである。

 私たちの交わした約束にも大いに関わってくるこの一連の出来事を傍で見ておきながら、もっとこう……この男は私に言うことがあるのではないだろうか。

 主にこの前のライブの感想だとか、そういうのを。

 私だって人並みにそういう言葉をかけてもらえれば喜びもするけれど、どうやら目の前の男は私のことを音楽に必要ない感情を捨て去った機械か何かと勘違いしている疑惑がある。

 

 

けど……音楽に必要ないことを切り捨てたことは事実、よね

 

「ん? 湊、今なんか言ったか?」

 

「なんでもない。マイクの準備をしてくるわ」

 

「おう。……あ、そうだ湊。言い忘れてたわ」

 

「何? マイクなら今から準備を――」

 

「ライブ、よかった……すごかったよ。Roselia」

 

「ッ……!」

 

 

 真っすぐに、どこまでも純粋に伝えられた言葉に思わず息が詰まる。

 確かに心の隅で評価を言葉にしてほしいと求めたことは事実だが、こうも参考にならない評価では反応に困ってしまう。

 

 

「そう……ありがとう」

 

「隠されてた甲斐があった。短時間であれだけの完成度を、それもデビューライブでできたことは誇っていい。驚かされたよ」

 

「いいスタートを切れた。とは思うわ。でも――」

 

「場慣れしてないリサさんと白金さんをあの域まで引っ張れたのは、やっぱり湊の歌があったからだ。お前が前でドンと構えてたからこそ、緊張がほぐれて纏まりが生まれた」

 

「そ、そうね……でも」

 

「あのライブでの成功は今後の大きな資金になるはずだ。あの場所へ立つ為にはこれから課題が山積みだが……Roseliaのスタートダッシュは完璧だったと、俺も思うよ。これからも油断せずに――」

 

「紘汰っ! その……」

 

「ん? どうした湊?」

 

「も、もう、もういいから。わかったから。練習、しましょう?」

 

 

 振り返らずに静止する。止めなければ洪水のように言葉を浴びせてくると分かっていたから。

 私の歌を信じてくれている。私の歩く道を、必ず見えない場所で支えてくれている。

 道に迷えば示すように切り拓いてくれる。

 ……そんな風にあのライブを観て思ってくれていたと聞いて、持っていたマイクスタンドを無意識にきゅっと握っていた。

 どうしよう。少し浮かれてしまっている。気を引き締めなければいけないのに、思うように口元が動いてくれない。

 たったあれだけの言葉で動揺してしまっては意識が低いと思われかねないと急いで冷静になろうとしても、口から漏れ出るのは普段より少し熱を帯びた吐息だけで。

 

 

「湊? おーい湊さーん? 練習しないの~?」

 

「……こ、このままやってみてもいいかしら? 気分転換したいの」

 

「壁の真ん前で歌うとか斬新すぎない?」

 

 

 まあいいけど。と早速いつも個人練習する際に声出しとして使う曲のリズムを取り始める彼に合わせて、表情こそ上手くいかないものの、歌を歌うとなれば話は別だ。

 スイッチを切り替えるように、ただの友希那(わたし)ではなく『湊友希那』になる。

 

 尚、この後の練習では普段よりもかなり良いパフォーマンスができてしまったことは私自身が未熟な証左としてしっかりと戒めようと思う。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ふぅ……あら、もうこんなに経っていたのね。少し休憩にしましょうか」

 

「りょーかい。あー指疲れたー……」

 

「休みなしで弾き続けてたものね、お疲れ様。10分後でどうかしら?」

 

「おっけーおっけー。休憩明けからは久々にキーボードでもやってみるかー」

 

「またあなたはそうやって……あら? あれは……」

 

 

 相変わらず手あたり次第に楽器を使う彼に変わらないなと嘆息していると、スタジオのドアから何やら髪の毛が揺れていた。

 以前であれば気が付かなかったけれど、よく見てみればあれは……。

 

 

「あこ? そこで何をしているの?」

 

「あこだぁ? おーほんとだ。何してんだお前」

 

「わっわっ……! み、見つかっちゃった……えへへ」

 

 

 気づかれないように近づき、ドアを開けると驚いたように飛びのくのは宇田川あこ。かつて彼が無理やり見つけ出し、私と組みたいと申し出て、正式にドラムとして迎え入れた少女。

 あのライブ後に次の練習は一週間後だと伝えたはずだが、私と同じように個人練習でもしにきたのだろうか。

 いや、よく見ればあこだけじゃない。近くにも……。

 

 

「リサ、それに紗夜も……!」

 

「あ、あははー。練習に来たらちょうど入口でばったりしちゃって。まりなさんからいるのは聞いてたけど、お邪魔したら悪いな~って」

 

「もし都合が悪くなければこのままバンド練といきませんか? その方が効率は良いかと」

 

「あ、りんりんもすぐ来ますよーっ」

 

 

 以前なら、二人だけの練習で完結していた。

 しかし今は、こうしてついてきてくれるメンバーがいる。その変化に対して感じることは少しのむず痒さと、罪悪感(・・・)

 いつまで隠し続けられるのだろう。この秘密がばれたら、果たしてみんなはまだ私についてきてくれるのか。

 嬉しさが転じて焦燥へと変わりかけた、その時。

 

 

「いいんじゃないか? バンド練。俺も指疲れたし? 久々に練習風景も見れるし万々歳」

 

「紘汰……」

 

「二人だけの時の歌も聴いてて楽しいけど、Roseliaの湊友希那の歌声ももう一度聴きたいしな」

 

 

 頼むわ。そういって不格好なウィンクをする紘汰に、背を押された気がした。

 今は気にするな。迷わず進め。そう言外に伝えてくるような目を見て、私は……。

 

 

「――――燐子が来たらすぐに練習を開始するわよ。まずは『BLACK SHOUT』を、次のライブまでに更に磨き上げる」

 

「わぁ……! はいっ、あこ頑張ります!」

 

「当然ですね、あの曲は私達の始まり。手を抜かず、常に新しいことを試すべきです」

 

「よ~し。頑張っちゃうからね~っ!」

 

「……スタジオの人数、6人に増やせるかまりなさんに聞いてくる。おっと、噂をすれば」

 

「あこちゃん! 遅くなってごめんね……! あ、あれ? お兄さん? みなさん? どうして……」

 

 

 ロビーへと向かう紘汰と入口で入れ違いになった燐子が困惑しながらスタジオへと入ってくる。

 さて、これで5人揃った。

 

 

「燐子、早速だけど準備してちょうだい。練習を始めるわよ」

 

「! ……はい!」

 

 

 まだどうしてこの五人で奏でた音に不思議な想いを抱いたのか、それは分からない。

 だから探していこう。約束と、果たさなければいけない目的の為に。少しづつでも。

 これから先の私達なら、きっと……。

 

 

 

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「湊友希那さん! あなたならあのステージに、『FUTURE WORLD FES.』に出れるんです! 私達は、その為のバンドも用意してある。出演できるんだ、一直線に……考えれば、どちらが得か分かるはずです」

 

「……フェスに、私が……出れる?」

 

 

 

 崩壊する音がすぐそばまで迫っていたことに、気づきもせずに。

 

 

 

 




一難去ってまた一難。
ちなみに友希那さんの内心は1割位しか紘汰さんに伝わってません。仕方ないね。

ギスドリを早く脱却したい……!

感想評価、お待ちしています。


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アタシのできることは

「……少し……考えさせて、下さい」

 

 

 気づけばそう答えていた。

 対面にいるスーツ姿の女性がそれからも何やら熱く語りながら名刺を渡し連絡先を交換したところまでは覚えている。が、正直何を言っていたか記憶にない。

 

 全員がライブハウスに集い、Roseliaとしてこれからの未来を少しだけ描いたその日のことだった。

 練習後に呼び出されたと思えば、先程の言葉。

 

 

(……『FUTURE WORLD FES.』に、出れる……)

 

 

 『私達』の悲願。そして『あの人』の悲願だったステージ。その場所に立てる。

 そこに辿り着くために必要な数あるステージすら出る必要がない。事務所に入り、私の為だけに用意されたバンドを従えさえすれば一直線に出演することができる。

 

 願ってもないことだった。真っ先に飛びつくべき甘い言葉だった。

 だけど目先にそれがぶら下げられた時、私の口から出たのは引き延ばしの言葉だった。

 

 

 どうしてこの場で返事ができなかったのか。

 揺らぐ視界と思考に呑まれかけよろけた先に、人がいた。

 

 

「……ぁ、ごめんなさ――」

「悪い……全部聞いちゃったわ。湊」

「紘、汰……!?」

 

 

 私の体を受け止め、「盗み聞きするつもりはなかったんだが」とバツの悪そうに頬をかく紘汰の顔を見て停止しかけた思考がクリアになる。

 

 

「……離してちょうだい」

「おう、悪い……どうすればいいか分からないって顔してんな。それは」

「っ……! そんな、こと」

 

 

 手を離すも近くの椅子へと誘導され、力なく座り込む。

 俯いた私に投げかけられた言葉を否定しようとして、けれど言い返せない事実に歯噛みした。

 

 

「返事が、できなかった……あれだけ願ったステージに立てるのに。私の音楽をあの場所で表現できるのに! ……けど、言えなかったのよ」

 

 

 声が震える。脳裏に一瞬よぎったのは、Roseliaとしてのデビューライブだった。

 他にも、紗夜と初めて出会ったあの日のライブ。あことリサを交えたセッション。そして……五人で初めて演奏したあの日。

 まるで走馬燈のように浮かんだそれらが消えた後、頭の中が真っ白になって、それで……。

 

 最後に、デビューライブの最前列で見守ってくれていた人の顔が強く焼き付いた瞬間、答えを口に出してしまっていた。

 

 

「私は……どうすればよかったの……? おしえて、紘汰……」

「それは、俺が決めるべきことじゃない」

「ぇ……?」

 

 

 まるで縋るように、普段なら何をしてでも言わないような弱音をついに吐いてしまった後、間を置かずに帰ってきた言葉は拒絶だった。

 声色は普段と同じく優しい。しかしそこには明確な意思があったと思う。

 言外に言われた気がした。立て、と。

 座り込む私に目線を合わせるように、膝をついて彼は話した。

 

 

「俺は、お前についていくだけだよ。湊……お前が決めたことなら文句は言わない。約束通り最後までとことん付き合う。お前が俺をいらないと言うその日まで」

「私、私は……」

「けど湊の歩く道を、俺が決めるのは間違ってる。だから決めろ。お前が本当にやりたいことを」

 

 

 彼はそう言って、最後に子供をあやすように頭を2、3度撫でてからロビーから去ろうとする。

 

 

「ただ1つ言うことがあるとすれば……俺たちの悲願だったはずのステージに立つ話を一度でも断ったのは、なんでなんだろうな」

 

 

 言い残してスタジオへ戻って行く彼の後ろ姿を見つめながら、その言葉を反復した。

 何故私は返事を返せなかったのだろう……何故、どうして。

 

 ロビーの一角には、そんな深みにはまった私だけが取り残された。

 

 

 

 

 少しの時が経ち、またも思う。

 得てして隠し事というのは、あまり長く続かないということを。

 

 

 

 

「あこちゃん、今その話は……」

「でも……あこ、見ちゃったんです!」

 

 

 返事を先送りにした矢先のバンド練。

 そこではあこが、今度は私を囲い込むためにやってきた事務所のお偉い方からの返答期限を設けられた話し合いを見たということだった。

 静止する燐子を他所に、あこは感情のままに叫ぶ。

 バンドを捨ててしまうのか。と。

 

 

「あこは! あこは嫌です……Roseliaはカッコよくて、あこの大好きな場所で……友希那さんは、スカウト受けませんよね?」

「……どういうことか、説明してもらってもよろしいでしょうか。湊さん」

 

 

 追及は必然だった。

 あこや燐子は勿論、紗夜は今までにない形相でこちらをにらみつける。

 当然だ。私はあれだけ耳障りのよい言葉で紗夜をバンドに引き入れたというのに、今度は私の都合でバンドをなくそうとしているのだから。

 対して私は……何も言えなかった。

 返答期限を設けられたのも、今度の話し合いでもまた返事を引き延ばしてしまったからだ。

 その理由はまだはっきりとしていない。今ここで説明しても、きっとそれは醜い言い訳にしかならない。

 ならどうすればいい? 必死に頭を回転させても、出てくる言葉は言葉にならないような声だけだった。

 

 

「……ッやっぱり、そういうことなんですね。私達は所詮フェスに出る為の駒。いらなければ捨てる。違いますか!?」

「ちょ、ちょっと紗夜! それは違うよ!」

「違わない!! ならなんで湊さんは何も言わないの? これが証拠。私はっ……! 私は、あなたの理想に本気で……!」

 

 

 尊敬していたのに。失望と軽蔑のまなざしを向けられる。

 何も口にすることができない。だって実際そうだった。私はRoseliaに全てを賭けろと言っておきながら、私情で動いていたにすぎないのだから。

 頂点を目指す。理想を謳っておきながらもその正体は己の過去に縛られ続ける者だったわけだ。

 ああ、本当に……救えない。

 

 

「本当に、何も言わないんですね……なら、あなたは何か知っていたんですか。藤井さん」

「っちが、紘汰は何も……!」

「ああ、知ってた」

 

 

 激昂する紗夜は、そのまま私の後ろで静かに佇む紘汰へと矛先を変える。

 違う。これは全て私の問題だから。止めようとした矢先に、私の声を遮るようにいつもより低く唸るような紘汰の声がスタジオに響く。

 

 

「知っていて隠してたんですか!? 私達には何も言わずに……!」

「湊が決めていない以上、俺にどうこうする権利はない。だから言わなかった。それだけだよ」

「またお得意の『湊さんについて行く』ですか? 最初からそればかり、あなたの意見はどこにもないんですね……!」

「さ、紗夜……まずは友希那の話を聞いてみようよ。ね?」

「何も言ってくれないじゃない!! これだけ言っても、彼女は何も! 彼女も、彼もそう! 知ってて黙ってた。騙してた!!」

 

 

 ……また、縋る視線を紘汰へ送ってしまった。

 けれど一瞬目が合った彼はすぐに帽子の鍔を下げて我関せずの姿勢を貫く。あくまで前回言った言葉そのまま、私の意思に合わせると言うことだろうか。

 今まで道化を演じ緩衝材に努めていた紘汰が黙れば、紗夜はまるで堰を切ったように激情を溢れ出させる。この事態もあこや燐子は想定していなかったようで、その怒声に小さくなっていた。

 

 

「じゃあ……じゃあ、Roseliaはどうなっちゃうの?」

「知らないわ。私はまた振り出しに戻って苛立ってるの……あなたと彼は変わらないんじゃない? いつも通り、この人についていけばいい。私は……私は降りる」

「紗夜……! ねえ、友希那。何か、何か言うことがあるんだよね? ねえ……!」

 

 

 言うことがある。果たしてそうなのだろうか。

 事実を突きつけられ、足元が崩れていく感覚に眩暈を覚えながら必死に考える。

 私は何故スカウトを2度も引き延ばしたのか。何故こうまでしてバンドのことが引っかかってるのか。

 あれから何度考えても、答えは見つからない。

 

 

「っ友希那……!」

「もういい。今までの時間は無駄だったってことよ……さようなら」

 

 

 紗夜はそう言い捨てて、乱暴にギターケースを掴んでスタジオから出ていってしまう。

 一瞬の静寂。それを破ったのはあこだった。

 

 

「ほんとに……ほんとにRoselia、なくなっちゃうんですか? 友希那さん……紘汰さん」

「…………あぁ、かもな」

「あこ、Roseliaのドラムになれて、嬉しくて……世界一カッコいいバンドのドラマーになるんだって……~っ!!」

「あこちゃん! ま、待って! ……お兄さん、これがあなたの言う『けじめ』……なんですか?」

「……」

「肯定も、否定もしないんですね…………わかり、ました」

 

 

 絞り出すように投げられた紘汰の言葉。感情を押し殺した平坦な声色のそれに、あこはたまらずに飛び出していく。燐子は去り際にいくつか紘汰へと言葉を投げかけていたが、それが私の耳に入ることはなかった。

 六人でいたはずのスタジオは、気づけば半分の三人になってしまった。

 

 

「友希那、紘汰……これから、どうするの?」

「……知らない」

「知らない。って……言いたい事、あるんじゃないの? バンドのみんなに、友希那の気持ちを――」

「――私は! 『お父さん』の為にフェスに出るの! 昔からずっと、それだけの為に歌ってきた。そう言ったはずでしょ!」

 

 

 私の気持ち。そう言われた時にはもう、自分でもどうしたらいいのかわからなくなっていた。

 一体私は何がしたいんだろう。ずっと抱いていたはずの気持ちに嘘はつけない。だけどそれ以上に今は正体不明の気持ちが頭を支配していた。

 怖い……怖い!

 

 

「……帰るわ」

「帰ってどうするつもり? 友希那はそれで……!」

「フェスの準備をしたいの! ……もう、放っておいて」

「友希那……!!」

 

 

 まるでじわじわと自分を締め上げるように這い上がってくる感情から逃げるように叫ぶ。

 前後不覚の体を抱きしめて、まるで怯えるように私はスタジオから逃げ出した。

 

 最後に見た紘汰の表情は、帽子で隠され見えることはなく。

 私を近くで支えていてくれた細い繋がりは、今はもう感じ取れなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうしよう。このままじゃRoseliaが……バラバラになっちゃうよ)

 

 

 取り残されたアタシの頭の中で、これからするべきことと考えなければいけないことがグルグルと回る。

 正直混乱してしまいそうだったが、アタシがなんとかしなければという使命感がそれをなんとか防いでいた。

 ……友希那が出ていった後も、紘汰の様子に変化はない。

 

 

「紘汰……紘汰はこれでいいの? Roseliaがなくなって……あれだけ頑張ってくれてたのに……」

「……Roseliaの為に動いたのは、あくまで湊がそう望んだからだ。フェスに出る為にバンドが必要だと言われた。だから集めて、技術を教えただけだ」

「でもライブを観に来た紘汰は楽しんでた! ライブが成功して、おめでとうって祝ってくれた……それも全部嘘だったってこと? 本当にフェスに出れればなんでもいいって、そう思ってたの?」

 

 

 そうあってほしくない。その一心で問いかけた。

 これまで彼と一緒に居た期間は決して長くないけれど、きっとその時一緒にいて笑っていた彼の笑顔だけは嘘じゃないと信じたくて。

 でも、問いに対して彼の表情はとても冷え切っていた。

 切り捨てるように、言う。

 

 

「……あの夜、俺はリサさんに言ったよな。俺は……Roseliaには賭けてない。俺は最初から湊友希那に賭けてる(・・・・・・・・・)。何かをするための理由なんて、それだけで十分だ」

 

 

 少し早いがスタジオの撤収手続きをすると、再び帽子を深く被りなおして彼はスタジオから出ていってしまう。

 きっとアタシには知らないことが沢山あるのだろう。彼と友希那の間に何があったのかも。どうして彼が友希那にああまで目をかけてくれる本当の理由も、アタシは知らない。

 

 けど、だからって諦めたくない。

 

 

(もう逃げないって決めたんだ……アタシにできることは、まだきっとある。それを探して見せる!)

 

 

 一度は手放してしまった彼女の手を、今度は掴めるかもしれない。

 

 

(Roseliaを取り戻す。そのためにアタシのできることは……!!)

 

 

 相棒たるベースが入ったケースを背負って、スタジオから出る。

 不思議と気力は満ち溢れていた。

 

 前へ踏み出す。もう一度、失った青薔薇を咲き誇らせるために。

 

 




テンポよくギスドリを駆け抜けたい

所で苦悩してる時特有の友希那さんが声を荒げる所、いいですよね……
本作だと頼ってた人からそっけなくされてるのでちょっと錯乱度がマシマシです

紘汰君の心境やいかに


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みんなで歩いて行けばいい

友希那さんってタイトルなのに友希那さんが出てないので初投稿です


 やれることをやる。自分に今なにができて、何ができないかは分かってるつもりだ。

 

 探せ、探せ、探せ。

 

 いつしか目を背けていた。日陰に居ればいいと思っていた。

 

 だけどそれじゃダメなんだ。怯えて隠れていても、何も守れない。

 

 以前、『特別』と『日常』について話したと思う。『特別』だったものが『日常』に変わってしまえば、奇跡でも起こさなければもう戻ることはないのだと。

 だったら起こしてやろうじゃないか。奇跡を。大切に積み重ねてきたものを無意味にしないために。

 

 既知に甘んじるのはもうやめだ。輝きを取り戻すために今動こう。

 

 ああ、要するに――――久し振りに自分の気持ちに正直になってみようと、そう思っただけだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――……」

 

 

 カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で、一際明るくスマホの液晶が通話の画面を映し出す。

 出るか出ないか。もう何年も前の記憶と、ボロボロになった名刺を頼りに打ち込んだ数字が果たしてきちんと役割を果たしてくれるかは賭けでしかなくて、自然と祈るように目を瞑った。

 

 1コール、2コール、3コール……それから何度かコールが続き、もうだめかと思ったとき。

 コールが止む。液晶は通話中の文字を映していた。

 

 

『――――…………見間違いだと何度も思ったが、まさかそっちから連絡を寄越すとはね』

「…………お久し振りです」

『まったくだよ。悪ガキ……それで、今更こんな老いぼれに何の用だい』

「詳しくは、会って話せませんか」

『ふん……。まあいい。時間は空けておく。何があったかは土産話にでも聞いてやろうじゃないかい』

 

 

 画面の向こうで、歳を感じさせない圧を持った顔が笑ったのを感じる。

 本音を言えば会うのも憚られるが、今は何を捨ててでも動かなければならない。

 その為なら、いくらでも過去の傷を晒して見せよう。

 

 

「はい……はい、では明日お伺いします…………”都築さん”」

 

 

 通話が終わると、それはそれは大きなため息がひとつ。強張っていた体から漏れた。

 さて、そうと決まれば準備をしなければなるまい。纏めるものを纏めて……ついでに、一発いいのを貰うのを覚悟しつつ、夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…………」

 

 

 約束の時間まで、あと少し。

 段々と沈んでいく気持ちをどうにかしようと、気づいたら公園のベンチに座り込んでいた。

 汚れないようギターケースをベンチに立て掛け、ふと川の向こうに見える空を見る。

 ……綺麗な夕焼けだと、そう思った。夕焼けに、暗い表情。『黄昏』ているとはこのことだと自嘲する。

 川に反射する赤い光に身を焼かれながら、これからのことを考えた。その時。

 

 

「藤井さん?」

「おお。蘭か……随分久しぶりだな」

「そうだね、ていうか何してんのさ。そんなところで」

 

 

 声のする方向を見れば、久し振りの赤メッシュ。

 Afterglowのボーカル、蘭がそこにいた。

 正直あことのアレコレであまりAfterglowの対面に立つのも憚られるのだが、こうして向こうから話しかけられてしまえば否応もない。座り込んだ俺の隣に、蘭が腰掛ける。

 

 悩みの程度はまだ分かりかねるが、分かりやすく小さくなってしょげているなとまず感じた。

 

「んー……自分探し?」

「適当言ってる。すごい顔してたよ……大丈夫?」

「大丈夫か大丈夫じゃないかと言われると半々だが……。ま、蘭も人のコト言えたもんじゃないぞ?」

「っ! ……そう、見える?」

「まあ、なんとなく? 曇ってはいるな。周りにどんよりとしたオーラがもわもわしてる」

「そ、っか……じゃあさ、久々に会ったんだし、ちょっと付き合ってよ」

「夜には用事があるから、それまでならな」

 

 

 大丈夫、そんなに話し込む気はないよ。と苦笑しながら膝の上に鞄を乗せ、その手を強く握った蘭。

 思ったより悩んでると判断したのはそういった仕草や言葉の端端が消えかかっていたほどの元気のなさからだ。

 正直言って相談に乗ってほしいのは俺もなのだが、あの普段から気の強い蘭がここまでへこたれているのを見るとどんな悩みなのか逆に気になってしまう。

 揶揄するつもりなど毛頭ない。貸せる手はあまり余っていないけれど、それで事足りるなら貸してあげよう。つまりはそういうことだ。

 

 ……などと理屈をこねくり回しても、結局はこれから会う人が怖すぎて心細いなんて言えるはずもなく。

 

 

「藤井さんは、さ……やりたいことがあったとして、けど他にやるべきことがあって。その2つに挟まれてるとしたら、どうする?」

「どっちもやる」

「即答……真面目に考えてよ……」

「至って真面目だぞ? やりたいことをやりたい。けどやるべきことをやらなきゃいけない。そんな状態で、やりたいことに全力出せるとは思えないからな。だったらさっさと折り合いつける。俺なら、だけど」

 

 

 かつて、幼い頃にそう結論づけたことがある。

 光の溢れる世界に触れて、ともすれば人生全てを擲ってこの世界に浸っていたいとすら思った。

 しかしここは法治国家。国から一人前と認められるまで、やらなきゃいけないことは山ほどある。

 だからその全てを『優秀だ』と手放しでほめられる位にまでは頑張った。誰にも文句を言わせないように、誰にも俺が進むべき道を邪魔させないように。

 しかしそれが「退け」といって退けられない程の重荷だったらどうしていた? 答えは恐らく――

 

 

「蘭がどういう環境に身を置いてるのか、それは俺はよく知らない……。けど俺がその答えを出すとしたら、納得いくまでぶつかり合って、話し合う。それしかないと思う」

「……ぶつかり、合う?」

「喧嘩しろってことだよ。相手の顔色伺って、黙ってこそこそやるよりかは堂々とあたしのやりたいことはこうだ! ってぶつかれ。んでもって全部解決したら――――思いっきりライブしようや」

 

 

 我ながら臭いことしか言えんなぁ……。

 ここでシャキッと蘭の顔でも見ながら言えれば多少のカッコもつくものの、照れくささに負けて頬をかいてそっぽを向いてしまった。

 だけど何のしがらみもなく、何の後腐れもなく思いっきり演るライブは恐らく、最高に気持ちのいいものだから。それだけは絶対に保証したい。

 

 

「……っ」

 

 

 そっぽを向いた反対側から、蘭の息を飲む音が聞こえた。

 少し経って、ぽつりと声が漏れる。

 

 

「ぶつかり合って、喧嘩して……か」

「おう。…………一方通行の想いなんて、ろくなもんにならないぞ」

「そっか……そっか。そうだよね。本当の気持ちを言わないと、進むことだってできないんだ」

 

 

 ようやく恥ずかしさが薄れてきて、そこでようやく蘭の横顔を見る。

 どうやら吹っ切れそうな顔をしている。先程の重いオーラはすっかり取り払われていた。

 

 

「あたし、怖かったんだ。あたし達の『いつも通り』を失うのが。やるべきことに向き合って、それでずっと過ごしてきた空間が壊れちゃうんじゃないか、って」

「……俺も、考え方はお前たちにすげー似てるよ」

「似てるって、どういうこと……?」

「刹那主義って言うのかな。今が満たされてるならそれでいい。これ以上は望まない。満足してるから変わらないでくれ。って……そういう考え方のこと」

 

 

 いつからか未知を望むことを拒否していた。

 与えられるそれ(特別)はもういらない。大切に抱くこれ(日常)だけでいい。

 

 

「けど似てるだけだ。本質は違う」

「本質? あたしにはあんまり違いがないように思えるけど……」

「全然違うよ。蘭……お前は進もうとしてる。『いつも通り』っていうお前たちにとっての不変をそのままにしたいから、前に進もうとしてるんだ」

 

 

 それはきっと、とても恐ろしいこと。

 安らいだ今が壊れるかもしれない。なくなってしまうかもしれないという恐怖を、それでもと叫んで前に踏み出す勇気を彼女は持っていた。

 

 

「『いつも通り』のまま、前に進む……」

「成功したなら、Afterglowはきっとずっと前よりいいバンドになる。頑張れよ蘭、ここが勇気の見せどころだぞ?」

「うん……うん。あたしにできること、やってみるよ」

「その意気だ……おっと、そろそろ時間だな」

 

 

 目を輝かせて顔を上げる蘭に迷いはないように見えた。

 これなら心配はないだろう。照らす夕焼けに包まれて、彼女の周りに気炎の如く輝きを放っている。

 雄弁に目が物語っていた。やってるぞ。と。

 

 微笑み目を腕時計に落とせば、そろそろ約束の時間に迫ってきている。

 思いがけないお悩み相談とはなってしまったが、逆に自分の気持ちを知るいい機会になっていた。

 

 

「それじゃ、俺はもう行くぞ……頑張れよ」

「あ、待って……っ!」

「ん? なんかまだあったか?」

「そうじゃないけど、その……」

 

 

 ギターケースを背負い、さて殴られに行くかと腹をくくった直後、慌てて蘭は俺の肩を掴んだ。

 はて、先程の様子からもう問題ないと思っていたが……。

 茶化すような笑みで振り返ると、さっきとは別の意味で小さくなってもじもじと手を弄る姿が目に入る。

 

 ……何か恥ずかしくなるようなことしたか? いや言ったわ。めちゃ臭い台詞連発したわ。

 自問自答の末に恥ずかしいからやめてやと言われれば即座に逃げ出してしまいそうな結論を出す。

 が、意を決したように顔を上げて目線を合わせる蘭に、見当違いな結論だったと理解した。

 

 

「藤井さんも! ……きっと、大丈夫、だから。あたしでも、進もうって思えたから。だから!」

 

 

 思わず笑みがこぼれてしまった。

 とんでもなく不器用で、それでも想いは伝わってくる。美竹蘭という少女からの激励。

 必死に次の言葉を探そうとする彼女に、もういいよと肩を掴む手を2、3度優しく叩いて降ろす。

 

 思わぬ応援をされてしまってどう返せばいいか分からないが……。

 まあ、ここは自分の思ったことをそのまま伝えよう。そうじゃないと、嘘をついているようで嫌になりそうだった。

 

 

「蘭、俺は……変わりたくないと足を止めて蹲っている男だ。変わらない為に歩き出したお前とは違う」

「そんなこと……そんなこと!」

「あぁ聞け、蘭……俺みたいになりたくなかったら、なんでも一人で解決できると思うな。悩めば頼れ、迷ったら聞け。そうやって人はようやく真っすぐ歩いていけるんだ……俺は、一人で歩き続けた」

「……」

 

 

 もう後戻りはできないんだと、言外に意志を込めて肩に手を置きそう伝える。

 今を一生懸命生きる音楽を楽しむ後輩に、せめてこんなバカな先輩にはならないようにと精いっぱいの忠告だった。

 足は止めている。前に進むことはない。けれど。

 満たされている今を失わせはしない……俺は俺なりに、道を歩く。

 

 

「そう心配すんな。言っただろ? 大人は腹に1つは黒いものを抱えてるもんだ。気にせず蘭は蘭のまま、変わらないお前たちの『いつも通り』を大切にするために、みんなで歩いていけばいい」

「わかった。けど今日の恩は、いつか返す……。だからもし藤井さんが迷ったら今度は……あたし達に助けさせてね」

「はははっ……おう。じゃあその時は頼んだわ……日が暮れるな。もう行くよ」

 

 

 約束の時間までもう30分を切っていた。

 既に殴られることが確定しているのにこの上遅刻までしたら何されるか分かったものじゃない。

 こうして語り合うのも悪くはないが、それはまた今度にしよう。

 背を向けて歩き出す俺の背中に、声が届いた。

 

 

「……頑張れ!」

「おう。そっちもな!」

 

 

 振り返って、手をあげた。

 沈んでいく日を背にこちらへしきりに手を振る彼女の姿は、やけに目に焼き付く。

 『黄昏』ているのは、もうやめだ。俺の後輩は立派に前に進みだしたのだから。

 

 

「――――ああ、いい『夕焼け』だ」

 

 

 

 さあ、いい加減覚悟を決めろ。藤井紘汰。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり日も暮れた夜。

 『CLOSE』とドアに掛けられた建物には、まだ明かりがついていた。

 

 

 

 

「――――来たね、悪ガキ」

「っ……ど、どうも……」

 

 

 

 入口には、杖を突いた老齢の女性が一人。

 対してギターケースを背負って相対する青年は、すっかりその女性が出す気迫に気圧されてしまっていた。

 

 

「入りな。話は中で聞いてやるよ」

 

 

 促され、女性の後に青年も続く。

 この建物の名前は『SPACE』――ガールズバンドの聖地と呼ばれる、ライブハウスだ。

 

 

 

 




オーナーにビビり散らしながら蘭ちゃんのお悩み相談にのる回でした。
あんな眼光鋭い人に後ろめたいことあったら骨の一、二本は覚悟する。俺はする。

さてオーナーに会いに行ったその真意は如何に。


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となりにいるだけじゃダメなんだよ!

 夜の帳が降りた街の一角。

 普段であれば消灯しているはずの看板には未だ明かりが灯されていた。

 

 名は、『SPACE』――――

 

 

「……まあ、まずは座りな。飲み物くらいは出してやるよ」

「あ、いえ……じゃあ、いただきます」

 

 

 カツカツと音を立てて前を歩く都築さんに促されるまま、既に営業は終わった後のライブハウスのロビーへと通されることになった。

 最初は外で手短に話すつもりであったけれど、どうやらわざわざ店じまいを遅らせてまで場所を用意してくれたらしい。

 近くのソファに座り、飲み物は流石に断ろうとはしたがあの鋭い眼光に貫かれたら抵抗する気も起きやしなかった。

 ペットボトルがテーブルに置かれる。都築さんはそのまま俺の対面にゆっくりと座り込んだ。

 

 

「……まずは、その。お久し振りです」

「その挨拶はさっき聞いたよ。まあ確かに久し振りだけどね……3年振りかい? 随分大きくなった」

「っ……そんなに、経ちますか。ははは」

「ああそうさ。アタシが最後に会ったときは、まだアンタはこんなチビだった……」

 

 

 話を切り込もうとすると、どうしても同じような言葉しか出てこない。

 都築さんの話を聞いてようやくアレからどれくらいの時が経ったのか自覚して、思わず渇いた笑いが漏れてしまう。

 そうか、3年……そんなに経ってたのか。

 

 道理でもう、何も見えないわけだ。

 

 

「……さて、勝手に消えて、勝手にフラッと現れて。そんなアンタの話を聞いてやる代わりに土産話をとアタシは言ったはずだね」

「全て隠さず、お話しします。俺が何をしていたのかも、今何をしているのかも。全て……」

 

 

 要件に入る前に、まずは通す筋を通せと言葉が突き刺さる。

 自分勝手にやり放題やらかして少なくない迷惑をかけた相手が無条件で話を聞いてくれる条件としては、これでも優しすぎる位だろう。

 だから話す。俺が”終わった日”から、俺が”終わり続けている”今日この日までの出来事を。

 

 全て。

 

 

 

 

 

 

「…………一発引っ叩かせな」

「いっ!? ……痛ぅ……っ!」

 

 

 全てを話し終えた後、しばらく俺の話を噛み砕くように何度か頷いた都築さんであったが、ようやく言葉が出たと思えば綺麗な張り手が頬へと飛んできた。

 無論分かっていても甘んじて受け入れるつもりで来たのだけれど、不意に放たれた痛烈な一撃に視界が軽く明滅した。

 ――……ま、まあ杖でぶん殴られなかっただけ御の字か。

 

 ジンジンと痛みを訴える右頬に手を添えていると、次にゆっくりと飲み終えたペットボトルをテーブルに置いた都築さんからの言葉が投げかけられる。

 

 

「まずアンタの今までについては分かった。この辺のライブハウスでよく見かけるっていう話は知人から聞いていたが、CiRCLEにいたとはね。盲点だったよ」

「……CiRCLEのオーナー、もしかしてお知り合いだったりします?」

「古馴染だよ。まりなのこともよく知ってる。随分大事に隠されてたみたいだよ、アンタは」

「そう、なんですね……」

「まぁアタシに隠してたことについてはこの際目を瞑るとして、まずは――――音楽を辞めないでいて、よかった」

 

 

 気づかない内に沢山の人に守られていることを知って、情けなさに顔を俯かせたその時。

 この日、ともすれば会った時から今までで、初めてこの人の優しい声色を聴いた気がした。

 ハッとなって目を向けると、そこには普段とは違って柔らかな表情を浮かべる都築さんがいて。

 

 

「アンタが抱えるそれは、子供が抱えるには重すぎるもんだ。折れて辞めてもおかしくはない……だけどアンタは辞めなかった。きっと、アタシに話したいことにも関係してるんだろう?」

「抱えなきゃいけないんです。それでも……これは俺が犯した罪だ」

「アンタのその考えは否定はしないよ。けど全部が全部そうじゃない。ってことだけは頭の隅に入れておきな……さて、土産話はここまでにしよう。話しな、今日アタシを呼び出した理由を」

 

 

 深く踏み込むこともなく、けれど放っておきもしない。

 相変わらず優しすぎる人だと、そう感じた。その雰囲気と圧で普段は人が近寄りがたい空気を出すのに、何故か周りには常に人が絶えない理由はきっとこういうなんだろう。

 さあ、一発いいものも貰った。隠し事もなくなった。

 これでようやく、今日の本題へと入れる。

 

 気合いを入れる為に、飲みかけのペットボトルの水を全て飲み干す。

 テーブルに空の容器を置いた音が静まり返ったロビーに響き、そして。

 

 

 

「都築さん。俺――――現役復帰しようと思ってます」

「…………へえ?」

 

 

 

 今この時この瞬間もずっと悩み考えていた、俺が唯一出来ることを口にした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「じゃあリサさーん。モカちゃんはここでー」

「うん。またねモカ、お疲れ様ー☆」

 

 

 夕暮れ時と言うには少し遅い時間。アタシは同じシフトになっていたモカと住宅地の交差点で別れることとなった。

 平日は普段早い時間帯に上がることが多いけど、今日はやけに忙しくて上がりがずれ込んでしまったのだ。

 

 

(あちゃー……外真っ暗だ。危ないし早く帰らないと)

 

 

 腕時計をチラと見れば既に9時近く。女子が一人で帰るには少し不安が残る。

 まあこの付近はあまり治安が悪いという話を聞いたことがないけれど、今のアタシに何かあれば困るのは自分だけじゃない。

 今は離れていても――――

 

 

(アタシが取り戻すって、そう決めたんだもんね……ん?)

 

 

 改めて自分がやるべきことを再確認したその時、気になる人影が目の端に映った。

 何やら老齢の女性と話した後、ペコペコと再三頭を下げてからこちらへと歩いてくるあの人は……。

 

 

「…………紘汰?」

「…………リサさん?」

 

 

 あの日から強く印象がつくようになった暗い色の帽子を被ったその人は、あの日以来連絡が取れなくなっていた私達の仲間……なのかな。その内の一人だった。

 藤井紘汰。友希那の歌声に惹かれた人。

 普段はまるで意図してそうやっているかのように話しやすく、アタシにばかり負担がこないようにムードメーカーの役割を担ってくれることもあった。

 だけど今は彼がつかめない。まるで霞がかっているように、本心と目的が分からない。

 

 端的に言えば、そう。

 

 

(……き、気まずい)

 

 

 そう、気まずいのだ。微妙な別れ方をした以来接する機会がなかったからなのか。

 普段はあまり人と話すことに気まずさを感じないからか、どうにもやりづらかった。

 何を言えばいいのかわからず口ごもっていると、紘汰はやがて微妙な笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「……女子がこんな時間に一人で歩くなよ。危ないぞ?」

「う……ば、バイトが長引いちゃって。家もうすぐそこだし? 紘汰こそ、なにやってたの?」

「あ? あー……古い知り合いと会ってた、かな」

「……相変わらず、顔が広いんだねぇ」

 

 普通に話しかけてくれて、正直ホッとした。

 あの日の紘汰はまるで別人のように冷たいせいで、アタシは少なからず怖いという感情を抱いてしまった。

 またあのような雰囲気で突き放されれば、もう二度とあの日の時間が帰って来ないような気がして……だから、こうして微妙でも笑顔で話しかけてくれたことに、安心したのだ。

 少しずつ言葉を紡ぐと、自然と先程まで彼が会っていた人について気になってつい訪ねてしまう。

 聞けば知り合いときたものだから、アタシも言えた口じゃないが相当顔が広いと驚いてしまった。

 

 ――……今、この場で話すべきなのだろうか。

 不意に考えて、即座にその疑問の答えを胸の内で導き出した。

 

 

(……ううん、聞こう。アタシにできることをやるって、そう決めたんだから)

 

 

 Roseliaの為に今できることを。

 アタシに今できることを……。

 

 

『――――あたしは、蘭にバンド……やめてほしくないです』

 

 

 アタシと同じ、バンドをやっている可愛い後輩。

 今日話して、気づいたことがある。

 幼馴染という立場のせいで、見えていなかった。いや、見ようとしていなかったことが沢山あったんだ。

 本当に言いたい気持ちを堪えて、ただ見守って……。

 

 そんな関係は、きっと間違い。

 

 モカも、アタシも……そして、紘汰も。

 『見守る』だけの存在は、大切な人を知らない内に傷つけてしまうかもしれないから。

 

 

「…………ね、紘汰。今、時間……ある?」

「……ちょうどいいから近くまで送ってやる。それまで、な」

「うん。ありがと」

 

 

 勇気を振り絞って切り出したその言葉を拒否せず、彼はアタシの横でゆっくりと歩き出した。

 街頭に照らされる夜道をゆっくりと、ゆっくりと歩きながら、話す。

 

 

「……来週の練習、なくなっちゃったね」

「ああ、まあ湊がそう言うんなら仕方ないだろ」

 

 切り込む。彼は普通に返す。

 

「……紘汰は、どうするの?」

「どうする、って……まあ、俺にもやることがあるからな。そっちに時間を回すよ」

 

 問いを投げる。彼は曖昧な言葉を返す。

 

「……やること。って、何?」

「リサさんが気になる程のことじゃないよ。その内落ち着いたら教える」

 

 ……彼は、やっぱり何も言ってくれない。

 

 

 

「どうして、何も言ってくれないの……?」

「リサさん……? どうした? 立ち止まって――」

「アタシは、紘汰と友希那の間に何があったのか。本当に何も、何も知らないから……。人の隠したいと思ってることに無理やり踏み込みたくないって思ってる。けど……!」

 

 

 積み重ねた時間があった。

 バラバラだったアタシ達が集まって、練習して、成功すれば笑いあって。

 ライブして、喜び合って……。

 少なくない言葉を、交わし合った。

 

 

「そんなにっ……Roseliaのことを、信じられないの……っ?」

「……っ」

 

 

 絞り出した言葉に、前を歩く紘汰の足が止まった。止まってくれた。

 その顔は、何を考えているのか分からないけれど。

 深く帽子を被りなおして顔を隠したとしても、苦しそうに見えた。

 

 

「……二度も言わすな。俺が賭けてるのは」

「Roseliaのことをどうでもいいって思ってるなら、どうしてそんな顔するのっ。そりゃ、アタシは他のみんなみたいに、難しいことはわからないよ? けど今紘汰が苦しそうにしてること位はわかるっ!」

 

 

 言いたいことを我慢して、見守る辛さに気づいた。

 きっとずっと残酷なことをし続けていた。守っているつもりで傷つけ続けていた。

 友希那(大切な人)を支えるなら、友希那(大切な人)に賭けてるなら……!

 

 

「本当に大切なら、となりにいるだけじゃダメなんだよ……っ!」

 

「大切な人が間違った方向に進んでいかないように、ちゃんと教えて、導くのが、友達の……ううん」

 

「『親友』の役目でしょっ!」

 

 

 モカの話を聞いて。アタシの中でずっと考えて出した答え。

 柄にもなく鋭い声が出てしまって自分自身ビックリしてしまうけれど、それ以上に驚いた顔をしているのは眼前にいる彼だった。

 目をまん丸にしてる。とはこういうことかというくらい見開いて、何度も瞬きを繰り返している。

 

 

「ふふ、あははっ……ああ、そうだな。その通りだ。ごめんなリサさん。迷惑をたくさんかけたみたいだ」

「……え、え? 紘汰?」

 

 

 驚いていたと思えば、今度は急に笑い出した紘汰はそのままアタシの方へと近づいてくる。

 先程とは打って変わって雰囲気が変わった彼に困惑するアタシに、彼はそっと帽子を取りしっかりと目を合わせた。

 ……少しくすんで見える紘汰の瞳が、やつれて見える顔色が、街灯に照らされてよく見える。

 

 そういえば、彼をこんなにきちんと見たことなんて、なかったかもしれない。

 見入るアタシに、紘汰は柔らかい声色で言葉をつづけた。

 

 

「悪いけど、『親友』の役目”は”、リサさんに任せた」

「……えっ?」

「俺も、もう目を逸らさないから。もう少し自分の気持ちに、正直になってみるって決めたから。……だから、『親友』の役目は任せるよ」

「自分の気持ちに、正直に……?」

「湊にとっての俺が何者なのか、それは分かってる。けど……もう少し欲張ってみることにするよ。出来過ぎた真似だとは、思うけどね」

 

 友希那にとっての紘汰とは。その話をしている間の紘汰はまるで自分の傷をえぐるように沈痛な面持ちで、それでもと強がって無理やり笑顔を作っている。

 そんなことはない。なんて軽々しく言える、そんな雰囲気ではなかったから。

 

 その代わりに、アタシなりの言葉をおくった。

 

 

「ううん。アタシこそ怒鳴ってごめん。けど、紘汰がRoseliaの為に何かしてくれてるってことは分かったよ。それが今は……すっごく嬉しい」

「な、なんか照れくさいな……。けど、まだ終わってない。俺にできることは最後までやる。だからリサさん……頼めるか?」

 

 何を、とは敢えて言ってくれない。

 けれど意図は汲み取れた。

 

 

「あはは☆ こりゃ大任を任されましたなあ」

「こればっかりは、な……。頼む。アイツの本当の気持ちを、引き出してやってくれ」

「うん。りょーかい。バッチリ任されました!」

「その上で、俺は改めてアイツに賭けてみる。俺たちが見てきた湊っていうボーカルに」

 

 

 ――うん? そこはRoseliaじゃないんだな~?

 あの日の公園の帰り道のように、ゆっくりと歩き出しながらアタシ達は話しあう。

 茶化す言葉に苦笑いしながら「勘弁してくれ」なんて言う紘汰に笑って。

 あの日よりもっとずっと心の距離が近づいたようで、嬉しさからつい家のすぐ傍まで送られてしまった。

 

 

(あ――――友希那の部屋、電気ついてる)

 

 

 家の隣、すぐ見える窓からは光が見えた。

 見た所カーテンすら開けっ放しだ。不用心だけど、今だけはちょうどいい。

 

 

「ごめん。ウチここだから、もう大丈夫だよ。送ってくれてありがとね☆」

「ああ? じゃあ道順は忘れることにするよ。てか男に簡単に実家の場所教えるなって」

「え~? そこはこれからも送ってくれるって流れじゃないの~? 練習で夜遅くなった時とか、さ?」

「馬鹿、皮算用すんなって。あとそういう変な言動はやめること。いいな?」

「はいはい。分かりました! それじゃあ……また今度、ね?」

「おう。……じゃ、また今度、な」

 

 

 ”今度”がいつになるか。それはこれからのアタシ次第。

 手を振って、どんどん背中が遠くなっていく紘汰の後ろ姿を見て改めて気合を入れる。

 

 ――……よーし、今井リサ、一世一代の大勝負! いくぞー……!

 

 

 家に入り、家族と一言交わしてすぐに部屋へと駆け上がる。

 ベランダ越しに、ベッドに寝転がって珍しくスマホとにらみ合う彼女を見ながら、アタシはこれ幸いとメッセージを打ちこんでいった。

 

 

 

 

「『カーテン、あいてるぞ』……っと。お、こっち見た☆ ……よし!」

 

 

 驚き、渋々といった様子に窓を開けて出てきてくれた友希那へ向き合う為に、気合いを入れ直す。

 

 

 さあ、今から取り戻そう。

 きっと世界中で誰よりも純粋な気持ちを持っていたはずの、彼女を。

 

 

 




作品名を決めた時、絶対にこのリサ姉の台詞をサブタイトルとして出そうと決めていました。
今まで盲目的に他者を信じて見守り続けてきた人がこの言葉を吐くのは並大抵じゃない覚悟が必要で、だからこそリサ姉の芯の強さに繋がってくると思います。
そしてそれは今まで黙ってとなりにいればいいだけの、言ってしまえば今まで『居ても居なくても変わらない』存在だった紘汰さんという人物の変化の切っ掛けの言葉にもなればなと。

さて、一ヶ月振りの更新とはなりましたが、拙作の序章というべきバンスト1章もラストスパート。よければ見ていっていただければ幸いです。



次回『あなたは誰』


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『貴方は誰』・1

色んなところでお話が動き出します。


「……随分と、大事になっているようだね」

 

 それはある日の、夕暮れのことだった。

 一室にはスーツの男たちが数人、椅子に座る男に向けて苦い顔を隠し切れずに俯いている。

 視線の先には速報と打たれた一本のネット記事が映し出されたノートPCが無造作に置かれていた。

 

 記事には一枚の写真と――――

 

 

「『期待のガールズバンドアイドル、本番でアテフリ発覚。事務所は沈黙か』……ね」

「ッッ……! 誠に、申し訳ございません!!」

 

 

 椅子に座っていた男性が低い声で記事の文字を読み上げる。

 圧に耐え切れず、まずは立っている者の中で最も歳をとっている男が地面へぶつかる勢いで頭を下げる。

 それに倣ってか口々と謝罪を告げ始める男達へ、椅子に座る男は唸り声を漏らしながらそれを手で制した。

 

 

「ああ、いい。今は身内への謝罪よりも事後の対応だ。まずは関係各所に連絡と後日改めて直接謝罪に赴かせていただくとお伝えしなさい。すぐにWeb上の公式発表も行うぞ。そちらは……君に任せられるかな?」

「も、勿論です! すぐにっ!」

「焦るな。これ以上しくじるだけだぞ。そら落ち着いて……落ち着いたな? では行きなさい。ああいうのは君たち若い人のほうが造詣が深い」

 

 ロートルはこれだから駄目だな。と笑いながら、椅子に座っていた男の――既に壮齢の時期は過ぎて老いを表面に出し始めた――顔を見て、居た堪れなさを顔一杯に表してもう一度頭を下げ若い男達が退出していく。

 残されたのは老齢の男と、脂汗を額ににじませる壮齢の男性の二人だ。

 

 

「……今回は、全て私の慢心が招いた結果です。如何様にも」

「君を裁いたところで何も終わらない。それに……逃げるように現場を退き、全てを君たちに放り投げた私にも責任はある」

「しかし、社長……」

「何より、私が大切に預かると決めた子供たちを傷つける結果になってしまった。そのことの責任は、当然トップである私がとるのが筋というものだろう?」

「まだこの事務所にはあなたが必要です……どうかご再考を!」

「しかしだな……」

 

 

 どちらも譲らないまま、話は平行線へと突入しかける。

 無理やりにでも言い聞かせるか。老齢の男性がそう考え始めた時、突然ノックもなく部屋の扉が乱雑に開け放たれた。

 栗毛色の短髪が揺れて、雑誌を脇に抱えた少女が部屋――社長室へと飛び込んできたのだ。

 ずれた眼鏡を気にすることもなく、ずんずんと今も話し合いを続けていた男達へと突き進んでいく。

 

 

「なっ!? や、大和くん!? 今は話し合い中だ。君たちのことは追って――」

「お話中本当に申し訳ありません! けど社長さん! こ、これ! とにかくこれを見て欲しいんです!」

「何を言ってるんだ!? いいから今は出なさい!!」

「ああわかったわかった。喧嘩はよしなさい。麻弥君。私に見せたい、というのは?」

 

 

 大和麻弥。そう呼ばれた眼鏡の少女は、自分たちのプロデューサーが静止するのも止めずに一心不乱に手に持った雑誌を突き出した。

 無理にでもつまみだそうとする部下を窘めて、社長は広げられた雑誌を手に取る。

 未だふんふんと興奮している所属スタジオミュージシャン――今はアイドルになったのだったか――のあまりの勢いに一旦頭の中からいざこざを追い出して、見開かれたそのページへ目をやった。

 

 直後、そこに書き記されていた文字に理解が追い付かずに声を漏らす。

 

 

「な――――!」

「しゃ、社長? どうされました」

「ねっ! ねっ! ビッグニュース! ビッグニュースっすよ!」

「いや、君自身がその今大きなニュースになってることを自覚してほしいものなんだが……」

 

 

 社長は何度も、何度もその記事を読み返す。

 決して読み間違えのないように。決して勘違いをしないように。

 そうして何度も読み返していった結果……。

 

 

「…………この記事は、信頼できるものなのかい?」

「音楽雑誌の中じゃマイナータイトルの一記事なので調べるのに手こずりましたが、間違いないようです。今はまだ騒がれてませんが、火が付くのは時間の問題かと」

「そうか…………そうか」

 

 

 

 プロデューサーの男が既に話についていけなくなり頭に疑問符を浮かべてきょろきょろと二人を交互に伺い見ているだけになってしまった頃。

 麻弥に詳細な情報を更に教えられながら、社長は暗い瞳でふと背後にある窓へと目をやった。

 ブラインドが上げられていた窓からは、陽光が燦燦と降り注がれ続けている。

 

 

「あの子が――――帰ってきたか!」

 

 

 光を眩しいと、そう感じたのがやけに久しいように感じながら。

 

 その枯れ切った瞳と、顔に生気がみなぎっていくのを、この場にいる全員が目にしていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「うーわ。すげー通知。こりゃしばらくスマホは使い物にならんわな」

 

 

 絶え間なくピロンピロンと音を鳴らし続けるスマホを見ながら、苦笑しつつ俺は一部を除いて全てのチャットの通知をオフにしてからスマホをポケットへとしまい込んだ。

 サイレントにしても電池の減りが爆速になるのはどういう仕組みなんだろうか。よくSNSでめちゃめちゃ拡散されてる人は一体どういう環境でSNSやってるのか非常に興味がある。

 

 まあ、そんなことはどうでもよいとして。

 

 手帳の予定をざっと確認すると、多くの名前にマルがつけられているが未だそれがない名前が数個存在している。

 ぶっちゃけていうとこの名前の数だけ色々な所に行かねばならないので、改めてその数を確認してしまうと酷く億劫になってしまう。

 

 

「けど、ま……やんねーといけないからな」

 

 

 俺の為でもある。が、俺だけの為じゃない。

 ここでどれだけ踏ん張れるかで、これから先の道に転がる石を取り除ける量が減るのだ。

 そう考えるとほら、またやる気が漲ってきた。まだまだ頑張れるじゃない、俺。

 

 

「さて、藤井紘汰頑張りますかーっ!」

 

 

 漲ってきたやる気を体中に充満させるように意気込んで、力強く足を踏み出す。

 さあ、やりたいことをやってやろうじゃないか。

 

 

 ……ん? 着信が……。

 

 

「って、湊……!? おいちょちょまて切るなよ!?」

 

 

 手に持った書類を鞄にしまったり脇に抱えたり。

 危うく手帳を落とすとこだったがギリギリセーフだ。

 

 

「……そういや、湊と話すのいつ振りだ? ちょっと緊張してきた」

 

 

 わざと避けたのは俺のほうなのでこれに関しては自業自得。

 さて、要件は一体なんなのだろうか。

 俺が望む最良の展開になってくれれば、これ以上なく幸いなのだけれど……。

 

 

「…………あ、あー。湊? なんか用か?」

 

 

 震えそうな声をどうにか抑えようと努めながら、緊張しっぱなしのまま電話に出てしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私の、本当にやりたいこと」

 

 

 深くベッドに沈み込みながら、力なく呟いてまた目を覆った。

 あの日、リサにベランダ越しで伝えられた想いを、まだ整理できていない。

 

 

(私情を持ちこむなと言っておいて……気持ちだけじゃ音楽はできないなんて言って……その実、私が一番感情で動き続けてきた)

 

 

 私は一体何をしたかったのだろうか。

 何を求めて、何の為に――――

 

 

 尽きない自問。終わらない自責。

 父が音楽を失ってからずっと感じていた(・・・・・)何もない暗闇の中でもがくイメージが頭を離れない。

 ……そう、感じていたんだ。一時期はこの感覚が消え失せていた。

 一体いつから? そんな答えだけは簡単に見つかる。

 あの日。そうあの日からだ。

 今の湊友希那の始まりの日。私達二人が始まった日。

 

 私はずっと、隣にいたか細い光を掴んで歩いていたんだ。

 

 その歌は良くも悪くも月並みで。その演奏は楽しそうだけど技術はない。

 だけどずっと……ずっと私が探していたものが、そこにはほんの少しだけ残されていた。

 

 

(お父さんの、音楽……)

 

 

 焦れて求め、失って絶望した。

 そうして歪んだ私の想いは、歪な形のまま突き進んでいくのだと理解しようとしていたのに。

 

『――――うぉ! 聴かれてたのか……恥ずかしいな。ドア空いてたのか?』

『ああ、これ? 俺の……うん。憧れてる人の曲』

『楽しそうに弾いてた。って? ありがとうな。けどお世辞でも上手いって言われないのはやっぱ相当だよなぁ……』

 

 

 聴いてしまった。見てしまった。私が求めていたものの欠片を。

 だから我慢できなくて、どうしようもなくもっともっと傍にいたいと思ってしまって。

 

 気づけば、私達は――――

 

 

(そういえば、あの時紘汰はなんて言っていたっけ……)

 

 

 今はない、隣にいたはずの小さな光。

 それが見えなくなったあの日、彼は私に言葉を投げかけていた。

 

 

『俺たちの悲願だったはずのステージに立つ話を一度でも断ったのは、なんでなんだろうな』

 

 

 その場では答えることができなかった言葉。

 何故ステージに立つと言えなかったのか。

 その答えは……。

 

 

「っ! ……着信? あこから……ぁっ」

 

 

 手に持つスマホが着信で震える。

 届いたメッセージを開封すると、そこには…………。

 

 

「……紘汰。わかったかもしれないわ。何故私があの時断ったのか」

 

 

 今なら答えられるかもしれない。

 もう少しで見える気がする。自分の気持ちを理解できる気がする。

 だから、お願い……。

 

 

「最後に、もう一度だけ力を貸して」 

 

 

 通話を繋げる画面の上に、『藤井紘汰』の名が宛てられる。

 数秒経たずに繋がって、久し振りに聞いた声は機械越しで少しおかしく感じてしまった。

 

 

『…………あ、あー。湊? なんか用か?』

「え、ああ……ごめんなさい。そう、用事があったの」

『お、おう。なんか全然声しないから無言電話じゃないかって思ったよ』

「そんないたずらしないわよ……ね、この後、会えるかしら」

『え……ちょっと待て』

「? えぇ、勿論……」

 

 

 少しの間声が止み、ぺラぺラと何か紙のようなものを捲っては聞き取れない小さな言葉と書き込む音が少しだけ聞こえてくる。

 ほんの少しそうした後、紘汰は唸り声をあげながら私の急なお願いを聞いてくれた。

 

 

『ぅんー……19時くらいに駅前でいいか? 多分それくらいには着くと思う』

「勿論構わないわ。ありがとう、紘汰……待ってる」

『……おう』

「話したいことが、沢山あるの……あの時のあなたの言葉にも、きちんと答えるから」

『あぁ……あぁ。俺も、待ってるよ。湊』

 

 

 通話が切れる。少しばかり緊張してしまったけれど、上手く話せただろうか。

 久し振りに聞く声は安心したけれど、やっぱり大事なことは直接会って話したいから。

 さあ、次に向き合うべき人たちがいる。

 

 文字を打つのは、少し苦手だけど。

 少しでも私の気持ちが伝わるように、ひとつひとつ言葉を選んで、送信ボタンを押す。

 

 

(私の……私の、気持ちは……!!)

 

 

 

 

 

 




18話は全三話でお送り致します(見切り発車の弊害)
Twitterをフォローしてくださってる方はご存知かもしれませんがこの4連休でなるべく更新するので、お楽しみいただければ!


※7/25オリキャラタグを追加致しました。


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『貴方は誰』・2

 

「待ち合わせ時間には、何とか間に合ったな……」

 

 

 日が暮れて、丁度帰宅ラッシュが始まりだした時間帯。

 雑踏を避けつつ最寄りの駅に辿り着いたのは、待ち合わせ時間のおよそ10分前だった。

 遅刻は免れたことで少しの安堵が訪れるけど、やはり今日一日緊張しっぱなしだったせいかやけに心臓の鼓動がうるさく感じた。

 

 この後、湊が何を話してくるのか。予測できるようでできないことが少々怖い。

 リサさんもできることはやったと言っていたけれど、結局のところ決めるのは彼女だ。

 

 

「そろそろか……?」

 

 

 時計の針が19時を差す。

 丁度その時だった。

 

 

「――――紘汰っ」

「湊……よう、そんなに走るとコケるぞ」

 

 

 見慣れた服を着て小走りで駆けよってきた彼女は、俺の目の前に辿り着くと膝に手をついて息を整えている。

 こう見えてボーカルとしてかなりきつめの体力づくりををこなしている――まあ、運動神経はあれだが――はずの湊が息を切らすということは、相当急いで来たのだろう。

 あちこち乱れた髪の毛を流石に触って直すわけにもいかないので指差して指摘することにした。

 

 

「そんなに急がなくてもよかったのに……ほら、あちこち髪の毛乱れてるぞ」

「ごめんなさい。話すことを纏めようとしたら、少し考え込んでしまったの……。これでいいかしら」

「おう。バッチリ美人さんだ。……さて、場所でも移すか? ファミレスとか……」

 

 

 手櫛でさっと整えた湊に移動を提案してみるも、ふるふるとかぶりを振って否定されてしまう。

 はて、さっと終わる話でもないと思うので落ち着ける場所がいいと思ったのだが……。

 疑問を浮かべる俺に、湊はそっと駅前の広場にあるベンチを指さした。

 噴水前に備えられた木製の素朴なベンチは、夜になると噴水のライトアップに照らされてよく映えて綺麗だとリサさんがよく言っていたっけ。

 

 

「……あまり時間を置くと、言いたい事がまたわからなくなってしまう気がする、から……よければ、あそこでも構わない?」

「湊がよければ、俺もそれでいいよ……。んじゃ行くか。つってもすぐそこだけど」

「えぇ、そうね。行きましょう」

 

 

 例えすぐそこだったとしても、帰宅する人混みに巻き込まれないように湊を連れていく。

 バンドを組む以前、いつもと違うライブハウスに連れて行った時に迷子になられたのをよく覚えていた。

 ほどなくして、目的の噴水前に辿り着く。幸い周りには人気が少なかった。

 といっても、特に聞かれて困る話をするわけでもないだろうが。

 

 

「……ふぅ」

「……」

 

 

 ベンチに静かに腰掛ける。

 俺は今日一日駆けずり回っていたこともあって足が棒になっていたし、湊も息を切らしていたこともあって座れることは素直に有難い。

 しばしの間噴水の水音だけが俺たちの間に響いた。

 流石に気まずくなってきて湊の方をチラと見た、その時。

 

「――ぁっ」

「えっ」

 

 

 目線が綺麗にぶつかる。金色の瞳もまた横目でこちらを見ていたようだ。

 小さな声をあげてすぐに前に視線を戻してしまう湊に、ついこちらも釣られて声をあげてしまう。

 ほんの一瞬の出来事だったからこそ気のせいということにもできたが、俺の見間違いじゃなければその瞳はやけに潤んでいて……。

 

 

「み……湊?」

「ど、どうかしたの?」

 

 

 ――――……え。なんでそんな目で見てらしたの?

 なんて直球で聞けたらどれだけよかったことか。

 残念ながら俺にはそんな蛮勇を持つ程の度胸もない。精々が見間違いとして心にしまっておく位のどうしようもないチキンだ。

 思わずどもってしまったが、湊も湊でやけに上ずった声でそれに応じてしまっていた。

 

 オイオイオイ。なんだその反応めっちゃ気になるじゃねーか。

 そして気のせいかどんどん湊の頬が赤らんでいるように見える。いやこれは流石に俺の目が馬鹿になってなければ間違いない。後ろのライトアップに照らされて、白い肌に朱が差していくのがよーく見て取れた。

 き、聞くか……!? 聞いちゃうのか、俺……!?

 

 

「み、湊。あの――――」

「――――ごめんなさい」

 

 気力を総動員して絞り出そうとした声は、半ばで遮られた。それも謝罪の言葉で。

 え? というのが最初の頭の中の反応。その後は完全に体が硬直してしまう。

 ただ一点。言葉が紡がれる口に視線が注がれていって。

 

 

「私は、私の気持ちを理解できなかった。私の”やりたい”を口に出すことを、無意識化に避けていた」

 

「スカウトを、断ったわ。私達の約束から遠ざかってしまった……だから、ごめんなさい」

 

 

 …………ああ、なんだそういうことか。

 思い切り胸を撫で下ろすと同時に胸元で詰まっていた息を静かに吐き出す。

 頭を下げたまま俯いた湊の目元には、少しの光るものがあった。

 一瞬でも誤解してしまったのがどうしようもなく情けなくて恥ずかしい。顔から火が出そうだ。

 

 

「ふぅ……湊、顔上げろ。お前は何にも謝ることはねえよ」

「……あなたも、リサと同じなのね」

「あん? リサさん? なんでそこでリサさんが……」

「話をしたの。なんでいつも私に優しくするのか。寄り添ってくれようとしてくれるのか。悪いのは全部、私なのに、って」

 

 

 ……リサさんはしっかりと役目を果たそうとしてくれたのか。

 疑っていたわけじゃない。けれどあれだけ自分を見失いかけていた湊にどこまで言葉が届くのか、それだけはどうにも予測がつかなかった。

 しかし……やはり『親友』の力は偉大らしい。

 

 

「紘汰もそうよ。あなたは……出会った最初の頃から私のことを支えようとしてくれたわ」

「ああ、そうだな……お前のライブを観て、歌を聴いて。その時からずーっと、俺のやりたいことは変わらない」

「ねえ、もう一度聞いてもいい? あなたは……なんでいつもそうなの?」

「そうなの、って。随分ざっくりとしてんなぁ」

「仕方がないじゃない。だって、気づけばなんだってしようとするのがあなたなんだもの」

 

 

 ……確かになぁ。頼まれてもいないのに駆け回る俺を回想して笑い、空を仰ぎ見ながら考えた。

 まず、1つは絶対に外せない。これは何物にも代えがたい、俺たちの間にしかないものだから。

 

 

「まずは、俺たちが結んだ約束。これが1つだな」

「……えぇ。違える気はないわ」

「ありがとな。んで、2つ目は……あ、これそういえば最初に会ったあの時言ってなかったな」

 

 

 空を見る。都心の駅前だというのに、やけに星が見える日だった。

 そのひとつひとつを手に収めるように、伸ばす。

 空を切った俺の手のひらには当然何も残っていなかった。

 

 

「空っぽになった俺には、お前の歌がすっげー眩しく見えたんだ」

「眩しく……?」

「んー。なんていうのかな。キラキラして、もう見えなくなったはずの世界が、その時だけは見えたんだ。無くした物が見つかったみたいで、本当に嬉しかった。だから、かな」

「随分抽象的なのね……全然分からないわ」

「ちょっとポエミーだったよな」

 

 

 冗談めかしてそういうと、湊はつられて笑みを浮かべた。

 だけどこれも紛れもなく本当のことだから。

 

 

「だから。俺はお前がどんな道を選んだとしても……お前がお前である限り手を貸すよ」

「紘汰……私……っ」

「いいんだ。湊、それがお前の本当にやりたい事なら……その延長線上に俺たちの約束があるなら。そこに思いっきり飛び込んでいけばいいんだよ」

「私、見えなくなっていたの……! あの日、あなたの問いに答えられなかったあの日から。ずっと傍にあった小さな温かさが。ずっと、分からなくて。リサにもつらく当たって……っ」

「……泣くなよ。湊。俺はここに……ここにいるから」

 

 

 一転し、懺悔するような、絞り出すような声が段々と嗚咽を帯びてくるといよいよもって湊は瞳に涙を貯めた。

 そのあとはゆっくりと、ゆっくりと言葉を零していく。

 孤立していく感覚。孤独に震えるなんてこと、今までの湊友希那には有り得なかった。

 つまりはもう、この震えている小さな彼女はとっくに孤高の歌姫などではなくなっていたのだろう。

 ずっと見てきたからこそ、分かるんだ。

 あの全てを置いてきぼりにする程の冷たさを孕んだ歌をステージで魅せていたはずの湊が、五人が揃って以降のステージではずっと、楽しそうに歌っていたことを。

 

 俺が言えることなんて、月並みな言葉だらけだけど。

 

 約束を守ってくれるだけで十分だ。何をしたって、どんな道を歩いたっていい。

 だってお前が、俺が――俺たちが憧れたのは、そういう人だっただろう?

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさいっ……!」

「泣くなってば……。ああ、もう」

 

 

 こんなこと、普段なら絶対にしないんだが。

 今は見えない何かに怯えて震えている姿を他の人に見せたくなくて、考えるより先に体が動いてしまう。

 少し力任せに肩を抱き寄せる。小さな体はそれだけですっぽりと俺の胸に収まってしまった。

 ライブでは圧倒的なパフォーマンスで周囲を圧倒しているのに。誰よりも大きく見えるのに。

 ――――こんなに華奢で、小さかったのか。

 泣きじゃくる彼女を宥める様に、トントンと背中を優しく叩き続けた。

 

 

「紘汰っ……私、やりたいって、いっても……いいのっ……?」

「いいんだよ。お前はもう少しワガママになっても」

「私、わたしは……っ!」

 

 

 堰を切ったように溢れ出す感情の激流を、止めてやることなく外へ吐き出させてやる。

 こういう時は思い切り言いたいことを言わせてやるのが一番だと俺自身がよく知っていた。

 

 何より、本心を吐露するなんて勇気のいる行為を止められるわけがないだろう。

 

 

 

私は、また五人で音楽がやりたいっ……! Roseliaを続けたいのっ……!!

 

 

 

 それはずっと私情は不要と切り捨ててきた少女が抱え込んできた、初めて抱いた”やりたい”という願望。

 俺が隣にいるだけじゃ絶対に起きることがなかった変化。

 今、彼女はきっと前へ一歩を踏み出したんだ。

 

 

「それだけ言えれば十分だ。みんなに真っすぐ伝えてやれよ。お前の大切な居場所に……さ」

「…………」

 

 

 返事はない。ただコクリと腕の中で頭が頷く動作をみせる。

 人気が少ないとはいえ、外でこんな姿勢を取ることは正直滅茶苦茶恥ずかしいんだけども。

 ……まあ、こんな安い鳥籠でよければいくらでも羽を休めればいい。そう割りきって時折向けられる視線を全て無視してただ湊の震えを止めることだけに専念することにした俺は、その姿勢のまま空を見上げた。

 

 

 

 ああ。色は見えない。輝いていない。

 

 

 ただこの腕の中にある小さな輝きだけが、今はこの瞳に色彩を与えてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……。ありがとう、紘汰」

 

 

 ただ黙ってこの体の震えを抑えようとしてくれている彼の胸の内で、小さく呟く。

 

 

「私、前を向いて進むから……見ていてちょうだい、ね」

 

 

 その声は聞こえたのだろうか。ずっと空を見上げる彼の顔が今はどんな表情をしているのか分からない。

 けど。

 

 

「あなたも、私の大切な居場所。なのだから……」

 

 

 今だけは彼の温もりに、胸の奥から伝わってくる鼓動に身を預ける。

 もう見失いたくない。私の”やりたい”を……そして、この温もりを。

 温かい光が傍にまた帰ってきてくれた。そのことが嬉しくて、泣きながら笑った。

 

 

(四人には悪いけれど、この繋がりだけは……私のモノ)

 

 

 やっと見つけた。私の気持ち。

 夜空を仰ぐ彼の姿を、長く、長く刻み込むように見つめ続けた。

 

 

 

 




久々にとなりに友希那さんがいる回でした。
ついでとばかりに色々余計なものまで自覚してしまった友希那さんとRoseliaの明日はどっちだ。

次回、三部作最終話。物語は全ての始まり、二人の出会いへと逆行します。



よければ感想と評価お願いします!!!



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『貴方は誰』・3

 あの日、湊の想いを受け止めた日。

 冷静になってみればこのお互いの距離ゼロの状況っていつまで続くんだと内心パニックに陥りかけていた時のことだった。

 

 

「……! ん。スマホか?」

「私のも……紘汰」

「お、おお。悪い、離れるわ……ええとなになに」

 

 

 バイブレーションがポケットの中で震えたことで、意識が完全にそちらに向く。

 湊も同タイミングでそれがやってきたらしい。

 俺が完全にホールドしていた為に動けない。ということを最短のワードで伝えてきたことによって、ようやく自然な流れであの恥ずかしい状況から抜け出すことができたのだった。

 

 ……まだちょっとドキドキしている心臓に努めて冷静になるように命じながら、通知を開く。

 正体は一件のメールだった。

 

 

「……あこの奴」

 

 

 件名はない。けれど本文には純粋なあこらしい文字が綴られていた。

 メールの最後には動画まで載っている。

 その音を、表情ひとつひとつを見て、思わず笑みがこぼれた。

 

 

「……! ……っ」

 

 

 横目で見た湊は、文字と動画を一通り見た後一心不乱に文字を打ちこみ始める。

 しばらくして、再び俺のスマホに通知の明かりが灯った。

 

 件名は同じくない。だけど、メンバー全員に宛てられたこのメールには湊のどこまでも真っすぐな気持ちが文字に現れていた。

 

 

「……ふぅ」

「お疲れさん。よく頑張ったじゃねーの」

「素直な気持ちをぶつけるって、そう決めたんだもの。それに……」

 

 

 肩の力を抜くように息を漏らした湊へねぎらいの言葉を投げると、先程までの迷いが見えていた瞳ではない、俺がよく知る湊友希那の瞳がまっすぐに俺へと向く。

 どこまでも綺麗な琥珀色の瞳が、しばらく見つめあった後に少しだけ揺れた。

 

 

「たくさん勇気を、貰ったから」

 

 

「ぉ――――」

 

 

 言葉と共に、トン。という小さな衝撃が胸に走る。

 何が起きたか理解するまでに時間がかかって、気づけば胸元に艶やかな銀髪が見えた。

 あわや倒れ込んでしまう所を後ろに手をついて回避したものの。

 

 

「は、え……ちょ。はっ?」

 

「温かい……」

 

 

 努めて冷静になるように指示を出していた脳がバグったことで心臓が再度強烈なエンジンを刻みだす。

 湊はというとろくに見れないので予想なのだが、多分胸元に頬を当てて体重を預けてきていた。

 言語機能が真っ先に崩壊して同じ言葉を繰り返している内に、湊はさっと体を翻して立ち上がる。

 

 

「み、なと……?」

「たくさん貰いはしたけれど、最後の一押しといったところかしら。おかげで、頑張れそう」

「ぇ、あ? ……う、うん。それは、なにより?」

 

 

 呆然と見上げるその先で、湊は笑みを浮かべていた。

 目元は泣いたせいか少し赤らんでいる。だけどその表情は何かを吹っ切ったようにすっきりとしていた。

 

 

「話し合いの日。ちゃんと来るのよ?」

「は……はい」

 

 

 去り際に控えめに振られた手に振り返す。

 思わず敬語になってしまってるあたり本当に勢いで押し切られた感が半端ないのだけど、とりあえずまともに再起動した俺が言えることはひとつだった。

 

 

「――――え、あの湊、誰?」

 

 

 これが、あの日に起きた事の顛末。

 あまりの衝撃的な数々に、気づけば家に帰って倒れる様に眠ってしまったのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ところ変わって、CiRCLE。

 スタジオを借りて揃った四人に向けて、湊友希那は淡々と語りだした。

 

 

「揃ったかしら」

 

 

 その問いに答える者はいない。皆が彼女が何を言い出すかを待っていた。

 

 

「まずは……謝らせて」

「何に対しての謝罪ですか?」

「っ……さ、紗夜っ」

 

 

 謝罪の意を示した友希那へ、紗夜が即座に切り込む。

 出鼻をくじく様なその所作に、リサが止めに入るもそれは友希那自身が静止した。

 

 

「リサ、やめて……。私がやったことは、バンドメンバーとして不適切だった。そのことに対しての謝罪よ……ごめんなさい」

「不適切? それはどういう……」

「私は、私の気持ちを理解できていなかった。あなた達との関係も、分かっているつもりでいた……スカウトは断った」

 

 

 まずはリサが、その言葉の意味を知って目を見開きながら友希那へ振り向く。

 その場にいる全員が少なからずその事実に衝撃を受けるも、紗夜はそれを表面上に出さずに話を進める。

 まるで何かを確かめたいかのように、じっと友希那を見据え続けた。

 

 

「たとえスカウトを断ったとしても、私達を集めた理由は変わらない。『コンテスト要員』……『バンドメンバー』としてじゃない。そうでしょう?」

「紗夜ッ! そんな言い方無いよ……!」

 

「やめてリサ! ……確かにそう。私はその為にバンドを作った。責められて当然だと思ってる。けど……」

 

 真っ白になりかけた思考の中で、これまでの記憶がフラッシュバックする。

 それは、折れかけていた自分を支えようとしてくれた言葉だった。

 だから湊友希那は、もう見失わない。

 全てをぶつけよう。全てを晒そう。もう目を逸らさない、弱さに逃げない。

 

 

(……勇気を、貰ったのだから)

 

 

 胸の内に、温かさがある。

 暗闇の中に寄り添ってくれていたか細い光は、ずっと背中を押すように輝いてくれている。

 

 だから湊友希那は、もう逃げない。

 

 

「私の全ては『FUTURE WORLD FES.』に出場する為にあった。そのためだけに音楽を続けてきた……それ以外のことなんて、見えなかった」

「私もそのことには賛同しました。フェスは頂点……しかし湊さん。あなたがそれ以外見えていないということはつまり、その先がないということになる。違いますか?」

「ッ……そう、ね」

 

 

 そう。そうだった。

 フェスにさえ出れればいい。そこで湊友希那の音楽を認めさせる。それだけだった。

 だけど、違う。違うんだ。

 

 今はもう、決してそれだけじゃないんだと。

 次いで放たれた紗夜の言葉を、今までにない大声で遮った。

 

 

「なら結局、私達はあなたの『使い捨て』――――」

「――――それは違うッッ!!」

 

 

 コントロールできない激情と共に放たれた声で、その場の空気がシンと鎮まる。

 一瞬沸騰しかけた思考を冷やしながら、友希那は己の胸の内を曝け出していった。

 

 

「バンドを探した理由も、目的もそう……だけどっ……紗夜がきてくれて、みんなが集まってくれた。いつの間にか私は、お父さんのことよりも――――!」

 

 

 ――『みんなに真っすぐ伝えてやれよ。お前の大切な居場所に……』

 

 脳裏に過る言葉の通り、真っすぐに己の想いを伝えていく。

 長い昔話の末、全てを語りきった友希那は感情のままに叫んでいた。

 

 

私はッ……この五人でバンドがやりたいッ!! この五人じゃなきゃ、Roseliaじゃなきゃだめなの!!

 

「都合がいいことは分かってる。私がRoseliaを抜けた方がいいことも。だけど……! 私は続けたい!」

 

「でも、みんなの気持ちはわからないから……今日、ここで私の気持ちを、伝えさせてもらった……」

 

 

 全部を出し切った友希那はそのまま脱力するように俯く。

 そんな彼女に話しかけたのは、やはり紗夜だった。

 

 

「……あなたが言ったんでしょう? 私情はRoseliaにはいらないんだと」

「……」

「けど、そうね……その気持ちが分からないと言ったら、嘘になるわ」

「――――!」

 

 

 紗夜が語る。ここまでの友希那の気持ちを聞いたうえでの、自身の気持ちを。

 音楽を始める理由なんて、大体みんな同じものなのだと。

 私情はいらないと言っていた筈のメンバー全員が、始めた理由を口にするもそれは全て単純なものであった。

 

 

「抱えたものをどうするかはそれぞれの自由。だけど……捨てられないから抱えているんでしょう?」

 

 

 だったら、そのまま進んでいくしかない。

 いつか自分ともう一度向き合えるその時まで……。

 何より、とようやくその表情を崩し、紗夜は言った。

 

 

「私も、まだ『Roselia』を続けていたいですから」

「紗夜……!」

 

 

 差し伸べられる手を取る。

 四人と離れていた位置にいた場所から、四人のいるそこへと引っ張られて輪の中へ入っていく。

 バンドとしての、『Roselia』としての再スタートが切られた瞬間だった。

 

 そして――――

 

 

「わっ! これってもしかして再結成フラグだったりします!?」

 

「解散してな――」

「解散してな――」

 

 

「悪い! 遅れた!!」

 

 

 息を切らしながら飛び込んできた一人の男。

 あまりにも間の悪い登場に、思わずその場にいる全員が冷え切った目線を向けたのは必然のことだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「紘汰、あなた……間が悪過ぎよ」

「ええ、私も同感です」

 

「え、嘘。俺責められてる……? 白金さんたすけて……」

「あ、え、は……はい……よしよし」

「コラコラ燐子は甘やかさないの」

「離れなさい紘汰今すぐ」

 

 

 直前まで用を済ませて必ず来いという約束を守ったら責められてるでござる。

 どういうことだってばよ……。ヨヨヨ……。と白金さんに縋りつこうとするも秒でリサさんと湊に引き剥がされてしまった。何故だか妙に湊の力が強い。

 グェー。と潰れたカエルのような声を出しながら引っぺがされてると、むくれたあこまでも俺を責め立てだした。

 

 

「そーだよ! 紘汰さんなんで最初からいなかったのさー! せっかくRoselia感動の再結成シーンだったのにー!!」

 

「だから解散してない!」

「だから解散してない!」

 

「……っ!」

「……っ!」

 

 

 おお。見事に一連の流れ全部ハモってら。

 やっぱり似たモノ同士というわけか、お互い顔を見合ってからふいと顔を逸らすところまでシンクロをかましていた。

 ……まあ、とにもかくにもまずは。

 

 

「よく頑張ったな。湊」

「……ぁ」

 

 

 勇気を出して居場所を守った者に称賛を。

 その言葉を受けた湊はまたも顔をあっちこっちに向けて俺を見てくれないが、まあそれは置いておこう。

 というか置いておかないとリサさんからの視線がなんか怪しい気がする。このままの流れだと十中八九本題を切り出せない恐れがあるので、早いとこ俺も全部ぶちまけよう。

 

 

 

「それじゃあ、俺も謝らせてもらいます……四人を巻き込んで、すまなかった」

 

 

 深々とその場で頭を下げる。

 四人は当時の状況をすっかり覚えてないのか困惑してるが……誤解とはいえRoseliaの危機に特に何もしてこなかったということには変わりない。

 今思えば当時の俺の言い方もかなりアレだ。それ以外の言葉が出なかったとはいえ、ちょっとどころじゃない位足らなさ過ぎた。

 

 

「……確かに、あなたも相当私達に隠し事をしていましたね」

「あ~……言われてみれば、友希那と紘汰の関係とか、色々……?」

 

「そうだな。俺と湊から始まったことなのに、全部を教えずにバンドを続けてくれなんて甘いことは言わない……まあ、今から色々ぶちまけるんで。とりあえずこの雑誌、見てくれよ」

 

 

 震える手を誤魔化して、小脇に抱えた雑誌を差し出す。

 音楽雑誌にしてはマイナーのものだが、こういうところじゃないとすぐに記事にするところまでいかなかったから。

 この俺の一連の行動に驚いていたのは湊もだが、特に白金さんの反応が顕著だった。

 

 

「! お兄さん……もしかして」

「……ケジメはつける。って言ったろ? 今がその時なんだと思う。多分」

 

 

 珍しく表情を驚きに染めて話しかけてくる白金さんにそう返すと、慌てた様子で雑誌を広げるリサさんや紗夜さんの下へ駆け寄っていく。

 

 

「……話すのね」

「おう。俺たちのことも全部。そうでなきゃ、本当の意味でお前のバンドにならんだろ」

「……ありがとう」

「なんのお礼だよ。俺こそすまん。隠せればそれはそれでよかったんだが」

「いいえ……私もみんなは知るべきだと思うわ。私達の、過去を」

「そうだな。そんで、俺ももう自分のやりたいことを隠さないことにした。湊、俺は――――」

 

 

 いつのまにかとなりに立っていた湊は、これからやることを察していた。

 そうだ。これはまだ湊にも言っていなかったな。そう思って次いで口に出した言葉と、あこの叫びが重なった。

 

 

「Roseliaの為に、また現役復帰するよ」

 

「えぇぇええええーーーー!! 紘汰さんが、作曲家ーー!?」

 

 

 

 おう。もうちょっと静かにネタバレしてほしかったなぁ、俺。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……およそ4年前、ヒットチャートを埋め尽くしたこともある若き作曲家が電撃復活。ですか」

「あ、この曲あこ知ってる! これも……あ、こっちも!」

 

 

 雑誌の一大スクープと称されて数ページにわたって書かれた俺の来歴。

 それに付け加えられて随分と誇張も含んだ書き方もされているが、まあおおむね真実が載せられていた。

 以前作ったことのある曲名まで載せられていれば、嫌でも音楽好きには何していたかなんてわかってしまう。

 

 ……というかヒットチャート埋め尽くしたことあるのか。それは知らんかった。

 

 

「これが真実であるとして……その、あなたは確か」

「……そう、俺は3年前に引退した。理由は……これから話すが、俺が過去に1つのバンドを潰したことがきっかけだ」

 

「バンドを、潰したって……まさか」

「……っ」

「お兄さん……」

 

 

 『バンドを潰した』。その言葉で合点がいったリサさんが湊へと視線を投げる。

 湊は一瞬苦し気な顔をしたが、それでも耐えて、俺の方を見据えて続けろと目で訴えかけてきた。

 俺の過去を湊を除いて知る白金さんも、心配そうな声を漏らす。

 

 大丈夫だって。心配しなくても……もう逃げないから。

 

 

「今から話すのは、俺の過去で、湊の過去。俺たちが何故フェスを目指すのか……。まずは作曲家として生きていた頃の、『Who』であった頃の俺の話を、しよう」

 

 

 懐かしき名を口に出す。3年振りだろうか。

 俺がまだ、輝きの中に生きていた頃の名前。そして俺を暗闇の中へと突き落とした名前。

 

 

 

 

 長い、長い昔話を、始めよう。

 

 




三部作でお送りしました。
これから先は過去編が始まります。
彼と彼女が何故出会って、何故となりにいる道を選んだのかのお話。
輝きを失った彼のお話です。


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