幼馴染以上、夫婦未満 (イチゴ侍)
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特別話 愛を伝える日
バレンタイン!
(いい子で待ってるのに歩夢ちゃんUR引けなかったよ……)
今回は時系列とか全く関係ないお話なので、続編ではありません!ifです!
その日の夜、僕は不思議な感覚を味わっていた。僕以外の誰かが布団の中に入ってきている。
「覚えてるかなぁ? ⋯⋯ふふっ、幼稚園の頃お泊まり会あったよね? その時も寝ているあなたにこうやって抱きついてたんだよ。⋯⋯って、あなたは寝てたから覚えてるわけないよね」
「⋯⋯」
ちなみに我が家には父と母、そして僕の三人で暮らしている。生まれてこの方、きょうだいができた覚えはない。
「ねぇ、キスしたいな。でも⋯⋯ダメだよね。ちゃんとあなたが起きてるときにしなきゃ⋯⋯」
「⋯⋯」
その声は確かに歩夢ちゃんの声で間違いなかった。
そして僕は直感で感じた。
起きたらナニかを失う。本能に従い、僕はただ寝たふりをする。それは多分、山で熊と遭遇してしまった時の対処法に似てる気がする。
「幼稚園の頃約束したこと覚えてる? 大きくなったら結婚しようって……私、今もずっと待ってるんだよ?」
それは確かに覚えがあった。砂場で一緒に城を作ってる時に彼女が言っていた。もちろん幼さ故の軽い気持ちで僕は結婚すると返事した。
それからだろうか彼女との距離が異様に近いと感じ始めたのは。
それから小学校、中学校と上がるにつれて彼女との近すぎる距離を気にし始めた僕は、少しだけ近ず離れずの距離を保った。
彼女も彼女で、積極的な性格ではないため距離感を悟ってくれたのか、行きすぎな接近はしなくなった。
「どうしたらあなたは振り向いてくれるかな。どうしたらもっと私の事見てくれるかな。どうしたら私の傍にずっといてくれるかな」
絶えない質問。だが僕は声を出せないでいた。それだけ彼女の、歩夢ちゃんの気迫がとてつもなく恐ろしかったのだ。
「はぁ⋯⋯こうしてあなたの体温を感じながら可愛い寝顔をずーっと見ていたいな。ずっとずっと抱きしめていたい。あなたの匂いも私だけのものにしちゃいたいよ」
そっと耳元で囁く歩夢ちゃん。彼女の甘い香りと、優しいその声に誘惑されて今すぐにでも起き上がって抱きしめたい。僕の頭の中はもう歩夢ちゃんの事でいっぱいになりかけていた。
「⋯⋯でもね。」
刹那、場の空気が変わった。
「今日のあれは私許せないよ」
心なしか歩夢ちゃんの声のトーンも2つ3つほど下がっている。
「バレンタインのチョコ、しずくちゃんから貰ってたよね? 私見ちゃったんだ。あなたが嬉しそうに手作りのチョコ貰ってるところ」
「あ、もしかしてあなたはあれが義理とか同じ同好会の仲間だからとか思ってた? 違うよ。だって私、聞いちゃったんだ。しずくちゃん、あなたの事好きなんだって」
な⋯⋯。そんな、しずくちゃんが? まさかこんな時に聞かされるなんて思ってもみなかった。
「あなたは鈍感だからね。もちろんしずくちゃんだけじゃないよ。かすみちゃんもせつ菜ちゃんも愛ちゃんもみんなみんなあなたの事大好きなんだよ。もちろん私も」
嬉しい。とは素直に喜べないそんな状況なため複雑な気持ちだ。
「でもね。みんな一緒じゃだめなの」
背筋にゾクっと何かが走った。
「あなたを好きでいていいのは私だけ。だって私はあなたの幼馴染だもん。あなたと一緒に朝起きて、一緒に朝ごはんを食べて、一緒に学校に行って、一緒に授業を受けて、一緒に私の作ったお弁当を食べて────」
もじもじと体を動かす歩夢ちゃんに刺激され、寝ているフリが続けられなくなりつつあった。
「────なのにどうして? どうして今日しずくちゃんのチョコ貰ったの? ねぇどうして?」
僕の手首を絞めるように握る歩夢ちゃん。僕は気づかれないように表情を歪めた。
「私のチョコだけじゃだめなの? 私ちゃんとあなたが好きな味になるように頑張ったんだよ。あなたにもっと私を感じてほしいから血だって入れたのに」
まさか、今日やけに指に絆創膏が貼られていたのはそういうことだったのか。
「でもね。しずくちゃんからチョコ貰ってたのがどうでもよくなるくらい嬉しいこともあったんだ」
そう、僕は歩夢ちゃんの血が入ったチョコを美味しいと全て食べている。
「一つ、また一つってあなたの中に私が入っていくのを近くで見ていられてとっても幸せだった」
食べるたびに嬉しそうに僕を見ていた彼女の顔が鮮明に浮かび上がる。
「それにね。美味しかったってあなたに頭を撫でられた時なんて私どうなっちゃうか分からなかったんだよ。もう今すぐ私だけのあなたにしちゃいたいって本気だったんだから」
頭をゆっくりと優しく撫でるその動きは、まるで私のものだと主張するかのようだった。
「ねぇ、今日からおやすみだね? 今日は何しよっか? 一緒にデートもいいな。あ、でもお家でゆっくりあなたと過ごすのも楽しいね? ふふっ、考えるだけですっごく幸せ♡」
「ふわぁ……ん、ちょっと眠くなってきちゃった。もう少しあなたの寝顔を見てたかったけど、朝起きる前のあなたの寝顔も見たいから早く寝なきゃ! ……それじゃ、おやすみなさい♡」
そして歩夢ちゃんは夢の中へと入っていった。
残された僕の体には彼女の体温と甘い匂い、そして愛情という名の恐怖が埋め込まれていた。
自分でも書いてて何書いてるんだろうとか思ったりしたけど、考えないことにしました。みなさん、肌で感じてください!
バレンタインにチョコが貰えないからこれくらいとち狂ったものを書いても許されると思うんですよ(名推理)
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特別話 愛しの君に
歩夢ちゃんに出会ってから初めての誕生日のお祝いになりました。いろいろ思い込めて書かせて頂きました。
その日、僕は20年間生きてきて初めて"心臓が破裂しそう"という言葉を思い浮かべた。
「……な、なんだか緊張しちゃうね」
「……。」
真夜中、街の灯りも消えて夜の街が息を吹き返し始めた頃、僕達もまた静まることは無かった。
いや、実際にはそこは静かなはず。だと言うのに、僕の心臓はドクンドクンと脈打ち、落ち着いてくれないのだ。
少しどこかしらの筋肉を動かす度に、ギシギシとベッドが軋む。
ここが僕の家なら、落ち着いてくれるんだろう。でもここは僕の家でも、彼女────歩夢ちゃんの家でも無い。
僕たちは、男女が"そういうこと"をする宿泊施設────通称、ラブホに来ていた。
「……や、やっぱり僕、床に布団敷いて寝るよ。歩夢ちゃんはそのままベッド使って」
お互い白いバスローブ一枚だ。
歩夢ちゃんは、僕の隣に腰を下ろし、足と足を絡めてじゃれつかせている。その様が何とも可愛らしい。
「だ、だめだよ! それじゃあ体痛くしちゃう」
「そ、それでもだよ。だって、元はと言えば僕のミスだし……」
元を辿ると全ては僕が原因だった。
***
大学生ともなると、同じくらいの人達はみんな大人で、お酒もタバコも楽しむような年代が多い。そんな中で、大学で知り合った友達と飲みに行くことになった。
「うっし、それじゃー俺が乾杯の音頭を取らせて頂きます! まずは────」
『かんぱーい!』
「────おいこら待てやァ!」
合わせて20人くらいの大人数で、この日のために居酒屋内の一番大きい席を予約していたらしい。
もちろんこの場にいるのは同じ大学の人達で、中には先輩の人とかも混ざっている。
その中には当然、歩夢ちゃんもいた。
お酒はあんまり好きではない方だ。ただ飲めないわけでは無くて好んで飲まないだけ。最初はこの飲み会も遠慮気味だったのだが、歩夢ちゃんが女友達と行くと言っていたのを勝手に聞いた僕が、堪らず参加を決めたのだ。
「おーっす飲んでるかー?」
彼はさっき音頭を取ろうとして華麗にスルーされていた僕の友人で、みんなからは"ショウ"と呼ばれている。
「うん、ジュースだけどね」
「いいんだよ。飲みの席に決まって酒飲まなきゃなんてルールねぇんだからよ。遠慮するな」
「ありがとう、誘ってくれて」
「おう!」
慣れない大学生活の中、初めて話したのが彼だった。初めて見た時、本当に怖い人だと思っていた。
眼力が鋭くて、高身長で耳にピアスを付けていて金髪。パッと見は完全にヤンキーにしか見えなかった。けど、いざ蓋を開けてみればなんてことは無く、フレンドリーで気さくな男だった。
「しっかし、なんだぁ。俺が誘ったとはいえ、意外だったよ」
「僕が来たのが?」
ショウ君は首を縦に降ると、手に持っていたサワーを軽く喉に流した。
「最初誘った時だって、あんまし乗り気じゃなかったろ?」
「そうだね。お酒あんまり好きじゃなかったから、浮いちゃうかなって思って」
「それがなんでまた来る気になったんだ?」
答えに詰まった。
どう説明するべきだろうか。
正直に女友達と一緒とはいえ、幼馴染みが一人夜の飲み会に行くのは心配だった。と答えるべきか?
「……。」
「────はっはーん。さては女だな?」
「────っ!?」
誤魔化そうと口に含んだジュースを危うく吹き出すところだった。
でもどうしてバレたんだ。
「どうして、って顔してるから言っとくが、思いっきり顔……っていうか"目"に現れてたからな」
「め、目?」
まさかとは思うけど、思いっきり歩夢ちゃん達の方を見てたの見られてたかな。
「まぁ、分からないでもないぜ。大学生にもなって彼女の1人や2人欲しくならないわけないもんな?」
うんうん、と頷くショウ君。
「よし、お前が狙ってる子と、いい感じになるようにいっちょ俺が手伝ってやるよ!」
「や、えと……」
「で? どの子なんだ」
「だから僕は……」
ダメだ。完全に聞く耳を持ってくれていない。
それどころか、いろんな女の子に指をさしては「あの子か?」「それともあの子だな?」と声を大きくして言うものだから、僕まで目立ってしまっている。
そんな時だった。
「おいこら彰太郎。あんたは余計な事しないでいいの。恥ずかしいったらありゃしない」
「なんだよアキ。俺は友人のためを思ってだな!」
「はいはい。世の中ではそれを"お節介"って呼ぶんだよ」
「んだと!」
僕では止められなかった彰太郎を止めたのは、彰太郎の彼女さんであるアキさんこと────
「だいたいあんたはいっつもそうやっていい感じだった二人を急かすようなことして失敗するんだから。ケアする私の身にもなれっての!」
「なんだとー!? 自分の手柄みたいにいいやがって!」
「私のおかげで間違いないじゃない」
「いいや間違ってるね! カップルになりかけの奴らは誰かが急かしてハッパかけてやった方が上手くいくんだよ!」
「それに私のケアが入ってやっと上手くいってるのよ! そろそろ気づけ馬鹿」
ヒートアップしていく二人。
話によると、二人は幼馴染みらしい。中学の頃にお互いを男と女として自覚してすぐに告白したと聞いている。ショウ君によるとアキさんから告白してきたらしいのだが、今の感じを見ていると真相はちょっと分からない。
喧嘩し合う二人に挟まれた僕はどうすることも出来ず、ただただ焼き鳥を食べていた。
「……てかさ、あんたがすぐ彼に近づくから話してみたいって子が近づけないで困ってんだよ」
「え……? マジ?」
え……マジ? は僕のセリフなんだけど……。ようやく喧嘩が収まって来たってところで、話の主役が僕へと戻ってきてしまった。
でも話して見たいって誰なんだろう。
「こりゃぁ悪いことしたな」
「はぁ、まぁお節介があんたのいい所でもあるからいいけどさ」
「で、その子は?」
と、そこでアキさんが声をかけるとその子はそそくさとこっちにやってきた。
「あ、あの……」
「おお、清楚系」
「あたしの友達のマナこと
「よ、よろしくお願いしますっ!」
綺麗にお辞儀をする彼女。その礼儀正しさに、僕も思わずお辞儀を返した。
長い黒髪が特徴で、前髪を切り揃えている。服もそれほど派手じゃない爽やかなワンピースで、見るからに清楚な人だった。
「じゃ、改めて4人でかんぱ────」
「あんたはこっち!」
なんの反論も許さずに、ショウ君はアキさんによって連れていかれた。
結果、その場に僕と愛美さんが残されてしまった。
「……行っちゃいましたね」
「そ、そうですねあはは……」
……気まずい。
同じ大学の人とはいえ、つい今さっき顔を合わせたばかりだ。話が弾むわけもない。なんで行ってしまったんだアキさん……。
他の所ではすでにいくつかグループが出来ていて、みんな
「……。」
「……。」
このままではまずい。そう思った僕は、声をかけようと決心したその時、
「つかぬ事をお聞きします」
「────は、はいっ!」
愛美さんが口を開いた。
「あの……上原歩夢さんとはどういうご関係……なんですか?」
「…………へっ?」
「ご、ごめんなさい! 突然……」
「う、ううん。いいんだけど、えと歩夢ちゃんとは幼馴染みだよ」
意外な質問に意外な人の名前が出てきて驚きが隠せなかった。
話の当の本人はというと、今も友達達と楽しく話している最中だ。
「お、幼馴染み!? で、では! スクールアイドルだった時の歩夢ちゃんとも接点はあったんですよね!?」
「う!? うん。そうだよ」
「はぁぁぁー! 羨ましいです!」
な、なんなんだろうこの子。ほんの数分前の初対面時とは打って変わって、どこかキャラが変わってないだろうか。
……もしかして、
「ファン……だったりする?」
「はいっ!!」
即答だった。
「わ、私……初めて虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の皆さんを見た時からずっと、歩夢さんが大好きで!」
「う、うん。」
「それで、同じ大学に通ってるの知ってもうテンション爆上がりで!」
「そ、そうなんだ。」
僕は、その熱意を緩く受け流すように受け取っていた。
「し、しかも同じ電車で通学してるって知って……もう死んでもいいって思えるほどで……」
「し、死ぬのは流石にまずいんじゃないかな……」
「はっ! た、確かにそうですね。」
なんだかある人の事を思い出してきた。
スクールアイドルに熱心で、アニメや漫画も大好きで誰よりも大好きを大切にしていた赤いあの子の事だ。
愛美さんを見てるとなんだか同じに見えてくる。今度またどこかで会いたいな……みんなにも。
「そ、そこで……歩夢さんとあなたが二人で通っているのを見てしまって……もしや彼氏さんなのかなと」
なるほど、それで僕に聞きたかったのか。
「確かに歩夢ちゃんとは幼馴染み……なんだけど、去年やっと告白して今は彼氏……かな」
「ええ!? ……そ、そうなんですか」
少し照れくさかった。自分で"彼氏”なんて自己紹介するのはちょっとまだ慣れないな。
でも、まずかったかな?
アイドルのファンにとってその子の付き合いとかって結構ダメージになるって聞くし、高校の友達が好きなアイドル声優が結婚したとかで丸一日布団にこもったとかなんとか言ってた気がする。
そんな僕の心配を他所に愛美さんはというと、
「……う゛ぅ……ぐすっ……」
「ま、愛美さん!?」
「お、おめでと゛う……ございます……!」
僕は焦り、近くにあったおしぼりを手渡した。
「あの、大丈夫……ですか?」
「はい……ごめんなさい急に……」
「それはいいんですが、もしかしてそのショック……とかだったり……」
「それはありませんっ!」
物凄い圧を感じた。
「歩夢さん推しとして、ずっと感じてきました。誰かの為に、ただ一人のために彼女が懸命に誠実に想いを伝えていたのをずっと感じていました」
「……。」
「私はそんな彼女が大好きです。歌詞から伝わる誰かへの大切な想い、それがその誰かに伝わっていたらどんなに幸せな事だろうとも思っていました」
ずっとそうだった。歩夢ちゃんの歌詞を作る時、いつも歩夢ちゃんは"こんな感じにして欲しい"と明確なイメージをくれた。
その当時の僕は、その歌詞や曲が"上原歩夢"というアイドルの本質なんだとそう思っていた。
でもそれは今になって思えばアイドルとしてじゃなくて歩夢ちゃんという一人の女の子としての本質だったんだって知った。
幼馴染みとして僕とずっと一緒にいてくれた彼女が大切に持っていた想い、そしてこれからなろうとしている姿を常に僕に伝えてくれていたんだって、そうやっと分かったんだ。
「今日やっと、歩夢さんにとっての"あなた"が誰なのかようやく分かりました」
「僕も去年やっとそれが誰なのか分かったよ。って、遅いよね」
「ファンとしては怒りたい所ですが、推しの想いが伝わったということを聞けただけで私は幸せです。なので許します!」
「はぁー良かった……」
それから僕と愛美さんは、歩夢ちゃんの話だけで時間を忘れるほど何時間も話し続けた。
そして、
「うー……もう一杯!」
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「マナさん!」
「は、はい!」
「歩夢ちゃんはね! ほんとにいい子なんだよ! 可愛いんだよ!」
朦朧としながらも断片的に覚えている。
僕は酔っていた。
「とっても分かります」
「でしょぉ? 歩夢ちゃんはね……朝いっつも僕を起こしに来てくれて……お弁当まで作ってくれるんだよぉ……」
「あ、歩夢さんの……手作り……」
「僕が玉子焼きにうるさいってことを覚えていてくれて、僕の好きな味付けの練習までしてくれたんだよぉ……」
「羨ましい……!」
今にして思えば本当に死んでしまいたいくらいだ。
そして、
「よー! ……って、おいこいつ大丈夫か?」
「……んー? あーショウ君ーお酒飲んじゃったよー」
「なんだ酒飲めるじゃん……って、おいこれ……アルコールえぐいやつじゃねぇのか……?」
「あ、飲ませちまったわ。いい話聞けてたもんだからつい」
そうだ思い出した。
愛美さんと話していたところに先輩の人がやってきて、その先輩もアイドルが好きだってことで3人で話してたんだった。
そこに先輩が頼んだお酒がやって来て、勢いで……。
「酒豪な先輩についていけるわけないよな……」
「しまったな。酔いつぶれちまってる」
「……う……うう……」
「誰かこいつの家知ってるやつっているかー?」
「あ、それなら……」
そこで僕の意識は途絶えた。
最後に
***
と、このように全ては僕が原因だった。
それから補足として、僕を連れていくと手を挙げたのが歩夢ちゃんだった。幼馴染みで家が近いと言うことで満場一致で決まったらしい。
その後、みんなは二次会に行ったようだ。
そして僕達はと言うと、
「でも、そのどうしてホテルに?」
「えっと……終電が無くて」
「あ、確かに時間気にしてなかったな……ごめん。でもそれならタクシーとか」
「そ、それは……」
「タクシー代なら僕の財布から出してくれれば良かったのに」
痛い出費だろうけど背に腹はかえられない。元はと言えば、僕が迷惑をかけてしまったのだから当然だ。
「……あ、そうだ。母さん達に連絡しなきゃ」
「それは私がやっておいたから!」
「そうなの? 何から何までありがとう」
「ううん! お母さん達も二人が一緒なら安心だって」
二人が一緒、というより歩夢ちゃんが一緒なら大丈夫……の間違いじゃないかな。
「う……」
「大丈夫……?」
「まだちょっと酔いが……」
「お水持ってくるね!」
夜風に当たったり、冷水を浴びたりとしたおかげで多少は覚めかけてはいるが、まだその跡は残っていた。
なんでもかなりの強アルコールだったらしい。昔にあったニュースで、一気飲みを強要したせいで大学生が死んだとかあったのを思い出し、背筋がゾワっとした。
「笑い話じゃ済まされないよね……」
「はい、お待たせ」
「ありがとう」
コップに注がれたお水を少しずつ飲み、少しでも酔いを消そうと意識する。
「でもビックリしたんだよ? 気づいた時にはあなたが酔って眠ってたんだから」
「……面目ない」
「あなたはもうお酒飲んじゃ、め! だよ」
「はい……」
返す言葉もありません。
元は飲む気なんてなかった……なんて言い訳を言えるほど僕の発言権が高いはずもないので、僕はただただ頷いた。
「散々だったけど、楽しかったな飲み会」
その時だ。
隣に座る歩夢ちゃんの様子が変わった。
「……うん」
「? 歩夢ちゃんは違うの」
僕は恐る恐る聞く。
「う、ううん! 私も楽しかった……」
「でも」
歩夢ちゃんの顔はどこか曇っていた。それが見過ごせるものでは無いと直感で感じた。
「もしかして……僕がこんなになっちゃったからそれで……」
「────違うのっ!」
「……!」
「あ……ご、ごめんね」
僕の言葉を必死に遮るように声を上げる歩夢ちゃん。
「じゃあ、どうして?」
「……その、怒らないで聞いて欲しいの」
「怒るわけないよ。だから話して欲しい」
僕らは向かい合わずに、互いに正面を向きながら話を聞き、話をする。
「友達と話してた時かな。一緒に来ていたあなたの事が気になって少しあなたを見てたの。そうしたらあなたが女の子と話してるのが見えて」
「愛美さんか」
「愛美さん……っていうんだ。うん、その人とあなたが一緒にいるのが気になって、でも近くに行く勇気も無くて、ただ見てた」
「……。」
「話し始めてから女の子が驚いたり、泣いたりしててあなたがおしぼりを手渡した時かな……どうしてか胸の辺りがギュッって痛くなったの」
……知ってる。僕はこの症状をよく知ってるはずだ。嫌でも思い出すあの悪夢を。
「どうして女の子と仲良く話してるんだろう、どうしてあなたの傍に私以外の女の子がいるんだろう、どうして私以外の女の子に優しくしてるんだろう」
「……。」
「そんなことばかり頭に浮かんで離れなかった。私嫌な子だよね……あなたは物なんかじゃないのに……」
声は震え、目に溜まる涙を横目で見てしまった。
「すごく、怖かったの……すぐに届く距離なのに、それが遠く見えて……私が動かない間にあなたが離れて行っちゃうかもしれない。もう二度と会えないかもしれない」
「……歩夢ちゃん」
「朝起こしてあげることも、ごはんを作ってあげることも、一緒に笑うことも、泣くことも、全部全部……出来なくなるかもしれない。そう考えたら怖かった……!」
両腕を抱き、震える歩夢ちゃんの背中を僕はそっとさすった。
「幼馴染みだからなのかな……離れ離れになるのが怖い……嫌だよ……」
「……うん」
「あなたが優しいこと分かってる。きっと彼女にも何かあって泣いてしまったことも分かる。それを何とかしようとあなたがしてたのも分かる。でも怖いよ……」
「……ごめん」
歩夢ちゃんが心配してしまう原因、それはやっぱり僕だ。
僕たちは幼馴染みで、きっと小さい頃からずっと歩夢ちゃんは僕を好きでいてくれた。そしてずっと一緒にいた。だからこそ"離れる"という行為がとてつもなく怖い。
歩夢ちゃんを好きだと自覚するきっかけになったあの悪夢で僕は"離れる"という行為が恐ろしくて、泣きたくなるほど辛かった。
それは、確かな繋がりが僕たちには何一つないからだ。
幼馴染み、彼氏彼女、約束。
これらが強く結びつけていてくれるのは、子供の間だけだと僕は知らなかった。
歩夢ちゃんにとっては、例えわかっていても僕の"結婚する"という言葉は"約束"と大して違いはない。確かなものがないと人は安心できない。だからこそ今歩夢ちゃんは怖い、嫌だと怯えている。
大人になればなるほどそれが鮮明に現れる。大人になるということを僕はまだ、しっかりと理解していなかったんだ。
「……歩夢ちゃん」
「……」
「僕はどうしたら歩夢ちゃんを安心させられる? どうすれば歩夢ちゃんに確かなものをあげられる?」
これ以上、歩夢ちゃんを苦しめたくない。どんなことだろうと僕は受け止める。受け止めて、最善の策を見つける。後悔なんてしない道を見つける。そして歩夢ちゃんを幸せにする。
「私、とっても嫌な子だよ」
「歩夢ちゃん?」
この時、初めて僕たちは向き合った。
涙でぐちゃぐちゃな彼女の顔に胸を痛める。
「きっともうあなたが女の子と話すだけで怖くなってまた、嫌な子になる……」
「愛されてるって実感出来る」
「あなたが近くにいないだけで泣いちゃうよ……」
「こうして手をずっと握っててあげるよ」
両手をしっかりと掴む。無意識なのか歩夢ちゃんもギュッ、と離すまいと掴み返してくれた。
「それにさ────」
ちょっと意地悪かもしれない。でも歩夢ちゃんが自分を取り戻すには思い出して欲しい。
ずっと僕に向けてくれた想いを。
「────これからは歩夢ちゃんが僕を支えられるように強くなりたい。今度は守りたい。そうじゃないの?」
「……っ!」
「僕はずっと隣にいるから」
「……うん……うんっ……」
初めてこの日、歩夢ちゃんを抱きしめた。強く、より強く痛いくらい抱きしめた。
「……んっ…………」
「歩夢ちゃん……」
少しずつ僕たちは顔を近づけていく。初めての感触、初めての吐息、甘い誘惑に誘われ導かれる。この一瞬が永遠になればいい。
僕と歩夢ちゃんの唇が触れ合う。
もっと……もっと欲しい。唇だけじゃ足りない。もっと……もっと深く味わいたい。
「はぁ……はぁ…………して…………」
「歩夢ちゃん……?」
「……私、あなたが好き……大好き……愛してるの……だから……ここで全部
バスローブをはだけさせ、熱を帯びた視線を向ける彼女を前に僕は自制心を保っていた。
「で、も……」
「うん。分かってる。あなたが私の事考えてくれてる事も……全部。でもね……」
彼女はついに全てを取り払った。
「もう……我慢できない……よ……大好きって気持ちが抑えられないの……愛してるの……」
「……あゆむ……ちゃん」
「お願い────」
──。
───。
────。
***
朝日が眩しい。思えばずっとカーテンを閉めることなんて忘れていた。
それくらい昨日の夜は濃密な時間だった。
隣で眠るお姫様の頬を指で押すと、ぷにっと弾力のある柔らかさを感じた。
「……んっ…………」
何度も愛を囁いた声色。何度も何度も愛し、そして何度もその唇に触れた。
「今日は僕の方が早起きだな」
床に落としたままだった携帯を拾い、表示された今日の日にちを確認する。
僕はそっとベッドから出て、僕のカバンから一つの小さな箱を取り出しお姫様の元に置いた。
「……もっと早く渡していれば、昨日みたいな思いをさせなくて済んだのかな……いや、たらればやめよう」
今はただ、彼女が起きた時にどんな反応をくれるのか。それだけが楽しみでしょうがない。
「お誕生日おめでとう。歩夢ちゃん」
3月1日。
彼女が生まれてきてくれたその日の朝は、愛に溢れていた。
Q.何故ラブホ?
A.歩夢ちゃんはとにかくあなたと繋がりたかったから
Q.飲み会で2人の接触が無さすぎない?
A.歩夢ちゃんはその可愛さから人気です。そりゃあ身動き取れないはずだ!
Q.新キャラの本編登場は?
A.考え中。
Q.本編との関係はありますか?
A.このお話を作品の終わりと捉えても構いませんし、別世界線のお話だと思っても構いません。正解はありません。
Q.歩夢ちゃんお誕生日おめでとう!
A.お誕生日おめでとう!!
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夫婦になるまで後3年
夢からの一歩(つまり寝起き)
基本イチャイチャしか書かない者です。
今作は、お忙しい方でもすぐにパッと読んでいただけるよう1話1話短めに書いていこうと思っていますので、よろしくお願い致します。
ただ平凡な家庭を築くのが夢だった。
決して裕福でもなければ貧乏でもない。家もとてつもない大きさを誇る高層ビルとかじゃなくて、アパートとかマンションとかそのくらい。
「汝、健やかなる時も、病めるときも……」
僕の夢とはつまり、暖かい家庭だ。
特別、僕が冷たい家庭で育ってきたからではない。きちんと両親の愛を受けて育てられてきた。だからこそ、僕の子どもとして来てくれる子のために暖かで穏やかな家庭を作って待っていたい。
そして僕にとっての理想の妻は、どんな時でも僕の横で太陽のように笑ってくれる人。他にも勿論、優しいとか可愛い、器用……たくさんあるけど、何よりも一緒にいて心の底から笑える人がいい。
「……共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
牧師さんが新郎……つまり僕に問いただす。
「はい、誓います」
そしてまた牧師さんの誓いの言葉が始まり、次は新婦へと問いただす。
彼女はほんの少し僕の方に体を向け
「はい! 誓います」
いつもの彼女らしく元気に誓ってくれた。
「それでは、指輪の交換を」
僕と彼女はそれぞれ結婚指輪を手に持つ。
それを互いの左手の薬指にはめる。ベールで隠れてはいるけど、とても嬉しそうだというのがよく分かる。僕も少しでも気を抜いたらすぐうっとりしそうになりそうだ。
そこをぐっとこらえて、僕は彼女の顔にかかったベールをあげる。
純白なウエディングドレスに身を包んだ彼女の全体を改めて視界に入れただけで、僕の脳は焼ける寸前だった。
「美しい」という言葉がここまで似合う女性もそうそういない。
ガラス玉のように透き通る金眼が僕を捉える。年が経っているというに彼女は、昔の面影を残し、今でもその幼さは健在。
彼女は今でも自分の童顔が変わらない事を気にしているようでしていない。時々、柄にも無く僕にイタズラを仕掛ける時は異様なまでにその童顔を駆使して、僕を言いくるめる。
叱ってやろうという気も失せるというものだ。
「誓いのキスを」
そんな彼女とこのキスをもって家族になる。僕が夢見る暖かな家庭を彼女となら作っていけると。
「
「愛してるよ……」
少しずつ僕たちは顔を近づけていく。あと少し、あとほんの少しで歩夢ちゃんの柔らかな唇にたどり着く。それは何度も味わった感触で、僕はもう虜になっていた。
無しでは生きていけないほどに依存しているのかもしれない。
僕と歩夢ちゃんの唇が触れ合う。
まるで時が止まったかのような錯覚に陥るほど、僕は緊張していたはずなのに、重なった瞬間に重りが全て取り払われたかのようだった。
僕は一生、彼女を離しはしない。そう神に誓うように唇で繋がった。
そして、僕はそっと唇を離し……離し…………っ!?
「ん、ふぅ…………はぁ♡」
「んっ────!?」
塞いでいた僕の唇をこじ開けるは、歩夢ちゃんの舌。ザラザラとした感触が僕の口の中を支配する。
誓いのキスとは本来、ソフトなキスで済ます。済ますべきだ。最低でも2、3分で抑えなければいけない。だけども彼女が今しているのは、ソフトとはかけ離れたディープキス。
「ちょ、新郎新婦!? ここはほんの少しでいいのですが!」
牧師さんが止めに入ってくれるが、口が塞がれているため反応を返せない。その間も歩夢ちゃんの舌による行進は続く。
次第に、歩夢ちゃんの両手が僕の首の後ろに巻かれ、その密着度は極限まで達していた。
入ってきた彼女の舌は、僕の歯並びを執念に調べ、終わったかと思いきや僕の舌とじゃれ合うかのように絡み合う。
僕の口内で分泌された唾液達は、舌に乗って歩夢ちゃんの元に運ばれる。そのお礼とばかりに僕の方には、歩夢ちゃんの唾液が送られてきた。それは決して嫌悪するものではなく、どちらかと言えば彼女を体内でも感じられるという安心感が勝っていた。
感性がおかしいと思われてもしょうがない。
おそらく僕は相当、彼女に毒されているのだ。僕が拒絶しないので、歩夢ちゃんはそれが嬉しいのか時折「好き」と連呼して僕への愛を示してくれる。
結局、彼女によるキスの拘束は数十分に渡った。酸素を取り入れるすきもなく、唇が離れた瞬間に僕は急いで呼吸を繰り返す。
彼女を見やると「してやったり」といった様子で妖しい笑みを浮かべていた。
「ふふっ♡ 大人なキス……しちゃったねっ♡」
これは、そんな彼女との波乱万丈な新婚生活のお話である。
……ある。
……ぁる。
…………る。
***
「だあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
怒号にも似た、まるで獣の吠える音のような自身の声で目が冴える。こんな経験をするとは夢にも思わなかった。
第一、自分がこんな声を出せることに驚きだし、人生で初めてこんなに声を出した気がする。小学校の運動会の応援ですらこんなに出なかったのに……。
そんな僕の声を聞いてか、ドタドタ、と二階の僕の部屋に続く階段を登る音が聞こえてきた。
やって来たのは紛れもなく、
「大丈夫!?」
彼女────上原歩夢こと、歩夢ちゃんだった。
上原歩夢をすこれ。
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歩夢ちゃんの味
今朝、スクスタ開いた時のセリフが歩夢ちゃんで運命感じましたよ……。
「もう、ビックリしたんだからねっ!」
「ご、ごめんって。」
あれから歩夢ちゃんに半ば無理矢理リビングへと連れてこられて、テーブルへの着席を言い渡された僕。
今現在、歩夢ちゃんを驚かせたことへのプチ謝罪会見を行なっている所です。
ちなみに僕と歩夢ちゃんは決して同棲してる訳じゃない。彼氏、彼女の関係でも無い。ただの幼馴染だ。
だからこそ、夢の内容(主に歩夢ちゃんのキス)に驚愕しあれほどの声が出たと言うわけです。
だからといって歩夢ちゃん本人にキスがうんたらかんたらと説明できるわけもなく、ただ謝るばかり……。
などとしている間に、
「はい、あなたの大好きな玉子焼きどうぞ♪」
「おおー! 歩夢ちゃん、また腕上げたね!」
「えへへ〜そうかな?」
運ばれてきた朝食達。僕はその魅力に呆気なく胸踊らしていた。
今朝の献立は白米にお味噌汁、ソーセージと目玉焼き……ではなく玉子焼き。
小学校の運動会で僕が玉子焼きの味に駄々を捏ねたのを覚えていてくれた歩夢ちゃんは、それからずっと玉子焼き作りを練習してくれてた。今ではすっかり僕の中で歩夢ちゃんのが一番になっている。
「ささっ、食べて食べて! はい、あーん」
「うん。いただきます……ん〜美味しい!」
「よかったぁ♡」
色良し、焼き加減良し、味付け良し、今の僕にとってはこれこそが玉子焼きの理想系とも言える歩夢ちゃんの玉子焼き。それを毎日食べられる幸せを噛み締めて、他の料理にも手をつけ始める。
「どれも美味しくて最高……」
「ふふっ」
すっかり手料理に夢中になっていると、向かいに座る歩夢ちゃんと目が合った。
「どうしたの?」
「食べてる時のあなたってすっごい嬉しそうな顔してて可愛いんだよ」
「え……そ、そうなの? 自分じゃ分からないからな」
頬が緩んでるのは若干分かるけど、具体的にどんな顔をしてるのか物凄い気になる。変な顔を見られてないか心配だな……。
「私だけの特権だねっ♪」
「ねぇーどんな顔してるのさ」
「なーいしょ」
「えぇ……」
これはちょっとだけ背伸びした小悪魔系歩夢ちゃん(僕が命名)だ。高校の時に歩夢ちゃんが入っていたアイドル同好会のメンバーの一人からの入れ知恵で出来たもので、だいたいからかう時に使ってくる。
ガチガチの小悪魔じゃなくて、背伸びして小悪魔ぶってる感じがまた可愛い。
そんな歩夢ちゃんを眺めていると、
「あ、口の横にご飯粒」
「え? どこどこ」
「もう、私が取ってあげるからじっとしてて」
自分で……、と言う暇もなく、瞬く間に歩夢ちゃんの顔がすぐ側まで来ていた。
高校を卒業して大学生になった今、歩夢ちゃんはさらに可愛さを増した。アイドルをやっていたことが彼女の魅力を引き立てているのか、すれ違う人によく見られている。
それは歩夢ちゃんの幼馴染として大変嬉しいけど、同じクラスの男子たちが歩夢ちゃんを変な目で見ているのを聞くと胸の辺りがチクッとする。
「 ……ん、どうしたの?」
「え……?」
「何か悩み事? 私でよければ相談に乗るよ」
君の事で悩んでる。なんて、そう素直に言えたら楽なんだろうけど、どうしても恥ずかしさが勝って口に出せない。
「……ううん! なんでもないよ! ちょっと寝起きでボーッとしてただけだよ」
「そう……?」
それでも歩夢ちゃんの心配そうな表情は取れることは無かった。でも、なんとなくだけどこれは自分で解決するべき事なんだって気がする。だから歩夢ちゃんには悪いけど……。
なんて考えていると、
「はい、ご飯粒取れたよ!」
「……えっ? あ、ありがと! ごめんね、わざわざ」
「遠慮しなくていいよ? 私たち幼馴染なんだから」
歩夢ちゃんは取ったご飯粒を自身の口元に持っていき、ぱくっと食べてしまった。それは、さっきまでモヤモヤしていた僕の悩みとかその他もろもろを一瞬にして吹き飛ばしていくほどの威力を持っていた。
「ふふ、ご馳走様♡」
舌をぺろっと見せ、淫靡に微笑む歩夢ちゃんは正しく小悪魔で、
「お、お粗末さま……でしゅた……」
僕はたじたじになる他無かったのだった。
どうやら小悪魔系歩夢ちゃんの前には僕の悩みなどちっぽけに過ぎなかったみたいです。
上原歩夢をすこれ!
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電車
俺は好きだァー!!!
ライブは行けないィ!!!
彼女を宇宙一幸せに出来ないこの悔しさ……!
……てことでお久しぶりです。また短いですが明日が楽しみで眠れない方のために手短に読めるあなあゆです。
僕と歩夢ちゃんが通う大学までは、いつも電車通学だ。本当はもう少し近いところに引越しして独り立ちでもしようと思っていたけれど、存外無理なく通えているのでこのまま実家に甘えることになったのだ。
僕の一人暮らしに母は猛反対で、なんでも「歩夢ちゃんと離れちゃうじゃない」らしい。問題はそこなんだ……ってツッコんだけど、高校3年になった春辺りから妙に歩夢ちゃんに頼りっぱなしになり、気がついたら僕より僕の家を知り尽くすレベル。
さらには朝の台所を母から譲り受けてからというもの、歩夢ちゃんが朝ごはんを作ってくれるようになった。
「ふふっ」
「ん? どうしたの歩夢ちゃん」
帰りの電車の中でのこと。隣に座っていた歩夢ちゃんが急に何かを思い出したのか、くすりと微笑んだ。
「ううん。ただ、こうしてまた一緒に帰れて嬉しいなって」
「高校の時もずっと帰る時は一緒だったもんね」
「そうだよー。あなたが補習になった時だって私待ってあげたんだからね!」
「その説は……誠に申し訳ございません」
なんてね、といたずら顔の歩夢ちゃん。しかしあの時は驚いた。テストで悪い点を取って補習となった僕。歩夢ちゃんには先に帰っててとメッセージを送ったはずなのに、終わって玄関に来てみれば歩夢ちゃんが待ってくれていた。
その後は何度も何度も謝り続けたっけ。
結局は僕が次の休みの日にケーキを奢る形で済んだからよかったものの、多分幼馴染の歩夢ちゃんだからこそ許してもらえた気がする。
『次は〜』
「ふわぁぁ……ん……」
「眠たいの?」
「うん……昨日ちょっと夜更かししちゃったからかな」
欠伸が止まらず、周りの人にも少し笑われてしまった。それでも止まらない僕の欠伸に、歩夢ちゃんは
「まだ着くまで時間あるから寝てても大丈夫だよ?」
携帯の画面に表示された時刻をチェックすると、甘い囁きをくれた。大丈夫という言葉がとてつもなく睡眠欲を刺激し、僕は渋々提案にのった。
「ごめん。少し寝るね……」
「うん。おやすみなさい」
*
「もう寝ちゃった」
寝ると宣言してからものの数秒で彼は寝てしまった。彼には大丈夫と言った手前、こうして一人になるのは少し寂しい。
でも、大丈夫だと言った私を信頼して彼が寝てくれたのだと思うと、それだけで嬉しかった。
隣を向けば、すぐそこに彼の寝顔がある。頬が熱い。今が夕方じゃなかったらみんなに見られるところだった。
ずっと寝顔を見ていたい。そう思いつつも、それはずるい気がしてしまう。頭の中で私の天使と悪魔が言い争っている。
そんな時だった。
「んっ……」
彼の頭が揺れた。そして、
「ひゃっ────っ!?」
私の肩にすっぽりと収まってしまいました。思わず変な声が出ちゃった……。
「……」
彼の顔が近い……それにいい匂いもする……寝息がさっきよりもはっきりと耳に届く。私の顔はさらに真っ赤だ。今にも噴火しちゃいそうなくらい真っ赤に染まっています。
「……いきなりはずるいよ……」
その体制は彼が起きるまで続きました……。
上原歩夢をすこれ
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作者が寝ぼけて同じ話を誤爆したなんて言えない
一部界隈でそうなりそうなので流行に乗りました後悔はありません。
『私たち……結婚します』
彼女は僕に言い放った。
彼女の名は上原歩夢。僕の幼馴染で、高校時代にアイドルをやっていた最高に可愛い自慢の幼馴染。
その彼女は今、純白のドレスを纏い僕の目の前に立つ。その隣には、当然僕はいない。
「……綺麗だね」
「ありがと。……ねぇ、あなたは何も言ってくれないの?」
彼女は語りかける。その視線の先に僕はいない。彼女の隣に立つ彼は、僕よりもイケメンで、身長も高い。高校時代に野球部に所属していた彼は、今ではプロとして活動する現役の野球選手だ。
そんな彼は、照れくさそうに歩夢ちゃんに「綺麗だ」と一言呟いた。すると、
「……も、もう! ……えへへ、ありがとっ」
彼女はこれ以上ないくらい羞恥の表情を浮かべ、そして花のように微笑む。僕と何一つ変わらない褒め台詞だったのに、僕とは天と地の差がある反応だ。それは嫌という程、彼と僕との差を明確にした。
彼女の幸せが第一だ。それは彼女が結婚すると言い放ったあの日から何一つ変わらないでいる。でもそれは、自分自身に嘘をつき続けているだけなのかもしれない。
今でも僕の心臓は刺され続けているかのように痛みを発している。
「私……今とっても幸せだよ。あなたと結婚できて……」
視界が虚ろになってきた。次は足取りがおぼつかない。熱は無い。なのに熱い。何とかして笑わないと。せっかくの幼馴染の結婚式なんだ。とても喜ばしい日なんだ。
なのになんでだろう。涙が止まらないよ。
「えっ……ど、どうしたの! ○○君!」
あぁ、そうか。もう僕は君のトクベツじゃないんだ……、僕をずっと「あなた」って呼んでいた意味が今わかったよ。
イケメンの彼も心配してくれている。そうか、歩夢ちゃんはこんな所に惹かれたんだね。こうして彼を妬んでいる僕じゃ叶わないわけだ。
幼馴染という心地いい関係をずっと壊したくなくて、踏み出そうとしなかった。
そして歩夢ちゃんの一番のファンだった僕は今日この日、そこら辺にいるファンの一人へと成り下がるんだ。
「……なんでもないよ。ただこの日が嬉しいんだよ。……結婚おめでとう歩夢ちゃん」
そして僕は彼女を送り出し────。
***
僕は今、朝ごはんを食べている。目の前には歩夢ちゃんがいた。
「ね、ねぇ……大丈夫?」
箸を止めた僕を見て、歩夢ちゃんは僕の顔を覗く。
「うん。大丈夫大丈夫」
「でも……顔色も悪いし」
「大丈夫だから。気にしないで」
無理して僕は笑みを浮かべる。
結局、歩夢ちゃんが結婚するというあれは夢だった。最後に彼女がイケメン野球選手に口づけするその瞬間、僕は現実に戻ってきた。飛び起きた僕に声をかけたのは歩夢ちゃんだ。いつまでも起きてこない僕を心配にやって来てくれたようで、その時の僕は、歩夢ちゃんによるとうなされていたらしい。
「ちょっと嫌な夢を見て寝不足なだけだよ……はは」
「どんな夢だったの……? あなたがうなされてる所なんて初めて見たから心配だよ」
「僕でもうなされることだってあるよ」
「でもずっと私の名前呼んでた……」
え……。と、無理やり動かしていた箸を止めてしまった。確かに見た夢に歩夢ちゃんは出てきている。それがうなされる原因だということも分かる。しかし、僕が無意識に歩夢ちゃんの名を呼んでいたことには驚いた。
「そ、そうだったの……? えぇ、恥ずかしいな……」
「うん。私は嬉しかったけど、こんな時に呼ばれたくなかったよ」
「ご、ごめん。僕の夢によく言いつけておくよ」
と、その時だった。
『今年大活躍! ○○選手に密着!』
テレビでは、年末近くになると毎年流れるその年に活躍したスポーツ選手の特集が行われていた。
そこに移されていたのは超イケメン野球選手だった。
「この人凄いんだよね。確か攻めも守りもどっちもできるとか……」
「そ、そうなんだ。僕、あんまり詳しくないからな」
本当は知っていた。でも、気づいてしまった。その顔がどう見ても夢で見た彼にそっくりなのだ。
だから僕は焦った。歩夢ちゃんの目がテレビに向いてる。夢で見た光景にそっくりだ。
僕は迷わず箸を置き、
「歩夢ちゃん!」
たまらず声を荒らげ、
「僕と……結婚してくれ!」
「……は、はい!!」
「…………え?」
────後に僕は思う。
これこそ夢であって欲しかった……と。
ところがどっこい!夢じゃありません!これが現実!
まさかのタイトル回収
上原歩夢をすこれ
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夫婦になるまで後2年
夫婦への一歩
満員の観客。熱気あふれる会場。その中心に彼女は立っている。
彼女はたくさんの人の目に臆することなく、その大きな一歩を踏み出す。彼女が歩く場所は、まるで夢への階段のように見えた。
儚く、でも力強い声。必死に声を振り絞るその様に僕は強く胸を打たれた。
***
「これって、あの時のライブだよね?」
その日は、何気なく虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のライブ映像を眺めていた。
映像の歩夢ちゃんはまだ高校二年。
「なんだか、自分の踊ってる姿を見るのってすっごい恥ずかしいな」
照れ笑いの歩夢ちゃん。
「? いつも鏡の前でダンス練習してたのに」
「今の自分を見るのと昔の自分を見るのとじゃあ全然違うんだよっ!」
ぷんぷんと怒りながらも照れる彼女は、とても魅力的だ。
そんな中でもライブ映像は続く。
「でも、懐かしいなー。もうあれからだいぶ経ってるよね」
「そうだね。今よりもみんな若いし」
「むぅ……まるで今は若くないみたいに聞こえる」
ソファーに座る僕の隣には頬を控えめにぷくっと膨らませる歩夢ちゃんがいた。
そんな彼女と映像の中の彼女は何一つ変わらず可愛い。
ひとつ違う点を上げるなら、
「ごめんごめんって、今は可愛いって言うよりも美人になったって言いたかったんだよ」
「……もう、最初からそう言ってよ」
呆れなのか照れているのか分からない声のトーンだ。
僕としては、ただ単に"美人"と言う言葉を面と向かって口にするのが恥ずかしかったんだ。
もちろん、今も変わらず歩夢ちゃんを含め他のみんなも若い。
「女の子はずっと若くいたいんだよ。特に、一生を誓った人がいるともっと……ね」
その言葉に僕は頬が熱くなる。
人の人生は何があるか分からないもので、あの時ステージに立っていたアイドルと僕は結婚を前提に付き合っている。
アイドルと言ってもその前に一人の幼馴染だけど。
ある日、彼女に意図せず告白してしまった僕。今となっては後悔は無い。が、一時期はあんな勢いだけの告白をしてしまったことを悔やんでいたこともあった。
「ねぇ、覚えてる? あなたが告白してくれた時のこと」
忘れるわけがない。
「もちろん。僕にとっても忘れたくても忘れられない黒歴史だよ……」
「黒歴史なんかじゃない。私にとってはそれまでの人生で二番目に嬉しかったことだもん」
「に、二番目……なんだ」
それじゃ、一番は? と聞こうとする前に歩夢ちゃんは、
「一番はね、あなたに出会えた事だから」
そんな嬉しい言葉をくれた。
僕は何かを声に出したくても出せないで出かかっていた言葉も飲み込んだ。
「そうだ、ココア飲む?」
「……うん。貰おうかな」
歩夢ちゃんが隣からいなくなるだけで肌寒さが一気に増した。彼女の隣は冬が近い今の季節でさえ、寒さを感じさせない。
少し離れているだけでも寂しくなる。
しばらくして、歩夢ちゃんが二つのマグカップを持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
僕は可愛らしいクマが描かれた方を受け取った。残ったうさぎの方は歩夢ちゃんに。
このマグカップはお互いの誕生日に渡しあった物で、今では歩夢ちゃんのも僕の家に置いてある。
「こうしてると本当に夫婦になったみたいだね」
「う、うん。でもまだ結婚は……」
「わかってるよ」
結婚してほしいと言った手前、撤回してくれなんて言うわけがないが、それでも事には順序というものがある。
僕達はまだ社会人じゃない。大学二年になったとはいえ、今の僕には彼女を幸せにしてあげられる程の余裕はない。
だから、
"お付き合いする所から始めよう"
言わば予約。
彼女を物みたいに扱うようで嫌だが、それがこの状況では的確だと思う。
「あ、今自分のこと悪く思ったでしょ? 分かるよ。あなたが私をとっても大事にしてくれてる事。だからまずは付き合う所から始めようって言ってくれたんでしょ?」
「……歩夢ちゃんはそれで良かったの?」
「うーんとね」
歩夢ちゃんはマグカップをそっとテーブルに置くと、空いた手で僕の手を取った。どこに誘うのかと見ていると、見る見るうちにその先は歩夢ちゃんの胸元へと向かっていた。
「ちょ、ちょっと歩夢ちゃん!?」
ピタリと歩夢ちゃんの胸元に僕の手が添えられた。
「感じる……かな」
深い意味は無い。深い意味は無い。
僕の手を通じて、トクントクンと胸を打つ振動が伝わってくる。
紛れもなく歩夢ちゃんの胸の鼓動だ。
「この音はね、あなたと一緒だからなんだよ。こうして大好きなあなたと恋人同士になれているからこその音なんだ」
「恋人同士だからこその音……」
「そう。夫婦じゃ味わえない大切な、とっても大切な音」
迷って焦った先でも彼女は、前向きでそれも自分だけじゃなく僕さえも巻き込んで前へ進ませてくれる。
「私はこの音を大切にしたい。きっと夫婦になったらこの音は一生聴けない。そう思ったらなんか嫌だなーって、だから私もあなたとお付き合いする所から始めたいの。あなたが自分を責める事なんて一切ないんだよ」
「ずるいな……」
「え?」
「そんなこと言われたら自分を悪く言えないじゃないか」
そんな彼女に僕があげられるものは少ない。
でもゆっくり、ゆっくりと増やしていこうと思う。
「歩夢ちゃん、来週の土曜って空いてるかな?」
「ん? うん。大丈夫だよ」
「なら、さ」
僕と歩夢ちゃんは口約束だが、結婚して夫婦。でも"夫婦"である前に"幼馴染"だ。そして今の僕達は"恋人"。
"幼馴染以上、夫婦未満"。
それが僕達の関係を明確に表している一文だろう。
「────僕とデートしよう」
こうして僕は、夫婦への一歩を踏み出した。
歩夢ちゃんのUR出ました!(素振り)
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デート宣言
"タピる"とかおじさん分かりません!
でもこの二人ならピュアピュアな健全なデートだよ!
デート当日。
僕は歩夢ちゃんが送ってきた待ち合わせ場所にやってきた。
しかし、そこで待っていたのは、
「……すぅ……すぅ……」
「あ、歩夢ちゃん……?」
駅のベンチにひっそりと座り、すっかり夢の中の歩夢ちゃんだった。
実は前日、待ち合わせ場所について話になっていた。
そこで、
『待ち合わせの事だけど、僕か歩夢ちゃんの家のどっちかで良いんじゃないかな?』
『分かってないんだから……』
『えっ?』
『もうっ、女の子はそういう所もちゃんとしたいんだよ?』
という一連の流れがあった。イマイチ女心というものが僕には分からない。結果、僕の鈍感さに呆れた歩夢ちゃんにより、待ち合わせ場所が決められた。
そんな事もあって、今現在に至るという事だ。
「うーん、起こすべき……かな」
首をちょこっと曲げている様子が何とも言えない可愛さだ。写真に撮って保存しておきたいが、あいにくシャッター音が消せない機種なのでそれは断念。目にしっかり焼き付けておこう。
「時間に追われてる訳じゃないし、ここでゆっくりしてても良いか」
僕はそっと歩夢ちゃんの横に腰を下ろし、今にも折れそうなくらいグラグラしてる彼女の頭に自身の左肩を添えた。
すると、それはあまりにもピッタリはまった。
僕の肩に乗せられた歩夢ちゃんの頭からは、暖かい温もりが感じられた。
頬を少し撫でる彼女の髪からは、桜のような優しい香りが嗅覚に触れた。
「あはは……意外と照れくさいな」
「……ん……すぅ……」
通り過ぎていく人達のまばらな視線がくすぐったい。微笑ましさ、羨ましさ、妬ましさ、人それぞれだった。
そして、不思議と僕が見つけた時よりも歩夢ちゃんの纏うオーラのようなものが、一段と優しくなっている気がする。ふわふわとしていて、それはまるで、赤、青、黄色、緑……。たくさんの色で染まった空間に連れてこられたような感覚。
そのどれもが人に癒しを与える色で、それに触れれば触れるほど歩夢ちゃんを愛おしく思えてくる。知人の言葉を借りるなら"スピリチュアル"な現象だ。
これまた知人が話していた事だが、天気のいい日に、地元の広い草原に寝っ転がってただ空を見るらしい。するとそれだけで癒され、嫌なことも何もかも忘れられるらしい。
その全てをその土地が作り上げた自然が包んでくれる。それが心地よくてつい日が落ちるまで寝てしまう、とも言っていた。
きっと今この瞬間こそが、僕にとっての広い草原で寝っ転がって空を見ると同じなんだ。
「……あ……なた……」
「!? あ、あゆむちゃん……」
「……ふふっ……だいす……き……」
……危ない。両肩を上下させて起こしてしまうところだった。
それにしたって今のは反則だ。ただでさえ近い距離に頭があるのだから、ほぼ耳元で囁かれたのと同じくらいの威力はあったはずだ。
歩夢ちゃんの気持ちを分かっているはいえ、いざ好きだと言われるとグッと来るものがある。
ここで、僕もだよ。ってすぐに返せればいいんだけど、眠っている歩夢ちゃんに向けてここで言うには少し恥ずかしい。だから僕なりの伝え方で許して欲しい。
そっと、もう右の腕を上げて、左肩に乗る歩夢ちゃんの頭を優しく撫でた。
***
それから歩夢ちゃんが目を覚ましたのは、10分程経った後だった。
「んっ……あれ……ふわぁ……」
「おはよ。眠れたかな?」
「うん、おはよ……って、ん?」
肩からゆっくりと頭を上げて目を擦る。そして気の抜けた挨拶を交わし、ふと我に返った様子だ。
恐る恐る右隣に座る僕を見上げる歩夢ちゃん。
そして目が合った。
「よく眠れた?」
「……え? あれ……」
「大丈夫?」
「わ、私……寝てた?」
「うん。そりゃあ、もう、気持ちよさそうにぐっすりと」
「ごめんっ!」
歩夢ちゃんが謝る事なんて何も無い。誰か一人犯人にするとしたらそれは多分、僕だ。
急いでいた訳では無いのは確かなので、少しのんびりしても良いのは事実。けど、僕はそれにかこつけて少しでも歩夢ちゃんの可愛い寝顔を見ていたいと私利私欲のために引き伸ばした。それに関しては、僕に非があるのは確か。
「さっき(30分前)来たばかりだから大丈夫だよ」
「ほ、ほんとに……? 無理……してない?」
「してないよ。それに寝顔可愛かったし!」
「うぅ……見られちゃった……」
思えば歩夢ちゃんの寝顔ってあまり見たことがない気がする。いつも起こされるのが日課になってしまっていたから、今思えば貴重なシーンだった。
「ほんとにごめんね……せっかくあなたがデートに誘ってくれたのに」
「もう謝らない。誰も怒ってないし、むしろありがとうございますだよ」
笑って茶化して……。
僕はとにかく気にしないでほしかった。
「そんな事より、まだまだ今日一日はたくさんあるんだ。いっぱい楽しもう! 高校時代に出来なかった"恋人デート"をさ」
手を差し出す。
そして少し待てば歩夢ちゃんは手を伸ばして手と手が触れ合う。
「じゃあ、行こっか」
「あ、待って……!」
「ん?」
いざ! ……という時に歩夢ちゃんが足を止めた。ようやく駅のベンチから第一歩を踏み出せたところなのにと、肩を落とし後ろを振り向く。
すると、
「あ、あのね。恋人同士だから手の繋ぎ方、こっちじゃなくて……」
繋ぎあった手を離し、僕の指と指の間にするりと指を入れて繋ぎ直した。
「これって……」
「こ、恋人繋ぎ……だめ……かな?」
ぎゅっと胸元を押さえて、少し上目遣いで訴えかける歩夢ちゃん。
断られる……と思われているのなら癪だ。
「うん、もちろん。恋人同士だもんね?」
「……ぅん……」
耳まで真っ赤だ。
「改めて、行こう!」
なんだか今日はお互い雰囲気が違う。それは僕たちの心境の変化も強く現れている証拠なのかもしれない。
今回の戦果→待ち合わせ場所から一歩進んだ!
恋人としての初めの一歩、幼馴染みという枠から踏み出した二人の変化を少しずつ出していこうと思います。
そしてどうして歩夢ちゃんは寝ていたのか!
***
いっぱい色んな人に見ていただけていること、大変嬉しく思います。これからもどうぞよろしくお願い致します。
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デートの定義
『デート 初めて オススメ』
なんて履歴をボーッと眺めながら、僕はショッピングモール内のベンチで項垂れていた。
歩夢ちゃんと待ち合わせし、まず最初に水族館へと向かった。しかしまさかの休業日。
ならばと向かった最近話題のスイーツ店。向かうと大行列でまさかの二時間待ち。
僕の立ててきたプランも思いつきも、ことごとくと潰されていく。そんな僕を見兼ねたのか、歩夢ちゃんは近くのショッピングモールに行きたいと言ってくれた。
その提案は嬉しさ半分、そして申し訳なさ半分だった。
「……はぁ、情けないな……僕」
いつまでも俯いていては、通りかかる人達に怪しまれる。僕が顔を上げたタイミングで歩夢ちゃんが戻ってきた。
「待たせしちゃってごめんね!」
「ううん、大丈夫だよ。混んでなかった?」
「うーん、少し混んでたかも」
歩夢ちゃんがお花摘みから帰って来ると、僕の顔をじっと見つめてきた。
「何かあったの?」
「ん、どうして?」
「なんだか顔色が悪い。具合悪くなっちゃった……?」
そっと僕の頬に触れる歩夢ちゃんの手のひら。通りかかる奥様方の、微笑ましいものを見るような視線が恥ずかしい。
「あ、歩夢ちゃん……その、流石に恥ずかしい……」
「あっ、ご、ごめん……」
察してくれたのか歩夢ちゃんは手を引っ込めた。少し名残惜しかったが、僕が注意した手前"もう一度お願い"とは言えなかった。
「その、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
「ううん……大丈夫じゃないよ。凄く辛い顔してる」
「え……?」
「お願い。話して……?」
今ほど歩夢ちゃんの優しさが痛いと思ったことは無い。
鏡を見なくても、自分がいま辛い顔をしていることくらい容易に想像がついた。
僕を写す鏡かのように歩夢ちゃんも辛そうな表情を浮かべている。
そんな表情をさせてしまった自分に、さらに嫌気がさす。
「ごめん。せっかく歩夢ちゃんが楽しみしてくれてたのにこんなデートになっちゃって……ほんとはもっとちゃんと歩夢ちゃんに楽しんでもらえるようなデートをしたかったんだ……失望したよね」
「そ、そんな! 私は……」
「本当にごめん……やっぱり僕じゃ」
「大丈夫だよっ!」
ギュッと歩夢ちゃんの両手が僕の右手を包んだ。
「あのね。デートで大事なのって結果じゃなくて、過程だと思うんだ。私は、あなたとどこに行って何をしたかよりも、あなたとどんな道を通ってどんな景色を見ながら、どれだけの時間を一緒に過ごしたかの方が大事。だから今日は凄く楽しい!」
歩夢ちゃんはとても真っ直ぐな目で、僕に訴えかけてきた。
「実は今日が楽しみで昨日あんまり眠れなかったんだ」
「え……」
僕と一緒だった。
……もしかしたら待ち合わせの時に寝ていたのは、それが原因だったのか。
「それ聞いたら尚更……」
「ああっ、その……そういう訳じゃなくてね。デートでどこかに行くのが楽しみって意味じゃなくて、あなたとデートする事が楽しみで眠れなかったって意味なの!」
つまり内容は重要じゃなかった……。それはそれで深夜一生懸命考えていた僕が報われないが、そうじゃないんだよね。
「僕とのデートを楽しみにしててくれてありがとう」
「うんっ!」
きっと歩夢ちゃんにとっては、どんな内容であってもデートだと言えばそれはデートなのだ。
その時、お腹の虫が同時に鳴った。
「お昼ご飯食べていこうか?」
「あ、なら私気になってるお店があるの!」
「ならそこに行こう!」
手を繋ぎ合い、僕らは歩き出した。
歩夢ちゃんUR引けました!(事実)
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