【完結】山彦返りて豊穣の柿 (hige2902)
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Deliverance 前編

 男が、いた。

 

 下弦の鬼がシャツにラフな着物姿で、かつては人の往来があったであろう道と呼べぬ道を歩いていた。むせるような土と草木の匂いが充満し、昼でも陽の光を遮るほど覆い茂った葉が夜風にざわめき、虫が鳴く深い森の中である。

 

 すると一人の男が足を投げ出して、木の幹を背に力なく座り込んでいたのだ。

 うつむいている頭からぼさりとした頭髪が垂れており、表情はうかがえない。上半身は裸で、皮膚の多くが焼け焦げたように黒ずんでいた。もう半身は血で赤黒く染まった甲冑を身に着けており、腰裏には矢筒らしきものがあった。

 傍らには、どうやって引くのか人の丈ほどの巨大な弓が落ちている。

 

 洋の色が強く混じる大正の世に似つかわしくない、時代錯誤な戦国武者といった風貌。

 死んでいるように見えるが、微かに生の気配があった。

 

 喰うにあたわん。鬼は男をそう値踏みにしながら歩き去った。

 

 鬼であれば貪欲に人を喰い、己の肉体を生物的に前進させる性を持つ。男の体格は筋骨隆々としており、あの大弓を扱うのであれば相当な膂力の持ち主だろう。喰らえば確実に力が宿るに違いない。

 が、見過ごした。別段、この鬼にとって成人男性が食の好みに反するというわけではない。むしろその逆の思想を持っていた。

 

 下級の鬼は女や子供を好んで喰う。確かにその肉は柔らかく、簡単に四肢をばらせるので食事も楽だ。それに悲鳴が一層の食欲をそそる。

 だからいつまでも下級は下級なのだと内心で見下して、鬼は森を進む。

 死にかけでも、か弱き者でも駄目なのだ。

 生きた強い者を喰ってこそ、強さは血となり肉となり身につくというもの。力なき女、子供をいくら喰ったからといって十二鬼月に選ばれるものではない。いずれは鬼殺のやつらに殺される。

 

 森を抜けると、鈍重な雲を浮かべた夜空となだらかな丘が広がっていた。眼下には細い街道が繋がる小さな町の明かりが灯っている。

 かつては東北の海産物を東京へ運ぶために栄えた宿場町だったが、いまでは鉄道が物流を担うようになっており、どこかさびれていた。

 

 人間のフリをして街で適当な宿を取り、数日潰すと得も言われぬ肉の香りがたゆたってきた。夜を待ち、その香りのする宿へと居を移す。やはり勘は正しかった。

 この鬼は吉凶を肌で感じ取る事が出来た。それが強力な鬼にのみ許された異能、血鬼術の一つであるかどうかは、本人にもわからない。外れる事もままある。

 

 今回も吉と感じる方向へ進んでみれば、なるほど、このように稀血と出会えた。上機嫌で畳に仰向けになり、足を組む。わざわざ山の多い辺鄙な地までやって来た甲斐があった。

 喰えば人間百体分とも言われる稀血持ち。もちろんその名の通り希少性が高く、この鬼含めて多くの鬼が出会った事が無い。それでも確信できた。

 

 人間以外を喰わぬ鬼の間では、稀血の香りで白飯が三杯食えると言われているのだ。

 

 この夜、鬼はたまらず外で握り飯を買って来て、隣室から漂う稀血をおかずにして食った。

 鬼となった舌では米の甘さも、塩のしょっぱさも、焼き海苔の香ばしさも、鮭の旨みも感じられず、もそもそとした味の無い餅の出来そこないを食っているようだったが、それでも四個ほど平らげた。

 

 鬼が耳を傾けるに、どうやら稀血は家族連れのようだ。鉄道駅からこの宿場町までやってきて、ここからさらに徒歩で進んで先祖の墓参りをするらしかった。翌朝、偶然にも鬼が来た森を通り抜けるらしい。

 これはしたりと鬼は宿の勘定を済ませ、夜の内に森で潜伏することにした。この場で隣室へ押し入り、喰らうなどという蛮行は下級の鬼のする事という信念を持っているからだ。

 

 それに、稀血を餌にした鬼殺の罠かもしれない。

 

 奇妙な事かもしれないが、群れを成さない鬼にも尾ひれの付いた噂話というのがある。どの鬼殺が強いだとか、柱がどこにいるだとか。

 稀血に関しては特にそうで、他の鬼が手出しできぬように、十二鬼月に選ばれていない鬼が喰うと死ぬだとか、鬼の力をなくす毒だとか、そういった類のものがある。

 

 そう言うわけで、この鬼もまた慎重に事を運んだ。

 屋台で稲荷を買い、ぶらりと丘を登って森に入る。ここでなら日中でも陽が射さない、待ち伏せるには格好の場所だ。

 人の往来が無く、消えかけた細い道を見下ろせる場所に陣取って朝を待った。待つ間に、ふと男の事を思い出した。あの虫の息の武者の事である。

 

 あれも鬼殺の罠だろうか? 

 

 いや、刀も無く、あれほど疲弊していては下級の鬼にすら殺されるだろうし、あの様子ではとうに死んでいるだろう。

 長大な弓はあったが、鉄砲ならともかく、弓で鬼に挑むなどと……

 

 打ち捨てて置けばいい。ただ、道なりに進めば一家はあの男の亡骸と出くわす、そうなれば道を引き返すかもしれないその前に仕掛けるべきだ。

 鬼はどこか脳裏にこびりつく男の幽鬼めいた姿を考えぬようにして、朝を待った。打ち捨てておけばいいと。

 

 

 

 明朝、冷たい朝露が木の葉から零れ落ちて鬼を打った。

 人間であればきっとすがすがしいと言うのだろうな、と鬼は朝の澄んだ空気を肺に入れた。鬼の身体にされてからは、人間が快いと認識する感覚がどこかズレた。血煙であればそう感じる。

 

 やがて草木を搔き分け、土を踏みしめる音と人間の話声が聞こえだした。

 眼下の細道には荷物を持った三人家族と思われる一団が一列になって進んでいる。若い夫婦と齢十程度の少年。

 

 鬼は思わず喉を鳴らした。直接見て、すぐに少年が稀血である事に気付いた。口が物寂しくなったので、稲荷を放り込む。質の悪い麻布のような舌触りがした。

 昔の好物がかくも不味く感じるとは、と内心で舌打ちして稲荷の残りをそこに置き、気配を消して周囲を偵察した。鬼殺が見張っているわけではなさそうだった。

 

 そうとわかれば、鬼の行動は早かった。疾風のように駆けながら懐から短刀を取りだし、背後から妻の喉首を掻っ切った。

 

 夫と少年が何事かと振り返り、鮮血を浴びた。その時の愕然と恐怖が入り混じった表情が、鬼はわけもわからず好きだった。

 

 夫が手早く荷物から刀を取りだして抜き、少年に言い放った。

 

「走れ!」

 

 ぽつりと少年が零した。

「……おかあ」

 

「行けッ!」

 

 その強い一言で、少年は駆けだして行った。森の奥へと。

 

 夫がやおら刀を抜いたので、鬼はまさかと身を強張らせてそれに反応できなかった。その刀が、鬼の頚を断ち落として殺せる唯一の武器、日輪刀なのではと肝を冷やしたのだ。

 だが冷静になって見ればなんてことのない古ぼけた脇差だった。短い刀を荷物の中にしまっていたので、得物に気付けなかったのだ。

 その構えや精神的切り替えからして、剣術の心得があるのだろう。鬼もまた中腰になり、短刀を片手で軽く突き出すように構える。

 

 鬼は一般に強固で鋭い爪を持ち、それはチリ紙のように人間を破いて殺す。だがこの鬼は喰わない人間を殺すときは人間の得物で殺すように心がけていた。

 爪で殺された死体を残せば、鬼殺に嗅ぎ付けられる。だが人間の凶器であれば物盗りの仕業と思わせられるからだ。多少手間でも、生き残る知恵だ。

 

 鬼は正面からの突きを躱し、腹部を刺して蹴り飛ばす。傷口からひゅるりと血が伸びて地に落ちる。夫は脂汗を流し、それでも立ち上がった。

 

 なかなかの使い手のようで、始末に少し時間が掛かった。

 二つの死体の荷物と懐を漁り、金目の物を回収して亡骸は脇へ放り投げた。

 

 そうしてうっそうとした細い道の先へ視線を移す。

 子どもの足では遠くまでは逃げられまい。それに稀血の香りを追えばどこに隠れようとも無駄だ。

 そう自分に言い聞かせて、鬼は駆けた。

 

 死んでいるはずのあの男と少年が出会わぬうちに追いつければよいのだが、と意味の分からぬ不安を胸に。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 誰か、誰か助けて。じゃないとお父さんが。

 

 そう心でわめきながら、少年は森を急ぐ。父から剣術の鍛錬を受けていたおかげで身体能力は鍛えられており、だいぶ距離を稼ぐことは出来た。

 出来たが、だからといってどうなるというのだろうか。この人の気配の無い深い森で、誰が助けてくれると言うのか。

 

 木の根に足を取られながら、それでも逃げる他に手段は無い。藁にもすがる思いの少年の祈りが届いたのか、目を凝らすと遠くに人影が見えた。木を背にして座り込んでいるようだ。

 

「たすっ……けて! 助……」

 

 最初は希望に満ちた声色だったが、すぐに落胆の色を含んだ。

 近づくにつれ、人影が助けにはならない事を理解した。下半身は七五三の時に見た兜飾りのようないでたちであるものの、傷だらけで生きているようには見えなかった。

 

 死体なのだろうか? 少年の抱いた疑念は、なぜかは分からないが否定された。

 形式儀礼的に詭弁じみた、死んではいないと主張するようなそれ。男の発する義務的な生気とでも言えばいいのか、そんなものを感じ取ったのは生まれて初めてだが、とにかく生きていると認識できた。

 

 自然と歩むように通り過ぎざまに観察しながら、そう考えていると背後から物音がする。振り返ると、少量の返り血を浴びた鬼がいた。もはや人間であるフリを辞め、額からは二本の角と、顔には異様な紋が浮き出ている。

 そして鬼もまた、困惑していた。まだ男が生きている事に。

 

 最初に見てから、五日は経過していた。衰弱死して当然だが、栄養失調による腹の膨れも肉体の衰えも無い。

 それどころか、用心深く見てみれば虫や野生動物に啄まれておらず、蔦や草も指や四肢に絡んでいない。湧いていない、蛆ですら。

 まるで自然界の生物が、男という異物を避けるような振る舞いをしている。

 

 そもそもいつからここに座り込んでいるのだ? 五日前よりずっと前から? 人のようで人でなく、鬼のようで鬼でないこの男は。

 

 そんな男の腕を少年が掴んで立たせようと引っ張る。けなげにも助けようとしているようだ。

 

「早く、起きて、逃げて」

 

 鬼はすぐさま少年の腕を切りつけた。はずみで少年は手を放し、男の上半身はごたりと地に伏した。

 尻餅をついた少年を見下ろし、鬼はちろりと短刀に付いた血を舐める。稀血が毒というのはやはり嘘のようだ。舌に極上の味が広がった。根気よく取った合わせ出汁のような。

 そんな懐かしさを覚えながら、石を握りしめて抵抗の意思を見せる少年に言った。

 

「わたしに勝つつもりか? きみの父親でさえ勝てなかったというのに」

 

 少年は震える身体をなんとか地に立たせるだけで精いっぱいだった。

 

「黙って目を閉じておけ、少しは恐怖もまぎれるだろう。きみに出来る事は何もない、両親を守れず、自分自身も守れず、墓参りすら、何一つ為すことなく死んでゆくのだ」

 

 じりじりと後ろへと下がる少年に、ゆっくりとした口調で歩みながら鬼はそう言った。安心させるように、無駄な血一滴流さず効率的に喰うために。

 凶兆を感じて不意に後ろを振り返る。地に伏したままの男の視線が偶然にも鬼を向いていた。表情は無い。たが仄かに赤く揺らぐ目に動揺した。

 

「なん……だ。なにが言いたい、言ってみろ」

 

 鬼は語気を強める。言いようのない不安と焦りを覆うように。

 

「何者なのだおまえは! このガキを殺す事に、何か文句でもあると言うのか!」

 

 男は答えなかった。

 呼吸を短くした鬼が、沈黙に耐え兼ねて短刀を男の胸に深々と突き刺す。刃を抜くと、だらりと血が零れた。少年が息を飲む。

 大きく唾を飲み下し、鬼は少年に向きなおって自分に言い聞かせるように毒づく。

 

「気色の悪い死にぞこないに、何を恐れる事がある。あの死に体では何もできまいに……何一つ! 口を開く事すら、ましてやガキ一人も守れるはずも」

 

 言いさして少年の瞳孔が開いたのに気づき、振り向く。男が大弓を引いていた。避けようとした瞬間、鬼の視界の半分は失われた。尋常ならざる速さの矢が右目を貫き、脳まで達したのだ。

 鬼はすぐさま矢を引き抜き、短刀を投げ捨てながら男に駆けた、両手はすでに頑強な鬼のものとなっている。

 

 男は後ろへ飛びのきざまに二本の矢を放って着地する。正確無比な狙いは、その間に鬼の両膝の皿を割って関節に食い込み、体勢を崩して地に身体を擦りつけさせていた。

 

 理解が追い付かない、というのが鬼の正直な反応だった。

 脳を優先して再生し、次いで両足、目が最適解。だが矢じりというものがこれほど厄介だとは思わなかった。銃弾よりも大きく複雑な形状ゆえに、引き抜かなくては再生に時間が掛かる。

 いや、そもこの男は一体何者だ。確かに致命の一撃をくらわせたはず。にもかかわらず生きている、間違いなく鬼ではないのに。

 それに、強い。鬼殺でもないのに。

 

 それよりも今は──

 

 鬼は血鬼術【追い回し】を発現させる。鬼を中心点として大きな平皿が地面に浮かび上がり、上にいる生物の位置が瞬間的に移動した。同時に両足を全力で再生してその場を離れる。

 

 残された男は再びその場に座り込んだ。

 少年は突然位置が変わった事に動揺していたが、ひとまず男に「ありがとうございます」と震える声で礼を言った。そうしてしばらくへたり込み、泣いた。

 泣いて、涙を拭って言った。

 

「父と母を、見てきます」

 

 聞いているのかいないのか、無反応の男を後にして、投げ捨てられた矢を握りしめて、ひとり来た道を戻る。男はついて来てはくれなかった。

 再びあの恐ろしい、物語に出来る鬼のような存在に襲われるかもしれないという恐怖もあったが、それでも親を弔いたかった。

 血にまみれた両親を見て、再び涙があふれ出て止まらなかった。泣きながら道のはずれに石で浅い墓穴を掘って埋め終えると、とっくに昼が過ぎる頃だった。

 

 荷物と遺品となった脇差を持ち、男の元へ戻る。深呼吸して言った。

 

「その、お侍さんは、大丈夫ですか? 誰か人を呼んできた方がいいですか?」

 

 男は何の反応も示さなかった。

 

「ぼく、このままお墓参りに行こうと思います。あの化け物は怖いけど、お金も帰る場所もないし……」

 

 少年は涙を拭った。ぼくは武士道を教わった、強い子だと自分を勇気づける。

 

「あの鬼の化け物はぼくに、何も出来ないって言ったけど、その通りだけど、墓参りだけはまだ出来るかもしれないから」

 

 あの鬼が許せなかった。しかし警察に話しても信じてはもらえないだろう。出来る事ならこの手で倒したかった。この小さな体では、敵わぬことも理解していた。

 だから何も為せぬと言い捨てた鬼を否定する事で、即ち墓参りを持ってして両親の無念を晴らそうとしたのだ。言ってしまえば一人残された少年の意地に他ならない。そうして両親の死という悲しみをごまかし、乗り越えようとしていた。

 

 男は変わらず死んだように動かなかった。

 少年は一礼し去り際に、そっと割れてしまわないように誓った。

 

「せめてそれだけは、為そうと思います」

 

 男の赤い瞳が僅かに揺らぐ。

 

 少年は歩き出してすぐ、背後の衣擦れの音に振り向いた。男がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。思わず顔をほころばせて言った。

 

「つ、ついて来ていただけるのですか」

 

 ああ、とだけ答えて、男は少年の荷物を掴み上げ、今まで自分が座り込んでいた場所を一瞥する。

 いったいいつからああしていたのか、男にもわからない。

 生まれ故郷である葦名を守ろうとし、合切を犠牲にしてもなお己の力では何も為せず、祖父を外法で黄泉帰らせて頼らざるを得なかったという、胸をえぐる失意に沈み続けていた。

 

 ほんの気まぐれだった。少年の命などどうでもよかった。

 ただ、もしもこの非力な少年が、何も為せぬと強者に言い渡されてもなお為し遂げるのか、見届けようと思いついただけだ。

 自分には出来なかった事が、少年には出来るのか。

 為せなければ、また同じように許されぬ死の塊に戻ろう。

 

 見事為し遂げたならば……その時は……

 

「お侍さま! もうすぐ森を抜けます!」

 

 そのあどけない声に思考の海から引き上げられる。

 少年は小走りに夕日の射す丘へ抜け、手招きしていた。

 

 男が続き、少年の指の射す方を見下ろすと、黒煙を吐きながら凄まじい速度で動く巨大な黒い蛇が山間を滑らかに這っていた。

 

「列車が走っていますよ!」

 

 れっしゃ、を眺めたまま、やおら男が問い出した。

 

「葦名、という地を知っているか」

 

「あしな、ですか。いえ、聞いた事がありません」

 

 そうか。とだけ呟き、山に隠れる夕日に黄昏た。

 

「そうか」

 

 と、もう一度だけ口にした。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 鬼は森の中で身を潜め、身体を休ませていた。

 鬼という存在は、斬られても焼かれても叩き潰されても肉体が再生される。とはいえその再生速度には鬼の格と言うか、強さに比例する。

 あの男から逃げる為に行った瞬間的な回復は、かなりの負担となっていた。胃が痛むほどの空腹感を覚え、場所や誰彼を構わず襲いたくなるような飢餓衝動を覚える。

 

 このまま飢餓状態に移行すれば、下手な食事や現場の傷跡から鬼殺に嗅ぎ付けられる。

 あいつらは明確な殺意で文句なく殺しにかかる。恐ろしい連中だ。

 

 鬼は瞑想し、殺されるという恐怖で飢餓を抑えた。少しでも空腹を満たそうと、稲荷を置き捨てたままだったことを思い出した。

 すぐにその場所へ戻り、包みを開ける。すると眼下の細道に、男の三人組が文句を垂れながら歩いていた。

 

「しばらくすれば夕刻になる。明日にしてもよかったんじゃないのか」

「いや、ならん。子連れだからすぐに追いつける。貸した金は必ず返してもらう」

「奥さんとねんごろになりたいだけだろうに……しかし宿屋の言った事は本当か? こんな獣道を通ってどこへ逃げようってんだ」

 

 ちょうどよかったので、丁寧に喰った。

 癖で懐を検めると、結構な額の借用書が出てきた。破り捨て、荷物を漁る。

 

 ドロップス、と描かれた缶を振ると、カラフルな氷菓子のような物が出てきた。しげしげと眺めて口に放る。ぬるい苦みが広がった。

 次いで弁当が出てきた。駅弁だろうかとふたを開けると、飯の上に海老天のような料理が鎮座していた。

 

 指で衣を剥ぎ取ると、海老天よりもザクッとしているようだ。同じ揚げ物には違いなさそうだが、と口にする。ほどよい弾力のある肉厚の海老から、エグみがあふれ出た。

 仕方なく人間の血に浸すと、まあ食えた。いつもの涎が出るような、五味では表現できない、とにかく美味いと感じる味がした。

 

 それでなぜだか、目には涙が一杯になった。

 

 涙を拭い。吉兆を覚える方へと足を向ける。鬼は細い道が続く森の中へと姿を消した。

 あの男は奇妙だったが、鬼殺ではない。つまり殺される事はないのだ。鬼殺と事を構えるよりも怖くない。

 

 それに稀血を喰えば、何かが変わる気がする。だからこそ、吉兆を覚えるのだと、そう信じて歩みを進めた。

 



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Deliverance 後編

 少年と男が進む山道は、段々と勾配が大きくなってきた。足場は悪く、草木は覆い茂り、獣道を歩いているのか、人の道を歩いているのか。今は区別がつかなかった。

 所々切り立った断崖もあり、足を踏み外せば命は無いだろう。

 辺りが薄暗くなってくる頃に、切り開かれた平地に辿りついた。ぽつぽつと民家らしきものが建っており、小さいが畑のような土地もある事から山村と呼べなくも無ない。

 

「ここ、でしょうか」

 

 少年は頼りなさそうに呟き、荷物から小さなカンテラを取りだして灯した。

 

「実はお墓の場所、ぼくは知らなくて。父は森を通った山の先と言っていたのですが」

 

 どなたか知っている人を探してみましょう、と少年は小屋に近づく。

 暗がりの遠目からではわからなかったが、屋根や壁は腐り落ちて穴が開いていた。とてもではないが人が住めるような場所ではない。

 ぐるりと村を回ってみたがどこも同じような状態だった。捨てられて、いったいどれほどの時間が経ったのかもわからない。

 

 ほんの少し村の外も見てみるが、墓は、無かった。

 

 代わりに、さらに山奥へ続くと思わしき道を見つけた。

 この先はどうなっているのだろうと見上げてみるが、厚い雲が星すら隠す夜空の元ではわからない。

 

 かつて災害があったのだろう、土砂崩れの跡などで山肌が大きく露出している部分もあった。

 

 どうしよう、と呟き、男を見上げる。

 

「好きにするがいい」

「……明日の朝、山を登ってみます」

 

 為すのか、為せぬのか。問われているような気がして、そう答えた。

 

 その日は山村の中でもマシな民家で一夜を明かす事になった。

 ボロボロの壁の隙間から鈴虫の鳴き声が入り込み、カンテラの弱々しい光が漏れだす部屋の中で、少年は荷物を広げる。マッチと手拭い、丸いアルミニウムの水筒。

 それと風呂敷に包まれた曲げわっぱがあった。ヒノキの薄板を曲げて作られた楕円筒状の箱の蓋を取ると、黒々としたおはぎが二つ、入っていた。

 

「よかったら、これ」

 

 少年は生唾を飲んで、男に曲げわっぱを差し出す。男は遠い目でおはぎを見つめ、そっぽを向いて言った。

 

「俺はいらん。お前が食べるといい」

「そう、ですか。ではお言葉に甘えて」

 

 喜びを隠しきれない口調で言って、少年は黒文字楊枝でぺたりと切り分け、惜しむように少しずつ食べた。

 

「ぼく、おはぎが好物なんです」

 

 男は名を聞かれても答えないほど無口だったので、寂しさを紛らわすために少年が色々と喋った。

 

「うちは裕福とは言えなかったので、誕生日にしか食べられませんでしたけど。今日は……お墓参りだからですかね」

 

 ちょっとはにかんで、少年は続けた。

 

「お供え物かもしれませんね。半分は残しておきます」

 

 曲げわっぱの蓋を被せて、雑談で緊張の糸が切れたのか急な睡魔に襲われた。うつらうつらと舟を漕ぐが、秋の寒さに身が震えた。遠慮がちに男に尋ねる。

 

「あのう、そちらへ寄っていいですか? 少し寒くて」

「駄目だ」

「あ、すみません。つい」

 跳ね付けられた返答に少し気落ちした。

 

「立て」

「え?」

「逃げろ」

 

 ぽかんとする少年の耳に、まだ記憶に新しい忌まわしい声が聞こえた。

 

「やはり気付いていたか。相当の手練れだな」

 

 ぬう、と森で出会った鬼が民家の敷居を跨いだ。額の二本の角、顔の紋様、鋭利な歯牙がのぞいている。

 少年が抜刀しようと震える手で脇差を引っ手繰ると、男が立ち上がりながら柄を引き抜いた。

 

「行け」

 

 刀の切っ先で壁の穴を指す。

 少年は一瞬の躊躇の後、 「どうかご無事で」 と、鞘とお供え物の入った曲げわっぱだけを抱えて這い出て駆けた。

 山奥へと続く道を、真っ暗闇の中を順応しかけた目で登る。視界の端には宿場街の明かりが、傍観者のごとく遠巻きに灯っていた。

 

 鬼は別段それを咎めるでもなく好きにさせた。

 不穏な風がボロ屋を通り、男と鬼の間のカンテラの灯が揺らめく。照らされた壁が虚ろに震える。

 

「まず、聞いて欲しい」

 と、鬼が切り出した。

「わたしは見ての通りの鬼だ。矢で脳を貫かれようが、胴を断ち切られようが死ねない。きみもその類なのだろう?」

 

 男は答えなかった。長躯に長い手足という身体つきに、脇差はより短く見える。

 

「死ねない者どうしが戦う事に意味は無い。不毛だ。話し合いで解決できればそれに越した事は無い。きみはなぜあの少年を助ける」

「あの童が為すのか為せぬのか、見届けるため」

 

「それは……無理な話だ」

 鬼は広げられた荷物に目を落としてから言った。

「誰もが、鬼であるわたしですら為すべき事を為せずにいる。おのれよりも強き存在や運命には逆らえない。あの少年もまた、わたしという強き存在の前には、運命の下では墓参りは為せない」

 

 鬼の嗅覚はおはぎの残り香を嗅ぎ取った。和菓子は門外漢だったが、たぶん美味いのだろう。

 人間も美味い。煮ようが焼こうが、揚げようがお造りにしようがみな一様に美味い。どれほど手間暇をかけても、かけなくても美味い。

 とにかく美味くて、もっと喰いたいという味しかしない。

 

「それを今一度、確かめたい」

「なら、少年一人の力で試させればいい」

「俺に出会ったのも、あの童の命運よ」

「どうあっても殺し合おうと言う事か。しかし命運と言うなら、あの少年はわたしに出会わずとも死ぬ定めだった。ならばわたしが喰っても同じだ」

 

 鬼は短く嘆息し、血鬼術【次板】を発現した。右の掌が裂け、血の滴りと共に重厚な鋼の出刃包丁が生え出る。使いこまれた柄は、悲しくなるほど良く手に馴染んだ。

 

 男は右半身を軽く引き、脇差の切っ先を向けて中段に構え、左手を刀身に添える。

 

 動いたのは同時だった。

 鬼の刺突を跳躍で躱しざまに脇差を左右に二度振り、胸を斬りつけ、顔を足蹴に飛び越した。すぐさま振り返るが裂傷を気にせず鬼が駆け、出刃包丁で男の前腕を斬りつける。

 

 鬼は、しばらく男に付き合ってやる事にした。一度、縄張り争いで他の鬼と殺し合った事がある。再生までの時間差はあるものの、どちらも死なず、ただ痛いだけだ。

 それが無限に続くとなると、諦めが付いた。鬼殺に嗅ぎ付けられるのが嫌でその時は譲ったが、稀血となれば話は別だ。この山中であれば血鬼術も目立つまい。

 すぐに男が折れるだろうと鬼は思っていた。だが──

 

 鬼は息を荒くして、血だらけの男をねめつける。斬りつけ、包丁を突き立てられ、抉られようとも折れる気配がまるで感じられない。幾たびも蘇る鬼との闘いは、初めてではないのか。

 

「殺し切るつもりか」

 

 そう呟き、血が滲み続ける出刃包丁を握りしめる。このままやり合っては夜が明ける。陽の光を浴びる訳にはいかない。

 

 血鬼術【花板】

 

 鬼がそう念じると突然、男の身体の至る所から様々な包丁が内に外にと生え出た。肉を裂き、臓腑を貫き、腱を断ち、ようやく地に伏した。

 

【次板】によって生み出された包丁は、鬼の血を媒体としていた。故に鬼の血である包丁は出血し続け、【花板】によってその血が一斉に包丁となったのだ。

 地面に落ちた血からも生えるので、辺りに包丁が散乱している。

 すぐさま男の大弓を引っ掴み、へし折った。矢が数本刺さった身体のまま、稀血の匂いを頼りに少年を追う。

 

 振り返ると、遠くで赤い瞳の人影が糸人形のように起き上がっていた。

 

 だが再生速度ではわたしが勝っている。弓による追撃も心配ない。たとえ追いつかれようと、また同じように【花板】で時間を稼げばいい。

 

 ほどなく走っていると、夜目の利く鬼の眼に石垣の名残や建築の土台のようなものが見え隠れしだした。

 こんな山奥に? と首をかしげないでもないが、とにかく匂いを追う。道はとうに無く、大雨や地震によって土砂崩れ起こし、風化した山を行く。

 

 やがてぽっかりと開けた場所に出た。大きな岩影に向かって鬼が言った。

 

「もう、諦めろ、本当は薄々気付いているのだろう」

 

 鞘と曲げわっぱを抱きしめたまま、少年は答えた。

 

「そんな事無い! ぼくは、墓参りに来たんだ!」

「墓など、無い」

「そんな……そんなわけ」

 

 少年は震える声で鬼の言葉に立ち向かおうとしたが、出来ないでいた。誕生日にしか食べられないはずのおはぎの味が、まだ舌に残っていたので。

 

「仮にここに墓があったとして、たとえあの廃村にあったとしても昼中では宿場街まで戻れず、夜の森を通ることになる。なのになぜ、食料がおはぎしかない」

 

 なぜ、と、ことさら重要そうに鬼は言った。

 

「なぜ、荷物の中に線香の一本も無い」

 

 そんなわけ無い! そう叫んで岩陰から姿を現し、少年は曲げわっぱを片手に抱えたまま、鞘を構えて泣き叫んだ。

 

「きっと……忘れちゃったんだ! それか、それかお金が無くて買えなかったんだ……借金取りが家の物を、お線香も全部持ってっちゃったからだ!」

「きみは結局、何も為せない。参るべき墓すらここには無い……喋り過ぎたな」

 

 鬼は振り返ると同時に腹を深々と刺されたが、代わりに男の腕を掴んで力の限り背負い投げて地面に叩きつける。

 柔らかな地面は陥没してひび割れるほどで、背から打ち付けられた男はがぼりと吐血した。

 

「お侍さま!」

 と少年が駆け寄る。

 

 刀がなまくらでなければ、手こずっただろうなと男を見下ろす。案外、吉兆とは稀血でなくこの男なのかもしれないと考えてみる。この異様な不死を、鬼を統べる鬼舞辻さまに献上すれば評価してくださるだろう。評価され、いずれ上弦の月となったとして、だから、なんだ、なんになる。

 鬼の舌ではもう、料理など……もっと美味いもんを、作ってやりたかった。

 いや、とかぶりを振り、胸の脇差をずるりと引き抜いて少年に近づく。

 

「どのみちきみは死ぬ定めだったのだ。一家心中か、一人かの違いしかなかった。ならわたしに喰われてもいいだろう。生きたまま喰いはしない。墓参りは、これで終わりだ」

 

「違う、ぼくのご先祖さまはここで生まれて育ったんだ! 父がそう言っていた!」

「逃げ回るにしても、気を付けてくれ。ここは身を投げるにうってつけの断崖だから。こんな所に住む人間たちはいない。きみもわたしと同じく、何も為せずに終わっていく」

「ご先祖さまは()()を守る戦で死んじゃったんだ! おばあさんだけ落ちのびて、だから、だからここには……ぼくはここの」

「こんな辺鄙な場所で何を守ると言うのだ。見ろ、雲が晴れてゆく」

 

 ふと男が気付いて仰向けのまま空を見上げた。嗚呼、この秋空は、と。

 分厚い暗雲が流れゆき、まばゆい月光が山の姿を暴いた。幾度か崩れ落ちた山肌や、覆い尽くす自然。鬼の言う通り、何も無かった。戦って守るべきものなど、もはや何一つ見当たらない。

 周囲を険しい山に囲まれたこの地で、何をめぐって戦が起きたと言うのか。

 

 いや、起きたのだ。遥か昔、満月が明かしたこのすすき野原で確かに。

 

 男の指に、忘れようはずもない感覚が触れた。割れた地から、僅かに柄頭が覗いている。

 迷わず掴み、男は立ち上がった。

 

「もうよせ、墓は──」

 と、鬼は地中から刀を引きずり出した男に一瞬口を閉ざして続けた。

「──墓参りは為せなかった。きみはそれを見届けた。満足してくれ」

 

「俺にも、為すべき事がある。国は無くせど、まだ、民は生き残り、ここにいた」

 と男は大太刀を構えた。白い柄、睡蓮の鍔に両刃の黒い刀身。

 

「いまさら何を為す。急にこの少年に情が湧いたわけではないだろう」

 鬼は【次板】で出刃包丁を握る。刀を地面から掘り出したのは驚いたが、怖くはなかった。あれもまた日輪刀ではないからだ。死ぬ恐怖は無い。

 

「その命」

 

 至近距離での一撃は一瞬だった。刀が鬼の心の臓腑を貫き、包丁もまた男の胸を突いていた。

 

 かつておのれに誓った言葉を、もう一度口にする。

 

「踏みにじらせは、せぬぞ」

 

 鬼に今まで感じた事の無い虚脱感が広がった。心臓は決して再生されず、日輪刀で頚を落とされるか陽の光でしか死なぬはずの鬼の身体に、不死を許さぬ死が蔓延していった。

 鬼は不思議な安堵に包まれていた。これでようやく、人間などという煮ても焼いても変わらない美味い餌を喰わずに済む。

 鬼殺では得る事のない、恐怖の無い死。吉兆とはこの事かと満ち足りた。

 最後に力を振り絞って、少年に告げた。

 

「線香はわたしが荷から盗った」

 

 見え透いた言葉を最後に、鬼は息を引き取った。

 日輪刀や陽の光で死ぬように肉体は霧散せず、安らかな顔の遺体はそのまま残った。

 

 

 

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「倒したのですか?」

 

 少年が男を案ずるように近寄った。

 

「ああ」

「そう、ですか」

 と意気消沈して続けた。

「ぼくは、結局、何も出来なかった……」

 

「……いや。そこにおはぎを供えてやってくれぬか」

 

 男の指したのはすすき野原の断崖から、遠くで続く峰を見渡せる場所だった。

 そのまま墓標も無い場所で手を合わせる。

 

 男はかつてこの場で、祖父を過去より黄泉帰らせた。

 亡き者の時間を過去から現し世へと移動させた分の刻は大きな反動となり、術者である男を現し世から数百年先の未来へと押し出したのだ。

 そうしてまた、戻って来た。風化し、地名すら消えた見る影もない故郷へと。

 

 黙祷が終わると少年が問いかける。

 

「ここは、この場所はどなたのお墓なのですか?」

「葦名の墓だ」

 

 男は少年に視線をやり、続けて言った。

 

「お前の先祖が葦名を守る戦で死んだのならば、葦名の墓であるここは、お前の先祖の墓に他ならん」

「じゃあ、これで父も母も浮かばれますか」

「ああ」

「ぼくはお墓参り、出来たんですね」

 

 ぽろぽろと泣き出した少年に頷いてやり、しばらくしてから思い出したように言った。

 

「おはぎを一つ、貰ってもかまわんか?」

 涙を拭い、少年はぜひと答えた。

 

 岩を背に、二人で座る。

 男がおはぎを掴んで頬張った。

 

「どうですか?」

 

 満月の夜空を見上げ、懐かしむように答えた。

 

「とてもうまい」

 

 

 

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 とある宿場街の店の主人は、たまに怪訝に思う事がある。ひどく疲れ、おびえたような人がやって来る。

 どこへ行くのかと問えば、本人にもよくわからないそうだ。

 

 そのようにして東北にある険しい山間に、ぽつりぽつりと人が訪れた。

 目の前で鬼が人を喰っているさまを見た者や、かろうじて鬼から逃げた者。鬼の存在を信じてもらえず、心に傷を負った者が、不思議と吉兆を覚えてぶらりとやって来たのだ。

 

 暗い森を抜け、丘を行き、気休め程度に整備された山道を歩くと、山村に辿りつく。

 似たような境遇の村民が、山の上で柿を育てて暮らしていた。

 水が良いのか、滋養があるともっぱらの評判でよく店に並ぶ。移住する人が増えてきた今、山葵もどうかとやってみたが、これがまた美味いらしい。東京の料亭にも出せるだろう。

 

 ただ、そこそこに人がいるものの、外界とは閉ざされがちなので、まれに鬼がやってくる。

 そんな夜は、必ず天候が乱れて雷雲が空に満ちた。

 

 鬼の前に、赤い目をした一人の男が立ち塞がる。

 人の身でありながら雷を操り、不死を断つ黒い刀を振るった。

 

 鬼が息も絶え絶えで、捨て台詞を吐く。

 

「こんな、ちんけな村、いずれ鬼に、十二、皆殺しにされる。みんな、死ぬ」

「どれほどの鬼が来ようとも」

 

 と男は刀を鬼に突き立てる。

 

「俺が、葦名を生かす」

 

 数百年前の山彦が、いま、返った。

 赤い柿の多く実る、葦名と再び呼ばれるようになったこの山間で。

 




山彦返りて豊穣の柿 完


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