刀使ゾンズ (イナバの書き置き)
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Another world

オリジナル小説を1話分書いて設定を読み直したらほぼアクティヴレイドだったのでボツにし、行き場のない熱意を用いて初投稿です。


 安らかに眠った様な顔で息絶えた少女を撫でる。

 最早自分が愛した少女はここにいない──そして自分もこれからそこに行く。

 視線を上げれば二人の男が佇んでいる。

 この二人も俺がしてきた行為で傷付いた被害者だ。

 そして俺を終らせてくれる人達でもある。

 

「俺が送ってやる、母さんの所へ」

 

「分かった。でも──」

 

 きっとこの人が、父さんが言うのなら間違いない。俺はきっと母さんと、■■の元へ行ける筈だ。

 だが、それでも俺は最後まで──

 

「──俺は最後まで生きるよ」

 

「やっぱり、七羽さんそっくりだ」

 

 始めての父さんからの称賛に、少し嬉しくなって、最後の覚悟が決まった。

 腰にベルトを装着し、インジェクターをベルトのホルダーにセットする。

 これが、俺の最後の変身。躊躇うな、諦めるな、それが俺の得た答えだから────

 

「■■■■!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千翼は打ち捨てられ、廃墟となった施設の中で強烈な空腹感と共に目を覚ました。

 目の前には、かつて自らが『凍結』されそうになった時に収容された棺桶の様な装置が佇んでいた。その扉は最早用は済んだとばかりに蝶番の部分から外れ、ただもう何も入れる事もない空洞を千翼の前に晒していた。

 

「どこだよ……ここ……」

 

 一体自分の身に何が起こったのか、自分は死んだのではなかったのか、或いはこれも自分にとって都合の良い夢なのか。

 何もかも分からないがこのまま突っ立っているだけでは何も始まらないと考えた千翼は、装着していたベルトを外し、施設の探索を始めた。

 

 

 

 

 

「ダメだ……俺じゃ何も分からない」

 

 蔦や植物が生い茂り、あちこちが錆び付いた施設を一通り歩き回ったのち、千翼は途方に暮れて棺桶の前に戻っていた。

 探索の中で発見した幾つかの書類から、この朽ちた施設が野座間製薬の研究所なのは理解出来たが、千翼の知識では専門的な用語を理解出来ず、それ以上の何かを読み取る事は出来なかった。他には鞄を見つけたので一先ず資料やベルトを入れる事にしたが、何の慰めにもならなかった。

 

 これから一体どうしようか。

 棺桶の前に座り込み、千翼は何をするでもなくぼんやりと考えていた。

 

 千翼は人間ではない。「死ぬべきだった」生物である。

 それまで他者に感染等する事は無かった■■■■細胞が水を媒介して広まった切欠。何の罪もない人々がある日突然隣人や家族の肉を貪り喰らう地獄を作り出した張本人。最恐最悪の生命体、この世に生まれた事そのものが正に罪である。

 千翼はそうした自らの運命を悟り、それでも最後まで生き抜いた末に自らを殺しに来た父、そして人と■■■■の狭間に生きる男に看取られた────筈だった。

 それが五体満足どころか傷1つ無いままこうして生きているのは、千翼にとって納得がいかない事象であった。

 

「──────ッ!」

 

 それが何の解決にとならないと知っていても苛立ち紛れに棺桶を蹴りつけた。右足が鈍い痺れを訴え、それが益々生き残ってしまった事を実感させる。

 

 こんな事をしても何にもならない。早くこの建物を出よう────

 

 そうして顔を上げた千翼は、棺桶の隅に小さな冊子が挟まっているのを発見した。色褪せ、文字も滲んで大部読み辛くなったそれは、どうやら何者かの日記らしい。パラパラと頁をめくる中で、千翼の表情は徐々に変わっていった。やがて日記を読み終えた千翼は、顔面蒼白の表情でポツリと呟いた。

 

「何なんだよ、これ……」

 

 

 

 

 

 

『■■■■細胞から誕生した生命体について』

 

 

 

 

 

『鷹山 仁』

 

 

『×月×日

 ■■■■細胞に人間の遺伝子を移植した物を3ヶ月に渡って培養していたが、遂に狭苦しい調整槽からこの子を出してやれる。そう、新しい生命の誕生だ。名前は七羽さんと考えた結果、千翼と名付ける事にする』

 

『●月●日

 千翼の成長は人類よりはるかに早い。2ヶ月程前に生まれたばかりなのにもう這う事すら出来るのだ。この子に用いられた技術はやがて人々を救うだろう。荒魂だって一捻りに違いない。なるほど通りで折神家も支援してくれる訳だ』

 

『△月△日

 まさか、千翼がこんな性質を持っているなどとは想定していなかった。だがまだ大丈夫な筈だ。現に■■以外からのタンパク質も問題なく摂取出来ている。しかし問題は既に野座間本社では千翼の遺伝子が組み込まれた■■■■が4000体も存在している事だ。もしこれらが社会に出れば大変な事になる。全て俺の責任だ──俺が何とかしなければ』

 

『■月■日

 俺■■翼を■結処理■るしかな■■?』

 

『■月■日

 許してくれ』

 

 

 

 

 

 千翼の知らない自分の人生が父の名前で綴られている事実に眩暈を起こしそうになった。

 現状とこの日記を信じるならばどうやら自分は「異世界」の自分に憑依してしまったらしい。

 まるで漫画か小説の様だ。それにしたってかつてTEAM Xに所属していた時に千翼が読んだ小説だってこんな酷い事態は描いていなかった。

 

「俺、どうすれば良いんだ……」

 

 ■■は死に、自らも命を繋いでしまったと言うどうしようも無い現実に心が折れそうになった千翼は、それでも何とか日記と資料を鞄に詰め直し、あてどなく山の中をさ迷いだした。

 

 

 

 

 

 

 

 刀使────

 

 神性を帯びた稀少金属・珠鋼を精錬して作り出された超常の力を持つ日本刀、『御刀』を所持する神薙の巫女である。

 その役目は珠鋼精錬時に発生する不純物、ノロが結合した事で生まれる擬似生物『荒魂』を斬って祓う戦闘行為だ。

 

 荒魂は負の神性を帯びており消滅させる事が出来ないので、同じく神性を持つ御刀で斬って鎮め、再度結合しないよう小分けにして保管するしかない。

 

 刀使の殆どは成人前の学生であり、同時に警視庁・特別刀剣類管理局に所属する公務員である。

 

 故に──────

 

 

 

「そちらが大人しく投降して頂ければ、話は早く済むのですが」

 

「チッ! オレ達にはやる事があるんだぞ。お前に構ってる暇なんて無いんだ!」

 

 刀使同士が御刀で斬り結び、交戦する現状は異様でしかない。

 

 

 ──本当に、このままじゃ埒が明かねーぞ

 

 その身の丈の倍以上大きい御刀『祢々切丸』を振るう少女『益子薫』は端的に言って焦っていた。

 刀使の戦闘と言うものは、通常の剣術と大きく異なる点が2つ存在する。

 肉体をエネルギー体に変換し、ダメージを肩代わりさせる『写シ』、そして異なる時間流に乗って加速する事で高速での戦闘を可能とする『迅移』は戦術の幅をただの剣法から大きく広げ、立体的な起動や圧倒的な継戦能力を刀使に与えた。

 しかし長時間の戦闘ともなれば一方的に攻められる薫の集中力も削がれ、この場からの逃走すら不可能となってしまう。

 そして──────

 

「ね、ね……」

 

 ────このままじゃ、ねねが

 

 戦場と化した山の片隅に転がる()()に視線を向ける。

 全身に深い傷を負った犬の様な生き物が、意識を失い横たわっているのだ。

 益子家と代々深い関わりを持つ()()()()()()()()、ねねである。

 薫と共に戦闘に参加していたが、現在相対している刀使────折神家親衛隊第三席、皐月夜見の手で無惨に打ちのめされてしまった。

 そしてその手法こそ薫の離脱を許さない最大の理由でもある。

 

「お前、ノロを体内に入れてるのか……!」

 

「ええ、それがどうかしましたか」

 

「正気かよ……!?」

 

「勿論です。私は私の使命を果たすだけですから」

 

 戦場を飛び回る血色の蝶。荒魂以外の何者でもないそれは夜見の体内から生成されたものである。

 周囲を大量の荒魂で囲み、物量で圧殺する戦法に薫は写シを展開することすら叶わず、屈しかけていた。

 

 ──何か、何か無いのか。なんでも良いから、この場を切り抜ける手段を────! 

 

 前を向けば力量で敵わなかった相手が正眼に御刀を構え、後ろを見れば荒魂の壁が迫りつつある。

 もはやこれまでか、結局薫は何の解決策も現状から導きだせなかった。

せめてこいつだけでも護ってやろうとねねを抱え、夜見を睨み付けた瞬間──────荒魂の壁が熱風で弾け飛ぶ。

 

「くっ……」

 

「な、なんだぁ!?」

 

 二人とも顔を手で覆って熱波を防ぐ。薫の指の隙間から見える狭窄した視界に、人影の様な何かが映る。

 熱風で焼けた蝶がボロボロと地面に落ちるその向こう側に、薫は青い人影──いや、人の形をした異形を見た。

 

 

 

 

『NE-O』

 

 無機質な機械音声が、伊豆の山中に谺する。

 最低最悪の怪物と、闇を斬り祓う少女のファーストコンタクトであった。




不定期更新です。
更新するのは行き場のない熱意を抱えた時になります。
感想、評価は熱意が増えるので頂ければありがたいです。


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Blind darkness

熱意が覚めないので2話目投稿です。


 千翼は夜の闇で先も見えない山中をひたすらに走っていた。

 人ではない、より強化された聴覚は剣撃とその周囲を取り巻く複数の羽音を正確に捉えていた。

 何か分からない、だが何か起こっている。

 きっと行ってみれば何か情報が得られるはず────その根拠のない確証が千翼を突き動かしている。

 

 やがて少し開けた空間に飛び出した千翼は、己の目を疑った。

 

「うわっ……なんだこれ、蝶……?」

 

 血の様な赤い色をした蝶が、まるで壁でも作るかの様に渦巻いている。

 先程から続いていな剣撃はこの中で行われていたらしい。

 

「兎に角、中に入ってみるしか──痛っ!?」

 

 いくら数がいるからと言って蝶で傷付く筈がない、と楽観的な予想をして手を伸ばした千翼は、うねる蝶の波に指を弾かれた事で認識を一変させた。

 明らかに普通ではないこの蝶の壁の存在そのもの、そして指で触れた一瞬に生まれた隙間から見えた一瞬の内情。

 満身創痍の獣を抱える少女が剣を持って接近する少女を睨み付ける、その絶体絶命な風景に千翼の思考は切り替わった。

 

「……助けなきゃ」

 

 千翼はポツリと呟いた。

 これまでの物言いから勘違いされがちだが、千翼は寡黙でも冷淡な人間でもない。どちらかと言えば感情的で、困っている人があれば何だかんだ言って助けてしまうお人好しである。

 故に、今回のケースでも助けに入らないと言う選択肢は無かった。

 身体の奥底より湧き上がる()()()()から目を背けたまま、千翼は鞄からベルトを取り出した。

 素早く腰に巻き、インジェクターをホルダーにセットし、跳ね上げる。

 千翼の感覚でほんの数時間前に2度とする事はないと思った動作だったが、再び『変身』する事に何の躊躇いもなかった。

 インジェクターを押し込み、ベルトを通じて体内に注入される薬液を感じながら、かつての様に千翼は叫んだ。

 

 

 

「────アマゾン!!」

 

『NE-O』

 

 千翼を中心として発生した爆風が蝶の壁を吹き飛ばし、焼き尽くす。

 その中で千翼は異形の戦士『仮面ライダーアマゾンネオ』へ変貌を遂げた。

 青い体色に走る赤のライン、そして各部を覆う銀色の装甲が燃える蝶の明かりを反射してギラリと輝く。

 

「な────!?」

 

「ウォォッ!」

 

 突然の乱入者に驚愕の表情を隠せない少女に、アマゾンネオは飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオッ!」

 

「──くっ、何者です?」

 

 

 ────何が、どうなってんだ

 

 突如割り込んできた異形と夜見がこちらを放って戦闘を始めるのを、薫は呆然と眺める事しか出来なかった。装甲を纏った人の様な異形としか表せないそれは、写シも迅移も使用する事なくその身一つで刀使と渡り合って──いや、夜見を圧倒してすらいる。

 しかし異形が出現した時に発せられた爆風で荒魂が軒並み蹴散らされたのは薫にとって幸運だった。

 即座に祢々切丸を担ぎ上げ、ねねを抱えてその場から逃げる準備を整えたが、異形への感心が薫の足を止めた。

 

 ──どうする? コイツも連れて逃げるか? 

 

 未だ正体も分からぬ上咆哮と共に夜見に襲い掛かるばかりで理性と呼べる物が存在するのかハッキリしない異形だが、此方には目もくれずに夜見を攻撃する辺り、少なくとも敵ではないのかもしれないと薫は思ったのである。

 本来人間の敵である荒魂を守護獣として共存する益子の家ならではの柔軟な考えから、一先ず声をかけてから逃げてもバチは当たらないだろうと、薫は声を張り上げた。

 

「おい、お前! 一緒に逃げるか!?」

 

「いや、先に逃げてくれ! ここは、俺が引き受ける!」

 

「──!? お前喋れたのか!?」

 

「うん、早く逃げて!」

 

 野獣の様な咆哮から一転、夜見の斬撃を腕の装甲で受け止めた異形が理性的な少年の声で返答する様子に拍子抜けした薫は、きっと自分は知らないが舞草の関係者なのだろうと考え、戦場から離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──もう充分時間は稼げたか? 

 

 目の前の少女とにらみ合いを続ける千翼は思考を巡らせた。どれ程攻撃を凌いだか覚えていないが、あの少女がこの場から離れる時間は稼げただろう。

 ならば自分も離脱するだけだ。あの蝶の様な化物や刀を用いて戦闘していた理由を問い質したかったが、こうも悪い形で接触してしまえばそれも叶わないだろう。

 ジリジリと後退し隙を伺う様子を見せる千翼に、少女も交戦中一度も変えなかった表情をやや焦ったものに変えた。

 

「……足りない……」

 

「? 何を──」

 

 懐から出した()()のアンプルを止める間もなく首筋に突き刺す少女に思わず駆け寄ろうとした千翼は、その右目辺りを突き破り角の様な突起が生え、そこに『目』が形成させるのを見て凍り付いた。

 

「何だよ……何なんだよそれ……!」

 

 ゆっくりと少女が立ち上がり、その『目』がこちらを捉えるのを認識して漸く千翼は距離を取ろうとしたが、行動に移すより一瞬早く動いた剣が、アマゾンネオの胸部装甲を抉った。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

「薫ちゃん、そんなに急ぐ必要あるの? 追っては振り切ったんでしょ?」

 

「振り切った、ああ振り切ったさ。でも、また追い付かれたら今度こそ終わりだ」

 

「薫にしては珍しくせっかちデスね。何かあったんデス?」

 

 逃亡するに当たって本来回収するべき目標『衛藤 可奈美』『十条 姫和』、そして仲間の『古波蔵 エレン』と合流した薫は、舞草の潜水艦が待機する石廊崎に向かって疾走していた。

()()()()から刀剣類管理局の局長でもある折神家当主暗殺と言う凶行に及んだ2人を保護する任務を受けた薫とエレンだったが、薫は先程の異形の乱入に動揺していた。

 

 

 ────よくよく考えて見ればあんなS装備が開発されたなんて聞いて無いぞ──あいつ一体何なんだ!? 

 

 最初は新規に開発されたS装備(刀使の能力を補助するアーマーの事)だと思っていたが、折神家も、ましてや自らが所属する舞草もあんな代物を作ったと言う話は聞いた事がない。

 その得体の知れなさに薫が選んだのはサッサと逃走してしまう事だった。

 元来サボる事に一生懸命な薫は、「関わらない」と言う選択肢を少しの後ろめたさと共に選択していた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ここまで来れば大丈夫か……?」

 

「本当に変な薫デスね」

 

「後で説明するから、早く逃げるぞ」

 

「ハイハイ」

 

 目と鼻の先まで近づいた石廊崎にホッと一息ついた薫は速度を落とし、空を見上げた。

 慰めてくれるのはお前たちだけだぜ、と感傷に浸りながら眺める満天の星空に、少し心が癒され────

 

 

「ぅぅぅぅわあああああッ!!?」

 

「──────ハァァァァッッ!!?」

 

 その空から自分目掛けて吹っ飛んでくる青い異形に馬鹿みたいな奇声を上げた。

 

 

 

「うおおおおお危ねぇっ! おまっ……お前何すんだ!? こちとら怪我人なんだぞ!」

 

「ご、ごめん……」

 

「そ、空から……」

 

「青い人が……」

 

「降ってきたデス……」

 

 呆然とする可奈美、姫和、エレンを余所に、直前まで薫が立っていた位置に着弾した異形は立ち上がると同時に薫に向かって平謝りを始めた。

 何とも言えない穏やかな雰囲気に場が一瞬和むが、ハッと気を取り直した異形が慌てだした。

 

「そ、そうだ! 早くここから逃げて! 何かさっきの子がヤバい感じになってる!」

 

「────いや、もう遅いんじゃねえの?」

 

 チョイチョイと薫が指差す先、山の木々を御刀でバターの様に切り分けながら一直線にこちらを目指す夜見の姿が全員の視界にバッチリ映し出された。

 

「く……クソッ……やるしかないのか……?」

 

『BLADE LOADING』

 

「うわっ、剣が生えたよ姫和ちゃん! アニメみたい!」

 

「見れば分かるだろうそんなの! それより早くあいつをどうにかするぞ!」

 

 アマゾンネオがベルトのインジェクターを押し込み、右腕から形成されたブレードを見て声を上げる可奈美は、姫和の一喝に我を取り戻し、迅移で夜見目掛けて突撃した。

 薫はその様子をチラリと見ながら、異形に声をかける。

 

 

 

 

 

 

 

「……あーさっきぶりで申し訳ないんだが、オレ達を手伝って貰える?」

 

「あ、うん……」




・千翼
命狙われてても咄嗟に助けちゃう位お人好しなので薫もうっかり助けに入ってしまった。

・益子薫
サボり魔(サボれるとは言っていない)だけどやる時はやる人。荒魂との融和と言う観点から刀使ノ巫女では凄い重要なキャラだと思う。

感想、評価お待ちしてます。次回も熱意が溜まり次第となります。


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Cover the taste

本日も投稿させていただきます。


「があああッ!」

 

「なんだこの……力!?」

 

「これが人体実験の成果とでも言うんデスか!?」

 

 アマゾンネオ、薫、可奈美、姫和、エレンの五人掛かりでも夜見を抑える事は出来ていなかった。

 理性を失い獣の如き挙動をするのに御刀も振るう、そのちぐはぐさに全員が翻弄されているのだ。

 加えて夜見が写シを展開せずに戦っているので、アマゾンネオも含めて誰も夜見を殺さず無力化しようとしている事が無意識な手加減を生み、迂闊に手を出せずに守勢に回らざるを得ない現状を作り出す。

 

「ぐぅっ!?」

 

「おい青いの! 大丈夫か!?」

 

 夜見の水神切兼光がアマゾンネオの装甲に覆われていない腹部を切り裂き、血飛沫が地面を紅く染める。

 アマゾンネオ──千翼は剣術に通じている訳でもなく、自らの一撃で不意に夜見を殺害しかねない事から防御や攻撃が特に甘く、幾度か斬撃を受けて装甲を血の色に染めていた。

 ダメージから膝を着いた所に、追撃が襲う。

 鋼と鋼が激突する甲高い音が響いた。

 

 

「──大丈夫!? 一旦離れて!」

 

「あ、ああ……」

 

 咄嗟に使えなくなっても戦闘に支障の無い左腕を盾にしようとした千翼を救ったのは、御刀を投擲して夜見の御刀の軌道を逸らした可奈美だった。

 転がる様にして距離を取り、右腕のブレードを支えに体勢を立て直したアマゾンネオは荒い息と共に夜見を睨み付けた。

 

「この人……本当に荒魂に……!?」

 

「斬るしか、ないのか……」

 

 この一瞬で可奈美は御刀を手放し、千翼は深手を負って戦いを続ける事が難しくなった。徐々に追い込まれる状況に、皆焦りを見せる。

 このままでは1度振り切った他の追手に再び追い付かれる。それだけは避けなければならない。

 

 

 ──もはや、斬るしかない

 

「──ッ、ダメ! 姫和ちゃん!」

 

 覚悟を決めた姫和は肘を上げ、剣先を後ろに下げる独特の姿勢──鹿島新當流における「車の構え」を取った。姫和はこの構えから迅移による高速突撃を得意としている。

 姫和と共に逃走してきた可奈美は剣術に対する持ち前の観察眼から、夜見を斬るつもりである事を察知したが、制止した時には姫和は加速を開始していた。

 

 

「────────!」

 

 狭まる視界の中夜見に向かって一直線に突き進む。反応すら許さない速度で夜見の眼前まで肉薄した姫和は、躊躇なく夜見に対して突きを放った。

 しかし本来必殺の一撃となる筈の突きは、夜見が不意によろめいた事で空を切った。

 

「────? どう、した」

 

「ぁ……あぁ……」

 

 ふらふらとよろめく夜見の姿に、姫和は突きの姿勢のまま問いかけた。

 夜見は答える事なくそのまま2、3歩後ずさり、そこでいよいよ限界とばかりに倒れ込んだ。

 可奈美が駆け寄り、脈や呼吸を確認する。

 

 

「──良かった。生きてるよ、この人」

 

 全員がホッと息を吐いた。

 どうやら夜見は荒魂の力を制御しきれずに自滅したらしい。

 一先ず全ての脅威を排除し、安全が確保された薫らは、視線をアマゾンネオに向ける。

 

「……お前、オレ達の味方って事で良いんだよな?」

 

「いや、うん……戦うつもりはないよ。それより、その……此処がどこだか、教えて欲しいんだ」

 

「What's? 迷子デスか?」

 

「いや────」

 

 千翼は一瞬逡巡した。

 自らの身に起こった事を話すべきなのか、或いは真実を隠してこの場から離れるべきなのか────

 しばし悩んだ末に、千翼は重々しく口を開いた。

 

「俺、体に何かされたみたいでさ。こんな姿になっちゃって……何も思い出せないんだ。だから誰か俺の事、知らないか……?」

 

「そんな……」

 

 嘘は言っていない。確かにこの世界の千翼は凍結されていたのだからそもそも思い出す記憶も無いのだ。

 ただ1つ、別世界の自分が憑依していると言う千翼自身も未だ疑っている事実を除いては、全て真実だ。

 薫達の様子を伺えば、皆一様に顔を青くしていた。先程暴走した夜見も人体実験を受けた末の行動である。1日にして二人も悲惨な境遇にある人間に遭遇すれば同情するのも致し方なかった。

 

「ご、ごめんね、無神経な事言って……」

 

「いや、いいんだ……それに、信じてくれるのか?」

 

「うん、何となくだけど嘘を言ってないって分かるよ。剣が語るって言うのかな。君の戦いに、嘘はなかったと思う」

 

 

 ──こんなに早く信じてくれるのか

 

 剣が語る、と言う言葉の意味は理解出来なかったが、未だ隠している真実を差し引いても荒唐無稽な話だと言うのに即座に信じた可奈美に、千翼は心の中で感謝する。

 一方エレンと薫も少し距離を置いて話しあっていた。

 

「薫、どうにかならないデスか? 流石にここで置いていったら可哀想デス」

 

「ああ、オレとねねを助けて貰った恩もあるし、どうにかしてやりたいが──あのクソパワハラ上司が何て言うかな。それにアイツの話を100%信用するのも危ないだろ」

 

「デスね……取り敢えず武装解除してもらえるか説得して、従ってくれたら一緒に連れて行きマスか」

 

「そうだな……おい! 青いの!」

 

 肩を寄せ合い、ひそひそ話を終えた二人は手持ち無沙汰にしている千翼へ声をかけた。

 

 

「取り敢えずここから逃げようと思うんだが、その武器とか仕舞って貰えるか」

 

「え、ああ、うん。それくらいなら」

 

「わ、意外と普通の人なんだ──って大丈夫!? 血塗れだよ!」

 

「ああ、もう傷は塞がってるから大丈夫」

 

「あっ、そうなんだ……」

 

 あっさりと承諾した千翼は変身を解いた。装甲が形を崩し中から現れた傷だらけの千翼を見た可奈美達は血相を変えて治療をしようとバタバタ動きだしたが、千翼の言葉に落ち着きを取り戻し、その何とも言えない空気を維持したまま石廊崎へ歩きだした。

 その背中をやや遅れて追いかける千翼の中で、抑え込んでいた衝動が首をもたげた。

 

 

 ────ああ、なんて()()()()()なんだ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか舞草が潜水艦まで保有しているとはな、通りで目的地に石廊崎を指定する訳だ」

 

「それほどのバックアップが私達にはあると言う事デスよ、ひよよん」

 

 石廊崎に辿り着いた一行を出迎えたのは巨大な潜水艦であった。可奈美、姫和、千翼の3人は呆気にとられたが、薫達に背中を押されるまま乗り込み、何処とも知れぬ海の中を潜航していた。

 

「ひよよんは止めろと言っているだろう──それで、千翼と言ったか。やはりどこか悪いのではないか?」

 

「いや、何でもないんだ。うん、何でもない……」

 

「なら良いが……」

 

 姫和の気遣いが今の千翼にはこの上無い苦痛に感じられた。

 千翼は必死に自らを蝕む強烈な()()()()を抑え込んでいた。

 目の前の少女達の肉を貪りたくて堪らない。食え、食い尽くせと千翼の中の獣が叫ぶ。

 とても人間とは共存出来ないこの衝動が千翼が人外たる由縁。

 

 

 人間が作り出した「アマゾン」の生態である。

「アマゾン」は一見人間の様なカタチをしているが、その本質は細胞レベルで人間とは異なる。細胞の一つ一つが人のタンパク質を求める、正しく食人生物と呼ぶのが正解だ。

 薬品や徹底的な管理で衝動を抑える事は出来るが、それもいつまで持つか分からない不安定な代物であった。加えて1度食人に目覚めてしまえば人肉以外は体が受け付けないと言う凶悪さも併せ持つ。

 

「おーい」

 

「──」

 

 千翼も例外ではなく、食人欲求は左腕に巻き付けられたネオアマゾンズレジスターから常時薬品を流し込まれているにも関わらず抑えられない程強烈だった。

 

「おーい」

 

「──」

 

 千翼は「人間」でありたいと願っている。それは人間に消されたくないと言う恐怖からでも、好意を抱いた人間を食べたくないと言う彼自身の意地でもある。

 故に耐えるのだ、何としてでも────

 

「おーい!」

 

「ッ!? あ、何……?」

 

「さっきから話しかけてるのに全然返事してくれなかったんだよ? やっぱり体調悪いんじゃないの?」

 

「いや、だから大丈夫だって……」

 

 顔を青くして膝を抱える千翼に声をかけたのは可奈美であった。千翼の中の獣がこいつを喰らえと暴れ回る。崩れそうな表情を気合いで保ちながら会話する千翼に、可奈美はしばし考えこんだ後、閃いたとばかりに千翼の手にクッキーの入った袋を押し付けた。

 

「えっと、これは……」

 

「千翼君、きっとお腹が減ってるんだぁ。言ってくれればお菓子もあげるのに……舞依ちゃん──私の友達が作ったクッキーだけど、食べて食べて!」

 

「えっと、その……」

 

 千翼の頬がひきつる。食人衝動を持つアマゾンは人間のタンパク質以外の食物を受け付けない。当然クッキーを食べることも出来ない訳だが、可奈美は食べるまでこの場から離れるつもりはないらしい。

 可奈美には助けて貰った恩もある。

 その場で吐いてしまったらもはやそれまでと千翼は覚悟を決め、袋からクッキーを摘まみ上げた。

 

 

「──────ッ!」

 

 手のひらに乗せた「それ」と睨み合う事5秒、勢いよく口の中に放り込んだ。ボリボリと咀嚼し、味を感じる前に飲み込む。

 喉を通る異物の感触に冷や汗が流れる、が──────

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……美味しい」

 

「でしょー! 舞依ちゃんのクッキーなんだから間違いないって!」

 

 千翼の舌は正常にクッキーの甘さを認識し、胃もクッキーを拒む事は無かった。

 そう、この世界の「千翼」は食人衝動の解決こそ出来なかったものの、そもそも生まれた過程が異なるからか他の食物を摂取する事が可能だったのだ。

 夢か幻かと錯覚する現実に、千翼は困惑した。涙すら溢れそうだった。

 それでも、クッキーを貪る手は片時も止まらなかった。

 

 

「美味しい──美味しいよ! 可奈美!」

 

「わ、良い食べっぷり。全部食べちゃって良いからね!」

 

「ああ──ありがとう」

 

 

 例えこのクッキーを作ったのが目の前の少女でなくとも、千翼は感謝せずにはいられなかった。




食人衝動は消えないけど普通に食べ物を食べられる千翼君(年齢不詳)
でもその他諸々は据え置きです。

感想、評価お待ちしてます。


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Donate informations

今回は戦闘なしです。


 千翼達を乗せた潜水艦は暗い洞穴の中で浮上した。

 どうやらここが薫達の言う『舞草』らしい、とタラップを降りながら千翼はぼんやりと考えていた。

 可奈美から貰ったクッキーを食べ尽くす頃には千翼の中の食人衝動はすっかり鳴りを潜め、理性的な思考を取り戻している。

 加えて食べたクッキーの味、それは千翼にとって未知の体験で、筆舌に尽くしがたい時間であった。

 その余韻に浸っている為心ここにあらず、と言う言葉がしっくりくるほど千翼の頭は鈍くなっていた。

 

 

 

「可奈美ちゃん!」

 

「舞依ちゃーん!」

 

 何やら可奈美と見知らぬ少女が抱き合っている様も、彼にしては珍しいのほほんとした顔で眺めていた。

 

 ──あのクッキー、また食べたいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 深夜、千翼は舞草の拠点にて与えられた部屋の布団に1人寝転がっていた。目は冴えている。

 今日は衝撃的な事が多すぎて全く眠れる気がしないのだ。

 木目調の天井を睨みながら、千翼は舞草に来てからの事を脳内で整理し始めた。

 千翼に衝撃を与えたあのクッキーを作った柳瀬舞依、そして折神家側から離反したらしい糸見沙耶香を加えて舞草に到着した一行を出迎えたのは、エレンの祖父にして荒魂研究の第一人者、リチャード・フリードマンと舞草のリーダー()()朱音だった。

 千翼は自らが得た情報とここまでの経緯を説明するため刀使達と別れ、別室でフリードマンから聴取を受ける事となっていた。

 

 

「その、これが持ち出してきた資料です」

 

「確かに受け取った。必ず有効に役立てると約束しよう。

 ──君も、辛い思いをしたね」

 

 軽い検査を受け、特に異常が無いと判明した千翼はフリードマンに研究施設から持ってきた資料を渡したが、返ってきた言葉の意味が理解出来なかった。

 かつての世界で4Cに所属していた時からアマゾン駆除の為戦い続け、拷問され、迫害され、そして全てを失い最後に自らの父親に引導を渡された千翼だったが、この様に自分に同情的な大人と出会うのは初めての事である。

 

「何か、皆優しいんですね」

 

「そうかい? 君の境遇を考えれば誰だって心配位するだろう」

 

 

 ──そうでもなかったんだけどな──

 

 千翼の正体を知った4Cは特に躊躇いなく彼の凍結を決定した。

 人間目線で考えれば決定におかしい所は無かったが、少なくとも凍結を悲しんだ人間はあの場にいなかった。

 4Cの面々に毒づく千翼の心中を知ってか知らずか、フリードマンは豪快に笑って肩をバシバシと叩いてきた。

 エレンに似て明るい性格の様だが、暑苦しい事この上無い。

 

「まぁ、なんだ。兎に角ここにいる間の君の生活は私が保証しよう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「それと──無理してまで敬語を使わなくても構わないよ。私も堅苦しいのは苦手だからネ!」

 

「は、はぁ……」

 

 何と言えば良いのか、千翼は今までに会った事の無いタイプの人間にひたすら翻弄されていた。

 

 

 

 

 

 

 ────一体何なんだ、あのおじさん。何であんなフレンドリーなんだ……

 

 理解の外側にある好々爺っぷりを思い出した千翼は布団の中で1人悶えた。

 やはりまだまだ寝れそうにはない。

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり、大量の情報を話してしまったでしょうか……?」

 

「いや、舞草に来てしまった以上ここで理解してもらわなければいけないんだ。仕方ないだろう」

 

 翌日、フリードマン及び折神朱音からこの世界における刀使や荒魂と言った常識について説明を受けた千翼は頭を抱えていた。

 隣人が突如としてアマゾンに変貌する()()()()よりはずっとマシだが人類への脅威が絶えないのは間違いない。

 加えて20年前の相模湾岸大災厄を終結させた英雄にして現在特別刀剣類管理局の局長である折神紫は、荒魂に身体を乗っ取られ「大荒魂」なる存在を復活させるべく日本中からノロをかき集めている最中なのだと言うからもう千翼は目を白黒させるしかない。

 

 

 舞草は折神紫の正体に気付いた妹の朱音が結成した組織であり、舞草と同様に紫の正体を察知し暗殺を敢行した姫和を回収するため薫とエレンを派遣した結果が伊豆山中での死闘である。

 その為千翼が現れたのは舞草にとって完全に想定外だったが、結果として鷹山仁の手記から人体実験に折神家の関与を匂わせる文言が出た事から彼の保護は決定していた。

 

 

「これまで過酷な人生を歩まれた分、千翼さんにはなるべく穏やな生活を提供してあげたいのですが……」

 

「そうだね……2度と彼の様な被害者を出さないよう、早く決着をつけなければ」

 

「いや、そんな……」

 

 今や千翼のイメージは「幼くして非道な人体実験に巻き込まれた被害者」で固定されつつある。

 実際この体は実験の結果生み出されたのは間違いないし、それ故戸籍すら存在しないのだから的外れではないのだが、周囲の人間はそれはもう千翼に優しくしてくるのだ。甘やかされていると言っても過言ではない。

 

 

『千翼君! 一緒にご飯食べよー!』

 

『はい、クッキー。足りなかったらまた作るから、言ってね?』

 

『まあ、なんだ。もう昨日みたいな無理をする必要はないからな』

 

『おら、黙ってないで一緒に飯食うぞ。ねねも腹空かせてるんだ』

 

『ねー!』

 

『一杯食べてチヒロも元気になるデース!』

 

 今朝から刀使一行にも散々構い倒され千翼はぐったりとしていた訳だが、予想以上の大事と化した現状に深い、それはもう深い溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあー! 来てすぐなのに里のお祭りがあるなんてラッキーだね!」

 

「ああ……俺、そう言うの初めてだから案内頼むよ……」

 

「任せてー!」

 

 舞草にやって来てから数日が経った。

 日々鍛練を怠らない刀使達に対して丁重すぎる扱いから暇を持て余していた千翼は、偶々里で開催されていた祭に出かけていた。

 刀使達もこの日ばかりは皆休息を取り、祭を堪能していた。

 

 

 右手のチョコバナナと左手の焼きトウモロコシ、どちらを先に食べるべきか。

 しばし悩んだ末に焼きトウモロコシにかぶり付く。

 

「……うまい」

 

 やはり人間と同じ味覚を得たのは素晴らしい。以前、人肉以外で生命を維持するには特殊なゼリー飲料を食べるしか無かったのだが、それはもう不味いものだった。

 その為こうして様々な風味を感じる事で、千翼は新たな世界が拓けるのを感じていた。

 

 

「────うわっ!?」

 

「ねー……」

 

 突如飛来したねねを空いた左手で受け止める。手のひらに丁度良く収まったねねと顔を見合せ、飛来した方向を向けば、薫と姫和が何やら言い争っている。

 

「おい! ねねはオレのペットだと言ってるだろうが! このエターナル胸ぺったん女!」

 

「誰がエターナルだと!? 大体あいつが舞依の胸に取りついて離れないのが悪いんだろうが! 公序良俗を弁えろ!」

 

 胸の大きさどうこうと言う話は千翼にはよく分からない。恋をした事こそあれど「その様な事」は一切考えた覚えはない。

 大人しく手のひらに収まったままのねねを見つめる。

 

「……お前、そう言う趣味なのか」

 

「ねー!」

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 千翼は祭のメインイベントである演舞の奉納を遠目から眺めていた。

 驚くべき事に今御神体の前で演舞を行っているのは折神朱音らしい。

 

「やあ、千翼君」

 

「フリードマンさん」

 

 やはり彼も祭を楽しんでいたのか、ニコニコした様子のフリードマンが千翼に声をかける。

 

「あの御神体の中には、ノロが入っているんだ。かつてノロは全国各地の社で個別に祀られていたんだよ」

 

「ノロが……こんな形でですか?」

 

「ああ。ノロは結合しやすいからね。尤も明治の終わり頃から折神家が管理する様になったから、今では数少ないがね」

 

 現在行われているこの儀式は余程珍しいモノらしい、と演舞を眺める千翼を横目に、フリードマンは話を続けた。

 

「前にもノロは結合が進む程知能を獲得していく。そうして人類を越えた知能を持った結果が20年前の大災厄だ」

 

 やるせない様子で語るフリードマンに千翼は何も言う事が出来なかった。その声音には千翼には計り知れない苦労が滲んでいる。

 

「ガラにもない感傷だったね、話を戻そう。

 ノロは人が御刀を手にする為に生み出されたいわば犠牲者なんだ。元の状態に戻せないならせめて社に祀り安らかな眠りについてもらう──それが今の所我々に出来る唯一の償いなんだ」

 

 だから研究をしてるんだけどネ、と続けたフリードマンは改めて千翼に向き合い、案じる様な言葉を投げかけた。

 

「君が持ち込んだ資料、読ませてもらった。君の誕生した経緯も理解したが──もしかしたら君は生まれてきた事に絶望しているのかもしれないが、それでも生きる事を諦めないで欲しい」

 

 

 君は、荒魂とは違うのだから。




今回は明るい話もしっとりした話もあります。

感想、評価お待ちしてます。


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Escape from village

今更ですがアマゾンネオとしての千翼は迅移の2段階目まで対応出来ます。また2段階でも相手の技量によっては普通に負けます。


 気が付くと、千翼は真っ暗な空間の真ん中で椅子に腰かけていた。

 両手を見れば鎖の様な物が体椅子にくくりつけられており、身動きを制限している。

 困惑した千翼はしばし拘束から逃れようともがいたが、鎖も椅子も何かで固定されているのかピクリとも動かない。

 加えて声が出ない。どれだけ叫んでも喉から音が出ないのだ。

 

「────」

 

 

 突如として「何か」が横合いから千翼に声をかけた。ノイズまみれの不明瞭な声に千翼は飛び上がりそうになった。

 声の方を見れば、そこには黒い影の様な「何か」がいた。

 輪郭も定まらない、辛うじて人型だとわかるそれはいつの間にか千翼の横に現れた椅子に座り、どこからか取り出したリモコンを操作している。

 千翼が「何か」から目を離した瞬間、二人の目の前にプロジェクターが出現し、何もない虚空に映像を映し出す。

 

 

『俺をアマゾンなんかと一緒にするな!』

 

 何と懐かしい言葉だろうか。それは紛れもなくかつての世界で千翼が口にした事だった。

 そう、あの頃千翼が4Cを脱走し不良グループ「TEAM X」に拾われた時のシーンが眼前に投影されていた。

 呆然とする千翼を置いていくかの様に場面が転換する。

 

 

『■■、俺がお前の痛みになれたら……』

 

 

『終わらせない、まだ俺達は何も始めてない……!』

 

 

『でも……でも、俺は生きたい!』

 

 

『何で……俺達は生きていちゃ駄目なんだ……! 何で……』

 

 

 まるで自身の人生を纏めたかの様な映像が次々と映し出されるのを、千翼は呆然と眺めていた。

 一方、隣の「何か」は目も無ければ口も無いが、どこか真剣な様子で映像を観賞している。

 

 

『でも、俺は最後まで生きるよ』

 

 

 どんな作品にも必ず終わりはある。

 目の前の映像もそうで、かつての千翼の人生を最後まで映し出したプロジェクターはその役目を終え沈黙した。

 代わりに「何か」が千翼の眼前に現れる。隣の椅子は既に消滅していた。

 

「────」

 

 千翼をじっくりと観察した「何か」はやがて絡み付く様に千翼にもたれかかり、千翼の耳元で何事か囁きだした。

 

「──ろ」

 

 初めて「何か」が千翼に聞き取れる言葉を発した。

 徐々に、徐々に大きくなる囁き声に千翼は身を捩って逃れようとするも、両腕にくくりつけられた鎖と纏わり付く「何か」が邪魔をする。

 

 

「ーきろ」

 

 

「生きろ」

 

 

「生きろ──」

 

 

「生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──生きろ(EAT, KILL ALL)

 

 

 

 

 

「────ッ!」

 

 千翼は自室の布団から勢い良く身を起こした。

 全身に汗が滲み、意識も朦朧とする。最悪の目覚めだった。

 時間をかけ荒れる呼吸を何とか落ち着けた千翼は、カーテンを開け夜空に打ち上げられる花火を見てホッと一息ついた。

 一足早く祭を抜けた千翼は早々に床についたが、まだ花火を打ち上げている辺りそこまで時間が経った訳ではないらしい。

 

 ──しかし、何だったんだあの夢

 

 影の様な「何か」、今までの人生を振り返るかの様な映像、そして「生きろ」。

 ただの夢でしかないはずのそれが、千翼の脳裏にこびりついて離れない。

 

「……考えるの、止めよう」

 

 考えれば考えるほどあの奇怪な夢に囚われるのだ。考えずにさっさと寝ればすぐに明日を迎えられるに違いない。

 

 

「……お休み────ッ!?」

 

 呟いた千翼は、しかしもう一度布団を被りなおした瞬間耳に飛び込んだズドンと言う爆発音に飛び上がった。

 明らかに花火とは違う、まるで爆弾か何かが起爆したかの様な音に慌てて窓に齧りついた千翼の表情が凍り付く。

 

 

 

 眼下で、集落が燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなってるんですか!?」

 

「理由は分からないが、私達の所在が折神紫にバレたらしい。今この里は特別機動隊が攻撃を加えている様だが、ここだけではなく私達に協力してくれている長船、美濃関も一斉摘発されている」

 

「そんな……!」

 

 部屋を飛び出しフリードマンや可奈美らと潜水艦の眼前で合流した千翼は、絶望的な状況に絶句した。

 舞草の根拠地だけではなく、刀使の派遣や資金の拠出等裏から支援している刀使育成施設「長船女学園」、そして「美濃関学院」も制圧されつつあると言うのは、皆を絶望に叩き落とすには余りある情報である。

 加えて特別機動隊が刀使に躊躇う事なく攻撃を加えていると言うのが千翼の折神紫への不信感を煽る。

 

「官給品に細工がされてるんデス……機動隊のスペクトラムファインダー(荒魂探査装置)には私達が荒魂として表示されマスから、ああまで容赦なく出来るんデスね」

 

「お、同じ人間だって言うのにそんな事するのか……?」

 

「人間だから、だろうな。大義名分があれば何だって出来るだろ。兎に角、今は逃げるぞ」

 

「皆を置いてくのかよ!?」

 

「他の刀使が必死に時間を稼いでんだぞ! ここで残ったらその意味も無くなるだろうが!」

 

 里の人々を見捨てるかの様な発言に声を荒げるが、千翼は胸ぐらを掴み怒鳴り付ける薫に、最早黙りこむしかなかった。

 

「……いや、お前に当たってる場合じゃなかったな。忘れてくれ」

 

 閉口した千翼に薫はバツの悪そうな顔で言い残し、潜水艦へ歩き出した。

 

 ──薫の主張が正しい。大体自分1人が残った所で何が出来る

 

 何かを見捨てる事が出来ないのが自分の性分だが、既に状態は千翼の手に負えない所まで来ている。

 どうにもならないやるせなさを抱えながら潜水艦に乗り込むべく一歩踏み出し────振り向く。

 

「? 千翼君、どうしたの?」

 

 不意に動きを止めた千翼に、怪訝な表情で可奈美が問いかけた。だが、千翼は険しい表情のまま潜水艦へ繋がる通路を睨み、ポツリと呟いた。

 

 

 

「──────来る」

 

「お・待・た・せー!」

 

 

 通路を守る刀使達を高速の迅移で蹴散らしながら少女が現れる。

 

 ────まさか、親衛隊!? 

 

 皐月夜見が着用していた制服と同じ物を身に付けたその姿に、千翼は動揺した。ノロに蝕まれ暴走する夜見の様子は記憶に新しい。

 

 舞草制圧に動員されたのは特別機動隊だけではなかったらしい。

 少女は手にした御刀を弄びながら、得意気に名乗りを上げる。

 

 

「折神紫親衛隊第四席 燕 結芽──第四席って言っても、一番強いけどね」

 

「名乗り」は古来より敵に対して自らの素性、戦功を告げる行為であり、その目的は自らの喧伝、味方の戦意高揚、そして相手方への挑発である。

 つまりこの場の全員に対してそれを行ったと言う事は、1人も逃すつもりはないと意思表示しているのと同意義だ。

 

「可奈美」

 

「千翼君!? どうして……」

 

 飛び出そうとする可奈美を片手で制止する。ここ数日顔を合わせて、彼女の剣術馬鹿っぷりはよく理解していた。

 目的を履き違える人ではないが、同時に可能なら誰にでも試合を申し込んでしまう、一直線な少女だと千翼は感じていた。

 

「ここは俺に任せて、先に行って」

 

「そんな! 千翼君を置いてなんて──」

 

「アマゾン!」

 

『NE-O』

 

 だからこそ、ここであの少女と戦わせる訳にはいかない。折神紫に対する貴重な戦力を損耗させる事はあってはならない。

 そして、千翼には可奈美達への恩がある。舞草に連れてきてくれたのも、クッキーをくれたのも、あれほど優しく接してくれたのも全部可奈美達だ。

 その恩を返すなら今この瞬間を措いて他にない。

 この身命を賭して潜水艦が離脱する時間を稼ぐのだ。

 

 先程とは逆に千翼を引き止めようとした可奈美を変身時の爆風で潜水艦へ押しやり、少女──燕 結芽へ向かって走り出す。

 

 

「へ~ぇ、お兄さんが相手してくれるんだ。すぐに終わらないといいなぁ」

 

「────!」

 

 余裕の表情を崩さず幼い笑みを浮かべた結芽に、アマゾンネオの拳が襲いかかった。




・千翼
我らが歩く溶原性細胞。何だかんだ言って困ってる人を見捨てられないし友情も感じる。ただし今の所千翼の真の理解者は長瀬のみ。(前の世界から通算)

・衛藤可奈美
剣術馬鹿な事以外は常識もあるし気遣いも出来る優しい人。刀で語るを地で行くのはヤバいと思うの。

・燕結芽
第四席。とても強い。千翼の今後を左右する重要な人。


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Fight against darkness

今回から書き方が少し変わりました。


 結芽のニッカリ青江が閃き、アマゾンネオのブレードが鋭い音と共に空を裂く。しかしアマゾンネオの装甲を穿つ事が無ければ、結芽の写シにブレードが掠める事もない。

 両者は拮抗していた。どちらの攻撃も苛烈だが、同時に致命傷にはなり得ない。

 

 

 

 

 

 

 

(なんだこの子……! こっちの攻撃が掠りもしない)

 

 千翼は眼前の幼い少女に翻弄されていた。少なくとも本人はそう思っている。

 実際、千翼ががむしゃらに振るうブレードは結芽を捉える事なく空を切り、彼女の斬撃は確実にアマゾンネオを削っていた。

 彼女は剣術に措いてこれまで目にしてきた中では一番強い、と千翼は感じていた。

 岩肌や空中を使った三次元的な戦法、御刀に込める気迫と肉を抉る鋭い剣術、その何れもが今までとは段違いと言える。

 たが千翼にとって「勝ち」とは結芽を打ち倒す事ではない。

 

「──ッ! ぐぅっ……」

 

(もう少し……もう少し耐えろ……!)

 

 千翼の目的は時間稼ぎだ。

 今後ろでまさに潜航準備を行っている潜水艦を守り抜く事が千翼の使命である。

 故に防御に徹すれば負ける事はない、そう信じて千翼はまた襲い来る斬撃をその身で受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

(何? コイツ……全然倒れない)

 

 一方燕 結芽も眼前のアマゾンネオに気圧されていた。

 ネオはまるで剣術に対する心得がない、と言う感覚を結芽は戦闘の中で感じ取った。まるで野生の獣同然である。

 故に苦もなく御刀を打ち込めるのだが、どれ程斬っても倒す所か膝を突かせる事すら出来ずにいるのだ。

 

「このッ……おねーさん達とも戦いたいのに!」

 

「そんな事知るか!」

 

 上段からの袈裟斬り、防御をすり抜け肩の装甲に火花を散らす。

 中段の刺突、これも胸部装甲に命中しアマゾンネオは大きくよろめく。

 反撃を弾き下段から足斬りの構えを見せる。

 決まれば足を絶たれた千翼に反撃の余地はない。

 

「おおおッ!」

 

「────チッ」

 

 倒れ込みながらの裏拳が御刀を弾く。──()()()()

 どうしても決定的な一撃が決まらない。

 

 それもそのはず、アマゾンネオは結芽の攻撃に反応出来ず一方的になぶられている様に見えるが、戦闘継続に支障が出る部位への攻撃に関しては異様なまでの正確さを以て迎撃していた。

 野生と理性の融合、それこそが結芽の剣術が決定打にならない理由であり、千翼の徹底的な時間稼ぎとなって表れる。

 

(──やっぱり、防がれる。ただの雑魚じゃない)

 

 首筋を狙った三段突きすら見事に弾かれる。

 薄々止めが刺せない理由に気付きつつも、自らが鍛え上げた技が通用しない事に結芽は苛立ちを隠せない。

 

「いい加減にぃ……しろぉっ!」

 

「があッ……!」

 

 冷静さを欠いた大振りの一撃が、受け止めたブレードごとアマゾンネオを弾き飛ばす。

 技術も何も無い、力任せに振り抜いただけだが、それが両者の均衡を崩した。

 それに少し気分を良くした結芽は、体勢を崩したアマゾンネオに飛びかかる。

 

(──もらい♪)

 

「────!」

 

 尻餅をついたアマゾンネオに二の太刀を浴びせる。御刀が切り裂いたネオの腹部から噴水の様に血が溢れ、親衛隊の制服を汚し、顔にも血飛沫が飛び散る。

 いよいよ声も出なくなったアマゾンネオに止めの一撃を振り下ろそうとして────ベルトを弾き飛ばした。

 

「……?」

 

 瞬く間にアマゾンネオから人の姿に戻った千翼の視線は、呆然とした表情で結芽とベルトを往復した。

 

「あーあ、おねーさん達は行っちゃったかー。でもまあいっか! 紫様からの命令は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事だし」

 

「俺が、狙いだった──!?」

 

「そうだよ、何でおねーさん達を真っ先に狙わないのかは私もしらないけど。……服も汚れちゃったし、早く帰りたいなぁ」

 

 つまらなそうに本来の目的を語る結芽は、満身創痍の千翼の側でぼやきだす。

 信じがたい事だが折神紫の狙いは姫和や可奈美ではなく、千翼であったらしい。

 自分の意思が裏目に出たのだ。潜水艦が動くまでの時間を稼いでもそれが無意味だったとすれば、最早何をすれば良いのか千翼には分からない。

 

(俺は……どうすれば……)

 

 やるせない思いを抱えたまま、千翼は自身から溢れたどす黒い血だまりの中で目を閉じた。

 

 

 

 

 

「うーん、暇だなぁ」

 

 気絶した千翼の周囲をうろつきながら結芽は呟いた。一応こうして捕縛対象の周囲を警戒している訳なのだが、当人からすれば暇で仕方がない。

 

「それにしてもホントに汚しちゃったなぁ……帰ったら真希おねーさんに何て言われるか……顔にも付いてるよねぇ……」

 

 徐々に固まりつつある血がべっとりと付いた制服を見下ろして1人ぼやく。

 ふと口元に飛んだ血飛沫を鬱陶しく結芽は、それを()()()()()()()

 

「……不味い」

 

 特に深く考えて行った訳でもない、拭う事に億劫になっただけの少女らしい幼さを見せた一瞬だった。

 

 

 

 それが彼女自身を地獄の底へ突き落とす行為だと、まだ誰も認識していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「~♪」

 

 舞草壊滅の翌日、千翼は鎌倉、鎌府女学園に隣接する折神家の施設内を連行されていた。ベルトは持ち去られ、手錠もかけられているとなると脱走は難しい。

 更に千翼を結果的に無傷で倒した結芽が監視しているので、逃走の隙など欠片も存在しない。

 

「……何で、折神紫は俺に会いたいんだ……君は何か知らないのか?」

 

「さあ? 私は生かして連れて来いとしか言われてないし」

 

 千翼は抵抗を諦めされるがまま拘束されていたが、よくよく考えれば様々な点がおかしい。

 

 何故今まで秘匿されていた舞草の拠点を発見出来たのか。

 何故暗殺の主犯である姫和達を見逃したのか。

 何故千翼を《捕縛する事》を厳命しているのか。

 何故その理由を誰も知らないのか。

 

 千翼が思い付くだけでもこれだけ不可思議な点があると言うのに鎌府へ輸送されるまで唯一会話出来る相手であった結芽は何も知らないと言う。

 そしてその折神紫が自分に会おうとしている状況が一層千翼を混乱させた。

 

(何も分からない。分からないけど……会えば、何か分かるのか?)

 

 折神紫は何故だか分からないが自分の名前やベルトを用いて変身する事を知っていた。

 なら、彼女に直接聞いて見れば何か分かるかもしれない。

 そう思い直した千翼の前に、見覚えのある人影が横合いから現れた。

 

「……あなたは──」

 

「君、怪我はもう大丈夫なの?」

 

「ええ。特に問題はありません」

 

 薫から聞いた所によれば、確か親衛隊第三席 皐月夜見だった──と千翼思い返す。

 千翼に声をかけられた夜見は眼帯を右目に付け、左腕を吊った姿を正面に向け無表情で返答した。

 

「それで、何か御用ですか」

 

「いや、そう言う訳じゃないんですけど……」

 

「そうですか、では失礼します」

 

 素っ気ない態度で返され何とも言えない表情になった千翼を、結芽がニヤニヤした表情で小突く。

 

「あ~あ、おにーさんフラれちゃった。まあ夜見おねーさんも難しい人だからね、フラれちゃったけど。色々あったんでしょ?」

 

「いや、まああったけど……」

 

 妙な勘違いでもしたのか、やたら「フラれた」と言う言葉を強調しながら脇腹を小突く結芽に、千翼はタジタジになりながら返す。

 何かあったと言っても伊豆山中で一戦交えた位で、断じて結芽が想像している様な事があった訳ではない。

 いよいよ溜め息を吐きそうになった所で、結芽が足を止めた。

 

「はいとうちゃーく。ここから先はおにーさん1人で行けってさ」

 

「分かった。……ありがとうな」

 

「べっつにー、お仕事だし。

 じゃあ私行くから、バイバーイ!」

 

(──結構、フレンドリーな子だったな)

 

 ヒラヒラと手を振って走っていく結芽を見送った千翼は、眼前の扉に向き直る。

 一組織の長が職務を行う部屋だけあって、それなりの装飾はあるが言ってしまえばそれだけである。

 

 ──だが、この扉の向こうの人間は肉体を荒魂に乗っ取られていて、そして自分に関する重要な「何か」を知っている。

 1度入ってしまえばもう取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

 

 それでも、千翼は逃げ出すと言う選択肢を選ばなかった。自分が何で、何をすべきか知りたかったのだ。

 手錠が嵌められた両手で扉を叩く。

 

 

 

 

「──────入れ」

 

 

 

 

 

 

 地獄の扉が、開かれる。




・千翼
やること成すこと裏目に出てしまう生きる罪。何をすれば良いかも分からないから大荒魂に聞いてみよう!

・燕 結芽
あっ…(察し)


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