南賀ノ神社の白巫女 (T・P・R)
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原作開始前
プロローグ


神社があるなら巫女がいるはず……そう思った人は他にもいるはず(と思いたい)


「火影様! 大変です! またナルトのやつが歴代火影様の顔岩に落描きを!」

 

「今度は4人全員です!」

 

アカデミーがにわかに騒がしくなってきました。

予想通り、いや予定通りです。

 

「さすがナルト君。いい感じの陽動なのですよ」

 

派手に暴れて目立って存分に人目を惹きつけているだろう同年代の金髪少年を脳裏に思い浮かべつつ、私は1人こっそり行動を開始しました。

 

水分身の囮はすでに教室に配置しています。

しかもただの水分身ではありません。

今回の作戦のためにオリジナルの魔改造を施した特別製です。

本物が教室を抜け出していることはまずばれない筈。

 

あとはささっと火影様の書庫に侵入し目的のものを素早く懐に収めたのち何食わぬ顔で教室の水分身と入れ替われば……

 

「作戦完了! 今度こそ私の完全勝利なのですよ!」

 

事前調査は入念に行いました。

目的のものがどこにあるかも把握済み。

失敗する要素は皆無!

 

テンション高く侵入者撃退用のトラップをかいくぐり書庫にまんまと侵入を果たしました。

 

見張りはいません。

 

火影様もナルト君の悪戯で出張ってます。

 

侵入の痕跡を残すようなヘマもしていません。

 

逃走ルートもすでに確保済み。

 

盤石です……ふふふ

 

 

私は意気揚々と目的のものに手を伸ばして……伸ばして

 

「……はっ!?」

 

己の作戦の致命的な穴に気が付きました。

 

「任務はどうやら失敗のようじゃな?」

 

ふと気づけば背後にはキセルを咥えたお爺ちゃん―火影様のお姿が。

とっさに窓からの脱出を試みるものの、窓の向こうには担任のイルカ先生の気配。

 

「……万策尽きましたか……」

 

たとえこの場で逃げられたとしても意味がありません。

見つかった時点で私の負けです。

私は乾いた笑みを浮かべて降参とばかりに両手を挙げました。

 

 

 

 

 

「迂闊でした……いや情報収集不足ですかね。まさか『封印の書』があんなにデカいとは」

 

作戦の失敗を悟って降参したすぐ後にアカデミーの先生にあっさり拘束され、同様に拘束されたらしい金髪の悪戯少年うずまきナルト君共々説教を受けたのがかれこれ30分前。

 

現在アカデミーの演習場で組手の授業の最中です。

他の女子生徒に混じって体育座りで男子が組手をしているのを見学しつつ溜息。

 

「水分身に札を埋め込んで自立行動させるアイデアは悪くなかったんですけどねぇ……」

 

そう、作戦自体は悪くなかったのです。

ただなんというか、盗みだそうとした対象が悪かったのでした。

今回手を出した『封印の書』は二代目火影様が火影に就任する前に考案したとされる忍術を初代火影様が書き記した巻物なのです。

記述内容は膨大、それに伴って太さも長さも普通の巻物とは比べ物にならないくらいにデカいのです。

当然、そんな代物を懐に仕舞い込むことなど到底不可能なのでした。

 

「うずまき君もそうだけどさぁ、コトも全然反省してないよね?」

 

「いえ? ちゃんと反省はしてますよ? この反省を活かして次侵入するときはしかるべき対策を……」

 

「いやいやいや、そういう意味の反省じゃないからね?」

 

隣に座っている長い空色の髪をポニーテールにした少女がじとっとした目でこっちを見てきます。

 

私こと「うちはコト」は曖昧に笑って首をかしげました。

 

名字の示すように木ノ葉のエリート一族「うちは一族」の血筋なのですが、一族特有の綺麗な黒髪はどういうわけか遺伝しませんでした。

 

白いのです。

一応うちは一族にも珍しいながら銀髪の人がいないわけではないのですが。

しかし私のそれは銀髪ですらありません。

本当に混じりっ気一切なしの完全なる純白。

ついでに肌も白いのです。

雪のように綺麗な……とかいうレベルじゃなく人形じみて作り物めいて白いのです。

おかげでこうして他の健康的肌色をした女子と並んでいると、カラー写真の中に一枚だけ混じったモノクロ写真みたいなどうしようもない場違い感を感じてしまいます。

浮いて浮いて仕方がありません。

 

そんな頭のてっぺんから足の先まで真っ白な私は、外見的にも内面的にも周囲から浮き上がった存在なのでした。

 

 

 

忍び五大国の1つである火の国。

豊かな自然と広い国土を有する大国に忍里「木ノ葉隠れの里」はある。

 

そんな木ノ葉に問題児は2人いる。

1人は言わずと知れた天下の悪戯小僧うずまきナルト

そしてもう1人は……

 

これはエリート一族に生まれながら全くエリートらしくない全身真っ白な異端の少女の物語である。




そんなわけで初投稿です。
主人公は巫女さんです。
ナルトの世界観的にいそうでいなかった巫女さんキャラです。
正確には巫女見習いですが。


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1話

「火影様……これを見てください」

 

アカデミー教師の1人が火影に1枚の札を差し出した。

うちはコトから没収した、囮の水分身に組み込まれていたものである。

 

「……これはまた」

 

現火影・猿飛ヒルゼンは眼を見開いて低くうなった。

 

水分身に限らず、「分身の術」とは自分以外の物質ないし空間にチャクラを流して自分に変化させ操作する術である。

いわば「変化の術」と「身体操作術」を複合した応用忍術だ。

 

アカデミーで習う忍術(隠れ蓑、縄抜け、金縛り、変化、変わり身)の集大成でもあり、それ故にアカデミーの卒業試験にもなっているが、やはり基本忍術でしかなく術者の意思を超えて自立行動するような高度な機能はない(完全に原理を異にする影分身の術は別にして)

 

しかし件の少女はその常識を覆した。

 

「彼女はいったいどこでこんなものを……」

 

「自作したらしい。……本人の言葉を信じるのであれば、だが」

 

うちはコトが自作したらしいその札は、紙面が真っ黒に見えるほどに緻密に術式が書き込まれていた。

 

それらは全て条件文と命令文。

 

こう聞かれたらこう答えろ。

 

この状況になったらこう行動しろ。

 

ありとあらゆる場面を想定し、その全てに的確で自然な行動をするように術式がプログラムされていた。

そう、まさにプログラムである。

 

「原理こそ単純ですが……もはや人工知能の領域ですよこれ」

 

「末恐ろしい少女ですな。これがうちはか……」

 

「いや、単なる血筋の問題ではあるまい。彼女が凄まじいのじゃ」

 

「しかし、だからこそ余計に―――

 

 

 

 

 

「―――勿体ないなぁ。コトがその気になったら学年で一番の優等生になれるのに」

 

空色の髪の少女、そらのカナタは残念で残念で仕方がないといった目で私を見つめてきました。

 

「その気ってどの気のことですか? 私はいつだって本気ですよ?」

 

「いやだから、今回の……水分身? だっけ? そういう忍術を無駄遣いせずもっと真面目なことに使えばってことだよ。そうすれば皆コトのこと見直すのに」

 

カナタは私をまっすぐに見つめて言います。

 

「それなのに、あの落ちこぼれのうずまき君と同レベルの評価しか受けてないなんて」

 

そういって、カナタは目の前で男子生徒と組手をしている金髪少年うずまきナルト君を示します。

あ、がむしゃらに突っ込んであっさり倒されました。

 

「むむ、いろいろ言いたいことはありますが、とりあえず3つほど反論することにします。まず1つ、私は術を無駄遣いなんかしていません」

 

そもそも術の正しい使用法って何なんでしょう?

間違った使い方って何でしょう?

どんな術も使い方次第だと思います。

戦闘用に編み出された忍術だからと言って、その忍術を戦闘にしか使わないなんてそれこそ勿体ない話です。

 

チャクラも、忍術も素晴らしい力です。

それこそ無限の可能性を秘めた夢の力です。

 

もっと別の使い方があるはずなんです。

敵を傷つけ倒すための、争いのための忍具の1つとしてではなく、もっと別の使い方が。

 

……悪戯に使うのが正しいのかと言われたら、反論できませんが。

それでも殺しなんかに使うよりかはよほどマシだと思います。

 

もっとも、いまだかつて誰にも理解も共感もされたことのない思想ですが。

 

「2つ。私は普段の授業は手を抜いてません。全力です」

 

「……本当に?」

 

「誓って本当です」

 

カナタは私のことをわざと手を抜いて本来の実力を隠した陰の優等生……だと考えているようですが、それこそ買い被りなのです。

 

確かに忍術理論などの授業は得意だといえますが、体術や手裏剣術は決して得意とは言えません。

むしろ苦手です。

総合成績では私は大体クラス全体で真ん中あたりという評価をされていますが、それは極めて妥当な評価なのです。

うちはだからって何でもできるって思うなよ。

 

サスケ君が別格なんです。

 

ちなみにその別格であるところのエリート優等生うちはサスケ君は、うずまきナルト君の次の組手相手に選ばれました。

ナルト君が一方的に突っかかっていき、サスケ君がそれを適当にあしらっています。

2人は先生にたしなめられて組手を始めます。

 

「そして3つ。これは彼の名誉のためにも言わせていただきますが……」

 

重要なことなので私は改めてカナタに向き直り、はっきりした声で

 

「ナルト君は決して落ちこぼれなどではありません。むしろ天才です」

 

次の瞬間、ナルト君がサスケ君に投げられて宙を舞いました。

 

周囲から黄色い声援が上がります。

むろん、注目されているのは投げ飛ばしたサスケ君です

人気者ですね……

 

「……」

 

「……」

 

「……ナルト君は決して落ちこぼれでは…」

 

「いいから、繰り返さなくても聞こえてるから」

 

ひらひらと手を振って私のセリフを遮るカナタ。

 

「あのさ……ひょっとしてコトはうずまき君のことが好きなの?」

 

恐る恐るといった様子でそうたずねてくるカナタ。

何でそういう話になるんですか。

 

「あのですね、私はそういう理由でナルト君を擁護しているわけでは「こ、こここコトちゃん!? もナルト君のことがすすす好きなの!?」違うって言ってるでしょうが!」

 

ええい、どっから湧いて出てきましたかこの日向のおかっぱは。

 

日向ヒナタさん。

木ノ葉の名門日向一族の女の子でアカデミーでは極めて珍しいサスケ君に靡いていないくのいちの1人です。

かくいう私とカナタもその1人ですが。

同じうちは一族ということで親戚という印象が強いせいか私自身サスケ君をあまり異性として意識していません。

物心つく前から顔を合わせていましたからね、ほぼ兄妹です。

 

カナタは単純に恋愛にまだ興味がない模様。

 

ヒナタさんもカナタと同じだと思ってたのですが……今の反応を見るに違うみたいですね。

さすが白眼(びゃくがん)の血継限界擁する日向一族といったところでしょうか。

なかなか見る目があるのです。

 

「まあ、それはそれとして…うずまき君のいったいどのあたりが天才なのかしら?悪戯の天才とか言わないよね?」

 

「無論違います。まあ、そっちの才能があるのも否定はしませんが」

 

あと、確証はありませんがギャンブルの才能もあるんじゃないかとひそかに睨んでます。

ここぞという時にとんでもない確率で何かを引き起こす意外性がありますから。

機会があれば賭場にでも連れ出してみたいものです。

きっと儲かりますよ~

 

……本当に多才ですね。

忍者にならなくてもやっていけそうです。

 

「それで?うずまき君の隠れた才能って?」

 

カナタはもちろん、ヒナタも興味津々の様子でこちらの言葉をせかしてきます。

別に隠れてませんけどね。

普通に一緒にいれば気づくはずなんですけどね。

哀しきかな、その『普通に一緒にいる人』がどういうわけか極端に少ないのでした。

話せば面白くていい子なのになぁ……なんで避けられてるのでしょう?

やっぱり悪戯行動がまずいのですかね?

 

「まあ見てくださいよ」

 

私はそういってナルト君の方に視線を移します。

現在彼は、とにかく誰でもいいから勝ちたいらしく手当たり次第に組手をふっかけては返り討ちにされるということを延々と繰り返していました。

あ、また別の誰かに喧嘩……じゃなくて組手を申し込んでます。

最初からカウントすれば、かれこれもう7人目になるのですよ。

 

「……どう見てもいいようにあしらわれているようにしか見えないんだけど?」

 

「この場合、勝敗の結果は問題じゃないんです。問題は倒されても倒されても立ち上がり続けていることなのです。()()()()()()()()()()()()()()()

 

カナタはようやく気付いたのかぎょっとした目でナルト君を注視します。

地面を転がされ続けて泥だらけになってるので目立ちませんが、よくよく見ればその異常性に気づきます

 

あのサスケ君ですらタオル(最近イメチェンしたらしい桜色の髪の同級生女子に手渡されました)で汗を拭き、水筒(クラスの女子のリーダー的存在である金髪ポニーテールが渡していました)から水分補給をしているのです。

 

持久力に優れているどころの騒ぎじゃありません。

組手の授業の前には悪戯のせいで教師と逃走劇をこなしていたことも含めれば体力バカという表現すら生温い底なしのバカ体力なのですよ。

 

……まあ、問題はナルト君自身がその自分の才能に気付いておらず、仮に気づいても今のところそれを全く活かせないことなのですが。

才能の無駄遣い、というか、盛大な宝の持ち腐れ状態なのです。

 

「……倒れても倒れても立ち上がる、絶対にあきらめない。それがナルト君のすごさ?」

 

そしてヒナタさん、あなたは私の話をちゃんと聞いていたのでしょうか?

いやまあ、ナルト君のそういうところも凄いことは否定しませんけど。

それはまた才能とかとは別の話のような気がします。

 

「……はぁ~」

 

カナタは感心なのか呆れなのか分からない溜息をつきました。

 

そろそろ見学も終わりですね。

次はくのいちクラスが組手をする番です。

 

 

私はサスケ君に水筒を渡していた金髪ポニーテールに組手で華麗に組み伏せられ、イメチェン桜髪に「しゃ~んなろ~」という謎の掛け声のもとぶん殴られて宙を舞いました。

 

……私は運動苦手なのですよ。

 




主人公は解析タイプです。
感知タイプではなく解析。
つまり「戦闘能力たったの5か…ゴミめ」はできるけど
「チャドの霊圧が…消えた?」はできないということです。

いわゆる学者肌、強能力チートではなく、技術チートになりそうです。
それ以外は並です。
あからさまにインドア派なので体術は苦手。

というか、同じ学者タイプであるはずなのに戦闘力もインフレしてる大蛇丸がおかしい。

なお、水分身の解釈は作者の妄想です。
水分身に札を埋め込んで~の件は原作で大蛇丸が穢土転生の死体に札を埋め込んで感情を上書きして制御したのと似たようなメカニズムだと解釈してくれれば。


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2話

そんなこんなで本日のアカデミーの授業も終わりました。

さて、さっさと帰れたらいいのになぁ……

 

私がなぜそんなことを考えているかというのかというと、さっさと帰れない状況にあるからです。

 

「うう~腹減ったってばよ~」

 

「ってか、なんで私まで……」

 

現在私は、ナルト君と共に落描きだらけになった顔岩を必死に綺麗にしています。

 

ナルト君だけならわかりますよ?

実際に落書きしたの彼ですし。

私関係ないじゃないですか。

 

「お前も火影様の家に侵入しただろ。その罰だ」

 

そう言ったのは見張りとして私たちに付き添っているうみのイルカ先生。

そういわれると反論できませんね。

 

そもそも、ナルト君の行動は規模こそ規格外ですが悪戯の範疇。

私のそれはれっきとした犯罪です。

 

そう考えると寛大な処置なのでしょう。

うちはのネームバリューと火影様の寛大さに感謝です。

 

「しかし、埒があきませんね」

 

ひたすら顔岩を布でこすりまくってるので、腕が痛いです。

というか、消すのにこれだけの労力と時間が必要だということは、当然これを描いた時も同じくらいの労力と時間を費やしたということで……ナルト君の悪戯に対する情熱にはほとほと勝てる気がしません。

 

と、言うわけで。

ここは忍者の力を有効活用するべきところでしょう。

 

私は懐から「水」と書かれた札を1枚取り出します。

 

「……? コトちゃんそれなんだってばよ?」

 

「秘密兵器です」

 

別に秘密にはしてませんし兵器でもないですが。

様式美というやつですね。

 

別に大したものではありません。

チャクラの基本性質を見極める『紙見式』に用いられる特殊なチャクラ紙をちょこっといじって術式を記し、それに水の性質をもったチャクラを練り込み、ため込んだものです。

いわばチャクラの貯蔵バッテリー。

起爆札の水属性バージョンです。

 

これがあれば術を発動するのにいちいち印を結んだりチャクラを練り込んだりしなくても即座に発動可能なのですよ~。

もっとも、札を用意するのがやたら面倒だというリスクはあるのですが今は関係ありませんね。

 

「符術・水遁水喇叭」

 

かざした札から勢いよく発射された水が景気よく顔岩の落描きを洗い流していきます。

汚物は消毒なのですよ~

 

「おおおおおお!」

 

ナルト君が目を輝かせています。

 

「優秀なのに……無駄遣いさえしなければ」

 

イルカ先生は頭を抱えています。

別にいいと思うんですけどね、掃除に忍術使うくらい。

 

「まあ、なにはともあれこれで綺麗になりましたね」

 

「助かったってばよコトちゃん!」

 

「いえいえ」

 

ちょっと得意げな気分に浸りつつ私はナルト君をやんわりと制します。

勝手に囮にした負い目もありましたしこのくらいしても構わないでしょう。

 

それに汚れが一瞬で落ちたのは私の術が凄かったから、というより落描きが比較的水に溶けやすかったからという理由が大きいですしね。

 

「ただの絵の具で助かりました。これがもしペンキとかだったらこうはいきませんでしたよ」

 

それこそ1日がかりで死ぬ気で擦りまくらなければならなくなるところでした。

 

……ナルト君? あなたはなぜ「その発想はなかったってばよ……」的な顔を浮かべてるのでしょうか?

やらないでくださいね? お願いしますよ?

 




戦闘シーンでもないのにオリジナル忍術登場です。
オリジナルなのは発動形式だけで術自体は原作でもありましたが。

主人公はいわゆる符術使いであり、巫術使いでもあります。
手を使って印を結ぶのではなく、札に印を書き記すことによって術を発動します。
原作でも白が使った片手印のようなオリジナルの忍術発動形式は他にもありそうな気がしたので。

原作でも絶対登場すると思ってたのに結局出てこなかったんですよね、符術使い。
陰陽遁はあるのに陰陽師はいない不思議。


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3話

その後、ナルト君共々イルカ先生にラーメンを奢ってもらったり、先ほど私が使った符術の話題で盛り上がったり、ナルト君に「何枚かくれ」と言われたり、イルカ先生に「絶対にいたずらにしか使わないからやめろ」と言い合ったり……

 

 

うちは一族の敷地内に帰るころにはすっかり遅くなってしまいました。

ちなみにうちは一族の領地は木ノ葉隠れの里の中でははずれに位置しています。

なぜなんでしょうね?

エリート一族なら日向同様に里の真ん中あたりにでーんと屋敷を構えていてもおかしくないと思うのですが。

 

おかげでアカデミーの通学路がやたら長くて億劫です。

ひたすらお札くれとせがんでくるナルト君をあしらうのに苦労したのも相まってへとへとです。

スタミナのバケモノであるナルト君とは違うのですよ私は。

 

「まあ、仮にナルト君に渡しても使えないのですが」

 

そう、札を用いた忍術『符術』は今のところ私にしか使えないのです。

というのも札に練り込まれているのは私のチャクラなので、他の人ではうまく扱えないのですよ。

 

いずれは誰でも使えるようにしたいですね。

そうすれば、たとえ忍者じゃなくても忍術が使えるようになるはず……戦場以外の一般家庭に忍術が普及すれば世界は今よりずっと豊かになるに違いないのですよ~

 

要改良です。

 

「……?」

 

はて?

視界の端で何やら炎のようなものが煌めいたような?

火事?

 

「……いえ、あれはサスケ君でしょうか?」

 

黒髪にやや釣り目気味の端正な顔立ちのイケメン少年、間違いなさそうですね。

何やら溜池の前で印を組み口から炎を吐き出す、というのを延々と繰り返していました。

おそらく火遁の術、印を見る限りあれは……

 

「火遁・豪火球の術、ですか?」

 

「っ! 誰だ!?」

 

驚いたようにこちらを振り返るサスケ君。

よほど集中していたのでしょうね。

 

「ってなんだコトか」

 

「術の練習ですか。頑張りますね」

 

「練習じゃない。修行だ」

 

どう違うのでしょう?

難易度?

 

「邪魔すんな、落ちこぼれはとっとと帰れ」

 

しっしと虫でも払うように手を振るサスケ君。

 

ムカァ

 

た、確かに私はサスケ君に比べたらヘボかもしれませんけど、落ちこぼれは言い過ぎなんじゃないでしょうか。

一応総合的には真ん中程度の成績ありますし。

 

はぁ

もっと小さい頃は仲良しだったはずなのですが。

何時からでしょうね。

サスケ君が私を見下すようになったのは。

 

どうにもナルト君と一緒になって問題行動を繰り返す私が気に入らないようなのです。

うちはの恥さらし~とでも考えてるのでしょうかね。

 

仕方ないんですよ、読みたい本が、知りたいものが、そこにしかないんだったら忍び込むしかないじゃないですか!

 

だって私忍びだもん!

 

「確かに私は忍者の才能はないかもしれません。しか~し! 忍術の才能はそれなりだと自負しています!」

 

私は懐から例の札を取り出しつつ構えます。

今度は『火』の術式を記した札です。

 

「……?」

 

「符術・火遁豪火球!」

 

私の投げた札は、空中で一瞬で燃え上がり、特大の火の玉になって溜池を照らしました。

サスケ君はその光景をぽかんとした表情で見ています。

どうだ参ったか。

 

「って、そんなのズルじゃないか! 札なんか使いやがって!」

 

「んな!? 私が用意した札を私が使うことのいったいどこがズルなんですか!?」

 

「ズルはズルだろうが! それともあれか? 落ちこぼれは道具に頼らないと何もできないのか?」

 

い、言わせておけば……

 

「そ、そんなに言うんだったら見せてやりますよ!」

 

私はへとへとになっていたことも忘れてチャクラを練り込み、印を結びます!

火遁・豪火球の術!

 

シュボッ

 

蝋燭の先みたいな小さな炎……というか火が私の口から飛び出しました。

 

「……」

 

「……へっ」

 

やたら上から目線の勝ち誇った顔のサスケ君。

 

「も、もう1回です!」

 

私は深呼吸して熱くなっていた頭をクールダウン。

落ち着け落ち着け。

チャクラ量は問題ありませんでした。

印も完璧……残るは

 

「チャクラ圧ですね」

 

「チャクラ圧?」

 

首をかしげるサスケ君を無視して私は再び印を結びます。

そして……

 

<火遁・豪火球の術>

 

私の口から、大玉転がしの玉程度の大きさの火の玉が飛び出しました。

豪火球とは言えないかもですが、大火球くらいは言っても文句はないでしょう。

少なくとも、先ほどサスケ君が吐き出していた火球よりかはデカいですし。

 

「どうです? 今度こそ文句ないでしょう?」

 

振り返るとそこには悔しそうな表情のサスケ君……勝った!

 

「それじゃ私はこれで「ま、待て!」……何ですか?」

 

意気揚々と帰ろうとした私を、サスケ君は焦った声で呼び止めます。

 

「……コツとか教えてくれ」

 

うわぁお、サスケ君の表情が凄いことになってます。

苦渋の決断とか、断腸の思いとか、とにかくそういう心の葛藤がにじみ出まくってるのですよ。

 

私に教えを乞うのがそんなに嫌か!

嫌なんでしょうね!

 

「……チャクラの強さを決める要素って何だか分かりますか?」

 

私はサスケ君に改めて向き直ります。

空気が変わったのに気付いたのでしょう。

サスケ君も真面目な顔になります。

 

「チャクラの強さ? とにかくたくさんのチャクラを練ればいいんじゃないか?」

 

「ダメですね。チャクラ量は確かに重要ですが、それでもチャクラの強さを決める1つの要素でしかありません。だいたい、チャクラ量だけが全てだったらサスケ君より私の方が強力な炎を作り出せたことに説明がつかないじゃないですか」

 

私よりもサスケ君の方がチャクラ量は多いはずなのに。

はっと気づいたように眼を見開くサスケ君。

察しが良いですね~

 

「チャクラの強さを決める要素は大きく分けて3つです」

 

私は指を1本立てます。

 

「1つ、もちろんチャクラ量です」

 

そして2本目の指を立てて

 

「2つ、チャクラの質」

 

さらに3本目の指を立てます。

 

「3つ、チャクラ圧」

 

「チャクラ圧?」

 

「そうです。チャクラの圧力。コントロール力とでも言い換えましょうか……たとえば物体Aに向かって石を投げつけたとします。物体Aにより大きな破壊をもたらすのはどういう場合でしょうか?」

 

軽い石を高速でぶつけたときでしょうか?

 

重い石をゆっくりぶつけたときでしょうか?

 

「……重い石を高速でぶつけたとき」

 

「正解です。ざっくりした説明になりますが。強さは基本『速さ×重さ』です」

 

そしてこの公式は、忍術を発動させる源であるチャクラにも当てはめることができます。

重さはチャクラ量、速さをチャクラ圧に置き換えてやれば、そのままチャクラの強さを求める公式に早変わりです。

 

「例えば、とある忍術を発動するのに必要なチャクラの強さを20とします。その術を100のチャクラ量と1のチャクラ圧を持っている忍者Aさんと、80のチャクラ量と2のチャクラ圧を持っている忍者Bさんがそれぞれ使ったとします」

 

私は溜池のそばに落ちていた小枝を拾い、地面にガリガリと数字を書いて説明します。

 

「計算上ではAさんはその忍術をチャクラ量20消費して5回発動することができます。それに対してBさんはチャクラ圧がAさんの2倍あるので、忍術を発動させる際にチャクラ量を半分の10しか消費せず、結果8回使うことが可能となるわけです」

 

つまり、単純なチャクラ量ではAさんの方が多いにも関わらず、Bさんの方が同じ忍術を数多く連発できてしまうわけです。

 

「さらに言えば、チャクラ量は先天的に決まっていて修行で増やしにくく、年と共に減っていきますが、チャクラコントロールの熟練度そのものであるチャクラ圧は練磨すればそれだけ上がります」

 

火影様とかまさにそのチャクラコントロールの達人なのでしょうね。

お爺ちゃんになってチャクラ量とか体力とかだいぶ落ちているはずなのに未だに現役で大忍術を扱えるということはそれだけチャクラコントロールが神がかっているということなのでしょう。

 

「……?なんでお前はそんなに火影のこと知ってるんだ?」

 

「食らったことがあるからです」

 

「そ、そうか」

 

そう、忘れもしない去年の夏、火影邸に初めて忍び込んだあの日。

曰く、あまりに気配の殺し方とかが上手すぎて本物の賊と勘違いしたとのこと。

先ほどのサスケ君や私の火遁とは比べ物にもならないくらい大きな炎の奔流。

本気で死を覚悟しましたね。

 

「……話を戻します。とりあえず私の見る限りサスケ君は練り込むチャクラ量は全く問題ありませんでした。あと足りないのは…」

 

「チャクラのコントロール、チャクラ圧か」

 

「そういうことです」

 

もっとも、術の中には最適なチャクラ圧というものが決まっていて、チャクラ圧をあげまくってチャクラ量の消費を落とすことが原理的に不可能なものも存在するようです。

アカデミーで習う忍術にはありませんが。

 

そして今回話題に上がらなかったチャクラの質。

さらにはチャクラを構成する要素である精神エネルギーと身体エネルギーの配合バランス。

形態変化に性質変化。

チャクラと忍術は本当に奥が深いのですよ~

 

「私の話は以上です。何か質問は?」

 

「ない。まあ、参考にはなったかな」

 

サスケ君はもう用はないとばかりに再び溜池に向かっていきます。

また術の練習…修行をするのでしょう。

 

というか、お礼くらい言えよと思わないでもないですが、結局思うだけで何も言わずにその場を後にしました。

 

頑張ってる人の邪魔はしたくないですからね。

 




オリ設定の嵐。

原作でサスケよりもチャクラ量が少ないはずのカカシが雷切をフルで4連発できるのに。
サスケが2発で限界になってしまう理屈を矛盾なく説明するにはこれしか思いつきませんした。
電力(チャクラの強さ)と電流(チャクラ量)と電圧(チャクラ圧)みたいなものとの解釈です。

あと顕在チャクラ量と潜在チャクラ量とかも関係してくるのかもです。
初期のナルトとかはあからさまにデカいだけのチャクラタンク状態でしたし。

あと、符術は一度に練り込めるチャクラが少なくても、札にちょっとずつ練り込んで貯蓄することができるのでアカデミー真ん中程度の主人公でもチャクラ量を大量放出するような術が使えます。


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4話 ☆

結局、家に帰った時にはすっかり真っ暗になってしまいました。

お姉ちゃん達は心配しているでしょうか?

 

そんなことを考えつつ私は鳥居をくぐります。

玄関ではありません、鳥居です。

 

南賀ノ神社(なかのじんじゃ)。

それが私の生家であり、つまり私は忍見習いであると同時に巫女見習いでもあるのでした。

 

「ただいま帰りましたなのですよ~」

 

「おお~帰ったか。遅かったから心配したよ~」

 

「コト聞いたよ。先生からラーメンご馳走になったって。良かったわね」

 

家族の皆が温かく―――後日知ったことなのですが、うちは一族の忍の家族において温かい家庭というのは極めつけに珍しいそうです―――本当に温かく迎えてくれました。

 

うちは一族の大人のほとんどは警務部隊という里の治安を維持する部署に所属しています。

忍びが起こす犯罪を取り締まれるのはさらに優秀な忍びだけだ、とのこと。

そんな環境において私の家族は数少ない例外にあたるそうで。

曾おじいさんくらいの代からずっと神社を祀っている家系なのだとか。

 

家長であり神主であるお父さん、うちはハクト。

お母さんの、うちはウヅキ。

長女であり巫女長の、うちはミハネ。

そして次女で末っ子の私こと、うちはコト。

 

計4人が私の家族です。

 

ちなみに私以外全員黒髪で、白髪は私1人だけです。

曾お爺ちゃんの隔世遺伝なのだそうです……一時、養子なんじゃないかと本気で心配したこともありましたが、今はそんなことはありません。

色にとらわれず、目つきとか顔つきを比べたらちゃんと面影がありますからね。

 

なんというか、うちは一族のほとんどが鋭い目つきのクールな空気をまとっているのに対し、うちの家族はなんか緩いうえに温いんです。

目つきはもちろんのこと雰囲気が。

ゆるゆるです。

ふわふわです。

合わせてゆるふわです。

 

どこまでも例外的です。

開眼した写輪眼が可愛らしく見えるうちは一族なんて集落全部探してもうちだけですよ。

 

そんな家族に育ったからなんでしょうね。

私が忍術を戦闘以外に使っちゃおうなどと思い至ったのは。

他の親戚もみんなこんな風だったらなぁ。

 

最近のうちは一族は鋭いを通り越してなんか怖いんですよ。

ピリピリしています。

ご近所さんのシスイお兄ちゃんも最近見かけないし、私の話を家族以外で唯一真面目に聞いてくれたイタチお兄ちゃん(サスケ君の実のお兄さんです。弟と大違いです)まで雰囲気が刺々しく…本当にどうしたんでしょうねうちの一族は。

 

家族が例外的にまったりしててよかったですよ。

一家団欒万歳です。

 

「いいなぁ、ラーメン。久しく食べてないよ」

 

「食べに行けばいいじゃないですか? 別に高いわけでもないし」

 

お父さんの口から洩れたそんな一言に私は何気なく応えます。

和む~

 

「いや、お金の問題じゃなくてな。仮にも神社の神主が一楽の屋台に通ったりしたら……いろいろとあれだろ?」

 

察しろよ、とお父さん。

言ってることは分かりませんでしたが、言いたいことは理解しました。

我が父ながら小さい…けど、その小ささが心地よい。

 

「別に誰も気にしないと思うけどな~ 祀ってる神様やご先祖様もそんなにお固くないでしょ?」

 

そう反論したのはミハネお姉ちゃん。

それでいいのか巫女長?

いや、私も巫女見習いの身でありながら問題児筆頭でした。

それでもバチが当たらないあたり神様の寛大さに感謝です。

 

「そういえば御先祖様はともかく、祀っている神様はいったい何の神様なんですか?」

 

「あら、そういえば私も聞いたことがありませんね」

 

お母さんものほほんと首をかしげています。

 

南賀ノ神社が祀っているのは、大きく分けて2種類、いや2柱です。

1つはうちは一族の御先祖様。

そしてもう1つは何やら物々しい名前のついた神様方です。

 

イザナギ、イザナミ、アマテラス、スサノオ、ツクヨミ、カムイ、アマノウズメ、オモイカネ、ヒトコトヌシ、コトアマツカミ、カグツチ、マガツヒ、タケミカヅチ……

 

とりあえず思いつく限り名前を列挙しただけでもこれだけいます。

聞けば、全部で八百万柱いるらしいとのこと。

記憶力にはそれなりに自信はあるのですが、さすがに覚えきれません。

 

とりあえず名前を聞く限り何やら凄そうなのは分かるのですが、具体的に何がどう凄いのか聞かされていないので私にはさっぱりです。

 

「実は父さんも知らないんだ」

 

「知らないんですか!?」

 

神主なのに?

…んなわけないですね、おそらくこれはあれです。

巫女見習いには聞かせられない企業秘密とかそういうのです。

 

「詳しいことは言えな…分からないが、なんでもうちは一族の中でも特別な力に目覚めた、要するに選ばれた人間だけがその神様達と会えるらしい」

 

今「言えない」って言いかけましたね?

迂闊すぎますお父様。

とりあえず気づかないふりをするのが吉ですね。

 

「選ばれた人しか会えない…人見知りなのですかね?」

 

「はっはっは、かもな~」

 

そういって朗らかに笑って誤魔化すお父さん。

そして誤魔化されてあげる私。

ある意味優しい親子のやりとりと言えなくもないです。

 

「うちはの特別な力って写輪眼のことかしらね?」

 

そんな父娘のやり取りの傍ら、のほほんと首をかしげるお母さん。

この感じ、どうやらマジで何も知らないっぽいです。

つまり、アマテラス様とかツクヨミ様の正体を知ってるのはお父さんだけ…じゃない?

なんか姉も知ってるっぽい気配なんですけどどういうこと?

 

「すると、開眼した人はみんな神様に会ってるってことでしょうか?」

 

「いや、そんな話聞いたことないよ。つうか私も写輪眼使えるけど見たことないし」

 

息をするようにさらっと嘘を―――そう、嘘です、私にはわかります―――つくお姉ちゃん。

 

「僕も見たことがないな。ただの写輪眼じゃない、もっと特別な写輪眼じゃないと駄目なのかもな」

 

「そんな凄い写輪眼じゃないと映らないってことは、よっぽど影が薄いのかしら?」

 

「それかやっぱりものすごい人見知りとか…」

 

「かもな~」

 

はっはっは、と笑い合う家族一同。

ひょっとして私たち実はとんでもなく罰当たりな会話をしているのかもしれません。

それでいいのか?

 

……今日は特別念入りに拝んでおくことにしましょう。

何やら話せない秘密もいろいろあるみたいですしね。

 

というか私以外皆開眼しているんですよね、写輪眼。

忍術だろうが幻術だろうが体術だろうが、見ただけで一発で看破してしまうという夢みたいな瞳です。

一口に写輪眼といっても人によって催眠眼に特化していたり洞察眼に優れていたりと微妙に見え方が違うらしいですが。

噂によると木ノ葉の暗部には相手の術を真似―――すなわちコピーするのが得意な人がいるらしいのです。

いつか会ってみたいですね~

 

特別な写輪眼というのも興味深いです。

もしそんなものがあるのなら、いったいどんな風に世界が見えるのでしょう?

神様方には会えるのでしょうか?

 

「私も早く開眼したいな~写輪眼」

 

 

「「「絶対やめとけ(きなさい)」」」

 

 

「!?」

 

おおう、突然私以外真顔になりました。

何故に?

 




ようやく巫女らしい(?)話が出てきました。

緩いうちは一族がいてもいいじゃない。

原作では家族団欒の描写が驚くほど少ないですし。
天涯孤独だったり厳しい家庭だったり、そもそも登場しなかったり。

神社の設定もやはり捏造です。
忍寺や神社は登場するけど、具体的に何を祀ってるのか原作では語られていないんですよね。
飛段は無神論者だとなじっていましたが、ペインはそれに反論して火の意思、すなわち先祖の意思を信仰していると言いました。
なら南賀ノ神社で祀られているのも祖霊でしょう…たぶん。

あと家族の約一名の名前、最初はうちはイナバだったりするのはここだけの話です。



そしてこっそりイラスト追加。


【挿絵表示】


左からミハネ コト ウヅキ そして手前がハクトです。


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5話

とある日のことです。

今日はアカデミーは休みです。

そんなわけで朝から趣味の研究に没頭です。

 

私はうちはの敷地内のとある空き地に作った秘密基地で絶賛作業中です。

なお秘密基地といっても、そこいらの子供(私も子供ですが)がお遊びで木の上に作るようなチャチいのとはわけが違います。

土遁の忍術をはじめとする忍びの技術を惜しみなく使ってコツコツコツコツ、半年近い時間をかけて作り上げた超本格的な地下秘密基地なのです。

私みたいな未熟者でも時間と労力と情熱さえあれば難しい忍術を行使できるようになる符術はやっぱり最高です。

本当は神社にある自分の部屋の下を掘り返したかったのですが、お父さんが珍しく血相変えて止めてきたので、やむなく場所をここに変更したのでした。

お父さんのあの様子を思い出してみるに本堂の地下に何かあるのかもです……うちは一族秘密の集会所とか。

いつか覗いてみたいですね~

一人前の巫女、もしくは忍びになったら教えてくれるのでしょうか?

 

…ふふふ、やっぱり休日ってテンションあがりますね~

 

「……何1人でニヤニヤしてるのよ」

 

「っ何奴!?」

 

よもや私の秘密基地に侵入者が!?

振り返るとそこには呆れたような様子のそらのカナタさん。

 

「何そのリアクション…ていうかどのあたりが秘密なのやら。ここが完成した時いの一番に自慢してきたのはコトじゃない。おまけに呼んだのコトだし」

 

「そうでした!」

 

あまりの嬉しさのあまり自慢しまくってしまったのでした。

迂闊。

 

「……いえ大丈夫です。喋ったのまだカナタだけですし」

 

「たぶん大人のほとんどの人が気づいてると思うわよ?」

 

仮にも忍びが跋扈する木ノ葉の隠れ里だし。とカナタ。

プライバシーが行方不明です…

 

「不法侵入の常習犯である貴方がプライバシーを語るなっての」

 

「あう」

 

グウの音も出ないとはこのことです。

 

「で? 今度は何を作ってるの? どうせまた無駄に洗練された無駄のない無駄な物を作ってるんでしょ?」

 

「そうなんですよ! 見てください私の超発明!」

 

そうですよ、そのために呼んだんでした。

私はババーンと脳内で効果音を響かせながら背後にあるテレビ(廃品集めて自作しました)にコードでつながった機械と術式が入り乱れた箱状の装置を大公開。

さあ、私の凄さに慄け!

 

「(…皮肉が通じない)」

 

カナタがなぜか頭を抱えています。

ちょっと、この大発明を前にしてその反応は変じゃないですか?

異議を申し立てるのですよ。

 

「まあいいや…で? これはどういうものなの?」

 

よくぞ聞いてくれました。

そうですよ、その質問を待ってたんです。

やれやれといった様子なのはこの際なので目をつむりましょう。

 

私は件の装置から伸びたケーブルを、電極だらけのヘルメット(のようなもの)と接続し、それを被ります。

これにより、私はケーブルによって装置を介してテレビとつながれた状態なわけです。

その状態で私は気合一発チャクラを練り込みケーブルを通して装置に流します。

 

―ブツン

 

きぃーんという高周波のような音が耳をつきました。

私の思惑通り、テレビの電源が入ったのです。

残念ながら電波は何も受信していないのでテレビは電源が入っただけで何も映しませんが、それでも実験は成功です。

やはり私の術式理論に狂いはありませんでした!

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………え? これだけ?」

 

「そうですが?」

 

「……しょぼ」

 

「んな!?」

 

そんな!

チャクラを―すなわち身体エネルギーと精神エネルギーを性質変化させ別のエネルギー(今回は分かりやすい『雷』エネルギー)に変換するという私の凄い発明がしょぼいですと!?

 

「いや、それは単なるチャクラの性質変化なんじゃ?…電気を起こしたいならコトはもうすでに『起雷札』持ってるし、普通に符術の雷遁じゃダメなの?」

 

「違うの~確かにやってることは同じかもですけど違うの~」

 

あまりの反応に思わず幼児退行してしまう私。

なぜ分かってくれないんですか~

 

「そ、そんなこと言われても……この程度の電気なら私も性質変化で出せるし」

 

チャクラを性質変化させる機械なんてわざわざそんな面倒くさいもの作ってる暇があったら素直に性質変化の修行するわよ、とカナタはそういって装置に手を伸ばします。

だからこそ気づいてほしかったんですが…チャクラを性質変化させて『雷』を発生させるという所業を人間じゃなくて機械がやっているというその凄さに。

 

あ、ちなみに私の基本性質は『火』です。

うちは一族はみんな火属性なんですよね。

あと『水』と『土』も素養があるみたいで。

もっとも、私の場合『符術』があるので得意性質とかあまり関係がないんですが……ってカナタさん? さっきから装置に何を?……

 

「別にこんなの使わなくても電気は起こせるわよ、ほら」

 

―パリッ

 

カナタの起こした電気が装置を介してケーブルを伝い―――

 

「ぎにゃああああああ!!?」

 

―――次の瞬間、私の身体を未知の激痛と衝撃が駆け巡りました。

痙攣してひっくり返る私にカナタはあわてた様子で駆け寄ってきます。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「い、いったい何が?」

 

「いや、私は性質変化させて起こした電気を装置? に流しただけで……ほんのちょっとだけのつもりだったのに」

 

ごめん、と素直に頭を下げるカナタ。

なるほど、そういうことですか…

 

「ふふふ」

 

「こ、コト? 大丈夫?」

 

「大丈夫ですよカナタ。それとあとこれだけは言わせてください」

 

私は極めて神妙な顔でカナタに向き直り、カナタもまた真面目な顔を返して

 

 

「ありがとうございます!」

 

「いや本当に頭大丈夫!?」

 

 

 

 

 

 

いや~忍者の才能はともかく、こっち方面には一日の長があるとそれなりには自負していたのですが。

私は私の思ってる以上に天才だったようです、自分の才能が恐ろしいです。

 

今回私が作ったチャクラに性質変化を起こさせる装置(以下、変換機)は私の思ってる以上にとんでもない代物でした。

 

ところで、電動機というものをご存知でしょうか?

電気を流すと磁界が変化してコイルが回転し動力を発生させる…いわば電気エネルギーを運動エネルギーに変換する装置です。

モーターといった方が通りがいいですかね。

そしてこのモーターの面白いところは、電気エネルギーを運動エネルギーに一方的に変換させるのではなく、その逆、つまるところ運動エネルギーを電気エネルギーに変換することも可能だということなのです。

 

要するに何が言いたいかというと、私の作った変換機もそんなモーターみたいな特性を有していたということなのです。

つまりチャクラを電気や炎といった属性に変えるだけでなく、逆に電気や炎などの自然現象をチャクラに変化させることができるのです。

 

これに気が付いたのはカナタのおかげです。

カナタが発した電気が装置を介して流れ込んできた『あれ』は決して電気エネルギーなんかじゃありませんでした。

そう、あれは紛れもなくチャクラ!

 

いや厳密にはチャクラに似た何か……精神エネルギーとも身体エネルギーとも違う未知のエネルギーなのですが、そんなことは些細な問題です。

むしろ未知のエネルギーを発生させる装置とか既存のチャクラを発生させるよりよほど凄いじゃないですか!

重要なのはとにかく凄いってことです!

 

ちなみにそれらのことを興奮気味にカナタに説明したところ、彼女の反応は

 

「ふ~ん? それで?」

 

でした。

興味がないにもほどがありますよ!

 

しかしそれも仕方がありません。

今のところこの未知のエネルギーはどういうわけかカナタには認識できず、私にしか感じ取れないのですから。

家族やアカデミーの先生からは私には感知タイプの素養があると言われたことがありましたけど、そのせいですかね?

 

ちなみにカナタは幻術タイプとのこと。

女子には割と多いタイプです。

 

いや、そんな話は置いといて兎にも角にも変換機です。

この変換機は内部の術式を書き換えることにより電気以外のエネルギーにも流したチャクラを性質変換させることができる優れもの。

特殊なものはまだ無理ですが基本の五大性質変化(火水土雷風)は一通りできるはず。

ならば必然、『雷』以外の属性も変換機を通せば『未知のチャクラ』に変化させることができるということです。

 

試すしかないじゃないですか!

 

私は嬉々として変換機を分解、改造に着手するのでした。

 

「…あ、うん、私帰るから。頑張ってね?」

 

え、何か言いましたかカナタ?

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、他の属性も問題なく変換させることができました。

正直、『火』や『風』はともかく物質であるところの『土』や『水』は無理あるんじゃないかなとか思っちゃったりもしたんですが、びっくりするほど無問題でした。

まあ、もともとチャクラが質量ある物体にも定量的エネルギーにも変化し放題の万能物質ですから当たり前と言えば当たり前だったのかもです……チャクラって何なんでしょうね…

 

そして今回の実験により新たな事実が発覚。

なんと属性によって変換した際に発生する『不思議チャクラ』も微妙に違うのです。

『水』を変換した際に発生するそれはなんかぬるって感じなんですが、『火』を変換した場合はカッ!って感じで……って何ですかこの学者にあるまじき曖昧極まりない微妙表現。

でもそうとしか言いようが…おまけに現状発生した『名状しがたいチャクラのようなもの』を観測できるのが私しかいない以上、私の主観に偏ってしまうのは仕方のないことで…ってそろそろ名称も統一しないとさすがに混乱しますね。

以下便宜的に装置が発生させるそれを『謎チャクラ』と呼称することにします。

 

ともかく、それぞれの属性から発生した『謎チャクラ』がいったいどういうものなのか詳しく調べたいのです。

しかしながら残念なことにその方法が………………実はあるんですけど。

 

最初の『雷』の時と同じです。

てっとり早く直に浴びてみればいいのです……その『謎チャクラ』を。

 

私は変換機に『火』のついた蝋燭をセット(比較的相性が良いと思ったのです。仮にも『火』のうちはですし)し、ケーブルをつないでヘルメットをかぶりました。

 

ごくり、と唾を飲み込む音がやけに大きく響きました。

 

『雷』の時はとんでもない激痛と衝撃が体を襲いました。

では『火』は?

大したことにはならない…と思いたいです。

 

(でも蝋燭程度の『火』なら…でも静電気レベルの『雷』でもあの激痛だとすると…)

 

正直、すんごい不安です。

でも他に『謎チャクラ』の効能を確認する術がありません(この時私は動物で試せばいいということを頭から完全に失念していました)

 

 

 

「………………いきますか」

 

 

 

さあ、今こそ覚悟を決める時です。

 

全ては真理の探究のために!

 

私は半ば捨て鉢のヤケクソ気味に装置を起動。

蝋燭の火が一瞬揺らいだかと思ったら即座に装置に吸い込まれ、術式を介して変換された『謎チャクラ』がケーブルを伝って私に流れ込んj;あこわもfっもmkぉあpvwふぁをplわsに―――

 




バカと天才は紙一重と言いますが、コトはまさにその言葉の体現者です。
真理の探究とか目指すものは仮にも大蛇丸と同じなのに、やってることが…

自来也やナルトとは全く違う別のベクトルから「忍者とは忍術を扱う者のことを指す」という言葉を否定して根本からぶち砕こうとしてます。


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6話

「……何かあったの? いや、何かあったのかは確実ね。質問を変えるわ。何があったの?」

 

「いえ、別に。ただちょっと自己嫌悪に陥ってるだけです」

 

「……コトが自己嫌悪?」

 

カナタが私のことをありえないものを見るかのような目で見てきます。

落ち込んでる私がそんなに珍しいか。

珍しいですね。

下手すれば消沈したのって物心ついてから初めてかもしれません。

 

アカデミーの教室で私は物憂げに溜息つきます。

ただでさえ真っ白なのに、今の私はいつにもまして灰のように真っ白に燃え尽きているのでしょう。

太陽がまぶしいのです……

 

「…っ!? しおらしいコト……だと?」

 

こらカナタ。

劇画タッチで硬直するな。

天気の確認なんかするな。

雪なんて降りません!

 

…いや降ったら降ったでこの後の隠遁の授業が楽になるのでありがたいですが。

なんと私、背景が雪景色の場合に限り、隠れ蓑なしで『隠れ蓑の術』が使えちゃうのですよ!……だからどうしたって感じですねはい。

バカなことを考えました。

 

恐ろしく乾いた笑みが口から洩れます。

吹っ切ったつもりでしたが、相当参ってるみたいです私。

 

 

 

 

 

 

先日の『謎チャクラ』取り込み実験は、私に良い結果と悪い結果を残しました。

 

お約束としてまずは良い結果から。

懸念していた後遺症の類はとりあえず発生しませんでした。

少なくとも今の私には異常は全く見られません。

むしろ元気モリモリです。

『謎チャクラ』が厳密にはチャクラではないとはいえ、チャクラに似た存在であることには変わりがないわけで。

通常のチャクラ同様、肉体活性の効能が発揮されたのかもしれません。

データを取るため何度も何度も属性を変えて『謎チャクラ』を浴びたせいで妙に力が湧いてきます。

 

身体は元気なのですよ。

あくまで身体は。

精神面はズタボロですが。

 

そして悪い結果を残したのは取り込んだ際です。

身体が元気になるのは良いのですが、そのメリットを打ち消して有り余るほど取り込んだ時の副作用がひどい(泣)。

 

しかも変換元の属性によって副作用が全く違います。

 

最初に取り込んだ『雷』から変換した『謎チャクラ』は全身に激痛を走らせます。

確かにかなりひどいリスクと言えますが、しかしながら他に比べたらその程度は極めてマシだと言わざるを得ません。

 

『水』は全身に謎の斑模様が浮き出て毒々しく変色。

元が白い肌なので余計に目立って鳥肌が立ちました。

 

『土』に至っては肌の色どころか体系が骨格レベルでバキボキ変形、奇形で異形の怪物に成り果てました。

いや本当に元に戻ってよかったです。

もしあのままだったとか思うと本気で自殺を考えなければなりません。

角とか普通に生えてきましたからね。

見た目だけで言えば妖怪鬼女です。

 

『風』の場合は、意識がすっと遠くなります。

『水』や『土』ほど大々的な副作用がないのはありがたいのですが、気が付いたら意識が飛んでしまうので記録が取りづらいのなんのって。

おかげで何回も何回も取り込む羽目に。

 

そして『火』は……『火』は…

 

 

「―――うにゃああああああ!!」

 

「こ、コトさん!? 急にどうしたのですか?」

 

授業中にいきなり頭を抱えて叫びだした私に対し、くのいちクラスのアカデミー女教師が戸惑いの表情を浮かべています。

クラスの同級生も驚いた様子です。

 

「こ、コトちゃん?」

 

「いったい何が?……はっ!? まさかコトのやつも私と同じで内なる自分を!?」

 

「……」

 

名門一族のおかっぱ少女、日向ヒナタさんが目を白黒させ(白眼なのに白黒とはこれいかに)

広いおデコと桜色の髪にリボンがチャームポイントの春野サクラさんが何やら戦慄したように私を凝視し。

クラスのリーダー格である金髪美人の山中いのさんは呆れたように溜息をついています。

寡黙で真面目な黒髪美人の月光マイカゼさんは我関せず。

私の唯一とも言っていい話し相手である空野カナタは必死に視線をそらして他人のフリ。

 

何やら目立ってますが、私はうちはで真っ白て問題児なのでもともと浮いているようなもんですから大したことじゃありません。

いや、本当は大したことなのですが、それ以上に悶えずにはいられないのですよ。

 

 

恐るべきは『火』を元に発生させた『謎チャクラ』を取り込んだ際の副作用。

『水』や『土』のように外見に変化があるわけではなく、『風』のように意識が飛ぶわけでもなければ、ましてや『雷』のように痛いわけではないのです。

 

いや、痛いと言えば痛々しかったかもです。

物理的にではなく精神的に。

 

『火』の『謎チャクラ』を取り込んだ私は精神に異常をきたしたのです。

性格が一変して狂暴化―――たぶん狂暴化だと思います―――してしまった結果……悲劇は起こりました。

 

その時の『私』は勢いよく秘密基地から飛び出し、なぜかうちはの敷地で一番高い家の屋根によじ登りました。

 

突然現れた奇行少女に多くの視線が集まる中、『私』は不敵な笑みを浮かべてフゥ~ハッハッハと馬鹿笑い(その時の私的には極めて遺憾なことに高笑いのつもりでした)

戸惑いのざわめきをBGMに『私』はマントをバサッと翻すような動作(マントなんかつけてないにも関わらず)をして―――

 

 

『我こそは六道仙人の正統なる後継者!この混沌とした世の中に裁きの鉄槌をくだす者にゃり!』

 

 

―――思えば確かにそれは『わたしがかんがえたさいきょうのあくにん』像でした。

 

穴があったら入りたいと思った私を誰が責められますでしょうか?

しかもセリフを噛むという徹底ぶり。

お願い誰か私を殺して…

 

その後、紆余曲折を経て『第四次忍界対大戦開戦です!』とか『外道魔像をけしかけるぞ!』とかいろいろとアホなことを口走って大暴れ(のつもりでした。対外的にはただのごねた子供だったとのこと)する私を、わざわざ駆けつけて来てくれた木ノ葉の精鋭警務部隊に苦笑いと共に取り押さえられたのでした。

 

しばらくして正気に戻った私は、騒ぎを聞きつけて通りかかったイタチお兄さんに優しく、最近の刺々しさはいったいなんだったんですかと言いたくなるくらい本当に優しく頭を撫でられたのです。

 

『まあその、あれだ。うちはの子供には珍しいことじゃないさ。だから気にすることはない』

 

慰められるのがキツいと感じたのは初めてでした。

違うんですこれは何かの間違いなんです。

 

お母さんやお父さんまで出張ってきて「何か悩みがあるなら言ってくれ」的なことを言われ……罵られる方がマシです!

 

結局、終始笑ってたミハネお姉ちゃんの対応が一番救われたという不思議。

 

そしてゴミを見るような視線を投げつけてきたサスケ君(イタチお兄さんと一緒に来ていました)。

いつかお返ししてやるのです。

サスケ君が同じような精神状況に陥って「俺は復讐者だ(キリッ)」とか言い出したら思いっきり憐れんでやるのですよ!

 

 

 

だからとにかく今は叫ぶのです。

机に思いっきり頭を打ちつけながら。

 

「忘れろ忘れろ忘れろ記憶飛べ飛べ飛べぇ~!!」

 

「こ、コトちゃん! なんだかよくわかんないけどもうやめてぇ!」

 

 

なお、その授業はヒナタさんが本気で泣き出したことにより中断。

私は騒ぎを起こした罰として放課後居残りで掃除をすることに。

罰則がありがたいです。

本気で居心地悪いですからね今のうちは領。

 




うちは一族は絶対罹患者多いと思うんですよ(確信)
少なくとも波風ミナトだけってことはないはず…


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7話

連日投稿は無理でした…


またしても帰るのが遅くなってしまいました。

まあそれはいいんですけど。

早く帰っても居心地悪いだけですし。

休日の悲劇、通称『六道仙人の後継者(笑)』事件(命名、うちはコト)の根はあまりにも深い…

 

しかし、遅くなるのはともかく不必要に時間と労力を費やしたのは個人的に納得しづらいものがありますね。

まさか掃除の際に忍術(というか私の場合『符術』)の使用を禁止しやがるとは予想外もいいところなのですよ。

スズメ先生は頭が固すぎます。

 

「『忍術はもっと崇高な目的のために使用するべきであり、このような些末なことにしてはいけません』ですって…バカバカしいにもほどがありますよ全く」

 

他にも「忍術の秘密が他里に漏れる」だとか「貴方には自重と慎みが足りない」などなどいろいろ言われた気がします。

 

ほとんど聞き流しましたけどね!

 

「崇高な目的ってなんですが掃除が低劣だともで言いたいのですか戦闘行為のどこが崇高なんですか結局人殺しじゃないですか……」

 

「フン、ずいぶんと不機嫌だな。『六道仙人の後継者(笑)』サマ?」

 

「私をその名前で呼ばないでください!」

 

私は相手が誰かもロクに確認もせず、勢いのままアカデミーの校門に立っている少年の陰に向かってダイナミックエントリー(超低空飛び蹴り)を仕掛けます!

 

―――あっさり避けられて私は地面をゴロゴロと転がりました。

 

…掃除でただでさえ薄汚れていたのに、さらに泥だらけに。

泣きっ面に蜂とはこのことです。

 

「いったいなんなんですかサスケ君!?」

 

私はガバッと立ち上がり、少年―――うちはサスケに食って掛かります。

よもやまだバカにし足りなかったとか言いませんよね?

もしそうなら本気で泣きますよ私!?

というかもうすでに涙目です!

涙腺は決壊寸前なのですよ!

 

「ついてこい」

 

結局、サスケ君は私の質問には何1つ答えることなく勝手に歩き出します。

相も変わらずスカした態度の少年です。

なぜこんなのがくのいちクラスで人気ナンバーワンなのでしょうか?

 

……やっぱり顔なんでしょうか。

分かりません。

 

そういえば、校門のところに立っていたってことは私の居残り掃除が終わるのを待ってくれていたと考えていいのですかね。

 

「……」

 

「……」

 

か、会話がないのです…

おかしいです、小さい頃にはもっと自然に…けど今は空気が重い。

なぜこうなったし。

 

「あ、あの…」

 

「黙ってついてこい」

 

「はい」

 

私は「うちは一族」のうちはコトですけど。

最近「うちは一族」が苦手になりそうです(家族除く)

 

 

 

 

 

 

会話らしい会話もないまま、私はサスケ君に家まで連れてこられました。

うちはの敷地の中でもひときわ大きな屋敷です。

棟梁の家ですね。

というかサスケ君の家です。

 

何? どういうこと?

今回のこれは久しぶりに一緒に家で遊ぼうとかそういうお誘いだったのですか?

 

「待ってろ」

 

サスケ君は絶賛混乱中の私を軒先に立たせたまま、1人家に入っていきます。

本当に意味が分かりません。

 

玄関から家の様子を覗いてみると、何やらサスケ君がフガクさん(うちは棟梁。サスケ君とイタチお兄さんのお父さんです)と話しているのが見えます。

 

「父さん、もう1回術を見てほしいんだ」

 

「豪火球の術か? 無駄だ。たかが一週間程度でもう1度見たところで…」

 

「違うそうじゃない」

 

「?」

 

「術、完成したんだ……父さんに見てほしくて」

 

この時、私は己の勘違いに気づきました。

道中サスケ君の口数がやたら少なかったのは、スカしていたからではなく緊張していたからだったのですね。

 

 

 

 

 

 

明るい…

まるで昼に時間が戻ったかのようです。

私は素直に感心しました。

 

サスケ君が口から吐いた特大の火の玉は溜池を覆い尽くして広がり、水面に激しく波紋を作り出して乱反射しキラキラと輝いています。

まさしく豪火球。

私の観察する限り、チャクラ量もチャクラ圧も申し分なく印も完璧です。

 

サスケ君は見事『火遁・豪火球の術』を成功させたのでした。

 

サスケ君は期待の籠った表情でフガクさんの方を振り向きます。

フガクさんは何も言いません。

 

私の知る限り、フガクさんはクールなうちは一族の中でもブッチギリで寡黙な人です。

悪い人ではないんですけどね。

何度かチャクラの扱いの手ほどきを受けたこともありましたし術式に関して熱い議論を交わしたこともあるのですよ(ちなみにその時サスケ君はイタチお兄さんと一緒に手裏剣術の練習をしていました)

 

フガクさんは無言のまま踵を返します。

よもやそのまま何も言わずに立ち去ってしまうのでは…と私が危惧した直後フガクさんがようやく口を開きました。

 

「さすが、俺の子だ」

 

サスケ君の顔が歓喜に輝きました。

 

…惜しいですね~いつもそういう顔をしてくれたら私ももっと心穏やかに対応できるんですけど。

 

「たった一週間でよくやった」

 

「お、俺だけの力じゃないんだ。コトのやつからコツを教わって…」

 

「そうか、俺からも礼を言わせてもらおう」

 

サスケ君のしどろもどろの説明を聞いて、フガクさんが私に笑いかけます。

 

うわぁ、フガクさんの笑顔とか初めて見たかもです。

いつも笑ってくれればなぁ…そうすればうちはの印象も明るくなるのに。

一番印象深いうちはの笑顔って私の中では『あの時』の苦笑いなんですよ……今思い出しても泣けてきます。

 

「サスケにコツを指南したということは、コトもこの術を?」

 

「いえ、私はあんな大きな炎は出せません」

 

フガクさんの質問に私は首を振ります。

もっとも、『起火札』を使えば話は別ですが。

便利なんですよね本当。

便利すぎて頼ってしまうが故に印の練習がかなりおろそかになってます。

一応、完璧に結べるんですがそれだけです。

素早く結ぶのは苦手です。

イタチお兄さんみたいに霞むような速度とか夢のまた夢です。

 

「そうか、それでも大したものだ」

 

「コト。俺からも改めて礼を言う」

 

 

ああ、今日はいい日です。

うちは一族に生まれてよかったとこの時私は心から思ったのでした。

 

 

 

「…何かストレスを感じているようなことがあれば遠慮なく「感じてません!」…そうか」

 

私は断じて心の病を患って『六道仙人の後継者(笑)』になったわけじゃありません!

うう、どうしよう?

このままだと、六道仙人様を嫌いになってしまいそうです……

 

いや本当にどうしましょう?

 

 

 

 

 

 

サスケ君が『火遁・豪火球の術』を習得したあの日以来、私とサスケ君はちょくちょく話すようになりました。

小さい頃と同じように、とまではいきませんがそれでも半絶縁状態だった今までと比べれば格段にマシです。

ただ、それに伴ってクラスの女子からはまるで泥棒猫を見るような視線を浴びせられるようになりましたが。

特にサクラさんといのさんの視線はヤバいです。

殺気立ってます。

ぶっちゃけ超怖いです。

 

そんな関係じゃないのに。

 

「ったく。またお前はこんなところに引きこもって」

 

「余計なお世話です」

 

いや本当にそんな関係じゃないのに。

 

というか、サスケ君? あなたは何で私の秘密基地で寛いでいるのですか?

 

 

先日のあれ……口に出すのも憚られるあの事件により秘密基地は建前の上でも秘密じゃなくなってしまいました。

あの時の『私』はよりにもよって地面にカムフラージュしていた扉を開けっ放しにした状態で飛び出したのですよ。

意図せず秘密基地の入り口大公開です。

もっとも、カナタ曰くそもそもが公然の秘密であったらしいのですが、それでも一応は隠れて秘密基地の体裁を保っていたというのに…

おかげでサスケ君が時々遊びに来るようになってしまいました。

腹立たしいです。

何が腹立たしいって、ちょっと嬉しく感じちゃってる自分が一番腹立たしいです。

これじゃあただの個人的私室兼研究室じゃないですか……あれ?それはそれでありかもです?

 

 

「そんなことしてる暇があったら修行の1つでもしたらどうだ? そうすれば今頃お前は…」

 

「あ~もう別にいいじゃないですか。この修行マニアが」

 

「うるせえ研究マニア」

 

う~ん、まさかサスケ君からまでアカデミーの教師と同じことを言われるようになってしまうとは。

優等生め、そんなに強くなりたいなら勝手に一人で強くなってくださいよ本当に。

 

「そもそも強くなってどうするつもりなのですか?」

 

「決まっている。兄さんに追いついてそして…」

 

「…この間フガクさんにイタチお兄さんの後は追うなって言われたばかりじゃないですか」

 

そう、サスケ君が豪火球の術を取得したその日、フガクさんは去り際に「もうイタチの後は追うな」と言い残したのです。

 

「詳しい事情や理由は部外者である私にはさっぱりですが、フガクさんがそういうからには何か理由があるはずなのですよ。サスケ君ならおおよその事情が察せるはず……って、聞いちゃいませんね」

 

無視です。

私の警告なんてどこ吹く風です。

 

う~ん、やっぱりこれって兄弟がいる人にしか分からないことなのですかね。

 

もちろん私にもミハネお姉ちゃんはいます。

しかし、それでも私はこれまでお姉ちゃんのことを尊敬はしてもそうなりたいとは思ったことはありません。

お姉ちゃんはお姉ちゃん、私は私なのです。

そして私は私が好きな『私』になるだけなのですよ。

 

ちなみにその『私』とはみんなに認められた私であって、断じて『六道仙人の後継者(笑)』などではありません。

 

「兄さんは7歳でアカデミーを卒業して、8歳で写輪眼を…立ち止まってる暇なんか…」

 

サスケ君はどこかここじゃない遠くを見つめてぶつぶつ呟いています。

私なんて文字通り眼中に入ってません。

いったいその眼には何が見えているのでしょうね…しかしさすがにこれはたしなめた方がいいですね。

 

「アカデミーの飛び級卒業はともかく、写輪眼の早期開眼は止めておいた方がいいのですよ」

 

「……? どういう意味だ?」

 

「そのままの意味ですよ。もっとも、意識してどうにかなるものでもないようですが」

 

あれは『その瞬間』が来たら否応なく開眼しちゃうみたいですし。

 

「そもそも、サスケ君は写輪眼の開眼条件を知っているのですか?」

 

「っ!? コトは知っているのか!?」

 

血相を変えて詰め寄ってくるサスケ君。

ああ、嫌です本当に。

かつての―――家族の話を聞く前の私を見るようで本気でイヤです。

 

「…お父さん、うちはハクトは任務で仲間を目の前で失ったとき開眼したそうです」

 

「……っ!」

 

思わず絶句するサスケ君。

 

「お母さん、うちはウヅキは2人の瀕死の重傷を負った子供を前にして、どちらか一方しか助けられないという選択を迫られて、それでも無理にでも両方助けようとして……気づいたら開眼していたそうです」

 

私は「結局子供は助けられたのですか?」とは聞けませんでした。

聞けるわけないのです。

ただ言えるのは、その話をするお母さんはとても辛そうでした。

 

「ミハネお姉ちゃんはもっと単純なのですよ。ただ死にかけて、無我夢中で生き残ろうとした。開眼したのはその時だそうです」

 

ミハネお姉ちゃんは具体的なことは何も言いませんでした。

そして私も何も聞きませんでした。

言いたくないだろうし、聞かせたくもないだろうし、何より私自身が聞くのが怖かったですから。

 

「……」

 

とうとう黙り込んでしまったサスケ君。

 

サスケ君はとても頭が良い男の子です。

ここまで言えば察することができるのではないでしょうか。

 

「もう大体理解したんじゃないですか? 写輪眼の開眼方法」

 

「……精神的ショック。それも相当な…」

 

「悪い冗談みたいな話でしょう? 衝撃を与えたら開眼するなんて」

 

まるで接触の悪いテレビみたいじゃないですか。

ただし与える衝撃は物理ではなく精神ですが。

 

「お父さん曰く、うちはの写輪眼は悲劇の証。うちはの黒目は平和の証だそうです」

 

本来ならたとえ素質がある人でも一生開眼しない方が良いのだそうです。

無論、だからと言っていつまでも開眼しないでいられるなんて都合の良い話がまかり通るほど世の中甘くないことくらい私にも分かります。

サスケ君も、そして私も、うちはの血を引いている以上、将来忍びになって任務に就くようになればいずれ『そういう目』にあって開眼することになるでしょう。

 

でも、それは今じゃありません。

 

「もう一度言います。早期に写輪眼に開眼したって良いことないですよ。というか、良いことなかった人が開眼しちゃうんです」

 

イタチお兄さんが8歳で写輪眼を開眼したというのは凄いことなのです。

凄まじい限りです。

しかし、それはあくまで凄まじいことであって素晴らしいことじゃあないのですよ。

イタチお兄さんがその歳で写輪眼を開眼したということは、裏を返せば、その歳でそれだけの悲劇を体験したという証なのでしょうからね。

 

「……っへ! つまりあれか? 甘ちゃんのコトはビビってるのか?」

 

「むしろ逆に聞きたいくらいなのですよ。 サスケ君はビビってないのですか?」

 

「……っく」

 

って、意地悪な質問をしちゃいましたね。

サスケ君のその態度は明らかに虚勢であると分かっていたのに。

怖くない筈がないのですよ。

写輪眼を開眼するその瞬間は、何か大事な別の『何か』を喪失した時なのかもしれないのですから。

 

 

…気づけば、ずいぶんと居心地の悪い空気になっちゃいましたよ。

駄目ですね。

せっかく仲良くなれたのに。

 

「……あ、あのさ」

 

「なんですか?」

 

サスケ君は何やら葛藤するような様子で

 

「もし、もし仮にだが……写輪眼よりもさらに特別な写輪眼があるとしたらさ……」

 

その開眼条件はなんだと思う?

 

サスケ君のその問いに、私は南賀ノ神社の神様群を思い出しました。

うちはの中でも、特別な力に目覚めた選ばれた人たちにしか会えない神様達。

私は考えます。

もし、その神様に会う条件が、写輪眼を超えた写輪眼を開眼することだとして。

そんな特別な写輪眼を開眼しようとすれば―――

 

「―――当然、写輪眼を開眼するとき以上の地獄を見ることになるのでしょうね」

 

それこそ、流れた涙が枯れつくして血の涙を流すほどに。

 




白眼と違って写輪眼がうちはの中でも限られた人しか開眼しないのって、血の濃さの問題じゃなくて精神性の問題じゃないかと思います。
穏やかな心を持ちながら、それでいて激しいショックを受けたときに目覚める…って表現するとどこぞの戦闘民族みたいですが。
そうなると血筋は十分でも、死を割り切って考えて感情を殺してしまうリアリストや、正真正銘仲間の死を何とも思わない破綻者なんかは最初から開眼条件を満たせないわけで。
忍びに向いてない優しい人だけが写輪眼を開眼できるというのは皮肉が効いていてなかなかにエグい設定です。


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8話

多少遅れても切がいいところまで書いて投稿すべきか、
多少少なくても定期投稿すべきか…


―もし、もし仮にだが……写輪眼よりもさらに特別な写輪眼があるとしたらさ……その開眼方法はなんだと思う?

 

記憶の中のサスケ君が葛藤しながら私に問いかけます。

 

特別な写輪眼。

選ばれた者の力。

地獄を見たら開く瞳。

 

思えば、この時私は疑問に思うべきだったのですよ。

なぜサスケ君がそのこと―――万華鏡写輪眼について尋ねたのかを。

 

 

 

 

 

 

「ぐにゃあ…」

 

私は潰れた猫みたいな声を上げて秘密基地…とはもう言えない研究室の床にひっくり返りました。

 

「さ、さすがに異なる属性の謎チャクラの同時取り込みは無理があったですね」

 

どうやら、流れ込む『謎チャクラ』が強力すぎて、私の経絡系では現状耐えられないみたいなのですよ。

 

経絡系とは全身にチャクラを流す通り道のことです。

太いものから細いものまで、全身に血管のごとく張り巡らされているのですが、観測する方法が限られているので詳しいことがあまり分かっていません。

普通の目には見えない器官ですから。

 

うう、私に経絡系を直接視認できる白眼があれば……日向に生まれていれば……

 

「……柔拳で毎日ボコボコにされるのでしょうね」

 

いや内部破壊だからボコボコにはなりませんか。

まあ、外側だろうが内側だろうが、どちらにしろボロ雑巾みたいにされちゃうことは間違いなさそうです。

私体術苦手なんですよね~

ああ、うちはで良かったです。

 

「…いっそヒナタさんに助力を頼んでみるとか」

 

ヒナタさんはサスケ君にお熱じゃないですから、その他大勢の女子連中と違って以前と同じ態度で接してくれる数少ない同級生なのですよ。

あとカナタもです。

なんだかんだ言って恵まれてますね私。

 

「…うん、機会があれば頼んで…でもそれで経絡系を観測できたとしても……」

 

仮に観測できて経絡系の問題点を見つけることができたとしても、その問題を解消する手段がないのでは、私が『謎チャクラ』に耐えられないという現状は覆りません。

ではどうすれば耐えられるようになるか……経絡系を鍛えるとか? んな無茶な。

 

いや、一応あるんですよ?

経絡系を鍛えるための修行メニュー。

アカデミーの授業で習いました。

しかしこれ、かなり根性論が入っているというか、効果が眉唾というか……私自身あまり期待してないんですよね。

 

チャクラ量と経絡系はほぼ先天的資質で決まり、後天的にはほぼ変化しないというのが私の見解です。

 

『悲しいことにね……チャクラ量が増えるのは生まれつき素質に恵まれた人だけなんだよ。持たざる者がいくら豊胸体操をしようが、牛乳をガブ飲みしようが、ペッタンコは所詮ペッタンコでしかないのと同じよ』

 

以上、スレンダー美人であるミハネお姉ちゃんからのやたら実感のこもった経験談でした。

 

……私はどうでしょうか?

うちは一族は代々図抜けたチャクラを有するとされてますけど……

今はそんなにありませんが、成長したら、いろいろ大きくなるのですかね?

 

こればっかりは将来に期待するしかありません。

頑張れ私の巨乳遺伝子(比喩ですよ)!

…もっとも、私だけが使えるようになっても意味がないのですがね。

誰でも使えるようになって初めてその技術は普及して便利な技術になるのですから。

課題は山積みなのですよ。

 

「っと、いけませんね。もうこんな時間ですか」

 

いや~楽しいこと(研究)をしてると時間がたつのを忘れちゃうのですよ。

私はいそいそと帰宅の準備をして、もはや名前だけの秘密基地をあとにします。

 

……むむ?

この気配は。

 

「サスケ君ですね」

 

私はアカデミーの方から走ってくるその気配を即座に見抜きました。

どうも『謎チャクラ』の取り込みをするようになってからやたらと感覚が鋭敏になってるのですよ。

というより、変換機から発生させたものとは別にそこら中から『謎チャクラ』を感じるようになったというか。

まさに、世界そのものを感じ取ってるような……ふっふっふ、なんとなく『謎チャクラ』の正体らしきものが分かってきましたよ。

これはあれです、仙道で言うところの『外氣』とかいう奴です。

自然エネルギーとでも言い換えましょうか。

 

思えば、当たり前と言えば当たり前のことでした。

忍びがこの世に生れ出てから数百年。

彼らは忍術を使い続けてきました。

それは言い換えればチャクラを炎や水、土などの自然現象に性質変化させ続けてきたということに他ならないのですよ。

今私が吸っている空気も、大昔の誰かがチャクラで発生させた風遁かもしれないし、今感じている熱もかつての忍者が使った火遁かもしれません。

もちろん水や大地にも同じことが言えるのです。

いや、性質変化されたチャクラだけではありません。

チャクラをチャクラのまま放出する術だってたくさんあるのですから。

 

忍びが跋扈するこの世界はチャクラに満ちているのですよ。

 

いや~予想外にスケールのデカい話になってしまいましたね。

これを話せば、カナタやサスケ君や頭の固い先生方も私のことを見直して……くれませんね。

ただの妄想と切って捨てられるのが落ちでしょう。

下手すれば『火』の『謎チャクラ』を取り込んだ時の悪夢の再現です。

やっぱり何らかの目に見える形ある実績が必要なのですよ。

 

 

 

「こんばんは、サスケ君。今日も今日とで居残り修行ですか? 精が出ますね」

 

「コトか。そういうお前はまたあの穴倉でバカなことしてたみたいだな」

 

サスケ君を感知して発見した私は、なんとなく合流して一緒に帰路につきました。

本当になんとなくです。

この『なんとなく』という感覚が友達付き合いでは思いのほか重要だったりするのですよ。

少なくとも以前の私なら『なんとなく』サスケ君を避けていたでしょうし。

 

「今日は何のトレーニングを?」

 

「手裏剣術だ。投げた苦無に後から投げた苦無をぶつけて軌道を変化させて、死角にある的に命中させるんだ…なかなか上手くいかない」

 

「それはもはや忍者の技能じゃなくて曲芸師の御業なのでは?」

 

バカなことしてるのはどっちですかと言いたくなります。

なんというか、私には想像もつかないようなことをやろうとしてるのですよ。

 

「兄さんは出来るんだ。俺だってやってやる」

 

「またサスケ君はイタチお兄さんのこと…」

 

「いや、以前の話で目は覚めたよ。兄さんのあの力が悲劇の産物だったなんて考えもしなかった。だからもう闇雲に後を追ったりはしない。だけどやっぱり目標なんだ。俺は俺のやり方で兄さんを超える」

 

そしていつかは兄さんをこれ以上の悲劇から守れるようになりたい、とサスケ君。

ずいぶん大きく出ましたね。

いや~見直したのですよ。

男の子の成長はびっくりするほど唐突です。

 

「サスケ君ならきっとできますよ。私と違って優等生ですからね」

 

「お前だって十分に天才だろ?うちはなんだから。もっと真面目に修行すれば…」

 

「聞~こ~え~な~い~」

 

目標をまっすぐに目指すのは結構ですが、それを私に巻き込まないでください。

私とサスケ君とでは目指す先が別なんですから。

 

 

 

 

 

 

その後。

サスケ君と別れて私は1人、南賀ノ神社への道を歩くのですが……気づけば早足になり、しまいには全力疾走になってました。

 

おかしい。

神社の様子が、というかうちは領全体が何かおかしいです。

以前までの私なら気づかなかったかもですが、連日の『謎チャクラ』取り込み実験によって鋭敏になった私にはその異様さを文字通り肌で感じ取れてしまいます。

 

何か良くないものの気配がする…のではありません。

逆に何も感じないのです。

本堂にいるはずの両親の息遣いだけではありません。

 

現在、私の感じる限り、うちはの敷地には人っ子1人いないのです。

いや、そんなわけあるはずがありません。

少なくともサスケ君はいましたし、警務部隊が詰め所を空っぽにするなんてあり得ません。

きっとあれです。

私には及びもつかないような隠遁を使ってるのですよ。

それか防災の一環か何かで気配を消す結界を敷地全体に張り巡らせたとか…

そうですよ。

子供の私ですら気配を殺す手段をこれだけ思いつくのですから、ベテランの忍びである大人にできないわけはないのです。

 

なのに……なのに……

 

「……なんでこの胸騒ぎは止まらないんですか」

 

っ!違います!

これは胸騒ぎなんかじゃないです。

きっとあれです、久方ぶりに全力で走ったから息が切れているとかそんなのに違いないのです!

 

私はそう自分に言い聞かせながら鳥居をくぐり、本堂に駆け込みます。

そして―――

 

「……お母さん? お父さん?」

 

―――血に塗れて倒れている両親を見つけたのでした。

 

 

 

 

 

 

のど元から込み上げてくるそれを私は気力を振り絞って飲み込みました。

どんな姿になってもお母さんはお母さん、お父さんはお父さんです。

間違っても吐くような真似は娘として、いや人としてやってはいけないのです!

 

私は気を取り直すと、倒れる両親に駆け寄ります。

しかしその足取りは思った以上に緩慢で頼りないものでした。

 

「……そんな」

 

両親はすでにこと切れていました。

頸動脈を刃物で一閃、失血死です。

体温もすっかり冷たくなっています。

もう何の施しようがないのです。

 

私は呆けたようにその場に座り込みました。

 

吐くのは気力で我慢できました。

パニックを起こすのも同様です。

でも、それでも、涙だけは堪えられませんでした。

 

「どうして…こんなことに」

 

今朝までは普通に生きてたのに。

どうして私の家族だけがこんな…いや、私の家族だけじゃない? 

ひょっとして人の気配を全く感じないのは、もうすでに……

 

「……違う!」

 

私は頭を振ってその最悪の想像を振り払います。

まだ、まだです!

まだミハネお姉ちゃんがいる、サスケ君がいる、こんな私がのうのうと生き残ってるのですから、他にも生き残っていないわけがないのですよ!

 

私は、意識を集中して人の気配を探りました。

 

まだ、まだどこかに人の気配が…

 

「あった!」

 

ありました!

間違いありません、これはミハネお姉ちゃんの気配。

それもすぐ近くです!

 

でも大変です。

気配がどんどん弱くなっていくのです。

このままではまずい!

 

私はすぐさま本堂を飛び出しました。

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

私は両親と同じく、本堂の近くの通りで両親と同じく頸動脈を切られて血まみれで倒れ伏すミハネお姉ちゃんに駆け寄りました。

そんな、間に合わなかったのですか?…

 

いえ、まだです。

まだ温かい。

確かに心臓は止まってますが、これならまだ間に合います!

 

学んでよかった医療忍術!

常備していてよかった増血丸!

私はすぐさま掌仙術で首の傷をふさぎ、口に増血丸を突っ込んで『起水札』を貼り付けます。

 

誰が下手人か知りませんが、綺麗な切り傷で大変ありがたいのです。

なるべく苦しまないように~的な配慮でしょうか?

なんにせよおかげで私ごときの掌仙術でも割と楽にくっ付けられます。

そして増血丸と『起水札』で輸血して……あとは動いていない心臓を何とかするだけです。

 

私は『起雷札』をミハネお姉ちゃんのはだけた胸に貼り付けます。

ここからは教科書に載っていない、オリジナルの医療忍術です。

出来るかどうか、は考えません。

出来る、と信じるのみなのです!

 

「符術・心肺蘇生!」

 

瞬間、ミハネお姉ちゃんの身体がビクンと跳ねました。

いわゆる身体操作術の応用です。

一般人が神経系を流れる電気で筋肉すなわち身体を動かすのに対し、忍びは経絡系を流れるチャクラでも身体を動かすことが可能なのです。

一流の忍びになれば、自在に精密に身体を操作して上位の体術を繰り出したりもできるようですが、私はそんなことできないし今はする必要はありません。

重要なのはこの術でもってすればミハネお姉ちゃんの身体―――心臓や肺を動かすことが理論上可能だということです。

あくまで理論上でしかないのが不安要素でもあるのですが。

 

「……ごほっ」

 

「できた!」

 

お姉ちゃんの呼吸が戻った!

理論の勝利!

いけます!

このままいけば助けられます!

 

いや~常に冷静に、というのは何も忍びに限った教訓ではありませんね。

パニックを起こさず的確に対処することこそ窮地において活路を…

 

 

 

パシュッ

 

 

 

「あ…れ?……」

 

なぜ、急に私の首から血が噴き出しているのでしょう?

お姉ちゃんが血で汚れちゃうじゃないですか。

 

…ああ、どうやら私は私が思うほど冷静ではなかったようです。

頭に上っていた血が抜けてようやく実感しました。

普段の私なら気づいたはずでした。

なぜ気づかなかったのか。

お姉ちゃんが死んでまだ間もなかったということは、すなわちその犯人もまだ近くにいるということじゃないですか。

 

視界がどんどん暗くなっていきます。

これはもう駄目ですね。

 

痛みがないのは下手人の慈悲でしょうか?

分かりません。

 

眠くて何も考えられ……な……

 

 

 

 

 

 

瞬間、うちはコトの意識は闇に閉ざされました。

 




主人公は、非戦闘系忍術全般を積極的に学んでます。

医療忍術などがその筆頭ですね。

チャクラで身体操作をするというのは原作でもあります。
中忍試験の3次試験予選で、体の関節を外しまくってチャクラでそれを操る能力を持った忍者が登場しました。
他にも体術使いをはじめとした人間離れした動きをしてる面々は大体これで説明がつくはず。


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9話

別視点って難しい…


首からドクドクと血を流して少女が絶命するその瞬間を、うちはイタチは瞬きひとつすることなく見届けた。

その手はこと切れた今もなお、先に殺した姉であるうちはミハネの胸にあてがわれていた。

おそらく何らかの術で姉を助けようとしたのだろう。

死してなお手を離さないのは、彼女の執念のなせる業か。

決して目をそらしてはいけない。

 

「これは俺の罪だ」

 

うちはコト。

黒髪の多いうちは一族においては極めて珍しい白髪の少女。

 

彼女を知る人曰く、おかしなことばかりする問題児。

 

彼女をよく知る人曰く、実現不可能な理想論ばかり語る甘い人間。

 

彼女を深く知る人曰く、不可能をものともせず理想を実現せんとする探究者。

 

しかしてその実態は木ノ葉の、否、この世の全ての忍びが忍術を武力として用いたのに反抗して、忍術の平和利用を叫ぶ心優しき異端者。

 

人が彼女の本質をつかみ損ねるのも無理はない。

結局彼女はイタチの、というより「忍びの常識」で推し量れるような存在ではなかったのだから。

 

もし彼女が生きていれば、この先の忍びの世界に大きな変革をもたらしていたかもしれない。

しかしそれはもはや叶わぬ夢だ。

 

うちはイタチが終わらせたのだ。

木ノ葉の平和のために、平和に向かって伸びていた芽を摘み取ったのだ。

 

 

思えばコトは、いやコトだけではない。

彼女の家族は最初からうちは一族としては異例だった。

 

最後の最後までクーデターに賛成せず、そればかりかうちはの誇りである血継限界「写輪眼」に対してすら否定的な態度を示していた。

 

そんな異例さが特に顕著だったのが、うちはイタチが8歳で写輪眼を開眼したその時だ。一族中の者が1人残らず「稀代の天才」の誕生に狂喜乱舞し、実の親であるフガクも「さすが俺の子だ」と褒め称えた中、あの夫婦だけは苦しそうな顔でイタチを労わったのだ。

 

労わられたことが嬉しかったわけではない。

 

憐れまれたことが気に障ったわけでもない。

 

ただ、他とは違う反応にどうしようもなく驚いた。

 

木ノ葉のため、争いを鎮めるため、平和をなすためにと、文字通り死に物狂いで手に入れた写輪眼。

磨き上げた戦闘技術。

極みに達した高等忍術。

 

それらの力こそが、争いを呼び寄せる種であると気づいた時にはすでに手遅れになっていた。

 

万華鏡写輪眼を開眼し「瞬身」の二つ名を持つ最強の幻術使いであったうちはシスイも、その力故に恐れられ、殺された。

否、殺した。

 

そして天才と呼ばれたイタチもまた、一族虐殺という平和とは程遠い何かをなそうとしている。

唯一生き残ったサスケは恨むだろう。

憎悪するだろう。

憎しみのままに力を求めるだろう。

 

そしてその力がまた新たなる争いの火種になるであろうことは容易に想像できた。

 

それでもイタチはそうすることしかできなかった。

力なくしてはこの間違った世界では生き残れないのだから。

 

異端だったのは一族の方だった。

間違っていたのは世界の方だった。

彼女たちは唯一正しかった。

 

しかし、何もかもが遅すぎた。

 

うちはコトは生まれる時代を間違えた。

生まれる世界を間違えた。

 

何か言い残そうとして、結局辞めた。

何も言えない、言う資格もない。

言う意味すらない、すでに彼女たちは死んでいるのだから。

 

うちはイタチは無言でその場を後にした。

 

その場に命ある者はいない。

静寂が空間を支配した。

 

 

 

 

 

 

―こほっ

 

かすかに、極めてかすかに静寂が破られた。

 

 

 

 

 

 

私―――うちはミハネにとって、うちはイタチは特別な存在だった。

いや、特別な存在にならざるを得なかったというのが正確かしらね。

 

同じ一族で、同い年。

意識するなっていう方が無理でしょ。

 

しかし、残念ながら、あるいは幸いながら?

私とイタチが同じだったのは歳だけだった。

 

使い古された表現かもしれないけど、あいつはどうしようもなく天才だった。

それこそ私が1歩進んでいる間に、あいつは何十歩も先を行く。

桁違いの才能というのを早々と見せつけられて、私はあっさりとイタチを意識するのをやめた。

嫉妬する気すら起きなかった。

あれだ、同レベルじゃないと喧嘩は起きないって理屈。

喧嘩になりようがなかったし、仮になったとしてもそれはもはや喧嘩ではなくで弱い者いじめ。

私なんか足元にも及ばないそんな存在。

 

そんな凄いやつが同年代にいたらさ?

するしかないじゃない。

 

 

愛の告白をするしかないじゃない!

 

 

『いやなんでそうなるんですか!?』

 

妹のコトには即座に突っ込まれたね。

どうもこの賢しい妹は物事をロジカルに考えすぎる傾向にあるからこういう感情は理解しづらいのかもね。

説明しろと言われても自分でもなんでこうなったか分からないし。

 

そんなわけで告白した。

 

『好きです! 付き合ってください!』

 

『すまない』

 

一瞬で玉砕した。

 

私はショックで熱にうなされ、何とか立ち直った時には、私の写輪眼は二つ巴から三つ巴になっていた。

両親にものすごい微妙な表情をされたのが印象的だった。

そりゃそうでしょう。

失恋のショックで写輪眼を成長させた奴なんて長いうちはの歴史の中でも私だけだね絶対。

 

 

 

―――さて、なんで私がこんな恥ずかしい回想をしたのかというと特に意味はない。

 

 

 

私はおぼろげに目を見開いて覚醒した。

 

何かとんでもなくオカシな走馬灯を見ていたような気がする。

まあ、そんなことは本気でどうでもいいので現状確認。

イタチに切り裂かれたはずの首の傷がふさがっている。

はだけた胸にはコトのお手製の札が貼り付けられていた。

コトのおかげか。

さすがね。

私の妹とは思えないよ。

イタチみたいな理屈の通じない天才じゃない。

あくまで理屈に沿った上で、この子は私の、私たちの常識を超えていく。

 

そんなコトは私に覆いかぶさるようにして絶命していた。

苦しむ暇も与えられなかったのかコトは呆けたような顔をしていた。

 

「さすがイタチ、鮮やかな手並みね」

 

きっと顔も見られていないに違いない。

好都合だ。

 

私は眼に意識を集中する。

チャクラを、思いを、コトにもらった命の全てをありったけ込める。

 

 

私が意識を失っているときに見た走馬灯まがいのこっぱずかしい回想は、紛れもない事実ではあるけど私にとって特に大切な思い出というわけではない。

ただ確かなのは、私は出会ったその時から首を切り裂かれるその瞬間まで一度たりともイタチの眼中に入らなかったということだ。

 

意識していたのは私だけ。

 

羨望したのも私だけ。

 

特別に感じていたのも私だけ。

 

好きになったのも私だけ。

 

全ては一方的な片思い。

 

だからこそ、イタチは私のことを何も知らない。

 

知る由もない。

 

 

 

私が万華鏡写輪眼に開眼していたなんて知るはずもない!

 

 

 

「万華鏡写輪眼『意富加牟豆美(オオカムヅミ)』!」

 

誰にも、それこそ親にすら話さなかったのは単に深い考えがあってのことじゃない。

ただ単純に言えなかった。

言えるわけないじゃない。

 

万華鏡写輪眼に詳しい奴ならわかるはずだ。

この眼はいわば、『仲間殺し』の烙印なのだから。

 

これは私の勝手な想像になるけど、過去に万華鏡を開眼した人のほとんどは私みたいにひた隠しにしたんじゃないかな。

そりゃそうでしょ?

まともな神経を持ってる奴なら、『仲間殺し』を自慢げに吹聴なんてするはずがない。

できるわけがない。

だから明るみに出て歴史に名を残した万華鏡開眼者は数人しかいなかったのよ。

 

何より効果の使い勝手が非常に悪かった。

通常の写輪眼と違い、万華鏡写輪眼は人によって効果が千差万別だ。

人によって世界の見え方が違う、故に万華鏡。

そして私の『これ』はハイリスクすぎて使い道がなかった。

 

でも今ははっきりと確信できる。

おそらく私はこの時のために万華鏡写輪眼を開眼したのよ!

 

 

血に塗れたコトの姿が揺らぐようにして霞みに消えた。

代わりに現れたのは無傷のコト。

 

事象の改竄。

現実の否定。

虚構の肯定。

理想の具現化。

 

これによりコトが死んだという現実をなかったことにして、コトが生きているという都合の良い理想を具現化した。

視力を失うのと引き換えに。

そう、これでいい。

私の役目はこれで終わりだ。

 

コト、貴方は忍者の才能はないかもしれない。

火影なんてどう考えても器じゃないだろうし、下手すれば一生下忍で終わるかもしれない。

それ以前に忍者に向いてるのかどうかすら私は疑問だね。

でも私は知っている。

木ノ葉に平和をもたらすのはコトだ。

だからとりあえず今は生き延びて。

生きて生きて、戦闘技術の高低でしか忍びを評価できない頭デッカチのアホ共を見返してやれ。

忍びという枠にとらわれる老害共を鼻で笑ってやれ。

 

私はもう何も見えない瞳を歪ませて嗤う。

 

うちはイタチ、貴方は失敗した。

最後の最後で失敗した。

 

コトの才能を見誤った。

 

私の蘇生が成功していることに気づかなかった。

 

何より、仲間ひとり見殺しにしちゃうような、親すら守れないような、妹に命を救われるような、そしてその妹を救うためにその命を捨てなきゃいけないような、小物で矮小な私に足元をすくわれた。

 

全て落ちこぼれを見向きもしなかったあなたの失敗だ。

あの世で会ったら、あの時私をフッたことを後悔させてやるんだからね!

 

「ざまあみろ天才」

 

私の生涯最期の言葉を聞いたものは誰もいない。

 




原作でうちは虐殺の真相をマダラ(オビト)から聞かされた時、
衝撃の事実そっちのけで「イタチの恋人ってどこのどいつだあああ!?」とか叫んだのは僕だけではないと信じたい。

万華鏡写輪眼『意富加牟豆美(オオカムヅミ)』はいわば他者に対して使用できる伊弉諾(イザナギ)です。

めだかボックスの大嘘憑き(オールフィクション)、とある魔術の禁書目録における黄金錬成(アルスマグナ)です。

言い訳の使用もなく反則です。
こうでもしないとイタチから生き残れなかったんです…

あと、今回初めてルビ機能使ってみました。
意富加牟豆美とかさすがに誰も読めないですし。


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10話

難産でした。
シリアスは、難しいです。
でもピンク色なのはもっと難しいです。

なんとこの物語がランキングに乗りました!
しかも結構上位です!

読者の皆様ありがとうございます!


何かオカシイ。

私改め空野カナタはアカデミーの教室で授業を受けている見慣れた白い少女を眺めながら眉をひそめた。

 

 

うちは一族が全滅した。

ただ2人の子供、うちはサスケとうちはコトを残して。

一応表向きは箝口令が敷かれているらしいけど、そんなもので人の口に戸口なんてたてられるわけがない。

 

木ノ葉を揺るがす一大スキャンダルは瞬く間に里中に広がった。

大人たちはもちろんのこと、上のことにあまり興味を抱かない子供である生徒ですらひそひそと噂話に花を咲かせているあたり、その情報の広がり具合と信憑性が伺えるわ。

 

かくいう私も子供なわけだけど…私の場合は事情が別。

親友……と呼べるかどうかは微妙だけど、一応アカデミー入学当初からの腐れ縁の一大事なわけだし。

気にならないわけがなかった。

 

ちなみに私以外の女子生徒たちの関心はうちはの事情そのものではなく、それによって落ち込んでいるであろううちはサスケ君をいかにして慰めようか、に集約されていたりする。

 

 

 

コトのやつもさぞかしショックを受けているだろうな~どう接するのが良いのかな~的なことを考えていたら……コトは私の想像を大きく覆すように普通にアカデミーに登校してきた。

いや、今までコトが私の想像の範囲内で行動したことなんて一度たりともない。

ないんだけどこれは…

 

「……?」

 

なんというか普通にオカシイ。

いや普通だけどオカシイ?

 

ショックを受けている様子がないわけじゃない。

気丈に振舞っていても時折悲しそうな仕草を見せるし、沈痛な表情も浮かべてもいる。

 

ショックを受けていることがおかしいわけじゃない。

あれだけの事件だしむしろショックを受けていない方がオカシイわけで。

故にコトの様子は不幸な目にあった人間の模範的行動だと言える…なのになんなのこの圧倒的コレジャナイ感。

 

何かオカシイのは分かるのに何がオカシイのかさっぱりわからない。

授業の合間の休み時間、周囲が弛緩した空気に包まれているさなか私は1人首をひねっていた。

 

「おかしくないのが逆にオカシイ……いったいどうなってるの?」

 

「カナタ、貴方はさっきから1人で何を言っているのか」

 

ぶつぶつと小声で喋っている私を見かねたのか不審に思ったのか、月光さんが声をかけてきた。

 

月光マイカゼさん。

切れ長の相貌に黒髪が綺麗な同級生で、コトが最初に彼女を見たときは「私よりうちはっぽい人がいるですと!?」と何やら衝撃を受けていた。

あと、コトの解析するところ女子では割と珍しいことに体術タイプらしい。

事実、体術の授業では日向流体術の使い手である日向ヒナタさんを抜いてトップに位置している。

さらに女子としては極めて珍しいことにうちはサスケラブじゃない。

物静かで雰囲気は忍者よりもむしろ武者に近い堅物女子というのが私の印象ね。

 

「多少挙動がおかしくとも別に不思議なことではないだろう。聞けばかなりの惨劇だったらしいし動揺しないわけがない」

 

「いや、だからなんというか……その不思議ではない行動をしてるコトってのが、もうすでに不可思議摩訶不思議なわけで」

 

「カナタちゃんは普段どういう目でコトちゃんを見てるのかな?」

 

何やら私をひきつったような笑みを浮かべてみてくる日向さん。

その眼はいろんな意味で白い目だ。

 

どんな目って言われても…

 

「……アカデミーの備品倉庫から起爆札をありったけ盗み出した挙句、それを花火に魔改造して真夜中に打ち上げるような奴を見る目かしらね」

 

「それどんな目!? ってあれ? あの事件の犯人ってコトちゃんだったの?」

 

「…ああ、そうか。そういえばヒナタは中途編入だったから知らないのか」

 

「ちなみにうずまき君も共犯ね」

 

日向さんの大きな眼が零れ落ちそうなくらい大きく見開かれた。

 

そう、忘れもしない去年の夏のある日。

里の夜空に大輪の炎の花に、飛び交う木ノ葉マーク、そして踊り狂う1匹の龍が出現したのだ。

一時、里中が大騒ぎになったわ。

 

『トラウマを克服するために必要だったんです!』

 

とは被告人うちはコトの後の言。

炎の龍にいったいどんなトラウマがあるのやら…

 

彼女の奇行はこれだけじゃない。

他にも「食材は鮮度が命!」とか言って掌仙術で魚を捕れたての状態まで回復させたり、「うちはたる者、炎をうまく扱えなければならないのです!」とか言いながらオリジナルの火遁の術で料理したり…

 

確かに火をうまく扱ってはいたんだけど……何か違うでしょそれ。

 

「いや、うまいといえば異様に美味(うま)かったんだけどさ…」

 

「食べたんだ…」

 

手裏剣とか苦無とかの刃物の扱いはからっきしなのに、包丁さばきだけ達人級だったりするのよね~

本当、どうなってんのかしら。

 

「って、そうじゃなくて。問題は今のコトよ。絶対何かオカシイ」

 

「私がどうかしたのですか?」

 

「「「っつ!?」」」

 

気が付いたらコトが近くまで来ていた。

しまっ…って別に警戒する必要ないじゃない。

何を焦ってんだか私は。

 

「そうよ。貴方のことよ。最近のコトは変だって」

 

私がそう指摘するとコトは沈痛な表情を浮かべて

 

「やはりカナタには隠し事は出来ませんね……なるべく普段通りに振舞ってるつもりだったんですが…」

 

そういって泣き崩れるコト。

あわてて駆け寄る日向さん。

 

「無理をしていたのか…」

 

無理もない、と月光さん。

そしてこの無理もない様子が違和感バリバリに見えてしまう私。

何故なのかしら?

むしろ私がオカシイのかな……

 

ふと、突如廊下が騒がしくなった。

何事かと思ったら、うずまき君が教室に飛び込んできた。

そしてその後ろから迫りくる顔を真っ赤にした海野イルカ先生と苦笑顔のミズキ先生。

 

「「ナルト君!?」」

 

「うずまき君!?」

 

にわかに騒がしくなる教室。

トラブルメーカーめ、とうとうくのいちクラスの教室にまで騒動を持ち込んだか。

 

というか、うずまき君はあのうちはの大事件を知らないのか……知らないみたいね。

そういえば忘れてたけど嫌われっ子の1人ぼっちだったわ。

はてさて、孤独だから空気が読めなくなるのか、空気が読めないから孤独なのか…普段は前者っぽいけど、今日この場に限っては後者を押したいところね。

 

「ナルトォ! 今日という今日は本気で怒った! 補習室にぶち込んでやる!」

 

海野先生が、素早い身のこなしでうずまき君に飛び掛かる。

 

「へっへ~ん。捕まってたまるかってばよ!」

 

うずまき君が跳んでそれを回避する。

その瞬間私は間抜けにもポカンと口を開けて固まってしまった。

 

跳んだ高さが尋常じゃなかった。

何かもう跳ぶというより、飛ぶと表現すべき高さというか。

コトからうずまき君は落ちこぼれとは程遠い存在だとは聞かされていたけど、なるほど、少なくとも身体能力は半端ないわけか。

 

私が内心納得している間、うずまき君はその勢いのまま高く高く跳んでいき

 

「あぼっ!?」

 

教室の天井に激突した。

…コトといい、うずまき君といい、なんかいろいろ台無しだよ。

 

目を回したうずまき君はそのまま重力に従って天井からはがれて

 

「「え?」」

 

コトと日向さんの真上に墜落した。

 

べチャッという水っぽい音が教室に響いたと思ったら、次の瞬間にはいつの間にか水浸しになっている日向さんをうずまき君が押し倒していた。

うわ~水場だ。

いろんな意味で水場だ。

 

あ、日向さんが真っ赤になって気絶した。

 

あわてるうずまき君。

 

上がる黄色い悲鳴。

 

教師の怒号。

 

事態についていけずに硬直している月光さん。

 

 

そんな教室の混乱をしり目に、私は教室の床にいつの間にか広がっていた水たまりの傍にしゃがみ込む。

水面に真っ黒な何かが浮かんでいた。

 

「……ああ、そういうこと。道理でなんか違うって感じちゃうわけだわ」

 

私はどこかすっきりした気分で、水面に浮かんでいた―――真っ黒に見えるほどに緻密に術式が書き込まれた札をつまみ上げた。

 

 

 

つうか私以外にも誰か気づきなさいよ。

生徒まるごと1人姿消してるんだから。

 

 

 

 

 

 

「いつかバレるとは予想してましたけど…予想外に早かったですね」

 

事件の後保護の名目で火影様に宛がわれた部屋にカナタがいきなり押しかけてきました。

正直一週間は固いと思ってたのですが。

甘い見通しでしたかね…

 

「いや、実際私も気づかなかったよ。違和感は感じたけど確信持てなかったし……白眼持ちの日向さんまで誤魔化すなんて相当の出来じゃない」

 

「そりゃそうですよ。だってあの『水分身』はもともと写輪眼を欺くことを目標に作り出した代物なんですから」

 

私の中でも会心の作と胸を張って言える出来栄えでした。

もっとも、あまりの繊細さゆえ、耐久性は通常の水分身をはるかに下回るのですが。

取扱い厳禁ワレモノ注意な完全非戦闘用忍術なのですよ。

 

しかしカナタに気取られるとは、私もまだまだですね。

心配かけたくないから、こうして部屋まで押しかけられたくないから使ったのに。

 

「そんな高度な技術を…こんなことに」

 

「勿体ないのう…」

 

しかもイルカ先生や火影様までご同伴とは。

ずいぶんと大事になってしまいました。

高度な技術…ね。

 

「お褒めいただき恐悦至極なのです」

 

「褒めてねえよ!? こんなハイクオリティな代理登校仕立ててまで引きこもる生徒、教師やってて初めて見たわ!」

 

憤慨するイルカ先生。

 

「…授業を受ける気にならんか?」

 

火影様が静かに聞きます。

部屋を貸していただいている身なので正直頭があまり上がりません。

私は正直に答えます。

 

「いえ、授業はちゃんと受けてましたよ?」

 

「どういう意味じゃ?」

 

「これ、実は全自動(フルオート)じゃなくて半自動(セミオート)、つまりは半分手動(リモート)なのですよ。いくらなんでもこんなに自在に動けるような術式は私にはまだ作れないのです」

 

つぶされる直前まではちゃんとノートもとってたのですよ。

つまりあの水分身に仕込んだ札は、自立行動させるためのものではなく、私のチャクラを受信するためのものでもあるのですよ。

いわゆるアンテナですね。

 

「ワイヤレス傀儡の術だとぅ!?」

 

「風の国で特許申請したらそれだけで遊んで暮らせそうな忍術ね……」

 

頭痛を堪えるように頭を押さえるカナタ。

風の国ですか…確か人形作りが盛んな忍び里があるんでしたね。

 

「ハハハ…本当に行ってみるのも良いかもしれませんね」

 

「バカ、里どころか部屋からも出られない引きこもりが何寝ぼけたこと言ってんのよ」

 

カナタは呆れたように私を見つめて

 

「……ひっどい顔。死人みたいじゃない」

 

カナタの声はセリフの内容からは想像もつかないほど労わりに満ちていました。

私はそんなカナタの言葉に「出来れば本当の死人になりたかったですよ」と、力なく返したのでした。

 

 

 

 

 

 

あの事件から、私の生活は一変しました。

木ノ葉病院の病室のベッドで目を覚ました私は、そのまま病院を飛び出してうちは領に直行、『keep out』と書かれたテープを無視して侵入、そして…

 

ゴーストタウンと成り果てた集落の真ん中で私は1人立ち尽くしたのでした。

 

あの時と同じ、人の気配が全く感じられない死んだ場所。

 

後日、生き残ったのは私とサスケ君だけだと聞かされました。

犯人はうちは一族であるうちはイタチお兄さん。

つい最近まで親しくしていた身としては到底信じられる話ではありませんでした。

イタチお兄さんがみんなを殺す? 

バカバカしいにもほどがあるのです。

私の話を唯一真面目に聞いてくれたあの人がそんなことするわけないのですよ…

 

…それなのに。

 

なんで、なんで否定する人が私以外誰もいないんですか!?

 

里の偉い人たちはまるで初めからそのつもりだったかのような手回しの早さでイタチお兄さんを指名手配の抜け忍にしちゃうし、私には過剰なほどの暗部の監視が付く始末。

護衛ではなく、監視です。

向こうは気づかれていないつもりみたいですが感知範囲が広がった私には丸わかりなのです。

ひょっとして私まで疑われますか?

するわけないでしょう!

誰が好き好んで自分の家族とその一族を殺すんですか!

 

サスケ君なら私と一緒にイタチお兄さんの無実を信じてくれるかと思いきや、どういうわけかイタチお兄さんを一族の仇だと完全に信じ込んで視野狭窄の思考停止状態で大暴走。

イタチお兄さんを殺すと息巻いているのです。

どうしてそうなっちゃうんですか、あの時の「兄さんを悲劇から守れるくらい強くなりたい」という誓いはどこに消えましたか!?

聞くところによれば、イタチお兄さんがフガクさんやミコトさんを殺すところを目撃したそうですが……私は信じません!

イタチお兄さんは殺してなんかないです、仮に一兆歩譲って犯人がイタチお兄さんだったとしても誰かに脅されて無理やりやらされたに違いないのですよ!

 

…誰一人として信じてくれませんでした。

良いんです、主張を否定されるのは慣れっこです、全然平気ですよ~と強がっていられたのも最初だけでした。

 

思えば、誰も話を聞いてくれないなんてウソでした。

本当はちゃんと私のことを理解してくれる人がいたんでした。

お父さん、お母さん、ミハネお姉ちゃん、そしてイタチお兄さんにシスイお兄さん……

 

……みんな死んで本当に誰も話を聞いてくれる人がいなくなってしまったのだと気づいたとき、私は部屋から一歩も出られなくなってしまいました。

 

思えば、ナルト君は凄かったんですね。

こんな孤独を生まれたその瞬間から……私ごときでは想像もつきません。

私は弱い……サスケ君みたいに犯人に復讐しようとする気概すら湧きません。

みじめです。

 

こんなことならあの時ミハネお姉ちゃんと一緒に死んだ方がマシでした……

 

 

 

 

 

 

「……本当に、なんで私生き残っちゃったんでしょう?」

 

私の空気の抜けたようなつぶやきは思いのほか大きく響き、カナタも火影様もイルカ先生もみんな黙り込んでしまいました。

ああ、嫌な雰囲気です。

沈み込んでジメジメした空間。

 

私は家族と同じ緩くて温い性質だったはずなのに暗い奴になっちゃってます。

……どうして家族で私1人だけ置いて行かれちゃったんでしょうか…

 

もう私を信じてくれる人は誰もいないのに…

 

「コト…死にたいの?」

 

「……」

 

私は否定を返せませんでした。

というか、今の私は生きているとは言えないのかもしれません。

ただ死に損なっただけなのですから。

そして死ぬ度胸もありません。

結果、ここでこうしてウジウジと蹲っているのです。

 

「私じゃダメ?」

 

「……?」

 

「私がいる。誰も信じないっていうなら私が信じる。それでもコトは独り?」

 

「信じるってイタチお兄さんと会ったこともないのに?」

 

「そりゃ私はイタチお兄さん? とは面識はなかったけど……コトが信じるなら私も信じるよ。イタチお兄さんを信じるんじゃくて、コトを信じる。コトは間違ったことは言わないからね、間違ったことはするけど」

 

カナタは頬をかきながら照れくさそうにして言います。

 

「…信じてくれるのですか?」

 

「そもそも私はコトのこと疑ったことは一度もないし。呆れたことは多々あるけど。私こと空野カナタはうちはコトを信じます。忍びたる者仲間を信じて行動せよってね」

 

でしょ? とイルカ先生に視線で問いかけイルカ先生は大きくうなずきました。

 

「本当に?」

 

「本当」

 

「絶対?」

 

「うん。コトは独りじゃないよ。というか危なっかしくて1人にしておけないし」

 

カナタは照れつつも私から眼をそらしませんでした。

まっすぐに見つめてきます。

私は1人じゃない?

そういえば、私は恵まれていたんでした…カナタだけじゃありません。

ナルト君やヒナタさんだって…

 

「なぜ生き残ったか。その問いに答えられるものはこの場には誰もおらんだろう」

 

火影様が厳かに語ります。

 

「だが、確かなことがある。コトよ。お前は独りではない」

 

火影様の言葉にカナタが、イルカ先生がうなずきました。

 

「失った家族を忘れろとは言わん。死んだ一族の分まで精いっぱい生きろとも言えん。ただ、忘れてくれるな。お主だけでも生き延びてよかったと思っている者がいる。お主が死んだら悲しむ者がいる。努々忘れるな」

 

だから死にたいなどと悲しいことを言わないでくれ。

私はその言葉に何も言い返せませんでした。

私はなんて…

 

「コト、私は「俺もいるってばよ!」うずまき君!? あなたどっから?」

 

「ナルト君?」

 

「「ナルト!?」」

 

見慣れたツンツン頭の金髪少年が窓から飛び込んできました。

ここ3階…いや、関係ないですね忍者だし。

 

…これまた思わぬところから思わぬタイミングで現れたのですよ。

良くも悪くも空気をぶち壊しなのです。

 

ナルト君は私の両手をガシィ!とつかんで

 

「コトちゃん! 俺ってば、コトちゃんの気持ちすげ~分かるってばよ! 俺もずっと独りだったから…」

 

だから! とナルト君は最初に飛び込んできた勢いのまま私に詰め寄って…って、え? あれ? ちょっ、近い近い近い!

気づけばナルト君の顔が度アップです。

超近いのです。

どのくらい近いかというと、ナルト君の碧眼に移り込んだ私の顔が見えるくらいなのですよ。

うわ~

 

「俺は、コトちゃんに感謝してるんだってばよ!初めての友達だから!だからコトちゃんに生きていてほしいってばよ!」

 

死にたいなんていうな!とナルト君。

 

 

たぶん、私の顔は真っ赤です。

 

 

(うわお直球…うずまき君、私が恥ずかしくて言えなかったことをこうもあっさり…)

 

カナタが何やら畏怖の籠った目をしてるのです。

おかしい、空気が変です。

 

いや確かに沈んだ空気はノーサンキューでしたけど、だからってなんでこんなピンク色に!?

いくらなんでも変わりすぎでしょう!

イルカ先生! そこで息子の成長を見守る父親みたいな表情してないで止めてください。

火影様も朗らかに笑うな!

 

「まあ、そんなわけでコトは独りなんかじゃないってことよ。まだ死にたい?」

 

「別の意味で死にたいのです」

 

なぜこうなったし。

でもまあ、よかったです。

 

思えば南賀ノ神社の生家からここに移った時から、自分の居場所がなくなってしまったような気がして自暴自棄になっていたかもです。

 

私の生きる意味はちゃんとここにあったのです。

 

なんで私は生き残ったのか、今なら理解でき―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら今までが心の余裕がなかったせいで頭が上手く働いていなかったようで。

ここにきて安心したせいかようやく冷静な思考が戻ってきたようです。

 

そしてその冷静になった頭で先の事件を振り返ってみます。

 

うちは一族皆殺し。

 

生き残ったのは私とサスケ君だけ…のはずです。

実際私もサスケ君も生きてますし。

 

でも待ってください。

私の記憶が確かなら、私あの時()()()()()()()()

 

あの首を切り裂かれて血とか命とか魂とかいろいろな大事なものが体から抜けていく感覚は忘れようにも忘れられません。

間違いないのです。

私はあの時確かに死んだのでした。

 

 

でも、それじゃあいったい…

 

 

私いったいなんで生き残っちゃってるんですか?

 

 

急に様子が変化した私を周囲がいぶかしげな様子で見つめてきますが、正直構っていられません。

 

 

そういえば、私のすぐ近くでこと切れていたミハネお姉ちゃんの死に様も変だったそうです。

他のうちは一族の人が、首を切り裂かれたり心臓を一突きにされたり、何者かによって即死させられているのに対し、ミハネお姉ちゃんだけがどういうわけかチャクラ枯渇による衰弱死だったのですよ。

 

何故に下手人はミハネお姉ちゃんだけ手口を代えたのか…そもそも衰弱死させるなんてどんな術を使えばそんなことに……ひょっとして変えてない?

 

思い出すのですうちはコト!

確かあの時私はお姉ちゃんを見つけて駆け寄って、お姉ちゃんは血まみれで…つまりミハネお姉ちゃんは最初は他の人たちと同じようにして死にかけ、否、殺されかけていたわけです。

そして私はそんな血まみれのお姉ちゃんをなけなしの札と素人医療忍術で助けようとして…そのあとに後ろからザクっと……この後何かが起きたのですか?

 

普通に考えるなら犯人はそのまま立ち去ったはずです。

その場にとどまる意味はないですし。

 

でも実はミハネお姉ちゃんはこの時息を吹き返していたとか…

 

いやいやいやそれなら今この場で生きているのは私ではなくミハネお姉ちゃんのはずなのですよ。

でも実際生き残っているのは私なわけで…

 

う~んチャクラ枯渇の衰弱死ってことは、お姉ちゃんはあの時チャクラを命に係わるレベルで大量消費したということですか?

 

そしてその結果、死んだはずの私がなぜか生還。

それも傷1つない健康体で。

 

 

……ということは、つまり……

 

私は信じられないような結論にたどり着きました。

 

いや待ってください。

いくらなんでもそれは…ありえないのです…でもそうとしか……

 

「あの…火影様? 1つ聞きたいのですが…」

 

「なんじゃ?」

 

「この世には()()()()()()()()()()なんてものがあるんですか?」

 

 

火影様の表情が崩れました。

ほんの一瞬、本当に一瞬でしたのですが、私は見逃しませんでした。

 

 

 

あ る ん で す ね ?

 

 

 

「ちょっ、コト、あなたいきなり何言ってるのよ? いくらなんでもそんな術あるわけないじゃない」

 

「そうだってばよ。それにそんな術なくても俺が火影になってコトちゃんを守るってばよ!」

 

「あ、はい。そうですね、ありがとうございます。そしてご迷惑をおかけしました。私はもう大丈夫なのですよ」

 

ええ、本当に大丈夫なのです。

希望を見出しましたからね。

 

「よし、こっちの問題はさておきナルトはこのまま補習室に来い。今日という今日は許さん!」

 

「ええ~!? そんなぁ~」

 

「そういえば、うずまき君、今度は何したの?」

 

「ああ、聞いてくれよ、実はな―――」

 

私は周囲の雑音をシャットアウトして独り思案します。

 

実際問題は山積みです。

私に使えるかどうかなんて分かりませんし。

仮に使えてもとんでもないリスクをはらんでいるのは確実でしょう。

実際、お姉ちゃんは力尽きてしまったみたいですし。

火影様が隠そうとするのも納得のデンジャーな術なのです。

 

でもあると分かっただけで大きな収穫なのです。

 

目指せ、うちは復興なのですよ!

 

 

 

 

 

 

1人静かに黙考するコトを、火影・猿飛ヒルゼンは愕然とした顔で見つめていた。

賢く優しい白い少女、闇に落ちる素養なんてどこにもない…はずだった。

 

ひどく危うい少女の姿は、かつて里を抜けた1人の弟子の姿と重なって見えた。

 




主人公はサスケみたいに昏い野望を抱くことはありませんでした。
代わりに希望を手にしましたから。

やめて~
鋼錬の真理君が手招きしてるよ~
金遁・人体錬成の術とか使っていろいろ持っていかれそうです。

まあ、そんな冗談はさておき。

ナルトにフラグが立ちました。
大蛇丸にもフラグが立ちました。

そして地味にオリキャラも増えてます。
名前自体は前にも出てましたけど。

そんなこんなで転換点にもなった話でした。

ちなみに、ワイヤレス傀儡の術。
原理はペイン六道と同じです。
無論本家本元とは比べ物にならないくらい小規模版ですが。


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11話

客観的に見た方が主人公の異常性がよく分かることに最近気づきました…


思えば、うちはコトは最初から浮いた存在だった。

理由はいろいろとある。

木ノ葉が誇るエリート一族だからであり、その中において白いその外見が異様であったからでもあり、何より本人の奇行が目立ったからでもあった。

 

空野カナタがその奇行を最初に目撃したのは、アカデミーに入学してまだ間もない頃、とある空き地の近くを通りかかった時だった。

 

「……うちはさん?…何やってんだろ?」

 

入学当初は、同じうちは一族のうちはサスケ同様、やっぱりすごい才能のある優等生なんだろうと噂されていた白い少女は何やら一生懸命な様子で作業していた。

チョコチョコとせわしなく手を動かす様が小動物チックで微笑ましい。

 

うちはコトは遠目から眺めるカナタに気づくことなく、やたら達筆な字で『火』と大きく書かれた札を足の裏に貼り付けていた。

 

いや本当に何やってるんだろう?

 

この時点で十分に奇行だと言えるが、次の瞬間にはその奇行は問題行動に昇華した。

 

足の裏に札をベタベタに貼り付けた白い少女は立ち上がる。

そして小さな拳を天高く突き上げて―――

 

「ふじゅつ・かとんそうてんとっぱ!」

 

―――少女が飛んだ。

足の裏から炎を噴き上げて勢いよく宙を舞った。

 

顎が外れるんじゃないかってくらい口をあんぐりあけて固まってしまったカナタは悪くない。

 

「やった! やったのですよ! 私はついに…ついに……きゃあああいや~たかいたかいこわいたすけてぇえええぇえ~」

 

炎の線を空に描きながらまっすぐ飛んでいたのはほんの最初だけで、あっという間にバランスを崩したうちはコトはふらふらと不安定に飛び回ってどこかの部屋に向かって墜落する。

ガッチャ~ンという大きな音を立てて窓を突き破ったうちはコトはそのまま部屋の中に飛び込んでいった。

 

『きゃあああ!?』

 

『うわあ!? ななななんだってばよお前!? 俺のカップメンがあああ!』

 

『あいたた…って、そ、そんなことよりもんだいはこっちなのですよ! このままじゃへやがかじになっちゃうのです! みずみずみずってうわっちちちちあちちち』

 

『なんかあしがすげ~燃えてるってば…ってこっちに来るなってばよ!』

 

何やら部屋の中は大騒ぎになっているらしい。

飛行する非行少女、とか下らないことを考えていたカナタはその悲鳴に我に返る。

カナタは慌ててバケツを片手に件の部屋に突撃した。

 

良く晴れた、いつもより青い空のある日の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

あれから1年ちょっと。

私はコトがどういう奴なのか大体は理解したつもりだ。

天才と紙一重のバカであり、底抜けに前向きで懲りるということを知ろうとしない。

失敗を糧に前に進み、進んだ先でさらなる大失敗を繰り返す。

極めてまれな極々一部の成功例も、実用性はあっても需要がまるでないような、おおよそ本人以外には全く価値が理解できない代物ばかり。

確かに凄いといえば凄いんだけど、なんか違う。

 

そんな微妙なものばかり生み出す悪い意味でポジティブな明るい少女……何だけど。

 

いくらなんでも最近のコトは明るすぎやしないだろうか?

先の悲劇にしてもそうだ。

どうやら切り替えたわけでも乗り越えたわけでも吹っ切ったわけでもない様子だ。

 

以前の水分身みたいなおかしさは感じない。

ただ、足りない。

なにかとても重要なものが欠け落ちてしまったかのようなアンバランスさ。

 

以前からその整った白い外見故、どこか人形みたいな印象があったが、最近のコトは以前に増して作り物めいた印象を受ける。

それも頭に「壊れた」もしくは「イカレタ」「狂った」が付くタイプの。

 

私がそんないぶかしげな視線を向けているとは露知らず、コトは今日も今日とて相も変わらずだ。

 

「見てください。まずは右手に『起水札』」

 

また、バカなことを始めたらしい。

以前と全く変わっていない……少なくとも行動は。

 

「次に左手に『起土札』です」

 

コトは両手に持った性質の違う2枚の札を十字に重ね合わせて地面に手をついた。

そして何やら気合一発、札に練り込まれたチャクラと術式を同時開放する。

その結果―――

 

「―――どうですか?」

 

「いやどうって言われても…」

 

地面から双葉が生えてきたねとしか…これがなんだっていうの?

 

「なんだって私は、異なる2種類の属性、『土』と『水』を組み合わせることによりチャクラを生命エネルギーに性質変化させたのですよ!」

 

超凄いんですよこれ! とコト。

確かに説明を聞くと凄そうだけど実際起きた現象は地面から指の先ほどの小っちゃい双葉が生えただけだし。

 

「地味じゃない?」

 

「地味!? 生命を新たに生み出すという文字通りの神業が地味!?」

 

ガーンとショックを受けたように固まるコト。

その後そんなぁ~とへなへなと崩れ落ちる。

いやだって、ねえ?

 

「いや良いです」

 

すぐに顔を上げるコト。

相も変わらず、いやいつにもまして立ち直りが早い。

 

「今でこそこの規模ですがもっと極めればいずれ…」

 

ぶつぶつと術の理論を高速でつぶやき始めるコト。

 

まただ。

私は思わず顔をしかめた。

 

最近コトが良くするようになった表情だ。

前を見ているように見えて、その実どこも見ていない。

ここじゃないどこか違う世界を覗こうとしているような、虚ろな表情だ。

私はコトのこの表情がどうしようもなく好きになれない。

 

極めて、極めた先で、さらにその先の何を目指しているのやら。

コトは本当に神になるつもりなの?

 

神になって何をするつもりなのか…

 

(まあ、コトが将来何になるにせよ。私には関係のないことか)

 

コトのことが理解できないことはいつものことだ。

ならばこれはいつものことであり、いつものコトだ。

いつも通りのコトだ。

 

ならば私も、いつも通り適当に話して、適当に傍にいればいい。

 

これまでも。

 

そしてこれからも。

 

 

 

 

 

 

カナタは全然分かってないのですよ。

これがいかにすごいことなのか理解しようとしません。

というより、意図して理解しないようにしている節すら感じます。

意地悪です。

 

現在、私たちのくのいちクラスは野外実習中です。

なんでも、女を武器? にするための一環として花の勉強をするのだとか。

今一歩そっち方面には疎いので関連性がよく分からないのですが、この環境は内緒話をするのに極めて好都合なのです。

 

何せ、生徒が広範囲に散開するので教師の注意が散漫になってくれるのですからね。

おかげで隠れてこっそり忍術の実演とかもできちゃいます。

口うるさいんですよねスズメ先生。

 

 

 

今回私が行った実験は、チャクラから何とか生命エネルギーを作り出せないかと試行錯誤した結果です。

出来ないとは思いませんでした。

実例をその身でもって体験してますし、何よりチャクラは『火』や『風』にだって変化しちゃうんです。

ならば、『生命』だって可能なはず。

むしろ元が身体エネルギーと精神エネルギーであることを考えたら生命エネルギーの方がよほど近いのではないでしょうか。

 

そんなこんなであれこれ試行錯誤した末、『符術』をより発展させる形で私の目論見は実現したのです。

 

通常の印を組んで発動するタイプの忍術発動形式では、性質の異なるチャクラを2種類以上同時に発生させることは原理的に不可能です。

火遁を使いながら、同時に水遁を使うなんて普通の人には無理です。

右見てる時に左も見ろって言ってるようなもんなのですよ。

 

ですが、札にあらかじめ性質変化させたチャクラを練り込んでおいて任意のタイミングで開放するという方式の私の『符術』なら、本来不可能なはずの異なる属性チャクラの同時放出が可能となるわけです。

アイデアの勝利なのですよ。

 

この方法を思いついたとき私は、札の種類次第でチャクラの属性をパズルみたいに組み替えて、生命に限らず新しい性質変化を作り放題……にできるかと思いましたがそれはさすがに無理でした。

少なくとも現状は。

 

生命エネルギーへの性質変化に限らず、基本の五大性質変化以外の性質変化を発生させるのはとてつもなく困難であるということを思い知ったのです。

考えてみれば当たり前の話なのですよ。

仮に土遁と水遁の術を同時に発動して何の工夫のもなく合わせたところで泥水の濁流になるだけで新しい性質変化になるわけがないのです。

 

結局、五大性質変化全10通りの組み合わせを片っ端から試したのですが結局成功したのは『水』と『土』の組み合わせだけでした。

うちはの『火』を除けば、私の基本性質と同じなのです。

何か相性とかあったのですかね。

『生命』と相性がいいとか、何かの運命を感じさせなくもないです。

 

これを改良発展させていけばいずれ……

 

「……まあ、その話はこれくらいにして、そろそろ真面目に授業しない?」

 

「む?」

 

やけに強引な話題変換ですねカナタ。

そんなにつまらなかったですかね。

凄いんだけどなぁ~

 

「いや、そういうわけじゃ……でもほら、他の子はみんな真面目に「キャー先生ええええ!」」

 

 

……なんか今、トリカブトの花を口にくわえて涙目で爆走する同級生が視界の端をよぎったのですが……

いや確かに毒があるのは根っこだけでそれ以外は無害かもしれないですけど……というか、どんな状況なのでしょう?

 

 

「……真面目?」

 

「あ、そういえばさ! あっちの方はどうなったの?」

 

カナタがこれまた強引に話題転換。

あっちってどっちですか?

 

「いやほら、コトが前に頑張ってたやつ……『謎チャクラ』がどうとか」

 

「あ~あれですか。あれは諦めました」

 

「諦めた!? コトが!?」

 

「というより、今の時点でやれることがなくなってしまったというか」

 

カナタさん。

私が諦めるのがそんなにおかしいですかそうですか。

 

 

かつて『謎チャクラ』の極悪な副作用を文字通りその身をもって味わった私でしたが、その経験は決して無駄ではありませんでした。

この副作用、取り込み方次第によっては抑えることができる可能性が浮上したのです。

 

気づいたのは異なる2つ以上の属性の『謎チャクラ』を同時に取り込んだ時でした。

 

『水』と『土』から発生させた『謎チャクラ』を同時に取り込んだところ、『土』の副作用である体型変形は発生したのですが『水』の体色変化は起こらなったのです。

 

このように取り込む属性の組み合わせ次第では副作用が片方発生しないのですよ。

 

『土』と『雷』だと、激痛は走るが体形変化は起きず

 

『風』と『雷』だと、意識は遠くなるが激痛は走らず

 

しかし『水』と『風』だと両方の副作用が発生して…

 

 

そうやって何度も組み合わせを変えて副作用の有無を確認していった結果―――『火』は取り込まないのですかって? 完全に抑えられるという確証を抱かない限り取り込みません―――ある法則の仮説が浮かび上がってきたのですよ。

 

ポイントは五大性質変化の優劣の法則です。

『火』に『風』をぶつけると『火』はさらに激しく燃え上がり、しかし『水』をかけると消えてしまう~というあれです。

 

どうやら各属性の『謎チャクラ』はこの法則に従って隣り合った属性の副作用を打ち消しているのではないかと考えたのですよ。

そう考えれば『水』と『風』を取り込んだ際にどちらも打ち消されず両方の副作用が発現したのも説明がつくのです。

『水』と『風』は相関図では隣り合ってませんからね。

 

つまり、『火』は『風』の意識が遠のくのを防ぎ、

『風』は『雷』の激痛を抑え、

『雷』は『土』の変形を打消し、

『土』は『水』の変色を中和して、

『水』は『火』の狂暴化を鎮静するということです。

 

この仮説のもと何度か実験を繰り返したのですが、どうやら大当たりみたいですね。

理屈がわかれば話は簡単です。

扱いにくい『謎チャクラ』、これの副作用を完全になくすにはどうすればよいのか。

 

決まっています。

『火』『水』『風』『土』『雷』、5つの属性の『謎チャクラ』をバランスよく同時に取り込めばよいのです!

 

そうすれば互いの属性が互いの副作用を無効化、相殺、調和された謎チャクラとして取り込めるはずなのですよ!

 

 

 

…………いや無理でしょ。

 

 

 

無理です無理無理。

明らかに実現不可能机上の空論です。

なぜなら今の私では1つだけでもいっぱいいっぱいなのですから。

最高に調子がいい時に限界まで無理しても2つが限界です。

5ついっぺんにとか夢のまた夢です。

もし取り込んだら逆に『謎チャクラ』に取り込まれちゃいます。

 

「もし取り込まれたらどうなるか……」

 

「…どうなるの?」

 

「ネズミさんで試したら、急にカエルになって石になっちゃいました」

 

「……は? ネズミがカエル? それはあれ? 忍法・カエル変えるの術とかいうダジャレなのかしら?」

 

「冗談じゃないんですよ。本当にカエルになったんです」

 

また、次に試したらヘビになりましたけどね。

そしてその次はキツネ。

その次はウシ。

タヌキ、変な植物、イヌ、ナメクジ、ネコちゃん…そしてその次は以下省略。

 

どうやら『謎チャクラ』は、いやもう『自然エネルギー』で確定でいいですかね。

『自然エネルギー』はアンバランスで不安定な状態で取り込むと、それこそ不自然に変色したり変形したり狂暴化したりして異形の怪物に成り果ててしまいますが、バランスよく取り込むと、バランスのとれた生物―――つまり実在する野生動物に変化しちゃうみたいなのですよ。

そしてさらに完全に取り込まれると最終的には化石(自然そのもの)になってしまうと。

強大な力にリスクはつきものですが、なるほど大自然の力はなかなかどうしてハイリスキーなのです。

 

「そんなの取り込んでよく無事だったわね……」

 

「ハハハ」

 

「……実はもう人間やめてたりはしないよね?」

 

「そんなわけないです」

 

いくらなんでもそれはないですよ。

毎回、取り込んだ自然エネルギーはきちんと体外に放出していますし、ネズミさんだってきちんと……

 

 

 

…大丈夫ですよね?

 

 

 

 

 

 

「バカな…木遁じゃと!?」

 

うちはコトの様子を遠眼鏡の術で観察していた火影・猿飛ヒルゼンは驚愕に目を見開いた。

木遁は初代火影・千手柱間だけが使うことのできた血継限界だ。

うちは一族であるコトはもちろん、1人の例外を除けば誰にも使用できない筈だ。

 

しかし、水晶玉に移っているコトが使った術は小規模ながらも間違いなく木遁。

チャクラを生命の源にする秘術である。

 

「いったいなぜ……いや」

 

ヒルゼンは疲れたように首を振ってどっかりと椅子に座りなおしキセルを吸った。

立ち上った煙がユラユラと天井に上っていく。

 

千手の血がなければ扱えない筈の木遁をなぜうちはコトが使えたのか。

答えはすでに出ていた。

可能性だけで考えれば別段不思議じゃないのだ。

 

うちは一族の中でもコトの家系、南賀ノ神社の巫女の血筋は特別なのだから。

 

ヒルゼンは部屋の壁に掛けられた歴代火影の写真を見やる。

注目するのは左から2番目。

 

「…先代…扉間様…どうやら千手の血はうちはの中においてもしっかり根付いていたようですぞ」

 

そこには短い白髪を逆立たせた鋭い目つきの男が写っていた。

 

 




オリ設定の嵐再び。

回想でコトが使った術の漢字表記は「符術・火遁蒼天突破」です。
鉄腕ア○ムを連想すれば大体あってます。
なぜ風遁にしなかったし…

疑似血継限界のネタは符術を思いついた時からずっと考えてました。
というか、ナルトも風遁以外の性質変化覚えたら影分身で同じようなことができそうな気がするのは僕だけでしょうか…

ヒルゼンさんも使えそうなのに使わないのは、異なる属性チャクラの合成ってかなり難しいんでしょうね。
少なくともネギまの咸卦法程度には。


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閑話

過去話です。


木ノ葉隠れの里が創設され、森の千手一族の長である千手柱間が初代火影に就任して間もないころ。

うちは一族の長、うちはマダラが里を出奔、消息を絶った。

 

里の中心に建設された火影邸の一室にて、柱間は1人項垂れる。

 

「なぜ…なぜだマダラ…次代火影、俺の後を引き継げるのはお前だけだと思っていたのに」

 

「まだそんなことを言っているのか兄者は」

 

否、1人ではなかった。

気づけばもう1人、部屋の中に人影が現れた。

 

千手柱間の実の弟、千手扉間。

長い黒髪の兄とは対照的に、短い白髪が逆立っている。

 

扉間は眼を鋭く細めて言う。

 

「仮に、マダラが木ノ葉に残っていたとしても結果は変わらん。マダラが火影の座に就くことはない」

 

「っ!? そんなことはっ!」

 

「マダラに限った話ではない。うちはの者はいずれ里の主権から遠のいてくだろう」

 

かつての敵だったから、恐れられているから、という感情に基づく理由ではない。

性質や気質の問題だ。

情に厚く仲間を見捨てることができないといううちはの気質は戦場においては頼もしくまた立派だが、時として非情な決断を下さなければならない(まつりごと)には致命的に向いていないのだ。

 

これはもはや扉間個人の意見などではなく客観的な事実であった。

今でこそ千手一族と共に木ノ葉を創設した誇りある一族としての体面を保っているが、それも最初だけだろう。

 

いや、もうすでにパワーバランスは崩れつつあると言える。

元々、うちは一族が柱間率いる千手一族と渡り合ってこれたのはマダラの力あってこそだ。

そのマダラが姿を消してしまったことによって、天秤はもうすでに引き返せないほどに傾いてしまったといえるだろう。

 

千手とうちはの二枚看板から、千手一強の体制に。

 

「仮にマダラが里を抜けなかったとしても結果は変わらなかっただろう。遅いか早いかの違いだけだ。いずれうちはは「そんなことないのです!」…誰だ?」

 

バンッ! と部屋の扉が大きな音をたてて開かれ、入ってきたのは1人の若い女性。

まだ少女のあどけなさが抜けきっておらず、ギリギリ大人の女になりきれていない。

かと言って子供のままでもいられないのであろう。

白衣に緋袴と、一目で巫女とわかる装束を身に纏い、艶やかな黒髪を振り乱し、その緩やかな相貌は怒りの色に満ちていた。

 

両目が朱に染まって輝いている。

写輪眼、つまりは彼女はうちは一族の血筋であった。

 

「うちはの娘か…」

 

「さっきから聞いていればよくも……うちはを愚弄することは許さないのです!」

 

「事実を言ったまでだ」

 

扉間は少女の怒りを意に介さずばっさりと切り捨てる。

 

「扉間!」

 

「兄者は黙っておれ。いいか、うちはの娘よ。これは俺の考えではない。木ノ葉の、里全体の総意だ。お前は何もわかっていない。お前がこの場でどんなに喚いたところでうちはの行く末は「分かってないのは貴方の方なんですよ!」…なんだと?」

 

扉間の眼が威圧するように吊り上る。

 

対する少女も負けじと睨みつけるが、いかんせん顔の造作が穏やかすぎるせいかいまいち迫力が出ない。

一瞬ひるんだ少女だったが、それでも気を振り絞って言葉を紡ぐ。

 

「…分かってないのは貴方の方ですよ扉間殿。貴方はうちはを何もわかってないのです」

 

「どういう意味だ?」

 

「うちははいずれ木ノ葉の主権から遠ざかる? 遠ざけられるもんなら遠ざけてみやがれってんですよ。最強の日向やら賢しい奈良とか優秀な猿飛の一族が束になって阻んでも、うちははそれらを全て蹴散らしてやるんですよ! もちろん千手にも負けないのです!」

 

少女は大きく息を吸い込んで一気にまくしたてる。

 

「うちはの巫女が予言するのです。未来を見通す写輪眼を受け継ぐ一族の者として予言するのです。我らが長、マダラ様は必ず里に戻ってきます。そして柱間殿を引きずり落とし、火影の座を奪い取る!」

 

根拠のない言葉だった。

いくら写輪眼をもってしてもそんな遠くの未来を洞察することなど不可能だ。

 

扉間は呆れたように口を開く。

しかし、扉間が言葉を紡ぐよりも先に、哄笑が響いた。

 

「…ククク」

 

「兄者?」

 

「アーハッハッハッハ!! そうかそうか、俺を蹴落とすか。確かにそのような真似ができるのはこの世にはマダラをおいて他にいるまい!」

 

柱間はひとしきり笑うと、面白いものを見つけた子供のような笑顔で少女を見つめた。

思わずたじろぐ少女。

 

「うちはの娘よ。どうだ、1つ俺と賭けをせぬか?」

 

「賭け?」

 

「そうだ。賭けの対象は次代の火影は誰か。俺は、次の火影は弟の扉間に賭けよう」

 

「っ! だったら私は当然マダラ様に賭けるんですよ!」

 

「乗ったな? よもや二言はあるまいうちはの娘よ!」

 

「もちろんなのです!」

 

「(それ以外がなったらどうするつもりなのだ…)」

 

扉間の小さな声は当然のごとく無視された。

 

「私が勝ったら何でも言うこと聞くんですよ!」

 

びしっ、と指を突き付けて宣言する少女。

いろいろと子供だった。

 

「では俺が勝ったらお前は扉間の嫁になれ!」

 

「がってんなのです!……って、ええええぇえええぇぇえええ!?」

 

「兄者ぁ!?」

 

「ん? なんだ? よもや自信がないというわけではあるまい?」

 

「そ、そそそそんなことはないのですよ!」

 

「では成立だな」

 

柱間はさらに子供だった。

 

慌てたように柱間に詰め寄る扉間だったが、柱間は笑うだけで取り合わない。

少女は、事態に思考が完全に空回りして、顔を真っ赤にしていた。

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、うちは一族、南賀ノ神社初代巫女長の少女―――うちはウサギは柱間との賭けに負けた。

 

そして月日は流れ―――

 




柱間様は負ける自信があったんでしょうね…
それでもここ一番の肝心な場面で不運にも強運になるのが千手クオリティ。


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原作開始
12話


いよいよ原作開始です。


「火影様! 大変です! またナルトのやつが歴代火影様の顔岩に落描きを!」

 

「しかも今度はペンキです!」

 

アカデミーがにわかに騒がしくなってきました。

予想通り、いや予定通りです。

 

「しかし、いつかやるとは思ってましたけど…とうとうやっちゃいましたねナルト君」

 

これはもう以前みたいに水遁で一発洗浄なんて無理です。

水で流したところでペンキは落ちないのですよ。

哀れなナルト君は手作業で地道にゴシゴシ擦らないといけないのです。

 

何より可哀相なのは、前回と違って私がその作業を手伝えないということなのですよ。

なぜなら、今度という今度の私の作戦は完璧だからです。

バレて捕まる可能性など皆無なのですよ!

 

派手に暴れて目立って存分に人目を惹きつけているだろう同年代の金髪少年を脳裏に思い浮かべつつ憐れみつつ、私は1人こっそり行動を開始しました。

 

いや~なんか凄いデジャビュを感じますねこの状況。

 

もっとも、状況は以前とは違いますけどね。

成長してるんですよ私も。

 

前回と同じく、水分身の囮はすでに教室に配置しています。

もちろんただの水分身ではありません。

今回の作戦のため、改良に次ぐ改良を積み重ね本体との差異を一切なくした究極の分身!

もはや、私(本体)と同一の個体、もう1人の私自身と言っても過言ではないそのクオリティ、白眼(びゃくがん)はおろか写輪眼ですら見抜けない(と思います。試したことはないですし試せませんが)自信作!

看破したければ万華鏡写輪眼でも持って来いってんですよ!

 

仕込んだ札も特別性です。

私とそっくりに自立行動させるのはもちろんのこと、万が一のためのマニュアル操作に切り替える機能を搭載。

盤石なのです。

 

本物が教室を抜け出していることは絶対にバレな―――

 

バシャッ

 

突如、水分身が壊れました。

 

―――えぇ??

 

『海野先生、コトのやつがまた水分身と入れ替わってたみたいです』

 

『くっ、そっちもか! ちょっと待て、今ナルトのやつをとっ捕まえてくるから!』

 

水分身に仕込んでいた札を介して教室の様子と声が伝わってくるのです。

 

なんで? どうして?? どうしてこんなあっさり水分身が???

 

困惑する私の心中を察してか、教室で札を拾い上げたらしい空野カナタが呆れたように話しかけてきます。

 

『あ~聞こえてる? 貴女のことだからきっと今頃どうして~とか困惑してるでしょうけど、当たり前の結果よ。あんなド繊細極まりない美術品みたいな水分身、ヤンチャ坊主ひしめくアカデミーの教室に剥き身で放置してるからよ。次からは緩衝剤敷き詰めたガラスケースでも用意することね』

 

「ちょっ、そんなことしたら本末転倒です! 囮の意味がないじゃないですか!」

 

思わず叫び返してしまう私。

そんな風にしたら比喩でもなんでもなく使えないのですよ!

 

『その通り、この分身は使えないのよ、分かってるじゃない。本末転倒……まさしく貴女にふさわしい言葉よね、うちはコト?』

 

「っく!」

 

まだ、まだです!

まだ諦めるのは早いのです!

予想外の事態(?)で囮の水分身は壊れてしまいましたが、まだ私は捕まっていません!

 

先生方がこちらに駆けつける前に事を完了してしまえばいいだけなのですよ。

そうです、それにナルト君も存外粘ってるみたいですし。

以前ナルト君に渡した『チャクラ探知機能付きゴーグル』が思わぬところで大活躍なのです。

思う存分逃げ回って時間を稼いでください。

 

私は侵入者撃退用のトラップをかいくぐり書庫にまんまと侵入を果たし真っ直ぐ目的のブツがある場所に向かうのです。

このあたりは手馴れています。

伊達に何度も何度も侵入してないのですよ。

事前調査も万全です。

 

かつては『封印の書』がデカすぎて隠し持てないなんてアホみたいな理由で計画が頓挫してしまいましたが、今回はそのあたりもばっちり対策済みです。

今日の私は抜かりません。

 

本来なら完全犯罪を遂行したかったのですがそれはそれです、臨機応変に行きましょう。

速攻で盗んでトンズラするのですよ……ってあれ?

 

「ない!?」

 

私は空っぽの書庫を前に呆然と立ち尽くしました。

 

そんな馬鹿な!?

事前調査によれば『封印の書』はいつもここに保管されているはず…

 

 

 

「そりゃ、こんなに頻繁に泥棒が入るんじゃ。保管場所を変更しないわけがないじゃろう?」

 

「…………ですよね~」

 

正論でした。

全く持って正論でした。

というか、なんで気づかなかった私?

 

「……任務はどうやら今回も失敗のようじゃな?」

 

背後にいるキセルを咥えたお爺ちゃん―火影様が問いかけてきます。

苦笑交じりですが、眼だけが笑ってません。

 

とっさに窓からの脱出を試みるものの、窓の向こうには例によって担任のイルカ先生の気配。

もうちょい粘ってくださいよナルト君。

 

「……今回もダメでしたか……」

 

私は乾いた笑みを浮かべて降参とばかりに両手を挙げました。

 

 

 

 

 

 

木ノ葉に問題児は2人いる。

1人は言わずと知れた天下の悪戯小僧「うずまきナルト」

 

そして、もう1人は…

 

 

 

 

 

 

「今度こそ完璧だと思ったんですが…」

 

「…バカでしょ? いや聞くまでもなく確定してるわね。コトはおバカよ。頭の出来は悪くないのに勿体ない」

 

空野カナタはやれやれと首を振ります。

最近、髪を切ってショートカットになった彼女の空色の髪がそれに合わせてユラユラとゆれます。

 

「なにおう!? 私のどこがバカだっていうんですか!」

 

「わざわざ逆口寄せの術の巻物まで自作してまでコソ泥の真似事なんてするやつをバカと言って何が悪いのよ」

 

逆口寄せどころか、普通の口寄せの術だってマスターしているアカデミー生はコトだけなのに、とカナタ。

 

仕方ないじゃないですか!

全部『封印の書』がデカいのがいけないんです!

隠し持つことが不可能な以上、時空間忍術で直接別の場所に送り飛ばすしかないじゃないですか。

そりゃまあ、里にあるすべての術が記されているなんて代物が一般的大きさの巻物になるわけがないのは分かってるんですが…

 

「あと、言うほど難易度高くないですよ口寄せって」

 

時空間忍術とは言っても基礎ですし、もともと術式(マーキング)を刻むのは得意でしたし。

もちろんはるか遠くの秘境にいる伝説の生き物を召喚しようとすれば難易度は上がりますが……妙朴山に住まう仙蝦蟇とか龍地洞の大蟒蛇とか…………天国に旅立った死者の魂とか。

私の目的のため、マスターしないわけにはいかないのですよ。

まあそういう裏事情はさておき、アカデミー生に使い手が少ないのは、単に難易度の問題というよりは出会いがないからじゃないですかね?

動物にせよ、武器にせよ、ビビッとこないと口寄せ契約なんてしようと思いませんし。

 

「カナタもどこかに契約したい動物のお友達がいるなら教えますよ?」

 

「…このアホ天才が」

 

「なんでこの話の流れで罵倒されるのですか!?」

 

「黙らっしゃい凡人の敵! コトみたいなのが将来他人を見下した顔で「あれ~? こんなことも出来ないんですかぁ~?」とか言うようになるんだから!」

 

カナタがわざわざ私の声真似までして言ってきます。

びっくりするほど上手いですね…じゃなくて

 

「言いませんよそんな嫌味な優等生みたいなセリフ! むしろ私は言われる側なのです!」

 

小さい頃、サスケ君に似たようなことを言われ続けてきましたからね!

「うちはのくせに」は今でも私にとっての禁句なのですよ。

そう、例えるなら秋道チョウジ君に「デ○」と言うようなものです。

 

「それ以前に、カナタは凡人じゃないでしょう!? むしろ天才です!」

 

「月一ペースで新術開発するような規格外と比べられたんじゃ形無しよ!」

 

「いつも使えない地味だショボいってこき下ろされてますけどね!」

 

「うるさいぞそこ! 静かにしろ!」

 

自分でも気づかないうちに声が大きくなっていたようです。

イルカ先生に怒られてしまいました。

いつもより機嫌が悪いですね。

当然と言えば当然ですが。

 

 

 

顔岩落描きの現行犯であるナルト君。

火影邸不法侵入および窃盗未遂犯である私。

両名があっさりお縄にされてクラスの前で簀巻きの状態で放り出されてお説教受けたのがついさっきの話です。

反省の色を全く見せない私とナルト君の態度に、温厚なイルカ先生もさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、クラス全員で変化の術の補習を言い渡したのでした。

体罰ぐらいは覚悟していたのですが…やっぱりイルカ先生は優しいですね。

 

クラスの生徒全員が教室の後方で列を作って並びます。

 

「ったく、ナルト、コト。お前等のせいだぞ」

 

近くに並んでいたクラスメイトの男子が恨みがましい目で私とナルト君を睨んできます。

 

低学年の時こそ、男子クラスと女子(くのいち)クラスで別れていましたが、学年が上がるにつれて合同の授業が増え、ついには合併して共学になりました。

一人前の忍びに男も女もないってことなのでしょうね。

身体構造的フィジカルの差もチャクラの運用でどうとでもなってしまいますし。

世の中には拳の一撃で地面を砕くくのいちだっているらしいですし。

 

「うっせーってばよ」

 

「申し訳ないのです。次からはバレないよう…ってあいた!? なんで殴るんですかカナタ?」

 

「説明しなきゃダメ?」

 

「……」

 

そんな会話をしているうちに順番は進んでいき、次はいよいよナルト君の番です。

変化の術の化け対象はイルカ先生です。

まあ、以前のナルト君ならともかく、今のナルト君ならこの程度余裕でしょう。

 

化ける対象が目の前にいますし。

一緒に特訓したこともある私が保証するのですよ。

 

「(…がんばれ)」

 

だから日向ヒナタさん?

そんな神に祈るような表情で心配そうにしなくても大丈夫なのですよ?

 

「変化っ!」

 

ナルト君の周囲にチャクラが渦巻き、その姿を別のものに変えていきます。

しかし相も変わらずのバカげたチャクラ量ですね、変化の術にそんな量のチャクラは要らないのに……って

 

「っ!?」

 

「なんと!?」

 

「ぶはぁ!?」

 

イルカ先生が鼻血を拭きながらコミカルに後方に吹き飛びました。

 

さすがです。

こんな場面でもやらかしましたか。

 

 

ナルト君はお題のイルカ先生ではなく、全裸でセクシーポーズをとる金髪美女に変化したのです。

 

 

「どうだ~!? 名付けて『おいろけの術』!」

 

元に戻ったナルト君が得意げに叫びました。

 

そこに鼻に詰め物をして復活したイルカ先生が憤怒の表情で戻ってきます。

 

「かってに下らん術を作るな!」

 

「下らなくなんてありません!」

 

思わず私は反論してしまいました。

いや実際、モデルの存在しない架空の対象に化けるのって結構難しいんですよ?

それに男でも女を武器にできるってなかなかどうして侮れないのです。

 

「事実、イルカ先生を一瞬とはいえノックアウトしたわけで…ってあいたぁ!? なんでまた叩くんですかカナタ?」

 

「空気読め」

 

そう言われてふと冷静になってあたりを見渡せば、何とも言えない表情で私を見つめてくる男子、最低とばかりに顔を真っ赤にして睨んでくる女子、そして衝撃のあまりひっくり返って気絶しているヒナタさん。

私に肯定されて有頂天のナルト君に怒りのあまりプルプル震えているイルカ先生。

 

イルカ先生が私とナルト君の肩をガシッとつかみました。

 

「お前等、放課後残れ」

 

私は無言でうなずくことしかできませんでした。

 




ナルトがこの術を開発したのは11~12歳の時です。
エロに対してまだ理解が追い付かない歳であることを考えたら神童がどうとかいうレベルじゃないと思います。
事実、火影を殺さず無力化するという偉業を成し遂げたわけで。


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13話 ☆

原作での定説「影分身チート説」に代わる新説として「おいろけの術最強説」を前話でとなえてみたわけですが、予想外に同意してくれる人が多くてびっくりです…

あと、今回イラストを描いてみました。


そんなこんなで放課後。

私は落描きにより威厳も風格もなくなってしまった歴代火影様の顔岩を暗澹たる思いで見上げました。

うう、今度という今度はこうなるはずじゃなかったんですが…結局、今度もナルト君共々罰として顔岩の掃除なのです。

しかも今回はペンキです。

水遁による一発洗浄ができない以上、地道に擦って綺麗にするしかないのです。

正直、やってらんね~なのです。

 

あ~駄目ですねこういうの。

気持ちを切り替えないとです。

 

大きく息を吸って深呼吸……よし、大丈夫です。

私は気持ちを新たに落描きの攻略に取り掛かります。

 

しかしこの落描き、改めて見てみるとなんというか…

 

「ナルト君……腕、上げたのですね」

 

「あ、コトちゃんもそう思う? いや~照れるってばよ! 俺も実は今回結構自信作でさ、特にこのあたりアートっぽく決まったっていうかさ」

 

「ですね。作品に込められた拘りと熱い魂を感じるのですよ」

 

私は思わずうなりました。

全くナルト君は妙なところで多彩ですね。

前の悪戯の時は正真正銘子供の落描きでしかなかったはずなのですが…この上達ぶりは何なのでしょうか?

本当に忍びにならなくてもやっていけるような気がするのですよ。

 

…そんなことを考えてしまうと、今度は先とは別の意味で消しにくくなってしまいました。

 

「イルカ先生、これどうしても消さなきゃダメですか?」

 

「当たり前だ!」

 

「じゃあ、消す前にせめて記念写真を…」

 

「何の記念だ!? 却下だ却下! そんな写真を残してあまつさえ他里に出回ったりしたら木ノ葉の汚点だ!」

 

ぐぬぬ、芸術のなんたるかが分からない人はこれだから…

 

「まあ、仕方ないですね」

 

火影の顔に文字通りの意味で泥を塗る行為の記録なんてスキャンダルにしかならないでしょう。

ナルト君には是非とも違う場所で芸術活動をしてほしいところです。

 

「他のところって?」

 

「う~ん、例えばそうですね。火影様の顔がダメなら、自分の顔なんかいかがでしょう?」

 

それなら誰も文句は言いっこなしでしょう。

なんたって自分の顔なんですから。

 

ナルト君が感心するように唸って考え込んでます。

 

……ほとんど冗談のつもりだったんですが。

そういえば、ナルト君は火影になるのが夢でしたね。

ナルト君は未来の火影の顔にまで落描きする気のようです。

 

「こら、口じゃなくて手を動かせ。全部綺麗にするまで帰さんからな」

 

っと、イルカ先生に注意されてしまいました。

無駄話が過ぎたようですね。

 

「へっ、どうせ帰っても家に誰もいないし」

 

ナルト君が珍しくスレた様子で吐き捨てました。

 

 

ちなみに私もアパートで独り暮らしなのですが、1人ではないですね。

火影邸に居候してた時に懐かれたのか、火影様のお孫さんがかなりの頻度で遊びに来るのですよ。

小っちゃなナルト君を見てるようでカワユイのです。

今はどうしてますかね木ノ葉丸君。

 

 

「あ~、そうだな。お前等…」

 

そんな様子のナルト君を見て何を思ったのかイルカ先生は目をそらしながら

 

「掃除終わったら……ラーメン奢ってやる」

 

ナルト君の眼が一瞬で輝きを取り戻しました。

かく言う私も喜色満面なのです。

久しく食べてませんからね、ラーメン。

 

「イルカ先生大好きー!」

 

 

 

 

 

 

「そんなものあるわけ無い」と決めつけていたから今まで見つかりませんでしたが。

「ある」という前提で探してみると意外にあっさり見つかるものなのですね。

 

「『マダラの書』? 不思議物質『マダラ』について書かれた書物ってことか?」

 

「いや、話の流れからして忍術なんじゃない? だからこれは秘伝忍術奥義『マダラ』について書かれたもので…」

 

「ハッハッハどっちも大ハズレなのですよこのおバカさんたちめ~」

 

マダラは人名なのですよまったく。

一楽でのひと時から一晩たった次の日の翌朝、アカデミーの教室でトンチンカンな反応をするナルト君とカナタに思わず乾いた笑いがこぼれました。

アカデミーの歴史の授業にも出てくるビッグネームなんですから覚えて、もしくはもっと驚いてほしいものです。

 

 

 

事の始まりは前日の掃除が何とか終わった後の一楽です。

大盛りの味噌チャーシューメンを口に頬張ってハイテンションになったナルト君は改めて火影になると決意表明しました。

あれだけ動いてよくこんなに元気がありますね。

私はヘトヘトなのに。

ちなみに掃除した面積の割合は7割ナルト君、3割私です。

決して怠けたわけではありません。

一生懸命頑張ってこれです。

いわばこの数字はそのまま私とナルト君のスタミナの差なのです。

泣けてきます。

あれ、ネギラーメンなのに塩辛いですよ…

 

「あのさあのさ、コトちゃんは何かないの?」

 

「はい?」

 

「将来の夢とか」

 

ああそういうことですか。

そういえば話したことありませんでしたね。

 

「そうですね。夢と呼べるかどうかは分かりませんが、希望していることはあるのですよ」

 

私は改めてナルト君に「うちは復興」を語りました。

イタチお兄さんの無実も証明したいですね。

 

「俺も復興手伝うってばよ!」

 

「よろしくお願いします」

 

「ッブボハァ!?」

 

何故かイルカ先生が思いっきりラーメンを噴出しました。

 

「ケホッ、ケホッ」

 

「イルカ先生!? 急にどうしたんだってば…」

 

「だ、大丈夫ですか? はいお水」

 

「す、すまん……ところで、さっきの復興を手伝うって…………何でもない」

 

「「?」」

 

 

こんなよく分からないハプニングも織り交ぜつつ、バカな話をして盛り上がったり、真面目な話をして気を引き締めたりもしたりしました。

火影になるなら今よりもっと勉強と修行を頑張らないといけないとイルカ先生にたしなめられ、あるいは激励されたナルト君は勢いのままに修行修行と連呼しながら帰って行ったのが昨日のことです。

 

そして今日、貴方は本当に夜寝たのですかと聞きたくなるくらい昨日のテンションのままのナルト君が朝早くから私に開口一番

 

「一発で火影になれるような、なんかこう、すんごい忍術ってばないかな?」

 

朝の挨拶はもとよりその考えに至った過程すらすっ飛ばした発言でした。

 

真っ先に言うセリフがそれですか、というか他に言うことないのですか。

しかしぐいぐい詰め寄ってくるナルト君を「そんな術あるわけないのです!」と突っぱねることも出来ず、渋々ながらも過去の記憶をあさってみて

 

 

かつて発掘した書物『マダラの書』のことを思い出したのでした。

 

 

「もっとも、私がそう呼んでるだけで実際に『マダラの書』なんてタイトルが表紙に書かれているわけじゃありませんけどね」

 

「そうなんだ……で? 結局何なのこれ?」

 

「木ノ葉創始者の1人、うちはマダラの日誌…じゃないかと」

 

中の日付を見る限りどうやら木ノ葉創設以前から記されていたみたいなのです。

歴史的価値は計り知れません。

内容はまだ一国一里の隠れ里制度ができておらず、一族単位で争っていた時代の話が中心です。

森の千手一族…後の初代と二代目火影になる一族との対決が特に多いですかね。

 

ここまで説明してようやく凄さを理解したのかカナタは感嘆のため息をついて目を見開きました。

 

「なるほどね、要するにその書物にはナルト君の言う「一発で火影になれる凄い忍術」は書かれていないけれど…」

 

「はい、「歴代火影様が実際に戦場で使っていた凄い忍術」が記されているということなのです」

 

これなら多少はナルト君も満足してくれるのではないでしょうか…そう思い私はナルト君に期待を込めて向き直るのですが…

 

「つまり……どういうことだってばよ?」

 

はい、もう1度一から十まで説明するのでちゃんと聞いてくださいね~

しかし、こんな調子だと説明だけでアカデミーの朝の休み時間を食いつぶしてしまいそうです。

……私が言うのもなんですがこんなことしていて大丈夫なのですかね。

アカデミーの卒業試験も近いというのに。

 

 

―――そもそもこれを見つけた切っ掛けはサスケ君でした。

南賀ノ神社の本堂の奥から7番目の畳の裏に一族秘密の集会所への入り口があるということを教えてもらったのです。

 

この話を聞いて、実際に集会所の石板を見せてもらった時私は考えました。

 

 

 

7番目の畳の裏に何かあったということは、それ以外の畳の裏にも何かあるかもしれないということじゃないですか!

 

 

 

一族の秘密? 万華鏡写輪眼?

生憎と昔話に興味はないのです。

いえ、無いわけではないですが、今は過去よりも未来です。

 

そんなわけで私は、神社の畳という畳を片っ端から忍法・畳返し!

そんな文字通り足元から引っくり返すような大捜索の結果、出るわ出るわ今まで私の知らなかった忍具やら神具やら巻物やら書物やらが畳の下から壁の中から天井の裏からザックザクです。

 

よもや自分の生まれ育った家がこんな宝庫だったとは……いえ、むしろ宝庫というよりもはや鉱脈です。

探せば探すだけ何か出てきそうなのです。

しかし、これって裏を返せばそれだけ隠し事を抱え込んでいたということで…どんだけ秘密主義だったんでしょうかうちは一族は―――

 

 

説明を聞いたナルト君は理解したように首肯して

 

「つまり、それに書かれている術が使えるようになれば、俺は火影になれるんだな!?」

 

「あ~はいはいそういうことですよ」

 

私は説明を諦めました。

もうそれでいいや。

無力な私でごめんなさいナルト君。

 

「うちはマダラの書き残した記録…ってことは有名なあの『終末の谷の決闘』も載ってるのかしら?」

 

「いえ、それは載ってませんね」

 

初代火影様とマダラ…様が、木ノ葉を創設して、出奔するまでの記録ですから、それ以降の出来事である『終末の谷の決闘』は残念ながら記されていないのです…………ってちょっと待て。

 

「カナタ、うちはマダラ様のことを知ってたんじゃないですか!」

 

「今思い出したのよ」

 

意地悪です。

何か言ってやろうかとも思いましたがナルト君が期待の籠った眼で急かしてくるので勘弁してやりましょう。

 

「あのさあのさ、結局どんな術が出てくるんだってばよ?」

 

「あ、そうでしたね……まあ、読めばわかりますよ」

 

私はマダラの書をカナタとナルト君に手渡しましたが、カナタはページをパラパラと捲って

 

「文字が古すぎるし暗号化されて読めないんだけど?」

 

「大丈夫です。解読済みですから」

 

抜かりはないのですよ。

私はえへんと胸を張りましたが、カナタは呆れたように

 

「…よく読めたわね」

 

そこは素直に褒めてくれてもいい場面だと思いますよ?

私結構すごいことしてるはずなんだけどなぁ…

 

「そんなことどうでもいいから、早く教えてくれってばよ!」

 

酷いです…確かに火影様の術の凄さに比べたら私の偉業なんてちっぽけなものですけど…

 

まあ、出てくる忍術の大半は凄いだけで実力的にも実用的にも使えないと思いますが。

決して負け惜しみじゃありませんよ。

 

目に見える景色をまるごと火の海にしちゃう火遁とか仮に使えたとしても何に使えっていうんですかね。

焼畑とか?

 

別にいいんですけどね。

こういうのって何に使うかじゃなくて使えることが重要なところありますし。

火影様が強くて頼もしいに越したことはないのです。

 

結局、その日の私たちはアカデミーの授業そっちのけでマダラの書に記された忍術修行に明け暮れたのでした。

予想通りというか、当然というか、1つたりとも習得できませんでしたが。

いきなりこんな超高等忍術に手を出すのではなく、基礎からじっくりやるのが一番だということを改めて実感させられたのでした。

 

 

 

……よもやチャクラの説明から始めることになったのは予想外でしたけどね!

基礎からじっくりにも限度があるでしょう!?

というか変化の術教えたときにも私説明しましたよね!?

忘れるのが早すぎなのです!

イルカ先生泣いちゃいますよナルト君!

 

…なんだかとても不安になってしまいました。

余裕だと思ってましたけど、卒業試験大丈夫なのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

そんな漠然とした不安を抱えつつ、月日は過ぎて試験当日。

試験の課題である『分身の術』を、ナルト君は盛大に失敗して不合格になりました。

 




地味にナルトを魔改造。
戦闘方面ではなく、芸術方面で。
物語的には何の影響もありません。

原作で忍者の登録書類作成時、ナルトは自分の顔にものすごいペイントを施して登録写真に臨みました。
あの顔、なかなかどうして凄いと思います。
ポーズといい、表情といい、時と場所さえ選べば普通に賞賛されてたかも…

そんなわけで今回はいろんな意味でペイント回です。


【挿絵表示】


うちはコトです。
頭が白くて残念なのを除けば、割と正統派の巫女さんキャラです。
正統派すぎてナルト要素がほとんどない…
絵柄が違うのはあれです。
とある子供名探偵と大泥棒の孫が肩を並べているようなものだと思えば…無茶かな

巫女装束の下は札で一杯です。
某狩人漫画の旅団員のセリフじゃないですが、こういうヒラヒラした服は何かを隠し持つのに都合がいいです。


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14話 ☆

前回掲載したイラスト、良くも悪くも反響デカかったようで…
とりあえず写輪眼モードも掲載することにします。
見たくない方は、挿絵を開かないように。

新たに何か描くか…


ナルト君が虚ろな表情で公園のブランコにまたがって俯いているのを、私―――空野カナタは黙って見ていることしかできなかった。

今年度のアカデミー卒業生29名。

その中にうずまきナルトの名前は入っていない。

周囲には額当てをつけて誇らしげに笑う卒業生と、それを褒める両親の姿。

合格できず、さらに親もいないナルト君には辛い光景でしょうね。

 

だけど、私が一番心配しているのはナルト君ではない。

 

「ナルト君…」

 

コトが沈痛な表情でナルト君を見ている。

一見すると、友達思いの優しい女の子でしかない。

 

だけど、私は改めて確信する。

コトはどうしようもなく不自然だと。

 

普通に優しいその精神性が異常に見える。

 

家族のいないナルト君を、同じく家族を失ったコトが憐れんだ目で見つめている様がどうしようもなく異様に見える。

 

コトが最初にナルト君と仲良くなれたのは単純にウマが合ったからだと思う。

具体的に言えばコトは平和に、ナルト君は悪戯に、ベクトルは違えど忍術に戦闘以外の有用性を見出した者同士で通じ合った。

その後さらに仲良くなれたのは、善くも悪くも同じ境遇に陥ることで共感の念が芽生えたから…………だと思っていた。

 

でも、それだったらなんでコトとナルト君は対等(同じ)じゃないの?

 

ナルト君を慈しむその姿はどう見ても、持てる者が持たざる者を見るそれ。

コトがナルト君と同じ立ち位置にいるようには見えなかった。

 

同じ孤独の痛みを知り、同じような問題児で、同じような元気で明るい性格で…なのにどうしてこんなにもかけ離れているのか。

 

元気の擬人化なんじゃないかって思うくらいポジティブなナルト君ですら時折昏い表情を見せるのに、コトは昏さの片鱗すら見えない。

家族を失うっていう私には想像することも出来ないような悲劇を経験して、どうしてコトは“そこ”に留まっていられるのやら。

 

そりゃ、うちはサスケ君みたく鬼気迫るような昏い目をしてほしいわけじゃないけどさ…

 

「私はどうしてあげるべきなのでしょうか……」

 

「そんなの私が聞きたいくらいよ」

 

「……カナタ?」

 

「…いや、なんでもない」

 

私はそう言ってコトから目をそらした。

いや本当、私はコトにどうしてあげればいいのか。

 

どうなって欲しいのだろうか。

 

もちろん辛い過去に負けずに明るく元気にしていてほしいに決まってる。

決まっているけど…

 

 

……考えても仕方ないか、コトが変なのは今に始まったことじゃないし。

それより今はナルト君ね。

コトは何とかして励ましたいみたい。

だけど…

 

「…励ますってどうやって? 何を言っても辛いことになるだけよ」

 

そう、今のナルト君に私達がしてやれることなんて何もないと思う。

というか、何も言うべきじゃない。

これは1人で乗り越えるべきことよ。

 

とは言え、私自身も今のナルト君を見ているだけなのは結構キツかったり。

 

最初こそコトを間に挟んだ繋がりでしかなかったけど、今ではそれなりに交流があるわけで。

気づけば単なる友達以上に親しくなっていた……ナルト君は多才だというのはコトの論だけど、私はその才能の中に『誰とでも友達になれる才能』ってのも含まれてると思う。

人を惹き付けるカリスマみたいな?

どうにもそういうのを持っている気がするわ。

案外、ナルト君の死んだ両親って実は物凄い大物だったりするのかもね…そんなナルト君の人柄を知っているからこそ、なんで嫌われているのか余計に分からないわけだけど。

 

…それこそ考えても仕方がないか。

ナルト君の事にしろ、コトの事にしろ。

 

ふと思い返せば私はずいぶんと思考のループに陥っていたらしい。

 

私は今度こそ気持ちを切り替える。

そりゃナルト君と一緒に卒業できなかったのは残念だけど、せっかくの門出に揃って暗い表情をしているのはいくらなんでも違うでしょ。

 

それに私は知っている。

コトはさらによく知っている。

ナルト君はこんなことでへこたれるほど弱くもなければ非才でもないということを。

忍者になれなくてもやっていけるだけの物を持っているということは私達が誰よりも保証して―――

 

 

 

「ふんっ、良い気味よ」

 

「あんな子、落ちて当然だわ」

 

 

 

―――瞬間、思考が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

それは、ある意味でいつもの事でした。

理解できない罵声、理由の解らない悪意、もはやナルト君の日常の一部です。

それは一緒に行動することの多い私やカナタにとっても聞き慣れたものです。

 

だからこそ私は、その大人達に飛び掛かろうとしたカナタを寸前で取り押さえることが出来ました。

 

「…何で止めるの?」

 

カナタが心底驚いた様子で聞いてきます。

驚きなのはこっちの方なのですよ。

 

「止めるべきだからです」

 

というか、カナタは何をする気だったのですか?

何時でも何処でも誰とでも冷めているカナタにしてはらしくない行動です。

おかげで私までらしくないことをする羽目になってるのですよ。

それは確かにあの大人の発言は看過しかねるものでしたけど…

 

「…止める()()か…コトはいつもそうだよね。どんな時でも闇に負けない…いや闇がそもそも欠落してるのかしら」

 

「カナタ?」

 

「もう大丈夫よ。頭は冷えたから」

 

カナタは私を振り払ってその場から立ち上がりました。

そしてカナタは私のことを真っ直ぐに見つめて

 

 

 

「やっぱりコトは歪ね」

 

 

 

 

 

 

それからカナタは両親に連れられてその場を後にしました。

 

私は相も変わらずナルト君の様子を眺め続けています。

ミズキ先生が優しい顔で何やらナルト君に話しているのが見えました。

雰囲気から察するに励ましているのでしょう。

私なんかはもとよりカナタやイルカ先生ですらかける言葉なんて分からなかったのに、ミズキ先生にはそれが分かるのでしょうか?

 

私には分かりません。

それどころか、分かっていたと思っていたことすら分かっていなかったのかもです。

 

カナタの言葉が頭から離れないのです。

 

『うちはコトには闇が存在しない。本来持ってしかるべき感情が欠落している』

 

思い当たる節はありました。

というか、前にも似たようなことをカナタ以外の人にも言われたことがあるのですよ。

 

それは南賀ノ神社本堂の地下に秘密の集会所があることを初めて知った日のこと。

集会所の秘密を私に教え、感情のまま怒りのまま憎しみのままに復讐を語るサスケ君を、私が無情にも「下らない」の一言で切り捨てた時の事でした。

 

 

 

『なんでそんなこと言うんだ!?』

 

物凄い剣幕で食って掛かってきたサスケ君。

いつもの私ならそれだけで萎縮していたかもですが、その時の私は引き下がりませんでした。

むしろ引き下がってはいけないとすら思ってました。

 

『何度だって言いますよ! 復讐なんて下らない、非生産的にも程があるのですよ!』

 

『お前は俺と同じじゃないのか!? 俺と同じ痛みを味わって、俺と同じように一族の真実を目の当たりにして、それなのになんでそんな平和ボケしたセリフが吐けるんだ!』

 

『同じですよ! 私だって辛いです。それでも復讐はダメです』

 

思えば、あの時の私は酷く薄っぺらなセリフを吐いていたのかもです。

 

『イタチお兄さんを殺すなんて絶対にダメです! いや、それ以前の問題として私はイタチお兄さんが犯人だなんて断じて信じません!』

 

写輪眼は悲劇を悲劇として受け止められる真っ当な心の持ち主にしか開眼できない代物です。

もしイタチお兄さんがサスケ君の言うとおり、「己の器を測る」なんて子供じみた理由で人を殺せるような破綻者だったらそもそも写輪眼に開眼できるはずがないのですよ。

故に私は信じて疑いもしませんでした。

 

『うちは一族に、写輪眼開眼者に悪い人なんていません!』

 

『俺はこの眼ではっきり見た! イタチが父さんと母さんを…一族の皆を皆殺しにしたんだ! お前の姉や両親だって同じだ! 全部あいつが殺したんだ! シスイだって殺したって言っていた! お蔭で万華鏡写輪眼に開眼したとも』

 

『そんなの全部幻術の世界での話じゃないですか!』

 

『でも一族の皆が殺されたのは現実だ!』

 

『だから、それがイタチお兄さんの仕業だなんて証拠は何処にもないでしょう!』

 

 

結局、私とサスケ君の主張は何処まで行っても平行線でした。

これでは埒が明かないと思った私は、別の観点からサスケ君の説得を試みたのです。

 

『…仮にイタチお兄さんが虐殺事件の犯人だったとしても、それでも同じ一族の兄弟で殺し合いとかやってもらっては困ります。貴重なうちは一族の生き残りなのですから』

 

恐ろしく、それこそカナタが評した通り不自然な、いっそ不気味と言っていいほどに感情を廃した発言でした。

 

『復興のためにもこれ以上頭数が減るのは好ましくないのですよ』

 

だから殺すのは止めてください。

 

そんな私の言葉を聞いたサスケ君はガツンと見えない何かに打ちのめされたようによろめきました。

 

『何ですかその反応? 私別にそんな衝撃を受けるようなこと言ってませんよね?』

 

『お前は憎くないのか?……家族の仇なんだぞ?…』

 

『サスケ君? いったいどうしたのですか? なんでそんな得体のしれないものを見るような目で私を見るのですか? 私よりずっと強くて優秀なのになんで私に怯えるような反応をするのですか? サスケ君だって一族の復興は悲願だったんじゃないのですか? どうして後ろにさがるんですか?』

 

 

 

 

 

 

私、何モ間違ッテマセンヨネ?

 

 

 

 

 

 

「おかしくないのが逆にオカシイ……カナタの言う通りなのですよ」

 

自室で過去を振り返り自問自答を繰り返した結果、自分自身のあまりの歪さに私は頭を抱えました。

そもそも、事件前後で私自身何も変わっていないというのがすでに不自然なのでした。

 

あれだけショッキングな出来事を経験すればトラウマになってしかるべき、むしろ豹変したサスケ君の方が人として正しい反応なのでしょう…ってこんな風に自分で自分をナチュラルに精神分析できてしまっているあたりもう…

あれ以降、サスケ君とはまともに会話できていません。

そればかりか目を合わせてすらもらえないのです。

ナルト君やカナタとは普通に接していたので気にしなかったのですが…なんだか自分が得体のしれないナニカに思えてきました。

いったい私はどうしちゃったのでしょうか?

 

怒りがないわけではありません。

悲しみが薄いわけでもありません。

 

ただ、それらがどうしてもサスケ君のような暗い感情に結びつきません。

意識して憎悪を抱こうとしても、雲散霧消してしまうのです。

まるで穴の開いた風船を膨らませようとしているような手ごたえ、感情がそちらに傾かないように誘導されているかのような……精神の誘導?

 

それが可能な術を私は知っているのです。

木ノ葉のエリートうちは一族にとってそれは火遁と並ぶお家芸。

 

「……幻術にでもかかってるのですかね?」

 

幻術による対象の自覚なしの精神誘導。

確かシスイお兄さんがそんな幻術が出来るって教えてくれたような…だとしたらいったい何時の間にかかったのでしょうか?

 

…思い当たる節が見つかりません。

強いてあげるとするなら生き返った時ですが、あの時に蘇生と同時に精神操作も受けた?

しかしミハネお姉ちゃんは幻術がさほど得意ではなかったはず。

でもでも死者の蘇生なんてぶっ飛んだ術を行使できることを隠していたのだから、シスイお兄さん並の幻術の才能も実は隠していたとか……さすがに胡散臭すぎるような。

それともこれは幻術などではなく、蘇生のおかしな副作用とかですかね?

う~ん全部ありえない、とは言い切れないんですよね。

むしろ死者の蘇生がありなら全部ありそうな気さえしてきます。

 

いくらなんでも元からそうだったなんてことはさすがに……さすがに……

 

…………。

 

「……どうしよう…否定してくれる人が皆無なのですよ」

 

例えば、私が不特定多数に向けて片っ端から「私ってひょっとして頭のおかしい奴ですか?」と質問しまくったとして…誰一人として是以外の答えを返さないことはありありと予想できるのです。

 

カナタあたりなんか「そんな質問をして回ること自体がすでに頭のオカシイ奴の行動よね」とかため息まじりで言ってくるに違いないのですよ。

うわぁ言いそうです。

 

本当どうすればいいのでしょうか?

私の精神がどうしようもなくイカれていたとして…今後私はどうするべきなのでしょうか?

 

「…病院に行くしかないですかね」

 

木ノ葉病院に精神科ってありましたっけ?

ああ、アカデミーを卒業してさあこれから下忍!って時に……まあ無事卒業できただけましと考えるべきでしょう。

 

こんな悩み、落ちてしまったナルト君に比べれば些細な『ドンガラガッシャーン!』

 

!?

 

「コトちゃん! 良かった部屋にいたってば…」

 

「ナルト君!?」

 

突然、窓を盛大に突き破って盛大に部屋に侵入してきたのは見慣れたツンツン頭の金髪少年うずまきナルト君でした。

噂をすれば影とはこのことです。

というか、いつもいつも登場が突然過ぎるのですよ!

びっくりするじゃないですか!

 

「急に部屋に飛び込んでくるなんていくらなんでも非常識なのですよ!」

 

ちゃんとドアから入ってください!

 

「そのセリフ、コトちゃんだけには言われたくないってばよ…」

 

ジトッとした目でそう言い返すナルト君。

…そういえば、最初にナルト君に出会ったときは、私がナルト君の部屋に飛び込んだんでしたっけ?

確かに今の状況はその時と真逆なのです。

 

「って、そうじゃなかった! コトちゃんっ、一緒に来てくれ!」

 

「いきなり何を言ってるのですか貴方は!?」

 

ある意味侵入の時以上に唐突なのですよ!

 

「へっへ~ん、断っちゃっていいのかな?」

 

「? どういう意味です?」

 

「これが何だか分かるかな~?」

 

ナルト君は困惑する私を無視して、得意げな様子で己の背中を示しました。

そういえば、ナルト君は侵入した時からずっと何かを背負っていて……って、え?

 

そ、それは!?

 

それはもしや!!?

 

 

 

 

 

 

改めて思います。

ナルト君は天才です。

私がアカデミーを卒業出来て、彼が落ちてしまったことが不思議でなりません。

 

「い、いったいどうやって『封印の書』を?」

 

私は前方を走るナルト君を追随しながら尋ねました。

ナルト君が背中に背負っていた優に一抱えもある大きな巻物。

そう、それは私が長年求め続けてきた、そして今なお手にしたことのない幻のアイテム『封印の書』だったのです。

 

「どうやってって…火影の爺ちゃんの家に忍び込んで盗ってきたんだってばよ」

 

「いやだから、それをどうやって??」

 

家に忍び込んでとかあっさり言ってくれるものです。

私が同じことをしようと思ったら、まるまる一か月かけて侵入計画を立てていろいろと準備をしなければならないのに。

 

「ロクな準備もしないで、よく火影様の目をかいくぐれたものです」

 

「いや、爺ちゃんには見つかった」

 

「…? じゃあどうやって逃げて「おいろけの術で抱き着いたら鼻血吹いてぶっ倒れた」おいろけの術マジパないですねホントに!」

 

どうにかして出し抜いたのかと思いきや、まさかの正面突破。

火影様を無傷で攻略するというあまりの偉業に私は戦慄せざるを得ませんでした。

まったく、どこが下らない忍術なものですか。

上品でないだけで下らないどころか下手すれば禁術クラスのポテンシャルなのですよ。

 

でも、その術はあまり多用しないでほしいです。

これだけ褒め称えた後で言うのもなんですが、やっぱりちょっと恥ずかしいです。

それにほら、ナルト君はそんな術なくても十二分に凄いですし。

 

「なおのこと不合格だったのか悔やまれるのですよ」

 

身の丈に合わない超高等忍術に手を出さずもっと分身の術の練習をしていれば…

 

「それがさ、まだ合格のチャンスはあるって教えてくれんだ!」

 

「……?」

 

「ここまで来れば大丈夫だな」

 

ナルト君がそう言って立ち止まったのは、木ノ葉の敷地内で広大な面積を占める森のはずれ。

木々の間隔は十分に広く、それでいて周囲からは死角になってなかなか発見されにくいというベストスポットです。

さすが男の子、こういう場所に詳しいのです。

 

さて、いよいよですね。

いろいろ気になることはありますが、そんなことよりもこれです。

 

私はその場に座り込むナルト君の後ろから覆いかぶさるようにして彼の手元の『封印の書』を覗き込みます。

 

「早く、早く開けるのですよ!」

 

「分かってるってば」

 

興奮を抑えきれない私に急かされる形で、ナルト君はついに『封印の書』を紐解きました。

 

 

 

 

 

 

この時私は興奮のあまり疑問を抱くことが出来ませんでした。

 

とある事情で保管場所を定期的に変更されている『封印の書』を何の準備も手引きもなく奪取するのはいくらなんでも不可能だとか、

 

そもそも、ナルト君は何処で『封印の書』の事を知ったのでしょうかとか。




ふと気づいた…
コトって、俗にいうところの「空から降ってくる系のヒロイン」に該当するのでは?
……だからどうしたって感じですねハイ。

ストーリーが進まない…原作だと一話で終了している話なのに…

それはそれとして、だんだんと主人公の歪さが浮き彫りになってきました。
他作品のキャラで例えるなら、羽川翼 衛宮士郎 あたりですかね…

個人的には球磨川禊さん風になってくれればいいなぁとか思ってたり。

西尾維新キャラはステータス面ではなくキャラクター面で人間離れした奴が多くて大好きです。


【挿絵表示】

構図、ポーズは前のままです。


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15話

おかしい。
筆が乗らないわけでも、
ネタが尽きたわけでもないのに、
ストーリーが遅々として進まない…


『封印の書』

二代目火影・千手扉間が開発した木ノ葉の術の全てが記されているという巻物。

以前の私がこれを欲したのは単なる好奇心と探究心でした。

ですが、今は違います。

一族復興という希望を得て、そして『マダラの書』を読み込んだ今の私は明確な目的があるのですよ。

 

「多重影分身の術~? いきなり俺の苦手な術かよ~」

 

ナルト君がボヤキながら印を組んで唸ってます。

十字架を模したような独特の形状の印が印象的です。

 

そんなナルト君を後目に、私は高速で『封印の書』を読み進めていきました。

影分身に興味がないわけではありませんが、私の目的は術が使えるようになることではなく、術の理論を読み解くことなのですから。

理論さえ熟知していれば練習は後でいくらでもできますしね。

 

「影分身、分身大爆破、千年殺し、八門遁甲、八卦封印、飛雷神…」

 

さすが『封印の書』です。

そこにされている術はどれもこれも禁術クラスの超高等忍術なのです……なぜか時折思い出したかのようにフザけた術が混じってるのが気になりますが。

何ですか千年殺し(ものすごいカンチョウ)って。

『体術奥義・超火遁幻術斬り大手裏剣二段おとしの術』に至っては忍・幻・体のどれに該当するのかすらイメージできないのです…

 

ま、まあ里の全ての術が記されているわけですから?

中には変な忍術も含まれるのでしょう。

というか、これどう考えても扉間様の発想じゃないですね。

ひょっとして『封印の書』って複数の忍びの合作なのでしょうか?

確かに著者は初代火影・柱間様になってますけど…

 

それはともかく。

 

これの執筆に携わった歴代火影様方は紛れもなく最高の忍びだったのでしょう。

忍術の才能に愛された英雄だったのでしょう。

 

でも私は考えてしまうのです。

彼らは忍術の才能はあっても、忍術()()()才能はなかったのではないかと。

 

以前はともかく、『マダラの書』を読んでからはそう考えてしまうのです。

 

初代様の血継限界『木遁』は素晴らしい力です。

私が札を使って疑似的に再現した木遁(『マダラの書』のおかげで最近それが木遁であることに気づきました)などとは比べ物にならないほどの規模。

『マダラの書』にもその凄まじさが克明に記されていました。

でも私は木遁の使い方を盛大に間違えてると思うのです。

何ゆえ生命を創造する力を破壊に使うんですか。

風の国で砂漠の緑化にでも活用していれば、砂隠れの里とは今以上に親密で強固な同盟が結べていたかもしれないのに。

それどころか、吸収合併もありえたかもなのです。

戦時中という時代のニーズもあったのでしょうけど…もう少し何とかならなかったのでしょうか?

私も拙いながら木遁を行使できるからこそ思うのですが、ぶっちゃけ戦いには使いにくい忍術だと思うんですよ。

「わざわざ木を育てて攻撃に使うくらいだったら、素直に土遁で岩でもぶつけた方が威力が高いんじゃないの?」とはカナタの言葉です。

全くもってその通りだと思います。

 

そして術の使い方を間違えている大賞は二代目火影の扉間様なのです。

 

人手を一気に増やす影分身、はるか彼方に物理的距離を無視して瞬間移動できる飛雷神。

これだけ便利な術を開発できるのに何で…

 

偵察用に作ったらしい影分身の術。

どう考えても偵察以上の使い道があるでしょう。

敵を逃がさず追跡するための飛雷神の術にしてもそうです。

物資の運搬に使うという発想はなかったのでしょうか?

下手に禁術指定なんかしないで広く公布して離れた里や国との取引に活用していれば、物流事情に革命を起こすのも不可能じゃなかったはずなんですが…

 

まあこのあたりは良いでしょう。

便利だということはそれだけ悪用された時の被害も絶大だということですし。

争いが絶えない時代で平和利用は机上の空論だったのかもしれません。

 

しかし、そのあたりを考慮したとしても“この使い方”はあんまりだと思うのですよ。

生命を蘇生するという奇跡の忍術をよりにもよってこの人は……

 

「敵の忍びを生贄に、敵の仲間の忍びを甦らせて仲間同士で戦わせるなんて…」

 

恋人や息子を甦らせてけしかけ、起爆札を貼り付けて突貫させての共倒れ。

しかも貼り付けられた起爆札は口寄せの術式も重ねあわされていて、起爆札を口寄せし続けて際限なく爆破し続けるという正気を疑うような魔改造を施された一品。

容赦ないにも程があるでしょう。

 

さらにはワザと意識を残したまま身体の制御だけ奪い取り、「仲間と戦いたくない殺したくない!」と泣き叫ぶ死者に容赦なく仲間を殺させてみたり…

仲間同士の結束が固いうちは一族には特に効果抜群だったようです。

命を捨てて仲間を守っても、無理やり生き返らせられた挙句守ったはずの仲間を殺させられる……鬼です、鬼の所業です。

かつて千手とうちはが戦っていたとき、千手側に何度もこの鬼畜戦法をとられ、うちは一族は血の涙を流しながら戦ったそうな。

 

戦争末期には、もはや抵抗する気も消え失せて「もう止めてくれ」と懇願し降伏するうちは一族が後を絶たなかったとのこと。

おかげで拮抗していたはずの両者の一族は徐々に千手側に傾いていったのでした―――

 

―――全ては『マダラの書』に記されていたことです。

 

千手一族の相手側であるうちはマダラの視点から記されていることを抜きにしても、この使い方はあまりに凶悪すぎなのです。

 

合理的と言えば合理的なのでしょうけど。

写輪眼擁するうちは一族に対抗するために、同じうちは一族をぶつけるのは戦略的には何も間違っていません。

むしろ最良の選択と言えるかもなのです。

味方の被害を最小限に抑えつつ相手の戦力に対抗でき、なおかつ士気を削ぐことも出来て一石三鳥……それでも私はこんな使い方を正しい使用法とは断じて認めません。

ですから示すのです。

 

死者を召喚する禁断の口寄せ・穢土転生の正しい使い方を!

 

かつてうちは一族を苦しめ敗退に追いやったこの術を応用することで、私はうちは復興を実現するのです!

 

術の理論は『飛雷神の術』まで読破しました。

この瞬間移動術が口寄せの術と同じ理論がベースになっていることを鑑みれば、おそらく同じ口寄せの亜種である穢土転生はこの次の項目のはず。

さあ、いよいよですよ。

 

これが私の希望の第一歩―――

 

「―――ってなんでここだけ塗り潰されてるんですかぁあああぁああ!?」

 

私はだぁっとその場に崩れ落ちました。

 

なんで!?

なんでよりにもよってこの最後の項目だけ真っ黒に…って考えるまでもなく火影様の仕業ですよねこれ!

貴重な歴史的財産に何してくれてるんですか!

そうまでして私の邪魔をしたいのですか!

したいのでしょうね!

 

……やっぱり、火影様のこれは私の行動を読んでの事なのでしょうね…うう、またなのです。

 

「火影様はいつもいつでも私の先を往くのですよ……」

 

「おっしゃああああああ成功だってばよ! コトちゃん、今の俺見ててくれて……コトちゃん?」

 

何やらやりきった様子のナルト君が訝しげに声をかけてきました。

ずいぶん泥だらけですが、表情を見るに多重影分身の習得に成功したのでしょう。

良かったですね…こっちは収穫なしですが。

これまでの日々はいったい何だったんでしょう…

 

「とりあえずおめでとうございます…」

 

「それはそれとしてコトちゃんはいったいどうしたんだってばよ?」

 

「ああ、聞いてくださいよ―――」

 

私は失意のまま、心の中の思いのたけを全部ぶちまけてしまいそうになり

 

「―――っ!」

 

寸前のところで踏みとどまりました。

そういえば、私はナルト君にうちは復興の話はしましたけど、その具体的な方法までは話していませんでした。

もちろんカナタにもです。

 

いえ、白状すると意図して誰にも話さないようにしていました。

おそらく気づいていると思われる火影様が言いふらしてさえいなければ、私の希望は私だけしか知らないはずなのです。

 

誓って言いますが、私は決して後悔していません。

例え“それ”が目を背けるような邪道の行いでも、それがうちは復興に繋がるのであれば躊躇なく実行すると断言できます。

それでも、私は話せませんでした。

なんだかんだ言っても、それが正しいことじゃないのは理解できていますし。

正しい使い方とか大見得切っといてこんなこと思ってしまうのもなんですけど、死者の蘇生は何処までいこうが邪道、正しいも何もあったもんじゃないのです。

 

要するに私は結局のところ、ナルト君に拒絶されるのが怖かったんですよ。

 

サスケ君に避けられ、カナタにも異常だと指摘されてしまった私ですが、一般的な常識が消えたわけでも、ましてや罪悪感を感じていないわけではないのです。

異常なほどに、普通。

だからこそ、私はナルト君に避けられることが普通に怖い…

 

ナルト君はどう思うでしょうか?

 

どうしようもなく歪で、

 

おおよそ正しいとは言えない目論見を抱えていて、

 

私がそんな狂った存在だと知ったら……

 

 

急に固まった私をナルト君が不思議そうな目で見つめてきます。

 

今、私の中では2つの感情が渦巻いているのです。

洗いざらい全部吐き出してしまいたい、でも話してその結果避けられるのは怖い。

 

ナルト君にまでサスケ君みたいな目で私を見られたらいよいよもって()()()()なってしまうんじゃないかという予感がします。

でも、だからと言ってこれ以上隠し通すのは辛いです。

かつてナルト君は一楽で私に心の内(ハラワタ)を見せてくれました。

その一方で私は全てをさらけ出していないというのは友達としてとても不誠実に感じるのです。

 

私はナルト君と対等になりたい、対等でありたい……でも

 

「私は――――――」

 

 

 

 

 

 

気が付けば、私とナルト君がこの場所に来てから半日近い時間が過ぎていました。

どうやらずいぶんと話し込んでいたようです。

 

「そろそろ『封印の書』も元に戻さないとですね。」

 

「ええ~もう? まだ俺一個しか覚えてないのに」

 

「一個で十分ですって」

 

火影様もいい加減鼻血も止まってるでしょうし(今の今まで止まらなかったらいろんな意味で大惨事なのです)他の大人達もいずれ気づかれるでしょう。

 

「悪戯で許してくれるうちに申し出ましょう。これ以上欲張ったら本当に犯罪に………っ!? 大変です!」

 

ふとこの場に近づいてくる誰かの気配。

この身のこなしは中忍以上!

 

「見つけたぞコラ!!」

 

慌てて逃げるようにナルト君に言おうとしましたけど、それより前に見つかってしまいました…ああ、オシオキ確定。

下手すれば卒業取り消しかも…まあ、ナルト君と一緒ならそれも悪くないかもですね。

カナタと離れてしまうのは残念ですが……はて卒業? 何かを忘れているような?

 

「あ、鼻血ブー見っけ!」

 

「バカモノ! 見つけたのはこっちの方だ!」

 

突然現れたイルカ先生に、余裕の態度で応じるナルト君。

なんというか、度胸が違いますね。

私とはえらい違いです。

 

「へへへ、見つかっちまったか。まだ術一個しか覚えてねーのに」

 

「術? ひょっとしてお前等今までずっと術の練習を? こんなになるまで…」

 

「おう!! あのさ! あのさ! これからすっげー術見せっから!! それができたら、卒業させてくれよな!!」

 

びっくりしたように私たちを見るイルカ先生。

練習してたのはナルト君だけで私は特にしてませんが…あれ?

 

私は何か違和感を感じました。

 

「その背中の巻物はどうしたんだ?」

 

「ああこれ? ミズキ先生が教えてくれたんだってばよ! コトちゃんがずっと読みたがってた物凄い術が書かれてる巻物だってさ! これに書いてある術を見せれば、俺も卒業間違いなしなんだろ!?」

 

「……ミズキがそんなことを? 怪しいな」

 

何か考え込んでいる様子の先生。

確かにその話は妙です。

 

私も疑問に思っていました……今の今まで頭からスッ飛んでいただけで。

というか、ナルト君はそういう経緯で『封印の書』を持ち出したのですね。

何というか、その目的にこの手段は盛大に間違ってると言わざるを得ないのですよ。

 

でも、今は“それ以上に”妙なことがあるのです。

 

「とりあえず、話は後だ。その『封印の書』を俺に渡して「あ、その前に1つ良いですか?」……なんだコト?」

 

私はやや警戒するように後ろに下がりながら

 

 

 

「いや、なんでイルカ先生に化けてるんですか()()()先生?」

 

 

 

―――瞬間、私は宙を舞いました。

 

 

 

大きな放物線を描いて樹に激突し、そのまま力なく地面に墜落して、ようやく私は殴られたのだと気づきました。

 

「コトちゃん! え? イルカ先生?? ……じゃない?」

 

「いつ気づいた?」

 

混乱するナルト君を無視して、先生は変化の術を解除しました。

イルカ先生の姿がドロンと消えて、現れたのは優男風の風貌の男性教師。

やっぱりミズキ先生でしたか。

 

「ひょっとしてそれがどんな術でも見抜くっていう写輪眼の力か? サスケと違って落ちこぼれだと聞いていたが…」

 

ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら私を観察するように見つめてくるミズキ先生。

生憎とその推測はハズレですね。

私はまだ写輪眼を開眼していないのです。

 

「…気づいて当然なのですよ。こちとら、アカデミーに通ってる間ずっと水を自分に変化させ続けてきたのですから」

 

気づけたのは単なる年季の差です。

教室から抜け出すため、教師すら見抜けないようなハイクオリティな分身を作ることに情熱を燃やし続けた、日々の研鑽の賜物なのですよ。

 

「なるほど。腐ってもうちはだったってことか」

 

「い、いったい何がどういう? …なんでミズキ先生がイルカ先生に化けてコトちゃんが」

 

「落ち着いてくださいなのですナルト君」

 

というか、ここはナルト君も変化に気づいてしかるべき場面なのでは?

頭にくっ付いてる私特製ゴーグル(それ)は飾りですかそうですか…そういえば、落描きの時もやけに早く捕まったと思ったら……全く使いこなしてくれてない(泣)

 

それはともかく私は激痛を堪えつつヨロヨロと立ち上がりながら

 

「ナルト君はミズキ先生に騙されたんですよ。おそらく目的は…」

 

「『封印の書』。ご名答だ」

 

ミズキ先生はそういうが早いが私を拳で再び地面に叩きつけました。

 

「きゃっ!」

 

「コトちゃん!」

 

「おっと動くなよ?」

 

うつぶせに倒れた私の背中を踏みつけて、首筋に大きな手裏剣『風魔手裏剣』を突き詰けるミズキ先生。

 

「っく! …なんでこんなことを? 『封印の書』が欲しいなら素直に自分でやればよかったのに」

 

話の流れから推測するに、ナルト君を唆して『封印の書』を持ち出させたのはミズキ先生でしょう。

そして、そんな風にナルト君を手引きできたのであれば、当然変更された保管場所を知っていたということなのです。

それならばわざわざこんな回りくどい方法を取らずとも…

 

「いえむしろ私に言ってくれれば喜んで協力したのに」

 

ミズキ先生はそんな私の言葉を受けて呆けたような表情をしました。

 

「お前、この状況で…大したお人よしだなおい。まあいい、ナルト、おとなしく『封印の書』を寄こせ」

 

「渡しちゃダメですよナルト君」

 

私は極力落ち着いた声でナルト君を制します。

ずっと盗み出そうとしていた私が言うのもなんですが、こんなあからさまに悪用しますと顔に書かれている人の手に渡ったらエライ事にぐにゃぁっ!?

 

「俺の許可なく勝手にしゃべってんじゃねえよ餓鬼が!」

 

私の背中をグリグリ踏みつけながら「状況分かってんのか?」とさらに手裏剣の刃を近づけてくるミズキ先生。

え、ええ、分かっていますよ。

 

「けほっ、むしろ分かってないのはそっちの方なのです」

 

 

忍法・分身回しの術!

 

 

「何っ!?」

 

次の瞬間、私はミズキ先生を離れてナルト君の隣に出現しました。

しかし、ミズキ先生は私を踏みつけたまま。

つまりは片方は分身でもう片方は本物。

もちろん踏みつけられている方が分身です。

 

これぞ、分身と変わり身の複合応用忍術。

本体と分身を一瞬で入れ替える『分身回しの術』です。

 

私としては珍しい札を使わない忍術なのですよ。

もともとは教室で先生に気づかれずに水分身と入れ替わるために編み出した忍術だったのですが、思わぬ場面で大活躍です。

 

「おおお! 良かった! コトちゃん無事だってば…」

 

ナルト君が興奮したように叫びます。

ふっふっふ、驚くのはまだ早いですよ~

 

同じように驚いて固まっているミズキ先生の隙をついて、踏みつけられていた()分身が飛びあがって抱き着きます。

 

「……っただの分身じゃない!?」

 

「その通り影分身なのです!」

 

原理こそ単純なので、割とあっさり習得できたのです。

もっとも、練習量とか情熱とか根性とかチャクラ量とかの要因で、ナルト君みたいな多重影分身は無理でしたけど。

 

でも今は普通の影分身で十分なのです!

 

「そして影分身からの~」

 

分身大爆破の術!

 

 

―――刹那、私の影分身がミズキ先生を巻き込んで爆発、炸裂しました。

 




コト「扉間様は忍術の使い方がなってないのです!」

カナタ「お前が言うな」

この先祖にしてこの子孫あり。
性格とかは全然似てませんが、なんだかんだで血縁です。

卑劣卑劣と言われてしまう扉間様ですが、原作で彼を卑劣と称したのは二代目土影ムウさんが穢土転生に対して言っただけです。(あくまで僕の知る限りですが、他にもいたら指摘よろしくです)

歴代影の中でも一際合理主義者で、思考そのものは扉間に近い人物であると思われる彼をして卑劣と言わしめるって余程のことだと思います。

あとコトが木遁について言及していますが、一概に非戦闘向きというわけではない模様。
というのもあの世界の生命には肉体活性という万能の恩恵があるので。

肉体活性された生命体(人、樹など)>硬い岩>ただの人、樹

ということなのだと。
君麻呂の骨がチャクラ刀を余裕で受け止められるのと似たような理屈ですかね。


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16話

過去最多文字数です…
正直な話、ナルトで原作の1話をここまで引き延ばした二次創作はかなり珍しいのではないかと思います。


「ナルト! コト!」

 

突然、誰かがこの場に飛び込んできました。

…どうやら今度は本物のようですね。

 

「やっと見つけたぞお前等! 今度という今度は……!?」

 

飛び込んできたイルカ先生はそこまで言いかけて、言葉を失いました。

そりゃそうですよね。

一見するとかなりおかしな状況ですから。

 

まず煙を上げてひっくり返っているミズキ先生。

この時点で来たばかりのイルカ先生からすれば意味不明でしょう。

 

そして、おろおろと混乱の真っ最中のナルト君。

背中に背負っているのは今回の騒動の元である『封印の書』

 

そして―――

 

「ぐにゃあああぁああぁああ!」

 

―――のたうちまわる私。

これが一番意味不明ですねハイ。

 

無論理由があるのです。

というのも私が仮にも禁術であるということをすっかり忘れて『影分身の術』を不用意に使用したことに起因するのです。

 

影分身の術。

通常の分身とは異なりチャクラを媒介に実体のある分身を作り出す忍術。

原理としては分身というより、もう1人の自分をこの世界に召喚する時空間忍術に近いものがあります。

そうして出現した分身体は、札の補助も必要なく本体と同じように独立した思考と意識を持って行動することが出来、また分身体が経験した記憶は術を解いた際に本体に還元することができるのです。

自立行動させるための札をせっせと作成していた私からすれば、あまりの便利さに開いた口が塞がらなくなるほどの衝撃をもたらした忍術なのですが、そこはやっぱり禁術。

 

大きなリスクが2つありました。

1つは術を発動するのに必要なチャクラ()とは別に、分身を形作る材料としてのチャクラ()が別途必要になるので、全体としてのチャクラ燃費がすこぶる悪いということです。

陽動や偵察ならともかく、戦闘に使えるような密度の影分身は達人でも数体が限界でしょうね。

 

そして2つ目ですが、前述のリスク以上に厄介なことにこの術、特性として分身が受けたダメージの記憶まで本体に還元されてしまうのです。

つまり、影分身が切り裂かれれば切り裂かれた経験が本体に還元され、影分身が炎で炙られたらその経験はやっぱり本体に余すことなくフィードバックされるということなのですよ。

 

仮に分身体を9体出現させ、本体合わせて合計10人に分身したとして、それを一斉に火遁か何かで燃やされたりした場合、普通に燃やされた場合の10倍の燃やされるダメージを負うことに…私ならショックだけで死ねそうなのです。

 

もっとも、経験の取捨選択なんてできない以上、考えてみれば当たり前の話なのですが。

分身が受けた経験は()()本体に蓄積されるという特性を知った時点でこのリスクに気づくべきでした…

 

これだけだと囮なのに囮として使えない分身を作り出す欠陥忍術になってしまいますが、そこは天才、扉間様です。

そうならないよう本来ならダメージの経験を極力少なくするための安全装置(セーフティ)として、影分身はちょっとした衝撃ですぐに消えるように術式がプログラムされているのでした。

 

しかし、まことに残念なことに今回私が合わせて使用した忍術にその安全装置(セーフティ)を解除する術式が組み込まれていたのですよ…

 

分身大爆破の術。

影分身と合わせて使うための術で、分身体に練り込まれたチャクラを利用して名前の通り爆発させる忍術。

その特性上、すぐに消えたんじゃ意味がありません。

爆弾として機能しないのですから。

 

結果、私は全身が内側から弾け飛ぶという、ともすれば何かに目覚めてしまいそうになるような未知の痛みの経験を余すところなく分身から還元されて記憶し、のたうちまわる破目になったのでした。

やっぱり、禁術は不用意に使うようなものじゃないですねはい。

こんな術を使って顔色一つ変えないような人は、きっと物凄い自己犠牲精神溢れる我慢強い人なんですよきっと……

 

「私は、決めました……影分身は別にして、大爆破(こっち)の術は二度と使いません……」

 

私は何とか立ち上がりながら心に誓いました。

こんな文字通りの自爆忍術、危なくて使えません。

生涯封印なのです。

 

「ったくコト、お前ってやつは……」

 

物凄い口惜しそうにするイルカ先生。

なんでそんな残念なものを見る目で私を見るんですかねイルカ先生。

 

「で、何が結局どうなって―――っ!?」

 

突然、イルカ先生は顔色を変えると、私とナルト君を突き飛ばして―――

 

「「イルカ先生!?」」

 

―――イルカ先生に大量の苦無が突き刺さりました。

 

そんな!?

 

ふと、気づけばさっきまで伸びていたミズキ先生が立ち上がり、血走った目で私たちの方を睨んでいます。

まさか、分身大爆破の術を至近距離で受けたはずなのに……ひょっとして、私のチャクラ力が足りなかった!?

 

「ミ、ミズキ…お前、どうして?」

 

「どうして!? それはこっちのセリフですよイルカ先生! なんだってこんな落ちこぼれで盗人の餓鬼共を庇うんですかねぇ!?」

 

口汚く吐き捨てるミズキ先生に、驚きを隠せないイルカ先生。

無理もありません。

普段の温厚な態度からすれば、到底信じられないくらいの豹変ぶりなのです。

 

「どけ! イルカ! その餓鬼共は危険だ! 俺が殺す!」

 

「ま、待て! 落ち着けミズキ!」

 

「たぶん無駄ですよイルカ先生」

 

全身に刺さった苦無に顔をしかめつつも何とか説得を試みるイルカ先生を、私はやんわりと制しました。

以前、『火』の謎チャクラを取り込んで似たような状態になったから解ります。

今のミズキ先生はどう見ても言葉の通じるような状態じゃあないのですよ。

どうやら私の付け焼刃のぶっつけ本番禁術のせいで中途半端に追い詰めてしまったみたいなのです。

 

「それに、あいつは俺を騙して…」

 

ナルト君もキッとミズキ先生を睨みつけます。

 

「騙して……どういうことだ?」

 

「つまり、ナルト君はミズキ先生に唆されちゃったんですよ。『封印の書』を盗み出すように…」

 

「……なるほど、そういうことか!」

 

イルカ先生が目を見開いたのは一瞬でした。

次の瞬間には納得の様子でミズキ先生を警戒します。

やけに理解が早いですね。

 

たぶん、イルカ先生は最初から疑問だったのだと思います。

『封印の書』の守りは厳重で、ナルト君1人ではどう頑張っても持ち出せないのです。

内通者に手引きでもされない限りは。

幾度となく忍び込んだ私には分かるのです。

 

「ナルト! その巻物を寄こせ!」

 

「ナルト! 巻物は絶対に渡すな!」

 

完全に臨戦態勢に入り、身体から引き抜いた苦無を構えるイルカ先生。

ナルト君もビビりつつも腰を低く構えます。

私としては、ここは一旦引いて態勢を立て直したいところなのですが。

さっきから全身に苦無が突き刺さったままで血をダラダラ流しているイルカ先生が気になって仕方がないのです。

平気なのですかそれ?

って平気なわけがないですね、どう考えてもやせ我慢です。

ああ、早く治療したい…

 

「イルカァ…なんでそんな餓鬼共を信じるんだよ? そんな化け物の餓鬼をよぉ!?」

 

ミズキ先生が唾を飛ばしながら叫びます。

そりゃ、私たちはそれなり以上に交流ありましたからね、叱り叱られ気づけばすっかり顔馴染み……ん?

 

「化け物?」

 

ミズキ先生の物言いに私は首をかしげました。

どういう意味でしょうか?

ナルト君も訝しげな顔をしています。

 

「そうか、そうだったな……せっかくだ。良いこと教えてやるよ」

 

ミズキ先生の顔が喜悦に歪みました。

 

「バ、バカよせ!」

 

イルカ先生が必死の形相で声を荒げてミズキ先生の言葉を止めようとしますが、もちろんそんなもので止まるわけもなく…

 

「12年前……化け狐を封印した事件を知っているな? あの事件以来、里では徹底したある掟が作られた」

 

「ある掟…」

 

「…ですか?」

 

12年前の九尾の妖狐襲来事件と言えば、ちょうどナルト君が生まれたくらいの年なのです。

ちなみに私が生まれたのはその翌年……しかしこれが一体なんだというのでしょうか?

ミズキ先生の言葉は続きます。

 

「しかし、ナルト……お前にだけは絶対に知らされることのない掟だ」

 

「…俺だけ…!? 何なんだその掟ってばよ!? どうして…」

 

「ククク……それはな」

 

ミズキ先生が激昂するナルト君を見て愉しそうに嗤います。

 

「……ナルトの正体が化け狐だと口にしない掟だ」

 

「……っ!?」

 

ナルト君が目を見開いて硬直しました。

私自身も「やめろ」と叫ぶイルカの声も耳に入らず固まってしまい、ミズキ先生の言葉だけが響きます。

 

「つまり、お前が―――」

 

「やめろ…」

 

「―――イルカの両親を殺し」

 

「やめろ!」

 

「里を壊滅させた九尾の妖狐なんだよっ!!」

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

「おかしいとは思わなかったのか!? あんなに里の人間に毛嫌いされて!」

 

「……っ!」

 

ミズキ先生の言うとおりです。

私は、いえ、私だけではなくカナタやヒナタさんもなのです。

私たちはずっと不思議だったのです。

こんなにも良い子なナルト君が、どうしてあんなに里の皆から…

 

正直、ミズキ先生の話は信じられないし、信じたくないのです。

でも実際のナルト君の扱いは…

 

…里の皆は知っていたのですか? でも私たちは知らなかった、子供には知らされていない? 大人にだけ知らされていた? 火影様も全部知っていた? そもそもこの話は真実なのでしょうか? イタチお兄さんのような濡れ衣を着せられただけの誤解という可能性は? …分からない、分からないことだらけです。

前々から感じていたことですが、この里、実は物凄い不透明です。

さすが忍びの隠れ里というべきか、何処も彼処も隠し事だらけなのですよ…

 

「(…ちくしょう)」

 

ナルト君の目から涙が零れ落ちました。

 

「イルカも本当はな! お前が憎いんだよっ!! そりゃそうだよな! 親の仇だ! 憎まない筈がねぇ!」

 

「ちくしょう…ちくしょう、ちくしょう!」

 

「この里でお前を認める奴なんかいやしねぇ!」

 

私はその言葉に反論しようとしました。

そんなことはない! ナルト君を認めている存在は此処にいる! って叫ぼうとしました。

でも、声が出ませんでした。

 

ミズキ先生は言ったのです。

 

親を殺されて恨まない筈がない。

 

事実その通りだと思います。

ナルト君がもし本当に里を襲って多くの人を苦しめた九尾の妖狐なのであれば、今ここでナルト君に味方するのは果たして正しいことなのでしょうか?

正義なのはミズキ先生の方で、悪なのは私たちの方なのでは…

 

「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!!!」

 

ナルト君の慟哭の涙は枯れることなく流れ落ちます。

 

「お前は生きてちゃいけないんだよ」

 

 

 

 

だから死ね

 

 

 

 

ミズキ先生は、風魔手裏剣をナルト君めがけて投擲して―――

 

「ナルトォ!」

 

ほぼ同時にイルカ先生が間に割って入り―――

 

―ザクッ!

 

風魔手裏剣は、イルカ先生の背中に突き立ちました。

 

 

真紅が弾けて―――

 

 

 

 

 

 

意識の底に沈めている幼い日の思い出は大人になった今でも鮮明に思い出すことが出来た。

事件後、「ただいま」「おかえり」という何気ない日常から失われた日々。

家に誰もいないという事実は、俺―――海野イルカにとって耐えがたい苦痛だった。

 

 

眼を開ける。

俺の血を浴びて呆然と固まっているナルトがそこにいた。

ああ、良かった、どうやら今度は間に合ったみたいだ。

 

コトのやつは……オロオロと揺れているか。

見た感じこっちも無事か。

 

ハハ、コトのそんな顔はあの時以来だな。

そんな不安そうな顔しなくても俺は大丈夫だ、格好悪くても大人だからな。

 

それとも迷ってるのか?

大丈夫だ、俺が…俺たちが保証する。

お前たちは何も悪くないんだ。

 

「両親が死んだからよ……誰も俺を褒めてくれたり、認めてくれる人がいなくなった。寂しくてよぉ……」

 

ほとんど無意識のうちに口が動いていた。

飛び出すのはせめて友達には認められたいと思ったかつての自分の心中。

 

「クラスでよく馬鹿やった。人の気をひきつけたかったからさ。優秀な方で気を引けなかったからよ」

 

忍術の修行中のことだ。

俺はワザと失敗して、池に落ちたりした。

そのときだけは自分のことを見てもらえるから。

そのときだけは独りじゃないと思えるから。

 

「全く自分ってものがないよりもマシだから、ずっとずっとバカやってたんだ」

 

馬鹿なやつ。

周囲にはそういう烙印を押されたが、誰にも見てもらえない『空気のような存在』になるよりはマシだと思えた。

そういうポジションを手に入れるために、馬鹿を繰り返した。

何度も何度も繰り返した―――おかげで友達はできた。

 

けれど、それは素の自分を認めてもらえたわけではなかった。

 

結局のところ、それは自分を認めてもらっているわけではなく―――道化を演じていることに対して、苦笑混じりの認識を覚えられていただけだった。

 

「苦しかった」

 

媚びへつらう日々を繰り返し、俺は大人になって教師になって…ようやく俺はかつての自分が間違っていたことに気づけた。

ガキっぽい行動だった。

気を引くための努力を違う方向に向けるべきだった。

学校で馬鹿みたいに騒いで、家の中ではしんみりと部屋の隅で座り込んで―――流れる涙を止める方法はそんなものじゃなかった!

 

結局、心の隙間は心でぶつからないと埋まらなかった。

 

そう、例えば周囲に疎まれても真っ直ぐ自分を曲げずぶつかり続けたナルトのように。

そう、例えば失敗しても失敗しても諦めずに自分の信じた道を突き進んだコトのように。

 

間違っていたのは俺だった!

教えられたのは俺の方だった!

 

「寂しいよな。苦しかったよなぁ……ごめんなぁ。大人(おれ)がもっとしっかりしてりゃ、こんな思いさせずにすんだのによぉ……」

 

俺は血の混じる言葉を吐き出した。

ナルトは目を見開いて俺の腕の隙間から抜け出ると、割って入った時の衝撃で飛んで行った巻物を担ぎ上げ、一瞬俺を振り返った後、森の中へ走り出した。

その瞳は、揺れていた。

 

「ナルトォ!!」

 

「ククク、あの目を見たか? 絶望した奴の目だ。『封印の書』を利用し、この里に復讐する気だ」

 

「ナルトは、そんな奴じゃない!」

 

「けっ! そんなのはどうだっていい。ナルトを始末して……『封印の書』が手に入ればそれでいい! お前等は後だ」

 

ミズキは心底愉しそうに嗤うと、ナルトを追って森の中へ入っていく。

俺もすぐに後を追おうとしたが、身体に力が入らなかった。

さすがに血を流しすぎたか…

コトのやつがいつになく血相を変えて駆け寄ってくる。

 

「イルカ先生! すぐに治療を!」

 

「コト……」

 

「喋っちゃダメです! とにかく出血を」

 

「俺のことは良い……ナルトを頼む…」

 

「でも……」

 

コトの目が不安定に揺れている。

らしくない。

俺は全身の痛みを根性で抑え込んで笑顔を作った。

 

「ハハ、何を迷ってるんだ? いつもの無駄に自信満々なコトは何処に行ったんだ?」

 

「私は……「お前は間違ってないよ」…え?」

 

ひきつった下手くそな笑顔だが知ったことか。

とにかく笑え、教え子の不安1つ取り除けなくて何が教師だ!

 

「お前は間違ってない。何度でも言ってやる。お前は間違ってなんかない!」

 

コトの事情は火影様をはじめとする里の上層部から聞かされていた。

そして万が一“間違える”ようなことがあれば速やかに()()せよとも。

 

ふざけるなと叫びたかった。

友達を、仲間を、家族を取り戻したいって思う気持ちが間違いであってたまるか!

 

「でも、それでも! もし仮にそれが間違いだっていうならさ」

 

俺は咳き込むのも構わず息を吸い込んで

 

「盛大に、思いっきり間違えてやれ!」

 

そういうの得意だろ?

なんたってお前は、この俺がいつも手を焼かされていた問題児なんだから。

 

コトの大きな目が驚きに見開かれる。

見開かれて、そして閉じて、また再び開かれて…

 

「…これ、包帯と傷薬です。あと増血丸も。………ここでじっとしていてください」

 

必ず()()で戻ってきますから。

コトはそれだけ言い残して、この場を立ち去った。

もうその眼に迷いはなかった。

 

気持ちは通じただろうか。

これで少しは教師らしいことが出来たと良いんだが。

 

「なんて、言ってる場合じゃないな」

 

俺は、コトにもらった救急セットで素早く応急処置を済ませると、行動を開始した。

悪いなコト、言いつけは破らせてもらう。

教え子のピンチにじっとなんてしてられない。

 

それが教師って生き物なんだ。

 

 

 

 

 

 

私―うちはコトは、森に入るとすぐさま感知モードを全開にしました。

元々は自然エネルギーを取り込む実験の副産物だったのですが…本当に何が幸いするか分からないものですね。

全部私の日ごろの行いの産物です。

これだけでも、イルカ先生の「間違っていない」という言葉を実感できるのです。

 

実は、イルカ先生以外にも、ナルト君に励まされていたのです。

ミズキ先生が乱入してくる少し前、悩みに悩んだ末、私は心中を吐露した時のことでした。

 

私はどこか歪であること。

人として大事なものを失ってしまっていること。

カナタにそれを指摘されたこと、

指摘されるまで自分では全く自覚がなかったこと。

 

洗いざらい全部ぶちまけたのです。

全てを聞き終えたナルト君は、なんてことないように笑って

 

『知ってたってばよ』

 

『……え?』

 

予想だにしない答えでした。

 

『俺ってばさ、生まれた時から親がいないからさ…独りってのがどういう気分なのか解るんだ』

 

ナルト君は話してくれました。

 

『コトちゃんやサスケが独りぼっちになったって聞いたとき、実はちょっと嬉しかったんだ…俺と同じような奴が増えたって。同じ気持ちを分かち合えるって、喜んじまったんだってばよ……』

 

ナルト君のそれは告白でした。

以前、一楽で吐き出した心の内(ハラワタ)よりもさらに奥深く、後ろ暗い闇の部分でした。

 

『でも違った。コトちゃんも、サスケのやつも、俺とは全然違ってた。コトちゃんは以前と何も変わらなかったし、サスケは俺と違って何でもできた。落ちこぼれの俺なんかとは大違いだったってばよ』

 

『……』

 

『でも関係ない』

 

『……? 関係ない?』

 

『ああ。たとえコトちゃんが普通とは違ってても、俺とは全然違っても、気持ちを分かち合えなくても! そんなの関係ない! 俺たちは友達だってばよ! だって俺は、いや俺だけじゃない、カナタだってそうだ! 俺たちはコトちゃんが違うことを解った上で、認めた上で一緒にいるんだから!』

 

それは今までも、そしてこれからも。

 

『コトちゃんが例えどんな風になっても、俺たちは一生友達で、仲間だってばよ! それでも、もし何かとんでもないことをやらかしちまいそうになったらさ、俺たちが全力で止めてやる!』

 

それが友達ってもんだろ?

 

 

 

「ああ、私って本当に恵まれてますね」

 

友達に恵まれて、理解者に恵まれて、恩師に恵まれて……これ以上ないくらい恵まれています。

でも私は強欲なんです。

これ以上を、家族を求めてしまっているんです。

 

今まではそれはとても後ろ暗いことでした。

私の進む道は決して正しくないから。

火影になるっていう正しくて真っ直ぐな道を行くナルト君が眩しかったのでした。

でも今は……

 

「……見つけました」

 

ナルト君の気配。

それを追うミズキ先生の気配。

そして、やっぱりというか案の定というか、言いつけを守らず動いてるイルカ先生の気配。

あの怪我でよくもまあ…じっとしててって言ったのに…

 

「フフ…」

 

知らず知らずのうちに笑みがこぼれます。

 

常識観点から鑑みれば、それはとても正しくない行動です。

でも今の私にはその正しくなさがどうしようもなく眩しく感じられたのでした。

 

 

 

 

 

 

「ったく、どいつもこいつも信じられねえほどのお人よしだな…親の敵に化けてまであいつを庇って何になるってんだ?」

 

「お前みたいなバカ野郎に『封印の書』は渡さない。コトみたく価値を正しく理解できるとも思えないしな」

 

「言ってくれるじゃねえか。価値を正しく理解できないだと? 理解できてないのはお前だイルカ。コトもナルトも根本的な部分は俺と同じなんだよ」

 

「同じだと?」

 

「そうさ! あの『封印の書』に記されている術を使えばなんだって思いのままだ! それを理解しているからこそ現にコトは飽きもせずに火影邸に侵入し続けたんじゃねえか! ナルトもそうだ! あの化け狐が力を利用しないわけがない」

 

 

―――ミズキ先生とイルカ先生が喋ってるのを、私は木の陰に隠れて観察していました。

反対側にナルト君の気配も感じました。

どうやら『封印の書』もまだ奪われていないようで、私と同じように2人のやりとりをじっと伺っています。

それでいいです。

まだ乱入するときじゃありません。

仮に突撃しても今の警戒されているミズキ先生相手じゃ返り討ちなのですよ。

 

 

「―――にするな…」

 

「あ?」

 

「一緒にするなって言ったんだよこの大馬鹿野郎が。ナルトもコトもお前なんかとは違う!」

 

「あいつらは俺が認めた優秀な生徒だ。努力家で、一途で、その癖変に不器用で、誰からも認めてもらえなくて…」

 

 

ふと、気づけばナルト君が泣いていました。

悲しみの涙ではありません。

ナルト君、どうやら貴方の努力は、貴方の知らないところで報われていたようですよ?

 

 

「ナルトは人の苦しみを知っている。コトは力の愚かさを知っている。もう一度言うぞ。あいつらはお前なんかとは違う! 人の苦しみを理解できず、『封印の書』を単なる力としか考えられないようなお前とはな! あいつらは俺が認めた優秀な生徒、木ノ葉隠れのうずまきナルトとうちはコトだ!」

 

 

ああ、誰かに認められるって、こんなにも嬉しいことなのですね。

もう迷いは完全に消えました。

 

 

「……っへ、おめでたい奴だな。お前は後回しにするつもりだったが、もう止めだ。この場で息の根を止めてやるよ」

 

 

ミズキ先生が背中の風魔手裏剣を外して、構えました。

ダメです!

もう一度あれを受けたらイルカ先生は!

 

 

「さっさと死ねぇ!」

 

 

今は乱入するときじゃないとか、返り討ちにされるだけとか、そういう思考は全部吹っ飛びました。

私は、真っ白になった状態で、イルカ先生の前に飛び出して―――

 

 

―――同じように飛び出していた、ナルト君と共にミズキ先生を吹っ飛ばしていました。

 

 

「イルカ先生に手ェ出すな。殺すぞ」

 

「…やってくれるじゃねえか」

 

「はい、やってしまいました……でも不思議なんですよ。後悔の念が微塵も沸かないのです」

 

むしろ清々しい気分なのですよ。

 

「けっ、どいつもこいつも化け狐の味方かよ。おい、良いのか? お前の隣にいるのは里を襲った大悪党だぞ?」

 

ミズキ先生が私の方を歪んだ目で見て言ってきます。

 

「はい、そうかもしれませんね。少なくとも今の私にはナルト君が九尾の妖狐じゃないと証明することが出来ません」

 

私はミズキ先生の言葉を否定しませんでした。

ナルト君が私のことを不安そうな目で見てきます。

 

「コトちゃん?」

 

「でも…そんなの関係ない」

 

ナルト君が呆けたように固まりました。

そうです、これは私がナルト君にもらった言葉です。

 

「関係ない。関係ないんですよそんなこと! 仮に本当にナルト君が九尾でもそんなの関係ない! 私たちは友達です! 私はナルト君のことを認めた上で一緒にいるって決めたんですから!」

 

それこそが迷いを振り切った歪な私の偽りない本音です。

 

「ナルト君がミズキ先生の言うとおり本当に九尾の妖狐で、一緒にいることがどうしようもなく悪いことなのだとしたら……私は喜んで悪いことしてやるのですよ!」

 

もとより私は問題児ですからね。

今更、間違えることに躊躇いはありません。

 

善も悪も知ったこっちゃないのです。

私は私の信じた道を行くのみです。

これが私の忍道です。

 

「…上等だコラ、だったら俺が大人として、教師として、お前等に直々にオシオキしてやるよ!」

 

「…っへ、望むところだ。かかってこい、千倍にして返してやっから「あ、その前にちょっと待ってください」…コトちゃん~」

 

空気読めってばよ~とナルト君。

確かにいろいろぶった切ってしまいましたが、それでもまだ1つ、ミズキ先生にどうしても聞かなければならないことがあるのです。

 

「ミズキ先生は…」

 

「あぁ?」

 

「ミズキ先生は、九尾のキツネさんに誰か大切な人を殺されたりしたのですか? 両親か、兄弟か、親戚か、友達か、仲間か、恋人か…そんな人たちを殺されたから、ナルト君を憎んでいるのですか?」

 

「はぁ、何甘いこと言ってやがる? 最初(ハナ)っからいねぇ~よそんな奴。友達? 仲間? 生憎と俺はカスとつるむ気はねぇ」

 

「なるほど、よく分かりました。もういいですよ。これで思い残すことはありません」

 

少なくともこの人にはナルト君を蔑む資格はないのですね。

それさえ分かれば十分です。

これで本当に遠慮はなくなりました。

 

「お待たせしました。もう暴れていいですよナルト君?」

 

「おう!」

 

さっきからうずうずしていたのか、さっそく印を結んでチャクラを練り込むナルト君。

気分が高まっているのか、いつにもましてそのチャクラ量は多いです。

心なしかチャクラ質まで違うような気がします。

 

「良いですね…知ってますかミズキ先生?」

 

私はミズキ先生にニッコリ微笑みかけて

 

 

 

大人(あなた)がそういう態度でいてくれるから、子供(わたしたち)は何処までも生意気になれるんですよ?」

 

 

 

多重影分身の術!

 

 

「なぁ!?」

 

ミズキ先生は、あたりを見渡して絶句しました。

ミズキ先生だけではありません。

心配そうにしていたイルカ先生も、そして私も言葉を失いました。

いや確かに暴れていいとは言いましたけど…いくらなんでもこれは…

 

「「「「「へっへ~ん、どうしたんだってばよ? かかってこいよ、ひょっとしてビビってんのかぁ!?」」」」」

 

四方八方からナルト君の声、まるで木霊です。

それもそのはず、現在森はナルト君の分身体で埋め尽くされているのですから。

 

あっちを向いてもナルト君、こっちを向いてもナルト君、何処も彼処もナルト君だらけ…うわぁ、びっくりです。

これだけいればもう一生ナルト君には困りませんね…って私は何を言ってるのでしょうか?

 

「うぁ、あ」

 

ミズキ先生は蒼白になって腰を抜かして尻餅をつきました。

先ほどまでの残忍で野心に満ち溢れた顔は見る影もありません。

何だか、可哀相になってきました……

 

「「「「「それじゃあ、こっちから行くってばよ!」」」」」

 

たくさんのナルト君が一斉に構えます。

もうこれは詰みですね。

実は私も覚悟を決めてナルト君と戦うつもりだったのですが…これ以上やるのはさすがにミズキ先生が気の毒なのですよ…

 

「千倍にして返すとは言っていたが……まさか本当に千人に分身しやがるとはな」

 

「数えたんですか!? そっちはそっちで凄いですね…でもまあ、ナルト君ですし」

 

「確かにな…こりゃひょっとすると本当に歴代のどの火影も超えちまうかも」

 

「ですね」

 

そういって笑い合う私とイルカ先生。

もっとも、それはまだ未来(さき)の話ですが。

 

私もナルト君もまだまだ子供です。

 

 

「というわけで、覚悟してください大人(ミズキせんせい)? 子供(ナルトくん)の悪戯はちょっとばかり強烈ですよ?」

 

 

 

そしてミズキ先生は私たちの目の前で、ナルト君のジャージの色―――オレンジの津波に呑み込まれて見えなくなっていったのでした。

 




原作1話、これにてようやく終了です。
コトがあまり活躍してないですが、原作主人公の活躍の場を奪うのはどうしても嫌だったので。

何はともあれ、コト、ナルト共々吹っ切れました。
箍が外れたとも言います。



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17話

これまでのあらすじ。

カナタ「コトの心は歪んでいる!」

ミズキ「ナルトは実は九尾の妖狐だ!」

イルカ「逆に考えるんだ。歪んでてもいいさ、と」

コト、ナルト「「吹っ切れた!」」



三代目火影・猿飛ヒルゼンは選択を迫られていた。

 

「…どっちじゃ? どっちに配属させる?」

 

ヒルゼンは眉間にしわを寄せて水晶玉を凝視する。

遠眼鏡の術により水晶玉にはこことは違う場所の光景―――木ノ葉の里にあるとある公園が映しだされている。

そこにはヒルゼンの孫である猿飛木ノ葉丸と、今や問題児の代名詞にもなっている金髪少年のうずまきナルトに加え、さらにもう1人少女の姿。

 

髪、肌ともに白い、白すぎる少女だった。

唯一色のある大きな黒い瞳をキラキラと輝かせてナルトや木ノ葉丸と話している彼女こそ、ヒルゼンの悩みの種であるうちはコトだった。

 

『では、見ててくださいよ? まずは右手に『起水札』です』

 

その名の通り彼女は木ノ葉の名門、写輪眼の血継限界を擁する『うちは一族』の末裔の1人である。

これだけなら何も問題はなかった。

いや、問題がないわけではないが、少なくとも悩む必要はなかった。

うちは一族が一部を除いて事実上滅亡してしまったために、木ノ葉で写輪眼を扱えるのははたけカカシ1名のみ。

コピー忍者の異名で里の内外から一目置かれる優秀な上忍である。

 

写輪眼の使い方を教えられるのは同じく写輪眼を持つ者だけである以上、コトの配属する班はほぼ決まったも同然だった。

これはヒルゼンだけでなく里の上層部全体の共通の意見で、コトは同じくうちは一族の末裔であるうちはサスケや九尾の人柱力であるうずまきナルト共々カカシ班に配属されることはほとんど決定事項だった。

 

……全ては過去形である。

 

『次に、左手に『起土札』です。これらを合わせて…』

 

というのも、彼女が継承している血筋はうちはだけではなかったのだ。

 

『符術・木遁果樹豊作!』

 

うちはコトが手をついた地面から双葉が生えて急激に成長し、蕾が出来たと思ったら花が咲き、すぐに散って……橙色の手のひらサイズの果実が実った。

まさしくそれは…

 

『……オレンジ?』

 

『そうです! オレンジなのです!』

 

ドヤァ、と何やらやりきった表情を浮かべるうちはコト。

しかし、それを見るナルトと木ノ葉丸の表情は微妙の一言に尽きる。

 

『それだけ?』

 

『もちろん違います。他にも出来るんですよ! 木遁・果樹豊作『ブドウ』『メロン』!』

 

『いやあのそういう意味じゃなくて…コトちゃん?』

 

『バナナもあるんですよ!』

 

ヒルゼンは、ナルトと木ノ葉丸の気持ちが手に取るように理解できた。

いや、確かに凄いことは凄いのだが…

 

『…ダメだ…こんな術じゃ爺に勝てないぞコレェ』

 

『そんな!?』

 

木ノ葉丸にダメと言われて、ガーンとショックを受けて固まるコト。

その術は文字通りの意味で実を結んだ彼女の研究の集大成であったらしい。

コトはショックのあまりその場に崩れ落ちる。

 

『ナルト兄ちゃん! やっぱりこんな術じゃなくて爺を倒したっていうおいろけの術を教えてくれよコレェ!』

 

『ダメ~! ダメダメなのですよそれは! おいろけの術は木ノ葉丸君にはまだ早すぎるのです! いやそれ以前にその目的にその術を使うのはオカシイのです!』

 

術の使い方が間違っている! と豪語するコト。

幸か不幸かいつも「お前が言うな」とコトに突っ込む空野カナタはその場にいなかった。

 

『え~? じゃあ、おいろけの術の正しい使い方って何だってばよ?』

 

『そ、それは……』

 

ナルトの質問にうっと固まるコト。

裸の女性に変化する術の正しい使い方って何だろうか?

コトは考えて考えて、テンパって電波をいろいろ受信した挙句

 

『……お、女湯に堂々と入り込んでの諜報活動? とか?』

 

 

「その手があったか! はっ!? いやいやいや」

 

とんでもなくエロい方向にすっ飛びかけた思考を軌道修正するヒルゼン。

首をトントンとたたいて心落ち着かせて深呼吸。

大丈夫、鼻血は出ていない。

 

今考えるべきはナルトの編み出した『おいろけの術』の有効な使い方ではなくコトが習得した『木遁の術』の方である。

 

チャクラを生命の源に性質変化させるこの血継限界は元々は木ノ葉の里を創設した一族『森の千手一族』のものだ。

歴史上これを十全に使いこなしたのは初めて影の名を背負った初代火影こと千手柱間ただ1人。

そう、十全に使いこなせさえすれば木遁はまさしく火影に匹敵する力になる。

なるのだが…

 

ヒルゼンは改めて水晶玉を覗き込む。

映し出されているのは、件の千手の血を受け継ぎ木遁を扱う少女うちはコト。

 

『それよりも見てくださいよ! 私の木遁は果樹豊作だけじゃないのです! 符術・木遁青果精製!』

 

重ねられた札から、今度は人参とトマトが飛び出した。

苦手な生野菜の出現にたじろぐナルト。

相変わらず反応の薄い木ノ葉丸。

 

『ショボイ……ってか、なんかオカシイってばよ』

 

 

 

「……写輪眼よりも木遁(こっち)の方が問題やもしれん」

 

気づけばヒルゼンは額に汗をかいていた。

よもやナルトと同じ感想を抱く日が来るとは。

このままだとマズい。

コトの忍術が全く使えないから……ではない。

むしろその逆、ある意味物凄く有用であるからこそ、マズい。

最悪、コトの忍術や血統や才能を巡って各国が争うことになりかねない。

それだけの可能性を秘めていた……だからこそコトには最低限自衛できるだけの戦闘力を身に着けてもらいたいのだが…

 

「望み薄じゃのう…」

 

ヒルゼンはやれやれと嘆息する。

というか、本格的に木遁の使い方を指導しないと、いろいろな意味で本当に取り返しがつかないことになってしまう気がする。

幸いなことに、ヒルゼンは希少な木遁を扱い指導できるような忍びには心当たりがあった。

 

だが、その忍びの班に配属させると今度は写輪眼が…

 

しかし、カカシ班に配属すると木遁が…

 

「どっちじゃ? どっちが正しい?」

 

それはある意味、里の未来の行く末を決める重大な二択であった。

ヒルゼンの出した決断は―――

 

 

 

 

 

 

酷いです。

皆して木遁のことバカにして!

 

木ノ葉の里のとある広場にて。

私は木遁の凄さをちっとも分かってくれないナルト君と、木ノ葉丸君(ナルト君を一回り小さくしたような、黒髪の男の子で三代目火影様のお孫さん。地面を引きずるほどに長いマフラーがトレードマークです)に遺憾の意を示すのですよ!

 

 

 

そもそもなんで私が木遁を披露することになったのか。

それは今から少し前、ナルト君と木ノ葉丸君が一緒になって印を組んでいるのを見かけたのが切っ掛けでした。

 

『よし、基本は教えたから、あとはもう練習あるのみだってばよ!』

 

『オッス親分』

 

あれは変化の印ですね。

察するに変化の術の練習…じゃなくて指導ですかね。

 

微笑ましい光景でした。

子供っぽいと思っていたナルト君もちゃんとお兄ちゃんをやれるのですね…

 

私はほっこりした気分で2人に気づかれないようその場を離れようとしました。

頑張ってる人たちの邪魔はしたくありませんからね……と、そんなことを考えていられたのもこの時まででした。

 

『いいか? 基本はボンッキュッボンだ!』

 

『オッス親分! おいろけの術!』

 

『!?』

 

思わず耳を疑いました。

小さな子供に何を教えてるんですかナルト君!?

気が付けば私は顔を真っ赤にして突撃していました。

 

『ダメー!』

 

『あ、コトちゃん? 急にどうしたってば…』

 

『その術はまだ木ノ葉丸君には早いのです!』

 

『じゃあいくつになればいいんだってばよ?』

 

『そりゃもちろん、大人になってからです! 子供は使っちゃダメです!』

 

『いや、でもさでもさ、俺もまだ12歳(こども)だし…』

 

『そうでした! なんという盲点!』

 

『コト姉ちゃん、頭良いけど時々おバカになるぞコレェ』

 

『とにかくダメ! 絶対! おいろけの術は絶対禁止なのです!』

 

 

 

そんなこんなでおいろけの術に代わる凄い忍術を見せる羽目になり、私はかねてより開発していた珠玉の木遁を披露したのですが…反応は芳しいものではありませんでした。

 

果樹豊作も青果精製も凄い忍術なのに。

今でこそ生み出せる果実や野菜は数個程度ですが、極めれば何十何百と大量生産して完全なる自給自足も夢じゃないのです。

さらに現在、これらの木遁と並行して『木遁・穀倉創造』も開発中なのです。

 

「見てなさい。いつか果物屋さんと八百屋さんが経営できるくらいに出せるようになってやるんですよ!」

 

そうすればもはやショボイなんて評価は付けられないのです!

 

「いや、出てくる果物とか野菜の数の問題じゃなくってさ……もっと根本的な部分がなんというか」

 

「やっぱショボイぞコレェ」

 

「何おう!?」

 

さ、さっきから言わせておけば……仮にも乱世を治めて木ノ葉の礎を築いた初代火影様の伝説の木遁忍術をショボイとか失礼にも程があるのですよ!

 

「え? 初代火影はこんなので木ノ葉設立したのか!?」

 

「う~む、初代火影ってある意味凄かったんだなコレェ」

 

「貴方たちは罰当たりなのです!」

 

偉大な火影様になんてことを……ってちょっと待ってください。

片や、火影様の顔に文字通りの意味で泥を塗った天下の悪戯小僧。

片や、打倒三代目火影様を掲げて日に何十回も火影様に特攻するヤンチャ坊主。

…罰当たりなのは今さらでしたね。

 

「でも、オレンジじゃ爺を倒せないぞコレェ」

 

不満たらたらですが、私はそもそも火影様を一発で倒しちゃうような忍術を教えるのは仮に知っていても反対です。

やっぱり木ノ葉丸君にはまだ早い…というか、大人になっても使ってほしくないです。

危ないじゃないですか。

 

「……そもそも、なんで木ノ葉丸君は火影様に食って掛かるのですか?」

 

私は木ノ葉丸君に向き直りました。

前々から気になってたんですよね。

出会った当初はそんなことをする子じゃなかったはずなのですが。

 

「いったい何がどうして木ノ葉丸君をそこまで…」

 

「それだよ」

 

「それ?」

 

「その木ノ葉丸って名前……爺ちゃんがつけてくれたんだ。里の名前にあやかって……でも、これだけ里で聞き慣れた名前なのにコト姉ちゃんとナルト兄ちゃん以外誰も呼んでくれないんだ…」

 

木ノ葉丸君はポツリポツリと語ります。

皆自分をちゃんと見てくれない。

単なる火影様の孫としてしか見てくれない。

 

「誰も俺自身を認めてくれない…そりゃ、コト姉ちゃんやナルト兄ちゃんは別だけどさ。それだけじゃイヤなんだ。だから、今すぐにでも火影の名前を手に入れるんだ!」

 

それはかつて一楽で「火影になって里の皆に俺の存在を認めさせてやるんだ!」と宣言したナルト君を思わせる言葉でした。

知りませんでした…いつも無邪気でヤンチャな木ノ葉丸君にこんな感情が渦巻いていたなんて…

 

「大丈夫ですよ。別に火影にならなくても私たちがちゃんと木ノ葉丸君の事を認めて「バ~カ、お前みたいな奴、誰が認めるか」ナルト君!?」

 

耳を疑いました。

なんでそんなことを言うんですか!?

 

「ガキが語るほど、簡単な名前じゃねえんだ」

 

ナルト君は私の咎めるような視線を無視してさらに言い募ります。

 

「何ぃ!?」

 

「火影火影って、そんなに火影の名前が欲しけりゃなあ……」

 

その顔は、いつもの悪戯好きな男の子の顔ではありませんでした。

 

 

「この俺をぶっ倒してからにしろ」

 

 

野望を抱く、1人の男の顔でした。

 

 

ナルト君が怒ったのは、自分が目指す火影(ゆめ)を軽く扱われたことに我慢ならなかったから……ですかね。

それに木ノ葉丸君も火影を目指すということは、同じ夢を抱くナルト君とはライバルということに…。

 

ナルト君は私が「なぜ火影様に食って掛かるのか?」と尋ねた時、木ノ葉丸君に何も言いませんでした。

同じだからこそ、聞くまでもなく知っていたのですね。

 

そして私は気づかなかった、木ノ葉丸君との付き合い自体はナルト君よりも長いはずなのに―――

 

 

 

「ここにいましたか! 探しましたぞお孫様!」

 

 

 

―――ふと、サングラスをかけた細面の男性が突然姿を現しました。

模範的な木ノ葉流『瞬身の術』……教科書に記載されているお手本みたいです。

 

エビス先生。

三代目火影・猿飛ヒルゼンの孫である木ノ葉丸君の家庭教師を務める自称エリート忍者なのですが……正真正銘のうちは一族(エリート)を知っている私からすればどうも名前負けしてる感が拭えません。

 

エビス先生はふと私とナルト君に気づいて

 

「(……フン……化け狐にうちはの落ちこぼれめ)」

 

恐ろしく冷たい目でした。

絶対に認めないって、これ以上ないってくらいにデカデカと顔に書かれているのです。

そんなに私達(もんだいじ)が嫌いですかそうですか。

まあ好かれるようなことは特にしてないのは確かなんですが…

 

「さあ、お孫様、帰りましょう」

 

「イヤだ! 俺は爺倒して、火影の名を今すぐ貰うんだ!」

 

「火影様とは仁・義・礼・智・忠・信・考・悌の理を知り千以上の術を使いこなすことで初めて…」

 

エビス先生の小難しいご高説なんて木ノ葉丸君は最初から聞かず、手裏剣を構えて勢いよく飛び出していきます。

 

しかし、大人と子供の力の差は歴然です。

あっさりあしらわれる木ノ葉丸君。

 

「クソッ、こうなったら…」

 

印を組んだ木ノ葉丸君は、気合一発チャクラを一気に練り込んで…ってこの術式はまさか?……

 

「食らえ、おいろけの術!」

 

木ノ葉丸君の姿が掻き消え、現れたのは黒髪ロングの裸の美人…ああ、やっちゃった…

 

「まさかこの土壇場で…俺より飲み込み早いってばよ」

 

感心してる場合ですか。

ナルト君はもとより木ノ葉丸君の将来が心配です。

 

「ななななんとお下品な術をおおおぉおぉお!?」

 

これにはエビス先生もさすがに度肝を抜かれたらしく顔を真っ赤にしているのです。

 

「私は紳士です! そのような超低俗な術には私は決してかかりませんぞ!!」

 

そういって、エビス先生は木ノ葉丸君のマフラーを引っ張って……ってそれは危ないです首が絞まっちゃうのですよ!

 

「エビス先生! 離してあげてください! 木ノ葉丸君が窒息しちゃいます!」

 

「貴女こそ、お孫様に近づくのを止めていただきたい! 貴方達のような忍術を低劣に扱う落ちこぼれとつるんでいたら、バカが移ってしまいます!」

 

「ちょ、果樹豊作は低劣なんかじゃありません!」

 

「離せコレェ~!」

 

「お孫様! どうか御考え直しください! 私の言うとおりのするのが火影の名をもらう一番の近道ですぞ!」

 

スズメ先生もそうでしたけど、エビス先生はそれに輪をかけて頭が固いのです。

忍術を教科書通りにしか使いませんし、教えません。

良いじゃないですかちょっとくらい発想を転換させても!

 

「影分身の術!」

 

「「「!?」」」

 

ナルト君が急に何人にも分身しました。

すでに臨戦態勢です。

おいろけの術を「お下品」とか「超低俗」とか言われて、さすがに黙っていられなかったようです。

 

「うおおお! すげ~ぞコレ!」

 

木ノ葉丸君は初めて見る実態を持った分身に大興奮ですが、エビス先生はさすがに冷静です。

 

「影分身…フン、下らない。こう見えても私はエリート家庭教師! ミズキなどとは違うんですよ」

 

こう見えてもって……自覚あったんですね。

それはそれとしてエビス先生の実力は本物です。

飛び掛かってくるナルト君の分身たちを前にしても冷静です。

ふむ、これは助太刀が必要ですかね。

 

「来なさい! いくら数を増やしたところで全部蹴散らして!?」

 

腰を低く構えていたエビス先生が急にバランスを崩してひっくり返りました。

その足元からは滑った勢いで空中に跳ね上げられた細長い黄色い果実。

 

「バナナも出来るって……エビス先生には言ってませんでしたね」

 

木遁・果樹豊作。

符術をひそかに発動していた私はその光景を見てほくそ笑みます。

いや~悪戯の定番にして鉄板にして王道ですよね、バナナの皮でスリップって。

低俗低俗とバカにしますが、低俗な術でも低俗なりの使い方ってものがあるのですよ!

 

「ナイスアシストだってばよ! 変化!」

 

ナルト君()は、滑って転んだエビス先生を見てチャンスとばかりに一斉に変化して…………ってまたですか? またなんですか!?

 

 

ここから先は詳しくは語りません。

結果だけ言えば、紳士(エビスせんせい)は、酒池肉林の肌色の嵐(ハーレムのじゅつ)に飲み込まれ鼻血の海に沈んだのでした……低俗上等は結構なんですが……木ノ葉の未来の火影様たちの将来が不安です。

 

 

 

 

 

 

「よってお主は暗部を抜けて上忍じゃ。面を外しこれからは『ヤマト』と名乗れ」

 

ところ変わって火影邸。

三代目火影・猿飛ヒルゼンは、厳かにそういった。

 

「光栄ですね。まさか僕と同じ木遁を扱う部下を持てるとは」

 

ヒルゼンの前に立っていた男―――木ノ葉の希少な木遁使いである『ヤマト』はやや嬉しそうにしながら暗部の面を外した。

 

「さらにうちは一族でもある」

 

「へぇ、ということはカカシ先輩と同じ写輪眼を…将来有望ですね」

 

これは期待できそうだ、とヤマト。

 

「頼むぞ……将来有望なのは確かなのじゃが、それと同じかそれ以上に将来が不安でならん」

 

「?」

 

将来有望なのに将来が不安?

ヤマトは矛盾するようなヒルゼンの物言いに首をかしげた。

 

「その子だけではない。他の班員の子も皆癖が強い」

 

もっとも、癖が強いのは何もヤマトの班に限った話ではない。

うちは、日向、奈良 油女、犬塚、秋道、山中……木ノ葉の有力一族の末裔が一堂にそろった世代だ。

受け持った上忍の苦労がすでに予想できた。

 

「まあ、なんとかしますよ。いざとなれば檻に入れてでも躾けて見せます」

 

「頼むぞ」

 

ヒルゼンは再三にわたってヤマトに念を押すのであった。

 

 

 

 

 

 

「ところで、なんでこの子だけモノクロ写真なんですか?」

 

「いや、全員カラー写真じゃが?」

 

「え?」

 

「え?」

 




新符術『木遁・果樹豊作』ですが。
果物のバリエーションは他にもパイナップル、マンゴー、イチゴ、キウイフルーツ、ドリアン…などがあります。
共通点は……とりあえず日曜に早起きしてみましょう。
ちなみにコトは木遁以外だと

火遁・遠赤外線。

水遁・蒸留清水。

雷遁・誘導加熱を習得済みです。

あとはヤマトから木遁・四柱家の術を写輪眼でコピーすれば……

コトは順調に『便利な女』を極めつつあるようです…
目指せ女子力最強。


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18話 ☆(後書きにキャラプロフィールあり。ネタバレ注意)

注意!

今回イラストがあります。
見たくない人は気を付けてください。



本日はアカデミーの卒業式なのです。

私こと『うちはコト』はやや緊張しつつこの日を迎えました。

 

大丈夫ですよね?

服とか着崩れてないでしょうか…一応、正装してきたのですが…

 

「…正装? 巫女装束(それ)が?」

 

「何か問題でも?」

 

今日の私はこの日のために新調した巫女装束を身につけているのです。

これは南賀ノ神社に代々伝わる由緒正しい特別なもので、長い白髪に隠れてイマイチ目立たないですが、ちゃんと背中のところに『うちは』の家紋もあるのですよ。

本来ならこれは一人前の巫女になった証であり、巫女見習いである私はまだ纏うことを許されない代物なのですが、晴れて下忍になった今日、気持ちを新たにする意味も含めて解禁したのです。

 

……それに南賀ノ神社は事実上閉鎖状態なので勝手に着ても怒る人いませんしね…

もちろん、いずれ復興するつもりなのですが。

この装束はいわば私の誓いの証なのです。

 

「そう。たとえ下忍になっても心は巫女です!」

 

忍者も巫女も見習いの時期は終わりを告げました!

 

「いや意味わかんないし」

 

空色の髪をショートカットにした同い年の女の子―――空野カナタはどこか奥歯に物が挟まったような物言いをしました。

アカデミーではいつも隣の席だったカナタは今では私の一番の理解者……だと思います。

今一歩断言できないのはカナタは私のことを理解したうえでわざと私を()()()()()()()()()()()()節があるからです。

曰く「調子に乗せると何処までもスッ飛んでいきそうだから」とのことです。

 

う~ん、これはいわゆる世間一般で言うところのツンデレってやつなのでしょうか?

斜めに構えたいお年頃なのですかね?

 

「今とても失礼なことを考えたでしょう?」

 

「心を読まれた!?」

 

「読めないよ、ただ感じただけ。というか、コトの考えてることなんて後にも先にも読めたことがないわ」

 

カナタはそういって私から視線を外しました。

そして周囲に視線を配り

 

「どうやらコトだけじゃないみたいね……気合入った服着てるのは」

 

私もカナタに促されるままによくよく見てみますと……なるほど女子を中心に皆お洒落さんです。

教室がどこか華やいで見えるのですよ。

むしろいつも通りの服装の人の方が珍しいくらいです。

ちなみにカナタはお洒落していない(めずらしい)側ですね。

ナルト君もです。

いつもと同じオレンジジャージ…おかげで私の中でナルト君はオレンジのイメージです。

 

もっとも、皆の雰囲気が違って見える1番の理由は服装ではなく別にあるわけですが。

卒業前と今とでは目に見える明確な違いがあるのです。

『木ノ葉』が刻まれた金属プレート―――額当てです。

アカデミーを卒業し忍者としての第一歩を踏み出した一人前の証であり、己の所属する忍び里を他里に示すシンボルマーク。

男の子も女の子も、お洒落している人もしてない人も、皆木ノ葉マークを誇らしげに装着しているのです。

 

ナルト君は特に嬉しそうですね。

今日までつけずにとっておいたらしい傷1つないピカピカの額当てがよく似合ってます。

ゴーグルと一緒に額に装着しているので若干頭のシルエットがゴテゴテしてますが。

 

ナルト君に限らず、ほとんどの人が額に額当てをつけているのです。

額当てですからね、基本はおデコです。

しかし、お洒落系の女子を中心に別の場所に着けてる人がちらほら見えますね。

お洒落に気を使う女子は額当ての付け方1つとっても拘りがあるのですよ。

 

ちなみに私は髪留めに(魔改造)して後頭部に着けてみました。

カナタは左胸に装着しています。

 

他には、最近伸ばした桜色の髪に広いおデコがトレードマークの春野サクラさんは頭頂部から(うなじ)にかけて装着しています。

以前はそこにリボンがついてましたね。

 

同じく綺麗な金髪を長く伸ばしてポニーテールにしている山中いのさんは腰に帯のように結んであります。

 

癖のない綺麗な黒髪をやや伸ばした日向ヒナタさんは首にスカーフのように巻きつけてあります。

そういえば、彼女も最近髪伸ばしているのですよね…

 

……ふと、改めてみると女子の髪の毛が全体的に伸びているような?

というか、ロングヘアーがやたら多くないですか?

何時の間にこんなに増えたのでしょう…

 

「…最近の女子は長髪がブームなのですかね?」

 

「そりゃ、噂が立ったからね」

 

「噂?」

 

「そ。うちはサスケ君は長髪の女の子が好みだって」

 

「えぇ?」

 

今はともかく、かつてはサスケ君とそれなりに付き合いがあった私ですが、そんな話はかれこれ聞いたことがないのですが…

 

「いったい、どこからそんな噂が…?」

 

「そりゃ貴女でしょうがサスケ君と一番交流のあったストレートロング」

 

「あう」

 

カナタに突っ込まれるまで気づきませんでした…まさかそんなことになっていたなんて。

 

「……ん? ということはヒナタさんもサスケ君狙い?」

 

そんな、ヒナタさんはてっきりナルト君の事が……

 

「それも貴女でしょうがナルト君と一番仲の良かったストレートロング」

 

「あう」

 

天丼させるな、とカナタから間髪入れずに再び突っ込みが入りました。

 

曰く、この根も葉もあるけど盛大に間違っている噂のおかげで『髪の毛を伸ばしている女子=サスケ君狙い』という図式が暗黙の了解としてひそかに女子たちの間で広がっていたそうな。

……もう、何とも言えませんね。

 

「おかげで元からロング(わたし)までサスケ君狙いって勘違いされるし」

 

「ああ、だから髪型変えたんですね」

 

カナタが髪を切ったのにそんな理由があったとは…

侮りがたし恋する女子のパワーです。

私も気づかなかっただけで敵意とか向けられていたのかも。

 

…最近気づいたことなのですが、どうもあのうちは壊滅の一件以来、私から昏い感情が欠け落ちただけでなく周囲の昏い感情とかにも鈍感になっているようなのです。

事実、女子の嫉妬に気づかず、そればかりか木ノ葉丸君の鬱屈した精神も察してあげることが出来なかったわけで……思ったんですが、これって人としてはもとより忍びとしても相当致命的なのでは?

 

もちろん吹っ切れた以上、今更自分の歪さで悩む気はないですが不安にならないわけではないわけで。

 

「私、忍者としてやっていけるのですかね…?」

 

「それこそ、今更なことね。コトが忍びに向いてないのは今に始まったことじゃないでしょ? だったら、やることは今まで通り。いつものこと。いつも通りのコトよ」

 

「…………ひょっとして励ましてるのですかそれは?」

 

「…………」

 

……そういえば、一番最初に歪な私を見抜いて、理解して、受け入れてくれたのはナルト君でもイルカ先生でもなくカナタでしたね。

カナタは私を歪だと言いましたけど、それで私から離れることはなかったですし。

 

「下忍はチームが基本らしいですけど、同じチームになれるといいですね」

 

「……まあ、コトが良くも悪くも目が離せない奴だってのは否定しないわ」

 

 

 

今年の卒業生は当初の29名に、影分身の術を習得して飛び入り合格を果たしたナルト君を合わせて合計30名です。

 

イルカ先生の説明によると、下忍たちは担当する上忍の先生……いえ、上司というべきでしょうか……に3名ずつ配属するそうです。

いわゆる三人一組(スリーマンセル)というやつですね。

長く、それこそ場合によっては十数年単位で苦楽を共にする仲間になるチームです。

班員はチームの実力が均等になるように割り振ったとのことですが……私はどんなチームに割り振られたのでしょうか?

私としては、カナタやナルト君とでスリーマンセルのチームになれたら万々歳なのですが。

 

ヒナタさんも悪くないですね。

白眼(びゃくがん)で結構お世話になってますし。

奈良シカマル君とも相性は悪くなさそうです。

何度か将棋で対戦したこともありますし、何より忍術について鋭い考察や意見をもらったこともあるのです。

秋道チョウジ君もありですね。

同級生で唯一、木遁・果樹豊作の凄さを見抜いたその慧眼は侮れません。

 

……そういえば、ナルト君は誰か組みたい人とかいるのでしょうか?

どうにもナルト君の交友関係ってイマイチ不明瞭なところあるんですよね。

九尾関連の事情で孤立しているかと思えば、何気に犬塚キバ君とかと一緒になってそこらを駆け回っていたりしますし。

 

……それにいつもサクラさんのこと見てますし。

別にいいですけどね? いいですけどね!

 

さらにはいつもヒナタさんに見られてます。

見てるだけじゃ何も伝わりませんよ?

 

「……よくよく考えればナルト君って全然孤立してませんね」

 

サクラさんが夢中になっているサスケ君とかも含めたら孤立どころかむしろ立派に修羅場の中心人物なのです。

おまけに最近はカナタとも仲が良いですし。

いつの間にかカナタの呼び方が「うずまき君」から「ナルト君」になっているのですよ。

むむむ、何か複雑です。

そりゃ、仲を取り持ったのは私なんですけど……

 

「あとそういえば、何気にサスケ君ともよく話してたりするんですよね」

 

現在、ナルト君は机の上にお行儀悪くしゃがみ込み、席に座っているサスケ君と超至近距離で睨みあっています。

 

「どけ!」

 

「フンッ!」

 

どちらも目を尖がらせていて、視線をそらそうとしません。

なんか、野良猫同士がじゃれあってるみたいです。

 

「仲良しですね~」

 

「あれを仲良しと言い切るのは無理があると思うんだけど……私にはナルト君が一方的に突っかかってるだけにしか見えないし」

 

カナタが苦笑しながらナイナイと首を振ります。

 

「いやそうでもないんですって」

 

サスケ君が本当に嫌っているのであればそもそも視線を合わしてさえくれませんからね。

そう、例えば私のように。

私としては何とか仲直りしたいんですが……

 

「…そうです。ナルト君に仲介してもらえば…」

 

「いや無理でしょ? どう見てもあの2人は犬猿の仲―――っ!!?」

 

カナタが突如目を見開いて絶句。

 

「どうかしたので―――エ?」

 

 

ナルト君とサスケ君がキスしてました。

しかも、「チュッ」って軽い感じじゃありません。

「ブチュ~」って感じのディープな……えぇ??

 

 

「……ほ、ほら、私の言った通りではないですか! 2人はとっても仲良し…」

 

「ごめんコト。いくらなんでも“あれ”を仲良しと言い切るのは無理があると思うわ」

 

「デスヨネ~」

 

実は私もさすがに無茶だと思ってたんです。

 

現在ナルト君とサスケ君は顔を青くして口をおさえています。

 

あ、サスケ君派の女子たちがナルト君を取り囲みました。

彼女たちにしてみればトンビに油揚げをさらわれた状況ですからね。

まさにナルト君の漁夫の利状態……こういう場合も漁夫の利っていうのでしょうか?

というか、どういう理屈で何が起こってあんなことになったんでしょう?

哀れナルト君、今回は庇えません。

 

殺気だった女子の群れに飲み込まれていくナルト君のその様子は、いつかのミズキ先生を思わせるものでした……

 

 

「「(……ナルト君のファーストキス…)」」

 

あ、ヒナタさんとハモった。

 

 

 

 

そんなこんなで班分けです。

 

「次の第七班は…うずまきナルト」

 

とうとうナルト君の名前がイルカ先生に呼ばれました。

おお、と元気よく反応するナルト君。

女子にボコボコにされたダメージはもう何ともないみたいですね。

さすがの回復力です。

 

「春野サクラ」

 

サクラさんの名前が自分の後に呼ばれた瞬間、ナルト君は飛び上がって両手の拳を突き上げました。

サクラさんはがっかりした様子。

 

…………やっぱり、ナルト君はサクラさんのことが……ついさっき「うざい」と言われてボコボコにされたのに。

一途ですね…

 

「うちはサスケ」

 

呼ばれた瞬間、今度はサクラさんが先ほどのナルト君と同じポーズ。

逆にナルト君はガッカリした様子…いやこれは照れてるのかもです。

“あんなこと”の後じゃさすがに気まずいどころの騒ぎじゃないでしょうし。

 

しかし、喜びもガッカリも派手なリアクションで表現した2人とは対照的にサスケ君は終始無反応ですね。

こっちは照れとかそういうのじゃなくて本当に興味ないんでしょうね。

何処までも自分本位、徹底した個人主義者(ソロプレイヤー)なのです。

 

下忍は集団行動(チームプレイ)が基本なのですが…大丈夫なのでしょうか?

って、こういうこと言うとカナタに「自分の事を心配しろ」って突っ込まれちゃいますね。

 

「次、第八班…日向ヒナタ、犬塚キバ、油女シノ」

 

イルカ先生が次の班のメンバーの名前を言いました。

ヒナタさんは八班ですか。

 

七班もそうでしたが、男子2人に女子1人の組み合わせが多いですね。

班の実力は均等になるように教師が組み合わせたらしいですが…男女の比率も決まりみたいなのがあるのでしょうか?

 

 

……あれ?

 

 

私はふと教室を見渡します。

アカデミー卒業生は全部で30名、男子と女子の割合は半々程度。

男子と女子の人数に極端な偏りがない状況で、男男女、男男女と班を割り振っていけば当然…

 

「次、第九班……うちはコト、空野カナタ、月光マイカゼ」

 

…いずれこういう班も出てきますよね。

 

カナタと同じ班になれたのは幸運でしたが…まさかの班員全員女子。

どんな班になるかそれなりにあれこれ期待したり不安になったり身構えたりしていたのですが、正直これは予想外でした。

 

月光マイカゼさん。

綺麗な黒髪を肩にギリギリかからない程度に無造作に切った、寡黙なくのいち。

アカデミーでは体術が女子(くのいち)クラスでトップで座学は苦手だったはず。

座学がそれなりに得意で体育は苦手な私とは正反対の存在です。

なるほど、班の実力を均等に……というより互いの欠点を埋めるように割り振るとこういう組み合わせになるのですね。

学年主席(サスケくん)最下位(ナルトくん)が同じチームなのも納得です。

 

ちなみにカナタは可もなく不可もなく座学も運動も成績は中の上程度でした。

 

「よろしく」

 

「え、あ、はい。こちらこそよろしくなのです」

 

「お互い頑張ろう」

 

ボンヤリしていたら、マイカゼさんがいつの間にか正面に立って手を差し出していました。

下忍の証の額当ては頭にかぶった帽子に縫い付けられています。

私は戸惑いながら握手に応じます。

硬い武骨な感触がしました。

まさに忍者…というより戦士の手って感じです。

 

ナルト君やヒナタさんと組めなかったのは残念ですが、こういうのも悪くないですね。

私は改めて思います。

新しい縁、新しいチーム、まさにスタートの一歩を踏み出したって感じがするのです。

 

 

 

そんな感じで私……いえ、私達『第九班』は下忍としての最初のスタートを切ったのでした。

 




アカデミー卒業生の男女比に偏りはなくても、実際に忍者になる人には偏りはあるでしょうね。
現実の自衛隊や警察とかも、基本女性隊員は珍しいですし。

あとオリキャラのプロフィールを作成してみました。


名前  うちはコト
誕生日 4月6日
星座  おひつじ座
血液型 AB型
身長  143.7cm(12歳)
体重  34.5kg(12歳)
好きな食べ物 青果物、誰かの手料理
嫌いな食べ物 インスタント食品
好きな言葉 逆転の発想、アイデアの勝利
趣味  家事、創作活動(料理、新術開発、秘密基地建設、魔改造などを含む)
外見  白髪ロングヘアーに白い肌、黒眼(非写輪眼時)巫女装束
額当ての位置 後頭部(髪留め)


【挿絵表示】


プロローグから登場している今作の主人公でオリキャラその1。
うちは一族の末裔にして千手(扉間)の子孫でもあり木遁も使えるというハイブリットなサラブレッド。
設定だけだとよくある最強系チートオリキャラですがその実態は……
一応巫女ですが、今のところ巫女らしい行動は皆無、せいぜいが外見とやりすぎなくらいの効率的平和主義者であることくらいです。
他人を呼ぶときはカナタ以外は君付けさん付け、敵になったミズキですら終始『先生』を外しませんでした。
忍者としての能力は、正確に表現すれば非戦闘タイプ(?)ですが、あえて言うなら支援と解析が得意な感知タイプで、符術を行使する中距離型の忍術タイプ。
医療忍術も使えるので、単純な利便性なら第二部のカリンに匹敵するという極めて都合のいい女。
サポート特化で戦闘にはほとんど参加できないので何気に個人プレイがしたい人(サスケとか)とは相性が悪くなかったりします。

名前  空野カナタ
誕生日 11月4日
星座  さそり座
血液型 O型
身長  150.0cm(12歳)
体重  38.4kg(12歳)
好きな食べ物 ゼリー、のど飴
嫌いな食べ物 ワサビ
好きな言葉 日常
趣味  カラオケ、読書、音楽鑑賞
外見  空色の髪(当初はポニーテール、現在ショートヘア)、碧眼
額当ての位置 左胸(ネームプレート風に装着)

主人公うちはコトの“ある意味”親友にして理解者であり、1話から登場したオリキャラその2。
親友ポジションのキャラということで構想時点ではもっと素直でコトに負けず劣らずのお調子者だったのですが、作中の彼女の懸念通りコトが「どこまでもスッ飛んで」しまったのでバランスをとるために性格を変更、やや斜めに構えた突っ込みキャラになりました。
趣味とかはお調子者キャラの名残です。
他人を呼ぶときはコトを除けば名字で君付けさん付け、ナルトも当初は「うずまき君」と呼んでいましたが友好を深めるうちに「ナルト君」と呼ぶようになりました。
忍者としては幻術タイプの遠距離型となりますが、忍術や体術もそれなりに。
行使する術に関しては後日エピソードにて。

名前  月光マイカゼ
誕生日 8月31日
星座  おとめ座
血液型 A型
身長  151.7cm(12歳)
体重  39.6kg(12歳)
好きな食べ物 おむすび(鮭)、和菓子
嫌いな食べ物 炭酸飲料
好きな言葉 正々堂々
趣味  散歩
外見  ギリギリ肩にかからない程度の黒髪、黒眼
額当ての位置 頭(帽子)

名前だけなら6話から、しかしまともに描写されたのは10話からという影の薄いオリキャラその3。
勉強はできるけど運動はダメというあからさまにインドア派な主人公とは真逆の、運動は得意だけど勉強苦手な典型的アウトドア派。
ただしバカというわけではなく、コト曰く「私よりもうちはらしい」カナタ曰く「忍者というより武者みたいな人」。
スリーマンセルを組んだ際のチームバランスをとる意味で、くのいちとしては稀有な体術タイプの近距離型。
また名前の通り原作で木ノ葉流剣術『三日月の舞』を使用した月光ハヤテの血縁で、ハヤテと同じく剣術使いで刀を使用します。

なお、オリキャラの身長体重は原作キャラのプロフィールと相互比較しながら決定しました。
原作女性キャラの意外な軽さとスレンダーさにびっくりです(特にサクラ)
というか、ナルトキャラは男も女も異様に軽い…チャクラで体格とかを維持しているから脂肪とか筋肉とかつきにくい…のですかね?


【挿絵表示】


相変わらず、ナルトの原作の作風とかけ離れています…
あと、コトは写輪眼はまだ開眼してません。


あと、原作キャラクターの変更点として

うずまきナルト。
精神性、戦闘力ともに原作と大差はなし。
仮にあってもストーリーに影響が出ないレベル。
地味に芸術力アップ。
額当てをもらってもゴーグルを外していないので現在両方つけている。
ある意味、原作以上にオビトを彷彿とさせる感じに。

日向ヒナタ。
原作より若干髪が伸びている。
原因は、コトがナルトと仲良くしているのを見て、ナルト君は長髪の女の子が好きなのかもという認識を持ったため。

くらいですかね。
他のキャラは原作通りです。


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19話

今回、あとがきが過去最多文字数です…
本編は平均よりちょっと少ないくらいです…


私たちを担当するらしい先生は遅れることも早すぎることもなく時間ピッタリに迎えに来ました。

先生に連れられて私達第九班―――私ことうちはコトと空野カナタ、月光マイカゼさん―――はアカデミーの教室から抜け出します。

 

若い男の先生でした。

班員全員女子だったことから、なんとなく担当する上忍の先生も女性の方なんじゃないかな~と予想してたのですが、外れでしたね。

綺麗に整ったアーモンド形の目が印象的です。

というか、整いすぎてイマイチ表情が読めません、いえ顔は笑ってるんですが……目が笑ってないというか。

暗いわけでも冷たいわけでもないのですが…何考えているか読めません。

 

なんとなくイタチお兄さんと同じ空気を感じるのです。

これはあれですかね。

 

「あの……ひょっとして暗部出身だったりしますか?」

 

「……どうしてそう思うんだい?」

 

先生がこちらをじっと見つめて聞いてきます。

鋭いのではなく、吸い込まれそうになるような視線。

全身を余すところなく見透かされるようなこそばゆい感覚。

 

「いえ、なんか表情とか感情とかを消すのに慣れてる感じがしたので」

 

私は正直に答えました。

隠す必要もないですし、何よりこれから上司になって指導してくれる先生に隠し事とかしたくないですからね。

それにこの人、どことなく苦労人の気配もします。

なんとなく労わらなきゃいけないような気になっちゃうのですよ。

 

「……まさか初見で見透かされるとはね」

 

大した観察眼だ、と先生は苦笑し視線を緩めました。

否定はしないのですね。

 

「さすがだな。私は全然気づかなかったよ」

 

観察眼(それ)がコトの(数少ない)取り柄だからね」

 

マイカゼさんは感心したようですが、カナタは相変わらずつれないですね。

数少ないって聞こえてますよ?

少なくないです。

私にも取り柄はいっぱいあるんですからね! ……たぶん。

 

 

 

「そうだな、まずは何はともあれ自己紹介といこうか。君たちも僕のことが気になるだろうし、僕も君たちの事を書類の上でしか知らないからね」

 

アカデミーの教室から木ノ葉隠れの里にいくつもある演習場の1つに移動した私たちは改めてお互いに向き直りました。

 

「まずは言いだしっぺから。僕が君たち第九班を担当することになった『ヤマト』という。忍者登録番号は010992、その娘が言ったとおり元暗部で、好きなものはクルミで嫌いなものは油っぽいもの。趣味は建築関係の本を読むこと……こんなものかな? よろしく頼む」

 

担当の先生―――ヤマト先生は一息にそれだけのことを言ってのけました。

何というか、物凄い几帳面な人みたいですね。

迎えに来た時間もぴったりでしたし。

 

「これは私達も同じように自己紹介するべきですかね」

 

「いやでも私、好き嫌いや趣味はともかく忍者登録番号なんて覚えてないんだけど…」

 

「右に同じだ。コトは覚えているのか?」

 

「……そういえば私も知りませんでした」

 

今まで気にしたこともない数字でしたからね。

 

「ハハハ、君たちの登録番号はこちらで把握しているから問題ないよ」

 

「あ、そうですか」

 

さすが上忍なのです。

 

「代わりにそうだな、将来の夢でも答えてもらおうか」

 

「それはそれで答えにくいわね」

 

口をへの字にして言うカナタ。

恥ずかしがり屋さんですね。

 

「では私から。初めましてヤマト先生、うちはコトと言います。好きな食べ物は愛情籠った手料理! 嫌いな食べ物はインスタント食品です。趣味は料理と掃除と模様替えと創作と実験と研究と魔改造と……」

 

私は思いつく限りの趣味を指折り数えつつ片っ端から列挙しました。

 

「(相変わらず無駄に女子力高い…)」

 

「(これでお洒落があったら完璧だったな。後半の趣味は女子とは言い難いが…)」

 

外野が何やらつぶやいていますが無視です。

 

「…将来の夢はうちは一族の復興。とある人の汚名返上。そして……」

 

私はここでいったん言葉を切りました。

おなかにググッと力を込めて

 

「忍術を忍者以外の一般人に普及させることです!」

 

力強く宣言しました。

かつてこれを聞いた人たちは同級生も教師も極一部を除いて皆鼻で笑ってバカにしましたけど…ヤマト先生はどうでしょうか?

ヤマト先生はどこか呆けたような表情になって

 

「忍術を一般人に……それはあれかな? 世界中の人たちを忍者にするってことかな?」

 

「そうじゃないです。忍者は忍者、一般人はたとえ忍術を使えるようになっても一般人です」

 

そもそも勿体ないんですよ。

忍術を戦闘行為にしか使わないなんて。

 

それに私は証明したいんですよ。

例え忍者じゃなくても、立派に忍術を上手く扱えるということを!

 

「…フフ」

 

「む、何がおかしいんですかカナタ?」

 

「貴女ね……忍術を使えるようになった時点で一般人じゃなくてそれは忍者でしょ? 「なにおう!?」……ってコトに会う前の私なら言っていたでしょうね」

 

「……?」

 

どうにもカナタの言葉は含みがありすぎて真意がイマイチ解りづらいです。

言っていることは分かるけど、言いたいことが分からないというか。

結局、カナタは私を肯定したのか否定したのかどっちなんでしょう?

 

「…将来有望だけど将来が不安。なるほどそういう意味か」

 

「ヤマト先生?」

 

「いや、なんでもない。ただ、忍術を上手く扱えたからといってそれだけで忍者になれるわけじゃないというのは確かだね」

 

「うんうん」

 

ヤマト先生の言葉に私を見ながら深く首肯するカナタ。

何で私を見るんですかね?

 

「逆に言えば、忍術や幻術がほとんど使えなくても忍者になることはできるってことだね」

 

「そうなんですか?」

 

そっちは初耳なのです。

 

「実際に木ノ葉にもそういう人がいて、その人はほとんど体術のスキルだけで上忍にまで上り詰めたんだ」

 

体術一本槍ってことですか。

一口に忍者と言ってもいろんな人がいるんですね。

 

「さて、次は私の番かな? 改めまして初めまして、空野カナタです。好きなことは音楽鑑賞。嫌いなことは予想外のハプニング。趣味は……歌かな? 将来の夢は特にありません。強いて言うなら将来も今みたいに過ごせたらいいなと思います」

 

よろしくお願いします。

カナタはそう言ってペコリとお辞儀して自己紹介を終えました。

無難ですね。

 

「コトとずいぶん打ち解けている様子だけど、顔馴染みかい?」

 

「アカデミー入学当初からの縁です。ダメでしょうか?」

 

「いや、そんなことはない。下忍はチームワークが大事だからね、仲が良いことは良いことだよ」

 

「最後は私だな。月光マイカゼという。好きなことは運動。嫌いなことは勉強。趣味は剣術だ。物心ついた時から打ち込んでいる」

 

何というか、マイカゼさんは解りやすいくらいの体育会系ですね。

私とは本当に正反対なのです。

 

「将来の夢、というより今の目標は木ノ葉流剣術を極めることだ」

 

「木ノ葉流剣術?」

 

私は首をかしげました。

木ノ葉流体術『影舞葉』はアカデミーでも習いましたけど、木ノ葉の剣術流派は聞いたことがないのです。

 

「いや、確かにあまり有名ではないが木ノ葉にも剣術流派はあるよ」

 

ヤマト先生がすぐに補足してくれました。

 

「かつていた木ノ葉最強の剣士は空に漂う雲を一刀両断してみせたそうだ。『白い牙』の異名で他里から恐れられた大剣豪だよ」

 

かの有名な伝説の三忍にも匹敵したとされる英雄だとマイカゼさんが嬉しそうに語ります。

 

「雲を裂いたんですか!? それは凄いですね!」

 

そんなことはどんな忍術を駆使しても私には出来そうにないのです。

それを単なる剣技で……忍者にとって忍術が使えるかどうかは大した問題じゃないのだとしみじみ思います。

 

「でも、そんな凄い忍者ならどうしてアカデミーで習わなかったのかしら?」

 

カナタが首をひねって疑問を呈しました。

 

「……確かに」

 

伝説の三忍に匹敵しうるなら、アカデミーの教科書に名前が載ってしかるべきでしょう。

 

「まあ、別に有名じゃなくても凄い忍者はたくさんいるってことだ」

 

ヤマト先生がそう言ってこの話を打ち切りました。

なんか強引なような気がしないでもないような…

 

「とりあえず自己紹介は一通りすんだところで第九班の今後の予定、明日の演習について説明するよ。詳しくはプリントを見てくれ」

 

ヤマト先生はそう言って私たちにプリントを配ります。

またもや何か隠してますね、と私はそんなことを考えていたのですが、プリントの内容を見た瞬間そんなモヤモヤは全部まとめて吹っ飛びました。

 

「…………!?」

 

「なん…だと?」

 

「これって…?」

 

「理解したかな?」

 

私たちは驚愕の表情でヤマト先生を見つめます。

 

プリントの内容は信じがたいものでした。

新人下忍が班に分かれて最初にすることは任務ではなく演習であり、演習内容は担当上忍の裁量で決定され、その演習で見込みなしとみなされたら卒業が取り消しになるというのです。

しかもその脱落率が…

 

「どういうことですか? 脱落率66パーセント以上って…」

 

「そのままの意味だよ。脱落したら当然、アカデミーに逆戻りだ」

 

それじゃ、アカデミー卒業試験の意味が…

 

「アカデミーの卒業試験は忍術を下忍レベルに扱えるかどうかを審査するためのものだ。でも先ほど言っただろう。忍術を下忍レベルに扱えたからと言って即下忍になれるわけじゃない。コトの言葉を借りるなら、今の君たちは忍術を扱えるだけの一般人ってことだ」

 

むう、ぐうの音も出ないのです。

 

「で、でも脱落率66パーセントはいくらなんでも高すぎでは? これじゃ3人に1人しか下忍になれないってことに…」

 

マイカゼさんの言うとおりです。

アカデミーの卒業生は30名でしたから、割合で言えばその中で下忍になれるのはたったの10名ってことになっちゃうのですよ。

 

「そういうことだな。ちなみにその66パーセントというのは平均した数値だ」

 

ヤマト先生が補足するように付け加えます。

ということは合格者の枠は固定されているわけではないのですね。

つまり実際の合格者はもっと多いかもしれないし逆に少ないかもしれないということです。

極端な話をすれば30名全員が狭き門を潜り抜けて下忍になるということもありえなくは……と、私がそんな楽観的なことを考えていると、

 

「すみませんヤマト先生。1つ質問良いですか?」

 

「構わないよ。1つと言わずいくつでも」

 

カナタは眉間にしわを寄せながらヤマト先生に質問しました。

 

「……去年も同じ……かどうかはさておき、似たような演習はしたんですよね? 参考までに聞きたいんですが、去年の合格者の人数は?」

 

「3人だそうだ」

 

「「「…………」」」

 

こ、これはマジでヤバいかもしれません。

 

「質問はもうないかな? それじゃ、明日9時に忍具一式を持ってこの演習場に集合。当たり前だけど遅れないようにね」

 

ヤマト先生はそう言って印を組むと文字通りその場から姿を消しました。

毎度お馴染みの木ノ葉流の瞬身の術……いや、今はそんなことよりも…

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………帰って、明日に備えて休む?」

 

「いや、ここは明日に備えて特訓をするべきでは?」

 

「演習は此処でするのでしたよね? 明日に備えて下見をするのはどうですか?」

 

「「「…………」」」

 

どうしましょう?

どれが正解でしょう?

 




ヤマト隊長の額当ての形って、実は扉間様と同じなんですよね。
親戚はないにしてもそれなりに縁はある?
因子を植えつけられる前から実は土台はあったのかもです。

主要キャラなのに実は単行本の表紙に一度も載っていません…影の薄いヤマトに幸あれ。
グルグル仮面の下はヤマトだと信じています。

あと、木ノ葉の白い牙についての設定も妄想です。
チャクラ刀を用いたとのことですが、カカシが外伝で使っていたあれは見た感じ脇差、自害で使用したものではないかと考察します。
切腹で果てるっていかにも侍っぽいと感じました。
血継限界などの血筋に頼らない強者って、ワンピースで言えば悪魔の実を食べないで能力者と渡り合うようなものですよね。
息子が雷切ったんですから、その父親は雲くらい切ってもらわないと…サクモって名前ですし。

原作では合格者は9名で固定ですが、それだと物語がどうしても先行かない+前年度の下忍がガイ班しかいないのはオカシイってことになるので変えました。
実は木ノ葉モブの中にネジやリーと同期の下忍が6名もいるなんてことは……ないですよね?
実はとっくに死んでいるとかはもっと考えたくないです。


あと、このエピソードでオリキャラの忍者登録番号を発表しようとしたのですが断念しました。

というのも番号にこれといった法則性を見いだせなかったんです。
以下「登録番号―名前―誕生日―アカデミー卒業年齢―中忍昇格年齢―第一部終了時の年齢」で

012420―サイ―1125―不明―不明―15

012561―ロック・リー―1127―12―不明―14
012573―テンテン―0309―12―不明―14
012587―日向ネジ―0703―12―不明―14

012601―春野サクラ―0328―12―不明―13
012604―山中いの―0923―12―不明―13
012606―うちはサスケ―0723―12―不明―13
012607―うずまきナルト―1010―12―不明―13
012611―奈良シカマル―0922―12―12―13
012612―日向ヒナタ―1227―12―不明―13
012618―油女シノ―0123―12―不明―13
012620―犬塚キバ―0707―12―不明―13
012625―秋道チョウジ―0501―12―不明―13

登録番号の若い順ですが、これを見たらわかると思いますが、生年月日はまるで無関係であることが分かります。
そしてアカデミーの成績準でもない模様。
確かにサクラが同期でトップですが、主席のサスケとドべのナルトが隣り合ってる時点でこれもなしです。
卒業が確定した順かもと考えましたが、それなら飛び入りで合格したナルトが一番下にならないとおかしいですし…

そうなると、これはもう登録書を提出した順とかなのかもしれません。
生真面目なサクラは早々と書類と写真をそろえて提出、ナルトは合格嬉しさに午前中に(実際午後から木ノ葉丸とおいろけ特訓をするだけの時間はあったようですし)
のんびり屋、優柔不断、面倒くさがり組が下の方になってるわけですね。
しかし赤丸の散歩とかで早起きそうなキバが下の方なのが疑問ですが…

どう思います?


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20話

今回、遊戯王の二次創作に浮気したせいでやや遅れました。

というのも、遊戯王で思いついた小ネタをちょっと書いてみよっかな~とか軽い気持ちで書いたら良くも悪くも反応がデカくて、調子に乗って続き物にして、ネタを集めるべく遊戯王カードウィキを除いて……



気づいたらカードテキストをにやにやしながら熟読していて物凄い時間が飛んでました。
お蔭で頭の中遊戯王一色で、なかなかナルトに切り替わらなくて(言い訳以下省略)


ヤマト先生が瞬身の術で姿を消した後。

私たちはもめました。

それはもうムッチャもめました。

 

明日の演習に備えてするべきことははたして休息か、特訓か、下見か。

 

明らかに誰かが間違っているのならともかくカナタも、マイカゼさんも、そして私も、皆それぞれ一理あるから余計に拗れたのですよ。

 

「と、とりあえず意見を纏めるわよ? まず最初に一時間ほど演習場の下見をして、それから一時間ほど連携とかの特訓、その後解散して疲れが残らないように家でゆっくり休む。月光さんとコトからは何か異論ある?」

 

カナタの疲れた顔は「もうこれ以上反論してくれるな」とヒシヒシ訴えてました。

 

「い、異議なしだ」

 

「同じくです」

 

息も絶え絶えにそう答える私とマイカゼさん。

ややこしいのは御免なのはこちらも同じなのです。

 

「よし、じゃあすぐに手分けして演習場を探索するよ。ただでさえ無駄な時間と体力を消費したんだからせめてこれ以上のロスは避けないと」

 

下見を先にするのは日が沈む前に済ませるためです。

演習場に外灯の類は一切ないので、日が暮れたら真っ暗になって何も見えなくなってしまいますからね。

といっても、もうすでに日はだいぶ傾いてますが。

カナタが焦るのも納得です。

あまり時間は残されていないのですよ。

 

「承知した。あと私のことはマイカゼで構わない。こちらもカナタ、コトと呼ばせてもらってるし」

 

「……了解、マイカゼ。短い付き合いにならないように頑張りましょ」

 

「解りましたマイカゼさ…マイカゼ。こちらからもよろしくなのです」

 

私たちはそう言って改めて手を取り合いました。

 

カナタは無駄と言いましたが、私は別段この話し合いを無駄だとは思いません。

だってこんなにも早く打ち解けることが出来たんですから。

良いチームになれそうなのです。

それだけに絶対ヤマト先生に認められたいところなのですよ。

明日を最後に解散するのは嫌ですからね。

 

 

 

 

 

 

次の日、第九班の今後の進退を決める演習当日。

私は昨日と同じく一族の家紋の入った巫女装束を着て、大量の札と忍具一式と“その他もろもろ”を入念に用意してから出発しました。

途中でカナタ、マイカゼを見つけたので合流し演習場を目指します。

 

「カナタ、マイカゼ、おはようございます」

 

「ああ、おはようコト……ってちょっと待って貴女の持ってるそれは何?」

 

カナタは私の手に提げられているものを見て固まりました。

ふっふっふ、私の周到さに驚いてますね~

 

「…………弁当か?」

 

マイカゼが戦慄の表情で尋ねてきます。

 

「その通り! プリントによれば、演習は丸1日かけて行われるらしいですからね」

 

腹が減ってはなんとやらです。

下忍になれるかどうかの合否を左右する大事な演習、気合も準備も十二分な今日の私に抜かりはないのです。

 

「ああ、でも足りるでしょうか、一応ヤマト先生の分も合わせて四人分用意したんですけど……って2人ともどうしてそんな頭痛を堪えるような表情を? ……あ、心配しなくてもちゃんと水筒も持ってきましたよ? 人数分」

 

おしぼり、お箸も万全なのです。

 

「いやそうじゃな…………なんでもない」

 

「?」

 

カナタは何かを言いかけて結局何も言いませんでした。

マイカゼも微妙な表情をしています。

む、さてはちゃんとしたものかどうか疑ってますね。

 

「大丈夫、味は保証するのです……ちゃんと味見しましたし」

 

「今更コトの腕を疑ったりしないよ。ただ違うのよそうじゃないのよ…」

 

一体何が……あ、ひょっとして昼ごはんはヤマト先生が別に用意していたりするのでしょうか?

う~ん、その場合は無駄になっちゃいますね。

 

「どうしましょうか?」

 

「どうしましょうか? じゃねえっての」

 

ちなみにカナタは右足の太ももに忍具一式収納されているポーチが括り付けられている以外昨日と大した違いはありません。

 

「(……緊張していた私がバカだったのか…)」

 

「(マイカゼもよく覚えておいた方がいい。これがあのナルト君と並び称された木ノ葉の問題児うちはコトよ)」

 

何やら小声で話しているマイカゼさんは、カナタと同じポーチに加えて長刀と脇差合わせて2振りの刀を帯刀しています。

腰に差したままでの状態でも風格があって頼もしい感じがするのですよ。

 

「うん、何だか合格できるような気がしてきました!」

 

「純度100パーセントの錯覚だおバカ」

 

 

 

ヤマト先生に指定された集合時間は9時です。

よって私たち―――うちはコト、空野カナタ、月光マイカゼの3人はそれぞれ余裕をもって1時間早い8時に集合したのですが…

 

「3人とも遅れずに来たようだね。感心感心」

 

「ヤマト先生?」

 

「早いですね…集合は9時だったのでは?」

 

ヤマト先生は私たち3人が来たときにはすでに演習場にいました。

 

「9時であってるよ。演習場の下見も兼ねてそれより早く来ただけさ。準備は出来る限り入念にするのが僕のやり方でね」

 

やっぱり几帳面です。

何時から準備していたのでしょう?

 

「ところで、コトの持っているそれはお弁当かい?」

 

「そうですが、まずかったでしょうか? 一応ヤマト先生の分も用意しましたけど……」

 

「いや、まずくはない、まずくはないんだ……ただ…」

 

「おかずはクルミ和えにしてみました。揚げ物の類は抜いてあります」

 

「…その気遣いも嬉しいんだが…」

 

ヤマト先生はクルミが好きで油っこいものは苦手とのことでしたからね。

いや~結構難儀したんですよ、弁当の定番のおかずである揚げ物抜きで献立を考えるのって。

一応、油っこくならないように揚げることはできるのですが、念には念のためです。

 

「もちろん、カナタやマイカゼの弁当もそれぞれの好物を把握して……ってなんで皆引くんですか?」

 

「(コトはコトなりに今日の演習に気合入れて準備してきたのは分かる、分かるけど……)」

 

「(驚くほど用意周到……しかし信じられないほどに見当違い……)」

 

「(優秀…確かに優秀で将来有望だ……だが……)」

 

「?」

 

私は首をかしげます。

 

「ま、まあいいや…とりあえず演習の話をしていいかな?」

 

気を取り直すようにそういうヤマト先生。

私達も気を引き締めます。

それにしても前もって準備が必要な演習っていったい……?

 

「そうかしこまらなくてもいいよ。何、難しいことじゃない、ちょっとしたオリエンテーリングみたいなものさ」

 

「「「オリエンテーリング?」」」

 

というと、あれですか?

指定されたいくつかのポイントをぐるっと回ってゴールを目指す…

 

「君たちの思い描いているその認識でおそらく間違いない。もっともポイントは指定しない。その代りあるものを取ってきてもらうことを目的とするけどね」

 

「あるもの?」

 

「そうだ。この演習場のとある場所に『忍』と彫られた石を数個置いてきた。それを取ってここまで戻ってくる。それが出来た者が演習合格、晴れて下忍だ。どうだ簡単だろう?」

 

確かにヤマト先生の言うとおり、ルールはものすごく単純です。

演習場に入って石を取ってくるだけなんて…

 

「簡単すぎて逆に不安になるね」

 

カナタが私たちの心中を代弁します。

 

「もちろん、簡単に取られないよう演習場には前もっていくつかトラップを仕掛けさせてもらった。まあちょっとした障害物競走ってところかな。刻限は今日の午後6時までだ」

 

「午後6時…」

 

午前9時にスタートするとすればだいたい9時間程度演習場で過ごすってことですね。

なかなかどうしてハードです。

お弁当を用意しておいて本当に良かったですよ。

 

「本当は9時集合でルール説明を15分ほどしてそれからのスタートの予定だったんだが……まあ、早起きは三文の徳ってことで」

 

ヤマト先生が、その場に時計をセットしながらニヤリと笑いました。

 

「少し早いが……スタートだ」

 

その言葉を合図に、私たちはいっせいに演習場に向かって駆け出しました。

 

 

 

 

 

 

「あ、ヤマト先生の分のお弁当は置いておきますね」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

 

 

 

 

 

手分けして探すという案もなくはなかったのですが、誰かがトラップに引っかかってもすぐ助けられるようにという配慮のもと私達は一緒に行動することにしました。

いくら脱落率が高いと言えども演習なので命を落とすような凶悪な罠はさすがにないと思いますが、念のためです。

 

マイカゼ、カナタ、私の順で一列縦隊を組んで演習場を駆け抜けるさなか、私たちは誰からともなく演習場の様子が昨日下見したときとは一変しているということに気づきました。

 

「……地形そのものが変わってる?」

 

私たちの先頭を走るマイカゼが驚いたように眼を見開きました。

 

「間違いないね、昨日見たときはこんな場所に滝なんてなかった」

 

続く2番手のカナタが断言。

私も後方で同意するのです。

 

「ヤマト先生の仕業でしょうね、おそらく水遁・滝壺の術……だけじゃ無理だから土遁もですかね」

 

演習場内という限られた範囲だけとはいえ環境をがらりと変化させてしまうほどの高等忍術。

さすが上忍って感じですね。

私達とは使う術のスケールが段違いなのですよ。

 

「でも、これって要するに私たちの行動が読まれていたってことよね?」

 

「だな。私たちが予め下見をしているという事実を知らなければわざわざ地形を変えたりしないだろう」

 

「いえ、単に用意周到なのかもですよ。下見をしている“かもしれない”ってだけで理由としては十分ですし……もしくは最初から自分のフィールドを作るつもりだったとか」

 

「どんだけ凝り性なのよ…」

 

カナタはそう言いますが、実際ヤマト先生は相当に凝り性な性格だと思いますね。

趣味は建築関係の読書らしいですが、絶対細部のディテールとかに拘るタイプです。

 

「私には解るのです」

 

「コトも大概凝り性だもんね……変な感じに」

 

「む、変な感じとはなんですか!」

 

「まあまあ……しかし凝り性? な割には肝心のトラップがおざなりというか子供だましというか……見え見えなのはどういうわけだ?」

 

明らかに周囲と色が違う地面を避けながらマイカゼは首をかしげました。

 

確かに、と私とカナタはマイカゼの意見に同意します。

単純な落とし穴、丸見えのワイヤートラップ、数こそ多いですが全部捻りも工夫もない教科書通りのブービートラップ……ですらないですね。

どれもこれも仕掛けが見え見え、正直拍子抜けなのです。

わざわざ隊列まで組んでまで警戒する必要があったのかどうかすら疑問です……本当にヤマト先生は私たちがこんなのに引っかかると思っているのでしょうか?

 

「…甘く見られてるのですかね?」

 

「違う……と思う。少なくともこれが脱落率66パーセントの難易度の演習とは到底思えない」

 

「ですよね…」

 

「絶対何か落とし穴があるな……考えられるとすれば目的の石がとてつもなく巧妙に隠されている…とか?」

 

「もの凄く強い猛獣とかトラップが石を守ってるのかも」

 

「いや、ゲームのラスボスじゃないんだから……ってあり得なくはないのか」

 

「そういうカナタはどう思う?」

 

「……ヤマト先生は石を()()置いてきたって言ったよね? 3個じゃなくて。あと、取ってくることが出来た者が演習合格だとも」

 

「……まさか?」

 

「まさか石が2個しかないとかですか? い、いくらなんでもそんなエグイことは」

 

下手すれば仲間割れの種になってしまいます。

下忍はチームワークが大事だって習ったのに、演習内容に結束を崩壊させる要素を持ち込むなんてまるで矛盾しているのですよ!

 

「でも、そうでもしないと脱落率6割以上……3人に1人だけしか合格できないなんてことにはならないでしょ。チームの仲間同士で潰しあわせて勝ち残った奴だけが下忍になれる…みたいな内容でもない限り」

 

「イヤです! 私は信じません!」

 

「…そういえば聞いたことがある、水の国の霧隠れの里ではそんな風習があるとか」

 

「や~め~て~」

 

此処は木ノ葉です。

血霧の里とは違うんです。

仲間同士で殺し合いとか真っ平ゴメンなのです!

 

「……とりあえず、急ごう」

 

「……」

 

それからの私たちは終始無言で演習場を突き進んだのでした。

 

 

 

 

 

 

「ありましたね、石」

 

「ああ、ちゃんと3個あったな」

 

「どうやら私の考えすぎだったみたいね……でもこれって」

 

結論から言えば、私たちはちゃんと石を3個発見することができました。

それも探し始めてから1時間足らずという短時間で。

巧妙に隠されていたわけでもないし、恐ろしい猛獣もいませんでした。

トラップの類も終始子供だましで脅威にはならなかったのです。

 

置いてある場所も見晴らしの良い高い丘みたいなところで極めて解りやすく、しかも3個まとめて堂々と置かれていたので探すまでもなく遠目からでもはっきり見えたのですよ。

 

いや~、心配して損しちゃいましたね。

ヤマト先生が鬼畜じゃなくて本当に良かったのです。

 

 

……ただ唯一、()()()()()()()()()()()()()事だけが予想外でした。

 

 

「「「デカいわああああああ(怒)!!」」」

 

 

縦は2メートル近く、横幅も1メートルある卵形の石が3つ、まるで鳥の巣みたいに仲良く並んでいるのを見た私たちは思わず声を揃えて叫んでしまいました。

毛ほども仲間割れの心配はありませんでしたね。

それどころかびっくりするほどに息ぴったりなのです。

 

「ちょっと待って! 本当にこの石!? どう見ても石じゃなくて岩のサイズでしょ!? 実は偽物で本物の石が何処かにあるんじゃないでしょうね!? というかそうであってほしい!」

 

「いや、間違いない……表面に『忍』の文字があるうえ、これは本物だという注意書きまで彫られている。他にも見慣れない術式がちらほら」

 

「几帳面にもほどがある!?」

 

「「置いてきた」なんて軽く言ってましたけど……ヤマト先生はどうやってこんなのを一晩で3つも運んだんでしょう? 昨日見たときはありませんでしたよね?」

 

これも上忍の超凄い忍術なのでしょうか?

出来なくはないんでしょうね、地形変えちゃうくらいですし。

もっとも私には想像もつかない次元の忍術ですが。

 

少なくとも私がこのサイズの石をこの場所まで運ぼうとすれば、3つどころか1つだけでも一日がかりの大仕事……はっ!?

 

「カナタっ! 時間!」

 

「……っ!? そういうことか! やけにあっさり見つかったと思ったら…」

 

「この演習の肝は見つけることじゃなくて持ち帰ることか…!」

 

私たちは確かに1時間足らずでこの場所にたどり着きました。

でもそれは障害物らしい障害物もなくほとんど一直線に突き進むことができたからです。

そしてそんな地形を無視した直線ルートを突き進めたのは私たちが忍びの常として軽装で身軽だったからで……でもこの岩を3つも運んでとなると……

 

「コト、逆口寄せの時空間忍術でスタート地点まで飛ばせない?」

 

「さ、さすがに口寄せ契約の類の巻物は持ってきてないのです……」

 

まさかこんなことになるとは…必要なものは全て持ってきたつもりでしたが。

 

「あ、でも仮にあったとしても無理そうですね。封印の術式と硬化の術式が重ね掛けされているのです」

 

これじゃ術式に阻まれて飛ばすどころか壊すことも不可能なのですよ。

固定されてはいないので動かすことはできるみたいですが。

さすが凝り性のヤマト先生、涙が出そうになるほど抜かりないです。

 

「術式の解除は?」

 

「できますよ。1つにつき5時間くらいあれば」

 

石は全部で3つなので単純に合計しておおよそ15時間……ぶっ通しで解除にいそしんだとしても演習時間を6時間ほどタイムオーバーしちゃいますね。

 

「つまり無理ってことか。まあ、仮に解除できても巻物がないんじゃ意味ないか」

 

どんだけ几帳面なのよ、とカナタ。

 

「だが、術式で壊れないように強化されているのはある意味朗報かもしれない。それなら多少乱暴に扱っても平気なのだろう?」

 

「そ、それは……その通りね」

 

マイカゼの言うとおりです。

これだけがっちり固められていれば石を横倒しにしてゴロゴロ転がして移動させても無問題なのですよ。

幸い石は転がりやすい卵形ですし。

 

「……やるか」

 

「ああ」

 

「はい」

 

現在時刻9時12分

タイムアップまであと8時間48分。

 

 

 

行きはよいよい帰りは怖い~なんて言葉がありますが。

その言葉の通り、私たちの帰り道は困難を極めました。

 

「っく、ダメだ! ここも通れない!」

 

「っ! 迂回するしかないか」

 

まず、私達だけなら楽々通り抜けられた細い隙間や獣道のことごとくが通り抜けられません。

全部石がデカいせいです。

 

「この滝も突破不可能ですね……また回り道です」

 

「わざわざ忍術で滝を作ったのはそのためか」

 

私達だけなら楽に渡れた滝が渡れません。

全部石が重いせいです。

 

「ああ! 石が勝手に坂を転がって!」

 

「っ!? バカそっちは落とし穴のトラップが!」

 

「あああ~!? また嵌まり込んだ!」

 

「これで7回目……しかも穴のサイズが石に無駄にジャストフィットしてるのがこれまた……」

 

「抜けそうにないな……今回も掘り返すしかないか」

 

さらに、行きで子供だましとバカにした数々のトラップがここにきて牙をむきました。

石がゴロンゴロン転がるせいで分かっていても避けられません。

おまけに石が視界の大半を塞いでしまううえ、体力を消耗して注意力が落ちるのも相まって本気でトラップに気づかなかったり…

 

岩が落とし穴に嵌まり込むたびに、貴重な札やらチャクラやらを消費して3人がかりで引っこ抜かなければならないのですよ。

 

「…確かこの先はワイヤートラップがあったはずだ」

 

「ああ、見え見えで楽々またいで回避できたあれですね」

 

当然ながら、意思なき岩はまたぐことはできません。

 

「迂回か…」

 

「迂回するしかないですね」

 

「また迂回……」

 

 

 

 

 

 

イルカ先生曰く、一流の忍びが本気で警戒したらどんなに巧妙に罠を仕掛けてもたちどころに見抜かれてしまうそうです。

故に仕掛け人はあの手この手で警戒を削ぐ、警戒していない時を狙うなどの工夫を凝らすわけで。

任務帰りなどでヘロヘロになった時をねらえば、子供だましのトラップだって命取りになったりするのですよ。

『忍たる者、何時いかなる時でも警戒を怠るべからず』なんて教科書には書いてましたけど、ずっと警戒して集中力を保ち続けるなんて土台無理な話なのです。

忍びだって人間ですしね。

慣れない重労働で体力的に追い詰められた状態ではとても集中力を維持できません。

 

本調子ならたとえ石というこれ以上ないくらいのお荷物があったとしても避けられたはずのトラップに幾度となく引っかかりまくること早5時間、ロスにロスを重ねて気づけば時刻はお昼過ぎになっていました。

 

これ以上の強行軍はさすがに効率が落ちるということで一度休憩を取ることに。

 

「……どのあたりまで進んだ?」

 

「大体全体の4分の1ってところかな。で、時刻は今2時過ぎくらいだから…」

 

「こんなペースだと3人そろって不合格ですね」

 

どよ~んとした空気が流れました。

あれだけ苦労して、まだ3倍の道のりが残ってるとか正直絶望です。

 

カナタもマイカゼも、そして私も皆泥だらけになって頑張っているのに。

カナタの幻術も、マイカゼの剣術も、私の符術も、演習内容がこんな単純明快な肉体労働ではほとんど役に立ちませんしね。

 

「しかし、演習がこんな内容だとはね。おかげで下見とか連携の特訓とかの昨日の準備の大半が無駄だ」

 

「まともに役に立ったのはコトのお弁当くらいだもんね……どうかしてる」

 

「もっと作ってくれば良かったです…」

 

「いや、十分よ。あと言い忘れてたけど、ありがとうね。お弁当美味しかったわ」

 

「私からも礼を言う。正直最初に見たときはどうかと思ったが、もしコトが用意してくれていなかったら空腹で倒れていたかもしれない」

 

「ど、どういたしまして」

 

たぶん、私の顔は赤くなっていると思います。

用意した甲斐があったというものですね。

なんかもうこれだけで演習が合格したみたいな気分になってしまうのです。

 

「じゃあ、デザートに果物でも「「それはいらない」」残念です…」

 

 

 

 

 

 

時を遡ること前日の演習場。

下見を終えた私たちは特訓のため再び最初の地点に集合しました。

日は落ちてあたりは真っ暗ですが、こんな時こそ私の符術の出番なのです。

強力な術は少ないですが、便利な術なら有り余っているのですよ。

 

「符術・雷遁雷光外灯!」

 

周囲に生えている演習場の樹の幹に貼り付けた札がまばゆい光を放ちました。

札を光らせるだけの簡単な術ですが、おかげで光源は確保なのです。

 

「おデコに貼り付ければ、暗い夜道も怖くない!」

 

「いや、それは本人が怖いでしょ」

 

カナタがビシッと突っ込みました。

やっぱりダメですかね?

 

「便利なものだな、光の出力を上げれば目眩ましも可能か?」

 

「……っ!? そ、その発想はなかったのですよ」

 

マイカゼ、貴女は天才ですか?

 

「まあ、できなくはないけど、わざわざ起雷札を使う必要はないかな、目眩ましがしたければ普通に光玉があるし」

 

カナタがマイカゼに説明して……ってなんでカナタが答えるんですか?

いや、間違ってないんですけど。

 

「私も剣術を披露できればよかったんだが…生憎、今は刀を持ってきていない」

 

「コト、木遁で木刀とか出せないの?」

 

「鞭なら出せますよ、しかも棘付きの」

 

「木刀は出せないのね?」

 

「果物なら出せますよ! あと野菜と…「木刀は出せないのね?」…はい」

 

私は観念しました。

今のところ私が木遁で出せる植物はどれもこれも茎とか蔦とか花とか葉っぱとか柔らかいものばかりで、木刀に使えるような硬い木質は作り出せないのですよ。

一体何が足りないんでしょうね?

 

「まあまあ、それに十分凄いじゃないか。新鮮な果物や野菜をどこでも出せるなんてサバイバルでは大助かり「…いのよ」…え?」

 

「不味いのよ。それも一口かじるだけで卒倒するレベルで。私の知る限り、コトの木遁・果樹豊作で出した青果物を完食した猛者(もさ)は秋道チョウジ君ただ1人よ」

 

「大丈夫、栄養は満点ですから!」

 

「でも不味いよね?」

 

「大丈夫! 栄養は満点ですから!!」

 

「でも不味いよね??」

 

「…………はい」

 

私は観念しました。

何というか、所詮は即席栽培ってことなのでしょうね。

私みたいな小娘がちょっと思いつきで作った程度の忍術で生み出された青果物が、お百姓さんが時間をかけて丹精込めて育てた本物の作物に敵うわけがないのでした。

 

私の符術『木遁・果樹豊作』

現時点ではバナナで滑らせる以上の使い道なしです。

 

 

 

 

 

 

「しかし、諦めはしないのですよ! 私は成長するのです! 日々術の研鑽と改良を積み重ね、いつかは美味しい野菜を作れるように「そんな暇あったら修行しろ」……ひょっとしてカナタ怒ってますか?」

 

「別に? そりゃ来る日も来る日も試食させられたけど? 一時、八百屋さんの前を通りかかるだけで吐きそうになったりもしたけど? 全然、別にこれっぽっちも怒ってないわ」

 

「ごめんなさい~」

 

私は五体投地で土下座しました。

まさかそこまで…

 

マイカゼが恐る恐る

 

「自分では試食しなかったのか?」

 

「しましたよ? それでも自分以外の人の意見は貴重なので。野菜嫌いのナルト君は絶対に食べてくれませんし」

 

料理の試食とかもそうですが、ずっと1人で試食していると舌が慣れて分からなくなってしまうんですよね。

あと私自身、不味さに慣れているというか……まだ料理下手だったころに文字通りさんざん味わいましたからね。

料理上達の基本はとにかく試食です。

不味い失敗料理を自分で食べるところからスタートなのです。

 

いつかナルト君にも美味いって言わせるような野菜を出せるようになってやるんですよ。

失敗を積み重ねた先に成功があるのです………のはずです。

 

「あのさ? 前から聞きたかったんだけど、コトって忍者になりたいの?」

 

「…? なりたいですよ? というか、今更なんでそんなことを?」

 

「どう見ても忍者に向いてるように見えないからよ」

 

カナタの言葉にマイカゼまでもが深く頷いて肯定しました。

 

「コトは本気で忍者になりたいの?」

 

「本気ですよ。私は忍術で暮らしを豊かにできる、そんな忍者になりたいんです」

 

「もはや忍者じゃないでしょそれ……いや、まあコトの覚悟は伝わったからいいか」

 

「?」

 

「休憩は終わりね」

 

カナタはそう言って改めて真剣な表情で私とマイカゼに向き直りました。

 

「とりあえず結論から言うよ。まず今のままでは絶対に間に合わない」

 

カナタは断言しました。

 

 

 

「もう諦めましょう。無謀な挑戦をするのはもう止めよ」

 




本当は一話で演習を終わらせたかったんですが、無理でした。

演習内容は地味に頭ひねったところです。
思えば、原作の鈴盗りって物凄く考えられた試験でしたね。
チームワークの大切さを教えつつ、上忍の凄さを見せつけつつ、それでいて漫画的見せ場であるバトルシーンもあり…

チームワークのチの字もなかった最初の第七班と違って、第九班は終始ほのぼのしています。

そもそも仲間割れの危険性をはらんでいた班って、合格した班の中では第七班だけのような気がしますね。
猪鹿蝶は仲良しトリオだし、第八班は冷静なシノ、引っ張るキバ、従順なヒナタでバランス悪くないし…


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21話

今回で演習編は終わりです。


演習がスタートしてからおよそ9時間。

日はすっかり傾いて、空は夕焼けに染まっている。

 

「時刻は5時48分……時間切れまで12分か」

 

第九班担当上忍ヤマトは切株の上に置かれた時計で時刻を確認しつつ空を見上げた。

直に夜になる。

そうなれば演習場に仕掛けたトラップの視認はますます困難になるだろう。

というより、特殊な感知忍術でも使えない限り回避はほぼ不可能だ。

下忍ならなおのこと。

 

そのあたりも計算に入れてヤマトはタイムリミットを日没すなわち午後6時に設定したのだが、日が暮れる方が若干早い。

視界が全く効かない真っ暗な状況下では、殺傷力の低いおふざけのようなブービートラップでも致命傷になる恐れがあった。

そうなれば、たとえ制限時間を過ぎていなくてもリタイヤさせざるを得なくなる。

 

「できれば合格にしてあげたいところだが……いや合格しない方が良いのかな? 他の娘はともかく、コトは天職が他にあるだろうし」

 

ヤマトはお昼に食べた弁当の味を思い出しながら独り言ちる。

陳腐な感想になってしまうが美味かった。

 

出来れば、また食べたいものだと思う。

しかしヤマトは忍者である。

任務には決して私情は挟まない。

 

 

太陽が沈んだ。

 

時刻はまだ6時を過ぎていないが、もう限界だろう。

 

「……残念だが仕方ないな。もしやる気があるなら来年また挑戦して……!」

 

最初は視覚だった。

演習場の木々の間で何かが動いた。

 

次は聴覚だった。

ゴロゴロと何かを引きずるような、転がすような鈍い音。

そして疲れ切ったような浅い呼吸が聞こえてきた。

 

ほどなくして、頬にかかる程度の黒髪に木ノ葉の額当てを縫い付けた帽子をかぶった少女がヤマトの目の前に現れた。

 

月光マイカゼ。

剣術が得意な体育会系で、ヤマトが担当した下忍の中ではおそらく1番身体能力に優れていたと思われる少女。

『忍』と書かれた大きな卵形の石に縄をかけて引きずるようにして運んできている。

マイカゼはヤマトの前まで石を運んでくると、息も絶え絶えと言った様子で

 

「……ヤマト先生? 時間は?」

 

「ああ、まだ時間切れじゃない……大丈夫だ」

 

「そうか……どうやら間に合ったようだな」

 

マイカゼは崩れるようにその場に座り込んだ。

 

「持ち帰れた石は1つか……演習はこれで終了かな?」

 

「いえ、まだです」

 

石の影からひょこっと顔を出した空色の髪のショートカットの少女が

 

「気を抜くのはまだ早いよ。間に合っただけで終わってないんだから」

 

空野カナタ。

ヤマトが見る限り、第九班の下忍の中で一番冷静で3人の中ではまとめ役だった少女。

呼吸こそ荒れていないが、その姿は泥だらけだった。

 

さらに遅れて、石の後ろから声が聞こえてきた。

 

「そうです……ある意味……本番は……此処から…………なんですから」

 

もはや顔を出す体力も残っていないらしい。

うちはコト。

この場の誰よりも才能と血筋に愛されながら、この場の誰よりも忍びに向いていない少女。

長く伸ばされた白い髪も白い肌も今は真っ黒に見えるほどに薄汚れている。

 

「そうだったな。ここからが本番だったな」

 

マイカゼは気力を振り絞るようにしてヨロヨロと立ち上がった。

すでに限界に達しているのであろう。

彼女はほとんど意地だけで動いていた。

 

「時間もないみたいだからさっさと決めないと」

 

カナタは表情を微塵も変えずにテキパキと移動する。

体力の限界も近いにもかかわらず、それでも疲労を感じさせないのは並々ならぬ精神力の賜物と言えた。

 

コトも彼女たちに対抗するように立ち上がって移動……できない。

 

「すみません。私は立ち上がれそうにないので座ったままでいいですか?」

 

その場で転がったまま動けなかった。

 

「そういうセリフはまず座る姿勢になってから言おうか」

 

カナタがやれやれといった様子で、ひっくり返っているコトの状態を無理やり起こしてその場に座らせる。

 

そんなこんなで、彼女たちはそれぞれ向き直った。

 

「どうにも状況が呑み込めないんだが……いったい何をするんだい?」

 

「あ、はい、それなんですけどね……」

 

 

 

 

 

 

「もう諦めましょう。無謀な挑戦をするのはもう止めよ」

 

その時もカナタはいつも通りでした。

いつも通り冷めた表情で、いつも通りの冷めた声。

 

「カナタ!? 急に何を言って…」

 

「だって、このままだと3人とも不合格決定じゃない」

 

「そんなことやってみなくちゃ…!」

 

「やらなくても分かるよ。というか、今の今までやってみたから分かる。私達だけの力でこんな大きな石を3つも6時までに運び終えるなんて絶対に無理。コトも、マイカゼも気づいてるんじゃないの?」

 

「……」

 

反論……できませんでした。

カナタの言ってることは正論です。

どうしようもなく真実です。

理屈で納得していても、感情がそれを受け入れられません。

 

「でも…」

 

しかし、カナタの言葉はそれで終わりじゃありませんでした。

 

「……?」

 

「……でも、この中で1人だけなら合格者を出せるかもしれない」

 

「……っ!?」

 

「どういう……意味ですか?」

 

「そのままの意味よ。3人一緒に合格するのは無理でも、この中で誰か1人だけを合格にすることは出来るかもしれない」

 

「…………なるほど理解した。それで? その誰かは……どうやって決める?」

 

「さあね。というか、その質問が出たということはこの話にノったと解釈しても?」

 

「マイカゼ!」

 

「……コト。すまない、私はこのまま3人仲良く失格になることが確定している無謀な挑戦をするよりも、たとえ1人でも合格できる方法があるならそれに賭けてみるべきだと思う」

 

「……」

 

「これで2票。過半数ってことになるけど……コトはどうしたいの? できれば多数決(かずのぼうりょく)で無理やり従わせるなんてことはしたくないんだけど……」

 

カナタが淡々と聞いてきます。

 

「……私は下忍になりたいです」

 

「私も同じよ。コトを下忍にするくらいなら私がなる」

 

その態度は相も変わらずでした。

 

「無論。私も譲る気はない。たとえ2人を蹴落とすことになっても」

 

この瞬間。

私達3人の意見は一致しました。

 

「カナタ…」

 

「何?」

 

カナタはやっぱりそっけないです。

いつも通り、いつもと同じカナタです。

 

誰もしたくないことを率先してやり、

言いたくないことを率先して言って、

誰も引きたくない貧乏くじを躊躇いなく引く、

 

いつものカナタでした。

やりたい放題やってる私からすればとても真似できません。

 

「……御免なさい」

 

「何に対しての謝罪か分からないわ。心当たりがありすぎる」

 

カナタはやっぱりそっけないのでした。

 

 

 

 

 

 

「つまり、君ら3人は要するに……」

 

「はい、最初は3つとも持ち帰ろうとしたんですけど、時間的にも体力的にも無理でしたので……」

 

「……3つあった石のうちの2つを捨てて、1つに絞ったんです」

 

「3つの石を3人で1つずつ運ぶのは無理でしたが、1つの石を3人がかりで運ぶのなら可能かもしれないと判断したので」

 

「なるほど、そういうことか」

 

 

赫々云々(かくかくしかじか)

ヤマト先生は私たちの説明を聞いて納得したようにうなずき、そして苦笑。

……なぜに苦笑?

 

「それで? 今度は何をするんだい?」

 

「あ、はい。結局石は1つしか持ち帰れなかったので、それを3人のうちの誰のものにするかこれから決めるんです」

 

つまり、これが事実上の演習合格者決定戦。

しかも刻限がかなり迫ってきているので時間はかけられません。

よって一発勝負での決着です。

 

「それじゃさっさと決めないと……コト、マイカゼ、準備はいい?」

 

「私は構わない」

 

「私もです」

 

気合十分です!

 

「じゃあ、ここからは決別だね」

 

「勝った奴が晴れて下忍」

 

「誰が勝っても恨みっこなしです」

 

「それじゃあいくよ」

 

私たちは真剣な顔で目の前に握り込んだ拳を突き出して

 

「「「最初はグー! ジャンケン―――」」」

 

 

 

「うん、合格だ」

 

 

 

「「「―――ポン!…………え?」」」

 

 

パーを出したカナタは何を言われたのか分からない様子で。

 

グーを出したマイカゼは茫然と、

 

チョキを出した私はポカンと口を開けて

 

私たちはそれぞれ硬直しました。

 

「ヤ、ヤマト先生? それってどういう?」

 

「そのままの意味だよ。3人とも合格だ」

 

「「「…………」」」

 

カナタもマイカゼも、もちろん私も、目を真ん丸に見開いて硬直しました。

え? いったいどういうことでしょうか?

 

「…どうして?」

 

「そうです。石は1つしか…」

 

「『忍びは常に物事の裏の裏を読むべし』だよ。最初に僕がこの演習のルールを説明した時、なんて言ったのかもう一度よく思い出してごらん」

 

ヤマト先生に苦笑混じりでそう諭された私たちは、それぞれ首をひねって今日の朝の事を考えました。

まだ1日も経っていないのにずいぶんと昔の事のように感じますが、何とか思い出します。

え~と、確か……

 

 

『この演習場のとある場所に『忍』と掘られた石を数個置いてきた。それを取ってここまで戻ってくる。それが出来た者が演習合格、晴れて下忍だ。どうだ簡単だろう?』

 

 

……特に裏の裏とかはなさそうに思いますが。

というか、深読みしなきゃいけないほど複雑なルールじゃありませんし…

 

「分からないかな? じゃあヒントだ。僕は石をここまで『運んでこれた者が合格』だと言っただけだ。この意味分かるかな?」

 

「…………あっ!」

 

突如、カナタが何かに気づいたのように声を上げました。

 

「1人1つとは言ってない!」

 

「ええ!?」

 

「っ!? そうか!」

 

「その通り、1人1つとは言ってない。運ぶことが出来た者が合格だと言っただけだ。君たちは3人で協力して見事1つの石を運ぶことが出来た。だから3人とも合格だ」

 

あっけらかんと言うヤマト先生。

なんか釈然としません……いや皆で合格できたことは嬉しいんですけど…

 

「い、良いんですか? そんなこじつけ紛いの詭弁で全員合格にしちゃって」

 

「そ、そうだ! 現に私たちは1人じゃ何も…」

 

カナタやマイカゼも同じ気持ちだったのか、信じられないといった表情で詰め寄ります。

ヤマト先生はそれを微笑ましい者を見るような顔のまま制しました。

 

「昨日も言ったと思うけどもう一度言うよ、君たちは忍術を下忍レベルで扱えるだけの一般人だと」

 

「どういうことですか?」

 

「裏を返せば、君たちがアカデミーを卒業できた時点で下忍レベルの忍術を使用できるのはすでに保証されているわけだ。改めて演習で審査するまでもなくね」

 

「……つまりこの演習は」

 

「そう、最初から君たちの実力を測ることが目的じゃなく、チームワークを見るための物だったんだ」

 

「……実力は全く関係ない?」

 

「全くとは言わないけどね。あるに越したことはないし。でもそれは演習のメインの審査対象じゃない」

 

マイカゼさんが今度こそ脱力してその場に崩れ落ちました。

前日にした戦闘シミュレーションが完全に無に帰したってことですからね。

カナタも乾いた笑みを浮かべています。

 

「昨日の私たちのしたことはいったい……」

 

「全くの無駄ではないよ。もし、昨日の時点で腹を割って話し合っていなかったら……」

 

ヤマト先生に言われて想像してみます。

もし、あのまま何もせずに解散していたら……

元から面識のあった私とカナタはともかく、おそらくマイカゼとは演習の最初の時点で別行動をとり、そしてそのまま別々に石を発見していたことでしょう。

 

「石をそれぞれ別々に運ぼうとしていたら、その時点でこの演習はクリア不可能になっていたはずだ」

 

ヤマト先生は真面目な顔で

 

「そういう意味では君たちのとった行動はまさしく最適解と言えるものだったよ。演習の前日の行動も含めてね。演習の話を聞いた直後から綿密に意見を交換して対策を練ると同時に親交を深め、演習を開始してからも決して単独行動に走らず、終始チームとして動いていた」

 

「「「…………」」」

 

1人でも十分切り抜けられるトラップに楽に発見できる目標。

思えば、単独行動に走る要素は多分にあったんですね。

そういう意図だと全然気づかなかっただけで。

 

「先ほどコトはこう言ったね。「誰が勝っても恨みっこなし」って。演習(ゲーム)だとそうだが、これが実際の任務だとこの言葉が「誰が生き残っても恨みっこなし」となる。極限状態においてこういうセリフを吐ける者は実はとても少ないんだ」

 

そして、そういう者だけが忍びになれる、とヤマト先生。

 

「君たちは上っ面のチームワークじゃなく、真の意味で互いの背中と命を預け合う選択をした。改めて言う、合格だよ。下忍認定おめでとう」

 

 

「「「……ッ!?」」」

 

 

ポロリと。

いつの間にか涙を流していました。

 

「……やった」

 

そしてそれは気づけば嗚咽になり……

 

「私達みんな下忍です!」

 

私たちは泣きながら寄り添って

 

「長い付き合いになりそうね」

 

笑い合ったのでした。

 

 

 

「よし、これで今度こそ正真正銘『第九班』の結成だ。よって明日から…」

 

おお、早速任務開始ですか?

 

「いや、明日も演習だ。今度は改めて個人の技能を審査する。連携の修行もしたいしな」

 

ヤマト先生の言葉に、私たちはまたしても硬直しました。

 

「え……」

 

「ま、また演習ですか?」

 

「そうだ。3人とも晴れて僕の部下になったんだ。部下の実力のデータはなるべく正確に把握しておきたい。少々慎重すぎると思うかもしれないがこれが僕のやり方でね。付き合ってもらうよ?」

 

 

どうやらヤマト先生はとことん石橋を叩いて渡る主義のようです。

結局、なんだかんだで私達『第九班』が正式に忍者として活動を開始したのは演習の日から3日後でした。




感想で指摘されたのですが、これと似たようなエピソードが青のエクソシストにあるそうで。
ジャンプは読んでますが、そっちのジャンプはテニプリとかの一部を除いてほとんどノーマークでした。
変えようかとも思ったんですが、結局他に攻略法を思いつかなかったのでそのままです。


そして、次からは新章スタートです。
間に閑話を挟むかもですが。


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閑話 その2

今回はマイカゼ視点です。


私こと、月光マイカゼは異形の怪人と対峙していた。

 

「フハハハハ! 諦めろ! お前では俺様には勝てない!」

 

勝ち誇ってあざ笑う怪人。

私は膝をつくが、それでも負けじと言い返す。

 

「絶対に諦めない! たとえお前がどれほどに強大な力を持とうとも、俺は決して屈しない! 世界の平和のために!」

 

「バカめ! 平和なんてこの世の何処にあるというんだ? 何処にもない! だからこそ俺様が作るのだ! 完全なる平和な世界を! 俺様の超幻術によって! お前は黙ってそれを見ているがいい!」

 

怪人は、大仰な身振りで私を蹴りつけてきた。

 

「ぐはぁ!」

 

なるべく派手に吹っ飛ぶ私。

そして力尽きたようにその場に倒れる。

 

傍らでコトがマイクを片手に叫ぶ。

 

「みんな~! マスクド・ニンジャがピンチだよ! 応援して~!」

 

「「「がんばれ~!!」」」

 

 

響く子供たちの声援。

それを受けて元気を取り戻した私は再び立ち上がる。

 

「バカな!? まだ立ち上がるというのか!? どこにそんな力が!?」

 

大仰な身振りで驚く怪人。

 

「お前には永遠に分からないだろう! これこそが正義を、平和を愛する絆の力だ! 食らえ! 体術奥義・超火遁幻術斬り大手裏剣二段おとしの術!」

 

やたら長い名前の必殺技を受けた怪人は「バカなああああああ!?」という断末魔の叫びと共に爆散したのであった。

 

 

 

「おつかれ~。いや~凄い殺陣(たて)だったよ!」

 

「やっぱり、本物の現役忍者は違うなぁ~」

 

「……恐縮です」

 

変化の術(へんしん)を解いてステージの上から降りた私を、依頼主は満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。

しかし、私はどうにも素直に喜べないでいる。

 

「……どうしたんだ? 元気なさそうだが」

 

そう聞いてきたのは、同じく変化の術で怪人に扮していたヤマト先生。

今は私と同様、ステージから降りて変化を解いていた。

 

「いえ別に……ただ、設定を鑑みた場合、私ではなくヤマト先生がヒーロー役をやるべきではないかと思っただけで」

 

「それは仕方ないよ。第九班の中で異形の怪人(オリジナルのそんざい)に変化できるのは僕だけだし」

 

「……そうですね」

 

違う。

本当に私が言いたいことはそんなことじゃない。

 

 

最初の任務は赤ん坊の子守だった。

 

次の任務はお使いだった。

 

その次は迷い猫探し。

 

どれもこれも私的には張り合いのない任務ばかり。

だからこそ私はヤマト先生に言ったのだ。

子守とか、お使いとか、迷い猫探しとか、そういう任務じゃなくてもっとこう、自分の剣術(とくぎ)を生かせるような任務をしたいと。

 

その結果、私はステージの上で子供たちの声援を浴びながら謎の仮面ヒーロー『マスクド・ニンジャ』に変身することとなったのである。

確かに剣術や体術を活かす任務ではある。

だけど違う、違うんだよ。

 

ヒーローショーは違う、なんか違うんだ。

これならまだ猫探しの任務の方が忍者らしい気がする。

 

「いいなぁ、私も司会者じゃなくてヒーローになりたかったです。それかマッドサイエンティストのオロチ」

 

「コトの体術じゃ殺陣ができないでしょ。悪役も無理ね、迫力がなさすぎる」

 

「むむむ、残念です……」

 

カナタにバッサリ切り捨てられて落ち込むコト。

 

「あ、でも『火』の自然チャクラを取り込んだ状態なら「司会者で我慢します」…そう」

 

代われるものなら代わってあげたい……ヒーロー役に不満があるわけではない、ないけどなんか違う。

というか、これは本当に忍者の仕事なのか?

 

「何言ってるんですかマイカゼ? むしろ忍術が使える忍びにしかできない仕事なのですよ!」

 

微妙な顔つきをしているだろう私に対して、落ち込んでいたコトは即座に復活し憤慨したようにそう言った。

ちなみにコトは現在普段の巫女装束ではなく、司会者用のカラフルで可愛らしい装いをしている。

びっくりするほど似合ってしまっている。

本当に忍者か? と突っ込みたくなるが突っ込めない。

というのも実際問題として今までの任務(子守とかお使いとか)で一番貢献しているのは彼女なのだ。

 

もはやDランク任務は彼女の独壇場と言っても過言ではない。

共通の見解として一番忍びに向いていないはずのコトが実際は一番任務で大活躍しているという事実。

何かがオカシイ。

なのに突っ込めない。

 

 

確かにコトの言うとおり、変化の術を応用した種も仕掛けもない超変身は忍者にしかできないだろう。

現実には存在しない怪物だって変化の術で着ぐるみいらず。

キレのある殺陣も現役忍者ならではだ。

その他の特殊効果や爆発などの演出も忍術で全てまかなえる。

足りない人手は、ヤマト先生の木分身とコトの影分身で。

その他の小道具や大道具などの舞台セットも全て木遁で解決……

 

無駄がない。

感動的に無駄がない。

なのに感じてしまう圧倒的コレジャナイ感。

 

「何をぶつくさ文句言ってるのよマスクド・ニンジャ。ヒーローらしくないよ」

 

「私がヒーローなのは舞台の上だけだ!」

 

というかカナタ、私をその名前で呼ぶな。

 

「慣れない仕事で戸惑ってるのは察するけど、子供の夢を壊さないようにね? 忍者(プロ)なんだから」

 

カナタはそういって机に向き直る。

貴女も私もまだ子供(12さい)のはずなんだが。

 

同じ班の一員として一緒に任務を遂行するうちに分かったのだが、コトの陰に隠れて目立たなかっただけでカナタも相当な変わり者だった。

というのも今回の演目の脚本を書いたのは何を隠そう彼女なのだ。

 

 

 

優秀な忍者にして、平和を愛する男ヤマトは、世界征服を企てる悪の狂科学者(マッドサイエンティスト)・ドクターオロチに捕われてしまう。

ヤマトの優秀な才能に目を付けたオロチは、アジトで1週間に渡ってヤマトに千手柱間の細胞を植え付け、木遁の能力を持つ改造人間に改造する。

しかし、ヤマトは脳改造の寸前、頼れる先輩にして同じ平和を愛する仲間カカシに助けられ、アジトから脱出。

以後、ヤマトは謎のヒーロー『マスクド・ニンジャ』として、オロチが送り出す怪人達と戦うのであった。

 

全ては愛と平和のために!

 

 

 

カナタ曰く、ヤマト先生に聞いた実話をモデルにしたらしい。

ちなみにヒーローの必殺技はコトの発案である。

 

「くれぐれも、脚本の文末に『この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです』と書くのを忘れないようにね?」

 

「もちろんですって」

 

再三にわたって念を押すヤマト先生に、カナタはほとんど面倒くさそうに答える。

 

「機会があったら他の劇も挑戦したいわね。ド根性忍伝とか」

 

「え~!? 続き書かないんですか?」

 

「書かないんじゃなくて書けないのよ。所詮素人だからね」

 

「大丈夫、カナタならきっと凄い脚本家になれますって!」

 

いやコトさん?

カナタは脚本家じゃなくて忍者ですよ?

 

ヤマト先生も苦笑いを隠せないでいる。

何かにつけて周到な先生も自分の話した過去の体験談がこんな風に面白おかしくアレンジされて舞台として披露されるとは予想できなかったに違いない。

 

「しかし、忍術にこんな使い方があったなんて……これならフィルムさえどうにかできれば、ショーの他にも簡単な映画だって撮影できるんじゃないですかね? エキストラや配役も全部、影分身変化の術でどうとでもなりますし」

 

「はっ、甘いわねコト。確かに忍術を用いれば大抵のシーンは撮影可能よ。でも圧倒的に足りないものがあるわ。優れた映画は優れた脚本と名監督が必要なのよ! こればっかりは忍術ではどうにもならないわ!」

 

「た、確かに……」

 

「さらには演技力も足りないわ。アカデミーで習うような感情を表に出さなくするだけの上っ面の演技じゃだめなの。必要なのは感情に訴えかける本物の俳優が繰り出す心に響く名演技! これは変化の術で誤魔化すことは不可能!」

 

「そ、それはもっともなのですよ……」

 

クワッと目を見開いてペンを頭上に高々と掲げて力説するカナタ。

コトは戦慄の表情で慄いていた。

 

何を言ってんだこいつら……

 

「……ひょっとすれば私は何処か舐めていたのかもしれません。所詮は創作だと。でもそれは間違いでした!」

 

「その通り! たとえフィクションでも、いやフィクションであるからこそ私たちは現実以上の夢と希望を演出しなければならない!」

 

「「おおお!!」」

 

気づけば、コトだけではなく依頼主やその他の役者さんも感銘を受けたように顔を輝かせていた。

 

「…照明の角度を調節してきます。まだやることがあるかも」

 

「俺はスピーカーだ」

 

「じゃあ私はセリフの練習を……」

 

一瞬の間の後、先ほどよりも明らかに大きいやる気と情熱を全身に漲らせて一斉に動き出した。

いや、もうすぐ次のステージが始まるのだが…

 

「それでもまだやれることがあるはずだ。俺は特殊効果のスモークをもう一度見てくる」

 

「私も手伝うのです!」

 

コトも負けじと手を挙げて裏方の男性についていこうとする。

 

「助かるぜ嬢ちゃん」

 

「ちょっと待て、司会者はどうするんだ?」

 

「はっ!? そうでした」

 

「仕方ないわね。私が代わるわ」

 

「ありがとうございますカナタ!」

 

次の瞬間、コトとカナタの服が瞬時に入れ替わった。

後で聞いたところ、空蝉の術の応用らしい……また無駄に便利な術を。

 

「よし、今度も張り切っていこう!」

 

「「「おお~!!」」」

 

 

コトに代わって司会者になったカナタは、舞台(ステージ)の上で天真爛漫そのもののとびっきりの笑顔を浮かべて―――

 

 

『良い子の皆~! こ~んに~ちは~☆』

 

 

―――カナタの背後で『☆』が散るのを見た気がした。

『きゃるる~ん』という謎の効果音とともに。

 

「さすがだな」

 

「ああ、さすが忍者(プロ)だ」

 

しきりに感心する依頼主。

すでに出番に備えてマスクド・ニンジャ(ヒーロー)に変身していた私は何も言うことが出来なかった。

 

 

「……次の任務はもっと違うのをお願いします」

 

「…善処しよう」

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、ヒーローショーの任務を無事達成した次の日の任務受付所。

『任務受付はこちらまで』と書かれた幕を下げているカウンターには受付の忍――受付管理忍(かんりにん)が着座しており、受け付けた依頼をA~Dの難易度に振り分けて、任務に適した忍者たちを指名していくのだ。

と言っても、結成したばかりである私達『第九班』はDランク以外の任務を受けたことがないが。

 

しかし、今回受付の管理忍から書類を受け取ったヤマト先生の言葉はいつもと少し異なるものだった。

 

「よし、今度の任務は、里を離れての長期任務になる。心してかかるように」

 

里の外での長期任務……ということはもしかして?

 

「いよいよCランク任務ですか?」

 

「いやDランクだ」

 

がっくり肩を落とす私。

ちょっと期待してしまっただけに余計に落ち込んだ。

人が斬りたいとか、血に飢えた狂人みたいなことを思っているわけじゃないけど……それでも剣を振るえるような任務をやりたい。

最近は大根くらいしか切ってないし。

 

「内容は波の国で橋作りの手伝いだ」

 

「おお、とうとうガテン系いったね」

 

カナタも苦笑を隠せないでいる。

依頼内容の節操のなさにはもう慣れたらしい。

 

「……それは忍者じゃなくて大工さんの仕事じゃないんですか?」

 

「そんなことないですよ。高い場所で命綱なしで作業できるのは忍びだけなんですから。何のために木登りの行を修めたと思ってるんですか?」

 

「少なくとも土木工事のためじゃねえっての」

 

大真面目な顔をしているコトに、間髪を入れずに突っ込むカナタ。

 

「まあまあ、それにそういう依頼が来るってことはそれだけ木ノ葉の里が平和でなおかつ信頼されているってことだ。信頼されてなければ忍びに子守なんて頼まないわけで」

 

「依頼する方も大概だと思いますけどね」

 

木ノ葉の里は変わり者が多いよね、と笑うカナタ。

自分もその1人であることに貴女は気づいているのか?

 

ともあれ、正式に依頼された任務であることに変わりはない。

 

「依頼主は里の門で待っているから。各自荷物をまとめて1時間後に門のところに集合。遅れないようにね」

 

「「「了解」」」

 

「私、里の外に出るの初めてなんですよね。波の国、楽しみです!」

 

「こらこら遠足じゃないんだから」

 

「カナタとマイカゼは楽しみじゃないんですか?」

 

「……少しだけ」

 

「……私もだ」

 

まあ、危険のないDランク任務で気を張り詰めていても仕方がないか。

心中複雑な内心をよそに、私たち第九班はいつもよりたくさんの荷物をまとめて、木ノ葉隠れの里を後にした。




カナタは構想の時点では、コトに負けず劣らずのお調子者でした。
プロフィールの趣味や今回の話はその名残です。
そのせいで普段とのギャップが凄まじいことになってます。

かつて感想で「実はカナタも忍者に向いてないんじゃないか」的な指摘を受けました。

そもそも忍者に向いている忍者が、「NARUTO」にどれだけ登場したでしょうか?
ナルトはド派手だし、サスケは上司の言うこと聞かないし、サクラは初期では桃色一色だし…他にも遅刻魔、面倒くさがり、引っ込み思案、ぽっちゃり系……

……カナタはまだ忍者向きだと思います。


それはさておき、次回から「波の国」編です。
原作に沿いますが、原作と同じ展開にはしないつもりです。


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波の国編
22話


回を重ねるごとに文字数が増えていってます。
そして文字数が増えるごとに、投稿間隔が伸びていってます……

それはさておき「波の国編」開始です。


木ノ葉の里には見上げるほどに大きな門があります。

里の内外をつなぐ出入り口であり、両開きの扉にはそれぞれ「あ」「ん」と大きく書かれているのが目印なのです。

文字の意味は知りません。

 

なお、此処を通らず里に入ると結界忍術でたちどころに居場所を探知された挙句、不法侵入とみなされ暗部の忍びが即座にすっ飛んでくるという仕組みになっています。

 

「こういうのを見ると、木ノ葉も案外閉鎖的でちゃんと忍び里してるんだなぁって実感するわね。逆に言えば、こういうのを見ないと実感できないってことだけど」

 

「私達、平時はおろか任務中ですら全く忍んでないからな。時々自分たちが忍びであることを忘れそうになる」

 

いつもより大きな荷物(リュック)を背負って集合したカナタとマイカゼはそんなことを言いつつ感慨深げに扉を見上げます。

どこか遠い目をしていました。

 

「……ずいぶんと可愛らしい子たちだな。忍者ってもっとモロ屈強なのを想像していたよ」

 

門のところにいた男の人が意外そうな表情で私たちを見つめてきます。

見たところ、二十代の後半から三十代の前半くらいでしょうか?

ねじり鉢巻きに盛り上がった筋肉、顎にある十字の傷が印象的でいかにも職人の男って感じの人です。

実力を疑われていますね……無理もないですが。

 

「大丈夫、腕は保証しますよ」

 

ヤマト先生が笑顔でフォローしてくれました。

いいですもっと言ってやってください。

何を隠そう、私は地下に秘密基地を建設した実績がありますからね。

建設業には一家言ありなのです!

 

「貴方が依頼人の方でよろしいですか?」

 

ヤマト先生が事務的に男性に尋ねます。

私たちは無言です。

上司が喋っているとき、デキる部下は口を挟まないのですよ。

 

「ああ、名をカイザと言う。波の国の漁師だ。よろしく頼む」

 

「「「漁師??」」」

 

私たちは思わず聞き返してしまいました。

それぐらい意外だったのです。

何故漁師が橋づくりの手伝いを依頼するのでしょうか?

 

「ああ、不思議に思うのも無理はないな。そのあたりは道中でモロ説明するから」

 

依頼主の漁師―――カイザさんはそういってニカっと笑うのでした。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、ということは波の国の国家事業ってことですか?」

 

波の国までの道中、カイザさんの話は私達に国の事をいろいろと話して聞かせてくれました。

 

「そんな大げさな話じゃないよ。一大事であることは確かだけどな。モロ小さい国だから単に人手が足りてないだけだ。動ける者は職種を問わず国中からかき集められている」

 

「なるほど、それで猫の手ならぬ忍びの手まで借りようってわけですね」

 

カナタが納得したようにうなずきます。

 

カイザさん曰く、波の国はとても貧しい国なのだそうです。

聞けば国を治める大名ですらお金を待っていないとのこと。

大名はすべからく雅で潤沢なイメージを持っていた私にとってはなかなかに衝撃的な話でした。

 

「そう珍しい話ではないよ。むしろ資金を潤沢に蓄えているのは忍び五大国の大名くらいだ」

 

波の国には忍び里もないしね、とそう補足するヤマト先生。

 

1つの国に1つの忍び里、通称『忍び里システム』を最初に考案し実践したのは初代火影・千手柱間様です。

柱間様が木ノ葉隠れの里を創設して火の国と対等な関係で手を組み火影を名乗ったことを皮切りに、この忍び里システムを各国が取り入れました。

長が影の名を背負えるのはその里々の中でも特に強大な力を持つ、木ノ葉隠れの里、砂隠れの里、霧隠れの里、雲隠れの里、岩隠れの里の5つのみです。

そしてその5つの強大な軍事力を秘めた隠れ里を有する国々が忍び五大国と呼ばれているのです。

 

つまり現状、波の国は五大国どころかその他の国にも遠く及ばないわけですね。

波の国ならぬ並の国です。

 

その現状を何とか打開しようと画策したのが今回の任務内容である橋造りということでした。

 

 

 

波の国は周囲を海に囲まれた島国です。

橋が完成し陸路が開通すれば、波の国とっては物資と人の交流の要になるでしょう。

おそらく経済的にも精神的にも希望の架け橋になるはずなのです。

 

「これはDランクと言えども手は抜けないな」

 

「ですね」

 

マイカゼの言うとおり、これはかなりの重要任務なのですよ。

 

「そう、いわば俺たちは国を救わんとする英雄(ヒーロー)ってわけだ」

 

拳をぐっと握り、力強く語るカイザさん。

そしてそのすぐ後「ちょっと臭かったかな?」と照れたように笑うのでした。

 

 

 

最初は徒歩、海についてからは船、波の国が見えてからは小舟と、移動手段をコロコロかえつつ、カイザさんと私達第九班一行はようやく波の国に到着しました。

 

綺麗に透き通った海に石造りの柱が立ち並び、その上に未完成の橋の姿が伺えます。

私は小舟から降りつつ、霧の海に浮かぶその威容を見上げました。

まだ工事が始まったばかりらしく、全体の3割も出来上がっていません。

それでも海を隔てて国をつなぐ橋というべきか、その姿は雄大の一言に尽きました。

橋の上で作業している人がとても小さく見えるのです。

 

「私たちはこれを作るんですね……」

 

「間近で見ると改めて大きな仕事だと実感させられるわ。ランクとか関係なく」

 

「同感だ」

 

カナタ、マイカゼもどこか圧倒された様子でした。

 

「さあ、気合入れていこうか」

 

いつも通りのヤマト先生の激励も心なしか力が入っているように思えます。

いよいよ橋造り任務開始です。

 

 

 

「お、嬢ちゃん。大したノコギリ捌きだな」

 

「超たまげたのぉ。こりゃワシも負けてられんぞい」

 

「恐縮です」

 

剣術に秀でたマイカゼは剣に限らず刃物全般に精通しているそうです。

ノコギリを用いて正確に角材を切り出すその腕前は本職顔負けです。

 

「すげえな、まるでクモだ」

 

「靴に吸盤か何か仕込んでるのか? それか細かい無数の毛が生えてるとか……」

 

「私はクモでもタコでもヤモリでもなくて忍者です…………一応」

 

カナタは現在、作りかけの橋の下に立って作業中。

木登りの行を修めた結果、命綱なしで壁どころか天井にだって直接立って作業できるのです。

やっぱり便利ですよね忍術。

 

ヤマト先生は他の人がクレーンで持ち上げるような鉄骨を軽々担いで運んでいました。

屈強な大工さん達が唖然とした様子でそれを見ています。

 

「……嬢ちゃんたちも実はあれくらい力持ちだったりするのか?」

 

「いえ、あれはヤマト先生が特別凄いんです」

 

いくらチャクラで肉体活性出来るからって活性化しすぎでしょう。

私達もいつかできるようになると言ってましたが、イマイチ信じられません。

 

というか私なら大きくて重いものを運ぶとき、チャクラで身体強化するよりも忍術で人手を増やす手段を選びますね。

あの石運びの演習で私は力を合わせる事の大切さを学んだのですよ。

 

「忍法・式神の術!」

 

私は紙面に大きく『己』と書かれた札を指に挟んだ状態で印を結びました。

ドロン、と煙と共に現れたのは私全く同じ姿をした人間が2人……つまりは影分身です。

 

「白い嬢ちゃんが3人に増えた!?」

 

「これが超有名なあの分身の術か~」

 

そう、忍者はたった1人で何人分もの人手になることが出来るのです。

 

ふっふっふ、もっと驚いてください。

そして忍術の利便性と可能性をもっと知ってください。

 

 

忍法・式神の術

一応、私『うちはコト』のオリジナル忍術ってことになってますが、なんてことはありません。

要は封印の書に記されていた禁術『影分身の術』の術式を、符術でいつも使っている札に刻み込んで発動しただけです。

 

それにしても影分身の性能はとんでもないです。

水分身には望めなかった耐久性、持続性に加え、本体同様のチャクラと感情を宿して自立行動できるという壊れ機能。

その完成度の高さ故、忍びの三大瞳術『白眼(びゃくがん)』をもってしても看破できないクオリティ。

術を解除した時に分身体の経験と記憶を余すことなく本体に還元できるという超特性。

 

正直、戦闘や諜報に使うのが勿体ないくらいです。

これを開発した扉間様はどうしてこの術を労働力として使わなかったんでしょうね。

 

むしろダメージまで還元されるという特性を鑑みた場合、労働人数確保のための非戦闘用忍術にすら思えるのですよ。

 

極めつけにチャクラ燃費が悪いので使い手が限られてしまうのが欠点といえば欠点ですが、こうしてあらかじめチャクラを練り込んで貯蔵した札をベースに発動すればその欠点もあって無きがごとしなのです。

 

「なあ! なあ! お姉ちゃん! 俺にも出来ないかなそれ!?」

 

ふと、何処から工事現場に入り込んだのか、帽子をかぶった小さな男の子が好奇心を隠しきれない様子で私にそうたずねてきました。

どことなく木ノ葉丸君を彷彿とさせる子ですね。

 

「挑戦してみますか?」

 

符術は札にあらかじめ練り込まれたチャクラを利用して発動する忍術です。

つまり、札さえあれば経絡系やチャクラを持たなない一般人でも忍術を行使できるように可能性を秘めているわけで。

あくまで理論的にですが。

 

私は素早く周囲を警戒します。

……大丈夫、ヤマト先生は近くにいません。

 

これは好機です。

 

札に練り込まれたチャクラが私固有の物であるが故に私にしか使えませんでしたが、良い機会です。

今こそ、忍術の一般普及に向けた偉大なる第一歩を踏み出す時!

 

「名前は何というんですか?」

 

「イナリ!」

 

「ではイナリ君、とっておきの術を貴方に伝授しましょう! まずはこの術のベースになった影分身の術の理論を簡単に説明してぐにゃああ!?」

 

瞬間、私の脳天に何処からともなく瞬身の術で現れたヤマト先生の拳骨が降り注ぎました。

 

 

 

 

 

 

「さて、何度言えばコトは僕の言ったことを覚えてくれるんだい? それとも君は記憶力がないのかな?」

 

「い、いえ。暗記の類は得意です……」

 

 

 

ヤマト先生が笑顔でコトを見下ろしているのを、私こと空野カナタは遠目から見ていた。

笑顔なのに目が全く笑っていない、暗部仕込みの暗黒の微笑みだ。

 

ああ、まったやってるよあの2人。

自然と呆れのため息が漏れた。

コトも懲りないね本当に。

 

「あ、あの白いお姉ちゃんは何で怒られてるの?」

 

「それはコト……あの白いお姉ちゃんが忍者として重大な約束を()()破ったからだよイナリ少年」

 

 

 

「そうか、暗記は得意か。それは良かった。では暗記が得意なうちはコト君? アカデミーの教科書にも載っている忍びの心得 第12項を僕に御教授してもらおうか?」

 

「し、忍びは決して秘密を漏らすべからず。里の機密を第一とし、情報は己が命より重いことを常々意識すべし……」

 

現在コトは『私は忍びの重大な規則を破りました』と書かれたプラカードを首からかけて正座中。

頭にタンコブを作り、涙をこらえて目をウルウルさせている表情がなんともいじらしい。

 

 

「なあ、コトの符術って実は物凄く危うかったりするのか?」

 

「うん」

 

恐る恐ると言った様子でそうたずねてきたマイカゼに、私は間髪を入れずに首肯した。

 

符術

コトがアカデミーに入学する前から思いついて実践したオリジナルの忍術発動形式。

予めチャクラと術式を刻み込んでおくことで、いつでも印なしで術を発動できる画期的な方法……とコト本人は言っていたけど。

 

「それって要するに、術を発動するたびに里の重要機密(にんじゅつ)を書きとめたメモをバラ撒いてるってことだからね」

 

秘密遵守の忍びからしたら噴飯ものよ。

ましてや今回コトが持ち出したのは封印の書に記されていた禁術『影分身』の術式が刻まれた札らしいし。

しかもそれを懇切丁寧に一般人に解説付きで暴露しようとしたときた。

おまけにコトのこの行動は今回が初めてではなく、過去に似たようなことを実に3回も繰り返していたりする……いくらヤマト先生が温厚でもさすがにキレるっての。

 

「最初に符術を見たときは便利だと思ったんだが、それじゃあおいそれと使えないな……ん? ということは、コトは他里の忍者と戦う時は?」

 

「ヤマト先生の許可がない限り、符術の大半は使用禁止ね」

 

ヤマト先生は札にコトにしか使えないようにするプロテクトの術式、もしくは他人の手に渡った時に自動で消滅する自壊プログラムを書き加えるようにコトに言っていたけど、コトは頑として聞かなかったばかりかむしろその逆、誰でも使えるように改良を進めていったわけで。

 

禁止にされても文句言えないね

むしろよくその程度で許されていると思う。

 

そして符術の使えないコトなんて陸に上がった魚も同然。

ぶっちゃけなくても戦力外。

 

「ほ、本当に戦闘では役立た……向かないんだな……」

 

「自分にも他人にも嘘がつけないタイプだから」

 

どうして合格して下忍になれたのか今でもたまに不思議に思う時がある。

とどのつまり、問題児は下忍になっても問題児のまま何1つ変わってないってことよね。

 

 

 

「札は全部没収させてもらう」

 

「ああ!? そんな! それは毎日コツコツチャクラを練り込んで術式を書き込んでやっと完成した札なんです!」

 

どうか御慈悲を! とヤマト先生に泣きつくコト。

 

「ダメだ」

 

「ヤマト先生の分からず屋!」

 

「言ってきかないのはお互い様だろう?」

 

がっくりとその場に崩れ落ちるコト。

別にいいじゃん、どうせまた新しい札を懲りずに作るんだから。

そしてしばらくしたら再び同じことをしでかして同じ目に合う破目になることは容易に想像がつく。

 

懲りないね~

せっかく頭の出来は悪くないのに学習能力はないとかつくづく勿体ないの。

 

「忍者って……」

 

イナリ少年がその光景をショックを受けたような様子で見つめていた。

あんまり子供の夢を壊すなよコト。

 

 

 

 

 

 

私の必死の嘆願もむなしく、影分身札をはじめとする私のお札は1枚も残らずヤマト先生に持っていかれてしまったのでした。

ああ、私の研鑽と研究費(おこづかい)の集大成が……

 

「おのれ、ヤマト先生。いつか仕返ししてやるんですよ…」

 

私は反省のためのプラカードを首に下げたまま工事に加わりつつ憤慨します。

 

「例によって全く反省してないね」

 

「ちゃんとしてますよ? 確かに不用意でしたね。見つからないようにもっと周囲を警戒するべきでした…」

 

「いやそっちの反省じゃないっての」

 

「決めました。今日の晩御飯のおかずを魚のフライにしてやるんですよ!」

 

今晩は苦手な揚げ物に慄くがいいのですよ!

 

「(そ、想像以上に復讐内容がくだらない……ささやかというべきか……いやある意味安心なのだが)」

 

「(実はヤマト先生に限らず、第九班から好き嫌いがなくなりつつあるという事実に、コトはまだ気づいていなかったのであった……なんてね)」

 

「……? カナタとマイカゼは誰に向かって話をしているのですか?」

 

「ううん、こっちの話」

 

「第九班は今日も平和だな~」

 

2人は首を思い切りひねって無理やり私から視線をそらしました。

むむ、カナタとマイカゼまで隠し事とか……なんで忍者は皆秘密が大好きなのでしょうか?

 

もっと、堂々としてればいいのに。

ヤマト先生の木遁にしてもそうです。

硬く頑丈な良質の角材を生み出せるヤマト先生の木遁は今回の建設任務で大活躍間違いなしなのに「希少な血継限界だから基本極秘で緊急時しか使わない」だなんて宝の持ち腐れとしか思えません。

というか、前の任務で劇の大道具の修理に使ったじゃないですか。

いやまあ緊急事態(ふりょのじこ)といえば間違いなくそうでしたけど。

 

「貴女だって秘密とか好きじゃない? 秘密基地とか」

 

「確かにそうですけどそうじゃないんですよ!」

 

そういうのは密かに作って、溜めて溜めてここぞという場面でババ~ンと公開するのが楽しいんじゃないですか!

幾ら能ある鷹は爪を隠すと言っても隠しっ放しじゃないのと同じなのですよ!

うう、思い出したらまた腹が立ってきました。

 

「……魚のフライじゃなくてエビフライにしてタルタルソースをトッピングしてやりましょうか」

 

「なんか逆に豪華になってないか?」

 

「むしろ喜ばれそうな献立よねそれ」

 

やれやれと首を振るカナタとマイカゼ。

なにおう!? と言い返そうとした私でしたが、それより早く笠をかぶったお爺さんが苦笑いしながら

 

「はは、夕食の話で超盛り上がっとるところ悪いが、おそらくどちらも無理じゃろうな」

 

「?」

 

「夕食のおかずじゃよ。魚にしろエビにしろ、最近は漁に出ても超獲れなくなってしまったらしい」

 

「ええ!?」

 

そんな!?

てっきり私は海に囲まれた島国だから、新鮮な魚介類がたくさん手に入るものだとばかり……

 

「どうしてですか? 海があるんだから魚くらい……」

 

「待って、コト。なんか騒がしくなってきた」

 

「?」

 

確かに、カナタの言うとおり橋の入り口のあたりに人だかりができています。

何やらもめている様子。

何事ですか?

 

「……どうやら招かれざる客が来たようだ」

 

目をスッと細くして表情を消すマイカゼ。

 

マイカゼの言うとおり、見るからにガラの悪そうないかにもチンピラ然とした2人組の男性が大工さんに刀で脅しています。

 

「……ただのゴロツキ……ではなさそうですね」

 

「うん、単なる不良にしては武装がしっかりしすぎてる」

 

「しかもあの太刀筋……素人ではないな」

 

やっぱりカナタとマイカゼもそう思いますか。

しかし、単なる不良じゃないとするといったい何者なのでしょう?……

 

「ありゃあ、ガトーカンパニーのところの!」

 

私達と同じように2人を観察していたおじいさんが驚いたように眼を見開きます。

ガトーカンパニー?

それって()()大金持ちで有名なガトーカンパニーのことですか?

あれ? でも波の国は貧乏でお金持ちはいないって…

 

「どうやら詳しい事情を聴いてる暇はなさそうよ」

 

「あっ!」

 

2人組みのうちの1人、上半身裸で刺青と眼帯をした男性に小さな男の子―――イナリ君が蹴り飛ばされました!

それを見て激昂したカイザさんが、男に殴りかかって……すると今度はもう1人の手拭いをまいた男が腰の刀に手をかけて……

 

「あれは居合の構え!?」

 

「危ない!」

 

私は無意識のまま飛び出し、カイザさんの腰あたりにしがみつきました。

 

「!?」

 

私はそのままカイザさんを男たちから引き離します。

振り返ると、同じように飛び出していたらしいマイカゼが手拭い男の刀を両手の掌で挟み込んで受け止めていました。

真剣白刃どり!?

 

「このガキ……」

 

「っく!」

 

手拭い男は強引に刀をひねってマイカゼを振りほどき、距離を取ります。

 

 

「大丈夫イナリ少年?」

 

「う、うん……あ、そうだ父ちゃん! 父ちゃんは!?」

 

「父ちゃん? ああ、カイザさんのことね。大丈夫、危うく両腕を切り落とされるところだったけどコトとマイカゼがちゃんと助けたから」

 

カナタは眼帯男をけん制しつつ、蹴り飛ばされていたイナリ君を助け起こしています。

 

「離れてて、危ないから」

 

「うん」

 

「カイザさんもですよ」

 

「すまねえ……モロ恩に着る」

 

そう言ってカイザさんとイナリ君はその場から離れていきます。

動きを見る限り、怪我とかもなさそうですね…

 

「ああ、良かったですこれで一安心…」

 

「じゃないでしょ」

 

カナタに間髪を入れずに突っ込まれました。

そうでした、問題はまだ何も解決していないのです。

 

「お前ら何者だ?」

 

「私たちは木ノ葉の忍びよ。貴方達こそ何者? いったいどうして大工さん達を襲ったの?」

 

カナタが代表する形で彼らに問いかけましたが、男たちは答えませんでした。

むしろ私達を完全に無視して「こ、木ノ葉の忍びだと? …」「おい、忍びの護衛がついてるなんて聞いてねえぞ! 話が違う!」と口々に言い合っています。

 

さっぱり事情が分からないのです。

 

「どうする? 一旦引くか?」

 

「バカ、よく見ろ。いくら忍びと言っても子供、しかも女だぜ? ビビるこたぁねえよ」

 

「……それもそうだな」

 

ぶつぶつ言い合っていた2人組みはようやく話がまとまったのか、再び私たちに向き直り刀を抜きました。

 

「仕方ない。任務外の事態だけど応戦するよ」

 

「ちょっと待ってください! なんで戦う流れになってるんですか!? 不幸な行き違いかもしれませんしここは話し合いでの解決を……」

 

「いや無理でしょ? お相手さん完全に臨戦態勢だし」

 

「それにどんな事情があろうとも彼らの所業は個人的に看過できない」

 

「そんな……」

 

どうしてこんなことに……と悩んでいる私を見て好機と見たのか、眼帯男の方が斬りかかってきました!

仕方ありません!

 

私達はやむなくそれぞれ“武器”を手に取り男たちを迎え撃ちます。

 

 

しかし……

 

 

「おい、ふざけてんのか?」

 

「誠に遺憾ながら大真面目よ……こんなことになるなら苦無の1本でも持って来れば…」

 

そうぼやくカナタは『金槌』を右手に構えています。

現在私たちは忍具一式収納したホルダーを宿に置いてきてしまっているのですよ。

当たり前ですが、金槌は工具であって武器ではありません。

 

「なんでこんな時に限って私は……」

 

マイカゼも工事現場までは刀を持ってきていなかったらしく『ノコギリ』で代用です。

当たり前ですが、ノコギリは工具であって決して武器では(以下略)

 

そして私は首から下げていた『プラカード』をぐっと握りしめているのでした。

 

ええ、言いたいことは分かりすぎるほどに分かってますよ。

当たり前ですが、プラカードは工具ですらありません。

 

それでも仕方ないじゃないですか!

私の十八番(ふじゅつ)はついさっきヤマト先生に1枚も残らず没収されちゃったんですから!

手元にあるのがこれしかなかったんですよ!

 

長大な太刀を構えた男性2人を、プラカード、金槌、ノコギリで迎え撃つ女の子(くのいち)3人。

 

 

突っ込みどころ満載のシュールな光景がそこにありました。

 

 

「……正気か?」

 

「こ、木ノ葉の忍びは得物を選ばないんです!」

 

私はとっさに叫び返しました。

我ながら苦しい言い訳なのです……

 

「いや百歩譲ってノコギリ、金槌は良いとしてもプラカード(それ)はさすがにねえだろ。バカじゃねえの?」

 

「っく!」

 

せせら笑う2人組みに私は何も言い返せません。

 

「なんか真面目に相手するのがバカらしくなってきたぜ」

 

「だな、とっとと斬っちまおう」

 

ひ、ひどいです!

とことんバカにして!

 

「非常に心苦しいがこればかりは彼らに同感だ」

 

「もうちょっと他に何かなかったの? スパナとか」

 

そ、そんなこと急に言われても……

 

と、あたふたしている私を見て再び男の人達が斬りかかってきました。

危ない! 私はほとんどヤケクソ状態でプラカードを振り上げて―――

 

 

木遁・飛乃木(ひのき)

 

 

―――瞬間、先端が四角錐になった『角材』が2人組みを直撃しました。

 

「……忍びは武器を選ばないって、案外デマカセじゃないのかも」

 

「確かに」

 

「ヤマト先生! 今までどこにいたんですか! というかお札返してくださいよぅ……」

 

「君たち、窮地に駆けつけた上司にもっと他に言うべきことはないのかね?」

 

瞬身で現れたヤマト先生は苦い表情で伸びている2人組を木遁で縛り上げるのでした。

 




再不斬は調理器具(ほうちょう)
白は医療器具(せんぼん)

その後に登場する砂使いとかも含めて、ナルトの世界の忍者は思いもよらないものを武器として扱ってます。

というか、まともに武器で戦っている忍者の方が少ないような…


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23話

今回やや遅れました。
シリアスになると途端に筆のノリが鈍くなります……


襲撃してきた手拭いと刺青の2人組が無事ヤマト先生の木遁で拘束され、ひとまず事なきを得た後、大工さん達と私たちはいろいろ話し合った結果、今日のところは橋づくりを中止することにしました。

そして現在私たち第九班は依頼人であるカイザさん一家の家にお邪魔させていただいています。

橋が完成するまでの間、空き部屋を宿として提供してくれるそうです。

 

海の上に建てられたその家の、決して広くはないリビングに私、カナタ、マイカゼの第九班、カイザざんとその奥さんのツナミさん、息子のイナリ君に祖父のタズナさんの合計7人が集まっています。

イナリ君とカイザさんって親子だったんですね。

全然似てなかったので全く気づきませんでした。

 

ちなみにこの場にいないヤマト先生は捕まえた2人組みを連れて別の部屋で尋問中なのです。

 

「あんまり酷いことしてないといいのですが……」

 

「襲ってきた相手の心配するとか、つくづくコトはお人よしね」

 

カナタが呆れを通り越して感心したような様子で苦笑しました。

 

「だって、不幸な行き違いかもしれないじゃないですか。あるいは誰かに命令されて仕方なく襲ってきただけとか」

 

単なるチンピラならともかく、居合を繰り出せるほどの実力を持った達人が特に理由もなく襲ってくるとは考えにくいのです。

 

「前半はともかく後半は一理あるな。誰かに命令されての行動である可能性は十分にあり得る」

 

「そういえば話が違うとか聞いてないとかいろいろ口走ってたね」

 

マイカゼの言葉に考え込む私達。

 

「そういえば、タズナさんはあの人たちと知り合いなのですか?」

 

確か彼らの顔を見てガトーカンパニーがどうとか言っていたような……

 

「ああ、ワシが超説明する。ガトーについてな」

 

ねじり鉢巻きに眼鏡、自称橋づくりの超名人であるおじいさん―――タズナさんが重々しく語り始めました。

 

大富豪ガトー。

海運会社ガトーカンパニーを運営する世界有数の大金持ち。

しかしそれは表向きの話で、裏では麻薬や武器その他もろもろの禁制品の密売、果ては企業や国の乗っ取りといったあくどい商売を(なりわい)とする男なのだそうです。

 

「1年ほど前じゃ……ガトーがこの国にやってきたのは」

 

その当時の事を思い出したのか、唇をかみしめるタズナさん。

 

「財力と暴力をタテに入り込んできた奴はあっという間に島の全ての海上交通・運搬を牛耳ってしまったのじゃ!」

 

「そんな……」

 

島国である波の国にとって海上のルートは交通の(かなめ)です。

それを独占されてしまったら、国の全ての富を独占されたも同然なのです。

 

「つまりガトーは経済的にこの国を乗っ取っちゃったのね……」

 

納得したように頷くカナタ。

 

「だが希望はある」

 

カイザさんが毅然とした表情で言いました。

 

「海上がダメなら陸路だ」

 

「そうじゃ! あの橋さえ完成すれば……」

 

なるほど、島に存在する全てのルートを抑えられたのなら、新しいルートを1から作ってしまえばいい。

そう思い立ち上がったのが今回の橋づくり計画というわけですか。

 

「そうすればこの国をガトーから救い出せる!……と思っていたのじゃが」

 

「連中がいくら汚いとは言え、まさかこんな直接的な妨害に出るとは予想できなかったと」

 

タズナさんの言葉を引き継いで項垂れるマイカゼ。

 

確かに、橋が支配から脱する唯一の希望だということは、支配しているガトーさん一味からすれば橋の完成は断固阻止すべき事態でしょう。

 

「でも、だからって表だって暴力沙汰を起こせば大問題になるはずですよ? 一応表では真っ当な海運会社ってことになってるはずなのに……」

 

どんなに悪いことしてもバレなきゃ構わない、とでも考えているのかもしれませんが、それって要するにバレたらヤバいってことじゃないですか。

こんなあからさまな悪事の証拠を残したガトーさんはいったいどうするつもりなのでしょう?

 

「分からない。隠す気がないのか……もしくはどうとでも握りつぶせると思ってるのか」

 

「あるいはガトーに繋がるような情報は最初から持たされていない、とかね」

 

「カナタが正解だ」

 

あ、リビングにヤマト先生が帰ってきました。

険しい表情をしています。

一応尋問は終わったみたいですが、上手く情報を聞き出せなかったのでしょうか。

 

「先生! あの2人は……」

 

「ああ、大丈夫です。しっかり拘束していますので」

 

ツナミさんの心配をヤマト先生は笑って取り払いました。

 

「それでヤマト先生、何か聞き出せましたか?」

 

「やっぱりガトーの手下じゃっただろう! あの2人がガトーと一緒にいるところをワシは超見たことがある!」

 

タズナさんが勢いよく捲くし立てます。

しかしヤマト先生はより一層表情を険しくして

 

「結論から言わせてもらうよ。彼らは何も知らされていなかった」

 

「何も? 全く何も?」

 

「ああ、何もかもだ。ガトーにつながるような情報はもちろん、襲う理由も聞かされていなかったよ。暴力団から金で雇われ意味も解らずただ暴れるよう命令されていたらしい」

 

「暴力団!?」

 

どういうことでしょう?

今回の騒動はガトーさんじゃなくて暴力団の仕業だったということでしょうか?

しかしカナタは首を振って否定します。

 

「いや違う。おそらくガトーは……」

 

「暴力団とモロ繋がっている……ってことなんだろうな」

 

苦い表情で唸るカイザさん。

な、なんてこったです。

あくどい商売を手掛けているだけじゃなく、暴力集団(ギャング)とも繋がりがあるなんて。

 

「とんでもない人に目を付けられちゃったんですね……」

 

「ただでさえこの国は超貧しい国というのに」

 

波の国改め涙目の国です。

 

「どうしてこんなことに…」

 

「分からない。ただはっきりしているのは、このまま橋づくりを続けた場合妨害は今後も続くだろうということだ」

 

「「「!」」」

 

ヤマト先生の一言に、その場にいる全員の顔が強張りました。

 

「襲わせた連中に何も知らせなかったということは、最初から使い潰す予定だったってことだ。それこそいくらでも補充できる捨て駒として惜しみなくぶつけてくるだろう」

 

ヤマト先生は静かに、それでいてはっきりした声で断言しました。

 

「「「「「「「………………」」」」」」」

 

重く、冷たい沈黙が場を支配します。

 

「……ね、ねえ! 橋づくりはもう中止した方が…」

 

「「「「「「ダメだ(じゃ)(です)!!」」」」」」

 

私が、カナタが、マイカゼが、カイザさんが、イナリ君が、タズナさんが。

声をそろえてツナミさんの狼狽えた様なセリフを大声で遮っていました。

 

「今橋づくりを中止したら、ガトーの支配に屈したことになる!」

 

「で、でもそれでもし皆にもしものことがあったら……」

 

イナリ君を抱きかかえつつ不安そうにそう言うツナミさん。

どうやらツナミさんの言う「皆」の中には自分の家族であるカイザさん達だけでなく、よそ者である第九班(わたしたち)も入っているみたいです。

だからこそ不安にも臆病にもなるのでしょう。

 

強い人です。

そしてそれ以上に優しい人です。

 

だからこそ守らないといけません。

 

「大丈夫です! 私たちがついているのです!」

 

「でも! 貴女達も子供でしょう?」

 

「確かに子供です……だけどそれ以上に忍者(プロ)ですから!」

 

正直なところ、心の中は不安でいっぱいです。

私1人だったらとっくにくじけていたでしょう。

しかし私は1人じゃありません。

 

「と言ってもペーペーの新米ですけどね。それでも依頼主を見捨てない気概くらいはあります」

 

「次は負けない」

 

カナタが、マイカゼが、すぐに私に同調してくれました。

そう、私たちは忍術を扱い、互いに助け合う忍びなんです。

チャクラもロクに練れないようなアマチュアには負けないのですよ! ……たぶん。

 

「おお、超頼もしいわい!」

 

「でも良いのか? 俺が依頼したのはあくまで橋づくりの手伝いだ。このゴタゴタはモロ任務外だろう」

 

「あ……」

 

カイザさんに指摘されるまで全然気づきませんでした。

カナタやマイカゼもそれは同じだったらしく、私と同じように引きつった顔で固まっています。

確かに私たちの任務はあくまで橋づくりであって、護衛じゃないのです。

 

私たち3人は不安そうな顔でヤマト先生を振り返ります。

 

「ヤマト先生?」

 

縋るような視線がヤマト先生に集中します。

ヤマト先生はそれに大きくため息をつきました。

 

「はぁ~、全く。コト、忍びの心得第25項だ」

 

有無を言わせぬ言葉。

私は言われたとおりに暗唱。

 

「……忍はどのような状況においても感情を表に出すべからず。任務を第一とし何事にも涙を見せぬ心を持つべし」

 

「そうだ。忍びはお金で依頼を請け負い、任務を忠実に全うする道具だ。感情に流されて勝手に任務外の行動をするような忍者は二流だ」

 

「で、でも! 待ってください! 今回のことは……」

 

「だが……任務だけで、金だけで動く忍びは三流だ」

 

「……!」

 

「ヤマト先生! それじゃあ!」

 

「正直割に合わない仕事はしたくないんだが……今回ばかりは仕方がない。橋づくりを手伝うにしても肝心の手伝う職人がいなくなってしまったら元も子もないしね」

 

正式にヤマト先生のお許しが頂けた瞬間でした。

私たちは思わず反射的に飛び上がっていました。

これで心置きなく守れるのです。

 

「いや~これで一安心……」

 

「じゃねえよ!? まだ何1つとして問題は解決してないっての」

 

そ、そうです。

うっかりしてました。

1つ問題が解決すると全ての問題が片付いた気になってしまうのは私の悪い癖です。

 

「むしろこれからが始まりだろう」

 

マイカゼの言うとおりです。

 

カイザさん曰く、明日から工事は再開するそうです。

さあ、忙しくなってきたのですよ。

 

 

 

この時の私たちは、とても忙しいでは済まない事態が立て続けに起こることになるということを欠片も予想できませんでした。

予兆はすでに始まっていたというのに。

 

 

 

 

 

 

ヤマト第九班が橋づくりの依頼に並行して防衛任務もこなすようになってからしばらく経過した、とある日の夜。

 

「先生さんよ……少し聞きたいことがあるんじゃが……」

 

「なんですか?」

 

1人夜の見張りをしていたヤマトに、依頼主カイザの義父、タズナが恐る恐る尋ねてきた。

 

「依頼料の相場が知りたい。もし木ノ葉の忍びを正式に用心棒として雇うとしたらどのくらい掛かる?」

 

「……増援を依頼するつもりですか?」

 

「決してアンタらが頼りないと言ってるわけじゃないんじゃ。アンタもあの娘たちも超頑張ってくれている。それは守られているワシらが一番理解しているつもりじゃ……じゃが……」

 

「……はい、確かに僕はともかくあの娘たちは限界だ」

 

護衛対象がカイザだけ、もしくはタズナさんだけならなんとかなった。

襲ってくる場所が橋一か所でもどうにかなっただろう。

だが、ガトーの襲撃の対象はそれだけに留まらなかった。

 

まともに攻撃しても返り討ちにされるだけだと早々と学習した連中は即座に妨害方法を奇襲に変化させたのだ。

時間、場所を問わず、人海戦術によって繰り返される奇襲攻撃。

お蔭でヤマト率いる第九班は橋づくりに携わるすべての人間の警護することを余儀なくされた。

橋づくりはもともと職種問わず国中からかき集められた国民で行われている。

彼ら全てを守るということは、すなわち国全体の治安をたった4人で守るということに他ならなかった。

実力云々の話ではない。

完全に人手不足だった。

無論、国の人たちもただ守られているわけじゃない。

自衛のために各々が武器を持って襲撃に立ち向かう人もいた。

 

だが、それならばとガトー一味も手段を変えた。

襲撃要因に単なるギャングだけではなく忍びまで雇うようになったのだ。

 

気づけば波の国全体がガトー組とカイザ組で真っ二つに割れていた。

もはや事態は上忍1人と新米下忍3人程度でどうこうできる規模ではなくなってしまっている。

増援はどう考えても必要だった。

 

しかしヤマトはタズナに、否、この国に新たに増援を雇うような金銭的余裕があるとは到底思えなかった。

 

盗賊団やギャングなどとの戦闘を前提とした任務は、木ノ葉の里の基準で言えばDランクより高額の依頼料が要求されるCランク、忍びとの戦闘を前提とする場合はさらに高額なBランクに相当する。

依頼するにはDランク任務とは比べ物にならないほどの金額が必要だった。

 

「そんなにかかるのか……なんとか、まけてもらうことは」

 

「残念ですが……」

 

金だけで動く忍びは三流だと言ったヤマトだが、こればかりは話は別だった。

命がけで戦ってもらうのだ。

忍びは里の財産、決して安売りして良い代物ではない。

 

「そうか……そうじゃな。すまん、この話は超忘れてくれ」

 

タズナは何やら思いつめた表情をしてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

波の国での生活も早くも2週間が過ぎました。

 

「ううん……眠い」

 

その日の私はあくびを噛み殺しながら、鍋をかき混ぜていました。

瞼が重い……少しでも気を抜けば即座に閉じてしまいそうです。

何時襲撃が来るか全くわからない以上、私たちは交代で休息を取りながら警備にあたっているのですが、おかげで生活リズムは限りなく不規則になっています。

 

「ねえコトちゃん、辛いなら無理しなくても……」

 

「いえ、やらせてください。料理は好きなんですよ」

 

心配そうなツナミさんの労わりのセリフを私は無理やり笑顔を作って遮りました。

確かに無理をしている自覚はありますが、料理がしたいというのは紛れもない本心です。

 

ここ最近ずっと本来の依頼である橋づくりを放り出して、島中を駆けずり回り襲ってくるギャングを鎮圧する日々が続いています。

四六時中昼夜問わず襲撃を警戒し続けなきゃいけないのが辛いわけではありません。

いえ、確かにそれも辛いのですが、それ以上に人を傷つけなきゃいけないのが精神的にキツいのです……

特に戦闘以外の目的で作ったはずの札で人を攻撃するのは想像以上に苦痛でした。

当初は吐き気すら感じたほどです。

 

正直、たまにこうして料理(すきなこと)をしていろいろ発散しないとやってられないのです。

故にこれは善意からくる他人のための行動ではなく、純然たる自分のための行動なのです。

 

「コトちゃんは本当に良い子ね……」

 

「そんなんじゃないですよ、本当に」

 

ただ私は好きなことを好き放題してるだけです。

本当の良い子とは、例えしたくないことでもそれが必要なことなら文句言わずにするような奴のことを言うんですよ。

 

「どうして……皆仲良くできないのかしらね。ガトーたちだって、今では同じこの国の住人なのに」

 

「全くです」

 

ツナミさんのふとした拍子に零れ落ちた愚痴に、私は間髪入れずに同意しました。

本当に、なんで仲良くできないのやら……と、そろそろ鍋に具材を入れますかね。

 

もっとも、具材と言ってもちょっとした野菜と海草だけですが。

海の近いこの国なら海産物がたくさんとれると思ったのですが、どういうわけかほとんど手に入らないんですよね。

カイザさん曰く、漁に出てもほとんど成果がないのだとか。

つくづく難題に塗れた国です。

略してナミの国です。

 

「あ、もう食材ほとんど切らしてるの忘れてたわ」

 

「じゃあ、買ってきますか。ついでにほかの買い出しも」

 

「本当にごめんね、家のこといろいろ手伝わせちゃって」

 

「いえ、家事は好きなので」

 

殺伐とした任務が続くさなか、家事の時間は私にとって至福のひと時になりつつあるのです。

……ふふふ、常々周囲から「忍びに向いてない」的なことを言われている私ですが、自分でそれを自覚したのは今回が初めてですよ。

今は下忍ですが、今後昇格して中忍、上忍になっていけば、もっと血生臭いキツイ任務が増えるのでしょうね。

暗部とか言わずもがなです。

考えるだけで気が滅入ります。

一生下忍でもいいかなぁ、というかガトーさんも改心してくれないかなぁ……と、そんなことを考えつつ私は財布を手に取って……

 

「あれ?」

 

その異様な軽さに違和感を覚えました。

中身を確認すると案の定、財布が空っぽです。

なんで?

初めての長期任務ということでそれなりの金額を持ってきたのに。

 

「どういうことでしょう?」

 

「え、うそ? 確かにここにしまって…」

 

不意に上がるツナミさんの困惑したような声。

尋ねたところ、どうやら家のお金もなくなっているとのことです。

偶然……のわけありませんね。

まさか泥棒……いやそれはありえないはずです。

私達だけならともかく、上忍のヤマト先生が警戒しているこの家に泥棒が入る隙なんてどこにも……

 

「みんな! 大変だ! これ見て!」

 

とそこにイナリ君が血相を変えて現れました。

何やら置手紙らしきものを握りしめています。

 

相当に慌てていたのか、手紙の文字はあちこち乱れて崩れて非常に読みにくいものでしたが、何とか読むことが出来ました。

 

 

 

『皆、超スマン。金は必ずいつか返す』

 

 

内容を理解すること数秒、意味を吟味するのにさらに時間を要すること数瞬。

気づけば私はたっぷり1分近くも硬直していました。

 

 

それからしばらくして、カイザさんやヤマト先生たちが戻って家中を捜索した結果、タズナさんはどうやら金目のものをありったけ持ち出して木ノ葉の里に向かったらしいということに私たちはようやく気付いたのでした。




原作キャラとの絡みが足りないと感想で指摘されましたが、次話でようやく原作主人公の再登場です。


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24話

遅れてすみません。
ようやく投稿です。

最近、プリズマ☆イリヤを見たせいかコトの声がイリヤで再生されます。
当然、ヤマト先生の声はキリツグ、サスケは士郎で再生されるわけで……

だからどうしたって話ですねはい。


タズナさんが姿を消したことに気づいたその日の夕方、カイザ邸の居間にて。

 

「待ってください! いつもはともかく、今回のこの扱いはいくらなんでも理不尽です!」

 

うちはコトは、首に『私は一般人にお金を盗まれてしまうほどに警戒を怠りました』と書かれたプラカードをぶら下げた格好で猛然と抗議の声を上げていた。

 

「待遇の改善を要求します! というか盗まれてませんし! あくまで貸しただけですし!」

 

盗まれたとは意地でも認めないつもりらしい。

 

「金銭を持主の断りなく借りることを総じて窃盗というんだよ」

 

ヤマト先生はそんな態度のコトにやれやれと首を振る。

ちなみにコトは「断固抗議します!」とか言ってる割に、しっかりと言われるままにお行儀よく正座していた。

なんか変な感じに躾けられているというか、正座させられることに慣れつつあるというか、半分癖になってるんじゃないの?

 

「あの先生? 今回はまあ大目に見てもいいんじゃないですか?」

 

私―――空野カナタはヤマト先生に恐る恐る進言する。

いつもは確かにコトの自業自得だけど今回のこれは一応被害者なわけだし。

 

「その訴えが通用するのは一般社会だけだ」

 

ヤマト先生は私の訴えを一切聞き入れたりしなかった。

暗部仕込みの無表情を浮かべ、何時にもまして平坦な声音で

 

「忍びの社会では騙された方が、盗まれた方が悪いことになっている。今回はお金が少し盗まれた程度で済んだが、もしそれが機密情報を記した重要書類だったらどうする? 死んだ程度じゃ償えないよ?」

 

「うぐぅ……」

 

「弱い忍びに救済なんてあり得ない。被害者になった忍びはただ殺されるだけだ。忍びの社会に保険なんて存在しないんだよ」

 

「うう……」

 

「だいたいコトはいつもそうだ。周囲に対して無防備すぎる。一瞬の油断が命取りになる忍びの世界で、その無警戒さはおよそ致命的だ」

 

「…………」

 

「悔しければ、見返したければ強くなる以外に方法は……」

 

「……もうその辺で良いんじゃないですか?」

 

私は頃合を見計らってストップをかけた。

見ていられなかった。

今回はさすがにねぇ。

 

「……くすん」

 

コトは忍者だ。

決して涙を見せてはいけない忍者だ。

しかし、それ以前にやっぱり女の子なのよね。

 

 

 

しかし、コトは女の子である以上に問題児でもあるわけで。

 

「依頼人の家族を疑って、警戒して、そうまでして機密を守らないと存続できないような後ろ暗い里なんて滅びちゃえばいいんですよ……」

 

ヤマト先生の説教から解放された直後のコトのセリフがこれだ。

例によって欠片も反省していないなこいつ。

真っ直ぐ自分の言葉を曲げないのも結構だけど、これはなんか違うでしょうに。

ちなみに件のプラカードは今もコトの首にぶら下がっている。

以前は巫女服にプラカードという異色の組み合わせに激しく違和感を覚えたはずだったんだけど、今ではすっかり見慣れてしまった。

仕方がないと言えば仕方がない。

何せ最近ではつけていない時間の方が短いくらいなのだから。

 

「冗談でもそういうことは言わない方が良いわよ。クーデターの意思ありってされて暗殺されたくなかったらね」

 

半分冗談、半分本気で私はコトに釘を刺しておいた。

今は冗談で済ませられるけど、将来的にはそうも言っていられないかもしれないし。

私はちゃんと今のコトのセリフが本気じゃないってわかるけど、子供の冗談の通じない大人(バカ)が本気にしないとも限らないし。

 

……いや、改めて考えてみれば本当にあり得そうで怖いわね。

コト暗殺。

実際一度殺されかけているわけだし。

 

「……私がもっとしっかりしないと」

 

「?」

 

キョトンとして私を見つめるコトに隠れて私は決意も新たにひそかに拳を握った。

コトが首をかしげていると、マイカゼが暗い空気を吹き飛ばすように肩を落としているコトの背中を軽くたたいてわざとらしいくらい明るい声で

 

「コト、まあ元気出せ。ほら、七転八倒って言うじゃないか!」

 

「「…………」」

 

 

空気が死んだ。

 

 

「……あ、あれ? 何か間違えたか?」

 

「いや、状況を表す言葉としてならこれ以上ないくらいに的確なんだけど……」

 

励ましの言葉とするなら激しく間違っていると言わざるを得ない。

正しくは七転び八起きである。

 

「そ、そういえば! タズナさんは借りたお金で何をする気なのでしょう?」

 

微妙になった空気を察したのか、コトが明らかに無理をしている様子で声を張った。

露骨な話題変換。

しかし私はあえてそれに乗る。

実際のところ気になる話題でもあったし。

 

「……そうね。普通に、というか短絡的に考えるなら木ノ葉に増援の依頼をするとかかしら?」

 

「で、でもそれは不可能なのですよ。私が貸したお金とツナミさんの元々の金額を全部依頼につぎ込んだとしても全然足りないのです……」

 

弱々しい声でそういうコト。

無断で財布の中身を抜かれたのはそれなりにショックだったみたい。

それでも決して盗まれたと言わず、あくまで貸しただけと言い張るあたりがコトらしい。

 

「確かにこれじゃCランクがせいぜいだ……」

 

掲示された金額の数字を見て、木ノ葉の依頼料の相場と照らし合わせたマイカゼが断言した。

確かに、この額ではBランクの平均にも届かない。

 

「2人の言うとおり正攻法じゃ無理ね」

 

「ですよね? だったらタズナさんはいったい何を……“正攻法”では?」

 

「正攻法以外なら方法があると?」

 

私のセリフの微妙なニュアンスを感じ取ったのかコトとマイカゼが眉をひそめた。

 

「そうね。例えば木ノ葉にCランクの依頼……護衛任務を頼んだとするじゃない? 暴力団から身を守ってくれって」

 

「はい」

 

「忍びとの戦闘がないならCランクの金額で依頼できるな」

 

うんうんと頷くコトとマイカゼ。

 

「それで、もし暴力団が依頼人の知らないところで忍びを雇っていたとしても、それは依頼人の落ち度じゃないよね?」

 

「うんうんそれなら仕方がな……いや待て、その理屈はオカシイ」

 

「そうですよ! 依頼内容の詐称は犯罪です!」

 

目をむいて声を大きくするコト。

どの口が犯罪とか言うのかなこの犯罪者予備軍(もんだいじ)は? 

 

「というか、コトはついさっきお金盗まれたばっかじゃない。目的のためなら窃盗も辞さないって覚悟なら、依頼内容の詐称くらい平気でするでしょ」

 

私はあえて辛辣な言葉を選んで冷たく言った。

案の定、コトは目を吊り上げて(それでもちょっとしか吊り上らないけど)怒る。

 

「盗まれてません! ちょっと貸しただけです! タズナさんはそんなことしません!」

 

頑固ね。

でもまあ、タズナさんはそんなことしないっていうのは同意する。

タズナさんの人となりを全て理解している、なんて口が裂けても言えないけど、それでも少なくとも悪人ではないことくらいは理解しているつもりだから。

 

「そう? それじゃ賭ける?」

 

「ノった!」

 

よし、ノってきた。

 

「ちょ、ちょっと待て、2人とも落ち着いて……」

 

マイカゼが焦った様子で口を挟んできたけど私はそれを無視して

 

「それじゃ、タズナさんが本来Bランク相当の依頼をCランクと偽って木ノ葉の忍びを雇っていたら私の勝ち。それ以外の用途でお金を使ったのならコトの勝ちってことで。賭け金は千両(※およそ一万円)でOK?」

 

「OKなのです!」

 

「本当に良いのか!? そんな賭けして?」

 

「いいのよ」

 

勝つつもりないし。

むしろ私の目的は負けることにあるんだから。

私自身、タズナさんがそこまで汚いとは思わない。

これでコトが勝てば、少しはなくなった財布の中身の補填になるでしょうよ。

 

「なるほど、カナタはワザと負けて……そういう意図か」

 

「普通にお金渡しても受け取らないからね」

 

仲間なんだから素直に頼ってくれればいいのに。

コトはこういう時本当に頑固なんだから。

 

「コト、私も賭けに参加だ! タズナさんが詐称する方に二千両賭ける!」

 

「マイカゼまで!? 酷いですよ2人とも! いいですけど、負けたら後でちゃんと疑ったことをタズナさんに謝ってくださいよ!」

 

「はいはい、負けたらね」

 

言われなくてもそのつもりよ。

 

 

 

 

 

 

その後、タズナさんは帰ってきた。

木ノ葉の忍をひきつれて。

コトにギャンブルは致命的に向いていないことが明らかになった。

 

 

 

 

 

 

どうも、現在無一文に加えて友達に賭けに負け借金まで作ってしまった哀れな女、うちはコトです。

ここまで惨めな気持になったのはうちは一族が滅んだ時以来なのですよ。

 

まあ悲しみのベクトルが盛大に違うのですが。

前は笑えない悲劇、今回は対外的には笑える悲劇です。

そんなわけなのでどうか笑ってくださいコンチクショウ。

 

「……嬢ちゃん。本当に超スマン」

 

タズナさんが帰ってきてからしきりに頭を下げてきます。

 

「もういいですよ別に、むしろ良かれと思ってやったんなら謝らないでください」

 

余計に惨めですから。

 

「(おい、話が違うぞ! これでは私たちは薄幸少女から更なる金銭を搾り取ろうとする単なる嫌な奴ではないか!)」

 

「(読み違えた……まさかタズナさんがこんな最悪の依頼人だったなんて……)」

 

カナタとマイカゼがこそこそと話しています。

勝ったお金で何を買うかの相談でしょうか?

 

「俺からもモロ謝る」

 

「大丈夫ですよ。本当に気にしていませんから」

 

頭を下げてくるカイザさんを私はやんわりと制しました。

国のために増援が必要だったというのは紛れもない事実でしたし、何より久しぶりに“顔馴染み”に会えたのは個人的にとても嬉しいですから。

 

「コトちゃん! 久しぶりだってばよ!」

 

「はい! お久しぶりですナルト君!」

 

奇妙な偶然なのか、火影様の粋な計らいなのか、助っ人として駆けつけてくれた忍び小隊はなんとナルト君所属する第七班だったのです。

実力以上にとても頼もしい気分ですよ。

それに話によれば、此処に来るまでにもうすでに修羅場をくぐってきたそうで、そのせいか顔つきもずいぶん変わって見えるのです。

 

「ナルト君……強くなりました?」

 

「おう!」

 

左手の甲にできた傷を掲げて、俺はもう逃げないと宣言するナルト君。

正直、私としては怪我するような無茶はしないでほしいと言いたいところですがナルト君のやりきった感あふれる嬉しそうな顔を見ていると何も言えません。

 

「とりあえず、傷を見せていただけますか?」

 

私の医療忍術は我流ですけど応急処置以上、本格的な治療未満の手当てならできますから。

 

「サスケ君も怪我してるんなら見せて…」

 

「余計なお世話だ」

 

「……でもその打撲は内臓にダメージが……」

 

「要らないって言ってんだろ。ウザいよ」

 

私を睨んで距離を取るサスケ君。

まるで傷ついて警戒する猫です。

明らかに無理をしているのが解るだけに余計に辛いです。

 

「おいサスケェ! コトちゃんに対してそんな言い方は……」

 

「いえ、良いんですナルト君」

 

「でも!」

 

「良いんです」

 

うう……まだ駄目みたいですね。

私自身サスケ君に何のアプローチもしていないので当然と言えば当然ですけど。

それでも、サスケ君もナルト君と同じく雰囲気がずいぶん変わって見えたのでひょっとしたらひょっとするかもと淡い期待を抱いたのですが。

クールで物静かなところは前と同じなんですが、ちゃんと班員を仲間と認めているというか打ち解けている感じがするのですよ。

私もいつか誤解を解ければこんな風に……

 

「今はまだ無理みたいですけど、私は諦めませんよ」

 

そしていつかはイタチお兄さんと仲直りを……

 

「いい加減諦めなさいよ、コト」

 

「……サクラさん?」

 

突然サスケ君と私の間に、綺麗な桃色の髪の女の子が強引に割り込んできました。

ナルト君やサスケ君と同じ第七班の紅一点、春野サクラさんです。

急にどうしたのでしょうか?

 

「貴女にも解ってるはずよ。手遅れだって」

 

重々しい口調で断言するサクラさん。

そんな……

 

「どうしてそんなこと解るんですか?」

 

「私がサスケ君と同じ第七班だからよ」

 

やはり同じ班でないと理解できないような繋がりがあるんでしょうか。

でも私は! サスケ君と同じ班になれなかった程度の理由で、和解は不可能だなんて諦めたくは……

 

葛藤する私に追い打ちをかけるようにサクラさんはことさらに声を張り上げて

 

 

 

「うちはコト! もはや貴女に脈はないわ!」

 

 

 

「…………ハイ?」

 

話の流れについていけずに固まっている私を無視してサクラさんは胸を張って私を見下ろし

 

「すでに貴女は終わっている、いわば過去の女なのよ!」

 

「……いや何の話をしているのですか!?」

 

そういえば彼女はかつてアカデミーのくのいちクラスで大多数を占めた『サスケ君が大好きな女子達』の1人でした。

サスケ君と一番つながりのあった女の子である私は何かにつけて警戒されていたみたいなのですが……ひょっとしてまた何か誤解されてますか私?

 

「あの……何か勘違いしているようなのではっきり言いますけど私は別にサスケ君の事は…」

 

「そもそも、天才のサスケ君と残念なコトじゃ最初から釣り合わなかったのよ!」

 

「ちょっ、ざんねっ!? さすがに聞き捨てならないのですよそれは!」

 

サスケ君の仲を疑われるだけならともかく、残念扱いされるのは極めて遺憾なのです!

 

「こう見えても私は炊事洗濯掃除買い出し何でもござれのお利口さんです! ちっとも残念なんかじゃありません!」

 

 

……あれ?

なんかサクラさんだけでなく、その場にいる皆の私を見る目が急に……

サクラさんが半眼になって平坦な声音で

 

「……アンタ、本当に忍者?」

 

「ぐう!?」

 

痛いところを突かれました。

そ、そういえばナルト君やサスケ君が大なり小なり負傷しているのに対し、サクラさんには全く外傷が見られません。

もしかしてあの2人が怪我をするような戦闘を無傷で切り抜けたのでしょうか?

だとすれば侮れません。

 

「サクラちゃんサクラちゃん、コトちゃんってばこう見えても結構凄いんだってばよ?」

 

「なんで疑問形なんですかナルト君!? わ、私だって立派に忍者です! 実際九班の中では私が一番使える術の数が多いんですよ!」

 

「本当に~?」

 

「本当です! ですよねカナタ?」

 

「そこで私に振らないでよ!?」

 

こっそり聞き耳を立てていたカナタは「コメントに困るでしょうが!」と狼狽えて目を泳がせます。

カナタはその後散々頭を抱えて悩んだ挙句……

 

「……マイカゼはどう思う?」

 

同じく盗み聞きしていたマイカゼにそのままパスしました。

 

「え、あ、私は……そ、そういえば、コトとサスケって喧嘩してるのか?」

 

そしてマイカゼは露骨に話題転換……こ、この人たちは。

 

「いいえ、一方的にサスケ君がコトを拒絶してるだけよ。いや拒絶してるというより怖がってるって言った方が正しいのかしら? 一体何があったのやら」

 

「誤解されてるだけですよ。というか、酷いじゃないですか」

 

同じ班の仲間なんですからちょっとくらいフォローしてくださいよぅ……

 

 

 

「姉ちゃん達、何端っこでこそこそ話してるんだ?」

 

「関わるな。ウスラトンカチが移る」

 

「う、うん」

 

イナリ君がサスケ君の言葉に顔をひきつらせつつも頷いたのでした。

失敬な、誰がウスラトンカチですか誰が。

 

 

 

 

 

 

九尾を宿した人柱力、うずまきナルト君はかつて孤独でした。

しかし、それは今や過去の話です。

昔と違って今は背中を支える仲間(チームメイト)担当上忍(頼れる大人)もいるのです。

 

「大丈夫かい? 先生!」

 

「いや…! 一週間ほど動けないんです…」

 

頼れる……はずです、きっと。

見た目は相当に胡散臭いですが。

第七班とそれなりに打ち解けて(?)いろいろ事情を聴いたのち、ただいま私は“額当てを斜めにつけた上でマスクをした銀髪の男性”という見るからに怪しい人物をツナミさんやヤマト先生と一緒に看病しているところでした。

このベッドで力なく横たわっている男性こそ増援に駆けつけて来てくれたナルト君達第七班の担当上忍「はたけカカシ」先生です。

マスクと額当てで顔の下半分と左目―――顔の大部分が隠れてしまい右目以外の人相が全く分かりません。

何でも、途中で襲ってきたとても強い霧隠れの抜け忍を撃退した反動で動けなくなったそうなのですが……

 

「こんな格好悪い先輩初めて見ましたよ……」

 

「凄い方なんですかヤマト先生?」

 

「少なくとも僕より強いのは確かだよ」

 

はっきりと断言するヤマト先生。

素直に驚きですね。

初代火影様と同じ木遁使いであるヤマト先生より強いなんて。

確かに私の見る限りカカシ先生には大きな負傷が見当たりません。

それはつまり霧の忍び刀七人衆の一角と一戦交えてほぼ無傷で勝利したということで、確かに物凄い快挙なのです。

 

しかし、それなのにこの消耗具合はどういうことなんでしょう?

単にチャクラを大量消費したってわけではなさそうなんですが。

 

「なぁーによ! 写輪眼ってスゴイけど、身体にそんなに負担がかかるんじゃ考えものよね!」

 

サクラさんがカカシ先生の枕もとでやれやれと言った様子でそう言いました。

サスケ君やナルト君もそうですが、第七班の面々は自分の上司になんて口をきいてるんでしょうか。

もし私がヤマト先生にそんなセリフを吐こうものなら朝まで檻にぶち込まれて貫徹お説教フルコースになってしまうのです……って今はそれよりも気になるワードが。

 

「写輪眼?」

 

どういうことでしょう?

カカシ先生は写輪眼を開眼しているのでしょうか?

でも、チャクラを診る限りカカシ先生はうちは一族の血族じゃないし……ん?

 

「……カカシ先生? その額当てで隠している写輪眼(ひだりめ)って誰のですか?」

 

「……テンゾウ、お前が話したのか?」

 

「いえ、別に僕は何も。あと今は『ヤマト』でお願いします。彼女もサスケと同じうちはの生き残りで、一応感知タイプです」

 

「…そういうことか」

 

私はカカシ先生の視線にコクリと頷きを返しました。

明らかにチャクラの質がそこだけ違うのです。

これだけ近くで観察すれば額当てで隠していても分かるのですよ。

 

「ということは君が例の……あ~……ひょっとして解っちゃう?」

 

曖昧に笑うカカシ先生。

 

「……馴染み具合からして移植してから軽く十年は経過していますね?」

 

「そんなことまで解るのか…………ま、事情は聞かないでくれ」

 

そう言ってカカシ先生は口を濁しました。

機密にかかわるので言えない……というより個人的に言いたくないの方が近いですかね。

何かあった……のでしょうね。

何もないわけがないですし。

 

「聞くなというなら聞きませんけど、あまり使いすぎると寿命が縮みますよ?」

 

「ハハッ、ま、気を付けるさ……え゛!? 寿命、縮む? マジで?」

 

「知らないで使ってたんですか!?」

 

 

 

 

 

 

コトとヤマト先生が、横になっているカカシ先生と何やら話し込んでいる。

医療に心得があるのは第九班と第七班の面々全部合わせてもコト1人だけ。

こればっかりは素人に出る幕はない。

というか、新米下忍なのに医療忍術に精通しているコトがオカシイ。

せめて邪魔にならないようにという配慮の元、カナタ(わたし)とマイカゼは少し離れた場所でナルト君の語る『初めての他里の忍びとの戦い』の話で盛り上がっていた。

あまりナルト君達とは接点のなかったマイカゼも、霧の忍び刀七人衆には興味津々らしく真剣に聞き入っている。

 

「その時に俺ってば“魔法手裏剣風車(かざぐるま)”の変化を解いて……」

 

風魔(ふうま)手裏剣(しゅりけん)影風車(かげふうしゃ)だウスラトンカチが」

 

「ナルトったら、自分で変化した忍具の名前くらいちゃんと覚えないさいよ」

 

ナルト君は決して話し上手とは言えなかったが、説明不足に陥るたびに解説や注釈をサスケ君や春野さんが入れてくれるので何とか把握することが出来た。

あの問題児のナルト君が大活躍しているというのも驚きだけど、それ以上に驚きなのがこのチームワークね。

ちょっと見ない間にサスケ君までもうこんなに打ち解けて……コトが絡まない限りサスケ君の態度が普通であることにも驚くやら安堵するやらだ。

 

「それで、第七班一丸になってその……桃地再不斬って霧の忍びを追い詰めたのね」

 

「そうなんだってばよ! けどさけどさ! あと一歩ってところでいきなり変なお面付けた奴が現れて……」

 

上機嫌で話していた今までとはうって変わって、今度はムキーと怒りながら話し始めるナルト君。

表情がコロコロ変わって本当飽きないなぁ~。

 

「しかし、それにしても霧隠れの……追い忍だったか? そいつも随分と通な武器を使うのだな」

 

「妙な拘りでもあったんじゃないの? その再不斬ってやつも馬鹿でかい包丁を扱ってたみたいだし」

 

「馬鹿でかい包丁ではない! 断刀・首斬り包丁だ!」

 

「はいはい」

 

そういえば第九班(うち)にもそういうのいたわね、刀とか札とか角材とか変わった忍具に拘ってる人が。

ふと、サスケ君が眉をひそめた。

 

「……通な武器?」

 

「だってそうでしょ? 千本だよ? 傀儡とか仕込み傘に仕込むとか、毒が塗ってあるとかならまだしも、メイン武器に普通それは選ばないって」

 

千本。

別名棒手裏剣ともいうそれは、要はなんてこともないただの大きな針だ。

針治療の針といえば解りやすいかしらね。

注射器を思い浮かべれば解りやすいかもだけど、この手の針での刺し傷はとても小さく治ってしまえば後も残らないし血もほとんど出ない。

チャクラで肉体活性出来る忍びからすればよほどピンポイントで急所に突き刺されない限り致命傷にはならないのよ。

そんな殺傷能力の低い武器をわざわざ使うというといういうことは、よほど急所をピンポイントで狙い撃つ自信があったのかしらね。

事実、再不斬を一撃で即死させているわけで。

聞けば私達とそう変わらない歳だったっていうし、その若さで追い忍とか相当の天才で間違いない……

 

「……どうしたのサスケ君?」

 

「……まさか!」

 

急に血相を変えて立ち上がったサスケ君は、そのまま寝ているカカシ先生の元に駆け寄った。

急転する事態についていけずカイザさん達が呆然とするさなか、サスケ君の言葉を聞いたカカシ先生は真剣な表情で答えを出した。

 

千本を使う霧の追い忍は敵の仲間であり、桃地再不斬は生きている、と。

 

 

 

 

 

 

木登りの行。

木ノ葉に限らず忍全般の基本修行法の1つで、もちろんただの木登りではなく手を使わずに足だけで垂直に登るところがミソである。

チャクラを足の裏に集中し木の幹に吸着させることで登るのだ。

チャクラを必要な部位に必要な量だけ集中する調節(コントロール)と、それを長時間維持する持続力(スタミナ)を身に着けることを目的とする極めて重要な修行で、これを極めれば、木以外にも壁や天井に立って歩くことが可能となる。

調節(コントロール)持続力(スタミナ)はチャクラを扱う、即ち忍術を扱う上での全ての基本であり、これをマスターしないことには忍びとして何も始まらないと言っても過言ではない。

故に忍びとしての第一歩を踏み出した、新人下忍はすべからくこの修行を修めることとなる……

 

「……はずなんだが」

 

波の国、カイザ邸からほど近くにある森林にて。

私こと月光マイカゼは腕組みをした直立姿勢で木の枝にぶら下がり地面を“見上げた”。

上下逆さまになった世界で、ゴーグルをつけた金髪の少年と、鋭い目つきの黒髪の少年が呆然とこちらを見ている。

同期の下忍、第七班のうずまきナルトとうちはサスケだ。

 

「なんで、なんで第九班(おまえら)は木登りの行をマスターしてるんだ!?」

 

サスケは心底信じられないと言った様子で私を見上げているのだが、信じられないのはむしろこっちだ。

 

「逆に聞きたいわね。なんで第七班(あなたたち)はマスターしていないのよ……いや春野さんはなんかいきなり出来ちゃったみたいだけど」

 

私のすぐ横で同じように木の枝に立っている空野カナタが頭を抱えている。

霧隠れの鬼人、再不斬が生きている可能性が浮上した以上、再び襲ってくるであろう彼らに対抗するためにも戦力の底上げは不可欠だ。

そんなカカシ先生のの鶴の一声の元、私たちは修行を開始したわけなのだが、今更なんでこんな基礎修行なのやら。

というか、なんでこんな基本的なチャクラ運用ができないのに戦闘が出来る?

順序が無茶苦茶にも程があるだろうに。

 

「貴方たちの上司……はたけカカシ先生は教えてくれなかったの? 今まで一度も?」

 

「そりゃ俺だってアカデミーに通ってた時は毎日1人で術の特訓とかはしてたってばよ……けど、チャクラのコントロールとかは……それにカカシ先生は任務終わったら時間がないってすぐ帰っちゃうし……」

 

「それでも、教えてもらう時間がなかったわけじゃないでしょうに。Dランクの任務なんて余程特殊な物でもない限り半日以内に、短ければ数時間で完了するような任務でしょうが」

 

カナタは言い訳がましいナルトの言葉をばっさりと切り捨てた。

 

「言い過ぎよカナタ! ナルトはともかくサスケ君が可哀相じゃない!」

 

そう怒鳴ったのは、ナルトやサスケと同じく第七班メンバーの春野サクラだ。

彼女は長い桜色の髪を風に遊ばせつつ私やカナタとほぼ同じ高さにある木の枝に腰かけている。

今回初めて木登りの行に挑戦したらしいが最初でここまで到達できるのは普通に凄い。

 

「仕方ないじゃない……毎日任務で忙しかったのは本当なんだから……」

 

「と言われてもなぁ」

 

かくいう私もカナタの言うとおりだと思う。

 

一口にDランク任務と言ってもピンからキリまであるが、それでも猫探しやお使いなどの任務が大半だ。

そういう任務は捕まえれば、お使いが完了すればそれで依頼終了となる。

睡眠や食事、趣味などの時間を差っ引いてもかなりの時間に余裕ができるだろう。

むしろアカデミーの教育から解放された直後の私達からすれば、有り余りすぎて暇を持て余してしまうほどだ。

それくらい新人の下忍と新人下忍担当の上忍は仕事が少ないのだ。

 

「ただし、もっと忍者らしい難しい任務がやりたいとか駄々をこねてそれを押し通したりしなければ、だが」

 

私からナルトとサスケが露骨に目をそらした。

心当たりがあるようだな。

私も同じだっただけに気持ちはものすごくよく分かるが、そのあたりを考慮したとしても時間が全て潰れて修行する暇がないなんてよほど怠けていないとあり得ないと思う。

しかしナルトは問題児と言えど努力家(コト談)で、サスケは誰もが認めるエリート、サクラもアカデミーでは座学でトップの成績を誇った優等生。

怠け者とは程遠いメンバーである。

 

「ますます解らない。どこでこんなに差が?……」

 

「知らないわよそんなの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないの?」

 

カナタが冗談交じりにそう言った瞬間、第七班のメンバーに衝撃が走った。

 

「ま、毎日任務開始前に……」

 

悔しそうにしていたナルトが、

 

「何もしないで何時間も……」

 

怒りを押し殺していたサスケが、

 

「ボケッと突っ立ってた……」

 

何か言い返そうとしていたサクラが。

 

第七班の全員が凍りついた。

何? ひょっとして心当たりがあるのか?

 

気まずい沈黙がその場を支配する。

それを打ち壊したのは松葉杖をついて現れた男性だった。

 

「君たち、ちゃんと修行はやってるかな?」

 

はたけカカシ。

ナルト達第七班の担当上忍だ。

 

「おや? 何皆して固まってるのかな? ダメだよそういうのは、時間は有限なんだからサボってる暇なんかぐへぁあああ!?」

 

「クァクァシィイイイ!! アンタの所為でアンタの所為で俺は、俺達は!」

 

「修行の時間を返せってばよおおお!」

 

「遅刻するならせめて一時間以内にしなさいよ! しゃーんなろー!」

 

一切無駄のない滑らかな連撃と、全力疾走からの全体重と勢いを乗せた渾身の蹴りと、高所からの重力加速を利用した踵落としが、全く同時にカカシ先生に炸裂した。

ああ、これはヤバい、死ねる……というかなんだこの無駄に高度な連携コンボは!?

なんでこんなにこいつらは戦い慣れているんだ!?

基礎は出来てないのに!

 

「正直、個々の能力がバラバラのデコボコチームだと思っていたが……侮れないな第七班」

 

「感心してる場合か! 止めないとまずいでしょうが!」

 

バシッと割と本気でカナタに頭をはたかれた。

痛いじゃないか……と、カイザ邸にいたはずのコトとヤマト先生がその場に現れた。

看病していた筈のカカシ先生が姿を消したことでそれを探しに来たらしい。

 

「カカシ先生? こんなところにいたんですか、探しましたよ、まだ本調子じゃないんですから大人しく寝てないと……ってうぇええぇぇええええぇえ!!? あ、あ、貴方達自分の上司にいったい何をやってるんですか! そんなことしたら死んじゃいます!」

 

「カカシ先輩!? いったいこれはどういう!?」

 

2人は片や絶叫、片や絶句しながらカカシ先生とナルト達を引きはがしにかかった。

私とカナタは遅れながら参戦する。

 

その後その騒動は第七班や第九班だけでなく、様子を見に来たイナリ君やカイザさんまで巻き込んだ大乱戦に陥った。

 




ヤマト先生は木遁を、カカシ先生は写輪眼を。
思えばこの2人ってそれぞれ木ノ葉の創設者の能力を借りている同士でもあったんですね。

NARUTOって考えれば考えるほど相関図が似通っていてるキャラクターが多くてほとほと深いと唸らされます。


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25話

遅れました。
この話から本格的に原作から乖離します。


「いてて、全くあいつらときたら思いっきりやってくれちゃって……」

 

身体が動かないことをいいことに己の部下(ナルトたち)に容赦なく袋叩きにされたその日の夜。

はたけカカシは、独りで出歩いていた。

周囲の警戒とリハビリを兼ねた散歩だ。

 

「良いんですか? そんな風に出歩いて」

 

否、独りではなかった。

カカシの背後にいつの間にかもう1人。

 

「テンゾウ、それはどっちの意味だ? 修行中の部下を放っておいて良いのかと聞いているのか、はたまた寝てなくて良いのかと俺の身体を心配してくれているのか」

 

「前者ですかね。あと今の僕は『ヤマト』です」

 

「……ああ、そうだったな。ま、大丈夫だろう。あいつらならわざわざ手取り足取り俺が教えなくても自分で勝手に伸びる」

 

「そういうもんですかね」

 

「成長期のガキなんてそんなもんだ」

 

ヤマトの問いに対してひどく適当な答えを返すカカシ。

 

「そんでもって俺の身体の方もすこぶる快調快調」

 

「いやだからそっちは心配していませんって」

 

ヤマトは己の部下の“こういう方面”において()()は、その有能さを高く評価し信頼していた。

現在、カカシの手に松葉杖はない。

もう必要がなかった。

もちろんまだ本調子とは言えないが、それでも今までの写輪眼を使った後の衰弱具合とは比べ物にならないくらいの回復速度だった。

 

(……この分だと全快まで3日もかからないかもな)

 

拳を開いたり閉じたりして体の動きを確認したカカシはそう自己診断する。

 

本来なら一週間は寝たきりを覚悟していたのだが、その予測をいい意味で裏切ってくれたのはヤマトの部下の白い少女、うちはコトだ。

 

「ま、助かったよ。お前も随分と素直で将来有望ないい部下に恵まれたじゃないか」

 

「そうでもないですよ。素直は素直でも、素直に言うこと聞かないですし。あと確かに先輩の言うとおり将来有望なんですけど…」

 

「「それ以上に将来が不安」」

 

カカシとヤマトのセリフが見事に重なる。

下忍(こども)が優秀であることが、必ずしも良いわけではないということをしみじみ実感させられて、上忍(おとな)2人はため息をつくのだった。

 

 

 

写輪眼を多用すると寿命が縮む。

 

コトから唐突に告げられたその一言を、カカシは写輪眼使いの1人としてどうしても聞き流すことはできなかった。

詳しい事情を尋ねたところ、コトはその質問を待ってましたとばかりに嬉々として己の研究の成果を語り始めた。

 

かつて、まだうちは一族が滅亡していなかったとき、彼女は姉のうちはミハネに「写輪眼ってどうやって開眼するの?」と尋ねたことがあったらしい。

 

『その時のお姉ちゃん曰く、写輪眼はうちは一族の一部の家系の人が失意、喪失などの強い負の感情を抱いたときに脳内から発せられる“特別なチャクラ”が視神経に作用して開眼するとのことなのですよ』

 

うちは一族の割と重大な秘密を、一般人(ツナミ)の前であっさりとばらしたコト。

すぐ隣でヤマトが頭を抱えていることにも気づかず少女はさらにぺらぺらと言葉を加速させる。

 

『この話を聞いたとき、私は疑問を感じたのです。『特別なチャクラ』って何がどう特別なのでしょうかと』

 

この疑問を、当時のコトは姉のミハネだけでなく、父や母はもちろん知り合いのうちは一族に片っ端からぶつけたが、結局納得のいく答えは終ぞ得られなかった

仕方ないのでコトは、写輪眼を開眼しているうちは一族のチャクラと、開眼していないうちは一族のチャクラを継続的に比較観測し続けることにしたのだ。

 

何気にさらっととんでもないことをしていたらしい白い少女に、上忍2人はあいた口が塞がらない。

いや、片方はマスクで口は塞がってはいるのだが。

 

他者のチャクラを継続的に観測し続けるなんて芸当、専用の忍具や機材を用意するか、複数人で印を組んで結界忍術でも行使しない限り不可能である。

個人で何の補助もなしに行使できる術のレベルを完全に逸脱しているが、どうしてコトには可能だったのかというと、それは並行して行っていた自然エネルギー(当時は謎チャクラと呼称)取り込み実験の副作用のおかげで、やたらとチャクラには鋭敏になっていたからである。

 

「おかげで観測し続けるのは別段難しくはなかったですよ?」というのはコト本人の感想だ。

カナタが聞けば即座に「このアホ天才が!」と突っ込んだであろう。

上忍2人は苦笑いしか出なかった。

 

そんなこんなで毎日コツコツ辛抱強く観察し続けた結果、コトは真実……とはいかないまでも、それでも納得できるある種の仮説を弾き出した。

 

 

 

写輪眼を開眼させる要因である『特別なチャクラ』とはすなわち『生命エネルギー』なのではないかと。

 

 

 

『チャクラだけなら多少消耗しても兵糧丸や医療忍術などですぐに回復することはある程度可能です。けれど、生命エネルギーの場合はそうはいきません』

 

元から図抜けた生命力(チャクラ)を有するうちはの血族ならともかく、他の忍びの身体じゃ身が持たないのだ。

生命力の消耗とは、言い換えれば身体の血肉を物理的に削っているに等しい。

多少血を流したり、怪我をする程度ならすぐに治癒できても、大きな失血などは精神力に関係なく回復に時間がかかってしまう。

怪我や貧血は根性で治ったりはしないのだ。

 

道理で兵糧丸などを服用してもあまり効果がないわけだ、と納得するカカシ。

 

『軽度ならただバテる程度ですむでしょう。まだマシです。でも重度だと……』

 

千切れた腕は生えてこない。

失った臓器は戻らない。

 

生命力をあまりにも大きく消費すればどれだけ時間をかけて療養しても戻らないなんてこともありえる。

繰り返せばそのたびに衰弱し、寿命を縮める結果になってしまう。

 

『うちは一族の人間でも、限界を超えて写輪眼を酷使すれば生命力の枯渇で視神経が壊死して失明しちゃうこともあったらしいですから、カカシ先生も気を付けてくださいね?』

 

『はは、ま、気を付けるよ。話を聞く限り安静にする以外の治療法はないみたいだし』

 

『いえ、そんなことはないです』

 

『……え?』

 

今までの話の前提を覆すようなセリフに呆気にとられるカカシ。

 

『原因ははっきりしているんです。生命エネルギーが枯渇しているなら、生命エネルギーを補充すればいいんですよ。幸い、ちょうどチャクラを生命エネルギーに性質変化させられる特異体質の持ち主がこの場に2人もいるわけですし』

 

かくして、それ以降のカカシの体調は劇的に回復することとなったのであった。

 

 

 

 

「……上層部はコトのヤバさ(このこと)に気づいていると思うか?」

 

「そこまで広まっていないはずです。うちはの生き残りと言っても所詮は問題児ってことであまり注目もされてなかったみたいですし。研究もそのほとんどが再現性のない机上の空論(もうそう)扱いです……ただ、火影様はさすがに認知しているでしょうね」

 

「つまり、『根』にはまだ知られていないわけか。なあ、参考までに聞きたいんだが、もしダンゾウがコトの事を知ったらどうすると思う?」

 

「あまり良いことにはならないのは確かでしょうね」

 

暗殺戦術特殊部隊、通称暗部。

その木ノ葉の暗部組織『根』を束ねる実務者ダンゾウに対してそう分析するヤマト。

ダンゾウにつけられた『忍びの闇』の代名詞は伊達じゃない。

 

「お先真っ暗じゃないか……将来有望なのに」

 

「有望なんですけどねぇ……」

 

 

 

『私の仮説が正しければ、チャクラを身体のどこかにため込み、年単位の時間をかけてじっくり寝かせて熟成させれば、ヤマト先生みたいな特別な体質の人じゃなくてもチャクラを生命に精製できるはずなんですよ』

 

『熟成って……』

 

『熟成って表現がダメなら醸造でも発酵でも良いですよ?』

 

料理かよ、と思わず突っ込みそうになったカカシ。

これがまるっきり的外れなら聞き流せるのだが、あながちそうでもないことを知っている身としては迂闊に聞き逃せない。

というか、“長年チャクラを体の一部に貯蔵し続ける”という話自体に心当たりがありすぎる。

 

『まあ、まるっきり実現性がありませんけどね。そんな長時間チャクラをコントロールして特定の部位にため込み続けるなんて無茶もいいところですし。やり方次第では精製期間を短縮できるのかもしれませんけど』

 

『てっとり早くまとまった量の生命エネルギーを発生させるには、水と土の性質のチャクラを同時発生させて化合することですけど、同時発生させるには特別な道具もしくは本人の特別な資質が必要ですし、仮に同時発生が実現できてもそれらを化合するにはさらなるハードルが―――』

 

その後も、コトのウンチクは続き、素人(ツナミ)は基より上忍(プロ)であるカカシとヤマトまでも終始圧倒し続けた。

2人がどれくらい圧倒されたかというと、途中で写輪眼の話からそれて生命エネルギー、ひいては木遁の話になってしまっていることに気づかなかったくらいに呆けていた。

これでまだ写輪眼そのものには開眼していないというのだからカカシからすれば驚きで声も出ない。

 

 

 

もしコトが写輪眼を開眼したら、自分の部下のサスケ同様使い方や特性を指導するようにと火影・猿飛ヒルゼンから直々に指令を受けているカカシだったが。

 

(……もう教えることないんじゃね?)

 

もうすでに自分以上に写輪眼に詳しいのではないかと考えてしまう。

むしろ逆に現在進行形でうちはの機密(ちなみにこれはコトがかつて一族の領地を片っ端から家探しした成果であり、滅びていなかったら秘匿され続けてほぼ永久に日の目を見ることのなかった情報だったりする)いろいろ教えられる始末、自分如きに教えることなんてあるのかと割と本気で悩むカカシだった。

 

 

 

 

 

 

第七班の面々が、木登りの行を始めてから早3日。

3人はあっという間にマスターしてしまいました。

……いや、本当にあっという間でしたね。

 

そりゃ第九班(わたしたち)も一生懸命にアドバイスとかしましたけど、それにしたって早すぎです。

もっといろいろ教えてあげたかったのに。

あるいはそれをきっかけにすれ違い気味のサスケ君や勘違い気味のサクラさんともっと話が出来るかもと思ったのですが。

淡い期待でしたね。

 

確かに木登りの行は、いわば補助輪なしの自転車や鉄棒における逆上がりみたいなもので、1度コツさえつかんでしまえば「なぜ今までできなかったのか」が解らなくなってしまうくらいにあっさりできるようになってしまうような修行なのです。

慣れればほぼ無意識かつ印なしで壁に立てちゃいます。

でも逆に言えば最初のコツをつかむのがそれなりに大変なはず(実際第九班(わたしたち)は結構苦労しました)なのですが……たった3日って。

世の理不尽を嘆きたくなります。

 

特にサクラさん。

「案外カンタンね」というセリフは誇張でも虚勢でもなんでもなく、たった1回木登りを実演してみせただけでコツをつかんで木の幹を垂直に歩けるようになるとか信じがたい偉業です。

見ただけで一発模倣(コピー)とか、貴女はうちは一族ですか! と突っ込みたくなりました。

いえ、写輪眼なしで模倣を成し遂げたあたり、ある意味うちは一族以上にとんでもないかもです。

スタミナはともかく、チャクラのコントロールに関しては間違いなく天性のものを秘めてますね。

私なんか、足にチャクラを集中する感覚をつかむだけでも3日かかったのに……

 

「……これだから天才は」

 

「お前が言うな」

 

修行の時のことを思い出して、ふと愚痴を漏らした瞬間、カナタが間髪を入れずに突っ込みました。

 

「ついこの間だって、偶然会った綺麗なお姉さんに……」

 

「あれは単なる日々の研究の成果です。誰だってできます」

 

「その「誰だって」の中には自分しか含まれてないことにいい加減気づきなさいよこのアホ天才が」

 

「なにおう!?」

 

「カナタも人のこと言えないと思うが?」

 

カナタの突っ込みにマイカゼがさらに言葉を重ねます。

ちなみにそういうマイカゼだって、私なんか及びもつかない素質を秘めていたりするんですけどね。

全く、自覚のない人はこれだから。

 

「どうして私の周りは自分の才能に無頓着な人ばかりなのやら……」

 

「ブーメランにも程があるわ! 嫌みか! あんたらみたいな規格外に比べられたら私が一番凡人よ!」

 

「待て、さすがに聞き捨てならない。カナタはどう考えても非凡だろう。この中で1番非才なのはどう考えても私だ!」

 

「私です! うちはの落ちこぼれは伊達じゃないのですよ!」

 

「随分とおかしな喧嘩をするのね……」

 

気づけば、売り言葉に買い言葉でやいのやいの言い合っている第九班(わたしたち)を、春野サクラさんが呆れたように見つめているのでした。

 

 

 

第七班が増援に駆けつけてくれたその日を境に、今まで幾度となく繰り返されていた橋づくりの妨害はぴたりとなくなりました。

原因はおそらくカカシ先生が相手の主力と思われる霧隠れの抜け忍、桃地再不斬を撃退したからでしょうね。

散発的に嫌がらせを続けても無意味だと考えたみたいです。

ヤマト先生が言うには、コピー忍者の異名で恐れられている『写輪眼のカカシ』がこちらにいるという情報が相手の迂闊な手出しを制限しているのも大きいとのこと。

もっとも、(くだん)のカカシ先生は写輪眼の使い過ぎで衰弱していて現在療養中なので張子の虎もいいところなのですが。

まあ、理由がなんであれ実際がどうであれ妨害がなくなったのは非常にありがたいです。

 

妨害がなくなったことにタズナさん達は安堵したみたいですが、私たちは到底そんな気分になれませんでした。

むしろこれは嵐の前の静けさというやつでしょう。

ガトー側は仮死状態になった(というカカシ先生の推理)桃地再不斬の回復を待って総攻撃の準備を進めているに違いない、というのが木ノ葉の忍び共通の見解です。

 

だったら、私たちはその間に少しでも橋を完成に近づけるよう頑張るだけです。

 

イナリ君に忍術を教えようとしたり、ヤマト先生に怒られたり、ガトー一味の嫌がらせからカイザさん達を守ったり、ヤマト先生に怒られたり、タズナさんにお金を貸してあげたり、ヤマト先生に怒られたり、カカシ先生を治療するついでにウンチクを語ったり、ヤマト先生に怒られたり、ツナミさんと一緒にお料理してナルト君達に振舞ったり、振舞った料理をその場で吐かれて泣きそうになったり、いろいろありましたがそれでも私達第九班のメインの依頼はあくまで橋づくりの手伝いなのですから。

 

「それじゃ、今日も頑張りますか」

 

「「おお~」」

 

まだまだ建設途中の橋の上にて。

カナタの号令に、元気よく答えるコト(わたし)とマイカゼ。

さて、第七班に負けないように張り切っていきましょうか。

最近クレーンの操作とかも教えてもらったりしているのですよ。

ますます腕が鳴りますね!

 

なんだかどんどん忍者から遠ざかっている気がしますけど気にしない!

 

「「気にしなさいよ」」

 

聞こえない!

 

 

 

散発的な妨害がなくなったことによって、波の国の反ガトー派の行動は大きく2つに割れました。

まず1つは、橋づくり推進派。

妨害が鳴りを潜めている今のうちに少しでも橋を完成に近づけようという一派ですね。

自称橋づくりの超名人のタズナさんを筆頭に年輩の方の多くがこのグループです。

私達第九班もこのグループ所属ですね。

妨害がピークの時はほぼ無償でサービス残業(ようじんぼう)しまくってましたが、一応メインの依頼は橋づくりの手伝いなわけですから、妨害がなくなった以上本業に専念するのは当然のことなのです。

 

そしてもう1つが、再不斬が回復しきる前に、即ちガトー一味が戦力を整える前にこちらから攻勢に出ようとする過激派。

体力のある血気盛んな若者の大半がこのグループです。

旗頭はカイザさん。

『受け手に回ると対応がモロ後手後手になる。第七班(すけっと)もいるしこのチャンスを逃すわけにはいかない』とのことですが、仮にも第九班(わたしたち)に橋づくりの手伝いを依頼した張本人がそれでいいんですか?

言ってることは間違っていないとは思うんですけどね。

国を守るために戦う、と言えば聞こえはいいですが、それって言い換えれば単なる武力行使のテロ行為なわけで。

いろいろ心配です。

 

「実際のところどうなんでしょう?」

 

仮にカイザさん達の言うとおり、波の国の反ガトー勢力が一致団結して攻勢に出たとして、勝算はあるんでしょうか?

 

「微妙なところね……ガトーカンパニー傘下の暴力団とか雇った忍びの実力とか、どの程度の規模か知らないから何とも言えないけど……まあ順当なら返り討ち、良くて相討ちが関の山じゃないかな」

 

板材を運びながらなんとなく金槌を振るっているカナタに聞いてみたところ、彼女はいつも通りの淡々とした様子でそう評しました。

 

 

「むむむ、あまり希望はなさそうですね……」

 

相討ちじゃ実質負けもいいところです。

たとえそれでガトー達をやっつけることが出来たとしても、働き盛りの若者が軒並み全滅しておじいさんと子供と女性だけになってしまったらどの道波の国に未来はありません。

 

「仮に現時点で鬼人・再不斬が動けないと考えても、仮面の千本使いが健在だろうし……話を聞く限り相当な手練れであることは間違いないだろう。それ以外にも伏兵がいるかもしれないと考えたら迂闊に行動できないな……」

 

螺子を回しているマイカゼも攻勢に出るのは否定的みたいですね。

第九班の中では割と肉体派な方だと思っていたんですが、何気に慎重です。

 

ちなみに上司のヤマト先生は今のところ中立を貫いています。

忍者は依頼されたことだけに集中するべきでそれ以外の余計なことは考えるべきじゃない、らしいです。

さすが仕事人ですね。

ただ、建前上の意見はともかく本音のところはどうも保守派側みたいです。

私たち以上に石橋は叩いて渡るタイプですし。

もっとも、仕事に忠実であるが故に依頼主であるカイザさんに正式に戦うことを依頼されたら部下の私達共々断れないわけですが。

 

戦いになったらどうしましょう?

正直覚悟とかあんまり決まってません。

ぶっちゃけ超怖いです。

先日これを言ったらヤマト先生に甘いと怒られただけでなく、サスケ君に呆れた目で見られさらにはイナリ君にまで「忍者の癖に臆病」と言われちゃいましたけど、それでも怖いものは怖いんです。

 

というか、なんでイナリ君まで戦う気満々になってるんですかね……

 

『男だから! 男だから後悔しない生き方を選ぶんだ!』

 

時々、男の子の行動とか理屈とかが理解できないのは私が女だからでしょうか。

 

先日、ナルト君とサスケ君も、泥だらけになるほど無茶な修行をしてボロボロになって帰ってきましたし。

その後、晩御飯をロクに噛まずに争うように食べ、挙句に吐いて。

そりゃ疲労が胃腸にまで溜まって消化機能が落ちている時に、ロクに噛まずに大食いすればそうなるでしょうよ!

身体壊したらどうするんですか!

無茶しても壊れるだけで強くなれるわけないのにどうして……

 

「……全く、あまり無茶しないでほしいです!」

 

「怒るところそこなの?」

 

「他にあるんですか?」

 

「私がコトの立場なら、せっかく作った料理を味わいもせずに吐かれたことにまずキレると思う」

 

「それは……ま、まあ大人ですから」

 

マイカゼの指摘に、とっさに胸を張って誤魔化しました。

実のところ、顔を青くしているナルト君とサスケ君見たら、そんなこと考える余裕とか吹っ飛んじゃっただけなんですが。

 

「ウソだね」

 

案の定、一瞬で見抜かれました。

 

「良くも悪くもコトは子供だからなぁ。そういうところも含めて美徳だと思うが」

 

しみじみ語るマイカゼ。

そんなに子供っぽいですかね私。

 

「ワシから見ればお前たち皆超子供なんじゃがのう……」

 

そう言ったのは、ほどよく離れたところで私達を眺めていたタズナさんです。

そりゃタズナさんみたいな年輩の方目線だと私たちどころか、下手すればヤマト先生まで子供に映るでしょうよ。

 

「褒めとるんじゃよ。今時珍しいくらい超純粋で素直で良い子達じゃとな。到底忍者とは思えん」

 

そんなタズナさんのコメントに私たち3人は微妙な顔を浮かべます。

果たして喜んでいいのやら……

 

……と、そんなやり取りをする私達をずっと見ていたサクラさんが大きく伸びをして欠伸しました。

他の第七班の面々がそれぞれの用事でこの場にいないさなか、彼女だけがどういうわけか私達と一緒にここにいるのですよ。

 

「1人でヒマそうだな。あのキンパツゴーグル小僧とすかした小僧はどうした?」

 

タズナさんの言う小僧2人は第七班メンバーのナルト君とサスケ君のことですね。

 

「修行中」

 

まだやってたんですかあの人達。

私が見る限りもう十分だと思うのですが。

 

「お前はいいのか?」

 

「私は優秀だからカカシ先生がおじさんの護衛をしろって!」

 

「ホントか……?」

 

「………」

 

ひょっとしてはぶられた?

 

「何見てんのよコト!」

 

「あ、ごめんなさい」

 

思わず視線が生暖かくなってしまいました。

サクラさんは不機嫌そうに鼻を鳴らすと詰まれた角材に腰かけて再び大欠伸。

本気でヒマそうですね。

まあ、襲撃のない護衛任務なんて退屈以外の何物でもないのでしょうけど。

 

「本当なら護衛そっちのけで修行に明け暮れているあっちの方が不真面目なはずなんだけど……」

 

「こうしてみるとどっちが怠け者なのか微妙なところだな」

 

しみじみ語るカナタとマイカゼ。

そんな感じで午前中ダラダラだべりつつ作業すること4時間あまり。

気づけばお昼になってました。

 

あまり進みませんでしたね。

喋りながら作業していたというのもありますが、それ以上に工事に参加している人の人数が以前と比べて少なくなっているのが最大の原因です。

若い人を中心に工事から手を引いてカイザさんの元に集まっているからどうしようもないのですが。

 

「タズナ!」

 

ふと、頭にバンダナをまいたタズナさんと同年代のおじさん―――タズナさんの大工仲間のギイチさんです―――が血相変えて駆け寄ってきました。

 

「ん…どうしたギイチ?」

 

「大変だ! カイザの奴が書き置き残していなくなった!」

 

「「「「!?」」」」

 

私たちは絶句して後片付けもそこそこに大慌てで波の国に帰り、総出で大捜索が行われました。

 

 

 

『ガトーのアジトと思われる建物をモロ発見した。こっそり潜入して探ってくる。大丈夫無茶はしない カイザ』

 

置手紙にはそう書かれていました。

 

「置手紙残して失踪とか、何を考えとるんじゃ!?」とはタズナさんのコメントです。

ちなみにタズナさんがそう叫んだ時、周囲から「お前が言うな」的な視線が集中したりしたのは余談です。

義理とはいえ親子ですね~

 

 

 

 

 

 

「カイザさん! ようやく見つけました!」

 

「コトの嬢ちゃん!?」

 

姿を消したカイザさんの捜索が手分けして行われてからほどなくして、私は割とあっさり木の影に隠れていたカイザさんを発見することが出来ました。

 

「ど、どうしてここが!?」

 

「こう見えても私、感知タイプの忍びなんですよ。猫探しや失せ物探しの依頼は結構得意なんです」

 

すれ違っただけの他人とか、初対面の人ならともかく、1つ屋根の下にしばらく暮らしてそれなりに打ち解けて記憶した相手の気配ならよほど遠くに隠れてでもしない限り見つけることはそう難しくないのですよ。

 

「参ったな……」

 

「さあ、家に戻りましょう。みんな心配していますよ」

 

「悪いがそういうわけにはいかない」

 

「……どうしてですか?」

 

「……義父(おやじ)達の「敵の戦力が解らないのに攻勢に出るのは危険だ」という意見も一理あると思ってな」

 

「……なるほど」

 

それで敵の情報を少しでも集めようと考えたわけですね。

理屈は分かりました。

とても勇敢で男気や行動力に溢れていて、尊敬に値すると思います。

ですけど……

 

「無謀です」

 

「言われなくてもモロ分かってる。でもじっとしてなんかいられないんだ。それになんか嫌な予感もする」

 

「嫌な予感?」

 

「ああ、海が荒れてる。こんな時は大抵よくないことが起きるもんだ。男の……いや、漁師の勘だ」

 

納得できるようで納得できない理屈です。

正直、男でも漁師でもない私には意味が解りませんでした。

しかしどう説得しましょうか……カイザの眼を見る限り決意は固いようですし。

 

 

「フン、だったら、俺が代わりにアジトに潜入してやる」

 

 

「「!?」」

 

私たちが振り返ると、そこには鋭い目つきの黒髪の少年が木の上から私達を見下ろしていました……何で木の上から?

木登りマスターアピール?

いやいや今はそんなことよりも!

 

「サスケ君!? どうしてここに?」

 

「忍びは潜入、諜報のプロだ。文句ないだろ?」

 

「そ、それは、願ってもないことだが……」

 

枝から飛び降りて音もなく着地したサスケ君は間にいた私を見事に無視してカイザさんに話を持ちかけます。

何言っているんですか!

 

「ダメです! 無謀です!」

 

仮にやるにしても先生に連絡して許可を取らないと。

 

「だったらお前がカカシとヤマトに連絡しろ。俺は1人でやる」

 

「……っ!?」

 

こ、この人は!

こうして話をしたのは久しぶりですが、相変わらず話になりません!

 

 

思えば、この時の私は正気じゃなかったんでしょう。

そうとしか思えません。

理由は、いろいろ頭に血が上っていたからかもしれませんし、久しぶりにサスケ君と会話できて嬉しかったからかもしれません。

 

 

「わ、私も行きます!」

 

顔を真っ赤にして興奮していた私は、思わずそう口走っていました。

 

「フン、足手まといだ」

 

「どっちが!」

 

こうなってしまっては、もはや後には引けないのです。

 

「カイザさん! そんなわけで連絡お願いします!」

 

「お、おう……」

 

展開の早さについていけず目を白黒させているカイザさんを後目に、私とサスケ君の2人は張り合うようにして、ガトーのアジトに向かうのでした。

 




第九班(アドバイザー)の介入により第七班の修行時間が一週間から3日に短縮、カカシの療養期間も同じく短縮です。
原作キャラの強化はしない方向ですけど、この程度ならいいかなと。

ナルトの世界における「天才」って大抵がロクなことしない、もしくはロクな目に合わない印象です。
将来有望だけどお先真っ暗、は何もコトだけの話ではない……
例外なのはサクラとシカマルくらいかな……

なお、写輪眼開眼時に発生する特別なチャクラ=生命エネルギーは独自設定です。

オビトがカムイをあれだけ連発しても平気な理由、ダンゾウがコトアマツカミの長すぎるインターバルを大幅短縮できた要因など、そういうのを全部鑑みた結果、この推測が妥当かなと。

ヤマトに医療忍術のノウハウがあったら超速再生は無理でも自然回復くらいはできるようになってたんじゃないかなぁと夢想。


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26話

ずいぶん遅くなってしまいました。

ナルト原作は完結しましたけど、この話はまだまだ続きます。


カイザさんが見つけたというガトーのアジトは、林を突き抜けた先にある海に面した海岸にありました。

サスケ君が鋭い目つきでその建物を観察します。

 

「ここがガトーのアジトか」

 

油断のないその眼は刃のような危なげな眼光を放っていて……もはや殺気です。

なんというか、息をするように戦闘モードに入りましたね。

戦う気満々なのです。

まだ戦闘どころか敵に遭遇すらしていないのに。

そもそも私たちの目的は侵入作戦であって、見つかって戦闘になったらいけないってわかっているのでしょうか?

 

「言われなくても分かっている」

 

何の気負いもなくそう答えるサスケ君。

コト(わたし)も戦闘行為に比べれば隠密行動はそれなりだと自負していますが、その私から見ても場慣れ具合が半端ないです。

どれだけ戦闘慣れ、いや戦場慣れしているのやら。

再不斬との対決はそれほどまでに過酷だったということなのですかね。

まあ、それはさておきアジトです。

 

「大きいですね。アジトっていうからてっきり秘密基地みたいなひっそりした感じだと思ってたんですが」

 

実際のアジトは、物資の運搬用と思われる大きな貨物船が何隻も停泊していてちょっとした港町みたいになっていました。

 

秘密基地どころか、むしろ堂々としたその威容は、後ろ暗いところなんか何もない真っ当な海運会社のよう―――って確か表向きはそうなんでしたね―――にしか見えません。

 

「本当に後ろ暗いところがないなら、海からも陸地からも見通しが悪くて発見されにくいこんな場所に拠点を設けたりしないだろ」

 

それはもっともですね。

現に今の今までカイザさん以外の誰にも見つかっていなかったわけですから。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「見張りの数が多すぎる」

 

サスケ君に指摘されて私は改めて件のアジトを観察してみると、なるほど確かに周囲を警戒する見張りがそこかしこに散見できました。

堂々と入り口に立っている人から、隠れて見張っている人までたくさんです。

一応プロの忍びとは言え、新米ホヤホヤの下忍である私達にあっさり発見されてしまっているあたり1人1人の練度は低そうですが、それを補って有り余るほどに数が多いです。

しかも全員目つきが悪いというか、人相が悪いです。

あまり人を見た目で判断とかしたくないのですが、それでも刀や鈍器などの凶器であからさまに武装している連中を危険人物と判定しないわけにはいきません。

停泊している貨物船も、よくよく見れば海賊船っぽく見えるのです……海賊旗(ドクロ)はさすがに掲げてませんけど。

 

「警戒厳重ですね……」

 

「何か見られたくないものを隠している証拠だ」

 

なるほど、と納得する私。

さて、どうやって侵入しましょうか?

私なら変化の術で『仲間のフリして見張りを素通りする作戦』を決行しますけど。

 

「俺が指示する。従え」

 

サスケ君にはサスケ君の何か考えがあるんですね。

分かりました。

 

「いいでしょう。とりあえずプランを聞かせてください」

 

サスケ君が自信満々に語ったアジト潜入作戦は次の通りです。

 

 

1 まず苦無と小石を用意します。

 

2 小石を投げて見張りの顎にぶつけて気絶させます。

 

3 気絶した見張りが倒れて音を立てないように素早く苦無を投げて壁に縫いとめます。

 

4 1~3を繰り返し見張りを全滅させます。

 

5 見張りのいなくなったアジトに正面から堂々と侵入。

 

6 以上。

 

 

……これ、作戦と言えるのでしょうか?

 

「楽勝だろ?」

 

「無茶言わないでください」

 

成功するわけないでしょうがそんな曲芸じみた作戦!

 

 

 

 

 

 

作戦は成功しました……

驚くなかれ完遂までの所要時間はわずか十分。

これだから天才って生き物は理不尽です。

なんでそんな適当に拾って適当に投げた小石があんなに正確に飛ぶんですか?

 

「手裏剣術の修行をしたからに決まっているだろうが」

 

心底馬鹿にしたような……いや、ようなじゃなくて紛れもなくバカにした声音でサスケ君が言いました。

 

「いや私もその修行はしてましたけど、それでも普通あんなに正確に飛びませんよ!」

 

「じゃあ、修行が足りないんだろ」

 

そっけなく言い放ち、サスケ君は正面から堂々とアジトに侵入を果たします。

理屈は分かりますけど、なんとなく納得しかねるような……達人の扱う小石は素人の手裏剣に勝るとは言いますけど、それでも限度ってあると思うんですよ。

そんなモヤモヤを胸に抱きつつ私は慌てて後を追いかけます。

なんか、私必要ないんじゃないかなって気分になってきますね。

先の作戦も、私がやったことと言えばせいぜい石をサスケ君の元に運んだだけですし。

あまりに空しすぎるので一応気絶した見張りの事後処理は私が引き受けましたけど、これまるっきり仲間じゃなくて下っ端の役目ですよね。

違うんですよ確かに以前よりは距離が近くなったかもですけど私が望んでいる関係はもっとこう対等で……と、私がそんな取り留めもないことを考えているうちにサスケ君がアジトの扉のノブをガチャガチャさせています。

 

「っむ、扉が開かないな」

 

「そりゃ鍵くらい掛かってるでしょうよ」

 

というか不用意にドアノブに触らないでください。

トラップが仕掛けてあったらどうするんですか。

全く何をやって…………いや本当に何をやっているんでしょうか今日のサスケ君は?

さっきの作戦といい、今度といい、いつもの抜け目のないサスケ君とは思えないほどらしくない行動です。

 

「おい、見張りの連中は鍵持ってなかったのか?」

 

「その質問。せめてドアノブに手をかける前にできなかったんですか?」

 

「うるさい。いいから質問に答えろ」

 

「持ち物は一通り調べましたけど、持ってませんでしたね」

 

おそらく通常とは異なる方法で閉じられているのでしょうね。

鍵がかかっていることは確かなのに鍵穴が何処にも見当たりません。

どこかに隠されているか、あるいは……

 

「……もともと鍵のついてない扉だったみたいですね」

 

「……? じゃあなぜ開かない?」

 

「内側から結界系の封印札が貼り付けられています」

 

おそらくはガトーが用心棒として雇ったという忍の仕業でしょう。

これじゃチャクラや封印術について学のない一般人は手出しできませんし、プロの忍者でも暗号術式を解読できなければ突破は厳しいでしょうね。

見張りをあっさり無力化できたから楽に侵入できるかと思いましたが、さすがに一筋縄ではいかないようです。

 

「解除できるか?」

 

「できますよ。3時間くらい時間をくれれば」

 

術式の解除コードが解らない以上、解除するには総当たりするしかありません。

こうなると必要なのは知識ではなく時間と気力と根性です。

 

「30分でやれ」

 

「無茶言わないでください!」

 

「得意分野でくらい役に立て」

 

「サスケ君は限度って言葉を知らないのですか?」

 

いくら得意分野でも無茶ぶりし過ぎです。

 

「ったく、仕方ないな」

 

やれやれと首を振るサスケ君。

良かった、解ってくれましたか。

 

「はい、仕方ないんです。ですからここは一旦……」

 

「壊すか」

 

「いろんな意味でちょっと待ってください!」

 

短絡的にも程がある!

本当にどうしたんですかサスケ君!?

 

「お前ごときが3時間足らずで解除できるような封印なら強引に破壊することも可能なはずだ」

 

「そりゃ確かに可能かもですけど、そんなド派手なことをしでかしちゃったら私達の存在が一発で露見します! サスケ君はいったい何のために見張りを全滅させたんですか!?」

 

本当にらしくありません。

いったい何がサスケ君をそこまで無計画にさせるのでしょうか?

 

「デカい声を出すな。気づかれるだろ」

 

「―――っ!? ~~~っ!」

 

「それで? そんなに言うんだったら何か他に方法があるんだろうな?」

 

「そ、それは……」

 

思わず言葉に詰まりました。

落ち着け私、今ここで何か画期的な案をひねり出せばサスケ君も少しは私を見直すはず……

私は何かないかとひたすら周囲を見渡して―――

 

「―――あ、あそこを見てください。通風孔(ダクト)があるのです」

 

「確かに見えるが、それがどうした? まさかあそこを通って内部に侵入するとか言わないよな?」

 

「そのまさかなのですよ」

 

確かに普通ならあんな狭い場所を通るなんて不可能です。

しかし私はそれを可能とする忍術を開発しているのですよ。

これは紛れもないチャンス、今まで日の目を見ることのなかった研究の成果をお披露目する時が来ました!

 

私は札を2枚取り出して、1枚を自分のおでこに貼り付けると、もう1枚をサスケ君に差し出しました。

 

「これを頭に貼り付けてください」

 

「ふざけてるのか?」

 

「大真面目です」

 

渋々従うサスケ君。

素直で大変結構です。

さあ、準備は整いました。

 

「行きますよ! スペシャルアドバイザーにチョウジ君を招いて開発した超忍術!」

 

「チョウジ? おい、本当に大丈夫なんだろうな?」

 

不安げなサスケ君を無視して、私は札に込められたチャクラを開放しました。

 

発動! 忍法・半化の術!

 

 

 

 

 

 

もともと、秋道一族の秘伝忍術(ばいかのじゅつ)には多大な関心がありました。

切っ掛けは私のお姉ちゃんことうちはミハネです。

当時12歳のミハネお姉ちゃんは開眼したばかりの写輪眼で必死に倍化の術をコピーしようと奮闘していました。

いくら写輪眼でも秘伝忍術をコピーするのは無茶だと周囲から言われたのですが、お姉ちゃんは諦めませんでした。

なぜか?

 

『なぜなら、倍化の術とは! 身体の一部の肥大化(ほうきょう)カロリーの消費(ダイエット)を一度に行える究極の忍術だからよ!』

 

その時、私は初めて目から鱗が落ちるという感覚を経験しました。

さすがお姉ちゃんというべきか、なんというか。

素直にその発想はありませんでしたね。

 

『逆転の発想ってやつですね!』

 

『アイデアの勝利よ。そしてこの術のコピーに成功した時、私は真にイタチ君にも勝利するのよ!』

 

そんな感じで意気投合した私達姉妹は研究を重ね、一族が壊滅し私1人になった後も、継続的に研鑽を続けたのでした。

まあ結果は、お察しですけど。

写輪眼を開眼した熟練のうちは一族でもコピーできない秘伝忍術を、まだ写輪眼に目覚めてもいないひよっこの私が習得なんてできるわけがありませんでしたね。

しかし、当初の目的である倍化の術そのものの解明習得はならなかったものの、全く成果が得られなかったのかと聞かれたらそうでもないわけで。

この研究で私はある意味『倍化の術』そのものよりも得難い副産物を得たのです。

 

 

 

 

 

 

「やった! せいこうなのですよ!」

 

「おい! これはいったいなんだ!? せつめいしろ!」

 

「『はんかのじゅつ』ですよ」

 

またの名を『逆倍化の術』

名前の通り秋道一族の秘伝忍術『倍化の術』の効果をそのまま反転させた効果を発揮します。

 

 

つまり、大きくなるのではなく小さくなるのです。

 

 

この術のおかげで私とサスケ君は見事、通風孔を余裕で通れるサイズの小人に変化することに成功したのです。

いや~こうしてちゃんと成功しているのを実感するとなんだか感慨深いものがありますね。

思えば最初は失敗ばかりでした。

小さくなることはできても等身が崩れて頭だけが不自然に大きい二等身デフォルメキャラみたいになったり、服がそのままの大きさで取り残されて縮むと同時に素っ裸になってしまったりと散々でしたが、その甲斐はありましたよ。

 

「ふざけるな! もとにもどせ!」

 

「だからふざけてませんって。べんりなんですよじっさい」

 

この姿なら食べ物や飲み物の消費もずっと少なくて済むのです。

それにほら、こういう潜入にも使えるわけで。

 

「まあ、たしょうのリスクがないわけではないですけどささいなことですし、うらをかえせばかいりょうのよちがのこっているということで……ってああ!? なにしてるんですかサスケくん! かってにふだをすてないでください!」

 

サスケ君は乱暴におでこのお札(元の大きさのままなので異様に大きく見えます)をビリッと剥がすとそのままくしゃくしゃに丸めてどこかに抛り捨ててしまいました。

先ほどの小石同様、無駄に真っ直ぐ、鋭く、そして遠くに飛んでいくお札……なんてことを。

 

「くそっ、とっととしんにゅうしてもとにもどるぞ!」

 

「ああ、まってくださいよ!」

 

肩をいからせながらとっとこ走るサスケ君(小)を、私(小)はとてとて追いかけるのでした。

 

……主導権を握りそこなったことに私が気づいたのは、ずっと後の事でした。

 

 

 

 

 

 

密かにサスケとコトの2人を尾行していたはたけカカシは、サスケが丸めて放り捨てたコトの札を誰に気づかれることもなくこっそりと回収した。

 

「まったく、こんな危険な代物不用意に捨てないでちょうだいよ!」

 

くしゃくしゃになった札のしわを念入りに伸ばして、さらに巻物に挟み込んで封をし、縛る。

まるで門外不出の機密文書のような厳重なとり扱い。

否、「まるで」ではななく、「まさに」である。

 

「潜入任務は土遁で地下からってのがセオリーだったが……そう遠くないうちにその常識が変わるかもしれないな」

 

そう、コトの札はまさに忍びの常識をひっくり返すほどの可能性を秘めていた。

こんなのがあと何十枚もあると考えただけで、カカシは冷や汗が止まらない。

 

「テンゾ……ヤマトも苦労してるんだな」

 

カカシは誰にともなくそうつぶやくと、再び気配を消した。

 

 

 

 

 

一方、サスケとコトが独断でアジトに潜入捜査を開始してから一晩たっていた頃のカナタ達。

 

「……どうしてこうなったのかしら?」

 

霧に包まれた工事中の橋の上にて、カナタ(わたし)は誰にともなくそうつぶやいた。

 

 

 

今日も今日とで橋づくり(本当はその手伝いが依頼内容だったけれど、何時の間にやら主戦力になっていた)にやってきた私たちの目の前に広がる光景は完全に予想外だった。

 

工事に携わっていた波の国の職人たちが軒並み倒れている。

どう見ても敵にやられた後ですねはい。

 

「どうした! いったい何があったんじゃ!」

 

タズナさんが血相を変えて倒れている1人を助け起こす。

その人は小さく「ば…化け物…」とだけ言い残して気を失った。

とりあえず死んではいないという事実に私はほっと安堵の息をつく。

運が良かった……わけじゃないよねこれって。

 

「敵の襲撃か……当分ないと睨んでいたんだが当てが外れたな。しかもこの霧……」

 

油断なく周囲を警戒するヤマト先生。

辺りに立ち込めているこの霧、どう見てもただの霧じゃない。

おそらく霧隠れの術で間違いないでしょうね。

そしてこの術が発動しているということは……

 

「ね! ヤマト先生これって……これって()()()の霧隠れの術よね!」

 

緊張のためか、恐怖のためか、甲高い声で叫ぶ春野さん。

あいつとは、あいつのことよね……でも私としては正直信じがたい。

 

「あの、ヤマト先生? 一度仮死状態になった人間が3日足らずで戦線復帰するなんて可能なのでしょうか?」

 

「解らん。だが現にこうして霧隠れの術が発動しているということは奴が来ていると考えるべきだ」

 

油断なく周囲を警戒しながらそういうヤマト先生。

一見いつもと変わらず冷静に見えるが、普段から共に任務で活動している私には戸惑っているのが理解できた。

ヤマト先生にとっても、この状況は完全に予想の範囲外であるらしい。

 

はたけ先生の話では、一度仮死状態になった人間が元通りになるにはかなりの時間がかかるとのことだった。

故に最短でも1週間は鬼人・桃地再不斬の襲撃はない……はずだったのに。

 

しかし、現にこうして襲撃をかけてきている。

間違いなく奴だ。

七本ある霧の忍び刀のうちの一振り、断刀・首切り包丁を扱う霧隠れの鬼人。

桃地再不斬がここにきている。

しかも間の悪いことに、唯一再不斬と交戦経験があったはたけ先生はこの場にいない。

というか、木ノ葉の忍びの半数近くがこの場にいなかった。

 

いるのはヤマト先生と私とマイカゼと春野さん、それとタズナさんだけだ。

 

コトとサスケ君は昨日カイザさん捜索に出たまま、今日まで帰ってきていない。

2人に出会って説得されて帰ってきたカイザさんの話では、代わりにガトーのアジトに潜入しているらしい。

何無謀なことやってんだかうちはコンビ、エリートの血が泣くぞ。

サスケ君はともかく、コトは帰ってきたらほぼ確実にヤマト先生に大目玉をくらって、当分の間『私は上司の言いつけを破って勝手な単独行動に走りました』というプラカードをぶら下げて檻の中で生活することになるでしょうね。

 

そして、はたけ先生はそんな帰ってこない2人を探しに行ったっきり戻ってこない。

見事にミイラ取りがミイラになっちゃってる。

『俺の身体もほぼ復活したしな。ま、忍犬を使えばすぐだ』とか言っていたのに何やってんだ忍犬使い、その鼻は飾りなんですか?

というか、そんな便利な鼻があるなら最初からカイザさん捜索を手伝ってくださいよ!

 

ナルト君は修行のやりすぎで護衛についてくる体力が残っていなかったので、朝からカイザ邸のベッドで爆睡中。

何やってんだ体力バカ、肝心なところで体力使い果たしてどうすんのよ!

何とも恐るべきことに、彼は修行に夢中になりすぎて最初にカイザさんが姿を消したことにも気づいていなかったらしい。

確かにあの時、ナルト君は家にいなかったけど……私も含めて全員がナルト君に伝え忘れちゃったみたい。

どうやら互いが互いに「自分が伝えなくても他の仲の良い誰かが伝えるだろう」と思っちゃったらしく、結果、憐れナルト君は完全に蚊帳の外……

 

カイザさんをはじめとする波の国有志の自警団は相変わらず私達橋づくり推進派と別行動中でこの場にいない。

 

……なんで“こんなこと”にならないようにと必死になって頑張っている奴に限ってこの場にいないのよ。

 

なんでこうなったし……

 

いや、何も全部がこの場にいない彼らだけが悪いんじゃない。

そもそもこんなにメンバーがバラバラになっていたのは上忍2名含むほぼ全員が『襲撃は当分ない』と信じ込み、油断していたからよ。

 

想定よりもはるかに早い敵の回復。

ただそれだけの事実が、私たちの意表を突く正面からの不意打ちになってしまっている。

しかし、私が本当に不意を突かれたのは幸か不幸か()()じゃない。

 

『なんだ? カカシはいないのか、せっかくの写輪眼対策が無駄になっちまったじゃねえか……なぁ? (はく)

 

『そうみたいですね』

 

タズナさんの周囲四方を囲む形で周囲を警戒する私たちに、何処からともなく声が響いた。

霧隠れの術の副次効果なのか、はたまた別の術の所為なのか、声が変な具合に反響して出所がほとんど分からないけど、おそらく最初の渋い声が再不斬で、後の中性的な声が件の再不斬を仮死状態にして助け出した仮面の千本使いだろう。

 

そして私は、その仮面の千本使いの声に()()()()()()()()()()()()()()

 

(ヤバい、まさかあの時の綺麗なお姉さんが……)

 

 

 

私が彼女(?)と出会ったのは、コトと一緒に朝になっても木登りの修行に出かけたきり一向に帰ってこないナルト君を迎えに行った時だ。

 

何かあったのかと不安そうにしているコトをなだめつつ、そして私も若干心配しつつ、私達が修行していた林についたとき、ナルト君はその人と楽しそうに……とても楽しそうに薬草採集をしていた。

思わずちょっとキレてしまった私は悪くない。

散々人に心配させておいてこいつは……

 

それからいろいろあって、ナルト君から事情(いいわけ)を聞いたところ彼女(?)は、とある臥せっている大切な人の身体を治すため薬草を集めていたらしい。

その話を聞いて当然のごとく張り切りだしたのはお人好しの権化うちはコト。

 

コトは嬉々として懐から札を取り出して(まだ隠し持ってたんかい)木遁を行使し、自生している天然物より、数段上質な薬草をその場の即興で生やして見せた。

結果、お姉さんに大変感謝され「大切な人を守りたいと思った時こそ人は本当に強くなれるものなんです」とか、「僕は男です」とか、ためになる話や信じがたい事実などいろいろ言葉を交わして仲良くなった後、「またどこかで会いましょう」と再会の約束をして私たちは笑顔で別れたのだった。

 

めでたしめでたし……

 

 

 

なるほど。

つまり彼女(本人いわく彼)があの時言っていたところの『臥せっている大切な人』っていうのが、再不斬の事だったわけか……

 

いやはや、道理で異様に早く戦線復帰するわけよね。

コト特製のむやみやたらに高性能な薬草を煎じた薬なんか投与したら、そりゃ仮死状態の全身麻痺如きたちどころに快癒するどころか、下手すれば前より元気になっちゃうわ……いや~納得納得…………

 

 

―――ヤマト先生にバレたらコト共々殺される

 

 

「カナタ? 大丈夫か? さっきからやけに挙動不審だが……」

 

「だ、大丈夫よ! 問題ないわ」

 

マイカゼにいきなりそうたずねられて、思わず声が裏返った。

ヤバい、今の態度はあからさま過ぎた。

隠し事をしてると気取られたかも……

 

『よく見りゃカカシだけじゃなく随分メンバーが入れ替わってるな、あの威勢の良かったゴーグルのガキも、目つきの悪い黒髪のガキもいねぇじゃねえか』

 

「生憎とカカシ先輩の班は別件で忙しくてね。代わりに僕達が任務を代行させてもらっているよ」

 

ヤマト先生は再不斬の声によどみなく返事を返したところだった。

良かった、どうやら再不斬の警戒に手いっぱいで気づかなかったみたい。

 

『ほう……そうなのか。てっきり俺は写輪眼の反動でへばってるのかと思ったよ』

 

「そっちこそ、仮死状態から随分早く復活したみたいだね」

 

『幸運にも上等な薬が手に入ってな』

 

『ええ、()()()には感謝しないとですね』

 

「その()()()とやらが何処の誰だか知らないが、ずいぶんと余計なことをしてくれたもんだ……」

 

(ぎゃああああ!)

 

ヤマト先生と再不斬と白の余りにもド直球(ストレート)な会話に私は内心で絶叫した。

 

「カナタ?」

 

「大丈夫! 問題ないわ!」

 

今、私の顔は相当に強張っているに違いない。

この時ほど霧で視界が悪かったことに感謝したことはない。

 

『木ノ葉は本当に戦場にガキを連れてくるのが好きとみえる。しかも今回は女ばかり……震えてるじゃないか。かわいそうに。ある意味霧よりも残酷だな』

 

どうやら相手からはこちらの様子がよく見えるらしい。

違うから。

確かに震えてはいるけど、これそういう理由じゃないから!

私は内心で必死に『どうか余計なことは喋ってくれませんように……!』と祈りながら渋々戦闘態勢に移行するのだった。




とっとこ~走るよ~
小さくなる術って割と定番だと思うんですが、ナルトではついに登場しませんでした。

それはさておき、ちょくちょく回想で登場する姉が妙に存在感ある件……惜しいキャラでした。


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27話

映画見てきました。
直接的な感想は言いませんが、バトル物の少年漫画というより恋愛物の少女漫画に近いシナリオで個人的には大満足でした。
ナルヒナ万歳!

ただ…コトの割り込む余地はないよなぁと改めて実感します。
当たり前ですが。

そして個人的に注目している原作キャラが全く登場しなかったことに泣いた……大した見せ場もなくフェードアウトとか、漫画キャラとしてはある意味死ぬより壮絶な末路です。
(キャラ)はいつ死ぬと思う? (どくしゃ)に忘れ去られた時さ……



それはそれとして。
前話で登場した半化の術に対し「変化の術で小さなものに化ければ事足りるんじゃないの?」という意見が結構あったのでその考察というか僕の見解を少し。
興味がなければ飛ばしてください。

まず前提として「小さなものに変化すること」は可能かどうかですが、これは原作にもそういうシーンは登場しているので可能です。
以下、サイズまたは形状が著しくかけ離れた何かに変化した者(変化後の姿)で

ナルト(風魔手裏剣影風車、赤丸、瓦礫など)
秋道一族一同(巨大化した自分)
赤丸(犬塚キバ、双頭狼)
犬塚キバ(双頭狼)
猿猴王・猿魔(金剛如意)
八尾の尾(キラービー)

他にもいるかもしれませんがこんな感じで。
こうして並べてみると、なんとなく共通点らしきものが見えてきます。
まず全員がチャクラを膨大に持っている、ないし持っているであろうということです。
ナルトは言わずもがな、赤丸とキバは変化時兵糧丸ドーピングでチャクラ倍増状態でした。
火影が口寄せした猿魔はいかにも特別っぽいし、八尾の尾は尾獣の一部、秋道一族はチャクラに加えてカロリーも消費して倍化しています。

このことから変化の術は燃費が悪い術であることが推察できます。
もし変化の術がローコストな術なら、中忍試験編の死の森にて大蛇丸はわざわざ化ける対象である草忍の顔をはぎ取ったりしないでしょう。
変化で十分です。
原作でも長時間にわたって変化の術を持続させたキャラはナルト(原作3話)以外登場していません。
おいろけの術、ハーレムの術なども一瞬の陽動でしか使われていません。

以上により、変化の術でのサイズ変化は可能ではあるがナルトなどのチャクラが有り余っている者か、秋道一族の様にチャクラ以外の何か(カロリーなど)で消費を補える特別な忍びしか使えないと結論しました。


「ふふ……」

 

無意識のうちに零れた笑みは誰に気づかれることもなく濃い霧の中に溶けて消えた。

 

不謹慎であることは重々承知しているが、それでも私こと月光マイカゼは今回の襲撃に少しばかり浮かれていた。

 

下忍になってから来る日も来る日も野良仕事の依頼ばかり、不満こそ口には出さなかったがそれでも退屈せずにはいられなかった。

決してやりがいがなかったわけではない。

しかし張り合いがあったわけでもない。

命の危険のない安全で簡単な依頼。

楽ではあったが楽しくはない任務を淡々とこなす毎日に辟易しつつ、気づけばそんな日常にも慣れと諦めを感じるようになってきていた。

橋づくりの長期任務が舞い込んできたのはそんな時だ。

最初こそ今回の任務も特に何事もなく終わるだろうなと悟りにも似た漠然とした諦観を抱いていたが、ゴロツキの襲撃を最初に徐々に風向きが変化し始めた。

明かされる波の国の切羽詰まった実情。

繰り返される嫌がらせという名の襲撃、他里の忍びとの初めての戦闘。

決して楽ではなかったが、それ以上にやりがいを感じていた。

 

そして現在、私は第九班の一員として工事中の大橋の上にて名高き霧の忍刀七人衆の一角と対峙している。

同じ刀使いの端くれとしてこれほど熱くなる対戦もそうないだろう。

私は興奮冷めやらぬまま意気揚々と刀を抜いて……

 

 

 

―――頭から冷水をかぶせられたような感覚と共に一気に酔いが覚めた。

 

 

 

そして自覚する。

私は調子に乗って酔っていたのだと。

息が苦しい。

まるで空気が薄くなったかのようだ。

喉の水分が一気に干上がり、酸欠の様に口をパクパクさせ、冷や汗が止まることなく流れ落ちる。

 

それなのに私は、深呼吸はおろか汗をぬぐうことすらできなかった。

ちょっとでも不用意に動けば、眼球の動き1つでさえ気取られ殺される。

それがはっきりと認識させられてしまう。

それほどまでに濃密かつ暴力的な破壊のイメージ。

ここまで考えてようやく私は“これ”が何なのかを理解した。

 

ああ、これが鬼人・再不斬の殺気か。

 

手が震える。

頭の中が真っ白になり、何を考えているのか解らなくなる。

戦いたいとか、本物の戦いを経験したこともないガキが何をほざいていたのかと数瞬前の自分を殴りたくなる。

忘れるはずがないのに、刀の扱い方を忘れそうになる。

 

こういう時の構えはどうするんだっけ?

上段? 下段? いやそもそも握りは……

 

「取り乱すな」

 

私の混乱した思考を、ヤマト先生の静かな声が断ち切った。

 

「確かに霧隠れの術(せんて)は打たれてしまったが、それでも僕らが一方的に不利というわけじゃない。人数はこちらが上で、なおかつ地の利はこっちにあるんだから」

 

僕がついているから安心しろとか、絶対に殺させはしないとか、そんな気遣いの言葉は一切出てこない。

何処までも実務的で現実的なヤマト先生の冷静な声が逆に私の心を安定させてくれた。

混乱が徐々に収まっていく。

忘れていた呼吸の分を取り返すように大きく息を吸い、吐く。

浮かれるのは不味いが、それ以上に委縮するのはダメだ。

落ち着け、冷静になれと自分に言い聞かせる。

 

大丈夫、ヤマト先生の言うとおり地の利はこちらにある。

此処は建設途中の橋の上。

例え霧で視界が最悪でも、何処に何があるかは全て把握している。

何せ実際に物資や工具を手に取って橋を建設していたのは私たちなのだから。

文字通り手に取るように分かる。

 

落ち着いた私を見て、ヤマト先生はさらに言葉を重ねた。

 

「何より海、水辺からはだいぶ離れている。カカシ先輩が手を焼いたという水遁の術は発動できないはずだ……」

 

「……確かに」

 

大橋の上なので、地図上の平面で言えばここは海上に位置しているが、肝心の海面は橋のはるか下だ。

ヤマト先生の言うとおり、あそこからここまで水を引っ張り上げるのは相当に困難なはず……

と、ここまで考えて私は不意に思考を停止した。

 

顔の大部分を布で覆い身の丈に迫るほど巨大な包丁を担いだ大柄な男の水分身が、周囲にずらりと並んだからだ。

水遁使ってるじゃないか。

 

「誰が、何を発動できないですって?」

 

「……大規模な水遁に訂正するよ」

 

カナタの冷めた突っ込みにヤマト先生が苦笑い交じりで言葉を返す。

先ほどまで何やら取り乱していたカナタもどうにか気持ちの整理を付けたらしい。

 

まあこの程度の水遁の術なら問題はない。

水龍弾や大瀑布の術でまるごと流されたりするのでなければまだ対処法はある。

それはそれとしてこの水分身達、冷静になって改めてよくよく観察するとなんというか……

 

「……クオリティ(ひっく)いなぁ」

 

「確かに、これじゃあ単に人の姿に化けて動いてるだけの水の塊だ」

 

無意識のうちに漏れたのであろう、カナタの呟きに私は全面的に同意した。

おそらく戦いに使う駒としての機能だけを追求した結果なのだろう。

武骨で大雑把な水分身だ。

 

「……一応、君たちに言っておくが、水分身とは本来そういう術だからね?」

 

暗にコトの水分身を比較対象にするな、と言うヤマト先生。

確かに、あの呼吸やら鼓動やら体温やらに加え、血液の循環から内臓、細胞の1つ1つにいたるまで精密に再現していたコトの水分身とは比べ物にならない、というか比べちゃいけないのだろう。

ヤマト先生の言うとおりあれは例外というか、いろんな意味で問題外だった。

 

「さて、無駄話は終わりだよ……来るぞ!」

 

再不斬の水分身軍団がニヤリと嗤い、一斉に襲い掛かってくる。

私はそのうちの1体を難なく斬り裂いて―――

 

「―――っ!?」

 

意外なほどに重たい手ごたえに驚愕した。

とりあえず斬って水に戻すことには成功した、したのだが、それでも想像よりもずっと堅い、というより強い!

 

「うそ!? 水分身なのになんでこんなに頑丈なの!?」

 

カナタも同じように驚愕の声を上げている。

 

「だから! コトのあれと比べるなと言っただろう!」

 

戦闘の最中にも関わらずヤマト先生の叱責が飛んだ。

ふがいない。

 

「っく!」

 

どうやら『水分身=水風船並に脆くすぐ壊れる』と無意識に刷り込まれていたらしい。

よもやこんなところまで染められていたとは。

侮りがたしはコトの水分身の影響力、おかげですっかり力の入れ具合を間違えてしまった。

戸惑う私を好機と見たのか、即座に襲ってくる2体目の水分身再不斬。

私は内心ひやひやしながらそれを刀でいなす。

水分身の偽物とは言え、断刀・首切り包丁の重い手ごたえが手を痺れさせる。

だがさすがにもう慣れた!

 

「遅い!」

 

元々、重くて小回りの効かない巨大包丁なのだ。

しかもそれを振るっているのは本体より数段スペックの劣る水分身。

見切れない道理はない!

 

あっさりと2体目の分身を切り捨てて水に帰した私は、その勢いを殺さぬままにすぐさま3体目の首を狩った。

4体目、5体目、6体目―――次第に加速している己を実感しつつ、私は無心のまま刀を振るう。

 

―木ノ葉流・上弦(じょうげん)の舞!

 

血しぶきの代わりに水しぶきが舞い散った。

花の様に、あるいは木ノ葉のように。

 

 

 

「よくやった、マイカゼ」

 

「…はい」

 

気づけば、周囲の水分身は全て元の水に戻り、あたりを濡らす水たまりになっていた。

実戦で刀をまともに振るったのは初めてだったが……うん、滑り出しとしては悪くない、戦える!

 

「ホー、水分身を見切ったか。結構な数を用意したつもりだったんだがな……あの小娘(ガキ)、ほとんど1人で全滅させちまいやがった。強敵(ライバル)出現ってとこだな…、白」

 

「そうみたいですね」

 

水分身を全滅させたことで、いくら分身をぶつけても無意味だと判断したらしい。

いよいよ本物の忍び刀七人衆のお出ましか。

そして、再不斬の隣には白と呼ばれた長い黒髪に仮面をつけた謎の忍者。

 

あいつが例の……

 

「カカシ先生の言った通りね。ったく、どの(ツラ)下げて堂々と出てきちゃってんのよアイツ!」

 

サクラさんが憤慨したように声を荒げる。

1度騙された身としてはいろいろ思うところあるのだろう。

 

「(…………やっぱり間違いないわ)」

 

そして仮面忍者を見て何やら思いつめた顔をしているカナタ。

詳しい事情はさっぱりだが、こっちはこっちで何やら思うところあるらしい。

 

そして私自身も彼もしくは彼女には何やら感じ入るものがあった。

カカシ先生から唯者じゃないということは聞いていた。

しかし、実際対峙してみると唯者じゃない以上に得体が知れない。

なんだかよく分からないナニカを前にしたような……というかこの感覚、前にどこかで味わった覚えがあるぞ。

何処だったか……

 

「大した少女ですね」

 

「いくら水分身がオリジナルの10分の1程度の力しかないにしても、あそこまでやるとは…」

 

褒めているような会話を交わす再不斬と白。

だがそれはこちらを認めているからではない。

上から目線の、圧倒的強者の余裕のセリフだ。

姿こそ先ほどの水分身と同じだが、それ以外は全く違う。

10分の1とは言ったが、再不斬本人(オリジナル)からは明らかに分身の10倍以上のプレッシャーを感じる。

 

「だが先手は打った」

 

空気が変わったのを肌に感じた。

来る!

 

「行け!」

 

「ハイ」

 

再不斬の命令を受けて即座に、仮面忍者――白が瞬身でこちらに急接近してくる。

こっちが先か!

 

超スピードで振るわれた千本を私は難なく刀で受け止めた。

 

「……っ! 凄いですね。先の水分身より相当速く仕掛けたはずですが」

 

「それでも見切れない速さではない!」

 

先の水分身は本当に油断して戸惑っただけである。

それに、いくらなんでも刀で千本に力負けする気はない。

間合いも威力も重さも千本より刀の方がはるかに上なのだから。

 

やや力任せに、それこそ細い千本毎両断するつもりで刀を振るう。

しかし白は、千本の微妙な力加減だけで刀の威力をやり過ごし、受け流してしまう。

こんな握りも何もない針で……!

私は過去、同じ刀や苦無などで武装した相手との戦闘訓練の修行を一通りこなしている。

だが、さすがに千本を近接武器に使う相手との戦闘訓練なんてやったことがない。

動きも間合いも他の武器とはまるで異なり、はっきり言って物凄くやり難い!

 

「タズナさん、倒れているギイチさんたちをこの場から離れた場所に運んでくれますか!カナタはマイカゼの援護を頼む! サクラはタズナさんから離れないように」

 

「超任せとけ!」

 

「了解!」

 

「うん!」

 

ヤマト先生の指示を受けた3人がそれぞれ行動を起こした。

タズナさんはギイチさんを肩に担いで運び、ヤマト先生とサクラさんはそのタズナさんを護衛。

 

そしてカナタは苦無を構えて白に向かっていく。

 

「白さん…だっけ? 正直、私はあんまりやりたくないんだけどね…!」

 

「僕もですよカナタさん。君たちを殺したくはないのですが……」

 

カナタの苦無は、難なく白の千本に弾かれた。

私の刀も弾かれ、お互い距離を取る。

2人がかりでもダメか……しかもどう見ても余力を残している。

本当に強い。

それとカナタ、何かあるとは思っていたがやっぱり初対面ではなかったんだな。

 

「いろいろあったのよ。ヤマト先生には内緒ね」

 

「……後で詳しい事情を頼むよ」

 

私はそういって刀を身体の後方にそらして構える。

 

木ノ葉流剣術・居待月の構え。

 

交叉法、所謂カウンター狙いの防御の構えだ。

白はそんな私を見て嘆息。

 

「やはり引き下がってはもらえないのですね」

 

「それはダメよ。ここで私たちが引き下がったりしたらあなたはタズナさんを殺しちゃうじゃない。それとも何? どうかこんなこと止めてくださいって言えば、白さんはこの場から引いてくれるの?」

 

心底疲れ切ったような、あるいは全てを諦めたような、そんな力の抜けた声でカナタはそう言う。

顔見知りらしいが、それでも引いてくれるとは欠片も考えていないようだ。

 

「…そうですね。お互い無理な注文でした」

 

白も残念そうに……本当に残念そうにそう返した。

仮面越しでも分かる。

どうやら私達を殺したくないというのは、演技とか建前だけの話ではなく心からの本音であるらしい。

甘い……いや、この場合は甘いのではなく優しいのか。

 

参ったな、さっきとはまた別の意味で戦いにくくなってしまった。

 

「しかし次、貴女達は僕の攻撃を避けることが出来ない。すでに先手を2つ打っていますから」

 

「2つの先手?」

 

「1つ目は辺りにまかれた水……」

 

私はここにきてようやく理解した。

最初の水分身は私たちを攻撃するためではなく、(すいとん)の発動に必要な水を下の海から揚水するためか!

 

「そして2つ目に僕は君達の動きを封じた」

 

「「!?」」

 

悪寒を感じた私はすぐさまその場から飛びのこうとして―――失敗した。

いつの間にか、足元にまかれていた水が凍りついて私とカナタの足をその場に貼り付けている。

 

「チャクラを氷に……いや、冷気に変えた!?」

 

「ウソ! 忍術の五大性質変化に冷気なんて……まさか血継限界!?」

 

なるほど、先ほど感じた悪寒の正体はこれか。

精神的な要因じゃなくて物理的に寒かったんだな……じゃなくて、これでは動けない!

 

「よくご存知ですね。その通りです。動けないでしょう? したがって、君達は僕の攻撃をただ防ぐだけ」

 

動けない私達を前に、白は悠々と印を結んだ。

周囲にばら撒かれた水が宙に浮かび、鋭い千本に形を変える。

千本の狙いは当然私達2人。

 

まずい、逃げられな―――

 

「秘術・千殺水翔!」

 

―――瞬間、私たちの周囲に千本の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

「クククク…まあ、白が相手なら当然の結果だな」

 

再不斬が嗤う。

ヤマト(ボク)は己の部下がやられている様を見せつけられながらもその場から動けないでいた。

今動けば、再不斬を抑える者は誰もいなくなり、タズナさんを護衛のサクラごと殺すだろうことは容易に予想できることだった。

部下(カナタたち)は確かに心配だが、だからといって護衛任務を放棄するわけにはいかない。

 

「随分とあのお面の部下のことを信用しているらしいね」

 

「信用? 違うな、単なる事実だ。白は強い。この俺よりもな」

 

再不斬の物言いに僕は内心で驚愕した。

白が強者であることはもはや疑いようもないが、それでも鬼人・再不斬を凌駕するほどとは思わなかった。

 

(はったりか? ……いや)

 

思案し無言になる。

再不斬は興が乗ったのかさらに言葉を紡ぐ。

 

「俺はあいつがガキの頃から徹底的に戦闘術(ファイティング・スキルズ)を叩きこんできた。さらに奴の元々の才能(センス)は俺すら凌ぐ! とどめに血継限界と言う名の恐るべき機能! これほど有能で使える高度な道具はない」

 

「よほど自慢らしいね」

 

再不斬から少しでも情報を得ようと会話を続ける。

 

「部下に恵まれて良かったな。羨ましい限りだよ」

 

よってこれは作戦であって僕の本音ではない。

本音ではないのだ……!

 

「ククク、白に比べりゃ、お前の連れているガキなんざ廃品(スクラップ)同然だ」

 

「な、なるほど」

 

何なんだこの敗北感。

何が辛いってほとんど何も言い返せないのが本当に辛い。

僕の部下だって才能とか実力だけなら誰にも負けないくらい優秀なはずなのに……なんでこんなにも違うんだ。

いや、それでも言われっぱなしは癪だ。

 

「とてもためになる自慢話をありがとう。お礼にこっちも少し自慢話をしてあげるよ」

 

「ん?」

 

「僕の部下もそっちの部下に負けず劣らず有能なんだよ。……それ以上に問題児なんだけどね」

 

いや本当に才能とか実力だけならコトとかマジで有能なんだからね。

あとはちゃんと立派な忍びらしくしてくれさえすれば……

 

「はっ、安い見栄だな……」

 

と、再不斬はそこまで言いかけて絶句する。

水煙の晴れた先に、白の秘術・千殺水翔に貫かれたはずのヤマトの部下2人が、先と全く同じ場所に無傷で佇んでいた。

 

「バカな!? 白が術の制御を失敗しただと!?」

 

再不斬は驚愕に目を見開く。

驚いているね、無理もない。

そしてさらに驚くことになるよ。

 

チャクラを練り上げ、印を結ぶ。

水と土の性質を合成し生命エネルギーを発生させる。

 

「木遁!? まさかお前も……!?」

 

「血継限界が自慢みたいだけどね。だが、木ノ葉にとってそれは特別であっても決して珍しいことではないんだよ」

 

他里に木ノ葉隠れの里の特徴を聞いたら、ほとんどの者が口をそろえて甘い忍び里だと答えるだろう。

そしてそれは間違いじゃない。

木ノ葉は甘い忍び里の代名詞だ。

だがそれは決して弱点でもなければ欠点でもない。

甘いということは器が大きいということ。

来る者拒まず全てを受け入れるということ。

血継限界を迫害してきた歴史を持つ『霧』とは根本的に分母の数が違うんだよ。

 

「木ノ葉の忍びをあんまり舐めるなよ。鬼人」

 

 

 

 

 

 

「……外れた?」

 

白さんが術の結果に驚愕の声を上げている。

そりゃそうよね。

逃げ場のない空間、避ける隙のない弾幕、動けない対象。

失敗する要因なんか皆無のはずなのに、放たれた水の千本は1本残らずそれて見当違いの場所に突き刺さっている。

なまじ才能のある天才有望人だったから、余計に信じられないのでしょうね。

自分が忍術の制御に失敗しただなんて。

正確には私が失敗させたんだけど。

 

「まあギリギリだったんだけどね。正直危なかったわ」

 

「っく!」

 

白さんはもう一度とばかりに印を結ぶ。

今度は先ほどよりも数段慎重に、より正確に。

でも無駄。

私にはもうそれは効かない。

 

卯丑子酉戌申午「卯辰子」未壬……「何!?」

 

完璧だったはずのチャクラのコントロールが乱れる。

白さんが結んだ印とは別に()()()()()余計な印が混ざり込み、術式が崩壊して誤作動を起こした。

結果、放たれた水の針は見当違いの方向に飛んでいく。

その隙に私とマイカゼは両足の氷を強引に引きはがそうと力を込める。

思い出すのは木登りの修行、あの時の要領でチャクラを一気に練り上げ……脚へ!

 

パキン、と。

氷というよりむしろガラスが砕けるような甲高い音を立てて氷が割れ、脚の拘束が外れた。

 

「よし!」

 

私は苦無を両手に構えて白さんに切りかかる。

隙を突いたつもりだったけど、マイカゼのそれより数段劣る私の苦無は当然のごとく余裕をもって受け止められた。

両手の苦無2本を片手の千本1本で受け止めるとか、やっぱり何度見ても反則じみてるわね……でも今はこれで良い。

私は鍔迫り合いの格好のままチャクラを練る。

 

「丑兎申酉……」

 

「…まさか!?」

 

信じられないようなものを見たような、いや()()()()()()目で私を見つめる白さん。

隙だらけだよ。

 

雷遁・感電派!

 

瞬間、私の身体から電気が迸った。

電流は苦無を伝って千本に流れ、白さんを痺れさせる。

今よマイカゼ!

 

「木ノ葉流・下弦の舞!」

 

同じように氷の拘束から脱出していたマイカゼが下からすくい上げるように斬撃を放つ。

刀が当たった……と思った瞬間に白さんの姿が消えた。

 

「瞬身っ! マイカゼ、今の当たった!?」

 

「いや浅い、外れた!」

 

どうやら一瞬白さんの瞬身の方が速かったみたい。

というより私の雷遁がショボかったのか……性質変化難しいのよね。

 

「いえ、当たってますよ」

 

白さんは私達から少し離れた場所に姿を現していた。

弱いとはいえ私の雷遁はそれなりに効いたのか、プスプスと煙を上げている。

アフロにはなってない。

その足元には斬り裂かれてぱっくり割れた仮面が転がっていた。

確かにマイカゼの刀は当たってはいたみたい。

そして衆目にさらされる白さんの素顔。

相変わらず綺麗ね。

 

マイカゼがその端正な素顔を見て驚愕。

 

「女性だったのか……」

 

「いえ僕は男です」

 

「なん……だと!?」

 

マイカゼ、さらに驚愕。

こら、しょうもない理由で隙を作るな。

まあ、驚くのも無理ないけど。

 

「驚いたのはこちらの方ですよ。カナタさん、まさか印を唱えて僕の印に割り込むなんて」

 

「そんな驚かれるような大層なことはしてないわよ」

 

原理としては幻術に近い。

相手の五感に働きかけ脳の経絡系を流れるチャクラをコントロールし幻を見せるのが本来の幻術。

だけど私がやったこれは完璧にコントロールするんじゃなくて、あくまでほんの一瞬相手の術式(コントロール)に介入して邪魔するだけ。

というか、その程度しかできない。

つまり私のしたことは、いわば数字を順番に数えている人の耳元でデタラメな数字を囁いて混乱させるだけの、悪戯程度の小技でしかないのよ。

でも、今はそれで十分。

 

「水を水晶みたいに硬質化して針のように飛ばす。綺麗な術よね。精密で繊細で芸術的。まさに高等忍術。でも、だからこそちょっと横やりを入れて乱すだけで容易く術式が崩壊し誤作動を起こす」

 

「特異な術です……血継限界ですか?」

 

「むしろ秘伝に近いかしらね」

 

秘伝と言うか、コト直伝と言うか。

ちなみにこれを考案した本人は『魔唱(ましょう)夢印詠唱(むいんえいしょう)』なんて大層な名前をつけていたわ。

他人の術に介入し効果の阻害や意図的な誤作動を誘発させる、まさに才能を無駄遣いする術式マニアの問題児ならではの発想よ。

凡才の私には到底思いつかないわ。

 

「でもまあ、そんなわけだから……形勢逆転ってことで」

 

もう私達に忍術は効かない。

 

 

 

 

 

 

「まさか、あの白が……」

 

(ヤマト)と再不斬は互いの攻撃を警戒しながらも、部下たちの戦いを終始観察していた。

その再不斬が驚愕に眼を見開いていた。

 

「言っただろう、木ノ葉を舐めるなとね。こう見えても僕のチームは天才揃いだ」

 

もっとも、本人達にその自覚は全くないようだけど。

カナタは自分にない発想を生み出し続けるコトや純粋に身体能力で勝るマイカゼに嫉妬しているし、マイカゼはマイカゼで頭の良い同期2人に囲まれて劣等感を抱いている。

そしてこの場にいないコトもまた、「うちはの落ちこぼれ」である自分にない素養を持つ2人を心底羨んでいた。

 

改めて思う。

心底惜しいチームだと。

これで自信さえつけば下忍最強チームも夢じゃないはずなのに。

さらに言えば、僕の言うことを聞いてくれさえすれば……!

 

特にコト!

天才というプラスも、問題児というマイナスが掛かってしまっては極大のマイナスでしかないというのに!

 

「ククク…ククククッ」

 

「?」

 

突如嗤いだした再不斬に僕は首をかしげた。

 

「白…分かるか、このままじゃ返り討ちだぞ…」

 

「ええ…」

 

再不斬の声を聞いた白の纏っていた空気が変化した。

比喩的表現ではなく、物理的に。

白の身体からドライアイスの様に白い霧が発生し、周囲に冷気が立ち込める。

 

「残念です…」

 

まずい。

 

「カナタ! マイカゼ! すぐにその場から…」

 

「もう遅い」

 

すぐに2人のところに駆けつけようとした僕の前に再不斬が立ちふさがる。

そうこうしているうちに、白の忍術が発動した。

 

「秘術・魔鏡氷晶!」




今回はカナタ回でした。

本文にて白の「血継限界ですか?」という質問に対しカナタが「むしろ秘伝」と答えていますが、ここで血継限界と秘伝の違いについて考察。

血継限界
先祖代々から受け継がれた特別な性質変化を可能にする『先天的』特異体質。

秘伝
特殊な環境、投薬、専門知識などで植えつけられた特別なチャクラを生み出せる『後天的』特異体質。

前者の例は、白、うちはの写輪眼、など。

後者の例は、シカの角薬や丸薬などを服用しているであろう奈良、秋道一族。
蟲を寄生させる油女一族などです。

投薬改造大好きな大蛇丸本人やその部下達も秘伝に分類されるんじゃないかと思いました。
首が伸びるあれとか異様に長い舌とか鬼童丸の蜘蛛忍術とか。

そしてカナタの能力『言霊(ことだま)』(本文で展開的に名称を登場させることができなかったのでここで紹介)ですが、実はこれ、どちらにも当てはまりそうにありません。
強いて言うならサイが保有する突然変異の特異体質『絵心』と同種。

コトの符術と同じく手を使わない忍術発動法で、手で印を結ぶのではなく、印を唱えることで術を発動できる能力です。
魔法使いの呪文詠唱と言えば大体あってます。
そして夢印詠唱は強制詠唱(スペルインターセプト)です。

両手がふさがっていても術が発動できる一見便利な能力ですが、聞く人に知識があればどんな術を発動しようとしているのか丸わかりになる、つまりいちいち技名を叫ぶようなものなので忍者らしくはないです。
致命的なのは原理的に『口から吐き出す系の術』は発動できないこと……

本当はコトが自分用に考案したのですが、「うちはの落ちこぼれ」であるコトには幻術の素養が全くなかったので習得できず、代わりに幻術タイプだったカナタが習得したという裏話があったり。

カナタは声や歌などで嵌める聴覚型幻術使いです。
そして設定段階ではツインテールでした。
……歌が得意な空色のツインテール少女、一体誰がモデルなのか(すっとぼけ)

今後カナタやサイの体質が子々孫々に受け継がれて一族と呼べる程に数が増えれば血継限界と呼べるかもです。



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28話

難産でした。
遅れてしまい申し訳ございません。


それはそれとして、モチベーションを維持するために感想を読み返したりしたんですが。

第九班結成当時のコメントが「ヤマト爆発しろ」だったのに、
一番新しい最近のコメントでは「ヤマト、泣いていいよw」に変わっていることに笑


「秘術・魔鏡氷晶!」

 

白さんのその術は、術式はもとより組んだ印まで含めてカナタ(わたし)にとって見たことがない不思議なものだった。

形状としては寅の印に似ているけど、中指が人差し指にかぶせられている点が異なる。

たぶん、木ノ葉にはない霧隠れ特有の印ね。

発生した冷気にあてられて、まかれた水が凍り始める。

 

「また水が凍って……さっきと同じ氷遁の血継限界か?」

 

「いえ、氷遁であることには違いないけれど、さっきと同じではないみたいよ」

 

発生した氷は前の様に私たちの足を固めて動きを封じるのではなく、周囲に持ち上がって薄い長方形を形作り私とマイカゼをドーム状に取り囲んだ。

 

「……氷の檻?」

 

「みたいね。……ただ、それにしてはやけに氷が薄いような気もするけど」

 

何より隙間だらけだ。

おまけに私たちを取り囲む氷の板は水晶みたいにキラキラ儚げに輝いていて、うかつに触ればあっさり砕けてしまいそうな印象を受ける。

しかし、それでもこれは間違いなく檻だ。

どんな術かは皆目見当がつかないけど、それでも内側の私達を絶対に外に出さないという強固な意志が伝わってくる。

普段から檻(ヤマト先生作の木製)を見慣れている私達にはそれが分かるわ……我ながら果てしなく情けない経験則ね。

 

私たちがそんなことを内心考えつつ警戒する最中、白さんがおもむろに氷の板に近づいて―――

 

「―――え?」

 

そのまま氷の中にずぶずぶと沈み込んでいった。

瞬間、取り囲んでいた氷の表面全てに、白さんの姿が映し出される。

 

「白さんがいっぱい!?」

 

一体何? 何時の間に分身……いやこれは映像?

氷の板の正体は虚像を映し出すモニターだったってこと?

いや、鏡かな?

魔鏡氷晶って言ってたし。

ただの氷の檻ではないとは分かっていたけど、これでいったい何をする気なのか。

 

『じゃあ…そろそろ行きますよ』

 

その声に私は混乱した。

白さんの声が何処から聞こえてきたのか分からなかった。

反響して出所が分からない……のではない。

出所が複数個所ある所為で大本の発信源が特定できない……というわけでもない。

これは……まさか音源(白さん)が物凄い速さで移動している?

 

 

『僕の本当のスピードをお見せしましょう』

 

 

氷の鏡に映った平べったい白さん達が一斉に千本を構えて―――気づいたら右腕が切り裂かれていた。

痛っ、っと思った次の瞬間には左足が斬られた、と認識するより早く背中が、と思ったら肩が、頬が……

 

「「っくああああああ!?」」

 

訳も分からず全身を切り刻まれた私たちは激痛とパニックでその場に蹲ることしかできなかった。

蹲っている間も攻撃は止まらない、それなのに白さんの姿は全く見えない。

透明化!? 違う、単純に速すぎる!

 

「カナタ! マイカゼ!」

 

鏡の外側から、春野さんの援護の苦無が飛来した。

その苦無はあっさりと氷の鏡から上半身だけ生やした白さんに素手で受け止められてしまったけれど、それでも攻撃は一時止んだ。

 

「助かった……」

 

春野さんに感謝しなきゃね。

それにしても、白さんの真骨頂はとんでもなかったわ。

何が『本当のスピードをお見せしましょう』よ。

見えるかこんなの!

気づいたら全身ズタズタになってたわ!

 

「ちなみにマイカゼは、見えた?」

 

「残念ながら閃光が糸状に走ったようにしか見えなかった……」

 

「それでも一応見えたんだ……」

 

よくよく見れば、私に比べてマイカゼの方が圧倒的に傷が浅い。

それってつまりマイカゼは白さんの攻撃を避けられないまでも外す程度の反応は出来たってことよね……十分凄いわ。

私には到底真似できそうにない。

魔唱・夢印詠唱で術に割り込むなんてもってのほか。

音を置き去りにするような速度で移動する輩にどうすれば(こえ)で割り込みをかけられるっていうのよ。

音より速いとか黄色い閃光か!

どんな瞬身よそれ!

 

絶対になんかネタがあるわね。

いくらなんでも速すぎるわ。

そもそもこれがもし何の捻りもない力技の高速移動だったりしたら今頃私たちは白さんも含めて皆衝撃波でバラバラになってる。

うん、理屈はさっぱりわからないけど、この氷の鏡が高速移動の肝と見た。

何せ白さんがわざわざ血継限界まで発動して作り出した鏡だ。

唯の鏡であるはずがない。

というか、白さんしか映さない鏡が普通の鏡なわけがない。

 

「何か攻略法はないのか? このままじゃ一方的に切り刻まれる」

 

「いやそんなこと言われても私に分かるわけがないじゃん」

 

本当ならこういう観察、解析はコトの担当なんだから。

全く、肝心な時にどこで何をやってんのよあの子は。

 

「じゃあ、どうすれば……」

 

「とりあえず落ち着きなさい」

 

そうしないと攻略も対処も出来ないから。

とはいえ私ごときには白さんが氷の鏡にどんなカラクリを仕掛けたかなんて理解できない。

それでも、白さんが高速移動をするにはこの氷の鏡が絶対条件であることくらいは推測できる。

でないと春野さんの援護の苦無で攻撃が止まったことに説明がつかない。

 

白さんがこの氷の鏡の内側でしか高速移動はできないと仮定するならば……

 

「マイカゼ、なんとかして、この鏡の檻から脱出するわよ」

 

「なんとかって……何をどうすれば?」

 

「分からない、でもそれでもやるしかないでしょ」

 

当然、白さんも妨害してくるでしょう。

本当に分の悪い賭けみたいな行為だけど、それでもやるだけやって、あとは意外性と偶然の神様に奇跡でも祈るしかない。

 

「まあ、そんなわけだから…………走れ!!」

 

私とマイカゼはタイミングを見計らって即座に駆け出した……その瞬間、すでに右足のふくらはぎを切り裂かれていた。

たまらずその場に崩れ落ちる。

 

『逃がしません。残念ですがこれでカタをつけさせてもらいます』

 

「カナタ! っく」

 

マイカゼが倒れた私に肩を貸して立ち上がらせてくれた。

だけどこの状況はもう……

春野さんが外から苦無を投げて援護してくれているみたいだけどさすがに二度は通じないらしく完璧に見切られてかわされている。

 

万事休す……と思った矢先に―――

 

「―――え?」

 

「何?」

 

春野さんとは別の方向から突如、手裏剣が飛来した。

さすがの白さんもこれは完全に想定外だったらしく、避けることも受け止めることも出来ずにまともに身体で受けて鏡からはじき出される。

 

結果、私とマイカゼは何が起こったのかよく分からないまま脱出に成功した、と同時にすぐ隣で煙玉がボーンと爆発。

急展開過ぎる、本当に訳が分からない。

 

「……誰?」

 

春野さんも困惑している。

いや、春野さんだけじゃない。

春野さんの近くにいるタズナさん、ヤマト先生、敵である桃地再不斬に白さん、その場にいる敵味方全員が困惑していた。

 

それぞれの脳裏にクエスチョンマークが飛び交う中、ついに彼は煙の向こうから姿を現した。

 

「うずまきナルト! ただいま見参!!」

 

無駄に良い笑顔だった。

 

「オレが来たからにはもう大丈夫だってばよ! 物語の主人公ってのは大体こーゆーパターンで出て来てあっちゅーまにィー!」

 

ナルト君はここで無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで無駄にカッコいいポーズを決めて

 

「敵をやっつけるのだァー!」

 

瞬間、ナルト君の背後の海で派手に水しぶきが上がり、太陽光を屈折させて虹がかかった。

絶妙なタイミング、虹をバックにポーズを決めたナルト君は最高に輝いていた。

……どんだけ意外性と偶然の神に愛されてんのよ。

 

「ナルトォ!」

 

「おお!」

 

春野さんとタズナさんが喝采。

アンタ等とりあえず落ち着け、ナルト君の異様なテンションに感化されるな。

 

「…………ナルト君、ちょっといいかな?」

 

「あっ! カナタ! マイカゼ! 大丈夫かってばよ!?」

 

ようやくこちらに気づいたらしいナルト君が血相を変えて近寄ってくる。

どれだけ周りが見えてないのやら。

とりあえず話が長いとか、目立ち過ぎとか、貴方はいつ主人公になったのかとか突っ込みどころが多すぎてどれから突っ込んでいいのか分からない。

言いたいこととか言わなきゃいけないこととかがごちゃ混ぜになってグルグルと頭の中で渦巻き―――

 

 

「ありがとう。助かったわ」

 

 

―――結局私の口から飛び出したのはそんな一言だった。

 

「……おう!」

 

ナルト君は一瞬呆けたように眼を見開いたが、すぐにニカっと笑顔になってサムズアップ。

私はナルト君のそんな笑顔を見て、それ以上何も言えなくなってしまう。

根拠一切なしの完全なる錯覚であることは自覚している。

しかし、それでもナルト君がどうしようもなく頼もしく見えた。

他の一連の出来事も大概おかしいけど私にとっては自分がそんな感情を抱いてしまっていることが何よりの異常事態よ。

 

「……カナタ?」

 

「……大丈夫」

 

心配そうに見つめてくるマイカゼを制して、私はマイカゼの肩から降りて自分で立つ。

幸い……というか白さんが手心を加えてくれたおかげかな、足の傷はそれほど深くなかった。

お蔭でなんとか立つことが出来る。

まあ、いいかな、結果オーライってことで。

 

「……ナルト君が、木ノ葉で最も意外性に愛されている忍者なら……」

 

「……?」

 

()()()は意外性そのものなんでしょうね……」

 

橋から身を乗り出して海を見下ろすと、海面を物凄い勢いで走っている一団が見えた。

昨日の夜から姿を消していたうちはサスケ君と、それを探しに行っていたはたけカカシ先生だ。

はたけ先生は普段額当てで隠している左目(写輪眼)を開放している。

どうやらよほどの事態であるらしい。

 

「……カカシ先生? それにサスケの奴も……あんな場所でなにしてるってばよ? ってかどうやって水面を走って!?」

 

「水面歩行の業よ」

 

この間の木登り修行の発展形ね。

木登りが必要な分だけ必要な箇所にチャクラを集めてずっとそのチャクラ量を維持し続けるトレーニングであるのに対し、こっちは集めたチャクラを放出し続けなければならない。

放出するチャクラが少なすぎれば浮力不足で水に沈むし、逆に多すぎればバランスを崩してひっくり返るから、ただ維持するだけの木登りより難易度がずっと高く、実際私達(第九班)も暇を見つけては挑戦しているけどなかなか上手くいかなくて……いやいや今はそんなことを考えている時じゃない。

とにかく水面歩行は木登りより難しい、それなのにサスケ君はもうあんなに……これだから天才は。

そしてそれ以上に納得いかないのは彼の両目だ。

赤く輝いている、はたけ先生の左目と同じ写輪眼を開眼してる。

男子三日会わざれば括目して見よなんて言葉があるけど、いくらなんでもたった半日姿を消しただけで水面歩行と写輪眼を会得して帰ってくるとか非常識にも程があるわ。

一体どれだけの才能を秘めているのやら……今なら春野さんとかが彼に御執心なのも分かる気がする。

 

「サスケく~ん!」

 

春野さんってある意味ナルト君以上に単純一途かもしれないわね。

でも、私にとっては彼以上に気にしなければならない、というより目を離せない奴がいる。

 

サスケ君の頭の上に小さい―――ネズミ以上仔猫未満くらいの小さな少女、否、幼女が乗っかっていた。

姿形は見違えるようだけど私からすれば見間違えようがない。

あのバカ、あの術を使いやがったわね。

 

確かにサスケ君の才能は非常識だと思う。

比較して自分は落ちこぼれだって卑下したくなる気持ちも分かる。

だけど、私に言わせればベクトルが違うだけでコトもサスケ君も非常識具合では全く同レベルよ!

 

「おい、コトが小さい……ってか幼いぞ。どういうことだ?」

 

「そりゃ原因は半化の術しかないでしょうよ」

 

「? なんだってばよ、その“ハンカノジュツ”って?」

 

「コトがアカデミー時代に開発した術の1つよ。効果は見ての通り小さくなること」

 

「ああ、あの演習の時のあれか……でもあれって確か一度発動すると()()()()()()()()()()()()って致命的過ぎる欠点があるからヤマト先生に絶対に使うなって禁術指定されてたはずじゃ……」

 

「その言いつけを守ってないから、今コトはロリをこじらせてんでしょうが」

 

「そもそも札は全部没収されてたはずじゃないのか……」

 

そりゃもちろん、まだ隠し持ってたんでしょうよ。

あるいはこの波の国滞在中に新たに作ったか。

改めて考えると本当にロクなことをしないわねあの子。

 

おまけによくよく見れば小さいコトの眼も朱い……写輪眼…なのかしら?

サスケ君やはたけ先生の鋭いそれとは似ても似つかない温い瞳、小さいサイズや白い髪も相まってなんか小兎みたい。

そして何故か本物の小兎もいる。

雪兎サイズの小さい兎が、鏡餅もしくは雪だるまみたいにコトの頭に乗っかっている。

さらに下のサスケ君も計算に入れたら豪華三段重ねのトーテムポールよ、バカみたい。

そしてその周囲にはカカシ先生の忍犬がズラリ……どこのふれあい動物園なのよ。

 

さらに彼らの後ろには巨大な水生生物の影。

吸盤のついた長い触手をくねらせながら水上を走る彼らを追いかけている。

どうやらさっきの絶妙なタイミングで上がった水しぶきの原因はあれみたいね。

私やマイカゼはもちろんのこと、来たばかりのナルト君やヤマト先生、春野さんにタズナさん、それに加えて敵側の鬼人、桃地 再不斬や白さんも含めた全員がその姿に唖然とした表情を浮かべている。

 

「なんじゃあ、あの超デカいのは!?」

 

「うわぁウネウネ、吸盤だらけ、気持ち悪~い……」

 

「でっけ~タコだってばよ!」

 

「いやナルト君、あれはタコじゃなくて……」

 

 

 

「イカだァ――!!」

 

 

 

その場にいた誰かがそう叫んだ。

そう、逃げるコト達を追って海から現れたその生物の正体はとてつもなくデカいイカだった。

 

「え!? ……1・2・3・4・5・6…」

 

足数えなくても見りゃわかるでしょうがナルト君!

何せ大きいから細部までイカの特徴がはっきりわかる。

というか本当に大きい、足の一本一本が現在建設中の大橋の柱と同じくらい太い。

あんなのにこのまま突っ込まれたら橋が壊される。

 

トラブルメーカーというか、なんというか、とにかくエライものを連れて来てくれたわね。

いや本当にたった半日で何があったのよ?

 

 

 

 

 

 

時を少し遡ること半日前。

アジトに潜入してからしばらく、まるでボールが弾むように機敏に跳ね回る“そいつ”を見てサスケ(オレ)は思わず歯噛みした。

 

(思ったより素早い、動きをとらえきれない!)

 

それならば、と俺は印を結ぶ。

 

『火遁・豪火球の術!』

 

炎が視界いっぱいに広がった。

いくら素早くとも、広範囲を炎で包み込み焼き尽くすこの術なら避けようがないはずだ。

尤も、カカシの野郎は土遁で地面の下に潜ることで避けられたが、さすがにそんな“あいつ”はそんな芸当はできない筈………!?

 

「いない!?」

 

炎が収まった時、視界には焦げた地面しか残っておらず、奴の姿は何処にもなかった。

バカな、避ける空間なんてどこにも……

 

「サスケくん、うえです!」

 

「!」

 

頭上から飛び掛かってきたそいつを、俺は反射的に苦無で迎撃しようとして―――

 

「コトしきじゅふじゅちゅ、きょうせいはんか!」

 

―――それより先に飛来した札が張り付いた。

「かんじゃった……」というこの上なく情けないセリフがやけに印象に残った。

 

 

 

「『ごうかきゅうのじゅつ』のけってんですよね~、かおのすぐまえにとくだいのかきゅうがとびだすわけですから、どうしたってしかいがふさがってまえがみえなくなっちゃいます」

 

しゃりんがんがあればほのおごしでもみえるでしょうけどね、と奴が舌っ足らずな口調で、先の戦いを総評するのを俺は黙って聞いていた。

 

とりあえずの窮地は脱したが達成感はなかった。

己の胸に去来するのは無力さと情けなさだ。

原因はこいつに助けられてしまったことではなく、豪火球を避けられ死角を突かれたことでもない、もっと根本的なところにある。

 

「たかが……たかがウサギ如きに俺は」

 

戦闘の内容とか、術の選択をミスったとかそういう問題ではなく、ただウサギなんぞといい勝負をしてしまったこと自体がどうしようもなくふがいなかった。

強くなったはずだった。

木登りの修行も終えてチャクラのコントロールも格段に上手くなり、忍者として一回り成長できたと思っていた……そのはずなのにこの体たらく、俺は何をしていたんだ……

 

「まあこれはしかたなかったとおもいますよ? それにものはかんがえようです。“じぶんいじょうにおおきなウサギ”とたたかうというきちょうなけいけんができたとかんがえれば」

 

「その経験が一体何の役に立つっていうんだ!?」

 

「それはほら……しょうらいやまみたいにおっきなウサギさんとたたかうときがきたら」

 

「そんな未来は来ねえよ!」

 

「なにおう!? なにをこんきょにいいきれるんですか!」

 

そういうそいつの腕の中では、先ほど飛び掛かってきたウサギが『コト式呪符術・強制半化』の効力により俺たち以上に小さくさせられて震えていた。

 

 

 

半化の術。

身体の一部、もしくは体全体を一時的に縮小化させるオリジナルの忍術。

画期的(本人談)な術だが、実用化にこぎつける道のりは果てしなく険しかった。

何せ開発当初は術の最大持続時間が5秒以下、しかも本家の倍化の術と違い、一度発動すると任意のタイミングで効果を解除することが出来ないという致命的なリスクを抱えていた。

 

使えない忍術。

そう言わざるを得なかった。

しかし頑張った。

頑張ってしまった。

無駄な情熱と無駄な熱意を胸に秘め、無駄な時間と無駄な才能を余すことなく費やし、何度も何度も試行錯誤と実験を繰り返した結果、少しずつ少しずつ効果時間が延びてゆき……

 

―――そして、なんと! じゅつのこうかをさいだいではんにちもじぞくできるようになったのですよ!

 

それを語った時の奴は得意満面の笑みを顔いっぱいに浮かべて胸を張っていた。

もし尻尾がついていたなら盛大に振りまくっていることだろう。

褒めて褒めてと顔にデカデカと書いてあるそいつを見て、サスケ(オレ)は褒めるどころかむしろ全く逆の感情を抱いた。

 

俺はこいつの事が苦手だ。

思考や行動原理がさっぱり理解できない未知の存在だ。

だがこれは、それ以前の問題だ。

ナルトの様にうるさいのでもなければ、サクラのようにウザいのともまた違う。

ただただ純粋にこの目の前の少女の笑顔がムカついた。

怒りが苦手意識を凌駕する。

 

 

 

「……おい、今の話だと、改善されたのは持続時間だけで任意のタイミングで解除できない欠点はまだ改善されてなかったように聞こえるんだが?」

 

「はい、それでもここまでこうかじかんをのばせたのはすばらしいしんぽとせいかなんですよ! もっともはんにちというのはへいきんでじっさいはもっとこじんさがあるんですが……」

 

「そんなことは果てしなくどうでもいい。……つまりあれか? 要するに俺たちは術の効果が持続するおよそ半日の間ずっと小さくなったまま戻れないってことか?」

 

「…………」

 

「おい、目をそらすな」

 

「……………………」

 

「目を閉じるな、ちゃんとこっちを見ろ」

 

「…………そうともいえなくもないですわきゃあ!?」

 

「こんのウスラトンカチがぁ! 何が改良だ思いっきり改悪されてんじゃねえか!」

 

「いひゃひゃひゃいひゃいいひゃいひっははないで~」

 

 

 

苦手意識は薄れても、理解できない未知の存在であるという認識は変わらない。

……というか、理解できてしまったらいろいろと破滅な気がする。

 

 

 

 

 

 

どうやらウサギは『自分よりも小さい人間』と言う、見慣れない存在を前に興奮していただけらしく、『コト式呪符術・強制半化の術』を喰らって小さくなった後はすっかり大人しくなった。

 

「べんりですよねわたしのふじゅつ!」

 

「そもそも小さくなってなかったらそれを使う事態になってねぇだろうが」

 

結局、この術の効果が役に立ったのは通気口を通ってアジトに潜入するまでだけでそれ以降は盛大なハンデにしかならなかった。

正直、このままだとヤバい。

こんな状態で人に出会ってしまったら相手が忍術を扱えない一般人であろうとも負ける、いや、それどころかちゃんと見つけてくれるかどうかすら怪しい。

最悪、全く存在に気付かれることなく踏みつぶされて床のシミになる。

何せ何故かいた小動物(ウサギ)と遭遇しただけで窮地に陥り、あまつさえいい勝負をしてしまうくらいなのだから。

 

「というか、なんでウサギがこんなところにいるんだ?」

 

「さあ、すくなくともやせいのウサギさんがたまたままよいこんだ、ということはないとおもいますよ? いまのこのじきにまっしろなけなみはしつないしいくじゃないとありえないですし」

 

「そんなことはどうでもいい!」

 

「な!? ひどくないですか!? そっちがきいたからまじめにこたえたのに!」

 

むきゃ~と怒りを露わにするがそれを俺はスルー。

ひとまず過去を悔やむのは後回しだ。

考えるべきは今後どうするべきかである。

 

「……どうにかしてこのハンデを覆す方法を……でないとまともに戦えない。下手すればゴキブリとかにも負けんじゃないか……」

 

「お、おおおそろしいそうぞうしないでくださいよ!」

 

今の自分と同サイズのゴキブリを脳裏に思い浮かべたらしい。

全身を震え上がらせる。

誰の所為だと思ってやがる。

 

「というか、両方小さくならなくても、どちらか片方が小さくなって内側から封印の札を剥がせば事足りたんじゃないか?」

 

「……あ」

 

「あ、じゃねぇよ!」

 

「ごごご、ごめんなさ~い」

 

その場に這いつくばって平謝りする白い少女(何故かウサギも一緒に頭を下げている)を見て、俺は何とも言えない脱力感を味わった。

もはや怒る気すら失せた。

 

「……使い方さえ間違えなければ強力な術のはずなのに」

 

小さくなったウサギを見やりながら嘆息。

 

最初に目の当たりにした時にも薄々感じていたが、先の戦闘で確信した。

この『半化の術』の真価が発揮されるのは、自分に使った時ではなく敵に対して使った時だ。

一度発動すると任意解除できないというリスクも、敵に対して使うならそれは短所どころか立派な長所になりうる。

 

『自分が小さくなる術』ではなく『相手を強制的に小さくする術』として考えるならば。

これほど凶悪な術はそうないだろう。

パワー、スピード、リーチ、チャクラ、それら全てが大幅に弱体化するその厄介さは現在進行形で身を持って体験中だ。

 

「半化の札はもうないのか?」

 

「もともと2かいぶんのチャクラをこめたふだが2まいの、ごうけい4かいぶんしかなかったんですよ。うち2かいはわたしたちにつかって、サスケくんにつかったふだはどっかにとんでっちゃいました。さいごの1かいもウサギさんにつかっちゃいましたし……」

 

「つまりもうないんだな……」

 

使えない。

いろんな意味で。

本当にどうしてくれようか……

 

「……? そんなにまずいですかね?」

 

こちらが必死に悩んでいるのに心底不思議そうに首をかしげるそいつを見て、俺は再び頭に血が上るのを感じた。

何言ってやがんだこいつは?

 

「バカが、マズいに決まってるだろうが。この姿じゃ敵と遭遇しても満足に戦えないってのはさっき嫌と言うほど思い知って……」

 

「だから、そのぜんていがおかしいんですよ。なんでたたかおうとしてるんですか? みつからないようにかくれてこうどうするはずじゃなかったんですか?」

 

「…………っ!」

 

「おもえば……ううん、こほん。思えば最初からそうでしたよね? ひょっとして潜入時に見張りに対して投擲した石も、実はそんなに当てる気はなかったんじゃないですか?」

 

「…………」

 

「わざと外そうとした、とまではいかないまでも外れても別にかまわないと思っていた? 見張りの人たちとの戦闘はむしろ望むところでした?」

 

その指摘に俺は沈黙することしかできなかった。

そしてこの状況での沈黙は肯定と同義だ。

 

「……道理で少しも気負いがなかったわけです。それにより肩の力が抜けた結果、幸運にも……いえ不運にも石は全部命中してあっさり侵入できてしまったというわけですか……」

 

やれやれと首を振った後、今までになく真剣な目でこちらを見つめた。

 

「そうまでして戦いたいのですか?」

 

質問ではなかった。

これは確認だ。

 

「……強くなるためだ」

 

「強くなって……復讐するためですか?」

 

「……そうだ」

 

「……そうですか」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………止めないのか?」

 

それ以上何も言わなかった。

正直、意外だった。

少なくとも以前なら、俺がこういう事を口にした瞬間に「それはよくない」とか「復讐は何も生み出さない」とか反吐が出るような綺麗事をほざいたはず。

 

まさかこいつも復讐者に……そう考えた時、自分でも信じられないほど心がざわついた。

 

「復讐を……否定しないのか?」

 

こいつが復讐者にはなるのはダメだ、絶対ダメだ。

こいつは能天気でバカで頭に花が咲いているような天然頭脳で、穴倉に籠って復讐や暴力とは無縁なアホ忍術の研究をしているのが似合いだ。

そうでなければならない。

 

そんな俺の(勝手な)内心なんて知るわけもなく、俺の質問に肯定でも否定でもない斜め上の回答で奴は応えた。

 

「保留!」

 

「は?」

 

「だから、保留です」

 

理解が追い付かなったのを察したのだろう。

いつかの豪火球の修行の時の様に理路整然とした様子で

 

「良いですか? もしイタチお兄さんがサスケ君に告白した通り、本当に一族皆を『己の器を測るため』なんてよく分からない理由でお姉ちゃん達を殺しちゃったんだとしたら、サスケ君の怒りはもっともです。むしろ怒らない方が不自然です」

 

「なら!」

 

「でも、証拠がありません」

 

証拠? 何を言っているんだ!?

俺はイタチが父さんと母さんの死体を前に血まみれの苦無を片手に無表情で佇んでいるところをはっきり目撃したんだ!

 

「そんなの幻術でどうとでもなります。イタチお兄さん幻術むっちゃ得意でしたし。あれで結構嘘つきな面もありましたしね」

 

「余計に信用できねえだろ!」

 

「その通りです。信じられないんです。そんな嘘つきなイタチお兄さんがサスケ君に対して己の罪と動機を素直に喋ったなんて。喋ると思いますか? あの秘密主義のお兄さんが」

 

「……っ!?」

 

思わず言葉に詰まった。

確かに一理ある意見だった。

修行を見てくれると約束したのに、その約束をすっぽかされることなんて何度あったか分からないほど日常茶飯事で……ってちょっと待て。

 

「本当に!? 本当にウソだった!?」

 

「少なくとも1人で皆殺しにした~とかいう話はウソだと思いますよ。と言うより不可能です。うちは一族を単独で壊滅させるとかそんなこと火影様にだってできませんし」

 

正論だった。

全く持って正論だった。

確かにそれはイタチがいかに天才であったとしても不可能だ。

ということはあの時のイタチが見せた、一族を一人で皆殺しにした幻術の光景は全てウソ……?

 

「そんなの分かりません。イタチお兄さんに共犯者がいた可能性だって否定できませんし。本当に1人でそんなことが出来てしまうような凄い術が使えたのかもしれません。話に聞いた万華鏡写輪眼がそれだとすれば辻褄が合っちゃうんですよね……私としては、真犯人は別にいてイタチお兄さんは罪をなすりつけられただけで無実……だと信じたいですが」

 

もう訳が分からなかった。

 

「結局のところ、どんな推測を立てても意味がないんですよ。証拠がありませんから」

 

ですから、証拠が見つかるまで保留です、とコト。

冷水を頭にぶっ掛けられたような気分だった。

イタチが……兄貴がウソをついていた可能性なんて考えもしなかった。

……というか、俺は何で疑わなかったんだ?

散々騙されてきたのに。

散々騙されてきたのに!

そうだ、兄貴は嘘つきだった!

「許せサスケ、また今度だ」って、その今度は結局いつになったら来るんだよ!

ちょっと格好よく言っておデコ小突いたくらいで誤魔化されないぞ!

 

「いや、今の今まで誤魔化されてたんじゃ? ……って聞いちゃいませんね」

 

クソ、こうなりゃイタチの奴に直に会って問いただす必要があるな。

あの日の……うちは虐殺の真実を。

だが、普通に聞いたんじゃ絶対に教えてくれやしないだろう。

かつての様に幻術や話術ではぐらかされるだけだ。

力づくで聞き出す必要がある、そのためにはまず……

 

「……強くなる!」

 

「……結局そこに戻るんですね」

 

「こうしちゃいられない、行くぞコト!」

 

「…………っ!? サスケ君、今名前…」

 

その後もコトがごちゃごちゃと話しかけてきたが俺はあまり取り合わなかった。

唯でさえカカシの所為で修行が遅れ気味なんだ。

時間を無駄にしている暇はない!

 

 

 

 

 

 

久方ぶりにサスケ君に名前を呼んでもらえました!

あの事件を境にずっと呼んでもらえなかったんですよ。

今なら、木ノ葉丸君が名前を呼んでもらうために悪戯を繰り返した理由も、初めてナルト君に認められて名前で呼ばれた時の感動も理解できるというものです。

これは嬉しいです。

やっぱり、人間関係において名前って重要なんですよね。

 

「……コト? さっきから何1人でニヤニヤしてるんだ?」

 

やった! また呼んでもらえた!

 

「……サスケ君、もう1回!」

 

「……うぜぇ」

 

はうっ、サスケ君がゴミでも見るかのような目で私を見てきます。

今の今まで目を合わせてすらもらえなかったから、この冷たい視線も懐かしい……なんだかゾクゾクするのですよ!

 

「きめぇ……」

 

あ、サスケ君がナチュラルに引いてます。

さすがに調子に乗りすぎたようですね。

せっかくまた名前を呼んでもらえるようになったのですから自重しないと―――

 

 

カサコソ

 

 

―――それは、浮かれた脳みそを一瞬で凍結させる『名前を言ってはいけないあの虫』の気配でした。

 

 

 

 

 

 

―――それは突然だった。

気が付けば、ほんの数センチの距離に奴はそこにいた。

ユラユラと揺れる長い2本の触角、ギトギトの油を思わせる光沢を放つ黒い翅、互い違いに高速で動く6本の足。

動物界、節足動物門、昆虫網、ゴキブリ目に分類される、最もポピュラーで最も悍ましい害虫。

ゴキブリ。

全身に鳥肌が走るのを抑えられなかった。

 

俺はこの害虫の存在が別段苦手というわけではない。

所詮はただの小さな虫けらだと思っていた。

 

侮っていた。

 

全身にぞわぞわと鳥肌が立ち、呼吸すら忘れて息をのんだ。

理屈じゃない、本能が恐怖を訴えてくる。

もちろん、本来ならここまでビビったりはしない。

当たり前だ、たかが虫なのだから。

 

でも今の俺は半化の術の影響で身体が縮小されている状態だ。

『自分と同サイズのゴキブリ』は、はっきり言って絶望以外の何物でもなかった。

 

どうする?

苦無で斬りかかる? いや無理だ、というかイヤだ。

例え苦無でも触りたくないどころか近づきたくもない!

それなら火遁で……とあれこれ考えていたが故に出遅れた。

 

こちらが行動に出るより前に、奴が動いた。

シャカシャカと6本の足を高速で動かし、迫りくるゴキブリは瞬く間に俺のすぐそばまで迫って―――あっさりと通り過ぎた。

 

「…………」

 

見逃された、というより最初から興味がなかった、と言うことなのだろう。

近くに台所でもあるのかもしれないな、となんとなくそんなことを考えた。

助かった、と安堵すると同時にふがいない己に対する怒りも沸いてきた。

これじゃ先のウサギの時と同じだ、何も成長していないじゃないか。

 

「ちくしょう、エリートが聞いてあきれる。コト、無事か?」

 

俺は深呼吸して無理やり気持ちを落ち着かせ、背後で固まったまま動かないコトに呼びかける。

しかし、コトは無反応。

さすがに不審に思ってコトをよくよく観察して…………怒りが再燃した。

 

「……おい、ふざけるなよ」

 

コトは気絶していた。

立ったまま気絶していた。

 

「ふざけるな! こんな、こんなことでお前は!」

 

白目をむいて目を回し、ではなく()()()()()()()()()()気絶していた。

 

「お前は写輪眼を! うちはをなんだと思ってやがんだ!」

 

確かにコトは以前言っていた。

ショックこそが写輪眼の開眼要因であると。

でもだからって、いくらなんでもこれはないだろうが!

 

コトのあんまりな開眼理由、先を越された嫉妬、己の情けなさ、それらが綯い交ぜになって、俺はどうしようもなく当り散らすことしかできなかった。

 

 

 

コトに対する苦手意識が俺の中から完全に吹き飛んでいる事に気づいたのは、波の国を後にして木ノ葉に帰った後になってのことだった。

 




肯定でも否定でもなく、保留。

この先延ばしの答えにたどり着くのに、リアル時間で数か月かかりました……

サスケがキャラ崩壊していないか物凄く不安です。
ナルトが『真っ直ぐ自分の言葉を曲げねぇ』ぶれないキャラであるのに対し、サスケは時系列で行動や性格がコロコロ変化するので物凄く行動をつかみづらいんですよね……

個人的にナルト二次創作において一番動かしにくいキャラです。


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29話

またも更新遅れました。
やっぱりサスケ君は動かしにくいです。
特にコトと絡ませるとキャラが……どうしたってクールキャラにならない……


「聞いてくださいサスケ君。写輪眼は失意や喪失などの負の感情、要するに辛かったり悲しい気分になったら開眼しちゃうんですよ」

 

「…………」

 

気絶から立ち直ってからしばらくした後。

私はサスケ君の気を惹こうと必死でした。

 

「私も、サスケ君も、幸か不幸か……いや間違いなく不幸ですけど、ともかく写輪眼を開眼するに足る因子(トラウマ)はすでに持っていたわけで」

 

そう、あとは切っ掛けだけの問題だったんですよ。

即ち私が今この瞬間に開眼したのは単なる偶然であることは確定的に明らか!

 

「つまり私は、決して『例のあの虫』を見たことが原因で開眼したわけじゃ……」

 

 

「黙レ」

 

 

「……はい」

 

私は黙るしかありませんでした。

うう、サスケ君が冷たいです。

それでいてその内心は怒りで煮えくり返っているのが伝わってきます。

以前の私を意識から外して冷たくふるまうのとは全く違う、意識したうえで冷たいながらも熱い感情のこもった視線を浴びせてくるのです。

今までにない新感覚に私はちょっとドキドキしていると、サスケ君は何を思ったのか怒った顔から苦い顔に変化しました。

 

「……こんな奴に俺は」

 

「む、こんな奴とはなんですかこんな奴とは」

 

はっきり言いますが、私としてもこの開眼は不本意だったんですよ。

 

気が付いたらいつの間にか写輪眼になってたとか、達成感も何もあったもんじゃないのです。

実際、気絶していた間は意識が飛んでいて、その間に何があったのか予想はできてもイマイチよく覚えてないんですよね―――

 

 

 

―――なんて都合の良い展開を、開眼した私の写輪眼は許してはくれませんでした。

 

 

 

写輪眼。

木ノ葉のエリートうちは一族が代々受け継いできた血継限界であり、一度見たものを瞬時に記憶してその動きを模倣可能にする究極瞳術。

何とも余計なことに、私が意識を失っている間も写輪眼はその優秀な機能を十全に発揮して、あの虫が六本の足を交互に動かし触角をしならせながら高速で移動する様を細部まではっきりばっちり記憶していたのです。

よ、余計なことを。

おかげで私が、無意識に気を失ってでも記憶をすることを拒んだあの虫の姿が、動きが、気配が、恐ろしいまでのリアルさと臨場感で文字通り目に焼き付いて離れてくれません。

くどいようですが重要なことなので何度でも繰り返しますよ、余計なことを!

こんな記憶要らない、本気で要らない……本当に我が写輪眼ながらエラいタイミングで開眼してくれたものです。

そりゃ開眼する前は、一度見たものを瞬時に模倣できるなんてなんて便利! とか思っていたのですけど……いざ開眼してみると見たくもないものを見せつけられるわ、せっかく仲直りしたはずのサスケ君にまた嫌われるわで散々です。

確かに高性能で凄まじい瞳術なのですが……微妙と言わざるを得ないのですよ。

 

なんで私の写輪眼はこんなに無意味に高性能で残念なのか……いや待て、ひょっとして私だけじゃなく全ての写輪眼がそうなのでしょうか?

そもそもの話、目を背けたくなるほどショックな光景を見た時に見た物を瞬時に記憶する瞳術を発現しちゃうとか呪われているとしか思えないほどの厄介体質なのです。

 

「神様は私達一族にノイローゼになれと言ってるのでしょうか? うちはは闇(病み)にとらわれた一族だと言いたいのですか?……」

 

「そんなわけあるか」

 

「あいたぁ!?」

 

なんで殴るんですかサスケ君!?

 

「そんな残念な奴はお前だけだ、一緒にするな」

 

「なにおう!? 私の何処が残念だっていうんですか!?」

 

「そんな写輪眼をそんな風に開眼したことがだよ……フン、よくよく思えばお前らしい、お前に相応しい写輪眼だな」

 

「ぐぬぬ……」

 

い、言い返せない。

実際のところこの写輪眼、開眼してから今まで何の役にも立ってませんし。

むしろデメリットしかないという。

どうやら私は随分と中途半端な開眼をしたらしく、左右の写輪眼で開眼の度合いが異なるみたいなのですよ。

鏡は持ってないので自分では確認できなかったのですが、不機嫌なサスケ君に無理やり聞き出したところどうやら右目は二つ巴で左目は一つ巴の写輪眼らしいのです。

おかげで両眼視差で視界が歪む歪む……滅茶苦茶気持ちが悪い!

正直酔いそうです、左目だけ写輪眼なカカシ先生は大丈夫なのでしょうか?

慣れの問題なのですかね。

 

さらにはチャクラをガンガン消費します。

眼を開けているだけで疲れていくのが実感できるのです。

なんてこったです。

しかも、極めつけに致命的なことに……

 

「ったく、ウスラトンカチが。それなら元に戻せばいいじゃねえか」

 

「どうやってです?」

 

「…………は??」

 

「いやだから、どうやったら開眼した写輪眼を引っ込められるのですか!?」

 

「知るかよそんなこと!」

 

サスケ君、逆切れ。

 

「開眼した写輪眼を解除できないとかバカにも程があるだろ!」

 

「仕方ないじゃないですか! 開眼したの初めてなんですから。サスケ君だって開眼したらそうなるかもしれません!」

 

「ならねぇよ! なってたまるか! はっきり言うが、そんな大バカ、歴代写輪眼使いの中でもお前1人だけだ!」

 

                                     (ぐはぁ)

 

「なにおう!? 何を根拠にそんな…………今何か聞こえませんでしたか?」

 

「話をそらす気か?」

 

「いや、そうではなく……」

 

今、何か気配を感じたような?……

 

 

 

 

 

 

(あぶない! 気づかれかけた!)

 

上忍のスキルをフル活用して、サスケとコトの2人をこっそりと尾行していたはたけカカシは瞬時にその場から離脱し息をひそめた。

2人の会話があまりにもカカシにとってクリティカルだったので思わず心の中でうめき声をあげてしまったのだが、まさかそんな隙とも言えない心の揺らぎを気取られるとは思わなかった。

下忍に見つかるような下手な隠遁はしていないはずだし距離も十分にとっている。

目視や音はもちろんのこと、臭いやチャクラすら漏らしていないにもかかわらずこの敏感さ。

 

(……こりゃ、写輪眼の開眼に伴って感知の感度も上がってるな)

 

カカシはサスケの横でキョロキョロと周囲を見渡し不思議そうに首をかしげる白い小さな少女を観察しながらしみじみ思う。

末恐ろしいと、いろんな意味で。

元々コトには感知タイプの素養があるとは聞いていたが、カカシからすれば感覚が鋭いというよりとにかく気が利くと言った方が的を射ているように感じた。

 

小腹が空いた、と思えば要望を出す前に食事の準備が完了していた。

 

ちょっと喉が渇いたな、と思った瞬間にお茶を出してくれた。

 

汗を拭きたいな、と思った時にはすでに濡れタオルが用意されていた。

 

感知タイプと言うより徹底的に尽くすタイプ、むちゃくちゃ気配り上手で都合が良い便利を極めつくした小間使いの鑑みたいな娘という印象だった。

カカシがコトの世話になったのは写輪眼の反動で満足に動けなかったわずか3日たらずの出来事だったが、たったそれだけでもコトが物凄く細やかな気遣いが出来る少女だということがことさらに理解させられた。

表情を読んでいるのではない、空気を読んでいるのともまた違う。

それでもコトは凡人には感じ取れない『何か』を繊細に感じ取っている。

これだけですめばすこぶる便利で優秀な部下、ですむはずなのに、細々とした雑務を手際よく済ませた彼女はその空いた時間でコツコツと自分の研究(余計な事)を始めてしまうので総合評価は結局プラスマイナスゼロ、戦闘ではうって変わって役立たずと化すことも計算に入れるとむしろマイナス気味になってしまうあたり彼女の残念さがうかがえる。

なによりこれだけ敏感なのに戦いにおいて一番肝心な敵意や悪意にはまったく無反応だというのが致命的に痛い……一体全体どう成長すればこんな歪な感知タイプになるのか、カカシにはさっぱり見当がつかない。

 

はたけカカシはふと過去に思いをはせた。

かつて、自分がまだ第七班を率いるようになる前のことだ。

三代目火影・猿飛ヒルゼン様は、うちはと千手両方の血継限界の素質を秘めたうちはコトを何処に配属させるかで物凄く悩んだらしい。

 

配属先の候補は2つ。

うちはの血継限界(写輪眼)を扱えるはたけカカシの第七班か、千手の血継限界(木遁)を扱えるヤマトの第九班か。

悩みに悩んだ火影様は結局、半ば賭けに近い心境でヤマトの班に配属させることに決定したのだが、はたけカカシとしてはこの英断に心からの賞賛を送りたい。

 

もし、何かの間違いで……火影様のちょっとした気まぐれで、コトがナルトやサスケと同じ第七班に配属されていたら……カカシの下に木ノ葉の三大問題児が一同に集結することになっていたら。

 

(…………第七班(うち)の紅一点がサクラで本当に良かった)

 

手に負えない、どころの騒ぎじゃない。

真面目に心労で胃に穴が空く心配をしなければならないところだった。

何せ、サスケとコトの2人だけでこれだけの珍事が起きているのだ。

ここに問題児筆頭(ナルト)まで加わったらどうなるのやら……とカカシは一瞬それを想像しかけて、慌ててそれを打ち消した。

 

想像すると、現実になってしまいそうな嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

気のせいだったんですかね?

絶対誰かの視線を感じたと思ったんですが。

それも妙に生温いというか、可哀相な奴を見る目と言うかそんな視線。

カナタとかヤマト先生とかがよくそんな目で私を見てくるんですよ、激しく心外です。

う~ん、普段からそういう目で見られまくってるせいで過敏になっていたのですかね。

 

「コト、次の資料だ」

 

「は~い」

 

いけない、今はそんなことを考えている場合ではありませんでした。

現在、私とサスケ君は順調に隠密作戦を遂行し、ガトーカンパニーの資料室と思しき場所にたどり着いたのですよ。

当然そこには資料がいっぱい、さっそく私たちは情報収集です。

順調です。

いや本当に順調すぎるくらいに順調。

我ながら結構大騒ぎしながら行動しているはずなのに見つかる気配すらありませんでした。

半化の術様々ですね。

いろんな人に使えない忍術と酷評されましたけど、使い方次第ではちゃんと役に立つのですよ。

 

ただ、当然ながらデメリットもあるわけで。

 

「コト、今度は右の棚の資料だ」

 

机の上にちょこんと座る小さいサスケ君に指示されて、頭の上にウサギを乗せたままの私は言われたとおりにとてとて本棚に向かうのですが……現在の私からすればただの本棚が崖にしか見えません。

サスケ君の言う資料は本棚の上から2段目にあるので、それを取り出すには本棚(がけ)を登るしかないわけで。

 

「どうした? 早くしろ」

 

もともとサスケ君は無茶なことを平気で要求してくるような人でしたけど、ここにきてより一層遠慮がなくなりましたね。

さっきからサスケ君の小間使いのように部屋中を縦横無尽にちょこまか駆けずり回ってますが……いい加減チャクラと体力が……頭の上に乗っかってるウサギさんや、開眼しっぱなしの写輪眼も相まって地味にきつくなってきましたし。

この行きずりのウサギさん、何か妙に気に入られたらしく頭からどいてくれないんですよ。

 

「サスケ君、木登りの行は極めたのですよね? 今こそ、その成果を見せる時では?」

 

遠まわしに代わってくださいと言ってみます。

 

「ダメだ。今俺は忙しい」

 

「むむむ、ちょっとくらい代わってくれても……」

 

「頑張ってくれコト。お前だけが頼りなんだ」

 

「頑張っちゃいますよ!」

 

本棚がなんだ!

サスケ君に頼りにされた私は気合一発、両手足にチャクラを集中すると目的の本めがけて本棚をよじ登りました!

 

「(……なんてチョロい奴なんだ)」

 

はて? サスケ君が私の事を完全にアホの子を見るような目で見ているような……今度もきっと勘違いですよね。

私は言われるままに任務を遂行しました。

 

 

 

 

 

「話には聞いていたが……ガトーカンパニーはどうやら相当にあくどいことしているらしいな」

 

サスケ君に言われるままにせっせと資料を集めることしばらく。

集めた資料をあらかた分析し終わったらしいサスケ君は納得したようにそうつぶやきました。

 

「ぜい……そうまでして……お金を儲けて………ふう、いったい何をするつもり…………なのでしょう……」

 

そして私は精根尽き果てて机の上にぐてーんとへたばってます。

お金は確かに大事かもですが、悪いことをしてまでお金を儲けようとする人の行動理念が私にはさっぱりです。

冷静になれば何か思いつくのかもしれませんが、いかんせん今の私には脳に回すスタミナが……

信用と引き換えの金銭なんてまるで価値がないでしょうに。

しかし、サスケ君は私の言葉に首を振って

 

「いや、儲けてない」

 

「……はい?」

 

「いやだから、全然儲かってない。ちょっと記録をあさっただけだから詳しいことは分からないが、少なくともここ最近は赤字続きだったみたいだ」

 

「え、ということは、ガトーカンパニーは、基から悪徳企業だったわけじゃなくて仕方なく?」

 

「いや、さすがにそれは分からないが……特に今月に入っては火の車、倒産寸前と言っても過言じゃない転落ぶりだ。……正直ここまで貧窮していると、どうやって再不斬みたいな手練れの忍びを雇えたのか不思議なくらいだ。抜け忍だから正規の忍びよりは安く済むことを計算に入れても、まともに給料払えるとは思えないぞ」

 

「そんなに!? なんでそんなに貧乏なんですか!?」

 

「この記録によると最近海難事故が頻発しているらしい。武器や違法物品を乗せた大型の船が何度も沈められているそうだ」

 

「海難事故? ……って待ってください」

 

サスケ君の言い回しが妙です。

事故なのに、沈められているって……それじゃまるで沈めた何か(犯人)がいるみたいじゃないですか。

そうなると事は事故じゃなくて事件なのですよ。

 

「一体誰が……」

 

「知るかよ。興味もないしな。でもこれが本当なら、再不斬と仮面ヤロー以外の伏兵はいないと考えてよさそうだな」

 

それだけ分かれば十分、とばかりにサスケ君は資料を閉じて立ち上がりました。

 

「行くぞコト。もうここに用はない」

 

「え? もうですか? 出来ればもう少し休ませて……って待って!? 置いてかないでください!?」

 

本気で容赦なく置いて行こうとするサスケ君の後を、私は慌てて追いかけようと身を起こした瞬間、それは起こりました。

 

轟音、大きな揺れ、そして悲鳴。

 

「なんだ? 今のは爆発か!? どこかの火薬庫に引火したか?」

 

「爆発…………違う、これはそんなんじゃ……」

 

とにかく確かめないと!

私とサスケ君は先を争うように部屋の扉……の横の通風孔から飛び出しました。

 

 

 

 

 

 

目的地が遠い―――それもこれもコトの半化の術の所為だ!

サスケ(オレ)は苛立ちで顔を歪ませながらアジトの通路をひた走る。

体感では手加減なしの全力で移動しているはずなのに、実際には常人の駆け足程度の速度しか出ていない。

ついさっき武装したガトーの手下(全く気付かれなかった)にあっさり追い抜かされた……つくづくこの術は心をへし折りに来る。

うちはのプライドなんて粉々でもう原形をとどめちゃいない。

 

(ッフン! 絶対強くなってやる!)

 

そんな誓いを胸に現場にたどり着いた俺は、ついに揺れと轟音の正体―――ガトーカンパニーを衰退させたものの正体を見た。

 

アジトに停泊していたガトーカンパニーの貨物船が謎の巨大生物に襲われているのを発見し、俺はすぐさま建物の死角に身を潜め、様子をうかがう。

吸盤のついた白く巨大な触手が貨物船のマストに絡みつき、へし折れた。

乗組員たちの悲鳴が上がる。

高いところで指示を出しているのはおそらくガトーカンパニーのボス、ガトーその人だろう。

怪物を前にして逃げずに果敢に立ち向かうその姿勢は評価に値するがどちらにせよ無駄なあがきだ。

彼我の大きさが違いすぎる。

 

(イカだな、それもとてつもなく大きな)

 

主忍を失った口寄せ動物が野生化したか、あるいは突然変異か……なんにせよにわかには信じがたい大きさである。

人間がまるでネズミのように蹴散らされている……今の自分が人のこと言えない大きさなのはこの際考えない。

 

「……そういやカイザが言っていたな。ここ最近、魚がめっきり獲れなくなったって」

 

獲れないはずだ。

何処から現れたか知らないが、こんな怪物が近海にいたら魚なんてあっという間に食い尽くされるだろう。

仮に生き残ったとしてもその魚は逃げる。

カイザの漁船はよく襲われなかったな。

 

イカの触手が今度は貨物船の胴体そのものに巻き付いた。

メキメキと音を立てて軋み、ガトーの部下が何人も海に叩き落される。

これはもう、俺達が手を下すまでもなくガトーカンパニーは終わりだな。

 

「まあ、俺には関係のないことだ。コト、今度こそ撤収するぞ」

 

俺は踵を返そうとして……ふと、いつの間にかコトが見当たらないことに気づいた。

何処に行ったんだ?

ひょっとして、走ってる時にはぐれたか?

コトの身体能力はアカデミー時代においても現在においても最低クラスだったはず。

壁のぼりや写輪眼などで消耗していることも鑑みた場合、全力疾走する俺に追いつけなかったとしても不思議じゃない。

 

「ったく、世話の焼ける」

 

まあいい、どうせこっちから探さなくても向こうがこちらを見つけるだろう。

感知タイプを自任自称するだけあって、これくらいのことは造作もなく―――

 

 

―――何の脈絡も前兆もなく、貨物船を襲う巨大イカの触手に小さな火の玉が撃ち込まれた。

 

 

………は?

 

ギギギ、と錆びついた人形みたいな動きで俺は再びそちらに向き直った。

想像を絶するウスラトンカチがそこにいた。

 

 

『みなさ~ん! 私が囮になって引き付けるので、その間に逃げてくださ~い!』

 

 

な に を や っ て い る ん だ あ い つ は ! ?

 

 

『うおお!? なんだこのちっこい……ちっこい……本当になんだこいつ?』

 

『人……なのか?』

 

『バカ、こんな小さい人がいるかよ。小人だぞあれ!』

 

『妖精だ! 船の妖精が俺達を助けに来てくれたんだ!』

 

『バカモン共が! 下らんことに気を取られている暇があったらとっととあの怪物を何とかしろ!』

 

大混乱になるガトー一味。

当然そうなるよな……というか、何故助ける!?

ガトーだぞ!? 敵だぞ!?

それ以前に敵うわけないだろうが!

今の自分が一体どういう状態なのか忘れたのか!?

 

俺がそんな風に内心で突っ込みを入れている間にも、コトは次から次へと何処からともなく札を取り出して炎やら水やらを発射しているが、いかんせん大きさが違いすぎる。

当たり前ながら全く効いていない!

 

触手が鞭のようにコトめがけて振るわれる。

直撃こそしなかったが風圧と衝撃の余波だけで、小さなコトの身体は船から弾き出された。

考えている余裕はなかった。

気づいたら身体が勝手に動いて飛び出していた。

それと同時に、身体の奥がカッと熱くなり、何かが千切れるような感覚と共に視界が一気に高くなる、否、元の高さに戻ったのか?

 

(半化の術が解けたのか? 要因は分からないがとにかく助かった!)

 

元の大きさに戻った俺は無我夢中で海面に叩きつけられようとしているコトに向かって疾走した。

 

(くっ…!! 間に合え!!)

 

バチャバチャと水を蹴る音が何処か遠くに聞こえる。

視界の端に、巨大イカの触手がこちらに振り下ろされようとしているのが見えた。

それも3本、微妙に時間差をつけて叩きつけられようとしているのが見える。

来る!

 

落ち着け…集中しろ…

 

 

そして見切れ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――雷切!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一体何が起こったのか、その時の俺は正確に把握できちゃいなかった。

何もかもが無我夢中で、冷静に物を考えている暇なんてありはしなかった。

 

気が付いたら、小さなコトとウサギを頭に乗せて、カカシと共にイカに追われながら海の上を爆走していた。

そして何時の間にか写輪眼を何故か開眼していた。

 

冷静になって振り返ってみても訳が分からない……

 




コトに続いてサスケ君も開眼。
仲間(?)を敵から助けるために無我夢中で行動した結果開眼するっていかにもな開眼だと思うんですよ。
ただ、敵がイカなのが引っかかりますが。

写輪眼の開眼要因を細かく考察してみると、うちはが病むのも仕方がないように感じます。
トラウマ体験した時に限って発動する瞬間模倣(コピー)能力とか、普通に発狂ものだと思います。



あと、映画見てきました。
在の書貰いました。
インフレしまくったSINOBIアクションが最高に熱かったです!

ネタバレにならない程度に3つの感想

1つ、ネタが被った(ガーン)

2つ、パンダの尻尾は白だ(突っ込み)

3つ、……以上で(2つでしたね)


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30話

遅れました。
難産がどうとか以前の問題としてキャラが多すぎた……喋らせるだけで一苦労でした。



それはそれとして、
話は変わりますが僕はナルトと言う漫画の特徴の1つに「純粋悪がいない」があると個人的に思ってます。
大蛇丸しかり、マダラ然り、オビト然り。
ゼツにしても結局は親を想っての行動でしたし、カグヤやゾンビコンビにしても物理的にではなく精神的にハラワタ見せる展開になっていたら何か変わっていたんじゃないかと思いました。

そして、この二次創作のガトーさんはそんな思いから原作になかった捏造設定を多分に盛り込んでほぼ別人と化しています。
原作では特に内面を語ることも改心することもなく逝ってしまったわけですが……彼だけ例外とか考えたくなかったですから。


ナルトのド派手な登場に続いて巨大イカの出現、それに追われて海上を走るはたけカカシ先生とその忍犬、その後に続くうちはサスケ、の上に乗っている半化の術(自業自得)で小さいコト、さらにその頭に何故か乗っかっているこれまた小さいウサギ。

 

(……なんだこれ?)

 

ほんのついさっきまでヤマト先生は霧隠れの鬼人再不斬と、私こと月光マイカゼとカナタは仮面の千本使い白と割とシリアスに戦闘していた筈である。

その筈なのに……目まぐるしく変化する状況に、私は全くついていけない。

初めての実戦だから仕方がない、なんて言い訳は通用しないのは百も承知だ。

だけど、いやだからこそ私は動けない。

 

この場合、どう動くのが正解なんだ?

 

タズナさんを避難させ自分達も撤退?

それともこの隙をついて再不斬や白を攻撃するのか?

あるいはイカの迎撃?

 

どうすればいい?

いったいどうすれば……ふとあたりを見回すと春野サクラが何やらぶつぶつ呟いているのに気付いた。

サクラと言えばアカデミー時代、座学トップの優等生だ。

ひょっとして彼女ならこの状況でも冷静で的確な判断を……

 

「……コトに良く似た白い小さな女の子、でも瞳はサスケ君と同じ写輪眼…………まさか!? サスケ君とコトの隠し―――」

 

「んなわけあるかこの脳ピン!」

 

前言撤回。

ちっとも冷静なんかじゃなかった。

今の今までサスケの頭の上の存在に気付かなかったあたり、どれだけサスケの事しか見ていなかったのかがよく分かる。

それに突っ込んだカナタもそうだけど皆相当に混乱しているな。

脳ピンってなんだよ。

 

「脳みそピンク。略してみた」

 

「……そうか」

 

どうでもよかった。

そうこうしているうちに、カカシ先生たちが海面を蹴って一足跳びに橋の上にのぼってくる。

おおよそ半日振りに第七班と第九班を合わせた木ノ葉2小隊計8名が橋に揃った。

 

「カカシ先輩!? 今まで一体どうして……それにあのイカは一体……」

 

「ヤマト。とりあえず説明は後だ。というか、実は俺もなんでこうなったのかよく分かってなくて…………想定外の事態に振り回されているのはどうやらお互い様らしいな」

 

忍犬をひきつれたカカシ先生は再不斬と白の存在に驚愕しつつも油断なくその左目の写輪眼で彼らを睨みつけた。

 

「再不斬の隣の子は……」

 

「お察しの通り、面は割れていますが件の千本使いですよ。さらに氷遁の使い手でもあります」

 

「なるほど、やっぱり再不斬の仲間だったか。しかも血継限界保持者とは」

 

「どうやらオレの予想、悪い方だけ的中しちゃったみたいね」とぼやくカカシ先生。

 

上忍2人と霧の2人が睨みあっているさなか、それ以外の木ノ葉の面々(+タズナさん)はカカシ先生とはやや離れた場所に着地して荒い息を吐くうちはサスケに駆け寄った。

頭上のコトとウサギが酷くマヌケだが決して誤解してはいけない。

サスケは未だかつてないほどに消耗してボロボロになっていた。

 

「サスケ君! 大丈夫!?」

 

「ハッハ~、だっせーなぁサスケちゃんよぉ! そんなにイカが怖かったのかなぁ~!?」

 

「ああ、……本気で死ぬかと思った」

 

「お、おう!? ……それは……災難だったってばよ??」

 

ここぞとばかりに挑発したナルトだったが、サスケに真顔で返されてちょっと引いていた。

珍しい光景である。

 

「どうしたよ? 笑えよウスラトンカチ」

 

「笑えねえ……というか、笑ってゴメンってばよ……」

 

「……どうやら本気の本気で超ヤバかったらしいのぉ」

 

タズナさんの呟きに私は内心で同意する。

あの何時も余裕の表情を崩さないクールなサスケがこんなになるなんて。

 

「(サスケ君、なんかちょっと卑屈になってる……嫌いじゃないわ!)」

 

そしてサクラは本当にぶれないな、彼女の背後でもう一人のサクラが狂喜乱舞している姿を幻視したぞ。

ナルトにとっては残念かもだけど、どうやら脈はなさそうだ、良かったなコト、ヒナタ、あとカナタもか?

 

そして件のコトはというと、貼り付けたような妙に薄っぺらい不気味な笑顔を浮かべたカナタにウサギごとつまみあげられ握りしめられていた。

 

「それで、コト? いったい今度は何したのかな?~ 超特濃の成長促進剤的な何かを海に流して海中の生物を突然変異させた? あるいは時空間忍術を暴発させて異世界の海獣でも口寄せしたのかしら?」

 

「そんな非常識で不条理なこと出来るわけないじゃないですか! カナタは私をなんだと思ってあひゃひゃひゃいひゃいいひゃい!?」

 

「誰が、非常識で、不条理、ですって?」

 

カナタにグニグニと握りつぶされて「きゃ~」と甲高い悲鳴を上げるコト。

こっちはこっちでぶれないなぁ。

 

「だったら、あのイカはなんなのよ!?」

 

「知りませんよそんなこと! むしろ私が聞きたいくらいです! 何でもかんでも原因が私だって思われるのは激しく心外なのですよ!」

 

「日ごろの行いがバカすぎるのよ! こっちはコトの所為でとんでもないことになったんだからね!」

 

「コトの所為?」

 

「どういうことだい?」

 

「そうなんですよ。聞いてくださいよヤマト先生にカカシ先生。この子ったら出会ったばかりの見知らぬお姉さん、というか件の仮面さんで名前は白さんっていうらしいですけどその人に言われるままにほいほい薬草とか渡しちゃった所為で再不斬があっという間に回復してなんでもありません」

 

カナタ、たぶんその「なんでもありません」は白骨死体に人工呼吸するくらい手遅れだと思うぞ。

 

カカシ先生とヤマト先生が頭痛を堪えるように頭を抑える、特にヤマト先生。

もう()()()()()()()をするのも限界らしい。

そりゃそうだろう、いくら霧で隠れていても隠しきれないほどにカナタの態度があからさまにおかしかったのだから。

下忍(わたし)ですら気づいたのだ、上忍(ヤマトせんせい)は言わずもがなだ。

 

……そういえばこの事態で一番大騒ぎしそうなナルトがやけに静かだな。

と思っていたら、ナルトは白の顔を見て目を見開いていた。

コトも同じくびっくり顔で白を見つめている、お前等もか。

 

「お、お前はあん時の!?」

 

「奇遇ですね! あの時の薬草は役に立ちましたか?」

 

「……ああ、その節はどうも。ナルト君にコトさん……ですよね? なんか随分と小さくなって……それになんで雪まで」

 

「雪? ああ、この子って貴方の飼いウサギだったんですね。これは私の術の効果です。いろいろあったんですよ~」

 

「そうだったんですか……あの……今更僕がこんなことを言うのもなんですが、そういうことは内緒にしておいた方がいろいろと都合が良かったのでは? ……特に薬草とかの話は」

 

「「?」」

 

今や完全に無表情になっているヤマト先生と、全てを諦めたかのような乾いた笑みを浮かべているカナタの顔をちらちらと気にしつつそう言った白に対し、ナルトとコトはそろって首を傾げた。

ダメだこいつら。

それにしても余裕だなぁ、サスケがキャラ崩壊するほどの事態に巻き込まれたとは到底思えないほどの平常運転ぶりに私はまるでついていけな―――っ!?

 

不意に周囲が暗くなった。

霧や雲で陰ったのではない、とてつもなく大きなもの、つまりイカが作り出す影に橋がまるごと包まれたのだ。

とうとう橋のすぐ近くまで追い付いてきたか。

遠くでも十分に威圧感を感じたが、近くによると一段と……

 

「……気持ち悪っ!?」

 

サクラの叫びが、この場にいるすべての人物の心の声を代弁していた。

サスケはこんなのに追われていたのか。

そりゃ写輪眼も開眼するはずだ。

コト曰く、写輪眼は恐怖で開眼するらしいし。

エリート一族の血継限界も楽じゃないな。

 

イカの何考えているか全く読めない目玉がギョロりとこちらを向く。

来る!

建設途中の橋の支柱にも匹敵する太さの触手が真上から振り下ろされる!

 

しかし振り下ろされた触手は、突如出現した透明な壁に弾かれた。

これは白の氷遁? 橋全体をカバーするほどに巨大な氷のドームが、白自身、再不斬だけでなくこの場にいる全員を守るように展開していた。

 

「白……どういうつもりだ?」

 

「…………再不斬さん、この子たちは僕に………この戦いは僕の流儀でやらせて下さい」

 

白のその一言は、なんというか私の耳にはとてもとても言い訳がましく聞こえた。

これはまるで……

 

「イカなんかに獲物を横取りされたくないってことか…」

 

……まるで、無意識に身体が勝手に動いてしまい、後になって慌ててそれっぽい理屈をその場ででっち上げたみたいだ。

 

「ありがとうございます! 助かりました!」

 

コトが空気を読まずにニコニコ笑顔でお礼を言うのを見て今ようやく私は気づいた。

最初に向き合った時からなんとなく既視感を感じていたが、白ってコトに根っこの部分が物凄く似ているのだ。

つまりは物凄くお花ばた……お人好しなのである。

ただし、コトが良くも悪くも開けっぴろげなのに対し、白は仮面でその本質を押し殺そうとしている……けれどふとした瞬間にその仮面がはがれて優しい裏が出て来てしまうようだ。

これは育った環境の違いだろうか……うん、コトもそうだけど白も負けず劣らず忍び向いてないな! 奥さんとかお嫁さんとかの方が天職なんじゃないかな、どう見ても尽くすタイプだし、いや白は男だそうだから主夫か?

 

「白、相変わらずお前は甘いヤローだお前は」

 

「違いますよ、白さんは甘いんじゃなくて優しいんです!」

 

「ナチュラルに会話すんなコト、立場的には一応敵なんだから」

 

その場合、旦那さんというか家主は再不斬かなぁ……何気に白の本質に気づいているみたいだし。

言わずとも気持ちを汲む主人の鑑、何気にいい人なのかも。

以心伝心、まさしく夫婦みたいだ。

良いなぁこういうの―――とか、考えている間にイカが二本目の触手を振り下ろしてきた。

 

氷の壁がメキメキと音を立てて軋み、白の顔に苦悶の表情が浮かぶ。

このままじゃ……そう思った矢先だ。

 

何処からともなく飛んできた矢? が『ドスッ!』とイカの触手に突き刺さった。

弓矢? いやあれはボウガンの矢か?

 

「それ以上この島の平和を脅かす怪物は…島の全町民の全勢力をもって! 生かしちゃおかねェッ!!」

 

「カイザ!? お前たち!?」

 

ふと気づけば、カイザさんを筆頭に思い思いの武装をした波の国の人たちが橋の上に集まっていた。

 

「って、ちょっと待ってなんでイナリ君までいるんですか!?」

 

「へへッ、ヒーローってのは遅れて登場するもんだからね!」

 

血相を変えて叫ぶコトの意図が伝わっているのかいないのか、ちゃっかり自分もボウガンを装備して得意げに笑うイナリ君。

 

「違う違う今はそういう事が言いたいんじゃないんです! 小さい子供は避難してください! ここは危ないんです!」

 

「小さい子供って……どう見てもあんたの方が小さいじゃん。というかあんた誰?」

 

……こういうのなんて言うんだっけ?

ドングリがクリを笑う? なんか違うような。

 

イナリ君は当然のごとくコトの忠告に耳を貸さず次の矢をボウガンに装填する。

というかさっきの矢はイナリ君か。

勇敢なのは男の子として大変結構ではあるけれど、イカにはまるで効いてないぞ。

巨大なイカからすればボウガンの矢なんてちょっと棘が刺さった程度にしかならない。

イカにダメージを与えたければ、この程度ではなくもっと強力な……大砲でも持ってこないと……『ドコォン!』……!?

 

突如、轟音と共に飛来した大砲の砲弾がイカの胴体に着弾した。

ウソォ!?

 

「んな!? いったいどこから……」

 

「海の方からだ……な、なんだあの船は?」

 

いつの間にか大型の貨物船が海上に浮かんでいた。

イカにやられたのか船体のあちこちに真新しい傷が見える上、見るからに堅気じゃないと思われる荒くれの厳つい船員が甲板に犇めきあっている。

物凄い人数だ、いや人数も凄いが武装も凄い……次から次へと今度はいったい何なんだ?

 

「あれはガトーカンパニーの武器商船!?」

 

「……ここまで来たのか」

 

「無事だったんですね……良かったです」

 

サスケ、何故そこで苦い表情を浮かべる?

コト、何故安堵する?

まさかあいつらとも顔見知りなのか?

このうちはコンビは本当に今の今まで何をしていたんだ?

 

黒いスーツを着たサングラスの男が船員たちを代表するように先頭に立った。

船員の中で唯一武装しておらず、代わりに杖を突いている。

怪我をしているのか左腕に包帯を巻いているが、それでも大きな存在感を放っていた。

あれがあの武器商船の船長だろうか?

 

「島の全町民の全勢力、ねェ……だったら俺達も含めてもらわなきゃねェ」

 

「ガトー!」

 

カイザさんがその男を見て驚愕の声を上げた。

あれが世界有数の大富豪ガトー!

 

「ガトー、どうしてお前がここに来る? それになんだその部下共は!?」

 

「決まっているだろう? そのイカの化物を退治しにだよ」

 

再不斬の殺気混じりの問いにガトーはまるでひるむことなく余裕で応える。

 

「こいつにはうちの大事な積荷を積んだ船を何度も沈められてねェ。困り果てていたところだったんだ。どうだい? ここは同じ国の住民として1つ共闘と行かないか?」

 

「よそ者の分際で……」

 

「そりゃお互い様だろう英雄カイザ様よぉ?」

 

苦々しく顔をゆがめるカイザさん。

そんなカイザさんを無視してガトーは再不斬の方を睨みつけた。

 

「再不斬、依頼人として正式にターゲットの変更を要求する。タズナの暗殺はいったん中止し今はこのイカを仕留めろ。霧の忍びは他里の忍びよりも水辺、海戦に秀でていると聞く。出来んとは言わせんぞ」

 

「……まさか、そのために霧の忍び(おれたち)を?」

 

「さらに言えば抜け忍ということもあって報酬も正規の忍びより安く済む。金もかからんまさに一石二鳥の良い手だろう? ……ま、作戦ミスがあったとすればお前だ再不斬。本来実力確認のための前座だったはずの老いぼれ抹殺にここまで手こずるとは……霧隠れの鬼人が聞いてあきれるわ」

 

「もうお前ひとりに任せちゃおけねえからな!」

 

「しょうがないから加勢してやるぜ小鬼ちゃんよお!」

 

ガハハギャハハと口汚く笑うガトーの部下たち……口悪いけどこれは味方と判断して良いんじゃないだろうか?

 

「……悪いなカカシ、それとそっちの木遁使いは……ヤマトとか言ったか? 残念だが決着はお預けだ。俺にタズナを狙う理由がなくなった以上、お前等と戦う理由もなくなったわけだ」

 

「ああ……そうだな」

 

「え? 良いのかってばよ!? こいつは前にタズナのオッチャンを殺そうと……」

 

「小僧、俺たち忍びはただの道具だ。利用する者が殺せと命令すれば誰であろうと殺すがそれはあくまで任務、金のためだ。もうお前等に興味はない」

 

切り替え早いなぁ、さすが抜け忍でもプロと言う事か。

 

「やっぱり良い人でしたね。一緒にがんばりましょう! 白さんに再不斬さん!」

 

「……ええ、よろしくお願いします」

 

「……」

 

コトは全く切り替わってないな。

それなのに切り替えるまでもなく一貫してこっち方向だったから結果的に無問題になってしまっている。

おかしいだろそれ。

 

「ふざけるな!」

 

「誰がお前たちなんかと!」

 

「そりゃこっちのセリフだぜ!」

 

「老いぼれ、子供、役にたたねぇ雑魚は引っ込んでろ!」

 

島の町民とガトーの手下が海を挟んでいがみ合っているのを見て私は不覚にも安心してしまった。

そうだよな、普通そうなるよな。

ほんの少し前まで殺し合いをする敵だったのだから、切り替えられなかったらこうなるのは必然……のはずだ。

 

「み、みなさん仲良く……」

 

「してる暇はなさそうだね」

 

コトのセリフをヤマト先生が遮る。

イカの巨体が水面から跳ねた。

触手が頭上を覆いつくし橋全体に覆いかぶさるようにして突っ込んでくる。

まずいな、体当たりで橋ごと押しつぶす気だ。

 

「そうはさせん」

 

いつの間にか再不斬とカカシ先生が瞬身の術で海に移動し肩を並べて立っている。

 

「合わせろ、カカシ」

 

「ああ」

 

丑申卯子亥酉丑午酉子寅戌寅巳丑未巳亥未子壬申酉辰酉丑午未寅巳子申卯亥辰未子丑申酉壬子亥―――

 

物凄い量の印を物凄い速度で結ぶ2人。

 

―――酉!

 

「「水遁・双龍弾の術!!」」

 

瞬間、瓜二つの全く同じ術が同じ威力と規模を持って同時に発動した。

海から立ち上った二頭の水の龍が螺旋を描くように絡み合いながら巨大イカに激突し、大きく吹き飛ばす。

吹き飛んだイカはひっくり返って海面に叩きつけられ大きな水柱を発生させた。

 

「す、凄い……」

 

打ち上げられた水しぶきが飴のように降り注ぐ最中、私はそうとしか言葉が出なかった。

術の規模も印を結ぶ速度も凄まじいが、それ以上に何が凄いって即席チームなのにここまで息をぴったり合わせられることがとんでもなく凄い。

これが上忍のチームワークなのか。

 

「さすがは写輪眼のカカシ」

 

「ま、この術を見たのは二度目だからな」

 

頼もしい。

下手すればこの二人だけでイカを退治できてしまうんじゃないかという気さえしてくる。

 

「うわぁ! ボウガンの矢が!」

 

「バカ野郎、何処狙って……うわあぶねぇ!」

 

「お前等こそ大砲をどっち向けてやがる! 俺達を殺す気か!」

 

「砲弾の流れ弾がこっちに!」

 

周囲が足を引っ張りさえしなければ、だが。

イカが派手に吹っ飛んだ結果、ガトー組と町民組の狙いがそれぞれそれて流れ弾が交差する形で互いの陣地に降り注いでしまっている。

 

ガトーとカイザさんがそれぞれ集団をまとめようとしているが皆浮き足立って上手くいっていない。

 

「みんな落ち着け!」

 

「どいつもこいつも、貴様らそれでも傭兵か!」

 

「……こりゃ参ったね」

 

「どうするんですかヤマト先生?」

 

「どうするも何も、敵は海の怪物だ。水上歩行ができないことにはほとんど何も出来ないだろう」

 

「だったらヤマト先生だけでもカカシ先生の加勢に……」

 

「ダメだ。この状況で君たちから目を離すのはリスクが高すぎる」

 

この子は特にね、とコトに目をやりながらいうヤマト先生のセリフが正論過ぎて何も言えない。

っく、私達にはどうすることも出来ないのか。

苦無や手裏剣を投げるにしてもイカ相手ではほとんど通用しないだろうし……

 

「せめて遠距離忍術が使えたら……」

 

「そうだカナタ! 確かアンタ音の幻術使えたわよね!? ここから届かない?」

 

「確かに使えるし届くでしょうけど、届いたとしてもイカ相手に通用するのかしら? そもそもイカの耳って何処よ? というか耳あるの?」

 

「そ、それは……」

 

カナタの疑問には、サクラでもさすがに答えられなかった。

いくら優等生でも忍者はイカ博士じゃないのだ。

 

「サスケ! さっき海走ってたよな!? コツとか……」

 

「死にかけろ。それで死ななかったらできるようになる」

 

「お、おう……」

 

サスケの顔がマジだった。

いろんな意味で冗談ではない……けど実感こもりすぎて突っ込めない。

 

「こうなったら木遁で船を造ってそれを足場にするか……いやだが…………っ!?」

 

ヤマト先生は小声でぶつぶつと何やらつぶやいていたが唐突に閉口した。

 

カカシ先生と再不斬の巧みな連係で相当に追い詰められたらしいイカが苦し紛れの破れかぶれで触手をむちゃくちゃにのたうちまわらせ、振り回し始めた。

触手の動きがどんどん早くなっていき、ビュビュビュン! と空気を切り裂く音が鳴り響く。

先端はもはや霞んで見えな……ってこれはいくらなんでも速過ぎ!?

 

「―――っ! 全員モロ何かに掴まれ!」

 

カイザさんの悲鳴のような叫びとほぼ同時に、もはや鞭みたいな速度で振るわれた触手の1本が橋の支柱をぶっ叩き根元からへし折った。

遠雷のような轟音と共に心臓に悪い振動が橋全体を襲い、大きく傾いていく。

 

「うわあああぁぁぁ!!」

 

落ちていく。

橋の上の資材が、資材を運ぶクレーンが、何より橋の上に集まった町民たちが。

皆揃って荒れ狂う海へと落ちていく。

 

「そうはいくかってばよ! 多重影分身の術!」

 

「マイカゼ! サスケ君と春野さんも!」

 

「ああ!」

 

「ふん!」

 

「分かってるわ!」

 

私達はとっさに木登りの行の応用で傾く橋に張り、落ちていく町民の何人かを捕まえる。

ヤマト先生が木遁で足元から角材を何本も生やして町民を捕まえ一斉に引き上げる。

ヤマト先生に次いで大活躍なのはナルトだ。

影分身による人海戦術で次々と町民を避難させていく。

しかし、それでも足りない。

落ちていく人全員をカバーしきれない。

 

「あ……」

 

「イナリ!」

 

私たちの手をすり抜けたその時のイナリは信じられないと言った顔をしていた。

何が起こっているのか分からない、理解できない、そんな呆然とした様子で悲鳴を上げることもなく真っ逆さまに頭から荒れ狂う海へと落ちていく。

 

「イナリィィィイイ!!」

 

この時も真っ先に飛び出したのはナルトだった。

傾いた橋の上を全力で駆け下り、影分身も使わずそのまま落ちていくイナリに向かって跳ぶ。

 

「ナルト!」

 

なりふり構わず、誰よりも早く飛び出し空中で懸命に手を伸ばすナルト。

だがそれでも届かない!

もう駄目かと思ったその時、小さな影がナルトの背中を蹴って跳躍した。

小さな影がナルトのさらに前、イナリに向かって手を伸ばしそしてつかむ。

 

「届いたのですよ!」

 

「コト!?」

 

「ってあの子何時の間に!?」

 

ナルトが飛び出したコトの足をつかむ。

3人が空中でつながった。

私は思わず「やった!」とそう叫びかけて……ふと気づく。

 

 

確かに手は届いたしつながったけど、一体それがどうしたっていうんだ?

 

 

結局、ナルト(水面歩行未収得)とコト(半化の術継続)とイナリ(一般人)+ウサギ(?)は互いの手を放すことなくくっ付いたまま、仲良く一緒に荒れ狂う海へと落ちていった。

 

ポッチャーンという水音が酷く遠くマヌケに響く。

 

浮かんでこない。

 

「……え?」

 

「えっと……」

 

私たちがあまりの出来事に呆然としている間に、それは起こった。

海面が爆発した。

 

「うおおおおおおああああああああああああ!!!」

 

絶叫。

声は確かにナルトなのに、私はどうしても獣の咆哮を連想させた。

続けてチャクラ。

周囲の空気を一変させるほどのとてつもなく膨大なチャクラが噴き出していた。

しかも妙に禍々しい。

気づけば、大暴れしていたイカも、それを迎え撃っていたカカシ先生や再不斬もお互いにいがみ合っていたガトー一味や町民たちまで水を打ったように静まりかえっていた。

 

「……なんだこれは?」

 

いろいろ理解の追い付かない展開が立て続けに続いているが、今度と言う今度はもう訳が分からない。

 

「……ナルト?」

 

一体何が起こったのか。

事実だけを端的に言えば、ナルト達が海に落ちたと思ったら、海から禍々しい朱いチャクラを纏った超怖いナルトが獣じみた何かを叫びながら海を割って現れた。

その背中にはイナリとコト(とウサギ)がくっついているが、現在彼が猛烈な勢いで吹き出すチャクラに煽られてロデオのカウボーイのごとく揺られている。

吹き飛ばされていないのはコトが何やら術を発動させて必死に繋ぎ止めているからか。

 

うん、何処から突っ込めばいいのかすら分からない。

いやはやなんというか……さすが、コトを抑えて意外性ナンバーワンに輝くだけあるなぁ。

 

「…………こういうのをなんていうんだったか。キコリの泉?」

 

「全ッ然違う! ってか泉じゃないしというか悪くなって飛び出してくるとか逆だしもう意味わかんないしかもなんで海に立ってるのよついこの間まで木登りすら出来なかったはずでしょふざけんな!!」

 

なんかもういろいろとキャパオーバーしたらしいカナタの絶叫が、いつの間にか静まり返っていた周囲に大きくこだました。




貴方が落としたのは落ちこぼれのナルトですか?
それとも九尾のナルトですか?

はい、そんな感じでナルトも覚醒。
展開がかなり無理やりですが。

……シリアスって難しい。



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31話

遅れました。


いつからだろうか。

お前を化け物と呼ぶものが周囲からいなくなったのは。

いつからだろうか。

お前のことを友と呼び認める者が現れ出したのは。

 

 

 

そこは酷く寂しい場所だった。

まるで日の当たらない路地裏を思わせる細い通路。

天井は暗く空気はよどみ、殺風景な空間にあるのは封印によって固く閉ざされた巨大な檻がただ一つ。

 

その檻の中に尾獣・九尾は存在していた。

 

何もない檻の中ですることもない九尾はただただ思想にふける。

己を閉じ込める(ナルト)について思考を巡らせる。

 

ナルトの何かが変わったのだろうか。

変わったから、化け物じゃなくなったから、お前は化け物と呼ばれなくなったのだろうか。

友を得、認められるようになったのだろうか。

 

否、と九尾は否定する。

 

そんなはずはない。

檻の中で、ある意味ナルトの最も近い場所で観察していたからこそ断言できる。

ナルトは何も変わってなどいない。

変わらず弱く、落ちこぼれで、愚かで、そして化け物だ。

 

何も変わっていない、変わることなどできはしない。

 

むしろ今までが異常だった。

 

だから思い出そう。

化け物と呼ばれた頃に戻ろう。

憎しみのままに暴れまわろう。

そうするだけの理由が、力があるのだから。

 

このわしに感謝するんだな……小僧。

そしてこのわしを貴様ごときに封じ込めた。

 

四代目火影にな「きゃん!?」……??!?!?

 

 

「……あれ? ここはいったいどこ?」

 

 

淀んだ空気を吹き飛ばすように、あるいはその場の雰囲気をぶち壊すかのように。

文字通り空気を読まずに突如現れたその存在は、およそこの場所に似つかわしくないほどに白い少女だった。

 

 

 

 

 

 

九尾の妖狐。

太古の昔から存在する莫大なチャクラの塊であり、天災の一種にも数えられるほど強大で危険な怪物である。

尾の一振りで山が崩れ津波が立つと言われ、かつて木ノ葉隠れの里を襲った際は危うく里が壊滅するところだった。

当時、四代目火影は命を懸けてこの人知を超えた化け物を何とか生まれたばかりの赤子―――ナルトに封印することに成功しどうにか事なきを得たのだが……

 

 

「……ウソだろ……こんな時に」

 

ナルトがなんか海に落ちたと思ったら急に封印されていたはずの九尾のチャクラが漏れ出し、海面から飛び出してきた。

あまりの意味不明さにヤマトは思わず何もかもを投げ出してしまいたくなる。

 

「な、なんだこの朱いチャクラは……まさか!?」

 

「封印が解けたのか!?」

 

察しのいい者(再不斬)知っている者(カカシ)もそれぞれ気づく。

これこそがかつて木ノ葉を壊滅の危機に追いやった災厄、九尾のチャクラであると。

 

「な、なんなのこれ?」

 

「ナルト……お前はいったい……」

 

「あの発明バカ、とうとうナルト君まで魔改造しちゃったのかしら?」

 

「いや、いくらコトでもそれはありえない…………と思いたい」

 

「な、なんじゃ? 小僧に何が超起こった!?」

 

下忍であるカナタ達、一般人であるタズナなど知らない者達もわからないながらその恐ろしさだけはありありと理解させされていた。

カナタやマイカゼがらしくもなくオロオロした様子でヤマトの方を見てくるが、ヤマトはあいまいに言葉を濁すだけで何も言えなかった。

下忍に九尾の事情を話すことはできない。

 

(……落ち着け、まずは状況の整理だ。この事態は僕だけでなく誰にとっても想定外な出来事だったはずだ)

 

そもそもの問題として、仮に想定していたとしてその時の自分に適切な対処ができていたかと考えるとかなり微妙だとヤマトは思考する。

後手に回ることはどの道避けられなかっただろう。

 

ヤマトは瞬時に己の中のスイッチを切り替える。

部下の問題児に鍛えられた諦めと悟りの精神だった。

 

前提として九尾の解放は下手すれば、否、下手しなくても波の国が地図から消えてなくなるほどの一大事だ。

それなのに未だ波の国が無事だということは、裏を返せば九尾はまだ開放されていないということになる。

せいぜいが封印の隙間からチャクラが漏れ出しただけで、少なくとも完全開放はなされていないはずだ。

それでも多分に危険であることには変わりはないが。

特に感知忍術を発動しなくてもはっきり目に見えるほどの膨大なチャクラは鮮血のように朱く、また炎のように紅く、そして何よりも禍々しかった。

これだけ圧倒的なチャクラが九尾本体ではなく封印の隙間から漏れ出したほんの一部にすぎないというのだからつくづく九尾は化け物である。

 

完全に解放されたらと想像するだけでヤマトは震えが止まらなくなる。

理性で抑え込んでも本能が「危険」だと訴えてくるのだ。

 

「ぐるる……」

 

そしてそれはイカも例外ではなかったようだ。

朱いチャクラをまとったナルトをこの場にいる誰よりも、それこそ今まで自分を追い詰めていたカカシや再不斬以上の脅威であると本能で認識したらしい。

イカは触手を海面から持ち上げ先ほど大橋の支柱をへし折った時と同じように、投げ縄のように大きく振り回す。

遠心力によって加速した極太の触手は一切減速することなくナルトに向かって叩き付けられた。

 

「カッ!!」

 

しかし、大橋の支柱すらへし折るその一撃は、さらに上をいく圧倒的な力技によって薙ぎ払われることとなった。

 

「なん……だって!?」

 

「ええええええ!??」

 

固唾をのんでその光景を見ていた下忍一同は驚愕の声を上げた。

無論、ヤマトも顎が外れるんじゃないかってくらい口をぽかんと開けて驚いていた。

 

「チャクラだけで吹き飛ばした!? そんなバカな……」

 

「ナルト……お前はいったい…」

 

ナルトの非常識なまでの離れ業に一同絶句。

あんなことヤマトはもちろんのことヤマト以外の木ノ葉の上忍はおろか火影にだって不可能だ。

もはや忍術でもなんでもない。

 

「って、今のでイナリ君が吹っ飛んでる!?」

 

ナルトの常軌を逸したチャクラ放出が、振り下ろされたイカの触手だけでなく背中に張り付いていたイナリまで吹き飛ばしてしまっていることにサクラが真っ先に気づいて悲鳴を上げた。

 

「イナリ!?」

 

「っく!」

 

ヤマトは瞬時に木材を伸ばして空中に放り出されたイナリをキャッチする。

危ないところだったが何とか間に合った。

 

「イナリ君は無事だ。気を失ってはいるが命に別状はない」

 

「よかった……」

 

「さすがヤマト先生」

 

気を失っているイナリを頑丈な木の格子で作った壁で覆いつつヤマトはほっと安堵の息をつく。

実際、奇跡といってよかった。

あの九尾のチャクラを密着状態という至近距離で浴びておきながら無傷だなんて信じらない……というかありえない。

 

奇跡が起こった……などと考えられるほどヤマトは楽観的ではない。

間にいたコトが何かしたと見るべきだ。

盾として九尾のチャクラを一身に引き受けることでイナリを守ったのか、あるいは何か別の要因があるのか。

件のコトはというと今も相変わらずナルトにくっ付いたままだ。

ナルトが大暴れしてイナリが吹き飛んでいるにもかかわらず、身じろぎ一つせず何の反応も示さない。

 

(……九尾のチャクラにあてられて気絶しているのか?)

 

ありえない話ではない。

それどころかそうなって当然……なのにヤマトはどうしようもなくそうとは考えられなかった。

根拠こそないが、経験則からいってコトがこんな真っ当な理由で気絶するとかありえない。

むしろこの沈黙がまた何かしでかす嵐の前触れに感じられて果てしなく不気味である。

 

「うおおおおお!」

 

そんな不自然なほどの沈黙を保ったコト(+ウサギ)をくっ付けたまま、ナルトは四足歩行の獣みたいな姿勢で海を駆けた。

押し寄せる触手や津波はすべて避け、あるいは吹き飛ばしながらナルトはイカに向かって一直線の最短ルートを突き進み、その勢いのまま力任せにイカを殴りつける。

型も何もない、むちゃくちゃなパンチだった。

しかしそのアッパー気味に放たれたパンチは途方もなく重かった。

 

ズドン、と

 

ガトー一味の大砲の轟音にも匹敵する重たく鈍い音が海に響く。

 

「……うそだろ?」

 

殴られたイカの巨体が反動で宙に浮いた。

 

しかもナルトの猛攻はそれだけでは終わらない。

空中に浮いたイカを迎撃するべく、ナルトは吹っ飛ぶイカよりも速く海面を蹴り高くジャンプ。

 

イカの頭上をとらえたナルトはくるりと空中で一回転し、イカの脳天(?)めがけて踵を叩き付けた。

 

「――――――っ!?」

 

流星のごとき踵落としを受けたイカはなすすべなく再び海へと叩き落される。

ヤマトにはイカの声なんてわからないし、そもそも発声器官があるかどうかすら知らない。

しかしそれでも今の瞬間、イカの声なき悲鳴が聞こえたような気がした。

 

「な、なんでナルトがあんなに強いのよ……」

 

「…………成長期かな?」

 

「むしろ反抗期かも」

 

「両方とか?」

 

「「なるほど」」

 

「なるほど、じゃねえよ」

 

明らかに何も考えていない発言をするくのいち一同にサスケが全力で突っ込んだ。

 

「気持ちはわかるが思考を放棄するな!」

 

「そんなこと言われても……」

 

「考えたところで理解できるような次元じゃないし」

 

「もうナルトだけでよくないか?」

 

いろいろと感覚が麻痺してしまっているらしいマイカゼの主張にサクラとカナタは遠い目をして同意した。

 

「まずいんだよそれじゃ。このままだとナルトがイカにやられる」

 

ナルトさえいればいいじゃんというカナタの見解をサスケは静かな声で否定する。

写輪眼を開眼したサスケには他者には見えない別の何かが見えていた。

 

「なんで? 理屈はさっぱりだけどどう見てもナルトが優勢に見えるけど。理屈はさっぱりだけど?」

 

「気持ちはわかるが二度も言わんでいい。いいか、確かに一見優勢なのはナルトに見える。だがダメージがまるで通ってない」

 

「え?」

 

サスケはすっと目を細めた。

ナルトがイカを殴りつけるたびに、イカの身体が大きく波打っている。

柔軟な身体を伸縮させることによって衝撃を受け流しているのがサスケの写輪眼にははっきりと認識できるようだ。

ヤマトもサスケに言われてその事実を確認する。

 

「どうやらあの軟体動物、打撃には滅法強いらしいね。しかも…」

 

ヤマトたちが観察している最中、ナルトが再びイカに向かって拳を振り上げる。

だが。

 

「避けられた!?」

 

「っ速い!」

 

「信じられない、あの巨体であんな動きができるなんて!」

 

「だけど急になんで? さっきまではまともに食らってたのに!」

 

「ナルトの攻撃を完璧に見切りやがった!」

 

しかも、イカの行動はそれだけでは終わらなかった。

突如イカはナルトとは全く関係のない方向に触手を叩き付ける。

 

「なっ!?」

 

「なにぃ!?」

 

そこにはナルトに気を取られている間に隙を突くためひそかに連携忍術を発動させようと印を結んでいたカカシと再不斬がいた。

 

とっさに身をひるがえしたので触手は2人に直撃こそしなかったが、それでも発動しようとしていた術は中断せざるを得なかった。

 

「……今のは偶然か?」

 

「いや、そうじゃない」

 

カカシと再不斬を分断したイカはその隙に触手を振り上げ、例によって遠心力による加速をつけて振り下ろす。

今度はガトーの武装船と大橋の支柱を同時だ。

 

「っ!!? 白!」

 

「はい!」

 

狙いに気づいた再不斬が叫び、白が瞬時にそれに応える。

魔鏡氷晶による高速移動で船と支柱の同時攻撃を氷の盾で防ぎいなす。

 

何とか凌ぐことはできたが、それでもイカらしからぬクレバーな攻撃に再不斬は驚きを隠せない。

 

「こいつ……まさか」

 

「間違いない。さっきも奴は分かってて俺たちを分断したんだ……」

 

カカシの額から滴が落ちた。

決してそれは海水ではない。

 

ナルトの攻撃を完璧にいなし、カカシと再不斬の連携忍術を発動する前に察知し、即座にそれを妨害して見せた後、すぐさま船と支柱というこちらの急所に反撃してきた。

それを意味することはすなわち―――

 

「モロ学習してやがる……」

 

「生意気な……イカの分際で!」

 

驚愕の事実にカイザは慄き、ガトーは憤慨した。

ただ単に大きいだけの海生生物ではない。

 

「ナルト! 気を付けて、そいつ意外と頭いいわ!」

 

「無暗に突っ込んじゃダメだ!」

 

「うおおおおおあああ!!」

 

「ダメ! 怒りで我を忘れちゃってて、こっちの声が届かない!」

 

「ええい、ナルトの知能はイカ以下か!」

 

下忍たちの必死の呼びかけにも一切反応せずナルトはまたしても闇雲に突っ込んでいく。

対するイカは慣れたのか突進するナルトを触手一本で軽くあしらう。

慣れたというか、完全に舐められていた。

 

そんな態度のイカに、ナルトはますます怒りを深くする。

それに呼応するかのようにナルトから噴き出すチャクラはより一層その量を増し、より禍々しく変化していった。

心なしかその朱い色もより一層どす黒く変化しているようにも見える。

 

「……いや違う!」

 

その『赤』は九尾のチャクラじゃなかった。

ナルトの皮膚が火であぶられたかのように爛れてしまっている。

とうとう、ナルトの身体が九尾のチャクラに耐え切れなくなったのだ。

もう四の五の言っている場合ではなかった。

 

「こうなったらもうあの術を使うしかない」

 

重傷を負いながらそれでもイカに向かって愚直に突進し続けるナルトに、ヤマトはついに決断する。

 

実はまだ使いこなせていないとか未だ沈黙したままのコトとかいろいろと懸念材料が山積みだが、それでもやるしか手段がない。

 

「コト…頼むから……頼むから九尾を刺激しないでくれよ!」

 

ヤマトは巳の印を組んでそう念じる。

それは木遁を発動するためであり、どうかおとなしく気絶しててくれと願う祈りのポーズでもあった。

木を一気に足元から生やし、ナルトをからめとるべく伸ばしていく。

 

火影式耳順術(ほかげしきじじゅんじゅつ)廓庵入鄽垂手(かくあんにってんすいしゅ)

 

ヤマトの掌に『座』という文字が浮かび上がり、龍をかたどった木材がナルトから発生する九尾のチャクラを吸収する。

 

木遁は本来、九尾を完璧にコントロールして見せた初代火影の血継限界だ。

ヤマトの木遁も初代には及ばなくとも同じ能力である以上、九尾を抑え込むことは可能である。

 

ただし、それは理屈の上での話だ。

伸ばした木材が九尾のチャクラを吸収、封印しきる前に暴走するナルトが血まみれの腕でそれらを引きちぎってしまう。

 

(―――距離が遠すぎる!)

 

ヤマトはどんな場所でも木遁を行使できるように修行を修めていた。

土に地面だけでなくコンクリート製の橋の上だって十分に木をはやすことができる。

できるが……さすがに水面からは生やすことはできなかった。

身体から生やすにも限りがある。

故に海上でイカ相手に大立ち回りを繰り広げるナルトを縛るためには橋からわざわざ木材を延々伸ばすしかないが、そんな先細りの木材で九尾のチャクラは封じ込められるような代物じゃなかった。

 

封印するどころかかえって刺激して大暴れさせてしまい、絶望的な気分になりつつ、それでもヤマトは必死に理性を保とうと思考を巡らせ冷静に現状を分析する。

 

ナルトの暴走は止まらない。

 

イカは完全にこちらを翻弄している。

 

白は護衛船や大橋を守るのに手いっぱい。

 

再不斬も、カカシも、疲弊していた。

 

 

冷静に現状を分析したヤマトは確信した。

このままだと本当に負ける。

 

(いや、それどころか死ぬ!)

 

それもこんな、こんなわけのわからないDランク任務でイカ相手に?

 

ありえないと叫びたかった。

理不尽だふざけるなと憤りたかった。

しかし、それは間違いなくヤマトの上忍としての冷静な思考が導き出した避けようのない事実だった。

 

 

 

 

 

 

「ほへぇ~、じゃあ12年前に里を襲ったのは九尾さんが意図してのことではなく操られたからだったんですね」

 

「ふん、もっとも例え操られてなかったとしても暴れたがな」

 

「それは……致し方なしですよ。怖いからって勝手な都合で封印しておいて、平時は化け物扱いで忌み嫌っておきながらいざ戦争になったらこれまた勝手な都合で兵器として利用する……まともな理性と感性があったら普通に怒って当然だと思います」

 

何故、自分は呑気に会話などをしているのだろうか。

それも突然現れた小娘なんかと。

現実世界ではないナルトの心象世界の檻に閉じ込められている九尾はふとそんなことを考える。

 

小娘がこの空間に、檻のすぐ目の前に出現した最初のうちは物凄くビビっていたはずなのだ。

小さくなって震えるその姿はまさに狐に睨まれた小兎といった様子だった。

だが、いざ九尾が檻に閉じ込められて手出しができず何より人語を介し意思疎通ができると存在であると知った瞬間態度を一変させた。

最初は恐る恐る、次にそろそろと……気が付けば小娘の警戒心は跡形もなくなっていた。

打ち解けるのが早すぎる、本当に早すぎる。

 

あまりにも無防備、あきれるほどに不用心、少女を小兎に例えたがそれは間違いだった。

飼育され愛玩動物化された兎でももう少し用心深いだろう。

危機感が致命的なまでになさ過ぎる。

そして現在、小娘は檻のすぐ近くにちょこんとお行儀よく正座してとうとうと己の持論を語っている。

格子の隙間から爪を伸ばせば引き裂けるんじゃないかと九尾は思ったが、屈託なく笑っている小娘を見ているうちに殺伐とした思考を維持するのが酷くバカバカしく感じてしまう。

骨の髄まで平和ボケした、ものの見事に邪気のない……いっそ不自然なほどに透明な笑顔。

引き裂く気を失せさせるには十分すぎた。

 

九尾が内心そんなことを考えてげんなりしているとはつゆ知らず小娘は親しげに、真摯に言葉を投げかける。

 

「……ごめんなさい。木ノ葉のマークを刻む忍びの一人として正式に謝罪します」

 

「ふん、木ノ葉の代表にでもなったつもりか? 小娘の謝罪などいらん。同情など余計なお世話だ」

 

「同情とかじゃなくて、どっちかというと後悔に近いかもです」

 

「後悔だと?」

 

「はい、後悔です。私は九尾の妖狐がどのような存在なのか全く理解しようともしなかったことをとても後悔しています」

 

人間はすぐその場しのぎのウソをつく。

経験則で知っていた。

だからこそ、ウソに敏感な九尾は理解した。

小娘がウソをついていないことを。

前に似たような奴が他にもいたことを九尾は思い出す。

 

「私は九尾さんがこんな……こんな意思疎通が可能な理性と感情を持っているなんて考えもしませんでした。てっきり言葉の通じない天災のような存在だとばかり……恥ずべきことです」

 

「ふん……貴様ひょっとしなくても天眼の巫女の末裔だな」

 

「……天眼?」

 

「その奇特な思想に歪な写輪眼……同じだな。かつてのうちはウサギと」

 

そもそも、尾獣に『さん』なんて敬称を付け親しげに接してきた人間を九尾は他に知らない。

 

「そして白い姿はハゴロモによく似ている……分かたれた血が戻った結果か。千手とうちは、本来決して相容れぬ宿命の一族がよく交わったものよ」

 

「……よくわかりませんが、私の白髪はハゴロモ何某さんじゃなくて曾御爺様譲りですよ? それに相容れない宿命がどうとか言われても……」

 

首をかしげる小娘には本気で理解できないのだろう。

この世には決して理解しあえない存在があるのだということを。

だがそれも時間の問題だ。

 

無垢でいられるのは子供の時だけだ。

今こうしている間にも、現実ではナルトが憎しみの朱いチャクラを纏って暴れていることだろう。

 

「くくく……今はまだ理解できなくてもいい……だが小娘、いずれ思い知ることになるだろう。理性無き天災よりも悪意と憎しみを抱いた災害のほうが脅威だということに……」

 

九尾は今度こそ明確に殺意を込めた視線を小娘に放つ。

 

「小娘じゃなくてコトですよ? うちはコトです。最初に自己紹介したじゃないですか」

 

キョトンとした顔でそれを見返す小娘。

九尾の殺気は気づいてすらもらえなかった。

思わず九尾の殺意が薄れる。

まるで実態を持たない虚像を相手にしているかのような手ごたえ。

あまりの不毛さに殺意がどんどん薄れていき……

 

「……っ!?!?」

 

否、薄れていったのは殺意だけではなかった。

 

「これは精神空間に異常!? 現実でナルト君に何かあったんでしょうか!?」

 

淀んだ空気も、暗い空間も、蔓延した憎しみも、心象世界のありとあらゆるものが塗りつぶされるかのように、消しゴムでこすられた落書きのように掠れて消えていく……

 

「小娘ぇ、貴様いったい何をしたぁ!?」

 

「小娘じゃなくてコトです! それに私は何もしてません! 何でもかんでも私のせいだと思われるのは激しく心外……ってこのセリフ前にも……まさか九尾さんにも言わされるとは思わな、って待って! まだ消えないで! まだ聞きたいことが! 九尾さんを操っていたのって結局どこの誰だったんですか? 人語を解せるということは九尾さんにも名前があるのでしょう―――――――」

 

 

 

 

 

 

後に空野カナタは語る。

想像を絶するほど効いた、と。

 

 

 

「~観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄~」

 

カナタが一心不乱に唱えているのは所謂お経、それも般若心経と呼ばれるものだ。

本来は修行僧が悟りを開くため、あるいは艱難辛苦に苦しむ人々を救うための経典だが、忍びが唱える場合は主に封印が目的となる。

火ノ寺で忍僧が長年厳しい修行を積み重ねた末に体得するそれは仙術の才と呼ばれ、極めると強力な結界忍術に匹敵しうる代物だ。

 

なお、般若心経は火ノ寺由来のお経ではない。

カナタに祝詞や巫女の風習を教えたのはコトであり、コトは南賀ノ神社の巫女見習いであるが南賀ノ神社由来ですらない。

般若心経は日常経典と呼ばれる、いわばチャクラを用いない一般人のための経典なのだ。

忍術ではないので本来は直接的な効能などない……はずだったが、コトが無理やり忍術化したことで常道から大きく外れ、さらにそれをカナタが魔改造(アレンジ)したことにより盛大に化けた。

 

「~舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是~」

 

「見て、ナルトの暴走が止まった!」

 

「超効いとるぞ!」

 

コトが属する南賀ノ神社は封印に秀でた火ノ寺とは違い、封じ込めるのではなく浄化、解放を主眼としている。

うちはの巫女の祝詞は闇にとらわれた精神に癒しと安らぎを与え、怒りと憎しみからの解放を促すという。

そんな霊験あらたかな唄をコトは子守歌代わりに聞きながら育ったと知ったときヤマトは大いに納得した。

同時に浄化しすぎだと思いもしたが。

そんなおおよそ忍びらしくない、というか忍びには必要のない能力を継承する神社の巫女見習いだったからこそ、そんなコトが術化した般若心経も自然とそれに準ずる効力を発揮するようになった。

 

「~舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減~」

 

「……ねえ? カナタ」

 

無論、未だ修行中の見であり見習い巫女でしかないコトに大した浄化能力は備わっていない。

長年修業した末にようやくたどり着く境地なのだから当然といえる。

 

「~是故空中 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法~」

 

「あ、ガトーがうずくまってる」

 

「ちょっと、これはやりすぎじゃない? ナルト以外にも影響が……」

 

だからこそ、コトが遊び半分の暇つぶしで開発しただけの未完成なお経がこれだけの九尾の憎しみを吹き払うほどの浄化能力を発揮するのははっきり言って異常である。

つまり、カナタが異常である。

 

「全員、耳をふさげ!」

 

サスケがようやく異常さに気づき叫んだが、いろんな意味で手遅れだった。

 

ガトー一派の荒くれ武装集団が、

カイザとその仲間の自警団が、

憎しみの朱いチャクラを纏って暴れていたナルトが、

 

頭を抱えてのたうち回っていた。

皆、イカという共通の敵を前にしておきながら共闘できずにいがみ合っていた連中である。

 

そんな心がささくれ立っていた連中だったがカナタのお経を聞いているうちに次第に表情が穏やかになっていき真っ白になっていく。

 

カナタ本人は周囲の惨状に全く気付いていない、というより自覚がない。

 

「……そういえばカナタって」

 

「うん、カラオケでマイク握ると性格変わるタイプだ」

 

そう言いあうサクラとマイカゼの表情はとても穏やかだった。

 

「~無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽~♪」

 

「カナタ! もういいやめろ! これ以上はなんかまずそうな気がする!」

 

何とか正気を保っているサスケはカナタを止めようとするが、テンション上がったカナタは一向に止まる気配がない。

 

「~無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故~♪」

 

おそらく意図して出しているのではないだろうが、カナタが発声する甘ったるいアニメ声が幻術にも似た原理で鼓膜を介さず直接脳内に染み込んでくる。

耳をふさいでも意味がない。

耳どころか脳に直接砂糖をぶち込まれたかのような……決して不快ではない、不快ではないけど思わず身悶えしてしまう、なんとも言えない感覚が全身を包む。

 

「脳が……溶ける…っ!」

 

甘い、甘い、どこまでも甘ったるい空気が場を支配する。

 

しかもトリップ状態のカナタの曲調が変化してきた。

厳かな神聖なお経から、ポップでロックなラップ長に。

 

「~心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃~♪」

 

気づけば、ナルトの纏っていた九尾のチャクラはすっかりドス朱さを失い、温かみのあるオレンジ色になっている。

 

気づけばこの場にいる人間すべてが真っ白になって悟りでも開いたかのような表情になっていた。

ガトー一味やカイザ一派はもちろんのこと、カカシや再不斬までもだ。

 

例外として未だ正気を保っているのは生粋のうちは一族で幻術などに耐性があるらしいサスケと、カナタの担当上忍で歌を聞きなれているヤマト、あとイカのみという状況。

 

「~三世諸仏 依般若波羅蜜多故~ とくあのくたらさんみゃくさんぼDAI♪」

 

カナタは完全に調子に乗っていた。

もう限界だった。

ヤマトは無言で、ノリノリで唄い続けるカナタに近づいていく。

 

「ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー☆ ヘイ♪」

 

「ヘイ♪ じゃない!」

 

ヤマトは、傾いた橋にチャクラで張り付きながらブレイクダンスするという無駄に高度な離れ業を披露しているカナタの脳天に渾身の拳骨を叩き込んだ。

カナタはギャフン、というあまりにもお約束な悲鳴を上げてずるずると壁を滑り落ちていった。

 

後に空野カナタは語る。

調子に乗ってやった、反省しているけどできれば最後(サビ)まで歌い切りたかった、と。




ボーカロイドの歌の真髄は中毒性にある。

そんなわけでナルトではなくカナタ暴走回でした。
苦しいわけではないのに思わずのたうち回りたくなるような感覚。

……これが『萌え』だ。

という冗談はさておき伊達にコトの親友やってないってところを表現できていれば万々歳です。


よし、次はマイカゼかな……いつになるかな。


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32話

今回も遅れました。
定期投稿できる作者さんを僕は心から尊敬します。



だいぶ前の感想のコメントにて
『コトが木遁で草花しか出せないなら、ポケモンの技、つるのむちやはっぱカッター、リーフブレードなどを参考にした術を使ってみてはどうか』
という意見をいただいたことがあります。

今だから言いますが、非常に参考になりました。
ですけど、同時に甘いとも思いました。

何故つるのむちなのか。
何故はっぱカッターなのか。



くさタイプの技にはもっと凶悪な技があるでしょうに。


九尾さんともっと話したいという思いもむなしく私の精神は半ば引きはがされるようにしてナルト君の精神世界から放り出されました。

出会いが唐突であれば別れもまた突然、ということなのでしょうか。

中途半端というか、不完全燃焼というか、何もかもが自分の意図とは無関係に始まり無関係に終わってしまったことがどうしようもなくもやもやするのです。

せめて九尾さんの名前の有無くらい最初の自己紹介で聞くべきだったと後悔しつつ私が現実世界に帰還して、真っ先に感じたのは暖かさでした。

 

「これは炎? じゃなくてチャクラ?」

 

私の全身が明るいオレンジ色のチャクラに包まれています。

なんとなく炬燵の光に似ている気がしました。

一度入ったらなかなか出られない、眠気すら誘うような心地よさ。

いったい誰のチャクラなんでしょう。

色を見る限りナルト君のとも九尾さんのとも違う気がするのですが。

 

「あれ、でもナルト君の身体から噴き出しているということはぐぶがぼごぼおおあ!?」

 

「はっ!? 俺は今まで何をぐぶがぼごおお!?」

 

暖かさの次に感じたのは冷たさでした。

まるで炬燵に潜り込んでまどろんでいたところをいきなり外に放り出されたかのような感覚……ってここ、よくよく見れば海の上じゃないですか!

文字通りの意味で冷水をかぶったことにより意識が一気に覚醒します。

そうでした! 九尾さんとの邂逅のインパクトですっかり忘れてましたが、もともとイナリ君を助けようとしたナルト君を追って海に飛び込んだんでした。

で、現在なぜかイナリ君は橋の上にいて私とナルト君だけが海に取り残されていると……何が起こったんでしょう?

 

「というかナルト君が沈む! 私も沈む!」

 

「コトちゃん!? なんで俺たち海に……なんで急にデカくなるんだってばよ!?」

 

「あ、ようやく半化の術が解けました!」

 

「このタイミングでかぁ!? ってかどうでもいいから頭の上から降りろってばぐぶごぼぼ……」

 

 

 

 

 

 

「……お前はどこまでふざけるつもりだ?」

 

海であっぷあっぷしていたところをヤマト先生の木遁でUFOキャッチャーの景品みたいにナルト君ともども橋の上まで摘み上げられた後、サスケ君に言われた開口一番のセリフがこれでした。

 

「……心外です。私は決してふざけてなどいません」

 

「へぇ……ふざけてないのか」

 

「はい、いたって真面目です」

 

私としてはウソ偽りのない心からの言葉のつもりでしたが、案の定というかやっぱりというか、その言葉を聞いたサスケ君が爆発しました。

 

「だったら! その頭は何なんだ!?」

 

サスケ君の指が指し示すその先―――というか私の頭なんですが―――そこには色とりどりの花々が咲き誇っているのでした。

 

「頭はお花畑ですとでもアピールしたいのかよ!」

 

「そんなわけないのです! てか私そんなにお花畑じゃないし! れーせーちんちゃくだし!」

 

「ウソつけ!」

 

「ウソじゃないもん!」

 

なお、それらの花々は海の中で絡みついてきた、とかではなく私の旋毛から生えてきたものです。

見た目にはまるで頭の上に花瓶がのっかっているみたいです……私の身体にいったい何が起こったのでしょうか?

さらに言えばその花の上に小さい兎の雪ちゃんがの乗っかっているから絵面的には物凄く珍妙なことになっているのでしょう。

……客観的に見る限り、ふざけていると思われてもしょうがないですねこれ。

 

サスケ君の手前認めるわけにはいきませんが。

 

「私は無実です!」

 

「ああそうだな無実だな、まだ花で実はつけてないからな! 上手いこと言ったつもりかよこのウスラトンカチが!」

 

「言い訳をさせてください! これには深いわけがあるんです……のはずです。たぶん!」

 

何分偶発的かつ突発的な現象であるがゆえに詳しい理屈とか原因はさっぱりなわけですが、それでも仮説や推論の類が全く浮かばないわけではないのですよ。

何せ心当たりはありすぎるほどにありますからね。

 

原因はおそらくナルト君の発していたオレンジ色のチャクラ、浄化された九尾さんのチャクラです。

あの生命力に満ちた力強いチャクラを直に浴びたことにより、私の細胞が活性化され木遁が暴発した……というのはちょっと苦しいでしょうか?

いや待て。

 

「よく見てください。ヤマト先生の木遁も同じく影響を受けているのです」

 

私とナルト君を海から引き上げる際に触れたんでしょう、いつもはヤマト先生の性格をそのまま形にしたかのような几帳面な四角四面の形状を保っているはずの角材はその形状を大きく崩して無秩序かつ自然のままに枝葉を茂らせています。

私以外の物的証拠が目の前にある以上、私のとっさの推論(いいわけ)もあながち的外れというわけでもないはず!

 

「そう、つまりすべての原因はナルト君の中にいる九みゅん!? (ひゃ)ヤマト先生(ひゃまひょへんへ)!?」

 

「(コト、残念だがそれ以上はダメだ)」

 

「(なんでですか!?)」

 

「(九尾の存在は木ノ葉にとって最重要機密なんだ)」

 

「(ではせめて花についてだけでも言い訳を! このままだと私はみんなから空気の読めないおバカさんだと思われちゃいます!)」

 

「(ああ、それに関しては大丈夫だ)」

 

「(?)」

 

ヤマト先生はこちらの口をふさいだままこの上なくいい笑顔で

 

()()()は十分に空気の読めないバカだ」

 

「ひょんにゃ~!?」

 

 

 

「ひどいです……私悪くないのに、不可抗力なのに」

 

結局、私はその後何の言い訳もさせてもらえませんでした。

みんなからのバカな子を見るような視線が痛い……でも甘んじて受け入れるしかないのです……

 

「……なんでそこで赤くなるのよ」

 

「うぇ!? べ、別に赤くなってません! 気のせいです……そういうカナタこそ頭のタンコブはどうしたんですか?」

 

もしかしてイカにやられて……いたらタンコブですむはずがないですよね?

 

「こ、これには深いわけが……うん、お互いそんなことを気にしてる場合じゃないでしょ。うん、今はあのイカをなんとかしないと」

 

「? ……そうですね」

 

やや気になりますが、確かにカナタの言うように今はそんなことを気にしていられるような状況ではありませんね。

暴れるイカを何とかしないことには波の国に未来はないのです。

問題は味方の足並みが全くそろわないことでしょう。

特にカイザさん一派とガトーさん一派を何とかしないと

 

「これは波の国全体の危機だ。今はいがみ合っている時ではない!」

 

「そうだ、同じ国に住む同士として共に戦おう!」

 

何とか……

 

「今なら何でもできる気がする……こんな気持ち初めて」

 

「私たちの力を1つにすれば、もうイカなんか怖くない!」

 

……あれ?

なんかみんなの様子が…

 

「ガトーたちとカイザのおっちゃんたちがなんだかよくわからないうちに仲直りしてるってばよ……サクラちゃんたちも妙に顔つきが爽やかというか憑き物が落ちたみたいな……」

 

俺の意識がない間にいったい何が? とナルト君が疑問だらけの顔でこっちを見つめてきます。

そんな目で見られてもわかりませんよ。

私は思わずとっさにカナタの方を見ましたが、なんか目をそらされるし……

 

「……カナタ?」

 

「こ、これはあれよ。なんか奇跡が起こって絆が芽生えたのよ!」

 

「っ!? そ、そうだったのですか!」

 

「すげぇってばよ!」

 

「そうなのよ凄いことが起こったのよ……」

 

これは燃える展開なのです。

私も頑張らないと。

 

 

 

 

 

 

「……なんでそんなふざけた説明で誤魔化されるんだ……」

 

 

 

 

 

 

カイザさん一派とガトー一味が団結したことにより、一方的にイカにやられるだけだった戦況が変化してきました。

 

『ガトー操舵班は取り舵! 旋回してイカの側面に回り込め! カイザボウガン隊は矢を装填、ガトー大砲班の砲撃と同時に一斉射撃!』

 

発足した波の国連合(仮)の全軍の指揮を執っているのは意外なことにカナタです。

いや意外でもないのか。

彼女の忍法・拡音声の術を使えば隅々まで指示が届くのですよ。

スピーカーなしで声を大きく響かせるだけの単純な忍術なのに大活躍です。

Dランク任務で舞台に立った経験が活きましたね。

山中一族の秘伝であるテレパシー忍術『心伝心の術』と違い、味方だけでなく相手にも作戦とか筒抜けになるので対人戦闘には使えない手段なのですが今回の相手はイカなので問題なしです。

 

『白さん、今から3秒後に氷盾展開! カカシ先生と再不斬さんは5秒後に3時の方角に水遁発動! 薙ぎ払え!』

 

しかし、忍術で声色まで変えてノリノリだなぁカナタ。

作戦を考えている軍師役はあくまでヤマト先生であり、指揮官としての重責とかはないにしても物凄く生き生きしています。

荒くれだらけのガトー一派も、年寄り多数なカイザさんたち自警団も、誰一人として自分よりはるか年下の女の子に指示されていることに疑問を抱いていません。

カリスマ、というやつでしょうか。

 

「一応、人の上に立つ資質はある……ということなのかな?」

 

「いえヤマト先生、たぶんあればどっちかというと人の()に立つ資質だと思います」

 

つまりカナタは天性の扇動者(アジテーター)なのですよ。

偶像(アイドル)とか向いてるんじゃないでしょうか。

 

「……なんでこう僕の部下は忍びとは無関係なところばかり有能なんだ」

 

木遁で海面に足場を作りながらぼやくヤマト先生。

いいじゃないですか、別に忍びに関する才能だけがすべてじゃないですよ。

 

「それはそうとヤマト先生。そろそろ呪符を何枚か返してくれれば」

 

「ダメだ。コトはここを動くな」

 

すげなくそういうヤマト先生。

 

カナタは総指揮。

水面歩行ができるようになったサスケ君とサクラさん(一瞬でコツをつかみました……不公平通り越して理不尽です)はカカシ先生や再不斬さんと一緒に海面を走って遊撃。

海を走れないマイカゼやナルト君も白さんが海面に浮かべた氷や木遁を足場にすることで攻撃に加わっています。

皆頑張ってるのに私だけ「動くな」ってどういうことですか。

 

「私も何かしたいんですよ! 札さえあれば私にもできることが……」

 

「ダメったらダメ。ただでさえ綱渡りみたいな状況なのにこれ以上場をかき乱さないでくれ」

 

「そんなぁ~」

 

暗に、いや直接的に邪魔だといわれちゃいました……

いやまあ、理屈では理解できるんですが。

現状、イカとの戦局はわずかに押しているとはいえちょっとした要因でたやすくひっくり返るでしょう。

奇跡的に団結できたとはいえまだまだ油断なりません。

 

「仲間の足を引っ張らないのも立派なチームワークだ。大丈夫、コトの活躍の場はある。この戦いが終わった後、負傷者の治療のためにも今は札とチャクラを温存しておくんだ」

 

「了解です……」

 

ふがいない、こんなことならもっと戦闘用の忍術も練習しておくべきでした。

今更後悔しても遅いんですけどね、いや、遅いことはないか。

同じ失敗を繰り返さないためにも次は頑張りましょう。

 

そうこうしているうちに、再不斬さんの首斬り包丁がイカの触手をまとめて3本ぶった斬りました。

カイザさんたちのボウガンやガトーさんたちの大砲での牽制、ナルト君たちの陽動、カナタの指揮にヤマト先生の作戦、そのどれが欠けても無しえなかった一撃です。

まさにチームワークの勝利といえるでしょう。

少し複雑な気分ですが、本当に私の出番はなさそうです。

 

「ヤマト先生! チャンスですよ!」

 

「わかっているさ、このまま一気に畳みかけるよ。カナタ、合図を…………何っ!?」

 

ヤマト先生が驚愕に目を見開きました。

無理もありません。

 

「ああっ! 触手が……切れた触手がもう再生しています!」

 

どうやらあのイカは私たちが思っていた以上に厄介な難敵のようです。

少しくらいは怯むかと思ったのに、まるで応えていない様子でクレバーに暴れるイカを見て連合一同言葉を失っています。

 

「なんて奴だ……」

 

「……そういえば、カカシ先生の()()()()()()()()を受けた時もすぐに再生してましたっけ」

 

本当に何なんでしょうねこの超生物。

 

「つくづく化け物だな……こうなったらもう奴を海から引っ張り上げるしか……ってちょっと待てコト。今なんて言った?」

 

「? いやだから触手がすぐに再生……」

 

「そこじゃない! 教えてくれ、カカシ先輩はすでに雷切を使っていたのか!?」

 

「ライキリ……確かそんな技だったような……」

 

「いったいいつ……っ! いやそれよりも……何回使った?」

 

「ヤ、ヤマト先生? 目が血走ってますよ?」

 

顔近い近い!

急にどうしたんですか一体?

 

「そんなことはどうでもいい! それより早く答えるんだ」

 

「あ、あの時はいろいろいっぱいいっぱいだったので詳しくは覚えてませんが……確か5回くらいだったかなと」

 

小さい私や慣れない水上で動きが鈍いサスケ君を庇って、四方八方から迫りくるイカの触手相手に右手をバリバリさせながら大立ち回りを繰り広げたカカシ先生は活躍的にも物理的にも輝いていました。

さすがヤマト先生が自分より強いと認める先輩なだけありますね、すごく格好良かったですと私がそう言った瞬間、ヤマト先生が絶望の表情でその場に崩れ落ちました。

何故に!?

 

「ヤ、ヤマト先生?」

 

「……まずい、まずいぞ。このままじゃ……イカに勝てない」

 

「ええ!? でもさっきまでは十分に撃退できるって……」

 

言ったじゃないですか、とは続けられませんでした。

私がそう言い切る前に、戦っていたカカシ先生が力尽きたように動きを止め海に沈んだからです。

 

感情の読めないイカの目がギラリと鋭い眼光を放った気がしました。

 

 

 

 

 

 

「おいカカシ!? どうした!?」

 

「……すまない……」

 

「カカシィ!? ぐあっ!」

 

急に動きを止めて沈んでいくカカシに気を取られるというあまりにも大きな隙。

知恵が回るイカはそんな再不斬の隙を見逃しはしなかった。

 

「再不斬さん!」

 

大橋の支柱すらへし折るイカの触手による一撃をもろに受けて弾き飛ばされる再不斬。

白はすぐさま魔鏡氷晶による高速移動で救出に向かうが、それはガトーの武器商船を守りが手薄になる結果となった。

 

無防備になった武器商船に触手が叩き付けられる。

 

「うわああああああ!」

 

「ガトー社長! 船底より浸水! 止まりません!」

 

「このままでは沈没します!」

 

「ええい、いちいち狼狽えるでないわ! 貴様らそれでも海の男か!?」

 

もともと薄氷を踏むような危ういバランスで保っていた均衡だ。

一か所崩れるだけで、あっという間に崩壊した。

 

『各船員、船を反転! 危険水域を撤退したのち橋に乗り移れ! マイカゼとサスケ君は船の援護を! 何とか沈み切る前に全員脱出するんだ!』

 

カナタが必死に状況を打開しようと指示を飛ばすが、それすら悪手にしかならなかった。

 

連合を相手する場合、まずは頭をつぶすべし。

兵法の基本を戦いの中で学習したらしいイカは速やかに行動を開始する。

 

『ッ!? ヤバッ―――』

 

「木遁・木錠壁!」

 

間一髪、振り下ろされたイカの触手はカナタに直撃する前にヤマトによって阻まれた。

 

「危なかった……」

 

ちなみに身代わりになった木錠壁はバラバラに吹き飛んでいる。

明らかに一介の海生生物が出していい破壊力じゃないだろうと改めて思いつつヤマトは決断する。

 

もはやなりふり構っている場合ではない。

 

「コト! 札を返すからこれで船の救援に…………コト?」

 

いつの間にかコトがいなかった。

まさか、今の攻撃でどこかに吹き飛ばされたんじゃ……周囲を見回しているヤマトだったが、カナタがあっけらかんと答えた。

 

「あ、コトなら船が攻撃を受けた時すでに飛び出していきましたよ?」

 

「何ィ!?」

 

 

 

 

 

 

イカに船が沈められようとしているのを見て、私はほとんど無意識のまま飛び出してしまいました。

ほとんど反射的に懐に手を伸ばして、そこに呪符が1枚もないことに気づいて我に返りましたが、今更止まることなんてできません。

札がないなら、普通に印を結んで術を発動するまでです。

 

「―――子卯未酉戌申……」

 

術を呪符に込めず直接発動するのはずいぶんと久しぶりな気がしました。

故にこそ私は失敗しないよう丁寧に、しかしできる限り素早く印を結びます。

 

「コト! また勝手に―――」

 

後ろの方でなにやらヤマト先生が叫んでますがひとまずは無視ですごめんなさい。

 

「コト? お前何しに……」

 

「また勝手に飛び出してきたのか!?」

 

私が橋を渡って跳躍し船に乗り移ったとき、そこには同じように救援に駆け付けたマイカゼとサスケ君の姿がありました。

 

「……っ!? その印は!?」

 

マイカゼが驚きの声をあげます。

それもそのはず、今私が使おうとしているのは普段からよく使っている、しかし呪符なしでは今まで一度も発動に成功したことのない忍術なのですから。

だけど、気分が高揚しているせいか不思議と失敗する気がしません。

ナルト君のチャクラに包まれたときに感じた暖かさが胸の奥にまだ残っている気がしました。

 

―――巳!

 

「木遁の術!」

 

頭の花々がざわざわと動き出し袖口から青々としたつる草が生え、それにびっくりした兎さんが飛び上がります。

やっぱり! 思った通りできた!

 

「木遁!? でもそれって起水札と起土札を組み合わせないと使えないんじゃなかったのか?」

 

「そのはずだったんですけど、なんかできるようになりました!」

 

詳しい実験や検証ができてないので推測の域を出ないのですが、どうやら先のナルト君の九尾チャクラを浴びた影響で私の中に眠っていた木遁因子? 的なものが完全に目覚めたのが原因っぽいです。

もうこれからは札がなければ何もできない役立たずとは呼ばれない! ……かも。

 

「ふん、だが相変わらず花や草ばかりで『木』は出せないらしいな……」

 

「うぐ、そこには触れないでくださいよサスケ君」

 

確かにヤマト先生みたく木遁で木を操れたのであればこの場で船を修理するなんてこともできたんでしょうけど……私には無理ですごめんなさい。

天才ならざる凡人には得手不得手があるんですよ。

でもまあ、たとえ硬い木が出せないイコール何もできないというわけではないのですがね。

この世の全ての忍術は使いようです。

 

巫女服の袖口から飛び出した蔓をそのまま左腕に絡みつかせ、固定。

腕の先端に咲くのはラッパみたいな形をした大きな白い花です。

 

「木遁・百合鉄砲!」

 

花からプパパパパパッ、と軽快な音を響かせて勢いよく種が連続して飛び出しました。

狙いは当然目の前で船を襲っているイカです。

発射された種は過たずイカに命中しました。

 

「……全然効いてないぞ」

 

「そりゃそうだろう。文字通りの豆鉄砲だし」

 

「使えねぇっ!」

 

「いいんですよこの種はあくまで仕込みなんですから!」

 

「種だけに?」

 

「そう、種だけに……ってとにかく黙って見ててくださいよ!」

 

私は左手の百合の花を解除すると再び印を結びます。

ここからは今まで誰にも見せたことのない忍術です。

触手に植えつけられた種が一斉に芽吹きました。

生えだした植物の蔓がわさわさと蠢いて絡まりあい、触手を縫い合わせていきます。

 

「うお、これは!」

 

「触手の動きを封じた!」

 

ガトーさんの部下がはしゃいでいます。

もっと褒めてくれていいんですよ。

 

「名付けて木遁・宿木(やどりぎ)縛りの術!」

 

元ネタは『マダラの書(仮)』に記されていた突き刺した対象を内側から突き破る木の枝を放つ木遁・挿し木の術ですが、私のこれはそこまで硬くもなければ鋭くもありません。

習得難度が高いという以上に殺傷能力が高すぎて物騒極まりなかった高等忍術を私でも使えるよう適度にアレンジ、大幅にスペックダウンを施した結果せいぜい表面に絡みついて動きを封じるのが関の山という安心安全非殺傷忍術になりはてたのですが、それでも使い道はあるのですよ。

イカが触手に絡みついた蔓草を必死に振りほどこうとしていますが一向にほどける気配がありません。

 

「砕けないでしょう? そりゃそうですよね!」

 

ヤマト先生の木と違い私の蔓は硬くないから砕きようがありません。

柔らかいことは何も欠点ではないばかりではないのですよ。

九尾さんのチャクラの影響でより一層活性化されているのも相まって、そうそう千切れない強度になっているのです。

 

「コト。すごいな! 見直したよ!」

 

「ふっふっふ、もっと褒めてくれてもいいんですよマイカゼ?」

 

「……おいウスラトンカチ。そこで馬鹿笑いしてる暇があったら船を動かすの手伝え」

 

「サスケ君は意地悪です! ひとまず窮地は凌いだんですから少しくらい褒めてくれたって…………ってえええぇええっ!!?」

 

私はまだイカの執念を侮っていたようです。

なんとも恐るべきことにイカは触手が使えないと悟るや否や、身体ごと船に向かって突っ込んできたのでした。

 

「おい、まずいぞ!」

 

「このままじゃつぶされる!」

 

もともとが一般的な漁船をはるかに超える巨体のイカです。

確かにこの方法なら触手が使えなくても確実に船を海の藻屑にできるでしょうよ……なんてこったです。

 

「もうだめだ……」

 

「くそ! 俺はこんなところで!」

 

「ぶつかる―――」

 

イカの巨体が船に激突する……その瞬間に突然つんのめるようにしてイカの巨体が止まりました。

見れば、イカの後方でヤマト先生の長く伸びた木遁の手が、私の蔓をつかんでいます。

ヤマト先生と私の視線がぶつかり、交差しました。

言葉はありません、しかしそれでも私はヤマト先生の意図を正確に読み取りました。

私は印を結んで蔓を操作し木遁の手に絡ませます。

 

ヤマト先生も阿吽の呼吸もかくやという絶妙なタイミングで木の腕を高く跳ね上げました。

反動で蔓がビーンと張って伸び、木が大きく弧を描いてしなり……いうなればそれは天然素材の超特大釣り竿。

 

「これは……」

 

「名付けて、合同合作忍術・木遁・一本釣りの術!」

 

「正気か!? こんなものであのイカを吊り上げられるわけが……」

 

「確かに無理ですよ。ヤマト先生1人では」

 

サスケ君の言う通り、ヤマト先生だけではイカを吊り上げるなんて到底不可能です。

ですが……

 

 

『今こそ、波の国の英雄達の力を1つにする時! 引けえええ!』

 

 

「おおおおおお!!」

 

「イカに漁師の底力をモロ見せてやる!」

 

「超踏ん張れえええ!」

 

カナタの号令の元、カイザさんが、タズナさんが、橋に集結していた波の国の町民一同が一斉に竿をつかみ引っ張ります。

 

「私たちは1人じゃないんですよ!」

 

皆がいれば、私たちは負けないんです。

 

「俺も行くってばよ! 多重影分身の術!」

 

「私だって! しゃーんなろー!」

 

ナルト君やサクラさん、さらにはイナリ君まで加わった結果、じりじりとイカが引き上げられていきました。

当然、イカは暴れますが……

 

「野郎ども、ありったけぶち込め!」

 

ガトーさんの指示のもと、船員が大砲をバンバン撃ち込みました。

中には手に持っている剣や槍などを投げている人たちもいます。

もともと半壊状態で沈む寸前の武器商船です。

引き上げられない積み荷を全部使いきる勢いの大盤振る舞いにはさすがのイカも怯んだようで徐々に抵抗も少なくなっていきました。

 

「いける、いけるぞ!」

 

「よし、このまま―――何ィ!?」

 

いったい何度びっくりさせれば気が済むのでしょうかこのイカは。

 

「……っこいつ自分で触手を!」

 

「自切だと!? そんなことまでできるのか!?」

 

イカは蔓が絡みついていた触手を10本とも全部切り離したのでした。

いくら再生できるとはいえなんて大胆な!

いろいろと規格外な生物ですけど肝の座り方も半端じゃありません。

 

一応、蔓は胴体にも絡みついているはずなので拘束から完全に抜け出したわけではないのが幸いでしょうか。

イカとしても相当無理をしているのでしょう。

再生した触手は10本中3本しかなく、それも以前よりも一回りも二回りも細いです。

しかし、いくら細くなったとはいえ触手であることには変わりありません。

 

「武器を捨てて海に飛び込め!」

 

ガトーさんのその指示は悲鳴のように響きました。

文字通り身を削って放たれた死に物狂いの触手攻撃は今度こそ船を粉砕しつくし、私も含めた乗組員全員が沈む前に海へと脱出。

とりあえず船と一緒に木っ端みじんになった人はいないようで何よりですが、いよいよもって後がなくなってきました。

 

「……まずいぞ、あのイカ、船の次は釣り竿を壊す気だ」

 

私やマイカゼ、ガトーさんたちが仲間の無事を確認しつつ海に落ちてもがいているさなか、ただ一人水面歩行を習得していて海に落ちなかったサスケ君が暴れるイカを写輪眼で観察しています。

 

「確かにそっちもまずいでしょうけど、こっちも助けてください!」

 

特に腕を怪我しているガトーさんはうまく泳げないでいるらしく溺れそうで危ないんです。

 

いや、サスケ君の言う通り暴れるイカも無視していられる状況ではないのですが。

船からの妨害が消えた今、新たに生えた触手が自分を吊り上げようとしている釣り竿を破壊しようと3方から微妙にタイミングをずらしつつ襲い掛かります。

蔓の方は九尾さんのチャクラのおかげか切れる心配はなさそうですが、竿の方、ひいてはそれを支えるヤマト先生やナルト君たち町民一同はそういうわけにはいきません。

今攻撃されたら竿の跳ね上がる反動でまとめて海に投げ出されかねません。

とにかく触手をなんとかしないと……でもどうすれば……

 

再不斬さんと白さんが瞬身で現れたのはその時でした。

 

「ウラァ!!」

 

触手の攻撃をもろに受けて吹っとばされ満身創痍になっているにも関わらず、再不斬さんはその怪我の影響を感じさせない力強い包丁さばきで触手の1本を根元から切断しました。

切断された触手は遠心力によって明後日の方向に吹き飛んでいきます。

 

残る触手は2本。

 

「白、やれ」

 

「はい」

 

再不斬さんの命令を受けた白さんが速やかに反撃に移ります。

ただ、白さんのその背中にグロッキー状態のカカシ先生を担いでいます。

ちゃんと救出されていたことに安堵しつつも手が塞がっている状態で白さんはいったいどうやって触手を攻撃するつもりなのでしょう……ってえええ!?

なんと、白さんは右腕でカカシ先生を担ぎ、残った左腕だけで印を結び始めたのです。

いやそれは結ぶって言っていいのやら……というかそんなのあり!?

 

「秘術・千刃水晶!」

 

驚愕する私たちを置き去りにして白さんの水の刃は触手を瞬時に切り刻んだのでした。

 

『……片手の印とか……なんて非常識な!』

 

「……貴女にだけは言われたくないのですが……」

 

言霊使い(カナタ)の呆れたような声に白さんが突っ込みます。

もっともすぎる突っ込みですね。

 

「お前もな呪符使い」

 

よし、何はともあれ2本の触手を撃ち落としました。

しかし、それでも残り1本が止まりません。

 

再不斬さんも白さんもこれ以上の攻撃は間に合いそうにありません。

カカシ先生は動けない、ヤマト先生は竿を支えるのに手いっぱい、ナルト君もサクラさんも同様です。

ガトーさんたちの武器は残らず船と一緒に沈んでしまいましたし、私とカナタとマイカゼは海を走れません。

せめて同じタイミングで攻撃してくれれば先のように再不斬さんか白さんが触手を数本まとめて斬り飛ばすことも可能だったのに……ってまさかイカはそれを阻止するためにわざわざ時間差をつけて攻撃を?

 

「………もうダメです」

 

勝てない、と敗北を強くイメージしたその時でした。

 

「うおおおおおお!」

 

海面を蹴り、触手めがけて真っすぐに突っ込んでいく影がありました。

いえ、影という表現は的確ではなかったかもです。

何故ならその人の腕は眩いばかりに光を放っていたから。

 

目に見えるほどに極限まで一点集中されたチャクラ。

集中したチャクラが空気とこすれあって発生する『ヂヂヂヂ』という独特の音。

圧倒的なチャクラが肉体を活性化させることによって生まれる、爆発的な超スピード。

 

見間違えようがありません。

これはカカシ先生の―――

 

「雷切!」

 

まさに矢のごとし。

眼で追うことすら困難なほどのその超高速の突きは見事最後の触手を断ち切りました。

でもなんで?

 

「なんで? サスケ君がカカシ先生と同じ術を!?」

 

ま、まさかカカシ先生が最初に使ったのを写輪眼で見てコピーしたとか…?

そんなバカな!

いくら写輪眼があるからって……でもそうとしか……

 

……天才ってことなんでしょうね。

常識外れ過ぎてもはや感動しかないです。

 

『……よ、よし! イカの最後の悪あがきは今ので完全に封殺したわ! 者ども引けー!』

 

いち早く我に返ったカナタが再度号令をかけます。

 

その数十分後、ようやくイカの巨体は全て橋の上に引っ張り上げられたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら私は、私たちはまだまだイカを過小評価していたようです。

 

「……いったいいつから?」

 

「たぶん、自分の触手を10本とも自分で切り離した時、でしょうね」

 

「ああ、確かにそれ以外のタイミングはないな」

 

「……なんて奴だ」

 

皆、思い思いの表情で()()を見つめています。

乾いた笑みを浮かべる者。

悔しそうにする者。

怒りをあらわにする者もいますがそれはごくごく一部です。

大多数の表情は驚愕、そして呆然。

目の前の光景が信じられない、信じたくないという思いであふれていました。

 

「切り離した触手で変わり身とか……いったいどこでこんな小技覚えたのやら」

 

「さあ、どっか遠くの北の海で喧嘩友達のタコにでも習ったんじゃない?」

 

カナタが現実逃避気味に冗談を口にしましたが、誰一人として笑う者はいませんでした。

 

 

目の前に横たわっているのは長大な、しかしイカ本体からすればあまりに矮小な触手1本。

未だ活きてぴくぴく動いているそれが、それだけが私たち波の国連合の総力の、あまりにも割に合わない釣果でした。




「しょうがねーよな……サスケ……お前は特別だった……だがな俺はお前以上に特別だ」byイカ

……いや、本当はこんなはずじゃなかったんですよ。
ただ、登場するキャラ全員に見せ場を作ってあげたいなぁとか考えて、それに合わせて敵役のイカを魔改造していったら愛着がわいてしまっていつしかこんな怪物に……


なお、カカシ先生が雷切を5発使ってますけど、誤字ではないです。
コトの治療で全快以上に回復していたが故の数字です。
つまり、最初に合流した時点で「限界など、とうの昔に超えている」状態だったわけです。

あと、コトが千手の血統、即ち木遁を完全覚醒しました。
今後コトは札がなくても木遁が使用可能になります。
このためだけにわざわざ原作介入してまでナルトたちと行動させ九尾と邂逅させたといっても過言ではないです。

使用する木遁の元ネタですが……突然ですが僕はエルフーンが好きです。
伝説や600属なんかとは全く別ベクトルの強さ、ズルさを発揮するあの緑の悪魔が大好きです。

マダラの花樹海降臨(ねむりごな)なんかもそうですけど、くさタイプは単純なステータスや威力以外の要素で戦局を左右する技、ポケモンが多くて楽しいです。
術名、百合鉄砲か種魔神願かですごく悩んだんですよね。


あとは後日談を投稿すればイカ……波の国編は終了です。


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33話 ☆

大変遅くなって申し訳ありませんでした。

そして注意。

コトがいろいろ開き直ってます。
開花しちゃってます。

さらに今回、久方ぶりにイラストがあります。
見たくない人は挿絵を開かないように。


波の国の存亡をかけた『進撃のイカ』大戦(命名(カナタ))から3日ほどの月日が過ぎた。

終戦直後はもちろん巨大イカという共通の敵と対峙したことにより団結した私達波の国連合(仮)は逃げたイカを追うべく一丸となって捜索に励んだけど見つかるのは千切れた触手ばかりで逃げたイカ本体はついに発見できなかった。

これは後の調査で分かったことなんだけど、どうやらあのイカ逃げるときにこちらの探知忍術を阻害する墨を吐いて逃走したらしくて。

本当に最後の最後まで芸達者にも程がある忍びよりも忍びみたいなイカだったわ。

 

そんな感じで改めてイカの常識離れぶりに驚かされた形になったわけだけれど、何はともあれ波の国周辺の近海からは完全に姿を消したのは間違いなく、ようやく平穏と呼べる空気が戻ってきた。

退治こそできなかったものの、撃退には成功していると言えなくもないはず。

その点に関していえば間違いなく連合の勝利だと思う。

損害は非常に大きかったけど。

作りかけだった大橋は半壊しちゃったし、もともと崖っぷちだったらしい上に積み荷のほとんどを船ごと沈められてしまったガトーカンパニーも事実上の倒産が確定。

死者が出なかったことだけが不幸中の幸いなんだけどその分負傷者の数は甚大、重体患者3名。

ガトー側、カイザさん側双方ともに戦闘続行は不可能なほどに疲弊したことにより両者の抗争はなし崩し的に終結した。

 

ちなみに重体患者数名のうちの1人は木ノ葉の上忍はたけカカシ先生。

病み上がりの身体での写輪眼の酷使、限界を超えての水面歩行、口寄せ、雷遁などの大技連発は相当に負担だったみたいで。

3日たった今でも死んだように動かない……らしい。

動かないといえば、サスケ君の消耗具合も半端なかったわ。

写輪眼の初開眼、初水面歩行に加え、写輪眼初行使からの初コピーの千鳥(カカシ先生の触手を切り落とした雷遁忍術の正式名称。雷切は異名とのこと。チャクラ燃費極悪)初発動。

初めて尽くしの大盤振る舞いはさすがの天才サスケ君も骨だったみたいで戦いが終わって緊張の糸が切れたと同時にその場でバタンとぶっ倒れた。

重体患者の2人目よ。

 

はたけ先生とサスケ君が肩を並べて死んだようにベッドに横たわるその様は写輪眼の燃費の悪さとリスクを私たちに改めて思い知らせてくれた。

血継限界も楽じゃない。

 

そんな感じでイカ討伐にかかわったその場にいた全ての人が疲労困憊状態だったんだけど、その中で例外的に無駄に元気を有り余らせた奴らが2人いた。

他でもない木ノ葉の二大問題児うずまきナルト君とうちはコトよ。

もともとスタミナお化けだったナルト君は言わずもがな、ナルト君の朱いチャクラを浴びたコトも妙に身体が軽いとのこと。

いったいあの朱いチャクラは何だったのか……詳しいことはわからないけどとにかく2人は疲労で動けない人たちの代わりに治療やら物資の運搬やらの雑務を影分身や式神の人海戦術で精力的にこなした。

特にコトはヤマト先生に返還された札を使って「これが私の天職!」と言わんばかりにニコニコ笑顔でわけ隔てなく負傷者の世話を焼きまくった。

焼きまくって最終的に加減をミスってチャクラも札も使い果たしひっくり返った。

本人の言い訳曰く、閉じ方がわからず終始開けっ放しになっていた写輪眼のチャクラ消費を計算に入れ忘れたとのこと。

朱いチャクラを過信しすぎよ、つくづくアホの子よね~。

いや、それ以前に写輪眼が解除できないって……

 

 

「……血継限界も楽じゃないわ、うん」

 

「……? 何の話だ?」

 

「どうしたんですか急に?」

 

「いやこっちの話」

 

 

まあとにかく、少なくない犠牲を払った戦いだったわけだけれど、それでも得たものはあった。

今回の一件でかつてはいがみ合っていたガトー派とカイザ派は意気投合、完全に和解した。

敵の敵は味方、イカという共通の敵を相手に力を合わせて戦った私たちにもはや過去のしがらみなんて関係ない。

そう、これは連帯感が生んだ絆の奇跡なのよ!

扇動? 集団催眠? 知らないわね。

タズナさんとか一部の人間は当然ごねたけど、ガトーに「主戦力もないのに流通経路に穴開けようとするからだバカタレ」と逆に一喝された。

思えば、漁もできなくなってたんだっけ。

流通経路を開くことで頭がいっぱいで、実際に何を流通させるかは私も含めて誰も考えてなかったことにここに至ってようやく気付かされた。

何せ橋づくりに携わっていたのは大工に漁師、そして助っ人の忍びだけ。

商売の心得がある人が1人もいない……あのまま大橋を完成させて下手に流通経路を開通させてたら限界集落ここに極まれりな波の国は豊かになるどころか逆に過疎って自然消滅していたかもしれないと聞かされればさすがに沈黙するしかなかった。

その後私たちは橋の工事と橋が開通した後の経済戦略の構築を並行して進めていくことになる。

まあ、話をまるで聞かなかったタズナさんを殺そうとしたガトーの戦略は大概ギリギリ(でアウト)な過激なものばかりではあったけど、そのあたりはカイザさんとかが上手くバランスをとるのでしょうね。

話してみて印象がずいぶん変わったわ。

 

鬼人と謳われた再不斬(重体患者3人目。唯一イカの触手の一撃をまともに食らっちゃった人。バラバラになっていてもおかしくなかったのにさすが鬼人)もいざ蓋を開けてみれば単に強面なだけの仕事人だったし。

霧隠れの里長・水影暗殺のクーデターを企て、それに失敗して里を追われたというのが抜け忍になった経緯らしいけど……客観的に聞いた限りこの話はどう考えても水影が悪い、というかおかしい。

いや、おかしくなったというべきかしら。

もともとは徳の人だったはずのに、ある日を境に突然人が変わってしまったみたいに悪政を敷くようになったとのこと。

それこそ霧隠れの里がよそから血霧の里なんて言われてしまうくらいに。

そりゃ反乱も起こしたくもなるって。

いったい水影様に何が起こったのやら、何者かに()()()()()()()()()()()()()とかいうベタなオチはさすがにないだろうけど……

原因は気になるけど、血継限界の迫害なんてことも率先して行っていたらしい御乱心の水影に反旗を翻した再不斬はまさしく英雄だったそうよ。

迫害対象だった血継限界保持者は特に彼を熱狂的に支持し、幼少期に助けられたらしい白さんなんか崇拝の域に達している。

まあ、そうなるわよね、私も白さんの立場だったら感極まって一生ついていきますと言ってそう。

本当に人は見かけによらないわ、忍びならなおさら。

むしろコトとかナルト君みたいな単純明快に見たまんまな奴の方が少数派なのよ。

 

お互いにそんな思惑をさらけ出した結果、単なる利用しあう仲でしかなかったガトーと再不斬も和解、というより契約を延長。

 

「再不斬、残念なことに金は払えねぇ。積み荷が全部沈んじまったからねぇ……ただ働きご苦労だったな」

 

「……そうか」

 

「………俺を殺すか?」

 

「……イカを仕留めろという任務だった。達成できなかった以上金を受け取るわけにはいかん」

 

「……礼は言わんぞ」

 

「ふん」

 

ガトーと再不斬のそんな義理堅い会話がやけに印象に残っている。

もしかして、いやもしかしなくてもガトー……さんって依頼人としては任務内容を詐称したタズナさんなんかよりよほど誠実なのかもしれないとか思っちゃったわ。

 

意外な真実だった。

とどのつまり、腹を割って腸を見せあってみれば波の国のことを想っていない人なんて最初からどこにもいなかったのよ。

 

そんなこんなで全て、とは言わないまでもおおよそ理想的といえる結末を迎えたわけだけれど、それらの面倒ごとが片付くと今度はヤマト先生からのありがた~い罰則の時間と相成った。

そして現在、私とコトは度重なる命令違反の罰としてヤマト先生から拳骨とお説教のフルコースを食らった挙句、カイザ邸近くの森の中に作られた木遁結界・木錠牢の檻の中にぶち込まれて謹慎処分中。

今回それなりに成果を上げたから相殺できるかと思ったけそれはそれ、これはこれ。

残念なことにヤマト先生はこういう部分を絶対にうやむやにしないのよね。

 

「ここに入れられるのも久しぶりだな……」

 

「そうですか、私は割と頻繁に入れられてますが」

 

「反省しなさいよ」

 

檻はチャクラを吸収する特別な木材で構成されている。

さらには忍術の発動を阻害する術式が彫り込まれているから内部では一切の忍術が使うことができない上にチャクラをガンガン吸い取られる。

さらに中は非常に狭く床も硬いから内部環境は劣悪と言っても過言ではない。

まあ、謹慎用なんだから当然と言えば当然なんだけど。

 

「でもここに入っているとなんかこう、日常に帰ってきた~って感じがしませんか? ホッとするというかテンション上がるというか」

 

「ふむ、住めば都ってやつだな」

 

「そういうのは住めば都って言わないわ……」

 

全く、コトは相変わらず反省してないなぁ、というか感性が致命的なまでにズレてる。

テンション上がる云々の件は完全に思考が変態のそれだし。

全くしょうがない子ね。

 

…………さて、そろそろ突っ込もうか。

 

「なんでマイカゼまで(ここ)に入れられているのかしら?」

 

私やコトと違って、マイカゼは今回の任務においておよそ失態らしい失態はなかったと思うんだけど。

連帯責任? にしてもさすがに理不尽だし。

 

「あ~いや~……任務中は失態はなかったんだ、任務中は」

 

「任務中は、ってことはそれ以外で何かあったんですか?」

 

「………祝勝会があったんだ」

 

「うん、あったそうね」

 

「もともとイカを追っ払った後の事後報告会だったはずがいつの間にか宴会に化けたんですよね~。まあいいんですけどね、楽しそうでしたし」

 

私はそれを脱線とか無駄、とは思わない。

あの場で盃を交わしたからこそ、同じ釜の飯を食べたからこそ、ガトー組とカイザ組は分かり合えたんだから。

 

「そう、宴会だ。……宴会といえば無礼講だよな?」

 

「うん」

 

「はい」

 

「そして当然()()()()()が酌み交わされるわけだ」

 

「うんうん…………うん?」

 

「マ、マイカゼ? 貴女、まさかまた……」

 

「し、仕方がなかったんだ! 酔ったタズナさんが物凄い勢いでぐいぐい勧めてきて」

 

何やってんのよタズナさん……

 

「でもだからって貴女まだ12歳でしょうが!」

 

「ま、まあちょっとくらいならいいんじゃないですか? 私だって料理に使う分を味見したりしますし」

 

「で、どれだけ飲んだの?」

 

「……3」

 

「3杯?」

 

「いや、3瓶」

 

「飲みすぎだぁ!」

 

未成年でそれだけ飲んだらそりゃ檻にぶち込まれるわ!

 

ちなみにお酒だけじゃない。

実はマイカゼはこれまでにもこの手の『食』関連での問題行動を度々やらかしている。

かつて飲食店のバイ……Dランク任務中にお客さんに出すはずの料理を味見と称して鍋一杯平らげたことがあるのよ。

タダでさえ修羅場だったお昼のピーク時が一層地獄になったわ。

その時のマイカゼは反省すれど後悔の色は全くない、むしろ何かをやり切った後のような清々しい表情で「コトの料理の魔力に私は負けたんだ……」と宣った。

宣った直後にヤマト先生に拳骨を叩き込まれてそのまま檻にぶち込まれた。

 

「認めよう。私はお酒の魔力に負けたんだ……」

 

そう、今のように。

ただひたすら堂々と開き直ったマイカゼのその様は超淑女的態度、あるいはアホの骨頂である。

 

「……第九班にはバカしかいないのかしら」

 

「人のこと言えた口かカナタ? 何処の世界に戦闘中に急に歌いだす忍者がいるんだ」

 

「何よ。いるかもしれないじゃない! 忍界中探し回ればきっと私以外にもこぶしのきいた演歌をこよなく愛するラッパー忍者が………………」

 

「………………いるのですかね?」

 

「い、いるわよ。たぶん。1人くらいは! ってか、私のこれは別にいいのよ結果的にちゃんと役に立ったんだし!」

 

「いやだがあの状況だと結果論でしかないと思うんだが……」

 

「……なんだかんだ言って所詮は同じ貉の……いや同じ檻の中の仲間ですよね私達」

 

「だな」

 

「あんたらよりはマシよ!」

 

 

 

 

 

 

(3人とも大して変わんねぇよ!)

 

こっそり様子を見に来ていたヤマトは檻の中で盛大に寛いでいる部下(バカ)3人に頭を抱えていた。

まるで懲りてない……いやそれ以前に木錠牢の術が全く堪えてない!

由々しき事態だった。

確かに彼女たちはヤマト第九班に入ってから結構な時間を件の檻の中で過ごしている。

もちろん懲役回数トップはダントツでコトなのだが、カナタとマイカゼも結構な頻度でいろいろやらかすから総合時間的には大差ない。

大差ないがゆえに……3人揃って適応していた。

 

 

「そもそも、班員全員が檻に入れられているって状況がオカシイのよ! しかもなんか馴染んでるし。檻の中に馴染んだらだめでしょう……」

 

「さあ、それはどうでしょうか?」

 

「どういう意味よコト?」

 

「たぶんこれは罰であると同時にヤマト先生が私達に課した修行なんだと思うんですよ私! はっきり言ってくれませんけどきっとそうです!」

 

「そうなのか?」

 

「そうですよ。つまりこの檻もヤマト先生なりの愛なんですよ。愛の鞭なんです」

 

「そう言われると、そんな気も、しなくは………ないような??」

 

 

(あるわけないだろう……なんてアホな会話をしてるんだ)

 

まるで私室にいるかのように寛いでいるコトを呆れた目で見ているカナタだが、そういう彼女自身も結構リラックスしていて全く人のことを言えた口ではない。

そもそも、こんなやり取りができてしまっている時点で精神と身体に余裕がある何よりの証拠だ。

傍から見ればコトとカナタの違いなんて自覚の有無程度である。

いや、さすがに3人とも自分たちが問題児であるという自覚が全くないというわけではない。

ただ、自覚したうえでそれぞれ内心で「他の2人より自分はマシ」とか考えていることが大問題だ。

団栗の背比べの悪い見本状態である。

 

当たり前だが、ヤマトにコトが言うような意図は全くない。

修行とか愛とか絶対ない。

最初はこんなんじゃなかったし、こんなはずでもなかった。

じっとしているだけでも疲弊する過酷な檻の中でもう二度と同じ失敗を犯さないように反省させるのが狙いだった。

それなのにいつの間にか3人ともチャクラを吸い取る結界を張り巡らせた檻の中であっても平気でいられるようになってしまっていた。

並みの忍びだったら数時間でチャクラが枯渇状態になるはずなのに、なんでこうなった。

繰り返すごとに慣れて耐性がついてしまったのだろうが、果たしてこれは成長と呼べるのか……激しく微妙だ。

かといってこれ以上に罰をきつくすると虐待や拷問の域に足を突っ込みかねない。

ままならない。

 

「ですから、お説教も拳骨もちゃんと私たちを見てくれている証、愛情なんですよ。ナルト君だってイルカ先生に怒られたいって心のどこかで思っていたからこそああも悪戯を繰り返したんです。私にはわかります」

 

「そ、その気持ちはわからなくはない…のか?」

 

「まあ、本人は決して認めないでしょうけどね。ほ~ら、そう考えると拳骨もお説教も罰則もだんだん嬉しく楽しく気持ちよく……」

 

「嬉しく…楽しく……気持ちよく………なってたまるか!」

 

弱冠、コトに圧されて呑まれ気味だったカナタが我に返って爆発した。

 

「百歩譲って叱ってくれるのは愛情だとしても、それで気持ちよくなるのはどう考えてもおかしいでしょ! ナルト君はそんな変態じゃない!」

 

「え~?」

 

「え~? じゃない! ってか、ついに開き直ったわねこの子」

 

「もともとその片鱗はあったがな……開眼したのは写輪眼だけじゃなかったか」

 

「私はもう自分を偽ったりしないって決めたんです! たとえ私がどんな風になっても一生仲間で友達だってナルト君が言ってくれたから! キャ~♪」

 

「ナルトはそういう意味でいったんじゃ……ってか、クネクネするな咲かすな散らすな!」

 

「頭お花畑が比喩になんない……頭が痛いわ……」

 

「頭が痛いのはこっちだ……」

 

「うぇえ!? ヤマト先生!?」

 

さすがに黙っていられず飛び出したヤマトの姿に3人は口々に「いたんですか!? いったい何時から…」「ひょっとして話聞かれた!?」などと驚きをあらわにしつつ慌てて身なりと姿勢を正す。

そしてビクビクと身を縮こまらせ、戦々恐々といった様子で上目遣いにヤマトを見上げる……のだが、明らかにコトだけ戦々恐々の意味合いが異なる視線を向けていた。

恐い、だけどちょっと楽しみ……まるで何かを期待するかのような感情のこもった視線が花びらの隙間から覗いている。

いろんな意味で開花させてしまっている。

ヤマトは引いた。

コトは本当になんでこんな風になってしまったのか。

心当たりは……残念なことにいっぱいある、過去が過去だし。

幼少期の多感な時期に家族を失い、絶望を知り、孤独を味わった。

歪まないほうが不自然だろう。

どれだけ人畜無害であっても、どれほどに純真無垢に見えても結局のところコトは碌な育ちをしていないのだ。

尤も、同じ境遇であるはずのサスケとはずいぶんと趣の異なる歪み方をしたみたいだがこれは性格や性質の差だろう。

まあ、下手に復讐とかクレイジーサイコなんちゃらとかに走るよりははるかにマシ…………なのだろうか?

わからない、マゾ変態か復讐不良か2つに1つとか究極の選択すぎる。

 

 

ちなみにヤマトは自分自身も大蛇丸の実験体あがりの元暗部という碌な出自ではないことに自覚はない。

どんな境遇にも歪まない揺るがない大柱の精神を持ってしまった男、ヤマトは生まれながらの常識人であり苦労人である。

 

 

「……ハァ」

 

ヤマトは深い深いため息をつくと、印を結んで木錠牢の術を解除した。

 

「あれ?」

 

「……3人ともお仕置きはもう終わりだ。よってこれより橋づくりの任務に復帰する」

 

「へ?」

 

いきなり解放された3人は戸惑いの表情を浮かべるが、ヤマトはあえてそれを無視して一方的に宣言する。

 

「も、もういいんですか? いつもだったら……」

 

「いいんだ。2度言わせるな」

 

「「「ハ、ハイ!」」」

 

正直、この子たちをずっと檻に閉じ込めておくのは時間と労力とチャクラの無駄だ。

 

(………どうしたんだろヤマト先生。いつもならガチ貫徹コースなのに)

 

(ただでさえ橋が半壊して工事が後退したんだ。単に人手不足ということじゃないか? このままじゃいつまでたっても橋が完成せず木ノ葉に帰れないわけだし)

 

(それももちろんあると思いますけど、きっと私たちにチャンスをくれたんですよ。今までの失態は工事で頑張って取り返せっていう無言のメッセージなんですって!)

 

(そうか……そうだな。コトの言う通りだな)

 

(今度こそ調子に乗らないように気を付けないと。冷静に……クールに)

 

背後でのこそこそとした小声の会話を聞いてヤマトは思わず乾いた笑いが漏れた。

ポジティブだなぁ……というか、我ながら嫌われてもしょうがないレベルの体罰やお仕置きを執行している(無論最初からそうだったわけではなく徐々にエスカレートしていった結果である)はずなのに一向に好感度が下がらないどころかむしろ上昇しているのはどういうことなんだろうか。

 

あれこれ理由や仮説が脳裏に浮かんできたが、次第にバカらしくなってきた。

 

「そういえば、タズナさんが完成した大橋には橋づくりに一番貢献した人の名前を付けるって言ってたよ」

 

「そうなんですかヤマト先生?」

 

「ってことは、私たちが頑張ったらカナタ大橋とかコト大橋とかになるのね……ちょっと恥ずかしいかも」

 

「自分の名前が後世に残る……悪くないな」

 

さっきまで叱り叱られる関係だったとは思えないほどにあっさり打ち解ける様に、ヤマトは考えるのをやめた。

たぶんこういうのは理屈じゃない。

ヤマトは今後も彼女たちを叱り、拳骨を振り下ろし、拷問まがいの罰則を課したりを繰り返すだろう。

しかしそれでもヤマトのことを嫌いになることはないだろうと確信できる。

 

「ナルトとサクラがすでに助っ人として参加している。僕らも遅れを取り戻すよ」

 

「「「ハイ!」」」

 

彼女たちがヤマトのことを嫌いにならないのと同じく、ヤマトもまたどれだけ振り回されても彼女たちのことを嫌いになれないのだから。

 

 

 

 

 

 

「おかげで橋は無事完成したが……超さみしくなるのォ」

 

時刻は早朝。

私たちヤマト第九班とナルト君たちカカシ第七班は任務を終えて木ノ葉に帰るべく完成したばかりの大橋の入り口に集合していました。

見送りに来てくれたのはそれぞれの依頼人であるカイザさんとタズナさん、イナリ君にツナミさんに加えてガトーさん、再不斬さん、白さんです。

ほんの数週間前までは敵同士だった彼らが肩を並べているところを改めてみると、なんというか感慨深いものを感じます。

打ち解けられて本当に良かったんですよ。

 

「お世話になりました」

 

木ノ葉を代表する形でカカシ先生が言いました。

ちなみにカカシ先生は滞在中かなりの時間を寝て過ごしてますので「お世話になりました」は社交辞令でも何でもない厳然たる事実だったりします。

やっぱり写輪眼は用法、用量を守って計画的なご利用をしないとですね。

 

「まあまあ、タズナのオッチャン! また遊びに来るってばよ!」

 

「ぜったい…か…?」

 

打ち解けたといえば、この2人は本当の兄弟みたいに打ち解けましたね。

ナルト君とイナリ君が互いに見つめあって目をウルウルさせています。

木ノ葉丸君もそうでしたけど、ナルト君って年下の子供には特に懐かれやすいんですよね。

カリスマ……ではなく単純に人柄のなせる業なのでしょう。

ナルト君の周りには自然と人が集まるのです。

 

 

さて名残惜しいですがそろそろ本当にお別れの時間です。

 

「また、会えますかね」

 

「忍びとして活動していればおのずと巡り合うだろう。運が良ければ知人として、悪けりゃ敵としてだがな」

 

「ま、それならとりあえず幸運を祈っておきますか」

 

「カカシ……結局、お前とは再戦の機会がなかったからな、いずれ白黒はっきりつけてやる」

 

言葉を交わす人、言葉を交わさない人。

 

「最初に依頼をしたのがあんた達で本当に良かった……あんた達は波の国の英雄だ」

 

「あんた等がいなかったら、橋の完成どころかワシは今頃ガトーに超殺されていたじゃろうよ」

 

「私としては死んでくれた方がいろいろやりやすいんだがねェ」

 

「なんじゃとぅ!?」

 

「こら、2人とも喧嘩しないの!」

 

馬が合う人、合わない人。

 

「再不斬さん! 次あったらまた指導お願いします!」

 

「な!? マイカゼ! 貴女いつの間に……」

 

思いも行動も皆それぞれバラバラで。

 

「イナリィ…お前ってばさみしんだろ~…泣いたっていいってばよォ!」

 

「泣くもんかァ! ナルトの兄ちゃんこそ泣いたっていいぞ!」

 

「………(ぶわぁ)」

 

「―――(どわぁ)」

 

「(ったくごーじょっぱりィ!)」

 

「(ふん)」

 

「……じゃあな」

 

「どうかお元気で」

 

「はい、いつかまた必ず会いましょう!」

 

偶然かもしれない、共通の脅威を前にして仕方なく肩を並べただけかもしれない。

でも、それでもあの時の私たちは確かに同じ方向を向いていたんですよ。

 

「はい、いつかまた必ず!」

 

必ず、会ってまた一緒に。

 

 

 

 

 

 

行っちまったか。もう泣いていいぞイナリ。

何、また会えるさ。

何せワシらは変わったからな。

あの子たちが、決して交わることのなかった人々の間に理解という名のかけ橋が架け、理解は和解につながって、そしてとうとう絆へと昇華した。

あの子たちは“絆”というなの“希望”への架け橋をワシ等にくれたんじゃ!

 

架け橋か……橋って言やぁこの橋の名前は結局何になったんだ?

 

それはもう決まっておる、『ナルト大橋』じゃ!

 

まあ、妥当だろうな。もともと一番橋づくりに貢献した奴の名前を付けるって約束だったし。

 

うむ、確か『たじゅうかげぶんしん』じゃったかの……個人の頑張りや技量で覆せる物量差には限度があると思い知らされたわい。

 

……いいのかそれで?

 

いいんじゃよ。フフ…この名にはな、決して崩れることも曲がることもない、そしていつか世界中にその名が響き渡る超有名な橋になるようにという願いが込められているのじゃよ。

 

そんな大層な名前かねェ……

 

無論じゃ、何せ………未来の火影の名前じゃからな。

 

 

 

 

 

 

おまけ。

木ノ葉一行の道中会話。

 

「それにしても、今回の任務は本当に忍者という存在について考えさせられる任務だったわ」

 

「橋づくりに始まって、いつの間にか用心棒やってて、最後にはイカだもんなぁ……」

 

「本当、忍者って何なんだろうって何度思ったことやら……」

 

「カカシ先生。忍者ってこういうものなの?」

 

「ま、ある意味そうだな。忍びってのは任務をえり好みしちゃあいけない。仕えたくない人に頭を下げなきゃいけない時もあるし、戦いたくなくても戦わなきゃいけない時だってある、殺したくない人を殺さなきゃいけない時もでてくるだろうし、逆に憎い相手とも手を組まなきゃいけない時もある……忍びは自分の存在理由を求むるべからず。感情のないただの国の道具であれ。忍び共通の理念だ。霧でも……ま、木ノ葉でもな」

 

「本物の忍者にになるって本当にそういうことなのかなぁ…」

 

「あんたもそう思うのか?」

 

「んーいやな、だから忍者ってやつはみんな知らず知らずそのことに悩んで生きてんのさ……再不斬や、白君だって同じだろう」

 

「みんな同じなのね……」

 

「きっと再不斬も、自分は何をやってるんだろうとか苦悩しながら畑で芋ほりしたりおでんの屋台を引っ張ったりスーパーで客引きしたり保育園で赤ちゃんあやしたり舞台でヒーローに変身したりした時代があったんだろうなぁ……」

 

「どんな任務もやり遂げる。たとえそれが土木工事だろうが、イカ退治だろうが……それが本物の忍者になるってことなのですね」

 

「……それは……なんか違うような」

 

「なんかさ! なんかさ! 俺ってばそれやだ!」

 

 

「…………ヤマト、お前は…」

 

「仕方ないんですよ! 火影様曰く、他の班がえり好みする分のしわ寄せが全部うちにきてるらしくて……」

 

「……いやだからって……そんな任務普通嫌がられるだろう?」

 

「嫌がらないんですよこれが、大概問題児の癖してこういうところは素直で真面目なんです」

 

「……良い子すぎるのも考え物だな」

 

 

「よし、今決めたってばよ! 俺は俺の忍道を行ってやる!」

 

 

「……ナルト、お前が俺の部下でよかった」




―――偶然かもしれない、共通の脅威を前にして仕方なく肩を並べただけかもしれない。
でも、それでもあの時の私たちは確かに同じ方向を向いていたんですよ。

【挿絵表示】


というわけで、波の国編完結を記念してイラストを描きました。
今回遅れた原因の半分くらいがこれです。
総勢11人、多いよ。
本当はこれにさらに、ガトーとかカイザとかタズナとかも加えたかったんですがギブアップ。
これ以上遅れるのもさすがにまずいのでモノクロで。
カラーは無理でした。

あと、全員額当てを外しています。
この連合に所属を示す記号は不要です。

なお、この二次創作の方針として、悪いキャラは登場させないつもりです。
逆アンチ・ヘイトといいますか、原作で悪人として登場したキャラも今回のガトーみたくキャラ崩壊しないギリギリの範囲で浄化する予定。


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閑話 その3

最新話が投稿されていると思っていざ開いてみたら本編じゃなくて番外編だった時のがっかり感はないよなぁ、と個人的に思ってます。

だからこそ、次閑話を投稿する時は、本編と合わせて連続投稿しようと画策していました。
……まあ、それで遅れたら意味ねえよなんですが。

そんなわけで閑話で連続投稿の2話目です。

最新話から来た人は注意を。


ヤマト第九班の面々が檻から解放されてしばらく経ったある日のこと。

(はく)は己の不用意な発言を若干後悔していた。

 

「カナタそこの配線はこっちにつなげてください……あ、ナルト君そこは素手で触っちゃダメです!」

 

「うお、なんかビリッと来たってばよ!」

 

「ちょっとナルト、デリケートなんだから気をつけなさいよ!」

 

橋づくりがそれなりに軌道に乗ったことで生まれたちょっとした休日の自由時間。

その自由時間を利用して木ノ葉の下忍たちがわらわらと寄ってたかって作り上げているのはなにやら巨大なガラス製の円柱に数え切れないほど配線がつながった異様な雰囲気を放つ謎の装置。

 

「ああ、なるほど……このケーブルの1本1本が疑似的な経絡系になるわけね」

 

「あ、やっぱりサクラは分かる口か。頭いい人はいいよなぁ。私には何をしているのかさっぱり理解できない」

 

「マイカゼはそれでいいのよ。理解できたっていいことなんてないんだから……っと、これで一応、体裁は整った……のかしら?」

 

「うーん、回路とかがむき出しなのが個人的に気になりますけど……ありあわせの張りぼてならこんなもんですかね」

 

出来上がったそれを見てうなずいているのはこの企画を突発的に発案した主任開発者うちはコトだ。

 

「で、結局なんなんだこれは?」

 

ぶっきらぼうに尋ねるサスケに対し、コトはよくぞ聞いてくれましたとばかりに満面の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

事の起こりは、数時間前のコトとのちょっとしたやりとりだ。

 

「じゃあ白さんはその頃からずっとユキちゃんと一緒なんですね」

 

「ええ、再不斬さんに拾われる前からの大事な家族です」

 

そういうコトは小ウサギのユキをずっと抱きしめている。

抱きしめられているユキもされるがままだ。

臆病なユキが僕と再不斬さん以外の人間にここまで懐くのはとても珍しい……なんてことは特にない。

臆病で寂しがり、だけど好奇心旺盛で人懐っこくいったん慣れると誰にでもすり寄っていく。

人肌恋しいのか誰かとくっ付くのがとにかく大好きで、気に入った人がいれば四六時中へばりついて離れない、それがユキだ。

カナタはそれを見て「コトが増えたわ……」と苦笑する。

 

「どういうわけかナルト君にだけは最初は寄り付きませんでしたけどね。どんな相手にも好かれる性質も動物は例外ということなんでしょうか? 中にいる九……ごにょごにょさんが威嚇しているとか?」

 

「さあね。出会い頭に手裏剣でも投げつけたんじゃないの?」

 

「まさかぁ~。ナルト君がそんなことするわけないじゃないですか」

 

「そ、そそそそうだってば! そんなことするわけ、ってか今はもう打ち解けたんだし気にすることないってばよ!」

 

「それもそっか~」

 

「アハハハハハ」

 

そんな風に笑いあうコトとカナタ、冷や汗を流して目が泳いでいるナルト、そして3人の中心でよくわかってないユキが無邪気に飛び跳ねてる光景はなかなかに危ういものだった。

 

平和とは薄氷の上に築かれるものなのだと白はなんとなく実感した。

 

 

「雪の国のウサギさんは夏でもずっと白いままなんですね。私も一緒ですよ~生まれた時から真っ白です」

 

白が回想している間もコトはモフモフとユキの身体に顔をうずめている。

どちらも白いから傍から見るとまるで一体化したかのようだ。

……改めて両者の性格的外見的特徴が非常に似ていることに白は気づく。

 

「似た者同士気が合うわけですね」

 

種族は異なっていてもまるで姉妹のように戯れるコトとユキを白は微笑まし気に眺める。

 

(私からすれば白さんもその“似た者”の1人なんだけどね)

 

そこから一歩離れた場所で妹達を見守る姉みたいな眼で2人と1匹を見つめているカナタ。

わざわざ指摘はしない。

こういうのは自覚がないからこそ価値がある。

 

「そういえばユキちゃんが雪の国生まれってことは、白さんの故郷も雪の国なのでしょうか?」

 

「そうですね、といっても母の一族がその国の生まれだったというだけで僕自身は訪れたことはないのですが」

 

「ふむふむ、だから氷遁が使えるんですね」

 

コトは納得した様子で頷いた。

雪の国は北の果てに位置するその名のとおり一年のほとんどを雪に覆われた非常に寒い国だ。

当然氷など珍しくもなく、その国の忍びも自然とそれを操る忍術を発達させていった。

だからこそ、里を抜け出した母の一族―――雪一族はそんなありふれた忍術が、まさか他里では血継限界であり迫害されるほどに希少だったなんて夢にも思わなかったのだろう。

 

「国が変われば常識も変わりますから……それにしても里の忍びのほぼ全員が氷遁の血継限界持ちとは……何か土地に秘密がありそうです」

 

「特別なチャクラが集まる霊峰、もしくは龍脈があるのかもね」

 

「いつか行ってみたいですね」

 

木ノ葉から遠く離れた神秘の土地に夢をはせるコトとカナタ。

 

「特別なチャクラ……そういえば母から聞いたことがあります。雪の国にはなんでも虹色に輝くチャクラの言い伝えがあるのだそうです」

 

「虹色!? それは……どうやって発生させるのでしょう?」

 

ユキを抱きしめたまま、コトは白が聞き取れないほど高速かつ小声で何かをつぶやき始める。

 

「チャクラの色は通常個人で固定されているから後天的に色を変えるなんて……他人のチャクラを取り込めばあるいは……いやでもそれじゃ混ざって混色になるだけだし。何かしらの外部要因で放出されたチャクラが回折、あるいは乱反射……」

 

こうなるともはや誰もコトについていけなくなる。

 

「う~ん、謎だってばよ」

 

ちなみにナルトも当然のごとくついていけなかったのでとりあえず理解しているふりのためにうんうんと頷いていた。

 

しばらく黙考すること数分、コトはひとまず思考がまとまったらしく頭にパッと花を咲かせながら「よし」と小さくつぶやいて立ち上がった。

あの朱いチャクラを浴びて以来、コトの感情の動きに合わせて頭の花が咲いたり散ったりするのだ。

そして今咲いたのは光を模したような形をした黄色い花……何か思いついたらしい。

 

案の定、コトはなにやら生き生きとした表情で。

 

「実際にしてみましょう」

 

 

 

そこからの流れはなし崩し的だった。

コトが“何か”を始めたと察した瞬間、カナタが血相を変えて止めた……が、止められない。

ならばせめてと警戒心むき出しの表情でコトの見張っていたのだが、いつの間にか作業を手伝っていた。

コトの事をさんざんお人好し扱いするカナタもまた人の事を言えない程度には甘っちょろい。

 

ナルトは最初から疑うことなくノリノリで手伝っている。

何を考えているのかといえば何も考えてない。

 

次に現れたのはマイカゼ。

彼女は最初こそ組みあがっていく謎の装置を「大丈夫なのか?」と不安そうな顔で見ていたもののカナタが何も言わないため自らも考えるのをやめた。

 

その後、借りを返すとか私だけ仲間外れにしないでとかそんな理由(いいわけ)を口にしながらサスケとサクラが加わり、気づけばこの場にいる木ノ葉の下忍全員がこの場に集まっていた。

 

白はこういうのも自然と人を惹きつけるってことなのだろうかと自問自答しつつ作業する彼らを観察していたが、しかしそれでも白自身は手伝おうとはしなかった。

我ながら冷淡だと思う白だったが、それでも関わってはいけないという猛烈に“嫌な予感”が頭から離れなかったのだ。

 

 

 

 

 

「で、これがその虹色チャクラ発生装置ってわけか…いやむしろチャクラ混合器?」

 

「より正確にはチャクラ交錯器ですね。もっとも赤と青と緑の3色しか色を用意できなかったので七色の虹になるには4色ほど色が足りませんけど……」

 

「虹というか、美容院の前でクルクル回ってるあれみたいなのになりそうね」

 

感応紙の蓄えがもう少しあれば……と残念そうに語るコト。

イカ大戦の終戦後、コトはヤマトから没収された札の大半を返還されていたがそのほとんどを怪我人治療やら設備の修復やらで使い果たしていた。

使ったことに後悔はないが、それでももう少し何とかならなかったのかと考えないわけではない。

 

「いいんじゃない? 3色でも十分だし。だいたいこういうのって少ない組み合わせから初めて徐々に数を増やしていくもんでしょ」

 

最初は3色くらいでちょうどいいのよとフォローするカナタ。

そもそも最初は実験することそのものを反対し警戒していたことはとっくに忘却の彼方である。

 

「私としては3種類でもちょっと不安なんだが……チャクラが混ざったとき変な化学反応を起こして大爆発とかしないよな?」

 

「さあ、どうなるでしょう?」

 

マイカゼが剣士の勘とか野生の本能とかそういうのではなく、過去コトがしでかしてきた所業を知るが故の経験則から不安を語るが、およそ懲りるという言葉を知らないコトはどこ吹く風だ。

 

「さあって……」

 

「何考えてやがる?」

 

無責任な、とコトに非難の眼を向けるサクラとサスケだが、向けられたコトは全く取り合わない。

 

「何が起こるかわからないからこそ実験するんじゃないですか。する前から何が起こるかわかってたらそもそも実験なんてしません」

 

「いやそうなんだけど……そうなんだけど!」

 

「まあ、爆発はおそらくしないですよ。発生させるチャクラも幸か不幸か微々たる量ですし、仮に何らかの不測の事態が起こったとしても、そうそう大事にはなりませんって」

 

「……だといいがな」

 

自信満々のコトにげんなりする一同。

なお、コトの言葉は誤魔化しではなく心の底からの本音であった。

だからこそたちが悪いともいえる。

 

「まあ、今度のは単に派手な色のチャクラを発生させるだけだから大丈夫でしょ。本当にヤバかったら例によってどっかで見張ってると思うヤマト先生が止めに来るだろうし」

 

「……それもそうか」

 

カナタの言葉に一応の納得するマイカゼ。

彼女たちのヤマトに対する信頼は無意味に厚かった。

 

「話はまとまりましたか? では心の準備ができたところで早速スイッチオーン! さあ3色のチャクラが重なり合って眩く輝く様子をとくとご覧に……ご覧に………あれ?」

 

「………何も起こらないんだけど?」

 

スイッチを入れても何の反応もない装置を見てコトが血相を変えてあれこれ原因を調べる。

その瞳には焦りのあまり開眼したばかりの写輪眼が浮かび上がっているが、コトはそれでも原因が一向につかめなかった。

 

「んなバカな、失敗するにしてもチャクラが変な風に色が混ざって濁った色になる程度のはず、それなのにチャクラがそもそも発生しないってどういうことですか!?」

 

「……チャクラが変な性質変化を起こすとかそういう事故を警戒してたんだけどこれはこれで意外ね」

 

「装置はちゃんと起動してるのか? スイッチ周りの接触不良とか……」

 

「いえ、装置はちゃんと起動しています。こっちの回路からは赤いチャクラが、こっちからは青色の、そして残ったこちら側からはちゃんと緑のチャクラが発生しているはず………はずなのになんで?」

 

「なんでって、聞かれても俺にわかるわけないだろ」

 

「う~む、謎だってばよ」

 

 

 

 

 

 

そんな実験の様子を隠れて監視していたのは、木ノ葉の上忍であるヤマトとカカシ、そして再不斬である。

 

「正直、拍子抜けです。コトがこんな普通な失敗をするなんて。てっきりもっと大惨事になるかと思ってたんですが」

 

「何気に酷いな。成功するとは欠片も期待してなかったのか」

 

「期待していないというより、気にしていられないというのが的確ですかね」

 

コトが思いつきで変な実験を始めることは決して珍しいことではない。

むしろ日常の一部である。

市場に出て珍しいものを見つけてはインスピレーションを受けすぐ実験、道行く人に面白い話を聞かされれば興味を惹かれすぐ実験。

大概が成功しても失敗しても何かしらの騒ぎに発展するので監督する立場であるヤマトからすれば厄介極まりない。

それでも実験を始める前から止めないのはコトの発想や才能をそれなりに買っているためでもあるし、下手に隠れてやられるよりは堂々とされたほうがマシであるためでもある。

 

なんだかんだで慣れっこであるヤマトからすればこの『何も起こらない』という結果は意外を通り越して不自然に感じられた。

でもまあ、たまにはこんなこともあるかと納得しかけたその時、同じく実験の様子を観察していた再不斬が不意に口を開いた。

 

「……なあお前ら、『無人』って知ってるか?」

 

「ムジン? いや……」

 

「俺も知らないな」

 

「無人ってのはかつて最高の幻術使いと謳われた二代目水影、蜃気楼の幻月と互角以上に渡り合ったとされる二代目土影の異名だ」

 

「へえ……」

 

「なんでもそいつは異なる3つの性質変化を同時に発生させる血継淘汰と呼ばれる忍びで、そのチャクラはいかなる感知忍術を持ってしても観測できなかったそうだ」

 

「詳しいね。現土影、三代目土影両天秤のオオノキ以外にも血継淘汰を使える忍びがいたとは知らなかったよ」

 

「でもなんでいきなりそんな話を………………っ!!?」

 

不意に、気づく。

 

異なる3種類のチャクラの同時発現。

 

いかなる手段を用いても観測できないチャクラ。

 

 

 

 

 

 

「……ああ、………あああああ! わかった! 分かりましたよ原因! 光の三原色ですよこれ!」

 

「光の?」

 

「サンゲンショク?」

 

「なんだってばよそれ?」

 

「光の三原色です。詳しい理屈は省きますが、要点だけ言えば赤、青、緑の3色の光をバランスよく交錯させた場合、互いの波長を打ち消しあって無色透明の光になってしまうのですよ」

 

「えっとつまり何? 装置は間違いなく起動してチャクラを発生させていたけれど……」

 

「色が透明なせいで目に見えなかったと?……」

 

「それは………なんというか」

 

「コトらしいといえばらしいわね。世界一派手なチャクラを発生させようとして世界一地味なチャクラを出しちゃうなんて」

 

「うう~そんな意地悪なこと言わないでくださいよカナタ」

 

 

 

 

 

 

「………………まずいな」

 

「………………まずいですね」

 

事実、今ここでこうして監視しているカカシやヤマトにも件のチャクラは全く見えない。

それはつまり、この無色チャクラならどれだけ大量に練り込んで術を発動しようともまるで反応できないということだ。

 

「ちなみに幻月は無人に対抗するべくその感知できないチャクラのメカニズムを解明しようと特別の研究機関すら立ち上げたらしいがまともに成果を上げられないまま、相討ちになって果てたらしい」

 

「………………」

 

「さらに言えば、三代目土影は血継淘汰は受け継いだが無色のチャクラは受け継いでいない。原理不明の失われた秘術………だった………………あの白いガキ、ほっといたら岩隠れに狙われるぞ」

 

「………………再不斬、頼みがある」

 

「言ってみろ」

 

「………ここで見たことは見なかったことにしてくれないか?」

 

「………いいだろう。あのガキには薬の借りがある」

 

 

 

裏で木ノ葉と霧がそんな密約を交わしているとはつゆ知らず、コトはいつものように失敗を糧に着々と実験を次の段階へと移行しようとしていた。

 

 

 

当然ではあるが、その時の面々はまだ知らない。

紆余曲折の末、実験のために何度も稼働させられたチャクラ交錯器(仮)が最終的に周りの地面事まるでスプーンでくりぬかれたかのようにぽっかりと消滅し未曾有の大騒ぎになることはまだ知らない。




今回の番外編は

ほんの少しの映画ネタとねつ造設定でお送りしました。

塵遁とか血継淘汰とかは原作でも詳しく設定が説明されているんですが、ムウの『感知できないチャクラ』に関しては全くと言っていいほどノータッチだったのでこれ幸いとばかりに妄想を爆発させた次第。

迷彩隠れで視覚的に消え、透明チャクラでチャクラ感知を誤魔化したムウ様はまさに無人。
我愛羅の砂で物理探知できなかったらヤバかったでしょうね。

オオノキも全部受け継いでいたら、不意打ち塵遁限界剥離の術でマダラにも…………勝てたかなぁ?
ナルトの感情探知や、輪廻眼はさすがに欺けないかな。



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中忍試験編
34話 ☆


今回も遅れました。
すみません。

定期投稿できる作者さんを僕は心から尊敬します。


何はともあれ、原作でも屈指の人気エピソード。
中忍試験編、スタートです。







『プレイボール!』

 

およそ忍びらしくない奇抜な任務も、最近ではずいぶんと慣れてきました……と感じた次の瞬間に今まで以上にぶっ飛んだ変化球が投げ込まれてくるからやっぱり木ノ葉の依頼者は侮れません。

 

「よし! ばっちこーい!」

 

テンション高く打席に立つのはマイカゼです。

彼女のトレードマークである帽子を脱いで代わりにヘルメットをかぶり、刀ではなくバットを振りかぶって爽やかスポーツ少女に変貌したその姿はある意味木ノ葉の額当てよりも様になっていました。

 

「ほどほどで構わんよ嬢ちゃん。適度に打って走って……試合が盛り上がればそれでええんじゃから」

 

任務の依頼人である果物屋さんのおじさんが朗らかに笑いながらそう言いました。

とある町内会主催の草野球の助っ人。

それが今回の(コト)たちの任務です。

まさに常道から外れた変化球依頼です。

暴投とも言います。

当然のごとくDランクです。

いったいいつになれば私たちはCランク以上の……というかまともな忍びらしい任務を受けられるようになるのでしょう?

 

「いや、それなりに経験も積んだから僕もそろそろCランクに挑戦してみてもいいかなと思っているんだが……」

 

「何か問題があったんですか?」

 

ベンチで微妙な顔をして唸るヤマト先生に同じくベンチに座っているカナタが尋ねました。

 

「……指名依頼が順番待ち状態なんだ」

 

それを全部片づけないことには他の任務を選ぶに選べないと、真面目で几帳面なヤマト先生。

その一言に私とカナタはそろって絶句。

いやいやいや、結成されたばかりの新米チームに指名依頼が来るっておかしいでしょう……

 

「火影様曰く、一部で評判になっているそうだよ。どんなフザけた依頼でも文句言わずに遂行する真面目なチームとしてね」

 

「それは……褒められている? のでしょうか??」

 

「いや、単に貧乏くじを引かされているだけなんじゃないかしら……」

 

「言うな……言わないでくれ」

 

がっくり肩を落とすヤマト先生。

子守りから暗殺まで。

幅広く任務を引き受けると公言している木ノ葉ですが、それでも本当に子守り任務を経験したことのある忍びは極めて稀です。

そもそも忍びに子守りを依頼する奇特な依頼者が稀ですし、それを引き受ける奇特な忍びはもっと稀ですから………欠片も実感ないんですけど。

子守りだってすでに複数回経験済みですし。

 

「正直、子守りは新人下忍の必修依頼なのかと思ってたわ私」

 

「私もですよ」

 

「んなわけあるか」

 

「いやでも嫌じゃないんですよ?」

 

忍者はそれだけで子供に大人気、忍術使うと物凄く喜んでくれるからこっちとしてもやりがいあるんですよね。

 

「そんな風に思うのは君たちだけだ……」

 

超絶に苦い青汁を一気飲みしたみたいな顔でうなだれるヤマト先生。

しかもここ最近では元々いた客層とは全く別ベクトルのファンがつきはじめたらしく。

村興しイベントで歌ってくれとか、祭りの余興で踊ってくれとか……そういう系の依頼がやたら増えているんですよ。

これにはヤマト先生はもとより管理忍の人まで頭を抱えてました。

 

ほぼ間違いなく切っ掛けは波の国の一件でしょうね。

橋が開通して交易が始まると同時にカナタの“あれ”が噂となって徐々に評判が広がっちゃったみたいです。

良くも悪くもカナタの開花した才能を世界が無視できなかったということなのでしょうね。

 

「ふっ、有名人は辛いわね」

 

「カナタ、顔ニヤけてますよ?」

 

気持ちはわかりますけどね。

ぶっちゃけ、私も羨ましくないといえばウソになりますし。

アイドル、憧れずにはいられないですよね。

 

カナタのデビューの日も案外遠くないのかもしれません。

 

「君たち、忍びの自覚はあるのかね?」

 

「いやでもヤマト先生? 私たちの今まで受けた任務って子守り芋ほりお使い子守り店番子守りステージ橋づくりですよ? それで今回草野球……」

 

もはや完全に忍びの面影ゼロ、忍者のにの字もないこのラインナップで忍者の自覚を持てってのはちょっと……いえかなり無理がある気がするのですが。

 

「……返す言葉もない」

 

それでもヤマト先生は指名された依頼をノーと言えないんでしょうね。

 

「でもまあ、これはこれでいいんじゃないかと思いますよ。忍者らしくない任務は平和の証です」

 

思えば意図していないとはいえ下忍になってから戦闘以外で忍術を活用しまくってるわけで。

私の忍術の平和利用という野望からすればこの上なく順調な滑り出しといえるのですよ。

波の国? あれは例外中の例外です。

橋づくりのDランク任務でイカとか他里の上忍とかと本気喧嘩(ガチバトル)するなんて珍事がそうそう起きるわけがないのですよ。

……そんなことをベンチで言い合っているときでした。

 

『ツーストライク!』

 

あり得ない審判の声が聞こえたのは。

ツーストライク??

 

「……打ち損じた? マイカゼが?」

 

プロでもない草野球投手の球を新米で下忍とはいえ現役くのいちのマイカゼが?

ありえない! そう心の中で叫びながらフィールドを振り返ってみると、そこにはもっとありえない光景が広がっていました。

 

マイカゼが真っ二つに()()()()バットを唖然とした表情で見つめています。

折れているならまだしもすっぱり切断?

何が起こればそんなことに……そんな風に固まっているマイカゼなどどこ吹く風で次の投球に入る相手ピッチャー……待て待て待てオカシイオカシイ。

何ですかその投球フォームは!?

 

私自身野球のルールにそこまで詳しいわけではありませんが、それでもその投球フォームはあり得ないということくらいわかります。

腕を振り下ろすオーバースローでも下からのアンダースローでも、当然サイドスローでもスリークォーターでもなく。

ボールを胸に引き付け、腕の振りよりも手首のスナップを効かせて……あ~そうそう、その投げ方だと狭い場所でも投げられるし軌道を読まれにくいんですよね、アカデミーで習いました……どう見てもボールの投げ方ではなく手裏剣の投擲です。

 

キュイン、と空気を切る鋭い音を立てて投げられたボール。

斬れたバットしかないマイカゼには当然何ができるはずもなく。

 

『ストライク! バッターアウト!』

 

もはや声も出ません。

これが、野球?

 

「っちぃ、やはり考えることは同じか! 八百屋のクソジジイめ! 奴らも忍びを雇ってやがった!」

 

血相を変えた果物屋さんの叫びに目をむいて振り返るカナタ。

 

「ちょっ、どういうことですかそれ!? 相手チームに忍びがいるなんて聞いてませんよ!?」

 

「いや、カナタ、どうやらそれだけじゃないっぽいです」

 

最初はあのバット切り裂き魔球を投げたピッチャーだけに気を取られていましたが、よくよく考えればそれを捕球したキャッチャーもただものではありえません。

そしてそれだけではなくグラウンドでそれぞれの守備位置にいる野手の動きがみんな……写輪眼でよくよく見てみれば相手チーム全員がチャクラを纏っているのですよ。

 

「……相手チームに忍びがいるんじゃなくて、相手チーム全員が忍びっぽいです」

 

「そんなチームに勝てるか!」

 

カナタの魂の底からの絶叫が響きました。

 

「き、きたねぇぞ! こっちは4人しか雇ってねえのに、てめぇにはプライドってもんがねえのか!?」

 

「フハハハ、勝てばよかろうなのじゃ!」

 

相手チームのベンチに座っている年配男性が勝ち誇った笑みを浮かべていました。

さすが汚い忍者汚い……

 

「というかこれ規定違反じゃないんですか? 他里の忍びとの交戦が予想させる任務はBランク以上のはずじゃ……」

 

「い、いや……Bランク以上になるのは他里の忍びと命のやり取り、つまり戦闘がある場合だ……これはあくまでスポーツだから一応規定違反にはならない……ギリギリで」

 

「んな………」

 

絶句するカナタ。

百歩譲って忍びが相手なのは良しとしても、試合中に忍術とかチャクラ使うのはさすがに野球のルールに違反すると思うんですが!?

 

「い、いや確かに任務前に一通り目を通した野球のルールブックには『選手は忍術を使ってはいけない』なんてルールはありませんでしたけど……」

 

「そんなピンポイントな禁止ルールがあるわけないじゃない! そもそも、忍者が野球すること自体想定されてないわ!」

 

「カナタ、とにかく落ち着いたほうがいいですよ。どうやらいろいろな意味で手遅れみたいですから」

 

なんでよ? とこちらを振り返ったカナタは……すぐさま異変に気付き私と同じようにひきつった顔で固まりました。

 

 

マイカゼが燃えてました。

 

 

「コト、カナタ……勝つぞ」

 

「いやあの……マイカゼ? 今回の任務は試合に参加することであって別段勝利する必要は」

 

「だから?」

 

「いや……その………何でもないです」

 

いろんな意味で火が付いてました。

爽やかスポーツ少女から熱血スポ根少女にジョブチェンジしたマイカゼはもはや誰にも止められません。

さて、私も諦め……もとい覚悟を決めましょう。

まず手始めにあの『斬れる魔球』の攻略からでしょうか。

 

 

超忍空野球の開始です。

 

 

 

 

 

 

紆余曲折あったものの、とりあえず任務は無事に終わった。

 

「………ごめんなさい。私にもう少し球威と球速があれば……」

 

「それを言うなら私もだ………私があの時、隠し球なんかに引っかかりさえしなければ」

 

「よく頑張った方だと思うよ? 実際負けなかったわけだし……勝てもしなかったけど………はぁ、こんなことならもっと真面目に走り込みしとけばよかった」

 

少なくともヤマトの主観では無事だと思う。

事実、班員は誰一人として負傷していない。

 

使える術の種類に富み何かと多芸なコトは投手として。

視野が広く司令塔向きなカナタは捕手として。

身体能力に優れフィールドを素早く駆け抜けられるマイカゼは野手として。

それぞれ与えられた役割を彼女たちは全力で全うした。

 

コーチとしてフィールドには一切立たなかったヤマトと一般人であるチームメンバー6人を除けば、実質彼女たちはたった3人で他里の中忍9人と互角に渡り合ったことになる。

任務の出来に点数をつけるなら文句なしに満点に近い成果だと言えるだろう。

 

「あと一歩、あと1つ何かがあれば勝ててたんだ……!」

 

「ま、まあ次頑張ろうよ次……」

 

「私もそれまでには手裏剣影分身(分身魔球)鳳仙火爪紅(燃える魔球)を投げられるようになるのですよ」

 

「……あんまり危険球投げないでよ? キャッチするの私なんだから……」

 

任務内容を反省しつつもあくまで前向きに『次』に備える3人。

忍びらしからぬ奇抜な任務に対する嫌悪感などは欠片もない。

最初乗り気ではなかったカナタですら。

 

これこそが依頼人にリピーターが多い最大の理由だとヤマトは思う。

人当たりがいいだけではない、真面目なだけでもない。

もちろんそれもあるが、それ以上に彼女たちは1つ1つの依頼を全力で()()()()()()

 

好きこそものの上手なれ。

楽しんでいるからこそ本気で取り組めるし本気で取り組んでいるからこそ結果が出せる。

そんなひたむきな姿勢だからこそ依頼人の覚えもすこぶるよい。

それが第九班の強みであり特性。

 

そう、結果はどうしようもなく出てしまっているのだ。

担当上忍としてヤマトはそれを評価しないわけには……いかなかった。

 

「少し集まってくれ。君たちに渡すものがある」

 

躊躇は一瞬だった。

ヤマトは懐から3枚の……中忍試験志願書を取り出した。

 

 

 

 

 

 

遡ること1日前。

 

「招集をかけたのは他でもない……このメンツの顔ぶれでもう分かると思うが」

 

火影執務室の席に座る三代目火影・猿飛ヒルゼンの前にずらりと並ぶ担当上忍に上役、アカデミー教員。

元暗部で現上忍であるヤマトも含めて、木ノ葉の忍びの中でも特に上層部に近い面々が勢ぞろいしていた。

 

「もうそんな時期ですかね……」

 

「既に他里には報告済みなんですよね? 里でちらほら見ましたから……で、いつです?」

 

「一週間後だ………」

 

「そりゃまた急ですね」

 

集まった木ノ葉の上忍の1人である、はたけカカシは気の抜けた声でそうつぶやいた。

できればもう少し時間が欲しかったが……とぼやくカカシを隣で見ていたヤマトは確信した。

やはりカカシも自分と同じく己の部下を推薦するつもりのようだと。

 

 

「では……正式に発表する。今より七日後、七の月の1日をもって中忍選抜試験を始める!」

 

 

ヒルゼンの静かな、それでいて力のある宣言に部屋の空気がピンと張り詰めた。

 

「さて……まず新人の下忍を担当している者から前に出ろ」

 

進み出たのはカカシ、上忍の中では珍しい若い女性の夕日(くれない)にヤマト、そしてくわえタバコをした大柄な男、猿飛アスマだ。

 

「カカシに紅にヤマト、そしてアスマか。どうだ……お前たちの手の者に今回の中忍選抜試験に推したい下忍はいるかな? 言うまでもないことだが、形式上では最低8任務以上をこなしている下忍ならば……あとはお前たちの意向で試験に推薦できる」

 

まぁ、通例その倍の任務をこなしているのが相応じゃがな、とヒルゼンはそう言葉を締めくくってキセルの煙を吐いた。

確かに、命の危険すらある過酷な中忍試験に挑戦させるにはそれくらいのマージンは必要だろう。

普通ならば。

だが、幸か不幸か『この世代』は普通とは程遠いメンツの目白押しだ。

 

「カカシ率いる第7班、うちはサスケ、うずまきナルト、春野サクラ、以上3名。はたけカカシの名をもって中忍選抜試験に推薦します」

 

「何!?」

 

その宣言に部屋全体がにわかにざわついた。

 

「紅率いる第8班、日向ヒナタ、犬塚キバ、油女シノ、以上3名。夕日紅の名をもって左に同じ」

 

「ヤマト率いる第9班、うちはコト、空野カナタ、月光マイカゼ、以上3名。………ヤマトの名をもって左に同じ」

 

「アスマ第10班、山中いの、奈良シカマル、秋道チョウジ、以上3名。猿飛アスマの名をもって左に同じ」

 

「……ふむ、全員とは珍しい…」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

新人下忍12名全員が推薦されるというあまりの事態に、アカデミー教員であり彼ら彼女らの元担任でもあった海野イルカはたまらず声を上げた。

 

「なんじゃイルカ?」

 

「火影様! 一言言わせて下さい! さしでがましいようですが今名を挙げられた12名のうちのほどんどは学校(アカデミー)で私の受け持ちでした。確かに皆才能ある生徒でしたが試験受験は早すぎます」

 

イルカの言葉は決して間違ってはいない。

事実、下忍としての、否、忍者としての活動期間が一年に満たない子供が中忍試験を受けるなんて過去に例がない。

まさしく、今回の12人全員推薦は例外中の例外と言えた。

 

「あいつらにはもっと場数を踏ませてから……上忍の方々の推薦理由が分かりかねます」

 

「私が中忍になったのはナルトより6つも年下の頃です」

 

あくまで気だるげなポーズを崩さないカカシ。

イルカはそんな不真面目ともとれる態度のカカシに声を荒げて反論。

 

「ナルトはあなたとは違う! 今はそんな時代じゃない! あなた方はあの子達をつぶす気ですか!? 中忍試験とは別名……」

 

「大切な任務にあいつらはいつも愚痴ばかり一度痛い目を味合わせてみるのも一興…つぶしてみるのも面白い」

 

「な…なんだと!?」

 

カカシがイルカをわざと激昂させるような言葉を選んでいるのをヤマトはなんとなく察した。

その理由までは分からないが。

 

「…と、まあこれは冗談として、イルカ先生。あなたの言いたいことも分かります。腹も立つでしょう。しかし……」

 

「カカシ、もう止めときなって」

 

「口出し無用! アイツらはもうあなたの生徒じゃない、今は……私の部下です」

 

「……」

 

紅の静止も振り切って、カカシが言いたいことを最後まで言い切ったときには場の空気は完全に凍り付いていた。

絶句したイルカは、今度はカカシ以外の上忍に非難の視線を向ける。

 

「他の方もカカシさんと同意見なんでしょうか?」

 

アスマも紅も、そしてヤマトも口には出さないものの否定はしなかった。

 

「ヤマトさん……僕はあなたのことをもっと慎重な人だと思っていました」

 

「ええ、私情を一切挟まず慎重に検討した結果、今回の推薦に踏み切りました」

 

「なら!」

 

「19回」

 

「え?」

 

「我々第9班が今までこなしてきた任務の数です……すでに19回。既定では8の倍の数の任務をこなしているのが相応………他の班の事情は知りませんが、少なくともうちの班はそれを超える数の任務をすでにこなしているんですよ」

 

僕としては非常に遺憾なことにね、と、続けそうになるのをヤマトはぐっとこらえた。

ヤマトのこの発言にイルカはおろか火影を除くその場の全員が信じられないといった様子で見つめてくる。

無論、嘘はついていない。

第9班の面々は本当に一切の誇張なしでそれだけの数の任務をこなしているのだ。

断続的に(アホな)任務を持ち込んでくるリピーターに、それを断り切れない担当上忍、そして休日ゼロのブラックな労働環境にも一切文句を言わないお人好しな部下。

それらの要素が綺麗にかみ合ってしまったが故の……ある意味悲劇だった。

 

「任務は数をこなせばいいってもんじゃないぞ」

 

微妙な沈黙に包まれる中、そう口をはさんできたのはおかっぱ頭に非常に濃い太い眉、グリーンの全身タイツという異様にダサ………特徴的な格好をした男、マイト・ガイ。

去年の新人下忍を受け持つ唯一の担当上忍である。

ある意味、カカシたちの先輩とも言える。

 

「カカシもヤマトも、他の2人も焦りすぎだ」

 

「……短期間にこれだけの数の任務をこなせること自体、うちが非凡である何よりの証拠だと思いますが?」

 

「詰め込めばいいってもんじゃないだろう。もっと下忍の時間を、青春の日々を大切にするべきだと言っているんだ。イルカの言う通りだな。俺の班も1年受験を先送りにしてしっかり実力をつけさせた。もうちょい青春してからうけさせるべきだ」

 

「フッ……」

 

そんなガイの、善意からの忠告をカカシは鼻で笑って受け流した。

なんで今日のこの人はこんなに喧嘩腰なんだろうかとヤマトは疑問に思う。

 

「いつもツメの甘い奴らだが…なーにお前んとこの奴らならすぐ抜くよあいつらは」

 

「……うちに木ノ葉の下忍で最も強い男がいるとしてもか?」

 

「してもだ。ま! ケチつけるなよ」

 

無言でにらみ合う2人。

 

「………そのへんにしておけ。では次、新人以外の下忍の推薦を取る」

 

無言でにらみ合っていた2人はヒルゼンの静止を受けてお互いに矛を収める。

次々と下忍の名前が挙がっていく最中、ヤマトはやれやれと内心でため息をついた。

 

(『うちに木ノ葉の下忍で最も強い男がいる』か……)

 

ガイの放ったこの言葉が意外なほど根強く胸の内にくすぶっている。

自分でも意外なほどに対抗心を刺激され、ヤマトは好戦的な笑みを浮かべた。

 

(なら僕も断言しよう。木ノ葉の下忍で一番強い(くのいち)がいるのはうちのチームだ)

 

 

 

 

 

 

ヤマト先生に中忍選抜試験に推薦された第9班の面々はそれぞれの思いを胸に解散。

カナタは独り商店街を歩いてた。

 

「死人が毎年出るほど過酷な試験……気を引き締めて頑張らないと」

 

ポケットの中にはついさっき渡されたばかりの志願書が入っている。

しかしこれを今までの頑張りと実力が認められた結果……なんて考えるほどカナタの頭はお花畑じゃなかった。

 

「思えば私任務中ずっと愚痴ばかり言ってたし……ここらで一度痛い目を味合わせて気を引き締めよう……とか思われちゃったとか? そうでもないとコトやマイカゼみたいな天才はともかく私まで推薦される理由がないわよね……」

 

余談ながら、分かれた2人もそれぞれ志願書を手に取り今のカナタと似たようなことを考えていたりする。

 

内心とはいえヤマトが『木ノ葉で一番強いくのいちがいる』と豪語したチーム第9班。

そんな彼女たちを誰よりも過小評価しているのは、皮肉なことに過保護気味なイルカでも実情を知らないガイでもなく、実は彼女たち自身なのだった。

 

「ペーパーテストもあるのかな? 書店に試験の過去問とかおいてないかしら。苦無とか手裏剣の補充もした方がいいだろうし……」

 

思考に没頭するあまり、カナタは背後から近づいてくる存在の気配に気づかない。

 

「もしもし、少し道を尋ねたいのですが……」

 

「コトとマイカゼとも一度相談しないと、連携とかチームワークとかいろいろ……」

 

「もしもーし?」

 

「いや待って、私たちが推薦されたってことは実力的に考えて他の班も推薦されてるわよね絶対。ならナルト君たちとも話を……いやでも志願書をまだ渡されてない可能性もあるかな……あそこの担当上忍はたけ先生だし試験当日の前日にいきなり渡されるなんてことも……いやさすがにないか」

 

「あの……すみません!」

 

「はい!?」

 

飛び上がって振り返ったカナタはそこに立つ自分よりやや年上と思われる女性が身に着けている砂時計を模したマークの額当てに再度驚愕。

砂隠れ!? 他里の忍びが何故……とそこまで考えて、カナタは近々開催予定の中忍試験が木ノ葉周辺の各里の合同行事であることを思い出す。

 

どうやら、試験を受けに来た下忍のいくらかがすでに木ノ葉に出入りしているらしいとカナタは瞬時に悟る。

 

(取り乱しちゃだめよカナタ! ここは木ノ葉の忍びらしく慌てず騒がず冷静に……)

 

焦ったのは一瞬、カナタは素早く思考を切り替えて―――

 

「驚かせてしまいすみません。私は砂隠れの黒雲母(キララ)。決して怪しい物では……」

 

「―――砂隠れのお客様、木ノ葉の里にようこそ! 私は木ノ葉の下忍の末席に名を連ねる空野カナタといいます」

 

「ありまってはいぃ!?」

 

任務で無駄に鍛えられた最高のスマイルを浮かべ、誠心誠意懇切丁寧に対応しようとするカナタに砂の忍びの思考は一瞬とはいえ完全に停止した。

 

「道をお尋ねとのことですが、どこに案内しましょうか?」

 

「………え? あ、はい。実は仲間とはぐれてしまいまして……」

 

なお、カナタの脳内は木ノ葉の忍びとして恥ずかしくないよう精いっぱいの『おもてなし』をすることで埋め尽くされていた。

 

(うわ~うわ~どうしよう木ノ葉の忍びは甘いって聞いてたけど認識が甘かった! 思ってたより3倍甘いよこの里!)

 

(里の名所を尋ねられたらどこに連れて行けばいいかしら? 私の眼に狂いがなければこのお姉さんは間違いなくコトの同類なんだけど……とりあえず飲食系は除外するとして……)

 

他里から甘い忍び里と揶揄される木ノ葉。

そんな木ノ葉の下忍であるカナタの、警戒のケの字もないその様は、ある意味非常に木ノ葉の忍びらしかった。

 




最近、コトよりもカナタのはっちゃけ具合が激しい……

どさくさに紛れてコト、カナタ、マイカゼに続く第4のオリキャラが登場してますが、カナタの暴走のせいでいきなりキャラ崩壊してるし……

なお、このキャラはかつて僕がナルト二次創作を書こうとしたとき、無謀にも風の国スタートにしようとした際に考えた主人公だったり。

ナルトという漫画は大好きですが、それでもあえて欠点をあげるとすれば、萌え的な意味での可愛い女性キャラが少ないことかなとか考えていたので、オリキャラのほとんどが女性です……

美少女は書いてても描いてても楽しいです。

というわけで、今回初登場した第4のオリキャラ『黒雲母(キララ)』です。

【挿絵表示】


分かる人には彼女の正体がわかるかも。


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35話

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

今回割と早く投稿できたと思います。
あくまで今までと比べてですが。


中忍試験当日。

試験会場である3階の『301』教室………ではなく幻術『魔幻・此処非(ココニアラズ)の術』でそうと()()()()()()()()()()()()()()()の廊下にて。

 

「あれがカカシとガイの秘蔵っ子ってガキたちか……まぁとりあえず志願書提出(第0試験)通過(パス)ってとこだな」

 

「ああ」

 

かけてあった幻術をあっさり見破り、本当の試験会場である3階へと歩みを進める受験生たちを試験官の神月イズモとはがねコテツは物陰から好戦的な笑みを浮かべて観察していた。

 

中忍試験は難関である。

並大抵の下忍だと受験以前の問題としてそもそも試験会場に辿り着くことすらできないことも珍しくない。

事実、幻術を見破れずそのまま2階にとどまる者、あるいは見破れても本物の3階を発見できずに同じ場所をグルグルさまよっている受験生のグループがいくつも見られた。

残念ながら彼らはここで脱落だ。

 

そんな中、今年初受験の木ノ葉の新人下忍のほとんどが難なくこの関門を突破したのは極めて珍しい異例の事態だと言える。

 

コピー忍者の異名を持つ写輪眼のはたけカカシの部下である第7班。

今年のナンバー1ルーキーにしてうちは一族の末裔、うちはサスケが所属するチーム。

先ほどあっさり幻術を見破っただけでなく、体術も相当なレベルだった。

さらにアカデミーからの資料によると、卒業した時点ですでに火遁の性質変化を習得していたという。

忍、幻、体、全てにおいて高水準、それでも強いて欠点を言うなら個人プレイが目立ちチームワークがやや苦手なところがあるかもしれないとの話だったが……カカシの下でその欠点も改善されているようだ。

チームの他のメンバーは内に九尾を宿すうずまきナルトと座学トップの春野サクラ。

全体的に個性の強い尖ったメンバーが揃っているため、連携がかみ合った時の爆発力は計り知れない興味深いチームである。

 

その第7班と全く引けを取らなかったマイト・ガイの部下の第3班も侮れないだろう。

班員の1人であるロック・リーは、ぶつかり合うサスケとコテツの間に一瞬で割って入り、両者の蹴りを同時に受け止めるという離れ業をやってのけた。

いくらコテツが変化の術で下忍に化け、相応に手加減していたとはいえそう簡単にできることではない。

あれこそまさしく木ノ葉が誇る体術のスペシャリスト、『蒼き猛獣』ガイ直伝の体術なのだろう。

他のメンバーも去年のナンバー1ルーキーである柔拳使いの日向ネジやかつて手裏剣術において百発百中の命中率を誇ったくのいちテンテンと遠近ともに隙がない。

チーム総合力は新人ではトップクラス、否、1年の経験値を計算すれば間違いなくトップ、現状最も中忍に近い木ノ葉の新人チームと言っても過言ではないだろう。

 

もちろん、担当上忍が競って推薦しただけあって他のチームも決して負けてはいなかった。

実力においてはもちろん、その“濃さ”においてさえ。

 

元暗部の上忍である木遁使い、ヤマトの部下である班員全員女子という異例の構成の第9班。

他の受験生の誰よりも早く試験会場の学校にやってきた彼女たちは初見であっさり幻術を見破ったばかりかさらにそれを解除しようとして試験官一同を大いに慌てさせた。

まさかそれが課題だとは気づかず、誰かの悪戯だと勘違いしたとのことだが、事情を知った後は土下座しかねない勢いでペコペコ謝り倒し、ご丁寧にもお詫びの品まで渡してきたのには思わず苦笑が浮かんだ。

礼儀正しく、それでいて用意周到。

慎重で几帳面な上司(ヤマト)の性格を色濃く反映した、今後が楽しみな『伸びるチーム』といえる。

 

現火影、猿飛ヒルゼンの息子である猿飛アスマの部下である第10班。

班員はそれぞれが木ノ葉の有力氏族の末裔であり、チームの結束力は他の追随を許さない。

猪鹿蝶の名は伊達ではなく、他の班がこの幻術の試練を『幻術を見破って』突破したのに対し、この班だけは知略と連携によってクリアしてみせた。

幻術に惑わされる他の受験生、見破った受験生を瞬時に見切り、彼らの動きを冷静に見極めて本当の試験会場である3階への道筋を推理して導き出したあの手練手管は見事としか言いようがない。

もちろん、いくら戦略が優れていてもそれだけで勝ち残れるほど試験は甘くはないが、それでも強力な武器になることには変わりはない。

ここも要チェックだ。

 

そして―――

 

「……即行で気づいたな。しかも3人全員が」

 

「全く惑わされなかったか。さすがは紅さんとこのチームってところか」

 

―――つい今しがた、木ノ葉最後の新人下忍チーム、幻術使い夕日紅の第8班があっさりと『301』の教室に到達した。

 

これで木ノ葉の新人下忍は全員通過したことになる。

まさしく異例の結果だ。

 

だからこそ腕がなる。

 

「今年の受験生は楽しめそうだな」

 

「俺たち試験官としてもね……」

 

 

 

 

 

 

「ひゃほ~みーっけ! これはこれは皆さんお揃いでェ!」

 

「ったく、第8班(おまえら)もかよ……めんどくせー」

 

大きな声とともにやってきたのは頭の上に子犬、忍犬『赤丸』を乗せたフードの少年、犬塚キバ君でした。

その後ろには同じ班員の、日向ヒナタさん、油女シノ君がいます。

不敵な笑みを浮かべるキバ君を、第10班の奈良シカマル君が心底うっとうしそうに見やりました。

 

「……揃ったか」

 

「あ~うん、なんとなく分かってたけどさ、実際にこうして目の当たりにすると壮観よね」

 

最初に試験会場に着いたのは(コト)達第9班でした。

次にやってきたのは第10班、山中いのさん、奈良シカマル君、秋道チョウジ君の猪鹿蝶トリオ。

 

そして3番目にナルト君たち第7班がやってきて、ついさっきたった今到着したのが第8班。

 

これで総勢12名、今年の新人下忍全員勢ぞろいなのです。

 

「さ~て、どこまで行けますかね俺たち。なあサスケ君よぉ?」

 

「フン…えらく余裕だな、キバ」

 

新人下忍がいきなりその年の中忍試験を受験することは非常に珍しい……を通り越してほぼありえないとヤマト先生は言い切りましたが……

 

第8班(オレたち)は相当修行したからな! 第7班(おまえら)にゃ負けねーぜ!」

 

「うっせーてばよキバ! 修行したのは俺たちだって同じだ! いつまでも落ちこぼれだって思ってたら大間違いだってばよ!!」

 

「う、うん、そうだねナルト君。みんな頑張ってるよね……(だから一緒にがんばろー)……ごにょごにょ」

 

「…なんか言ったかヒナタ?」

 

「な、なんでもないよ?」

 

「?」

 

この光景を見てるとどうにも信じられませんね。

いや、それだけこの世代がオカシイのか。

まったく、こうも周りが天才ばかりだと私みたいな落ちこぼれは肩身が狭いのですよ。

 

「今年の新人下忍はいったいどれだけ非常識なのやら……」

 

『お前(貴女)が言うな(言わないで)』

 

「な、なにおう!?」

 

私のふと漏らした小さなつぶやきに、いつものカナタやマイカゼだけでなくそれ以外の……サクラさんやらいのさんやらサスケ君やらシカマル君やら、四方八方から物凄い突っ込みが返ってきました。

あなた達ホントに息ぴったりですね!

サクラさんといのさんとか、ついさっきまでサスケ君を挟んでいがみ合ってたのに!

しかもどさくさに紛れてヒナタさんも突っ込んでましたね!?

小さい声でしたけどちゃんと聞こえてましたよ!

 

「コト、あんたが一番変なのよ。私は忘れてないわよ……アカデミーのくのいちクラスで起きたあの惨劇を……」

 

「さ、惨劇って……そこまで言わなくても……」

 

「な、何が起こったんだ?」

 

「聞きたいなら聞かせてあげるわ。コトが山中さん家の秘伝忍術、つまり心転系の術を例によって中途半端に真似たことにより起きた、通称『椅子取りゲーム事件』、『惨劇のビリヤード』とも呼ばれるあの忌まわしい出来事を……」

 

「いや、やっぱ言わなくていいわ何が起こったかだいたい分かったし」

 

「だ、大丈夫です。無作為に精神がシャッフルされたりしないよう改良しましたから。私だって成長したし頑張ったんです! だから次は……」

 

「次とかないわよ!」

 

「二度とすんな!」

 

「えぇええ~!??」

 

懐かしい顔を久しぶりに見れて、お互い知らず知らずのうちにテンション上がっていたのでしょうね。

話のタネが全く尽きず、気づけば相当に騒がしくしていたらしく。

 

「君たち、もう少し静かにした方がいいな」

 

受験生と思しきお兄さんに注意されてしまいました。

 

「君たちが忍者学校(アカデミー)出たてホヤホヤの新人12人だろ? かわいい顔してキャッキャと騒いで……まったく、ここは遠足じゃないんだから」

 

「ご、ごめんなさい」

 

おそらく私達よりも5歳ほど年上、15~7歳くらいのメガネをかけた、理知的な雰囲気のお兄さんです。

額当てのマークは木ノ葉、つまり私達の先輩です。

 

「誰よアンタ? えらそ~に」

 

「僕はカブト。それより辺りを見てみるといい」

 

メガネのお兄さん改めカブトさんは、いのさんの生意気ともとれる発言を大人な対応でさらりとスルーしたうえで注意を促してきました。

 

私たちは言われるままに辺りを見渡してみて……なにやら物凄い形相でこちらを睨んでくる他里の受験生たちと目が合いました。

 

「みんな試験前でピリピリしてるんだよ。どつかれる前に注意しておこうと思ってね」

 

「うっ……」

 

「確かに、ちょっと騒ぎすぎたかも……」

 

「めんどくせーなおい」

 

「ま、仕方ないか、初めての受験で右も左もわからない新人さんたちだしね。昔の自分を思い出すよ」

 

「あの……カブトさんでしたっけ? あなたはこの中忍試験は2回目なの?」

 

「いや……7回目。試験は年に2回しか行われないから……今年でもう4年目だ」

 

自嘲するような自虐するような。

私はカブトさんのこのセリフに少なくない衝撃を覚えました。

 

(……カブトさんみたいな人が6回も落ちるなんて)

 

というのもこのカブトさん、どことなくヤマト先生やカカシ先生に似た……暗部っぽい空気を感じさせるのです。

そんなあからさまにタダ者じゃなさそうなオーラを纏っているのに未だ合格できないなんて、中忍試験とはいったいどれだけ過酷なのでしょう……

 

(そりゃ実力があれば、強ければ合格できるってほど単純ではないのでしょうけど……いや待て、第0次試験の時みたく実は受験生に化けた試験官ということも……)

 

なんてことを考えていた私でしたが、そんな思考は次の瞬間月の彼方に吹っ飛んでしまいました。

 

可愛い後輩にちょっとだけ情報を教えてあげようか、という言葉と主にカブトさんが取り出したカードの束。

 

「これは忍識(にんしき)(カード)。簡単に言えば情報をチャクラで記号化して焼き付けてある札だよ」

 

カブトさんが4年の歳月を費やし集めに集めた忍識札合計200枚弱。

一見真っ白なただの紙束にしか見えないそれが、カブトさんのチャクラに反応した瞬間、カードの表面に焼き付けられた情報があぶり出しのように浮かび上がるのを見て、私は興奮で爆発しそうになりました。

 

「うわあ、凄い見やすい立体図だ!」

 

「何の情報これ?」

 

「今回の中忍試験の総受験者数と総参加国、そしてそれぞれの隠れ里の受験者数を個別に表示したものさ」

 

「まるでコトの呪符みたいだ……なあコト………コト?」

 

「……してください」

 

「? 何か気になる情報でも……」

 

「私のお札と交換(トレード)してください!」

 

「はぁ!??」

 

「一々交換なんて言いません。3枚……いや5枚セットで、なんでしたらもうこれ全部といひゃひゃひゃいひゃいいひゃい!?」

 

「それ文字通りのコトの手札でしょうが!」

 

「あげてどうする!?」

 

ごめんなさい(ごひぇんなひゃい)もうしません(もうひまひぇん)!」

 

カナタとマイカゼにほっぺたを両側からつねられて、私は仕方なく交換を断念。

うう、せっかく私以外の呪符とその使い手に会えたのに。

 

「さすがにあげるのは勘弁してほしいかな? 僕のチャクラにしか反応しないようにプロテクトをかけてあるから……悪いね、見るだけで我慢してくれ」

 

「そのカードには個人情報が詳しく入っている奴もあるのか?」

 

「おや? どうやら彼女だけでなく君も食いついたようだね……見る目がある。さすがは『うちは』といったところか」

 

「……あるみたいだな」

 

「ふふ、気になる奴でもいるのかな?」

 

なにやら意味深な笑みを浮かべながら見つめあうカブトさんとサスケ君。

天才同士、何か通じ合うものがあったのでしょうか。

 

(うちはって言った……コトもサスケ君も名乗っていないのに。ということは)

 

(俺たち新人(ルーキー)の情報もしっかり収集済みということか)

 

(侮れない。なぜなら、この男はすでに情報戦を制しているからだ)

 

(ったく、食えねえ先輩だぜ。めんどくせー)

 

(なんかよく分かんないけど分かってるフリしとくってばよ……)

 

 

 

 

 

 

「俺の名はうずまきナルトだ! てめーらにゃあ負けねーぞ!! 分かったかー!!!」

 

 

サスケ君が砂隠れの我愛羅と木ノ葉のロック・リーなる人物について尋ね、テンション上がったナルト君が殺気立つ受験生たちに堂々の宣戦布告をぶちかまし、春野さんがナルト君にヘッドロック&説教のコンボを決めた。

周囲の注目が目立つ2人に集中する最中、せっかくなので私(カナタ)もカブトさんに『気になる奴』について尋ねてみた。

みたんだけど……

 

「……いない?」

 

「ああ、少なくとも僕の集めた情報の中に、その『キララ』という人物のデータはないよ」

 

「そうですか……」

 

まだ少ししか話してないから断言できないけれど、カブトさんの情報収集能力は本物だと思う。

そのカブトさんがデータを持ってないということは……

 

「……あ~なるほどなるほどそっかそっか……受験生にはいないのか~」

 

まあ、()()かな、ある意味予想通りではある。

 

「悪いね、力に慣れなくて」

 

「いえそんなことはないです。データがない、それが分かっただけでも十分な収穫ですから」

 

単なる社交辞令じゃなくて実際参考になった。

おかげで推測が確信に変わったし。

私はカブトさんに改めてお礼をしようと頭を下げて―――

 

―――ふと、視界の隅によぎったその姿に、全身に鳥肌が立った。

 

「……あ、あ~そそれとももう1人ばかり尋ねても、か、構いませんか?」

 

「……? もちろん構わないが……その人の名前は分かってるのかい?」

 

「い、いえ、残念ながら名前はわからなくて、ついさっきたった今遠目から確認しただけなので」

 

顔の筋肉が強張って笑顔を維持できない。

冷や汗が止まらない。

身体の震えが抑えられない。

 

私の様子に気づいたコトやマイカゼが心配した視線を向けてくるが、それにすら構っている余裕がなかった。

 

「へぇ……誰だい?」

 

「そ、そこにいる……長い黒髪の……笠をかぶった……草忍の人です」

 

恐怖を押し殺して、ようやくそれだけの言葉を絞り出した時には涙が出る寸前だった。

 

 

 

 

 

 

結局、私の尋ねた件の人物に関する情報は得られなかった。

というのも、詳しい話を聞こうとしたその瞬間に音隠れの忍者3人組がいきなり奇襲をかけてきたのよ。

結果、カブトさんはメガネを割られた上に鼓膜とその奥の三半規管を揺さぶられ嘔吐。

 

慌ててコトやナルト君などが駆け寄るも、そのすぐ後に試験官が集団でドロンと現れて試験開始宣言してしまい、情報を尋ねるどころか、満足に治療することもできなかった。

 

志願書と交換で渡された座席番号の札のとおり指定された席に座らされ、筆記試験(ペーパーテスト)の問題用紙を配られる……座席もバラバラでどうしようもない。

 

まったく、音隠れもえらいタイミングで奇襲してくれたもんだわ。

狙ってやったんだとすればまさしく絶妙のタイミング、中忍確実とか豪語するだけはある。

しかも腕に仕込んだ共鳴器具を用いての超音波攻撃で耳を狙うとか、なかなか渋い術を使うじゃない。

 

あの草忍に比べると霞んでしまうんだけどね。

 

一目見た瞬間に分かってしまった。

あれは化け物だ。

ヤバいなんてもんじゃない、下手すれば上忍のヤマト先生よりも……なんであんなのが中忍試験受けてるのよ……あれで下忍? マジで下忍? 下忍の定義が崩れるわ。

ぶっちゃけどっかの指名手配された凶悪な抜け忍が受験生に化けて潜入してるとか言われた方がよっぽど納得できる。

いや、それ以前の問題としてそもそも『人』かどうかも疑わしい。

外見こそ人の形を取り繕っているけど中身はまるっきり……カブトさんから情報を得られなかったのが本気で悔やまれる。

 

(……とにかく落ち着こう。そうよ、あの草忍がどれだけヤバくても近づかなければいいだけなんだから)

 

もし、試験中に戦うことになったら即時即決即断即行で棄権しようそうしよう―――

 

 

 

―――どうしようもなく甘い考えだった。

 

 

 

「カブトさん大丈夫かなぁ?」

 

「あら、ずいぶん優しい……いや甘いのね。それよりも自分の問題に集中した方が良いのではなくて?」

 

「む、それはもっともです。……よし頑張るぞ! ありがとうございます草忍のお兄さん……いやお姉さん?」

 

「さあ? どちらかしらねェ……」

 

 

 

(ひぃいいいぃいぃぃ!?)

 

なんでコトがアイツの隣の席なのよ!?

しかもなんかニコヤカに会話してるぅうう!?

 

「ちょ、あんた急にどうしたのよ?」

 

「お、お腹痛い死にそう……」

 

「そ、そんなに!? いくらなんでも緊張しすぎでしょ!」

 

隣の席の山中さんが何やら話しかけてきてくれたけど、正直それどころじゃない。

お願いだから下手に刺激しないでよコト!

 




謎の草忍……いったい何者なんだ~?


カブトさん曰く「優秀すぎるのも考えもの」とのことですが、今回のカナタはまさにそれです。
下手に勘が良すぎたせいで……

なお、コトとカナタはお互いアンテナの性能はともかく向きと周波数? 的なものが違うため気づいた事柄が微妙にずれてます。

コトはカブトがタダ者じゃないことに気づくことができました(ただし気づいても警戒するとは言ってない)が、草忍には全く無反応です。
カナタは草忍を物凄い警戒してますが、カブトの正体は見抜けませんでした。


ちなみにコトがアカデミー時代に作って使った『符術(ふじゅつ)心転魂突きの術(しんてんたまつきのじゅつ)』ですが要するに禁書目録4巻の『御使堕し(エンゼルフォール)』(対象に動物などの人外含む)です。

効果範囲はだいたい教室1つ分、例によって効果持続中は自力解除不可能なこの術をコトはよりにもよって動物いっぱいの課外授業中にぶっぱなし、くのいちクラスを阿鼻叫喚の渦に巻き込みました。

当然のごとく禁術です。


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36話

ハッピーバレンタイン。
というわけで特別番外編を………書いていられるほど更新頻度高くないので普通に本編の続きです。
そもそも、あの世界にそんな風習はあるんでしょうか?

このくらいの間隔あくのが当たり前になってしまっています……

そんなわけで第一試験編です。
久方ぶりの文字数一万越えです。
原作でもかなり好きなエピソードなので相当力が入りました。


 中忍選抜“第一の試験”ルール

 

1 最初から各受験者には満点の10点が与えられている。

試験問題は全部で10問・各1点とし、不正解だった問題数だけ持ち点から点数が引かれる減点方式。

 

2 試験はチーム戦。

つまり、3人1組の合計点(30点満点)で競われる。

 

3 「カンニング、及びそれに準ずる行為を行った」と見なされた者は、その行為1回につき、持ち点から2点ずつ減点される。

 

4 試験終了時までに(カンニングにより)持ち点全てを失った者、及び正解数が0だったものは失格となる。

また、その失格者が所属するチームは、3名全員を道連れ不合格とする。

 

 

 

 

 

 

『中忍選抜第一の試験』試験官、森乃イビキさんの説明を聞いて、(カナタ)は少なからず安堵した。

とりあえずいきなり隣の席の人と戦闘みたいな展開にならなくてよかった~

………ならないよね?

ルールにはないけど乱闘したら即失格って言ってたよね??

「私の目的は試験突破ではない、うちはの血よ」とか言っていきなりコトに噛みついたりしないよね???

 

あり得ないと言い切れないのが本当に怖いんだけど。

………まあ、いざとなったらたくさんいる試験官さん達が止めてくれる………はず、たぶん。

 

………ま、まあこれ以上は考えても仕方ないか。

思い過ごしという可能性も普通にあるわけだし。

人を見た目で判断しちゃうのは良くも悪くも私の癖だ。

外面より中身派のコトが無反応なことも鑑みるに案外、実は良い人……人? ということも………………あるかなぁ? 生きた人間の顔の皮を顔面に張り付けて正体を隠している奴が実は良い人の可能性っていったいどれほどのものなのかしら?

コトも普段は超々鋭い癖にどういうわけか悪意にだけは超々々鈍感だし。

 

………ダメね、まるで試験に集中できない。

切り替えないと。

あの草忍のことはひとまず置いときましょう、ここで私があれこれ考えても仕方がないし。

私だけが不合格になるならともかく、私のせいでコトやマイカゼが道連れ不合格とか申し訳なさすぎる………

 

(………よく考えたら、チームのうち誰か1人でも0点だと道連れ不合格って、単なる知力を見るペーパーテストにしては奇妙なルールよね)

 

頭脳担当とか、前衛担当とか、得意不得意で役割が明確に分かれているタイプの班、要するに私達みたいな班は圧倒的に不利じゃないのこれ?

 

それ以外にも気になる点が多々ある。

特に目を引くのが減点方式というところよ。

カンニングが発覚しても即失格にはならず2点減点されるだけで済む妙に甘いルール………にもかかわらず、教室の周囲を椅子に座ってチェックボードを構えた試験官がずらりと威圧的に並んでいる矛盾。

甘いのか厳しいのかどっちなのよ。

チーム戦と言っておきながら、メンバーをバラバラの席に座らせ、チームでの協力を非常に困難にしているのもちぐはぐな印象を受けるわ。

 

そして肝心の問題はというと…

 

(これ、解かせる気ないでしょ)

 

例えば1問目の暗号文の解読問題。

それこそ本職の暗号解読班しか知らないような鍵検索法とかアルゴリズム解析のための専門知識がないと解けないレベルなんですが。

解読マニュアルを一字一句余さず全部記憶しているとかなら話は別だけど、あの分厚い解読マニュアルを隅から隅まで丸暗記している酔狂な下忍がいるわけ………1人いたわね、いや2人か。

 

2問目の計算問題は、力学的エネルギーの解析に不確定条件の想定を応用した融合問題……に見せかけてその実、軌道変化を可能とする特殊投擲忍具の判別と空中拡散されたチャクラによる大気特性と空気抵抗の変動比率計算ができないと解けないようになってる。

問題の文章には『忍びAが手裏剣を投げた』としか書いてないのにこれは酷い。

こんな凶悪な引っ掛け問題初めて見たわ。

しかも解答欄が他問と同じ小さな四角だけってどういうことよ。

暗算しろと? 変数やら乱数やらがデフォルトで飛び出しまくる術学物理方程式を筆算ではなく暗算しろと?

無茶言うなせめて計算用紙をよこせ5枚くらい。

どこの世界にそんな歩く関数電卓、人間シミュレータみたいな下忍が………いるかもしれないわね。

 

と、とにかく、そんなキチガイじみた問題が、ずらりと並んで全部で9問……無理でしょ。

 

難しいとか簡単とか、そういう次元の話じゃなくて、そもそも問題を解くのに必要な前提知識がそれこそ本職の専門家じゃないと知らないようなマニアックでニッチなものばかりなのよ。

もはや特定分野の専門家(とくべつじょうにん)レベル、下忍どころか並の中忍にすら解けないわこんなの。

 

ごちゃごちゃ理屈を並べたけど、一言に要約すると第10問を除くほぼ全ての問題が“カンニングしないとおよそ解けない”ようになっているのよ。

 

試験官さん達はよほど私たちにカンニングしてほしいみたいね。

いや、これこそが狙いなのかな。

 

森乃イビキ試験官は試験開始前にこう言っていた。

 

『無様なカンニングなど行った者は自滅していく』

 

『仮にも中忍を志す者。忍びなら立派な忍びらしくすることだ』

 

(………カンニングしてはいけないなんて一言も言ってなかったわね)

 

忍びは裏の裏を読むべしってことね、ヤマト先生のサバイバル演習を思い出すわ。

 

つまりこの試験で試されるのは、カンニング技術。

言い換えれば、偽装隠ぺい術その他もろもろを総合した『情報収集能力』。

カンニングをするなら“立派な忍びらしく”バレない様にすべしってことよ。

 

そうと分かればやることは決まった。

まず、カンニングを成功させ、問題の正解を集めること。

そして、その集めた正解をどうにかしてマイカゼに伝えることよ。

 

 

 

 

 

 

私こと月光マイカゼは到底解けるはずもない難問だらけの解答用紙を前に頭を抱えていた。

無論、これが単なる知力を見るペーパーテストではなくカンニングを前提とした試験であることはすでに察している。

 

そのうえで言わせてもらおう……だからどうしろと。

 

(すまん、カナタ、コト。私にはどうすることもできないっ!)

 

コトは全く問題ないだろう。

おそらくコトはカンニングなんかしなくても素で問題が解ける。

サクラもそうだが、つくづくこの世代は規格外が揃ったものだと思う。

 

カナタも余裕なはずだ。

私が知る限り、カンニングなんて今まで1度もしたことがないはずの彼女でも“あの術”を駆使すれば何かしらやりようはあるはずだ。

 

じゃあ私は?

はっきり言おう、無理だ。

周囲で目を光らせている試験官の目をかいくぐりバレない様にカンニングするなんて、剣術しか能のない非才な私にできるわけない………本当ならこういう場合に備えて試験開始前にカンペの相談とかする予定だったのに………あの音忍たち今度会ったらタダじゃおかないからな………今度の機会があれば、だが。

 

とりあえず白紙は不味いと思うので、何とか埋める。

ひょっとしたら奇跡が起こって偶然正解するかもしれない………まずないだろうがやらないよりマシだ。

 

(………あとはもう10問目に賭けるしか)

 

 

 

―――

第10問

この問題に限っては、試験開始後45分

経過してから、出題されます。

担当教師の質問を良く、理解した上で、

回答してください。

―――

 

 

 

………ヒアリング? あるいは映像問題とかか?

なんにせよ私に解ける問題であってくれ………

 

 

 

 

 

 

『う~~~ブツブツ………ここは慎重に』

 

『そう睨むなっての、分かってんじゃん……』

 

『ふむふむ、第3問の答えは――』

 

『ワン! ワン! ワン!』『ひゃほ~! いい子だ赤丸! 次は第4問だ』

 

『イナホ、聞こえるか? 第6問の答えは―――だ』

 

『了解、源内。こっちも第5問の答えが分かったわ』

 

『よし、教えてくれ……8だな』

 

『この字のリズム、書き順、画数からして……なるほどね』

 

忍法・耳千里(みみせんり)

なんてことはない、要は物凄く耳が良くなるだけの、ただそれだけの術。

だけど、カナタ(わたし)がこの術を使えば教室中の会話、物音、受験生達の呼吸、さらには試験官さん達の心音に至るまで、およそ教室中の全ての音を知覚できる。

 

いくら席がバラバラにされているとはいえ、この試験がチーム戦である以上チーム内で何かしらの交信が行われているはず。

当然それらの交信は他人にはバレない様にしているんでしょうけど、それが声を媒介とする会話であるならば私はそれらやり取りのことごとくを盗聴することができるわ。

 

心音を聞けば正解に辿り着いている“当たり”の受験生が誰かだいたい見当がつくし、いざとなればコトの声を聴けばいい。

もともと、この術を考案、伝授したのがコト(術名を耳千里にするか地獄耳にするか最後まで悩んでた、どうでもいいわ)だから、あの子は当然私がこの術を使ってカンニングしていることにも気づいていた。

 

『第9問は文章題に見せかけられた……』

 

(ありがとう、助かるわ)

 

私以外に聞こえないほどの小声で解答を読み上げるコトに、聞こえないと分かっていても内心でお礼を言いつつ嘆息。

戦闘ではまるで役に立たないコトだけど、戦闘以外だと途端に有能になるからつくづく侮れない。

 

『って、そうそう、言い忘れてました。マイカゼに関しては任せてください。私に考えがあります』

 

(了解。上手くやってね)

 

水を得た魚とはこのことね。

この器用さと多彩さこそが、同じ座学トップの春野さんとの決定的な相違点であり利点、そして優等生扱いされずナルト君と同等の問題児扱いされてしまう欠点でもある。

根っからのお人好しの癖して信じられないほどに手癖が悪い、だけど今はその狡賢さが頼もしい。

カンニングのターゲットとしてはまず間違いなく大当たり………まあ、すぐ隣に地雷級の大外れがいるんだけど。

なんなのこの“音”。

意味が分からない………ちゃんと赤い血が流れているんでしょうね?

血の代わりに毒が体内を巡っているとか言われても驚かないわよ私。

 

音といえば、試験官さんの中に1人心音のしない人がいるんだけど……まあ、試験官はいいか。

 

そんな感じで周囲の音を拾いつつ、解答欄を埋めていく。

今のところは順調かな、後はこのまま集中力さえ切らさなければ試験突破はさして難しくはない。

 

 

『ヒナタ……分かってねーな、お前』

 

『え?』

 

気を散らさず……

 

『俺みたいなスゲー忍者はカンニングなんかしねーってばよ!』

 

『ナ、ナルト君……で、でも』

 

集中……

 

『それに…下手すればカンニングを助けたってことで見せてくれたお前がヤバイかもしれねーだろ!』

 

『ナルト君…』(キュン)

 

 

(キュン、じゃないっ! あの2人は何やってんのよ試験中に! ラブコメノーサンキュー! 爆ぜろ!! ……って今はそんなこと聞いてる場合じゃないっての!)

 

全く予想外のベクトルからの妨害を受けつつも、何はともあれ私は全ての解答欄を埋めることに成功した。

 

 

 

 

 

 

(………? なんかカナタからイライラした感情を感じるんですが)

 

コト(わたし)何か失敗しましたっけ?

心当たりがないんですけど……今のところ私の作業は順調ですし。

 

試験の解答自体はすでに終わってます。

ただし、自分の筆跡ではなくマイカゼの筆跡で答えを記入し名前を書く欄にも自分の名前ではなく『月光マイカゼ』と書きました。

アカデミー時代、日に日に神経質になっていくイルカ先生を欺くためにこの手の偽装工作はさんざんやりましたからね。

私にとっては手慣れた作業です。

夜な夜な資料室に忍び込んで機密文書を写し取った日々の成果がここにきて活きました。

“問題児”の称号は伊達じゃないのですよ。

 

(………っよし、できた!)

 

答案用紙の裏の白紙部分に書きこんだ術式。

正直、スペースが不安だったのですが何とか用紙内に収まりました。

 

口寄せ術式に逆口寄せの術式を重ね合わせ、座標指定を行うための演算術式と消音術式を挟み込んだ、我ながら超大作です。

……む? 隣の草忍さんが何やら感嘆したような様子ですが………下手に反応すると見張りの試験官さんに目を付けられかねないので今は無視です。

 

(では早速術式起動………忍法・口寄せ! 答案用紙交換の術(仮)!)

 

手元の答案用紙が音もなく一瞬で消え、代わりに現れたのは別の答案……別の席に座っていたマイカゼの答案です。

 

(マーキングなしでってのが割と難儀でしたけど、何とかなるもんですね)

 

対象が同じ教室内の近い距離にありなおかつ軽い紙であったことが幸いでした。

これがヤマト先生のサバイバル演習の時みたいな大岩だったりしたらこうはいかなかったでしょう。

 

あとは今度こそ自分の筆跡で名前と解答を記入すれば作戦終了(ミッションコンプリート)なのです。

おや、意外と埋まってますね、マイカゼの事だからてっきり白紙かと―――

 

「―――っ!? ~~~っ!」

 

「102番立て、失格だ」

 

「ちっ、ちくしょう………」

 

「………っぷ」

 

「っ! てめえ笑うんじゃねぇ!!」

 

「きゃー!? ちがうんですちにゃうんです決して貴方を笑ったわけでは!」

 

 

 

 

 

 

「よし! これから……“第10問目”を出題する!!」

 

 

(ついに来た! さてどんな問題が出るのかしら?)

 

試験開始からちょうど45分後、ついに森乃イビキ試験官がそう宣言し、カナタ(わたし)は思わず唾をのみ込んだ。

 

「………とその前に1つ最終問題についてのちょっとしたルールの追加をさせてもらう」

 

ルールの追加?

ただでさえ変なルールが多いってのにこれ以上何が………とか考えていたら、ほんのちょっと前にトイレに行きたいと言って退室していた黒子姿に隈取をした砂の男の人が返ってきた。

手錠をかけて付き添っているのは例の心音のしない試験官さん。

 

「フ………強運だな。()()()()()が無駄にならずに済んだなぁ?」

 

隈取さんの顔が見事に強張り、試験官(?)がピクっと震えた。

ああ、やっぱり心音がしないのはそういう………しかしなるほどね、そういうやり方もあるのか。

一口にカンニングって言っても、いろいろあるもんだわ。

 

「まあいい、座れ」

 

隈取さんを席に座らせ、森乃試験官はもったいぶるようにゆっくりと教室を見渡す。

 

「では説明しよう。これは………絶望的なルールだ」

 

静かな、それでいて誰1人聞き漏らすことがないと確信できる響き、声の1音1音が教室中に染み込んでくるような、そんな喋り方。

 

人を威圧するのに大声は必要ないことを知り尽くしていた。

布で隠れている頭や手の形が妙にデコボコしてるし、恐らく拷問経験者、何をどうすれば人が恐怖を感じるのか身体で理解しているわ。

 

「まず、お前らには第10問目の試験を………“受ける”か“受けない”かのどちらかを選んでもらう」

 

「!?」

 

「え…選ぶって、もし10問目を受けなかったらどうなるの!?」

 

「“受けない”を選べばその時点でその者の持ち点は(ゼロ)となる。つまり失格! もちろん同班の2名も道連れ失格だ」

 

ザワッ………

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「そんなの“受ける”を選ぶに決まってるじゃない!」

 

ピンと張り詰めいていた空気が一気に決壊した。

それほどの意味を含んだ言葉だった。

 

「………そして……もう1つのルール……」

 

こんな空気の中でも森乃試験官は話すペースを崩さない。

最初のからずっと同じ調子の、焦らすような感覚。

 

試験時間が残り15分を切っているのに………どんな問題が出るのか知らないけど早く出題してくれないと時間が………というか、こうして焦らせて正常な判断力を鈍らせるのが狙い?

 

「受けるを選び、正解できなかった場合………その者については今後永久に中忍試験の受験資格をはく奪する!」

 

「なっ!?」

 

先ほどのが決壊だとすれば、

今度のはさながら爆発だった。

 

「そ、そんなバカなルールがあるかぁ!! 現にここには中忍試験を何度か受験している奴だっているはずだ!!」

 

「ウ、ウソだ! はったりだ! 一試験官にそんな権限があるわけ……」

 

受験生の誰かが、国際問題になる~とか戦争を起こす気か~とか騒いでる。

確かに普通の試験なら問題になるでしょうけど、幸か不幸かこの試験は正直がバカを見て狡猾が美徳になる忍びの試験なのよ。

 

「い、いや、中忍試験は再起不能者や死傷者で中忍どころか下忍の資格すら失うことも珍しくない難関だ………」

 

「命を奪う権限すら与えられているんだ。素養なしと判断した下忍から受験資格を奪う権限くらい持っていても不思議じゃない………」

 

「そんな………でもだからって!」

 

騒然となる受験生たちを森乃試験官は愉しそうに眺めている。

 

「クク…ククククッ………」

 

愉しそうに、嗤っている。

 

「運が悪いんだよお前らは。今年は俺がルールだ」

 

悪意に満ちた言葉だった。

少なくとも私にはそう感じられた。

 

「その代わり引き返す道も与えてるじゃねーか」

 

だから、これも慈悲じゃない。

 

「自信のない奴は大人しく“受けない”を選んで………来年も再来年も受験したらいい。次の試験官が俺じゃなければ楽に突破できるかもなぁ?」

 

まるで狩り、ネズミをいたぶるネコよ。

逃げ道を徹底的につぶした後、敢えて一か所だけ穴を残し自然とそちらに誘導する。

尋問のやり口だわ。

 

「では始めよう。この第10問目………“受けない”者は手を挙げろ。番号確認後、ここから出てもらう」

 

 

沈黙したのはほんの数秒だけだった。

 

 

「お、俺は………やめる! “受けない”ッ!」「お、俺もだッ!」「私も……」「俺もやめる!」「アタシも……」

 

 

最初の1人が手を挙げたのを皮切りに雪崩を打ったように次から次へと、受験生たちが教室を出ていく。

まだ100人以上残っていたはずの受験生が見る見るうちに減っていく。

 

110……104…残り人数が100人を切っても勢いは止まらない。

90も過ぎて80、そしてとうとう70台に入ったその瞬間。

 

 

「なめんじゃねー!!! 俺は逃げねーぞ!!」

 

 

流れが、変わった。

 

 

 

 

 

 

「受けてやる! もし一生下忍になったって、意地でも火影になってやるから別にいいってばよ! 怖くなんかねーぞ!」

 

(嗚呼………さすがですナルト君。それでこそナルト君)

 

皆見てますか? 彼こそ未来の木ノ葉の頂点、火影になる男、うずまきナルトです。

 

言葉1つで空気を塗り替える。

それがどれほど凄まじいことなのか、本人は全く自覚していないでしょうね。

少なくともコト(わたし)はもちろんのこと他の誰か、それこそナルト君以上に経験のある大人が叫んだってこうはならないでしょう。

ナルト君だから、ナルト君の言葉だからこうなったんです。

 

「もう一度訊く、人生を賭けた選択だ。やめるなら今だぞ」

 

「まっすぐ、自分の言葉は曲げねぇ。俺の………忍道だ!!」

 

単なる空元気かもしれません、恐怖を押し殺しているだけかもしれません。

何も知らない子供がはしゃいでいるだけなのかもしれません。

 

でも、だけど、だからこそ偉業。

何も知らない子供の恐怖を押し殺した空元気が、イビキ試験官というおそらく本物の尋問のプロの威圧に真っ向から渡り合い拮抗、いやそれどころか圧倒してさえいるのです。

快挙、どころの騒ぎじゃないですね。

 

ナルト君と森乃試験官は互いに目を逸らさずしばらく睨みあい………ふと、イビキ試験官の顔に笑みが浮かびました。

 

「いい“決意”だ」

 

嘲るような嗤いじゃない、本物の笑顔です。

その笑顔はいわば、決意を認めた証でした。

 

「では、ここに残ったもの全員に………」

 

いよいよです。

 

教室中の受験生全員が息をのむのが伝わってきます。

 

さあ、どんな問題が出るのか。

ちなみに私が手を挙げなかったのは、ナルト君みたいな決意と覚悟があったからではなく、どんな問題が出ても答えられるという自信があったからでもありません。

出る問題の内容をある程度とはいえ推測できたからです。

というのも、厳しすぎる追加ルールがかえって問題内容を絞り込む判断材料になっているのですよ。

 

間違えたら一生下忍。

つまり、言い換えれば『これを間違えるような奴はたとえどれだけ優秀であろうとも中忍になる資格がない』ってことです。

 

(そう、これはいわゆる『禁忌選択肢問題』! 目の前で仲間が窮地に陥った。助けるか否か、みたいな、そういう“間違えたら忍びとしてどころか人として終わってる”レベルの超基本問題であるはず! ………たぶん、おそらく)

 

イビキ試験官は悪意に満ちた理不尽な大人………を装ってはいますが、装っているだけでその実かなり誠実っぽいのでそのあたりの筋はちゃんと通すはず………はず。

というかそうであってくださいお願いします!

 

私が内心で必死に祈っている最中、イビキ試験官はついに口を開いて―――

 

 

「―――“第一の試験”合格を申し渡す!」

 

 

………………ふぇ? 10問目は??

 

 

 

 

 

 

「そんなものは初めから無いよ。言ってみればさっきの2択が10問目だな」

 

森乃イビキは笑ってそう言った。

 

その言葉を聞いてマイカゼ(わたし)は安堵よりも脱力を感じた。

この感覚は覚えがある。

忘れもしない第9班が結成して最初のサバイバル演習。

チームワークこそがメインで個人の実力は審査対象じゃないと聞かされた時の、あの『私は何をやっていたんだ』という徒労感。

今までの9問の問題の意味は……いや、結局自力では1問たりとも解けなかったのだからそれほど徒労してないか。

実質コトが全部やってくれたようなものだし。

 

困惑する受験生を前に森乃イビキは語る。

第10問を除く、1問目から9問目までの問題は受験生の情報収集能力及び情報伝達能力を試すためのものだったと。

 

常に3人1組で合否を判断するというチーム戦でありながら、チームをバラバラに座らせるというルール。

この『助け合いは困難だが足を引っ張るのは容易』なシステムは、私たちに想像を絶するプレッシャーをかけた。

 

そのプレッシャーの中でなお、冷静に誰にも気づかれることなく情報収集(カンニング)することができるか。

つまり、この試験はカンニングを前提としてたのだ。

 

「そのため“カンニングの獲物(ターゲット)として全ての解答を知る中忍を2名ほど、あらかじめお前らの中に潜り込ませておいた」

 

「そいつを探し当てるのには苦労したよ」

 

「ああ…ったくなぁ」

 

「ハハハハ………バレバレだったってのー! ンなのに気づかない方がおかしいってばよ!!」

こういう時、ナルトは大物なんだなとつくづく思う。

 

「な! ヒナタ!」

 

「う、うん………」

 

あと、話しかけられて幸せそうにしてるヒナタも。

それでいいのか?

 

「しかしだ、ただ愚かなカンニングをした者は………当然失格だ。なぜなら、情報とはその時々において命よりも重い価値を発し、任務や戦場では常に命がけで奪い合われるものだからだ」

 

そういってイビキは額当ての下に隠していた頭部の傷をさらした。

傷、どころの騒ぎじゃない。

火傷にネジ穴、切り傷………戦場で受けた殺すための傷じゃない、ただただ痛めつけて苦しめるための、拷問でできた傷跡だった。

 

「敵や第3者に気づかれてしまって得た情報は“すでに正しい情報とは限らない”のだ。これだけは覚えておいてほしい! 誤った情報を握らされることは仲間や里に壊滅的打撃を与える!」

 

重みのある言葉だった。

木ノ葉だけでなく、他里の下忍にまでそれを語って聞かせるイビキは誠実だと思う。

試験官に選ばれるのも頷ける。

 

ただ………だからこそ

 

「………でも、なんか最後の問題だけは納得いかないんだけど」

 

そう、10問目だけが予想外なのだ。

イビキ試験官が誠実であればあるほど、余計にあの理不尽な第10問目の意図が分からなくなる。

 

「しかし………この10問目こそが、第一の試験の本題だったのだよ」

 

「?」

 

「いったい、どういうことですか?」

 

「説明しよう。10問目は“受ける”か“受けない”かの選択。言うまでもなく苦痛を強いられる2択だ。“受けない”者は班員共々即失格。“受ける”を選び問題を答えられなかったものは“永遠に受験資格を奪われる”実に不誠実、理不尽極まりない問題だ………だが、これこそが中忍の任務(Bランク)下忍の任務(Cランク)の大きな境界線なのだ」

 

「………そういうことか」

 

忍者の世界では騙された方が悪いし、騙した方が優秀だとされる。

ヤマト先生がいつも口を酸っぱくして言っていることだ。

不誠実なセリフだと思うし、今でも納得できているとは言い難い。

だが、そういう理不尽を呑み込めないとそもそも忍者はやっていけないということは嫌でも理解させられた。

中忍になるとなおさらそれが顕著になるのだろう。

それでも納得できないなら、その人は中忍になんかならず下忍のまま誠実な(Cランク以下の)任務を受ければいい、いや、むしろ忍びそのものを止めた方がいいだろう。

最低ランクのDランクでも不誠実な任務なんてザラにあったりするからなぁ………素直に違う道を進んだ方が幾分楽だと思う。

 

「こんな2択はどうかな? 君たちが仮に中忍になったと仮定しよう。受諾する任務は当然Bランク。しかし新米であるためできるだけ簡単なものを選んだ。任務内容は機密文書の奪取。事前に知らされた情報により敵の人数、地形、罠の有無など必要なことは全てわかっている。管理忍は笑ってこう言った。『割のいい楽な仕事ですよ』と」

 

寡黙だった試験中とは想像できないほど饒舌に語るイビキ試験官。

おそらくこっちが素なのだろうが………

 

「だが、それは間違いだった。知らされていた情報が敵方に漏れていたのだ。敵の人数はもちろん、能力、その他の軍備の有無、全てが一切不明となった。さぁ、この任務“続ける”か? “続けない”か?」

 

………身に覚えがありすぎる展開だった。

 

「『不誠実だ』『話が違う』『こんな任務やってられるか! 俺は降りるぞ!』………そんな風に文句を言って一度受諾した任務を途中で放棄することは、果たして許されるだろうか? ………答えはNOだ!」

 

そう、プロの忍びは絶対に文句言っちゃいけない。

たとえ橋の建設任務が何故か途中で護衛任務になり、依頼人の家族に財布を盗まれた挙句、他里の忍びと戦闘、最終的には巨大なイカがどこからともなく現れてすべてを薙ぎ払い、報酬が窃盗で実質プラマイゼロよりちょっとマイナス寄りになっても文句言っちゃダメだ………言っちゃダメなんだ!

 

「Bランク以上の任務は誠実な方がむしろ珍しい。忍者が相手なのだからなおさらだ。だがどんなに危険であっても避けて通れない任務もある。そんな状況であってもここ一番で仲間に勇気を示し、苦境を突破していく能力。これが中忍という部隊長に求められる資質だ!」

 

命を選んで逃げてもダメ。

任務を選んで仲間を死なせるのはもっとダメ。

命か任務か2つに1つ、しかしどちらを選んでも分が悪い。

理不尽な2択を突き付けられる状況なんて中忍になればそれこそいくらでも出てくるだろう。

だから中忍、部隊長は仲間を死なせず任務を成功させるという第3の選択肢をひねり出さないといけない。

 

「いざという時、自らの運命を賭せない者。“来年があるさ”と不確定な未来と引き換えに心を揺るがせチャンスを諦めていく者。突発的な状況の変化という理不尽を呑み込むだけの度量がない者。そんな密度の薄い決意しか持たぬ愚図に中忍になる資格などない、と俺は考える」

 

それは、とても難しいことだと思う。

たとえ中忍でも、上忍でも、それどころかそれらをはるかに越える一流であっても………そう、あの“白い牙”でさえ………

 

「“受ける”を選んだ君達は、難解な“第10問”の正解者だと言っていい! これから出会うであろう困難にも立ち向かっていけるだろう………入り口は突破した『中忍選抜第一の試験』は終了だ。君達の健闘を祈る!」

 

私は立ち向かえるだろうか?

元々私は自分の力でここを突破したわけじゃない。

解答なんて集められなかった。

手を挙げなかったのだって、単にここまで助けてもらっておいてその上さらに足を引っ張る選択をすることに我慢ならなかっただけだ。

そんな私にできることなんて………

 

「おっしゃー! 祈っててー!!」

 

………と思っていたが、ナルトの能天気な声を聴いていたら案外やっていけそうな気がしてくるのだった。

 




かつて、原作前のエピソードを書いているときは早く原作の話を書きたいな~と思ってました。
原作のエピソードを書いているときは早く波の国編書きたいな~って思ってました。
並の国編を書いているときは早く中忍試験編を以下略。
そして今は、早く第二試験編を書きたいな~と思ってます(ただし早く更新するとは言ってない)

読めば分かると思いますが、森乃イビキのセリフにかなりの変更が加えられています。
賛否分かれるかと思いますが、僕としては誠心誠意彼の言いたかったことを掘り下げたつもりです。

再不斬もそうですが、こういう『一見強面だけど実は良い人』系のキャラは大好きです。
コナンのキャメルさんとかワンピースのスモーカーさんとか。

あと報告。
小説タグに『挿絵あり』を追加。
イラストのある話のタイトルに『☆』をつけました。


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37話 ☆(オリキャラパラメータあり。ネタバレ注意)

今回も遅れました。

もう少し執筆速度があればなぁ。
他のAWとかFTとかの二次創作にも挑戦してみたかったんですが……

遊戯王二次とか完全放置状態ですし。


なお、今回イラストではないですが、オリキャラの能力パラメータを掲載してみました。
臨の書が発売されたのも、確か原作が中忍試験の時くらいだったはず………


第1の試験を無事突破することが出来、私達受験生の緊張の糸が切れた、まさにその瞬間でした。

 

バ!! っと。

 

全身を黒い布に包んだ何者かが教室の窓を突き破り侵入してきました。

 

「な、なんだぁ!?」

 

目をむいて叫ぶナルト君。

突然の出来事にナルト君以外の私達受験生はおろか、試験官さんたちですら固まって動けません。

侵入者が投げた苦無が天井の隅に突き刺さり、苦無に結び付けられた布が大きく広がります。

『第2試験官 みたらしアンコ 見参!!』という文字が教室の前面を埋め尽くしました。

 

「アンタ達、よろこんでる場合じゃないわよ! 私は第2試験官! みたらしアンコ! 次行くわよ次ィ! ついてらっしゃい!!」

 

誰も動けなかったし、喋れもしませんでした。

残ったのは『シーン………』という耳に痛いほどの沈黙だけです。

 

「………空気読め」

 

布の影からイビキさんがボソッと突っ込み、威勢よく拳を振り上げた状態のまま固まっていたアンコ試験官の顔が真っ赤に染まりました。

 

たぶんこの元気なお姉さんは、自分なりに張り切って試験の準備をしていたのでしょうね。

あの大きいアンコ見参な垂れ幕も手作りみたいですし。

いますよね~張り切りすぎてまるっきり見当違いの努力をした挙句、盛大に空回ってしまう人。

 

「何かナルトっぽいわね………この試験官」

 

しかし、何故でしょうか。

言動は確かにサクラさんの言うようにナルト君っぽいものを感じるのですが、どういうわけか私にはむしろナルト君よりもどことなく隣の草忍さんと似てるように思いました。

 

「フン! まあいいわ……次の『第二の試験』で半分以下にしてやるわよ!! ああ~ゾクゾクするわ!」

 

何処が似ているのかと聞かれたら、何処なのか私自身さっぱりわからないのですがなんとなくそう感じてしまったのです。

 

 

 

 

 

 

第一の試験が中忍としての心構えや覚悟を試すペーパーテストだったのに対し、第二の試験は実戦でとことん基礎体力や実力を試すらしい。

 

みたらしアンコと名乗った妙にテンション高い女試験官にカナタ(わたし)達が連れてこられたのは木ノ葉の数ある演習場の中でもトップクラスに危険で過酷な第44演習場、通称『死の森』。

 

「早い話、ここでは極限のサバイバルに挑んでもらうわ」

 

猛獣やら毒虫やらが跳梁跋扈する密林を44個のゲートが囲う、ほぼ円形の演習場であり、円の半径はおよそ10キロメートルで中心には塔。

 

「あなた達にはこの限られた地域内であるサバイバルプログラムをこなしてもらう。その内容は各々の武具や忍術を駆使した……なんでもアリアリの“巻物争奪戦”よ!」

 

「巻物?」

 

「そう、『天の書』と『地の書』……この2つの巻物を巡って闘うのよ」

 

アンコ試験官はそう言って二種類の巻物を取り出して見せる。

右手には天の書、左手には地の書。

 

「ここには78人、つまり26チームが存在する。その半分の13チームには『天の書』を、もう半分の13チームには『地の書』をそれぞれ1チーム1巻ずつ渡す。そしてこの試験の合格条件は……天地両方の巻物を持って、中央の塔まで()()で来ること」

 

「つまり巻物を取られた13チーム、半分が確実に落ちるってことね…」

 

「3人……人数指定ありか……同盟とかで6人組チーム作って天地の書持っていくとかはさすがにナシかな」

 

「ナシに決まってんだろ。バカか? そんなのがまかり通ったら、極端な話78人全員が合格できちまうじゃねえか」

 

「だよね~」

 

「そこ、騒がない! ……っと、ちなみに期限は120時間、ちょうど5日間ね」

 

「5日!?」

 

「ちょっ、ごはんどーすんのォ!?」

 

「んなもん自給自足に決まってんでしょ! 何のためのサバイバルプログラムなのよ。適当に獣とか野草とか採りなさい! ただし猛獣や毒草には気を付けてね」

 

第二試験のコースプログラムの過酷さを改めて認識させられ私たちはゴクリとつばを飲み込む。

何が不気味ってアンコ試験官の表情がずっと笑顔なのが甚だ不気味だ。

一体何が楽しいのやら。

 

「続いて失格条件に付いて話すわよ。

まず1つ目、時間以内に天地の巻物を塔まで3人で持ってこれなかったチーム。

2つ目、班員の喪失、または再起不能者を出したチーム。

3つ目、試験中に森の外に出てしまったチーム。途中ギブアップはなしよ。五日間は確実に森の中!

そして4つ目、巻物の中身は塔の中に辿り着くまで決して見ぬこと!」

 

「………途中で見たらどーなるの?」

 

「それは見た奴のお楽しみ。中忍ともなれば超極秘文書を扱うことも出てくるわ。信頼性を見るためよ」

 

「だってさ。分かっているかコト?」

 

「無論ですよマイカゼ。自慢じゃないですが私はおそらく木ノ葉の下忍で最も多く超極秘文書に触れた経験(こと)のあるくのいちです! 扱いは完璧なのですよ!」

 

「それホントに自慢にならないからッ!」

 

「さっきからそこうるさい! これ以上騒ぐと本気で失格にするわよ! ったくこれだから子供(ガキ)は!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

危ない危ない、この試験官血の気が多いだけじゃなくてものすごい短気だわ。

 

「ああそうそう、言い忘れていたことが1つあったわ。これはルールじゃなくて単なるアドバイスよ―――死ぬな!」

 

悪い人ではなさそうだけどね。

 

 

 

 

 

 

演習場にほど近い広場に展開された暗幕の中に他のチームが次々に入っていくのをじっと眺めつつサスケ()は、1人イビキの言葉を反芻していた。

 

(………なるほど。各チームのスタート地点、渡された巻物の種類、そして3人のうち誰が巻物を持っているかもわからないってわけか……イビキ(あいつ)が言っていた通りだ。この試験では情報の奪い合いが命がけで行われる)

 

第二試験の説明をする少し前に配られた同意書に目を落とす。

例えこの試験中に死んでも構わないという覚悟の証明。

これにサインしたら最後、もはや後には引けない。

だが、そんなものに怯むような愚図はイビキの第一試験でとっくにふるいにかけられている。

 

(ここに残っている奴等の決意は固い。殺し合うことにもなるってわけだ。全員が敵―――!)

 

そう思案している間にも巻物の交換は粛々と進められていく。

今は木ノ葉の第9班……コトの所属するチームだ。

暗幕から出てきたコトは嬉しそうに幕の中で渡された天の書の封をペリっと剥がし―――

 

「………って何やってんのよアンタは!?」

 

「ふぎゃあ!?」

 

―――後ろから血相を変えたカナタに思いっきり頭を殴られた。

 

「ありえない、何渡された直後に開けようとしてるのよ!? あまりの自然さに一瞬反応が遅れたわ!」

 

「てて……ふ、忍者は裏の裏を読めですよカナタ! アンコ試験官は見るなとは言いましたが、開けるなとは決して言いませんでした! つまり開けるだけならルール違反にはならないのですよ!」

 

「なん………だと!?」

 

「騙されちゃだめよマイカゼ、こんなの屁理屈ですらない、ただの曲解よ! ってそんなことより早く巻物を隠して! 他の班に種類がバレちゃう!」

 

未だに誤魔化せると思っているあたり、カナタも大概アホだと俺は感じた。

 

 

 

 

 

 

第44演習場、通称『死の森』。

毒虫、毒草、猛獣、およそ人の生命を脅かすあらゆる要素が混在し、手練れの忍びですら命の危険がある過酷な環境。

大樹が鬱蒼と生い茂っているため森の中はたとえ昼でも暗く薄気味悪い雰囲気を放っている。

 

そんな森の中で、第9ゲートからスタートした木ノ葉第9班チームはというと。

 

「マイカゼ、釣果はどうでしたか?」

 

「大漁。死の森といっても生き物はいっぱいだな。波の国での経験がこんなところで役に立つとは、海と川で多少勝手は違えどカイザさんにはホント感謝だ」

 

「運がよかったわね。まさかスタート地点のすぐ近くに川があるなんて。日頃の行いかしら。コト、火の具合はどう?」

 

「ばっちりなのです。献立は何かリクエストありますか?」

 

「とりあえず全部燻製で」

 

「ええ~? そんなのよりももっと他にムニエルとか味噌煮とか」

 

「バカね。試験中なのよ。そんな手の込んだ料理する暇があるわけないじゃない。だいたい保存できないでしょうが」

 

 

 

楽しそうに、実に楽しそうにキャッキャと騒ぐ女の子3人を、雨隠れの3人組は何とも言えない表情でじっと観察していた。

正直ここまで隙だらけだと、かえって手を出しにくい。

 

「………あいつらはこの中忍試験をキャンプか何かと勘違いしているんじゃないか?」

 

「知るか。開始前にいきなり自分の巻物の種類を暴露するような連中だぞ」

 

「ある意味ヤバい奴らだな……さすが木ノ葉。頭に花が咲いているぜ」

 

そういうしてるうちに、料理の一通りの下ごしらえが済んだのか、拠点の家(扉も壁も窓も煙突まである本当に本格的な『家』。小屋ですらない。どうやって建てた?)に入っていく木ノ葉くのいち3人組。

 

「………行くか。もう細かい作戦とかいらねえだろ」

 

「だな。サクッと天の書奪って……それで俺たちは試験突破だ」

 

そして雨忍は気の抜けたまま行動を開始した。

三方に別れ、ある者は扉から、ある者は窓から、ある者は煙突から。

彼らはそれぞれ最低限の警戒をしつつ家の中に侵入していき………

 

 

 

………そして二度と出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

「食虫植物の中には、粘着する特殊な液体を分泌して獲物をからめとる性質をもつものがあるんですよ。本来は小さな虫を捕るのが関の山なんですが、メートル単位に拡大すれば人間だって捕獲できるんです。名付けて『木遁四柱家・忍びホイホイの術』!」

 

波の国の経験を経て、コトの木遁は大幅にバリエーションが増えていた。

確か水遁系の忍術に似たようなのあった気がする。

確か水飴……なんちゃらの術だったような。

何だったかは忘れた。

マイカゼ(わたし)の基本性質は一応風で水遁とはまるで縁がないから仕方がない………訂正、性質変化そのものに縁がない。

 

すでに複数の性質変化をマスターしているコトとかサスケとかに比べると自分の凡骨具合に泣けてくる。

ヤマト先生は、アカデミーを卒業したばかりなんだから仕方ない、というかそれが普通とかいろいろ言ってくれたけど……本当かなぁ?

 

森の中に突如出現した家、コトが言うところの忍びホイホイの術はもちろん彼女が作り出したもので、見た目は立派な家、中身は巨大ゴ○ブリホイホイだ。

コトの木遁はヤマト先生のように硬い木を出すことはできない、できないが元から生えている樹木を変形させて操ることはできるようになっていた。

もはや彼女にとって森は素材の宝庫だ。

 

「……それにしても恐ろしい光景だな。このサイズだともはや食虫というより食人、いや食獣植物じゃないか」

 

事実、忍びをからめとっている。

あくまで食虫で人は食べないとコトは断言したが………黒づくめの人間がそろいもそろって床にへばりついて動けなくなっている様はいろんな意味でぞっとしない。

これは撤収する時ちゃんと処理しないとヤバい。

下手に野生化したりしたら、死の森の生態系が心配だ。

 

「そうね。ただでさえ危険な森がより一層ヤバくなったら怒られちゃうわ」

 

「大丈夫です。そのあたりは抜かりなく。一流の鳥と忍びは立つ時跡を濁さないんですよ」

 

「そうなのか」

 

普段から変な実験で失敗ばかりしているコトだけど、否、しているからこそ、この手の事後処理とか誤魔化しのスキルは一級品のそれだ。

毎回なんだかんだで洒落にならないような事態は陥っていないし、彼女が大丈夫というならおそらく本当に大丈夫なのだろう。

 

「……っと見つけました。()()『地の書』です」

 

「なんというか、ずいぶんとあっさり集まっちゃったわね」

 

「だな……ここまで私何もしてないんだが……」

 

「魚獲ったじゃない」

 

「いやそうだけど……そうだけど!」

 

「ごめんごめん、言いたいことはちゃんと伝わってるから」

 

この忍びホイホイに引っかかったのは今ので2チーム。

つまり合計6人も捕獲できてしまったことになる。

おかげで地の書がダブってしまった。

サバイバル初日からとんでもないスタートだ。

 

いや、むしろスタート前から始まっていたとも言えるかもしれない。

 

一流の忍びが本気で警戒したらたとえどんなに巧妙な罠を仕掛けてもたちどころに見破られる。

故に忍びを罠にはめるためにはまず相手の警戒を削がなければならない。

 

アカデミー時代に教えられたイルカ先生の言葉だが、今まさにこの言葉の重みを痛烈に理解させられた。

 

「コトのあのバカさ加減を目撃したチームはほぼ間違いなく私たちのことをカモだと思っているわ……2チームどころかまだまだ来るわよこれ」

 

「舐められすぎじゃないか私達……いや自業自得なんだけど」

 

そう、『警戒を削ぐ』という前段階は幸か不幸かコトの所為(おかげ)でこれ以上ないくらいに大成功しちゃっているのだ。

 

「フッフッフ、作戦通りですにゃはひひゃいひひゃい!?」

 

「何が作戦通りよどう考えても素だったでしょあれ!? というか作戦考えたの私! あのマイナススタートからここまでリカバリーする策をひねり出したの私!」

 

「いひゃひゃひゃいひゃいいひゃいほへんははい!」

 

カナタに頬をつねられて黄色い悲鳴を上げるコト。

いいなぁ……やることがあって。

 

「うう……私だけ何もしてない……私の意味って……」

 

「大丈夫よマイカゼ。試験はこれで終わりじゃないからね。むしろここからは巻物を奪われない様に注意しないといけないわ」

 

「………そうだな、その通りだ」

 

こんな序盤で巻物を天地そろえたということはつまり、天の書を狙っているチームと地の書を狙っているチーム両方から狙われるということに他ならない。

私は深く気を引き締める。

 

「私はみんなを守る」

 

「うん、お願いね………しかしあれね。このミミックな術、コトの考えた術にしては効果が普通に有用というか凶悪というか……」

 

「……確かに」

 

木を変形させたり中に食虫植物を展開したりと準備にこそ時間がかかったものの、大したリスクもなく役に立つ術というのは良い意味でコトらしくない。

 

「それはもう波の国でエライ目にあいましたからね……私だって成長したんです」

 

もうあんな思いはゴメンです、とコトは何かを思い出したのかブルっと身を震わせる。

 

「……何? 自分より大きなゴキブリにたかられでもしたの?」

 

「そ、そそその名を口にしないでください!」

 

目をむいて、写輪眼をむいて本気で嫌がるコト。

本当に何があったんだ。

 

「……え? 本当にそんな悍ましいのがいるの?」

 

「ありえない話じゃないな。ついさっき森のすぐ向こうで長さ10メートルはありそうなムカデを見た」

 

あんな化け物がいる森なのだ。

メートルサイズのゴキブリがいたって何も不思議じゃない。

 

「………撤収準備よ。そんなのに遭遇する前に森を抜けましょう」

 

「「了解」」

 

カナタの号令のもと、私達は捕まった忍びを適当に縛りやや慌て気味にその場を後にした。

 

 

 

その後、紆余曲折あって私達はゴキブリが可愛く見えるほどに悍ましい生き物に遭遇することになる。

 

 

 

 

 

 

決して油断はしていなかった。

らしくないことを自覚しながらもナルトやサクラとも意見を交換しあったし、森に入る前から作戦を考えた。

 

だが………

 

(こいつは次元が違い過ぎる!!)

 

サスケ(オレ)は恐怖で身体が震えそうになるのを必死に抑え込みながら傘をかぶった長髪の草忍を睨みつけた。

霧の氷遁使いに忍び刀七人衆、そしてイカ、それなりに修羅場をくぐってきたと自負していた俺だったが、目の前のこいつは過去のどの強敵と並べても比べ物にならない。

一体なんでこんな化け物が中忍試験受けているんだ?

これが下忍? ふざけるな!

今の殺気、どう考えても再不斬13人分はあったぞ!

 

(いったいどうすればいい!?)

 

サクラは完全に戦意喪失してしまっている。

ナルトははぐれていたおかげで殺気を浴びずに済んだものの、合流したばかりで状況を把握できていない。

 

「フフ………あの大蛇を見事倒してきたようね。ナルト君」

 

「なんだこいつ? 舌長いし胴体も蛇みてーな………そうかお前が。やいやいやい! どーやら弱い者イジメしちゃってくれたみてーだな!」

 

「ナルト! 下手に刺激するな!」

 

このままだと3人ともやられる。

もうこれしか……方法がない!

俺は覚悟を決めると写輪眼を解除し、ポーチから巻物を取り出した。

 

「巻物ならお前にやる。頼む……これを持って引いてくれ」

 

「はあ!? サスケ! 何とち狂って……」

 

「わりぃなナルト、サクラ。でもこれしか、こうするしかない!」

 

「……なるほど、才能(センス)がいい。“獲物”が“捕食者”に期待できるのは他の餌で自分自身を見逃してもらうことだけですものね」

 

好き放題言いやがる。

獲物か……くそ、俺たちは敵ですらないのかよ。

だが今は何も言い返せない。

 

「受け取れ!」

 

俺はナルトとサクラに目配せしつつ、巻物を放り投げた。

草忍が飛んでくる巻物に目を向けて………今だ!

 

「っなに!?」

 

ナルトが起爆札着きの苦無を。

 

サクラが煙球を。

 

そして俺は閃光玉を。

 

ほぼ同時に巻物めがけて投げつけた。

 

 

 

 

 

 

「っく、やるわね……こちらが巻物に注意をそらしたまさにその一瞬を狙って視界を奪うなんて」

 

煙がはれ、視力が回復したときには3人はすでに姿を消していた。

残されているのは放り投げられた天の書のみ。

地面には3人の者と思しき足跡が南に向かっている。

東側の樹の枝がついさっき蹴られたばかりのように揺れていて、血の跡が点々と北に続いていた。

 

「なるほど、追撃対策も完璧というわけね。あのカカシの部下なだけあるわ」

 

個人で、とっさの判断だけでできる芸当ではなかった。

おそらく事前に議論を重ね作戦を決めていたのだろう。

各々ができることを最大限に実行したチームワークのなせる業。

 

戦っても決して敵わないことを瞬時に理解し、さらに巻物を渡したところで見逃してもらえる保証がないことも見越しての作戦。

 

「さすがに巻物を回収している余裕はなかったようだけど……フフフ………大正解よ貴方達」

 

格上の敵と遭遇した時の対処法としては文句のつけようのない満点だ。

正直、周りのはゴミだと思ってたけど……やっぱり木ノ葉は人材が揃っているわ。

そう思いつつ、天の書を拾い上げて………

 

「……っこれは!?」

 

違う、外見こそ細工されて似せてはいるものの、手に持った時の感触が微妙に違った。

偽物! まさかこんなものまで………よく見れば天の文字の右下に小さく、本当に小さく『パ』と書かれている。

 

つまりこれは『天の書』ではなく『天パの書』である。

 

「………本当にいいセンスしてるわね」

 

ボンッと。

手にしていた『天パの書』が炎に包まれて爆散した。

ここまでカチンときたのは随分と久々の事だった。




天パの書の発案者はナルトです。
元々原作でも偽の巻物を作るという案自体は思いついていたので、サスケが歩み寄る姿勢を見せればこれくらいの作戦は実行できたと思います。

今後も数値的な能力パラメータこそ変化はさせないつもりですが、その他の数値以外での行動は徐々に変化させるつもりです。
コトみたいなオリキャラとかかわっているのに、原作と行動が全く変化なしというのも不自然ですので。


そして、前書きで語った能力パラメータです。
以下各数値解説(こちらの独自解釈を含みます)

忍 → 忍術への精通度や熟練度を示す。『忍術』には忍具を用いた術、刀などを用いた剣術、手裏剣術なども含む。要はどれだけ()()な術を使えるかを示すパラメータ。一部にしか効果のないお色気の術や、ただただ迷惑なだけの心転魂突きなどは如何に強力でも評価対象外。
体 → 体術への精通度や熟練度を示す。体力ではないことに注意。素手での戦闘力の数値なので忍具、武具、刀などの道具を用いた場合は含まれない。
幻 → 幻術への精通度や熟練度を示す。下忍では幻術の使い手はほぼいないので実質幻術をどれだけ見破れるか、食らった時にどれだけ抵抗できるかの値。
賢 → 知識の豊富さやIQの高さを示す。所謂賢さの値だが、忍びには頭が良くてもバカな奴、バカだけど悪知恵が働く奴などかなりいるのであまりあてにはしないよう。
力 → 腕力、脚力を始めとする全身の筋力を示す。速さと並んで戦闘力に直結する重要なパラメータ。
速 → 動作、反応などの俊敏さを示す。力と並んで戦闘力に直結するパラメータ。極端な話、パワーとスピードさえあればある程度までは戦える。
精 → チャクラの基である精神(スタミナ)量を示す。体力(スタミナ)の値でもあり、耐久力の値でもある。高ければ高いほどバテにくく、また打たれ強い。
印 → 印への精通度や熟練度を示す。術式の知識や理解度の値。これが高いとより有用な忍術が使えるようになるため、実質『忍』のパラメータとセット………のはずが、ナルト世代には血継限界、秘伝など知識がなくとも関係なく強力な術を使えるやつが多すぎるため、直接的な戦闘力とはほとんど関係のない、ただどれだけ勉学に秀でているかを示す値になってしまっている。

0~1 アカデミーレベルの数値。
1~2 標準。平均的な下忍はだいたいこの範囲に収まる。
2~3 優秀。新人中忍レベル。通常の新人下忍ではまずありえない。ナルト世代はオカシイ。
3~4 天才。ベテラン中忍、特別上忍レベル。スペシャリストを名乗っても恥ずかしくない数値。
4~5 規格外。上忍、火影レベル。5は事実上のカンスト、つまり計測不能。

さて、以上を踏まえて参考までにナルトたち第7班のパラメータを見てみると……

【挿絵表示】

彼らは新人下忍です。
新人下忍でこれです、非常識もいいところです。
サスケは全パラメータがほぼ中忍レベルだし、落ちこぼれなはずのナルトですらスタミナがぶっ飛んでます。
サクラはなんで情報処理室とかに行かなかったのってレベルの才女。
ナルト世代は全員こんな感じです。

そして第9班はというと

【挿絵表示】

はい、こんな感じになりました。
むっちゃ歪です。
コトは印と賢がカンスト(ただしバカじゃないとは言ってない)している代わりに、力、速、体などのフィジカル方面が壊滅しています(精が妙に高いのは千手の血と彼女自身の性癖故)
カナタは幻術使いだけあって幻の値が高いです。
マイカゼが実は一番バランスのいいパラメータしています。


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38話

今回も遅れました。

戦闘シーン苦手です。


うちはコトほど才能を無駄遣いしている存在はないとカナタ(わたし)は常々思っている。

 

「………口寄せですね」

 

「いきなり何の話よ?」

 

第二試験が開始してから……いや、開始する前からいろいろあってなんだかんだで天地の巻物を早々にそろえた私達第9班は、適度に休憩し適度に警戒しながら真っすぐゴールである中央の塔を目指し進んでいた。

道中は順調でこれといったトラブルは今のところ発生していない。

それこそ暇を持て余したコトが世間話をするような調子で脈絡のない話をしてしまう程度には平和だった。

 

「いやですから、天の書の中身ですよ。おそらく口寄せ術式です。確認してみた限りでは地の書も同じでしょうね」

 

「ちょっ!? 中身見たの!? 絶対に見ないって約束したからコトに預けてたのに!」

 

「いいえ、私は中身を見てませんよ」

 

「じゃあなんでそんなことわかるんだ?」

 

「たとえ開けなくても巻物の中身を推察する方法はあるんですよ」

 

巻物を開かなくても中身が分かる?

心底訳が分からないという表情を浮かべる私とマイカゼに対し、コトは丁寧にゆっくりと解説を始めた。

 

例えば、巻物の材質。

天の書は何の変哲もないただの紙の巻物だった、とコトは語った。

 

「起爆札は非常に燃えやすいように加工された特殊な紙で作られています。下手に燃え残ったりしたら困りますからね。逆に火を封ずる『封火法印』を書く紙には防火加工を施します。そりゃそうですよね、炎を閉じ込めるための檻なんですから。燃えたら大変なのです」

 

他にも水遁を発動する起水札は水に溶けないよう防水処理を、起雷札は電気を通すように金属の粉を混入したりなど。

特殊な効果を発揮する術式を書き込む紙にはそれ相応の特殊な加工が施されているものなのだそうで。

 

「そういう特殊な加工がなされた紙は、質感とか重量とか紙の厚みとかが微妙に違うから触ったらわかるんです」

 

「……触るだけでそんなことが分かるの? マジで?」

 

「マジです。今までどれだけ私が機密文書を触ってきたと思ってるんですか」

 

「知らないわよそんなこと」

 

改めてあり得ないと思う。

いったいどんな分析力しているのよ。

 

「そういう意味では天の書は正真正銘ただの紙の巻物です。開いたら爆発するとか、催眠術式がブワーと展開されて見た人を昏倒させるとかそういう仕掛けはありえません。ぶっちゃけた話、作りがチャチなんです。そんな大掛かりな細工を施す余地はないのですよ」

 

残念です、とコトは巻物をペン回しのペンごとくクルクルもて遊びながらつまらなそうにそう言い切った。

試験突破の要をぞんざいに扱わないでほしい。

よくわからないが、天の書は機密文書ソムリエコトのお眼鏡には適わなかったらしい。

そりゃ、たかが試験で下忍に本格使用の機密文書を持たせるわけないってのは道理なんだけど………

 

「私にはさっぱりわからん」

 

奇遇ねマイカゼ、私もよ。

というか試験を受けている下忍のほとんど全員がそんなの区別がつかないと思う。

 

「正直カナタならわかりそうな気もするんですが。私の札何枚か渡してあるじゃないですか。浄化清水と誘導加熱の札とか、質感が全然違いますよ?」

 

「分かるわけないでしょ」

 

貴女は私をなんだと思ってるのよ………

 

「とまあ、そんな感じで紙の質、重量、込められているチャクラの陰陽などの情報を総合した結果、この巻物は簡略化された口寄せの術式が込められていると判明したのですよ」

 

「おおお~!」

 

感嘆の声を上げるマイカゼ。

実際これは凄いわ。

 

「まあ、何が口寄せされるかまではわからないんですけどね」

 

「それでも十分に凄いじゃないか。それだけ分かれば………分かれば………あれ?」

 

何が凄いってこれだけの怪物じみた洞察能力が具体的には何の役にも立ってないあたりが特に。

結局、開いたら何が飛び出すのか分からないのが分かっただけじゃないの。

 

「いや実際よくできてるんですよこれ。ひょっとしたら過去にもこういうことした受験生がいたのかもしれません」

 

「………なるほど」

 

解析対策ってことね。

口寄せならたとえコトみたいな超ド級の解析能力者に中身がばれても問題にならないってことか。

う~ん、これはむしろコトの解析が無意味だったというより試験官が一枚上手だったってことなのかな。

 

「それにしても改めて凄まじいな。これがチャクラを色で識別するという写輪眼の力か」

 

「へ? 写輪眼使ってないですよ? というか使えません。未だオンオフの切り替えすらおぼつかないですし」

 

「写輪眼の意味がない!」

 

素で筆跡のコピーができて、文書を瞬間記憶し、触診と感知だけで巻物の中身を洞察するような変態に写輪眼は無用の長物過ぎるわ。

大根の桂剥きを極めた料理人にピーラーは必要ないのよ。

 

閑話休題。

内容自体は高度なはずなのに毒にも薬にもならない………残念なことに本当に何の役にも立たない無駄話をしながら森を進むことしばらく。

 

「―――っ!?」

 

「どうしたカナ………っ!!?」

 

「ほわぁ……!」

 

人の気配には気を付けているつもりだった。

いや、だからこそかしら。

 

突如目の前に現れた人外の巨体を前に私は一瞬完全に硬直してしまった。

無駄話をしている時間は終わった。

 

 

 

 

 

 

うちはコトほど馬鹿と天才は紙一重という言葉がしっくりくる奴はいないとマイカゼ(わたし)はいつも考えている。

 

「ねえ! ひょっとして“この子”死の森の(ぬし)とかそういうのなんじゃ………やっつけてしまっていいのですかね!?」

 

「主!? 知らないわよそんなの! どうでもいいし! 生態系とか食物連鎖とか知ったこっちゃないわ!!」

 

こんな時でもやっぱりどこかノホホンとしているコトにカナタが絶叫。

今まさに自分たちが殺されようとしているこの状況で相手の心配している場合か!?

平和主義もここまでくるともはやただのバカだと思う。

言いたいことは理解できるがな。

 

主、そう主だ。

 

死の森にもし、主なる存在がいるのだとすれば、まさしく目の前の怪物こそがそうなのだろう。

 

第二試験開始前に試験官みたらしアンコは言った。

「森に生息する毒虫や猛獣には気を付けろ」と。

確かにそう警告していた、だがしかしだ。

 

いくらなんでもこんなでっかいヘビが出るなんて聞いてない!

 

こんなの毒虫でも猛獣でもなくて怪獣じゃないか!

胴体の長さではなく“太さ”が私たちの身長ぐらいあるっていうのだから笑えない。

長さに至っては計測不能、鮮やかな蒼い鱗が禍々しくも神々しい、超絶ビッグサイズの怪物ヘビだ。

しかも、生えている牙の本数から鑑みるに毒ヘビだ。

私の知っているヘビの常識を完全に越えてしまっている。

毒のあるヘビって体が小さいのが普通じゃなかったのか………

 

しかも何が琴線に触れたのか知らないがコトを執拗に付け狙ってくる。

コトが目を逸らさずに後ずさりしても、死んだふりをしても、物陰に隠れて気配を消そうが、分身を囮にしようが、息を止めようが、話しかけて交渉しようが(その発想はなかった………)、猛然とコトのみをロックオンして突撃してくる。

何故なんだ、一体コトの何が奴をそこまで駆り立てるんだ?

 

「うわっまたこっちに来ました!」

 

「あわわわわこっち来るなぁああ!」

 

カナタが引きつった笑みを浮かべて牽制の苦無を雨あられと投げまくる。

狙いも何もあったものではない。

まるでブレないコトとは真逆でその場のテンションで性格や行動がガラリと変わるのがカナタという人間の特性だけど、ここまで乱れたのは久しぶりに見た。

熱しやすく、そして冷めやすい。

ちなみにコトはこの状態のカナタの投擲乱射を引きつり笑顔と合わせてひそかに『にこにこ弾幕』と呼んでいる。

 

しかし、全く通用しない。

このヘビ、巨体のわりにとんでもなく素早い上、鱗がとても硬いらしく苦無がまるで刺さる様子がなかった。

 

ヘビは苦無の弾幕をものともせず突き進み、コトをその長い体で絡めとり大口を開けてパクっと………

 

「んな!?」

 

「ギャーコトが食べられた………ああええぇえ!?」

 

と思ったら、コトがブバっと吐き出された。

周囲に飛び散るのはヘビの唾液と胃液ともつかないベトベトした液体と、果実のかけらに果汁。

………なるほど、そんな活用法があったのか。

 

「うちはコト、なかなかどうして『食えない女』だ………」

 

「うまいこと言ってる場合!? コト、大丈夫!?」

 

「無論です。この程度の攻めで私は満足しない!」

 

「よかった無事で………」

 

「無事なのか?」

 

全身をベトベトにされて顔を赤くしているコトはいろんな意味で手遅れな気がした。

本気になれば術のレパートリー的に食われる前にいくらでも対処できただろうに………とか考えていたら、木遁・果樹豊作(スイカ)を文字通り食らってゲロゲロしていたヘビが若干涙目になりながら巨体をくねらせ、再びこちらに向かってきた。

 

今度の狙いは………またコトか!

やむなく私はヘビとコトの間に強引に割って入る。

左手に刀、右手に鞘、そして口にくわえた苦無と左足まで、おおよそ考えうる限りの手数を全部使い、突進を無理やり受け止め………切れずに弾かれた。

衝撃よりも顎と歯が痛い………一応逸らすことには成功したがやっぱり再不斬さんのようにはいかない。

 

突進を逸らされたヘビがそのまま樹に激突してへし折り、そのまま樹の下敷きになった。

これで怯んでくれれば儲けものなんだが……まあ無理だろう。

 

メキメキと音を立てて折れた樹を振り払うヘビ。

その姿は当然のごとく無傷。

 

視線は真っすぐ樹の陰に隠れている私達………というよりコトの方に向けられている。

一体全体こいつは本当に何なんだ?

何故そこまで執拗にコトを狙う?

不味いもう一杯ってことなのか、あるいはただの報復か。

いくらヘビが執念深い生き物でも、ここまでくると不自然なものを感じる。

 

「もしかして、他の受験生の口寄せ動物だったりするのかしら?」

 

小さく、カナタがつぶやく。

確かに、それなら巻物を持っているコトばかりを執拗に狙うのは納得できるが………なんだろう、何か違う気がする。

まあ、今はそんなことを考えている場合じゃないか。

 

「それにしてもなんで居場所がこうも簡単にばれるのよ!?」

 

「よく分からないが、あの動きは間違いなく“視えている”な………白眼みたく透視能力でもあるのか」

 

「ピット器官ですね」

 

「ピットキカン?」

 

「ヘビは赤外線が見えるんですよ。要はサーモグラフィです」

 

「すまんもっとわからない」

 

「ええぇ~?」

 

ガーンとショックを受けたように固まるコト。

詳しい理屈は分からなかったが、とりあえず隠れるのは無駄だということだけはよくわかった。

ならば残る選択肢は迎撃しかない。

 

しかしあのヘビは巨体に似合わないスピードと、こちらの居場所を瞬時に察知する探知能力に加えこちらの攻撃を一切通さない強靭な鱗がある。

つまり撃退するには何とかして動きを止めて、どうにかして鱗を剥がして、その上で強力な術か何かの攻撃を叩き込まなければならないわけだ。

 

「………とりあえず動きを止めるのは私が何とかします」

 

「なら鱗は私が対処しよう」

 

「それじゃ私がとどめ役ってわけね………まあ、何とかするわ」

 

決まりだな。

方針が定まると、さっそくコトがヘビの前へと躍り出た。

口には例によって札が咥えられて………いやあれは咥えてるんじゃないな。

 

「はむはむ………ゴクン」

 

食べている、ヤギかお前は。

というかそういう使い方もありなのか。

何でもありだな符術。

 

「よしいきます! 火遁・花火!」

 

さっと虎の印を結ぶと、口から飛び出したのは直径1メートル前後の火球。

 

「『菊先光露(きくさきこうろ)』!」

 

真上に打ち上げられた火球が爆発し、ヘビの周囲に色とりどりの炎をまき散らした。

その瞬間、何があっても片時もコトから目を離さなかったヘビが初めてうろたえたように視線を泳がせた。

 

「やっぱり、熱に反応してたんですね」

 

鮮やかな炎が躍るように跳ね回りヘビをかく乱している。

その隙にコトがさらに印を結ぶ。

 

ヘビの口から蔓草が一斉に伸びた。

炎に惑わされていたヘビは突如生えた蔓草になすすべもない。

 

「宿木縛りの術成功!」

 

なるほど、わざわざ一度食われたのは口の中に種を仕込むためだったのか。

全く本当に抜け目がないな。

コトが味方でよかった………頼もしいかどうかはさておき、敵に回すとこれほど厄介な存在はない。

 

そんなことを考えつつ私は刀を構えて走る。

ヘビは私に全く反応しなかった。

顔全体に広がった蔓が口と眼を、そしておそらくピット器官なる部分まで完全に塞いでしまっているから。

 

「食らえ! 波の国の一流漁師カイザさん直伝の鱗削ぎ術!」

 

刃をヘビの胴体に対して水平に寝かせ、鱗と鱗の隙間に滑り込ませるように―――

 

(―――嗚呼、ヘビはこんな風に鳴くのだな)

 

意外と甲高い悲鳴が周囲に響き、蒼い鱗がひらひらと花びらのように舞い散った。

 

「ナイスコト、マイカゼ! あとは任せて!」

 

離脱する私とすれ違うようにカナタが前へ飛び出す。

目指すはついさっき私が鱗を削ぎ落しピンク色の肉がむき出しになっている部分だ。

 

カナタはのたうち回り振り回されるヘビの尻尾をかいくぐり、肉にぺたりと札を張り付けた。

表面に大きく『浄水』と書かれている。

コトお手製の札だ。

なるほど、これがカナタの取って置きか。

 

「へ?」

 

それを全く予想してなかったらしいコトが素っ頓狂な声を上げた。

 

コトは自他ともに認める非暴力主義者である。

それゆえ、彼女が扱いまた使用する札も、そのほとんどが非戦闘用の補助忍術であり殺傷力がまるでない。

 

だが何事にも例外はある。

というより便利な道具は便利であるがゆえに使い方を間違えるととんでもないことになると言った方が正しいか。

 

水遁・浄化清水

水から不純物を取り除き、真水に変える符術。

もちろんこれは飲料水を確保するための忍術ではある。

それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

 

だがこのとても便利で有用な術を、およそ70パーセントの水と30パーセントの肉と骨とその他諸々(ふじゅんぶつ)で構成された生物に対して発動するとどうなるか。

 

 

 

「符術・浄化清水………いや、疑似灼遁・水潤剥離(すいじゅんはくり)!」

 

今度は悲鳴すら上がらなかった。

 

「きゃあああああああああ!?」

 

いや、代わりにコトが悲鳴を上げた。

札の効果で精製された真水が噴水のように噴き出すのに並行してヘビはどんどん干からびていく。

 

「なななななんてことするんですかカナタ!?」

 

「コトがいつも言ってることでしょ? この世の全ての術は使いようだって」

 

「でもだからってこれはないでしょう!? もしこんな間違った使い方が広まって、何十年か後に「これはコトの卑劣な術だ」とか言われちゃったらどうするんですか!?」

 

「あ~そうよねそうならないためにも生き残って正しい使い方を広めないとね」

 

「う~ぐぬぬ」

 

言い返せず、悔しそうに地団太を踏むコト。

いや実際、強力だし凶悪だと思う。

相手が生物である限り、これを食らって生きていられる奴はいないだろう。

正しく必殺の技だ。

あと干物を作る時とかにも使えそうかな。

つくづくコトの札は何でもありだな。

 

水分を抜かれてガリガリに萎びてしまったヘビを見て私はふと考える。

あの波の国の一件の時、札が没収されてなかったら。

そしてカナタが札を持ち合わせていたら。

ひょっとすればあのイカも一瞬でスルメにできたかも………なぜか勝っているビジョンが浮かばないが。

 

「とりあえず、ここを離れましょ。花火やら悲鳴やらで騒がしくし過ぎたわ」

 

「そうだな。これ以上の厄介ごとはゴメンだ」

 

「ちょっと、まだ話は終わってな―――」

 

 

 

「―――素晴らしい」

 

 

 

あの時の、再不斬さんから受けたあれを殺気とするならば。

今回のはさながら狂気であり狂喜でもあり、なにより視線そのものが凶器だった。

 

「あ、あああああ」

 

カナタがへなへなと力なくその場にへたり込むのを、どこか遠い別の場所の出来事のように感じた。

 

一瞬の出来事だった。

私達第9班は、たった1人の草忍に。

あのヘビが可愛く見えるほどの悍ましい生き物に。

 

 

 

なすすべもなく蹂躙された。

 




なんだかんだでコトの忍術をいざ戦闘利用しようとするとえげつないことになるという話でした。

ポケモンのスイクン。
このすばのアクア様など、水を浄化する能力というのはファンタジーでは定番ですがよくよく考えたらものすごく凶悪だと思うんですよ。

こう、アクア様が、相手の傷口とか口の中とかに手を突っ込んで血や体液を………初めて見た時はなぜカエルが無事でいられたのかが不思議でなりませんでした。



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39話

今回本当に遅れました。
年をまたいで遅れてしまいました。

申し訳ございません。


ほぼほぼ忘れられていると思うので簡単なあらすじを述べますと。

中忍試験、死の森のサバイバル中にとてつもなくデカいヘビに出会い、何とかそれを撃退したと思ったら、今度はそれをはるかに越える化け物のような草忍(大蛇丸)に出会った。

というところです。





あと、最初に断言します。
コトに大蛇丸の“器”としての価値はゼロです。
本来はネタバレなのですが、感想欄のコメント見る限りほぼバレバレみたいなので。


「いろいろ気になる点はあったけど、とりあえずはこっちも合格ね」

 

中忍試験受験者の名も知らぬ草忍の顔を剥ぎ取り、なり替わっていた伝説の三忍、大蛇丸は圧倒的強者の立場からヤマト第9班をそう評価した。

 

第二試験の死の森での巻物争奪戦が始まってからこれまで大蛇丸が戦闘を行ったチームは9班ともう1組の合計2チーム。

いずれも以前から目をつけていたうちは一族の生き残りが所属する木ノ葉の班である。

 

最初に戦ったうちはサスケの所属するカカシ第7班はまさに期待通りであり、期待以上だった。

サスケのワンマンチームかと思いきや意外にチームワークもなかなかだったのは嬉しい誤算だ。

ただ唯一、サスケの眼がほとんど闇に染まっていなかったのが気がかりではあったが、“呪印”もしっかり刻んだことだし、今後染めていけばいいだろう。

 

そして、さっき戦ったうちはコトの第9班はというと、こちらはある意味期待外れであり、予想外でもあった。

 

(第一試験の時も感じたけど、うちはコトは戦士じゃなくて学者肌なのね。同じうちはでも、サスケ君とはまるで違うわ)

 

純粋な戦闘者、忍びとしての才能で器をはかるならばコトはサスケの足元にも及ばないだろう。

放たれた殺気に気づかない。

渦巻く悪意を察せない。

下手すればナルト以下の落ちこぼれ、正直、第一試験の“あれ”がなければとっくに見切りをつけていた。

 

ただしそれは個人での話。

 

間の抜けた能天気なおこちゃまでも、それすら作戦に組み込んでサポート(フォローともいう)できる優秀なカナタ(ブレイン)がいれば、脇をしっかり固めるマイカゼ(前衛)がいれば、十分活用できる。

 

そう、うずまきナルト(無鉄砲なウスラトンカチ)春野サクラ(足手まとい)をうまく利用してチーム一丸となって向かってきたうちはサスケのように。

 

(多芸、多彩、斬新かつ柔軟、チームとしての完成度でいえば、まだまだ粗削りだったサスケ君の班より上ね)

 

逃亡方法1つとってもセオリーから外れたものばかりで大いに楽しませてもらった。

特に最後の“あれ”は本気で度肝を抜かれた。

あの発想はなかったと素直に感心させられた。

 

そして、実際まんまと逃げおおせている。

伝説と謳われた三忍の一角、大蛇丸からだ。

 

(3人ともここで消すのは惜しいわね)

 

最初は周りのゴミを間引いて写輪眼を闇に染めるつもりだったが、気が変わった。

 

(こちらにもしっかり“呪印”を刻んだことだし、今回はこれでいいでしょう。全く、サスケ君といいこの子たちといい粒が揃っている木ノ葉は最高だわ)

 

 

 

 

 

 

「………なんとかにげきれた………のか?」

 

「どうかしらね、たんにみのがされただけかも」

 

カナタ(わたし)とマイカゼはひきつった顔で周囲に“あいつ”がいないことを確認し、息を吐いた。

まだ震えが止まらない。

正直、何で生きているのか不思議なくらいよ。

 

「まあとにかくいまはいきてることをよろこびましょう………コトはぶじ?」

 

「ぶじ………といっていいのやら」

 

とりあえず手近な葉っぱの陰に身を隠しつつ私たちは確認。

現在コトはあの草忍の噛みつき攻撃(首がめっちゃ伸びてたわ。どう考えても人間技じゃない)を受けて気絶している。

 

「………きぜつ? よね? しんでないよね?」

 

「わからない、とりあえずいきはしているみたいだが」

 

死んだように、というよりはむしろ糸の切れた人形みたいに動かない。

気を失っているというより、機能停止していると言った方がしっくりくる。

大丈夫よね?

 

 

 

 

 

 

これは夢ですね。

コト(わたし)はすぐに気づきました。

 

「………貴女は?」

 

『………お母さんもお父さんも、お姉ちゃんだって死なずに済んだはずなのに』

 

それもただの夢ではありません。

夢だけど、夢だと自覚できる程度には意識ははっきりしていて、それでいてどこか曖昧で。

そう、ちょうど九尾さんと邂逅した時と同じような感じ。

不思議な気分です。

まるで私の意識の中に私が認識できていなかった何かが紛れ込んで繋がったような………

 

九尾さんの時と違うのは、周囲の様子がさらにはっきりしないことと、対峙しているのが私自身だということです。

それも、今より幾分背が低いですね。

 

「昔の私?」

 

『どれだけ平和とか叫んでも、結局力がなければ何もできないじゃない! 私に力がなかったから………一族は滅んだ。あの時、もっと力が………力さえあれば!!』

 

幼い私が物凄い形相で叫びました。

驚きました。

私の中にこんな………

 

私はそんな幼い私を見て思わず………

 

『え?』

 

抱きしめました。

 

「良かった………ちゃんといたんですね。私の闇の心。正直、不安だったんですよ。どこにも見当たらないし見つけられなかったから。カナタにもオカシイってさんざん言われちゃいましたし」

 

『え? え??』

 

「ええ、ちゃんと分かってますよ。私は貴女なんですから」

 

戸惑ったような声を上げる幼い私を、私は優しく撫でます。

今の今まで認識できなかった、人として決して捨ててはいけない私の心の闇。

 

もう逃がしません。

 

『いや、待っ!』

 

「ひょっとしたら気づいていなかっただけで、貴女がいたからここまで頑張ってこれたのかもしれません。今までありがとう、私の陰、真なる私」

 

『何のことだ!? いや、それよりも何故精神が………これではまるで』

 

何時の間にか、足元から植物が生い茂っていました。

見る間に成長したそれらの蔓草は抱き合う私たちに絡みつき覆い隠してい行きます。

 

『こ、これはまさか千手の………よ、よせ! 私は、わたしは!!』

 

(わたし)(わたし)(わたし)(わたし)です、もういいんですよ。貴女は1人じゃないんですから。さア、ワタシトヒトツニナリマショウ?」

 

『やめろぉ! やめろやめロヤメロヤメロヤメ………』

 

 

 

「よし、いろいろ突っ込みたいところだけど、とりあえず頭冷やそうか愚かなる妹よ」

 

 

 

 

 

 

「―――んにゃ?」

 

「あ、めをさました」

 

「よかった………ホントいちじはどうなることかと」

 

私が目をあけて最初に飛び込んできた光景は、カナタとマイカゼが心底ほっとした様子で息を吐きだしたところでした。

空が暗い………夜ですね、気絶していた時間はおおよそ2~3時間といったところでしょうか。

 

「ごめんなさい………めいわくをかけました」

 

何やらまた足を引っ張ってしまった模様ですね。

 

「いいわよそんなこと。いつものことだし。むしろかんしゃしてるわ。コトがいなかったらおそらくさいしょの“さっき”をあびたじてんでうごくことすらままならなかったんだから」

 

「にげきれたのも、コトのふだのおかげだからな」

 

「にげきれたんですか………」

 

ということは、『あの術』は成功したんですね。

ぶっつけ本番でよくもまあ………あまりの綱渡り具合に今思い出しても心臓が止まりそうです。

見れば、カナタもマイカゼも未だに身体を小刻みに震わせています。

無理もありません、実際あの草忍さん、とんでもない人(?)でしたから。

 

 

札を用いた結界忍術による地雷作戦を展開すれば。

ワザと踏んで蹴散らされました。

 

煙球に紛れての撤退を試みれば。

風遁ですべて吹き払われました。

 

幻術による陽動を仕掛ければ。

さらに強力な幻術でもみ消されました。

 

木遁による防衛陣地を築いてみれば。

真正面から粉砕突破されました。

 

その次は火遁で、水遁で、風遁で、雷遁で、土遁で、写輪眼で、剣術で………事前に用意していた策はあっという間にネタ切れになり、必死に土壇場で考えた策であれこれあがいてみたものの、それこそ無駄なあがきにしかならず。

カナタの言霊の幻術は素で弾かれ、マイカゼの刀はまとめてへし折られ、私の札は発動する前に奪いとられ………

 

戦術ミスとか、準備不足とか、油断とか慢心とかそういうのじゃなくて。

 

ただただ単純に、上から叩き潰された。

ただただ純粋に、格の差で圧倒された。

 

結局逃げることすらできず、追い詰められるところまで追い詰められて、私たちはついに禁断のカードを切ったのでした。

 

禁符『超半化の術』

 

一切の加減なしで発動したそれの継続時間は今までで最長の24時間。

もちろん途中解除不能。

縮小倍率は驚きの100分の1。

 

ひとたび発動すれば丸1日アリと同サイズになってしまうという完全自爆符術を使うことで、私たちは最後の賭けに出た………というところで私は噛まれて気を失ったのです。

 

「なんとかいきのびることはできたみたいですけど………かんぱいです………」

 

あんなのでも下忍だなんて、本当、世界は広いです。

 

「まあ、つぎがんばりましょう。こんどあったときは………こんどこそしにそうね」

 

「しょうじき、もうにどとあいたくないな………コトはどうだ? うごけそうか?」

 

「なんとか」

 

右腕―――あの草忍さんに噛まれたところです―――に少しばかり違和感を覚えますが、それ以外はおおむね平気ですね。

………噛まれたところが痣というか、変な模様みたいに変色しているのが気になりますけど。

何でしょうこれ?

噛まれたときに何か注入された?

 

「だいじょうぶなの?………ものすごいふきつなんだけど」

 

「た、たぶん。いちおう、もくとんにめざめてからどくにはつよくなりましたし」

 

実はこれも原因がよくわかってないのですよね。

目覚めた木遁(千手の血統)のおかげなのか、はたまた九尾のチャクラの副作用なのか………

 

「あと、きぜつしているときになにかゆめをみていたようなきがするのですが………」

 

それも、かなり重要っぽい伏線が散りばめられた忘れちゃいけない系の。

しかし思い出そうとすればするほど記憶に靄が………

 

「………まあいいわ。いまはおいときましょう」

 

コトにわからないことが私にわかるはずもないし、とカナタとマイカゼ。

そんなところだけ買いかぶられても困るんですけど。

 

「あとでヤマトせんせいにそうだんするとして、そのためにもいまはぶじにいきのびるのがせんけつかな」

 

「そうだな」

 

「とにかく、もりのちゅうおうのとうをめざしましょう」

 

カナタもマイカゼも、もはや中忍試験のことは一切口にしませんでした。

そういう私も半ば諦めています。

集めていた巻物もなくしちゃいましたし、あんな下忍がいるんじゃなぁ………勝ち残れるわけないじゃないですか。

もっとも、今はあの草忍どころかそこら辺の虫にも負けそうなのですが。

 

「そもそも、はんかのじゅつのばいりつがむだにたかすぎるのよ」

 

「ですね。100ぶんの1じゃなくて、50ぶんの1くらいにしておけば………」

 

「たいしてかわらないだろそれ。それよりもまずはじゆうに………」

 

あれこれ言いあいながら、こそこそと身を隠す準備をする小さな私たち。

 

「コト、かんぜんかいじょとはいわないから、せめてこうかじかんをたんしゅくできない?」

 

「むちゃいいますねほんとうに!」

 

そんなこんなで死の森での最初の一日が過ぎていくのでした。

 

 

 

 

 

 

身体のサイズが100分の1になるということは、相対的に周囲の大きさや広さが100倍になるということです。

それがいったい何を意味するのか。

私たちは身をもって実感させられました。

 

「っく、私としたことが。身を隠すのに丁度よいサイズの穴が開いているからって不用意に飛び込み過ぎたわ………」

 

行けども行けども辿り着かない目的地。

何より、元のサイズと景色が変わりすぎてまともな方向感覚が働きません。

ちゃんと前に進んでいるのでしょうか。

 

「まさかアリの巣だったなんて」

 

「アリさんの建築技術は素晴らしいですね………こんなに小さいのによくもまあ」

 

張り巡らされた数々の天然の罠。

地下に築かれた迷宮で繰り広げられる命がけの脱走劇(要約。アリの巣でうっかり迷子になった)。

 

「痛感した………森は野生生物の楽園なんかじゃない。弱肉強食のただの無法地帯だっ!」

 

「ミミズだって、オケラだって、アメンボだって。みんなみんな生きているんだと悪い意味で理解させられるわ………友達にはなれそうにないけれど」

 

次から次へと現れる強敵たち(虫や小動物)。

大型の生物や本来争うはずだった他の受験生はどうなのかって?

あれらは台風とか嵐みたいな天災と同じカテゴリです、敵にすらなりえません。

矮小なる私たちはひたすら隠れてやり過ごすのみです。

そして、そんな野生にも慣れたころに襲い来る予想外の刺客。

 

「っふせろ!」

 

「っ!? これは!」

 

「リスです! でっかいリス! いや私たちが小さいんでしたか」

 

「下から見上げると意外にド迫力だな………」

 

「でもまあ、リスはリスでしょ。毒虫とかヘビとかイカに比べたらはるかにマシ―――△□○▽◇×!!!??」

 

「―――なんで、なんでリスの背中に“起爆札”が張り付いてるんですか!?」

 

「カミカゼ!? 自爆特攻なのか!? まさか私達を道連れに!?」

 

「こ、こいつかわいい顔してる癖になんて恐ろしいことを………ギャーこっち来たあぁぁああ!」

 

「大変です。急いで札を剥がしてあげにゃいっとぉあ!?」

 

「お前もう黙れ!」

 

「急いで逃げるに決まってるでしょおバカ!」

 

「ぶちましたねマイカゼ!? お父さんとお母さんとお姉ちゃんとサスケ君とカナタとサクラさんといのさんとヒナタさんとイルカ先生とスズメ先生と火影様とヤマト先生にしかぶたれたことないのに! 」

 

「ぶたれすぎだろ………」

 

それは人間の叡智と悪意が生み出した、自然ではない忍びの罠。

 

「何これ、隕石………じゃなくて苦無!? どっから飛んできたの!?」

 

「それよりも地面がオカシイです! こんな日当たりの悪い場所にこんな草が生えるわけがありません! それにこのあからさまにひっくり返されたばかりの石、土の色は………」

 

「よく見れば周りがブービートラップだらけだと!? まずいUターンだ!」

 

「出来るか! 後ろから小動物爆弾が迫ってきてるのよ!? このまま突っ込むしかないじゃない!」

 

無謀ともいえる突進。

己の直感のみを頼りに罠の隙間を掻い潜り、辿り着いた先に待っていたのは………

 

「眠っちゃダメ眠っちゃダメ眠っちゃダメ………」

 

「サクラさん!? それにナルト君にサスケ君が………」

 

「ついに3バカの妖精の幻覚まで………私もうダメかも。いやいや弱気になるな私! 私が2人を守らなくちゃ」

 

「幻覚じゃないって! こんな姿だけど私たちは本物の3バカ………って誰が3バカよ!?」

 

倒れ伏す仲間を必死に介抱する木ノ葉の同期でした。

 




NARUTO最強の忍びは誰なのかは議論の余地はあります。

でも、最強の細胞は間違いなく柱間細胞です。


彼女等はふざけているわけじゃないんですよ。
むしろ凄く真面目なんです。


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40話

今回も遅れました。
すみません。

前回の話で「あのヒナタにもぶたれるって、コトはいったい何やらかしたんだ?」的な感想が思いのほか多かったので、今回それに関するエピソードを少しばかり挿入。

やや無理やり気味ですが気にしないでくれると嬉しいです。


それは、まだカナタ(わたし)達がアカデミーを卒業する前の事。

当時のクラスメイトに、実技テストとか運動会とか、重要行事の度に体調を崩す女の子がいた。

日向ヒナタさん。

引っ込み思案で人見知り、後ろ向きで自分に自信がない性格。

だけど人一倍努力家であり、だからこそ無理がたたって結果が出せず、次こそはと意気込んでついつい無理をして………という悪循環を繰り返してしまう。

決してそれはワザとではなく、それ故に救いようがない。

そう、日向さんは救いようがないほどに本番に弱い女の子だった。

 

そんな救いようのない彼女を救い上げたのは我らが意外性ナンバーワン問題児うずまきナルト君である。

 

別に直接的に日向さんに何かしたわけじゃない。

行動とか、忍道とか、生き様とか背中とか、ただそういうのを示しただけ。

たぶん本人は救ったことにすら気づいていないと思う。

日向さんは、勝手に見て勝手に憧れ勝手に励んで勝手に奮起した。

 

その後、日向さんは無事アカデミーを卒業して下忍として頑張っている。

 

 

 

―――ここまでだと幼い日の美談で終わる。

だけど幸か不幸か、良くも悪くもこの話には裏があるわけで。

 

日向さんを精神的に救い上げたのはナルト君。

これは間違いないわ。

しかし、もっと直接的な方法で無理やり引きずり上げた、否、ひん剥いた奴が他にいる。

 

ナルト君と並び称される木ノ葉の二大問題児のもう一角、うちはコトよ。

 

その日コトは私と一緒に日向さんのお見舞いに訪れ、そこでコトは風邪で寝込んでいる彼女の悔し涙を見た。

 

悔しい、変わりたい、悔しい、ナルト君に格好悪い所見せたくない、悔しい。

悔しい悔しい悔しい。

 

 

悔しい。

 

 

精神的に弱っているのも相まって、普段は決して面には出さない、それこそ憧れの人(ナルトくん)には決して見せられないであろうむき出しの感情を見せつけられて、コトはどうしようもなく頑張って張り切った。

 

日向さんの風邪を治療した。

ここまででもまだ美談の範疇だと思う。

 

問題はコトの治療法にあるわけで。

一体何をしたのか。

 

端的に言ってしまえば、弱っていて抵抗できない日向さんを無理やり組み伏せてパンツを引きはがし座薬(大)を突っ込んだ。

 

日向さんがいろんな意味で一皮剥けた。

 

詳細は語らないし語れない。

主に日向さんの名誉のために。

 

 

その日以来、日向さんが学校行事の度に体調を崩すことはなくなり、日向さんとコトが打ち解ける(遠慮がなくなったともいう)切っ掛けにもなったわけだけど、客観的に見た時コトの行動は果たして正しいと言えるのかしら。

 

たぶん意見が割れる案件だと思うけれど、1つだけ確かなことがある。

 

『はい? やりすぎ? 治療を手加減する医者とか存在する価値あるんですか?』

 

こと治療に関して、コトは患者に対して一切の容赦がない。

 

 

 

 

 

 

―――だからこそ信頼できるともいえるけどね。

 

 

 

 

 

 

詳しい事情を聞く前に、詳しい事情を話す前に。

倒れている重体のナルト君とサスケ君を見て、必死にそれを守ろうとしている春野さんを見て。

 

何かもう、いろいろもろもろ全部すっ飛ばして治療に取り掛かっていた。

 

「サスケの首筋にあるのは………コトの痣と同じか?」

 

「どういうこと? 自然エネルギーが逆流してる!?」

 

「急いで配置についてください! 一刻の猶予もありません!」

 

誰が? カナタ(わたし)も含めたヤマト第9班全員がよ。

ああ、認めますよ。

確かに春野さんの言う通り、私たちはどうしようもなく『お人好しの集まり(3バカ)』ですよ。

 

「え? 何? コト達が小さくなってサスケ君に??」

 

状況が呑み込めず目を白黒させている春野さんとただ気絶してるだけみたいなナルト君をひとまず置き去りにしてコトが木遁の術を行使する。

セージに酷似した薬草の葉の部分を生やした端から摘み取って、口寄せしたヤカンに投入し、さらに浄化清水で精製した水を注いで………

 

「………何やってんの?………ハーブティーでも沸かそうっての?」

 

「違います。いや沸かすのは合ってますけど」

 

「それを飲んだらサスケ君は治るの?」

 

「いえ、飲ませるんじゃなくて蒸すんです」

 

「蒸すぅ!? サスケ君を!?」

 

「始めます!」

 

何言ってんだこいつ、と言った表情を浮かべる春野さんへの説明もそこそこにコトはヤカンを火にかける。

私とコトとマイカゼで、三角形を描くようにサスケ君を取り囲み、簡易的な儀式結界忍術を発動する。

発生した白い蒸気がサスケ君を包み込んだ。

 

「………これってひょっとして………四白霧陣(しはくむじん)!?」

 

「その、超々簡略版ね」

 

「その通りです。1人足りないから三白霧陣になっちゃってますけど」

 

「ヤマト先生がいればなぁ」

 

「な、なんであんたらはそんなニッチな結界忍術を習得してるのよ!? ていうかこれ屋内用の術じゃ………」

 

「説明は後! はいこれウチワ。扇ぐんです! 霧がサスケ君を満遍なく包み込むように!」

 

 

この霧の術、正式名称を『四白霧陣(しはくむじん)』と言い、様々な薬効成分を含んだ霧で患者を包み込むれっきとした医療用結界忍術である。

 

傍目にはサスケ君を蒸し焼きにしてるようにしか見えないけどね。

春野さんの言う通り本来は屋内用の術であり、間違っても外で発動するような術じゃない。

風が吹くたびに発生させた霧が流されて非効率なことこの上ないわ。

 

しかし、それでも確かに効果はあったみたい。

霧の向こうでサスケ君の顔色が目に見えてよくなったのが見えた。

 

気が抜けたようにへたり込む春野さん。

こら、休むな手を動かせ霧が散る。

 

「コトがこんな状態じゃなければ、ヤマト先生直伝の木遁建築術でいくらでも即席の家が建てられたのに………」

 

「は、半化中だって家の1つや2つ建てられるんですよ!」

 

「どうせ、ドールハウスだろう? さすがに私でも分かる」

 

「何の役に立つのよそれ?」

 

「ヒドいです!」

 

ちなみに今の私たちは超半化発動直後のアリンコサイズから親指の先くらいにまで大きくなっている。

大体3~4センチくらいかな。

これでもマシと思えるあたり相当毒されているわね。

 

「アホなこと言ってないでマイカゼと春野さんはとっとと扇ぐ! コトは次の薬草を出すの!」

 

快癒の兆しが見えたからって揃いも揃って気を抜き過ぎよ。

コトは………気が抜けているというよりどこか張りつめているような雰囲気だけど………嫌な予感。

 

「………コト? ところでこれ、いつまで続ければサスケ君は治るの?」

 

「………ぶっちゃけてしまうと、治りません」

 

コトはいつになく硬い表情で薬草を摘み取りながらそんなことを宣う。

 

「は?」

 

「サスケ君を蝕んでいるのは言うなれば副作用。毒………チャクラ? 液化した細胞? の本来の効能は恐らく別にあります」

 

四白霧陣は本来、強力な薬の副作用を和らげるための結界忍術でしかないわけで。

つまり、いくらサスケ君を長時間霧で包み込んだところで毒そのものが取り除かれるわけじゃない。

 

「ってか、本来の効能って何よ?」

 

「わかりません。もっと本格的な………それこそ設備の整った病院とかに連れてって本職のお医者さんに診てもらわないことには何とも………私もヤバいかもしれませんね。特に副作用に苦しむこともなくあっさり適合できちゃったのか逆に不気味です………」

 

そう言って小さく身を震わせるコト。

不吉なこと言うのやめてよ。

 

「素人診断ですけど私が診る限り………毒に侵されているというより病気に感染………むしろ寄生………肩からヘビが生えてきたりしたらどうしよう」

 

「やめろ! 本当に!」

 

「封印術か何かで封じ込められないの? 肌に直接術式書いてさ。ほら、コトそういうの得意じゃない?」

 

「そういうのって特別な部屋………霊的に清浄な空間じゃないといろいろ混ざっちゃうんですよね。水の中で絵を描くようなものです。ついでに言えば術式を書く(インク)も足りないです………」

 

「要するに、小さくなってさえなければどうにかなったわけね………」

 

木遁使いで巫女な普段のコトなら、そんな空間いくらでも創り出せたでしょうに。

分かってはいたけど、本当にどこまでもデメリットしかないわね超半化。

 

結局、原因物質を吸い出すもしくは封じ込めるといった直接的な手段が現状不可能である以上、結界忍術にじっくり漬け込み症状を和らげて慣らすしかない。

というか、それくらいしかすることがない。

 

「そういえば、聞きそびれてたけど一体何があったのよアンタら」

 

「仕方なかったんですよ。とんでもなく強い人に遭遇しちゃって逃げるためにやむを得ず………って、今それよりサスケ君です」

 

目を泳がせて話題を逸らす、もとい脱線しかけた話を戻すコト。

 

「………なんにせよ、私たちの中忍試験はここまでね」

 

サスケ君が目を覚ますのにいったいどれくらいの時間がかかるのかは未定だけど、少なくとも5日以内にどうにかなるとは思えない。

そして何よりこんなにハーブの香りや霧をモクモクさせておいて誰にも気づかれないはずがない。

というか、もうバレてるわね。

私たちのすぐ近くに3人、少し遠くでこちらに高速で向かってきているのが1人、さらに隠れてこそこそしてるのが3人。

まずい、近くの奴らが非情な連中だったら、木ノ葉2班まとめて中忍試験どころか命そのものが終わってしまう。

 

「………ゴメン」

 

「別にいいよ。困ったときはお互い様だし」

 

こうなったらもはや一蓮托生よ。

 

「生きてさえいれば機会はある」

 

「それにそこは、ゴメンじゃなくてありがとうっていう場面です」

 

「うん………ありが―――」

 

 

 

「それは困るなぁ。サスケ君には今すぐ起きてもらわないと。僕たちそいつと戦いたいんでね」

 

ああ、ダメか。

私は乾いた笑みを浮かべつつ覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

苦しむサスケ君を前に何もできずにいたサクラ(わたし)の前に、なんの偶然か小さくなった3バ………カナタ達が現れた。

サスケ君の治療がひと段落して試験は無理だけど何とか助かりそう。

そう思った矢先の出来事だった。

 

いきなり現れた包帯で顔の大部分を隠した不気味な男を中心とした3人組。

3人とも「♪」のマークが刻まれた額当てをしている。

 

「何やらへんてこな術で縮んでるやつらと合流して、これまた何か奇天烈な術を始めたので少しばかり警戒していたんだけどね………さすがに待ちくたびれたよ」

 

音忍―――ということはこいつらが!

 

「な、何言ってるのよ! 大蛇丸って奴が陰で糸引いてるのは知ってるわ………いったい何が目的なのよ!?」

 

あの時、大蛇丸が言っていた配下の、音忍三人衆!

 

「サスケ君をこんなにしといて………何が戦いたいよ!!」

 

「(………? どういうこと? あの人たちって確か)」

 

「(第一筆記試験の前に暴れてたやつだな)」

 

「(カブトさんを襲った人たちです………けど、サスケ君と戦いたい? 何か因縁ありましたっけ?)」

 

小さいコト達がサスケ君の治療を継続しながら足元でわちゃわちゃ混乱しているけど、今はそれどころじゃない。

 

そして混乱しているのは向こう側も同じみたい。

私の指摘に酷く狼狽している………どういうこと?

情報が伝達されてない?

 

「………………さーて、何をお考えなのかなあの人は」

 

「しかし、それを聞いちゃあ黙ってられねーな。この女も俺がやる。サスケとやらも俺がやる。あのちっこい奴らは………無視でいいだろ」

 

「待てザク」

 

「あ? なんだよ」

 

罠を仕掛けてある手前で足を止めてかがみ込む包帯男。

バレた。

でもこれは作戦通り。

この罠はいわば囮、本命の罠は別にあるんだから。

 

「ベタだなぁ。ひっくり返されたばかりの石、土の色、この草はこんな所には生えない。バレないように作らなきゃ意味無いよ………ブービートラップってのはさ」

 

そう言って足元の地面を踏まない様に大きく跳躍してこちらに飛び掛かってくる3人。

かかった!

 

「丸太!? 上にもトラップが! ヤバい!」

 

振り子で加速しながら迫りくる巨大な丸太に、空中で身動きが取れない奴らはなす術もなく―――

 

「………なーんてね知ってたよ。もう一度言うけど、トラップはバレちゃ意味無いよ」

 

「そんな………」

 

包帯男は余裕綽々で丸太に手をかざし………

 

「待て! 違う! 左だ!」

 

「何!?」

 

突如響いた仲間の『声』に彼はとっさに反応して………『下』から飛び出した丸太に対応できずに吹っ飛ばされた。

 

「い、一体何「全く、何が左ですか適当なことを言いやがって。使えないだけならまだしも足を引っ張らないでくださいよ」なっ!?」

 

「なんだと!? ドスてめぇ!!」

 

「ち、ちがっ、今のは僕じゃ!」

 

突如仲間割れを始める3人………いや2人。

当たり所が悪かったのか、黒髪の女は完全に伸びている。

これは………

 

「ダメもとでやってみたけど………まさかこんなおバカな罠に引っかかるなんて」

 

ふと見れば、カナタが口と目を真ん丸に開けて唖然としていた。

 

「カナタ!?」

 

「カナタ凄いです!」

 

「さすがだなカナタ!」

 

「っく! 褒められてるのにバカにされているようにしか聞こえないっ!」

 

擬音の術。

声真似の術ともいう、カナタの十八番。

あまりにも単純でそのまんま過ぎる術の効果だけど、だからこそ応用力の試される術とも言えなくもないかも………実際、物凄い効いたわけだし。

でもさすがに長くは続かないらしい。

すぐにバレた。

 

「てめぇの仕業かクソチビがぁ!」

 

「うるさい! 私としても予想外過ぎてリアクションに困ってんのよ! ていうかこんなの引っかかる方が悪いわバーカバーカ!」

 

「………○△×殺□っ!!」

 

むっちゃ怒ってる。

髪の毛を逆立たせた………包帯男にザクって呼ばれてたやつが言葉にならないくらい怒ってる!

 

「ブッコロス!!!」

 

「っちょっ、どうすんのよあんなに怒らせて!」

 

「しまった! ついうっかりその場の勢いで!」

 

「雑魚のくせに………そういう奴はもっと身の程わきまえて努力しないとダメでしょ! 弱い君が僕らをなめちゃいけないなぁ!!」

 

激高し襲い掛かってくる2人。

全体絶命、今度こそなす術がない―――

 

 

 

―――木ノ葉旋風!!

 

 

 

「だったら君たちも、努力するべきですね」

 

だけど、その絶望は一瞬で吹き払われた。

 

「な、何者です!?」

 

「木ノ葉の美しき碧い野獣、ロック・リーだ!」




子供のいる親、あるいは年の離れた弟妹がいる人は割と経験あると思いますが、仲の良いとはいえ血のつながりのない同級生相手とかさすがに聞いたことがないです。

なお、実行犯はコトですけど、それを止めなかったカナタも大概オカシイ。
冷静でクールを装ってますけど自覚ないだけで素の性格は相当はっちゃけてます。

アカデミー時代では、いのが最大派閥のリーダーなのに対してカナタは変人奇人はみ出し者のまとめ役といった感じでした。

例えるなら、いのは心理掌握でカナタは超電磁砲です。
能力的にもそんな感じですし。


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41話

遅れました。
しかも短いですすみません。



話は変わりますが、僕はNARUTOだけじゃなくワンピースも好きです。
特にフランキーとかジャンゴとか、ルフィのゴム能力とか最近だとカタクリのモチもそうですけど、あの『どう考えてもふざけてるとしか思えない面白能力』なのにめちゃくちゃ強いとか本当にツボです。



まただ。

また助けられた。

 

本当にいつもそう。

足手まといにしかなってない。

 

いつだって守られているだけ。

悔しい………

 

この中忍試験では今度こそって覚悟を決めたつもりだった。

今度こそはサクラ(わたし)がみんなを守るんだって決めてたはずなのに………

 

それなのに、結局私はまたみんなに助けられてる。

 

窮地に颯爽と駆けつけてくれたのはリーさんだった。

倒れたサスケ君を治療したのはコトたちだった。

 

いつも私を前で引っ張ってくれたのはサスケ君だった。

いつも私を前でかばってくれたのはナルトだった。

 

いつも私は2人の後ろ姿を見てるだけだった。

 

サスケ君のこと、いつも好きだって言ってるのに。

ナルトのこと、いつも偉そうに説教してるのに。

 

でも、もうそれも終わり。

みんな、今度は私の後ろ姿を、しっかり見ててください―――

 

 

 

 

 

 

音の三人衆とロック・リーが戦闘を始めた丁度その頃。

交戦地からやや離れた茂みの中で。

 

「あ~~~ん! 弱そうな奴なんて全然見つかんなーい!!」

 

山中いのがついに頭を抱えて絶叫した。

中忍第二試験、死の森でのサバイバルが始まってからずっとコソコソと隠れながら進んでいたが、ここにきて我慢の限界が来たらしいな。

 

面倒くせぇ………

弱そうな奴? いるわけないだろそんなの。

ここにいる連中全員中忍候補生だぜ?

みんな強いに決まってんだろ。

つーか、アスマの野郎はなんだって奈良シカマル(おれ)達みたいなド新人を推薦なんかしたんだよ。

 

「いやホント、真面目な話俺らより弱いっつったらナルトチームくらいだっつーんだよ」

 

「バーカ何言ってんのー!!」

 

「何が!?」

 

「ナルトとサクラは確かにヘボだけど、あそこには超~天才サスケ君がいるでしょォー!」

 

チームのうち誰か1人でもリタイヤした時点で失格になるルールで、1人だけとびぬけて強くても意味ねーだろーが。

 

アカデミー時代、誰ともつるむことなく一匹狼気取ってたサスケだ。

そんな奴が下忍になっていきなりチームワークに目覚めるとは到底思えねーよ。

ナルトとサクラを無視してひたすら独走し………バラバラになったところを各個撃破される光景しか浮かばねー。

 

「天才も、実戦じゃ案外モロいもんだぜ………あ~ハイハイ悪かったよ癇に障っちまって」

 

いのが物凄い形相で睨んできたので俺はすぐさま話を切り上げる。

ったく、メンドくせー奴。

サスケのことちょっとでも悪く言うとこれだもんな………

 

 

「じゃあコトのチームはどうなの?」

 

 

不意に、今までずっと空腹でへばってた班員の秋道チョウジが口を開いた。

揃って硬直する俺といの。

こいつ………俺らが必死に避けてたことを。

 

「いや、まあ………確かに、弱そうなチームではあるかな」

 

いのが目を泳がせながら曖昧に言葉を濁す。

確かに、いのの言う通り弱そうなチームではある。

ただし、実際に弱いかどうかは別問題だ。

 

「じゃあ強いの?」

 

「いやそれも分かんねー」

 

「?」

 

「要するによく分からないのよあの子。強いのか弱いのか賢いのかバカなのか」

 

普段はあっさりしてるいのが珍しく曖昧な発言をする。

まあ、言いたいことはわかる。

俺もあんな不確定要素の塊みたいな奴に手ぇ出したくねーよ。

何しでかすか全く計算できん。

なんだかんだ言って、敵に回して一番厄介なのは結局ああいうタイプだったりするんだよなぁ………

 

………まあ、あとは単純に女だから戦いにくいってのもあるけどな。

 

「とにかく、サスケ君がやられるわけがないわ! サクラやコトはともかく! これは絶対よ!」

 

いのが自分に言い聞かせるように断言した。

だから根拠ねーだろそれ。

 

「あ、サスケがぶっ倒れてる」

 

そしてチョウジは空気読めよ、またいのがキーキー喚きだす………ってマジか。

 

「―――で、サクラが戦ってる」

 

「!? あ!」

 

チョウジが指さした方を見ると、本当にサスケが倒れてやがる。

その隣にはナルトも同じように気絶? して寝かされている、こっちもやられたらしいな。

 

あの音忍(オタマジャクシ)の3人………いや2人の仕業か?

1人はすでにやったらしい。

 

残っているのは確かリーとか言うオカッパ頭の先輩とサクラ、それに倒れているサスケの周囲にワラワラとたかって煙を焚いている………

 

「一番手前の包帯グルグルは音で攻撃してくるわ! 右腕がスピーカーになってる!」

 

「隣のツンツン頭さんも両腕に何か仕込んでるのですよ! チャクラの流れがおかしいです。たぶんチャクラの性質変化を補助する変換機的なやつと見た!」

 

「えっと、えっと………一番後ろの黒髪の女は千本使いだ! タコのでき方が前に戦った白さんと似てる! もう伸びてるからこの情報意味ないけど!」

 

 

 

「………なんなのあのチビ軍団?」

 

「知るかよ。俺に聞くなよ」

 

たぶん、コト達3人組なんだろーけど………なんで小さいんだ?

敵に変な術でもかけられたか………

 

「あの術、もう完成させてたんだ………」

 

「知ってんのかチョウジ!?」

 

「アカデミーに通ってた時、コトに新術開発のための参考として倍化の術のことをいろいろ聞かれたことがあったんだ」

 

「………そういうことかよ」

 

なんかもうそれだけでいろいろ察せられた。

秋道一族の秘伝を中途半端に聞きかじっていじくった結果があれか。

問題児め、いらん逆転の発想をしやがって。

 

「つーか、なんだってそんなことホイホイ喋ったんだよ!?」

 

「いや、ほとんど大したことは喋ってないはずだし………それに『どんなに少ない量の料理でも必ず満腹になれる術』を開発したいって言ってたからてっきり料理を無限に増やす術なのかなって思っちゃって………」

 

「………絶妙に嘘はついてねーのな」

 

能天気なクセして抜け目ねーな。

コトのこういうところ本当に厄介なんだよなぁ。

そして、チビ3人組に輪をかけて意味不明なのが………

 

「しゃあああああんなろおおぉああぁああ!!!」

 

獣じみた咆哮を上げて戦ってるサクラだ。

単なる暴走とかじゃねえ、普通に強えー。

動きのキレがヤバい。

あのリーって奴に全く後れを取ってねぇぞ!?

いや逆か?

どっか負傷したのかリーの奴の動きが妙にぎこちないが………いやそれでもヤベーわ。

 

「オラオラオラオラオラオラァ!!」

 

ラッシュに次ぐラッシュ。

怒涛の連続攻撃でつんつん頭のヤローに反撃の隙を与えない。

 

「素晴らしい動きですサクラさん! ますます惚れ直しました!」

 

「だぉらっしゃあああ!!」

 

 

 

「………あれがサクラか?」

 

正直、信じらんねー。

いったい何がどうなったらあの猫かぶりが………

俺やチョウジがあまりの光景に呆然としていると、

 

「っおい!?」

 

いのが不意に飛び出した。

あのバカ、いきなり何を!?

 

まさか加勢する気かと思いきや、いのは音忍のツンツン頭やスピーカー包帯男には目もくれず、まっすぐに倒れて燻されているサスケの方に向かっていき………

 

 

「くぉおらぁコトォ!! あれ絶対あんたの仕業でしょ! あんたいったいサクラに何してくれたのよ!!?」

 

「うぇえ!? いのさん? いきなりどうし………ふぎゃああ!?」

 

「ま、待って! 話せば分かる!」

 

「これには深い訳があるんだ!」

 

 

 

女ってこえー。

 

「いったい何考えてんだよいの~………ってシカマルも行くの!?」

 

「ああそうだよバカ! (いの)が飛び出したのに(オレら)だけ隠れてられるか!」

 

「俺らって僕も行くの!? って待って待ってマフラー引っ張らないで!?」

 

 

 

 

 

 

『いいですか? ではまず私の写輪眼()をじっと見てください』

 

『はぁ!? どういうことよ!? 私はなんでもいいから身体が動くようにしてくれるだけで………』

 

『いいから見るの! ………いいですかサクラさん? 3つ数えたら貴女は強くなります』

 

『いや本当に何言って………冗談に付き合ってる暇は!』

 

『冗談じゃないのです! 信じてください! 私、幻術は本当にヘタッピだから相手の方からかかりに来てくれないと成功しないんですよ。だから疑わないで私の眼をじっと見る! ほ~ら貴女は強くなる。疲労は完全回復し、だんだんだんだん強くな~る』

 

『な、なんか写輪眼の使い方致命的に間違えてない? ってか、これ幻術じゃなくて催眠術………あれ、なんだか吸い込まれそうな………』

 

『今こそ、内に眠りし本当の自分を解放する時!』

 

『眼の………紋様が………変わって』

 

『いち、にー、さーん!』

 

魔幻・心操真裏(しんそうしんり)

 

 

 

 

 

 

かくかくしかじか。

コトがサクラに何をしたのかいのに大雑把に説明する。

案の定というか当然というか、想像したとおりにいのがキレた。

 

「コト! アンタまたそんなアホな術を………」

 

「だ、だって私! 知らなかったんです! サクラさんの内側にあんなおっかないのが眠ってたなんて! そりゃ人間誰しも裏表があって当たり前とは言いますけどそれにしたって限度があるでしょう限度が!」

 

「開き直ってんじゃないわよ! ってかカナタもマイカゼも見てたんなら止めなさいよアンタ等の役目でしょーが!」

 

「そ、それに関しては返す言葉もないわ………でも大丈夫! 所詮は単なる暗示、効果は一時的よ! だから落ち着いて山中さん!」

 

「そうだ! だから何も心配はない! 私たちが保証する!」

 

「べ、別に私はサクラのこと心配してるわけじゃ………」

 

俺は努めて冷静にサクラたちと戦っている音忍たちを観察する。

女ばっかりがギャーギャー騒いでいるのに極力関わらないようにしながら。

女の友情は本当にメンドクセーなおい。

 

「俺さ。コト(あいつ)だけは敵に回したくねーとは思ってたけどよ………ぶっちゃけ味方にも回したくねーわ」

 

「コメディの登場人物にしかなれないタイプだねきっと」

 

なんなんだよこれふざけてんのかよ。

いやふざけているわけじゃない、真面目にやってこれなんだ。

マジありえね~。

ただそれでもウソはついてないみてーだが。

なるほど確かに、サクラのパワーアップは一時的なものであるらしい。

こうして見ている間にも徐々に動きが悪くなっていくのが分かる。

後リーも限界が近いみてーだ。

仕方ねー。

 

「めんどくせーけど、やるしかねーな。行くぞチョウジ!」

 

「ええ~? 猪鹿蝶じゃなくて僕たち2人だけでやるの!? 無理だってあいつらヤバそうだし………」

 

 

「っち、また木ノ葉の子虫がうようよと………まあ、問題はありませんか。特にあの()()は大したことなさそうだ」

 

 

「やろうシカマル。どうやら音は戦争をご所望のようだ」

 

 

「僕はデブじゃない! ポッチャリ系だこらあああ!!」と突っ込んでいくチョウジ。

チョウジにとってデブは禁句だ。

ラッキー………んなわけない。

 

俺は視線だけで後ろを振り返る。

 

「………後でちゃんと謝っておけよ?」

 

「………うん、わかってるわ」

 

カナタはバツが悪そうに目をそらした。

 

 

 

いや本当にこのチームは敵に回したくねーな。




ワンピースが連載を開始してずいぶん経った昨今、エネルギーステロイドとかチユチユの実とかいろいろ強化、支援するバフ系の能力、アイテムのバリエーションが増えてきていますけど。

未だにこれといったデメリットもなく最強なのはあの催眠術だと思っています。

なお、この催眠眼は『内なるサクラ』を秘めたサクラだからああなったのであって、他の人ではそれぞれ違った効果になります。

リーの場合は泥酔酒乱モード。
ヒナタだと限定月読の時のようなギャルヒナ化するんじゃないかなと妄想。


各キャラが内に何を秘めているか想像するのは愉しいです。
二次創作のだいご味です。

………キャラによっては力と引き換えに(社会的に)死にかねないですねこれ。


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42話

今回も遅れました。
なかなか思うように執筆速度が上がりません………


最初にリー先輩が駆けつけて、表蓮華(ここ一番の大技)を無力化されて、代わりに催眠強化された春野さんが奮闘して、それでも一歩及ばなくて、そこに猪鹿蝶の3人組が飛び込んできてくれて。

ようやく、ようやくこの戦いにも勝ち目が見えてきたわ。

 

「影真似の術! ………成功!」

 

「な!? 身体が!?」

 

「よし!」

 

「忍法・倍化の術! からの木ノ葉流体術、肉弾戦車!」

 

「クソ! 次から次へとヘンテコな術を………木ノ葉はこんなのばっかりかよ!」

 

「ちょっとその言い方やめてください!」

 

「まるで木ノ葉には変な術しかないみたいに聞こえるじゃない!」

 

「その通りだって言ってんだよバカども!」

 

失敬な。

コトのはともかく、カナタ(わたし)の擬音の術は教科書にもちゃんと載ってる普通の術だし、奈良君と秋道君のそれだって紛れもなく木ノ葉の秘伝忍術なのに。

 

忍法・影真似の術。

奈良一族の秘伝忍術で、自分の影と相手の影をつなぎ合わせ、相手に同じ動きを強要する拘束忍術。

 

忍法・倍化の術。

身体の一部、あるいは五体全身を一時的に肥大化させる秋道一族の秘伝忍術。

 

ちなみに肉弾戦車は倍化の術で球状に肥大化させた胴体部分に頭と両手足を亀みたいにうずめ転がる技よ………ヘンテコなのは否定できないけど強力な術なのよ!

 

「挑発に乗るなザク! 冷静になれ!」

 

「そんなポーズで言っても説得力ねーよドス!」

 

「っち、使えない奴め」

 

「なんだとぉ!?」

 

「い、いや今のは僕じゃ………」

 

 

「………連続でも意外とバレないものなのね」

 

擬音の術をこんな風に使ったのは今回が初めてだったけど。

あとマスクとか包帯とかで口元が隠れてるやつは真似が楽だわ。

唇の動きとかいちいち気にしなくていいし。

今後はたけ先生とか、油女君のいるチームを相手にした時とかも使えるかも………いや無理かな。

 

こんな面白いくらいに引っ掛けられたのは私の声真似が優れているからじゃない。

敵チームの結束がどうしようもなく脆過ぎたのよ。

それこそこんなしょうもない手で瓦解してしまうほどに。

 

音隠れの里って一体全体どういう忍び里なのかしら。

個々の戦闘力は一線級なのにチームワークはお粗末なんて、木ノ葉じゃとても考えられない。

音の上司はいったい何を考えて………

 

「おい、アホやって惚けてる場合かよ。残った衝撃波の野郎はどうすんだ? 俺の影真似もそう長くはもたねーぞ」

 

「わかってるわよ………」

 

疑問はひとまず置いておこう。

リー先輩も、春野さんもボロボロになりながら必死に奮闘している。

特に春野さんはとっくに限界のはずだった。

 

「なりふり構ってられないか。よし、奈良君。2歩進んで1歩左」

 

「は? いきなり何を………そういうことか」

 

こちらの意図を瞬時に理解した奈良君。

話早くて本当に助かるわ。

今でこそ山中さんや私(じょせい)に遠慮してるけど、彼ってどう考えても駒じゃなくて差し手タイプよね。

奈良君が早速私の言ったとおりに移動してくれる。

 

「いったい何を………なっ!? そこは!」

 

もちろん影でつながったドスもそれと同じように移動して………すぐさま『それ』に気付いた。

 

「待っ―――」

 

「遅い」

 

ドスの左足が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()地面を踏んだ。

 

カチっという音がした。

 

爆発、轟音。

後に残ったのはプスプスと煙を上げて横たわる重傷包帯男。

要は使いようよね。

見え見えのトラップでも意味はあるのよ。

 

「さすが奈良君。見事な桂馬の動き」

 

「褒めてんのかそれ?」

 

「もちろん。好きでしょ桂馬」

 

「いやカンケーねーし。つーか、えげつねぇ………」

 

何言ってるの、やったのは奈良君で仕掛けたのは春野さんでしょ。

私は悪くないわ。

 

さて、残ったのはもうザクだけだけど………こっちも終わりそうね。

 

「シカマル、私の身体お願いね!」

 

忍法・心転身の術!

 

「ドス!? テメーらよくもやりやがった………な………これでおしまいよ!」

 

爆発に巻き込まれたドスに気を取られた一瞬の隙をついて、山中さんの忍法・心転身の術がザクの身体を捕らえた。

 

心転身の術。

相手の精神に自分の精神を潜り込ませ身体を乗っ取る山中一族の秘伝忍術。

 

これで詰みね。

 

「終わったな………」

 

「ええ。あとは音の連中を拘束して、ついでに巻物をいただいて………え?」

 

「カハッ!?」

 

「んな!?」

 

「え!?」

 

山中さんに乗っ取られて動きを止めていたザクの身体が殴り飛ばされた。

 

戦いは終わったのに、それでもなお止まらない春野さんの手によって。

 

「サクラ!?」

 

「サクラさん!?」

 

なんで?

いったいどうして………

 

「守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ私がみみみんなをまま守ももラナキャ………」

 

「マズイ。精神が暴走してる!」

 

「やっぱ欠陥忍術じゃねーか!」

 

「コト! 早く解除!」

 

「もうやってます! 解! 解! ………ダメです! サクラさんの幻術耐性が高すぎて弾かれちゃう!」

 

コトの魔幻・心操真裏は自分で自分に幻術をかけさせる、いわば自己暗示を補強する催眠術。

故にその効力は対象の幻術の素養、精神性に左右されやすく、それらの要素が奇跡的にかみ合えばこういうことも稀に起こりえる………………ひょっとして春野さん、実は幻術の隠れた天才だったりする?

 

悪くないわ、うん。

非凡なのは素直に喜ばしいことよ………だけど、何もこんなタイミングで隠された才能とか発揮しなくてもいいじゃない!

 

「いの! そのカッコじゃ巻き添えだぞ! 元の身体に戻れ! チョージもこっち来い!」

 

真っ先に動いたのはやっぱり奈良君だった。

見切り早すぎィ! ってか完全に隠れてやり過ごす心算か!

 

春野さんがすでに意識を失っているザクに馬乗りになり、殴る。

殴る。

殴る殴る殴る。

 

「あわわわ………」

 

猪鹿蝶トリオは逃げた。

リー先輩も消耗している。

こうなったら………私が歌うしか。

 

「やめろ!」

 

血相を変えて止めてくるマイカゼ。

なんでよ。

 

「だって、暗示の幻術を止められないならより強力な幻術で上書きするしかないじゃない」

 

「あの波の国での一件を忘れたのか! 頼むからこれ以上話をややこしくするな!」

 

「だったら他にどうすれば………うわ!?」

 

 

―――不意に風が駆け抜けた。

 

 

「サクラ、もういい………」

 

 

いつの間にか、意識を取り戻したサスケ君が春野さんの振り上げた手をつかんで止めていた。

 

「さすけくん………?」

 

「ああ、俺だ。もう大丈夫だ。ありがとうサクラ」

 

信じられない。

コトの見立てでは、サスケ君が動けるまでに復活するにはもっと時間がかかるって話だったのに。

首筋の痣が身体と顔の半分近くまで広がっている上にチャクラがヤバい、桁外れにデカいのに加えて凄く濁っている。

もともとのサスケ君のチャクラと外部から逆流した自然エネルギーチャクラが無茶苦茶に混ざり合ってるのかしら。

 

「そう……よかった………わたしはみんなを………まも……れ………て」

 

春野さんの身体から力が抜ける。

サスケ君はそっと春野さんの身体を横たえた。

 

今度こそ終わった………

 

 

 

「さて、と………で、誰だ? サクラをこんなにしたのは」

 

サスケ君に睨まれてコトの顔が引きつった。

うん、オワタ。

 

 

 

 

 

 

その後どうなったかって?

ガチギレしたサスケ君はコト渾身の謝罪、泣き落とし、土下座、意識を取り戻した春野さんのとりなしその他もろもろの結果、なんとか拳骨1発でおさまってくれたわ。

たかが拳骨と侮るなかれ、コトは半化の術の効果は途切れていなかったし、何よりサスケ君のパワーが尋常じゃないくらいに上がってたからね。

普通に致命傷レベルだったのよ。

推測だけど、この異常なパワーアップこそがこの呪印本来の効能なんじゃないかな。

どう見てもまっとうな力じゃない。

間違っても「キャ~♪」とか黄色い悲鳴を上げるようなものじゃないわね。

コトはこんな時でもいつものコトだったわ………

決して反省してないわけじゃないみたいなんだけど………それはそれ、これはこれってことなのかしら。

 

釈然としない?

まあわからないでもないわね、あのクールなサスケ君があんなに怒るなんて見てないとちょっと信じられないのも分かるわ。

彼もすっかり仲間想いになっちゃって………何言ってるの、貴方達が変えたんでしょうが。

 

まあいろいろあったけど終わってしまえば何時もの事………とも言い切れないかな。

コトが可笑しな術を使って可笑しな騒動になるのはお約束なんだけど、なんというかその騒動の規模がだんだん私たちのフォローできる範囲を超えつつあるのよね。

 

今のままだと、次の次くらいで本当に取り返しがつかない事態になっちゃうかもしれないわ。

私も強くならないといけないかなぁ………

 

話がそれたわね。

 

後は、満身創痍のリー先輩と春野さんをコトが応急処置して、さらにサスケ君の身体もコトが診察して、ついでに無力化して拘束した音の3人も治療して、そのどさくさに紛れて猪鹿蝶トリオが姿を消して、それとは入れ違いにリー先輩のチームがやってきてリー先輩を回収して。

 

「なんで音忍(そいつら)まで治療するのよ!?」って最後までごねてた山中さんを奈良君がなだめたり、リー先輩と春野さんが何か通じ合ったりいろいろあったりしたけど、細かいところは後で本人に聞くといいわ。

 

そして、意識を取り戻した音忍の3人組が「次、貴方たちと戦う機会があるのなら僕たちは逃げも隠れもしない」って言葉と巻物を置いて立ち去り、ようやくその他もろもろの事後処理がすべて終わって一息ついたその後に………

 

 

「ナルト君が目を覚ましたのよ」

 

「お、俺が寝てる間にそんな………」

 

 

哀れナルト君。

今回も蚊帳の外よ。

ヒーローは遅れてやってくるとは言うけど、ナルト君はなんというかいろいろ遅れ過ぎだわ。

 

「いったいぜんたいどういう星の下に生まれたらこんなことになるのやら………」

 

「うっせー! 俺は絶対主役になれない運命とかそんなの信じないってばよ!」

 

「むしろ逆なんじゃないかしら?」

 

「逆ぅ?」

 

「うん、逆。ナルト君は絶対主役級よ」

 

ただし、何の主役かはわからないけどね。

はっきりしているのは、脇役の星に生まれた人間のお腹が()()()()()になってるわけがないということよ。

 

コトが診察したのは、呪印に侵されたサスケ君だけじゃない。

もちろん、ナルト君の容態もちゃんと診ていた。

その時、私はその様子を横で見ていたんだけど………ナルト君のお腹がなんか凄いことになっていた。

私はコトと違って封印術とか術式とかにそれほど詳しい訳じゃなかったけれど、それでも異様さだけは伝わってきたわ。

おヘソを中心に渦巻きの紋様が浮かび上がり、それを四像封印が上下で挟み込み、さらにその周りを五行封印で囲って………さすがのコトも目が点になっていたわね。

コト曰く『ナルト君の全身に起爆札を隈なく張り付けて起爆させたとしてもお腹周りだけ無傷で残っちゃいますよこれ』とのこと。

 

意味が分からない。

百歩譲ってナルト君を守るための術式だとしても、ヘソだけ守る理由って何よ?

ナルト君のおヘソは木ノ葉の至宝だとでもいうの?

 

「………………………………いやないわね、ないない」

 

「何が?」

 

「いや、こっちの話。とにかく、ナルト君はもう大丈夫よ。コトがちゃんと処理したからね」

 

「そうか、コトちゃんはちゃんと………処理?」

 

「そう、処理」

 

「………治療じゃなくて?」

 

「そう、処理で合ってるわよ」

 

「なんか………物凄く不穏だってばよ」

 

分かる、分かるよナルト君。

悪意一切なしでとんでもないことしでかすのがコトだもんね。

それ以外にもとんでもないことを口走っていたし。

 

 

『う~ん、これってつまり………(ダブル四象封印の方は、いわゆる八卦の封印式。封印術に長けたうずまき一族の封印術式です。上下に挟まれた四象封印の隙間から漏れる九尾さんのチャクラがナルト君に還元できるように術式が組まれていて………なるほど、九尾さん自身を封じて力だけ利用する工夫ってわけですね。だから波の国ではあんな………うずまき式の封印はとにかく頑丈なのに加えて持続時間がとても長いのが特徴。尾獣を封じて、人柱力を作成するのに最適、遠い血縁関係だったらしい不老長寿の千手一族もとても重宝したとか。全く、思いやりにあふれた丁寧な封印術式なのですよ………でもそれが五行封印でせき止められてて………何ですかこれ? 偶数の封印式に、奇数の封印? これじゃナルト君のチャクラのバランスが崩れて不安定になっちゃうじゃないですか。何を考えてるんだか、いや何も考えていない? まるでチャクラがせき止められれば別になんでもよかったみたいな………テキトー過ぎるでしょう。それなのに無駄に堅牢で解除できないし………これ絶対術者はそれぞれ別の人ですね。よってたかって弄繰り回して、ナルト君を何だと思ってるんでしょう)』

 

この時のコトの声はとても小さかった。

誰にも聞かせるつもりはなかったんだと思う。

千手一族がどうとかうずまき一族の封印式がどうとか、九尾とか人柱力とか、明らかにヤバいネタがてんこ盛りだったし。

 

実際、誰にも聞かれなかったはずよ………耳千里が使える私以外には。

全く、コトはしょうがないわね~本当に隠し事がヘタクソなんだから………

 

………自分の耳を恨めしく思ったのはこれで何度目だろうか。

えらいことを聞いてしまったわ。

というか、コトはどれだけ里の機密に精通しているのかしら?

 

その後、コトは『しょうがないですね~』とか言いながらただでさえ落書きだらけのナルト君のお腹にさらに術式を書き加えて弄繰り回して処理していた。

これで、ナルト君のお腹は異なる3人の術者の合作となり果てたわけで。

 

………まあ、これについてはぶっちゃけどうでもいい。

コトがヤバい情報を不用意に漏らすのはいつもの事だし。

私もいつも通り全部聞かなかったことにするだけの話よ。

好奇心は猫と凡人と脇役を殺す、藪をつついてヘビを………キツネを出す必要はどこにもない。

 

むしろ問題なのは台風の目になっているナルト君が何も知らないっぽいことなのよね。

 

「ナルト君、何か思い当たる節はない? こう………危険な奴に眼を付けられるような」

 

「………わからないってばよ………っは? まさか俺の才能を見抜いて警戒して!?」

 

「そう。心当たりはないのね」

 

ここでも蚊帳の外なのねナルト君。

 

「焦点はあくまでお腹で、頭はアウトオブ眼中か………なんかもういろいろピンポイント過ぎるわ」

 

「ハラだけ!? いったいどういうことだってばよ!?」

 

「そんなのこっちが聞きたいわよ………いや違う! 今のなし! ナ、ナルト君の事なんか全然興味ないんだからね!」

 

「どっちだってばよ!?」

 

「カナタ~、ようやくサスケ君の呪印の封印処置が終わって………あ、ナルト君! 気が付いたんですね!」

 

さっきまでサスケ君の首筋の呪印を観察して、自分の右腕の呪印と比べたりしながら何やらぶつぶつ唸っていたコトがこちらに気付いてパッと花が咲いたように笑顔を浮かべた。

春野さん、マイカゼもこちらを振り返る。

コト以外はみんな揃いも揃って「あ、今頃起きたんだ………」的な顔をしていた。

 

「フン、ようやく起きたかウスラトンカチ」

 

「ナルト………あんた今頃」

 

「あ、サクラちゃん、コトちゃんにマイカゼ………とサスケ。カナタから聞いたってばよ! なんかオトニン? の3人組に襲われたって! んで、そのあとおバカトリオとかゲジマユとか………」

 

「リーさんに失礼なこと言うんじゃないわよ!」

 

「ぐボオッホ!?」

 

「ナルト君!?」

 

春野さんにぶん殴られて再び気を失うナルト君。

体重の乗った良いパンチだった………なんかパワー上がってる?

幻術はちゃんと解けたはずよね………まあ、いいか。

 

「それはそれとして、サスケ君の呪印の封印。ずいぶん時間かかったわね」

 

「そりゃあまあなかなかに繊細な作業を要求されましたから。呪印を完全に封じるにはかなりに強力な封印術が必要なんですけど、あんまり強く封じてしまうと今度はサスケ君自身のチャクラの流れを阻害しちゃいますし。首筋っていうのがなかなかに厄介で………重要な経絡系が集中している部位ですからね………呪符の類もきつく巻き付けたら息が詰まっちゃいますし………おかげで用意していた呪符、全部使い切っちゃいましたよ」

 

ふと、サスケ君を見てみれば確かに首だけがミイラみたいになっていた。

 

「それに加えてコトの方の呪印がな………なんか勝手に暴れて邪魔してきたらしい」

 

「………何それ?」

 

「わかりません。呪印同士が共鳴しているのか。はたまた別の要因か………理由はわかりませんけどとにかく手元が狂いそうになって大変で………って言ってるそばからまた………っく、沈まれ私の右腕!」

 

「………ま~た、アホな属性が増えたわね」

 

もうてんこ盛り過ぎて訳が分からない………………いや、分かっていることが1つある。

 

「ねえコト? 手札全部なくなっちゃったみたいだけど、自分の呪印はどうすんのよ?」

 

「………………………………あ」

 

コトはつくづくおバカである。

 




やや唐突な感じがしますが、今回で死の森編は終わりで、次からは第三次中忍試験予選編となります。

あと、コトの語るうんちくの中に『不老長寿の千手一族』なるトンデモワードが飛び出していますが。
思いっきり、ねつ造です。

今までも術のメカニズムを考察したり、過去の話をねつ造したりとかなりの独自解釈、独自設定を盛り込んできましたけれど。
その中でもこのネタはとびぬけて突飛な説だと自分でも思いますが、それでも根拠があるのでどうか聞いてください。

根拠その1
原作でもついぞ明かされなかった千手の固有能力の謎。

木遁がそうなんじゃないのか、と思うかもですが木遁はあくまで柱間個人の能力なので該当しません。
うちはと並んで最強の一族と称された忍び一族なのにチャクラが多いだけで血継限界も秘伝もないはずがない、何かあるはず………あってほしい、それも最強の一族に相応しい何かが。
無論これだけだと考察ですらないただの願望です。

根拠その2
三代目火影、猿飛ヒルゼンの回想
ヒルゼンの回想にはたびたび火影の柱間、扉間が登場しているのですが、その時の初代、二代目両名の火影の外見が全く変化していないのです。
少なくともヒルゼンが子供(ナルトと同年代程度と思われ)の時から火影を継げる大人になる20年くらいの期間、柱間と扉間の兄弟はずっと同じ姿だったみたいです。
孫(綱手)抱きかかえる柱間を見て「この爺ちゃん妙に若くないか?」と疑問を覚えた人は僕以外にいるはず………

これだけでもまだ不老というには根拠に欠けます。
年をとっても若々しい人っていうのは実際いますし。

根拠その3
綱手にしか使えなかった『老化を抑制する術』

自来也曰く、綱手は老けるのが嫌いで(好きな人とかいないでしょうけど)若さを保つ特殊な術を使っているのだとか。
しかも、借金取りから逃げるというしょうもない理由で、自在に年齢を変化させることができたらしいです。
ただの変化ではないのでしょう。
創造再生しかり、この年齢を操る術は『千手』の血を引く綱手にしか不可能だったのではないかと。
もしそうなら、同じ千手の血を引く一族は皆『そういう術』が使えたのではないか、そしてそれこそが千手の固有能力、特異体質だったのではないか、と考察しました。

また千手直系の子孫の数が異様に少ないのも、長命種特有の子供が出来にくい性質のためだとすれば辻褄は合いますし。

根拠その4
あまりにも不死身すぎる柱間細胞。

原作にて大蛇丸やマダラなど、不死を求めた忍者はこぞって柱間の細胞を追い求めました。
実際、その効能たるや凄まじいものがあるのは原作でも特に強調されて描写されています。
細胞の欠片だけでこれだけ不死で不滅ならば柱間本人も、ひいてはその一族もそれに近い存在だったのではないでしょうか。
もっとも、これは柱間個人が凄いだけで他の千手は大したことがなかった可能性は大いにありますが。

根拠その5
うちはマダラの異常行動。

これは根拠というよりほとんど願望ですが。
もし、千手が、あるいは柱間がファンタジーにおけるエルフのような不老に近い長命種であったのであれば、あのクレイジーサイコホモと散々なネタにされてしまったあのマダラの一連の異常行動にも一応の筋が通るんです。

自分は盛りを過ぎてどんどん老い衰えていくのに、好敵手は若いまま。
時が過ぎるにつれ肩を並べたはずの存在にどんどん引き離されていく………プライドの高いマダラからすればたまったもんじゃなかったはずです。

終末の谷の決闘は、その力の差が決定的になってしまうまさにギリギリのタイミングだったのかもしれません。

食いちぎった柱間の肉を自分に取り込もうとするのも、自分の衰えを少しでも止めようとした苦肉の策なのであればさほど不自然ではありません。


ごちゃごちゃ理屈を並べましたが、これが正解かどうかはわかりません。
しかし、別に正解である必要もないかなとも思います。

僕は考察者ではなく二次創作者ですから。
原作と矛盾しない範囲での独自解釈は書くのも読むのも大好物です。


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43話

今回から予選編です。
これが書きたいがために中忍試験に参加させたといっても過言ではないレベルで大好きなシーンです。

好きすぎて長くなってしまい、その分投稿も遅れました………まあ、遅れるのはいつもの事なんですが。


『天無くば智を()り機に備え

地無くば野を駆け利を求めん

天地双書を開かば危道は正道に帰す

 

これ即ち“人”の極意

・・・導くものなり』

 

三代目火影様の言葉です。

第二試験を暗喩する言い回しがやや難解ですが、要するにこれは中忍の心得です。

 

天とは知識、頭脳のことで、地とは身体を示しています。

つまり知力()体力()両方併せ持ってこそ一人前の中忍()であるということを言っているわけですね。

中忍たるもの文武両道であるべしってことです。

 

もちろん、これはあくまで理想です。

天は二物を与えないからこそ、二物を与えられた天才は特別なんです。

 

では天から一物しか与えられていない凡人は中忍にはなれないのでしょうか。

天才でなければ“人”足りえないのでしょうか。

 

もちろんそんなことはありません。

1人で無理なら助け合えばいいのです。

お互いを支えあってこそ“人”です。

 

そも、これまでの試験はどれもこれも私1人ではどうしようもないものばかりでした。

時に助けられて、時には逆に助けたり、そうやって第9班はやってきたのです。

 

だから、これからの試験もきっと乗り越えられるはずです。

仲間とならきっと………

 

「あ………えー言い忘れていましたが第三次試験以降(これから)は個人戦ですからね………」

 

(終わった………)

 

第三次試験“予選”審判、月光ハヤテさんの説明を聞いて悟らざるを得ませんでした。

どうやらコト(わたし)はここまでのようです。

 

 

 

 

 

 

“死の森”の中央にそびえる巨大な塔。

その塔の中のある広い部屋。

そこには第二試験を突破した総勢24名の受験生と、それぞれの上司と思われる上忍、試験を運営する試験官、そして火影様が勢ぞろいしていました。

 

そこで火影様から聞かされる驚愕の試験の裏の目的………いや個人的にはそれほど驚愕でもないですね。

同盟国間の戦争の縮図、自国の忍びの実力を他国へ見せつけることによる外交的圧力。

それらの大人の政治的陰謀が渦巻いていることは機密(ネタバレ)情報で最初から知っていましたし。

この辺りは今更ですね、むしろ驚愕なのは生き残った受験生の顔ぶれの方です。

 

(見てくださいよ。木ノ葉の同期メンバーが全員残ってます)

 

(………前々から思ってたけど、やっぱりおかしいでしょこの世代)

 

さらにはコト(わたし)たちより1つ上のロック・リー先輩のチームに私たちと激突した音の3人組、親切なカブトさんのチームと、サスケ君が気にしていた砂のチーム………皆試験中に何らかの形で頭角を現していた人ばかりです。

残るべくして残ったって感じですね。

 

………いや待ってください。

強い人が残ったのなら絶対にいるはずの人が見当たりません。

 

「………あのむっちゃ強い草忍さんは?」

 

あの忘れもしない恐怖のヘビ使いの草忍さんはどこに?

 

「………ひょっとして、本当にいない?」

 

「そんなはずは………でも、ありえなくはないのか? 第二試験はチーム戦だったし1人だけ強くても他が足を引っ張った可能性も………」

 

「いやいるわよ?」

 

「どこに?」

 

「あそこに」

 

「………?」

 

「そっちじゃないわ、教師陣のほうよ、音の額当てつけてる人………また顔が全然違うけど」

 

カナタの示す方を見てみるとそこには音の額当てをした上忍? さんが………確かに雰囲気は似て………ますか?

いや全くわかりません、変化の術は使っていないようですし、いったいどうやって顔を………そもそもなんで教師陣の方に?

実力的にはむしろ納得なんですけど。

 

「ひょっとして、第一次試験の時みたく受験生に紛れ込んだ試験官さんだったのでしょうか」

 

「………そうか、ペーパーテストの時と同じか」

 

「覆面試験官さんだったんですね。いやはや道理で強い訳です」

 

「覆面………確かに()()は覆面の一種ではあるけれど………まあそうね。もしそうなら、コトとサスケ君につけられたあの変な痣も悪いものじゃない………のかも」

 

妙に歯切れの悪いカナタのセリフに反応してか、私の右腕がまたしてもびくっと震えました。

 

 

 

火影様の話も終わり、次はいよいよ第三次試験についての説明………かと思いきやそうはなりませんでした。

突如、火影様のセリフを遮って前に出た“審判”を名乗る顔色の悪い木ノ葉の特別上忍さんが第三次試験の予選の開始を告げたからです。

 

月光ハヤテさん。

その病人にしか見えない風貌は見ていて物凄く心配させられるのですが………大丈夫なんでしょうか。

 

(いや、あれ半分くらいは相手を油断させるための仮病だ)

 

(そうなんですか………って半分は本当に病気なんじゃないですか)

 

(マイカゼはなんでそんなに詳しいのよ?)

 

(そりゃ兄だからな)

 

(………………ええ?)

 

よく見れば顔色以外は似てないこともない………のでしょうか。

印象が違い過ぎてまるでつながりませんでした。

 

まあ、それはそれとして予選です。

今すぐ行われるそうで………急すぎです。

まるでもともと予定になかったけど急遽必要になったからスケジュールの隙間に無理やりねじ込んだかのような強引さなのです。

 

ハヤテさん曰くなんでもこのまま第三次試験をやるには人数が残りすぎたからそれを減らすために必要なのだとか。

だから、ヤマト先生にカカシ先生とイルカ先生も空気が重いというか妙に物々しかったんですね。

 

そしてこの場所、明らかに戦闘を想定していると思われる広い空間、頑丈な床、高い天井、左右に設けられた見学スペース。

そして、部屋の奥にそびえる印を結んだ腕だけの巨大な石像。

あの印もよく見たら和解の印じゃないですし、むしろ決闘前にするやつです………

 

(どうしましょう………もう札がないんですけど)

 

(私も刀なしじゃ………)

 

(というか、なんでカブトさん棄権したんでしょう………)

 

遠目からなので詳しいことはわかりませんが………ボロボロなのは見た目だけで実はものすごく余裕ありますよね?

少なくとも私たちよりよほど………何か考えがあるんでしょうか。

 

(………もうヤダ)

 

(カナタ? 急にどうしたんです?)

 

その後カブトさんに続くように手を挙げたチームメイトのツルギ・ミスミって人は本当に余力がなくて棄権したっぽいですが………というか、やったの私たちですし。

第二試験で襲ってきたのを返り討ちにしたのは私たちですし。

 

思えば、今私たちがこうしてここに立っていられるのってほとんど彼のおかげなんですよね………

 

 

 

それはナルト君、サスケ君、サクラさんたち第7班の応急処置がひとまず完了して別れた後のこと。

 

かろうじて半化の術の効果時間が過ぎて元の体格に戻ったとはいえ、マイカゼは刀なし、私は札なし、さすがのカナタも策なし。

巻物も草忍の襲撃で全部なくしてしまいましたし試験突破は絶望的と言わざるを得ませんでした。

現状、私たち第9班はもはや誰にも勝つことができません。

 

『いや、ヘビとかなら今でも勝てるんじゃないか? あとはほら、触手とか』

 

『そういえば、私たちが戦ってきたのってイカとかヘビとかそういうのばっかりでしたね………』

 

それ系への対策だけは死ぬほどやりましたからね………手を抜いたらそれこそ死にかねなかったから別に後悔はないんですけど………

 

『ニョロニョロ対策だけ万全とか………どんだけピンポイントなのよ』

 

『全くです』

 

『つまり、“そういう系”の敵が天地の巻物を耳ぞろえた状態で私たちに襲い掛かってきてくれれば………』

 

『ないわよ! どんな確率よそれ!?』

 

そんな諦めムードが漂っていたまさにその時。

ツルギ・ミスミさんが天地の巻物両方を揃えた状態で私たちに襲い掛かってきたのでした。

 

『俺は情報収集のため身体をどこにでも忍び込めるように改造している! あらゆる関節を自在に外し、グニャグニャになった身体をチャクラで操れるのさ。悪いがここでお前たちはつぶさせてもらう。悪く思うな………っ!? バカな、な、なぜ俺の拘束をこんな的確に………ま、待て参った、ギブアッ、うわああああああぁぁぁ………』

 

カモがネギしょって棚から牡丹餅と一緒に落っこちてきたみたいな話でした。

 

 

 

 

 

 

「(勝手な行動をとるな。大蛇丸様の命令を忘れたのか)」

 

「(ここは任せるよ。ヨロイさん、貴方の能力があれば問題はないはず。ちょうどいい力の見せ所ですよ。最近僕に先を越されてイラ立っている貴方のね)」

 

「(フン、大蛇丸様のお気に入りが………図に乗るなガキめ)」

 

「(わかりましたよ。先輩)」

 

以上、私こと空野カナタが盗み聞いた、薬師カブト先輩と赤胴ヨロイの別れ際のやり取りである………

 

(………もうヤダ)

 

薬師先輩、いい人だって、親切な先輩だって思ってたのに。

こんな裏事情知りたくなかった。

 

(カナタ? 急にどうしたんです?)

 

放っといてください。

後日聞いた話だけど、コトは一目見た瞬間から薬師先輩がただものじゃないことに気付いていたらしい。

そういうことは早く教えなさいよ! いや知りたくはなかったんだけど!

 

そんなこんなで実は意外と身近にいた木ノ葉の闇に慄いている間に壁の電光掲示板に予選第一回戦の対戦カードが表示された。

 

 

ウチハ・サスケ VS アカドウ・ヨロイ

 

 

(いきなりすぎるわ………本当にランダムなのこれ?)

 

 

 

 

 

 

カナタが妙に挙動不審なんですが、それはそれとして予選の試合は順調(?)に消化されていきます。

 

第1回戦のサスケ君とヨロイ先輩の試合はサスケ君の勝利で終わりました。

ヨロイ先輩は触れた相手のチャクラを吸引するという珍しい術を使い最初はサスケ君を追い詰めたのですが、写輪眼でその術のメカニズムを見抜いたサスケ君が体術で圧倒。

眼にも止まらぬ、文字通り触れることすらできないほどの体術で翻弄されたヨロイ先輩はそのまま天高く蹴り上げられた挙句、身動きの取れない空中でオリジナル連撃技『獅子連弾』によりあえなくダウンしました。

間違いなく完全勝利、呪符の封印がちゃんと機能しているようで何よりですよ。

 

………サスケ君はいつの間にリー先輩の体術をコピーしたんでしょうか。

 

 

第2回戦。

木ノ葉の同期の1人である蟲使いの油目シノ君と音の3人衆の1人、ザク・アブミ君の対決。

 

最初はザク君が調子よく両の掌の穴から放たれる衝撃波でシノ君の使役する小さな蟲『奇壊蟲』の群れを豪快に吹き飛ばしていたのですが、いきなり衝撃波が出なくなってからは試合が一転、シノ君の逆転勝利となりました。

 

「なんで急に衝撃波を出せなくなったんだ?」

 

「安全装置が働いたからでしょうね。たぶんですけど、シノ君は掌の排空口に蟲を詰まらせたんですよ」

 

「ああ、それで………ってちょっと待ちなさい。コトはなんでザク(あいつ)の両腕に安全装置なんてものがついてるなんて知ってるのかしら」

 

「そりゃ取り付けたの私ですから」

 

「………………ハイ?」

 

「いやだから、私がつけたんですよ。第二試験で手当てした時に」

 

「いや何やってんのよアンタ!?」

 

「必要な細工だったんです! もしあの時処置をしてなかったら今頃行き場を失ったチャクラでザク君の腕がバーンってなってたかもしれないんですよバーンッて」

 

腕を精一杯広げて『バーン』の規模と危険さを懸命に訴えてはみたものの………いまいち伝わりません。

 

気付けば、カナタやマイカゼだけでなく、後ろにいるヤマト先生やナルト君たち木ノ葉の下忍、果てはザク君の仲間であるはずの音の2人までもが私を変なものを見る目で見ています。

激しく心外です。

 

いや本当に実際危なかったんですよ?

下手すれば腕が弾け飛んでましたし。

………いえ、危なかった、じゃないですね。

安全装置を取り付けるなど可能な限りの応急処置を施した今でも現在進行形で危ないです。

 

最初見たときはあまりの手抜き工事ぶりにびっくりしたものです。

あの砲身は言ってしまえば簡略化されたチャクラを衝撃波に性質変化させる補助器具なんですが………はっきり言って成長期の子供の人体に埋め込んでいいような代物じゃありません。

今はまだいいでしょう、でも数年後………いえ、早ければ数か月後には影響が出ていたでしょう。

少なくとも腕の骨格の成長に歪みが生じるのは確実、神経が接触すれば痛みが発生しますし、最悪の場合は血流が断線して指先から壊死………そう遠くない未来、ザク君の両腕は使い物にならなくなっていたはずです。

 

「………そのこと本人は?」

 

「知らないと思います。詳しく話したわけじゃないので憶測ですけど」

 

ザク君は、あのお方に将来を期待され云々言ってましたけど………施術したのがその人なのだとすれば、たぶん『あのお方』とやらはザク君の将来なんて全く考えていません。

今さえ使えればそれでいい、みたいな思考が透けて見えました。

 

「………なんというか憐れね」

 

「木ノ葉に裏表があるみたいに、きっと音にもいろいろ事情があるんでしょうね………ってあれ? 音の上忍さんがいない?」

 

「サスケとカカシ先生も見当たらないな………あ、戻ってきた」

 

「どこ行ってたのかしら?」

 

「たぶん、痣の封印ですよ………これでサスケ君も一安心ですね」

 

「君たち、他人の心配をするのは勝手だが、そろそろ自分の事も考えた方がいいよ? 特にカナタはね」

 

「私? なんで………って、あ」

 

ヤマト先生に促されてカナタは今気づいたとばかりに電光掲示板をポカンと見上げました。

 

 

『ソラノ・カナタ VS カンクロウ』

 

 

 

 

 

 

「それでは第3回戦、始めてください」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくされる言われはねえな。速攻で決着(ケリ)つけてやるじゃんよ」

 

「はい、お互いに全力を尽くしましょう!」

 

 

「………なあ、なんでカナタはあんなに礼儀正しいんだ?」

 

「たぶん、木ノ葉の忍びの一員として恥ずかしくないようにとかそういう理由じゃないでしょうか」

 

黒子装束を身にまとい顔に隈取をした砂の下忍、カンクロウさんに対し終始笑顔で対応するカナタ。

猫かぶり、というよりある種のプロ意識ですかね。

いるんですよね~見当違いの努力をして明後日の方向にかっ飛んでいく人。

 

 

「お前………変な奴じゃん」

 

カンクロウさんは毒気が抜かれたような顔で背中に背負った忍具と思わしき得物を外しました。

人の身長ほどもある包帯グルグル巻きの太くて長い何か………中身はいったい何でしょう。

下した時の音からしてそれなりの重さ、シルエットから類推される形状、カンクロウさんの言動その他もろもろから推測するに………

 

そんなことを考えているうちにカナタが動きました。

ポーチからクナイを抜き放ち、投擲。

 

「何?」

 

ただしそれはカンクロウさん本人ではなく、件の忍具に向かって。

突き刺さるクナイ、意外と柔らかいのかその衝撃でくの字に折れ曲がる忍具。

カナタは追撃の手を休めません。

棒立ちのカンクロウさんを完全に無視して、ひたすら忍具のみを攻撃。

体術の教本に乗っているような基本的なパンチ、キック、流れるような連撃。

対象が動かないサンドバッグだからこそのタコ殴り。

そして発せられるうめき声。

 

 

「武器破壊を優先する作戦か?」

 

「いえ、これは………」

 

 

吹き飛ばされた忍具がゴロゴロと転がり、巻かれていた包帯が解かれました。

中から現れたのは困惑の表情を浮かべたカンクロウさん。

最初からいた方のカンクロウさんの表面がボロボロと崩れ落ち、中から現れたのは4本腕の異形の傀儡………これが答えですね。

こっちが本物で最初のカンクロウさんは分身の偽物(人形)だったわけです。

恐らくカンクロウさんはこの欺瞞に絶対の自信があったのでしょう。

戸惑いを隠せないまま叫ぶようにカナタに問いかけます。

 

「っく、なぜだ? なぜこっちが本物だと分かった!?」

 

しかし、肝心のカナタはというと。

 

「……ん~………強いて言うなら、鼻? でしょうか。ちょっと高いかな」

 

「………………ハァ!??」

 

「あと顎? 輪郭に違和感」

 

生意気な子供を諭すような、あるいはテストを採点する教師のような。

 

 

「カナタはふざけているのか?」

 

「いえ、あれは間違いなく素です」

 

 

「指とか? 微妙に長いかな、小指とか特に。その他骨格、パース、色合いもろもろを総合して貴方の変化のクオリティは………おおまけにまけて………7点!」

 

「ふざけるなぁ!」

 

美術品を寸評する批評家のようなカナタのセリフに激昂するカンクロウさん。

無理もありませんね。

煽ってるようにしか聞こえませんし。

それにしても7点って………

 

 

 

(………辛口すぎるだろ)

 

(相変わらずカナタの採点は鬼ですね~)

 

(………そういえば、カナタだけは騙されなかったっけ。コトがどんな分身を作っても)

 

(7点! ハッハー! 勝ったな。あいつの分身も大したことないってばよ!)

 

(白眼………ではないな、無論写輪眼でもない。つまり素の状態で………なるほど。面白い奴だ)

 

(あのコトのキチガイじみた水分身ですら68点だったんだ。今更あんな、表面に砂を塗して見た目を取り繕っただけの分身で欺けるはずがない)

 

(観察眼、というよりむしろ審美眼か? どちらにせよ異常だぞこれ)

 

(ほほう、こりゃまた稀有な才能じゃわい)

 

 

 

「ち、畜生! マグレだ! なんの術も使わずに俺の変化を見破れるはずがあるか!」

 

逆切れしたように叫び煙球を投げつけるカンクロウさん。

そして煙が晴れるとそこには、5人に分身したカンクロウさんが。

 

「ハッハッハッハ! さあ、どれが本物か当ててみろじゃグバッオォ!?」

 

「2点。さっきよりクオリティ下がってます。やり直し」

 

現われた5人を完全無視してその後ろの、迷彩系の術で見えなくなっていた本物のカンクロウさんにクナイを投げるカナタ。

転がるようにしてクナイを避けるカンクロウさん。

崩れ落ちる5体の砂分身。

 

うん、今のは私にも見えました。

変化や分身はともかく、隠形系の術はまだ修行中なのでしょう。

 

それにしてもカンクロウさんは相性が悪かったですね。

カナタが、ではなくこの試合形式そのものが。

隠れる場所のない空間での個人戦、接近戦が苦手な傀儡使いはどうしようもなく不利です。

 

「つまりカナタが有利! 勝てますよ!」

 




カナタは耳だけでなく眼も良かった。
それも純粋な視力とか動体視力みたいなものではなく、もっと観念的な意味で。
大蛇丸の変装を初見で見破ったりといろいろ伏線はありました。


なお、カナタの評価は本当の本当に鬼レベルなので5点もあれば変化は十分に実用範囲です。



以下カナタの勝手に評価ランキング(現時点)

80点オーバー エビス

68点 コト(実用度外視水分身)

<54点> 大蛇丸(変装)

45点 ヤマト(木分身)

12点 ナルト(影分身)

10点 カナタ(自己評価)

6点 マイカゼ

3点 赤丸


0点以下 朧

朧は第二試験でナルトに化けて近づくもあっさりサスケ(写輪眼なし)で見破られた雨隠れの下忍。
論外、採点価値なし。

赤丸は犬にしてはなかなかといったところ。

本人は10点と本人基準でもそれほど高得点ではないです。
カナタは変化に関してはあくまで批評家であり、それがコンプレックスでもあります。
本当は芸術家になりたかった………という裏話。

ナルトの12点は努力の賜物です。

凝り性ヤマトの木分身は過去にカカシ先輩の写輪眼すら欺いたことがあり、密かに自慢でしたが45点でちょっとへこんでます。

大蛇丸のそれは本物の皮を顔に張り付けているのでカナタからすれば反則です。
写実絵画コンクールに写真を持ち込むような暴挙ですが、それでもあえて点をつけるとすれば50点くらいです。

コトの水分身クラスでようやく赤点を免れ及第点に。

堂々のトップがエビスです。
教科書忍術を使わせて彼に勝てる忍びはいません。
エリート家庭教師は伊達じゃない。

なお、この評価はあくまで外見のクオリティの評価なのでどれだけ点数が高くても感知忍術などを使われるとあっさり見破られる模様。

さらに言えば、採点できるということは見分けられるということなので。
仮に100点を超えてもカナタは普通に見分けます。

「いや、どんなにリアルでも実写と(チャクラ)(グラフィックス)は見間違えないでしょ普通」

「そんな普通知らない………」

以上、カナタに変化は効かないという話でした。


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44話

平成最後の投稿!
………にしたくはないのですが、自分の執筆速度的にたぶんそうなっちゃうだろうなぁと………
すみません。

前話の感想にて。
カナタ、見た目だけで変化を見破るのはあまりにチート過ぎないか? 的な感想をいただきました。

全く反論できません。
まぎれもなく反則能力です。
しかし、今後の展開上どうしても必要な設定でしたのでどうか受け入れていただきたく。

理由はネタバレになるのでここでは明かせませんが、とにかくカナタは「真贋はっきり見極める程度の能力」を保有しているとだけ。


私はその時だけ耳が悪かったことにした。

その質問を聞こえなかったことにした。

 

答えたくないどころか考えたくもなかった。

答えるのを拒否して沈黙することすら嫌だったから。

 

 

 

 

 

 

「つまりカナタが有利! 勝てますよ!」

 

 

(簡単に言ってくれるわね。全く)

 

コトの無邪気な声援を受けて、カンクロウさんと対峙しているカナタ(わたし)は内心ため息を吐いた。

確かにこの傀儡使いさんは接近戦が不得意なんでしょう、立ち回りを見ていればそれはわかる。

だけど声を大にして言いたい。

 

接近戦が苦手なのは私も同じなのだと。

 

 

遡ることアカデミー時代、かつての女子(くのいち)クラスにおいて私の体術の成績は中の中、可もなく不可もなく平均レベルだった。

好成績だったのは運動神経抜群のマイカゼ、体術の名門日向の嫡子である日向ヒナタさんと後はおよそ欠点というものがなかった優等生の山中いのさんくらいで残りはほとんど団子状態。

 

その団子の中心だったのが私、普通、圧倒的普通。

落ちこぼれだったコトや春野さんに比べたらマシだけど、トップクラスには及ばない。

運動において私はそんな平凡な生徒だった。

 

………じゃあ、今は?

 

私と一緒に団子になってた子たちはそもそも下忍になれず、狭き門を潜り抜けて残った連中は軒並み上位陣ばかりで、おまけに落ちこぼれであったはずの春野さんはいつの間に伸びたのかあっという間に追い越されて。

 

何も変わっていなかった私は、変わっていなかったが故に相対的に同期の下忍くのいちの中で下から数えた方が早くなってしまっていた。

いろいろと規格外というか論外なコトを除けば間違いなく私が近距離タイプワーストワンなのよ。

 

結論、このまま何の工夫も策もなくカンクロウさんと真正面からぶつかったらほぼ確実に私が負ける。

 

(さて、どうしたものかしら………)

 

 

 

 

 

 

「もう油断はしねぇ。教えてやるじゃんよ。戦術人形(カラクリ)(カラス)』の恐ろしさをな!」

 

 

散々煽られたカンクロウさんがカナタを怒りの形相で睨みつけてます。

もうその顔には最初の侮りはありません。

どうやら本気にさせちゃったみたいですね。

指からチャクラの糸が伸びて、傀儡………カラスに接続されました。

 

「おお~これが本場の傀儡の術ですか!」

 

「凄い! 有線だ!」

 

「君たちの感想はオカシイ」

 

ヤマト先生の無粋な突込みはさておいて、カラスと呼ばれた傀儡が大口を開けて真っすぐカナタに突っ込んで行きます。

それなりに速い、ですが直線的で単純な軌道なので見切れない動きではありません。

カナタは十分に余裕をもってその突進をかわし―――

傀儡の腕が人間なら絶対にありえない角度に曲がって伸びました。

それだけじゃありません、人形の腕がパカッと開き刃が飛び出して―――

 

 

「………っ曲がれ(辰巳子)!」

 

 

刃がカナタの腕を掠めようとしたその瞬間に、人形の動きがぶれました。

これこそカナタの十八番(オハコ)

相手のチャクラ制御に『声』で介入して誤作動を誘発させる幻術『無印詠唱』です。

………考案者のコト(わたし)としてはそんな使い方欠片も想定していなかったんですけどね。

 

 

「てめぇ………今、傀儡の術を」

 

「今のは危なかった………可動域がずいぶん広い。まさか腕があんな向きに」

 

 

「腕だけじゃない。身のこなし、というか動き方そのものが人間じゃないな。まあ人形だから当たり前なんだが。しかもあんな場所から刃が飛び出すのか………」

 

「足や関節部分にも刃が仕込まれてますね、口内には針、胴体部分に各種忍具、分離機能もあるようです。合体状態だと文字通り人以上の手数と武器で戦い、分離すれば各パーツがそれぞれ独立した武器にもなる………さすがに戦術カラクリを(うた)うだけありますね。カナタは対応しきれるでしょうか」

 

「正直、厳しいな。いくらなんでも全身にそんな武器を仕込まれたら………………って、ちょっと待て」

 

「強いて言えばそのギミックの多さこそが付け入る隙でしょうか。構造的にどうしても脆くなりますし、攻撃するにもいちいち仕込みを駆動させるワンアクションが必要になるから初動も遅れる………………どうしたんですかマイカゼ?」

 

「………なんでコトはそんなことが分かる?」

 

「え、見たらわかりませんか?」

 

戦闘中に見切るのは難しいかもですけど、今みたくこうして安全で高い場所から客観的にじっくり観察できるなら割と楽に見抜けそうなものですが。

少なくとも真夜中の書庫で明かりなしで巻物を読むのに比べたらはるかに簡単なのです。

………暗い部屋で本を読む私はとっても悪い子です。

 

「いや無理だろ。見えるわけが………ああ、写輪眼の力か」

 

「写輪眼使っていいなら包帯越しでもたぶんいけますよ?」

 

「………………」

 

「思うに、あの傀儡を造った職人さんは相当な芸術家肌だったのしょうね。攻撃のみを追求した無駄のない構造、仕込みの随所にかなりの拘りがうかがい知れるのですよ」

 

ただ、一点豪華主義がいささか行き過ぎているように見えるのがやや気になるところではありますが。

あそこまで攻め一辺倒だと、攻撃のみを追求したというよりむしろ攻撃以外を完全に捨てていると言ってもいいかもしれません。

明らかに攻撃以外の要素を他で補う前提で設計されてますね。

 

「おそらくですがカラスとは別に攻撃以外の………防御や捕縛を担う傀儡がもう1体………いや2体はセットでいるかもです。カナタは大丈夫でしょうか、いくら無印詠唱で制御を乱せるといっても3体もの傀儡を同時に相手するのは相当骨が折れるはず………って、マイカゼ? 急に黙り込んでどうしたんですか?」

 

「………………もはや何も言うまい」

 

「?」

 

いったい何のこと………って今はとにかくカナタとカンクロウさんとの戦闘です。

私が見る限り、カンクロウさんの両手の指から伸びているチャクラの糸は10本ともカラスに繋がっていて他に伸びている様子はありません。

少なくとも他に傀儡はいないとみて………いや待ってください。

 

「………あれ? ………え………ええ!? こ、これは!?」

 

 

 

 

 

 

傀儡の術、マジうっとうしい。

 

「オラオラオラどうしたぁ!? 調子よかったのは最初だけじゃん!」

 

「っく!」

 

カラスとかいう人形が本当に厄介だわ。

4本ある腕のどこから刃が飛び出してくるかわからないから迂闊に近づけないし、距離を取ったら今度は口から仕込みの千本がバンバン飛んでくる。

おかげ様で全身切り傷だらけ、かろうじて致命傷は避けているけどこのままだと直撃するのは時間の問題だわ。

 

毒が塗ってないのが幸いかな。

もしそうだったらとっくに動けなくなっていたわ。

 

全く、あんなに贅沢に暗器をばら撒いて………こっちはもう苦無が2本しかないのに。

ついでに言えば腕も2本しかない、文字通り手数の差で完全に負けてしまっている。

この状況で勝利するには私はどうすればいいのかしらね。

 

そもそも無印詠唱が効かないのが辛い。

いや、正確には効いているんだけど効果があまりに薄すぎて決定打にならない。

 

切れろ(巳酉寅)!」

 

「無駄じゃん!」

 

チャクラ糸は確かに私の言霊の術で切れる………けど1本だけ、それも瞬時に繋ぎなおされる。

 

「切られたチャクラの糸を瞬時に繋ぎ直すことなんて一流の傀儡師にとっては造作もないこと! そしてカラスは全身のありとあらゆる部品、その1つ1つに武器が仕込んである仕込み傀儡だ! どこか一ヶ所制御を狂わせたところで無駄なんだよ!」

 

「………おっしゃる通りで!」

 

無印詠唱は術式やチャクラの制御に言霊で横槍を入れることによって誤作動を誘発させる幻術の一種。

場合によっては術を暴発させて自滅させたり、そのまま術の制御をまるまる奪い取ることも可能なんだけど………前提として対象が難易度の高い忍術を使用していないことには満足に威力を発揮できない。

そして傀儡の術の難易度はCランクが精々………コトの使う無駄に難易度の高い無線方式(ラジコン)の傀儡の術ならいくらでも割り込んで制御を乗っ取ることだってできたのに………おのれ有線。

 

(一瞬でもいいから………何とかしてあのチャクラの糸を全部切れれば………でもどうやって?)

 

一流の傀儡師の扱うチャクラ糸の強度はワイヤーのそれに匹敵すると聞くわ。

馬鹿正直に苦無を振り下ろしたところでそんな代物切れるわけないし、それ以前の問題としてそもそも糸が見えない。

私にマイカゼみたいな剣の腕や、コトみたいな写輪眼があれば話は別だったんだけど………私個人でできることって声真似や幻術を除けば後はスタンガンに毛が生えたようなレベルの雷遁くらいなのよね。

 

カンクロウさんに対して直接幻術をかけるという手段もなくはないけれど………幻術の効果が発揮されるまで静かに御清聴頂けるはずがないよね。

 

………参った。

コトやマイカゼと一緒に戦うことに慣れ過ぎた弊害かしら、1人だと本当に何もできない。

 

(うーん仕方ない、こうなったらもう糸を切るのも傀儡の制御を乗っ取るのも全部すっぱり諦めて―――あ)

 

「―――しまった!」

 

「くくく、捕まえたじゃん」

 

 

 

 

 

 

「あ………」

 

「捕まった!」

 

またカナタの悪い癖が出ちゃいましたか。

カラオケで歌っている時だったり、または本を読んでいる時だったり。

カナタは没頭すると周囲が見えなくなるタイプです。

思考に意識を割き過ぎましたね。

 

4本の腕と2本の足、計6本の人形の四肢がまるで昆虫の足のようにカナタにしがみ付きます。

傍から見れば絶体絶命ですが、カナタはまだ諦めていないようです。

 

 

「戌子未辰酉………」

 

「無駄だ! その幻術はもう慣れた!」

 

「卯巳亥丑申………」

 

「もう逃がさねぇじゃん。そのまま絞め落として」

 

「―――午!」

 

「やるじゃ………え?」

 

 

ガキョン、と。

カラスの4本ある腕のうちの1本が胴体から分離しました。

えええ?

 

「なんだ!? 人形の腕が壊れた………いや取れた!?」

 

「まさか、無印詠唱の幻術を腕1本分に集中して!?」

 

確かにチャクラをコントロールする範囲が狭くなればその分、チャクラも節約できますし術の工程も時間も大幅に省略できます、できますけど………!

 

「………いや、いやいやいや待て待て待てその理屈はオカシイ! 腕だけ幻術にはめるとか意味が分からない! かえって難しいだろそれ!?」

 

「ですよねですよね! 普通そうですよね!?」

 

範囲が狭くなるということはチャクラコントロールがより精密になるということ、難易度は爆上がりです!

 

「これじゃまるで山中一族の心乱心(ひでん)じゃないですか!」

 

「ちょっと待てなんでアンタがうちの秘伝を知ってるのよ!?」

 

 

そんなことを言い合っている間にも、傀儡の腕がカンクロウさんめがけて飛んでいきます。

 

 

「………っ! たかが腕一本奪ったくらいでいい気になるな!」

 

 

カナタを拘束する人形の四肢に力がこもり、カナタの身体がミシミシと嫌な音を立て始めました。

 

 

「酉戌子!」

 

 

飛んでいく傀儡の腕の球体関節が1回転。

仕込み刃がジャキンと飛び出して、カンクロウさんに刃が―――

 

 

 

「―――参りました。降参です」

 

 

刃はカンクロウさんに届きませんでした。

傀儡の腕は、いつの間にかカナタとカンクロウさんの間に割って入るように現れた女性に捕まり止められていました。

長い紫色の髪を全部まとめて太い三つ編みにした髪形が特徴的な女性です。

彼女だったんですね、試合の間ずっと隠れていたのは。

いやもしかしたら試合が始まるずっと前から………で、誰なんでしょうか?

行動もそうですけど、存在自体が謎です。

 

 

「………中忍試験前に案内したとき以来ですね。黒雲母(キララ)さん。まさかとは思ってましたけど、よもやこんなタイミングで再会するなんて」

 

「私もですよカナタさん。本当は出るつもりはなかったのに予想外に強いですもん………ちょっとズルかったでしょうか?」

 

「構いません。どの道あのままだったら私が先に骨を砕かれて再起不能になっていたでしょうから」

 

 

いや本当に何処のどなたのどちら様ですかあのお姉さん!?

なんかカナタの知り合いっぽいですけど………

 

審判のハヤテさんがキララさんというらしいお姉さんをじっと見つめます。

隈の目立つ不健康そうな目でキララさんを観察すること数秒。

 

「ゴホッ………問題ありませんね。………勝者、カンクロウ」

 

 

 

 

 

 

なんか、いろいろと突っ込みどころの多い試合でした。

 

「2対1ってのは卑怯だってばよ! いいのかあれ!?」

 

猛烈に抗議するナルト君ですが、肝心のカナタはどこ吹く風で何とも思っていないようです。

 

「別に卑怯じゃないでしょ。だってあれ人形なんだし」

 

「………? いや俺が言ってるのはあの不気味な奴じゃなくて、紫三つ編みの綺麗なねーちゃんの方ってば………」

 

 

「いやだから彼女、黒雲母(キララ)さんが人形だって言ってるの」

 

 

「………………え?」

 

「よくできているよね~。喋って動いて自立行動する傀儡なんて。うん、70点」

 

………そのカナタのセリフは騒いでいたナルト君を絶句させるに十分の威力を秘めていました。

ナルト君だけではありません。

そのやり取りを聞いていたサクラさんやマイカゼ、その他の面々………下忍、上忍を含めた木ノ葉の忍び全員が目をむいて凍り付きました。

 

「………エ?………うぇエエええぇえエ!?」

 

「………!」

 

「ンなバカなっ! サクラちゃんより………あの霧の(ハク)と同じくらいカワイイのにぃー!?」

 

「どういう意味だコラァ!」

 

「グボッホオァ!」

 

なぜそこでサクラさんと白さんを引き合いに出したんですかナルト君。

 

「コトちゃんコトちゃん………ハクって誰?」

 

「そして貴女はそこに食いつくんですねヒナタさん。心配しなくても大丈夫ですよ、男の人ですから………いや待って、むしろまずいのでは?」

 

「君たちは何の話をしているんだ」

 

閑話休題。

騒乱の的である件のキララさんはというと、部屋の反対側の観覧スペースから礼儀正しくぺこりとお辞儀をしてこちらに笑いかけてきて………その後、カンクロウさんとその隣の女性(確かテマリさんって名前だったはず)に頭をはたかれてひっくり返りました。

その後、上司と思しき砂の上忍(バキさんって名前でした)にお説教されて………仕草と言い、外見と言いとても作り物には見えませんね。

ちょっとポンコツっぽいですが、それも含めて非常に人間みたいです。

しかし、それでも、間違いなく彼女は人形です。

 

………あれ? 違和感を感じないことに逆に違和感を感じるというこの感覚、前にどこかで………

 

「………ありゃ『赤砂の遺産』だな」

 

「赤砂の………」

 

「遺産?」

 

驚きの嵐が過ぎ去った後、解説してくれたのはナルト君たちの班の上忍でした。

知っているのですかカカシ先生!?

 

「『赤砂』っていうのは、かつて砂隠れの傀儡部隊にいた天才造形士の異名だよ。なんでもそいつの作る傀儡は1体で手練れの忍び10人に匹敵するほどの性能を誇ったらしい」

 

たった10体の傀儡で城1つ落としたなんて話もある、とカカシ先生。

 

「赤砂が生涯通して造り上げた傀儡(いさん)の数はおよそ300体。いずれも並ぶもののない傑作と謳われる傀儡だが、その中でも死の直前に造った最期の2体は特に異質でな………もはや傀儡の域を超え、自立した意思と魂を持ち傀儡師が操らなくても人間のように活動することができるそうだ」

 

私たちは改めて反対側の、カンクロウさんに怒られて謝っている女性を見つめます。

 

「な、なるほど………つまりその赤砂? って人の………死に際の2大傑作の片割れが」

 

「あのおねーさんってわけですね」

 

いやはや、世の中にはとんでもない人がいるものですね。

恐らく赤砂さんは傀儡に比喩ではなく文字通り命を懸けたんでしょう。

術学的に考えても、無生物(にんぎょう)に生命を吹き込む術なんてそれこそ生命を失うレベルのリスクが生じるのは確実でしょうし。

 

「まったく! まったく! どいつもこいつも変な奴ばっかりだってばよ!」

 

「ナルト君がそれを言うのですか?」

 

「コトも人の事言えないからな?」

 

「な、なにおう!? それを言ったらカナタだって!」

 

「私?」

 

「そうです! いったい何なんですかあの無印詠唱!」

 

完全自立型傀儡人形キララさん登場の衝撃でやや霞んでしまいましたが、カナタもこの試合で大概ふざけたことしていますからね?

何ですか部分幻術って。

 

「別にオカシなことしてないでしょ?」

 

「ええ確かに原理的には、理論的には不可能ではないです。ないですけど!」

 

「ならいいじゃないの。というか、コトにだけは言われたくないわ」

 

「アハハー言えてる」

 

「って、笑ってる場合じゃないな。サクラ」

 

「えっ?」

 

「ホラ」

 

「!」

 

カカシ先生が指さした電光掲示板には………

 

 

「では続いて第4回戦を始めますね」

 

 

『ハルノ・サクラ VS ヤマナカ・イノ』

 

 

瞬間、サクラさんといのさんの目つきが変わりました。

 

 

 

 

 

 

「ところでカナタ」

 

「何よ?」

 

「キララさんは70点なんですよね?」

 

「………だから何?」

 

「それなら………………やっぱりなんでもないです」




物語を書くにあたって、どんな場面を書くのが好きかは作者さんそれぞれだと思います。
会話シーンが好きだったり、アクションシーンだったりいろいろ意見あるでしょうけど。

僕が好きなのは「伏線を張る、回収する」場面だったりします。
本当に書けて良かった………そして性懲りもなくまた新たな伏線………投稿間隔あくと訳が分からくなりますけど。
遅筆本当にすみません。


今回の話、本当は観戦しているキャラが思い思いに感想を言い合っていたのですが、あまりに長くなりすぎる上、誰が誰だかわかりにくいのでカットしました。

以下没会話。


「赤砂の遺産の数はおよそ300………」

「「300! 多いな(ってばよ)!」」

「「「少ないですね」」」

「「………………」」


「あと、赤砂は造形士としてだけじゃなく、傀儡士としても超一流で1度に100体もの傀儡を操作できたらしい」


「100体! 少ないな(ってばよ)!」

「「「多いですね………」」」

「「………………」」


「ふえ? マイカゼ!? いきなりどうしたんですか?」

「うるさい! 頭いい奴なんて嫌いだ!」

あと話全く変わりますが、マイカゼには病弱な兄がいます。


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45話

ひと月に2話投稿できたのは、いつ以来でしょうか。
今度こそ平成最後の更新です。

本当は一気にマイカゼ戦まで書き上げたかったんですけど。
長くなったので分割、今回はヒナタ回です。

原作とあまり展開が変わらない部分はダイジェストで一気に飛ばす予定でしたが。
ヒナタはナルト、サスケに次いでコトと交流を深めた結果、かなりの魔改造と独自解釈が入ったため原作と展開がやや変化してしまい飛ばすに飛ばせませんでした。


因縁の対決、サクラさんといのさんの戦いは双方一歩も引かない接戦になりました。

マイカゼ曰く「力はサクラ、技はいのに分があるが、総合的にはほぼ互角」とのこと。

互いに決定打を繰り出せず殴りあうこと10分近く。

術でも言葉でも根性でも決着はつかず、最後は互いの顔面に拳を叩き込んでのダブルノックアウトで引き分けに。

熱い………女の戦いでした。

 

 

「結局、戦いで最後にものをいうのは体力と腕力と根性よね~」

 

 

続く第5回戦も女性同士の対決になりました。

砂の風使いテマリさんと木ノ葉の操具使いテンテン先輩の戦いは遠距離戦を制してテマリさんが勝利。

先のガチンコ勝負とは打って変わって相性が露骨に表れた試合でしたね。

 

 

「というか、やっぱり障害物のないフィールドって一部にものすご~く不利なんじゃないですか?」

 

 

第6回戦。

音のくのいち、キン・ツチさんと奈良シカマル君の戦いは影真似の術を見事に嵌めたシカマル君の勝利。

相変わらず、術の使い方が柔軟です。

 

 

「影真似の術ってあんな使い方もできたんだ………」

 

「発想の勝利ですね! 私好きですよそういうの」

 

 

第7回戦。

ナルト君と犬塚キバ君の対決は接戦の末、ナルト君の逆転勝利。

元悪戯小僧の面目躍如といったところでしょうか。

意表を突いた見事な勝利でした。

 

 

「うんうん、五行封印・改(仮)の術式はちゃんと機能しているようで何よりなのですよ。だから傷薬をあげる役回りはヒナタさんに譲ってあげましょう」

 

「………突っ込まないわよ。私は君子だから危うきには近寄らない!」

 

「ふむ、私も何か新必殺技を編み出すべきか………マイカゼさん連続切り的な。どう思う?」

 

「突っ込まない!」

 

 

そして第8回戦………

 

 

「まさか貴女とやりあうことになるとは………ヒナタ様」

 

「………ネジ兄さん」

 

 

日向ヒナタさんと日向ネジ先輩。

木ノ葉で最も古く優秀な血の流れをくむ名門。

日向一族の宗家と分家の因縁の対決です。

 

 

「試合の前に1つ忠告しておく………ヒナタ様、貴女は忍びには向いていない。棄権しろ」

 

「………………っ!」

 

 

ネジ先輩の突然の宣告に息をのむヒナタさん。

 

「………? これってひょっとして分家として宗家のお嬢様を傷つけたくないとか、そういう遠回しな親切ですか?」

 

「なるほど、これがいわゆるツンデレか」

 

「違う」

 

 

ちなみに、うちは一族でも宗家と分家の制度を取り入れようとしたことが昔あったそうです。

しかし、情に厚すぎる性質のため取り決めが全く定着せずあっという間に有名無実と化して自然消滅したそうですが。

閑話休題。

 

「貴女は優しすぎる。調和を望み葛藤を避け、他人の考えに合わせることに抵抗がない」

 

「………………」

 

「そして自分に自信がない。いつも劣等感を感じている。だから下忍のままでいいと思っていた。だが中忍試験は3人でなければ登録できない。同チームのキバたちの誘いを断れず、この試験をいやいや受験しているのが事実だ………違うか?」

 

「ち、違う! ………違うよ。私はただ、そんな自分を変えたくて………自分から………」

 

「やはり貴女は宗家の甘ちゃんだ。人は決して変わることなどできない」

 

 

ネジ先輩の言葉が次々とヒナタさんに突き刺さります。

人は才能や血統、見た目、性格の良し悪し、その他もろもろの生まれ持った要素が全てであり、そしてそれらは決して努力などでは覆すことなどできない。

エリートは最初からエリート、落ちこぼれはどこまで行こうとも所詮落ちこぼれ。

う~ん、言いたいことはわかるんですけど、いくら何でも極論が過ぎるような………ヒナタさんはどうやら呑まれているみたいですね。

大丈夫でしょうか、このままだと戦う前から負けちゃいますよ。

 

「なあ、ヒナタってそんな言うほど落ちこぼれなのか?」

 

「そんなわけないじゃない。というか、そんなことはマイカゼが一番わかってるでしょうに。戯言………いやここまでくると茶番かしらね」

 

「マイカゼ、アカデミー時代に1度ヒナタさんにコテンパンに負けてますもんね。ヒナタさんは強いんです………本人自覚してないだけで」

 

「ああ………そう、ヒナタもそういうタイプか」

 

カナタのいつになく辛辣なコメントにマイカゼがどこか遠い目をしました。

なんだか盛大にすれ違っているような………それはそれとしてネジ先輩、表面的な観察眼と洞察眼こそ優れてはいるようですが、内面を見抜くことに関しては節穴もいいところみたいです。

いや、先入観による決めつけと宗家に対する劣等感が本来の瞳力を鈍らせているのでしょうか。

ネジ先輩の言葉はヒナタさんを傷つけると同時に自分自身にも突き刺さっているように思えました。

 

 

「貴女………本当はもう自分でも気づいているのではありませんか? 俺には絶対に敵わない。“自分を変えるなんてこと絶対に出来―――”」

 

 

「出来る!!!」

 

そんなネジ先輩の諦観に満ちた言葉をぶった切ったのはナルト君の心からの叫び。

 

 

「人の事勝手に決めつけんなバーカ! ンな奴やってやれヒナタ!」

 

「ナルト君………」

 

「ヒナタもちょっとは言い返せってばよ! 見てるこっちが腹立つぞ!!」

 

 

ヒナタさんの目に力が宿りました。

どうやら完璧に持ち直したようですね。

やっぱりナルト君の言葉には力があります。

 

 

「私はもう逃げたくない!」

 

「棄権しないんだな。いいだろう、どうなっても知らんぞ」

 

 

2人はまるで鏡合わせのように全く同じ構えを取って対峙します。

拳を握らず掌底を主体とした柔拳の構え。

木ノ葉で最も強いとされる体術流派。

 

日向流の宗家と分家が真っ向から激突―――

 

「ガチンコ勝負か。燃えるな!」

 

「―――あ、それはダメですヒナタさん」

 

「意気込みは買う。けどそれは悪手よ」

 

「えぇ~?」

 

 

 

 

 

 

同じ構え、同じ動き、同じ攻撃。

ヒナタさんとネジ先輩の2人の同門対決は激しいながらも非常に静かなものでした。

日向流は掌から放出されるチャクラを相手の経絡系に流し込むことにより、内面を直接攻撃する柔拳体術。

人が人である以上、内臓はどうしたって鍛えられません。

つまり1度でも受けたらその時点で致命傷、かするだけもアウト。

いえ、チャクラを放出する範囲によっては下手すれば当たらなくてもダメージを受けるでしょう。

回避困難にして防御不能。

相手の体内の経絡系を透視できる日向一族の血継限界、『白眼』があって初めて修めることが可能な体術流派です。

 

相手の攻撃を受けるのではなく、手の甲で流し、腕で捌く。

力を込めた拳ではなく、チャクラの籠った掌底を繰り出す。

接近戦にありがちな打撃音が一切響かない、ジリジリとした静の攻防を制したのは―――

 

 

「やはりこの程度か。宗家の力は」

 

「っコホ!」

 

 

―――ネジ先輩の方でした。

ヒナタさんは内臓に受けたダメージで吐血し崩れそうになりながら苦し紛れの掌底を突き出すものの、簡単に掴み取られてしまいます。

伸ばした人差し指と中指からチャクラを針のように放出し、腕に突き刺すネジ先輩。

ヒナタさんの長袖を捲り上げ、露になった彼女の右腕には所々に針で刺されたかのような赤い痣ができていました。

 

 

「ま、まさか……それじゃ、最初から……!」

 

「そうだ。俺の白眼はもはや“点穴”を見切る」

 

 

点穴とは体内を流れるチャクラの通り道である経絡系上に361個存在するとされるチャクラの噴き出す孔のことです。

針の穴ほどの大きさのツボですが、そこをチャクラで刺激すればチャクラの流れを自在に加速させたり逆に塞き止めたりすることが可能………………あくまで理論上はですが。

 

「ネジ先輩の眼は顕微鏡ですか………」

 

「凄いな………これが日向一族始まって以来の天才」

 

確かに経絡系を透視できる白眼なら点穴を見ることだってできるでしょう。

でもだからって戦闘中にそれをピンポイントで突くとか神業ってレベルじゃありません。

こんなのにどうやって対抗すれば………ヒナタさんはまだ諦めていないようですが、点穴を突かれてチャクラを止められた以上もはや柔拳は繰り出せな………

 

「………いや、これは!?」

 

 

「ま、まだ!」

 

「無駄だ。点穴を突いた以上、もはや柔拳は………カハッ!?」

 

 

次の瞬間、吐血したのはネジ先輩の方でした。

 

 

「バ、バカな………点穴はすでに閉じていたはず」

 

「うん、その通りです。でも………」

 

 

ヒナタさんは左手の指からチャクラを針のように放出し、右腕に突き刺しました。

それは、つい先ほどネジ先輩が点穴を突いた時と同じ要領で。

 

 

「閉じたなら、また開ければいい」

 

「!?」

 

 

点穴は針の穴ほどの大きさのツボですが、そこをチャクラで刺激すればチャクラの流れを自在に加速させたり逆に塞き止めたりすることが可能。

閉じることができるなら、開けることができるのもまた道理です………これもあくまで理論上の話ですけどね。

 

 

「私はネジ兄さんみたいに相手の点穴を見切ったりはできないけど………自分の点穴がどこにあるかなら知ってるから」

 

 

「よし! よし! 白眼でずっとずっとチャクラの観察観測解析を手伝ってもらってた経験がここにきて活きた! あの地味で不毛な作業は無駄じゃなかったんですよ!」

 

「アンタ、そんなことにつき合わせてたのね………」

 

「ヒナタ、憐れ………いやでも結果オーライだ!」

 

「うおっしゃあああ!! いいぞヒナター!」

 

天才、日向ネジに一矢報いたヒナタさんに誰もが驚愕と称賛の意を示しました。

正しくそれは快挙でした。

 

 

「なるほど………少しばかり見縊っていたようだ。だが結果は変わらん!」

 

「いいえ変えます。変えて見せます! ネジ兄さん、勝負です!」

 

 

 

 

 

 

結果から言えば、ヒナタさんが盛り返したのは後にも先にもその一瞬だけでした。

 

 

「残念ながら、これが現実だ。少々の工夫や機転では決して覆ることのない、エリートと落ちこぼれを分ける差だ」

 

 

すでにヒナタさんの両腕の点穴は閉じられてしまっています。

こうなってしまってはもはや点穴を再び開けることも不可能、印を結ぶこともできません。

 

「これでもダメなの………」

 

「技の冴え、動きのキレ、実力の差がありすぎる………点穴とか白眼がどうこう以前の問題だ」

 

 

「もういい、これで十分だろう。貴女の健闘も努力も認める。だが決着は着いた。これ以上は無意味だ。棄権しろ」

 

「………ま、まっすぐ、自分の……言葉は………曲げない……」

 

 

覆しようのない絶望的な差を実感して尚、ヒナタさんは立ち上がります。

 

 

「―――私も、それが忍道だから………!」

 

「………!」

 

 

見るからにふらふらで余力など欠片も無く、咳き込む毎に吐血する満身創痍の身なれども、それでも心は折れていません。

 

「ヒナタ頑張れぇー!」

 

ナルト君の声援がヒナタさんに再び活力を与えました。

ヒナタは一歩大きく後退し、残された力を振り絞って白眼を発動させて再び構え―――

 

 

 

 

 

 

私はずっと見てきた………何年間もずっと貴方を見てきた………なんでかな。

ナルト君を見てると、だんだん勇気が湧いてくる。

 

私でも頑張れば、何かできそうな気がしてくる。

自分にも価値があるんだと、そう思えてくる。

 

今まではずっと私が見てるだけだった。

でも今はやっと………やっと私を。

ナルト君だけじゃない、皆が私を見てくれてる。

 

そういえばコトちゃんだっけ。

最初に私を必要としてくれたのは。

 

カナタちゃんは覚えてるかなぁ。

貴女のアドバイスのおかげで、私はマイカゼさんに勝てたんだよ。

 

他にも紅先生が、シノ君が、サクラさんが、いのさんが………皆が私に注目してる。

 

憧れの人たちが、やっと私を見てくれた。

だから、だから………

 

 

 

格好悪いところは、見せられないもの。

 

 

 

 

 

 

その後、ヒナタさんは審判のハヤテさんに試合が止められるまで立ち上がり続けました。

血みどろになっても諦めず、立ち向かい続けるその様子はナルト君にとてもよく似ていました。

 

「ヒナタ! 大丈夫かオイ!?」

 

試合が止められ、崩れ落ちるヒナタさんに真っ先に駆け寄ったのはナルト君です。

 

「わ、たしも………すこしは………かわ……れた、かなぁ」

 

「うぇ!? 意識あるの!?」

 

「なんという………いや今はとにかく喋っちゃダメです!」

 

「ヤバいわよこの顔色………治療できる!?」

 

「正直、難しいです………むぅ、点穴が閉じてて掌仙術が上手く通らない………ですが、何とかやってみます」

 

幸い、点穴を開放するコツはヒナタさんが教えてくれました。

指先からチャクラを針のように放出、そして問題の点穴の位置ですが………これは大丈夫です。

 

「フッフッフ………実は私、ヒナタさんとカナタとマイカゼとナルト君とサクラさんとサスケ君とカカシ先生とヤマト先生の経絡系と点穴の凡その位置は全て熟知しているのですよ!」

 

戦闘中に点穴の位置は見切れない?

なら戦闘時以外に見切ってしまえばいいだけの話です。

 

「そうかそれなら………って俺もぉ!?」

 

「い、いつの間に………」

 

忍びたるもの裏の裏を読むべし、これぞ逆転の発想! アイディアの勝利!

創意工夫こそ凡人の特権、王道を歩めない持たざる者の発想力を思い知るがいいのですよ!

 

「全部で361個ある点穴全部記憶するってそっちの方がヤバいでしょうが」

 

「気持ち悪い、普通に気持ち悪い………」

 

「さっきから酷くないですか!?」

 

こんなに頑張ってるのに!

少しは褒めてくれたっていいじゃないですか………………まあ、事前に調べられる場合に限る上、見切ったところで私じゃ戦闘中は的確に狙えないのですが。

そもそも、接近戦で勝ったことなどないですし。

 

とにかく、点穴を全部こじ開けて内臓は………ひどい有様です、けど、どうにかなりそうです。

特に心室細動を起こしかけている心臓は以前の私ならお手上げでしたね。

 

ヒナタさんに応急処置を施す私の周りにナルト君、サクラさん、マイカゼ、カナタ、担当常任の紅先生が続々と………ヒナタさん、実はまだ意識失ってませんよね?

見てくださいよこの光景。

私やナルト君はもちろんのこと、皆が貴女の頑張りを認めてますよ。

 

「所詮落ちこぼれは落ちこぼれだ。変われなどしない………これが運命だ」

 

1人を除いて。

本当は認めたいけど認めるわけにはいかない、認めることができないというような葛藤。

まるで自分に言い聞かせているようです。

柔拳は体内に直接ダメージを与えるというその特性上、手加減が利きません。

ネジ先輩も本心ではこんなことしたくなかったけど、せざるを得なかった………のでしょうか。

まるで悲鳴です。

ネジ先輩のそんな辛辣ともいえるこの一言に、ナルト君がとうとう怒って………それより前にカナタがキレました。

 

「運命? ………日向の天才はずいぶんとどうでもいいことに固執するんですね」

 

そりゃもう盛大に。

ナルト君が大人に化け物呼ばわりされた時以来でしょうか。

カナタって普段こそ冷めてはいますけど、決して沸点が高いわけではないんですよね。

 

「どうでもいいだと? フン、何も知らないからそんなことが言える」

 

「何も見えていないのは貴方の方です。人は変われない? そんなわけあるか、型にはめた人形じゃないんですから変わるに決まってるでしょうが。バカじゃないの?」

 

「………………っ!」

 

「大体、ネジ先輩ってヒナタより1つ年上じゃない。経験の差が出るのは当たり前です。それを何? 才能の差? 落ちこぼれ? 挙句の果てには運命? 頭おかしいんじゃないですか?」

 

カ、カナタ………さすがにそれは言い過ぎでは?

悪意に鈍感と言われる私にもネジ先輩の怒りが伝わってきます。

白眼の眼力がヤバい………

止めたいけど、ヒナタさんを治療するのに手一杯で止められません。

 

「大体ヒナタもヒナタよ、なんで自他ともに認める接近戦のスペシャリストに真っ向勝負挑むのよ」

 

しかもこっちに飛び火するんですか!?

いや、確かにそれは私も感じたことですけど。

私だったら絶対にそんなことしない、というか出来ません。

 

ヤマト先生曰く、忍びの戦いは『如何にして相手の有利を奪い、自分の有利を押し付けるか』

ヒナタさんが本当の意味で勝利を目指すなら、ネジ先輩から意地でも距離を取って遠距離戦に持ち込むべきでした。

というか、そうしていれば普通に勝機はあったはずなんです。

 

「い、いやでもそれは仕方がなくないか? ヒナタにはそれしか選択肢がなかったんだから………」

 

「いや、あったのよ」

 

「………え?」

 

マイカゼのとりなしをバッサリと切り捨てるカナタ。

 

「というかね、そもそもね………

 

 

 

ヒナタさんって………まるっきり体術タイプじゃないのよ」

 

 

 

ああ、言っちゃった………

 

「………そうなのか?」

 

特に隠してたことでもないのでマイカゼの質問に私は正直に答えます。

 

「………幻術タイプですね。カナタやサクラさんと同じ………女子には典型的なタイプです」

 

「だから私は茶番だって言ったのよ。もうとっくに変わってるのに自分も変わりたいとか変われはしないとか押し問答。バカバカしいったらありゃしないわ」

 

「な、なんで………お前たちがそんなこと知っている!?」

 

「ヒナタさんのお父さん、日向ヒアシさんから直接聞きました。3年くらい前でしょうか。風邪を引いたヒナタさんをお見舞いした時に会ったんですよ」

 

「なん…っ!?」

 

ネジ先輩、再び絶句。

いや友達のお父さんと面識あることがそこまで驚くことですか?

 

「ヒナタさんの友達だって言ったら歓迎されてね、その時にいろいろ話を聞かせてもらったのよ………あ~コホン、『あ奴は体術に向いておらぬ。このまま日向流を修めるより他の道を進ませた方がまだ芽があろう。幸い、幻術の使い手には伝手がある』だって。直に聞いたから間違いないわ」

 

ご丁寧に声真似までしてその時の会話を説明するカナタ。

この発言には、ヒナタさんもネジ先輩も………それどころかヒナタさんの担当上忍である夕日紅先生も驚愕。

 

(………『好きにせい。ヒナタ(あやつ)はこの日向にはいらぬ』ってそういう意味だったの!?)

 

ちなみに、後日この話を聞いた猿飛アスマ先生は「言葉足りなすぎるだろそれ」と突っ込んだそうな。

 

「だからこそ、ヒナタさんの健闘は快挙なんですよ。体術の素養もないのによくもまあここまで………」

 

ただ、もったいないなと感じるのも否定できません。

素直に自分の得意分野で戦っていたら下手にガチンコ挑むよりはまだ勝機はあったかもしれないのですから。

 

あ、ヒナタさんが目を見開いて固まってます。

ネジ先輩も同じように呆然として………まさか本当に気付いてなかったんですか?

こういうのって大体、己の感覚でわかるものでしょうに………

ヒナタさんは目を見開いたままコホっと血を吐いて………

 

「ナニ………ソレ………」

 

「あ、気絶しました」

 

「ショックだったのかなぁ」

 

「誰のせいだと思ってる!?」

 

「ヒナター!? しっかりしろってばよぉおおお!!」

 

気を失ったヒナタさんはそのまま本職の医療班さんに担架に乗せられ運ばれて行きました。




シリアスだったはずなのに………ただ、ヒナタを救済したかっただけなのに、気付いたらとどめさしてた………どうしてこうなった。

主観ですけど、どう見てもヒナタは接近戦タイプじゃないだろと。
真実は不明ですが。

そもそも白眼なんて便利な眼を体術だけに使うこと自体が相当もったいないと思うんですよ。
遠距離忍術を学べば望遠眼で狙撃ができるし。
医療忍術使いからすれば透視眼は喉から手が出るほど欲しい代物でしょう。
原作に登場した青という霧隠れの忍びは白眼と感知忍術を駆使し幻術を暴いていましたし。

つまりコトやカナタの価値観からすれば、あくまで体術に固執するヒナタは相当もどかしかったわけです。

ヒナタ、ごめんなさい。
彼女たちに悪気はなかったんです………いや日向流は十二分に強いいんですけど。
あまりに強すぎたせいか、第二部後半では誰一人として彼らに接近戦を挑む敵は現れず。大規模な地形変動忍術とか斥力とかで吹っ飛ばされ、インフレしすぎた遠距離超火力忍術の前に柔拳の出番はなかった………

あと日向ヒアシさんの思惑はもちろん捏造なわけですが、一応根拠はあります。

原作12巻にてヒアシはネジにヒザシの最期を語ることによって和解するのですが、それはそれとしてヒナタとの確執はどうなったと疑問に思った人はいないでしょうか。

ヒナタとヒアシが揃って再登場するのは原作27巻、第一部の最後の最後の後日譚みたいな場面です。
その時の2人はネジも含めて確執なんてなかったかのようにふるまっています。
これはどういうことか。

原作で描写されていないところで和解した、と考えるのが自然です。
才能ではなく、性格面で忍びに向いていないからあえて突き放した結果とも(しかしこれだと紅先生に預けた理由が説明できない)

今作ではすべては言葉足らずが原因の勘違いで最初から確執などなかった、という風に解釈しました。

最初から気難しいだけで悪い人ではなかったみたいなのは事実なので、別段不自然ではないはず。


次回こそ、マイカゼ回です。


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46話

なんとか今月以内に書き上げることができました。


FGOとかで(紅閻魔先生の佐々木小次郎所持時のマイルームボイスがお気に入りです)
忙しかったですが、令和最初の投稿です。

ようやくまともなマイカゼの戦闘回ということでやや文字数が多くなりました。




第三次中忍試験予選も順調(?)に消化されてゆき、残り人数もいよいよ少なくなってきました。

 

「おいお前、面白い奴じゃん。気に入ったぜ」

 

「お前面白くねーじゃん。気に入らねーってばよ!」

 

「(こ、このヤロー!) お、おう。ところであの日向ネジとかいう奴のことなんだけど………」

 

「俺がぶっ倒す!」

 

「いや誰もそんなこと聞いてんじゃ………」

 

(………カナタちゃんと言いこの子と言い、木ノ葉って天然多いのかなぁ?)

 

ナルト君とカンクロウさんの噛み合っているようで絶秒に噛み合ってないやり取りを、一歩離れた場所から黒雲母(キララ)さんが興味深そうに眺めています。

 

 

「そろそろお前の出番だぞ。それいけリー!」

 

「いえ! ここまで来てしまったんです。どうせなら僕は最後のトリがいいです!」

 

「(………リーさん、ちょっと拗ねてる………)」

 

なかなか名前が呼ばれずちょっと不貞腐れ気味のリー先輩を何とも言えない顔で見つめるサクラさんとガイ先生。

 

 

「おいチョウジお前マズいぞ! あとヤベー奴しか残ってねーよ、どーすんだ? 特にあの砂の瓢箪(ひょうたん)は目がヤベー! ああいうのが一番おっかねーんだ」

 

「だ、大丈夫。まだコトが残ってる………」

 

「バッカお前、ナルトの大番狂わせを忘れたのかよ? 万年ドベがあれだけ大化けしてたんだぜ? もう一方のドンケツもどんだけ異常成長してるか分かったもんじゃねーぞ? むしろ予測のつかなさで言えばナルトよりヤベーかも」

 

やや離れた場所で、好き放題言っているのはチョウジ君とシカマル君の2人です。

 

 

「………なんか納得いかないんですけど」

 

「いや~私は当然だと思うんだけれど? 日頃の行いが行いなんだから」

 

「………カナタも負けず劣らず爆弾発言多かった気もするが」

 

「君たち、もう少し緊張感というものをだね」

 

私たち第9班はいつも通りの通常運転で。

それを複雑そうに見つめているのはネジ先輩です。

 

 

各々がそれぞれの思惑を胸に、電光掲示板を見上げました。

 

未だ電光掲示板に名前が表示されていないのは木ノ葉では私ことうちはコト、月光マイカゼに秋道チョウジ君、ロック・リー先輩。

大きな瓢箪を背負った砂の我愛羅君。

音のドス・キヌタ君の計6名。

 

この場にいる全員が固唾をのんで見守る中、電光掲示板に表示された名前は。

 

 

『ロック・リー VS ゲッコウ・マイカゼ』

 

 

「引っかかりましたね! 最後がいいと言ったらそうならない! 電柱に石を当てるつもりで投げたら当たらず、石を外すつもりで投げたら当たってしまう法則です! トリなんかまっぴらゴメン………ってえええぇぇえええ!? お、女の子!?」

 

 

リー先輩が何やら大騒ぎしていますが、騒がしさではこちらも負けていません。

 

「ついに来ましたねマイカゼ!」

 

「ああ! 待ちかねた!」

 

今までの試験でまともな戦闘の機会がなかった反動でしょうか。

いつになくハイテンションのマイカゼは元気よく拳を振り上げます。

私も一緒になって万歳、ナルト君もノリで一緒に万歳、それを見ていた黒雲母(キララ)さんも『あれ、そういう流れなの?』みたいな表情で手を上げようとして、カンクロウさんが止めました。

 

「何やってんのよアンタ等………勝てるの?」

 

対照的に苦い表情をしているのはカナタです。

心配そうな様子のカナタにマイカゼは少しばかり拗ねたようにほほを膨らませて

 

「心外だな。確かにリー先輩の体術は脅威だが私だって負けていない!」

 

「そうです。マイカゼは凄いんです!」

 

「いや、別に私もマイカゼの実力を疑っているわけじゃないのよ? ただ………」

 

「大丈夫、何も問題はない! 兄さんもいることだし。成長した私の剣術を見せ………見せ………………あ」

 

腰に手をやり、背中に手を伸ばし………そこにつかめるものが何もないことをようやく思い出したマイカゼは一転して顔を青くしました。

 

「言葉が足りなかったみたいだから言い直すわね。………勝てるの? 素手で、あのリー先輩に」

 

そうでした、白熱の予選に夢中になるあまり私もすっかり忘れてました。

マイカゼが得意とするのは木ノ葉流の剣術、しかし彼女の刀は予備も含めてまとめて草忍さんに壊されてしまっていたのです。

マイカゼならそれでも無手で並大抵の相手なら一蹴できるでしょうが、どう考えてもリー先輩は並大抵ではないでしょう。

 

先ほどまでのハイテンションから一転、マイカゼはオロオロと挙動不審に。

 

「な、何かないか? 何かこう長くて………剣の代わりになりそうなのは?」

 

「い、今になって急にそんなこと言われても………」

 

「クナイじゃ………ダメよね。やっぱり」

 

「えっとえっと………他に何か、何か」

 

巫女装束の袖に腕を突っ込んで中をごそごそあさっては見るものの………

 

「フライパン、まな板、トマト、ちくわ、トマト、スポンジ、たわし、大根、またトマト、菜箸、調味料各種………っく、分かってはいましたが碌なものがありません!」

 

「本当にね! 何よそのラインナップ!?」

 

「いやそれ以前に、コトちゃんの袖はどうなってんだってばよ!?」

 

「時空間忍術の応用ですよ。先の試合でテンテン先輩が使ってた忍具の口寄せみたいなもので………」

 

「コト、今はそんな話をしてる場合じゃないから」

 

そうでした。

しかし、やはり刀の代わりになりそうなものは見つかりません。

当然といえば当然なんですけど。

有用なものは全部死の森でのサバイバルで粗方使い切った、その余りなんですから。

役に立たなかったものしか残っていないのは仕方がありません………まあ、それを差し引いてもやけにトマトが余ってますね。

 

「無意識にサスケ君の好物を多めに持ってきていましたか」

 

「コト、その話詳しく」

 

「春野さん、今はそんな話をしている場合じゃないから!」

 

「ヤマト先生! 木遁で木刀を造ってもらえたりは………」

 

「ダメだよ」

 

「じゃあ角材でいいですから! あとは私の木遁で木刀に加工しますから!」

 

「それもダメだ。緊急時を除き中忍試験で上忍の手助けは全面的に禁止されている」

 

「で、ですよね~」

 

「こんなことなら森で枝でも拾っておけば………」

 

「マイカゼ選手、早く降りて来てください」

 

「兄さん、今はそんな話をしている場合じゃないんだ!」

 

「では試合放棄ということで失格に………」

 

「うあああごめんなさいつい流れで生意気言ってすいません!」

 

何やら混乱して大騒ぎしているマイカゼを余所に私は袖の中身をひっくり返します。

次々と詰みあがっていくガラクタ………ぐぬぬ、包帯代わりに袖の端を少々破ったのが原因でしょうか、時空間忍術が狂って中の配置がめちゃくちゃになっちゃっているのです。

ああ、ナルト君が唖然とした表情でこっちを見てる………

 

「違うんです普段はちゃんと整理整頓できているんですお片付けができない女じゃないんです………」

 

「大丈夫よコト。ナルト君は絶対にそんなこと思ってないから」

 

………火打石、洗剤に洗濯板と金だらい………調理器具と洗濯用品が混ざってます。

これらも結局使わなかったんですよね。

火種は火遁で事足りてしまいましたし、サバイバル試験の最中に服を洗う余裕なんてありませんでしたからね

 

「つまり当然これも出番がなくて………あ」

 

「それよ!」

 

 

 

そんなこんなで第9回戦。

マイカゼがリー先輩と対峙したとき手にしているのは。

 

 

「いや………かなり無理をさせたのはわかっているし、これが精いっぱいだったのも十分に理解している。しているんだけど………」

 

 

私の袖の中に入っていた『物干しざお』を突貫工事で加工して作った竹刀。

剣道の試合で使うやつです。

うん、わかってます。

確かに刀の字は入っているけど、竹刀は刀じゃないですよね、決して刃物じゃないですよね、正直すみませんでした。

 

「見つけた時はこれだ! って思ったんですが………」

 

 

「………コトは知らないかもだけど、竹刀で斬るのって割と難しいんだからな?」

 

 

「難易度以前に普通竹刀は斬れないけどね?」

 

カナタの突っ込みもなんのその、竹刀をブンブンと振り回しどうにもしっくりこないのかしきりに首をかしげてうなるマイカゼ。

得物に不満があるのは大いに理解できますが、もはや後には引けません。

 

 

「では第9回戦、始めてください!」

 

「っく、もはや匙は投げられた!」

 

 

匙は投げちゃダメですよマイカゼ。

それはそれとしてついに試合が始まりました………が、マイカゼもリー先輩も双方ともに動きません。

 

 

「………? 来ないんですか?」

 

「っ!? い、いえ! いやですが!」

 

 

どうやら戸惑っているのはマイカゼだけではなかったようです。

リー先輩、なかなかどうしてフェミニストらしいですね。

 

 

「………ああ、なるほど。うん、よくわかりました。別にいいですよ。女性に優しくするのも、後輩に気を遣うのも大いに結構………ですが」

 

 

マイカゼの空気が変わりました。

ようやくスイッチが入りましたか………いえ、少し怒ってる?

物干しざお改め竹刀を、下段に構えて………………無拍子に疾走。

 

 

―――木ノ葉流・双月の舞!

 

「っ!?」

 

 

マイカゼが狙ったのはリー先輩の足。

とっさにジャンプして回避するリー先輩。

しかし、回避しきれなかったのでしょう。

着地したリー先輩の両足のレッグウォーマーが切り裂かれていました。

 

 

「いくら何でも、ここまであからさまにハンデつけられると腹が立ちます」

 

「な、何で………わかったんですか?」

 

 

リー先輩の切り裂かれたレッグウォーマー。

その下から覗いているのは『根性』と刻印された、大量の重り。

 

「え………リー先輩、あんなのつけてたんですか? 今までずっと?」

 

それも単なる重りじゃありませんね。

無骨な見た目に反して、相当高度な細工が施されています。

 

「ガイの奴………なんてベタな修行させてんだ………」

 

「というか、なんでマイカゼは気付いたのかしら?」

 

「ま、まさか重心の位置が通常より低いのをリー先輩の動きから洞察して………」

 

 

「勘です」

 

「勘って………」

 

 

ナルト君がずっこけました。

全く、感覚派の天才はこれだから………勘って何ですか分かるわけないでしょうが。

こっちが必死に頭ひねってたのがバカみたいです。

 

 

「いやしかし、これは大切な人を複数名守るときしか外してはいけないとガイ先生からきつく………」

 

 

「いや構わーん!」

 

リー先輩のセリフを遮ったのは、彼の上司であるガイ先生です。

灼熱の笑顔に煌めく白い歯、堂々たるサムズアップ。

濃い、あまりにも濃い存在感。

 

「リー外せー! 俺が許すー! その子に失礼だ! 熱い真剣勝負に男も女も関係ない!」

 

 

「………っ! そうです。その通りですガイ先生!」

 

 

ガイ先生の熱くも濃い言葉で眼に炎を点したリー先輩は両足の根性重りを外し盛大に投げ捨てます。

ドゴオォオオン! という無茶苦茶な衝撃に部屋全体が揺れ、床が陥没して大穴が開きました。

 

「………いや本当にどうやって歩いてたのかしら? だってあんなの付けてたら………」

 

頬を引きつらせるカナタ。

言いたいことはわかります。

常識的に考えれば、あんな重量級のウェイトをつけていたら装着者の筋力に関係なく足が地面にめり込んでしまうことでしょう。

しかし実際にはそうなっていないということは、あの重りはただの重りじゃないということです。

 

「どうやらあの根性重り、装着者には『重さを感じさせるだけで実際には重くならない』特別性みたいです」

 

「………何それ、そんなの聞いたことないんだけど?」

 

「少なくとも木ノ葉の技術じゃないですね。私も初めて見ました」

 

おそらくは他里の秘伝技術………砂………霧………いえ、それ以外の。

 

「ほう、よく気付いたな少女! その通り! あれは私がかつて岩隠れの忍びと一戦交えた際に獲得した『重さを自在に変化させる特殊忍具』を加工したものだ!」

 

「岩でしたか。なるほどそれで………ってえええ!? そ、そんな貴重な戦利品を重りにしちゃったんですか!?」

 

己の所業を誇らしげに語るガイ先生に私は戦慄を禁じえませんでした。

なななななんて勿体ないことを!?

そんなのありっていうか、許されるんでしょうか?

 

「愛弟子の成長のためなら惜しくはない!」

 

「ふえぇ~………」

 

「………やりすぎでしょ、ガイ」

 

 

 

「先ほどまでは失礼しました」

 

 

重りを捨てたリー先輩が改めてマイカゼと向き直ります。

左手を後ろに回し、右手を前に出した木ノ葉流体術の基本の構え。

もうその目には油断も侮りもありません。

 

 

「ここからが本当の戦いです」

 

「是非もなしです」

 

そんなリー先輩の炎すら宿していそうな気迫を真っ向から迎え撃つのはマイカゼです。

 

 

「いざ」

 

「尋常に」

 

「「勝負!!」」

 

 

と両者が叫んだ瞬間に、リー先輩の姿が消え―――マイカゼが吹っ飛んでいました。

一瞬の出来事でした。

 

「え? ………え?」

 

「速い」

 

「な、何が起こった?」

 

私たちが困惑している最中、吹き飛んだマイカゼはそれでも空中で姿勢を立て直して着地―――

 

 

「こっちですよ」

 

「うわっ!?」

 

 

―――する前にさらに別方向から迫ったリー先輩に吹き飛ばされます。

は、速い、速すぎて目で追えません。

これが重りを捨てたリー先輩の本当のスピード………

 

「な、何よこれ、これじゃ白さん並じゃないの」

 

「何らかの術………ではないようです」

 

つまり完全なる素の身体能力と体術だけで………ここまで極められるものなのですか。

 

「その通り。リーは忍術や幻術は使えない、だからこそ、これまでの全ての時間を体術に費やし、体術のために努力し、体術に全てを集中してきたのだ………たとえ他の術は使えずともあいつは誰にも負けない。体術のスペシャリストだ!」

 

「そ、そんな極端な………」

 

いえ、事実としてマイカゼは全く追いつけていません。

たまに竹刀で反撃を試みてるようですが掠る気配すらありません。

風に吹かれる木ノ葉のようにリー先輩に弾かれ飛ばされるばかり。

完全に防戦一方です。

 

「ヤマトよ、お前の部下もなかなかのガッツだがどうやらここまでのようだな。スピード、パワー、全てリーの方が圧倒的に上だ。まぁ青春とは時に甘酸っぱく、時に厳しいもの………」

 

「いえ、まだ勝負はわかりませんよ?」

 

「む?」

 

得意げに語るガイ先生に対し真っ向から異を述べるヤマト先生。

 

「ガイ先輩。うちのマイカゼを見縊らないでいただきたい」

 

「ヤマト先生の言う通りです」

 

「マイカゼはとっても強いんですよ」

 

リー先輩が駆け抜ける。

マイカゼは高速で迫りくる拳を紙一重で受け流す。

リー先輩が即座に追撃する。

風を切り裂いて振りぬかれる蹴りを、マイカゼは辛うじていなす。

 

リー先輩が攻撃し、マイカゼがギリギリで防御する。

攻撃、防御、攻撃、防御、攻撃防御攻守攻守………

 

「………?」

 

「どういうことこれ?」

 

他の面々も感づいたようですね。

1度だけなら偶然です。

何度も続けば幸運でしょう。

ですが、ずっと続くのであればもはやそれは必然であり実力です。

 

「大事なことなのでもう一度。マイカゼはとっても強いんです」

 

そりゃもう非常識なレベルで。

 

 

 

 

 

 

(いったいどういうことです!?)

 

戦場を走り回りながらロック・リーは考える。

そして断言する。

 

間違いなく速いのはこっちだ。

事実、相手は全くこっちのスピードに追いつけていない。

 

力が強いのも間違いなくこっちだ。

男女差も相まって確実にこっちの攻撃は相手より重く鋭い。

そもそもスピードで上回っている時点で、相手の攻撃なんて当たるはずがない。

 

しかし、それなのに………

 

(なんで、なんで一発も入らない!?)

 

確かに相手は防戦一方で、一見手も足も出ないように思える。

だが、そもそも防御できていること自体がすでに異常なのだ。

どれだけ速く、鋭く、死角に回り込んで攻撃を繰り出してもギリギリで受け流され、一度もクリーンヒットが決まらない。

全ては紙一重の攻防、しかしその紙一重を何故か破ることができない。

 

(何故? どうして? どう考えても僕の方が速いのにどうしてガードが間に合うんだ!?)

 

ふと、リーの視界にありえないものが写り込んだ。

幻術………いや違う、単なる目の錯覚、見間違いだ。

それ以外ありえない。

 

改めて対戦相手―――月光マイカゼの姿を観察する。

鍛えられてはいるものの、男性であるリーに比べれば明らかに華奢な体躯、低い身長、軽い体重………見た目も動きも似ている個所などどこにもない。

なのに、それなのに。

 

(なんで………なんで君の姿が重なるんだ! ネジ!!)

 

 

 

 

 

 

「ねえ、リー先輩、野球ってやったことあります?」

 

「い、いきなり何の………」

 

「知ってますか? どれだけ強肩の剛球投手でも、緩急つけなきゃ打たれちゃうんですよ」

 

 

―――木ノ葉流・三日月の舞!

 

 

「―――擬き!」

 

「ぐ、ぐあああ!?」

 

 

 

「あ!」

 

「マイカゼがついに反撃に!」

 

交叉法(カウンター)

うまくタイミングを合わせましたね。

リー先輩の右肩、左腰、胸の3か所にバッサリ切り傷がついてます。

傷自体は浅く致命傷ではないようですが、それでもこの試合初めてのクリーンヒットです。

 

 

「………切れ味悪い!」

 

 

本人不満みたいですけど。

良い悪い以前に竹刀に切れ味なんてあるわけないのです。

というか、レッグウォーマーを切り裂いた時も思ったんですが、当たり前のように竹刀で斬りますね。

本当にいったいどうやってるんでしょう?

少なくとも竹刀にチャクラ流し込んでどうにかなるような話ではないはずなのですが………

 

「今のは………三日月の舞?」

 

「い、いや違う。本来の三日月の舞は影分身の併用を前提とした高等剣術だ………いやだが、今の剣筋は」

 

「あ、あれ? なんかマイカゼの竹刀が一瞬ブレたってば? いや分裂したよう………な??」

 

今のマイカゼの技に皆がどよめいています。

無理もありませんね。

私も、カナタも、ヤマト先生ですら、最初に“あの技”を見た時は開いた口が塞がらなかったものです。

 

 

カカシ先生の言うように、本来の『木ノ葉流・三日月の舞』は3人に分身してそれぞれ突き、薙ぎ、払いを同時に繰り出すというものです。

異なる3つの斬撃が対象の逃げ道を塞ぐように放たれるので、極めれば不可避必中の奥義………なのですが、影分身の術を習得していないマイカゼには未だ扱えない高等剣術です。

 

故にマイカゼは悩んだ末に『要は斬撃が3つあればいいんだから斬撃だけ影分身させればいいのでは?』という謎の発想のもと、三日月の舞とは似て非なる不思議剣技、『三日月の舞・(もど)き』を編み出したのでした。

 

………いったい何がどうなっているのやら。

確かに身体ではなく武器の影分身を作りだす術というのは存在します。

手裏剣影分身がまさにそうなのですが、本家影分身より会得難易度が高い上マイカゼのそれは剣を影分身させたのですらありません。

マイカゼが分身させたのは即ち剣から放たれる斬撃。

つまりマイカゼは『刃物じゃないもの(しない)』から放たれた『そもそも実体が存在しないもの(ざんげき)』の『実体のある分身(かげぶんしん)』を作りだしたということです。

………うん、はっきり言って意味が分かりません。

 

 

「改めて見ても、天才がどうとかいう問題じゃないわね………もはや変態の所業よ。本当どうなってるんだか」

 

「正直、未知の秘伝か血継限界と言われた方がまだ納得できるレベルです」

 

「でもマイカゼって特にそういうのはないのよね?」

 

「たぶん………私やヤマト先生が調べた限りでは」

 

 

私たちが観覧席でしきりに首をかしげている最中でも、マイカゼとリー先輩の攻防は続いています。

マイカゼはもともと後の先を得意とする剣術使いです。

持ち味のスピードを生かして果敢に攻めかかるリー先輩に対し、マイカゼは開始直後の一撃を除けば一貫して受けの姿勢を崩しません。

 

重りを外したリー先輩相手にスピード勝負は無謀だと悟ったのでしょう。

マイカゼも決して遅くはないはずですが、それ以上にリー先輩の動きは速く鋭い。

 

 

「な、なんで………?」

 

 

にも拘らず、リー先輩はマイカゼに追いつけません。

 

 

「速いのはリー先輩です。でも、マイカゼの方が()()んです」

 

「え? ゲジマユの方がはやいけどはやいのはマイカゼ? ………つまり………どういうことだってばよ??」

 

「動き自体はリー先輩が速くても初動、動きの出だしがマイカゼの方が早いってこと」

 

徒競走におけるフライング、ジャンケンにおける後出し。

速さではなく、素早さ。

先に動くということはそれだけで大きなアドバンテージです。

 

「端的に言えば、マイカゼはリー君の動きを洞察し、予測して、攻撃されるよりも早く動いているんですよ」

 

もっとも、実際のところはマイカゼの所業に無理やり理屈をこじつけたらそうとしか説明できないというだけで本当はどうなっているのかは不明なのですけど。

 

「バカな!? あのリーの動きを見切るなど、白眼や写輪眼もなしにそんなことができるはずが!」

 

「そんなこと私に言われても………」

 

できちゃってるんだからしょうがないとしか。

先の三日月の舞擬きもそうですけど、なぜそんな芸当ができるのかマイカゼ本人もよくわかっていないから原理を聞いても要領の得ない答えしか返ってこないのですよ。

そればかりか『私に頭のいい解答とか理屈を求めるな! これだから天才は!』と逆切れされてしまいました………

 

「………そんなバカな」

 

はい、まさしく「そんなバカな」です。

 

「無理やり解釈するなら、素の動体視力や、洞察力が写輪眼並みに優れているということか………」

 

「ついでに言えば、知覚範囲の広さは白眼並みですね」

 

「………何?」

 

「というか、今のマイカゼに視力は関係ないんですよ」

 

そ、それは私も初耳です。

カナタも知らないでしょう。

ヤマト先生の言葉にガイ先生とカカシ先生が揃って絶句した直後、後ろに回り込んで攻撃を加えようとしたリー先輩を、マイカゼが振り返ることなく迎撃しました。

 

 

「な、なんで? ………死角だったはず」

 

「以前、目を完全に閉じた状態で音だけでターゲットの動きを把握する無音殺人術(サイレントキリング)の天才に直接手ほどきを受ける機会がありまして」

 

 

どさくさに紛れて霧隠れの鬼人の秘技を模倣していたマイカゼ。

本当に、本当に写輪眼持ってないんですよね貴女!?

いや、仮に写輪眼があっても見えないものを真似するとか不可能です。

コピー忍者ことはたけカカシ先生でも無理です。

 

 

「もちろん凡人たる私はいきなり音だけで全てを把握するなんてことできません………何度も攻撃を受け続けて、ようやくそれの真似事ができる程度です」

 

 

貴女のような凡人がいるものですか。

 

 

「リー先輩の動きは確かに速いですが………だいぶ慣れてきました。ここからは私が攻める番です! リー先輩覚悟!」

 

 

「………結果論だけど。竹刀でよかったのかも」

 

「はい………もし真剣だったら最初の一太刀で終わってたでしょうね」

 

「………あの子はいったい何者だ?」

 

「あの子は月光マイカゼ。そこにいる審判のハヤテの妹で、僕の部下で………コト曰く『自分よりもうちはらしい』………そしておそらく木ノ葉の下忍で最も強いくのいちですよ」

 




黒バスの黄瀬君は見ただけで相手の技のコピーができますし、赤司君は未来が見えます。
当たり前ですが、彼らは写輪眼を持ってません。

つまりマイカゼはそういうタイプの天才です。

こんなのが隣にいたらコトがいじけるのも無理ないです。
反対の隣側には変化が効かない審美眼保持者………写輪眼の立場がない。
そして彼女らは彼女らで、自分のことを棚に上げてコトはオカシイと思ってるわけで。


本当は物凄く強いのに今までほとんど活躍の場がなかったのはだいたい彼女のチームメイトの所為。

戦いにおいて勝つ方法を計算する戦術家であるシカマルに対し、空野カナタは戦わずして勝つ方法を模索する戦略家です。

戦いになったらほぼ確実に負ける存在と長年コンビを組んでいたが故ですが、だからこそマイカゼの出番は回ってこなかった………

もし、初戦の相手が白じゃなかったら、彼女たちの作戦参謀がカナタじゃなかったら、中忍試験でいきなり大蛇丸なんて規格外に遭遇しなかったら、半化の術で小さくなっていなかったら、もっと無双できていたはずなんですよ。


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47話

月1投稿したかった………

もともと予選編においての最大の山場であるロック・リー戦。
初のマイカゼの戦闘ということで力が入りすぎ、長くなったので分割です。

続きはなるべく早めに投稿できると思います。


月光マイカゼは今でこそ己が凡才であることを自覚しているが、無論初めからそうだったわけではない。

むしろアカデミー時代はその逆、めちゃくちゃ調子に乗っていた。

己は剣の天才だと豪語し、事実として当時のくのいちクラスに接近戦で私に勝てる生徒など誰もいなかった。

黒歴史は誰にでもあると信じたい。

 

その天狗になった私の鼻を根元からへし折ってくれたのは、当時単なるクラスメイトでしかなかった空野カナタとその知人のうちはコト、そしてアカデミーに中途編入してきた日向ヒナタである。

ヒナタとはその時、体術の授業で対戦することになったのだが………

 

『いい? 日向さん。決して相手から目をそらさないで。自信をもって相手と目を合わせることさえできれば貴女は絶対負けないわ』

 

『ファイトなのですよ。ヒナタさん』

 

『う、うん。ありがとうカナタちゃん、コトちゃん!』

 

『ふん、たとえけっけーげんかいほじしゃでもまけるもんか!』

 

目を合わすこともできずコテンパンに負けた。

私は悔しくてその結果を認められなくて。

 

『ひきょーだぞあんなの! こんどこそせーせーどーどーしょうぶ!』

 

『………? わたしもまけないよ!』

 

一度勝利して自信をつけたヒナタは普通に強かった。

いや、ヒナタはもちろん強かったのだが、それ以上にヒナタの使う体術流派と血継限界、日向流と白眼が反則的なまでに厄介だった。

尋常ではない視界の広さと洞察力………動きを全部見切られてこちらの攻撃がほとんど通用しなかった。

連敗こそなんとか回避したものの『日向は木ノ葉にて最強』は伊達じゃないことは腹の底から(文字通りの意味で)痛感させられ、以降私はヒナタを勝手に己の好敵手と定め切磋琢磨することになる。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、つまり彼女は先の試合でネジと熱い名勝負を繰り広げた日向のお嬢さんの永遠のライバルということか!」

 

「え、永遠かどうかはわかりかねますが。少なくともマイカゼはそういう風に思っていると思います」

 

リーとマイカゼの試合を観戦する傍ら、マイト・ガイはマイカゼのチームメイトであるうちはコトからマイカゼの情報をいろいろと教えてもらっていた。

もともと明るく、そして社交的な性格なのであろう。

コトは尋ねたガイが不安に思うほど無防備にニコニコ笑顔で詳しいことを話してくれた。

 

(………打倒ネジを掲げるリーと少しばかり境遇が似ているな)

 

当初はデタラメに思えたあの速いリーの動きを完璧に見切るという所業も、コトから来歴を聞いた後であればおのずと理由が見えてくる。

 

ふと、ガイは隣に立って自分と同じように両者の試合を観戦しているカカシに視線を向ける。

普段は斜めに装着された額当てで隠されている左目が解放され、高速で展開する戦闘劇を一瞬も見逃すまいと目まぐるしく動いていた。

 

写輪眼。

洞察眼において白眼に迫る性能を発揮するだけでなく、幻術、体術、忍術の全てを一瞬で見通し、ひとたび目を合わせればそれだけで相手を幻術に嵌めることすら可能な究極瞳術。

 

そんな代物にどう対抗するかは瞳術使いに挑む者たちの永遠の課題だ。

 

(その時、彼女は答えを得たのだ………)

 

ガイ自身、カカシの永遠の好敵手(ライバル)を自認しているからこそそれが理解できた。

 

視線を試合に戻す。

戦場を目まぐるしく駆け抜けるリーの動きが最初に比べて変化していた。

 

最短、最速ではなく、あえて遠回りに、時折緩やかに。

高速体術の間にあえて無駄な挙動を挟むことにより、リーはマイカゼの読みをかいくぐろうとしていた。

 

(無駄だ………リーよ)

 

 

「いや、いくら私がバカでも、さすがにそんなのには引っかかったりはしませんよ?」

 

「っく! どうして………」

 

「わかりやすいですねリー先輩。ウソつくのが本当にヘタクソです」

 

 

(彼女は本物の瞳術使い達と真っ向から渡り合えるほどに洞察力と察知能力を鍛え研ぎ澄ましている。そんな付け焼刃のフェイントなど通用するはずがない。違うだろう………そうじゃないだろう………リーよ)

 

ガイにはリーが焦っているのが痛いほどに理解できた。

どんな攻撃をどのタイミングでどこから仕掛けても、すべて見切られ受け流されるイメージしか抱けない。

じわじわと心と体を侵食する『本当の天才には何をしても無駄なんじゃないか』という絶望感。

 

(おそらく今のリーにはネジの姿がマイカゼと重なって見えていることだろう。呑まれるな、お前にはお前の答えが………)

 

 

 

 

 

 

リー先輩に“迷い”の動きが増えてきた。

マイカゼ(こちら)に攻撃をするためではなく、かといって回避のためでもなく、戦術的には何の意味もない無駄な動き。

表情の揺れ動きがはっきり見え、リー先輩が何を考えているかが容易に推察できた。

 

(しかし、何て見切りだ! いくら速く動けても全て受け流されたら僕の攻撃も意味がない………こうなったら………)

 

「私が受け流せないほど重たい一撃を繰り出すしかない、ですか?」

 

「っ!? 貴女は心が読めるのですか!?」

 

「リー先輩が分かりやすいんです。後は勘」

 

本当、ここまでの正直者は忍者ではとても珍しい。

だからこそ、ここまで真っ向勝負が成立しているともいえる。

とても楽しい。

 

「っ! うおおおああ!」

 

リー先輩の両腕のテーピングが解ける。

経絡系を流れるチャクラが限界を超えて加速し、肉体を極限まで活性化させるリー先輩。

コトが言っていた、八門遁甲というやつだな。

私には経絡系を見通す眼はないけれど、知識としては知っている。

具体的に何ができるかも覚えている。

 

私の周囲を霞むような速度で疾走、そして―――

 

 

―――表蓮華!

 

 

「悪いですけど。その技はもう覚えてます」

 

「―――え?」

 

 

―――身体を仰向けに倒したリー先輩が、宙を舞った。

 

 

 

(リーの表蓮華を………同じ表蓮華で迎撃(カウンター)しただと!?)

 

(マイカゼは1度見た技なら大体覚えてしまう。特に今回はサスケの対戦ですでに予習済み。ひょっとしたらサバイバル試験中にも見る機会があったのかもしれないな。なんにせよリー君は軽々しく大技を披露しすぎたね)

 

(なんて奴だ………)

 

 

 

「ただしここからは私のオリジナルですが。行きます! 木ノ葉流剣術・最終奥義!」

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

「最終………奥義?」

 

そ、そんな技ありましたっけ?

久方ぶりの接近戦で何やら舞い上がっているらしいマイカゼの叫びに、コト(わたし)とカナタ(とヤマト先生と、実はハヤテさんも)は揃って首をかしげました。

ひょっとして私たちに内緒で秘密の特訓を………

 

 

「あ、ちなみになんで最終かって言うと、これは私がサスケやナルトの試合を見てついさっき思いついたばかりの新必殺技だからです!」

 

 

秘密なんてなかったです。

 

 

「連続技が流行りみたいだから、私もそれに倣って今使える7つの木ノ葉流剣舞を一気に連続で叩き込んでみることにしました!」

 

 

開けっぴろげです。

バカ正直にすべてを暴露したマイカゼはそのままの勢いで木ノ葉流の剣技を有言実行。

 

『双月の舞』

試合最初にも見せた鋏を閉じるような2撃が落ちてくるリー先輩を空中にくぎ付けにし、

『上弦の舞』

更待月(ふけまちづき)の構えから繰り出される木ノ葉流基本の技がリー先輩を縦に切り裂き、

それを『小望月の舞』で突き上げ、

『望月の舞』で巻き上げ、

『下弦の舞』で追撃、

(つごもり)の舞』でさらに吹き飛ばします。

 

 

「名付けて―――木ノ葉我流剣舞! 七天抜刀(しちてんばっとう)!」

 

 

とどめに居待月(いまちづき)の構えで納刀し『(さく)の舞』の抜刀術が………いや、待ってください抜刀術?

 

 

「………あ、しまった! 鞘がないってか物干しざお(しない)じゃ納刀できない! 居合(さくのまい)が繰り出せなぎゃいんっ!?」

 

 

「「「ア、アホ~~~~~~!!」」」

 

あまりにもしょうもない理由で隙を見せて、リー先輩にあっさり反撃されてゴロゴロと床を転がるマイカゼ。

これまでの鉄壁ぶりがウソのようなその姿に私とカナタとヤマト先生まで揃って絶叫。

 

「もう! もう! これだからマイカゼは!」

 

「変に連撃なんかせず普通に一撃に力込めてたら勝ってたのに!」

 

ああ、そうでした。

これまではカナタがしっかり作戦を立てて手綱を握っていたのでそうならなかっただけで、マイカゼはもともとこういう1人で調子に乗せたらダメになるタイプでした。

 

「その場の思い付きでおかしな新術をいきなり実践するとか何考えてるんですかマイカゼは!」

 

「コトちゃんコトちゃん、人の事言えないってば………」

 

「ナルト君もね!」

 

「さ、3バカ………」

 

「月光マイカゼ………いろんな意味で侮っていたか………ナルトの意外性ナンバー1の地位を脅かす奴らがまさかこんなに多いとは」

 

 

 

(おまけに連撃としてもとんだ欠陥技ですね………ゴホッ)

 

内心で密かにそう評したのはマイカゼの技を誰よりも近くで見ていた審判にして兄の月光ハヤテである。

 

(7つの舞の出だしと終わりがまるで繋がっていない。これでは連続技ではなく、本当にただ異なる7つの剣技を続けて繰り出しただけじゃないですか)

 

おまけに連撃の最後は一度納刀せねば繰り出せない抜刀術の朔の舞。

納刀で連撃が途切れる上に、真上から迫りくる対象をどうやって居合で斬るというのか。

 

(仮に得物が竹刀ではなく真剣だったとしても繰り出せず、繰り出せたとしてもどの道納刀の隙を突かれて反撃を受けていたでしょうね………)

 

結論、(マイカゼ)はアホである。

 

(まあ、連撃そのものは()()()()()()()()()みたいですが………ゴホゴホッ………ふむ。この技を実用に耐えうるようにするには、まず最初に朔を持ってきて、さらにその他の繰り出す舞の順番を並べ替えて………)

 

 

 

とどめの朔の舞は不発なれど、6つの剣舞を受けたリー先輩。

隙だらけのところに反撃をまともにくらい吹っ飛ばされたマイカゼ。

 

 

「僕は………こんなところで終わるわけには」

 

「イタタ、効いた………でもさすがにこれで負けたら皆にバカだと思われる」

 

 

対峙する2人は立ち上がりこそしたものの、それなりにダメージを負ったみたいですね。

決着は近いのかもです。

あとマイカゼ、とっくに手遅れですよ?

 

そんな外野の心象もつゆ知らず、マイカゼは身体中が切り傷だらけになってもなお立ち上がってくるリー先輩を笑顔で見やり竹刀を構え直します。

 

 

「最後はともかく、他はちゃんと手ごたえばっちりだったはずなんですが………うーん、これは竹刀でも繰り出せる必殺技を何か考えないと。何がいいかな………」

 

 

とっても楽しんでますねマイカゼ。

よほどフラストレーション溜まってたんでしょうか。

まあ今まで本当に機会がなかったのも確かですが。

ヤマト先生もカナタも、事前に策を弄するタイプですし。

チョキを繰り出す相手にはグーを、パー相手にはチョキを。

そういう事前の策略とか謀略とかで勝負する前から勝敗が決まっちゃうことは、マイカゼみたいな戦士にとってはとてもつまらないことなのでしょう。

どっちが勝つかわからないグーとグーのあいこのぶつかり合い。

それこそマイカゼが求める真剣勝負。

 

「………忍者としては果てしなくズレてますね」

 

「おまいう」

 

リー先輩がマイカゼを何ともいえない表情で睨みつけます。

 

 

「………なぜ」

 

「?」

 

「なぜあんなことを? あんな技使わずとも貴女なら………勝てたはずです」

 

 

リー先輩のこれは憤りでしょうか。

 

 

「何のことですか?」

 

「とぼけないでください! さっきの技です。手加減したのならそれは侮辱です」

 

「………………なんだかずいぶんと私を過大評価………いえ、()()()()()()()しているみたいですが。私は全力全技全成果を尽くしてますよ?」

 

「それは………だったら!」

 

「言葉を並べたてる時間がもったいないです。滅多にない接近戦タイプ同士の大勝負なんですからリー先輩も拳で語ってください。私も刀で語ります」

 

「!」

 

 

受け一辺倒だった先ほどまでとは一転して、今度はマイカゼから攻撃を仕掛けました。

その動きは先までのリー先輩に比べるとどうしようもなく遅い、というよりぎこちない?

こんなのリー先輩に通用するわけが………

 

 

「っく!」

 

 

「当たった?」

 

「しかもなんで手刀? 竹刀は?」

 

リー先輩もただ黙ってやられるはずもなく反撃しますが、マイカゼはそれを流すことなく、まともに受けてしまいます。

 

「なんでマイカゼは受け流さないの? さっきまではあんなに………」

 

「リー先輩もです。動きが急に固く………」

 

こうなるともはやノーガードの殴り合いです。

 

「蓮華という技は諸刃の剣なのだよ」

 

「え!?」

 

「本来禁止技にあたる。蓮華を繰り出したリー君も、それを同じ蓮華で迎撃したマイカゼも、今は身体中が痛み動きまわるどころじゃない。そうだろガイ」

 

「そ、そんな」

 

 

「っく………」

 

「ああ、もう体中がメキメキ音を立ててる! これが命を削っている実感! これが戦い!」

 

 

マイカゼ、物凄い笑顔です………気持ちいいのでしょうか?

 

「で、でもだったら条件は同じはず。まだマイカゼの方が追い込んで………」

 

「いや、今度はリーが追い込む」

 

「な、なんで?」

 

「木ノ葉の蓮華は二度咲く」

 

 

 

 

 

 

おまけ

アカデミー時代、マイカゼとヒナタ対決前。

 

マイカゼとカナタの会話。

 

『貴女が次、授業で日向さんと組手する月光さん?』

 

『そうだが………それがどうかしたのか?』

 

『ううん、別に。ちょっと話をしに来ただけだから。 でも………これなら日向さんなら勝てるかなって』

 

『な、バカにするな! にんじゅつやげんじゅつならともかく、たいじゅつならだれにもまけない!』

 

『どうでしょうね。先生に聞いたんだけど、体術の授業だからって別に忍術や幻術を使っちゃいけないってわけじゃないみたいだし』

 

『え? そ、そーなのか?』

 

『知ってる? コトに聞いた話なんだけど、瞳術使いには印も結ばず目を合わせるだけで幻術に嵌めることもできる人がいるらしいわよ?』

 

『え………』

 

『そういえば、日向さんってあの日向一族の嫡子で『白眼』って瞳術が使えるのよね………』

 

『そ、そんな………』

 

『あ、もう行かなきゃ。じゃあね』




忍びの戦いは、始まる前から、終わっている………というのは言い過ぎか。

少なくともカナタは嘘はついていません。
これ以降マイカゼは正々堂々に拘るようになりました。

続きはなるべく早く投稿します。


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48話

かなり速く更新できました。

その分、文章量はやや少なめですが。


あと、今回初めて特殊タグ機能を使用してみました。


―――ふと、かつて己の恩師に「お前は努力の天才だ」と言われたのを思い出した。

 

 

全身に痛みが走るのを根性で我慢し、マイカゼとの攻防を繰り返す。

打ち合うこと十数回、そしてリーはようやく己の間違いを悟る。

 

「………先ほどの糾弾は撤回します。貴女はふざけてなんかいなかった」

 

そもそもこの試合、両者の実力に圧倒的な差など最初から存在していなかったのだ。

 

(過小評価。確かにその通りです。僕は己を過小評価していた………)

 

「………もう限界なんでしょう? その竹刀」

 

「っ!」

 

どれだけ早く攻撃を繰り出しても、全て受け流されては意味がないと思っていた。

でもそうじゃなかった。

意味がないはずがない。

どんなにうまく受け流しても衝撃がゼロになるわけじゃない。

かつて本物の真剣を蹴りでへし折ったこともあるリーである。

たとえマイカゼ本人には届かずとも、ダメージはしっかりと竹刀に蓄積されていたのだ。

 

「だから貴女はとっさに新技を頼ろうとしたんです。既存の剣技では折れてしまうのが解っていたから」

 

本当なら勝てたはずなのに、余裕と慢心で悪ふざけの技を繰り出したせいで自滅したんだと、マイカゼが遊んで加減したからリーは立ち上がれたんだと思っていた。

それも違った。

 

「僕が立ち上がれたのは、単に僕が貴女の予想を超えて頑丈だったからです」

 

過酷な修行によって鍛え抜かれた屈強な肉体。

 

(僕は自分で思っていた以上にタフな漢だったのですね………)

 

それはリー自身の努力の賜物だ。

 

「そして今、貴女は攻防の中で必死に頭を巡らせ編み出そうとしている。ボロボロの竹刀でも、それでも僕を倒せる必殺の新技を!」

 

「………………」

 

「貴女もウソがヘタクソですね」

 

マイカゼはもう竹刀を防御に使えない。

使った瞬間に木っ端みじんだ。

故に使うとすれば、それは攻撃に転じた時。

リーを確実に倒せると確信した瞬間。

 

(その前に、僕が倒す!)

 

マイカゼの動きが徐々に変わっていく。

ぎこちないのは変わらず、スピードもなければパワーも感じない。

だが―――

 

「うおおお!」

 

 

―――木ノ葉大旋風!

 

 

あのサスケですら初見では対応できなかった木ノ葉旋風のさらに上位。

満を持して放った渾身の大技は、完璧にそして盛大に―――

 

 

―――空を切った。

 

 

 

 

 

 

木ノ葉大旋風。

言わば跳びながら身体を回転させ上段後ろ回し蹴り、中段回し蹴り、上段踵落としを連続で放つ高速体術。

影手裏剣の術の様に1発目の蹴りの影に2発目の蹴りを隠す騙し技でもあるこれは、初見での攻略は極めて困難な大技です。

 

しかし、マイカゼはその大技をさも当然のように、避けました。

木ノ葉大旋風だけではありません。

続いて繰り出されるリー先輩の攻撃の一切を柔軟にかいくぐってすり抜けます。

 

「おおう………マイカゼの奴とうとう全部避け始めたわ」

 

「い、いや確かに受けることも流すこともできないならかわすしかないって理屈はわかるんですけど………」

 

でもだからって、実際にそれを実行できるかは別問題です。

痛みだってまだ残っているはずなのに踊るようにスルスルと………

 

 

「ことわざにもあるでしょう? 当たらなければどうということはない!」

 

 

そんなことわざはありません。

しかし、マイカゼは本気ですね。

本気でリー先輩の攻撃を完全回避するつもりです。

 

 

「リー先輩、貴方の技は全て見切った! ………あ、まだ見せてない奥の手があるなら別ですよ」

 

「貴女は本当に正直ですね!」

 

 

繰り出されるリー先輩の拳を避けながら、言外にもし奥の手があるのなら見せてみろと挑発するマイカゼ。

 

 

「………全力、全技、全成果を尽くす………それが貴女の忍道なのですね」

 

「忍びらしからぬことは重々承知の上です………リー先輩、貴方は己の手の内の全てをさらけ出す私の忍道(スポーツマンシップ)を笑いますか?」

 

「笑いません。むしろ尊敬します………貴女を見ていると、ガイ先生との約束だの、ネジを倒すためのとっておきだの、あれこれ理由を考えて奥の手を隠していた自分を恥ずかしく感じます」

 

 

ふと攻撃の手を止め、マイカゼから視線を外してこちらを………ガイ先生を見上げるリー先輩。

師弟の視線が交差し、笑顔で首肯。

 

 

「僕も貴女と同じく、忍びらしからぬ忍道を掲げる身です」

 

「なら、私たちは同志ですね」

 

「そうですね………ここで貴女と戦えたことを光栄に思います。お望み通り、僕の奥の手を見せてあげましょう!」

 

 

もう何度目かもわからないリー先輩の突撃。

ただ速く、ただ真っすぐマイカゼに向かっていき繰り出すのはお馴染みの木ノ葉旋風です。

 

しかし、その技はもうマイカゼには通用しな―――

 

 

「―――え?」

 

 

―――今までのを旋風だとすれば、今度のはさながら竜巻です。

マイカゼが、風にあおられた木ノ葉のように吹き飛びました。

 

「え? 別の技?」

 

「違う。今のも木ノ葉旋風だ。ただ………とんでもなく速い!」

 

 

「うっ!? くっ!」

 

 

それは、これまでとは逆の光景でした。

 

 

「すみませんマイカゼさん。奥の手だなんだと言っても結局僕の技は体術(これ)しかないんですよ」

 

「っ!?」

 

 

全てを見切って先読みしているはずのマイカゼが、リー先輩に追いつけない。

 

 

「そうだリー! それでこそお前だ! どんなに速く動いても見切られる? 死角はない?  それがどうした!!  たとえ見切られても対応できないほどの超スピード! 触れることすら許さぬ高速連続体術! それこそがお前に授けた打倒ネジの答えだ!!」

 

拳を振り上げたガイ先生の咆哮が、予選会場を揺らしました。

 

 

「つまり、いくら目で分かっていても肝心の身体がついてこないんじゃどうしようもないんですよ………全く、僕は本当に大バカだ。自分で言ったことなのに何で忘れていたのか」

 

「な、何の話です!?」

 

「いえこちらの話です………行きます!」

 

 

再び吹き飛ばされるマイカゼ。

 

「何で急にリー先輩の動きがこんなに………八門遁甲の反動がそんな簡単に回復するはずが」

 

「………ひょっとして休門も開けてる?」

 

「木ノ葉の蓮華は二度咲く………まさかとは思ったがやはり」

 

「ああ、カカシ。お前の想像通りだ」

 

「じゃあリー君は“八門遁甲の体内門”を………」

 

「ああ、開けている」

 

「なんて危険な技を………」

 

「………………リーには死んでも証明し守りたいものがある。俺はそれを守れる男にしてやりたかった。ただそれだけだ」

 

「いったい彼は門をいくつ開けることができるんですか?」

 

「5門だ」

 

「ゴモッ!??」

 

ガイ先生のとんでもない回答にヤマト先生が咽ました。

カカシ先生も驚きで眼を見開いています。

 

「な、なんなのよさっきから! はちもん………とんこうって何よ!?」

 

「ざっくり言えば、リミッター外しのことです」

 

「リミッター外し?」

 

「そうです」

 

ゲホッゲホとせき込むヤマト先生に水筒の水を渡しながら私はサクラさんに解説。

 

「チャクラの流れる経絡系上には、チャクラ穴の密集したところが全部で8か所存在し、それを総称して『八門』と言うのです」

 

左脳に第一の門『開門』

右脳に第二の門『休門』

首元に第三の門『生門』

胸の中央に第四の門『傷門』

鳩尾に第五の門『杜門』

腹部に第六の門『景門』

股間に第七の門『驚門』

そして心臓に第八の門『死門』

 

これらの門は身体を流れるチャクラの流速に制限を設ける為の、いわば弁や関のような役割を果たしているのですが………

 

「八門遁甲というのは、これらの関をチャクラで無理やり外す行為です。ちなみに表蓮華は第一の門『開門』を開く技です」

 

「え!? じゃあ今のリーさんは………」

 

「明らかに第二以降の門を開いてますね………あ、今リー先輩の全身が赤く………第三の『生門』も開けましたか」

 

「そんな、表蓮華だけでもあんなにボロボロになっちゃうのに、それ以上の技なんかやったら………」

 

「まあ無事では済まないでしょうね」

 

高血圧で心臓や血管が張り裂けるように、加速したチャクラの流れが経絡系に多大なる負担をかけていることでしょう。

 

「そう、この技はまさに諸刃の剣。八門すべてを開いた状態を『八門遁甲の陣』と言い、少しの間、火影をすら上回る力を手にする代わりその者は必ず………死ぬ」

 

「っ!」

 

「………八門遁甲の凄さとヤバさはわかったけど、それってそんな容易く会得できるようなものなの?」

 

「そんなわけありません。禁の書にもあるれっきとした木ノ葉流体術の極意ですよ?」

 

カナタの問いに私は全力で首を振ります。

八門遁甲なんて普通に考えたら習得するのに十数年単位の時間が必要になるはずです。

それをまだ十代前半であるはずのリー先輩がどうして体得しているのか………才能か、もしくは何かしらの抜け道があるのか。

 

「努力でどうこうなるものじゃないぞ………やっぱりあの子天才か?」

 

「天才? 違うぞカカシ。これこそが才能を凌駕した努力の力だ。来る日来る日も幾度となくネジに立ち向かい続けたリーの不断の精神が………」

 

「それです!」

 

「………え?」

 

「ですから、それが原因です。最初にリー先輩を見た時、不思議なチャクラの流れをしていると思ってましたが、これでようやく腑に落ちました」

 

ネジ先輩に毎日挑み続けたということは、あの日向流の柔拳攻撃を毎日食らい続けたということです。

そんな短いサイクルで点穴の開閉を繰り返せば体内の経絡系はズタズタに傷つき、やがて強く堅くなっていくでしょう。

 

「つまり、八門遁甲の強烈なチャクラ圧に耐えうる………強靭な経絡系。天才なんかじゃない、努力の成果ですらありません。決して諦めないド根性。不可能をものともせず困難に挑戦し続けた執念の産物です!」

 

「おお~! よくわかんねーけど要するにゲジマユはすげーってことだな!」

 

「そーです! とにかくそーいうことなんですよ!」

 

テンション高く叫ぶナルト君に、同じノリで返答。

私には決して真似できません!

 

(コト、諦めたわね)

 

(なんて解説しがいのない奴だ………)

 

(というかコトはなんでそんな禁術に詳しいんだ………)

 

まあ、実際無粋なのかもしれません。

熱い試合に詳しい解説なんていらないといえばいらないのでしょうし。

考えるな、感じろの精神です。

 

「まあ、リー先輩の理屈はわかったわ」

 

「あくまで推測で、確証があるわけじゃありませんが」

 

「それは別にいいわ………で、マイカゼの()()はどういう理屈なの?」

 

 

 

 

 

 

「さらに! 第四『傷門』(かい)!」

 

リー先輩の動きがさらに加速する。

もはや回避どころか受け身も取れない。

辛うじて竹刀だけは死守しているものの、このままだと私の方が持たない。

身体はもとより心までが、折れる。

 

「第五『杜門』(かい)! ………これで、最後です! 貴女にも証明して見せましょう。努力が天才を上回ることを!」

 

だからそれは、ほとんど意地だった。

いや、それは意地というよりももはや単なる『ムカツキ』だったのかもしれない。

 

「努力が才能を凌駕するのを証明する………ですか」

 

「………………?」

 

なんだそれは。

それだと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃない。

 

「貴方達はいつもそうだ。本当は才能ある癖に自分は落ちこぼれだって卑下して………」

 

「………っ!?」

 

貴方達がそんなこと言ったら、本当の落ちこぼれはどうすればいいんだ。

折れかけた心に怒りの炎が灯る。

ボロボロの身体に憤りの力が戻る。

 

「八門遁甲の体内門を何門もこじ開けといて、………落ちこぼれ? ふざけないでください!」

 

リー先輩の攻撃を根性で避け、カウンターの拳を叩き込む。

 

「体内門の5門開けとか出来るかあああぁぁぁああ!! こっちは2門でギブアップだぁああああぁあああ!!!」

 

 

 

 

 

 

「で、あれはどう説明するのコト?」

 

「う、う~ん? い、一応ヒナタさんに柔拳を受ける機会はあったような??」

 

正直、どこから突っ込めばいいのかわからないのですが。

それでも顔を真っ赤にして、どころか()()()()()()()()怒っているマイカゼにあえて1つ突っ込むとすれば。

 

 

「マイカゼ、それ2門じゃなくて3門開いてます………」

 

 

例によって気付いてないみたいですがね。

………本当に、本当に自覚のない人はこれだから。

 




ロック・リーというキャラを論じるにあたって。
よく「努力の天才とか言いつつも、結局は八門遁甲の天才だったんだよなぁ」みたいな意見をよく聞きます。

僕はこの意見があまり好きじゃない………いえ、はっきり言えば嫌いです。
というわけで、凡才が凡才のまま、短期間で八門遁甲を習得するに至った理屈をでっちあげることにしました。

才能の有無で努力の価値が薄れるわけじゃないですが。
リーは天才だったから強いのではなく、決して諦めず努力したから強いんだ。
というのを理屈で証明したかったんです。

次回でようやく決着です。


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49話

投稿遅れました。
前話のあらすじ。

中忍試験予選第9回戦。
対戦するはロック・リーとマイカゼ、

Q 白眼で動きを全て洞察されてしまいます。どうしたらいいですか?

熱血師弟の答え
「体を鍛えて見切られても対応できないほどのスピードを身に着ける!」

マイカゼの答え
「目を鍛えて白眼以上の洞察力を身に着ける!」

共に日向一族の柔拳使いをライバルに持つ者同士のガチンコ対決、ついに決着。



予選編に入ってから。
感想欄でも評価欄でも「オリキャラ強くしすぎ」的な意見が常に一定数ありました。
実際のところ、強くなったというより「今までいろいろな要因が重なって本気を出せなかったけど、ついに本領を発揮できる機会が巡ってきた」というのが正しいのですが。
好き放題させまくったのもまた事実です。

原作キャラをさしおいて頭が高かったと反省し、今回は基本に立ち返って『弱さ』を強調できればいいなと思います。


それは、まるで2つの真っ赤な流星がぶつかり合っているかのような光景でした。

 

リー先輩が純粋な速さと足運びによる残像で分身を作りだし突撃したかと思えば。

それをマイカゼは手刀で複数の斬撃を同時に繰り出して迎撃し。

 

マイカゼの斬撃をかいくぐったリー先輩が背後から蹴りを放てば、マイカゼはそれを振り返ることなく空中で跳んで回避して………

 

「………ああ! 見失っちゃいました!」

 

「ど、どこだ!?」

 

「マイカゼは上だ!」

 

「けどリーって人は見えないよ!」

 

「あ、マイカゼも消えた!」

 

速すぎて何が何だか………もはや両者の区別すらおぼつきません。

マイカゼかリー先輩のどちらかが踏み込むたびに床や天井が陥没し、どちらかが避けるたびに暴風が巻き起こり、2人が激突、交錯すればその衝撃で壁が砕け瓦礫が散乱します。

 

「………これどっちが勝ってるの?」

 

「双方一歩も引けを取らぬ互角………いや! 純粋なパワーとスピードはやはり5門を開いた我が弟子リーの方が上だ!」

 

「………しかし、それでも早いのはやはりマイカゼの方だね。未だに決定打を食らっていないのがその証だ」

 

「マイカゼは攻撃を受け流しカウンターを決めようとしているが………リー君の動きが速すぎて受け止めることしかできないでいる………千日手だな」

 

「せ、先生たちは見えるんですか!?」

 

上忍凄い!

私なんて写輪眼を全開にしても見えないのに………いえ、そんなことを思っている間に私の目にも2人の動きがだんだんと見えてくるようになってきました。

2人の速さに眼が慣れた………のではないですね。

だんだんとマイカゼとリー先輩のスピードが落ちてきているんです。

 

(ガイの言うように、純粋な体力とスタミナ量ではリー君が上………だが消耗が激しいのもまたリー君、結果的にはほぼ互角。後はどちらが先に限界を迎えるかだ)

 

(実力が拮抗しているのであれば、後は気迫と根性の勝負だ! 気迫でリーが負けるものか!)

 

(ほぼ五分の勝負………なら、勝敗を分けるのは目だ。速度がいくら跳ね上がっても動き自体は今までと同じ木ノ葉流体術、マイカゼなら見切れない道理はない!)

 

もう何度目かもわからないマイカゼとリー先輩の交錯。

リー先輩の手足がブレる。

両手足をフルに使った高速連撃を、マイカゼは身体を捻るように回転させてすり抜けて―――

 

 

「―――っ!? しまった!」

 

「油断しましたね!」

 

 

―――いつの間にかリー先輩の腕のテーピングが解けて、マイカゼの胴体に巻き付いていました。

 

 

「月光マイカゼ捕らえたり! もう逃がしません! この技で最後です!」

 

 

リー先輩がテーピングを引っ張ります。

マイカゼはなす術なく引き寄せられて―――

 

 

「―――諦めるものか!」

 

 

この一撃は避けられない、一瞬でそう判断したマイカゼも負けじとテーピングを引っ張りました。

回避ではなく迎撃のために。

 

 

「はああああああ!! 木ノ葉流・禁体術奥義!」

 

「おおおおおおお!! 木ノ葉我流・物干し竿限定奥義!」

 

 

― 裏蓮華!

 

― 一竿風月!

 

 

引き寄せあった両者の渾身の必殺技が空中で激突―――

 

 

―――ブチッ!

 

 

「あ」

 

「え?」

 

 

―――することなくすれ違い、リー先輩は床に激突し、マイカゼは天井に突き刺さりました。

 

モクモクと舞う土煙、めり込んだまま動かない2人、口を開けたまま固まる観客。

 

「なん………で?」

 

「なんでってそりゃ………………綱引きのロープじゃないんだから。テーピングの包帯をあんな力で両側から引っ張ったら千切れるのは当たり前じゃない」

 

「そりゃそうなんですけど………そうなんですけど!」

 

呆然としたまま、それでも冷静に目の前の状況を分析するカナタ。

正直、やり切れない気持ちでいっぱいなのですが、具体的な言葉が何も出てきません。

え? 本当にこれで決着?

こんなのありですか?

 

 

「………ふむ、決まりですね。ロック・リー選手及び月光マイカゼ選手。両者とも戦闘続行不可能と判断し予選第9回戦は通過者なし!」

 

 

「「「「「ええ~!!?」」」」」

 

納得いかない人たちの絶叫が響きました。

 

 

 

「締まらないわね。まあ、マイカゼらしいといえばそうなんだけど」

 

気を失ったリー先輩共々担架で医務室に運ばれるマイカゼを、何とも言えない表情で見つめるカナタ。

天井には未だ竹刀が突き刺さったままです。

ボロボロで折れる寸前だったはずが、石の天井に根元まで深々と………一竿風月、いったいいかなる技だったのか。

結局、真相は闇の中です。

 

「僕はね。こと個人戦に限ればマイカゼは絶対に負けないって思っていたんです。それこそ相手がカカシ先輩自慢のナンバーワンルーキーサスケ君だろうが、ガイ先輩が最強の下忍だと豪語したネジ君だろうとね………」

 

「気に病むことはない。私とて重りを外し5門まで開いたリー相手によもや接近戦で渡り合うくのいちなど想像もしなかった………ヤマトよ、お前の誇る部下は確かに強かった」

 

「過程はどうであれこれで僕のチームは全員予選敗退………僕は中忍試験というものをどこか甘く見ていたのかもしれません………ガイ先輩の言う通りですね。青春とは時に甘酸っぱく時に厳しい」

 

ガイ先生と話すヤマト先生はどこか達観したような表情でしみじみと………ん?

 

「………ちょっと待ってください」

 

「まあ、半年後頑張りますから。次はもっと行ってみせます」

 

「………ねえ」

 

「そうだな………うん、その通りだ。手ごたえはあったんだ。たとえ今回はダメだったとしても次こそは」

 

「ちょっとおおおおおお!?」

 

「………さっきからうるさいわよコト? 何なのよ」

 

「私! まだ! 戦ってません! 残ってますよ~!!」

 

全力を尽くした、今回の試験に悔いはない、そんな空気を醸し出すカナタとヤマト先生に私は全力で遺憾の意を示しました。

 

「勝手に終わらせないでください~!」

 

「………っふ」

 

「は、鼻で笑いましたねカナタ!? チームメイトにその態度はひどくないですか!?」

 

「冗談よ………」

 

「すまない、少し悪乗りが過ぎたね」

 

苦笑いを浮かべるカナタとヤマト先生の態度に私は悟らざるを得ませんでした。

 

「まあ、頑張りなさいな。結果はお察しだけど」

 

「僕もいきなり棄権しろとは言わない。ただ悔いのないようにね」

 

この人たち、ひと欠片たりとも私の勝利を信じていない!

 

「ふ、ふん! いいもんいいもん! 度肝抜いてやるんですからね!」

 

今に見てなさいよと決意を新たにしていると、電光掲示板に次の対戦者の名前が表示されました。

 

 

『ガアラ VS ウチハ・コト』

 

 

噂をすればです、ついに来ましたね。

 

「さあ、大番狂わせってやつを見せて………」

 

「「棄権しろ(しなさい)」」

 

「前言撤回するの早すぎないですか!?」

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで長かった予選も第10回戦まで来たわけだけど。

 

「ラ、ライオンの前にチワワがいるようにしか見えない………っ!」

 

カナタ(わたし)とヤマト先生の反対を押し切り参戦したコトと、それに対面する背中に背負った大きな瓢箪(ひょうたん)、額に刻まれた『愛』の入れ墨と隈取りが特徴的な赤毛の少年、我愛羅君。

私自身も砂の忍び(カンクロウさん)と手合わせしたから分かる。

彼らは強い。

特に我愛羅君からはこの場にいる誰よりも強い殺気を感じる。

ネジ先輩とは別の意味で下忍の域を超えているわね。

おそらくはあの草忍と同じ………人を殺すのに全く躊躇しない、それこそ逆らう奴は親でも殺すタイプだわ。

 

それに対してコトはといえば、性格も使える術も全部ひっくるめてまるっきり戦闘向きじゃない、というか忍者向きじゃない。

 

「………いやでも道具とか忍術とか何でもありの勝負ならひょっとしてひょっとするかも」

 

戦闘に使えるかどうかはさておいてとにかく引き出しが多いのがコトの長所である。

もしかしたら何か有効なものがあるかもしれない。

 

「ありえねーじゃん。あの白いガキがどんな攻撃するかは知らねーがな。我愛羅にゃ勝てねーよ。絶対にな」

 

「そりゃそうなんですけど」

 

カンクロウさんの言葉を私は否定しない。

何せ私の知る限りでは、それこそアカデミー時代まで振り返ってもコトがまともな戦いをしたことなど1度もないのだから。

 

私がそんなことを考えている間、件のコトはというと我愛羅君の殺気に全く気付いた様子もなく。

完全に無防備で無警戒なまま、ほのぼのとした笑顔を浮かべ

 

 

「よろしくお願いします我愛羅君。お互い頑張―――きゅうっ!?」

 

 

次の瞬間、コトは変な声を上げてひっくり返った。

 

「な、なんだ!? 何が起こった?」

 

「栓よ! ヒョウタンの栓がコトのおでこにスコーンって!」

 

「コラー! ヒキョーだぞ目のクマヤロー! まだ試合開始前だってばよ!」

 

 

仰向けに倒れたまま動かないコト。

え………いや、いやいやいやいくらなんでもそれは………

 

 

「ゴホッ………失礼………ふむ、完全に気絶してますね」

 

 

ウソでしょコト!?

 

 

「………………」

 

「さて、これはどうしたものですかね。まだ試合開始前なのですが」

 

「………………」

 

 

困った顔で首をひねるハヤテ審判と無表情の我愛羅君。

しかし、私にはわかる。

無言でポーカーフェイスを崩さない我愛羅君も内心ではハヤテ審判と同じくらい困惑している!

 

 

「仕方ありません。ゴホッ………目を覚ますまで待ちますか」

 

 

 

5分後。

コトは無事(?)目を覚ました。

寝ぼけ眼でむにゃむにゃ言ってるその様子は完全に寝起きのそれでしかない。

気絶してたんじゃなくて本当は寝てたんじゃないでしょうね。

 

 

「んにゃ? 私はいったい………ハッ!? 思い出しました! ちょっと、酷いじゃないですか我愛羅君! フライングは反則なのですよ!」

 

「………………」

 

「次からは気を付けてくださいよ! 聞いてますか?」

 

「………………」

 

「あ、その目、知っていますよ。カナタやヤマト先生が私を見る目とおんなじです! 貴方もその目で私を見るのですか!?」

 

「………………」

 

 

弱すぎて、どうしよう。

そんな我愛羅君の心の声が聞こえた気がした。

 

「我愛羅のあんな表情は初めて見るじゃん………」

 

「でしょうね………」

 

あんな無防備な忍びは忍界全部見渡しても2人といないでしょうよ。

 

 

「………それでは第10回戦、始めてください!」

 

 

「行きます!」

 

 

意外にも、最初に仕掛けたのはコトだった。

 

 

「えいやぁ~」

 

 

何とも気の抜ける掛け声とともに、取り出した苦無を投げる。

その軌道はあからさまに牽制、間違っても我愛羅君の急所にあたってしまわないように細心の注意を払っていることがうかがえる。

ここまで余計な気遣いを働かせる忍びも珍しい。

 

投げられた苦無は我愛羅君の瓢箪から噴き出た砂によって受け止められた。

 

サクッ、という音を立てて苦無が刺さる。

コトはそれに驚きに眼を見開きながらも続けて苦無を投擲。

 

「えいっ、えいっ」

 

サクッ、サクッ

 

 

「………なんか、ショボイってばよ」

 

「テンテン先輩の閃光みたいな手裏剣術を見た後だから、余計に拙く見えるわね………」

 

対する我愛羅君はというと腕組したまま微動だにしていない。

彼を取り巻く砂が勝手に動いてコトのヒョロヒョロ苦無を受け止めている。

対戦相手がヘボすぎていまいち分かりづらいけど、あれ結構凄い術よね?

 

「………砂を操っているの?」

 

「変わった術だ………」

 

「コトちゃんのクナイが全然当たらねーってばよ………」

 

「アイツにはどんな物理攻撃も通用しねぇ。意思に関係なく砂が我愛羅の盾になって守っちまうからな」

 

「………意思に関係なく? つまり自動(オート)ってこと?」

 

「ああ、だから今まで誰1人として、我愛羅を傷つけた奴なんていねーんだよ………絶対防御だ」

 

「………そりゃ凄いわね」

 

自動(オート)ってことは不意打ちも意味がないってことよね。

自分で操っているわけじゃないなら、おそらく私の無印詠唱でも制御を奪いようがない。

うん、どうしようもないわねこれ。

カンクロウさんが絶対防御と豪語するのもうなずける性能だわ。

 

コトもいくら苦無を投げつけても無意味だと悟ったのか我愛羅君の周りをグルグル回って砂の挙動をじっくり観察している。

対する我愛羅君は、コトの方を見てもいない。

 

「何をする気なのかしら?」

 

「何をしても無駄じゃん。我愛羅の砂の盾は突破できな………はあぁああ!?」

 

突如、カンクロウさんが驚きで絶叫。

無理もない、というかこれは仕方がない。

 

 

「ふむふむ、あくまで攻撃のみに反応するんですね」

 

「………………っ!!??」

 

 

あまりにも無警戒に、どうしようもなく無防備に。

堂々と我愛羅君の真正面に立ったコトがその頬に触れていた。

 

 

「な、んで? どうして砂の防御が反応しない!?」

 

「………そういうこと………無敵の盾にも穴はあったみたいね」

 

考えてみれば当然の話。

砂による全自動防御、そう聞くと確かに鉄壁で便利に思える。

でも、本当に近づくもの全てを常時拒絶していたら、我愛羅君はまともに生活できなくなってしまう。

推測だけど、砂が反応するものには何らかの基準があるはず。

 

これは安全、通す。

これは危険、防御。

 

仮に砂が、我愛羅君に危険が及ぶと『攻撃』判定されたもののみに反応して防御するのだとすれば。

コトに反応しなかった理由はおそらく………

 

「ひょっとして………コトがあまりにも人畜無害な(よわすぎた)所為で砂の危険判定をすり抜けちゃった?」

 

「んなアホな!?」

 

まさしくアホでしょうね。

砂の面々だけではなく、この場にいる全員が口を開けて固まっている。

あらゆる攻撃を弾く鉄壁の盾も、そもそも攻撃しない奴が相手じゃどうしようもないわ。

 

「なんて………なんて頭の悪い絶対防御突破だ!」

 

「いやでもこれ、結局攻撃できねーじゃん!」

 

「いったい何の意味があるの!?」

 

特に意味はないんでしょうね。

おそらく今のコトは我愛羅君を攻撃することなんてこれっぽっちも考えていない。

 

正真正銘の敵意ゼロ、完全無欠に無害であるコトが、固まっている我愛羅君の頬っぺたをツンツン突っつく。

 

 

「ふむ、これはまだ大丈夫なんですね。ではこれは?」

 

 

コトは両手で我愛羅君の頬っぺたをペチペチ、さらにはムニーンと引っ張って固まっている無表情を無理やり笑顔に―――

 

 

「っほぎゃああ!?」

 

 

―――直後、我愛羅君が物凄い勢いでバックステップし、それと同時に砂の津波がコトを押し流した。

 

 

「………調子に乗り過ぎ」

 

ツンツンペチペチはともかく頬っぺた引っ張るのはやり過ぎよ。

 

 

「っ!? っ? っっ!!??? お前はっ! なんだ!??」

 

 

眼を白黒させ、しきりに頬を抑えている我愛羅君。

無茶苦茶戸惑っているわね。

 

 

「うわ~砂に飲み込まれ………どうしたんです?」

 

「お前はいったい………なんなんだ!!?」

 

「ふぇ? い、いったい何を、私が何をしたと………マズッ………」

 

 

コトの姿が砂に完全に包み込まれて………

 

 

―――砂縛葬送!

 

 

コトを包み込んだ砂の塊がつぶれ、赤い飛沫が飛び散った。

 

「コト―――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トマトを使った変わり身は心臓に悪いからやめろって言ったでしょ!」

 

 

「しょうがないです咄嗟だったんですから! たまたま手に取ったのが余ってたこれだったんですよぅ!」

 

 

砂塊の影からひょっこり顔を出したコトは、砂と赤い液体でドロドロになりながらもこちらに叫び返してきた。

一見すると血みどろに見えるが騙されてはいけない。

あれは単なるトマトの汁だ。

 

 

「いやぁ、今のは危なかったです………凄い圧力ですね」

 

「………………お前は」

 

「あ、びっくりしました? 自慢じゃないですがこう見えて私、アカデミー時代は幾度となくイルカ先生の監視の目をかいくぐって教室を抜け出し続けた脱走、脱出の常習犯だったんですよ」

 

 

「ほ、本当に自慢にならない………」

 

こういうのでも昔取った杵柄っていうのかしら。

まあ、学年後期のやたらパラノイアじみたイルカ先生の感知捕縛忍術をすり抜けたのは誇っていいかもしれない。

あれを突破できるなら、まとわりついた砂から抜け出すくらいやってのけるでしょう。

ナルト君もそうだったけど、元悪戯小僧って肩書、忍びとしては普通にプラスなのかも。

 

………我愛羅君、コトを見る目が完全に宇宙人を見るそれになってるわ。

まあ、間違っていないかな。

我愛羅君からすれば、この一戦は未知との遭遇そのものでしょうよ。

 

 

「今のは自動(オート)じゃなくてマニュアル操作でしたね………ふむふむ、貴方のその砂の術、だんだんわかってきましたよ」

 

 

いつの間にか、コトの両目が紅く輝いていた。

写輪眼。

あらゆる術理を見通す血継限界。

いや、そんなものは関係がない。

コトの真価と本領はそんなものとは全く別の場所にある。

 

「な、なんなんだよあいつは? 弱いんじゃなかったのかよ!?」

 

「弱いわよ。間違いなく」

 

私はカンクロウさんの言葉を否定しない。

 

なにせ私の知る限りでは、それこそアカデミー時代まで振り返ってもコトがまともな戦いをしたことなど1度もないのだから。




あらゆる攻撃を無効化する鉄壁の防御も、攻撃力0の前では無意味。

最弱VS最硬
ずっとこれが書きたかった………

これが書きたいがためにわざわざマイカゼをあてがってまでロック・リーに対戦相手を譲ってもらいました。

大番狂わせ、ジャイアントキリング、逆転勝利。
こういうのが本当に大好きなんです。
ただし、コトがそれをするとは限りませんが。
カナタの言うように「まともな戦い」にはしないつもりとだけ。

なお、我愛羅の砂ですが、原作でもカンクロウがつかみかかっても反応しなかったシーンがあり何かしらの基準はあるのは確実です。
この二次創作では危険か安全かが基準であるとしました。


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50話

やや遅れました。

コトの初めてのまとも(?)な戦闘回ということでかなり執筆に力が入りました。
入りすぎて、やり過ぎてないかちょっと………いやかなり心配。


かつて作中にてシカマルが言ったセリフである「弱いけど、絶対に敵には回したくない」というのを表現できていればいいなと思います。


「行きます! 木遁!」

 

 

今度も仕掛けたのはコトだった。

我愛羅君の砂を操るという珍しい術を見てテンション上がっているのか、セリフだけは勇ましい。

 

「木遁だと!? それは初代火影だけの秘術のはず!?」

 

「奴はうちは一族じゃなかったのか!」

 

砂の忍びの方々をはじめとしたコトの実情をよく知らない人たちがどよめく。

ああ、なるほど。

カナタ(わたし)は慣れ過ぎて気付かなかったけど、普通はそういう反応になるのか。

言われてみれば確かにコトは写輪眼(うちは)木遁(せんじゅ)、2つの血継限界を併せ持つハイブリッドな天才………なんだけどなぁ。

箇条書きマジックもここまでくると詐欺だと思う。

 

それはそうとしてコトの印を結ぶ手つきが若干たどたどしい。

ふだんは札で術を発動しているから手で結ぶ印は慣れていないのよね………ってあの印はまさか!?

 

 

散々胡椒(さんさんこしょう)!」

 

 

「屋内でその術を使うな!」

 

もはや説明不要。

コトの口から放たれた胡椒の目潰し粉末が霧のように試合会場を観客席ごと包み込んだ。

肝心の我愛羅君には砂に弾かれる。

 

 

「あ、こういうのはちゃんと攻撃判定されるんですね………ということは、催涙山葵弾も激辛唐辛子水喇叭もダメですか」

 

 

コトがのんきに観察考察している間、こっちは涙とくしゃみで阿鼻叫喚に………ならなかった。

 

「………この術をこんなことに使ったのは初めてだよ」

 

「私はエアダスターじゃないよ~」

 

向こう側の観客席はテマリさんが広げた扇子で、こちら側は黒雲母(キララ)さんが手のひらにある噴出孔から、それぞれ風を起こして胡椒の煙を吹き払ってくれた。

 

「おお! すげえってばよ!」

 

「さすが砂隠れの忍びね」

 

「これが本場の風遁か」

 

「………なぜでしょう。褒められてるのに全くうれしくない」

 

「いやいやいや、あなた方は知らないでしょうけど、これ相当凶悪な術ですからね?」

 

微妙な顔をしているキララさんに私は全力で首を振る。

ナルト君も真面目な顔で同意。

 

「一度食らったら分かる………あれは死ねるってばよ」

 

「生きてんじゃんお前ら」

 

一応、非殺傷といえば非殺傷ではある。

それでも、あの時の被害はとんでもなかったわ。

胡椒に、山葵、唐辛子。

いずれもアカデミーの教室に地獄絵図を作り出したコトオリジナルの木遁忍術である。

刺激が強いだけでなく、栄養価も興奮作用も吸収効率も無意味に満点なのがコトクオリティ。

つまり食らった相手は激高した上でどんどん元気はつらつになっていく。

なぜ催涙弾と兵糧丸を混ぜてしまったのか。

効能が噛み合わな過ぎて攻撃忍術としても回復忍術としても使えない。

 

意外と………いやそんなに意外でもないかな。

コトの使う術って攻撃力と実用性は皆無に等しい癖に煽り性能と周囲に与える被害規模だけはやたら高いものが多いのよ。

 

試合とかだと大抵そういう術を連発した挙句、相手と周囲をこれ以上ないくらいに激怒させてボコボコにされるのがお約束の展開なわけだけど。

 

 

「………くだらん!」

 

 

例にもれず我愛羅君も怒ってるなぁ。

その怒りに呼応してか、巨大な砂の手が拳を握りコトに向かって振り下ろされる。

 

 

「樹液固めの術!」

 

 

コトの口から粘度の高い琥珀色の液体が放たれた。

樹液固めの術。

木遁の一種で、分泌される特殊な樹液は空気に触れている時間に比例して硬質化する性質を持つ。

ちなみに栄養もあり食べられなくもないけど、例によってやっぱり不味い。

樹液が砂の手にかかり、そして固まる。

 

 

「よし、止ま………らない!?」

 

 

固まった樹液が一瞬で砕かれた。

樹液が空気に触れて固まる時間が短すぎたのもあるけど、それ以上に砂のパワーが桁外れね。

変わり身をする隙もなく、今度こそ振りぬかれた砂の拳がコトを直撃。

 

 

―――バフッ ぼよよ~ん。

 

 

何やらデカくて白い塊が弾んで跳ねた。

コトの白い髪の毛が綿状になって全身を包み込んでヒツジの着ぐるみみたいになっていた。

 

 

「これぞ木遁・緩衝綿花!」

 

 

割と自信のある術なのか、自慢げな表情のモコモコト。

実際、コットンの衝撃吸収率はかなりのものではある。

見た目がゆるキャラチックで間抜けなのが欠点だけど。

その風体でドヤ顔仁王立ちすると余計にバカに見えるからやめなさい。

 

 

「ハッハッハもう貴方の砂のパンチは怖くな………えっ! 砂が刃状に!? ダメですダメダメ、それはダメ! 綿が刈り取られちゃう!?」

 

 

四方八方から迫りくる砂の刃を、コットンなコトが悲鳴を上げながらコロコロ転がって跳ねて辛うじて避けていく。

 

 

「いやああああぁぁぁ~木ノ葉流体術・やわらか戦車~!」

 

 

観戦していた木ノ葉の同期の視線が一斉に秋道君に集中した。

 

「っ!? 違ぁう! 誤解だ! 僕はあんなうまそ………おいし………………綿アメみたいな術知らない!」

 

「心の声が隠しきれてねーぞ………いや何もやってねーのは分かるけどよ」

 

「いつの間にか勝手に観察解析されてコピーされるのよね………それも微妙な感じにアレンジされて。木ノ葉流にあんなヘンテコな体術あるかっての………」

 

元ネタと思われる肉弾戦車も十分にヘンテコだと思いつつ口には出さなかった。

盛り上がっている猪鹿蝶トリオに水を差す必要はない。

ただまあ、打撃力がゼロを通り越してマイナスであることに眼を瞑れば、転がる挙動自体は肉弾戦車に似てなくはないと思う。

術を観察したり、コピーしたりと、コトもなんだかんだで『うちは』しているのよね。

 

コトが可笑しな術を披露するたびに我愛羅君の目がどんどん吊り上がっていく。

 

 

「こんなものが、こんなものが木ノ葉の木遁だと? ………くだらん!!」

 

 

(違う! 違うんだ………乱世を治め木ノ葉の礎を築いた由緒ある本当の木遁はこんなのじゃないんだ………っ!)

 

(先の言霊使いや剣術使いといい………ヤマトの奴は部下にいったいどんな奇抜な教育を施しやがったんだ?)

 

(ナルトの方はもう悪戯小僧は卒業したみたいだけど………こっちはまだまだ現役みたいね)

 

(普段は冷静で礼節をわきまえている無表情のアイツがここまで感情をむき出しに………我愛羅のあんな表情、初めて見るじゃん………)

 

(あの我愛羅をここまで虚仮にするとは………なんて恐れ知らずな小娘だ)

 

(木遁の発想とバリエーションはすでに初代様を超えておるんじゃが………二代目様を思い出すのう………あの方も新術を披露するたびに周囲をドン引きさせておったわい)

 

コトの所業で木ノ葉の風評被害がヤバい。

本人はいたって大真面目なんでしょうけどね。

 

「あのさあのさ、コトちゃんってば木遁であれだけいろんなものを出せるのに何で一番肝心の木は出さないの?」

 

「出さないんじゃなくて出せないのよねなぜか………セルロースがどうとか言ってたけど」

 

どうでもいいことは割と何でもできるのに、本当に痒いところにだけ絶妙に手が届かないのがとてもつらい。

 

(実際、どうするつもりかしらね)

 

トマトの変わり身しかり、綿花のクッション防御しかり。

どれもこれも場当たり的に対処しているだけで根本的な砂の攻略に繋がらない。

このままだとジリ貧である。

 

スピードもパワーも完全に砂に負けてしまっている以上、逃げ回っていてもいずれは追いつかれて捕まってしまう。

二番煎じの変わり身はさすがにもう通じないだろうし、そうなったら今度こそコトは砂に切り裂かれるか握りつぶされるでしょうね。

 

「時間さえあればあの砂の術もいろいろ観察して解明とか出来そうなんだけど………現状だとそれだけの時間を稼ぐ手段が………あれ?」

 

「せめてコトにもう少し身体能力があれば………………いや待て」

 

口惜しそうに嘆いていたヤマト先生が唐突に固まり、私も同時に思い至る。

 

ある。

 

足りない身体能力を補い、砂から逃げ回り時間を稼ぐ術。

コトのやたらと数多い引き出しにはそういう術も入っている。

 

(いやでもあの術は………)

 

私がそんな葛藤を抱いている間、ついに砂の刃が転がっていた綿の塊を捕らえ切り裂いた。

いよいよもって後がなくなった。

綿を囮にして中から飛び出したコトは、親指の腹を噛みちぎり印を結ぶ。

 

 

「口寄せの術!」

 

 

ポンッ、と軽い音を立てて呼び出されたのは真っ白な毛並みの耳の長い小動物。

 

「………ウサギ!?」

 

「ありゃ確か波の国で白が連れていた………」

 

「いつの間に口寄せ契約を………」

 

「でもなぜここでウサギ?」

 

 

「紹介します! ユキウサギのユキちゃんです。ちなみに女の子です!」

 

 

「いや誰も聞いてないわそんなこと!」

 

山中さん渾身の突っ込み。

実際、知りたいことはそこじゃない。

 

密かに契約していたらしい人懐っこいユキウサギは、ぴょんとコトの頭の上に跳び乗った。

コトの頭の上で器用に前足を祈るように合わせるユキちゃん。

一応あれがウサギの印であるらしい。

そしてコトも同じように印を結ぶ。

間違いない、あれをする気だ。

 

 

「見よ、これぞ犬塚流(いぬづかりゅう)人獣(じんじゅう)混合(コンビ)変化(へんげ)!」

 

 

「いやだからなんで、うちはのアンタが犬塚一族(キバんち)の秘伝を使えるのよ!?」

 

山中さん再びの突っ込みもなんのその、ボンッと変化の白い煙の中から現れたのは………頭から白いウサ耳が生えたコト。

お尻には丸い尻尾までついている。

 

 

玉兎跳人(ぎょくとちょうじん)!」

 

 

「そんなアザトイ変化が犬塚流にあるかぁ!!」

 

ゼーハーと息を切らせながら三度突っ込む山中さん。

ごもっともである。

玉兎跳人。

別名ウサ耳モード、バニーガールの術でも可。

ここにいない犬塚君の名誉のためにも断言するけど、間違っても犬塚流にこんな秘伝はない。

イヌ耳犬塚君など存在しない!

 

「いやまあ、術式のベースは一応犬塚一族のものではあるんだけどね」

 

「何? ………まさか本当にキバが教えたのか?」

 

「いえ、赤丸君の方よ。手作りのドッグフードで買収してたわ」

 

「アカマルゥエエェエ!?」

 

「あんの解読バカ、機密文書の暗号だけに飽き足らず、とうとう犬語まで翻訳しやがったのか………」

 

まさかの赤丸君陥落という衝撃の事実に戦慄の表情を浮かべる木ノ葉同期一同。

 

「というかカナタ! 見てたんなら止めなさいよなんでこんなになるまで放置したし!」

 

「しょうがないじゃない! あのワンワンキャンキャンクゥ~ンなやり取りが、まさかそんな高度な術学的討論だったなんて想像できるか!」

 

メモを片手に至極真面目な顔で会話している少女と仔犬。

その光景を見て絶対にほっこりしないと断言できる奴だけ、私に石を投げなさい。

 

 

「………ふざけるなぁっ!」

 

 

そして当然、我愛羅君は激高。

 

 

「ワッハッハそういう文句はこの跳躍力と機動力を見てからにしてくださいですよ! いざ行かん空高く! とお~」

 

 

ぴょ~んっと。

属性テンコ盛りここに極まれりのウサ耳巫女くのいちと化したコトが、跳ねる。

迫りくる砂をかわしながらくるりと空中で一回転し天井に着地、再び跳躍。

玉兎の名前は伊達じゃなく、それこそピンボールの玉のように会場内を四方八方に跳ね回る。

 

「速い! ………というより、軽い!?」

 

「信じられん、あのコトが変化1つでここまで軽快、機敏になるのか!?」

 

文字通り化けたコトに、驚きの声を上げるはたけ先生とガイ先生。

非常に遺憾ながらこの変化、コトの術にしてはこれといったリスクもなく本当に有用なのよ。

 

見た目にさえ目をつむれば。

いや個人的にはウサ耳可愛いと思うしコトには物凄く似合っているというかむしろ正直違和感なさ過ぎて逆に引くレベルなのは認めざる得ないんだけど………。

 

「ただ忍者としてそれはどうなのっていうか同じチームとして隣に並ばれるとさすがに恥ずかしいというかね? ほら第9班がイロモノ集団だと誤解されても困るし?」

 

「………………………………ゴ………カイ?」

 

未知の言語を目の当たりにした秘境の原住民みたいな顔でこっちを振り向く春野さん。

 

「何その反応………いや言いたいことは分かってるわよ。でもあえて言わせてもらうけれど、変なのはコトとマイカゼだけだからね?」

 

「………………………………………………………………ソウネ」

 

「その間は何!?」

 

とにかく、私としては有用だけどなるべく多用してほしくない複雑な術なのである。

 

 

 

カナタ以上に複雑な心境なのは、木ノ葉一の体術使いを自認する碧い猛獣ことマイト・ガイと、術を真似られた犬塚キバ(と赤丸)の上司である夕日紅である。

 

(………確かに速くなったが、それでもスピードはまだまだリーの方が上だ………)

 

客観的に観察してマイト・ガイは断言する。

純粋な速さにおいては、体術のスペシャリストであるリーに分があると。

 

(動きのキレ、敏捷性、いずれもキバには及ばないわね………)

 

身内贔屓ではなく、純然たる事実として夕日紅はそう判断した。

同じ疑獣忍法でも、練度や性能では明らかに本家本元であるキバの方が優れている。

 

わざわざウサギを口寄せしてまで難度の高いコンビ変化を実行し、しかしそれによって得られるのは本職に及ばない程度の身体機能向上のみ。

初見こそ見た目の奇抜さと発想に驚かされたが、いざ冷静になって考えてみればかかるコストと得られるメリットの天秤がまるで釣り合っておらず。

故にこの術は強力であるとは決して言えなかった。

 

正直な話、こんな術開発している暇があったら素直に身体鍛えろよと突っ込みたい。

 

(………だが)

 

(………でも)

 

それでも上忍2人は認めざるを得ない。

この変化は強力ではないが、コトにとっては十分に有用であると。

 

何故なら。

 

 

「よっ、はっ、とうっ、………だいぶ慣れてきましたね。砂の動き、見えてますよ~」

 

 

((うちはコトには写輪眼がある))

 

 

 

 

 

 

ユキちゃんのおかげでずいぶんと身体が楽に動くようになりました。

波の国で友達になってくれて本当にありがとうございます。

 

とはいえ、逃げ回っているだけでは何も進展しません。

こうしている間にも我愛羅君の瓢箪からは砂がどんどん吐き出されて広がっているのです。

そのうち会場が砂でいっぱいになり、避ける空間そのものがなくなってしまうことでしょう。

いや、その前にチャクラが尽きて変化が解けるのが先ですかね。

何にせよ、時間はあまり残されていません。

 

(このままだといずれ捕まるのは変わらず。そうなる前に、なんとか砂の術のメカニズムを暴かないと)

 

我愛羅君攻略のためにも砂の術の解析は必要不可欠、コト(わたし)はチャクラを写輪眼に集中させました。

いくら奇抜でも忍術である以上、そこには何かしらの法則性があるはず。

 

(ふむふむ。砂を操っている意思総体は我愛羅君本人と、それとは別に無関係に自動防御する………守護霊? 的なのと合わせて2系統………だけじゃないですね。2つの意思とは別にさらにもう1つ、奥底に破壊衝動の魔物みたいなのが見え隠れしているのです)

 

我愛羅君本人に守護の人格と破壊衝動。

それら3者の意思総体が互いに干渉しあって、結果砂がある種の群体生物のような複雑な動きをみせているのです。

おかげで写輪眼ですら動きが物凄く読みにくいですね。

厄介です。

 

そして操っている砂もそこら辺の単なる砂ではなく特別なもののようです。

 

(あらかじめ大量のチャクラが練り込まれた砂を、吸着、反発させることで操作………砂がやけに鉄臭いところから推測するに、チャクラを磁力みたいな力に性質変化させている? 砂を操るというより、砂に作用する力場を操作していると言った方が適格でしょうか。力場を操作して時に砂を流動的に動かし、時に圧力をかけることで盾や刃に出来るほど強固に固める)

 

この砂の術をあえて分類するなら磁遁系統となるのでしょうか。

砂を磁力で好きなように流動変形させそして固定する。

変幻自在にして攻防一体、便利を通り越して万能、本人がその気になれば砂に乗って空も飛べちゃいそうです。

これほどの汎用性を持ちながら、しかもパワーは桁外れ………本当に欠点らしい欠点が見えませんね。

見れば見るほど万能………これはもう止めるのは不可能とみていいでしょう。

今の私ではどんな術をどのように用いても、力ずくでは決して砂に対抗できません。

 

「う~ん、どうしたものか………って、あ」

 

 

「あ………」

 

「囲まれた!」

 

「勝負あったな。もう逃げられないじゃん」

 

 

これはうっかり………ではないですね、誘導されましたか。

逃げ道に砂を巧みに配置され、まんまと狩人の罠に誘い込まれてしまったようです。

砂はすでに私の周囲を完全に包囲、もうどこにも逃げ場がありません。

 

「終わりだ………」

 

「確かに、これはもう避けようがないですね」

 

当然、止めるのも無理。

耐えることも不可能です。

普通に考えたら完全なる詰みの状態。

 

ですが………

 

(………逆転の発想です。こちらの力で止められないなら、相手の方から止まってもらいましょう)

 

うねうねと曲がり枝分かれし全方位から伸びてくる大量の砂の槍。

私はそれらを一切無視して印を結んで術を発動。

足元から黄色い花が咲き乱れ、そして

 

「木遁・種子穿弾!」

 

槍が私に到達する前に、花々から小さな種が我愛羅君めがけて連続で発射されました。

 

「無駄だ………くだらん」

 

当然のように砂の盾で防がれます。

 

 

「やっぱりダメだってばよ………」

 

「当然じゃん、あんなので我愛羅の絶対防御は突破できねーよ。無駄な悪あがき………え?」

 

 

それでいいんですよ。

種の速度は決して速くなく威力も豆鉄砲相応しかないので守らなくてもダメージはなかったでしょう。

所詮は嫌がらせの域を出ない非殺傷忍術………ですが、今回に限ればそんなことは関係ありません。

 

 

「………あ」

 

「砂が………コトを包囲していた砂が………防御のために我愛羅の周りに集まって………」

 

 

我愛羅君の操る砂はただの砂ではなく、あらかじめ大量のチャクラを練り込まれた特別性なのは看破済みです。

つまり、コントロールできる砂の総量には限りがあるってことなのですよ。

 

 

「………そうか、そういうこと。意思に関係なく勝手に守っちゃうってことは、裏を返せば………」

 

「防御している時は、その砂を攻撃には使えねーってことか!」

 

 

攻撃の威力がどんなに低くとも、それが『攻撃』と判定された時点で、砂は我愛羅君の意思とは無関係に防御してしまうことは先の散々胡椒の術ですでに検証済みなのです。

そして砂の操作権限は我愛羅君自身より守護人格の方が上なのも確認しています。

 

つまり、私が攻撃をやめない限り、我愛羅君は絶対防御を解除することができないってことなのですよ。

 

「過保護な自動防御が仇になりましたね。貴方の砂は確かに万能なのでしょうが、決して無欠ではないのですよ」

 

「………………っ!」

 

まあ当たり前といえば当たり前なのですが。

無欠の術なんてありえません。

 

と言っても、攻撃をやめた瞬間すぐさま砂は私に襲い掛かってくるでしょう。

植えた花の数も、花が飛ばせる種の弾数も無限ではありません。

猶予がないのは変わらず、私はすぐさま木遁を発動。

 

 

「またなんか生えてきたぞ………」

 

「今度は花じゃなくて………草? ………いや数が多い、草原?」

 

 

これまでの試合で石畳はすでにボロボロ状態です。

ところどころ土がむき出しになっているのは実に好都合でした。

適度に耕されているおかげで効率よく『畑』に出来ます。

 

 

「あれは………小麦よ」

 

「コムギィ!? このタイミングでなぜコムギ!?」

 

 

そう、小麦です。

刮目しなさい、これこそがうちはコトの現時点における究極木遁!

 

穀倉創造(こくそうそうぞう)・小麦畑の術!」

 

この術を使えば、いつでもどこでも栄養満点のパンが食べられる!

………ただし、味の方はまだまだ改良の余地ありですが。

 

 

「………いや、いやいやいや凄いのは認めるけど個人戦で何の意味があるのそれ!?」

 

「どう考えても戦闘用の術じゃないでしょ!? ………そうよね?」

 

「そのはずよ………いったいコトはどういうつもりで………え?」

 

「なんか白いモヤモヤしたのが出てきたってばよ!」

 

「白い砂………いや粉か?」

 

「小麦粉!? ウソ、収穫も脱穀も全部すっ飛ばしていきなり製粉するなんて今まで………まさか」

 

 

小麦畑から直接製粉した小麦粉を、私はすぐさま自分の周囲に集めます。

小さな粒子をチャクラで操るノウハウはすでにつかみました。

 

「名付けて、木遁・操粉(そうこ)の術!」

 

 

「ウソでしょ………小麦粉を砂の代用品にして!?」

 

「我愛羅の操砂の術をコピーしたのか!」

 

 

皆がとても驚いた様子で私を見ています。

有言実行、ちゃんと度肝は抜けたようで何よりです。

 

「………なるほど、これが写輪眼(うちは)の力か」

 

「さあ、いざ尋常に術比べです!」

 

直後、我愛羅君の起こした砂の津波と、私の小麦粉の津波が会場の中央で激突しました。

 




「………なるほど、これがうちはの力か」

(((違う)))


というわけでコトの真面目な戦闘回でした。
とにかく使える術の数においては木ノ葉下忍では随一です。

以下今回コトが使用した術一覧

木遁・散々胡椒
いわゆる目潰しの術ですが、栄養満点なので食らった相手がどんどん元気になってしまうのがやや使いづらい。
ポケモンのわざでいうところの、いばる、おだてる

樹液固めの術
コトの術の中では割と使える方。
樹液を分泌して相手を固めて動きを封じる。
鬼童丸の蜘蛛粘金の樹液バージョン。
舐めると不味い。
ちなみに汗腺からも分泌でき、鎧のように纏うこともできるが、固まって動けなくなる。

緩衝綿花
コットンガード。
防御が三段階上がる………なんてことはない。
自来也の針地蔵、第二部のチョウジの肉弾針戦車などの「髪の毛を固くする」系の術の逆。
見た目で言えば、ワンピースのカリファのソープシープ。
衝撃にはそれなりに強いが我愛羅が怒るのもしょうがない程度にはバカみたいな術。

やわらか戦車。
動き自体は肉弾戦車とほぼ同じ、打撃力は皆無。
この術を開発したコトの心は1つ、生き延びたい。

玉兎跳人
今回最大の悪ふざけであり、コトのフィジカル方面の弱点をカバーするキースキル。
発動中はウサギのような敏捷性と跳躍力が見につくが、元からウサギよりも機敏に動けるリーやキバからすれば全く意味がない。

種子穿弾
花を生やして、種を飛ばす。
威力はお察し。
手裏剣とか投げた方が圧倒的に強い。

穀倉創造・小麦畑の術。
果実を生み出す果樹豊作とほぼ同時期に考案、開発していたコト曰く究極の木遁。
発動するには、それなりの広さの畑が必要。

操粉の術に関しては続きにて。


あと我愛羅の砂の考察ですが。
これは、原作にて特にそういう記述があるわけではないですが。
原作中忍試験編での我愛羅はまだひょうたんの中の砂しかコントロールできなかった時期と思われます。
限られた砂で攻防をやりくりしなければならなかったのは間違いなく。
また自動防御があるので全ての砂を攻撃に割り振ることは出来ず、結果砂を総動員してコトを追い詰めても反撃されたら砂を戻すしかなかった………という展開でした。

個人的に真面目に攻略法を考えたつもりですが、これで切り抜けられるかは未知数です。


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51話

年をまたいでもう2月。
お待たせしてしまいすみませんでした。

コトと我愛羅の対決の続きです。


前回。
コトが小麦粉を操作する術を披露したのですが、それにより「爆発! 爆発!」というコメントが感想欄に多数寄せられました。
そんなに爆発落ちが好きですかそうですか。

余りに多いので急遽考察ネタを。
興味がない方は飛ばしてください。

『我愛羅の絶対防御は粉塵爆発で突破可能か?』
いきなり結論をぶっちゃけてしまうと、分からないとしか言えません。
というのも、原作において我愛羅の絶対防御を正面から突破した爆発、爆炎、爆弾の類は登場していないからです。

我愛羅の回想にて、まだそれほどの硬度ではなかったと思われる盾で、夜叉丸の起爆札自爆を完全に防いでいますし、ナルトの起爆札付き苦無による千年殺しも、本人曰く「最も防御の薄い部分を狙われた」らしいのにダメージは与えられませんでした(衝撃は受けたらしいですが)
サスケの火遁、炎遁も、一部二部で対峙するたびに完全ガードしています。
他にもデイダラのC3、蒸気暴威など、いずれもガードされています。

このあたりはさすが後の風影、『最強の盾を持つ忍び』だと言えます(機会がなかった、たまたま当たらなかっただけと言われてしまえばそれまでですが。実際、C0とか防げるのかわかりませんし)

もちろん、絶対防御を突破したキャラが皆無というわけではありません。
しかし、彼の盾を攻略した忍びはいずれも爆弾以外の方法で突破しています。

その1、純粋な攻撃力で盾を貫通する。
原作ではサスケの千鳥や、君麻呂状態2の鉄線花の舞『花』(貫くシーンは原作にはありませんでしたが、振り返った我愛羅が「完全にやられていた」とコメントしているのでもしやられたら貫かれていたのでしょう)などが該当します。

最も単純な方法ですが、個人的には最も邪道だと思ってます。
ジャンケンのグーをめちゃくちゃ鋭いチョキで無理やりぶった切るような強引さを感じます。
バトル漫画的には正攻法なのでしょうが。
話が進むにつれ火力がどんどんインフレしていくのはお約束。

その2、何らかの方法で防御をかいくぐる。
ロック・リーが予選で披露した防御が間に合わないほどの超高速体術。
デイダラがやった『砂に起爆粘土を混ぜ込んで防御の内側で起爆する』など。

特に爆発のスペシャリストであるデイダラがこの手段をとったということは重要です。
要するに爆弾の威力で盾を正面突破するのは不可能であると彼が諦めたということですから。

その3、そもそも砂の守備範囲外から仕掛ける。
二代目水影のヌルヌルの液体や、無限月読などの幻術など。
カンクロウ曰く「我愛羅にはどんな物理攻撃も通じない」らしいので、物理以外の特殊攻撃を仕掛ける手段ですね。

個人的にはこの方法こそが正攻法、グーに対するパーだと思ってます。
防御が高いやつには特殊攻撃で攻める、常道です。


言いたいことは、どんな規模の爆発なら我愛羅の防御を抜けるのか全く分からないということですが………仮にそんな威力の爆発を屋内で起こしたとすれば………屋内にいる人全員、無事では済まないでしょうね。
ヘタすれば我愛羅を除く(威力によっては我愛羅も含めて)あの場にいる全員が吹っ飛びます。
自爆です。


周囲に被害を出さず、我愛羅の砂を爆発や炎などで攻略するには、小麦粉だけでは足りません。
もう一工夫必要です。
今回はそういう話です。


(何なんだ? いったい何なんだあの娘は!?)

 

砂の上忍バキは戦慄を感じながらうちはコトと我愛羅の対戦を見ていた。

 

一尾、またの名を砂の守鶴(しゅかく)

この世に9体存在するとされる天災級の怪物『尾獣(びじゅう)』の1体であり、砂の化身ともいわれる大化け狸。

我愛羅はそんな化け物を身に宿す『人柱力』と呼ばれる特別な忍びだ。

砂を操る術は、守鶴の人柱力だからこそ行使可能な特異能力のはずで、たとえ写輪眼を用いたとしてもそう易々とコピーできる代物ではないはず。

しかし、現にうちはコトは模倣してのけている。

砂と小麦粉という違いはあれど、粉末状の微粒子群がある種の生き物のように流動する様子は我愛羅のそれととても酷似していた。

 

(いや………ありえないことではないか)

 

現風影の先代、三代目風影。

歴代でも最強と謳われた三代目風影は、守鶴の人柱力の術を参考に砂鉄を操作する術を編み出してみせた。

前例がないわけではない。

なるほど模倣自体は理論的に一応可能なのだろう。

 

(しかしそれはチャクラを磁力に性質変化させられる特異体質と歴代最強と謳われるにふさわしい才覚、そして長い研究と研鑽があったからこそだ………あの娘の才能はそれに匹敵するというのか?)

 

バキが思考を重ねている間にも戦いは展開していく。

我愛羅の砂とうちはコトの小麦粉が、まるで鏡合わせのように同じ動きと形状で激突し、うねり混ざりあった。

 

「………………まさか!?」

 

砂が小麦粉を押し返し、飲み込んだ。

やはり単純なパワーでは砂の方が上なのだろう、しかし小麦粉が混ざり込んだ砂の津波はコトに到達する前に勢いを失いやがて停止した。

 

 

「………何?」

 

「思った通りです。操っているのは特別な砂なんですから。当然その砂に不純物が混ざれば精度が落ちる」

 

 

これにはバキだけではなくテマリとカンクロウも目をむいた。

 

「そんな!? あれは父様と同じ………」

 

「なんで!? なんであいつが親父の止め方を知ってんだ!?」

 

そう、カンクロウやテマリの言う通り、かつてうちはコトと同じことをした忍びがいた。

 

現風影、羅砂(らさ)

我愛羅とカンクロウとテマリの実の父にして、先代風影の直弟子。

砂金を操る磁遁使い。

 

砂に不純物(さきん)を混ぜ込むという手法は、羅砂が長年の試行錯誤の末にようやく編み出した、暴走した我愛羅を止める常套手段であった。

 

(見つけ出したというのか………砂の最適な対処法を。このわずかな戦闘の間に!?)

 

歴代風影に匹敵どころの騒ぎじゃなかった。

匹敵どころか超えかねない所業だった。

 

おまけに、うちはコトの観察と分析はまだ続いている。

 

 

「砂の特性はほぼ把握しました。後はどう無力化するかですが………はてさてどうしたものか」

 

 

(バカな!? そんなことが可能なのか!?)

 

信じられなかったが冗談やハッタリをいうタイプではないことくらいわかる、彼女は本気だ。

術の模倣、対抗手段の確立にとどまらずさらにその先、『砂の無力化』。

歴代風影ですら到達できなかった前人未到の領域にうちはコトは本気で手をかけようとしている。

 

(まずい………まずいぞ我愛羅。一刻も早くその娘を止めねば。文字通りの意味で丸裸にされるぞ!)

 

バキが我愛羅の身を案じたのはこの時が初めてのことだった。

 

 

 

 

 

 

小麦粉と混ざり合ったことで砂の動きは確かに鈍りました。

ただ、しかしというかやっぱりというか、完全に止めるには至りません。

ある意味予想通りとも言える結果に、コト(わたし)は自分の立てた仮説が間違っていなかったことを確信しつつも内心で嘆息。

 

(まあ、これが限界。オリジナルとコピーの間にそびえる超えられない壁。二番煎じの現実ですよね)

 

もともと互いの練り込まれているチャクラ量の差が激しい上に、小麦粉は砂よりもずっとずっと比重が軽い。

パワー不足はどうしようもなく、スピードも雲泥の差、押し固めて盾や刃を作るなど夢のまた夢です。

原因が根本的すぎて発想や工夫でどうにかなる範囲を超えちゃってます。

 

どれだけ創意工夫を重ねてもコピーではオリジナルに決して敵わないのですよ。

 

………カカシ先生はコピーした術をオリジナルより先に繰り出したりしてますが、あれは例外です。

規格外過ぎて全く参考になりません、むしろ参考にしないでください。

『うちは一族じゃなくてもあれだけのことができるんだから本家はもっと凄いことができるよね?』的にハードルを上げるの本当にやめてください………できるわけないじゃないですか。

観察と解析をコツコツ積み重ねて可能性を探る、それが精一杯の非才な私にそれ以上を求めないでください………

 

それはさておき。

幸い我愛羅君は砂を操る以外の術がない様子、一芸特化タイプ(もっとも我愛羅君の場合、砂が万能すぎて汎用性に欠けるという一芸特化の弱点が弱点たり得てないのですが)みたいですね。

しかし今、その一芸である砂は混入された小麦粉により半ば機能不全を起こしている状態。

つまり、何か仕掛けるなら今………なのですが。

 

(下ごしらえが必要ですね)

 

仕掛けるための仕掛けというか、もうひと手間かかりそうです。

札が残っていればもう少し手順を省略できたんですが、ないものねだりをしても仕方がありません。

 

やることはいつもと同じです。

分析と考察、仮説の作成、検証、そして立証………なんてことはありません。

今の私にできることを、精一杯できる限り。

 

印を結び、術を発動。

種子穿弾により砂に植え付けられた種子が一斉に芽吹きました。

 

「木遁・緑化の術」

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

 

まあ、ある意味で対砂、対砂漠用の術ではあるかな。

我愛羅君の砂(小麦粉混じり)がみるみる黄色い花に覆われていくのを見ながら、カナタ(わたし)は他人事のようにそんなことを思った。

対戦………と言っていいのかなこれ。

なんかもう、コトのコトによるコトのためのキテレツ忍術発表会みたくなってるんだけど。

 

「緑化って………えぇ~………??」

 

「まさか、そんなんで砂を無力化するつもりなの!?」

 

春野さんと山中さんが呆れたような声を上げた。

他の木ノ葉の観客からも「大丈夫か?」と心配する視線がコトに降り注ぐ。

 

 

「大丈夫です、問題ありません。何たってこれは私がずっと温めて続けてきた最高にエコな術! いずれは風の国の環境もバッチリ改善!」

 

 

方法以上に頭の方がよほど心配になってくる発言をするな。

エコじゃなくて、エゴだよそれは。

これほどまでに「余計なお世話」という言葉を体現した術を私は他に知らない。

風の国からしても有難迷惑、砂使いの我愛羅君からすれば気持ちだけでも迷惑でしょう…………………

 

「マジかよ………」

 

「効いている………だと!?」

 

「えぇ~?」

 

………………つまり、信じがたいことに妨害忍術としてちゃんと機能している。

砂がみるみる花に浸食され土に変わっていく、ウソでしょ。

 

 

後日弁解するコト曰く『いや確かに一見荒唐無稽に見えたかもですが、あの時私が観察する限り我愛羅君の操っている砂って妙に鉄分、水分、ミネラルたっぷりで土壌としては意外と悪くなかったんです。さらには小麦粉(栄養満点)も混ぜましたし、砂をお花畑に変えちゃおう作戦は割と本気で不可能じゃなかったんですよぅ………』とのこと。

 

妙に鉄分、水分、ミネラル豊富な砂というのに不穏なものを感じなくもないけど、とにかくコトにとっては理にかなった作戦だったみたいね。

時間をかけられるなら、という但し書きが付くけど。

まあ実際はそこまで待ってくれなかったわけで。

 

我愛羅君の背負っていたひょうたんが、彼の怒号と同時に弾けた。

 

 

「砂を、砂漠を舐めるなぁ!」

 

 

つくづくお怒りごもっともなんだけど、それでも弁護するなら、コトの場合舐めているんじゃなくて、大真面目に真摯に砂(の環境)に向き合った結果がこれなんですよ………うん、余計に性質(たち)悪いわ。

それにしてもひょうたんはなぜ粉々に………

 

「………まさか?」

 

「ひょうたんが砂に!?」

 

「あれも砂でできてたの!?」

 

砂を運ぶための器を砂で造るなんて。

万能ここに極まれりというか、本当に何でもありなのね。

ひょうたんだった砂が、元の砂を侵食していた花ごと包み込んだ。

我愛羅君が両手の掌を広げ、そして握り込む。

 

 

―――砂縛・葬送!

 

 

ブチャッと。

植え付けられていた植物が一網打尽に押しつぶされた。

芽を出していた花はもちろん、発芽前の種子も全部まとめて。

力技で花の縛りを解いた砂がそのままの勢いでコトに襲い掛かる。

砂にパワーとスピードが戻っていた。

 

「小麦粉で鈍ってたんじゃないのかよ………」

 

「ひょうたんの砂の分だけ、砂の純度が戻ったから………だけじゃないわね」

 

それはまるで序盤の焼き増し。

ウサ耳モードで跳ねるように逃げ回るコトを砂が空間を侵食するように追い詰めていく。

白眼を凝らして観戦していたネジ先輩が呻くように言葉をこぼした。

 

「砂に練り込むチャクラが大幅に増えている………なんてチャクラ量だ」

 

改めて我愛羅君のデタラメなスペックに驚かされるわ。ここにきてゴリ押しとか。

使う術はもとより、潜在的なチャクラ量が尋常じゃない。

正直、これはかなりマズいんじゃないかしら。

残り少ないチャクラと手札で必死にやりくりしているコトからすれば、この奇をてらわない上からの物量攻撃は本当に厄介なはず。

虎の子だったであろう種の仕込みも全てチャラにされて全ては振り出し………いや残る手札や消耗したチャクラも鑑みれば状況は振り出しよりも悪いかもしれない。

 

そうこうしているうちに、砂の刃が再びコトを取り囲んだ。

 

 

「………お前はここで終わりだ」

 

「………確かに終わりですね」

 

 

先の時は、自動防御を逆手に取り、あえて絶対防御を発動させることで攻撃を強制中止させて切り抜けたわけだけど………もうその手はもう使えそうにない。

花を咲かせる隙なんてもう与えてくれないでしょうし、何よりコトのチャクラはもう限界近いはず。

さすがに万策尽きたかな………止めた方がいいかも、と思ったけどそれすらもう間に合わない。

 

 

「死ね」

 

 

コトに殺到する砂の刃。

逃げ場なんてどこにもなく絶体絶命のはずのコトは、果敢にも自身に迫る砂の刃の1つを軽く蹴り上げる。

無意味な行動、苦し紛れの攻撃にしか見えなかった。

我愛羅君の膨大なチャクラによる高圧で押し固められた砂の刃は、その程度じゃビクともしない………はずなのに。

 

 

「やっぱり思った通りです」

 

 

ボロリと。

軽く蹴られた砂の刃は、その軽い一撃であっさりと崩れた。

 

「………バカ………な」

 

絞りだすようにうめき声をあげた砂の上忍であるバキさんに続いて、他の観戦者も口々に騒ぎ出した。

 

「え? ええ?」

 

「ウソだろ!? 我愛羅の絶対防御の砂だぞ!? あんなあっさり!」

 

「今度はいったい何をしたんだ!?」

 

「わからない、私にはただ普通に蹴っただけにしか………」

 

下忍、上忍、火影様、審判のハヤテさんや対戦相手の我愛羅君、もちろん私自身も含めてその場にいる誰1人としてコトの所業を理解できなかったみたい。

私たちが困惑する目の前で、砂の包囲を抜け出したコトは得意げに胸を張る。

 

 

「わかってたんです。緑化の術で植えた種を発芽させたとき、我愛羅君が力業で種を押しつぶしてくるのは」

 

「………………」

 

「い、いえすみませんちょっと見栄張りましたひょうたんが砂になるのは予想外でした」

 

 

我愛羅君から無言で放たれる怒気(殺気ではない、意外なことに)にあっさり態度を翻すコト。

ペタンと伏せられたウサ耳が可愛い………じゃなくて、種明かしがしまらない。

 

 

「と、とにかく! 重要なのは種を砂で潰した………というより絞ったことなんですよ」

 

「………何?」

 

「あ、そういえば最初に『花を咲かせた術』の名前を言ってませんでしたね」

 

 

「………言われてみれば確かに」

 

コトのセリフに私はふと思い出す。

種子穿弾は百合鉄砲などと同じ『花から種を発射する術』であり、緑化の術は宿り木縛りなどの『植え付けた種を芽吹かせる術』の亜種。

それらの前段階である『花を咲かせる術』の名前は言っていなかったわね。

意外にもコトのオリジナルの術じゃない。

なんでも初代火影様が実際に使用していた木遁らしくて、やたら仰々しい術名がつけられていたはず。

当然コトがそんな術を完全再現できるはずもなく、術の前に限定とか仮とかを律義につけて、さらには後ろに咲かせる花の種類をくっつけるから、術の正式名称(?)がやたらと長くなっちゃってたのよね。

そのせいで今回みたいな咄嗟の状況だと発動する時に発声省略されることもしばしばなんだけど。

え~と、あの花の名前は確か………。

 

「あ………」

 

実家が『やまなか花(はなやさん)』でコトを除けば誰よりも花に詳しい山中さんが真っ先にその『黄色い花』の正体に気付き声をこぼした。

 

 

「『限定木遁・簡易花樹海降臨(かんいかじゅかいこうりん)・菜花畑の術』というんです。知ってますか? 菜の花の種って絞ると油がとれるんですよ」

 

 

『………………?』

 

静寂。

理解が追いつくまでの、つかの間の停滞。

 

「………………ああ~なるほど。そう、そういうこと」

 

黙考すること数秒、私はようやく納得。

 

「だから砂があんな風に崩れちゃったのね」

 

「い、いったいどういう事だってばよ!?」

 

「そうよ! 1人で納得してないで説明しなさいよ!」

 

ナルト君と春野さんが目をむいて詰めよってくる。

う~ん、なんて言えばいいかしら。

春野さんはともかくナルト君にも理解できるように説明するとなると………

 

「………そうね。ナルト君は砂場で砂遊びしたことある?」

 

「え!? そりゃあるけどそれがいったい………」

 

「じゃあ、泥団子とか作ったことは?」

 

「ある。団子どころか火影岩を再現したこともあるってばよ! ………ヒマだったからな」

 

「そ、そうなの………で、聞くけど。水なしでできる?」

 

「………そりゃ無理だろ」

 

「それはどうして?」

 

「どうしてって、固めようがねーじゃん。どんだけ力いっぱい握り込んでも砂がサラサラだったらどうしようもねーってば………………あ」

 

はっと気づく。

うんうん、ナルト君って学力足りないだけで決してバカじゃないのよね。

どちらかと言えばバカなのはむしろコトの方なのよ………学力はぶっちぎってるのに。

だからこその発想ともいえるけど。

こんな方法、普通は思いつかないわよホント。

 

 

「砂を私特性の菜種油でコーティングしました。我愛羅君がチャクラで砂に圧力をかけて押し固めているのは分析済みなのです。それならば、どれだけ圧力をかけても固まらなくすればいいのですよ」

 

 

コトは木ノ葉でも極めて希少な血継限界、木遁の使い手である。

それはつまり、木遁の元である水遁と土遁の使い手でもあるということ。

今でこそ札なしの素で木遁を扱えるようになったけど、そこに至るまでの道のりは決して平坦ではなかったわ。

何度も何度も水と土の性質変化の実験を行い、時には私やヒナタさんを巻き込んで結果を分析、観察、また実験という試行錯誤の日々………何度も泥まみれになりながらコツコツと研究を積み重ねたコトは言わば(えきたい)(こたい)その他もろもろを混ぜ合わせるスペシャリスト。

砂にどんな液体を混ぜれば固まらなくなるかなんて知り尽くしていると言っても過言ではないわ。

 

「私としてはこんなの一体何の役に立つんだかと思ってたんだけど………まさかこんな形で花開くなんてね」

 

これはもう素直に脱帽よ。

いや本当に胸を張っていいと思う。

コト、貴女は確かに私たちの度肝を抜いたわよ。

我愛羅君の絶対防御はこれで完全に機能しなくなったと見ていいでしょう。

砂が固まらなくなった以上、盾はもう作りようがない。

 

 

「胡椒で味付け、小麦粉も塗した、油も無事挽けました。下ごしらえはすべて完了です。後は上手に揚げるだけ」

 

 

料理か。

私が内心そう突っ込んでいる間にコトが印を結ぶ。

 

「………寅の印!」

 

「あの印は火遁の………来るか、うちはの十八番」

 

あれだけ粉やら油やら混ぜ込んだらいくら砂でも燃えるでしょう。

 

 

「これで仕上げです! 火遁・着火のひゅっ?」

 

 

―――コヒュッ

 

 

だけど、コトの口からは炎どころか火の粉の欠片すら出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

「あ………れ? な………んで」

 

チャクラが練られない、全身に力が入らない。

思わずコト(わたし)は膝から崩れ落ちました。

コンビ変化も解けて、ウサギ(ユキちゃん)がまさに精根尽き果てたとばかりに私の頭から転がり落ちてピクピク痙攣しています。

ああ、そう、どうやら時間切れみたいですね。

 

 

「ウソ!? チャクラ(スタミナ)切れ!?」

 

「よりにもよってこのタイミングでか!」

 

 

いろいろ足りなかったみたいですね、まあ当然でしょう。

札なしでの木遁の連続行使に写輪眼、長時間の変化の持続、ガス欠になるのも無理もないというか、むしろよく持った方だと言えるかもです。

 

しかし我愛羅君は、砂はまだ動かせるようです。

小麦粉を塗して速度を鈍らせ、油を染み込ませて硬度を失わせて、しかしそれでもなお、人ひとり簡単に圧殺できるだけのパワーと質量を宿した脅威の砂が私めがけて津波のように押し寄せてきます。

 

(これだけやってもまだ止めきれない………なんてスタミナ………消耗具合はほぼ同じはずなのに)

 

そして私は膝をついた姿勢から立ち上がることすらできず………ふと、視界の隅にナルト君の心配そうな顔が見えて―――

 

「―――いやまだです! まだ終わりません!」

 

砂が激突し、ゴワーンという銅鑼を叩いたみたいな音が響きました。

 

 

「え!? 何、どうなったの!?」

 

「コトが袖口から何か………盾?」

 

「違うわ、ナベよ! それも中華とかに使う奴!」

 

「なんで中華鍋(そんなもん)を中忍試験に持ってきたんだ!?」

 

 

ヒナタさん、今ならあの時の貴女の気持ちが分かる気がします。

なんであんなにボロボロになっても立ち上がれたのか。

なぜ本来不得意なはずの体術をあんなに頑張れたのか。

見られたくなかったんですよね。

だってみんな頑張っているのに、みんな踏ん張っているのに。

自分だけ頑張らず踏ん張らないのは物凄く格好悪いですから。

 

(そんな頑張らない(かっこうわるい)姿なんて、私もナルト君に見られたくない!)

 

砂が中華鍋を回り込んできました。

予備の物干し竿で棒高跳びみたく砂の波を飛び越え、ドラム缶を囮にして砂の川をそらし

金ダライでサーフィンみたいに砂の坂を滑り、洗濯板の陰で砂の礫をやり過ごします。

選んでいる余裕はありませんでした。

とにかく袖口に腕を突っ込み、手にあたったものを手当たり次第に口寄せして外にぶちまけます。

しまう時ならともかく、開放するだけならチャクラは不必要なのですよ。

 

「………いやだからあいつなんであんなもん持ってきてるの?」

 

「恐るべき収納性………とでも言えばいいの?」

 

「思った以上に粘る………確かに動きはドンくさいが、妙に手際がいいというか、逃げ慣れてるというか」

 

「元脱走の常習犯は伊達じゃないってばよ!」

 

「いや、でもさすがにこれ以上は………」

 

 

またしても砂に取り囲まれます。

もはや何度目かもわからない詰み状態。

つかみかかってくる砂の手、躊躇は一瞬、私は覚悟を決めました。

 

 

「コトが捕まって………ない!? 上着だけ!?」

 

空蝉(うつせみ)の術!?」

 

 

その通り、空蝉の術です。

言うならば服を使った変わり身、この術ならチャクラが切れた今の私でも行使可能です。

 

巫女装束(いまのわたし)ならばあと1回………いや頑張れば2回は………………………………いやいやゴメンなさいやっぱりあと1回が限界です!」

 

覚悟は決めたはずなのに………私は、弱い。

 

 

「あっっったり前だぁ!! なりふり構わないにも程があるわぁ!!!」

 

「そこから2回も脱いだらすっぽんぽんになっちゃうじゃない! ってか1回でも下着姿でしょうが!」

 

 

「ゴホッ。あの~………さすがにそうなったら止めさせていただきますので………」

 

 

なんか観客の皆さん(主に女性)から物凄い大ブーイングを食らい、ハヤテ審判が物凄く困った顔で忠告。

あ、やっぱりダメですかそうですか。

ホッとするべきか、嘆くべきか。

 

 

「いやその脱衣脱出はモラル的にもヤバいけど、戦術的にも悪手でしょそれ。もう口寄せできないじゃん」

 

 

そしてカナタのツッコミはいつもいつも嫌になるほど的確です………術式を仕込んでいた服を脱いじゃった今、もう道具の開放もできません。

チャクラも切れて、道具箱も失い、とれる選択肢がどんどんなくなっていく中、本当の本当に必要だったものだけは確保できたのが不幸中の幸いですが。

とにかく今欲しいのは火です。

そのために必要なのは火を起こすための道具。

なんとかそれだけは確保できました。

 

 

「あれは………火打石!」

 

 

そう、サバイバルの必需品、持ってきててよかった火打石です!

 

問題は間に合うかどうか、つまりは時間なわけですが。

………悩んでる時間すら惜しいです。

出来るかどうかじゃない、やるんですよ。

 

「うなー!」

 

―――カチカチカチカチカチカチ!

 

「させるかぁ!」

 

火打石を狙って砂が幾筋にも枝分かれして襲ってきます。

砂の速度自体は小麦粉で鈍っているのですがそれ以上に無駄がなくなっているのです。

こちらの動きの癖を把握されたようですね………

 

「っく、これはダメ………ああ!?」

 

結局、どう頑張っても逃げきることができず私はついに火打石を手から弾き飛ばされてしまいました。

 

弾かれた火打石は分厚い砂の壁を越えて我愛羅君を挟んだはるか向こう側に。

もうどうやっても取りに行くのは不可能………

 

「ああ、無常………いや、まだです!」

 

「終わりだ………今度こそ終わり………っ!?」

 

 

―――カチカチカチカチカチカチ

 

 

それは我愛羅君の背後から。

我愛羅君が振り返るとそこには、火打石を一心不乱に打ち付けるウサギ(ユキちゃん)の姿が。

 

「これぞ忍法・ウサギの大手柄!」

 

「しまっ―――」

 

「疑似火遁・カチカチ山大団炎!」

 

着火。

炎上。

 

小麦粉を塗して油を挽いた砂が、一瞬にして炎に包まれました。




次回でおそらく決着です。
コト、超頑張った………努力の仕方とか覚悟のベクトルとか盛大にずれているような気がしないでもないですが個人的には大健闘だと思ってます。

前回のあとがきに続き、今回もコトの使用した術について解説。

操粉の術。
我愛羅の守鶴の術を参考に、コトが即興で開発した小麦粉を操作する術。
あくまで、小麦粉を操作する『だけ』の術です。
我愛羅みたく、手をかたどって相手を捕まえる、固めて盾を作って防御するなどはできません。
パワースピードが足りないのはもちろんのこと、絶対的に量が足りてません。

緑化の術。
構想自体は原作開始前の、コトが木遁に目覚める前から。
資料から初代火影の木遁忍術を調べあげた時に思い描いていた「もし私に木遁が使えたらこんな使い方絶対しないのに、もっといい使い方があるのに」というコトの理想が詰まった最高にエコな術(本人談)。
実際に、緑化できるかどうかは試してないからわかりませんが、たぶん今のままだといろいろ足りない。
要改良です。

簡易花樹界降臨・菜花畑の術。
原作にて5影をまとめて昏倒させた究極木遁・花樹界降臨の超廉価版の菜の花バージョン。
ヤバい花粉とか出ない、極々普通に周囲に菜の花が咲き乱れます。
ここから種を発射する種子穿弾につなげたので飛んでいくのは当然菜の花の種です。
つまり………

いつかコトが下ごしらえなしで直接油を精製できるようになったら、サスケあたりと組ませて

「コト! 油だ!」

「かしこまりぃ!」

「「火遁・菜種油炎弾(なたねゆえんだん)!」」

とかやらせたいですね。

ちなみに、これによって精製される菜種油はそうとう特殊です。
とても良く滑り、とてもよく燃えて、とてもコレステロールが低く、そしてとても不味いです………要品種改良です。


この油を染み込まされて我愛羅の砂は固まらなくなりました。
第二部の二代目水影戦の時と同じです。
描写から推測するに、我愛羅の砂って要するにワンピースのクロコダイルとは弱点が真逆なんでしょう。
クロコダイルは自然系の例にもれず流動して攻撃を受け流して無効化するため砂がサラサラスベスベじゃないといけませんが、盾を作る我愛羅の場合は逆に砂が固まってくれないと困るわけです。

二代目水影の時は次から次へと新しい砂を浴びせかけて物量でゴリ押しましたが、今の我愛羅では不可能な手段でした。

まとめると『ある程度湿り気を帯びて鉄分を多量に含んでいる』状態こそが、我愛羅にとって最も磁遁で操りやすく固めやすい砂のベストコンディションなのでしょう。

死者の血涙は漠漠たる流砂に混じり―――さらなる力を修羅に与ふ


忍具口寄せ。
原作に描写はありませんがテンテンが使用する(という設定の)術です。
ゲームとかだと、彼女はバンバン忍具を呼び出して王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)みたいなことしてます。
超格好いいのになぜ原作では端折られてしまったのか………

コトの場合は忍具ではなく、生活雑貨、洗濯用品、調理器具、サバイバル用品などしこたま詰め込んで中忍試験に臨みました。
備えあれば憂いなし、本人なりに相当真面目に準備してたんです。
実際、土壇場で火打石が………


空蝉の術。
ざっくり言えば、服を用いた変わり身。
元ネタは変わり身の別名ですが。
名前は原作には登場しないものの、敵の攻撃を服を脱いで脱出するシーンはそれなりにあるので一応、オリジナルというわけではない。
少なくとも自分の皮を脱いで変わり身するよりよほど、まともな術なはず………ですが。


ウサギの大手柄・かちかち山大団炎
名前の元ネタはもちろん民話『かちかち山(旧タイトル『兎の大手柄』)』から。
我愛羅とコトを対決させると決めたその瞬間から、決着はこの術以外ありえないとずっと考えてました。
ウサギとタヌキで決着をつけるのにこれ以上相応しい術はないでしょう。

胡椒で味付けし、小麦粉を塗して、菜種油を挽いて、火遁(もしくは火打石)で着火、という連結術。

無茶苦茶手間がかかりますが、現状のコトが真面目に我愛羅の絶対防御を突破するにはこれくらいやらないと達成できないかと。
少なくとも粉塵爆発させるよりはよほど小麦粉の使い方としては適切です。
小麦粉とは本来こう使うものです。



いつかFGOでかちかち山のウサギが実装されないかなと期待してます。
たぶん日本では巌窟王を上回る知名度のアヴェンジャーじゃないかなと。
星はたぶん1~3あたりかと思いますが。


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52話

前回の投稿からおよそ9か月………お待たせしました。


「うわっちちちちゃちゃあちゃあ!?」

 

なぜそれに思い至らなかったのか。

砂に取り囲まれている状態で砂に着火なんてしたら、火に取り囲まれる羽目になるのは至極当然のことでした。

やたらと香ばしい煙と炎にまかれながらコト(わたし)は転がるようにして自業自得の炎上網から脱出し、そこでようやく嘆息。

やはりカナタの言うように耐火処理が施されたうちはの特別製(改造)巫女装束を空蝉の術で脱いじゃったのは早計でしたか………いやいやあの場はあれ以外に選択肢はなかったはず。

うちはの家紋は炎を操る団扇(うちわ)を持つ者の意。

他者の火遁で上手に焼かれるならまだしも、自分自身の炎でこんがり自滅するのはマヌケ過ぎるのですよ。

 

まあ、自嘲はしても自重する気はさらさらなかったりしますが。

特にこと今回に関しては後悔なんてありません。

 

「ケホッケホッ………ふぅ………やった、やってやりましたよ本当に」

 

「………………」

 

まさに人事を出し尽くしたといえる結果です。

スタミナもスキルもアイテムもアイデアも、今の私の全てを総動員しやりつくした感。

もっとも、変化しかり最後の仕上げしかりMVPは私ではなくユキちゃんなのですけどね。

件のユキちゃんは、疲労困憊でプルプル震えながらも、それでも後ろ足だけで立って胸を張り、前足を片方前に突き出したどうどうたる姿で今度こそ口寄せの時間切れで消えていきました。

その場に火打石がコロンと転がります。

最後のポーズはたぶんサムズアップだったんでしょう………ウサギの前足の形はよくわかりませんでしたが。

なにはともあれ本当に最後の最後までありがとうございます。

ユキちゃんこそ、ウサギの中のウサギですよ。

 

「今度機会があったら何か埋め合わせしないとですね」

 

「………………」

 

砂が、かつて砂であった“何か”がメラメラと燃えています。

最初こそウネウネのたうち回っていましたが、ついに動かなくなりました。

ここまでグチャグチャになったらもはやそれは砂ではない………ということなのでしょうね。

シカマル君風に言うのであればまさに「計算通り」の結果なのですが、正直、かつて砂だったものが炎上しながら向かってくる可能性も捨てきれず。

これ以上があったらもう完全にお手上げでした。

 

「………やはり、操れるのは『砂』だけみたいですね」

 

「………………」

 

私の問いに対し、我愛羅君は何の反応も示さず。

私は私で動けないので、試合に謎の空白が発生しています。

 

 

私が観察する限り我愛羅君の行使する砂を操る術は、原理的にはチャクラを磁力に性質変化させる血継限界『磁遁』に極めて近い性質を持っていました。

ここで誤解してはいけないのは、あくまで『磁遁』に近い()()であって『磁遁』そのものではないということです。

似たようなものといえばその通りなのですが、この場に限ればその微妙な差異は試合展開に大きな変化をもたらしました。

もし仮に我愛羅君の術の正体が正真正銘の磁遁ないし磁遁の応用だったのであれば。

試合開始直後、私が真っ先に投げた苦無が砂で受け止められることはなかったでしょう。

私の投擲した苦無はごく普通のありふれた鉄製の物です。

磁力が操れるなら、それこそ磁力で反発すればよほど簡単に苦無を弾き飛ばせたはず。

わざわざ砂を磁力で操作して盾を作って防御するなんて迂遠でひと手間かかる手段を選ぶ必要性はどこにもありません。

 

最後の火打石にしてもそうです。

火打石とは、金属を削るほど固い何かと火打金を打ち合わせて火花を発生させる原始的な着火器具。

つまりはこれも金属製の道具………磁力を操れるなら砂で妨害するよりよほど手っ取り早い確実な手段がとれたことでしょう。

なにせ反発させても吸着させても火打石は使用不能になってしまうのですから。

そして着火できなければ私の作戦はその時点で破綻、完全に詰みになっていたはずなのです。

 

(でも実際はそうならなかった。そういうことなんでしょうね)

 

今こうして砂が炎上し動かなくなっているという結果そのものが我愛羅君の術が磁遁とは似て非なる別の何かである何よりの証拠なのですよ。

 

 

「………………」

 

我愛羅君に未だ動きは無し。

 

 

我愛羅君の術の正体が磁遁ではないとすると、それはそれで別の疑問が持ち上がってきます。

結局、我愛羅君の砂を操る術の正体はいったい何なのか?

そして我愛羅君はどうやってその術を身に着けたのか。

いやそもそもなぜ『砂』なのか。

 

(砂と同じ『形態』を操っているわけではないですね)

 

もしそうなら砂と同じく粒子状の小麦粉だって操作対象です。

 

(かといって砂と同じ『物質』を操っているわけでもありません)

 

もしそうなら砂に含まれている鉄をはじめとする鉱物無機物その他もろもろが軒並み意のままになっているはず。

 

(重要なのは『形態』でも『物質』でもない………概念的に『砂』であることが操作の絶対条件)

 

強いて言うなれば『砂属性』の術。

この時点でもうすでに忍術の原則である火水風雷土の5大性質変化から外れてしまっています。

必然、それらを組み合わせて発生させる血継限界にも当てはまるはずもなく。

 

「つまり………忍術じゃ………ない?」

 

実際に形だけとはいえ実際にコピーしてみて使ってみたからこそ気付けた違和感。

 

 

「………………」

 

 

忍術のように体系化された技術ではなく、もっと雑多で、もっと根源的な原初の『何か』。

二代目火影、千手扉間様が多くの術と印を発明するよりも。

忍び一族の初代が秘伝に目覚めるよりも。

それどころか人間がチャクラを手にするよりもはるか昔の神話の時代。

 

磁遁(にんじゅつ)に似ている()()磁遁(にんじゅつ)じゃない。忍びの、人の術というよりもむしろ神の権能に近い)

 

まさに神業。

規格外という意味ではなく、文字通りの意味で人間業ではない異質な力。

 

(砂属性………砂の………化身。ならば我愛羅君の破壊衝動の正体は………ああ、なるほど)

 

 

「我愛羅君………貴方は一尾、砂の守鶴の人柱力だったんですね」

 

 

 

 

 

 

 

ふとこぼれた小さなコトのつぶやきにカナタ(わたし)は心の中で頭を抱えて絶叫した。

 

(いったい! どんな思考と道筋でその結論に至ったの!?)

 

試合からは一度も目をそらさなかったと断言できる。

それでも理解を超えていた。

 

ありのまま今起こったことを話せば、コトの仕込みが結実して我愛羅君の砂が炎上、互いに武器を失い膠着状態に陥ったかと思ったらいつの間にかコトが死ぬほどヤバい砂の機密情報をぶちまけ始めた。

我ながら何を言っているのかわからない、何がどうしてそうなった。

 

頭がどうかしてる………写輪眼とか、解析能力がどうとかそんなチャチなものじゃない。

もっと恐ろしいものの片鱗が垣間見えたわ。

 

「………さっき、コトなんて言ったの?」

 

「わからない、小声だったし………」

 

「カナタ教えなさいよ。アンタの耳なら聞き取れたでしょ?」

 

「い、いや~、私にも聞こえなかったですわよ!?」

 

「ウソつけ口調乱れてるじゃない。ほら無駄な抵抗はやめてキリキリ吐きなさい。コトともどもアンタたちはポーカーに向かない人間なのよ」

 

「い~や~」

 

私が春野さんに両肩を鷲掴みにされガックガック揺さぶられている間にも、コトの独り言は止まらない。

 

 

「(しかし、ナルト君と同じ人柱力とするならば、封印術がいささか緩いというか隙間だらけなのは何故でしょう? 一尾の情動がここまで漏れるなんて封印の劣化具合を計算に入れてもうずまき一族由来の物とは考えにくいです………ひょっとして一族由来ではない? 封印術の系統そのものが違う? かつて第1回目の五影会談において初代火影様はパワーバランスを保つため抑止力として各里に封印された尾獣を封印術(うつわ)ごと配ったらしいですが………その時砂隠れは、初代風影様は封印術(うつわ)を受け取らなかった? 何故? わざわざ危険を冒してまで尾獣(なかみ)だけを取り出す意味なんて………いやもしかしてそもそも尾獣を受け取らなかった? つまり守鶴は最初から砂にいた? ならば守鶴のルーツは………)」

 

 

「コト、オマエ、マジデ、ダマレ」

 

「い、いきなりなんでカタコト? ってかやっぱり聞こえてるんじゃないの!」

 

情報漏洩が止まらない。

それを一方的に聞かされる私はたまらない。

毎度のことながら一体どこでそんな情報を仕入れてくるのやら、初代様が現役だったころの五影会談の概要とか初めて聞いたわ。

 

やっぱりコトに考える時間と余裕を与えちゃ絶対にダメだと改めて確信する。

高すぎる解析能力と収集能力に反比例してあまりにも口が軽すぎる。

 

(………いや、口が軽いとかそういう軽い理屈でもないのかしらね)

 

そもそもの話として、コトは根本的な部分で秘密を暴き立てるという行為の危険性と凶悪性を全く理解していない。

分かりあうことは素晴らしいことだと当然のごとく考えているから相手を()ることにまるで躊躇しないし、自分を解ってもらうことをこの上なく嬉しく感じてしまうから、相手がそれを忌避するかもしれないなんて発想自体がまず出てこない。

他人が嫌がることをしないという当たり前の道徳観を持ち合わせてはいても、それが忌避される行為であると気付く土台がそもそもない。

何故ならコトにとってそれは秘密でも何でもない、()れば(わか)ることなのだから。

理解する感性自体が最初から育まれていないのよ。

 

(これもある意味、一族滅亡が生んだ歪みの一端なのかしらね)

 

そのあたりの機微とか、踏み込む領域の線引きとか、心の距離感とか。

本来そういうのを教えてくれるはずだったうちは一族(おとな)は、コトが一番多感で一番肝心なまさにここぞというタイミングで全滅しちゃったわけで。

つまりは良心の問題ではなく両親の問題、自分が特別であるという自覚の欠如、サスケ君と同じうちは一族に生まれながら天才(うちは)扱いされず、落ちこぼれ扱いされて育ってしまった弊害、褒められて伸びるはずだった天才が、褒められずに変な方向に伸びてしまったその末路。

 

(木ノ葉以外だと比喩ではなくマジで死ぬほど迫害されてたでしょうね)

 

誰からも理解されず、ある意味自業自得ゆえに味方もできず、白さんみたく抜け忍になって、人知れず息絶えるかあるいは第2の大蛇丸になりはてるか。

木ノ葉がその手の秘伝とか血継限界とかに物凄くおおらかな忍び里で本当に良かった。

日向、油女、犬塚、山中………その気になれば秘密なんていくらでも暴き立てる手段がある一族が一堂に集まって融和している木ノ葉の度量がなかったらこうはいかなかった。

 

(逆に言えば、なまじ木ノ葉の里にそれだけの器があったからこそこんなになるまで放っておかれたともいえるのだけれど………まあ、要するによ………コト)

 

それは木ノ葉だからこそ放置(ゆる)された所業であって、他里にやったらとんでもないことになるわよ?

 

 

「うあああああああああああああ!!?」

 

 

というか、現在進行形でとんでもないことになっている。

コトに砂を燃やされて以降、動きが全くなかった我愛羅君が突如絶叫。

典型的なパニック、恐慌状態。

 

 

「うぇええ!? ど、どどどどうしたんですか!?」

 

 

そしてコトも、そんな彼につられて思考を中断しパニックに。

いやどうしたんですかじゃないわよアンタの所為でしょうが。

なんでこんな時だけ察しが悪いのよ。

 

 

「(………んん? 待ってください。砂による無意識の自動防衛。見る限りでは努力と研鑽によって身に着けた能力とは考えにくい、つまりは生まれつきの………物心がつく前………生まれたその瞬間から………いえこれは生まれる前から憑りつかせる憑依の術? ………)………え゛!? ということは我愛羅君、ひょっとして今初めて!?」

 

 

ヤベェやっちゃった! とコトは大慌て。

なるほど、大人顔負けの殺気を放つ割にどこか幼い我愛羅君の雰囲気はそういうわけだったのね、これもある意味特異な能力を生まれ持った歪みのその一端って事なのかしら………じゃないわ今度は察しが良すぎる。

憑依の術ってなんだそれこんな一瞬で我愛羅君の出生まで遡るな。

 

まるで、というかまさに初めて母の庇護下から解き放たれた幼子のように叫ぶ我愛羅君にあわあわオロオロ取り乱すコト。

………どことなくアンバランスというかちぐはぐというか、ベクトルは全く違うけれど、ある意味物凄く似たもの同士なのかも。

 

 

「うわああああすみませんすみません大丈夫ですか!?」

 

「く、来るなあああぁあああ!!?」

 

「ほきゃあああ!!?」

 

 

「っ!? 我愛羅!?」

 

「なんだ!? コトがまた急にひっくり返ったぞ!?」

 

「な、何が起こったんだってばよ!?」

 

立て続けに起こった一連の出来事を並べると。

まずコトが血相を変えて我愛羅君に駆け寄り、それによりますますパニックになった我愛羅君ががむしゃらに腕を振り回し―――何かが飛翔して―――コトが唐突にひっくり返った。

 

よくよく見れば、倒れたコトのすぐ近くにコロコロと転がる砂の塊が………ああ、うん、そうよね、中身も器も砂だったんだから当然『蓋』も砂でしょうね………

 

「栓よ………砂でできたひょうたんの栓がコトのオデコにスコーンって………」

 

「はぁっ!? それじゃ最初と同じ………今までの戦いは何!?」

 

「いやそんなこと私に言われても………」

 

ほとんどの砂をダメにされて、それでも最後の最後にわずかに残ったほんの一握りの砂が勝負の決め手になった………といえば聞こえはいいけれど。

まだ砂が残っていたことに他の誰でもない我愛羅君自身が一番驚いているあたり、これって単なる偶然よね………なんというかもうグダグダよ。

 

仰向けに倒れたコトは動かない。

意図していなかった我愛羅君も驚きで動けない。

 

審判の月光ハヤテさんだけが白けた表情で動いた。

 

 

「ゴホッ………失礼………ふむ、完全に気絶してますね」

 

 

ああ、既視感。

 

 

「………決まりですね。うちはコト選手、気絶により戦闘不能! 勝者、我愛羅選手!」

 

 

いろいろあったけど、こうして終わってみればいつも通り。

むやみやたらと無駄に試合を、観客も含めて引っ掻き回して引き延ばし、粘りに粘って大きな波紋だけを残した挙句、しかし結局は負ける。

そう、まさしくそれはいつもの事、いつも通りのコトだった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず感想とか評価とかはひとまず置いておいてよ………無事に終わってよかったわ」

 

「無事!? こんだけ無茶苦茶やっておいてどのあたりが無事!?」

 

「無事でいいでしょ? 皆ほとんど無傷で終わったんだから」

 

「………確かにカナタの言う通りかもしれない。なぜなら、チャクラの消耗はあれど、コトも対戦相手の我愛羅もこれといったダメージは皆無だからだ………」

 

「精々がコトのオデコにタンコブができたくらいか? ………ある意味スゲーなそれ」

 

「私としては実際に試合したときよりも精神的に疲れたんだけど………」

 

「よかったじゃない、被害が精神だけで済んで………巨大覇王花(キョダイラフレシア)起爆麝香猫果(きばくドリアン)の二大サイシュウ兵器がさく裂してたらこんなもんじゃなかったわ」

 

「何その社会的自爆忍術!? そんなのまであったの!?」

 

「………いやマジで実際ありえたのよね。砂の盾もさすがに嗅いは防御の対象外でしょうし………あ、ちなみにこのサイシュウは終わりって意味の最終じゃなく最も臭いと書いて最臭………」

 

「ええい説明せんでいいわそんなこと!」

 

試合が終わって緊張が解けたのかワイワイ騒ぐ下忍一同を余所に、上忍たちは思考を巡らせる。

実際のところ、コトの所業は「引っ掻き回した」の一言で済ませていいようなものではなかった。

 

(思考能力、洞察能力、知性や発想は良い意味で、身体能力と運動神経は悪い意味でそれぞれ下忍という枠組みから完全に逸脱してしまっているわね。それでいて性格的な“向いてなさ”はヒナタ以上………なんて極端な子なの)

 

(フィジカルに乏しいのは確かに残念だが、逆に言えばそれだけ頭脳面に特化しているともいえるか。弱点が明確な分、それをカバーできるチームと組めさえすればそれだけで存分に長所を活かすことができる………ヤマトが自信をもって推薦しただけはあるな………だがなぁ)

 

(同じうちはの天才でも、カカシのところのサスケ少年とはまるで違う。彼女は決して万能ではないし、なれない。自分の欠点をとてもよく理解していた。そして短所が分かれば長所が光ることも! 窮地に陥っても淀まない思考、揺らがない精神、諦めないガッツ。結果こそ残念だったが、それでも彼女の青春は間違いなく輝いていた!)

 

(ま、振り返ってみれば試合開始直後に我愛羅君がコトを侮って半ば放置したのが全ての始まりにして最大の悪手だった。そしてコトは言わば天然の『相手を油断させる天才』だ………ならこの結果はある意味必然といえるかもしれない)

 

(可笑しな言い草になるが………コトは負け試合の方が強いんだ。勝利を度外視して好き放題しだしたコトはある意味恐怖、砂の彼もそれを大いに体感したことだろう。試合には勝ったがその代償としてイビキ先輩が言うところの『命よりも重たいもの』を失ったと言える)

 

各々の見解は異なれど、最終的には全員がほぼ同じ結論にたどり着いた。

 

((((これが予選で本当によかった))))

 

 

(ある意味不幸中の幸いじゃったのう………木ノ葉にとっても、砂にとってもじゃ。いやはや、ただでさえ各国のバランスが不安定な今、本戦の衆人環視の最中で()()をやられてたらいろんな意味で大惨事になっとったわ)

 

 

 

試合が終わった後、同期の下忍とひとしきり話したカナタはやれやれと言った様子で手すりを飛び越えた。

そしてさも面倒くさそうに倒れているコトを背中に背負いあげる。

 

「本当に世話の焼ける………あ、担架とか別にいいですよ。私が医務室に運びますので。正直、コトには必要ないっていうかもったいないです。本当にただオデコぶつけただけですし………」

 

「いや、しかし………」

 

戸惑っている医療班をひらひらと手を振って拒否し、手際よく周囲に散らばった忍具やら調理器具やら洗濯用具やらを拾い集めていく。

フォローや事後処理によほど慣れているのであろう、カナタは最後に脱ぎ捨てられた巫女装束を拾い上げバサバサと適当に砂をはらって肩にかけて、そのまま試合会場から出て行った。

 

カナタがコトを連れて会場を後にして、予選最後の第11回戦、秋道チョウジとドス・キヌタの対決が始まり………ふと、ヤマトの脳裏に疑問がよぎる。

 

 

(………ん? そういえばカナタは医務室の場所を知っているのか?)

 

 

 

 

 

 

予選会場を出てしばらく廊下を歩き、ふと後ろを振り返る。

ついてきている人は誰もいない。

前を見る、誰もいない。

上を見る、誰もいない。

最後に耳を澄ます………人の気配は無し。

 

今、この場には誰もついてきてない………たぶん。

少なくともカナタ(わたし)の把握できる範囲においては見ている人はいないみたいね。

 

「………よし、やや強引になったかもだけどとりあえずはなんとか誤魔化せたかしら」

 

背中に背負っているコトの右腕()()がビクンと跳ねた。

コト本人は未だ気を失ったままのはずなのに右腕だけがまるで別の生き物のようにバタバタと暴れだし、青黒い痣のような呪印模様が腕全体に広がりさらには胴体の方に伸びていく。

 

「っ! だから私は巫女服脱いだのは悪手だって言ったのよ!」

 

っく、鎮まれコトの右腕!

正直な話をすれば、私は呪印(これ)がいったい何なのかさっぱりわかっていない。

解説してくれたコトですら推測どまりで詳しいことは分からなかったのだから、なおのこと私に分かるわけがない。

精々がこれは大蛇丸の細胞で造られたマーキングの一種で、放っておくと拒絶反応で死んでしまうか適合してそのまま大蛇丸に乗っ取られてしまうらしい程度のことしかわからない。

周囲にバレないように試合会場から連れ出したのも、はたけ先生が同じ症状であると思われるサスケ君に対してそうしていたから、私もそれに倣ってそうしただけでしかない。

 

ただ、不特定多数に見られるのはヤバいというのは何となく察せられた………木ノ葉の面々はともかくとして、少なくとも他里の人たち………特に“音”にこれを見られるのはとてもマズイ気がした。

 

もっとも、呪印(これ)を抜きにしてもとても医務室には連れて行かせられなかったでしょうけどね。

持ち物検査でワンアウト、身体の精密検査でツーアウト、目覚めた時の質疑応答でスリーアウト、人生サヨナラゲームセットが確定するわ。

叩いて出てくる埃の量が多すぎる………

 

(特に“あれ”がバレるのは絶対に避けないと。明かすにしても最初はヤマト先生か、呪印の対処法を知っているっぽいはたけ先生に後日こっそりってのがベストないしベター。私の判断は間違っていないはず………だといいなぁ)

 

何にせよバレた時、なんでもっと早く言わなかったんだってむっちゃ怒られそう………コトと次第によっては物理的に首が飛ぶかも………嫌だなぁ。

 

内心でそんなことを考えつつ、私はコトをその場に寝かし巫女服をかぶせる。

コトによって無茶苦茶な魔改造が施された巫女装束は、先の対戦で披露した忍具の口寄せ機能のみならず、サスケ君の首に巻き付けた呪符と同じ、呪印を封じる枷としての術式も施されているのよ。

 

「日頃の行いいいいぃぃぃいい!?」

 

暴れる右腕の呪印を封じる術式があったはずの、肝心かなめの右腕の部分だけ引き裂かれていた。

たぶん、我愛羅君の砂の手につかまれて空蝉で逃げた時に引っ掛けたのね………なんてこった。

 

それもこれもこの改造巫女装束がやたら多機能すぎるのがいけないのよ。

何故1つにまとめちゃったのか、せめて呪印の封印機能は別に分けておけばこんなことにはならなかったのに………性能を追求するあまり、実用性をどこかに置き忘れるのはコトの悪い癖ね。

そうこうしているうちに、呪印はどんどん広がりやがて胸、首、そして顔にまで到達ってマズイマズイマズイこうなれば試合会場にUターンしてヤマト先生をいやはたけ先生を連れてくるかでも間に合うか………とか考えていたら、突然コトの眼がカッと開かれた。

 

「っ!?」

 

右目の写輪眼が紅い光を放ち、呪印が再び右腕の方に押し戻されひいていく。

右腕はまるでどこかに助けを求めるかのように虚空に掌をかざし、その後パタリと動かなくなった。

役目を終えた右目も再び光を失う。

 

「………写輪眼に呪印を押し返すような機能あったかしら? ………いやそもそも写輪眼なの?」

 

なんか、いつもの巴模様とは違ったように見えたんだけど………なんかこうハートマークのような、もしくはクローバーのような………

いったいコトの身に何が起こっているのか、いや潜んでいるのか………腕といい目といい賑やかすぎじゃない? ………こんなところまで我愛羅君と似なくていいのに。

 

「………まあ、コトが目覚めたら勝手に調べて勝手に把握するでしょう。うん」

 

とりあえず今のところは見なかったことにしよう。

 




ちなみに、コトの呪印は最初から音にも、音と手を結んでいる砂にも筒抜けです。
つまりカナタが隠せたのは木ノ葉(特にヤマトとか。あの場にいた同期の面々は知っている)だけ………

いますよね~
中途半端に気を回したせいで、余計に事態をややこしくする人………



ともあれこれで予選編は終了。
閑話を挟んで、中忍試験本戦、木ノ葉崩し編に突入です。


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閑話 その4

年をまたいで二月。
遅くなりましたが今年もよろしくお願いします。


中忍試験予選を勝ち残った木ノ葉の下忍の1人、うずまきナルトは1か月後に迫る中忍試験本戦に向けて修行をするべく、カカシに紹介された特別上忍エビスと共に木ノ葉の里のとある温泉地を訪れていた。

チャクラコントロールの不安定さを指摘されたナルトは自称エリート家庭教師エビスの指導の下“水面歩行の業”に励んでいたのだが………

 

 

覗き(ハレンチ)は私が許しませんぞー! うぎゃー!!?」

 

「騒ぐなっての。………ったく、バレたらどーすんだってのォ」

 

エビス(ムッツリスケベ)が負けた!? なんだってばよあのオープンスケベは!?」

 

 

エビスはそこで出会った覗き男を成敗しようと挑みかかるもあっさり返り討ちにされ気絶。

なんやかんやで代わりに件の覗き男、自らを蝦蟇仙人と名乗る白髪の大男が修行を引き継ぐ流れと相成った。

 

「つまらんのォ。もっと苦戦するかと思ったが」

 

「へっへ~ん。いつまでも落ちこぼれじゃねーんだってばよ!」

 

自称蝦蟇仙人が見守る前で、ナルトは多少ぐらつきつつもしっかりと水面に立っていた。

初めてにしては上出来と言っていい。

 

(ずいぶんとチャクラのコントロールが安定しておる。不自然と言っていいくらいに。こいつ本当に九尾の人柱力かのォ?)

 

修行が順調すぎて蝦蟇仙人―――自来也としてはいささか腑に落ちない。

 

「………む!」

 

「ん? どうしたんだってばよエロ仙人」

 

「こっちに来てもう一度チャクラを練ってみろ。あと服脱げ」

 

「え?」

 

突然の蝦蟇仙人の剣幕にたじろぐナルト。

 

「………コトちゃんから聞いたことがあるってばよ。確かカエルってば種類によっては性別が………蝦蟇、仙人………ま、まさかエロ仙人って両方………」

 

「んなわけあるか! 儂は女は好きだが男は好かん! 気色の悪い邪推をしてる暇があったらさっさという通りにせんかい!」

 

脳裏をよぎったある恐ろしい可能性に慄きつつもナルトは素直に従い上半身裸になって印を結びチャクラを練る。

ナルトの腹部に術式が浮かび上がってきた。

 

(これが九尾の封印式か。ヘソを中心に四象封印が上下2つ、二重封印、八卦の封印式かの。四象封印の間から漏れる九尾のチャクラをこの子のチャクラに還元できるように組んである………この子を守るためだな、四代目(ミナト)よ。しかし、その八卦封印の隙間を塞ぐように五行封印が………五行………封印? いやなんじゃこりゃ??)

 

目をむいてナルトの腹に顔を近づける自来也。

ナルトの血の気が引いている事には気づいていない。

 

(基本の五行とは別に月の行が後から追加されて………疑似的な六行封印みたいになっとるぞ。奇数封印を八卦封印と同じ偶数封印に無理やり書き換えることでチャクラの安定化を図ったのか。押してダメなら引いてみろってか………封印を解除できないが故の苦肉の策………にしてはよくできているのォ)

 

八卦封印と五行封印、そしてそれらを後から書き換えた奴は皆別人だろうと自来也は推測。

 

(五行封印はまあ大蛇丸ってとこだろうがのォ。全体的に術式が荒い。あ奴は興味のない奴にはとことんまで手抜きするからのォ………そして月の行はたぶん子供だな。式に関する知識はあっても解除する力がない。文体からしておそらくは女子………それもこの子に気があるとみた。儂にはわかるぞ)

 

大蛇丸と並び称される伝説の三忍、自来也としての勘………ではなく。

18禁の恋愛小説『イチャイチャパラダイス』の作者、自来也としての勘がそう告げていた。

ナルトの腹に顔を近づけたままニヤリと笑みを浮かべる自来也。

温泉地なのに冷汗が止まらず顔色が真っ青になるナルト。

 

(月の行が挟まって歪んだ六行封印が封印術として不完全なのを逆に利用し………チャクラをせき止めるのではなく、八卦封印の隙間をさらに絞りチャクラのロスを抑える関として利用するとはな………水面歩行があっさり成功するわけじゃのォ。たとえ封印そのものを解除できずともできることをできる範囲で精一杯やろうという創意工夫の極地、いじらしい程の愛情と思いやりがにじみ出ておるわ………)

 

まるで自転車の補助輪みたいな術式だな、と自来也。

 

「よくできてはいるが、男の修業にこの補助輪(あまやかし)はちょいと邪魔だな」

 

「な、ななななな何の話だってばよ!?」

 

「お前はなかなかにモテるようだって話だ。ケッ! 大して男前でもないくせに! おい、バンザイしろバンザーイ」

 

「?」

 

何かと注文多いなコイツ、しかも言ってることが脈絡なさ過ぎて意味分かんねーし………と思いつつもナルトは言われるがままに上半身裸のまま両手を上げる。

自来也は顔に笑みを張り付けたまま背中に回した右手の指先にチャクラを込めて………

 

「少々勿体ないが悪く思うなよ………五行解印………改め、六行解印!」

 

「グボォ!?」

 

 

 

 

 

 

中忍試験予選が終わったその日の夜。

砂の忍び一行が滞在している、木ノ葉のとある区画、桔梗城の屋根にて。

 

 

「バ、バカな!? 砂は全て失ったはずじゃ………その姿は、お前はいったい!? ぐ、ぎゃあああああ!!」

 

 

音忍で唯一予選を勝ち残ったドス・キヌタは砂の我愛羅に夜襲を仕掛け、そして返り討ちにあっていた。

大蛇丸の命令を遂行するため、何より自分は単なる駒ではないことを証明するため、どうしてもうちはサスケと本戦で戦いたかったドス。

その確率を少しでも上げようとしたが故の行動だったが。

あまりにもあっけなく、どうしようもなく唐突に。

ドス・キヌタのちっぽけな、しかし本人にとっては大きな叛逆は誰にも知られることなくここで終わりを迎えることとなったのだった。

 

 

「………凄いですね。おまけにずいぶんと荒れている。まあ無理もないですが。なるほど()()我愛羅(かれ)の正体。多少の砂の有無などまるで関係がありませんね」

 

「しかし、いいのか? 奴は音の………」

 

「いいんです。ドス(かれ)はとうに用済みですから」

 

我愛羅とドスの、戦いですらない一方的な虐殺を眺めていたのは音の諜報員(スパイ)である薬師カブトと、砂の上忍であるバキである。

 

「うちはのガキどもの力を見る当て馬かと思っていたが?」

 

「いえ、もうその必要はなくて………実はサスケ君の誘拐を命令されたんですが失敗してしまいましてね」

 

「なんだと?」

 

 

そして、そんな彼らをさらに離れた物陰から観察している忍が1人。

 

(なぜ………薬師カブト(かれ)が砂と?)

 

木ノ葉の特別上忍、中忍試験予選にて審判を務めた月光ハヤテである。

ハヤテは上忍であるはたけカカシにいきなり薬師カブトの追跡を依頼され、理由もわからないままずっと監視を続けていた。

 

 

「ええ、僕が音の手先だってのもバレちゃってますよ」

 

「ならここでお前が俺と密会している事が木ノ葉(やつら)に知れれば! 木ノ葉を崩す計画も何もかも水の泡だぞ!」

 

 

そして今、判明した事実の想像をはるかに超える重大さに慄いていた。

軽々しく受けるべきではなかった、ちゃんと詳しい事情を尋ねるべきだった。

中忍試験本戦が始まるまでどうせ暇だし、なんて理由で受けちゃダメだった。

 

 

「………いやね正確に言うと………正体バレたんじゃなくて、バラしたんですけどね。あれで木ノ葉がどの程度動いてくるのか確かめたくてね。サスケ君を奪うのはそれからでも遅くありません」

 

「大蛇丸の右腕と聞いていたが、とんだうつけだな………しかし意外だな、うちはサスケの方なのか」

 

「おや? 砂としてはやはり我愛羅君を追い詰めたうちはコトの方が気になりますか?」

 

「ああもまざまざと見せつけられればな」

 

予選での奇悲劇(?)を思い出し、苦々しく顔をゆがめるバキ。

大蛇丸が欲してやまない血継限界、写輪眼。

あらゆる術理を見通す究極瞳術を戦闘、洞察ではなく、研究、解析に用いればどうなるか。

 

「思想や発想はさておき………あの小娘のあり方はある意味において大蛇丸の理想であり到達点だ………違うか?」

 

「………まあ、否定はしませんよ。おおむねその通りです」

 

予選においてうちはコトの所業は各方面に大きな波紋をもたらしたが、逆に言えば波紋程度で済んだのは件のコトがどれほどの天才でも本質的に世間知らずで何よりも根っこが善良だったからだ。

 

より経験豊富で、より頭脳明晰で、より悪意に満ちた存在が写輪眼を手にしたならば………

 

(もしそうなれば波紋ではなく激震として、この世界を揺るがすのでしょうね)

 

 

『私を止めたいなら………今サスケ君を殺すしかないわよ』

 

 

脳裏に浮かんだ大蛇丸の言葉が重くのしかかるも、決してそれを表情には出さず曖昧な笑みを浮かべてみせるカブト。

 

「ではなぜうちはコトを狙わない?」

 

「………いやはや改めて客観的に指摘されると実に惜しい。本当、彼女が()()()()()()最高の素体たり得たんですが」

 

「………生きていれば?」

 

「いえこちらの話です………っと、これが音側(こちら)の決行計画書です。我愛羅達(かれら)にも伝えておいてください」

 

あからさまにはぐらかされたことを理解しつつもバキはそれを指摘しなかった。

 

「まあいい。なんにせよ、砂はギリギリまで表には出ない。これは風影様の御意思だ」

 

 

(………なんということです)

 

物陰でずっと会話を盗み聞きしていたハヤテは戦慄する。

 

(内容も気になりますがそれ以前に………音のスパイと砂が密会している、それ自体がすでに大問題)

 

つまりそれは、木ノ葉と同盟関係にあるはずの砂がすでに音とつながっていたということを意味していた。

 

(とにかくこのことを早く火影様に知らせなければ………)

 

監視を切り上げ、すぐさまその場から立ち去ろうとするハヤテ。

しかし、その決断はいささか遅すぎた。

 

 

「ああ、あと………後片付けは私がしておきます。どの程度の奴が動き回っているか確かめておきたいので」

 

「………いや私がやろう。もともとそちらからの計画とはいえだ。砂としても同志のために一肌脱ぐくらいはしておきたい。なに………ネズミはたった1匹、軽いもんだ」

 

 

(っ!? 監視がバレている!)

 

ハヤテとバキが瞬身の術でその場から姿を消したのはほぼ同時だった。

なんとかこの場から離脱しようとするハヤテとそれを追うバキ。

 

(………………速いっ!)

 

「これはこれは試験官様、こんな夜更けにたった1人でどうされました?」

 

追走劇を制したのはバキだった。

純粋に速度で負けてしまっていた。

ハヤテは逃げられない。

 

(しかも自分以外に伏兵がいないことも見抜かれている………参りました)

 

「やるしかないですね………ゴホッ」

 

ハヤテは覚悟を決めて背中に背負った太刀を抜き、印を結ぶ。

影分身の術で3人に増えたハヤテが3方向から同時にバキめがけて斬りかかった。

 

―木ノ葉流・三日月の舞!

 

忍術と剣術を併用した秘技がバキの右肩を正確にとらえ………しかし刃がプロテクターにわずかに食い込んだだけで受け止められる。

 

「………何?」

 

「これが正真正銘本物の三日月の舞か………なるほど、あの下忍の使った“擬き”とはスピードもパワーも比べ物にならない。やはり木ノ葉の里は粒が揃っている」

 

「か、刀が抜けない?………」

 

ハヤテがどれほど力を込めても、刀はバキのプロテクターに食い込んだままビクともしない。

いや、それ以前に。

 

(この男は木ノ葉の忍剣術を知っている!)

 

ハヤテは瞬時に刀を手放して後退。

間一髪、ハヤテのすぐ目の前を見えない風の刃が薙ぎ払った。

 

「風遁! そしてこれは………砂の血継限界、磁遁ですか」

 

「ほう、よく気付いたな」

 

刀は変わらずバキのプロテクターにくっついたままだ。

 

バキはもともと我愛羅のお目付け役、監視役として選ばれた砂の上忍である。

それはつまり、もし我愛羅が暴走したとしてもそれを抑え込み無力化する何らかの手段、実力を有していることを意味していた。

 

(操砂を阻害する磁遁。防御をかいくぐる不可視の風遁………迂闊だった。予想してしかるべきだった。私としたことが不用意に仕掛け過ぎましたか)

 

「太刀筋は見事、しかし相手が悪かった。私にその剣は通用しない」

 

「………どうやら刃物、いえ金属製の武器全般が効かないようですね」

 

「かつて砂の傀儡部隊を壊滅させ、当時の部隊長『赤糸のジグモ』を討ち取った『木ノ葉の白い牙』、その剣術流派の対策を怠るはずがないだろう」

 

「………仕方がありません」

 

肩に食い込んだ刀を無造作に引き抜いて捨てながら、木ノ葉流剣術は全て対策済みだと言外に語るバキに、ハヤテは覚悟を決めた。

 

「既存の剣舞が通用しないのであれば………ついさっき覚えたばかりの最終奥義、そのぶっつけ本番といきますか」

 

「最終奥義だと? ………まさかあの七転八倒とかいうふざけた技を繰り出すつもりか」

 

バキはそのどこかで見たような流れに、そういえばこの試験官はあの意味不明なくのいちの兄だったなと思い出し嘲笑を浮かべる。

 

「バカめ、子供の考えた技だ。そも俺には実在の刃など通用しな………」

 

「いえ、そちらではありません。貴方も見ていたはず。順番で言えば七天抜刀は2番目、真の最終奥義はこちらです」

 

バキのセリフを遮ってハヤテは腰のポーチから巻物を取り出し、忍具を口寄せ。

出てきた武器? を見てさすがのバキも言葉を失った。

 

「いかな磁遁とはいえ、さすがにこれは吸着も反発も不可能でしょう」

 

「なっ!?」

 

ハヤテは呼び出した『竹刀』を手に取り、構える。

 

「実在する刃は受け止められる、なるほど道理です。では刃が存在しない場合はどうでしょうか?」

 

 

―木ノ葉流・限定奥義一竿風月

 

 

意味不明な妹が考えた意味不明な技が、妹以上の実力を兼ね備えた兄によって繰り出されて………

 

 

 

 

 

 

「えっ、ハヤテが意識不明の重体で病院に担ぎ込まれた!?」

 

「うむ、今朝がた倒れているのを発見されたそうじゃ。幸い命に別状はないようじゃが」

 

「まさか大蛇丸に………」

 

「いや、そうとは限らない。ハヤテがついていたのはおそらくカブトとか言う音のスパイ………」

 

「いやただの風邪らしい」

 

「………………はい?」

 

「なんでも、追手が凄腕の風遁使いじゃったらしくっての。逃げるために空気のない川に飛び込み一晩中川底を泳ぎ続けたとのことじゃ」

 

「「「………………………………」」」

 

「あ~うん。彼ってもともと風邪気味だったしね?」

 

「ま、あいつの場合、風邪はほとんど持病みたいなもんだけどな」

 

「………なんというか、あれですね。あの妹にしてこの兄ありというか」

 

「天才なのは間違いないんじゃがのう………」




閑話ではありますが、流れ的には普通に本編の続きですね。
何気に重要な伏線や重要でない伏線もちらほら………

バキの能力も捏造です。
原作ではこれといった見せ場もなく徐々に話の中心からフェードアウトしていくという漫画キャラとしてはある意味死ぬより壮絶な末路を辿りましたが、この二次創作ではどうなるやらです。


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中忍試験本戦編
53話


難産でした………
お待たせしました。


月光ハヤテが高熱にうなされながらも必死に持ち帰った情報は、木ノ葉の里上層部に激震を走らせた。

 

「そんな………砂がすでに大蛇丸と手を組んでいる!?」

 

「いや、ことは砂だけとは限らん。状況はさらに深刻じゃ」

 

「どういうことだ?」

 

ざわめく上忍たちの中央に座る三代目火影ヒルゼンにそう尋ねたのは、火影の御意見番の1人である水戸門ホムラだ。

 

「大蛇丸は1人で小国を落とすほどの力じゃ。さらに都合よく木ノ葉に恨みを持っとる。木ノ葉と敵対する意思のある国ならば欲しがらぬ道理はあるまい」

 

ホムラに対するヒルゼンの答えにまたしても一同騒然。

 

「まさか………同盟各国が大蛇丸と共謀して木ノ葉を裏切ると!?」

 

「ま、同盟条約なんて口約束と同じレベルだよ………かつての忍界大戦がそうだったように」

 

投げやりにそう吐き捨てたのは上忍のはたけカカシ。

その顔は諦観に満ちていた。

 

同盟があろうがなかろうが、戦争になるときはなる。

カカシに限らず、ここに集まった忍びのほぼ全員がそれを経験則で知っていた。

 

「じゃ、じゃあ中忍試験をすぐに中止して大蛇丸を………」

 

「いや、ダメじゃ。大蛇丸(あやつ)はわざわざアンコに正体を明かしてまで中止するなと直接脅しをかけて来ておる。この同盟国の忍びおよび要人たちが一堂に会する中忍試験をな」

 

「………あからさまに中忍試験中に仕掛けますって宣戦布告していますね」

 

「それにしても大蛇丸はどうやってこの木ノ葉に侵入を………まさか?」

 

「よせ」

 

まずい方向に転がりかけた議題を一声で切り捨てるヒルゼン。

ただでさえ敵が多いこの状況、疑心暗鬼で仲間割れをしてはそれこそ破滅である。

 

「とにかく、今は迂闊に動けん。下手に動けばそれこそ大戦に発展しかねん。余計な勘ぐりは止めじゃ」

 

「あるいは、それこそが大蛇丸の狙いやもしれぬ。すでに各国へ情報収集に暗部を走らせてはいるが………」

 

「何、儂は貴様らを信頼している! いざの際は木ノ葉の力を総結集して、戦うのみよ!」

 

 

 

 

 

 

会議が終わり、上忍一同が解散したその後、ヒルゼンの私室に1人の老人が姿を現した。

 

「手ぬるい対応だなヒルゼン」

 

顔の右半分を包帯で、右腕を布で覆い隠し、左手には杖という独特の風貌。

露出している左目や口元には何の感情も浮かんでいない鉄面皮。

火影の両脇を固める御意見番、水戸門ホムラとうたたねコハルと同じヒルゼンの同期メンバーの数少ない生き残り。

火影(ひかり)であるヒルゼンにとっての陰でありライバル。

木ノ葉の暗部を取り仕切る組織『根』の長、志村ダンゾウである。

 

「各国の動向は推測の域を出んが、少なくとも砂の裏切りは確定しておるのだ。なぜ先手をうたん? ………いやすでに先手は取られていたか。ハヤテが命がけで持ち帰った情報を無駄にするのか?」

 

「先に言った通りじゃ。それは得策とは言い切れん。先手だろうと後手だろうと戦争、いや大戦になった時点で木ノ葉の被害は計り知れん」

 

「すでに被害が出ておるのに何を悠長な………」

 

「ならばこそ、これ以上の被害は避けねばならん」

 

ヒルゼンの考える最善はそもそも戦いになることそのものを阻止すること。

なおのこと、こちらから引き金を引くわけにはいかなかった。

 

「幸い、砂はギリギリまで表に出ないとのこと。ならば主犯格と思しき大蛇丸を先に抑えることができれば………」

 

「砂の裏切りを………最初からなかったことに出来ると? くだらん理想論だな。実現不可能な理想論など妄言と変わらんぞ? 戦争そのものをなかったことにする? 馬鹿なことを言うな。戦争はすでに始まっている」

 

「それでも今動くのは悪手じゃ。砂の動向が明るみに出ていないこの状況下でそのようなことをすれば、同盟各国からは木ノ葉こそが先に砂を裏切ったと映るじゃろう。奴らに木ノ葉を攻める口実を与えるわけにはいかん」

 

「ボケたかヒルゼン? それとも表で光を浴びすぎて自分が何者であるかを忘れたか? 砂が忍びらしく陰から攻撃を仕掛けるならばこちらも忍びらしくするだけのことだろう」

 

「お主こそ地下深くに潜り過ぎて外の情勢が全く見えておらんようじゃな。各国の諜報力を、忍びを舐め過ぎじゃ。目を覚ますのはお主の方じゃダンゾウ。もはや木ノ葉は強国ではない」

 

戦争を有利に進めたいダンゾウ。

戦争そのものを阻止したいヒルゼン。

両者の意見はどこまでも平行線だった。

 

「………偉大なる先達の遺産を食いつぶしおってからに。そんな後手後手の甘い対応しかできんから木ノ葉は衰退するのだ」

 

「どこかの合理と短慮をはき違えた愚か者が裏で足を引っ張らなければもう少し力を維持できたんじゃがのう。うちはへの所業、儂は未だ認めておらんからな」

 

「決起したうちはと正面からぶつかり共倒れになるべきだったと? 馬鹿げた話よ」

 

「和解の道はあったはずだと言うておる」

 

「そのような危うい賭けに出られるか!」

 

「同胞を信じることのどこが危うい賭けだ!」

 

「それが隙だというのに………バカ猿めが!」

 

「なんだと!?」

 

売り言葉に買い言葉、気付けば両者の意見のぶつかり合いは口論になり、やがてただの罵りあいに発展する。

息を切らせ、唾を飛ばしながら罵詈雑言の応酬が続くこと数分。

ダンゾウは自己嫌悪で顔を歪めながら吐き捨てる。

 

「………ずいぶんと久方ぶりだ。これほどまでに何の実りもない………無駄な時間を過ごしたのは」

 

「確かに、お主と喧嘩をしたのはいつ以来だったか………だが決して無駄ではなかったのう。少なくとも儂にとっては」

 

「何?」

 

対するヒルゼンはいろいろ吐き出してすっきりしたのか、穏やかな表情だった。

 

「今のやり取りではっきりした。少なくとも、今のお主は大蛇丸と繋がっておらぬ。それが分かっただけでも十分じゃ」

 

「っ!」

 

ガタンッ! と小さくない音が部屋に響いた。

ダンゾウが持っていた杖を投げ捨て、憤怒の形相でヒルゼンの胸倉につかみかかる。

 

「これだから貴様は甘いというのだ! 疑いがあるならなぜ儂を拘束しない!? 儂を―――俺を野放しにする理由は何だ!?」

 

「先に言った通りじゃ。儂は―――俺は貴様らを信頼している………お前も例外ではないぞダンゾウ」

 

「―――っ!」

 

感情のままにヒルゼンを突き飛ばすダンゾウ。

ヒルゼンは穏やかな表情のまま受け身も取らずそれを受け入れた。

部屋の壁に激突し、衝撃で本棚からバラバラと書物が崩れ落ちる。

 

「………悪いことは言わん。考え直せ。このままだと死ぬぞ? 他の誰でもないお前がだヒルゼン。四代目亡き今、木ノ葉にお前の代わりが務まる者などいない」

 

「覚悟の上だ。それに代わる者ならいるさ。木ノ葉燃え尽きるとも火の影は里を照らし、また木ノ葉は芽吹く」

 

ヒルゼンのセリフにダンゾウは怒りをいったん飲み込み、私情を挟まずにヒルゼンの後を継いで火影になりえる人材を頭の中でリストアップする。

何人かの候補が浮かぶが………

 

「………自来也か? それとも綱手姫………」

 

「お前がいるだろうダンゾウ」

 

「っ!?」

 

ダンゾウの鉄面皮に再び憤怒が浮かびかけるが、寸前のところで堪えた。

 

「………お前の代わりなど死んでもごめんだ」

 

「………残念じゃ」

 

ヒルゼンが言い終わる前に、ダンゾウは放り投げた杖を拾い部屋から姿を消していた。

 

「………代わるではなく、超えるというべきじゃったか」

 

誰に届くこともなく、ヒルゼンのセリフは闇に消えた。

 

 

 

 

 

 

「どうして男の子って無理ばっかりしちゃうのかなぁ………」

 

「………そんなこと、女の私に聞かないでよ」

 

以上、入院中のサスケ君とリー先輩………とその他同期のお見舞いに木ノ葉病院を訪れた春野さんと山中さんのやりとりである。

 

偶然か必然か、空野カナタ(わたし)を含め木ノ葉の同期の新人下忍全員が一斉に受験した今回の中忍試験。

第1試験では中忍としての心構えを試され、第2試験では極限のサバイバルに挑んだ。

そして続く第3試験予選では実力確認と人数減らしを兼ねた参加者同士の個人戦。

それらを経て残すところ第3試験本戦のトーナメントのみとなった現在、私たち新人はその半数近くが重傷重体で入院することになっていた。

試験が物凄く過酷だったと考えるか、あるいは逆に1人も死者が出なくてよかったと考えるかは人によるでしょうね。

私自身の感想としては普通に辛かったわ。

課題の難易度以前にライバルが強すぎたし、頑張りすぎた………おまけに一部はまだ進行形で無茶を継続しているというのだからありえない。

 

リー先輩は禁術『八門遁甲』の反動でボロボロの身体でベッドを抜け出し、看護師さんの制止を無視して中庭で片腕立てを実行。

サスケ君に至ってはベッドどころか病院そのものから完全に姿をくらませてしまっていた。

ベッドは特に荒らされた形跡はなかったので連れ去られたとかではなく、明らかにサスケ君自身の意思で抜け出していることがうかがえる。

 

彼らの辞書にオーバーワークの文字はないのか。

春野さんが愚痴りたくなる気持ちもわかるというもの。

一体何を考えているのやら………いや、2人がどういうつもりで何をしているのかはこの際どうでもいいのよ。

 

この両者において最も疑問視すべきなのは『何故無理をするのか』ではなく『何故無理ができるのか』である。

 

「リー先輩………なんで動けるのん?? サスケだって呪印が………男の子の身体っていったい………」

 

「………そんなこと、女の私に聞かないでよ」

 

春野さんと山中さんと別れたその足で訪れたのはマイカゼの病室。

そこでリー先輩の所業を私から聞いたマイカゼはベッドに横たわったまま戦慄の表情を浮かべていた。

あの尻切れトンボな激闘の予選からほぼ1か月たった今でも、マイカゼはまともに身体が動かせずベッドから1人で抜け出せないでいる。

そうだよね、八門遁甲なんてしたら普通はそうなるよね。

 

はっきり言ってあの身体で動けるリー先輩やサスケ君はどうかしている。

 

「正直、こんな言葉で片づけたくはないんだけれど………努力の天才………ってやつのなのかしらね」

 

少なくとも肉体、メンタル方面においてリー先輩は天性のものを授かっているのでしょう。

常人では間違ってもリー先輩と同じ修業メニューはこなせないし、仮にこなせたとしてもほぼ確実に故障する。

 

「ああ、またそれか。結局それなのか………努力するのにも才能が必要ってもうどうしようもないじゃん………」

 

「………………」

 

憧憬やら嫉妬やら尊敬やらが複雑に入り混じったマイカゼのセリフに私は何も言えない。

 

ただ、私はリー先輩と比べてマイカゼが劣っているなんて毛ほども思わない。

才能はもちろんのこと、努力においてもよ。

実際予選でもマイカゼはリー先輩に勝てはしなかったけど負けもしなかった。

今のマイカゼを見て「お前がベッドから動かないのは根性や努力が足りないからだ」とか言う奴がいたら私がそいつを張り倒している。

努力が足りないから動かないんじゃない、動けなくなるほどに努力したから動けない。

マイカゼは十分に頑張ったわ。

 

そう、別に男の子に限った話じゃないのよ。

内臓ボロボロでも立ち上がったヒナタさんしかり、愚痴った春野さん自身しかり、春野さんと戦った山中さんしかり、女の子だって無理する時はする。

無茶は男の子の専売特許じゃない。

 

「リー先輩が羨ましいよ………ハヤテ兄さんもなんか風邪が悪化して寝込んでるらしいし、なんで月光(うち)の家系はこんなに虚弱なんだ」

 

「………………まあ、マイカゼはマイカゼにあったやり方で頑張ればいいじゃない」

 

ぶっちゃけた話、いち女の子としてはその食べても食べても太らないその体質がすごく羨ましかったりする。

隣の芝は青い、という話でもなくただただ純粋に価値観が違う。

どうにもマイカゼは………いや、マイカゼだけじゃなく体育会系の連中全般は努力することと無茶することをイコールで結びつけている節があるように思う。

 

「まあ、無茶をしなくても努力はできるでしょ。無茶しないように工夫を凝らすのもまた努力のうちよ」

 

「工夫………コトみたいに?」

 

「あれはさすがに極端過ぎる例かな」

 

無茶しかり、工夫しかり、限度あると思う。

 

「っと、話し込んじゃった。コトの方にも行かないと」

 

「そういえばコトも寝込んで入院してるんだったか」

 

「うん。怪我はないんだけど、疲れは溜まってたみたい」

 

表向きの理由はそういうことになってる、というか私がそう説明した。

実際のところ、寝込んでいる原因の半分くらいは右腕の呪印の所為なんじゃないかって睨んでいるわけだけど。

早いところはたけ先生に事情を話して解呪なり封印なりしてもらいたいところだけど、予選終了後のごたごたの所為で完全に話すタイミングを失っちゃったのよね。

 

「あと他に入院してるのは………ヒナタさんとリー先輩はもう行ってきたし、サスケ君はなんかいなくて、犬塚君はもう退院してるから、………残りはナルト君と秋道君かな」

 

全く、入院している同期がこうも多いんじゃお見舞いするのも一苦労よ。

 

「同期全員回るのか………なんだかんだでマメだな………ん? ナルトにチョウジ? その2人もなんか怪我したのか? 試験中に何かあったって話は聞かなかったけど」

 

「ナルト君は疲労だって。本戦に向けての修業に熱が入り過ぎたみたい」

 

「それはやり過ぎだ………」

 

「秋道君はお腹壊したらしいわ。焼肉屋さんでサバイバル試験中に食べ損ねた分を取り返そうとしたそうよ」

 

「それは食べ過ぎだ………」

 

恐るべし、彼が焼肉屋さんで食べきった肉の量は脅威の15人前。

サバイバル試験は5日間だったから単純に考えて1日あたり3食計算。

秋道一族は朝昼晩欠かさず肉を食うらしい。

限度を知らないにも程があると思う。

 

「いやホント、どうして男の子って無理ばっかりしちゃうのかしらね………」

 

「………そんなこと、女の私に聞かないでくれ」

 

 

 

 

………と、ここで話が終わっていれば男子ってみんな無理しまくりだな~で済んだのだけれど。

マイカゼのお見舞いを終えたその足でコトの病室を訪れてみれば。

 

「………………31点」

 

「あらら赤点………やっぱりありあわせの札じゃダメですね」

 

そこにコトの姿はなく、代わりにいたのはコトに化けた式分身(札を用いた影分身)。

 

「とりあえず本体(オリジナル)からの伝言です。『カカシ先生に呼ばれたからサスケ君の修業を手伝ってきます。探さないでください』ですって。サスケ君と一緒に写輪眼の扱いを本格的に教えてもらうそうですよ」

 

お前もかコト。




ナルト世代は皆そろって無理しまくり。


そしてついにダンゾウ登場。
ぶっちゃけた話、無茶苦茶扱いに困るキャラクターです。

原作で最初彼を知った時は、木ノ葉のため木ノ葉のためとやることなすこと全部裏目に出る物凄いツキのない奴という印象でしたが。
よくよく考えたら彼の企みが裏目に出ずうまくいった場合、その成果は闇に葬られるから描写されないんですよね………そりゃ明るみに出るのは失敗譚ばかりになるわと。

野心溢れる人物でもありますが、その根底にあるのはヒルゼンへのライバル心であるが故に譲ってもらうのでは意味がない、火影になるのはあくまで手段であって目的そのものではない………と解釈した結果。
ヒルゼンとのやり取りはこうなりました。

いろいろと疑惑が付きませんが現時点では本当に大蛇丸とは繋がっていない、としました。


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54話

ものすごく遅れました。
投稿間隔をあければあけるほど、新規の投稿が怖くなっていく………



中忍選抜試験本戦、当日。

その日の木ノ葉隠れの里の門は全開、試験会場には豪奢な神輿に担がれた他里の忍びや大名たちが続々と集まってにぎわっている。

 

「ねえ、やっぱり素直に車イス使うべきだったんじゃない?」

 

「嫌だ。ただでさえ寝たきり生活で身体がなまってるのに………」

 

「それはなまってるんじゃなくて弱ってるっていうのよマイカゼ」

 

カナタの再三にわたる忠告を受けながら、それでもマイカゼ(わたし)自身の足で試験会場に向かうことにこだわった。

松葉杖をつきながらよろよろふらふらと我ながら危なっかしいことこの上ないが、それでも私は自分の足で歩きたかった。

 

「下手に無理するとかえって入院期間が延びるわよ」

 

「だってぇ………だってリー先輩が」

 

「幼児か」

 

いのの呆れ交じりの忠告もサクラの短いツッコミも正論だ。

どうやら肉体的にだけじゃなく、精神の方もだいぶ弱っているらしい。

つくづく八門遁甲の反動は大きかったのだなと実感する。

 

全力の勝負だったんだ、やったこと自体に後悔はない。

ないが………それでもやはり意識せずにはいられないこともあるわけで。

 

「よし! 行くぞリー! まずはベストな席の確保だ!」

 

押忍(オッス)!」

 

ふと隣に視線を向ければ、見るからに元気が有り余って爆発している熱血師匠とその弟子の姿が。

2人は会場に入るとすぐさま最前列の席を確保するべく駆け出す。

走るリー先輩の手には当たり前のように松葉杖はない。

あれが私と同じ重体患者の姿なのだろうか。

この差はいったいなんだ?

 

「マイカゼ、無理はダメですよ。あとリー先輩と比べるのも。根本的に体の構造が違います」

 

「それは………そうなんだろうけどさぁ」

 

「他人は他人、自分は自分です。意識しちゃうのは分かりますが………」

 

そういって困った顔を浮かべているのはコト―――の分身だ。

式分身という、影分身と同じく実体と自我を有する分身の術らしいが詳しい理屈は分からない。

当たり前のように私たちと行動し、会話に混ざっても違和感は覚えず。

おそらく、カナタに教えられなかったら私はずっと気づけなかっただろう。

 

木ノ葉病院のベッドを抜け出したあの日以降、サスケと一緒にいるらしいコトの本体(オリジナル)はずっと姿を見せていない。

 

 

 

 

 

 

「えー皆様この度は木ノ葉隠れ中忍選抜試験にお集まり頂き、誠に有り難うございます!これより予選を通過した8名の『本選』試合を始めたいと思います。どうぞ最後まで御覧下さい!」

 

 

結局サスケは時間になっても会場に現れることはなく、火影様が本戦開始を宣言してしまった。

 

「………サスケ君、まだ来てないわね………」

 

「音隠れのドスって奴もいないな………なんかあったのか?」

 

予選を通過した下忍の人数は9名。

しかし、火影様の宣言した人数は8名。

さらにこの場に並んだ受験者の人数は7名。

ものの見事に数が合っていないな。

 

「何かあったといえば………心なしかデカくなってない? あの我愛羅の背中のひょうたん」

 

「大きくなってますね」

 

サクラの言う通り、我愛羅の背中のひょうたんが大きくなっていた。

1か月前の予選の時はしっかり見ていなかったが、それでもあの時と比べると倍はありそうに思える。

より砂の量と手数を重視したということなのだろうけど、重くないのかな。

思わず注目しているとそれに気づいたらしい我愛羅が私たちに視線を向けて………いや、より正確には隣のコトを睨みつけていた。

 

巻き込まれるのはゴメンだとばかりに思いっきりコトから距離をとるいの。

 

無理もないと納得顔で頷くサクラ。

 

ニコニコと我愛羅の殺気を笑顔で迎え撃つコト。

 

コトの眩しい笑顔の圧にそっと目をそらす我愛羅。

 

………ときどき、コトって実はさいきょーなんじゃないかって錯覚する時がある。

 

「いったい何やらかしたんだ」

 

「なんで私が何かやった前提なんですか………いやまあ実際その通りなんですけど。さすがにやりすぎちゃったかなぁ………」

 

一応自覚はあったらしい。

 

「いやでも加減する余裕なんて全然なかったし………ううん大丈夫でしょうか………木ノ葉の病院にも1度訪れたそうですけど」

 

「まあ、互いに全力を出した真剣勝負の結果そうなったのなら、今更気にしても仕方がないか」

 

仮に後遺症があったとしてもそれは受け入れるほかないだろう。

我愛羅もその覚悟はできているはず。

後は試験に響かないことを祈るばかりだ。

 

 

中忍試験本戦はシンプルに実力を競う個人戦トーナメントだ。

対戦者のどちらかが命を落とすか負けを認めるまで戦うが、審判が見て決着がついたと判断した場合はそこで止める。

予選とほぼ同じルールだが屋内ではなく屋外での戦いであることが大きな相違点だろう。

天井はなく、広さも段違い、石畳ではなく土の地面で外周には木まで植えられている。

この環境の違いが戦いにどう影響するか。

また試験の合否は勝敗の結果そのものではなく、試合の内容を見て審査員の人たちが絶対評価をつけるらしい。

トーナメントに勝ち残れば評価される機会が増え、そこで中忍相応の実力があると判断されたら例えその人が一回戦で負けていても中忍になれるというシステム。

つまり、本戦に勝ち進んだ全員が中忍になるかもしれないし、逆に1人もなれない場合もあるわけだ。

 

そして肝心のトーナメントの組み合わせだが。

 

 

「少々トーナメントに変更があった。自分が誰と当たるのかもう一度確認しておけ」

 

病欠のハヤテ兄さんに代わって審判を務める不知火ゲンマさんがトーナメント表の書かれた紙を参加者に見せる。

 

シカマルの表情に困惑が浮かんだ。

その表には予選を通過して、シカマルと戦う予定だったはずの音隠れの下忍ドス・キヌタの名前がなかった。

もしや遅刻で失格扱いか………いや、サスケの名前はあるので、どうやらドスは本当に棄権したらしい。

 

「よかった。サスケ君が失格にならなくて………」

 

「だけど、試合に間に合わなかったら結局は同じだ。分身コトは本体のこと何かわからないのか? 確か一緒にいるんだろう?」

 

「さあ? 今の私は完全にスタンドアローン状態なので」

 

「仮に本体に何かあったとしても何もわからないって事か」

 

本体(オリジナル)との繋がりはほとんどないらしい。

病院で呼び出された時からチャクラの供給もなくずっと………正直、私は術の詳しいメカニズムとかはさっぱりわからないのだが。

影分身の術というのはここまで長期間持続するものなのか、いや、させていいものなのか。

もはや私には“このコト”が偽物ではなく自我を持った………いや、やめよう。

考えてもどうせわからないことだし、仮に分かったとしても仕方のないことだろうから。

 

「………ねえ、何の話?」

 

「分身? ここにいるのは本体じゃないってこと!? 本物のコトはサスケ君と一緒にいるの!?」

 

あ、サクラといのにそのことを話すのをすっかり忘れていた。

当然のごとく猛烈な勢いで詰め寄ってくる2人。

特にサクラは鬼気迫る勢いでサスケは今どこで何をしているのか体は大丈夫なのかと質問をぶつけてくるが私も分身のコトも詳しいことは何一つ答えられない。

私はカナタからのまた聞きだし、このコトは先に言った通り本体とは独立した分身だ。

つまり、詳しいことは何もわからない。

精々がコトとカカシ先生とサスケが揃って秘密の特訓をしているらしいということだけだ。

 

「何で黙ってたのよ!?」

 

「むしろなんでサクラさんは知らないんですか? 私はてっきり担当上忍のカカシ先生から直接話を聞いているものとばかり………」

 

「…………………」

 

コトの言葉にサクラの顔が凍り付いた。

ズーン、という擬音が聞こえてきそうな勢いで膝を抱えてうずくまる。

………え? 本当にサスケもカカシ先生も黙って行っちゃったの?

 

「………き、きっとあれだ! サクラには心配をかけたくなかったとかそういう………」

 

「その逆に辛くなるド下手クソなフォローをやめろぉ!」

 

「すみませんねド下手クソでホントに!」

 

どうせ私はおバカな口下手だ………なんで私がコトやサスケの事でこんなに気を使わなきゃいけないんだ。

そもそもこういう口八丁はカナタの担当だったはず。

 

「………カナタ?」

 

ふと、カナタの方を見てみれば何やら様子がおかしかった。

さっきからずっと口数が皆無で何事かと思えば、目を見開いたまま固まっている。

視線の先には貴賓席の火影様………いやその隣の風影様か?

 

「(なんであの時の………影武者? ………見なかったことに………いやいやいやさすがにダメでしょそれは)」

 

「風影様の顔がどうかしたのか?」

 

「ど、どどどどうもしないわよ!??」

 

いったいどうしたカナタ。

 

「あ、私ちょっと用事を思い出したわ」

 

「え、もうすぐナルト君とネジ先輩の試合が………」

 

分身コトの戸惑ったような声にも耳を貸さず、あからさますぎる言い訳を残して足早に行ってしまったカナタ。

本当にどうしたっていうんだ? ………。

 

 

 

 

 

 

「間が悪い………気づいたのがもう少し早かったらガイ先生が近くにいたのに………とにかく誰か大人に、上忍の先生に知らせないと、ヤマト先生はどこかしら………キャッ!?」

 

「ああ、失礼」

 

「いえこちらこそ前をよく見てなくて………ってそのお面、暗部の方ですか? ちょうどよかっ………じゃない!? その声は!」

 

「………本当、優秀過ぎるのも考え物だね。君もそうは思わないかい?」

 

「薬師カブ―――」

 

 

 

「―――さて、どこまでがあの方の想定内なのか。どうせすぐにバラすから放っておいたのか、はたまた僕がここでこうすることも計算のうちなのか」

 

 

 

 

 

 

「運命がどーとか、変われないとかそんなつまんねーことでめそめそ言ってんじゃねーよ。お前は俺と違って、落ちこぼれなんかじゃねーんだから」

 

「勝者、うずまきナルト!」

 

 

結局、カナタはナルトとネジ先輩の試合が終わっても戻ってこなかった。

せっかくいい試合だったのに一体どこで何をしているのやら。

 

「五行封印・改(仮)がない………消えてる? いや開印術? しかし八卦の封印式は手つかず………まさかナルト君が自力で? いやさすがに不可能………ではいったい誰が? でもあの九尾のチャクラは」

 

そしてコトは何を言っているのやら。

頭いい奴の言動は本当によくわからない。

 

観客席の最前列ではリー先輩が感極まった叫びをあげて泣いていた。

戦った2人への純粋な称賛、自分がそこにいけなかったことへの悔しさ、しかし絶対に追いついて見せるという決意、それらの感情が無茶苦茶に入り混じった慟哭だった。

 

無理もない、私から見てもナルトとネジ先輩の対戦はそれほどの名試合だった。

 

正直な話をすれば、ナルトが勝つなんて思っていなかった。

実際1か月前までのナルトだったらあのネジ先輩に全く勝ち目はなかっただろう。

しかし、ナルトはこの1か月で大きく化けたようだ。

 

点穴を突かれて止められたチャクラを気力と根性で強引にこじ開け、波の国でも見たあの(あか)いチャクラを今度は暴走させることなく見事にコントロールし、諦めない執念と気迫が死角のないネジ先輩に心の死角を作りだしてみせた。

影分身を囮に地面を掘り進んでの地下からの奇襲の一撃は本当に痺れた。

 

もともと根性と体力は抜きんでていたナルトだ。

そこにチャクラのコントロールという技を身に着けて、心技体揃いつつあるということなのかもしれない。

 

 

「やったー! ナルトが勝ったー!」

 

「すごかったぞー!」

 

「よくやったぁ!」

 

 

そして、心動かされたのはどうやら私だけじゃなかったようで。

試合を見ていた観客の全員がナルトに称賛の拍手を送り、会場は万雷の喝采に包まれた。

当然、私も惜しみなく拍手を送り、コトもまた満面の笑顔でナルトを称賛した。

当初こそしきりに首をかしげていたものの、はしゃぐナルトを見ているうちに消えた術式云々はど~でもよくなったようだ。

 

というか、ナルトは元気にはしゃげるんだな。

ヒナタから食らったことがあるからわかる。

柔拳ってまともに受けるとめちゃくちゃ痛いはずなんだが。

内臓を鍛える方法があるならぜひ教えてほしい。

 

 

「………悔しいなぁ」

 

 

 

しかし、中忍試験は盛り上がった空気のまま可笑しな方向に進み始めた。

次は今回の中忍試験最大の注目カードであるサスケと我愛羅の対戦………のはずだったのに肝心のサスケが姿を見せず後回しに。

 

続く蟲使いのシノと傀儡使いのカンクロウの対決は何故かカンクロウが棄権を宣言、結果シノの不戦勝となった。

 

試合は流れに流れて、ようやくまともになったのは影使い奈良シカマルと風使いテマリの対決。

シカマルはいつも通りやる気のなさそうな様子で、対するテマリは何やら気が立っている模様。

この試合もすぐに決着かな………と思いきや。

意外や意外、太陽、天候、影、障害物、地形、それらすべてを駆使した複雑怪奇な頭脳戦を繰り広げた。

先の試合に勝るとも劣らない名試合だったと言えるだろう。

そのあっけない結末を除けばだが。

 

「だから言ったでしょ、ギブアップするって。いのはシカマルのこと何も分かってないねー」

 

「あ~もったいない何で~!? 中忍になれるチャンスだったのに!」

 

「あいつはあいつだよ」

 

訳知り顔でいのにそう語るのは観戦に途中から加わったチョウジ。

いのはそれでもしばらくは納得いかない様子だったが最後には「まあ、シカマルらしいか」と苦笑を浮かべる。

 

そのやりとりにはチームメイトに対する深い理解と信頼を感じ取れた。

………なるほど、第10班はこういうチームなのか。

 

「こういうの好きですよ私。ラストは締まらなかったですけど」

 

「お前がそれを言うかコト」

 

「いや、アンタも人の事言えた口じゃないでしょマイカゼ」

 

「あれは仕方がなかったし………そ、それにしてもシカマル君の戦術は見事だったな!」

 

「………そうですね。まさかナルト君が掘ったトンネルまで活用するなんて」

 

「………というかこれ、試合が繰り上げされなかったら普通に勝ってたんじゃ?」

 

「少なくとも序盤の時間稼ぎの工程は確実に省略できてたわね」

 

「確かにいのさんの言う通りかもしれないですね。シカマル君の使う奈良一族秘伝の影の術はその性質上、日の傾き具合で射程が大きく変動しますから」

 

「日が暮れて暗くなるほどに利用できる影の領域が増えて、第2試合、準々決勝、決勝と勝ち進むほどに有利になっていたかもってこと? ………つくづくギブアップがもったいない~」

 

「まあ、たらればの話をしても仕方がないけどさ」

 

「あくまで重要なのは内容であって勝敗は二の次だから、チャクラが尽きた状態じゃ勝ち進む意味がないと判断したのかもですよ」

 

「判断早すぎじゃない? もうちょっとなんかなかったの?」

 

コト、いの、サクラと頭脳派が揃うとなかなか会話についていけなくて少し寂しい。

なおチョウジはそんなこと全く気にせずポテチを貪っている。

あ、ナルトが観覧席から飛び出してシカマルに物凄い勢いで文句言っている。

言いたい事いろいろありそうだなぁ………

 

 

 

………ふと、私は会場の真ん中を見つめた。

熱気、あるいは圧のような。

何かが来る、そんな予感がした。

 

「………ん!?」

 

「あれは!」

 

試合会場に突如発生した旋風。

舞い飛ぶ木ノ葉の中から姿を現したのは―――

 

「いやー、遅れてすみません」

 

困ったように笑うカカシ先生。

 

「ひゃわわ、エライ場所にエライタイミングで出ちゃいました………」

 

うろたえた様子の、おそらくは本物のコト。

 

「………………名は?」

 

「うちはサスケ」

 

そしてふてぶてしい表情のサスケ

 

ようやく、ようやくだ。

この中忍試験の最後の受験者が登場した。

 

 

 

 

 

 

「………ってかなんであんな場所に?」

 

「たぶん時空間忍術の座標がズレた………いえ、ズレなかったせいですね。試験会場に直接飛ぼうとして、本当に会場のピッタリど真ん中に出ちゃったんですよきっと」

 

「ドンピシャ………優秀過ぎるのも考え物だな」




次回はサスケ対我愛羅ですね。
そして次回が中忍試験本戦編の最後になりそうです。


本戦にオリキャラが参戦せず原作と変わらない部分を飛ばすとどうしてもこうなってしまいます………その分サスケの戦いはがっつり流れとか変えていきたいところ。


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