ONE PIECE~白夜の海賊団の航跡~ (ATA999)
しおりを挟む

門出

偉大なる航路(グランドライン)前半部、通称≪楽園≫。

東西南北四つの海からやってくる者達が、自分達の腕を頼りに旅を始める舞台となる航路である。そこにはスタート地点である巨大な山、リヴァースマウンテンから始まる通常7つに分かたれる航路があった。そのいずれもから外れた場所に浮かび、その場所のみを指し示す特殊なコンパスである≪永久指針(エターナルポース)≫でしか赴けない、人によって大きいとも小さいとも取れる島があった。険しい山に周囲をグルリと囲われた島の中心には小さな町のような雰囲気を漂わせており、唯一ある狭めの入口から奥まった場所にある入り江には、桟橋の先に一隻の立派な船が窺える。

 

僅かに宿る胸中のモヤモヤを吐き出すように、一つ溜息を吐く。

見ればキラキラと、燦々と降り注ぐ陽光を跳ね返して海面が光り輝く。自身が乗る船に寄せては返す波を眺め、そして後ろ向きに手すりへ両肘をつき天を仰ぐ。信頼もあり、気の置けない者達ばかりである。とはいえ、やはり500名ばかりいる船員達を副船長として日々指揮していくというのは隠せない重圧と言うものがある。

 

彼、アルヴィンが乗っている船はとても巨大な船であった。多少の乗り降りはあれど、常時500名前後の船員達が日々を過不足なく暮らしていくこの船は、むしろ船長を王とした小さな国とでも呼べる代物と言えよう。副船長の自分でこうなのだ、その上に立つ船長たる存在は一体どんな重圧に耐えているのだろうか。

 

「副船長、主要天体(プラネット)の方々をお迎えする準備完了しました! チェックの方を宜しくお願いします!」

「あいよ、分かったッスー」

 

 

そんな事を、空を往くカモメを見るともなく見ているとアルヴィンへ声が掛かった。海賊団創設から付き従ってくれている、古株の男だ。未だに癖が抜け切れないのか直立不動で海軍式の敬礼を行ってくる。その度に苦笑いを浮かべ直すよう言っていたのももう過去の話である、その頑固さは一味でも1・2を争う。ちょっとした揶揄も込め、仲間達からは≪軍曹≫などと言われている。

 

アルヴィンは、姿勢をそのままに甲板をチラリと見やる。

準備、と言ってもそんな大層な物では無い。精々が自分達≪白夜の海賊団≫最高幹部達の座る豪奢な椅子を、甲板の真ん中へグルリと円を描くように配置するだけである。後は、集まった際に他の船員全てがその周囲にズラリと並べば場は出来る。海軍の船だったと言う元々の名残から作戦会議室のように少数で顔を会わせて行える部屋もあるし、自給自足をしている島の中にはそれなりに立派な建物もある。だが、密室で行うよりは普段別行動をしている幹部を見る事で、部下に何かしらの感情を抱かせる事も出来るだろうとの狙いから、衆人環視の元で行おうと決めたのだ。これもまた、人心掌握の一環であった。

 

「……お、早速キタっすね」

 

手でひさしを作りアルヴィンが眺めた先には一隻の船がやってきていた。中々に大きい、今自分が乗るこの≪オールト・クラウド号≫とほぼ同等の大きさを誇る船がやってきた。

 

程なくして、横に接舷させたその船から全身に見るからに頑強そうな黒鎧を纏わせた7mはある大男がやってきた。

 

「おひさーッス、ラグっち。元気だったッスか?」

「…………(コク)」

 

一切言葉を発さず頷きだけをアルヴィンへと返す。

その見るからに威圧的な風貌とは裏腹に、白夜の海賊団でも一二を争う程に心優しい寡黙な大男は白夜の海賊団最高幹部たる主要天体(プラネット)≪木星のラグパルド≫その人であった。

 

「ラグパルド殿は、『元気だったよー』と仰っているのれす!」

 

ぴょこりと、ラグパルドの肩の上から顔を出したのはやや鼻の長いトンタッタ族の少女であった。名をエイネ、ラグパルドの軍師を自称している。小人族とも呼ばれる少数民族のこの少女は、かつてある出来事からラグパルドと出会い意気投合し仲間となったのである。色々と詳細は入り組んだ事情があるようなのだが、流石にアルヴィンとしてもそういったデリケートな問題に土足で踏み入る訳にもいかないので詮索はせずにいた。人柄が信頼できるのであればそれでよい。

 

「いや、まぁ流石にそんなフランクな喋り方はしてないと思うんスけど……」

 

実際に喋ったところをほぼ知らないため否定も出来ず、煮え切らない様子でポリポリと頬を掻くアルヴィン。

それなりに長い付き合いなのになぁ……などと考えていると、そこに一隻の見慣れぬ船が新たにやってきた。

≪オールト・クラウド号≫に比べ二回りは小さいごくごく平均的な外観の船から、小舟に乗って現れたのは一人のメイド服姿の女性であった。

 

「皆さマ、ご機嫌麗しゅう」

「おー、アルファっちも麗しゅうッス」

「麗しゅうなのれす!」

 

邪魔にならぬよう茶髪を後ろで纏め上げ、カクリカクリと、どこか洗練のされていない人形染みた動きで以て挨拶を行う彼女は、ともすれば海賊の船には似つかわしく無いように思える。

 

主要天体(プラネット)≪金星のアルファ≫、彼女もまた歴としたこの海賊団の最高幹部であった。

 

「見慣れない船だと思ったら、どっかの海賊船奪ってここまで来たんスね。前のはどうしたんスか?」

「以前お会イした際にワタクシが乗っておりました≪アルテミシアの涙号≫は、ザンネンながら海王類に遭遇シた際に座礁してしまった、ノデ」

「ありゃあ、そりゃ災難だったッスねー」

「それでお一人で海賊船を襲い、船を奪取した訳なのれすか! 流石の手並みれす!」

 

一人で、といったエイネの言には根拠があった。白夜の海賊団に8名いる最高幹部である主要天体(プラネット)には、それぞれを船長とした海賊団がいるのだが、唯一この≪金星のアルファ≫のみ単独で行動を続けるのが常なのだ。

 

「いえイえ、それ程でもあるのでごゼーますが」

「あるんスか!?」

 

そこは謙遜するべき場所では無いのだろうか。

 

「事実ヲ事実として受け止めルところから、人の成長は始まりユくもの……」

「おぉー、素晴らしい格言なのれす!」

 

(……まぁ、女性陣が楽しそうなので良しとしよう)

 

やや達観した様子でアルヴィンは笑みを浮かべる。先程から物々しい置物と化しているラグパルドの方を見ると、僅かにコクリと頷いていた。きっと鎧兜の中では彼も微笑んでいる筈である。多分。きっと。

 

「でも潜入任務の最中なのに、こっちに来てよかったんスか?」

「今は任務が入っておりマせんし、それにボ……私の潜入に当たっテの協力者が、アリバイ作りに協力をしてくれていまスので」

「ははぁ……また随分と仲良くなったんスねぇ」

「――いよォ。何とか、どん尻は免れたってェとこかねェ……?」

 

ヒラリと、下にある小舟から身軽に船の桟に着地したのは、和服を着た壮年の男であった。左の腰には二振りの同程度な長さの刀が、髪形はちょんまげでは無くそれなりに長い赤みがかった黒髪を乱雑に紐で纏めて流していた。

 

主要天体(プラネット)≪火星のゴロウザ≫。それがこの強者に与えられた呼称であった。

 

「おお、ゴロウザさん。お久しぶりッス!」

「ケッ、野郎から嬉しそうにされたってェ嬉しくもなんともねェなァ」

「ちょ、そりゃねぇッスよぉ! オレ、傷付いたッス!」

「アルヴィン副船長、傷付いタ数だけ男は強く逞しくナれるのでは無いカト」

「こんな傷つき方は御免ッス!?」

「カカ、相も変わらず騒々しいねェここは」

 

不精髭を生やした顎を懐手をした右手で撫でるゴロウザから手酷く振られながらも、アルヴィンは笑みを浮かべる。

 

実のところ本人は気が付いていないのだが、ゴロウザが懐手をするのは気の許せる人物が傍にいる時だけなのである。おそらくは武器を出すのが遅れてしまうからだろうが、その事実を踏まえると、自分達の事を信頼してくれていると体で表してくれているようで何とも面映ゆい。

 

その風体通り剣術の達人たる彼は、多くの門弟を抱えていた。彼の指揮する≪火星海賊団≫は、ほぼ全員が彼の門弟という訳だ。100人前後という人間達が慕うだけのナニカを持ち合わせているという事だ。……でなければ、むさ苦しい門弟全てがむさ苦しい師範に口汚く罵られるのを良しとするむさ苦しい者達という事になってしまう。むさ苦しい。

 

いずれにせよゴロウザと言う人物は、時に道理や渡世の世知辛い決まり事を無視してまで困っている人を助ける事もある、実は男気に溢れた義侠の男である。それらを加味すれば、少々の口汚さなど可愛げ以外の何物でも無い。

 

「何だァ、腑の抜けた面で。オレッチの顔に何ぞ付いてんのかァ……?」

「いや、何でも無いッスよ」

 

言えばたちまち叩き斬られる事となるのは明白なので、決してそんな事は言わないのだが。

 

「それでェ……? 後来てねェのは誰なんでェ、それともこれで全部なのかィ」

「ええと……天王星さんと海王星さんは、いつもの如く外部協力者ッスからここには来ないッスね。近辺の治安維持に徹してもらってるッス。それからエドさんは、最近西の海で少し厄介な海賊団との抗争で手が離せないそうッスから……えー後は」

「土星のエドゥアール様は来られないのデスか……惜しい方を無くされまシた」

「いや死んでねぇッスよ!?」

「楽園ですらねェ四つの海でエドの字が苦戦たァな、時たま出てくるイキの良いルーキーってとこかい?」

「いやぁ……ファイアタンク海賊団って言って、船長は≪ギャング≫ベッジって言う中年の男ッス。長年、陸の方で生計立ててたみたいッスけどねぇ」

「軍師エイネの考えとしては、海に出ても通用出来るだけの新たな戦力か、それとも悪魔の実でも手に入れたと考えるのが納得のいく意見なのれす!」

 

まぁそんなトコロだろうとアルヴィンも考える。いずれにせよ、土星海賊団からの報告に救援を求める旨が無い以上、そこまで大したものでは無い筈だ。

 

「後は、メロっちだけッスね」

「あァ、あの姦し娘かい。オレっちはどーも苦手だねェ……女はもう少し静かにした方がいい」

「むむ、ゴロウザ殿! それは一体全体どういう事なのれすか! 雄弁で以て万兵に語り、諫言で以て主を諌める軍師として、それは少々聞き捨てならないのれす!」

「エイネ、ゴロウザ様もよもヤ本気でそう言っている訳ではありませン。程度の差こそあれド、女性がお喋り好きであリ、完全ニ静かな女性などいナいと理解もしているはズ。……そう。つまりは火星のゴロウザ様は論理的な帰結として、こう申しているのでごぜーマす。――俺ハ何よリ男が好きなノだと」

「まぁ……!?」

「ンなこたァ微塵たりとも言ってねェよ、この姦し娘共がァ……!」

「しかシ以前、雑談で『オレっちァ強い男が好きだ』と自白したとの証言が」

「会話を途中で切り取ってんじゃァねェ!!」

「誰彼憚る事も無い、特に副船長の≪地球のアルヴィン≫様辺りはオレっちの好みドストライクであるからして、いつも顔を会わせて立ち去る前には胸がきゅぅん、と切なくなっちゃうー、のでゴぜーますとか」

「まぁ、まぁ! きゅぅんと……!?」

「そっちは完全に言ってねェよッ!? 東の海(イーストブルー)まだ続けんのかッ、いい加減にしろィ!!」

 

ガァ、と吼えたゴロウザ。

客観的に見れば、先に述べたゴロウザの言が原因な為アルヴィンも女性陣に加担したいところではあったのだが、加担をすれば即座に同性愛者の烙印が押されそうで怖い。そうなってしまっては、今後の組織運営的に致命的と言ってもいい程の事態なので、結局アルヴィンは曖昧な笑みを浮かべそっとラグパルドの後ろに隠れるのであった。

 

その船が、突如浮上してきたのはそんな時であった。

一見すれば、その船は潜水艦のようであった。海面を割り、突如島の近くに浮上したその流線型の姿は誰の目から見ても間違いは無い。

そんな潜水艦であったが、ガコン……ガコン……と何やら駆動する音がアルヴィンの耳へ入ってきていた。途端に、切れ目一つ無かった筈の上部が見る見るうちに開かれていき、最終的にイルカを模したような形状の船へと変形を遂げていた。水の抵抗を極力無くす為に余計な部分は一切見当たらなかった潜水艦形態に比べ、いっそ冒涜的と言える程にゴテゴテと様々な意匠を凝らした装飾が散りばめられている。一つ一つは繊細さすら感じる逸品ばかりなのだが、如何せん全体で見てみると色合いも含めると致命的な程にバランスが悪く思える。偏に所有者の美意識の欠如と言えるだろう。

 

「≪エレガント・ドルフィン号≫……相も変わらず、ゴテゴテとした装飾だこって」

「正直なトコロ、アルファは彼の船の船員達に嘘偽り無き敬意を表しテいるのでごぜーまス。よくあのぶくブくと肥え太った腐臭漂う成金親父が乗ルような悪趣味、いえ極悪趣味な船に長時間乗り続け正気を失わナいのかと。如何でしょウか、アルヴィン副船長。或イはこれを研究テーマとしたナらば、世界中に存在してイるであろう心の病を抱える方々をお救い出来るのでは無いカト思われる事この上ないノデスが」

「――先程から聞いていればいけしゃあしゃあと、こぉの機械娘……」

 

他のメンバーよりも質も量も増したアルファの毒舌に、顔を引き攣らせながら現れたのは下半身が魚の少女であった。

配下である屈強な体躯の魚人達に、泡で塗れた豪奢な浴槽をまるで神輿のように持ち上げさせている姿はまるで、女王のようである。

 

主要天体(プラネット)が一、≪水星のメロウ≫。

本人は優雅に現れたと考えているのだが、屈強な魚人の男に担がれている浴槽神輿というのは如何せん何とも表現しがたい光景と言える。

 

「このワタクシに何という口のきき方でしょう! ワタクシはいずれ、美の代名詞と呼ばれる程に美しい、人呼んで真の人魚姫であると言いますのに!」

「ぷっふぅ……!」

「人呼んで(他人とは言ってない)」

「ああ、本人……」

「でも海賊女帝に比べれば、ねぇ」

「あっしはキツめのメロウ様よりは、柔らかい印象のしらほし王女の方が……」

「半魚人の間違いデは……」

「オイ誰だ今、半魚人つった奴ぁ!?」

「半魚姫……」

「むきゃー!?」

 

早くもお嬢様口調のキャラが崩れ始めているメロウ。そんな彼女が(一方的に)ライバル視しているのは≪人魚姫≫と呼ばれる魚人島のお姫様、しらほし王女の事であった。

 

 

 

 

 

 

「さァて。集まれる野郎共は全員揃った訳だし、もうそろそろ大将のお出ましかィ?」

「火星のゴロウザ様。野郎共、と呼称するには性別の割合的にやや難があるかと」

「全く! これだから野蛮な殿方と言うのは、ワタクシ好まないのですわ!」

 

 

(さっきまで喧嘩してた二人が、もう息を合わせて抗議してるよ……)

 

仲が良いのか悪いのかよく分からない。或いは、仲の良し悪しと息の合う合わないと言うのは話が別なのだろうか、アルヴィンは定位置である椅子に座り頬杖を突きつつそんな事をぼんやりと考えていた。

 

船長室に繋がる扉が、ゆっくりと開いていったのはそんな時であった。

手入れが行き届いている為、錆び一つ付いてはいない。事実、実際には軽快な部類に入る程自然と扉は開いていた。しかし近くにいる者には、ギギギ……と重々しく音を立てて開いていくような、そんな錯覚すら覚えていた。内と外の空気が入り混じる、そんな空間から現れたのは一見特徴の無い青年であった。

 

顔立ちは整っている、しかし絶世の美男子という訳でも無い。

長くも無く、短くも無い黒髪黒目。体型は大き過ぎず小さ過ぎない、いわゆる中肉中背。

目立つ点と言えば、精々が仕立ての良い豪奢な赤いジュストコールを羽織っており、羽飾りのついた黒い海賊帽を被っているぐらいのものだ。

 

やや彫りの浅い、薄い顔立ちをしている為に下手をすれば着られている感が漂ってしまうが、実際に見てそんな感想を抱く者など皆無である。それ程までに、大小の差異はあれど、その青年の存在感に皆が圧倒されていた。

 

白夜の海賊団船長、≪太陽のソラナキ≫。白夜の海賊団最強の男が、王者の風格を携え今ゆっくりと玉座に座った。押し殺したような溜息が周囲から漏れ聞こえる。

 

「遅れてすまない。出席予定者は皆、揃っているようだな」

「カカ……ィよう、船長。久方ぶりの再会だが、相も変わらずだねェ。これでまだ抑えてるってんだから、信じらんねェなァ」

「うん……? ……ああ。この上着も三角帽も、俺にはあまり似合わないと言ったんだがな。エドゥアールの奴がどうしても着ろとうるさいんだ、あまり茶化してくれるなよ」

 

(((違う、そうじゃない……!)))

 

その場にいた全員の心が一つになった。意図せずして込められた威圧感に、幹部達は慣れもあって耐えられる。だが周囲にいる船員達は、船長の本気を受ければ泡を吹き白目を剥いて気絶をしてしまうだろう。不必要なので一切覇気は放たれていない筈なのだが、それでこの存在感である。信じられぬ程に惹きつけられる、一挙手一投足に目を奪われる。

 

いずれにせよ、白夜の海賊団を総べる男は、時折信じられない程に惚けたところがあった。

 

「あ~、ソラナキ様ぁ……♡ でもそんなトコロも可愛らしいですわぁ♡」

「水星のメロウ様は本当ニ気持ちが悪いですネ」

 

両手を握り締め、ぶんぶんと体を振る程に興奮をしているメロウを冷めた眼で見やっているのは当然の如くアルファである。無表情ながら、何より内の感情を雄弁に物語っていた。

 

「あー、もう良いッスか? このままじゃ、話しが進まねッス」

 

司会進行的な立ち位置で何とか場を取り為そうとするアルヴィンの後ろ姿は、まるっきり中間管理職のそれであった。

 

「えー、では今回皆さんに集まって頂いたのはッスね――」

「遂に、俺達が大々的に動き出す時機が来たからだ」

 

横から自分が話そうとしていた台詞をかっさらわれたアルヴィンの後ろ姿は、まるっきり哀愁漂う中間管理職のそれであった。

 

「今まで俺達は、ここ数年目立たぬように協力者を増やしていき草の根運動的に活動をしてきた」

「……新聞社を通じて、世界へ海賊団の種類の事も周知徹底をしてきたッスからねぇ。……警戒した新聞記者の心を動かすのに、どれだけ資金が必要だったことか」

「海賊のみを襲う我等『ピースメイン』と、従来の悪い海賊イメージである『モーガニア』の事れすね!」

 

我が意を得たりとばかりにエイネが声を上げる。

白夜の海賊団は、海賊と名乗ってはいても無辜の民を襲うような気質の人間の集まりでは無かった。むしろその逆、諸事情あって海軍にはいられなくなった者や正義を抱えど海軍と言う大所帯は合わない者、単なる賞金稼ぎや訳あって追われる身になった為に真っ当な職には付けないが、だからといって人を襲う気にはなれない者等々……そうした雑多な集まりが、この白夜の海賊団なのであった。

 

しかし何も知らない者からすれば、海賊団は海賊団だ。どんなに自分達はいい海賊だと向こうから説明してきたとしても、ジョリー・ロジャーを掲げている以上いつ研いだ牙を自分達に向けられるか分かったものでは無い。そんな状態では、友好的な関係など築ける訳も無く、疑心暗鬼に陥られるのがオチだ。

 

「我々白夜の海賊団を、より世間の人に受け入れさせるのに必要なモノ。それは『風潮』だ」

 

海賊と呼ばれる、海賊になる事を決意してから、年単位で月日を重ねてきた。ようやっと周知がされて来た為か、最近はルーキーの中からすらも『ピースメイン』を語る海賊団が出てきた。騙って町の懐に入り込もうとする海賊団までいるのは、彼らにとって大きな悩みの種ではあるのだが。

 

「『ピースメイン』は良い海賊で、『モーガニア』は悪い海賊……そういう風潮が民草の中で出来さえすれば、海軍としてもある程度のお目こぼしをすることが可能となってくる筈だ。つまるところ正義とは……人の価値観なのだから。少なくとも、俺はそう知り合いに教えられたし同意もしている」

 

海軍は、全世界的な一大組織である。意外なように感じるかもしれないが、規模が大きくなればなるほどに、力なき無数の人の目もまた無視出来なくなってくるものだ。『正義』を掲げる者達が、守るべき民衆を蔑ろには出来ない。仮に民衆が『ピースメイン』を是とするならば、海軍としても大掛かりに『ピースメイン』の海賊を狙えなくなる。『モーガニア』だけを、――少なくとも表だっては――狙わざるを得なくなる訳だ。

 

成文化こそされてはいないものの、ようやく懸賞金の掛けられていないピースメインならば、海賊を名乗ってはいても賞金をやり取りする政府の施設に立ち入っても捕まらないようになった。賞金稼ぎと同じ、そうみなしてくれているのである。

世間からの目を好意的にしてくれるこの一種のイメージ戦略は、未だ確固たるモノでは無いものの、間接的に海軍を利用する位置に付けるという点に最大の利点があった。

 

白夜の海賊団の立ち位置としては、海軍とは協力関係とまではいかずとも友好的な中立関係を築くというのが理想となる。まず、民衆を守る勢力と敵対する、というのは論外である。逆に、友好を築きあまりに深い関係となってしまえば、取り込まれる危険性もあり都合が悪い。それ以前に船長の前歴からしてどうしようもない。絶対に有り得ないだろう。

 

「――今。世界には夜が渦巻いている」

 

ポツリと。ソラナキが語りだす。

 

「数多いる人々の怨嗟をその身で覆い隠し、しかし確かに蠢いている」

 

周囲を見渡すその瞳には、静かに、しかし確かに炎が燃えていた。

 

「其処に光が入らぬというのならば。誰もが目を背け、夜が続くというのならば。我等自身が≪白夜≫となりて、終わらぬ夜など無い事を知らしめよう!」

 

籠った熱を振り払うかのように、手を掲げる。その先には旗があった。日輪を背に、堂々と翻る髑髏。≪白夜の海賊団≫の、想いを込めたジョリー・ロジャーである。

 

「……そろそろ、次の段階に動き出す時が来た。より、直接的に無法者たる『モーガニア』共を叩き潰す。そして俺達≪白夜の海賊団≫の名を知らしめ、一種の抑止力と為すぞ」

 

場の空気が沸き立つのを感じた。その場にいる誰もが船長の言葉を集中して聞いている為に、実際に騒々しい訳では無い。だが複数名の気持ちの昂りが、確かに空気をざわつかせたのだ。

 

「第一段階だ、ここでヘマをする事は全体の流れにも大きく関わってくる。絶対に失敗は許されない。ターゲットは東の海(イーストブルー)、コノミ諸島」

 

一旦、言葉を切る。

重々しい空気の中、ソラナキが足を組み替えるのを誰もが固唾を呑んで見守っていた。

 

「――俺が行く」

 

厳かに、まるで波紋が広がるかのように。船員達がそう感じたように、宣言するのであった。

 




・いきなり原作キャラ0のオリ勢力大集合?
これを書き始めたころはオーバーロードにハマってたためです。
尚、これでも設定の収集が付かなくなり大分削減した模様。最初は最高幹部である主要天体の他に幹部の衛星とかもあって非常にもっさりとしてました。
因みに、特に名前に命名規則は無いです。本当にインスピレーションと語感重視。

・ワンピース世界に太陽系とかあるの?
(当作品では)あるんです。

・ベッジ馬鹿にしすぎじゃない?
あらすじにも書きましたが、そもそもこれ書き始めたの、5~6年前の海賊無双2出たのが切っ掛けで書き始めたんですよ。その頃は確かシャボンディ諸島か魚人島編辺りで、とにかく2年後なんて一切知らない状態で書き始めたんでこんな書き方な訳です。悪しからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

門出2

【青臭い正義】を掲げていた。

 

『何なんですか、これは……』

『耐えろ……。耐えるんじゃ、ソラ……!』

 

ある時、突如として無人島で目を覚ました俺は飢え死に寸前まで追い込まれ。そして、偶々通りがかったガープ中将に保護された。15歳の時であった。

 

『こんな、こんな無法がまかり通っていいんですか……!?』

『…………ッ!』

 

実の親の記憶など無く、それから三年。自身の今まで培ってきた常識からすれば未知の事柄に一喜一憂し、ある時は笑われ、またある時は拳骨を喰らい、またある時は月夜の晩に昔話を語らい過ごしてきた。

 

『あぁうっ……!?』

『やめてー!? その人はっ!!』

『うるさい下々民だえ……』

 

英雄とすら称されるガープ中将の下で働いていたからか、瞬く間に戦果を挙げ大佐にまで上り詰め、そして10代の若さにして異例な准将への昇格が内々に決まった頃。俺の今後の人生のみならず、世界すら揺るがす大事件が起きた……否、起こしたのだ。

 

『全く、面倒だが。これも高貴なる者の務めかえ』

『く、オオッ!!』

『待たんか、ソラ!!』

 

人攫い屋が捕らえた懸賞金付きの海賊、そんな札付きの悪者を気に入っただけ金で引き取り人以下の奴隷として扱う天竜人。世界一下劣な趣味を持つ世界一高貴な血筋の者は、しかしその扱いを海賊だけでなくシャボンディ諸島で暮らす一般市民にも行っていた。

 

『ふぅ、ただの人間が。頭が高いにも程があるえ……』

『止めろォォォッ!!』

 

今でもそうなのだが、その行動を取った事には微塵も後悔はしていない。むしろその場にいたあの母娘と思しき二人の命を救えた結果を、誇りとして感じている。

だが一つだけ、言い訳をするのなら。

例え天竜人とは言え、悪辣な精神の輩とは言え、俺は殺すつもりなど無かった。ただ緊急事態である、いつものように殴りつけて制止しようとしていただけだったのだ。いわゆる、脳筋とでも言うのだろうか。その後どうなるのか。天竜人に手を出した者が、如何なる処罰を下されるのか。あるいは自分だけでは無い、周囲の親しくしてくれている人々への影響すらも、そういった何やかんやを。恥ずかしながらその一瞬だけは何も、何も頭の中には浮かんでは来なかった。ただ動いてしまった。

万死に値するとして処罰をされる、それ故に決して彼らに対して行動してはならぬと固く言われていたにも関わらず。そんな俺を、きっと無鉄砲の考えなしと人は言うだろう。

 

『ぎ、ゴオおォォォッ!?』

『なん……!?』

 

ただ、考慮に入れていなかった事。強大に過ぎる能力の制御の度合い、そしていつもの屈強な海賊共とは違う相手の貧弱さ。それに尽きる。

感情の昂りと共に振り抜いた右腕から漏れ出でた紅蓮の高熱は、そのまま運動一つした事が無いのではと思われる程に脆弱な男の皮膚を焼きに焼いた。体表面の半分以上が焼かれていては、ひ弱な男が助かる訳もなかった。

 

『キャアアアッ!!』

『ろ、ロズワード聖!?』

『あ、ああっ……』

『ぐ、むぅ……行けぃ、ソラ! ひとまず船に乗ってこの場所を離れるんじゃ、後の事はわしが何とかする!!』

 

人は俺の事を、こう呼ぶ。成し得ぬ事を成した、成してしまったという賞賛と畏敬、戦慄と侮蔑の念を込め。

 

≪天竜人殺し≫と。

 

 

 

 

 

 

「……寝てたか」

 

夢の内容を噛みしめ、鬱陶し気に首を振る。

忘れてはいけない事だが、積極的に思い出したい訳でも無い。海賊ソラナキの原点たる事件ではある、当時18歳とは言えあまりに若すぎた。

 

「まぁいい……」

 

今日は一年に一回、仲間達が集まる会合の日だ。俺がぐーすか寝ている間にも副船長のアルヴィンを筆頭に、色々と動き回ってくれている筈である。それに全てが始まったあの日から、苦労しつつも立ててきた計画を大々的な実行に移し始める大事な日でもある。気持ちを切り替えねばならない。

 

「ふぅ……にしても、だ。何で俺は最後に登場しなければいけないんだ……?」

 

『我輩の哲学では、船長とデザートは最後にやってくるものと相場が決まっているのでアール!』

 

などとエドさんが力弁していた訳なのだが。皆、俺が来るのを今や遅しと待っているのでは無いだろうか。特にアルヴィンなんかは、他の海から来る面々と違って同じ船に乗っている訳だし。

 

そっと、船長室の隙間から甲板を覗いてみる。

 

『ンなこたァ微塵たりとも言ってねェよ、この姦し娘共がァ……!』

『誰彼憚る事も無い、特に副船長の≪地球のアルヴィン≫様辺りは俺の好みドストライクであるからして、いつも顔を会わせて立ち去る前には胸がきゅぅん、と切なくなるのでゴぜーます』

『まぁ、まぁ! きゅぅんと……!?』

『まだ続けんのかッ、いい加減にしろィ!!』

 

……えらく楽しそうな声が聞こえてきている。解せぬ。

普通、船長がいないとなったらそれなりに心配したりしないのだろうか。船の長だよ? 一番偉いんだよ? 会合始められないんだよ?

 

そんな事を悶々と悩み、最高幹部の人選を間違えたかなと組織の人事にまで鋭く切り込もうとしていたら、いつの間にやら最後のメンバーであるメロウまでやってきていた。

≪エレガント・ドルフィン号≫……ふむ、やはり良い船だ。あの装飾てんこ盛り、全部乗せな所が俺の繊細な感性を刺激する。それはさながら、騒音の中にこそ静を感じる感性と通ずるものがあると言える。無地の白だけがキャンバスでは無いのだ、既に描かれた絵の上にでも絵は描こうとすれば描ける。それは無秩序に見えて一定の法則の元に彩られているものなのだ……。

 

などと実に高尚かつセンチメンタルな事を独りで言っていても虚しいだけなので、ここは船員達とじゃれ合う事とする。以前が階級社会の海軍に所属していたからか、船員達には妙に一線を置かれているような気がしてならない。こういう些細な所での努力が、円滑な組織運営には必要不可欠な要因なのである。

 

『このワタクシに何という口のきき方でしょう! ワタクシはいずれ、美の代名詞と呼ばれる程に美しい、人呼んで真の人魚姫であると言いますのに!』

『ぷっふぅ……!』

『人呼んで(他人とは言ってない)』

『ああ、本人……』

『でも海賊女帝に比べれば、ねぇ』

『あっしは、キツめのメロウ様よりは柔らかい印象のしらほし王女の方が……』

『半魚人の間違いデは……』

『誰だ今、半魚人つった奴ぁ!?』

「半魚姫……」

『むきゃー!?』

 

上手く会話に入れた。こういった事の積み重ねが、絆の深さに繋がるのだと信じよう。

 

うむ、努力は裏切らない。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで東の海(イーストブルー)。最低限の人数でも操船できる程度の小さな船に、乗っているのは俺に加えてワの国の侍であるゴロさんこと≪火星のゴロウザ≫と気は優しいが力持ちである無口な巨人のラグこと≪木星のラグパルド≫、その肩に乗っているトンタッタ族の≪軍師エイネ≫、この4人だけだ。

 

「……それにしても、船長殿! 何故リヴァース・マウンテンを越えずに、わざわざ危険な凪の海(カームベルト)を通って来たのれすか!? 死ぬかと思ったのれす!」

「ん? その方が早いし、近いから」

 

絶句をしているエイネだが、何も考えなしに選んだ訳では無い。元々俺達がいたあの島は偉大なる航路前半の中でも、丁度真ん中辺りに位置していたのだ。そこから航路を逆走、幾つかの島を経由してリヴァース・マウンテンを逆向きに踏破。東の海へ降り立ち、再度向かっていては時間が掛かりすぎる。イメージとしてはUターンするような航路を描いてしまうのだ。目的地である東の海は、偉大なる航路とは凪の海を挟んだお隣さんなのだから、ならもう一直線にズドーンと向かった方が遥かに時間が短縮出来るという訳だ。実に合理的である。

 

「そんな阿保みたいに単純な理由で、大型海王類の巣を……!?」

「最初に出てきた小さめの海王類を手懐けてここまで曳いてもらったんだから、良かったじゃないか」

「殴りつけて無理やり言う事を聞かせるのは、手懐けるとは言わないのれす……」

「…………」←励ますように頭に手を置く。

「ラグパルド殿……!」

 

ラグが慰めるようにエイネの頭に手を置いているが、そこは肩に手を置くところでは無いだろうか。いや体格差からして置けないのだが。慰める意図の筈なのに、魔界の悪者が可憐な妖精を押し潰しているようにしか見えないのは何故なんだろうか。撫でてるのが擂り潰しているようにしか見えないよ、ボク。

 

にしても別に悪い事をした訳でも無いのに、何で俺が悪いみたいになっているのだろうか。解せぬ。

 

「それでェ……? ソラの字ィ、わざわざ最弱の海程度に船長と最高幹部たる主要天体(プラネット)を二人連れるってェ力の入れようなのは、どういう訳なんでィ。万全を期するたァ言ってたが、そんなに強えェ奴なのかァ?」

「ああ、そうだな。結局ゴタゴタして終わったから、そう言えば落ち着いて今回の詳細を話して無かったな」

 

会合の後の人選が地味に大変であった。最終的に、とにかく付いて来ようとする≪水星のメロウ≫や≪金星のアルファ≫を、副船長であるアルヴィンに押し付けてきたのだ。

 

「そう言えば。何で、付いて来たいと言ってたアルファ殿やメロウ殿を連れずに、我々を選んだのれすか?」

「ああ。今回向かう場所であるコナミ諸島は、さっきゴロウザが言った通り魚人の海賊に占領されてしまっている。船長の名はアーロン。大層な種族主義者かつ血の気が多く、一部ではあの七武海の一人である≪海侠のジンべエ≫と肩を並べるとまで言われていた男だ。メロウと≪水星海賊団≫の連中は構成してるのが魚人な以上連れていけんよ、地元住民の感情を逆撫でしては論外だ。それに、アルファは潜入任務中だしな。協力者が好意的で有り難い事ではあるが、そちらを疎かにして欲しくない」

 

魚人に支配されている所に魚人を連れていくなど、流石に荒療治にしても度が過ぎているだろう。百歩譲ってもせめて段階を置くべきだ。よって却下。

アルファはアルファで、あれで割と好戦的な所がある。モーガニアの海賊共を狩るだけならまだ良かったのだが、不正を働く腐った海軍軍人なんかも襲ってしまったのでそれなりの懸賞金が掛かってしまったりしている。元々俺が船長を務める≪白夜の海賊団≫としては賞金稼ぎを行えないから、そのカモフラージュとして主要天体一人一人にバラバラの場所で海賊団を結成させて隠れ蓑として動かしていたのだが。それも無駄になってしまったので、三年程前から長期に渡ってとある組織に潜入させている最中だったりする。現在はそれなりの位置に定着しているらしい。

 

「……少し、お腹が空いたのれす」

「そうだな、もう食料が底をついているな。二週間分は食料を積んでたんだが」

「……。誰かさんが、海王類に貴重な食料分け与えなけりゃ十分持った筈なんだがなァ……!!」

「しかし、そうは言うが。鞭の後には飴を与えねば、言う事は聞いてくれないぞ。何事もバランスだ」

「…………」

「…………」

「……まぁ、何だ。間違いは誰にでもある、そう一々気にするな。疲れるぞ」

「間違えた本人が言う言葉じゃないのれすっ!!」

「…………(コク)」←優しげにソラナキの頭を叩く。

 

未だに他の二人からは睨まれている所を見ると、ラグだけが俺の味方のようだ。確かにその様子は、心優しき大男にしか見えないだろう。

 

俺もアイツも悪気は無かった。だが如何せんサイズがデカ過ぎた、巨人よりもデカい海王類では俺達人間の食料程度では満足など出来る訳も無かったのだ。この俺の慧眼を以てしても見抜けなかった、予想外かつ衝撃の事実である。

 

生まれで差別をするなど、唾棄すべき事案だ。誰しもが、こう生まれたいと願いそう生まれた訳では無い。

結局アイツのキラキラとした目に惑わされるがままに、ちょっと10日分程あげたところで仲間達に全力で拘束されてしまった。実は何気に、今も手錠をかけられてたりもする。後ろ手である。海楼石である。今の俺は無力で無能な男である。

 

船長だよね、俺。しかもそれなりの勢力の。

 

「ど、どこかの町に寄って食料を補給しなければ、飢え死にしてしまうのれす……!」

「干物が四つなんてのも、このままじゃ洒落になんねェからなァ……」

「…………」

「……にしても、ラグ。お前、そんな黒い鎧着て全身覆ってて平然と座ってるが。暑く無いのか?」

「…………」

「……ラグ?」

「…………」

「ら、ラグパルド殿ぉっ!? 熱中症で意識がもうろうとしてるのれすっ!?」

「何ィッ!? 普段から喋らねェから分かんねェんだァ! くそっ、海水でも良いからぶっかけるぞォ!」

 

二人が慌ててバケツで海水を汲み、テディベアのように座り込んで動きを止めているラグパルドに向け水をぶっかけているのを尻目に黄昏るように水平線の向こうを見渡す。

 

空が青い。海は蒼い。同じ青だと言うのに、空が透き通るような青色だと言うのに海の方はどうして深みがある青をしているのだろうか。そんな事を黄昏ながら思い耽る。まだ黄昏時には程遠いのだが。

 

「……ふむん」

 

実のところ、割と洒落にならない状況だったりする。

現海域は凪の海と隣り合っている東の海はサンバス海域、他の海域と違いぽっかりと空間が空いているように無人島を含めた陸地が無く、海が続いているのが特徴と言えば特徴の海域である。

何とか貿易船や海軍の船でも見つかってくれないかなーと思い目を凝らしていく。何ならモーガニアの海賊船でも良い、悪事を働くのを未然に防げるしお腹を満たせるしで一石二鳥だ。

 

「……ム。船が見えた! 海賊船じゃない、金を払って食料を分けて貰うぞ!」

「やるねェ、ソラの字ィ!」

「流石は船長殿れす!」

「はは、それ程でも無い。それよりそろそろこの手錠を外してくれないか?」

 

千載一遇のチャンスを逃してなるものかと、慌てて船の方へと進路を変える。見えてきた船は幸運にも錨を降ろし停泊しているようであった。魚の形をした独特のシルエットは、どこかメロウの≪エレガント・ドルフィン号≫を彷彿とさせる。

 

中々良い船だ。

 

「飢餓寸前で見つけた船が、海上レストランとはな……」

「悪運が強いねェ、全く……」

「人生そんなものだろう。ところで手錠を外してくれないか? 何だか跡が付きそうなんだ」

 

海上レストラン≪バラティエ≫。その名の通り、海のど真ん中に浮かぶレストランである。

出来すぎた展開に苦笑いすら浮かんでくる一同であった。

 

ところで手錠は外してくれないのだろうか、ねぇ。ねぇってば。

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

バラティエに近付いていくと、どうやら海軍の船が見てとれる。おまけにその隣には海賊の船という謎の組み合わせだ。

 

「拿捕でもされたか、それとも賞金首でも明け渡してるのかね……?」

 

いずれにせよ、今の自分達は海賊旗を掲げてもいないのでマジマジと人相を照合されない限りは海軍の船だろうと問題は無い。堂々としていれば、意外と気付かれないモノだ。ぼんやりと、その船たちを眺めながら横を通ろうとしていると、いきなり海軍の船が海賊船に向かって砲撃を行った。そしてその砲弾が、何やら海賊船から飛び出して来た人物に『角度を変えて』跳ね返され。

 

なんかバラティエに直撃していた。

 

「……おおっ」

 

二重三重の意味で衝撃だった為に、つい動くのが遅れてしまった。何故いきなり無抵抗そうな海賊船を沈めようとしたのか、どうやってあの砲弾を跳ね返したのか、て言うか何で海軍の船では無くバラティエに向かって跳ね返したのか。恨みでもあったのだろうか。

 

「せ、船長殿! ラグパルド殿が『海上レストランの被害が心配だよ!』って言ってるのれす! エイネも同感なのれす!」

「鈍臭ェ奴が、誰か怪我したかもしれねェしなァ……」

「そうだな……あの二隻の事情も気になるが、まずはバラティエへ向かうぞ!」

 

事情は気になるが、とにかくバラティエへ向かおう。そう一致団結した我々精鋭部隊の目に、肉のマークが有ったか無かったかは末代までの秘密である。

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

新たに仲間に加わった狙撃手・ウソップを加え、≪ゴーイング・メリー号≫と言う海賊船も手に入れた麦わら海賊団の面々は、気持ちも新たに偉大なる航路への航海を進めていた。

途中、壊血病を患っていた賞金稼ぎの二人組≪ヨサクとジョニー≫を助けた一行は、栄養管理を行えるコックの存在を重視し、何としても偉大なる航路へ入る前にコックを仲間に加えようと考えた。ソレを知ったジョニーの進言で、一行は海上レストラン≪バラティエ≫へと向かっているのであった。

 

「ところでルフィのアニキ。麦わら海賊団は、ピースメインなんすか、それともモーガニア?」

「ん、何だそれ? 海賊は海賊だ! それ以上でも以下でもねぇぞ!」

「俺も聞いた事ねぇな。おい、ジョニー。説明しろ」

「なんで海賊やろうって人達が、揃いも揃って知らねぇんですかい……」

 

傍若無人なルフィとゾロの言葉に、ジョニーは思わず肩を落とす。実際に口に出したのはその二人だけだが、他の面々も知っている様子は無い。ごく最近出来た区分とは言え、基本的な知識が乏し過ぎるのではないだろうかと心配になる。

 

「≪ピースメイン≫は賞金稼ぎに加えて、人を襲わずただ冒険をしたりする海賊の事を言うんす。そいで、≪モーガニア≫ってぇのが従来の人を襲う悪い海賊ってぇ寸法でさぁ」

「斧手のモーガンならこの前ルフィがぶっ飛ばしたがな、悪徳海軍の」

「ああ、あの大佐な! コビー、元気にしてっかなぁ」

「人名じゃねぇっすよ! モーガンじゃ無くてモーガニア……って、海軍大佐をぶっとばしたぁ!?」

「まぁ、そういう事なら俺達はピースメインだな! あわよくば、海軍にも襲われねぇ可能性もあるしよぉ」

 

卑屈な笑みを浮かべ気弱な発言をするのは麦わら海賊団の狙撃手、新たに仲間となったウソップである。この少年は伸びた鼻の長さとは裏腹に、いたって肝の小さい少年であった。

 

「なんだァ、ウソップ? お前、『勇敢なる海の戦士』になるんじゃ無かったのか?」

「う、うっせぇゾロ! 仕方ねぇだろ、俺には海軍と戦うと死んでしまう病というのがあってだなぁ……」

 

茶化すように言ってくるゾロへモゴモゴと言い訳をするのは、勿論そんな病気など有りはしないからである。おまけに勇敢なる海の戦士になると言うのは、ウソップにとって最も汚し難い誓いであった。ウソップとて今ついた嘘が情けない事は重々承知しているので、その誓いに反する現状を鑑みて元気を無くしたのだ。

 

「いや、でもウソップのアニキの言う通りでさぁ! 海軍はどこもかしこも人手不足だから、人様を襲わないピースメインの海賊にまで構ってられないって言うのが心情でしょう。勿論、場合によりけりなんでしょうが、お目溢ししてくれるかもしれねぇならそっちの方がいい」

「んー……ま、何でもいいや! そのピース何とかって奴でも」

「テキトーねー……あら?」

 

頬杖をつき、外を眺めていた航海士のナミが何かを見つける。

 

「みんなー! 船が見えたわよー! ……ってあれ、海軍の船じゃない!?」

「な、なにぃー!?」

「おい、どうすんだ!」

 

バラティエの陰に隠れるように、海軍の船が見えた。丁度反対側にあった為に発見が遅れてしまったのだ。停船の場所はある程度決まっている、既に両者共に桟橋の様に出っ張った場所を目指してゆっくりと進んでいた。

 

「見掛けない海賊旗だな……」

 

落ちついた様子で現れたのは、縦のストライプ柄のスーツを着た男であった。健康的な浅黒い肌、サラリとした長髪。何より特徴的なのは、右拳に装着されたナックルダスターであった。

 

「俺は海軍本部大尉。≪鉄拳のフルボディ≫だ。船長はどいつだ? 名乗って見ろ」

「俺はルフィ。えーと……ピースなんとかだ」

「そ、そうそうピースメイン! だから何にも問題無い筈だぜ!」

「あ? 最近流行りの賞金稼ぎモドキか。だとしてもてめェらが海賊である事に変わりはねェんだよ。いっちょ前に海賊旗を掲げた雑魚が、寄せ集まりやがって」

 

如何に世界に海賊間での区分が広がりつつあるとは言え、未だ海軍へ面と向かった場合にはピースメインだから大丈夫、とまではいかないのが正直なトコロであった。そこには体面的なモノのみならず、所属する海兵の心情的なモノも多分に含まれていたのは否定できない事実である。

 

殊にフルボディ大尉は、その傾向が強かった。やや女関係にだらしなく、女の前で恥をかかされた際には容易く頭に血が上るという悪癖こそあるものの、その異名である鉄拳で市民へ牙を剥く数々の海賊共を粉砕してきた確固たる実績がある。おそらくはもうじき佐官の仲間入りと言うのも夢物語では無いだろう。

 

「おーおーヨサクよぉ。あの兄ちゃん、どうやら俺達に喧嘩売ってきてるみたいだぜ?」

「そうだな、ジョニー。俺達だけならまだしも、アニキ達まで馬鹿にされたとあっちゃあ黙っちゃいられねぇ。あの世間知らずの色男さんに目に物見せてやらにゃあならねぇ」

「「思い知れ、海兵のヒヨッコがァ!!」」

 

数十秒後、ゴーイングメリー号の甲板には顔をボコボコに腫らした二人の姿があった。

 

「「か、紙一重だった……」」

「ジョニー……これ、なに?」

 

ナミの目についたのは、ジョニーとヨサクが甲板に倒れ込んだ際に懐から零れ落ちた紙の束であった。いずれも人の顔や数字が印刷されており、時に赤くバツ印が付けられていたりもしている。

 

「ああ、そいつぁ賞金首のリストですよナミの姉貴」

 

そいつらをどうのとジョニーは尚も説明を続けていたが、ナミの耳には聞こえてはきていなかった。くしゃりと、意図せず入った力で紙切れが歪む。そこに映る男の笑みもまた、歪んだ。

 

「全く……折角、今日は休暇だから見逃してやろうと思ったのにな。馬鹿どもの相手も疲れるぜ」

『ねぇ、フルボディ。弱い者いじめなんかもうそれくらいにして、早く行きましょうよぉー』

 

面倒そうな顔のフルボディ大尉に、船室から媚を含んだ女の声が聞こえてくる。フルボディ大尉は思う、それもそうだ。今日は弱小海賊共とこんな事をしている場合では無いのだ。意中の女性と楽しく食事をして如何にして落とすのかを思案するのが本日の大事な予定なのであって、断じて頭の中を仕事に割く事では無い。

 

思い立つや否や、フルボディ大尉は船をバラティエへと進めさせる。と、同時に部下へと一つの命令を下した。

 

曰く、沈めろ。

 

「はっ!」

 

突き出した親指を下に向けた、これ以上ない程に明確な意思表示を誤って解釈をする筈も無く、海兵服に身を包んだ部下が大砲をゴーイングメリー号へと向け放たれる。

 

「任せろっ! ゴムゴムのー、風船っ!!」

『なぬーっ!?』

「何っ……!?」

 

空気を体内に大量に取り込む事で、文字通り風船の如く膨れ上がったルフィの体は、射出された大砲の砲弾を難なく受け止めた。

 

「返すぞ、砲弾!」

 

麦わらの海賊団船長、≪麦わらのルフィ≫はゴムゴムの実を食べたゴム人間である。皮膚のみならず内臓や筋肉、骨に至るまで全てがゴムで構成されている。そんな全身がゴムである体へ撃ち込まれた砲弾は反発を利用したルフィ自身の力もプラスされ相当な威力で以て跳ね返された。何故か角度を変え、バラティエへと。

 

くゆる白煙、木片が砕け散るのが見て取れる。

その場にいる誰もが、引き攣った表情を浮かべあんぐりと口を開けて驚愕していた。

 

「ドコに返してんだ、馬鹿!!」

「はあ……」

 

怒鳴るゾロに頭を抱えるナミ。ルフィは、仕出かしてしまった事に体の動きを止めていた。

真正面へでは無く、角度がズレて海上レストランバラティエへ撃ち込まれた事は些事であると。残念ながら、まだそう言えるだけの経験値を一味の誰もが蓄えてはいなかった。

 




・無人島で目を覚ました? 分かった、さては伏線だな?
(ぶっちゃけ、特に意味は)無いです。元々はこの小説、オリ主で書いてたんでその名残でもあります。後は、悪癖で展開遅くダラダラ書いちゃう悪癖があるのでとっととガープ中将辺りと絡ませようという目論見も。

・『原作キャラ死亡』タグとか嫌なんですけど
ぶっちゃけ今のとこ、この作品で死ぬの今回の天竜人だけな予定なんで、大丈夫です。ロズワード聖である必要すら無いので、後でオリ天竜人出してひっそり『原作キャラ死亡』タグ消してるかもしれないくらいです。

・え、なんか主人公性格軽くない?
確か書き始めたときは、シャンクスみたいに普段は明るく気さくな感じ。いざって時はビシッと締めるキャラにしたかった覚えが。大物感を出せるかは、いつも困ってます。後、実は1話と2話の間でリアル時間が3年程空いてるので書き方も違うと思われます。
正直、現状は本物の強キャラにやられる系キャラな雰囲気が無くもない。精進。

・麦わらSIDE、いる?
オリ主勢力の影響が世界にも少し出てますよ、という事を表現したかった為。後、軽く麦わら陣営の軽い説明もついでにしたくてこんな感じに。『原作の設定に誠実に、忠実に』を心掛けるほどに原作そのまま書き写しとなってしまうジレンマ。書いてみて初めて分かるこの悩み。「二次創作でキャラ増えてんのに、原作と同じ展開とかおかしいだろ」とか読んでた時は思ってたけど、さじ加減が非常に難しいです。チマチマは変えてるのよ? 実のところ大分書き直しており、最初はもっともっと原作そのままでした。反省。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バラティエにて1

ガツガツと、或いはバクバクか。控えめに言ってもモグモグとなるだろう。

 

若い男女の甘い談笑が聞こえる。家族連れのやや騒々しい、お説教交じりの話し声もまたどこからか耳に入ってくる。

穏やかな空気すら漂うこの盛況極まるバラティエにおいて、唯一戦場染みた忙しさを見せるのは調理場のコック達だけである。いや、例外があった。

 

俺達である。少々気取った言い方をすれば、我々である。いや特に意味は無いのだが。

 

「ふぅ……やっと、人心地付いたな」

 

改めて見れば、テーブルのそこかしこにうず高く積まれた皿、皿、皿……。向かいに座るエイネなど、食事開始3分40秒で見えなくなっていた。食べ始めた頃から周囲より時折チラチラときている視線も、周囲を気にしたラグが威圧気味に見渡す(実際は、マナー違反だったかと申し訳なさそうに周囲を窺っている)と、綺麗に元の状態に戻っていった。何せラグの奴は常在戦場とばかりにこんな時も全身を鎧で覆っているのだ。料理を食べる時も兜を上に上げて口元だけ最小限露出させるといった念の入れようだったりする。

 

「にしても、中々に小高く積まれてるな」

「んぐ……。店員が全然皿を下げに来ないからなのれす! 全く、どうなってるのれすかこの店は!」

「すみませんね、小さなレディ。今この店にウェイターが一人もいない状況なのです、かくいう私自身も実はこのレストランの副料理長でして。そういう訳で、この不手際をどうか許してやってはくれませんか?」

 

黒スーツに金髪、ぐるりと巻いた眉毛の青年がエイネに話し掛けてくる。先程からほぼ一人でホールに出ている為、ウェイター一人と言うのも大変だなと思っていた訳だが、まさか料理人……それも副料理長だったとは思わなかった。

 

「…………」

「これは……嫌われてしまったかな?」

 

苦笑いを浮かべる青年、場の空気が妙なものとなる。ラグもまた、じっと黒服のコックの方を威圧気味に見つめている(実際は、身内の無作法に申し訳なさそうにしている)。我関せずとばかりに食い続けているゴロさんが羨ましい。羨ましいので、俺もモッキュモッキュと料理を頬張る。

 

「ング……すまない。悪気がある訳じゃ無いんだ。ただ……エイネは少し、人見知りの気があってな。仲間以外には極力喋らないようにしてるんだ」

「ああ、そうなのか。安心したぜ。紳士が、小さいとはいえ女性の機嫌を損ねたとあっちゃあならないんでな。……では、小さなレディ。食後にこちらなどいかがでしょう、コナミ諸島のオレンジを使ったシャーベットでございます」

「……い、頂くのれす」

 

エイネにだけデザートを渡して、黒スーツの料理人は忙しそうに去っていった。厨房からの怒鳴り声に、同じく怒鳴り返して応えながらだ。その時の口調から察するに、彼奴めは女性への対応のみ丁寧になるらしい。

 

にしてもあのぐる眉。物凄いため口だったけど、仮にも俺って客だよね?

考え込めば泥沼にはまりそうなので、考えないようにしておく。

 

「お、エイネ。皿なんか持って、どうしたんだ?」

「……食べたお皿を、片付けるのは当たり前の事なのれす」

 

微笑ましいものを見た時のような、ニヤニヤとした笑いを抑えきれないのが自分でも分かる。人間嫌いのエイネ、今は大分改善され仲間ならば普通に会話できるだけになったあのエイネがと、何やら感慨深いものが湧いて出てくる。

 

エイネはトンタッタ族と呼ばれる種族の一人だ。トンタッタ族の特徴としては、通称を小人族と呼ばれる程に背の低い10~15cm程度しかない身長に、動物のような尻尾が生えている事。小さい身体にも関わらず、その身体能力は人間を遥かに上回り壁に大穴を空ける怪力と多くの者を置き去りに出来る程の俊敏性を両立させている身体能力がある。

また、種族全体の特徴として必ず列記しておかねばならない点としては、多種族との生活では支障を来す程に、素直で非常に騙されやすいと言う点も忘れてはならない。おそらくは、過去にそうした素直な所に付け込まれて酷い目に遭ったのだろう。デリケートな心の問題故に踏み入って聞いた事は無いものの、白夜の海賊団に入った際は怯えと怒りと疲れが内在したどろどろとした瞳を浮かべていた。

 

「ラグパルド殿……」

「…………(コク)」

 

白夜の海賊団の者達と共に過ごす事で、そうした人嫌いは改善されてきてはいる。信頼する者達との会話では、気を抜けばすぐ冗談に騙されていたりもする程だ。が、やはりまだ軽薄な者や口数の多い他人(仲間以外)には警戒心を露わにしてしまうのだ。そしてだからこそ、今も何も言わず残りの皿を持ち傍に立つ無言実行の人であるラグに誰よりも懐いているのだろう。彼は俺が知る限り誰よりも優しく、そして決して嘘を吐かず卑怯な真似をしない。言葉に騙されやすいエイネに取って見れば、理想の相棒だろう。

 

実に微笑ましい事である。出来れば、こういった光景はもっと見ていたいものだ。

 

「そら、ぐる眉コック。追加注文だ、キリキリ働け」

「誰がぐる眉だクソ野郎っ! 三枚に卸すぞテメェ!?」

 

 

 

 

 

 

「うへぇ……混んでんなぁ」

「ルフィの奴、何処にいるんだ?」

 

殆どの席が客で埋まっている中、ゾロ・ナミ・ウソップの三人はバラティエへ来店をしていた。ちなみに賞金稼ぎコンビであるヨサクとジョニーは、ジョニーが病み上がりという事もあって共にゴーイングメリー号の番をしている。

 

「お客さん、すまねぇがご覧の有様だ! 悪いが、相席になっちまうが構わねぇか?」

「……仕方ないわね。もうお腹もペコペコだし」

 

必死に客へ出来た料理を配膳する白いコックの服装をした男から相席をお願いされた三人は、空腹だった事もあって渋々承諾をする。男が持つ湯気が立ったスープの何とも言えない香りを嗅いでは、相席など些細な事であった。

 

「いつまで食ってんだお前等はよっ!!?」

「おい、大声を出すなよ。エイネが警戒してるだろうが」

「うっ……いや、違うんだ。小さなレディ、おれは決して君に怒鳴った訳じゃなくて」

「むぐ……何を言ってるんだ、このぐる眉コックが。君らの作るメシが美味いのが悪いんだ、だからこうして俺達がいつまでも食べ続ける羽目になる。半分はな」

「……後の半分は?」

「無論、嫌がらせだが」

「やっぱり出てけテメェ!!」

 

 

三人が見た先には、何やら店の人間だろう黒服の男と言い争っている男がいた。

 

「あ、あわわ……!」

 

ウソップが口に手を当て慌てふためく。ゾロやナミとて、そこまででは無いものの、平静を保ってはいられず表情を変えていた。

別に会話をしている男を見て反応した訳では無い。その男自体は、黒髪に眼鏡をかけ中肉中背の一般人と言った見た目で何の変哲も無い風体をしていた。その男の両隣にいる二人の男達に反応をしたのだ。

 

「で、でけー!? 顔こえー!? お、おおおおいおいゾロ、ナミ! やっぱ辞めようぜ、今日は日取りが悪い!」

「待て、お前どこに行くつもりだ……」

 

逃げ出そうとするウソップの襟首をゾロが溜息を吐きながら掴む。

 

「だだだ、だってよぉ!? 見ろよ、あの黒い鎧着た大男! こんな店の中でも完全武装なんだぜ、それにあの雰囲気! 絶対100人ぐらい殺してるね、間違いない!」

「あー……それは間違いだよ、ピノキオ君」

「誰だよピノキオって!? おれの名前はウソップってんだ!」

「嘘だろ」

「ホントだよ!? ここで嘘吐いてどうすんだ!」

「ん……? だって、鼻が伸びてるだろう?」

「だからどうしたんだよっ!?」

 

黒服の男と会話をしていた男がウソップへ話し掛けてきた。

 

「ラグは、こいつはこう見えて、口数は少ないが気は優しくて力持ちなタイプでね。100人殺すどころか、1000人は命を救っている。無論、その過程で一人も殺しちゃあいない」

 

ウソップは、はっと気が付いた。

目の前の男は穏やかな顔と語り口をしているが、胸の内では怒っているのだ。

 

「ウソップ。今のはお前が悪い、謝れ」

「あ、う……すまねぇ、おれが悪かったよ」

 

ゾロにも促され、ウソップがバツが悪げに謝ると、黒鎧の大男は深い吐息と共に小さくコクリと頷いた。どうやら許してもらえたらしい。

 

「あの……私達、ここのお店の人に相席をしてくれって頼まれたの。構わないかしら?」

「ああ、もちろんいいよ」

 

左右を確認し、各々了承の意を告げられ黒髪の男がそう答える。

ならばと、三人が座る準備をしようと椅子を動かそうとした。ウソップは誰も座っていない席を動かそうと手を掛ける。

 

「コラーッ! エイネに何をするれすかー!」

「うおわっ!?」

 

案内された先のテーブルは、四角では無く丸型のテーブル、所謂円卓であった。

大体、6人程度が座れそうな大きさであり、今の状況に打って付けの大きさと言える。

全部で椅子は四つあり、先客が三人なので空いている椅子は一つある。3人3人である程度離れて座ればいいだろうとゾロが二つの椅子を端の方から持ってきているのを見て席を動かしたところ、椅子から叱責の声が聞こえた。否、椅子には座っている人物がいた。

 

「小さ……に、人形?」

「人形では無いのれす! 何て失敬な!」

「こ、小人ぉ!? マジでいやがったのか!?」

 

ウソップは驚いた。かつて、幼馴染の病弱な少女に嘘の冒険譚として語ったものの一つに小人が出てきた訳だが、まさか本当にいるなどとは夢にも思わなかったのだ。

 

「まぁ、そうへそを曲げるなよエイネ。……紹介しよう、トンタッタ族という一族の一人であるエイネだ」

「……ふん」

 

エイネはヒラリと床に立ち、頬を膨らませ腕を組み横を向く。見れば人間と比べ背が小さいだけかと思ったが、お尻の辺りからはフワリとした毛の生えた尻尾が出ている。

 

「きゃー、可愛い!!」

「ひやぁ!? な、何をするのれすか!?」

 

黄色い歓声を上げながら、ナミがエイネの後ろから抱き締める。

 

「おのれー! は、放すのれす! はーなーすーのーれーすー!」

「んー可愛いー。ねぇ、エイネちゃん。私達と一緒に来ないー?」

 

しかしナミは話を聞いていない。改善しているとは言え、人間不信であるエイネに仲間でも無い人間と零距離でいつづける事に耐えられる訳も無い。遂に強硬手段に打って出る事となる。

 

「放せと……言っているのれすっ!!」

「うきゃあっ!?」

「「ナミっ!!」」

 

トンタッタの見た目に反した怪力を用いて、エイネはナミをブン投げた。あわや床にぶつかるかと思われたところを救ったのは、黒鎧の大男であった。

 

「……あ、ありがとう」

「…………(コク)」

 

一つ頷き、ラグパルドは再び静かに椅子へ座る。その肩には警戒をした眼差しを浮かべたエイネが座っていた。

 

「な、良い奴だろううちのラグは?」

「ええ、そうね。……それと、エイネちゃんも。ごめんなさい、ちょっと羽目をはずしちゃったわ」

「エイネ。相手がちゃんと謝ってるんだから、お前もブン投げた事を謝れ。ラグもきっと、そう思ってるぞ?」

「……うぅ」

「エイネ」

「……エイネも、ごめんなのれす」

 

エイネはペコリと気まずげに頭を下げた。一同に和やかな空気が広がり始めた瞬間であった。

 

「ついでに互いの自己紹介もしておくか、袖すりあうも多生の縁って言うしな。俺は……あー、ソラだ。で、こっちのデカくて厳ついのがラグパルド」

「…………(コク)」

「それで、さっきからメシ食ってばかりいる目つきの悪い侍が、ゴロウザ」

「ジロジロ見てんじゃねェよォ……」

「ひぃー!? おたすけーっ!!」

「何やってんだおめーは……」

 

 

 

 

 

 

「さて、ようやくではあるが……。自己紹介も終わったな」

 

結局、各々が名前を交わし終えるのには5分もの時を要した。目の前に座る連中のアクの強さと言ったらないわね。などとナミは、自分達のアクの強さを完全に棚の上に放り投げて考えていた。

 

「あなたたち、ピースメインの海賊って言ってたわよね?」

「ああ。君達はこの東の海(イーストブルー)の出身だよな? もしそうなら、海賊の事で少し聞きたいことが有るんだが」

「ええ、私達三人はお察しの通り東の海出身よ。それにまだ船には二人いるわ、もし何だったらその二人にも聞いてきてもいいわよ。そっちの二人は賞金稼ぎだから、その手の情報にも詳しいかもしれないし」

「……また、えらく協力的じゃないか? 差し支えなければ聞いても?」

 

キョトンとした顔でソラから疑問が示される。

 

「確かにね。まぁ、その話が儲かりそうなら謝礼金を弾んでもらおうと思って」

「ちゃっかりしてるぜ……」

 

ウソップが嫌そうな表情を浮かべてこちらに目を向けてくる。だが、何も恥ずべき事など無い。澄ました表情で見つめ返す。

 

「ちょっとまとまった額が入り様なのよね。ようやく、後少しで……欲しい物が買えそうなの」

 

軽く……努めて軽く言おうと心掛けてはいるが、そこにナミの万感の思いが込められている事はその場にいる誰もが容易に察せられた。

 

「ほう……そりゃあ良かったな」

「ええ!」

「ふむ……分かった。ちなみに、まとまった額って言うのは幾らかな?」

「え? ……恵んでくれようとしてるなら、多分無理よ。少しとは言っても、後700万ベリーは必要だから」

「ななっ……!? お前、どんだけ溜め込んでんだよ!」

 

ウソップやゾロも驚いていたが、それは当たり前の現象であった。ナミの目標額は1億ベリーだ、それだけあれば慎ましく生きれば人一人が一生生きられるだけの額となる。老後に差し掛かっているならばともかく、10代という若さで溜めた額で言えば破格と言っていいだろう。その年頃なら普通は、数百数千、行っても数万ベリーの単位でやり繰りしているものなのだ。文字通り、桁が違う。

 

「700万ベリーだな、分かった」

「え……? 今何て……」

「そ、ソラ殿……! そんな勝手な……!」

「分かったと、そう言った。俺達が賞金首を狩る上で、今回協力者である君達に支払う代金は700万ベリーとする。――ほぅら、宣言した以上もう引っ込められん」

 

ニヤリと笑みを浮かべる。その悪戯っ子のような表情に、エイネは頭を抱えていた。

 

「……はぁ。アルヴィン殿は今回の懸賞金で、色々と嵩む費用の足しになるって喜んでたのれすよ?」

「何、アルにひいひい言わせてやり繰りすればいいだけの話だ」

 

はっはっはと事も無げに腕を組み笑うソラナキに、ナミの目はギラリとベリーの形に輝く。降って湧いたようなこの好機、逃せる訳も無かった。

 

「言ったわね、確かにこの耳で聞いたわよ! もう取り消せないんだからね!」

「だから、引っ込めるつもりは無いって言ってるだろう?」

「それで? そんな高額、平均額が300万のこの東の海でどうやって稼ごうって言うの? 幾つ悪さしてる海賊団を襲うつもり?」

「いやぁ……そんな事してる時間も無いし、狩る海賊団は一つだけだ。そこで君達に聞きたい事と言うのが繋がってくる。……この中で誰か、コナミ諸島出身、あるいはそこに詳しい者はいないかな?」

 

和やかな雰囲気の中、告げられた言葉に雰囲気を一変させたのは一人であった。

 

「ウソップ、お前知ってるか?」

「いや、おれはあの村から一歩も外に出た事ねぇからな」

 

顔を見合わせるゾロとウソップ。

 

「……止めといた方がいいわ」

 

今までとは180度変わり、冷めたような、押し殺したような無表情で淡々と語るのは、ナミである。

 

「ああ、君は何か知ってるのかな。コナミ諸島の……いや、そこにいる海賊団について」

「さっきの話、やっぱり無かった事にしてちょうだい」

「お、おい。一体どうしちまったんだ、ナミ? さっきまで、あんなに乗り気だったじゃねぇか」

「うるさいわね、あんた達には関係ない事じゃない」

「待て待て。……スープがまだ、残ってるだろう? 残さず食べないと、ここのコックに怒られてしまうぞ」

 

勢いよく立ち上がったナミに、ソラナキは努めて冷静に声を掛ける。感情的では無い声音に暢気な内容、それらに間を外され結局ナミは再びその場にポスンと座る。

 

「いい、よく聞いて? アーロン一味はコナミ諸島に住む20の村々をその力と金によって支配しているの」

「ふむ。海軍はどうしている? 普通、そんな事をすればその土地を管轄している海軍が許す筈も無い」

「……海軍、ね」

 

嘲るように呟かれた言葉でソラナキは察した。彼らコナミ諸島の住人にとっては、海軍は当てにならなかったのだ。それももしかすると、単にやられるよりも酷い結果で。

 

「――ついたか、アーロン側に」

「何ぃ!?」

「……我々が想定した、最悪のケースなのれすね」

 

エイネが、帽子で顔を隠して俯きつつそう述べる。

 

「実は俺達の協力者というのが、薄く浅くではあるものの全世界にいてな。切っ掛けとして、海軍の第16支部の金の流れがおかしいという情報が入ったんだ。まぁ、それ自体は内輪の話だ。海軍に情報をリークして勝手に対処してもらえばいい話なんだが。それと同時に、どうもコナミ諸島からの貿易や人の流れが不自然なまでに減少したという話もほぼ同時期にあったからな。コナミ諸島の管轄は第16支部だ、これは何かあるなと思って調べてみればビンゴだったという訳だ」

 

そもそもの話、第16支部が東の海最高額の海賊団と交戦したという形跡すら見られなかった。もしも大なり小なり交戦したと言うのなら、そして敗北をしてしまったと言うのなら、当然他の支部かあるいは本部に救援を要請するはずである。

 

その兆候が一切見られない。

という事はつまり、決してあってはならない事ではあるが、海軍第16支部が賄賂や脅迫の類によってアーロン側に与したという訳だ。

 

「……アーロンの懸賞金額は2000万ベリー。二番手が1700万ベリーな事を考慮すれば、平均額が300万ベリーのこの東の海においてそれは断トツに高い事を意味してるわ」

 

海軍が定める懸賞金の額は、正確に言えば実力ではなく危険度や影響力の強さを表している。だがアーロンのこの額は、コナミ諸島での人を人と思わぬ振る舞いを一切除いた上で2000万ベリーなのだ。政府がどれだけアーロン一味を危険視していたかが見て取れる。

 

「東の海全体のバランスを考慮して低めにつけられていると仮定すれば、偉大なる航路(グランドライン)にいれば3倍……いや、億に達しても不思議では無いな」

「お、お、お、億ぅ……!?」

「分かったでしょ? アンタ達がどれ程腕に自信があるのかはしらないけど……魚人には絶対に敵わない!」

「ああ、ようやっと合点がいったぜェ……なーんでこんなトコにオレッチ達が来たのかなァ」

 

そんな中、今まで興味なさ気に黙りこくっていたゴロウザが言葉を発する。

 

「億越えばりの強さとくりゃァ、そりゃァ確かに最弱の……東の海の連中にゃちと食いでが有り過ぎらァな」

「……何?」

 

その言葉に食い付いたのは、今まで会話に参加してこなかったゾロであった。世界一の大剣豪を目指すという、死別した幼馴染の少女との約束を果たす為。その言葉はどうしても彼にとって見過ごす訳にはいかなかった。

 

「おい、おっさん。さっきからゴチャゴチャと強そうな言葉を喋っちゃいるが、言えば言う程随分と弱そうに聞こえて来るぜ?」

「……おい小僧ォ。テメェと相手との力量差も見て分かんねぇのかァ……? 吐いた唾は飲めねェふっ!?」

 

剣呑な雰囲気を散らしたのはゴロウザの奇妙な語尾。そしてそれを成したのは、ゴロウザの頭上に飛来したエイネの鉄拳であった。

 

「ぐ、おおおォッ……!?」

「ソラ殿がお話ししてる最中なのれす、それに野蛮な事は駄目なのれす!」

「まぁ、生唾飲んで我慢してろって事だなゴロさん」

「ゾロ、おめーもだよ!? なに挑発してんだうぉいっ!! おっかねぇにも程があんだようぉいっ!!」

「悪かったよ……」

 

汗やら何やらを垂れ流しながら、そしててかてかと油汗の滲んだ長い鼻をゾロの顔にぐぅりぐり押し当てながら必死に抗議してくるウソップの様子に、流石のゾロも辟易しながら謝った。

無事、一触即発な状況を周囲の尽力によって回避した一行の耳に入ったのは、何かが叩き壊れる音であった。

 

「こ、今度は何だぁっ!?」

「ほら、あそこだよ」

 

真っ二つに叩き割れた木製のテーブル、尽く割れてしまった食器が足元に散乱していた。

ソラが指を指した方向には、黒服に金髪のウェイターと一組のカップルが立っていた。

 

「あ、あ、あ、あれさっきの海軍本部の大尉じゃねーか!?」

 

良く見ればカップルの男の方は、浅黒い肌に縦縞ストライプのスーツ、何より右手のナックルダスターと、確かに先程ウソップ達が遠目に見た≪鉄拳のフルボディ≫の特徴を備えていた。

 

「ふーむ、海軍本部の大尉かぁ」

「ふーむ、ってアンタらなぁ!? やべーぞ、あのウェイター! あの大尉、何か明らかに怒ってんじゃねーか!」

「いやぁ、それは違う長鼻君。あの一見優男なぐる眉コックはウェイターじゃ無くてコックだ。ついでに現状、あっちの大尉殿のメンツを潰したりして笑いものにしたらしい。それで、女性の前で顔を潰された大尉殿が怒ってるって寸法だ」

「ああ、あれウェイターじゃなくてコックなのか。紛らわしいな……じゃねぇ!? そうじゃねぇだろっ!!」

「そうだなすまん、正確には『怒ってる』じゃ無くて『怒り狂ってる』か」

「ああ、それなら確かに納得……するかボケぇ!?」

 

ウソップとしては非常に珍しい事に、ソラに対しては殆ど遠慮なくツッコミを入れていた。そこには二つの理由がある。一つ目は、ソラが彼ら4人組の中で最も海賊らしいその手の雰囲気を出していなかったからだ。一人だけ、凡庸としか言いようが無い。黒鎧の大男や、和装で柄の悪そうな剣士は言うに及ばず、あの小さな少女ですら一種の『凄味』めいた物を感じ取れているにも関わらず、だ。先程から彼らの中で喋る役がソラであった事からして、おそらくはアクの強い戦闘員の傍にいて、フォローに回る非戦闘員の常識人枠といった役回りでは無いかと目星を付けたのだ。そんなトコロはどこか自分に似ていると親近感めいたものすら感じる。

 

(ま、まぁ? おれ様は実力も人望もピカイチのキャプテーン・ウソーップなんだけどなっ!)

 

などと無意味な強がりを胸中ですら呟いてしまうのは、最早ウソップの骨身にまで染み込んでしまっている個性であった。

ともかく、そんなウソップである。今もちゃっかり離れた安全地帯でソラと共に場の観戦を行っていた。

 

「仕方ねぇ……よーし、こうなったら行けーゾロー!! おれはここでお前の背中を守っているぞー」

「いや、お前が行けよっ!」

「まぁ大丈夫だろう。もうウチのが行ってるから」

 

全く緊張感の無い表情でソラが言う。幾ら強そうだからと言っても、相手は海軍本部の将校である。もしかしてコイツ、事の重大さを認識してないんじゃないか? などとウソップは心配してしまう。

 

「……え?」

 

果たして、事態はウソップの予想とは全く正反対の方向へと進もうとしていた。

 

「ごぼぉっ!?」

 

くぐもったような悲鳴は、金髪のコックでは無くフルボディ大尉から漏れ出ていたのだ。声がくぐもっていた理由は、金髪のコックが顔面目掛けて凄まじい速さで蹴り上げていたからだ。

 

「まだまだ行くぜ、クソお客様……?」

 

欠けた前歯、零れ出る血液。明らかに腰が退けていたフルボディ大尉に対し、金髪のコックは再度足を振り上げる。先程は足元から掬い上げるように蹴り上げた、今度は上から下、踵落としのように棒立ちなフルボディの脳天を狙っていた。

 

低い風切り音すら巻き起こし振り下ろされた脚はしかし、遮る手によって難なく受け止められていた。

 

「てめぇ……」

「…………(ふるふる)」

 

重厚な腕は、これまた重厚さ漂う黒い鎧に覆われていた。

 

「……そこをどけよ。クソ大事なお客様とはいえ、邪魔すんなら蹴り倒すぞ……?」

「そうはいかないのれす!」

「……小さなレディ」

「エイネれす!」

「わかった、エイネちゃん。とにかくそこをどいてくれ。おれはな、食い物を粗末にする輩が目の前にいると、クソ苛立つんだよっ!!」

 

話している内に再び興奮してきた金髪のコックが飛び出そうとするも、ラグパルドが胴体に腕を回して抑えている為、一切動く事も無い。完全に、子供と大人の様相であった。

 

「は、はは……! ……たかがコックの分際でよォ、なめた真似してくれたじゃねぇか!! おい、そこの図体のデカいお前、良くやった! しっかり抑えてろ、やられた分はきっちり返してやらねぇと気が済まねぇ……!」

 

奥歯まで全部叩き折ってやる、と歪んだ笑みを浮かべつつ近づくフルボディ大尉。だがその歩みは程なくして止まる事となった。あまりにも突然に、進行方向の首元へ鞘に入ったままとはいえ刀が付きつけられていた。

 

「な、あっ……!?」

「兄さんよォ……立てた顔、わざわざ横たえさせる事もねェだろォ……?」

 

その場にいた、誰もが突如として現れたゴロウザに気が付かなかった。ウソップもまたその一人であった。慌てて振り返ってみると、先程まで我関せずと椅子の上に胡坐をかいて飯を腹の中に入れていた筈なのに、いつの間にやらそこには食い散らかされた皿のみが置かれているだけであった。

 

(馬鹿みたいに速ぇ……!? 動くのが全く見えなかった、もしかしてクロの奴と同じくらい速かったんじゃねぇか!!)

 

クロ、とは海賊≪百計のクロ≫の事である。ウソップがルフィ達≪麦わらの海賊団≫の一員となる契機となった事件を起こした海賊であり、文字通り眼にも止まらぬ速さを持っていた、ウソップ達が知る限り最速を誇る男であった。目の前の男はもしかすると、それに匹敵するかも知れない程だ。

 

「あ、ああぁっ!!」

「な、何だよいきなり!?」

 

一連の騒動を遠巻きに見ていた客の一人が、いきなり大声を上げた。何かに気が付いたようなその様子に、周囲の人間はそちらに注意を向けていく。

 

「あ、あの大柄の体に黒い鎧、それに肩に乗るマスコットキャラの不思議生物……! 間違いない! あの男は偉大なる航路の海賊、懸賞金1億2000万ベリー! 木星海賊団船長、≪黒鎧のラグパルド≫だっ!!」

「ていうか不思議生物とはなんなのれすか、不思議生物とはーっ!!」

 

ざわつく群衆に、キー! と両手を振り上げ吠える不思議生物。悲しいかな、そのせいで更にざわついているのには頭脳明晰を自称していても中々に気が付かないらしい。不思議である。

 

「……え、何? ラグ、お前懸賞金付いてたの知ってたの?」

「…………っ!(ぶんぶん)」

「んー……あり得る答えとしては、人助けした時に誰か海軍とか政府関係者でもぶん殴った、か?」

 

どうやら全く知らなかったらしい。ウソップとて、なんとなーく先程までの交流で目の前の大男の温厚な人柄は分かってきていた。その為、本来ならば多少の懸賞金が付いていようと、茶化すとまではいかずとも、何とか刺激しないように会話をしようと考えられる程度には考えただろう。

 

だが、そうなるには懸賞金の額が高すぎた。

 

(1億2000万とか、本物の化けモンじゃね~か~っ!!?)

 

先程ウソップが比較として出していた東の海最速の男≪百計のクロ≫、ウソップが仲間と共に辛うじて撃破したこの強敵の懸賞金額が1600万ベリーである。

先程話に出ていた東の海最高額でも2000万ベリー、平均が300万ベリーである事を考慮すればそれで東の海全体の三番手と十分に高額なのだ。懸賞金=実力ではないとはいっても、最早億越えなど想像すらつかない。

 

それら懸賞金フィルターを含んで改めて目の前の偉丈夫を見てみると、明らかにキョドっている風なのに、何故か全周囲を興奮しながら威圧して回っているかのように見えてくるから不思議だ。

 

「それだけじゃねーぞ! おれぁ、偉大なる航路帰りだから知ってるんだ! あそこでフルボディ大尉の首元に刀を当ててる男は……!」

「おお、あっちの見るからに凄い刀を持ってる男がどうかしたのか!」

 

群衆の中でも、比較的荒事寄りな恰好をした男達が大声で会話を交わす。

 

「一夜にして、偉大なる航路で共謀して悪事を働いていた8つの海賊を殲滅して10億ベリーを稼いだと言われてる賞金稼ぎ! ≪刃金のゴロウザ≫その人だ!」

「別にィ、鴨が葱背負ってやってきただけさァ……」

「海賊と賞金稼ぎが何で一緒にっ!?」

「≪黒鎧≫はピースメインだ! 同盟でも結ぶってのか!?」

「あの時はお蔭で資金難を乗り切れたからな。本当にお世話になりました」

(ぎゃぁ~!? 10億なます切りぃ~!?)

 

腕組みをし、満足げに頷くソラの横で、ウソップは声に出てこない絶叫を上げていた。

 

「……だが、一つどうしてもしておきたい訂正がある。やってきた訳じゃあない、どう見てもあれはゴロさんの方から出向いていったんだ」

「そこ、心の底からどうでも良いわぁっ!!?」

 

流石に引っ叩く訳にはいかないが、それでも全力でツッコミを入れる。訂正するとするならば、もっと値段が低かったとか、規模が小さかったとかでは無いのか。

 

「……っ! 今、訂正を入れた男は!」

「今度はどんな奴なんだ!?」

「いや、全く知らん。黒鎧か刃金の下っ端か何かじゃないのか?」

「確かに。全然強そうじゃないしな」

 

ウソップが恐る恐る横を見ると、そこには床に手を突きどーんとした空気をソラが醸し出していた。

 

「いや……いや、それでいい訳だから……。そもそも、その為にこんな埋没するような没個性ファッションしてる訳だし? 野暮ったい感じの眼鏡とか色々俺なりに考えてやってる訳だし? 仲間が賞賛される中、船長の俺がこんな評価でもなんかちょっと寂しいとか無いから。別に全然気にしてないよ、だって俺本気になったら結構強い方だもんよ……。でも手加減苦手だから本気にならないってだけだし……」

(あ、コイツはおれと同類だ……)

 

淡々と、何やら言い訳を放っているソラを見て、直感的にウソップはそう思った。

 

『料理長ドローップ!!』

『おうっ……!』

「な、今度は何だぁ!?」

 

突如として、天井が砕け上から男が二人落ちてきた。バキバキバリンという音と共に現れた二人の男、一人はこの店のオーナーらしい男だ。何せ料理人たちがそう騒いでいるのだから間違いない。コックの代名詞とでも言うべき白い服に身を包み、特徴的な鼻の下から生えている長い髭を編み込んでいる、片足が義足な金髪の男だ。そしてもう片方は、ウソップ達にとって非常に馴染み深い人物であった。

 

「る――」

「「「「ルフィ!!?」」」」

 

上がった声は四つ。おかしい、当の船長たるルフィを除けば一味は三人だ。それ以外に知り合いがいる筈も無い。

 

一味以外に上げられた声の主はウソップの横にいた。中肉中背の地味男、ソラであった。

会ってから余裕な様子を崩さなかったソラは、ウソップが見る限り初めて驚きを顔に浮かべながら、ルフィの元へと近付いていく。

 

「お前久しぶりだなぁ! ルフィ、最後に会った時から何年ぶりだ?」

「ん……? おぉ、ソラ! ソラじゃんか! 久しぶりだなぁ、ニシシ」

 

ひどく親しげに旧交を温めあう二人。その光景に周囲の人間は困惑をする。

 

「な、なぁルフィ? お前、その人と知り合いなのか?」

「おう。ソラはおれの先生とか師匠みたいなもんだ」

「まぁ、俺の上にいた人がコイツの祖父でな。その繋がりで、コイツの兄貴共々手が空いた時に色々教えてたんだ」

「ルフィお前兄貴が……いや、それより。勉強でも教えてもらったのか?」

「いんや、殴り方」

「ム、蹴り方もな」

 

あっけらかんとルフィは言っているが、ウソップとしては俄かに信じられない話であった。自分達の船長であるルフィは、先日も名のある海賊を複数叩きのめした紛れもなく強者の区分に入る男であった。自由奔放過ぎるという難のある性格を補って余りある、それが許されるだけの腕っぷしを持っているのだ。

 

そんな男に殴り方を教えたのがこの冴えない男? と疑ってしまうのは、ウソップからすれば仕方のない事であった。それ程までにウソップの見てきたルフィは強く、そしてソラという男は冴えなかった。

 

(そう考えると、何か途端に底知れなく思えてきやがった……)

 

じりじりと、ウソップはソラに気付かれないよう密かに遠ざかっていった。更なる闖入者が現れたのは、そんな時であった。

 

両開きの入口が、勢いよく開けられる。

そこに立っていたのは、みすぼらしい恰好をした男であった。ひどく衰弱をしている、じき死んでしまうであろう事は誰の目にも明らかなそんな風体。

 

「な、テメェ!? クリークの手下がどうやって船を抜け出してここまで来やがった!!」

 

フルボディ大尉の言葉に、船内がざわついた。海賊クリーク率いるクリーク一味、東の海全体でも一、二を争う規模の海賊団である。船長のみの額こそ1700万ベリーとアーロンには一歩劣るが、海賊団全体の合計懸賞金額ならばクリーク一味の方が上だ。いずれにせよ、決して侮って良い相手では無い。

 

「アイツ……クリーク一味の中でも幹部だ! 艦隊の戦闘総隊長、【鬼人のギン】……間違いねぇ」

「何ィッ!? クリーク艦隊のNo.2じゃねぇか、何でそんな大物がっ!?」

 

ざわめく周囲を尻目に、不精髭を生やし饐えた臭いを漂わせたギンはそれでも何とか椅子にまで辿り着き、せめて海賊らしくふてぶてしくどっかと座る。

 

「おい……。誰か、いないのか……? 何でもいい、メシを持ってこい」

 

ぶらぶらと銃をぶらつかせ、周囲に目を光らせるギン。隠せぬ疲弊があって尚、飢狼の如き鋭き眼光を放ち威嚇していた。

誰もが、ギンに意識を向けられたくはなくて息を殺していた。その視線は必然と、先程まで注目を浴びていた一団へと向けられていく。

 

「…………」

 

まるで、声なき期待の声に応えるように。

男達は自分達の席から立ち上がった。誰も何も喋らない、ただ黙して海賊の元へと歩み寄る。その手には、未だ湯気が漂う料理が持たれていた。

 

「ほら、メシだ。有り難く頂け」

「何食わせてやってんだ、テメェ!?」

「何、駄目なのか? ……こう、友達とシェアするノリと思えば行けなくも」

「ダチも何も、テメェら初対面だろうがッ!?」

 

コックの言葉にソラは面倒臭げに頭をかく。

 

「と言うか俺達が頼んだ料理をどうしようが、俺達の勝手だろう。……そもそも、もう腹いっぱいなんだ。残すとお前ら怒るだろう」

「じゃあ何で馬鹿みたいに頼んでんだよ!?」

「お前らの作った料理が美味いのが悪い。略すとお前らが悪い」

「略すなっ!?」

 

(あ、やっぱこいつルフィと同類だ)

 

確信と共にウソップは思った。自分達の船長と同様の自由な性格をしている。一見マトモそうな雰囲気な分だけ性質が悪いとも言える。

 

「ふざけてんじゃねぇぞ! そんな奴に食わせるメシなんざ――」

「待ちな。おれが許す。食わせてやれ」

「おいサンジ!? 何考えてんだ、てめぇ!」

 

煙草を咥え、サンジが颯爽とやってくる。

 

 

「おれは腹が減ってる奴にゃ、誰だろうと腹いっぱい食わせてやるんだよ。いいから食え、クソうめェぞ?」

「恩とは……思わねェぞ?」

「ケッ、要らねェよォそんなもん。俺達ァただ、食いモンを残すのがもったいねェと思って、残飯処理にテメェを使っただけなんだからなァ」

「ほら存分に食え。腹を空かせて死にかけてる奴なんて、どんなに凄まれても雨に打たれた子犬と同じだからな。そんな奴にどうこうするのも性に合わん」

「子犬というより野良犬れすけど……遠目で見ても虚勢を張ってるのは丸分かりれす! この軍師エイネの目は誤魔化せないれすよ!」

「…………(コクリ)」

 

一連のやり取りを聞き、男は静かにスープを口に入れた。

 

「ああ、畜生……! 何だこのスープ、やけにしょっぺぇじゃねぇかっ……!」

 

誰もが、動きを止めてその光景を眺めていた。その眼差しは、凶悪な海賊に向けるものにしては僅かばかり柔らかな意味合いが込められていたのであった。

 

 

 

 

 

 

とかなんとかやっていたら。いつの間にやら、何か偉そうなコックが持ってきた食料持って逃げられてた件。

 

「どーすんだよ、オイ!?」

「まぁ……捕まえるなら、一度にやった方がいいからな」

「まさかアンタら……全部知ってて!?」

「……ふっ。ご想像にお任せしよう」

 

多分、そっちの方が俺に都合が良い筈なので。

 

とにかく、勢いづく戦うコックさんにあくまで堂々と弁解をする。

いや違うのだ、うっかりで取り逃がした訳では無く。策の一環として、敢えて逃がしたのだ的なサムシングである。船長職を続ける内に、外面をいかにも全て分かってる風に取り繕う事にすっかりと慣れてしまった気がする。大人になるとはこういう事なのだろうか。きっとそういう事なのだろう。だからみなさん、顔の横を一筋流れる汗は見逃してほしい。

 

とはいえ、それもあながちウソとも言えない。あの男は疲弊を隠し切れていない、もうとうの昔に限界が来ているのだ。ここまで動けているのは、偏にあの男の優れた精神力の賜物だろう。取り敢えず、最低限餓死しない程度に食わせた後に間髪入れず縛り上げて、然る後に海軍に突き出そうぜというのは何も突飛な行動でも何でも無かった。

 

「……ソラ殿」

「……致し方ない、目の前の悪を放置する訳にもいかんからな。幸い、と言っていいか分からんが、コナミ諸島にいるアーロン一味の目的は虐殺では無くあくまで徴税だ。多少の猶予はある。一日待って、来ないようならこの辺を捜索して奴らを潰す。その後、取って返してコナミ諸島へ向かうとしよう」

 

乗ってきた小舟に戻り、エイネと今後の方針を話しながら待機する。

今いるメンバーは、いずれも身体スペック頼りによる多少の無茶なら十分に利くメンバーだ。一日も早い解放をしてやりたくはあるが……可能な限り、全てを救う為である。コナミ諸島の人達にはもう少しだけ我慢をしてもらわねばならない。

 

「おーい、ソラー! 仲間も一緒に、こっち来いよー!」

 

羊の頭をした船の上から、ルフィがこちらに手を振って呼んできた。今ここでする事も他に無い、有り難くお呼ばれされるとしておこう。

 

それにしても、やはり海賊になったか。ルフィとは、意外と縁が長い。俺がまだ海軍にいてガープ中将の元にいた頃から、フーシャ村に行くたびに海軍式の近接格闘術を教えていたからだ。ガープ中将は、何でも良いから海軍に関係あるものに触れさせることで海兵にしようと画策していたようだが、ルフィの海賊への憧れの前にはそれも無駄だったようだ。

 

「来たぞ」

「にしし、見てくれよ! これがおれの船、≪ゴーイングメリー号≫って言うんだ!」

「おれ『達』な、おれ『達』」

 

即座にツッコミが入る辺り、とても仲が良さそうで何よりだ。海賊の一味に真っ先に求められるのは、実力よりも寧ろ鉄の結束、仲間を裏切らぬ仲の良さと言える。一人一人が身体の一部なのだ、右手と左足が仲違いなど笑い話にもならない。そう言った点で言えば、ルフィ達はちゃんとスタート地点に立てていると言えよう。

 

だが、同時にそれだけではいけない。俺に、俺達にとって、絶対にしておかねばならない質問が1つあった。

漏れ出でた、ややピリピリとした雰囲気に当てられてか、周りの皆が静まり返るのを感じる。向き合っているのは、船長たるルフィ一人だ。

 

「ルフィ……お前たちは、≪ピースメイン≫か? それとも、≪モーガニア≫か?」

「どっちでも? おれは海賊だ。一番自由な奴になりてぇんだ」

 

堂々とした物言いについ苦笑を浮かべてしまう。

 

「そうか、じゃあ言い方を変えよう。……お前は、自分の自由の為に民草の自由を踏み躙るつもりか?」

「する訳ねぇだろ、そんな事! 馬鹿にしてんのか!」

「……なら、良いんだ。悪いな、変な事聞いてしまった」

「おう」

 

大事な、非常に大事な質問を終え気を緩めると同時に、周囲の空気も緩和していく。いや、一か所だけまだぴり付いているな。

あれはウチのゴロさんと、ルフィの一味のイガグリ剣士君……ゾロ君か。

 

「よぉ、オッサン……いっちょ、おれと勝負してみねぇか?」

「よせよォ……オレッチァ弱いモノ虐めはしねェ主義なのさァ」

 

さっきからとても距離が近い。至近というよりほぼ零距離である。パーソナルスペースという視点から見れば、この上なく親密な間柄と言える。

まぁ何せ共に剣士なのだ、きっと俺達には分からない通じるところがあるのだろう。

 

「お、おい。止めなくていいのかよ!?」

「あっはっは、やれやれ!」

「仲が良くて大いに結構」

「良くねぇよ!?」

 

けらけら笑っているルフィと共に、取り合えず囃し立てておく。

 

「しかしな……現にああして、熱を込めて見つめ合っている訳だし。ラヴは邪魔しちゃいかんよ、ラヴは。そりゃあ、一目惚れから始まるラヴだってあるさ」

「んまっ……!」

「見つめ合ってんじゃねぇ!? 睨みあってんだろうがっ!!」

 

マジか。

 

 

 

 

 

 

「ここにいたか、ナミちゃん」

「……何?」

 

様々な感情が入り混じった表情を浮かべ、ナミは皆から離れた場所にいた。

 

「すまん。予定では、補給を終えればすぐにでもコナミ諸島に向かっている筈だったんだが……後、2・3日待ってくれ」

「……私は、あなた達がアーロンの奴を倒せるだなんて思ってない。例え、あの二人の懸賞金額が億を超えていたとしてもよ」

 

押し殺したような表情でナミが語る。

身を切るような痛みだろう。聞いた話では、コナミ諸島の村々は例外なく相当な圧政に苦しめられているとの事だ。彼女の家族や知り合いもまた、生きるか死ぬかな状態であっても何らおかしくはない。

 

理屈ではないのだ。もう、これ以上事態が変わり新たな悲劇が生み出される事を心が許容できない。

 

「……確かに。魚人は生まれながらにして強力な力を持っている。ああ、それは俺も良く知っている。だが君は、俺達の事は置いておいたとしても、少しここまで共に旅してきた君の仲間達の力を過小評価しすぎだと俺は思うんだがね」

「仲間? ……私に、仲間なんていない」

 

その横顔は、まるで誰も傍に寄り添っていないかの如くとても寂し気であった。

 

「覚えておくといい。間違いなくルフィは、そしてきっと他の彼らもまた、君の為に全力で助けようとするだろう。誰に何を言われても」

「そんな事……! 私は望んでない! 私は、私だけで皆を助けられるんだから!」

「聞こえなかったか? 誰に、何を、言われても、だ。……早まらず、落ち着いて周囲を見渡してみるといい。決して早計に失してはいけないよ、急いては事を仕損じる。幸運を見逃す事もあるだろう」

 

何か言いたげなナミに、手の平を出して会話を止める。

 

「どうやら、早速幸運が舞い込んできたようだ。……これで、思ったよりも早くコナミ諸島へ向かえそうだ」

 

大型のガレオン船が、ゆっくりと近付いてきていた。船首には牙を剥いた怪物が模られており、ルフィ達の船にある優しげな羊とは全く違う印象を与えている。

 

「髑髏の両側に砂時計……か。エイネ」

「ソラ殿のお察しの通り、あれはクリーク一味の海賊旗なのれす! ちなみに説明するのれすが、そもそもあの両側の砂時計の意味は――」

 

目を瞑って流暢に薀蓄というか雑学と言うかを述べているエイネには悪いが、彼女はラグに任せて一足先にバラティエに向かう。目的はコックやお客の避難だ。あのガレオン船の上ならば問題は無い広さなのだが、逆にバラティエの中で大捕り物になったとすれば、目も当てられない。

 

(だが……)

 

一つ、その船には妙な点があった。あまりにボロボロなのだ、それも一隻のみ。仮にも艦隊とまで言われた筈のその威容は見る影もなく、寧ろ痛々しさすら感じてとれる。

 

偉大なる航路は東の海とは比べものにならない程に天候がコロコロと変動していく。大方、嵐にでも見舞われたのだろう。そう結論付け、バラティエ船内に駆け込む。

 

「お客様―! 落ち着いて、落ち着いて扉から外に出て下さい!」

「おい、誰か手ぇ空いてる奴操作室行ってこいっ!」

「空いてる奴なんざいねぇよ! そもそもヒレなんざ開いてどうすんだ!」

「店ん中荒したら料理長ぶち切れんだろうが! お前一番暇だろ!」

「……ああ、畜生おれが行ってくりゃいいんだろ!」

 

幸い、バラティエ側が接近にいち早く気が付いたのだろう、既に客の避難誘導をバラティエのコック達が行っていた。だが、かき入れ時だった事が災いし一つの扉に殺到(扉は二つあるのだが、もう一つの扉はガレオン船が絶賛接近中の方向にあるので、寄り付かない)してしまった事で、まだ少々時間が掛かる。

 

「どうすんだィ、ソラの字ィ?」

「……ひとまず、ここにはラグとエイネを置く。俺とゴロさんで前に出るぞ」

「あの麦の字共はァ?」

「……あぁ。そう、そうだな。それじゃ、やっぱ俺達全員で客の誘導をコック達と協力してやるか。その間、ルフィ達に矢面に立ってもらおう」

 

何せクリーク艦隊の人数はエイネ曰く5000人とも言われているらしいからな。あの船以外に別口で客を狙って来られても鬱陶しい。こうする事で、万が一にも一般人に被害が及ぶのを防げるし、ついでにルフィ達の実力を見る事も出来る。一石二鳥と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公はルフィの殴り方の先生、という事にして多少の接点を。年齢設定が20代後半という事で、やや兄というのは厳しいかという年齢なので先生ぐらいに。

ちょっと今回切る場所が分からなかったんで、適当なところでざっくり2分割。続きは明日投稿します。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バラティエにて2

無事に客の避難を終え、再度戻って来たソラナキ達の目に入ったのはルフィやコック達と睨みあう一人の金ぴか鎧の男であった。

先程までとは違い、船の両サイドにそれなりの広さの足場が出来ていた。コック達が言っていた『ヒレ』である。店内に客が入りきらない場合の席の増設を目的とした設備であるのだが、バラティエは魚を模した形状であるレストランである、これ以上ない名称と言えた。

 

「エイネ」

「そうれす、手配書を見る限りあの男が≪だまし討ちのクリーク≫れすね。そもそもその異名となった経緯をご説明させて頂くと……」

 

ラグパルドの肩の上で相も変わらず目を瞑り饒舌に語りだすエイネを、ソラナキは華麗にスルーしておく。ひたすらに長いのだ、律儀に聞いていれば騒動が終わってしまう。

 

『おれ達に足りなかったのは、情報だ! あの日、鷹のような鋭い目をした謎の男に壊滅させられたのは単純におれ達がそれを知らなかったからだ! どんなトリックを使ったかは知らねぇが……知れば二度はやられん!』

 

力も、人数も、野心も十分に満ち足りていたとクリークは言う。そこで活動していたソラナキ達からすれば、大いに口を挟みたくもある言葉であったが……そこは重要では無い。スッと、クリークとは別の方向……海へと目を向ける。

 

「海老で鯛が釣れたかァ……?」

「まだ食い付いたのを見た訳じゃないけどな。だが、もしそうだとすればゴロさん呼んだ俺の慧眼といったところじゃないか?」

「ヘッ、テメェで言ってりゃ世話ねェぜェ」

「ついでに、暇なら少し掃除しといてくれよ」

 

スルリと音も立てずに、今しがた入って来た後ろの扉からゴロウザが再度外へと出ていく。

 

『まぁ……イイ。おれの目的はこの船と航海日誌だけなんでな。面倒事もゴメンだ、とっとと失せな』

 

人命までは奪おうとしないのか。極悪非道な海賊という印象であっただけにソラナキにとっては少し意外である。別に善行を為した訳では無いので、少し、なのだが。

 

いずれにせよ、人命までは奪わないと言われてもバラティエ側からすれば承服など出来る訳も無い事に変わりはない。必然、両者の険悪な雰囲気は増していく。

 

「ちょっといいか?」

「……何だ、テメェは?」

 

コックの中から攻撃を仕掛けようという動きが見えたため、ソラナキが急きょ会話に割って入る。

 

「まぁ、そんな事はどうでもいい。それより、ここで戦いとなるとこの船が傷ついてしまう。それは両方にとって損だろう? 何せ俺達とお前達、両方ともこの舟が無傷であって欲しいと言う点では意見が合致してるんだからな。だったら、だ。提案なんだが、アンタらの乗り捨てるガレオン船で決着付けるってのはどうだ? そっちなら、幾ら暴れたって問題はない」

「……ふむ」

 

考える姿勢はポーズだろう。どんなに有益な意見であれ、組織の頭が即座に食い付く姿というのはみっともない。

 

「いいだろう、その話乗ってやる」

「ああ、ありがとう。話の分かる男で良かったよ、無暗に被害は増やしたく無いものでね」

「……で? おれに楯突こうって愚か者はどいつだ?」

「フッ……。それは勿論――」

 

素早く横のルフィに腕を伸ばす。

 

「ん?」

「――コイツだ」

『お前じゃ無いんかいっ!?』

「コイツと首領・クリーク。アンタがやり合って勝った方にこの船が進呈されるって事でどうだい」

 

クリークとしても、悪い話では無い筈だ。自分達のフィールドで、しかも見た目自分よりも貧弱そうな10代の若造一人伸しただけでお望みの船が手に入るのだ。

 

「無論、その際のコック達の反発は提案をした以上、俺達が責任をもって抑えるが……?」

「クックック……ハッハッハッハ!」

 

クリークが愉快気に笑いを浮かべる。

 

「良い提案だが……断る」

「……後学の為に聞いておこう。何故だ?」

「賢しげな面で、さも条件を受け入れるだろう? と言わんばかりのテメェが気に食わねェからだよ」

「……そんなつもりは更々ないが?」

「テメェに無ければ産んだ親を恨むんだな! そもそもおれ達とテメェらは対等な立場じゃねェンだよ! 数こそ減ったが、まだおれには約100人の有能な部下がいるんだ! わざわざおれが出張らなくても問題はねぇんだよ。大将は、後ろでふんぞり返っておくもんだ」

「何、100人の部下が?」

「ああ、そうだ! アイツらに加え、この奇妙な形状の船があれ――」

「どこに(・・・)?」

「――あ?」

 

何かがおかしいと、クリークのカンが語りかけてくる。具体的な事は分からない。だが戦場の空気が、変貌してきているのだ。

 

「どこに、その有能な100人とやらはいるんだ?」

「……おれの、ガレオン船の中に決まっている」

「そうか、奇遇だな(・・・・)。実は先走ってしまって、俺の極めて有能な仲間に、簡単なゴミのお掃除を頼んでいたんだよ。いやすまない、まさか断られるとは夢にも思わなくてな」

「……ッ!?」

 

その言葉に隠された意味を察するや否や、クリークは脇目もふらず外へと駆け出す。向かう先はガレオン船の甲板だ。

 

「テメェ等……!」

「よォ……遅かったじゃねェかァ。ゴミは一まとめにしといたぜェ、キレイ好きなモンでなァ、カカ」

 

誰一人呻き声一つ上げない、うず高く積もれた人の山。その頂上には悠々と座るゴロウザの姿があった。

 

つまるところ、ソラナキとしては自分の意見をクリークが受け入れようと入れまいとどちらでも良かったのだ。あれの本質は、それらしい事を言ってゴロウザが掃討する為の時間稼ぎだったのだから。おまけにいえば、もし仮に万が一ルフィが敗れた場合は、なんか都合よく約束を忘れ「では次は俺とお前が船を賭けて勝負だ」とでも言って有無を言わさず叩きのめすつもりであった。人を害そうとする輩には、大体最低限の容赦しかしない男である。

 

「まァ、死んじゃァいねェよォ。どこかしらの骨を1・2本折ってはいるけどなァ」

「グ、ク……! 貴様ぁっ……!」

 

クリークが憤怒の形相を顔に浮かべる。当然である、これで偉大なる航路に再度突入するという計画は頓挫してしまったのだから。

 

「首領! 安心してくれぇ! おれはまだ生きてますぜ!」

 

だが、流石に僅かな時間だけではゴロウザでも船内までは捜索出来てはいなかった。ほんの数名ではあるが、船室からクリークの手下が現れる。

中でも一回り大きな体格の男がいた。その男は奇怪な服装をしていた。腕に盾を装備しているのはいい、それが両腕なのも多少珍しくはあるが異常では無い。だが全身を覆うのが、鎧では無く盾である時点で異常度は増していた。胴体も盾、両肘、両膝にも盾が装着されていた。無論、それ以外の晒した部分はただの防御力皆無の服である。真っ先に対面したゴロウザは思う、それ両腕以外は鎧のほうが良いんじゃねぇのと。

 

その時。

突如、黒い隕石がボロボロの甲板に降り注いだ。いや、隕石では無い。

 

「おう、ラグの字ィ……どうしたィ?」

「ソラ殿から、伝言なのれす! 『選手交代、ゴロさんは向かってきてるアイツの対応よろしく』との事れす!」

「ったく、人使いが荒いねェ……」

 

船内から極力船を揺らさぬよう慎重かつ軽やかに跳んだラグパルド。それでも結構な衝撃が船を揺らしてしまい、『あわわ、結構揺らしちゃったけど皆大丈夫だったかなっ!?』といった雰囲気を醸し出している。そんな気遣い屋の同僚に対し、ボリボリと頭を掻き愚痴を漏らしつつ、ゴロウザは姿を消すかの如く高速で駆け抜けて行く。

 

「おい、クリーク! 確認したならとっとと降りて来いよ、お前の対戦相手が待ってるぞ」

「なんかよくわかんねーけど、あの金ぴかぶっ飛ばせば良いんだな?」

「おのれッ……! 貴様ら、どこまでこのおれを虚仮にすればッ……!!」

 

憤怒の形相、といった様子でクリークは飛び降りる。

後に残ったのは小さなお喋り小人と、ただ黙して立ち尽くす漆黒の巨人だけであった。

 

「はっ……ハッハッハぁ! 中々、寡黙な大男。いぶし銀じゃぁないかっ!」

 

大柄と自負していた自身の軽く二倍はある大男。黒く分厚い鎧を着込んだ、見上げねばならぬ程の存在を前にして尚。全身に盾を纏った男、≪鉄壁の≫パールは笑う。それは自負故に。東の海最強最大クリーク海賊団第2部隊隊長という栄光ある役職が見上げる背を支えてくれる。未だかつて61度の死闘を繰り広げ、そしてそれらに『無傷で』勝ち続けてきたと言う確固たる経歴が成せる業でもあった。

 

「それにその背中に背負う武器……紛れもなく大盾! きみに共感を抱くよぉ!」

 

ラグパルドの背には、片手ずつ持つよう二枚の大盾が備え付けられていた。二つを合わせれば楕円を真ん中で横に切ったような形となっており、見る者に扉や門を思わせるフォルムをしている。表面に鬼か悪魔を模した意匠がされている為に、凄まじく禍々しい雰囲気ではあるのだが。

パールはソレに流し目を送りつつ、近くにある欄干を自身の大盾で殴りつける。無論、木製の欄干は砕け大盾には傷一つ無い。

 

「如何に血を流さず戦い続けられるか……そう! 無傷こそが強さの証なのさ~」

「無傷こそが強さの証……?」

 

ピクリ、と。

その言葉に反応を示したのは張本人である黒鎧の大男ではなく、口下手である彼を補佐する小人であった。誰よりも近くで彼を見て、支えてきた軍師の少女であった。

 

「そう! 鉄壁、よって無敵! おれは盾男で伊達男な、≪鉄壁のパール≫さんなのさ!!」

「なら……ならばやはり、お前はラグパルド殿とは違うのれす」

 

今までの想いが滲みだしてくるかのように、エイネは呟いた。目の前の男の勘違いを正す為。似ているなどと、保身に走る自身とは正反対(・・・)の男に向けて言ってしまっているその勘違いを。尊厳を汚しかねない妄言を吐く男の誤った見解を、直ちに正さねばならない……!

 

場の状況を見てオロオロとしている巨漢からヒラリと舞い降り、堂々とした立ち姿な20cmの名軍師は朗々と述べていく。

 

「ラグパルド殿は、誰よりも、誰よりも傷ついているのれす! それは、常に力持たぬか弱き民衆の先頭に立って、お前達のような悪漢共から身を挺して護り抜いているからなのれす! あの、身を包む黒鎧≪咎人嬲リシ断罪ノ処刑人≫も大盾≪イト禍々シキ地獄門≫も、傷付く故の決意の証! お前のような、傷付く事を恐れ身を包む臆病者と一緒だなどと……身の程を知るがいいのれすっ!!」

「……っ!?(ブンブン)」

『怖えっ!? 生き様カッコイイけど、名前コエェッ!?』

 

クリークの兵隊が恐れ戦く様子を見て、エイネは鼻息荒く満足げに頷く。そんな中、ラグパルドはひたすら相棒たるエイネの高評価に腰が退けていた。更に言えば、実は初めて聞く滅茶苦茶禍々しい武具の名前に驚くやらでやたら左右に動き回っていた。もっとこう、ノワール・アルミュールとかそんな感じの名前かな? いや、クロぽん君とかそういう系かもしれないね? とか思っていたのだ。いやノワール・アルミュールやクロぽん君が素晴らしいかはともかく。

 

 

 

尚、そのオロオロと動く様子がまるで興奮した野生の熊でも見るかの如く荒くれ者達の目に移っている事を、当の本人であるラグパルドだけが気付いていない。

 

「だ、だからと言ってぇ、イブシ銀のこのおれは~、ビビッてられないんだよぉ! パールぅ、プレゼントォッ!!」

 

何がしかの決意を抱いたか、パールは巨躯を誇る大男に臆さず突進を為す。

まるで、その行為に賛辞を呈するかの如く。或いはそう、無慈悲に断罪する処刑人の如く。

 

ラグパルドは勢いよく大盾を振り下ろす。

 

「……不心得者を誅せしその名も。≪塵鎧魔叫≫、なのれす」

 

今度こそ陥没する甲板、大穴を空け数層下に落ちていくパール。

その技名もまた、ラグパルドは初めて聞いた。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

穏やかな水面を見つめているにも関わらず、水平線の彼方を眺める刃金の眼差しがそこにあった。

 

いる。間違いなく。広大な大海原ですら隠し様の無い剣気の持ち主がその先にいる事を、ゴロウザは長年の戦闘経験からそう確信していた。そもそも自分達の船長もまた、何がしかの気配を察してここに自分を配置したのだ。ならば疑う事など有りはしない。

 

果たして、その根拠なき確信に対する返答は海の割れであった。徐々にその割れは、ガレオン船の欄干に座り込んでいるゴロウザの元へと近付いてきていた。

 

「海を斬り裂くかィ……」

 

ソレを容易く為す技量の持ち主へ感嘆の声を上げつつ、徐に立ち上がり刀を抜く。

大業物≪火産霊(ほむすび)≫。空気に触れれば熱を発するという特殊な金属を用いられているという刀だ。

 

チリチリと、火の粉が周囲に舞い散る様は歓喜の声を上げているようにも思える。

ゴロウザは徐に、火産霊を高く掲げる。

 

「刃金流師範、ゴロウザ。――推して参る。切り開け、≪破天荒≫!!」

 

鋭い呼気と共に振り下ろされた剣撃は、空を切り裂き、海を切り裂き……やがて相手の剣撃すらも切り裂いた。

 

「なァに……心配しなくてもよォ、今のは距離ってなァ分かってんよ。ナァ、鷹の字ィ」

「……見事」

 

遠方より放たれた一撃は、如何な達人のものだとしても、進むにつれ威力が減衰していくものだ。それは大剣豪と呼ばれる者でも逃れられない事実である。だとしても、世界一の大剣豪たる自身の剣撃を斬り裂く者など世界でも一掴みと言える。故に男は、目を僅かに開き賞賛を挙げる。

 

「お前さん程の大物がァ、わざわざこんな小物を追ってくるたァどういうこったィ? コイツらに何かあんのかァ」

「別に。ただの暇つぶしだ」

「ま、だろうなァ」

 

ゴロウザとて、薄々は勘付いていた。≪鷹の目≫のミホーク。王下七武海の一角であり、世界一の大剣豪とも言われる男である。そんな大物が、高々偉大なる航路の前半程度で逃げ帰るような小物海賊団を追い掛けるような理由など、殆ど思いつかない。

 

「≪刃金の≫ゴロウザ……久しく見ぬ強き者よ。一度、機会さえあれば会い見えたいと思っていたところだ」

「そうかィ、オレッチは全然会いたか無かったが、ね!」

 

突如、跳ねるようにミホークが飛び掛かってくる。互いに持つ刀が打ち鳴らされ、火の粉が散る。

どうやら、相当に退屈をしていたらしい。飢えた獣のように、ゴロウザという極上の餌へと食らい付いていく。

 

「小海老で、鯨が釣れたかねェ……?」

「それを言うなら、こちらの台詞だ」

 

 

 

 

 

 

「は、なせよっ! おれは、おれはアイツに……!」

「はいはい、良いから黙って見学しとこうね」

 

現在、戦闘は二か所で行われていた。バラティエのヒレにて行われているのはルフィVSクリーク。今も双方ほぼ互角の様子で戦い合っている。そこよりも、目線を高くしガレオン船、甲板や帆を使って三次元的な動きをしながらゴロウザとミホークもまた、存分に己が技量を発揮していた。その内、ゾロが執着していたのは後者であった。

 

「ゾロ君、急がば回れって言うだろう? 君だって、まだ敵わないのは分かってる筈だ」

「だとしてもっ……おれの目標は、鷹の目を倒して世界一の大剣豪になる事なんだよっ!」

 

ソラナキは、ゾロの襟首を引っ掴み猫のように持ち上げ、ゾロが発する剥き出しの怒気を飄々と受け流していた。丸っきり大人と子供の図である。

 

「なら行けばいい。行って、サクッと殺されて来ればいいさ。或いは、もしかすると気概を見せれば何かの気紛れで鷹の目も君を半殺し程度で留めて生かしてくれるかもしれない。その小さな可能性に賭けて、君の崇高な野望を台無しにする危険を冒していけばいいさ。それで君は頭をかいて照れ臭そうに笑いながら、帰ってきてこういうのかな。『自分の今の実力で勝てるなんて思ってなかったけど、やっぱ負けちゃった。あはは』ってさ」

 

淡々と語られる言葉に、顔を歪めそれでも何か言おうとするゾロを制しつつ、ソラナキは言葉を重ねていく。

 

「剣士にとって、今あそこで行われている勝負は垂涎の的であり、この場に居合わせただけで幸運と言えるだろう。何せ共に世界でも指折りの剣士が二人だ、学ぶべきところがある、どころではなく学ぶところしか無い。そんな、最上級の教材のような機会を前にして、今この時君に出来る最善策は、比べれば劣る力で無理に乱入する事では無く全身全霊を駆使して二人の死闘を記憶する事だ。ただ見るだけではまだ足りない。五感を全て使って覚えるんだ。死闘の空気を鼻で嗅げ。繰り出す剣撃の鋭さを耳で聴け。死合いの感覚をその肌で覚えろ。あの中に入れぬ事で呑んだ生唾、辛酸の味をすら味覚で味わえ。そうして記憶した内容を解析・分析、自分のレベルにまで解体して今の自分に生かしていけ。それこそが世界一の大剣豪になる最大の近道と言えるんじゃあないか?」

「…………くそっ」

 

ゾロもようやく頭が冷えたらしい。ソレを見てソラナキも引っ掴んでいた襟首を放して床に降ろす。近くにいたウソップやナミはホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「ぎゃぁあっ!?」

 

ウソップが驚いて声を上げる。人の山をこんもりと抱えたラグパルドが、今なお二人の剣客の激戦が続くガレオン船の甲板から避難させる為、バラティエのヒレへと飛び降りて来たのだ。陥没こそしなかったが、巨大なガレオン船とは違い小さなバラティエでは衝撃を吸収しきることが出来ず、周辺からは飛沫が起こり船体はぐらりと大きく揺れる。

 

「丁度いい、助かったよラグ。ルフィとクリークはまだ船を傷付けないよう気を付けながら戦ってるから良いんだが、あっちの二人はそんな事お構いなしだからな。悪いがもし余波がきたら防いでくれないか」

「…………(こくり)」

「ラグパルド殿は、わかったよ! と言ってるのれす」

 

こと守りに限れば、ラグパルドは白夜の海賊団でも一番の巧者だ。その返答に安堵したソラナキは、再び観戦の姿勢へと戻る。そろそろ、事態が大きく動きそうな気配を見せていた。

 

 

 

 

 

 

常人では追うどころか何かが起きているとしか理解出来ない程の凄まじさで以て、二人の達人は戦っていた。より相応しい表現を挙げるとすれば、高め合っていた、と言うべきだろうか。

 

「フッ……!」

「ちょいなァ!」

 

ミホークの放った何気ない一撃が巨大なガレオン船のマストを豆腐か何かの如く滑らかに切り裂き、そしてゴロウザが剣閃に己が得物、大業物・火産霊を添え空へと受け流す。返す刃で放たれた一撃を、やはりミホークが柔らかく受け流して次の一撃を振るう。恐ろしい程の高度な技術、一つ一つが剣士からすれば技術の塊、いやオーパーツとでも呼ぶべき代物と言えた。

 

 

埒が明かない。

そう判断したのはミホークが先かゴロウザが先か、それとも同時だったのか。少なくとも仕切り直しの為に大きく距離を開けたのは同時の事であった。

 

「「…………」」

 

ミホークがそのまま正眼気味に構えているのに対し、ゴロウザは一度火産霊を鞘へと納めた。それを見て、ミホークが愚弄するのかと怒ることは無い。ゴロウザ程の剣客がそんな事をする訳が無いというある種の信頼があったし、何より俄かに高まりつつある剣気がこれから大技が来ると雄弁に語っていた。

 

ゴロウザは目をミホークへ向けたまま、僅かに撫でるよう己が刀へ手を這わせた。

 

大業物・火産霊。

その切れ味も当然の事ながら鋭いが、その最大の特徴は空気に触れる事で高熱を帯び使用者の覇気によっては発火すら行う事が出来る代物である。言うまでも無く、ゴロウザが長年使用している愛刀であった。

 

スッと、音も無く親指で鯉口を切る。チリチリと、刀身が空気に触れる事で生じた赤い火花が蛍の様に舞っていた。

 

「刃金流……奥義ッ!」

 

 

 

「≪白無垢鉄火≫ァッ!!」

 

極限にまで熱せられた刀身によって斬られる事で、傷口が焼かれ逆に止血されているという有情の一太刀である。

剃と呼ばれる高速の踏込より放たれる高速の抜刀、素早い身のこなしで躱そうともそれ以上の速さで追い迫って切り裂き、分厚い鎧で身を守ろうとも炎熱の刃にて焼き切った。これを防げた者は未だかつておらず……そして、その伝説はこの瞬間露と消えた。

 

「ぐ、カハァッ……!?」

 

多くの強者の胴体を薙ぎ払ってきた、そんなゴロウザの胴体から逆に勢いよく血が噴き出してきた。思わず火産霊を杖にして膝を付く。こんな屈辱は何年振りか、そんな事を思い浮かべる余裕などない。

 

「見事な太刀筋……正しく、紙一重であった」

 

賞賛するミホーク、その胴体には薄らと焼け焦げたような跡が一文字に付いていた。

 

「へ、へはッ……! 洒落たおべべを、駄目にしただけってかァ? 傷付くねェ……」

 

未熟な者が見れば、後少し、惜しい! と思う事だろう。あと一歩踏み込めていれば、偶々数cm深く切れていれば等々……。だが達人同士の戦いにおいて、その少しの差こそが大きな亀裂となって横たわってくるのだ。

 

「ふぅ……ふぅ……フゥ……フッ!」

 

腹筋に力を入れ、止血をする。ゴロウザぐらいになると、死合いの真っ最中で悠長に応急処置をしていられない際の体の使い方の一つや二つは会得しているモノだ。何より今回は、綺麗に斬れ過ぎているおかげで実に簡単に引っ付く事が出来ていた。相手の腕前が良いお蔭で、というのが実に皮肉な事なのだが。

 

「……まだ、続ける気か? おれはもうそれなりに満足したが」

 

言外に、ミホークはゴロウザの事を見逃す提案をした。好敵手たる男を失って以来の鬱屈を、僅かな時間ではあったが消し飛ばせるだけの技量の持ち主なのだ。ここで死ぬには余りに惜しい。

 

傲慢なる見識。傲慢なる物言い。しかし、それが許されるだけの力量を、確かに世界一たるこの男は持っていた。

 

「……速さが足りねェ」

「…………?」

「つまるところオレッチは。いつだって速さが足りてねェ、そんなんだからあの日あの時あの場所で届かねェ」

「……何を言っている?」

 

疑問を呈する言葉に返る言葉は無く、ゴロウザは前を向く。

 

「……剣士としてのオレッチはよォ、どうやらテメェに敗けたらしい。だから、これから放つ一撃はなァ、侍としてのオレッチが出す技な訳よォ」

 

そう言うと、ゴロウザは火産霊を鞘に納めた。今度は先程の様に何かしらの技を繰り出す様子も見られない、真実刀をしまったのだ。眉根を寄せ疑問に思うミホークを前に、ゴロウザはもう一振りの刀を手にする。その刀を見る目は、柄の悪そうな外見に似合わずどこか優しげな印象を浮かばせていた。

 

 

 

 

 

ある日、弟子たちへの指南を終えたゴロウザは僅かにかいた汗を拭きつつ、船内の船長室へと向かっていた。

ゴロウザ率いる火星海賊団の船である≪刃金丸≫の船内に、甲高いカツン、カツンと規則正しい音が聞こえる。

打ち鳴らされる、鉄と鉄がぶつかり合う音だ。それはこの船の中においては、特に珍しい訳でも無い、寧ろ常日頃から聞こえるのが日常とさえ言えた。ゴロウザを船長とする≪火星海賊団≫、音源は一際頑丈に作られた鍛冶工房である。

 

ふと、気が向いたためチラリと覗いてみる。サウナかと勘違いする程にムッとした熱気がゴロウザを迎える中、部屋の中には女性がいた。火星海賊団唯一の鍛冶師、アキだ。火花のように赤い髪を乱雑に束ね、火を扱う為に暑い工房内で上は汗に濡れたシャツ一枚というあられもない姿で一心不乱に鉄を打ち込んでいた。込めようとしているのは熱か、想いか、魂か。或いはその全てなのかもしれない。そう見る者が思わずにいられぬ程に、集中の極致たる無表情にて一心に打ち込んでいる。

 

それを静かに見守るような瞳で、ゴロウザはジッと見つめていた。

 

アキ。

40代の今とは違いゴロウザがまだ若い、20代の頃に見つけた赤子だった。物心つかない年頃にも関わらず親のいない子供を憐れんだのか。理由は今となっては覚えていないが、いずれにせよアキはゴロウザの手を取り今この時まで傍にいる。

 

それからしばらくの後、アキは一息つく間もなく鉄床の上にあった刀を鋏で引っ掴み、そして水で一気に冷却をしていく。内に溜め込んだ熱を開放するように、アキもまた長く深く呼気を解き放つ。

 

「フン。相変わらず、色気の無ェ姿だなァ」

「おあっ、船長っ! 一体いつからそこに!?」

 

全霊を掛けるべき山場を終えたと判断したゴロウザが声を掛けると、アキはビクンと跳ね上がり慌ててゴロウザの方を振り向く。照れたような表情で頬をかく少女に、ゴロウザは呆れた様子を浮かべる。

 

「あー……集中力だけは、褒めてもらってもいんじゃないですかねっ!」

「周りが見えてねェだけだ、ド阿呆がァ」

「えう……」

 

全く取りつく島の無い様子のゴロウザに、すっぱり斬り捨てられたかのようにアキは俯く。

だからこそ、ゴロウザの視線が自らの傷ついた左足に向いている事をアキは気が付かなかった。罪悪感に塗れている事も、また。

 

アキはゴロウザの使う刃金流の一番弟子であった。あった、という言い方をする理由は一つ。ある事件の際に生じた怪我が原因で剣士としての道を諦めたからであった。足腰が武道において重要である事は言うまでも無いが、特にゴロウザの教える刃金流においてはその傾向が更に顕著と言える。基本的な戦法が、高速の踏込、神速の抜刀にて即座に相手を切り裂くというものとなるのだ。健脚は必要不可欠と言っても良い。

 

アキは怪我をした為に、刃金流の要たるその高速の踏込が出来なくなっていた。既に剣士としての命脈は断たれたも同然と言える。よって、紆余曲折を経たうえで、今は火星海賊団の中で鍛冶師を行っているのであった。

 

「なぁ、おい……」

「はい?」

 

ふと、聞いてみたくなった。

 

「お前は、オレッチの事ァ恨んでや――」

「恨んでませんよ」

 

迷いと共に差し出したゴロウザの言葉を、斬り捨てるようにばっさりとアキは言った。その表情に憂いは、無い。

 

「……そうかィ」

 

納得した風を装いながらも、そんな訳が無いとゴロウザは思った。

何故なら、アキが怪我をした原因というのがゴロウザの判断ミスだったからだ。

 

(あの瞬間。一手、一手だけ何か行動を行う時間の余裕があった……)

 

ゴロウザはそれを、悪漢を叩き伏せる事に使用した。アキを助ける事に、では無く。あの日、血気に逸り不逞の輩を叩きのめす事に夢中になっていなければ、アキを助ける事を優先させていれば。間違いなく今も刃金流の一番弟子として他の門弟と共に剣の道を究めんが為に汗を流しているところだったろう。ジクリと、胸の内にて慣れ親しんだ後悔が身を焦がす。

 

「もう。アタイの言葉、信じてませんね? 大体、お師匠様は何度この問答繰り返せば気が済むんですかー?」

「……ケッ」

 

ゴロウザはバツが悪げにそっぽを向く。これ以上アキの方を見ていられなかったのだ。そんな彼の前に、スッと一振りの刀が現れた。アキが、笑みを浮かべ差し出していたのだ。

 

「こらァ、何だァ……?」

「へへ、アタイの自信作です。貰ってやってくれると嬉しいですね」

 

戸惑いながらも受け取る。その刀は、外側から見る分には特におかしな様子は感じられなかった。奇抜ではないが、意匠を凝らした鞘や鍔もまた質実剛健を良しとする侍に合ったモノと言える。

 

「いや……コイツァ」

「あ、気が付きました? やっぱりお師匠様の目は誤魔化せませんねっ」

 

嬉しげな表情でアキは饒舌に語りだす。

 

「黒みを帯びた刀身には、空島に近いとされる島で採堀された特殊な磁鉄鉱を用いてます! 中々貴重なものでして加工に手間も掛かりましたが、おかげでワの国で用いられている玉鋼と質はほぼ変わりないレベルにまで持って行くことが出来ました! でもその刀の最大の特徴は、やっぱ鞘ですねっ! そこにボタンがあるんですけどね、そのボタンを押すと鞘に電気が流れる仕組みになってまして。電磁石になってくれるんですよ! これによってこう、抜刀の際により速度の底上げが出来るのではないかと思うんですっ!」

 

そこまで一気に説明したアキは一度言葉を区切り、改めてゴロウザの方を見た。浮かべていた表情は、ひたすらに優しげなものであった。

 

「お師匠様。……お師匠様が、アタイの事に心を砕いてくれてるのは痛い程分かってますよ。未だに、アタイが怪我をしてお師匠様が心を痛めた事も。偏屈で口も人相も悪い、ついでにお風呂に入る回数が少ないからいっつも臭いお師匠様が道場を開いたのも、毎日丹念に道場生たちを世話してあげてるのも、アタイとの約束を守ってくれてるからなんですよね?」

「…………」

「だったら、もう大丈夫ですよ。アタイは今、こうして鍛冶師になってここの皆を支えてるんです。アタイが支えた100人が、アタイの100倍色んな人助けをしたら。それはきっと、アタイだけが我武者羅に頑張って強くなるよりもっと世の中が素敵な事になる筈なんですから」

「……そうかィ」

 

吹っ切れろと言われて、即座に吹っ切れる人間はいない。負い目を感じる者からの言葉に複雑な心境を抱き、未だ微かな胸の痛みを表情に出しながらも、ゴロウザは改めて今受け取った刀を見やる。娘の作った自信作である、せめて笑みを以て迎え入れてやろうと考えた。下らぬ男の下らぬ見栄である。

 

「名付けて、≪絡繰刀・建御雷≫! いい名前じゃないですか?」

「まぁ……悪かねェなァ、お前にゃ珍しい事に。明日は槍が降らァな」

「一言余計ですってぇ!?」

 

もう! と頬を膨らませるアキの工房を、ひらりと手を振り去っていく。

 

「……湯浴みでもするかィ」

 

スン、と着物の臭いをかぎ。そう、ゴロウザはポツリと呟くのであった。

 

 

 

 

 

追憶の時は、一瞬であった。

つい先程、剣士として一枚上手であった事を証明されたにも関わらず。一切の迷いを捨て去ったかの如く、ゴロウザは迷いの無い瞳をミホークへと向ける。

 

「この刀ならば……オレッチは、テメェを斬る事が出来らァな」

「凡愚……己が技量に全幅の信頼を寄せず、道具に頼るか。貴様は強くはあれど、剣士ではないようだ」

「ふ、フフフフフ……!」

「……何が可笑しい?」

 

心底嬉しげに、愉しげに。ゴロウザは含み笑いを浮かべる。純粋な笑い、と言うには獰猛に過ぎる笑みを。

 

「力無き者の、無力を苦しむ嘆きの声をよォ。それでも、何とか力になろうと苦しむ苦悶の叫びをよォ。そして、そんなテメェでも誰かの力になれるってェ歓喜に沸くガキの面ァ見て、尚よォ! この刀ァ使わねェ理由なんざありゃしねェだろォ!! この刀ァ、惰弱な逃げの結果じゃあねェ……力がねェ奴の、想いの結晶よォ!!」

 

全身全霊をかけて、斬り捨てる。

その決意を、ゴロウザの様子から一目見て悟ったか、ミホークもまた肌が粟立つかの如くピリピリとした気配を放つ。

 

「……ッ!」

 

鋭い呼気であった。厳しい鍛錬を積んだゴロウザでさえ、鼻歌混じりとはいかぬ程の抑えきれぬ一閃は、紛れもなく神速。

 

「放つは刃、其は雷霆の如く……也。≪合技・紫電一閃≫!」

「オ、オオォッ!?」

 

余程の強者で無ければ、両者が互いに瞬間移動したように思えるだろう。しかしよく観察してみれば、幾つかの変化が見て取れた。変わっていたのはその位置と姿勢、そして……。

 

「ヅ、ウウゥッ!?」

 

傷跡。ゴロウザの胸に、袈裟切りらしき傷跡が先程よりも深く刻まれていた。だが膝は折らない。屈する訳にはいかないのだ。自分だけならばそれでも良いだろう。だが今放った技は、愛娘のアキと共に作り上げたものなのだ。ならば自分は、死んでも膝を折ってはならない。

 

「……見事!」

 

神域に達した速度で以て、なお傷を負った。その傷を負わせた張本人は、口の端から漏れ出でる血に構わずにやりと笑みを浮かべ。

 

ゆっくりと片膝を甲板へ付けた。

 

それでも俯せや仰向けに倒れないのは偏に大剣豪としての意地なのだろう。せめて無様は晒さぬと言わんばかりの眼光で、ゴロウザの方を見つめている。

 

「……おれを打ち破ったか」

「いーや、オレッチはお前さんを打ち破ってなんざいねェさァ」

「……何?」

 

苛立つように、ミホークの怒気が高まった。この期に及んで、この死合いを貶めるつもりなのかと憤慨したのだ。

 

「何せオレッチは、お前さん相手に二人掛かりで挑んだんだからよォ」

「……どういう事だ?」

 

ミホークは訝しがる。言葉通り受け取るつもりは無かった。

 

「剣士としちゃァ、お前さんの方が一枚上手だったからなァ。この刀を打った鍛冶師と一緒に戦った訳よォ。何せオレッチは――義理を重んじ、人情を貴ぶ。恩義に報い忠節に涙す……。そうさァ、オレッチは只管に個の力を高める剣士じゃあねェ……。人と人、絆を結ぶ侍だからなァ!!」

 

胸に十字と深々創られた傷など感じさせぬ、堂々とした物言いであった。

 

「……は、ハッハッハァ!!」

 

まるで緊張が解けたかのように。

死合いがあった事など感じさせぬ程、快活にミホークは笑うのであった。

 

 

 

その後、一言二言ゴロウザと話をした後ミホークは去って行った。

戦いの、一つの大きな区切りが付いたのを見て誰からともなく吐息が漏れた。その場にいた殆どの者が見えていなかったにも関わらず、両者が発する凄まじい剣気は物理的に影響を及ぼす程の強大且つ濃密な物へと至っていたのだ。

 

「ゾロ君。君、ゴロウザを真似しない方がいいよ」

「……何でだ?」

 

ゾロは素直に聞き返す。念願であった鷹の目の男との戦いの邪魔をした目の前の男に苛立つ心も無いでは無かった。だがそれ以上に見せずとも漏れ出でる強者の匂いが、ゾロの忠告を聞き入れる為のハードルを下げさせていたのだ。

 

「あれは、死合に勝つには敵より速く斬ればいいという実利。それから、まぁ……娘同然の者を僅差で救えなかったという挫折が生み出した、ゴロウザならではの戦闘スタイルな訳だ。仮に君がアレを真似し、万が一にも匹敵・凌駕したとして。例えそれでもそこに至るまでの経緯が、信念が無くては猿真似と言われるだろうよ。何より君自身が納得しない筈だ、こんなんじゃ世界一の大剣豪とは言えない、とね」

「…………」

 

ゾロは固く目を瞑り、ある風景を思い浮かべる。そこには少女がいた。痛ましげな笑みを浮かべた、己よりも強かった少女がいた。

 

「君の太刀筋は豪快ではあるが、荒くは無い。剣術の基本を叩き込まれているとみた。きっと君にも尊敬できる剣の師匠や、世界一の大剣豪という大望を胸に抱く契機がある筈だ。一度それらに立ち返り、君は君ならではの上るべき山や、踏破すべき道を見繕うべきでは無いかな。……月並みな言葉だけれど、基本や初心は大事だよ」

「……ああ」

 

チラリと目を向ける。

今なお、麦わらの一味の船長であるルフィとクリークは戦い続けていた。事実、その場にいた者達の多くは皆が両者の動向を注目して見つめていた。ゴロウザとミホークの戦いよりも尚、である。

 

これには幾つかの要因があった。

バラティエの足場であるヒレの上で戦っているので距離的に近いと言うのが一つ、巨大なガレオン船の上では高低差もある、ソラナキ達がいる所の様に場所を選ばねばチラチラとしか見えないのだ。

二つ目の要因として、所詮ミホークはバラティエに害を為すのが確定している訳では無いという事が挙げられる。無論、何かの拍子にその矛先がバラティエに向かう事も考えられるのだが、船を奪うと明言しているクリークの方が彼らとしては危険度が高い存在であった。

最後の要因としては――結局のところ、これが一番割合を占めるのだが――単純にゴロウザとミホーク二人の力量が高すぎた。まず以て二人の姿すら見えない程の高速戦闘であったのだ、如何に高い技量とは言え相応の実力が無ければ見物のしようが無い。

 

「クッ……! 鬱陶しい小僧がァ!」

「どっちが鬱陶しいんだ! お前の方だろ!」

 

片手で麦わら帽子を押さえつつ、ルフィが怒鳴った。

戦況としては、数多の武器を用いたクリークが様々な武具で遠距離から攻撃をし、ルフィがそれらを驚異的な身体能力とゴム故の奇抜な動きで躱しており、結果的にではあるが、ルフィを近づけまいとあの手この手で翻弄する形となっていた。

 

「クリーク艦隊という『武力』は消え去った……業腹だが、認めよう。だが、まだおれがいる。貴様を叩き潰す『武力』など……このおれには数多くある!」

 

そう言うと、クリークは大きな肩当を外しルフィへと向けた。

 

「これは毒ガス、その名も【MH5】という。一度吸えば全身の自由を奪う猛毒と威力は極悪、船どころか小さな町すら呑み込めるって代物だ」

 

 

説明をするクリークの眼差しは、ひどく愉し気であった。バラティエのコック達を始め、その場にいた者達が驚愕するのを見て悦に浸ったのだ。

 

「――おい」

 

酷く、押し殺したような声が響いた。『押し殺した』、のに『響いた』。その矛盾は、発した者の発する怒気が故に容易く突破されていた。

 

「あれ、いねぇ!?」

 

ウソップが慌てた様に騒ぐ。つい先ほどまで横にいた筈のソラが消えて、クリークの前方、射線上にいるのだ。

 

泰然としていた。何に気遣う事も無く、王の如く立っていた。その場にいる全ての者が、目を惹きつけられる。

 

睨みつけた瞳は今までとは違い、余りに鋭く。自分達に向けられていないにも関わらず、ゾロ達は皮膚を撫で上げられた感触に陥った。

 

ふと、感触があって利き手を見る。三人が三人共、無意識の内に己が得物に手をやっていた。誰も気が付かぬ行動であった。

 

「駄目だな」

 

クリークの目の前には、バラティエに立ち塞がるように野暮ったい見た目の男が立っていた。

 

「……それは、駄目だ。看過出来ん。それを使えば、俺はお前を止めねばならなくなる」

「……ほう? どうやって、だ。どうやって、町一つ飲み込める毒ガスを止めると言うんだ……?」

 

そんな中クリークは、彼らに比べ冷や汗を流しながら、とは言え直接威圧を受けていると言うのに笑みを浮かべまともに会話が出来ている。むしろ流石の胆力と言えた。東の海の弱兵とはいえ、大軍を率いる船長の器が垣間見えた瞬間と言える。

 

「偉大なる航路の名の知れた海賊や賞金稼ぎと、平然と共にいるテメェがただ者じゃねェ事ぐらい分かってる……。だがなァ、これだけの損害を齎すこの毒ガスを、被害無く食い止める手立てが有ると言うのなら……勿体ぶらずに出してみろォ!!」

 

咆哮と共に、弾丸が打ち出された。

 

「――紅炎矢(プロミネンスアロー)ッ!」

 

紅い灼熱が、MH5を呑み込んだ。

ソラナキの腕から出された幾筋もの赤い炎が、まるで火竜の舐める舌の様に破裂し膨れ上がろうとする毒ガスをも呑み込み、あまつさえ圧倒する勢いで焼き払っていく。

 

「……別に。勿体ぶってる訳じゃ無い。ただ、こっちにも段取りと言うのがあってな。本来なら、村を救って最高の評価を受けてから正体公開の流れだったんだ。何せこれでも今は海賊の身分なんでな」

 

帰ってからウチの演出家に叱られる、そう面倒げに呟くとソラナキは変装用の野暮ったい眼鏡を外し下ろしていた髪の毛をかき上げる。

 

「「ああぁ~ッ!!?」」

「お前等、今まで何処にいたんだ……」

 

こそこそと隠れていたヨサクとジョニーがゾロの隣で大声をあげる。その表情は驚愕を禁じ得ず、手には賞金首の写真が載った紙が握りしめられていた。

 

 

「世界の高額賞金首……コイツをジョニーと眺めて見て、暑さと飢えを凌いだあの夏の日……」

「稼いだ億の金で何を買おうかとヨサクと想像し合って、寒さと飢えをしのいだあの冬の日……」

「お前等、何やってんだよ……」

 

呆れるゾロに目もくれず、ヨサクとジョニーは拳を握りしめて熱く語り続ける。

 

「間違いねぇ! あの風貌、炎を操る能力……アレは、高額も高額! 世界最高額である60億ベリーの男! 悪名高き≪天竜人殺し≫……元海軍本部大佐、≪天道のソラ≫だぁ!!?」

『な、何ィっっ!!?』

 

既に知っていた者を除けば、その場にいた全ての者がその言葉を叫ぶ。いっそ悲鳴染みたものまでが含まれているのは間違いでは無かった。誰とは言わないが。

 

「因みに、今は海賊としてソラナキと名乗ってるとかなんとかっ!」

「詳しすぎんだろ……」

「……ふむ」

 

唖然とした周囲の様子を、ソラナキはゆっくりと身回し一つ声を漏らした。

徐に掲げた腕の先には、今は無きクリーク艦隊の旗艦であるガレオン船があった。

 

「―火炎爆(フレアボム)!」

 

球状の炎が手の平から打ち出される。光輝き、既に赤とすら見て取れない光球は周囲の目を一手に引き受ける。駆け抜けるように放たれたソレはガレオン船に当たり。

 

直後、巨大な火柱となって周囲にいた人間の肌を熱風が否応なしに撫であげた。

 

「ひ、ひいぃ!? ば、化け物だぁっ!?」

「……あ、グあっ! と、トリックだっ! こんなもの、トリックでどうにかしたに決まっている!? そう、そうだっ! さっきあの船に黒鎧の男が行った時、火薬をしこたま積んだに違いない! 手品で起こした火が、それに引火したに過ぎんッ!」

 

凄まじい光景に、流石のクリークも度肝を抜かれていた。だが、認める訳にはいかなかった。クリークを船長たらしめているものは絶対的な力と畏怖だ。なればこそ、このような隔絶した力は何が何でも存在を否定せねばならなかったのだ。例え実際は心胆が冷え上がり、心の内では絶対的な敗北を認めていたとしても。

 

「そうだ、その通りだ」

 

いっそ滑稽な程に大袈裟な身振り手振りで周囲に言い放つクリークに、意外にも賛同を示したのは当の本人であるソラナキであった。その表情は平静そのもの、先程までと何ら変わることは無かった。その一種異様な雰囲気にクリークは騒ぐことも無く、寧ろ警戒するように僅かに姿勢を低くする。本人も与り知らぬ、体が勝手に動いた事であった。

 

「確かに、トリックといえばトリックだ。火薬を積んでいた訳では無いが。種も仕掛けもある……いや、実か? 悪魔の実が1つ、太陽の力をその身に宿す≪ギラギラの実≫……それを俺は食べている」

 

淡々と話すソラナキ。その言葉に我が意を得たりと勢いづこうとしたクリークは、しかし「だがな……」と続いたソラナキの言葉がそれを遮った。

 

「だとして、何も変わらんだろう。種が有ろうが無かろうが、俺が巨大なガレオン船を片手間に燃やし尽くせるというのに変わりは無い。海賊王を目指す、とは。こんな奴らがいる海で尚、鼻唄混じりで一番にならねばならない訳だぞ」

 

ソラナキの言葉は、この場でただ二人にだけ告げられていた。海賊王になると宣言をした二人、その内一人は冷や汗を流し、顔を顰め。もう一人は、今まで見ていなかったのか、聞いていなかったのかと聞きたくなる程に平静を保っていた。

 

「おう。任せろ」

 

腕組みをし、泰然とした態度でかつての教え子が宣言するのを聞いてソラナキは口の端を歪める。

 

どうやら、ルフィは此方の用事が済むまで待ってくれるらしい。そう判断をしたソラナキは、クリークに向かい話を持ちかける。

 

「クリーク……提案なんだがな。俺の、俺達の傘下に入ってこの東の海の海賊共を束ねないか」

「何ぃ……?」

 

ソラナキは、周囲の訝しげな様子を無視して言葉を発する。

 

「別に、悪い話じゃ無いだろう? 俺達白夜の海賊団に表だって事を荒立てようとする者など、この東の海にはいない。いたとしても、実力差を知らない無知な小物だ。お前なら難なく片付けられる。それに昨今の広まり様を見るに、ピースメインを掲げ真実その様に活動をしていれば、直に海軍からも追われる事も無くなるだろう。何より市民達からも感謝される。良い事尽くめだろう?」

 

確かに、聞いていればメリットばかりだろう。クリークは緩やかな笑みを浮かべる。

 

「テメェ……確か、元海軍だったよなァ」

「ああ、そうだが?」

「――なら、やっぱりテメェは海賊じゃねェ。仮にも一度は頭張ってテッペン目指した男が、そう簡単に下げられるかッ!」

 

クリークの二つ名は≪だまし討ち≫だ。本来の彼であれば、形勢不利と見るや頭を垂れ自ら仲間に入れてくれとすら頼みこんでいただろう。それをしない、出来なかったのは、何も矜持がどうとかいう青臭い話では無かった。偏にそれを実行しようとすれば白夜の海賊団に呑み込まれそうになる。そう直感的に感じ取っていたからだ。謂わば、クリークと言う一人の人間ではなく、≪首領・クリーク≫という存在の生存本能が齎した行為と言えた。呑み込まれれば、首領・クリークは消えて無くなる。

 

「――ギぃンッ!! いつまでそこでのんびりしてやがるッ! ソイツを、60億の賞金首を殺せェッ!! そうすりゃおれたちゃ左団扇だ!」

 

無情の声に答えるように、疾風の如くギンが現れた。

ソラナキは一切抵抗しようともせず、ギンは何の抵抗も無しに仰向けの状態に倒したソラナキの首元に一つトンファーを置き固定し、もう一つのトンファーを振り上げた。後は振り下ろしさえすれば、いつでも頭をカチ割れる。

 

「……振り下ろさないのか?」

「……ッ!」

 

まるで何かを堪えるかのような表情を浮かべるギンに、ソラナキは静かに問いかける。

 

「今しがた、あっちの船長にも言ったが……ギン、俺の仲間にならないか?」

「何をっ!?」

 

現在進行形で己の命を狙う輩を勧誘しようという、とち狂ったかと思わずにいられない言葉。ソラナキは至って真面目に冗談のような言葉を吐いていた。

 

「直感だが……お前は、俺達の仲間になっても馴染めると感じた。だから今、もう一度誘った」

「フザケルな……。オレにとって、船長は首領・クリークただ一人だ……!」

「何故? お前はクリークという男の、何処に魅せられた?」

 

淡々と述べられる誰何の言葉に、ギンは己が男に惚れた理由を思い描く。

 

「首領・クリークは、強い」

「俺のが強い」

「……他者を惹きつける、カリスマがある!」

「俺のが多くの者を惹きつける。何せ、太陽だからな」

 

ソラナキは、どこか誇らしげに笑みを浮かべる。

 

「ギンっ! ソイツを殺せば、テメェに分け前を半分……いや、40億くれてやるっ!」

「強さも、他者を惹きつけるカリスマ性も、どちらも俺の方が上だ。何より俺はお前に素晴らしい財宝を与えられる。金や銀より尚、価値のあるモノだ。40億なんぞと言うはした金よりも、な」

「それは一体……?」

 

困惑を浮かべるギンに、ソラナキは優しくも深い笑みを作る。

 

「『ありがとう』とな。その言葉が民草から得られる。これは凄いぞ、何せ下手な麻薬なんぞより余程中毒性がある。一度貰ってしまえばこれ無しでは生きていられん訳だからな。俺にとっては、砂漠の水や食料と等価値だ」

 

首を抑えられた状態で、クックと愉快気に笑う。皮肉や冗談を言っている様子は微塵も見られない。真実、この男は心の底からそう述べていた。

 

「敵わねェ……」

 

ギンは弱々しく笑みを浮かべる。

この期に及んで、と言うべきか。ここまで熱烈な歓迎を受けていながら、未だ以てあと一歩踏み出す事は出来なかった。人様に顔向けできない内容ばかりではあるものの、確かにクリーク艦隊の一員としてやってきたのだ。どす黒い世界ではあったが、仲間の為にと動いてきた思いは充実していた。

 

ギンは、断ろうと思った。

目の前の男は、認めたくはないが、上に立つ者として自分が海賊王にしてみせると誓った者よりも力量が有るのだろう。人を惹きつけるカリスマも、成し遂げた業績も上なのだろう。だからといって、自身が道半ばで裏切っていい理由にはならない。そんな不義理はしたくない。

微細な反応ではあるが、ソラナキもまたギンがそう思った事に感づいた。どこか残念そうな表情を浮かべ、肩を竦める風を装っていた。

 

「ギン……ギぃンっ!!!」

 

だから。

当事者の中でそう思わなかったのは、遠くから見ていたクリークただ一人であった。

 

「死ねェ! とっとと死んじまえェ裏切り者がァ!!」

 

撃ち出された銃弾は、サッと差し出したソラナキの腕に当たり瞬時に溶けて行った。

 

「ぬぅ……またしても邪魔をッ!」

「度し難い愚か者だな、お前は……」

 

吐き捨てるように呟いた。

 

「仲間の信頼を信じない? 仲間の献身を認めない? ……そんな者に、王たる資格が有るモノかよ」

「あ、あんた。何でおれを……」

「勿体ない。それだけだ。ついでに言っとくが、気が変わった。お前を俺の船に連れて行く、お前が何と言おうとな」

 

一度は忠誠を誓った男から信じられず見捨てられ、かと思えば仲間になろうと誘われている別の男からは二度も命を助けられたギン。余りの展開に戸惑いを隠せない。

 

「知らなかったか? 俺は海賊なんだ、それも海賊から宝を奪う≪ピースメイン≫の、な。海賊らしく、問答無用でお前という宝を奪うのは当たり前だろう? その宝の価値を知らない者からならば、尚更な」

「……はい。よろしく、お願いします……!」

 

仲間の為とはいえ、汚れ仕事を行ってきた自分に対し宝とまで言ってくれた。感動したギンは、遂に涙を零しながら承諾をする。

 

「いいのか?」

「ああ、話は終わった。――やれ」

「――おう」

 

選手交代である。何ら不安に思う事も無く、ソラナキはルフィへと場所を譲る。

その日、全身に武具を纏い大艦隊を率いた東の海の覇者は、腹に括った一本の槍――信念――を携えた麦わら帽子の少年によって、叩き潰されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・技名……
あまり奇を衒わない方が、主人公のとにかくなんもかんも助けてぇなっていう青臭い感じが出て良いかな、と思った為。没個性とか言ってはいけない。

・懸賞金60億?
まぁ、怒り狂った天竜人が賞金上げろとヒートアップしたとかで。加盟国からのお金で賄うのでしょう。正直、フレーバー以外の効果は無し。現状の最高額でさえあれば、10億でも100憶でも幾らでも良かったです。私はアニメ勢なので良く分かってないんですが、どうも四皇の懸賞金額が出てるらしいと知ってちょちょっと書き換えただけです。実際、これ書いた時は10憶ぐらいでした。エースの倍ぐらいあれば最高額でしょう? とか思ってた。

後、書いてた分無くなったんで更新は大分先になります。(こんな序盤で終わった理由は、執筆の為に原作読んで満足してしまったから。つまり面白い原作が悪い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。