モンハン食堂【完結】 (皇我リキ)
しおりを挟む

menu01……こんがり肉

 ここはモンハン食堂。

 

 ごく普通の飲食店です。

 この広い世界を旅しながら、色々な人に料理を振り撒く旅する食堂。

 

 

 モンスターが引く車───竜車で移動する、大きめの屋台がこのお店。

 竜車を引くアプトノスは、全長10m全高3mにも及ぶ巨大な生物だ。

 

 

 

 この広い世界はそんな巨大な生き物───モンスター達で溢れかえっている。

 

 人々はそんなモンスターをハンターと呼ばれる人達に依頼して討伐したり、逆に襲われたり。

 人とモンスターが共存するこの世界───

 

 

「ほら、食いしん坊。開店の時間だ」

 ───この世界で、しかし特にハンターとは関係なく、モンハン食堂は今日も開店しました。

 

「は、はい! お待たせしました! モンハン食堂へようこそ!」

 モンハン食堂へようこそ。

 

 

 

 

 これは、この世界の美味しいご飯のお話です。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu01……こんがり肉』

 

 

 とあるお客さんのお話によれば、そのお店は唐突になんの前触れもなく村に現れたとの事でした。

 それもその筈で、このモンハン食堂は旅する食堂。自由気ままにどんな場所でも、お客さんさえ居れば開店します。

 

 時には砂漠のど真ん中、山の山頂。

 ハンターが狩りをする筈の狩場等々、それはもう文字通りどこでもお店を開くのがこのモンハン食堂。

 

 

 ジォ・テラード湿地帯に位置する小さな村で、今日もモンハン食堂は開店しました。

 小さな村ですが、大都市ドンドルマが近い事もあって活気に満ちた村です。村人に加え旅人も多いので、忙しくなりそうだ。

 

 

「こんな所に出店なんて珍しいニャ」

「そうだね、せっかくだしクエスト前の腹拵えに行ってみよっか。ごめんくださーい、やってますか?」

「あ、いらっしゃいませ! やってますよ!」

 そうこう思っている間に、さっそく今日最初のお客さんです。

 お店のウェイトレスである()は、笑顔でお店に手を向けてお客さんを出迎えました。

 

「モンハン食堂へようこそ!」

 メニューを片手に手を広げてお客さんに挨拶をする。接客はにっこり笑顔が基本だ。

 お客さんをお店に案内すると、私は「お好きな席へどうぞ」と声を掛ける。

 

 

 お店といっても、内装は竜車が引くキッチンにカウンター席が少し並んでいるだけ。

 後は貨物車からテーブルと椅子を外に並べて、看板を立てたらそこがもうモンハン食堂だ。

 

 

「キッチンキャラバン、みたいな感じなのかな? 素敵なお店だね」

 お客さんは外に並べてあるテーブル席に座ると、周りを一旦見渡してからそんな言葉を漏らす。

 

「ありがとうございます!」

 私自身もそう思っているので、お客さんが同じ意見で嬉しく思った。

 

 

「何食べようかな」

「メニューとかあるかニャ?」

 お客さんはどうやら女性ハンターさんのようで、黒い毛皮の装備に甲殻を使った武器が印象的です。

 一方で彼女の隣に座るのは黒い毛並みの獣人族と呼ばれる、人間ではない種族の生き物だ。

 

 モフモフの毛並みに三角の耳と長い尻尾が特徴的で、体長は約一メートルと小柄です。

 彼等はアイルーといって、人間とも友好的な種族だ。メラルーという泥棒癖のある仲間も居るらしいですが、私達人間と共存する個体も多いのです。

 

 

 例えばこのハンターさんのように、狩りのオトモとしてアイルーとタッグを組んでいるハンターさんも少なくない。

 ハンターズギルドと契約して狩場でのハンターの安全に務めたり、乗り物の運転を任されたりと、人間とアイルーは切っても切れない関係だ。

 

 

「メニュー表はこちらになります」

「結構種類あるんだニャ。……迷うニャ」

 他にも私達人間に料理を振舞ってくれるアイルーも居ます。

 それこそ、このモンハン食堂のように───

 

 

「おすすめってあります?」

「本日のおすすめは、取れたての生肉で作るこんがり肉ですね!」

 まだ開店間もない事もあって、お客さんは彼女とオトモアイルーの二人だけ。

 なので私は営業スマイルで接客モード。ゆっくり出来る時間はゆっくりするのだ。

 

 

「ニャ、こんがり肉なんていつでも食べれるニャ」

「そういう事言わないの」

 お客さんのオトモさんが口を尖らせてそんな言葉を漏らす横で、ハンターさんは困り顔で私に「ごめんね」と口を開く。

 確かにオトモアイルーさんの言う通り、こんがり肉なんてのは肉を焼いただけの料理だ。ハンターなら狩場で幾らでも食べた事があるだろう。

 

 ───でも、ウチのこんがり肉はそんじょそこらのこんがり肉とは違うのだ。

 

 

「いえいえ。しかし、そう仰る方にこそ食べていただきたい一品になっております」

 私は胸を張ってそう断言する。別に自分が作る訳でもないのですが、ここで働く者としてこればかりは譲れなかった。

 

 

「そこまで言われると気になるよね……。それじゃ、私はそのこんがり肉で」

「なら、ボクもそれにしとくニャ」

「はい! こんがり肉が二点ですね。味付けと肉の種類はタイショーさんお任せで宜しいですか?」

 私がそう問い掛けると、お二人は「タイショーさん?」と頭を横に傾ける。

 

 

「タイショーさんはタイショーさんです!」

「言ってる意味が分からないニャ!」

「このモンハン食堂の店長さんの事です!」

「大将さん、かな?」

 そうとも言いますね。

 

 

「何してんだ食いしん坊。……客か?」

 お客さんと会話をしていると、キッチンの奥から件の大将さんが顔を覗かせました。

 

 

 三角の耳にモフモフで赤虎の毛並み。

 板前衣装に身を包んだそのアイルーは、怪訝そうな表情で表に出て来る。

 

「食いしん坊じゃないです!」

「うるせー、俺もタイショーさんじゃねーよ。伸ばさずにしっかりと大将と呼べ。格好悪いだろ」

 ニュアンス的には同じ筈。

 

 

「よぅ、俺がこの店の店主だ。気軽に大将と呼んでくれ」

 私を小突いてからお客さんにそう挨拶をする板前姿のアイルー。

 

 

 ───彼こそ、このモンハン食堂の店長にして料理を振る舞う大将さんだ。

 

 

 

「なるほど、アイルーのお店だったんだね」

「通りで外装に肉球が多い訳だニャ」

 お客さんは特に驚く事なく、そんな言葉を漏らす。人間に料理を振る舞うアイルーは珍しくない。

 有名な所で言うと、タンジアという場所にあるシー・タンジニャというお店はアイルーだけが経営しているけれど三つ星レストランに認定されているお店だ。ちなみにこの話をすると大将さんは怒ります。

 

 

「あ、タイショーさんタイショーさん。注文です。こんがり肉、二つ!」

「んぁ……だから大将だって言ってるだろ」

 呆れ顔でそう言う大将さんは、自分の顎に肉球を押し当てて少し考えるような仕草をした後にこう口を開いた。

 

「まだ客も少ないし、せっかくこんがり肉なら外で焼くか」

「焼く所を見せてくれるんですか?」

 お客さんの質問に、大将さんは「そういう事だ」と言葉を漏らして一度キッチンに向かう。

 

 それに付いていって、私は貨物車から生肉を二つ取り出した。

 

 

 キッチンから肉焼きセットと調味料を持ってきた大将さんは薪に火を点けて、白い煙が湿地帯の空に混じっていく。

 

 

「なんか、良い匂い」

「薪には拘ってるからな。コイツはユクモ村近くの渓流って場所で取れるユクモの木を使ってる」

 お客さんの言葉に得意げに返しながら、火加減を調整し終わった大将さんは私から生肉を一つ受け取った。

 

 その生肉を肉焼きセットに乗せると、大将さんは片目を閉じて肉を回しながらしっかりと見詰める。

 

 

「なんか職人ッポイニャ」

 職人ですから。

 

 

「今話しかけると怒られるので、私達は歌でも歌っていましょう」

 私のそんな提案に、お客さんは笑顔で「いいね」と答えてくれた。

 

 それじゃ、さっそく歌いましょう。肉焼きセットの歌。

 

 

 

「ふんふふん、ふふふ、ふんふふん〜」

 狩場でお肉を焼く時、リズムがあると焼き加減が分かりやすいという事からこの歌は生まれました。

 

「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃんにゃにゃにゃんにゃにゃにゃん───」

 いつ誰が考えた歌なのかも分かりませんが、狩場でなくても小さな頃から聞き覚えのあるこの歌は、聞いているとなんだか落ち着きます。

 そうして私が鼻歌を口ずさむと、お客さん二人もリズムに乗って鼻歌を漏らしました。

 

 

 湿地帯のとある村の一角で木霊する歌声。

 

 生肉から肉汁が薪に垂れて、白い煙にお肉の臭いが混じっていく。

 赤色だった生肉は表面から少しずつ小麦色に焼けていき、ふと耳をすませば大将さんも小さく鼻歌を漏らしていた。

 

 

「───ふふふふふん」

「───上手に焼けました、と」

 そして歌が終わって丁度。大将さんが持ち上げた肉は、漏らした肉汁に焚火を反射させる。

 ただ生肉をこんがりと焼いただけ。それだけなのに、こうも食欲をそそられるは何故だろうか。

 

 

「ふふ、タイショーさんも歌ってましたね」

「歌ってない。次焼くからお前はとっとと盛り付けしてこい!」

 からかうと直ぐに喝が飛んで来たので、私は悲鳴を上げながらキッチンに向かいました。

 

 

 もう一つの生肉を焼いている間に、私はヤングポテトのフライや砲丸レタス等でお皿に盛り付けをしていく。

 そうしている間にもう一つのお肉も焼けたので、私が持って来たお皿にそのお肉を乗せて料理は完成だ。

 

 

 

「───お待たせいたしました。こんがり肉です!」

 その二つを持って、お客さんの座っているテーブルに乗せる。

 

 焼きたてのこんがり肉は油を弾いて音を立てて、揚げたてのポテトフライや野菜の匂いと混じって香ばしい香りが辺り一面に広がった。

 滴る肉汁によって盛り付けられた野菜が光を反射して、まるでお皿の上が光っているよう。これには私も涎が止まりません。

 

 

「オメーのじゃねーぞ」

「わ、分かってますから!」

 流石にお客さんのご飯を食べようなんてことはしませんよ。

 

「な、なかなか美味しそうじゃにゃいか」

「普通に美味しそうって言えばいいのに。それじゃ、頂きます」

 お客さんは目を輝かながら手を合わせました。

 

 そしてその手は骨に着いているマンシェットに伸ばされる。そのまま肉に齧り付く仕草を見て、確かに彼女はハンターなんだと思った。

 だけど大きな口で食べる訳ではなく、小さく咀嚼してから口の周りを拭く仕草は女性らしさもある。うん、私も食べたい。

 

 

 さて、注目の感想の方は───

 

 

 

「───美味しい……っ!」

 お客さんは口を押さえながら目を見開いて、驚いた表情で声を漏らした。

 

「んニャぁぁ!」

「自分で焼いたのと全然違うね。しっかり火が通ってるし、焼き過ぎてもないからお肉も柔らかい」

「肉汁も凄い閉じ込められてるニャ。お肉の旨味が止まらないニャ……」

 なんて感想を漏らしながら、お客さんはこんがり肉と盛り付けを少しずつ味わっていく。その勢いは全く収まらず、そんな二人を見て大将さんは「ふっ」と笑いました。

 

 

 

 自分が作った料理を美味しそうに食べてもらえたら、やっぱり嬉しいんだと思います。

 

 

 

「私も食べたいです……」

「……ったく、終わったら賄いで出してやるから働け。もうすぐ客も増えてくるぞ」

 肉球を「シッシツ」と振りながらそう言う大将さんは、半開きの目でキッチンへと戻って料理の支度をし始めました。

 日が沈んでくるので、そろそろ晩御飯の時間。キッチンキャラバンは中々珍しい物なので、小さな村で開店しても賑わうことが多いです。

 

 

「お客さんは、この村のハンターさんなんですか?」

 私は外に出したテーブル席を水に濡らしたタオルで拭きながら、こんがり肉を半分程食べ終わって流石に食べる勢いの収まったお客さんに声をかけた。

 働けと言われましたが無言でテーブルを拭き続けるのは苦行なんです。

 

 

「違うよ。結構遠い所に住んでるんだけど、クエストで沼地に行くから近くの村に寄らせてもらってるんだ」

 そう言ってからお客さんは、こんがり肉の骨の周りのお肉をナイフで綺麗に剥ぎ取って口の中に放り込んだ。

 普段なら残すような場所も食べたくなる、そのくらい美味しいのです。

 

 

「これからクエストに向かう所だったんだニャ」

「どんなクエストなんですか?」

 ギルドや個人からクエストと呼ばれるお仕事を受けて、巨大なモンスターの闊歩する狩り場で依頼をこなすのがハンターの仕事だ。

 だからハンターという仕事はとても危険で、命を落とす事だって珍しくない。このお店で働くようになってからハンターのお客さんのお話をよく聞くのですが、中々想像以上に大変なお仕事なんです。

 

 

「イビルジョーだニャ」

「い、イビルジョーですか!?」

 そして私の質問に対して、オトモアイルーの彼はポテトを食べながらジト目でそんな名前を口にしました。

 恐暴竜イビルジョー。ギルドでも特に危険とされているモンスターで、なんでも常にお腹が減っていて目に付いた生き物を全部食べちゃうとかなんとか。

 

 そんな危険なモンスターに挑む彼女はきっと、凄腕のハンターなのでしょう。

 

 

「た、大変ですね……」

「大変だけど、美味しいこんがり肉を食べられたからきっと成功率も上がると思う。ごちそうさま。大将さんにもお礼を言っておいて欲しいな」

 ハンターさんは口元をタオルで拭いてから、綺麗に骨だけになったこんがり肉に手を合わせてそう言った。

 

 

「凄い……」

「このお店は、旅をしてるの?」

 ポーチからお金を取り出しながら、彼女は横目を私に向けてそんな言葉を漏らす。

 これから恐ろしいモンスターと戦うというのに随分と落ち着いた印象に、小柄な女性ハンターながら頼もしいと感じてしまいました。

 

 

「はい。私が働き出したのは本当につい最近なんですけど。私がここで働く前からずっと世界中を旅してるらしいですよ」

 このモンハン食堂で私が働き出したのはつい一ヶ月ほど前の事で、本当に最近の事です。

 それまでは私もハンターをしていたのですが、私がなぜこのお店で働いているのかはおいおい話すとして───

 

 

「そっか。それじゃ、また会えるかもしれないね」

 お客さんはそう言って、メニュー表に書かれている値段丁度のゼニーを渡してくれました。

 

 

「ごちそうさま。美味しかったよ」

「んニャ」

 立ち上がった二人は、一度会釈してくれてお店に背中を向ける。

 

「あ、ありがとうございます! またのご来店、お待ちしております! クエスト、お気をつけて!」

「あなたも店長さんも、旅路は気を付けて。良い旅になると良いね」

「はい!」

 日が沈む湿地帯の村。手を振ってくれるお客さんを送り出すのは、どこか寂しくもあり嬉しくもありました。

 旅する食堂で働いているので、色々な出会いや別れがあるのです。これもその一つなんだなと、少し笑みが溢れた。

 

 

 

「ゴラァッ! 何突っ立ってやがる! 仕事しろ仕事!!」

「ひぃ?! は、はいィッ!!」

 ここはモンハン食堂。

 

 ごく普通の飲食店です。

 この広い世界を旅しながら、色々な人に料理を振り撒く旅する食堂。

 

 

 今日もモンハン食堂は営業中。

 

 

 

 次はどんな料理が出てくるのでしょうか。楽しみです。

 

 

 

 

 

 ~本日のレシピ~

 

『こんがり肉』

 

 ・生肉      ……400g

 ・塩胡椒     ……適量

 ・ヤングポテト  ……75g

 ・シモフリトマト ……75g

 ・砲丸レタス   ……50g

 ・深層シメジ   ……30g




初めましての方は初めまして。
またお前かという方はお久しぶりです。皇我リキです。

再びモンスターハンターの作品となります。今回は飯がテーマですね。
どんな物語になっていくのか、楽しんでいただければ幸いです。


早速なんですが舞台となるモンハン食堂のイラストをなんとあの「モンハン飯」のしばりんぐさんに描いて頂きました。

【挿絵表示】

とても分かりやすく描かれていて、自分でもイメージしやすくなっております。本当にありがとうございました。


それではまた次回お会い出来ると幸いです。読了ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu02……サシミウオのスモーク

 ここはモンハン食堂。

 

 ごく普通の飲食店です。

 この広い世界を旅しながら、色々な人に料理を振り撒く旅する食堂。

 

 

 今日は定休日。というか、村を出て旅の真っ最中。

 ガタゴトと揺れるアプトノスの引く竜車に乗って、モンハン食堂は次の開店場所まで移動中だ。

 

「タイショーさん、川が見えますよ! 私そろそろ水浴びがしたいんですけど!」

「あん? ……まぁ、俺も丁度寄りたい場所があるからな」

 竜車を運転するタイショーさんは、私の言葉に少しだけ眉間に皺を寄せてからため息交じりに声を漏らす。

 

 

「寄りたい場所……?」

「この辺の洞窟は冷えるからな。丁度サシミウオの燻製も出来上がる頃だ」

 本日モンハン食堂は休業中。

 ですが、これは美味しいご飯の予感。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu02……サシミウオのスモーク』

 

 

 キッチンキャラバンことモンハン食堂は、現在とある街に向けて移動中。

 そんな中、ふと寄った川岸に停車した竜車の上で、私は防具姿に着替えていました。

 

「久し振りに本業の姿に戻った気がします」

「んぁ、お前そういえばハンターだったな。忘れてたわ」

 酷い。

 

 

 私はここで働く事になる前、一応ハンター業を営んでいたのです。

 あまり時間が経った訳ではないのですが、食堂での仕事が忙し過ぎて昔の事に思えてきてしまいました。

 

 

「よし、食いしん坊。俺が素材を集めてくる間、お前はここで待ってろ」

 貨物車から何やら色々な物を取り出しながら、大将さんは私にそう言う。

 大将さんは私の事を食いしん坊としか呼んでくれません。間違ってはいないのですが、年頃の女子としてはいささか遺憾だ。

 

「タイショーさんが素材を集めるんですか? え、私は?」

「大将だ。伸ばすな」

 そのくせ本人は少し呼び方がおかしいだけで怒る。これが上司と部下の関係という奴なのでしょうか。

 

 

「お前は待ってれば良いんだよ。あー、間違っても川から離れるなよ。岸辺から離れた所はデカいのも多いからな」

 そうとだけ言って、大将さんは荷物を持って竜車を後にしてしまいました。

 

 

 一応、私はハンターな訳で。

 態度は大きくても、身体は小さなアイルーである大将さんを守らなくてはいけない気がするのですが。

 

 上司の言う事を聞かないと怒られます。それが社会人です。大人って奴です。

 

 

「こんな事になる予定ではなかったのですが……」

 寄りたい場所があるからと、遂にハンターとして大将さんの護衛をする時が来たかと思ったのに実際はお留守番だ。

 なんだかこう、寂しい気持ちもあります。

 

 

「暇です……」

 川を覗いてみるとサシミウオが泳いでいるのが見えました。

 サシミウオは脂身の多い美味しい魚です。釣って食べようかとも思いましたが、釣竿の在り処が分からない。

 

 勝手に貨物車を漁ったら大将さんになんて言われるか。

 

 

「んー、暇です。暇ですよ。……あれ?」

 そんな訳でお留守番をしていた私ですが、キッチンを覗いてみるとメモが一枚挟んでありました。

 もしやここに私への仕事が書かれているのでは? そう思って、私は急いでメモを持ち上げる。

 

 

『キッチンの物を勝手に食ったら今晩のお前の飯はアオキノコと薬草だ』

 そのメモにはこう書かれていました。

 

 

「それ回復薬!! というか信用なさすぎでしょ!!」

 思わずツッコミながら私はメモをキッチンの床に叩き付ける。私は泣きました。

 

 

 

 ところでアオキノコと薬草を調合すると、ハンター御用達のアイテム回復薬(・・・)になります。

 

 回復薬には傷を癒す力があり、モンスターと戦う事でよく怪我をするハンターにとっては手放せないアイテムだ。

 しかし当たり前の事ながら、回復薬はとてつもなく不味い。苦い上に口の中に粘り着くから後味は最悪。解毒薬よりはマシですが。

 

 なので、いくら身体に良かろうが好んで口にしようとは思えない代物です。

 

 

 そんな物が晩ご飯なんて死んでも嫌だ。

 

 

「こんなのおかしいですよ……。うぅ、暇だ……」

 どうしてハンターの私がお留守番なんですか。

 

 

「おかしいといえばタイショーさんは本当に変です。アイルーって普通、語尾にニャーとか言うものじゃないんですかね? あの人普通に喋りますし」

 暇になってしまったので、私は考え事に耽る事にしました。内容は大将さんの事。

 

 

 他にも呼び方が少し違うだけで怒ったり、そのくせキレやすいのにどこか優しい。

 後、彼は毎晩こんがり肉を食べています。私に出す賄いとは別に、自分で肉を焼いてそれを食べているのだ。どんだけこんがり肉好きなんですか。

 

 

「変な人、というかアイルー」

 顎を指で突きながら呟く。その後大将さんと別れてからそれなりの時間が経ちましたが、彼が帰ってくる気配はない。

 

「……もしやモンスターに襲われてたりしないでしょうね?」

 なんて、心配になって来ました。

 

 

 この食堂で働き出してから、大将さんから長時間離れる事が少なかった事も重なり不安は大きくなっていく。

 

 

「こんな時こそ、ハンターの私の役目なのでは?」

 頭の中に、洞窟の中でモンスターに襲われている大将さんの姿が浮かびました。

 そこを華麗に現れた私が助けて? 大将さんはこう言う訳です。

 

「……助かったぜ。やっぱりお前は立派なハンターだったんだな。特別ボーナス二百万ゼニーだ、と!!」

 思わず笑みと涎が溢れました。普段から私をボロ雑巾のように扱う大将さんが、私の扱いを変える姿が目に浮かびます。

 

 

「となれば直ぐにでも助けに行きますよ! 待っててくださいタイショーさん!」

 そうと決まれば、私は身の丈程の槌を背中に背負って立ち上がりました。

 

 

「サンセーはここで大人しく待っているのですよ、大将さんは私が助けて来ますから!」

 用意をしてから、私はキッチンキャラバンである竜車を引くアプトノスにそう声を掛ける。

 彼だか彼女だか分かりませんが、いつも竜車を引いてくれているこのアプトノスの名前はヒジョーショクサンセーというらしい。

 

 どうしてかあまりにも長い名前なので、私はサンセーと呼んでいますが。

 

 

「たしかあっちに洞窟がありましたよね」

 大将さんの「近くの洞窟に行ってくる」という言葉と、ここに来る道中の景色を思い出しながら私は歩き始めました。

 

 

 木々の少ない湿地帯で見晴らしは良いですが、いつ何処からモンスターが現れるか分かりません。

 時には地面の中に潜んでいるモンスターも居るので要注意です。

 

 

「ありました、洞窟」

 少しだけ進むと、記憶の通り洞窟が近くにありました。辺りにモンスターの姿は見えません。

 しかし、洞窟の入り口にはアイルーの物らしき足跡が見えます。それと一緒に、何やら大きな足跡も確認出来ました。

 

「……モンスター。鳥竜種ですかね、この大きさは」

 注意深くその痕跡を観察して、私は洞窟の奥に視線を向けます。もしかしたらこの足跡の主に大将さんが襲われているかもしれません。

 

 もしそうなら事態は一刻を争うかもしれない。私は地面を蹴って洞窟に向けて走り出しました。

 

 

「───うわぁ?!」

 しかし、洞窟に入った瞬間。私の視界に赤色が映る。

 それは大将さんの毛並みでも、何かの血の色でもなくて。

 

 

「グォァ……ッ」

 モンスターの体色だった。

 

 

「……イーオス」

 イーオス。

 ランポスに代表される、鳥竜種と呼ばれるモンスターの一種。

 鳥竜種の多くは小型モンスターに属していて、イーオスもその一種です。

 

 しかし小型とは言ってもその体長は人間のそれを優に上回っていて、ハンターじゃない人からすれば一匹でもとても危険なモンスターだ。

 

 

「グォァ!」

 特徴的な赤と黒の斑模様の皮に、無機質な黄色い目と頭の上の大きな瘤。

 二足歩行で全高は二メートル、全長は六メートル。これで小型と言われているのだから、モンスターは本当に恐ろしい。

 

 

「しかし、一匹ならなんとか……」

 イーオスは群れで生活するモンスターですが、目の前に現れたのは一匹。

 私はハンターとしては駆け出しですが、イーオスと似ているランポスなら倒した事があります。それに、そのボスだって倒した事があるので一匹に遅れは取りません。

 

 

「私がタイショーさんを助けるんです!」

 声を上げながら、私は背中に背負った槌を構えました。

 それを見たからか、イーオスも姿勢を低くして警戒態勢を取ります。

 

 

「───そこ!」

 先に動き出したのは私でした。下に構えた槌を、イーオスの頭に向けて振り上げる。

 槌は見事にイーオスの頭に直撃し、その身体を洞窟の壁に突き飛ばしました。

 

 

「よし!」

 思わずガッツポーズ。イーオスはそのまま地面に倒れて動きません。討伐完了ですね。

 

「って、おわぁ?!」

 そう思って振り向くと、視界に再び赤色が映る。

 

 

「グォァ!」

 野太い鳴き声。

 洞窟の入り口の方から、もう一匹のイーオスが現れました。二匹目ですが、一匹はもう倒したので大丈夫。

 

 

「仲間を呼ばれたら困ります!」

 私は焦ってそのイーオスに武器を向けます。もし群れが近くに居るのなら、ゆっくりしている暇はない。

 なので、私は焦って武器を振ろうとしました。そのせいで気が付かなかったのです。

 

 

「───っぇ?!」

 ───背後から迫るもう一つの影に。

 

 

 視界を紫が覆いました。

 その奥では、倒れた筈の赤がその大口を開いて立っている。

 

 倒したと思っていたイーオスが立っていました。倒せていなかったという事です。

 そして私は紫を全身に浴びました。それはイーオスが身体の中で生成する毒で、途端に私の身体はいう事を聞かなくなります。

 

 

「……っぁ」

 口から赤が漏れて、私はその場に倒れました。

 

 

 身体中が痛くて思うように動かない。

 口の中が血でいっぱいで、変な味がする。生肉にかぶりついた時みたいな感覚に咽せて、私は何度も血を吐き出した。

 

 

 

「グォァ……」

 二匹のイーオスがゆっくりと私に近付いてくる。

 

 イーオスは獲物を毒で弱らせてから、その身体を生きたまま貪り食うのだと先輩のハンターさんに教えてもらいました。

 自分が今からそうなるのかと思うと身体が震えて、それでも上手く動かない身体を無理矢理動かして立とうとする。

 

 このままじゃ殺される、そんな気持ちに焦った時には既に遅かった。

 

 

 イーオスは私の胴体程もある太い脚で、私の身体を踏み付ける。それでもう逃げられない。

 身体は重みと痛みで全く動かなくて、視界に映るイーオスの顎に怯えて、私は全身の穴から情けない液体を吐き出した。

 

 

 嫌だ、死にたくない。怖い。助けて。

 そんな声も出ない。ただ怖くて身体が震える。

 

 

 そしてその大顎が開かれた───その時だった。

 

 

「───オラァ!!」

 野太い声と共に、私を踏みつけていたイーオスが吹き飛んで洞窟の壁に叩き付けられる。

 

 そうして視界に入った()は、もう一匹のイーオスに肉薄して手に持っていたピッケルを振り上げた。

 鉱石を掘るために鋭利なピッケルはイーオスの喉を貫いて、その命を穿つ。

 

 引き抜いて吹き出す返り血に赤い毛並みを濡らしながら、その赤の正体───大将さんは倒れている私に視線を落とした。

 

 

「……タイ、ショー……さん」

「んぁ……」

 ため息のように声を漏らして、大将さんは手に持っていたピッケルを投げる。

 ビックリして目を閉じましたが、同時に聞こえたもう一匹───数瞬前に壁に叩きつけられたイーオスの悲鳴を聞いて私はゆっくりと目を開いた。

 

 その先には、ピッケルに頭を貫かれて絶命したイーオスの姿が映る。

 

 

 大将さんがこれをやったんですか。

 

 

「……あの、タイショーさ───」

「───この馬鹿野郎がァァ!!」

「───ひぃぃ!!」

 絶叫が洞窟に響きました。

 

 イーオスより怖いです。私は漏らしました。

 

 

「川から離れるなって言っただろうがァ!」

「ご、ごめんなさいごめんなさい!」

 おかしい。私が大将さんを助ける予定だったのに、私が大将さんに助けられている。おかしい。

 

 

「……んぁ、ったく。とりあえずコレ飲めバカ」

「うぅ……」

 怒りながらも、大将さんは回復薬を渡してくれました。毒で身体がやられているので、どれだけ不味くてもありがたいです。

 

 しかし飲んでみると、意外と美味しい。何故か、甘い。

 

 

 

 

「……私、役立たずですか。……邪魔ですか?」

 なんとか体力も回復して、竜車まで戻ろうという道中。

 怒って口を聞いてくれない大将さんに向けてそんな言葉を漏らしました。

 

 私はただ、大将さんが心配だっただけじゃありません。

 今さっき身を持って感じた通り、この世界は危険でいっぱいです。

 

 それなのにハンターである私を頼ってくれなかったのが、少しだけ悔しかった。まぁ、結果はこの様ですが。

 

 

 だって一応、私はこのモンハン食堂のウェイトレスでもあるんです。モンハン食堂の仲間なんです。

 

 

 

「……バカか。だからこそ、お前に残って貰ってたんだろうが」

 しかし、大将さんは振り向かずにそんな言葉を漏らしました。続けて「よし、非常食もキッチンも無事だな」と見えてきた竜車を見て言います。

 

「……どういう意味ですか?」

「俺がいない間に竜車が襲われたらどうする。誰が守るんだ。何の為にお前を雇ってると思ってる」

 横目で私を見ながら、大将さんはため息混じりにそう言いました。

 

 

 言われてやっと、自分のした事の愚かさに気が付きます。

 

 

 この世界はとても危険がいっぱいだ。

 もし、さっきのイーオスが私ではなく竜車やサンセーを襲いに行っていたら。考えただけで、その答えは分かってしまう。

 

 モンハン食堂は世界を旅する食堂。お店であるキッチンや貨物車はとても大切だ。

 それを守るのが私の仕事だったのです。大将さんは、さっき見せ付けられたようにとても強いアイルーさんなのだったから。

 

 

 私は一応、信用されていたんですね。

 

 

「タイショーさん……」

「それよかお前、小便漏らしたろ。くせーよ、水浴びしてこい」

「タイショーさん嫌い!!!」

 私は泣きました。

 

 

 

 

 

 立ち寄った川はとても綺麗で、私は竜車の裏で水浴びをする事に。

 大将さんは何やら洞窟で取ってきた物の整理で忙しそうです。一体洞窟には何を取りに行ったのでしょうか。

 

 

 して、大将さんも種族は違いますが男性。

 それがこんな近くで女性が生まれたままの姿になってるのに、気にも留めないのだ。

 

 そもそもデリカシーがない。最低です。大将さんなんて大嫌いだ。

 

 

 

 頬を膨らませながら水浴びを終えて竜車の中に戻ると、板前姿の大将さんが視界に映る。

 普段お店を開く時しかその格好はしないのに、どうしたのでしょうか。そういえば、初めて会った時も───

 

 

「食いしん坊、腹減ったか」

 そして、大将さんは何食わぬ顔でそう聞いてきました。

 

「え、あ……はい。私はいつも腹ペコです」

「だから食いしん坊なんだよ」

 違います。燃費が悪いんです。

 

 

「新作を作ったんだがな。味見するか?」

 そう言いながら、大将さんはキッチンの奥で何やらゴソゴソと作業をしていました。私の答えは勿論「はい」です。

 

「勿論ですとも!!」

「さっきまで不貞腐れてなかったか?」

「き、気のせいですよ……」

 何にしたってご飯が優先ですよ。だってモンハン食堂(ここ)の料理は最高に美味しいのだから。

 

 

「んぁ、そうか。さて……出来た」

 興味なさそうな声を漏らしてから、大将さんは何やら赤身の何かが乗った皿を持ち上げた。

 

 

「───へい、お待ち。サシミウオのスモークだ」

 そして持ち上げられたのは、小さめのお皿に綺麗に盛り付けられた薄い赤身。

 サシミウオの刺身でしょうか。

 

 皿の上に乗せられたなにやら透明な結晶、その上に乗せられた刺身は脂身を光らせて香ばしい匂いを漂わせる。

 

 

「スモーク。……これはなんですか?」

 聞いた事のない料理名と、刺身が乗せられている何かが気になって私は大将さんにそう質問しました。

 何やら見た感じはひんやりとしています。氷でしょうか。

 

 

「ソイツはさっき洞窟で取ってきた氷結晶だ。解けない氷ってんでな、刺身を冷やすのに丁度いいだろ」

 洞窟に行ったのは、この氷結晶を取りに行く目的だったんですね。

 

「ほへー、この氷があれば食材を冷やすのも楽って事ですね」

 なんと便利な。下位ハンターへのクエストで氷結晶を納品するという内容の物が多いのも納得しました。

 

 

「それで、スモークというのは?」

 私はそんな氷結晶の上に乗せられたサシミウオの刺身を覗き込みながら、問い掛ける。

 見た感じ生の刺身に見えるのですが、しかし何処か違和感があるというか。

 

 刺身の生臭さがなくて、代わりに生物とは思えない芳醇な香りを感じるのだ。

 

 

「燻製って言ってな、木材を熱した時に出る煙で食材に風味を付ける調理法だ。殺菌と防腐効果もあって食材の保存にも適してる」

「それでこんなに良い香りがするんですね」

 面白い調理法に私は「ほへー」と間抜けな声を漏らす。

 

 大将さんはそんな私に「良いから食ってみろ」と声を掛けてくれて、その言葉に甘えてお箸でサシミウオのスモークを掴みました。

 そして、そのまま口の中にスモークを運んでいく。噛み締めるとそこには不思議な感覚が待っていました。

 

 

「柔らかいのに……歯応えが」

 脂身の多いサシミウオはとても柔らかいのに、何処かしっかりとした歯応えがコリコリと顎を刺激する。

 それでいて噛む程に燻製特有の香りが口の中で広がって、切り身が口の中で溶けていった。

 

 氷結晶で冷やされているからか喉越しも良くて、後味も引っ張られることなく引き摺ることもない。

 素直に食材の味が楽しめる、それでいて保存にも適しているというのだから悪い事が何もないじゃないですか。

 

 

「どうだ」

「最高です! これ、お酒のおつまみでもいけますよ!」

 二切れ目を食べながら私は興奮気味にそう言う。大将さんに怒っていた事も忘れてしまいました。

 

 そのくらいモンハン食堂のご飯は美味しいのです。

 

 

 

 だからこそ、私はこのモンハン食堂で働き続けているのだから。

 

 だからこそ、私はこのモンハン食堂の仲間としてもっと役に立ちたい。そう思いました。

 

 

 

 

「タイショーさんタイショーさん。次はドンドルマでしたっけ? それとも何処かに寄るんですか?」

 休憩も終わり、ヒジョーショクサンセーに引っ張られて今日もモンハン食堂は世界を旅して周ります。

 

 

 

「大将だって言ってんだろ。んぁ……そうだな、渓谷に一つ街があるからそこに寄ってからドンドルマだな」

「分かりました。それでは今日も元気に行きましょーう!」

「元気なもんだな。……まぁ、良かった」

 次はどんな場所で、どんな料理が出てくるのでしょうか。楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『サシミウオのスモーク』

 

 ・サシミウオ    ……1切れ(600g)

 ・塩        ……20g

 ・スモークチップ  ……適量

 

 氷結晶に添えて。お召し上がりください。




みんな大好きサシミウオでした。サシミウオ(サーモン)のスモークはモンハン酒場で実際に食べる事が出来ますよ!ちゃんと、氷結晶の上に乗って出て来ます。機会があれば是非是非。

それではまた次回、お会い出来ると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu03……炙り幻獣チーズ

 ここはモンハン食堂。

 

 ごく普通の飲食店です。

 この広い世界を旅しながら、色々な人に料理を振り撒く旅する食堂。

 

 

「食いしん坊、そこの幻獣チーズ炙って持ってけ」

「げ、幻獣チーズですか。どれですか。これですか?」

「それはロイヤルチーズだタコ! そこの銀色の缶!」

「は、はィッ!」

 今日も旅する食堂は、大将さんの喝が飛び交って賑やかだ。私は悲鳴を上げて、言われた通りにチーズを火で炙ります。

 

 

 しかし、幻獣チーズですか。幻獣と聞くと、やはり思い出してしまいますね。私がここで働き出した時の事を───

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu03……炙り幻獣チーズ』

 

 

 本日もモンハン食堂は営業中。

 湿地帯からドンドルマという街に続く渓谷の端にある大きな街で、テーブルを開いたらそこがモンハン食堂だ。

 

 

「お待たせ致しました! 達人ビールと炙り幻獣チーズ四人前です!」

 両手にトレンチを持って歩き、四人前のビールとおつまみを運ぶ。

 ゆっくりとテーブルの上にそれらを並べると、お客さんは「ありがとう」と言ってくれた。

 

「タイショーさんのオススメセットになります」

「幻獣チーズか、珍しい食材だな」

 このテーブルのお客さんはこの街に住むハンターさん三人とそのうち一人のお嫁さんとの事です。

 出掛けている事が多いハンター業ですが、せっかく集まった時に珍しくキッチンキャラバンが来ているとの事でご来店頂きました。

 

 

「なにそれ。珍しいチーズなの?」

「確か……滅多に市場に出回らないとかなんとかって、聞いた事ある気がするな。幻獣キリンっていうこれも幻とか言われてる古龍になぞらえて幻獣チーズって呼ばれてるんだぜ」

 ハンターさんのお嫁さんの言葉に、旦那さんは「もっともキリン程珍しい訳でもないんだがな」と付けて加えてからそのチーズを咀嚼する。

 

 あまり市場に並ばないのはその製造が難しいからだとかなんとか。

 そんな幻獣チーズを贅沢に炙っただけの料理ですが、炙った事によりチーズの香りが広がってそれはもう見ているだけで美味しそうだ。

 

 

「へぇ、そんなに凄いんだ」

「古龍ねぇ、なんだか懐かしいわね。はむ、あ……美味しい」

 感心するお嫁さんの隣に座る女性ハンターさんは、小言を漏らしながら炙り幻獣チーズを頬張る。

 口を押さえて咀嚼するその視線は、もう幻獣チーズに釘付けだった。

 

 

「古龍と言えば、俺達は古龍の撃退戦に参加した事があるんだぜ。凄いだろ! コイツなんて大活躍だったしなぁ!」

「倒した訳じゃないし、そんな凄い事じゃないって……」

 チーズを頬張ってから達人ビールを飲み干してからそう言うハンターさんは、もう一人の男性ハンターさんの肩を抱いて自慢気な表情を漏らす。

 フォークに突かれたチーズは、炙って固まった表面から中のトロトロチーズを漏らした。一方でハンターさんは苦笑い気味で「あはは……」と声を漏らす。

 

 

 古龍。

 それはもう、自然の理。生きた災害。

 

 普通の生命とはかけ離れた存在で、人間が生きている内に一度見れたら奇跡だと言われているモンスターだ。

 

 生物学的には通常の生き物の枠に当てはまらない、砕いた言い方をするとよく分からない生き物らしいです。

 

 

「す、凄いですね。古龍なんて倒したら英雄ですし、素材を売ったら一生遊んで生きていけるなんて言われてますもんね。……そんな相手と戦ったなんて」

「だろぉ?」

「はい。私も少し前はハンターをしていたんですが、古龍どころか飛竜も見たことないので。……食べた事はあるんですけど」

「……食べた?」

 世間話の中で漏れた私の言葉に、お客さん四人は目を丸くした。

 

 

「あ、あっと……こちらの話です。それでは、伝票こちらに置かせていただきますね! ごゆっくりどうぞ!」

 そうして私は他のお客さんの注文を聞きに走る。

 

 

 今日もモンハン食堂は営業中。

 しかし、私はふとこのモンハン食堂で働き出す少し前の事を思い出すのであった。

 

 

 

 

 それは、数ヶ月前の事。

 

 

 

 

「お腹が……減りました」

 照り付ける陽の光を銀色の防具が弾き返す。

 

 一面砂の景色で日光を遮る物がある訳もなく、足場の悪い砂場を歩きながら私はポーチからクーラードリンクを取り出して喉に流し込んだ。

 身体を循環する冷たさよりも先に、不味いという味覚だけが全身を這うように包み込む。吐き出したい。腹の足しにもならない。

 

 

 しかしこの砂漠という環境ではこのクーラードリンクが命綱だ。

 そのクーラードリンクの残りを見てため息を漏らしながら、私は地平線に見える岩場に視線を向ける。

 

 全身を包む鉄で出来た防具が無駄に重い。背中に背負ったハンマーなんて言うまでもなし。

 

 

「……こんな筈では」

 私は将来有望なうら若きハンターでした。有望なのは自称ですが、とにかくハンターという仕事をしていたんです。

 

 腕前としてはそうですね。

 最近ドスランポスを一人で倒しました。とても凄いでしょう。

 

 

 普段は凄腕ハンターの友人とモンスターを狩りに行ったりして生活していたのですが、一人でドスランポスを倒して調子に乗った私はこんなクエストを受けました。

 

 

「ハプルボッカの討伐……ですか。まだ貴方には少し早いのでは?」

「心配ご無用です! 私は先日、あのランポスのボス、ドスランポスの討伐を果たしましたので!」

 集会所でそうやって啖呵を切った記憶が頭をよぎります。

 調子に乗っていました。調子に乗っていたんです。勝てると思っていました。

 

 集会所の受付嬢さんも「頑張ってください!」と言ってくれたんです。

 

 

 

 結果は惨敗でした。

 

 

 

 そもそもドスランポスとハプルボッカの体格差は、三倍とかそんなレベルですらありません。

 あんな化け物に人間が勝てる訳がないのです。私は逃げました。

 

 助けに来てくれたネコタクと呼ばれるアイルーさんに、とりあえず逃げるように言われて必死に逃げたんです。

 

 

 

 その結果───

 

 

 

「───遭難するなんて」

 ───砂漠で遭難。

 

 

 

 よくある話でした。

 

 新米ハンターが調子に乗ってモンスターに負けてしまうのも、モンスターから逃げて遭難するのも。

 この世界ではそこそこ良くある話。ハンターがそれで命を落とすなんて、星の数ほどあるお話なんです。でも自分がそうなるなんて……。

 

 

「……儚い人生でした」

 雲一つない空を見上げて呟きました。

 

 

「せめて最期にお肉をたらふく食べて生き絶えたい……」

 思えば私がハンターになったのは、ハンターは儲かるからご飯が沢山食べられるという単純な理由です。

 子供の頃から良く食べる体質で、両親からは「ウチの娘はイビルジョー」とか言われていました。

 

 そんな事はともかく、大食らいの私を育ててくれた両親にお礼がしたいのが一割。九割はお金持ちになってたらふくご飯を食べる。

 

 

 そんな夢の為にハンターになった私でしたが、ここで人生終了───

 

 

 

「……お腹、減───あれ?」

 ───かと思われた矢先でした。

 

 

 

 

 そのお店を見つけたのは。

 

 

 

 

 砂漠の真ん中にある大きな岩場。

 そこに、アプトノスの姿が見えたかと思えば近くに竜車が見えて私は走る。

 

 人が居るかもしれない。助かるかも。

 その一心で走って岩場に向かい、私が一番先に目にしたのは文字の書かれた看板でした。

 

 

「……モンハン食堂?」

 それが、私とモンハン食堂の出会い。

 

 

 

「誰も居ないんですかね……? 乗り捨てられた竜車か、モンスターに襲われてしまったか。……くんくん、食べ物の匂い」

 しかし、看板以外には特に何も見当たりません。

 アプトノスも大人しく干し草を食べて待機しているだけです。

 

 

 竜車は貨物車のような物も牽引していて、そこから美味しそうな匂いが漂って来ました。

 

 

 

「採取採取……」

 丁度良く貨物車は開いていたので、私はゆっくりと近寄って中を拝借しようとする。

 泥棒みたいですが、背に腹は変えられませんでした。

 

 

「生肉……っ!!」

 そして見付けたのは、文字通り生の肉。

 

 骨付きの肉。

 焼けば美味しいこんがり肉。

 

 

「っと、これは何のお肉でしょうか? ケルビ……では、なさそうですが。いや、もうこのさいなんでも良いです!」

 そこからは殆ど無意識でした。

 

 遭難して空腹で倒れそうな私に、その生肉を食べるという事以外を考えるのは難しかったのです。

 だから、この竜車の主がどうだとか。そういう事を考えもしなかった───それが私の過ちでした。

 

 

 

「フヘヘ、フヘヘへへ、お肉お肉」

 やっと食事にありつける。ただそれだけを考えて、私はポーチから焼肉セットを取り出して組み立て、火を付けました。

 

 こんがり肉という料理があります。

 調理法はいたって簡単。生肉を焼くだけ。

 

 

 私は肉焼きセットに生肉をセットしました。

 

 

「ふんふふん、ふふふ、ふんふふん」

 そして涎を垂らしながら肉を見詰める事数秒、表面が小麦色になって来た所で私は生肉を持ち上げる。

 

 

「上手に焼けま───」

「何してんだ泥棒ォォ!!」

「───ぎゃぁぁあああ!!」

 砂漠に響き渡る咆哮と悲鳴。突然の怒号に私はその場に倒れて死んだフリをしました。

 

 良く考えれば竜車の主がいない訳がなかったのです。モンスターに襲われたにしては竜車に外傷はなく、竜車を引くアプトノスだって無傷でのんびりと干し草を食べていたのですから。

 

 

 

「……ったく、こんな砂漠のど真ん中でなんだ。どっから現れたってんだ」

 死んだフリをしたままの私に近付いて来たのは、赤虎の毛並みに板前衣装姿の一匹のアイルーでした。どうして板前衣装。

 

 

「肉まで勝手に焼きやがって。……しかも生焼けじゃねーか」

「……う、うぅ。ごめんなさいごめんなさい」

 死んだフリは意味がない事を悟った私は、格好を土下座に切り替えて頭を下げ続ける。

 

「もっとしっかり焼かねーと肉が引き締らねぇ。それに火が通ってる箇所がバラバラだ。もっと満遍なく焼けってんだタコ」

 しかしそのアイルーさんは、私の謝罪を無視して人の焼肉セットでさっきまで私が焼いていたお肉を再び焼き始めました。

 

 

 

「えーと、はぃ……?」

「上手に焼けました、と」

 そして、こんがりと小麦色に焼けた骨付きのお肉が持ち上げられる。

 

 香ばしい匂いが漂って来て、私はそれだけで涎を垂らしながらお腹の虫を鳴らしました。

 視線を向けるも、アイルーさんは「中々美味そうだ」と私を無視して独り言を呟きます。

 

 

「な、何してるんですか……?」

「何って、肉を焼いてるだけだろ。どっかの泥棒が途中まで焼いちまったから、そのまま調理しただけだ。……つーかいつまでそこに居るつもりだ。とっとと消えろ」

 肉球を振って「シッシッ」と声を漏らすアイルー。泥棒の事は罪に問わないからとっとと消えろという事なのでしょうか。

 

 しかし、私は現在遭難の身。ここでこのアイルーさんから離れれば待っているのは砂漠の熱で上手に焼けた焼死体。

 

 

 

「わ、私……そのですね。遭難してまして……」

「……んぁ? その格好からして、お前ハンターだろ。ハンターが遭難ってな」

 アイルーさんはこんがり肉片手に、苦笑い気味でそんな言葉を漏らしました。

 情けないですが事実です。泣きそうになりながら、というかもう涙を漏らしながら、なぜかこのタイミングで私のお腹の虫が咆哮を上げました。

 

 お腹の虫、鳴りました。

 

 

「……オメェ、腹減ってんのか」

「……はい」

 アイルーさんの言葉に、私は正直に首を縦に振ります。

 そういえばアイルーって語尾に「ニャ」とか付くんじゃなかったでしたっけ。しかしそんな疑問も消える程に、私は空腹と羞恥心でいっぱいでした。

 

 

 

「はぁ……。んぁ、待ってろ。なんか作ってやるから」

 して突然、アイルーさんは大きな溜息を吐いてからそんな言葉を漏らす。

 

「え、本当ですか!! それ下さい!! そのこんがり肉下さい!!」

「これはやらんぞ……」

 アイルーさんの言葉に、空腹により暴走した私は涎を垂らしながら詰め寄りました。

 しかしこんがり肉は貰えないようで、私はその場に倒れて空を見上げる。

 

 

「……お腹が減って死にそうです。あぁ……最期に、最期にお肉が食べたい」

「んぁ……わ、分かった分かった。分かったからちょっと待ってろ」

 そんな私を見るや、アイルーさんはこんがり肉片手に竜車に向かって歩き出しました。

 竜車の側にはモンハン食堂と書かれた看板が立っています。

 

 

「客にこのままで料理として出す訳にはいかねーからな」

 アイルーさんのそんな言葉に、私は首を横に傾けて竜車の中を覗き込んだ。

 竜車の中はまるで酒場のようになっていて、アイルーさんはカウンターの並ぶ奥にあるキッチンに入っていく。

 

 

「ここは……お店なんですか?」

「そうだ。俺はこの店の大将をやってる」

 アイルーさんを追いかけて問うと、彼は短くそう答えて大きなお皿を取り出しました。

 その上にこんがり肉を乗せて、彼はさらにこう続けます。

 

 

「モンハン食堂。世界を旅する料理屋だ」

 そんな言葉を漏らして、彼はこんがり肉の乗ったお皿にシモフリトマトや深層シメジ、砲丸レタスを手早く乗せて盛り付けをしました。

 その手際は鮮やかで、こんがり肉から漏れる湯気が止まぬ内に、仕上げとばかりにヤングポテトをさっと油で揚げて乗せる。

 

 盛り付けを終わらせたアイルーさんは、最後にこんがり肉の骨の部分にマンシェットを被せて満足気な表情を見せた。

 

 

「へい、おまち。こんがり肉だ」

 そんな言葉と共に、綺麗に盛り付けられたこんがり肉が目の前に音を立てて置かれる。

 

「凄いですタイショーさん!」

「大将だ。伸ばすな」

 未だに音を立てるこんがり肉と、揚げたてのポテトフライから漂う甘い香り。

 滴る肉汁によって盛り付けられた野菜が光を反射して、まるでお皿の上が光っているようだ。

 

 

 なんだか私の知っているこんがり肉とは全然違う。

 

 これが、モンハン食堂のこんがり肉。

 

 

 

「……ごくり」

 涎を飲み込んで、私は出されたフォークとナイフを手に取りました。いつもなら骨の部分を持って齧り付くので、なんだか落ち着きません。

 

 

「なんだ、食わねーのか? んぁー、それかなんだ。そんな上品な食い方しろとは言わねーから、一気にカブッといけ。カブッと」

 得意気な表情で大将さんはそう言ってくれる。

 少し人前では恥ずかしいですが、言われた通りなので私は一度フォークとナイフを起きました。

 

 

「そ、それでは……頂きます」

 マンシェットに手を添えて、はしたないですが口を開いてこんがり肉に齧り付く。

 

 すると同時に肉汁とその匂いが口の中いっぱいに広がって、まるで口の中で油が溶けていくような感覚に襲われました。

 そのまま引きちぎるように筋にそってお肉を噛みちぎって、モンスターがやるように顎を持ち上げてお肉を咀嚼する。

 

 噛みごたえのある肉は、顎を上下する度にその旨味を口いっぱいに広げて油は喉に流れていった。

 ただ焼いただけ。シンプルに、しかしそれは肉本来の味を引き立てる。

 

 

 

 

 ただそこには、お肉があった。

 

 

 

 

「───んぅぅ……っ!」

 言葉が出ない。

 

 口から漏れてくる筈の言葉は、噛む度に口の中に広がる旨味と油に溶けて消えていく。このまま一生このお肉を噛んでいたい。

 

 

 

「美味いか」

「……っ、は、はい! 歯ごたえがあって、焼き加減も完璧で。……こんな美味しいこんがり肉初めて食べました!」

 ハンターならば一度はこんがり肉を自分で焼いて食べた事はあるものだ。

 

 私なんて見ての通り狩りの度に自前で焼肉セットを持ち歩いて、狩りの終わりの楽しみにしている程です。

 しかしそんな私でも、今食べたこのこんがり肉より美味しいと思ったお肉はありませんでした。

 

 

「ポテトもトマトも美味しいです!」

 続けて揚げたてのポテトや、トマト等を口にしていく。

 大将さんの腕前がいいのか、どれも普段食べているものとは比べ物にならない程美味しく感じました。

 

 

「……あっふ、あふ」

 そして何よりお肉。

 

 トマトやレタスで口の中を整えてから再びお肉に口を付けると、全く飽きの来ない深い味が再び楽しめる。

 それはもう私は夢中になってガッつきました。それから先完食まで一言も喋らず、お肉もポテトも野菜も一欠片も残さず食べました。

 

 

「───ごちそうさまでした」

 空腹感に満たされ、むしろ名残惜しさに涙しながら私は手を合わせて食材と大将さんにお礼を言います。大将さんは満足げに頷きました。

 

 空腹だったというのもあるでしょうが、しかし大将さんの調理がとても良かったからこそこんなにも美味しく感じたのでしょう。

 

 

 

「まさか全部平らげちまうとはな……。とんだ食いしん坊だ」

「う……」

 は、ハンターならこれくらいが普通ですよ。

 

「ま、まさか砂漠のど真ん中にお店があって。しかもそこがこんなに美味しいご飯を食べられる場所だなんて思いませんでした! まさに秘境ですよこのお店は! ずっとここでやってるんですか?」

「んぁ……いや、ずっとここでやってるって訳じゃないな」

 我ながら饒舌に話を逸らしました。ナイス私。

 

 

 

「と、言いますと?」

「さっき言ったろ食いしん坊」

 しかし、結局食いしん坊とか呼ばれてしまってます。全然ナイスじゃないです私。

 

 

 ──モンハン食堂。世界を旅する料理屋だ──

 して、こんがり肉を食べる前に大将さんが言っていた言葉を思い出しました。

 

 

「……世界を旅する料理屋」

「そうだ。俺は世界一の料理屋を目指して旅をしている。……こんがり肉、美味かったろ?」

 自慢げな表情で大将さんはそう言います。

 

 

「はい。とても」

「今日は偶々砂漠を進んでたらお前が荷物を漁ってたって訳だ」

「そ、それに関しては不問にしていただけると幸いなのですが……」

 私がそう言うと、アイルーさんは「そこは食いっぷりに免じて許してやるよ」と言って下さいました。太っ腹です。

 

 しかし、彼は「だがな」と言葉を続けました。

 

 

「だがな、ここは店だ。食った分は払わなきゃならねぇ。そうだろ?」

「それはそうですね。払います。大丈夫です、私もドスランポスを一人で倒せる程のハンターなので、そこそこお金は持ってます。こんがり肉おいくらですか?」

 こんがり肉なんてどこで食べても三百ゼニーもしません。二百ゼニーあれば充分でしょう。

 

 

 

「───二百万ゼニーだ」

「───は?」

 しかし、大将さんの口から漏れた額は想像だにしていなかった値段でした。

 

 

「二百ゼニー?」

「二百()ゼニー」

 私の耳が腐っていなければ、二百()ゼニーと聞こえます。

 

 いやいや、まさかまさか。流石にボッタクリが過ぎますよ。だってこんがり肉ですよ? そんなの詐欺じゃないですか。

 

 

「払うって言ったよな? 二百万ゼニーだ」

「詐欺じゃないですか!」

 ありえないでしょ! 

 

「そんな訳がありますか! こんがり肉ですよ! なんの肉使ったらそんな値段になるんですか!」

「キリンだな」

「あー、キリンですか。なるほど、キリ───キリン?!」

 え、キリン? 

 

 

 

 さて、ここで回想の前を思い出して下さい。

 

 

 ──幻獣キリンっていうこれも幻とか言われてる古龍になぞらえて幻獣チーズって呼ばれてるんだぜ──

 

 ──古龍なんて倒したら英雄ですし、素材を売ったら一生遊んで生きていけるなんて言われてますもんね──

 

 

 キリンとはその名の通り幻の古龍。

 古龍とは、生きた自然災害。その命の価値は計り知れない。

 

 

 そのキリンの肉だ。

 

 

 

「……私は何を食べたんですか」

「払えないのか。……なら、身体を売ってもらうしかねーな」

 想像を絶する値段に私が氷やられ状態になっていると、アイルーさんは低い声でそんな言葉を漏らす。

 あぁ、私はこのままモンスターの素材のように人に売られ、あんな事やこんな事をされてしまうのでしょうか。

 

「はわわわわわわわ」

「さ、こっちにこい。服脱いで着替えろ!」

 服脱げって。アレですか、解体ですか。魚のように捌かれるんですか。

 

 

「んぁ……何アホ面してんだ。ほら、早くこれを着ろ」

 そう言って、アイルーさんは私に服を一着投げつけて着ました。

 もう私は頭が真っ白で、何も考えずにその服を着ます。

 

 

「……二百万ゼニー。……二百万ゼニー」

 呪文のように唱えながら、私は着替えを済ませてアイルーさんの元に向かいました。

 

 これから何をされてしまうのでしょうか。確かに、美味しい食べ物を沢山食べるのが私の夢です。夢でした。

 しかし、目の前の食欲に負けて全てを失う事になるなんて。後悔しても仕切れません。バッドエンドです。終わりです。

 

 

「おぅ、似合うじゃねーか。ほら、そっちに鏡があるから見てみろ」

 して、大将さんは満足げな表情でそう言いました。言われた通りに鏡を見ると、不思議な事に私は首を横に傾けます。

 

 

 鏡に映る私。真っ白なエプロンのついたピンク色の服。

 なんというかこう、お店のウェイトレスさんのような格好をしている私がそこに立っていました。

 

 

「あれぇ?」

「さー、食った分きっちり働いてもらうぞ」

 え、何を言ってるんですかこの人は。あ、いやこの猫は。

 

 

 

「───今日からお前はこのモンハン食堂のウェイトレスだ。……良いな?」

「はぃ?」

「返事は元気に「はい!」だ! はい、返事はァ!」

「ひぇ?! は、はいぃ!!」

 これが、私と大将さんの出会いでした。

 

 

 

 

 

「……はぁ、私がキリンを食べてからもう一ヶ月以上ですか。なんだか早かったような短かったような───」

「おい何サボってやがる食いしん坊。……あと百九十六万ゼニー分、しっかり働けや」

「ひぃぃっ、この鬼タイショー!!」

 モンハン食堂は本日も営業中です。

 

 

 

 

 

 

 

 ~本日のレシピ~

 

『炙り幻獣チーズ』

 

 ・幻獣チーズ   ……4人前

 ・粉吹きチーズ  ……適量




モンハン世界の料理、どれもこれも美味しそうですが。やっぱり一番はこんがり肉ですよね!
そんな訳で、今回はドンドルマ近くのとある街と主人公の食いしん坊がどうやってモンハン食堂で働き出したのかという話でした。そういえばまだ主人公の名前が明らかになってませんね。もうこのまま食いしん坊で通しましょう。

読了ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu04……ケルビ肉のハンバーグステーキ

 目が回る。

 それ以上に回る、人とお金と食べ物と。

 

 

「いらっしゃいませ! あ、はい。ご注文お待ち下さい。あ、お会計ですね! 少々お待ち下さい! こちら空いたお皿お下げしてもよろしいでしょうか? あ、はい! ご注文お伺いしますぅ!! あ、お客様ご来店ありがとうございましたぁ!!」

 お客さんが注文を頼めば、それをキッチンに伝えるのが私の仕事だ。

 お客さんのお会計も、食べ終わったお皿の片付けも、お客さんへの挨拶も私の仕事です。

 

 

「いや無理ですぅ!!!」

 この広い広い世界の片隅に、モンハン食堂という世界を旅する飲食店がありました。

 

 私はそのモンハン食堂で働くウェイトレス。ハンターになって大金持ちになる筈が、二百万ゼニーの借金を抱えた貧乏人です。

 

 

 

 これは、そんな私がモンハン食堂で働くだけの物語。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu04……ケルビ肉のハンバーグステーキ』

 

 

 

 力尽きました。

 

 

「報酬金が三割無くなったんじゃないですかね……」

 誰も人のいない店内で、地べたに倒れこんだまま私はそんな言葉を漏らします。

 

 ただ、誰もいないというと語弊があるでしょうか。そこにはもう一人、人ではないですが人が居る訳で。

 

 

「こら、店の床に寝転ぶんじゃねぇ。とっとと掃除しろ掃除」

 手を腰に当ててジト目で私を見下ろすモフモフ。

 

 三角の耳と尻尾が特徴的な彼は、アイルーという獣人族だ。

 そして彼こそが、このモンハン食堂の大将さんなのです。

 

 

「鬼タイショーです……」

「ニュアンスが違う。大将だ。大将」

 たいしょうもたいしょーも変わらないと思うのですが。

 

「ほら、これが終わったらギルドについて行ってやるから」

「う、そうでした……」

 私はここで働き始める前はハンターをやっていました。否、別に今もハンターなんですけども。

 

「私、死んだ事になってたりするんでしょうか」

「さーな。普通ならハンターが行方不明になったら、捜索クエストが出るもんだ。んぁ、多かれ少なかれギルドに迷惑は掛けてるだろうな」

「うぐ……」

 大将さんの慈悲のない言葉に、心臓に杭を刺された気分です。

 

 

 私はとあるクエストでモンスターに敗れ、逃げ回った挙句に砂漠で迷子になりました。

 そんな私を救ってくれたのが、このモンハン食堂の大将さんです。

 

 砂漠で倒れていた私はお腹が減っていて、その時大将さんが焼いていたお肉を食べたいと詰め寄りました。それがいけませんでした。

 そのお肉は古龍である幻獣───キリンの物で、とんでもないお値段の食材だったのです。

 

 

 

 その料理の値段。実に二百万ゼニー。

 

 私がこのモンハン食堂でタダ働きをしなければいけなくなった理由がこれ。

 

 

 

「───と、いう訳なんです」

 ギルドの集会所にて。事の経緯を受付嬢の方に話すと、彼女は笑顔で諸々の事を教えてくれました。

 

 私は行方不明扱いになっていた事と、今まさに他のハンターさん達が捜索クエストに向かっているという事。

 その為にギルドが使ったお金やら、身の丈に合わないモンスターに挑むとどうなるかとか、なんなら本当は死んでいたとか───これ以上は止めてください。心が痛いです。

 

 

「……ふぐぅ」

「お疲れちゃ〜ん」

 一通りの説教を聞き終わって集会所の机に突っ伏す私の後ろから、気の抜けるような声が聞こえて来ました。

 振り向いた先に居たのは、私のハンター仲間。偶に一緒に狩りに向かう事もある、友人のCです。

 

「ハンターは大変です」

「そうだね〜。でも、クーちゃんが生きてて良かったよ〜」

 にっこりと笑顔でそういう友人Cは、樽ジョッキ片手に私の隣に自然に座りました。

 のんびり口調で容姿もふわふわとしているのですが、彼女は意外にも酒豪です。しかし、殆ど酔いません。どうなっているんですか。

 

 

「私も、命の大切さを感じました。……そして同時にお金の大切さを感じました」

「あはは〜。二百万ゼニーだっけ〜」

 笑い事じゃないですよ。

 

「それで、その大将さんは〜、今どこにいるの〜?」

「買い出しで、ドンドルマの町外れに行ってくると言ってました。諸々が終わったら迎えに来てくれるようなので、ここで待機しろとの事です」

 大将さんは私をギルドに連れて来てくれた後、その足で買い出しに向かってしまった。

 

 

 しかしこれ、よくよく考えたらチャンスなのではないでしょうか。

 

 

「……今逃げれば、借金もチャラなのではないでしょうか」

「クーちゃんが悪い顔してる〜」

 ぽわぽわとした表情で私を見ながらそう言ってお酒を飲む友人のC。しかし何やら目を細めると、彼女はこう言葉を続けます。

 

「ギルドナイトに暗殺とかされないでね〜」

「……に、逃げる訳ないじゃないですか。あはは」

 そりゃそうですよね。食い逃げは普通に犯罪だ。

 

 

 そしてハンターが何かやらかすと、ギルドナイトに闇に葬られるとかいう逸話もあります。こればかりは噂ですが。

 しかも友人Cは、近くに金髪のギルドナイトの方が通りかかったタイミングでそれを言ってくるのでタチが悪い。

 

 私は一瞬視線をこちらに向けたギルドナイトの人に、スーパースマイルで会釈をして友人Cの頭にチョップを入れた。

 

 

「私を闇に葬る気ですか」

「クーちゃんはそんな事しないって、信じてるから〜」

「そういえば捜索クエストが出てるのに、ユーちゃんは私の事を探しに行ってくれなかったんですね……」

「それはね〜、そのー。あたしは、クーちゃんはそんな事で死なないって、信じてるから〜」

 ぽわぽわとした笑顔でそう言う友人C(ユーちゃん)は話を逸らすようにこう続ける。

 

「そういえば〜、その大将さんってどんな人なの〜?」

「あー、タイショーさんですか? そうですね……」

 私がモンハン食堂で働き始めて数週間という所でしょうか。砂漠からこのドンドルマまで陸路で向かう間、私はずっと馬車竜のようにこき使われて来ました。

 

 なんならお店であり車輪の付いた竜車であるモンハン食堂を引くアプトノスよりも、私の方が扱いが酷かったです。

 

 

「それでそれで〜?」

「そうですね。結構不思議な人なんですよ」

 そしてその数週間で分かった事。

 

 彼の毎晩の夕食は決まってこんがり肉でした。

 私に賄いで出してくれる物には一切手を付けずに、毎晩決まって何かしらの生肉を焼いてこんがり肉を食べるのです。

 

 

「不思議な人だね〜」

「はい、不思議な人です。でもタイショーさんの作る料理はどれもとても美味しいんですよ!」

 ここ数週間、ドンドルマにくる過程で料理を食べている人を見たり、賄いを食べたりと沢山大将さんの料理に関わって来ました。

 

 そしてお客さんも私も、例外なく「美味しい」と言うのです。

 

 

「実は、案外今の生活に満足してたり〜?」

「そ、そんな訳ないじゃないですか! 私は将来大物ハンターになって、お金持ちになって、たらふく美味しい物を食べるんです!! 借金生活で賄いだけ食べる生活なんて、私の将来設計にはありません。スーパー不愉快です」

 私はそう言って、プイッと友人Cから視線を逸らした。Cは意地悪です。

 

 

「あはは〜、ごめんごめん。でも、なんでこんがり肉ばっかり食べてるんだろうね〜?」

「それは……分かりません」

 そういえば初めて会ったときも、こんがり肉を焼いていました。それこそが二百万ゼニーのこんがり肉なんですが。

 

 

「普段はどんな人なの〜?」

「お昼とかは他の物も食べてたりしますよ? それでも偶にお昼までこんがり肉だったりしますけど」

「いやいや〜、そうじゃなくてねぇ。ご飯の事ばかりじゃなくて〜、その大将さんはどんな人なのかって……私は気になってるんだよ〜?」

 クーちゃんはご飯の事ばかり考えてるね〜、と付け足してからCはジト目で私の顔を覗き込む。

 

 恥ずかしくなって目を逸らしますが、彼女がしつこいので私は一度Cにチョップを入れてから目を閉じて顎に手を当てました。

 

 彼がどんな人物か、ですか。

 

 

「結構、声が渋いですね」

「ほほ〜、それでそれで?」

「冷静で沈着で、結構周りが見えてます。厳しい方なんですけど、実はちょっと優しい一面もありますね」

「ほほほ〜、それはそれは」

 どうしてか目を見開いて唇に手をつける友人C。ちょっと顔が赤い。

 

「それで〜、どこまでヤッたの〜? キスはした〜?」

 そして突然そんな事を言うものだから、私は飲もうとしたお茶を机にぶちまける。何してくれとんのじゃこの友人。

 

 

「ば、ば、馬鹿なんですか?!」

「え〜、だって大の男と女が一つ屋根の下で数週間旅したんでしょ〜? そりゃ〜、何かあるってもんよ〜」

 相手アイルーなんですけど! 

 

 

 この友人のCはぽわぽわふわふわな見た目に反して頭の中がピンクだったりするので、偶に意表を突いてくるのだ。恐ろしい。

 そのくせ私と同じ時期にハンターになったのにもう上位ハンターなのでタチが悪い。偉人は変人が多いという話は、あながち間違っていないのかもしれません。

 

 

 

「な、何にもないですよ……っ!」

「本当かな〜、気になるな〜。あ、そうだ。それじゃ〜、今晩は私もそのモンハン食堂? で、ご飯を食べる事にするよ〜」

 彼女はそう言って立ち上がると、まだお酒の半分残っている樽ジョッキを持ち上げて一気にソレを飲み干す。

 

「クーちゃんも良い歳なんだし、スタイルも良いんだから〜。これを襲わない男に、あたしの親友を任せる訳には〜、いかないよね〜」

 そんな事をぽわぽわとした表情で言ってから、口角を釣り上げる友人のC。

 

 

 コイツ、楽しんでいるな。

 

 

「それじゃ〜、件のお店に〜、レッツラゴ〜」

 私の手を引っ張って、Cは集会所を後にしました。

 待っていろと言われたのですが、私は彼女を連れてお店に戻る事にします。

 

 

 さて、どうなる事やら。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ドンドルマの下町の端っこに、大きな竜車が一台停まっていた。

 竜車を引くアプトノスは伸び伸びと干し草を食べていて、その傍には竜車でありお店である建物へと上がる階段が取り付けられている。

 

 

 モンハン食堂。

 大きく書かれたその看板を見て、友人Cはこう言いました。

 

 

「食堂というか、ちょっと大きな屋台だよね〜」

「それ言ったらタイショーさん怒るので気をつけて下さいね」

 数日前に私も同じ事を呟きましたが、その日の晩飯はシメジだった事を思い出して身体が震える。

 

「拘りがあるんだね〜」

「職人気質ですからね、タイショーさん」

 怒ると怖いですし、ザ・タイショーって感じの人ですよ。

 

 

「んぁ、なんだお前。まだ開店には早いってのに……そんなに働きてぇのか?」

 私と友人Cが話しているとお店の中からそんな声が聴こえて来ました。

 友人Cはその声に目を見開いて、食い入るようにお店の中に視線を向けます。そんなに気になるんですか。

 

 お店の中から顔を覗かせる三角の耳。茶毛のもふもふを見て、友人Cは目を丸くしてさらに白くしました。

 

 

「……ネコじゃ〜ん」

「アイルーですよ? あれ? 言ってませんでしたっけ?」

 そう言えば、言っていなかったような。

 

 

「は〜、あたしはてっきりクーちゃんが大人の階段を登ったと思っていたのに〜。ガッカリですよ〜」

「だからそんなんじゃないって言ったじゃないですか!」

「……んぁ、何の話だ。てか、クーちゃんってお前の事か」

 ジト目でお店から降りて来た大将さんは、私達を見上げながら顎に手を置いてそんな言葉を漏らす。

 

「あ、はい。私のあだ名ですね」

「食いしん坊のクーちゃんか、なるほどねぇ」

「違いますぅ!! 全然違いますぅ!! 私にだって立派な名前が───」

「あながち間違ってないけどね〜」

 酷い。酷過ぎますよ。

 

 

「んぁ、なんだ。で、こちらさんは?」

「……友人です」

「ユーちゃんって呼んでね〜。ヨロピコ〜」

 ぽわぽわ笑顔でそう言うと、Cは鼻をヒクつかせてお店の方に視線を向けました。私も、この()()は気になります。

 

 

「血生臭い匂い……」

 ハンターなら嗅ぎ慣れた、血と肉の匂い。友人Cは少しだけ真剣な表情で大将さんを見下ろした。

 

 

「大将さんや〜、もしかして───」

 彼女は一度目を閉じて、細めを開くとこう続ける。

 

「───今日はケルビのお肉が入ってるねぇ?」

「ほぅ、匂いで肉の種類を当てるたぁ。流石ハンターって所だな」

 友人Cの問い掛けに、大将さんは関心した面持ちで口角を釣り上げてそう答えました。

 

 

「え、分かるものなんですか……?」

「歴戦のハンターならね〜、当然だよ〜」

 得意げな表情でそう言う友人C。私も高みを目指すにはお肉の匂いくらい嗅ぎ分けないといけないのでしょうか? 

 

 その前に借金を返済しないといけないんですけどね。

 

 

「なんなら食ってくか? 丁度味見をやってもらいたい所だったんだ。タダとは言わんが、安くしとくぞ」

 大将さんはそう言うと、私達に目で着いてこいと諭して階段を上っていく。

 

「そのお誘いを断る理由はないね〜。いこーか、クーちゃん」

「私はどうせ働かされるんですけどね……」

 開店前なので当たり前ですがお店には誰もいない。

 大将さんはお水の入った樽ジョッキを一つ机に置いて「座って待っててくれや」とCに声を掛けた。

 

 

「あのー、タイショーさん」

「大将だ。どうした」

「……私の分は?」

「馬鹿かお前。お前は従業員だ働け」

 そう、この扱いですよ。酷いです。酷くありませんか。

 

 

「うぅ……」

「あ〜、クーちゃん……じゃなかったウェイトレスさ〜ん」

「……なんでしょうか」

「ブレスワイン一杯下さいな〜」

 一瞬で空になった樽ジョッキを掲げながら、Cは意地悪な表情でそう言いました。彼女曰く水では水分補給は出来ないとのこと。何を言っているのか分からないです。

 

 

「タイショーさん、ブレスワインあります?」

「大将だ。……そこ」

 樽ジョッキを持ってキッチンに向かうと、丁度大将さんがフライパンで肉を焼いている所でした。

 ミンチにしてから形の整えられたお肉の塊。もくもくと上がる湯気に乗って、お肉の匂いがキッチン中に広がっていく。

 

 

「……美味しそう」

 思わず口に漏らしてから、私は大将さんが視線を向けた先にある樽の蓋を開けました。中には芳醇な香りのワイン。

 

 ブレスワインは最高級のブドウから作られた、ワインの王様とも呼ばれているお酒です。

 高級ワインなので結構な値段がするのですが、友人Cは上位ハンター。お金にも余裕があるのか、このワインは彼女が良く飲むお酒だ。

 

 

「はい、ブレスワインです。1000z」

「1000万zじゃなくて良かった〜」

 彼女はそう言いながら樽ジョッキを受け取ると、それを一気に喉に流し込む。

 そして「ふぃ〜」とぽわぽわ笑顔に似合わない声を出してから、彼女はふわふわ笑顔のまま「おかわり」と樽ジョッキを持ち上げた。

 

 

「どっちがモンスターなのか。タイショーさん、おかわりです」

「んぁ、いい飲みっぷりじゃねーか。ジャンジャン注いでやれ」

 これが上位ハンターなんですか。一体彼女の肝臓はどうなっているのでしょう。

 何より一杯だけで千ゼニーもするお酒をこうガブガブ飲むものだから、上位ハンターの懐が気になる所だ。私もいつかはこうなりたいです。

 

 

「おかわり」

「嘘でしょ」

 懐よりも身体がどうなってるか知りたい。

 

 

 

「お、おかわりだそうです」

「すげーな。あ、そこの胡椒取ってくれ食いしん坊」

「だから食いしん坊じゃないですって! ハイどうぞ!」

「あとニンジン切れ」

「今からお酒持ってく所なんですよ! 自分でやって下さい!」

「あ? 200万z」

「ハイ! 今すぐやります!! お酒持っていって即行で帰ってきて即行でニンジン切らせて頂きます!!」

 借金の事もあり、私の生活はこんな感じだ。このままでは上位ハンターはおろかハンターに戻る事すら難しい気がします。

 

 

「はい、三杯目です」

「いや〜、楽しそうだね〜。安心したよ〜」

「……何がですか」

 友人がこき使われているのを見て楽しんでませんかこの人。

 

 

 

「でもさ〜、大将さんって変な人だよね〜。普通、アイルーってさ〜、語尾にニャ、とか言ってるイメージなんだけどにゃ〜」

 丸くした手を顔の横に置きながらそういう友人C。

 確かに、ハプルボッカのクエストを失敗した時に私を助けようとしてくれたネコタク引きのアイルーさん達は、語尾に「ニャ」が付いていた。

 

 思えばそれが普通なのですが、いわれてみると大将さんは「ニャ」とは言わないです。

 

 

「ニャって言った方が可愛いのにね〜」

「大将さんは可愛いって感じでは……ないですけどね」

 なんというか、自分の硬派なイメージを崩さない為に「ニャ」と言ってないのではないかと予想が出来てしまった。

 拘りが強い人ですし。

 

 

「客と話してる暇があったら働けぇ!」

「ひぃ?! は、はいぃ!!」

 友人と話しているとキッチンからモンスターの咆哮が聞こえてきたので、私はひっくり返って直ぐにキッチンに向かう。

 

 するとそこには、プレートに乗ったとてつもなく大きい肉の塊が拡がっていました。

 こんがりと焦げ目の付いたそのお肉は、湯気を立ててキッチン中を肉の香りで包み込んでいく。

 

 

「ハンバーグ、ですか」

 ミンチにしたお肉等を丸めて焼いた料理。ハンバーグ。

 単純ながらしっかりと中まで味付けも出来るし火も通る、お肉料理の代表の一つだ。

 

 

「ケルビ肉のハンバーグステーキだ。ほら、持ってくぞ」

 涎を垂らして固まる私を無視して、大将さんは私の手にプレートを置く。

 目の前にこんなにも美味しそうな料理があるのに、今からこれを手放さなければならない。拷問か何かでしょうか。

 

 

 

 

 

「お〜」

「おまたせ致しました。ケルビ肉のハンバーグステーキです」

 料理を出すと、友人Cは樽ジョッキを持ち上げたまま固まって感心したような声を漏らした。

 

 未だに脂を弾くプレート。ハンバーグの付け合わせは蒸したヤングポテトに四つ足ニンジン、五香セロリ。

 私が机の上にそのプレートを置くと、大将さんがナイフとフォークをプレートの左右に置く。

 

 

 どうぞ、お召し上がりください。

 

 

 

「……それじゃ〜、頂きます」

 目を閉じて手を合わせた友人Cは、フォークでハンバーグを抑えながらナイフをゆっくりと降ろした。

 少しだけ赤身の残った断面から、肉の香りが湯気と共に昇ってくる。溢れる透明な肉汁は、フォークを刺すと更にプレートに広がった。

 

 持ち上げられたお肉からも肉汁が滴って、彼女はそれを一口で口の中に放り込む。

 ゆっくりと咀嚼しながら「はふはふ」と言葉を漏らした友人Cは、珍しく目を見開いた。

 

 

「……これは───」

 そして彼女は突然立ち上がりながら机を叩く。

 あまりの動揺っぷりにむしろ私は驚いてその場で転けました。

 

 え、どうしたんですか。

 

 

「───引き締まったお肉が程良く練られていて、固過ぎず……されど柔らか過ぎない焼き加減で味がしっかりとお肉の中に閉じ込められている……っ!! ソースも主張し過ぎず、それでもお肉の味を引き立てる程良い味わい……っ!!」

「ユーちゃんが珍しく早口で話している?!」

 中身が他人と入れ替わったのではないかと思う程に饒舌に言葉を並べた友人は、一度目を閉じてから口を拭いてゆっくりと椅子に腰を下ろす。

 

 

「クーちゃん……」

「な、なんでしょう?」

「おかわり〜」

 そして、いつものようなぽわぽわ笑顔で彼女は樽ジョッキを持ち上げました。私は何が起きたのか分からずにその場でまたすっ転びます。

 

 

「いや〜、このハンバーグ最高にエモいよ〜。お酒にも合うし、これはお酒が止まらないね〜」

「お酒が止まらないのはいつもでしょうに……」

「ハッハッ、気に入ってくれたならこっちも気分が良いぜ。その一杯は奢りにしてやる」

 友人の食べっぷりを気に入ったのか、気前よくお酒を一杯タダにしてしまう大将さん。

 勿論お酒を注ぐのは私。そのまま私の借金もタダにしてくれませんかね。

 

 

「さてと、味見は好調との事だし開店の支度だな。ほら食いしん坊、準備だ準備!」

「だから食いしん坊じゃないですって!」

 して、そろそろ開店の時間。ドンドルマは人も多いのでお客さんの数も凄いから大変だ。

 

 

「いやさ〜、本当はちょっと心配だったんだよね〜」

 私が机を並べたり拭いたりしている中で、友人Cはハンバーグをもぐもぐ食べながら口を開く。

 私もあのハンバーグが食べたい。今日の賄いがハンバーグだったりしませんかね。

 

 

「クエストで行方不明になったかと思えば、借金背負って働かされてるって言うじゃ〜ん。どんな悪徳業者に捕まったのかとさ〜、思ったよね〜。ボロ雑巾のようにこき使われてるのかと心配だったんだよ〜」

「ユーちゃんは今の私がボロ雑巾に見えないんですか? 完全に悪徳業者ですよ。ボロ雑巾のようにこき使われてますよ!」

「え〜、でも優しそうな人じゃ〜ん」

 この友人の目は腐っているのでしょうか。

 

 

「なにボサッとしてやがる! 皿の準備もやれってんだ!!」

「ひ、ひぃ!! た、ただいまやりますぅ!! ねぇ……どこか安心出来るんですか。このままじゃ私は借金返済の前に過労死ですよ、おろろ」

 泣き言を漏らしますが、借金があるので大将さんの言葉は絶対。私は涙を流しながらお皿の準備をし始めました。

 

 

「ちんたらやるな。片が付いたら賄いでさっきのハンバーグ食わせてやるから、せかせかと働け食いしん坊」

「はい!! 借金返済まで一生付いて行きます!!」

 よっしゃハンバーグ! レッツハンバーグ!! 

 

 

 

 

「クーちゃんはハンターなんかやってるより、ここで働いてた方が良い気がするな〜。……危なっかしいしさ〜。それに───」

 さぁ、働きましょう。

 

 

 

「───楽しそうだしね〜」

 今日もモンハン食堂、開店です。

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『ケルビ肉のハンバーグステーキ』

 

 ・生肉(ケルビ)     ……450g

 ・レアオニオンの微塵切り ……150g

 ・モガモガーリック    ……20g

 ・ポポミルク       ……100cc

 ・パン粉         ……20g

 ・塩胡椒         ……適量

 

 付け合わせ、お好みのソースをかけてお召し上がりください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu05……怪鳥のナンコツのから揚げ

 ドンドルマ滞在三日目。

 この数日間、モンハン食堂はドンドルマで食材を調達しながら営業をしています。

 

 

 昼までは食材調達をして、夜からはお店を開いて料理を出す生活。

 それではいつ寝ているのかというと、夜遅くお店が閉まってから寝ている訳で。

 

 なんと本日の睡眠時間三時間! 

 労働者の人権が守られていません。朝叩き起こされたかと思えば食材調達に駆り出され、それが終わる頃にはお店は開いているのだ。

 

 

「死ぬ!!」

「元気だね〜」

 この三日間お店に通っている友人のCは、私の悲痛の叫びをおかずに達人ビールを飲み干す。

 席が埋まる程のお客さん達に揉まれながら、私は泣きました。

 

 

 この世界には労働者を守るルールが必要だと思う。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu05……怪鳥のナンコツのから揚げ』

 

 

「お腹が減りました」

「ここに来て眠い、じゃないのは逆に凄いな」

 キッチンで私が呟くと、流石の大将さんも疲れているのか口を押さえながら大きく口を開きました。

 時間も時間なのですが一向にお客さんは減らずに、お酒とおつまみを頼んで夜が開けるまで居座るつもりです。

 

 帰れ。

 

 

「ハンターさんってのは暇なんですか! なんで一日中飲んでるんですか! 昨日も夜まで飲んでた人が今日も居るってどういう事ですか!」

 友人C含め、昨日も顔を見たハンターさんが今日もお酒を飲んでいる姿がちらほら見えた。

 夕方はハンターさんじゃないお客さんも多かったのですが、この時間になるとお客さんの殆どはハンターさんになる。

 

 ハンターって何でしたっけ。いや、私もハンターですけど。

 

 

「そら、ハンターは基本暇だろ。お前みたいなヘッポコ初心者ハンターはともかく、上級ハンターが大型モンスターを討伐すれば数週間は働かずに食っていける金が手に入るんだからな」

「なんですとぉぉ!?」

 衝撃の事実。

 私がハンターになったのはそうやって儲けてご飯を沢山食べるためでした。

 なのでそれなりに儲かる仕事だとは思っていましたが、よもやそこまでとは。

 

 

「タイショーさん。私、ちょっとリオレウスを倒して来ます」

「お前じゃ無理だ。消し炭か、良くて餌になるのが関の山だろ」

 酷い。

 

「私は泣きます! 今から泣きます! うぇぇん!!」

「どーでも良いから口開けろ」

 嘘泣きで目を隠す私の口に、突然暖かくてコロコロとした物が押し込まれる。

 

 サクサクな衣の感触の後に来るのは、コリッとした歯応えの良い何か。

 硬いのだけど柔らかい。そんな不思議な感触に、噛めば噛む程病み付きになりました。

 

 気が付くと口の中からその食感は消えていて、私はハッとして目を開く。

 

 

「……な、何ですか今の?」

 未だに口の中に残る旨味と不思議な感触。

 

 油の匂いを感じて視線を下に向けると、そこにはお皿に乗った小さな揚げ物が転がっていました。

 指の関節一個分の大きさの、小さなから揚げでしょうか。そんな料理がお皿の上に山のように乗っています。

 

 

「怪鳥のナンコツのから揚げだ。美味いだろ」

「美味しいです! 怪鳥……って、なんですか?」

「イャンクック」

「あー、イャンクック! 知ってますよ。ユーちゃんと狩りに行って死にかけました!」

「んぁ……そうか」

 その「お前やっぱハンター向いてないだろ」みたいな目は辞めて下さい。クック先生はハンターの最初の登竜門なんだ。

 

 

 軟骨とは、文字通り柔らかい骨の事です。

 私達人間からお魚、モンスターまで。骨のある生き物なら大体が軟骨を持っているという話を後で聞きました。

 

 今お皿に乗っているのは、あのハンター達が最初に躓く相手とされる登竜門。怪鳥イャンクックの軟骨です。

 

 

「というか───モンスター食べるんですか!!」

 モンスターって食べれるんですか!! 

 

 イャンクックって、あのイャンクックですよね? 

 私よりも遥かに大きくて、なんなら私が丸呑みされちゃいそうな大きさのあのイャンクックを食べるですと。

 あまりに想像が付かないので、その驚きの事実に気が付くのが遅れました。モスとかケルビならともかく、イャンクックですよ。イャンクック。

 

 

「バカかお前。モンスターだって生き物なんだから肉もありゃ骨もある。お前が食った二百万のこんがり肉だって、バカデカいキリンってモンスターの肉だぞ」

「ハッ、そういえば」

 私の借金の元、古龍。私は古龍を食べてます。

 

「それにハンターの中で生肉といや、あそこの非常───アプトノスだろ。アレだってデカいぞ」

「あー、サンセーもモンスターでしたね」

 モンハン食堂の竜車を引くアプトノス、ヒジョーショクサンセーも確かに大きなモンスターだ。

 そう考えると、私達は結構モンスターを食べているんですね。

 

 

「他にもドボルベルグのコブとか、リオレウスのタンなんかも珍味としちゃ───んぁ、いや、この話は今度だ。休憩終わり、とっとと働け!」

 そう言うや否や、タイショーさんは私の背中を叩く。普通に痛い。

 

「横暴です! 暴行です! どめすてっくばいおれんす! 職権濫用! 職員虐───はむ……っ!!」

 文句を言っていると、私の唇を柔らかい感触が叩きました。

 そのまま口の中に入れられるコリコリ。怪鳥のナンコツのから揚げ。不思議な感触に、噛めば噛む程病み付きになる。

 

 

「腹減ったってんだろ? コイツをちまちま食いながらで良いから働け。客が待ってる。夜はなげーぞ」

「タイショーさん……」

 私は泣きました。

 

 厳しいように見えて、タイショーさんは厳しい───否ほんの少しだけ優しいのです。

 いやなんか感覚が麻痺してる気がしますが気のせいでしょうか。私は本当に優しくされてるのでしょうか!! 

 

 

「もう少し休憩しても?」

「二百万」

「早急に働いて来ます!! お仕事楽しいです!!」

 タイショーさんは優しいなぁ!! 

 

 摘んだナンコツのから揚げは塩っぱい味がしました。コレ、レモンとか掛けるともっと美味しくなるかもしれません。

 あと、お酒とも合いそう。これはお客さん達にも伝えないといけませんね。きっと皆沢山食べてくれますよ。そうしたら売り上げも沢山! 私の借金も減るかもしれません! 

 

 

「そうと決まれば。……お客さん、本日オススメのおつまみがあるんですけど!!」

 ───それが、私その日の最大の過ちでした。

 

 

 

 

 

 

「怪鳥のナンコツのから揚げ五人前で!」

「ナンコツから揚げを三人前くれ!」

「私も〜、怪鳥のナンコツのから揚げ五人前ちょ〜だーい。あと達人ビール〜」

「私達も怪鳥のナンコツのから揚げを二人前貰いましょうか」

「お、お酒も追加します?」

「ふふ、そうですね。それでは、怪鳥のナンコツのから揚げと達人ビールを二つずつお願いします」

 怪鳥のナンコツのから揚げバカ売れ。

 

 

「ひぃぃ、は、はい! ただいま!!」

「クーちゃん、まだ〜?」

「ユーちゃんはもう帰って下さい!!」

 お店のお客さん達の間で怪鳥のナンコツのから揚げが大流行。

 少しの間お酒と簡単なおつまみに落ち着いていた筈の注文が嘘のようです。皆が一斉にナンコツのから揚げを頼む始末だ。

 

 お酒も進むし、つまみは止まらない。

 そうなると何が起きるか? 夜が空けそうです。少しずつ空が明るくなって来ている気がしました。

 

 

 さらば私の睡眠時間。

 

 

「か、怪鳥のナンコツのから揚げ十五皿です……」

「あいよ。……んぁ、しかし妙だな。怪鳥のナンコツのから揚げはまだメニューに入れてなかったんだが。……儲かるなら良いか」

 私が言い振り回したんです。私の手柄ですよ!! 寝させろ!! 

 

「んぁ……」

「どうかしましたか?」

 して、料理をするタイショーさんの手が突然止まってしまったので私は不思議に思って彼の顔を覗き込みました。

 タイショーさんにしては間抜けな顔と言いますか、開いた口が塞がっていない。そのまま固まってしまっている。

 

 

「……タイショーさん?」

「……怪鳥のナンコツ、品切れだな」

「……え」

 残っているナンコツは一皿分くらい。

 

 どうやら材料がなくなってしまったようで、所謂本日完売という奴でした。

 怪鳥のナンコツは元々試作を作る予定で買った食材だったらしく、数を用意していなかったのです。

 

 

「ど、どうしましょう……」

「十五皿どころか一皿しかだせんな。んぁ……おい食いしん坊」

 何か妙案が? まさか、今から買い出しに行けとか? それともイャンクックを狩ってこい? お前がナンコツになれ? 

 

「客に謝ってこい」

「嫌です!!」

 考えうる限り一番最悪な命令をされたので、私は即答で断りました。

 

 

 だって!! あのテーブルに座っているハンターさん達の顔を見て下さい!! 

 酒を片手にから揚げはまだかとずっとキッチンを睨んでるんですけど!! 目とか血走ってるますもん!! アレ狩りをする人の目ですよ!! いや狩りをする人達だけど!! 

 

 

「無いもんは無いんだ、しょうがないだろ。……それとも、お前がナンコツになるか」

「謝って来ます」

 私のナンコツのから揚げを美味しそうに食べる友人Cを想像してしまう。私のナンコツってなんだ。

 

 

「あ、あのー、すみません……あの───」

「来たか怪鳥のナンコツのから揚げ!」

「ひぃ!!」

 お客さんに謝ろうと表に出ると、大柄な男性ハンターさんが私に詰め寄って肩を掴んでくる。

 私は驚いて悲鳴を上げました。彼の席には大きな斧───チャージアックスと呼ばれるハンターの武器が置いてあります。

 

 あの身の丈ほどの斧を軽々と振り回すハンターなのでしょうか。逆らったら私がナンコツ。

 

 

「ナンコツにしないでください!!」

「……何言ってんだお前。俺のナンコツはまだか?」

 ジト目のハンターさんの言葉を聞いて、冷静に考えて何を言ってるんだと思いました。

 しかし、ナンコツはまだなんです。ナンコツは私なんです。

 

 

「あの、その……えーとですね……」

「俺のナンコツは!」

「ひぃぃっ」

 少し落ち着かせてください!! 

 

「そこのうるさいの。彼女が怖がっています、離しなさい」

 私が生まれたてのケルビが如く震えていると、背後から女性のお客さんが私と男性との間に割って入ってくれました。

 短い綺麗な金髪に凛々しい顔が特徴的なその女性は、酒場には少し場違いな緑色のスーツを着ています。しかしこの人何処かで見覚えが。

 

 そうだ、集会所にユーちゃんと話している時に居た人だ。あの時のギルドナイトさん。

 助けに入ってくれたのならとても助かります。なんとか平和は守られそうだ。

 

 

 ギルドナイト。

 ハンター達の間では、ルールを破ったハンターを闇に葬ると噂されているギルド直属のハンターさんです。

 この人もさっき怪鳥のナンコツのから揚げを頼んでいたのですが、それはともかくとして助けてくれるようで安心。

 

 

「んだと、また生意気言いやがって!」

「よく見たら知る顔ではありませんか。また以前のように地面に這いつくばりたいようですね」

 と、思ったらお知り合いだったようで喧嘩が始まりました。嘘でしょ? 勘弁してください! あなたギルドナイトですよね! 喧嘩を止める側ですよね!! 

 

 

「私達の方が先にナンコツのから揚げを頼みました」

「はぁ!? どう考えても俺が先だっただろうが!!」

 しかも喧嘩の内容がから揚げに逆戻り。この状況からどうやってから揚げ品切れですって話を切り出せば良いんですか、えぇ!? 

 

 

「いやいや〜、先にから揚げ頼んだのは私なんだけどな〜」

「今このタイミングで割って入らないで下さい!!」

 何考えてるんですか貴女は!! 

 

 

「いや、俺が先に頼んだぞ」

「ねー、さっき頼んだから揚げまだー?」

「おい。その怪鳥のナンコツのから揚げは俺のだぞ!!」

 がやがやがや、と。湧き上がるから揚げが出て来ない事への不満。

 

 

「あのー、大丈夫ですか?」

 私がわたわたとしていると、今度は私よりも少し年下に見えるライトボウガンを背負った少年が控えめに話しかけてくる。

 もう私はそんな少年にも「ひ、ひぃぃっ。なんでしょうか!」とビビっていた。

 

「ご、ごめんなさい。……その、もしかしてだけど。から揚げって品切れだったりします?」

 して、その少年は私の表情を見て事に気が付いたのかそんな質問を投げ掛けてくる。

 仰る通り。から揚げは品切れだ。

 

 

「は、はい……そうなんです。あと一皿しかなくて」

「分かりました。僕に任せて下さい!」

 私が答えると、少年は意を決したような表情で喧嘩というか口論をしている二人の間に入っていく。

 勇気がある少年だ。私には無理です。ご武運を。

 

 

「ふ、二人とも聞いて下さい! ナンコツのから揚げは品切れで……その、あと一皿しかない───」

「はぁ!?」

「ひぃぃぃぃいいい!!」

 少年は泣きました。大柄な男のハンターの威圧には勝てないのです。

 

 

「……私の愛弟子を泣かせましたね」

「泣き虫はミルクでも飲んでろって話だぜ。から揚げはあと一皿あるんだろ? ならそれは俺がもらう」

「貴方はさっき食べていたでしょう。他人に譲るという気持ちはないのですか」

「私も混ぜて〜。怪鳥のナンコツのから揚げ欲し〜」

「俺だって欲しいぞ!!」

「私も!!」

「俺も!!」

 ヤバい、余計ヒートアップした。

 

 

 深夜にも関わらず、大勢の喧騒に頭が痛くなってくる。誰かギルドナイトが来て止めて下さいと思ったのですが、ギルドナイトさんそこに居ました。止めろ。

 

 

 

 

「テメェらぁぁ!!」

 唐突に。

 

 地面を叩く音と共にキッチンから怒号が放たれて、喧騒に包み込まれていたモンハン食堂は一瞬で静かになる。

 鳥肌が立つような、そんな怒号。とにかく恐ろしいという事しか考えられなくて私は漏らしそうになった。漏らしてないからね。漏らしてはないです!! 

 

 

「……タイショーさん?」

「何騒いでやがる」

 そこに居たのは、何故か自分よりも大きな樽を横に置いたタイショーさんの姿でした。

 

 あまりの騒ぎに止めにきてくれたんですね! 

 タイショーさんも偶には気が効くじゃないですか!! 

 

 

「ハンターなら口じゃなくて拳で語り合えってんだボケが」

「なんで煽ってんですかタイショーさぁぁぁああああん!!!」

 喧嘩止めにきたどころか喧嘩の火に油を注ぎに来てるんですけどこの人。料理人だから火には油注がないと気が済まないんですかね! アホなんですかね!! 

 

 

「なるほどなぁ、それは確かに一理あるぜ」

「そうですね。このまま口論をしていても仕方がありません」

 お客さんも完全に燃えています。もうこれは乱闘ですよ。止められません。

 

 

「もぉぉ……って、あれ?」

 しかし、私の想像していた事態には一向に陥りませんできた。

 それどころか、お客さん達はタイショーさんと大きな樽の周りに集まり始めています。

 

「良いかお前ら。最後まで勝ち残った奴に怪鳥のナンコツのから揚げをタダで食わせてやる。存分に力を出しきれ!」

 一体何が起きてるのでしょうか。

 

 

「それじゃ〜、私から行こうかなぁ〜。対戦者かも〜ん」

 そして何故かユーちゃんが、樽の前に立ってそんな言葉を落としました。

 それに釣られて一人のハンターがユーちゃんと樽を挟んだ位置に立ちます。

 

 樽の大きさは胸元程度の大きさで、ユーちゃんはその樽に肘を置いた。

 

 

「これって……?」

 彼女の対面に立ったハンターさんも同じく樽に肘を置いて、二人はその手をお互いにがっしりと掴む。

 周りを包むハンターさん達の喧騒に包まれながら、腕を組んだ二人は誰かの掛け声でその手に力を入れて相手の腕を倒そうとした。

 

 

「腕相撲?」

 腕相撲。

 腕の力を競う遊びの一つで、見たままに二人で腕を組んで相手の腕を倒した方が勝ちというシンプルなルールです。

 腕力自慢のハンター達はお互いの力比べにおいて真っ先に腕相撲を選ぶのだとかなんとか。

 

 

「ハンターなんてのはこのくらい元気な方が良いだろ」

 喧騒の中から出て来たタイショーさんは、樽に集まるハンターさん達を眺めながらそう言いました。

 

「だからあの樽を持って来たんですか?」

「集会所なんかにもあるだろ? 腕相撲用の樽。あいつら、暇だったら腕相撲するからな」

 それは偏見なような気もしますが。

 

 

「よっしゃぁ! 勝ったぜ!!」

「次は俺だ!」

「私もそろそろ行きましょうかね」

「ぼ、僕は───」

「お前もやれや!」

「あたしの勝ち〜」

 樽に集まって腕相撲に夢中になるハンターさん達は、確かにうるさいままですが喧騒というよりは楽しそうにはしゃぐ子供達のようです。

 

 沢山の人が集まって、騒いで。賑やかな雰囲気に、なんだか心が暖かくなった。

 

 

 

「お、準決勝だな。キッチンに戻るぞ」

 少しの間そんな風景を見ていた私達ですが、もう少しで決着が付くという所でタイショーさんは私を呼びます。

 どうしたのかと思えば、キッチンに戻って怪鳥のナンコツを油で揚げ始めました。そういえばこのから揚げを賭けて皆で腕相撲をしていたんでしたね。

 

 

「私も怪鳥のナンコツのから揚げ食べたかったです。……いや、絶対あの人達には敵いませんが」

 ハンターってなんであんなマッチョなんですかね。しかし、さっき見た所ユーちゃんも準決勝まで残っていた気がする。あの人はドドブランゴか何かですか。

 

 

「んぁ……。よし、完成だ」

 そう言って、大将さんは怪鳥のナンコツのから揚げを()()私に向けました。

 あれ? 二皿? 

 

 

「一皿は賄いだ。……まだまだあいつら騒がしいぞ。とっとと働け」

「タイショーさん……っ!!」

 やっぱりタイショーさんは優しいのかもしれません。よし、とりあえずナンコツのから揚げを摘んでこの後も頑張りましょうか! 

 

「食う前にまず渡してこいボケ!!」

「ひぃぃっ!」

 やっぱり厳しかったです。

 

 

 

「決着をつけてやるぜ!」

「から揚げは頂きます」

「それじゃ〜、両者真剣に勝負〜」

 外に出ると、腕相撲大会は丁度決勝戦が始まっていました。ユーちゃんは準決勝で負けてしまったようです。

 

 決勝戦は最初に騒ぎ始めたギルドナイトの女性とチャージアックス使いの男性でした。

 体格的には男性の方が有利かと思えば、試合は女性が一瞬で男性を吹き飛ばして勝利。ギルドナイト、恐ろしいです。

 

 

 腕相撲大会に盛り上がるハンター方。

 こうやって騒がしいのも、食堂らしくて良いのかもしれませんね。

 

 

「それでは、怪鳥のナンコツのから揚げです」

「ありがとうございます。お酒も待っていますね」

「……あ、そういえば色々注文が溜まっていたんでした」

 と、いう事は? 

 

 

 

「俺の達人ビールはまだか!」

「私のヤングポテトフライは!」

「から揚げの代わりになんか良いメニューないか!」

「あたしはそろそろブレスワインを飲みたいな〜」

 再びやってくる喧騒。

 

 私は悲鳴を上げて、食堂を駆け巡りました。

 

 

 

「寝させて下さい!!!」

 気が付けば朝日の昇っているドンドルマにて、今日もモンハン食堂は絶賛営業中です。

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『怪鳥のナンコツのから揚げ』

 

 ・怪鳥のナンコツ     ……150g

 ・塩胡椒         ……少々

 ・モガモガーリック    ……5g

 ・醤油          ……10g

 ・片栗粉         ……15g

 ・揚げ油         ……適量

 

 レモンが合います。是非是非お試し下さい。




おそまつさまでした!
集会所といえば腕相撲ですよね。自分(ゲームの)腕相撲は自信があります!

そんな訳で(?)今回は怪鳥のナンコツのから揚げでした!
こちらも確か、モンハン酒場で食べられる料理だったと思います!


そして!

【挿絵表示】

本作の数少ないキャラクターの一人ユーちゃん(友人のC)を描いてきました!ちなみに主人公は彼女の装備が何の素材なのか知りません()

それでは、読了ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu06……雌火竜のロースステーキ

 キッチンに漂う肉汁の香り。

 どうも嗅ぎ慣れてきたその香りだけど、実は毎日少しずつその香りが違う事に最近になって気が付きました。

 

 気になってキッチンの奥を覗いてみると、やっぱりタイショーさんがお肉を焼いている。

 お手製の肉焼きセットでお肉をゆっくりと回しながら全体に熱を通していく彼の表情はとても真剣だ。

 

 

「……邪魔しちゃ悪いですかね」

 タイショーさんはいつもお店を開く前に、自分でこんがり肉を焼いて食べます。だからこれはもう日課みたいだ。

 毎日毎日。お店を開く前だけじゃなくて、偶に朝やお昼にもこんがり肉を焼いているのです。

 

 他にも美味しいご飯を作れる人なのに、頑なに自分はこんがり肉を食べ続けているのは不思議でならない。

 でも以前こんがり肉を焼いていた時に話し掛けたら物凄く怒られたので、今は話し掛けません。触らぬ古龍に祟りなし、と昔祖母が言っていました。

 

 

「これはタマネギの匂いですかね? うん、今日も美味しそう」

 そんな単純な感想を落として、私はお店を開く準備をし始める。漂ってくるこんがり肉の匂いはとても美味しそうでした。

 

 

 

 

 

「……今日もダメだな」

 本日もモンハン食堂、開店します。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu6……雌火竜のロースステーキ』

 

 

 カウンター席に座る友人のCは、無表情で「が〜ん」と全く心の篭っていない反応を見せた。

 どうも彼女は感情の凹凸が分かりにくい。

 

「モンハン食堂、なくなっちゃうんだ〜」

「いや、なくなる訳じゃないですよ。ドンドルマから出て行くだけです」

 モンハン食堂がドンドルマにやってきてから五日が経ちます。

 元々モンハン食堂は旅する食堂。ずっとドンドルマに滞在する予定ではなく、食材調達が終わり次第街を出る予定だ。

 

 食材調達は順調で、貨物車はもう零れんばかりの食材で溢れ返っています。

 早ければ明日の朝には出発するという事で、私はその話を友人のCにした所でした。

 

 

「それはそれは寂しいね〜。せっかく良いお店を見付けたのに〜」

「そっちなんですか? 私と会えなくなるのが寂しい訳ではないんですか? もう少し心配してくれても良いんですよ?」

 多忙ではありましたが、モンスターの蔓延る街の外を旅するよりも平和だった日常から逆戻り。

 再び野原を旅する食堂に逆戻りです。どちらが良いかといえば、どちらも嫌なんですけどね。

 

 私はね、もっとこう友人Cみたいに食っちゃ寝して生きていきたいんです! たまにだけ働いて食って寝るだけの生活がしたいんです!! 

 

 

「借金返済頑張れ〜」

「人の心は?」

 この人は鬼だ。

 

「おぅ、嬢ちゃんか。まだ店を開ける時間じゃねーぞ」

 そんな話をしていると、キッチンの奥からタイショーさんが出てくる。

 彼は言いながらも「サービスだ」と友人Cに樽ジョッキに入った達人ビールを渡しました。

 

 彼女はこの五日間毎日通ってくれていたので、タイショーさんとも仲良くなってしまっている。

 私よりも扱いが良い気がするのは気のせいですかね? 

 

「わ〜い。えへへ〜、そりゃですよ。ここの料理は美味しいですからね〜。開店待ちをする価値もあるってもんですよ〜」

 なんて言いながら彼女は貰った達人ビールを一口で飲み干しました。

 見た目とのギャップも相まって私はドン引きします。

 

 

「街を出たらどうするんですか〜?」

「雪山、フラヒヤ山脈に行く予定だ。新鮮なポポの肉を仕入れるにはそれが最適だからな」

 友人Cの素朴な質問にタイショーさんはキッチンの整理がてらそう答えた。

 雪山ですか。なるほどね、なるほど。

 

「初耳なんですけど?」

 私、何も聞いてませんが? 

 

「んぁ? 言ってないからな。そもそもお前に拒否権はない」

「横暴だ」

 正論なので何も言えませんがね。

 

 しかし雪山、新鮮なポポの肉。

 想像するだけでお腹が空きますね。少しだけ楽しみです。寒そうだけど。

 

 

 

「へい大将。やってるかい」

 それから少しして、まだ開店時間には早いのですが男性のお客さんが一人やってきた。

 目元まで隠れる程長い赤い髪が特徴的なそのお客さんは、片腕がない。

 

 体の一部の欠損はハンターをやっていたら珍しくないです。

 ドンドルマに来てからハンターのお客さんも多いので、そんなお客さんも珍しくはなかった。

 

 

「隣良いかい?」

「どうぞどうぞ〜」

 友人Cに断ってから彼女の隣に座るお客さん。お客さんはそうしてから、友人Cの顔を覗き込んで「嬢ちゃんの顔、見覚えある気がするなぁ。何処かで会ったか?」と声を掛ける。

 

「気のせいじゃないですかね〜。ナンパならお断りで〜す」

「ヘヘッ、なるほどガードが硬いねぇ。こりゃ一本取られたわ。大将、俺と嬢ちゃんにブレスワイン一杯ずつ」

 いつものふわふわ笑顔で正面から答えた友人のCに、お客さんは口角を吊り上げて気前の良い言葉を漏らしました。

 彼女は顔も良いし熟練ハンターのくせに細めなのでモテるんです。だから、ナンパの交わし方も上手いのだ。

 

 

「まだ開店前じゃねぇっての。勝手に座んな」

「そう言うなや大将。俺との仲じゃねぇか」

 して、タイショーさんはそんなお客さんに文句を言いながらも樽ジョッキを二つ持ってくる。

 それを受け取った二人は「乾杯」と樽をぶつけ合った。

 初めて会った人同士らしいのに、ハンターのコミュニティ能力は高い。

 

「お、良い飲みっぷりだなぁ」

「どうもどうも〜」

 いや、友人Cが図太いだけな気もする。

 

 

「タイショーさん、彼は? お知り合いですか?」

 御通しを出してから、私は気になって大将さんに問い掛けました。

 

 この隻腕のお客さんの顔は初めて見るのですが、大将さんとは面識があるような話し振りだったので気になったのです。

 

 

「んぁ……腐れ縁だな」

「そりゃねぇぜ大将」

 半目で答える大将さんに、お客さんはヘラヘラと笑いながら言葉を漏らした。

 大将さんは凄く面倒臭そうな顔をしている。

 

 

「昔は一緒にモンスターを狩りに行った仲じゃねぇかよ」

「え? 狩りに?」

 大将さんは料理人なのに、ハンターさんと狩りに行った。そんな言葉に驚いて、私はお客さんに聞き返す。

 

「嬢ちゃんは従業員か? あの大将が店に誰かを置くなんてなぁ。……で、嬢ちゃんは何も知らないと」

「はい?」

 お客さんの意味深な発言に私は首を横に傾けました。何を言っているのか分かりません。

 

 

「昔の話なんてどうでも良いだろ。ここは食堂だ、飯を食いに来たならまず注文をしろ」

 大将さんは私達の間に入り、音を立ててメニュー表をお客さんに叩き付ける。

 恐ろしい声色だったので私は「ひぃっ」と悲鳴を上げて後退りました。しかし、大将さんの昔の話は気になります。

 

「そうかっかしなさんな大将。ここは一つオススメを頼むわ。いや……待てよ。大将にオススメ聞くと毎日焼いてるこんがり肉になるか」

 怒る大将さんに物怖じもせずに注文をするお客さんは、ふと思い出したようにそう呟きました。

 この人は大将さんが毎日こんがり肉を焼いている事を知っているようです。どうして? 

 

 

「今日は雌火竜のロースが入ってる。アレはステーキにするのが良い」

 若干イラついているような表情で大将さんがそう言うと、お客さんは「んじゃ、それで頼むわ」と片手を上げた。

 続いて友人Cが「あたしもそれで〜」と続けると、大将さんは「ったく。へいへい」と答えてキッチンの奥へと向かう。

 

 

「……あのー。タイショーさんとはどんな関係なんですか?」

 そんな大将さんを見送ってから、私は彼に聞こえないように小さな声でお客さんに話しかけました。

 

 私が砂漠で迷子になってから数ヶ月。ずっとこのモンハン食堂で働かされ一緒に過ごして来たけれど、私は大将さんの事をあまり知りません。

 

 

「あ? あー、腐れ縁みたいなもんだ。んな事よりよ、大将はまだこんがり肉Gってのに拘ってんのか?」

「こんがり肉G?」

「ウルトラ上手に焼けました〜、って感じかな〜?」

 聴き慣れない言葉に私は首を横に傾ける。

 

 その言葉自体を知らないような知っているような。聞いた事はあるようなないような。

 何がGなのか分からない。こんがり肉はただのこんがり焼けた肉。なら、こんがり肉Gとはなんなのか。

 

 

「そんじゃ、ちょいと昔話をするか。こいつはとあるアイルーの話よ」

 私が黙っていると、お客さんはこう続けました。

 

「そのアイルーは結構腕の立つニャンターだった。ドンドルマ(この街)でも有名になるくらいな。だが、ある日を境に……なぜか至高のこんがり肉を焼くと決めてニャンターを引退したらしい」

「至高のこんがり肉?」

「なんでもなぁ……とあるクエスト中に食ったこんがり肉がそのアイルーを虜にしちまったんだとよ」

 お客さんのお話はこう続く。

 

 アイルーはその時に食べたこんがり肉をもう一度食べたくて、何度もこんがり肉を焼き続けた。

 だけど何度こんがり肉を焼いてもあの時の味が出せなくて、何度も何度もこんがり肉の焼き方を研究している内に、そのアイルーは凄腕の料理人になっていたらしい。

 

 

 お話のアイルーは今もこんがり肉を焼いている。

 

 

 

「タイショーさんが毎日こんがり肉を食べているのはそういう理由だったんですね」

「んぁ……昔の話なんざするなって言ったろうが」

 唐突に背後からそんな声が聞こえて、私は悲鳴を上げました。タイショーさんの声は怖いので突然聞こえると心臓に悪いんです。

 

「俺ぁ、別に大将の話をしてた訳じゃねーぜ。とあるアイルーの話をしてただけよ」

「屁理屈を言うなボケ」

 言いながら、大将さんは料理の乗ったお皿を二つカウンターに乗せました。

 

 まず漂ってくるのは何処かで感じた気がするタマネギの香り。

 視界に入るのも沢山の微塵切りにされたタマネギ。それが、豪快に焼かれたロース肉の上に載っている。

 

 

「へいお待ち。雌火竜のロースステーキだ」

 微塵切りにされて山のように乗ったタマネギの下に敷かれた、雌火竜のロース。

 親指ほどもある肉厚が食欲を誘って、私は涎を垂らしました。

 

「お、良いねぇ。……そんじゃ一口」

 お客さんはさっそくといった感じでナイフとフォークを持って肉を切り始める。

 ステーキにナイフを入れた瞬間、香ばしい香りと肉汁が溢れてきた。

 

 一見肉厚で硬そうなステーキが簡単に切れて、お客さんはそれをフォークで口に運んでいく。

 そして大きめの塊のお肉をそのまま口に放り込んだ。

 

 

「柔らけぇ。……まるで部位破壊したグラビモスの腹みてぇだ」

 なんですかその分かりにくいコメント。

 

「このお肉ちょー柔らか〜い」

 一方で友人のCは分かりやすく端的にお肉の感想を漏らす。雌火竜のロースってそんなに柔らかいお肉でしたっけ? 

 

 

「こいつは手で千切れそうな柔らかさだな。だがどれだけ上質な物を用意しようとリオレイアの肉はこんなに柔らかかねぇ。……大将、何をしたんだ?」

 樽ジョッキに手を付けながらそう言うお客さん。

 

「そんなに柔らかいんですか?」

 焼き方によってもお肉の柔らかさは変わってくるけれど、見た限りだとステーキはしっかりと中まで火が通っていた。不思議です。

 

 

「お前の分だ食いしん坊。まだ営業時間じゃないからな、とりあえず食っとけ」

 私の問い掛けに、大将さんはもう一皿ロースステーキをカウンターに置きました。

 そういえばまだ開店前でしたね。友人Cのせいで忘れていましたが。

 

 ここからお客さんが増えてくるので今のうちに食べれるのはありがたいです。

 

 

「ありがとうございます! さて、どれどれ」

 見た目はしっかりと焼けたステーキ。肉厚でしっかりと歯応えがありそうなお肉ですが、ナイフを入れる感覚に私は驚いて「え?」と声を漏らしました。

 

「柔らかい……」

 まるで豆腐でも切っているかのような感覚。

 

 そのまま切り分けたステーキをフォークで刺して口に運ぶ。

 噛んだ瞬間、口の中で溶けるような柔らかさのお肉が弾けました。旨味の濃縮された肉が口の中に広がっていくようです。

 

 あまりの柔らかさに気が付けばお肉は喉を通り越していた。それでもしっかりと口の中に肉の味が残っている。不思議な食感に、私は固まってしまいました。

 

 

「タマネギ、かな〜?」

 ふと、友人のCがそう呟く。

 

「タマネギ?」

「よく分かったな。その通りだ」

 ドユコト。

 

 

「タマネギ……今回使ったのはオニオニオンって奴なんだが。タマネギには肉を柔らかくする効果があるんだ」

「そうなんですか?」

「だからタマネギが乗っかってるって訳か。大将、こいつは良い品だもう一皿くれや」

 不思議ですねタマネギ。

 

「乗せてるだけじゃねぇ。この肉は今朝から微塵切りにしたオニオニオンに浸しておいた。そいつを丸っと焼いて、肉を浸しておいたオニオンでソースを作ってある。……手間が掛かるからお一人様一皿までだ」

「マジかよ。そりゃねぇぜ大将」

 ガッカリとした声を漏らすお客さんは、言いながらも箸を止めずにステーキとお酒を口の中に放り込んだ。

 友人のCは黙々と食べて飲んでますし、私も正直フォークが止まりません。

 

 柔らかく焼き上げられた肉厚のステーキに食欲が抑えられないのです。

 強く噛まなくても噛み切れてしまうので、どんどん食が進んでお皿は一瞬で空になってしまいました。少し寂しい。

 

 

「いや〜、感服ですな〜」

 とか言いながらお酒をお代わりする友人のCの横で、お客さんは最後のお肉を口に運んでから口角を吊り上げて大将さんに髪の毛の下の視線を向ける。

 どうも含みのある表情に大将さんは眉間に皺を寄せました。これはアレです、私が摘み食いをお願いする時にする「嫌な予感がする」って顔です。

 

「これもアレか、こんがり肉Gの副産物か。この焼き方でこんがり肉を作れば……なんて研究でもしてたんだろ」

 また彼の口から出て来るこんがり肉Gという言葉。大将さんが目指しているという至高のこんがり肉。

 

 

「ったく、うるせぇ奴だ。食ったら帰れ帰れ」

「つれねぇなぁ、大将。まぁ、長居するつもりはなかったから良いけどよ。……ほい、お勘定」

 そう言ってお客さんは私におおめのゼニーを握らせました。

 私がお釣りを渡そうとしましたが、彼はその前に踵を返してお店に背中を向ける。

 

「またドンドルマに来た時は顔見せに来るわ。達者でなぁ、大将。……いつか、こんがり肉Gが完成したら俺にも食わせてくれよなぁ」

 背中を向けたまま片手を上げるお客さん。ゆっくりと大将さんに視線を向けると、彼はしかめっ面で開店の準備をし始めていた。

 

 

 気になります……。

 

 

 

「こんがり肉G、ね〜」

 お酒を飲みながら半目で私達を見比べる友人のCは、思い出したかのように目を開いて「あ〜」と声を漏らした。

 この人もこの人で自由ですね。

 

「……モンハン食堂ともお別れか〜」

 そう、明日の朝からモンハン食堂はドンドルマを旅立ちます。

 忙しい日々から危険な日々に逆戻り。どちらが良いとは言えませんが、ここ数日の安定した生活から再び離れるのは怖かったり。

 

 いや、よく考えたら安定していたのかどうかは疑問だ。

 

 

「大将さ〜ん」

「……なんだ」

「クーちゃんの事、よろしくね〜」

 そんな友人Cの言葉に大将さんは目を逸らしながらも小さな声で「まー、ほどほどにな」と声を漏らす。

 ほどほどにするのは扱いだけにしてください。

 

 そうして本日も開店するモンハン食堂。

 滞在最終日という告知もあって、今日は一段と忙しかった。

 

 日が沈んでからまた登った辺りにやっとお客さんが居なくなって、一番最後まで残っていた友人のCが「ご馳走様〜」と手を振る。

 いや、この人開店前から閉店までいた事になるんですけど。おかしくないですか? 

 

 

「よーし、仮眠取ったら出発するぞ」

「もう少し休みましょうよ……っ! 夜まで寝たいですよ!!」

「クーちゃん、ばいばーい」

「ユーちゃんは見送ってくれないんですか!!」

「あたしは今から寝るので〜」

 酷い。

 

 

 そんなこんなで友人のCとはあっさり別れ、私達はキッチン備え付けのベッドに横になりました。

 起きたら再び旅の始まりです。どんな旅になるのか、不安少し期待少し───眠たい沢山。

 

 

「……タイショーさん」

「んぁ?」

「こんがり肉Gって……美味しいんですかね?」

 仮眠の為に目を瞑りながら、私はボーッとする頭で思った事をそのまま口にしました。

 

 

 大将さんが目指すこんがり肉G。一体それはどんな料理なんでしょうか。

 

 

 

「……こんがり肉Gはな、世界で一番美味かった」

 大将さんも眠いのか、彼は珍しく饒舌に語り出す。

 

「俺は確かに……あの時食べたこんがり肉が忘れられなくて料理人になった。今でもあの味を目指してる。……いつか、お前にも食わせてやるさ」

 そんな言葉が聞こえたような、聞こえなかったような。

 

 

「……寝たのかよ」

 いつか私も食べてみたい。

 

 

「んぁ……俺も寝るか。明日こそ、あの味を───」

 沢山の美味しいご飯を作る人が未だに目指している最高の味。こんがり肉Gを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『雌火竜のロースステーキ』

 

 ・雌火竜のロース     ……1枚(300g)

 ・オニオニオン      ……1/2個

 ・砂糖          ……10g

 ・酒           ……10g

 ・醤油          ……10g

 ・塩胡椒         ……適量

 

 ソースはオニオニオンベースです。




俗に言うシャリアピン風ステーキでした。先日豚肉のロースで実際に作ってみたんですが、中々美味しかったです!調べると簡単にレシピが出て来るので、是非作ってみてください!

そして、本編の物語が少しずつ進んでいこうとしていますね。
大将さんの目指すこんがり肉Gに向けて。本作の楽しみの一つにしていただければ幸いです。

読了ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu07……特産キノコチャーハン

 それは命のやり取りだった。

 

 

 地面を蹴るその脚は力強く、沼地の泥濘んだ土をしっかりと掴んでいる。

 対する私はその突進を避けようと同じく地面を蹴りました。しかし、泥濘みに足を取られて私は転んでしまいます。

 

「しま───」

 回避も出来ずに、私の身体はモンスターの突進で突き飛ばされました。地面を転がる私の身体は泥だらけになって、意識が朦朧とします。

 

 

「……っ、強いですね」

 それでも私は立ち上がってみせました。だって、私はハンターですから。

 

 こんな所で負けていられません。絶対に勝ってみせます。

 

 

 

「次はこっちの番です!」

「ブヒィ」

「……お前がモスに勝てる訳ねぇだろ」

「流石に馬鹿にしすぎですよ! 私だってハンターなんですからね!」

「いや、だからモスには勝てな───」

「その特産キノコは私の物ですよぉぉ!!」

「ブヒィ!!」

 

 

 

 

 

 力尽きました。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu7……特産キノコチャーハン』

 

 

 湿った大地で黄昏る。

 私の目の前で特産キノコを貪る苔豚(モス)は、得意げな表情で私を蔑んでいるような気がした。

 

「……まさかモスに負けるなんて」

「勝てると思ってたのか」

「いやモスには負けませんよ普通!」

「相手はモスだぞ」

 モス何者ですか。

 

「むむむ……モスが居るところに特産キノコあり、と祖母が言っていたんですが。これでは別のキノコを探すしかないですね」

「まぁ、相手がモスなら仕方がないな」

 え、そのモスの扱いはなんですか? もしかしてモスって強いんですか? 

 私の中の常識が崩れていく。

 

 

 

「んぁ……まぁ、食われちまった物は仕方がない。次探すぞ。目標までもう少しだ」

「はい! タイショーさん!」

「大将だ」

 ドンドルマを出て一日目。旅する食堂モンハン食堂は沼地を北へ移動していました。

 

 目的地はフラヒヤ山脈にあるポッケ村という場所。

 この沼地を横切って砂漠を横断し、雪山を登るという大変な旅路です。

 

 

 そんな訳で沼地を移動していたモンハン食堂ですが、大将さんがここで突然キノコ狩りに出るぞと私は連れ出されました。

 私はモンスターを狩るハンターだった筈なのに、今はこうしてキノコを狩っています。どうして。

 

 まぁ、モスに負けたんですけどね。

 

 

 

「うーん、あと特産キノコ十個って。もう何十個も集めたから良いじゃないですか……」

「足りなくなったらどうする気だ」

「う……」

 怪鳥のナンコツの唐揚げ事件を思い出しました。在庫管理は大切。

 

 

「特産キノコって小さいし探すの大変なんですよぉ……」

 特産キノコは親指サイズの小さなキノコで、割と何処にでも生えているんですが、いざ探そうとすると中々見付けられないのです。

 モスというモンスターの大好物でもあるので、モスを見付けたらその先に特産キノコがあったりするんですが、その特産キノコを手に入れるにはモスに勝たなければいけません。

 

 そして私は敗北を喫したのでした。

 

 

「まぁ、特産キノコくらいここじゃなくても取れるから良いんだがな」

「んー、ん?」

 大将さんのそんな言葉に、私はふと気になって首を傾げる。大将さんはそんな私をみて「んぁ?」と首を横に傾けました。

 

 

「どうして特産キノコって、どこでも取れるのに特産キノコなんでしょうね?」

 特産というのは特段ある場所で生産生息している物の事を言う筈です。

 しかし実際この()()()()()は沼地以外でもありとあらゆる場所で取れるキノコであり、それはもはや特産ではないのではと疑問に思ったのでした。

 

 

「んぁー、確かにな」

「大将さん分かります?」

「分からん。……分かるのは、特産キノコが美味いキノコだって事だ」

 大将さんにも分からない事があるんですね。不思議です。

 

「確かに、祖母が昔作ってくれた特産キノコキムチは絶品でした……。じゅるり」

 思い出したら涎が垂れてきました。そんな私を見て大将さんは眉間に皺を寄せます。

 

 いけない、仕事仕事。

 

 

「キノコキノコ……お、ありましたよキノコ!」

 少し歩いて周りを見渡すと、木の下に拳大の大きさのキノコを見付けました。

 私は直ぐに駆け寄って、そのキノコを毟り取ります。

 

「ふへへ、良い香りがしますよ大将さん! なんかそのまま生でも食べれちゃいそう。お腹が減ってきたし食べちゃいますね! いただきま───」

「お、おい待てそれは!」

 大将さんが言うが早いか、私はそのキノコを口に運びました。

 

 

 喉の奥に直接突き刺さるような旨味。身体の中をその旨味が駆けていく感じがして、私は少し身震いをする。

 

「───美味しい……」

 なんて美味しいキノコでしょうか。特産キノコよりも美味しいかもしれません。

 

「おぉ……お前、それがなんのキノコか分かって食ってんのか?」

 しかし、キノコを咀嚼する私を見て大将さんはドン引きというか顔を真っ青にしてそう言いました。どうしたんでしょう。

 

 

「はい?」

「それは毒テングダケ。……毒キノコだ」

「え?」

 そう言われて私は固まりました。毒=死。ドンドルマに入る前に沼地でイーオスに襲われた事を思い出します。

 

「良いからとっとと吐き出せ!」

「いや、でも……あれ? なんともないですよ?」

 しかし、私の身体にはなんら異変は起きませんでした。

 

 ハンターの訓練所で習った毒テングダケの毒による症状は確か嘔吐や下痢等消化器官のトラブルだった気がしますが、私のお腹は平常です。

 むしろ毒キノコだと分かっても、その旨味が癖になって私はもう一口で毒テングダケを食べ切ってしまいました。大将さんは青ざめてドン引きしています。

 

 

 

「美味しいですね」

「いや……おかしいだろ」

 おかしいもなにも、美味しい物は美味しいんですよ。

 

「毒テングダケの毒は旨味成分ってのは知ってるが、普通に食ったらただじゃ済まない筈だぞ……。どうなってんだお前の身体は」

「えへへ、それ程でも」

「褒めてねぇよ」

 あれ? 

 

 

「大将さんも食べます? あそこにも生えてますよ。毒テングダケ」

「食うかボケ」

「美味しいのに……」

 大将さんが食べないので、私は生えていた毒テングダケを取って貪りました。

 舌全体が麻痺して頭に直接旨味の感覚が流れてくるようです。よくよく考えるとこの感覚は危ない気がするのは気のせいでしょうか? 

 

 

「美味しぃ……」

「……毒テングダケってのは吸収する養分で毒性も多少変わってくるから、お前でも全部が全部食える訳じゃないからな。覚えておけよ」

「もぐもぐ……大将さんは、もぐ……詳しいですね。もぐ」

「人の話を聞け」

 キノコ大好き。

 

 

「あと毒テングダケってのは養分を吸収出来る限り半永久的に成長するらしくてな、なんでもガノトトスの死骸の上に六メートルの毒テングダケが出来てたなんて記録もあるみてぇだな」

「ガノトトス味の巨大毒テングダケですか!」

「んぁ……それで涎を垂らすのはお前くらいだろうな」

 想像しただけで涎が。巨大毒テングダケ、いつか食べてみたいですね。

 

 

「……ったく、毒テングダケに負けるのは尺だな。おい食いしん坊、とっとと特産キノコを集めて戻るぞ」

「でもタイショーさん、特産キノコはモスに取られちゃいますよ?」

「……俺が食物連鎖を教えてやる」

「……ひぇっ」

 その時の大将さんはまるで獲物を狩る火竜のような目付きをしていました。

 

 

 

 

 数刻後、同場所にて。

 

「ブヒィ!」

「……その苔毟られて豚汁にされたくなきゃ、今すぐそこから退く事だ」

 特産キノコを隔ててモスと大将さんが睨み合う。しかし大将さんはなんの武器も持っていなかった。

 

 モスの大きさは私のお腹くらいの全高で、大将さんよりも少し大きい。それなりの腕を持つハンターならモスに苦労するなんて事はありませんが、一般人にとってはその大きさだけで驚異です。

 私が突進されても吹っ飛んでしまうのに、大将さんが突進されたら大怪我では済まないかもしれません。

 

 でも冷静に考えてもなんで私はモスに負けたのかわからない。

 

 

「タイショーさん……」

 私はゴクリと唾を飲み込む。風が吹いた気がしました。

 

 

 豚足が地面を蹴る。

 大将さんは姿勢を低くして構えた。

 

 

「───オラァァ!」

「───うぉぉぉ!?」

「───ブヒィィィ!?」

 刹那。

 

 大将さんに突進を仕掛けたモスが宙を舞う。大将さんはモスを巴投げしていました。どこでそんな技術手に入れたんですか。

 

 

「……ブ、ブヒィ」

 頭から地面に落ちて、モスは頭の上で星を回す。

 

 

「……お待ちどうさん」

 当の大将さんは姿勢を上げながら首を横に振って骨をポキポキと鳴らしていました。

 これまたイーオスに襲われた時の事を思い出します。そういえばタイショーさんは、一人でイーオス二匹を軽々と倒してしまうようなアイルーさんでした。

 

 

 

「腕の立つニャンター……」

 ──そのアイルーは結構腕の立つニャンターだった。ドンドルマこの街でも有名になるくらいな。だが、ある日を境に……なぜか至高のこんがり肉を焼くと決めてニャンターを引退したらしい──

 

 ふと私は、ドンドルマでお客さんに聞いた話を思い出す。

 大将さんはなんでこんなに強いのに、ニャンターを辞めてしまったのでしょうか? 

 

 確かに大将さんの作る料理は美味しくて、お店は結構繁盛していました。

 だけど、それでもきっとモンスターを討伐していた方が儲かると思うのです。

 

 

「……こんがり肉Gは、そんなにも美味しいんですか?」

「んぁ? なんか言ったか?」

「い、いえ! 何も!」

「なんでもないなら手伝え。ここに結構生えてんぞ」

 大将さんの喝に、私は倒れて痙攣しているモスを横目にキノコの群生地へ向かいました。

 そこには特産キノコが沢山生えていて、多分それだけで目標の十個は確保出来る量です。

 

 

「こんなもんで充分だな。帰るぞ」

「え? モスは?」

 キノコを取り終えた大将さんはせかせかと戻ろうとするので、忘れてるんじゃないかと思って私はモスを指差しました。

 

 すると「んぁ……そうか」と思い出したようにモスの元に歩いていく大将さん。

 せっかくなのでモスも食材として頂いて行きましょう。

 

 

「……ほれよ、お前さんの分だ」

 と、思いきや。なぜか大将さんはモスに特産キノコを分け与えました。なんで!! 

 

 

「大将さん!?」

「ブヒィ」

「ひぇっ」

 起き上がったモスは、大将さんが渡した特産キノコを貪り始める。

 

 

「いいか食いしん坊」

「はい?」

「……俺達は自然から食材を頂いてる事を忘れるな。俺達はコイツから飯を奪ったんだぜ? お前、目の前の飯を奪われたらどう思うよ」

「怒るし泣きます」

「だろ?」

 要するに、自然に感謝を。恵には祈りを。そういう事なんだと、大将さんは教えてくれました。

 

 

 

 

 やっぱり、ちょっと大将さんは優しいです。

 

 

 

 

 キッチンキャラバンに戻って。

 大将さんは取ってきたキノコを置いて、キッチンで調理をし始めた。

 

 どこかその表情は真剣で、私は荷物の整理をしながらキッチンを覗き込む。

 

 

「何か作るんですか?」

「んぁ、今日の飯だ。……美味いもん食わせてやる」

「おー!」

 何故かいつになくやる気の大将さん。今晩のご飯への期待がお腹の虫を鳴らしました。

 

 なにやらフライパンからは芳醇な匂いがしてくる。

 私は取ってきたキノコの選別でもしてましょうかね。

 

 

「これは特産キノコ、これはアオキノコ」

 大将さんはああ見えて、というか見た目通り実は整理整頓が苦手でした。

 貨物車はいつもゴタゴタしていて、私は何かを取ってこいと言われても何がどこにあるやらです。大将さん本人はちゃんと把握してるみたいなんですけどね。

 

 なので、旅の途中から食材の整理は私がする事になりました。こう見えて結構、整理整頓には自信があります。

 最初に貨物車の整理をした時は大将さんに「お前にも得意な事はあったんだな」と褒めてくれました。いやあれ? あれは褒められてるんですか? 

 

 

「これはニトロダケ……危険物。あ、私が取ってきた毒テングダケが混ざってるじゃないですか」

 キノコの整理をしていると、毒キノコが混ざっているのを見つける。お店で出したら一大事だ。

 でも捨てるのも勿体無いので私が食べちゃいましょう。何故か私が食べても平気みたいなので。

 

 

「頂きま───」

「何したんだお前」

「───いやぁぁぉおおっほぉ!! 摘み食いなんてしてませんよ!! 摘み食いなんてしてません!!」

 突然最後から声をかけられて、私は変な悲鳴を上げてしまいました。大将さんは声が怖いので突然話しかけないで欲しいです。

 

 

「摘み食いしようとしてたんじゃねーか」

「どうしてバレたんですか!!」

「毒テングダケを手に持ちながら言う台詞かそれは」

 言われてハッとして自分の手元を見ると、私の手には毒テングダケが握られていました。

 完全に摘み食いしようとしてますね。一目瞭然って奴です。

 

 

「す、すみません……。でもこれ毒キノコですし、処分した方がいいかなって」

「その毒テングダケは俺が食べる用だ」

「食べるんですか?」

「なんでお前が不思議そうな顔をするんだ」

 私はなんか食べれましたけど、普通に考えてそれは毒キノコですし。

 でもよくよく考えると私が食べても問題ないということは、そんなに強い毒ではないのかもしれませんね。

 

 

「んな事より、飯出来たぞ」

 考えていると大将さんはそう言ってキッチンに親指を向けました。気合が入ってると思っていたけど結構完成が早い。

 しかしキッチンからは、湯気に乗ってなにやら香ばしい匂いが漏れてくる。

 

 

 

「へいお待ち。特産キノコチャーハンだ」

「おー!」

 そしてキッチンから出て来たのは、特産キノコがふんだんに使われたチャーハンでした。

 

 小麦色に炒められたチャーハンの上には特産キノコの他にも二重シメジが入っています。

 全体的に小麦色のご飯の上に乗ったジャンゴーネギが、料理の色彩のバランスをとっていました。なる程、炒飯ならこの調理時間も頷けます。

 

 

 

「食べて良いですか!」

「おぅ」

 何故だか今日は大将さんが優しい気がしました。いや、でも顔はいつもより怖いです。どうしてですか。

 

「───うも!」

「うも」

 しかし料理を口に運んだ瞬間、そんな疑問は吹き飛んでしまいました。

 混じり合うお米とキノコの食感。スプーンで掘ったチャーハンの断面から、キノコの香ばしい匂いが再び溢れてくる。

 

 単純な調理と味付けなのに、キノコの食感を崩さない絶妙な焼き加減とキノコを生かした濃厚な味付け。

 特産キノコはお米の食感を邪魔する事なく、むしろ元からそこにあったかのように混じり合っていました。

 これは元からそういう食材なんだと言わんばかりに、キノコとお米が融合している。

 

 これはキノコチャーハンではありません。キノコとお米ではなく、キノコなお米。

 そう感じさせる程にこのチャーハンは完成されていました。スプーンが止まらずに、私は一瞬で食べ切ってしまいます。

 

 

「美味しいですよタイショーさん!」

「……んぁ、そうか」

 そっぽを見る大将さんでしたが、その表情は満更でもなさそうでした。

 

「毒テングダケより美味かったか?」

「え? あ、はい。勿論!」

「そうか」

「なんで毒テングダケ?」

「うるせぇ。とっとと片付けろ」

 気難しい人です。

 

 

 

「……さてと、俺も調理に取り掛かるか」

 私が食べ終わったのを確認してから、大将さんはいつのまにか外にセッティングされていた肉焼きセットに向かいました。いつものこんがり肉作りでしょうか。

 手に持っているのはなんだか少し紫がかった生肉で、それを大将さんはいつも通り焼き始める。

 

 

 大将さんはお肉を焼くのがとても上手い。

 それこそ、私が焼いたお肉と彼が焼いたお肉ではランポスとリオレウスの差だ。

 

 だけどそれでも、彼の言うこんがり肉Gには程遠いみたいで。

 こうやって大将さんはいつもお肉を焼いている。いつか理想のこんがり肉を焼く為に。

 

 

 

「今日はなんのお肉なんですか?」

「んぁ? あぁ……毒生肉」

「毒生肉」

 自殺しようとしていました。

 

「なんで!?」

「生肉に毒テングダケを練り合わせて調合したのが毒生肉だ」

「いやそれは流石に知ってます。なんでそれを焼いてるんですか!」

 それは本来モンスターに毒を食わせるという罠肉なんですが。

 

 

「言った通り、毒テングダケの毒は旨味成分だからな。毒テングダケが美味いのは確かだ」

「毒ですけどね」

「お前が言うな。んで、俺は思ったんだ。……毒テングダケを調合した肉は美味いんじゃないかと」

「大将さんって意外とチャレンジャーだったんですね……」

 これが料理への探究心。

 

 

「……よし、上手に焼けましたと」

 そう言いながら持ち上げられたお肉の見た目は、とても美味しそうなこんがり肉。

 大将さんはその毒こんがり肉に躊躇無く噛み付く。

 

「……どうですか?」

「美味い……が、これも違う」

 少しだけ寂しそうな顔でそう言う大将さん。こんがり肉Gへの道は険しいですね。

 でも私も毒こんがり肉を食べてみたい、そう言おうとしたその時でした。

 

 

「───ぅぉ……ッ」

 大将さんが目を見開いてお腹を抑える。そしてそのまま大将さんは地面に倒れてしまいました。

 

「───ぇ、タイショーさん!? タイショーさん!!」

 まさか持病とかあったんですか! もしかしてもう身体は長くなくて、それでこんがり肉Gの完成を急いでいたとか! そういうオチなんですか!! 

 

 

「タイショーさん! しっかりしてください! タイショーさん! 生きてください! まだ死んだらダメです! タイショーさん!! タイショーさぁぁん!!」

「……中毒した」

「ぇ」

 当たり前ですが、毒生肉の素材である毒テングダケは毒キノコです。食べると目眩に腹痛、下痢を催します。

 

 

 

 

 普通の人は毒キノコを食べないようにしましょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『特産キノコチャーハン(大盛り)』

 

 ・特産キノコ       ……50g

 ・二重シメジ       ……50g

 ・オニオニオン      ……1/8個

 ・ハニーバター      ……4g

 ・醤油          ……4g

 ・塩胡椒         ……適量

 ・ココットライス     ……2杯分

 ・ジャンゴーネギ     ……20g

 

 他に一種類好きなキノコを入れてみても味が深まりますが、毒テングダケは入れないようにしましょう!




キノコ大好き。
今回はモンハンをしてる人なら誰もが通った特産キノコ集めでした。チャーハンは良いぞ……。

お粗末様でした!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu08……熱帯イチゴパフェ

 いつか聞いた話。

 一人のハンターと、一人のニャンターが受けたクエストのお話。

 

 ハプルボッカの討伐。

 ニャンターさんにとってそれは、自分が行くまでもないと思える程に簡単なクエストだった。

 

「タイショー、アプケロスだよ! 見て見て!」

「んぁ……騒がしいなお前は」

 ハンターさんと二人。砂漠を歩く赤毛のアイルー。

 

 

「生肉を頂いておこうよ。ほら、クエストが終わった後にこんがり肉でも焼く用に!」

「んなもん……別に要らねぇだろ。無駄な事で命を奪うのは、ハンターのやる事じゃない」

「タイショーは堅物だなぁ」

 ハンターさんとニャンターさんは、その日限りの即興パーティだったみたいであまり気が合わないようです。

 そんな中でも二人はクエストに向かって───

 

 

「……タイショー、美味しい?」

 ───彼はその日、こんがり肉Gを食べた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu08……熱帯イチゴパフェ』

 

 

 照り付ける太陽。

 思い出すのは大将さんと初めて会った日の事───なんて、呑気な感想は出てこない。

 

「タイショーさんもっと早く! もっと早く! 追い付かれちゃいますよ!」

「んぁぁぁっ、うるせぇ! 俺に言うな非常食に言え! てか黙って閃光玉の用意をしろ!」

「もう使い切りました!!」

「はぁぁっ!?」

 怒号が飛び交う竜車の上。背後を見ると、砂漠の砂を巻き上げながら一匹の竜が私達を追い掛けてくる。

 空気が揺れるような咆哮を轟かせて、竜はその血走った眼光を私達に向けていた。

 

 

 強靭な顎と鋭い牙。

 巨体を支える四肢は、それ一つだけで人間の身体の数倍もある。

 前脚の特徴的な飛膜は、飛竜の祖先の姿を残しているのだと誰かが言っていたのを思い出した。

 

 

 轟竜───ティガレックス。

 それが、今現在私達を追ってきているモンスターの名前です。

 

 

 

 時は数刻前に遡り。お昼ご飯の少し後くらいの時間。

 

「暑い……暑いです。暑い〜」

「暑い暑い言うから暑くなるんだっての。大体砂漠ってのは暑いものなんだ、このくらいの暑さは我慢しろ。それに暑いってのは別に悪い事ばかりじゃない。この砂漠には熱帯イチゴって美味い食い物があってな、アレは暑い砂漠や火山なんかで取れるんだ。それに暑い時は暑い時の飯の食い方がある。暑い時ってのはな───」

「タイショーさんの方が暑いって言ってるんですけど!! やめて下さい!!」

 私と大将さん、モンハン食堂はフラヒヤ山脈───通称雪山という場所に向けて旅をしていました。

 アプトノスのヒジョーショクサンセーが引く竜車は、砂漠をゆっくりと横断中です。

 

 

「あ、日陰がありますよタイショーさん。少し休憩にしませんか?」

「んぁ? しょうがねぇな……」

 モフモフ毛皮の大将さんがなぜこの暑さを我慢出来るのか分かりませんが、許可が出たので私は竜車を降りて見つけた日陰に向かって走りました。

 

 巨大な岩に出来た大きな日陰。

 そこに入った瞬間、それはもうここがオアシスなんじゃないかと間違える程に快適でその場に寝転がる。砂のベッドが気持ち良い。

 

 

 それと、岩陰になにやら赤い物を見つける。砂だらけの砂漠には珍しい緑、その先に大きな赤い実が沢山並んでいた。

 

「おー、熱帯イチゴ」

 私はそれを手に取って一粒口に放り込む。

 砂漠で育ったというのにジューシーな食感が渇いた口の中に広がりました。美味しい。

 

「あま〜い」

 せっかくなので大将さんにも分けてあげようと、私はポーチに熱帯イチゴを放り込む。

 

 

「旅してますねぇ……」

 深くため息が出て、そんな言葉が漏れました。

 

 数ヶ月前に砂漠でこうして倒れていたのが嘘のようです。そういえば、大将さんに初めて会ったのもこの砂漠だった事を思い出しました。

 それが、今はこうして大将さんと旅をしながら食堂を経営している。人生分からない物だ。

 

 

「……む?」

 なんて考え事をしていると、なにやら地面が揺れた気がする。

 しかし、大きな岩を背中に辺りを見渡してみるけれど、何かがいる様子はありませんでした。

 

 

「おいバカ! 上だ! 上!」

 こちらに向かっていた大将さんは、何故か竜車の向きを反転させながら「戻ってこい!」と叫んでいる。

 

「はて───うや?」

 どうしたんでしょうか。疑問に思っている私の頭に、何やら大粒の水滴が垂れました。

 雨な訳もなく、不思議と粘ついたソレに釣られて視線を上げる。

 

 

「グォゥゥ───」

 巨大な顎。

 

「───きゃぁぁぁあああああ!!!」

「───グギャィァァアアアア!!!」

 そこに居た竜こそ、轟竜ティガレックスでした。

 

 

 直ぐに大将さんが閃光玉という目眩しのアイテムで助けてくれたのですが、ティガレックスは結構しつこく私達を追ってきます。

 もう怖かったので手元にあった閃光玉を全部一斉に投げたのですが、よくよく考えると意味のない事をした事に気が付いた時には遅かった。

 

 

 

「タイショーさん追い付かれちゃいますよ!!」

「んぁぁ……ったく、こうなったら積荷か非常食のどっちかをくれてやるか」

「サンセーは友達ですよ!?」

 なんて慈悲のない事を。

 

 しかし、ティガレックスが私達を執拗に狙っているのは積荷の肉やサンセーが居るからという可能性は高いです。

 だけど積荷はモンハン食堂の料理に必要ですし、サンセーを犠牲にするなんて以ての外だ。

 

 でも、流石にこれはピンチです。

 

 

「……あれ? タイショーさん、右側! 右側!」

 どうしようどうしようと慌てふためいていると、視界の端に何か動いている物を見付けました。

 

 

「なんだぁ……あれは」

 砂の上にあるのは巨体と、二本の大きな角。ディアブロスのようにも見えますが、その身体には脚も翼も見当たらない。

 まるで膨れ上がったザボアザギルのような身体に、頭だけディアブロスという風変わりな何かがこちらに向かって来ている。

 

 その正体に私も大将さんも全く見当が付かず、唖然としていました。

 しかしその正体不明の謎の何かは、結構な速度で真っ直ぐ私達に向かってくる。このままではぶつかるかもしれない。

 

 

「こんな時になんだってんだ……っ!」

「ひぃぃぃっ、ティガレックスも追い付いて来ましたよぉ!! ヤバイ、吐きそう。お昼ご飯吐きそう!!」

「お前は少し黙れぇ!!」

 よそ見をしている間に、ティガレックスはその前脚が貨物車に届かんという所まで追い付いていた。万事休すとはこの事を言うのか。

 

 

「───って、うわぁぁ!?」

 さらに振り向けば、右側から来ていた謎の何かも目と鼻の先まで近付いている。もうおしまいだ。

 逆に冷静になって、正体不明の謎の何かに視線を向ける。

 

 二本の大きな角を持っていたのは生き物の頭ではなく、頭蓋だった。

 ダイミョウザザミというモンスターはディアブロスの頭蓋を宿にする。だけど、その正体不明の何かはダイミョウザザミではなくて───

 

 

「……船?」

 ───巨大な砂上船だった。

 

 

「オララララララィィイイイ!!」

 船に乗っていた人物が叫ぶと同時に、船とティガレックスが衝突する。

 

 巨大な船がティガレックスを引き倒した。地面を転がるティガレックスは、船の先端に装飾されたディアブロスの頭蓋の角に背中を抉られている。

 

 

「───ギャィァァァアアアッ!」

 ティガレックスは背中から夥しい量の血流を流しながら、足を引きずってその場から離れていった。

 

 

 一方でティガレックスを引き倒した砂上船は、私達の竜車の隣まで来て停止する。

 ディアブロスと見間違えるような巨大な船だ。船の先端に装飾されたディアブロスの頭蓋が船を荒々しくも見せている。

 

 

「た、助かったん……ですかね?」

「……こいつが盗賊じゃなきゃ、な」

 怖い事言わないでください。

 

 

 

「いやぁ、あんたら無事か! 良かった良かった!」

 ただ、私達の心配は杞憂に終わりました。どうやらティガレックスの代わりに私達の荷物を奪おうという輩ではないようです。

 

 船から降りて来たのは、身長が私の倍くらいあるんじゃないかと思えるくらい大きな男性でした。その見た目だけは恐ろしいのですが、気さくに話しかけてくれるので怖がるのは失礼です。

 

 

「竜人族か。助けてくれた事には礼を言う。ありがとうな」

 そう言って大将さんは手を伸ばした。しかし、大将さんから見ると男性の身長は三倍くらい。とてもじゃないけど手は届きません。

 

「おう、旅人同士だ。困ってたらお互い様だろ」

 男性は態々膝を突いて大将さんの小さな手を握る。その指の数は私───人間と違って四本だ。

 

 

「竜人族の方……なんですか?」

 それに加えて長い耳が特徴的な男性に、私は恐る恐る尋ねる。男性は「おうよ」と端的に答えてくれた。

 竜人族は私達人間とは違う種族の人の事を言います。大将さん達アイルー族よりも私達人間に近い姿をしていますが、見た目以上に別の生き物なんだとか。それもこうして近くで見ると、確かに納得でした。

 

 

「俺はこの船で砂漠や海を旅してる。気軽に親父と呼んでくれ。この船の名は、キングダイミョウだ」

 船の底を叩きながら自己紹介をしてくれる親父さん。荒々しい姿の船は、快活な彼にとても似合っている気がする。

 

「モンハン食堂って店をやってる、俺はそこの大将だ。こっちは……用心───雑用だな」

 用心棒と言い掛けて、大将さんは言い直しました。酷い、せめてウェイトレスと呼んで欲しい。

 

 

「私これでもハンターなんですよ!」

「閃光玉の使い方も知らない奴がよく言う……」

 何も言い返せない。

 

「ハッハッハッ。なんだ、でも助けが間に合って良かったぜ」

 私達の会話を聞いて笑う親父さん。確かに、あのままだったらどうなっていた事か。

 

 

「ん……でも、タイショーさんが倒してくれれば良かったのでは?」

 そこで私は、ふと大将さんがニャンターとして凄い人という事を思い出す。

 イーオスから私を助けてくれた時も彼は強かったし、ドンドルマで聞いた話なら彼は街でも有名なニャンターだった筈だ。

 

「……俺はもう、狩りはしねぇよ」

 しかし、大将さんは小さな声でそう漏らす。なんだか追求したらいけない気がして、私は口を開く事が出来なかった。

 

 

「で、あんたら砂漠を越えるのか? なんなら良い提案があるぜ」

 沈黙の中、親父さんはそんな言葉を漏らす。そうして続く彼の提案に、私達は断る理由もなく乗る事にしました。

 

 

 その提案とは───

 

 

 

「うっへぇ〜、早いですよ大将さん!」

「こいつは中々良い船だな。俺も欲しくなって来た」

「どうだ俺の船は、快適だろう。こいつなら砂漠を抜けるのも直ぐだぜ」

 ───今私達は親父さんの船に乗せてもらっている。

 

 

 アプトノスが引く竜車よりも早く動く砂上船に、私は子供のようにはしゃいでしまいました。

 そのアプトノスのサンセーや私達の竜車が貨物室に入る程大きな船。その甲板から見渡す砂漠の景色は絶景です。砂と岩しかないけれど。

 

 

 

「親父さんは一人で旅をしてるんですか?」

 砂だけの景色を堪能した後、私はふとそんな質問をしました。これだけ大きな船なのに、誰か他の人が乗っている様子はない。

 

「おうよ。この船は一人しか乗ってないぜ」

「それまたどうして」

「いつか、沢山の仲間を集めてこの船で旅をするのが俺の夢なんだ。狩人や商人……料理人なんかを集めてな! そして、今はその仲間を集めようとしてるって訳よ」

 がはは、と笑う親父さんはどこか楽しげです。

 

 きっとこれからの夢に向けて頑張っている所なのでしょうね。そんな姿は、どこか大将さんに似ていました。身体の大きさは全然違うけれど。

 

 

「良いですね、夢があるって」

 私は───

 

「ところでどうだい大将。あんた、飯屋をやってんだろ? 俺と一緒に来ないか?」

 親父さんは突然そう言って、大将さんに手を伸ばす。

 

「……悪いが、他を当たってくれ。俺は旅がしたいんじゃないんでな」

 しかし、大将さんは考える間もなく彼の手を退けてしまいました。

 親父さんはそれでも気を悪くする事はなく「そうか、ハッハッハッ。残念だぜ」と笑い飛ばす。

 

 そこで、大将さんは「だが───」と言葉を続けました。

 

 

「───だが、助けてもらった恩は返さないとな。飯くらい出すぜ」

「良いねぇ。ちょうど小腹も減って来たところだ。暑いしなぁ、冷たいのを頼むぜ!」

 大将さんの言葉に、親父さんはとびっきりの笑顔で答える。しかし、冷たいのですか。

 

 

「まだお昼過ぎですし、晩ご飯にはまだ早いですよ?」

 お昼ご飯はティガレックスに会う前に食べちゃったので、ガッツリ夕飯を食べようという時間でもありませんでした。

 

「だから、小腹を満たすような何かが食いたい!」

 笑顔で言う親父さんですが、中々無茶振りです。

 

 

 冷たい料理といえば、大将さんが前に作ってくれたサシミウオのスモークとかでしょうか? 

 氷結晶はお肉なんかの貯蔵の為にちゃんとストックしてあるので、それを使えばなんとかなる気もしますが。

 

 

「……なるほどな。あんた、甘いもんは好きか?」

「ん? おう! 大好きだぜ!」

 大将さんの質問にそのガタイに合わない返事をする親父さん。

 

「甘い物?」

「おい食いしん坊、ポーチの中にアレがあるだろ。よこせ」

 私のポーチを指差してそういう大将さん。ポーチの中には、ティガレックスに襲われる前に手に入れた熱帯イチゴがありました。

 

 

「熱帯イチゴですか?」

 これをどうする気なんでしょうか。

 

 熱帯イチゴはそのまま食べても美味しいです。甘いし。

 しかし親父さんの注文である冷たいとは少し違う気がしました。

 

 

「こいつを氷結晶と調合すれば、氷結晶イチゴってのが完成するんだがな。そこに生クリームや砂糖なんかを加えて熱帯イチゴのアイスクリームを作る」

「もう聞いただけで美味しそうじゃないですか!」

 この猛暑の中で食べるアイスクリーム。想像しただけでも涎が落ちてくる。

 

「───だが、それだけじゃ足りねぇ。ちょいと熱帯イチゴが足りないからな、お前取ってこい」

「え、私が取ってくるんですか……」

「お前の分も作ってやるからとっとと行け」

「喜んで!!」

 しかし、大将さんは私が持っている分では足りないと言いました。

 

 

 それと、調理に時間が掛かるからその間の時間も有効に使って熱帯イチゴを取ってこいとの事です。

 そもそも調理に時間がかかるのなら、私が取って来てもそこからまた時間がかかるのではないか、とも思いましたが大将さんには逆らえません。

 

 

 

「すみません、手伝って貰っちゃいまして」

「良いってことよ。女の子一人を砂漠で歩かせる訳にはいかねぇしな」

「……私、一応ハンターなんですけどね」

 そんな訳で、親父さんにも手伝ってもらい熱帯イチゴ探しをする事になりました。

 

 船は停泊して、今は近くの岩場を捜索中です。

 

 

「お前さんはずっとあの大将と旅をしてるのか?」

 岩場を歩きながら親父さんはそう問い掛けてきました。私は「ずっと……ではないですね」と答える。

 

「大将さんには数ヶ月前にこの砂漠で会ったんです。なんだか忙し過ぎてかなり昔の事に思えてきましたが、そんなに時間はたってないですね」

 親父さんに私と大将さんの出会いの事を話すと、親父さんは「そりゃ運命的だな」と笑いました。

 

 

 この借金地獄を笑わないでくださいな。

 

 

「私はただ大将さんに付いて来ているだけといいますか……。ただなんとなしにここに居るんですよね。大将さんはこんがり肉Gを作るっていう夢があって、ご立派なんですけども」

 ふと、そんな事を思ったんです。

 

 多分親父さんの夢の話を聞いたからでしょうか。

 自分には何もありませんでした。ただ大きな目標もなく、漠然とハンターになって、今は流れでモンハン食堂のウェイトレスをしています。

 

 

 私は何をしているんでしょうか。

 

 

「なんで俺が砂漠を旅してるか分かるか?」

 ふと、親父さんはそんな言葉を漏らしました。言われて考えてみますが、よく分かりません。

 むしろ仲間を集めて旅をするという彼の目的を考えれば、砂漠を旅するのは非効率です。街に出た方が、人は多いですから。

 

 

「人の出会いってのは奇跡みたいなもんだ。この砂漠を見てみろ、辺りを見渡したって人っ子一人いない。だが街に行けば、歩いたら人だ。面白いもんだな」

「えーと、そうですかね?」

 親父さんの言っている意味が分からなくて私は首を横に傾けました。

 

 

「俺はな、全部の出会いには意味があると思ってる。俺とお前達の出会いもそうだ。今こうして話してるのは有意義だろう」

 快活に笑う親父さんはさらにこう続ける。

 

「勿論、街ですれ違う出会いも悪くないさ。だがな、俺は出会い一つ一つを大切にしたいんだ。その出会いの意味を一つずつ確かめたい。その出会いにどんな意味があったのか、な」

 そう言って親父さんは私の額を小突きました。体格が体格なので普通に痛い。

 

 

 だけど、優しく感じます。

 

 

「お前さんも探してみたらどうだ、大将と出会った意味をな。時間は沢山あるだろう? 絶対にその出会いには意味があるんだ」

「出会い……」

 モンハン食堂で働き始めて、旅をして、色々な人と出会った。その出会い全てに、大将さんとの出会いに意味がある。

 

 

「……ありがとうございます。なんだか、気が楽になりました」

「ガッハッハッ、そりゃ良かった。ついでに、俺とお前さん達の出会いの意味はこれだな」

 そう言って親父さんは岩陰に成っていた熱帯イチゴを拾い上げました。立派なイチゴです。

 

「あっはは、良い意味ですね」

「おうよ。はて、どんな美味い物を食わせてくれるか」

 親父さんに習って私も熱帯イチゴに手を伸ばしました。大きめのイチゴに食欲が溢れます。少しくらい摘み食いしても良いですよね。

 

 

「頂きま───」

「おい!!」

「───ひぃぃいいい!?」

 摘み食いをしようとしたら、何故か親父さんに凄い形相で手を掴まれました。

 え、そんなに怒られるんですか。さっきまで凄く優しそうだったのに。

 

 

「危ないぞ」

「……はい?」

 しかし、続く親父さんの言葉に私は意味が分からず固まってしまう。危ない、とは。

 

「そいつは熱帯イチゴじゃない」

 彼の言葉と同時に、私が手にしていたイチゴが何故か震えました。

 

 

 ───そして、種のブツブツだと思っていた至る所から針が伸びてくる。

 

 

「痛っぁ!? は、え、何!?」

 それはもう、まるで丸まったラドバルキンのような姿に変貌した熱帯イチゴ。針が手に刺さって普通に痛い。

 いや、なんですかコレは。ホラー小説に出て来そうな姿になってしまったんですが。

 

 こんな針だらけの物食べられる訳がない。そして、私はコレを口にしようとしていた事を思い出して冷や汗が流れました。

 

 

 

「こ、これは一体……」

「コイツは熱帯イチゴもどきサボテンだな」

 もどきサボテン。

 

「名前の通り熱帯イチゴに凄く似てるサボテンだ。素人には見分けるのが難しいから、注意するんだぜ」

「そ、そうですか……」

 もう一度その熱帯イチゴもどきサボテンを凝視する。美味しいイチゴに化けて人を刺すサボテン。なんて恐ろしい植物だ。

 

 

 

 世界中のハンターさん、狩場はとても危険です。

 

 

 

 そんな訳で、熱帯イチゴを少し集めて私達は船に戻りました。

 船で待っていた大将さんは私達から熱帯イチゴを受け取ると、貨物室に置いてもらっている竜車のキッチンに戻っていく。

 

 この船にもキッチンはあるようですが、そこは大将さんの拘りというか。自分のキッチンで調理がしたいらしい。

 

 

 

「───へい、お待ち。熱帯イチゴパフェだ」

 そうして大将さんが甲板に持って来たのは、大きめのグラスに入ったパフェでした。

 

 グラスから溢れそうな程盛られた熱帯イチゴの下には、生クリームや氷結晶イチゴのアイスが層を作っている。なるほど、だから追加のイチゴなんですね。

 アイスにした氷結晶イチゴと熱帯イチゴをふんだんに使ったデザートの一品だ。

 

 

「ほほぉ、こいつは凄いな! パフェっていうのか?」

「街とかだと売ってたりしますよね。女の子に人気なスイーツですよ」

 大都会の娯楽としては広まっていますが、あまり世には広がっていない料理でもあります。

 贅沢という贅沢を纏めたようなスイーツなので高いんですよね。街でも本当、お金持ちの女の子かハンターの女の子ばかり食べていました。

 

 

 私も友人のCの奢りで食べたんですけどね。

 

 

「まさかこんな所でパフェを食べられるなんて」

「暑いんだから溶けちまう前に食えよ」

 大将さんの忠告もあり、私と親父さんはさっそくスプーンを手に取ってパフェに向けます。

 

 まずは熱帯イチゴ。生クリームの上に綺麗に乗っているイチゴには、薄められたハチミツが塗ってあり光沢が太陽を反射していました。それを、一口でガブリ。

 

 

「───っぅぅううう!」

 炎天下で育ったイチゴの酸味が、ハチミツや生クリームの甘味と絶妙に絡み合う。

 包み込むような甘さなの中に感じる酸味が、暑さで全身から流れる汗を吹き飛ばすようだった。

 

 

「こいつは美味いな!」

「甘酸っぱいイチゴは生クリームやハチミツに合うからな。熱帯イチゴは味が強いから、合わせて食ってもイチゴの味は霞まない」

「ほうほう、やるじゃねーか大将」

 親父さんは感心しながら、パフェの下の段にスプーンを向ける。

 

 暑さで程よく溶けたアイスはスプーンが通って簡単にすくいあげる事が出来た。

 私も親父さんに並んで、アイスを口の中に頬張る。

 

 

「───んっ」

 冷たい。

 

 脳天を貫くような感覚。冷たい物を食べた時のこの感覚、なんだか癖になりますよね。

 

 

 肝心のお味は氷結晶イチゴをベースに程よく甘味が掻き出されていて、ほのかな酸味を楽しむ生のイチゴとはまた別の美味しさがそこにはありました。

 アイスと生クリームの層の間に入っているフレークを合わせて食べれば、また違った食感が楽しめる。層を重ねる毎に溶けたり混ざったりして深まっていく味が、パフェの最大の楽しみだ。

 

 

「かぁぁっ、この暑さの中食べるアイスは格別だなぁ!」

 身体の芯に効いてくるというか、砂漠で飲むクーラードリンクというよりはお風呂上がりのミルクみたいな。

 とにかく食べていて気持ちが良い、そんな料理です。

 

 

 

「───しかし、惜しいなぁ」

 パフェを食べわ終わって、親父さんは名残惜しそうな声を漏らしました。もっと食べたかったんでしょうか? 

 

「んぁ?」

「出来るならお前さんを旅の仲間に入れたかったぜ。そうしたら毎日美味いものが食えるんだろう?」

 親父さんはそう言って口角を吊り上げる。

 

 大将さんはすまし顔で「そうだな」と、短く答えました。

 

 

「悪いが───」

「分かってる分かってる。夢があるんだろ?」

 続く大将さんの言葉を親父さんが遮る。大将さんは目を細めて少し首を横に傾けました。

 

 

「夢ってのは良いよなぁ。どこまでも追い掛けたくなる。そんで、お前さんは夢が叶ったらどうするよ?」

「夢が……」

 大将さんの夢。それは、こんがり肉Gを焼く事です。

 

 彼が目指す究極の味。それがどんな味なのか分かりませんが、もしその夢が叶ったら大将さんはどうするつもりなんでしょうか。

 

 

「俺達竜人族は人生が長いからな、こうやって色々考えるのさ。あんたも、色々考えな。もし次の夢が見付からなかったら考え直して俺の所に来ても良いぜ」

 快活に笑う親父さんは「夢に悩むな、夢を楽しめ」と言って笑いました。

 

 その言葉がどういう意味なのかは分かりません。

 ただ、大将さんはその言葉を聞いて少しだけ表情が暗くなる。

 

 

 もしかして大将さんは悩んでいるのかもしれない。私はそんな事を思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『熱帯イチゴパフェ』

 

 ・熱帯イチゴ       ……8個

 ・氷結晶イチゴ      ……8個

 ・砂糖          ……20g

 ・生クリーム       ……100g

 ・ハチミツ        ……20g

 ・コーンフレーフ     ……50g

 ・クヨクヨーグルト    ……200g

 

 こちら特製特大サイズになります。たっぷり甘いものをとってハッピーになりたい貴方へ。




春イチゴの季節が来ますね!そんな訳でイチゴパフェ。
熱帯イチゴもどきサボテンはアニメ、モンスターハンターストーリーズライドオンより。

世はコロナウイルスで大変ですが、お身体にお気を付けてお過ごし下さいませ。読了ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu09……ホットミート

 それは小さな夢でした。

 たった一つ、明日の晩ご飯はシチューにしようみたいな小さな夢。

 

 願ったのは狩りに出向くハンターとアイルー。

 身体を焼くような灼熱の砂漠で、二人は不器用に笑いながらもお互いの手を取る。

 

 

「ねぇ、タイショー」

「……んぁ?」

「また……食べたいね」

「……あぁ。そうだな」

 またいつか、必ず───

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu09……ホットミート』

 

 

 肌寒い。

 砂漠で出会った親父さんの船に乗せてもらって、予定よりも早く砂漠を越える事が出来ました。

 

 向かうは雪山、フラヒヤ山脈という事で。モンハン食堂は今日も旅をしています。

 

 

「少し寒くなって来ましたね」

「山を登ってるからな。標高が上がれば気温も下がってく」

 サンセーの手綱を握りながら、視線の先を変えずに大将さんはそう言いました。

 

 親父さんと別れ数日。険しい山を登る私達の視界には、所々に白く積もった雪が見える。空は少しだけ曇っていて、昼間なのに景色は暗かった。

 大将さんの表情もどこか冷たくて、私は一人そわそわしている。親父さんと出会ったあの日から、大将さんは何か悩んでいる気がした。

 

 

「夢に悩むな……夢を楽しめ、か」

 ふと思い出して、私の口からそんな言葉が漏れる。

 

 きっと大将さんの悩みは自分の夢。こんがり肉Gを焼く事だ。

 あんなに料理が上手い大将さんなのに、こんがり肉Gを焼く事が出来ない。そもそもこんがり肉Gがなんなのか分かりませんが、大将さんはやっぱり悩んでいるのでしょう。

 

 

 私に出来る事は───

 

 

「大将さん、お腹減りませんか?」

 ───まだ分かりません。

 

「んぁ? さっき朝飯食ったろ。たらふく、ババコンガみたいにムシャムシャと」

「乙女の私をババコンガと申しますか!?」

「同じピンクじゃねーか。ほら、怒ると顔が赤くなる」

 ククッ、と笑う大将さん。私は目一杯吠えて怒ったのですが、力み過ぎてアレが出てしまい大将さんは爆笑しました。私は大泣きしました。

 

 

 程なくして、景色に白が多く混じるようになる。本格的に雪山に近付いてきた証拠だ。

 

 

「なんだぁ?」

 ふと視界に、白に混じる異様な色が見えて大将さんはサンセーの足を止めさせる。

 近付いて確認するとその色は赤でした。血と肉の色。水場の直ぐそばに、モンスターに食い散らかされたケルビの死体が転がっている。

 

 

「大型モンスターではないですよね?」

「この付近に肉食のモンスターがいるなんて話は聞いてないがな……」

 怪訝そうな大将さん。曰く、ギルドの調べでここ最近は危険なモンスターが発見されていない道を進んでいる最中だった筈だとか。

 

 ギルドの調べが絶対という訳でもなければ、モンスターの動向なんて把握する方が難しい。

 それでもある程度肉食のモンスターが少ない場所というのは統計的にあるようで、大将さんは眉間に皺を寄せて舌打ちをした。

 

 

「そんなに不安そうにしなくても、私が居るじゃないですか! 私は一応ハンターですよ!」

「んぁ……忘れてたな。……さらに不安要素が増えた」

「なんで」

 私はハンターです……よ? 

 

 

「むぅ……。それに、なんかヤバイモンスターが出て来てもタイショーさんがパパッと倒してくれるんじゃないですか?」

「狩りはもうしない」

 即答して、彼は竜車に戻る。

 

「タイショーさん……?」

 前にも同じような事を言っていたような。

 

 

「行くぞ、ソイツの犯人は大体の察しが付いた」

 そう言って大将さんは竜車に乗って手綱を引きました。動き出すサンセーを見て、私は慌てて竜車に戻ります。横目でみる血肉は、景色に似合わず痛々しい。

 

「ま、待ってくださいよぉ!」

「……おそらく犯人は奴等だが、こんな麓にまで降りてくるのか?」

 加減そうな顔でそう言う大将さん。私にはさっぱりですが、彼は何かが引っかかるようだ。

 

 

 しばらく道なりに進む。このまま何事もなく辿り着ければ良いのですが。

 

 

「タイショーさん何してるんですか?」

 モンスターの捕食痕を見た後、竜車の手綱を引く役目を変わった大将さんは後ろの方で何か作業をしていました。

 頃合いからしてお昼ご飯でしょうか? 考えるだけでもお腹の虫がなります。

 

 チラッと背後を覗くと、大将さんは生肉を触っていました。肌寒くなって来たし、お得意のこんがり肉を作ってくれるのでしょうか。熱々のこんがり肉を想像しただけで涎が漏れそうだ。

 

 

「ご飯ですか!」

「コレはお前の分じゃねぇ。つーか前を見て運転しろ」

「うぐ……そんなぁ」

 大将さんだけご飯を食べる気です。ズルい! 私もお腹が減ってるのに! 

 

 

「───って、うわぁ!!」

 しかし大将さんには逆らえないので、私は渋々視線を戻しました。すると、数匹のモンスターが木々の間から出て来る姿が目に入る。

 

「た、タイショーさん! ギアノスの群れです!」

「だろうな」

 ギアノス。

 イーオスの仲間で、ランポス種の中でも雪山を生息地にする鳥竜種のモンスターだ。

 

 見た目は真っ白に黒の縞模様のある身体に、青色の鶏冠と黄色い嘴。その姿はランポスというモンスターによく似ていて、最近まではランポスと同種か亜種だと思われていたらしい。

 

 

 だけど雪山に適応したこの種族は、口からとても冷たい液体を吐き出して相手を凍らせてしまう特技を持っている。ランポスよりも少し厄介なモンスターだ。

 

 

「だろうなって!」

「良いから退け」

 慌てふためいて逆に動かなくなってしまった私の後ろから、大将さんはさっきまで触っていた生肉を手に竜車を降りる。

 そのままギアノスの前に立つ大将さん。その手に持っているのは武器ではなくて生肉だ。大将さんも凄く慌ててないですか? 

 

 

「大将さん!?」

「良いから黙ってろ」

 静かにそういう大将さんは、ゆっくりと姿勢を落として手に持っていた生肉を地面に置く。

 

「へいお待ち。……腹減ってんだろ、食えよ」

 そう言って、大将さんは不敵に笑いました。

 

 

「大将さん……?」

「アイツら腹減ってるだろうからな」

「いやそうじゃなくて、なんでモンスターにまでご馳走してるんですか!?」

 モンハン食堂はついにモンスターにまでご飯を出すお店になってしまったのでしょうか。

 

 

「まぁ、見てろって」

 呆れ顔でそう言いながら戻ってくる大将さん。

 ギアノス達は警戒しながらも、その内の一匹がついに生肉を嘴で突く。

 

 

「い、今のうちに逃げちゃいます?」

「背中を見せた瞬間襲われるぞ」

 怖い事言わないで。

 

 他のギアノス達は、いつでも私達を襲えるように姿勢を低くしていました。

 しかし、ギアノスがついにその生肉を咀嚼した瞬間状況は一変します。

 

 

「───ひぇっ」

 ギアノス達が一斉に生肉に群がり始めました。我先にと生肉に噛み付くギアノス達の眼は血走っていて、恐ろしい光景に背筋が凍り付く。

 

 生肉は一瞬にして骨だけになってしまいました。なんならその骨を奪い合うギアノス達の内一匹が、血走った瞳を私達に向ける。

 そのギアノスに続く様に、他のギアノス達も頭を持ち上げた。

 

 

「焼け石に水だったのでは!?」

「お前難しい言葉知ってるな」

「何呑気な事を言ってるんです!?」

 あの量の生肉で満足して帰ってくれるお客さんは人間でも居ません。ましてや相手はモンスターで、団体客様です。

 

 その瞳は次なる御馳走である私達に向けられていました。しかし───

 

 

「え?」

 ───ふと、まるで糸が切れたかのようにギアノスが一匹その場で倒れる。そして残りのギアノスも続く様にバタバタと横倒しになってしまった。

 

 一体何が。

 

 

「お粗末さん」

「まさか……盛った!?」

 考えられるのは一つ。あの生肉に毒が盛ってあったという事。さっき後ろで生肉を触っていましたし。

 

「客に毒盛って殺す料理人が居るかよ」

 しかし、大将さんはそんな私の予想を否定しました。なら、どうしてギアノスは倒れてしまったのでしょうか。

 

「よく見ろ」

「え?」

 ギアノスを指差す大将さんに釣られて、私は倒れているギアノスに視線を向ける。

 

 

 ギアノスは特段苦しんで倒れた様子はなかった。

 そして、よく見ればギアノスのお腹が膨らんだり沈んだりしている。それは、まだ息をしているという事だ。

 

 

「お腹いっぱいになって寝ちゃったんですかね?」

「お前じゃあるまい」

 酷い。

 

「え、ならなんで───」

「あんまり騒ぐと客が起きる。後で説明してやるから、とっとと行くぞ」

 そう言って大将さんは手綱を私から奪って、寝ているギアノス達を避けて道を進む。

 

 真横を通っているのにぐっすりと寝ているギアノスを横目に、私達は雪山を登るのでした。

 

 

 

「寒い……」

 それから暫くして、辺り一面の雪景色に自分の身体を抱いて口が勝手に開く。

 開いた口はカチカチと音を鳴らして、私の身体は震えていました。

 

 雪も降ってきましたし、そろそろ休憩がしたい。

 

 

「この辺りに洞窟があったんだが……。よし、今日はあそこで休憩だ」

 それで私達は、日が完全に沈む前に洞窟を見付けて休む事に。

 

 洞窟の中に入ると幾分かは暖かいですが、雪山の寒さに慣れていない私は身が凍る思いです。

 

 

「ここ、フルフルとか出ないですよね……」

「小さな洞窟だから大丈夫だろ」

「詳しいんですね……」

「雪山の事は多少な」

 そう言って大将さんは薪に火を付けました。私は丸まって火に近付いて暖を取ります。

 

「髪の毛燃えるぞ」

「その前に凍っちゃいますよぉ……」

 あまりにも寒い。そろそろホットドリンクとか用意しないといけないと思うんですけど、あれ美味しくないんですよね。

 

 

「……ったく、しょうがねぇ奴だ」

 大将さんは呆れ顔で立ち上がると、貨物車から生肉と何かを取り出しました。サンセーは休憩がてら乾草を食べています。私もお腹が減ったけれど、今はそれよりも寒い。

 

 

「何してるんですか?」

 戻ってきた大将さんは早速生肉を焼く───なんて事はせずに、ギアノスと出会う前みたいに生肉を触っている。

 そういえばギアノスが寝てしまった理由を聞きそびれていました。

 

「ギアノスが寝た理由だったか」

 私の心を読んだかのようにそう口を開く大将さんは、何か植物を持ち上げてこう続ける。

 

 

「ネムリ草だ。睡眠弾の素材だな」

「えーと、食べたら眠くなる草でしたっけ?」

 大将さんが取り出したのは、ガンナーが睡眠弾等にも使うネムリ草でした。それは文字通り、睡眠作用のある草です。

 

「やっぱり盛ったんじゃないですか!」

「毒じゃねーからセーフだ」

「ほぼアウト……。っていうか……今作ってるそれも、眠り生肉って事ですか!?」

 眠り生肉は文字通り、食べたら眠くなる生肉だ。ネムリ草と生肉を調合してモンスターに食べさせて、眠らせる事を目的とした半分罠みたいな肉です。

 

「んな訳ねーだろ。コイツはトウガラシだ」

「あ、トウガラシ」

 トウガラシというと、唐辛子。あの辛い奴だ。

 

 

「ハンターってのは生肉に毒テングダケやマヒダケ、ネムリ草を調合して罠肉を作る。……お前もハンターだろ」

 そう言いながら、大将さんはトウガラシを細かく刻んで生肉に擦り付けていく。調合の話をしているのですが、やっている事は調理なのでしょうか。そもそも調合と調理の意味合いはあまり変わらないのですけど。

 

 

「わ、私だってネムリ生肉くらい知ってます。そーじゃなくて、なんでギアノスがお腹を空かせてるって分かったんですか?」

 それも目の前の御馳走(サンセー)よりも小さな生肉に群がる程に。

 

 

「ギアノスは本来もっと雪山の上の方に居るモンスターだからな。……ソイツらが降りて来てるって事は、山の方で何かあって食糧が確保出来なくなった。つまり、腹ペコだって事だ」

 言いながら、大将さんはトウガラシを擦り合わせた生肉を焚き火で焼き始めました。トウガラシの独特な匂いが漂ってくる。

 

 

「ははぁ……。頭が良い」

「お前の頭が悪いだけだ」

 酷い。泣きますよ。

 

「……さて、上手に焼けましたと」

 話しながらも目は離していなかった生肉を持ち上げる大将さん。彼は少し匂いを嗅いでから、こんがりと焼けたそのお肉を私に向けました。

 

「ほら、お待ちどうさん」

「食べて良いんですか?」

「お前の為に焼いたんだっての」

 言われるがまま、私は大将さんが焼いてくれたこんがり肉を受け取る。

 

 

 細かく刻んだトウガラシの風味が湯気に乗って、見た目はいつも食べているこんがり肉なのにどこか雰囲気が違うと感じました。

 口にすれば、味覚からもいつものこんがり肉とは変わっていく。痛覚に近い辛さが身体を芯から温めるようで、寒さに凍えていたのが嘘かのように身体が熱くなっていった。

 

 

「辛……っい、けど……美味しい! スパイシー!」

 癖になる辛さというか、食べていないと余計辛くなるので食べ続けるというか。病みつきになる味わいに、私は夢中になってこんがり肉を頬張る。

 

 食べ終わる頃には身体はポカポカと暖まり、雪山の洞窟に居る事を忘れてしまう程でした。

 

 

「罠肉だけじゃなくて、こんがり肉にトウガラシを調合すればホットドリンクと同じように身体を温められるホットミートが作れるって訳だ。……まぁ、俺のはこんがり肉にトウガラシを調合するんじゃなくてトウガラシを刻んで摺り合わせてから焼いてるがな」

 その方が味がしっかりと混じる、と付け足して得意げな大将さんは自分の分のホットミートを焼き始める。鼻を突くような匂いで私はまた涎を垂らしました。

 

「やらんぞ」

「う……」

「残りはホットドリンクで我慢しろ」

「アレ美味しくないんですもん!」

「苦虫が入ってんだぞ美味いわけないだろ」

 それもそうか。

 

 大将さん曰く、ホットドリンクを美味しく作るには根気良く研究が必要らしいです。大将さんの夢は別にホットドリンクを美味しく作る訳ではないので、スルーしてるようですが。

 

 

「……半分やるからそんな目で見るな」

「やった」

 大将さんはなんだかんだ優しいのだ。

 

 

「ふぅ……美味しい」

 大将さんから再びホットミートを受け取って平らげた私は、ふと大将さんの夢を思い出す。

 こんがり肉G。ホットミートだってこんなに美味しいのに、このお肉もこんがり肉Gではないらしい。

 

 

「……このお肉も、こんがり肉Gじゃないんですか?」

「……んぁ、そうだな」

 薪を足しながら、大将さんはホットミートに齧り付いた。美味いと言って食べるけれど、その表情は何処か寂しそうです。

 

 

「こんがり肉Gはもっと美味い」

「大将さん……」

 どうして大将さんはそんなにこんがり肉Gに拘るのか。

 

 こうやって世界を旅してまでその味に辿り着きたい理由は───

 

 

 

「……雪、止んだな」

「あ、本当ですね」

「もう少しでポッケだ。……あそこは俺の故郷みたいな物だから、顔見知りも多いし忙しくなるぞ」

「ゲェ……」

 また労働が始まるのか、なんて思いながらも大将さんの表情を横目での覗きました。

 

 少しだけ明るくなった表情。

 故郷みたいな場所、ですか。もしかしたら、そこで大将さんの昔の事も聞けるかもしれません。

 

 

 ───大将さんがこんがり肉Gに拘る理由を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~本日のレシピ~

 

『ホットミート』

 

 ・生肉      ……400g

 ・塩胡椒     ……適量

 ・トウガラシ   ……1つ




四月も終わるというのに最近少し寒いですね。
流行病にも気を付けていきたいです。

読了ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu10……ポポノタンシチュー

 吐息も凍る寒さに、乱れた呼吸は視界を白く染める。

 狩場ではそんな事すら命取りだ。私は無理矢理でも息を整えて、目の前の巨体に視線を合わせる。

 

 茶色の剛毛に覆われた硬い体表、二本の鋭い牙。

 そのモンスターの突進を受ければ、私の細い身体なんて簡単に折れてしまう程の巨体だ。

 

 

 私は神経を尖らせてハンマーを握る。その手は少しだけ震えていた。

 

 

 大丈夫、私はランポスだって倒した事があるんです。

 自分に言い聞かせるように武器を強く握りながら、意を決して地面を蹴った。雪の積もった大地を駆ける。

 

 力を溜め込んだハンマーを振り上げて、私は───

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu10……ポポノタンシチュー』

 

 

「ぶはぁぁっ」

 地面に倒れ込んだ。雪の積もる地面が程よく熱った身体を冷ましてくれる。

 仕事をやり切った汗を拭いながら、私は白い世界で手を伸ばした。

 

 余韻に浸るのは良いけれど、ここはモンスターの世界です。

 いくら目の前のモンスターの討伐に成功したといっても、この場所が安全になったなんて保証はどこにもない。

 

 少しだけ頭の上に手を乗せてから、私はゆっくりと立ち上がった。

 

 

「───なんでポポ一匹狩猟するだけでそんなに疲れてんだ……」

「え、だってポポ大きいじゃないですか。強いですよ、ポポ」

 視線の先で、私が今さっき倒したばかりのポポ(・・)を解体しながら大将さんが目を細める。

 

 アプトノスのサンセーをも超える巨体。雪山の寒さも凌ぐ分厚い毛皮と、大きく反り返った牙が特徴的なモンスターだ。

 しかし、こう見えて草食性であり特段危害を加えなければ大人しいモンスターです。勿論、前述通り人間とは桁外れの体躯の持ち主なのでこうして狩猟するのも一苦労な訳ですが。

 

 

「こんなもん十代のガキでもササッと倒すぞ。お前二十だろ。ハンターだろ」

「はい、立派なレディですよ」

「いや違うそうじゃない」

 どうやら私の考えている以上にポポはか弱い存在だったらしい。でもポポ、大きいですよ。怖いですよポポ。

 

「んぁ……まぁ、倒せたからよしだ。後が不安だが」

「任せて下さい。飛竜がこようが古龍がこようが狩猟してみせます!」

「お前のどこをどう叩けばその自信が出てくるのか教えてくれ」

 言いながら、大将さんは毛皮を刈り取ってポポの解体を進めました。

 

 血に濡れながらも手際良く肉や内臓を切り分けていく姿は壮観です。

 

 

「お前もなんか手伝え」

「えぇ……私が倒したのに。それに、そこまで急ぐ必要ありますかね? 周りはポポだらけですよ?」

 辺りを見渡しても、脅威となる凶暴なモンスターは見当たらない。

 広大な雪山なので何か居そうではありますが、流石にピンポイントでこの場所にやって来る確率も少ない筈だ。

 

 私が一匹のポポに攻撃をした時こそ群れが騒ついていましたが、今やポポ達も私達から距離を取るだけで落ち着いている。

 雪山の和やかな風景にポツンと赤い点。それが今の私達の居場所だ。

 

 

「アホ、だからだ。ここに来るまでに一つポポの群れを見逃した理由が分かるか?」

「ガムートが居るから……でしたっけ?」

 私達は今解体しているポポと出会う前に、違う場所でもポポの群れを発見しています。

 しかし、私達はそのポポ達に手を出しませんでした。その理由がガムートというモンスターです。

 

「そうだ。ガムートはポポの群れの中に自分の子供を紛れ込ませて育てる。その代わり、ガムートの親はポポ達を外敵から守るって共存システムだ」

「ほーほー、勉強になります」

「いやさっき言った言葉だからな」

「でも、今ガムートは居ませんよ? だからポポを襲った訳ですし」

「アホ。だからだっての」

「アホばっか言いますね!」

「アホだからだ、アホ。良いか、ポポの外敵ってのは俺達じゃない。もっとヤバイ奴の事だ」

「ヤバイ奴……?」

 ポポの頭の前に回り込んで、大将さんはナイフを入れながらこう続けました。

 

 

「あぁ、少なくとも今この雪山にはそういう類の奴が居る。ギアノスが教えてくれたからな」

 ギアノスというのは、山を登り始めた時に居たあのギアノス達の事でしょうか。どうも大将さんの言葉の意味が分かりません。

 

「とにかくモンスターの解体は急いでやるに限るって事だ。肉は鮮度が命だからな」

 そう言いながら、大将さんはポポの舌───所謂ポポノタンの解体を終えて貨物車に乗せる。

 さらに解体した肉を順番に貨物車に乗せながら、大将さんは「それに」と言葉を続けました。

 

「それに、血の匂いってのはどうしても遠くまで臭うらしい。……いや、それだけモンスターの鼻が敏感なのか」

 モンスターはその体躯だけでなく、ほぼ全てにおいて人間の遥か上の存在です。

 

 私達が彼等に勝てるのは、ほぼ全てのほぼでは無い所を頑張って伸ばしているから。それを失ったら、私達がこの世界から居なくなるのも時間の問題だと昔友人のCが言っていました。

 

 曰く「クーちゃんはもう少し頭を使おうね〜」との事。えーい、うるさい。

 

 

「んぁ……ギリギリ間に合ったが、ギリギリ間に合わなかったな」

 肉を乗せ終わった直後、大将さんが鼻を上に向けて目を細める。

 

「え?」

 そんな彼の言葉と同時に、私の背筋を電気が走った。悪寒というか、身震いというか。何も見えていないのに、恐怖という感情が身体を支配して足が動かなくなる。

 

 

「……なに?」

 大きな音がして振り向いた。雪山の景色に似合わない黄土色の甲殻。鋭く並んだ牙を噛み合わせてなる音に手が震える。

 

 

「ティガ……レックス?」

 突如として和やかな雪山に現れたのは、轟竜ティガレックスというモンスターでした。

 

 砂漠で熱帯イチゴパフェを食べた時の事を思い出す。

 しかしそれは走馬灯という訳ではなくて、脳裏に映るのは砂漠で出会った竜人族の男性の船がティガレックスを撃退する光景。

 船の攻撃で、あの時に出会ったティガレックスは背中に大きな傷を受けました。その傷を受けたティガレックスの姿と目の前に居るティガレックスの姿が重なる。

 

 

「傷……」

「コイツ、砂漠にいた奴か……!」

 大将さんの声で頭の中にあった小さな疑念が確信に変わりました。目の前のティガレックスは背中に大きな傷がある、砂漠に居たティガレックスと同個体です。

 

 

「な、なんで砂漠に居たティガレックスがこんな所に居るんですか!」

「んな話してる場合か! 乗れ!」

 大将さんの声に私は動かなくなっていた足を無理矢理持ち上げて走りました。竜車に乗り込むと同時に振り返ると、ティガレックスがポポの群れを襲っている姿が視界に入る。

 

 

 前脚で押し倒されるポポ。なす術もなく倒れたその身体に突き立てられた牙が骨ごと肉を噛み砕いて血飛沫が上がった。

 ポポの身体が一瞬で血に染まっていく。血走った瞳にはその肉しか映っていないかのように、周りで散らばって逃げていく他のポポには目もくれなかった。

 

 

「い、今の内に逃げましょう……」

「だな」

 短く首を縦に振って、大将さんはサンセーの手綱を握る。

 しかしそれと同時にティガレックスは頭を持ち上げて、視線を私達に真っ直ぐ向けました。

 

 

「バレたか」

「ひぃ!?」

 私の悲鳴に合わせるように、ティガレックスはその大口を開いて咆哮を放つ。空気が揺れて雪が舞い上がった。

 サンセーは全速力で走り出しますが、アプトノスは元々雪山に生きるモンスターではないので雪に足が埋まって上手く走れないようです。

 

「囮にするぞこの野郎!」

「そんな酷い事言わないであげて下さい!」

「んな事も言ってる場合か!」

 言ってる間にもティガレックスは私達に狙いを定めて雪の地面を蹴った。信じられない速度で走ってくるティガレックス。さっきまで空いていた距離が一瞬で死ぬ。

 

 

「ちぃ……っ」

「ひゃぁぁ!?」

 私が情けない悲鳴を上げたその時だった。

 

 何かがティガレックスの右前脚を貫く。遅れて小さな発砲音のような音が耳に入って、刹那ティガレックスの前脚が爆発した。

 

 

 悲鳴を上げて地面を転がるティガレックス。

 その間にサンセーもなんとか体勢を立ち直して、雪山を駆け出す。

 

 充分に距離が取れた所で背後に視線を向けると、ティガレックスは私達を無視して近くにいた別のポポを襲っていました。

 正直逃げられるとは思ってなかったんですが、ティガレックスがポポを見つけるや否や直ぐに目的を切り替えてくれたのでなんとか逃げ切れた次第です。

 

 しけし一体、なぜ砂漠に居たティガレックスがこんな所に居たんでしょうか。それよりも、さっきの爆発は一体。

 

 

「……んぁ、なんとか撒いたな」

「なんでこんなにティガレックスに会うんですかね……」

 少し時間が経って、安全を確認した上で休憩を取る事にしました。ギアノスといいティガレックスといい、雪山は危険でいっぱいです。

 

「匂いでも覚えられてるんじゃないか?」

「そんなバカな……」

 慌てて自分の匂いを嗅ぐけれど、特段臭くはありませんでした。しかし、大将さんに「アホ」と言われました。

 

 

「それよりも、さっきの攻撃だな」

「ティガレックスの脚が爆発した奴ですか?」

「あぁ、お前がなんかやった訳───なんだ?」

 大将さんが話している間に、近くで雪を踏む音がする。

 

 神経質になってるからか、私は飛び起きてサンセーの顔に抱き着きました。

 サンセーは寒いのか鼻から鼻水を垂らしていて、服にネッタリとついた鼻水に私は眼を白くする。

 

 

「───あ、すみませんすみません。驚かしてしまいましたか?」

「ま、神経質になるのも無理はないわな」

 私が凍っている間に、音の主が姿を表して言葉を漏らしました。

 

 どうやら音の主は防寒具に身を包んだ金髪の男性二人組だったらしく、私は鼻水を吹きながらホッと溜め息を吐く。

 

 

「あんたらは?」

「俺は今近くの村でモンスターの観測にあたってる書士隊だ。んでこっちは、俺の護衛係」

「どうもです。ティガレックスに襲われてましたけど、大丈夫でしたか?」

 どうやら一人は学者さんだったらしく、もう一人はハンターさんらしい。

 

 よく見れば二人の内、どちらかというと華奢な方が着ているのは防寒具というよりモンスターの素材で作った防具に見えた。

 確かウルクススの素材を使った装備で、暖かそうな上にモフモフとしていて男女どちらも可愛らしい装備である。

 

 どちらかというと童顔なハンターさんの背中には、その身に似合わない巨大な筒───ヘビィボウガンが背負われていた。

 

 

「なるほど、おかげさんでな。さっき助けてくれたのはあんたらって事か」

 納得した様な声で大将さんがそういうけれど、私にはどういう事なのか分からない。何故ならさっきティガレックスが居た場所とこの場所では距離が遠過ぎるからです。

 

 二人が移動してきたとしても、竜車で移動していた私達に追い付くのが早過ぎだ。

 

 

「あ、はい。僕がちょっと遠くを狙うのが得意でして……。戦うのは下手なんですけどね」

 笑いながらそう言う童顔のハンターさんは、自慢の得物を手で叩く。この距離を狙撃ってちょっと得意ってレベルじゃない気がしました。

 

 この世界にはとんでもないハンターさんが沢山居るんですよね、友人のCなんかもそうですけど。

 だからって私が弱い訳ではなく、私は一般的なハンターです。こういうごく限られたヤバイ人達が目立ってるだけ───なんだと思いたい。

 

 

「助かった。俺達はポッケに向かう所でな、お礼とは言わんしまた苦労を掛けるかもしれんが……店の席が空いてる。あんたらもポッケだろ? どうだ」

「あんたもポッケに用があるなら俺達は全然構わないぜ。今雪山はアレのせいで物騒だしな。あんたらを置いて行く程腐っちゃいねーよ。……だが、席ってなんだ?」

 学者さんの言葉に大将さんは「丁度良いとっておきの肉が手に入ったばかりなんだ」と口角を吊り上げました。

 

 話に置いていかれていた感がありましたが、ここからは分かります。私のターンです。

 

 

「ささ! 席へどうぞ!」

 待ってましたと言わんばかりに私はモンハン食堂の扉を開きました。

 

 竜車を開けばそこにはキッチンがある。世界を旅するモンハン食堂、食材とコックとお客さんが居れば、そこがこのお店の開店場所だ。

 

 

「へー、キッチンキャラバンか。凄いな」

「僕、初めてみました。席代とかあります?」

「護衛やってくれと頼んで飯に金とる気はねぇさ。勿論、村についてからはたっぷりと貰うがな」

 言いながら大将さんは貨物車に食材を取りに行く。玉ねぎやニンジン、それにとっておき───ポポノタンだ。

 

「お肉料理ですか?」

「ポポノタンだな。アレはティガレックスも唸る旨さだし、どう料理するのかたのしみだぜ」

 ハンターさんの言葉に学者さんが続く。彼の言葉が気になって、私は配膳をしながらこう質問した。

 

「ティガレックスも唸るってどういう事ですか? ティガレックスの気持ちが分かるんです?」

「おうともよ」

 そして学者さんの意外な回答に、私は目を丸くする。

 

 

「───なんてな。モンスターの気持ちなんて、普通の奴に分かる訳がない。だが、生態なんかは調べれば分かってくるもんだぜ」

 私の出した飲み物を飲んでからそう言う学者さんは、得意気な表情で私に視線を向けました。そうこう話している間に、肉の焼ける匂いが伝わって来る。

 

 

「生態……ですか?」

「おうよ。ティガレックスってのは、本来砂漠なんかの乾燥地帯に生息してるモンスターだ。……それがなんで雪山に居るのか、分かるか?」

 持ったフォークを私に向けてそういう学者さん。ハンターさんが「行儀が悪いですよ」と嗜めると、学者さんは目を逸らして「はい……」とフォークを置いた。

 

「砂漠が熱かったから涼みに来たんですかね?」

「その発想はなかったが……面白いな。だけど、違う」

 呆気にとられた表情の学者さんは、一度首を横に振ってからこう続ける。

 

 

「ティガレックスはな、ポポが大好物なのよ。あまりにも美味いもんだから、ティガレックスも態々砂漠から渡ってくるってな」

「え、そうなんですか!? ティガレックスも意外とグルメなんですね」

「あんた素直だな」

「───ハッ、また冗談!?」

「いや、これは本当だぜ」

 そう言う学者さんの隣で、ハンターさんも首を縦に振っていました。どうやら学者さんの言う事は本当のようで、大将さんからもツッコミがありません。

 

 

「……でも、学者さんはなんでそんな事を調べているんですか?」

 ティガレックスの好物がポポだと分かった所で、ハンターが狩りの時に何か役立つ情報だとは思えないです。勿論、人々の生活にも。

 

 私がそう言うと、学者さんは困ったような表情で顎に手を向けました。

 

 

「うーん、なんでか。そりゃ、気になるから……だな」

 少し悩んだ末に学者さんの口からそんな言葉が漏れる。ただ、彼の表情は何か悩んでいるような表情ではなく真っ直ぐ───その気持ちに疑いようのない表情をしていた。

 

 

「……気になるから?」

「あぁ。これは自論だが、他の殆どの動物に劣る俺達人間の、一番の武器は知識力だと思ってる。俺達は色んな事を知ってるし、色んな事を知ろうとする。……その中で生きていく為に必要なのは本当に少しだけかもしれない。だけどな、手に入れた知識の中から人は使える物を引っ張り出して戦うんだ。あんたもハンターなら分かるだろ?」

「それは……」

 以前、友人のCに言われた事を思い返す。

 

 

 確かに知識は力だ。

 それを知っているか知っていないかで、人とモンスターの立場は大きく逆転する。

 

 地理やアイテムの使い方、モンスターの弱点、攻撃方法。これを知っているのと知っていない人は、その腕力の差よりも大きな差が出来るとは友人のCの言葉だった。

 

 

「料理もそうだぞ」

 唐突に大将さんが身を乗り出してそんな言葉を落とす。その両手には、白い湯気を上げる二つのお皿が乗っていました。

 

 

「───へい、お待ち。ポポノタンシチューだ」

 二人の前に置かれるお皿。濃厚なシチューに包まれたニンジンと玉ねぎ、その中央には大きめのサイズにカットされたポポノタンが添えてある。

 

 取れたて新鮮なポポノタンを使ったシチューだ。

 

 

「美味そぉ! 頂くぜ!」

「おうよ」

 学者さんはよだれを垂らしながらフォークとナイフを握る。その手は真っ先にポポノタンに伸びて、煮て柔らかくなった肉を薄切りにした。

 

 そしてそのまま、フォークを突き刺したポポノタンを頬張る。慌てて食べたからかまだお肉が熱くて、学者さんは「おっふ、おふ……」と口の中でポポノタンを転がしました。

 その隣で、ニンジンを食べた後に上品にポポノタンを切り分けてからお肉を口に運ぶハンターさん。食べ方というか性格が職業と逆な気がする。

 

 

「うめぇ!」

「美味しいですね。僕、こんなに美味しいポポノタン初めて食べたかもしれません」

 ポポノタンは特段珍しい食材でもありませんが、それなりに高価な食材だ。食べようとすれば多くはちゃんとした料理屋で食べる事になる。

 

 そんな中でも、このモンハン食堂で食べたポポノタンが一番美味しいと言われるのは自分の事のように嬉しかった。

 

 

「この肉に対して、どういう調理をしたらどんな味になるのか。この世界にはどんな調味料があるのか。知識は調理でも武器になる」

 口角を吊り上げながら、大将さんはもう一皿シチューを机に置く。

 

 

「食べて良いんですか?」

「まかないだ。……お前もそれが理解出来たら、多少勉強をだな───」

「頂きまーす!! ハフッ……ハフッ、おいひい」

「聞いてんのか!!」

「聞いてますよぉ。……柔らかい」

「な、柔らかいよな」

「どうしたらポポノタンがこんなに柔らかくなるんでしょうかね?」

「大将さんは凄いんです!」

「お前なぁ……」

 お肉とは思えない程に柔らかくなって、シチューに溶けそうな程味が溶け込んだポポノタンを、私達は同時に食べ終えて「おかわり」と皿をまた上げました。

 

 呆れ顔の大将さんは、それでも嬉しかったのか少し笑いながらおかわりを出してくれる。

 

 

 

「だからタイショーさんは旅をして、沢山の事を知ろうとしてるんですよね!」

 食べながら私がそう言うと、大将さんは意外そうな表情で固まってから「……んぁ、そうだな」と目を閉じた。

 

 

「タイショーさん?」

「ここをちょいと登ればポッケだったな、学者さん」

「おう、よく知ってんな」

「……今日中に登っちまうぞ。食いしん坊、片付け」

「え、まだ食べてます」

「片付け!!」

「は、はいぃぃいいい!!」

 今日もモンハン食堂は、賑やかに営業中です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『ポポノタンシチュー(四人前)』

 

 ・ポポノタン       ……500g

 ・四つ足ニンジン     ……150g

 ・オニオニオン      ……200g

 ・特産キノコ       ……50g

 ・モガモガーリック    ……10g

 ・ブレスワイン      ……200cc

 ・水           ……400cc

 ・塩胡椒         ……少々

 ・幻獣バター       ……30g

 ・特製デミグラスソース  ……300g

 

 

 熱々のうちに召し上がれ!




遂に十品目です。長く書いてますがお付き合いありがとうございます。大体後十五話くらいかな?とか思ってます。半分もいってないな。
少し他の作品が落ち着いたら投稿スピードを上げる予定ではありますが、まぁ……後一年はお付き合いください(長いね)

次回は遂に到着!ポッケ村です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu11……ポポミルク

 竜車が雪道を進む。

 

 

「つまり、砂漠で大怪我を負ったティガレックスが好物のポポを求めてこの雪山に来たって事なんですね」

「そうそう、そういう事。それで、山の頂上にアイツがいたもんだから、ギアノスが山の下まで降りてたって訳だ。それがあんたらの見たギアノス達だな」

 雪山で出会った学者さんの話を聞きながら、私達はポッケ村という場所を目指していました。

 

 日も沈んで、辺りを照らすのが星の光だけになってから、もう少しで再び日が登ろうとする時間。星の光でも日の光でもない何か別の光が視界に入る。

 

 

「アレは……村の光?」

「着いたぜ」

 白に包まれた世界の中で、唐突に道が開いた。

 

 どこか暖かい空気が流れるその場所こそ、私達が目指していた村。ポッケ村です。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu11……ポポミルク』

 

 

 白い世界に湯気が登っていた。

 

「はふぅ、生き返ります……」

 身体の芯から温まっていく。温泉というのには初めて入ったのですが、これは癖になりそうだ。

 

 

 ポッケ村に到着した私は、大将さんの許可を貰って少しの間休憩をしています。当の大将さんは、さっそくお店の準備をしているらしい。

 私は長旅の癒しを求めた訳ですが、そこで紹介されたのがこの村にあるという温泉でした。

 

 温泉といえばユクモ村という場所が有名なのですが、このポッケ村の温泉もまた通の人には印象深いようです。

 

 

「お、さっそく入ってるな」

「きゃぁぁ!! 変態です!!」

 なんて休んでいると、突然学者さんが温泉に入ってきました。下半身はタオルで隠していますが、突然入ってきた半裸の男性に私は近くにあった桶を投げ付ける。

 

「痛ぁ!? なんでぇ!?」

「あ、もしかしてここ……」

 投げてから気が付いたのですが、この温泉は混浴でした。

 

 

 村の内外色々な人が訪れる温泉なので、広く使えるようになっているのだとか。温泉好きの人以外にも、雪山に用事のあるハンターさんもよく利用するようです。

 

 

「……すみませんでした」

「いやいや、突然声掛けた俺も悪いってね。隣良いか?」

「ど、どうぞ!」

 私が謝ると学者さんは私の隣で入浴して深い溜息を吐いた。大切な所は隠してるとはいえ、殿方と半裸で二人きりというのは緊張します。

 

 

「……あの、弟さん? の、ハンターさんは?」

「あー、あれは……混浴が苦手でな」

 私も苦手だ。

 

 いや、男性が増えるのは困るんですけどね。彼は童顔で女の子みたいですけど、男性らしいですし。

 

 

「しかし大将がこの村の連中と知り合いだったとはな。なんか凄い人気ぶりだったが、何者なんだあの人?」

「さぁ……。実は私もタイショーさんの事を良く知らなくて」

 学者さんの言葉を聞いて、私は村に着いた時の事を思い出す。

 

 

 

 それは、村に到着した直後の事でした。

 時刻は今朝方。村人全員が起きているのか分からない微妙な時間です。

 

「タイショーじゃねぇか!」

「帰って来たのかタイショー!」

 竜車が辿り着くや否や、村人達が寄ってたかって大将さんに挨拶をしに来たのだ。

 

 それはもう店を開けた訳じゃないのに行列が出来る程に。

 

 

 事が沈静化したのはネコートと呼ばれるアイルーさんが来てくれてやっとの事。

 どうやら女性のアイルーらしい彼女と大将さんがお話を始めて、お店を出す許可が云々だとかを村長を交えて話す事になったらしいです。

 

 その間、私は休憩がてら温泉に入る事になったという訳で。

 

 

「村長さんとも親しげだったし、この村の出身なのかもな」

「確か、そんな事を言ってた気がするんですけど」

 学者さんの言葉に私は雪山で聞いた大将さんの言葉を思い出しました。

 

 ──あそこは俺の故郷みたいな物だから、顔見知りも多いし忙しくなるぞ──

 

 

 

「けど?」

「故郷みたいな物って、タイショーさんはそう言ってたんですよね。生まれ故郷ではないのかもしれません」

 大将さんはなんらかの理由でこの村に滞在していた時期があったのかも。しかし、大将さんはドンドルマで有名なニャンターだった筈です。

 

 

「おや、旅人さんが先に入っていたのか。お邪魔するよ」

 そんな話をしていると、温泉の入り口で知らない男性の声が聞こえて来ました。

 顔を見ても誰か分かりませんが、村に来た時に大将さんに挨拶をしに来た人達の中にこの人が居た気がします。

 

「あ、すみません。余所者が先に……」

「ハッハッハッ、そんな細かい事気にする奴はこの村にいないよ。君は……タイショーの新しい雇い主かい?」

 村人の方は「失礼」と近くに入浴してそう話しかけて来ました。その言い方に私は疑問を覚えます。

 

 

「雇い主、ですか? いや、雇い主はむしろタイショーさんの方ですね」

「君、ハンターだろう? なんだ、タイショーはオトモに戻った訳じゃないのか」

 村人の言葉に私は首を傾げました。彼の言っている意味がよく分かりません。

 

 

「あんた、大将の事をよく知ってんのか?」

「そりゃ旧知の中だよ。なんたってあいつ()の武具を触ってたのはオレだからね」

 誇らしげにそう言う男性。あいつ()というのが少し気になりますが、彼は大将さんがこの村に居た時の事を知っている人という事は確かでしょう。

 

 気になっていた大将さんの昔の事が聞けるかもしれません。

 

 

「なるほど、あんたこの村の加工屋か」

「そういうあんたは旅の学者さんだろう? タイショーとはどんな仲なんだい?」

「調査中偶々出会っただけよ。そっちの嬢ちゃんの方が大将とは長いぜ」

 私は、そんな二人の会話の何処かに違和感を感じました。しかし、それがなんなのかまでは分かりません。

 

 

「タイショーさんはこの村で何をしてたんですか?」

「聞いてないのかい? 彼はこの村の専属ハンターのオトモをやっていたんだよ」

「オトモアイルー、ですか」

 村の加工屋さんの言葉を聞いて、私の頭の中に大将さんがハンターさんの隣で戦う姿が浮かんで来る。

 彼はこの村でオトモアイルーをやっていた。あの大将さんが、誰かに雇われてオトモをしていたなんて。

 

 

「へぇ、そいつは凄いな。確かこの村の専属ハンターってのは覇竜や崩竜を相手にしたって話だろう? 噂じゃあの古龍、クシャルダオラを退けたってのもあるしな」

「こ、古龍ですか!?」

「知らないのか? ポッケのハンターといえば結構有名だぜ?」

 学者さんの言葉に、私は驚いて固まってしまう。

 

 

 だって、それはつまりそのハンターさんのオトモアイルーだった大将さんも古龍を相手にしていたという事だ。

 私には想像もつかない次元の話に頭が着いていかない。なんだってそんな人がこんがり肉なんて焼いているのでしょう。

 

 同時に、いつか見た彼の強さは納得せざるを得なかった。

 

 

「毛の生えた噂もあるが、確かにうちの村のハンターさんはとんでもない人だよ。勿論、そんなあいつに着いて行ったタイショーもね」

 自分の事のようにそう言う加工屋さん。だけど、まだ私の疑問は尽きません。

 

「でも、ならどうしてタイショーさんは料理人をやってるんですか?」

 ドンドルマで聞いた話では、彼は有名なニャンターだったという。それもその筈で、彼はこのポッケ村の有名なハンターのオトモだった。

 

 そんな彼がオトモもニャンターも辞めて料理をしている。しかも、最高のこんがり肉Gを目指して。

 どう考えても理屈が分からなかった。

 

 

「うーん、オレも詳しい事は知らないんだ。タイショーがオトモをやめたのは、うちの村のハンターが一時期長旅に出るってんでお互いの道を見付けたって理由だった気がするんだけどな」

「長旅ですか?」

「あぁ、なんでも未開の開拓地でハンターの仕事をしてたとか。もう帰って来てるし、こうやってタイショーが村に来る度に時間が合って会えば……話をしてるから喧嘩別れとかそんなんじゃないよ」

 加工屋さんはそう言ってから「だけど」と言葉を続ける。

 

 

「だけど───彼がニャンターを辞めた理由は知らないな。……タイショーが街に出てニャンターになったのも、そこで名を揚げたのも村の皆やうちのハンターさんも知ってる。だけど、どうして今みたいに料理屋を始めたのかは分からないんだ。聞いても教えてくれなかったしな」

 彼が言うには大将さんは「最高のこんがり肉Gを焼きたい」としか言わなかったらしい。

 

 

「となると、大将が料理屋を始めたのは街でニャンターをやってた時に理由があるってこったな。つーか嬢ちゃん、気になるなら聞けば良いじゃねーか」

「いや、オレ達が聞いても答えてくれなかったんだ。タイショーの奴、言いたくない理由があるんじゃないかなって思うよ」

 学者さんの言葉に加工屋さんはそう返しました。大将さんは村の人達とかなり親しげだったのに、そんな彼等にも理由を教えてくれないのだという。

 

 私なんかが聞いても帰ってくるのは同じ答えかもしれない。

 

 

「まぁ、なんだ。タイショーが楽しく生きてるならそれで良いんだよ。俺達はな」

 加工屋さんはそう言ってから「さて、職場に戻るか」と早めに温泉を出て行きました。

 

 しばらくの間、湯に使ったまま考え込んでいると学者さんが「逆上せるぞ」と頭を突いてくる。

 

 

「考え込むのも良いけど、分からないものは分からないんだ。時には頭じゃなくて身体を動かすのも大事だぜ」

「あはは、学者さんの台詞とは思えませんね」

「こちとらフィールドワークが主流なのよ」

 そう言って学者さんは立ち上がり、手を伸ばしてきた。私も、その手を取って立ち上がる。

 

 

 

「ほらよ」

「うわっ」

 温泉を出ると、学者さんが私に何やら白い液体の入った瓶を投げて来ました。なんとかそれを受け取った私は、学者さんに「これは?」と問い掛ける。

 

 

「ポポミルクだ」

「タイショーさん?」

「大将だ」

 私の問い掛けに答えてくれたのは、学者さんじゃなくて温泉に来ていた大将さんでした。

 彼の手には私が持っている物と同じ瓶が握られている。

 

 

「村で飼ってるポポから搾りたてを分けてもらった。風呂上りはこれに限る」

 大将さんがそう言うと、学者さんは腰に手を当てて瓶に入ったミルクを一気に喉に流し込んだ。

 

「───っぷはぁ! 確かに、たまんねぇ!」

 ミルクを流し込んだ学者さんはとても気持ち良さそうな声を漏らして、大きな溜息を吐く。

 そんな学者さんを見て私は無意識に唾液を飲み込みました。瓶の蓋を開けると、ミルクの香りが漂ってくる。

 

 

「一気にいけ」

「は、はい!」

 大将さんの言葉通り、学者さんのように私もポポミルクを一気に喉に流し込みました。

 

 喉を通過する冷たいミルク。温泉で火照った身体が一気に引き締まっていくような感覚に、堪らず学者さんのように大きな溜息が漏れてしまう。

 

 

 喉越しの良いミルクの後味が、逆上せ気味でボーッとしていた頭を掻き回すように口の中で溶けていった。

 もう一杯───とは思わない。今この瞬間、この時だからこその味わいだという事が言われなくても分かる。

 

 風呂上りはこれに限るという大将さんの言葉がよく分かった。このミルクは、風呂上りに飲んでこそ美味しいと感じられるのです。もう一杯なんてとんでもない。次に飲む時も、風呂上りの最高の一杯として飲むべきだと思いました。

 

 

「美味いか」

「はい、とても! あ、タイショーさん。お店は良いんですか?」

 頭もスッキリした所で、私はお店が気になって問い掛ける。大将さんがここに居るという事は、竜車の方はサンセーしかいないという事では? 

 

「留守の間は村長が見といてくれるとよ。店を開ける準備も出来たし、早速開店するぞ。とっとと着替えて準備しろ」

「せっかく差し入れを持ってきて優しいと思ったら、早速お仕事なんですね!」

 若干想像はしてましたけどね!! 

 

 

「ったりめぇだアホ。何しにきたと思ってる。とっとと服を着ろ」

「乙女のタオル姿を見てその態度はバチが当たりますよ!?」

「俺はお前の全裸だって見たことあるんだ。んなもんどうでも良い」

「待て、二人はどういう関係だ」

 学者さんの問い掛けは無視されて、私は無理矢理服を着せられ温泉から引き摺られました。

 

 学者さん、目を手で押さえていましたけど指の隅からこっそり見てましたよね? 絶対見てましたよね? やっぱり変態さんだったんですね!! 

 そんな問い詰めをする事すら許されず、私は既に開店準備の終わっているモンハン食堂まで連れて来られる。

 

 

 

 そこにお店と料理人とお客さんがいれば、そこがモンハン食堂。しかし、いつもと違いそんな無理矢理感がないというか。

 始めたからそこにあったかのように村に馴染むモンハン食堂に、やはり彼はここで半生を過ごしていたんだと思い知らされました。

 

 

 

「タイショーさん」

「大将だ」

「タイショーさんは、なんで料理屋を始めたんですか?」

「んぁ? だから、こんがり肉Gを焼く為だって言ってんだろ」

 私の問い掛けに、大将さんは目を細めてやはりそう答える。

 

 確かに、彼の最終的な目標は───夢はそうなのかもしれない。

 

 いつか食べたこんがり肉Gの味が忘れられないから。

 だけど、だからといって大将さんがニャンターを辞めてまで料理屋を始めた理由を知らないのだ。

 

 

 砂漠で夢の話をした後から、大将さんが何かに悩んでいるような気がしてならない。

 それは私の気のせいかもしれないし、私が気にしても仕方がない事なのかもしれません。

 

 

「そうですか……」

「そうだ。分かったらとっとと準備を進めろ。フライヤーも温めておけ」

「あ、はい」

 英雄ともいえるこの村のハンターのオトモアイルーだった大将さん。腕に覚えのあるハンターも多いドンドルマで名を揚げていた大将さん。

 

 そんな人が狩人の立場を捨てる理由。

 

 

 

「ハンターを辞める理由……」

 ふと、そんな事を思い付く。こんがり肉Gを焼く理由じゃなくて、ハンターを辞める理由があるのだとしたら? 

 

 少なくともそれは、こんがり肉Gを焼く理由よりも簡単な理由が思い付く筈だ。だけど、私は元々考えるのが苦手です。

 

 

 

「お、もう空いてるな。今日もご馳走になるか」

「でも今日からはお金出さないといけないですからね」

 お店を開けて直ぐ、学者さんと連れのハンターさんがお店にやってきました。私はそこで学者さんの言葉を思い出す。

 

 

 ──考え込むのも良いけど、分からないものは分からないんだ。時には頭じゃなくて身体を動かすのも大事だぜ──

 まったくもってその通りだ。

 

 

「学者さん、あの!」

「ん?」

 もし、大将さんがこんがり肉Gに拘る理由がニャンターを辞めた理由なのだとしたら───

 

 

 

「ハンターが狩りを辞める理由って、なんでしょうか?」

 ───もしかしたらそこに、大将さんの悩みの種があるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 ‪〜本日のレシピ〜‬

 ‪ ‬

 ‪『ポポミルク』

 ‪ ‬

 ‪・ポポミルク       ……200ml

 

 

 風呂上りに一気に飲み干しましょう!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu12……ギアノスの皮串甘たれスパイシー

 吐息が空に浮いた。

 真っ白な世界で、雲のように消えていく。

 

 

「ハンターが狩りを辞める理由って、なんでしょうか?」

「なんだ? 突然。……ハンターを辞めた、理由?」

 私の質問に、学者さんは目を細めて頭を掻いた。

 

 確かにこの問い掛けは唐突過ぎたかもしれません。

 だけど私は、どうしても気になるのです。大将さんが、ニャンターを辞めて料理人になった理由が。

 

 

 

 彼は優秀なオトモアイルーで、ニャンターでした。

 それが、今は狩りの現場から離れて料理をしています。別にそれがおかしい訳じゃない。

 

 だけど、彼はどれだけ美味しい料理を作っても満足出来ずに悩んでいました。

 ただの雇われである私が気にする事ではないのかもしれない。

 

 だけど、私は思うのです。

 

 

 

 こんなに美味しい食べ物は笑顔で食べたいって。

 

 

 

 だから───

 

 

「大将さんがニャンターを辞めた理由が、こんがり肉Gに繋がっているなら……。それはなんだか……その、辛いだけな気がして!」

 ハンターを始める理由は多々あれど、辞める理由はそう多くない。

 

 

 もし大将さんが何かを失って(・・・・・・)その穴埋めをしようとしているなら、それはとても辛い事だ。

 

 

「あぁ……大将がハンターを辞めた理由、か。ハンターが狩りを辞める理由といえば、そりゃ───」

「おい食いしん坊!! とっとと戻ってこい!! サボるな!!」

「ひぃぃ!?」

 村に轟く咆哮───じゃない、叫び声。私は学者さんに一礼してから走ってキッチンに戻ります。

 

 

 

 そうでした、そもそも私も今はハンターではなくてウェイトレスでした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu12……ギアノスの皮串甘たれスパイシー』

 

 

 のどかな雰囲気の村には似合わない喧騒。

 村の中心部にある雑貨屋の近くに店を開いたモンハン食堂は、大将さんが元々この村に住んでいたという事もあって大盛況です。

 

 その分、私は忙しくて血反吐を吐きそうなんですが! 

 

 

「お、お待たせしました! こんがり肉と、砲丸レタスのシーザーサラダです! あ、そちらのお客様。注文少々お待ち下さい!!」

 しかしなんというか、この忙しさにも慣れてきた気がしました。これが俗に言う成長という奴なんでしょうか。

 

 いや、狩人として成長したかったです。

 

 

「ぐへぇ……。大将さん、達人ビール3とサシミウオのスモーク2です」

「ぐへぇ、じゃねぇ。まだ始まったばかりだぞ。サシミウオのスモークは残り4だ。覚えとけ」

「了解です。あ、お皿少なくなってきてませんか? どうしましょう」

「んぁ……俺が片手間にやる。お前はそっちに集中してろ」

「ガッテン」

 私もですが大将さんも、どう考えてもオーバーワークだ。なぜこんなに繁盛してるのに従業員は二人しかいないのでしょう。儲かってる筈なんですけど。私給料貰ってませんし!

 

 そもそも私が居なかった時は大将さんは一人でやっていたんでしょうか? 考えてみると地獄。

 

 

「───ん、一人?」

 大将さんはずっと一人だったのでしょうか? 

 それこそ、この村を出てからずっと───

 

「おい、ボッとすんな」

「あ、はい! すみません!」

 ───ずっと、一人でこんがり肉Gを求めていたのでしょうか? 

 

 

 喧騒は一日中続きました。どの時間帯も客は入れ替わり続け、遂には昼間帰ったお客さんが夜また来て同じ顔を一日で二回見る始末に。

 

 労働に対する基準となる法が必要な気がする。

 

 

 それでも、日が完全に沈むとようやく息を吐く暇が出来た。私はまかないのこんがり肉を食べながら机に伏せる。

 

 

「……死ぬ」

「本当に死にそうな面してんな」

 そんなモンハン食堂に新しいお客さんかと思えば、私に話しかけて来たのは学者さんでした。

 せっかく客が居なくなった矢先の登場に私は「ゲェ」と苦笑いをします。

 

「ゲェ、は酷くない?」

「疲れてるんですよ。あ、大丈夫です。僕達は()()ご飯を食べるつもりはないので」

 学者さんの隣で、学者さんの弟さんであり付き添いのハンターである童顔の青年の言葉に私はホッと胸を撫で下ろしました。まだって言ったけど。

 

 

 しかし、それではなんの用なのでしょうか? 

 

 

「そんなキョトンとするなよ。あんたが聞いて来た質問に答えようって、態々客が居なくなるのを待ってたんだぜ?」

「質問……あぁ! 質問!」

 そうでした、ハンターを辞める理由です。大将さんがニャンターを辞めた理由。

 私はそこにこんがり肉Gとの関わりがあるのか気になっていたのでした。

 

 忙し過ぎてそれどころじゃなかったんですけど。

 

 

「自分で聞いといて忘れるなよ」

「す、すみません……」

 謝りながら、横目でキッチンキャラバンに視線を移す。大将さんは今キッチンの奥に居て、別でまかないを食べている所だ。

 

 

「ハンターを辞める理由ってのは大体大きく分けると二つだ」

「二つ……ですか?」

 学者さんの言葉に私は首を傾げる。そんな私の反応を他所に、学者さんはこう続けました。

 

「一つは身体的問題。もう一つは精神的問題だな」

「なんだか頭の良い学者さんみたいな説明の仕方ですね」

「俺は学者だけど!?」

 そうでしたね。

 

 

「身体的問題とは?」

「文字通り身体の問題よ。モンスターとの戦いで身体の一部を持ってかれたり、大怪我してハンターを続ける事が物理的に出来なくなるとかな。他にも年齢的にキツくなってきたりとか、女性なら子供が出来たとか」

 なる程、確かにそれはハンターを辞める理由には充分です。しかし、大将さんはまだ若いでしょうし怪我もしていません。妊娠はする筈ないので───

 

 

「それじゃ……」

「気が付いたか。多分大将がハンターを辞めた理由は二つ目の精神的問題だ」

「実をいうとハンターを辞める人ってそっちの方が多いんですよね」

 学者さんの言葉にハンターさんがそう続きました。どちらかというと身体的の方が多い気がしていたので、意外です。

 

「どうしてですか?」

「僕達の仕事上、大怪我して生き残る方が難しいんですよ。だからそういう場合って、ハンターを辞める前に人生が終わってる事の方が多いんですよね。年齢的にキツくなるまでハンターを続けて生きてられる人なんてほんの僅かですよ」

 爽やかな童顔で凄く怖い事を言うハンターさん。明日は我が身とも言いますし、少し怖くなってしまいました。

 

 

「ま、そういう事だな。その点、精神的問題でハンターを辞める奴は多い。自分には無理だって分かったり、モンスターが怖くなったり、命を奪うのが怖くなったり、命を奪われるのが怖くなったり。ハンターなんて綺麗事が通じる仕事じゃない。……命を掛けて戦う事に、いつか限界を感じるんだよ」

「それは……」

 考えた事もない事が頭を過ぎる。

 

 私だってモンスターの命を奪った事があるし、逆に殺されそうになった事も多かった。

 良く考えたら、いつも誰かに助けてもらっていて。そんな事を思い返したら、急に鳥肌が立って身体が震える。

 

 

「……嬢ちゃんさ、知り合いのハンターが死んだ事あるか?」

「え?」

 唐突に、学者さんはそんな言葉を落とした。私は一瞬固まってしまったけれど、首を目一杯横に振る。

 

「私の知り合いは物凄く強いので……。でも、知り合いというか……顔を知ってる人が亡くなったとか。ハンターをやっていたら、そういう話は偶に聞きますよね」

「そうか。……俺は何人かあるんだよ」

「ぇ……」

 続く言葉に私はまた固まってしまった。

 

 

 知り合いが、良く知っている人が死ぬ。そんなのは、想像も出来ない。それだけ私は甘やかされて生きて来たのかもしれなかった。

 

 

「昨日まで一緒に酒飲んで笑ってた奴が、突然焦げた肉の塊になって戻ってくる。死体があるだけマシだった事もあった。……聞いた話で誰かが死んだ、なんて時は感じなかった事を感じるようになる。昨日までバカやってたダチ公がもう二度と笑う事もないんだって分かった時、ハッキリと命を奪われる恐怖ってのを認識したんだ。……次は俺かもしれないってな」

「学者さん……」

 もしかしたら彼は、昔ハンターだったのかもしれない。

 

 

「だから、大将の奴もそうなんじゃねーかな。俺は多分、そう思う」

 学者さんはどこか遠い場所を見ながらそんな言葉を落とす。私はもしかしたら、本当に余計な事をしようとしているのかもしれません。

 

 

 ──もし大将さんが()()()()()()その穴埋めをしようとしているなら、それはとても辛い事だ──

 

 そんな程度の話じゃない。

 大将さんが抱えてるのは、もしかしたらもっと大きな───

 

 

「大将さんに直接は聞いてないんですか?」

「え、それは……」

「直接聞くのが一番早いと思いますよ。話し合わなきゃ、すれ違うだけです」

 ハンターさんの言葉に私は目を逸らして頭を掻いた。大将さんが怖い───ではなくて、大将さんに何があったのかを聞くのはやっぱり怖いのです。

 

 

「なんの話だ」

「ひぃぃいいい!!」

 会話の何処から居たのか。突然背後から大将さんに話しかけられて、私は悲鳴を上げました。

 そんな私を見て大将さんは「いつもながらそのリアクションはなんだ」と目を細める。

 

 

「タイショーさん……」

「んぁ?」

 ──昨日までバカやってたダチ公がもう二度と笑う事もないんだって分かった時、ハッキリと命を奪われる恐怖ってのを認識したんだ。……次は俺かもしれないってな──

 学者さんの言葉が頭から離れませんでした。

 

 

「どうでも良いが……。ほれ、コイツは新作だ。食ってみろ食いしん坊」

 私が固まっていると、大将さんは突然何やら串に刺さった食べ物を持ち上げる。

 薄皮のような物を揚げた串料理でしょうか。揚げたての肉特有の匂いと、スパイシーな香り。香辛料が効いているのか、普段の料理よりも食べる前から味覚を刺激してきた。

 

 

「焼き鳥、ですかね?」

「皮串か。美味そうだな」

「んぁ、あんたらが居たのか。しょうがねぇ、ほらサービスだ」

 学者さんとハンターさんにも串を一本ずつ渡す大将さん。これはいつもですが、新作料理を出す大将さんはいつもより少し機嫌が良い。

 

 

「タイショーさん、そのまま食べて良いんですか?」

「味は付いてる。そのままいけ」

 大将さんに促されるままに、私はその串に齧り付く。瞬間、揚げたての衣から油が弾けた。

 同時に口の中に広がる肉汁と、ほのかな甘辛。その味が弾力のある皮のような食材に乗って口の中いっぱいに広がっていく。

 

「これは癖になりますよ!?」

「だろう。結構自信作だぞ」

 私の反応に大将さんは満足げに頷いた。これもまたこんがり肉Gの副産物なのかもしれないけれど、今は大将さんが楽しそうなので良いのかもしれません。

 

 

 ───ん? 何が良いのでしょうか? 

 

 私は大将さんにどうして欲しいのでしょう。大将さんが悩んでいるのが、見ていて辛いのか。

 大将さんの問題に、なぜ私は首を突っ込もうとしているのか。私はただの雇われ───いや借金生活の雇われなのに。

 

 

「どうかしたか?」

「あ、いえ。……甘辛で、いいと思います」

「だな。これはギアノスの皮だろ? この絶妙な味付けを食材の弾力が口の中で保持させてる。天才的な一品だぜ。大将、もう一本くれ! あと達人ビール」

「変におだてりゃサービスすると思うなよ。席に座れ。客にしかサービスはしねぇ」

「してくれるんですね」

 大将さんは機嫌良く二人を席に座らせると、私の手を引っ張って厨房に向かいました。私の休憩時間が。

 

 

 

「成功だな。……こんがり肉Gには遠かったが」

「タイショーさん……」

 私はただの雇われです。

 

 気にしてもしょうがない事を気にしているのかもしれません。

 どんな理由であれ、大将さんがニャンターを辞めた理由に私が突っ込む意味がない。彼が今に満足しているなら良いのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 ──良く聞きなさい、クイ。どんな仕事を選んでも良い。でもね、最期に誰かと笑ってご飯が食べれる人生を送りなさい──

 

 

 

 

 

「───っ」

 突然、大昔の事を思い出した。いつだったか、故郷のお婆ちゃんが言っていた言葉だった気がする。

 

 子供の頃から食いしん坊な私に、お婆ちゃんはそんな事をずっと言っていた。どんなに辛い事があっても、ご飯だけは笑顔で食べなさいって。それがお婆ちゃんの口癖だったと思う。

 

 

 そうだ。ご飯は笑って食べなきゃいけない。

 美味しいご飯なら、尚更です。

 

 

 

「タイショーさん───」

「んぁ?」

 だから、私は聞くんだ。大将さんが笑顔でご飯を食べれない理由を。

 

 

 

「───タイショーさんはなんで、ニャンターを辞めてしまったんですか?」

 私の問い掛けに、大将さんはその手を止める。ゆっくりと持ち上げた視線は、どこか遠くを見ているようだった。

 

 

「……こんがり肉Gを作る為だ」

 帰ってきたのはいつか聞いた答え。それで終わりにしても良かったかもしれません。でも私は、どうしてか食い下がれずに口を滑らせる。

 

「何があったんですか?」

「……っ」

 少しだけ、大将さんは私から目を逸らせた。いつも態度が大きくて、私に引き下がる事なんてなかったあの大将さんがである。

 

 

「大将さん、私……子供の頃ずっと言われてきたんです。ご飯を食べる時は笑顔で食べなさいって。何があっても、食事だけは楽しみなさいって」

「今のお前が出来た元凶じゃねーか」

 酷い。

 

 

「大将さんは、ご飯を食べる時笑ってません。それが私は、少し嫌なんですよ」

「……笑ってない、か」

 私の言葉に大将さんはため息を吐きながらフライヤーの蓋を上げました。油の匂いが一気にキッチンに広がっていく。

 

 甘だれの付いたギアノスの皮は、自分が調理されるのが分かっているかのように汗をかいていた。

 

 

 

「前にも言ったろ。……俺はあの時食べたこんがり肉の味が忘れられないんだってな」

「でも、それは───」

 私の言葉を、大将さんはこう続けて遮る。

 

「そのこんがり肉を作ったのは俺じゃない」

「え」

 意外な言葉に、私は固まってしまった。こんなに料理が上手なのに、彼の目指す味は彼が作った物ではなかったという。

 考えてみたら当たり前だ。自分で作った物だったら、その再現がずっと出来ないなんておかしい。

 

 

 

 なら、彼にこんがり肉Gを焼いたのは一体───

 

 

 ──昨日までバカやってたダチ公がもう二度と笑う事もないんだって分かった時、ハッキリと命を奪われる恐怖ってのを認識したんだ。……次は俺かもしれないってな──

 また、思い返す。

 

 

 

 聞いてどうするつもりだったのか。

 もし()()だったとして、私が大将さんに出来る事なんて無いことくらい考えれば分かる筈だったのに。

 

 

 

「……んぁ、その話も今度また忙しくない時に───って、おい!」

「ごめんなさい!!」

 私はその場に居られなくて、キッチンを飛び出した。自分勝手な私に吐き気がする。

 

 

 

 私は最低だ。

 

 

 

 

「……ったく、あのバカ。人の話は最後まで───んぁ、俺も人の事は言えないか。……俺もアイツの話をずっと聞いてないんだからな」

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『ギアノスの皮串甘たれスパイシー』

 

 ・ギアノスの皮      ……1枚

 ・秘伝の甘たれ      ……適量

 ・塩胡椒         ……適量

 

 甘いけどちょっぴり辛い、癖になる味わいです



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu13……雪山草酒

 その狩人は初め、駆け出しの何の変哲もない狩人だった。

 

 

 雪山草の採取のクエストを受けたその狩人は、突然大型モンスターに襲われて逃げる事しか出来なかったとか。

 そんな駆け出しだったハンターも時間を掛けて、以前採取クエストで自らを追い掛けてきたモンスターを討伐するにまで成長したという。

 

 そしてそのハンターは今───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu13……雪山草酒』

 

 

 やってしまった。

 

「……私は、何がしたいんでしょうか」

 村の端からさらに端。村の中心から少し離れた所にある農場で私は膝を抱えて座っている。

 

 

 

 ──そのこんがり肉を作ったのは俺じゃない──

 

 

「私はなんでここに居て、大将さんの手伝いをしてるんでしょうか。……いや、借金があるからなんですけど。そうじゃなくて───って、一人で何を言ってるんですか私は」

 その言葉の意味を、彼がこんがり肉Gに拘る理由を、私は軽視していた。お気楽に考えていたんだと思う。

 

 

「お嬢さん、村の人じゃないニャ?」

 私が塞ぎ込んでいると、そんな声が耳元で聞こえた。顔を上げると、真っ白な毛並みが視界に広がる。

 

「アイルー?」

「ハイ? ボクはアイルーだニャ?」

 ポカンと、私の言葉に首を傾げる一匹のアイルー。そうですね、アイルーは普通こうやって語尾に「ニャ」って付けるんでした。忘れてましたよ。

 

 

「えーと、あなたは?」

「ボクは旦那さんからここの管理とかも任されてる、この村の専属ハンターのオトモアイルーだニャ!」

 私が聞くと、アイルーさんは自慢げにそう答える。この村の専属ハンターって、あの噂のポッケ村のハンターさんですか。

 

 だとしたらこのアイルーさんは、大将さんの跡継ぎになる訳だ。

 

 

「あ……す、すみません勝手に農場に入ったりして」

「いやいや、別にこの農場はフリーですニャ。なんならそこの洞窟なんか、デッカイ剣が飾ってあって村の観光地になってるニャ」

「ふぇぇ、そうなんですか」

 農場の端っこ、トロッコの走る炭鉱用の洞窟の隣。大きな穴の空いた洞窟からは、冷えた空気が流れてくるような、吸い込まれるような雰囲気を感じる。

 

 

「丁度、旦那さんも今洞窟の中に居るニャ。多分、そろそろ出て来る頃ニャ」

「え? 旦那さん?」

 旦那さんって、このアイルーさんの雇い主って事ですよね? 

 

 それはつまり、このポッケ村の専属ハンター。あの大将さんの元雇い主。

 私は息を呑んだ。洞窟から聞こえて来る足跡が心臓を飛び上がらせる。

 

 

 やあ、と。

 その人は私の姿を見るなり片手を上げて挨拶をしてくれました。

 見た事もないような装備を着ているハンターさんは笑顔ですが、圧迫感のような物を感じる。強者の覇気ですか。なんなんでしょうこの人。

 

 

「あ、あなたが……この村のハンターさん?」

 私の言葉に、ハンターさんは首を縦に振って返事をする。

 ハンターさんは満足気な表情で私の隣に腰を下ろしました。なんというか場違い感に、私の身体は震えます。

 

 

 この人が、あのポッケ村のハンター。街では人間じゃないとかどっちがモンスターか分からないとか生きる伝説とか古龍を一人で倒したとか覇王とか呼ばれてた、あのポッケ村のハンターさん。

 

 

 普通に怖い。

 

 

「あ、あの……」

 たじろぐ私にハンターさんは、旅人さんかと問い掛けて来ました。私は無言で首を縦に振る。

 

 

 

 つまりタイショーの新しい相棒か、とハンターさんはなんだか嬉しそうな顔をしていました。噂とは真逆の爽やかな笑顔に私は少しだけホッとします。

 

 でも、やっぱりこの人はあの大将さんの雇い主だった人なんだと実感しました。それで、私はまた俯いてしまう。

 

 

 

「どうしたんだニャ? お腹でも痛いのかニャ?」

 首を傾げるアイルーさん。ハンターさんはその横で、顎に手を当てて眼を細めた。

 

 

「もしかして先輩に怒られたのかニャ? あの人怖いからニャー」

 そんな事を聞いてくるアイルーさんに、私は勢い良く首を横に振ります。

 確かに大将さんは私への当たりが厳しい。だけど、私がここにいるのは自分が悪いからだ。

 

 

 

「私は、タイショーさんの辛い過去を掘り返してしまったみたいで……。その、あの場所に居辛くなってしまったのです。……私は何がしたかったんでしょうか」

 私の言葉に、ハンターさんは首を横に傾けて目を細める。そして、タイショーに辛い過去かと首をさらに反対に傾けた。

 

 

「そんな話聞いた事ないニャ」

 そんなアイルーさんの言葉に、私は眼を丸くする。どういう事なんでしょうか。

 

 

「え、いや……だって。タイショーさんがニャンターを辞めた理由って───」

 そこで、私はふと大将さんとの会話を思い出しました。

 

 

 

 ──そのこんがり肉を作ったのは俺じゃない──

 

 大将さんが目指すこんがり肉G。彼はいつもその味が忘れられないと言っています。

 しかしそのこんがり肉Gを焼いたのが大将さんではないと知って、私は大将さんにこんがり肉Gを焼いた人がもう死んでいるのだと思ってしまった。

 

 

 ──んぁ、その話も今度また忙しくない時に──

 もし、それが勘違いだとしたら。

 

 

「ほげぇぇぇええええ!?」

 もしかして、もしかしなくても私、とても恥ずかしい勘違いをしていたのでは? 

 

 

 私の反応を見てハンターさんとアイルーさんは眼を見合わせて笑う。それは、覇王とか人間じゃないとか言われているのが嘘かのような楽しそうな笑顔でした。

 いや、人が恥ずかしがってる姿を見て笑わないで下さい。

 

 

「わ、私……なんかとても恥ずかしい勘違いをしていたのかもしれません」

「よく分からないけど、旅人のお嬢さんが元気になって良かったニャ」

 笑顔のアイルーさんに少し癒されますが、仕事中に飛び出していった手前このまま戻るのはどうも気が引ける。

 気不味いというより、怒ってる大将さんが目に浮かぶからですが。

 

 

「なんだか苦労してるようですニャ」

 アイルーさんの言葉に、ハンターさんは頭を掻きながら苦笑いをした。曰く、タイショーは気難しい所もあるから───とか。まったくその通りです。

 

「でも、先輩が今どうしてるのかとかは気になるニャ。お嬢さん、もし良かったらここ最近の先輩のお話を聞かせて欲しいニャ」

 それは確かに、と続くハンターさんはポーチからお茶か何かの飲み物を取り出して話を聞く体制に入りました。特に断る理由もないので、私は大将さんに出会ってからの事を二人に話します。

 

 

 砂漠で私を助けてくれた事、イーオスを簡単に撃退した時の事、村でも街でも料理を振る舞っている事、ずっとこんがり肉Gにこだわり続けている事。

 

 

「───それじゃ、どうしてタイショーさんはこんがり肉Gにこだわり続けているのでしょう? なんでタイショーさんは、ニャンターを辞めてしまったんですか?」

 色々話している間に、私は事の発端となった疑問を思い出しました。

 私の疑問にハンターさんは、思い当たる節があるのような表情で口を開く。

 

 

「……知ってるんですか?」

 ハンターさんは顎に親指を当てながら少しならと答えました。私は前のめりになって「教えて下さい!」声を上げる。

 

 大将さんに辛い過去がないならそれで良い。

 でも、それなのに大将さんが笑顔でご飯を食べられない理由があるなら、私はそれをなんとかしたい。私は何故かそう思いました。何故そう思ったかはよく分からない。

 

 

 長くなるよ、とハンターさんは自分の持っていた湯呑みに、さっき自分が飲んでいた飲み物を入れて私に向ける。少し濃い飲み物が湯呑みの中で揺れた。

 

 話を聞きながら飲んでも良いという事でしょうか? 

 丁度喉が乾いていたので助かります。私は湯呑みを受け取ると、ゆっくりとその飲み物を口に運びました。なんだか独特な匂いがする。

 

 

 

「いや酒やんけ!!」

 口に入れた瞬間、お酒特有の喉奥を摘まれるような感覚に私は声を上げた。しかも結構強い。頭がグラグラする。

 この人はこんなお酒を飲みながら私の話を聞いていたのですか。やはり覇王か。

 

 しかし、喉越しに染み渡るというか。身体が休まっていくような、そんなお酒だ。

 

 

「雪山草を漬けたお酒ニャ。滋養強壮にとても良いんだニャ!」

「そ、そうなんですか。……これまたご親切に」

 薬草酒って奴ですかね。雪山草独特の風味が喉の奥で広がる感覚が癖になりそう。私は一度お酒を飲み干して「ご馳走様です」と湯呑みを置いた。

 

 すると何故かハンターさんは湯呑みに二杯目を注ぎ始める。止めようと思った時には既に湯呑みは一杯でした。

 

 

「おっとっと!?」

 どうぞ、と笑顔を見せるハンターさん。そうされると飲まずにはいられない。これがアルコールハラスメントですか。私は満面の笑みで湯呑みを傾けます。

 

 

 タイショーはね、本当に強いアイルーだった。

 そして突然ハンターさんの話が始まる。それは、ハンターさんのオトモをしていた頃の大将さんのお話でした。

 

 

 

 曰く。

 駆け出しだったころのハンターさんがどんな怪我をしても、彼は絶対にハンターさんを見捨てずに連れ帰る最善の選択をした。

 

 曰く。

 雪山で迷子になった時、ハンターさんを安全な洞窟で待機させて助けを呼んできてくれた。

 

 曰く。

 強大な古龍を相手にしてもハンターさんを信じて最後まで戦い抜いた。

 

 曰く。

 どうしても二手に別れないといけなくなった時、お互いを信じて必ず生きて戻ってくるという約束を果たした。

 

 

 

 それはもう、物語の英雄のような武勇伝の連続。

 あらかたのお話を聞き終わった私は、彼は本当にとんでもない人だったんだなと再確認する。

 

 でも、だからこそ、彼がオトモアイルーを───ニャンターを辞めた理由が分からない。

 

 

 

「先輩と旦那さんが別れた後、先輩はドンドルマでニャンターとして活躍してたんだニャ。それはもう、遠く離れたこのポッケにも名声が聞こえてくる程の優秀なニャンターだったらしいニャ」

「それは、確かにドンドルマで何人かに聞きましたね」

 そのドンドルマで何があったのでしょうか? 

 

 

 ハンターさんは少しだけ遠い所を見た後、話の続きを語り始めた。

 

 

 

 ドンドルマでも有名な狩人になっていた大将さん。

 そんな彼に、とある依頼が来たそうです。

 

 それは、新米ハンターの育成。

 相手のハンターは歳も私と同じくらいの新米ハンター。丁度、私と同じハンマー使いの女の子だったらしい。

 

 

「そ、その人って……」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと生きてるニャ。先輩に辛い過去……みたいなのは無いって言ったでしょ?」

 少し怖くなって口走った私の言葉に、アイルーさんは呆れたような表情で私の肩を叩きながら話してくれました。肉球が柔らかい。

 

 

「しかし、つまりその人が……こんがり肉Gを焼いたという人なんですかね?」

 続く私の質問を、ハンターさんは首を縦に振って肯定する。

 私くらいの歳の新米ハンターが、あの大将さんを唸らせるこんがり肉を焼いたというのでしょうか。少し信じられません。

 

 

 

「ただ、その女の子はもうハンターを続けて居ないんだニャ」

「え? け、怪我をなされたとか?」

「先輩が付いててそんな訳ないニャ。むしろ、怪我したのは先輩だったかニャ」

「え!?」

「勿論、そんな大きな怪我じゃないニャ。確か───」

 アイルーさんが言うには、それは大将さんにとって本当に簡単なクエストだったらしい。

 

 

 ハプルボッカの狩猟。

 それは奇しくも、私が大将さんに出会うキッカケになったクエストと同じ狩猟目的のクエストでした。

 

 駆け出しハンターの面倒を見るのが目的だった大将さんですが、初めは乗り気ではなかったようです。

 それで、大将さんは狩りの前のご飯を抜いたのだとか。

 

 

 当たり前ですが、ご飯を食べないと身体は動きません。

 大将さんはその日、乗り気でなかったからか早くクエストを終わらせたくて狩場に着くなり早々に出て行ってしまったのだとか。

 それに関してはなんだか想像出来るというか、大将さんは確かにせっかちな所もあるのは分かりました。ただ、大将さんはそこまでご飯に無関心ではないと思うんですけどね。

 

 

 そんな疑問はさておき、大将さんはそのクエストでスタミナ切れを起こして珍しく負傷したんだとか。

 一度狩場を離脱して、その時に駆け出しハンターの女の子が焼いたこんがり肉が大将さんの言っていたこんがり肉Gだった。

 

 

 

 そして、その女の子はその日を境にハンターを辞めたらしい。

 

 

 

「───いや、なんでですか?」

 私の疑問にハンターさんは首を横に振る。

 

 怪我をしたのは大将さんで、ハンターさんはこんがり肉Gを焼いた。どうしてその人がハンターを辞める必要があるのでしょうか。

 

 

 

「うーんどうして……」

 唸る私に、ハンターさんは悩んでいるねと笑う。笑われても困るんですけどね。

 ところで私はなんで困ってるんでしょうか。なんで私はこんなに大将さんのこんがり肉Gについて真剣に悩んでいるんでしょうか。

 

 私はただの雇われというか、借金野郎だ。

 美味しい物には興味はあるけれど、正直大将さんの焼くこんがり肉でも充分過ぎる程美味しい。

 

 

「私が悩んでも仕方がない……。分かってるんですけど」

 私がこんなに悩む理由なんて、あるのでしょうか。

 

 

 

「タイショーがこんがり肉Gに拘る理由は本人に自分で聞くと良い」

 唐突に、ハンターさんはそう言ってから立ち上がる。そしてハンターさんは私の目を真っ直ぐに見ながらこう続けた。

 

 

「タイショーの悩みは解決出来ないけど、君の悩みは簡単に解決出来る」

「それは……どういう事ですか?」

「君が悩んでいる理由、そんなのは簡単だ。それは君が───」

 ハンターさんはそう言い残して私に背中を向ける。私はハンターさんの言葉で全てが分かって、その場で固まってしまいました。そうか、私は───

 

 

 後で行くって、タイショーに伝えといて欲しい。

 そう言うハンターさんの無言の圧力というか、安易に戻りなさいと言っている態度に私は逆らえませんでした。

 

 

 

「君」

 しかし戻ったら気不味い。そんな事を考えながら歩く私に、ハンターさんが声を掛けてくる。

 

 

 

「タイショーの事、よろしく」

 そう言うハンターさんの爽やかな笑顔に、なんだか私は身体を押された気がしました。

 

 

 

 そうです。

 そもそも、大将さんの過去なんて関係ない。

 私はただモンハン食堂のウェイトレスで───

 

「───それは君が、今のタイショーのパートナーだからだよ」

 

 ───パートナーだから。

 

 

 

 大将さんに笑顔でご飯を食べて欲しい。大切なパートナーに対してそう思う事は当たり前だ。

 

 

 

 

 

 お酒の力という奴なのか、なんだか少し気が楽です。

 

 

 

 

 

「タイショーさん!」

「あ? 大将だって言ってんだろ。てか、お前どこ行って───」

「私、タイショーさんには笑顔でご飯を食べて欲しいんです!!」

「んぁ?」

 私の言葉に、大将さんは口を開けたまま固まってしまいました。

 

 私はただの雇われウェイトレスです。

 それでも、彼の今のパートナーとして、彼には笑顔でご飯を食べて欲しい。

 

 

「だから、教えて下さい。タイショーさんに何があったのか。なんでニャンターを辞めてしまったのか……!」

「んなもん、時間がある時に聞け」

「だから、教えて欲し───はい?」

 私の必死の言葉に、大将さんは目を細くして台に立ちながら私の胸ぐらを掴んでそう言いました。

 あれ? 教えてくれるんですか? 

 

 

「タイ……ショー、さん?」

「このクソ忙しい時にサボるとは良い度胸だな」

「───ひ、ひぃぃいいい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 大将さんの恐ろしい顔に私は急いで支度をする。私の質問への答えが気になりながらも、私は怖くて仕事をする事しか出来ませんでした。

 

 

 

「時間がある時に聞けって……」

「ニャンターを辞めた理由だろ? 別に隠すつもりなんてねぇよ。……ただ、俺にも恥ずかしい話の一つや二つあるって事だ」

「タイショーさん……」

 それを話してくれると言う事は、大将さんにとっても私はパートナーとして見られているという事でしょうか? 

 それがなんだか嬉しくて、私はその場でニヤけてしまう。そしてら、大将さんはやっぱり凄く私の事を怒りました。酷い。

 

 

 

「ドンドルマに帰る時にでも話してやるよ」

「分かりました! それまでお仕事頑張りますね! あ、そういえば……後でハンターさんが来るって言ってましたよ! ほら、ポッケ村の!」

 セカセカと、モンハン食堂は今日も忙しいです。少し時間が出来たら、大将さんの話を聞きたい。

 

 私は彼のパートナーだから。

 

 

 

 

「いらっしゃい───あ、ハンターさん!」

 少しして、本当にポッケ村のハンターさんがお店にやって来ました。さっきのアイルーさんも一緒です。

 そんなハンターさんが視界に入るなり、大将さんは何故か小さな溜息を吐きながらハンターさんに向かって行きました。

 

 

 やあ、とハンターさん。

 

「ウチは飲み屋じゃねーが、どうせいつものアレだろ」

 大将さんがそう言うと、ハンターさんは屈託の無い笑顔で首を縦に振る。

 

 

「ほらよ、酒とチーズ。狩りばっかしてないで偶には他の方にも目を向けろよ。このハンターバカが」

 いや今日は少しだけ人と話したよ、としかめっ面の大将さんにハンターさんは嬉しそうに話しました。

 その瞳は、片目だけ閉じて私に向けられている。

 

 

 どうやらうまく話してもらえそうだね。

 ハンターさんはそう言っている気がしました。

 

 

 

「君こそ、新しい相棒と楽しくやってるかい?」

「んぁ……? まぁ……まぁ、だな」

 そして少しだけ、今日の大将さんは笑っているような───そんな気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『雪山草酒』

 

 ・雪山草         ……100g

 ・焼酎          ……1.8L

 

 例え健康酒でも飲み過ぎはダメですよ!





【挿絵表示】

評価十件、お気に入り150人突破記念。お団子食いしん坊。

そんな訳で十三話。これにてポッケ村編は終了になります。
少し長かったですが主人公の気構えを整える話になりましたね。作中登場したポッケ村のハンターですが、一身上の都合で台詞を極力減らしてお送りしました。ほら、ゲームの主人公には自由であって欲しい。一応自分のモンハン世界観での各作品主人公のキャラとか作ってはあるんですけどね。

それは別のお話として、ポッケ村編は料理という料理が少なかったので次回からは料理多めで行きたいです。次回はあの子が再登場???
読了ありがとうございました!お粗末様です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu14……サニーフラワーの種入りミックスナッツ

 それは大将さんがニャンターを辞める前、最後の狩りでの出来事でした。

 

 

「……っ、俺とした事が」

 新米ハンターの育成。

 頑固者の大将さんには少し向いていなかったのか、彼はその新米ハンターさんとのクエストに乗り気になれなかったようです。

 

 だから、とっとと狩りを終えて帰ろうとした。出発前のご飯まで抜いて。

 

 

 相手は大将さんからすれば何でもないモンスター。勿論、新米ハンターやハンターですら無い人からすれば恐ろしいモンスターです。

 いくら大将さんが強くても、一歩間違えれば命を失うクエスト。それがハンターというものでもあり、狩人其々が背負う覚悟というものでした。

 

 

「タイショー!」

「バカ、来るな!」

 ご飯抜きで戦っていた大将さんは、ほんの小さなミスで怪我を負ってしまう。

 そんな大将さんを助けようと、新米ハンターさんは大将さんを襲うモンスターの前に飛び出したんだとか。

 

 

 モンスターはとても恐ろしい。

 勇気と勢いだけで飛び出して勝てる相手ではない。

 

 それも、指導が必要なハンターなら尚更だ。

 

 

 

「───ひっ」

「くそ!!」

 その場は、大将さんが死に物狂いで動いて新米ハンターさんと彼自身はなんとかその場から逃げ出す事が出来たらしい。

 

 彼曰く。

 後にも先にも、あの時以上に命の危機を感じた事はなかったとか。

 あのポッケ村のハンターのオトモアイルーとして活躍していた彼のその言葉は、とても重く感じました。

 

 

「……悪かったな」

「あ、あはは……足の震えが止まらないや。……怖かったなぁ」

 大将さんがそう言うくらいなのだから、その新米ハンターさんも想像出来ない程の恐怖を味わった筈です。

 

 

「……もう、ハンターは辞めるよ。私には向いてなかったのかもしれないし。お花屋さんでもやろうかな」

「ま、待て待て。悪いのは俺だろ! んぁ……分かった、ちゃんと教える。指導してやるから」

「……ごめん、モンスターって物凄い怖いね」

「んぁ……」

 だから、そのハンターさんはハンターを辞めてしまった。

 

 

「……すまなかった」

 きっとそれは、彼のプライドが許せなかったんだと思う。

 ポッケ村のハンターのオトモとしても、ドンドルマで名を得たニャンターとしても。

 

「良いよ良いよ、あはは。それよりタイショー、お腹減ってるでしょ! ずっとお腹なってるし。私がこんがり肉焼いてあげる! これでも結構上手って集会所でも有名なんだよ?」

「んぁ!? こんな時に飯なんて───」

「こんな時だからだよ! 狩りの前のご飯は大事! ほらほら、ちょっと待っててね」

 そしてその時に食べたこんがり肉こそ───

 

 

「あのモンスターを倒してもらう為にも、タイショーにはたっぷりスタミナ付けてもらわないといけないからね」

「……んぁ、お前。本当にハンターを辞めるのか?」

「うん。もう、怖くて。……はい、ウルトラ上手に焼けましたぁ!」

 ───彼が食べた、こんがり肉Gだった。

 

 

 

「……美味い」

「でしょ!」

「美味いぞ! 何だこれは……!」

「えへへー、でしょでしょ!」

「なぁ、お前……俺ともう一度狩りを───」

「それはなし、かな。ごめんね、タイショー」

 ずっとその味が忘れられない。

 

 

「……俺は、お前の人生を壊したんだな」

「気にしないでよ。元々才能なかったからタイショーにすがり付いてたんだし」

 それは贖罪だったのかもしれません。

 

 

「……俺も、ニャンターを辞める」

「……え? タイショー? いや、タイショーまで辞める事───」

「もう一度、あのこんがり肉を……あのこんがり肉Gを食べられるまで。俺は狩りをしない」

 彼女(・・)の人生を奪った、自らの罪への贖罪。

 

 

「た、タイショー!」

「……行ってくる。まぁ、チョチョイと終わらせてくるからよ。……もう一個焼いといてくれよな、こんがり肉」

 それが、私が大将さんに聞いた話です。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu14……サニーフラワーの種入りミックスナッツ』

 

 

 良いという訳ではないけれど、落ち着く空気。

 実家のような安心感。ドンドルマの街の喧騒と硬い地面は良くも悪くもなく、長旅の疲れからかとても安心出来た。

 

「へー、大将さんは見た目通り義理堅いって事なんだね〜」

「まぁ、歴戦の勇者というか……私が思っていたより凄い人だったので。そういう所で責任感みたいなのは大きいんだと思います」

 ポッケ村への長旅から帰ってきた私は、朝支度の時間を久し振りに会った友人のCと過ごしています。

 

 当のCですが、私達がドンドルマは帰って来て街の門を潜るなり何食わぬ顔で「大将さ〜ん、空いてるー?」と声を掛けてきました。空いてる訳ないだろ。

 

 

 せっかくドンドルマに帰って来たというのに大将さんは働く気満々なので、早速食材調達に向かっています。

 私はお店の掃除で大忙し。ぶっちゃけサボってCと雑談してるんですけどね。

 

 

 

「でもさー、責任感じてニャンター辞めるのは分かるにしても、なんでこんがり肉なんだろうね〜?」

「それだけ美味しかった……という事なんじゃないですかね?」

「それにさー、その人が焼いたこんがり肉が美味しかったなら、その人にもう一回焼いてもらうとかして貰えば良いと思うんだよねー」

 それは私も思いました。

 

 

 ただ、その後ハンターさんが焼いてくれたこんがり肉は大将さんが目指しているあのこんがり肉Gには程遠かったらしいのです。

 大将さんはその人がハンターを辞めた後も、何回もその人の所を訪れてこんがり肉の焼き方を教えて貰いました。

 

 しかし、その人が焼いても大将さんが焼いても、あの時のこんがり肉Gの再現は出来なかったらしい。

 

 

 私がその事をCに伝えると、彼女は「変な話だねぇ」と首を傾ける。実際の所、私もそう思いました。

 

 

 

「だけど、それでもこんがり肉Gに拘り続けてるのはさー、その狩りの時のお礼がしたい、とか〜? 多分大将さんはさー、その人にまたハンターに戻って欲しいんじゃないかなーと、あたしは睨んでるんだよね〜」

「なるほど」

 話を聞いた時は深く考えなかったんですが、Cの推理に私は感心して首を縦に振りました。

 

「その元ハンターさんは、今何をしてるんだろうね〜?」

「どうなんでしょうね。そもそも何処にいるのかも分かりませんし、もしかしたら大将さんの知らない所でハンターを続けてるかもしれませんし」

 そのハンターさんの事は詳しく聞いていないので、私には分かりません。

 

 ただポッケ村のハンターさんも言っていましたが存命している事は確かなので、もしかしたらいつか会えるかもしれませんね。

 

 

 

「いやー、でもでも? 大将さんが思ってたよりも優しい人で良かったよ〜。これはクーちゃんを安心して預けられるというもの」

「安心してって、久し振りにあったというのに真っ先に挨拶するんじゃなくて店が空いてるか聞いてきたあんたが何を言いますか……」

 心にも思ってなさそうな台詞に、私は半目で睨みながら彼女の頭にチョップを入れる。もっと友人を労ってください。

 

「まぁ、確かに……優しい人なのかもしれませんね。根本的に……人、というかアイルーですが」

 だから私が危ない時も凄く怒ったのかもしれませんし、自分を責めてこんな事になっているのかもしれない。

 

 

 なら、私に出来る事はなんなのでしょうか。

 彼の相棒として、パートナーとして、私に出来る事は───

 

 

「何サボってやがる」

「───ひぇぇぇええええ!!!」

 突然後ろから声を掛けられて、私は自分が今何を考えていたのか忘れるくらいに驚いて飛び上がりました。

 友人のC曰く、それはもう釣り上げたガノトトスのような見事な跳ねっぷりだったらしいです。ガノトトスって釣れるんですか。

 

 

「た、大将さん!?」

「幽霊でも見たような顔はやめろ。……掃除、終わらせたんだろうな?」

「そりゃ勿論! ええ、もう完璧に! ありとあらゆる汚れを排除しておきましたとも!」

 拭き掃除しかしてませんけど。

 

「拭き掃除しかして───」

「ユーちゃん! 今日は私の奢りですよ!」

「え? やった〜」

「お前給料渡してないのに何処にそんな金があるんだ……? 借金返せ」

「借金に上乗せでお願いします」

「給料貰ってないのは問題だと思うけどね〜」

 借金の額が額なので仕方がないのだ。私がいくら働こうが、借金返済に当てられる仕組みなのです。生きるって辛い。

 

 

「衣食住与えてんだからむしろありがたいと思え」

「これ冷静に考えて奴隷ですよね?」

「気のせいだ」

「気のせいなら仕方がな───いですか?」

 何かがおかしい。

 

 

「んな事はどうでも良い」

「どうでも良くありませんけど!?」

「お使い行ってこい」

「はい?」

 突然そう言いながら一枚のメモを渡されて、私は首を横に傾ける。

 そのメモにはサニーフラワー十本とだけ書かれていて、多分食材なんでしょうけど私にはコレがなんなのかも何処に売っているのかも分かりませんでした。

 

 

「サニーフラワー?」

「お花だねー」

 何故お花。

 

「てっきりタイショーさんの事なので食材のお使いかと思ってたんですけど、まさかお花なんて。タイショーさんも可愛い所があるじゃないですか!」

「あ?」

「良いですよねー、お花。正直このお店は飾り気がなさ過ぎると思ってたんですよ! 良い心がけだと思います! 可憐なお花でお店を飾りましょう!」

「いや、食うんだけどな」

 私の思惑を聞いて、大将さんは呆れ顔でそう答える。むしろ呆れたのは私でした。

 

 

「……食べるんですか」

 お花を。

 

「加工屋の近くの花屋に売ってるから、今から行ってこい」

「しかもお花屋さんに売ってるような花を!?」

「場所分からないなら着いてくよ〜?」

「いやそうじゃなくて!!」

 お花ですよ。可愛いお花。それを食べるなんてあんまりではないでしょうか。

 

 

「んぁ……これ食ってみろ」

「はい?」

 私が不満そうにしていると、大将さんは怪訝な表情で私にお皿を渡してくる。

 そのお皿に乗っていたのはお酒のおつまみによく出て来る、エールナッツ等の種実類を混ぜたミックスナッツでした。

 

「こいつぁ〜、いいつまみですなー」

「おっさんか。えーと、なんでミックスナッツなんです?」

「ほれ」

 私の問い掛けに、大将さんはミックスナッツの一部を摘んで持ち上げる。

 それはなんの種子なのかは分かりませんが、楕円形で小指の爪くらいの大きさのナッツでした。

 

 

「これは?」

「サニーフラワーの種だ」

「なんと」

 お花の種までミックスナッツに入っていたなんて。

 試しにそのまま口の中に放り込む。他のナッツ系よりも小さなそれは、ミックスナッツの噛みごたえのバリエーションを増やしていた。

 ナッツの中ではあっさりめの味付けなのか、他の濃い味のナッツとのバランスも取れている。

 

 お酒が欲しい。

 

 

「これ、あるとないとでは全然違いますね!」

「ナッツのバランスを取るのに丁度いいのがこのサニーフラワーだ。食えるのが分かったらとっとと買ってこい」

 言いながらお金を私に渡す大将さん。論破されたのは悔しいですが、食べて美味しいと思ってしまったので仕方がない。

 

「……了解です。あの、場所が分からないのでユーちゃんと行ってきても良いですか?」

「おう。……寄り道すんなよ」

「わ、分かってますよ!」

 こうやって一人で出掛けたり、大将さんが居なくなったりする事も時々あるんですが、だからといって借金から逃げる為に行方を晦ませようと思った事はなかった。

 これまでただ呆然と流れるように生きてきたからでしょうか、流されるままに奴隷のように働いて───

 

 

「それじゃー、クーちゃんの事はあたしに任せて下さいなー」

「行ってきます!」

 ───だけど今は、なんだかこの生活が楽しく思えるのです。

 

 

 

 

 街の中央にある大老殿を中心に広がる賑わいが、このドンドルマという街の光景だ。

 

 大老殿へと繋がる階段のある中央広場。

 そこにある加工屋から少し歩くと、むさ苦しいハンター達の集う中央広場には似つかわしくない可憐な雰囲気のお店が見える。

 

 

「あそこですか?」

「そーそー、結構前からあったけど知らなかったのー?」

「加工屋の近くなんてハンターさんしか通らないですよ」

「クーちゃん……ついに身も心も奴隷に」

「……そうでした、私ハンターでした。てか奴隷言うな」

 奴隷はともかく、私は加工屋にモンスターの素材を持っていくような立派なハンターではなかったので、この辺りにはあまり関心がありませんでした。

 だからでしょうか、視界に映る色取り取りなお花が立ち並ぶ可愛いお花屋さんはとても新鮮な風景に見える。

 

 

「可愛いお花が沢山ありますよ」

「それは食べれないよー?」

「食べませんよ!」

 私を何だと思ってるんですか。

 

 

「……えーと、サニーフラワー。サニーフラワー」

 お店の人に誤解───というか、せっかく買ったお花が食べる為に買われたと思われないように、私は自然にお花を探しました。食べるんですけどね。

 

 しかし、私はさっきサニーフラワーの種を食べたのですがサニーフラワーそのものを見た事がありません。

 お店に置いてあるお花の名前を横から眺めて行きますが、如何せん種類が多い。Cは「それも食べれないよー」と茶化してくるばかりです。

 

 

「どんなお花を探してるのかな?」

 そうして花を探している内に、エプロンを付けた店員さんらしき人が話し掛けてきました。

 年齢は私と同じくらい。後ろで纏めた空色の髪の毛が綺麗な女性です。

 

 

「あ、えーとですね。サニーフラワー、というお花を探してるんですけど。……十本!」

 私はメモを見返しながら店員さんにそう話しました。すると彼女は唇に人差し指を当てながらこう言います。

 

「食用だね?」

「なんでバレて───じゃない、食べませんよ!!」

 危ない危ない。もう少しで口を滑らせて食べる為に買いに来たのがバレる所でした。

 私がホッと溜息を吐いていると、Cが私の肩を叩いて首を横に振る。いや、もう遅い事くらい分かってますよ。

 

 

「あっはは、サニーフラワーって食用でも有名な花だから。お部屋に飾るならそんなに要らないしね」

「そ、そうなんですか……。私、お花屋さん的にはやっぱりお花を食べるなんて嫌がられると思っていたので」

「勿論嫌だよ」

「グフッ」

「ふふふ、冗談」

「な……」

 文字通り華やかな笑顔で笑うお花屋さんの店員さんは、何故か嬉しそうに歩いて大きな黄色い花弁を持つ花の前で止まった。

 そのお花はまるで太陽のような大きなお花で、店員さんが植木鉢を十個集めると大きな傘のようになってしまう。

 

「これが?」

「はい、これがサニーフラワーね。新大陸で良く取れるお花なんだよ? ちなみにこれでもまだ成長中」

 化物(モンスター)か。

 

「そこのハンターさん、お店の角にある台車を持って来てくれるかな?」

「あたしですかー? はいよー、これですかねぇ」

「それそれ」

 店員さんはCに台車を持って来てもらうと、植木鉢を十個その台車に乗せました。

 これ、運ぶのも結構大変ですよ。

 

 

「台車は一日くらい返さなくても良いから、それで運ぶと良いよ。種の収穫は……分かってるだろうけど、花が終わってから茎が萎びて来てお日様で乾燥させてからね。タイショーが勝手にやると思うけどさ」

「はい、タイショーさんが───って、え? タイショーさんの事知ってるんですか?」

 唐突に話に出てくる大将さんに私は驚く。お知り合いなんでしょうか。

 

「ん? あー、何にも聞かされてないのかな。まぁ、ちょっと昔の知り合いだよ」

「なるほど……。しかし、なんで私がタイショーさんのお使いって分かったんですか?」

「いくら食用で有名な花でも十本も買っていく人は他にはいないよ」

 あはは、と綺麗な歯を見せて笑うお花屋さんは「そうだ」と手を叩いて突然お店の奥に入っていってしまった。

 

 私とCが顔を見合わせて首を傾けていると、戻ってきた彼女の両手には小さめのこんがり肉が握られている。

 

 

「お花の香りこんがり肉だよー。サービスだよー」

 笑顔でそれを私達に渡すお花屋さんは、さらに「これもサービスね」と小さな空色のお花を台車に置いた。

 なんというか優しそうなのに強引で不思議な人です。

 

 

「な、なんでこんがり肉なんですか?」

「おいひー」

 友人のCは何も考えずに貰ったこんがり肉を食べていますが、私はその意味が気になってお花屋さんにそう聞きました。

 彼女は私の質問に「君に食べて欲しいからかな」とよく分からない返答をする。多分これ以上質問しても意味がないのでしょう。

 

 

「……あ、美味しいですね」

「えへへー、でしょ? こう見えても昔ハンターをやってた事もあるからね。結構こんがり肉焼くのは自信あるよ」

「へー、そうなんですね───ってユーちゃん、どうかしました?」

 お花屋さんとそんな世間話をしていると、Cはいつも以上の半目で私を見て来ました。しかし、彼女は何も言いません。

 

「いやー、別に。気が付いてないなら、良いんだけどねー」

「なんのことですか……」

 友人のCはいつもよく分からない。

 

 

「えーと、オマケを沢山もらっておいて悪いんですが、早く帰らないとタイショーさんに怒られてしまうので私達はこれで」

「うん。それじゃ、また来てね。台車はお店が空いてなくてもその辺りに置いといてくれれば良いから」

 屈託のない爽やかな笑顔で私達を見送ってくれるお花屋さん。

 

 ふと自分で押す台車に乗った、サニーフラワーと比べてあまりにも小さくて可愛らしい空色の花が視界に入って私は振り向く。

 

 

「このお花は、どんな花なんですか?」

「ネモフィラっていうお花だよ。なんでもない、ただのお花。だから、食べれないからね」

「食べませんよ! えーと……多分」

 ネモフィラ。小さくて可愛い空色の花。お花屋さんから大将さんへのプレゼントなのでしょうか。

 

 

「オマケ、ありがとうございました!」

 街を歩けば、どこか懐かしい味のするこんがり肉と小さなお花の匂い。

 

 

 

 

 

「───タイショー、私は貴方を許してるんだよ」

 なんだかそのお花には、意味があるような気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『サニーフラワーの種入りミックスナッツ』

 

 ・サニーフラワーの種

 ・エールナッツ

 ・プレミアーモンド

 ・はじけクルミ

 

 

 お酒のおつまみの定番ですね!




そんな訳で大将さんの過去とハンターさんのお話でした
長かったですがここからがこんがり肉G追求への道のスタートラインですね!次回からはまた街を出て旅を続けます。

読了共に感想ありがとうございました!


psライズ楽しみ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu15……モンハン食堂旅先のフルコース

 狩猟スタイル。

 それは、狩人が己の動きを見つめ直し効率化する中で生まれた一つの答えだ。

 

 

 基本。

 狩人達の得物には、ある程度決められた使い方をハンターズギルドにより推奨されている。

 勿論独学で武器の使い方を学ぶ者も居れば、そういった人達の弟子になる事で推奨される戦い方とは別の動きを身に付けるハンターも居る事は確かだ。

 

 

 無論。

 推奨されるという事は、それが効率的であるという事である。

 態々それを無視して己を貫くハンターは多くないか、その先は言わずもがな。

 

 

 ちなみに私は基本に忠実なハンターだ。俗に言うギルドスタイルという奴です。

 そもそもそんな特殊なスタイルを使い熟すというのは、常人には難しい。だからこれは私が未熟という訳ではなくて、目の前の狩人が()()なんだ。

 

 

 

「───さて、まだやるかねぇ〜?」

 純白の衣。

 防具というよりは衣類というか、ほぼインナーに近い露出の多い装備。

 蒼い縞模様の短い上衣とスカートをひらつかせ、同じく短い真っ白でふわふわな髪を風に靡かせる。

 

 その狩人は右脇に、()()の華奢な身体には似合わない大筒を構えていた。

 

 

 防具と同じく蒼い縞模様の入った白いヘビィボウガン。

 私にはそれがどんなモンスターの素材で作られているのかは分かりませんが、彼女───友人のC曰くそんなに大きなモンスターではないとの事。

 

 

「君達もお腹は空いてるってのは分かるけどねー。あたしも仕事だから、引く訳にはいかないのよ〜」

 いつものように軽い口調で眼前のモンスター達に語りかけるCは、草陰に隠れた私と大将さんの乗った竜車を尻目に得物を構え直す。

 

 

 

 竜車で旅の途中、私達を襲ったのはババコンガ率いるコンガの群れでした。

 

 ピンクの毛皮が特徴的な牙獣種であるコンガの群れは、頭の毛を固めて鶏冠にしている群れのボスに連れられて行動している。

 おそらく貨物車に積んである食材の匂いに釣られてやってきてしまったのでしょうが、そこで私達の前に立ってくれたのは友人のCでした。

 

 

 軽い調子の彼女はしかし、いつものように眠そうな半目ではなく───獲物を睨む狩人のように目を細めている。

 

 

 

「ユーちゃん……!」

「大丈夫だよ〜、クーちゃん。───コンガ一匹通さないから」

 その時、牽制を繰り返していたババコンガが友人のCに向かってその巨体を持って轢き殺そうと突進して来た。

 ババコンガの体長は私達が乗っている竜車よりも大きい。そんな生き物に踏み潰されたりでもしたら、どんな装備を使っていても結果は変わらないだろう。

 

 私の悲痛の叫びに片手を上げた友人のCは、あろうことか武器を構えたまま突進してくるババコンガを迎え撃つように構えた。

 人間がモンスターに腕力で勝てる訳がない。このままでは彼女は潰されてしまう。

 

 そう思って、悲惨な光景から目を背けようとしたその時だった。

 

 

 ババコンガの豪腕が、彼女の華奢な身体を弾き飛ばそうとした刹那。

 

 彼女は武器種としては珍しい細身の砲身を持つ自らの得物を前に突き出し、体を捻る。

 そのままババコンガの前脚に弾かれるヘビィボウガンを背負うようにして───彼女はババコンガの突進を受け流し(イナシ)た。

 

 

「───よっと」

 突進を受け流されたババコンガは、仕留めた手応えはないが視界から消えた彼女を探す為に首を振る。

 そんなババコンガに、友人のCは背後から再び展開したヘビィボウガンで銃弾を叩き付けた。

 

 

「イナシ、ブレイヴか」

「改めて見ると凄いです……」

 それも、彼女が凄いのはそれだけではない。

 

 

 

「おやー、君達も相手してくれるのかなぁ?」

 ババコンガの突進を受け流した彼女は、必然的にババコンガとコンガに挟まれる事になる。

 そんな彼女の隙をコンガ達も見過ごさずに、彼女の周りを囲って包囲網を作っていた。

 

 

 ババコンガは言わずもがな、コンガも私達人間からすれば巨体の持ち主である。

 そんなコンガ達に囲まれてしまえば、大きく重い獲物も相まって逃げる事は出来ない。

 

 

 

「ユーちゃん……」

「大丈夫だよ〜」

 私の心配に気が付いたのか、彼女と少しだけ視線が合う。同時に、ババコンガはその巨体を持ち上げて豪腕を振り上げた。

 

 

 彼女の周りはコンガに囲まれていて逃げ場がない。彼女のイナシも、この状況では隙を見せるだけである。

 

 

 絶体絶命。振り下ろされる鋭い爪を持った豪腕。

 今度こそババコンガの豪腕が彼女を肉塊に変えようとしたその時───

 

 

「───それ頂きぃ」

 彼女は逆に、ババコンガの豪腕を踏んだ。

 振り下ろされたババコンガの前脚を足場にして、彼女は自分の足をバネのようにしならせて跳び上がる。それはまるで、野を駆けるケルビのような軽やかな動きだった。

 

 

 

「……エリアル?」

 これには流石の大将さんも驚きます。

 彼女の持つ得物にしては変則的な動き。彼女が上位ハンターたる由縁。それは彼女の戦い方の柔軟性にあるのだと、いつか狩場を共にした狩人に聞きました。

 

 

 

「背中がガラ空きだよぉ〜」

 彼女は空中で砲身をババコンガの頭に向ける。

 放たれた弾丸はババコンガの鶏冠を抉り、彼女は銃撃の反動で着地点をババコンガ達から大きく離した。

 

 

 

「───よっと。……おや、まだやる気かなぁ」

 着地した友人のCの眼前で、ババコンガは体を持ち上げて顔を真っ赤にしながら震え始める。

 小さな生き物のくせに、あまりにも小賢しい物だから堪忍袋が爆発したか。私が見ても怒っているのが分かった。

 

 

「それじゃ〜、とっておき見せようかなー?」

 そう言いながら、彼女は自らの得物に何やら大きな弾丸を装填する。

 間髪入れずに砲身をババコンガの頭上辺りに向けて引き金を引くと、放たれた弾丸は───空中で爆発した。

 

 

 空気を燃やす業火。

 まるで空中に太陽が出来上がったかのような、空気が炎に包まれていく。

 

 それにはたまらず、ババコンガ達も文字通り尻尾を巻いて逃げ出していった。なんなら私も逃げ出したい。なんだそのとっておきは。モンスターの仕業かと思ったんですけど。

 

 

 

「───はい、退治完了〜。そいじゃー、先を急ぎますか〜」

 汗一つかかずに眠そうな顔でそう言う友人のC。彼女が護衛役をやってくれているというのだから、この旅はとても安心していたりする。

 

「よくやってくれたな。今晩はご馳走にするぞ」

「やった〜。良かったねー、クーちゃん。いっぱい飲めるよ〜」

「いや、護衛任務中に飲まないで下さい」

 しかし彼女はいつも通りだ。

 

 

 さて、そういえば事の経緯を全く話していませんでしたね。まずはそこから話す事にしましょう。

 それは街を出る少し前の事でした───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu15……モンハン食堂旅先のフルコース』

 

 

「───もう出発するんですか!?」

 街に戻ってきて三日。大将さんの話を聞いて私は目を丸くする。

 

 曰くある程度食材は集まったから、明日の朝にでも出発するとの事だ。

 前回ドンドルマに来た時はもう少しゆっくり出来ていたので、今回もそうかと思っていた私は急な話について行けずに頭を抱える。

 

 

 休みの日に洋服を見たり、新作のポーチを確認したり、そういう───私だってまだ女の子したい年頃なんですよ。

 ちなみにそれを伝えた所、大将さんは「は?」と目を細めてそのまま身支度を進め始めました。酷過ぎる。

 

 

 

「……それで、次は何処に行くんですか?」

「今回は火山辺りの村に向かう予定だ。その辺りにしかない食材もあるからな」

 灼熱の溶岩地帯、火山なんかにどんな食材があるというのでしょうか。

 それにまた今回も長旅になりそうな予感がして、私は旅の無事が不安で仕方がありませんでした。

 

 長距離を移動すれば移動する程、モンスターに襲われるリスクが高くなる。

 飛行船等の移動手段が確立されてきた今の時代でも、キャラバンが大型モンスターに襲われて全滅なんて話は特段珍しくない。

 

 

 護衛ハンターもなしに長距離を陸路で移動しようなんて無謀もいいところなのだ。

 

 

 

「───ん? 護衛ハンター?」

 そこでふと、私は何かを思い出します。そう、自分本来の職業を。

 

「私が護衛って事ですか!?」

「んな訳あるか。俺をそんな命知らずかバカみたいに言うんじゃねぇ」

「いや遠回しに私の事凄く馬鹿にしましたね!?」

 これでもランポスくらいなら倒せるんですよ。ランポスくらいなら。

 

 

「お前が想像以上に役に立たないのは前回よく分かったからな、今回は護衛ハンターも用意してある。そこは安心しろ」

「それは良かったです───じゃなくて、今ナチュラルに役立たずって言いませんでした?」

「気のせいだろ。とっとと支度しろ」

「酷い」

 しかし大将さんに言われては仕方がありません。相棒とかパートナーとか格好良く言っていますが、実際私は大将さんに借金のある奴隷なのだ。

 

 

 

「うぅ……私の安息の街」

 せっかく久し振りに友人のCにも再会出来たし、可愛いお花屋さんを見つけたりとここ数日の楽しみを考えていたところなのに。

 それに、護衛ハンターを雇ったという事は今回は三人での旅になるという事なんですよね。

 

 

「お、お花摘みとかどうしましょう……」

 もしも護衛のハンターさんが男性だった場合、なんだかとても気を使う事が多くなりそうです。

 それに気を抜けばガチムチの屈強なハンターに襲われるかもしれない。そうなってはランポスしか倒せない貧者な私には抵抗のしようもありません。

 

 

 しかし考えていても仕方がない。

 私は奴隷なので彼の言う事を聞くしかないのだ。

 

 

 

 そうして迎えた朝、街の門の前で待っていたのが───

 

 

 

「やーやーやー、旅のオトモにハンターはいかがかねぇ? そこの食いしん坊ちゃん。いまならなんと格安、毎晩の晩酌代だけで護衛ハンターが買えちゃいますよぉ?」

 ───物凄く不安な売り文句で竜車に乗り込んで来た友人のCだったのです。

 

 

 

 

 時は戻って旅路の途中。

 

 ババコンガを追い返した友人のCは、得物を背負って草木に隠した竜車まで歩いて来た。

 巨大なモンスターとさらにその群れまで相手をしてきた筈なのに、彼女はほぼほぼ無傷でいつものフワフワした表情のまま片手を上げる。

 

 これが上位ハンターの力。

 私にもこのくらいの力があったら───

 

 

 

「お疲れさん、流石に頼もしいな」

「このくらい朝飯前ってねぇ〜。ところで今は夕飯前だけどぉ?」

「んぁ……どこまでも食い意地の張った二人を乗せてると飯の話しか出てこないな。まぁ、そういう契約だが」

 彼女、友人のCですが、雇い賃は本当に言葉通り毎食の食事代だけで良いらしい。

 実際にこのレベルのハンターの護衛を雇うなら食事代を出すのは当たり前で、そこからさらに護衛費と追い払ったモンスターによっては追加料金が掛かったりするのだ。

 

 彼女のいう通り、これは格安の契約である。

 

 

 

「移動して今日の休憩場所を探す。食いしん坊、飯の用意だけしとけ」

「はい!」

 大将さんが言うと同時に竜車は再び歩き出した。アプトノスのサンセーの歩幅に合わせて揺れる竜車の上で、私はお皿や椅子を出す準備をする。

 

 

「今日のご飯は何かなぁ?」

 そんな私の隣で寝転んでいる友人のCに「お気楽な人ですね」なんて言えるハズもない。

 彼女はこう見えて、仕事中はモンスターの気配があれば寝ていても飛び起きて竜車の前に立って私達を守ってくれるのだ。

 

 これが本物のハンターという事なのでしょう。

 

 

 

 小一時間移動してから竜車は少し広い岩地に止まりました。今日はここで休憩らしい。

 

 

 

「これと、これと……」

 貨物車から机と椅子を出してから、並べた机の上にキッチンから飲み物用の容器を用意していく。

 

 真ん中にはお花屋さんに貰った青い花。

 大将さんの事だから、この食べられないお花には興味も持たないと思ったんですけど、ちゃんと花瓶に入れて大事にしているので意外でした。

 

 

 

「……よし、準備完了です!」

「お疲れさーん」

 私が準備している間に既に席に座っていた友人のCは、片手を上げてそのやる気のなさそうな目で私を呼ぶ。

 これが狩りの時になれば、人が変わったかのように真剣な表情を見せるのだから人は見掛けによらない。

 

 

「ユーちゃんも、今日はお疲れ様です」

「もう三日目だけど、護衛任務も慣れたもんよ〜」

 やる気のなさそうなのはそのままに、ガッツポーズを見せてくれる友人のC。

 しかしその腕は私からみても華奢だ。どこにあんな力が眠っているのやら。

 

 

「私もユーちゃんみたいに戦えたら良かったんですけどね……。やっぱりハンマー持って手伝った方が良いんじゃないですか?」

「邪魔だから引っ込んでて良いよー?」

「ナチュラルに邪魔とか言わないでください」

「誰かに気を使いながら戦うって、凄い疲れるんだよねぇ」

 表情は変えずにそう言う友人のCは、キッチンにいる大将さんを横目で見ながら顎を手に乗せて目を細めた。

 

 

「……大将さんもさー、そういう気持ちがあるからあたしを呼んだんじゃないかなぁ?」

「え、私が邪魔って事ですか?」

「いやいや、心配してるんだと思うよぉ。クーちゃんをさ」

「私を心配している?」

 彼女の言葉に私は首を横に傾ける。同時に吹いた風が、青い花の花弁を揺らした。

 

 

 

「こんがり肉G、大将さんが目指してるのは例のお花───じゃなかった。弟子だったハンターさんへの謝罪の気持ちが大きいと思うんだよねぇ」

「それは……タイショーさんが責任に思ってしまっているから、でしょうけど。それと今の話関係あります?」

「……同じ過ち、繰り返したくないでしょ?」

 彼女は静かにそう言って、青い花を指先で突く。

 

 

 

 

 同じ過ち。

 大将さんは例え望んでいなかった弟子だとしても、目の前で誰かが傷付くのが許せなかったのかもしれない。

 だから私が危ない時は本当に必死に助けてくれたし、物凄い怒ってくれた。

 

 それは彼があのポッケ村のハンターのオトモであった事のプライドではなく、きっと彼の優しさなんだと思う。

 

 

 

 

「……私、やっぱり足手まといなんじゃないでしょうか」

「それはそうかもしれないけどさぁ」

 自分で言っておいてなんですが、そこで肯定されると傷付きますよ。

 しかし彼女は少しだけ間を置いて、こう続けました。

 

 

「……結局は、それを決めるのは最後だしねぇ」

「最後?」

「もし、大将さんがこんがり肉Gを完成させた時。そのこんがり肉Gに、クーちゃんがどれだけ貢献出来たかが、クーちゃんをそばに置いている意味だと……あたしはそう思う訳ですよー」

「……私がどれだけ貢献できた、か」

 私は大将さんのこんがり肉G作りに貢献出来ているのでしょうか。

 どうしたらこんがり肉Gを作る手助けが出来るのでしょうか。

 

 まだ、分からない。

 

 

「まー、ゆっくり考えれば良いんじゃないかなぁ? 大将さんも時間かかりそうだし」

 彼女はそう言って大将さんを横目で眺める。

 当の大将さんは私達に出すご飯を作りながら、自分用のこんがり肉を焼いて口にしてはいつものように溜息を吐いていた。

 

 

「アレはまた失敗って事ー?」

「あー、はい。いつもあんな感じで、合間合間にこんがり肉を焼いては自分で食べてるんですよね。前、今みたいに失敗したこんがり肉を食べさせて貰ったんですが……普通に美味しかったし何が足りないのかなんて私には分からなくて」

 私がそう言うと、友人のCは眠そうな目で「それに気が付けば、きっとゴールに辿り着けるんじゃないかなぁ」と小言を漏らす。

 

 

 それが分かれば苦労しない。

 

 

 

「───へい、お待ち」

 数分後、大将さんは大きな皿を持ってきて机の上に音を立てて叩き付けました。その時点で、豊潤な料理の香りが立ち昇る。

 

 

「な、なんですかコレ!?」

 大将さんの料理に驚かされるのはよくある事なんですが、今回は大袈裟に驚くしかなかった。

 

「わー、これはこれは。凄いねぇ」

 それもその筈である。だって私達の前に出て来たのは───

 

 

 

「モンハン食堂、旅先のフルコースだ。今日は奮発したぞ」

 ───宴会でもやるのかと言いたくなるような量の料理の数でした。

 

「奮発し過ぎです!」

「いやいやー、たまりませんなぁ」

 机の上に並ぶ料理の数々。なかなかお洒落な見た目は良いですが、片付けるの大変でしょうねこれ。

 

 あ、片付けるの私ですね。

 

 

 

「右からホロロースの皇帝風マリネ、オニオニオンのスープ、チコフグのムニエル、氷結晶イチゴ、ガウシカのローストだ。デザートにチリチーズのチーズケーキもあるぞ。飲み物はミラクルマキアートだ」

 並べられた大盤振る舞いの料理を紹介していく大将さん。その皿の中から、彼は一番初めに紹介したホロロースの皇帝風マリネを私達の前に出す。

 

 

「コース料理って言ってな、本来は順番に客に出すもんだ。今回は客じゃないし、試作みたいなもんだから一気に作ったがな」

「あたしを商売の出汁にするなんてねー、なかなかやりますなぁ」

 言いながらも出された料理に手を付ける友人のC。こんな時でも商売の事を考えている大将さんは、やはり立派な職人さんなんでしょうね。

 

 

 ホロロースの皇帝風マリネは前菜。そしてスープの次に魚料理であるチコフグのムニエルという順番で食べ進めていくのがコース料理というものらしい。

 普段こんなにお上品にご飯を食べる事はないのでなんだか気を張るのですが、普段と違う食べ方というのも偶には面白いかもしれません。

 

 

「これは熱帯イチゴのアイスですね。砂漠で取ってきたのがなんだか懐かしいです……」

「食べさせてもらってるあたしが言うのもなんなんだけどさー、こんなに食材使って大丈夫なのー?」

「それなりに食材は用意したからな、それに今回はババコンガの群れなんて大物を撃退してくれた礼もある」

 大将さんの言う通り、今日は友人のCにとても助けられました。ここ数日もイーオス等の小型モンスターに襲われる事はありましたが、今日はババコンガですからね。

 

 

「ババコンガで済んで良かったってのはあるけどねー」

「なんで私を見ながら言うんですか。私はババコンガじゃないですよ」

 他人の食べっぷりを見てババコンガ扱いするのは辞めてください。私はあんな堂々と屁をこいたりうんこ投げたりしません。乙女ですから。

 

 

 乙女ですから。

 

 

 

「いや、あんたの腕ならこれからも安泰だ。期待してる」

「私と扱いが違い過ぎる!」

「お前はポポ相手でももたついてたろ……」

 何も言えない。

 

 

「他人を見る目は感心しますなぁ。いっひっひー、まーまー、任せて下さいよー」

「そうだな。んぁ……それよりあんな戦い方、どこで身に付けたんだ?」

 あんまりない胸を張る友人のCに、大将さんはそこそこ興味ありげに問い掛ける。

 

「企業秘密でーす。あたしは本当は高いからねー」

「そいつは残念だ。今晩は新しい樽を開けるつもりだったんだがな」

「おっとー?」

 食事をしながら楽しそうに狩りの話をする大将さん。

 

 

 

 その時私はふと思った。

 

 

 

「ガウシカのロースト……とても美味しいですね」

 もしかして大将さんは、狩りがしたいんじゃないかと。昔のように、料理人じゃなくて狩人の仕事がしたいんじゃないかと───そう思ったのです。

 

 

 

 

 

「───ま、あんたを雇ったのは正解のようだな」

「ユーちゃんの実力は私の折り紙付きですよ!」

「クーちゃんをモンスターから守るのは慣れてるからねー」

「それは本当に頼もしいな。……こいつはほっといたら勝手に死にに行くからよ」

「だからナチュラルに人を馬鹿にしないでください」

 友人のCの護衛により今回の旅は比較的安全に進んで来ました。

 

 

 

 

 

 

 しかし私達はこの時……まさかあんなモンスターに遭遇するなんて、思ってもいなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日の()()()()

 

『モンハン食堂旅先のフルコース』

 

 

 ・ホロロースの皇帝風マリネ

 ・オニオニオンのスープ

 ・チコフグのムニエル

 ・氷結晶イチゴ

 ・ガウシカのロースト

 ・チリチーズのチーズケーキ

 ・ミラクルマキアート

 

 

 当店のオススメフルコースになります。特別な日の食事等にどうぞ!




なんと今回でモンハン食堂1周年になりました。日頃の応援ありがとうございます!


【挿絵表示】

感謝のイラスト。普段ふざけた感じの奴が本気になった時の目が大好き侍。
本当は1周年なのでもう少しちゃんとしたのが書きたかったんですが時間が……。許して。


それでは読了ありがとうございました!次回はヤバいのと戦います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu16……携帯食料生地の熱帯イチゴタルト

 机を彩る様々な料理。

 調理された食材は香り豊かに、囲む団欒は食事を賑やかにする───

 

 

「不味い」

 ───なんて事はなく。

 

 

「文句言うな、もう食材が残ってないんだ。そもそも本来旅なんてこんなもんだぞ」

「だって!! ここ数日毎日毎日携帯食料ですよ!! 携帯食料!!」

 私達は今、食材を切らして保存食だけを食べながら旅を続けていました。

 

 

「そもそもなんなんですかコレ。パサパサしてるし、そんなに味しませんし。ご飯って感じがしません!!」

「何って、携帯食料だ」

「そりゃ知ってますよ! ハンターの狩場のお供ですからね! 私はいつもこんがり肉焼きますけど!」

「それはお前が緩い狩場にあんな強いハンターとしか行ってないから余裕があるだけだ。狩場で肉焼く余裕なんて───んぁ……そうそうない」

 友人のCを引き連れて火山地方への旅路の途中。

 長い旅路の中、貨物車に用意した食材がなくなってしまったのです。

 

 そうすると料理も出来なくなり、日々の食事は大量に用意してある保存食───携帯食料になってしまったのだ。

 

 

「───先駆けはなし、か」

「ねー! ユーちゃんもそう思いますよねー! これ美味しくないですよねー!」

 何故か木の上に登って空を見上げながら携帯食料を口に加えている友人のCに、私は大声で同意を呼び掛ける。

 

「こんな所でそんな声出すな……」

「別に周りにモンスター全然居ないから良いじゃないですか。ここ数日ランポスすら見掛けませんし。おかげで肉系の食材は手に入りませんけど……」

「お前が料理を食えないとイライラするのは分かったからとりあえず静かにしてろ」

「ぐぬぬ……」

 だって携帯食料不味いんですもん。

 

 長方形に固められたパサパサ食感の固形物。それが携帯食料。

 片手間に食べ易いかもしれませんが、とにかく味がしないのと口の中の水分も持っていかれるし、なによりずっとコレしか食べていないので飽きました。

 

 

「どうだった?」

「ガブラスが居る様子はないかなぁ〜。たまたまモンスターが活発的じゃない……と、思いたいねぇ」

「なんにせよとっととこの辺りを抜けるのが良いか。非常食に無理させる事になるが、急いだ方が良さそうだな」

「うーん、私的にはいざという時の為に体力温存をオススメしたいけどねぇ」

「んぁ……お前さんがそう言うなら、それに従おう」

 木の上から降りて来た友人のCと、大将さんはそんな話をして竜車の準備をし始める。

 何を言っているのかさっぱりなので、私は首を傾げて友人のCに状況説明を求めた。

 

 

「ここ数日モンスターを見掛けないから、ちょっと心配してるだけー。あたしがいるから、クーちゃんは何も考えなくて大丈夫よぉ」

 なんて言いながら私の頭を撫でる友人のC。もしかして、私の思っているよりこの状態は変なのでしょうか。

 モンスターを見掛けないのは普通に安心出来るし良い事だと思うんですけどね。

 

 

 

「ユーちゃん……?」

「あと確かにー、そうだねぇ。これ美味しくないよねぇ」

 なんて言いながら、彼女は携帯食料を口に放り込む。パサパサを食べながら、しかし彼女は「狩場でコレ食べるのはもう慣れたけどさー、こう続くと滅入るよぉ」と大将さんを横目で見た。

 

 

「んぁ……あんたは本当に食いしん坊に甘いな」

「大切な友達だからねぇ」

「その割には偶に扱い酷いですよね?」

 彼女は本当に何を考えているのか分かり辛い。

 

 

「……しょうがねぇ、非常食の食事時間使ってなんか作ってやる」

「え? 食材はもう殆どないんじゃないんですか?」

「あるだろ、そこに」

 そう言って大将さんは、友人のCが口に咥えている携帯食料を指差す。そんな彼の言葉に、私は口を開いたまま固まってしまった。

 

 携帯食料は携帯食料ですよ、と。

 

 

「準備するから、お前は非常食に餌出してこい」

「あ、え、はい……」

 言われるままに、私はサンセーにご飯を出して近くの水場からお水を汲んでくる。

 近くの川は透き通っていて川底までしっかりと見えるのに、何故か魚の一匹も見当たらなかった。

 

 

 

 

 

「……何してるんですか?」

「携帯食料を砕いてるんだが?」

「いやなんでそんな事をしてるんですか? 日々の鬱憤晴らしですか?」

 サンセーにご飯を渡してから戻って来ると、何故か大将さんが携帯食料をキッチンの上で叩き割っている光景を目にする。

 キッチンの上にはバラバラになって粉状の携帯食料が纏められていました。コレ食べたらもっとパサパサしてて口の中の水分が枯れそうです。

 

 

「アホか。コレを……こうする」

「おぉ〜」

 私に半目を向けてから、大将さんは少し深めのお皿に、バターを混ぜて練り合わせた携帯食料の粉を詰め始めた。

 するとどうでしょう。それはなんとフルーツタルトの生地に似ているではありませんか。

 

 

「デザートですか!?」

「飯の事になると頭の周りが早いな……。その通り、こいつを冷やして固めた生地にミルクやチーズと少しだけ余ってる熱帯イチゴを乗せれば立派なイチゴタルトの完成って訳だ」

 得意げにそう言う大将さんに、私と友人のCは拍手をしました。携帯食料しかろくな食材もなかったのに、まさかデザートを食べられる日が来るとは。

 

 

「早く食べましょう! 今食べましょう!」

「アホ、冷やしたり色々で手間があるんだよ。明日の楽しみにでもしとけ」

「うぐぅ……」

「クーちゃん、楽しみだからってあたしの分まで食べないでよ〜?」

「熱帯イチゴも今から使う分しかないからな、一人で全部食うなよ」

「私をなんだと思ってるんですか!?」

「あははー、約束だよー?」

 そんなこんなで、久しぶりのまともな食事。今から楽しみです。

 

 

 

「───さて、無事に明日を迎えられるかねぇ」

 サンセーの食事を終えた私達は、再びゆっくりと旅路を進み始めました。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu16……携帯食料生地の熱帯イチゴタルト』

 

 

 ゆっくりと進む竜車。

 日が沈みかけ、空が紅に染まっていくのを見ながら私は倒れている木の数を数える。

 

「……やる事がない」

 基本、旅の移動中はとにかく暇だ。お客さんが来て忙しいのとどっちが良いかと言われると答えるのに迷いますが今は忙しい方が良いと答える。

 そして忙しい時は暇な時間が恋しいと答えるのだ。人間というのはそういう生き物である。

 

 

「ここまで暇だとモンスターでも来てくれた方が良いとか思っちゃいますね。コンガの一匹も見掛けませんけど」

「それじゃー、コンガが出て来たらクーちゃんが退治してくれるー?」

「……い、一匹なら」

 とはいえ私に出来る事は限られているのですが。

 

 

 本でも持っていればいいのかもしれませんが、生憎と私は読書が苦手だ。難しい事は眠くなる。生きるのに向いていない。

 

 

「しかしなんか静かですよね。この森に入ってからはモンスターも居ませんし、狩場に登録されてる所とはえらい違いですよ」

 もしかしてモンスターって、軒並み狩場って言われてる所にしかいないのかもしれませんね。

 

 

「……ん?」

 そんな事を考えていると、ふと木々の間で何かが動いた気がして視線を向ける。

 目を凝らすと木が揺れているような気がした。その直ぐ後に、何かが軋む音がする。

 

 

「……あの、なんか聞こえません?」

「なんだ?」

 木が軋む音。竜車の後ろ側から聞こえる音に、私は無意識に指を向けました。それと同時に空気が震える。

 

「クーちゃんナイス……!」

 後方で木が何かに叩き折られ、友人のCはヘビィボウガンを展開しながら竜車を飛び降りた。

 

 

 突然視界に映る剛腕。私の身体よりも太い腕が、折れた木を掴んで放り投げようとしている。

 

 

 

「モンスター!?」

「まさか……!」

 ここ数日モンスターとは遭遇しなかったのに、突然の奇襲で私の頭は真っ白になっていました。

 大将さんは首だけを後ろに向けて、その眼光を光らせる。

 

 その先で立っていた巨体は、その豪腕で掴んだ木を私達に向けて投げ付けてきた。

 

 

「ヒィ!?」

「させないよぉ……!」

 放たれる弾丸。巨木に突き刺さったその弾丸が爆発して、真っ二つになった木は私達を逸れて木々を薙ぎ倒す。

 友人のCが居なければ私達は今ので巨木に潰されていた。心臓の鼓動が早まる。

 

 

「なんですか……アレ」

 視界に入るのは人間の身体よりも遥かに太い剛腕を持つババコンガのような姿をしたモンスターでした。

 しかしそれはババコンガとは比べ物にならない巨体を持っていて、頭に生えた二本の角も相まってとても恐ろしく感じてしまう。

 

 

 ティガレックスなんて比にならない。そんな事を思う程に、そのモンスターから感じる恐怖は桁が違った。

 

 

 

「ラージャンか……!」

「ラージャン……?」

 それがそのモンスターの名前なのでしょうか。ラージャンに立ち塞がる友人のCを尻目に、大将さんは目を細めてサンセーに走るように命じる。

 

「大将さん!?」

「とにかく逃げるぞ!」

「いや、でもユーちゃんが!」

「そんな事言ってる場合じゃねぇ!」

「そんな事って!」

 スピードを上げるサンセー。あんなモンスター相手に友人を置いていくなんて出来ないと、武器を持って飛び降りようとする私の肩を大将さんはその手で掴んで止めた。

 

 

「何するんですか!」

「死ぬ気か馬鹿が!!」

「でも!?」

 視線を向ける。

 

 ラージャンはゆっくりと、それでも巨体故の歩幅で私達に向かってこようとしていた。そんなラージャンに、友人のCはヘビィボウガンは向けて引き金を引く。

 しかし銃弾はラージャンの剛腕に突き刺さるが、貫通するには至りませんでした。

 

 

「……あちゃぁ」

 攻撃に怯む事なく友人のCの目の前に立ったラージャンは、その剛腕を振り上げ───目で追えない速度で振り回す。

 

 

「───え?」

 それで突然視界から友人のCの姿が消えたかと思えば、轟音と共に近くの木から赤い液体が飛び散った。

 ソレがなんの液体なのか理解するのと同時に、ラージャンは地面を蹴って私達に肉薄する。

 

「ユーちゃん───」

 あんなに強い友人のCが、そんな簡単に。

 

 

 ただただ視界が暗くなって、絶望と死が混ざって脳裏に焼き付いた。

 こんなにも簡単に人が死ぬ。私は何も出来ない。何もかも失って───

 

 

 

「───うぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 瞳を閉じた私の耳に聞こえたのは、聴き慣れた友人の聴き慣れない叫び声だった。

 

 

「ぇ」

 振り下ろされた剛腕に向けてヘビィボウガンを盾に受け止める友人のC。瞳を開けた私の視界に、そんなあり得ない光景が映る。

 

 

「ユーちゃん!」

「十分持たす!!」

 ただ、私の悲痛の叫びに帰って来たのは血だらけでラージャンの攻撃を受け止める彼女の言葉でした。

 

 

「急げ非常食! 明日の飯をテメェにするぞ!」

「大将さん!!」

 彼女に構わずにサンセーを急がせる大将さんは、私の言葉は無視するのに私の肩をずっと掴み続ける。

 少しずつ小さくなる友人のCの身体。私はそんな彼女に手を伸ばして叫び続ける事しか出来ませんでした。

 

 

 

「───クーちゃん……。約束、守ってよねぇ」

 森に轟音が轟く。日の沈んだ森は、薄暗くその景色を染めていった。

 

 

 

 

「───して! 離して下さい……! 離して! 離し───うわぁ!?」

 何も出来ずに暴れていた私の手を離す大将さん。突然自由になった私は、勢い余って竜車から転げ落ちる。

 

 

「───痛ぁ……」

 友人のCと分かれてどれだけ経ったでしょうか。日は完全に沈んで、周りは今さっきの轟音が嘘かのように静かになっていました。

 

 だけど、そこに友人のCは居ない。

 

 

「……ここは?」

 ふと辺りを見渡すと、そこは小さな横穴の洞窟になっている。横穴にサンセーと竜車を誘導する大将さんは、私の前に立って「悪いな」と言葉を漏らしました。

 

 

「悪いなって……大将さん、ユーちゃんが! ユーちゃんが死んじゃいます! 早く助けにいかないと!」

 私は彼にしがみ付いてそう訴える。しかし大将さんは、私から目を逸らして森の奥を見た。

 

 

「ラージャンってな、知ってるか?」

「え? し、知りません。あんなモンスター初めて見ました」

 大将さんの質問に私はそう答える。

 

 ババコンガに姿は似ていたけれど、大きさも力強さも桁が違った。

 あんな恐ろしいモンスターがこの世界にいるなんて思いもしていなくて、思い出すだけで身体が震える。

 

 

「アレは古龍級モンスターって言われててな、古龍を相手にしても引けを取らない化け物なんだ。普通の人間が勝てる相手じゃない。今逃げ切れたのだって、奇跡かと思うぐらいだ」

「逃げ切れたって……それじゃ、ユーちゃんは?」

「ここ数日モンスターを見なかったろ。小型モンスターなんかは近くに危険な奴が居ると姿を隠す。……それが分かってるから、アイツは俺に何かあったら自分を囮にして逃げろって言ってくれたんだよ」

 大将さんのその言葉に、私は今朝の友人のCの言葉を思い出した。

 

 

 

 ──ここ数日モンスターを見掛けないから、ちょっと心配してるだけー。あたしがいるから、クーちゃんは何も考えなくて大丈夫よぉ──

 

「二人共こうなるって……分かってたんですか?」

「こうなるかも、だ。俺だってこうならなければ良いって思ってたさ。……だけどな、そうでもしなければ全滅していた」

 大将さんの言葉は、意味は分かっても理解が出来ない。

 

 だからって彼女が死んで良いなんて受け入れられないけど、皆仲良くミンチになるのが正しいとは言えません。

 だけど、それでも彼女は私の───

 

 

「大切な友達だったんだよな」

「───だって、だって! ユーちゃんは……」

 彼女は私の唯一の友人なんです。狩場で足手まといとか邪魔だとか言われていた私に、文句も言わずに付き合ってくれたのは彼女だけだった。

 

 

 ──大切な友達だからねぇ──

 

 

「……嫌だ。嫌だぁ。ユーちゃんが死んじゃうなんて嫌だぁぁ」

 それなのに、私はこんな時すら何も出来ない。泣き叫ぶだけで、何も出来ない。

 

 

「……嫌、か」

「大将さん?」

「……俺も、嫌だから逃げたのか。今度こそ本当に目の前で何かを失うかもしれないから、それが嫌で逃げちまったのか」

 大将さんは頭を掻きながらその場に座り込む。

 

 彼は本当は優しい人だ。

 だから、自分のせいで弟子だったハンターを危険な目に合わせたのが許せなくて狩人を辞めてしまっている。

 そんな彼だから、勝てるかどうか分からない相手に立ち向かうのが怖かった。目の前で本当に誰かを失うのが怖かったのだろう。

 

 

 その手は震えていました。

 

 

 何も出来ない。

 

 

 

 ──結局は、それを決めるのは最後だしねぇ──

 ふと、数日前の彼女の言葉を思い出す。

 

 もし大将さんがこんがり肉Gを完成させた時、私がこんがり肉Gを焼いた訳ではなくてもそのこんがり肉Gを焼くのにどれだけ貢献したか。彼女はそれが私がここに居る意味だと言ってくれました。

 

 

 

 きっと私は何も出来ない。

 だけど、大将さんなら───

 

 

 

「───大将さん、助けて下さい」

「……んぁ?」

「ユーちゃんを助けて下さい! 大将さんなら、ユーちゃんを助けられる筈です! 大将さんは凄く強いニャンターさんだったんですよね! お願いだから、ユーちゃんを助けて下さい!」

 私は身体を地面に叩き付ける勢いで頭を下げながら、大将さんにそう頼み込む。

 

 

 これで何が変わるなんて事はないかもしれない。だけど、何もしないなんて嫌だ。

 

 

「お前……」

「私にはこれしか出来ないんです。私にはこんがり肉Gを焼く事も、ユーちゃんを助ける事も出来ない。……だけど大将さんにはそれが出来る筈なんです! お願いです! ユーちゃんを助けて下さい!!」

 大将さんが優しいのは知っている。だからこそ厳しいのも、だからこそ危ない事をしないのも。

 

 

 それでも私は彼に縋り付いた。

 

 

 

「───んぁ、分かった。竜車も隠したし動けない事はない。……だが、二つだけ条件がある」

「……た、大将さん!」

「条件があるっつってんだろ」

「条件……ですか?」

 私を突き放す大将さんは、少し考えてからこう続ける。

 

 

「まず、無理だと分かった瞬間諦めて逃げる。それはアイツが生きていても、助からないと思ったら目の前で見捨てるって事だ。今より辛い思いをする事になる」

「それって……」

「二つ目の条件。……お前も手伝え。そして死ぬな」

 私達は直ぐに準備を始めました。貨物車から私の武器と、大将さんはピッケルを持ってくる。

 

 

「武器が心許ないな……。そうか、アイツが使えるかもしれないならアレも持ってくか」

「大将さん?」

 大将さんがそう言って持って来たのは、竜車の車輪を固定する鉄の軸の予備でした。それを「長いから半分で叩き切れ」と私のハンマーで二つに折る。

 

 

「何に使うんですかこれ?」

「ないよりマシだろ。とっとと行くぞ」

 私達は武器を持って、来た道を走った。少し遠くから音が聞こえて来る。これは彼女が戦っている音か、それとも───

 

 

 

「───居たぞ」

 木々の間。巨木が倒れる後に振り向いた大将さんは、赤く光る眼光を捉えてピッケルを構えた。

 

 その先では咆哮を上げるラージャンが、豪腕を振り上げている。

 

 

「ユーちゃん!!」

 その真下に、彼女はまだ立っていた。無傷という訳ではないけれど、まだ五体満足で立っている。

 

 

「───あれぇ、走馬灯見えちゃってるぅ?」

「いやよそ見してないで前見て下さい!!」

「お前が声かけたんだろアホ!」

 振り下ろされる剛腕。しかし、友人のCは前に突き出した自分の獲物を背負うようにラージャンの攻撃をイナシた。

 さらにその剛腕を振り回すラージャン。剛腕の動きに丁度合わせるように、彼女は自分の身体を捻ってそれを避ける。

 

 

「凄……」

「いやぁ、帰って来ちゃったかぁ。どうしたもんかなぁ?」

 全身ボロボロですが、困っているように見えてまだ戦えている友人のC。そんな彼女に対して、ラージャンは全身に銃弾が突き刺さり怒りに震えているようだった。

 

 

「お前の友達は化け物か」

「どっちがモンスターか分かりませんね」

「そこー、他人をラージャンみたいだとか言うと怒る人も居るからね〜」

 聞こえてますし。

 

 

「───おっと」

 身体を揺らしながらも、しっかりと友人のCを捉えて剛腕を振り回すラージャンの攻撃を───しかし彼女は踏み付けて飛び上がり、銃弾をお見舞いしてその反動で距離を取る。

 ババコンガ戦で見せた綺麗な動きを見せて私達の目の前に着地する彼女だったけど、着地の瞬間にバランスを崩して片目を閉じた。

 

 

「ユーちゃん!」

「正直、勝てなくはないけどキツかったんだよねぇ〜。来てくれたのは助かるよぉ」

 ラージャンは怒っているのか、両手を振り上げて咆哮を上げている。

 気のせいか、毛が逆立って発光しているようにも見えた。

 

 

「お前さん、俺達が隙を作ったら強烈な一撃をお見舞い出来るか?」

「クーちゃんが背負ってるソレ、貰えるならやれなくはないよぉ」

 彼女は私が持ってきた車輪の軸を指差してそう言う。

 こんな物何に使うか分かりませんが、アレだけの攻撃を受けても未だに立っているラージャンへのもう一押しが欲しい。そんな所か。

 

 

「え、私もやるんですか?」

「手伝えって言ったろ。いいか、お前は俺の合図でこれを投げれば良い。それ以外は逃げる事に集中しろ」

 そう言って、彼は私に閃光玉を手渡した。

 

 強力な光で相手の視力を奪う閃光玉。これで、友人のCが攻撃する隙を作る。

 

 

「有無だの言ってる暇はねぇ。来るぞ!」

「うぇ!?」

 突進して来るラージャン。友人のCは私の背中から棒を持って、大将さんはピッケルを片手に散開した。

 

 

 そしてラージャンの狙いは私。剛腕が振り上げられ、私は悲鳴を上げながら逃げる。

 

 

「嫌ぁぁぁああああ!!!」

「やっぱ逃げ足は早いな。使える」

 使える、じゃない。助けて。死ぬから。

 

「こっちよぉ」

 そんな私に、友人のCからの助け舟。銃弾がラージャンの横っ腹に突き刺さり、ラージャンは唸ってその鋭い眼光を私から晒した。

 

 しかし、そこに回り込んでいた大将さんがピッケルをラージャンの下顎に叩き付ける。刃が貫通する事はありませんでしたが、血飛沫が上がってラージャンは悲鳴を上げた。

 

 

「浅いな」

 大将さんに向くラージャンのヘイト。振り回される両腕を、大将さんは軽々と避けてラージャンの懐に潜り込む。

 そのまま振り上げられたピッケルの刃がラージャンの横腹を貫いた。悲鳴を上げるラージャンの攻撃はさらに激しくなるけれど、大将さんは巧みにそれを交わしていく。

 

「凄い……」

 これが、ポッケ村の英雄のオトモ。これがドンドルマで一線を張っていた狩人。

 

 

 

「お前ら準備しろ!」

 回り込んでラージャンの後脚にピッケルを深々と突き刺した大将さんは、ラージャンの攻撃を避けながら私の元に走って来た。

 ラージャンは物凄い形相で大将さんを追い掛けてくる。怖かったけれど、私にはする事があった。

 

 

「今だ!!」

「はい!!」

 私は目を瞑って、地面に叩き付けるように閃光玉を投げる。刹那、夜の森を光が包み込んだ。

 

 聞こえて来る悲鳴。

 

 

 そして、視界に映るのはラージャンの足に突き刺さったピッケルを踏み台に跳び上がる友人の姿。

 

 彼女の得物は折り畳まれたまま、砲身の内側に私達が持ってきた棒が組み込まれている。

 そのまま重力に引き込まれて上空からラージャンの肩へ向け、その棒を突き刺し───

 

 

「発射ぁ〜」

 ───引き金を引いた。

 

 本来銃弾を打ち込む機構が、ラージャンの肩に刺さった棒を射突する。

 それは弾丸となってラージャンの肩を貫いた。

 

 悲鳴と共にラージャンは転がり、友人のCは私達に視線を向けて「逃げよう」と走る。

 

 

 

 

 夜の森を走りながら私は思いました。

 大将さんも友人のCも本当に凄い人で、私はこの人達に近付く事は出来ないかもしれないけれど───

 

 

「私、頑張ります」

 ───支えて、力になりたいと。何も出来ない私を変えたいと。そう思ったのです。

 

 

 

 

「クーちゃん、来てくれてありがとう。これでクーちゃんに全部取られずにデザートが食べられるねぇ〜」

「もしかしてその心配しかしてなかったんですか!?」

「そりゃそうだろ」

「大将さんまで!!」

 次の日食べたデザートは、いつもに増して美味しくて───大将さんもどこか満足気でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『携帯食料生地のイチゴタルト』

 

 ・携帯食料        ……150g

 ・幻獣バター       ……70g

 ・ロイヤルチーズ     ……200g

 ・特産キノコ       ……50g

 ・ポポミルク       ……少々

 ・熱帯イチゴ       ……好きなだけ

 

 

 携帯食料に飽きた貴方に!




戦闘シーンばっかり書いて食事シーンを書いてない!?
たまにはこんな事もあります。

読了ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu17……活火丼

 ある日のドンドルマ、集会所。

 

 

「……困ったなぁ」

「と、言われましても。ギルドカードがないとクエストを受注する事は出来ないんです。……再発行は出来るので、身分が証明できる物か……友人でも良いので身分を証明できる人を呼んできて貰えませんか?」

 ギルドカードを失くしてしまった()()()は、集会所で受付のお姉さんに「そこをなんとかぁ」と頭を下げた。

 

 クエストは大なり小なり難易度があり、ハンターは自分の評価に合わせたクエストしか受注出来ない。

 その為のギルドカードなのだが、身分を偽って作ったりしていると───失くした時にこうやって困る。

 

 

「お名前を教えて頂ければ、少し時間が掛かりますが再発行致しますよ?」

「あー、名前。名前ねー。あたしの名前……なんだっけ?」

「えぇ……」

 あたしのギルドカードに書いてあった名前、なんだっけ。覚えてない。興味が無さすぎて詰んだ。

 

 

 人から盗んだギルドカードだったので、あまり興味がなかったのである。だけど、アレがないと仕事も出来ない。

 家出してから家族はもってのほか、友人なんてあたしにはいなかった。だからこんな事をしているし、昔からずっと一人で生きている。

 

 また適当に見繕って、出直した方が良いかもしれない。

 

 

 

「えーーー! なんでですか! 私だってイャンクックくらい倒せますよ!」

 そんな事を考えていると、隣のカウンターからそんな声が聞こえて来た。

 

 あたしと同い年くらいの女の子の声。

 背中には大きなハンマーを背負っていて、胸元にはラオシャンメロンを二つ抱えている。なんだそのボインは。

 

 姉が見たら泣きそうだ。

 

 

「だーかーらー、ハンターランクがまだ足りないのでダメなんです! そもそもあなたはこの前ランポスの討伐クエストを失敗して来たばかりでしょう?」

「だからですよ! お金がないんです! このままだと餓死してしまいます! イャンクック倒して大儲けさせてくださいよぉぉ!!」

「あなたには倒せないって言ってるんです!! どうしてもというなら、ハンターランクの高いご友人を連れて来て受注してください!!」

 隣の受付でそう話すラオシャンメロンの女の子。

 

 受付の女性の言う通りで、ランポスも倒せないハンターにイャンクックなんて倒せる訳がない。あまり受付の人を困らせてはいけない。あたしが言える立場じゃないけど。

 

 

「ハンターランクの高い友人なんて居ませんよ! 私と組んだ人は皆「邪魔」とか「居ない方がマシ」とか「光虫の方が役に立つ」とか言うんですよ!?」

 何をしたら人間がそんな扱いを受けるのだろうか。

 

「だからそんな事言われても……」

「私に友達なんて居ないんですよぉ! 普段集会所に居る人なんて殆ど私の事知ってますも───ん?」

 ふと、そんな女の子と目が合ってしまう。

 

 

 おっとー? 

 

 

「居ました! 友人!」

 コイツは何を言ってるのだろうか。

 

「はい〜?」

「いやー、もう! 私ですよ私! 久し振りですか? 久し振りですね! 私です! 私!!」

 誰だよ。

 

 

「そちら様は?」

「ギルドカードを失くしてしまったハンターさんなんですけど、良かったですね! ご友人が居るのなら、その方の証言でもギルドカード作れますよ」

 受付のお姉さん二人の会話に、あたしは少し耳を向けた。

 

 思っていたよりギルドカードの縛りは緩いらしい。要するに、その狩人の実力さえ分かればギルドとしては無用な事故を減らせるからそれで良いのだろう。

 

 

「……君、利害一致したから口裏合わせたげるよ」

「本当ですか!?」

「声がでかい」

 私が小声で言うと、彼女は乗り気で受付のお姉さんに向き直った。

 

 

 利用するだけ利用して、イャンクックの前に放り投げておくもよし。どこかでまた使えそうなら、恩を売っておくもよし。

 友人なんてあたしには要らない。家族から逃げて、一度死んだ自分には居場所なんてないのだろう。

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

「それで、そちらの方のお名前は?」

「え? あー、えーと、友人です」

「いやだから、お名前は?」

「え、えーと……友人、友人の……友人の───」

「友人の?」

「友人のCです」

「は?」

 コイツ頭おかしい。

 

 

 なんだ友人のCって。そんな名前の奴がこの世にいる訳ないだろ。

 

「はー、もう。違いますよー。ユウジンのシーじゃなくてぇ、ユウ・ジンノシーだよ〜」

「そ、そーでした! ゆ、ユーちゃんです! そ、そうそう!」

 ダメだコイツ。イャンクックの前に放り投げとこう。

 

 

 

 そうしてあたし達はクエストに向かった。

 

 あたしはヘビィボウガンでイャンクックを攻撃しながら───彼女は背中のハンマーも抜かず走り回っている。

 丁度良い囮になった彼女がいつ轢き殺されるか楽しみにしていたが、意外にも逃げ足が早くてイャンクックも手間取っているようだった。彼女は彼女で必死である。

 

 

 そうするとイャンクックは横からちまちまと攻撃してくるあたしに苛立ったのか、狙いを変えて突進してきた。

 これは避けれないし、踏んで跳ぼうとも思えず、イナシてやり過ごそうと構える。

 

 

「危ない!!」

 そう思った矢先、イャンクックを追いかけてきた彼女は何を思ったのか飛び出してあたしを突き飛ばした。

 そんな事されるとは思っていなかったあたしは反応出来ずに突き飛ばされ、とうの彼女はイャンクックに突撃されて地面を転がる。

 

 

 突進の勢いを殺すために地面を滑るイャンクックに弾丸を叩き付け、ついに勝てない事を悟ったイャンクックは、それで足を引きずって巣まで逃げていった。

 

 

「……君さー、バカ?」

 倒れている彼女の元まで歩いて、見下ろしながら口を開く。死んだのか、反応がないので足で蹴ってみると彼女は咽せながら目を開いた。

 

 

 生きてたか。

 

 

「……っ、げほっ、ごほっ……う、うぅ。あ……ユーちゃん! 大丈夫ですか?」

「……は?」

 コイツは何を言っている。

 

 

 もしかして、あたしを心配していたのだろうか。何故、どうして。分からない。

 

 

 その後、イャンクックを倒して。

 

 

 

「ユーちゃーん! またクエスト行きましょうよ!」

 最初は体のいい囮だと思っていた。

 

 

「えへへぇ、ユーちゃんやりましたよ! 私、ドスランポスを倒せました!!」

 段々と彼女の明るさと強引さに惹かれていって。あたしもどこか満更じゃなくなっていく。

 

 

「ユーちゃん!」

 彼女はあたしの───

 

 

「君はさー、なんであたしに付き纏う訳ー?」

「え? だって、ユーちゃんは友達ですから」

 友達。

 

 

 

 あたしに出来た、はじめての繋がり。

 

 

 

「……君、名前は?」

「名前? あー、私ですか。私は───」

 ───あたしの大切な友達になった。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu17……活火丼』

 

 

 クルクル回る。

 

「ようこそ、マドモアゼル。美しき、麗しき、眩しき処女よ! 歓迎いたす、炭鉱と温泉の村にようこそ。吾輩、貴女をここでお待ちする為にこの世に生を授かった次第! 今宵は……運命の日である!!」

 突然凄い変な人が現れた。

 

 

「死ね」

「アギャバァ!?」

「すみません、ウチのゴミが突然。ようこそキッチンキャラバンの旅人さん、ここは炭鉱と温泉の村です。何もないところですが、ごゆっくりしていって下さいね!」

 変な人を殴り飛ばしたのは、この村の集会所の受付嬢さん。

 

 ここは火山地帯。炭鉱と温泉の村。

 村の入り口で話を通すと、受付嬢の女性は私達を宿に案内してくれる。

 

 

 私達はラージャンとの激闘の末、なんとか三人とも無事に目的地の村に辿り着く事が出来ました。

 友人のCは思っていたよりも軽症だったのですが、見た目は凄く酷かったので移動中死んでしまうのではないかと私はずっと心配していたんです。

 

 当の本人は「大丈夫だって〜」といつものホワホワ顔でしたが、私は怒って怪我が早く治ると噂の効能がある温泉に叩きつけてきました。

 

 

 

「ユーちゃんはもっと自分を大切にするべきです!」

「あの嬢ちゃんは昔から食いしん坊の事をあんなふうに守ってくれてたのか?」

「うーん、そうでもないですよ。厳しい時は厳しいですし、初めて一緒に行ったクエストなんて私の事を囮にしてくれましたからね!」

 私がそう話すと大将さんは「ふーん」と興味なさげに荷物の整理をし始める。私はそんな彼を尻目に彼女との思い出を少し思い返していた。

 

 

「たまにこうやって私を守ってくれるんですよね。いつからでしたっけ……。よく、分からないんですけど」

「お前がアホだからだろ」

「なんですとー!」

 辛辣な言葉に私が地団駄を踏んでいると、噂の友人のCが温泉から出てくる。

 バスローブ姿の彼女は「何の話〜?」といつも通り話しかけてくるので、私は「ユーちゃんが私を囮にしてイャンクックを倒していた話です」と頬を膨らませた。

 

「あー、あははー、アレはねー、そういう作戦?」

「そもそも覚えてなさそうな顔してるんですけど……」

「覚えてるよー。はじめてのクエストでしょー?」

 そう言うと彼女はふと静かな表情を見せて、だけど直ぐにいつものフワフワに戻ってこう口を開く。

 

 

「あの時は助けてくれてありがとねー」

「覚えてたし」

「当たり前じゃーん」

 不思議な人ですよ、本当。

 

 

 その後、大将さんが支度を終えると、私達はこれまで通りこの村でお店を開ける事にしました。

 ただ、旅の途中で食材を殆ど使い切ってしまったのでまずは買い出しからスタートです。

 

 

「火山の村で食材探し、中々大変そうですけど……」

「んぁ……火山には火山の特産品がある。とにかくそれで一品作るか」

 なんだが楽しそうな大将さん。口角を吊り上げるそんな彼の背後に、人の影。

 

 

「小さき者よ、心得た発言に吾輩関心である!」

「んぁ?」

 その場でクルクルと回りながら、村に着いた時に突然現れた変な人がまた現れた。

 

 短く切り揃えられた茶髪に髭。

 背中に背負うハンマー。身に付けているのはゴツゴツだけど装飾品が沢山着いた綺麗な装備。

 

 

 その姿は私と同じ、ハンターのものです。

 

 

「どちらさまですか?」

「あー、クーちゃん。この人さっきの人じゃなーい?」

「おっと失礼、マドモアゼル。吾輩とした事が女性に自己紹介を怠るとはなんたる怠惰か! 怠慢か! 吾輩、この村を拠点にトレジャーをハントしている。トレジャーとは宝! 宝とはトレジャー! 吾輩、トレジャーハンターの───」

「ウチの村のハンターです」

 何故か踊りながら自己紹介をし始めた男性の耳を引っ張って言葉を遮ったのは、酒場にいた受付嬢のお姉さんだった。

 

 男性は「吾輩、自己紹介の途中だったのだが……」と涙を流す。

 

 

「せっかくのお客さんに変人が絡んで、この村の印象が悪くなったらどうするんですか! この村は頭のイカれた変人が居るなんて噂が立ったらどうするんですか!」

「え、そこまで言う? 流石の吾輩も泣くよ? 吾輩ただ、客人に村を紹介しようとしただけなのだが?」

 顔を真っ青にして口を開いたまま固まる男性。女性はそんな男性を尻目に、大将さんに「旅人さん、村をご案内いたしましょうか?」と問い掛けた。

 

 

「んぁ、案内ならその男に頼みたいな」

 しかし、大将さんは何故か口角を吊り上げてそう返事をする。

 この男性に不満があるという訳ではありませんが、村の事を教えてもらうなら受付嬢のお姉さんの方が適任な気がするんですけどね。

 

 

「え? 正気ですか? この人凄くウザいですよ」

「吾輩ウザいか!? え、吾輩ウザいって思われてたのか!? いや、よく思い出すとウザがられている気がしなくもないが!!」

「あんた、トレジャーハンターだって言ってたな。なら、この村の特産品にも詳しいだろう?」

 ワタワタと受付嬢に話し掛ける男性とそれを無視する受付嬢のお姉さん。そんな二人に、大将さんは「食材を探してるんだ、都合が良ければあんたに頼みたい」と続けました。

 

 

「むっふっふ、吾輩の出番のようだな!」

「そ、それでしたら……。えーと、ウザかったら直ぐに殴り飛ばして良いですからね!」

「暴力は良くないぞ!?」

「よし、早速頼む」

 なんだか賑やかなメンバーを加え、私達は食材探しを再開する。

 

 

 

 村は中心部よりも、出入り口が栄えているようでした。

 

 その理由は、村の奥には火山に繋がる山道があって炭鉱夫の人達やハンターの人達しか寄り付かない場所だからとか。

 レールと蒸気機関で炭鉱現場まで動くトロッコを見たのは初めてなので、観光の土産話には丁度良いかも知れません。

 

 

 村の出入り口付近には露店等が並んでいて、活気の良い様子が見て取れる。

 炭鉱夫の多い村だからか、村人達の平均的な体格はハンターも驚く程だ。それも相まって村の活気の良さはドンドルマのような大きな街にも劣らない。

 

 

「魚屋はどこだ?」

「火山で魚屋……ですか?」

 大将さんの問い掛けに私はそう首を傾げる。ここは火山地帯。活火山の並ぶこの辺りの地形では、魚は滅多にお目にかかれないと思うのですが。

 

 せっかく火山に来たのに、魚。

 

 

 

「なるほど目の付け所が良いな小さき者よ!」

「誰が小さき者だ」

「火山には火の海の魚がたんまりと居る! 此処にしか売っていない食材も見つかる筈であるぞ!」

「火の海というと……ヴォルガノスとかー?」

 友人のCの言うヴォルガノスは、確か魚竜種のモンスターでしたでしょうか。

 

 溶岩の中を泳ぐとんでもないモンスターだとかなんとか。

 人が触れたら骨も残らない溶岩の中ですが、グラビモスや件のヴォルガノスのように溶岩の中でも平気で行動出来るのがモンスターだ。

 しかし、それは強靭な力故。普通の生き物は火の海で生きる事は勿論近付くことだって容易ではない。

 

 

「ノンノンノン、だから言っているであろう。魚である」

「はい?」

 しかし、トレジャーハンターを名乗る男性はそう言って私達をとあるお店に連れて来る。お店の看板には魚屋と書いてあった。

 

 

「親父殿! 旅の者を連れて来たぞ、新鮮なのを紹介してやりたまえ!」

「へいらっしゃい。丁度溶岩タラバが入った所だ」

 そう言って店主が指さしたのは、蟹。

 

 

 蟹? 

 

 

「ほう、溶岩タラバか。良い食材だ」

「なんです? この蟹」

「この蟹はなんと! 溶岩に住み着く蟹なのである!」

「は?」

 溶岩に住み着く、なんて言葉に頭が真っ白になる。

 

 

 その他にも───

 

 

「このマグマヤマメは溶岩の中を泳ぐ魚である!」

「は?」

 

 

「獄炎ワカサギ。溶岩に住む魚である!」

「は?」

 

 

「スサノウオ。ガブラスの腹からしかまだ見つかってない貴重なトレジャーである! 一説によればイチノタチウオという奴の仲間とも言われておるらしい!」

「は???」

 

 

「今は並んでいないが、ピッケル活魚という奴もこれまた美味である!」

「どんな魚なの〜?」

「確かピッケルの代わりにする事が出来る魚であったな」

「いやどんな生命体ですか?」

 想像すら出来ない。

 

 

 

 

 ───なんて、珍妙な魚介類(?)で食材を揃え出来上がったのがこちら。

 

 

「へい、お待ち。海鮮丼ならぬ───活火丼(かつかどん)だ」

 海じゃないですからね。

 

 しかし、テーブルに並べられたのは間違いなく美味な海鮮丼でした。

 ご飯の上に乗った赤身の魚と白身の魚。そしてそれらを取り囲むように盛り付けられた蟹の足。そして獄炎ワカサギの天ぷら。

 

 ネギと海苔を盛り付けて醤油を垂らせば、魚そのものの味を頂ける海鮮丼───否、活火丼の出来上がりです。

 

 

 

「これはこれは! 綺麗に盛り付けたものよ! 見事! 流石! 尊敬に値すると言わざるを得ぬ!!」

「これはまたお酒が進みますなぁ」

「ユーちゃんは何が出てきても飲みますよね?」

 三人の前に並んだ活火丼に、私達は唾液を飲み込んで箸を手に持った。

 

 いただきます。

 火山に住む逞しい魚達の命に驚きつつも、感謝は忘れずに。

 

 

「溶岩の中を泳いでるっていうから少し不安だったんですけど、ちゃんと美味しい魚ですね!」

 灼熱地獄で暮らしているからか、歯応えの良いマグマヤマメとスサノウオ。それをご飯と一緒に喉に流し込むのは至福のひととき。

 

「獄炎ワカサギの天ぷらも美味しいよ〜」

 天ぷらと一緒にお酒を口に運ぶ友人のC。ラージャンに襲われた時はどうなるかと思いましたが、今ここで隣に彼女が居てくれる事に安心して私はため息を吐いた。

 

 ふと、あの時の大将さんの戦いっぷりを思い出す。

 武器ではなくピッケルで戦っていたのに、彼はあの恐ろしいラージャンに遅れを取ってはいなかった。

 彼が強いニャンターだったという事は知っていたけれど、正直私は驚いている。だってあの時、大将さんは───

 

 

「うーむ! これは美味であるな! 我が宝物庫、火山のトレジャーがここまで化けるとは!! 愉快! 爽快! 新世界!! 新たな食への探求は終わらぬというか!! ハッハッハッハッハッ!!」

「喜んでくれて何よりだ。おい食いしん坊、お前はいつまで食ってる。今日はコイツ一品で乗り切るぞ。仕事だ!」

「え、私まだ食べてますよ!?」

「仕事だ!!」

「はい!!」

 ───大将さんはとても楽しそうだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『活火丼』

 

 ・獄炎ワカサギ      ……4匹

 ・カリスマイタケ     ……2本

 ・薄力粉         ……適量

 ・溶岩タラバ       ……脚2本

 ・マグマヤマメ      ……刺身4切れ

 ・スサノウオ       ……刺身4切れ

 ・醤油          ……適量

 ・ジャンゴーネギ     ……20g

 ・ココットライス     ……1合

 

 なんで溶岩の中で生きていけるんですか?




今年最後の更新になります!それでは、良いお年を!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu18……鎧竜のセセリの照り焼き

 火山の村で、今日も開店。

 繁盛するモンハン食堂で出すのは、火山に住む魚で作った海鮮丼ならぬ活火丼。

 

 

 村の炭鉱夫達にも評判で、噂が噂を呼びお客さんはどんどん増えていった。

 

 すると流石に食材も足りなくなるので、お店は閉店。片付け作業に入っています。

 

 

「え、ハンターさんG級ハンターなんですか!?」

「そうとも! 吾輩、この辺りでは結構有名なハンターなのであるぞ? まぁ、吾輩の本業はトレジャーハンターであるがな!」

「まぁ、これでも一応うちの村では頼りにされてるんですよ。村の外でも()()なんて渾名を貰っているらしいです。こんな人ですが」

「こんな人とは褒めているのであるな? 褒めているのであるな! ふははははは!」

 片付けの最中、村のハンターさんと集会所のお姉さんのそんな話を聞きました。

 

 

 曰く、上位ハンターの中でもギルドに認められた特別な存在だけがその称号を手に入れる事が出来るらしいです。

 あの友人のCですらG級ハンターではありません。これは噂ですが、ごまんといる狩人の中でG級として認められているのは二十人にも満たないとかなんとかと聞きました。

 

 

 そして自称トレジャーハンターの彼こそ、そのG級ハンターの一人だと言います。

 

 

 

「渾名……ですか?」

「うむ。G級に認められた者にギルドが付ける称号みたいなものであるぞ」

「それは格好良いですね! 私も欲しいです」

「クーちゃんには流石に一生むりかなぁ」

 一生はいくらなんでも酷くないですか。

 

 

「G級なんてのはそう簡単になれるもんじゃねぇ。……お前、ポッケでアレと話たろ? アレと肩を並べて戦うって事だぞ」

 賄いの活火丼を食べながらそういう大将さん。私がつまみ食いしようとすると「お前は食ったろ」と箸で突かれました。

 

 

 彼の言うアレとは、ポッケ村のハンターさんの事でしょう。

 私でも知っている噂の数々。龍を一人で狩るような狩人と肩を並べる───良く考えなくても無理でした。

 

 

「ポッケ村の奴と言えば覇王か! 奴は元気だったか? 吾輩、一度しか会ってない故にあまり顔も覚えてないがな」

「あなたは女の人の顔しか覚えないだけでしょう……」

 ジト目でハンターさんを睨む受付嬢のお姉さん。かくいうハンターさんは「そうであるかな?」と視線を逸らしている。図星か。

 

 

「ポッケ村のハンターさんは……こう、凄かったです。なんというか、覇気が……。というか、その覇王ってのが渾名ですか……」

「確かそうであったぞ」

「噂で聞いていた通りだったとは……」

 私はとんでもない人と話していたんですね。

 

 

「知り合いのG級ハンターといえば、君達と入れ替わりで村を出て行った者も居るな」

「一つの村にG級ハンターが二人も居たなんて事があるんですね……。どんな人なんですか?」

「メラルーを連れて黒い防具を使ってる金髪碧眼の若い娘なんだがな、これが吾輩も驚く実力者よ。怒隻慧という渾名持ちのな。報告にあった、近くにラージャンが現れたって話があったろう? そやつ、その話を聞くなりすっとんで行きおったからな!」

 メラルーを連れて黒い防具を使っている金髪の女性。はて、何処かであった気がしますが、多分該当する人はこの世界に沢山いるので気のせいかもしれません。

 

 

「ラージャンってあの時のかなぁ?」

「んぁ、多分な。……手強い奴だったが、G級ハンターなら問題ないだろ。これで帰りは安心って事だ」

 大将さんが全く知らない人を信用しているのに、私は少し驚きました。G級ハンターというのはそれほどまでの実力という事でしょう。

 

 そういえば、あのポッケ村の(G級)ハンターのオトモだった大将さんはどういう扱いだったのでしょうか。

 

 

「所であんた、G級ハンターなら頼み事があるんだが引き受けてくれるか?」

「む? なんだなんだ小さき者よ! 美味な食事の礼だ!! 吾輩に出来る事ならば頼まれんでもないぞ!!」

 頼り甲斐のある自信に満ちた表情でそう語るハンターさん。G級ハンターさんに何を頼むのかと思えばそれは───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu18……鎧竜のセセリの照り焼き』

 

 

 絶叫が火山に木霊していた。

 

「嫌ぁぁぁぁああああ!!!!」

 視界が揺れる程、滝のように涙を流しながら悲鳴をあげているのは誰でしょう。私です。

 

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! これは死にます!! 死にました!!」

「まだ生きてるよ〜」

 そりゃ友人のCは遠くから呑気にボウガンで攻撃してるから良いでしょうけどね。私の目の前にいるモンスターを見たらどんな人でも絶叫間違いなしだ。

 

 

 岩のように硬い甲殻を鎧のように身に纏い、棍棒のような巨大な尻尾は身体を回転させるだけで嵐のような風圧を起こす。

 翼を持つその巨体は溶岩の中でも平然と歩き、口からは万物を焼き尽くす熱線を放つモンスター。

 

 鎧竜グラビモス。

 私の目の前で暴れ回る巨体こそ、まさにそのモンスターでした。

 

 

 

「ハッハッハッハッハッ!! 元気であるなマドモアゼル!! その元気があれば大丈夫であるぞ!! とにかく尻尾に当たらない距離を保ち続けるのだ!! あまり離れ過ぎると熱線で燃やされてしまうからな!!」

 元気じゃないですよ今まさに死にそうですからね。燃やされてしまうからなじゃないですから。今すぐにでも命の灯火が消えそうですから。

 

 

「そんな事言われましてもぉぉ!」

 どうしてこんな事になってしまったのか、それは大将さんがハンターさんに話しかけた時まで遡ります。

 

 

 

「グラビモス、であるか?」

「あぁ、ここ最近この辺りに現れたって聞いてな」

 大将さんのG級ハンターへの頼み事は、グラビモスというモンスターの討伐でした。

 

「確かにここ最近、吾輩の宝物庫にグラビモスが闊歩しているのは事実である。しかし、あのグラビモスには吾輩も彼奴も手を焼いていてなぁ」

 宝物庫とか彼奴とか知らない単語が飛んできましたが、大将さんの言う通りこの辺りにグラビモスがいるというのは事実だそうです。

 

 しかし、G級ハンターの彼でもそのグラビモスには手を焼いているのだとか。

 そこで大将さんはこんな提案をしてきました。

 

 

「そこにいる白いのは腕が立つ。使ってくれて構わん」

「あれ〜? これって強制〜?」

「美味いもん食わせてやる」

「おっけー」

 ノリが軽過ぎる。

 

 

「あとソレも囮くらいにはなる。使ってくれ」

 ソレって何ですか。

 

 

「ふーむ、確かに腕は確かに見える。吾輩の眼力に間違いはない」

「どこ見てんのよえっち〜」

「して、彼女もなかなか見所はあるぞ。そうだな、吾輩が若い芽を伸ばす手助けという意味でも、吾輩も手が足りんという意味でも、二人の協力は魅力的な相談である! そもそも件のラージャンの件がなければ、あの怒隻慧に手伝ってもらう予定だったのだ」

 んー、もしかして大将さんのいうソレって、私の事ですかね。

 

 

「それではいざ行こう、我が宝物庫に美女二人をご招待である。吾輩に続け! 武具を待て! いざ出陣である!」

「待ってください! いや無理です!! 無理でしょ!? というか、私より大将さんの方が適任ですよね!?」

「俺は料理人。お前はハンター。良いな?」

「やってやりますよ畜生!!」

 なんて啖呵を切ったは良いですが、これは私の悪い癖でした。気だけが強いので相手が目の前に現れないと無理な事を無理だと言わないのです。ついさっきの自分を殴り飛ばしたい。

 

 

「粉砕せよ、玉砕せよ、撃砕せよ!! 我が宝物の前に崩れ落ちるが良い!!」

 ハンマーを持ち上げ、何やら高々と声を上げるハンターさん。流石の声量に、グラビモスもハンターさんに視線を向けて怒りのほうこうを上げました。

 そのうちに私は小休憩、友人のCは銃弾を横から何発も叩き付けます。

 

 実はコレ、戦い始めてかれこれ数時間が経っていました。

 しかしグラビモスはピンピンで、血の一つだって流していない。

 

 

 それもその筈。かの竜は全身を岩のような鎧に包まれた鎧の竜。

 私達人間はおろか、そこら辺のモンスターですら傷一つ付ける事は出来ないのです。

 

 

「むむむむむ! 此奴やはり硬いな! しかし攻撃は効いている。あと一歩、あと一歩なのだが!」

「効いてるんですかこれ?」

 戦いの中盤、ハンターさんがグラビモスの頭を殴り付けて気絶させる事に成功しました。

 その時に一緒にお腹辺りをハンマーで殴ったのですが、感触的には殆ど岩を殴っているのと大差ありません。ただただ腕が痺れます。

 

 

「吾輩も歳故な! 限界が近いぞ!」

 元気に大声でそんな事を言わないで欲しい。そしてそんな事を言いながらも、グラビモスの懐に入り込み振り上げられた彼のハンマーは、その岩のような甲殻を少しずつ砕いていました。

 

 あと一歩、彼のそんな言葉は事実なのかもしれない。しかし、そのあと一歩が遠いのです。

 

 

 

「む? 吾輩突然とても良いことを思い付いたぞ!」

「はい?」

 その時点で私は嫌な予感がしていました。良いことを思い付いた人の思い付いたことが良いことだった試しがありません。

 

「吾輩、彼奴を連れてくる故! 二人は此奴の足止めを頼む!」

「は?」

 そう言って、ハンターさんは全力でこの場を去って行きます。残されたのは私と友人のCだけ。

 逃げていくハンターさんには目もくれず、グラビモスはその鋭い眼光を私に向けました。

 

 

「なんでですかぁぁぁああああ!!!」

 もう私は逃げます。それはもう必死に逃げました。

 

「ふぁいと〜」

 のんびりフワフワとそう手を振る友人のC。偶に良い感じの援護射撃をくれるのですが、彼女はこの状態を楽しんでいるようにも見えます。鬼か。

 

 

 

 そして少しだけ時間が経ち───

 

 

「うわ、なんですか? 地震?」

「これは……」

 グラビモスから逃げていると、突然地面が揺れはじめました。それには私も友人のCも、グラビモスも驚いて動きを止める。

 

 地面の揺れは暫く続き、しかも少しずつ大きくなってくるではありませんか。

 

 

 そして───

 

 

「フハハハハハハ!! こっちであるぞ我が好敵手よ!! お前は真っ直ぐも進めんのか!! フハハハハハハ!!」

 戻ってくるハンターさん。流石に彼が地面の揺れの原因という訳もなく、その原因は彼の背後から付いてきた一匹のモンスターでした。

 

 

「アゴ!!!」

 まず目を引くのが大鎚のような巨大な顎。背中に金色の突起を無数に生やした獣竜種のモンスター、その名も爆鎚竜ウラガンキン。

 

「アゴぉぉ!! アゴアゴ!! アゴでアゴアゴをアゴアゴアゴアゴアゴぉぉぉおおお!!」

「クーちゃんが人語を忘れるくらい動揺してるから通訳するとねー。アホー、どうして、なんでそんなのを連れて来たんですかもー。って言ってるよー」

「フハハハハハハ!! 白い可憐な少女よ、其奴の動きを止めるのである!!」

 私の必死の叫びは無視して、友人のCにそう指示するハンターさん。

 

 

「少女って歳でもないけどねー」

 言いながらも、彼女は走って私の横を通り抜け───私の背中を踏んで跳躍する。

 

 

「痛ぁ!?」

「失礼〜」

「失礼する前に言って下さい!!」

 私を踏んでグラビモスの頭上まで跳んだ友人のCは、背負っていたヘビィボウガンを展開───それをグラビモスに叩き付けた。

 

「ボウガンは鈍器ぃ」

「なんで!?」

 銃弾を発射する為の武器でモンスターを殴るとは。しかしヘビィの名は伊達ではなく、重力を乗せた一撃はグラビモスを退け反らせる事に成功する。

 

 

「よーくやった!!」

 なんて、言いながら。ハンターさんは急停止、グラビモスに背を向けて、背後から迫ってくるウラガンキンに身体を向けました。

 

 ウラガンキンはといえば、体を丸めて背中の突起物で地面を削るように転がり始める。

 あんなのに潰されたら良くてミンチ、普通なら地面のシミだ。

 

 

「ハンターさん!?」

 しかし、当のハンターさんは動かずにハンマーを構える。当たり前ですが人間がどう足掻こうがあんな巨大なモンスターを止めるなんて事は出来ない。

 

 それはいくらG級ハンターでも変わらない筈だ。

 

 

「フハハハハハハ! そーれ行くぞ我が好敵手よ、吾輩に向かってくるが良いわ!!」

 転がるウラガンキンにハンターさんが潰される───そう思った刹那、彼は突き出したハンマーを背負うように体を捻り、体重を逸らす。

 

 

「イナシ!?」

「───そら、とんで行け!!」

 友人のCが使う技術の一つと同じ事をしたハンターさんは、捻った体の勢いのまま再び抜刀。ハンマーを横振りにウラガンキンに叩き付けた。

 

 全体重を乗せて転がるウラガンキンがそんな事で止まる訳がない。

 しかし、彼の攻撃でウラガンキンの軌道が変わる。その先にあるのは───

 

 

 

「なんか、こっち来てません?」

「来てるねぇ」

 ───倒れたグラビモスと、着地した友人のCと、私。

 

 

「ぎゃぁぁああああ!!!!」

 私の悲鳴と共に、轟音が火山に轟いた。

 

 破裂音。

 大樽爆弾の爆発音のような音が耳に響く。

 

 

 ウラガンキンは倒れたグラビモスに直撃して動きを止めていた。当のグラビモスはといえば、回転するウラガンキンに直撃した腹部の岩のような甲殻が砕けて肉が丸見えになっている。

 

 あの岩の鎧だった甲殻が、遂に破壊されたのだ。

 

 

「そんなのありですか!?」

 そこからの狩りは一瞬です。

 

 友人のCの放つ弾丸はグラビモスの内臓を貫き、ハンターさんの鎚は内臓を潰し、そして最後は恐ろしい光景でした。

 

 

「お? 貴様まだ居たのか。もう帰れ、邪魔である」

 グラビモスとの衝突で少しの間気絶していたウラガンキンが起床。

 

「な、なんだ貴様やるのか! やるなら吾輩もやるぞ? 来いやこのアゴが!!」

 自分で連れて来たんでしょとツッコミを入れる前に、グラビモスの頭の方で戦っていたハンターさん向けて、ウラガンキンはその巨大な顎を振り下ろす。

 

 

 その鉄鎚は、見事グラビモスの頭をミンチにしてしまいました。討伐完了です。

 

 

 

「おのれ貴様ぁ!! 吾輩の手柄にするつもりであったのに!! 来い!! 今日こそ決着を付けてやるぞ!! うぉぉおおおお!! あ、二人は先に戻っていてくれたまえ、吾輩はこのアゴをぶっ飛ばしてから帰るのでな!! フハハハハハハ!!!」

 一人騒がしくウラガンキンを連れて火山の奥に向かうハンターさん。

 大丈夫なのでしょうかと友人のCに聞きましたが、流石の彼女も「G級って変なのしか居ないの?」と表情を引き攣らせていました。

 

 あなたも結構変な人ですけどね。

 

 

 

 さて、このグラビモス。

 ハンターさんの言う通り村でも結構困った存在だったとか。

 先程のウラガンキンとの縄張り争いに負けて、村の近くに住み着いてしまった個体だったらしいです。

 

 なので、それを退治した私達はそこそこの歓迎を受けました。

 

 

「あのハンターさん、ウラガンキンと戦うってどっか行っちゃったんですけど……」

「あー、別にあの人は大丈夫です」

 そして彼は村の人に信頼されてるのかどうでも良いと思われているのか分からない。

 

 

「良くやったな」

「それで、なんでグラビモスだったんですか?」

 肝心の大将さんに調理場でグラビモス討伐を報告する。大将さんはなにやらお肉を調理しているようですが、さて何を調理しているのか。

 

 

「コイツを手に入れる為だ」

「グラビモスのお肉〜?」

 大将さんが持ち上げるのは、何やら味付けのしてある肉。

 

「鎧竜のセセリ。グラビモスの首の肉だな」

「首の肉ですと」

 曰く。

 焼くとジューシーな味わいになる鎧竜のセセリは、食通の中でも人気な食材なんだとか。

 首の肉なのでグラビモス一頭から手に入る食材はかなり少ない。しかし、グラビモスが大きいのでそれなりの量ではあるんですけどね。

 

 

 

 そして出来上がって来たのが───

 

「へい、お待ち。鎧竜のセセリの照り焼きだ」

 細かく分けられた鎧竜のセセリに、タレを塗りながら丁寧に焼かれた一品。

 ジューシーな味わいにこんがりと焼かれたお肉は、これが至高のこんがり肉───こんがり肉Gなのではないかと思えてしまう物でした。

 

 

「いやー、これは格別だねぇ。狩りの疲れも吹っ飛ぶってもんよ〜」

 セセリを摘みながらお酒を喉に流し込む友人のC。確かに、一仕事終えた後のご飯は美味しいですよね。

 

「これは最高です! もしかして出来ちゃったんじゃないですか? こんがり肉G!」

 柔らか過ぎる事もなく、硬過ぎる事もない肉の食感と焼き加減。大将さん特製の照り焼きのタレはその肉の食感を邪魔する事なく奥まで届く良い濃さです。

 

 

「ふむふむふむ! なるほど、これは美味であるな!!」

「ハンターさん?」

「生きてたかー」

 突然私達の背後に現れたハンターさんは、セセリを頬張ると満面の笑みで大将さんを褒め称えた。

 

「大丈夫だったんですか?」

「フハハハハハハ! 吾輩はG級トレジャーハンター、彼奴等に遅れを取る訳がないのである!」

「まぁ、また負けて帰って来たんですけどね」とは受付嬢のお姉さんの言葉。それなのに元気だし、つくづく変な人です。

 

 

「大将さんも食べてみて下さいよ!」

「んぁ……そうだな」

 少しだけ嬉しそうに、緊張しているように、ゆっくりとセセリの照り焼きを口に運ぶ大将さん。

 

 

 

 きっとそれは夢の第一歩に違いない。私はそう確信していました。

 

 

 

 

 

 

 だけど───

 

 

 

 

「違う、な」

 こんがり肉Gには、まだ遠いようで。

 

 

 

 

「むむ?」

「ふーん……」

「大将さん……?」

 私達の旅は、まだ少し続きそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『鎧竜のセセリの照り焼き』

 

 ・鎧竜のセセリ      ……250g

 ・砂糖          ……15g

 ・みりん         ……30cc

 ・醤油          ……30cc

 ・酒           ……30cc

 ・水           ……15cc

 

 

 グラビモス怖かったです!




読了ありがとうございました。あけましておめでとうございます()
月一更新なので変な時期にしかこれを言えない。しかし、もう一年の12分の1が終わってしまったんですね。あっというま過ぎんか?

火山編はここでおしまい。次回から再び新章です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu19……コゲ肉

 人にはどうしても言えない事というものがあります。

 

 

 他人には秘密にしたい事実。

 自分の弱み、自分だけの決意、自分の羞恥。

 

「どうしてですか!」

「いやー、タンジアはちょっとねぇ」

 だから、他人が話そうとしない事を無理にでも聞き出すのはいけない事だ。それは実家のお婆ちゃんの言葉です。

 

 

「でも、ユーちゃんが付いてきてくれないと私死にますよ!?」

「中々レベルの高い脅しだねぇ」

 しかし、今はそんな事を言っている場合ではなかった。

 

「……んぁ、事情があるなら仕方ねーよ」

 状況を説明するなら、火山からドンドルマに着いて数日。

 次の旅先を決めた大将さんが、腕を見込んだ友人のCをまた護衛に誘った時の事です。

 

 

「タンジアにはねー、怖ーい人がいるから行きたくないんだよねぇ。……あたしが死ぬ」

「な、中々レベルの高い脅しですね」

 友人のCは同行を拒否。理由はこんな感じでよく分かりませんが、彼女が居ないと私は旅先が不安で仕方がなかった。

 

 

 自慢じゃないですが私は糞の役にも立ちません。文字通りうんこの方が役に立つまであります。うんこは肥やし玉に出来ますからね。

 私よりうんこの方がモンスターを撃退出来ますよ。自分で言うのもなんですが私はうんこ以下のハンターだ。

 

 だから護衛なしでは死んでしまいます。

 

 

「私を見捨てないで下さい……!」

「たまに出てくる謎の自信は何処にやったのやらだねー」

 そんなもんはラージャンとグラビモスに踏み潰されました。

 

 モンスター怖い。

 

 

「まー、どうしてもというなら近場のユクモ村までなら着いて行ってあげても良いけどさー。その後の事は、ユクモ村で考えなよー?」

「ヨシキター!」

 とりあえず途中までの命の保証は出来たようです。その後の事はその後考えれば良い。世の中大体の事はなんとかなりますからね。

 

「ユクモにはどのみちやる予定だったからな。あんたがそれで良いなら、ユクモ村までの護衛をまた頼みたい」

「おっけー。それじゃ、また明日集合という事で〜」

 そんな訳で、私達は再び旅をする事に。

 

 

 火山の次は、海辺の集会所とシー・タンジニャというレストランで有名なタンジア。

 

 どんな旅になるのか、期待半分不安半分。

 大いなる海の幸を求め、私達はドンドルマを後にするのでした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu19……コゲ肉』

 

 

 棍棒のような強靭な尻尾。背中を守る甲殻は例え飛竜といえど簡単に傷付ける事は叶わない。

 

「───しかし、私とてハンターです!」

 だけどここで引く事は、狩人としての誇りを投げ捨てる事に変わりはないと悟る。

 私はしっかりと大地を踏み締めて、己の棍───ハンマーを構えた。

 

 

「いざ勝負ですよ!! アプケロス!!」

 

 

 

【メインターゲットを達成しました】

 

 

 

 そんな訳で旅の途中。

 私達はアプケロスの群れを見つけ───というか遭遇してしまい、縄張り意識の強いこのモンスターの内一匹にしつこく追われてなんとか撃退したところです。

 

 ハンターさん達の間ではホーミング生肉とまで呼ばれているこのアプケロス。

 先祖をハンターに皆殺しにでもされたのか、人を見つけると積極的に襲ってくるという少し迷惑なモンスターだ。

 

 

 しかし、そのお肉はアプトノスとも比べられる程の質である。

 

 それと卵も美味で、よくハンター用のクエストに草食獣の卵を納品するというクエストがあった事を思い出しました。

 前述通りこのアプケロスは私達ハンターを見付けると卵を取ろうが取っていなかろうが、全力で追いかけてくるのでやっぱり厄介なんですけども。

 

 

「いやー、クーちゃんもやれば出来るよねー」

「えっへん。まー、私にかかれば? ババコンガでもイャンクックでもイチコロって奴ですよ。えぇ! それはもう!」

「……どうしてコイツはこんなに調子に乗れるんだ」

 私にも分かりません。

 

 

 そんな訳で剥ぎ取りタイム。

 迷惑なモンスターだとは言いますが、それも己を守る為の行動なのでしょう。

 そんなモンスターの命を奪わせてもらったので、ありがたくその血肉を頂く事にしました。

 

 剥ぎ取りに関しては私はプロです。

 何せ私はプロの寄生ハンター。過去色々なパーティに参加しては役立たずと罵られ、死んでも困るからとキャンプ待機の末に仲間が討伐したモンスターの素材だけ頂く最低な行為を続けていたのだから。

 

 

 自分で言っていて悲しくなってきました。

 

 

「おー、やっぱりクーちゃん剥ぎ取りは上手だねぇ? プロ?」

「心に刺さるのでやめて下さい」

「生肉の剥ぎ取りはセンスが出るからな。その剥ぎ取り一つでも焼いた後の食べ応えだって変わってくる」

 それらしい事を言う大将さんですが、私にはそこまでの知識はありません。

 

 ただ本能の赴くままに美味しそうな肉を骨ごと貰う。

 丁度お腹が膨れそうなサイズ。これが、訓練所で教えて貰った生肉を剥ぎ取る大きさだ。

 

 

「丁度頃合いだと思うし、今日のお昼はクーちゃんが狩ったアプケロスのお肉を食べるのが良いと思いまーす」

 そして、友人のCの提案で今日の昼食が決定。

 

 大将さん特性肉焼きセットを開いて、今日こそこんがり肉Gに挑戦です。

 

 

 

「そういえば、お肉を焼く時のあの独特な歌って誰が考えたんでしょうね」

 訓練所で教えて貰う事のもう一つに、お肉の焼き方というのがあったのを思い出しました。

 

 初めはゆっくり、最後は軽快に。

 そんな不思議なリズムの曲に合わせてお肉を焼くと、丁度お肉はこんがりと焼けるのです。

 

 

「さーねー、あたしは物心着いた時には知ってたしなー」

「ユーちゃんの小さな頃……なんか想像出来ませんけど」

「しなくて良いよ〜。ほい、上手に焼けました〜」

 こんがりと焼けた肉を持ち上げる友人のC。流石は歴戦のハンター、彼女の焼いたこんがり肉はしっかりと満遍なく火が通っているように見えた。

 

 

「流石ですね、ユーちゃんは」

「不器用な姉とは違うのでねー」

 姉が居たんですか。初耳ですよ。

 

 

「むむむ、私とてタイショーさんの弟子ですから。こんがり肉くらいしっかりと焼きますよ!」

「弟子にしたつもりはないけどな」

 酷い。

 

「というか奴隷だよねー」

 酷過ぎる。

 

「私の扱い雑過ぎませんかね……」

「んぁ……んな事気にしてないで肉を見ろ肉を。お前、それ以上焼いたら───」

「え───」

【コゲ肉になってしまった】

 焦げました。

 

 

「……言わんこっちゃねぇ」

「うわぁぁぁ! 私のこんがり肉ぅぅううう!!」

 こんがりと焼けすぎた私の肉は、黒ずんでいてとてもじゃないけど美味しそうには見えません。

 しかし、頂いた命を無駄にする事は出来ない。私は泣きながらコゲ肉に齧り付きます。

 

 

「───不味い」

「当たり前だろ」

 むせ返すような苦味。舌に残るだけの食感。

 

 スタミナが増えるどころか減りそうな食事だ。お肉は絶対に焦がしてはいけません。

 

 

「ぐぅ……」

「腹壊すぞ。……んぁ、ちょっと貸せ」

 大将さんはそう言うと、私のコゲ肉を手に取ってキッチンからナイフを持ってくる。

 何をするのかと思えば、彼はそのナイフで私のコゲ肉の焦げた部分を切り取り始めました。

 

「焦げてるのが表面だけなら、こうやって焦げを取っちまえば───」

 言いながら、大将さんは私の焼いたコゲ肉に齧り付く。

 

 しかし、そこにはもう焦げはない。

 焦げる寸前。こんがりと焼かれたお肉は表面の焦げとは違い肉汁を垂れ流す程にジューシーに焼けていました。

 

 

「───美味く食えるってもんだ。んぁ、上出来だな」

 私の(元)コゲ肉を少し食べてから、彼は私にそのこんがり肉を手渡してくれる。

 大将さんの歯形がついたこんがり肉。思っていたより小さなその歯形は、それでもしっかりと肉を噛みちぎっていた。

 

 

「わ、私の分食べましたね!?」

「え、そっち」

「ケチケチすんな、借金返してから物を言え奴隷」

「酷い! そもそも借金あといくら残ってるんですか!?」

「二百万ゼニー」

「減ってなくないですか!?」

 おかしい。私は奴隷のように働いているのに───いやまさか、そもそも私は給料がちゃんと発生しているのでしょうか。

 

「まぁ、良いですけど」

「……良いんだねぇ」

 しかし、この時の私は知らなかったのです。私が食べ過ぎで、賄い以上食べた分のお金によりむしろ借金が増えていっている事に。

 

 

 

「……んぁ、しかし、それなりに上手く焼くもんだな。焦がしたが」

 大将さんは私の焼いた(元)コゲ肉を薄目で見ながらそう言うと、自分の肉を持ってキッチンに戻っていってしまいました。

 

 私の前で焼いてくれても良いのに───なんて偶に思います。恥ずかしがり屋なのか、私がうるさくて邪魔なのか。

 

 

 きっと前者ですね。

 

 

「もぅ、可愛い大将さんですねぇ!」

「うるせぇ。肉焼くから静かにしてろ」

 後者でした。

 

 

 

「よしよーし」

 泣き崩れる私の頭を撫でてくれる友人のC。大将さんは一人、キッチン裏でお肉を焼いています。

 

「クーちゃんは寂しがり屋さんだねぇ」

「私は一人が嫌なだけです。……一人じゃ何も出来ないので」

 昔から、家にいるころからそうでした。

 

 

 両親はおばあちゃんと一緒に畑仕事。一人いる姉は、私と違ってなんでも出来たので畑仕事を手伝ったり───ハンターになって村を出ていったのも小さな頃です。

 私は十八を超えてやっと家を出ました。だけど私には何もなくて、危険な仕事だと分かっていてもハンターになるしかなかったんです。

 

 勿論、ハンターになればお金が沢山貰えて何も出来なくても生活出来ると思っていました。その結果は奴隷ですが。

 

 

「別にさー、それが悪い事って訳じゃないと思うけどなぁ」

「悪い事じゃない……ですか?」

「一人じゃ何も出来ないポンコツでも、逃げる事しか取り柄のないハンターでも、食べてばかりで一向に借金の減ってない奴隷でも、乳だけ無駄にデカいだけで考えが浅はかでも───」

 何故か私の心臓に杭を撃ち始める友人のC。私に何か恨みでもあるんですか。

 

「最後の私念入ってませんでしたか?」

「入ってないよー」

 いつも通りのふわふわ笑顔でそう言う友人のCは、一度咳払いをしてこう言葉を続ける。

 

 

「───そんな人でも、誰かとなら人の二倍以上の事が出来る。一足す一が二以上になる。それが、誰かと何かをする事だと、あたしは思うんだよねぇ。……クーちゃんはさ、私と違って誰かと何かが出来る人だから」

 そう言って彼女は優しい顔で私の頭を撫でました。

 

 

「前も言ったじゃん? もし大将さんがこんがり肉を作り上げた時、クーちゃんどう貢献したかが大事だって。きっと、クーちゃんなら大将さんの力になれると思うなぁ」

「私は……何が出来るでしょうか」

「それを見つけるのが、クーちゃんが大将さんと一緒に居る間に考える事だよ」

 彼女は自分で焼いたこんがり肉を口に運びながら、いつのまにか用意していたジョッキを傾ける。

 いつも通りどれだけ飲んでも酔っ払う素振りを見せない友人のCは、目を細めてこう続けた。

 

 

「あたしは酔えないけど、クーちゃんと大将さんはそうじゃないでしょ?」

 その言葉の意味は、考えてもよく分からない。

 

 

 でも───誰かと一緒に何かが出来る。

 

 

 

「大将さん」

「んぁ?」

「ちょっと、美味しいこんがり肉の焼き方を教えて欲しいんですけど」

 ───私はそれを、楽しいと思うから。だから私は、好きでこうしてるだけなんだ。

 

 

 

 いつかそれが、良い結果に繋がれば良いと、私は思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~本日のレシピ~

 

『コゲ肉』

 

 ・生肉      ……400g

 ・塩胡椒     ……適量

 

 

 食べるとスタミナが増えるかもしれませんが減るかもしれません。




肉の日にコゲ肉の話を出す。今月は29日がないので、次回の更新までちょっと期間が開いちゃいます。申し訳ない。

読了ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu20……ガノトトスの活き造り

 釣りとは我慢であり、己との戦いである。

 

 

 先駆者はそうとだけ言い残して私に釣竿を託しました。

 正直言って意味が分かりませんが、今なら分かるかもしれません。

 

「釣れねぇですよ」

 釣りとは我慢であり、己との戦いである。

 

 

 ただひたすらに川に流される釣り糸を眺めるのみ。仕事でなく好んで趣味として魚を釣る人の気持ちを私は理解出来そうにありませんでした。

 

 

「おー、釣れる釣れるねぇ」

「メイジン、これはどうだ?」

「大物だな。刺身にして食すが良い!」

 あっちはあっちで楽しそうですが、ね。

 

 

「……魚なんて売ってる奴を買えば良いんですよ。そもそもこんな物で川を泳いでいる魚をゲットしようってのがおかしな話なんです」

 そう言って釣竿をあげると、釣り餌にしていたミミズが半分だけ食いちぎられて可哀想な事になっている。

 

「……ひぇっ」

 どうしようか迷った末、再びソレ川に投擲した私は、どうしてこんな場所で釣りをしているのかを思い出すのでした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu20……ガノトトスの活き造り』

 

 

 目指すはユクモ村。

 渓流と呼ばれる、紅葉が綺麗で風情のある景色を進んだ先にその村はあります。

 

 ポッケ村もですが、ユクモ村も温泉の名地として知られていて、なんでも現地の狩人は狩りの前に温泉に入って英気を養ってから狩場に向かうのが習慣なんだとか。

 そんなユクモ村の特産は自慢の温泉で作った温泉卵と───

 

 

「これが、特産タケノコですか」

「おう。だが、ここにあるのは時期外れで食えるもんじゃなさそうだな」

 竹薮の中、地面から伸びるタケノコ。

 

 ユクモ村の特産品の一つであるタケノコですが、私達が着いた時には食べ頃のタケノコは残っていませんでした。

 

 

「さて、ここまで来たらもう少しでユクモ村だ。少し休憩したら行くぞ」

 特段肩を落とす様子もなく、大将さんは竜車に戻ろうと踵を返す。

 

 そんな彼に着いていく私と友人のCは、ふと竹薮の端で何かが動く気配を感じて自分の得物に手を伸ばしました。

 しかし、こんな狭い所にモンスターが居るのかという疑問は直ぐに晴れる事になる。

 

 

「……ネコ?」

 岩の隙間を覗き込む友人のC。

 

 

「───まさかこんな所で見つける事が出来るとはな、釣りフィーバエ。この出会い、まさしく運命とでもいうものか」

 そこには、何故か立派な紺色のコートを羽織ったアイルーの姿がありました。

 

 振り向くアイルー。茶と白の整えられた毛並みの上に、サングラスを掛けた姿は何か雰囲気が凄い。

 

 

「おっと、人が居たのか。これは失礼した」

 そう言って岩の隙間から出て来るアイルーさんは、手に何やら蠢く小さな生き物を持ちながらそう言う。

 

 

「お前ら、何して───あんたは!!」

 アイルーさんの声を聞いて、私達より先に歩いていた大将さんは振り向くと驚いた顔で走って戻ってきました。

 こんなに驚いた顔の大将さんは初めて見たかもしれません。このアイルーさんは、大将さんのお知り合いなんでしょうか。

 

 

 

「釣りメイジン!!」

「釣り?」

「名人?」

 大将さんの言葉に首を傾げる私達。

 

「ご名答。私こそが数多の釣り場を攻略し、主との勝負を成し遂げてきた釣りの名人。人は私をこう呼ぶ、釣りメイジンとな」

 どこからともなく釣竿を取り出した名人さんは、紺色のコートを風に靡かせて高々に名乗りあげる。

 

 私も友人のCも謎のアイルー登場に口を開けて固まってしまうのですが、ただ一人───大将さんだけは違うのでした。

 

 

「あんたがあの有名な釣りメイジンなのか。本物か! サインをしてくれ! うちの店に飾りたい!」

「そんなに有名な人なんですか!?」

「大将さんのキャラ変わるくらいには有名らしいねぇ」

 G級ハンターに会っても冷静だったあの大将さんが声を震わせている姿に、また意外な一面が見れて嬉しい反面───この名人さんが何者なのか怖くなって来る。

 

 

 釣り名人という事なので釣りをする(アイルー)なんでしょうけど。

 

 

「店、というと君達は行商人か何かかな? ここは危険な狩場だが、素材や食材も豊富だ。旅の途中で寄った……なんてところか」

「あ、はい。そうです。私達はモンハン食堂というお店をやってまして」

「俺が店の店主。これは奴隷だ」

 奴隷って紹介の仕方はおかしいと思いますよ。

 

「あたしはただの護衛でーす」

 自己紹介をすると、メイジンさんは私達を見上げながら顎に手を向けて不敵な表情を見せました。

 そのサングラスの奥の目を真っ直ぐに大将さんに向けた名人さんは、短く笑って「よし」と何か心に決めたように頷く。

 

 

「これも何かの縁だ、君達のお店が私は気になる。案内してくれないか?」

「おー、以外な所でお客さんゲットですなぁ」

 そんな訳で、特産タケノコはゲット出来ませんでしたがお客さんをゲットする事に成功しました。

 

 竜車に戻ると、名人さんは色紙にサインを書いてくれて大将さんも大喜びです。

 

 

「タイショーさん、そんなに嬉しいんですか?」

「食いしん坊、お前は世間知らず過ぎる。あの釣りメイジンのサインだぞ。店の中央に飾っておけ」

 もしかして私がおかしいのか。

 

 

「良い店だ。好感が持てる」

 私達がそんな話をしていると、名人さんは店の周りを歩きながらそう語りました。

 竜車を改造した移動式キャラバンの料理屋さん。私もこのお店の事は気に入っています。

 

「さて、この店はどんな料理を出してくれるのかな」

「食材がある限りどんな注文でもこなすのがモンハン食堂だ。何かリクエストはあるか?」

 キッチンに立った大将さんは、相手が誰でもいつもの態度で接客をする人だ。

 そんな大将さんに、名人さんは少し考えてから手を叩いて口を開く。

 

「なるほど、ならば答えてもらおう。新鮮な釣りたての魚介類でフルコースを頼みたい」

「つりたて……?」

 名人さんの言葉に私は首を傾げました。

 

 

 釣りたての新鮮な食材は流石に置いてないです。困りました。

 

 

「なるほど、今から釣った食材で作れって事か」

「ご名答。話が早くて助かる」

 言いながら席を立ち、何処からともなく釣り竿を四本取り出す名人さん。

 

「あ、これあたし達も釣る奴だねぇ」

 ───なんて事があり。

 

 

 

「大量大量〜。クーちゃん、調子はどうー?」

「見れば分かるでしょう。坊主です、坊主」

 煽りに来た友人のCに髪の毛を持ち上げてそう答える私。ちなみに坊主とは釣り用語で狙った獲物がまるで釣れていないという意味です。

 

 

「坊主か。しかし、君の腕は確かに見える。釣りの経験が豊富な者の釣り竿捌きだ」

「食いしん坊、良かったな。褒められてるぞ」

「別に嬉しくありませんが!?」

「でも、確かにクーちゃん手慣れてる感あるよねー」

 実際、手慣れているという自覚はありました。

 

 

 子供の頃から祖母と良く釣りに行っていたので、釣り竿とか餌の扱いには慣れてしまったのです。未だに虫餌はグロいと思っていますが。

 

 ただ、私は何故か魚が釣れない運命にありました。

 子供のころから毎日坊主。よく祖母に坊主坊主言われて泣いていた記憶が蘇ります。

 

 

 自分で釣って自分で食べる、なんて小さな頃の私の夢は坊主に打ち砕かれたのだ。

 

 

「昔、狩人ではなく釣り人になろうとしていた時期がありましたので」

「ほう。ならばその腕も納得だ」

 坊主ですけどね。

 

 

「おい食いしん坊、引いてるぞ」

「え? 本当ですか!?」

 私の人生の中でも珍しい、釣り竿を引かれる感覚が伝わってくる。中々大きい───と、いっても殆ど魚を釣った事がないのでこれが大きいのか分かりませんが。

 

 

「うおー! 大物ですよこれ!?」

「クーちゃん、手を貸すよ」

「ありがとうございます、ユーちゃん」

 友人のCの手も借りて、私は釣り竿を引き合いよく引き上げました。立ち上がる水飛沫。釣れたのは───

 

 

「ゲコ」

「……カエル、だねぇ」

「……カエル、だな」

「カエルだ」

「カエルですね」

 カエルです。カエルでした。

 

 

 カエル。かえる。帰る。

 

 

「もう私釣りなんてどうでも良いです! 帰ります! 帰って不貞寝します!!」

 そう言って釣り針に引っ掛かったままの蛙を川に投げ捨てる私。もう起こりましたよ。二度と釣りなんてしません。

 

 おもえば大将さんと出会ってまもない頃、サシミウオを釣ろうとした時もそうだった事を思い出す。

 真隣で釣ってる大将さんは釣れるのに、私は何も釣れずに坊主でした。呪われているんですか。

 

 

「お、おい……なんだこの引きは!?」

 私が背中を向けると同時に、大将さんのそんな驚いた声が聞こえて振り返る。

 視界に入るのは、川の中で何かが暴れているのか雨でも降っているのかと勘違いしそうな程水飛沫が上がる水面でした。

 

 

「クーちゃん釣り竿!」

 咄嗟に私に釣り竿を渡してくれる友人のC。突然の事だったので、私もそれを素直に受け取る事しか出来ません。

 

「でかいな……」

「これは……。まさか、主か!」

 主とな。

 

 

「主って!?」

「この川の主だ。まさか、こんな所で相見えようとは!」

 なんでそんな物が突然食い付いたんですか。

 

 ふと、私は自分が何をしたのか思い出す。

 釣れたカエル。それを川に投げた瞬間、何かがそのカエルを食べた。

 

 

「カエルが好物って、何かで聞いた事があるような」

「とにかく大物だぞ。これは好機だ、この機を逃す手はない!」

 名人さんが私の釣り竿を支えてくれる。それに続いて、大将さんと友人のCも私の身体を支えてくれた。

 四人掛かり。しかし、相手が大き過ぎてどう考えても引き上がる気がしない。

 

 そもそも光景がおかしい。水飛沫の大きさが大型モンスターくらいのサイズになっている。これは釣って良いんですか? 釣って大丈夫な魚なんですか? 

 

 

 というか、魚なんですか? 

 

 

「良いか、同時に力を加えるんだ。私が合図する! 行くぞ!」

 勝手に話が進んで、全員で釣り竿を持ちました。そして、名人さんの「せーの」の一言で───

 

 

「「「うぉぉおおお!!!????」」」

 立ち上がるグラビモスと同じ大きさくらいの水飛沫。

 

 地面に横たわる、モンスター。

 

 

「うわぁぁぁあああああ!!!!」

「ギョェェェ……」

 ガノトトス。

 魚竜種。魚竜目。有脚魚竜亜目。水竜上科。トトス科に属するモンスターである。

 

 飛竜の翼のような巨大なヒレと背ビレ、並みの飛竜よりも巨大な身体を覆う鱗は白と瑠璃色の鱗に覆われているのが特徴的だ。

 別名水竜。川や海に催促するモンスターの中でも大型のモンスターである。

 

 

「きょぇぇぇええええ!?」

 これは私の悲鳴。

 

 

「主だ!」

「主ですか!? これが主で良いんですか!?」

 主釣れちゃいましたよ。

 

 

 いや、どうするんですかコレ。

 

 

「あ、主死んだ」

「主ぃぃいいい!?」

 臨戦態勢になってヘビィボウガンを構えていた友人のCの前で、ガノトトスはまな板の上の鯉のように跳ねてから動かなくなってしまいました。

 大将さんが目玉を除いて確認しますが、本当に死んでしまっているようです。

 

「そういえば聞いた事がある話だと、ガノトトスって強い衝撃に弱いんでしたっけ?」

「その通り。故に、釣り竿で引っ張り上げてしまうだけでも釣れてしまうのがガノトトスだ」

 一部地方ではまだ子供のガノトトスは、アイルー達が網に引っ掛けて引き上げただけで死んでしまうとかなんとか。

 

 そういえば、こころなしか少しサイズも抑えめな気がしました。それでも大きいですけど。

 ガノトトスは繊細らしい。

 

 

「良い食材が手に入ったな。……今日はコイツを使うか」

「え、食べるんですか主」

 満足気な表情で主の腹を叩く大将さん。サイズ的に食べられるの私達な気がしますが、既に主は息をしていない。

 

 

「食いしん坊、知ってるか?」

「何をですか?」

「ガノトトスは美味い」

 そんなバカな。

 

 

 

「───へい、お待ち。ガノトトスの活き造りだ」

「ぎゃぁぁあああ!!」

 そんな訳で今日の料理。

 

 アプトノスのサンセーの胴体くらいの大きさの(ガノトトスとしては小さめらしいです。これが?)ガノトトスの頭を、ユクモの木を丸々一本横に倒してから加工した特性のお皿の端に。お皿というかもう既に机ですが。

 そこから、どうやって捌いたのか謎なガノトトスの刺身を頭の下に並べられるように配置。お皿───というか机の反対側にはガノトトスの尾ビレが飾られている。

 

 

「これは見事だ。芸術に値する」

「規模が料理じゃない」

 流石に可食部を全て出されても食べられないので、適量が並ぶだけですが、それでもこの規模は気が遠くなりました。

 なんでもこの料理の出し方は本当に大きなパーティとかで使われるような物らしく、一般人がありつける物ではないらしい。

 

 ちなみに密猟案件な気がしたので先に聞いておいたのですが、釣り名人さん曰く「釣った魚を食べる許可は取ってある」との事。魚とは。

 

 

「しかし、なんというかグロですねコレは」

 さっきまで生きていた魚(?)の形のまま並べられる刺身。活き造りというのは何の為に態々頭や尾ビレを並べるのでしょうか。

 

 

「我々は命を頂いている。この造形には、その意識を強く持たせてくれる意味合いがあるとは思わないか?」

「命、ですか」

 今まさに、私が釣り上げてしまったせいで命を落としたガノトトスが目の前に並べられている。

 どんな生き物でも何かを食べて生きていますが、食材に感謝をするのは人と名の付く者達だけだ。

 

 このガノトトスがカエルを食べる時、カエルに感謝をしていたでしょうか? その答えは、きっとノーです。

 

 

「ならば、我々はどうしてその意味合いを考え、感謝をするのか。君はどう考える?」

「私は……」

 そんな事、考えた事もありませんでした。

 

 ただ、肉を焼いて野菜や切って。

 美味しい美味しいと口の中に入れるだけ。

 

 

 口では「いただきます」と感謝の言葉を並べても、実際に何か考えた事なんてありもしない。

 

 

「……分かりません」

「そうか。ならば問い掛けを変えよう。……君はこの料理を見てどう思うかね?」

「え? えーと、美味しそう」

 反射的にそう答えてしまう。絶対に求められている答えとは違う気がしました。

 

「そうだ。美味しそうだ」

 しかし、名人さんはそう言ってから手を合わせて「いただきます」と言葉を漏らす。

 

 

 そして、箸を持って刺身を一切れ掴み、醤油とわさびを付けて刺身を口に運びました。

 

 

「───実際、美味い。とても美味だ」

「つ、つまり?」

 私が首を傾げると、名人さんは箸を置いてサングラスを外す。思っていたよりもつぶらな瞳は、真っ直ぐに私の目を見ていた。

 

 

「美味いと思えるのも、食材に感謝を出来るのも、何故か。我々は考える事の出来る生き物だからに他ならない」

「考える事が出来る生き物……」

 私達は何かを考えて生きている。

 

 

 どうしたら美味しく作れるか、どうしたら美味しく食べられるか、そうやって考えるから、人は料理をするのだ。

 

 

「昔、生き物の命を奪う事の意味を深く考えている狩人に出会った事がある。その狩人に私はこう言ったよ。生かすも殺すも間違いではない、その意味を考えるのが大切だとな」

 名人はそう言うと、黙々と刺身を食べ始める。

 

 

 

 私は考えました。

 

 考える。

 私達はこんがり肉Gを目指して、どうしたら最高のこんがり肉が食べられるか考えてきた。

 

 きっと、同じ事なんですね。

 

 

 

「いただきます」

 私達は考える事が出来る。それが、私達が出来る大切な事なのだから。

 

 

「うま!?」

 プリッとした歯応え。しかし、口に入れた瞬間脂身がまるでアイスのように溶けていく感覚。

 これがガノトトス。確かに大将さんの言っていた通りでした。美味です。

 

「だから言ったろ、ガノトトスは美味いってな」

「お酒にも合うよ〜」

「ユーちゃんはなんでもお酒に合わせるじゃないですか!」

「そうだ、感じたまえ。考えたまえ。その先に答えはある!」

「考える、か」

 こんがり肉Gへの道のりは、考える事。なんだか大きなヒントを手に入れた気がしました。

 

 

 

 

「───なるほど、こんがり肉Gというものを目指して旅をしているのか。面白い」

「サインありがとうございます、名人さん」

「礼には及ばない」

 釣り名人さんと別れ、私達はユクモ村に向かいます。村への近道も教えてもらったので、到着は直ぐだ。

 

 

「ユクモ村は温泉もそうだが料理も素晴らしい物だ。是非堪能して来るといい」

「ありがとうございます! それでは、またどこかで!」

「達者でな」

 色んなお客さんと出会い、別れを繰り返して。

 

 

 その意味と、こんがり肉Gへの道のりを考えて。

 

 

 私達の旅は、まだまだ続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『ガノトトスの活き造り』

 

 ・ガノトトス       ……1匹

 ・醤油          ……人数分

 ・ワビサビワサビ     ……人数分

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu21……ガーグァの温泉卵

 でかい。

 

 

「いい湯ですねぇ」

 旅の疲れが吹き飛ぶ、身体の芯から温めてくれる温泉。

 湯に浸かりながら何も考えず、何もせずに過ごす時間は至福の時でした。

 

「……でかい」

 そんな私の隣で、友人のCは目を半開きにしてそう言う。彼女の目が半開きなのはほとんどいつもの事ですけど。

 

 

「でかい、ですか?」

「そうだねー。でかい」

 何が。

 

 私をじっと見詰めて───いや、睨みながら友人のCはそう言いました。

 私の背後に何かあるのかと思って振り向くと、そこには確かに()()()物があったのです。

 

 

「これは、温泉卵ですか。確かに凄く大きな卵ですね」

 振り向いた先にあったのは、温泉の蒸気に当てられて蒸されている巨大な卵でした。

 ガーグァの卵でしょうか。人の顔よりも大きな卵が網に包まれて。温泉の角に垂らされていたのです。

 

 確かにでかい。

 

 

「美味しそうですね」

「温泉卵だねぇ。ユクモ村は温泉で有名だから、この温泉卵も有名なんだって〜」

「じゅるり」

「さては聞いてないなぁ?」

「き、聞いてますよ聞いてますよ! 温泉卵美味しそうって話ですよね!」

「本当に聞いてなかったよ。……お仕置きが必要だねぇ」

「───うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 突然私の背後から抱きついて来る友人のC。

 やめて! そんな所触らないで! 変態!! 

 

 

「しかし、でかいなぁ」

「……もうお嫁さんにいけない」

 何故か散々な目に遭わされた私の背後で、妙に低い声でそう言う友人のC。

 確かに大きな温泉卵ですが、今それ関係ありますか。私の事をこんな風にした事と関係ありますか。

 

 最近、友人のCはこうやってよく私を虐めるようになりました。

 昔よりも仲良くなっている、といえば体のいい話ですがね。ラージャンと戦ったあの時以降からでしょうか、昔よりも虐められるようになった気がする。

 

 

「……しかし、ユーちゃんとも一旦お別れですか」

「そーだねぇ。タンジアまでは、頑張って他の護衛ハンターでも雇ってくれたまえよー。あたしはユクモ温泉でゆったりと過ごしてるからねぇ」

 おばあちゃんみたいな口調は元からですが、ついに言っている事までおばあちゃんになってしまいました。

 

 それはともかく、頼もしい友人のCの護衛はここまで。

 ここからはタンジアまで別の護衛ハンターを雇うか、私が護衛ハンターをやるしかないという状態です。

 

 

「温泉卵ずっと食べられるのズルいですよ」

「あー、そっちなんだねぇ」

 大将さんはこの先どうするつもりなんでしょうか。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu21……ガーグァの温泉卵』

 

 

 ユクモ村。

 この村は山岳地帯に広がる村で、付近の丈夫な木材や温泉を主軸として発展してきたと話を聞きました。

 

 聞く話による通りこの付近で取れるユクモの木という木材はとても丈夫で、場合によってはハンターが使う武器にも使われる素材なんだとか。

 温泉は村中至る所に存在していて、村の中で温泉に入ろうと思えばすぐ近くに温泉宿があるような村です。

 

 和やかな雰囲気のそんな村を、温泉で貰った温泉卵を食べながら歩く昼下がり。

 

 

 村に着いた私達は、まず大将さんに温泉に入ってくるようにと言われました。

 この村の温泉は同じく温泉が有名なポッケ村で過ごしていた大将さんにとっても格別なんでしょう。

 

 その後、大将さんに頼まれていたお使いを済ませた私が言われた場所まで友人のCと歩いている時の事でした。

 

 

「君! 旅人さんだね! これ、持ってきな!」

「え? 温泉卵ですか。温泉卵ならさっき───」

「いいから持ってきな!」

 ただ道を歩いていただけなんですが、村人から温泉卵を譲って貰えたのです。

 

 実は大将さんからのお使いが、お店で出す為の温泉卵を買ってくるという事なのですが───お金出して買った後にタダでもらうという事態に。

 

 

 しかも、それだけではありませんでした。

 

 

「君! これ持ってきな!」

「そこの彼女! 良い物あげるよ!」

「温泉卵配ってまーす!」

「持っていきなさい」

 道行く人々に何故か温泉卵を配られる。何故この村の人々は揃いも揃って温泉卵を人々に配ってるんですが。

 ここまで来ると温泉卵が怖くなってきました。温泉卵怖い。

 

 

「山のように貰ったねぇ」

「ご好意は嬉しいんですけど、お店で出すような事がなかったらこの量は困りますよ」

「とかなんとか言いながら、貰った分の半分を食べているクーちゃんなのであった」

 だって温泉卵美味しいんですもん。仕方がありません。

 

 

「色んな卵の温泉卵がありますけど、やっぱりモンスターの卵はサイズが違いますよね」

 掌で握られるサイズから、両手で抱え込むサイズまで。卵というものには様々な大きさがある。

 流石に配られた物の中にはないのですが、中には飛竜の卵を使った温泉卵なんて物もあるらしい。値段の事を気にしたくないですね。

 

「どの卵が一番お酒に合うかねぇ」

「また飲む気ですか。……いや、いつもの事ですけど」

 呆れながら歩いていると、視界に見慣れたキャラバンが映りました。

 

 

 我らがモンハン食堂、ユクモ村にて開店です。

 

 

 

「やっと帰ってき───なんだその量。俺はそんなに金を渡した覚えはないぞ。お前ついに盗みを働きやがったな?」

「そんな事しませんよ!! 村を歩いてたら貰ったんです!!」

 大量に貰った温泉卵を大将さんに渡しながらそう反論する私。大将さんからの私の信頼度が薄い。

 

 

「この村はそういう所だからな。あんたも村を回ってくると良い、態々店で温泉卵を売る気になんてならなくなるぜ大将」

 そう口にするのは、私がお使いをしている間に開いていたお店にきていたお客さんの一人でした。

 

 毛先の尖った茶髪を後ろに流した、整った顔付きの男性。

 彼はお酒を片手に、ロースステーキを頬張りながら得意げな表情で大将さんを見ている。

 

 

 この村の人ではなさそうですが───

 

 

「そいつは困るな。俺も商売でやってるんだ。買ってきた温泉卵が売れなきゃ困る」

「そんな大将に朗報だ。ここに、ユクモの温泉卵に超絶合う塩がある。うまい飯の例だ、まけておくぜ?」

 ───何故か突然商談が始まりました。

 

 

「あなたは……?」

「おっと、レディを他所に勝手に話を進めるとは俺とした事が失礼をしちまったかな? 悪い悪い。俺は商人を生業としててな、直ぐにこういう話を持ち出しちまう」

 態々立ち上がってから一礼して、私に手を伸ばしてくれるお客さん。私はその手を取って、その次に彼は大将さんとも握手をする。

 

 どうやら私達と同じで、この商人さんは各地を旅しながら商業を営んでいるらしい。

 人と話す事は仕事の一環との事で、色んな人と世間話をするのが趣味なんだと言っていました。

 

 

 

「───へぇ、それであんたらは……その、こんがり肉Gってのを目指して旅をしてるって訳か」

 話は進み、私達は旅の目的を商人さんに話します。

 

 その隣で友人のCは温泉卵をおつまみにお酒を飲み始めていました。私も温泉卵食べたい。

 

 

「そういう事だ。お前さん、商人なら何か情報とか持ってないのか? うまい肉の焼き方とか、うまい肉が売ってる場所とか」

「大将、商人にとって情報ってのは商品と同じなんだぜ? 知っていたとして、タダで教えると思うか?」

 大将さんの質問に得意げな表情でそう返す商人さん。対して大将さんは「こりゃ一本取られたな」と両手を広げる。

 

「今日の代金でどうだ。注文追加でも構わねぇ」

「タイショーさん良いんですか? あまりにも太っ腹過ぎません?」

 情報が大切というのは私にもなんとなく分かる話ですが、それはそうとお酒込み追加込みで今日の代金と言ってしまうとそれなりの額の筈。

 人の借金を1ゼニーたりともまけてくれない大将さんが、物として残らない情報にそこまでのお金を掛けるのは意外でした。

 

 

「商人の情報ってのは、それだけ掛ける価値があるものだ。何故か分かるか?」

「わ、分かりません」

「商人にとって信頼は商品よりも大事だからな。ここで適当な事を言えば、この先お先真っ暗って訳だ」

 大将さんがそう言うと、商人さんは苦笑い気味に「そういう事よ。なんなら大将の出した条件は後払い方式だからな、こっちも適当な事は言えないってもんだ」と付け足す。

 

「なるほど、それなら確かに」

「俺は商人だからな。なーに、情報のおまけにこの()も今なら付けちまうぜ」

 そう言いながら、商人さんは隣で温泉卵を食べている友人のCに塩の入った瓶を向けた。

 友人のCはそれを見て無言で瓶の中の塩を温泉卵に掛けて食べる。

 

「美味しい塩だねぇ」

「この塩と情報、今晩の飯。どうよ、取り引き成立って事でどうだ?」

「問題ない」

 目を瞑ってそう言う大将さんに、商人さんは再び握手を申し出た。その手を取る大将さんに塩の入った瓶を渡すと、彼はこう口を開く。

 

 

「まいどあり。ちなみにこの塩はそこら辺で売ってるただの塩だ」

「詐欺師!!!」

 悪徳商人でした。

 

 

「さて、肝心なあんたらの欲しそうな情報だがな───この時期になると砂漠にアプトノスが増えるって話は知ってるか?」

「アプトノス、ですか? アプケロスではなく?」

「知らない話だな」

「よし来た。となればコイツは目玉情報だ」

 私と大将さんの返事に得意げな表情で指を鳴らしながらそう言う商人さん。

 彼は鳴らした指をそのまま大将さんに向けて、こう続ける。

 

「どうして砂漠にアプトノスが増えるかというとだな、砂漠をさらに北に行くとフラヒヤ山脈ってあるだろ? 雪山だ」

「あー、ポッケ村の」

 彼の言葉に私は少し懐かしく思う旅を思い出しました。

 

 砂漠を経由してフラヒヤ山脈を上り、ポッケ村を目指した旅。

 ティガレックスに追われたり、熱帯イチゴとサボテンを間違えたり、ティガレックスに追われたり───ティガレックスに追われてばかりですね。

 

 

 しかし、ポッケ村は大将さんがオトモアイルーとして長く活動していた地でもあって、彼の事を良く知るきっかけになった旅でもあります。

 

 

「そうそう。その雪山の麓に生息してるアプトノスだがな、雪が強くなってくる季節になると沢山栄養を蓄えて大移動するって習性があるらしくてな」

「大移動、ですか?」

「餌の少なくなる雪山から餌を求めて群れが動くって訳か」

 大将さんによれば、確かに雪山にはアプトノスが減る時期があったらしい。

 

 それがアプトノスの大移動。

 ここまで言われれば、私だってピンとくる話がありました。

 

 

「もう分かってるかもしれないが、雪山の冬の前に栄養を蓄えて大移動の為に肉を付けたアプトノスの肉。これが上手くない訳がない。……ちなみにコレは乱獲を防ぐ為に書士隊の奴らが隠してる情報だ。あんたら運が良いぜ」

 そんな情報をこんな簡単に話していいのでしょうか。

 

「───そんな情報をこんな簡単に話していいのか、って顔してるな嬢ちゃん」

「読心術!?」

「商人だからな」

 商人怖い。

 

「あんたらの飯が気に入ったから話しただけだ。……美味い飯を作る奴に、悪い奴は居ない。これは俺の知り合いの言葉な」

 その美味い飯を作る奴、今ナイフを研ぎながら「何匹までなら乱獲扱いされないか調べるか」とか言ってますけどね。

 

 

「俺の首が物理的に飛ぶ真似はよしてくれよ、大将」

「んぁ……冗談だ。俺も元は狩人の端くれだからな」

 全然冗談言う顔じゃなかったですけど。

 

 

「と、まあそんな訳だ。どうだい大将? 取り引き成立で良いか?」

「んぁ、好きなだけ食ってけ。おい食いしん坊、この客に一番良い酒を出してやれ」

「わ、分かりました!」

 大将さんの命令で私は直ぐに貨物車から()()()()()を持ってくる。

 モンハン食堂ではメニューにも載っていないお酒で、友人のCは存在も知らないので目を丸くしていました。

 

 

「……あたしの知らないお酒、だと」

「嬢ちゃんも一緒に飲むか? 良いだろ大将」

「あんたに出した酒だ。好きにしな」

 良かったですね。

 

 珍しく目を輝かせる友人のCと商人さんに、秘蔵のお酒を出す。

 温泉卵をおつまみに、秘蔵のお酒を美味しそうに飲む二人。そんな中でお客さんも増えてきて、私はせかせかと働き始めました。

 

 

 確かに商人さんの言う通り、温泉卵を単体で頼むお客さんは少ないです。

 しかし、大将さんは料理に乗せたりお通しとして出したりと工夫していました。

 

 色々ある温泉卵の中でも、ガーグァの卵だけは格別です。大きいですからね。

 商人さんの横でただの塩を付けながら自分の頭より大きなガーグァの卵をおつまみにお酒を飲む友人のCは、それはそれは幸せそうな顔をしていました。

 

 

 なにはともあれ、私達はこんがり肉Gに繋がるかもしれない重要な情報を手に入れたのです。

 

 砂漠に現れる、雪山から大移動してきたアプトノスの群れ。

 その肉は栄養を蓄えて大移動の為に筋肉も付いていて絶品に違いない。

 

 

 まさに、こんがり肉Gの素材としてこれ以上はないかもしれない食材でした。

 

 

 

 

「───で、あんたらタンジアに向かうんだったか?」

「んぁ、そうだな。そこから砂漠に向かうとする。確かタンジアからなら砂漠に飛行船で行ける筈だ」

 それから数時間経って。

 

 これでもかという程、友人のCと一緒に飲み食いしていた商人さんと再び会話をする大将さん。

 話題はこれからの話。そういえば、目的が決まったとはいえ課題が何個か残っています。

 

 

「ユーちゃんはやっぱり付いてきてくれないんですよね?」

「そーねー。あたしは迎えが来るまでユクモでゆっくりしてるから、後は頑張ってねぇ」

 その一つが、タンジアまでの護衛。

 私の力では一定以上の強さのモンスターが現れた時、とても困る訳で。

 

 

「なんだ、護衛で困ってるなら先に言ってくれよ。ただの塩を売りつけた詫びに、そこは俺がなんとかしてやるぜ」

 そんな話をしていると、商人さんは頬杖をついたままそう口にしました。酔っ払っているように見えますが、大丈夫なのでしょうか。

 

「信用して良いのか?」

「俺は商人だからな。……俺が今雇ってる護衛ハンターをタンジアまで貸してやる。何、俺もそこの嬢ちゃんと一緒でこの村にちょっと留まるつもりだからな」

 言いながら商人さんは何杯目かのお酒で友人のCと乾杯をします。この短時間で酒飲みとして仲良くなってしまったのか、友人のCも意外に乗り気でした。

 

 

「ところでアンタ、誰かに似てる気がするな」

「よく言われるんだよねぇ。でも多分気のせいだよー」

 さて、友人のCの事はさておき。

 

 

「それで、その護衛ハンターってのは?」

「聞いて驚け、俺からの特別商品だ。G級ハンター、紫毒姫って渾名持ちの嬢ちゃんくらいの年齢の女の子よ」

 商人さんの口から漏れる()()()()()()という言葉。

 

 あのポッケ村のハンターさんや、火山で会った変な人と同じ。

 この世に数える程しか居ない凄腕のハンター。

 

 

「ちょっとアンタ、雇ったハンターと連れを置いて何一人で飯食ってんのよ!」

「……断罪」

「───おっと、噂をすれば」

 ふと、村の奥から二人の少女が現れる。

 一人は黒いフードに身を包んだ小柄な女の子、もう一人は見たこともない少し毒々しい色の装備を着た狩人でした。

 

 

「紹介するぜ、彼女がG級ハンター。紫毒姫の───」

「え、何?! なんで突然あたし紹介されてる訳?」

 紫の綺麗な髪に、真っ直ぐな浅緑色の瞳。そんなわかい女の子が、目を半開きにして立っている。

 

 私とそう大して年齢の変わらなそうな彼女が、紫毒姫の渾名を持つG級ハンターなんて───

 

 

「だ、大丈夫なんですかね? 凄い若い人ですけど」

「んぁ、大丈夫だろ」

 ───私はその時、信じていなかったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『ガーグァの温泉卵』

 

 ・ガーグァの卵   ……1個

 ・塩        ……適量

 

 

 私はケチャップ派です!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu22……尾槌竜のコブの回鍋肉

 木々が薙ぎ倒される。

 

 

 尾槌竜。

 私達を襲ったそのモンスターはその名の通り、槌のように丈夫で強靭な尾を持っていました。

 その尻尾に潰されでもしたら、人の肉なんて良くてミンチでしょう。

 

 その大きさはなんとグラビモス以上。出会い頭、私は悲鳴を上げて漏らしました。

 

 

「木の化け物ぉぉおおお!!!」

 とか言って。

 

 見た目は二本の角と背中のコブが特徴的な二足歩行の獣竜種です。その竜は、私達を見付けると鈍い咆哮を上げてそのハンマーのような尻尾を振り上げたのでした。

 

 

 尾槌竜ドボルベルク。

 それが、私達が遭遇したモンスターの名前。

 

 

「あの詐欺師!! 今はモンスターが少ないから散歩みたいなもの言ってたじゃない!! 普通に出会したわよドボルベルク!! あんな追加料金で私を動かしておいて!!」

 そんなドボルベルクと対峙するのは、紫色の髪を風に靡かせる私とあまり歳の変わらない女性のハンターさんです。

 

 ユクモ村に到着した私と大将さんは、そこまで護衛をしてくれていた友人のCと別れる事に。

 目的地はタンジアなのですが、それまでの護衛をどうするか───そう考えていた矢先にお店に来ていたお客さんに紹介してもらったのがこの女性ハンターさんでした。

 

 

「二人は竜車をもっと安全な所に移動させて! 加勢は要らないわ!」

 タンジアへの道。

 

 比較的モンスターが少ないという情報のルートを通っていたつもりだったのですが、私達は突如現れたドボルベルクに襲われたのです。

 直ぐに戦闘態勢に入った彼女は、ドボルベルクと戦いながら私達にそう指示を出してくれました。

 

 

 

「悪いけど、ちょっかい掛けてきたのはそっちよ。恨まないで欲しいわね!」

 振り下ろされる尻尾を交わしながら一瞬で肉薄し、ドボルベルクの脚に彼女の得物───太刀を叩き付けるハンターさん。

 怯まずに足踏みをして潜り込んできた小さな生き物を踏み潰そうとしてくるドボルベルクに、彼女はカウンターを入れてさらに追撃の姿勢に入る。

 

 その動きはまるで私とは違いました。

 

 

 紫毒姫。

 それが彼女───G級ハンターに与えられた渾名。

 

 

 G級ハンター。

 ポッケ村で出会った大将さんがオトモだった時のご主人さんや、火山の小さな村で会ったあのハンターさんと同じ───ハンターズギルドの中でも数えられる程しかいない実力者。

 

 

「す、凄い……」

「G級だからな」

 その戦いっぷりを見るまで、私は彼女が本当にG級ハンターだと信じていなかったのです。

 だって、自分と殆ど歳が変わらないんですよ。私なんか下位ハンターだし、イャンクックが相手でもどうなるか分からないのに。

 

 

 これが本物のハンターなんだと、私は分不相応に自分のハンターとしての実力を不甲斐なく思うのでした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu22……尾槌竜のコブの回鍋肉』

 

 

 血飛沫が上がる。

 私は唖然としていました。

 

 

 

「これが、G級」

 G級ハンターを知らない訳ではない。強い人を知らない訳ではない。

 

 一度G級ハンターの方と一緒に戦った事もある。

 だけど、それは三人で一匹のモンスターと戦っていた時の話だ。

 

 

 彼女は───G級ハンター紫毒姫は、一人でグラビモスよりも巨大なモンスターと対峙している。

 これがG級ハンターの全力。彼女や火山の彼や、ポッケ村のハンターさんが本気を出せば私なんて足元にも───

 

 

 

「上手く隠れたわね。これなら本気を出せそうだわ」

 横目で私達を見ながら、彼女は自らの得物を構え───その刃で自分の手を少しなぞりました。

 

「───あたしの血を吸いなさい、紫毒姫」

 彼女の血が地面に落ちて、同時に血に濡れた太刀を振り上げる。

 なんでそんな事を───そう思う前に、彼女の姿が視界から消えていた。

 

 

「え?」

 同時に悲鳴。

 

 それは誰のものでもなく、ドボルベルクの悲痛の鳴き声。

 声に視線を移すと、ドボルベルクの頭部にあった筈の二本の角の片方が地面に落ちている。

 

 

「は、速すぎ……ません?」

「妖刀羅刹か。初めて見たな」

 私の言葉に、大将さんはそんな言葉を漏らしました。

 

 

 後で聞いた話。

 妖刀羅刹とは狩人の使う技、狩技の一つで、大将さんもよく知らないのですが一時的に身体能力を底上げする技のようです。

 ただ、使える人が極端に少なくてどうしてそんな事が出来るのか、あの大将さんですら知らないようでした。

 

 

 

「───護衛任務だし、早めに終わらせるわよ」

 一瞬でドボルベルクの角を切り飛ばしたハンターさんは、その懐に潜り込むと両足を交互に切り裂きながらドボルベルクの背後をとる。

 しかしドボルベルクもやられてばかりではありません。その巨大な尻尾を持ち上げて、ハンターさんを潰そうと振り下ろしました。

 

 しかし、振り下ろされた筈の尻尾は地面に叩きつけられる事なく───宙を舞う。

 

 

「あの尻尾を切りやがった……」

「えぇぇぇ……」

 私はもう唖然としていました。

 ドボルベルクの尻尾は、それだけで並の飛竜の胴体程の太さを誇っている。そんな尻尾を、彼女は一刀両断したのです。

 

 

「───残念だけど、今のあたしは強いわよ」

 強いとかそういうレベルじゃない。

 

 

 

 自らの最大の武器を失ったドボルベルクは、その目を血走らせながら振り向きました。しかし、振り向いたその先には既に彼女は居ません。

 

 

「遅いわ」

 ドボルベルクの反転の間に懐に潜り込んでいた彼女は、その場で太刀を納刀。遅れてドボルベルクの両脚から血飛沫が上がる。

 もはや何が起きているのか分からない。斬撃が速過ぎて、彼女が納刀した後に肉が切れたとでも思えば良いのでしょうか。

 

 

 斬られた脚は半分の肉と骨だけで身体に付いているような状態で、それでもドボルベルクは自らをここまで痛めつけた狩人を踏み潰さんと一度彼女から距離を取りました。

 ドボルベルクに冷たい視線を向ける彼女はしかし、どこか優しい表情をしてこう口を開く。

 

 

「……ダメよ、あんた強いんだから。喧嘩売る相手を間違えたら。……残念だけどあたしは、あの子みたいに強くないから貴方を助ける事は出来ないわよ」

 突進してくるドボルベルク。

 

 ハンターさんは迎え撃つように太刀を構え、ドボルベルクの攻撃を待つ様にその場に留まった。

 本来ならそのまま行けば巨大に轢き殺されるのが目に見えている訳ですが、もう私は何が起きても驚かないと思います。

 

 

 ───そして思った通り。

 

 

「……恨まれてもあたしは謝らないわよ。だってあたしは、勝ったから」

 構えた太刀でドボルベルクの突進をいなし、その刃を振り下ろした彼女は前に進みながら倒れるドボルベルクを尻目にそんな言葉を落としました。

 

 本当に一瞬の出来事。

 あれだけの巨体が、両手で数えられる攻撃で倒れたのです。流石に驚かない方が無理がありました。

 

 

 

「……なんですかアレ」

「……G級ハンター」

「……あー、しんど」

「え!?」

 私達が半目でハンターさんを見ていると、彼女は深いため息を吐いて───その場に倒れる。

 流石にこれ以上驚く事はないと思っていましたが、突然の事にまた私は驚いてその場から動けませんでした。

 

 

「大丈夫か、嬢ちゃん」

「……へ、平気よ。久し振りに本気で戦ったから疲れただけ」

「妖刀羅刹ってのは相当しんどいんだな」

「……あら、知ってるのね」

「小耳に挟んだ程度だが」

 言いながらハンターさんに手を伸ばして、彼女を座らせてあげる大将さん。

 私はそこでやっと我に返って、竜車から飲み物を取って彼女の元に入って持っていく。

 

 

「大丈夫ですか! お、お水です!」

「んぁ、食いしん坊。ちょいと嬢ちゃんの事を頼む。俺はドボルベルクを剥ぎ取ってくる」

 大将さんはそう言うと、ハンターさんを私に任せて倒れたドボルベルクの元に歩いて行きました。

 

 そんな大将さんにハンターさんは「護衛でもクエスト中に倒したモンスターだから、剥ぎ取りは規定以内に収まるのよー」と遠くに聞こえる様に話す。

 その様子を見るに大丈夫そうですが、流石にあの戦いっぷりの後に倒れられると心配になりますよ。

 

 

「お水、ありがと。まさかあんなのが出てくるなんてビックリだわ」

「あはは、私もです。……それにしても、ハンターさんお強いんですね。正直、ビックリしました」

「相手がこんな小娘じゃ無理ないわよ。……良く言われるわ。こんなんが紫毒姫を倒したハンターかって」

「紫毒姫?」

 彼女の渾名と同じ名前が話に出てきて、私は首を傾げました。紫毒姫を倒したとは、どういう事なんでしょうか。

 

 

「二つ名モンスターって知ってるかしら」

「……えーと、聞いた事だけあります。確か、同種の他のモンスターとは比べ物にならない程力を付けた一個体に付けられる渾名だとかなんとか」

 ギルドで手に負えない、本当に強いモンスターを監視したりする名目で付けられる渾名。二つ名。それが、二つ名モンスターだと誰かに聞いた事があります。

 

 

「そうよ。……んで、あたし含め一部のG級ハンターはそんな二つ名モンスターを倒した事でG級ハンターとして認められた人も多いわ」

「二つ名モンスターを倒した……。だから、そのハンターさんには二つ名モンスターの渾名が与えられるんですか?」

「そういう事。……だからあたしは紫毒姫。これは、その紫毒姫の素材を使った防具なの」

 彼女はそう言って、自分が装備している紫色の装備を指で突きました。

 

 

 

 ギルドが手に負えないと判断して渾名を付ける程のモンスターを倒したハンター。

 なる程、強い訳です。そう思った矢先、彼女はこう言葉を付け足しました。

 

 

「……でも、あたしは違うのよ」

「え?」

「あたしは紫毒姫を一人で倒した訳じゃない。助けてくれた仲間が居たし、あたしの手柄なんて殆ど大した物じゃなかった」

「でも、貴女はとても強いですよ?」

「そんな事ないわ。あたし、確かに腕は立つかもしれないけどまだお子様なのよ。何も周りが見えてなくて、紫毒姫だって……あたし一人で勝てる相手じゃないのが分かってたのに無謀にも挑もうとしてた」

 どこか遠い所を見ながらそう言う彼女は「だから」と続けて、自分の頭を掻きながら口を開く。

 

 

「───だからあたしは見た目以上に大した事ないのよ。本当に強い人なんて、あたし以外にも沢山いるわ」

「それでも、ハンターさんはあんなに大きなモンスターを一瞬で倒してたじゃないですか」

「アレ、なんか弱ってたのよね。初めから」

「そうなんですか?」

 目を細くしてドボルベルクを横目にそう言うハンターさん。当のドボルベルクは、大将さんが解体中だ。

 

 

「何か、噛まれた跡や打撲の跡が沢山あったわ。……確か、ドボルベルクは本来温厚な性格のモンスターって聞いた事がある。何かに襲われて、気が立っていたのかもしれないわね」

「そんな事まで知ってるなんて、流石G級ハンターさんです……」

「……こればかりは本当に違うわよ。あたしを救ってくれた恩人の受け売りなの」

「恩人、ですか」

 さっき彼女は紫毒姫を倒したのは自分一人じゃないと言っていました。彼女に一体何があったのでしょうか。

 

 

 ユクモ村を出てからドボルベルクに襲われるまで、彼女は竜車の前を歩いてくれていたので、私はろくに彼女とお話をしていないのです。

 周りにモンスターは居なそうで、大将さんは何やら突然料理を始めてしまって休憩ムードですし、丁度良いので私は彼女と少し話をする事にしました。

 

 正直、やはり私は彼女の事を疑っていたのです。

 しかしそれは間違いでした。彼女は正真正銘、G級のハンターさんなのです。

 

 

「少し、貴女のお話を聞かせてもらっても良いですか? ハンターになった時の話とか、紫毒姫を倒した時の話とか」

「あたしの話? どうして?」

「私、人の話を聞くのが趣味なんです。いや、これはユクモ村で会った商人さんの受け売りなんですけど」

 私が「あはは」と苦笑い気味に笑うと、彼女は「あの詐欺師の……」と目を細めました。地雷だったかもしれない。

 

「いや、でも、趣味とは言わずとも人の話を聞くのは好きなんですよ。一応私はモンハン食堂のウェイトレスなので、お客さんの話を良く聞きますし……それに───」

「それに?」

「……それに、私も一応ハンターなのですが。どうも弱過ぎて役に立たない訳で。そういう意味でも、後学の為にお話を聞かせて貰えたらな……と。勿論、無理にとは言いませんけど」

「……なるほど。良いわ。それじゃ、先輩のあたしが()()()後学になるアドバイスをしてあげる」

 私の言葉に、ハンターさんは得意げな表情でそう言ってから少し目を瞑る。

 

 

 そして何処か遠い所を見ながら、彼女はこう口を開いた。

 

 

「あたし、両親を紫毒姫ってモンスターに目の前で殺されたのよ」

「なんかもうすいません」

 完全に地雷を踏んでしまったようです。

 

「いや、もう何年も前の話だし気にしてないわよ。……で、その頃からあたしはそれなりにやれるハンターだったわ。両親も、村ではそれなりに実力の認められたハンターだった。……気にしてないって言ったけど、その頃のあたしはそりゃ気にしてたのよ。本当に本当にどうしようもない気持ちでいっぱいだった。まだ小さな弟も居たのに、その大切な弟を蔑ろにしてまで両親を殺したモンスターへの復讐の事ばかり考えてた」

 両親をモンスターに殺された。

 この世界ではよく聞く話です。両親じゃなくても、家族だったり恋人だったり仲間だったり。

 モンスターは強大な力を持っているから、誰かがモンスターに殺されたなんて話はモンハン食堂に来るお客さんから聞く話でも多い内容でした。

 

 

「……そんな時に、ちょっと縁があってパーティを組んでくれた人達がいるの。その人達はあたしが何も見えてないのを指摘してくれて、守らなければいけない大切なものも教えてくれた」

 小さな弟さんが居た彼女は、復讐よりも大切なものを教えて貰ったと言います。しかしそれでも、彼女はやはり両親を殺したモンスターの事が許せなかったと語ってくれました。

 

 

「それでパーティを組んで一緒にいる内に、また変な縁があって紫毒姫と鉢合わせたのよ」

「その時に?」

「そうね、その時に紫毒姫と戦って……あたしは彼女を倒───殺したわ」

 倒した、と言いかけて彼女はふと言葉を変える。その意味は、私には分かりませんでした。

 

 

「その時思い知った事があってね、丁度良いからあなたに聞いて欲しいのはここからよ」

「は、はい」

 彼女の言葉に私は改まって首を縦に振る。G級ハンターさんからのアドバイス。ちゃんと聞かないとバチが当たりそうだ。

 

 

「自分に出来る事なんて限られてるものよ」

 目を半開きにして、私の目を真っ直ぐに見ながら彼女はそう言う。見詰められても私は「へ?」と首を傾げる事しか出来ませんでした。

 

 

「あたしが殺した紫毒姫はね、巣にまだ小さな子供が居たのよ」

「子供……」

 モンスターだって生き物である。だから、家族がいて子供も居るのは当たり前だ。

 母親である紫毒姫を失った子供達がどうなったかなんて、想像しなくても分かる。

 

 

「当たり前だけどあたしにその子供達は救えないわ。私の両親を殺したのは確かに紫毒姫だったけれど、その紫毒姫を殺したのは私で、その子供達も私が殺したような物なのよ」

「でも、それは……それは仕方がないですよ」

「そう、仕方がないの」

 言葉の重みとは裏腹に、彼女はそう言って竜車の方に視線を向けた。何やら湯気が出てるし、良い匂いもしてくる。

 

 大将さんが手招きしているのが見えて、ハンターさんは「呼んでるみたいだけど、何かしら」と立ち上がった。

 

 

「……話を戻すと、やっぱりあたし達みたいな凡人に出来る事なんて限られてるって事よ。あの時あたしはどうしたって紫毒姫を殺すしかなかったわ。同時に紫毒姫の子供達だって助ける事なんて出来なかった。そうしなきゃ自分達が死んでいた。あたしはそれが分かっただけマシかもしれないわね。……あの状況で自分の命も投げ出さずに紫毒姫も子供達も殺さないなんて選択肢が出来る奴は本物のバカで本当に強い奴だけよ」

 あたしはそんなバカみたいに強くない、と彼女は続ける。

 

 

「背伸びせずに自分に出来る事をすれば良い。あたしはあのバカみたいには出来ないから、自分が生きる為に精一杯自分が出来る範囲の事をする。これが、あたしを救ってくれた人達があたしに教えてくれた()()よ」

「自分が出来る範囲の事……」

「参考になったかしら───って、何これ料理? こんな所で何してるのよ!?」

 竜車に辿り着くと、そこには何やらお肉とキャベツやピーマンが一緒に炒められている料理が並んでいました。

 

 ドボルベルクの剥ぎ取りをしていると思ったら突然料理をし始めた大将さんですが、これは何でしょう。

 

 

「ドボルベルクのコブの回鍋肉だ」

「コブ、ですか?」

「いや回鍋肉だ、じゃなくて……なんでこんな所で料理してるのよ」

「ウチはモンハン食堂。旅する料理屋だからな」

「何それ聞いてないわよ……」

 彼女は商人さんの紹介で護衛をしてくれていたんですが、どうやら商人さんは彼女に何も話していなかったようで。

 私は彼女にモンハン食堂の事を説明しました。ハンターさんは「あの詐欺師は本当に一言も二言も足りないわ」と震えるばかりです。

 

 

「んぁ、とりあえず食ってみてくれ。話はそれからだ」

 詐欺師め、と怒りを露わにするハンターさんにお皿を寄せる大将さん。

 ハンターさんは「こんな所で呑気に食事なんて───」と言いながら回鍋肉の肉を口の中に放り込みました。

 

 すると、彼女は目を見開いて固まり───しばらくすると凄い勢いで箸を動かし始めます。

 

 

「───な、何これ! 不思議な食感がするわ。不思議っていうか変だけど、それでも何故か美味しい。何なのこの肉!」

 キャベツやピーマンと一緒に肉を頬張るハンターさん。確か大将さんは、ドボルベルクのコブだとかなんとか言っていた気がしますが。

 

 

「あのドボルベルクのコブだ。アレはほぼほぼ脂肪だが、こってりした歯応えがある」

「あそこの部分食べれるんですね……ひぇ」

 倒されたドボルベルクに視線を向けると背中の大きなコブが視界に入りました。

 曰く、あのコブは栄養を蓄えた脂肪分らしいです。その脂肪分こそ、この回鍋肉に入っている肉なんだとか。

 

 

「何だろうが食える部分は食う。ガノトトスもそうだが、食材に使えるモンスターの部位なんてのは結構あるもんだ」

「食える部分は食う、やれる事をやる……ですか。似てますね」

「あ? 何の話だ」

「いえ、私の話です。大将さん、何か私やる事ありますか? 手伝いますよ! ないなら回鍋肉食べますけど!」

「アホ。これはドボルベルクを倒してくれた嬢ちゃんへの賄いだ。お前は片付けと周りの安全確認しとけ!」

「酷い!! けどやります!! 私の仕事ですからね!! でも一口だけ!!」

「やらん」

「一口だけぇぇぇえええ!!!」

「こんな美味しい料理を出すお店なら最初から言いなさいよ。何よ、役得じゃない。あの詐欺師め、態と私に黙ってたわね。……しょうがないから今回は許してやるわ。……美味しい」

 そんな訳で、本日もモンハン食堂は絶賛開店中。

 

 

 

 

「……しかしそうですよね。このドボルベルクが何かに襲われたというなら、近くにモンスターがいるかもしれませんし。……でもこんなに大きなモンスターを弱らせるモンスターって、どんなモンスターなんでしょう」

 ───そんな不安は杞憂に終わり、私達はハンターさんの護衛のおかげで無事にタンジアに辿り着くのでした。

 

 

 

 ───タンジアまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『尾槌竜のコブの回鍋肉』

 

 ・ドボルベルクのコブ   ……120g

 ・ミリオンキャベツ    ……100g

 ・虹色パプリカ      ……40g

 ・甜麺醤         ……大さじ1

 ・醤油          ……小さじ1

 ・料理酒         ……小さじ1

 ・すりおろし生姜     ……小さじ1

 ・豆板醤         ……小さじ1

 ・ごま油         ……小さじ1

 ちゅうか料理という物らしいです!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu23……女帝エビのパエリア

 銅鑼が鳴る。

 

 

「さー、始まりました。ここタンジアにおける世紀の対決。タンジアが誇る三つ星レストラン、シー・タンジニャに対抗するは、旅する食堂モンハン食堂。ルールは簡単、よりどちらが客を沸かせる料理を作る事が出来るかどうかです。なんと対戦相手のモンハン食堂はドンドルマからポッケ村まで、ありとあらゆる場所で料理を振る舞ってきたのだとか。我らがシー・タンジニャは開業からタンジアのハンター、いや住人を虜にし続けてきた実績があります。この戦いどうなるか分かりませんね。あ、実況はこの僕、とある通りすがりのギルドナイトがお送りしております。解説には僕の同僚のギルドナイトの女性を二人、両手に花という状態でお送りしますよ。羨ましいですか? 羨ましいでしょう。それでは、どうぞよろしく」

 会場に用意された椅子から放たれる、いつ息継ぎをしているのか分からない長い台詞。

 

 

 タンジアの港。

 見晴らしのいい海の資源を中心に栄えるこの街には、周辺の小島を含めた村のハンター達が所属するタンジアギルドと呼ばれるギルドがあります。

 

 そのタンジアギルドと提携を結んで、ギルドの酒場としても街の食堂としても栄えているのが、今私達が居るこの───シー・タンジニャでした。

 

 

 店のキッチンを会場に、横並びになるモンハン食堂の大将さんとシー・タンジニャのコックさん。

 二つのお店は、今激突しようとしている。

 

 

「……なんでこんな事になってるのよ」

「……あはは。でも、なんだか楽しそうですね」

 街の人達はシー・タンジニャに集まって大盛り上がりでした。対決をツマミに、お昼からお酒を飲んでいる人達も多数います。

 

 

 さて、なんでこんな事になってるのか。

 それはこのタンジアに辿り着いた時に時間を遡るのでした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu23……女帝エビのパエリア』

 

 

 ユクモ村からタンジアまで。

 ドボルベルクの襲撃等、それなりにトラブルはありましたがハンターさんの活躍もあり無事到着。

 

 私達は海風の香る街、タンジアに辿り着いたのです。

 

 

「大将さん! 凄いですよ、海!」

「んぁ? 海なんてそんな珍しい物でもないだろ」

「そうですか? 私海なんて初めてですけど」

「これから旅を続けてたら、飽きる程見る事になる」

「旅を続けてたら、ですか。ふふ、そうですね」

 海を横目に街を進む竜車。心地良い海風に、私もハンターさんも旅の疲れで寝てしまいそうでした。

 

 

「……ごめんなさい、私ったら。まだ護衛の途中だったわよね」

「んぁ、流石に街に着いたんだ。もう金を払っても良いくらいだが」

「タンジアはモンスターより怖い奴がウロウロしてるからダメよ。ちゃんとギルドに着くまでは護衛の仕事だわ。あんなに美味しいご飯沢山食べさせて貰ったんだもの、最後までちゃんとやらなきゃ」

 それは彼女がG級ハンター故の仕事への責任感なのか───いや、きっと彼女の責任感なんでしょうね。

 

 

 しかし。

「いや、モンスターより怖い奴ってなんですか!?」

「そうね。単身で古龍を倒せそうな人とか、死ぬ程胡散臭いギルドナイトとか、あとハンターも多ければゴロツキも多いのよここは」

「それ、どっちがモンスターなんでしょうね」

 単身で古龍ってなんですか。

 

 いつか聞いた、ドンドルマを巨大な古龍が襲ってきたという話。その時は、百人以上のハンターが動いたとかなんとかという話だった気がするのですが。

 

 

「人間が一番怖いって話よ。でも、そうこう言ってる間に着いたみたいね」

「わぁ」

 竜車が止まる。

 

 列を作る人々。喧騒。

 壁はなく、海風が通り抜けるその雰囲気はまさに海の街の酒場。

 

 私達はタンジアギルドに辿り着いたのでした。

 

 

「───ユクモ村からの護衛クエストよ。こっちが依頼人の……えーと、タイショーさん? だっけ」

「大将だ」

「大将さん」

「はい、かしこまりました! 確認しております。クエストおつかれ様でした」

 可愛らしい服を着た金髪の受付嬢さんにクエスト達成の報告をするハンターさん。

 よくよく考えれば、ツテとはいえG級ハンターさんに護衛クエストをやって貰えるなんて凄い事ですよね。

 

 

「討伐モンスターは……ドボルベルク。流石、紫毒姫とも呼ばれるハンターさんなだけありますね! どうですか? タンジアは良い所ですよ。ベルナ村からお引越しなんて」

「突然スカウトするのやめなさい。そういうのはギルドの間でやって。私は別に、まんざらでもないのだけど。龍暦院だって色々あるのよ」

「ですよねー。ところで、この備考について詳しく教えて貰っても良いですか?」

 清々しい愛想笑いを見せた受付嬢さんは、クエスト達成の報告用紙を指で突きながらハンターさんにそう問い掛ける。

 

 備考というのは、討伐に当たってハンターさんが気になった事を書いたり書かなかったりする事。

 ハンターさんはドボルベルクが何者かに襲われた痕跡がある事が気になって、備考欄にメモをしていました。

 

 

「地図出して」

「はい」

「えーと、この辺ね。傷の特徴は爪とか牙で抉られた感じだったわ。ギルドの回収隊がドボルベルクの死体を調べて貰えば分かると思うけれど」

「いえ、ありがとうございました。実はここ数日、同じように何かに襲われたモンスターの目撃情報が多いんですよ。情報提供ありがとうございます」

「参考までに、ギルドは何か掴んでるのかしら?」

 ハンターさんがそう聞くと、受付嬢の彼女は「大きな声では言えませんよ」と視線を逸らす。

 

「G級ハンターの紫毒姫が聞いてるのよ」

「その言い方狡いですよぉ」

「ほら、言いなさい」

「私が言ったって言わないで下さいね? えーと、ティガレックスです。背中に大きな傷がある、手負いのティガレックスの目撃情報があって。もう被害も出てるとかなんとか。けど、ここ数日で話は落ち着いてきたので、もしかしたらもう生きてないかもって話で」

 受付嬢さんのそんな話に、私は何処かで聞き覚えが───いや、見覚えがあるような気がして首を傾げました。

 

 流石に勘違いでしょうか。

 

 

「ありがとう、助かったわ」

「いえ。あ、この話は御内密に!」

「分かってるわよ。行きましょ」

「あれ? もうクエストは終わりでは?」

「つれないこと言わないでよ。タンジア、初めてなら私が多少なりとも案内してあげるって言ってるのよ。美味しいご飯も食べさせて貰えたし。……そうね、タンジアには有名なレストランがあるのよ。そこに一緒にいかない? 大将さんもどうかしら?」

 護衛クエストの依頼人とハンターというだけの関係なのに、ハンターさんは私達をそう言って誘ってくれる。

 正直、G級ハンターさんにこんなに良くしてもらえるなんてのは御伽噺だと思っていました。そもそも、私からすればG級ハンターさんが御伽噺のような存在なんですけども。

 

 

「行きたいです行きたいです! タイショーさんもせっかくだから行きましょうよ」

「嫌だ」

 ハンターさんと私に誘われた大将さんはしかし、珍しく子供みたいな言い方でそっぽを向いてしまいました。いきなりどうしたんですか。

 

 

「な、なんでですか? タイショーさん」

「大将だ。あのなぁ、シー・タンジニャなんてのは俺にとって商売敵だぞ」

「あ、そうでした」

 我等がモンハン食堂は料理屋さん。そして、私達が誘われたのはタンジアの有名なレストラン───つまり料理屋さんです。

 商売敵は言い過ぎかもしれませんが、態々塩を送るなという事でしょうか。

 

 しかし、私達は確かにこのタンジアの外から来た料理屋ですが───それは別にシー・タンジニャを潰す為ではありません。強いて言うならシー・タンジニャの上を行く為。

 

 

「て、敵情視察ですよ!」

「んぁ?」

「そうよ。敵情視察。確かに大将さんの料理は美味しかったけど、シー・タンジニャも中々のものよ?」

「バカ言うな。俺の作った飯の方が百倍美味い」

「言い切るわね」

「なんかいつにもましてタイショーさんが意地っ張りですね……。シー・タンジニャと何か訳ありなんですか?」

「んぁ……お前はこう言う時だけ察しが良いんだな」

「はい。良く空気が読めてるのか読めてないのか分からないと言われてました」

 私がそう言うと、大将さんは溜息を吐いて目を半開きにしました。

 

 そうしてタイショーさんは、一度視線を件のシー・タンジニャに向けてから口を開く。

 

 

「そこのシー・タンジニャってのは、俺が修行した料理屋なんだ」

 タンジアギルドに隣接する、三つ星レストランシー・タンジニャ。その場所を指差して、大将さんはそう言いました。

 

「シー・タンジニャで修行なんて凄いじゃない。どうりで美味しい訳よ」

「初耳です」

「正確には、シー・タンジニャに居た料理アイルーに少しの間教えてもらってただけだがな。その師匠は今モガの村って場所にいるらしいが───問題はここからだ」

 そういって、大将さんは見るからに不機嫌な表情を見せる。それはもう、旅の途中お腹が減り過ぎて食材を勝手に食べた私を見るような目付きでした。

 

 怖い。

 

 

「俺が師匠に教えてもらっていた時に、師匠にはもう一人弟子が居たんだ。ソイツはその場のノリで客の注文と違う料理を出すような適当な奴だった。俺はソイツが死ぬ程嫌いでな」

「あー、確かにタイショーさんの嫌いそうな人ですね……」

 大将さんを一言で表すなら『厳格』という言葉が一番初めに思いつく。注文を間違えよう物なら怒鳴られるなんてのは良くある事だ。

 

 

「どれくらい嫌いかと言うと、シー・タンジニャを赤字にさせて潰したいくらい嫌いだ」

「あまりにも多くの人が巻き込まれるので辞めてください」

「……俺はアイツを料理人とは認めない」

 うわ、本気ですよこの人。いや、このアイルー。

 

 

「思い出したらムカついてきたな。大タル爆弾でも投げ込むか」

「テロ!? 落ち着いて下さいタイショーさん! タンジアに来たのは砂漠に向かって、こんがり肉Gを焼く為ですよ!」

「そういえばその話よ。あの詐欺師に聞いたけど、最終的な目的地は砂漠なのよね? どちらにしても情報収集と移動手段の確保は必要よ。意地張ってないで、ほら行くわよ」

 ハンターさんが大将さんの腕を引っ張る。しかし、大将さんはまるで駄々をこねる子供のように動こうとはしませんでした。

 

 

「タイショーさん! ほら行きますよ!」

「アイツの飯を食うなら死んだ方がマシだ!!」

「どんだけ嫌いなんですか!?」

「───話は聞かせてもらったぜニャ!!」

 ふと聞こえる、第三者の声。

 

 振り向くと、そこには板前姿の一匹のアイルーが立っている。

 そんなアイルーを見てサンセーのうんこを踏んだ私を見るような目をしたタイショーさんの反応で、そのアイルーさんが()なのか容易に想像が付きました。

 

 

「ふん、タイショー。久し振りだな! 我が永遠のライバルよニャ!」

「誰がテメェのライバルだ死ね」

 辛辣。

 

「謙遜するな。お前はこの私に匹敵する料理人だニャ」

 そう言ってタイショーさんに近付いたアイルーさんは、片目を瞑りながら「我が好敵手よ、私と再び勝負する為に戻ってきてくれたんだな」と両手を広げる。

 

 あー、この人、大将さんが嫌いというか苦手なタイプの人だ。

 

 

「思い出すな、伝説の二百番勝負。百対百で引き分けた、あの熱き戦い!」

「伝説の二百番勝負ですか?」

「ん? 君は?」

「あ、私はモンハン食堂で働かせて頂いてます。ウェイトレス兼ハン───」

「俺の奴隷だ」

 酷い。

 

「なるほど奴隷か」

 納得しないで。

 

 

「あんた奴隷だったの……」

「違います。……多分」

 違うと思いたい。

 

 

「ところで、あなたは?」

「おっと申し遅れたな。たとえ奴隷だとしても、我がライバルの側近だ。挨拶はしておこう。私の名はシー・タンジニャが誇る一流コック、テンチョー。いずれこのシー・タンジニャの店主に上り詰める男だ!」

 指を一本天に向けて差し、そう名乗るアイルーさん。

 

 

 なんと、店長さんでした。店主を目指す、店長さんらしいです。

 

 

「店長さんでしたか。シー・タンジニャの店長さんと知り合いなんて、大将さんは凄いですね」

「テンチョーだ! 店長ではない!!」

「店長さんですよね?」

「テンチョーだ!」

「店長さんですね」

「コイツ頭が悪いから何を言っても無駄だぞ」

 何か凄いバカにされた気がしました。多分気の所為でしょう。

 

 

「さぁ、そんな訳で勝負だ! タイショー、私の料理が君の料理より優れているという事を教えてあげるよニャ」

「んぁ……悪いが俺はお前なんかと勝負をする為にここに来たんじゃない」

 勝負を挑んできた店長さんに、大将さんはいつもの冷静な口調でそう返事をしました。

 

 彼の事を思い出してイライラするくらい嫌いで、シー・タンジニャを潰したいとまで言っていたのは流石に冗談だったようです。

 

 

「俺はこんがり肉G以外に興味はない。ここに来たのも、その手掛かりを探す為だ」

「ふん、まだそんな物に拘っていたんだニャ。呆れたよ、私は君を買い被っていたようだ。……それとも、私との勝負が怖くて逃げるのかニャ」

「は?」

 その時、何が千切れてはいけない物が千切れた音がしました。

 

 

「誰がテメェ程度から逃げるだと? 調子に乗るのも良い加減にしろポンコツ料理人が!! テメェを捌いで刺身にしてやる!!」

「わーーー!! タイショーさん落ち着いて下さい!! 流石に包丁はダメです!! 人に向けてはいけません!!」

「コイツは人じゃないから良い!!」

「確かにアイルーですけど!! いや、もしかして食材にしようとしてます!? ダメですよ!! ギルドナイトに捕まりますよ!?」

「───はーい、どうもー。ギルドナイトでーす。お呼びですか」

「うわ、面倒臭い奴に見付かったわね」

 なんて話していたら、更に第三者が現れる。

 それもその筈で、ここはシー・タンジニャとタンジアギルドが隣接する場所でした。会話は色んな人にダダ漏れです。

 

 

「争い事は困りますねぇ。いくらアイルーとはいえ、僕も仕事なので勘弁出来ない訳ですよ。……ほら、アイルーの血なんて見たくないでしょ。ソレ、しまってしまって」

 ベージュ色のスーツと帽子。妙に胡散臭い表情の男の人。その姿を見るに、噂をすればのギルドナイト───という奴でした。

 

 勘弁してください。

 

 

「───チッ」

「いやー、血が流れる前で良かった良かった。所でお二人さんと猫二人、揉め事の原因はなんですか? 宜しければ僕が話を聞きますよ。そうそう、あっちの影とかどうです? 涼しい場所でご飯でも食べながら話でも───」

「んぁ、悪いなギルドナイトさんよ。ちょいと食材の取り合いになっちまってな」

 普段の冷静は態度に戻った大将さんは、嫌いだと言っていた店長さんの肩を抱いてこう続ける。

 

 

「コイツと料理対決をしようと思っててな、食材を選んでただけなんだ。勘弁してくれや」

「タイショー、君はさっき私と対決はしないと───ムグッ」

「ほー、料理対決ですか。それは中々面白そうですね。シー・タンジニャのコックと旅の料理人さん。これはちょっと盛り上がりそうですよ。あ、そうだ。なんならその勝負、ギルドでパーっとやっちゃうなんてどうですか?」

「は?」

「え?」

 ギルドナイトさんの提案に困惑する二人。

 

「ちょうど暇だったんですよね。何か面白そうなネタが見付かって良かったですよ」

「えーと、ギルドでパーって。そんな簡単に話が通ったりする物なんですか?」

「ハンターって基本暇そうにしてますし、多分酒飲んで楽しめればそれで盛り上がる脳筋牙獣種ばっかりでしょ。僕としては盛り上がってくれればギルドにお金が入って好都合って話ですよ」

 何故か無茶苦茶な論理を繰り出して、勝手に話を進めていくギルドナイトさん。

 

 

 そして話は思っていたよりも膨れ上がり───

 

 

 

「───あ、実況はこの僕、とある通りすがりのギルドナイトがお送りしてます。解説には僕の同僚のギルドナイトの女性を二人、両手に花という状態でお送りしますよ。羨ましいですか? 羨ましいでしょう。それでは、どうぞよろしく」

 ───お話は冒頭に。

 

 

「……なんでこんな事になってるのよ」

「……あはは。でも、なんだか楽しそうですね」

「アレのやる事だから、何か裏があるんでしょうけどね。大方件のティガレックスの情報が欲しいから、自然とハンターが集まりそうな事をやってるって感じかしら」

「あのギルドナイトさんとお知り合いなんですか?」

「ちょっとね。顔からしてそうだけど、存在の半分が胡散臭い奴よ。とりあえず信用しない事をオススメするわ」

 酷い言われようですね。

 

 

 

 そんな訳で。

 タンジアギルドとシー・タンジニャまで巻き込んで始まった大将さんと店長さんの料理対決。

 会場では二人がせっせかと料理を進め、最初に料理を完成させたのは店長さんでした。

 

 

 

「───ふん、完成したぞ。女帝エビのパエリアだ!!」

 巨大なフライパンを何個も使い、数十人分の料理を完成させる店長さん。

 

 勝負の内容は至って簡単です。どちらがよりお客さんを沸かせる事が出来るかどうか。

 その為、このタンジアギルドとシー・タンジニャに集まった人々が全員食べられる量の料理を作らなければいけません。それだけでも大変な勝負でした。

 

 店長さんが作ったのは、なんと人の子供が入りそうな大きさのフライパン四つ分のパエリア。

 普段からお客さんの沢山来るシー・タンジニャのキッチンを捌いている料理人というのは伊達ではありません。

 

 

「さぁ、召し上がれ」

 一人一人に充分な量が乗った皿が渡される。次回の胡散臭いギルドナイトさんやその仲間のギルドナイトさんを含め、料理は全員に程良く行き渡りました。

 

 作り上げた量も完璧。大将さんの言っていた「適当な奴」という言葉はまるで嘘のようです。

 

 

 お皿に盛られた巨大なエビのパエリア。しっかりと焼き目の付いたプリップリのエビは、その見た目だけでも食欲が抑えきれません。

 

 

 

「うひゃー、これは美味しそうですね。解説のとあるギルドナイトさん、この料理はどうですか?」

「……突然呼ばれたと思ったら何コレ。いや、どうと言われても、美味しそうとしか言えないよ」

「先輩、そんな感想では会場は盛り上がりませんよ。ここは嘘でも過剰な表現で、わー美味しい、とか言うべきです」

 司会の左右で黒いスーツと赤いスーツを着た二人のギルドナイトの方がとてつもなく微妙な感想を口にしていました。

 ハンターさんが言うには、何かギルド側の企みがあるようですが、ギルドナイトの仕事って大変なんですね。

 

 

「……はぁ、二人にリアクションを求めた僕がバカでした。良いですか? リアクションってのはこうやるんですよ」

 そう言いながら、ベージュのスーツのギルドナイトさんはパエリアを一口頬張る。そして、次の瞬間───

 

 

「うまーーーーーーーい!!!」

 何故か立ちがったギルドナイトさんのスーツが弾け飛びました。なんで。

 

 

「え!? 何!? 何それ!?」

「先輩が壊れた……」

「美味し過ぎてスーツが弾けてしまいました。流石、シー・タンジニャのキッチンアイルーですね」

 スーツが弾けてシャツだけになったギルドナイトさんは、満面の笑みでリアクションをして席に座る。

 

 

「……今のなんですか」

「……茶番よ。良いから私達も食べましょ」

「そうですね。……あ、本当に美味しい」

 プリップリのエビと程良い米の食感に香り。全てがバランス良く、やはり適当なんて言葉は似合わない美味しい料理がそこにはありました。

 沢山の人に配っているのに、量だって申し分ない。

 

 この料理に大将さんはどう対抗するつもりなのでしょうか。

 

 

 

「───さぁ、こっちも出来たぞ」

 ───でも、きっと大将さんは勝ちます。

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『女帝エビのパエリア(一人分)』

 

 ・女帝エビ        ……3匹〜5匹

 ・以下シー・タンジニャ企業秘密につき非公開

 集まった人達で均等に分けて美味しく頂きました!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu24……オンプウオのカルパッチョ

 弾ける服。

 

「うまーーーーーーーい!!!」

 タンジア。

 海の幸で賑わい、狩人達も多く集まるその場所で。

 

 

「え!? 何!? 何それ!?」

「先輩が壊れた……」

「美味し過ぎてスーツが弾けてしまいました。流石、シー・タンジニャのキッチンアイルーですね」

 シー・タンジニャという三つ星レストランには、大将さんの因縁の相手が居たのです。

 

 

「……今のなんですか」

「……茶番よ。良いから私達も食べましょ」

「そうですね。……あ、本当に美味しい」

 その名も店長さん。

 彼と大将さんはシー・タンジニャからタンジアギルドまで、色々な場所を巻き込んで料理対決をする事になりました。

 

 店長さんが出したのは、プリップリのエビと程良い米の食感が特徴的な料理───女帝エビのパエリア。

 凄まじい量のお客さんが満足出来る程の量と質。これな三つ星レストランのコックだと見せ付けるような料理。

 

 

 

「───さぁ、こっちも出来たぞ」

 ───そんな店長さんに、大将さんはどう挑むのでしょうか。

 

 

「テンチョーな」

 大将さんの料理は如何に。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu24……オンプウオのカルパッチョ』

 

 

 お客さん達に配られる料理。

 私はその料理を見て、首を傾げる。

 

「───へい、お待ち。オンプウオのカルパッチョだ」

 オンプウオ。

 その見た目が音符に似ている事からそう名付けられたお魚で、音符というよりカエルの子供(オタマジャクシ)に似ていると良く言われるのだとか。

 その見た目に反して味は淡白で癖もなく、大将さんが作ったカルパッチョの食材として適している魚だ。

 

 しかし───

 

 

「カルパッチョ、ですか」

「どうしたのよ、あんたか不満そうにして。普通に美味しそうじゃない」

「い、いえ……。それはそうなんですけど、カルパッチョは前菜といいますか……量が」

 カルパッチョ。

 薄切りにした生の食材にオイルやソースで味付けをする、食欲をそそらせる為の料理。───つまり前菜です。

 

 

「料理対決でメインディッシュを出して来た店長さんに、タイショーさんは前菜で挑んでるんですよ。これ大丈夫なんでしょうか……」

「なるほど、確かに言われてみればそうね。このカルパッチョは美味しそうだけど、やっぱりインパクトはパエリアに劣るわ。流石にあんたも料理屋で働いてるだけはあるわね」

「いや、でも私はタイショーさんの意図が読めません……」

「そんなの、食べてみれば分かるわよ。考えるよりまず行動しろって、私が狩りを人に教える時はそう言ってるわ」

 そう言ってカルパッチョを口に運ぶハンターさん。意外と脳筋なんですね。

 

 

「うん、おいしい。さっぱりしてて、食欲を誘うわね」

「はい。うちは飲み屋としての面の方が大きいので、こういうつまみや前菜には力を入れてるって大将さんも言ってました」

 カルパッチョの味は私が心配なんてしなくて良い事だ。

 

 問題はやはりボリュームとインパクト。

 確かに食欲をそそる味ですが、この料理は所詮前菜。料理の勝負となると自信を持って大将さんの勝ちとは言い切れません。

 

 

「これだけさっぱりしたものを食べた後だと、偶にはこんがり肉でも食べたくなるわね。ねぇ、コレが終わったらやっぱり大将さんの所でご飯でも食べようかしら。タンジアにはいつでも来れるし」

「そうですね。私もなんだがお腹が減って来ました」

 勝敗が気にならない訳ではありませんが、お腹が減って話が逸れていく。

 

「俺も腹が減ったな! こんがり肉が食べたくなって来たぞ!」

「俺もだぜ! そういや、こんがり肉といえばこの前砂漠で───」

「砂漠といえば、この前砂漠で受けたクエストにティガレックスが乱入してきて───」

「乱入といえばクルペッコがイビルジョーを呼んだ時は流石に───」

「イビルジョーといえば俺は十年くらい前に───」

 そして何故か、周りの人達も料理に関係ないところまで話が逸れてきました。

 お腹が減って口が動くのは、酒場でお酒を飲んで話す時間が増えるという事。前菜にはそういう効果が期待出来る物を置くと、お店として成功しやすいのだとかなんとか。

 

 

 ふと大将さんの顔を見ると、彼は静かに笑っているように見える。

 

 

 

「……まさか」

「どうかしたの?」

「この料理対決、確か勝利条件はよりどちらかが客を沸かせる事が出来るか……でしたよね?」

「そうね。……あぁ、なるほど。これが大将さんの狙いって訳ね」

 態と物足りない料理を出して、食欲をそそらせ会話を弾ませた。

 

 もはや収拾のつかない程に、騒がしさを増していく広場。

 観客を沸かせるという点においては、大将さんが店長さんよりも一歩上手のように感じます。

 

 

「ゲス! タイショーさんのゲス!」

「食いしん坊、一つ覚えておけ。料理の世界で実力を決めるのは腕じゃない。……頭だ」

「真っ当な事言ってるように見えますけど普通に狡いですからね!?」

「そもそも腕も俺の方が上だ」

「自信満々ですね……」

 客席から野次を飛ばしますが、私の声よりも盛り上がっていくお客さん達の声の方が大きくて私の声は掻き消されてしまいました。

 

 しかし大将さんの料理が美味しいのも、実際観客を沸かせたのが大将さんの料理の()()()()という事も事実。

 負けを自覚した店長さんは、膝から崩れ落ちてしまう。それを見て大将さんは表情を歪めて笑っていました。どんだけ店長さんの事嫌いなんですか。

 

 

「ば、バカな……この私が負けただと……! タイショー貴様、料理人としてのプライドはないのか!!」

「んぁ? 俺の作る物は全て美味いが? 出す料理を間違えたのはお前だ。ルールはどちらがより客を沸かせる事が出来るか、だぞ。お前はお前の作りたい料理を作っただけだ。ルールが───いや、客が今求めているのは会話の弾む料理だって事を忘れてな」

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 正論だけど大将さんが酷い。いや、いつもの事ですね。

 

 でもやはり、大将さんの言っている事は厳しくも正しい。

 

 

 

「これは勝敗着いちゃいましたね。解説のお二人も宜しいですか?」

「解説っていうか私達何もしてないけどね」

「結局何がしたかったんですかねー」

「さて、それではお待たせしました! 勝者の発表となり───」

「待たれよですニャ!!」

 ギルドナイトさんが声を上げ、この戦いの勝者を発表しようとしたその時です。

 シー・タンジニャの奥から聞こえてくるそんな声。

 

 

「私からも一言、良いですかニャ」

 舞台に上がりながらそう語るのは、一匹のアイルーでした。そんなアイルーを見て、ギルドナイトさんや大将さんは「店長……!」と声を上げる。

 

 

「え? 店長さん? 店長さんはそこで項垂れてる人では?」

 何故。

 

 

「店長!」

「テンチョーよ、見事なパエリアだった」

 店長が店長を店長と呼んで店長が店長を店長と呼んでいました。もうよく分かりません。

 

 

「あの人はシー・タンジニャの店長だ。あと言っとくが、あのカスはテンチョーな」

「店長……」

「お前の耳どうなってんだ……」

 よく分かりませんが、店長が二人いるという事ですね。

 

 

 

「これだけの客を満足させる料理、流石私が見込んだ料理人ですニャ」

「店長……! ありがたき言葉」

「タイショーよ」

「……んぁ、久しぶりです。店長」

 店長さんを褒める店長さん。その店長さんは、大将さんに向き直って目を細める。

 

 

「一店主として成長を垣間見れる、見事な勝負でしたニャ。今客が求めている物を見抜く眼力は店の料理人としても、店の長としても正しく必要な物ですからニャ」

「……ありがとうございます」

 あの大将さんが素直に頭を下げるとは。

 

 

「だが、料理人としては少しまだ未熟さを感じますニャ。自分の作りたい料理を心の芯に持っていない、そんな気持ちを感じますニャ」

「んぁ……それは」

「失礼しましたニャ、ギルドナイト殿。続きをどうぞですニャ」

「はい。態々ありがとうございます。……それではこの戦いの勝者は───」

 結局。

 

 

「お、おのれぇ!! 覚えていろよタイショー!! 次は勝つ!!」

「はいはい」

 戦いに勝利したのは大将さんでした。

 

 

 しかし、シー・タンジニャの店長さんに言われた言葉が気になっているのか。

 戦いが終わった後の大将さんはなんだかずっと考え事をしているようで、料理も上の空です。

 

 せっかくの稼ぎ時なのに、お店は端の方で静かに開けちゃってますし。

 

 

 

「料理って難しいわよね」

 現在ただ一人のお客さんである、私達の護衛をしてくれていたハンターさんはこんがり肉を切り分けながらそう口を開いた。

 

「と、言いますと?」

「答えがないじゃない。これが狩りなら、過程はどうあれモンスターを討伐ないし捕獲すれば大抵のクエストはそれが正解だわ。勿論、それが絶対的な正解とは言えないけれど……クエストは失敗か成功の二つしかない」

 お肉を二つに切り分けて、その間にナイフを落としながら彼女は続けてこう語る。

 

 

「でも料理は違う。どんな過程にも意味があって、一つ違うだけで最終的な答えは変わってくる。美味しい不味いはあるけれど、それだって人それぞれで結局全てにおいて正しい答えなんてない」

 そう言ってから、彼女は肉を頬張り「私はそんなに得意じゃないわ。()()()()()。逆に、答えのない事に答えを出す人っていうのは……本当に凄い事よ」と視線を大将さんに向けた。

 

 

「……んぁ、そうだな」

 話を聞いていた大将さんは、ハンターさんの言葉に頷く。

 

 

「だから、あの店長さんに言われた事を気にし過ぎるのはあんまり意味のある事だとは思わないわよ」

「いや、店長の言う通りだ。確かに俺は───俺の料理には芯がないのかもしれない。……作りたい料理って奴がな」

「タイショーさん……」

 こんがり肉G。

 それが大将さんの作りたい料理ですが、確かに大将さんはまだこんがり肉Gを作る事が出来ていない。

 でも、その為の過程───こんがり肉Gを作る為に必要な事が私達はまだ分かっていないから。芯がないという言葉は、あながち間違ってはいないのかもしれないと思いました。

 

 

 でも───

 

 

「どうもー、こんにちはー。ギルドナイトでーす」

「───どうしてですか!?」

 話していると、突然お店に入ってくる件のギルドナイトさん。その背後には、黒と赤のスーツを着た女性のギルドナイトさんまで同行している。

 

 れ、連行されるんですか。

 

 

「いやー、ここに美味しい料理屋さんがあると聞きましてねぇ。ちょっと夜遊びにと寄ってみたって訳ですよー。あ、この先空いてますか? とりあえず前菜下さい。カルパッチョで良いですよ」

 返事を待たない軽い調子で話すギルドナイトの男性。悠々と隣に座る彼に、ハンターさんは目を半開きにして「何しにきた訳」と言葉を漏らしました。

 

 確かお知り合いなんでしたっけ。

 

 

「あら、あらあら。これはこれはG級ハンターの紫毒姫さんではありませんかー。奇遇ですね」

「何? 態とやってる訳?」

「ごめん、ウチのバカが。このアホ」

「痛い」

 ハンターさんと話しているギルドナイトの男性を殴る、黒いスーツのギルドナイトの女性。

 彼女は後ろで一つにした真っ白な髪の毛を揺らしながら、男性を叩いた手で椅子を突いて背後にいたもう一人の女性に座るように諭す。

 

 なんだかこの人、誰かに似ているような気がしました。

 

 

「本当はここの店主さんにお礼を言いにきたの。昼間の件で協力してもらえたから、こっちとしても有益な情報が手に入ったし」

「やっぱ情報収集が目的だったのね。この狐野郎の事だからそんな事だとは思ってたわよ」

 情報収集というと、昼間にハンターさんが言っていた事でしょうか。

 

 確かにあの騒ぎ、そして大将さんの料理で盛り上がった会場では色んな話が飛び交っていましたけど。

 

 

「そんな訳で、今回はお礼にカブ飲みしに来た訳ですよ。大将さん、思いっ切り高いフルコースでお願いします」

「あいよ」

「ちょっとあんたね……。お礼を言いに来ただけだって」

「良いから良いから。それに、こちらだけ協力してもらうのはフェアじゃないではないですか。大将さんも、知りたい事があるんじゃないかと思いましてね」

「んぁ、俺がだと?」

 フルコースの準備をしようとしていた大将さんは、ギルドナイトの男性の言葉にその手を止めて向き直る。

 

 

「例えばそうですね、とっても脂の乗った絶対美味しいアプトノスの居場所とか───」

「砂漠の大移動の事か。残念ながらその情報は知ってる。……んぁ、あんた狙いはなんだ」

 ギルドナイトの男性の言葉を遮って、大将さんは目を細めてこう続けました。

 

 

「こいつは裏で手に入れた情報でな。本来出回るような話でもないだろう。……しかもギルドナイトがそんな話を持ち出すって事は、何か交渉でもしたかったんじゃないのか?」

「おっと……これは驚いた」

 目を見開いて、頭の上の羽帽子を取るギルドナイトの男性。彼はその帽子を胸に当てると「いやいや、まさか。僕はほんのお礼のつもりなんですよ」としらを切る。

 

 

「それじゃ、砂漠に行くんですかね?」

「そのつもりだが」

「飛行船の手配とかは?」

「まだだが」

「それは丁度良い! こちらで用意させて下さい。勿論タダですよ! どうです? 美味しい話でしょ」

 タダという言葉に、貧乏な私は弱い。

 大将さんもどちらかというとガメツイ人なので、その言葉に髭をピクリと動かすのでした。

 

 

 

「タダより高い物はないわよ。やめときなさい、コイツ絶対何か企んでるわ。……あんたも止めてよ」

「……私は必要だと思う事を否定は出来ないから。でも、砂漠までの安全は保証する」

「ほら、絶対何か企んでるじゃない」

 白い髪のギルドナイトの女性と話すハンターさん。

 

 

 どうやらギルドナイトの方々は、何か企んでようです。しかし───

 

 

 

「問題はない。俺はタダなら泥舟も使う」

「タイショーさん、泥舟は沈みます」

「交渉成立───じゃなくて、お力になれるなら幸いです。あ、カルパッチョやっぱり美味しいですね」

「絶対何か企んでるしロクな事にならないわよ……。私は知らないからね」

 そんな訳で、ギルドナイトさんのご好意で砂漠までの船を出して貰う事になりました。

 

 

 タダより高い物はないと言いますが、何やら変な船に乗せられている気もします。

 

 

 

 しかし───

 

 

 

「タイショーさん、楽しみですね」

「んぁ? 何がだ」

「お肉ですよ、お肉。これでこんがり肉Gが作れたら良いです!」

「……そうだな。楽しみだ」

 そんな話をしていると、ふと別のお客さんの影が店に入り込みました。振り向くと、そこには見覚えのあるアイルーが立っています。

 

 

「……んぁ、何しに来やがった。テンチョー」

「あ、店長じゃない方の店長さん」

「テンチョーだ!」

 お客さんは、大将さんが目の敵にしていた店長さんでした。はて、彼は何用でしょうか。

 

 

「タイショーよ、君の料理も見事だった」

「んぁ?」

 手を上げて、大将さんにその手を伸ばす店長さん。

 

「こんがり肉G、だったか。……楽しみにしているよ」

 嫌々手を伸ばす大将さんの手を取って、店長さんはそう話すと片手を上げて店を出て行く。

 

 

 期待されちゃいました。

 

 

「タイショーさん、作りましょうね」

「……ったく」

 ───さぁ、目指すは砂漠。こんがり肉Gの食材です! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『オンプウオのカルパッチョ』

 

 ・オンプウオの刺身    ……100g

 ・レアオニオン      ……1/2個

 ・オリーブペースト    ……大さじ1.5

 ・レモン汁        ……小さじ1

 ・塩胡椒         ……適量



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu25……センリュウミカンのマリトッツォ

 空を飛ぶというよりは、浮いているが正しい。

 

 

 ガスの詰まった大きな袋。

 それに吊り下げられるようにして飛ぶ船、飛行船。

 

 何度か乗った事はありますが、どうしてこんな巨大な物が浮いているのか。私は未だに理解出来ていません。

 

 

「───ひぃぃっ」

「……なんで態々下を見て怖がってんだ、お前」

 飛行船の脇で、地面との距離を見て悲鳴を上げる。大将さんはそんな私を見て呆れ顔でした。

 

「……何度乗っても慣れません。突然この船が落ちたらと思うと、どうなってしまうのか想像してつい見てしまうというか。今落ちたらどうしようと考えてしまうというか」

「安心しろ」

 不安を溢す私に、大将さんは珍しく優しい言葉を掛けて項垂れる私の肩に手を置いてくれる。

 

「───飛行船が飛んでるような高度ならいつ落ちても基本的に死ぬ」

「全然安心出来ませんけど!?」

 優しさは気のせいでした。泣きそう。

 

 

 

「そんなに怖いのなら、気休めでもパラシュートを背負っておく?」

 いつものように虐められている私に、優しくそんな声を掛けてくれる一人の女性。

 

 私達が乗る飛行船に搭乗してるもう一人のお客さんは、後ろで一つにした綺麗な白い髪を風に靡かせながら何やら鞄のような物を持ち上げていました。

 黒いスーツを着たその女性はタンジアのギルドナイトの一人で、今回使わせてもらっている飛行船を手配してくれた人です。

 

 

 タンジアの街で、私達はひょんな事からギルドナイトさんの厚意に預かる事になりました。

 

 タダで乗せてもらった飛行船。

 何やらこのギルドナイトのお姉さんが砂漠の方に用事があるらしく、私達はついでに乗せてもらえる事になったのだとか。

 

 

「ぱらしゅーと、ですか? それは美味しいのですか?」

「食べ物じゃないかな」

 苦笑い気味にそう言ったギルドナイトのお姉さんは、パラシュートについて簡単に教えてくれる。

 

 曰く。

 狩場が危険で飛行船の高度を落とせない時、飛行船で移動してきたハンターは飛行船から飛び降りて狩場に向かうのだとか。

 普通に飛び降りると想像通りペチャンコになるので、大きな布で落下速度を緩めて地面に着地する───それがパラシュートと呼ばれるアイテムの使い方でした。

 

 

「───もし飛竜とかに飛行船が襲われても、パラシュートを付けてたら地面に着地出来るかもしれないって事」

「なんで……かもしれない、なんですか」

「普通に考えて飛行船が落ちる程モンスターに襲われたら、その時点で死んでると思うし」

 真顔でなんて事言うんですかこの人。

 

 

「もうやだ怖い……」

「怖がらせちゃった……」

「そいつは怖がらせとくくらいが丁度いい。……んぁ、そもそも飛竜が飛ぶような所を飛ばない為にこれだけ高度を上げてるんだがな」

 それを先に言ってください。

 

 

「……しかし、陸路を歩くよりは早いとはいえ。やっぱり時間が掛かりますね」

 タンジアから砂漠まではそれなりの距離があるようで、到着までかなり時間がかかるようです。

 

 砂漠に到着した後の為にアプトノスのサンセーも船に乗せて貰っているので、飛行船の最大積載量的にも持ち込める()()が限られているのも憂鬱でした。

 

 

「不安かもしれないけど、基本的に大丈夫だから。もし我慢出来なかったら、寝てるのが一番良いけど───」

「お腹が減りました」

「あ、食欲は湧くんだ」

「……んぁ、しょうがねぇ奴だな。昼飯にするぞ」

 どんな状況でも食欲だけは衰えないのが、私の取り柄(?)です。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『menu25……センリュウミカンのマリトッツォ』

 

 

 ギシギシと音を立てる床。

 

 

「この床抜けたら死にますよね……」

 怖い。

 しかし、私はそれでも前に進みました。やらなければいけない事があるからです。

 

 飛行船の貨物室。

 そこにはアプトノスサンセーと、モンハン食堂そのものである竜車が乗せられていました。

 モンハン食堂の貨物車もここにあるので、私は恐怖心を押さえてゆっくりと歩きます。

 

 

「あ、おはようございますサンセー」

 途中、サンセーと目が合いました。口を開くサンセーに向かって、私は急いでその口を押さえ「しー! しーです、サンセー」と小声で訴え掛ける。

 

「私がここにいるのがバレたら怒られるんですよ。サンセー、私の為だと思って黙ってて下さい」

 私の言葉が通じているのか通じていないのか、サンセーは口を閉じながらも首を横に傾けました。

 

 

 

 

 私がこんな床がギシギシなる怖い場所に来たのは他でもない───間食の為です。

 

 ついさっきお昼ご飯を食べたのですが、この飛行船の上ではやる事もありません。

 飛行船怖い。それだけが思考を巡り、ご飯を食べる事でしか恐怖を紛らわせる事が出来ないので───私はお店の食材を盗み食いする事にしました。

 

 大将さんやギルドナイトのお姉さんにバレないようにこっそり甲板を抜け出して来たのです。我ながら鮮やかな忍足でした。

 

 

 偶にこれやりますけどバレると凄い怒られます。お尻をペンペンされます。

 痛いので嫌ですが、今はご飯を食べる方が大事です。

 

 バレる前に食べてしまうのが吉。

 

 

「お肉はないでしょうかね」

 飛行船の上では何故かお肉が出て来ないんですよね。お肉が食べたい。なので、私はお肉を探しました。

 

「お肉お肉お───」

「肉はないぞ」

「びゃぁぁぁああああ!!!!」

 突然聞こえてくる大将さんの声。私はひっくり返って、ギシギシ音を立てる床で泣きながら土下座する。

 

 

「何故ここにいる事がバレたんですか!!」

「やってる事と言ってる事が全然合ってないぞ。形だけで反省するなこの食いしん坊」

 事実。何も言えない。

 

「あのギルドナイトさんに聞いたら下に向かったって言うからな、案の定だ」

「バレてたんですか!?」

 完璧な忍足だと思っていたのに。

 大将さんすら気が付かなかった私の忍足を見破るとは、これがギルドナイトの力ですか。

 

 

「ケツを出せ」

「ごめんなさ───ぴぎぃ!」

 ペンペンされました。

 

 

 

「───ったく、お前って奴は。飯食うのは良いが、肉はないぞ」

「え? 無いんですか? なんで無いんですか?」

 大将さんの言葉に私は口を開いたままその場に崩れ落ちる。

 

 今ここにお肉がないということは、砂漠に着くまでお肉が食べられないということ。それはもう拷問か何かですか。

 

 

「肉がない理由は簡単だ。……お前が居るから」

「え? 私ですか。いや、私なんですか? もしかして私、無意識にお肉を全部食べちゃってたんですか?」

「無意識にって発想が出て来るのが恐ろしいが、そもそもこの船に肉は乗せてない。非常食以外は」

 大将さんの言葉に、サンセーは細目を開いて私達をチラ見しました。食べないので安心してください。

 

 

 しかし、ならどうしてお肉がないのでしょうか。

 

 

「……肉は焼かないと食えないだろ」

「そうですね」

「所でこの船だが、殆どが木で出来てる。この意味が分かるか?」

「なんとなく想像が付きました」

「お前が勝手に火を使ってもし何かあったら俺達はこの船ごとこんがり焼ける事になる。それを防ぐ為だ」

 私の信頼がなさ過ぎる。

 

「私のせいって事ですか!! 流石に言い過ぎですよね!? 他にも理由があるんですよね!?」

「お前のせいだが?」

 私のせいでした。

 

 

 

「……んぁ、一応長距離の移動だ。日持ちの良い食材を選んで持ち込んだってのはあるけどな。パンなんかは長距離移動のお供には最適だ」

「お昼もパンでしたもんね。美味しいですけど、食べ過ぎてパン飽きました」

「これから砂漠に着くまでずっとパンだぞ」

「そんな……」

 ここ数日パンを食べ続けているので、私の身体は既に殆どパンで出来ていると言っても過言ではないでしょう。

 

 これ以上パンを食べ続けたら、身体がパンになってしまうかもしれません。

 

 

「そんな訳あるか」

「心を読まれた……」

「……ったく、本当にどうしようもない奴だなお前は」

 せめてしょうがない奴って言って下さい。

 

 

「作ってやる。デザートを」

「……デザート!?」

 デザート、なんて言いながら───大将さんは貨物車からパンとミルクやバターを取り出しました。

 普通にパンですよソレ。

 

 

「パン……」

「良いから来い。お前も手伝え」

「うぇ……」

 またパンを食べさせられると思うと足が重くなる。

 

 大将さんは食材を私に渡すと、調理器具を何個か持って先に行ってしまいました。

 

 

 

「───何してるの?」

「クリームを……作って、ます」

 甲板にて。

 

 私は今、ミルクにバターを混ぜた物を一生懸命掻き混ぜています。

 

 

 大将さん曰く「ミルクに溶かしたバターを混ぜて生クリームを作る───が、お前に火は使わせたくない。この固形のバターが溶ける勢いで混ぜろ」という事で。

 私は本来火を通して溶かすバターを人力でミルクと混ぜているのでした。拷問ですか。

 

 

「クリーム? あー、デザートの」

 甲板で必死になってボールの中身を混ぜている私を見て、ギルドナイトの彼女は少し驚いた表情を見せる。

 

 

「大将さんの料理、タンジアで食べた時から美味しいと思ってたけどデザートまで作れるんだ。ちょっと楽しみ」

「でもパンですよ……」

「パン?」

 ギルドナイトのお姉さんにも、飛行船で移動中大将さんが食事を提供していました。

 

 でもその殆どがパン。

 パンに何か挟んだり挟まなかったり、私が何かするのが怖いからと火を使わない大将さんの私への信頼が薄すぎる。

 

 

「パンです。私が作ってるのはクリームですが、タイショーさんはパンしか持ってません」

 せめていつかの携帯食料で作ったタルトみたいなのを期待していたんですけどね。クリームを作っても出てくるのはパンな訳で。

 

「良く分からないけど……。それはクリームなの?」

「えーと、これは───」

 話しながらも私は、ボールの中身をホイッパーと呼ばれる気球の骨組みのような調理器具で混ぜていました。

 

 しかし───固形のバターがそんな簡単に溶ける訳もなく。

 

「───ミルクとバターですね」

 ただバターの沈んだミルクを混ぜているだけになっていました。これ無謀ですよ。

 

 

「これを混ぜればいいの?」

 そう言って、ギルドナイトのお姉さんはボールとホイッパーを持ち上げます。

 

「そ、そうですけど」

 しかし、いくらギルドナイトといえど固形のバターを溶かしてミルクと混ぜるなんて事は───

 

 

「こんな感じか」

 ───空気が爆ぜた。

 

 ボールの中を混ぜるギルドナイトのお姉さん。

 回転速度が早過ぎて彼女の腕の残像が見える。なんなら何故か熱を発している気がするんですけど。

 

 

「人間……?」

「誰がドドブランゴだって?」

「いやそこまで言ってません」

「はい、出来た。こんなもんじゃない?」

 お姉さんはそう言いながら、見事にクリームになったミルクとバターの入ったボールを私に見せてくれました。

 自分でドドブランゴとか言っていましたが、彼女はどちらかというと細身です。どこからそんな腕力が出てくるのか。

 

 

「……ギルドナイトこわ。逆らわないようにします」

「いや怖がらないで」

 そんな訳で、なんとかクリームは完済しました。

 

 しかし、デザートにするにはやはり焼いた生地やクッキーの生地なんかが欲しい所です。大将さんは何を作る気なんでしょうか。

 

 

 

「んぁ、上出来だ。そこで待ってろ」

 生クリームを受け取ると、大将さんは船の奥に入っていってしまいました。

 

 私は実際の所何も貢献していなくて、生クリームを作ってくれたのはギルドナイトのお姉さんなんですけどそれは黙っておきましょう。

 

 

 

「堅物そうだけど、優しい人なんだね。デザートを作ってくれるなんて」

「優しい……。あ、いや、最近良く分からなくなってきました。私はタイショーさんにもユーちゃんにもよく虐められるので」

「い、虐められるんだ……。ユーちゃん?」

「あ、ユーちゃんというのは私の数少ない友人のハンターでして。丁度お姉さんに似た真っ白な髪でヘビィボウガンを使う凄腕のハンターなんですけどね。……これがなんというか掴めない性格で。よく私の事を助けてくれるんですけど、よく私の事を虐めてくるんです」

 なんて言いながら友人のCの顔を思い浮かべると、数日前にお姉さんを見て思った疑問がふと解決しました。

 

 

 このギルドナイトのお姉さん、誰かに似ていると思ったら友人のCに似てるんです。髪だけじゃなくて顔とかも。

 先程のホイッパー捌きといい、ギルドナイトという事もあって彼女も友人のCのように凄いハンターなんでしょうね。

 

 

「……へー。いいお友達が居るんだね」

「人の話聞いてましたか? 虐められてるんですけど?」

 別にそれが嫌だという訳じゃないんですけども。

 

 

 

「───それじゃ、そのこんがり肉Gってのを目指して旅をしてたんだ」

「はい。それで巡り巡って砂漠の大移動の話を聞いて今こうしてここにいる訳なんです」

 話は変わって。

 

 私はギルドナイトのお姉さんにこんがり肉Gの話をしています。

 この旅を続けていて思った事は、一見普通のこんがり肉と何が違うのかと言われそうなこんがり肉Gの話ですが───話を聞いてくれた人達からこの夢をバカにされた事がないという事でした。

 

 

 私は勿論、大将さんの思う最高のこんがり肉を焼いて欲しい。そしてそのこんがり肉を食べたいです。

 しかしこんがり肉Gと言われてもその味はあやふやな物で、答えはまだ見つかっていません。

 

 

「あなたは、今回の旅でこんがり肉Gが完成したら良いなって思ってる?」

「えーと、どうなんでしょう。……勿論こんがり肉Gが完成したら嬉しいですし、私はそのこんがり肉Gが食べたいですけど。今こうして悩んだり試行錯誤してるのも楽しいのでなんとも言えませんね」

 もしこんがり肉Gが焼けたら、その後どうするのか。

 偶にそんな事を考えますが、正直な所私には関係ありません。

 

 

 

 だってそもそも私は借金の為に働かされてるだけですからね。自分で言って悲しくなりました。

 

 

 なので、私はこの先何が起きても大将さんと一緒にモンハン食堂で美味しいご飯を食べる───じゃない、働くのです。

 

 

「悩むのが楽しい、か。それも良いのかもね。……そうやって悩んで出て来た()()はきっとあなたの大切な物になるから。いっぱい悩んで見付けてね」

「はい!」

「出来たぞ」

 話も区切りが良いところで、大将さんがデザートを完成させてくれていました。

 

 大将さんの手に乗った皿の上に乗った()()

 そして切り開かれたそのパンの中にこれでもかと詰められた生クリーム。パンより生クリームの方が質量が多い気がする。

 

 

 それはもはやパンではなく、生クリームでした。

 

 

「ご、豪快なのが来たね……」

「生クリームですね……」

 私が───あ、いやギルドナイトのお姉さんが作ってくれた生クリーム。質量の半分以上を占める、生クリーム。あまりにも主張の激しい生クリーム。

 

 もはやそれはパンではありません。生クリームです。

 

 

「───へい、お待ち。センリュウミカンのマリトッツォだ」

「ミカン?」

「ほら、生クリームの中にチマチマ入ってるだろ」

 大将さんに言われて見てみると、確かにミカンがチマチマ入っていました。生クリームの主張が激し過ぎて気が付けません。

 

 

「ギルドナイトのねーちゃんも食うだろ。ほれ」

「ありがとうございます。うわ、すご」

 センリュウミカンのマリトッツォと言われたデザートを手に持ってそんな感想を漏らすギルドナイトのお姉さん。

 近くで見ると、主張の激しかった生クリームが更に主張を強めてくる。視界が生クリームに埋まるこの感覚は、それだけで至福物でした。

 

 

「食べて良いんですか!? 食べて良いんですか!?」

「何の為に作ったと思ってんだ、食え」

「言われなくても!!」

 口の中に放り込む。

 

 生クリーム。生クリーム。生クリーム。

 パンに挟まれた生クリームは、パンを押し広げる程の量で私の一口ではパンにすら届きませんでした。

 

 ただただ生クリームを口の中に放り込む。甘い。しかし、センリュウミカンの酸味が程良くその甘さからくどさを取り除いていました。

 主張の激しい生クリームを影で支えるミカンの酸味といったところでしょうか。二口目ではパンとクリームを───これまた一口目とは違った至福の味。

 

 

「これは……これはパンではなくデザートです!!」

「大満足だね」

 お肉がなくても笑顔になる味です。

 

 これがまた一度食べられるのなら、飛行船での長旅も悪くはないのかもしれません。

 

 

 

 

「───ほら、砂漠が見えて来たよ。私はこの先の村に用があるからついて行けないけど、二人が夢を叶えられるように応援してる」

「ありがとうございます、ギルドナイトのお姉さん」

 デザートのおかげで長旅にも耐える事ができ、私達は遂にアプトノスが大移動しているという砂漠に辿り着きました。

 

 こんがり肉Gへの夢、今度こそ掴めるでしょうか。

 

 

「タイショーさん、楽しみですね。……あ、そうだ! こんがり肉Gも楽しみですけど、帰りもあの生クリームのデザートが食べたいです!」

「本当に食いしん坊だな……。別に構わないが、生クリームはお前が用意しろよ」

「はい───はい!? あ、いや、ちょっとそれは……無理では?」

 掴みたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『センリュウミカンのマリトッツォ』

 

 ・センリュウミカン    ……好みの数

 ・ムーファのミルク    ……160ml

 ・猛牛バター       ……40g

 ・砂糖          ……大さじ1.5

 ・マスターベーグル    ……1つ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu26……スライスサボテンのステーキ

 懐かしい気持ちで歩く。

 

 

 よくよく考えてみれば、私は()()()大将さんに会っていなければ死んでいたのかもしれません。

 砂漠の中で一人。お腹を空かせて砂の大地に身体を焼かれ、冷たい夜に寂しく朽ちて。

 

 今私はとても楽しい。

 なんとなくて生きてきて、なんとなくハンターになって、やりたい事もやるべき事も、私にはありませんでした。

 才能もなければ技術もない。皆に見捨てられて、友人と言えるのはC一人くらい。

 

 ハンターに向いていない事くらい、分かっていたつもりです。

 けれど、何もない私は生きていく為にハンターを続けるしかありませんでした。

 

 もしあの日、大将さんに出会わなければ、私はきっと何処かしらでモンスターの胃袋の中に入っていた事でしょう。

 私は多分その時「仕方ない」なんて思って素直に受け止めていたかもしれません。

 

 大将さんには言いませんけど、本当に感謝しているんですよ。

 

 

 だから私は多分、今後何があっても───

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu26……スライスサボテンのステーキ』

 

 

「帰りましょう」

「一人で帰れ」

 私は駄々をこねていました。こねこねです。

 

「熱いですよぉ……! ほら、サンセーもこころなしか疲れてるように見えますよ!」

 私がそう主張すると、サンセーは「適当な事を言うな」とでも言うように首を大きく横に振りました。

 サンセーがもし口を開けたとして、大将さんに逆らったら即食材の仲間入りなので妥当な反応です。

 

 

 タンジアから砂漠へ。

 都合良く気球船に乗せてくれたギルドナイトのお姉さんに別れを告げて、私達は砂漠の端で竜車に乗り探し物をしていました。

 

 この時期、寒い冬の山を越す為に栄養を沢山蓄えて大移動をするというアプトノスの群れ。

 冬を越す為にたんまりと脂肪を乗せたアプトノスの肉を焼いて、こんがり肉Gを作るというのが今回私達が砂漠に来た目的です。

 

 

「ほれ、水」

「あ、ありがとうございます」

 目を半開きにして「熱い熱い言うな。こっちも熱くなる」と私の頭を叩く大将さん。

 その後ちゃんとお水をくれる優しい大将さんですが、私がお水を返すと「熱い……。熱い熱い」と私の目をじっと見ながら連呼してきました。

 

「熱い」

「私が悪かったですごめんなさい許してください! 本当に熱くなるのでやめて下さい!!」

「……んぁ、分かったら黙ってろ」

 視線を竜車の進行方向に戻すと、大将さんは「熱い」と一言だけ口にする。もう許して。

 

 

「……それにしても、あ───」

「つくないです! 熱くないです!!」

「……アホ。朝から探してるが手掛かりも何もないなって言おうとしただけだ」

()()()私はタイショーさんが───」

「熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い」

「なんで!!!」

 あ、つい=熱い。

 

 

 閑話休題。

 

「───確かに、アプトノスのアの字の手掛かりも見付かりませんよね。それどころかモンスターの一匹も見かけませんし、大量に現れたモンスターにアプトノスが食べられちゃったなんて事もなさそうですけど」

「噂をすれば出て来るもんだな。アレ見ろ」

「アレ───え゛」

 大将さんと話していると、彼の指差す方向には大きなサボテンが生えていました。

 

 いや、サボテンはいいんですよサボテンは。

 そのサボテンを()()()()()モンスター。その種にとても問題があります。

 

 

 頭の上に生えた捩れた二本の角。

 これだけでもそのモンスターを特徴付けるのに充分なのは、そのモンスターが砂漠で最も恐れられているモンスターの一種だという事。

 

 襟飾やハンマーの様な尻尾等、特徴的な身体を持つ砂漠に住む()()の長。

 

 

「ディアブロス!?」

 ───角竜ディアブロス。

 

 

「あばばばばばばばばばば」

 その距離は双眼鏡を使ってやっとクッキリ姿が見える程度。

 しかし、ディアブロスといえば砂漠の暴君とも呼ばれている恐ろしいモンスター。私は恐怖のあまり泡を吹いて倒れてしまいました。

 

「そんなにビビる事はないだろ。よく見ろ、食事中だ」

「えぇ……」

 私が大将さんに会う前に何故か戦う事になったハブルポッカと比べても、初めて見るディアブロスは遠目の邂逅でも泣き叫びそうなくらい恐ろしい見た目をしている。

 あの大きな角で、尻尾で攻撃されたらと思うと考えただけで痛い。噂では砂の中から飛び出してくるとかなんとか。勘弁してください。

 

 

「……あれ?」

 しかしよく見ると、その姿は噂に聞く暴君という名に似合わない程落ち着いた様子でした。

 モシャモシャとサボテンを食べる姿は遠目で見ればなんだか愛嬌すら感じます。

 

 それに───

 

 

「───なんだか、あのディアブロス傷付いてませんか?」

「んぁ? 貸せ」

 私がそう言うと、大将さんは私から双眼鏡を奪ってディアブロスの姿を覗き込みました。

 

 ディアブロスの身体は何かに襲われたのか、傷だらけになってしまっている。

 何処かで同じ様な事があったような。そんな事を考えていると、ディアブロスは振り向いて砂を掻き分けその中に潜っていってしまいました。

 

 

「こっちに向かって襲ってくるなんて事は……」

「ないとは思うがな。……行くぞ」

「え!?」

 ディアブロスが居なくなると、大将さんはサンセーに指示を出してさっきまでディアブロスが食べていた大きなサボテンに向かわせる。

 

 

「正気ですか……」

「きな臭いだろ。ディアブロスが縄張りに入ってきた俺達に気が付きもせず、飯だけ食ってどこかにいったなんてな」

「あ、やっぱり襲われなかったのおかしいんですね。いや、そんな危ない目に遭わなかった理由を探さなくても……」

 私達の目的は大移動している筈のアプトノス───いや、そのアプトノスが見付からないのと何か関係があるんでしょうか。

 

 

 そんな事を思いながら、少しの間竜車に揺られていると私の身長よりも高いサボテンの群生地にたどり着きました。

 サボテンには大きな口でパクリと食べられている痕跡があり、肉厚な植物だけあって若干その姿は痛々しい。

 

「棘、凄いですね」

「サボテンだからな」

 しかし、サボテンと呼ばれる植物の殆どは棘が沢山付いています。

 以前砂漠に来た時に熱帯イチゴと間違えた、熱帯イチゴもどきサボテンとかいう存在そのものが意味の分からないサボテンもそうでしたね。

 

 そんな棘も気にせずにパクリといってしまうのが、ディアブロスというモンスター。

 その見た目や砂漠の暴君と呼ばれているイメージとは裏腹に、草食性で好物はサボテンなんて意外でした。

 

 

「こんな物食べたら口の中血だらけになってしまうのでは? ほら、この辺りとか多分ディアブロスの血ですよね」

 サボテンの周りには、至る所に血痕が残っている。こんな棘ばかりの物を食べるからこんな事になるんでしょうか。

 

「いや、サボテン食って出血してもこんな至る所に血痕がある訳ないだろ。……そもそもディアブロスはサボテンの棘くらいで傷付く柔な奴じゃない」

「え、じゃあこの血はなんなんですか?」

「さっき見たろ。ここに居たディアブロスは傷だらけだった。……何かに襲われて弱ってたんだろうな」

 だから私達がそれなりに近くに居ても襲ったこなかった。そもそもここはディアブロスの縄張りではなく、ディアブロスは縄張りを追い出されたのだと───大将さんは辺りを見渡しながらそう語りました。

 

 流石は元G級ハンターのオトモアイルー。状況を見極める力は本物です。

 

 

「危ないモンスターが近くにいるんですかね?」

「んぁ、どうだろうな。どちらにせよ、俺達もそろそろ休む場所を決めないといけない」

 空を隠す物が何もないので実感が湧き難いですが、砂漠に着いてからそれなりの時間が経っていました。

 砂漠の夜はとても寒いので、何処か休める場所をそろそろ探しておきたい。

 

「お腹も減りましたしね」

「お前はいつでも腹減ってるだろ。イビルジョーかよ」

 ババコンガからとんでもない進化を遂げましたよ私。

 

 

「とはいえ、こんな棘だらけのデカい草なんて食べて美味しいんですかね? ディアブロスはなんでサボテンなんかが好物なんでしょうか」

「気になるなら食ってみるか?」

「はい?」

 出発の準備をしながら首を傾げる私に、大将さんから妙な提案が飛んでくる。

 

「これ、人が食べて良い物なんですか?」

「食える」

 なんと。

 

 

「え、気になります。食べてみたいです。どこから食べれば良いですか!?」

「そのまま食うバカが居るか。とりあえずこれで切り取ってから出発するぞ」

 そう言って、大将さんは剥ぎ取りナイフでサボテンを一人分のステーキくらいのサイズに切ってから貨物車に乗せました。

 あの棘だらけで硬そうな()をどうやって食べるのか、今から凄く気になります。

 

 

 それからしばらくして日も傾き、砂漠の砂が溜め込んだ熱が地上の空気に奪われていく時間帯。

 手頃な洞窟を見付けて、私達はそこで一晩を過ごす事にしました。

 

 

 人が一人なんとか入れる入り口の洞窟。中は広いですが、サンセーや貨物車は入らなそうです。

 

 洞窟の外で待ってもらうサンセーにご飯の干し草を出して、私は貨物車から大将さんに言われた物を洞窟の中に運ぶ為に取り出しました。

 このスライスされたサボテン───文字通りスライスサボテンと呼ばれているらしいですが、大将さんはいったいどんな料理をしてくれるのでしょう。

 

 

「……どうかしたんですか? サンセー」

 私がそんな事を思いながら洞窟に入ろうとすると、サンセーに服を噛まれて捕まってしまいました。

 あまりこういう悪戯をする子ではないのですが、砂漠の夜は寒いので一人にするなって事なんでしょうか。

 

「すみませんサンセー。私みたいな人間は砂漠の夜に外で過ごせる生き物ではないのです。明日沢山よしよししてあげますからね!」

 私がそう言ってサンセーの頭を撫でると、サンセーは目を細めて私を離してくれる。

 

 洞窟の中で「サンセーが寂しがってましたよ」と大将さんに言うと、彼は「知らん」と冷たい一言だけ言ってから調理の前に洞窟の外まで歩いて行きました。

 大将さんは大将さんです。

 

 

 

「───へい、お待ち。スライスサボテンのステーキだ」

「焼いただけ……!」

 そうして出て来た料理は、スライスしたサボテンを塩胡椒で焼いただけの料理でした。

 付け合わせとして、ポテトと人参───そして小さくカットされたこんがり肉。

 

「何かが、何かが逆な気がしてならない……!!」

 お肉のステーキの横に焼いた野菜がちょこんと詰め合わせとしてあるのは分かりますが、野菜のステーキの横に焼いたお肉がちょこんと置いてあるのは何か不思議な感覚がします。

 

 なんかこう、何かがバグってる絵面でした。

 

 

「い、頂きます」

 不思議な感覚のまま、私はナイフで切った肉厚の(サボテン)をフォークで持ち上げる。

 皮と棘を取り除かれたサボテン。その食感は、茎の類を食べている感じ。固め。

 

 そして気になるお味は───

 

 

「───苦い」

 ───青臭い酸味。

 

 不味いとまでは言いませんが、好んで美味しいとは思えない味。

 

 とても微妙な表情で大将さんに視線を移すと、大将さんは「食えるとは言ったが美味いとは言ってないだろ」と歪んだ顔をしていました。騙された。

 

 

「草じゃないですか!!」

「草だからな。それでも、それなりに栄養があるし砂漠では貴重な水分の多い食材だ。その微妙な青臭さが好きな客もいる」

 確かに好きな人は好きそうな料理です。私も食べられない訳ではないので、とりあえず完食。

 

 付け合わせのミニこんがり肉がとても美味しかった。

 

 

「サボテンは雨の時に水分を蓄える事で砂漠という場所に適応した植物だからな。砂漠に住む人は勿論、砂漠のモンスターにも好んで食べる奴は多い」

「砂漠の生き物を支えている植物なんですねぇ、サボテン。苦いですけど」

「……んぁ、しかし今日は収穫なしか」

 片付けを終えると、大将さんは焚き火の近くで座って目を閉じる。私はそんな彼の横に座って「そうですね」と言葉を漏らした。

 

 狩人だった時の名残りなのか、彼は街の中でもない限りはこうやって座って眠ります。

 

 

 

 大将さんはオトモをやめてニャンターとして過ごしていた時、ある狩人の世話をしていてその狩人さんに怪我をさせてしまった。

 

 当時ご飯に興味があった訳でもなく嫌々人の面倒を見ていた大将さんは、早くクエストを終わらせる為にご飯を食べずにクエストに向かってしまったのだとか。

 そのせいで起きた小さなミスが原因で、狩人さんはモンスターが怖くなってハンターを辞めてしまったと聞いています。

 

 その時に狩人さんがタイショーさんに振る舞ったこんがり肉───そのこんがり肉こそ、大将さんが目指しているこんがり肉Gなのでした。

 

 

 きっと大将さんはあの時の失敗を払拭したいのです。

 自分の失敗を許せない、そんな強い人だから。

 

 

 

「……ん? なんでしょうね、この匂い」

 肉の焦げる匂いがして、私は洞窟の奥に視線を向けた。

 

 無意識に匂いのする方角を向きましたが、何故洞窟の奥からそんな匂いがしてくるのでしょうか。

 私はそれが気になって立ち上がる。大将さんを起こさないように、ゆっくり洞窟の奥へ。

 

 

「……暗いし、寒い。……灯り? いや、火?」

 しばらく歩くと、月の光も届かない筈の洞窟の中で知らない明かりを見付けました。

 進行方向から風が吹いて来て、さっきの肉が焼ける匂いも強く感じる。

 

「この洞窟、筒抜けになってたんですかね」

 砂漠にある岩盤にモンスターが穴を開けた物が洞窟になる事がよくあるのですが、この洞窟は岩盤を貫通しているようでした。

 もう少し歩くと、明かりの正体がハッキリします。

 

 洞窟の反対側の出口。何か木で出来た物が燃えていました。

 

 

「……竜車───ひっ」

 洞窟を出る。

 

 

 そこにあったのは、モンスターに襲われたのかバラバラになった竜車の残骸でした。

 荷物だった火薬に火が付いたのか、積荷ごと燃える竜車には夥しい量の血痕が付いている。

 

「モンスターに襲われた痕だな」

「うわぁ!? ビックリしたぁ!! 脅かさないでくださいよタイショーさん!!」

 突然背後から聞こえた声に私は跳ね上がりました。起きてついて来てたんですね。

 

 

「一人で勝手にチョロチョロするな。危ないだろ」

「す、すみません。……どう思いますか? コレ」

「ディアブロスなのか……。いや、分からん。とりあえず戻るぞ。ここにいても良いことはない」

「そりゃそうですよね。……この竜車の持ち主の人は食べられちゃったんでしょうか」

「知らん」

 だとしたら、犯人はディアブロスではない。

 

 ディアブロスはサボテンが大好物の草食性。あのディアブロスを襲って、この竜車を襲った他のモンスターがいるのでしょうか。

 

 

「血はある程度新しい、か。おい食いしん坊、お前は洞窟に戻れ。俺は周りを見ながら反対側まで戻る」

 洞窟になっている岩盤を回れば、確かに反対側に戻れます。

 

 しかし、当たり前ですが筒抜けの洞窟を戻った方が早くて安全な筈でした。

 大将さんは()()()のか気になるのでしょう。

 

 

「で、でも……。いや、それなら私も一緒に───」

「お前がいても何もならんだろ」

「それは確かに……。分かりました。私はサンセーも心配ですし、早く戻りますね」

「非常食の事は最悪捨てて良いからな」

「そんな酷い事言わないで下さいよ」

「最悪、だ」

 そう言って、大将さんは洞窟の外に歩いて行きました。

 私はモンスターに襲われたのだろう竜車に一度手を合わせて、急いで洞窟の中に戻る。

 

 

 

 一体何が起きているのでしょうか。サンセーがまだ無事なら良いのですが。

 もしサンセーが襲われていても、私には何も出来ない。大将さんが居ないと、私は本当に何も出来ませんね。

 

 

 そんな、どうしても拭えない不安を胸に抱きながら私は歩きました。

 

 暗い洞窟の中を、真っ直ぐに。

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『スライスサボテンのステーキ』

 

 ・スライスサボテン    ……手頃カット一枚

 ・塩胡椒         ……少々

 ・こんがり肉       ……50g

 ・ヤングポテト      ……30g

 ・激辛ニンジン      ……20g



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu27……非常食

 ふと何故か、ある日の事を思い出しました。

 

 

「───竜車を直してるんですか?」

「んぁ? あぁ、さっき朽木かなんかに当たったらしくてな」

 旅の途中、竜車の補修をする大将さん。

 

「私も手伝いますよ!」

 私がモンハン食堂で働き始めてから、長い間お世話になっていた竜車です。愛着が湧かない訳がありませんでした。

 

 

 これからもきっと、このお店にお世話になるのだから───

 

 

「いや、お前は逆に壊しそうだから非常食に飯でもやってろ」

「ズゴー!」

 ───だから多分、洞窟の反対側でバラバラになっていた竜車を見たせいで、私はサンセーや竜車の事が心配だったのだと思います。

 少しだけ早く歩いて、視界に光が映りました。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu27……非常食』

 

 

 視界に見えたいつも通りの光景に、私は安心して溜息を吐く。

 

 雪山に住むアプトノスの大移動。

 冬を越す為に栄養を沢山溜め込んだアプトノスの肉を使ってこんがり肉Gを作るのが、私達が砂漠に来た目的でした。

 

 しかし、丸一日探してもアプトノスは見付からず───夜を越す為に見付けた洞窟の裏側で私達が見付けたのは無惨にも破壊された竜車だったのです。

 

 

「サンセー! 無事だったんですね、よしよし」

 大将さんは辺りを見て来ると言って、洞窟の外を歩いて行きました。

 私はサンセーが心配で真っ直ぐに戻って来たのですが、竜車もサンセーも無事なようで安心します。

 

 

「しかし、どうしましょうか」

 サンセーの頭を撫でると、サンセーは目を細めて口を大きく開きました。もう夜ですが、夜に動くモンスターも居ます。

 

 あの竜車が襲われたのは比較的近い時間でしょうし、いつここがあの竜車を襲ったモンスターに襲われるか分かりません。

 しかし、竜車もサンセーも洞窟の中には入らないので私はどうしたものかと頭を悩ませました。

 

 

「大将さんは捨てて良いなんて言いましたけど……」

 竜車とその隣で寝るサンセーに視線を送る。

 

 サンセーは勿論、お店である竜車も私にとっては思い入れがあり、もしもの時に見捨てるなんて事はしたくない。

 

 けれど私はドスゲネポスなんかが来ただけでもサンセーを守れるかどうかという実力。

 こんな事なら大将さんにも洞窟について来て貰って、一緒に帰って来れば良かった。

 

 

「……でも、今何かが出来るのは私しかいません! 竜車もサンセーも私が守ります!」

 貨物車から久し振りに自分の武器(ハンマー)を取り出して、私は竜車の前に座り込む。

 

 

「寒い、帰って良いですか? サンセー」

 私の決意は瞬き一回分も持ちませんでした。サンセー目を細めて鼻先で私の頭を小突く。

 

「冗談ですよ、あはは……。寒い」

 何事もなければそれで良い。

 確かにそうですし、私が居た所で気休めにすらならないかもしれません。

 それでもここに居たいのは、私が怖がりで寂しがり屋で心配性だから。自分で言っておいてなんですが、どうしようもない奴でした。

 

 

「……何も出来ない、か」

 その気持ちは吹っ切れた筈なのに、いざ本当に何も出来ないとなると胸が痛くなる。

 もし今あの竜車を襲ったモンスターが来たら───そんな不安でいっぱいになって、何も出来ないくせに何かしてないと落ち着かない。

 

「大将さん、早く帰って来てくれませんかね……」

 そんな願いを口にした直後でした。

 

 

「大将さ───」

 砂を蹴る音がして、私は勢いよく立ち上がる。

 大将さんが戻って来てくれたものだと思って声を上げたその先に居たのは、確かに大将さんの毛並みと同じ───赤でした。

 

 

「───ん、じゃ……ない」

 全身から噴き出す鮮血。

 

 興奮して浮き出た血管から血を垂れ流しながら、強靭な顎を開いて鋭い牙を見せる()()()()()

 

 巨体を支える四肢は、それ一つだけで人間の身体の数倍もある。

 前脚の特徴的な飛膜は、飛竜の祖先の姿を残しているのだと誰かが言っていたのを思い出しました。

 

 

 轟竜───ティガレックス。

 

 

「……なんで、あなたが」

 驚いて目を丸くする。

 

 突如現れたティガレックスの背中には大きく抉られたような傷跡が残っていました。

 そして右前脚についている傷にも私は見覚えがある。

 

 

 この砂漠で、そして旅先の雪山で。

 私と大将さんを数度に渡って襲って来たティガレックスと同個体。

 

 

「う、うわぁ!?」

 ティガレックスが私の質問に答える訳もなく、その血走った瞳は無意識に武器を構えた私に向けられました。

 

 一歩。

 それだけで人の身長よりも長い距離を潰す巨大な生き物。それがモンスター。

 

 瞬き一回分の時間で、その大顎は私の眼前に迫ってくる。

 

 

「きゃ───」

 思わず目を瞑った。

 

 死んだかと思った数瞬。耳元で聞こえた衝撃音に、私はすぐに瞼を開く。

 

 

「サンセー!?」

 横転するティガレックス。私の目の前で息を荒げてティガレックスを睨むサンセー。

 体当たりでもしてくれたのでしょうか。まさかサンセーに守られる時がくるなんて。というかサンセー、強い。

 

 

「そのまま撃退出来ちゃったりしません!?」

 私の声に応えるように、サンセーは後ろ足で立ってティガレックスを踏みつけようとしました。

 大人しい草食種(アプトノス)といえど、その体長は大型モンスターに迫る程。全体重を乗せた攻撃をされればティガレックスだってひとたまりもない。

 

 こんなに頼もしいアプトノスを私はかつて知りませんが。

 

 

「よし、頑張れサン───」

 ───しかし現実は非常です。

 

 起き上がるティガレックス。その剛腕の一振りで、サンセーは砂の大地を転がって洞窟の出入り口に激突しました。

 起き上がろうとするサンセーですが、ティガレックスは直ぐに地面を蹴ってサンセーを踏み付ける。

 

 鋭い爪が肉を割いて、ティガレックスは涎を垂らしながらその大顎をサンセーの首元で開いた。

 私は気が付いたら動いていて、自分でもビックリするような大声を上げながらハンマーを振り上げる。

 

 

「サンセーを食べちゃダメです!!」

 腕を何回も揺さぶられるような感覚。

 自分の身体より大きなティガレックスの頭をハンマーで殴って、意識外からの攻撃だったからかティガレックスは大きく怯んでサンセーと私から距離を取ってくれました。

 

「サンセー! 大丈夫ですか? サンセー!」

 私は脇目も振らずにサンセーの顔を覗き込む。

 お腹はティガレックスの爪で切り裂かれて、血が沢山出ていました。

 大きく膨らんで、また萎んで、呼吸は荒々しくて苦しそうな表情をしている。

 

 

「わ、私のせいで……」

 私がもっと何か出来ていたら。サンセーがこんな大怪我をする事はなかったかもしれない。

 

「……っ」

 武器を構えて、私はティガレックスを睨み付けました。

 これ以上サンセーには爪一本触れさせません。

 

 

「大丈夫ですよ、私が守りますからね……!」

 なんの根拠も自信もない。

 昔からそれで上手くいかなかったり上手くいったり、別にそれで良いと適当な日々を過ごして来ましたが、今だけはなんでも良いから上手く行ってくださいと神様に祈るばかりです。

 

 

「───ちょ、そっちもダメですよ!」

 さっきの一撃が効いたのか。

 私を警戒しているらしいティガレックスは、別の獲物───食材の乗っている貨物車に視線を向けました。

 貨物車には大将さんの商売道具である調理器具やお店の備品も積まれています。踏み潰されたりしたら大変。

 

 真っ直ぐに貨物車に向かっていくティガレックスの背後から近寄って、私は思いっ切り力を貯めたハンマーを後脚に叩き付けました。

 ティガレックスは悲鳴を上げて私を睨みます。ここでようやく自分が不相応の態度を取っている事に気が付きました。

 

 

「……あ、いや……その」

 攻撃したは良いけれど、その後の事を考えていません。

 

 逃げる? どこに? 

 もう一度攻撃する? どうやって? 

 

 何かを考える前に、私の身体は空に浮かんで地面に叩き付けられる。

 

 

「カッ───ちょ、ぁ……」

 死んだ。

 

 何をされたかすら分からず、激痛に視界が揺らぐ。

 それでも目を開かないといけないと、本能だけで身体を動かした先に視界に入って来たのは、片腕を持ち上げて今から振り下ろそうとしていたティガレックスの姿でした。

 

 

 潰されるか、その爪に切り裂かれるか。

 どのみちまともな死に方ではない事を覚悟して、全身の穴という穴から情けない物を漏らした直後の事。

 

 

「───だから捨てて良いって言っただろバカが!!」

 ティガレックスの大きな頭に、小さな身体が包丁を持って斬りかかる。

 調理用の包丁ではモンスターの甲殻を切る事は出来ませんが、大将さんはそれを分かっていてティガレックスが開いた口の歯茎に狙いを定めてそれを切り裂いた。

 

 悲鳴が上がって、仰反るティガレックスを蹴り飛ばしながら大将さんは私の身体を起き上がらせる。

 

 

「た、大将さん……」

「俺は洞窟に戻れと言った筈だ……」

「で、でも……!」

「んぁ、お前はそういう奴だよな。……非常食は?」

 私からハンマーを奪いながらそう言う大将さんに、私は「お腹に怪我してて……」と答えました。

 大将さんは舌打ちしながら、ティガレックスを睨んでこう続ける。

 

「俺かコイツに食われたくなけりゃ逃げろ非常食!!」

「どっちにも食べられるんですね……!!」

 大将さんのあまりにも酷くて優しい言葉に、サンセーは立ち上がって全速力で何処かに走り去ってしまいました。

 

 追いかけようとするティガレックスの前に立ってハンマーを構える大将さんは、私に「これで良いか?」と短く問い掛ける。

 

 

「は、はい!」

 サンセーは大切な友達だから、もしこれが最後の別れになってしまったとしても。今目の前で殺されてしまうよりも遥かにマシだと思いました。

 

「サンセー、強く生きてくださいね……」

 もし無事に生き残ったら、雪山から降りて来たという群れに合流出来たりするんでしょうか。

 去り際、少し振り向いたサンセーの顔が頭から離れない。

 

 

 いや、今はもっと他の事を考えないといけません。

 

 

「非常食なんて食わせておけば良いのに、お前は……良い奴だな」

「な、なんですか。ていうか、酷いですよ大将さん。サンセーは大切な仲間なのに」

「大切なヒジョウショク、だな。あぁ」

 全く大将さんは大将さんです。

 

 

「アイツが逃げ切れるだけの時間を作る。お前は洞窟の中にでも隠れてろ」

「え、そのハンマーで戦うんですか? それ人間用ですよ」

 私のハンマーを持って言う大将さんに、私は大将さんとハンマーを見比べながらそう言いました。

 

 ハンマーは人間の私がなんとか持てる重量の物です。

 その大きさだけでも大将さんよりも大きいのに、そんな物で大将さんはどうするつもりなのでしょうか。

 

 

「これよりマシだろ」

 そう言って、大将さんは自前の包丁をティガレックスに投げ付ける。

 怯んで首を振っていたティガレックスの甲殻に弾かれる包丁。ティガレックスはそれとは関係なしに、鬼のような表情で私達を睨みました。

 

 許して。

 

 

「良いからお前は洞窟の中にいろ。邪魔だ」

「は、はい……」

 私に出来る事は何もない。

 そんな事は分かっているので、私は素直に大将さんの言う通り洞窟に向かって走る。

 

 そんな私を追い掛けるように地面を蹴ったティガレックスに向けて、大将さんはハンマーを投げ付けました。

 投げられたハンマーはティガレックスの頭に直撃して、体制を崩したティガレックスは再び横転する。

 

 これがハンマー投げですか。

 

 

 

「な、投げるんですね……」

 洞窟の中に逃げ込んで、私は出入り口から大将さんの様子を伺いました。

 ティガレックスは私を見失ってしまったのか、その血走った瞳を大将さんだけに向けます。

 

 血だらけの身体。

 ディアブロスを襲ったのはこのティガレックスなのでしょうか。となると、やはり洞窟の反対側にあった竜車を襲ったのもティガレックス。

 

 

 ティガレックスは元々乾燥地帯に住むモンスターなので、砂漠で出逢うのはおかしな話ではないですが、あのティガレックスとは妙な縁がありました。

 それは、大将さんも感じていたようです。

 

 

「んぁ……お前もしつこい奴だな。悪いが、モンハン食堂は()()()()()()()()()専用の食堂なんだ。人ならともかく、モンスター側の客は受け付けてない」

「え、モンハン食堂ってそういう意味だったんですか」

 正直よく分かっていませんでした。

 

 

 そんな話をティガレックスが理解する訳もなく、大将さんを踏み潰さんと地面を蹴るティガレックス。

 砂埃を巻き上げながら、暴走するように走るティガレックスの突進を大将さんは身軽な身体で簡単に交わしてみせる。

 

 元G級ハンターのオトモアイルーは伊達ではありません。

 普通に攻撃を交わすだけなら、マトモな武器がなくても大将さんの心配はしなくて良い。

 

 問題は竜車の方で、流石の大将さんもティガレックスの攻撃を止める事は簡単ではありませんでした。

 もし竜車に攻撃されたら、その時はもう私達は見ている事しか出来ません。

 

 サンセーが助かっただけでも、良かったと考えた方が良いのでしょう。

 私は()()()()()()を眺めながら、何か自分に出来る事を考えました。

 

 

 

 ──邪魔だ──

 ふと、大将さんのそんな言葉が脳裏を過ぎる。

 

 

「……そう、ですよね」

 私が居ても何も出来ない。今はただ、大将さんを応援する事しか出来ませんでした。

 

 

 そして私が何もしなくても、大将さんはティガレックス相手に一歩も引かない戦いを繰り広げる。

 突進を交わし、大顎や剛腕を交わし、ティガレックスが見せた隙に大将さんは再び私のハンマーを拾って投げ付けました。

 

 遂にティガレックスは諦めたのか、大将さんに背中を向けて───竜車にその視線を向ける。

 

 

「竜車が───」

「んぁ、俺もまた作り直すのは面倒だからな……あんまり俺達を困らせるんじゃ───」

 再びハンマーを拾い、それを投げようとする大将さん。

 

 

 ───しかし、竜車を見ていた筈のティガレックスはそんな大将さんに向かってUターンしてきていて。

 

 

「───何!?」

 ハンマーを投げようとしていた大将さんは、僅かに回避行動が遅れてしまいました。

 身体を投げ出すように突進を交わそうとするも、ティガレックスの右翼に引っ掛けられた大将さんは砂を巻き上げながら地面を転がる。

 

 

「た、大将さん……!」

 飛び出そうとして、私の身体は固まってしまいました。

 

 私が行って何になるのでしょうか。私に何が出来るというのでしょうか。

 

 

 

 ──もし大将さんがこんがり肉を作り上げた時、クーちゃんどう貢献したかが大事だって。きっと、クーちゃんなら大将さんの力になれると思うなぁ──

 ふと、友人のCの言葉を思い出す。

 

 ──それを見つけるのが、クーちゃんが大将さんと一緒に居る間に考える事だよ──

 何が出来るというのでしょうじゃない、何が出来るのかを考えましょうよ。

 

 

「……っ」

「大将さん……!!」

「バカ! 来るな!!」

 大将さんを踏み潰さんと前脚を持ち上げるティガレックス。私は飛び込むようにして大将さんを抱き上げて───ティガレックスが砂の大地を踏みつけた衝撃で地面を転がりました。

 

 

「……っぅ、ぉわぁぁ!?」

 大将さんを抱き抱えたまま身体を持ち上げると、追撃に来たティガレックスの血走った瞳が視界に映る。

 それはもう大切にしていた花瓶を割られたおばあちゃんのような顔をしていました。

 

 私は泣き喚きながら洞窟の小さな入り口に飛び込みます。

 

 

 そしてなんとか無事に洞窟な中へ逃げ込んだ私の背後で、ティガレックスは壁にぶつかって轟音を立てました。

 洞窟が崩れて出入り口が塞がる、なんて恐ろしい事を考えましたが今はそれどころではないです。

 

 

「だ、大丈夫ですか? 大将さん」

「無茶しやがって、バカが」

 大将さんに言われなくない。

 

 

「んぁ……まぁ、助かった」

「大将さ───ひぃ!?」

 洞窟に走る衝撃。

 ティガレックスはまだ諦めていないのか、洞窟の出入り口に何度も体当たりをしかけて来ました。

 

 

「こ、この洞窟崩れたりしませんよね?」

「さぁ」

 天井から降ってくる砂埃。

 恐ろしくなって震えていると、突然背後で凄い音がして振り返る。

 

 瓦礫が崩れるような音。

 振り返った先に見えたのは、洞窟の奥の岩盤が崩れて行き止まりになった壁でした。

 

 

「崩れたな」

「冷静に言わないでください」

 サンセーが逃げる時間だけ稼いだら、洞窟の奥から反対側の出入り口に向かえば良い。

 そんな事を考えていたのですが───その目論見は完全に途絶えたようです。

 

 

「ど、どうしましょう」

「とりあえず時間は稼いだ。後は知らん。幸い正面に出入り口が残ってるからな。……ティガレックスが諦めたら、ここを出て近くの村に行く」

 そう言いながら、大将さんは地面に横になりました。どうやら本当にティガレックスが諦めてくれるまで待っているつもりのようです。

 

 

 ふと大将さんの身体に視線を向けると、赤い体毛に紛れて左足から出血しているのが見えました。

 洞窟の中だから逃げ込んだ直後は見えなかったんですが、まだ血も止まっていなくて見ているだけで痛そうです。

 

 

「た、大将さん……怪我して……」

「んぁ、こんくらい平気だ」

「そ、そんな訳ないでしょ!?」

 血は止まらずに、寝転んだ大将さんの足元に小さな水溜りが出来ていました。

 私は急いで自分のスカートを破って、手拭いを作る。

 

 

「何してんだお前」

「ちゃんと止血しないとダメですよ……!」

 作った手拭いを大将さんの傷口に当てると、大将さんは少しだけ表情を歪めました。やっぱり痛いんじゃないんですか。

 

「余計な事───」

「……何も出来なくて、ごめんなさい」

 私がそう言うと、大将さんは目を細めて黙り込む。結局私は何も出来ませんでした。

 私がもっと強かったら、ティガレックスを撃退する為に一緒に戦えたかもしれないのに。

 

 

「お前───」

「あ、あの! 私! ちょっと外を覗いて見ますね! なんだか音も止んだので」

 少しすると流石にティガレックスも諦めたのか、洞窟へ体当たりをする音と衝撃は途絶える。

 私は小さな出入り口に向かって、そこから外を覗き込みました。

 

 

「……竜車が」

 ティガレックスは私達を諦めて、竜車を襲ったのでしょう。

 

 踏みつけられたのかバラバラになった竜車を見て、胸が痛くなりました。思い出というのはこんなにも簡単に壊れてしまう物なんですね。

 

 

「でも、とりあえずティガレックスは───ぁぁあああ!!」

 突然視界に入り込むティガレックス。空から降って来たように見えましたが、多分洞窟の上の部分にでも居たのでしょう。

 私が本能だけで後ろに飛び退くと、今さっきまで私が居た場所の空気がティガレックスの大顎に飲み込まれました。

 

 私は腰が抜けて、這いずるように大将さんの元に戻ります。

 

 

「し、死ぬかと思った……」

「お前はここで黙って座ってろ」

 大将さんはそう言うと、立ち上がって洞窟の外へと向かおうとしました。

 しかし、やはり傷が深いのか彼はその場に倒れ込んでしまいます。

 

「大将さん!」

「……んぁ、しくじったな。……とりあえず、アレが諦めるまでここで待ってるしかない」

 頭を抱えて倒れ込む大将さん。

 

 幸い岩盤は丈夫なようで、その後ティガレックスが何度も体当たりをしてもこれ以上崩れる事はありませんでした。

 背後を塞がれたのは問題しかありませんが、ティガレックスが諦めてくれれば目の前の出口から出るだけです。

 

 

「……お腹、減りました」

「……お前、こんな時でも食いしん坊なんだな」

「……すいません」

「ほれ、非常食」

「サンセーは食べませんよ!」

「干し生肉と携帯食料だバカ。そんなにないから、大事に食え。長期戦になるかもしれないからな」

 少し経っても、洞窟の外からティガレックスの吐息がまだ聞こえて来ました。

 

 

「大将さんも食べます?」

「要らん」

 私は干し生肉を齧りながら、洞窟の出入り口から差し込む光が夜空の星の光ではなく日の光になっているのに気がつきます。

 

 

 

 きっと、ここから出て竜車を治して、またモンハン食堂を続けられますよね。

 

 

 そう思いながら、私は凍える身体を抱いて瞳を閉じるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『非常食』

 

 ・干し何         ……二日分

 ・携帯食料        ……三日分




来月29日に28話、30日に29話を更新してこの作品は完結になります。もう暫くの間だけお付き合い下さいませ。

読了ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu28……生焼け肉

 夢を見ました。

 

 

「あんたは本当に、お姉ちゃんと違って何も出来ないのね」

 誰がそう言ったのか。

 だけど、それは本当の事で、私は何も言い返せません。

 

 家にいても、家を出ても、パーティで狩りに行っても、一人で狩りに行っても。

 私は役立たずです。

 

 

 もう、どうでも良いと思っていました。

 

 

 

「ハプルボッカの討伐……ですか。まだ貴方には少し早いのでは?」

「心配ご無用です! 私は先日、あのランポスのボス、ドスランポスの討伐を果たしましたので!」

 もうどうなでもなれと、そんな事を思っていたんだと思います。

 

 

 

 ───あの時までは。

 

 

「……モンハン食堂?」

「何してんだ泥棒ォォ!!」

「───ぎゃぁぁあああ!!」

 あの時までは、私は投げやりでした。

 

 死にたい訳でもないけど、何かやりたい事がある訳じゃない。

 だからなんとなくて生きてきて───でも、今は違う。

 

 

「───今日からお前はこのモンハン食堂のウェイトレスだ。……良いな?」

「はぃ?」

「返事は元気に「はい!」だ! はい、返事はァ!」

「ひぇ?! は、はいぃ!!」

 やっと、やりたい事が見付かった。

 

 

 私の居場所は、私の目標は、私のやりたい事は───モンハン食堂です。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu28……生焼け肉』

 

 

 何日かが経ちました。

 そう、何日かが経ってしまったのです。

 

「どうして、なんでしょう」

「さぁ」

 砂漠でティガレックスに襲われ、洞窟から出れなくなって、五回以上日が登って沈みました。

 五回目以降は数えてません。五回なのか六回なのか、八回なのか。

 

 それだけの日付が経っても、ティガレックスは諦める事なく洞窟の前で私達を待ち伏せています。

 

 大将さんが持っていた非常食も底をつき、私は空腹で気力も判断力もおかしな事になっていました。

 これは私が単に食い意地が張っているという訳ではなく、普通に何日もちゃんとご飯を食べなければ人間は死にます。

 

 

 初めの内は、大将さんの傷が癒えればなんとかなると思っていました。

 

 大将さんはティガレックスとの戦いで怪我を負ってしまったのですが、二日もすればちゃんと歩けるようになるとの事で───

 ティガレックスが諦めるまで、そして大将さんの体力が少し回復するまで、この洞窟に立て篭っていよう───それが私達の過ちだったのです。

 

 

 

「さ、流石にそろそろ諦めたんじゃ───」

 そう言いながら私が洞窟の出口まで歩こうとすると、外から空気を震わせるような咆哮が聞こえて来ました。

 

 同時に衝撃。

 洞窟の出入り口に体当たりして来たティガレックスの血走った眼球が視界に入って、私は腰を抜かして倒れ込む。

 

「ひぃ……っ」

「何をどうしても俺達を殺したいのか、食いたいのか」

「そんな……」

 半目で言う大将さんは、怪我こそ酷くはなっていないものの痩せ細って毛並みもぐちゃぐちゃになっていました。

 いつも怖いくらいの表情をしているのに、今は何処を見ているのかすら分からない顔で座り込んでいる。

 

 

「……悪かったな」

「え?」

「お前を巻き込んだ」

「な、何言ってるんですか大将さん! そもそも、私には借金があるんですよ。自分で言いたくないですけど、私は大将さんの奴隷なんです! 私は、モンハン食堂の───」

「今日でモンハン食堂は閉店だ」

 私の言葉を遮って、大将さんはそんな言葉を口にした。

 

 普段感じる覇気も、恐ろしい程の怒鳴り声も、偶にちょっとだけ感じる優しさも、何もなく。

 

 

 

「閉……店……?」

「これでお前は自由の身だ。良いだろ」

「……っ、よ、良くないですよ! 何が良いんですか!」

 私は大将さんに詰め寄ってそう怒鳴りました。

 

 しかし、まともな食事も取れていない私は詰め寄るだけ詰め寄ってその場に倒れ込む。

 あ、ダメだ。全然身体が動かない。

 

 

「アイツに怪我をさせてから、俺はずっと怖かったんだ」

「……怖かった?」

 アイツ、とは───多分大将さんが狩りを辞めた時の事でしょう。

 

 昔、一緒にクエストに挑んだパーティのハンターさんが大将さんのミスで怪我をしてしまったらしい。

 その時に食べたこんがり肉が大将さんの目指すこんがり肉Gでした。

 

 

「俺がオトモだった頃のご主人は、そりゃ無敵だった。アレは間違いなく、俺の知る限り最強のハンターだと思う。……だからか、俺は何も知らなかったんだよ」

「どういう事ですか?」

「ご主人も強かったが、俺も強かった。だから、一人でやってた時も大体の事は何とかなってたんだ。……だけどあの日、俺はミスをした」

 クエストを早く終わらせたい。

 そんな気持ちで、ご飯を食べずにクエストに向かった故に起きた小さな事故。

 それがもし大将さん一人だったなら、あるいは事故にすらなっていなかったのかもしれない。

 

 その日、小さなミスを起こした大将さんを庇う為にハンターさんは怪我をして、モンスターが怖くなって狩人を辞めたらしいです。

 

 

「……俺のミスで、誰かが傷付くのがこんなにも恐ろしい事だなんて……俺は知らなかったんだよ。俺自身がこんなにも臆病者だなんて、俺は知らなかったんだ」

「タイショーさん……」

「……怖いんだ。俺は、本当は臆病なんだ。これが本当の俺だ。幻滅したか? それで良い。今日でモンハン食堂は閉店だ。俺は誰かといるのが怖い、臆病で情けない奴なんだ。俺の事は放っておけ……」

「そんな事言わないで下さいよ! 大将さんは、私と居てくれたじゃないですか!!」

 怖がり? 臆病? 違う、そんなのは違いますよ。大将さんは───

 

 

「そんなもん、一人で居るのに耐えられなかっただけだ。俺はただ、お前を利用して、情けない自分を隠してただけなんだよ!! 良いか!? 分かったら、とっとと俺を置いてここから逃げろ!! 俺を囮にでもして、お前は逃げ───」

「違いますよ!!!」

「んぁ……?」

 狭くなった洞窟で私の声が反響した。

 大将さんは驚いて、目を丸くして固まってしまう。

 

 

「タイショーさんはただの怖がりでも臆病でもないんです。タイショーさんは、ただ優しいだけなんですよ! 優しいから人が傷付いたのが嫌で、自分が許せなくて、私の事も守ろうとしてくれる。……タイショーさんは優しい人なんですよ!!」

 私は少し勘違いをしていました。

 

 大将さんは自分に厳しい人で、自分のミスで誰かが怪我をしたから自分が許せなくて狩人を辞めたのだと。

 でも違うんです。大将さんはただ、優しい人だった。それだけなんです。

 

 

「……俺が、優しいだと?」

「そうですよ。そうでなきゃ、私みたいなポンコツを雇って、世話してくれる訳ないじゃないですか!!」

 私はずっと、家族からも要らない娘扱いを受けていました。

 

 ハンターになったら人に頼られるなんて思っていたけど、パーティになった人からも邪魔者扱い。

 そんな私に居場所をくれたのが、大将さんなんです。

 

 

「私はモンハン食堂が大好きです! だから、こんな所で閉店になんてさせません!!」

「おい、何をする気だ……!」

 洞窟の出口に向かって走ろうとする私の足を掴む大将さん。けれど、その手はとても弱々しくて、簡単に振り払えそうでした。

 

 

「……私が、タイショーさんにこんがり肉Gをプレゼントします! そうして、スタミナを付けて、ティガレックスから逃げるんです。二人で」

 言いながら、私は大将さんの手をゆっくりと離す。

 

 大将さんは私の顔を見て「馬鹿な真似はよせ」なんて言おうとしました。

 私はそんな大将さんに「ごめんなさい」と言って首元にチョップを落とす。

 

 弱り切った大将さんはそれだけで気絶してしまいました。

 こんなに弱い大将さん、見てられません。

 

 

 私の知ってる大将さんは厳つくて、怖くて、ちょっとだけ優しい───私の大切なご主人様なんです。

 

 

 

「多分、洞窟の裏にあった竜車にお肉が乗っていた筈なんです。それを取って来ます」

 ティガレックスに襲われる前、崩れた洞窟の奥で襲われた竜車を見付けました。

 その竜車を見付けたキッカケは、焼けるお肉の匂い。私の鼻がおかしくなっていたか、焼けていたのが竜車の持ち主でない限りあそこにはお肉があった筈です。

 

 もう既に全部コゲ肉になっているかもしれませんが、それなら今度は砂漠中探してお肉を手に入れるだけ。

 

 

「……絶対にお肉を持ってきます。そして、二人でまたモンハン食堂を続けましょう()()さん」

 私はそう言って、洞窟の出口は向かいました。

 

 

 外にいるのはティガレックス。

 対する私は、ドスランポスを倒して喜ぶポンコツハンター。なんなら武器もないし、体力もスタミナもない。

 

 ───それでも。

 

 

「私はモンハン食堂のウェイトレス兼ハンターです!! 食材を探したりモンスターから大将さんを守るのも!! 私の仕事なんです!! 本当は!!」

 自分が本来何だったのかを思い出しながら、私は洞窟から飛び出ます。

 直ぐに血走った瞳のティガレックスと目が合いました。怖すぎる。漏らしそう。

 

「ひぃぃぃ……!!」

 泣き叫びながら私は走りました。

 走るというか、足を引き摺るようになんとか歩いてる状態です。

 

 正直な所、私も限界でした。

 自分でも何日経ったか分からないような時間、大した物も食べられずにいたのです。

 

 

 それでも、私は立ち止まる訳にはいかない。

 

 

「まぁ、追って来ますよね……!」

 咆哮を上げ、地面を蹴るティガレックス。

 私はギリギリの所で身体を転がして、その巨体との衝突を避けました。

 砂まみれになった身体を起こして、また突進してくるティガレックスを転がって避ける。

 

 走る事もままならない私にはこれくらいの事しか出来ません。それでも、少しずつ進めばたどり着く筈だと信じて、私は何度も地面を転がりました。

 

 

 

 しかし、そんな事が何度も上手くいく筈もなく。

 

 

「───ぐぁっ」

 ティガレックスの前脚に引っ掛けられて砂の上を何回転も転がる私。

 それはもう私が走るよりも早く前に進めましたが、その代償として身体はボロボロ全身痛いし息の仕方も一瞬忘れました。

 

 血反吐を吐きながら、反射的に地面を転がる。

 今さっきまで私が居た所を鋭い爪が切り裂いて「あ、やばい」と思った時には私は再び地面を転がっていました。

 

 ティガレックスの尻尾を叩きつけられ、血と胃液と何か嫌な物が混ざった物が口から漏れてくる。

 ちょっと待って欲しいなんて私の願いは届く訳もなく、ティガレックスは再び地面を蹴って突進してきました。

 

 私は何度も地面を転がります。

 自分で転がって、ティガレックスの突進で沢山転がって。

 

 踏み付けられたり噛みつかれたらしなかったのは、何かの奇跡かもしれません。

 そうして進んだ先で、私はなんとか洞窟の反対側の入り口に辿り着きました。

 

 

「……はぁ、はぁ。し、死ぬ……これは死ぬ」

 全身に走る激痛をなんとか堪えて、私は半ば飛び込むように洞窟の出入り口に入り込みます。

 

 洞窟に入る前に、私はそこにあった竜車の瓦礫を横目で確認しました。

 私の目が腐ってなければ、竜車は全焼してはいなかったような気がします。

 貨物車もグシャグシャでしたが、瓦礫の下にはまだ荷物が残っている筈。

 

 

「なんとか、ここまで……とりあえず、折り返しですかね」

 洞窟の外で、ティガレックスはまたもや逃げらた私に怒っているのか咆哮を上げていました。

 問題はこのティガレックスに頼みの綱の貨物車を襲われると非常に困るという事です。

 

 そもそもどうやって、竜車の瓦礫の下から荷物を取り出すか。

 そこに食材があるかないかは別として、ティガレックスが外にいるのに瓦礫を退けて荷物を探すのは困難というか無理ですよ。

 

 

「……とりあえず、無事ではないですが腕も足も頭も付いているので何か方法を考えましょう。正直五体満足でここまで来れるとは思ってませんでしたからね」

 腕の一本や足の一本くらいは覚悟していましたが、身体の中がグチャグチャな事以外は特に問題がないのはありがたい。

 骨とか内臓はどうなっているか分かりませんが、とりあえず身体が動く内になんとかしなければ。

 

 

「……腕を喰い千切られたりりとかも覚悟してたんですが───そうか、なるほど」

 良い事を思い付きましたよ。

 

 

 いや、良い事なのかどうか分かりませんが。

 

 

 

「さて、もうひと頑張りしましょうか───と、その前に」

 私は立ち上がって洞窟の出口ではなく奥に向かって歩きました。

 

 当たり前ですが、その奥は行き止まり。

 この先に大将さんが居る筈ですが、やはり崩れた洞窟を進むのは無理そうです。

 

 

「大将さん、聞こえるかどうかも分かりませんが、そこで待っててくださいね。今からこんがり肉Gをお届けするので。……もし私が戻らなかったら一人で、なんて言いません。私は絶対そこに戻って、大将さんとご飯を食べます。だって私、大将さんとご飯を食べるのが好きですから」

 私はそう言って、再び洞窟の出入り口に戻りました。

 

 ティガレックスはご丁寧にまだ外で待ってくれているようです。

 しかしそれは好都合。

 

 

「───第二ラウンドですよ!」

 洞窟から出て、私は竜車の前で手を広げて立ちました。ティガレックスはそんな私を見るや地面を蹴って突進してきます。

 

「いや怖すぎる……!」

 ギリギリまで引き付けて、私は地面を転がって突進を避けました。

 するとティガレックスは貨物車の瓦礫に突撃し、貨物車は粉々になります。

 

「ビンゴ!!」

 狙い通り。

 瓦礫だった貨物車はバラバラになってその中身を四散させました。

 もしあの突進に直撃したら私もバラバラになって中身をそこら中にばら撒く事になる訳ですが、今はそんな心配をしてる場合ではないです。

 

 

「竜車の持ち主さんごめんなさい!! 中身を拝借!!」

 いつかの、あの日の事を思い出しました。

 

 

 砂漠の真ん中で一人、お腹が減って死にそうになっていた私の前に現れた一台の竜車。

 今はなきモンハン食堂の貨物車から、私は時価二百万ゼニーのお肉を盗もうとして大将さんに怒られたのです。

 

 

「───これはまた、怒られますかね」

 四散した貨物車の中身。

 

 そこには、大量の生肉が積まれていました。

 

 何故この貨物車に生肉が大量に? ティガレックスは何故この貨物車の中身に手を出さなかったのか? 

 そんな事は今どうでも良い。私は再び突進してくるティガレックスを他所に、地面に散らばった生肉を一つ拾い上げて齧り付きます。

 

 

「肉!!!」

 それはもうなんとも言えない感覚でした。

 

 肉は貨物車が少し燃えた影響で生焼けになっていますが、砂まみれだし味付けもないしで味は最悪です。

 しかし、数日ぶりのまともな食事。それだけで私は満足と言える程、幸福を感じてしまいました。

 

 

 ご飯を食べられるって幸せ。

 

 

「肉!! 肉肉!!! 肉肉肉!!!!」

 ティガレックスの突進を避けながら、私は地面に転がっている生肉に齧り付く。

 とんでもない量の生肉が竜車に積まれていたので、それでも目的の大将さんと食べる生肉は確保出来ました。

 

 

「ふぅ」

 お腹いっぱい。スタミナマックス。

 

 ガッツポーズを取る私の前で、ティガレックスは地面に落ちている生肉に目もくれず咆哮を上げる。

 私に親でも殺されたかのような表情ですよ。

 

 

「……言っておきますが今の私は最強ですよ?」

 両手に生肉を構えてそう言う私。スタミナを全回復さた私は、それはもう絶好調でした。

 

 さながら両手の生肉は双剣。

 まさに今の私はハンターといって差し支えないでしょう。

 

 

「───何故なら!! 私は逃げ足だけは誰よりも早い自信があるからです!!」

 そして、言いながら、私は全力で走りました。

 

 それはもう行きと帰りでは天と地程の差があると言っても過言ではありません。

 友人のC曰く「クーちゃんの逃げ足だけはG級だよね〜」との事。バカにしてますね。バカにされてます。

 

 

「タイショーさーーーん!!!」

 それはもう全力で走りました。

 一度も転がる事なく、ティガレックスを振り切る勢いで洞窟の外を半周。再び大将さんの居る洞窟に滑り込む。

 

 

「……食いしん坊、お前」

「食材! 入荷してきました!」

 泥棒だけど。

 

「なんで、そこまで……」

「タイショーさんと旅を続けたいからですよ! タイショーさんと、モンハン食堂を続けたいからですよ!! タイショーさんと、ご飯を一緒に食べたいからですよ!!」

 私はずっと独りでした。

 

 友人のC以外に交友はなく、何処で何をしていても、一人。

 ご飯を食べる時も独りで、あの日まで───モンハン食堂でご飯を食べた日まで、私はご飯を美味しいと思って食べた事は少なかったんです。

 

 

 けれど、モンハン食堂で働き始めて、私はご飯を食べるのが大好きになりました。

 元から食いしん坊でしたけど、ご飯を食べるのが好きなんて思った事はないんです。むしろ沢山食べないと身体が動かない自分が嫌いでした。

 

 けれど、今は違います。

 

 

「私はタイショーさんとご飯を食べたいんですよ! 誰かとご飯を食べるのが、私の一番の楽しみなんです!!」

 お客さんと、友人と、大将さんと、モンハン食堂でご飯を食べてきた私の日々はかけがえの無い思い出でした。

 それがなくなるなんて嫌です。

 

 大将さんの優しさとか、こんがり肉Gの夢とか、私がポンコツだとかそんなのは関係ない。

 

 

 私はただ、モンハン食堂でご飯が食べたい。それだけだ。

 

 

「……んぁ、このアホ」

「え、酷い」

 せっかく全身ボロボロにして生肉を持ってきたのに。

 

「んなボロボロになって生肉持ってきて、火もないのにその肉どうする気だ」

「あ」

 そういえば、お肉を持ってくる事だけ考えていてその後どうするかとか何も考えていませんでしたよ。

 調味料もなければ焚き火も消えているので火もない。

 

 背後でティガレックスが洞窟の外から咆哮を上げる。バカにされているような気もしました。

 

 

「あばばばばばば……」

「食いしん坊、俺はお前程食い意地が張ってる訳じゃないから普通生肉なんて食わん」

「あ、いや! ちょっとだけ生焼けになってるので生焼け肉ですよ! はい! マジモンの生にくではない筈です!!」

「変わらんわ」

「そうですね」

 崩れ落ちる私。そんな私の頭の上に、大将さんの柔らかい手が乗る。

 

 

「タイショーさん?」

「けど、ありがとな」

 そう言って、大将さんは私の手からお肉を取って齧り付きました。

 みるみるなくなっていくお肉。大将さんはお肉を平らげると、こう口を開く。

 

 

「誰かといるのが怖かった。……けど、そうだな。俺が優しいのかどうかは知らねぇが、俺も誰かといないと飯が美味くないってのを……やっと思い出した」

「タイショーさん……」

 大将さんも私と同じだったのかもしれません。

 

 独りぼっちが寂しかった。

 一人でご飯を食べるのが、嫌だった。

 

 それだけの事だったんです。

 

 

「うまい肉だった。ありがとうな」

「こんがり肉Gですか!」

「アホか。クソまず生肉だ」

「酷い」

「……だが、俺が目指してたこんがり肉Gは多分───」

 そう言って大将さんは口を閉じました。私が「タイショーさん?」の首を傾げると、大将さんは「さて」と立ち上がる。

 

 

「ちょっと、タイショーさん? タイショーさーん」

「大将だ」

「痛っ」

 殴られた。理不尽。

 

 

「走れるか? 食いしん坊」

「私を誰だと思ってるんですか、タイショーさん!」

「そのクソまず生肉食ったら行くぞ。ここから逃げて、モンハン食堂を再開するプランを考える」

「クソまずじゃないですよ! 美味しいですよ生焼け肉! 大将さんももう一度食べて下さい! ほら!!」

「……お前が人に食事を渡すなんて、今日は雪でも降るのか」

「……私の事なんだと思ってるんですか」

 言いながら、私達はクソまず生肉を二人で食べる。

 

 

 確かに正直不味い。

 

 

 けれど、誰かと食べるご飯はこんなにも───

 

 

 

「行くぞ、食いしん坊」

「はい! タイショーさん!」

 ───こんなにも、美味しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~本日のレシピ~

 

『生焼け肉』

 

 ・生肉      ……400g




次回、最終回。明日更新です。
エピローグというか、次回はほぼほぼファンサービスのおまけみたいなものになります。

明日の更新でモンハン食堂完結!最後までお楽しみ下さい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

menu29……こんがり肉G

 ご飯を食べるとスタミナが増えます。

 

 普通の状態が百だとすると、お腹いっぱいこんがり肉を食べると百五十くらい。

 

 そして狩場で時間が経つとお腹が減る訳で、そうすると走れなくなったりハンマーで力を溜めていられる時間が減ったり。

 とにかくご飯は狩りにおいて───ハンターのクエストにおいて、とても大切なものなのでした。

 

 

 だからという訳ではなく、私はご飯を食べるのが大好きです。

 

 誰かと話しながら、誰かの話を聞きながら、そうして食べるご飯は栄養とかスタミナとか関係なく、ただただ楽しい時間だから。

 

 

 

 だから私はこれからも───

 

 

「───死ぬ!! 死ぬぅ!!」

「───良いから走れぇ!! 生きて帰ってモンハン食堂を続けるんだろうがぁ!!」

 ───私はこれからも、モンハン食堂のウェイトレスだ。

 

 

「逆になんでここまでしつこく追ってくるんですかこのティガレックス!! 私、このティガレックスのご飯でも盗んだんですか!?」

「飯取られてここまでしつこくなるのはお前くらいだ食いしん坊! 良いから黙って走れ!」

「いやいや、この前タイショーさんも私がつまみ食いしたらこんな感じで追って来ましたよ!」

「それは普通にお前が悪いだろ馬鹿!!!」

 そんな事はない。

 

「そろそろスタミナ切れますよ!! 本当ですよ!! ご飯食べないとヤバいです!!」

「さっき洞窟で食ったろ!!」

 私と大将さんは今、砂漠でティガレックスと追い掛けっこをしています。勿論追いかけて来るのがティガレックス。

 

 

 砂漠でティガレックスに襲われ、洞窟に閉じ込められて数日。

 私達はなんとか食材を手に入れて、洞窟を抜け出す事にしました。

 

 大将さんの怪我は思っていたよりも大丈夫そうで、走って逃げる事にとくに支障はありません。

 生焼けですがお肉も食べたので、スタミナも良し。後はティガレックスから逃げ切るだけなのですが───ティガレックスは私達を諦める気が微塵もなさそうです。

 

 

「このまま近くの村まで行くとしたら、このティガレックスも連れて行っちゃう事になりません!?」

「その時はその時だ! その村のハンターになんとかしてもらう!」

「大将さんはやっぱり狩りはやらないんですか?」

 誰かが傷付くのを見るのが嫌な大将さん。やっぱり、狩りの現場には戻らないのかと思ったのですが───大将さんはこう口を開きました。

 

「戦いたくても武器がないだろ!」

「確かに!」

 何もかも置いて来て逃げてますからね。私の武器すらありません。手に持ってる荷物といえば食べた生焼け肉の骨です。

 

 

 モンハン食堂の竜車や貨物車に乗っていた物も全て、壊されてしまいましたし持ってくる事も出来ませんでした。

 もし無事に帰る事が出来ても、再開する事は出来るのでしょうか。

 

 それでも今は、ひたすら真っ直ぐ前に走ります。モンハン食堂を終わらせない為に。

 

 

「武器があったら戦うんですか?」

「んぁ、そうだな……。それも悪くないかもしれねぇ。お前、俺と一緒にハンターやるか?」

「え、急になんですか?」

「これで俺達文無しだからな。金がいるだろ」

「あ、確かに」

 誰かが傷付くのが怖かった大将さん。けれど、誰かと一緒に食べるご飯の美味しさに気が付いた大将さんは考え方が変わったのかもしれません。

 

 

「お前と飯食って、飯出して、狩りに行く。……それも良いかもなって、今思ってる」

「タイショーさん……」

「大将だ」

「はい! そうですね!」

 私はモンハン食堂のウェイトレスである前に、ハンターだ。

 

 護衛でも食材調達でも、大将さんとモンハン食堂の為ならなんでもします。

 そこに大将さんが居たら、とても楽しそうじゃないですか。

 

 

「それじゃ、そろそろ一狩りいっておきますか!」

「んぁ? おい食いしん坊、無理は辞めろ!」

「だってこのまま逃げても拉致が開かな───ぁぁぁああああ!! やっぱ無理!!!」

「馬鹿!!!」

 振り向いてティガレックスに立ち向かおうとしますが、よく考えなくても今の私に何か出来る訳もありません。

 このまま逃げて、逃げて逃げて。逃げるしか出来ない───そう思ったその時でした。

 

 

「───伏せろ!!」

 大将さんではない、男の人の声。

 

 空から聞こえて来たようなそんな声に反射的に従って、私は大将さんを抱えるようにして地面を転がります。

 

 

 刹那。

 背後で爆発。

 

 唖然とする私達の前に、一人の狩人が現れました。

 

 

 蒼火竜と呼ばれるモンスターの素材を使った防具にライトボウガン。

 片腕が見当たらない、隻腕で銀髪のハンター。

 

 辺り一面砂の大地の砂漠で、どこから現れたのかすら分からないそのハンターさんは振り向きながらこう口を開く。

 

 

「ここから先に真っ直ぐ走れば人が居る筈だ。もう少しの辛抱だから頑張れ」

「あ、貴方は?」

「通りすがりの……ハンターだ、な。俺の事は気にするな」

 いや通りすがりのハンターってなんですか。とてつもなく気になるんですけど。

 

「んぁ、アンタにティガレックスを任せて良いって事か?」

「この先の村にいるあんたらの友人ってのに頼まれてな。ここは任せてもらって良い」

 そう言うとハンターさんは片手でライトボウガンを構え、砂埃の中でその眼光を光らせるティガレックスに向き直りました。

 

 

「友人……?」

 はて、私の友人なんて一人しか居ない訳ですが。大将さんの友人でしょうか。

 

「この例は必ずする。いつかウチの店に来てくれ」

 そう言って、大将さんは私の手を掴んで走り出す。

 

 

「助かった……んですかね?」

「そうだな。んぁ……アレは───」

 背後でティガレックスの咆哮が轟く中、私達は真っ直ぐ走りました。ご飯も食べてスタミナはある。

 

 私達はまだ、立ち止まらない。

 

 その先に居たのは───

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu29……こんがり肉G』

 

 

 とあるお客さんのお話によれば、そのお店は唐突になんの前触れもなく村に現れたとの事でした。

 それもその筈で、このモンハン食堂は旅する食堂。自由気ままにどんな場所でも、お客さんさえ居れば開店します。

 

 時には砂漠のど真ん中、山の山頂。

 ハンターが狩りをする筈の狩場等々、それはもう文字通りどこでもお店を開くのがこのモンハン食堂。

 

 

「───見えて来ましたよ、タイショーさん!」

「よくもこの一面水しかない景色をずっと見てたなお前」

「暇過ぎてむしろ海を見る事以外にやる事がなかったんです」

「んぁ……」

 揺れる船の上で私達はそんな会話をしていました。

 私達は今、船に乗って海を渡っている所です。

 

「あれが孤島───タイショーさんのお師匠さんが居るっていう、モガの村ですか?」

「んぁ、そうだな。あの時助けてくれたハンターもあそこに住んでるらしい」

 あの時───

 

 砂漠でティガレックスに襲われて、洞窟から動けなくなってから数ヶ月が経ちました。

 私達は無事に近くの村に避難する事が出来て、今もこうしてモンハン食堂を続けられています。

 

 

「ほーらサンセー、島が見えましたよ!」

 船の奥で寝ているサンセーを叩き起して、私は興奮気味に遠目に見える島を指差しました。

 サンセーは薄目を開くと、頭だけ振り回して私を突き飛ばす。酷い。

 

「サンセー! 私の事嫌いなんですか!!」

「好きじゃなかったら今二人はここに居ないと思うよ〜」

 サンセーの背後から、サンセーの声の代弁でもしているかのように口を開く私の友人。

 真っ白な髪が特徴的な友人のCは、サンセーの頭を撫でながら私をジト目で見下ろしていました。

 

 私の事は突き飛ばしたのに友人のCには純朴なのなんでなんでしょうか。泣きそうです。

 

 

「それはそうですけども」

 あの日───

 

 私達を助けてくれたハンターさんに、私達を助けてくれるように頼んだはなんと友人のCでした。

 ユクモ村で分かれた筈の彼女が何故か砂漠に居た理由は教えて貰えませんでしたが、傷付いたサンセーが村に辿り着いて、そのサンセーを見た友人のCが私達を心配してくれたようで。

 

 

 そうしてあのハンターさんが私達の元に駆け付けてくれたらしいです。サンセーや友人のCにも頭が上がりません。

 

 

 

 その後。

 

 ティガレックスに襲われて失ってしまったモンハン食堂の竜車ですが、建て直すのにそんなに時間は掛かりませんでした。

 

 いつか食材を買いに行ったドンドルマのお花屋さん。

 なんとそのお花屋さんがタダで新しく竜車を作ってくれたのです。

 

 曰く───

 

「タイショーがこんがり肉Gを焼いてくれたら、タダで竜車を作ってあげるよ」

「なんで!?」

 とか。

 

 

「よし分かった。ずっとお前に食わせたかったんだ。……俺の焼いたこんがり肉Gを」

「タイショー、こんがり肉Gをついに焼けるようになったんだね」

「……んぁ」

 サンセー以外の何もかもを失ってどん底だった私達ですが、お花屋さんに助けてもらい竜車を作ってもらう事に。

 お花屋さんがどうしてそこまでしてくれたのか分かりませんが。

 

「あ、君」

「はい?」

「タイショーの事、これからもよろしくね」

 との事で。

 

 

 他にも。

 

「ふ、タイショー! 困っているようじゃないか! しょうがないから助けてあげよう!! なーに、これもライバルの務め!!」

「よう、大将。久し振りだな。俺の情報で砂漠に行ってえらい目にあったらしいじゃねーか。詫びと言っちゃなんだが、オマケするぜ」

「大将さんじゃないですか。僕達が追ってたティガレックスにまた襲われたって聞きましたよ。良かったら助けになりますから、声を掛けて下さいね」

「フハハハハハハ!! 久しいな小さき者、否調理者よ!! 何やら困ってる模様、吾輩も人肌脱ごうではないか!!」

「タイショー、なんか憑き物が落ちた顔してるな。俺のオトモをやってた時と同じ……いや、あの時より楽しそうな顔してるよ」

 色んな人に助けてもらって、私達は無事にモンハン食堂を再開する出来たのでした。

 

 

 ちなみに。

 

「いんやー、まさか! ティガレックスが砂漠にいて! 大将さん達が襲われるなんて! いや、はい、僕は夢にも思ってませんでし───痛い」

「アンタらもコレ殴って良いわよ。アンタらコレに利用されてたんだから。だからあたしは止めたのに」

「僕はギルドナイトですよ、そんなことして良いと思ってるんですか?」

「私が許可する」

「そんな……」

「あ、あはは。ところで利用とは?」

 タンジアに戻った私達は、ギルドナイトのお二人とハンターさんに再開。

 そこで聞いた話が、こんな感じに続きます。

 

「私達ギルドナイトはとある密猟団を追っていたの。その密猟団の目的は貴方達と同じ、雪山から降りて来たアプトノスだったんだけど───」

 その密猟団は別の場所で件のティガレックスに手を出して、ティガレックスを怒らせたのだとかなんとか。

 ティガレックスが密猟団を追って動いている事を突き止めたギルドナイトの二人は、逆にティガレックスを追えば密猟団に辿り着ける───そう判断したらしい。

 

 所でそのティガレックスは偶然以前雪山や砂漠で私達を襲ったティガレックスと同個体でした。

 密猟者に襲われたのがいつかは分かりませんが、ティガレックスからすれば私達も密猟者と同じ人間。私達を見付ければ、しつこく狙って来るのは当たり前という訳だったのです。

 

 

 つまり、私達が砂漠に行く事によってティガレックスはまた密猟団に襲われると思い込み行動範囲等諸々が活発になる訳で。

 態々広い砂漠を探すよりティガレックスに密猟団を探してもらうのが早い───それがギルドナイトさんの作戦でした。

 

 

「───殴って良いですか?」

「良いよ」

「少しは弁護させて」

 曰く。

 

「───勿論関係ない二人を危険に巻き込む訳ですからね、安全の確保をしようとは思っていたんですよ」

「思っていた?」

「はい。ティガレックスの動きが活発になれば、それだけで後は大将さん方は用無し───じゃなくて思う存分ご自由にこんがり肉を焼いて下さいってな訳だったんですけども。……その前に、運が良いのか悪いのか僕等は密猟団を発見してしまいましてね」

 探し物がアレコレ考えていた作戦も関係なく見付かった。一見良い事なような気もしますが、問題はそこではなく。

 

 

「発見した時点で密猟団はティガレックスに襲われていて大壊滅。逃げ惑う団員と暴れるティガレックス、こっちは人手不足ときてティガレックスをそのまま見失なう大失敗」

 そして、密猟団との戦いで傷付いたティガレックスは砂漠で暴れ回り、ディアブロス等のあたりに住むモンスターを襲って周り───私達をも襲った。

 

 

 ティガレックスはただ自分が生きる為に、自分を襲ってくる物を排除しようと必死だったのでしょう。

 

 

「それで、そのティガレックスはあの後どうなったんですかね?」

 なんだか少し悲しくなって、私はギルドナイトの二人にそう問い掛けました。

 

 蒼火竜装備のハンターさん。

 火竜の装備を使っていると言う事は、それだけ腕が立つという事です。

 とあらば、ティガレックスがどうなったか。考えなくても分かることだ。

 

 

「さぁ、それはなんとも。お二人を助けてくれたハンターさんにお聞きするのが一番ですよ。件のハンターさんなら、モガの村という所に住んでいるんですよ。今回迷惑を掛けたお詫びと言ってはなんですが、旅費や食堂の再建費用等ギルドで負担するので是非頼って下さい」

「それは助かる」

「それと」

 ギルドナイトのお兄さんは目を細めてこう続ける。

 

 

「───それと、お二人が見たというティガレックスに襲われた竜車は件の密猟者の竜車です。つまり、そこに乗っていた……貴方達が食べたお肉こそ、貴方達が探していた冬超えのアプトノスの生肉だったって訳ですね。そう、密猟団は既にアプトノスを密猟した後だったって話。いやー、今回は大失敗でしたね。……ところで、件のお肉で作ったこんがり肉Gとやらは美味しかったですか? 是非感想をお聞かせ願いたい所なんですが」

「んぁ? あー、アレな。アレはな」

「アレは?」

「クソ不味かった」

 そんな訳で。

 

 

 

 私達は今、砂漠で私達を助けてくれたハンターさんが住んでいるというモガの村に到着しました。

 

 潮風が気持ち良い開放的な村。

 

 

「ここがモガの村ですかぁ。色んな街や村に寄ってきましたけど、島というだけあって他の村とは全然雰囲気が違いますね」

 村は島の中心ではなく海岸沿いにあるので、どこに居ても海が見えるのが新鮮です。

 

「よーし、よーし。おーい、サンセー下ろしたよ〜。ていうかー、サンセー連れてくる理由あったのー?」

「サンセーは大切な仲間ですから! 置いていくなんてありえません!」

 船から降りるサンセー。

 あの日、サンセーが友人のCに私達の事を伝えてくれなかったら私達はどうなっていた事やら。

 

 

「───ソイツはあの時のアプトノスか。傷も良くなっているようだな」

 そんな話をしている所に話しかけてくる村の人。

 

 振り向くと、そこには蒼火竜の装備を着たハンターさんが立って居ました。

 

 

「あ! 貴方は! あの時はどうも!」

 隻腕に銀色の髪。

 あの時助けてくれたハンターさんに間違いありません。私は咄嗟に頭を下げてお礼を言います。

 

「いや、無事だったならなによりだ。礼はそこの友人に言ってやれと前も言った筈だぞ」

「あー、あはは。ユーちゃんもありがとうございます」

「なんたってそのアプトノスを連れて泣きながら俺に頼み込んで来たんだ───」

「わーーー!! わーーー!! その話はなし!! その話はなし!!」

「え? ユーちゃん?」

 あの友人のCが泣きながら。嘘ですね。

 

 

「んぁ、あんたか。あの時は助かった」

 遅れて出て来た大将さんも、ハンターさんにお礼を言う。

 何故か顔を真っ赤にしてサンセーの下に潜り込んでいる友人のCの事は置いておいて、私達はこの村での目的地に向かう事にしました。

 

 

「───いらっしゃいですニャ、タイショー。久しいですニャー」

 モガの村には大将さんの師匠が居る。

 

 その師匠こそ、このお店───ビストロモガの店主さんらしい。

 

 

「お久しぶりです、師匠」

「そんな堅苦しい挨拶はいりませんニャ。料理人なら、上げた腕前で挨拶をするのが基本ですニャ」

「んぁ、その為に来たからな」

 竜車をお店の前に運んでくる大将さん。

 

 ビストロモガの目の前にお店を持ってくるこの太々しさは流石大将さんですが、そのおかげもあってか村の人々がなんだなんだと集まって来てくれました。

 

 

「俺はこのモンハン食堂の大将だ。今日はここで店を開く事にした。美味い飯が食いたきゃ並べ」

「なんでそんな太々しいんですか!?」

「あははー、流石大将さんだねー」

 村の名所のお店の前で開店するモンハン食堂。

 

 新しい竜車は以前と変わらず、竜車兼キッチンと出店。

 貨物車から机と椅子を取り出して、お客さんが集まればそこがモンハン食堂です。

 

 

「───あ、今日はお店が来てるんだね。……あれ? モンハン……食堂……。どこかで見たような」

 集まってくるお客さん。

 

 その中で、金髪に黒い装備の女性が私の目に入りました。

 どこかで見たような。そのお客さんと同じ感想を、私は頭に思い浮かべます。

 

 

「やっとモガの森から帰ってきたか。ほら、手紙に書いてあっただろ」

「あ、うん。それは知ってるんだけど」

 銀髪のハンターさんの知り合いなのか、金髪のハンターさんは目を細めて私達を覗き込みました。そして───

 

 

「───あ!! こんがり肉のお店だ!!」

「───あ!! こんがり肉のお客さん!!」

 思い出すのは私がモンハン食堂で働き始めて直ぐの頃。

 

 立ち寄った村でメラルーと一緒だった金髪のハンターさんです。

 確かあの時は、お店の()()()()を聞かれてこんがり肉を食べてもらったんでしたっけ。

 

 

「お久しぶりです」

「うん。久し振り。……良い旅になったかな?」

「それはもう、とても良い旅でした」

 色んな事がありました。

 

 

 灼熱の火山、極寒の雪山、恐ろしい目にしか合ってない砂漠。温泉や様々な食材。

 色んな人達にであって、色んな話を聞いて、私達は()()を見付けたのです。

 

 

 

「色々あったんですよ! もう、聞いてください!」

「ゴラァ!! サボるな食いしん坊!!」

「ひぃ!?」

「あはは。お話は後かな。えーと、注文は()()()()でも良い?」

「はい! 勿論。当店自慢のこんがり肉をお届けしますよ!」

 私がそう言うと、銀髪のハンターさんが「こんがり肉? こんがり肉で良いのか?」と首を傾げました。

 

 

 確かに銀髪ハンターさんの言う通り、こんがり肉なんてのは肉を焼いただけの料理です。

 ハンターなら狩場で飽きる程食べているのがこんがり肉だ。

 

 ───でも、ウチのこんがり肉はそんじょそこらのこんがり肉とは違うのです。

 

 

「良いんだよ。このお店のおすすめはこんがり肉なんだから」

「そうか? なら、俺もそれで」

「はい! こんがり肉二つ入りまーす!!」

 注文を取って、私はハンターさん二人とお話する事にしました。

 

 

 これまでの事、これからの事。

 

 

「───それで、これからは私も大将さんもハンター活動をしていこうという事になりまして」

 友人のCにずっと護衛を頼むという訳にもいかないので、私達はこれから先どうするのかをあの後話し合ったのです。

 

 大将さんは誰かが傷付くのを見るのが怖い優しい人でした。

 だったら───いやだからこそ、私がハンターとして成長しなければいせません。

 

 それは、昔大将さんがした後悔の一つでもあります。

 

 

 

「俺と一緒にハンターをやらないか?」

「……はい!」

 ハンターとオトモ、という訳ではありませんが。

 

 私と彼は大将とウェイトレスであり、ニャンターとハンターでもあるという事で。

 

 

 

「素敵な答えが見付かったんだね」

「はい。これからも色々頑張ります。なんやかんや、楽しいんですよね、ウェイトレス。色んな話も聞けますから」

 私はモンハン食堂が好きだ。

 

 こうやって、色んな人と話しながらご飯を食べる。

 それはどんな高級食材を使った料理よりも、どんな凄腕の料理人が作った料理よりも、美味しくて楽しい事だと私達は分かったから。

 

 

 

「へい、お待ち───」

 そうして話していると、大将さんが料理を運んで来ました。

 

 お皿の上にはこんがりと焼かれた肉───

 

 

「───へい、お待ち。こんがり肉Gだ」

 ───こんがり肉G。

 

 

「こんがり肉G?」

「G級なの?」

「まーまー! 食べて下さい! 我等がモンハン食堂、最高の料理ですよ!」

 

 

「そうか」

「うん、頂きます」

 ここはモンハン食堂。

 

 ごく普通の飲食店です。

 この広い世界を旅しながら、色々な人に料理を振り撒く旅する食堂。

 

 

 この世界は巨大な生き物───モンスター達で溢れかえっている。

 人々はそんなモンスターをハンターと呼ばれる人達に依頼して討伐したり、逆に襲われたり。

 人とモンスターが共存するこの世界───

 

 

「なぁ、食いしん坊。俺はな、ずっと一人で飯を食ってた。……けどな、やっと分かったんだ。……こうやって賑やかな場所で、狩りの前なんかに食べるこんがり肉が一番美味いってな」

 ───この世界で、しかし特にハンターとは関係なく、モンハン食堂は今日も開店します。

 

「私はずっと、大将さんと食べるこんがり肉が最高に美味しいって言ってましたけどね」

「うるせぇ」

「あはは。あ、新しいお客さんですよ!」

 モンハン食堂へようこそ。

 

 

 

「モンハン食堂へようこそ! ご注文はいかがなさいますか?」

 これは、この世界の美味しいご飯のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 ~本日のレシピ~

 

『こんがり肉G』

 

 ・生肉      ……400g




読了ありがとうございました。コレにでモンハン食堂完結になります。
詳しいあとがたりは後日活動報告にて。

約二年の間、お付き合い下さりありがとうございました。
実はこの作品はコレからも本編(メインメニュー)とは別に番外編(サイドメニュー)をチマチマと更新する予定です。今後もお楽しみ頂けると幸い。

それと!近い内にとても楽しい事が発表出来ると思います。少しだけ、お楽しみに。


それでは重ねてになりますが本編最終話までの読了ありがとうございました。コレにて最終回です!皇我リキの次回作にご期待下さい。

おそまつさまでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

side menu【番外編】
side menu01……こんがり魚


このお話は以下動画作品のシナリオを小説にした物です。以下動画作品から視聴して楽しんで頂けると幸いに思います。

https://youtu.be/nkyIikloVTQ


 ここはモンハン食堂。

 ハンターの皆さんが、狩りに行く前やクエスト達成後の打ち上げにご飯を食べる場所です。

 

 モンハン食堂は色々な街や村を旅しているお料理屋さん。

 今日はユクモ村にやってきて営業中なのですが、さっそくお客さんが来たようですね。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『side menu01……こんがり魚』

 

 

 露店の賑わうユクモ村。

 何やらお祭りがあるとかないかで、私はタイショーさんに連れられて久し振りにユクモ村にやってきていました。

 

 

「なんだか賑わってますね、タイショーさん」

「大将だ。……んぁ、今日はなんでも色んな店が出店を出す祭りをやってるらしいからな。儲け時だ、客を取り逃がすんじゃねーぞ」

「流石タイショーさん! ガメツイ!」

「なんか言ったか?」

「いえなにも!!」

 これ以上言うとまた怒られかねないので、私は両手を上げて何も言わなかった事にする。

 既に若干怒ってる大将さんですが、お店の机に座ろうとしているお客さんを見るや私に「行け」と目で諭してきました。

 

 

「お、良いところに屋台があるじゃねーか」

「うん、良いね。今日のクエストの打ち上げはここにしようか」

「報酬もあるし、良いかもな」

「わーい! 飲みましょー! 飲みましょー!」

 どうやらお客さんはハンターさん四人組のようです。

 

 ユクモ装備の男性が一人、マッカォ装備の男性が一人、ウルク装備の女の子が一人に、ホロロ装備の男性が一人。

 席に座った四人の元に向かって、私はいつも通りこう口を開きました。

 

「四名様、いらっしゃいませ! モンハン食堂へようこそ! ご注文いかがなさいますか?」

 ここはモンハン食堂。

 

 

 アイルーの大将さんと、ウェイトレスの私が営業するお料理屋さんです。

 

 

 

「んー、あ! 採酒! 採酒ありますか!」

 ウルク装備の女の子が片手を上げてそう言うと、ユクモ装備とホロロ装備の男性が「俺は達人ビールで」「それじゃ、僕も達人ビールかな」と続きました。

 装備を見るに、中々実力のあるハンターさん達のようで。お店でご飯を食べる事に慣れているのか、注文を決めるのも早いですね。

 

「水あるか?」

「お水ですね、ありますよ!」

「そんじゃ俺は水で。あ、ねーちゃんおすすめってあるか?」

 マッカォ装備の男性は他の三人と違ってお酒が飲めないのか、お水をご所望のようです。

 

 お水は勿論ありますとも。渓流原産の天然水が。

 大将さんはその天然水でもお金を取ろうと言っていましたが、流石に評判に拘るので辞めましょうと頑張って止めました。しかし、渓流原産天然水はとっても美味しいお水なので()()()()です。

 

 

 さて、それはともかく()()()()ですか。確か───と、思い出しながら私は口を開きました。

 

 

「んー、今日は新鮮なお魚が入っているので、こんがり魚は如何ですか?」

 確か昼間の仕込みの時に、大将さんがクーラー活魚を用意していた筈です。

 

 曰く「こいつは新鮮なクーラー活魚だ。砂漠で昼間に食いたいな」なんて感じで喜んでいましたが、焼いたらただのこんがり魚ですけどね。

 それに砂漠には当分行きたくありません。

 

 

「あー、良いんじゃないか?」

「じゃ、こんがり魚を四人分。それと、おすすめ何品かで。とりあえずこれで良いかな?」

「はい! 良いですよー!」

 なんて事を考えていると、注文が決まったようです。私は四人が注文した飲み物とホロロ装備の男性が注文した料理を思い出しながら注文を復唱します。

 

 

「かしこまりました! 採酒がおひとつ、達人ビールがおふたつ、お水がおひとつ、こんがり魚が四人分と、今日のおすすめですね。少々お待ち下さい」

 注文を確認すると、私は大将さんにオーダーを通しました。

 さて、他にもお客さんは来るでしょうか。

 

 

 お店の外を覗いてみると、さっきの四人組のハンターさん達がこんな話をしていたのが耳に入ります。

 

「そういえば聞かなかったけど、こんがり魚ってなんの魚だ?」

「普通にサシミウオとかじゃないですか? ハレツアロワナとかって食べれるんですかね?」

「ハレツアロワナは食べれるけど、食べた後に腹の中で爆発するぜ」

「えぇ!? 本当ですか!?」

「いや、嘘だよ」

「嘘なんですか!?」

 ハレツアロワナ、確かに私も初めて爆発するお魚だと聞いた時は既にお腹の中にあったハレツアロワナをどうしようと泣き喚きました。

 マッカォ装備の男性の冗談に目を丸くしたウルク装備の女の子は、騙された事に目を半開きにしてちょっと可愛いですね。

 

 

「魚っていっても色々いるよな」

「そうだね。三人はピッケル活魚っていう、変な名前の魚を知ってるかい?」

「ピッケル活魚? なんだその魚」

「多分尻尾がピッケルみたいになってるんですよ。それで鉱石を取れるんです、きっと」

「いやどんな生き物だよそれ」

「それと、虫あみ活魚っていう名前の魚もいるらしいよ」

「いやだから、どんな生き物だよそれ」

 続くそんな会話に、ユクモ装備の男性は訳の分からない生き物を想像して片眉を上げる。

 

 分かります。

 存在そのものが意味分かりませんよね、ピッケル活魚。クーラー活魚もですけど。

 

 

「あ、そうだ! お魚来るまでしりとりしませんか?」

 そんなユクモ装備の男性の葛藤は他所に、何故か突然しりとりを提案するウルク装備の女の子。

 

 あまりにも突然。

 どういうしりとりをするのだろうかと気になって視線を向けていたのですが、大将さんに「何サボってる、手伝え」と言われて泣く泣く私も厨房へ。

 

 

 ハンターさんのしりとりってなんでしょうか。普通にしりとりをやるんでしょうか。……気になるんですけど! 

 

 

 

「大将さん、何手伝えば良いですか?」

「そこのミリオンキャベツの塩漬けが盛ってある皿にだし巻き卵を作って乗せろ」

「はーい。ガーグァの卵割っても良いですか?」

 私の問い掛けに、大将さんは無言で頷きながら新鮮なクーラー活魚の下拵えを進め始めました。

 そんな大将さんを横目に、私は自分の頭よりも大きな卵を割ってだし巻き卵を作り始める。

 

 持って歩くのも大変なガーグァの卵。

 これ一つでだし巻き卵が何人分作れるのか。私は一人で食べちゃいますけど。

 なので、少しくらい食べてもバレない筈───

 

「分かってると思うが……つまみ食いするなよ」

「……わ、分かってますよ」

 ───そもそも疑われていたのでアウトでした。

 

 

 

 さて、だし巻き卵も完成したので私は頼まれた飲み物も合わせて先におすすめの品を運ぶ事に。

 どうしてか、大将さんも「客に挨拶に行く」と着いてくるようです。少しくらい持つの手伝ってくれても良いですよ。

 

 

「お待たせしましたー! まずは、今日のおすすめでーす」

「んぁ、悪いな。こんがり魚はもう少し待っててくれ。今下拵え中なんだ」

「お、キッチンアイルーか」

 大将さんの言葉に、マッカォ装備の男性が感心した声を漏らしました。

 なるほど、こんがり魚が遅れる事のお詫びを言うためについて来たんですね。

 

 

「こちらモンハン食堂の、タイショーさんです」

「大将だ、ゆっくりしていってくれ」

 私が大将さんを紹介すると、大将さんはそう言って挨拶だけしてサッと帰っていってしまいます。

 こんがり魚を待たせているのでしょうがないですね。

 

 して、他のお客さんもまだ来ないようで私は暇なのでハンターさんとお話しでもしていましょうか。

 

 

 

「ハンターさん達は、クエストの帰りなんですか?」

「まぁ、そんなところだな」

「砂漠でダイミョウザザミを討伐してきたんだ。そりゃもう大変だった。誰かさんがクーラードリンクを忘れてきたもんだからな」

 マッカォ装備のハンターさんがそう言うと、隣でウルク装備の女の子が「い、言わないで下さいよ! 私は夜だと思ってホットドリンクを持っていっただけなんです!」と抗議を漏らしました。

 

「俺は誰が忘れたかなんて、言ってないんだが」

 そんなウルク装備の女の子に、マッカォ装備の男性はここぞとばかりの表情でそう口を開く。

 思わず女の子は言葉にならない悲鳴をあげてマッカォ装備の男性の肩をポカポカと叩きました。

 

 とても仲が良いパーティなんですね。

 

 

「あはは。でも、アイテムを忘れてしまう事は良くあるよね」

「あー、私もクーラードリンクだとかを忘れたって話は良く聞きますね」

 確かに、私も狩りに必要な物を忘れる事は結構あります。

 なんなら買い物で財布を忘れるくらいには他人の事を言えない人間なので、クーラードリンク忘れなんて他人事ではありません。

 

 

「俺は砥石を忘れた事があったな。クエストが終わる頃には武器が大変なことになってた」

「うわー、砥石忘れちゃうと大変ですよねー」

 ハンターにもやはり忘れ物は付き物のようで。

 

 ユクモ装備のハンターさんは砥石を忘れた事があったとか。

 切れ味が悪くなると、砥石を使わなければモンスターに傷を与える事すら困難になるので砥石を忘れるのは剣士にとって致命的でした。

 

 アレは本当に地獄ですよ。ランポスの鱗すら切れませんからね。

 

 

「俺は鉱石の採取クエストでピッケルを忘れた事があった」

「それはー、どうやってクエストクリアしたんですか?」

「いや、普通に……リタイアした」

「あはは、ですよねー」

 先程ウルク装備の女の子を揶揄っていた男性はピッケルを忘れていったのだとか。

 最近だと支給品のポーチにピッケルや砥石、クーラードリンクなんかも常備される事が多いので忘れ物は減ったと聞きますが、人間なので忘れる時は忘れるんですよね。

 

 まぁ、ある程度何か忘れてもなんとかなるというか、何とかしてしまうのがハンターさんなので。

 だからこそ、この人達はこうやって笑い話に出来ているのでしょう。

 

 

「僕の知り合いは、どうしてかなぁ。武器を忘れてきた事があったよ」

「大惨事じゃないですか!?」

 いや、それは笑い話じゃないですよね。

 なんで忘れたんですが。何をどうしたら狩り場に武器を忘れていくんですか。

 

 

「ほらほらー、やっぱり忘れ物ってあるんですよ! クーラードリンク忘れも仕方ないですね!!」

「いや忘れたのに威張るな」

 忘れ物は、やっぱり良くない。

 

 

 

「あ、料理が出来たようですよ」

 なんて話をしていると、調理を終わらせた大将さんが料理を持って来ました。

 私の顔よりも大きな、こんがりと焼かれた魚。

 

「へい、お待ち。こんがり魚だ」

 こんがり魚です。

 

「おー!」

「美味そうだな。大将、この魚はなんて奴だ?」

「んぁ? これか。コイツはクーラー活魚だ」

 テーブルの真ん中を占拠する大きなお皿に乗ったこんがり魚。頭も着いたままの丸焼きで、そのサイズはまさに金冠。

 魚を焼いただけの単純な調理ですが、身の焼けた香ばしい匂いが机の中心から広がって食欲が抑え切れない。

 

 

「出たな活魚」

「今度はクーラーだね」

 ところで、注文をした後にピッケル活魚の話をしていたハンターさんはそう言って苦笑いをこぼしていました。

 そうです、クーラー活魚です。

 

「クーラーですか? あ、もしかしてクーラードリンクになる魚だったりして!」

「そんなもん食って大丈夫なのかよ!?」

「魚なんて焼いたら全部こんがり魚ですし、気にしなくて大丈夫だと思いますよー。何食べても自然回復力アップです」

 サシミウオだろうがハレツアロワナだろうが、焼いたら全部こんがり魚ですからね。

 きっとピッケル活魚も焼いたら美味しく食べられる筈ですよ。

 

 

「あ、アバウトだな」

「あ、でも美味しいですよこの魚!」

「食うのはえーよ!」

 ハンターさん達の心配を他所に、ウルク装備の女の子はひとまず先にこんがり魚に手を付けていました。

 マッカォ装備の男性も目を細めて左手でツッコミを入れています。

 

 

「んぁ、見たところあんたらこの村のハンターか。狩りの帰りだって聞いたが?」

「そうですね。四人でダイミョウザザミを討伐してきました」

「誰かさんがクーラードリンクを忘れた事以外は特に問題なくクエストクリアだったな」

「クーラードリンクの話はもう良いじゃないですか!」

 先程聞いた話。四人はダイミョウザザミの討伐の帰りにお店に寄ってくれたとか。

 その狩りではウルク装備の女の子がクーラードリンクを忘れてしまったらしく、ちょっと大変だったらしい。

 

 

「クーラードリンクを忘れたならこのクーラー活魚をどっかで釣って来るといい。クーラードリンクの代わりになるぞ」

 四人にクーラー活魚をおすすめする大将さん。そんな言葉にウルク装備の女の子は「えぇ!? 本当にクーラードリンクの代わりになっちゃうんですか!?」と目を丸くしました。

 

「焼いたらただのこんがり魚ですけどねー」

 私のそんな言葉に、全員が一瞬固まってしまいます。

 

 

 あ、もしかして禁句でしたか。

 

 

 

「……んぁ、狩場じゃ色んなトラブルもあるだろう。例えばモンスターから深い傷を負わされた時とかな。そういう時は、ユクモの温泉たまごだとかモスジャーキーなんかを食うと傷がよく治るぞ」

 気を取り直して───とでも言うように、大将さんが狩場でも役に立つ食事の知識を披露してくれました。大将さんの言葉に、ハンターさん達は再び口を開きます。

 

 

「へぇ、詳しいな」

「んぁ、飯は狩場でも大切だからな。覚えておいて損はねぇ。……それに、狩場で食うこんがり肉は最高に美味いからな」

「お、それは分かるぜ!」

 確かに狩場で食べるこんがり肉は最高に美味しい。

 

 

 他にも、狩場で食べると色々な効果があると言えば───

 

 

「───他にもドキドキノコを食べるとスタミナが減らなくなったりしますよ!」

「ドキドキノコはそれ以外にも危ない効果があった気がするけど」

「死にはしません!」

 スタミナが減ったり、突然身体が痺れたりするかもしれませんが。死んだ事はありません。

 

 良く狩場に生えてる奴をつまみ食いするので。

 

 

「場合によっては死ぬよな?」

「死ぬな」

「え、死ぬんですか?」

 あれ? 死ぬんですか!? もしかして私が運良く死んでないだけで、死んだりするんですか!? 

 

「そのバカは放っておいて」

「酷い」

「せっかくだ、あんたらの狩りの話を聞かせてくれねーか?」

 驚愕する私を無視して、大将さんは身を乗り出すようにそう口を開きました。

 

「俺達の?」

「どうしてまた」

「モンハン食堂は旅する食堂で、色んな村や街を旅してるんです。そんな中で色んなハンターさんと話してきました。ハンター業の他にも、絵を描いたり物作りをしたり、記事を書いたり、物語を綴ったり。色んなハンターさんのお話を聞くのは、とても楽しいんです」

 ドキドキノコの話は後回しにするとして。

 

 

 私達が旅をしているのは、そんな理由です。

 

 以前、私達はこんがり肉Gを作り出すという目的の為に旅をしていました。

 そんな旅の中で、色々な人達からお話を聞く楽しさを私達は忘れられなくなってしまったのです。

 

 だから、こうしてお客さんのお話を聞くのは私達にとって恒例の行事になっていました。

 

 

「んぁ、そんな所だ。別になんでも良い。思い出とか、やりたい事でもな。自分の事を人に話す、誰かの話を聞く、これが面白いから俺はこの店をやってんだ」

「なるほど」

「良いですよ! お話しましょう!」

 私達の旅はまだまだ続きます。

 

 

「はい! ぜひ聞かせて下さい! あなた達のお話を!」

 色々な人達のお話を聞く為に。




今回のお話はアドベントカレンダーモンハン愛をカタチに2021の12月22日午前の部公開作品である下記URL動画作品のシナリオを、ハーメルン投稿用の小説にしたものになります。以下概要。
https://youtu.be/nkyIikloVTQ

企画主催様: https://twitter.com/kura_tong
他企画作品: https://twitter.com/i/events/1464838368559132672?s=20


本文はside menuとある通りモンハン食堂の番外編としても楽しめる内容にさせていただきました。動画を見た後でも楽しめるかなー、と思います。
どちらかというと企画は動画が本編ですので、そちらを楽しんでいただければ幸い。最終回のあとがきで言う発表とはこれのことであります。

とりあえず動画を見てください!!
凄いんです!本当に凄いんです!!私ちゃんが!!大将さんが!!



そんな訳で企画とは関係なく最終回を迎えた後もこうやってちまちま更新していくと思いますので、楽しんでいただければ幸いです。
読了ありがとうございました!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

side menu02……モスポークのミートボール

 森と丘。

 アルコリス地方。ココット村の近く。

 

 

 女性が一人、大きな肉を持って歩いていました。

 モスの肉でしょうか。人が一人で食べるには少し多めの肉を肩に掛け、女性は大自然の洞窟を抜ける。

 

「さて、今日もお腹を空かせている事だろうし。たっぷりと食べさせてやらないと」

 言いながら、女性は細かい段差を登ったり降りたりして森の奥まで足を伸ばした。

 

 その先には放置されたベースキャンプしかない。

 到底人が目指すべき場所でもなく、その場所は時折小型モンスターが居たり特産キノコが生えていたりする程度の場所である。

 

 ハンターでも余程な事がないと近付かないそんな場所で───そんな場所だからこそ、女性は驚きました。

 

 

「は? なんでこんな所に───」

 開けた視界。

 

 その場所にあったのは───

 

 

「───食堂があるんだい」

 ───人の気配どころか生き物の気配もない森の片隅でに佇む竜車と、脇に建てられた看板。

 

 

「……モンハン食堂?」

 その看板に書かれていた文字を読む女性。

 

 

 

 ここはモンハン食堂。旅する料理屋さんです。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『side menu02……モスポークのミートボール』

 

 

 ここは何処だ。

 

「なんか、おかしくないですか?」

 ふと思って、私は大将さんにそう問い掛ける。

 

「んぁ、そうか?」

「そうですよ」

 私と視線を合わせずに言った大将さんの顔を覗き込むと、大将さんはさらに視線を逸らして「何処だここは……」と呟きました。

 

「やっぱりおかしいんじゃないですか!!」

「うるせぇ。今考えてるんだ」

「だから言ったんですよぉ! 伝説の特産キノコなんて存在しないって! これ以上森に入っても迷子になるだけだって! うわぁぁぁ!! 私は今日ここで死ぬんだぁ!! 死んでキノコの栄養になって私自身が伝説の特産キノコになるんだぁぁあああ!!」

 旅する料理屋さん。モンハン食堂。

 私と大将さんは旅の傍ら、とある村で聞いた噂を元にここ───森丘と呼ばれる狩場にやって来ています。

 

「やかましい。お前も初めは信じて涎垂らしてただろうが……」

「そりゃ黄金に輝くキノコとか言われたら食べてみたくなるじゃないですか。こう、ほら、絶対美味しいですよ黄金に輝くキノコ」

 噂とは、この森の何処かに黄金に光る特産キノコが生えているという噂でした。

 

「んぁ……よくよく考えると、そんな妙なキノコ食って大丈夫なのかって思ったがな」

「確かに……。冷静に考えると光ってる時点でヤバいですよね。もっと早く教えて下さいよ」

「お前が勝手に暴走して絶対に見付けるって言ったんだろうが」

「私でしたっけ?」

「俺もノリノリだったがな……」

 二人で目を合わせてから同時に視線を下げる。

 

 

 食への探究心は平常心を失わせますよ。恐ろしいですね。

 

 そんな事言ってる場合ではない。

 

 

「……とりあえず、お腹が減りました」

「……こんな時でも食うんだなお前は」

「はい! ご飯は元気の源ですからね!」

「んぁ、分かった。飯にしよう。モンスターの匂いもしないしな。……準備しろ、食いしん坊」

「了解です! タイショーさん!」

 言われて、私はサッと竜車を飛び降りて支度を始めました。

 

 竜車を開けて、貨物車から机と椅子を出す。

 立派な看板を立てれば、ここがモンハン食堂。

 

 

「……んぁ、態々看板まで立てなくても良いだろ」

「ダメですよ。私は()()()()()()でご飯が食べたいんですから」

「そうか。……さて、何にしたもんか」

 言いながら、大将さんは貨物車を覗き込んで食材を手に取りました。

 

 私は何をしましょうか。

 

 

「大将さーん」

「んぁ? なんだ」

「ちょっとお花を摘んできますね」

「迷子になるぞ。そこでしてろ」

「デリカシー!!」

 お手洗いを済ませておこうと思ったんですが、大将さんはこの調子です。もう少し私を女性として見てほしい。

 いや、大将さんはアイルーで私は人間なのでそういう話じゃないのかもしれませんが。私は悲しいですよ。

 

「そもそも今まさに迷子なんですけどね……。ん?」

 仕方なく竜車の影で済ませようと歩くと、ふと何かが歩いて来る音が聞こえました。

 

 こんな場所に人がいる訳もなく、ともすればモンスターでしょうか。モスとかなら良いんですが、凶暴なモンスターだと困ります。私が死ぬ。

 

 

「た、大将さ───」

「なんでこんな所に食堂があるんだい?」

 茂みから聞こえてくるそんな声。

 

 人間の女性の声でしょうか。

 

「……モンハン食堂?」

 振り向くとそこには、身体中に傷が残るワイルドな姿の女性が立っていました。

 

 

「……あ、えーと。いらっしゃいませ?」

「えぇ……。何なのさ、ここは。それにあんた、そんな所で致そうとしてんのかい。若い女がそれでどうするのさ」

「これには深い訳がありまして!! ていうか恥ずかしいから言わないでください!!」

「んぁ? なんだなんだ」

「来ないで!?」

 私の言葉を無視して、目を細めて歩いてくる大将さん。

 

 女性はそんな大将さんとモンハン食堂の竜車を見ると「なるほど、旅する料理屋さんって所か」と顎に手を向ける。

 

 

「こんな所に人が居るとはな」

「それはこっちの台詞だよ。あんたら、なんでこんな所で料理屋なんて開いてんだい。こんな所、余程の事でもない限り人が寄り付く場所じゃないってのに」

 それはもうカクカクジカジカで。

 女性に事情を説明すると、彼女は「それは傑作だねぇ」と笑った。笑われても何も言い返せない。

 

 

「この辺りは良く知ってる場所だけど、黄金に光るキノコなんて見た事ないよ」

「そんなぁ……」

「まだ諦めてなかったのかお前は……。んぁ、ところであんたは何物だ? こんな所で何してる」

 自分もノリノリだった癖に半目で私を見ながら、女性にそんな問い掛けをする大将さん。

 

 確かに。

 彼女の言う通り、ここは余程のことでもない限り人が寄り付くような場所ではない。

 

 では、なぜ彼女はこんな場所に居るのでしょうか。

 

 

「あー、ちょっとね。ご飯を」

 言いながら、彼女は背中に背負っていた生肉を持ち上げる。

 

「モスか。デカめに取ったな。よく食うのか?」

「大喰らいでね」

 食材調達でしょうか。立派なモスの生肉ですね。

 

「そいつは良い。あんた、ウチで食ってかないか? そのモスの生肉をくれたら、美味い物を作ってやる」

 含みのある表情でそう言う大将さん。

 立派な食材を見て腕が鳴っているんでしょうか、しかし───女性は首を縦には降りませんでした。

 

 

「面白そうな提案だけど、遠慮しておくよ。こいつは私の子供にも食べさせないといけないんだ。また機会があったらご馳走になろうかね」

「子供? お子さんがいるんですか?」

 私の質問に、女性は「あぁ。大きな子供がね」と優しい表情で答える。

 

「子供ですかぁ……。良いですねぇ、子供」

「あんたもその内良い男でも見付けて作ると良いよ。子供は良い。可愛いからね」

「あはは、良いですね。欲しいです! 子供! でも良い男ですか……」

 あまり将来の事を考えていませんが、結婚だの子供だのをもう考えても良い年齢になってからも考えた事がありませんでした。

 小さな頃はいつかお嫁さんに貰ってくれる人が現れるだろうとか思ってましたが、今やお嫁さんではなくモンハン食堂の奴隷です。

 

 子供以前の問題でした。

 

 

「……よく考えたら、私結婚とか出来ないのでは? 私一生独り身なのでは?」

 将来の事は考えていません。

 しかし、多分私はこれからもモンハン食堂を続けていく事でしょう。

 

 そうなると、殿方と親密な関係になったりとか───そういうのがない。

 

 

「大将さん大変です! 私結婚出来ません! 一生独り身!!」

「んぁ? アホか。俺が居るだろ。一人じゃねーよ」

「そういう事じゃなくて!!」

 結婚ですよ結婚。子供。

 

「タイショーさんのバーカ!!」

「なんだお前。喧嘩売ってんのか?」

「怖。逃げよ」

 あ、もしかしてアイルーには結婚という概念がないのですか。私の言ってる意味伝わってませんか。

 

 

「あっはっは、面白いねぇアンタら。そうだ、ここからでも丘が見えるだろう? ここからそっちに真っ直ぐ進むとココット村に着くよ。私の住んでる村なんだ。私は別用で寄り道するけど、そこで店を出すと良い。後で私も世話になりに行くよ」

 そう言って、女性は私達に手を振りながら背中を見せました。

 

 大将さんが怖くて竜車の影に隠れていた私は、ふと視界の端で何かが光ったのが気になって視線を向けます。

 

 

「おい、あんた待て」

 一方で大将さんは何故か女性を呼び止めました。

 

 女性はゆっくりと大将さんに視線を向けます。私は、光る何かに誘われるようにゆっくりと歩きました。

 もしかしてアレは、噂に聞いた黄金に光る特産キノコ───

 

 

「……なんだい?」

「……あんた、密猟者じゃな───」

「───大将さぁぁぁあああん!!! 助けてぇぇぇえええ!!!」

 ───キノコでは、ありませんでした。

 

 パチパチと。

 光っていたのは、電気を纏う竜から漏れる電気。

 

 鋏のような尻尾と、頭に生えた片手剣の様な角。

 虫の羽のような薄い翼膜が特徴的なその()は突然私の前に現れて翼を広げる。

 

 

「ライゼクスだぁぁぁああああ!!」

「んぁ!?」

「ちょ───」

 ライゼクス。

 電竜とも呼ばれる、飛竜種のモンスター。

 

 確かにこの付近に生息するモンスターではあるので、居てもおかしい事はありません。

 しかし問題は、鼻の効く大将さんでも存在を認識出来ていなかったという事でした。

 

 それにここは木々が入り組んでいて、小型モンスターはともかく大型モンスターは態々寄って来ようとしないような場所です。

 居ないと思っていたモンスターが突然現れて、私は半分漏らしながら大将さんに泣き付きました。

 

 

「びゃぁぁぁああああ!!」

「お、落ち着け! なんだってこんな所にライゼクスが居やがる。それにコイツ、変な匂いだな」

 目を細める大将さん。

 

 そんな私達を横目に、何故か女性はゆっくりとライゼクスの元に歩いていく。

 

 

「ちょ、何してるんですか!! 危ないですよ!!」

「正気か……! おい、何してる!」

「はぁ、こうなっちまったからには仕方ないね。まぁ、見てな」

 ため息を吐きながら、女性は翼を広げて私達を威嚇するライゼクスに手を伸ばしました。

 

 

 ところで、よく見るとこのライゼクス、片翼が無い。

 

 

「私の事が心配で出てきちゃったんだね。全く、私の子供は仕方ない子だ。……大丈夫、あの人達は敵じゃないよ」

 言いながら、女性はなんとライゼクスの頭を撫で始める。

 ライゼクスはそれを気持ちよさそうに受け入れて、目を細めて姿勢を比較しました。

 

 信じられない光景が目の前に広がります。

 

 

「な、何が起きてるんですか……? え? ライゼクスが、子供? え?」

「あんた、何物だ? ライダーって奴か」

 愕然とする私達。

 

 ライダー。

 確か旅の途中お客さんにきいた、()()()()()()()()の事でしたっけ。

 そんな人が本当にいるのかと疑っていましたが、現に目の前で女性はライゼクスを宥めていました。

 

 

「ライダー? 知らないけど。私はただのハンターだよ。そして、この子は私の子供だ。それ以上でもそれ以下でもない。……ほら、落ち着いたね」

 女性がそういうと、ライゼクスは頭を下げてゆっくりと身体を下ろします。

 

 落ち着いている竜。

 こんな間近でこんな大きなモンスターが落ち着いているのは、逆に私が落ち着きません。

 竜車を運ぶアプトノスのサンセーはさっきからずっと目を丸くしていますが。

 

 

「んー、何から話すべきか。……とりあえず、さっきの話。乗ることにするよ。コイツで美味い料理を作ってくれ。この子の分もね」

 言いながら、女性は大将さんに背負っていたモスの肉を渡しました。

 

 私と大将さんは少し顔を見合わせると、二人で頷いて作業を開始します。

 

 

 

 どんな時間、どんな場所でも、どんなお客さんでも、そこにご飯を食べる人が居るなら開店するのがモンハン食堂。

 

 どうぞご賞味下さい。

 

 

「───へい、お待ち。ミートボールだ」

 ───モンハン食堂の料理を。

 

 

 大将さんが作ったのはミートボール。

 ミートボールはひき肉にした肉を丸めて加熱する料理。そこに甘酸っぱいタレを掛ければ、簡単に美味しく食べられる一品。

 

 そのミートボールを大将さんが作っている間に、私はライゼクスが目の前に居座ってるせいで身体をプルプル震わせるサンセーを宥めながら、女性からお話を聞いていました。

 

 

 曰く。

 このライゼクスは卵から孵った時孤独だったようです。

 

 元々ライゼクスは子育てをしないモンスターらしいですが、女性はそんな事も知らずに()()()だと思ってしまった産まれたてのライゼクスにご飯を上げてしまったのだとか。

 

 母の愛を知らぬ種。

 故に、その愛を強く受け止めてしまったのかもしれません。

 

 

 そのライゼクスが大きくなってから、ある事がきっかけで女性はライゼクスの母となる事を決心しました。

 

 それが、卵から産まれたライゼクスにご飯を上げてしまった自分の責任なんだと彼女は語ります。

 

 

 

「───それで、私はこの子を隠れて育ててるのさ。……だから悪いんだけど、この子の事は秘密にしてくれないかい?」

「そ、それはもう……。ここでノーなんて言ったら多分私がミートボールにされそうですし」

 横目でライゼクスを見ながらそう言うと、視線に映るライゼクスはしっかりと私をその眼光に捉えていました。

 

 やはり落ち着かない。普通に怖い。サンセー可哀想。

 

 

「あっはっは、それもそうだね」

「せめて否定して下さい!!」

「ま、誰も信じないだろ。こんなに人に懐いたモンスターなんてな」

 それは確かに。

 

「そんな事より、冷める前に食っちまってくれ」

「そうだね。それじゃ、頂こうか」

 そう言って、女性はミートボールを箸で口元に持っていく。

 

 一口サイズのそれをパクり。

 噛んだ瞬間弾ける肉汁に、女性は目を見開いて「これは美味いね!」と声を上げました。

 

 

「しっかりと焼けているのに中は柔らかい。甘酢が良く染みてるよ。火の使い方が上手いのかねぇ」

「そりゃどうも」

「うぅ……」

「あんたも食べたいのかい? 子供が驚かせてしまった詫びだ。お食べ」

「え? 良いんですか!」

 言いながら大将さんと女性の顔を見比べる。笑顔の女性に、半目の大将さん。

 しかし大将さんはため息を吐きながら、箸でミートボールを持って私の口元に運んでくれる。あーん。

 

「あっつ!! あっふ、あっふ……あ、美味しい!! こんがり肉とはまた違った美味しさがありますね!! 食べやすいから何個でも食べられそうです!!」

「あっはっは! 良いよ良いよ、何個でもお食べ」

「……ったく。悪いな、ウチの食いしん坊が」

 言いながら、大将さんは箸を器用に使って私の口にミートボールを押し付けてきました。連続で。

 

 待って待って、そんなに早く食べられません。口の中が肉まみれ。幸せ。

 

 

「うぅ……肉で窒息死するかと思いました」

「あんたら仲良いんだね。お似合いだよ」

「仲が良いように見えますか? 私、今肉で死にかけましたが?」

 貴方の目は節穴なんですか。

 

「そりゃどうも。……ところで、一応コイツも用意したんだが」

 言いながら、大将さんは自分の頭と同じサイズの肉の塊を持ってくる。

 

 巨大ミートボール。

 

 

「あの子の分だね。渡してやってくれ」

「……ぇ」

「渡してやってくれ」

「……ぉ、ぉぅ」

 珍しい大将さんの覇気のない声。

 それもその筈。今回のお客さんはライゼクス。モンスターだ。

 

 何を間違えなくても、肉団子と一緒に大将さんまで食べられかねない。それは私も困ります。

 

 

「わ、私も一緒に!」

「ぉ、ぉぅ」

 私達は二人で巨大ミートボールを持って、ゆっくりとライゼクスに近付きました。怖。

 

 

「あっはっは、取って食われやしないよ! 安心しな!」

 出来るわけないでしょ。

 

 

「ど、どうぞー、お客さん」

 恐る恐る。

 ライゼクスの口元にミートボールを運ぶ私達。

 

 片翼が無くなっているとはいえ、ライゼクスは大型モンスター。

 普通に怖い。

 

 

「へ、へいお待ち……ミートボールだ」

「ひぃぃぃ……」

 ゆっくりと。

 ライゼクスは器用にミートボールだけを口で掴んで、一度持ち上げてから喉に放り込みました。

 

 大きな咀嚼音。

 

 

 ミートボールを飲み込んだライゼクスは、片翼を開いて甲高い鳴き声を上げる。

 

 

「うぉ!?」

「ひぃぃぃ!! 食べないで下さーい!!」

「気に入ったってよ! 良かったねあんたら。気に入られなかったらあんたらがミートボールになってた所だ」

「そんな事あります!?」

「冗談だよ。でも、気に入ったってのは本当だね」

 モンスターの言葉でも分かるのでしょうか。

 

 鳴き声にビックリして走って逃げましたが、恐る恐る振り向くと───そこには私が見ても分かる程リラックスしているというか、美味しい物を食べた人みたいな顔のライゼクスが居たのでした。

 

 

「……モンスターでも、美味しいって分かるんですね」

「……ぁ、当たり前だろ。俺の料理だぞ」

 まだ表情の引き攣っている大将さん。凄腕のニャンターでも、流石にコレは怖いですよね。

 

 ちなみに私は漏らしてます。

 

 

 さて、そうして私達は親と子というハンターとモンスターの不思議な関係が見られた場所を後にしました。

 長く旅をしていると、不思議な経験をする物です。

 

 今回はあまり他人に話せる内容ではありませんでしたけども。

 

 

 

 次はどんなお客さんに会えるのでしょうか。楽しみですね。

 

 

 所で黄金に輝くキノコ。正体はキノコの群生地に隠れていたあのライゼクスの発光だったという話は、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『モスポークのミートボール』

 

 ・モスポーク       ……300g

 ・レアオニオン      ……100g

 ・ガーグァの卵      ……50g(とても余るので他の卵料理も作りましょう)

 ・パン粉         ……20g

 ・塩胡椒         ……少々

 ・特製甘酢        ……適量

 

 人間二、三人分です! モンスター用はもっと沢山必要ですよ!




気が乗ったので更新しました。今回のゲストは過去に書いた短編のキャラクターです。

それと、モンハンの新連載始まってます!もしよろしければそちらも是非!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

side menu03……うさ団子

 カムラの里。

 

 

 温泉で有名なユクモ村から陸路で少し。

 たたら製鉄が盛んなこの里は、少し前までモンスターの大進行に悩まされていたと聞きます。

 

 百竜夜行。

 とある古龍種に追いやられ、竜の軍勢が里を襲うという恐ろしい現象。

 

 

 しかし、里を守り抜きながら、その原因となっていた古龍を里のハンターが討伐した事で百竜夜行は収束へ向かいました。

 

 そうでなければそんな恐ろしい場所に私は行きません。決して美味しい食べ物があったとしても、です。

 

 

「見えましたね」

「んぁ、着いたな。……カムラの里だ」

 透き通った水辺に囲まれた風情ある風景。

 

 今回私達が辿り着いたのは、そんな場所でした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『side menu03……うさ団子』

 

 

「───団子が小さい?」

「そうさね。団子といばね、もっとこう……拳くらいの大きさで作るのがセオリーってもんなんだよ」

 数日前。ユクモ村。

 

 温泉が有名な観光地で、おやつを注文したお婆さんに私は奇妙な話を聞いたのです。

 

 

「拳くらい、は流石に大き過ぎませんか? 盛り過ぎですよ」

「そんなことなかね。疑うんなら、私の故郷のカムラの里に行ってみな」

 ───と、いう訳で。

 

 

 私と大将さんは、人の拳よりも大きな団子が食べられるという場所───カムラの里にやって来たのでした。

 

 

「よーし、よしサンセーお疲れ様ですよ!」

 竜車から降りてサンセーを撫でる。毎度毎度、アプトノスの丈夫な身体には陸路でお世話になっています。

 

 今回も頑張ってくれました。サンセーに拍手。

 

 

「賑やかな里ですね! タイショーさん」

「んぁ、確かにな。店の出し甲斐がある」

「今回はお団子を食べに来たんですよ?」

「馬鹿野郎、食いしん坊が。件のうさ団子……どれ程の物か確認したら店を出すに決まってるだろ。負けてたまるか」

「闘志に燃えている……」

 ウチで出している団子が小さいと言われたのが悔しかったのでしょうか。

 

 そもそも大将さんは商売敵を選ばない節があるので、そこに料理屋が有れば勝負を挑む人───ネコなんですけども。

 

 

「それじゃ、行きましょ───」

「ウワ!? なんだそのデカいモンスター!!」

 そうして里に入った途端、黒髪の男性ハンターが目を丸くして転がっていく。

 

 そうして少し離れてから、その男性ハンターは生まれたてのケルビのように足を震えさせながら武器を構えました。

 

 

「え? デカいモンスター?」

「お嬢さん!? なんでそんなところに!! 危ないから早くこっちに来てくれ!!」

 男性ハンターは凄く焦った表情で私に手を伸ばします。

 

 彼が構えている太刀は、素人ハンターの私が見ても一級の一品。

 そんな太刀を持っているハンターさんが、私とタイショーさんとサンセーを見てプルプルと震えている姿に、私は首を傾げました。

 

 

「み、見知らぬモンスター。まさか!? 噂に聞くモンスターと絆を結んでなんとやらとかする人達か!? いや、とにかく此処は通さんぞ!? せっかく百竜夜行をなんとかしたのに里を襲われてたまるか!!」

「えぇ!? ちょっと待って下さい!! もしかしてサンセーの事ですか!? アプトノスですよ!?」

「あぷ……と、のす?」

 男性ハンターは目を丸くしてその場で固まって、首を横に傾ける。

 

 その背後から、赤髪の女の子が彼の肩を叩きながら「アプトノス。草食竜だよ? 知らないの?」と声を掛けてきた。

 

 

「ハッ!? アー! アーアー!! あぷぷのすね!! あととのす!! うん知ってる!! 勿論知ってるが!? 俺はカムラの里の猛き炎だぞ!? 知らないモンスターが居るわけないだろ!?」

「アプトノス」

「アプトノスね!! 知ってるから!!」

 慌てふためく男性ハンター。

 

 装備からして優秀なハンターさんかと思ったのですが、もしかして違うのでしょうか。

 

 

「旅の方ですか? ようこそ、カムラの里へ。この辺りってアプトノスが少ないので、珍しいんですよ。ごめんなさい」

 しっかりした女の子ハンターさんは、そう言ってからお辞儀をして私達に里を案内してくれる。

 初めての場所ですし、お団子のお店も気になるので助かりました。

 

 竜車とサンセーを里の端に止めて貰ったから、男性ハンターさんも一緒に里を歩きます。

 

 

「うさ団子? ヨモギの所か」

「はい! そのうさ団子というのが食べたくてですね」

「んぁ、なんか凄いデカいらしいじゃねーか」

「デカい……か? 大将さんらがどう思うかは知らねーけど。俺達は里で育ってきたから他の場所の団子は知らねーし、あのサイズが俺達の普通なんだよな」

 目を細める男性ハンターさん。

 

 もしかすると、ユクモ村で出会ったお婆さんが嘘を言っていたのかもしれませんね。そもそもそんな大きな団子なんてある訳が───

 

 

「着きましたよ、ここがヨモギちゃんの茶屋です」

「は!?」

「なん……だと?」

 先頭を歩く女の子について行き、辿り着いたのは吹き曝しのお茶屋さん。

 

 そこでは、幼い女の子が一人とアイルーが二匹。

 

 楽しそうに歌を歌いながら団子を作る女の子。

 彼女は拳程の大きさの団子を三つお手玉のようにしてコネながら投げると、二股の串をクナイのように投げて団子に刺すという凄技を披露してくれました。

 

 最後に団子の鉄板に海苔で目を着けて完成。

 二股の串がうさぎの耳のように見えるから、その団子はうさ団子と呼ばれているらしい。

 

 

「なんですか今の芸ですか!? タイショーさん、私達もやりましょう」

「やれる訳ないだろ」

「あ! 二人共おはよう! お客さん?」

 店の女の子───ヨモギちゃんは二人のハンターに手を振りながらそう問い掛ける。

 こんな小さな女の子が、さっきの曲芸みたいな事をしていたというのだから驚きでした。

 

 

「うん。カムラの里は初めてなんだって。それで、確かうさ団子が目的なんだよね?」

「んぁ、あぁ。なんか凄いデカい団子があるって聞いてな。ここが、その件のうさ団子ってのが売ってる場所って事でいいか?」

「そうだよ! お客さん、初めてならおまけしちゃおうかな?」

 言いながら、ヨモギちゃんはさっき作ったばかりのお団子を三つずつ並べて机の上に用意してくれる。

 ついでに、と暖かいお茶まで用意してくれて、私達はお言葉に甘えて座りました。

 

 

「……デカい」

「……本当に拳くらいあるな。というか、それ以上だ」

 一つで拳程の大きさの団子が三つ串に刺さったうさ団子。それが三本。

 

 それがおやつ感覚で出て来た私達は、冷や汗を流しながらその一本目を持ち上げる。

 

 

 あまりにも巨大。

 

 食いしん坊とまで呼ばれる私も、流石に団子一つの大きさに恐怖を感じざるを得ません。

 

 

「何固まってんだ? こう食うんだよ」

「美味しいよ。ほら」

 そしてその団子を当たり前のように食べる里のハンター二人。常識が崩れました。

 

 アプトノスにビビっていたハンターさんがビビらずに食べている団子です。

 これでも私はハンターの端くれ。ここで逃げる理由もない。

 

 

 そもそも私はモンハン食堂の食いしん坊ことウェイトレス。団子の一つや九つ、簡単に食べてみせますよ。

 

 

「んぁ、それじゃ……」

「頂きます!!」

 私達は同時に、顔のついたうさ団子に頭から齧り付きました。

 

 瞬間。

 

 

「お、美味しい!!」

 もちもち。

 

 溢れるもちもち。

 口の中で暴れるような、もちもち感。

 

 抜群の歯応えと、噛めば噛む程に味が溢れ出す、作り手の絶妙な調理法。

 

 なによりこのもちもち感を際立たせるのは、その巨大さ。

 一口で食べるには中々に大きなうさ団子は、一口で口の中を占拠するような大きさがあります。それが、口の中で弾けて暴れるような。

 

 

 そんな、究極の団子がそこにはあったのでした。

 

 

「……っ」

 そして何故か大将さんが倒れる。なんで。

 

「タイショーさん!? 喉に団子でも詰まってしまったんですか!?」

「……美味過ぎる。これが、団子なのか。まるで、狩りの前に狩人が食べる飯だ。……それ程までに、食べ応えもある」

「この大きさですしね。そしてなんで倒れたんですか」

「お前の勝ちだ。団子では、俺はこの団子に勝てない」

 立ち上がった大将さんは、何故か満足気な表情でヨモギちゃんを褒め称えました。大将さんが負けを認めるなんて珍しいです。

 

 

「勝ち?」

 そもそも勝負してないんですけどね。

 

 

「そら、ウチの団子は狩りの前にも後にも、朝昼晩間食にも持って来いの最強の団子だからな。一日で数十本食う人も居るくらいだ……」

 首を傾げるヨモギちゃんを他所に、男性ハンターさんは途中で半目になりながらも自慢気にうさ団子を語ってくれました。

 

 確かにこのボリューム満点な団子なら夜ご飯でも行けるでしょう。狩りの前の腹拵えにも充分だと思えました。

 

 

 この団子こそが、カムラの里のハンターを縁の下から支え、百竜夜行という未曾有の危機から里を救ったのかもしれませんね。

 

 

 

「───で、大将さん。どうするんですか?」

 お団子を食べ切って、お茶を啜りながら隣で倒れている大将さんに横目でそう問い掛ける。

 

「……もう、食えん」

 大将さんはお腹の中に子供でも居るんじゃないかという程にお腹を膨らませて、その場で仰向けに倒れていました。

 料理人なので人より食べる方である大将さんにとっても、うさ団子のボリュームは規格外だったようです。

 

 

「あらら……。ご馳走様でした。お嬢さん、おかわり貰っても良いですか?」

 大将さんは返事がなく、屍のようなので財布を出しておかわりを貰うことにしました。

 

 せっかくここでしか食べられないうさ団子があるのです。ここは、味を舌に焼き付けるべく沢山食べておかなければいけません。

 決して大将さんが気絶してるから今の内にお店のお金で美味しいうさ団子を沢山食べようと思っている訳じゃありませんよ。

 

 これは敵城視察という立派なモンハン食堂の仕事の内、と私は自分に言い聞かせました。

 

 

「おかわり……だと?」

「うさ団子はあまりにも大き過ぎて、里の人でも三本……外の人は一本でも限界が来る団子なのに!!」

「巨大過ぎるという自覚はあったんですね」

 戦慄する二人のハンターさん。しかし、見くびってもらっては困ります。

 

 

「私はこれでもハンターですから!! このくらい食べれても当然です!!」

 胸を張ってそう言いましたが、自慢げにして良いところなのか分かりません。

 そもそもハンターと言いますが、その実力は訓練所にいる子供の方がマシとまで言われるレベルなのでした。

 

 一緒に狩りに行こうとか言われたら泣きながら謝ります。

 

 

「え、そうなんだ! それじゃ、腹拵えも終わったし一緒にクエストにいきません!? 丁度私達クエストに行く所で───」

「ごめんなさい許して下さいまだ死にたくありません!!」

「えぇ!?」

「な、なんて速さの土下座だ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」

 神速の土下座に驚くハンター二人。

 

 私の土下座は早いですよ。何度も大将さんに土下座してますからね。そんじょそこらの土下座と比べないでもらいたい。

 

 

「突然どうしたんですか?」

 いや土下座したから何か解決する訳じゃないんですけどね。

 

「ぇ、いや……その……私お腹が痛くて」

「今からうさ団子おかわりするのに!?」

 しまった。やらかした。

 

 

「───ま、無理に誘う事ないだろ。てか、俺もお腹痛くなってきたわ」

「なんで!?」

 突然お腹が痛くなる男性ハンターさん。何故かは分かりませんが、私の事を助けてくれるようです。

 

 

「え!? もしかして私のうさ団子に何か悪いものでも入ってたの!?」

 勿論そんな訳はありません。ごめんなさい。本当にごめんなさい。持病なんですよ。持病の腹痛なんですよ。

 

 

「そ、それじゃ仕方ないかな……。クエストは明日にしよっか」

 助かった。

 

 

「あ、あはは……。それが良いです。はい」

「ま、アレだ。必ずしもハンターが狩りに行きたい訳じゃないしな。……俺も出来るなら行きたくないし。だろ?」

「え、あ……えーと、はい。でも……それじゃ、何故貴方はハンターになったんですか?」

 不思議と私を助けてくれたハンターさんですが、意味深に視線を逸らして語る彼の言葉が引っ掛かる。

 

 私は正直、ハンターと名乗って良いのか分からない程にハンターではない。

 モンハン食堂のウェイトレスが本業ですし、いざ狩場に出ても何の役にも立たないのが私というハンターでした。

 

 

 けれど、彼は違う筈。

 背中に背負う太刀も、防具も、確かに一級の品です。

 

 それは彼が一流のハンターだという証。

 彼が私とは違う、しっかりとしたハンターという事だけは分かりました。

 

 

 それでも、彼はこう語ります。

 

「いや、普通に怖いだろ、モンスター。なんか間違えたら死ぬんだぞ。やってられるか」

「それは……確かに」

 なら、どうして───

 

 

「───けど、まぁ。俺はモテたいからな。ハンターをやってればモテる……と、思う! だから俺はハンターになった。実際モテてるかどうかはさておき、別にハンターになる理由も、ハンターである理由も、ハンターを続ける理由も、なんでも良いだろ。お嬢さんが自分がハンターだっていうなら、実際がどうであれ、お嬢さんはハンターだよ」

 そう言って、男性ハンターさんはお団子を口にしました。

 

 

「ハンター、ですか……」

 考える。

 

 

 私がハンターになったのは、何も出来なかった自分が嫌だったからでした。

 

 ハンターになったからといって、何かが出来るわけではありませんでしたが───ハンターになったおかげで、私は大切な友人やモンハン食堂と大将さんに出会えたのだと思います。

 

 なら、私がハンターを続ける理由は───

 

 

「……私も、いつかは強いハンターになりたいですね」

 隣で倒れている大将さんを見ながら、私は無意識にそんな言葉を落としていた。

 

 

 大将さんは強い。

 

 モンスターだって、一人でなんとかしてしまう。

 私は足手まといかもしれない。けれど、出来る事なら役に立ちたい。

 

 

 私に居場所をくれた彼の為に出来る事があるなら、私は強くなりたい。そう思いました。

 

 

 

「目的があるなら、なんとかなるもんだ。ともあれ、腹が減っては戦はできぬってな!」

「そうですね! 食べましょう!」

「二人共お腹が痛いんじゃなかったの!?」

「私のうさ団子に毒が……どうしようどうしよう」

 とにかく今は食べましょう。

 

 私の狩り場の大半は、今はモンハン食堂なのですから。

 

 

「うさ団子、俺にはおすすめの組み合わせがあるんだが───」

「ここですか!! うさ団子をお代わり出来るという猛者が来たという場所は!!」

 突如の事。

 

 うさ団子のおかわりを貰おうとした私の背後から、竜人族のお姉さんが一人大声を上げて突撃してきました。

 

 

「貴方ですね、うさ団子をお代わり出来るという猛者は」

「え、何のことですか」

「私と勝負しましょう! そうしましょう! どちらがうさ団子を沢山食べられるか、どちらがうさ団子に愛されているか!! 勝負です!!」

 突然私に勝負を挑んでくる竜人族のお姉さん。

 

 アプトノスにビックリするハンターさんといい、この里は変な人が多いらしい。

 

 

 しかし───

 

「勝負なら望む所ですよ! 私はモンハン食堂のウェイトレス兼ハンター。こんな所で負ける訳にはいかないのです!!」

「私はこのカムラの里の受付嬢。この勝負、受けて立ちます!!」

 そうして、里を挙げた祭りのようなうさ団子大食い勝負が始まったのです。

 

 

 

 そして翌日。

 

「食堂の財布が空なんだが」

「ごめんなさい。モンハン食堂として負ける訳にはいかなかったのです」

「この馬鹿食いしん坊が!!! 一週間飯抜きだ!!! 里のハンターとクエストでも行ってこい!!! この馬鹿!! 本当に馬鹿!!!」

「ひぃぃぃいいいい!!!」

 私はしこたま怒られて、しばらくカムラの里で修行のようにクエストに向かう事になったのでした。

 

 

 一流ハンターへの道は遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『うさ団子』

 

 里の秘密の為本日のレシピはなし。

 

 

 美味しい食べ物も食べ過ぎは良くありませんよ!! 




サンブレイク発売おめでとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

side menu04……ツボアワビラーメン

 高い波が船底に叩きつけられた。

 

 

「───ぎゃぁぁあああ!! 沈む沈む!! 沈みますよコレ!!」

 悲鳴を上げる。

 

 そうして一人で騒いでいる私を他所に、大将さんは平然とした顔で料理を机の上に叩き付けた。

 

 

「へい、おまち。アンタが釣ってくれた魚を使った海鮮ラーメンだ。()()

「おぉ!! まさか俺様の船の上でラーメンが出てくるたぁ、思っても見なかったな!!」

 そう言って、()()はガハハと笑いながら大将さんの作ったラーメンを掻きこみます。

 

 

「美味い!! 味もそうだが、このメンマ!! ()()()にはないからな。それに、絶品だ!!」

「そいつは良かった。コレは、カムラの里の特産品でな。ただのタケノコから作った訳じゃないんだ」

 そう言いながら、大将さんは船長さんの顔を覗き込みました。

 

 そのつぶらな瞳はしかし───獲物を狩る時のモンスターのように鋭く真っ直ぐに船長さんに向けられている。

 

「へぇ、そりゃ……」

 船長さんはそんな挑発的な大将さんの顔を見て不敵に笑いました。

 

 

「───ところで、だ。あんた……()()()の美味い食い物を知ってるか?」

 ここはモンハン食堂。

 

 

 今回は出張───新大陸編です。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

『side menu04……ツボアワビラーメン』

 

 

 

 新大陸。

 

 

 数十年前からのお話。

 

 とある事がキッカケで、人々は十年という周期に一度───古龍がとある地を目指して渡りを行うという事象を発見しました。

 

 

 そんな事象を解明すべく結成されたのが新大陸古龍調査団。

 

 十年に一度、古龍を追うように第1期団が現大陸を経って四十年。

 

 

 優秀なハンター達を多く集めた5期団の活躍により、この地で様々な事が解明されつつあるようです。

 

 

 

 それと同時に、技術の発展により決死の覚悟で行っていた現大陸と新大陸の往来の安全が多少確保されたとの事。

 

 新大陸の名産品を目にした大将さんが、実際に新大陸に行って新鮮な食材を使って料理がしたいと言い始めるのにそう時間は掛かりませんでした。

 

 

 

「見えた。新大陸だ」

「アレが……」

 水平線の向こうに現れた、大自然。

 

 ここからでも見える巨大な樹木───古代樹。なんでも沢山の樹木が集まって出来た自然の塔なんだとか。

 圧倒される大自然に私は開いた口が閉じません。

 

 

「ここが……古龍と、それを追う調査団が集う場所」

 船が到着して、私はもう一度驚く。

 

 調査基地とか、拠点とかいう物だから、私は狭くて堅苦しい場所なのだと思っていました。

 

 

 

「見て下さいタイショーさん! 水車で荷物を運んでますよ! 凄いです……!」

「んぁ? ほぅ、かなりなもんだ」

 しかし現実は違います。

 

 活気に溢れ、人々の喧騒に揺れる生活拠点。

 

 

「ここが……アステラ」

「賑やかで良いじゃないか」

 調査拠点アステラ。

 

 それが、私達の辿り着いた場所でした。

 

 

 

 

「───それで、ここが星の船! アステラの集会所だよ! 酒場にもなってるからね、良く宴の時なんかはここに人があつまるんだ!」

 アステラに着いてから少しして。

 

 私達は調査団の編纂者である金髪の男性にアステラを紹介してもらっています。

 

 

 

「しかし、世界を旅する食堂なんて面白いね!」

 世界を旅するモンハン食堂。

 私と大将さんがそう自己紹介をすると、調査団の皆さんは私達を心良く歓迎してくれました。

 

 

「はい! でも、新大陸もアステラも凄いですね。……何より星の船。船を丸々持ち上げて集会所にしちゃうなんて!」

「夜になったらもっと綺麗な光景が見れるよ! それに、新大陸の面白い場所はここだけじゃないしね!」

 鼻を高くしてそう言う男性。

 

 この新大陸はなにも船を空に持ち上げて宴をする為に人が集まった訳ではありません。

 新大陸と古龍の謎、他にも色々な事を調べる為に多種多様な技術を持つ方々が集まったのです。

 

 

「そうなんですよねぇ……。えーと───」

「ポットだよ! ポット・デノモーブ!」

「そうそうポッと出のモブさん!!」

 あまり人の名前を覚えるのが得意ではない私が忘れていた名前をもう一度教えてくれる、編纂者のポッと出のモブさん。

 

 彼も、この新大陸の謎を解明しにきた一人の調査団員。きっと、この新大陸で様々な経験をしてきたに違いありません。

 

 

「なんかイントネーションが違う気がするけど良いや! どうしたんだい?」

「はい! ポッと出のモブさんの色んなお話聞きたくて!」

「んぁ、それよりも前にやる事があるだろ。何しにしたと思ってんだ」

 モブさんに食い気味に話し掛ける私のお尻を叩く大将さん。

 

 そうでした、長い事船に揺られていて自分の仕事を忘れていました。

 

 

 

 そんな訳で───モンハン食堂。本日はここ、星の船にて臨時開店です。

 

 

 

 

 夜。

 

 星の船をイルミネーションが照らし、夜の暮らしに必要な光が灯されたアステラは昼間とはまた違う雰囲気を漂わせていました。

 

 そして───

 

 

「はい! カムラ産タケノコのメンマトッピング付き、ツボアワビラーメンです!!」

 ───ラーメンから上がる湯気が、アステラの空に登っていく。

 

 モンハン食堂inアステラ星の船。

 本日のおすすめメニューは厳しい持ち込み検査をなんとか抜けた現大陸───カムラの里の特産品、逸品タケノコで作ったメンマ。

 そして現地───この新大陸の名産品。なんと陸に生息するツボアワビという貝や珊瑚エビ等の海(?)産物を使った海(?)鮮ラーメン。

 

 

 船長さんに教えてもらった特産品はなんと海の上ではなく陸の上に生息する陸珊瑚が造り出した大地の特産品でした。

 

 

 以前もこんな事あった気がします。海とは海だけにあらずという事なんでしょうか。良くわかりません。

 

 

 

「美味しい! 絶妙な塩ラーメンだ。珊瑚エビのパリパリ感もそうだけど、このメンマって奴が良いね。新鮮な食感がするよ!」

「そういえば久しぶりだな……メンマ。そうか、よく考えたらこっちじゃ取れないしな」

 青い髪の若い女性と、赤い髪のハンターさんがそんな感想を漏らしながらラーメンを啜っていました。

 

 

「そっか……十年二十年振りに食べるって人も居るんですね」

 この新大陸にはタケノコは自生していないらしい。

 

 そうなると、難しい航海で態々メンマを運んでくるような事は少なかったかもしれません。

 

 

 

「俺は5期団だから、そうでもないが……。コイツは4期団だしな」

「ラーメンのメンマなんてもう記憶の彼方だよ。僕の半生はもう新大陸だし、懐かしいとかいうより初めての経験?」

 女性は目を細めてそう言いながら、麺を啜ってメンマを一つ口にする。

 

 よく見ればその女性は左腕が肩から少し先を残して欠損していました。

 

 

 壮絶な調査団の活動。

 

 この新大陸に骨を埋める覚悟を決めた人達。現大陸のハンターさん達とはまた違う覚悟がそこから見えて来る。

 

 

 

「僕はともかくそうだな……そこのおっさんとか3期団で若い頃はハンターだったし! 本当に久し振りって感じなんじゃない?」

「おっさんとか若い頃とか言うんじゃねーやい!」

 女性が失った左腕の代わりに付いてる義手を向ける先。

 

 ラーメンを食べながら達人ビールを掲げる初老の男性が苦笑いして片手を上げた。

 

 

「でもそうさなぁ、此処は最近までお前さん達みたいに客が来たりする事もなかったからな。俺達は皆、死んでも骨は此処の大地に返して、魂も戻れないだろうってつもりで来てた。だから、もう二度と食えないと思ってた物が食えるのは嬉しいさなぁ!!」

 言いながら、ラーメンの汁を飲み干す男性。

 

 彼は「かぁぁ、コイツは故郷の味だぜ!!」と満面の笑みを溢す。

 

 

 

「そんなに往来が難しかったんですか?」

「んぁ、技術どうこうもあるがな。遡れば遡る程、ソレは誰もやった事がない事になるだろ」

 ラーメンを運んできた大将さんに聞くと、そんな返事が返ってきました。

 

「どれだけ時間が掛かるか分からない。船が保つのか分からない。食糧も、人のこう……精神的な所もな。怪我や病気だってそうだ。1期団なんか、船以外ここには何もなかったんだぞ?」

「確かに……」

 出発すれば帰ってこれない。それどころか、無事に辿り着くかすら分からない。

 

 荒波の上で、私は今の頑丈な船と経験豊富な船長がいても不安で叫んでいた事を思い出します。

 先人達の感じた恐怖はそれ以上だったに違いありません。

 

 

 

「ガキが産まれたりハンターを引退するような事が有ればよ。頑張って船を出して、現大陸に戻る事はあったんだがな! それでも、悪い時は数年船を出すのを諦めた時期なんかもあったもんだ」

「そうなんですね……」

「そんで、そのまま此処で大人になっちまった奴も居る。ほら! アイツがそうよ!」

 初老の男性は、今ちょうど星の船に上がってきた男性を指差してこう続けました。

 

 

「リーダーさんや! こっちだこっち!! 俺達の故郷の味、食ってくれや!!」

 俺達の故郷。

 

 そんな言葉に少しだけ違和感を覚える。そして、私は直ぐに男性が少し前に言った言葉を思い出しました。

 

 

「ここで……育った?」

 ここで生まれて、此処で育った人が居る。

 

 

 五十年掛けて人が作り上げたこの生活の中で、その人物は生まれ───育ち、今はこうしてこの地で暮らして、生きていた。

 

 

「今日の騒ぎはこれか。じいちゃんに聞いたんだが、現大陸からお客さんだって?」

「そうなんだ! 見てくれリーダー、ほら! 飯作ってくれてるんだよ!」

 初老の男性が彼の手を引き、リーダーと呼ばれた男性を大将さんの前に連れていく。

 

 リーダーさんは大将さんを見て一瞬目を丸くしますが、直ぐに表情を引き締めてその手を大将さんに伸ばしました。

 

 

「挨拶が遅れて悪い。俺がここの調査班のリーダーだ。皆に飯を出してくれてるんだってな」

「んぁ、大将だ。なんだ……美味い食材があるってんで、下心を出したって事だ。あんたも食って行ってくれよ」

 そう言うと、大将さんはキッチンに戻っていく。

 

 彼の目配せを見て、私はリーダーさんを集会所の席に案内しました。

 今は集会所を借りている身なので、案内というのも変ですが。

 

 

「それじゃ、お言葉に甘えようか。お代は?」

「本日はサービスです!」

「それは悪いな」

「というか、私達が文無しなので集会所のお手伝いという形でお店を出させてもらってます。勝手な事をしてしまっていますし……ね?」

 私が困った表情を見せると、リーダーさんは少し考えてから納得したように「分かった」と言ってくれる。

 

 

 

 調査班リーダー。

 

 この調査団で、新大陸の狩場に直接赴き調査の中心となるチーム。

 ハンターと編纂者の相棒(バディ)制が推奨され、様々な人が力を合わせてこの地の謎に挑んでいました。

 

 その調査班を纏めるのが彼。

 

 

「───それじゃ、本当にずっと新大陸にいらっしゃってるんですね」

「あぁ。だから、ここの皆は俺の家族みたいなものなんだ。……そうだな、それでちょっと前までは現大陸の事は興味もなかったよ」

「皆さんの事が大切だから……」

「そう」

 この大陸で生まれ、生きた彼にとってそれは当たり前のこと。

 

 

 けれど、時間が経って少しだけ考えが変わったと彼は言います。

 

 

「でも今は、俺も色んな事に興味が湧いてきてな。たまにこういう場で、皆の故郷の話を聞いたりするんだよ。人から自分の知らない話を聞くのって、なんだか面白いだろ」

「分かります。旅をしてると色んな人にお話を聞きますから!」

「へぇ、どんな話があるんだ?」

「例えば、火山のマグマの中に住んでるお魚の話なんですけど───」

「おっと、タイミングが悪かったか」

 私が話し始めたその時、大将さんが後ろからラーメンを持って歩いてきました。

 

 テーブルに置かれたラーメンが湯気を上げます。

 

 

「話半分に聞いててくれて構わないが、コイツは冷める前に食ってもらうぜ。へぃ、お待ち。新大陸と現大陸の名産品を使った───ツボアワビラーメンだ」

「これが……皆が言ってたメンマ、か」

 ラーメンの中央には見る物を引き付ける存在感のあるツボアワビ。船長に教えてもらった新大陸の名産品は絶品の一言。

 

 そして、珊瑚エビやワカメクラゲに混じって添えられたメンマ。

 リーダーはそれを箸で掴むと、口の中に放り込みました。

 

 

「───なんだ、歯応えが……繊維が? 初めて食べる感触だ!」

 目を見開いて驚くリーダーさん。

 

 タケノコそのものは偶に船に乗ってくるらしいですが、メンマにして食べた事はないようです。

 

 

 現大陸では当たり前の事でも、ここでは新鮮になってしまうというのは、私も驚く事でした。

 

 

 

「それに、ツボアワビをこんな風に使うなんてな! 現大陸じゃ普通なのか?」

「現大陸にツボアワビはないので、これは普通じゃありませんけどね」

「んぁ、俺達も新鮮な気持ちで料理を出してる。勿論コイツに毒味はさせてるけどな」

「今毒味とか言いました?」

「そうか! お互い知らない事がまだまだ多いって事だな」

 大将さんとガッツリと手を組むリーダーさん。

 

 

 この世界には、まだまだ知らない食材や料理───物語が沢山あります。

 

 だから私達は旅も探求も続けられる。

 

 

「他にも料理はあるんだろ? 色々食べさせてくれよ!」

「お望みとあれば。おい、食いしん坊」

「はい! こちらメニュー表になります! あ、その代わり、皆さんも! 沢山新大陸のお話聞かせて下さいね!」

 ───今夜は長い一日になりそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

side menu05……丸鳥のローストチキン

 

 駆け寄ってくる子供達。

 

 

 モンハン食堂は、どちらかというと酒場という印象と客層から小さな子供のお客さんは多くありません。

 

 旅先でならともかく、ドンドルマの街でこうやって数えきれない程の子供達が()()()()としてやってくるのは珍しい事でした。

 

 

「貴方が皆にプレゼントをくれる()()()()()っていう人なの?」

「はい、私は今日は()()()()()ですよ」

 駆け寄ってきた子供と目線を合わせて、私は背負っていた袋から一つ()()()()()を小さな女の子に手渡します。

 

 

()()()()()()()()。良いクリスマスを」

「ありがとう! サンタのお姉さん!」

 小さな女の子はそう言って、早足にプレゼントを抱えて走っていきました。

 

 雪の降る街並みの中の元気な子供の姿はなんだかほっこりとします。私は女の子に手を振りながら、そんな風に思いました。

 

 

「……んぁ、その妙ちくりんな格好はなんだ」

「なんだって。タイショーさん知らないんですか?」

「んぁ?」

()()()()()ですよ!」

 今日はクリスマス。

 

 なんか良く分からないけど、物が良く売れたり意味も分からず財布や表情筋が緩くなり、夜のムードが良くなる。そんな日。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『side menu05……丸鳥のローストチキン』

 

 

 ドンドルマは今日、雪が降っていました。

 

 

「わぁ! タイショーさん見て下さい見て下さい! 雪ですよ、雪!」

「何はしゃいでんだ……。これじゃ、店開けても客も来ない。今夜は休みだな」

「良いですね! そうしましょう!」

「テメェそれで喜んでたのか」

 表情を歪ませる大将さんに、私は「ち、違いますよ!!」と両手を上げる。

 

 大将さんはロマンティックが何も分かってないんですね。今日はクリスマスだというのに。

 

 

「んぁ、じゃあなんだ」

「今日はクリスマスですよ? 雪が降るなんてロマンティックじゃないですか。雰囲気的にはマルです」

「客足的にはバツだけどねー。今夜は冷え込むよー、コレ」

 朝なのにお店でお酒を飲んでいる友人のCが、空を見ながら目を半開きにしてそんな言葉を漏らしました。

 

 彼女の目が半開きなのはいつもの事ですが、寒いのが苦手なのか、いつもにまして気怠げな表情をしています。

 

 

「ユーちゃん、雪は嫌いなんですか?」

「嫌い」

「即答……。髪の毛、雪と同じ綺麗な白なのに」

「超嫌い」

「そこまで嫌わなくても」

 珍しく不機嫌そうに、友人のCは樽ジョッキを傾けました。

 

「俺も好きじゃないな。客が来なくなる」

「タイショーさんまで! ポッケ村のハンターさんのオトモだったくせに!」

 せっかくクリスマスに雪が降ったのに、二人はこの調子。これはなんとも頂けません。

 

 

「そもそもさー、()()()()()って何ー?」

「んぁ、そうだ。俺もそれが聞きたかったんだ。さっきから言ってるその()()()()()ってのは……なんだ?」

「え、あーと……クリスマスはですね──」

 二人がクリスマスを知らなかった事に驚きつつ、説明をしようとして喉に言葉がつっかえます。

 

 

「──なんでしたっけ?」

「なんだそれ」

 実際の所、私はクリスマスがちゃんとなんなのか知りません。

 

 

 

 子供の頃。

 

 一年に一度、バフバロというモンスターが引くソリに乗ったゴシャハギが子供に玩具をプレゼントして回る──そんな日があるのだと小さな時に姉が言っていました。

 

 子供の頃の私はモンスターの名前を言われてもさっぱりだったので、絵面が想像出来ませんでしたが今考えてみると大惨事です。

 

 

 さてそのゴシャハギの名前は()()()()()という少しファンシーな名前だったのですが、小さな頃の私は「そんな世界中の子供にプレゼントをくれる不思議なモンスターが居るんだ!」と子供ながらに喜んでいました。

 

 それに、私は寝てしまっていたのですが姉曰く私の所にも()()()()()が来て玩具をくれたようなのです。

 小さな頃に()()()()()に貰った立派な木彫りのアオアシラは、実家の玄関に飾ってもらいました。

 

 

「……はぁ、子供にプレゼントねぇ」

「……()()()()()ねぇ」

 私がなんとか掻い摘んで()()()()()()()()()()の話をすると、二人はあまりにも興味がなさそうに溜息を吐きます。

 

 

「……ゆ、夢がない大人達」

「んぁ、お前なぁ……そもそもそのサンタさんなんて奴が本当に居──フゴッ」

「でもさー、ちょっと楽しそうだよねぇ。子供に夢を与えるサンタさんとかいうモンスター」

 ふと、何故か大将さんの口を抑えて友人のCが不敵に笑いました。

 

 大将さんはキレ気味に彼女を突き放すと、突然ノリがコッチ側になった友人のCを半目で睨みます。

 

 

「裏切ったな」

「えー、違うよ大将さん。儲け話、だよ?」

「んぁ?」

「儲け話」

 凄い悪い顔で、大将さんの目を見る友人のC。この人たまに人を殺してそうな顔をするんですよね。

 

「ほぅ」

 そして「儲け話」という単語にノリノリで表情を緩ませる大将さん。この人はコレだから。

 

 

「……この感じだと夜はお店開けれないじゃん?」

 雪がゆっくりと落ちてくる空を見上げながら友人のCはこう続けました。

 

「それじゃあさ、その子供にプレゼントを渡すって風習を利用してお昼の間にお客さんを集めちゃうのはどうかなーって? ほら、酒場だから普段子供のお客さんは来ないじゃん? そうなると……子連れの裕福な家庭からはお金が巻き上げれない訳で」

「子連れの裕福な家庭に何か恨みでもあるんですか!?」

「別にー」

 ヘラヘラと目を逸らす友人のC。

 

「なるほど、普段来ない客層か」

 そんな隣で、大将さんは納得するように顎に指を当てて頷く。

 

 

 

「でも、良いですね! 言い方はともかく、昼から夕方にかけて普段モンハン食堂にいらっしゃらないようなお客さん達にお店を覚えてもらうのも!」

「んぁ、とはいえ集客はどうするんだ? プレゼントとか、知らんぞ」

「そこは今からユーちゃんとなんとかします。で、タイショーさんには作って欲しい料理があるんです!!」

「あれー? あたしお客さんなんだけどー?」

「んぁ?」

 そうして、私は大将さんには下拵えを頼み──友人のCと買い出しへ向かいました。

 

 

 

 

 時は進み、お昼過ぎ。

 

 

 雪の降るドンドルマの街並み。列を作る小さな子供達と、その家族。

 

 私と友人のCは俗に言う()()()()()の装束を着て、子供達に玩具をプレゼントしています。

 

 ちなみに玩具は木彫りのモンスター達。友人のCや街の知り合いに頼んで沢山用意して貰いました。

 報酬の()()()()()()()()()()()()は大将さんに黙って作ったので後でボコボコにされるんだろうなと、今から身が震えています。

 

 

 

 しかし、それでも私は子供達にクリスマスを楽しんで貰いたい。何故なら今日はクリスマスだから。

 

 

 

()()()()()()()()。良いクリスマスを」

「ありがとう! サンタのお姉さん!」

 小さな女の子がそう言って、早足にプレゼントを抱えて走っていきました。

 

 

「……んぁ、その妙ちくりんな格好はなんだ」

「なんだって。タイショーさん知らないんですか?」

 女の子を見送った後、後ろから声を掛けてくる大将さん。どうやら頼んだ料理の準備も終わったようです。

 

 

「んぁ?」

()()()()()ですよ!」

 手を広げて振り向くと、大将さんは口を開けたまま固まってしまいました。どうやら意味が分かっていないようですね。

 

 

「サンタってのは子供にプレゼントを渡して回るゴシャハギの事なんじゃないのか?」

「なので、これは()()()()()の真似です!」

「んぁ、確かに怒ったゴシャハギの配色はそんな感じだが……」

「タイショーさんも毛並みが赤いですし実質サンタさんですけどね!」

「はぁ?」

 とりあえず赤と白。あとはプレゼントを入れる袋。

 

 これが揃っていれば大体サンタさん。

 

 

 

「クーちゃん可愛いから良いんじゃなーい。なんかほら、子供達以外も集まってるしさー」

 私と同じくサンタ装束を着た友人のCも、子供にプレゼントを渡しながらそう口を開く。

 

 プレゼントが貰える、という口コミが子供達の中で広がっていき、街の広場のモンハン食堂の周りには人だかりが出来ていました。

 

 

 子連れの家族が、私達に「子供が玩具を貰えると言っていたんですが」と尋ねてくる。

 

 

「はい! 玩具ですね、どうぞ」

 私は子供と目線を合わせて、小さな木彫りのアオアシラをその子にプレゼントしました。

 

 子供は少し顔を赤くして「ありがとう!」と元気よくお礼を言ってくれます。

 

 

「どういたしまして。メリークリスマス! あ、そうだ! タイショーさん!」

 思い出して、私は振り向きました。大将さんが出てきたという事は()()の準備も出来たという事です。

 

 

「んぁ、料理か。食いしん坊が言った通りに作ったが、なんで()()()()()()()なんだ?」

「それは勿論、クリスマスだからですよ!!」

 私の言葉に「訳が分からん」と首輪傾げる大将さん。

 

 しかし、これで全ての準備が整いました。

 

 

「皆さーん! メリークリスマス! 今日はモンハン食堂クリスマス特別オープン! なんと、丸鳥のローストチキンが食べれますよ!!」

「んぁ……へい、お待ち。丸鳥のローストチキンだ」

 キッチンから大将さんが運んでくるのは、丸鳥──ガーグァを丸々一匹使って作ったローストチキン。

 

 巨大なチキン。

 それは、クリスマスには欠かせない、()そのものです。

 

 

 

「ローストチキンだってよ!」

「お母さん、アレ食べたい!」

「なんかイベントやってるのか?」

「雪も降ってるし、暖まれそうで良いな」

「クリスマス……だっけ?」

 ローストチキンが登場すると、周りにいた人達が更にお店に集まってきました。

 

 

 少し、昔の事を思い出します。

 

 

 

 まだ小さな子供だった頃。

 何も知らなかった、あどけない私に姉は言いました。

 

 

「──クリスマスという物があってね。バフバロってモンスターが引くソリに乗ったゴシャハギってモンスターが……良い子にしている子供に玩具をプレゼントしてくれる日なんだ」

「──そんな素敵な日があるの!? 私も!! 私も良い子にしてたら玩具、貰えるかな?」

「勿論。クイは良い子だからね、きっと貰えるよ」

 姉からその話を聞いた年の、クリスマスという日。

 

 珍しく家にいた姉と家族全員で食べたローストチキン。姉は旅で色々な場所に行くので、色々な場所の文化や知識をこうやって持ち帰ってくる。

 

 

 その一つが、クリスマスでした。

 

 そうしてサンタさんにクリスマスプレゼントを貰って──いつからか忘れてしまっていましたが、モンハン食堂として色々な場所を旅している間にふと思い出したんです。そんな素敵な文化があったなって。

 

 

 

「チキン美味しい!」

「パパー、見て見て! サンタさんに玩具貰ったの!」

「どこかの遠くの大陸の風習だっけ? コレ」

「クリスマス、だったかな。へー、賑やかだね」

 暖かいチキン。プレゼント。後は家に帰った後にケーキなんかもあると、素敵な一日になるんですけども。

 

 

「思ったより大盛況だな」

「これがクリスマス効果という奴ですよ! タイショーさん」

「んぁ……今日だけは良くやったと褒めてやる」

 苦笑いしながら私の膝を蹴る大将さん。なぜ蹴られた。

 

 しかし、蹴られてすっ転んだ私の頭を大将さんは撫でてくれます。

 

 

「よしよし、してくれるなら普通に言ってくださいよ」

「デカいんだよ、お前は。ほら、お前もチキン食え」

 そう言って、丸鳥のローストチキンを小皿に持ってくれる大将さん。

 

 賑わうモンハン食堂。

 噛みちぎった肉の繊維から溢れる肉汁、寒さに染み渡る暖かい肉。

 

 

 

「ほーら、サンセーも今日はクリスマスパーティ特別……クリスマスツリー型の干草で──わ! そんな早く食べちゃったら勿体無いですよ!」

「非常食にクリスマスなんてない」

「あははー、せっかく作ったのにねー」

 もう、私は子供じゃないからクリスマスプレゼントは貰えないけど。

 

 

 

「──ところで食いしん坊。……このモンハン食堂タダ券ってのはなんだ?」

「──ぁ」

 せっかく毎年ある素敵な日なのだから、偶にはこういう事をしても良いのかなって。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 

 すやすやと、夢心地。

 

 

 プレゼントとローストチキンは好評で、沢山のお客さんがお店に来てくれました。

 

 そのおかげで私も友人のCもクタクタです。

 

 

 すやすやと、寝ていました。

 

 

 

「──メリークリスマス」

 赤くてふわふわした何かが、薄らと開けた目に映る。

 

 

 

 

「クーちゃん……これ──」

「もしかして──」

 次の日、朝起きると私達の枕元には木彫りの()()()()()()()()()()()()()()()()()()が置かれていました。

 

「「──サンタさん!?」」

 妙にリアルで美味しそうなこんがり肉と素敵な柄の樽ジョッキ。

 

 

 

「タイショーさんタイショーさん!! サンタさん!! サンタさんが来ました!!」

「んぁ? んなもん居るわけないだろ」

「で、で、で、で、でも、コレ……」

「ほら、ユーちゃんも貰ったんですよ!」

「お前らなぁ……」

 とても楽しい、クリスマスのお話でした。




メリークリスマス。

と、いう訳でクリスマス私ちゃん描いてきました。


【挿絵表示】



モンハン食堂が完結してからずっと描きたかったクリスマス回です。季節ネタはこういう作品では外せないのだ()
それではまたどこかでお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。