始祖ユミルの朝は早い (執筆の巨人)
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始祖ユミルの朝は早い

 某日未明、座標を訪れる。全てのユミルの民の路が交わる地。どこまでも広がる粘土の山と大樹のように光り輝く無数に枝分かれした路。それ以外何もない。薄汚れたボロ切れを纏う少女に気づく人はいない。世界でも有数の奴隷。彼女の仕事は決して世間に知らされるものではない。私は巨人職人の一日を追った。

 

「おはようございます」

「え? ……おはよう、ございます」

 

 重そうなバケツを運ぶ少女は辿々しく挨拶を返してくれた。あまり余人が近寄らない場所なのかもしれない。

 

「朝、早いんですね?」

「……ここは、朝も夜もないですから」

 

 全てを諦めきった濁った瞳で少女は答える。バケツ一杯の粘土をぶちまけた。どうやら仕事場はここのようだ。

 

「私が奴隷なのも全部あの男のせいなんです。でも作らなきゃ……命令だから」

 

 少女の瞳は死んでいる。それでも作り続ける姿には奴隷としてのプロ根性を感じる。そこに一切の妥協はない。

 

「私なんかが奴隷をやれてるのは(いつか必ず迎えに来てくれるだろう)エレンの支えがあるからなんです。だから誰よりも早く動き始めないと」

 

 ユミルの目は何よりも真剣だ。無理な注文でも納期は必ず守る。ユミルの誇りはそこにあるという。

 

「これからお仕事ですか?」

「いえ、違います。あ、いや、そうなのかな? もう公私混同しちゃって」

 

 ユミルは粘土に手で細かな造形を施していく。進撃の巨人の顔を作るらしい。エレン用の進撃の巨人は特別製で、二千年の集大成とのこと。なるほど、無垢はもちろん、他の知性巨人と比べてもイケメンである。

 

「やっぱり最推しのエレンには活躍してほしいですからね」

 

 少女ははにかんだ。二千年近く、毎日のように繰り返しているらしい。数年後、巨人の顔が完成した。すると彼女はその場に座り込み、膝を抱えた。

 

「休憩ですか?」

「いえ、社会情勢なんかをね。この時間は(巨人の発注が)比較的まともですから」

 

 少女はどこか遠くを見つめていた。始祖ユミル──九つに分かれた巨人の力を全て持つ存在。マーレ政府巨人化学学会は彼女を有機物の起源と接触した存在と仮説付けていた。始祖や進撃の能力も有しているのだろうか。

 

「これからお仕事ですか?」

「すいません、静かに」

 

 職人は片耳に手を添えて、人差し指を口の前に当てた。

 

「耳を済ましてください。声がほら、きた、きたきたきた、ほら声がするでしょう? 笑い声が」

 

──ダハハハハッ、また同じ脅し文句を垂れたな!! 他のヤツはないのか!? 

 

 たしかに遠くに笑い声が聞こえる。

 

「ザックレー総統です」

 

 ユミルが嬉しそうに語る。後にわかったことだが基本死んだ目をしている彼女の目が輝くのはエレン・イェーガー、ライナー・ブラウン、ダリス・ザックレーの三者を語っている時だけだ。

 

「ほら、こんな仕事でしょう? 社会に切り離されてるんじゃ無いかって不安になってるころに、この声に気づいてね、それからは日課なんですよ」

 

 こうしてザックレー総統が芸術を愛でる声を聞くことで復讐を果たした気分になる、と言う。プロならではの技である。

 

 ひとしきり笑い声を聞き、溜飲を下げた彼女は粘土を捏ね始める。今作っているのは無垢の巨人の足の指だという。

 

「年間どれくらいの数を?」

「そうですね。月に最低でも無垢を一体。巨人作りを始めてからはパラディ島で公開中のものは基本、マイナーなものでもはしごして作る様になりましたから、年間で十体くらいかなぁ」

 

 この膨大な量を前に少女は決して手は緩めない。

 

「プロ(奴隷)として第一線で活躍できる期間は無限にありますからね。いかに効率よく時間を潰し、有意義に使うか。多分、他のプロ(奴隷)たちも同じ命題と戦っていると思いますよ。私以外は見たことないですけどね」

 

 自嘲気味に笑うユミルの目は笑っていなかった。

 

「ハァ、大量発注とか……まじ死ねよ王族」

 

 座標には朝も夜もない。サービス残業させ放題だ。一面粘土しかない地にて少女は粘土をひたすらに捏ね続ける。

 

「大変ですね?」

「ええ、はい。もう嫌になりますよ」

「ご自分で選んだ道では?」

「いや、全然好きで始めた仕事じゃないです」

 

 少女は身の丈を大きく超える無垢の巨人を作りながら愚痴を溢す。どうせ無垢だし手足は適当でいいか──適度な手抜きが長続きのコツらしい。

 

「どんな時が嬉しいですか?」

「そうですね……やっぱり嬉しいのはエレンが活躍してくれる時ですかねー。後は王族が惨たらしく殺される時」

 

 楽しい光景を思い出し少女がにやにや笑う。お気に入りの知性巨人は進撃、鎧だという。力の入った造形を是非見てほしいらしい。

 

「車力は途中で中身が女の子だって気づいて。慌てて手直ししました」

 

 粘土を捏ねる手を緩めずユミルは語る。明らかに初登場時とマーレ編では性別が違って見える。まさに職人技だった。

 

「エレン・クルーガーは……うふ、エレンと同じ名前だからイケメンにしてあげよう」

 

 ユミルはうっとりした顔で進撃の巨人(クルーガー)のシックスパックを作る。

 

「グリシャ? ジーク? 不細工決定。特に王家の方は大量発注ムカつくから毛むくじゃらに」

 

 先の進撃とは似ても似つかぬ腹の出たおっさん体型の進撃と毛むくじゃらの腕が長いことくらいしか特徴ない獣の巨人を手慣れた手つきで作っていく。

 

「は? 私と同じ名前なのに女神様と崇められて? 顎の巨人まで手に入れて? しかもエレンと同じ第104期!?」

 

 ユミルは悔しそうに歯噛みし、地団駄を踏む。自身の親指の爪を噛んでいる。

 

「妬ましい……ブスの無垢は再利用しよ」

 

 時には一度作った作品の再利用も大切らしい。

 

「兄弟か……マイナーチェンジで使い回そ」

 

 出番の少なかったマルセルの顎の巨人を練り直しながらぼそりと呟く。一瞬の油断が命取り。巨人作りには悔いなき選択が必要だ。体感時間ではもう何年ここにいただろうか。レポーターはずっと気になっていた疑問をついに投げかけた。

 

「これを365日、つらくないんですか?」

「正直、はじめのうちはやめたいと思ったこともあります。毎日、溜め込まれる知識の行き場所もこれでいいのか。ってね。ただ、プロ(奴隷)として譲っちゃいけないラインを考えた時、自由と奴隷の違いは何だろうって考えて。それからかな。ふっきれて専念できる様になったのは」

 

「プライド、ですか?」

 

「なんていうのかな。私にはこれが向いてる! っていう確信めいたものがあって。ほら、昔は自由どころか、豚以下だったじゃん」

「確かに家畜以下でしたが」

 

レポーターが同意する。事前に聞いていたユミルの境遇はあまりにもあんまりだ。

 

「それが、いつか、自由になれる。だからこそ頑張ろうって。それが今の私で。プロ(奴隷)を維持するのは大変だけど、毎日この決まった生活は満足してます。あ、でも超大型級数千万体は勘弁してほしいですね」

 

 億では効かないサビ残があったらしい。ワンオペの辛いところだ。

 

──ライナアアア

──ライナアアアアア

──頼む……静かに……

 

「みてください、この鎧は自信作でしてライナーの顔を模しているんです! この後のエレンとの一騎打ちは必見ですよ!」

 

 楽しそうに語るユミルの表情が唐突に曇る。目尻には涙を浮かべていた。手足を激しくバタつかせ、粘土の上を転がった。

 

「なんだよぉおもおおおお、また(大量発注)かよぉおぉぉおおおおお」

 

 職人泣かせの日々はもうしばらく続くようだ。

 

 以上、座標からお伝えしました。



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二千年後の君へ

「エレン! エレン! エレン! エレンぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ……ああ……あっあっー! あぁああああああ!!! エレンエレンエレンぅううぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ……くんくんんはぁっ! エレン・イェーガーたんの黒髪をクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ!! 間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ……きゅんきゅんきゅい!! ショタのエレンたんかわいかったよぅ!! あぁぁああ……あああ……あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!! アニメ3期放送されて良かったねエレンたん! あぁあああああ! かわいい! エレンたん! かわいい! あっああぁああ! コミック29巻も発売されて嬉し……いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!! ぐあああああああああああ!!! コミックなんて現実じゃない!!!! あ……アニメもスピンオフもよく考えたら……エ レ ン き ゅ ん は 現実 じ ゃ な い ? にゃあああああああああああああん!! うぁああああああああああ!! そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! ハルキゲニアぁああああ!! この! ちきしょー! やめてやる!! 現実なんかやめ……て……え!? 見……てる? 15巻表紙絵のエレンきゅんが私を見てる? 27巻表紙絵のエレンきゅんが私を見てるぞ! エレンきゅんが私を見てるぞ! 地下牢獄で『名は──進撃の巨人』してるエレンきゅんが私を見てるぞ!! アニメのエレンきゅんが私に話しかけてるぞ!!! よかった……世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ! いやっほぉおおおおおおお!!! 私にはエレンきゅんがいる!! やったよザックレー!! ひとりでできるもん!!! あ、コミックのエレンきゅうううううううううううううん!! いやぁあああああああああああああああ!!!! あっあんああっああんあライナぁあ!! ライナー!! ライナぁああああああ!!! ライナァぁあああ!! ううっうぅうう!! 私の想いよエレンへ届け!! 二千年後のエレンへ届け!」

 

「…………」

 

 始祖ユミルさんが粘土で作ったエレン抱き枕を抱きしめながら延々とエレンへの思いを叫んでいた。本日のインタビューの礼を言いたかっただけなのだがえらいものを目撃してしまった。それもそうか。時間にして約二千年。体感時間はざっと億越え。ストレスや鬱憤が積もり積もっているのだろう。私は何も見なかった。私はそっと座標を後にしようとして、

 

「…………!」

 

 粘土の塊に躓いてしまった。音を立て盛大に転ぶ。

 

「ッ──!?」

 

 始祖ユミルさんが勢いよく振り返る。私を認識するとその頬を羞恥で真っ赤に染めた。それからヒストリアの手の甲に口づけした時のエレンのような、最新話でエレンに後ろから抱きしめられた時の「二千年前から……誰かを」の時のような形相になった。

 

 私は駆け出した。ロッド・レイスのように、あるいは巨大樹の森のジークのように脇目も振らずに走った。背後からものすごい勢いで足音が迫る。

 

 以上、座標からお伝えしました。



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犠牲になったのだ

 四人の男女が円卓についている。一人が眼光鋭く他の三人を見据えていた。彼が何を考えているのか定かではない。ただ、卓に置かれた彼の手のひらには傷があった。二人は全てを理解しているつもりであった幼馴染の変貌ぶりに困惑することしか出来なかった。残る一人は恐怖に打ち震えていた。

 

 エレン・イェーガーはまるで敵でもみるような形相でミカサ・アッカーマンを睨みつけた。

 

「ミカサミカサ、愚かなミカサ」

「そういうお前ら習性知らぬ。アッカーマンの習性知らぬ」

「俺の使命の深さを知らぬ。這いつくばってる今そこに」

 

(こ、こんなエレン……今まで見たことない)

 

「兵団最近エレンを監視。君は島を出で半年。言動おかしさ目に余る……君のおかしさ目に余る」

「俺に執着、ずっと執着、己を誓約、忌むべき執着。俺を宿主決めつけ錯覚、家畜か奴隷か不自由か。ガキの頃からずっと嫌い」

 

「ううっ……」

 

 ミカサが泣き出してしまう。エレンのあんまりな言い草にアルミンが吠えた。

 

「止めろめろめろエレンめろ!!」

「!」

「いい加減にしろいい加減……どうした一体いい加減」

「エレン最近少し変、君は最近少し変」

「何もおかしくなどはない。自分の使命果たしてる……使命だけを果たしてる」

「じゃあ何故島を出て行った? 何故何故島を出て行った?」

「…………」

「座標に至る、それだけだ」

「何の話だ何なんだ……」

 

 

 

「やっぱり何度聞いてもいいですよね、この時のエレン」

「この会話こんなでしたっけ?」

 

 低頭平身に土下座すること早一年、やっと口を聞いてくれたかと思えばこれだ。始祖ユミルさんは今日も絶好調のようだ。

 

 

「うふふふ……」

 

 おかしい。始祖ユミルさんの機嫌がここ最近ずっといい。今も超大型を優に超える大きさの巨人が発注されたにもかかわらず、文句ひとつ垂れることなく鋭意製作中だ。

 

「逃げ足だけが取り柄のクソ野郎に相応しい巨人に仕上げなきゃ……」

 

 ゲスミンを彷彿とさせる笑顔が眩しい。数百年の歳月でもって作られた巨人は下半身がほぼ完成していた。次は上半身か、あの半身に見合う大きさは一体何年かかるのだろう。ぼーっと作業を眺めていたら始祖ユミルさんが驚きの行動に出た。崖のような足場から大きく跳躍する。

 

「もしかして内臓も作るんですか?」

「そうです。リアリティを追求したいので」

 

 始祖ユミルさんは巨人の骨盤部、人でいう股間から腰のスペースに器用に飛び乗るとその場で粘土をこね始めた。なんというプロ根性。排泄器官がない巨人にそんなものは必要ないだろうに。流石は始祖ユミルさん、頭が下がる思いだ。そこでふと素朴な疑問が生じた。

 

「ユミルさんユミルさん」

「何ですか?」

「リアリティを追求するなら何故排泄器官を作らないんです?」

「ふぇ!?」

「あと生殖器官も」

「せ、生しょ──!?」

 

 全ての巨人はすべからくあれが付いてない。いや、ぶらぶらさせてたらさぞや不気味だが。思えば雌型の巨人を除き、ほぼ全ての巨人が(生えてないとはいえ)男性型だ。あのカルラ・イーターですらそうだ。これは一体どういうことか。何か職人なりのこだわりがあるのだろうか。密着取材中のリポーターとして是非知りたいところだ。

 

「え……ぅ……だって……その……それは」

「何か理由があるなら教えて下さいよ」

「う……うう」

「あれ、聞こえてないのかな? ユミルさーん!」

「うう……うわぁあああああああ!!」

「ワッサ!?」

 

 耳まで顔を真っ赤に染めた始祖ユミルさんが巨人の下半身を足蹴にリヴァイ兵長並みの回転で突っ込んでくる。なんで!? 始祖ユミルさんなんで!?

 

 この後めちゃくちゃガスバスバクハツされた。

 

 以上、座標からお伝えしました。



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