黄金獅子はもういない (夜叉五郎)
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プロローグ
孤児編


<宇宙暦776年/帝国暦467年>

 

 孤児のヴェル五歳。

 

 彼の物心がついた頃には、もうすでに周りは銀河英雄伝説の世界だった。

 彼が居住する星の名は神聖銀河帝国の首都星オーディン。

 銀河系のオリオン腕のヴァルハラ星系に位置する。

 そして世はゴールデンバウム朝第三十六代皇帝のフリードリヒ四世の時代である。

 

 片親の母を亡くし施設に預けられて日々を過ごす中、五歳になった彼の許へ貴族の使いが迎えに来る。

 なんでも彼はとある貴族の御落胤だったらしい。

 

 帝都のやたら広い古びた屋敷に案内されるヴェル。

 屋敷の正面玄関前には神聖銀河帝国初代皇帝のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの銅像が立っていた。

 そして屋敷の中にはルドルフ大帝の馬鹿デカい肖像画が飾られていた。

 その肖像画を見た瞬間に彼は理解する。

 ここは銀河帝国のかつての名家、クロプシュトック侯爵家の屋敷だと。

 

 クロプシュトック侯爵家は文字通り「過去の大物」である。

 始祖のアルブレヒト・フォン・クロプシュトックはルドルフの最側近であった。

 共和派を「血のローラー」で粛清して名を上げ、ルドルフより侯爵位を賜っている。

 神聖銀河帝国建国以来の名家と言える。

 

 しかし現当主のウィルヘルムの代になってクロプシュトック侯爵家は一気に凋落する。

 先の皇帝オトフリート五世の後継争いにおいて、ウィルヘルムは時流を見誤って三男のクレメンツ派に属してしまったのである。

 クレメンツは第一皇子リヒャルトに弑逆の罪を被せて殺した咎で追われ、首都星オーディンから逃亡。

 自由惑星同盟への亡命を図るも、その道中で事故死してしまう。

 結果として次期皇帝の座に着いたのは、後継者争いから早々に脱落していた次男のフリードリヒとなり、クレメンツ派は失脚。

 ウィルヘルムもまた彼がその放蕩ぶりを馬鹿にしていたフリードリヒ四世の廷臣たちに大いに嫌われ、帝国の中枢からつまはじきにされるに至る。

 

 以来三十年に渡り、クロプシュトック侯爵家は銀河帝国の宮廷から遠ざけられていた。

 全てはフリードリヒ四世の娘婿で、帝国第一の大身であるオットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公の意向の為であった。

 ウィルヘルムが将来を嘱望していた息子のヨハンも、家門が災いして他の門閥貴族から婚姻を断られ続ける悲哀を味わう事になる。

 ヨハンは憂さ晴らしに平民相手に放蕩三昧を繰り広げ、そして趣味の狩りの途中の事故であっさりと夭折。

 今では家督を継ぐ者もいない有様で、つくづくお先真っ暗な家である。

 

 そしてその若くして亡くなったヨハン・フォン・クロプシュトックが、この世界での彼の実の父だったらしい。

 東洋人の血を引いていた母の影響で、祖父や父に似つかぬ黒髪の幼子だ。

 しかし数多の美姫を妻として受け入れてきた父方の名家の血と、平民ながらも貴族のお手が付く程度には整っていた母の血のお陰か、容姿は悪くない。

 

 それが彼、ヴェルことヴェレファング・フォン・クロプシュトックという存在であった。

 

 



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原作外伝
幼年学校編


<宇宙暦781年/帝国暦472年>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック十歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍幼年学校の新入生。

 

 ヴェルがクロプシュトック家に入ってから早五年が経過する。

 その間ヴェルはオーディンを離れてクロプシュトック侯爵領に移り、ウィルヘルムの手厚い加護を受けて日々を過ごしていた。

 そして十歳になってからオーディンに再び戻り、銀河帝国貴族の責務として幼年学校に入学する。

 

 幼年学校在学中、周りの貴族の子息連中からヴェルは徹底的に無視され続ける。

 かと言って平民たちも(はばか)って近寄って来ず、随分寂しい学生生活ではあったが、逆にヴェルには都合が良かった。

 今生きている世界が架空のものと知ったヴェルには、全ての人間が道化に見えており、人に対しての興味を失っていたのである。

 それよりも、ヴェルには前世の己の家や家族がどうなったのかの方が気掛かりであった。

 

 幼年学校での学業の合間にプランを練るヴェル。

 まずはウィルヘルムが起こすクロプシュトック事件は絶対に阻止せねばならない。

 その為にはまずこの世界が原作小説版かアニメOVA版かアニメノイエ版か、はたまた漫画かつみ版か漫画藤崎版か。

 どれに準拠しているかの見極めが必要であった。

 

 またこれから台頭してくるであろうラインハルト・フォン・ローエングラムの陣営への参加も、選択肢としてはマストだろう。

 士官学校でも門閥貴族達を刺激せず、反主流派のポジションでひっそりと身を潜めておけば大丈夫だと思われた。

 そしてヴェルは、地球教の狂信者たちがラインハルトの手によって一掃された後に地球へ向かう計画を立てる。

 

 ラインハルトに認められるには、ある程度の軍事的才能や内政手腕が要求されるはずであった。

 また、遺跡と化している地球を探索するには体力や個人的な戦闘力も必要と思えた。

 幼年学校で目立たぬよう、ヴェルはひたすら自室で自分を鍛え続けた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦786年/帝国暦477年>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック十五歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍幼年学校の最上級生。

 

 幼年学校を卒業を間近に控え、進路として士官学校への入学を決める。

 クロプシュトック侯爵家でもヴェルの士官学校入学の為の準備が始まった。

 ヴェルが幼年学校で抱いていた甘い見通しは、そこで一気に突き崩される事になる。

 

 銀河帝国の士官学校では、侯爵以上の子弟には個別の寄宿舎があてがわれるという伝統があった。

 その寄宿舎を運営するスタッフについては、各家がそれぞれ用意して派遣する必要がある。

 普通であれば、自家の派閥に属する家々の子女が行儀見習いも兼ねて送り込まれる事となる。

 だが凋落著しいクロプシュトック家には、人を出してくれる寄子の家など何処にもいない。

 その為にクロプシュトック家当主のウィルヘルムは泣く泣く市井から人を集めるしかなかった。

 

 せめてもの意地なのか、帝都中の騎士階級の子女の中から、特に若く見目麗しい女子達を金に糸目をつけずに集めたウィルヘルム。

 ヨハンと同様にヴェルにも相応しい婚約相手が一向に見つからない為、仕方なしの選択であったのかもしれない。

 ヴェルに彼女らにお手を付けさせ、クロプシュトックの血だけは残そうという意図も透けて見える。

 そして、そのウィルヘルムから渡された娘達の名前のリストの中に、ヴェルはアンネローゼ・フォン・ミューゼルの名前を見つけてしまったのである。

 

 動揺して端末を落としそうになるヴェル。

 震える手でアンネローゼの詳細情報を確認する。

 バストアップのアンネローゼの写真を見ると、ヴェルと同い年のとても儚げで美しい少女であった。

 ヴェルはその家族構成の欄の内容に目を疑う。

 そこにはラインハルトの名前は無く、父のセバスティアンの名のみがあった。

 そしてその下の特記事項に、難病で亡くなった弟の治療費のための莫大な借財があり、それをクロプシュトック家が立て替えた旨が記されていた。

 

 ヴェルはウィルヘルムに頼み込み、顔合わせと称してアンネローゼを含む娘達を自分の前に呼び寄せる。

 娘達の中でアンネローゼは図抜けて美しく、かつ思慮深そうなオーラを身に纏っており、ヴェルにも一目で彼女がこの物語の主役格である事がわかった。

 ヴェルは面談を装って各々に質問を行い、アンネローゼ本人の口からクロプシュトック家に奉公に来た事情を聞く。

 やはりラインハルトは既に亡くなっていた。

 そしてアンネローゼがここに来たのは、まだジークフリード・キルヒアイスの隣家に引っ越す前であった事も確認する。

 

 ラインハルトが存在しないとなると、この世界はどう変わっていくのか全く読めなくなる。

 最悪イゼルローン要塞をヤン・ウェンリーに陥され、自由惑星同盟の大軍がここオーディーンまで攻め込んでくるかもしれない。

 そうすれば民衆は暴動を起こし、王侯貴族は皆フランス革命ばりに吊るされるだろう。

 ヴェルは士官学校への入学準備を進める中、その暗澹たる未来の事ばかり考えていた。

 そこに皇帝フリードリヒ四世の使者が到来する。

 

 使者の名はコルヴィッツ。

 宮内省の官吏である。

 原作ではアンネローゼを見初め、彼女を嬉々としてフリードリヒ四世の後宮に収めた、性格の良い帝国騎士であった。

 アンネローゼはヴェルの士官学校入学と同時に寄宿舎に入るべく、クロプシュトック家に住み込みでメイドとして修行していた。

 お遣いを頼まれ屋敷の外に出たところを、偶々運悪くコルヴィッツに見つかってしまったらしい。

 

 コルヴィッツはクロプシュトック家に対し、事実上の命令としてアンネローゼの引き渡しを要請する。

 ミューゼル家の借金は皇室が引き取り、更に五十万帝国マルクを支払う事でアンネローゼの父のセバスティアンと合意済みとの事であった。

 悩んだクロプシュトック家当主のウィルヘルムは、この一件をアンネローゼの主となる孫のヴェルに任せようとする。

 そしてヴェルと当事者のアンネローゼが、その場に呼ばれる事になった。

 

 一通りの説明を聞いたヴェルがアンネローゼの方を見ると、彼女は蒼白な顔をしていた。

 原作では弟に活躍の場を与える為に後宮に入る事を選んだアンネローゼであったが、この世界にラインハルトはもういない。

 もともと己の栄達の為に好き好んでロリコン親父にその身を委ねるような性格の女性ではなかった。

 見かねたヴェルは、アンネローゼを魑魅魍魎が住まう後宮になど送ってはならないと即決し、咄嗟に機転を利かせる。

 

 突然驕慢で享楽に耽るバカ貴族子弟を演じ始めるヴェル。

 コルヴィッツに対し、芝居掛かった仕草で彼がこの屋敷を訪れるのがひと足遅かった事を嘆いてみせた。

 そして既に自分が頂いてしまったが為、今のアンネローゼでは皇帝の要望を満たせ無い事を謝る。

 この頃の皇帝フリードリヒ四世は清楚な美少女ばかりを求めており、男を知らぬ事が寵姫としての絶対条件となっていたのだ。

 

 ヴェルの目配せを受け、聡いアンネローゼがヴェルにそっと身を寄せる。

 その相思相愛っぷりを見せつけられ、コルヴィッツは意気消沈して引き下がっていった。

 その光景をクロプシュトック家当主のウィルヘルムがニヤニヤしながら見ていた。

 ヴェルの機転で憎きフリードリヒ四世を出し抜けた事が余程嬉しかったのだろう。

 

 コルヴィッツが去った後、ウィルヘルムはヴェルとアンネローゼの仲を公認してしまう。

 ヴェルとアンネローゼの二人が否定するいとまも無かった。

 住み込みメイドの立場から、一気に次期当主の妾扱いとなるアンネローゼ。

 結果としてヴェルは、ついてしまった嘘を真実とする為に、否が応でもアンネローゼと同衾せざるを得なくなる。

 

 原作の世界からの乖離が始まった瞬間であった。

 

 

 



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士官学校編

<宇宙暦787年/帝国暦478年>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍士官学校の新入生。

 

 クロプシュトック侯爵家用の寄宿舎には、士官学校の敷地内で一番辺鄙な場所にあり、現在は使用されていない古臭く煤けた迎賓館が充てがわれる。

 主流派貴族たちの圧力と、揉め事を避けたい士官学校上層部の思惑による決定である。

 日々の生活は不便となるが、アンネローゼらを含めた使用人たちが他領の人間の目に触れる機会が少なくなる為、ヴェルには好都合であった。

 士官学校での学業の合間に、美貌のアンネローゼとの関係性を日々深めていくヴェル。

 ヴェルはアンネローゼとの幸せな日々を守るべく、ラインハルトが往くはずだった道を己が歩む事を決意。

 少なくとも自由惑星同盟軍のイゼルローン攻略だけは阻止するべく、密かに行動を開始する。

 

 イゼルローンを攻略したのは、かのミラクル・ヤンこと同盟最強の将星ヤン・ウェンリー。

 彼は来年行われるはずのエル・ファシルを巡る戦いで、アーサー・リンチ少将麾下の艦隊を囮にして民間人の脱出を成功させ、名を挙げるはずであった。

 この武勲を阻止する事が出来れば、後の彼の栄達も断ち切れ、ひいてはイゼルローン要塞も無事なはずである。

 

 だが、まだ学生のヴェルには、遠く同盟領のエル・ファシルに介入する力など無い。

 士官学校での戦術教練での課題で、ヤン・ウェンリーがエル・ファシルで使うであろう艦艇の群れを隕石群に誤認させる作戦をレポートで提出し、教官たちを唸らせるのが関の山であった。

 

 

 

 

 

<宇宙暦788年/帝国暦479年>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍士官学校の学生。

 

 クロプシュトック侯爵家の初代アルブレヒトは共和派の粛清で名を挙げ、爵位と領土を得た貴族である。

 その成り立ちもあって、クロプシュトック伯爵領には共和派を収監する施設が数多く存在する。

 自由惑星同盟との戦いで得た重要度の低い捕虜たちは、これらの施設に送られて更生プログラムを受ける段取りになっていた。

 厳しい対処は今は昔となっており、大方の捕虜はそのままクロプシュトック侯爵領の領民として生きていく道を選択している。

 

 銀河帝国軍のエル・ファシル占領に伴い、クロプシュトック侯爵領の捕虜収容所にも大量の捕虜たちが送られてくる。

 原作と違い、一部帝国将校がヤンの隕石擬態作戦を怪しんで追跡を行っていた。

 そこで民間人を乗せた艦艇の群れを発見し、エンジンに不調をきたしていた一隻の拿捕に成功した結果であった。

 先年ヴェルが士官学校で提出したレポートの影響である。

 そのバタフライ効果に驚きつつ、ヴェルは次期当主の責務として、祖父ウィルヘルムから転送されてきた領内へ受け入れを行う捕虜のリストに目を通す。

 そして偶然そのリストの中に、フレデリカ・グリーンヒルという十四歳の少女の名前を見つけるに至る。

 

 フレデリカは将来同盟の士官学校を次席で卒業し、ヤンの副官に、次いでその妻の座に収まる才色兼備な女子だ。

 また帝国軍の調査から抜けていたが、フレデリカの父はいずれ同盟軍の大将に収まるドワイト・グリーンヒルでもある。

 そのフレデリカが病気の母と共に虜囚の身となっている。

 将来において同盟軍のグリーンヒル一派と交渉するときに役に立つ可能性がある為、ヴェルは彼女たちの身柄の大至急の確保を決断する。

 

 幸いにして祖父のウィルヘルムは優秀な孫であるヴェルを猫可愛がりだ。

 彼の要求は可能な限り受け入れてくれる。

 ヴェルのお願いにより、早急な治療が必要な捕虜とその介護役の親族一名は、特例として収容所への入所が免除された。

 そしてフレデリカの母を始めとする数組がクロプシュトック侯爵家保有の保養所に入れられ、手厚い治療が続けられる運びとなる。

 

 クロプシュトック家当主のウィルヘルムは宮廷闘争では風を読み違えた敗残者であったが、民政家としては中々の手腕を持っている貴族である。

 原作でのクロプシュトック事件では、敗れはしたものの一丸となって帝国軍に抵抗したほど、自領の民衆から慕われていた。

 また四百年以上の間、労働力確保のために共和派を表向き改心させて領民として次々と受け入れて来た歴史もあり、帝国の他の貴族領に比べて自然と開明的な風土となっていた。

 フレデリカらの扱いに関しても、領内においては取り立てて問題視されなかった。

 

 虜囚の身になったフレデリカは、心細いながらも母のために気丈に振る舞っていた。

 故郷や父ドワイト、そしてエル・ファシルで珈琲を差し入れた中尉さんへの思いも、ひとまず心の棚に蔵う事にする。

 そして、誰かはわからない貴族の温情に縋ってでも、この異国の地でまずは病気の母の介護に専念しようと決心した。

 

 ちなみにヤン・ウェンリーの方は、原作どおりエル・ファシルの英雄と賞賛され、二段階で昇進を果たして少佐となっている。

 拿捕された民間の船一隻については、脱出行中の推進系トラブルで生じた不幸な事故として片付けられていた。

 逆にそれくらいの窮地に立たされた中で、たった一隻を除いて大多数の民間人の脱出を成功に導いた有能な新米中尉として、ヤンは大いに讃えられる。

 ヤン本人は忸怩たる思いを隠せず、酒量が増え、親友のジェシカ・エドワーズやジャン・ロベール・ラップに心配される。

 自分はあの珈琲を差し入れしてくれた名前も知らぬ少女を助けられたのだろうか、と酔い潰れながら思うヤンであった。

 

 未だイゼルローンが失陥する未来への道は絶たれてはいなかった。

 

 



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尉官編

<宇宙暦791年/帝国暦482年7月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は少尉。

 

 二十歳となって士官学校を卒業したヴェルは銀河帝国軍に入り、少尉に任官する。

 在学中は用兵学への理解を更に深め、艦隊指揮能力の研鑽に努めた。

 幸いにして三次元チェスの才能はあったようで、逆に成績を目立たせぬようコントロールする方が大変であった。

 

 ラインハルトには幼年学校からキルヒアイスという最高レベルに有能な副官がいた。

 しかしヴェルにはそれがいない。

 アンネローゼと関係を持ってしまった以上、そのキルヒアイス本人を勧誘するわけにもいかなかった。

 士官学校時代のヴェルは極力他の門閥貴族らを刺激しないように努め、孤立無援のまま影の薄い貴族子弟を演じきる。

 

 任官後のカプチェランカのBIII基地への赴任も、結局ヴェル一人で行く事になった。

 特に暗殺指令なども無く、フーゲンベルヒと組んで機動装甲車による敵情視察に赴くヴェル。

 哨戒中の同盟軍の装甲車三両を襲撃して、電池ならびに同盟軍の車両の操作コードデータを奪う事に成功。

 帰還したヴェルは、BIII基地攻撃中の同盟軍装甲車部隊を停止コードで足止し、味方の基地を救う。

 そして、入手したばかりの同盟軍戦闘車両の停止コードを活用した同盟基地攻略を基地司令官のヘルダー大佐に具申して認められ、続く基地攻略で更なる武勲を上げる。

 本国への栄転帰国が決まってウキウキなヘルダー大佐の推薦により、ヴェルの中尉昇進と艦隊勤務が決定した。

 

 イゼルローン要塞への赴任前に、ヴェルはクロプシュトック星系に立ち寄る。

 十年ぶりのクロプシュトック侯爵家の邸宅を懐かしむ中、ヴェルは滞在中の身の回りの世話役として宛てがわれた、ひとりの年若い侍女に目を惹かれてしまう。

 その侍女の名前がフレデリカ・グリーンヒルと知って驚くヴェル。

 彼女の身柄を安全に確保しておいて欲しい旨は伝えていたが、どの様に扱うかまでは任せていたため、祖父のウィルヘルムがまた先走っていたのである。

 

 意外な事に、この年十八歳になったばかりのフレデリカ本人も、自分の今の立場に納得しているようであった。

 三年前にクロプシュトック領に到着した際、フレデリカは当主のウィルヘルム直々に言い含められ、母の病気の治療と引き換えに、クロプシュトック侯爵家の侍女として行儀見習いに励む事になる。

 クロプシュトック侯爵家の邸宅で働く間、フレデリカは周囲の人間たちから、自身と母の特別扱いは全て次期当主の好意によるものと常々言い聞かされていた。

 そのためエル・ファシルで珈琲を差し入れた中尉さんの事を時折思い出しつつも、まだ見ぬヴェルに対しても恩義を強く感じるようになる。

 残念ながら彼女の母は昨年亡くなってしまったが、最後まで治療に最善を尽くすように指示をしてくれたヴェルには、フレデリカも深く感謝せざるを得なかった。

 

 帝国内に身寄りの無いフレデリカには、母を亡くした後もそのままクロプシュトック侯爵家に仕え続ける他に道は無い。

 クロップシュトック侯爵家に正式に奉公に入った際、フレデリカは改めて周りの大人たちからヴェルの侍女となる意味を色々と言い含められる。

 年若い女の自分が帝国で一人で生きて行く為には、これも必要な事であると割り切ってしまうフレデリカ。

 そうでなくてもフレデリカは、ヴェルに己の感謝の意を伝えるつもりだったのだ。

 その日からフレデリカは、ヴェルに仕えるにあたって必要となるあらゆる方面の能力を持ち前の勤勉さで磨きつつ、己の主人となるヴェルへの拝謁を待ち続けていたのである。

 

 フレデリカの優秀さを知っているヴェルに否やは無い。

 それに同盟側における美女キャラの第一人者であるフレデリカの人となりを、根掘り葉掘り知る絶好の機会を逃すはずがなかった。

 アンネローゼとディープな関係を結んだ段階で、原作ブレイクの葛藤なんてものは既に捨て去っている。

 用意された極上の据え膳を、米粒一つも残さないで容赦なく味わい尽くしてしまうヴェルであった。

 

 以後、ヴェルはクロプシュトック侯爵領滞在中、昼夜の身の回りの世話を全てフレデリカに任せるようになる。

 年若いフレデリカであったが、持ち前の人間的魅力と副官としての適正の高さを発揮して、ヴェルのハードな仕事を何とかサポートし続ける。

 閨房での諸々の管理業務を通じてヴェルと親密度が深まっていくに従い、フレデリカのクロプシュトック侯爵家内でのポジションはトントン拍子に上がっていった。

 ヴェル専用の侍女兼秘書として公私共にヴェルの領地経営をサポートし、最終的にはクロプシュトック侯爵領の家宰に相当する役割を果たすまでに至ってしまう。

 

 

 

 

 

<宇宙暦791年/帝国暦482年8月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は中尉。

 

 イゼルローン要塞第237駆逐隊の駆逐艦ハーメルンIIの航海長に赴任するヴェル。

 偶然ながら祖父ウィルヘルムは昔ハーメルンⅡの艦長のアデナウアー少佐を世話した事があった。

 ヴェルはその伝手でイゼルローン回廊哨戒任務への出撃に先立ち、アデナウアー少佐にプレゼンする機会を得る。

 

 ヴェルはアルトミュール恒星系の小惑星帯での同盟軍の奇襲を示唆。

 その場合の予想される敵軍の伏兵の配置も説明する。

 平民上がりのベルトラム大尉が反駁するも、アデナウアー少佐の注意は十分に喚起出来ていた。

 

 ハーメルンIIは小惑星帯に入る前に警戒を厳にし、結果として同盟の奇襲を察知。

 同盟艦艇の砲撃による被弾を避ける事に成功する。

 

 アデナウアー少佐に反撃策を聞かれ、ヴェルは伏兵を逆に撃つプランをその場で提示した。

 プランに沿った操艦で見事に同盟軍の奇襲を撃退するハーメルンII。

 艦内で反乱が発生する事も無く、ハーメルンIIはそのままイゼルローン要塞に逃げ込んで敵軍の動きを味方に伝え、哨戒任務を見事達成する。

 

 アデナウアー少佐はヴェルの才幹を激賞し、ヴェルは大尉に昇進する。

 

 

 

 

 

<宇宙暦792年/帝国暦483年1月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十一歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は大尉。

 

 鉱山の利権絡みでシャフハウゼン子爵家とヘルクスハイマー伯爵家の間で決闘騒動が勃発する。

 貴族社会から爪弾きにされているクロプシュトック家には関係無い話で、ヴェルは決闘には不参加であった。

 

 この世界ではアンネローゼがフリードリヒ四世の寵姫の地位に収まっていない。

 その為、鬼女化していないシュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人(二十七歳)の取り成しで騒動は決着。

 鉱山利権は折半となる。

 

 その頃ヴェルはカイザーリング艦隊に属し、駆逐艦の副長としてアルレスハイム星域の会戦に参戦していた。

 己が非常にヤバい艦隊に配置された事に気付いたヴェルは、焦って打てるだけの手を打ちまくる。

 

 赴任してすぐに副長権限で乗組員の素行を調査。

 艦の乗員がサイオキシン麻薬に汚染されている事に気付いて艦長のハウサー少佐に報告を上げ、上官を巻き込む事に成功する。

 全軍の砲門をデータリンクによって旗艦でコントロールするよう、ハウサーと図って主将のカイザーリングに働きかけるヴェル。

 この機転によってカイザーリング艦隊の作戦行動中の暴走は阻止され、同盟軍への奇襲は見事成功する。

 

 寡兵で同盟の艦隊を撃ち破ったカイザーリング中将。

 その威名は帝国軍内に鳴り響き、カイザーリングは大将へと昇進する。

 奇襲が決まってからのカイザーリング艦隊の荒ぶる暴走の如き攻撃は、瀑布の如くと評された。

 それがサイオキシン麻薬のせいであると知っていたヴェルは、憲兵隊にその件を秘密にする事を誓う代価として少佐への昇進を果たすのであった。

 

 この時のヴェルは、己とカイザーリングが帝国を二分する戦いでそれぞれの軍勢を率い、宇宙の覇権を巡って激突する未来が訪れる事など予想だにしていなかった。

 

 



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佐官編

<宇宙暦792年/帝国暦483年5月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十一歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は少佐。

 

 第五次イゼルローン攻防戦に駆逐艦エルムラントIIの艦長として参戦するヴェル。

 艦長への就任時に祖父ウィルヘルムに優秀な部下が欲しいと漏らしたら、何やらかつての伝手を使ったらしく、ヴェル的にはかなりの大物がやって来た。

 レオポルド・シューマッハ中尉(二十七歳)がヴェルの副官となる。

 愉悦である。

 

 頼れる副官の登場にヴェルは安堵する。

 この時以降、ヴェルは面倒ごとは全てシューマッハに丸投げするようになる。

 褒美にやたらと辛い麻婆豆腐を振る舞おうとするヴェルに辟易するも、次第にその味にハマっていくシューマッハ。

 奇妙な主従関係が出来上がる。

 

 同盟軍のシドニー・シトレ大将率いる艦艇は五万隻を超える。

 初戦でシューマッハに采配を任せて敵の巡航艦を撃破した後は、ヴェルはエルムラントIIを大人しく後退させた。

 味方ごと同盟軍を撃滅するトールハンマーの射線上から逃れ、追い討ちで更に戦果を上げる。

 

 巡航艦撃破の功績によりヴェルは中佐に昇進。

 副官のシューマッハも大尉に昇進する。

 

 

 

 

 

<宇宙暦792年/帝国暦483年12月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十一歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は中佐。

 

 巡航艦ヘーシュリッヒ・エンチェンの艦長に就任したヴェルは、副官のシューマッハとともに同盟領への単独潜入任務に就く。

 指向性ゼッフル粒子発生装置を持ち出したヘルクスハイマー伯爵の同盟領への亡命阻止が目的であった。

 ワーレン少佐が副長となり、ベンドリング少佐が監察官として同行する。

 

 イゼルローン回廊から同盟領に潜行し、ヘルクスハイマー伯爵の亡命船を拘束。

 減圧事故で伯爵一族はマルガレータ嬢以外死亡してしまっており、指向性ゼッフル粒子発生装置はプロテクトされていた。

 シューマッハにマルガレータの持ち物の調査を命じ、クマのぬいぐるみの中からプロテクト解除コードをゲット。

 ベンドリング少佐に命じてプロテクトを解除させ、装置を回収して亡命船を破棄し、悠々と帰還航路を航海して帝国領に帰還する。

 尚、ベンドリング少佐のブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム公のスキャンダルに関するファイルの消去は、敢えて見て見ぬ振りをする。

 

 ヘルクスハイマー伯爵の唯一の生き残りのマルガレータについては、自らが後見人となる事を宣言する。

 オーディンでの裁判中はアンネローゼにマルガレータの面倒を見させた。

 マルガレータはアンネローゼに非常に懐き、クマのぬいぐるみにアンネローゼと名付けるまでとなる。

 僅か十歳という年齢も有り、予想通りに裁判ではマルガレータの無罪が確定する。

 その後はブラウンシュヴァイク公の手の者に暗殺されぬよう、クロプシュトック星系の自領にその身柄が移される。

 フレデリカの仕事にマルガレータのお守りも追加され、ここでもマルガレータはフレデリカと良い関係性を築くに至る。

 

 マルガレータを保護した結果として、ヴェルはブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候の両巨頭の反感を買ってしまった。

 この時初めて銀河帝国の政界と貴族界にて、ヴェレファング・フォン・クロプシュトックの名前が注視される事になる。

 

 秘密任務を見事スマートに解決して見せた事でヴェルは大佐に昇進。

 副官のシューマッハも少佐に昇進を果たした。

 

 

 

 

 

<宇宙暦793年/帝国暦484年4月~5月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十二歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は大佐。

 

 帝都憲兵本部に出向中だったヴェルが、副官のシューマッハと共に幼年学校の殺人事件の捜査に当たる。

 学年首席のモーリッツ・フォン・ハーゼが現場を案内してくれるが、その途中にトイレに立ち寄るヴェル。

 赤いハンカチをトイレの緑の床にわざと落とし、ハーゼに拾ってくれるよう頼むがハーゼはハンカチを見つけられず動揺。

 犯人のハンデキャップと殺害理由を暴いて、事件を速攻解決してしまう。

 わずか数十分で事件を解決して見せたヴェルは、その功にかこつけてさっさと准将に昇進させられ、憲兵本部から追い出されてしまう。

 

 その数日後にアンネローゼの父のセバスティアンが肝硬変で死亡する。

 酒の飲み過ぎであった。

 これでアンネローゼがクロプシュトック家に奉公する理由は無くなってしまう。

 

 しかしヴェルにはアンネローゼを手放すつもりなど毛頭無い。

 セバスティアンの葬儀を全て手配した後、このまま側に留まってくれるよう全力で口説き落としに掛かる。

 あまりの必死さにアンネローゼも苦笑する他なく、ヴェルは承諾の言葉を得る事に成功する。

 

 ちなみにフレデリカとの事はまだアンネローゼには内緒であった。

 

 

 



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准将〜中将編

<宇宙暦794年/帝国暦485年3月~4月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十三歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は准将。

 

 グリンメルスハウゼン中将の艦隊所属となったヴェルは、ヴァンフリート星域会戦に参加する。

 グリンメルスハウゼンは若い頃にフリードリヒ四世の侍従武官を勤めていた老人である。

 ヴェルの祖父ウィルヘルムが貴族社会から排除されてしまったのも、ブラウンシュヴァイク公のみならず、彼に嫌われてしまった事がその要因の一つであったと言っても良いだろう。

 なのでヴェルも最初から全て無駄だと理解しており、グリンメルスハウゼンに策を具申する等の労力は一切行わなかった。

 原作の知識から、凡庸で耄碌(もうろく)しているように見えて実は密かに我執(がしゅう)が強く、計算高くもあるグリンメルスハウゼンの性格を見通していたのである。

 

 戦線が膠着(こうちゃく)し、ミュッケンベルガー元帥は軍事的には全く無能なグリンメルスハウゼン中将を前線から遠ざけようとする。

 命ぜられるままにヴァンフリート4=2に赴き、後方基地設営を開始するグリンメルスハウゼン艦隊。

 だが同盟軍の基地が既にそこにはあった。

 偵察を進言する元ローゼンリッター連隊第十一代連隊長のヘルマン・フォン・リューネブルク准将。

 ヴェルは黙っていたが、グリンメルスハウゼンの鶴の一声で何故かヴェルもリューネブルクに付き合わされることになる。

 

 同時刻に帝国同様に同盟軍のローゼンリッター連隊も偵察に出て来ていた。

 ローゼンリッター連隊との戦闘が開始され、ヴェルは仕方無しに副官のシューマッハと共にリューネブルクをサポートする。

 この戦いでリューネブルクはかつての部下と相対し、逆亡命した彼の後を継いで大変苦労したと憤るオットー・フランク・フォン・ヴァーンシャッフェ大佐をあっさりと打ち破る。

 次いで行われる事になった同盟軍基地の攻略にて、ヴェルは同盟軍が放射状に防衛線を広げている事を看破。

 リューネブルクに先立って基地突入したヴェルは、偶然目の前に現れたヴァレリー・リン・フィッツシモンズ中尉を捕虜とする事に成功する。

 

 リューネブルクがローゼンリッターのカール・フォン・デア・デッケン中尉を倒し、次いでワルター・フォン・シェーンコップ中佐と死闘を繰り広げる一方で、ヴェルとシューマッハの主従はヴァレリーから基地司令の位置を聞き出して楽をしようと試みていた。

 この時ヴァレリーは二人に偽情報を漏らして脱出の機会を探ろうとする。

 しかし当の戦さ下手なセレブレッゼ中将が持ち場を離れて右往左往していた為、ヴァレリーの嘘は本当になってしまう。

 ヴェルたちに拘束され、裏切ったヴァレリーを激しく罵るセレブレッゼと、当惑するヴァレリー。

 

 とにかく、セレブレッゼ中将を捕虜にする武勲を上げたヴェルは少将に任ぜられ、シューマッハも中佐に昇進する。

 ただし、主流派の門閥貴族たちからは女を脅して手柄を立てた小二才と侮蔑を受けるはめになる。

 

 意図せぬ裏切り行為によって同盟に戻れなくなってしまった当のヴァレリーは、ヴェルの手配で亡命扱いにされてしまう。

 彼女の存在がシェーンコップに対する有効なカードとなると判断したヴェルが、自ら後見となる事でその身柄を引き取ってしまったのである。

 かの名うての不良中年が惚れ込んだ相手が、どのような素晴らしい女性なのか興味が無かったと言ったら嘘であろう。

 

 帝国にその身を移す事になったヴァレリーは、紆余曲折を経てクロプシュトック家の私兵として雇われ、身寄りの無い帝国での己の居場所を確保するに至る。

 プライベートも含めて昼夜を問わずにヴェルやアンネローゼの警護役を務め、ヴェルとの関係性も大いに深めていく。

 

 

 

 

 

<宇宙暦794年/帝国暦485年10月~12月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十三歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は少将。

 

 クロプシュトック侯爵家は貴族社会から爪弾きにされている為、グリンメルスハウゼンの大将昇進の祝賀会にも呼ばれる事もなく、ヴェルは戦地に赴いていた。

 ミュッケンベルガー元帥麾下で二千五百隻の分艦隊を指揮し、第六次イゼルローン攻防戦に臨む。

 

 約三万七千隻で攻め寄せてくる自由惑星同盟軍を、二万隻の艦艇でイゼルローン要塞にて迎え撃つ銀河帝国軍。

 ヴェルはイゼルローン回廊の同盟側出口付近での宙域争奪戦に参加する。

 士官学校で学んだ作戦を実践して実地で検証しつつ、ヴェルの分艦隊は同盟のワーツ、キャボット、ワイドボーンの部隊を撃破。

 ただし、同盟軍の作戦参謀ヤン・ウェンリーの包囲作戦が始まる前に撤収し、兵力の温存に成功する。

 

 本戦においても、同盟のホーランド少将のD線上のワルツ作戦を看破し、本命のミサイル艦隊を待ち伏せして撃滅。

 二千五百隻弱の数を生かし、トールハンマーの射軸外で十倍以上の同盟の艦艇と互角に戦いつつ、ヴェルはミュッケンベルガーに献策を行う。

 他の艦隊に出撃を命じようとしていたミュッケンベルガーは、差し出がましいヴェルに反感を抱きつつも有効性を認めてその策を採用。

 帝国艦隊は同盟の伸びきった陣形の側面を突く振りをして、即座に後退する。

 同盟艦隊はまんまとトールハンマーの射線に引き摺り込まれた。

 

 要塞から放たれる巨大な一閃。

 トールハンマーによって大打撃を受けた同盟軍は、イゼルローン回廊からの即時撤退を全軍に通達する。

 ちなみにこの戦いの最中、リューネブルク少将はシェーンコップとタイマンを張らざるを得なくなり、あえなく戦死している。

 その報を聞いてもヴェルは何の感慨も受けなかった。

 

 この戦いでヴェルは中将に昇進し、シューマッハは大佐となる。

 尚、この戦い以降、ヌルヌルと立ち回って浅知恵が回る様を形容し、またそのキューティクル満載で黒く艶やかに輝く髪質もあって、ヴェルは貴族界の主流派から黒蛇と呼ばれ、文字通り蛇蝎の如き扱いを受けるようになった。

 

 

 

 

 

<宇宙暦795年/帝国暦486年2月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十四歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は中将。

 

 再びミュッケンベルガー元帥麾下に入り、一個艦隊を率いて第三次ティアマト会戦に臨む。

 同盟軍のホーランド中将の第十一艦隊の攻勢の限界点を何とか見極める。

 混乱したままの他の帝国艦隊を尻目に、斉射三連でホーランドをあの世に送る事に成功。

 この戦いに先立ってノルデン少将が参謀長としてヴェルの下へ配されていたが、ヴェルは礼節を守りつつも一切相手にせず、対応は全てシューマッハに任せきりであった。

 

 この戦いでヴェルは大将に昇進し、シューマッハは准将となる。

 尚、ヴェルはオーディン帰還後に新造艦バハムートを旗艦として拝領する。

 

 ブリュンヒルトの同系艦のこの漆黒の船は、ヴェルの生涯に渡っての御座船として活躍する事となった。

 

 



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侯爵編

<宇宙暦795年/帝国暦486年3月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十四歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は大将。

 

 クロプシュトック侯爵家当主のウィルヘルムは、孫のヴェルの銀河帝国軍内での栄達を我が事のように喜んでいた。

 クロプシュトック侯爵家復権の日も近いとウキウキのウィルヘルム。

 その様子からヴェルはクロプシュトック事件発生の恐れはもう無くなったと踏んでいた。

 

 だが、運命の悪戯かクロプシュトック事件が起こるはずのブラウンシュヴァイク公主催のエリザベート嬢の誕生パーティの当日、なんとそのウィルヘルムが心臓発作で急死してしまう。

 急遽ヴェルはクロプシュトック侯爵位を継承せねばならなくなった。

 

 参内してフリードリヒ四世に拝謁するヴェル。

 爵位の継承と共に、当代の銀河皇帝の鶴の一声でヴェルに婚約者があてがわれる事になる。

 宰相代理のリヒテンラーデ侯に相手は誰が良いか相談するフリードリヒ四世。

 リヒテンラーデ侯は帝国貴族内でも非主流派であるマリーンドルフ伯爵家令嬢のヒルデガルド(十八歳)を推挙し、皇帝がそれを受け入れた為、婚約が決定する。

 予想外の展開に驚くヴェルであったが、その決定を断るにはまだ力が足りず、謹んで受け入れざるを得なかった。

 

 婚儀を上げる前に予め愛人との関係を清算しておくよう釘を刺してくるリヒテンラーデ侯。

 暗にアンネローゼの事を仄めかしていた。

 皇帝自らが斡旋した由緒正しい名家同士の婚姻である為、当然の措置であろう。

 これはフリードリッヒ四世の古くからの廷臣たちが仕掛けた、慶事とかこつけての陰湿な嫌がらせであった。

 

 ブラウンシュヴァイク公を初めとする廷臣たちは、クロプシュトック侯爵家を未だに許してはいなかった。

 そのクロプシュトック侯爵家の小せがれが、軍功を重ねて一気に帝国軍大将まで駆け上り、軍部内で威勢を振るい始めている。

 ヘルクスハイマー伯爵の一件もあって流石に看過出来ず、ブラウンシュヴァイク公は己の配下であるアントン・フェルナー大佐にヴェルの身辺を洗うよう命じていた。

 フェルナー大佐はヴェルの愛妾のアンネローゼの事も調べ上げ、コルヴィッツにもヒアリングを行い、主君に報告を上げる。

 

 クロプシュトック家の忌々しい黒蛇が、陛下の後宮に入るはずだったアンネローゼを横取りし、手元に置き続けてひたすら寵愛している。

 まるで陛下に当て付けているようではないか!と憤る廷臣たち。

 彼らは合法的にヴェルとアンネローゼの仲を裂こうと、皇帝を巻き込んで謀略を仕掛けてきたのである。

 ちなみに発案者はブラウンシュヴァイク公の甥のフレーゲル男爵である。

 フレーゲル男爵個人は「平民腹のエセ貴族には、騎士階級出の貧乏女程度がお似合いだ」と考えており、逆にヴェルには感謝して貰いたいくらいだと嘯く始末であった。

 

 己の治世を諦観していたフリードリッヒ四世は、廷臣たちのその目論見についても黙認する。

 愛しい妾との仲を引き裂かれ、ヘイトを溜めた若きヴェルが銀河帝国を滅ぼすのなら、それもまた良しのスタンスを取る。

 原作知識によりフリードリヒ四世のその考えはヴェルも重々承知な為、あえて逆らおうとしなかった。

 こうしてヴェルのクロプシュトック侯爵叙任と共に、ヴェルのヒルデガルドとの婚約が正式に発表される。

 結婚はヒルデガルドが成人する二年後に定められた。

 

 正式に侯爵に叙任したヴェルは、アンネローゼの事はひとまず置き、自領の富国強兵策を推進する。

 革新派・開明派のカール・ブラッケとオイゲン・リヒターの両名を招聘し、自領内の各種制度の見直しに着手させる。

 また父祖の代から伝わる貴重なゴールデンバウム王朝に関する美術品や肖像画についても、高値が付いている今の内に片っ端から売り払ってしまうヴェル。

 祖父のウィルヘルムがこよなく愛したルドルフ大帝の肖像画も例外では無かった。

 そうして得た資金を基に、古のワイゲルト砲の復活や、巨大な氷塊にバサード・ラム・ジェット・エンジンを装着して作成する質量兵器の建造を目論み、大量の技術者を領内で雇い入れ始めた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦795年/帝国暦486年4月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十四歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は大将。

 爵位は侯爵。

 

 どうやらこの世界はアニメOVA版準拠だったようで、クロプシュトック侯爵家とは別の地方貴族が反乱を起こしていた。

 軍部内での階級を上げる良い機会と捉えたのか、ブラウンシュヴァイク公自らが鎮圧艦隊を率いて、その制圧に乗り出す。

 しかし、占領地で無法を働いた自分の縁者を技術顧問のウォルフガング・ミッターマイヤー少将(二十七歳)が勝手に処罰して銃殺してしまった為、ブラウンシュヴァイク公は大激怒。

 ミッターマイヤーが拘束されるに及び、原作でラインハルトに助けを求めたのと同様に、親友のオスカー・フォン・ロイエンタール少将(二十八歳)がヴェルを訪ねてクロップシュトック侯爵邸の門扉を叩く。

 

 ラインハルトとは異なり、ヴェルには己にミッターマイヤーとロイエンタールの両将を御すだけの才幹が無い事は重々承知している。

 それでもあえて二人の忠誠を買う事を決断。

 ヒルデガルドと結婚してもアンネローゼを手元に留めおくには、ラインハルトと同じ覇道を進むのが一番手っ取り早いと気付いたのである。

 二年以内に他の貴族たちを黙らすだけの巨大な権力を手に入れると決意したヴェルは、自らミッターマイヤー救出の場に乗り込んで行く。

 そしてフレーゲル男爵と対峙し、ブラウンシュヴァイク公との敵対姿勢を明らかにした。

 

 尚、ブラウンシュヴァイク公配下のアンスバッハ准将の機転により、一旦は激突は回避される。

 ミッターマイヤーの身柄は無事解放され、ヴェルに忠誠が捧げられた。

 

 後に帝国の三矢と呼称されるシューマッハ、ミッターマイヤー、ロイエンタールの三人が初めてヴェルの下に集った瞬間であった。

 これでクロプシュトック陣営は大幅に強化され、ヴェルの野望の実現性は一段と高まった。

 

 

 

 

<宇宙暦795年/帝国暦486年5月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十四歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は大将。

 爵位は侯爵。

 

 雨の中、先のクロプシュトック侯爵ウィルヘルムの葬儀が行われる。

 

 ヴェルのヒルデガルドとの婚約を受けて、周囲のプレッシャーが強まっていた。

 空気を読んだアンネローゼは自ら身を引こうとする。

 葬儀に参列してお世話になった亡きウィルヘルムの御霊を弔った後、アンネローゼは一人クロプシュトック侯爵邸を離れた。

 

 ヴァレリーからの連絡を受けて、姿を晦ましたアンネローゼを探して走るヴェル。

 無事発見してその身柄を確保するも、ヴェルに抱きしめられたアンネローゼはその場で嘔吐。

 ヴェルと共にその場に駆けつけていたヴァレリーがアンネローゼを介抱し、悪阻である事を見抜く。

 アンネローゼの懐妊が発覚した。

 

 身重となったアンネローゼはクロプシュトック家にてより丁重に扱われるようになる。

 ヴェルがアンネローゼを手放せなくなった理由がまた一つ増えてしまった。

 

 

 



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大将編

<宇宙暦795年/帝国暦486年9月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十四歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は大将。

 爵位は侯爵。

 

 ヴェルは妊娠中のアンネローゼを気遣いながらも、ミッターマイヤーとロイエンタールの両将を初めて率いて出征する。

 

 ヴェル艦隊がイゼルローン要塞に入港する前に、ミュッケンベルガー元帥からティアマト星系への出動命令が届く。

 そのまま惑星レグニッツァに進軍したヴェル艦隊は、そこで同盟軍のパエッタ中将率いる第二艦隊との遭遇戦に入る。

 原作知識の出し惜しみなどしないヴェルは、初っ端から惑星レグニツァに核融合ミサイルを撃ち込む戦法を取った。

 巨大なガスの奔流を第二艦隊にぶち当て、その陣形を崩してから攻勢を開始。

 第二艦隊を追い払う事に成功する。

 

 続いて第四次ティアマト会戦では、原作でのラインハルト同様にヴェル艦隊は帝国軍の左翼に配置される。

 そして門閥貴族主流派の思惑により、ミュッケンベルガー元帥より左翼単独の突出を命じられてしまう。

 ラインハルトが実行した帝国と同盟の両軍の間を通過する奇策は、凡才のヴェルには到底取りえないものであった。

 また、その作戦に出た場合、自らの艦隊の被害は少なくなるが、相対的に銀河帝国軍全体の被害が大きくなるのは予測がついた。

 ヴェルはここはあえて堅実な作戦に出る。

 すなわち、前進ではなく緩く外を回っての同盟艦隊左側面への攻撃であった。

 

 ヴェルの采配により、反時計回りに旋回する車掛かり陣と、火線の集中によって敵を確実に一隻ずつ沈めていく戦法が取られる。

 同盟艦隊を一気に切り崩していくヴェル艦隊。

 第三次ティアマト会戦での第十一艦隊の序盤の猛攻を彷彿とさせる、烈火のごとき攻勢である。

 ヴェルの麾下の将官たちは皆、どこが堅実な作戦だよと内心総ツッコミであった。

 

 あまりのヴェルの艦隊の勢いの凄まじさに、押しやられていく同盟右翼に巻き込まれ、同盟の中央部隊にも混乱が波及する。

 好機と見たミュッケンベルガーが帝国右翼と中軍に攻撃開始を指示し、同盟艦隊に正面から打撃を与え始める。

 

 もちろんヴェルは今は亡き同盟のホーランド中将と同じ愚は犯さなかった。

 シューマッハに全軍の消費エネルギーをチェックさせ、戦線が優位に進んでいるうちに余裕を持って兵を一旦引く。

 そしてロイエンタールに別働隊の指揮を任せて同盟の背後を伺うよう命じ、ミッターマイヤーを先陣に命じて再度攻勢に出る。

 

 疾風ウォルフの進軍の速さに防備が間に合わず、いいように蹂躙されてしまう同盟右翼軍。

 時を同じくして、同様の手を使おうとしていた同盟軍に対してロインエンタールが先手を取り、奇襲を仕掛けて同盟艦隊の別働隊を殲滅する。

 帰路を封鎖されたと勘違いした同盟艦隊は動揺し、戦線を維持しきれなくなって撤退を開始。

 帝国軍の完勝であった。

 

 この戦いでヴェルは上級大将に昇進。

 シューマッハは少将となり、ミッターマイヤーとロイエンタールは中将となる。

 この頃から門閥貴族らが侮蔑に使う黒蛇の呼称が転じ、ヴェルは帝国将兵たちから黒竜侯と崇められ始めるようになった。

 

 

 

 

 

<宇宙暦795年/帝国暦486年12月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十四歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は上級大将。

 爵位は侯爵。

 

 オーディンにてアンネローゼが臨月を迎える。

 出産に立ち会うヴェル。

 珠のような男の子が産まれる。

 髪の色はブラウンであったが、ヴェルは我が子をラインハルトと名付け、アンネローゼもそれを受け入れた。

 

 後にヴェルはその我が子にローエングラムの門地を与えて一家を立てさせたが、生涯その息子を小ラインハルトと呼び続けた。

 筆頭妾妃のアンネローゼには夭折した弟がおり、その弟もラインハルトという名であった事は調べれば出てくる情報であった。

 だが、何故自分の息子の方に小を付けて呼んでいたのかについては、歴史の永遠の謎となる。

 

 

 



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原作一巻
上級大将編


<宇宙暦796年/帝国暦487年2月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十五歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は上級大将。

 爵位は侯爵。

 

 銀河帝国の宮廷におけるヴェルに対するヘイトは止まるところを知らない。

 戦略目的も曖昧なまま、ヴェルは二万の艦艇を率いて同盟領のアスターテ星系に赴いていた。

 更に何者かがフェザーン経由で同盟に対して進軍情報をリークした為、同盟軍三個艦隊四万隻の軍勢で包囲されつつあった。

 同盟の戦訓史に燦然と輝く「ダゴンの殲滅戦」と同じ布陣である。

 

 また今回の出征に先立っての軍務省の人事により、ヴェルはシューマッハ以外のクロプシュトック派の将官たちと引き離されている。

 配下として率いる将官はメルカッツ大将、シュターデン中将、フォーゲル中将、エルラッハ少将、ファーレンハイト少将の五人。

 初めて戦陣を共にする者ばかりで、若輩ながら戦功著しいヴェルに対して反感を抱いている者らがその内の過半を占めていた。

 

 シュターデンを中心にしたその五人が、三方から攻め寄せてくる同盟艦隊に恐れをなして、揃って撤退を進言してくる。

 メルカッツとファーレンハイトは取り込むべき将星と認識しているヴェルは、彼らに対して懇切丁寧に作戦を説明する。

 当然ながら原作でもラインハルトが選択した各個撃破戦術である。

 一度でもこの戦法を見せられると不思議なもので、この各個撃破以外の方法は思い付かなくなってしまう。

 その利点を説明しながらも、これが固定観念と言うものかと自戒するヴェルであった。

 

 机上の空論と喚くシュターデンをシューマッハに宥めすかさせ、なんとかこちらの指揮に従う事を納得させる。

 彼らを引き下がらせる為には上官の権限をチラつかせ、最後には皇帝の名まで出さざるを得なかった。

 自分の指揮能力の低さをヴェルは痛感させられる。

 ひとえに各個撃破と言っても、シュターデンらが懸念するとおり、それを行うには余程の指揮能力が必要であった。

 そこら辺の難易度の高い艦隊運用は、全て便利なシューマッハに丸投げする事をヴェルは改めて決意する。

 

 ヴェルにはそれよりも、このアスターテ星域会戦で絶対に達成しないといけないミッションがあった。

 どうやって同盟のヤン・ウェンリー准将に名を成さしめないか。

 ヴェルはその方法を考える事だけに集中する。

 

 

 

 正面のパストーレ中将率いる一万二千隻の同盟軍第四艦隊に対して、急進して通信妨害を掛けつつ襲いかかるヴェル艦隊。

 防戦体制の整わない敵軍を一気に蹂躙し、旗艦のレオニダスを撃墜して組織的抵抗を排除。

 その後、掃討戦を放棄して戦場の移動を開始する。

 もちろんその間タンクベッドで将兵に休息を取らせる指示を出しておくのも、ヴェルは忘れなかった。

 シューマッハはキルヒアイスではないので、そこら辺の気配りは自分の役目と心得ているヴェルであった。

 役割が逆である。

 

 同盟軍第四艦隊を鎧袖一触で片付けたヴェル艦隊は勢いに乗り、次いでムーア中将率いる同盟軍第六艦隊一万三千隻の右側背に奇襲を敢行する。

 指揮官のムーア中将が呑気にディナー中だった為にまともに指揮出来ず、甚大な被害を受けてしまう同盟第六艦隊。

 ラップ少佐の進言も受け入れず、ムーア中将がその場で反転攻勢を選択してしまって大勢が決する。

 

 ヴェルにはこのタイミングで試してみたい事があった。

 勝敗が決した後に通信妨害を一時解除する。

 被弾しつつもまだ抵抗を続ける第六艦隊のペルガモンに対して、ヴェルは原作と同様に降伏勧告を行う。

 無視して光学目視で砲撃を続けるペルガモンを確認した後、徹甲戦弾での砲撃ではなく指定の電文を送信するよう通信兵に指示を出す。

 その電文の内容に通信兵は激しく戸惑うも、ヴェルは重ねて送信を命じる。

 それはムーア中将に向けてではなく、ペルガモンの艦橋にいる士官たちに対してのメッセージであった。

 

「卿らの指揮官は捕虜になる事を恐れる惰弱者である。また死手の旅路を一人行くのも寂しくて選べず、卿らを無理やり供させようとする卑怯者である。故にこの場で指揮官を討って降伏すれば、卿ら旗艦の乗組員全員への寛大な処置を約束する」

 

 まさに悪魔のような甘言である。

 無能であっても卑怯者にはなりたくないムーアに対し、それこそ卑怯と嘲弄して激昂させる事で、周囲との不和が生じやすい状況が作られる。

 

 暫くしてペルガモンから返信が入る。

 寛大な処置をお願いする、との降伏の宣言がオールレンジ通信で戦場に流れた。

 通信の送り元の同盟士官は、ジャン・ロベール・ラップ少佐と名乗った。

 

 望み通りの結果を得て満足したヴェルは、第六艦隊の旗艦ペルガモンの武装を解除して曳航するよう指示を出す。

 開戦前と異なり、悠長な事をしていないで残る第二艦隊を討つべしと訴えてくるフォーゲル中将ら。

 しかしヴェルはそれに応じず、撤退を宣言する。

 

 我が帝国軍は寡兵にも関わらず二個艦隊を打ち破っており、戦果は充分である事。

 艦隊には被害はほぼ無かったが、二連戦で末端の将兵は確実に消耗している事。

 第二艦隊の数は一万五千隻であり、これまでとは異なり数の優位がそれほど無い事。

 また第四・第六のように油断した状態での第二艦隊への先制攻撃は難しい事。

 

 色々と理由を重ねてフォーゲルらを黙らせるヴェル。

 要するにヴェルはヤン・ウェンリーとの戦いを避ける選択を取ったのである。

 第二艦隊と戦わなければヤンが昇進する事も無く、近々に第十三艦隊は組織されないという読みであった。

 

 

 

 悠々とアスターテ星域から撤退を開始する帝国軍ヴェル艦隊の二万隻。

 残る同盟の一万五千隻の第二艦隊は、それをただ指を咥えて見送るしか無いはずであった。

 逆に言うとここで帝国軍の帰還をただ見送ったとしても、多大な犠牲を払いつつも帝国軍をアスターテ星系から追い払った、という同盟なりの大義名分が立つはずであった。

 

 誰もがこれで幕引きかと思っていた。

 だがそれを第二艦隊の主将であるパエッタ中将がひっくり返してしまう。

 このままおめおめと勝ち逃げを許すものか!と、ヤンたち幕僚の制止を振り切って追撃の命令を発し、帝国軍の後背を襲おうとする。

 

 パエッタの無能ぶりに頭が痛くなるヴェル。

 数瞬の間を置いて、そこまで決着を付けたいのであれば仕方ないと、ヴェルは気持ちを切り替えた。

 要はパエッタを負傷させず、彼に最後まで第二艦隊を采配させれば良いのである。

 

 ヴェルは予め各艦艇のデータベースに入力しておいた反転包囲の陣形への移行を命じる。

 同盟の第二艦隊が攻勢に入ろうとした頃には、帝国軍は万全の迎撃準備を整えていた。

 ヴェルは味方の数の利を生かし、第二艦隊を半包囲してじわじわ外側から敵の兵力を削り取る作戦に出る。

 これなら敵の旗艦パトロクロスを討つのは一番最後になるはず。

 

 しかしヴェルの思惑は外れ、最初の一合で運命が決する。

 第二艦隊の旗艦パトロクロスが被弾してパエッタ中将が負傷。

 パエッタは味方の士気を上げて敗勢を覆すべく、自ら最前線に出てきていたのである。

 

 

 

 ヤン・ウェンリー准将が指揮を取る旨がオールレンジ通信で戦場に流される。

 最後に勝てば良いというヤンの不敵な発言にメルカッツやファーレンハイト、シューマッハらは感心する。

 

 だが、ヴェルはそれどころではなかった。

 戦慄がヴェルの体を包んでいた。

 一手でも間違えると、こちらが死ぬ。

 

 この瞬間、ヴェルは潔く全てを諦めた。

 同盟の第十三艦隊の設立も、イゼルローンの失陥も、同盟の帝国領侵攻作戦も。

 ヤンの声が聞こえた時点でそれらは全て既定路線となってしまった事を悟り、覚悟を決める。

 必ずこの戦場から生きて帰って、アンネローゼや小ラインハルトの顔を見る。

 そう決めた。

 

 全軍に紡錘陣形を取る事を通達するヴェル。

 敵中央の一点突破を麾下の将兵に命じ、艦隊運用を開始するようシューマッハに指示を出す。

 

 その帝国軍の楔を打ち込む勢いに圧迫され、瓦解していくように見える同盟第二艦隊。

 その実そのままの勢いで帝国軍の周囲を猛進し、帝国軍の後背に出て再集結し、後ろから襲いかかってくる。

 

 驚愕する帝国軍将官たちの中で、ヴェルはやはりこうなったかと一人安堵の吐息を漏らしていた。

 指示を求める配下の将官たちに、こちらも同盟の後背に着くよう艦隊運動を指示を出す。

 反駁したエルラッハ少将が、同盟の第六艦隊のムーア中将と同じ様にその場で麾下の艦艇を反転させようとする。

 そのまま同盟の艦艇の攻勢に晒されて散っていったが、ヴェルにとっては些細な事であった。

 

 座標は違えど原作通りにウロボロスの輪状態となり、単なる消耗戦に移行する戦場。

 頃合いを見て帝国と同盟軍が互いに軍を引いていった。

 

 

 

 ヤンに対してその勇戦を讃える通信を入れる余裕など、ヴェルには全く無かった。

 あるのは安堵だけである。

 

 あまりにも晴れやかな顔になっていた為、完勝出来なかった事は悔しくないのですかとシューマッハに尋ねられてしまう。

 悔しくないとヴェルは即答する。

 

 実際十分すぎる戦果であった。

 アスターテ星域を巡る会戦において二勝一分。

 更に第六艦隊の旗艦ペルガモンの拿捕のおまけ付きである。

 

 この功により、ヴェルは元帥に昇進し、元帥杖を手にして元帥府を開設する権利を得た。

 また宇宙艦隊副司令長官として、銀河帝国の軍権の半分をその手中に収める事となった。

 

 生き残ったメルカッツらも階級が一つ上がり、シューマッハも中将に昇進する。

 メルカッツとファーレンハイトはヴェルの力量を認め、シュターデンとフォーゲルの両将は反駁を強める。

 そんな中でヴェルの副官を務めるシューマッハは、望んでもいないクロプシュトック派のナンバー2の地位に何故か追いやられつつある己の境遇に、どこで道を間違えたのかと困惑するばかりであった。

 

 

 

 

 

<宇宙暦796年/帝国暦487年3月>

 

 同盟領でアスターテでの戦没者式典が行われる。

 婚約者のジャンの名前が戦死者のリストに掲載されていなかった為、原作と異なりジェシカは式典には参列していない。

 当然ジェシカがヨブ・トリューニヒトを弾劾する事も無かった。

 

 ジェシカが式典に出れなかった理由。

 それは幸運にも生き残って拿捕もされなかった第六艦隊の兵士が、ムーア中将殺害の犯人がラップ少佐であるとを証言した為であった。

 ジャン・ロベール・ラップ少佐の婚約者のジェシカの立場は、これで非常に危うくなってしまっていた。

 もし彼女が式典に参加していたならば、第六艦隊勤務の将兵の遺族たちによって袋叩きにされていたであろう。

 幸いな事にそのような事態に陥る前に、ヤンがそれとなくジェシカを説得して、式典への参加を諦めさせていた。

 

 実際のところムーアは他の部下に撃たれており、ジャンは瀕死のムーアを介錯したに過ぎない。

 しかし、それを証言できる者は皆、帝国の捕虜となってしまっていた。

 

 ヤンはジェシカの身を案じつつも、シトレ元帥の呼び出しを受けて統合作戦本部に赴いた。

 そこでヤンはアスターテ星域会戦での功績により少将に昇進を果たす。

 そして新設される第十三艦隊を率いての第七次イゼルローン要塞攻略の命令を受領する。

 

 ヴェルがアスターテで覚悟を決めた通り、イゼルローン要塞の失陥は避けられない情勢になりつつあった。

 

 



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テラ星系代官編

<宇宙暦796年/帝国暦487年5月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十五歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊副司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 同盟のヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊によってイゼルローン要塞攻略が為されてしまう。

 原作と異なりフレデリカはヤンの副官に収まっていなかったが、影響は無かったらしい。

 ヤンの先輩であるアレックス・キャゼルヌ少将が代わりに手配した人材は、グリーンヒル大将門下のメッサースミスという名の若手男性士官だったが、如才なくヤン陣営にはまっていた。

 流石はロジスティックのスペシャリストのキャゼルヌである。

 

 イゼルローン防衛はミュッケンベルガー元帥ら帝国軍三長官の領分の為、ヴェルの出番は無く、手の出しようも無かった。

 この頃のヴェルは、その先の同盟軍の帝国領侵攻作戦を見越してのワイゲルト砲増産計画の前倒しに忙しかった。

 そこにイゼルローンから逃れてきたパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐(三十五歳)が現れ、ヴェルに助けを求めてくる。

 

 最早ラインハルト同様に覇道を歩まねば、己と己に近しい者たちは守れない。

 そう悟っていたヴェルは、ドライアイスの剣を今後を見越して手元に置いておくべきものと認識する。

 オーベルシュタインとの取引に応じるヴェル。

 ちなみにナンバー2不要論を唱えるオーベルシュタインであったが、己と同年代のシューマッハの事は特に問題視しなかった。

 苦労性のシューマッハはナンバー2というよりも、ヴェルのパシリ的なポジションであるのが明らかだったからであろう。

 

 

 

 イゼルローン要塞失陥の責を負い、エーレンベルグ、シュタインホフ、ミュッケンベルガーの三長官が皇帝に辞任を申し入れる。

 ヴェルはフリードリヒ四世の御前に呼び出され、長官職のどれが欲しいか聞かれるが、ヴェルは全て辞退。

 その代わりにワイゲルト砲増産計画の決済と、オーベルシュタインの幕僚入りと、今は皇帝の直轄領になっているテラ星系の代官任命の三つを申し出た。

 不思議なものをねだるものよ、と呆れたフリードリヒ四世はあっさり許可を下してしまう。

 あまりに急な事態となり、地球教オーディン支部の地球教徒たちにとっては、寝耳に水な話であった。

 

 ちょうどその頃、イゼルローン要塞失陥に揺れる銀河帝国を見透かし、カストロプ公爵家のマクシミリアンが反乱を起こす。

 ヴェルの婚約者のヒルデガルドの父、マリーンドルフ伯がカストロプ星系に囚われの身となっていた。

 討伐隊のシュムーデ艦隊はアルテミスの首飾りと同タイプの戦闘惑星の前に敗退。

 ヴェルの元帥府にお鉢が回ってくる。

 ヴェルは腹心のシューマッハに指向性ゼッフル粒子を使う策を授け、カストロプ動乱鎮圧を任せる。

 そしてワイゲルト砲の増産の指揮はロイエンタールらに任せ、自分はクロプシュトック侯爵家の私兵艦隊と帝国軍の一軍を率いて地球を目指した。

 

 ヴェルが地球行きを決した表向きの理由は、クロプシュトック家が代官となったテラ星系の視察となる。

 真の目的は地球教本部の制圧であった。

 作戦概要は同行する将官以上のメンバーにのみ開示される。

 

 クロプシュトック侯爵領の私兵艦隊の構成員については、以前から綿密な身辺調査が行われており、地球教徒は徹底的に排除されていた。

 また、率いる帝国軍は信頼出来るアウグスト・ザムエル・ワーレン中将に任せており、問題が生じる余地は無い。

 一応念の為、ナイフを持った刺客が入り込まないよう、ヴェルはワーレンに対して艦橋の警備を厳重にするように警告はしていた。

 

 

 

 ヴェル率いる地球遠征軍の航路上に、救難信号を発する商船が現れる。

 そのフェザーン船籍の船はエンジンの不調を訴えており、積荷は地球への巡礼の客であると申告してくる。

 ヴェルは地球教徒の罠を警戒し、ワーレンに命じて臨検を行わせた。

 巡礼客に不審な者はいなかったが、ヴェルの指示で地球制圧作戦が完了するまで乗員全ての拘束が決せられる。

 

 念のためサイオキシン麻薬の常習者がいないかのチェックをワーレンに命じるも、そこでヴェルはワーレンから奇妙な申告を受ける。

 巡礼客の中の一人の女性が自分は地球教徒では無く、行方不明の婚約者を探しに地球へ向かっていると主張し、帝国軍に協力を求めてきたという話であった。

 その女性が話を聞いて欲しいと訴えた相手は臨検を行った帝国一般兵であり、普通なら与太話として捨て置かれただろう。

 だがその女性が妙齢のかなりな美女であった為に、ワーレンのところにまでその話がトントン拍子に上がって来てしまっていた。

 美女に甘くなるのは男のサガとは言え、いやはや全く美人とは得なものですな、とは当のワーレンの弁であった。

 

 興味を惹かれたヴェルはワーレンにその女性の名前を訪ねる。

 ミリアム・ローザスという名前がワーレンの口から飛び出てくる。

 意外な名前を意外な場所で聞く事になり、驚くヴェル。

 

 ミリアム・ローザスは自由惑星同盟軍の英雄「730年マフィア」の一人のアルフレッド・ローザス総参謀長の孫である。

 劇中ではあのヤン・ウェンリーに「単語の女神さま」と称されたほどの聡明でポニーテールが似合う美少女であった。

 確かローザス大将が自殺した後は、婚約者である十五歳年上の機関士の許へ身を寄せた設定であったがと訝しがるヴェル。

 ヴェルはとにかく会ってみようと、ミリアム嬢を自分の御座船であるバハムートに連れて来るよう、ワーレンに命じる。

 

 ヴェルの前に姿を表したミリアム・ローザスの歳の頃はヴェルと同じく二十五歳。

 ヴェルの寵姫であるアンネローゼやフレデリカに匹敵する美貌であり、巡礼に紛れるにあたって余計なトラブルを招かないよう、常にケープが必須であったと言う。

 その美貌に驚きつつも、ヴェルはミリアムから彼女の事情を聞き出していく。

 流石に単語の女神さまだけあってミリアムの話振りは要点を抑えており、余計な脱線も無く理解しやすいものであった。

 

 

 

 ローザス大将が亡くなった後、ミリアムはフェザーンに出稼ぎしている婚約者の許へ身を寄せ、フェザーンの有名な商科大学に進学する。

 ミリアムが持ち寄ったローザス家の遺産分も含め、あと数年の稼ぎで自分たちの商船を用意出来る。

 ミリアムが大学で経理を学んで卒業したら、二人で商船を購入して商社を立ち上げ、晴れて挙式しようと決めていた。

 それから四年後、ミリアムは大学を無事卒業し、予定通り資金も貯まって自分たちの商船が購入可能となる。

 ただ購入した船をフェザーン船籍として登録するには、購入から数年の間はフェザーン自治領からの依頼を定期的にこなす必要があった。

 そしてフェザーン自治領から割り振られた最初の依頼は、フェザーンから地球教の巡礼者を地球まで運ぶという仕事であった。

 この仕事が終わったら結婚しようと約束し、ミリアムをフェザーンに残して婚約者は地球に向けて意気揚々と出航する。

 

 初仕事は無事成功する。

 喜ぶミリアムであったが、地球から戻ってからというもの婚約者の様子がどこかおかしい。

 約束であった結婚の話を持ち出しても、次の仕事が既に入ってしまっている事を理由に延期されてしまう。

 その次の仕事もまた地球教の巡礼者の運送であった。

 結局フェザーン自治領からの依頼を受けないとならない期間中ずっと結婚の延期は続き、二人の関係はどんどんおかしくなる。

 婚約者はミリアムへの興味を全て失ってしまっていたのである。

 そして一年前、ミリアムの婚約者は二人の財産であるはずの商船と共に忽然と姿を消してしまった。

 

 身寄りも無く、ローザス家の遺産のほとんどを失ってしまったミリアムであったが、フェザーンに残って婚約者の行方を追い続けた。

 そしてフェザーン自治領から斡旋を受けた仕事の殆どがダミーであり、ほぼ全て地球教の巡礼者の移送であった事を突き止める。

 婚約者はきっと地球にいるはずと信じ、ミリアムはなけなしの貯蓄を全て放出して地球行きのチケットを買い、今に至る。

 

 

 

 聡明そうなミリアムが無一文になってしまっている事を知り、これではローザス大将も浮かばれまいと頭を抱えるヴェル。

 しばし迷った後、ヴェルは地球教がサイオキシン麻薬の製造元である事実を包み隠さずミリアムに伝える事にした。

 ヴェルの話を聞き進めるうちに、ミリアムの顔は真っ青になっていく。

 聡いミリアムだけあって、これまで地球に赴いていた回数と行方不明になってからの期間を鑑みると、婚約者が今どうなっているのか容易に想像出来てしまっていた。

 

 気丈にも泣く事はなく、せめて地球で婚約者がどうなったかだけでも調べて欲しいとヴェルに頼み込むミリアム。

 ヴェルは地球教本部の攻略の難しさを具体例を交えてミリアムに説明し、部下たちの危険を増やすわけにはいかないと突っぱねる。

 どうしてもと頼み込むミリアムに対して、ヴェルは諦めさせる意図を持って対価を要求する。

 だがミリアムは引かず、「対価としては不足に過ぎるでしょうけど、一生貴方に仕えて身を粉にして働くわ」と粘ってくる。

 結局ヴェルは折れ、その条件でミリアムの婚約者の捜索も部下たちに命じる事になる。

 あくまで部下たちの安全が最優先であったが、それはミリアムも納得して受け入れていた。

 

 

 

 進軍を再開する地球侵攻軍。

 ヴェルの想定通り、地球教の幹部連中が今から策を講じようにもとにかく時間が無さすぎた。

 ここ数年で帝国内で一気に勢力を伸ばしたクロプシュトック家については、地球教徒たちも注視しており、いずれは利用しようと策謀の準備は進めていた。

 しかし、まさかヴェルが地球をターゲットにしていたなど想像の範囲外であり、そこはヴェルの作戦勝ちであった。

 

 地球に到達したヴェルは、ヒマラヤの地下に存在する地球教本部の出入り口を封鎖し、ドローンや装甲車を多数投入して占領作戦を開始するようワーレンらに指示を出す。

 もちろん原作知識でヴェルには地球教徒がサイオキシン麻薬常習者を使った自爆攻撃や、天井の岩盤を崩落させる作戦に出てくる事は分かっていたので、部下たちにはレーダーを使っての敵や爆発物の探知作業を徹底させた。

 また地球教徒のこれまでの活動履歴などの歴史的に重要な情報についてヴェルは全く頓着せず、兵の安全を第一に考えての作戦立案を徹底させる。

 捕縛も不要とされ、抵抗する者は即時鏖殺するよう厳命する。

 占領が進むに連れて地球教徒の実態の酷さが明らかになっていき、部下たちもヴェルの命令の正しさを理解する。

 地球教徒たちは自爆攻撃を繰り返し、遂にはヒマラヤの地下深くに存在していた地球教本部の核シェルターの自爆崩壊に至る。

 地球教の総大主教は脱出出来ずに生き埋めになってしまった。

 

 尚、ミリアムと婚約者の名義となっていた商船は、ナム・ツォ湖に着水されているのは発見されたが、婚約者本人の姿は遂に発見される事は無かった。

 ただテラ星系の代官となったクロプシュトック侯爵家の私設軍隊の手により、ヒマラヤの旧地球教本部の探索をこれからかなりの長期に渡って続ける方針がヴェルによって定められた。

 これを受けてミリアム・ローザス嬢はヴェルの下に留まり続け、宣誓通りヴェルにその身も心も捧げながら、その探索結果の分析作業に従事する事になる。

 しかし差し当たって彼女の任務は、オーディンへの帰路のヴェルの無聊を慰める為のお相手であった。

 

 いずれミリアムがヴェルの寵姫に収まっていた事が自由惑星同盟にも漏れ伝わる事になるのだが、同盟領に走った衝撃はかなりのものとなる。

 それほどまでに同盟領では「730年マフィア」は英雄視されており、その一翼を担ったローザス総参謀長の孫娘の変節など到底認められるものでは無かったのである。

 その事を知ったミリアムは己の生き様に関する客観的評価がどのようなものになるのかを考え、その次いでに祖父の葬儀でヤン・ウェンリーと交わした会話を思い起こすのだが、それはまたかなり先の話となる。

 

 

 

 地球教徒の排除に成功したヴェルは、前世で過ごしたはずの街を訪ねた。

 当然廃墟となっており、地形も様変わりし、西暦時代の生活の跡など何処にも無い。

 それでもヴェルは自分の家があったであろう場所に寝転び、ただいまと一言呟いた。

 何か肩の荷が降りたかのような安堵感がそこにはあった。

 

 ヴェルが地球からオーディンに戻る頃には、シューマッハはカストロプ星系の反乱を鎮圧し、その後始末も全て終えていた。

 マリーンドルフ伯も無事に救出されており、クロプシュトック家はマリーンドルフ伯に貸しを一つ作る事になる。

 ヴェルはこの貸しも使って、一年後に迫ったヒルデガルド嬢との結婚において、愛妾の存在をマリーンドルフ伯爵家に認めさせるつもりであった。

 

 皇帝の勅令を受けてカストロプ動乱を鎮圧した事で、シューマッハの武勲に箔がつく。

 シューマッハは大将に昇進し、実態は異なり本人もやれやれと否定するも、周囲からはクロプシュトック陣営のナンバー2と目されるようになる。

 

 

 



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元帥編

<宇宙暦796年/帝国暦487年8月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十五歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊副司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 自由惑星同盟軍が八個艦隊二十万隻三千万人体制で帝国領への侵攻を企図している。

 驚愕の情報がフェザーンからオーディンへともたらされた。

 フリードリヒ四世は勅令をもって宇宙艦隊副司令長官であるヴェルに迎撃を命ずる。

 

 オーベルシュタインが原作通り焦土作戦を進言してくるも、論ずるに及ばずとヴェルはその案を却下。

 三千万人を倒すのに辺境星域の五千万人の民間人を犠牲にするのは、ヴェルにはどうしても非効率に見えてしまっていた為である。

 帝国臣民に同盟を恨ませる効果もある事をオーベルシュタインは言い募るも、ヴェルの心には響かず、その必要性を認める事は無かった。

 防衛戦の総指揮官がヴェルであり、自分達が飢えさせられたのもその作戦の内だったと彼らが知れば、その恨みの矛先がこちら側にも向けられるだけの話である。

 門閥貴族連中と違って、クロプシュトック派の生命線は騎士層以下の一般兵や民衆たちの支持にあるのだ。

 それでも焦土作戦を推し進めたラインハルトの果断さには賞賛を送るものの、凡才たるヴェルには到底選べない道であった。

 

 献策を退けられて不満そうなオーベルシュタインに対して、ヴェルは帝国領内に潜む地球教徒の残党狩りに専念するよう命令を下す。

 そしてヴェルは敵対する門閥貴族を利用し、オーベルシュタインのその作戦案をわざとフェザーン経由で同盟にリークする。

 焦土作戦を実行した場合に同盟軍が消費する羽目になる補給物資の推定総額を添え、同盟軍首脳部に短期決戦を選択させるよう誘導。

 その上でロイエンタールとミッターマイヤーの両将に対し、同盟艦隊をアムリッツァ星域までおびき寄せる作戦の立案を指示した。

 

 この短期間で九万艇用意したワイゲルト砲のガンボートによる三方向からの三連射にて、一気に蹴りを付ける事を宣言するヴェル。

 ワイゲルト砲はあまりの威力に発砲した戦艦自体が破損してしまう為、いつからか戦艦への搭載自体が見送られるようになっていった遥か昔のレールガン兵器である。

 その設計図を復活させたヴェルは、ワイゲルト砲に対してその射線の調整分の出力しかない安価な小型艇を接合し、一撃限りの使い捨て兵器としての運用を試みようとしていた。

 

 

 

 ヴェルの意図通り、麾下の帝国軍はイゼルローン回廊出口での戦闘を負け戦に擬態し、撤収を開始する。

 ヴェルは偽情報をリークする事で、アムリッツァ星系が帝国軍の焦土作戦の反攻拠点であると同盟軍首脳部に誤認させる事に成功していた。

 同盟艦隊の最前線の将官たちは帝国軍の脆弱さを訝しんで追撃を躊躇うも、イゼルローン要塞の遠征総司令部からの矢のような追撃命令の連打には従わざるを得ない。

 同盟艦隊がアムリッツァ星系に向けて突出していく。

 

 アムリッツァまで誘き寄せた自由惑星同盟の大軍を、更なる擬態行動で予め配置してあったワイゲルト砲の三面陣の前まで引きつけていく優秀なヴェル麾下の提督たち。

 味方の艦隊が全て安地にその身を寄せた事を確認し、ヴェルは一言ファイエルと滅びの呪文を唱えた。

 

 クロスファイアでのワイゲルト砲の三段撃ちが同盟艦隊に襲い掛かる。

 射撃と同時に自壊していく九万の砲口と九万隻の小型ガンボート。

 射出された弾丸は生半可なバリアなど通用しない貫通力であった。

 

 ルフェーブル中将の第三艦隊とホーウッド中将の第七艦隊、ボロディン中将の第十二艦隊は全滅。

 アル・サレム中将の第九艦隊とウランフ中将の第十艦隊は司令官を失って半壊。

 無事だったのは警戒して突出を控えていたビュコック中将の第五、アップルトン中将の第八、ヤン中将の第十三艦隊のみ。

 

 ヴェルはたったの数分で同盟軍に壊滅的な損害を与える事に成功する。

 この銀河での戦さの形が変わった瞬間であった。

 

 

 

 ヴェルの合図で麾下の帝国軍の艦艇約八万隻が満を持して一斉に攻め寄せていく。

 自由惑星同盟は第八、第十三艦隊が殿軍を務め、第五艦隊が残兵をまとめて撤収に掛かる。

 第八艦隊は最後まで旗艦クリシュナが先頭に立って帝国軍の攻勢を凌ぎ続け、主将のアップルトンは玉砕する。

 その間、ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は鬼神の如き戦さぶりを見せていた。

 

 帝国軍の提督たちが幾人もヤンの前に痛い目を見させられる。

 彼らがヤンには勝てないのはヴェルも良く理解していた為、叱責には及ばず被害を最小限に留めた事を称揚する。

 しかし、ビュッテンフェルトを初めとするヤンに煮え湯を飲まされた将たち自身は、ヤンに対して忸怩たる思いを抱き続ける事になる。

 

 尚、先行して撤退を開始していた同盟の第五艦隊に対しては、シューマッハ率いる帝国軍の別働隊二万隻が襲いかかっていた。

 ビュコックは頑強に抵抗を続け、逃げてきたヤン艦隊と連携してイゼルローンへの退路を確保。

 帝国軍十万隻の追撃を振り切り、残存兵力のイゼルローン回廊への逃亡を成功させた。

 

 

 

 ミラクル・ヤンの魔術により完勝を逃してしまった事を悔い、シューマッハを初めとする提督たちが旗艦バハムートの艦橋に脚を運び、ヴェルに詫びを入れに来る。

 だが当のヴェルは怒るどころか上機嫌であった。

 

 もし焦土作戦を取っていたら、五千万の罪もない民草を苦しめる事となり、戦費も十倍以上掛かっていたはず。

 それにあれだけの数のワイゲルト砲とガンボードを揃えても、建造費は一個艦隊を揃えるに及ばない。

 僅か一個艦隊分の損耗で五個艦隊分の敵を撃ち果たすことが出来たとなれば、帝国臣民の血税も来年度は幾分軽く出来よう。

 これほど人道的な作戦は他に無いではないか、と遠ざかっていく同盟艦隊の光を見つめながら満足げに独り言ちるヴェル。

 

 その場にいたヴェルの麾下の提督たちは皆、目の前に広がる七万隻の同盟軍艦艇の残骸を見つめながら、人道的という単語の使い方を間違えている旨を誰が進言するか、互いに牽制し合うはめになる。

 

 巨大な武勲を打ち立ててオーディンに帰還したヴェルは、ミュッケンベルガーの引退もあって宇宙艦隊司令長官に就任する。

 麾下の将官たちもその勇戦を讃えられ、一律に位階を一つ進めた。

 帝国軍におけるヴェルの軍権は更に強化され、門閥貴族たちもヴェルの勢威を無視出来なくなる。

 帝国貴族の非主流派の中では、もしもの時はクロプシュトック侯爵家を頼るべしとの声も上がり始めた。

 ヴェルとの繋がりを求めて、その婚約者であるヒルデガルド嬢のご機嫌を取ろうと、同じく非主流派のマリーンドルフ伯の邸宅を訪ねようとする者の数も多くなる。

 

 

 

 帝国の勝利に終わったアムリッツァ星域会戦にて、自由惑星同盟は動員した兵力の三分の二を失った。

 イゼルローン回廊に逃げ込む事の出来た艦艇の数は三万余。

 第五、第十三艦隊以外はほぼ壊滅であった。

 自由惑星同盟軍全体の約四割がこの一戦で失われた事になる。

 

 以降の同盟政府はその穴埋めに奔走し続けなければいけなくなる。

 一つ無理をすれば次の無理が生じる。

 そう簡単に回復出来るようなレベルの傷では無かった。

 長きに渡る銀河帝国と自由惑星同盟の戦いが、ここに決したと言っても過言ではないであろう。

 

 文字通りにお通夜状態になってしまったイゼルローン要塞の遠征総司令部を一人離れるアンドリュー・フォーク准将。

 彼は今回の帝国領大侵攻作戦の企画立案者である。

 ヴェル率いる帝国軍は焦土作戦を取らずに同盟の大艦隊を撃退してみせた。

 その為、自由惑星同盟にとっては不幸で、フォーク個人にとっては幸いな事に、補給を軽視する彼の無能ぶりは表沙汰にはならず、発作も起こらずに済んでいたのである。

 

 ヤンを始め無能な実働部隊のせいで手柄を立て損ねたと憤るフォーク。

 その彼の許へ、一人の同盟軍将官が近付いていった。

 

 

 



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原作二巻
宇宙艦隊司令長官編


<宇宙暦796年/帝国暦487年9月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十五歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 原作より一月以上早くアムリッツァ星域会戦を終え、オーディンに帰還したヴェルは宮廷工作を開始する。

 宰相代理リヒテンラーデ侯に接近し、ヴェルは皇太子ルードヴィヒの遺児であるエルウィンの擁立に動く。

 盟を結ぶにあたって、リヒテンラーデとはとある約定を取り交わした。

 この約定により、両家の交流を深める名目でリヒテンラーデの姪のエルフリーデ・フォン・コールラウシュがヴェルの側近くに仕える事となった。

 

 ヴェルにはヒルデガルドという婚約者がいる為、あくまで侍女扱いである。

 見え透いた人質ではあったが、ヴェルを油断させたいリヒテンラーデにとっても都合の良い話であった。

 その実、リヒテンラーデはヴェルの事を女好きで私人としては非常に隙の多い男と侮ってしまっており、油断してしまっているのはリヒテンラーデの方である。

 

 ヴェルがエルフリーデの身柄を求めたのは、リヒテンラーデを油断させる為なのは勿論ではあるが、真の目的はエルフリーデを自分の目の届く範囲で隔離し、麾下のロイエンタールとの接触を防ぐ事にあった。

 原作ではエルフリーデとの間に子を成した事がロイエンタール謀叛の端緒となっており、そのフラグを先んじて叩き折ったのである。

 ヴェルはリヒテンラーデの油断を加速させるべく、またロイエンタール謀反のフラグを完全に上書き消去しようと、エルフリーデの色に大いに溺れてみせた。

 また叔父のリヒテンラーデの命を受けたエルフリーデの方も、ヴェルを籠絡してきっちりその証を立てようとしており、二人の思惑は完全に合致する。

 

 リヒテンラーデとヴェルの同盟は、銀河帝国の政界と貴族界に激震を走らせた。

 次期皇帝の座を巡って火花を散らしていた皇室外戚のブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵は、その態度を大いに硬化させる。

 

 

 

 

 

<宇宙暦796年/帝国暦487年10月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十五歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 原作通りにフリードリヒ四世が心臓発作により崩御。

 動揺する諸侯を差し置いて、リヒテンラーデとヴェルはエルウィン・ヨーゼフ二世を即座に擁立。

 ヴェルは門閥貴族らを挑発し、彼らの暴発を待った。

 

 尚、フリードリヒ四世を送る盛大な葬儀の場にて、ヴェルはシュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人(三十一歳)の容姿を初めてその目に収める。

 シュザンナはフリードリヒ四世の子を三度も身籠り、その都度悲しくも流産してしまった幻の皇后である。

 泣き崩れるシュザンナの魅力的な肢体は、黒い喪服のドレスに包まれる事でその色気が三割増しになっており、フリードリヒ四世の晩年の寵愛を独占した美女の称号は伊達では無い事を示していた。

 葬儀そっちのけでシュザンナに気を取られ、リヒテンラーデに小言を言われるヴェル。

 竜の性質は多淫とは良く言ったものである。

 

 

 情勢が急速に不穏に成りつつある中、クロプシュトック侯爵家でも変事が起こる。

 オーディンの屋敷の執事を勤めていたセバスティアンが倒れたのである。

 セバスティアンは祖父ウィルヘルムの代からクロプシュトック家に仕え続けていた古株である

 ヴェルを孤児院からクロプシュトック家に迎える時に、その使者を勤めたのもセバスティアンであった。

 

 ヴェルはセバスティアンの後任として、クロプシュトック侯爵領からフレデリカを呼び寄せる事を決めた。

 またマルガレータについてもオーディンにその身柄を移すよう指示を出す。

 宇宙艦隊司令長官として銀河帝国の軍権を掌握している今、自領よりも帝都の屋敷の方が安全という判断であった。

 

 こうしてヴェルに関係する全ての女たちが、一同にオーディンのクロプシュトック邸で顔を合わせる事になる。

 中々に気まずい雰囲気となってしまい、ヴェルも逃げ出したくなる。

 そんな中、女たちの仲を取り持ったのは意外にも一番最年少のマルガレータであった。

 

 アンネローゼとフレデリカとは既にそれぞれ良好な関係を築いているマルガレータ。

 ヴァレリーとは二倍以上も年が離れており、互いに隔意を抱きようが無い関係性にある。

 また、ミリアムとは屋敷に来てから直ぐに打ち解け、同盟の歴史談義に花を咲かせていた。

 かつて一家で自由惑星同盟に亡命しようとしていたマルガレータは、同盟の歴史に大いに興味を持っていたのである。

 一番新参のエルフリーデに対しては元伯爵令嬢の威厳を持って接する事で親睦を深めていく。

 マルガレータが潤滑剤となる事で、女性陣はある程度打ち解け合い、互いの関係性を構築し始めた。

 

 後にこの六人にヒルデガルドと後一人が加わって「皇妃と黒竜の泉の七妾妃」と呼称されるようになるが、ゴールデンバウム王朝から続く伝統に則った一番貴族の妃らしい妃は、元ヘルクスハイマー伯爵令嬢のマルガレータであったと伝わるようになる。

 マリーンドルフ伯爵令嬢であったヒルデガルトは父フランツによって開明的に育てられ、伝統よりも進取の気風が強い。

 エルフリーデは権門の出ではあるがあくまで一門の生まれであり、家門を背負って立つ気概は育んでいなかった。

 アンネローゼは貴族とは名ばかりの騎士階級の出であり、マルガレータを除く他の四人はすべて自由惑星同盟の生まれであった。

 

 黒竜帝の寵愛の度合いはひとまず置くとして、初期のクロプシュトック朝の宮廷にて皇妃ヒルデガルトに次いで権勢を誇ったのは、マルガレータ妃であった事は衆目の一致するところとなる。

 

 

 

 

 

<宇宙暦797年/帝国暦488年1月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 銀河帝国にて新帝即位に伴う恩赦が行われる。

 またヴェルの指図により、自由惑星同盟に囚われた帝国兵士たちも、捕虜交換の形で帝国に戻される運びとなる。

 同盟との交渉はシューマッハ上級大将がイゼルローンまで赴いて実施した。

 

 この時、オーベルシュタインはヴェルに対して同盟内でクーデターを発生させる策を進言する。

 来るべき門閥貴族たちとの内乱に備え、自由惑星同盟に手出しをさせない為の策であった。

 ヴェルは不要の一言で却下し、重ねてオーベルシュタインには地球教徒の残党狩りに専念するよう命じる。

 ヴェルは烏合の衆の貴族連合など短期で撃破できる事を知っており、更にその時間を短縮させる為の策も用意してあった。

 覇気漲るヴェルの反応を受けて、引き下げるをえないオーベルシュタイン。

 

 もちろんヴェルは言葉には出さなかったが、これらは公私共に良く仕えてくれているフレデリカ・グリーンヒルを慮っての措置である。

 オーベルシュタインの策のターゲットはフレデリカの父のドワイト・グリーンヒル大将であり、許可出来るはずも無かった。

 

 尚、自由惑星同盟との捕虜交換に先立ち、ヴェルはフレデリカとヴァレリーに頭を下げる。

 二人はヴェルの差配で亡命者扱いとなってしまっている為、今回の捕虜交換にて祖国に帰る資格を失っていた。

 ただ親族や知人への手紙は預かる事は可能な旨を二人に伝えるヴェル。

 

 ヴァレリーはそのヴェルの申し出を丁重に断り、誰宛にも手紙を出さない選択をする。

 あいつは今頃他の女を抱いてるんでしょうねと淡く微笑んで、膨らみかけの己の下腹を撫で摩りながら、感傷に浸るのみである。

 実際その通りであった。

 

 一方のフレデリカは父ドワイトへの手紙をしたため、ヴェルに託してくる。

 その手紙は開封される事無くヴェルからシューマッハに預けられ、イゼルローンにてヤンに直接手渡された。

 そして検閲された後、エル・ファシルで珈琲を差し入れてくれたあの少女の手紙であるとはつゆ知らず、ヤンの手でドワイトの下へ届けられる事になる。

 ドワイトにとっては非常に残酷な仕打ちとなってしまう。

 

 ヤンがドワイトの心情にまで配慮が及ばなかったのには、ある理由があった。

 捕虜として帰還した第六艦隊の旗艦ペルガモンの生き残りの艦橋士官から、もう一通の手紙を受け取って動揺していたからである。

 手紙の主はジャン・ロベール・ラップ少佐。

 ヤンの親友からの手紙であった。

 

 手紙はシンプルに三つの事を伝えていた。

 上官殺しの汚名を被った今、同盟に戻れば銃殺刑は避けられず、戻る事は出来ない。

 ジェシカには婚約破棄を伝えてある。

 すまないが自分の代わりにジェシカを支えてやって欲しい。

 

 その手紙を読んだヤンはしばらくの間立ち尽くすのみとなる。

 またヤンの酒量が増えて、ヤンがユリアン・ミンツに小言を言われてしまうのは確実であった。

 

 



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新郎編

<宇宙暦797年/帝国暦488年2月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 先の皇帝フリードリヒ四世の遺命に従い、ヴェルは婚儀を挙げる。

 相手は二十歳になったばかりのヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢。

 この婚姻により、マリーンドルフ伯に連なる非主流派の貴族たちは、ヴェルとリヒテンラーデ侯爵の連合に与する事になる。

 ただし家門と領地が安堵されるのは、それを望んで自主的に証文を求めてきた者たちのみであった。

 この対処方法は新しくヴェルの妻となったヒルデガルドの発案による。

 

 この婚儀に先立つこと数日前。

 ヴェストパーレ男爵家の女当主であるマグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ(二十八歳)がヴェルの許を訪れ、クロプシュトック派への参加を表明し、家門と領地の安堵する証文をヴェルから得ていた。

 ヒルデガルドは友人のマグダレーナだけには特別に助言を行っていたのである。

 ただしマグダレーナはただの紙切れの証文だけではなく、ヒルデガルドには内緒の更にもう一歩も二歩も踏み込んだ方法で、一晩掛けてヴェル本人から最も効果が高い保証を直々に得る事に成功していた。

 翌朝やけに艶やかなマグダレーナが朗らかに笑いながらクロプシュトック邸から朝帰りして行き、一方この世界に生まれてから初めての大敗を経験したヴェルが、起き上がることも出来ずに悔し涙を流すという珍事が発生する。

 

 その日から数えて十月十日後には、マグダレーナはヴェストパーレ男爵家の次期当主となる珠のような黒髪の男子を未婚のまま出産するに至る。

 マグダレーナは決して父親の名を明かさなかった。

 彼女自身が愛人を七人抱えていると謳っている事もあって眉を潜めて邪推する者も多かったが、女傑のマグダレーナには痛くも痒くもない話であり、女手一つで我が子を立派な貴族に育てて行く。

 ちなみにマグダレーナはこの二年後とその更に二年後にそれぞれ一人ずつ黒髪の赤子を産んでいるが、その子らの父親の名も秘密にし続けた。

 

 尚、初代黒竜帝の遺命により、クロプシュトック王朝はその末期までヴェストパーレ男爵家に準皇族待遇の特権を与え続けた。

 マグダレーナと初代皇后のヒルデガルドとの間の、もしくは筆頭愛妾のアンネローゼとの間の厚い友誼の証とされるが、黒竜帝とマグダレーナの関係を怪しむ学者も後世において僅かながらに出てくる。

 そして全く関連性は無いが、常勝不敗の黒竜帝の回顧録に「余は人には言えぬ恥ずかしい大敗を生涯で三度経験した」との文言が残された。

 ゴールデンバウム王朝とクロプシュトック王朝の戦史にはそのような敗戦の記録はどこにも存在しない為、黒竜帝を巡る謎の一つとなってしまう。

 

 

 

 この日の婚儀を迎えるまで、ヒルデガルドの父のフランツはヴェルへの不満を強めていた。

 愛妾を幾人も抱えたまま自分の娘と婚姻を果たそうとするヴェルの不実を一人詰るフランツ。

 カストロプ動乱での命の恩人とは言え、さらに隠し子までいると知らされると心中穏やかではいられない。

 そんなフランツを説得したのは、娘のヒルデガルド本人であった。

 

 この情勢下で先帝の遺命に従わなかった場合、不忠者の誹りを受けて両陣営から見放されて蹴落とされ、没落するであろう。

 そして皇帝に婚約を斡旋された二年前ならいざ知らず、最早クロプシュトック侯爵家とマリーンドルフ伯爵家では力の差が隔絶し過ぎており、多少の相手のわがままは受け入れるしかない。

 更にヒルデガルドの見るところ、純粋に軍事的な側面を分析するに、帝国内でクロプシュトック家に勝てる者は現状誰もいなかった。

 来るべき内戦でクロプシュトック家に付く利を滔々と説明し、父フランツを説き伏せてしまったのである。

 

 華やかな婚儀のパーティの最中、オーベルシュタインがリップシュタットで門閥貴族たちが決起した旨を注進する。

 世に言うリップシュタットの盟約である。

 慶事は延期出来るが変事は避けられないと新妻のヒルデガルドに告げ、婚儀の場を離れる事を詫びるヴェル。

 ヒルデガルドはその謝罪を受け入れ、物分かりの良い妻を演じて見せた。

 これを持ってリヒテンラーデ・クロプシュトック連合と、リップシュタット貴族連合の対立が決定的となる。

 

 リップシュタットの盟約に名前を連ねた帝国貴族は約三千七百名。

 彼らの私兵や軍人貴族たちの配下の正規軍を合算した総兵力は、艦艇十五万隻で約二千五百万人に及ぶ。

 尚、リップシュタット貴族連合の総大将にはカイザーリンク上級大将が収まり、そこにメルカッツの名前は無かった。

 

 

 

 決起の前にメルカッツを呼び出し、家族の安全をちらつかせて総大将就任を強要しようとするブラウンシュヴァイク公。

 少し遅おう御座いましたなと丁重に断るメルカッツ。

 そして既にヴェルが実際に兵を動かし、自分の家族を保護の名目で人質に取ってしまっている事を告げる。

 ブラウンシュヴァイク公は瞠目し、では敵に回るのかとメルカッツを殺そうとするが、それはメルカッツ自身によって否定される。

 ヴェルはメルカッツに対して自陣営への参陣は求めなかった。

 その代わりあくまで銀河帝国軍の宇宙艦隊司令長官からの正式な命令として、メルカッツに麾下の艦艇を率いてのイゼルローン回廊出口の警備任務を命じていたのである。

 

 原作のラインハルトと違い、ヴェルはアーサー・リンチを使っての同盟分裂策を実施していない。

 現状の自由惑星同盟軍の損耗状態を鑑みるとまず無いと思われたが、あくまでも万が一に備えた予防措置として、仮に同盟艦隊に動きがあった場合の足止め役をメルカッツに命じたのである。

 

 ブラウンシュヴァイク公もバカではない。

 内紛時に自由惑星同盟に介入されると面倒になるのは彼にも理解は出来た。

 それ故にブラウンシュヴァイク公は局外中立を選択したメルカッツをその場で害する事も出来なくなる。

 

 ブラウンシュヴァイク公は仕方なくメルカッツを諦め、同様に戦歴が長く、帝国への忠義も厚いカイザーリンクの招聘に舵を切る。

 カイザーリンクであれば部下のクリストフ・フォン・バーゼルの汚職の情報を使って手綱を取る事は容易であった。

 

 ヴェル率いる銀河帝国正規軍とリップシュタット貴族連合軍の砲火が交わる前に、オーディンから出撃していくメルカッツ艦隊。

 その艦橋に一人佇むメルカッツは、己が生涯忠誠を尽くしてきたゴールデンバウム王朝の先行きを憂いて沈思黙考を続けた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦797年/帝国暦488年3月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 ヴェルはクロプシュトック領で社会再建の実地検証に勤しんでいたカール・ブラッケとオイゲン・リヒターを帝都に呼び寄せた。

 予てより二人が試行錯誤していた、帝国全土を対象とする社会経済再建計画の発動に取り掛からせる。

 

 そんな中、原作同様にブラウンシュヴァイク公配下のフェルナー大佐の独断専行により、リップシュタット戦役の戦端が開かれる。

 三百の兵でオーディンのクロプシュトック侯爵邸に攻め込み、ヴェルの妻や愛妾や子供たちを捕らえようと試みるフェルナー。

 しかし、待ち受けていたシューマッハ率いる五千の装甲擲弾兵に追い払われてしまう。

 

 これを契機にヴェル率いる銀河帝国正規軍がオーディンの要所の占領を開始。

 オーディンに残っていたブラウンシュヴァイク公を初めとするリップシュタット貴族連合の面々も各々脱出し始める。

 

 敵の居なくなったオーディンでヴェルはやりたい放題である。

 取り残されたシュトライト准将やフェルナー大佐らを捕らえて自陣に加えた後、銀河帝国の軍権を全て己の手中に収める。

 軍務尚書と統帥本部総長も兼任してしまうヴェル。

 今後のリップシュタット戦役への流れを変えず、原作知識をフルに活用出来るようにする為、ヴェルは敢えてラインハルトと同じ道を選択しようとしていた。

 

 一方のリップシュタット貴族連合軍もガイエスブルク要塞にその兵力を集中させつつあった。

 

 

 



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三長官兼任編

<宇宙暦797年/帝国暦488年4月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍三長官(宇宙艦隊司令長官+軍務尚書+帝国軍統帥本部総長)

 爵位は侯爵。

 

 リップシュタット貴族連合軍はガイエスブルク要塞に本陣を敷き、予想通りヴェルの艦隊を待ち受ける構えである。

 ヴェルは六歳の幼帝エルウィン・ヨーゼフ二世より帝国軍最高司令官の称号を得た。

 同時に賊軍成敗の勅令も受けたヴェルは、まずミッターマイヤーとロイエンタールの両将に全軍の三分の一を預け、辺境星域制圧を命じて先発させる。

 このまま原作と同じ話の流れになれば、彼ら帝国正規軍別働艦隊は辺境星域でリッテンハイム候麾下の五万隻の艦艇とぶつかる事になる。

 

 原作ではキルヒアイスが担った役目であったが、腹心のシューマッハにそこまで求めるのは酷なのはヴェルも分かっている。

 ミッターマイヤーとロイエンタールであれば能力的に不足は無いだろう。

 仮にリッテンハイム侯爵を討ち取る事が出来れば巨大な武勲となるが、二人で折半となれば他の提督たちとも折り合いが付くため、オーベルシュタインもこの人事には文句を言っては来なかった。

 

 ただ二人が本隊から抜ける事で、装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将が籠城するレンテンベルク要塞については別の攻略方法を考える必要となる。

 しかし、ヴェルには既にもう腹案があった為にそこは心配していなかった。

 また原作よりも一提督分抜ける事になる本軍の艦隊の方も、リップシュタットの誓いが結ばれる前にアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将を直々にスカウトしており、陣営に不足はない。

 

 尚、どうやって説得したかと言うと、端的に言って金である。

 ファーレンハイト家はかなりの貧乏貴族であり、その親族たちに金をばら撒いてファーレンハイトの逃げ道を塞いだ上で、ヴェルは彼と直接交渉に臨んでいた。

 自分のカリスマ性を全く信用していないヴェルは、ファーレンハイトの将器をどれだけ高く評価しているかを契約金の額で表し、驚愕するファーレンハイトにそのまま判子を押させてしまう事に成功している。

 

 

 

 帝国正規軍本隊の方も、先陣を任されたシューマッハが本陣に先立ってアルテナ星系に向けて発進していく。

 次いでヴェルたち本陣の進発となるが、出征を明日に控え、家族団欒の刻を過ごしていたところに急報が入る。

 

 それはリップシュタット貴族連合軍の動向に関連する報告では無かった。

 自由惑星同盟領にて大規模なクーデターによる内乱が発生したとの驚きの知らせである。

 その知らせはフェザーン駐在帝国高等弁務官からもたらされたものであった。

 

 救国軍事会議を名乗る同盟のクーデター勢力の議長の名は、ドワイト・グリーンヒル大将。

 フレデリカの父である。

 アーサー・リンチは捕虜交換による帰国を拒否し、その身柄は未だ帝国領内にある。

 つまりこの救国軍事会議による今回のクーデターは、誰に唆された訳でも無く、正真正銘ドワイト自らが企画立案して引き起こしたものであった。

 自由惑星同盟軍の中でも特に良識派と知られて人望も厚かったドワイトが、リンチの指嗾も無く何故今回の暴挙に出てしまったのか。

 

 九年前のエル・ファシルで妻と娘が失われたと知ったドワイトは絶望する。

 しかし骨の髄まで軍人なだけに、ドワイトは家族が乗った船だけを助けられなかったヤンを恨むに恨めなかった。

 ドワイトは730年マフィアで同じく家族を失って苦しんだアルフレッド・ローザス大将の様に、軍務にひたすら打ち込む事で精神の均衡を保つ他なかった。

 その結果、必要以上に軍部の腐敗と向き合い過ぎてしまい、今の同盟の体制では帝国を打倒出来ないと痛感。

 体制の転覆を思い描くようになり、同じ思いを抱く者たちを集めるも、ギリギリのところで武力行使までは踏み止まっていたドワイト。

 そんな彼の背を押した最後の一押し。

 それは彼の娘であるフレデリカからの手紙であった。

 

 

 今年の初めにイゼルローンで行われた捕虜交換式に参加したドワイトは、ヤンから一通の手紙を受け取る。

 手紙を開けて娘のフレデリカからのものである事に驚愕し、そして更にその内容に衝撃を受けるドワイト。

 その手紙は病弱だった妻は大分前に亡くなっており、またフレデリカが今現在とある帝国貴族の側近くに仕えている事実を彼に伝えるものであった。

 

 確かにフレデリカの筆跡であったその文面は、まず同盟に戻れなくなった事をドワイトに詫び、次に母の死の経緯を詳細に報告。

 そして、名は記していないが、現在自分が側に仕えている主人からは、精神的肉体的に無体な扱いは受けてはいない為、安心して欲しい旨が記されていた。

 手紙の文言は簡潔ながらも、端々にその帝国貴族へのフレデリカの信愛の情が滲んでおり、ドワイトは安心どころか逆に激しく不安になる。

 フレデリカの手紙はエル・ファシルで脱出行の指揮を取った中尉を責めないで欲しいと結ばれていたが、それもまたドワイトを追い込む言葉となっていた。

 

 早くフレデリカを帝国から取り戻さなければならない。

 その為にはこの国の体制を抜本的に変えないとダメだ。

 自分がやらねばならないのだ!!

 

 強迫観念に駆られたドワイトはかねてから温めていた計画を実行に移すべく、同志たちに連絡を取る。

 同志の中にはアンドリュー・フォーク准将も加わっており、ドワイトの立てた作戦の指揮を買って出た。

 フォークの指揮の下、ドワイト派は帝国の内戦突入を見計らって一斉にクーデターを開始したのである。

 

 

 

 フォークが救国軍事会議に正式に加入していた為、クーデターに先立つクブルスリー大将襲撃事件は発生していない。

 その為、ネプティス、カッファー、パルメレンド、シャンプールらの辺境惑星での暴動発生後、ハイネセンでの決起ではドワイト派と正規軍の間で大規模な武力衝突が発生してしまう。

 

 高度な柔軟性を維持しつつも臨機応変なフォークの指揮にクーデターの実働部隊が付いていけず、戦線はむやみに拡大。

 地上戦による被害が激しくなり、多くの市民がハイネセンからの脱出を余儀無くされる。

 それらの脱出船の多くは近くの星系に逃れようとするが、今後暫くは同盟領内が戦乱で荒れてしまうのを見越し、そのままフェザーンに向かおうとする者達も少なくなかった。

 その中にはローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルとその娘カーテローゼ(十三歳)の姿もあった。

 

 尚、ムーア中将殺害犯のラップ少佐の婚約者であったジェシカ・エドワーズは、反戦運動に身を投じる事もなく、補欠選挙にも出馬していない。

 救国軍事会議のクーデターに先立つこと半月前、帝国からの帰還兵二百万を連れてハイネセンを訪れたヤンからラップの婚約破棄を告げる手紙を渡されて泣き崩れたジェシカ。

 その後のヤンとの“おとなのはなしあい”を経て、ジェシカはヤンと共にイゼルローンに向う事を決め、ハイネセンを離れていた。

 音頭を取る者が居ない為、ハイネセンスタジアムの悲劇は回避される事になる。

 

 

 

 ドワイト率いる救国軍事会議がハイネセンの占領を完了したのは、原作に遅れる事三日。

 その報告が帝国の主星オーディンのクロプシュトック邸に届く頃には、フォークは無能者としてドワイトの参謀の座から引きずり下ろされ、放逐されていた。

 

 救国軍事会議の議長が父ドワイト・グリーンヒル大将である事を知って動揺を隠せないフレデリカ。

 自分の出した手紙が原因ではないかと激しく後悔する。

 ヴェルはそんなフレデリカを慰めようと、出征前の最後の貴重な一夜はフレデリカの為に使う事を決めた。

 

 



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最高司令官編

<宇宙暦797年/帝国暦488年4月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は侯爵。

 

 アルテナ星域で帝国正規軍とリップシュタット貴族連合軍の先鋒同士が激突する。

 帝国正規軍を率いるのはシューマッハ上級大将。

 リップシュタット貴族連合軍はシュターデン大将。

 この戦いは両将の精神的な図太さ、ストレス耐性の値の差が勝敗を決した。

 

 アルテナ星域会戦に先立ち、ヴェルはシューマッハにシュターデンの弱点を教えていた。

 奴の弱点は胃である!と、軍医局から取り寄せた昨年のシュターデンの健康診断結果を振りかざすヴェルの力説を、ありがたくも内心困ったものだと傾聴するシューマッハ。

 敵将の胃を攻めろという最高司令官のムチャ振りに困惑する幕僚たちを宥めつつ、シューマッハは早期決戦を避け、ワイゲルト砲の存在をチラつかせてシュターデンを焦らす作戦に出る。

 

 教鞭を取っていた士官学校で「理屈倒れ」と一部生徒から揶揄されていたシュターデン。

 ヴェルの軍才を否定し続けて来た手前、アムリッツァでヴェルが実践して見せたワイゲルト砲大量運用方法についても、戦訓に取り入れる事が出来ていなかった。

 そうでなくても麾下の傲慢な若手権門貴族たちの操縦にかなり苦労しており、シューマッハが不穏な艦隊運動を見せる度に彼の痛んだ胃へのダメージは蓄積していく。

 遂には吐血まで至ってしまい、シューマッハは一発も砲火を交える事なく、敵将を病院送りにする事に成功する。

 

 後送されたシュターデンに代わり、若手貴族たちがこれ幸いと各々勝手に指揮を取ろうとして暴走。

 シュターデンを突き上げていた彼らの矛先は、今度は手柄争いで互いに向けられる事になり、貴族連合軍先遣艦隊の統制は完全に失われる。

 策もなく正面からバラバラに突っ込んで来る貴族連合軍を、冷静に釣瓶打ちにしていくシューマッハ艦隊。

 ヴェル陣営とリップシュタット貴族連合の初戦は、あっさりとヴェル側に軍配が上がってしまう。

 

 

 

 フレイヤ星域に軍を進めたヴェルの前に、貴族連合軍一万隻が駐留するレンテンベルク要塞が姿を現す。

 原作では、後背で蠢動されると厄介と考えたラインハルトがやむなく攻略を決断していたが、ヴェルは違った。

 このレンテンベルク要塞を容赦なく撃滅して、他の貴族連合軍への見せしめの場とするつもりで開戦当初から準備を進めていた。

 

 降伏勧告は一応行った、という事実を得る為だけにレンテンベルク要塞と通信を繋ぐヴェル。

 当然ながら装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将が出て来て、ぐわははと笑いながらヴェルを面罵してきた。

 黒蛇など掻っ捌いて蒲焼きにして食ってくれるわ!とはオフレッサーの言である。

 

 降伏しないでくれて感謝すると和かに通信を切ったヴェルは、カール・グスタフ・ケンプ中将に命じ、クロプシュトック星系から輸送してきた一ダースほどの氷塊群の調整に入らせた。

 バサード・ラム・ジェットエンジンが搭載された巨大な氷塊は、亜光速に近づけば近づくほど質量が増大する仕組みの質量爆弾である。

 原作でヤンが救国軍事会議の占拠するハイネセン攻略時にアルテミスの首飾りを撃破した時に使ったものと、ほぼ変わらない。

 ヴェルはこの原作知識を活用して、この氷塊質量爆弾をガイエスブルク要塞攻略の切り札にしようとしていた。

 ただ、これまで誰も使った事のない戦法であり、ミラクル・ヤンが見事やって見せたようなぶっつけ本番は絶対に避けたかった。

 ヴェルにとってレンテンベルク要塞は、運用方法や威力に関する実地検証にもってこいのお試し対象だったのである。

 

 備えはしていたが予想外の攻撃方法に対処出来ず、レンテンベルク要塞の軍港に氷塊質量爆弾が突き刺さる。

 次々と氷塊質量爆弾をレンテンベルク要塞にぶち当てていくヴェル。

 途中レンテンベルク要塞から通信が入ったが、丁度昼食どきであったため、卑怯者!と口汚く罵るオフレッサーに対し、ヴェルは鰻重を食べながら「卿も蛇なぞより鰻を食えば良いのに」とだけ告げて通信を切り、以降の通信は一切受け付けなかった。

 

 レンテンベルク要塞が完全に沈黙するまで、氷塊質量爆弾の威力評価は続いた。

 基地施設はほぼ全てが圧壊し、貴族連合軍一万隻の艦艇とオフレッサー上級大将を始めとする百万の兵は、その道連れとなった。

 

 その光景はヴェルの指示によってガイエスブルク要塞へも中継され、貴族連合の心胆を大いに寒からしめた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦797年/帝国暦488年5月>

 

 自由惑星同盟軍の第十三艦隊を率いるヤン・ウェンリーは、クーデター発生前に統合作戦本部から受け取った命令を楯に、イゼルローンを出撃。

 ネプティス、カッファー、パルメレンド、シャンプールの反乱軍をひとまとめにして撃破した後、クーデターに参加したルグランジェ中将率いる第十一艦隊と激突する。

 

 その間イゼルローン要塞は戦力的に真空状態になっていた。

 だが、帝国領側の回廊出口を警備していたメルカッツ艦隊はイゼルローン回廊に突入する事なく、ヴェルの当初の命令通りに帝国側領内の警備を続け、どの勢力に対しても不戦中立の立場を取り続けた。

 またフェザーン経由で同盟領の情報を入手していたヴェルからも、メルカッツに対して新たな命令が下される事は無かった。

 その為、不在中にイゼルローンを帝国軍に攻められた時に備えたヤンの様々な策は、ことごとく出番が無くなってしまう。

 

 

 

 

 

<宇宙暦797年/帝国暦488年7月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は侯爵。

 

 シャンタウ星域に侵攻したファーレンハイト艦隊は、奇襲を掛けようと小惑星帯に隠れて布陣していた敵軍を発見。

 何故か敵軍の一部が暴走し、射程外から砲撃を仕掛けてきた事が発見の契機となる。

 本来ならば、伏兵が露見してしまった段階で兵を退くなり集結させるなりするのが常道だが、この時の貴族連合は混乱を続け、暴走。

 そのまま無秩序にファーレンハイト艦隊に襲い掛かっていった為、奇襲を仕掛ける為に布陣をばらけさせていた貴族連合の艦隊を、ファーレンハイトは容易く次々と各個撃破していく。

 

 貴族連合軍は全体の六割もの損傷を出してやっと撤退を開始し始め、ファーレンハイトの猛追撃を受けて更にその数を減らしていった。

 貴族連合軍の残存艦隊をシャンタウ星域外に叩き出し終わった後に、ファーレンハイトは敵軍が総大将のカイザーリングが直接率いる艦隊であった事を知り、大魚を逸した事を悔やむ。

 本営に謝罪の通信を入れるファーレンハイトであったが、ヴェルはシャンタウ星域確保の功績を称揚し、彼を咎めなかった。

 

 それよりもファーレンハイトの報告でカイザーリング艦隊の暴走を知ったヴェルは、その理由に思い当たる節があって瞠目する。

 カイザーリングがまだ配下のバーゼル中将をのさばらせており、いまだにその艦隊がサイオキシン麻薬を汚染されたままだった事を苦々しく思うヴェル。

 かつて己がカイザーリング艦隊に属していた大尉時代の苦労はいったい何だったのか。

 カイザーリングのセンチメンタルに付き合わされて失われた兵の数は、軽く百万人を超える。

 ヴェルはこの一件で男女の恋情の行きつく先の破滅の怖さを思い知り、自戒しようと心に決めた。

 ただ、つい先日オーディンで愛妾の一人が無事出産を終え、また遡ること二ヶ月前にもう一人の愛妾の妊娠が発覚していた為、もう完全に手遅れな感はある。

 

 

 

 シャンタウ星域失陥とその大敗を盟主のブラウンシュヴァイク公に責められ、カイザーリングは総大将の座から降ろされる。

 カイザーリングは一切の弁明をしなかったが、敗軍の将は語らずの美談が成立する状況下ではない。

 カイザーリングはブラウンシュヴァイク公が自ら勧誘して連れて来た将であったため、副盟主のリッテンハイム侯爵とその門閥貴族たちは大いに反駁する。

 両者の関係は一気に険悪化してしまった。

 

 ヴェルの攻勢に対して何一つ有効な手を打てないブラウンシュヴァイクと袂を分かつ事にしたリッテンハイムは、五万隻の艦艇を率いてガイエスブルク要塞を離脱し、キフォイザー星域のガルミッシュ要塞を目指す。

 その大軍を待ち受けていたのは、辺境星域の制圧作戦実施中のミッターマイヤーとロイエンタール率いる帝国正規軍別働隊三万五千隻であった。

 数を頼りに襲いかかるリッテンハイム侯爵軍を、あっさりと撃滅するミッターマイヤーとロイエンタールの両将。

 戦列もまともに組めない烏合の衆のリッテンハイム艦隊では、疾風ウォルフと金銀妖瞳の連携攻撃に耐えられるはずもなかった。

 リッテンハイムの旗艦はガルミッシュ要塞に逃げ込む事も出来ずに爆散し、リッテンハイム侯爵家はここに滅亡する。

 

 ミッターマイヤーとロイエンタールはガルミッシュ要塞を接収し、キフォイザー星域を制圧。

 敵軍の副盟主を討ち取るという多大な武勲を上げ、クロプシュトック陣営でのセカンドローの地位を二人でしっかりとキープし続けた。

 

 

 



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“天下人”編

<宇宙暦797年/帝国暦488年8月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は侯爵。

 

 ブラウンシュヴァイク公の領地のヴェスターラントで反乱が発生し、領主代行のシェイド男爵が殺害される。

 迫り来るヴェルの軍勢に気が高ぶっていたブラウンシュヴァイク公は、親族に刃向かった下賎な民衆達を焼き殺すべくヴェスターラントへの核攻撃を決定。

 決戦前の血祭りの儀式にちょうど良いと、フレーゲル男爵ら若手門閥貴族もその決定を称揚し、ブラウンシュヴァイク公を後押しした。

 反対するアンスバッハ准将を拘禁し、ブラウンシュヴァイク公は復讐を実行に移してしまう。

 

 手元に保護している元ヘルクスハイマー伯爵令嬢のマルガレーテの伝手で、ヴェルは密かにヘルクスハイマー伯の親族であったとある貴族を懐柔し、ガイエスブルク要塞内に潜ませている。

 その埋伏貴族からの密使により、ヴェルは事前にヴェスターラント核攻撃作戦の情報を受け取る事が出来た。

 参謀長を務めるオーベルシュタインがこの作戦を見逃すように進言してくる。

 オーベルシュタインは、ここで二百万の民を見捨てなければ戦役は更に長引いて一千万人死ぬ、という論理でヴェルを説得しようとしてきた。

 僅か二百万人の犠牲で速やかに天下を取る事が出来る、そう進言したのだ。

 

 ここでヴェルは突如天下人の怒りを示す。

 なめられたものだなラインハルト!!なめられたものだな天下!!と激発するヴェル。

 オーベルシュタインは理解の及ばぬその憤怒に慄然とし、更になぜここでヴェルの息子のラインハルトの名前が出てくるのかと困惑する。

 

 

 

 オーベルシュタインの進言を退けたヴェルは、麾下のフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトをその場に呼び出した。

 そして黒色槍騎兵艦隊を率いてブラウンシュヴァイク公の放ったヴェスターラント核攻撃部隊を捕捉し、必ずその指揮官を捕らえて引っ立ててくるよう命じる。

 まずブラウンシュヴァイク公の非道さに驚き、次いでそれを阻止しようとするヴェルの覇気に感じ入ったビッテンフェルトは大いにその忠誠心を刺激され、気炎万丈の面持ちでヴェスターラントへ出立していく。

 

 残されたオーベルシュタインは一つ深く息を吐く。

 これで同盟の帝国領侵攻作戦時の焦土作戦と、リップシュタット戦役に先立つ同盟の亀裂工作に引き続き、三度ヴェルに進言を退けられてしまった。

 どうやらクロプシュトック侯には私のような存在は不要なようですな、とその場を立ち去ろうとする。

 そのオーベルシュタインに対して、もし他に行くのであればリヒテンラーデの下は避けた方が良いと一言忠告するヴェル。

 その言葉にオーベルシュタインは瞠目せざるを得なかった。

 

 三ヶ月前に側女のエルフリーデの妊娠が発覚してから、ヴェルはリップシュタット戦役での麾下の軍の指揮と平行し、密かにエルフリーデの実家のコールラウシュ家の取り込みを開始していた。

 リヒテンラーデの家門を自分とエルフリーデの間に産まれた子供に継がせたい旨を、それとなくコールラウシュ家に匂わせ、その為の工作を依頼。

 その結果として帝国宰相のクラウス・フォン・リヒテンラーデ公爵は、いつのまにか一族の過半をヴェルに巻き取られていたのである。

 

 リッテンハイム侯爵は既に亡く、ガイエスブルク要塞でブラウンシュヴァイク公を討てば、帝国内で残る巨頭はリヒテンラーデ公のみであった。

 既に戦役後を睨んだ行動を密かに開始していたヴェルに対して、オーベルシュタインは敬意を評して首を垂れる。

「智謀を持って貴方に仕える者は無残なものだ」

 オーベルシュタインはそう述べながらも、今しばらくクロプシュトック陣営にその身を置いたままにする事にした。

 

 

 

 ミッターマイヤーらと合流してガイエスブルク要塞に到達したヴェルは、要塞のみならず帝国全土に向けて演説の中継を行った。

 まずヴェルはブラウンシュヴァイク公がヴェスターラントを核の火で焼こうとした事を全臣民に告げ、その非を鳴らす。

 ビッテンフェルトによって捕らえられたヴェスターラント核攻撃部隊の指揮官が引きずり出され、ブラウンシュヴァイク公から受けた命令の内容を証言。

 その将校は後に核攻撃に関する責任を追及される事を恐れ、保身の為に作戦指示内容を記録していた。

 勿論そのデータも合わせて公開される。

 

「この証言、映像を捏造と思う者はブラウンシュヴァイク公に聞いてみるがよい。真の貴族ならば、己の発した言葉を翻す事はよもやあるまい。いや、最早オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクはゴールデンバウム朝の貴族にあらず。ルドルフ大帝から預かった大切な臣民を自ら焼き殺そうとするなど、貴族としての責務を投げ捨てたに等しい」

 

 そう述べて演説を見ていたブラウンシュヴァイク公のプライドをズタズタにしたヴェルは、撃ってよいのは撃たれる覚悟があるものだけだ!と告げてズラリとならんだ氷塊質量爆弾の映像を見せ付ける。

 その数およそ二百機。

 

「今からこの氷の塊を一斉にガイエスブルク要塞にぶつける。それが嫌なら要塞から出てきて勝負せよ」

 

 ヴェルからのリップシュタット貴族連合への挑戦状であった。

 

 質量四十兆トンのガイエスブルク要塞に、亜光速で二千億トン強の質量となる氷塊をいくつ当てたら効果があるかは正直未知数である。

 だがしかし、氷塊を次々にぶち当てられて大惨事となった先のレンテンベルグ要塞の衝撃的な映像を見せられていた事もあり、ブラウンシュヴァイク公を初めとする門閥貴族たちは動揺を隠せない。

 総大将であったカイザーリングは職を解かれ、懐刀であったアンスバッハはブラウンシュヴァイク公自らが拘禁を指示してしまっている。

 最早誰も止める者もおらず、ブラウンシュバイク公らはガイエスブルグ要塞を出て、ヴェルと決戦に及ぶ事を決定してしまった。

 

 

 

 ガイエスブルク要塞の主砲ガイエスハーケンの射程外で行われた決戦は、呆気なく勝敗が決する。

 ミッターマイヤーの巧みな用兵に惑わされ、リップシュタット貴族連合軍はヴェルの敷いた縦深陣に引きずり込まれていく。

 原作と異なるのは、本来であれば旗艦の周りにのみ配置される盾艦が、縦深陣の一番深い部分に大量に配備されていた点にある。

 その盾艦隊の後ろに隠れるように、例のワイゲルト砲がこれまた大量にその砲口を揃えていた。

 

 後退を続け、盾艦隊の前で急激に艦隊を旋回させる疾風ウォルフ。

 その盾艦隊を率いるのは、原作では後に鉄壁と謳われることになるナイトハルト・ミュラーであった。

 ヴェルの抜擢に感謝しつつ、リップシュタット貴族連合軍をギリギリまで引きつけ、ワイゲルト砲の一斉射を浴びせるミュラー。

 リップシュタット貴族連合軍に甚大な被害を与える事に成功する。

 そこに退避したばかりのミッターマイヤーを始めとする、綺羅星の如きクロプシュトック派の提督たちの率いる艦隊が襲い掛かっていった。

 

 ブラウンシュヴァイク公の直衛艦隊も大いに砲火に曝されるところとなる。

 原作ではメルカッツ艦隊が助けに入るところであったが、メルカッツはこの戦場におらず、代わりのカイザーリングには既に指揮権も兵も無い。

 周囲の艦艇を僅か数隻まで討ち減らされて、ブラウンシュヴァイク公は命からがらガイエスブルク要塞に逃げ込む事になる。

 ガイエスブルク要塞を出撃した艦艇の内、無事に要塞に戻れた艦艇の数は三分の一にも満たなかった。

 尚、フレーゲル男爵は最初のミュラーの放ったワイゲルト砲の一斉射で乗艦を撃ち抜かれ、その屍を真空の宇宙に晒してしまっていた。

 

 決戦から数日後、ヴェルの下へガイエスブルク要塞から無条件降伏を申し入れる通信が入る。

 降伏はアンスバッハ准将の名前で申し入れされ、合わせてブラウンシュヴァイク公が服毒自殺した事も告げてきた。

 実際は往生際が悪いブラウンシュヴァイク公に対して無理やりアンスバッハが毒を飲ませた格好になっていたが、ヴェルの関知するところでは無かった。

 

 

 

 ゴールデンバウム王朝の貴族政治の成れの果て。

 その集大成の忌み子とも言えるブラウンシュヴァイク公がここに倒れた。

 同時にコールラウシュ家から帝都オーディンにてリヒテンラーデ公を拘束した旨の超高速光通信も入っていた。

 もはや帝国内にヴェル以上の武力を持つものは誰一人存在しない。

 

 シューマッハらを引き連れ、敵の本拠地であったガイエスブルク要塞に乗り込んでいくヴェル。

 それはあくまで帝国領内に限った話ではあったが、ヴェルの天下布武が成った瞬間であった。

 

 

 



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"破格の人"編

<宇宙暦797年/帝国暦488年8月>

 

 ルグランジュ中将率いる同盟第十一艦隊を破ったヤン艦隊が、同盟首都星ハイネセンのあるバーラト星系の攻略に取り掛かろうとしていた。

 原作ではこのタイミングで救国軍事会議からの宗旨替えを余儀なくされたバグダッシュ中佐がヤンの依頼を受け、クーデターが帝国の使嗾を受けて行われたものである事を証言。

 救国軍事会議の求心力と士気を低下させる挙に及ぶのだが未だにそうはなっていない。

 これは今現在進行形で帝国のトップとなりつつあるヴェルの思惑をヤンが図りかねていた為である。

 

 ヤンが初めてヴェルと戦場で相対したのは、三年前の第六次イゼルローン攻防戦に遡る。

 この時ヴェルは少将として分艦隊を率いており、初めての艦隊運用で自分の出来る事出来ない事を見極めようとしていた。

 士官学校で学んだ様々な作戦や陣形を次々と実践し、同盟軍の分艦隊を撃破しまくるヴェル。

 その被害が次第に無視出来なくなってきた同盟軍は対策に乗り出し、グリーンヒル参謀長がヴェルの分艦隊を討つ為の作戦立案をヤンに命じる。

 ヤンはヴェルのこれまで実践した戦術パターンを全て解析した上で、ヴェルを罠にはめて包囲網を形成する策を具申した。

 しかし作戦決行の当日にピタリとヴェルの分艦隊は前線に出て来なくなる。

 ヤンは盛大に肩透かしを喰らう事になったのだが、この時のヤンにはまだこれも単なる偶然だと思えていた。

 

 次いで第四次ティアマト会戦の前哨戦のレグニッツァでの遭遇戦で第二艦隊のパエッタ中将配下の幕僚として戦場に立っていたヤンは、彼自身が思い描いていた策を初っ端にヴェルにかまされてヴェルの事を効率的で無駄を嫌う性格の将なのかと誤認する。

 続く本戦での敵右翼を率いるヴェルの苛烈な攻勢を見たヤンは、その陣形が古典的な用兵学に基づいたものであると看破。

 ヴェルの堅実で計算高い面を知るに連れ、先のレグニッツァでの指揮の取り方とのギャップに違和感を覚えるようになる。

 大胆にして繊細、勇猛にして臆病、奔放にして堅実、非効率にして効率。

 相反する二面性を内包しつつも一切破綻は見せず、ただただ多大な戦果を挙げていくヴェルの指揮の取り方を見せられ、ヤンは困惑の度合いを深めていった。

 そしてその困惑は、初めて互いに軍の指揮権を握った状態で激突したアスターテ会戦での第三戦でより一層の深まりを見せる。

 

 アスターテ会戦に先立ってヴェルの各個撃破作戦を読んでいたヤンは、第二艦隊が単独でヴェル率いる帝国軍と砲火を交えるシチュエーションに備える。

 ヴェルが取りうる戦術パターンを全て考え、それに対応する幾つもの作戦案を用意し、事前に第二艦隊の艦艇全てのデータベースに配布していた。

 この時ヴェルはヤンが予想していた中で一番確率の低い紡錘陣形での中央突破を選択してくる。

 意外であったが、対処を間違えずに消耗戦に持ち込む事に成功するヤン。

 しかし、皆がヤンの指揮を賞賛する中、ヴェルがあえて消耗戦に持ち込む為にわざと紡錘陣を取ったのではないか、という疑念にヤンは囚われてしまっていた。

 

 そしてアムリッツァである。

 ヴェルが行った既存戦術を一気に破壊して大きく転換させるであろうワイゲルト砲の大量導入を目の当たりにし、ヤンはヴェルを“破格の人”と位置付けてしまうに至る。

 最早その行動原理を理解する事を諦めた。

 元老級の大貴族であるヴェルの立ち位置を考えれば、例えワイゲルト砲という奇策があったとしても丁半博打のような一大決戦では無く、リークされたあの完璧な作戦計画に基づいて確実に勝利をもぎ取れる焦土作戦を採用する方が当然に思えた。

 それ故、今回の救国軍事会議のクーデターについても状況的に見て帝国の介入があったと見るのが自然ではあったが、ヤンもヴェルの意向の有無を断言する事は出来なかったのである。

 

 もしも本当にヴェルが謀略を仕掛けていたとすれば、イゼルローン回廊の帝国領側に出張って来ている帝国の一部艦隊が、ヤン不在のイゼルローン要塞に攻め寄せて来ないのも不可解である。

 或いはその逆で、もしかして自分はヴェルの思惑どおりに泳がされているのではないかとの疑念が頭を離れず、ヤンは言い様の無い不快感を覚えてしまっていた。

 

 救国軍事会議の標榜する大義を砕いてビュコック大将を始めとする人質たちが無事なままハイネセンを早期解放する為にも、帝国の介入を捏造でも良いのでぶち上げるか悩むヤン。

 そんなヤンをサポートする者が意外なところから突如現れる。

 その人物とはハイネセンで囚われの身となっていたドーソン大将を助けだし、遠くフェザーンまでの脱出行を指揮したフォーク准将その人であった。

 

 

 

 クーデター発生当初は救国軍事会議のメンバーであったフォークは、ハイネセンでの武力蜂起の実戦指揮を担当するも、あっさりその無能ぶりを晒してしまう。

 参謀の職を解かれてしまったフォークは、救国軍事会議のメンバー達を強く逆恨みする。

 そして、救国軍事会議の持つ唯一の宇宙戦力であった第十一艦隊がヤン艦隊に敗れてしまって混乱が発生。

 そんは中でフォークは救国軍事会議の隙を突く。

 ビュコックよりは見張りがキツく無かったドーソン大将を救出に成功したのである。

 更に行き掛けの駄賃としてドワイト・グリーンヒル大将の私室を荒らして救国軍事会議に関する資料を片っ端から撮影した後、ハイネセンから脱出する。

 ドーソンは同盟元首のヨブ・トリューニヒトの陣営に与する軍人である。

 その為にヴェルが地球教本部を滅した後にヨブ・トリューニヒトの駒と成り果ててしまっていた地球教同盟支部の助けを借りられたのも、フォークにとっては大きかった。

 

 ヤン艦隊の下に赴くのを嫌ったフォークとドーソンは、救国軍事会議の勢力圏から逃れる為に一路フェザーンを目指す。

 その道中、部下にドワイトの部屋で撮影した資料を確認させていたフォークは、一通の手紙の存在を知って狂喜乱舞する。

 それはフレデリカからドワイトに人伝てに手渡された例の手紙であった。

 

 フェザーンに到着したフォークとドーソンの一行は、自由惑星同盟フェザーン駐留弁務官事務所に匿われる事になる。

 早速フォークは首席駐在武官のヴィオラ大佐に命じて同盟軍のデータベースを照会。

 ドワイト・グリーンヒル大将の娘の名前がフレデリカである事を突き止め、さらにフレデリカが帝国にてどの貴族に囲われているかフェザーンでの伝手を使って調べるようにヴィオラ大佐に命じる。

 帝国貴族と言っても何千人とおり、更に現在帝国が内乱中という事もあって難色を示すヴィオラ大佐であったが、フォークがドーソン大将の意向を持ち出して来た為に従わざるを得なくなってしまう。

 

 ヴィオラ大佐は無理を承知でフェザーン自治領主のアドリアン・ルビンスキーの補佐官であるルパート・ケッセルリンクに協力を依頼したところ、意外な結果となる。

 帝国軍最高司令官まで上り詰めたヴェルの存在は、勿論フェザーン自治領が全力を挙げて監視しなければならない対象であり、そのプライベートもまた然りであった。

 そうで無くともヴェルが侯爵位を継いでからというもの、ヴェルが治めるクロプシュトック領は規制緩和が進んで経済が大幅に改善し、ここ数年で領内で設立された新興企業群は、将来的にフェザーンの脅威に成りかねない勢いで成長を続けていた。

 ヴェル本人とクロプシュトック領の内政に関するやり取りは、ヴェルの愛妾のフレデリカという女性が一手に握って差配している事がフェザーンの調査で明らかになっていた。

 更にそのヴェルの寵愛の厚いフレデリカという愛妾は、どうやら同盟からの亡命者らしいという情報までルパートは掴んでいたのである。

 ヴィオラ大佐とルパート補佐官は互いの情報を持ち寄り、整合を取ってそのフレデリカという女がドワイト・グリーンヒルの娘でまず間違い無い事が確認された。

 

 

 

 救国軍事会議の議長であるドワイト・グリーンヒル大将の令嬢が、なんと帝国の最高権力者の妾になっており、更には自分の父親と手紙のやり取りまで行なっていた。

 

 超弩級のスキャンダルを入手したフォークは笑いが止まらない。

 自分を無能と罵ったグリーンヒル一党への復讐を果たすべく、その事実を自由惑星同盟フェザーン駐留弁務官事務所から同盟領の全星系に向かって公表し、得意の弁舌をもって救国軍事会議の非を鳴らした。

 

「今回の救国軍事会議のクーデターは、帝国の内乱に介入させないよう、ヴェレファング・フォン・クロプシュトックが己の妾にしたドワイト・グリーンヒル大将の娘を使って仕組んだものであり、正義など何処にも無いのです!」

 

「この私アンドリュー・フォークは、スパイとして救国軍事会議に潜入し、味方の為にクーデター側の指揮を混乱させ、我が手で救出したドーソン大将を遠くこのフェザーンまで護衛し、更に今ここに潜入捜査によって得た驚愕の事実を公表するものである!!」

 

 そのフォークの演説の後半はスルーされるが、前半部分はイナズマのように同盟領全土を駆け巡って多大な衝撃を与えてしまう。

 演説と共に公開された証拠の手紙の画像と、フェザーンの密偵が望遠で撮影したフレデリカ・グリーンヒル(二十三歳)の写真も一気に拡散した。

 

 ハイネセンを囲むアルテミスの首飾りの攻略に取り掛かろうとしていたヤン・ウェンリーは、今年一月の帝国との捕虜交換式の際に帝国のレオポルド・シューマッハ上級大将から預かった手紙の事を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 自分はもちろん読んではいないが、手紙の内容は検閲で問題無しとされたはずであった。

 あの手紙もまたクロプシュトック侯の仕掛けた一手だったのかもしれないとネガティブな思考に入りそうになるヤン。

 しかし、必要以上にクロプシュトック侯を恐れても仕方が無いと気持ちを切り替え、フォークの告発を効果的に利用する方法の考察に思考の舵を切った。

 

 なお、フォークが公開した手紙の画像は、最後の結びの言葉の部分が見切れてしまっていた。

 そして望遠で画素が粗く、またあれから九年も経って本人が美しく成長していた事もあって、その写真の中のフレデリカ嬢がエルファシルでコーヒーを差し入れしてくれたあの少女の成長した姿とは、ヤンには見抜けなかった。

 ジェシカと結ばれたとは言え、ヤンはまだまだ朴念仁なままであった。

 もし気付いていたら、ヤンは運命のいたずらを呪わずにはいられなかったであろう。

 

 一方、救国軍事会議の面々は疑心暗鬼に駆られ、議長のドワイト・グリーンヒル大将を囲んで口汚く問い詰めようとしていた。

 しかし当のドワイトはそれどころではない。

 娘を妾として囲っている貴族が、アスターテやアムリッツァで同盟軍に壊滅的な打撃を与えた現帝国軍最高司令官のヴェレファング・フォン・クロプシュトックであったと知り、衝撃を通り越して放心状態となってしまう。

 

 そこにアルテミスの首飾りへのヤン艦隊の攻撃開始を告げるオペレーターの叫びが響く。

 

 ハイネセンが解放される日は近い。

 



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“凱旋者”編

<宇宙暦797年/帝国暦488年9月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は侯爵。

 

 ガイエスブルク要塞に乗り込んだヴェルはリップシュタット戦役の勝利式典を開催し、捕らえた貴族連合軍の高級士官らの引見に臨む。

 既にファーレンハイトをはじめとする必要な人材は予め確保済みな為、ヴェル本人は引見を行う必要を感じていなかった。

 だが、参謀のオーベルシュタインから勝者と敗者を満天下に知らしめる必要があると強く進言され、従う事にする。

 実際の理由は、ブラウンシュヴァイク公の腹心であったアンスバッハ准将をここで取り押さえないと、今後どう動かれるか逆にわからなくなる、と考え直しただけであったが、その故を知る者はヴェル本人しかいない。

 

 次の引見はアンスバッハの順というタイミングで、ヴェルは面会するのは生者のみと突如宣言。

 ブラウンシュヴァイク公の遺体の確認は不要と、勝利式典を取り仕切るオーベルシュタインに強く命じる。

 

「アンスバッハは忠義の臣であると共に一廉の武人である。主君の仇を取る為にその遺体に武器を隠すくらい平気で実行する男だ。また、身に寸鉄を帯びていないか、特に注意して確認するように」

 

 これは粘るオーベルシュタインに投げつけたヴェル本人の言葉であった。

 渋々引き下がってヴェルの指示を部下に伝えるオーベルシュタインであったが、それが引き金となって広間の外で一騒動発生する。

 

 控え室で爆発が発生し、広間までその爆音と揺れが伝わる。

 動揺する出席者や捕虜たちと駆け付ける警備兵たちで、一気に式典の広間は混沌と化す。

 シューマッハら提督たちは皆ヴェルを守ろうと護衛たちと共にガードを固め、安全確保のためにヴェルを旗艦のバハムートへ誘導。

 会場の外で犯人を捕らえるべく警備兵たちが奮闘し、ときおり怒号が響く中、提督たちに身を守られながらヴェルは式典会場を立ち去った。

 ヴェルは一人冷静にやはりこうなったかと独り言ちる。

 しかし、事態はヴェルの思いもよらぬ展開を見せてしまう。

 

 騒動が落着してしばらく経た後、バハムートに退避したヴェルに対し、オーベルシュタインが事態収束の報告と詫びの通信を入れて来た。

 下手人はヴェルの懸念どおりアンスバッハ。

 ブラウンシュヴァイク公の遺体の内臓をくり抜き、そこにロケットランチャーを仕込んで式典の場に持ち込み、ヴェルの暗殺を図ったとの事であった。

 ヴェル直々の遺体の引見不要の通達により、アンスバッハの思惑は外れる。

 強硬手段に及ぼうとするも警備兵に取り押さえられたアンスバッハは、歯に仕込んでいた毒を噛んで無念の自殺。

 生かして捕縛出来なかった事をヴェルに謝罪するオーベルシュタイン。

 更にアンスバッハを捕らえるにあたり、彼の嵌めていた指輪の隠しビームで警備兵が一人首筋を撃たれ、運悪く死亡してしまった旨も告げて来た。

 

 ヴェルはその知らせを聞いて、頭をハンマーで殴られたかのようにその身をぐらりとよろめかす。

 恐る恐るオーベルシュタインにその警備兵の名前を尋ねるヴェル。

 亡くなったのはジークフリード・キルヒアイス一等兵。

 同盟軍帝国領侵攻に伴い、昨年オーディンにて徴兵されたばかりの赤毛の青年であった。

 

 

 

 この時のヴェルの感情は説明がし難いものがある。

 キルヒアイスが自軍に加わっている事など一切関知していなかっただけに、その死は想定外過ぎた。

 一等兵の死に衝撃を受けてるヴェルの様子を、困惑しながら見つめる提督たち。

 彼らを前にしながら、思わずなぜだ!?という疑問がヴェルの口から溢れ落ちそうになっていた。

 どの世界線であろうと世界はキルヒアイスの死に収束してしまうのか、とヴェルは間違った結論の境地に入りかかる。

 

 そこでまず最初にヴェルの脳裏に浮かんだのは、哀しんでいるアンネローゼの顔であった。

 この世界線においては、ラインハルトが幼少期に発病してしまった影響で、アンネローゼとキルヒアイスの間に面識は一切無い。

 それでも何故かアンネローゼに対する申し訳無さがヴェルの胸を焦がし、オーディンに戻ったらとにかく謝らねばと心に決める。

 この決意は翌年のアンネローゼとの間の第二子、ジークフリードの誕生へと繋がっていく。

 

 次いで思いを巡らしたのは、OVA版のキルヒアイスの朴訥で人の良さそうな両親たちの姿である。

 キルヒアイスは一人息子だったはずである。

 最愛の一粒種の息子を失ってしまった彼らの悲しみは如何許りか。

 二階級特進による遺族年金や特別な恩賞を用意しても、何の慰めにもならないだろう。

 キルヒアイスの死に関する責任の所在を、今ここで明確にしておく必要があった。

 

 原作ではキルヒアイスを失なったラインハルトは一切オーベルシュタインを責めなかった。

 しかしヴェルは違う。

 信賞必罰の則を守るべく、式典を取り仕切っていたオーベルシュタインを叱責。

 参謀長の職を解き、自分の直下から外す旨をその場で通達する。

 オーベルシュタイン自身、ヴェルのわざわざの助言を活かせずに今回の事件を未然に防ぐ事が出来なかった責を自覚しており、その決定を従容として受け入れた。

 

 人的被害としては結局一等兵一人に留まった事件だった為、提督たちの中には重い処罰と感じた者も多い。

 しかし、これも支持基盤である平民に配慮してのヴェルの采配と受け取られ、またオーベルシュタインの為人もあって、表立って疑問を呈する者は誰もいなかった。

 問題はオーベルシュタインの預かり先である。

 ヴェル麾下の提督たちにとっては究極のババ抜きであった。

 

 顔に手を当つつ沈思黙考でどうすべきか迷うヴェル。

 そこでロイエンタールが先手で仕掛ける。

 その前に、とまず断りを入れ、自分とミッターマイヤーにオーディンを抑えるよう命じ下さいと述べるロイエンタール。

 彼が言うには、既にヴェルの手腕によりリヒテンラーデ公の身柄は拘束済みではあるが、いつ不測の事態が起こるかわからない。

 いち早く武力で主星の権能を全て抑えてしまうに如かず、との事であった。

 

 ヴェルはこの申し出を是とし、二人にオーディンに向けての先行を命じる。

 ミッターマイヤーとロイエンタールはその場から退出するのに成功し、必然的に残った三矢の一本であるシューマッハにオーベルシュタインが預けられる話の流れとなる。

 

 オーベルシュタインを押し付けられる形となったシューマッハは、先々の苦労を思って苦虫をすり潰したような表情を浮かべる。

 反対にお鉢を見事に回避したミッターマイヤーとロイエンタールの二人は、艦隊の出発準備をしながら密かに安堵の吐息を漏らしていた。

 なおオーベルシュタインの後釜にはフェルナー大佐が准将となって内部昇格し、ヴェルを支えていく事になる。

 

 

 

 急進したミッターマイヤーらの艦隊の後を追うように、ヴェルの艦隊は悠々とオーディンへの凱旋の帰途に着こうとしていた。

 バハムートがガイエスブルク要塞を出立するその直前、フェザーン駐在帝国高等弁務官から通信が入る。

 それは自由惑星同盟領の救国軍事会議によるクーデターが、ヤン・ウェンリー率いる同盟第十三艦隊により降伏に追い込まれたとの知らせであった。

 

 ヤンのハイネセン攻略の方法や成否は聞くに及ばない話である。

 だがその知らせには、クロプシュトック侯に関する一つの噂が同盟のアンドリュー・フォーク准将という者によって同盟領内に流布されている、との情報も添えられていた。

 もちろんクーデターの首班であったドワイト・グリーンヒル大将の令嬢フレデリカがヴェルの愛妾となっている件であり、フェザーン自治領もこれに協力している節があるとの事であった。

 

 フレデリカの存在が大々的に流布されてしまった事実に驚くヴェル。

 しかもそれがあのフォークの手によって!

 

 しかし、今はそこを掘り下げる前に、ヴェルにはまずするべき事があった。

 リンチ少将がいようがいまいが、クーデターが発生してしまった時点で最早この結末は確定していた。

 やはりクーデターの終結と共にドワイト・グリーンヒルはその命を絶っていたのである。

 その悲しい事実を、ヴェルはフレデリカに伝えなければいけないのだ。

 

 ちなみにヴェルが知る由も無い事であったが、ドワイトはリンチの代わりに激昂したクリスチアン大佐によって射殺されている。

 ジェシカが議員になっておらず、スタジアムの虐殺が発生しなかった影響であろう。

 ともかくヴェルは、キルヒアイスの死の知らせに次いでまた一つ、自分の囲っている女の関係者の訃報を受け取ってしまった。

 唯一の救いは、超光速通信でヴェルから知らせを受けたフレデリカが、哀しみに震えながらも気丈に対応してくれた点にある。

 

 父の覚悟は十分に予想出来ていた事と、どんなに辛くても最早一人の体では無いので自分は強く生きねばならないと決意を語るフレデリカ。

 心配を掛けさせない為に出征中のヴェルには内緒にしていたが、既にフレデリカの体は六ヶ月目に入っていたのである。

 リップシュタット戦役の出征前夜の慰めの効果であった。

 

 ヴェルはヒルデガルドやアンネローゼらにフレデリカのフォローを頼んだ後、自分も早くオーディンに戻れるよう艦隊の移動を急がせた。

 結果としてオーディンの宰相府にて国璽を握ったロイエンタールの野心がもたげ始める前に、ヴェルの艦隊はオーディンに凱旋。

 ロイエンタールから双頭の鷲が象られた国璽を受け取ったヴェルは、帝国宰相の座に就いて銀河帝国の全権を掌握する。

 

 

 

 世界の半分を手に入れたヴェルことヴェレファング・フォン・クロプシュトック。

 あと半分の世界を治める自由惑星同盟は、アムリッツァの大敗と続く救国軍事会議のクーデターにより、昔日の力はもう全く無くなっている。

 狂信的な地球教徒たちの拠点も、本拠地である地球を含めて一掃済みである。

 士官学校時代からの目的であった、自分と自分に近しい者たちの安全は保証されたも同然であった。

 

 今のヴェルの心には飢えなど無く、もちろん強力な敵なども必要とはしていなかった。

 この日からヴェルは、自分を戦さに駆り立てようとする有象無象の力の制御に挑み続けざるを得なくなる。

 それはそれでまた地獄の日々であり、彼を取り巻く聡明な女性たちの存在が、ヴェルにとっては唯一の癒しとなっていく。

 

 

 



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原作三巻
宰相公爵編


<宇宙暦798年/帝国暦489年1月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵。

 

 昨年のリップシュタット戦役の勝利と戦後のリヒテンラーデ公排斥を経て、銀河帝国の宮廷と政界と軍部は全てヴェルの支配下に置かれるところとなる。

 そして年が改まった頃には、ヴェルの主導による帝国の新体制がようやく形に成りつつあった。

 

 公爵位に昇ったヴェルは、合わせてリヒテンラーデ公爵家を侯爵に格下げし、唯一の公爵として宮廷を統括。

 敵対した門閥貴族の爵位と門地を容赦なく剥奪没収する。

 リヒテンラーデ一門の所領も大幅に削られてしまうが、コールラウシュ家のみは重用して加増。

 騙されたと知った一門の怨みはコールラウシュ家に向かい、リヒテンラーデ領は内紛状態となる。

 ヴェルは一貫して自分の娘であるフェリシアを産んだエルフリーデの実家を支援し続け、リヒテンラーデ一門は次第に追い詰められていく。

 更にヴェルは自ら幾度となく直接赴いて交渉を重ねたシュザンナの化粧代を除いて、宮廷行事に関連する馬鹿げた歳費も大幅に圧縮する。

 これらの施策によって帝国政府の財政は一気に回復に至っていた。

 

 余談だがシュザンナはヴェルとのディープな交渉後に体調を崩してしまい、療養と称して離宮に居を移し、公の場から一年間その姿を隠してしまう。

 その後、シュザンナはヒルデガルドやアンネローゼらヴェルの妃とも親しく交流しつつ、何処からか引き取ってきた赤子を自らの養女として育てながら、俗事に関わる事なく離宮にて穏やかな日々を過ごしたと言う。

 ベーネミュンデ侯爵家を継ぐ事になるその黒髪の赤子の出自は、側近の宮廷医師であったグレーザーだけが知っていると噂された。

 

 政界においては、宰相となったヴェルは宰相府で基本的には決済しかせず、政治センス抜群な妻のヒルデガルドに実務を取りまとめさせるスタイルが確立されていた。

 その上でカール・ブラッケとオイゲン・リヒターの両名に、民政面でその才を存分に振るえるだけの権限を与えるヴェル。

 民衆の権限を拡張し、貴族政治からの完全な脱却を図りたい彼ら開明派二人の思惑は、当然ヴェルも原作知識で理解はしている。

 ただ現状の帝国の税制と司法の在りようはヴェルの目から見ても歪過ぎており、公平さを導入するには彼らの力が当面は必要と心得ていた。

 またヴェルは工部省にて奇才ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ(三十二歳)を大抜擢する。

 首都星オーディンにおける門閥貴族たちの豪奢な邸宅跡地群。

 その再活用計画を彼に任せてしまう。

 

 軍部では、リップシュタット戦役の戦功を考えた上で、ヴェルの元帥府にて必要な武官たちの昇進を実施。

 上級大将にはシューマッハ、ミッターマイヤー、ロイエンタールの帝国の三矢が。

 大将にケンプ、ケスラー、ワーレン、ルッツ、ビッテンフェルト、ファーレンハイト、アイゼナッハ、メックリンガー、シュタインメッツ、レンネンカンプ、ミュラーと綺羅星の如き有能な提督たちの名が並ぶところとなった。

 尚、リップシュタット戦役で局外中立を選択したメルカッツ上級大将の艦隊については、戦役平定後にオーディンに帰還。

 同盟の分裂を横目にイゼルローンへのアプローチを一切取らなかったメルカッツを責める声も上がるが、ヴェル自身がメルカッツの判断を是と明言した為にそれらの声もいずれ鎮まっていく。

 ただしメルカッツ自身は本人の希望によりヴェルに惜しまれつつも予備役入りが決まり、その艦隊は解体されて他の提督たちの麾下に吸収されていた。

 その上で自由惑星同盟との国境となるイゼルローン回廊の警戒については、提督たちが持ち回りで担当する決まりとなる。

 

 現段階ではヴェルには同盟と事を構えるつもりは毛頭無く、パトロールは回廊出口からかなりの距離を取るよう通達される。

 更にもし敵艦隊と偶然遭遇したとしても、戦闘は許可しないと厳命。

 どうしても手柄を立てたくて戦さに持ち込もうとする軍人気質を徹底的に戒める訓示を行う。

 その結果、原作で発生した同盟のダスティ・アッテンボロー少将率いる訓練艦隊と、ケンプ麾下のアイヘンドルフ分艦隊の遭遇戦は発生せず、ユリアン・ミンツは初戦での手柄を立て損なってしまった。

 

 

 

 とにかく帝国公爵にして帝国宰相にして帝国元帥のヴェルは多忙の日々を送っている。

 この時期の原作のラインハルトに比べると、ヒルデガルドという優れた嫁がいる為に政治面ではかなりサボれている。

 しかしラインハルトは切り捨てていたプライベートの部分が逆にヴェルとっては難題で、時間をガリガリと削り取っていく。

 ヴェルは都合七人の女性を抱えている為、昼も夜もキリキリ舞いである。

 

 そんな中、帝国軍科学技術総監のシャフト技術大将が元帥府で執務中のヴェルに面会を求めて来る。

 その知らせを受けたヴェルはあの件かと当たりを付け、フェザーン自治領の黒狐が自分に銀河を統一させようと蠢動し始めた事を察する。

 既に地球教本部は壊滅しており、フェザーンは地球のくびきから離れたはずであったが、どうやらアドリアン・ルビンスキーとフェザーン自治領は己の利益の為に原作と同じ道を選択したようであった。

 一度ルビンスキーには釘を刺しておいた方が良いかもしれないと考えつつ、ヴェルは事前に用意してあった資料を引き出しから取り出しながら、シャフトの来訪に対して許可を出した。

 

 ガイエスブルク要塞に十二個のワープ装置を追加し、イゼルローン回廊攻略の拠点とする。

 情緒たっぷりに意気揚々と高説を垂れたシャフトへの返答は、その顔に投げ付けられた資料の紙束であった。

 ヴェルが憲兵総監のケスラーに命じて作成させた、これまでシャフトが科学技術総監部で行って来た汚職の数々の調査結果報告書である。

 事前に呼び付けておいたケスラーがその場に現れ、ヴェルの前からシャフトをしょっ引いていく。

 自分がいなくなれば科学技術総監部は立ち行かなくなりますぞ!とシャフトは捨て台詞を残していくが、ヴェルにとっては些事であった。

 何せ自領であるクロプシュトック公爵領は、科学技術総監部がシャフト閥に占められてしまった為に行き場を失った技術者たちを率先して雇い入れており、有能な人材がわんさか溢れ返っているのだ。

 兼ねてより計画していたクロプシュトック公爵領よりの人材派遣を進めるよう、ヴェルはつい先日出産を無事終えて育児中のフレデリカに連絡を入れた。

 

 そして、それからその場に残されたガイエスブルク要塞改造計画書をしばらく眺めていたヴェルは、苦悩に満ちた顔で一つ大きくため息を吐いた後にケンプとミュラーを呼ぶ。

 また宮廷警備責任者のモルト中将に対し、幼帝エルウィン・ヨーゼフ二世の警護を強化するよう指示を出した。

 

 この世界に転生してきてからというもの、ヴェルが敵わないので相手にしたくないと常々考えてきた三人。

 ヤン・ウェンリーと、アドリアン・ルビンスキーと、ヨブ・トリューニヒト。

 どうやらヴェルは、この最高に食えない奴らとの激突が間近に迫ってきた事を悟り、覚悟を決めたようであった。

 

 とことん嫌々ながらではあったが。

 

 

 

 

 

<宇宙暦798年/帝国暦489年3月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵。

 

 ガイエスブルク要塞のワープ実験が行われる。

 指揮を取るのはケンプとミュラーの両大将。

 十二個のワープエンジンが寸分の狂い無く連動出来なければ、ケンプとミュラーを含む要塞に乗り込んだ一万人以上の軍人たちの命は亜空間のチリと化す。

 緊張の一瞬であったが、ヴェルは心配していなかった。

 何故なら彼は成功する事を原作知識で知っていたからである。

 

 そしてワープ実験は原作通りに見事成功する。

 ケンプとミュラーの苦労が報われた瞬間である。

 指揮を取っていたケンプとミュラーだけでなく、そのワープ実験に臨席した多くの者たちは皆、ヴェルがこのまま両将に要塞と艦隊の指揮を取らせ、イゼルローン攻略を命じるものと思い込んでいた。

 しかし違った。

 

 喜びに沸く関係者たちを一喝して黙らせた後、ヴェルはケンプとミュラーに驚くべき命令を発する。

 すなわち科学技術総監部との協力を継続し、このガイエスブルク要塞のワープエンジンに一万光年の距離を往けるだけの精度と耐久性を持たせよ、という更なる無茶ぶりであった。

 

 もともとこの時期にイゼルローンを攻める必要性を全く感じていなかった妻のヒルデガルドや、帝国の三矢らはヴェルの決定に胸を撫で下ろす。

 しかし一万光年とは、ヴェルはガイエスブルク要塞を一体何処に飛ばそうとしているのか。

 もしや!とヴェルの壮大な構想に愕然とするヒルデガルドや提督たち。

 

 ヴェルの思惑は理解出来たが、実際に一万光年往けるだけの耐久性を持たせるなど、いったいどれくらいの月日が必要になるのか。

 半年か?一年か?

 この二ヶ月の血の滲むような苦労を思い返してクラッときてしまうケンプを、同様に青い顔をしていたミュラーが支えた。

 ヴェルはこの目標が達せられた時、二人には上級大将の職をもって報いることを命令書に明記し、慰撫に努める。

 

 命令は既に下された。

 ヴェルに忠誠を誓った両将はその期待に応えるべく、粉骨砕身励むのみであった。

 

 ガイエスブルク要塞のワープ機能の開発は継続され、フェザーン自治領主たちが想定していた第八次イゼルローン攻防戦は未遂となる。

 このヴェルの決断は、その後の宇宙の歴史を決めるターニングポイントとなる。

 原作との大きな乖離が、遠く自由惑星同盟の首都ハイネセンで今始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦798年/帝国暦489年4月>

 

 帝国領のヴァルハラ星系外縁部で行われたワープ実験に遡ること十日。

 イゼルローン要塞にて第十三艦隊の指揮を執るヤンの元へ、ハイネセンの国防委員長より召喚命令が通達されていた。

 フェザーン自治領の補佐官のケッセルリンクが同盟のヘンスロー弁務官を散々に煽った結果の査問会開催であった。

 ジェシカとの後朝の別れを惜しみつつ、後事をキャゼルヌ少将に託し、副官のメッサースミスと護衛役のマシュンゴらと共にハイネセンに向かったヤン。

 

 一ヶ月かけてハイネセンに到着したヤンは即座に同行の部下たちから隔離される。

 そして査問会の名の下、延々と非生産的な精神的迫害を浴びせ続けられるはめになった。

 

 ヤンにとっても同盟全体にとっても不幸な事に、彼の副官は美しく聡明なフレデリカではなかった。

 原作ではフレデリカのフィアンセ候補であった宇宙艦隊司令部勤務のメッサースミス少佐の便宜を図り、フレデリカは宇宙艦隊司令長官のビュコック大将との面会を果たし、連携してヤン解放に動き出す。

 だが、この世界線のフレデリカは銀河帝国の首都星オーディンにて授乳に忙しい。

 代わりにメッサースミス自身がヤンの副官になってしまっていた為に、マシュンゴは右往左往するのみ。

 結果ヤンがハイネセンに来ていた事をビュコックが知ったのは、全てが終わった後となる。

 

 そして更にヤンにとっての一番の味方がやって来ない。

 ケンプとミュラーが率いる帝国軍である。

 

 帝国軍がイゼルローン要塞に一切攻めかかって来なかった為に、査問会は延々と引き伸ばされ続け、遂にヤンの堪忍袋が切れてしまう。

 査問会が始まった初日に数多の紙を無駄にして書き上げていた辞表を、ヤンは国防委員長のネグロポンティに叩きつける。

 

 叩きつけてしまったのである。

 

 



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“傍観者”編

<宇宙暦798年/帝国暦489年5月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵。

 

 ヴェル率いる銀河帝国の蟠踞するオリオン腕。

 そこから遠く離れたサジタリウス腕を統治する自由惑星同盟の軍部内で激震が走っていた。

 

 イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官のヤン・ウェンリー大将が病気療養の為に予備役入り。

 ヤンはハイネセンでそのまま静養に入り、代わりにドーソン大将がイゼルローン要塞に着任。

 併せて防衛強化の名目で艦艇五千隻がイゼルローン回廊に増派。

 通称ヤン艦隊と呼称されていた第十三艦隊は解体され、ドーソンの麾下に半個艦隊が五つ形成される事になる。

 率いる提督はフォーク少将、アラルコン少将、モートン少将、グエン少将、アッテンボロー少将の五名。

 キャゼルヌ少将とシェーンコップ少将はそれぞれ要塞事務監と要塞防御指揮官に留任。

 これらの人事の発令は全て国防委員長のネグロポンティの名前で行われた。

 

 もちろんヤンのリタイアは同盟市民の間でも大きなニュースとなる。

 しかし、自分たちを守ってくれる名将がいなくなってしまったにも関わらず、市民レベルでの動揺はかなり少なかった。

 一見変な話に見えるが、むしろホッとする者の数の方が遥かに多い結果となる。

 エル・ファシルの脱出劇とアスターテ星域会戦と第七次イゼルローン要塞攻略戦。

 そこまでは皆がヤンの武勲を熱狂して讃えていた。

 しかし救国軍事会議のクーデターの鎮圧を経て、ヤンは畏怖の対象に変わっていたのである。

 

 スタジアムの虐殺が起こっておらず、不平不満不安はあったが同盟市民の救国軍事同盟への怒りはそれほどでも無かった点。

 救国軍事同盟に参加した辺境惑星群の反乱軍と第十一艦隊をヤンが容赦なく全滅させた為に、大量の遺族が生まれて彼らがヤンに深い恨みを抱いていた点。

 ハイネセン開放時にアルテミスの首飾り攻略で見せたヤンの破壊的な側面が、ハイネセンの住民に恐怖を与えていた点。

 そして、この時点で同盟のマスメディアが完全にヨブ・トリューニヒト最高評議会議長の支配下にあった点。

 これらの要素が重なって、ヤンを第二のルドルフになり得る存在と評する風潮が急速に形成され、ヤンの退場を控えめながらも歓迎してしまう空気感が醸成されていたのだ。

 

 将来ヤンが軍籍を引いた後、政界に打って出られては困るトリューニヒトが未然にその芽を摘んだ。

 見るものが見れば、直ぐに理解できる茶番劇である。

 だがトリューニヒトの政敵のはずの野党トップのジョアン・レベロ議員も、ヤン自身の資質は別にしてその存在を懐疑的に見ていた為、政界もこの件については口を噤んでしまう。

 

 要するに市民も政界も国家元首のヨブ・トリューニヒトでさえも、ヤンがいなくてもイゼルローン要塞があれば同盟の領土は安泰という幻想を抱いていたと言える。

 帝国にとぐろを巻く恐るべきあの黒竜も、イゼルローンの雷神の怒りには敵わない。

 それを証拠にイゼルローン要塞が同盟の手に渡ってからというもの、帝国の黒竜は一度も回廊の中に首を突っ込んで来ないではないか!と。

 

 昨年のアルテミスの首飾りの完全破壊で、ヤンは同盟の軍部・政界・市民の間に蔓延っていたハードウェア信仰を打ち砕こうとした。

 しかし、同盟はこれまで何百万人もの血でイゼルローン回廊を赤く染め上げて来ただけに、回廊に高く聳え立つイゼルローン要塞への畏怖は、同盟市民の魂魄に深く染み付いてしまっている。

 その畏怖が深ければ深いだけ、それが反転した時に得られる信頼感はより一層強固なものとなる。

 イゼルローン要塞はそれだけ同盟市民にとって特別な存在であり、ヤンの魔術もその幻想には通用していなかったのである。

 

 市民も政界もこのヤンの失脚を受け入れてしまうが、もちろん当事者の同盟軍は大騒ぎだ。

 何せ統合作戦本部長のクブルスリー大将も宇宙艦隊司令長官のビュコック大将も、全く預かり知らぬところで頭ごなしに決められてしまった人事であった。

 当然抗議をするもヤンの自筆の辞表を国防委員長に見せつけられると、黙るしかなくなる。

 ヤンに会わせろと迫ってもなしのつぶてであった。

 クーデターの鎮圧後、軍の上層部はほとんどがトリューニヒト派で占められてしまっており、彼らが怒りの辞任に打って出れば、これ幸いとそのポストをも政争の道具にしてしまうであろう。

 同盟を守る為には耐えるしかなかったが、まともな軍人ほどやる気を削がれてしまい、同盟軍全体の士気は大きく低下してしまった。

 

 そして当然ながらヤン不在のイゼルローン要塞は蜂の巣を突いたような状態となる。

 ユリアンをはじめとするヤンに心酔している軍人たちは、こぞって怒りの声を上げた。

 そうでなくともヤン艦隊はシェーンコップやポプランのような不良軍人たちが集まった愚連隊の一面も持っている。

 そんな彼らが軽挙妄動して即時に反乱を起こさなかった理由は三つあった。

 

 第一にイゼルローン要塞とヤン艦隊に所属する軍人全ての同盟領内に残る家族のリストが、ハイネセンからわざわざこれ見よがしに送り付けられていた。

 第二に人質に取られたヤンの消息が全く掴めておらず、単純に動きようがない。

 第三にジェシカがヤンの子を身籠っている事が発覚した。

 

 救国軍事会議でさえ躊躇った家族を人質に取る悪辣な手法。

 それを臆面もなく実施してくる手合いに歯噛みするも、トリューニヒトの私兵とも言える憂国騎士団の存在に不安を抱く者も多く、要塞全体でのサボタージュの選択についてはまず放棄せざるを得なかった。

 せめてもの抵抗として、ドーソンらが着任する前にユリアンやポプランを始めとする志願者を募って脱走させ、フェザーン経由でハイネセンへ潜伏させる段取りを急遽進めるキャゼルヌたち。

 残る元ヤン艦隊の幕僚たちは、新たに赴任してくるフォークをはじめとするトリューニヒト派の軍人たちの魔の手から身重のジェシカを守りつつ、ヤン救出の機会を待ち続ける事になる。

 

 

 

 どうやら同盟でヤン・ウェンリーが失脚したらしい。

 フェザーン経由でその噂は帝国まで届く。

 

 帝国ではヤン失脚の報をどう受けたか。

 安堵した者、自分の手で討ちたかったと残念がる者、同盟は名将の扱い方を知らぬと憤る者と様々であった。

 

 流石に今がチャンスと同盟への出兵をヴェルに対して進言してくるようなお調子者はいなかったが、それが嬉しくもあり悲しくもあるヴェル。

 もしヴェルが彼ら提督たちと同じ立場であったのなら、鼎の軽重を問われようと間違いなく出師の表を立てていただろう。

 それほどまでにヴェルと提督たちの間で、ヤンの能力とその同盟軍における影響力に対する評価に差が生じていた。

 

 当然ながら、安堵した者の代表格はもちろんヴェルである。

 もし仮に同盟領攻めを現段階で強行する必要性が生じたとしても、最大の障害が事前に取り除かれた事になる。

 ホッと一安心する。

 

 ただし、あくまでヴェルの現時点での方針は内治優先であり、同盟の情勢については傍観者の立場を決め込んだ。

 このまま帝国の国力を順調に回復させていけば、フェザーンも同盟も自ずと鎧袖一触で滅ぼせる程度の敵に成り下がるだろう。

 その為、今の時点で無理に戦に誘導しようとしてくるであろうフェザーンの黒狐には警戒の目を緩めなかった。

 有象無象の陰謀の魔の手が自分の周囲に伸びてくる余地を削るべく、諸々の雑事を今のうちに片付けておこうとヴェルは考える。

 

 まずヴェルはエルフリーデとの間に生まれた生後半年の自分の娘フェリシアにリヒテンラーデ侯爵位を継承させた。

 当然リヒテンラーデ一門は激発し、武力蜂起での侯爵領占領の暴挙にまで及ぶ。

 コールラウシュ家の要請を受け、ヴェルはこれまで出番の無かったハウサー提督の艦隊をリヒテンラーデ星系に派遣する。

 騒乱は瞬く間に鎮圧され、謀反を起こした一門衆は尽く排斥される。

 この小規模な内乱によって、リップシュタット戦役でせっかく生き残った貴族の中からも、連座して処罰される者が多数出るところとなる。

 

 尚、幼い我が子を政争の道具にされたエルフリーデは激怒。

 正妻のヒルデガルドやアンネローゼらもエルフリーデの怒りを正当なものと認め、穏やかながら彼女を支援した為にヴェルは相当の苦労を背負う羽目になる。

 これが後のエルフリーデとの第二子であるフェリクスの誕生へと繋がっていった。

 

 

 

 一方のフェザーン自治領。

 ワープ新技術の提供とヤン排除の二連発でも動こうとせず、妻や愛妾たちのご機嫌取りに終始している帝国のエロ黒竜に苛立ち、補佐官ルパート・ケッセルリンクは更なる策の実行の前倒しを決める。

 

 すなわち原作でも発生した、あの幼帝誘拐騒動である。

 

 

 



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原作四巻
“黒竜”編


<宇宙暦798年/帝国暦489年6月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵で、称号は黒竜公。

 

 リヒテンラーデ星系の反乱とそれに伴う帝国各所の武装蜂起の一斉鎮圧により、帝国国内に潜む没落門閥貴族を中心とした不平分子は一掃された。

 これを記念し、ヴェルはオーディンにて自分が主催する大規模な祝賀パーティを開く事を決定する。

 リップシュタット戦役後のヴェルの宰相就任と公爵叙任の式典以来であった。

 

 宮中予算の大幅な削減により、部下たちが息抜きをする場も少なくなっていた。

 未婚の武官や文官らと軍属や貴族の家の若い娘たちの出会いの場を作ってあげる事も、組織のトップが果たすべき重要な義務と言える。

 夫婦の夜の営みの中で、それとなく若妻のヒルデガルドが気付かせてくれたのが切っ掛けであった。

 今はその広大な敷地をほぼ使用していない新無憂宮が、今回の祝賀パーティの会場となる。

 

 合わせてヴェルは、ヒルデガルドの従兄弟のキュンメル男爵(十八歳)との面会も今のうちに果たしてしまおう考えた。

 悲しませたくないのでヒルデガルドには内緒であったが、もちろんキュンメル事件を未然に防ぐ為の措置である。

 既にオーディンの地球教支部は全て殲滅してあるものの、キュンメル自身がそれを求めている以上、いつか誰かが彼を陰謀に巻き込むであろう。

 一度会ってヒルデガルドの夫としての義務を果たしておけば、次は何くれと理由を付けて断る名目は立つとの判断であった。

 

 面会の場所については、キュンメル邸は地下にゼッフル粒子が蔓延している恐れがある為に論外である。

 それ故にキュンメル男爵を新無憂宮の祝賀パーティに出席させるよう、ヴェルはヒルデガルドに命じる。

 生来の病弱さで外に出る体力など無く、新無憂宮への参上は無理と一旦は断るヒルデガルド。

 しかし、ならば家ごと招待すれば良いと、後日ヴェルは必要な医療機器が全て誂えられた巨大モータホーム、黒竜号を用意してしまう。

 ヒルデガルドはヴェルの破天荒ぶりに呆れつつも、その熱意に押し切られる格好となる。

 生まれてからずっと狭い邸宅の中でしか生きて来れなかった従兄弟に、外の世界を見せる良い機会と考え直し、夫の好意に甘えることにした。

 ヒルデガルドは自宅での面会にこだわるキュンメルを叱咤し、新無憂宮でのヴェルとの面会をセッティングする。

 

 祝賀パーティは園遊会形式で行われ、久しぶりに新無憂宮に活気が満ちる。

 各所に掲げられた黒竜を模したクロプシュトック家の新しき旗が、新無憂宮の真の主人は誰なのかを大いに主張する中、数多くの男女が酒とダンスと社交を大いに楽しんだ。

 尚、祝賀パーティの警備についてはケスラーの指揮する憲兵隊によって万全なテロ対策が敷かれ、特に出席者の持ち物チェックは厳しく行われる。

 カバンや杖については持ち込み自体が禁止されていた。

 

 そしてフリードリヒ四世が愛した薔薇園に黒竜号が横付けされ、ヴェルとキュンメル男爵は面会を果たす。

 使われた機材は車椅子に至るまで全てクロプシュトック家が用意しており、何の危険性も生じなかった。

 祝賀パーティ終了後、その歪な欲望を満たす機会を得る事なく手ぶらで自邸に戻ったキュンメル男爵は、庭園の地下室が荒らされている事実を知って涙を流す。

 せめてもの慰めはヴェルから黒竜号を譲渡され、彼が何処へなりとも足を伸ばせる自由を得たくらいであろう。

 

 しかし、事件は時と場所を同じくして、祝賀会場とは反対に位置する新無憂宮の一角で密かに進行していた。

 新無憂宮を生活の場としていた七歳の幼帝エルウィン・ヨーゼフ二世が、その夜に忽然と姿を消してしまったのである。

 これは完全にヴェルの油断であった。

 

 

 

 原作と違った展開の為、ヴェルにも防げなかった幼帝誘拐事件。

 

 まず第八次イゼルローン攻略戦が行われず、発生時期がかなり前倒しになっていた。

 次にフェザーンの弁務官のボルテックからのタレコミが無く、アルフレッド伯の帰還も検知出来ていなかった。

 更にリヒテンラーデ一族との繋がりを恐れた元副宰相のゲルラッハが、亡命を模索するにあたって本気で陰謀に協力していた。

 これらのいろいろな要素が重なり、祝賀パーティで人の出入りが多くなった隙を突き、幼帝誘拐は奇跡的に成功してしまう。

 

 原作での実行犯のレオポルド・シューマッハは腹心として首席上級大将の職にある。

 そしてモルト中将にはきちんと警戒の指示を出していただけにショックは大きい。

 特にメルカッツの元副官ベルンハルト・フォン・シュナイダー少佐が実行犯として全くのノーマークであった事は、ヴェルにとっては痛恨であった。

 

 悲痛な面持ちでモルト中将に事実上の自裁を申し付けた後、ヴェルはメルカッツ退役上級大将を呼ぶように指示を出す。

 メルカッツと向き合うヴェル。

 シュナイダーが敬愛するメルカッツの意向を受けて動いたのは明らかであった。

 帝国の宿将たるメルカッツ提督が何故このような暴挙に出たのか。

 鋭く問うヴェルに対して、メルカッツは黙して語らない。

 

 少し考えてヴェルも理解する。

 もし相手がラインハルトであったなら、メルカッツは同じ事をしただろうか。

 恐らく違うだろう。

 ラインハルトには幼帝を無残に扱うような真似は出来ない。

 だから原作のメルカッツは幼帝を残して帝国を離れた。

 しかしヴェルにはそれが出来てしまう。

 ラインハルトは帝国を否定するが、ヴェルはこの世界全てを否定している。

 それをこの老練な武人に見透かされていたのだ。

 

 成人してからの咎で弑されるのであれば、本人の責である故に納得も出来る。

 しかし黒竜公ヴェレファングはそこまで気長に待つであろうか。

 否であろう。

 欲望塗れの黒き竜の生まれ変わりと称されているヴェルの治世においては、幼帝の未来は確実に閉ざされる。

 

 その結論に至ったメルカッツは、原作で己が自ら進んだように、自由惑星同盟という新しい世界に幼帝を解き放ったのである。

 メルカッツの銀河帝国への最後の忠義であった。

 惜しむらくはメルカッツが同盟の国家元首であるヨブ・トリューニヒトという人物の羞恥心の無さ加減を知らなかったという点にある。

 

 瞠目して一つため息を吐いた後、再びメルカッツと視線を合わせるヴェル。

 卿が敵に回らぬのであれば何も問題は生じぬとだけ告げ、ケスラーにメルカッツの拘束を命じる。

 取り調べの後、自死出来ぬよう監視を付けられた上で、メルカッツの身柄は司直の手に引き渡されるであろう。

 

 ヴェルは去りゆく帝国の老将の後ろ姿をいつまでも見つめ続けた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦798年/帝国暦489年7月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵で、称号は黒竜公。

 

 自由惑星同盟の国家元首であるヨブ・トリューニヒトが、銀河帝国の幼帝エルウィン・ヨーゼフ二世の亡命受け入れを表明する。

 合わせて元フェザーン高等弁務官のレムシャイド伯を首班とする、実体無き銀河帝国正統政府の設立が宣言された。

 その閣僚の軍務尚書の項には、メルカッツの代わりにいつの間にか亡命していたフォーゲル大将の名前が記されていた。

 これにはヴェルも予想外過ぎて少し驚いてしまう。

 フォーゲルはアスターテでヴェルの麾下に一時的に入った反クロプシュトック派の提督であり、最後までその路線を貫いたらしい。

 余談だが元副宰相のゲルラッハは結局亡命に失敗しており、正統政府の名簿にその名は無い。

 ともかくトリューニヒトは銀河帝国正統政府と協力し、銀河帝国の邪悪な黒竜公の独裁に対抗する旨を高らかに謳い上げてしまう。

 

 同盟のこの宣言には、さしものヴェルも対応せざるを得ない。

 ここまでコケにされて何もしないでは、せっかく掌握した民衆や軍部に突き上げをくらってしまうのは確実であった。

 またヴェルに大人しく従いつつも、結局は武人である以上は武勲を求めずにはいられない提督たちの忠誠心も、一気に雲散霧消する恐れがあった。

 トリューニヒトに対抗するかのように、ヴェルもまた全宇宙全銀河に対して演説を開始する。

 

「かつて銀河連邦の最盛期、人類の数は三千億人を超えていた。それが今では帝国と同盟とフェザーンを合わせても、僅か四百億人にも満たない。つまりゴールデンバウム朝と自由惑星同盟なる政体がこの世に生を受けて以来、銀河の人口は激減の一途をたどっている。我ら人という種にとって、これほどの巨悪が他にあろうか。そして今、その二つの巨悪が手を取り合って必死に延命を図ろうとしている。これを滅ぼし、早急に人の数とその活力を回復せねば人類に未来は無い」

 

 その超黒竜理論を全人類に対して真面目に語りかけるヴェル。

 率先して美女を数多く抱え、子作りに日夜励んでいるヴェルの思うところはここにあったのか!とハタとその膝を叩く者たちが続出、するわけも無く。

 敵も味方も同盟も帝国も、ただただ皆ポカーンである。

 

 

 

 サラッと自らが寄って立ったゴールデンバウム朝もディスりつつ、同盟への宣戦布告をし終えたヴェルは、エルウィン・ヨーゼフ二世を廃して次の皇帝を立てる作業に入る。

 ペグニッツ子爵の生後五ヶ月の娘のカザリンが、原作と同じく次の玉座の主に収まる。

 ヴェルの娘のフェリシアも生後七ヶ月でリヒテンラーデ侯爵なので、ゴールデンバウム朝の帝位や爵位は、幼児のオモチャ以下の扱いになってしまっていた。

 

 次いでヴェルは提督たちに同盟領侵攻の為の準備を進めるよう指示した後、この事態を招いた張本人たちにお礼参りすべく、帝都にあるフェザーン弁務官オフィスに自ら乗り込んで行く。

 ちょうどボルテックが宰相府にヴェルとの面会に関するアポイントを取ろうとしていた矢先であり、オフィスは騒然となった。

 ボルテックを恫喝してフェザーン自治領との超光速通信を開き、ルビンスキーとの直接会談に急遽臨むヴェル。

 ただし、ヴェルには黒狐とは交渉するつもりなどなかった。

 

「礼の一つでも述べねばなと足を運んだのだが。ふむ、やはり自治領主のその見事な禿頭には、地球のヒマラヤ山脈に埋まっている地球教総大主教の呪いがまだ仕掛けられているようだ」

 

「急げば間に合うかもしれないので、今すぐ入院して精密検査する事を強くお勧めする。幸いな事に有能で覇気もあって女の趣味も良く似ている息子が、其方のすぐ側にいるではないか。しばらくは自治領主の職責も女の世話も、そこの彼に代行させるが良かろう」

 

「いずれフェザーンに赴く。銀河の行く末とフェザーンの今後の在りようを語らうのは、その時にとっておこう。会談の場はそうだな、最近息子には黙って寄りを戻したと聞くドミニク・サン・ピエールのクラブにしようか。良い酒と若い女を用意しておくように。ではいずれまた会おう。失礼する」

 

 思わせぶりな態度で一方的に用件だけ述べて、さっさと通信を切ってしまう。

 ヴェルにとってはただの嫌がらせであった。

 だが、それまで銀河の鼎足の一つとして権勢と財力を誇ってきたフェザーンの首脳部を、たった一本の超光速通信で内部崩壊に追いやってしまったこのヴェルの奇襲は、後の世に「黒竜の呪い」と呼ばれて大いに恐れられるところとなる。

 

 

 



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“ヨルムンガンド”編

<宇宙暦798年/帝国暦489年8月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵で、称号は黒竜公。

 

 同盟領に攻め込むと決めた以上、ヤン・ウェンリー不在の好機を最大限に活かさねばならない。

 またヤンが復帰した場合に備え、イゼルローン要塞のヤン子飼いの元同盟第十三艦隊の兵力は、可能な限り削れるうちに削り取っておくべきである。

 同盟への宣戦布告後、ヴェルは早急に具体的な戦略と人員配置を立案し、麾下の提督達を集めて作戦名を公表する。

 オペレーション・ヨルムンガンド。

 ヴェルは世界をぐるりと囲い込む巨大な蛇の名を冠する作戦名で、二つの回廊を攻略して同盟領を征服する意図を明らかにする。

 

 作戦名については、原作と同じく北欧神話の神々の最終決戦を意味する「神々の黄昏」とすべきか正直迷ったが、その名前は次の機会に取っておいた。

 最終決戦のはずなのに、後になって第二次とか名付けるのは正直ダサいのでは、という彼特有の美意識に寄るものである。

 

 ロイエンタール上級大将を主将、ルッツ大将とレンネンカンプ大将を副将とした三個艦隊四万二千隻のイゼルローン征討軍が進発する。

 この時ヴェルは出征の挨拶に訪れたロイエンタールに対し、初戦でわざと負けてイゼルローン駐留艦隊を引きずり出す作戦を授けた。

 ヤンに代わってイゼルローン要塞を守る同盟の五虎少将。

 そのうちの三名の考えなしのフォーク少将、粗暴なアラルコン少将、戦闘狂のグエン少将らの性格を原作知識で知っているヴェルにしか出来ないの助言であった。

 じゃがいも士官のドーソン大将では問題児だらけの彼らを御せるわけがない。

 ヴェルのこの読みは見事に的中する。

 

 

 

 帝国と同盟で攻守所を変えて初めて行われたイゼルローン回廊の戦いは、八月末日に火蓋を切った。

 同盟側は要塞司令のドーソンが駐留艦隊三万二千隻の全体指揮をフォークに丸投げ。

 その為、同盟の五つの半個艦隊は全軍で要塞を出て帝国軍と一戦し、頃合いを見てトールハンマーの射程範囲に帝国軍を誘き寄せる作戦を取る。

 結果としてこの第八次イゼルローン要塞攻防戦は、ヴェルの授けた作戦を実際の艦隊運用に見事に落とし込んだロイエンタールの、卓越した指揮能力の見事さばかりが目立つ戦いとなる。

 

 緒戦でしばらく砲火を交えた末にレンネンカンプ艦隊は偽装撤退を開始し、フォーク、アラルコン、グエンらの猛追を誘引する。

 ロイエンタールはレンネンカンプの後方で盾艦隊とワイゲルト砲を慌てて展開中と見せかけ、無人のそれらの囮をフォークらにわざと蹂躙させる事で、同盟軍をより深みに引き摺り込む。

 気付いた時にはロイエンタールが回廊内に築いた縦深陣にはまり込んでしまっていた同盟軍は、連携もままならずに各個に戦い続け、アラルコンとグエンの艦隊がほぼ壊滅して両将は討ち死。

 率いる艦隊を半ば近くまで討たれたフォークはヒステリーを発症し、代わって指揮を取ったパトリチェフの手腕によって命からがらイゼルローン要塞に逃げ込むに至る。

 翻って帝国軍の消耗は二千隻程度であり、ロイエンタールの完勝であった。

 以降のイゼルローン要塞を巡る攻防戦は、同盟側はモートン少将とアッテンボロー少将が連携して奮闘し、なんとか帝国側のロイエンタールの攻撃を凌ぎ続ける展開が続く。

 イゼルローンの要塞司令室ではハイネセンへのSOSの打電と返信の有無の確認を求めるドーソン大将の命令が日々延々と繰り返され、シェーンコップらの士官達の士気はだだ下がりで、低空飛行どころか墜落して反乱に及びそうな気配まで帯び始めた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦798年/帝国暦489年9月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵で、称号は黒竜公。

 

 イゼルローン要塞からの悲痛な援軍要請を受け取ったハイネセンの統合作戦本部であったが、その動きは鈍い。

 イゼルローン回廊失陥の危機はもちろん同盟にとって大ピンチだが、それ以上に予想外な事態が発生しており、同盟は上を下やの大騒ぎで要人が皆右往左往していたのである。

 その混乱はフェザーンのヘンスロー弁務官からの緊急の打電によってもたらされたものであった。

 

 帝国宰相のヴェルがオーディンにてフェザーンの弁務官であるボルテックを拘束。

 廃帝エルウィン・ヨーゼフ二世の誘拐にフェザーン自治領主のアドリアン・ルビンスキーが関わっていた事を司法取引でボルテックに証言させ、フェザーンの非を鳴らす。

 その上でルビンスキーの自治領主の権限を停止し、帝国軍がフェザーン自治領を占領するまでの間、フェザーンの統治を自治領主補佐官のルパート・ケッセルリンクに一時的に代行させる旨を一方的に宣言。

 フェザーンへの派兵を大々的に喧伝したのである。

 

 その直後、不意打ちでフェザーン回廊の帝国領土側に質量四十兆トンがワープアウト。

 ケンプの指揮の下、ガイエスブルク要塞からミュラー率いる駐留艦隊一万六千隻が出撃し、瞬く間にフェザーンを即日無血占領してしまう。

 皮肉な事にフェザーンは自らが帝国に提供したワープ新技術によって、百年守り続けていたその自治権を奪われるに至った。

 

 事前の打ち合わせどおりフェザーン自治領主代行のケッセルリンクは帝国軍の進駐を丁重に受け入れ、ミュラーに協力してフェザーンの治安を維持しつつ、ヴェルの帝国軍本隊の到着を待った。

 尚、この時すでにルビンスキーはドミニク・サン・ピエールの裏切りで精密検査結果をリークされ、ケッセルリンクの手で病院に押し込められてしまっている。

 術後の容体が芳しくなく身動きが取れない状態であったルビンスキーは、そのまま帝国軍の監視下に置かれた。

 また、フェザーンの航路局と共に同盟の弁務官事務所は真っ先に占領され、逃げ遅れたヘンスロー弁務官の身柄と併せ、事務所のデータベースに格納されていた同盟領の詳細な航路図情報と補給基地の位置情報は帝国の手に渡る。

 ユリアン・ミンツが駐在武官としてフェザーンに赴任していなかった事が同盟にとっては不幸と言えた。

 二年前のアムリッツァ星域会戦の時点で既に勝敗は決してしまっていたが、これがダメ押しとなる。

 

 ちなみにヤン失脚時にイゼルローン要塞を脱出したユリアン一行はフェザーンで戸籍を偽装し、この時既にボリス・コーネフの手配でマリネスクのベリョースカ号でバーラト星系まで航海。

 ハイネセンに潜入済みでヤンの身柄の捜索に当たっていた。

 なお、ドミニクのクラブで母子共に働いていたカーテローゼ・フォン・クロイツェルは、フェザーンを訪れたユリアンと街角でニアミスしている。

 だが結局面識を得る機会も無く、二人の間の運命の赤い糸は完全に断ち切れてしまっていた。

 

 

 

 それから一週間後、ミッターマイヤーを先陣とした帝国軍本隊十五万隻余がフェザーンに到達。

 フェザーンの地に降り立ったヴェルは、その場で自治領主代行のケッセルリンクの謁見を受ける。

 ケッセルリンクによりフェザーンの自治権が帝国宰相のヴェルに正式に返納され、ケッセルリンクは代理総督の地位を得る。

 黒竜の呪いの経緯もあってケッセルリンクはヴェルを大いに恐れ、しばらくはヴェルの望むものを惜しみなく捧げ続け、面従腹背して隙を伺おうと決意。

 ヴェルはヴェルでケッセルリンクの性格を理解した上で、その才覚を使えるだけ使って新領土の統治に利用しようと考えていた。

 その後ケッセルリンクに屈服してその妻の座に収まらざるを得なくなったドミニクの運営するクラブで、ヴェルが求めたとおり帝国宰相と代理総督の間の会合が秘密裏に行われ、ヴェルはドミニクの歌声を朝まで堪能する。

 

 瞬く間にフェザーンを手中に収めたヴェルは、入手したばかりの航路データを用いてそのまま同盟領への侵攻を開始。

 オペレーション・ヨルムンガンドの作戦計画に従い、シューマッハ首席上級大将がハウサー大将を引き連れ二個艦隊三万隻を率いて同盟領に踏み入り、フェザーン回廊出口での敵軍の迎撃が無い事を確かめた後、一路イゼルローン回廊に向けて進路を取る。

 ヴェル自身はミッターマイヤー上級大将を先陣とし、約十万隻の艦艇と共に同盟の首都星ハイネセンのあるバーラト星系を目指した。

 

 ヴェルがここまで奔放に大兵力を振り回し、兵力分散の愚を平気で犯せたのにはきちんとした理由がある。

 二年前の同盟軍の帝国領侵攻作戦時に焦土作戦を採用せず、膨大な戦費とその後の辺境星域の回復に必要であったはずの復興費用を圧縮出来た事。

 一年前のリップシュタット戦役時に氷塊質量爆弾やワイゲルト砲を用い、更に敵方のカイザーリンク上級大将らのオウンゴールが続いた為に、原作のラインハルトよりも楽に勝利を掴めていた事。

 今年に入ってのガイエスブルク要塞を使ってのイゼルローン回廊攻略を回避しており、ケンプとミュラーの艦隊に被害は無く、またガイエスブルク要塞に補給物資を満載させての移動が可能となっていた事。

 そして何より、この時点での同盟側戦力はイゼルローン駐留艦隊とハイネセンの第一艦隊の他に存在しないと、原作知識で把握済みであった事。

 

 特に四点目が大きく、敵地に踏み入っても想定外の敵兵力の出現を心配しなくて済むのは、まさにチートであった。

 後世の戦史家たちは、この黒竜公の大胆不敵な用兵ぶりを無謀と評しながらも、たまたま上手くはまっただけなのか、黒竜の魔眼とも称される慧眼だったのかで二派に別れ、不毛な激論を交わすところとなる。

 

 

 



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原作五巻
“暴竜”編


<宇宙暦798年/帝国暦489年10月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵で、称号は黒竜公。

 

 黒竜公ヴェレファング率いる銀河帝国軍の自由惑星同盟領侵攻作戦、オペレーション・ヨルムンガンド。

 この一連の戦いで見せたヴェルの鮮やか、かつ無謀とも思える采配は「暴竜の顎門でイゼルローンを噛み砕き、暴竜の爪と宝珠でランテマリオを切り裂き、暴竜の尻尾でバーラトを打ちのめした」と後世に評される。

 実際のところヴェルは武人の勲しも何のそので、あらゆる局面で合理主義を貫き通していた。

 その徹底ぶりは“あの”オーベルシュタインが手放しで賞賛した程である。

 この大戦を逃すと武勲を立てる場所が無くなると危惧する銀河帝国軍の中堅以下の士官たちにとっては不満を口にするレベルであったが、同盟軍にとっては正に奸智働く邪悪な暴竜の如き所行であったと言える。

 

 

 

 まずイゼルローン回廊では、ハイネセンの統合作戦本部からイゼルローン要塞の司令室に座るドーソン大将に対し、彼個人と旧ヤン艦隊の士官たちへの昇進辞令の大盤振る舞いと共に、要塞放棄と第一艦隊への合流命令が伝達される。

 ほぼ壊滅状態となったアラルコン艦隊とグエン艦隊、それと半壊したフォーク艦隊の残存兵力を再編成したイゼルローン駐留艦隊は、この時点でまだ約二万隻の戦闘艦艇を保持していた。

 フェザーン回廊経由で同盟領に攻め込まれてしまった以上、既にイゼルローン要塞の戦略的価値は無くなっている。

 例え眼前の帝国軍別働隊の約四万隻の艦艇に行動の自由を与えてしまうとしても、同盟の全戦力の約四割に達するイゼルローン駐留艦隊は、バーラトを始めとする同盟領の主星系を守る為に必要不可欠な戦力であった。

 

 ただ、現在交戦中の帝国軍別働隊を率いるロイエンタール上級大将の目が光る中、どうやってイゼルローン要塞に居住する四百万の民間人ごと逃げるのかが問題である。

 確たる功績も無いままにトリューニヒト派というだけで元帥位にまで到達してしまったドーソンは、ここでもキャゼルヌ中将に作戦の立案を丸投げする。

 悩んだキャゼルヌは旧ヤン艦隊の参謀達を招集して案を募った。

 そして、二年前のクーデター時にイゼルローン要塞を空にして出撃したヤンが用意していた、帝国軍の来寇時のプランを再活用する事を決める。

 すなわち箱舟隊の組織とイゼルローン要塞の中枢への極低周波爆弾のセットであった。

 ドーソンはイゼルローン要塞を爆破しかねないこの作戦を渋るも、「どうせ敵に譲るんです。今更勿体ないと嘆いても意味がないでしょう」とシェーンコップ中将に呆れられ、苦虫を噛み潰した表情で作戦案を承認する。

 

 無人の輸送船三百隻を犠牲にしたアッテンボロー中将の奇策によってレンネンカンプ艦隊に痛撃を与え、ドーソンの表情にも幾分血の気が戻ってきたところで本格的な脱出作戦が開始された。

 キャゼルヌ個人にとっては幸いな事に、箱舟隊の組織は原作よりもスムーズに進む。

 じゃがいも士官のドーソンの赴任後、イゼルローン要塞の防衛には不要な人員として歓楽施設関連を中心とした従業員たちは順次退去させられており、原作よりも民間人の数が百万人ほど少ない。

 また、吝いドーソンがアッテンボローの作戦時に使用を許可した中古輸送船の数は原作よりも二百隻少なく、その分が活用可能であった。

 更に先の戦闘で中破し、航行能力だけ辛うじて生きている戦艦については、輸送船として有効利用出来そうであった。

 これらの要素が積み重なり、輸送船団から溢れた民間人の収容先はアッテンボロー率いる半個艦隊のみに限定。

 実質モートン中将が指揮を振るうドーソンの直衛艦隊(モートンの半個艦隊+再編成分)がその護衛任務に専念可能な陣容となる。

 

 原作通りにレンネンカンプの進言を退け、イゼルローン要塞を離脱していく同盟艦隊を見送るロイエンタール。

 彼は主君であるヴェルの壮大な構想によってその同盟艦隊の行き場は最早どこにも無い事を知っており、まずはイゼルローン要塞の接収に専念する。

 ルッツの警告を受け入れ、艦隊の進駐に先立って要塞中枢に仕掛けられた極低周波爆弾の解除に成功したロイエンタールは、イゼルローン要塞奪取の報をフェザーンのヴェル宛に打電した。

 

 

 

 ”暴竜の上顎”たるロイエンタール艦隊がイゼルローン要塞に牙を突き立てたその頃、同盟の箱舟隊はイゼルローン回廊の同盟領側出口を出たところでもう一つの帝国軍別働隊の大軍と遭遇してしまう。

 ”暴竜の下顎"のその艦隊を率いるシューマッハ首席上級大将は、かつて主君であるヴェルと共にへルクスハイマー伯爵の亡命阻止の任務の為、巡航艦ヘーシュリッヒ・エンチェンにて同盟領側のイゼルローン回廊とフェザーン回廊の間の航路を密かに航行した経験があった。

 その経験がここで生きており、アルレスハイム星域側からイゼルローン方面に向けて麾下の三万隻の艦艇を迅速に展開させていた。

 

 ドーソンから指揮を預けられたモートン中将は、旧フォーク艦隊を率いるパトリチェフ少将と連携し、輸送船団と民間人を満載したアッテンボロー艦隊をヴァンフリート星系方面に逃す為に奮闘する。

 ここでモートンは叩き上げの同盟軍人の意地を見せた。

 帝国のシューマッハ首席上級大将、ハウサー大将、グリルパルツァー中将、クナップシュタイン中将らの勇将率いる二倍以上の敵兵力を相手に一歩も引かず、不利な布陣を物ともせずに粘り強く最期の一兵まで戦い続け、パトリチェフと共に玉砕。

 ドーソン元帥共々、この回廊出口の戦いで民間人を守り通しての名誉の戦死を遂げるに至る。

 

 ドーソンらの犠牲の甲斐あって、暴竜の下顎の牙から辛うじて逃れた輸送船団とアッテンボロー艦隊は隣接するヴァンフリート星系に逃げ込む事に成功し、そのままハイネセンを目指して逃走を続けた。

 アッテンボローの旗艦トリグラフには、キャゼルヌ中将やムライ中将、シェーンコップ中将率いるローゼンリッター、身重のジェシカ、そして人事不省のフォーク少将らが搭乗していた。

 

 麾下のモートンとパトリチェフの活躍によって、自由惑星同盟の軍人としての最低限の責務は果たす事は出来たドーソン。

 しかし、それは極論すれば同盟という枠組みの護持には何ら益するところの無い行為であった。

 この期に及んで民間人を見捨てきれなかったドーソンの判断力と決断力の無さが、同盟にとって非常に貴重だった戦力の浪費に繋がってしまっており、結果として同盟全体を救う機会を完全に潰してしまったと言えよう。

 

 

 

 一方その頃、自由惑星同盟領の中心星域では、宇宙艦隊司令長官のビュコック元帥率いる同盟軍が迫り来る帝国軍本隊を待ち受けていた。

 場所はフェザーンとハイネセンの中間地点に位置するランテマリオ星域。

 ここを抜かれるとジャムシード星系とケリム星系を経て、最短距離で首都星のハイネセンを強襲されてしまう。

 第一艦隊を中心として組織されたその戦闘艦艇群の数は、周辺の戦力を有りったけ掻き集めての三万隻。

 司令のビュコック元帥の下には総参謀長のチュン・ウー・チェン大将、第一艦隊のパエッタ大将、新設第七艦隊のフィッシャー中将、新設第八艦隊のカールセン中将が集い、正しくこれが同盟最後の戦力となる。

 

 だが帝国軍本隊はなかなかランテマリオ星域に現れない。

 帝国軍本隊は進軍速度よりも情報の遮断を優先していたのである。

 フェザーンの同盟弁務官事務所で得た位置情報を基に、ポレヴィト星域の補給基地を隈なく掃討しながらゆっくりと進軍。

 援軍を断って情報収集に専念していたJL77基地でさえも、ミッターマイヤー上級大将の手で陥落の憂き目にあっていた。

 

 それでも陥落直前に送付された各補給基地の最後の報告を集計して分析した結果、帝国軍本隊の艦艇の数は最低でも十万隻以上と推測されていた。

 同盟軍は悲壮な覚悟で戦場に臨みつつも、長い日数ストレスを受け続ける羽目になる。

 そんな彼らの前にポレヴィト星系方面からやってきたのは、十万隻を超える敵艦艇ではなく直径四十五キロメートルの巨大な鉄塊であった。

 言わずと知れたガイエスブルク要塞である。

 フェザーン攻略の二番煎じのヴェルの仕掛けた天丼作戦となる。

 

 ホームの地の利を活かして先に帝国軍本隊を捕捉し、その進軍中の長蛇の陣の横腹を食い破っての中央突破を企図していた同盟軍は、予期せぬ要塞の出現に面食らう。

 そうこうするうちにガイエスブルク要塞からはミュラー大将率いる駐留艦隊一万六千隻が出撃。

 同盟軍の居場所を探るべく、周辺区域の索敵を開始し始める。

 

 短くも濃い激論を交わした後、帝国軍本隊の到着前に眼前の要塞とその駐留艦隊を各個撃破する作戦に出る同盟軍。

 ミュラー艦隊に向けての攻勢を開始する。

 しかし半ば狂騒を持って行われたその突撃は、ケンプ大将の指揮によって放たれたガイエスブルク要塞の超必殺技ガイエスハーケンによって見事に牽制されてしまう。

 ガイエスブルク要塞との戦闘経験が全く無かった同盟軍は、その戦闘能力を見切れていなかったのである。

 そして同盟軍に長年染み付いていたイゼルローン要塞恐怖症が、この時に悪い方向に出てしまった。

 トールハンマーに匹敵するガイエスハーケンの威力に尻込みしている間に、帝国軍本隊のランテマリオ星域への到達を許してしまう。

 

 完全に互いの位置が判明している状態での接敵。

 ガイエスブルク要塞及びミュラー艦隊と向き合って横腹を晒している同盟軍に対し、帝国軍本隊は魚鱗の陣を敷いて攻勢に出る。

 情報封鎖とガイエスブルク要塞投入の奇策により、原作でラインハルトが採用した“後の先”ではなく、“先の先”でランテマリオ星域会戦に臨んだヴェル。

 大軍に確たる用兵は必要無し、と余裕の采配であった。

 フェザーンのケッセルリンクの取り込み時に、ヤン・ウェンリーの同盟軍復帰は最早起こりえない旨の確定情報を得ていたが故の大胆な用兵となる。

 

 ケッセルリンクはかつてルビンスキーの指示で同盟領内の地球教徒と憂国騎士団を手なづけており、その先にいるトリューニヒトの側近たちからヤンに関する情報を仕入れていた。

 有り体に言えば、ヤンの所在の情報その一点をヴェルに提供出来た功績で、ケッセルリンクはフェザーン代理総督の地位を与えられていた。

 ヴェルにとっては、ヤン・ウェンリーの動向を把握する事は、同盟領全土の掌握と等価であったからである。

 余談だが、己の上に立つ同年代のヴェルへの対抗心ゆえ、ケッセルリンクはヴェルに対して「そんなに同盟の名将の行方が気になりますか」と揶揄するも、真顔で「なる」と即答されて逆に鼻白まされる一場面があり、ヤン失脚の契機となった過去の己の行動が果たして正しいものであったのか、ケッセルリンクは己の子に殺されるまで生涯悩み続けるところとなった。

 

 

 

 要塞と大軍に挟まれた不利な状況下で、かつ数と火力の差は如何ともし難く、同盟軍は次々と撃ち減らされて押し込まれていく。

 あまりに不利な状況に、ビュコックも攻勢を諦めて仕切り直しを決断せざるを得なくなる。

 ランテマリオ星域の恒星風のエネルギー流と、アムリッツァの苦い戦訓を取り入れて予め用意していたワイゲルト砲もどきを利用した布陣を敷いて、勝てないまでも負けない戦さに転じた。

 そしてイゼルローン要塞を離れたはずの旧ヤン艦隊が帝国軍別働隊へ上手く対処をしてくれる事を祈りつつも、持久戦に持ち込んで帝国軍本隊の兵糧とエネルギーが尽きるのを待ちながら、ハイネセンに講和の道を探るよう打電する。

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 ヴェルは同盟軍をその陣地に押し込めたまま、自軍を再編成。

 ミッターマイヤー上級大将にアイゼナッハ大将とシュタインメッツ大将を率いさせ、ガイエスブルク要塞から補給を受けさせた後、三個艦隊四万隻をガンダルヴァ星域方面に進発させてしまう。

 

 ビュコックら同盟軍主力は、二万隻程度まですり減らされた状態で有利に戦えるはずの陣地から這い出て、ヴェル自らが率いる“暴竜の爪と宝珠”の帝国軍八万隻とガイエスブルク要塞を突破して、“暴竜の尻尾”たるミッターマイヤー艦隊四万隻を追わざるを得なくなる。

 最初から無理の有り過ぎる戦いではあったが、これで更に難易度が跳ね上がり、同盟軍は絶望的な状況に追い詰められてしまった。

 

 尚、ランテマリオ星域の主戦場から急速に離脱していくミッターマイヤー艦隊の旗艦ベイオウルフには、元同盟軍の男性士官が一名同乗していた。

 かつてアスターテ会戦に同盟軍第六艦隊の参謀として参戦し、ヴェルの策によって帝国の虜囚となったジャン・ロベール・ラップ元少佐。

 その人である。

 

 

 



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“征服者”編

<宇宙暦798年/帝国暦489年11月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵で、称号は黒竜公。

 

 ミッターマイヤー上級大将率いる“暴竜の尻尾”がバーラト星系に来攻する数日前。

 イゼルローン要塞から命からがら逃亡してきたアッテンボロー中将率いる半個艦隊が、四百万の民間人を引き連れてハイネセンに到着する。

 既にバーラト星系のほぼ全ての航宙兵力はランテマリオに向けて出払っており、同盟政府やトリューニヒト派の軍部高官たちには旧ヤン艦隊を制御する術は無かった。

 

 アッテンボローが艦隊を指揮して衛星軌道から睨みを利かせる中、キャゼルヌ中将の手配による民間人たちのハイネセンへの受け入れ作業に平行して、ムライ中将とシェーンコップ中将がアッテンボロー艦隊の陸戦兵力とローゼンリッターを率いて統合作戦本部ビルに押し掛けた。

 そしてネグロポンティ国防委員長を恫喝。

 ヤン・ウェンリー提督は何処だ!と詰め寄って一触即発となる。

 そのタイミングで統合作戦本部ビルを包囲するローゼンリッターに接触してきた者たちがいた。

 ユリアン・ミンツとオリビエ・ポプラン、それにマシュンゴらの一行である。

 

 二ヶ月前にハイネセンに潜伏していたユリアンらはヤンの副官のメッサースミスとマシュンゴに接触し、半年前の査問会でヤンの警護役(という名目の軟禁担当)を務めた軍人がベイ少将である事を知る。

 ベイ少将の動きを粘り強く監視し続けた彼らは、ポプランの機転で裏切り者のメッサースミスを排除した後、地球教のハイネセン支部にヤンがいる可能性が高い事を突き止め、ヤン救出の機会を探っていたのである。

 ユリアンはシェーンコップらローゼンリッターを引き連れ、ハイネセン郊外にある地球教の支部を強襲。

 支部を守っていた憂国騎士団と戦闘に及ぶ。

 

 敵対する憂国騎士団を圧倒的な戦力で排除し、敷地内のとある施設に乗り込んだユリアンは、ついにヤンの身柄の救出に成功する。

 しかし最早手遅れな状態であり、同盟最後の希望はとうの昔に失われてしまっていた。

 慟哭するユリアン。

 

 折しも地球教のハイネセン支部にはトリューニヒトも匿われていた。

 復讐に燃えるユリアンらから逃れる為に、ベイ少将を囮に使い捨て、命からがらトリューニヒトは逃亡。

 結果としてハイネセンはトリューニヒト派とヤン派の内戦状態に突入してしまう。

 そこにランテマリオから長駆してきたミッターマイヤー艦隊三万隻が来襲してくる。

 

 

 

 ハイネセンの衛星軌道上でミッターマイヤー艦隊三万隻とアッテンボロー艦隊六千隻が対峙。

 圧倒的に不利な状況に覚悟を決めるアッテンボローの許へ、ミッターマイヤー艦隊から特使が派遣されて来る。

 その特使は同盟軍士官の制服を身に纏ったジャン・ロベール・ラップ元少佐であった。

 

 旧知のラップの登場に驚くアッテンボロー。

 ラップはヴェルから同盟政府へ宛てた降伏勧告の親書を預かっており、元婚約者のジェシカ・エドワーズと顔を合わせる事なくハイネセンに降下する。

 ヤン派に占拠された統合作戦本部ビルに赴いたラップは、半ば拘束中のネグロポンティにヴェルの親書を渡す。

 しかし、トリューニヒトと連絡が取れなくなったネグロポンティは、ただオロオロするだけであった。

 

 その頃、ヤン派の追跡を逃れたトリューニヒトは、ロックウェル大将の手引きでハイネセンの宇宙軍港に潜入していた。

 イゼルローン要塞からの大量の民間人の受け入れと初めての帝国軍の襲来への対応で、宇宙軍港は大いに混乱しており、その隙を突いて敵軍である帝国軍に助けを求めようとしていたのである。

 

 ここで誰からも忘れられていたあの男が動き出す。

 その名はアンドリュー・フォーク少将。

 第八次イゼルローン攻防戦の初戦において転換性ヒステリー症で卒倒した後、医務室に叩き込まれてそのままイゼルローン要塞を脱出していた。

 ハイネセン到着後は内戦突入と帝国軍襲来で混乱が続く中、予備役入りの手続きも取られずに軍港で放り出され、誰も彼の事を気にも留めない状態であった。

 

 軍港で彷徨っていたフォークは、ロックウェル大将らを引き連れたトリューニヒト一行を偶然発見。

 素早く身を隠してクククと笑みを漏らすフォーク。

 少将の権限が停止されていなかった為、そしてまだ軍の末端までフォークのイゼルローンでの失態が伝わっていなかった為、宇宙軍港の管制室に乗り込むフォークを止められる者はいなかった。

 フォークはトリューニヒトらが乗った艦艇に向けて通信を開き、トリューニヒト本人に行き先を尋ねる。

 持ち前のよく回る舌でフォークを懐柔しようとするトリューニヒトであったが、半ば脳みそが逝ってるフォークにはその得意の七色の舌も通用しなかった。

 

 フォークは気味の悪い狂笑と共に宇宙軍港の防衛機能を稼働させる。

 慌てて浮上しようとするトリューニヒトの乗った艦艇に対し、フォークは集中砲火を浴びせた。

 ロックウェル大将ら取り巻き共々爆死するトリューニヒト。

 ヴェルの下で立憲君主制神聖銀河帝国の初代首相となる彼の野望も、ここに爆散してしまった。

 

 フォークは軍港の回線を使って全周波帯に割り込み、ハイネセン全土にトリューニヒトの数々の利敵行為とその死を喧伝。

 先ほどのトリューニヒトとの会話の映像と共に、ヤンを薬漬けにして再起不能にしたトリューニヒトの非道を責め、己のトリューニヒト殺害行為の正当性を訴えた。

 そして自分は民主主義の精神を守った高潔な軍人であるとして最後までアピールしながら、ローゼンリッターに拘束される。

 

 この悪夢の放送によってトリューニヒト政権下の報道管制の箍は完全に外れてしまい、民衆たちによる暴動がハイネセンで多発。

 ローゼンリッターを始めとするアッテンボロー艦隊の陸戦隊は暴動鎮圧に駆り出され、最早帝国軍との戦争どころではなくなる。

 ヴェルの降伏勧告の親書への返答を待っていたミッターマイヤーは、同盟のこの期に及んでの内輪揉めを見て大いに呆れてしまった。

 

 

 

 曲がりなりにも国家元首であった男が死亡してしまった為、戦うにせよ降伏するにせよ、次の国家元首を選出する臨時の最高評議会の開催が必要である。

 回答期日の延期を求めるラップに対して、「よろしい。ただし急がねばランテマリオで戦っている貴軍の将兵たちが、全て我が主に討ち果たされてしまうぞ」と脅しを掛けるミッターマイヤー。

 ジョアン・レベロが議員たちからの要請によって同盟最期の最高評議会議長に選任され、無条件降伏を採択。

 同時に同盟政府による正式な停戦命令が、ランテマリオで奮闘中のビュコックのもとへも送られた。

 

 この時まさにランテマリオの同盟軍は瓦解寸前で、その数は戦闘開始時の一割近くまで撃ち減らされており、継戦能力を維持する艦艇の数は四千隻を切っている。

 後背のポレヴィト星系を完全に制圧し、フェザーンからの補給路も万全の状態にあった帝国軍が、ヴェルの指揮の下で自軍の損耗を極力抑える為に我攻を避けたのもあった。

 しかし、幾度となくハイネセンを救援しようとランテマリオの恒星流の渡河を試み、その都度帝国軍にはじき返されながらも、自軍の四倍もの大軍と強力な宇宙要塞相手に二週間近く粘り強く戦い続けたビュコックの手腕は、同盟軍最後の宇宙艦隊司令長官として決して恥ずかしくないものであったと言える。

 

 政府の指示に従ってついに白旗を上げたビュコックは、ヴェルと僅かながら通信経由で会話を交わす機会を得る。

 降伏に先立ってすでにビュコックは参謀のチュンの進言によって自殺は思い止まっており、また三十歳以下の未成年もピクニックに参加していた事から、民主主義に乾杯は成されなかった。

 何を言っても負け犬の遠吠えとなる為、敢えて口を噤んだビュコックの心情を察し、ヴェルの方から「もしヤン・ウェンリーが指揮を執れる状態にあったならば、違った結末になっていたはず」と述べ、同盟の自滅に付け込んで己が勝利を拾った経緯を同盟の宿将に陳謝。

 不見識な政府の下で戦わなければならなかった敵軍の将兵の労苦を(おもんばか)る黒竜公ヴェレファングの姿に、ビュコックらは自由惑星同盟は負けるべくして負けたと悟らざるを得なかった。

 この黒竜公が生きている間は帝国の統治は万全であろうと、民主主義の未来を思って暗澹たる気持ちとなるビュコックであった。

 

 それから数時間後にはシューマッハ上級大将とロイエンタール上級大将が率いる五万五千隻の別働隊がハイネセンに到達。

 ミッターマイヤー艦隊と合わせて総計九万隻以上の帝国軍がハイネセン上空を占拠し、アッテンボロー艦隊六千隻はその武装を解除される。

 帝国の誇る三矢の指揮の下で、ヴェルをハイネセンに迎い入れる為の準備が急ピッチで進められていく。

 特に地球教徒は徹底して排除され、ヤン派の将校やローゼンリッターもそれには進んで協力するところとなる。

 

 

 

 ガンダルヴァ星系までガイエスブルク要塞を移動させ、第二惑星ウルヴァシーを新領土における帝国軍の恒久的な策源地とする事を定めたヴェルは、ケンプとミュラーに軍事拠点の建造を命じた後、六万隻余の大軍と武装解除した同盟軍の航行可能な四千隻の艦艇を引き連れ、バーラト星系に到達する。

 

 約十五万隻の艦艇に守られつつ、ハイネセンに初めて降り立った全銀河の征服者ヴェル。

 固唾を飲んでその動向を見守る同盟市民は、その傍らに寄り添う妙齢の美女の正体と、ヴェルが真っ先に訪れた場所を知って驚愕する事になる。

 このオペレーション・ヨルムンガンドの作戦行動中、ヴェルは身の回りの世話をさせる為に愛妾を一人同行させていた。

 正妻のヒルデガルドと未成年であるマルガレータを除いて、作戦開始の時点で唯一子供がいなかったミリアム・ローザスがその役目を担う。

 ミリアムは同盟の輝かしき英雄「730年マフィア」のアルフレッド・ローザス大将の孫娘である。

 ハイネセンに降り立ったヴェルは、まず真っ先にミリアムと共に墓参りに赴き、ローザス大将が愛した孫娘が無事懐妊を果たした旨をその霊前に報告する。

 

 同盟の領土に先駆け、同盟の英霊の美貌の孫娘が既にヴェルに征服されていた事実が漏れ伝えられ、同盟市民は憤激して涙した。

 ヴェルに(おもね)るミリアムの生き様が自分たちの未来を暗示しているかのようで、同盟市民にとってミリアムの存在は“単語の女神”どころではなく“屈服の女神”であった。

 ミリアム自身の預かり知らぬところで、彼女は帝国への完全隷従の象徴という客観的評価を得てしまったのである。

 

 それから同盟軍の共同墓地に移動したヴェルは、次にハイネセンを訪れる時にフレデリカを案内する為に、救国軍事同盟に参加して戦死し無縁仏となった者たちの鎮魂碑を探し終えた後、全銀河に向けての中継を行う。

 自由惑星同盟は解体され傘下の星々は全て帝国領に併呑される事。

 これに伴い自由惑星同盟を公称として認める事。

 旧自由惑星同盟軍の戦死者遺族及び傷病兵への手当ては帝国軍に準ずるものとする事。

 その三点を勅令として発布。

 その上でオーディンへの帰還後に自身が帝位に就く旨を明らかにする。

 周辺を固めていた帝国軍将兵たちから「皇帝ヴェレファング万歳!」と「黒竜帝万歳!」の熱烈なコールが自然と湧き上がった。

 

 

 

 同時刻のハイネセン市内の病院の一角で、赤子の産声が上がる。

 母親の名はジェシカで、父親のヤンはお産に立ち会える状態になかった為、駆けつけたラップが父代わりを務めた。

 数奇な運命を経て再会を果たしたラップとジェシカ。

 二人はいずれ元鞘に収まり、力を合わせてヤンとヤンの子の面倒を共に見て行く事となる。

 

 ユリアンを始めとするアッテンボローやシェーンコップらヤン派の将校にとって、ヤンの実子の存在はヤン復活に向けての淡い期待の材料ではあったが、終ぞその希望も叶わずに終わってしまう。

 黒竜帝ヴェレファングの治世の間、旧同盟領ではよく反乱が発生していたが、それさえも“狡兎死して走狗烹らる”を避けるべく、麾下の将兵たちの活躍する余地を残しておきたいヴェルの計算の内な節があった。

 その為、シャーウッドの森もイゼルローン要塞への合言葉も用意していない状況下では、ヤンが復活しない方がヤン一派にとっては幸いであったのかもしれない。

 

 とにかく神々の黄昏は訪れず、地球教徒は根絶やしにされ、ヤンは復活の目処が立たず、ルビンスキーは火祭りも出来ず、トリューニヒトは獅子身中の毒虫になる機会を永遠に失った。

 ヴェルを阻むものは何も無くなり、ヴェル主導で人類は再び人口が爆発的に増加する為の準備期間、揺籃期に突入する。

 率先して美しい妻や愛妾たちと愛を育むべく、オーディンへの帰路を急ぐヴェルであった。

 

 

 



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エピローグ
皇帝編


<宇宙暦799年/新帝国暦元年>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十八歳。

 クロプシュトック朝銀河帝国初代皇帝。

 称号は黒竜帝。

 

 オーディンに帰還したヴェルは、年が明けると共に赤子のカザリン・ケートヘン一世から皇帝位の禅譲を受けて登極。

 クロプシュトック朝を開く。

 これに伴ってヴェルの妻ヒルデガルドはクロプシュトック朝の初代皇后となる。

 

 そしてこの時点でまだ未成年であったマルガレータを除く、アンネローゼをはじめとするヴェルの五人の妾たちにも正式に妃の位が与えられ、盛大なセレモニーが執り行われた。

 純白のドレスを身に纏ってヴェルに永遠の愛を誓う彼女たちの姿は全銀河に中継され、帝国臣民だけでなく旧同盟市民もその美しさに圧倒される。

 

 ハイネセンのとあるバーで女を口説いていたシェーンコップは、その式典の主役の一人にかつての恋人の姿を見つけて驚愕し、女の機嫌を損ねてお持ち帰りに失敗してしまう。

 旧同盟軍にその名を轟かせた不良中年にしては有るまじき失態であった。

 五年前にヴァンフリート4-2の地上基地で消息を絶ったヴァレリーの生存を喜びつつも「どうやら奴さんは俺と女の趣味が同じらしい」と呆れるシェーンコップ。

 居合わせたポプランに「あちらさんはきちんと責任を取ってるだけマシだと思いますがね」と茶化されるも「俺はそんなヘマはしないさ」と嘯いた。

 しかし、この数年後に今度は自分の娘がヴァレリーと同じ立場になる光景を見せつけられ、一気に老け込んだシェーンコップはヴェルに対しての心理的な兜を脱がざるを得なくなる。

 

 

 

 ヴェルの皇帝即位と共に、帝国の三矢も元帥への昇進を遂げる。

 軍務尚書にレオポルド・シューマッハ元帥が、宇宙艦隊司令長官にウォルフガング・ミッターマイヤー元帥が、帝国軍統帥本部総長にオスカー・フォン・ロイエンタール元帥が就任した。

 他の提督たちもまた、皆が上級大将に位階を上げ、それぞれ要職を得た。

 

 新体制と共に、旧同盟領の新領土は四つの軍管区に分けられる事も併せて発表される。

 フェザーン回廊からランテマリオ星域までをフェザーン駐留艦隊司令官のエルネスト・メックリンガー上級大将。

 イゼルローン回廊からエルゴン星域までをイゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官のコルネリアス・ルッツ上級大将。

 ガンダルヴァ星域からエリューセラ星域までをガイエスブルク要塞司令官兼駐留艦隊司令官のカール・グスタフ・ケンプ上級大将。

 シヴァ星域からリオヴェルデ星域までをハイネセン駐留艦隊のアウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将、ヘルムート・レンネンカンプ上級大将、カール・ロベルト・シュタインメッツ上級大将の三提督が管轄し、帝国本土に待機中の他の上級大将たちと持ち回りで任務を果たしていく事となる。

 

 旧同盟の各星系の地方政府は、星系内の有人惑星の地表上のみに限定して、ヴェルからその自治権を認められた。

 その代わり恒星間の流通と輸送の権益並びに航宙戦力は全て帝国に帰属するものとされ、宇宙船の保持を一切禁じられる。

 要するに民主主義の勢力は全て、ヴェルの手により重力の井戸の底に閉じ込められてしまったのである。

 各有人惑星に設置された帝国の出先機関である募集事務所に赴いて帝国軍への入隊を志願する、もしくは帝国から流通業務委託を受けた旧フェザーン系の商社への就職試験を受ける、の何れかを選ぶしか旧同盟市民が宇宙に出る方法は無くなってしまう。

 

 これらの旧同盟領の流通を完全に掌握する仕組みは、フェザーン代理総督からハイネセン駐在の帝国高等参事官に栄転したルパート・ケッセルリンクの手腕により、かなりのスピードで構築されていく。

 持つものと持たざるものを完全に分けてしまうこの政策は、ともすればかつてのシリウス戦役の悲劇を再び招きかねない危険性があった。

 しかし、少なくともクロプシュトック朝の成立間もないこの時期においては、旧同盟領の諸星系の各政府に帝国の圧倒的な武力に抗うだけの兵力も気力も無く、帝国主導での支配構造の変革を受け入れざるを得なかった。

 そして一旦受け入れてしまうと、加速度的に抗う力が更に削がれていき、後戻り出来なくなる。

 

 地上世界に押し込められた領民政府は、手が届かなくなった宇宙を恨めしげに見上げながら、帝国の力を借りずに自分たちの生活を出来るだけ豊かにすべく自助努力を開始する。

 西暦の頃の地球のように、惑星内で全てが完結する経済サイクルに徐々に移行していき、やがて人の数とその活力を倍増させていく。

 かつての三千億の水準まで人類を回復させる事こそが、己の王朝の唯一の責務と豪語するヴェル。

 その思惑通りに事は進みつつあった。

 

 

 

 ヴェルの登極を以って一つの歴史が終わり、銀河は新たな伝説の幕開きを迎えた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦800年/新帝国暦2年>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十九歳。

 クロプシュトック朝銀河帝国初代皇帝。

 称号は黒竜帝。

 

 憲兵総監兼帝都防衛司令官のウルリッヒ・ケスラーは、フェザーン駐留艦隊司令のメックリンガーと協力してフェザーンへの遷都の下準備を行うよう、ヴェルより内々に命令を受けていた。

 

 そしてヴェルの即位から丁度一年後。

 新年のパーティーの場でヴェルは皇妃ヒルデガルドの懐妊と共にフェザーンへの遷都を宣言。

 合わせてヴェルはフェザーンに大規模な新皇宮を建造する計画も発表する。

 更にフェザーン回廊を守護する新要塞の建造も視野に入れて行動を開始した。

 

 

 

 

<宇宙暦801年/新帝国暦3年>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック三十歳。

 クロプシュトック朝銀河帝国初代皇帝。

 称号は黒竜帝。

 

 新皇宮の完成と共に、皇后ヒルデガルドと皇太子アレクサンデルを引き連れてオーディンを離れ、フェザーンの新居に玉座を移すヴェル。

 順次アンネローゼやフレデリカらの他の妾妃たちも、それぞれ子供を連れ立って転居を開始する。

 

 地球教徒の妨害も無く、工部尚書のブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒの手によって無事に建造されたその壮麗な新皇宮は、後に“黒竜の泉”と呼称されるようになる。

 クロプシュトック朝が次々と打ち立てていく人類史への輝かしい功績の根源としてだけではなく、“黒竜の泉”はヴェルとその妻たちの熱烈な愛の巣として、広く人々の記憶に留められていく。

 

 

 

 

 

<エピローグ>

 

 黒竜帝ヴェレファング一世の雄々しい生き様は伝説となる。

 後世において「クロプシュトック家の始祖アルブレヒトの“血のローラー”が塗り固めたルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの覇道は、ヴェレファングという龍の尻尾の先でしかなかった」とまで評されるに至る。

 

 皇后ヒルデガルドやアンネローゼをはじめとする“黒竜の泉の七妾妃”との恋物語も大いに美化されてしまう。

 永きに渡る時を経てクロプシュトック朝が滅びた後も、人の営みが続く限り、戯曲や演劇、オペラ、童謡、小説、漫画、アニメ、映画などの大衆文化の題材として、好んで繰り返し使われた。

 

 しかし、彼女ら全員がヴェルに寝取られていたという事実を知る者は少ない。

 本来ならば彼女らにはヴェル以外の別のパートナーがいて、それぞれ異なる道を歩んでいたはずであった。

 更に言えばヴェルは、銀河そのものをラインハルトとヤン、常勝と不敗の二人から寝取っていた。

 

 銀河を股にかけた英雄たちの壮大な寝取り寝取られ伝説はここに完結し、神話となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<エンドロール>

 

【主人公】

 

〜 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック 〜

 転生者。愛称はヴェル。孤児から皇帝まで成り上がった一代の英傑。乗艦はブリュンヒルトと同系艦のバハムート。

 アンネローゼ 、フレデリカ、ヒルデガルドら美女を侍らせて銀河を統一。数多くの子と孫と玄孫らに囲まれて大往生を遂げる。

 

 

 

【ヒロイン】

 

〜 アンネローゼ ・フォン・ミューゼル 〜

 難病で弟を亡くしてクロプシュトック家に奉公に入る。後宮入りを阻んでくれたヴェルに感謝し、妾となる。

 小ラインハルトをはじめとして一番多くの子を成し、その美貌と共に寵愛が特に厚かった妾妃として名を残す。

 

〜 フレデリカ・グリーンヒル 〜

 エル・ファシルで捕虜となってクロプシュトック領に送られ、ヴェル専用メイドから家宰まで成り上がる。

 後にヴェルとの間の子供らを連れてハイネセンの同盟軍墓地を訪ねるも、そこで車椅子のヤンとニアミスする。

 

〜 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ 〜

 皇帝の命令でヴェルと婚約し、マリーンドルフ家を勝ち組にする為にヴェルの女癖の悪さもあっさり許容する。

 原作ではラインハルト同様に性に淡白であったが、ヴェルに教え込まれて激変。皇太子アレクサンデルらを産む。

 

〜 ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ 〜

 ヴァンフリート4=2の同盟軍基地防衛戦で策に溺れて帝国に亡命せざるを得なくなり、ヴェルに身柄を預ける。

 後宮では唯一のバツイチであり、姉的存在として皆に慕われる。ヴェルの子を孕んで前の男への未練を捨てる。

 

〜 マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー 〜

 ヘルクスハイマー伯爵の亡命騒動時に唯一生き残り、ヴェルに保護されて美しく成長した後に閨房入りする。

 ベンドリング少佐はブラウンシュヴァイク公に消されており、友になれず。ヴェルの子を産んで家門を復活させる。

 

〜 ミリアム・ローザス 〜

 同盟のローザス大将の孫娘で単語の女神様。許嫁の捜索の為に地球に向かう途中でヴェルに見初められる。

 同盟領侵攻時にヴェルに侍って身の回りの世話を務め、ハイネセン到着前夜に懐妊が発覚した。出産と子育てを繰り返す中、許嫁の無事を確認する。

 

〜 エルフリーデ・フォン・コールラウシュ 〜

 対リップシュタット貴族連合の同盟の証としてリヒテンラーデ公より差し出され、ヴェルの妾の地位に収まる。

 長女のフェリシアが名前を隠してロイエンタールに近づいてヴェルの初孫を孕んでしまい、ロイエンタールを恨む。

 

〜 カーテローゼ・フォン・クロイツェル 〜

 母の死後ドミニクのクラブでカリンの源氏名で働き始め、その器量の良さで若くしてナンバーワンホステスの座に上り詰める。

 ヴェルのお気に入りとなって遂には後宮に上がり、ギリギリ十代でヴェルの子供を出産。シェーンコップへの復讐を果たす。

 

 

 

【その他の女たち】

 

〜 マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ 〜

 七人の愛人を侍らせる女傑。女版ヴェル。皇妃ヒルデガルドの友人であり、後に妾妃筆頭のアンネローゼとも親しくなる。

 その実ヴェルにとっては八人目の妾妃とも言える存在であり、子も三人も成している。床の上では不敗で、ヴェルの天敵。

 

〜 シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ 〜

 アンネローゼを寝取ったヴェルのお陰で、寄りを戻せたフリードリヒ四世と幸せな日々を送り、その最後を看取る。

 寡婦となった後にヴェルの熱烈なアプローチにころりと転がされてしまう。実娘を育てつつオーディンで余生を送る。

 

〜 ドミニク・サン・ピエール 〜

 ルビンスキーとケッセルリンクを天秤に掛け、結局若い方を選んだ女。夫の命令で度々ヴェルの相手をし、やがて懐妊。

 ヴェルは既に若いカリンに鞍替え済みであったが、夫の望み通り誰の種か不明な息子を産み、立派な父親殺しに育て上げる。

 

 

 

【クロプシュトック朝の軍人】

 

〜 レオポルド・シューマッハ 〜

 帝国の三矢の一本。クロプシュトック朝の初代軍務尚書。筆頭元帥。乗艦はバルバロッサと同系艦のファフニール。

 ヴェルとは長い付き合いで少佐時代からパシらされてきたが、次は部下のオーベルシュタインにこき使われ続ける羽目になる。

 

〜 ウォルフガング・ミッターマイヤー 〜

 帝国の三矢の一本。クロプシュトック朝の初代宇宙艦隊司令長官。元帥。疾風ウォルフ。乗艦はベイオウルフ。

 フェザーンへの遷都後、主君のヴェルの勧めで妻のエヴァンセリンと共に温泉旅行に赴き、見事子宝を授かってケチャドバ。

 

〜 オスカー・フォン・ロイエンタール 〜

 帝国の三矢の一本。クロプシュトック朝の初代帝国軍統帥本部総長。元帥。金銀妖瞳。乗艦はトリスタン。

 漁色癖は治らず、エルフリーデの娘のフェリシアに惚れられてハメられ、激怒したヴェルにぶっ飛ばされて責任を取らされる。

 

 

 

〜 カール・グスタフ・ケンプ 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。首席上級大将。元ワルキューレライダーの撃墜王。乗艦はヨーツンハイム。

 ガイエスブルク要塞の司令として武勲を立てるも残念ながら元帥位までには届かなかった。三人の息子は全て軍人となる。

 

〜 ナイトハルト・ミュラー 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。残念ながら鉄壁の異名を得る機会は無かった。乗艦はリューベック。

 評価は最年少上級大将のままとなるが、看護婦のクララと知り合う機会があり、嫁取りに成功して勝ち組入り。

 

〜 コルネリアス・ルッツ 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。射撃の達人。乗艦はスキールニル。

 ヨルムンガンド作戦ではイゼルローンを防衛。クラインゲルト子爵家の未亡人フィーアと恋仲となり、ケスラーを慄かせる。

 

〜 ヘルムート・レンネンカンプ 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。元ヴェルの上司。乗艦はガルガ・ファルムル。

 バーラトの和約自体が無くなった事で生き残る。軍事務に秀でており帝国軍内にレンネン塾なる派閥を形成。

 

〜 エルネスト・メックリンガー 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。芸術家提督。乗艦はクヴァシル。

 ヨルムンガンド作戦ではフェザーンにあってヴェルの後方を支えた。ヴェルの奔放な私生活をその手記で後世に伝える。

 

〜 ウルリッヒ・ケスラー 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。憲兵総監兼帝都防衛司令官。乗艦はフォルセティ。

 ヨルムンガンド作戦ではオーディンにあってヴェルの後方を支えた。寝取られ回避に成功する。ホクスポクス以下省略。

 

〜 エルンスト・フォン・アイゼナッハ 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。沈黙提督。通称指パッチンの人。乗艦はヴィーザル。

 本二次創作では全員台詞が無い為、その特徴を消されてしまった可哀想な提督。家庭は賑やか。

 

〜 アウグスト・ザムエル・ワーレン 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。地球教本部討伐で勲功を挙げた提督。乗艦はサラマンドル。

 ヴェルの助言で刺客を排除して義手を回避。妻を早くに亡くしており、一人息子の子育てに苦労している。

 

〜 カール・ロベルト・シュタインメッツ 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。ヴェルの定座のバハムートの初代艦長。乗艦はフォンケル。

 第四次ティアマト会戦からヴェルに仕え、主君の奔放なプライベートに危惧を抱き、早々にグレーチェンと結婚。正解。

 

〜 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。黒色槍騎兵艦隊の指揮官。乗艦はケーニヒス・ティーゲル。

 ヴェルのパーソナルカラーが黒であった為、最終局面での決戦兵器扱いとなる。辺境星域旅行中にテレーゼと知り合い結婚。

 

〜 アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。ヴェルに次ぐ成り上がりの体現者。乗艦はアースグリム。

 巨額の契約金に釣られてヴェル配下に収まって武勲を重ねる。ヴェルの命令でラッパーデビューして人気を博す。次はM-1だとか。

 

〜 ハウサー 〜

 ヴェルズイレヴンの一人。上級大将。乗艦はクエスチョン。

 全てが謎に包まれた提督。アイデアマンだったらしい。よく数え忘れられる。

 

 

 

〜 パウル・フォン・オーベルシュタイン 〜

 大将。帝国のドライアイスの剣。ヴェルに献策を散々却下された挙句、アンスバッハの暗殺騒動を未然に防げなかった咎で降格。

 軍務尚書となるシューマッハの副官に収まり、軍務省を切り回しつつ地球教徒の殲滅に専念。そして老犬を最後まで看取る。

 

〜 アルフレット・グリルパルツァー 〜

 大将。探検家提督。レンネン塾第一期生。乗艦はエイストラ。

 ヴェルの采配でシューマッハの下に移されてオーベルシュタインの監視を受け、栄達の為の小細工を封じられる。

 

〜 ブルーノ・フォン・クナップシュタイン 〜

 大将。清教徒的提督。レンネン塾第一期生。乗艦はウールヴルーン。

 ヴェルの采配でシューマッハの下に移されてオーベルシュタインの監視を受け、グリルパルツァーとの連携を封じられる。

 

〜 カール・エドワルド・バイエルライン 〜

 大将。ミッターマイヤーの後継者。乗艦はニュルンベルク。

 本二次創作では未記載だがハイネセン侵攻時に活躍。あと宴会でも活躍。ヴェルの無茶振りで歌わされる。俺の歌を聴けぇ!

 

〜 ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン 〜

 大将。本二次創作では未記載だが、カストロプ動乱時にシューマッハの下で活躍。その後はミッターマイヤーの幕僚となる。

 私生活が乱れまくってるヴェルに対して唯一手厳しい諫言をした男。上司を二人とも失わずに済んだ為に自死を回避。

 

〜 フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー 〜

 大将。本二次創作では未記載だが、カストロプ動乱時にシューマッハの下で活躍。その後はミッターマイヤーの幕僚となる。

 若気の至りで猪突気味のバイエルラインと、厭世気味で辛辣な同僚のベルゲングリューンの双方のお守りで大変苦労する。

 

〜 アルツール・フォン・シュトライト 〜

 大将。主席幕僚としてヴェルの直衛艦隊に配される。初めブラウンシュヴァイク公に仕えるも嫌われて下野。

 原作と異なって親戚筋にヴェルが手を回した結果、リップシュタット戦役中からヴェルに出仕し、大将まで栄達。

 

〜 アントン・フェルナー 〜

 大将。参謀長としてヴェルの直衛艦隊に配される。初めブラウンシュヴァイク公に仕えてヴェル暗殺計画を立てるも防がれて投降。

 オーベルシュタイン失脚後にその職務を大過なく引き継いでヴェルを補助し、原作では少将止まりであったが大将まで栄達。

 

〜 イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン 〜

 大将。ヴェルの直衛艦隊に配される。乗艦はシンドゥリ。若手の一番星。

 ヴェルが同盟領侵攻を前倒しした結果、唯一の見せ場の「乾杯!同盟最後の年に!」で目立つ機会を失くす。ざまぁである。

 

 

 

〜 モルト 〜

 中将。ケスラー配下。リップシュタット戦役ではヴェルより帝都駐留部隊司令官を任される。宮廷警備最高責任者。

 ヴェルの油断によって婚活パーティーの隙を突かれて幼帝を誘拐され自裁。彼の死がヴェルに銀河一統を決断させた。

 

〜 ジークフリード・キルヒアイス 〜

 一等兵。ラインハルトとアンネローゼに出会う事なく、帝国軍幼年学校にも入学せずに徴兵を受けて入隊する。

 ガイエスブルク要塞でのアンスバッハの凶行で没し、ヴェルに衝撃を与えてアンネローゼの第二子懐妊に間接的に寄与する。

 

 

 

【クロプシュトック朝の官僚】

 

〜 フランツ・フォン・マリーンドルフ 〜

 クロプシュトック朝の初代国務尚書。皇妃ヒルデガルドの父。娘の他に多数の妾を抱えるヴェルに絶えず反発している。

 オーベルシュタインから外戚として権力を持つ恐れを指摘されるも意に介さず、ヴェルはその人格と能力を活用し続けた。

 

〜 ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ 〜

 クロプシュトック朝の初代工部尚書。ヴェルの指示で地球教徒のテロは防がれ、帝都首都建設長官の職務を最後まで遂行。

 フェザーンに壮麗な新皇宮“黒竜の泉”を建造する。その功績によって、技術官僚として初めて宰相位を得た。

 

〜 カール・ブラッケ 〜

 クロプシュトック朝の初代民生尚書。クロプシュトック領の統治から携わり、ヴェルとは互いに互いを利用する間柄。

 ただし原作のラインハルトよりもヴェルが外征に消極的で、国家の疲弊も少なかった為、辛辣な批判は発せられなかった。

 

〜 オイゲン・リヒター 〜

 クロプシュトック朝の初代財務尚書。クロプシュトック領の統治から携わり、ヴェルとは互いに互いを利用する間柄。

 ブラッケよりは穏健派であり、ヴェルが門閥貴族を次々と潰して帝国の財政を瞬く間に回復させた為、心服する。

 

〜 ブルックドルフ 〜

 クロプシュトック朝の初代法務尚書。本二次創作では未登場だがマルガレータの裁判時にヴェルと親交を持つ。

 ヴェルがラングを排斥した為にラングに利用される機会も無く、法務尚書の職務を全うする。

 

 

 

【ゴールデンバウム朝の要人】

 

〜 フリードリヒ四世 〜

 ゴールデンバウム朝神聖銀河帝国第三十六代皇帝。放蕩の人。治世の前半は年増好き、後半はロリコン。

 寵姫シュザンナが三度続けて流産し、代えを探すもヴェルのせいで結局見つからなかった。決めたとおり何もせずに没する。

 

〜 エルウィン・ヨーゼフ二世 〜

 ゴールデンバウム朝神聖銀河帝国第三十七代皇帝。ヴェルとリヒテンラーデ連合に擁立されるもすぐに用無しとなる。

 廃棄される寸前にフェザーンと旧門閥貴族の手により同盟へ亡命。行方不明となってその終わるところを知らず。

 

〜 カザリン・ケートヘン一世 〜

 ゴールデンバウム朝神聖銀河帝国第三十八代にして最後の皇帝。生後半年で即位し、その半年後にはヴェルに禅譲する。

 美しく成長した為、ヴェルの意向により、成人後に皇太子のアレクサンデルの妃に迎え入れられる。

 

 

 

〜 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク 〜

 フリードリヒ四世の女婿。公爵。リップシュタット戦役でヴェルに敵対する。乗艦はベルリン。

 ヴェスターラントへの核攻撃を企図してヴェルに公爵位を剥奪される。大敗の末、アンスバッハに毒酒を仰がされる。

 

〜 フレーゲル 〜

 ブラウンシュヴァイク公の一族。男爵。ヴェルを貴族と認めず敵対。ヒルデガルドとの婚約を成立させてしまった元凶。

 原作と違って有能な副官を配されなかった為、ガイエスブルク攻防戦で深入りし過ぎ、ワイゲルト砲の前に散る。

 

 

 

〜 ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム三世 〜

 フリードリヒ四世の女婿。侯爵。リップシュタット戦役でヴェルに敵対する。乗艦はオストマルク。

 カイザーリンクの大敗を契機に連合から離脱するも、ミッターマイヤーとロイエンタールに艦隊を撃破されて戦死。

 

〜 ヘルクスハイマー 〜

 リッテンハイム侯の腰巾着。伯爵。敵対するブラウンシュヴァイク公の娘の秘密をゲットするも、それが悪手だった。

 結果主君に疎まれてしまい、指向性ゼッフル粒子の生成装置を手土産に同盟への亡命を図るも、減圧処理に失敗して死亡。

 

 

 

〜 クラウス・フォン・リヒテンラーデ 〜

 フリードリヒ四世治世下の宰相代理。侯爵。フリードリヒ四世逝去後にヴェルと手を組み、宰相と公爵にクラスチェンジ。

 姪にヴェルを誘惑させるも逆に籠絡され、リップシュタット戦役末期にコールラウシュ家に裏切られて毒殺される。

 

〜 ゲルラッハ 〜

 フリードリヒ四世治世下の副宰相。リップシュタット戦役平定後にミッターマイヤーに拘束されて失脚。

 その後のリヒテンラーデ家の内紛に巻き込まれ、同盟への亡命を図って幼帝誘拐に積極的に協力。バレて捕まり死罪となる。

 

 

 

〜 ヨッフェン・フォン・レムシャイド 〜

 フリードリヒ四世治世下のフェザーン駐留帝国高等弁務官。伯爵。エルウィン・ヨーゼフ二世と共に同盟へ亡命する。

 実態なき銀河帝国正統政府の首班となるも、トリューニヒト派とヤン派の内戦に巻き込まれて死亡。

 

〜 アルフレット・フォン・ランズベルク 〜

 伯爵。へぼ詩人。先祖が作ったノイエサンスーシーの地下通路を使って幼帝救出に協力しようとする。

 ヴェルの原作知識によって地下通路はモルト中将に封じられていたが、陽動として機能してしまう。その場で拘束され死罪。

 

 

 

〜 ハインリッヒ・フォン・キュンメル 〜

 男爵。ヒルデガルドの従兄弟。難病の為ほぼ寝たきりの生活。ヴェル爆殺を目論むも、妄想の中だけで終わってしまった。

 ヴェルから黒竜号を贈られるも結局一度も使う事無く、フェザーンへの遷都前に没する。

 

〜 ハイドリッヒ・ラング 〜

 フリードリヒ四世治世下での社会秩序維持局長。オーベルシュタインによって内国安全保障局長に推挙されたのが藪蛇だった。

 かつての悪行を洗い出されて投獄される。彼の罪状は旧政体を貶める材料として喧伝され、ヴェルの治世に利用される。

 

 

 

〜 ウィルヘルム・フォン・クロプシュトック 〜

 侯爵。宮廷闘争の敗北者。テロリスト予備軍。孤児院にいたヴェルを引き取り、息子ヨハンの忘れ形見として養育する。

 生前に家の血を絶やさぬように数多の美女をヴェルの周囲に配した為、黒竜の淫蕩さを引き出した元凶と目されてしまう。

 

 

 

【ゴールデンバウム朝の軍人】

 

〜 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー 〜

 フリードリヒ四世治世下の宇宙艦隊司令長官。元帥。一番良い時期に威風堂々と退役。乗艦はヴィルヘルミナ。

 特にヴェルに対して隔意は無かったが、門閥貴族を黙らせる為に難易度の高い任務を与える事が多かった。

 

〜 エーレンベルグ 〜

 フリードリヒ四世治世下の軍務尚書。元帥。モノクルを光らせる特技を持つ。

 リップシュタット戦役開戦前夜のヴェルのオーディン制圧時に拘束され、強制的に退役させられる。

 

〜 シュタインホフ 〜

 フリードリヒ四世治世下の帝国軍統帥本部総長。元帥。

 リップシュタット戦役開戦前夜のヴェルのオーディン制圧時に拘束され、強制的に退役させられる。

 

 

 

〜 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ 〜

 上級大将。ゴールデンバウム王朝の宿将。ヴェルの策謀によりリップシュタット戦役には参加せず。乗艦はネルトリンゲン。

 退役後に元部下のシュナイダーを使嗾して幼帝エルウィン・ヨーゼフ二世を同盟領に落とす。裁判で極刑を言い渡される。

 

〜 ベルンハルト・フォン・シュナイダー 〜

 少佐。メルカッツの忠実な部下。メルカッツの内意を受けてエルウィン・ヨーゼフ二世をノイエサンスーシから外に出す。

 同盟に亡命後に銀河帝国正統政府に参加するも、帝国軍襲来の混乱中に再び幼帝を誘拐。その後消息を断つ。

 

 

 

〜 ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング 〜

 上級大将。薬中艦隊を率いるもヴェルの機転によりアルレスハイム星域会戦で大勝。リップシュタット連合の総大将を務める。

 リップシュタット戦役のシャンタウ星域会戦にてファーレンハイトに大敗。総大将の座を追われ、戦役平定時に拘束。死罪。

 

〜 クリストフ・フォン・バーゼル 〜

 中将。カイザーリンク艦隊の真の主人。その実サイオキシン麻薬のバイヤー。

 シャンタウ星域会戦にて戦死。妻のヨハンナはヴェルの命令を受けたケスラーによって拘束され、その悪事が明らかになる。

 

 

 

〜 オフレッサー 〜

 上級大将。装甲擲弾兵総監。石器時代の勇者。ミンチメーカー。

 リップシュタット戦役のレンテンベルク要塞攻防戦にて、ヴェルの氷塊質量爆弾の連打を浴び、要塞ごと潰される。

 

〜 アンスバッハ 〜

 准将。ブラウンシュヴァイク公に仕える忠臣。忠臣の割に主君に自裁を強要するなど、名を残したい願望はあった様子。

 リップシュタット戦役後の式典への火器の持ち込みは防がれるが、原作どおりキルヒアイスは道連れにする。

 

 

 

〜 シュターデン 〜

 大将。ヴェルの軍才を認めなかった提督の一人。理屈倒れ。リップシュタット連合軍の先陣を務める。乗艦はアウグスブルク。

 リップシュタット戦役のアルテナ星域会戦で胃を痛めてレンテンベルク要塞に後送され、要塞と運命を共にする。

 

〜 フォーゲル 〜

 大将。ヴェルの軍才を認めなかった提督の一人。銀河帝国正統政府における軍務尚書。乗艦はバッツマン。

 アスターテ星域会戦でヴェルの麾下となるもヴェルを認めず。同盟に亡命した後、ランテマリオ星域会戦に参加して討死。

 

〜 エルラッハ 〜

 少将。ヴェルの軍才を認めなかった提督の一人。乗艦はハイデンハイム。

 アスターテ星域会戦でヴェルの命令に従わず、後背に廻った第二艦隊に対して回頭しようとしてヤンの砲火に倒れる。

 

 

 

〜 グリンメルスハウゼン 〜

 大将。軍事的才能は皆無な老人。フリードリヒ四世の治世にて帝国の暗部を牛耳る。乗艦はオストファーレン。

 ヴェルとは何ら交わるところはなく、帝国の暗部を記したデータは彼の死と共に闇に葬られた。

 

〜 ヘルマン・フォン・リューネブルク 〜

 少将。同盟からの逆亡命者。第十一代ローゼンリッター連隊長。第六次イゼルローン要塞攻防戦でシェーンコップに討たれる。

 彼の妻でハルテンベルク伯爵の妹エリザベートには興味を抱いたヴェルであったが、病的過ぎて食指が動かず放置される。

 

 

 

〜 ノルデン 〜

 少将。子爵の嫡子。第三次ティアマト会戦にてヴェルの参謀長を務める。凡庸オブザ凡庸。原作と違って優しくあしらわれる。

 リップシュタット戦役の頃には子爵家を継いでおり、門閥貴族側に属してガイエスブルク攻防戦で戦死。

 

〜 アントン・ヒルマー・フォン・シャフト 〜

 技術大将。科学技術総監。元帥位を得る野望に燃えていた。ただし目ぼしい業績は指向性ゼッフル粒子くらいであった。

 フェザーン提供のワープエンジン連動技術で歓心を買おうとするも、シャフト閥ごとヴェルに切り捨てられる。

 

 

 

【自由惑星同盟の軍人】

 

〜 ヤン・ウェンリー 〜

 退役大将。エル・ファシルの英雄。ミラクルヤン。魔術師ヤン。政争に躓いて不敗のまま表舞台から去る。

 同盟末期にもしヤンが指揮を取れる状態であったら、とは歴史のifとして長く論じられるところとなる。

 

〜 ユリアン・ミンツ 〜

 元軍曹。ヤンの被保護者。その非凡さをアピールする機会も功績も無かった為、ヤンの後継者とは目されなかった。

 ヤン失脚後にフェザーン経由でハイネセンに潜伏するも間に合わず。ヤンの療養を手助けしながら政治家を目指す。

 

〜 ワルター・フォン・シェーンコップ 〜

 中将。第十三代ローゼンリッター連隊長。第七次イゼルローン攻略戦での要塞奪取の功労者。ヤンを守れず一時厭世的になる。

 カーテローゼに新皇宮に呼び出され、三十代で孫を抱かされる。その後ハイネセン領民政府に参加。治安維持に貢献する。

 

〜 アレックス・キャゼルヌ 〜

 中将。ヤンの先輩。同盟軍のロジスティックのスペシャリスト。イゼルローン要塞からの撤退作戦の功労者。

 戦後はハイネセン領民政府に参加。需要過多で混乱するハイネセンの物流の統制に貢献する。

 

〜 ダスティ・アッテンボロー 〜

 中将。新設第六艦隊司令官。ヤンの後輩。逃げ弾正。乗艦はトリグラフ。

 ヤン失脚後に新設の半個艦隊を率いる。帝国の同盟領併呑後は帝国軍への仕官を断り、コーネフ商会に参加する。

 

〜 エドウィン・フィッシャー 〜

 中将。新設第七艦隊司令官。ヤン三人衆の一人。ヤン艦隊の生ける航路図。乗艦はアガートラム。

 ヤン失脚後にハイネセンに召喚される。ランテマリオ星域会戦に先立って急遽新設された半個艦隊を率いて奮戦。戦死。

 

〜 ムライ 〜

 中将。ヤン三人衆の一人。ヤン艦隊の歩く叱言。ヤン失脚後にドーソン大将付きの幕僚にスライド。

 イゼルローン要塞からの撤退戦にて民間人を乗せた箱舟隊を指揮する。ハイネセン内戦時に地球教徒に刺されて入院。

 

〜 フョードル・パトリチェフ 〜

 少将。ヤン三人衆の一人。ヤン艦隊のなるほど太鼓腹。ヤン失脚後にフォーク少将の配下となり新設第二艦隊を統括。

 第八次イゼルローン攻防戦で人事不省のフォークに代わって半壊した艦隊を率い、続く回廊出口の戦いで奮戦。戦死。

 

〜 オリビエ・ポプラン 〜

 元少佐。イゼルローン第一空戦隊長。撃墜王。レディーキラー。ヤン失脚後にユリアンと共にハイネセンに潜伏する。

 帝国の同盟領併呑後は帝国軍への仕官を断り、イワンの死を嘆きつつもコーネフ商会に参加する。

 

〜 イワン・コーネフ 〜

 少佐。イゼルローン第二空戦隊長。撃墜王。クロスワードパズルでフラグを立てる男。

 ヤン失脚後にポプランの離脱を受けて空戦隊を統括する。イゼルローン回廊出口の戦いで奮戦。戦死。

 

〜 バグダッシュ 〜

 中佐。救国軍事会議に参加し、ルグランジュの暗殺命令を受けてヤンに近づく。メッサースミスに正体を見破られて転向。

 戦後はハイネセン領民政府に参加。情報の統制に力を注ぎ、ハイネセンの治安維持に貢献する。

 

〜 ルイ・マシュンゴ 〜

 准尉。運命には逆らえない人。査問会に召喚されたヤンの護衛に就くも、ベイ少将に阻まれヤンと引き剥がされてしまう。

 ハイネセンに潜伏したユリアンと協力し、ヤンの軟禁場所の調査に尽力。内戦時はユリアンを護衛。戦後もユリアンに付き従う。

 

〜 ジャン・ロベール・ラップ 〜

 元少佐。ヤンの親友。第六艦隊参謀。ヴェルの戦術を見抜くもムーアに相手にされず、ヴェルの術中にはまって捕虜となる。

 帝国の同盟領併呑時には降伏勧告の使者を務め、ジェシカの出産に立ち会う。そのまま寄りを戻して寝取り返しを完遂。

 

 

 

〜 アレクサンドル・ビュコック 〜

 元帥。自由惑星同盟最後の宇宙艦隊司令長官。同盟には勿体無い爺さん。呼吸する軍事博物館。乗艦はリオ・グランデ。

 同盟軍の戦力を結集してランテマリオ星域会戦に臨むも、衆寡敵せず敗退。戦後は罪を問われる事無く退役。余生を過ごす。

 

〜 チュン・ウー・チェン 〜

 大将。 自由惑星同盟最後の宇宙艦隊総参謀長。パン屋の二代目。食事のマナーが大変宜しくない人。

 ビュコックを良く補佐してランテマリオ星域会戦に臨むも、衆寡敵せず敗退。戦後は罪を問われる事無く退役し、パン屋となる。

 

〜 クブルスリー 〜

 元帥。自由惑星同盟最後の統合作戦本部長。有能かつ公正な軍人であり、それ故にトリューニヒト派から疎まれる。

 空洞化の酷い統合作戦本部を率いてビュコックを支援するも、全てが手遅れ。戦後は罪を問われる事無く退役。隠居する。

 

〜 シドニー・シトレ 〜

 退役元帥。先の統合作戦本部長。ヤンを英雄の座に押し上げてしまった張本人。

 ヤンの行き着いた先に何か思うところがあったのか、同盟滅亡後は暴動に参加する事も無く、カッシナで養蜂を営み続けた。

 

〜 ラザール・ロボス 〜

 退役元帥。先の宇宙艦隊司令長官。第六次イゼルローン攻略戦あたりから老化が進み、敵方のヴェルの昇進に大いに寄与する。

 アムリッツァ星域会戦でヴェルに敗れ、同盟の戦力の四割を失ったのは致命的で、これが亡国の一番の要因となる。

 

 

 

〜 パエッタ 〜

 大将。第一艦隊司令官。トリューニヒト派の提督。乗艦はパトロクロス。

 アスターテ星域会戦第三戦で、三方ヶ原におびき寄せられた徳川軍状態のところをヤンに救われる。ランテマリオで戦死する。

 

〜 ルフェーブル 〜

 中将。第三艦隊司令官。乗艦はク・ホリン。

 アムリッツァ星域会戦でヴェルのワイゲルト砲の一斉射の戦術にはまり、艦隊ごと撃ち抜かれて戦死する。

 

〜 パストーレ 〜

 中将。第四艦隊司令官。トリューニヒト派の提督。乗艦はレオニダス。

 アスターテ星域会戦第一戦でバリアを張る間も無くヴェルの急襲を受けて敗死する。野外でノースキンはとても危険。

 

〜 ムーア 〜

 中将。第六艦隊司令官。トリューニヒト派の提督。乗艦はペルガモン。

 アスターテ星域会戦第二戦でラップの進言を退けてヴェルの急襲を受けた後、部下たちに叛かれて負傷。ラップの介錯を受ける。

 

〜 ホーウッド 〜

 中将。第七艦隊司令官。乗艦はケツアルコアトル。

 アムリッツァ星域会戦でヴェルのワイゲルト砲の一斉射の戦術にはまり、艦隊ごと撃ち抜かれて戦死する。

 

〜 アップルトン 〜

 中将。第八艦隊司令官。乗艦はクリシュナ。

 アムリッツァ星域会戦でヴェルのワイゲルト砲による全軍崩壊を受け、傷ついた味方を逃す為に殿軍として奮戦。戦死を遂げる。

 

〜 アル・サレム 〜

 中将。第九艦隊司令官。乗艦はパラミデュース。

 アムリッツァ星域会戦でヴェルのワイゲルト砲の一斉射を受けて負傷。モートンに指揮を引き継ぐも、傷が癒えずに陣没。

 

〜 ウランフ 〜

 中将。第十艦隊司令官。乗艦はバン・グゥ。

 アムリッツァ星域会戦でヴェルのワイゲルト砲の一斉射で航行不能となる。アッテンボローに後事を託してその場で戦死。

 

〜 ホーランド 〜

 中将。第十一艦隊司令官。自称アッシュビーの再来。先覚者的戦術の使い手。乗艦はヘクトル。

 第三次ティアマト会戦で序盤猛威を振るうも、タイミングを見計らったヴェルの斉射三連で乗艦ごと爆砕する。

 

〜 ルグランジュ 〜

 中将。第十一艦隊司令官。救国軍事会議の唯一の航宙戦力を率いる提督。乗艦はレオニダスII。

 再編成中でアムリッツァには未出征の第十一艦隊を率いてヤンに挑むも力及ばず。最後まで無駄に粘ってヤンを苦しめた。

 

〜 ボロディン 〜

 中将。第十二艦隊司令官。乗艦はペルーン。

 アムリッツァ星域会戦でヴェルのワイゲルト砲の一斉射の戦術にはまり、艦隊ごと撃ち抜かれて戦死する。

 

〜 ライオネル・モートン 〜

 中将。新設第三艦隊司令官。ビュコックと同じく叩き上げの提督。乗艦はアキレウス。

 ヤン失脚後に新設の半個艦隊を率いる。イゼルローン回廊出口の戦いでシューマッハ艦隊と交戦。箱舟隊を逃す為に全滅する。

 

〜 グエン・バン・ヒュー 〜

 少将。新設第四艦隊司令官。救い難い戦闘狂。乗艦はマウリア。

 ヤン失脚後に新設の半個艦隊を率いる。第八次イゼルローン攻防戦の序盤戦にてロイエンタール艦隊に敗退。戦死を遂げる。

 

〜 サンドル・アラルコン 〜

 少将。新設第五艦隊司令官。暴力士官。エベンスとは犬猿の仲。乗艦はマルデューク。

 ヤン失脚後に新設の半個艦隊を率いる。第八次イゼルローン攻防戦の序盤戦にてロイエンタール艦隊に敗退。戦死を遂げる。

 

〜 ラルフ・カールセン 〜

 中将。新設第八艦隊司令官。乗艦はデュオメデス。

 ランテマリオ星域会戦に先立って急遽新設された半個艦隊を率いて勇戦。黒色槍騎兵艦隊の突撃を受けて戦死を遂げる。

 

 

 

〜 ドワイト・グリーンヒル 〜

 大将。ロボスの右腕。アムリッツァの大敗の責で総参謀長から降格。査閲部長。救国軍事会議の首班。フレデリカの父。

 帝国からフレデリカを取り戻す為に軍事クーデターを起こすも、ヤンとフォークに邪魔をされてクリスチアンに殺害される。

 

〜 エベンス 〜

 大佐。救国軍事会議の経済担当。なのに経済オンチ。

 グリーンヒル大将を殺害したクリスチアンを銃殺した後、迫るヤン艦隊に降伏を通知。その後に自決する。

 

〜 アーサー・リンチ 〜

 少将。エル・ファシルから真っ先に逃げ出した軍人。ヤンに利用された男。

 ヴェルがオーベルシュタインの策を却下した為、帝国に居残って捕虜を続け、クロプシュトック朝設立時に恩赦される。

 

〜 クリスチアン 〜

 大佐。救国軍事会議のメンバー。スタジアムの集会が無かったので見せ場を失う。

 フラストレーションを溜めていたのか、娘を帝国の大貴族の妾にしていたグリーンヒルを射殺後、エベンスに撃たれる。

 

 

 

〜 ドーソン 〜

 元帥。イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官。トリューニヒト派の軍人。じゃがいも士官。

 四十代後半にして政治力だけで元帥まで駆け上った異数の人。何もせぬままイゼルローン回廊出口の戦いで倒れる。

 

〜 ベイ 〜

 少将。同盟最高評議会議長の警護室長。トリューニヒト派の軍人。いたち。

 救国軍事会議に潜入したりヤンを監禁したりとトリューニヒトに尽くすも、最後に裏切られてヤン一派への贄にされる。

 

〜 エドモンド・メッサースミス 〜

 少佐。グリーンヒル大将の教え子。フレデリカの代わりにヤンの副官となり大過なく職務を果たすも、査問会では何も出来ず。

 マシュンゴと共にヤンの居場所を探しつつも憂国騎士団に通じ、合流したユリアンらを排除しようとして失敗。返り討ちされる。

 

〜 ロックウェル 〜

 大将。後方勤務本部長。トリューニヒト派の軍人。帝国軍のハイネセン襲来時にトリューニヒトと運命を共にする。

 実は捕えて投降の手土産とすべくトリューニヒトに同行していたのだが、実行に移す前にフォークに阻止され、汚名は免れた。

 

〜 アンドリュー・フォーク 〜

 少将。新設第二艦隊司令官。同盟軍と救国軍事会議とヤン艦隊とトリューニヒト政権を崩壊させた男。乗艦はヒューベリオン。

 トリューニヒト殺害後に投獄先で病死する。後世において“配られた者が必ず負けるジョーカーのカード”と評された。

 

 

 

【自由惑星同盟の政府高官】

 

〜 ヨブ・トリューニヒト 〜

 最高評議会議長。アムリッツァの大敗と救国軍事会議を奇貨とし、マスコミと警察と軍を牛耳って同盟を枯死させた宿り木。

 憂国騎士団と地球教徒だけでなく帝国軍をも利用しようと図るも、最後はフォークの狂気に巻き込まれて野望半ばで横死する。

 

〜 ジョアン・レベロ 〜

 自由惑星同盟最後の最高評議会議長。帝国領侵攻作戦に反対票を投じて見識の高さを示すも、ヤンの失脚は容認してしまう。

 戦力的にも道義的にも完敗が確定の状況下で一日だけ同盟の国家元首を引き受け、降伏文書に調印。その後に政界を引退する。

 

〜 ホワン・ルイ 〜

 ハイネセン領民政府最初の最高評議会議長。レベロの盟友。帝国領侵攻作戦に反対票を投じて見識の高さを示す。

 ヤンの辞表提出を思い留まらせようとするもレベロに止められ万事休す。レベロの後任としてハイネセン再建に尽力する。

 

〜 ネグロポンティ 〜

 自由惑星同盟最後の国防委員長。ヤンを失脚させた査問会の表の主催者。帝国と同盟の戦力差を完全に読み違えてヤンを排除。

 同盟消滅時に軍の指揮権と任命権を持つ閣僚として唯一彼のみが帝国軍に拘束され、ヤンを追い込んだ報いを受ける。

 

〜 ウォルター・アイランズ 〜

 トリューニヒトの子分。ネグロポンティがヤンを排除して国防委員長の座を守り通した為に出番が無くなる。

 未覚醒のまま終戦を迎え、半世紀の惰眠が約一世紀まで伸びてしまった。

 

 

 

【フェザーン】

 

〜 アドリアン・ルビンスキー 〜

 フェザーン自治領最後の自治領主。黒狐。突如地球を征服したヴェルのお陰で地球教の呪縛から解放され、独自に行動を開始。

 自己の権益を最大化する為の陰謀を進めてヴェルの怒りを買い、黒竜の呪いを受けて火祭りの準備も出来ずに行動不能となる。

 

〜 ルパート・ケッセルリンク 〜

 ハイネセン駐在高等参事官。狐。ヴェルの支援を受けて黒狐との権力闘争に勝利し、関心を買う為に妻のドミニクを差し出す。

 己の子がヴェルの種である事を武器に新領土で勢力を拡大するも、今際の際まで実子と知らずにドミニクに足元をすくわれる。

 

〜 ニコラス・ボルテック 〜

 オーディン駐在高等弁務官。ハゲ鼠。ヴェルに幼帝誘拐の一味として捕えられ、ルビンスキーを売る事で生き延びる。

 クロップシュトック領を旧帝国領における経済拠点とすべく、ヴェルはボルテックをフレデリカの補佐役に配した。

 

 

 

〜 ボリス・コーネフ 〜

 フェザーンの独立商人。イワン・コーネフの従兄弟。ヤンの幼馴染。悪童ボリス。ユリアンのハイネセン潜入を助ける。

 同盟滅亡後、旧同盟領の物流を助ける為にコーネフ商会を設立。やがてケッセルリンク打倒の活動を開始し、成果を挙げる。

 

 

 

【その他】

 

〜 ジェシカ・エドワーズ 〜

 ラップの元婚約者。ヤンの内縁の妻。そしてラップのセフレ。政治家への道を選ばず、ヤンのもとへ身を寄せて一子をもうける。

 変わり果てたヤンの姿に苦しむも、ラップに支えられて立ち直る。ヤンに義理立てして最後までラップとは籍を入れなかった。

 

〜 シャルロット・フィリス 〜

 キャゼルヌとその妻オルタンスの間の長女。

 美しく成長して親の要望どおりにユリアンと恋仲となるも、二歳年下の妹に寝取られそうになって修羅場となる。

 

 

 

〜 コルヴィッツ 〜

 宮内省の官吏。帝国騎士。街で見かけたアンネローゼを皇帝の寵姫に求めるも、既に借財の形で奉公に出されており断念。

 その後シュザンナから呼び出されたコルヴィッツは、勇気を振り絞って子作りを諦めるよう助言。シュザンナの鬼女化を防いだ。

 

〜 セバスティアン・フォン・ミューゼル 〜

 アンネローゼの父親。帝国騎士。妻クラリベルを交通事故で、息子ラインハルトを難病で相次いで失い、酒に依存する。

 ヴェルの手配で治療を受けるも結局肝硬変で死去。アンネローゼはその遺言に従い、クラリベルのウェディングドレスでヴェルの妃となった。

 

 

 

〜 セバスティアン 〜

 凋落著しかったクロップシュトック家の執事。フリードリヒ四世崩御後のキナ臭い時期に倒れ、長く闘病生活を続ける。

 フェザーン遷都前に息を引き取る際、ヴェルが実はヨハンの忘れ形見ではなかった事実を明かすも、ヴェルにとっては本気で今更な告白となる。

 

 

 

Fin

 

 



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