Monster Hunter Life Online (シュラフ)
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Quest.1 落陽草の納品

初投稿です。

書き終わってから気付きましたが、大型モンスターは姿はおろか名前すら登場しませんでした。


 ーー息を潜める。

 

 枝葉が茂り、陽光が遮られた薄暗い森の中。身を屈めて茂みに隠れ、辺りの景色に溶け込むようなつもりで気配を薄く引き延ばす。

 スローモーションのようにジワジワと後退し、けれども視線は絶対に逸らさない。視線を前に向けながらも、後退る足裏の感覚にも気を抜けない。

 木の枝を踏み折るなんてベターな展開は御免だ。

 

 気取られてはならない。

 慎重に足を運びながらも、奴の一挙手一投足を注視する。

 

 奴が気を抜いている間だけ歩みを進める。

 少しでも周りを伺うような様子を見せたら動きを止め、息を殺して屈めた身体を更に縮こまらせる。

 

 日向ぼっこでもしているのか、木漏れ日に身を晒した奴は実にのんびりとした様子だ。

 厳戒状態の我が身が馬鹿らしく思えてくるが、気は抜けない。

 

 気付かれれば終わりなのだ。

 

 奴との距離が離れる。

 まだまだ気は抜けないが、レッドゾーンは脱した。これだけ離れれば、微かな物音で察知される恐れはないだろう。

 

 緊張を維持したまま、少しばかり思考に余裕が生まれる。

 

 だからだろうか、ふと違和感を覚えた。

 

 視界に映る奴は一匹。

 俺と同じく茂みに隠れているのかも知れないが、そうではないように思えた。

 

 奴らは群れで動く生き物だ。

 飢えた“はぐれ”でもないような個体が、何故こんなところで独りでいるのか。

 

 一度違和感を覚えると、目の前の光景が不可解なものにしか見えなくなった。

 何故、どうして……言い知れぬ不安は、やがて悪い予感に変わる。

 

 まさか。

 

 俺はダッと地を蹴り逃走を図った。

 だが遅かった。

 

 俺の真横の茂みから青色の物体が飛び出して来て、俺を蹴飛ばす。

 強い衝撃に堪らず倒れ込んだ俺に、そいつは素早く覆い被さる。

 

 気付かなかった。

 こんな距離にまで近付いていたなんて。

 

 驚愕する俺の首筋に、鋭い牙が食い込んだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「クソゲー」

 

 窓から差し込んだ眩しい陽の光が目を灼く。

 リスポーン地点に登録したドンドルマの長屋の一室で、俺はボソッと悪態を漏らした。

 

 のそりと上体を起こし、堅い寝台の縁に腰掛け、はぁ〜と溜息を吐き出す。

 

 なるほどなるほど。

 つまり、俺が最初に視認した個体は注意を引きつける為の囮であり、獲物を襲う強襲役のカモフラージュであったと。

 

 俺はそれにまんまと引っかかったわけだ。

 トカゲ野郎めが、一丁前に戦術じみたことをやってきやがって。

 というか。

 

「なんか知能上がってないかアイツら……」

 

 先ほど見事に俺を殺害せしめた怨敵を思い浮かべてぼやいた。

 

 奴の名はランポス。

 鮮やかな青地に黒い縞模様の鱗と、頭に生えた赤いトサカが特徴的な小型の鳥竜種モンスターであり、初期からのシリーズファンには馴染み深い存在だろう。

 作品内での立ち位置としては、大分下位の雑魚モンスターである。

 いや、雑魚モンスターだった、か。

 

 世界観的な立ち位置には変化はない。

 生態系ピラミッドの上から二番目くらいの位置にいる。

 

 だが、本作におけるプレイヤーアバターはシリーズお馴染みのモンスターハンター()ではない。

 人間のスペックを忠実に再現した非常にか弱いボディなのである。

 

 一応キャラクリの際の個性付けで能力値の差異はあるようだが、モンスターと比較した際のスペックとしては多少の差は誤差の範疇だ。

 器用さと妄想力に極振りした人間の物理戦闘能力は、言葉を選ばずに言えばゴミと評しても差し支えないレベルであり、筋力耐久敏捷どれをとってもケルビとどっこいの性能なのだ。

 いや、脚力や敏捷性はケルビにも劣るか。

 

 そんな有様なので真正面からランポスとやりあっても並みの人間では歯が立たない。

 往年の雑魚モンスターは今や名実共に凶悪なモンスターと化していた。

 

 おまけに先の例もあるが、奴らは基本的に三、四匹からなるチームで行動している。

 ゲームハードのスペック向上によりAIも強化されており、もはや奴らはジャンプ攻撃を繰り返すバッタではない。冷徹に獲物を狩るハンターなのである。

 更には奴ら、経験から学習している節があり、プレイヤー間ではモンスターはそれぞれ個別の高性能AIが積んであるのでは……とまことしやかに囁かれている。

 

 確かに、サービス開始当初と比べると、プレイヤーを狩るランポスさんたちの動きは洗練されてきている気がする。

 彼らからしたら、軟弱な現代人はさぞ狩りやすいのだろう。

 

 なんやかんやあって当初より大分数を減らしたものの、プレイヤーの数は未だ膨大であり、死んでも蘇るため絶対数が翳ることもない。

 アプトノスを狩るより余程安全かつ安定した手と言える。

 

 全く、情け無い限りだ。

 俺は自分のことを棚に上げ、いつまで経っても体の良い食料扱いのプレイヤーたちの未来を嘆いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 喧騒の中をぶらりと歩く。

 

 有事の際には戦闘街となるドンドルマも、平時はモンハン世界最大級の都市ということもあり、非常に賑やかな様相を見せる。

 様々な出店や人種が入り乱れ、威勢のいい客引きの声が飛び交う景色は、都市部に生きる現代人にはあまり縁のない光景だろう。

 

 露天が居並ぶ中央街を抜けて、向かうのは街の外。

 ドンドルマは物流の集積地であるため、各地方との流通を支える街道が存在する。

 そこでは一般向けの定期便も通っていて、今回の俺の目当てはこれだった。

 

 草食竜アプトノスが牽く馬車ならぬ竜車とでも言うべきそれは、走行スピードこそ遅々としたものだが、乗合馬車のような形態のため料金は大変リーズナブルだ。

 他の移動手段としては、クエストを受けたハンター向けにギルドが提供している速達気球便もあるのだが、あれは片道でも料金がバカ高いので余程のことがない限り利用する気にはなれない。

 

「メタペタットまで」

「50zだよ」

 

 御者にチャリンと小銭を手渡し、竜車の中へ乗り込む。

 幌に覆われた薄暗い竜車の中は、あまり混んでいないようだった。

 

 乗り込んできた俺に子連れの母親が会釈する。現地民、つまりはNPCだろう。

 母親に会釈を返し、空いているスペースを見つけ座り込む。丁度親子の真向かいの位置だ。

 

 あとは発車を待つばかり。

 背中を凭れさせ一息ついていると、先ほどの子連れ現地民の子供の方がじっとこちらを見つめていた。

 母親共々ドンドルマの住民ではないのか、土のついた田舎っぽい服装の女児である。

 

 ふむ、と一考し、徐にコインを取り出し、右の手のひらに乗せて見せた。

 女児が注目したのを確認すると、左の手のひらを重ね合わせ、ムニャムニャと囁けばあら不思議。

 

「わ」

 

 手のひらから消えたコインに女児は驚き目を丸くする。

 宴会用に覚えた子供騙しの手品だが、文字通り子供なら簡単に引っかかってくれる。

 純粋だねぇ。

 

 ぱちくりと目を瞬かせた女児は母親側から離れて、俺の手のひらを下から覗き込もうとする。

 

 待て、それは不味い。

 

 マナーのなってない観客にタネを暴かれる前に、俺は素早く右手の死角に隠していたコインをまた手のひらに戻してみせた。

 

 ハイ〜〜〜。

 

 無理くり締めたわけだが、何とか誤魔化せたようだ。

 女児は目を輝かせている。

 

「ね、ね。いまのどうやったの?」

 

 魔法さ。

 

 問い詰めてくる女児をフワフワした言葉でのらりくらりと躱していく。

 頃合いを見計らって、母親が女児を引き戻した。

 

「こら。おじさんをあんまり困らせちゃダメでしょ」

 

 俺はおじさんではないが。

 

「えー、でもぉ」

「魔法使いのおじさんを困らせたら、魔法でモスさんに変えられちゃうわよ?」

 

 母親の脅し文句に女児は恐る恐る俺に目をやった。

 

 俺はおじさんではない。

 おじさんではないが、空気の読める日本人であるため、母親のフリに乗った。

 俺は裂けんばかりに口角を上げ、ベロリと舌を垂らして「クケケケケ」と哄笑する。

 

「やだーっ!」

 

 本気で怯えた様子の女児は母親にひしと張り付き、フリを振った母親も俺の迫真の演技にドン引きしていた。

 竜車内が何とも言えない気まずい空気に包まれた時、それを見計らったわけでもないだろうが、ガラゴロと竜車が動き出した。

 

 俺はすんっとなって膝を抱えた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 尻が痛い。

 

 堅い床板は凸凹道の段差を乗り越えるたびにガタンと跳ね、俺の尻に着実にダメージを蓄積していっている。

 

 目的地であるメタペタットに着くのが早いか、俺の尻が破壊されるのが早いか。

 限界は近い。もはや予断を許さぬ状況だった。

 

「おじさん、はんたーさんなの?」

 

 そうとも。おじさんははんたーさんなんだ。

 

 ガタゴト揺れる竜車の中。

 少しでも尻から意識を逸らすため、俺は現地民の親子と雑談していた。

 俺に怯えていた女児も、母親の取り成しによりどうにか普通に接してくれるようになっている。

 母親の影響かおじさん呼ばわりではあるが。

 

 俺がギルドのハンターであることを明かすと、女児だけでなく、母親も驚いた様子を見せた。

 

 それもそうだ。

 今の俺の格好は腰のポーチとハンターナイフを除けば普段着と変わりない。危険なモンスターが跋扈するフィールドに出向くなど自殺行為である。

 とはいえ、それはリスポーン機能を持たないNPCハンターの話だ。

 

 俺は首元から下がったペンダントを親子に見せた。

 

「俺は“巫女の遣い”って奴でしてね。死んでも蘇られるんですよ」

 

 ペンダント……【巫女の血玉】は、全てのプレイヤーが初期から所持しているキーアイテムだ。

 名の通り血のように深い紅色をした宝玉が埋め込まれたペンダントであり、これがNPCとプレイヤーを分ける一つの指標にもなっている。

 

 ちなみに、サービス開始から三ヶ月経っても“巫女”が何であるかは未だに分かっていない。

 女性を連想させるキーパーソン。モンハンお馴染みの歌姫とは別口のようだが……。

 

 親子は珍獣か何かを見るような眼差しで俺を見ている。

 止してくれ。そんなにじっと見つめられたら照れるだろう。

 プレイヤーの存在はドンドルマを始めとした主要な街ではもはや珍しくもないはずだが、やはり田舎にはまだ浸透していないのか。

 

 そんな風に考えていると、御者台の方のカーテンがシャッと空いて、禿頭の御者が顔を覗かせた。

 

「そろそろメタペタットだよ」

 

 どうやら俺の尻は助かるようだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 メタペタット。

 

 それはアルコリス地方東部にある小さな町である。

 曰く、このメタペタットは元々ハンターたちによって作られたんだとか。

 

 昔、ハンターたちの間であることが問題になっていた。

 遠方の依頼を受けた際に長旅の疲れのせいで十全に戦えないのだと。

 

 依頼を受けて出向するというのに、現地に着く前にその道程で消耗して、モンスターと戦う時に本領を発揮出来なければ身も蓋もない。

 そのため、休息地の需要は高まり、なんなら自分たちで休憩する安全地帯を作ってしまおうという話になった。それに商機を見た商人やらも食いついて、なんやかんやあって今や立派な宿場町として成り立っている。

 そんな由来を持つメタペタットだからこそ、町にはいるのはハンターか、それに関連するものを取り扱う商人ばかりだ。

 

 さて、メタペタットは補給地、各地へ向かうための中継地点であるわけだが、俺が向かうのは町から真西にあるシルクォーレの森。

 ゲーム内で言うところの、森丘フィールドの森の方だ。

 俺がランポスに殺されたのもここである。

 

 何故そこに出向くかと言えば、もちろんクエストを受けたからに他ならない。

 

==============================

 

[落陽草の根の納品]

 

[任務地]

推奨 : シルクォーレの森

 

[依頼内容]

落陽草の根×3の納品

 

[報酬金]

134z

 

[依頼者]

健気な女の子 : おかあさんがびょーきにかかってしまいました。でも、おくすりがもううってないんです。はんたーさん、おねがいします。おくすりのざいりょうをとってきてください!

 

==============================

 

 さて、依頼内容としては難しいことはない。所謂納品クエストというやつだ。

 

 依頼文を見るに、依頼者の少女は病気に罹った母親を治したいようだが、肝心の薬が手に入らないようだ。

 

 というのも、ゲーム内時間で丁度一週間ほど前、ドンドルマでは流行病が蔓延していた。

 そのため特効薬の需要が激増し、今や市場は品薄状態のようなのだ。

 単純な需要に加え、人間というのは死とか直接的な恐怖を煽る不安に弱い生き物なので、精神的な安定のために必要以上に薬を購入する輩が相次いでしまったわけだな。

 結果、少女は買いそびれてしまったと。

 

 今や病の伝染は沈静化しているが、少女の母親は少し時期遅れで発症したようだ。間の悪いことだ。

 

 更に注目したいのは報酬金だ。

 

 134z。

 

 134zだ。別にこのゲームの市場がハイパーデフレを起こしているわけではない。

 現代日本よか物価は安いが、それでも格安乗合馬車を往復利用するだけで大半が溶けるゴミのような金額設定だ。

 

 割に合わない。この一言に尽きる。

 普通ならばこんなゴミクエは誰も受けない。如何な納品クエストとは言え、フィールドには命の危険が溢れているのだ。

 メシのタネを得るための仕事である以上、実入りがなければ人は動かない。

 

 だが俺は違う。

 プレイヤーである俺ならば、一度や二度の死はなんでもない。

 

 それに俺は仁を重んじ義に生きるハンターだ。

 

 この依頼を受ける時、酒場の受付嬢から聞いた話だ。

 依頼者の少女はギルドにクエスト依頼をする際、涙ながらに母親に迫る危機と自らの不安を訴え、嬢に縋ったと。

 そんな彼女が握りしめていたのが、なけなしの小遣いであるこの134zなのだと。

 

 泣ける話じゃないか。

 こんな話を聞いちゃ黙っちゃいられない。

 このクエスト、何としてもクリアしてやろうじゃないか。

 

 俺は意気を高め、夕暮れに赤く染まる森へと向かって行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 夜の静謐な森を征く。

 聞こえてくるのは風に揺れる枝葉の葉擦れの音、コオロギのような虫の音、小川を流れる水の音。

 それらに足音を紛れさせつつ、自らは異常を聴き逃すまいと耳をそばだてる。

 

 俺の格好は森に入る前とはがらりと変わっている。

 

 肌や衣服には泥を塗り、匂いを消す。

 さらにツタに枝葉を絡ませたものを身にまとい、簡易的なギリースーツとして用立てていた。

 今や俺は森の一部。

 

 ……お金を掛けない方法ばかりを模索した底辺ハンターの回答である。

 今やサバイバル技術はプレイヤーの必須技術と化していた。YouTuberなんかは面白おかしい独自のサバイバルドクトリンをこぞって披露している。そんなゲームだ、これは。

 

 声帯模写でランポスの動きをコントロールしてやろうという企画は面白かった。声真似の完成度も高かったしな。

 ただ完成度が高い故か、最後は間違えて仲間呼びの鳴き声を真似してしまって集まってきたランポスたちに袋叩きにされてしまったのが残念だった。

 面白かったのでプレイヤー間ではしばらくモンスターの声真似が流行ったものだ。大体が下手過ぎて普通に殺されていたが。

 

 さて。そんなこんなしているうちに。

 

「ターゲット、発見」

 

 シダ植物に似た葉を持つ植物が顔を並べているのを見て、俺はニヤリと笑った。

 

 発売から三ヶ月。シルクォーレの森に通い詰めた俺は大体の土地勘を掴んでいる。

 どの辺りにどんな生き物がいて、どんな植物が生えているのか。専門家とまでは行かずとも、深い森で迷わないくらいにはこの森について知っているのだ。

 狩場を広げたランポスに襲われるなど、不測の事態が起きなければこの程度はわけもない。

 

 落陽草は日陰に自生する植物だ。

 月下美人のように夜にしか花を咲かせず、自生する場所が物陰であることが多い。地味な見た目も相俟って夜にしか現れない植物、なんて言われていた時期もあったそうな。

 名前の由来はきっとそこからだろう。

 

 用途としては、花には治癒効果、葉と茎には消臭効果があり、そして根は漢方薬などの材料になる。

 

 俺は根を傷付けないように周りの土を丁寧に掘り進め、落陽草をまるごとゲットする。

 依頼数である三つを掘り起こすと、それぞれ花、葉、茎、根に切り分けて、ビンに入れてポーチにしまう。

 あまり取り過ぎてもいけない。このゲームのオブジェクトはすぐにはリポップしないのだ。

 そしてそれら一つ一つの要素が、大きな生態系を形作っている。下手な乱獲などしてみろ。どんな影響が出るかわかったもんじゃない。

 

 ワールドシュミレーションゲーム。

 何とも凝った仕様である。

 こんな葉っぱのことまで気を回してるのかと思うと目の回るような気分になる。

 

 とはいえそんな運営の苦労など俺には関係ないので、俺は普通にゲームを楽しむことにする。今は健気な少女に希望を届けに行かなければ。

 

 俺は静かに踵を返し、メタペタットへの道のりを辿る。

 

 ひとまずの足掛かりとして森丘キャンプへと向かっていると、小川の水が流れる川辺に通りかかった。

 

 水場の近くというのは、生き物が集まりやすい。

 水は生命維持に不可欠なものであり、当然ではあるがそれは恐ろしいモンスターとて同じであるからだ。

 

 ベースキャンプまであと少し。

 俺は慎重に川辺の様子を伺った。

 

 途端、ほの明るい光が目に飛び込んでくる。

 

「うお」

 

 思わず声が漏れた。

 

 視界に浮かぶ小さな光の玉。

 一つや二つではない。

 

 鬱蒼とした木々の天井に開いた天窓の元。

 柔らかな月光に照らされて舞い踊る光の舞踏会。

 小さな光、大きな光。淡いもの、眩しいもの。まばらな光たちが宙を舞う。

 

 美しく、どこか郷愁を誘う。そんな光景が目の前に広がっていた。

 

 そうか。もうそんな時期か。

 はたと我に帰り、思い至る。

 

 ーー雷光虫の繁殖。

 雷光虫と一口に言っても様々な種があるが、目の前のモリボタルは繁殖期を迎えるとこうして川辺に一斉に集まり、伴侶を探す。

 現実のホタルに酷似した生態を持っているのだ。

 

 リリース開始当初、俺はこの光景を目にしている。

 

 このゲームはゲームバランスが完全に崩壊している。プレイヤーは数々の縛りに悪戦苦闘し、思うようにゲームを楽しめない。

 いや、というより、このゲーム自体が、プレイヤーを楽しませるつもりがない。

 

 強過ぎる敵、弱過ぎるアバター、煩雑な手段、報われない努力。ゲームとしてあまりも破綻しているこの世界に愛想を尽かしたプレイヤーは数知れない。

 一般で言うゲームの良し悪しで言うのなら、このゲームは最悪のクソゲーだろう。

 運営のおままごとだと嗤う人もいた。期待外れだと憤る人もいた。

 

 俺もそんな風に思っていた。

 

 だが、しかし。

 あの時、ランポスから命からがら逃げ延びた先で見たこの光景に。

 確かに俺は心を揺さぶられたのだ。

 

 この世界は厳しいだけの世界ではない。

 

 強過ぎる敵、立ち向かう必要などない。

 弱過ぎるアバター、だからどうした。

 煩雑な手段、出来ることは無限大だ。

 報われない努力、だが無駄ではないはずだ。

 

 必死に生きる。

 あの画面の向こうの世界で。

 その一員として。

 

 シリーズを愛するファンとして、これほどの神ゲーが他にあるだろうか。

 

 俺は、俺たちプレイヤーは。

 この世界で、心のままに“生きる”のだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に感傷に浸っていた俺は、背後から迫っていた大雷光虫の放電で気絶し、倒れ込んだ先の川で溺れて死んだ。

 

 やっぱクソゲー。




確実にクソゲー。



こんな感じで出来る限り1話でキリをつけた話にしたいと思います。
誤字脱字言葉や文法の誤用やら設定の不勉強誤解なんかがあったらやさし〜く注意してくださいませ。
感想なんかもどしどし送ってきてね☆


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Quest.2 ランポスの討伐

 無理だ。

 

 八つの視線に射抜かれた時、そう悟った。

 いや、最初から分かりきっていたことだった。勝てるわけがない。

 

 昨晩、アルコールで気が大きくなって「ランポスなんて余裕じゃねwww」と半ば勢いで討伐クエストを受けた俺は余りにも愚かだった。

 今朝、酔いが覚めて我に返るも「違約金もったいないし……」とクエストに出発した俺は余りにもケチだった。

 

 俺は踵を返し脱兎の如く逃走する。

 背後からランポスたちがガサガサと俺を追ってくる音が聞こえて、情けなくも悲鳴を上げた。

 ダメだ。逃げ切れない。

 ひ弱な俺のアバターと、俊敏な鳥竜の脚力では残酷なまでの差があった。

 

 俺に追い付いたランポスが背後から飛び掛かる。

 堪らず前のめりに押し倒された俺は、抵抗虚しくランポスの鉤爪の餌食となった。

 

 

[QUEST FAILED…]

 

《------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------余白--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------》




討伐クエストはキリがつくのが早くていいですね
唯一の欠点は早すぎて余白が生まれてしまうことです


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Quest.3 たのしいししょくかい

作者は思った。
果たして、これはモンスターハンターのタグをつけてする話なのかと。

作者は考えるのをやめた。
書いてしまったものは仕方がないのだ。



ところで、4Gのopでエロい格好の双剣の姉さんが齧ってるのが携帯食料ってマ?(書いてから知った顔


「やってられっかよ!」

 

 俺は木製のジョッキをダン!と乱暴に叩き付けた。

 あの後、ランポスたちに惨殺され心が折れた俺はクエストをリタイアした。そして帰還した後、集会所の酒場でこの遣る瀬無い思いを吐き出している。

 

「しゃーねーって。元気出せよタチオ」

「相手はあのランポスだぜ? 俺ら如きじゃどうにもならねえって」

 

 赤ら顔のろくでなしどもが口々に俺を慰めてくれる。

 だがその内容は卑屈なものだ。余計に悲しくなった俺たちは衝動のままにぐいっとジョッキを呷る。

 喉を流れ落ちて行く焼けるように熱い水。

 酒だ。酒だけが俺たちの心の傷を癒してくれる。

 俺たちは肩を並べ理不尽な世の中への不平不満を垂れながら浴びるように酒を呑んだ。

 

 とある日の昼下がり。

 書類を持った通りすがりの受付嬢が、極圏の如き冷え切った眼差しで俺たちを見ていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 プレイヤーの存在はこの世界にとって異物に他ならない。

 現地民とはかなりズレた価値観や考え方も、死んでも蘇るという特異な性質も。彼らにとって異質であり、受け入れ難い、という反発が生まれるのも当然ではあった。

 

 しかし人というのは慣れるもので。

 プレイヤーの参入から三ヶ月も経った今、俺たちの存在は彼らの中でもありふれたものになっていた。

 都市部から離れた田舎ではまだ認知度が低く、珍獣のような扱いを受けるが、何やら怪しい宗教組織が出て来て「ヤツラは神の敵じゃあ〜!」などと吊るし上げられるようなことはなかった。

 今やプレイヤーという存在は「そういう奴ら」として現地民たちに受け入れられており、相互関係はまあまあ良好である。

 

 俺は馴染みの現地民が営む露天を冷やかしながら、やや危ない足取りでドンドルマの雑踏を歩む。

 

「ピスタチオ。アンタちゃんと働いてるのかい?」

「ぼちぼちな〜。これからクエストに行くところだよ」

 

 嬢の冷たい視線に耐えかねた俺は、仕方なしにクエストを受けた。

 俺はハンターとして生きるのに邪魔だった現代人としての多くの常識、感覚を犠牲にしたが、それでもまだ世間体や人の視線を気にする程度の感覚は持ち合わせているのだ。

 

「あんまりアビゲイルを困らせるんじゃないよ。あの子は面倒見がいいからね。アンタみたいのでもほっとけないのさ」

 

 どうだかね。

 

 アビゲイルというのは集会所の受付嬢のことだ。俺たちに無言のプレッシャーを圧しかけてきたあの嬢である。

 

 生真面目な気質のあの娘は社会のあぶれものに対してのあたりが強い。

 面と向かって言われたことはないが、彼女の中で俺たちはゴミのような扱いなのだろう。

 今日も今日とて酒場から掃いて捨てられたわけだし。

 

 さて、肝心のクエスト内容であるが、今回は討伐でも納品でもない。

 目的地はドンドルマ市内にある。

 

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[大試食会!ハンター募集!]

 

[任務地]

ドンドルマ市内、HLカンパニー本社

 

[依頼内容]

新商品の試食会

 

[報酬金]

14000z

 

[依頼者]

HLカンパニー開発部長 : ハンター諸君、待望の《ハンターズレーション》シリーズの新フレーバーの登場だ。そこで正式発売に先駆け、試供品を用意した。誰よりも先に、新たな世界を見たくはないか? 未知の境地が、君たちを待っている。

 

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◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 携帯食料。

 シリーズファンにはお馴染みのスタミナ回復アイテムだ。

 スタミナの回復値は25とこんがり肉の半分となっているが、単純な下位互換というわけではなく、モーションの長短で住み分けはできている。

 こんがり肉の長いモーションを嫌って携帯食料を愛用していたハンターも少なくないだろう。

 短所である回復値の低さも、狩り中での逐次回復の際はデメリットに成り得ない。むしろこんがり肉の回復余剰分がもったいなく思えて使うのを渋ってしまうこともしばしばある。

 

 本作における見た目に関しては、カロリーメイトのようなブロック状の外見をしている。

 

 で、だ。

 

 本作において、携帯食料、及びその他食品アイテムは重要な意味を持つ。

 MHLOではスタミナゲージは存在しない。代わりに空腹度システムに置き換えられている。

 モンハン以外のゲーム、取り分けサバイバル系によくあるシステムなのだが、まあ話は難しくない。

 

 1.ゲーム内で時間が経過するとお腹が空く。

 2.それを放置すると、一定のラインを超えると身体面に深刻なデバフが掛かる。

 3.それでも放置すると餓死する。

 

 以上だ。

 

 俺みたいなフラフラしてるプレイヤーならばそこまで厳密に守らねばならないことはないが、一線級のプレイヤーにとっては死活問題だ。

 モンスターとやり合っている最中にデバフが掛かろうものなら目も当てられない。聞くところによれば、このデバフというのが致命的な隙を晒してしまうほどのものらしい。

 

 そのため、スタミナ管理は無視できない重要事であるのだが……問題は、それを何で満たすのか。

 

 こんがり肉、サシミウオなどなど。

 従来からある定番の食品アイテムから、新たに追加された料理システムにより、そのレパートリーは過去作には類を見ない程に豊富だ。

 

 しかしながら、料理システムの追加に際し“鮮度”などと言う余計な要素がくっついてきた。

 そのおかげで長期間に及ぶ狩りの時にはそれらの美味しい料理の大多数はゴミと化す。加工食品とは言え日持ちするものばかりではない。

 おまけにこのゲームには四次元ポケット的なインベントリは存在しないので、スペース的に嵩むものは好まれない傾向にあるのだ。

 

 一線級ハンターが狩りの供に選ぶ糧食には、大きく三つの要素が求められる。

 まず一つ。日持ちがすること。

 二つ。コンパクトで携行に適すること。即時摂取出来るなら尚良し。

 そして三つ目。値段が安いこと。

 

 結局最後には金か。

 そんな風に思うかもしれないが、食費というのは馬鹿にならない。空腹度を気にするならば日に二、三度は飯を食わねばならないし、活発に活動しエネルギーを消費するハンターならばその量は更に跳ね上がる。

 

 ハンターの懐事情を詳らかにしてみると、クエスト達成により依頼金を貰っても、食費、交通費、装備の修繕費、などなどの出費を鑑みれば収支はトントンと言ったところだ。

 過剰な儲けなど出るはずもない。

 

 しかしそれでも武器防具を新調したい。もっと欲しいものがある。そんな欲が生まれるのは人のサガだろう。

 それならば節約せねばならず、まず最初に何を削るか。交通費は必要経費として、自分の命脈を繋ぐ装備のメンテナンスも怠れない。

 そうなってくると、大多数のハンターが目を付けるのが食費なのだ。

 

 大分話が脱線したが、ここで最初の本筋に戻ってくる。

 

 そこで登場したのが携帯食料だ。

 

 そもそも、このゲームにおける携帯食料はギルドからの支給物資であった。ゲームの時と同じく、クエスト開始時にベースキャンプに応急薬などと共に支給される。

 ただそれ以外にも集会所内の雑貨屋でも販売しており、十個入りパックで200zと大変優しい料金設定である。

 

 だったのだが、発売からしばらくした頃。

 とあるプレイヤーの集団がギルドマスターに直訴した。

 曰く、携帯食料の品質に納得がいかない。自分たちならばもっと良いものが作れる、と。

 

 彼らがそう言うのにもわけがある。

 日持ち、大きさ、値段。

 三拍子揃った携帯食料だが、一つだけ大きな欠点があった。

 

 不味い。

 これに尽きる。

 

 世の中のものは上手いこと出来ていて、何かが秀でていると何かが萎む。長所と短所の釣り合いが取れるようになっているのだ。

 

 シリーズファンならば見たことがある人も多かろうが、携帯食料のフレーバーにはこんな風に書いてある。

 

 『数多の狩人が口を揃える程の不味さ』

 

 運営はこの文章を忠実に再現してくれやがった。

 

 まず前提としてである。

 この世界のハンター、プレイヤーではない彼らからすると、ハンターという職業は常に死と隣り合わせの最も過酷な職業だ。

 彼らの真似事をしている俺たちプレイヤーですら、それをするのに羞恥心やら何やらを捨て去らねばならないほどの厳しい業種。

 

 自然、彼らの精神力、忍耐力は常人とは比べ物にならないほどに鍛えられる。

 

 そんな彼らをして。

 口を揃えて「不味い」と言わしめる携帯食料がどれほどのものか。

 

 地獄だった。

 

 サービス開始当初、ギルドでの登録を終え、ウキウキでクエストを受けた新米ハンターたちは何気無しに支給品ボックスを漁り、中に入っていた携帯食料を口に含んだ。

 

 地獄だった。

 

 口に含んだブロック状の物体。

 ゴリッと歯が砕けるんじゃないかという硬さのそれを砕く。中から溢れ出た味の暴力はあまりにも殺人的だった。

 濁流の如く溢れ出したそれは、現代日本の美食の味に慣れ切ったプレイヤーたちの舌を蹂躙し尽くした。

 よーしやるぞと気合いを入れ、ベースキャンプで気絶してぶっ倒れるプレイヤーが相次いだ。

 当時のプレイヤーは言う。「まるでネルギガンテが口の中でタップダンスを踊っているかのようだった」と。

 

 敢えてここでは味についての詳細な描写は避けるが、余りにも壮絶な味にとあるプレイヤーは絶叫を上げてのたうち回り、終いには自らハンターナイフで喉を突いて自害した、なんて嘘か誠か分からない話があるくらいだ。

 

 ……地獄だった。

 

 現地民ハンターは言う。

 噛まずに水で飲み込めと。

 

 ダメだった。

 プレイヤーのアバターは身体面だけでなく消化器官までもが貧弱だった。

 

 聞いた話だ。

 とあるプレイヤーがクエストに行き、携帯食料を水で流し込んだ。しかしあまり空腹を満たした実感がない。まあこんなものかとクエストをこなし、帰還した。

 そのプレイヤーはしみじみと語った。その翌日、朝の便に薄汚れたカロリーメイトもどきがそのままの形で混じっていたのだと。

 硬すぎるブロックに肛門を切り裂かれた彼は、今も治らない切れ痔に悩んでいる。

 

 一度でも携帯食料を食べたことのあるプレイヤーたちは叫んだ。

 

 嫌だ。もうこんなものは食べたくない。

 多少高くて場所を取っても、美味しい料理が食べたい。賞味期限がなんだ。

 

 だが現実は非情だ。金は増えず、料理は邪魔で、しばらく経つと異臭を放った。

 その点、携帯食料は余りにも有能だった。

 健全にゲームを楽しみたいプレイヤーたちは、泣く泣く携帯食料に手を伸ばさざるを得なかったのだ。

 

 だからこそ、そんな現状を打破せんと立ち上がった連中に、プレイヤーは希望を見た。

 

 ギルドの経理係も、初期出費を自分で持つのなら……と許可を出した。

 数多のプレイヤーたちが彼らを応援し、また、金や物資の援助も惜しまなかった。

 そうして彼らは万全の体制で改良型携帯食料の開発に取り掛かったのだ。

 

 そして彼らは方向性を見誤った。

 

 いや、見誤ったのはプレイヤーたちだったのだろう。自分以外の誰かに勝手な理想を見た。その怠慢のツケが回ったのだ。

 

 彼らは新たな携帯食料を開発した。

 その出来栄えはギルド職員を驚かせ、現地民ハンターをも唸らせるほどのものだった。

 

 彼らが作り上げた試作品の名は、「ハイレーション」。読んで字の如く、携帯食料のアップグレード版。

 

 向上したのは、スタミナの回復値だった。

 

 彼らは廃人だった。

 

 攻略組。

 凡ゆるゲームの最前線に立つ彼らが求めたのは純粋な効能や効率だった。

 

 違う、そうじゃない。

 声高に叫ぶミドルユーザーたちの声を黙殺し、ギルドの信用を得た彼らは次々に新たな携帯食料を開発した。

 

 ホットドリンクの効果を付加した「レッドレーション」。

 鬼人薬の効果を付加した「マッシヴレーション」。

 などなど、彼らが作り出すものはどれもこれもが優秀な効果を秘めていた。

 しかし味はそれに反比例するように下限を突き破って奈落の底へと驀進した。

 

 ミドルユーザーたちが阿鼻叫喚に陥る中、ギルドと現地民ハンターの信頼を得て、着々と地盤を固めた彼らは、ついに自らの会社を立ち上げるまでに至った。

 

 その名も、『HL(ハンターズレーション)カンパニー』。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「よくぞ来てくれた」

 

 眼鏡をかけた白衣のプレイヤーが俺を鷹揚に出迎える。

 

 俺は全身から酔いが引いていくのを感じた。ふわふわした気分が急激に冴え、足元の硬い地面の感覚が襲ってくる。

 

 何だ。俺は何をしている。

 

 ぼんやりとしていた思考が覚醒し、目の前の光景が正しく脳内で処理され始める。

 大きな建物があった。

 中世ヨーロッパ風味あるドンドルマの街並みにそぐう石造りの建築物。

 

 日本人からすれば大変風情ある建物であるのだが、両開きにされている門の上にぶら下がっているやたらファンシーな看板がそういう雰囲気をぶち壊しにしていた。

 

 そこには現地語に加え、俺たちプレイヤーにも分かるように英語の文字が羅列されていた。

 【Hunter's Ration Co.】。

 ドギツイピンク色に金色の洒落た書体で書かれたその横には、某10円スナックのそれに似たデザインのキャラクターが並んでいる。

 致命的なミスマッチ。素人仕事が丸出しな趣味の悪い看板の端には、小さく「ギルド公認」の文字が。世も末だ。

 

 俺の手足が震え出した。

 過去に植えつけられた強烈なトラウマがこの場に居てはならないと強く訴えかけてくる。

 

 ふと横を見ると、俺と同じようにクエストを受けたのであろうプレイヤーが三、四人やって来ていた。

 彼らもまた顔面を蒼白にし、ガタガタと身体を震わせている。

 ちらりと視線が合う。

 彼らは怯えながらも、ある種の決意をその目に宿していた。

 

 そうか、お前らもか。

 男には、障害があると知っていても、やらねばならない時がある。

 それは例えば、コンビニでエロ本をレジに持っていく時であり、レンタル屋でAVを借りる時であり、怪しいエロサイトをクリックする時である。

 

 今回も、きっとそんな試練の時なのだ。

 

 俺と知らないプレイヤーたちに、奇妙な連帯感のようなものが生まれた。

 俺たちは生まれた日は違えども、死ぬ時は同じ日同じ時であることを願う。俺たちはもはや他人ではない。艱難辛苦の道を共に歩む仲間……否、義兄弟であった。

 

「さあ、会場はこちらだ。ついて来たまえ」

 

 全ては報酬14000zのために。

 俺たちは怪しいマッドに導かれるままに、狂気渦巻く伏魔殿へと足を踏み入れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ーーつまりですね、本能に基づく三大欲求に従う時こそが遍く生物が晒す最大の隙なのです。食事も然り。だからこそ、極限環境における栄養摂取は効率良く最短で行うのがベストなのです」

 

 先行くマッドが何か言っている。

 何やら自らの理念やら携帯食料の有用性について語っているようだが、極度の緊張状態にある俺たちの耳にはまるで届いていなかった。

 

 こいつらは定期的に新作を作り出しては、試食会と銘打ったクエストをギルドに出す。

 一体何のために。前に聞いたら自己満足のためだと言っていた。自分たちが作り上げた成果をひけらかしたいのだと。それを食べた顧客の反応を生で見たいのだと。

 

 そんなことのために一人につき14000zもの大金を払って公募するなんて狂っている。

 だがそれを嘲笑って吐き捨てるには14000zは高過ぎた。

 どんな理由があれ、大金は大金だ。俺たち貧乏人は札束の誘惑には敵わなかった。

 

 胃がキリキリと痛む。ストレスで禿げそうだ。

 だが逃げるわけにはいかない。報酬14000zのために。

 

 俺たちはカネのことだけを考えるようにした。

 これが終わったらどうする。俺は酒を飲む。集会所のあいつらと、浴びるように飲んでやる。

 お前たちもどうだ。

 

 すぐ脇を歩く知らないプレイヤーにそう目で問いかける。

 俺たちは極限環境に連帯感が高まり過ぎてアイコンタクトでの会話まで出来るようになっていた。

 

 いいな、是非参加させてくれ。

 

 俺も。一番高いやつ頼んでやるんだ。

 

 知らないプレイヤーたちが口々に応えてくる。意思を伴った視線が乱れ飛んでいた。

 

 いや……俺は貯金するよ。

 

 一人のプレイヤーはそう応えた。

 この流れで? 驚く俺たちにそのプレイヤーは取り繕うように視線を泳がせた。

 

 相方のハンターに武器をプレゼントしたいんだ。あいつ、今度誕生日だからさ。

 

 なるほど、良い奴じゃないか。

 俺たちは友だち思いの知らないプレイヤーの肩を叩く。

 知らないプレイヤーは照れ臭げに笑った。

 

 カツカツ、と軽快に鳴っていたマッドの足音が止まる。

 立ち止まったマッドが振り返る。その先には大きな扉があった。

 

「試食会はこのホールで行われる。諸君、期待したまえ。今回の作品は我々の最高傑作と言える」

 

 ゴクリと唾を飲み込んだ。

 喜悦の表情を滲ませるマッドの向こうで、ゴゴン!と地獄の門が音を立てて開いていく。

 

 ……やってやるさ。

 

 俺たちは覚悟を決めた。

 拳を握り締め、決然と前を見据える。

 

 金と酒、そして友情のために。

 

 俺たちの旅はこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ……………………

 

 …………………………

 

 ………………………………

 

 ……………………………………

 

 …………………………………………ハッ!?

 

 俺は飛び起きた。

 荒い息を吐きながら辺りを見渡す。見慣れたボロい長屋の一室だった。

 

 何だ? あれからどうなった?

 分からない。記憶があやふやで、何一つとして判然としてこない。

 

 まさか全ては夢だったのか?

 いいや、そんなはずはない。俺の手には重い革袋が固く握られていた。中を検めれば、じゃらりと金色の硬貨が音を立てた。

 ふひひっと思わず笑みが漏れる。

 

 しばらく手のひらで金貨をチャラチャラと弄んでいた俺は、ハッと顔を上げた。

 

 ーーお前たちもどうだ。

 

 ーーいいな、是非参加させてくれ。

 

 ーー俺も。一番高いやつ頼んでやるんだ。

 

 ーーいや……俺は貯金するよ。

 

 過去の回想がフラッシュバックする。大して興味もなかったので顔まではもう思い出せないが、交わした約束を俺は思い出した。

 

 あいつらは! あの知らないプレイヤーたちはどうなった!?

 

 俺は乱暴に靴に足を突っ込むと、慌てて居室を飛び出した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 昼下がりのドンドルマ市内をひた走る。

 何故か住人やプレイヤーたちが驚いて道を開けてくれた。何だかよくわからんが有難い。

 やたらと頭部に風の冷たさを感じつつも、俺はギルドへ、約束の地へ急いだ。

 

 ギルドに飛び込み、一直線に酒場に向かう。

 あいつらは!?

 酒場の様子を見るが、知らないプレイヤーたちの姿はない。

 俺はたまたま通りかかったアビゲイルの肩をガッと掴んだ。

 

 アビィ! あいつらは! あいつらはどこにいるんだ!?

 

「えっ。ちょ、なん……きゃあああああ!?」

 

 突然肩を掴まれ驚いたアビゲイルだったが、俺の顔を見るなり表情を引きつらせて悲鳴を上げた。

 何だ急に!?

 

 アビゲイルの悲鳴を聞きつけ、今日も今日とて昼酒をかっ喰らっていたらしいろくでなしどもが何だ何だとやってくる。

 ろくでなしどもは俺を見るなりギョッとする。

 

「お!? 何だお前!?」

「何でこんなとこにナ○ック星人がいるんだよ!?」

 

 は? 何言ってんだこいつら。

 そんなことよりお前らも知らねえか? なんか、こう……名前知らないから何とも伝え難いな……。

 

「その話し方……お前、ひょっとしてタチオか?」

 

 当たり前だろ。他の誰に見えるってんだ。

 おかしなことを言い出すろくでなしに俺はややイラついた。

 なんかさっきから妙だ。話が噛み合わない。

 

 そんな時、アビゲイルがおずおずと俺に声をかけてきた。

 

「あ、あの……ピスタチオさん……なんですよね?」

 

 そーだよ。なんなんだ一体。

 

「ご覧になって下さい……」

 

 そう言ってアビゲイルが差し出してきたのは、小さな手鏡だった。

 安物なのか作りは粗く、ぼんやりとしてはいるが鏡としての役割は最低限果たせる代物だ。

 

 わけのわからないままに手鏡を覗いてみると、そこにはナメ○ク星人がいた。

 顔面の肌が緑色に染まっていた。頭髪の抜け落ちた頭のこめかみからは触覚のようなものがぴょこんと二本伸びている。

 

 ○メック星人だった。

 

「あの、もしかして……」

 

 驚愕のあまり硬直している俺に、躊躇いがちに声が掛けられた。

 

 振り返ると、そこには見覚えのある顔立ちをした、三人のナメッ○星人が立っていた。




※この作品は《モンスターハンター》の二次創作小説です。


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Quest.4 みさらせクズのハットトリック

飽きていなかったと言えば嘘になる。
だがそんな時のための一話完結方式なのさ。





 ナメッ○星人騒動から数日。

 俺とろくでなしどもは今日も今日とて酒場にやって来ていた。

 俺は給仕の少女に達人ビールとクック豆の塩茹でを三つ注文し、どかりと席に座る。馴染みのあるその少女……確かカーラだったか、は微妙に何か言いたそうな顔をしたが、結局特に何を言うでもなく去って行った。

 

 席に着いた俺たちは駄弁り始める。

 話題はやはりというか、先日の件のことであった。

 全く、酷い目に遭った。

 

「ははは、俺らも度肝を抜かれたぜ」

「笑いごっちゃねぇよ。こちとらあのまま過ごさなきゃならねぇのかとヒヤヒヤだったんだからな」

 

 かく言う俺の姿は元に戻っている。

 一時はパニックに陥りかけたものの、落ち着いてナイフで喉を突い(死に戻りし)たら元に戻れた。

 もう禿げてはいないし、肌も緑でなければ触角も生えていない。

 

 尚、冷静に自殺を実行した俺にアビゲイルはドン引いていた。

 思えばアビィには悪いことをした。普通に考えて、知り合いが目の前で血を吹き出して自殺するなどトラウマものである。

 冷静になったつもりだったが、やはり焦っていたのか、思慮が足りなかった。後で会ったら謝っておこう。

 

 お前らにも世話をかけたな。人一人の処理は面倒だったろう。

 

「気にすんなよ。街の外に埋めて来るだけの簡単な作業だ」

「おうよ。死体処理なんてバイトで散々やったことだしな。慣れたもんよ」

 

 お前ら……。

 俺は温かい気持ちになった。やはり持つべきものは友だ。会話の内容はこの上なく血生臭いが、そんなことはもはや瑣末なことであった。

 

 そんな時、給仕のカーラがやって来た。

 何故か酒ではなく険しい顔をしたアビゲイルを伴って。

 

 にゃろう、アビィにチクりやがったな。

 普段なら委員長気質の小娘の小言に怯えて縮こまるところだが、今日の俺は一味違う。

 

 おうおう、酒はどうした。酒は。こちとらお客様だぞ。

 俺は先ほどまで考えていた殊勝な考えを忘れ、横柄な態度で硬貨の入った財布をジャラジャラと見せびらかすように振って見せる。

 例の件の報酬金だ。大金を手にした俺は強気だった。

 さあ、酒を持って来い。

 

 しかし小娘は強気な俺にまるで怯まず、更には俺の手から財布を強奪した。

 ああっ、かえしてぼくのおさいふー!

 アビゲイルは岩を落としたクルルヤックの如く弱気になった俺を冷たい目で一瞥し、あろうことか財布の中を勝手に検め始めたではないか。なんて女だ。

 

「……しめて21500z。途中で散財しなかったのは偉いですね」

 

 ですが、とアビゲイルは言葉を区切る。

 

「まだまだ完済には足りません。貴方の生活費などを鑑みて……はい、これぐらいは徴収させていただきます」

 

 そう言って俺の財布を丁寧に返してくるアビゲイル。

 しかし戻って来た財布は痩せ衰え、哀れなほどに軽くなっていた。バッと中身を確認した俺は怒り心頭でアビゲイルに食って掛かる。

 

 やいアビィ。アビゲイルさんよ。

 これはちょっと横暴なんじゃないのか。ギルドガールはいつから業者の取り立て人に成り下がったんだ?

 

「これは正当な権利です。先に不履行を働いたのは貴方ですよピスタチオさん」

 

 何だと?

 キッパリとした物言いに鼻白む俺に、アビゲイルは畳み掛けるように言う。

 

「何だも何もありません! 貴方、この酒場でどれだけツケていると思っているのですか!」

 

 ヴッ!

 痛いところを突かれた俺は弱々しく反論する。

 で、でもよぅ。それはこないだお前から頼まれた落陽草のクエストでチャラなんじゃねぇのかよ。

 しかし俺の言い分は小娘の怒りを買った。

 

「そんなわけないでしょう! あの程度の働きで帳消しに出来たと本当に思っているのですか!」

 

 思わない。

 思わないが、それを正直に認めると何かに負けてしまう気がして、俺は目を逸らして下唇を突き出し仏頂面を作った。

 

「だんまりですか。別にいいでしょう。ただし、今回ばかりは私も容赦するつもりはありません」

 

 俺は高を括った。小娘に何が出来る。

 しかし、内心でせせら笑う俺にアビゲイルが齎したのは死刑宣告にも等しいものであった。

 

「ピスタチオさん、及びカシューさん、インゲンさんからハンターライセンスを剥奪します」

 

 は、はあっ!?

 俺は思わずガタッと椅子を蹴倒して立ち上がる。

 今まで我関せずとばかりに影を薄めていたろくでなしどもも、突然話に巻き込まれたことに驚き目を剥いた。

 

「ア、アビィちゃん! なんで俺らまで!」

「そういうのはタチオだけで充分だろ!」

 

 ろくでなしどもは慌てて口を揃える。その言葉には本音が漏れ出していた。

 お前ら……!

 俺は憎しみを覚えた。やはりこいつらは信用ならない。やはりろくでなしはろくでなしなのだ。俺はそう認識を改めた。

 

 慌てふためく俺たちを冷めた眼差しで見やるアビゲイル。

 

「ギルドは貴方たちのような人間を必要としていません。ランクが低くてもやる気があるのならまだしも、貴方たちは碌にクエストにも行かず昼酒を飲むばかり。しかも代金すらまともに払わない始末」

 

 一呼吸置いて、アビゲイルは言った。

 

「貴方たちはハンターの……いえ、人間のクズです!」

 

 何おう!

 俺たちはいきり立った。正直アビゲイルの言い分にはぐうの音も出なかったが、こんな小娘に言われっぱなしなのはオトナの矜持が許さない。

 

 いいぜ、やってやんよ。見せてやろうじゃねぇか、俺たちの“本気”ってヤツを。

 

「おおよ! リオレウスでも何でも掛かって来やがれってんだ!」

「後で吠え面かいても知らねぇぞ、アビィちゃんよぉ!」

 

 俺たちはイキり散らした。

 頭に血が上ってアルコールも入っていないのに調子の良いことをべらべら言う俺たちに、アビゲイルは頭痛を堪えるように眉間を揉む。

 ため息をついた彼女は、

 

「良いでしょう。貴方たちにチャンスを与えます」

 

 そう言って懐からいくつかの書類を取り出した。

 

「昨今のギルドは各地での異変の対応によりハンターの手が足りません。貴方たちもハンターを名乗る気があるのなら、きちんとギルドに貢献して下さい」

 

 やれと言うことか。俺たちは机に並べられた依頼書に目を通す。

 アプトノスの討伐、ランゴスタの討伐、薬草の納品、etc……。

 討伐、納品、クエストの種類は様々だが、そのどれもが新米ハンターが受けるような易い難度のものばかりだった。俺は依頼書から視線を離し、挑発するようにアビゲイルを見やる。

 

 おいおいアビィ、クエスト難度が低過ぎやしないか? こんなんでいいのかよ?

 ろくでなしどもも調子付いてやんややんやとアビゲイルを煽り立てる。

 対するアビゲイルは落ち着き払っていた。

 

「僭越ながら、貴方たちの実力を鑑みクエストを選別致しました」

 

 正直助かった。

 勢いに乗って収まりがつかなくなっていた俺たちはアビゲイルの心遣いに心底感謝した。

 だが俺たちは素直ではないので、ハッと鼻を鳴らすと、依頼書の一枚をバシッと乱暴に手に取る。

 いいだろう。こんなクエスト、一瞬でクリアして来てやるぜ。

 

==============================

 

[アプトノスの討伐]

 

[任務地]

ドンドルマ近郊 アルベ農園

 

[依頼内容]

アプトノス10頭の討伐

 

[報酬金]

5304z

 

[依頼者]

農園の管理者 : 最近、増え過ぎたアプトノスが畑にやって来て作物を食い荒らすんだ。これじゃあ商売上がったりだよ。ハンターさん、あいつらを追い払ってくれ。

 

==============================

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 “ゾンビアタック”。

 それは俺たちプレイヤーの持ち得る最強の手札。

 

 単純な話だ。

 このゲームは世界観の追求というコンセプト故か、従来のゲーム“らしさ”の存在が希薄だ。仕様と言い変えてもいい。

 

 具体的な例を挙げれば、フィールドに跋扈する大型モンスターは俺たちプレイヤーを鎧袖一触にするほど強大だが、俺たちと同じようなステータスが存在する。

 体力ゲージがあり、スタミナがあり、空腹度がある。

 

 それまでならば従来通りだが、本作に於いては戦闘で疲弊したそれが即時回復“しない”。

 今まではクエスト失敗して再度クエストを受注しフィールドに赴けば、同じクエストでもそこに居るのはリフレッシュした別個体であった。

 しかし本作ではクエストターゲットは完全な同一個体であり、疲労やダメージなども引き継がれる。

 場合によっては、クエスト失敗後に疲弊した討伐対象が別のモンスターにより倒される、なんて事態もあり得るわけだ。

 

 話を本筋へ戻す。

 どんなに強大なモンスターでも体力には限界があり、命にも際限がある。

 であるならば、死ぬまで追い詰めればいい。

 

 人間とは、集団による物量戦を得意とし、一度受けた傷を決して忘れず、膨大な時間と労力を賭してでもその傷を齎した相手を種ごと絶滅に追いやる悪魔のような種族である。

 

 おまけに俺たちプレイヤーは死んでも蘇る、だから死に対する恐怖が薄い。戦力が衰えない上に死兵の如く死地に赴くのに躊躇いがない。

 プレイヤーは人類の最強最悪の矛と言えた。

 

 普通のゲームにおいてはそれを抑制するために、死んだプレイヤーには重いデスペナルティが課せられる。

 このゲームにも当然リスポーン直後はステ低下や倦怠感などのデバフが付く。

 

 だが、それは割り切ってしまえば無視できてしまう程度のものだった。

 リリース初期の頃、示し合わせたプレイヤー軍団による大規模なゾンビアタックが行われたことがあった。

 デバフにより動きの緩慢なプレイヤーの大群が波のように押し寄せる様は正しくゾンビ映画のようであった。

 その効力たるや凄まじく、ほとんど装備も何もないような烏合の衆であったにも関わらず、当時プレイヤーには討伐不可能とまで言われていたティガレックスを圧し潰したのだ。

 

 俺たちならやれる。

 目標地域への道程を考えればセーブポイント付近限定にはなるが、その範囲内であればプレイヤーはイビルジョーですら確殺できると確信していた。

 

 しかし稀なる大戦果を挙げたゾンビアタックだが、現在は禁じ手とされ深く戒められている。

 

 運営による調整が入ったわけではない。

 プレイヤー間の問題があったわけでもない。

 

 いやあった。

 少ない報酬を巡って血みどろの争いがあった。

 だがそれは要因としてはあれど、決定的な理由ではない。

 

 何よりも致命的だったのは、事後処理だった。

 プレイヤーたちはティガレックスを討伐(圧殺)したが、それまでに犠牲になった数多の亡骸はどうなったか。

 

 そのまま残っていたのである。

 

 先に語ったことがあったと思う。

 このゲームはオンライン仕様のシミュゲーであり、遍くオブジェクトはご都合的にリポップすることはない。

 

 それと同じように、死した骸もフェードアウトするように消失することがないのだ。

 プレイヤーのアバターもまた然り。

 

 するとどうなるか。

 文字通りの屍山血河が築かれた。

 

 それは世紀末もかくやという光景だった。

 肉食モンスターやファンタジー世界の強力なバクテリアでも処理し切れない肉の山はやがて腐乱し、辺りの植物を毒した。

 

 周辺環境に与える影響もさることながら、そのあまりにも忌まわしい有様からギルドはプレイヤーによるゾンビアタックを禁止し、違反者には厳しい罰則を課した。

 それは腕の切断であったり、現代では許されないような類の苛烈な刑罰であった。

 

 しかし一部のプレイヤーはそんなの関係ねぇと小規模なゾンビアタックをし続けた。

 痛覚を切っていれば苦痛は無いし、部位を失っても死ねば元どおりに蘇るのである。開き直ってしまえばゲーム世界のプレイヤーは無敵だった。

 

 しかしギルドが違反者にH(ハンターズ)L(レーション)社の特別協力者に指定すると発表してからは、ぱたりと違反者は消えた。痛覚は切れても味覚はオプション変更利かないからな。そういうことである。

 時たま禁を冒すアホもいるが、ギルドナイト(ポリ公)に捕まってHL社送りにされてからは二度と目にすることもなくなる。

 

 HL社(あそこ)一回監査とか入れた方がいいんじゃねえかな……。

 

 広報社員は健全潔白身体に優しいオーガニックを唄っているが、身体に優しいものを口にして気絶したりナメック☆星人になるのはおかしいと思う。少なくとも頭皮には優しくない。

 オーガニックと言うよりは鬼畜である。オーガだけに。

 

 話が逸れた。

 ゾンビアタック事件の後にはプレイヤーのハンターがクエストを受けるのに当たって現地民には無い特別な制約が制定された。

 それは『クエストに於いて、巫女の遣い(プレイヤー)が三度命を落とした場合、クエスト失敗と見なす。この限度はパーティ全体での共通である』というもの。

 

 ギルドの代表者とプレイヤー側の代表者が話し合って決めたらしいが……まあ、つまるところはいつも通りの“三乙”システムである。

 

 慣れ親しんだそれに実家のような安心感を覚えたプレイヤーも少なくなかったはずだ。

 このゲーム、世界観が同じなだけでゲーム性は完全に別物だからな。慣れ親しんだはずの場所で不意に見慣れぬ小道に迷い込んでしまったような不安感があったりしたのだ。

 

 VRなんていう新技術を使ってるからってのもあるかもだが。まだ俺たちはこの仮想世界ってやつに慣れていないのだ。

 

 ともあれクエストに於ける失敗条件は過去と同じ。ああでも時間制限は無いようなものか。

 

 三度死ねる。

 それは俺たちプレイヤーだけが持てる強力なアドバンテージだ。

 現地民ハンターは一度やられてしまえばそれっきりだからな。

 

 おまけに死んでも記憶を引き継いだまま蘇れるってんだから、トッププレイヤーが場慣れしていくのにもそう時間は掛からなかった。

 彼らは今既に現地民の上級ハンターたちと肩を並べ、リオレウスやディアブロスといった強力なモンスターたちと凌ぎを削っている。

 ミドルプレイヤーたちもそれに憧れ、自分もいつか彼らに並ぶよう切磋琢磨しているのだ。

 

 で。

 俺たちと言えば。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ああああああああ無理無理無理ぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

 抜けるような晴天に、情け無い悲鳴が響き渡る。

 焦燥に塗れた必死な声は、俺の内心の焦りをも煽った。

 

 うるせえカシュー! 黙って走れ!!!

 

 俺は横合いを走るカシューを怒鳴りつける。

 そう叫びながらも、背中には怒りに満ちた視線と死の気配をひしひしと感じていた。

 

 ドドドドドドドドドドドド……!!!!!

 

 気の狂った太鼓のような衝撃が連続して大地を揺らす。

 俺は恐怖に耐えられず後ろを振り返った。

 

 ああ、見なきゃよかった。

 背後に迫る灰色の波濤を見て後悔する。だが、見えない圧力というものは俺のひ弱な精神には耐え難い苦痛だったのだ。死の濁流は、すぐ後ろにまで迫っているかもしれないのだから。

 

 アプトノスである。

 

 正確にはブチ切れたアプトノスの群れである。

 

 クエスト対象が現れる農園へとやってきた俺たちは、早速アプトノスの群れを見つけた。

 正確な総数は不明。

 だが、ザッと見た目算でも二十は下らない大所帯である。確かにこんな数に漁られては農場主は堪らないだろう、そう思わせる光景だった。

 

 アプトノスと言えば“歩く生肉”とまで言われ、印象としてはそれこそ歩く生肉くらいの雑魚中の雑魚だ。よくチュートリアルで駆け出しハンターにザクザク斬られている。

 

 しかし落ち着いて考えてみて欲しい。

 平均的なアプトノスの全長は約五メートルほど。体高は二.五メートルはある。

 この時点で現実の牛よりでかい。

 その上尻尾にはやたらデカいトゲが生えていて、外敵にはそれをブンブン振って威嚇してくる。非常に危ない。当たれば怪我では済まないだろう。

 

 普通に怖くないか。

 

 俺たちはチキった。

 クエストノルマとしては十頭の討伐だ。それくらい殺せば臆病なアプトノスは怯えて逃げ出す。

 ただ、正直いきなりデカいのをやるのは腰が引けた。

 なので、まずは小さいやつからやっていこうと決めたのだ。

 

 思えばそれが誤りだったのだろう。

 俺たちは忘れていた。アプトノスは臆病だが、仔の危機には普段は見せない攻撃性を露わにするということを。

 

 よって集って仔アプトノスをリンチしていた俺たちに、怒り心頭な親アプトノスたちが束になって襲いかかってきたのだ。

 

 その光景に度肝を抜かれた俺たちは慌てて逃げ出した。

 アプトノスの足はそこまで速くない。簡単に逃げ切れると思っていた。

 だが悲しいかな、俺たちの足もそこまで速くなかった。

 

 逃げる俺たちと追うアプトノス。

 青空の下のしょーもない逃走劇は、付かず離れずの膠着状態となっていた。

 

 側から見ればカートゥーンアニメのような滑稽な光景だったことだろう。しかし考えても見て欲しい。速度の乗ったアプトノスは純粋な脅威だ。

 数トンはある体躯は質量兵器だ。頭突きをされれば車に轢かれたみたいにぶっ飛ぶだろうし、踏みつけられればひとたまりもない。

 

 そのことはこの場にいないインゲンが証明している。

 

 走っている途中ですっ転んだインゲンは、激走するアプトノスに揉まれて直接的な描写を避けたくなるような酷い感じになって死んだ。

 例えゲームとは言え、実際に死なないとは言え、あんな死に方はしたくない。俺とカシューは強くそう思った。

 

 走る、走る、走る。

 耕された農地は非常に動き辛い。だが止まれば轢き潰される。

 俺たちは泥まみれになりながら、直走った。

 

「おいタチオ! 麻痺矢もっと撃てよ!」

 

 もうねぇよ!

 俺は悲鳴のような声を上げた。

 

 俺が持参したなけなしの麻痺ビンはストック含めて既にすっからかんだ。そもそも使うつもりなんてなかったのに。

 

 おまけに振り向き様に撃ちまくったそれも、入れ替わり立ち替わるアプトノスの群れには効果が薄かった。

 どいつを狙っていてどいつに当たったのか分からないもんだから、麻痺値の蓄積が上手くいかないのだ。

 全員同じ顔してるんだもんなぁ。もっと個性出していけよ。

 

 というかカシュー! 俺にばっかりやらせてないでお前もなんかしろ。盾になれ。頑張ってアイツら受け止めろよ。

 

「無茶言うな! 片手剣の盾でアレ止められるわけねえだろ!」

 

 ランスでも無理だと思う。

 まあ、でも速い話がやって見ろ。

 

 俺はカシューの足下に矢を射た。

 放たれた矢は狙い違わずカシューの足下に突き刺さり、奴の足を止めた。ナイスエイム。

 

「てめぇタチオォー!!」

 

 ははははは頑張れカシューくん。俺が逃げ切るための時間を稼げ。

 

 「覚えてろよォー!」というカシューの絶叫を背に、俺は弓を畳んでダッシュする。

 ちらりと振り返れば、健気にもちっこい盾を構えたカシューが肉の波に呑み込まれるところだった。

 

 わぉ。R-18G。

 

 しかしカシューくんの献身も虚しく、アプトノスの爆走は遅まる気配もなかった。

 マジかよこりゃちっとマズいかもな。

 まさか一瞬の時すら稼げないとは。あわよくばカシューで躓いて転んでくれないかなぁと期待していたのだが、誤算だった。

 

 だが希望がないわけではない。

 アプトノスはその重量故にあまり長距離を走れない。無理をしすぎると疲労した足の骨が折れてしまうのだ。

 一体でもそうなれば、団子になっている奴らは一斉にすっ転ぶことだろう。

 

 何とかそこまで持っていければ……おうっ。

 

 俺は何が起きたかすぐに分からなかった。

 急に視界がぐるりと回ったかと思えば、べしゃりと不快な感覚が全身を叩く。

 

 あっ。

 

 どうやら知らないうちに農園を一周していたらしい。振り返ったすぐ後ろに、酷い感じになっているインゲンの死体が転がっていた。

 どうやら俺はこれに躓いたらしい。

 

 地面が揺れる。アプトノスの群勢はもはや目と鼻の先だった。

 

 

 

 あっ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[QUEST FAILED…]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「……」

 

 ……。

 

「…………」

 

  …………。

 

「……はあ」

 

 ……(ビクッ!)×3

 

「まさか、アプトノスを相手に全滅するハンターがいるとは……」

 

 ……。

 

「しかも、守るべき依頼者の農園をアプトノスを引き連れて駆け回り、無事だった作物を踏み荒らし農具を壊す始末」

 

 ……(ガタガタ)×3

 

「まさか達成するだろうと思っていたクエストの依頼者からのクレームで、クエスト失敗を知らされた時の私の気持ちが分かりますか?」

 

 ……(フルフル)×3

 

「……」

 

 ……。

 

「……少しだけ。少しだけですけど、貴方たちにも期待していたんですよ? 普段はダメダメだけど、イザとなったらやってくれるんじゃないかって」

 

 ……(目逸らし)×3

 

「……残念です」

 

「アビィ! そこを何とか!」

「頼むよアビィちゃぁん!」

「次こそはちゃんと達成するからさあ!」

「ええい、ダメなものはダメです! 引っ付かないで下さい!」

 

 アビゲイルは縋り付く俺たちを振り払うと、ツカツカと去っていく。

 残された俺たちは宙に手を伸ばしながら、ただその背中を見送るしかなかった。

 

 ーーこうして俺たちは、職を失った。




「ピスタチオたちは ハンターライセンスを 失ってしまった!▼」


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