M4A1MOD3になった誰かの話 (消月)
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ここはどこ?

頭を空っぽにして読んでいただけたらと思います。


 背中に固い感触を感じて、寝返りをうとうと体を横にする。身体中が角ばった何かに当たる様な違和感を覚えた。

 眠気まなこを手で擦ると、布地の様な柔らかな感触が頰に伝わった。そして、見覚えのない白いコンクリートで固めた天井を見やり眠気は完全に消え、思わず飛び起きた。

 

「……ここは? 私は確かベッドに横になって、それで……」

 

 固い、コンクリート地面の上で意識を覚醒させ、直前までの記憶を思い出そうと声に出して一つ一つ確認しようとして、そこで自らの異変に気付いた。

 

「……声が高い? それにこの格好は?」

 

 最初に自らの視線の高さがいつもよりも低いことに気づき、次いで私自身の鈴の様に透き通る様な、高い女性的な声に気づいた。それに加えて長く伸びた黒い髪が視界に入る。まるで自分が女性になったかの様な、妙にリアルな錯覚に囚われる。

 恐る恐る胸元と股に手を向ける。

 

「……嘘だろ?」

 

 そしてそれは錯覚ではなかったと思い知ることとなった。胸からは確かな膨らみと柔らかさを感じ、股下には本来付いていたものが綺麗サッパリと消えていた。

 この時点で私の寝起きの頭では既にキャパシティオーバーを起こかけていたが、更にそれに被せる様に肩に掛けていた何かがガチャリと音を立てて地面に落ちた。

 

「……じ、銃? なんで……?」

 

 地面に転がるタンカラー一色に塗装された、形状からしてアサルトライフルと思わしき物を見やる。銃身の側面にはM4A1と刻印されていた。

 おずおずと地面に転がった自動小銃を拾い上げる。ズシリと、確かな重さが両手にのしかかった。

 余りの情報量の多さに眩暈がしてきた。

 

「明晰夢、といったやつかな。たしか、すごくリアルな夢をみるという」

 

 半ば現実逃避気味に思いっきり自らの頬を勢いよくつねる。鋭い痛みが頬に走った。

 

「……夢じゃ、ない?」

 

 そして漸く私は今起こっていることが現実だという事を理解した。

 

 

 ◆   ◆

 

 あの後私が寝ていたらしい、頑強なコンクリートで建てられた何処かの工場? らしき所を散策する。連結通路の窓からコンベアやマニュピュレータアームが存在することを確認できた。多分工場の筈だ。

 とりあえず今の自分の全容を確認したいので姿見でもあると有難いのだが。自らが倒れていた連結通路を渡り辺りの部屋を一つづつ調べようと手近なドアノブを引き、そして私は後悔した。

 

「……っ!」

 

 その部屋は誰かの自室だったのだろう。

 ベッドや本棚にテレビや冷蔵庫など、おおよそ生活感のある家具が置かれていた。それだけなら良かった。肝心なのはその部屋がまるで赤い絵の具をぶちまけたかのように真っ赤だったということだろう。家具は散乱し、おまけにこの部屋の主と思しき、頭蓋骨に大穴が開いた白骨死体がベッドの上で眠っていたのだ。お目当ての姿見は壁に立てかけてあったが、この状況じゃあまり使う気にもなれない。

 

「……少し、お借りします」

 

 物言わぬ骸となった持ち主に断りを入れ、姿見を拝借し一旦部屋を出る。

 通路側の壁に姿見を立てかけて自分の姿を見る。

 そこに写っていた姿は、やはり自分のモノではなかった。

 端正に整った顔立ちに肩まで伸びる、緑のメッシュが一部入った黒い艶のある髪の毛。黒で統一されたプレートやアーマーを複合した、それでいて動き易さを保持する様に工夫が凝らされたサーコートの付いた戦闘服。腰元や腕にはポーチやサイドバックが取り付けられ、太腿の両側には拳銃の様なものが収まったホルスターがあり、背中には縦長の大きなケースを背負っていた。

 

「……はぁ。タチの悪い夢だな」

 

 タクティカルグローブ越しに鏡に手を当てしげしげと自分の姿を見て、思わず大きな溜め息を漏らす。

 寝て起きたら見知らぬ所で目覚め、武装した少女になってたと思ったら部屋から白骨死体だ。

 ……無性に泣きたくなってきた。

 

 その後姿見を持ち主に返して再び辺りのドアを片っ端から調べたが、どれも最初の部屋と同じかそれ以上の惨状だった。

 思わず泣きだしてしまった。

 

 

 

 

 



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嫌な夢

 涙を拭い、遺体を簡素ではあるが弔ってから部屋を後にする。外傷から察するに何者かに殺害されたのだろうか。白骨化していることからそれなり以上の時間放置されてたらしい。彼らを殺害した何者かがまだこの場所に潜んでいない事を祈ろう。

 

「……とりあえず一息つける場所を探そう」

 

 あまりにも短い時間に様々な事柄が一気に押し寄せてきた為一旦安全に休めるところを探し始めた。

 

 

 ◆   ◆

 

 

 どうやら私が居たのは鉄血工造と呼ばれる戦術人形という一種のサイボーグ? アンドロイド? の様なものを作っていた工場らしい。あの後三階の資料室を見つけて現在そこで身を休めている時に見つけた資料から分かった事だ。

 

「戦術人形? 聞いたことがないな……。リッパー、ダイナゲート、イェーガー……?」

 

 英語で記載された情報をゆっくりと読み込んでいく。

 その半分以上が専門用語で構成されており、少々読むのに苦労した。どうやら製造していた商品の概要説明表のようだ。他のページも流して見るが特にこれといったものもない為資料をキャビンに戻す。ふと、持ち物を未だ確認していないことを思い出した。一応見てみようか。

 

 狭く埃っぽい資料室の机の上に、身につけていた装備品を丁寧に取り外し置いて中身を検分する。

 レッグホルスターには銀色に塗装された肉厚な銃身を持つ自動拳銃、恐らくデザートイーグルだろうか? それと小型ポーチに予備マガジンが五本ほど、大きなポーチにはM4の物と思われる黒いマガジンが二十本、フルカスタマイズされたM4、後は数日分の水と食料と手榴弾が五つ程か。そして背中に背負っていたケースだが、これについては一切分からなかった。

 押しても引いてもビクともせず、一体何に使うのか用途不明だ。盾にでもするのだろうか。

 

 検分を終え、少し気分転換に資料室の窓に目を向ける。太陽はもう柿のような色になって一日の役目を終えようとしていた。気は乗らないが今日はここで一晩過ごすしかないだろう。

 

 

 ◆   ◆

 

『ごめんなさいM4。もう、こうするしかないの』

 

 桃色の髪をした、見知らぬ少女が、いや見知った彼女が私に話しかける。

 その声音は酷く穏やかで、それでいてどこか、二度と会えない所へ行ってしまうかの様な儚さを感じた。

 

『待って、AR-15! お願い待って!』

 

 懇願するように叫び、夢の中の『私』は彼女を行かせてはならないと必死に手を伸ばす。しかしその手は、

 

『元気でね……。私の、友だち』

 

 彼女に届くことはなかった。

 AR-15が爆弾を起爆し、輸送機の中で崩落するビルをただ見つめることしか出来なかった。

 

『……A……R……1……5。……どう、して……?』

 

 失意と大切なものを失った絶望が同時に去来すると、その光景を最後に視界が突如暗転した。

 

 

 

 ◆   ◆

 

 ……不思議な夢を見た、気がした。初めての様で一度経験したかの様な生々しく、酷く悲しい、そんな夢。

 椅子に座り机に突っ伏して寝ていた私はゆっくりと顔を上げて、そして自らの頰に伝う水っぽいものに気付いた。

 

 どうして、私は泣いているんだ? 

 

 思わず口に出したその疑問に答える者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 




M4をすこれ


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町を目指して

 ウロボロスが上空に放ったスティンガーミサイルへと自動小銃の銃口を真上に向け、仰ぎ見ることなく引き金を引く。直後頭上にて幾つかの爆発音が響き渡る。

 着弾のタイミングをそれぞれバラバラにして撃ちこまれたミサイル群の全てを叩き落とした元凶をウロボロスは忌々しげに睨みつつ、足元に従える攻撃ユニットに備わる光学機銃による弾幕を展開する。

 

「……中々にいい攻撃。敵なのが惜しい位」

 

 反射的にその場を飛び退くのとほぼ同時に、先ほどまで自分がいた所を火線が通り過ぎる。

 残弾を撃ち切りリロードが必要になった自らの名前でもあるG11自動小銃を手放し、右腕に括り付けられた鞘から小型熱単分子ブレードを引き抜き、弾幕の中に飛び込んで機銃から放たれるエネルギー弾を弾き、一足にて30メートルはある距離を詰め肉薄する。

 

「……なっ!?」

 

 自らよりも基礎スペックで大きく劣る筈のグリフィンの戦術人形が弾幕の中に突っ込み、こちらの攻撃の全てを弾きながら彼我の距離を一瞬で詰めてきた事に、驚愕の声を漏らすのもつかの間、

 

「お休み」

 

 冷淡な声と共に眼前に迫ったG11の振るうブレードがウロボロスの胸部に突き立てられ、内蔵されるメインコアを貫いた。コアを破壊され立っていられる戦術人形は存在しない。糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちるウロボロスを横目に耳につけた通信機に手を当て通信を繋ぐ。

 

『こちらG11、根は燃やしたよ。比較的綺麗に仕留めれたから16Labに高値で引き取って貰えるかも。回収の準備をよろしく』

 

『了解。第2部隊及び第3部隊も残存人形を始末したと報告があった。回収用のヘリが向かうから暫くはその場で待機して待っててくれ。その間、はぐれ人形がいないか少し探しといてくれるか? 人手が足りないんだ』

 

『了解。それじゃまた後で』

 

 足元に転がってるウロボロスの残骸を一瞥し自らの指揮官に現状を端的に報告し通信を終え、それと共に自分の背後の廃墟の影でこちらを伺い見ていた何者かに声を掛ける。

 

「もう出てきてもいいよ」

 

 

 

 ◆   ◆

 

 

 

 先ほどの妙に生々しく、まるでその場で実際に目にしたかの様な臨場感のあった夢を思い返す。夢の中の私はAR-15と呼んでいた彼女を引き止めようと、思いとどまらせようとしていた様だ。……結果は夢の中の『私』にとって最悪のものとなったが。

 私自身AR-15と呼ばれていた彼女のことなど一つも知らない。

 

 会ったことすら無いはずだ。その筈なのに、先の光景を思い出すとなぜか心が締め付けられるかの様な圧迫感を覚える。それと彼女が私のことをM4と呼んでいたことも少し気にかかるが。なぜ私のことを私が持ってる銃の名前で呼ぶのだろうか。

 

 この身体になってから疑問は尽きないが、一旦夢のことを頭の隅に追いやって一先ず今後どうするかを思案する。

 今の私は住むところもなければ食べるものも限られていて、おまけに現在地すらまともに把握できていない有様だ。ここに籠ることも一瞬考えたが、状況の打開にはならず食料は有限なのでそれはできないと諦める。

 とりあえずはどこか人が居る町や都市を目指すべきか。

 机に出したままの装備品を一つずつ身に着け、出発の準備を整える。いつまでもここでくすぶっているわけにもいかない。

 

 準備を整えてから確認のために自分の持っている自動小銃のセレクターをセミオートに切り替え、試しに壁に銃を向け引き金を一回引く。乾いた銃声と共に空薬莢が一つ地面に転がった。

 

 

「……やっぱり本物か」

 

 未だなれない自分の声と共に何度目か分からないため息を吐く。銃を初めて撃ったというのに手が震えることもなく、罪悪感すら感じない私自身を不気味に思うも、目が覚めてからの突拍子も無い一連の出来事そのものを身をもって体験したからか、はたまたこの体に精神が引っ張られているのかわからないが、不思議と今の状況を受け入れてしまっている自分がいることに僅かながら怖気づく。

 

「こんなことで怖じけてどうする私! しっかりしろ!」

 

 ネガティブになりかけていた思考を振り払う様に、頰を両手で叩き自らに言い聞かせ、自分自身を奮い立たす。行くあては無いがとりあえずは行動あるのみだろう。その後のことは成り行きに任せる他ないことに不安しかないが、その時の私がきっとなんとかしてくれるだろう。多分。

 

 余談だがあの後地図がないか工場を隈なく探したが結局見つかったのは腐った食料と追加の白骨死体だけだった。ガッデム。

 

 

 

 ◆   ◆

 

 あれから何時間歩いただろうか。少なくとも10kmは歩いた様な気がする。工場はどうやら郊外に位置していた様で辺りを見渡しても小さな廃村や鬱蒼とした森林ぐらいしか見当たらなかった。工場の駐車場に停まっていた輸送車両を使い移動しようとも考えたが、そうすると窃盗になってしまう。それに殆どの車両が数年は放置されていたのか車体の塗装は剥げ落ち劣化して、タイヤの空気は抜けており、エンジンに至っては赤錆だらけでとても乗れる状態になかったという理由もあるが。

 

 工場を後にした私は人っ子一人居ない薄暗い針葉樹林帯を最低限度整備された道に従い宛もなく歩く。一人で見知らぬ土地を彷徨うのは幼い頃の探検ごっこを私に思い出させた。それ以上に心細さの方が遥かに勝ったが。

 

「熊とかが出なくて良かった……」

 

 森を抜けるに当たって私が最も危惧していた獰猛な野生生物に遭遇することもなく無事に抜けることができ思わず安堵する。もし遭遇でもすれば手に持つ自動小銃を使うことになっていただろう。

 

 森を抜け、薄暗く狭い視界が開けると同時に日光が道を照らす。道は少し荒れてはいたがその道を道沿いに眺めてみると遠くの方に市街地を確認できた。それとほぼ同時に市街地の方角から爆発音と銃声の様な音が響き渡る。

 

「……誰かが戦っている?」

 

 ここからでは確認できないため直接行ってみるしかないだろう。ドンパチやっている所に行くのは控えめにいって気が引けたが、自分自身の手がかりやこの場所がどこかといった情報が一切ない今の私には行く以外の選択肢がなかった。覚悟を決めて足を町に向ける。

 願わくば話し合いができる相手であることを祈って。

 



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