Monster FrontLine (ストレート)
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Day1. 前線指揮官と後方指揮官

 姉妹たちは人間不信だった。

突如、生まれ育った境遇が奪われ、周りの人間全員の悪意に襲われ続けるという非日常へと変貌した世界で人間という存在が汚らしいモノという認識へと変わってしまったのも必然とも言えた。

故に、襲い来る悪意に対抗するために持ったこともない銃を握りしめて殺しに手を染めるのも当然のことだった。

 

最初は罪悪感があったが。相手が悪意に塗れた連中しかいなかった事もあって短期間で罪悪感は薄れていった。

姉妹はゴミ漁りや強盗のようなことをしてでも日々の飢えを凌ぎ、殺した相手から奪った銃やナイフで傭兵仕事をこなしてって戦闘技術もそこらの民兵よりは満足に戦えるようにまで成長した。

姉妹をここまで成長させたのは核戦争による環境破壊やの崩壊液(コーラップス)によるパンデミックなどによって人類圏が縮小されて荒廃しきった世界の残酷さに抗うという気持ちが彼女たちを強くした。

 

姉妹たち。

姉の『ハヅキ』と妹の『ナオキ』は互いだけが唯一無二に信頼し合える存在であり、血のつながった最後の家族だった。

どんな時も二人の知恵と行動力を合わせて困難に立ち向かってきた。

 

故に、唯一の家族であり妹のナオキの左腕が事故で大怪我をした際に触れた崩壊液の影響で『変異して』周りの人間たちから『バケモノ』と忌み嫌われても変わることなく愛し続けた。

 

人間たちが愚かな行為を繰り返してきた結果がこのような世界にしたのだと分かり切っていた姉妹は他者の助けなど最初から期待などしていなかった。

世界が崩壊液の影響によって人間が死に損ない(E.R.I.D)に変貌し、その対応に追われ続ける政府は主要都市以外の地域の管理をPMCに委託するという形で世界秩序が保たれてる世界で、人の親切など期待した所で無駄なだけだと割りきっていた。

 

だが、そんな人間不信だった姉妹にも信頼できる者たちが出来た。

傭兵仕事で大きな成果を上げた姉妹たちに、G&K(グリフィン&クルーガー)という民間軍事会社の社長。

『ベレゾヴィッチ・クルーガー』から戦術人形の指揮官としてスカウトを受けたのが始まりだった。

 

勧誘された当初はナオキの事もあってか、人の下に就くのは真っ平御免だと言い放って話を蹴ったハヅキだったが、クルーガーの熱心な勧誘と彼からの幾つかの妥協案に折れた形で戦術人形指揮官としてG&Kに所属することになった。

クルーガーから提案された妥協案として、姉妹たちは同じ基地で指揮官として勤務すること、自分と妹の二人に指揮官権限を与えることだった。

 

姉のハヅキが基地で配下の戦術人形の部隊をまとめて指揮をする後方指揮官して、妹のナオキが前線でハヅキの目という役割として部隊と共に戦場に立ちながら、配下の人形たちがきっちり仕事をしているかを監視する前線指揮官というスタンスでS09地区の基地指揮官として仕事を始めた。

 

最初の頃は人間不信だった姉妹が人間に近いメンタルモデルを有する人形たちにも心を開くことはなかった。

所詮、戦術人形はただの兵器であり物という認識で接していたし、対する人形たちも自身たちは人間の命令通りに動く兵器であると分かりきった部分もあって、まともな運用をするのであれば特に不満を出すことなく従った。

 

無論、ナオキの異常性についても人形たちの間には隠すことなく知れ渡り、その異常性ゆえの戦闘能力の高さに驚き。

その異常性の所為で人と関わらずに言葉もあまり発しない姿を見て、今までどのような不遇な境遇で過ごしてきたのだろうと関心を抱き、その境遇に心を痛める者もいた。

 

だが、ナオキの持つ異常性を自身の強大な武器として鉄血を相手に果敢に戦う姿を見た人形たちは下手に詮索するようなことは不毛だと理解し、彼女の異常性を含めて尊敬と敬愛の念を抱いた。

そして時が流れていく内に次第にただ命令する側とされる側だけという関係性は変化していった。

 

人形たちと共に前線に立つナオキは彼女らと鉄血を相手に多くの死線を乗り越えていく内に自然と信頼関係が築かれていき、異常性の所為であまり喋らなかった彼女が僅かにだが笑みを浮かべて人形たちと話せるようになってきた。

 

そんなナオキに対してハヅキは特に咎めるようなことはせず、ただ業務に支障が出るまで深入りしないようにと釘を刺したが、自身も副官として勤務する人形とのやり取りで同じように少しずつ関係が深まっていたので、人形たちとの信頼関係の構築にはナオキにとって良い影響だと考えてある程度は容認するようになった。

 

人形と人間という枠組みを超えた絆はナオキの心にも安らぎを与え、人形たちも彼女と共に過ごす日々が命令されるだけの人形とはかけ離れた新鮮な感じがしてとても心地よく感じ始めていた。

 

生まれてから不遇な日々を送って来た姉妹だったが、ここに来てようやく安息とまではいかないが信頼できる者との間に出来た絆を得たことによって生きる意味を見つけられたのだった。

 

愛する妹が崩壊液の影響で左腕が『バケモノ』になってしまって、何もかも全て破滅させる馬鹿げた算段を考えるほどに世界を憎んだが、人形たちと共に過ごす僅かな笑みを浮かべるナオキを見て、そんな馬鹿げた考えはいつの間にか捨て去っていた。

 

そして、今日もまた『いつも通りの』日常が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃れた街路樹、いつ崩れるかわからない廃墟が建て並ぶ街だった場所。

ここは崩壊する前の世界の頃のここは人々の波が途絶えることのなかった観光地として有名スポットの一つだった。

世界大戦による核攻撃と崩壊液の影響で生物すら生きることが厳しくなった世界で人の住める場所は限られていた。

 

本来であれば崩壊液の影響が少なかった、ここにも僅かながら人が住む場所が残っていたはずだったが、今では鉄血人形(人間狩り)死にぞこない(E.R.I.D)が闊歩しているおかげでゴーストタウン化していた。

 

今なおも鉄血によって制圧されている地域にフード付きのコートを纏った少女が比較的安定している建造物の上に辺りを見渡すかのように『そこ』に立っていた。

いかにも「私はここにいます。狙い撃てるならどうぞ」と言わんばかりの無防備さを晒していた。

 

そんな無防備な姿を晒す少女を偶然スコープに捕らえた鉄血のスナイパー(イェーガー)は息を殺しながらベストなタイミングを狙って狙撃の機会を待っていた。

フードで隠れて表所が読めないのが気味が悪いが、それでもトリガーに掛けた指を離さず機会を待つ。

 

そして、一瞬の瞬きの間に少女はスコープから消えた(・ ・ ・)

一瞬の出来事に思わずスコープから目を離して少女の居た建物を見た、

 

「がっ……!!」

 

少女を狙っていたイェーガーは目の前にいた、スコープ越しに見えたフード付きのローブを脱いだ、緑がかった黒髪ロングの髪を揺らしている少女の『左腕』が鋭利な刃に変異した左腕で上半身を刺し貫かれていた。

 

一瞬の出来事で何が起こったのか理解できなかったイェーガーは、霞む視線で自身を貫いた少女の無機質な瞳を見ながら機能を停止した。

機能停止を確認した少女は刃に変異した左腕に突き刺さっているイェーガーを振り捨て、背中に背負ったレミントンM40を背負い直しながらインカム越しに、

 

「全スナイパー、排除完了」

 

『お見事だ、お嬢。所定位置まで第一部隊と第二部隊は前進する』

 

「周囲警戒を怠らないように」

 

『あいよ。お嬢も私たちがそっちに行くまで無茶するなよ』

 

「余計なお世話よ」

 

『なら、大人しく待っててくれ。愛しいお嬢さま』

 

インカム越しに軽口を叩く第一部隊リーダーのトンプソンに小さい声音で指示を飛ばしつつ、周囲の状況を目で把握する。

廃墟に潜伏するイェーガーを排除した今、ここの地域を占領している鉄血勢力を殲滅する準備はある程度は整った。

 

いまここに向かっている第一部隊を合流しつつ、第二部隊と挟撃する形で街を占拠している鉄血を殲滅する。

その過程で僅かな違和感も見逃さず、些細なことでもインカムを通して報告を怠らなかった。

 

「ハヅキ。前面に出ていた鉄血が退く素振りを見せてる」

 

潜伏する建物から裸眼で遠くを見渡すと、前面に出てこちらと対抗する構えを見せていた鉄血がスナイパーの鉄血人形をほぼ全部排除した段階で下がる素振りを見たナオキは無線で基地で指揮をする後方指揮官であり姉のハヅキに報告する。

 

『んー? ここに来てアイツらが退くのはおかしいわね』

 

ナオキの報告にハヅキは頭を捻り、潜伏していた鉄血のスナイパーをほぼ全て排除し終えたタイミングでの前線の引き下げに疑問を抱く。

周辺の監視の目を兼ねていたイェーガーが沈黙したことは向こう側も掴んでいるはずだと考え、ハヅキの中では鉄血の考えている魂胆は二つ浮かび上がる。

 

一つは純粋に前線に潜伏させていた前線の目(イェーガー)が全て排除されたことで体制を立て直すための一時的な撤退。

もう一つは、

 

『うーん。誘ってるのかしらねぇ……』

 

こちらの動きを把握したうえでの撤退に見せかけた誘いによる待ち伏せ攻撃。

ハヅキの頭の中では待ち伏せの可能性が高く、ここで撤退しても得られるものはない。

ならば、こちらの動きを予測した誘いで包囲殲滅。それが鉄血の狙いか? と結論付ける。

 

『トンプソン。第二部隊とはもう合流している?』

 

『ああ、既に周囲の敵を殲滅しながらWA2000の第二部隊と合流した。

いまはお嬢とのランデブーポイントに向かってるところだぜ、ボス』

 

『OK。なら、あんた達はそのまま撤退してる鉄血を追撃して』

 

『ん? お嬢と合流しなくていいのか?』

 

ハヅキの下した命令にトンプソンは少し眉を潜めて再確認する。

 

『ええ、ナオキにはそのまま相手の動きを逐一報告。

あちらさんの思惑通りになったら、そのまま遊撃として援護に回すわ』

 

『ちょっと、まだナオキ一人だけを遊撃に回す気?』

 

会話に割って入る形で第二部隊リーダーのWA2000が遊撃をナオキ一人に任せて合流せずに、そのまま追撃にあたっていいのかと疑問の声が上がるが、

 

『いいえ、待機しているナガンの第三部隊を送って一緒に遊撃に回らせる。他に問題は?』

 

『了解だ、ボス。お嬢、背中は任せたぜ?』

 

『はいはい、わかったわよ。ナオキ、任せたわよ』

 

「了解」

 

ナオキとの合流を目指していた第一部隊と第二部隊は撤退する鉄血部隊を追撃する形で前線を押し広げていく。

高所から前線を見渡すナオキは些細な動きを見逃さず。第一部隊、第二部隊が徐々に鉄血を追い詰めていく様を見ながら、ハヅキの思惑通りならある程度進んだ先で待ち伏せが姿を現すはずだ。

 

『急かさずに、けど大胆にね』

 

『ハッ! 攻めるのは得意中の得意だぜ!!』

 

『ちょっとトンプソン! 部隊リーダーのあんたが前に出すぎないでよ!!』

 

『生憎と後方でチマチマと狙うなんざ性に合わないもんでね!』

 

『~~~~!! あんたねぇ!!』

 

部隊リーダーでありながら前線を駆けるトンプソンを咎めるWA2000だが、当の本人は後方で狙い撃ちするスナイパーみたいな真似はできないと笑いながら言い。

貶された気分になったWA2000は顔を真っ赤にして怒りつつも、撤退する鉄血人形に狙いを定めて撃ちまくる。

 

「それは私への当てつけ? トンプソン」

 

無論、トンプソンの言葉は後方で前線の監視を兼ねて、第三部隊の到着を待ちながらM40で遠距離狙撃しているナオキに対しても刺さる言葉だった。

 

『はっはっは。か弱いお嬢は安全地帯で私たちの帰りを待ってくれればいいのさ』

 

「後でぶん殴る」

 

『おっと、お嬢を怒らせちまったな、WA2000。覚悟を決めとけよ?』

 

『はぁ!? 私を巻き込むんじゃないわよ!!』

 

緊張感のない不毛な喧嘩をする三人を無線を聞いているハヅキは呆れたように頬を掻きながら嘆息し、

 

『ちょっと、気ぃ抜いてんじゃないわよ。

予想が確かなら、そろそろあちらさんの待ち伏せポイントに着くわ』

 

ハヅキの指摘通り追撃を始めてからはや数十分。

鉄血の懐近くまで食い込んだ所まで追撃の手が届いた段階でようやく状況は動き始めた。

遠距離狙撃をしている直樹の視線に第一部隊、第二部隊を後方を突く形で建物の中から現れたSMG、アサルトライフルを装備した鉄血人形を皮切りに、退く姿勢を見せていた部隊が反転し攻勢に転じた。

 

『おっと、ボス。あんたの予想通り奴さんたちの待ち伏せで包囲されたぜ』

 

『囲まれたわ。どうすればいいの?』

 

『そのまま敵を引きつけて、遊撃部隊でそっちの後方の敵を殲滅する』

 

ハヅキの予想通り追撃してきた第一部隊と第二部隊を包囲する形で展開してきた鉄血にそのまま敵を引き付けろを指示を飛ばし、

 

『ナオキ、第三部隊がそっちにたどり着いてるはずだから合流して……、』

 

「いや、私が出る」

 

『はっ? いや、ちょっと待ちなさい!

ナガン! ナオキが独断先行したわ、追いかけて!』

 

『なに!? あやつめ……!

わかった、第三部隊! 先走ったナオキを追いかけるのじゃ!』

 

ハヅキの指示を無視してその場から膝を曲げて勢いよく高く飛翔し、両手を広げて滑空で包囲されている第一、第二部隊の掩護へ急行する。

まさかの独断専行にハヅキは何を考えているのかと妹の奇行に頭を抱えつつ、合流する予定だった第三部隊リーダーのナガンM1895にナオキを追いかけるように指示を飛ばす。

 

『何を考えてるのか知らないけど、どうするつもり?』

 

「ハイエンドタイプが居た」

 

ナオキの報告に独断専行を行った理由を察したハヅキは嘆息しつつ、

 

『……はぁ、そういうことね。

でも、援護もなしにハイエンドに一人で挑むのは無謀よ?』

 

「問題ない」

 

『馬鹿、あんたは人間なのよ? 

高性能の鉄血人形を相手にできる人間なんて……、』

 

鉄血工造で製造された中でも高性能の人形のハイエンドタイプを相手しようとする人間は皆無だ。

ましてや一人で挑むなど無謀の他ならない。だが、

 

「私は、違うから」

 

彼女、ナオキは普通の人間とは違った。

 

『……馬鹿。あんたは人間。人間なのよ』

 

他の人間とは違う。それでもハヅキにとってナオキは人間に他ならない。

他の誰が人間じゃないと言おうとも、彼女だけはナオキが人間であると肯定する。

たとえ、ハイエンドタイプを相手に戦えたとしても。

 

「ん……」

 

ハヅキの人間であるという肯定に僅かに頬を綻ばせ、目的のハイエンドタイプが潜伏している場所へと駆ける。

 

「なっ!? お嬢!!」

 

「ちょっ!! ナオキ!?」

 

 

意図的に包囲されていた第一、第二部隊の後方から銃撃している鉄血人形たちを変異させた刃で切り裂きつつ、トンプソンやWA2000が驚きで目を丸くしている横を駆け抜ける。

前方に展開している攻勢に転じた鉄血部隊をも吹き飛ばす勢いでハイエンド目掛けて走り抜ける。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

目的のハイエンドを視線に捉えたナオキは勢いよく足をバネのようにして飛び上がり、変異した刃の切っ先をハイエンドに向けて突き刺さんと突貫していく。

周りの護衛が迎撃せんと弾幕を張られる中をすり抜けていき、ナオキはただ勝つために最善の手段として指揮系統の要であるハイエンドを単騎で討ち取りに行く。

すべては勝つため、被害を最小限に抑えるため、自分自身で決着を付けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この馬鹿もの!!」

 

 ゴチンッ! と倉庫内にゲンコツを下す音が鳴り響く。

音が鳴り響いた方向に目を向けるとS09基地所属第三部隊リーダーのM1895ことナガンが先の作戦から帰還早々に独断専行を働いたナオキに正座させて説教を説いている最中だった。

 

「ちゃんと反省しろよ、お嬢?」

 

「まったく、無茶しすぎなのよ。あんたは」

 

説教されているナオキの横を通り過ぎながら反省しろと言うトンプソンとWA2000を恨めしそうな目で見るが、自業自得だと肩を竦められて行ってしまう。

 

「こら! 聞いておるのか!」

 

「……、」

 

「お主は無茶をしすぎなのじゃ! 

いくら普通の人間とは違うとはいえ、敵陣の真っただ中を突っ切るなど正気の沙汰ではないぞ!」

 

「……でも」

 

「でも、ではないわ! 大体、お主は――――」

 

「まぁ、独断専行はいけないわよね~」

 

年長者の貴重な説教を受けているナオキを遠回しに見ている基地指揮官のハヅキはコーヒーカップを片手にざまあ見ろと笑みを浮かべていた。

 

「そろそろ許してあげてはいかがですか、指揮官?」

 

遠目で笑うハヅキに副官として帯同しているスプリングフィールドがそろそろ良いのでは? とナオキに助け船を出すが、

 

「いや、ナガンの気が済むまでやらせるわ」

 

「ですが、彼女のおかげで部隊の損害は軽微で済みました」

 

「それでも命令は第三部隊と一緒に第一、第二部隊の援護をしつつ殲滅っていう手筈だった。

それをハイエンドタイプを見つけたから一人で倒しに行く、って言って命令を無視して独断専行するのはまずいでしょう」

 

「まぁ、そうですけど」

 

「だから、いいのよ。

ナガンの気が済むまで説教させておくのが、ナオキへの処罰」

 

ハヅキの取り付く島もない態度に困ったように笑うスプリングフィールド。

確かに独断専行を働いたナオキは悪い、それは確かだ。

しかし、彼女の献身的な働きで指揮系統を担うハイエンドタイプを倒した功績は大きい。

ゆえに、彼女への罰はナガンの終わりの見えない長い説教で許した。

 

「さぁてと、溜まった仕事の続きをしにいくわよ。

いつまでもここで道草食ってる場合じゃないしね」

 

「そう、ですね。……頑張ってください、ナオキさん」

 

説教を受けているナオキに対し申し訳ない視線を向けつつ、仕事に戻るハヅキの後を付いていく。

いまだ話の終わりが見えない説教を垂れるナガンとうんざりとした表情で項垂れるナオキ。

この後、彼女が説教から解放されたのは二時間後だった。

 

 

 



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Day2. お嬢はご機嫌斜め

 ナガンの長ったらしい説教を受け終わったナオキの表情はすでに極限まで疲れ切っていた。

自身が働いた独断専行が原因とはいえ、基地倉庫で正座をさせられて二時間も説教を受け続ければどう思おうが反省せざるを得ない。

フラフラとした足取りで廊下を歩いていると後ろから、

 

「よう、お嬢。説教は終わったか?」

 

「……トンプソン」

 

声をかけられて後ろを向くと第一部隊リーダーのトンプソンが手をヒラヒラと振っていた。

恐らくハヅキに作戦の報告を終えてバーで一杯ひっかけに行くところなのだろう。

 

「はは、顔を見りゃわかるぜ。相当絞られたな、お嬢」

 

「……ナガンのお説教はいつも余計な一言が多くて嫌い」

 

「まぁ、年寄りは話好きだからな。

それにお嬢が無茶して怪我でもしないかって心配なのさ、あいつは」

 

「子供じゃない」

 

「そういう風に反抗するのが子供なのさ」

 

トンプソンの子供扱いにふんっと鼻を鳴らして拗ねるが。

そういう所が子供っぽいと言われ、なだめる様に頭を撫でられる。

 

「……触らないで」

 

「おっと、こりゃあ失礼しました。前線指揮官どの?」

 

「………………、」

 

からかうような物言いにナオキは不機嫌そうに睨みつけるが、当の本人は悪びれる様子を見せずにニカッと微笑みながら、

 

「ふっ、そう見つめてくれるなよお嬢。

そんな熱視線を向けられると、」

 

ナオキの顎をくいっと手を添え、

 

「――――止まらなくなる」

 

軽く、触れる程度のキスをした。

 

「……ッ!!!!」

 

流れるような動作で自然にキスをされたナオキはトンプソンを振り払って、キスされた唇を両手で隠すように押さえる。

キスをしたトンプソンはナオキの唇に触れた唇を優しくなでる様に触れながら、

 

「ふふっ、お嬢の初々しい味だ」

 

味わい深くナオキとキスした感触を初々しいと表現し、サングラス越しから覗く瞳でナオキを捕らえて離さない。

見つめられてるナオキは顔を真っ赤に染めて、トンプソンの視線に釘付けとなっていた。

 

「……決めた。酒は後回しだ」

 

動けないナオキを胸の中に抱き寄せて、耳元で呟くように、

 

「独断専行した罰だ。ちょっと付き合ってもらうぞ、お嬢」

 

「っ、離して……!」

 

「駄目だ。長時間も説教されてお疲れだろうが。

私もお嬢が敵のど真ん中を突っ切るのを見て肝を冷やしたんだ」

 

だから、これは私からの罰だ。と艶のある声で囁くと、ナオキをお姫様抱っこして宿舎へと歩みを進める。

急に持ち上げられて驚く暇もなかったナオキは今更、抵抗するがガッチリと抱き寄せられて逃げられない。

 

「良い子にしてくれ、お嬢。

そうすれば優しくしてやれる。まぁ、抵抗して無理やりってのもそそるがな」

 

「……バカ」

 

もはや逃れる術がないと諦めたナオキは、ただ真っ赤に染まる顔を逸らしてトンプソンの表情を見ない様にした。

これ以上、トンプソンの熱い眼差しを見てしまうと、どうにかなってしまいそうな自分を抑える為に。

そんな彼女の心情を読み取ったトンプソンは、

 

「いいね、たっぷりと可愛がってやるから覚悟しろよ、お嬢?」

 

優しく囁くようにそう呟きながら、宿舎へとエスコートしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦術人形『トンプソン』。

荒くれ者のような口調の姉御肌な戦術人形だ。

普段は表沙汰にならない汚れ仕事を中心に好んで引き受ける側面もあり、所属する基地によってはそういった内容の仕事も多々受けることもある。

 

そんなダーティワークな任務を日々こなす彼女に新たな辞令が下される。

S09地区に新たにG&K所属の指揮官として社長のクルーガー自ら雇った、元傭兵の姉妹が管理する基地への配属だった。

元傭兵という肩書に興味を抱かれたトンプソンは配属命令を下したヘリアンにどういった人物なのかと問うが、彼女から出たのは「戦争によって全てを奪われ、幼い頃から窃盗や殺しで金を稼いで生きてきた戦災孤児」だということ。

 

そしてG&Kにスカウトした際に出された条件として二人で指揮権を与える事と、姉妹への情報公に公開しないこと条件に指揮官として入社した経緯があることも知った。

どんな秘密を抱えているのか。断然、興味を抱いたトンプソンはS09基地の指揮官二人組はどんな面をしているのかと内心楽しみにしていた。

 

新たに所属する基地は設立したばかりなのか、トンプソンとその他数体の人形たちを含めた全員が立ち上げメンバーとなる、生まれたての基地だった。

そんな立ち上げメンバーを率いる新米指揮官は二人の双子の姉妹だった。

 

姉の『ハヅキ』は人当たりのよさそうな感じだが腹の中にドス黒い何かを隠しているのがトンプソンにはお見通しだった。

そして妹の『ナオキ』はフード付きのコートで顔を隠して表情が伺えないが、姉に負けず劣らず何かを隠しているのは明白だった。

 

そんな秘密を隠す姉妹たちによる基地管理は独特なものだった。

自分たち戦術人形に求められているのは下された命令に従い、勝ち負けに拘らず与えられた使命だけをこなせといったありきたりなモノだったが、一つだけ理解できないことがあった。

 

それは前線に自分たち戦術人形と共にナオキが前線指揮官として同行し。

逐一、基地で指揮するハヅキに報告するというものだった。

わざわざ危険を冒してまで、人間であるナオキが自分たちと一緒に前線に出る必要はない。

 

そう思ったのはトンプソンだけではなく他の人形たちも同じだった

ましてや、表情は覗えないが傭兵家業を生業にしていた割にはか弱そうな見た目のナオキに戦いは向かない、そう思っていた。

 

ナオキの異常性を目の当たりにするまでは。

 

常日頃からナオキの左腕は包帯でグルグル巻きにされており、大怪我でも負っているのかと思われたが、それは大きな間違いだった。

左腕に巻かれた包帯の下には人間の腕とは思えない、皮膚が爛れて赤黒く変色した腕だったモノがあった。

 

その腕は鋭利ですべてを切り裂く刃、マントのようにしなやかで堅固な盾、伸縮自在な鋭い槍などに変異し。

それら武器として使い、人とは一線を凌駕した身体能力で縦横無尽に前線を駆ける姿を目の当たりにしたトンプソンたちは目を丸くして驚き慄いた。

そしてそんな異常性でありながらフードが脱げた際に見えた表情は冷めたものだった。

 

作戦が終わった直後にハヅキにどういうことかと問いただしても、ただ妹のナオキは事故で大怪我を負った際に高濃度の崩壊液(コーラップス)に被爆しただけという答えしか返ってこず。

並みの人間が低濃度の崩壊液に被爆すればE.R.I.Dのようなミュータントになるというのに、それを高濃度の崩壊液を片手だけでも浴びて無事で済むはずがない。

だが、あれだけの変異をもたらすものは崩壊液以外には思いつかない。

 

どれだけの過去があって左腕があんな風に変貌し人間離れした力を得たのか。

否、あの冷めた表情を見たトンプソンはナオキが望んで力を得た様には思えなかった。

もし、なんらかの事故や非人道的な実験でああなってしまったというなら、今までどんな生活を送って来たのか。

 

ナオキの異常性に引くどころか、今まで彼女の過ごした日々に興味を強く抱いたトンプソンたち人形たちは何度もナオキに話しかけ続けて交流を図ろうとした。

しかし、自身の異常性で誰も信じられなくなるほど冷め切った彼女の心は簡単に溶かせなかった。

 

それでもトンプソンを始めとする人形たちはめげずに交流を続け、前線でも肩を並べて戦うことで信頼関係を深めようとした。

積極的な人形たちの押しにナオキも少しずつだが反応するようになり、今ではわずかに笑みを浮かべる位に人形たちを交流するようになった。

 

トンプソンもナオキをお嬢と呼び、一緒に過ごして可愛がるようになった。

前線では頼もしい戦友として、プライベートでは甘やかしたりと出会った当初よりも関係が深まっていった。

 

作戦が成功した後に飲む勝利の美酒よりもナオキと共に過ごすことが多くなったトンプソンの日常はダーティワークをこなしていた日々よりも色鮮やかとなり、失うのが惜しいとまで思うようになっていた。

 

故に、ナオキを脅かす敵にはとことん容赦はしない。

たとえば、彼女の崩壊液で得られた異常性を研究目的に誘拐しようとする者らを皆殺しにするくらいには彼女との生活はかけがいのないものになりつつあった。

 

「……あ、が」

 

故に、敵となるなら人間でも容赦なく撃ち殺す。

ナオキの為になるダーティワークなら何でも引き受ける覚悟だった。

 

「ふぅ、ボス。オールクリアだ」

 

『生存者は?』

 

周りを見渡して血を流して絶命している集団の中に息のある者がいないかを確認し、かすかに虫の息の敵に向けて銃口を向け、

 

「いや、死体だけだ」

 

凍えるほど冷めた視線で見下しながらトリガーを引いた。

 

『OK。宿舎でナオキがボーナス(勝利の美酒)を冷やして待ってるわ』

 

「ほぉ、いいねぇ。お嬢との晩酌なら大歓迎だ」

 

宿舎にナオキが待っていると聞いて、冷めた視線だったトンプソンに明るい表情が灯る。

それだけナオキと過ごせるのが嬉しいと知っている反面、彼女の為にこんな汚れ仕事を任せていることにハヅキは目を伏せて、

 

『……ごめんなさい、トンプソン。いつもこんな面倒なこと任せて』

 

「よせよ、ボス。当然のことをしてるだけさ」

 

無線越しに申し訳なさそうに謝るハヅキに微笑して当然のことだと当たり前のように言い放った。

すべてはナオキの平穏の為、彼女が気負わなくて済むように自分だけが汚れればいい。

それが、戦術人形トンプソンとしてのあり方だと信じて。

 

 

 

 



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Day3. 私は、あんたの敵を殺す為に生まれてきた

 基地司令部での業務は対鉄血作戦行動だけではなく。

軍や他所の基地司令部所属の戦術人形部隊への友軍支援、未確認地域への偵察、物資輸送の護衛などの後方支援任務を行っている。

 

姉妹たちが管理する基地司令部では対鉄血作戦行動には第一、第二、第三、第四部隊が割り当てられ。

残りの部隊が後方支援任務へ赴く形で運用されている。

部隊編成もそれぞれ適任だとハヅキが判断した人形たち選抜して部隊に振り分けており、固定したメンバーでの出撃はあまりない。

 

だが、部隊リーダーに関してはほぼ固定しており。

ハヅキに使えると判断された人形たちが部隊リーダーを務めることが多く、もし実力さえ認められればリーダーとして抜擢されることもある。

 

エリート人形のWA2000も最初は適任と判断されて選ばれなければ、作戦行動部隊の一員になれるかどうか分らないポジションだったが、献身的な行動のおかげでハヅキからの信頼を得て部隊リーダーとして抜擢された経緯がある。

だが、リーダーとして抜擢される前はエリート人形として造られた自分の実力を理解していないような扱いに憤慨する場面もあり、戦術人形の性能よりも実力と経験を重視するハヅキの方針に怒りを抱いていた。

 

その怒りは人間でありながら、前線指揮官として部隊に同行するナオキにぶつけられた。

そして、その怒りをぶつけられたナオキは白黒を付けるためにハヅキの許可を得て一対一の模擬戦を行い、WA2000を徹底的に叩きのめした。

 

「……口だけなら達者に言える。認めて欲しいなら実力で示しなさい」

 

「……ッ!!!!」

 

敗北したWA2000を冷めた目で見下し、口を動かすより態度で示せと言われたWA2000は己の不甲斐なさに拳を叩きつけるしかなかった。

傭兵家業を生業にしていた割にか弱そうな見た目をした少女にあっさりと敗北した自分が情けない。

手痛い敗北を味わったWA2000はその経験を胸の中に刻み込み、ハヅキが求めている実力と経験で自身が優れていると証明する為に下された命令に忠実に従う様になり。

前線指揮官として帯同するナオキと競う様に功績を貪欲に求め続けた。

 

対するナオキも敗北を経験して変わったWA2000に意外だなと感心し、前線で活躍する彼女に目をかけ始め。

ハヅキもナオキとの模擬戦で敗北を学んだWA2000の前線での活躍に実力を認め始め、部隊リーダーとして抜擢するようになった。

ようやく実力が認められて部隊リーダーの地位を得た彼女はそれで満足せず、自身が受け持つ部隊で更なる功績を求め続けた。

 

しかし、功績を求め続けるあまり盲目になっていまい。

とある対鉄血作戦で目標を深追いしすぎて包囲されて窮地に陥ってしまう。

孤立無援となってしまったWA2000の部隊は身動きが取れず弾薬とダミー人形を消費していき、このままでは全滅は免れなかった。

 

自身のミスで部隊を危険に晒した事を激しく後悔するWA2000。

ようやく実力が認められて部隊リーダーの地位を手に入れたのに、こんなところで終わってしまうのか。

実力と経験という自身の物差しで人形たちを見るハヅキを見返し、人間であるナオキに敗北したリベンジをせずに終えてしまうのか。

 

否、諦めてなるものか。

たかが鉄クズ人形相手にやられてやるものか。こんな窮地、自身を犠牲にしてでも部隊メンバーを生還させて見せる。

それが、部隊リーダーとして優秀な人形たちを生かすためにやるべきことだ。

 

「指揮官、聞こえる?」

 

『ええ、まだ元気そうでよかったわWA2000。

すぐに救援を向かわせるからそこで、』

 

「聞いて。私たちはここで何が何でも敵を釘付けにするから、前線司令部の制圧を優先して」

 

救援を向かわせるというハヅキの提案を退け、自身たちで囮役をするという提案をする。

 

『なに馬鹿言ってるのよ。

どれだけの数の鉄血があんた達を包囲しているか分かっている?』

 

「いいの、これは深追いし過ぎた私のミスよ。

このミスは囮という形で挽回させてもらうわ」

 

『……消耗が激しいのにどうやって時間を稼ぐ気?』

 

既に包囲されてから弾薬とダミー人形の数が心許ないのを把握している上で、どうするのかと問う。

 

「私たちを包囲している鉄血のどの側面でもいいから部隊で攻撃させて、攻撃の手を少しでも緩めてもらえれば時間は稼げる。

その間に……ナオキに部隊を預けて前線司令部を制圧させて。目標の座標を送るわ」

 

『それでも長くは持たないし、前線司令部にたどり着くのに時間が掛かるわ』

 

幾ら側面から攻撃させたとしても包囲の中にいるWA2000の部隊に掛かる負担は少ししか減らせない。

それでも彼女は持たせてみると宣言し、

 

「大丈夫よ。ナオキなら、やってくれるわ」

 

『随分とナオキを信頼しているのね。意外だわ』

 

いままでは人間の癖に前線に出るなんて危険すぎると言っていたWA2000から出たナオキへの信頼の言葉。

それは幾度もナオキと共に前線で戦い、その実力と異常性による力を目の当たりにしたからこそ出てくるものだった。

 

『ハヅキ。ワルサーの提案に乗ろう』

 

そしてナオキもWA2000の成長を間近で見ているからこそ、彼女の言葉に嘘偽りはないと信じることできた。

 

『……いいわ、WA2000。

ナオキが前線司令部を制圧するまで耐えきることが出来れば、包囲している鉄血人形を無力化できる。

それまで何が何でも生き抜きなさい。すぐにトンプソンの第一部隊に側面を攻撃させるわ』

 

「了解っ! ナオキ、頼んだわよ!」

 

『んっ。精々、わーちゃんも死なない様に頑張って』

 

「わーちゃん言うなっ!!」

 

こうしてWA2000の第二部隊を囮とする形で手薄になった前線司令部の制圧に乗り出したナオキ率いる第三、第四部隊は遠回りする形で前線司令部へ向かう。

それと同時に第一部隊による側面攻撃が始まり。

包囲している一部の敵がそちらに意識が向き、第二部隊への攻撃が若干だが少なくなる。

 

「皆、聞いて。私たちはこのまま包囲している敵を釘付けにするわ」

 

消耗しきって限界が近い部隊メンバーに向かって作戦の継続を宣言する。

WA2000とハヅキのやり取りを聞いていたメンバーはやることは理解しているものの、この状況で戦いを続けるのは不可能に近かった為か、メンバーの面々には不安の表情が浮かんでいる。

 

「限界なのはわかってる。

私の所為でこんな状況に陥って、まだ戦わせるのかって思うのも仕方ないわ。

でも、生き残るために。生きて帰るためにもうひと踏ん張り頑張ってほしい」

 

生きるため。戦うために造られた戦術人形である自分たちが生きる為に戦う。

WA2000の生きる為に戦えという言葉に感化され、このままただ鉄血にやられるより一矢報いてやろうと奮起し始める。

 

「いい? あいつなら……ナオキなら絶対成功させてくれるわ。

あいつを信じて。さぁ、奴らに目に物を見せてやりましょう!!」

 

彼女の言葉を皮切りに残りの弾丸を全て包囲している鉄血の脳天にぶつけるように、銃を構えて引き金を引き始める。

包囲されて弱っているはずの第二部隊からの思わぬ反撃に鉄血は驚き、勢いに飲まれて包囲網が若干だが乱れ始めた。

その隙を見逃さず乱れた場所を重点的に攻撃を集中させ、包囲網の一部を破ることに成功した。

 

「よし! このまま敵の目をこっちに―――ッ!!」

 

このまま包囲を突き崩すつもりで攻勢に打って出ようとするが、敵から放たれた弾丸がWA2000の脚部に直撃し、体制を崩してしまう。

 

「ワルサーッ!!」

 

部隊メンバーのスプリングフィールドが撃たれたWA2000のもとへ駆け寄ろうとするが、それを手で制して、

 

「大丈夫よッ!! そのまま攻撃を続けて!!」

 

「ッ! ですが!!」

 

「この程度、どうってことはないわ!!」

 

撃たれた脚部を無理やり動かして体制を立て直して射撃を再開する。

 

『WA2000、ナオキから前線司令部に到着したと連絡が入ったわ。あと少しの辛抱よ』

 

「了解! 皆、あと少しだけ頑張って!!」

 

ナオキたちが前線司令部に到着したとの知らせを聞いた第二部隊はあと少しで勝利できると確信し、攻勢に転じようとするが、

 

「リーダー! 弾薬が持ちません!!」

 

「くっ! こっちも弾薬がもうないわ!」

 

消耗しきっていた所為もあってか既に弾薬が底をつき始めていた。

 

「あと少し、あと少しで勝てるわ!!」

 

それでも諦めない、諦めてなるものか。

勝利が目の前にあるというのにこんな所で終わるわけにはいかない。

最後の気力を振り絞って一発一発の弾丸を鉄血人形の眉間へと確実に仕留めていく。

しかし、

 

「ッ! 弾が……!!」

 

あと少しだというのに最後の一発まで打ち尽くしてしまい、弾切れになった愛銃。

もはや、抗う手段のないWA2000にはどうしようもなかった。

仲間たちも弾薬が切れ始めて応戦できなくなったのを皮切りに、包囲している鉄血部隊がなだれ込んでくる。

ここまでか、と瞑目してその場に膝をつく。

 

「ッ!? ワルサー!!」

 

迫る鉄血人形。悲痛な声音でWA2000を呼ぶスプリングフィールド。

自分にできることはすべてやり切った、あとは部隊メンバーの皆が生き残れればそれでいい。

自身の招いた失態は自身の手で挽回する。その為に、自分にできることはもう、ない。

 

「―――諦めるのはまだ早いよ、ワルサー」

 

「えっ?」

 

死を覚悟した彼女の耳に聞こえるはずのない声が聞こえ、目を見開く。

そこには迫りくる鉄血人形を変異した左腕の刃でまとめて切り裂きながら、鉄血前線司令部攻略の指揮を執っているはずのナオキが上空から滑空して舞い降りてきた。

 

「な、んで……?」

 

「あとは全部、ナガンたちに任せておいたから大丈夫。

さぁ、こんな所で座って休んでる暇はないでしょ。ワルサー?」

 

そう頼もしい声音で言いながら、背中に背負ってるバックパックから弾薬を取り出してWA2000に差し出す。

まだ、戦えるはず。そう目で語るナオキをしばらく見つめていたWA2000だったが、

 

「ふっ、諦めるのはまだ早い、ね。……その通りだわッ!!」

 

差し出された弾薬を受け取るとすぐさまリロードし、押し寄せる鉄血人形に向かって撃ち始める。

 

「さぁ、皆! 調子に乗って攻めてくる奴らに目にもの見せてやりなさい!!」

 

ナオキからもたらされた弾薬補給で息を吹き返した第二部隊は勢いを取り戻し。

勢いづいて攻め寄せて無防備な姿を晒している鉄血に弾丸をお見舞いする。

勝利の女神(ナオキ)という増援を得た第二部隊にもはや負けるという考えはもはやない。

 

『……全部隊に通達。敵、前線司令部の制圧が完了したわ』

 

故に、勝利するのは必然的な事となるのだった。

 

「了解。こちらも鉄クズどもの機能停止を確認したわ」

 

前線司令部を失い指揮系統が失われた鉄血部隊は完全停止した。

 

『よくやったわ、WA2000。

あんた達が敵の目を釘付けにしてくれたおかげで勝利できたわ』

 

勝利。確かに結果的にはこの地域の鉄血勢力を全滅することができたが、その為に犠牲を強いられた第二部隊メンバーを窮地に立たせた責任は重かった。

 

「いいえ、結果的には勝ったけど。

私が部隊を危険に晒した事は拭えない。……処分はキッチリ受けさせてもらうわ」

 

だからこそ、WA2000はハヅキに処分を申し出た。

 

「功を焦って部隊を危険に晒す部隊リーダーはリーダー失格よ

だから、リーダーの役目を降ろさせてもらうわ」

 

自身にリーダーを名乗る資格はもはやない。

メンバーを窮地に立たせておきながら、囮として敵の目を引き付けさせる作戦を行う自分には向かない役目だと思ったWA2000は自らリーダーを降りるという提案をする。

 

『確かに、あんたが功を焦って前に出過ぎたのは不味いわね』

 

「だから、」

 

私にはリーダーは相応しくない。そう言おうとしたが、

 

「でも、ワルサーが諦めてたら第二部隊は全滅してた。

諦めずに敵を釘付けにして前線司令部を手薄にできたからこそ攻略ができた」

 

ナオキがWA2000が諦めずに最後まで敵を引き付けて前線司令部の攻略を支えた実績は変えようがない事実だと発言して擁護する。

 

『確かに、彼女の提案のおかげで比較的抵抗を受けることなく前線司令部は制圧できたわね』

 

「部隊を危険に晒したのは許されない。

けど、ワルサーはその失態を囮という形で挽回して、かつ部隊メンバーを最後まで守った実績もある」

 

『だから、今回の失態は帳消しにしろと?』

 

「そうは言わない。

けど、リーダーとして最後まで諦めず最善を尽くしたのは評価すべきだと思う」

 

ふむ、とナオキの進言を受けたハヅキは思考する。

功績を得る為に焦って深追いし過ぎたのはリーダーとしては判断ミスだ。

しかし、そのミスを逆手に取って囮として敵を引き付けるという提案をして実行に移して、見事に成功させた功績は大きい。

 

「いいのよ、ナオキ。私は部隊の皆を危険に晒した。それは揺るぎようのない事実よ」

 

『そうね。あんた一人だけじゃなく部隊の皆を危険に晒したのはよくないわ』

 

でも、とハヅキはWA2000を通信越しに見つめながら、

 

『でも、最後まで部隊の皆を見捨てずに、作戦の成功に貢献した実績は大きい。

故に、今回は不問に処すということでいいわ。わかった、WA2000?』

 

「っ! でも!」

 

それでも納得のいかないWA2000だが、ハヅキは有無を言わさぬ態度で話は終わりだと言うように通信を一方的に切ってしまう。

そんな責任の念に押しつぶされているWA2000にナオキは優しい声音で、

 

「わーちゃん。もし責任をすごく感じてるなら逃げずにリーダーを続けて欲しい。

今の貴女は部隊リーダーとして失敗を経験して学んだ。その経験を活かして次は頑張ろう?」

 

「……ナオキ」

 

WA2000の肩に優しく手を添えながら大丈夫と断言してくれるナオキに目頭が熱くなる想いだった。

 

「ワルサー。貴女が最後まで諦めずに私たちを導いてくれたから戦えた。

貴女のおかげで、私たちは最後まで戦い抜こうと思えたんですよ? だから、リーダーを続けてください」

 

スプリングフィールドや他のメンバーたちの優しい言葉や視線に涙が止まらなかった。

 

「あ、ありがとう。みんな、ありがとう……!」

 

こうして最大のミスを犯しながらもナオキや部隊メンバーの皆の支えもあって部隊リーダーとしての信頼をハヅキから得られたWA2000は、以降も部隊リーダーとしてハヅキの指令に忠実に答えるようになり。

仲間の皆にも部隊リーダーとしてたくさん頼られるようになり。

そして、自身を最後まで信じてくれたナオキの為にできる事はなんでもするようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、ナオキの為になんでもする。

ナオキの為ならたとえ火の中水の中でも駆け付ける所存だった。

だから、その為ならナオキを狙う敵を殺すことは厭わなかった。

自身を信じて守ってくれた彼女に仇なす敵は全員、自分の殺すべき敵だと確信して。

 

「むぅー! むぅー!!」

 

「ギャーギャーうるさいわね。少しは観念して黙りなさいよッ!!」

 

とある廃墟ビルの一室にて、猿轡をされて床に拘束されて喚いている男の脇腹を踏みつける。

踏みつけられて苦痛にもがく男を見下しながら、今回の任務の内容を再確認する。

ナオキの異常性を研究目的に利用しようとしている組織の一員たちの一人だけを捕縛して残り全員は皆殺しにする。

床に寝そべっているこの男以外の奴らは全員、すでに始末を終えている。

 

『まだ殺しちゃ駄目よ、WA2000』

 

今作戦の指揮を執っているハヅキから殺すなと念を押され、床で傷みに悶えて這いつくばる敵を嘲笑うように、

 

「わかってるわよ、指揮官。喋れる程度には手加減してるわ」

 

躊躇なく反対側の脇腹を蹴りつけた。

 

『よろしい。トンプソンと他のメンバーたちで残りの奴らの始末は終えたわ。

そこで合流してそいつを連れて帰ってきなさい』

 

「そう、残念ねぇあんた? 仲間はみーんな死んだらしいわよ?」

 

「むぐー!」

 

冷めた目で仲間は全員死んだと聞かされた男は命乞いをするかのようにのた打ち回る。

この後、拘束されてる男に起こることを理解しているWA2000は今さら命乞いしたところで死は免れないのにと、男の最後の抵抗を滑稽だと嘲笑う。

 

「おいおい、あんまり虐めてやるなよ。WA2000?」

 

そんな嘲笑う彼女を形だけで嗜めながら、全身が返り血に染まっているトンプソンが部屋に入ってくる。

 

「あら、別に虐めてなんかいないわよ。

この後、無様に命乞いして死ぬ奴を虐めても何も楽しくないわ」

 

「こいつを殺すのはボスが聞きたいことを喋らした後だ」

 

「ええ、いっそ今ここで死んだ方が楽だと思うくらいの拷問を受けながらね。

ねぇ、知ってる? あんたはこれから指揮官のえげつない拷問を受けるのよ」

 

「ああ、うちのボスはお嬢の敵に対しては容赦がないからな。

今のうちに知ってることをまとめて話せるようにしておくのが賢明だぞ?」

 

「まぁ、正直に話したからといって楽に死ねるわけじゃないけどね」

 

目の前でこの先自分に引き起こる出来事をペラペラと楽しそうに話す人形たちに男は恐怖した。

 

「ていうか、随分とご機嫌そうねトンプソン。なにか良いことでもあった?」

 

「ああ、お嬢が宿舎で晩酌の準備をして待ってると聞いてね。

早く仕事を済まして帰りたくてウズウズしてるのさ」

 

「へぇ、羨ましいわね。私もナオキに何かしてもらおうかしら」

 

「言っておくが、先にお嬢を独占する予定を入れてるのは私だからな」

 

「はいはい、わかってるわよ」

 

もはや男など眼中にあらず。

この後の予定を楽しそうに話す二人に男は考えるのをやめて意識を手放した。

男が起きる頃には防音対策がしっかりと完備された専用の個室にて、満面の笑みを浮かべて拷問道具を一通り揃えて待っているハヅキが目の前にいるとは露知らず。

 

『今回はごくろうさま、みんな。おかげで新たな情報源が手に入ったわ』

 

「はっ、こいつがその新たな情報源に値すればいいがな」

 

『ふふ、それはその男次第ね。ともかく、二人ともありがとう』

 

「別にお礼なんていらないわよ、指揮官」

 

ハヅキの労いの言葉に当然のことだと言いながら、

 

「私は、殺しの為だけに生まれてきたの」

 

それが戦術人形『WA2000』として存在する意義だと宣言する。

すべてはナオキを仇なす敵を殺すために、自分は存在する。

殺しの為に生まれた自分が愛しい人のために戦える喜びを噛み締めて、いつも通りの日々へと戻っていく。

 

 

 



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Day4. 子を想う親の気持ち

 朝から執務室に到着して早々に、システムデスクの上に山のように積まれた報告書を見てウンザリとした表情を浮かべる基地指揮官のハヅキ。

そんないつも通りの表情を毎日しているのを見ているスプリングフィールドは、笑みを浮かべながらコーヒーメーカーが置いてある棚へと向かい、彼女好みのコーヒーを作り始める。

 

「いつものね」

 

「はい、砂糖四つとミルクですね」

 

いつものと聞いてそれを砂糖を四つとミルク入れることを理解してるスプリングフィールドは振り向くことなくテキパキと行う。

 

「はぁ……。書類なんてみーんな燃え尽きればいいのに」

 

忌々しそうにそう呟きながらシステムデスクに座り、山積みされている書類の一枚を取って内容を確認してサインが必要なら書き、判を押す必要があれば押す。

そういった作業を黙々とこなしていると横から出来立ての砂糖四つとミルクが溶け込んだ甘くマイルドなコーヒーが差し出される。

 

「ありがと、スプリング」

 

「いいえ、おかわりが欲しければいつでもどうぞ」

 

「ん、よろしくね」

 

労いの言葉を掛けつつ、書類にサインをしながらコーヒーを啜る。

程よい甘さのコーヒーで脳が徐々に目覚め始め、少しだけだがやる気を出して書類作成に精を出し始める。

 

調子が上がってきたハヅキの様子を見て大丈夫そうだと思ったスプリングフィールドは、副官用のデスクに座って書類作成の手伝いを始める。

無論。コーヒーがなくなりそうなタイミングを見計らって、おかわりの準備も抜かりなく行えるように意識をしながら。

 

書類作成をしている最中でも後方支援任務を終えた人形たちからの報告書を随時、受け取りながら徐々に増えていく報告書に若干、イライラする場面もあったが。

作戦行動のない日は大抵、こういった書類作成で一日を終えることが多く。

イライラを鎮める為に砂糖とミルクが入ったコーヒーを飲んで紛らわし。

カップの中身を切らさない様にスプリングフィールドが気を回しておかわりを入れるといったルーティンを日々、繰り返している。

 

「ただいま戻ったのじゃ、ハヅキ」

 

そんなルーティンをこなしていると、作戦から帰投してきたナガンが執務室に少し返り血を浴びている状態で入室してきた。

 

「……ああ、お帰りナガン。首尾は上々だった?」

 

「ああ、特に妨害されるなどの問題は全くなかったぞ。

他の皆は先に宿舎に戻っておるから、報告はわしだけで行うがよいかの?」

 

「構わないわ。それで、例の情報源の奴はどう?」

 

例の情報源の奴。

その言葉から察するに例の組織がらみの件だと理解したナガンはふっ、と鼻で笑いながら、

 

「ああ、例の愚か者共の一員は未だぐっすりと眠ったままじゃ。

おぬしが営倉に行く頃には目が覚めて、恐怖に怯えて待っていることじゃろう」

 

「そう、可哀そうだこと。

例の組織の雇われの身だという理由で奴はこの後、どんな目に合うのかしらね?」

 

「おいおい、それをおぬしが言うのか?」

 

その雇われの身に何が起こるのかはハヅキ次第だというのに、まるで他人事のような物言いに呆れるナガン。

 

「ふふ、そうね。それは私の気分次第だものね」

 

そう、ハヅキの気分次第で早く死ねるか、長く苦しんで死ぬかは決まる。

これから起こることを考えれば、例の情報源の奴はどうあがいても死んで引き渡される運命なのは確定していた。

 

「ふぅ、全く。……自業自得とはいえやり過ぎてはいかんぞ?」

 

「あら、奴の心配してあげるの? お優しいことで」

 

「馬鹿者。おぬしの心配をしておるのじゃ」

 

思わぬ心配の言葉をナガンから投げかけられたハヅキは思わず目を丸くする。

何故、自分なんかの心配などするのだろうかと首を傾げるが、ナガンは分かっていないハヅキの様子にため息を吐いて、

 

「おぬしもナオキ同様、無茶をし過ぎるのじゃ」

 

「私が? ナオキみたいに敵陣に突っ込むくらいの馬鹿をやるっていうの?

ちょっと、冗談にしては笑えないわよナガン」

 

「わしが冗談で物を言うと思うか?」

 

ナガンの真剣な声音で「冗談は言っていない」という物言いに、これは茶化せる場面じゃないなと理解したハヅキは作業している手を止める。

 

「じゃあ、何? 私がどう無茶してるっていうの?」

 

「おぬしが進んで拷問紛いなことを進んでやることがじゃよ。

知りたいことを知る為とはいえ、人を痛めつけて楽しむフリをするのも楽じゃなかろうて」

 

「別に、敵から知りたいことを吐かせるのに手段なんて選ぶ必要なんてないし。

今さら、人を死ぬまで痛めつける程度で私が心を痛めるとでも? 笑わせるわね」

 

人を痛めつけることに罪悪感はあるのか?

そう聞かれればハヅキはたった一言、「そんなもの(ナオキ)と二人で生きる為に最初に捨てたもの」だと言って終わりだ。

幼い頃に育ててくれた母親を軍の爆撃に巻き込まれる形で失い、妹のナオキも左腕を切断するほどの重傷を負わされた時から良心なんてものは無いに等しかった。

 

自分たちから母親を奪ったのは人、妹の左腕を切断するほどの重傷を負わせて治療という名目であんな腕にしたのも人。

今さら、人を信じることをやめた自分に罪悪感などあるわけがない。

故に、妹をあんな腕にした元凶である組織に雇われた奴に遠慮などしない。

 

「いや、わしにはわかる。

おぬしは進んで人を痛めつける奴ではない」

 

それでも、ナガンはハヅキに面と向かってお前はそういう人ではないと断言する。

 

「だから、なにを根拠にそう言えるのよ?」

 

何の根拠もない言い草に少しだけ声を荒げてしまう。

しかし、そんなハヅキに怖気づくことなく笑みを浮かべながら、

 

「普段からおぬしを見てるわしが言うんじゃ。間違いはない」

 

投げかけられた言葉は、ただ普段からハヅキを見ているからという全く根拠が混じっていないナガン独自の持論だった。

思わぬ暴論に近い持論に拍子抜けしてしまうハヅキ。

 

「育ての親でもないのにわかるっての?」

 

「短い付き合いだからこそ、わかるものがあるんじゃよ」

 

訳の分からない持論にしかめっ面をしているハヅキの頭を優しく撫でながら諭すように言うナガン。

 

「おぬしたちと初めて会った時のことを覚えておるか?

あの時のおぬしらときたら、誰にでも構わず噛みつく狂犬のようじゃった」

 

ハヅキとナオキが戦術人形指揮官として赴任した当初は人も人形も同じく信用に値しないと会っただけで分かるくらい敵意を隠しきれてなかった。

自分たちの命令通りに動けばいい、従わなければ処分すればいい。

その為に前線にはナオキを監視役として随行させて逐一、不審な行動をしないかと目を光らせていた。

 

人間のナオキが自分たちと共に前線に赴かせると聞いた時は疑問の声を挙げたが、当のハヅキは聞き入れず、ナオキも問題ないと言って退けた。

見た目からも分かるくらい、か弱そうなナオキが前線に赴くなど足手まといになるのではと当然のことながら思われた。

しかし、か弱い見た目とは裏腹に敵陣に真っ向から突き進む姿を見た人形たちは驚きに目を開かせることになる。

 

左腕の異常性を活かした戦法で敵を容赦なく殲滅するのを見せられ、驚くなというのが無理がある。

そんなナオキを見て驚嘆する人形たちの中で唯一、敵陣に突っ込んで無茶をしたことで叱り付ける人形がいた。

 

「そういえば、ナオキのアレを使った戦い方を見て驚く皆の中で唯一、叱り付けたのがあんただったわね」

 

ナガンだけは人間の身でありながら死ぬことを問わないような戦い方をするナオキを叱り付けた。

まさか人形に叱られるとは思わなかったナオキは目を丸くして驚いていたが、構うことなく彼女をその場に正座させて説教をし続けた。

そしてその説教の矛先はハヅキにも向けられた。

 

「実の妹を危険に晒すような真似をさせるなッ! って通信越しに怒られたのを今でも覚えてるわ」

 

血の繋がった家族を危険に晒すなと怒られたハヅキは、たかが人形如きが私に意見するなと反論したがナガンは聞く耳持たずに説教をし続け、帰投してからもハヅキとナオキを並べて正座させるほどの迫力で説教し続けた。

 

それ以降もナオキが先陣を切ろうとすれば咎め、それを容認するハヅキを叱るなど。

まるで実の親のように二人が間違っていることをすれば叱り付け、正しいやり方で良い結果を出せば褒めるようになった。

 

人形など人間と同じで信用できないと考えていた姉妹だったが、ナガンの愛情がたくさん詰め込まれた叱咤に徐々に変わり始め。

最初に変わったのは人形たちと共に前線で戦うナオキが共に戦う中で信頼を深めていき、笑みを浮かべて話せるようになり。

ハヅキもそんなナオキを見て彼女らと関わるのは良い刺激になるのだろうと思い始めたのを皮切りに、自身も人形を副官として使うようになるほど信頼を深めていった。

 

そして、その信頼はハヅキとナオキが内に抱えている問題にも携わらせてくれるほどに深まってきた。

その証として部隊リーダーとして固定されている人形たちを例の組織絡みへの作戦を任せるようなった。

 

「『第十七研究資料室』。

彼の組織に関する作戦をわしらに任せるようになってからじゃよ。

おぬしが進んで人を痛めつけて楽しむ性格ではないと知ったのは」

 

「……」

 

「組織に雇われた傭兵どもを皆殺しにしたトンプソンに申し訳ないと謝ったり。

一人だけ生かして確保したWA2000に感謝の言葉を述べたり。

他にもたくさん、わしらに対して申し訳なさと感謝を伝えるようになった」

 

それがわしがハヅキがそんな性格ではないという根拠じゃよ、と頭をわしわしと撫でながら断言するナガン。

もはや何も言えなくなっていたハヅキはただ撫でられるがままにされる。

撫でる手がとても温かく感じるのも、自分の本当の気持ちをわかってくれるナガンの優しさが嬉しいのも、全部目の前で笑顔で我が子のように愛してくれるナガンの所為だと心の中で呟きながら、彼女の胸の中に顔を埋める。

 

「バカ……」

 

「ふふっ、世話が焼けるのじゃ。おぬしらは」

 

胸の中に顔を埋める我が子(ハヅキ)を優しく抱きしめ、耳元でそう呟くナガンの表情は本当の親のように優しく、抱きしめる体は人を模した造り物なのに温かく頼もしかった。

 

「ふふ、大変ですね。お母さま?」

 

「コラっ。誰がお母さまじゃ」

 

子供のようにナガンに抱きしめられるハヅキを見ているスプリングフィールドも微笑ましい場面に笑みを溢しながらも作業の手は止めずに茶々を入れてくる。

 

「ナガン。大好き」

 

「うむ。わしも、おぬし達を愛しておるぞ」

 

だから、あともう少し、このままでいさせて。

時間の許す限り、ハヅキはナガンの優しさに甘え続けるのであった。

子供の頃から親に甘えるという当たり前の事が少ししかできなかったハヅキやナオキにとって心を許して甘えられるナガンは、血の繋がらないもう一人の母親のような存在となりつつあり。

ナガンも本当の我が子のように愛することに疑問を抱くことなく、ハヅキとナオキを常に見守り続けることを誓うのであった。

 

 

 



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Day5. 眠れない夜を貴女に

 チカチカと点いたり消えたりする明かりに照らされながら、椅子に手足を縛られて座らされてる男は目の前の悪魔(ハヅキ)から絶え間なく与えられる激痛に悲鳴を上げ続けていた。

火がくべられてるドラム缶の中で赤くなるまで熱された先っぽが尖っている鉄棒を片手にハヅキは無邪気な笑みを浮かべながら、

 

「最近の雇われ連中は、いい声で鳴くわねぇ」

 

熱で真っ赤に染まる鉄棒を男の上半身に押し付ける。

肉を焼く音が部屋中を鳴り響かせ、焼く音と同時に男の悲鳴も甲高く響く。

 

「いぎゅがぁぁぁぁぁっっ!!!! や、やべでぐでぇぇぇぇぇぇッッッ!!???」

 

「そう言わずに。もっといい声で泣き喚きなさいな」

 

既に男の体中はハヅキからの拷問による火傷によって皮膚は爛れてボロボロの状態だった。

手足も爪が剥がされて血だらけで、口からも歯を幾つか強引に抜かれた所為で血が零れ落ちている。

机の上に置かれてる拷問道具に付着している血を見れば、どれだけ長時間の拷問を受け続けたか目に見えてわかる。

 

本来であれば目の前の男は第十七研究資料室に関する情報源として捕らえたのだが、金で雇われた傭兵でしかない男からは対した情報は得られなかった。

無論、そんなことは分かっていたハヅキは最初から期待などしていなかった。

だが、それでもこの男は妹のナオキに危害を加えようとした事実は変わらず。

 

「あははははっ!! ねぇ、どんな気分? 

か弱い女の子(ナオキ)を誘拐しようとしたけど、逆に自分以外の仲間を全員殺されて拷問を受ける気分はどう?」

 

ただ単純に男が苦しむのを見ながら笑って煽り、痛みに苦しむ男への拷問する手を止めない。

鉄棒の熱が冷めてきたら火が焚かれてるドラム缶に戻して、机の上にある別の拷問道具で痛めつける。

竹べらを使い爪を剥がす、専用のペンチで歯を強引に抜く、熱した鉄棒を体に押し付ける。

それらを男が死ぬかハヅキが飽きるまで延々と続けられる。

もはや男には死ぬ以外の選択肢は残されておらず、それがハヅキが飽きて撃ち殺すか拷問の激痛で死に絶えるかは男次第だ。

 

「さぁ、ショーはまだまだ始まったばかりよ。お楽しみは、これからよ♪」

 

もっとも、そんな目に合うのは男の自業自得だというのを忘れてはならない。

 

 

 

 

 

 

「~~♪」

 

 やるべきことをやり切って気分よく鼻歌を歌いながら拷問部屋から出てくるハヅキ。

時刻は既に夜中となっており、言うまでもないがさっきまで拷問を受けていた男はしかるべき末路を辿ったと言っておこう。

 

「長かったわね、指揮官? 待ちくたびれたわ」

 

拷問で血に汚れた手を布で拭きながらインカム越しに「あとはよろしく」と別の者に死体処理を任せて私室へと戻ろうとしたハヅキに、部屋の前で彼女が出てくるのを二体の人形が書類の紙を片手に待っていた。

 

「あら? ネゲブにウェルロッドじゃない。なにか用?」

 

「なにか用? じゃないわよ。

指揮官に頼まれた調べ物をまとめた報告書を持って来たのよ」

 

「……ああ、そういえば二人に任せてたわね。

ごめんごめん。それで? 例の情報源の所持品の中から第十七研究資料室に関する情報はあった?」

 

頼みごとをしていた本人が拷問に夢中で忘れてたことに呆れるネゲブに軽く謝り、結果はどうかと問う。

 

「いいえ、いつもと同じく大した情報は得られませんでした。

唯一、わかっているのは雇われの傭兵たちを雇ったのは『CISS』だという事以外は何も」

 

「そう、か。やっぱりこういう荒事はCISSが関わってるのね」

 

ウェルロッドMkⅡから手渡された報告書にはいつもの情報以外は何も書かれていなかった。

情報源の男が所持していた所持物の中からデータを保存できそうな物を片っ端から調べ、第十七研究資料室に関する情報を探させていたが、ただ金で雇った傭兵に与える情報などたかが知れており。

唯一、分かることは傭兵を雇う雇用主が『CISS』という組織だということ以外は何も得られていない。

 

「チッ、結局こっちに回されてくるのは捨て駒の傭兵どもだけ、か。舐められたもんね」

 

あのクソアバズレ女めと忌々しそうに吐き捨てるハヅキ。

第十七研究資料室に関する調査に携わると大抵はCISSがナオキを誘拐するために雇った傭兵連中と鉢合わせることが多く、その殆どが捨て駒として切られるトカゲの尻尾にしか過ぎない。

それだけこちらの優先度が低いと見られているなによりの証拠だ。

 

「人の妹を勝手に実験に使っておいて、いい度胸じゃない……!」

 

傭兵程度の輩で手に入るなら行幸。

ナオキをその程度の価値にしか見ていない連中に腸が煮えくり返る思いで、手にしている報告書を握りつぶす。

奴らの求めている崩壊液によるコーラップス現象による分子構造の切断による物質崩壊からの逆コーラップス現象による特定の手順で再構成することで別の物を生み出す錬金術に似た能力を人の身に宿すというイカれた研究目的の為に妹の左腕がああなったと思うと。

第十七研究資料室に関わる奴らを全員、皆殺しにしなければ気が済まない。

 

「……ふぅ、何がともあれお疲れ様、ウェルロッド。

ネゲブも悪かったわね。通りがかったからって理由で手伝わせて」

 

「本当よ。

ただ通りかかっただけで手伝いをお願いされるなんて思わなかったわ」

 

本来であればウェルロッド一人に任せるつもりだった仕事だったが。

一人じゃ大変かなと思ったハヅキが偶然、通りがかったネゲブに有無を言わさず手伝わせたこともあって、少し申し訳なさそうにする。

 

「まぁ、その苦労に見合う対価を約束してもらったからいいわ」

 

「はいはい。ナオキとの訓練所の使用許可でしょ?

話は通してあるから、明日はみっちりとやり合いなさい」

 

「ええ、戦闘のスペシャリストとして常に本気で挑ませてもらうわ!」

 

手伝わせた対価としてナオキと一緒の訓練所の使用という別に優遇してもらう程のことではないだろうと思われるだろうが。

この基地でナオキと一緒に何かをするにも長い順番待ちが必要で、訓練一つでも多くの人形がナオキと共に行いたいと頼み込むことが多い。

その目的としては純粋に自身の強化に繋がるとネゲブのように考える人形もいれば、別の思惑で一緒に過ごそうとする考えの人形もいる。

 

「じゃあ、指揮官。明日はよろしくね」

 

「ん、ありがとね」

 

用事を済ませたネゲブはハヅキのお礼に手を軽く振りながら明日に向けての準備の為に宿舎へと戻っていく。

 

「ウェルロッドもご苦労様。あんたも何か欲しいものがあれば融通するけど?」

 

「いえ、私は特になにも」

 

「別に遠慮しなくていいのよ?

ネゲブたちみたいにナオキとやりたいことをやらせてくださいってお願いすればいいのに」

 

何か欲しいものはないかと聞かれて返答に詰まるウェルロッド。

そんな彼女にナオキとやりたいことをお願いすればいいと言われて、思いつくことは大してない。

トンプソンのように一緒に晩酌を共にしたり、ネゲブのように訓練に付き合ってもらいたいわけでもない。

 

「前線指揮官に何かをしてもらうだなんて、そんなおこがましいこと言えません」

 

「なにがおこがましいよ。

あんたには雑用みたいな役目を何度も引き受けてもらってるんだから、それくらい頼んだって罰は当たらないわよ」

 

「いえ、それでも私はなにも……」

 

「はぁー、なにを遠慮してんだか。少しは息抜きしても罰は当たらないわよ?」

 

良い意味でも真面目過ぎるウェルロッドの遠慮しがちな態度に嘆息し、どうしたもんかと考えるハヅキ。

すると、なにかをよい事を思いついたかのような悪戯っぽい笑みを浮かべて。

メモ用紙の紙を一枚取ってペンで裏表に何かを掻き始める。

突然のハヅキの行動に何をしているのか? と頭を捻るウェルロッドに何かを書いたメモを差し出す。

差し出されたメモの表面には「ナオキ」と前線指揮官の名前が書かれており、裏面には「SULRULWB WLFNHW」と不規則な文字列が書かれていた。

 

「これは、シーザー暗号ですか?」

 

不規則な文字列を見たウェルロッドは瞬時にこれが元の平文の文字を幾つかズラすのが特徴の暗号、シーザー暗号だと気が付いた。

常日頃から命令を暗号コードで求める彼女には朝飯前のことだろう。

そう思っていたハヅキも彼女の理解の早さに満足そうに頷いて、

 

「三文字よ。じゃ、今日は部屋に戻らないからごゆっくりと朝までお楽しみなさい」

 

「えっ、指揮官?」

 

三文字と今日は私室に戻らないという言葉を残して、そのままヒラヒラと手を振って去っていった。

悪戯っぽい笑みを浮かべて思いついた、このメモの内容になにが隠されているのか。

ハヅキが残した暗号解読の答えである三文字を使って、メモに書かれた元の文字から三文字ズレた暗号を元の平文に戻してみると。

 

「PRIORITY TICKET――――優先券? 前線指揮官の……優先、券。」

 

暗号化された文字の意味は優先券。表面に書かれたナオキと合わせて読むと、『ナオキ優先券』と直訳できる。

つまり、この紙切れ一枚でナオキと優先的になにかをできるということ。

 

「……」

 

たかが文字が書かれたメモにそんな効力があるとは思えない。

しかし、なぜかメモから視線が離せない。本人の承諾がないのに自分が彼女を独占していいわけがない。

だが、ハヅキの今日は部屋に戻らないという言葉の真意、

 

「私、は……」

 

それはつまり、今夜の指揮官の私室にはナオキ一人しかいないということ。

 

「……ふふ」

 

それを知っているのは今日、自分一人だけだということ。

気が付けば足が勝手に私室へと歩みを進めており、無表情だった彼女の表情はいつのまにか赤く染まった笑みへと変わっていた。

誰かに今の表情を見られていたら不審に思われていただろうなと内心自嘲しながら、私室の扉の前にたどり着いたウェルロッドは表情を引き締め、ドアをノックし、

 

「失礼します。……前線指揮官」

 

返答を待たずにドアを開けて私室へと入る。

そこにはトンプソンとの晩酌に付き合わされて疲れ切ってベッドに横になって寝てるナオキが下着の上にブラウスを一枚だけ羽織っただけという無防備な姿を晒していた。

開けたブラウスから覗き見える素肌から赤いキス痣がたくさん付けられているのが分かる。

恐らく、晩酌に付き合わされたトンプソンの為に『色々』と身体を使って接待をしたのだろう。

 

「ん、……誰?」

 

気配を感じ取ったナオキが寝ぼけ眼をこすってウェルロッドがいる方に頭を起こす。

そこには夜の闇で表情を隠したウェルロッドが立っていた。

ナオキが起き上がるのより早くベッドにまで近づいてきたウェルロッドは起きようとするナオキを手で制して、

 

「お疲れのところ申し訳ありません。

実は、指揮官からある贈り物を抱いたので今それを頂戴しようと思いまして」

 

ポケットの中からハヅキからもらった例のメモを取り出してナオキの手に握らせる。

手渡された紙に例の片面に暗号文とその反対面に自身の名前が書かれているのを見たナオキは、頭が覚めていない状態でなんのことなのか理解が追い付かなかった。

 

「優先券。前線指揮官―――ーナオキの優先券、ですよ」

 

普段は皆の前では前線指揮官と呼ぶウェルロッドだが、二人きりの場面ではナオキと呼ぶ時がある。

その名前を呼ぶ時の場面は限られている。それは、

 

「ナオキ。私は貴女がほしい」

 

彼女を自分だけが独占し体の隅々まで全部を自分だけのモノにできる時だけだ。

 

「えっ? ……んっ!?」

 

メモに気を取られていたナオキにウェルロッドがベッドに押し倒してきて唇をキスで塞がれてしまう。

両手を掴まれて逃れられないナオキは抵抗する暇もなく口内を舌で蹂躙されつくされ、舌と舌が絡み合うたびに生温い唾液の味を味あわされる。

 

「んんっ!! んっ、ぷはぁ!」

 

「んっ、ふふ。今夜は闇の中でたくさん戯れ合いましょう」

 

濃厚な口づけをし終えたウェルロッドはそのまま耳元で艶のある声で今夜は寝かせないと呟き、もはや抵抗する気力を奪われたナオキに抗う術はなく。

ただ、彼女になすがままにされるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、これ以上の情報は期待できそうにないわね」

 

 基地内の昼間はカフェで夜中はバーとして機能する場所にて。

考え事で夜を更かしてるハヅキが眉を曲げながら、バーカウンターの上に置かれた今までの報告書がまとめられたファイルを睨みつける。

第十七研究資料室に関する情報を今までの作戦で捕らえた雇われ傭兵から吐かせたり。

昔、組織の関連施設で保護されていた時に知り得たモノだけをまとめて分かったことは幾つかの事だけ。

 

『ミライ・キャロライン』。

十代半ばの頃に学会で発表した、崩壊液に関する研究レポートで脚光を浴び。

若年ながら政府公認の研究所の室長として抜擢される程の実績を持つ才女だ。

その政府公認の組織が第十七研究資料室で、表向きは崩壊液に関する研究を行うことを目的としている。

だが、実際にはキャロラインを中心にコーラップス現象による分子構造の分断からの逆コーラップス現象による特定の手順で再構成して別の物質を生み出すオーバーテクノロジーを人の身に宿す技術、『モーフィングマター』という研究を独断で推し進めている。

 

その研究の為に病院や保護施設などといった様々な公的機関から血液サンプルを集めて、少しでも耐性のあると判明した人を組織が運営する施設に様々な理由をつけて呼び出して実験を行った。

妹のナオキも左腕を切断するほどの重傷を負った際に病院経由でサンプルを得た第十七研究資料室が退院と同時に親を失い行き場のない自分たちの預け先となる組織が運営する保護施設に誘導した。

 

そしてナオキは左腕に何かしらの試験薬を投与されて、モーフィングマターの能力で紛い物の例の異常性がある左腕が再構成という形で生えた。

幾度の失敗を繰り返してきたキャロラインにとってナオキはようやく実現の目途が立った成功例で、様々なデータを取るために次なる実験へとフェーズを移そうとしたが。

そこに感づいたハヅキがナオキを連れ出したことにより、それは叶わぬこととなった。

そこまでがハヅキが独自に得られた第十七研究資料室に関する情報だ。

 

CISSに雇われた傭兵連中から得られた情報は雇い主のCISSに関すること以外は何もない。

CISSはCaroline Institute Security Serviceの略称で政府公認の下で崩壊液に関する研究をする第十七研究資料室直属の保安警察組織で、室長のキャロラインの研究している物の機密を守るために様々な汚れ仕事を主に請け負っている武装組織だということ。

 

主力は軍から派遣された人間と軍が採用している自律人形を中心とした混成で運用しており、実力的には正規軍と同等の装備を使っているのでかなり腕は良い方だとは思われる。

外部からも傭兵を雇って警備などに充てたりしているが、ほぼ雇われる傭兵は全員、捨て駒として扱われることがほとんどだ。

故に、件の情報源の男も捨て駒として扱われていたから大した情報を持ち合わせていなかった。

 

「雇われ連中だけじゃ大した情報は得られないし。別の路線を当たってみるかぁ」

 

これ以上。傭兵連中を捕らえても無意味だと理解したハヅキはCISSに雇われて誘拐を試みる傭兵連中は全員見せしめに始末するという方向に考えを改めて社長のクルーガーに提出する第十七研究資料室絡みの報告書のまとめを終えて、「疲れたー」と言いながらカウンターの上にだらしなく突っ伏す。

 

「ねー、まだ片づけ終わんないのスプリング?」

 

営業時間を終えてカウンターの奥で明日の準備と片づけをしているスプリングフィールドに急かすようにそう言う。

 

「もうすぐ終わりますから、待っていてくださいね」

 

「それ、もう何回も聞いたよ~」

 

口を尖らせて急かすハヅキに困ったように笑みを浮かべながらも作業の手を止めることはない。

 

「はぁ~。今ごろウェルロッドはナオキとイチャコラしてる最中なのかなぁ」

 

「ふふ、それで今日は私の宿舎で寝かせてって言ってるんですよね?」

 

「うん。まぁ、自分から部屋を使えって言っちゃったからねぇ。

だから、部屋に戻れないからスプリングの所にお邪魔するのよ。だから早く終わらせて」

 

「もう少し待っていてくださいね、指揮官」

 

「ぶー、意地悪……」

 

我儘な子供のように早くしてと急かすハヅキだったが、もう少し待つようにと軽くあしらわれてしまい、拗ねた様に頬を膨らませる。

普段は冷静沈着に物事をズバズバと容赦なく発言する大人びたハヅキとは違う、子供っぽく駄々を捏ねるという気を許した姿のハヅキを見れるのはスプリングフィールドを含めて僅かしかいない。

その見れる相手の特徴として一番に挙げられるのは、

 

「ん……。ふふっ、好きですよ。ハヅキさん?」

 

彼女、ハヅキに特別な想いを抱いているということだ。

 

「……ほんと、意地悪なんだから」

 

拗ねる自分の頬にキスをするくらいに好意を抱いてくれるスプリングフィールドにハヅキは頬を赤らめて、照れくさそうにそう呟く。

ナオキ、ハヅキのそれぞれの夜はまだまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 



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Day6. スペシャリストとしての矜持

「さぁ、ナオキ。こっちはいつでもいいわよ」

 

 ウェルロッドとの長く濃密な夜を明かして寝不足なナオキに追い打ちをかけるように

ネゲブとの模擬戦闘訓練が朝方から始まろうとしていた。

どれもこれも姉のハヅキが勝手に自分を対価に差し出した所為だと、内心恨みを吐き捨てる。

だが、時は残酷で目の前で準備万端と言わんばかりに愛銃のMG(IMI ネゲブ)を構えるネゲブを前にして逃げるという選択肢はない。

 

「……眠い、怠い、シャワー浴びたい」

 

夜は寝かせてもらえず疲れは取れない、トンプソンとウェルロッドの所為で体中がキスマークだらけでベタベタしている。

そんな最悪なコンディションで挑む模擬戦になんの意味があるのかと自問しながらも、

シグザウエル MCXのマガジンの中に入っている模擬戦用のペイント弾の弾数を手際よく確認して装填する。

 

模擬戦の内容は至ってシンプルで訓練所に設営されたCQB用の建物(キルハウス)で一対一で戦うというものだ。

本来であればCQBなので銃身の短いカービン銃やPDW、ナイフなどの近接戦用の武器でやるのが普通だが、ネゲブはMG(マシンガン)を扱う戦術人形なのでCQBにはあまり向かないはずだった。

しかし、ハヅキの状況によって上手く対応するためにできることは何でもやって勝ち取れというスタンスの所為でMG持ちの人形であろうが銃のストックなり己の拳を使って敵を倒せる手段を考えざるを得ず。

 

もはやそれはCQCの領分なのでは? と思われるだろうと思うが、ハヅキは銃やナイフだけが武器ではない。

不測の事態に陥って満足な装備がない状況でも、己の考えうる戦い方を模索して生き残る術を画策する。

それが本当の戦闘のスペシャリストの一歩だとネゲブにスペシャリストが何なのかという屁理屈を捏ねた結果、ネゲブは銃だけに頼らない己の持ちうる武器を使っての戦闘を心がけるになってしまった。

 

銃を最適に扱うために作られた戦術人形が専用の銃以外の武器を使うなどナンセンスだと、ほとんどの人がそう思うだろうが。

このS09基地に所属する人形は戦うこと以外の強みを求められるので必然的に戦い方にも色々とバリエーションを追求するようになっていった。

ネゲブもその中の一人でその為にナオキとの模擬戦を常に所望し、自身の戦闘スキルの上昇と新たな戦い方の確立を模索するようになった。

 

「ふぅ……、制限時間は一時間。

勝敗はペイント弾の被弾率が多い方か近接戦闘での制圧による一本勝ち、でいいよね?」

 

もはやコンデションが悪いからと断れる雰囲気じゃないことを察したナオキは嘆息しながら模擬戦のルールを確認する。

 

「ええ、それで問題ないわ。さぁ、本気でかかってきなさいよ、ナオキ」

 

「ん、じゃあ配置について」

 

模擬戦のルール確認と準備を終えた二人はそれぞれの入り口のスタート位置へと向かう。

位置に付いたナオキ、ネゲブは訓練所の吹き抜け二階にある模擬戦を観戦できるスペースにいるガリルに向かって合図を送ってタイマーをスタートしてもらう。

 

「よっしゃ。んじゃ、いくでー!」

 

スタートを知らせるブザー音が鳴り響いたのを皮切りにそれぞれの入り口から建物に突入していく。

いつ会敵してもいいようにエリアごとにクリアリングを欠かさずに慎重に進んでいく二人を観戦スペースで見守るガリルは「ホンマ、真面目やな~」と感心しながら見ていた。

 

「おっ、もうやり始めてるのか」

 

「ふむ、今のところどちらも特に目立った動きはなさそうですね」

 

手すりに頬ずえ付いて観戦しているとプレッツェルを咥えたトンプソンと紅茶の入ったティーカップを片手に持ったウェルロッドの二人が観戦スペースに入ってくる。

 

「おぉ、二人ともわざわざ見学しに来たんか?」

 

「ああ。偶然、ウェルロッドと会ってお嬢がネゲブと模擬戦するって聞いたから、暇つぶしに見に来たぜ」

 

「私は手持ちの仕事がほぼ終わったので休憩がてらに見に来ました」

 

「そないなこと言って。ホンマはナオキ目当てで来たんやろ~?」

 

それぞれ暇つぶしや休憩という名目で模擬戦の観戦に来たという二人にニヤニヤとした笑みを浮かべながら、本当はナオキの雄姿をわざわざ見に来たのだろうとからかう。

ガリルのからかいにトンプソンはそんなこと言うまでもないだろう? と鼻を鳴らしながらドカッと観戦スペースの設けられたベンチソファーに座り、ウェルロッドも微笑を浮かべつつゆっくりと腰を下ろして紅茶を飲みつつ模擬戦の行方をジッと見守る。

 

「お嬢はカービンを使ってるのか。まぁ、CQBに適した模範的な装備だな」

 

「大してネゲブは軽機関銃( MG )

近距離戦闘には向かない装備ですが、そこは彼女なりのやり方でどうにかするつもりでしょうね」

 

「ただ、どうもお嬢は少しコンディションが悪そうだな。

どこかの誰かさんに寝かせてもらえなかった所為かな?」

 

「さぁ、どこの誰でしょうかね。

前線指揮官を夜が明けるまで寝かせずに身体の隅々全てを全部を独占したのは?」

 

白々しいと目で語るトンプソンに目を閉じて、何のことやらとわざとらしく言うウェルロッド。

二人がナオキをめぐる駆け引きを行っていると訓練の状況が動き出した。

クリアリングをしながら移動をしていたナオキに床に伏せてバイポッドで固定した軽機関銃を構えたネゲブの制圧射撃が襲い掛かる。

待ち伏せにあったナオキは遠回りして待ち伏せしているネゲブの横腹を突こうと銃声がずっと鳴り響くキルハウスを足音を殺しながら移動する。

 

時折、リロードの為に銃声が途切れたりしたが構うことなく持ち弾の全てを撃ち尽くす勢いで軽機関銃による制圧射撃が続く。

一か所に続けて制圧射撃を続けて弾の無駄遣いをしていることに違和感を覚えたナオキは警戒を緩めることなく制圧射撃を続けているネゲブのもとへと向かっていく。

 

射撃をしているポジションの近くまで接近したナオキは銃声を鳴り響かせてる場所にフラッシュバンを投げ込んで耳を劈く音と視力を奪う光の音が爆発したのを皮切りに突入する。

 

「……ッ!? やられた……っ!」

 

そこにはネゲブは居らず。バイポッドで固定されたネゲブのMGのトリガーをワイヤーのようなもので縛って勝手に撃つようにする仕掛けを施された囮があるだけだった。

ある程度リロードをしつつ撃ち続けていたネゲブはナオキがこちらに接近したであろうタイミングを見計ってワイヤーでトリガーを引き続ける仕掛けを施してその場から離れ、ナオキが横腹を突くのを陰で待っていたのだ。

 

「ははっ! 隙ありねッ!!」

 

瞬時にそれを理解したナオキだったが陰に潜んでいるネゲブの奇襲に対応するが僅かに遅れ、コンバットナイフを構えて襲い掛かって来た。

接近戦に持ち込まれたナオキは不意を突かれ、持っていたMCXを盾にコンバットナイフの攻撃をかわすがその反動で弾き落としてしまう。

 

「くっ!」

 

メインウェポンを失ったナオキは対抗するようにタクティカルベストから装備したコンバットナイフを抜き取りナイフファイトへと持ち込んでいく。

 

「ほぉ、自分のMGを囮にしてナイフでのCQCに持ち込ませたか。

本来なら戦術人形にあるまじき行為だ、と普通なら言われるだろうが」

 

「ありとあらゆる状況で不慮の事態に陥っても最善を尽くすためにあらゆる手段を模索する。

それが指揮官が私たちに求める必要最低限なもの、ですね」

 

「ああ、うちのボスは貪欲だからな。

一つだけしか得意分野がありませんじゃあ、ここでは通用しない」

 

銃だけを完璧に扱えるだけじゃ、いざというときに銃に不調が起きたり弾薬が不足した際に何もできなくなる。

そんな危機を乗り越える為に銃だけが戦う方法ではなく時にはあらゆる手段を使って生き残ることも念頭に置いておき。

戦局によっては勝つためにはいざぎよく撤退することを決断する判断力も必要になる。

 

「人形の性能も重要だが、これまでの戦闘で積み上げてきた経験を重要視する。

勝ち負けに拘らず様々な戦闘を通じて学んだことを活かすことが出来る人形を重宝する」

 

それがここS09基地に所属する人形に求められる必要最低限の能力だ。

己の実力だけを頼りにする人形は作戦に参加することはできない。

 

「まぁ、そのボスに認められさえすればその後は安泰だがな」

 

「ええ、指揮官は使えると判断した物には最後まで使い潰すほど愛着が湧く方ですからね」

 

「最高に良い上司に出会えて恵まれてるな、私たちは」

 

使えるものは何でも使う。それが道具であろうが人形だろうが関係はない。

ハヅキのお眼鏡に叶った人形は修復不可能になるくらい壊れない限りは何度でも修復してでも使い続ける。

その分、得られる信頼と功績は大きいし、愛情をもって大事にしてくれる。

 

「最初の頃はそうでもなかったんですけどね。

最近になって所属する方々に昔の指揮官たちの話をしても信じてはもらえないでしょうね」

 

「それは言うなよ。あの頃のボスたちはまだ幼かっただけさ」

 

昔のハヅキとナオキの話で盛り上がっていると模擬戦の状況は更に変化していく。

ナイフファイトによる近接戦闘を繰り広げていたナオキとネゲブは自力に勝る人形のネゲブに押されていた。

やはり人間と人形とでは力量差があるためか人間のナオキは不利な立場に陥っていた。

 

「……はぁっ!!」

 

しかし、そんな不利な状況を吹き飛ばせるくらいの力がナオキにはあった。

モーフィングマターによる物質変化能力で左腕を骨上の刃に変異させてネゲブに切りかかる。

本気を出し始めたナオキに不敵な笑みを浮かべて迫る刃にナイフで待ち構える。

 

「ぐっ! ……まだまだぁ!!」

 

ナイフで受け止めきれず壁に叩きつけられるネゲブ。

訓練用に硬質ゴムのような硬さの切れないように調整をしてある刃だが気絶するくらいには痛い。

しかし、そんな痛みなど感じてないと言わんばかりに体制を立て直して再びナオキに挑む。

 

「はぁぁッ!!」

 

「せやぁぁぁッ!!」

 

振り下ろされる刃を寸前で避けつつナイフで首を掻っ切る勢いで突くネゲブ。

それを首を逸らして避けて胴体を真っ二つにせんと刃を振りかぶるナオキ。

互いに攻撃を寸前のところで避けながら攻勢を繰り広げる二人を観戦スペースで見ているトンプソンたちも熱に惹かれて盛り上がる。

 

「いいねぇ、お嬢も盛り上がってきたな」

 

「両者どちらも譲らない攻防ですね。……次は私も予約を入れようかしら」

 

「ははっ! いったれ二人ともー!」

 

激しい攻防を繰り広げるのをソファーから立ち上がって見守るトンプソンの手すりを掴む手に力が入り。

次は私もとナオキとの訓練の予約を入れようと空っぽになったティーカップを横に置いて専用のPDAで予約の状況を確認し始め。

タイムキーパーをしているガリルもタイマーそっちのけで声援を送りはじめる。

ナオキとネゲブの激しい攻防は制限時間を大幅に超えた後も続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上が今回捕らえた情報源から得られた第十七研究資料室絡みの情報よ。

クルーガーのおじ様」

 

『うむ。やはり一筋縄ではいかんようだな。プライス指揮官?』

 

指揮官の執務室にてモニター越しに報告を行うハヅキ・プライスは腕を組んで満足な情報は得られなかったと社長のクルーガーに表情で語っていた。

そんなハヅキの表情を読み取ったクルーガーは片手に持ってる報告書を机に置いて微笑を浮かべながらそう言った。

 

「まぁ、捨て駒の傭兵に期待したのが間違いだったと気づかせてもらえただけでも収穫があったと思うしかないわ。

それで、そっちの方はどう? お上(政府)から嫌な圧力は掛かったりしてない?」

 

第十七研究資料室は政府が認めた公的機関だ。

その組織に対してCISSの捨て駒とはいえ攻撃を仕掛けてるとなればただでは済まない。

もしグリフィンが関わってると知られれば政府から圧力が掛かる可能性もあった。

 

『今のところその心配はない。

まぁ、この件はグリフィンだけが探っている訳ではないからな』

 

だが、件の組織はかなり違法な実験などを行っているせいかグリフィン以外のPMCや正規軍、国家保安局などの組織からもかなり疑われている。

政府の後ろ盾があるとはいえ表立った工作には踏み出しては来なかった。

 

「どうだがね。圧力を掛けるまでもないって舐められてるんじゃないの?」

 

『ふっ、構わんさ。相手が油断してるなら付け入る隙も大きい』

 

ハヅキの相手にするまでもないと舐められてるのでは? という発言にそれはそれで構わないと返す。

 

「ふぅ、まぁいいわ。

取り合えず今後は誘拐目的の傭兵は全員始末する方向性でいくからよろしくね」

 

『……あまり無茶はするなよ』

 

「あら? か弱い私たちを心配してくれるのおじ様?」

 

腐れ縁(アレックス)からの一生の頼み事だからな』

 

アレックス。

クルーガーから出てきたその名前にハヅキは目を伏せて笑いながら、

 

「ふふっ、そのことはちゃーんと感謝してるわよ。おじ様」

 

アレックス・プライス。

ハヅキとナオキに銃の扱い方と生き延びる術を教えてくれて、短い間だったが共に暮らしてきた恩人の名だ。

今こうしてグリフィンの戦術人形指揮官としていられるのは目の前のクルーガーとアレックス・プライスという人物が導いてくれたおかげだった。

 

『少しでも感謝してくれるならこちらの忠言を聞き入れてくれると助かるんだがな』

 

「大丈夫よ、おじ様。私もナオキもおじ様やアレックスからの教えは参考にしてるわ」

 

『ふぅ、奴の教えが全部まともだと思うならそれは大きな間違いだぞ? まったく、いいか、』

 

「はいはい、わかりました。じゃ、これにて失礼しますね。お・じ・さ・ま?」

 

『なに? おい待て、まだ話は終わってー――、』

 

今にも説教を垂れそうな気配を感じ取ったハヅキはポンッとモニター画面をタップしてクルーガーとの通信を強引に終わらせた。

あの歴戦を繰り広げてきて厳つくなった顔で説教されても気が滅入るだけだ。

 

「ふふ、大丈夫よおじ様。私たちはちゃーんと生きる為に最善の事をしてる。

それがもし間違いだったとしても。私たちは自分の信じる道をいく」

 

だから、心配することはない。

腐れ縁の頼みで自分たちを雇ってくれたクルーガーと自身ら助ける為に犠牲になった恩人にそう呟き、今できる事を精一杯して生きていく。

恩人の性であるプライスという偽名を名乗り始めてからずっと、生きるための教えを守って生きてきたのだから。

 

 

 



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Day7. Anti Rain Platoon 1

いつものようにドルフロを開いてバッテリー回収してデータルームに入ったらカリーナが猫になっていた。
自分でも何を言ってるのか理解が追いついていないがこれだけは言える。

ええやん……(喜)




 

 養護施設の皮をかぶったマッドサイエンティストの実験施設から協力者の助力を得て妹を連れ出し。

どうにか命からがら逃げのびた姉は握ったことのない銃を片手に迫りくる脅威に立ち向かい続けた。

片腕が実験の影響で人ならざるモノに変わって激しく錯乱する妹を支え続け、盗みや殺しで得た僅かな食べ物で日々の飢えを凌ぎ続けた。

 

姉の献身的な支えのおかげでどうにか立ちあがった妹も役に立ちたいという気持ちから、左腕をボロ布で包むようにして隠して右手だけで使える武器を取って戦うことを誓い。

姉妹二人だけでこの残酷な世界を生き抜くことを決意した。

 

妹の腕の事もあり人気の多い町は極力さけて廃墟の建物に拠点を転々と移しながらE.R.I.Dとの戦闘で死んだ兵士から銃器や弾丸、金目の物を漁り。

時には町に赴いて店かを盗みを働くなどの行為をしてでも食料を調達する日も多々あった。

 

盗みや殺しを何度も積み重ねていく内に最初の頃に抱いていた罪悪感もすっかり消え去った。

残酷な世界が悪い。人を騙す事しか考えない奴らがいるから悪い。親切なんて言葉はこの世にはありはしない。

だから、襲い掛かる脅威に銃でやり返すのも当然。飢えを凌ぐために盗むのも仕方がないこと。

そう言う風に割り切って今日も生きる為に手を汚す。

 

「―――ほぅ、死体を食い荒らす鬼がいると聞いて来てみたら、こんな幼い子供だとはな」

 

いつものように死んだ兵士たちの所持品を漁っていると姉妹の後ろから興味深そうな声音でそう呟く声が聞こえ、反射的に呟かれた声がした方から飛び退き各々の銃を取り出して構える。

構えた先には背中にライフルを背負った、ブッシュハットをかぶり髭をたくわえた中年らしき男が立っていた。

 

「ふっ、子供のくせに鋭い目をしているな。安心しろ何もしやしない」

 

男が鼻で笑いながら両手を軽く上げて何もしないと言うが、姉妹はそんな言葉を信じることなく銃を向け続ける。

荒廃しきった世界で誰の親切も得られずに二人だけで生きてきた姉妹に他人を信じるという考えは既にないに等しかった。

 

姉妹の目を見て感じ取った男はなにを考えたのか背負っているライフルを手に取って、姉妹たちに向かっ

て放り投げた。

急に放り投げられたライフルにビックリしながらもどうにか姉が両手で掴み取る。

 

「こんなものでいいなら欲しければくれてやる。そこら辺で拾った銃なんぞよりかは良い物だぞ。

もし、そいつを使って生き残る術を学びたいなら着いてこい。歓迎してやる」

 

自身の武器であるライフルを見ず知らずの子供に「くれてやる」と言って与えた男は、そのまま無防備な後姿を晒して来た道を戻っていく。

男から放り与えられたライフルを使えるかどうか確認した姉はそれを男の背中に向けて構える。

撃とうと思えばいつでも撃てる。他人に上から目線で「教えてやる」などと言われて信じるはずはない。

 

「……」

 

しかし、姉は撃たなかった。妹も姉が撃たないことに目を丸くする。

今まで出会って来た優しい表情の皮を被った悪人の大人たちとは違い、気配を悟らせずに近づいたのに襲うことなく声をかけてきて。

あまつさえ背負ってたライフルを捨てるような真似までして自分たちに与えた男に目が離せずにいた。

 

このまま自分たちだけで生きていけるかと言われれば不安な部分が多々ある。

銃を撃ったことはある。それで人を殺したこともある。だが、自分たちよりも強い相手とは正面切って戦うことはできなかった。

戦うには自分たちはまだ子供で正直、ハンドガンを撃つだけでも反動で腕をかなり痛めることがある。

生き残るにしても盗みを働いて得た食料も缶詰などの既製品ばかりで作ったことは一度もない。

妹も左腕が自由に使えない状態で戦い続けるのは難しいだろう。

 

男が言った生きる術を教えてやると言う言葉。

本来ならば他人の言うことは信じない姉だったが、持っていたライフルを与えて無防備に後姿を晒す男に少しだけだが希望を見出した姉は妹の手を引いて一定の距離を保ちながら男の後ろを着いて行った。

姉の思いもしない行動に驚く妹はやめたほうがいいと引っ張り返すが、大丈夫と言い聞かせるように言って着いていくのをやめなかった。

 

もし罠であればその時は男だけでも道ずれにすればいい。

今さらこんな世界には妹以外の未練など既にない。そんな決意を表すかのようにライフルのトリガーに掛け、いつでも男に向かって撃てるように引き金を引けるようにする。

そんな姉の警戒を知ってか知らずか男は鼻歌をリズムよく刻みながら悠長に歩いていた。

 

数十分程度歩いたところでようやく木で建てられた家が見えてくる。

恐らくそこが男の家なのだろうと思った姉は妹の腕を引っ張る手に力が入る。

何があってもいいように妹にも銃に手を置いておけと耳打ちしつつ、男の出方をうかがう。

 

「着いたぞ。ここが俺の第二の(ふるさと)だ」

 

家の前まで付いた男はここが我が家だと後ろから一定の距離を保つ姉妹の方に振り返って言う。

ここまで着いてきておいて警戒を緩めない姉妹に「良い判断だ。少し待っていろ」と言い残して家の中に入っていく。

 

数分たって家から出てきた男の手には姉に与えたライフルと同じライフルとライフルスコープらしきものを片手に持っていた。

武器を手に取って出てきた男に姉はライフルを構えようとすると男は片手に持っていたライフルスコープを彼女に向かって放り投げて渡してくる。

 

「そいつを取り付けてみろ」

 

男に投げ渡したライフルスコープをライフルに取り付けてみろと言われ、少し戸惑った様子を見せる。

少し考えて男の言ったとおりにライフルスコープを取り付けようとするが、いかんせん取り付け方の知識もなしにつけるのは難しい。

それを理解していない姉は頑張って取り付けようとするがうまくいかない。

 

取り付けに苦戦する様子を見た男は姉に見えるように片膝をついて持ってきたライフルに同じライフルスコープを使って取り付け方を実践して見せる。

一通りの付け方を見せた男は同じようにやってみろと姉に促し、男の行った手順を辿ってどうにか取り付けることに成功する。

 

「よし、スコープを覗いてみろ。覗いた先は綺麗に映っているか?

もし一部が欠けて見えるようなら少しずらして見える位置に調整しろ。

あと十字線(レティクル)がぼやけて見えたら、お前の目に見えるようにピントを合わせるんだ」

 

男に言われたとおりにライフルスコープの位置の調整とピントを合わせ、自身の目に合わせた調整に仕上げる。

 

Beautiful(見事だ)

スコープの他にもアクセサリーを取り付けて自分好みの銃ができれば戦い方の幅が広がる。覚えておけ」

 

ライフルスコープの取り付けられたライフルを見て顔には出さなかったが満足気になった姉は妹に完成した物を見せる。

姉妹たちの警戒心が薄れて子供らしい表情を見た男は微笑を浮かべて頷き、

 

「俺はアレックス。アレックス・プライス。お嬢さん方のお名前を聞いても?」

 

英国紳士なふるまいで膝をついたまま姉妹に自己紹介をして名前を尋ねる。

尋ねられた姉妹は少し迷いを見せたが、

 

「ハヅキ」

 

「……な、ナオキ」

 

恐る恐るだが自身の名前を口にした。

 

「ハヅキとナオキか。いい名前だな。

それで、ここで生き残る術を学ぶ決意はしてくれたか?」

 

再び、ここで銃の扱いを含めた生き残る術を学ぶ気はあるかと問いかけられ。

姉妹は互いに目を合わせて少し思考した後に頷き、

 

「……私たちに銃の使い方とクソみたいな世界で生き残る方法を教えて」

 

「いいだろう。だが、まずは腹ごしらえからだ。

ライフルを扱うにはまだ小さすぎる。もう少し大きくなってから銃は覚えていこう」

 

これが姉妹ことハヅキとナオキの恩人、アレックス・プライスとの最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……AR小隊?」

 

 指令室にてハヅキとナオキの上司にあたる女性。

グリフィン上級代行官のヘリアントスことヘリアンから、とある小隊への支援任務をモニター越しに依頼される。

件のAR小隊とはなんぞや? と疑問を浮かべるハヅキにヘリアンは淡々した様子で話を続ける。

 

「AR小隊はI.O.P社の16Labで製造された人形で結成された小隊だ。

この小隊にはS09地区の鉄血勢力圏にある鉄血工造の今後の対鉄血に有益な重要な情報を確保するために潜入任務を帯びている」

 

「ははーん、なるほどね。

危険を冒して周りが鉄血だらけの地域に行ったAR小隊にもしもの事があった時の保険として、S09で近場にいるこの基地から支援部隊を派遣する準備をしておけって言いたいのね、ヘリアン?」

 

ヘリアンの言わんとしている任務の概要を見事読み取った事に話が早くて助かると頷き、

 

「話が早くて助かるぞ、プライス指揮官。

そちらから幾つか支援部隊を派遣する準備をして、不測の事態に備えて欲しい」

 

「まぁ、言いたいことは分かるけど。

こっちも別件の対応で忙しいし、あまり支援任務に出せる戦力はないわよ?」

 

「構わない。AR小隊の撤退を支援してもらえればそれでいいからな」

 

「はーい。じゃあ、支援部隊に派遣する子たちを見繕っておくから。

よほどの事態がこっちで起きない限りはちゃーんと要請通りにAR小隊に支援部隊を迅速に派遣してあげるわ」

 

「ああ、助かる。

しつこく念を押すようで悪いが、AR小隊が帯びている任務は今後の対鉄血への重要な布石となる情報の確保だ。

できることならAR小隊全員の生還、もしくは小隊が潜入任務で得た情報を最優先に頼む」

 

あくまでも優先なのはAR小隊が情報を確保しての撤退。

もし不測の事態に陥った場合は情報の持ち帰りを優先とする事を念押しされて、ヘリアンとの通信を切る。

 

「さて、カリーナ。支援任務に最適かつ暇を持て余してる子たちはどれくらいいる?」

 

同じようにヘリアンとの通信をハヅキの後ろで内容をメモしながら聞いていた後方幕僚のカリーナに現状、どの人形が任務に最適かつ手空きかどうかを問いかける。問いかけられたカリーナは情報端末を操作しながら、

 

「えーと、現状で手空きなのはこの子たちですね」

 

「どれどれ……。うーん、リーダーにはウェルロッドとVectorが適任かしらねぇ」

 

情報端末に表示されたリストをハヅキに見えるように差し出し、リストアップされた人形たちを一通り目を通したハヅキはその中から二つの支援部隊を編成することを決め、リーダーとしてウェルロッドとVectorの二人を選出した。

 

「OK。残りの編成はリーダーの二人と相談して決めるわ。

カリーナ、すぐに二人をここに呼び出しておいて」

 

「了解いたしました。指揮官さま!」

 

今後の編成はウェルロッドとVectorの二人を交えて決めることにしたハヅキはカリーナに二人を呼び出すように指示を出し、

 

「あと、ナオキも呼んでおいて」

 

「えっ、前線指揮官さまもですか?」

 

「うん。もしかしたら状況によってはハイエンドタイプが出張ってくる可能性もあるからね」

 

件のAR小隊が敵地に潜入してまで得ようとしている情報。

それは今後の対鉄血に有益なものだと聞いていたハヅキはその情報を鉄血が黙って見過ごすとは思えなかった。

故に、その情報の価値によってはハイエンドタイプが出張ってくる可能性も否めなかったため、ハイエンド対策の切り札としてナオキも呼ぶことにした。

 

何もなければそれでいい。だが、用心するに越したことは無い。

もしAR小隊が探している情報が鉄血にとっても重要なものであれば一筋縄ではいかない。

ヘリアンから不測の事態が起きたという連絡が来ないことを祈りながらも、支援部隊の編成を急いだ。

 

そして。その不測の事態はかなり近くまで迫りつつあった。

 



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Day8. Anti Rain Platoon 2




 結論から言うと最悪の事態はかなり深刻な形で訪れた。

ヘリアン曰く、件の潜入任務を主導していたペルシカリアことペルシカという16Labの主任研究員とAR小隊の通信が目的の物を発見したという報告後に途絶えたとのこと。

恐らく鉄血との接敵で機密保持の目的で通信に割り込まれる形での漏洩を防ぐために、AR小隊とペルシカの通信が強制遮断されたと見て間違いないだろう。

 

もはや悠長にしている暇はないとヘリアンからの要請で頼まれた支援部隊の派遣を実行。

リーダーのウェルロッドとVectorの二人が率いる部隊と前線指揮官のナオキを中心にAR小隊の救援へと向かうことになった。

既に戦闘準備完了の状態で待機していた支援部隊は命令されてすぐにヘリで飛び立っていき、AR小隊との通信が途切れた第三セーフハウス付近を目的地に向かう。

 

「……今回の任務は単純明快。

鉄血と接敵したと考えられてるAR小隊の救援と彼女たちが手に入れた鉄血の研究データの回収」

 

二機の輸送ヘリにそれぞれ一部隊ずつ搭乗しているウェルロッド、Vectorの部隊に通信プロトコルで今回の作戦の概要と最優先目的の確認を全員に向けて行うナオキ。

今作戦の指揮を全面的に任されてるナオキはあくまで鉄血の殲滅が目的ではなく情報を手に入れたAR小隊の戦場からの離脱を最優先に考えた作戦行動を執ることを第一に考え、リーダーの二人とも情報を共有する。

 

「恐らくだけど相手側にハイエンドタイプがいるのは、ほぼ確実と考えた方がいいと思う」

 

鉄血のテリトリーに潜入してでも手に入れようとした研究データの内容によっては黙って手渡すとは思えない。

もし件のデータが鉄血にとって致命的な損害を与えるものなら尚更に見過ごすという愚行は起こさない。

その為にはハイエンドタイプが出張ってくる可能性も大いにあり得る。

 

「敵の規模はまだ不明。

でも、ハイエンドタイプが指揮してるならこちらの倍はいることを想定しておいて」

 

ヘリ内でのブリーフィングを一通り終えたナオキは最後に敵の規模はこちらの倍以上はいると付け足して通信を終える。

既にAR小隊との通信が遮断してから数時間が経っていた。

徒労に終わることが内容にとAR小隊の健闘を期待しつつ、目的地へと急行する。

 

「無駄足にならないといいけどね」

 

「たぶん大丈夫だと思う」

 

一緒に搭乗している今作戦の第二部隊のリーダー、Vectorが期待していない声音でそう呟くとナオキはそれは大丈夫だろうと返す。

 

「へぇ? 何の根拠があってそう言えるのかしら」

 

「AR小隊の隊長、M4A1っていう戦術人形が他にはないモノをもってるから」

 

「……? その他の人形にはないモノって?」

 

AR小隊の隊長、M4A1という戦術人形が持つ他の人形にはないモノ。

出発直前にハヅキに聞かされた内容は本来であれば人間である自分たちにのみ持ちうる戦術人形の指揮システムを有しているということ。

 

「人形が人形を指揮できる能力、ねぇ。それで状況が好転するとは思えないけど」

 

「周辺には他所の基地から見捨てられた支援部隊がいるみたいだから、もし機転を利かせられる子なら有効活用できるはず。

逆にできてなければVectorの言う通り、無駄足になってるかもね」

 

「なら、そのAR小隊の隊長さまが自身の強みを活かしてくれるのを祈るしかないわね」

 

自身の強みを活かしていればこちらが救援に行くまでの時間を稼げるはず。

会ったことのない戦術人形のM4A1が率いるAR小隊が周辺の支援部隊を指揮して生き残っていることを祈りつつ、各々の手持ちの銃器の手入れを完璧にして激戦の地へと赴いていく。

 

 

 

 

 

 

 作戦目的は鉄血工造の研究員『リコ』の経歴、研究データの回収。

その為にS09地区の鉄血勢力圏内へと潜入し、数々のこんなんをどうにか乗り越えて目的の研究データが保存されてる情報端末がある第三セーフハウスにたどり着いた。

目的のデータが保存されてるOSの認証システムを解除する為にペルシカから指示されたパスワードを入力し、データベースに接続してデータをメモリにコピーする作業に移そうとすると、

 

『ごきげんよう、グリフィンの人形の皆さま方』

 

鉄血のハイエンドタイプでトップクラスの実力を有する人形、代理人(エージェント)が通信プロトコルに割り込む形で介入し。

それと同時に鉄血人形の信号が多数出現して第三セーフハウスが包囲されてしまう。

 

『貴女方の尽力のおかげで『ご主人さま』が欲しがっている『宝』が得られます。感謝しますよ』

 

ポートのOSが古い所為で鉄血にも解除が不可能だったため、別の手の者に解除してもらう必要があった。

故に、第三セーフハウスまでの道のりに対した鉄血による障害もなかった。

AR小隊がパスワードを解読して認証システムを解除するのを待って、手に入れた研究データを奪い取る。

それが鉄血の描いた構図だった。

 

もはや猶予無しと判断したAR小隊はデータのコピーをM4A1がしている間、道中に見かけた支援部隊を利用するためにAR15とSOPMODⅡらに小隊近距離ネットワークを利用した強制アクセスによる信号の書き換えを任せて、残ったM16A1に後ろを任せてデータのコピーと指揮を同時に行いつつ防衛を行う。

 

「コピー完了しました、M16姉さん! 後は撤退するだけ――、」

 

『逃がしませんよ』

 

どうにか支援部隊の指揮権を得たM4は彼女らの助力を得て第一波の攻撃を凌ぐことに成功し、情報のコピーを終えた。

あとは支援部隊に援護してもらいつつ撤退するだけ。

そう思っていた矢先に第三セーフハウスに榴弾砲が降り注がれ、爆破に吹き飛ばされたM4の首を代理人(エージェント)が片手でガッシリと掴み宙に浮かされる。

 

「私を見なさいM4A1。絶望を貴女に届けに来ましたよ」

 

「ぐっ、が……。え、代理人(エージェント)……!!」

 

「ご主人様の物を盗んでおいて逃げられるとでも思いましたか? 浅はかですね」

 

代理人(エージェント)の怒りを表現するように首を絞める力が増していく。

 

「安心しなさい。貴女をバラバラに破壊した後に他の仲間も後を追わせます」

 

だから、貴女はここで朽ち果てろ。

M4の首を握り潰すつもりで止めを刺そうとする家代理人(エージェント)だが、

 

「……いや、終わるのはお前の方だ。代理人(エージェント)

 

横からアサルトライフルの銃弾の雨が代理人(エージェント)を襲いかかる。

銃弾をお見舞いしたM16を睨みつけるが、

 

そいつ(M4)から手を離せ。この鉄クズがッ!!」

 

M4に意識が向いていたのが災いし。

代理人(エージェント)の頭部にM16が放った弾丸が集中して命中し、M4は掴まれていた手から解放される。

 

「大丈夫か、M4?」

 

「ゲホッ! うっ、はい。ありがとうM16姉さん」

 

「構わんさ。お前を守るのが私たちの使命だからな」

 

代理人(エージェント)の奇襲でボロボロになったM4に手を貸して立ち上がらせて、彼女を守るのが使命だからと言う。

崩壊しかけているセーフハウスを見回しながらM4は支援部隊を連れてきたAR15とSOPMODⅡが戻ってくるの待つ。

 

後はコピーし終わったデータをペルシカに渡すために脱出するのみ。

未だに鉄血の包囲網がある中をどう脱出するべきか?

その答えはM16の「支援部隊に脱出の援護をさせよう」という支援部隊に殿を任せる形での脱出方法が提案され、最初は迷っていたM4だったがAR小隊の隊長として全員で脱出するという目的を果たすために、苦渋の決断を下した。

 

状況は刻々と動き出しつつあった。

 



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