無詠唱が基本の現代であえて長ったらしい呪文を唱えてみる (アサヒbb8)
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プロローグ ~2年前のこと~

プロローグです。


「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタン……」

 

りーんと、秋の到来を鈴虫の鳴き声が知らせる、星の綺麗な夜。

 

とある山中にある、大きな病院。

 

消灯時間を迎え、今日も疲れたと皆が寝静まっているはずの午後11時に、未だに小さな声が響く個室があった。

 

暗闇の中、部屋の隅に設置されているベッドの上で胡座(あぐら)をかき、呪文のような文句を延々と詠唱している、1人の少年。

 

「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ……」

 

修行僧のように、何度も何度も同じ文句を繰り返し唱える少年。かすれ切った声を発する口元には汗が伝い、水色の患者衣から覗く首元を月明かりが照らす。その詠唱は静寂に重く響き、涼し気な虫の鳴き声に喧嘩を売っているかのようだ。

 

呪文を唱え続ける少年の頭に、声が浮かんできた。

 

「あいつ、魔法陣使えないんだってさ。ダサくね」

 

「誰でも使えるものなんだから、努力しなよ。恥ずかしくないの?」

 

「あいつをグループ入れたくないから、適当なメンバーで組もうぜ」

 

それは中学生時代の、辛い記憶。

 

才能がない事への、理不尽な差別を受けた日々。

 

少年表情を苦渋に歪めつつも、少年は詠唱を続ける。

 

 

「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ……」

 

 

「なんだよ? 無能の分際で隣に座んじゃねえ!」

 

 

「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ。オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ……」

 

 

「あなた、このままじゃ将来困るわよ。塾に行くなりして、きちんと訓練しなさい」

 

 

少年が呪文を唱える度、表情はますます暗く険しくなっていく。呪文に集中しようとすればする程、嫌がらせのように鮮明な記憶が突きつけられる。

 

 

「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ…… オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ!」

 

 

 

 

 

「ごめん。私……強い人が、好きだから」

 

「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ!!」

 

 

頭に響く声をかき消さんとばかりに、痛む喉から呪文はじき出す。

 

少年の頬を、汗では無い何かが流れた。

 

 

その時、比較的最近の、明るい記憶が浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

()()……。この島から、生きて帰る事が出来たら、必ず……」

 

 

 

 

 

 

 

その先を思い出し、肩に入っていた力がふっと抜けた。

 

「オン バサラ アラタンノウ オン タラク ソワカ」

 

穏やかな声で、少年は最後にもう一度呪文を唱える。

 

これで、今日1万回目の詠唱。100日毎日続けた儀式の、100万回目。

 

 

 

 

長ったらしい呪文を唱え終えた少年が得たものは、叡智。

 

 

 

 

 

2年後、少年は世界最強の座を携え、復讐の扉を開ける。

 



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再会 ~いや男の方じゃ無くて~

一話目なので若干説明多めになってしまっていますが、最後まで読んでいただけると光栄です!


 はるか昔、魔法や魔術、忍術、錬金術などと呼ばれた異能の技。

 

 今やそのプロセスの殆どが理論的に解明され、魔法陣と少しの才能さえあれば、汎用化されたその“術”を扱うことができるようになった。

 

 

 

 “術” を扱う専門職 “術師”。

 

 

 

 その術師のプロフェッショナルを育成する大学、“国立第六術師大学” の入学翌日。

 

 308ミーティングルームの扉の前。

 

 

 

 1人の青年、一条(いちじょう) 矢月(やづき)が憂鬱そうに手をかけようとしていた。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 中学時代、矢月は術を使うのが極めて苦手だった。

 

 

 

 考え方の古い両親が、術を極めるのを良しとしなかったせいもある。だが少なくとも才能に恵まれているとは言えなかった。

 

 

 

 性格の悪い数名が事を大きくしたというのも事実......だがそれでなくても、強さとカッコよさを結びつけて考えがちなのが中学生の心というものだ。

 

 

 

 周りからは大いに見下さた。

 

 陰口もほとんどの同級生から言われていた自信がある。

 

 

 

 そしてこの308ミーティングルーム。

 

 

 

 扉を開ければそいつらと............3年ぶりに再会することになる

 

 

 

 

 

 

 

 そして、“彼女” も。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 扉を開けた矢月の目にまず映ったのは、いかにも会議室といったふうの真っ白な部屋に、円形に並べられた長テーブルとデスクチェア。

 

 

 

 それを囲んで学生男女計9名が談笑していた。

 

 その中でもひときわ大きな声で、下品にゲタゲタ笑っている男子学生1人が矢月に気付き、わざとらしく嫌そうな顔をして口を開く。

 

 

 

「うぅわあぁ最悪、クソザコのやづきくんじゃあん」

 

 

 

 そう言葉を発した彼は、中学時代に矢月を虐しいたげていたメインメンバーの1人、(さかき) 慎二(しんじ) その人。

 

 オールバックにした茶髪に、チャラついた服、平均より多少整った顔。

 

 

 

 数年前までの矢月にとっては、顔を合わせたくない人物最上位だっただろう榊。

 

 だが壮絶な高校時代を過ごした矢月にとっては、もはやうるさい以上の感情は湧かない。

 

 

 

「今さら何言ってる? 名簿に書いてあったろうに」

 

 

 

 気だるげに答えると、

 

 

 

「同姓同名だと思ってた、いや祈ってたんだよ。だってさあ、やづきくん分かってる? うちはトップチームなんだぜ? そこにお前みたいな足引っ張るしか能のないおサルさんがいたらさぁ......」

 

 

 

 と、さも悲しそうに頭を振る榊。

 

 

 

 ちなみにトップチームというのは、榊の自意識過剰が生み出した妄言ではない。

 

 

 

 第六術師大学(よく第六と略される)では、入学時の技能試験および各々取得している資格、それらを合わせ評価が高い順から12人ずつでチームが組まれる。

 

 

 

 昨日配られた名簿から、矢月や榊のチームがトップ12名の寄せ集めであることも分かっていた。

 

 

 

 榊は話し続ける。

 

 

 

「てか、随分でかい口聞くようになったじゃん。大学デビュー? 偉そうにピアスなんかも開けちゃってさあ?」

 

 

 

 確かに矢月はピアスを開けている。それも両のロブ(耳たぶ)の他に、左耳のヘリックス(側面の軟骨)、右耳のコンク(耳中央軟)骨の計4カ所に。

 

 ただこれは矢月が不良になったわけではなく、アメリカ人に囲まれて過ごしたここ2年で価値観が変わったのだ。

 

 

 

「うる...」

 

「あ〜ぁ、うるさい。せぇっかくゆずはちゃんと一緒のチームだってのに、萎えるわ〜」

 

 

 

 矢月がうるさいと言おうとした瞬間遮ってきた。この速度は長年の経験のなせる技。さすがと言わざるを得ない。

 

 にしても、

 

 

 

加古(かこ) 柚子葉(ゆずは)...か )

 

 

 

 榊の口から発せられた名前に、矢月はかすかに顔を曇らせつぶやいた。

 

 

 

 加古 柚子葉。数万人に1人と言われる稀有な才能を持つ優秀な術師で、さらに容姿も抜群に優れている少女。

 

 その噂は他高校だった矢月にもすら頻繁に耳に入っていた。

 

 

 

「加古ちゃんさっきまでここにいたのに、いつの間にかいなくなってたよね。そわそわしてたけど、お花つみにいったのかな?」

 

 

 

 そう口を開いたのは、先ほどまで榊と話していた女学生の1人。

 

 

 

「生でみても超綺麗だったよねえ。なんか妬けるなあ」

 

 

 

 他の女子も会話に加わり、そこからはしばらく黙っていた他の学生たちも会話に復帰し始め、またやいのやいのと談笑が始まった。

 

 

 

 会話に加わる気などさらさら無い矢月は、適当な席に着こうとして、気づく。

 

 

 

 ミーティングルームに向かってくる、よく知る()()()()()

 

 

 

 間もなく、バタン!っと勢いよく開かれる扉。

 

 

 

 そこにいるのは、暗めの茶髪にも関わらず、クールな雰囲気がかすかにただよう女子学生。外国の血が多少混ざっているのが伺える、あらゆる角度で整った顔立ち。10人に聞けば間違いなく10人がイエスと答えるであろう、まごう事なき美少女。

 

 

 

 加古 柚子葉。

 

 

 

 2年前()()()で死線を共に戦った少女。

 

 

 

 柚子葉は部屋に入るなり何かを探すように見回すと、ある人物に視線を留め、あろうことか、端正な顔を歪め瞳を潤ませ始めた。

 

 

 

「ゆずはちゃ〜ん。突っ立ってないでこっちに...」

 

「やづ!!」

 

 

 

 空気を読まない榊の声を遮って柚子葉が奇妙な単語を叫ぶ。

 

 

 

「生きて......あ!」

 

 

 

 さらに言葉を紡ごうとした彼女は、何か思い出したのか一度止め、呼吸を落ち着けると、

 

 

 

「あなたは.........?」

 

 

 

 と、続けた。

 

 多少違和感はあるものの、初対面の多い顔合わせのこの場では自己紹介の起点とも取れる発言。

 

 

 

 しかしこれに答える人物も、その内容も、この場にいるほとんどが予想していないものだった。

 

 

 

「俺は........そこらの道草だよ」

 

 

 

 そう答えた矢月の胸に、加古 柚子葉は勢いよく飛び込んでいった。




矢月たちの過去は少しづつ明らかにしていきます



ちなみに

日本だと男性のピアスの個数が右側に多いと同性愛者と言われますが、アメリカや一部の国では左が同性愛者となる(※必ずしもそうというわけではない)そうです。

矢月くん双方の板挟みの末、左右同じ数つけてます。苦労してるんです


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美少女と勘違い野郎

設定中毒な作者ですが、読みやすいよう頑張ってます笑


「あなたは誰」と問い、「草」と答える。

 

 

 

 これは()()()で、テロリストたちから逃げ戦った人々が、仲間であることを確かめるための合言葉。

 

 

 

 お互い生死の分からない状態で別れた矢月と柚子葉は、このやり取りでお互いが確かに生き残っていた事を確認した。

 

 

 

 もっとも、矢月の方は彼女が生きている事を把握していたが...

 

 

 

「やづ!」

 

 

 

 と矢月の愛称を呼び、胸に飛び込んで来る柚子葉......の肩をつかみ、すんでのところで止める矢月。

 

 そして、彼女の耳元に口寄せ、

 

 

 

( 目立ちたくない。詳しい話は夜に )

 

 

 

 と彼女にだけ聞こえるよう告げると、つかんでいた手を離した。

 

 柚子葉の方も、渋々という感じではあるが、素直に距離をとった。

 

 

 

 そのとき、

 

 

 

「てめぇ、ゆずはちゃんに何してんだ!」

 

 

 

 叫ぶ榊が横から矢月に殴りかかってきた。

 

 ただ、部屋にいる全員の()()()()()()()()矢月は事前に気づき、顔を少し引くだけでそれをかわす。

 

 

 

 榊は気勢をそがれつつも、尚も怒鳴り続ける。

 

 

 

「ゆずはちゃん泣いてんじゃねえか! てめえはどんだけこのチームに迷惑かけりゃ気が済むんだ! 2度とゆずはちゃんに話しかけんじゃねぇ!」

 

 

 

 そんな雰囲気で無かったことは、この場にいる人間のほとんどが分かっていただろう。涙だって、決して悲しみのそれでないことは容易に見て取れる。そもそも泣いていると言えるほどの量でもない。

 

 

 

 だが榊は柚子葉に、否、()()()()に対して先入観が激しいいわゆる “勘違い野郎” だったらしい。完全に “自分の女を守る漢おとこ”モードだ。

 

 

 

 頭大丈夫かこいつ、と矢月は思う。

 

 

 

 っとそこで、ガチャりと部屋の扉が開かれた。

 

 

 

「はいはい皆席にすわれ! 顔合わせ始めっぞ〜」

 

 

 

 入ってきたのは青いジャージ姿の長身の女性。おそらくこのチームの担当教員だろう。名簿によれば、名前は 秀島(ひでしま) 京子(きょうこ)。綺麗に染めた茶髪を雑なポニーテールに結っている。

 

 

 

 その気の強そうな眼光に気圧されたのか、さしもの榊も不満げな一瞥を矢月に投げつつ、

 

 

 

「この後の模擬戦......覚えてろよ?」

 

 

 

 っと、捨て台詞まで添えてから席に着いた。

 

 

 

 全員の準備ができた事を確認し、メモを確認しつつ秀島が話し始める。

 

 

 

「よおし始めるぞ。私はお前らの担当教員だ。名前は名簿見ろ。えぇと、次はお前らの自己紹介か。興味ないな...10分で済ませろよ。はいお前から!」

 

 

 

( 次って......自分の紹介してなくないか )

 

 

 

 心の中で矢月はツッコミを入れた。おそらく皆もそうだろう。

 

 それはさておき、指名された男子学生がたちあがり自己紹介を始めた。

 

 

 

山城(やましろ) (ゆう)です。資格は四級を持っています。中村警備でサポーターしています。趣味はピアノです。特に最近は......」

 

 

 

 山城と名乗った男子学生は、平均男子より少し背が高く、真面目そうなそばかす顔をしている。

 

 

 

 ちなみに “資格” というのは、主に戦闘能力を評価する術師の国家資格のことである。ここ第六ではその資格も成績に反映され、入試の受験資格には5級を所持していることも条件に入っている。

 

 

 

 対して “サポーター” とは、“政府から術関連の取り締まりを許可された民間の警備会社でアルバイトをしている” という意味で、これは成績には加味されないが、やっているだけで学生の経歴にはかなり華が添えられる。と言っても、本当に雑用程度の役割がほとんどだ。

 

 

 

「......歌の方はまだまだなんですが、カラオケで歌うのは大好きで......」

 

 

 

 にしても山城と名乗った学生、まだ紹介を続けている。10分しか与えられていないうちの既に2分は独占している。真面目そうな見た目に反してかなり自己顕示欲が強いらしい。

 

 自分自慢したがりの子供、そう矢月は印象付けた。

 

 

 

 それからやっと山城のアピールタイムが終わり、残りのメンバーが急いで自分の番を済ませていく。

 

 

 

 中でもやはり1番目立ったのは柚子葉だった。

 

 

 

「加古 柚子葉です。準二級術師です。サポーターは......ファクター第37支部でやってます。よろしくお願いします」

 

 

 

 終わった瞬間、大きな歓声が上がる。

 

 それもそのはず、三級が主力の現役プロの中でも準二級術師は少数なエリートであるし、ファクターという組織も、政府から委託されている民間会社などではなく、警察庁が組織した歴とした公営団体だ。民間とは格が違う。

 

 

 

 対して矢月は、名前と適当な話題で濁し、資格や所属の話は避けた。こう言っておけば、ギリギリ5級の無所属だと皆思うはずだ。

 

 榊が鼻で笑っているのに気づきつつ席に着く矢月。

 

 

 

 全員の自己紹介が終わった所で、

 

 

 

「先生、1人まだ来ていないみたいですが」

 

 

 

 不意に1人の男子学生が尋ねた。確かに12人1チームだと聞いたが、部屋には秀島を除いて11人しかいない。

 

 

 

 これにたいして「病欠だ」っと秀島は一蹴して司会に復帰する。

 

 

 

 

 

「じゃあ次は...学生の危機感理能力向上のための“草刈島くさかりじまテロ”の説明......これは誰でも知ってんだろ。3年前だぞ...」

 

 

 

 猪狩島テロと聞いて、矢月と柚子葉はビクッと身じろぎしたが、誰もそれにはきづかない。

 

 

 

「よおし、じゃあ最後のメニューだ。っつーか、これがこの顔合わせのメインだよな」

 

 

 

 っと話す秀島は、今までとは打って変わって悪そうな笑みを浮かべ、非常に楽しそうだ。

 

 今までの内容は前菜だったかのような、まるでビールの美味さのための仕事のような、彼女にとってはそんなものなのだろう。否、ほとんどすっ飛ばしている限り、それ以下なのか。

 

 

 

 当のそのメニューとは...

 

 

 

「今から2人1組で模擬戦をやってもらう! 仮にもトップチームなんだ。しっかり楽しませろよ!」




次話でやっと戦闘描写書けそうです。


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イカズチの少女

今回は柚子葉メインです!


 場所が変わって模擬戦ルーム。アニメなどでよく見るような真っ白で巨大な立方体の部屋で、模擬戦の第1戦目が行われようとしていた。

 

 戦うのは、柚子葉と武田(たけだ) 隼人(はやと)

 

 先ほどの自己紹介からすると、武田は3級術師。このチームでは柚子葉に次ぐ実力者だ。茶髪を綺麗に上げてセットし、深緑のボストンパンツに白シャツと言う様相。

 

 秀島はこの対戦カードにひどく執心しており、矢月とやらせろと意気込む榊を押さえつけ1戦目に組み込ませた。

 

 先程とは違い、2人は武器を携帯していた。柚子葉は背中に大太刀を、武田は腰に日本刀を。

 刀は男子に非常に人気の高い武器だ。

 

『これより模擬戦第一試合を始める。準備はいいな』

 

 放送を通して模擬戦ルームに秀島の声が響く。柚子葉と武田以外はモニタールームにて観戦となる。

 

 緊張が走るなか、スピーカーを通して秀島の声が室内に響いた。

 

「模擬戦、開始!」

 

 刹那、武田の背後に幾何学模様の光の魔法陣が出現し、そこから無数の火球が放たれ一斉に柚子葉に降りかかる。

『ソドムの天火てんか』。高難度高火力で有名なキリスト教由来の術だ。

 

 これに対して柚子葉は微動だにせず、不敵な微笑を浮かべこれを受けた。

 直後、火球が直撃し爆煙が吹き上がる。

 

 得意技を奇襲で当てたとは言え、案外あっけなかったな......と武田はほくそ笑む。だがその笑みはすぐに苦渋の色に染まった

 

 爆煙が失せ、視界が晴れる。

 そこには無傷の柚子葉が立っていた。先程と全く同じ微笑をたたえたまま。

 

 みると彼女の周囲には、閃光のような光がドーム状に広がっていた。

『電磁バリア』。何のことはない極めてポピュラーな術。だが柚子葉のそれは強度が桁違いだった。通常電磁バリアに天火を防ぐほどの性能はないことからもその凄さが伺える。

 

「さすが加古さん...」

 

 武田は悔しそうに唇を引き結ぶ。

 今のは武田の使えるものの中で最も火力の高い術だ。それをこうもあっさり防がれたとあっては、正直もう打つ手が無い。

 

 武田の顔に若干の諦めの色が滲んだのを柚子葉は見逃さなかった。

 

「じゃあ今度はこっちの番」

 

 柚子葉は不敵に告げ、右手を上にかかげる。

 

 すると柚子葉を守っていた電撃の壁が部屋を埋めつくさんばかりに増長し始めた。しかもそれは、広げたからと言って威力を損なうわけでもなく、むしろ強大になっているように見える。

 

 絶望。この状況を表すにはぴったりの言葉だ。

 

「うっ!」

 

 次第に近づいてくる電撃にひるむ武田は、急いで背後の壁際に後退し、形ばかりの防御術を展開する。だがそれはいとも簡単に押しつぶされ、そのまま武田を焼き尽くす。

 

 秀島が模擬戦終了を告げる声が響いた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「加古さんすごーい!」

「噂に聞いてた以上だ!」

「ねね! LIME交換しない?」

 

 観戦ルームに戻って来るなり、柚子葉は熱烈な歓声に包まれた。その隣には武田もいる。

 

「武田も惜しかったなあ。俺だったら絶対やられてた」

 

 背の高い男子学生ー広瀬ひろせ 進しんーが気を使って武田にも声をかける。ただ、武田の表情は浮かない。

 

「にしても本当に傷一つ無いんだな。痛くは無かったのか?」

 

 広瀬はまじまじと武田を見つめる。確かにその体は、先程強烈な電撃に丸焼きにされたとは思えないほど綺麗なものだった。

 

「痛くは無かった。すごいよあの結界」

「そりゃあ我が校の誇る不死結界だからな! 国立大のみに許された特権、見に染みたか?」

 

 武田がしみじみと答えているところに、食い気味に秀島が割って入る。

 

 模擬戦の直前。学生たちは秀島からこの模擬戦ルームに張られている結界についての説明を受けていた。何でもその結界内であれば、どんな傷を負おうが死のうが無かったことにでき、しかも痛覚なども無効化できるらしい。ただしその結界の展開には高位の術師が必要で、部屋自体にも大規模な魔法陣を仕込む必要があるらしく、その扱いは国が管理している。使用を許可されているのは一部の国立機関のみで、全国八カ所の国立術師大学もその権利を有している。

 

「にしてもあの力を使わずに圧勝とは、さすがだなぁ加古」

 

 嬉々とした顔で秀島は手放しに褒めるが、当の柚子葉は特に何の感慨も無さそうな無表情。わいわい盛り上がっているのは周りだけだ。

 

 そのほとぼりも冷め始めた頃、秀島が手をパンパンと叩き声を上げる。

 

「さて、時間にも限りがある。 そろそろ次行くぞ」

「先生、次は俺にやらせてくれ! 相手はこいつだ!」

 

 その声に反応したのは当然榊。矢月を指差し模擬戦を要求する。

 これに対し......

 

「あぁ、別にいいぞ」

 

 

 

 

 快諾された。




次回矢月メインです!
ワクワク!


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無詠唱が最強と誰が決めた?

お待たせしました。
矢月の戦闘描写です!


 第2戦。矢月vs榊。

 

 模擬戦ルームにて向き合う2人。

 

 一方は勝利を確信し、どういたぶってやろうかと考える粗野な笑み。4級術師であることからの矜持なのか。

 

 片やもう一方は無味乾燥、何の感慨も無いと言ったような表情......否、目の奥には静かな殺意が燃えていた。

 

「まったくよお、クソ無能のくせに俺の相手をしようなんざあ、身の程をわきまえろってもんだぜ?」

 

「しって...」

 

「ほんっと何でこのチームにお前がいんの? あっ、親に金積ませたのか! ふざけんなよ! こっちは真面目にコツコツ強くなってんだぞ!?」

 

( 本当に話を聞かない奴。自分から勝負をふっかけてきた事は棚に置くとしても、よくもまあここまで馬鹿らしい発言が量産できるもんだな )

 

 榊を例えるなら鶏がぴったりだな、と矢月は心の中で苦笑する。

 

 その動揺のない姿を見て、榊はますますのいら立ちを目に宿した。

 

 ちなみに2人の装備だが、榊は流行りに乗って刀を腰に下げている。ただし有名ブランドの高級品。明らかに親の金で買ったもの。まったく、厚顔無恥を体現したような男だ。

 

 対する矢月は、普通のコンバットナイフを右の太ももに一本。それだけだ。

 

『くっちゃべってないでそろそろ始めるぞ』

 

 催促する秀島。会話は観戦ルームにも聞こえている。こんなつまらない会話(?)、犬も食わないだろうし当然の反応だ。

 

 これに対し榊、

 

「時間が無えのか。しゃーねえ、秒で終わらせてやるよ」

 

 いいえ、時間を無駄にしているのはあなたです。

 

『模擬戦開始!』

 

 その声が聞こえる少し前から刀を抜く榊。フライングを気にする様子もなく、そのまま目の前の空中に魔法陣を投影。そこから無数の水弾が弧を描いて飛び出した。

 

矢氷雨(やびさめ)』。3年経っても榊は忍術由来の術を愛用しているようだ。

 

 見ると、水弾の嵐の奥から刀を構えた榊が突っ込んできている。

 

 恐らく、先程の柚子葉のように範囲防御してくると踏んで、それごと矢月を叩き斬る算段なのだろう。大抵の守りであれば、榊の高級刀はそれを十分可能にする。

 

 榊の得意戦法だ。

 

 だが矢月の取った行動は柚子葉以外予想だにしていないものだった。

 

 試合開始から武器も抜かず、魔法陣も投影しない矢月は、小さく口を開き、

 

hrūṃ(コロン)

 

 そう唱えただけ。だがその大きくない声で紡がれた短い言葉は、妙に皆の頭に響き、何か力のあるものだとすぐに理解できる。

 

 その証拠に、今にも矢月を襲わんとしていた水弾の嵐は、まき散らかされたかの如くバラバラの方向に吹き飛んでいった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「今のなに!? 」

 

「呪文みたいの言ってたぞ!」

 

「魔法陣は!?」

 

 観戦ルームで様子を見ていた他の面々は、柚子葉の試合以上のどよめきを奏でていた。それもそのはず。発動プロセスを刻んだ魔法陣を描くことで術を使う、現代式のアプローチしか知らない彼らにとって、矢月が使った術は到底理解できないものだった。

 

 だがここで、山城の声が皆の耳に入った。

 

「あれは旧式アプローチだな。俺も使えるからよく分かる。魔法陣を利用した現代アプローチに対して、もともとの流派本来の手法で術を発動するやり方だ」

 

 山城の説明は続く。

 

「ちなみに今の術はギリシャ神話ルーツの『狂竜の牙(スパルトイ)』だな。狂気をばら撒くことによって術の対象を惑わす物だよ」

 

 その話ぶりはさも冷静に分析している風だが、その声には自慢げな色が混じっている。

 

 しかし......

 

「いや、全然違うよ?」

 

 あえなく柚子葉に否定された。

 

「いや、旧式アプローチなのは合っているけど、使った術は違うってこと。あれは尊勝仏頂(そんしょうぶっちょう)種子真言(しゅじしんごん)だよ。仏教系の呪術だね。」

 

 へ〜、っと感心した声が響く。山城は恥ずかしいような、まだ認めたくないような顔をしているが、柚子葉の影響力に敵わないのは分かっているのか、言い返すことはない。

 

「でも何でわざわざ旧式アプローチを使ってるんだろう。現代アプローチの方が絶対手軽なのに」

 

 と疑問を口にした広瀬に対し、答えるのは汚名返上を試みる山城。

 

「旧式アプローチを使うメリットは、魔法陣を読み取られて術を予測されるのを防げる事だよ。それに、術に使う人の持つエネルギー、魔力を魔法陣に割かない分、若干術の威力が上がるっていう利点もある。まあ一条の場合カッコつけが殆どだと思うけどね」

 

「いや、ごめん違う」

 

 またしても柚子葉に一蹴された。

 

「やづは魔法陣を魔力で描くのがとても苦手だから、旧式を使ってるんだよ。それと、やづが詳しい呪術系統の術が、明治時代に出された天社(てんしゃ)禁止令のせいで殆ど魔法陣化されてないせいもあるかな」

 

 またも感心する声と、顔のほてりが酷くなる山城。

 

 とここで、模擬戦ルームを写すモニターに奇妙な光景が見られ、皆の興味は再び試合に戻った。

 

 何とそこには、犬のようにおすわりする榊の姿があった。




思ってたより長くなってしまい、二話に分けることになっちゃいました。

因みに天社禁止令とは、明治3年に出された陰陽師の禁止令。

尊勝仏頂は罪業、障害を粉砕する仏です。梵名では “まき散らす” という意味を持ちます。


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3年越しの仕返し

矢月初戦闘話の後編です


「コロン」

 

 矢月がそう唱えた瞬間、水弾はあらぬ方向へ吹き飛び、榊はその回避のために足を止めざるを得なかった。

 

「何だ今の!?」

 

 防御されないどころか、自分の攻撃を利用されるとは夢にも思わなかったのだろう。その顔は驚きを隠せていない。

 

「どうした? 秒で終わらせるんじゃ無いのか?」

 

 そう問いかける矢月の口は、微かにニヒルな笑みをたたえている。

 

「はっ! 軽いジャブをたまたま避けただけで調子に......」

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 

 榊の言葉を遮った矢月。その言の葉は、模擬戦中ではまず聞くことの無いであろう類のもの。

 

 だがそれを聞いた榊は、自分でも信じられないというような驚愕の表情をしていた。

 

 おすわり、していたのだ。自分の意思と関係なく。

 

「なっ!? くそがざけんな! この! この!」

 

 懸命に解こうともがくが、その体はセメントで固められたように動かない。

 

「言霊だよ。昔から言うだろう? 言葉にはそれ自体に力がある.......と。お前みたいに心空っぽな人間にはよ〜く響くだろうな」

 

 羞恥と怒りで顔を真っ赤にした榊に、矢月はゆっくりと近きつつ話す。

 

「てめぇ! こんなズルして何が楽しい! こんなのふつう...」

 

()()

 

 矢月の言霊に口を開けなくなる榊。散々矢月の話を遮ってきた榊が、今度は完全に口を閉ざされている。

 

 さらに矢月は続ける。

 

「今となっちゃ、お前に対して恨みも憎しみも感じない。この程度のこと大した事じゃ無いと思うようになってしまった......」

 

 その冷たい表情には、確かに怒りの感情は見られない。見られないが......

 

「でもそれじゃ、あの頃の俺に申し訳が立たない。先の未来を見据えて、懸命に耐えて努力していたあの頃の自分に」

 

 そう話す矢月は、陰惨な笑みを浮かべた。

 

「だから、多少なり苦しめや」

 

 そう冷ややかに告げると、次の術の準備に入る。

 

 両手それぞれを数の “3” を表すように指を立て、手首付近で交わらせる。三鈷印と呼ばれる手印。そして真言を唱える。

 

「ナウボウアラタンナウ・タラヤヤ・ノウマクシセンダ・マカバサラクロダヤ・トロトロ・チヒッタチヒッタ・マンダマンダ・カナカナ・アミリテイ・ウン・ハッタ・ソワカ」

 

 唱えている途中から榊の額に脂汗が滲み始め、唱え終えた途端、目玉が取れんばかりに見開き全身をかきむしるように苦しみ出した。

 

「う、が、あああああああぁ!! は、あ、うあああああぁ!!」

 

「苦しいよなぁ? 魂を直接攻撃してんだから、不死結界も意味がない。そしてこいつも...」

 

 そしてここで初めて矢月はコンバットナイフを抜いた。刀身には魔法陣とは似ても似つかない謎の文様が刻まれている。

 

 それを見た榊は、苦しみに声を枯らしながらも直感する。このナイフを食らったら、さらに苦痛を叩き込まれる事を。

 

「ぐ、や、やめ......」

 

「あ? 普段話聞かない人間に耳かすと思うか?」

 

 助けを求める榊を、眉ひとつ動かさず、ただただ冷酷に見下ろす。

 

 そしてそのまま榊の首を貫く。

 

 一際の絶叫と鮮血が飛び散り、模擬戦終了を知らせるアナウンスが響いた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 その日の夜。大学の北側に位置する第3駐車場。そこに続く道を柚子葉は1人歩いていた。

 

『詳しい話は夜に』

 

 そう言った矢月は、あの後待ち合わせ場所を指定してきた。こういう律儀な面はあの頃から変わっていない。

 

 それが分かった柚子葉は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「えっと、第3駐車場に停めてある1番ごつい車......」

 

 

 ただ、その指定された場所というのが少し奇妙で、具体性に欠けるものだった。だがその場所に着いた柚子葉は、すぐに理解した。

 

 ちょうど街灯に照らされ目立つ位置に、それはそれはごつい茶色の車両が停められていた。

 

 明らかに民間車じゃない軍用だ。普通そんな車両が停めてあったら、在日アメリカ軍の軍人あたりが乗っていると思うだろう。

 

 だが柚子葉は確かに矢月の存在を感じ、足早に近づき、運転席(外車なので無論左側)を除きこ込む。

 

 そこには、毎日のように夢に見ていた彼の姿があった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 柚子葉を助手席に乗せ、軍用車両であるHMMWVハンヴィー を走らせる矢月。

 

 大学を出てからというもの、2人はほとんど言葉を交わしていない。

 

 何から聞いていいか分からない柚子葉、何から話していいか分からない矢月。

 

 結局その沈黙を破ったのは柚子葉だった。

 

「痩せたね。ちゃんと食べてるの?」

 

「食べてるよ。自分でも驚くくらい。でもそれ以上に消費してる」

 

「雰囲気少し変わったね。ピアスしてるのは意外だったけど、よく似合ってる」

 

「周りがみんな付けてるから」

 

 聞きたいことは山ほどあったが、どうしても核心に触れる勇気が出ない柚子葉は、たわいもない会話を続ける。

 

 そうしているうちに、矢月が車を停めた。

 

 ハンヴィー を降りた柚子葉は、少し意外そうに小首をかしげる。

 

「ここって、料亭?」

 

「そう、おすすめ。奢るからゆっくり話そう」

 

 明らかに高級そうな店だがいいのだろうか、と思ってすぐに、別の理由を教えられた。

 

「それにここなら、話を盗み聞きするような人はいないから」




次回、ついに2人の過去が明らかに!?

ちなみに今回矢月が使ったのは、怨敵調伏の仏でもある軍荼利明王の三昧耶真言です。密教系仏教の呪術ですね。

そろそろ作者が呪術オタだと気づかれる頃でしょうか。いや、まだ大丈夫だな。


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あの時の話をしよう

矢月&柚子葉の過去話前編です。


 

 矢月行きつけの料亭 “つばき” 。

 

 ふすまで仕切られた一室に通された2人は、お品書きを眺めながら仲居が来るのを待っていた。

 

「ねえ...やづ、このメニュー...」

 

「お品書きな」

 

「おぉお品書き、料金書いてないんだけど、本当に大丈夫なの?」

 

「ゆずは気にしなくていいよ。無駄に金は稼いでるから」

 

 それってどういう...と柚子葉が聞きかけた時、ふすまが開けられ、2人と同い年くらいの若い仲居が入って来た。女性としては一般的な身長に、褐色とは言えないまでも健康的に焼けた肌が眩しい。

 

「お! 来てるねやづくん。今日は彼女連れか〜。そういうの興味無いのかと思ってたけど、すみにおけないなあ」

 

 二部式着物に身を包んだ仲居の少女は、屈託なく矢月に話しかけてきた。

 

「あぁ、あーなちゃん。今日も元気だね」

 

「あったりまえじゃん! 常連さん確保してるバイトにはボーナス出るんだから、来てくれる度にウキウキだよぉ」

 

 そう言う彼女にそこまでの金欲は無く、ただ友人として歓迎してくれている事を矢月は分かっている。

 

 だからこそ、この店は矢月にとってとても居心地のいい場所となっていた。

 

「まだ彼女、では無いんですけど。あなたは?」

 

 会話が一区切りついたところで柚子葉が尋ねる。

 

 そしてこれには本人が答えた。

 

「どうも始めまして。ここで仲居してる伏見(ふしみ) 愛菜(あいな)って言います。みんなからは “あーな” って呼ばれてるから、そう呼んでもらえると嬉しいかな」

 

「あ、私は...」

 

「聞いてるよ。柚子葉ちゃんでしょ?まさかここまでの美人さんだったとは思わなかったけど」

 

 それを言う愛菜も十分美人なのだが、それが皮肉に聞こえないのは彼女の人の良さの成せるものだろう。

 

「じゃ、そろそろ注文聞いていいかな?」

 

 それじゃあ、と矢月が注文を始める。

 

「鶏南蛮を2つ、お寿司の...“菊” を3つ、カツ丼を1つ。あと、今日のお勧めは?」

 

「鰆の西京焼きだよ」

 

「じゃあそれを2つ。あと真鯛のあら汁1つ。俺は以上かな」

 

「相変わらずよく食べるねえ。太るぞ〜」

 

「こんだけ食べないと死んじまうんだよ。まじで」

 

「分かってるって。お仕事ご苦労様。じゃあ柚子葉ちゃんは?」

 

 っと今度は柚子葉の注文を聞こうとするが、彼女は口を半開きにして呆けていた。

 

 矢月のことはある程度理解しているつもりだったが、いつも食料不足だった草刈島でしか同じ時間を過ごしていなかったため、これは知り得ないことだった。

 

「いつも...こんなに食べてるの?」

 

「そうだよ〜。私以外の仲居だと嫌な顔されるから、いつも私がいる時間に来るんだよ。この大食漢め」

 

 そう言う愛菜はとても楽しそうだ。

 

「こんなに食べるようになった理由も後で話すから、今は気にせず注文しな」

 

 未だに驚きから抜け出せない柚子葉を優しく促す矢月。

 

 なんとか寿司の注文を聞き出した愛菜が出ていったあと、矢月が重い口を開いた。

 

「さて、何から話そうか」

 

「その前に......えと、腕、見せてもらってもいい?」

 

 その注文は予期していたのか、矢月は、やっぱりなといった様子でふっと微笑む。

 

 矢月は黒のスキニーに、白のシャツ、その上に黒のデニムジャケットを着ており、腕は完全に見えない状態になっている。4月のまだ寒さの残るこの時期としては珍しい格好ではなかったが、何かの違和感に柚子葉は気づいたのだろう。

 

 矢月は特に嫌がる様子もなく、ジャケットを脱ぎ、シャツの袖に手をかける。

 

 真剣に見つめる柚子葉の前で、少しの逡巡の後、袖を肩口までめくりあげた。

 

 

 

 凄惨。

 

 

 

 その腕は人のものとは思えないほどにボロボロだった。傷跡だらけ、なんてレベルでは無い。殆どの肌は変色して黒くなり、滑らかな肌が見当たら無いほど痛々しい傷跡で覆われ、一部クレーターの用にえぐれたままになっている。

 

「やっぱ、り......あの後......私を助けてくれた後......アスラの奴らに......」

 

「拷問されたよ。手先と顔だけは再生医療で綺麗にして貰ったけど、さすがにその時は全身やってもらう金は無かったから、このざまだ。今となっては、いい自戒の印だからあえて残すことにした」

 

「私のせいだ! 私が、死ぬべきだった!」

 

「強制的に連れ出したのは俺だ。ゆずに選択肢を与えなかったのだから、すべて俺の責任だよ」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 3年前。日本海にある島、“草刈島” を標的としたテロが起きた。

 

 “アスラ” を名乗るそのテロリストたちは、突如島を強固な結界で隔離し、そのまま5ヶ月間一般人への攻撃を続けた。しかし、島内で結成されたレジスタンスに予想以上に抵抗され、最後は一般人を島ごと巻き込む自爆攻撃で幕を閉じた。

 

 もともと1万人強の人々が島に幽閉されたが、生き残ったのはわずかに百人弱。その中でも最も凄惨だったのが、“死の拷問” だった。それは、生きて捕まえた人々を1つの施設、“収容所” に集め、死ぬまで無意味な拷問で痛めつけるというものだった。

 

 矢月は旅行で、柚子葉は親戚を訪ねて草刈島にいた2人は、偶然このテロに巻き込まれた。

 

 自爆攻撃の1ヶ月前、柚子葉は仲間をかばってアスラに捕まり、収容所に連行された。それをすぐに矢月が救出したのだが、逆に自分は捕まってしまい、死の拷問を受けることになった。

 

 その収容所で別れて以来、2人は初めて再会したことになる......

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「本当に生きててくれてよかった...。あの収容所での生存者の話は、私以外全然聞かなかったから」

 

 落ち着きを取り戻した柚子葉は、改めてこの奇跡に感謝する。

 

 2人の前には既に注文した料理が並んでいる。

 

 草刈島で知り合った2人(実際には小学校は一緒だったらしい)は、レジスタンスとして戦いそれなりに親しい関係になっていた。その分、安否のわからない矢月を心配し続けたのは言うまでも無い。

 

「でもどうして政府は草刈島の生存者の情報を教えてくれないんだろう。当事者にくらい公開してくれてもいいのに......」

 

 確かに政府は島での情報を規制している。当方曰く、“被害者が無用な人権侵害を受けないための措置” らしいが、柚子葉は納得仕切れていないらしい。

 

「いろいろあるんだろうさ。被害者同士で励まし合うのを犠牲にする程度には、な」

 

 含みをもった矢月の物言いに少し違和感を持ったものの、柚子葉にはもっと聞きたいことがある。

 

「ねえ、島から帰ったあと、どうしてたの?」




このタイミングでヒロイン2人目が出てくるとは思わなかったでしょう?

そうです、あーなちゃんもヒロインです。


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あれからの話をしよう

過去編後編です。説明ばっかりになって読みにくいかもしれませんが、今回までですので頑張って読んでいただけるととても嬉しいです。


「俺はあの後、傷の治療やメンタルケアのために4ヶ月間入院した。その間に、2つの術を完成させたことで飛躍的に強くなった」

 

 矢月はそう話しながらも、目の前の大量の料理を着々と減らしている。だが不思議と話す時には口の中は空にしているし、食べ方も丁寧だ。

 

「2つの術って?」

 

 柚子葉が促す。

 

「1つ目は “求聞持法(ぐもんじほう)” だ」

 

「待って、それって虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)にお祈りして記憶力を上げる術だよね? それだったら、魔法陣化されてるくらい有名なのに...

 

 そもそも記憶力を上げるくらいじゃそんなに強くなれないはずだよ?」

 

 確かに、求聞持法は呪術でも珍しく現代アプローチが確立されているくらいには有名だった。とは言え、あくまで補助的なもので、持続時間にも効果にも限界がある。

 

「いや、それはあくまで求聞持法の効果の一部でしか無い」

 

「一部?」

 

「そもそも求聞持法では、記憶力の恩恵を受ける代わりに、自分の知識を虚空蔵菩薩に共有するという “契約” なんだ。魔法陣ではそこまで再現されていないから、恩恵の一欠片しか受けられない」

 

 矢月の説明は続く。

 

「ここからが重要だ。旧式アプローチで求聞持法を行った者たちの知識は、虚空蔵菩薩という “クラウド” に集約されている。そしてさらに、その集約された知識を引き出すことも、できる」

 

「なっ!」

 

 そこまで聞いて、柚子葉は事の大きさに気づいた。

 

「それってつまり、矢月の頭には、歴代の呪術者たちの記憶がまるっと入ってるってこと!?」

 

「記憶じゃ無い、“知識” だ。虚空蔵菩薩が求めるのはそれだけだからな」

 

 それを聞いて、柚子葉はほっと胸をなで下ろす。もし “記憶” ごと受け継いでいたら、矢月の人格は自分のしっていたそれとは大きく変化している可能性がある。だが知識だけならそこまでの事にはならないだろう。

 

「どんな人の知識があったの?」

 

「そうだな、この術を日本に伝えた弘法大師(こうぼうだいし)は当然あったし、安倍晴明(あべのせいめい)蘆屋道満(あしやどうまん)...まあ著名な呪術師はこの術の本質に気づいてんだろうな。大体共有してたよ」

 

 それってもはや最強なのでは? と思う柚子葉。

 

「あ、あとあの人がいたな。現役一級術師の杉田(すぎた) 清春(きよはる)。宮内庁のお抱え術師の」

 

「あぁ、三代(みだい)さんの同僚の」

 

 三代とは、草刈島を共に生き抜いた仲間で、矢月の旧式アプローチの師匠だ。“生き抜いた” というのも、彼も実力のある術師で有名なため、メディア等で生存確認は容易にできたのだ。

 

「それで、もう1つは?」

 

 柚子葉が話を本筋に戻した。

 

「もう1つは求聞持法で得た知識を活用して作った、完全に俺のオリジナルだ。今日使った模擬戦ルーム覚えてるか?」

 

「うん。不死結界でしょ。私はファクターの訓練施設で使ったことあるけど、皆んなは驚いてたね」

 

「そう。俺の術は、似たような空間を......ここに作る」

 

 ここで矢月が指差したのは、自分の頭だった。

 

「俺の術、『シミュレーション』は、自分の脳内に仮想空間を構築する術だ。そしてその空間は、最大24分の1まで時間の流れを遅らせることができる」

 

「待って!? って事はその空間内なら、1時間で1日分の修行が積めるってこと!?」

 

「相変わらず理解が早いな、ゆずは。と言っても24分の1なんて事したら脳がぶっ壊れるから、大抵12分の1で訓練してる。それでも消費カロリーが半端ないから、こうしてたくさん食ってるんだよ」

 

「なるほど......確かにそれは食べなきゃ死ぬね...」

 

 柚子葉は納得したように消えていく料理を眺めた。

 

 もう半分以上食べているのに、矢月の食欲は衰えていないように見える。

 

「そっか、それで今まで訓練して強くなって第六に入ったんだね」

 

「まだ半年分しか話して無いぞ?」

 

「へっ?」

 

 さすがの柚子葉も素っ頓狂な声を上げてしまった。これ以上何があるというのか。

 

「その後、ハワイ...アメリカのPMSC《民間軍事会社》に所属した。サポーターじゃなく、正規のコントラクター《戦闘員》としてだ。『シミュレーション』を手土産にしたら、簡単に雇ってもらえたよ」

 

「だからあんな軍用車に乗ってたんだ...でもそれって、アスラの生き残りを探して、復讐するため?」

 

 柚子葉の問いに、矢月は首を振る。

 

「それもあるけど、1番の理由は違う。さっきも言った通り、日本政府は草刈島テロに関して何か隠そうとしてる。それを探らないといけない。三代さん達は内側から、俺は外側から、だ」

 

「三代さんと連絡を取り合ってるの⁉︎」

 

「“上” にバレないよう最低限な」

 

 そっか...と納得し、一旦情報を整理しつつ食事をしようと柚子葉が箸をとった時、ふと素朴な疑問が浮かび、再び顔を上げ口を開いた。

 

「そういえばやづって、今何級術師?」

 

 その問いに対して、矢月はうーんと少し悩んだあと、決心して口を開いた。

 

「日本規格では、準一級だよ」

 

「準一級術師!!!」

 

 あまりの驚きに思わず机を叩き立ち上がる柚子葉。しかし矢月の次の言葉を聞いた瞬間、もはや卒倒しそうになった。

 

「そしてFOGフォグ規格では、A1《エーワン》ランクだ」

 

 FOG、つまりForce of Globalization ( 多国籍術師軍 )は、アメリカを中心とする資本主義国家群の有する優秀な術師で構成される、最強の軍隊の1つ。そしてA1ランクとは、FOG加盟国の術師資格の規格で、最も高いものだ。




求聞持法についてですが、虚空蔵菩薩に知識を共有して記憶力を上げてもらう、というところまでは史実通りですが、知識を引き出せるというのは作者の勝手な解釈です。あしからず...

あと、民間軍事会社の略ですが、よく聞くのはPMCですよね。でもモントルー文書に基づくPMSCっていうのが正式らしいです。僕も初めて知りました。


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広瀬 進

少しづつ評価をいただけるようになってまいりました。ありがとうございます。

これからもなにとぞ宜しくお願い致します。


 翌日。寮から大学に向かう道。

 

 その道を大型の軍用車がひた走っている。

 

 ハンヴィーを運転する矢月の横には柚子葉が座っていた。

 

 

 

「寮から大学まで地味に遠いから助かるよ。ありがとうやづ」

 

「いいよ。俺もそうしたいし」

 

 

 

「この車、プライムセキュリティ(矢月が所属するPMSC)で貰ったの?」

 

「そうだな。俺のFOG編入が決まった時に、祝いでな。アメリカ軍で出た新車の払い下げ車両を流してくれたんだ」

 

「新車が余ったの? そんな事ってあるの?」

 

「ハンヴィーは今別の車種に差し替えられてる途中だからな。普段よりは多いんだ」

 

「ていうか、今も軍人として戦ってるのに、日本にいて大丈夫なの?」

 

神促通(じんそくつう)って言う神通力の一種がある。好きなとこにワープできる術だとでも思えばいい。それで移動してる。アプローチに時間がかかるから戦闘では使えないけどな」

 

「うっわチートじゃん」

 

 

 

 そんな話をしているうちに大学に着いたので、2人は車を降りて校舎に入る。

 

 行き先は昨日のミーティングルーム......では無く、かなり広めの講義室。

 

 

 

 扉を開けて中に入ると、既に多くの学生が集まっていた。教卓を中心に、扇型に長テーブルが固定してあり、後ろに行くほど高くなっている。一般的な大学の講義室だ。

 

 

 

 今日は初めに、矢月達が所属するAクラスでガイダンスがある。

 

 第六大学には、各学年A〜Eの5クラスがあり、1クラスの人数は60人。榊がよく言うトップチームとは、各クラスにおける上位12名の事だ。言うなれば、4学年5クラスなので、計20のトップチームが第六には存在することになる。

 

「柚子葉ちゃん!」

 

 どこに座ろうかと見回しているうちに、柚子葉が榊に見つかってしまった。

 

 もっとも、入り口を見張っていたのだろうから、急いだところで変わりは無かっただろう。

 

「ゆずはちゃん、どうして昨日親睦会来なかったのさ? 主役が来なくて寂しかったんんだぜ?」

 

 親睦会? と頭上に疑問符を浮かべる矢月に小声で

 

( 昨日の夜親睦会しようって榊くんがみんなを集めてたの。ちゃんと断ったつもりだったんだけど... )

 

 と柚子葉が説明しつつ、やっぱりやづは誘われて無かったんだね...とため息をつく。

 

「主役も何も、私と榊くんは高校同じだし...」

 

「いやまあ、確かに俺とゆずはちゃんの仲だからこれ以上ないほどに親睦深まってるけど、だからって会わない理由にはならないじゃん。俺はいつだって一緒にいたいんだぜ?」

 

「まるで恋人みたいな言い草だな」

 

 ここで矢月が割って入った。変わらず無表情ではあるが、柚子葉には一抹の苛立ちをたたえているのが分かった。

 

「あ〜聞こえない! こいつ言葉で言いなりにさせてくるから皆んなもこいつの声聞いちゃダメだぜ! 」

 

 対する榊は教室中に聞こえる大声でそう呼びかけた。

 

 昨日あれだけお灸を据えたのにこりていないらしい。

 

「あれは...」

 

「いいかげんにしなよ!」

 

 矢月が口を開きかけたところで、意外な人物に遮られた。

 

 柚子葉だ。

 

「言霊は心を強く持っている人にはほとんど効果がない! 榊くんがあれだけ言葉の影響を受けたのは自分の心に芯が無いからだよ!」

 

「え、いやそんなことは...」

 

 柚子葉がこんなに声を荒げるところは見たことがないのだろう。榊はすっかり狼狽している。周りの学生達もにわかにざわついている。

 

 これ以上目立つのはまずい。

 

 矢月が仲裁、いや強引にうち切ろうとしたその時

 

「榊くん、秀島先生が呼んでいるよ。まだ時間あるから急いで行ってきなよ」

 

 そう割って入ってきたのは広瀬だった。

 

「秀島が? わ、分かった行ってくる」

 

 柚子葉が怒った事に榊も居心地が悪くなっていたのだろう。思いのほか素直に従い部屋を出て行った。

 

「やあ。一条くんと、加古さんだよね? 朝から大変だね」

 

 榊が出て行ったのを確認し、広瀬は2人に向き直る。その穏やかな声には、彼の人の良さが滲み出ている。

 

「あ、あぁ。助かったよ広瀬」

 

 人の感情が読める矢月は、広瀬がひとまず信用に足ると判断し、素直に礼を言う。柚子葉と言うと、つい大声を出した事に若干恥じらいを感じているようだが、矢月にしかわからない程度にしか表情は崩れていない。

 

「いいよ。適当に先生の名前出しただけだし」

 

 

 

 つまり秀島が呼んでいると言うのは嘘だったわけだ。なかなかに狸。

 

 

 

「にしても、昨日のは傑作だったね。彼、榊くんをおすわりさせて仕返しとは」

 

「あれが傑作、ね。なかなかいい趣味してるじゃないか」

 

「昔から榊くんにひどいことされてたんでしょ。見てたらわかるよ。暇さえあれば女子にばかり絡むし、正直みんな鬱陶しく感じてるんだ。だから、あれはとてもスッキリしたよ」

 

 そう言いつつ、立ち話も何なので3人で適当に席に着く。

 

「改めて自己紹介ってのも何だけど、僕は広瀬(ひろせ)(しん)。4級術師で、高校時代はサポーターもやってたけど、大学で離れたから今はフリー」

 

 

 

「加古かこ 柚子葉ゆずは、一応準二級で、ファクターのサポーターも一応やってる、かな」

 

 柚子葉も自己紹介を返す。

 

「俺は一条いちじょう 矢月やづき。四級で、サポーターはやっていない」

 

「嘘、だろ?」

 

 適当にごまかそうとした矢月を、目ざとく突く広瀬。その顔にはいたずらを楽しむ子供のような笑み。

 

「大学には四級で登録してる。なんなら確認してくれてもいい」

 

 これは嘘ではない。あまり目立ちたくない矢月は、アメリカ軍経由で情報操作をしてもらい、実際より低い資格で登録している。FOG規格の件ももちろん伏せてある。サポーター等の学外活動は、そもそも報告義務はない。

 

「いや、それは信じるよ。もっと高い級で登録していたなら、秀島先生が加古さんとの対戦相手を君に指定していたはずだからね。問題は、その登録をごまかせるくらいの地位があるってとこだ」

 

 本当によく気がつく奴だ、彼とは友好的な関係を築いたほうがいい。そう矢月は直感する。

 

 本当なら脅すなりして口止めするべきなのだろうが...

 

「まあ話せないなら、僕の戯言で処理してくれていいよ。別に言いふらすつもりもないし」

 

「はあ、食えないやつだなお前は」

 

 そういいつつも、矢月の表情は心なしか穏やかだった。




主人公とヒロイン2人でハンヴィーに乗る描写にとても憧れがあり、書いていてとても楽しいです。


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嫌味な教師と急展開

こんにちは。
本日もよろしくお願いします。


 3人でしばらく雑談していると、教室に教師が入ってきた。

 

 秀島とは違う男性教師だった。メガネをかけ知的な雰囲気を醸し出している。

 

 教卓にたち、皆が静かになるまで待ってから話は始める。

 

「......3分。君たちは黙れと言われないと黙れないのか。そうか分かった。今後私が君たちに話しかけられたときは、そのように接するとしよう」

 

(大学教師までそのネタやんのか。しかも平均以上にねちっこいな)

 

 この教師はダメだ、学生を見下している。

 

 矢月の評価はとても低かった。

 

「では本題に入る。今回のガイダンスは 、皆もある程度内容は把握しているだろうが、“学生任務” についてだ」

 

 教師は名乗りもせずに本題に入ろうとする。この学校の教師は名乗らないのが普通なのだろうか。

 

 まあAクラス副担任の水城(みずしろ) (さとし)であるだろうことは昨日の資料から分かるが。

 

「昨今、術師や術を用いた凶悪犯罪が増える一方、それを取り締まる優秀な術師は足りなくなる一方だ。そこで、君たちにもプロの術師の仕事の一部をこなしてもらう。これが学生任務だ。国としては、君たちのような半端者すら遊ばせておく余裕がないらしい」

 

 話しながらもちょいちょい学生をディスってくる。

 

「言っておくが、学生任務だろうと、死者が出ることがある。現場を知らないくせに目立ちたがる君たちの年頃では無駄死にもままある。心してかかるように」

 

 死ぬ。その可能性を提示されたことで、講義室には動揺の色がはしる。

 

「そして、ここからは去年からの変更点だ」

 

 男性教諭のガイダンスは続く。

 

「通常、学生任務は12人ごとに作られたチーム毎に割り振り、割り振られたチーム内から最適なメンバーを担当教諭が指定する形となる。その際、選ばれたメンバーに大学院から1人指導役がつくのだが...」

 

 ここで、いったん間をつくり、再び話し出す。

 

「成績最優秀チーム、君たちが “トップチーム” とアホらしく呼んでいるチームには、今年から指導者がつかないことになった」

 

「なっ!」

 

 それを聞いた広瀬は、驚いたようで小さな声を上げた。

 

 ちなみに、矢月と柚子葉は事前に知っていたかのように驚きがない。いや、事実知っていた。

 

 矢月は情報力の高いプライムセキュリティの上官から聞いていたし、柚子葉は今朝矢月から聞いていた。

 

「先ほども言ったが、今は優秀な術を用いた犯罪が増え続けている。大学に持ち込まれる案件も年々増加しており、今までの体制だと全ての任務をこなす事が難しくなっってきた。

 

 そこで今年からは、院生の部隊を用意し、ある程度高難度のものを請け負うことにした。その分のしわ寄せで、優秀者チームにはチームメンバーのみで任務に挑んでもらう」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 場所が変わって308ミーティングルーム。

 

 ガイダンスが終わり、早速任務が割り振られるらしい。

 

 だがそれを待つメンバーたちの表情は暗い。

 

 それでなくともトップチームには骨のある任務が回って来がちだというのに、誰のサポートもないというのを先程聞かされたばかりだ。

 

 平気そうな顔をしているのは、矢月と山城くらいだ。あの榊ですら若干軽口のキレがない。

 

「待たせたなお前ら...って、随分辛気臭いツラしてんなあ」

 

 秀島は部屋に入るなり状況を理解したのか、うーんと頭をかいて、

 

「まあ、なんだ。水城の野郎はガキが嫌いだからああ言ってるが、今回の件でいいこともある」

 

 何と励ますような素振りを見せ、皆は “いいこと” の内容よりその事実に驚きを隠せない。

 

「学生任務の成績によっては、外部からスカウトがくることもある。それは去年までもそうだったが、院生がつかない、学生のみの任務ってのにさらに注目が集まるはずだ」

 

 つまり、より高名な組織からスカウトをもらいやすくなるという訳だ。

 

 にしてもこの秀島、案外面倒見がいいのかも知れない。少なくとも水城より学生を見ている事は確かだ。

 

「さあ! うだうだしてても始まんねえ。 もう案件は割り振られてるからな。早速メンバー発表するぞ」

 

「うそだろ!」

 

「え、いきなりですか!」

 

「っるせえ! 黙って聞け」

 

 

 

 あまりに急な展開にブーイングが上がるが、そこは強引に押し込める秀島。

 

「初回だから簡単な案件だ。安心しろ。1つ目は害獣駆除だ。メンバーは一条…」

 

 いきなり呼ばれた。

 

「加古、榊、山城、以上4人だ。今から隣の部屋でリーダー決め、移動スケジュールの作成をしろ。交通費は後日支給されるから気にすんな。終わったら事務室に報告して、後はスケジュール通りに行動しろ。じゃあ行け」

 

 本当に急だ。

 

 さすがの矢月も少し不安になってきた。




次回! ドキドキ移動編。


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自分勝手な奴に押し付けられたリーダーほど面倒なものは無い

今回ちょっと長めです。


 隣室に移動した矢月ら4人。

 

 先ほどのミーティングルームよりは1回り狭いその部屋には、長テーブルを挟んで2人づつ座れるように椅子が配置してある。

 

 矢月が真っ先に椅子に腰掛け、次の瞬間には隣に柚子葉が陣取っていた。榊と山城は柚子葉の隣を狙っていたのか、悔しそうな表情を隠しつつ、今度は正面を取ろうと静かな抗争(椅子取りゲーム)を始める。

 

「じゃあ始めるか」

 

 最終的に柚子葉の正面を勝ち取った山城がミーティングを始める。

 

「まずリーダーだけど、誰かやりたい人はいる?」

 

「「「.......」」」

 

 山城の問いにだんまりを決め込むメンバーたち。

 

 様々な面で損な役回りの舞台リーダーなど、基本誰もやりたがらない。せいぜい担任の内心に影響するくらいだ。

 

 ここで山城は、

 

「一条くんやってよ。模擬戦のとき強そうだったし」

 

 なんと矢月を生贄に捧げようとしてきた。

 

 しかも強そうだなんて言っておいて、心では微塵もそう思っていない。人の感情が読める矢月にはそれが分かった。

 

「こいつが強そうなんて、何言ってんだお前。所詮変な初見殺し何個かつかえるだけだろ」

 

 ここはシンプルに矢月を認めたく無い榊。

 

「じゃあ代わりに榊くんがやるってのかい?」

 

「やーだよそんな面倒いの」

 

 代わりに、といのは山城のなかでは矢月がリーダーというのが前提条件なのか。

 

 心の黒さが垣間見えている。

 

「俺がやるのは構わ無いけど、お前らちゃんと俺の指示聞くんだろうな?」

 

「当たり前だろ。リーダーやってもらうからには従うさ」

 

 嘘だ、こいつは必ず自分の意見を通そうとする。そういう奴だと、分かる。

 

 その後いくつかやりとりがあった後、結局矢月が引き受けることとなった。

 

 次は移動手段だ。目的地は隣の山口県東部にある小さな集落(第六があるのは広島県)で、明日の正午には到着するようにとの事だ。

 

「俺は自分の車で行くから、お前らはどうする?」

 

 矢月が榊と山城に尋ねる。

 

「俺たちは3人で新幹線で行くよ。交通費出るし」

 

「そうだな、お前はぼっちで来いよ。俺らは3人で楽しく行くからよお」

 

 という山城、榊。

 

(後で2人にはLIMEで断っとくから、私も乗せてって)

 

 と矢月に耳打ちする柚子葉。彼女は矢月と一緒に行きたいのだろうが、それを今言うと確実にいらない2人がついてくるだろうことは明白だ。

 

 その日は、他にいくつか確認した後解散となった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 次の日の朝、矢月のハンヴィーが大学寮を出発した。

 

 乗っているのは、4人。

 

「まったく...何で榊と山城までいるんだ?」

 

「同じチームになんだから、一緒に行動するのが普通だろ?」

 

「お前が柚子葉ちゃんに変なことしないように見張らないとだからな」

 

(こいつら好き勝手言いやがって...。無理矢理ゆずの後を追ってきたくせに。)

 

 矢月はため息をつく。

 

 2時間ほど車を走らせたところで、県境を超え山口県に突入した。そのまま山陰の山道を進む。

 

 車中では、榊と山城が柚子葉にひたすら話しかけていたのがもっぱらの会話だった。

 

 その中で、矢月と柚子葉の関係について聞かれた事があったが、小学校が一緒で当時仲が良かった、とかなんとか誤魔化した。嘘ではないし、基本的に草刈島での関係は隠すことにしようと2人で決めている。

 

 山中を走り続けていると、駐車場の近くに自販機が数台だけあるだけのちょっとした休憩所があったので、車をとめて一休みすることにした。それぞれ自販機で飲み物を買い、備え付けのベンチに腰掛ける。

 

「なあ一条、今から少しあの車運転させてくれよ」

 

 矢月が缶コーヒーを飲んでいると、急に山城がねだりだした。

 

「え、駄目だけど」

 

 一蹴する矢月。

 

「いいじゃん、俺ミッションの免許もってるから大丈夫だって」

 

(こいつ、ハンヴィー舐めてるだろ)

 

 左ハンドル、それだけでも普通のドライバーは尻込みするのに、特にハンヴィーは車幅が尋常じゃなく広い。ペーパードライバーが運転させたなら確実に擦り傷は覚悟しないといけないだろう。

 

 でも山城感情からは、そんな事では引かなそうな強情さと自信が読み取れる。

 

 こんな時は、

 

「これ、準中型免許じゃないと乗れないから」

 

「え、まじで!? でも......分かった」

 

 嘘である。ハンヴィーはギリ普通免許で乗れる。ただし、外部装甲を追加した重量ではその限りではないため、矢月は一応大型免許までは取得している。

 

 五分ほど休憩していると、榊と山城は歩いて数分の所に滝があることに気づき、2人で見てくると言って席を立った。

 

 うるさい2人がいなくなってほっとする所だが、なんだが嫌な予感がする。

 

「真、2人についてってやれ」

 

 矢月は誰もいない虚空に向かって命令した。すると、

 

「かしこまりました」

 

 なんと誰もいない空間から返事が返って来た。普通ならありえない現象に、隣にいた柚子葉はおどろ......くことはなく、

 

「何かあったの?」

 

 むしろ矢月の考えていることに疑問を持った。彼女なはこの声の事は話してあるので驚かなくても不思議はない。

 

「妙な気配がしただけだが、真を行かせれば十分だろう」

 

 それから数分後、山の奥から男2人の叫び声が響いて来た。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「こいつ、急になんだってんだ!」

 

「やめろ...来るな」

 

 今、榊と山城は山中の獣道を全力で逃げていた。

 

 事の発端は、滝を見に行こうと獣道を歩いていた所、急に後ろから突き飛ばされたことに始まる。何者かに襲われたのかと振り向くと、それは見上げるほどの大熊だった。

 

 急な襲撃だった上に、大して実践経験も無い2人は、大した反撃もできずに、こうして尻尾を巻いて逃げていると言うわけだ。

 

「おい...山城。てめえ...どうに...か、しろ」

 

「むりに...きまってるだろ」

 

 全力失踪する2人の体力はすでに限界が近い。にもかかわらず、大熊は着々と距離を詰めてくる。

 

「あっ!」

 

 足が上がらなくなってきた山城は、ついに木の根につまづいて転倒してしまった。

 

 木の葉の積もる地面を2、3回転した後、顔を上げると、そのまま走り去って行く榊の後ろ姿が見えた。

 

「あ、あぁ...」

 

 振り返ると、熊はもう手が届く所まで来ていた。

 

 もう終わった。山城がそう悟ったその時だった、

 

 ドゴッ!

 

 白い光の柱が大熊が吹き飛ばした。

 

「な、なにが...」

 

 光が飛んで来た方向を見ると、そこには先程の大熊よりも一回り大きな白い大犬が立っていた。その姿はまるで、もののけの姫を描いたアニメ映画に出てくる大犬のようだ。

 

 だがサイズ以外にも明らかに普通の犬とは違う点がある。それは、体からほのかに白い光が放たれている、否、その体自体が白い光で構築されているように見える。

 

 先ほどの光の柱は、この光の大犬の尻尾だったらしい。

 

「があぁ」

 

 光の大犬に見ほれていると、先ほどの熊が立ち上がっていた。

 

 腹に大きな傷を負ってはいるものの、怒り狂った熊はその精神力で大犬に立ち向かおうとしている。

 

「人に手綱を取られましたか。哀れなものですね」

 

 なんと大犬は人の言葉を話した。

 

 熊を哀れむように発したその声は、若くも威厳のある男らしいものだった。

 

 大熊は力を振り絞って突進して行く。しかし大犬は焦りのカケラも見せず、なんと尻尾を三本に増やし、その全てを差し向け大熊をズタズタに刺し引き裂いた。



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どら息子

チュートリアルは終わった! 今回から本格的にストーリー始めていきますよ!


「そうやって俺は山みたいな大熊を一人で倒したんだよ」

 

「何言ってんだよ。俺が矢氷雨でズタズタにしたんだろうが」

 

「お前は俺を置いて逃げてただろ!」

 

 滝を見に行った山城と榊は、戻って来たハンヴィーの後部座席で大熊を倒した武勇伝をまことしやかに語っていた。主に柚子葉に対して。

 

 無論、2人とも自分が倒したと言い張り、光の大犬の事については触れない。最も、榊に関してはその存在自体を知らない。

 

「すごいね〜」

 

 事実を察している柚子葉は極めて適当な相槌で流す。無論矢月も真実を知っている。

 

 等の山城と榊は、流されている事にすら気づかず、嬉々として嘘武勇伝を語りつづけている。こう言った勘違い男子は、自分の話を女子は楽しんで聞いてくれているものと思い込みがちなのだ。

 

 矢月も昔はそうであった自覚がある。人の感情が読めるようになってからは、その頃を思い出しては密かに赤面する夜を過ごしている。

 

 2人の下らないホラ話に矢月と柚子葉がいい加減げっそりし始めた頃、ようやく目的地に到着した。

 

 周囲を完全に山に囲まれた僅かな平地に形成された農村、奈木村(なきむら)

 

 今回の案件は奈木村の自治体の会長、実質的な村長と呼べる村田むらたという男の名義で発注されていた。

 

 適当な所にハンヴィーを停め、4人で村田の家を目指す。渡された地図に従い、村の1番奥にある大きな木造の平屋にたどり着いた。

 

「古いけど立派な家だね」

 

 柚子葉が見とれながら言うと、

 

「もともとはここ一帯の地主の家だったものですからねぇ」

 

 と、不意に男の声がした。見ると、開け放たれたガラス戸の奥の畳敷きの部屋から、1人の初老の男が縁側に出てきた。

 

「よくいらっしゃいました。私が依頼主の村田(むらた) 文明(ふみあき)です」

 

 そういって村田は、サンダルを履き縁側から降りると、矢月と握手を交わす。

 

 一目で矢月が責任者と見抜いたのだろう。これが年の功というやつか。

 

「依頼の内容はお聞きでしょうが、改めて詳しいお話をさせて下さい。どうぞ中へ」

 

 4人は玄関から家の中に入る。

 

 中は綺麗に片付けられており、古い外観の割に住みやすそうだ。

 

「息子さんと2人で暮らしていらっしゃるのですか?」

 

 廊下を進みながら、不意に矢月が訪ねる。

 

「家内は5年前に先立ちまして......。それにしても、よくお分かりになりましたね。」

 

「あなたと、息子さんらしき気配しかしなかったものですから。あなた自身、普段家事をしていらっしゃるような所作が見受けられましたので」

 

「はっはっ。さすがですな」

 

 多少不躾ぶしつけなのは分かっているが、こうやって観察力をアピールしておけば、今後協力を得やすくなる。矢月はそう考えていた。

 

 先程外から見えていた畳敷きの部屋に通され、机に着く5人。

 

成明(なりあき)! お客様にお茶をお出しなさい!」

 

 村田は奥の部屋に向かって呼びかける。例の、息子の気配のある部屋だ。成明というのはその息子の名なのだろう。

 

「うっせぇじじい! 半人前のガキなんざに茶なんかいらねえ!」

 

 村田が呼びかけた部屋からは、怒鳴り声が返って来た。

 

 どうやら、あまり気立てがいい方では無いらしい。

 

「すみません、うちのどら息子が......今淹れてきますので、少しここでお待ち下さい」

 

「あ、手伝います」

 

「いいんですよ。お疲れでしょうから、ゆっくりなさっていて下さい」

 

 気を使う柚子葉を押し留め、村田は部屋を出て行った。

 

「はあぁ、今時畳とか頭悪すぎだろ...」

 

 たいそう頭の悪いセリフを吐き寝転がる榊。一瞬正座していただけでこのざまとは、情けない。

 

 そのときである、

 

 ガタタッ、と奥の襖が開かれた。そこに立っていたのは、矢月たちよりも少し年上に見える小太りの男。ボサボサの髪、着古した部屋着、典型的な引きこもりといった様相だ。

 

 その男は、座っている4人を目だけで見下し、口を開いた。

 

「おいおい、雑魚寝なんて随分態度の悪い客だな。そこの可愛い娘以外帰ってもらって結構だぜ。どうせ使い物にならない半人前しかいないんだろ?」

 

「てっめぇ! 態度悪いのはそっちだろうが!」

 

 思った以上に口の悪い成明に、即座に飛び起き言い返す榊。

 

 いいぞもっと言え、と矢月は珍しく心の中で榊を応援した。

 

 隣を見ると、柚子葉が必死に嫌悪感を顔に出すまいと奮闘していた。その努力虚しく、矢月以外にも分かる程度に漏れ出ている分、榊以上にウザいと感じているようだ。

 

「いいのか半人前、俺はここの村長の息子だぜ。その気になりゃあ学校に依頼失敗の連絡でも...」

 

「こら成明! 術師さん方に失礼だぞ!」

 

 ここで村田が戻って来たようだ。手には湯のみが乗った盆を持っている。

 

「ちっ、てめえらの泣き顔、絶対拝んでやるからな!」

 

 そう言って出て行った成明から、確かな悪意が読み取れた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 村田からの依頼は、一言で言えば害獣駆除だった。毎晩のように村の田畑が荒らされているらしい。しかし、(ただ)の害獣であれば村の住人でどうにか出来ただろう。

 

 この件の厄介な点は、誰もその元凶を目撃していないと言う点だ。

 

 数日前、村の大人総出で寝ずの見張りを行ったらしい。その際も、誰も荒らしの現場を見ることはなかったが、夜が明けた時には荒らされた畑が発見されたらしい。

 

 それが獣の仕業と考えられているのは、荒らされた様子や足跡が害獣被害のそれであったかららしい。

 

「っで、その足跡を追っても、いつも突然消えて追跡できなかった...と」

 

 村の様子を見て回りながら、依頼の内容を確認する4人。時刻は昼過ぎ。四月の太陽がさんさんと照っている。

 

「っで、どうするんだリーダーさんよぉ」

 

 頭の後ろで手を組みながら聞いてくる榊。意外にも矢月の指示を聞く気はあるようだ。案外あの模擬戦が効いているのかもしれない。

 

 だがそれに応えたのは矢月ではなく山城だった。

 

「この案件には、確実に術師が関わってる。その犯人は山中に身を潜めている可能性が高い。日中は山に入って怪しい場所を探し、夜は散らばって村の見張りをしよう」

 

 完全にリーダー気取りの発言だ。ミーティングの際、矢月に従うと言ったことを全く気にしていないようだ。リーダーとしての責任だけ他人に押し付けて、自分が指揮をとる。これを、意図してでは無く素でやっている分、余計にタチが悪い。

 

 だが、

 

「そう考えるだろうと、犯人も思ってるだろうな」

 

 そう矢月は冷静に返した。



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衝突の前に

いつも読んでいただきありがとうございます!


「犯人もそう思ってるって......じゃあどこに隠れてるっていうんだ!」

 

 山城は矢月を問い詰める。

 

「誰も見ていない、足跡も消えてるなんて、どう考えたって術師が絡んでるだろう!」

 

 問い詰めてはいるが、矢月が話す間は与えない山城。

 

「さあ今から山を探そう! 俺は東、西は......」

 

「山城くん!」

 

 話し続けるどころか、指示まで出し始めた山城を止めたのは、柚子葉だった。

 

「リーダーはやづでしょ! そう決めたじゃない!」

 

「いや......俺は個人としての意見を言ってるだけで......」

 

「その範疇はとうに超えてる。指示出しはやづの仕事」

 

 柚子葉の強い語気に、山城はしゅんとする。

 

「ゆず、ありがとう」

 

 彼女に礼を言い、矢月は話し始める。

 

「山城の言うように、犯人はいる。ただし、それは村の住人だ」

 

「「えっ!?」」

 

 これには、榊と山城は声を上げた。柚子葉はすでに勘づいていたのか、特に驚きはない。

 

「村の住人って......あ、あのクソニートだろ!」

 

「榊くん......さすがにそれは早計...」

 

「いや、多分あってるよ」

 

「「えぇ!?」」

 

 こんどは柚子葉と山城が驚く。

 

「少なくとも、村田成明は犯人の1人だ。主犯かは分からないが」

 

「それって、成明...の感情を読んでそう思ったの?」

 

 柚子葉が年上を呼び捨てにするのは珍しい。相当嫌っているのだろうか。

 

「それもある。だが他にも、奴の部屋に奇妙な魔法陣を書いた魔道具がいくつかあった。専門じゃないから、どんな術式なのかまでは分からなかったけどな」

 

「いつの間に部屋を漁ったの?」

 

「て言うか、感情を読むってどう言う事なんだ?」

 

 柚子葉と山城が、それぞれ疑問を口にする。もはや榊は目を点にしている。

 

「部屋を漁ったのは俺じゃない、俺の式神だ」

 

 そう言うと矢月は一枚の長方形の紙の札を取り出した。札には魔法陣とは違う、特殊な文字と記号が描かれている。そしてその札は、まるで手品のようにたちまち白いネズミに姿を変えた。チーチーと鳴くそのネズミは、本物と見分けがつかない。

 

 お〜、っと大道芸を見ているかのように感心する柚子葉。

 

「式神って、召喚獣と何が違うんだ?」

 

「まあ、式神にもいくつか種類があるら難しい所だが、最も違う点は主人と霊的に繋がっていると言う点だな。それによって感覚を共有したり、自分の魔力を分け与えたり出来る」

 

 山城の質問に矢月は丁寧に答える。実は召喚獣と大きく違う点はもう1つあるのだが、それは話さない方が都合がいい。柚子葉もそれを察し黙ってくれている。

 

「そして感情を読む、と言う意味だが、これは人の霊力......魔力の流れの変化を視て、大体の感情を予測しているだけだ」

 

「そ、そんな事が出来るのか?」

 

 ここは素直に驚く山城。

 

「魔力を感じ取りやすい体質の人がいるのは知っているけど、そこまでの事が出来るなんて聞いた事ない」

 

「ま、うちの親が術師否定派だったんでな。隠れてできたのは魔力感知の訓練ぐらいだ。小さい頃からそればっかりやってれば、この位はできるようになる」

 

 と言っても、読めるのは本当に感情くらいで、心が読めるとかそんな便利なもんじゃないんだけどな......と矢月は付け加える。

 

 この特技が無ければ、草刈島で戦い抜く事は出来なかっただろう。

 

「そういやこいつ、中学の時から隠れるのだけは美味かったけど、そんな陰キャムーブかましてたのかよ」

 

 榊が納得したように手を打つ。

 

「でも、それだけで成明を犯人として挙げるのは難しいんじゃない?」

 

「ゆずの意見は最もだよ。まぁ、現行犯として捉えるのが1番手取り早いだろうな」

 

 柚子葉の意見に賛同する矢月。

 

「じゃあ、具体的にどうするのか教えてよ」

 

 明らかに不機嫌そうに聞く山城。自分以外の人間が指示を出すのが本能的に許せないのだろう。だが柚子葉に言われた手前、今は我慢しているようだ。

 

「とりあえず昼間は、泳がされている振りをして山中を探す」

 

 そう言って矢月はほくそ笑む。

 

「本番は.....夜だ」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「はっ! あの半人前ども、本当に馬鹿ばっかりだな!」

 

 成明は自室でヘッドフォンをつけ、声を出さないようバカ笑いをしていた。

 

 矢月たち4人は、村田の家に戻って作戦会議をしていた。文明からも、ここを拠点にするよう言われていたからだ。

 

 だがその作戦会議の内容は、ヘッドフォンを通して成明の耳に筒抜けだった。もともとは村の住人たちの会議を盗み聞きする為に設置した盗聴器だったのだが......

 

「ほんっと間抜けったらねえなあ。おかげで盗聴器を仕掛け直す手間が省けたぜ。俺が怪しいってとこまでは気づいてるみてえだがな」

 

 聞こえてくる会話に、ニヤニヤが止まらない成明。

 

「なになに? 夜中に全員で待ち伏せ...ね。()()()()()って奴の感知能力を使って奇襲するつもりなのか。 はっ! 無駄無駄......そもそもおめぇらが来た時点で、こそこそ隠れて襲わせるのは終わりなんだからな!」

 

 そう、今までの田畑荒らしは、矢月たち学生を呼び寄せる為の、ただの餌だった。

 

「俺様の召喚獣は最強だ。半人前が何人束になっても、惨めに死ぬだけだぜ」




式神...ロマンですよねぇ。

式神の解釈には人それぞれありますが、僕なりの考えも今後作中で描いていけたらと思っています。


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高みの見物

皆さんお早うございます!
今日も頑張っていきましょう!


 その日の夜。4人は村の西外れ、比較的田畑が集中しているエリアの茂みに身を潜めていた。

 

 作戦はこうだ。4人で身を潜め、矢月と柚子葉の感知能力で村一帯を見張る。害獣...恐らくは召喚獣の類だろう...を発見し次第奇襲で捕獲し、召喚者をたどる。

 

 この作戦の(かなめ)は、いかに早く召喚獣を見つけられるか。

 

 感覚を尖らせる柚子葉の顔には、緊張が浮かぶ。

 

 四月の夜はまだまだ冷える。風に凍えながらも、4人は集中し続けた。

 

 監視を始めて10分ほど経った時だった、

 

「見つけた!」

 

 柚子葉が小さく声を上げた。感知用の結界に反応があったのだ。

 

「俺も見つけた」

 

 一瞬遅れて矢月も発見する。

 

「今どの辺りなんだ?」

 

 山城問いに、矢月と柚子葉は複雑な表情をする。口を開いたのは矢月だ。

 

「向かってきている。まっすぐ、こっちに」

 

「「なっ!」」

 

 驚く榊と山城。

 

「なっ! 場所がバレているって事か?」

 

「そう考えるのが妥当だな......来るぞ!」

 

 山城との会話を断ち切り、注意を促す。

 

 見ると、真っ暗な山の木々の間から、のしりのしりと、4足歩行の何かが姿を現した。

 

 体が村の明かりに照らされ、次第にその姿が明らかになる。

 

 獅子......のように見えるが、違った。まず色が違う。獅子らしい黄金色では無く、赤い。そして尻尾の先には、何十本もの大きく鋭い針がついている。そして何より、その顔はなんと、人間の男のそれだった。

 

「あれは......マンティコアだね」

 

 つぶやく柚子葉。

 

 確かにそれは、南、東南アジアに伝わる伝説上の生物、マンティコアだった。明らかに野良の獣ではない、召喚獣だ。

 

 マンティコアはまだ4人の位置を正確には把握していないのか、辺りを無作為に見回している。

 

「よし、今ならやれる」

 

 と言って山城は、あろうことかマンティコアに向かって飛び出して行った。

 

「ちょっと! 山城くん!」

 

 柚子葉の制止も聞かず、山城は走りながら術の準備に入る。

 

「主は洪水の上に御座をおく。とこしえの王として、主は御座を...」

 

 それはなんと、呪文の詠唱だった。

 

( 旧式アプローチ......山城くん、本当に使えたんだ )

 

 2日前の模擬戦の際、山城はさり気無く旧式アプローチを使えると豪語していた。あの時はてっきり、矢月に対抗意識を持った事により大言を吐いただけだと思っていたが、実戦レベルだったのか。

 

 いや、違う。

 

 柚子葉は気づいた。

 

( 魔力の練り方が雑だ! あれじゃ目立って気づかれる! )

 

 だが、もう遅い。

 

 マンティコアは魔力の気配に気づき、山城を視界に捉える。

 

「...主は自らの、うわぁ!」

 

 魔獣に見つかった山城は、恐れをなして声を上げ、その場に尻もちをついてしまった。無論詠唱は中断され、術の行使も...止まる。

 

 マンティコアが尻尾を高く掲げる。その魔獣の顔が、気のせいか笑っているように見える。

 

 そして魔獣が尾の先を山城に勢いよく向け、その先についた針が一斉に山城に向かって放たれた。

 

「う...うわあぁ!」

 

 山城が顔を庇うように腕を上げ、目を強くつむる。

 

 だが、予想した痛みや衝撃が山城を襲う事は無かった。

 

「え...」

 

 それに気づいた山城は、恐る恐る腕を退け目を開ける。

 

 そこには、全身を魔獣の針で貫かれた矢月の姿があった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「やっったあああああぁ! これで1人目だひゃっほおう!」

 

 村の東側、村を一望出来る山の中腹で、村田 成明はあまりの喜びに小躍りしていた。

 

 手には双眼鏡、地面には魔法陣が刻まれた小物がいくつか散乱している。

 

「平和ボケしたガキのくせに、イキってるからこうなるんだ! あ〜あ、あんな雑魚どもが、これから日本を守る希望、だってぇ? ぜんっぜん役に立ってませんよ政府さ〜ん?」

 

 誰にもバレないと思っているのか、かなり大きな声だ。

 

「さあ残りの男2人も皆殺しだ! 柚子葉ちゃんは俺の嫁候補だな。 そうすりゃ村の人間達も俺にひれ伏す! でもダメだよぉ? 俺様をニート呼ばわりした分からず屋達は、もう許される権利無いから! ギャッハハ」

 

 

 成明の目的は、自分を叱ってきた村人達への仕返しだった。

 

 事実、26歳にもなって働きもせず、親の(すね)をかじっている成明は立派なニートである。しかし本人はその真実を受け入れず、親達への逆恨みを年々募らせていった。

 

 そんな時である。あの男が魔道具を持って来たのは。

 

『力をやる。その代わり、第六の学生をお引き寄せろ』

 

 そう男は言った。その後は好きにしていい、とも。

 

「おびき寄せたんだから好きにするぜ。殺しちまったが文句は言わせねえ。だってあいつらがウザくて弱いのが悪いんだから......」

 

「誰が弱いって?」

 

 急に話しかけられた成明は、ギョッとして振り返る。

 

 

 

 そこには、怒りに身を震わせる文明と、無傷の矢月が立っていた。




書いてて感じるんですけど、キャラが勝手に喋るって本当にあるんですね。

成明がめっちゃ喋るんですよ、マジで。


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その冷たさに慈悲は無い

今回ちょっと長めになっちゃいましたけど、会話多めなのでさくっと読めると思います。
ぜひ楽しんで下さい!


「誰が弱いって?」

「なっ! お前、なんで生きてるんだ!」

 

 殺したと思いこんでいた人げんが急に後ろに現れ、動揺を隠せない成明。

 

「何でって、そもそも何もされて無いし......あぁ、もしかしてだけど、下のやつを俺だと思ってたのか? 悪いことをしたな。次からは偽物って書いとくよ」

 

 そう大真面目な顔で言いつつ、電気ランタンの電源を入れる。魔道具や小物が散らばっている草地が、白い光で照らされた。

 

 ちなみにだが、矢月も案外スキルが高い。榊や成明とはベクトルが違う煽り方だ。

 

 そしてそれを受けた成明は、怒りと恥ずかしさで顔を爆発せんばかりに赤くしている。

 

「い、いや...気づいてたぜ...とうぜんだ」

 

 成明は最大限に強がって見せながら、ちらりとマンティコアがいる辺りを見やる。そこには矢月の死体らしきものは無かった。なぜか代わりに、白と黒が一頭ずつ計二頭の大きな獣が戦っている。

 

「くっ。てめえなんでここが分かった?」

「え、隠れてたの? むしろワザと位置バラして罠張ってるのかと思った。警戒して損したぁ」

 

 そう言う矢月は明らかな棒読み口調。

 

「成明! お前自分が何をしているのか分かっているのか!」

 

 ここで、矢月の隣に立っていた文明が怒鳴り声を上げた。その顔は成明と違い、純粋に怒りのみで真っ赤に染まっている。

 

「一条さんに連れられて来てみたら......お前、許される事ではないぞ!」

「はあぁ⁉︎ 許しを請うのはてめえだクソジジイ! 俺は力を手に入れた! 最強になったんだよ! お前らこそ俺に許され無いほどの仕打ちをしてきたんだ! 復讐してやる!」

「そんなものお前の力では無い! それに、村の人達も私もお前のためを思って叱ってきたんだ...」

「んんんんなわけねええだろおおおがぁ! お前たちは俺が、力のあるお俺が疎ましかっただけだああ!」

 

 苛烈な親子喧嘩が始まった。文明はまだ冷静に叱っている感じがあるが、成明はもはやヒステリーを起こしている。

 

 2人は矢月の存在も忘れて、なおも怒鳴り合いを続ける。

 

「疎ましく思った事などあるものか! お前は母さんと私の大事な宝だ!」

「宝だああぁ⁉︎ だったらもっと大事に扱えよ! 俺様という存在を、もっと丁寧にいいぃ!」

「甘ったれるな成明! いいか、お前はこれから罪を償うんだ。時間がかかってもいいい。それから一緒にやり直そう! 亡くなった母さんに胸を張れるように!」

「お母さんいませんけどおぉ? ていうか今十分胸張れるしさあぁ!」

「成明! 父さんの話を聞け!」

「だああぁれが父さんだクソジジイ!」

「なりあきいいいい!」

 

 

「は〜いオッケーで〜す」

 

 

「「......へっ?」」

 

 あまりに唐突な矢月の介入に、2人は思わずへんな声を上げた。

 そのシンクロ率たるや、腐っても親子だと感じさせる。

 

 2人は動揺から立ち直ると、今度は矛先を矢月に向けた。

 

「てめえまだいたのか! 大人しく()()()()()()ちゃんに殺されてこい!」

「一条さん、今大事な話をしているんです! 邪魔しないで下さい!」

 

「いや分かりますけど後にしてください。こっちも予定がありますからっと」

 

 矢月は話し終わると同時に右手で刀印を結び、成明の足元に向けた。

 

 その瞬間、

 

「ぐあぁ!」

 

 成明は地面に叩きつけられ、そのまま吸いつけられているように身動きが取れなくなった。見ると、地面には奇妙な文字や記号が複雑な模様を無し、強い光を放っている。

 

 2人が怒鳴りあっているうちに、矢月はこの捕獲用の結界を構築していたのだ。“オッケーです” というのは、結界の準備が整ったからもういい、とそういう事だ。

 矢月にとって、親子喧嘩をされるのは時間の無駄でしか無い。文明を連れてきたのは、犯行現場を目撃させるただそれだけの為だ。

 

 ただ、我が子を叱る親の姿に懐かしさを感じない事も無かったが。

 

「このクソガキがぁ。俺様にこんなことして、ただで済むと思うなよ」

 

 這いつくばったまま憎々しげに矢月を見上げ、じりじりと懸命に腕を伸ばし始めた。

 

 その先にあるのは...魔法陣を刻まれた掛け時計ほどの石版。

 

 矢月はそれに気づいていない様子で、手に持った札に何か書き込んでいる。

 

 成明の手が、石版に届いた。

 

 小汚い顔が、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「はっはぁ! ぬかったな半人前!」

「はっ! 成明何を!」

 

 気づいた文明が慌てて声を上げる。

 

「出でよヤクルス! あのクソガキを裸にひん()いて、ネットの海に晒してやれ!」

 

 

 何も......起きない。

 

 

「あぁ、無駄だぞ。時間かけて作った結界だからな、お前ごときにどうこう出来る代物じゃない」

 

 札を書き終えた矢月が顔を上げる。

 

「クソガキ...地獄に落ちろ...」

「すまん、今から地獄見るのお前だわ」

 

 憎悪をぶつける成明に、矢月の表情は1ミクロンも歪まない。

 

「じゃあ聞くぞ。お前に魔獣召喚用の魔道具を渡したのは誰だ?」

「はぁ? 一丁前に尋問か? 調子乗ってんじゃねえぞ!」

 

 尚も強がる成明に、矢月は小さくため息をつき、文明を振り返る。

 

「すみません文明さん。時間も無いので少し手荒にやります」

「え? それはどういう...」

 

 文明が言い切らないうちに、矢月は成明に向き直り、左手の中指を右手の人差し指で突いた。

 

 その瞬間、

 

「いっ、がああああああああああああぁ!!!!」

 

 成明が猛烈な叫び声を上げた。

 

「いっ! 一条さん何を⁉︎」

 

 この質問の回答の代わりに、矢月は成明に話しかける。

 

「今、指を折った......痛みをお前に与えた。だが痛みだけだ。実際には折れていない...」

 

 言いながら、矢月は陰惨な笑みを浮かべ成明を見下ろす。

 

「つまり、拷問の証拠は残らない。いくら痛めつけても......死なない」

「ひ、ひぃ!」

 

 成明は痛みに耐えながらも、何とか話は聞こえていたようだ。

 その顔は、恐怖の一色に染まっている。

 

「さあて、次は爪でも剥ごうか......」

「まっ!待ってくれ! 話す話すからやめてくれ!」

 

 恥も外聞もなく、成明は即座に矢月に泣きついた。

 

「はあぁ...」

 

 矢月は大きくため息をついた。

 

「なっさけ無い...。まあいい、話せ」

「俺に魔道具をくれたのは背の高い男だ。顔は隠してたからほとんど分からなかった......」

「他には?」

 

 感情を読み嘘を言っていない事を確認した矢月は、静かに続きを促す。

 

「後は......あ、緑色の目をしてた! それと、お前たち生徒を呼び寄せる為に、ほどほどに暴れろって言われた! 今思い出せるのは、それくらいだ」

「生徒じゃなく学生な?」

 

 ふむふむ、と矢月は顎に手を当てる。

 これ以上は情報を引き出せそうには無い。

 

「じゃあお前はもう用済みだ。寝てていいぞ」

 

 矢月はそう言い、持っていた札を離した。

 札はするりと手から抜け落ち、成明に向かってふよふよと漂って行く。そしてそのまま成明の額に張り付いた。

 その瞬間、成明は小さく唸り声を上げ、すぐに動かなくなった。

 

 息はある事を確認した文明は、ほっと胸を撫で下ろす。その横で矢月は、眉間をつつきながら考えにふけり始めた。

 

( 成明を使って俺たちを呼び寄せた......と言うことは、黒幕の目的は学生。もしそれが、院生のサポートが無くなったチームがある事まで考慮されていたのだとすると......確実にそんなチームを引っ張り出す為には、このような小規模犯罪を複数箇所で誘発させる必要がある。つまり......まずいな )

 

 何かに気づいた矢月は、自分の式神へと意識を集中しかけ......やめた。

 

「まあそりゃ......()()()標的だもんな」

 

 そういって顔を上げた矢月の目がとらえたのは、成明が残した魔道具。

 

 

 

 その3つ全てが、光を放ち始めた。




次回、柚子葉メインです。本格戦闘開始です!


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お約束

今回は柚子葉メイン回です!
わっしょい!


「な......一条.....お前......」

 

 山城の目の前には、全身に無数の針を受けた矢月が立っていた。明らかに致死レベルの傷だ。

 

「おれの......せいじゃない。俺のせいじゃ無い。俺のせいじゃ無い!」

 

 自分でミスで仲間が死ぬ...。恐ろしく鈍感な山城でさえ、その事の大きさに気づく。そして事実から目を背けるように、頭を抱えて騒ぎ出した。

 

 その時、

 

「うろたえないで山城くん! そのやづは本物じゃ無い!」

 

 柚子葉が叫んだ。

 

「えっ⁉︎」

 

 その声にはっとし、顔を上げる山城。よく見ると、矢月の体からは血が一滴も流れていない。

 

 その時だった。

 

 矢月の体がその形をグニャリと崩壊し始め、なんと2つに分裂した。

 別れた2つの塊は、それぞれ白と黒の光を放っている。

 

 そしてその片方に、山城は見覚えがあった。

 

「お前...あの時の...」

 

 そう、それはこの村に来る道の事。山城が大熊に襲われた際、それを救った光の大犬だった。そしてもう片方は、白の大犬をそのまま黒に変えた姿の大犬だった。

 

 未だに腰を抜かしている山城の横に、柚子葉が走ってきて、山城と榊に聞こえるよう話す。

 

「この子たちはやづの式神だよ。 やづは今成明を抑えてる。ここでの指揮は任されてるから、従って!」

 

 そして、その言葉の通り指示を出す。

 

「榊、山城両名は周囲を警戒! (まこと)黒衣(こくえ) 行くよ!」

 

「了解しました!」

「あぁ」

 

 真、黒衣と呼ばれた白と黒の大犬はそれぞれ返事をすると、柚子葉と共にマンティコアに突撃していった。

 

 僅かに先行していた真と黒衣は、それぞれ尾を刃のように形を変え、見事な連携でマンティコアを切りつける。その隙のない連撃に反撃は出来ないまでも、マンティコアは器用にその全てを交わしている。

 

 僅かな均衡状態が続く中、

 

「真、黒衣、離れて!」

 

 立ち止まって魔法陣を投影し終えた柚子葉が再度指示を出し、二匹の大犬もそれに従う。

 

「はあぁ!」

 

 柚子葉が術を発動すると、マンティコアに向かって凄まじい電撃が放たれた。その光に照らされ、辺りが一瞬真昼のように明るくなる。

 

 魔獣はそれをまともに喰らい、ぐああぁ! と叫び声を上げる。

 

「やった!」

 

 華麗にフラグを立てる榊。

 

 見るとマンティコアは、苦しんではいるものの倒れる事は無かった。目に見えるようなダメージも無い。

 

( これで駄目なの... )

 

 今のは柚子葉が使える中で、最も点威力のある術の1つだった。模擬戦で使ったような面火力のある術では威力不足と思い、真と黒衣に誘導させてまで一点集中に掛けたのだ。それでも足りないとなると......

 

( あれを使うしか無い...か )

 

 柚子葉はため息をついた。

 

「柚子葉ちゃん! 俺にも戦わせてくれ!」

「俺ももう大丈夫。やれる!」

 

 榊と山城は立ち上がり、先頭に加わろうとするが......

 

「だめ! 悪いけど邪魔になる!」

 

 そう言われ2人はしゅんとする。だがこういう時ははっきり言っておいた方が、きちんと指示が通る事を柚子葉は知っていた。

 

「真、黒衣。あなたたちも下がっていて」

 

「あれをやるのですね」

「分かった。任せる」

 

 二匹には、矢月が柚子葉の能力を記憶ごと叩き込んでいる。そのため、手を出さぬが吉というのも理解している。

 

 その時、完全に立ち直ったマンティコアが柚子葉に向かって針を放った。

 

「危ない!」

 

 山城が叫ぶ。

 

 だがその針が柚子葉を貫くことは無かった。

 

 カン! カカン!

 

 その全ては、金色の半透明の蛇に叩き落とされたからだ。そしてその蛇は、柚子葉の腰から尾のように伸びていた。蛇だけでは無い。柚子葉の手からも金色の長大な爪が伸び、同じく金の婆娑羅ばさら髪がなびいている。

 

 そして全身には、パリパリと電撃がほとばしっていた。

 

「行くよ!」

 

 そう言って柚子葉は、背負っていた大太刀の柄に蛇を巻きつけ、抜き放った。

 そもそもその大太刀は、小柄な柚子葉が手に持って振るうには大きすぎる代物だ。それでもわざわざ持ち歩いているのは、こういう使い方をする為だった。

 

 爪と刀を構えた柚子葉は、マンティコアに向かって突進した。一跳びで魔獣に肉薄する。みると、彼女が蹴った地面がえぐれていた。

 

「があ⁉︎」

 

 一瞬で距離を詰められた魔獣は驚きに声を上げる。

 

 その隙を見逃す柚子葉では無い。魔獣の巨躯の下に潜り込み、右の拳を握り腹をどつき上げる。

 

 ドゴッ!っという音と共に、マンティコアが5メートルほど上に飛んだ。

 

 それに合わせて柚子葉も飛び上がり、すれ違いざま両手の爪と太刀で切りつけ、続けざまに地面に向かって蹴り落とす。

 その全てをまともに喰らったマンティコアは、地面に小さなクレーターを作りつつ激突した。その体は傷だらけ。今度は確かなダメージが入っている。

 

 それでも尚起き上がろうとする魔獣。その脳天に、柚子葉は着地の勢いのまま太刀を突き刺した。

 

 赤い血しぶきが柚子葉の服を染めるが、気にする様子はない。そしてそのまま、マンティコアは事切れた。

 

「すげぇ...」

 

 榊の口から驚嘆の声が漏れる。一方山城は、自分でもそのくらい出来るとばかりに顎をしゃくれさせている。

 

「ま、一芸だけじゃ準二級には上がれないから...ね」

 

 振り返った柚子葉は、少しはにかみながら言う。

 

 その時だった。木々の暗闇、マンティコアが現れた辺りから低い男の声が響いた。

 

「虎の腕...蛇の尾...。のパラサイトか」

 

 その場にいた全員がビクッと身を振るわせ、その声の方を見やる。

 

「まったく...無駄に大物が釣れたものだ。骨が折れるな」

 

 そう言って男は街灯の明るみの中に姿を表した。

 

 長身に黒のロングコート、顔はネックウォーマーで鼻の上まで隠れている。

 

 そして男の目は、薄暗い中でもよく分かるほど綺麗な緑色だった。




ちょっと解説。

鵺とは、猿の顔、狸の胴、虎の腕、蛇の尾を持つ日本の妖怪です。雷獣と同一視されることもあり、今作ではその説を採用しています。


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ころがる戦況

「まったく、無駄に大物が釣れたものだ。骨が折れるな」

 

 そう言った男の(まぶた)が、少し歪んだ。笑っているのか。

 

「加古さん...パラサイトだったのか」

「パラサイトってなんだ?」

 

 山城の呟きを耳ざとく聞き取り、榊が尋ねる。

 

「パラサイト...妖怪や精霊、そう言った人外の力を遺伝的に宿してる人間のことだよ」

 

 緊張の中でも、山城は少し嬉しそうに解説する。

 

「そしてその力を振るうのに、魔法陣や他一切のプロセスは必要ない。自分の手足のごとく力が使える、極めて貴重な才能だ」

 

 意外にも、山城の解説を緑目の男が引き継いだ。

 

 そして、さらに目を細めて続ける。

 

「本当に......厄介だ。拉致しなきゃならないのに、手加減できずに殺してしまいそうだ」

 

 瞬間、柚子葉たち3人に強い悪寒が走る。

 

 強い...まず間違いなく敵わない。柚子葉は全身で感じ取った。

 

「榊くん、山城くん...時間稼ぐから、逃げて」

 

 震えだしそうな唇を何とか抑えて、彼女はそう指示した。

 だが無論...

 

「なっ! 何言ってるんだよ加古さん!」

「そうだぜ! あんなコート野郎、俺がぶっ飛ばしてやる!」

 

 2人は否定する。だが柚子葉と違って、その体は震えを抑えられてはいなかった。

 

「状況を考えて! これはもう学生任務の枠を超えてる! 早く行って!」

 

 声を荒げる柚子葉。

 

 しかしその時、周囲一帯がドーム状の半透明の光に覆われた。広さは、緑目の男を中心に半径100メートルほど。

 

 結界に閉じ込められた。

 

「行かせると思ったか? コミックじゃ無い、これは実戦なんだぜ?」

 

 低く抑揚の無い声で話す男の足元には、魔法陣が輝いていた。見ると、男の周囲にもドーム状の結界が張ってある。どうやらその結界は、捕獲と防御両方に使えるようだ。

 

 それに気づいた柚子葉は、チッと小さく舌打ちすると、

 

「とにかく出来るだけ離れて、脱出方法を探して! 真と黒衣は2人を守って!」

 

 そう言って柚子葉は男に突進した。

 

 一瞬で肉薄した彼女は、爪と刀で凄まじい連撃を叩き込む。

 しかしその全ては結界に阻まれ、男に届くことはなかった。

 

「駄目か......なら!」

 

 そう言って柚子葉は一歩下がり、右手を握る。するとその右腕に、凄まじい電流がほとばしり始めた。

 

 虎の剛腕に、雷獣たる鵺の。それを全力で結界に打ち据える。

 

 どっがあああ!

 

 落雷のような轟音とともに土煙が巻き上り、男を結界ごと包む。

 

 視界が悪い中、柚子葉は再度身を引いて様子を見守った。

 

 もう少しで煙が晴れると思われた、その時だった。

 

 きゃあ! っと叫び声をあげ、柚子葉が吹き飛んだ。

 

「柚子葉ちゃん!」

 

 榊の声が響く。

 

 3メートルほど地面を転がって止まり、すぐに顔を上げる柚子葉。その目には、同じ場所で涼しげに立つ男の姿が映った。結界には、傷1つも入っていない。

 

( 見えなかった! いったい、何が⁉︎ )

 

 急いで体制を立て直す柚子葉。

 見えない攻撃は、確かに彼女の腹部を打った。斬撃で無かったからまだ良いものの、攻撃を見切れ無ければジリ貧だ。

 

 再度刀を構え、神経を研ぎ澄ませる。

 

 だが、

 

「そう簡単には、対応させないさ」

 

 男がそう言い、パチンと指を鳴らした。

 

 すると、

 

「おあぁ!」

「やばい、加古さん!」

 

 榊、山城の叫び声がした。

 見ると2人の周囲に、先ほどとは違う魔獣が2体、輝く魔法陣と共に召喚されていた。

 召喚されたのは、巨大な鷹と狼。いづれも榊、山城に襲いかかって行く。

 

 今は真と黒衣がうまく防いでいる。だが、その2体の召喚獣が先程のマンティコアレベルなら時間の問題だ。

 

( どうにかしないと... )

 

 そう思いつつ、柚子葉は男を振り返る。

 

 だが......

 

「よそ見は......良くないぞ?」

「え...うっ!!」

 

 またしても、柚子葉の体が突き飛ばされた。先程と同じ、見えない攻撃。

 

 

「一芸だけじゃあ、やっていけないからなぁ」

 

 

 そう言いつつ、男はクツクツと小さく笑い声を上げた。

 

( くそっ! 戦い方がいやらしすぎる! )

 

 逃げ隠れできない結界内で召喚獣に戦わせつつ、自分は安全圏からチクチク援護する。

 柚子葉は心の中で、畜生が...っと毒づいた。

 

 ...だが、分かったこともある。起き上がりながら、柚子葉は口を開いた。

 

「球状の結界...今私に放ったのも、あなたを囲っているのも同じもの」

 

 柚子葉は精一杯強がって、勝気な笑みを浮かべる。

 

「攻撃が見えなかったのは、暗い上に結界が半透明だから見えにくかっただけ。あなたはただ、小さな結界の球を私にぶつけた......違う?」

「ほぉ、やるじゃないか。90点だ」

 

 はっはっはっと笑い、男は楽しそうに褒める。

 

「どうして分かった?」

「待ち伏せしている時からずっと、感知用の術は張っておいた。だから、ここを取り囲んでいるのも、あなたの周りのも、半球では無く球状なのはすぐ分かった。それにあなたはさっきから、新しく魔法陣は投影していない。つまり、ずっと同じ術を使っている...」

 

 ふむふむ...っと男はうなづいて、問う、

 

「召喚獣を出した時、俺は魔法陣を出したぞ?」

 

 それに対し、柚子葉は答える。

 

「魔道具...仕込んでたんでしょ? 」

 

 そして矢月を真似るように、陰惨な笑みを浮かべる。

 

 

「あなた......一芸しか持ってないんじゃない?」



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こんばんは。
本日もよろしくお願いします!


「あなた......一芸しか持ってないんじゃない?」

 

「ははははは、いやぁやるじゃないか。いいだろう」

 

 男は楽しげに言うと、ひらりと手を振る。すると、榊らを襲っていた2体の召喚獣が動きを止めた。

 

「気に入った。少し話をしようじゃないか」

 

「それはどうも...」

 

 意外な申し出だったが、柚子葉にとってはありがたい。相手の手の内がある程度分かったとて、打開策が見つかった訳ではない。

 

 考える時間を稼ぎ、なおかつ少しでも多く情報を引き出さねば。

 

「いいんだぞ、答えてやるから聞いてみろ」

 

 柚子葉の心を読んだかのように、男は促す。

 

 なら...

 

「あなたの目的はなに? なぜ私たちを拉致しようとするの?」

 

 まずは、これを聞いておかなければならない。彼女はそう直感した。

 

「目的...か、そうだな。お前達には、日本政府への交渉のための、人質になってもらう」

 

「交渉?」

 

 そうだ...っと男は続ける。

 

「交渉の内容は、政府が全体管理している不死結界。その魔法陣の構造を教えることと、使い手の術師2名以上をこちらに送ることだ」

 

「不死結果が、あなたの目的......ん?」

 

 ここで、柚子葉には引っかかるものがあった。

 

「こちら?......複数犯なの?」

 

 それを聞いて、クツクツと笑う男。

 

「そうだ。不死結界を求めているのは、我々組織だ。組織の名は......」

 

 ここまで聞いた時、柚子葉の背中に悪寒が走った。言いようのない、嫌な予感がする。

 

 男は、一度閉じた口を再度開いて、その名を口にした。

 

「組織の名は......アスラ」

 

「おまえらがああああぁ!!!」

 

 それを聞いた柚子葉は、時間を稼ぐ目的も忘れ、半狂乱になって突っ込んで行った。

 

 アスラ。3年前、草刈島でテロを起こした組織。矢月や柚子葉の両親を殺した組織。

 

 ずっと、その残党を探していた。そのために、苦労して国営機関のサポーターにもなった。

 

 1万人もの死者を産んだ犯人が今、目の前にいる。

 

 そう思うと、流石の柚子葉も冷静ではいられなかった。

 

 爪と刀で、男を守る結界を滅多斬りにする。

 

「おまえらのせいで、パパとママが死んだぁ!! おまえらのせいで、やづが傷ついたあぁ!!」

 

「なんだお前、被害者遺族か何かか?」

 

 柚子葉は嵐のように連撃を叩き込んでいるが、結界は破れない。尋常では防御力だ。

 

「あああああぁ!!」

 

 それでも構わず切りまくる。

 

 バリンッ!!

 

 そして、ついに砕けた。

 

 柚子葉の大太刀が。

 

「なっ!!」

 

 獲物が急に軽くなり、たじろぐ柚子葉。

 

 その隙を男は見逃さなかった。

 

「う...あああぁ!」

 

 柚子葉の体を、いくつもの半透明の球が打ち据える。

 

 吹き飛ばされる瞬間、柚子葉は蛇の尾をうまく使って、折れた太刀を投げつけた。

 

 冷静さを欠いていても、戦い方は体に染み付いている。

 

 だがそれも、ガンッという鈍い音を出して、結界に阻まれる。

 

 流石に3度目、柚子葉は華麗に受け身をとってすぐに起き上がり、間髪入れずに男に攻撃する。

 

 召喚獣たちも攻撃を再開したのか、榊と山城の叫び声がした。しかしその声は、柚子葉の耳には届かない。

 

 蛇を打ち据え、拳で殴り、爪で切る。

 

 しかしその全てを、半透明の結界は防ぎ切る。

 

「無駄だ。お前じゃこの殻は破れない」

 

「うるさい!!」

 

 そう言って、尚も攻撃を続ける。

 

 その姿は、まるで修羅。普段のおだやかな柚子葉からは想像もつかない。

 

 ドド!!

 

 また複数の球が、彼女を地に倒した。今度はすぐには起き上がれない。

 

 かはっ、と柚子葉は軽く吐血し、手をついて体を持ち上げようとする。

 

 だが......

 

「そろそろ、しまいにしよう」

 

 そう言った男の前に、多数の球が浮いている。半透明のその球は、一つ一つの大きさはドッジボールほど。その全てが、柚子葉に向かって、放たれた。

 

 防げない。

 

 だが、さっきの攻撃を喰らって、少し冷静になった。

 

 柚子葉は蛇尾を地面に全力で打ち付け、反動で大きく跳ぶ。一瞬の後、結界の球が地面を穿った。防げないなら(かわ)すしかない。

 

 全力の回避、さらにそれを利用して立ち上がり、体制を整える。

 

「今のを避けるか。だがどうする? この殻を破れないなら、お前に勝ち目は無いぞ」

 

 男は結界を指で指して言う。だがそれに、柚子葉は再び笑みを浮かべる。しかし今度は、いたずらをする子供のような笑みだった。

 

「私で駄目なら、もっと強い人に任せればいい」

 

「なにを...ぐっ」

 

 男は会話の途中で、急に唸った。見ると、男の腹を黒い霧の帯のような物が貫いていた。

 

 

 

 

 

「まったく、絶対もっと早く来れたでしょ。()()

 

「あぁ。上と連絡取ってた。よく時間稼いでくれたな」




最後の攻撃、柚子葉が喰らいそうな所を助けに入ろうと思っていた矢月くん。

残念、彼女は優秀なので避けます。


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一難去って

「ぐっ...お前、どうして...。俺の召喚獣は?」

 

 緑目の男は、苦しげに尋ねる。腹を貫いている、黒い帯の出所...自分の背後に向かって。

 

「ああ? あんなので俺を足止めできると思ってるのか?」

 

 そこには、右の手のひらから帯を伸ばした矢月がいた。その帯はあれほど固かった結界を、貫いている。当の本人は、なにか特別な事をしたような風でもない。この程度、矢月には朝飯前だ。

 

「とりあえず、お前のペットには全員退場してもらうぞ」

 

 矢月はそう言うと、空いている左の手のひらを榊達を襲っている二対の魔獣の方に向け、

 

「カーラ!」

 

 と唱えた。すると、右手から出ているのと同じ黒い霧の帯がさらに左手からも伸び、魔獣達に向かっていった。

 

「ぎゃああ!」

「がああぁ!」

 

 逃げる魔獣達を、黒霧の帯はすばしこい蛇のように正確に追い詰め、間もなく二つの首を地面に転がした。

 

「な、なんだ…その術は!」

 

 それを見た男は、目を見開き驚愕の表情を浮かべる。

 

「俺のとっておきだ。......で、お前は何者だ?」

 

 男の質問を適当に流し、今度は自分が質問する。しかしこれには柚子葉が答えた。

 

「やづ! こいつ、アスラの残党だよ! あのテロの犯人の1人!」

 

 再度興奮した様子で、必死の剣幕で叫ぶ柚子葉。しかし矢月の返答は素っ気ないものだった。

 

「いいや、黒衣を通して聞いていたが、それは嘘だ」

「えっ!?」

 

 予想外に否定され、豆鉄砲を喰らったよう顔の柚子葉をよそに、矢月は男に顔を向け直し、続ける。

 

「お前...不死結界を狙ってるて言ったな」

「あ...あぁ」

 

 男は口から血を流しながら、苦しそうに答える。

 

「それは"本当"らしいな......だったら、お前はアスラのメンバーじゃない。なぜなら...」

 

 話す矢月の表情は、今までになく冷たい。

 

「なぜなら、アスラは三年前...既に不死結界に通ずる技術を持っていた。草刈島の収容所で...奴らはそれを使っていた」

「待てよ……。なんで一条がそれを知ってるんだよ。まさか、草刈島の生き残りなのか!?」

 

 急に山城の驚く声が聞こえる。

 矢月が召喚獣を屠ったからだろうか。榊と山城は話が聞こえる範囲まで近づいて来ていた。

 

「お前らは今は黙っててくれ。っで、どうなんだ?」

 

 矢月はそれを特に気にする様子も無く、男への尋問を続ける。

 

「...なるほど。生き残りが引っかかるとは...。本当に運が悪いな...」

 

 男は観念したのか、痛みを堪えつつも素直に話し出した。

 

「確かに我々は、アスラでは...無い。本当の組織の名は、天来(てんらい)教」

「天来教って言うと、草刈島テロ終結の際にアスラが起こした爆発を、神の所業だと盲信する新興宗教のあれか」

 

 天来教の存在は有名で、ここ2年間勢力を全国的に広げている。榊ですら知っているようで、頭上に"?"マークが浮いていない。

 

「盲信とはなんだ。我々は...あの神の御業(みわざ)を、もう一度再現する! そのために...不死結果が必要なんだ」

 

「......そんなことだろうと思ったよ」

 

 男の話を聞き、矢月はため息をついた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 10分後。

 

 矢月、柚子葉、山城、榊の4人は、まだ村はずれにいた。

 あのあと矢月が気絶させた天来教の男を、山城が手当てしていた。矢月は霊符を取り出し、柚子葉に治癒術をかけている。

 

「にしても、加古さんも一条も、草刈島の生き残りだったなんて」

 

 男に包帯を撒きながら、山城が言った。

 

「どうりで......加古さん実戦慣れしてるなと思ったんだよ」

「お前は慣れてなさすぎだろう。どっかのサポーターしてるんじゃなかったのか?」

 

 矢月の方は柚子葉の治療を終え、呆れ顔で山城の会話に混じる。

 

「そっ! それは相手が悪かっただけで!」

「山で熊に襲われた時も...か?」

「それは...」

 

 顔を真っ赤にして下を向く山城。

 車中では、自分が大熊を倒したと自慢していた彼だが、助けてもらった大犬...真が、矢月の式神だと分かった以上、間違いなく嘘だとバレている。見れば、同じく嘘をついていた榊も明後日の方向を向いていた。

 

 今思えばあの熊も、天来教の男の差し金だったのかもしれない。明らかに不自然だった。

 

「そういえばやづ、さっき誰かと連絡してたって言ったけど、誰に?」

 

 痴死しそうな山城を気遣って、柚子葉が話題を変えた。先程半狂乱になっていたのが、今はすっかり落ち着いている。

 

「秀島先生に一通りの事情を...な。他の学生任務も一旦中止させた方がいいだろうから、その旨も」

「私たち以外の班も襲われるかもしれないからね」

「え...なんで?」

 

 2人の会話に、榊が疑問符を投げ込んだ。どうやら状況を理解していないらしい。

 矢月は榊に説明してやる。

 

「奴らの話を聞く限り、目的は俺たちのような引率のついていない学生チームを襲い、拉致することだ。一般人をそそのかして小規模な騒ぎを起こしてたのは、そんな学生を効率よくおびき出すためだろう」

「それでなんで効率がいいんだよ?」

 

 まだ理解出来ない榊。

 

「魔道具だけを複数箇所にばらまいて、それこそ召喚獣とかで見張ってたんだろうさ。昼間の大熊もそれだろう。そうすれば、少数でも学生をおびき寄せ易くなる。言い換えれば、目当ての学生を見逃しにくくなるってことだ」

「......なるほど」

 

 さすがに理解したらしく、納得顔をしている。

 

「みんな...無事だといいけど」

 

 柚子葉がそう呟いた時、プルルル、と矢月のスマホが鳴った。

 

 秀島だ。すぐに応答する矢月。

 

「はい、一条です。......はい......はい......はい、分かりました。すぐに戻ります」

 

 会話が終わったのか、スマホを切って皆に向き直る。

 そして、内容を報告した。

 

 

 

「どうやら、間に合わなかったらしい」

 

 



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絡まる

今回は、色んな立場の人々の思惑が交錯します。
こういうの凄い好き。


 深夜2時。矢月ら4人は、ハンヴィーに乗って第六大学へと向かっていた。すぐに帰還し大学寮で待機していろと、秀島から指示されていたからだ。

 成明と緑目の男の身柄は、近くのファクターの施設に引き渡してある。

 

 車載ラジオからは、少し前から同じ内容のニュースが絶えず流れていた。

 

「......アスラと名乗る犯行グループは、国立第六術師大学の学生8人を拉致し、現在も拘束状態にあると発言しています。犯行声明によると、人質解放の条件として彼らは、日本政府が所有、管理している、通称不死結界と呼ばれている術の魔法陣の構造の開示、更にはそれを扱う術師2名以上の身柄の受け渡し......」

 

「やっぱり...あの天来教の男が言ってたとおりだね」

 

 女性アナウンサーの声を聞きながら、助手席の柚子葉が心配そうに言う。

 

「政府は、要求を飲むと思う?」

 

 彼女は矢月の方を向き訪ねたが、例のごとく、答えたのは後部座席に座る山城だった。

 

「流石に拒否すると思う。今までだって、人質を取って立てこもりする犯人はいたけど、ほとんどがファクターか国防隊の特殊部隊に鎮圧された。今回だって、きっとそうなるよ」

 

 山城はさも当然と言った様子で話す。

 

 話に出た国防隊...すなわち国家防衛部隊とは、自衛隊の後身組織で、警察の後身であるファクターと並び立つ日本の2大術師組織である。

 

「まあ、また優秀な術師が何とかしてくれるんじゃね?」

 

 山城の隣に座る榊も、極めて楽観的な姿勢を見せているが、矢月の考えは違った。

 

「いや、政府は要求を受けるだろうな。少なくとも、表向きは」

「一条お前、何を根拠にそんな事言えるんだよ⁉︎」

 

 否定された山城は、いつものごとく不機嫌気味に言い返す。

 矢月もいつも通り、落ち着いた口調で説明した。

 

「いいか? 今回拉致されたのは、いづれも大学院生の引率がついていなかったチームの学生だ」

 

 矢月の言う通り、拉致されたのは第六1年次生、C、Dクラスのトップチームの学生だった。

 

「当然そのようなチームが狙われた事は、ニュースでも言及された。そして、引率

 無しの学生の活動を許可したのは政府だ。そんな失態が露見した上で尚、学生の危険を顧みず特殊部隊での救出を強行するのは、世間体的にかなりまずいはずだ」

 

 なるほどね...と柚子葉は頷く。山城は、納得はしているものの、自分の考えを下げるのをプライドが許さないのか、更に不機嫌そうな顔をする。

 

 この時、ピリリリ...と、ラジオの下あたりから音がした。通信機だ。

 矢月は右手をハンドルから離し通信機のボタンを押すと、

 

「This is Ichijo. Over. (こちら一条。どうぞ。)」

 

 英語で応答した。この通信機は軍用なので、連絡してくるのはプライムセキュリティかFOGの軍人だけだ。そのため、英語での会話が基本である。

 

 しかし通信機から聴こえてきたのは、若い男の日本語だった。

 

「矢月! 聞こえるか。 今日本で起きている拉致事件について情報が入った」

「ルイか。何があった?」

 

 声の主は、プライムセキュリティで矢月のオペレーターを務めている ルイ ミカド だった。彼はフランス人と日本人のハーフで、日、仏、英三ヵ国語を話せるトリリンガル。日本語の方が得意な矢月に合わせて、2人の時は日本語で話してくれている。

 

「FOGの諜報部が掴んだ情報だが、日本政府は犯罪組織の要求を飲むつもりらしい。じきに官房長官による公式会見も行われるらしい」

「......それで?」

 

 その程度の情報を伝えるためだけに、ルイが連絡をよこすようなことはない。それを知っている矢月は、静かに続きを促した。

 

「あぁ。だが政府は、偽の魔法陣と、偽の術師を送り込むつもりらしい。っで、その偽の魔法陣の内容が厄介なんだ」

「何の術を、使うつもりだ」

「術名は分からない。でも、その術を使って...」

 

 ここでルイは言ったん間をとり、そして続けた。

 

「巨大な爆発を起こし、人質ごと犯行グループを一掃するつもりだ!」

「「「なっ!」」」

 

 これを聞いて、黙って耳を傾けていた矢月以外の3人は、驚きの声を上げた。

 しかし矢月だけは、忌々しげに顔を歪ませている。

 

「なるほどな...。ずる賢さだけは感心する」

「どう言う意味だい?」

 

 ルイが質問すると、

 

「つまり...」

「黙ってろ」

「がっ...」

 

 なんとここでまで山城が割って入ろうとしてきた。しかしここは、容赦なく言霊を使って黙らせる矢月。そして、ルイへの説明を再開した。

 

「幸か不幸か、犯行グループはアスラを名乗っている。そんな集団がいるところで、大爆発が起きたら世間は...」

「草刈島テロの終焉時と同じ、アスラの自爆攻撃と勘違いする......政府は、可能な限り責任を天来教に押し付けるつもりか」

「要求を飲んだにも関わらず、アスラは自爆を行った...そういう筋書きだろうな」

 

 だが、ルイにはまだ疑問が残っていた。

 

「でもおかしい。この情報、簡単に漏れすぎなんだ。こんな秘密作戦、もっと厳重に秘匿されて

 然るべきなのに...まるで、わざとリークしているみたいだ」

 

 確かにFOGの情報収集能力は高いが、日本政府が全力で隠せば、そう簡単には暴けないだろう。

 

「何かしらの意図があるのか...。何にしても、今の段階じゃ情報が足りないな」

 

 これに関しては、矢月もお手上げだった。判断材料が少なすぎる。

 

「でも、これからどうするの? このままじゃ、第六の学生が殺されちゃう」

 

 柚子葉が心配そうに、矢月に言う。確かに、この状況は看過できるものではない。

 

 ここで、ルイの申し訳なさそうに声を出した。

 

「どうにかするって言っても、僕らじゃどうにも出来ないぞ。日本はアメリカ軍の庇護下にはあっても、FOG加盟国じゃない。矢月が手を出してFOG所属の軍人だとバレたら、国際問題になりかねない」

「...ぷは! 一条がFOG軍人だと⁉︎」

 

 ルイの話を遮って、言霊の縛りが解けた山城が怒鳴った。

 

「そんなこと有り得ない! FOGは、加盟国の軍事じゃないと入れないし、そもそも超優秀なエリート集団だぞ! 一条程度で、務まるはずがない!」

「お前、おろすぞ...」

「い、いいぜ。別に電車で...」

「......三枚に」

「ふぁっ⁉︎」

 

 ストレートにディスられ、さすがに半ギレの矢月。ドスの効いた声を出しつつ、胸ポケットから折りたたみのカードケースを取り出し、山城に渡す。そのケースには、二枚の資格証が入っている。一枚は、日本規格で準一級術師であることを示すもの。もう一枚は、A1ランクFOG軍人である事を示すもの。つまり、世界最強のうちの1人である事を証明する物だ。

 

 唖然としてそれを見ている榊と山城を見て、

 

「いいの?」

 

 っと、柚子葉が静かに矢月に尋ねた。

 

「まぁ...俺が個人的に目立ちたく無かっただけで、上から秘匿命令が出てるわけじゃないからな」

 

 だからって言いふらすんじゃないぞ、っと、矢月は後部座席の2人に釘を刺した。

 

「いやでも! やっぱり有り得ないだろ! 一条は日本人だろ? 日本は加盟国じゃ無いんだから、いくら国防隊のトップだろうとFOGには入れないはずだ」

「FOGは、民間軍事会社からの編入も受け入れている。俺はアメリカ領ハワイのPMSC所属だから、問題ない」

 

 それよりも...っと、矢月は続けた。

 

「人質をどうするか、だな。確かにFOG軍人としての俺では、介入しづらい」

 

 話しながら、矢月は山城からカードケースを受け取る。僅かに思いつめた表情で、矢月は口を開いた。

 

「ルイ。とりあえず、人質が確保されている場所を調べてくれ」

 




べ...別に、英語書きたくないからルイをハーフにしたわけじゃ無いんだからね!


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見捨てる訳にもいかないし

 午前4時。矢月は大学寮の自室にいた。

 

 秀島の指示通り寮に帰還した4人は、今は待機命令が出ている。第六の学生が拉致されている以上、他の学生が狙われる可能性は高い。そのため現在大学寮周辺は、民間警備が派遣した術師が守りを固めており、学生は外出禁止となっている。

 

 寮は、1LDKの1人暮らし。学生の暮らしとしては破格の待遇。これは、トップチームに選ばれた学生の特権だった。何かのマンガの様なシステムだが、モチベーションの向上には非常に効果的だ。四半期に1度の成績更新は、毎回苛烈を極めるらしい。

 

「......政府は先程、アスラを名乗る犯行グループの要求に応じる事を、臨時会見にて発表しました。要求された不死結界の構造の受け渡し及び術師の派遣は、本日昼12時を予定されており、厳重な警戒体制の下......」

 

 部屋には、つけていたテレビから流れるニュースの音声が響いている。

 

(要求内容の実行まで、およそ5時間...か)

 

 矢月はリビングでニュースを流し聞きしながら、ブラウンレザーのソファに座って荷物をまとめていた。リビングはヴィンテージ調に整えられ、小綺麗に整理されている。

 

 テーブルの上に並べているのは、霊符、ファイティングナイフ......そして、拳銃、アサルトライフル、アンチマテリアルライフルなどの銃器。

 術師の増加にあたり、日本でも刃物類の武器の所有は認められる様になった。しかし銃器の所有に関しては、未だ脅威生がある為、厳しく規制されている。

 矢月はその非常に厳しい制約をFOGに押し通してもらい、ここ日本でも銃の所持使用を許可されていた。

 

 そんな中、部屋に客の来訪を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 

「ゆず...か。真、頼む」

「かしこまりました」

 

 そう返事が聞こえた直後、真がソファの後ろに姿を表し、入り口に向かった。ただし、今は普通の大型犬サイズだ。

 真や黒衣の様に意思を与えられている式神は、召喚獣と違い、姿は見えずとも常に主人の側に控え守護している。これが、榊や山城に対して言わなかった、召喚獣と式神の大きな違いだった。

 

「やづ、お邪魔するね」

 

 真に連れられて、柚子葉が部屋に入って来た。今は着替えて、ヨガパンツにTシャツというラフな格好をしている。シャワーを浴びたのか、乱れていた髪がいつもの整ったセミロングのゆるふわヘアに戻っていた。

 

「疲れてるはずだ。早く寝とけ」

 

 発言こそぶっきらぼう。だがその声には、他の人に対しては無い温かみがあった。

 指示を完了した真が、再び実体化を解き姿を消す。

 

「こんな状況......寝られないよ」

 

 柚子葉はそう言って優しく微笑むと、矢月の隣に腰を下ろした。

 そして、テーブルに並べられた武器類を見て察したのか、

 

「...行くの?」

 

 矢月の顔を覗き込んで、短く尋ねた。

 囚われた学生たちを助けに行くのか...そういう問いだった。

 

「ま...出来るだけ目立たず、国際的摩擦が少ない様にやるさ。最悪でも...」

 

 矢月は続けた。

 

「最悪でも...俺の単独行動として、FOGでの籍を失う程度で済むだろう」

「FOGからの脱退⁉︎」

 

 柚子葉が驚いて声を上げる。その顔には、先程よりも心配が色濃く出ていた。

 

「最悪の場合は、な。そうなったとしても、プライムセキュリティとしての立場は残るだろう。それにプライムの上官には、そのように行動するとさっき言っておいた」

「え...許可貰ったってこと?」

「うちの上官は話分かる奴だからな」

 

 そう言いつつ、矢月は銃器をケースにしまい始める。それを見ながら、柚子葉は口を開く。

 

「草刈島テロから帰って、やづは変わった...他人に厳しくなったと思ってた。でもやっぱり...優しいままだね」

 

 そう言う柚子葉は、とても嬉しそうな表情をしていた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 午前5時。大学寮自室。

 

 犯行グループへ爆・弾・が放り込まれるまで、残り7時間。

 矢月は行動を開始しようとしていた。

 

 グレーを基調とした戦闘用スーツに、太ももには拳銃を入れたホルスターとファイティングナイフ...それを左右1セットずつ。背中のスーツ付属のポーチには、拳銃用のマガジンやその他小物。腰まわりには、霊符を入れた長方形のケースをいくつか取り付けている。

 その他の銃器は行動の阻害になりすぎる為、真と黒衣(の体内)に持たせてある。銃自体にも術を施してある為、式神と同調して実体化から離れることができる。

 

 ソファでは、柚子葉が横になってスヤスヤと寝息を立てている。あの後寝付いてしまったのだ。

 眠れないと言ってはいたものの、結局は疲れが溜まっていたのだろう。

 

 この部屋には、矢月が仕掛けた防御用の結界が常設されている。柚子葉の部屋より安全性は高い。故に矢月は彼女を寝かせたまま、事に臨むつもりだ。

 

 矢月は左手を握り人差し指だけ立て、その指を右手で握る...智拳ちけん印を結ぶ。そして、長ったらしい呪文を、静かに唱え始めた。

 

荼枳尼縛日羅駄都鑁(だきにばさらだとばん)荼枳尼阿卑羅吽欠(だきにあびらうんけん)

 

 唱え終えると、矢月の体を金色の光が包んだ。その光は徐々に移動していき、その全てが足に集まった瞬間、矢月が消えた。




最後の最後に出て来たのは、荼枳尼天法にて用いられる明咒みょうしゅです。
荼枳尼天法は様々な目的で執り行いますが、その一つが神通力を得る事。
今回はそれですね。


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作戦変更

お気に入り数100人突破致しました!!
ありがとうございます!!
これからも何卒よろしくお願い致します!!


 伏見(ふしみ) は、暗闇の中目を覚ました。

 

(ここは...?)

 

 硬い床に寝転がっているようだ。その床は、常にごとごとと揺れている。車の中だろうか。

 

 とりあえず起き上がって様子を確認しようとするが......出来ない。手足が縛られ、口にも猿轡さるぐつわをかまされている。周りが暗いのは、目隠しをされているせいらしい。

 

 どうしてこんな事になっているのか思い出せ無い。最後の記憶はたしか、学生任務中に先生から連絡が来て...

 

(そうだ! 帰還命令が出て直ぐに、誰かに襲われて...)

 

 そこから記憶がない。つまり今、自分は拉致されているのではないか。

 

 その考えに至ったとき、愛菜はどうしようも無い恐怖に襲われた。叫び出したくなる衝動にかられる。だが一欠片の理性が働き、なんとかそうせずに済んだ。今暴れても、状況が良くなるとは思えない。

 

 今は、少しでも状況を把握しなければならない。矢月なら、そうする。

 

 愛菜は、矢月の境遇を知る数少ない友人である。バイト中暇な時は、矢月の食事に付き合って雑談をしたりすることもしばしばあり、彼の武勇伝を無理矢理聞き出したりしていた。

 

 彼なら、こんな時どうするだろう。愛菜は気づかないうちに、いざと言う時矢月を思い浮かべるようになっていた。

 

 耳をすますと、かすかに人の声が聞こえる。自分を拉致した人間たちの会話だろうか。愛菜は全神経を耳に集中させる。

 

 衝撃の内容が、聞こえた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「どういうことだルイ! なぜあーなもここにいる⁉︎」

「だから...9人目の被害者がでて、それが伏見 愛菜だったんだよ」

「なんでもっと早く言わなかった⁉︎」

「大学側の安否確認が済んだ後で拉致されたみたいだ。そのせいで、判明が遅れたらしい」

 

 くそが!っと矢月は毒づいた。

 

 現座時刻は午前10時。

 

 今矢月は天来教が潜伏している廃ホテルから、100メートル離れたビルの屋上にいる。敵の警戒状況を確認でき次第潜入し、人質を奪還する予定だったが、早くも狂ってしまった。

 

 この時間まで行動を起こさなかったのは、8人の人質が一箇所に集められるのを待っていたからだった。何箇所かに分けて拘束される可能性も十分考えられたが、今回はそうはならなかった。矢月にとってはその方が都合がいい。よかったのだが...

 

 伏見 愛菜が拉致された。

 

 油断していた。愛菜も第六の学生、それもBクラスのトップチームだ。十分狙われる可能性はあったというのに、大学側の安否確認程度で警戒をやめてしまうとは。

 

「同じ施設内とはいえ、伏見は他8人とは別室で確保されている。だからと言って矢月、バカなマネはするなよ」

 

 通信機からルイの心配そうな声が響く。だが...

 

「そんな事言っていられるか。必要なら正面突破だろうと辞さない」

「矢月...。そんな事をしたら、自分の立場が危うくなるぞ」

 

「知るか。俺が彼女に、どれだけ世話になったと思っている」

「いやそれ胃袋掴まれてるだけ...」

「切るぞ」

「おい待て...」

 

 ブツッ

 

 電話を切る。

 

 はあぁ。矢月は大きなため息をついた後、廃ホテルを見据えて、陰惨に微笑む。

 

「さあて、俺を怒らせたツケはでかいぞ」

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 とは言っても計画は基本的に、目立たず潜入、救出だ。

 

 矢月は今、愛菜が確保されている一室の天井裏に隠れていた。

 気づいている人間は1人もいない。

 

 矢月の得意分野は隠密行動。つまり潜入、暗殺である。FOGやPMSCの任務でも、要人暗殺の割合が大きい。故に、ここまでくるのは何の問題も無かった。

 

 難しいのはここからだ。

 

 9人...それも2カ所からの人質奪還。当初の予定では、人質へのダメージを考慮しない雑な連れ出し方をするつもりだったが、愛菜がいる以上その方法は選択肢から外れる。

 

(結局、ここでの正解は陽動...か)

 

 そのためには敵の気を引く役が必要だ。単独行動の矢月には無理な方法。しかし矢月には、式神がいる。

 

 とびきり、強いやつが。

 

 

「暴れてこい...右近、左近」

 




今回の内容、少し迷走しました。難しいですね、こういう話って。


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陽動

大変遅くなりました。
申し訳ございません


 午前10時30分。

 

 犯行グループが潜伏する廃ホテルに、突如として襲撃者が現れた。襲撃者はたった2人。その2人に、犯行グループは大きな被害を受けていた。

 

「敵はどこだ! 被害は⁉︎」

「たった2人に何をしている! 人質は無事なのか⁉︎」

「脱走された! ホテル内に散らばっているから探せ...うおぉ!」

 

 ホテル内に爆音が響き、揺れた。襲撃者...矢月の式神の仕業だ。人質が施設内を逃走しているという情報が、さらに動揺を産んでいる。

 

  ホテルを守る天来教の信者達は、約50人。全員白いローブを身にまとい、鼻から下も白の布で覆っている。見えているのは目の周りだけ。

 

 そして現在その殆どが、襲撃者への応戦と、脱走した人質の捕獲に奔走していた。

 

「見つけたぞ! 人質だ!」

 

 信者の1人が、脱走した学生の1人を見つけた。両側に客室の扉が連なる3階廊下。その中ほどを、1人の女学生が走っている。廃ホテルとは言っても、見た目は現役と見まごうほど綺麗だ。

 

「待て。ここまでだ」

 

 少女が逃げる先に、信者が飛び出てきて道を塞いだ。少女が足を止め後ろを振り返るが、そちらにも追いついてきた信者がいる。

 

「1人くらい構わない! 殺せ!」

 

 背後の信者が叫び、ナイフを抜いて少女に斬りかかる。

 彼女はそのままナイフを腕で受けた。特に避けるそぶりも見せずに。

 

「なっ...どういう...事だ」

 

 信者が驚きの声を漏らす。

 切りつけられた彼女の腕からは、血が一滴も流れていなかったからだ。

 

 少女が床にばたりと倒れる。そしてその体が、ぐにゃりと形を無くし、薄くなって消えた。

 

 そこには、謎の字が記された札が落ちていた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「1体やられたか」

 

 矢月は気を失った愛菜を抱えたまま、ぼそりと呟いた。

 

 矢月は今、式神を使って陽動をかけていた。放った式神は12体。内8体は、人質の姿を模した急ごしらえの式神。今信者達が必死に追いかけているのは、この式神達だ。たった今1体やられた。

 

 2体は、右近と左近。矢月が有する最強の式神は、襲撃に回してある。

 

 残り2体...黒衣と真は、愛菜以外の人質の誘導だ。いざという時は、彼ら学生すら陽動に使うつもりだ。

 

 今いるのは8階の内廊下。そこを矢月が慎重に進んでいると、

 

「う...」

 

 目を覚ましたのか、腕の中で愛菜がうめいた。

 それに気づいた矢月は、ドアを蹴破ってひとまず空いている客室に入る。

 

「やづくん...? って、ふえぇ⁉︎ なんでお姫様だっこされてるの⁉︎」

 

 完全に目覚めた愛菜が、状況を理解して慌てふためく。

 

「目が覚めたか。悪いな、王子様のだっこじゃなくて」

「いや、それは大丈夫...というかむしろ...」

「しっ‼︎ 人が来た」

 

 話の途中で矢月が遮ると、霊符を扉に向かって投げると、唱える。

 

「縛れ。」

 

 唱えた瞬間霊符が太い木のツルに変わり、扉を開けて現れた信者を絡め取る。

 

「なっ!」

「黙れ」

 

 信者が声を上げる前に、言霊で黙らせる。予想外の反撃を食らって面食らった信者は、簡単に術にかかった。

 

 矢月は愛菜を降ろすと、いくつか印を組み替えながら、

 

「緩くともよもやゆるさず縛り縄、不動の心あるに限らん。オン ビシビシ カラカラ シバリ ソワカ」

 

 と唱えると、信者の男は苦しそうに呻き、気を失った。

 

「やづくん、これは...」

 

 愛菜が近づいてきて、矢月に説明を求めた。矢月は信者を縛りながら、答えた。

 

「あーなは、拉致されたんだ。天来教が、政府との交渉材料として」

「そう...なんだ」

「えらく落ち着いてるんだな」

「んー、なんでだろう...」

 

 ここまで話したところで、愛菜は明るく微笑んで言った。

 

「やづくんが助けに来てくれるって、分かってたのかもね」

 

 それを聞いた矢月は目を伏せ、口を開いた。

 

「すまない、あーな。君が誘拐されるのを、俺は防げたかもしれない。いや防げたはずだ。なのに...」

 

 その声は、いつも以上に重く苦しい。

 

 だが、愛菜はそれでも笑顔で答えた。

 

 

「関係ないよ。私馬鹿だから、きっと何があっても捕まってたよ」



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ばかなの?

最近更新ペースが遅くなっててすみません。
今後もこのくらいのペースになるかもですが、頑張って投稿していきますので、ご理解の程お願い致します。


「ん〜」

 

 柚子葉は目を覚ました。起き上がって周りを見回すと、自室でない事に気づく。

 

「そうか、私やづの部屋で寝ちゃったのか」

 

 体には、冷えないように毛布がかけてあった。矢月がかけてくれたのだろう。柚子葉は嬉しそうに微笑むと、時間を確認する為に時計を見る。

 

 午前6時30分。外はまだ暗い。

 

「やづ、いる?」

 

 ソファから降りて部屋に呼びかけるが、返事はない。その時、テーブルの上に紙切れが置いてあるのに気づいた。

 

 矢月からの書き置きだ。

 

 手にとって読んでみると、“行ってくる” とだけ書いてあった。

 

「まったく...言葉足らずなんだから」

 

 そう呟いて、これからどうしようかと考えていると、

 

 ピンポーン

 

 っと、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 こんな朝早くに誰だろうと、インターホンに映る映像を見る。そこには山城を始め、Aクラストップチームの面々が大体揃っていた。

 

 何事かと思ったが誰も出ないのもまずいと思い、髪を整え入り口に向かい扉を開ける。

 

 開けるなり、そこには山城の顔。

 

「なあ一条、話があ...っえ? なんで一条の部屋から加古さんが?」

 

 しまった!

 

 今になって、自分が軽率な行動を取ったことに気づく。この時間に男子の部屋から出てくるのは、色々と勘ぐられてしまうかもしれない。

 

 自分は別に構わないのだが、矢月に迷惑がかかるのは良くない。全力でごまかさなければならない。

 

「え...ええっと、1人で不安だったから...」

 

 精一杯不安そうな声を出してみる...が、

 

(吐きそう...こういうの無理...)

 

 柚子葉はこういった演技がすこぶる苦手だ。事実、口元がヒクヒクと痙攣しているし、そもそも声に全く不安気は感じられない。

 

「そんな事なら、俺の部屋に来れば良かったじゃん!柚子葉ちゃん部屋に居なかったから、何事かと思った!」

 

 大根芝居にあっさり引っかかるアホの榊。

 

「とりあえずこんな時間に...なにかあったの?」

 

 まだひきつった笑みを浮かべつつ、柚子葉は強引に話題をそらしにかかる。これには山城が答えた。

 

「それなんだけど、一条いない? 一緒に話したいんだけど」

 

 飛び火してしまった。

 

(やっばいどうしよう!やづが居ないことがバレたら、待機命令を無視してるのがばれる! っていうか本人不在の部屋に私がいるのも、いろいろまずいい!)

 

 どう答えていいか分からず、柚子葉が完全にフリーズしているところ...

 

「どうした、こんな朝早くに」

 

 あくびを押し殺しながら、部屋の奥から居ないはずの矢月が現れた。

 

(どうして......あ、そっか。式神か)

 

 一瞬驚いたが、柚子葉はすぐに真実にたどり着く。

 

 こんな状況だ、在宅確認が行われる可能性は大いにある。用意周到な矢月が、対策を打っていないとは思えない。考えればすぐ分かる話だ。

 

「一条てめえ...柚子葉ちゃんに謝れ! 心の傷は一生残るんだぞ!」

 

 矢月の姿を見るなり、アホの榊が喚く。

 

「俺がお・い・た・をした前提かよ。任務後の報告書を一緒に書いてただけだ。そんなに長い時間居た訳でも無いから安心しろ」

 

 これに対し、矢月(?)は冷静に答える。

 

 そのあまりの落ち着き様に、なるほど...っという空気が流れた。

 

(私......式神に言い訳負けたのか......)

 

 心の中で、若干落ち込む柚子葉。

 

「ところで、結局何の用なんだ?」

 

(あ、話逸そらした)

 

「それなんだけどな...」

 

 今度は答えるつもりの様で、山城は口を開いた。

 

 

「みんなで...拉致された人達を、助けに行かないか?」

「........は?」

 

 そのあまりにも突然の提案に、柚子葉は思わず変な声を出した。

 

「いや待って...それって、え、私たちだけで勝手に助けに行こう、って事じゃ無いよね?」

「いや、そういう事なんだけど」

 

 はあぁ...。

 

 今度こそため息をつく柚子葉。頭痛もしてきた。

 

(なに? ばかなの? 私たちみたいな素人が手を出しても、ろくなことにならない。大学生にもなって、そんなことも分かってないっていうの?)

 

 心の中で割と盛大に毒づく柚子葉。本当は、口に出して罵りたいところだ。

 

「......寝る」

「お、おい一条!」

 

 矢月はというと、さっさと奥に戻ってしまった。恐らく、あまり複雑な受け答えができる様に作られた式神ではないのだろう。

 

(私1人で説得するしか無い...か)

 

 柚子葉は頭を抱えた。




式神とは大きく分けて、自分で0から作るものと、物の怪のように元から生きている存在を従えるものとの2種類あります。
かの安倍晴明は、そこらへんの葉っぱを式神に変えたりもできたそうな。


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