僕が僕であるために (なだかぜ)
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序章:はじめの一歩
Prologue1:すれ違う二人
”プロローグのプロローグ”
『第2☓回全日本中学選手権大会ジャイアンツカップ決勝。3対2とあかつきシニアのリードで迎える最終回、7回ウラ。ツーアウト二塁で迎えるバッターは帝王シニア4番の猛田!』
マウンド上にいるのはオレ......ではない。
『マウンド上のあかつきシニアのエース猪狩。球数は既に100球を超えていますが、まだ相手を圧倒しています。』
もう、登れなくなってしまったあの場所。もう一度立ちたかったあの場所。
『ピッチャー猪狩、カウントワンボールツーストライクからの第5球、投げたぁっ!』
『詰まった力のない当たりはセンターの前へ。そしてセンター結城、前に突っ込んで飛び込んでとったぁ!!』
『スリーアウト、試合終了っ!!マウンド上の猪狩が、珍しく小さくガッツポーズをしましたぁ!!』
『そしてこの瞬間、あかつきシニアが5度目の優勝。そして大会初の連覇を成し遂げましたぁ!』
そして優勝したあとに新聞でいちばんに強調されたのは、猪狩の熱投、そしてクールなキャラで通る猪狩のガッツポーズであった......
これが世に言う猪狩伝説の始まりである。
”プロローグのプロローグ” 完
☆
~あかつきシニア。それは野球に携わったものだけでなく、いまや野球を知らない人にまで知れ渡るジャイアンツカップをを3年で2度制し、他にも日本選手権など名だたる大会で常に勝利を積み重ねてきた名門中の名門。
そして今年高1になる世代を、人々はあかつきシニアのエースの名前をとって「猪狩世代」と期待を抱きながら呼んでいた~
「なんでお前が聖ジャスミンなんかに......頼む、この通りだ!あかつきに残ってくれ」
ここは今にも日が沈もうとしているあかつきシニアの練習場、そして茶髪の少年がもう一人の少年に向かって夕日を背に必死に頭を下げていた。
「...ガラにも合わないことをするなよ。もう良いだろう、猪狩(いかり)」
猪狩と呼ばれた少年は顔を上げるが、なおも視線を離さない。
そして、
「なんで僕が認めるほどの才能を持ったお前がそんな元女子校に行かないと行けないんだよ、俊太(しゅんた)。あれだけの大会を制してきたんだ。それに僕とお前のダブルエースで甲子園に行こう、ってリトルのときからずっと言ってきただろう?」と続ける。
「知ってるだろう?猪狩。オレは上からの推薦が取れなかったんだ。上でやるだけの才能がないってことだよ。だから俺はもうあかつきで野球はできない。」
「答えになっていないだろう、それにあかつきは実力主義だ。監督だってお前ほどの選手を手放したくないはず...」
そんな猪狩の言葉を遮り結城は呟く。
「そんなこと言って、結果は変わらないさ。監督やコーチとも話しはした。どうせ推薦のないオレがあかつきに行ったところで俺は何もできない。マウンドに立てないどころか、レギュラーさえ取れないだろうよ、猪狩。そんな3年間二軍ぐらしの高校生活なんてまっぴらゴメンだ。だから、俺は聖ジャスミンに行く」
「くっ......でもっ!......あれっ?そう、そうだ。聖ジャスミンには野球部はないんじゃないのか!?」
「だから良いんじゃないか。もうオレに野球は......」
彼は未練ありげに呟くと、何も言い返せない猪狩を尻目に、こう言い残してグラウンドを去っていった。
「そうゆうことなんだ、じゃあな猪狩」
こうして、猪狩の目の前で最大のライバル、あかつき・結城は消えてしまった......
☆
〜猪狩Side〜
おい、俊太......なんで、なんでいなくなっちゃうんだよ......
お前がいたから外野まで飛ばしてもいいと割り切って安心して投げられたのに、後ろに優秀なピッチャーがいるから全力で投げられたのに、そして四番にお前がいたからピンチでも勝負をしに行けたのに、お前がいたからあれだけの大会での優勝を成し遂げられたのに...
あいつの名前は「結城 俊太(ゆうき しゅんた)」。僕に劣らない、いやもしかしたら僕より上の実力を持つ数少ない一人。
球速こそ最速でも130km程で僕に劣るが、コントロールは僕よりもよく、なおかつドロップカーブ、スライダーそしてフォークという多彩かつどれも一級品の変化球を操る。
これでしかも打者としてはチームトップの打率と打点で驚異的な勝負強さを持っているかと思えば、守備も安定している。冬に走り込んだ成果か足も速くなっていて走攻守に投まで備わった選手。
1つあれだけ走り込んでも中3の夏は殆ど投げていないことが気になるが…
野球は0点に抑えても1点も取れなかったら勝てないし、逆に何点差であっても勝ちは勝ち、負けは負けなのだから一人で野球なんてものはできない。その点で僕は何回あいつの打撃に救われたのかわからない。
そんな奴をあかつきから手放すだなんて......
ましてや名前も知らないような学校に行かせてあの稀有な才能を腐らせてしまうだなんて......
そして、実力を認めているライバルがそのようなことをされているのにもかかわらず、何もできない自分がただただもどかしかった。
「監督たちは何をしているんだ......結城を手放すだなんて......」
僕は俊太がひょっこり出てくることを期待しながら誰ともなしに呟いた。しかし案の定あいつが出てくることはなかった。
「あかつき高でも僕はお前と一緒に試合をしたかったよ、俊太......」
届くことのない呟きをした僕は現実の厳しさを噛みしめながら、暗いグラウンドで一人唇をかんだ。病人のような青白い月が空に出ていた。
〜猪狩Sideout〜
〜俊太Side〜
帰り道、オレはさっきあいつに俺があかつきに推薦をもらえなかった、いや推薦を断った理由を教えた方が良かったのか考えていた。
まあ、でもあいつに教えてしまったら一瞬で野球部内に広まってしまいそうなのでやめておいて正解だったのかもしれない。
しかし、あのプライドの高い猪狩がオレごときにここまでしてくれるなんて。
そのことに正直オレは驚くとともに戸惑っていた。そして、そんな猪狩に答えたくても答えられない自分がいるということが悔しかった。
......でもこれでよかったんだよな。これであの事を隠せた。よし、オールオッケー。ナイスジョブ自分。ポジティブにいこう。
そう、これで良かったんだ。たぶん。
話を戻して、オレがさっき問い詰められた奴の名前は「猪狩 守(いかり まもる)」。猪狩コンツェルンの御曹司にしてあかつき中のエース。しかもイケメンというおまけ付きだ。
投げては最速140km手前のノビのあるストレートとキレのあるカーブ、そしてスライダーを操り、野手としても規格外のパワーで中学通算本塁打数一位と、まるで才能が野球をしているような男。
でもマスコミが抱いているイメージのプライドの高いクールな奴とは少し違った一緒にいて気持ちの良いヤツ。
あれがなければきっとあかつき大付属高校でも、一緒に野球をやるはずだったんだろう。
だがこうなってしまった以上、どう足掻いたところでその差は埋まらないばかりか広がっていくんだ。オレはもう一試合投げきることができない腕なのだから。
ただ、あいつとだけはもう一試合、いや何試合でもずっと一緒に戦いたかった。それぐらい後ろで守っていても信頼できるような奴だったから。競い合いたいと思える相手だったから。
そんな叶うことのない想像をしながら、俺は一人で家路をたどっていった。
もし野球をしないのなら、高校で誰と何をすればよいのだろう?
吐き出した息は、夜の闇と混ざっていつしか消えていった。今日も眠れない日々は続きそうだ。
〜俊太Sideout〜
ご意見、ご感想お待ちしています。
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Prologue2:新たな仲間
~俊太side~
猪狩と別れた次の休日、オレは次の春から同じ学校に通うことになる親友のもとを訪れることにした。
小学生の頃までは幼なじみと言えるような、そうほんの徒歩数分の距離だったんだ。しかし、中学にはいると同時にオレが引っ越してしまったので、今は電車で40分というなんとも言えない距離に住んでいる。
そして、その親友の名前は「友沢 亮(ともざわ りょう)」。帝王シニアで野球をやっていた、オレと同じ中学三年生。
MAX136km/hの速球とキレがありプロ顔負けのキレのあるスライダー、緩いカーブとシンカーを投げて来て、完投能力もある本格派の好投手。
そして打っても猪狩超えの打率と飛距離、足を持っているというもしかしたら猪狩よりも上の野球センスを持つ選手。
一回ショートの守備についているのを見たことがあるのだが、慣れないためか守備範囲はそこまで広くないものの強肩を活かした守備はきれいで、野手としてもやっていけるのではないかとオレは思う。
自慢じゃないんだけれどオレは帝王シニアをジャイアンツカップの決勝戦で破った。
……ホントに自慢じゃないからな!?
ただ、オレは亮から3打数1安打1四球1打点で、試合も3対2だから、猪狩に本当に助けられた。その
あいつもオレと同じ境遇なのだろうか。そしてそんなことを考えているオレはもう一度あの場所に立てるのだろうか……
ただ、それどころか家の都合で亮は帝王実業高校ではなく聖ジャスミン高校に進学することになったらしい。そういった家庭の事情にはあまり踏み込めないが、少し心配になってしまう。
猪狩にしても友沢にしても、こんな才能のあるやつらに囲まれているのに諦めずに努力をした自分を褒めたくなる。そのくらいオレとアイツらの才能には天と地ほどの差がある。
オレも努力はしているが、アイツらだって努力をするのだから、その差は埋まらないようなものなのかもしれない。でも、猪狩から離れてしまうようなレベルの根性だった以上、これはただの言い訳にしか過ぎないんだろうな。
そうこう考えているうちに、オレはあいつの家の前まで来ていた。
『ピンポーン♪』
オレがインターホンをならすと亮は兄弟の面倒を見ていたのかエプロン姿で登場した。
オレは本当に亮を尊敬する。中学生ながらに家事をほぼ一人でやりこなしているのだから。自分には絶対できないと自信をもって言えるようなことを、彼は平然と一人でやりこなしているのだ。
だからオレは亮にこう声を掛けることしかできない。
「よう、亮。久しぶりだな、ちょっとお邪魔するよ」
……まあ翔大たちがかわいいから会いに来た、って言うのもあるんだけど。
~俊太sideout~
~亮side~
「おお、俊太か、狭苦しいところだが入ってくれ」
こういうところで「世話をしに来た」というようなことを言わない俊太の優しさがとてもうれしい。
そういう鼻につかない優しく、頼れて、責任感のあるキャプテンに向く性格。アイツはこのままあかつきに行くのだと俺は勝手に思っていた。
それなのに俺と一緒に聖ジャスミンに行くと言うのは一体どう言うことなのだろう。
まさかあいつ……俺と同じように肘を?肘でなくても何処かを痛めたのか?
まぁまだ聞くのは早いだろう。アイツなら遅くとも春には教えてくれるはずだ。
俊太には聖ジャスミンに行く理由を家の事情と言ったが、本当は肘の影響で帝王から推薦をもらうことができなかったからだ。
俊太は真面目だから騙せるとは思うけれど、いつかは話すべきなんだろうな。
気を取り直すと俺は俊太に「お茶を注ごうか?」と声をかけようとしたが、それは弟たちー翔太(しょうた)と朋恵(もえ)ーの「俊兄ちゃーん」という声でさえぎられる。
まぁ無理もない。もう一人の兄としたっている俊太が久しぶりに訪ねてきたのだ。そりゃ、はしゃぎたくもなるだろう。
ここは少し俊太に甘えさせてもらうか。
そう思った俺は俊太の「おお、久しぶり」というおじいちゃんのような発言を聞きながらお茶を注ぎに台所へと向かった。
〜亮Sideout〜
〜俊太Side〜
やっぱりいいよな、兄弟って。そんなことを突然言い出すのにはもちろん訳がある。
オレにも姉がいるのだが、いろいろな事情があって今は会えない。
そんなオレにとって、翔太くんたちはホントに実の兄弟のような関係だ。翔太くんや朋恵ちゃんが本当に小さい頃から一緒に遊んできたもんね。
「ねえ、俊兄ちゃん、キャッチボールいこうよ」
「あっ、わたしも」
こんな感じで亮の家に遊びに行くと大体野球をすることになる。二人とも兄ゆずりのセンスで会うたびに上手くなっているし、何よりも野球を楽しんでいるから一緒に遊んでいて楽しい。
だからオレは、
「分かったから着替えてきて。終わったら行こう。」
と声を掛ける。すると、翔太くんと朋恵ちゃんは先を争うように自分たちの部屋へと駆けていった。
そうだ、亮にも声掛けないとな。そう思ったオレは亮にもらったお茶を飲み干すと、台所に向かった。
〜俊太Sideout〜
☆
〜亮Side〜
「俊太〜行くぞ〜」
ここは近所の河川敷。俊太に付き合ってもらって、翔太と朋恵の四人でキャッチボールをしている。
「あ、翔太。ステップが一歩多いよ、でも良い球来てる」
「分かった〜」
「あと、朋恵は肘がちょっと下がってるから上げてみて」
「はーい」
こんな感じで俊太は細かいところまでしっかり見てくれるし、良いところは素直に褒めているから上達が速い。将来いいコーチに慣れるんじゃないか。
それにしても俊太の様子におかしいところは見つけられない。
バッティング面なのだろうか。それとも投手?
そんなことを考えているうちにキャッチボールは終わってノックに。
「じゃあ次はノック打つよ。最初は亮が受けて」
「ほいっ」
「それっ!」
カキーン!
パシッ!
......おっと危ない。球際にしっかりと回転をかけたボールを打ってくるから難しいんだよな。
スイングもきれいだ。じゃあやっぱり投球面?
それはまあ良い。今は貴重なノックを受けられる時間だ。
ショートはあんまり慣れないし、時間も限られているから少しでも練習しないと。
そう思った俺は、
「よし、もう一丁!」
と声を上げて構えた。後ろで弟たちがなにか言っているが無視しよう。
「とぉっ!」
カキーン!
際どいあたりだが取れる!
そう思った俺はグラブを伸ばした......
〜亮Sideout〜
〜俊太Side〜
おお、亮はやっぱり凄いな。あの打球を体勢を崩さずに取るだなんて。
翔太くんたちもそこまでは行かないけど小学校低学年とは思えないグラブさばきだ。練習をしっかりすれば、将来オレを軽く超えるような選手になるだろう。
じゃあ肩慣らしはここまでにしてひと勝負しますか。
亮とオレの1打席勝負。前は両方投げて2回やっていたのだが、亮は投げられないと言っていたので今回からはオレしか投げない文字通りの一回勝負だ。
「じゃあ亮、やるぞ」
おう、という声がかえってきて亮が左打席に入り、バットを構える。
まだ翔太くんたちにオレのボールは取れないので、俺の投げる相手は壁だ。これが投げづらい。投げる目標が定まりにくいもんね。
1球目。オレが選んだのは内角高めのストレート。おおきく振りかぶって指先に力を込める。そうだ、この感覚、忘れかけていたこの感覚がふっと蘇る。
これは外れて1ボール。ただ、これで速球を意識させられたかな?
2球目。オレが選んだのは外角低めに逃げるスライダー。打者の手元でククッと動きを変えるボールに亮のバットは空を切った。これで1ボール1ストライク。
「良いボールだな」
あれだけ自分のスライダーに誇りを持っていた亮に言われるのは嬉しい。
おっと、気持ちを引き締めないと。
3球目。オレが選んだのは内角低めにボールになるチェンジアップ。オレはチェンジアップだって言っているのに、みんなはサークルチェンジだって言うんだよな、この球。
亮はオレのボールにしっかりタイミングを合わせた。ただ、ボールが思ったより変化したらしく打球は強いゴロになって、ギリギリ三塁線を切れていきファール。
危ない、危ない。少しでもボールが浮いていたら間違いなくヒットだった。でもこれで追い込んで有利に立てた。カウントは1ボール2ストライク。
4球目。オレが選んだのは外角高めに外れるストレート。オレは1球1球に力を込めて見えないミットに向かって投げ込む。亮はしっかり見て2ボール2ストライク。
5球目。オレが選んだのは内角低めに落ちるドロップカーブ。大きく縦に弧を描いて来る球に対して、亮はなんとかタイミングを崩されまいとするものの、不遇にも亮のバットはまた空を切った……はずだった。
しかし、亮はタイミングを崩されながらも片手でしぶとくライト前にはこんだ。本当にすごい野球センスだと思う。
しかし、オレが
『ナイスバッティング、亮』
と声を掛けると、
『今のはタイミングを崩されているから俊太の勝ちだ』
と言われた。
亮はストイックなやつだからオレがどう言おうと、自分の意見は曲げないだろう。それに、形だけでも勝ったのは素直に嬉しいので、ここはオレが意見を折る。
今回の勝負はセカンドフライでオレの勝ち。ただ今回は実質亮の勝ちだし、一歩間違えば長打の当たりがあったので勝ったとは言えない内容だったな。
そんなこんなで夕方になってしまったので、オレは亮とクールダウンをして帰ることにした。
「じゃあな。亮、翔太、朋恵」
そう声を掛けるとオレは家へと一歩を踏み出した。
あかつきに行けなかったからといって、オレの野球人生が終わったわけじゃない。むしろ、ここから始まるんだ。
そう思うと同じ陽のはずなのに、猪狩と話したあの日のものとは全く違うものに見えてきた。
そういえばオレも高校生から一人暮らしだ。前暮らしていたところにほど近い聖ジャスミンにこれから通うのだから。
料理は趣味でやっっているから人並みよりはできると思うけれど…………
家事の効率の良いやり方を亮に聞かないとな。
〜俊太Sideout〜
これは選手生命を絶たれかけた二人の少年を中心とした物語。それは聖ジャスミン高校で今、始まろうとしていた。
いかがでしたか、って言える内容が出せるように頑張ります(汗)
次回から本編です。お楽しみに?
11/1勝負内容を改変
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第1章:今日ここから
第1話:始まりの日に
駄文を読んで一日頑張ってください。
それでは本編一話、どうぞ!
〜俊太Side〜
桜が舞う中で行われた4月の入学式。それは聖ジャスミン高校の共学化後2度目の入学式だった。舞い散る桜の花びらが春風にのって新入生の肩に落ちる。オレの心も期待で舞い上がっていた。
オレは亮と一緒に高校の最寄り駅から学校までの道を歩いていた。それは入学式の日だということを除けばごく普通のなにげない日常のはず、だったのだがそれはとある男子生徒によって妨げられることになる。
「もしかして、君たちは帝王の友沢くんとあかつきの結城くんであっているでやんすか?」
と瓶底眼鏡をかけた少年に声を掛けられたのだ。
「そうだよ。ところで亮、こいつを知っているか?オレは会ったことがないと思うんだけれど」
とオレは亮に聞いた。......というか「やんす」ってどんな語尾なんだろう。
すると、「俺も良くは覚えていないんだが、パワフルシニアのセンターじゃなかったか?」という答えが返ってきた。
やっぱり隣の地区か。しかも最後の夏にパワフルシニアは帝王シニアにサヨナラ負けを喫して、ベスト8止まりだったはず。どうりで彼とは会ったことがないわけだ。
そうしたら、突然目の前の男子生徒はまるで漫画のように白くなり、ガラガラと崩れ落ちた。
「この美少年の人読んで『パワ中のスピードスター』、矢部明雄を知らない人がいるだなんて......でやんす」
なんか出会って早々に矢部くんの裏の顔を見てしまったような気がする。うん、気にしないでおこう。オレは今なにも見なかった。
あと最後に無理矢理でも「やんす」をつけるんだね。
「じゃあ、改めて自己紹介をするでやんす。オイラはパワフル中の矢部 明雄(やべ あきお)でやんす」
「オレはあかつき中の結城 俊太だよ」
「俺は帝王シニアの友沢 亮だ」
「二人もおいらと一緒で元女子高のここでピンク色の学園生活を送るために、ここに来たんでやんすね?」
と言うか、矢部くんが聖ジャスミンに来た理由ってそれなの?
矢部くんはオレらのドン引きによる沈黙を肯定と捉えてしまったようで、
「さすが女の子だらけの学園生活。どこを向いても目が癒やされるでやんす。そして最終的にはキャッキャムフフなハーレムがオイラを待ってr......」
「ちょっと黙ろうか」
(ギュッ)
「ムググ、苦し...でやんす」
何やら変な妄想を矢部くんが熱弁しだしてしまったので、周りの人に変な目で見られないように少し黙っていてもらおう。しかし初対面の人にそんなことを話すのかなあ、普通。
そんなことをしているうちに、これから三年間通うことになる学校の校門が見えてきた。
オレは亮と出来れば矢部くんとおなじクラスになれるように、見たことのない神様をイメージしながら祈った。
そして迎えた運命の瞬間......
オレは矢部くんと亮といっしょの1年B組だった。
「二人ともおなじクラスでやんすか?嬉しいでやんす、これで開幕ボッチは回避でやんすー」
横でおもちゃのおまけ程度としか考えていなかった矢部くんが大喜びしている。ちょっと可哀想だなと思ったけど、矢部くんってこういうキャラなのかな。
矢部くんは横で見ていてすぐに表情がコロコロ変わっていくから面白い。きっと中学でもムードメーカー的な存在だったのだろう。
共学化に合わせて建て替えられたらしい真新しい教室に入り、オレは自分の席につく。やはり元女子校だからか男子は3割くらいしかいない。
そんなことを考えていると、となりから声を掛けられた。
「もしかしてキミ、あかつき中の結城くんかな?」
「えっと、君は?」
俺がそう聞くと、彼女は明るい笑みを浮かべながら
「アタシは夏野 向日葵(なつの ひまわり)、よろしくね」
と挨拶をしてくれた。
茶色い髪をヘアピンで止めた、まさしく名前の『夏のひまわり』のような元気そうな印象を受ける娘。
「先に言われちゃったけど、オレは結城 俊太。でも、俺のことを知ってるっていうことは野球をしていたの?」
「まあね、中学ではちょっとやっていたかな」
「何処の中学出身なの?」
「山吹中学っていうところ。でも地区大会の3回戦で負けちゃったからね。これでもエースだったんだよ?」
やっぱり野球をやっている人とは会話が弾む。
すると突然、高校生活最初のHRの始まりを告げるチャイムが学校中に鳴り響く。オレたちは雑談をそこそこにやめて席につくと、これから一年お世話になる担任の先生について、そしてこれからの学校生活に思いを巡らせた。
〜俊太Sideout〜
〜???Side〜
春、それは出会いと別れの季節。ただ、僕にもう出会いはないみたいだ。
そして、ココがワタ...僕が今日から通うことになる聖ジャスミン高校か。それにしても大きい学校なんだなぁ。そう思っていると、ふと隣から女の子に声を掛けられた。
あぁ、今日からは”異性”として過ごしていかなきゃいけないのか。
彼女と別れた後、ふと思った。
僕はこの学校で男としてやっていけるのだろうか......
いや、今更考えたって仕方がないね。それにどうせ騙すのなら、僕だって割り切って夢を見てみたいんだ。
その夢は何かって?それは聖地――甲子園に行くこと、あのグラウンドに立つこと。
野球をしていたら誰もが一度は夢を見るところ。それは、性別なんて関係ないはず。それでもそこに女子は立つことを許されないんだ。
でも、もし僕が”男”なら?僕は立てるよね、甲子園に。その”男子”は空想にしか過ぎない存在だったとしても。
そんな思いを抱きしめる僕に、春風がそっと吹いた。僕の気持ちも幾分か軽くなったみたいだ。
春は恋の季節。僕にも春は訪れるのだろうか?
〜???Sideout〜
〜亮Side〜
なんでこうも世の中の入学式というものは長いのだろうか。
おそらくみんな真面目に聞いていないであろう、ありがたい校長先生のお話に始まって、来賓のこれまたありがたい祝辞。
そして現在、式の終盤には新入生代表の挨拶が始まろうとしている。
『新入生代表の言葉 一年E組 小鷹 美麗(こたか みれい)』
このときの俺は思いもしなかった。
彼女と同じチームで戦うことになる、ということを。
『やわらかく暖かな春の陽の光に、草木も色づき始めた今日という良き日に、私達は今日......』
真新しい広いホールに響き渡る彼女の凛とした声を聞きながら、俺はこれから始まる人生最後の学校生活に想いを巡らせた。
学校生活と言えば部活動。それを三年間目一杯楽しもう。
そう俺以外のこのホールにいる人間は考えているのだろう。
俺の野球人生は中学卒業まで。家の状況は誰よりも俺が知っているし、野球なんかをしているような場合ではない。
そうとは分かっていても、野球への想いはそうかんたんに捨てられるようなものではなかった。
俺は蛇島先輩に肘を壊されかけたり、危険なスライディングタックルをされたりといった選手生命の危機に何度も立たされた。
それでも野球への思いは消えるどころかどんどん強くなっていき、俺は更に練習に打ち込むようになっていった。
そんな昔の完全な惰性ながら、帝王の推薦がなくなってしまった今でも未だに基礎練習は続けている。素振り、キャッチボール、走り込み、筋トレといった類だ。
無論、バッティングセンターなんかには行く金も時間もないが。
そんなやめると決めたはずなのに、けじめのつけられない自分が俺は嫌だった。
でも、このことはとりあえず忘れてみよう。限りある学校生活を楽しむためにも。ここでつかの間の夢を見るためにも。
いいだろう、少しくらい目をそらしたって。小さいときからイヤというほど、この世界の現実を見てきたのだから。
そう思う頃にはもう挨拶も終わりかけ。
『......ときに温かく、ときに厳しくご指導していただきますようお願いいたします。』
そうだ、俺は孤高のヒーローなどではないし、一人なんかじゃない。頼れるやつもいる。
また頼らせてもらうぞ、悪いな俊太......
〜亮Sideout〜
11/16追記
ごめんなさい。ちょっと現実が忙しいので更新は遅れます。
待っててください。失踪はしませんから。
12/14追記
???Sideを追加しました。
新話は頑張って来週までに上げます。お待たせしてすみません。
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第2話:朝日は昇る
またしばらく間隔が空いてしまうと思いますが、絶対書きます。
もうしばらくお付き合いください。
それでは第2話、どうぞ!
~俊太side~
入学式からも数日がたち、この学校にも少しずつ慣れてきた。
クラスで話す人も増え、クラスにも馴染んできたように思う。
それにしてもこの学校は広いよな。
校舎は教室棟と特別棟に分かれ、体育館にホール、テニスコートに食堂。そして更にはグラウンドが2つもある。オレは大丈夫だったけれど、はじめてきたら間違いなく迷うような大きさ。
グラウンドのうちの一つは最近作られたらしい。きっと新しい男子生徒を呼び込むためなんだろう。
そういえば今日は部活の説明会、か。そんなことを思っていると矢部くんが話し掛けてきた。
「結城くん、部活動はどうするんでやんすか?
オイラはもちろん中学でもやっていた野球部でやんす!」
彼はそう言うと、更に
「かわいいマネージャーとキャッキャムフフしたいでやんす。何部から引っ張って来るのが良いでやんすかねぇ?茶道部?チア部?料理部でも良いでやんすねぇ〜」
とまくし立てた。
ここまで来るとただの変態おじさんである。
しかし、そんな矢部くんに対して亮から正義の鉄槌がくだされた。
「矢部......ここに、聖ジャスミン高校には野球部は、ないぞ?」
「......も、もう一回言ってもらえるでやんすか?」
「だから、野球部はここにはないんだよ、矢部くん」
残酷だが、聞き直す矢部くんに優しくオレが現実を突きつける。
「な、そうなんです……やんすか?」
矢部くんが出会ったときと同じように崩れ落ちてしまった。
「正確にいうと、今は活動していないッスね」
彼女は川星 ほむら(かわほし ほむら)さん。
この学校に来て仲良くなった女の子で、とんでもない野球好きだ。
野球規約はもちろんのこと、いろいろな記録やアマチュア野球までもを網羅するような知識を持っている。これはもうマニアと言ってしまったほうが近いのかもしれない。
「去年は同好会としてあったんだよね。ただ、部員が全く集まらなくて......」
と、夏野さんが付け加える。
そりゃあそうだ。共学化一年目の学校で男子は30人もいないのだ。それで新設の野球部に部員が9人も集まるのなんて奇跡に近い。
「矢部くんはそれを確認しないでここに来たの?」
とオレが聞くと、彼は
「パンフレットのカワイイ女の子のことしか見ていなかったんでやんす......」
とうなだれてしまった。
矢部くんらしいんだけど、でもそれで良いんだろうか?
いや、オレにはなんの関係もない話だ。
もう、野球は辞めたのだから......
「結城くんは野球部だったんだって、しかもあのあかつきの!」
夏野さんが嬉しそうに話しかけてくる。
「ああ、そうだよ」
「そうなんでやんすか?オイラたちとは比べ物にならないでやんす」
気持ちの抜けた返事しか返すことのできない自分が情けない。
猪狩に対しても、また彼女に対しても。そして、矢部くんに対しても。
こんな猪狩の輝きから目を背け、逃げ出してきたようなやつにこんな気持ちを持たせてしまって。
そうだ、あのときも。猪狩と話したあの時も心配をかけまいとして、本当は心配をかけていたのかもしれない。そもそもそれは心配を掛けるないためじゃなくて、ただ自分のメンツだけを守るためだったのかもしれない。
でも、オレにはあの時一体何ができたんだろう。今日もそうオレは思ってしまうんだ。
〜俊太Sideout〜
〜亮Side〜
俊太のやつ、どことなく表情が暗かったな。無理してでも明るさを、笑顔を造るようなやつなのに。
ケガ......なんだろうか。
どうにもならないけれど、どうしようもなく辛いことだ。大切にしていたものを一瞬で奪われるというのは、すぐそこにあったモノが突然なくなるというのは。
そして、あいつはここでも何も言わなかった。あかつきに進まず、聖ジャスミンに来た理由を。一体、どうしてなんだ?
〜亮Sideout〜
〜俊太Side~
ハァ......
なんでこうも面倒なことを生徒に押し付けるんだろうね、新田先生は。
俺ってそんなに「頼まれたら断れない性格ですよ」って顔にかいてあるのかな。
まあ流されて引き受けてしまうから、あながち間違ってはいないんだけど。
おかげで俺は日直だっただけなのに校門を出たのは授業終了の2時間後、すなわちもう夕方である。明日からは仮入部期間だから、早く入る部活を決めないとな。
そう思いながら、オレは一人でグラウンドの横を通り過ぎる。この時間ならもうグラウンドには誰もいないはずだ。
なぜなら聖ジャスミン高校の部員数の多い運動部はソフト部とバレー部。活動が盛んなのはほとんど文化部であるからでもある。
ただ、聖ジャスミン高校には暗黙のルールがある。オレも入学してから知ったのだが、それは「勉強に集中するため」として基本的に水曜日は部活をしないことになっている。
ただ、実際は生徒たちの貴重な休日になっているのだが。
とにかくそのために、どちらの部活も今日は自主連だけで活動しないからだ。
しかし、いた。広いグラウンドに一人だけ。
金属バットを黙々と振っている。
ソフト部なのだろうか、明らかに経験者のものである足を小さく上げるアベレージヒッターの打ち方。そして左打ち。
こちらに気がついた彼女と目が合う。黒髪のショートカットで、野球のユニフォームを身にまとっているおとなしそうな娘。
きれいなレベルスイングで思わず見返してしまった。何故これだけのレベルがあるのにソフト部としての活動をしていないのだろう?
「あの、あたしがどうかしましたか?」
「いや、何でもないよ」
「............」
彼女との無言の会話が続く。
その音比べに負けてしまったオレは、
「練習、頑張ってね」
と声を掛けて、逃げるようにその場を後にした。
まだ夕方なのに、冷たい風が吹いていた。
〜俊太Sideout〜
〜???Side〜
小学校の頃からずっと「女は野球をするな」と言われ続けてきた。
それでも、いやそれだからこそかな。アイツらを「見返してやろう」という気持ちでここまで頑張ってきた。
結果として中学でもエースナンバーを背負えたし、野球を選んで後悔したことは一度もない。でも、あの人からはそんな差別的な気持ちは全く感じられなかった。
もしかしたら......いや、そんなことあるわけないか。
そう思ったあたしは下げていたバットを再び構え直した。
女性だとあの聖地――甲子園にはどんなに力があっても届かない。そんなの間違っている、と声をあげられたらどんなに良いだろう。
でも、あたしにはそれすらできない。声を上げられるような力もない、ただの道端のアリなのだから。
なんか、悲しくなってきちゃったな。今日は遅いし、もう上がろうか。そう思ったあたしは首にかけていたタオルで汗をぬぐい、教室へと駆け出した。
〜???Sideout〜
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第3話:野球しようよ
小鷹さんがメッチャ悪役になってますがファンの方、お許し下さい。
話が長くなってしまいましたがそれでは第3話、どうぞ!
〜俊太Side〜
翌日。オレはクラスのソフトボール部の人に、彼女について聞いてみた。
すると、どうやら彼女は毎週水曜日の放課後に一人きりで練習をしているらしい。そもそもあの時間でしかも一人では、できることも限られる。それにあの実力があるならソフト部でも活躍できるはず......
一体どうしてなんだろう?
「結城くん、野球部に入る気はないでやんすか?」
「今更どうしたんだい?この学校には野球部はないんだ、矢部くん。もしかして今日の4限寝てた?」
オレは昼休みに矢部くんに呼び出されていた。彼も野球を諦めたからこの学校に来たのだと思っていたが、野球を諦めきれなかったのだろうか。そうであれば中学時代を知っているオレを誘う理由にはなるのだけれど。
「オイラと一緒に野球部をつくるでやんす!もう友沢くんにも声は掛けてあるでやんす!」
熱く語ってくる矢部くん。そんなにオレと野球がしたいのだろうか。
「で、亮はなんて言ってるの?」
「俊太が入るなら俺も、って言っていたでやんす」
亮にそう言われたのなら仕方がない。
「......分かった。考えておくよ」
矢部くんの表情が一気に明るくなる。
「ただ、一個聞いていい?」
「ん?なんでやんすか?」
それでも、これだけは聞いておかなくちゃならない。
「矢部くんはさ、女の子が野球をやるのってどう思う?」
オレは昨日であった彼女のこと、そして――アイツのことを聞いてみる。
「オイラは実力があるなら、野球が好きならウェルカムでやんすよ。でもできればカワイイ娘が良いでやんす」
良かった、矢部くんはいつも通りだ。そして、そういった色眼鏡で見るようなやつでもないらしい。高野連の人たちもこんな人ばっかりだったらいいのに。いや、矢部くんみたいな変態はダメだけれどさ......
それでも矢部くんは動いてくれたんだ。ココで迷っていてどうする、次はオレの番だ。
「野球経験者の夏野さんも呼んでおくでやんす」
......やっぱり訂正。矢部くんはそんなイイやつなんじゃないのかもしれない。
〜俊太Sideout〜
〜亮Side〜
野球か。肘を壊した自己管理の甘い俺のような奴でも野球に誘ってもらえるんだ。
俊太にも声をかけてみたが、前向きに考えてくれるらしい。
母さんに聞いたら”自分のしたいことをしていい”と言われた。もしかしたら考えすぎていたのかもしれないと我ながら思ってしまう。
ただ、家族には迷惑は掛けられないからな。そう思うと俺はバイトに行くためにカバンを背に掛けた。
バイト帰りにミゾットスポーツにでも行って野球用具を買うか。ちょっと手痛い出費だが、ココまで頑張ってきたんだ。少しくらい自分にご褒美があったって良いだろう、そう思う俺の心は晴れ晴れとしていた。
朝から降っていた雨も止んだみたいだ。空には虹が掛かっていた。それはそう、夢への架け橋みたいに。
〜亮Sideout〜
〜矢部Side〜
夏野さんに声を掛けるって勢いで言っちゃったでやんす......
女子に全く人気のないオイラでやんすが当たって砕けろでやんす!それに結城くんの名前を出したらきっと乗ってくれる......はずでやんす。
ともかく明日があるでやんす。
〜矢部Sideout〜
〜向日葵Side〜
「ええっ、野球部に入ってほしいって?」
「そうでやんす!結城くんも入るって言ってくれたでやんす。オイラたちには夏野さんの力が必要なんでやんす!」
入学式から2週間ちょっとがたった今日。そろそろ入る部活を決めようかと思っていたアタシに
そうは言われてもなぁ、アタシたち女子は甲子園には行けないしなぁ......
正直アタシも迷っていた。結城くんが野球部をつくろうとしているっていうウワサを耳にしてから。それでも女子は甲子園に行けない、そのことに引っ張られて諦めたんだ。
でも、こう誘われたなら、断れる気がしない。アタシも自分に正直になったほうが良いのかな?
そう自問自答していると、矢部くんが核心を突いてきた。
「女子は甲子園に行けない、そう思っていないでやんすか?」
「ええっ?」
まさか、そんなわけ......
〜向日葵Sideout〜
〜矢部Side〜
夏野さんが驚いた顔をしているでやんす。これはもう貰ったでやんすね!
「野球がやりたいのなら、続けたいのなら。オイラたちはもちろん力を貸すでやんすよ!」
「そうだね、アタシも力を貸してもらうよっ!」
「ありがとうでやんす!」
すごく明るい笑顔でやんす。やっぱり夏野さんは笑顔じゃなきゃいけないでやんす。
「ところで今から結城くんに挨拶に行っていいかな?」
オ、オイラじゃダメなんでやんすか?それでも夏野さんの眩しい笑顔を見れたからそれで満足でやんす。
〜矢部Sideout〜
一方、同じ頃......
〜俊太Side〜
1週間後の水曜日。オレは彼女に会うために、また同じ時間にグラウンドへと向かった。絶対に会えるなんて保証はどこにもない。それでも、何故か彼女が待っているような気がしたんだ。
そして、こういう直感はだいたい当たる。
もう薄暗いグラウンドのやはり先週と同じ場所に、今度は壁に向かってボールを投げている彼女の姿が。きれいなスピンのかかった真っ直ぐ、壁ギリギリで曲がる変化球。
しっかりと見たいけれど、今は大事な用事があるんだ。
「ごめん、練習中に。ちょっと良いかな?」
アイツがあの時どう思っていたのかなんて分からない。それに勝手に考えられるのは迷惑だろう。
それでも、それだからこそオレにはこうすることしかできない。進む道は間違っているのかもしれないけど、アイツの夢はココで終わらせられるようなものじゃないんだ!
〜俊太Sideout〜
〜???Side〜
「えっと、あたしに何か用があるんですか?」
いつもこうだ。初対面の人となると必ず硬くなってしまう。
「ああ、自己紹介がまだだった。オレはあかつき中出身の結城 俊太」
「あ、あたしは太刀川 広巳」
そういえば一週間前に会った人だったっけ?あかつき中といえばあの強豪校か。そんな人がこの学校にいたなんて。
「ところで、こんなところでなんで一人で野球をやっているの?」
唐突に投げかけられた質問が衝撃的すぎて、理解に時間がかかってしまう。
野球をやる理由、か。そこにあるのが、いつもしているのが当たり前すぎて今まで考えたこともなかった。よく言う”失ってから大切さに気がつくもの”の一つなんだろう。
ただ、強いて言うのなら―――
「甲子園に行きたいから、かな」
それを待っていたかのように登場するタカ。いや、こういうことを言うのを待っていたのだろう。
「ヒロ!そんな無謀な夢はいい加減に捨てなさいよ!」
タカ、ソフトボールにはもう疲れたんだ。ゴメンね、でも説得は受けないよ?
「女の子は甲子園には行けないのよ!」
それはそうだ。あたしはタカの意見になにも言い返せない。
「確かに、今のルールのままだったならね」
そのときだった。さっき会って今まで影を潜めていた彼から、驚きの発言が飛び出したのは。タカもキョトンとしている。そんなことができるの?
〜広巳Sideout〜
〜俊太Side〜
「ハハッ、笑わせてくれるのね。たかが一高校生が高野連を動かせるわけがないでしょう?」
たしかあの娘だ。そう、入学式で新入生代表の挨拶をしていたあの娘。
頭は良さそうだが、それと同時に冷静でウラがありそうな感じもしたのを覚えている。野球部を作るのにこんなに優秀な娘はほっとけないんだ。
それに、彼女は野球がやりたいという真っ直ぐな目をしていたから。この事実からは誰も目を背けることはできない。
「あたしは今まで野球をやってきた。」
悲痛に響く太刀川さんの声。
そうだ、一番優先されるべき、いや、されて当然なのは彼女の気持ち。
それなら――
「野球しようよ、太刀川さん」
「なに、奇跡を起こそうとしてるの?そんなの無駄よ。奇跡なんて起こらないのだから」
少しイラッと来た。君だって女性なんだよね?それなら、これだけは言わせてもらおう。
「誰も信じないようなことがあるから、奇跡っていう言葉があるんだろう?今誰も女性が甲子園に出られるだなんて思っていないだろう。それでも女性が出られるようになったらどうだ?奇跡って呼ばれるだろう?」
オレはひと呼吸おいて続ける。
「それなら、高野連だろうが世間だろうが、そいつらに価値を、実力を認めてもらうしかないんだよ。女性選手でも関係なしに行けるんだ、ってね」
すごく勝手な話だけど、これで少しは償えたのかな、アイツに対して。
「......」
「結城くん、オイラたちも混ぜるでやんすー」
そんなところに空気も読まずにどこからともなく現れた矢部くんと亮、それに夏野さん。そうだな、最初からみんなに声をかければ良かったのに。今更ながらあの時一人で抱え込んだ自分をちょっと後悔した。
「なんだか楽しそうだね。あたしも入れてもらってもいいかな。」
「ま、また今度ね。ヒロ」
あ、逃げちゃった......
一歩出て夏野さんが聞いてくる。矢部くんは勧誘に成功したのだろうか。
「アタシも野球部に入れてもらっていいかな?ねぇ、いいでしょ?」
「うん、むしろこっちからお願いしたいくらいだよ。よろしくねっ!」
オレは精一杯の笑顔で答えることにした。夏野さんも嬉しそうだ。
それでもこれで野球同好会の部員は5人。矢部くんと亮、太刀川さんに夏野さん、そしてオレ。
この調子で部員...いや会員を増やしていければいいな。
そう思っているオレの横で、今日も矢部くんがはしゃぎまわっていた。それはまるで、無心で野球を楽しめたいたあの頃のオレのように。
空の虹ももうすぐ消える。その後の空は透き通っているのだろうか、それとも曇りきってしまうのだろうか?
〜俊太Sideout〜
矢部くんの話し方が難しい......
ご意見、ご感想よろしくお願いしますm(_ _)m
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