BUMP OF CHICKEN×俺ガイル (ケビンコスナー)
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太陽
外は雨が降っていて、私は文庫本を読みながら公園のベンチで雨宿りをしていた。雨が屋根を打つ音が耳に心地よく鳴る。肌寒さに、少し私は震えた。
周りには私以外は誰もいない。そんな状況に、なんだかかくれんぼをしているような気になる。
小さい頃、私は、隠れるのが上手だったから。日が暮れて、皆が帰ってしまうまで見つけてもらえないこともよくあって。
心身が少し成長したはずの今でも、私は色々隠すのが上手になってしまったから、私の心はまだ誰にも見つかっていないような、そんな気がする。
ただ1人を除いて。
「…何してんだよ、雪ノ下」
学校でも何回も聞いているはずなのに、何回聞いても安心する声が、雨に混ざって私の耳を打つ。
「…遅いわよ、比企谷君」
「このあたりの地理詳しくねえから仕方ねえだろ」
「…そうね」
「つーか、なんで待ち合わせここなんだよ。直接お前んちに言った方が良かっただろ」
「雨の日は、外に出たくなるの」
「…そうか」
そうよ。心の中で私は返答する。呆れた様子の比企谷君を見て、私はクスクスと笑ってしまう。
読んでいた文庫本を閉じて、私は比企谷君に手を伸ばす。彼の温かい手を握ると、私まで温かくなる。
すると、ため息をついて比企谷君が口を開く。
「…お前って、結構訳分かんないことするよな」
「嫌い?」
「…別に嫌いじゃねえけど」
「よかった」
私はそう言って、比企谷君の手を引いてベンチの外へ出る。雨は、今度は傘を叩く。少し大きくなった音のおかげで、私の心音は彼にバレないですみそうだ。
「あ、おい、傘あるぞお前の分」
「いいじゃない。ダメ?」
「…いや、ダメじゃねえけど」
「よかった」
そう言って、私達は相合い傘のまま歩き出した。あからさまに恥ずかしがっている比企谷君を見て、なんだか私は安心する。ドキドキしてるのが、震えてるのが私だけじゃなくてよかった。
「比企谷君は、かくれんぼ得意そうね」
「なめんな。まず俺は誰にもかくれんぼに誘われたことがない」
「…ごめんなさい」
「優しさで人を傷つけるなよ…。つーか急に何」
「…私はね、すごい得意だったの。誰にも見つけられないほど」
「…ああ」
「だから、見つけてもらえたときは嬉しかった」
「…そうか」
「ええ」
直接伝えるのは恥ずかしくて。
だから、婉曲的に伝える。
私は壊れかけたドアノブのついた部屋にずっと隠れていた。下手に触れたら2度と出られないような、出てしまったらもう隠れられないような、そんな部屋に。
濁った目をして、常に無気力に見えて、世の中に恨み言を吐くあなたは、ほとんどの人が影にしか見えないと言っていたけれど、それでも私の太陽だった。
そんなあなたが私を部屋から引き出して、2度と隠れられないようにしてくれたのだ。不愉快も不自由も、愉快も自由も無かったあの部屋から。
だから。
私を、見つけてくれて、ありがとう。
「…やっぱお前も、十分変なやつだよな」
「自分が変なやつという自覚はあるみたいね」
じゃれ合って、私達はお互いを小突く。もう少し言い方あるでしょうなんて思うけれど、私も彼によく言うからお互い様だ。
受験勉強のために、私達は私の部屋へ向かう。雨音はいつしか聞こえなくなって、雲のない空から太陽が顔を覗かせていた。
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Merry Christmas
ホワイトクリスマス、だなんて言葉があるけれど、12月のこの時期に雪が降る事なんてそうそうないということを、26年間で学んだ。学んだことを良く活かせることに定評のある俺は、だからこの日もそこまで厚着をしなかった。それが失敗だった。
「雪降ってんじゃん……」
買い物のために降り立った駅では、雪がしんしんと降っている。めちゃくちゃ寒い。絶対に松岡修造は日本にいない。体をガタガタ震わせながら、今度からは天気予報のみを指針に行動しようと俺は決意する。
それだけ寒くても、クリスマスだからか、駅周辺にかなりの数の人がいた。例えば、頬を赤くしながら誰かを待っている様子の女の人とか、泣いている子供を一生懸命あやしている4人家族とか。街並みはカラフルで、まるで外国のおもちゃ箱のようだった。
それに比べて、と俺は苦笑する。俺だけ、浮かれているこの街で、1人浮いている。本当にこういうイベントが似合わないな、俺は。
……いや、別に俺だって、予定はあったのだ。会社の女性の同僚に誘われたし、食事もするつもりだった。
けれど、一昨日、断ってしまった。あからさまに匂わせてくる好意を受け止める気も、受け止めきれる気もなかったから。
もともと逃げるのが上手かった俺だけど、こういうことから逃げることも上手くなった。多分、いつもより幸せそうな人達を見たくないと思うのも、寂しいのも、全部そのせいだ。
今頃どこぞのイケメンとデートでもしているだろう誰かさんの事を思って、俺はイラつく。
……なんでイラついてるんだろうな。こうなることを望んでいたはずなのに。
「……くだらねえな」
こんな日ですら優しくなれない自分が悲しくなる。適当なことを言ってヘラヘラ出来ていた昔を思って、時が経つ早さを感じた。
しかしそんなことを考えても仕方ない。とっとと帰って酒でも飲んで、明日には忘れたい。そう願って、俺はスーパーへと入った。すれ違う人が皆、俺に興味が無いという当然のことが、今日は少しありがたかった。
何食べようかな……。
「せっかくだし、鶏でも買うか」
「私はフライドチキンが食べたいわ」
「うい。……は?」
あまりにも自然に流してしまいそうだったが、ギリギリでとどまった。右からは、ここで聞こえてくるはずのない誰かさんの声が1つ。
「なによ」
「いや、なんでここにいんの?」
「私の家の最寄り駅、知らないの?」
「いや知ってるけども」
お前んちに何回行ったと思ってんだよ。問題はそこではない。
「デートは」
俺がそう問うと、声の主、雪ノ下雪乃が笑顔で答えた。
「断ってきたわ」
× × × × × × ×
「しかし、なんでデート断ったんだよ」
雪ノ下の部屋で、ビールをコップに注ぎながら、俺は3週間前の飲み会を思い出す。お互いにクリスマスデートに誘われたから、今年は毎年恒例のクリスマスパーティーは中止にしようと言った飲み会を。
まあ確かに、雪ノ下は誘われてる、と言っただけで、まだそれを受けるかどうかは言ってなかったけども。
「あなたとのパーティーの方を優先したかったのよ」
「優先すんなよこんなもん……。つーか今年はこれ自体なかったはずなんだが」
「私は1人でも開催する予定だったわよ」
「パーティーって知ってるか?」
俺がそう言うと、雪ノ下がケラケラ笑う。さっきまで感じなかった温かさが、体の内から生まれるのを感じた。
「彼氏作る気ねえのかよ……」
「あなたができたらすぐに作るわよ」
「一生独身確定じゃねえか」
「大丈夫。そうなったらあなたにもらってもらうから」
「大学のとき、そのセリフのせいでからかわれたの忘れんなよ……」
「私は気にしてないもの」
俺が気にしてんだよ……。お前は嫌じゃなかったのかとか、大学のとき、俺がもっとはっきりした態度をとれば、こいつも今頃彼氏とか作って幸せに生活してたかもしれないのにとか、そういうことを。
本当にくだらねえな、俺、と1人胸の内で呟く。そのタイミングに合わせて、雪ノ下が不思議そうに問う。
「あなたこそ、今日はデートじゃなかったの?」
「……俺も断った」
「ドタキャン?」
「ああ」
「何故?あなたの相手だって、可愛かったじゃない」
「……さあな」
思いつく限りで最低な答えを、誰をも踏みにじるようなセリフを吐いた。
今にして思えば、あの誘いを受けることで、雪ノ下のことを忘れようとしてたのかもしれない。誘いを受けたときに、雪ノ下になんて言おうかとずっと考えていたのが、多分その証左だ。
俺の苦々しい表情を見てか、気遣うように雪ノ下が口を開く。
「……モテる者同士、大変ね」
「お前ほどじゃねえけどな」
「あら、否定しないのね」
「否定できなくなったんだよ、この7年間で」
「ふふ、そうね」
そう、本当に、7年間で色々変わった。変わってしまった。高校の頃はあれだけリア充に怨嗟を込めていた俺も、大学に入って友人も少し出来たし、女子からアプローチを受けることも増えた。
でも。
肝心なところが変わっていない自分に、少し嫌気が差した。身についた逃げ癖が変わらないままの自分が。
今年のクリスマスも逃げていたけれど、偶然雪ノ下と会えたんだから、今夜、決着を付けたい。
そう思って、俺は口を開く。
「…………なあ」
「何?」
「……なんでもない」
変なの、と雪ノ下が呟く。ですよねー。
いや、いざ口を開いたら何を言えばいいのか分からなくなったのだ。目標は、雪ノ下への感情を精算することとして、何をすればいい?告白?そりゃ俺は、万が一に付き合えるか、もしくはフラれるだけだろうしいいかもしれないけれど、雪ノ下に気まずさと恐怖を与えるだけになりそうなので、却下。あまりに自己中心的に過ぎる。目標がもともと利己的であるけれども。
結局何を言えばいいかが全く思いつかない。タバコでも吸うか……。
「……ベランダ借りるわ」
「タバコ?私も行くわ」
ええ……。いやまあ、嬉しいからいいんだけどさ。
外はやっぱり寒くて、思わず寒いな、と口に出す。それを聞いて、雪ノ下が言った。
「今日はなんで薄着なの?」
「ミスったんだよ、色々」
「……こうすれば、暖かいわよ」
そう言って、俺の腕にしがみついてくる雪ノ下。いつもより過剰なボディタッチに、心臓の奥が強めに痛む。
「……勘違いするからやめろよ」
「ふふ、女性慣れしても、こういうところは相変わらずね、あなた」
「……」
相変わらずと言われ、少し時が止まる。
そのまま深呼吸して、雪ノ下の目を見つめる。それを怪訝に思ったのか、雪ノ下が微笑んだ。
「本当にどうしたのよ、比企谷君」
「……なあ」
「何?」
また沈黙が生まれた。
何か、何か言わなければ。でもその何かが口から出てこない。
すると、
「愛の告白でもするつもり?」
と、いたずらそうに雪ノ下が笑う。出会ってから今までの全てを見透かされているようで、息が詰まる。冷たい風が頬を刺す。
「それだったら、高級店でお願いしたいわ」
からかってくる声色には、微塵の警戒も感じられない。俺も雪ノ下も、寒い外で、ぬるま湯につかったような笑顔をしていた。
「……高級店ならいいのか」
「……え?」
冗談よね、と言いかける雪ノ下。冗談じゃねえんだよ、残念ながら。
「雪ノ下」
「は、はい……」
……つい気分が乗って肩とか掴んじゃったけど、大丈夫かこれ。雪ノ下の目、少し潤んでるし、頬も赤いし。
まあでも、これくらいは許してくれ。いざとなったらこの家も出ていくから。
これで、最後にするから。
「……あー、その、だな」
「……はい」
「……3日、空いてるか」
「……はい」
「……どこで食べたい」
「……イタリアン、かしら」
「分かった」
……言えた……。安堵で、少し体の力が抜けた。
まだ何も解決なんてしてないし、ただの問題の引き延ばしではある。
それでも、問題を腐らせる選択を、今自分の手で断ち切れたことに、少し満足していた。まあ問題の引き延ばしは俺の十八番だしな。
3日、結果がどうあれ、多分俺は、ようやく前を向ける気がする。
そんなことを考えていると、横で、あの、その、とまごまごする声が聞こえた。
「……高級店じゃなくて、全然構わない、から」
「サイゼリヤになるけどいいのか」
こくり、と首を傾ける雪ノ下。それを見て、むしろ俺が動揺してしまった。
「……いや、さすがにちゃんとやるわ。お前の誕生日なんだし」
「……告、……してくれるなら、どこだって……」
「……え、なに」
「……」
なんか喋ってくれよ……。もしかして、さっき俺が黙っていたとき、雪ノ下も同じ事を思っていたのかもしれない。
首を横に振り、雪ノ下が空を見上げる。その表情はどこか晴れやかで、まるで俺の胸中を表しているかのようだ。
吸い終わったタバコを灰皿に入れ、雪ノ下の手を取る。
「……じゃあ、戻るか」
「ご飯にする?お風呂にする?それとも-」
「え、なんで今それを言う……」
そんなことを言いながら、俺達はパーティーの続きを始めた。目先の目標は、とりあえず机の上の食べ物を全て平らげること、かな。
今更虫のいい話だけど、それでも願わずにはいられない。
俺がデートを断った彼女も、雪ノ下に断られたあのイケメンも、これから幸せに暮らせていけますように。
俺の膝の上で寝息を立てる彼女の姿を見て、そんなことを願った。
Merry Christmas.
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