ホグワーツ創設物語 (奈篠 千花)
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■序章 ホグワーツの夜明け■

 

ユリウス歴982年、スコットランド。

山と森に囲まれた国土にある、とある城で今日は盛大に魔法使いたちの宴が催されていた。

このレイブンクロー城の主は、ロウェナという魔女で、今日は彼女に娘が生まれて跡継ぎを得られたため、それをこの島国全域に知らしめるために、 多くの魔法使いを招いたのだった。

ただ、主役は娘、ヘレナ・レイブンクローだとはいっても、生まれてまだ1ヶ月、首も据わらない幼子なので、ロウェナは会場に一旦は連れてきたものの、娘を奥の部屋で休ませ、寝かせるために、挨拶もそこそこに一度席を外した。

娘のお守りをあれこれハウスエルフに頼んで、会場に戻ると、思わぬ騒ぎが起きていた。

 

「はっ!

お前が床に頭擦り付けて謝ったら許してやらないこともないぜ!」

相手を挑発するように、嘲笑いながら剣を振り下ろして斬りかかるのは、赤毛の頑健な男で、その男にロウェナは見覚えがあった。

グリフィンドールのゴドリック、赤毛翠眼の粗野な男は、剣を携えて一見騎士に見えるがその実凄腕の魔法使いだ。

のちに湖水地方と呼ばれることになるイングランドの西の方の生まれで、血の気が多く、喧嘩っ早いことで知られていた。

もっともこの当時、魔法族、マグルを問わず売られた喧嘩を買わないような人間は侮られて当然、という風潮だったので、ゴドリックが特別ということではないのだが、やはり突出してそういう話が多いことは確かだろう。

 

「ばかばかしい!

貴殿などに許していただかなくて結構、むしろ、貴殿こそ地に頭を打ち付けて平身低頭するべきだな。」

そう言って、売られた喧嘩を買ったのは、灰色の髪の見知らぬ青年で、こちらはロウェナに覚えがない。

訛りからすると、よほど東の生まれかもしれない。

この直感は、後で騒ぎが収まってから聞いた時、青年が、名はサラザール・スリザリン、生まれは東の湿原、かつてのイーストアングリアと呼ばれた地域の出身だと答えたことで正解と知れた。

ともかく青年も、背が高く肩幅は広いが、痩せてひょろりとした外見の割には売られた喧嘩は買う方らしい。

 

この時点でロウェナは青年の名を知らなかったが、今後はサラザールと表記することにする。

サラザールは、やや短めの、何かの骨で作ったと思われる素材の杖で、自分の前にくるりと円を描いた。ゴドリックが振り下ろした剣はそれに刃先を巻き込まれ、サラザールはそのまま刃ごとゴドリックを床にたたきつけようとしたが、ゴドリックが力任せに剣を引き抜いたので、成功はしなかった。

「見かけより骨があるようだな!

だが、二撃目はどうかな!」

ゴドリックは再び勢いをつけて斬りかかる。それはマグル相手であれば十分致命的な重さの乗った一撃だったが、サラザールはひょいと杖を一振りすると、軽く頭の上よりさらに少し上、剣を振り回してもぎりぎり届かない位置までふわりと浮いて攻撃をかわした。

 

「馬鹿の一つ覚えに当たってやる義理はないな。

魔法というものを教えてやろうじゃないか?」

サラザールは前方足元、つまりゴドリックの方へ向けて杖を軽く振った。

すると、不思議なことに、彼が杖を振った跡と覚しき部分から無数の白い針が飛び出して、雨霰とゴドリックに降り注いだのだが、ゴドリックはそれらの針を火を纏わせた自分の剣で薙いだ。

薙がれた針は火に当たったものは燃え尽きたが、燃えなかったものも床に落ちる前には消えた。

 

「何だお前、少しはやるな?

だが、まだまだだ!」

針の攻撃を薙ぎ払って、ゴドリックは妙に楽しそうに笑って、剣を構え直した。

そこからは魔法の応酬戦になった。

悲鳴も上がるが、周囲の客は逃げ惑うよりも壁際に避難して見物に回っている。

魔法使いはなんだかんだで血の気が多い者ばかりで他人ごとと思えばいい見世物になっているのだった。

ロウェナだってこれが自分の城で起きた出来事でなければ笑って、指をさして煽りに回っていただろう。

ゴドリックが振り回した剣が近くのテーブルの上を薙いで、食器類と銀製の燭台が落ちる。

燭台に立ててあった蝋燭の炎は、注意深く状況を見ていたサラザールが喚んだ水流で消えたが、水流はもののついでにゴドリックを水浸しにして行った。

 

被害がこれ以上広がる前に、いい加減止めるべきだと感じて、ロウェナは声を張り上げようとしたが、そのとき、肩をポンとたたかれた。

振り向くと、赤毛碧眼のふくよかなご婦人がにこやかな笑みを湛えて、手にポットを携えて立っていた。

「ロウェナ姫、殿方はいつでも羽目を外し過ぎるもの。

ひとつ、ここは私に任してくださるかしら?」

強いウェールズ訛りで、先ほど言葉を交わしたばかりでまだ名前は記憶のうちにある、確かウェールズの魔女でヘルガ・ハッフルパフといい、それに、どうしても単調になりがちな宴会料理について、こっそりと助言をもらったと、厨房担当のハウスエルフが跳ねていたのが印象的だった。

「お客人の手を煩わせるのも気が引けるのだけれど。

正直、見た限りあの二人の振る舞いはともかく魔力が強いことに間違いはないわ。

何かいい手があるのかしら?」

ヘルガはいよいよ笑顔で、手に持ったポットをかざし、緩く振った。

「もちろんよ、貴方。

多少笑い話になる解決法かもしれないけど、血みどろよりは、その方がいいのじゃないかしらと思って。」

もちろん、多少の騒ぎなら笑い話ですむが、ヘレナの祝いの席で人死にが出るのは好ましくない。

ロウェナはできるだけやわらかく鷹揚に頷いた。

「ではお願いするわ、 ヘルガ。」

ヘレナは、名を覚えていてもらえているとは思わなかったのか、ちょっとだけびっくりしたように目を丸くして、それから茶目っ気たっぷりに笑った。

「任せておいて?

ハッーフルーパフ(軽く吹き飛ばしてあげる)は伊達じゃないわ。

血を流させるようなことはしない。

あなたに恥をかかせるような真似はしないわ。」

おそらく、このとき、ロウェナとヘルガの裏切らぬ友情は成立した。

 

「おゆき!

ホッピング・ポット!

聞き分けの悪いやんちゃ坊主にお仕置きよ!」

ヘルガが、ポンとポットを放ると、にゅっと足が生えて危なげなく、なんとゴドリック・グリフィンドールの頭上に着地した。

「うわっ、何だこれ!?

うわあ、何しやがる!」

それから起きたことは喜劇だった、少なくとも見ている者にとっては。

足の生えたポットはゴドリックの頭の上で容赦なく飛び跳ね彼の頭を踏みつけたのだ。

stump

stump- stump-stump

ぼさぼさの赤毛をポットが跳ねて踏み荒らす。

まさか自分の頭を剣で斬り飛ばすわけにもいかないゴドリックは、頭の上で腕をめちゃくちゃに振り回したが、目があるわけでもないポットが、器用にゴドリックの腕を避けて、ポンと肩によけ、そしてまた跳ねて頭に戻る。

こうなると、もう当然喧嘩どころではない。

喧嘩相手のサラザールさえ、目を見張って、浮いていた中空から、ふわり、すとんと降りてきた。

「くっそ、お前、蛇の!

この忌々しいポットを何とかするのを手伝えや!」

ある意味図々しく、たった今まで喧嘩して相手に言い放つゴドリックの神経の太さはさすがだが、言われたサラザールがはいそうですかとそれを聞き入れるわけもなかった。

「何を言う、赤髭の?

たった今攻撃の魔法を打ち合っていた相手に助太刀するほど、私は寛容ではないのだが?」

この言葉には、最初から見物していたらしい人々が何やら頷いていたから、サラザールが喧嘩を買ったのだとしても、最初に仕掛けたのは間違いなくゴドリックなのだろう。

魔法のポットは、不思議なことにサラザールには見向きもせず、ゴドリック目掛けて向かって行き、捕まえようとするゴドリックの腕を器用にすり抜けて、彼の頭の上を跳ねたり踏み荒らしたり、散々な有り様だった。

 

「どうやらここまでだな。

館のご主人もさぞかしご立腹だろう。

暴れたければ開けた場所で相手をしてやるから、とりあえず大人しくするんだな、赤髭の。」

周囲も笑ってはいるが、収束を察してか、人も気ままに散り始めた。

サラザールは、骨の杖を一振りすると、それまでに彼らが散らかした、ーー大半ゴドリックが散らかした食器や家具を元通りに修復し、優雅にロウェナとヘルガへ向き直って一礼した。

「レイブンクローの姫におかれては、見苦しい騒ぎをお見せしたこと、大変申し訳なく思っています。

私は、東の湿原から来た、スリザリンのサラザール。

お世継ぎの姫の祝いの席を汚すつもりはなかったが、そこの赤髭に喧嘩を売られたのでな、おめおめと引き下がるわけにはいかなかった。

騒ぎにしてしまい、申し訳ない。」

思いのほか、礼儀正しい挨拶がきて、ロウェナは衣服の裾を捌き、軽く礼を返した。

「あなたが謝罪するには及ばないわ、サラザール。

私がこの城の主のロウェナよ。

どうやら先に手を出したのがゴドリックなのは見ていたわ。

あなたがなるべくこの城のものを壊さないようにしているのもね。

気にしないで、宴を楽しんで。

どうせ、後、一週間は続くのだから。」

ロウェナがサラザールと穏やかに言葉を交わしている傍で、それとは対照的に、ゴドリックがヘルガに気付いて喚き散らしていた。

「げっ、ヘルガ!

分かったぞ、この仕様もないポットはあんたの魔法だな、さっさと解けよババア!」

確かにさして若くはないがババア呼ばわりされて、ヘルガの口元がひくりと引き攣った。

「よくぞそんなことをお言いだね、生憎だけど、アンタが態度を改めないと、ポットは離れないよ。

さっさと剣を収めて、一言ちゃんと謝るんだね。

だいたいこれは一体なにが原因の喧嘩なんだい?」

呆れたようなため息をついて、ヘルガがゴドリックに尋ねると、ゴドリックは息巻いて

「そんなのは決まってる!

原因はーー、原因はーー。」

言い掛けて、妙に威勢が削がれて行く。

 

「原因はーーー、なんだっけ?」

元々赤毛で顎髭まで生やしていなければ色白の、恐らくは一見の印象よりは若い顔からすっと赤みが引いた。

しかも、ゴドリックが問い掛けた相手は、なんと自分が喧嘩を仕掛けた相手ーー、当のサラザールだった。

「は?

まさか、もう忘れたのか?

私が取った料理が気に食わないと言ってケチをつけてきたのはそちらだろう?」

サラザールさえ信じられないと言った風情で唖然としているが、ゴドリックは、ああ、と悪びれずにひとつ頷くと、何事もなかったように剣を鞘に納めた。

「そういえばそうだった、こいつが目の前でサラダなんか摘まみやがるからよ。

男なら、肉だろ、肉!

だいたい、地から生えたもんなんざ、下(げ)に近いってのは常識だろうが?

根性叩き直して、教えてやろうと思ってな?」

そこまで言ったところで、頭の上で一応大人しくなっていた足生えポットが、ポーンと真上に高く跳んで、まっすぐ同じところに、ドンッと着地した。

 

「ぐえっ!」

蛙の潰れたような声で、ゴドリックが呻く。

「ゴドリック、貴方、ちっとも進歩がないのねえ。

ここで暴れられたら困るから、ちょっと別の部屋でお話しましょうか?

ロウェナ、申し訳ないけど、どこかお借りできる?」

やんちゃな息子を窘めるようにゴドリックをあしらって、ヘルガがロウェナに聞いた。

なお、他の客は終了した魔法合戦からは早々に興味が離れ、思い思いに飲んだり食べたり、魔法談義に花を咲かせたりしている。

よくも悪くも、すべての魔法族は、大変マイペースなのである。

「部屋なら余っているわ、案内するわね。」

ロウェナが先に立つと、サラザールも名乗りを挙げた。

「乗りかかった船だ。

私も行こう。

この男、腕だけは立つようだからな。

また万が一頭に血が上ったりすれば、人出がいるだろう。」

 

ゴドリックだけはどこ吹く風で、呑気に

「おっ、お前も来んの。

へー、良かった、お前、腕は立つもんな。

さっきは見直したぜ。」

などと言っている。

喧嘩とお説教から始まる、これが後世に名を残すホグワーツ創設者四名の出逢いだったとはーー、現代には伝わっていない。

 

 

 

全くタイプの違う四人だったからか、きっかけはともかく、その後も定期的に交流は続いた。

まだ、煙突飛行も箒で飛ぶことも確立されていない時代だが、力のある魔法使いなら、転移に近いことも、飛べる魔法生物を飼い慣らして騎乗に使うこともできる。

なお、郵便局もまだなかったが、フクロウに手紙を持たせることは普通に行われており、この四人ほどの魔法使いになると、だいたいは個人で数羽は飼っていた。

女の友情は難しいとよく言われるが、ロウェナとヘルガは既にどちらにも配偶者がいたのが良かったのか、それとも全くタイプが違ったのが良かったのか、彼女らは意気投合し、既に何人もの子どもがいて一番上の子が成人しようとしているヘルガにロウェナがよく、育児の相談を持ち掛けるようになった。

話は赤ちゃんが夜中に起きて泣くのだが大丈夫であろうかなどというところから始まり、段々と熱を帯びて、我が子に最高の教育を受けさせてやりたいという風に変わっていく。

「でも、子どもにそれぞれ必要なことを教えるのは大変なのよね。」

「本当にね!

ヘルガは大変じゃなかった?

だってうちは一人だけだけど、あなたのところは何人もいるじゃない?」

「大変だったわよ!

専門的なことは誰か詳しい人に教えてもらおうと思っても、なかなかウェールズまで家庭教師に来てくれる人もいないしねえ!」

 

盛り上がっているところに、食卓のこちらでご相伴に預かっていたサラザールが口を挟む。

「学校があるといいんだがな。」

なぜ、ここにサラザールがいるのかというと、なぜか初対面の喧嘩以来、「お前意外と強いじゃねえか!見直したぜ!」脳筋思考でぐいぐい距離を詰めて来るゴドリックを、動機が好意だと案外人がいいサラザールが邪険にし切れず、ずるずると友人関係になだれ込み、思いつきで行動するゴドリックに常識人のサラザールが巻き込まれると言った関係性が構築されたからだ。

つまり、思いつきで

「ヘルガの料理食いに行こうぜ!」

というゴドリックがサラザールを巻き込み、ヘルガのウェールズの屋敷に突撃訪問をかましたものの、当のヘルガは、こちらは普通にロウェナのところに遊びにきていたので、

「なんだよ、あっちにいるのかよ!」

と、ゴドリック含め、四人がロウェナの城に集まるという結果になっている。

本来、相当な距離があるものを、短絡な移動手段があるのも考えものである。

「学校ね・・・、大陸にはそういうのもあるらしいわね・・・?」

ヘルガの呟きにサラザールが頷いた。

「まあ、マグルのものだがな。

ラテン語を教えたり、算術を教えたり、家庭では教えきれない知識を教えるんだ。」

学校にあたるようなものはブリトンではないのだが、あっても、教会がわずかにキリスト教に都合のいい思考や知識を教えるだけで、そもそもマグルの考え出した神を信じていない魔法族にはほとんど参考にならなかった。

 

「算術とかじゃなくて、魔法ならどうだ?」

ヘルガの料理に舌鼓を打って話を聞いていないとばかり思ったゴドリックがぼそりと口を挟む。

「魔法?

魔法学校か?

確かに世界に例がないわけじゃないが、誰が教えるんだ?」

サラザールが戸惑ったように、聞き返すと、意外にもロウェナが食い付いた。

「学校というのはいいかもしれないわね!

ここに当代一の魔法使いが四人も揃ってるんだもの。

入れ物を建てて、国中の魔法使いに声を掛ければ、子どもにきちんと最高の魔法の教育を受けさせたいと思っている親はいるはずだわ。」

ゴドリックは自分が言い出したくせに、「んあ?!」と目を剥いた。

「俺が教えるのか?

本気で?」

 

「入れ物と簡単に言うが、魔法使いの学校となるとかなりの広さがいるだろう。

マグルにも見られない方がいいだろらうし、場所のあてはあるのか?」

サラザールの現実的な疑問に、ロウェナが、笑みを浮かべた。

「場所なら、うちの領から適当に見繕えばいいわ。

私、この間、イボ(Warty)イノシシ(Hog)に湖の近くの崖まで案内される夢を見たのよね?

何の予兆かと思ったんだけど、この城から山二つくらい行ったところに、そっくりな場所があるわ。

そこに城を建てましょう。

設計は考えてみるわ。

何年か掛かるとは思うけど、うちの子どもがもう少し大きくなって、学校通えるくらいになったら、出来上がってると良いわよね。」

ロウェナに続いてヘルガが、

「子どもに系統だった魔法教育を受けさせたい親は必ずいるでしょう、私は小さい子どもがいる家に話を持ちかけてみるわ。南はだいたい分かるから。」

そう言う。

考えてみて、できる可能性が大きい思ったのか、サラザールが薄い酒でのどを湿しながらゆっくりと続けた。

「大きな話になりそうだから、国中の魔法族に協力を求めないといけないな。

東は私が話を通そう。

評議会の爺婆にも言っておかないと、おそらく後で揉める。

だが、あの当人たちも学校は欲しいと思っているはずだ。

各家の固有の能力や魔法さえ尊重する姿勢を見せれば、多分、大丈夫だろう。」

 

骨付き肉を骨ごとかじり、ゴドリックが面倒だという表情を隠さない。

「評議会の耄碌爺いどもか!

面倒くさいな、決闘で話が付けられたら簡単なんだが、そうもいかんからなあ。

ま、とりあえず、西は俺が声掛けて回ろう。

賛成しない奴は説得すりゃいいんだもんな?」

「ゴドリック、説得と決闘は違うからな?」

間髪入れず、サラザールの突っ込みが入る辺り、だいたい性格を理解してきたようだ。

 

「決まりね。

北は私の所管だわ。

そうと決まれば、学校の場所の下見に行きましょ。

この間、12人乗りの魔法の絨毯買ったから、乗ってみたかったのよね。

学校の名前は、イボイノシシから、『ホグワーツ』でいいかしら?

人に説明するにも、名前がないとやりにくいですものね!」

意気揚々とロウェナが出してきた魔法の絨毯はかなり広くて四人だと余裕があり、快適だった。

なお、この時代はまだ魔法の絨毯は禁止されていないが、絨毯自体がまだ貴重で珍しい。

 

それから開校までの日々は、本当に忙しく目まぐるしい日々だった。

湖が近いその崖の上は、城を建てるにはふさわしい立地だった。

学校を建てるにはどうかと現代人なら言うだろうが、そこがあいにく皆彼らは中世の人間だったので、戦争がない世界や子供が優先に守られる世界など夢想したこともなかったために、彼らはそこを最終的には何年も立て籠もれる要塞として設計した。

レイブンクローは、ホグワーツ城のありとあらゆる設計を考え、仕掛けを思いつき、計画は壮大なものになった。

彼らはそれぞれ、地元の魔法族に声を掛け、例えばサラザールは、現在のロンドン、ローマ人の作った街ロンディニウム(ちなみにこの言葉は沼地の砦、つまり湿原の要塞という意味を持つ)に住み着いていた、大陸から移住してきた黒の一族と呼ばれ、のちのそのままブラックという姓を名乗ることになる一族や、レストレンジー「奇妙な」とマグルから呼ばれそれがそのままのちに姓になった魔力の強い一族に声を掛けたし、ヘルガはマグルのウェールズのデハイバースの領主から息子がどうも魔法使いとして生まれて来たのではないかと相談を受けて、今学校を建設する計画があるが子供を預ける気はあるかと確認していた。

ゴドリックは西の荒野にある現代ではゴドリック・ホロウと呼ばれる生まれ故郷とその近辺でいくつかの魔法族の家族に声を掛け、ロウェナ声を掛けるだけでなく、魔法族の中でも富裕な家族には支援を依頼し、ハウスエルフの派遣を要請した。

この時代にはまだ、魔法省そのものがなかったので、ハウスエルフの契約は個人個人の家が個別に結んでいたのだ。

 

実に大きな事業で、有能かつ意欲的な四人の魔法使いと協力者、派遣された多くのハウスエルフの力を持ってしても、建物がなんとか形になるまで993年まで掛かった。

毎回、ロウェナの城から絨毯で飛ぶのも手間なので、最初に仮に建てた屋敷で寝起きして、皆でああでもないこうでもないと話し合って、わいわいやっていて、一番わくわくした時代だったかもしれない。

「おい、サラザール、そんなに細かくやっていたら日が暮れるぞ!」

「君の仕事は雑すぎるんだよ、力押しもほどほどにしたまえ。」

「まあ仲がいいわねえ。」

「口を出すだけ無駄ね?あれ。」

そんな風な四人の会話を聞いて、周囲がゴドリックとサラザールを親友だと評したのは間違ってはいない。

確かにこの時代、間違いなく彼らは親友だった。

 

そんな経緯を経て、ホグワーツ魔法学校が開校するのはユリウス暦で、993年夏の終わりのころのことになる。

 



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■第1章 魔法学校の創設 前編■

物慣れず早速やらかしてしまいました…。
序章を入れずに一章投稿してた…。
前話を序章にしたはずですがうまくいったろうか。
もし読んでくださった方がおられたらすみません。


ユリウス暦993年9月1日、後にイギリスとアイルランドに住まう魔法族の師弟のほとんどが通うことになるホグワーツ魔法学校は、スコットランドのある隠された地方で、どこまでも青空が続く珍しい晴天の中で開校式を行った。

西暦1990年代には千人規模の学制であったホグワーツであるが、初年度には、十代前半ではあるが年齢も出身地も魔法の習熟程度もばらばらなたった8人の生徒しかいなかった。

まずは一年生しかいない!

何年で卒業にするのかも決まっていなかったが、成人を目安に卒業試験をすればいいのではないかと、漠然と話し合っていた。

8人だと必然的に教師一人に生徒二人で、この時点では、とりあえず一人に二人ずつ振り分けただけです、クラス分けも寮分けもなかった。

 

生徒については人数が少ないので、担当と名前を挙げておく。

ゴドリックが受け持った生徒。

12歳のイグネイシャス・ウィーズルエンドと、13歳のフロドリー・ペベレル。

この二人は、共にゴドリックが声を掛けた西の荒野から来た。

ロウェナが、受け持ったのは14歳のイドワル・デハイバースと11歳のヘレナ・レイブンクロー 。初年度、ロウェナは娘のヘレナしか予定していなかったので、バランスを保つために、ウェールズのイドワルを引き受けたのだ。

ヘルガは、12歳のメドレイア・ペベレル、11歳のオッファン・スティンチクーム。これは、ゴドリックが、ペベレルの兄妹を見て、「女なんざ俺が教えるのか?」的な反応を見せたために、ヘルガがゴドリックの頭にホッピング・ポットを放って妹のメドレイアは私が引き受けると言ったために分かれた。

サラザールは、12歳のアルタイル・ブラックと11歳のロドリウス・レストレンジ。ブラック家には他にも弟妹がいたが、まずは長男の教育を頼むと言われてアルタイルを引き受けた。レストレンジも、家族ぐるみで付き合いがあって、子供を預けてくれたのだ。自分が面倒を見ないという選択肢はどこにもなかった。

教師4名に、生徒8名、そしてハウスエルフ、たったそれだけの出発で、まだロウェナの仕掛けた絡繰は全部が完成しておらず、肖像画の仕掛けどころか個人の肖像画を残す習慣すらなかった。

ゴーストもまだ新品の建物にいるわけもなく、混沌(カオス)の体現者ピーブスが実体化できる力場は形成されていなかった。

建物はぎりぎり外枠は完成していたが、後世残る温室や森番小屋、近隣の町ホグズミード、そういったもの全てが未来にある。

 

初年度、ホグワーツはとにかくそうして始まった。

だが、その始まりだとて、後年、アメリカで、イルヴァモーニーの初年度、二人の教師が二人の孤児をあばら家で教えていたのよりはマシだったろう。

 

「本日、ホグワーツ魔法学校は開校します。

安心して?

うちの子もいるのだもの、大陸のどこの学校にも負けない世界一の魔法学校にして、最高の魔法使いにしてあなた方の元へ返すわ。」

ロウェナが校長として、初日、様子を見に来ていた生徒の保護者へと笑いかける。

過保護と言うなかれ。

この島国では初めての試みなのだ。

参加しているのは、魔法族の中でもある程度出資や寄付ができる富裕な家族がほとんどで、そんな彼らがこの試みに預ける子どものことを心配しないわけがない。

アルタイル・ブラックの父のカノープス・ブラックなどはそわそわして、不備を見つけたら、息子を連れて帰らんばかりの勢いだ。

 

初日は結局、授業どころではなく真っ昼間から宴会になった。

保護者は、予想以上に立派な城造りに度肝を抜かれた者もいれば、逆に余りの田舎ぶりに驚く者もいた。

現黒の一族、ブラック家のカノープスは、先ほどまで息子のアルタイルにくどいほど注意を重ねていたが、杯を持ったまま、サラザールのそばへ移動してきた。

黒髪の、非常に顔立ちの整った男だが、整いすぎて冷たく見えるのが難点だなと、サラザールは自分のことを棚に上げて思った。

ゴドリックはペベレルの父親のハウウェルと盛り上がっているので、サラザールはそちらとはそれとなく距離を取っている。

あまり近くにいると、まず間違いなく酔っ払ったゴドリックに絡まれるのだ。

ゴドリックは酒が大好きな割にすぐ赤くなって強くはない。

 

カノープスは、その秀麗な面に酒気による赤味を仄かに差して、これもまた酔いのためにわずかに眉根を寄せて、サラザールに話し掛けてきた。

「サラザール。

うちの息子をよろしく頼む。」

本来なら、ブラック家は自分のところだけで家庭教師も手配できるし、教育できるのだが、元々、イングランド東部でサラザールと知己があったカノープスは、学校の計画と理念を聞いて、自分の子供たちを預けることに同意してくれたのだ。

ホグワーツはその立地上、通学が難しいため、生徒は必然的に寄宿舎生活になる。

料理や清掃、その他の雑事はハウスエルフの仕事に振り分けることができるが、それでも小さな子供は少なくとも両手の指を数えるまでは親の元から離すべきではないというヘルガの主張により、少なくとも入学は11歳から、と取り決めた。

「カノープス。

ああ、大丈夫だ、君の息子ーー、アルタイルは真面目で利発ないい子だ。

私も出来る限りのことは伝えさせてもらう。

学校に通ったことを誇れるように努力するよ。

何年か後にはうちの娘もここに通わせるつもりなのだから、疎かなことはしない。」

サラザールが真面目に答えたことで、カノープスはほっと頬を緩めた。

若い女性が顔を赤らめそうなその微笑みの威力も、さして顔面偏差値が変わらないサラザールにはほとんど意味はなかったのだが。

そして、ここ何年か、学校設立のために東部の自分の家とホグワーツを行き来していたサラザールだったが、その間に長女が生まれていた。

不在がちな自分の代わりに、妻と娘を気にかけてくれる東部で家の近いカノープスとその妻のベガには何かと世話になっていて、逆に家族ぐるみの付き合いなために、アルタイルはサラザールを近所のおじさんほどの距離感で慕っている。

ことさらに公言することでもないが、サラザールの密かなモットーは、「魔法、家族、そして故郷」だった。

 

部屋の向こう側では、ゴドリックがげらげら笑いながら、ウィーズルエンドの父親の背中をバンバン叩いている。

野蛮人が、とでも言いたげな目で、カノープスはそちらを一瞥したが、すぐに視線を戻し、サラザールに違う話題を聞いた。

「そういえばサラザール、この城の場所を決めたのはロウェナ姫だと聞いたが、決定にはやはりあの件が関わっているのか?」

あの件、などと言っているが、場所に関わる話は特に秘密ではない、少なくとも、この宴に参加できる人々の間では。

元々、カノープスには概要を話して協力を頼んですらいた。

サラザールは頷いて、最初の日のことを思い出して、ロウェナが何と言ったか考える。

「あの件というのが、石の件なら、その通りだ。

ロウェナ姫はほとんどなんの迷いもなく、夢で見たからと言ってこの場所を決めていたが、今思えばあれは予言の類いだったんだろうな。

いざ工事を進めてみたら、建物の予定地の中心にあの石が埋もれていてな。

最初は何か気付かなかったのだが、それを見たロウェナがトランス状態になってその石がホグワーツの礎になるだろうと言い始めたんだ。」

サラザールはそこで一度言葉を切って薄いエールで口を湿した。

 

サラザールが言うのは後のペンシーブ(深く思索するもの)、憂いのふるいと呼ばれたもののことで、それはホグワーツの建設予定地から半ば地に埋もれるように出土した石には変形サクソン[[rb:文字 >ルーン]]が刻まれていたのだ。

変形とはいえサクソン[[rb:文字 >ルーン]]であるからには、サクソン人が渡来してきてからのものではあるのだろうが、それでも石はだいぶん古く、文字を読んでみたところ、それが非常に貴重な魔道具だということが分かったのだ。

用途は記憶の記録。

見つけたロウェナがトランス状態から回復してから狂喜乱舞し、しばらくべったりとそれから離れなくなったのはある程度仕方ない。

なにしろ、その系統の魔道具には執着の薄いゴドリックまでが一緒になって術式を解析していたくらいには貴重なものなのだ。

 

「なあに、石の話?」

当のロウェナが、ヘルガと一緒に話し掛けてきた。

当主として会場で来客に挨拶して回っていたところだろうが、さすがにサラザールにはだいぶん気安い。

「そうだ。

ロウェナは挨拶まわりは終わったのかい?」

サラザールも気安く応じると、ロウェナはやや疲れてはいるが笑顔を見せた。

「だいたいね。

それに、子どもたち同士の親睦をどうしようと思ったんだけど、ヘルガが、子供には大人数でできるゲームをさせとけば勝手に仲良くなるわよって言ってくれたから、それが助かったわ。」

確かに見れば会場の隅には8人の子供たちがそのまま座り込んでまだ余裕があるほどの絨毯が敷いてあり、子供たちは手のひらほどのサイズの人形にガラス玉を転がして誰がうまく倒せるかというゲームを、いつのまにか始めていた。

「子供なんて親の思うほど弱いものじゃないよ。

タイミングさえつかめれば、子供同士でうまくやるだろうし、ゲームっていうのはいい機会になるでしょ?」

ヘルガの子供はもうほとんどが成人しているが、それだけに彼女の言葉には重みがあった。

 

「話を戻してすまないが、石のことを聞いていたんだ。

記憶を記録する魔道具だとか。

我々にも協力してもらいたいことがあると聞いた。」

カノープスが尋ねたところに、ペベレルの親と話していたコルバス・レストレンジが

「なんだ?

その話だったらわたしも聞きたい。

評議会も貴重な資料を保存しようという気はあるんだろうが、今ひとつ信頼性に欠けるからな。」

と話に割り入って来た。

どうやら、ペベレルが酔っ払ったゴドリックに絡まれ始めたので、それとなく逃げ出して来たらしい。

ゴドリックは素面では間違いなく有能だし、人付き合いができないタイプどころか、気さくで分け隔てないところが、素朴な人々には非常に受けがよかったが、魔法族は大抵概ね癖がある上、東部の文化人タイプとは合わないことも多かった。

かく言うサラザールも、初対面で喧嘩を買ったら気に入られた経緯が、実は未だにうまく飲み込めないでいる。

 

いい話をしているようでいて、ゴドリックが、特別枠で招かれていたマグルのデハイバースの領主と腕相撲で勝負しようという話になぜかなったようで、魔法抜きだから腕相撲なのかもしれないが、力加減を間違えたのか、盛大に机ごと相手をひっくり返した。

剣を抜くかと思いきや、肩を組んで銅鑼声で一緒に歌い出したあたり、デハイバースの領主はゴドリックと同じ脳筋枠のようだ。

 

「あの男はなんでアレで優秀なんだろうな?」

見ていたコルバスが不思議そうな呟きをこぼすと、カノープスがたしなめた。

「まあそう言うな、決闘では手段を選ばず、全戦全勝らしいぞ。

女にもだいぶ強いらしくて、結婚もせずにあちこちの娘に手を出しまくってるらしいが、無事なところを見ると寝首を掻かれるほど、無能じゃないってことだろう。」

まあ、まったく褒めてはいないが。

「生徒に手は出させませんよ、そんな真似をしたら去勢してやるわ。」

ヘルガも割とひどい。

 

そんな脱線を気にせず、

「興味を持ってもらえて嬉しいわ。

研究を進めているのだけど、記憶をそのまま記録する手法も、サクソン[[rb:文字 >ルーン]]に記されているみたいなの。

有効に活用できるようなら、魔法族がばらばらに研究してきた知識を集約、蓄積することもできるでしょう?」

ロウェナが話すと、サラザールも頷いた。

「ただでさえ、魔法族は数が少ないし、各家で保管するだけだと貴重な資料が保全仕切れないかもしれないしな。

もちろん協力できるものだけでいい。

各家の血統の魔法に関わるものなんかは絶対に出せないだろうし。

並行して、図書館の設立も進めるつもりだ。

これらのことは、必ずやこれからの魔法族の子どもたちのためになるだろう。」

 

そんな風に、ホグワーツの初日は始まった。

 

 

 

始まりはしたが、ホグワーツの設備そのものも全てが完成していたわけではなかった。

ロウェナは、当代一のマグルの建築家を招いて堅牢な城を造り、外観と言う意味ではほぼ完成していたが、千年の後世に残る魔法の仕掛けの大半はロウェナが作ったものだ。

正しく彼女は天才で、後世のホグワーツを見て察せられる通り、案外と外観はステンドグラスなり石積みの装飾なり、後世の補修の手が加えられていても、Pensieveが置いてある部屋への入室権限パスワードの管理などの術式を変更することは誰にもできなかった。

そういえば後世では「校長室」という認識になっていたが、当初そこは貴重なPensieveを設置している部屋という扱いで、入室権限は創設者四人に帰属した。

そもそも創設者の間で誰が校長という取り決めもなかったのだが、彼らの後を継ぐときに、それが校長の立ち位置になり、Pensieveの保管部屋が校長室となったのは当然の成り行きだったろう。

 

まだカリキュラムというものも確立していなかったから、彼らは当時中世の上流階級の生活習慣に従って、午前中を勉強に、そして午後を交友と遊びの時間にあてた。

ただ午後も、田舎過ぎて他の貴族と社交というような土地柄ではなかったから、ヘルガが案内する実地の森の薬草学や、サラザールが教える基本の魔法陣(実践編)やら、ロウェナが階段や窓や扉に掛けていく複雑な呪文を見学したり習ったり手伝ったりして、結局勉強めいた遊びをしていることもよくあった。

ちなみにゴドリックだけは

「んじゃあ、野郎ども、狩に行くぞー!」

と叫んで純粋に午後を遊びに費やしていたが、結局狩った物はハウスエルフが捌いて食卓に載るのだから、実用と言えないこともない。

そしてサラザールの魔法陣はここでも活用されていて、ゴドリックが狩って来た鹿に似た魔法生物(なぜか四本角が生えている)をどさりと魔法陣の上に載せると、一部の部位が毒々しい紫色に染まった。

「ゴドリック…、毒がある種類もあるのだからもう少し慎重に…。」

サラザールの魔法陣は、ヒト族の食用に適さない部分は紫に変色するように魔法が掛けてある。

ゴドリックと一緒に狩りに行っていた赤毛のイグネイシャスは「ほへー」とか言いながら、しげしげと鹿もどきを観察している。

「ああん?まあいいじゃないか。

サラが見分けてくれるんだから安心だよな!」

ゴドリックはこめかみを押さえるサラザールの背中をバンバン叩く。反省はない。

フロドリーは案外と研究者気質なのか、紫色の部位を触って確かめようとしたのでサラザールは制止した。

「フロドリー、触れないように。

多分素手で触ったら爛れる。」

杖を一振りして紫色の部位を消してから、残りは使っていいとハウスエルフに下げ渡す。

 

「先生、あれ見たことのない種類だったけど、サンプルで採っとかなくて良かったんですか?」

アルタイルが早足で追いついて来て尋ねる。

入学前から付き合いがあるアルタイルは「サラおじさん」と呼びそうになっては「先生」と言い換えるのに苦労していたが、やっと最近慣れたようだ。

「ああ、あれは染色してしまったら多分性質が変質してるからな。

有害部位は分かったから、どうせまたゴドリックが獲ってきた時に分けて貰えばいい。」

そういうと納得した。

「でもあれ、便利な魔法ですねー。

どっかで食事出された時に使ったら毒入ってるかすぐ分かるでしょ?」

ロドリウスのセリフは物騒だが、戦乱の気質が残る中世、長男であればそう物騒な思考回路でもない。

 

まだ寮分けもなかったが、概ね生徒たちは仲良くやっていた。

一箇所、ちょっとギクシャクしていたのが、ロウェナが受け持っていたイドワルとヘレナだった。

寮分けがないとは言っても、男子と女子を同じ部屋にするわけにはいかない。

当然女子二人、ヘレナとメドレイアが同じ部屋になる。

逆に、イドワルとオッファンが同じ部屋だったが、オッファンはおっとりしていたのでここは特に問題はなかった。

問題があったのはイドワルとヘレナ、というよりはおそらく多分ロウェナだった。

まず、イドワルとヘレナは性別が違った。

そして年齢が違った。

さらに悪いことにイドワルはマグル出だった。

そしてロウェナは先にも述べたがまごうことなき天才だった。

皮肉なことにロウェナが、彼女の娘のために最高の教育を与えてやりたいと動き回っていたこの数年間こそが、ヘレナが最も肉親にそばにいてほしい幼少期で、その時代はすでに終わりつつあった。

 

そして、学校が始まった今、そばにいて欲しかった母親は、偉大で厳しい教師としてヘレナの前に姿を現した。

断っておくとヘレナが能力が低かったわけではない。

むしろ魔法族の平均的な子供からすればかなり賢く魔力も強かったろう。

だが、性別の違いで、単純な力はイドワルが強かったし、性別と年齢が違うために、体格だってかなり違った。

魔法の知識については当然ヘレナの方がイドワルより優っていたが、ロウェナの何気ない

「イドワルはマグル出だから仕方ないわね、これから勉強していけばいいわ。」

というフォローは、たまに向けられる

「あれ?ヘレナ、これも知らないの?」

という悪気のないセリフとともに、ヘレナの心を傷つけた。

知らないのはお母様が教えてくれなかったからよと言える性格ならまだ違ったかもしれないが、そういう性格ではなかった上に、ロウェナ自身も自分の親から放任されたが一を聞いて十を知る才気の持ち主だったためにヘレナの気持ちを察することができなかったのだ。

そうして、レイブンクローはのちの火種を芽吹かせた。

 

そのほかの組は今のところ特に問題はないように見えた。

イグナドリアスとフロドリーはちょっとだけ心配されたが、それ以前に教師のゴドリックが破天荒だったし、生真面目なフロドリーが煮詰まる前に、イグナドリアスがガス抜きをさせるような関係性で意外と相性は良かった。

メドレイアとオッファンも勝気なメドレイアがうっかり授業の発言を横取りしたりしても、のんびりとしたオッファンは怒らず感心し、子供慣れしたヘルガがその間にメドレイアを嗜めるので、こちらもうまくいっていた。

アルタイルとロドリウスは元々友達だったので、家にきた時もいろいろ教えてくれるサラおじさんが先生であるのになんの文句もなかったし、8人しかいないので、秋が終わって、一ヶ月年末から年明けまで学校全体で新年休暇を取ると決まった時には、長い名前を略す程度には、具体的にはイグネイシャスが全員に「イグ」と呼ばれるようになる程度には打ち解けていた。

 

新年休暇に帰った彼らは、こと魔法の腕前について目覚ましい成長を見せており、楽しそうな学校生活の話も相まって、未知の「学校」というものに二の足を踏んでいた魔法族の家庭も、それだったらうちの子も来年は入学を考えてみるか、と、考えさせる程度の効果はあった。

何しろ、全国から子弟を集めてまとまった魔法教育を受けさせようなどという試みはこの国では初めてのことであり、とにかく様子を見てから、という人々も少なくなかったのだ。

そういった意味では年末年始は人の行き来も多く、企まずして格好のインフォメーションになったとも言える。

 

新年の休みは、久し振りに東部の自分の家に帰ったサラザールが小さな自分の娘にデレデレになって、遊びに来たブラック家の兄妹達、アルタイル、アルナイル、ペルセフォネにそれを目撃されたこと以外はだいたい好感触で終わった。



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■第1章 魔法学校の創設 後編■

 

 

新年があけて、次の月も近くなろうかというころに、次の学期は始まった。

遅いというなかれ。

後世、ホグワーツ特急ができるまでは、学校にたどり着くまでに最大で三分の一が行方不明になることもあったと語られる、学校に行くだけでそんなに危険な魔法界である。

ましてや、スコットランドからイングランド東部、ウェールズまでは当時命懸けの旅だ。

保護者の庇護があっても1月中にホグワーツに戻ればいいという規定が厳しいものだったとは、当時の世相を鑑みても言えないだろう。

なぜか東より南より、物理的距離は近かったはずの西のペベレルが一番最後に戻って来たところで、後半の学期が開始されることになったのだが、その前に彼らにはやるべきことが発生した。

 

ホグワーツのそばには広大な森があって、後代にはそこは禁じられた森と言われるようになっていたが、今は全く禁じられてはおらず、前期にはゴドリックがしょっちゅう狩りに入っている程度には皆が立ち入っていた。

だが冬の寒い季節に1ヶ月以上城を開けて戻って来たときには異変が起きていた。

城の維持はハウスエルフが行なっていたので問題はなかったのだが、農場や森の辺縁を管理していたエルフから異変の訴えがあったのだ。

「なんだか森の様子が妙なのです。

冬眠しているはずの動物が農場まで降りてきたりして、森の方が落ち着きません。

何かあったのではないでしょうか?」

ホグワーツを建てたとはいえ、元はロウェナの所領である。

何か危険生物でも発生していてはことだと、子供たちには森の立ち入りを控えるように言った。

 

授業は前期通り午前中、午後は森が立ち入り禁止なのと、単純に寒いのもあって皆、大広間に集まって城の改造計画を建てるのに夢中になった。

動く階段や、手順を踏まずに開けようとすると叫び出す扉、後に肖像画に役目がとって替わられたが、最初女子寮の入口に置いてあったのは大理石の彫像だった。ちなみに男子寮にはそもそもまだ鍵がなかった。

後世では、創設者が男子より女子の方が信用できるから男子は女子寮に入れないなどと言う人々もいたようだが、それは全くの誤謬である。

思春期の男女を集めたら、女子寮の方の防備を固めるのは当然の成り行きだ。

ともかく、子供が思いつくアイディアは奇想天外なものも多かったが、ロウェナは研究者気質で、面白そうとちょっとでも思うと、籠もりだして研究して実現させるので、ある意味一番油断がならなかった。

「ロウェナ?あまりやり過ぎると、我々自身の通行に影響が・・・。」

サラが、ロウェナのやり過ぎにこめかみを押さえていると

「まあいいじゃねえか、これはかなり面白いぜ!」

と笑って肩を叩くゴドリックがいるので、なかなかストッパーがいない。

 

「ロウェナ、ちょっと厨房の使い勝手が悪いんだけど、変えてもらいたいところがあるのよ。」

ヘルガは常識的かと思いきや、興味のあること以外には意外と無頓着なので、止めてくれはしないのだ。

「ヘルガ、そういえば提案なんだが。

だいたい大鍋で煮る料理と焼く料理が多いだろう?

うちに大陸料理のレシピが残っていたから、写させたんで活用してもらえればと思うのだが。」

サラザールの提案に、ヘルガはやや気を悪くしたように見えた。

何人もの子供を育て上げた主婦として、家政に口を出されるのは気に障るのだろう。

「なんだい、それ?

私が出させてる料理に不満があるっていうこと?」

不満ならある、目一杯ある。

まずいという訳ではないのだが、ヘルガの料理の基本は中世ウェールズの料理であり、肉は焼く、野菜は煮る、の一点張りである。

現在普及している南米産の野菜(代表はトマト)はひとつもないし、スパイスの大々的な普及もノルマン人が来てからなのでまだない。

おまけにサクソン人が肉を食べるのが良い!的思考を広めたため、上流階級ほど野菜が不足しがちなのである。

美食ローマにルーツを持ち、マグル界とは別に美味しいものを食べて育ってきたサラザールとしては、蒸し料理ひとつない塩味一辺倒かつ、甘味はフルーツに頼る食生活はそろそろ飽きた。

ちなみにこの辺やっぱり大陸にルーツを持つブラックとレストレンジも全く同意見である。

 

「いやいや不満があるわけじゃないんだ。

ただ子供たちがな。

家に帰ったとき、家のご飯を懐かしがっててね。

なにしろ実家が遠いじゃないか?

郷土料理を出してあげられたら喜ぶかと思ってね。」

サラザール、子供を出汁にした。

自分の味覚のためなのに、目的のためなら手段を選ばない狡猾なスリザリンである。

「なるほど、そうね。

考えてみるわね。」

子供のことを言われてヘルガも納得してレシピを受け取った。

ヘルガが立ち去った後、やり切ったという顔をしたサラザールの脇には、アルタイル・ブラックとロドリウス・レストレンジがしたり顔で寄っていっていた。

 

 

 

森の話は、どうやら奥の方に大型の危険な種が入り込んでいるらしいというのが、奥地にいるヒグマまでが浅いところに出てきたことで推測された。

ただでさえ、マグルの乱獲で数を減らしているのに、冬眠を邪魔されて気の毒なことである。

ヒグマは、ゴドリックが喜んで狩るかと思ったら不機嫌に逃がしていた。

サラザールが理由を聞いたら

「負けて逃げてきたような奴を狩っても名誉にはならん。」

だそうで、今ひとつ理解できなかった。

 

ともかく、森の方は雪が溶けて足場が確保できるようになったら対処しようという話になって、とりあえず、午後の整備事業は図書館の開設に取り掛かることになった。

図書館については、部屋は用意してあった。

問題は中に所蔵する本だ。

この当時、活版印刷などはない。

羊皮紙に全部手書きである。

マグルの間では王侯貴族しか流通するものではなかったが、魔法族はそういうわけにはいかない。

なにしろ、魔法を効率的に運用するには呪文という言語によって事象を規定するのが一番なのだ。

杖も補助としては有効だが、呪文には勝らない。

サラザール自身は杖がなくとも呪文を唱えずとも魔法を使えるが、ひどく疲れる。

魔法族は羊皮紙の製作をハウスエルフに委託することができるが、大量生産は難しい。

また、非常に有能な魔法使い、例えば創設者の四人や第一期生たちの親レベルなら呪文で書写をすることもできるが、一冊を正確に写せる魔法使いが希少な部類に入る。

 

この時代にもロンディニウム(ロンドン)はすでにあって、つまり、ダイアゴン横丁の原型はもう形を為していたので、マグルに気取られないように、目眩ましと[[rb:人>マグル]]払いの呪文を掛けられて、薬屋や本屋や魔道具屋などがひっそりとあった。

本はそこでサラザールが買い求めて来たものもあったが、基本、この時代、本当に貴重な本は受注生産、それも手書きなので、こと魔法の本のことになると各家に書き継がれてきたものを期待する方が成果を期待できた。

そこで、前期の終わり、自分たちの子どもを迎えに来た彼らに、各家の長が出してもいいと思った本についてだけ貸してもらえないか、教育に役立ちそうなものはないか尋ねたところ、この後期の初め、彼らは今まで自分たちの家系の子弟の教育に使っていた本や魔法初等教育に使えそうな魔法原理の本をそれぞれ持参してくれた。

 

写した後、順次、必ず返すことを約束して、彼らはまず、それぞれ一冊ずつ写本を作った。それらは自分たちの供出した蔵書も合わせるとこの段階で既に百冊を超えたので、相当に大変な作業だった。

原本は返却のため図書館の生徒立ち入り禁止にした区間で大切に保管され、まず、初めに写した一冊から、最初の教科書に出来そうな本を選び出し、それを人数分に増やして、教師と生徒に配った。

文字(ルーン)と呪文、占星術と数秘学、薬草と魔法薬、錬金術と魔法陣。

後のホグワーツではだいぶん細分化されていたが、おそらく、系統だって「教科」と「教科書」が用意されたのはこの年が初めてだった。

 

「・・・ペベレル、この本はお父上が用意してくれたのかい?

ホグワーツに持って行っていいって?」

ひとつだけ意外だったのは、何冊かdark arts--闇の魔術に属する本が持ち込まれたことで、出所は西の荒野のペベレルの親からだった。

冊数が多く、受け取ったときに内容を精査する時間が取れなかったのだが、命と引き換えに誰かを呪うとか、死を逃れるためにはどうしたらいいかとか、やけに禍々しい内容が克明に書かれている。

サラザールの問いに、フロドリーはこくんと頷いた。

「父さんが叔父さんと喧嘩してました。

なんか、変な研究するのはやめろとか、さっさと嫁をもらえとか・・・。

そのうち、父さんがこんな本があるからいけないんだって言い出して、全部ホグワーツに持ってけって。」

サラザールは状況が把握はできたが、理解は出来なかった。つまりこれらの貴重な本は兄弟喧嘩のとばっちりでここに来たと?

いつの間にかそばに来ていたゴドリックが、何か納得したような顔をしている。

「あ~、あそこの弟は偏屈なんだよなァ。

魔法使いとしては間違いなく一級品なんだが、『感情など無駄でしょう』『恋など一時の気の迷いです』とか、すーぐ言うんだよな。

・・・なんだ?

アイツがこの本を読んでやがったってのか?」

不意にゴドリックの声音に何かざらついたものが混じったような気がして、サラザールは赤髭の男を振り返ったが、ゴドリックは次の瞬間にはいつもの軽い調子を取り戻して、またげらげらと笑っていた。

 

子供達の初年度に教えるのにあまりに不適切だろうと思われる内容の本は、一応書写はされたが、教えるとしてももっと魔法に習熟して分別がついてからだろうと生徒立入禁止の棚に仕舞われた。

この時、マグル出で持ってくる本がないと小さくなっていたイドワルと、収めるべき本は全部母親が収めてしまっているから自分には何もないと、ヘレナが萎縮していたのには、担当であるはずのロウェナ自身が持ち込まれたうちの稀覯本に夢中になって気づいていなかった。

 

 

 

彼らがその年、気づかなかったことがもうひとつあった。

つまり、ポルターガイストと呼ばれるもののことで、後年ピーブズと呼ばれるものの核がこの年、Pensieveを置いた部屋の上あたりで発生した。

ピーブズはしばしば人の精神が死後とどまったゴーストと混同されたが、実際には、彼あるいは彼女は、まだ満足に魔法が制御できない年齢の子供たちが多く集まったために、余剰に蟠る魔法力とでもいうべき力が擬似的に人格を持ち、結果的にゴーストと似た形を取ったものだ。

 

何か不思議な気配があるのに、実は生徒の中でオッファンは気付いていたが、魔法族と不思議な現象は、常に隣り合わせの事象だったので、彼は「なんかある・・・?」くらいで大人に言わず見過ごしたが、正直、この時点で大人に告げていてもピーブズの発生を防げたかは疑わしい。

子どもが多ければピーブズのような特殊なポルターガイストが生まれるかと言ったらそうではない。

やはりそこにはホグワーツという子どもの雑多な想念を集める力場があり、その集まった想念に「行動パターン」という枠を与えることがあったからこその発生であった。

ペンシーブは記憶を扱う魔道具で、それには多くの理不尽な恐怖、原始的な怒り、幼稚な衝動、子供が虫の羽を毟るような幼く残酷な愉悦を特に記録に残しやすい。

強烈な記憶の断片は、混沌とした魔力に形を与え、衝動的で愉快犯的な行動を繰り返すポルターガイスト、ーーピーブズをいつしか生み出したが、それはまだ形を持たぬ萌芽だった。

それが形をなすのはもっと生徒が増え、溢れ出した魔力が更に蟠る時代だが、例え原因に気付いたとしても、歴代の秘宝として校長室に鎮座するペンシーブが原因なのであればいかんともしがたかったろう。

 

「ほら、イグ。

あそこ、何かあるの、分かる?」

担当教師は違うが、オッファンはこういう冒険のときには、イグネイシャスを誘うことにしている。

メドレイアは普段は気になるほどではないが、探検や冒険という話になると途端に頭が固くなって

「そういうのは先生に言わないと!

勝手にしちゃあいけないわ!」

というのが目に見えるようだ。

ポルターガイストは、まだちょっとだけ渦を巻くようで、明確な形になっていなかった。

イグネイシャスも、

「うーん?

なんだろな?

けど確かになんかあるな!

ちょっと観察してみるか?」

と赤い頭を傾けた。

「ね、気になるよね!

オッファンはのんびりではあるが、気になることがあったら追求したい。その辺はまごうことなく魔法界気質かつやんちゃな男なのである。

「そうだな!

こりゃあ男同士の秘密だな

オッファン他の奴らには黙っとけよ!」

そしてイグネイシャスも友達との秘密と謎は大好きな類が友を呼ぶ友達だった。

こうやってポルターガイストの発見は悪気なく闇に葬られ、ついでにこの年頃の少年達はそのまま忘れた。

 

 

 

冬が終わり、春が来た時に、森に潜んでいた危険の正体が明らかになった。

本来であれば、スコットランドの最北部、もっと北が生息地の凶暴なドラゴン、ヘブリデス・ブラックという種類が一頭彼らにとってみれば南のこの地域に現れたのは、例外的なできごとであったが、どうやら棲み着いたのは繁殖期の雌争いと縄張り争いに敗れたハグレと呼ばれる個体のようで、ロウェナが所有している三百年くらい前の古い本に、やはりヘブリデス・ブラックが一頭だけ現れた記録が残っていた。

 

どうして、異変の犯人がこのドラゴンだと分かったかというと、それは意外なところからの協力要請があったからだ。

後世の呼び方で「禁じられた森」というので、この時代単に「森」と呼ばれていたこの森を、以降「禁じられた森」と呼称するが、この森には数世紀前から密かにケンタウルスが棲んでいて、いくつかの集落を作っていたのだが、どうやら、その集落のうちのひとつがヘブリデス・ブラックに襲われたらしい。

ケンタウルスが三人、人の習慣に則って、使者の旗を掲げながらホグワーツを訪ねてきたときにはちょっとした騒ぎになった。

──主にハウスエルフが。

真偽のほどは分からないが、ケンタウルスは好色で野蛮で悪食だから、捕まったら食べられてしまうという言い伝えがあったらしい。

 

「この人間の城の主は誰か。

差し迫った危険について話したいことがある。」

朝、城門前でそう呼ばわれて、顔を見合わせてサラザールとゴドリックが出ることにした。

ハウスエルフの話をすべて信じるわけではないが、魔法族の側にもケンタウルスが人には非友好的な話は伝わっている。

女子供を出して攫われでもしたら目も当てられない。

城の前の広場で聞いた話は、ヘブリデス・ブラックのことで、ケンタウルスも森の向こうの山頂に巣を構えて飛来してくるドラゴンには手を焼いていることが分かった。

「ふうん?

退治には協力してやってもいいぜ?

ま、でも、ただじゃねえよなあ?」

にやりと笑って対価を要求しようとしたゴドリックを杖で殴って、サラザールはドラゴンのいる山の位置を聞いた。

「そのドラゴンがいる山の方向は分かるか?

分かるなら、三日で掃討の準備をするので案内して欲しい。」

頭を抱えて悶絶していたゴドリックだが、立ち直りは早い。

「おっまえ、サラ、何しやがる!

なんでそんなただ働きなんざしようとすんだ?!」

 

微妙な視線をサラザールはゴドリックに送った。

「何をするんだはこっちのセリフだ。

お前、ヘブリデス・ブラック種のドラゴンの好物は知ってるんだろう?」

「当たり前だろうが!

にん、げ、ん・・・。」

ゴドリックの声が歯切れ悪く途切れる。

サラザールはケンタウルスの方に向き直る。

「聞いての通り、ヘブリデス・ブラック種がこの学校の存在を嗅ぎ付けたら、私たちも他人ごとではない。

掃討には協力しよう。」

ケンタウルスの中で一番年長に見える男はあからさまにほっとした様子で、彼らがあらかじめ用意してきたであろう対価を口にした。

「礼を言う。

我々の部族は大きくなく、ドラゴンに立ち向かうには手数も足りない。

人と関わるのは禁忌だが、この掃討が終わったなら、我々は人間のうち、この城に属するあなた方とあなた方の妖精と家畜に手出しをしないと誓おう。」

「なんだそれだけーーいてッ!」

いらぬことを口走りそうだったゴドリックを再び殴って、サラザールはケンタウルスの誓いを受け入れた。

実際、それは得難いもので、ケンタウルスが人の引いた所有の境界を認識せず、ハウスエルフの管理する農場から大地に生きるもの程度の感覚で豚を持ち去っていくのは十分にあり得ることだったために、彼らがホグワーツの存在を認めたことは画期的なことだったのだ。

 

ゴドリック個人が守ったかはさておき、ケンタウルスとの協定のため、禁じられた森の奥深くにはあまり行かないよう定められ、いつしか呼称は禁じられた森になった。

 

 

 

サラザールとゴドリックが戻ってこの話を伝えると、ロウェナは自分もその貴重な現場に居合わせたかったと憤慨した。

彼女はどこまでも研究者気質で、友好的なケンタウロスなどというものに、ものすごく興味があったのだ。

「それにしても、うちの領内にそんな半馬人 ( ケンタウロス)が住み着いてるなんてね。

彼らって元はギリシャ出身よね?

いつのまに来たのかしら?」

サラザールはロウェナのセリフの微妙なニュアンスを汲み取って、やわらかく注意を促した。

「ロウェナ、頼むから彼らの前で迂闊なことを言うのはやめてくれよ。

彼らの半身が本当に馬でも、彼らは半馬扱いをされると理性を激昂して理性を失うんだ。

そうなったらもう殺すしかない。」

サラザールもこの時代の人間として、決して平和主義者ではないので殺すと言った単語に忌避はない。

ただ、狩猟が趣味なゴドリックと違って、別に無用な殺戮は好きではないし、無駄だと思っているのだ。

「そうねえ、言葉が話せる相手は馬肉って考える訳にもいかないしねえ。

今回みたいに、困った生き物が住み着いたのを教えに来てくれるなら、まあ、奥地に巣を作っているくらいいいんじゃないの。」

ヘルガも相槌を打つ。

彼女も酷いことを言っているように聞こえるかもしれないが、思い出して欲しいのはここは現代の基準で言うと、野卑で野蛮な中世であり、平等の概念もなければ慈愛の意味もかなり狭義に限られる世界であるということである。

ケンタウロスとまともに会話をしていきなり駆除に走らないだけ、彼らは一応文化人なのであった。

 

「ヘブリデス・ブラックか。

ありゃあ、十分強いからなあ、餓鬼と俺だけじゃちょっと厳しいかな。」

まだホグワーツは小さく、十分に全員が集まれる広さだった大広間で、昼食を食べながら、ゴドリックが呟いた。

呟くと言っても、ゴドリックの声は大きく、銅鑼のように全員に聞こえた(なんと内緒話に向かない男だろうか。)。

「先生!

俺もそのドラゴン見てみたいです!」

よくゴドリックの狩りに喜んで同行するイグネイシャスが、元気よく手を挙げていた。

「ダメですよ、危ない。」

ヘルガが一蹴するが、やや怖がりの気のあるヘレナが苦いものを飲み込んだような顔をしていた以外は、メドレイアまで含めた全員が好奇心で顔を輝かせていた。

「・・・なんとかなるんじゃない?

魔法の絨毯は12人乗りだから、子供たちをみんな絨毯に乗せて、ヘルガが防御に徹すれば見物はできるんじゃないかしら。

ゴドリックとサラと、私が攻撃に回れば三人ならなんとかなるんじゃないかしら。」

だがここで敵の技倆を甘く見ることのないゴドリックが、珍しく懸念を示す。

そこで見極めるから、最強の決闘者とまで言われたというのもあるし、案外とこの男は負ける戦いはやりたがらない。

「渡り合うだけならな。

だが、相手はヘブリデス・ブラックだ。

あいつは魔法耐性も攻撃性も耐久性も高いし、トドメを刺すまでにこっちに被害が出ないとも限らない。

見物人がいちゃあ危ないんじゃないか?」

 

「いや・・・、なんとかなるかもしれない。

要は、ヘブリデス・ブラックを、ホグワーツの手の届く範囲外から追い出せばいいんだろう。

まだ研究途中だが長距離移動用の魔法の大規模魔法陣が使えるかもしれない。」

サラザールが研究していたのは、なんとか生徒が危険なく長距離を移動できないかという、ポートキーに似た魔法陣だったが、誰でもを送ってしまわないために、また移動先の安全を確保するために、まだまだそれは研究開発の途中のものだった。

「え、ちょっと、何、その魔法陣すごくない?

ちょっと見せて!」

描いた魔法陣の大きさにより、大抵のものが輸送できるが、行き先の微調整ができない。

だが、相手がことドラゴンとなると、駆逐すればいいだけなので、むしろ話は簡単だった。

「計画なんだが、とりあえずヘブリデス・ブラックになると大抵11ヤード(約10メートル)を超える。

だからまあ、動きも考えて、30ヤードくらいの大きな魔法陣を開けた場所に描く。

森の奥で、そういう場所がないときはいくらか切り開かないといけないだろう。

で、中心には等身大の人形を置く。

魔法で生きてる人間に見えるようにしてな。」

サラの計画に、ヘルガが感心したように頷く。

「あの種の好物は人間だものねえ。

おびき寄せて、魔法陣でポイするわけね。

どこに送るの?」

「ベスビオ山の火口とかどうだ、奴さん、暑いのは苦手だろ!」

調子に乗ってゴドリックが魔法界的冗談を言うと、サラザールがまなじりを押さえた。

「ーー噴火させる気か。

北でいいだろう。

海の向こうよりはるか北に氷だけの島があるらしいから、そこでどうだ?」

要するに北極である。

 

彼らはそれから、3日の間に、魔法の絨毯の点検をし、生徒全員がそれに乗って透明化の魔法と防御の魔法を重ねがけできるか試した。

そして、ゴドリックは慎重に森の奥地にちょうど頃合いに開けた平原があることを探し出した。

魔法陣は、そう言ったことが得意なロウェナが最新の注意を払って50ヤードもの大きさがあるものを描き、さらにそれが夜露や風で損なわれないように、強固な保持魔法を掛けた。

サラザールは、発動の呪文を再確認し、絨毯の上にいる以外の自分たちにかける保護魔法と飛行魔法にアラがないか調べた。

ゴドリックは、ドラゴンを挑発して魔法陣まで誘導するついでに、鱗の一枚二枚、できれば珍しいドラゴンのツノなどが手に入らないか夢想していて、

「ドラゴン相手にするチャンスがあるんならなあ。

この剣じゃちょっとなあ。

ゴブリン製の剣が手に入りゃいいが、あいつら売りたがらんからなあ。」

と呟いていたのだが、この時点でサラザールは自分の分担に集中していたので、ゴドリックの呟きは聞き逃し、代わりにアルタイルが妙な顔をしてそれを聞いていた。とりあえず、ゴドリックの独り言は音量がでかいのだ。

 

 

 

3日後。

朝からケンタウロスが姿を現した。

弓と矢を携えた彼らを見て、サラザールは密かに、弓と矢でどうやってドラゴンに対峙する気なのかと思ったが、それがケンタウロスにとって激しい侮辱すると捉えられることは理解していたので、口には出さなかった。

ケンタウロスは魔法の絨毯を見て奇妙な表情をしていたが、彼らも魔法のことを魔法使いに尋ねて理解できる解答は得られた試しがないのか、言葉を喉の奥で飲み込んでいた。

サラザールとゴドリックとロウェナは、それぞれ天馬 (イーナソン)に鞍を置いていた。

彼らは階級社会の嗜みとして皆乗馬ができたし、天馬であればケンタウロスに追いつけ、いざとなれば飛べるので便利がいいと思ったからだ。

唯一の心配は、天馬が竜を恐れるのではないかということだが、それについては軍馬として躾けられた彼らの勇気を信頼するしかない。

「出発しようか。

準備は万全なんだな?」

彼らが到着した時に計画は説明してある。

「おうよ!

ぶち殺すんじゃなくて追い出すだけなら完璧だ。

お前らも森が荒れない方がいいんだろ?」

サラザールの発案をまるで我が事のように誇るゴドリックを流して、サラザールは馬の轡を引いた。

「先生、気をつけてくださいね。」

「ね。」

絨毯に乗る前に、アルタイルたちに袖を引かれて、サラザールは苦笑した。

「大丈夫だ。

魔法陣も完璧だし、心配はないよ。」

サラザールはアルタイルとロドリウスの頭のてっぺんにキスをして彼ら二人を絨毯の方へ押しやった。

魔法陣の点検に余念がない母親が、自分を振り向きもしないのと見比べて、ヘレナが寂しそうにしているのを、イドワルがこちらも黙って見ていた。

 

それは狩りだった。

サクソンはそう言ったものを誇りにしていたが、サラザールには楽しみのためだけの狩りは野蛮に感じられた。

だがサクソンが大勢を占める中でそれをはっきりと表明するのも危険だった。

運動は身体を鍛え健康にするためのものであるはずだったが、サクソンは楽しみとして獣を狩り、それをトロフィーにして手柄を自慢するのが好きだった。

サラザール自身の、おそらくローマを経た血筋はすでに彼らが引き揚げて行って何世紀も経つ今、本当は彼自身も血統的にはサクソンやブリトンや、事によるとデーンやノルマンの血も混じっているのだろうが、それでも彼は自分の家が大事にして来た古典ラテン語による思考を大切にしたいと思っていた。

だが、同様に、今やこの島を覆う暴力的な志向に満ちたサクソンの手合いは決して無能ではなく、さらに貪欲で全土に広がり、とても遠ざけておけるものではなかった。

だから、彼は慎重に、常に自分の身の回りに注意して信頼できるものを選ぶよう血の家族を尊ぶよう、自分が大事にしている家族の子供らも含めて、教えることをやめなかった。

 

ともかく、ケンタウロスは巧みに弓と矢を使ってヘブリデス・ブラックをおびき出した。

弓と矢は、確かにドラゴンを苛立たせ、理性を失わせ、彼らの思った方向にドラゴンを仕向けるのに役立った。

「ゴドリック、来たぞ!」

「おうよ!」

サラザールがざっ、と天馬 (イーナソン)を羽ばたかせる。

魔法陣の中心にはロウェナを模した等身大の生きているように精巧な像があり、ゴドリックとサラザールが天馬 (イーナソン)で飛び立ってわざと目を惹く。

魔法の絨毯の上の集団は十分に離れたところで息を飲んで見ていて、ロウェナも、魔法陣が万が一破損したらすぐに修復できるよう同様に離れて隠れていた。

ドラゴンは魔法耐性が高く、まともな呪文ではかすり傷しかつけられなかったが、ともかくドラゴンも有能な魔法使い二人に傷をつけることはできなかった。

ドラゴンは、そのうちに、地に立っている(ように見える)ロウェナ(の像)に気付いた。

 

[天馬 (イーナソン)を駆る個体より与し易そうな餌がある、とドラゴンは感じたろう。

ドラゴンはそれに向かって急降下し、それにかぶりついて今日の獲物にすることに決めた。

「ゴドリック!

魔法陣の指定範囲から出ろ!」

でなければ北極圏に飛ばされる。

ゴドリックなら自力で戻って来れそうではあるが、楽しい経験ではないだろう。

サラザールは、魔法陣の上方にあるものを指定の場所、北極圏に飛ばすために、呪文の詠唱を始めた。

長い呪文ではなかった。

そもそも呪文を短縮するために魔法陣を構築しているのだ。

方程式で言えば、長い長い計算式をいちいち書くのを省略してXだけを入れればいいようにしている形だ。

唱えた呪文は期待通りの結果を生んだ。

 

ヘブリデス・ブラックはまるで断末魔の悲鳴のような声とともにその姿を揺らめかせて消えた。

 

生徒たちは目の前で繰り広げられた魔法活劇に夢中になり、絨毯から飛び出してきて、歓声を上げて跳ね回っていた。

この年の竜退治はこのように概ね順調だったし、ケンタウルスとの不可侵も取り付けることができた。

そしてこの年、校訓が“Draco dormiens nunquam titillandus.”(ラテン語: 『 眠れるドラゴンを擽る可からず。』(ねむれる ドラゴン を くすぐる べからず))、と、なった。

これは、最初は石碑に刻んでいたが、のちに校章に刻まれることになった。

実際のところ、これはドラゴンの鱗を剥ぎ損ねたゴドリックが、わざわざスコットランド北部まで行って竜狩りをすると言い出したのを止めたときのことばだが、現代までに由来は忘れられた。

 

これらが一年次に起こったことである。



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■第2章 渾沌の精霊 前編■

とりあえず、夏は暑い。

後期の授業は、6月までとした。

7月と8月は夏休みで、ざっくりとした幅で、概ね9月1日に学校に戻っているように、という形で、がちがちに固められた形でなく、次の学期を決めた。

教授陣も、ここが地元のロウェナ以外は帰省した。

ヘルガは南に、ゴドリックは西に、サラザールは東に帰省して、サラザールは彼の小さな娘が父親の顔を忘れかけていたので、次の学期はホグワーツに戻るのをやめようかと思うぐらいに嘆いた。

夏休みの間に、学校で学んだ生徒の成長ぶりが知れ渡って、また何組かの家族が自分の子弟を預けるということも言ってきた。

これで、次年度新入生がいないという事態は避けられるようだ。

また、彼らは前の年度を解散する前に、全員が家庭教師のように生徒を教えるのではなく、せっかく教科書にする本を決めたので、受け持ち教科を決め、生徒をある程度まとめて学校らしく授業をしてみようと話した。

 

二年目。

この年には結局初年度の倍の人数が入学し、そのすべての名簿を書き出すことは徒労に終わるだろうからやめておくとして、この年の入学に、イングランド中部からモーフィアス・ゴーントが、東部からアルナイル・ブラックが入学して来たことは書きとめておく必要があるだろう。

モーフィアスはロウェナが担当して鷲の紋章のレイブンクローに、アルナイルは兄のアルタイルと同じく蛇の紋章のスリザリンでサラザールが担当することになった。

そう、この年、今後生徒が増えることを予想して、夏の間に四つの寮の設備を整えていた。

薬草の扱いと魔法薬の扱いに長けたヘルガとサラザールが地下を希望したのは無理もないことで、通年急激な温度変化がないことと、成分を変質させる直射日光を避けることは、もはや必然の命題であったと言えた。

 

「秘密の部屋を作ろうと思うのだけど。」

ロウェナが言い出したのも突然だった。

生徒が部屋に引き上げて、彼ら、教師、大人四人だけで話しているときに、思いついたらしい。

「やっぱり作業部屋も欲しいし、万一の時の避難部屋も欲しいじゃない?

自分のアイディアとか希望があったらそれでもいいけど、場所は重ならないようにしたいし、とりあえずいくつか作りましょ。」

避難場所というのは災害時の話ではない。

この時代では戦争時の逃走経路や隠れ場所、籠城場所のことである。

なにしろ血生臭い中世、現代とは基本の感覚の物騒さが違うのであった。

 

「あぁ、そりゃいいな。

武器を置ける部屋が欲しいんだ。

杖もあるし、剣の予備も槍もあるしな。」

そう言ったのはゴドリックだった。

彼は決闘が趣味で鎧や兜も持っている。

そして独身で、最近は生活の拠点がホグワーツに移りつつある。

大切な私物を厳重な警戒をもって保存できる部屋を求めるのはむしろ必然だった。

「そうねえ。

子供たちが薬草を悪戯すると困るものねえ。」

「まあ、材料の中には危険なものもあるからな。

邪魔されない研究室も確かに欲しいし、まずは希望と案を纏めるか。」

ヘルガとサラザールも薬草や魔法薬の扱いには慎重を期していたから、部屋のアイディアは歓迎された。

それらのうち、サラザールが作成した「秘密の部屋」は千年ののち、魔法薬には直射日光がよくないからという当初の理由は忘れ去られ、単にバジリスクを隠しただけの部屋として表舞台に登場するのだが、他の三人の秘密の部屋については、理由どころか、あったことさえ忘れ去られているのだから、年月とは容赦ない。

 

秘密の部屋の作成もさることながら、生徒の人数が増えて、授業自体の繁忙、課外の生徒同士のちょっとした揉め事、それ以外にも成長期の子供らが生活することによる思わぬ雑事ーー、つまり背が伸びて服が入らなくなったとか、そういうことに対処しなくてはならないことが一気に増えた。

当時の衛生観念では水は貴重なもので、毎日風呂に入る習慣は一般的なものではなかったが、密かにローマ経由の文化、温泉とお風呂が大好きなサラザールが、新陳代謝の激しい十代が集団で発生させる臭気と雲脂にキレた。

何しろ彼らは魔法使いである、サラザールはロウェナに頼んで、生徒用の男女別の大浴場を作り、魔法で湯を張る設備を作り上げ、石けんを備え付けて、少なくとも最低で週に二回は絶対に入浴するよう全員に申し渡した。

男子生徒は、似たような気持ちでいたブラック兄弟とレストレンジがとっつかまえて入れたし、女子は「美容にいい。」と聞けば手間はなかった。

「なんだ、そんなカリカリしなくてもいいじゃないか、な、サラ?」

大変馴れ馴れしくサラザールと肩を組もうとしたゴドリックは、

「臭い!

ゴドリック、貴様は肉ばかり食べてて、本気で獣臭いんだ!

最低でも一時間はみっちり入って汚れを洗い流してからじゃないと近付くな!」

と、にべもなくその手をはたき落とされた。

 

うっかり、

「臭い?臭い・・・?」

と本気で落ち込んだゴドリックはさておき、ともあれ、教師という立場の人間が足りないことは確かだったので、人を教えたことのあるーー、家庭教師や大陸での学校教師経験者を優先して、教師を募集することにした。

これも、インターネットどころか、郵便も雑誌もない時代、保護者や有力者への書簡、当時既に原型があったダイアゴン横丁の魔法族が利用する薬屋などに貼り紙をしてもらうなどのなんとものんびりした方法で求人は行われた。

 

 

 

 

 

 

ホグワーツでは授業料というものの相場が分かっていなかったが、志しはともかく、すべてが四人の、特にロウェナの持ち出しではすぐに財の底がつくのは分かっていた。

初年度の入学者の保護者は金額の多寡はともかくとしても、寄付やハウスエルフの移譲や何かで少なからずホグワーツの地盤を作るのに何かを供出していた。

継続的に子供達を預かって世話をしていくのに、善意の寄付という形だけでは息詰まるだろうというのは、やや楽天的すぎるゴドリックでさえそう認めた。

どういう形にするかというのを話し合って、大陸を参考に、ともかく年単位で最低金額の授業料を定め、金銭的に余裕のある家庭には寄付を募るということで落ち着いた。

それでは、いったいいつまでを在学期間と定めるかという話は、前に成人年齢という話を出したが、現代でもそうだが、地域と文化によって、大人と認められる年齢はバラバラである。

マグルの庶民では、10歳にならずとも働ける年齢になれば否応なしに社会の一員として働き始めるし、ローマでは15、イギリス中世あたりは、貴族の場合、馬上槍試合に確実に体格が耐えうる21であったりした。

もっとも、彼らがこんな俯瞰的な視点をもって議論したのではなく、彼らは彼らの時代の彼ら自身の常識をもってしてそれぞれ意見を出したのではあるが。

 

「教えてたら、結構みんな飲み込みがいいわ。

4、5年もしたらいっぱしの魔法使いになるんじゃないかしら?」

ヘルガが生徒から提出されてきた課題を見ながら感心したように言う。

「それだったら、5年目くらいに決闘でもやらせて実力を試したらいいんじゃないのか?

それで大丈夫なら卒業ってことにすればいい。」

ゴドリックの発言を一部否定しながら、サラザールがそれに意見を言う。

ちなみに、今はペンシーブ部屋に集まって話をしているが、なぜかゴドリックは距離をとろうとするサラザールの真となりに座って、サラザールのやや長い灰色の髪を弄っている。

まるきり構ってもらいたい子供の所作だが、サラザールは最初律儀に拒否していたところ、余計にゴドリックが構ってくるので現在は完全無視に徹している。

「決闘はともかく、5年という区切りはいいかもな。

ちょうど成人ころだし、実技を含む試験をいくつかやって、大丈夫そうなら卒業可にしようか?」

ここで、後のO.W.L.の原型が考えられた。

「基本はそれでいいけど、もう少し残って専門的に学びたいと言う子も出るのではないかしら?

残る子は残して、2年くらいで上級試験を設けましょうよ。

希望者も多分いるわ。」

天才肌で研究者気質なロウェナも提案する。

ここで、後のN.E.W.T.に該当する試験形式も考えられた。

 

後のホグワーツを形成する様々な要素が着実に一つずつ形成されつつあった。

 

 

 

 

 

 

「兄さん、図書館のここから奥は立ち入り禁止じゃないの?」

今年入学したブラック家のアルナイルは、兄のアルタイルに話しかけた。

二人は図書室に来ていた。

新入生のアルナイルは図書室では一番手前の棚以外のものはまだ触らないよう言われていた。

だが、課題で分からないところがあったので、兄のアルタイルに質問したところ、図書室に連れて来られたのだ。

「このあたりは大丈夫だよ。

一番奥は寄贈本の原本が置いてあるから触らないよう言われたけど、それ以外は写本だから持ち出さないなら見ていいって、サラおじさんに聞いてきた。」

人前では「先生」と呼ぶものの、この兄弟は小さなころから近所のおじさん扱いで接しているため、油断すると呼び方が以前に戻る。

「教科書としてまでは写本を作らないけれど、一番奥以外は参考書代わりに見ていいって言われてるんだ。

一番奥の一番上の棚は写本も作らなかったらしいけど。」

まだ空きの多い図書の棚の中で、中程にある本を一冊ずつ丁寧に引き出して内容を確認し、違うと分かったら慎重な手つきで戻すということを繰り返しながら(この時代、本というのは本当に高価で貴重な品なのだ)、アルタイルが言うと、弟のアルナイルは「写本も作らなかった」という部分に気を引かれて、兄に質問した。

「写本を作ってないのもあるの?

どうして?」

 

アルタイルは、三冊目に取り掛かっていた手を止めて、声を潜めて答えた。

ここには彼らしかいないのに、なぜかつい声を潜めてしまう話題というのはあるものだ。

「他の奴には言うなよ?

何冊か、かなり危険なdark artsを取り扱った本が置いてあるから触らないよう言われたんだ。

生徒に教えるかどうかはまだ協議中なんだって、サラおじさんが言ってた。

去年入学の奴らは、選別に居合わせた、っていうか、一緒に立ち会ったから知ってるけど、今年入って来た奴の中には、やんちゃなのがいるだろ?

遊び心で手を出したら、死ぬより危険な目に遭うって、聞いたら喜んで試しそうなのが。」

言われて、アルナイルは同級生の顔を思い浮かべる。

入学して1ヶ月も過ぎれば、さすがに自寮の仲間は把握出来るが、他寮の生徒までは覚束ない。

だが、確かに冒険大好きな獅子寮と、探求大好きな鷲寮の生徒の中に、いかにもそういったことが好きそうな面子がいたのは覚えていた。

 

「あー、タイル兄さんが心配してること、確かに分かる気がする。

分かった、黙ってるよ。」

「頼むよ、ナイル。

あ、あった、ほら、ここの魔術理論。」

彼らは、羊皮紙の本の一冊一冊が重いのもあって、本棚と本棚の間に座り込み、まるで隠れているようになっていた。

 

そのとき、がちゃりと図書室の扉が開いて、だれかが入ってくる気配がした。

足音が重くて、大人つまり、教師の誰かだと思う。

二人はちょっとびっくりしたが、正直重くて大きな本を抱えて、立ち上がって出て行って挨拶するのが面倒くさかった。

二人は一瞬目を合わせると、その一瞬のアイコンタクトで、軽く頷きあって、声を出さずに動きを止めた。

気付かれたら挨拶すればいいやと思っていたが、足音の主は、死角になった二人に気付かず最奥まで通り過ぎ、案外と乱暴に本を扱う音がして、しばらくすると、また来た道を辿って出て行った。

 

二人は足音が去った後、同時に息を吐いた。

どうやら、知らぬうちに緊張して、息を止めていたようだった。

「兄さん…。」

アルナイルの言いたいことが分かって、アルタイルも頷いた。

悪いとは思いつつ、持っていた本のページを広げたまま、床に置く。

立ち上がって、音がしていたほうの棚に行く。

まず間違いなく、音がしていたのは禁書棚だった。

「兄さん…、あそこ。」

浮遊魔法が使えなければ手の届かない高さにある位置の本に明らかに空欄がある。

写本すら作らなかった禁書を、誰かが持ち出した。

「あの辺って、兄さんの言ってた禁書の辺りだよね?

どうしよう、先生方に聞いた方がいいのかな?」

 

アルナイルの戸惑いに、アルタイル自身も戸惑っていなかったわけではないが、強烈に兄として、弟を落ち着かせてやらないと、という気持ちがわいてきた。

「あまり大きな声で聞いたら、ほら、さっき言った連中にも知れちゃうから。

サラおじさんにこっそり聞いてみるよ。

先生方なんだから、禁書で確認したいことがあってもおかしくないし?」

アルタイルの浮かべた笑顔に、奇妙な不安を掻き立てられていたアルナイルは多少ほっとしたようだった。

ただ、アルタイルには、入学1ヶ月のアルナイルと違って、あの武人特有の、やたら重い足音に心当たりがあった。

 

ゴドリック・グリフィンドール。

おそらく。

 

ゴドリックは、生徒にdark artsを教える気はないと公言していた。

それがなぜ本を必要とするのか?

アルタイルは、はっきりとしない不安感を拭うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

サムイン祭の季節が訪れようとしていた。

魔法界とは言え、マグル文化の影響を受けるのは避けられず、20世紀には現代的なハロウィンに変化していたが、本来は祖霊を祀り、この時期には先祖の霊が帰ってくることもあるーー、と、要するにケルトのお盆である。

ともあれ、マグル文化の影響を受けるのに数世紀単位で時間が掛かる魔法界のこと、サムイン祭がキリスト教に取り込まれて変容する前の形であるから、お馴染みのtrick or treatはないものの、とりあえずお面を作って、ご馳走を用意して、大広間で皆でわいわいやろうという話になった。

実は去年も軽く祖霊儀式くらいはしていたのだが、去年は教師生徒合わせても12人しかおらず、今年は一気に総勢50人に届きそうな勢いなので、多少息抜きになるようなことをしようと、ゴドリックが言い出したのだ。

そうは言うが、ゴドリックは何かというとすぐに訓練だ模擬戦だと言って生徒を決闘に巻き込んだり、体がなまると言ってはすぐに狩りに繰り出したりもするので、普段、息抜きをしていないなどということは全くない。

とりあえず、週一もうけた休日(現代の日曜日)に、近郊(と言っても今の感覚では数百マイル単位)の街で、マグル、魔法族問わずに決闘を売ったり買ったりするのはやめてほしいと、珍しくロウェナが思っているが、これは一応、近郊も彼女の所領で、ゴドリックがまさかロウェナの賓客ーー、同僚とは知らない領民から、酒場で決闘騒ぎを起こしたイングランド訛りの赤毛の騎士が色々ものを壊したのに、弁償しないで去っていったなどという苦情が上がって来ることがあるからだ。

これはことさらにゴドリックが特別なのではなく、中世の上流階級はナチュラルに下々のことは眼中にないだけのことである。

 

そんなことはさておき、大広間では大きな祭壇を設えて、牛を一頭、働けなくなった年寄り牛でもないのに、生贄用に潰していた。

潰した後は、ご馳走用にハウスエルフが回収である。

子供たちま普段口に入る肉は豚なので、固いお年寄り肉でない牛さんには歓声を上げた。

これがマグル社会であれば、屋内の豪華なお部屋で屠殺など後がまともに使えなくてもっての他だったろうが、呪文一つで臭気も血糊もすべてが綺麗になる魔法文化は大変便利である。

「狩りならまだしも屠殺じゃあなァ。

あんまり勇壮な感じもしなくないか?」

儀式に使った槍の血糊を呪文で拭ったゴドリックは、血沸き肉躍る狩猟などとは違うので微妙な顔をしていたが、サラザールから

「何を言ってるんだ。

これが儀式のメインじゃないか。

主役をお前がやらないで誰がやるんだ、似合っていたぞ?」

と煽てられて、

「そ、そうか?

かっこよかったか?」

と、機嫌をなおしていた。

ゴドリックが気付かず、アルタイルたちスリザリン生は気付いたが、サラザールは「似合ってる」とは言っても「かっこいい」などとは一言も言っていない。

 

ともかく、生徒たちはここ一週間で自分たちでそれぞれ作ったお面をかぶって、きゃっきゃわいわい追いかけっこに興じている。

お面の出来は、板に目の穴を開けただけのものから、妙に完成度の高い立体的なお面まで、本人たちの技量とセンスに造形がかなり左右されていたが、奇妙な光景であることに変わりはなかった。

大広間と、同じフロアの廊下と扉をわざと開けておいた部屋いくつかなら走り回ってもいいと許可したら、各寮、勝手に鬼を決めたらしく、鬼はいつの間にか牛の足の骨(きちんと肉も筋もこそいで綺麗なもの。ハウスエルフが気を利かせたらしい)を振り回して、わーきゃー走り回っていた。

牛の脚は四本なので、確かにちょうどいいかもしれないが、子供たちの羽目を外した姿を、サラザールは苦笑しながら見守っていた。

 

「?」

ふと、サラザールは、違和感を感じた。

今、生徒に紛れて、奇妙な面を被った小柄な人物が出入りしたが、アレは生徒ではない。

それ以前に。

「サラ、気付いたか?」

ゴドリックが、槍を置いて、手慣れた剣を手にしていた。

「アレは・・・、人間じゃないな。

戻ってきた祖霊(ゴースト)でもないようだが。

なんだ・・・?」

ヘルガは肉の焼き方について、ハウスエルフに采配をするために、厨房に去っていて、その場にいなかった。

突然、ロウェナがふらりと立ち上がって、手の甲を上に杖腕をすっと上にあげた。

「ロウェナ?」

ロウェナの、数年に一度起こるか起こらないか分からないレベルの予言者体質に思い当たって、サラザールはロウェナが言うであろう言葉に耳を傾けた。

「渾沌(カオス)より生まれ出ずる、未だかつて生きたことのない者!

死を知らぬ者!

凝りて形を作り、生を知らぬまま、生者とともに千年紀(ミレニアム)を歩むだろう!」

ロウェナの言葉を聞いて、サラザールはもう一度、彼が見つけたものに視線を戻そうとした。

「生きたことがない者?

そりゃ、不生者ってことか?

リディラクスやらディメンターやらのお友達ってかよ!」

ロウェナの言葉を聞くや否や、ゴドリックが飛び出した。

「ゴドリック!

子供たちを傷つけるなよ!」

サラザールは、トランス状態から醒める巫女が、概ねそうであるようにぐらりと自分の身体の制御を失って後ろに仰け反り倒れようとしらロウェナを抱きとめ、狩りだ!とばかりに駆け出したゴドリックに声を掛けた。

 

「うわっ、何!?

ゴド先生なんだよもうー!

びっくりするなぁー!」

木の板に穴を開けただけのような仮面でも、赤毛と声と口調でイグネイシャスと分かった。

だが、生徒の中で一番ゴドリックの狩りに付き合わされているせいか、ゴドリックの唐突な行動にも慣れていた。

「おう、イグ!

てめえら付き合えや、アレ!あいつ!

人でもゴーストでもねえ、一狩り行こうぜ!」

「えっ!?

あれっ、ホントだ知らない子だ!」

仮面をつけていたせいか、のちにピーブズと呼ばれるポルターガイストの形状、身長が子供のものと大差なかったせいか、ゴドリックに言われて彼らは初めてそれが見知らぬ何かだと気付いた生徒たちは、ばっと、ピーブズから距離を取った。

 

「クーケケケケケ!

気ヅイたのかよー!遅エヨー!

なんカ変なことヤッてんなー!混ゼロよー!」

ピーブズは皆の驚きにひるむどころか嬉しげに跳ね回っていた。

お気づきかもしれないが、ピーブズも発生したばかりは、そんなに流暢な喋り方でもなかった。

「おう、混ぜてやるぜ!

叩っ斬ってやる!」

そう言ったゴドリックがピーブズに飛びかかったが、倒すどころか、ピーブズは翻弄するようにひょいひょい動き回り、それにつられたゴドリックの振り回した剣があちこちを破壊する。

子供達も大騒ぎで物を投げ付けたりして、新しい遊びと思っている節がある。

ロウェナは我関せずで、というより、予言の後なので意識がない。

サラザールはロウェナを被害の及ばなさそうない長椅子に寝かさせると、騒ぎを収めようと嫌々杖を取り出したが、正直どこから手をつけていいか分からなかった。

 

「サラザール、これはどう言った騒ぎなの?」

いつのまにか、牛肉の調理からヘルガが戻って来ていた。

サラザールは、ロウェナの予言と現れたピーブズのことを説明した。

話を聞いたヘレナは、だが、損害甚だしい周囲を見回して、注意深く首を振る。

「そう・・・、事情は分かったわ。

でも、この損害は、ポルターガイストのせいじゃないわね?」

サラザールは頷いた。

元凶は目の前で剣を振り回して被害を拡大しているし、釣られた子供達が集団で囃し立てて回るせいで、更にひどいことになっている。

全く隠す気もない。

ヘルガは再び懐からポットを取り出した。

 

「おゆき!ホッピング・ポット!」

その日、ゴドリックの額には三個ならず瘤ができ、大広間には史上初めてピーブズの不愉快な高笑いが響いたのだった。



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■第2章 渾沌の精霊 後編■

冬休みに入る前に、貼り紙や口コミの効果か、ぽつぽつと求人に応募してくる男女が現れた。

それらの人々を面接して、口頭試問ではあるが、合否を決定するのだが、その中の人員に既に成人して久しいヘルガの息子が紛れていた。

ヘルガの息子は、当時のウェールズの領主階級の慣習に則って、細分化された領地を受け取っていたが、薬草研究の方がいいと独身のまま長兄に領地を譲り渡し、自分はホグワーツの教授職に応募してきた変わり者だった。

だが、変わり者でもヘルガの息子なだけあって、有能だった。

冬休み後、そのことにまつわるちょっとした話題があるのだが、それについては、またページを改めて順次話そう。

 

まずは冬休み中の出来事として、東部のサラザールから追うと。

彼はまたしても

「このおじちゃんだれ?」

状態の娘の対応に崩れ落ち、娘に再度懐いてもらおうと涙ぐましい努力を始めた。

そんな彼は、自分が不在の間、代わりに時々様子を見てくれていたカノープス・ブラックが自分の娘に自分より懐かれているのを見て、血の涙を流していた。

「やはりもう、これはホグワーツを洪水で押し流すしか・・・。」

本気ではないにせよ、物騒なことを呟き始めた友人を見て、カノープスは呆れたように、

「お嬢ちゃん、君のお父さんは賢いのに阿呆だなあ。」

と、腕に抱き上げていたサラザールの娘に語り掛けた。

「カノープス!

私の娘だぞ!」

ガバッと起き上がって主張したが、娘はむしろびくっとなって、余計にカノープスにしがみついた。

落ち込むサラザールをよそに

「いい加減になさいな、あなた。

この子はもう、おねむの時間なんですから。

ほーら、いい子、行きましょうね。」

と、妻が娘を回収していった。

まあ、子供には昼寝が必要である。

 

気が抜けたように、椅子に座り直すサラザールは、家のハウスエルフに頼んで飲み物を持って来てもらった。

当然、この時代なので薄いアルコール・・・ではなく、魔法の使える彼らは、今は水を頼む。

魔法で水が出せるのはかなり偉大なことと言えよう。

「カノ、水でいいか?

ワインが?」

「いや、水でいい。

ああ、良ければ飲める温度で白湯にしてくれ。

冷たいのは堪える。」

繰り返して言うが、水が酒より高い土地、それが欧州である。

「それにしても、サラは毎回帰ってくる度にその調子だな。

広さがないわけじゃないんだろ?

奥さんと子供も連れて行ったらどうなんだ?

屋敷の管理はハウスエルフにさせればいいし、時々は私も様子を見に来るぐらいはしてやるぞ?」

カノープスの言葉にサラザールはハウスエルフから水のグラスを受け取りながら表情を改めた。

 

「・・・いや、それはやめておく。

ホグワーツの志しそのものは素晴らしいと思うが、・・・まだ今一つ固まっていないように思う。

正直、豪放磊落と言えば聞こえはいいが、あの男は案外と謀略が好きだと思う。

サクソンの荒くれ者がどう動くか読み切れないうちは、拠点を動かす気にはなれん。

物理的な距離があるということは、それだけ守りやすいということでもあるだろう?」

サラザールの言葉に、カノープスも陶製コップの白湯を飲みながら、心当たりがあるように頷いた。

「確かにな。

サラ、気をつけた方がいい。

遠いから話は集めにくいんだが、あの赤髭はかなり癖のある人物みたいだそ。」

「具体的には?」

サラザールは彼の友人の心遣いに感謝しながら、問い返した。

「聞いた相手によって、硬貨の裏表のように評価が変わる。

陽気で親しみやすくて気前のいい人物、という評価と、傲慢で身勝手で自分の都合で賭事や決闘のルールを変える暴君、というように。

それに、だいぶ操作的で、評議会に知られるとまずいんじゃないかという魔法や魔具なんかは結構周囲を唆して研究させて、自分は成果だけ掻っ攫ってる気配もあるんだが、どれも証拠がない。」

 

それを聞いて、サラザールはアルタイルから聞いた、おそらくゴドリックが持ち出したdark artsの本のことを思い出した。

あれに関しては何かゴドリックがやっている様子は見受けられなかった。

数日すると、本も元の場所に戻してあった。

これが何かに関係するのか、サラザールには今の時点では全く分からなかった。

「そうか・・・。

どっちにしたって教育機関としてのホグワーツは動き出してるしな。

学校というのはあった方がいいと思うし、今更私だけが手を引くのもな。

カノには悪いが、うちのを頼む。

何かあったらまた相談するよ。」

カノープスは、苦笑してサラザールに首肯した。

「まあどうせ家族ぐるみの付き合いってやつだ、それは構わんが・・・、気をつけろよ?」

 

 

 

 

 

 

東でそんな会話があった時、ゴドリックも西の荒野、のちのゴドリック・ホロウに戻っていた。

ゴドリックの出身地の村は、現代でこそのどかな田舎町だが、中世の基準で言えばそれなりの規模がある集落と言えた。

彼はその土地の領主ではなかったが、少なくとも騎士階級であり、貴族であり、富裕層に属していた。

ゴドリックには妻子がなかったので、ホグワーツに居を移すかと思われていたが、地元に新年の挨拶をする必要があると言って、故郷に帰り、今、彼は友人のペベレルの家に来ていた。

だが、友人のペベレルとは言っても生徒の親であるハウウェル・ペベレルの自宅ではない。

大家族で住むことも多かった時代だが、ハウウェルの弟のガラクタス・ペベレルは未だ独身で何やら魔法の研究にいそしんでおり、早く身を落ち着けよとうるさい年老いた両親や兄を避けて、実家から出て、自分一人で屋敷を構えていた。

 

ゴドリックは、その彼を羊皮紙の書物何冊かを懐に携えて訪ねていた。

手土産はその辺で狩った牡鹿で、捌いて肉にしてくれと給仕しに姿を現したハウスエルフに投げ渡す。

ガラクタスは、薄い茶色の髪の整った顔立ちの青年で、絶妙に顔立ちが台無しになる仏頂面でゴドリックを出迎えた。

「よう、ガラクタス、しけたツラしてんな。

なんか気に障ることでもあったのか?」

ゴドリックがにやにやしながら挨拶すると、ガラクタスの仏頂面は更にひどくなった。

「気に障るも何も。

兄さんと喧嘩になって、兄さんが僕の大事な本を何冊も持って行ったんだ。

兄さんの家にはなかったから聞いたら、ホグワーツに寄付したとか言うじゃないか!

ゴド、ホグワーツって言ったらアンタのとこだ。

アンタのことだから、貴重な本が労せず手に入って喜んでるんだろ!

知ってるんだからな、アンタが結構な腹黒だってことぐらい!」

ガラクタスの罵倒にさして堪えた様子もなく、ゴドリックはひょいと肩をすくめた。

「おお怖い怖い。

んじゃこれはいらないか?

折角持って来たのになあ。」

今でいう検知不可能拡大呪文を掛けた懐から、何冊も、貴重な本が取り出される。

周知のことであるとは思うが、羊皮紙というのは動物の皮で出来ており、現代の紙とは比較にならず厚く重たいのである。

魔法がなければ、気軽に懐に入れて持ち歩けるサイズではない。

ともあれ、ゴドリックが取り出したのは、図書館から持ち出した禁書である。

図書館には魔法で複写した写本を返していた。

 

「──それ!

元々僕の本じゃないか!

返せよ!」

ゴドリックはガラクタスが目を丸くして言い募るのに、再びひょいと肩をすくめた。

「返しに来てやったんだから返すさ。

いくらハウウェルが兄貴でも、弟の持ち物を勝手に寄付するのはやりすぎだよなあ?」

どさどさどさ、と一度に手渡されたほんの重さにガラクタスはよろめいた。

「あ、ありがとう?」

毒気を抜かれて、ガラクタスは気の抜けた礼を言うが、それでも本のタイトルを確認するのは忘れない。

「足りない・・・。」

眉根を寄せると、ゴドリックが苦笑した。

「残りはまた持ってきてやるよ。

今回は確実にお前のだろうと分かる奴だけ選ってきたからな。

持って帰って来て欲しい本の題名は覚えてるか?」

 

「──何のつもりだよ。

兄貴から、僕が研究してるの止めさせてくれって頼まれたの知ってるんだからな。

親切な振りしたって騙されないぞ。」

ガラクタスの罵りに、ゴドリックは特に動じた様子もなかった。

「えらくまあ嫌われたもんだな?

大体またお前はそもそも何を研究してるんだ?

俺はそこから知らないんだぞ。

相談してくれれば、少しは何かの力になれるかもしれんだろ?」

そう言われて、ガラクタスの表情がわずかに動いた、が、一瞬ののちに不自然なまでの無表情に変化する。

「答えを待つ気もなくて、人の心を探りに来たのか。

本はいらない、どのみち研究はほぼ完成してるんだ。

あんたに何も教える気はない、帰ってくれ。」

現代ではオクルメンシー、開心術と呼ばれる技術でガラクタスは心を閉ざした。

ゴドリックはさして残念そうにでもなく、肩をすくめて

「分かった分かった。

とりあえず帰るがな、ま、俺が力になれることもあると思うぜ?

気が変わったら遠慮なく声を掛けてくれや。」

そう言って去った。

ガラクタスはその後ろ姿に貴重なはずの本を投げつけたが、重い本は届かずに落ちた。

 

 

 

 

 

 

新年が過ぎて、1月の終わりまでにまた大体の生徒が揃うと(生徒数が増えて1月中に辿り着けない生徒がごく一部発生した!)、後期の授業が始まった。

無論、去年入学の2年生は遅刻することはなかったのだが、人数が増えた故の弊害というものだった。

教師も数人は増えたが、募集は継続した。

実績が出れば出るほど生徒の人数が増え、手が必要になるのは確実だったからだ。

教師もこの島では前例がないことだけに、創設者四人の授業の助手から始め、徐々に授業を担当し始めた。

ホグワーツは田舎すぎて自然と教師も皆が住み込みになったので、全員が文字通り「同じ鍋の料理を食べる」ことになる。

この近い関係性はいいこともあれば、全てが筒抜けで、神経の細い人間には辛いこともある。

 

ヘルガの息子グリフィズは、大雑把に見えて、要点ではきっちりとしており、人当たりも良かった。

特に薬草学では母親から習得した以上のものを研究して熟達しており、遠慮のない一年生の後輩たちは、同じく創設者の子供であるヘレナと比較して、遠慮のない噂をしていた。

ヘレナはどちらかというと引っ込み思案な、人付き合いの苦手な性格で、後輩から質問された時におどおどしてしまってうまく答えられなかった。

彼女はまた、2年生の中で唯一マグル生まれのイドワルと同じ寮に属していて

「マグル生まれのイドワル先輩があれだけできるのに」

という1年生の噂から逃げることはできなかった。

もちろん、イドワルは出自が魔法族でないだけに優秀であること以上に努力していたし、グリフィズはそもそも成人した魔法使いで年齢も人生経験も違ったので比較する方が無理があるのだ。

 

まったく、グリフィズは誠実に彼の仕事を果たしていたし、彼自身には何の非もなかった。

だが、初夏を迎える頃に、特に話題にもならなかった生徒同士の会話が、ヘレナの心にわだかまりとして残ることになる。

グリフィズがその日行った薬草の授業は、教室から出て、ホグワーツの敷地内で実際に役に立つハーブを見つけるというもので、それがその日の最後のコマだったために、彼らはそこで現地解散となった。

彼らの予定は、そのままであれば大食堂に行って昼食を食べるだけだったのだが、さすがにこれだけ経つと生徒たちはそれぞれ思い思いの相手と行動を共にするようになっていて、ヘレナはイドワルと取り残された。

ヘレナは口数が少なく、身長が伸びて威圧感を感じるようになったイドワルが苦手なままだったし、イドワルはマグル出であまり余計なことを言って笑われたくないという気持ちで話さなかったのが裏目に出ていたが、彼は身近でヘレナの努力を見ていたから、むしろ、年下の少女には好意的ですらあった。

 

「ちょっとしてから行くから先に行って。」

イドワルに告げて、ヘレナは先ほどグリフィズが説明していたハーブのそばに座り込む。

イドワルは何か言いたそうにしてはいたが、結局、黙って頷くとその場を立ち去った。

ヘレナは、彼が立ち去ってから、彼が別に何をしたわけでもないのに追い払ってしまったことに自己嫌悪を感じる。

その時、別の方角から女の子たちの声が聞こえてきた。

ヘレナは一瞬身を竦ませたが、ヘレナの座り込んでいた位置は、ホグワーツに点在する謎のモニュメントの陰になって見えないことに気付くと、ほっと小さく息をついた。

 

彼女らが昼食どきにこんなところにいる理由は分からないが、低い石垣に座っておしゃべりを始めたところを見ると、食堂の混雑を嫌って、時間をずらして行くつもりかもしれない。

「ねー、グリフィズ先生って、優秀で、やっぱりヘルガ先生の息子さんだけあるわよね。

ヘレナ先輩見てたら先生の子供って言ってもこんなもん?って思ったけど、グリフィズ先生見てたら、やっぱり創設者の先生の子供ってこれぐらいないと、って思うよね。

私狙っちゃおうかな?」

「ええ、いくらなんでもおじさんじゃない?」

ヘレナの話は一言も出ていないのにもかかわらず、ヘレナは思わず耳を塞ごうとした。

「あー、何か恋が叶うおまじないとかないかしら。

愛の妙薬とか難しくて作れなさそうだし。」

新入生、子どもと言えど恋愛関係に話が転がって行くのが女である。

「うーん、そんなの知らないけど、ロウェナ先生の髪飾りとか、何かのおまじないがかかってるって噂よ。」

髪飾り?

ヘレナはそんな話を聞いたことがない。

「おまじない?

恋愛成就とか?」

「さあ?

ロウェナ先生なら賢さを増すとかじゃない?

だってほら、娘さん見る限り、家系であたまがいいってわけじゃなさそうじゃない?」

「確かにね!

そろそろ食堂空いたんじゃない?

食べはぐれる前にお昼行こうよ!」

少女たちはそこで去り、ヘレナは唐突に落とされた邪気のない悪意に、呆然として座り込んだ。

 

結局、この日、ヘレナは昼ご飯を一番遅く食べ、彼女らの言った髪飾りのおまじないのことを、デマだと思いつつも考え続けずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

この学期には、もうひとつ大きな動きがあった。

東部の港周辺に住んでいる魔法族からの話で、大陸ーー、それも地中海方面からマーミッシュ、水棲人の移住先を探しているという話が飛び込んできたのだ。

マーミッシュ、古くはセイレーンとも呼ばれた種族は独自の言語を持ち、独自の文化を持つ。

その倫理観は人のものとは違うし、交友の可能性はあるとしても、昔話のセイレーンのように気ままに遊ばれる可能性もある。

ただ、まあ、マグルとは違って、魔法族には少数ながらマーミッシュ語が話せるものもいるし、サラザールは実のところ、その数少ない一人だった。

その話を聞いたとき、ヘルガは慎重さを要求し、サラザールは難色を示した。

ゴドリックは特にいいんじゃねえかと言い、最終的にはロウェナがマーミッシュの持つ系統の違う魔法に興味をしめしたことで、ホグワーツ近くの湖に受け入れが決まった。

 

「だが、心配だな。

ギリシャ系なら海棲だろう、淡水で大丈夫なのか?」

受け入れる方向で話が決まりそうだった5月ころのある日、サラザールが不安を拭いきれずに昼食のときに呟いた。

なお、豆知識的に言っておくと、当時は昼食が正餐である。

サラザールは[[rb:蛇舌>パーセルタン]]であり、マグルと魔法族以外の鱗のある種族の言葉を学ぶのが得意だったので、彼らのことをよく知る機会があったために、逆に彼らの特性をよく知っていて、それ故に心配していた。

「大丈夫だと思います、陸の中の湖で海水じゃないことは伝えてありますが、彼らは両方に適応できる種族だと父が伝えて来ました。」

まだ席は寮ごとにきっちりと決められていたわけでなく、教師の席だけが確保されて、他はめいめい気ままに座っていたが、今日はゴーントのモーフィアスが近くに座っていた。

モーフィアスは黒髪の整った顔立ちの少年で、ブラックとは系統が違うものの、女の子からは既にアプローチを受け始めていた。

実のところ、この話を持ってきたのはモーフィアスの父親で、彼の出身地はロンドンよりも南側の海に近い位置にあり、そういった伝手が何かあったのだろうと思われた。

「父の話からの又聞きなので、正確じゃなくて申し訳ないんですが、今棲んでいる海はもう、何か危険な海獣が出てもう安全ではないんだそうです。

それで、その怪獣が来れない十分な広さのある湖に住み替えたいのだろうと言っていました。

 

マーミッシュ、或いはマーピープルの移住は圧巻だった。

全ての川は海に繋がっている。

彼らは川を間違えず遡行してきて、湖に集落を作り、人が野生の馬を捕まえて飼いならすように、海馬(ケルピー)を捕まえて飼いならした。

創設者の四人は、マーミッシュの移動が終了したと知らされたとき、生徒全員を連れて湖まで行った。

ケルピーに乗って、湖上に上がってくるマーミッシュの長は、普通の人には叫び声に聞こえる言葉で彼らに語り掛けて来た。

彼らの言葉を理解するのは決して特殊ではないが、ここではサラザールしかいなかった。

『我らの移住を受け入れてくれて感謝する。』

サラザールは、同じくマーミッシュ語で返した。

『ホグワーツはあなた方を歓迎する。

友好に謝するならば、協定を守り、ホグワーツに属する者に悪戯を仕掛けることのないよう。

またホグワーツの湖に棲むものとして、ホグワーツに害するものある時は協力することを要請する。』

 

マーミッシュ語は魔法族の言葉に比べて語彙が少ないので、サラザールが苦労してこれらのことを伝えている間、彼はずっと無意味に叫んでいるように見えたろう。

だが、ここにいるのは、学校というものに創立当初から子どもを預けて教育しようと考える教養と資産のある家庭で育った聡明な少年少女たちだったし、教える教職員が愚かなわけもなかった。

かくて、ホグワーツの堅牢な守りを維持することに資してきたと思われるマーピープルも初めは移住してきた新参者だった時代があった。

 

ただ、交友はマーミッシュ語を話せる話者が絶対的に少ないこともあり、時代時代で途切れがちではあった。

 

 

 

 

 

 

2年目で人語を話せるようになったピーブズは、この時代から元気に走り回っていた。

と言っても、まだ悪戯の種類も少なく、人の間を駆け抜けると言った悪戯が大半だったが。

ゴドリックは本気で苛立っているのか、それとも面白がって遊んでいるのか定かではないが、午後の時間は大好きな狩りにも行かず、ピーブズを追い回していることが多くなった。

ピーブズはそれを楽しい追いかけっこと認識していることがほとんどで、「ケーケケケケケ!」「待ちやがれピーブズが!」と応酬しながらの逃走劇はもはや名物だった。

しかし、ポルターガイストたるピーブズにものを大事にの観念がないのはともかく、ゴドリックも高度な魔法を駆使しながら、やることは壁を走りながら備え付けの燭台をうっかり叩き斬ることだったりするので、ほとんどヘルガに、たまにサラザールにも撃墜されている。

ちなみにロウェナは撃墜するよりも、ゴドリックの攻撃を自動で回避する燭台を作るのに夢中だ。

 

「飽きないな~、ゴドリック先生。

休み中も帰らずに追い回してそう。

待ってる家族はいないんだっけ?

あれ?

ゴドリック先生って独身なんだよな?」

ホグワーツの年々仕掛けが複雑になる通路を通りながら、オッファン・スティンクチームが首を傾げた。

「独身だよ。

オレも詳しいことは知らないんだけど、ゴド先生のうちは、公式にはゴド先生しか生き残ってないんだ。

帰ってもハウスエルフしかいないはずだぜ。」

イグーー、イグネイシャス・ウィーズルエンドはちょっとたれ気味のまぶたを少しだけ歪めて答えた。

オッファンはイグの言い方に引っ掛かり、問い返す。

「公式に、ってなんだよ。

気になる言い方だな!」

イグは重い本を抱えたまま頷いた。

「公式にはご両親と妹さんがいたらしいけど、もう何年も前にみんな亡くなってるらしい。

非公式ってのはゴド先生が結婚してないけど、子どもがいるらしいからだよ。

女癖悪いって父さんが言ってた。」

「へえ・・・。

独身なんだったら、そのうちの誰か妻にしとけば家督も安心なのにね。

家に入れてる女はいないんだ?」

オッファンの発言はあくまでも中世基準、男尊女卑ナチュラルな時代でのものであるので、勘弁してもらいたい。

 

「それにしても、ゴドリック先生のご両親ならまだ死ぬような年じゃなかったろうに。

妹さんだってまだ若いよね。

何で亡くなったんだろうね?」

オッファンの再度の疑問に、イグは少しためらってから続けた。

「親から聞いた話だから、先生に直接言うなよ。

先生が子供の頃、妹さんはマグルに殺されたって聞いた。

お父上は妹さんの仇を打ちに行って騙し討ちで殺されて、お母上はショックで寝込んで亡くなったって聞いたんだけど、さすがにちょっと本人には聞けなくてさ。

お前、オレから聞いたとか言うなよ。」

オッファンもまさかそこまで重い話が来るとは思っておらず、目を丸くして頷くしかなかった。

 

当のゴドリックは「待てやピーブズ!」と叫びながら、三階の階段から驚異の跳躍力で飛び降りている。

ゴドリックからは家族の話など一度も聞いたことがなかったが、もしかしたら、言いたくなかったのだろうか、と、オッファンは少しだけ思った。



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■第3章 蛇の舌 前編■

二年目も夏の間は学校を休みにすることになった。概ね、7月、8月。

その間はサラザールとヘルガ、大抵の教師は地元へ帰る。

ロウェナはここが地元であり、帰るも何も、休みの間もせっせとホグワーツの構造を複雑化するのに血道を上げていた。

残るゴドリックについては、おおかたの人間が何をしているのか知らなかった。

彼は、ホグワーツ周辺をふらふらしていることもあったし、地元にも立ち寄るレベルで帰ってもいたが、それ以外は大体イングランドの全土を放浪して回っていて、賭事と決闘に明け暮れていた。

 

ゴドリックのことについては、彼が地元で友人の家、ハウウェル・ペベレルの家に立ち寄ったときの会話を少し記録しておこう。

ハウウェル・ペベレルは、彼のいくらか年長の幼なじみであり、彼の少年期の悲劇を克明に記憶に残している人物でもある。

彼は、声高に言うことがなくとも、ゴドリックの心のどこか大切な部分が、少年期の悲惨な出来事により破壊されたと感じており、まさかゴドリックが、魔法族の子どもたちのための学校創設に関わると聞いて、やっとゴドリックにもまともな感性が芽生えたかと喜び、自分の子供たちをその学校に通わせることに同意したのだった。

ハウウェルには、おそらく同じ事件で[[rb:闇の魔術>dark arts]]に傾倒するようになった自分の弟のことも頭が痛かったが、年下の友人のことも心配していたのだ。

ゴドリックは、ホグワーツという子どもを育成する有益で前向きな理念に適合し、一見、彼の情熱と慈愛を取り戻したように見えたが、久し振りに会ってみて、それほど単純なものではないかもしれない、とハウウェルは思った。

 

「少しは落ち着いたと思ったが、そうでもないのか?

相変わらず決闘ばかりしているらしいじゃないか。

──親父さんたちの墓参りには行ったのか?」

ぺべレルの子供達は久しぶりの休暇に近所の友達のところに遊びに行っていた。

なんにせよ、子供というものは通常、学校の教師と自宅でずっと一緒にいたいと思うことは稀だろう。

ゴドリックは彼ら生徒たちの父親の友人ではあったが、生徒の友人でも家族でもなかった。

 

「墓ァ?

あんなとこ行っても無駄だろ。

朽ちた身体しか埋まってない。」

ゴドリックのこの発言は、祖霊信仰を維持していたこの時代の彼らにも異端だったが、力の強い魔法使いであるゴドリックにどうこう言える者はおらず、現世利益的な刹那的な行動に苦言を呈した者は逆に決闘を申し込まれて相応以上に毟り取られるということがあって以来、この界隈でゴドリックに喧嘩を売る者はいない。

「物言いには気をつけろよ。

そんなんで、ホグワーツで他の面子と上手くやってけてるのか?」

ハウウェルも昔馴染みの気安さで不遜さは苦笑に流し、ゴドリックを心配する。

 

ゴドリックは杯を遠慮なく傾けながら、他の面子を思い出して、くくく、と笑った。

「心配すんな、レイブンクローはあれだ、巫女だし魔法馬鹿の変人だし俺のことなんか気にしちゃいねえよ。

ハッフルパフはあれだな、おばはんには勝てねえ。

ああ、スリザリンだけは最初、東の奴でスカしやがってって思ったが、なかなかどうして魔法の腕は立つし、大したもんだぜ?

髪が灰色なんだが、それでくすまないくらい顔もいいしな?」

 

ゴドリックの話はマーミッシュやドラゴンがホグワーツに現れた際、自分やサラザールがどのように対処したかの自慢話に移ったが、ハウウェルは(今さっきの、美醜の情報は要ったのか?)と思っていた。

ゴドリックが帰った後、ハウウェルは、まだゴドリックが12歳だったときに起こった事件を思い返していた。

ゴドリックには妹がいた。

当時8歳のリリアナという可愛い女の子だったが、近所のよしみで、ハウウェルの弟、まだ6歳だったガラクタスの手を引いて、遊びに出た。

彼らは、ごく普通に、日常的にそうしていたように、すぐ近くの花が咲いている場所に行こうとしていただけだった。

この当時、馬でなければ行き来できない距離を、マグルのどこぞの貴族のどら息子が無頼漢を気取って馬で駆けていくこと、そしてそこで無法を働くことは皆無ではなかったのだが、この土地の領主は財産や税収が減るという非常に実利的な理由で暴君ではなかったし、そこが大都会ではなかったために、そのように余所者が通るとは思っておらず、その日起こったことは、彼らの親にも予想外の出来事だったと言える。

 

ゴドリックの妹はその時、花冠を作るのに凝っていて、近くの小川の土手の花が咲いている場所で、花に埋もれるようにしながら、懸命に花を集めていた。

ガラクタスは最初のころは一緒に作っていたが、すぐに飽きて少し離れた場所で虫取りに興じていた。

しばらくすると、ドッドッドと、馬蹄の音が聞こえてくる。

慣れていれば危険に気付いたろうが、馬を飼っていない魔法族の子供であるゴドリックの妹は道の向こうから数頭連れ立ってくる狩猟帰りとおぼしき騎馬の若者を座ったままぼんやりと見ていた。

不幸だったのはリリアナの髪は灰色、服は生成でまったく目立つ色でなかったこと、座っていたこと、若者たちが狩猟帰りの高揚感で周囲をよく見ていなかったことが重なったことだろう。

 

先頭の馬の蹄が彼女の胴を引っ掛けた。

彼女は鞠のように転がり、続いた馬が彼女の心臓を踏み抜いた。

無論、若者たちが何も気付かなかったわけではない。

「おい、子供踏んだぞ。」

「何?どこの子供だ?」

「この辺りの領主には男子しかいなかったはずだぞ。」

「それならまあいいか。行こう。」

彼らは一瞬手綱を引いたが、それだけだった。

心臓を踏み抜かれた女の子を置き去りに、彼らは走り去った。

その様を少し離れた場所からガラクタスが悲鳴を上げることもできず、まばたきもせずに見ていた。

おそらくこれは彼にとって幸運で、見つかっていたら、彼も口封じに蹄にかけられていただろう。

 

彼は若者たちが去った後、リリアナに走り寄って泣き叫び、魔力暴発を起こして、自分の家へ転移した。

リリアナと一緒に出掛けたはずのガラクタスが泣き叫んでひとりで転移してきたのに、当然、大人は驚いた。

要領の得ないガラクタスの話から、現場に行ってみれば心臓を踏み抜かれた以外はまっさらなリリアナの亡骸があった。

リリアナを自宅まで連れ帰った後、父親がおもむろに剣を手にして出掛けていった。

縋る母親を引き離してのことだったが、次の日、父親は隣の領地に続く街道沿いで、惨殺死体で発見された。

強い魔法使いだった父親に何があったのか正確には分からない。

多分、推測できるのは、父親が正当に臨んだ敵討ちの決闘に、後ろから複数で攻撃されたのだろうということで、そう思う理由は、背中に無数に突き立った狩猟用の矢の存在だった。

 

それから、色々なことが狂った。

ガラクタスはそれからしばらく籠もりがちだったものが突然魔法の勉強に熱心になり、家族が喜んだのもつかの間、段々と闇の魔術(dark arts)に特化して傾倒するようになった。

ゴドリックの母親は、夫と娘を亡くした心労からかしばらくすると寝つき、十年保たずに亡くなった。

そして、ゴドリック本人。

それまではむしろ、内気で真面目な少年だった印象がくるりと反転した。

気楽に誰にでも話し掛け、教えを請い、決闘を挑み、遠出をしては賭場に出入りする。

ひどく刹那的で、女癖も悪く、多分数人は孕ませている。

くるくると気分が変わり、一見人当たりはいいが、決闘で負けた相手には、相手が魔力のないマグルでも容赦なかった。

「マグルを侮ったら駄目だ。

きちんと対等に、厳しくお相手してやらなきゃな?」

そう言った時のゴドリックは、決闘で負けたマグルの利き腕の指を容赦なく踏みにじっていた。

おそらく弟もゴドリックも、心の大事な部分が壊れてしまったのだ。

ハウウェルは正直、そんなゴドリックが学校の創設に関わると聞いて、本気で驚いていたものの、これがゴドリックがまともな感性を取り戻すということであれば、と歓迎して協力を決めたのだが、今はまたゴドリックの真意が分からなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

ゴドリックはこの休み中、いつも通り島中を彷徨き回っていてどこまで行ったのか誰も全貌を知らなかったが、学期の初めには不死鳥を伴って戻ってきた。

生徒たちは驚いて不死鳥に触らせて欲しいと騒いだが、ゴドリックはにやにや笑いながら

「不死鳥がいいって言ったらな!」

とは言ったが、彼の周辺を飛んでいるように見えて、ゴドリック本人にも言うことを聞かせられる訳ではないようなので、生徒はじきに飽きて散った。

「不死鳥なんて、よくついて来たな。

人に馴れないことで有名なのに。」

サラザールも、こればかりは感心して眺めていたが、いかんせん、彼の[[rb:精霊> エレメント]]属性は水なので、不死鳥とは相性が悪い。

その代わり、サラザールは湖に住み着いたマーミッシュとは大変仲良しである。

 

「すげえだろ?

それで思ったんだが、今は特に言ってなかったが、生徒にも希望者には使役獣の同伴許してやったほうがよくないか?」

ゴドリックの問題提起は、他の面子にも真剣に論議された。

というのも、別に持たないことも多いが、魔法使いが何らかの小動物を飼って使い魔として使役するのことは皆無ではなかったからだ。

「確かにな。

どうする?

魔女は蛙が多いんだったか?」

サラザールの問い掛けに、ロウェナが答えた。

「猫も多いわよ。

後は男女問わずフクロウとかね。」

ヘルガが折衷案を出す。

「全部を網羅するのは無理だから、その三種類をオススメにしておいて、後はサイズ指定にしたらどうかしら?

このサイズ目安に、あまり大きいものは駄目って。

十メートルのヘブリデス・ブラックとか連れて来られても困るでしょ。」

 

彼らはヘルガの意見にまったく賛成だったので、在校生にも説明し、次年度の生徒の募集にも付け加えることに決めた。

そして、このペット騒動は、ある別の事件も引き起こした。

 

この三年目、今後の生徒数の増加を見越して、教師、或いは教師候補が数名採用されていた。

彼らはそれぞれ得意教科があり、その中のひとりに闇の魔術(dark arts)を得意とすると称したハーポという男がいた。

ホグワーツでは何度かの議論の末、生徒にそれを教え、安易にその方向性に流されないようにすべきだという意見の元に、とりあえず教えてみようということになっていたがゆえの教科担当である。

ハーポは古代の闇系統の魔法使い、腐敗のハーポから名付けられたことを誇りに思っていたが、古代ハーポとは違い、蛇舌(パーセルタン)ではなかった。

多分、それが彼の不幸だったろう。

 

彼は、教師も生徒も使い魔を持っていい、という通達を聞いて、何か素晴らしいものが使い魔にほしい、と思いついた。

自分が名をもらった魔法使いハーポにちなんで、バジリスクがいい、と思いつくまでにそれほどの間はなかった。

蛇舌(パーセルタン)でなければ、バジリスクを従わせることは出来ない、ということは男の脳裏から消えていた。

バジリスクを生み出すのは、ヒキガエルと鶏の卵があれば比較的簡単にできるため、魔法使いにとってはそれほど困難な事業ではない。

ただ、バジリスクを生み出しても、大抵の場合、生み出した魔法使いが第一の犠牲者になるのは目に見えているから、まともな魔法使いならそう簡単にはやろうと思わないだけだ。

ともあれ、ハーポは愚かにも、蛇舌(パーセルタン)ではないのに、それに挑戦した。

彼が湖の近くからヒキガエルを調達しても、農場から産みたての鶏の卵をもらって行ってもそれが魔法使いにとって珍しい品物でなかったならば、誰がそれに注目したのだろうか?

彼はまだ授業を実際には担当しておらず、そのことが彼に十分な余暇を与えていた。

 

露見は、彼が自分の授業とされる何コマかを持ち始めてから起こった。

二年生のレイブンクローとグリフィンドールの合同クラス、それはモーフィアス・ゴーントが含まれていたクラスだったのだが、闇の魔術(dark arts)の座学のクラスに、ハーポはやって来なかった。

生徒たちは最初気ままに騒ぎ、次に不安になった。

「先生来なかったら今日は自習だろ?遊ぼうや!」

「でも連絡なしっておかしいよ。

何かあったんじゃ?」

彼らは不安になって、頼れると思われた教師に助けを求めに行くことに決めた。

闇の魔術の、上位者の教師がだれか言うまでもなかった。

彼らはサラザール・スリザリンの門戸を叩き、サラザールはひょこっと自分の部屋から顔を出した。

 

「あれ、どうしたの?

まだ午前中だよね。

授業中じゃない?」

サラザールは目を見開いて尋ねた。

そういう表情をすると、彼の冷たくすら見える美貌が、やや柔らかさを帯びて見えた。

モーフィアスと他の子供達は顔を見合わせて、新任の教師が来ないことを訴えた。

「先生が来ないんです。ハーポ先生。」

「ええ?まだ授業持ち出して3回目くらいだっていうのに、仕方ないな。

教室に行って行き違ってるかもしれないから行ってみようか。」

サラザールは、深い緑のローブを部屋着の上に羽織って、そのまま教室へ向かった。

教室で彼が見たものは、机と椅子をひっくり返して陣地ごっこをを始めた生徒たちの姿で、サラザールは薄い色の眉根を寄せて、黙って彼の杖を取り出した。

「あっ、サラザール先生!」

「やべえ片付けろ!」

 

子供たちは、サラザールの姿に気付くと慌てて机や椅子を元に戻そうとしたが、それよりもサラザールが杖を振る方が早かった。

「な ぜ 君たちは 大人しく 自習 で き な い の か な?

この時間の終わりまで机について自習!」

呪文も使わずに、ふわりと浮き上がった机と椅子に、子供たちは目を丸くして、口をあんぐりと開けて見ていた。

サラザールは確かに怒っていた。

机と椅子が整然と並べ直されたところで、次は子供たちだった。

サラザールを呼びに来たモーフィアスともう一人の同級生以外は全員が、ふわりと空中に浮き上がり、すとんと椅子に落とされた。

「粘着呪文でくっついてるから、終了時間まで動けないからね。

このコマの終わりまで自習!

テーマは闇の魔術の呪文を知ってるだけ書き出すこと、説明付きで。

終了時、署名して机に置いておきなさい。

返事は?」

 

子供たちは椅子に張り付いたお尻を剥がそうとしてじたばたしたり、立ち上がろうと試みたりしていたが、サラザールがきっぱりと言い切ったので、仕方なさそうに

「はーい・・・。」

という間延びした返事をした。

当然、その返事はサラザールを余計に怒らせ、羊皮紙と羽根ペンとインクの重さが二倍になる呪文をかけられて、書くのに苦労していた。

 

 

 

 

 

「モーフィアス、メーブ、おいで。

ハーポ先生の様子を見に行こう。」

サラザールは騒ぎに加担していなかった二人の子供を伴って、ハーポに与えられた教員室へ足を運んだ。

それは、本人の希望で地下に位置していた。

ロウェナの努力と趣味でどんどん複雑になる魔法をかわしながら、数分後にはサラザールはハーポの部屋の入口に立っていた。

だが彼は簡単には開けず、杖を手に持ったまま、難しい顔をしていた。

「先生、ハーポ先生大丈夫かしら?」

メーブがそう心配するのは先ほどのノックに応答がなかったからだ。

「そうだなあ、授業を忘れて出歩いてるだけかもしれないし、私はこの部屋を見てみるから、二人は食堂にハーポ先生が行ってないか見に行ってくれるかい?」

 

とりあえず、サラザールはこの場所からは子どもたちを引き離すことに決めた。

「先生、でも・・・。」

心配そうな顔でモーフィアスが見つめてくる。

そこでサラザールはこの少年が[[rb:蛇舌>パーセルタン]]であることを思い出した。

それであれば確かに、先ほどから聞こえてくる

『お父さん、お父さん、なんでうごかなくなっちゃったのーー』

という蛇語の嘆きが気になるだろう。

サラザールは自分でもわざとらしいと思うほどのほがらかな笑顔で、モーフィアスに目配せした。

「確かに心配だし、中で倒れられてたら困るから、モーフィアス、食堂でハーポ先生いなかったら、他の先生に声を掛けてくれるかい?

できればヘルガ先生がいい。ゴドリックだけだったら言わなくていい。

頼まれてくれるね?」

モーフィアスは、何やら言いたいことを飲み込んで、メーブを引っ張って立ち去った。

 

「さて、と。」

サラザールは、いきなり扉を開けたりはしなかった。

彼の予想が正しければ、それをするには危険過ぎる。

『小さきものよ!

聞こえるか?

今から扉を開ける。

物陰に隠れて、しっかり目をつぶれ!』

サラザールが蛇舌(パーセルタン)で呼びかけると、中から、ややあって返事があった。

『・・・誰?』

不安げな細い声に、サラザールは少しだけほっとする。

応答が成り立つということは、少なくともこちらの話を聞くつもりはあるということだからだ。

 

『私はサラザール。

そなたが父と呼ぶ男の仲間だ。

中に入らせて、何が起こったのか見せてほしい。

それから、そなたは先ほど言った通り、目をつぶって物陰に避難していてほしい。』

しばらく間があって、細い返事が聞こえる。

『・・・分かった。』

その了解に、サラザールは慎重に扉を開けた。

入ってざっと室内を見渡す。

地下ではあるが、壁際には魔法の灯りが灯っていて暗くはない。

予想通り、ハーポは床に倒れて目を見開いたまま絶命していた。

ハーポは机の近くに倒れており、足下近くには蓋のない巣箱のようなものが見えた。

特筆すべきは、その巣箱には逃げ出せないように四足を紐でくくりつけられたヒキガエルが固定されていたことで、ヒキガエルもまた絶命していた。

敷き詰められた藁の上に割れた卵の殻が見えるのをサラザールはやりきれない気分で検分した。

さらに慎重に辺りを見回すと、壁に沿わせて置いた棚の下から、特徴的な緑色の尻尾が見えている。

間違いない。

 

バジリスク。

 

蛇舌(パーセルタン)でないものには過ぎた存在だ。

目を合わせただけで命を落とすほどの強い魔法生物をなぜ欲したのか。

サラザールは心掛けて穏やかな声で緑色の蛇に話し掛けた。

『まだ、そのままで聞いてくれ。

そなたが父親と読んだ男は死んでいる。

そなたはまだ自覚がないかもしれぬが、そなたの目の力は強すぎるのだ。

目を合わせただけで死に至る、それを防ぐために一時的に魔法を掛けさせて欲しい。』

それを受け入れなければ、まだ幼生の今のうちに殺さなければならないのだから、と、サラザールはバジリスクが初めて見つかったというエジプトの神々にまで祈った。

『・・・いいよ、分かった。』

いくつか間があって、了承の返事が届く。

 

サラザールはほっと息を吐いた。

マンティコアやドラゴンもそうだが、強力な魔法生物というのはとにかく魔法耐性が高く、この手の呪文の成否は相手の受け入れ意志が大きくものを言う。

『それじゃ、掛けるからな──、痛くはないと思う。

──盲いよ──。』

蛇舌(パーセルタン)に魔力を乗せて語る。

ぐん、と、空気が重くなって、確実に魔法が掛かった気配がした。

『掛かったろう?

もう出てきてもいいぞ。』

おずおずと、棚の下からバジリスクが顔を出す。

目は閉じたままだが、3フィート(1メートル弱)しかない。

それを見て、改めてサラザールは衝撃を受けた。

蛇舌(パーセルタン)のせいか、サラザールは大抵の蛇が大好きだ。

『触るぞ?』

サラザールは小蛇を掬い上げて首元に巻きつけた。

無論、締め過ぎないように注意してからだ。

子蛇も、意思の疎通ができる相手に、だいぶん安心したようだった。

 

落ち着いて事情を聞いてみると予想通り、ハーポがバジリスクを産まれさせたようだ。

バジリスクは卵の中で途中からなんとなくぼんやり自意識があり(多分その頃に鶏の卵に魔力が凝ってバジリスクが形成されたのだろう)、日々魔力を注いでくる人物を親と認識していた。

それがハーポだったわけだが、バジリスクが殻を破って、すぐそばの慣れ親しんだ気配に頑張って目を開けたら、相手が死んだというのが成り行きらしい。

自分の視線がそれほどに強いと分かっていなかったバジリスクは、親にあたる人物を殺す気などなかったのだ。

『お父さん・・・』

悄気ているバジリスクの頭を、サラザールは人差し指でそっと撫でた。

サラザールにはこの小さな蛇を殺す気はすっかりなくなっていた。

 

「大丈夫か、サラ!

ハーポのボケが死んでたんだろ!?

何が潜んでるかわからん──、おい、そいつ!」

大音声で、うるさいのが来た。

後ろからヘルガとロウェナ、息を切らしてモーフィアスたちが続いている。

ゴドリックに知られず話をするのは無理だったのだろう。

「バジリスク!

サラ、離れろ!」

ゴドリックの対処は、子蛇がちょこんとサラザールの襟に巻きついている時点でずれていると気付かないのだろうか。

突然、子蛇が緊張したのを感じてサラザールは蛇舌(パーセルタン)で問いかけた。

『どうした?』

『何かいる。僕をご飯と思ってる。アイツ、いや。』

子蛇の返事によくよく見れば、ゴドリックの後ろに羽ばたいている不死鳥の目つきが剣呑だった。

「サラ、そいつを投げ捨てろ。

それでこっちに来るんだ。」

ゴドリックの手招きを、サラザールは一言で切り捨てた。

「断る。」

 

そこから始まった久々の魔法合戦はロウェナの技術力をもってしても、修復が大変だったというほかはない。

事態の収拾がついた後は、ハーポの遺族に連絡して葬儀を行った。

事情が事情なだけに遺族も頭を抱えていたが、ハーポの親族に蛇舌(パーセルタン)はおらず、バジリスクは当然の帰結としてサラザールが面倒を見ることになった。

バジリスクは基本、サラザールのための秘密の部屋にいたが、サラザールは盲目の呪文を掛けてはバジリスクをホグワーツの色々な場所に連れ出し、様々なことを教えた。

見えないだろうと思われがちだが、蛇には視覚以外にも外界を感じるための器官があるので、バジリスクは楽しそうにしており、時折その会話にはモーフィアスが加わった。

 

時折、サラザールの肩の上のバジリスクをご飯として狙ってくる不死鳥を、サラザールが無言呪文で撃退するのも当時の名物の風景となっていた。



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■第3章 蛇の舌 後編■

年末を迎えるのも三年目で、彼らも徐々にルーティンに慣れ始めていた。

ただ、この年初めて、年末年始とても家に帰れないという生徒が出た。

フクロウ便で明らかになったところ、彼女の両親は家で冬の風邪薬にあたる魔法薬を醸造していたのだが、良くない慣れによる手順の省略により、小規模の爆発に巻き込まれ、命の別状はなかったものの、少なくとも年末年始は休養に充てなければならず、娘を迎えに来る余力がないことが明らかになったのだ。

これが、東部のサラザール、南部のヘルガ、ちょっと信用は薄いが西部のゴドリックの範囲だったら一緒に送って行くこともできたが、彼女はスコットランド最北の生まれだった。

一応ゴドリックは身軽な自分が送って行こうかと申し出はしたのだが、明らかに気乗りがしない様子だったので、他の面子が彼に頼むのはやめておこうという話になったのだった。

彼女の滞在は、ホグワーツでもユールの飾り付けをするということに一役買った。

 

少なくともヘレナは下級生の少女の滞在を喜んで、口を開けば研究と成績のことばかり言う母親以外との休暇を楽しんでいた。

ヘレナの父親は近隣とは言っても馬で1日かかる距離に住んでいる別の所領の領主で、ロウェナも了解の上で妾を持ち、自分自身の後継と城を持っていたので、ヘレナが父親に会えることは年にに何回もなかった。

「あなたがいて嬉しいわ。

お母様はいつも研究に夢中で、あんまり一緒にいてくれないの。」

ヘレナはそう言って心の中で、一緒にいるときは私の成績が悪い理由を聞いてばかりいるし!と付け加えた。

「そうなんですか?

でも、ホグワーツに来た時、お父さんとお母さんと離れたのは寂しかったわ!

先輩はロウェナ先生と一緒にユールのご馳走を作ったりはしないんですか?」

「うちは、料理は全部ハウスエルフがしてるから・・・。」

ヘレナは何が気まずいのか自分でも分からないまま、小声で返事をした。

多分、ヘレナは上流階級の女性はほぼ自分で料理をしないという以外に、自分の母親が自分と二人きりで何かをしようとしたことがないというのが耐え難かったのだと思われる。

 

幸い彼女はその辺りの細かい機微に気付いた様子はなく、ごく無邪気に、同級生から聞いた噂話でヘレナに追い討ちをかけた。

「そうなんだ、うちは一人しかハウスエルフがいないから、全部は手が回らないし、やっぱりご領主のお家ともなるとすごいですね!

やっぱり、凄いものもいっぱいあるんでしょうね。

このホグワーツだって凄いもの。

そういえば、ロウェナ先生の髪飾りって、賢さを増す秘宝って本当ですか?

そんなのあったら、私もちょっとは呪文覚えるの楽になるのかなあ。」

若い女の子は打ち解けると饒舌だった。

 

ヘレナは前にも耳にしたことのあるその噂に、心臓が止まるような心持ちがした。

その噂は前にも耳にしたが、ヘレナはその後、何かの折に母親に聞いてみたのだ。

「お母様、その髪飾り綺麗ね。」

そういうと、ロウェナは複雑な表情をしながら、髪飾りに手をやった。

「そう?

あなたのお父様からもらったのよ。

だいぶ前、貴方が生まれる前よ。」

その返事を聞いて、ヘレナはそれ以上聞けなかった。

スコットランドの他領の領主である父親は姿さえめったに見ない。

「髪飾りはお父様からの贈り物らしいから、そういうんじゃないんじゃないかしら?」

そういうと、若い女の子の興味はすぐに色恋に移ったようで、

「まあ、素敵!

あんなに立派な細工なんて、愛を込めてらっしゃるのね!

でもそれだったら、ロウェナ先生の役に立つ魔法とかも込めてらっしゃいそうよ!

素敵ねえ!」

何やら想像のストーリーが、脳内で出来上がっているらしい。

 

だが、ヘレナは父親が魔法を込めているかもしれないという発想に衝撃を受けた。

その考えは、この後、長く彼女を捉えて放さない。

 

 

 

 

 

 

学期が始まってからしばらくは順調だった。

ただ、まだ、体育も運動の概念もない時代、体を鍛えると言えば狩りか決闘かみたいなところはあったが、初年度はイグネイシャスたちを引き連れて、頻繁に狩りに行っていたゴドリックが体がなまると言い出した。

三学年まで進むと、人数が百人近くなるので、実質希望者を連れて森を歩き回るのが難しいというのもある。

ただ、これはゴドリック自身が森を走り回っていないということを指すわけではない。

 

最初、ゴドリックは決闘クラブをやろうぜ!と言ったが、まだ呪文に完全に習熟していない生徒もいるので、という理由で、時期尚早と他の3人に反対された。

ホグワーツならクィディッチ、と思いそうだが、なにしろ千年以上前。

箒に乗る文化がスウェーデンで始まったばかりで、今の形のクィディッチは影も形もなかった。

 

代わりにというか、それ以前に魔法族に流行っていたのはクレオスシアンという名前の競技だ。

多少のスリルがないとすぐに飽きる魔法族のこと、クレオスシアンは頭に容器を載せて、上方から石や岩を投げ落とし、最終的に容器に受けられた物の重さを量って、重い方が勝ちという大変スリルにだけは満ちた競技だ。

もちろん、投げ落とす物の重量上限や、高度制限も一応あるのだが、エキセントリックな魔法族の、さらにクレオスシアンをやろうかというエキセントリック集団がルールを守るわけもなく、巨石に潰されたり、首の骨を折って死亡という事故が後を絶たない。

 

ゴドリックは、じゃあ、このクレオスシアンをやろうぜ!と提案したが、これは決闘クラブ以上に全員に反対されて実現しなかった。

スポーツ系のイベントについては、数世紀後、クィディッチが定着するまで迷走を繰り返すことになる。

 

 

 

 

 

生徒と教師の募集は引き続き行われたが、この年、改善すべき議題として上がったのは生徒の振り分けだった。

それまでは、面接とはいかないまでも、直接、最初の教師の四人が生徒に相対して所属を振り分けていた。

だが、二年目でもそれは大変な作業で、さらに三年目は大混乱を生んでいた。

ホグワーツは着実に拡大の傾向にあり、四年目にも同じくらいか、やや多い人数の入学希望の打診が届けられていた。

彼らは毎年恒例でこの振り分けを自分自身で対応しきれるとは考えなかった。

だが、彼らは自分自身で確実に受け入れたいと思う生徒の理想形があり、無作為に「選ばない」で寮に受け入れるという考え方は許容が困難だった。

 

彼らは授業が終わった冬のある日の午後、昼食の後、そのまま大食堂でその件について話し合っていた。

これについては、会議と言えるだろう。

結局その問題の解決の糸口をつかんだのはロウェナだった。

彼女は確実に天才だった。

「私たちは結局、生徒の資質を見て、話し合って、それから彼らの寮を決めるじゃない?

だから、それを代行する魔具を作れたら、私たちが言い争うこともないし毎回話し合う手間も省けるんじゃないかしら?」

ロウェナの意見を興味深そうに聞いていたのはサラザールだったが、そのような魔具が作れたら確かに諍いは減ると思うが、技術的にどれほど難しいのだろうかと思って質問した。

「確かに・・・、そんな魔具があれば寮分けも今後安定してやれるだろうが、意見を組み込むとか、資質を見るとか、そんなことのできる魔具が本当に作れるのか?」

ヘルガもサラも、似たような顔をしていた。

それだけ心に関わる魔術は難しいのだ。

 

「そこで、ペンシーブの出番よ。

あれに使われている魔法は独特で、未だに分からないところもあるんだけど、一部は解読したの。

あれも元はただの石でしょう?

それに呪文を掛けて、一種のレジリメンスを対象に掛け、更にそれを液状とはいえ保存を可能にするんだから、すごいことよ!

だから私たちも、ペンシーブでそれぞれの入寮希望者について、理念を焼き付けて、統合して、それに基づいた擬似人格を魔具に付与できれば不可能じゃないと思うの。

生徒の資質の方は、魔具の方に解読したレジリメンス呪文を応用して付与すればなんとかなると思うのよね。」

 

怒涛のように語られた言葉に対する反応は様々で、ロウェナの次に研究者気質なサラザールは、言われたことを反芻するように沈黙を守り、ゴドリックはどこか面白くなさそうに黙って聞いていた。

結局、口を開いたのはヘルガで、彼女は慎重に自分の疑問を口にした。

「貴女が言い出して出来ないとは思わないけど、ーーそんな強い魔法に耐えられるものが何かあったかしら?」

指摘されて、ロウェナが、決まり悪げにはにかむ。

「それなのよね。

永年保たせようと思ったら、結構強い呪文の重ね掛けになるから、試しに普通の椅子で試してみたら、あっという間に劣化しちゃって。」

可愛く言っても、内容は全く洒落にならない。

 

「ああ、確かにな。

そう言った呪文を組むことは不可能ではないだろうが、確かにそれに見合うだけの魔法耐性のある素材でなければ、最初の呪文ひとつでダメになりそうだ。」

サラザールが熟考の末、やっと言葉を発した。

彼はロウェナの理論を自分でも検討し、脳内で再構築して見たところ、複数の魔法使用とそれによる負荷と、さらにその負荷に耐え得る魔法素材の加工ができれば、その理論は可能だという結論に達した。

サラザールがロウェナの協力すれば、思いもかけない発明は更に複雑で精緻なものになるのは間違いない。

ただ、サラザールが現在持っていた手持ちのものは、彼の興味がその時点で魔法薬により向いていたと言う理由で、どちらかというと消耗品としての薬の醸造の原料となるようなものが主だった。

薬草学が得意なヘルガのコレクションも似たようなものだろう。

 

突然、サラザールは珍しく面白くなさそうに黙って座っているゴドリック・グリフィンドールのコレクションのことを思い出した。

「ゴドリック、何か心当たりはないのか?」

サラザールの突然の問いに、ゴドリックはちょっとだけ眉を上げた。

「何がだ?」

サラザールとゴドリックは、初年度の生徒と創設時の教師以外はその関係性の微妙な緊張感に気付いておらず、むしろゴドリックの軽快で親しげに見える雰囲気に、親友であるという評判さえ立っていたが、実際のところ、彼らは初対面から決定的に相容れない部分があった。

それでも、最初に魔法族のための学校を創設しようという話が出た初対面の時から既に10年以上の時が過ぎ、彼らがお互いに全く不信と警戒心だけで接するのもまた不可能な話だった。

彼らの会話は率直な言葉で交わされたが、交わされても相互理解が成り立ったと言えないことも多く、すれ違うことも多かった。

だが、また、それだけの年月の間に独特の気安さと、不思議な相互不理解とでもいうべ距離感が形成されているのも、単純に友情と言い難い形ではあったのだが。

 

「耐久性のある、そういうの。

休みとは言わず、あちこちで賭事だの決闘だので、自分じゃ使いもしないような魔道具やら金貨やら栗鼠みたいにかき集めて来ているのは知ってる。

魔法耐性があって、かつロウェナが呪文を掛けられそうなの、何か持ってるんじゃないか?」

今で言えばギャンブル依存症に近いものがあるのかもしれない。

ゴドリックは、そういったものをかき集めた自分の「秘密の部屋」に溜め込んでいて、実際に使うかどうかはともかく、獲得することに意義を見いだしている節があった。

ただ、現代では好戦的で浪費的で無駄と見なされがちなそれらの行為も、当時は男らしさと強さの象徴にしか過ぎず、むしろ、肯定的評価となって「ゴドリック・グリフィンドールは当時最強の決闘者であった」という伝説となって伝わっていく。

 

ともあれ、ゴドリックは手に入れた後の戦利品にはあまり興味がなかったので、大抵のものはゴドリックの秘密の部屋に打ち捨てられていた。

「ああ、言われてみればなんかあるかもな?」

ゴドリックは、正確には持ち物の一覧を頭に浮かべることもできなかったらしく、気のない返事を浮かべた。

「本当?

じゃあ、行ってみましょうよ!

何か使えるのがあれば、一気に計画が進むわ!」

ロウェナの興奮が組み分けの利便化によるものか、それとも前代未聞の魔道具開発に係るのかは今ひとつはっきりしない。どうも後者である気もする。

いずれにせよ、当時、秘密の部屋は、鍵はともかく、場所はお互い同士には秘密ではなかったので、彼らは全員でその部屋に行った。

 

「すご・・・、ちょっと集め過ぎじゃない?」

ヘルガがそういったのも無理はない。

ゴドリックの秘密の部屋はまともな家具ひとつあるわけでもない殺風景さの代わりに、雑然と詰まれた兜や鎧、小手、宝箱、宝石、金貨までが無造作に投げ出されるように散らかっていたからだ。

「整理の出来ない男だな・・・。」

サラザールが思い切り嫌そうに顔をしかめていたが、ゴドリックは涼しい顔で言い切った。

「違うぞ、サラ。

整理出来ないんじゃない。しないんだ。」

「余計最悪だ、片付けろ!」

 

「それにしても、色々混ざってはいるけど、これだったら、本当に使えるものもありそうよ?

しばらくは、午後は品物探しね。」

さすがに物量の多さにロウェナが溜息をつきながら、辺りを見回した。

4人総掛かり(ゴドリックは非常にやる気がなかったので、実質3人)で探して、一週間以上掛かったのだが、その価値はあった。

そのまま物色していては埒があかなかったので、彼らは結局、棚や大きな箱を用意して、検分の終わったものはそこに収納したり、放り込んでいったりしたのだが、最終的にいくつかの品物が候補に挙がったからだ。

 

兜、盾、小手。

それらの品はエンシェントドラゴンの鱗であったり、何か非常に稀少な魔法生物の骨であったりした。

そして、帽子。

尖った形の布の帽子は、外観はさして上等そうには見えなかったが、その日たまたまサラザールの頭に巻き付いていたバジリスクがその希少性に気付いた。

「サラ、サラザール。

それ、そこにある何か。

強い。

強い力を感じる。

匂いがする。

それが役に立たない?」

バジリスクは、多くの時間を秘密の部屋で過ごしたが、時には、サラザールが盲目の呪文を掛けて周りに被害が及ばないようにしてから、彼の肩や腕や首に巻き付けて一緒に外出していた。

バジリスクは人間の言葉を解さなかったが、サラザールか、モーフィアスが居合わせれば通訳をすることができるので、サラザールは、今彼らが力のある魔法をかけても大丈夫そうなものを探しているということを子蛇に伝えていた。

サラザールの灰色の髪は長かったが、蛇が肩口あたりで巻きつくと絡まるので、彼は今一本の三つ編みにして後ろに垂らしていた。

バスリスクは面白がって三つ編みに巻きつくように登り、最終的にサラザールの頭の周りを巻くように収まっていたので、まるでそれは蛇の冠のように見えた。

 

ゴドリックは文字通り目を眇めて蛇を見たが、何も言わず、暗黙の了解で彼は今日は不死鳥を連れていなかった。

サラザールは、バジリスクに言われた辺りで手に取って確かめていた。

「サラザール?

どうしたの?

その辺り、あんまり使えそうなものがありそうにも見えないんだけど。」

ロウェナの問いに、サラザールはとんがり帽子を手に取って振ってみせた。

「これが、この子が力があると言ってる。

知ってるとは思うが、バジリスクには視覚以外にも特殊な感覚があるんだ。

多分素材が特別なんだとは思うが、形状的には趣味の悪い帽子にしか見えないな。」

サラザールの言葉に、レイブンクローが受け取って確かめる。

ゴドリックはその帽子をみて頭を捻っていたが、一つ思い出したようで、「ああ!」と声を上げた。

「何か心当たりが?」

サラザールが尋ねると、ゴドリックは首を振った。

「いや、ちょっと前にイングランドの南の方で手に入れたんだったとは思うが、小汚い爺さんが被ってた帽子だったと思う。

道を譲る譲らんで賭けをしたんだが、当然爺さんが負けてな。

金目のものは何も持ってなさそうだったから帽子をよこせと言ったらそれだけは勘弁してくれと言ったんだよな。

だったら絶対それが一番大事なんだろと思って取り上げたんだが・・・、やっぱ貴重なのか?」

サラザールはゴドリックの言っていることが不愉快だったが、それを顔に出さないように努力した。

 

「これは──、凄い。

今はもう絶滅した古代種の、大蜘蛛の糸だと思う。

糸の形に縒るのも大変な作業だろうに、それを普通のの布のように見せかけて、帽子に仕立てているなんて!

これだったら魔法もよく絡むだろうし、逆にどんな魔法にもよく耐えるでしょう!

それは千年紀を十分に過ごすでしょう!」

ロウェナがまたちょっと予言者入りを仕掛けていたが、今回は瞬間的なもので、すぐに彼女は帽子を引っ掴んで、実験をしたいようだった。

「ちぇ、せっかく手に入れたのにな?」

吝嗇という感覚とはまた別に、ゴドリックは自分の所有権に妙にこだわるところがある。

だが、それはそれとして、とんがり帽子の形のそれは、生徒を選り分ける手段として、十分に耐えられそうなので、使わない選択肢はなかった。

 

それから、午前は授業、午後は組分け帽子に費やす日々が続いた。

各人の希望や理想、理念や思想、そういったすべてのものをペンシーブに詰め込んで、なんならペンシーブがただのポルターガイストに擬似人格を与えた過程をも参考にし、ロウェナが呪文を組んで、ヘルガとサラザールが確認する作業が続いた。

ゴドリックは最初のペンシーブへの入力以来気が向けば手伝っていたが、呪文をよく省略したりして、感覚で使いこなしている天才型なので、精緻で地味な作業にはあまり向かなかった。

これらの作業は、今で言う学習型人工知能の作成とバグ取り作業によく似ていたが、彼らにはその予見もなかった。

 

結局、最終的に、彼らの理念をつぎ込んだとも言える組み分け帽子が完成したのは学期も終わろうかという5月の末のことであり、終わったときには作業量の多かった3人は揃ってほっとしたのであった。

「とりあえず、完成ね。

間違って誰かが触らないように、ペンシーブのある部屋に置いておきましょうか。」

「賛成だ、学生が悪戯したら泣くに泣けん。」

「あそこなら、私たち以外入れないものね。それがいいでしょうね。」

ただ、三人は忘れている。

三人以外にもう一人自由に入れる人物がいることを。

 

三人が去った後、完成を聞いたゴドリックはペンシーブの部屋へ足を運んだ。

彼は帽子に刻まれた魔術式をしげしげ眺めた後、鼻歌交じりに式をいじり始めた。

「クソ真面目な式なんか組んで、人生には遊び心が必要だろ?」

そういって、彼が刻んだ式は中核部分には掠りもしなかったが、来期頭、いざ組み分けを行おうというとき、突如として組分け帽子が珍奇な歌を珍妙な節で歌い始め、ほかの三人は相当にぎょっとすることになる。

 

 

 

 

 

 

それから、生徒たちのことも話そう。

と言っても、さしたる事件があったわけではない。

人が増えて、生徒たちが各寮にそれぞれまとまった人数住むようになって、どうしても、それぞれのまとまりに色が付き、確執が生まれ始めたという話だ。

後世の人間は意外に思うだろうが、この時点では、純血主義というものはまだ明確に形をなしていなかった。

なぜならば、悪名高い魔女狩りはまだ始まっておらず、魔法界そのものがマグル界と完全に袂を分かたっておらず、宮廷や各地の領主の屋敷で、魔法使いや錬金術師として雇われることもあるような時代であったからだが、更に言うならば、ホグワーツ急行もない時代、例え、マグルの家庭に魔法使いが生まれたとしても、せめて片親が魔法族でなければ、ホグワーツの存在も知りようもなく、毎学期、ホグワーツに安全に送り届けることなどほぼ不可能であったため、完全に両親がマグルの生徒は、この時点で未だ、レイブンクローのイドワルひとりだったということもある。

マグル生まれと純血(両親に本当の意味でマグルがいない魔法族など実在しないわけだが)の確執は、もう少し時代が下って、学校がマグル生まれの魔法使いにも魔法教育を受けさせようと、積極的に捜索と勧誘を始めたあたりから明確になるのだ。

 

それでは、この時代、何がきっかけだったのか。

このあたり、どうしても、各寮に組分けされた生徒の気性の違いが軋轢を起こしたとした言いようがない。

「一年生がまた喧嘩したんだって?」

学年末のこの季節、図書館から借りてきた第二原本から最上級生のアルタイルが、同じく上級生のイグネイシャスに話し掛けた。

「そうなんだよなー。

なんか大食堂の自分たちがいつも座る席に座ってる奴がいたからって、席はいっぱいあるのに、なんでそんなことで喧嘩をするのか分かんないよな。」

イグネイシャスが溜息をつきながら呪文を唱える。

ちなみに彼が何をしているかというと、次年度用の教科書の複製作業、要するにみんなで先生のお手伝いである。

現在は教科書の複製作業を業者に頼めないか本屋にあたってはいるが、そもそもこの時代には「出版業界」なるものはヨーロッパには存在しない。活版印刷が最初に普及したのはアジアであり、9世紀ごろ中国ではすでに大量の木版印刷物が流通していたが、ヨーロッパではもっぱら羊皮紙への手書きの複製が主流であったため、そもそも「書店」はその時点で並べているほとんどの品が「古書」であり、さらに「本屋」であるだけで高級店であるという時代である。

著作権の概念はかけらもない時代であるというのを念頭に置いて、彼らの作業がこの時代で違法ではないことは理解しておいて欲しい。

 

「寮で席を分けるっていうのは?

そしたら最初からて近づかないわよね?」

占星術の基礎概念の本を、ハウスエルフが手渡してきた白紙の本に複製の呪文で写しながら、メドレイアが提案した。

「うーん、でもそれだったら僕らも一緒に食べれなくなるよ、それも面倒じゃない?」

イグネイシャスとよく一緒に行動しているオーファンが首をかしげる。

イグネイシャスはグリフィンドールで、オーファンはハッフルパフだったが、彼らはよく一緒のテーブルで食事をしていたし、最上級生は寮を問わず、人数の少なさでよく一緒に行動することがあったから、分けられるのも確かに不便な話だった。

「寮ごとになったら、下の子ばっかりと一緒になるんでしょ。

ちょっと面倒くさいなあ。」

微妙な発言はロドリウィスで、やや甘えたの性質があって、三年生になってもそれが特に変わるわけもなかったので、彼は下の子の面倒を見るのが面倒くさがった。

「オッファンは相変わらずだね。

学校とかなくても、下の子に教えるのは[[rb:純血>かぞく]]の義務だっていうのに、そういうわけにもいかないでしょ?」

真面目なフロドリーが諌めるが、なぜか微妙に反発したのはヘレナだった。

「何よ、義務って。

別に好きで長子に生まれたんじゃないしーー。」

多分それは単なる独り言だったのだが、本当にたまたま、皆の呪文の切れ目が重なったために、小声だったのに、妙に大きく響いた。

 

沈黙が落ち、皆の手が奇妙な気まずさで止まった時、諌めるようにイドワルが

「ヘレナ──。」

と呼んだのに、ヘレナが弾かれるように反応した。

「な、何よ、分かってるわよ!

そんなこと言うもんじゃないって言うんでしょ!

ちょっと口に出ちゃっただけなのに、いつもいつも言わなくても分かってるわよ!」

ヘレナはそのままパッと立ち上がり、図書館から駆け出していった。

「あー、タイミング悪かったな。

ヘレナ最近カリカリしてないか?」

アルタイルが作業を再開させながら溜息をついた。

「どうする?

追いかける?」

メドレイアが戸口の方を見るが、作業は再開させている。

「いや、ちょっとそっとしといたほうがいいんじゃない?

夕食までには頭も冷えるだろ、多分。」

オッファンがそういって、そっとイドワルの方を見る。

イドワルにヘレナを責める気がなかったのだろうが、微妙に相性が良くない、と常々思っていた。

「まあね。

話戻すけど、これからまだ人数増えるだろう?

もしかして、生徒のまとめ役とかをきちんと決めたほうがいいのかもなと思うんだよね。」

フロドリーの言葉に、アルタイルもイグネイシャスも、他の面子も確かに、と頷いた。

「そうだな。

ちょっと先生に相談してみようか?

まあとりあえず、今はこれ、できるところまでやってしまおうか。」

アルタイルがそういって、他の面子も特に反対はなかった。

この思いつきが、後々、監督生制度に繋がるわけだが、何しろこの時点ではまだ年齢もばらばらな三学年しかいなかったので、案でしかなかった。



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■第4章 組分け帽子の誕生 前編■

四年目が始まる前、三回目の夏休み、ゴドリック・グリフィンドールは相変わらず、放浪と逗留、決闘と賭事を繰り返しながら過ごしていた。

彼の基本的な性向からすれば、長期間、ホグワーツにとどまって教育に携わることが驚異だったと言えるかもしれない。

 

ともあれ、ゴドリックは、自分でも自覚がないままに、おそらく何かを探していた。

が、彼は彼自身にもそれを明確な言語で説明することはできなかっただろう。

彼は軽薄な態度と明朗な口調にもかかわらず、誠実な男であったことはなく、常にその時の利己的な興味と欲求で行動していたので、例え彼が彼自身に説明できなくとも、ホグワーツを始め、そして未だそこにとどまっていることについては、彼なりの理由があったのだ。

 

ともあれ、彼は普段あまり近寄らないイングランド東部地方、後に東の湿原と呼ばれる辺りをふらふらしていた。

魔法族とマグルを分ける境が曖昧で、マグル界での魔法が特に禁じられていたわけでもない時代、彼は宿泊についても飲み食いについても、ほとんど注意を払ったことがなかった。

それはつまり、ちょっとしたチャームで隣り合わせた大抵のマグルは親切に彼の支払いを肩代わりしてくれるし、宿の一番いい部屋も、なぜか泊まるはずだった人間が突然急用を思い出し、金は払ったのに、居合わせた彼に部屋を譲って引き返したりするということでもあった。

現代人の感覚では立派な泥棒だし、ハーマイオニーあたりが聞いたら「ゴドリック・グリフィンドールがそんなことするわけない!」と叫びそうだが、サクソン系の魔法使いの感覚では、それらはむしろスマートで気が利いていて、当然の行動とすら見なされたので、逆にそれらの行動は歴史的事実としては見落とされ、書き留められずに過ぎた。

 

ゴドリックはカンタベリーに遊び、マグルの聖職者を彼特有のやり方で"揶揄って"から、ロンドンへ足を伸ばした。

ダイアゴン横丁は既に原型があったが、マグルと完全に切り離されているわけではなく、分かりにくい路地に入り込み、いくつも角を曲がって辿りつくような場所にあった。

ゴドリックはそれらの店を覗き込み、薄暗い天井まで薬棚と薬瓶で埋め尽くされた薬屋の一つに入り込んだ。

「よ。商売はうまく行ってるかい?」

目尻と口元にこれ以上ないほど皺を刻み、垂れ下がった頬の肉や瞼や伸び過ぎた眉毛で、年齢と表情の分かりにくい老人が視線だけを上げ、ゴドリックを認めると不愉快そうにそのまま視線を下げた。

彼の手元には、薬をすり潰すためのすり鉢があって、何かの葉を無言でごりごりと擦っていた。

 

「なんだよ、客に対して無愛想だな。

挨拶くらいはただだぜ!」

気を悪くした様子もないゴドリックに、むしろ店主が嫌そうに、

「きちんとした金払いならな。

賭けに勝ったらまけてくれとか言って、すぐ値切る奴にはこれで十分だ。

何の用だ?」

と言う。

「いや、東部ってことだけしか知らんで来ちまったからな。

スリザリンんちがどこか知らないか。

ブラックかレストレンジでもいい。」

店主はゴドリックの言葉に鼻を鳴らした。

「なんだ、道を聞きに来ただけか。

結局客じゃないんだろうが。

ブラックとレストレンジはロンドンだが、スリザリンはだいぶ郊外だぞ。」

ともあれ、ゴドリックは目当ての家への道を聞き出すことには成功した。

思いつきで来たから、彼らの家を訪れるにはどうしたらいいのか、詳細には知らなかったのだ。

 

ゴドリックはダイアゴン横丁を後にして、彼が乗っていた[[rb:天馬 > イーナソン]]に再び跨った。

店の外に繋いでおいたそれはこの短時間でも誰かが連れ去ることを試みたようだが、手綱にかけておいた反発の呪文が何人かがやろうとして失敗した魔法の痕跡を教えてくれた。

天馬の外見は当然そのままでは目立ち過ぎるので、隠蔽の呪文でマグルにはごく普通の馬に見えるようにしている。

飛んでいるときには、勝手に知っている大型の鳥に変えて認識するはずなので、ゴドリックはさして気にせずに、教えてもらった方角へ飛び立った。

 

 

 

 

 

一方、サラザールは、東部の自分の家へ帰って、のんびり過ごしていた。

幼児がいるため、バジリスクは連れてこなかったが、不在の間の食べ物のことを心配したサラザールは、バジリスクは結構な高位魔法生物なので霊基(エレメンタル)があれば生存可能だと改めて調べて知って、それまで嬉々として餌をあげていたので、それはそれで衝撃を受けていたのであった。まあ、食べれないわけではないらしい。

ともあれ、バジリスクには配管や通気孔の利用は構わないが、くれぐれも無駄に人を石にしないよう言いおいて、サラザールは地元に帰ってきていた。

 

ホグワーツが軌道に乗り出し、サラザールは元から土地の名士だったところ、今はそれ以上であるようで、うろんな詐欺師が不在の間に寄り付くこともあったようだが、サラザールの妻と、地元で力を貸してくれるブラックやレストレンジが対処してくれていたようだった。

天気のいい夏の日、サラザールは広々とした中庭にいくつかの綺麗な天幕(テント)とテーブルと椅子を用意させ、ハウスエルフにとびきりの酒と料理を用意させていた。

これはつまり、感謝と親睦の宴で、ブラック、レストレンジ、その他ごく内輪の、後に「確実に純血」と言われた少数の家族が招待されていた。

「お招きありがとう、サラザール。

君のうちの料理は相変わらず美味しそうだな。」

レストレンジが到着すると、彼らは気安い抱擁を交わした。

レストレンジの頭は息子と一緒でひよこのように黄色くふわふわなので、ちょっと指を入れたくなる。

「先生、お招きありがとうございます。」

今年、ホグワーツに入学する予定のブラックの娘のペルセフォネがませた様子で気取って挨拶した。

「すまんな、これがどうしても挨拶したいというのでな。

家庭教師から礼儀を誉められたから披露したかったんだろう。」

後ろで父親のカノープスが謝り、兄二人も固唾を飲んで見守っていたようだ。

「気にしないよ、上手に出来てたじゃないか。」

正式な場であれば家長のカノープスを差し置けば失礼になるが、まあ、それが赦されて、和み話になる程度には平和なひとときだった。

 

まあ、ある人物の乱入があるまで。

 

堅牢な塀に囲まれた中庭には招かれざる客は入れないはずだった。

──上空から来るのでもない限り。

実際、男は上空から来た。

天馬(イーナソン)の羽ばたきで、近いテーブルの上の幾つかのゴブレットが倒れ、料理の上に砂が舞った。

「ゴドリック!?

なんのつもりだ!」

サラザールは侵入者を警戒して、彼の小さな娘を腕の中にかばったが、侵入者がゴドリックだと気付くと憤激して吠えた。

招かれずに領域へ入り込む行為は昔も今も無礼であることに変わりはない。

小さな娘を抱いたサラザールの姿を見て、ゴドリックはなぜかわずかに目を見開いたが、次の瞬間にはいつもの調子に戻っていた。

「おう、サラザール!

なあに、近くまで来たから寄ったんだが。

なんかパーティー中か?」

 

「ゴドリック先生!?」

不法侵入者が誰か、大人たちはアルタイルたち子供の叫びと自分の目で確かめることができた。

「ゴドリック・グリフィンドール卿。

これはごく私的な身内の集まりだ、そういう訪問の仕方は非常に不躾だと思うがね?」

サラザールは、娘が怯えて泣き出したため宥めるので手一杯になったものだから(母親はたまたま料理の采配に屋内に戻っていた)、一瞥して、カノープスが場の代表で詰問した。

「まあまあ、そんなにツンケンするなよ。

ちぃと仲間のとこに寄っただけだ。

一応、手土産も持って来てるからよ?」

ゴドリックはカノープスが「身内」と言ったときにも一瞬目を眇めたが、それを感じさせない流暢さで、懐(拡張呪文をかけていたと思われる)から酒を何本か取り出した。

手土産があるからと言って、無礼がなかったことにはならないが、少なくとも敵意がないことを示す役には立つ。

「ゴドリック・・・、ここはホグワーツではなく、お前の地元でもない。

東部では無遠慮さと無礼は歓迎されないが、集まってくれた身内の楽しみを台無しにしたくないし、手土産に免じて、今回は客として扱おう。

もし次の機会があるなら先触れくらい出すんだな。」

娘を泣き止ませたサラザールが、ため息をついてゴドリックを赦した。

ちなみに娘ちゃんを抱き上げたままである。

それからの食事は、ゴドリックが乱入してさざなみを立てたとしても、十分に楽しいものだった。

サラザールの小さな娘のグウィネズは、サラザールの陰から出てこなかったが、それでもゴドリックを見て、泣かない程度にはなった。

娘はそのうち母親が来て、昼寝の時間だと連れて行った。

ゴドリックが灰色の髪の娘が去るのをずっと視線で追っていたのに気付いた者はいなかったが、手持ち無沙汰になったのかと誤解して、アルタイルとアルナイルが話し掛けた。

 

「ゴドリック先生。

北部に何か用事があったんですか?

家には帰らないんですか?」

「先生、良かったら旅の話してください。」

二人で一緒に話し掛けたため内容はばらばらだったが、ゴドリックは気を悪くした様子もなく少年たちの相手をした。

妹は今年入学予定で面識がないため人見知り中である。

「ああまあ、特別な用があったわけじゃない、どうせ地元に帰っても誰もいないしな。

そうだな、あんまり行く機会のない場所の話がいいか?

島の住人全員が魔法使いで、喧嘩ばっかりしてるところの話でもしてやろうか?」

アルタイルの質問だったが、弟のアルナイルが「誰もいない」に引っかかった。

「誰もいない?

家族はいないんですか?

親戚とかも?」

不躾ではあったが、思わず反射的に聞いてしまうほど、この時代には深刻な話だった。

氏族や郎党が重要な意味を持っていて、自分一人で安心して生きて行くにはまだまだ不安定な時代だった。

「ああ、まあ、親父もお袋も死んだからなあ。

そりゃ家はあるし、知り合いもいるがずっとそこにいなきゃならんってほどでもない。」

ゴドリックがさらりと流すと、アルタイルがあまり触れられたくない話題らしいと察して、話題を変えた。

「そうなんですね。

じゃあ確かに旅をする時間もありますね。

その島の話っていうのを聞いてもいいですか?」

 

別のテーブルでは、カノープス・ブラックとコルバス・レストレンジ、サラザール・スリザリンが腰を落ち着けて酒を飲んでいた。

「しかし、ホグワーツに倅を送って行ったときに会った程度だが、評判通り、破天荒な男だな。」

レストレンジがちびちびとゴブレットの酒を舐めていた。

金髪の彼は、好きな割りに酒に強くない。

「何故わざわざ、東部まで来たんだろうな?

サラ、実は気に入られてるんじゃないのか。」

カノープスが、艶のある黒髪がゴブレットに入らないよう片手でかき上げながら、サラザールに視線を寄越す。

「さてな。

あいつの考えてることは、私にはよく分からない。

休みの間は、ずっとふらふらしているみたいなんだが。」

ちなみに、実はサラザールは酒に関しては、笊を通り越して枠だ。

彼らの会話は疑念と心配を喚起したが、解決はしないままに有耶無耶になった。

 

 

 

 

 

 

新学期が始まって、ブラックの長女であるが末っ子のペルセフォネが入学した。

入学日、式というより、組分けのために全員が大広間に集まった。

上級生も、話だけは聞いていたが、実際に現物を運用するところを見るのは初めてだったので、中央の椅子に置かれた組分け帽子を見てざわついていた。

ちなみに、在校生には組分け帽子をかぶせていない。

入学の時の関係性や人数で分けた部分もあるので、今属している寮と違った場合混乱することが予想されるからだ。

一人目の新入生が、ロウェナに名前を呼ばれて

「はいっ!」

と緊張で上ずった声で返事をし、恐る恐る帽子に近寄ったとき、それは起こった。

 

ひょーん、と。

 

帽子が飛び上がった。

全員が、いや、にやにやと笑っている一人だけを除いて全員が、呆気に取られて目を丸くして止めることもできなかった。

帽子は奇妙な動きでくねくねと動き出すといきなり朗々と陽気に歌い出した。

 

『可愛くないと思うかもしれないけど

 

見かけだけじゃ分からない

 

私より素敵な帽子なんてあるはずない

 

あなたが私をかぶったら!

 

私は何でもお見通し!

 

なぜなら、私はホグワーツの組分け帽子(ソーティング・ハット)──。』

 

歌はまだ続いていたが、いきなり跳ねるようにサラザールが椅子から立ち上がった。

「ゴドリック!

貴様の仕業か!!」

なぜなら、帽子が歌っている歌の調子が、酔っ払ったゴドリックが歌っているときの調子とまったく同じだったからだ。

「おーう、なかなかうまいじゃないか。

どうよ、遊び心もあって、結構いい仕上がりじゃないか?」

ゴドリックは会心のいじり具合だったらしく、腹を抱えてげらげらと笑っていた。

元祖[[rb:悪戯仕掛人>マローダーズ]]がここにいる。

「いい仕上がりも何もあるか!

組み上げた呪文全部駄目になってたらどうする気だったんだ、この慮外者!」

素に戻ると時々言葉が古い、旧家育ちのサラザールである。

サラザールは久し振り(前学期振り?)にゴドリックに魔法を撃ったが、ゴドリックは嬉々として応戦した上、途中から騒ぎが大好きなピーブズも混じって大混乱に陥った。

結局、収集をつけたのはまたしてもヘルガだったが、いざ組み分けを始めると、組み分けの機能そのものは、余計な諧謔が入る以外問題なさそうだったので、サラザールもなんとか仲裁を受け入れた。

 

ブラック家の娘は当然スリザリンに入った。

 

 

 

 

 

 

組分け帽子の騒ぎをトラブルに数えなければ、その後は一応無事に過ぎた。

秋のある日、ゴドリックは授業が空きだったので、フェニックスに火の魔法を食べさせながら、窓から校庭で新入生に水の魔術を教えているサラザールを眺めていた。

フェニックスはバジリスクと同じく結構な高位魔法生物なので[[rb:霊基>エレメンタル]]があれば生存可能であるので、ゴドリックはおやつ代わりにせっせと炎を与えている。

サラザールが校庭で授業しているのは、魔法で処理できるとは言っても、教室備品を濡らされるのが、嫌らしい。

初年度の生徒は、この時代、ある程度は家庭で魔法を習っているとは言っても、習熟度はばらばらで制御は甘い

 

「水を出すのは通常アグアメンティという呪文で知られる。

まあ、どの魔法も最終的にはそうであるように、この魔法も別に杖も呪文もなくても水は出せる。

だが、最初からそういうわけにはいかないだろうから、杖を持って、明確なイメージを固めて、正しい発音で魔法の力を誘導してやる。

さて、順番に唱えようか。」

サラザールが講義するのに、一人の生徒が質問の手を挙げた。

「先生、聞いていいですか?」

「うん、何かな?」

「杖も呪文もなしでも魔法ができるなら、なんで杖と呪文がいるんですか?

なしでできたら一番簡単じゃないですか?」

魔法使いの家庭では割と初期に教える事柄だが、彼女は家庭で教わっていないか、習ったのが小さ過ぎて忘れたのだろう。

サラザールは笑うことも馬鹿にすることもなく、全員に向かって説明した。

「うーん、知ってる人もいるかもしれないけどね。

魔法族の子供は、まずは魔力の発露として、杖なしで魔力を発露させることから魔法使いだと知れる。

よく魔力暴発と言われてるね。

ただ、正確な例えではないけれど、水を汲むこと、そして注ぐことを考えてみて欲しい。

水を汲むのに皆は桶を使わないかい?注ぐのに水差しは?

手の平だけで水を汲んで鍋に溜めるのはどれくらい大変だろう?」

サラザールの言葉に半分くらいの子供が分かった!という顔をした。

残り半分はピンと来ていない。

「水が魔法で、杖や呪文は、この場合、桶や水差しだと思ってみると分かりやすいかもしれない。

自分の魔法を感じるのに、杖は分かりやすい指針になり、呪文はそれが言葉という魔法の枠で綴られているから、自分が考えた正しい方向に魔法を現出させるのに非常に有用だ。」

サラザールの言葉は子供にはやや難しく、まだ少数分かっていない顔をしている子供たちもいたが、それでも彼らはそれぞれ順番に杖を構え、呪文を唱えて水を出そうとしていた。

 

ゴドリックは、その風景を目を細めて眺めていた。

彼は、自分では認めずとも、その灰色の髪のすらりとした男が動いて話しているのが好きだった。

初対面では初っ端から喧嘩で始まったが、ゴドリックが実はさして興味もないホグワーツにとどまっているのはサラザールがいるからだ。

ゴドリックは自覚がなくとも、初対面でサラザールに目を奪われていた。

彼のすらりとした印象の体型と、怜悧な美貌と、何より長い灰色の髪と理知的な雰囲気が彼に母親を思い出させたことは、彼自身には自覚がない出来事だ。

実際のところ、西の荒野にいるぺべレルの年長者のように、もっと冷静な判断力と正確な記憶を持った年長者に言わせれば、サラザールとゴドリックの母親は、灰色の髪と、痩せているところ以外何一つ似ているところはないと否定しただろう。

だが、情動にとって、おそらくそれは重要な事柄ではない。

ゴドリックが、自覚さえなくても、彼の少年期に健全な成長の過程で老齢で見送るのではなく、物理と悲惨な事件により勝手に彼の人生から分断され失われたものがそこにあるのではないかと感じたことが重要だったのだ。

 

夏休み、ゴドリックはしばらく避けていた東部に行った。

ホグワーツを一緒に立ち上げる間に彼はサラザールのことを知った。

サラザールは彼の母親のようなものではなかった。

彼はもっと賢く、強靭で容易くは壊されず、そして、ゴドリックがはるか以前に唐突に突然に失った"家族"を大切にしていた。

"家族"ーー、その考え方はゴドリックをざわつかせた。

ゴドリックにとって、"家族"とは、ある日突然喪われるものであり、ひどく脆いものであると刻み付けられていた。

それを持つことは、楽しいことだが、突然の喪失にも耐えなければならないということを指す。

彼はそれが喪われることが嫌だった。

そして、喪うことも、己がいつか亡き者になることも嫌だった。

死を逃れる魔法も宝物も、どれだけあちこちを探求しても、人を焚きつけて探求に向かわせてもまともなものはなかった。

唯一成果が出そうなものはぺべレルの弟が研究しているdark artsだったが、それも喪われたものを取り戻すにはほど遠かった。

 

そんな中で彼が東部に行ったのは、サラザールの"家族"を見に行ったのでもある。

気楽な寄り道を装って行ったところで見たのは、突然の乱入者にとっさに娘を庇うサラザールの姿だった。

彼は紛れもなく男性で、痩せてはいるが力強く、女性と見まごうとことは1インチたりともなかったが、ゴドリックは、その瞬間にゴドリックの妹を庇う母親の幻影を見た。

ゴドリックの妹も灰色の髪をしていたが、それは全く真実ではなかった。

妹が蹄に踏み抜かれて死んだとき、そもそも母親は側にいなかった。

妹はサラザールの娘よりも大きかった。

サラザールはそもそも男だった。

何もかもが違うのに、一瞬重ねた幻想は、ゴドリック自身の、かつて親に妹を助けて欲しかったという自身の願望かもしれないが、ゴドリックは一瞬の既視感を、何を重ねて見たかも深く考えず、振り落として深く考えることはなかった。

それらの考えに少しでも思考が至ろうとすると、彼は自然と落ち着かない愉快でない気持ちになるので、表層的な、「サラザールは興味深い相手だ」ということだけを意識に留めていた。

彼は彼の行動を全体的に振り返って考えてみることはせず、己の行為が何に根ざすのかも、何を目指すのかも深くは考えていなかった。

考えないようにしていたと言うのかもしれないが、皮肉にもその事実は、周囲からは彼の行動を神話的英雄の放浪譚になぞらえさせるのに一役買っていた。



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■第4章 組分け帽子の誕生 後編■

冬になり、新年を跨ぐ休みで学校から人を引き上げるのも毎年のことになりつつあったが、その年、珍しくゴドリックはホグワーツに残った。

だいぶ潤沢になったホグワーツの図書館の本をじっくりと確かめたかったのも本当だろう。

図書館は、dark artsを含め、正規に買ったもの、寄贈図書と種類も冊数も相当に充実してきた。

そして、それとは関係なく、近隣の城下、つまりレイブンクローの所領であるが、目に付いた食堂や酒場に入って頻繁に賭事や決闘を行うのはやめなかった。

それは密かに、為政者としてのレイブンクローにとっては悩みの種だったが、サラザールや生徒に知られない事件が、新年すぐに後半の学期が始まる前にあったことを、先に記してからこの節を始めよう。

 

新年を迎え、ゴドリックは退屈して、街に繰り出していた。

街というのはつまり、レイブンクローの所領の街で、ゴドリックはことさらに名乗ってはいなかったが、大きな態度と喧嘩っぱやい性格からそれなりの有名人となっていた。

その日、ゴドリックが「決闘」した相手は若い男で、それなりに腕に自信のある相手だった。

決闘という言葉で今では曖昧にされがちだが、この時代の決闘は血なまぐさいものであり、相手が死ぬことも十分にありえた。

特にゴドリックの武器は剣で、それが振るわれる時に相手が無傷だなどとどうやったら考えられるだろうか?

つまり、その日、ゴドリックは一人の若い青年の命をホグワーツ近郊の街で奪った。

四六時中相手にとどめを刺しているわけではないから、その青年はゴドリックが彼を放置して立ち去った後、駆け付けた兄に事の次第を伝え、復讐を願う時間があった。

兄は、ゴドリックの身辺を探り、彼が人里離れた廃墟と目されている城跡を拠点としているらしいことを突き止めた。

無論、この評価は、マグル避けの魔法を設定した上での評価であるので、一般の住民にはそう評価されているという話だ。

普通だったら、マグルの兄はホグワーツを訪れても廃墟があるようにしか見えず、それで終わる。

今回不運だったのは、その兄が、いわゆるマグル生まれ、魔法力を持ちながらマグルの両親の元に生まれたため、自分が魔法使いだという自覚のない魔法族だったことだ。

ホグワーツは本人の自覚の有無に関わらず魔法族を弾かない。

青年の兄は徒党を組んでホグワーツに向かい、ホグワーツは彼を魔法族と認識して、姿を隠すことをやめた。

廃墟の代わりに立ち上がった城に、青年の兄は困惑したが、弟の仇を討つことは、家族としても男としても期待された義務だったので、彼は城内に足を踏み入れた。

城内には誰もいないように見えた。

今回はロウェナとヘレナも元々の居城へ戻っていたし、ハウスエルフは見知らぬ男たちの集団に姿を見せないようにしていた。

ただ一人、ゴドリックを除いて。

ゴドリックは男たちが城に入ってきたことを、物音とざわめきから知った。

ゴドリックは己の剣をあらため、獰猛に笑った。

相手に見覚えもなかったが、人数と武装で敵であることはたやすく知れた。

「おまえさん方、誰をお探しかな?」

階段の上から悠然と現れた赤毛の体格のいい男に、侵入者は一斉に刃物を抜いて構える。

「貴様だ!

先だって、弟を殺したのは貴様だろう!

その血をもって償わせてやる!」

兄は目当ての人物を見つけて精一杯自分を鼓舞して言ったが、なにぶん相手が悪かった。

「あ、あー?

弟?

よく覚えてねえや、ま、いい。

そんな人数ってことは、こっちも容赦はいらないってことだよな。」

兄は憤激して斬り掛かったが、返す返すも相手が悪かった。

ゴドリックは、これは「決闘」ではなく「襲撃」だと認識し、形ばかり保っていた礼儀や作法を振り捨てて、剣と魔法で彼らを翻弄し始めた。

あたりは見る間に血の海と化し、ゴドリック以外に立っているものはいなくなった。

いや、いない訳ではない。

いつの間にかピーブズが質の悪いけたけた笑いと共にそこにいた。

ゴドリックはピーブズを無視してハウスエルフを呼びつけると、死体の片づけを言いつけた。

「おい、これ、適当に片付けとけ。

ヘルガたちに知れるとうるさそうだから、分からないようにしろよ。」

言いつけられたハウスエルフは困惑したが、彼らは主人の命令には逆らわないようになっている。

「知られないようにとはどのようにーー。」

「いちいち聞くな。

言われたことだけしてろ。

余計なことも言うな。

聞かれたことにだけ答えてればいい。」

結局、分からないようにという指示を彼らなりに守って、彼らは死体をホグワーツの一角に埋め、床や壁の血糊を掃除した。

他の教師や学生が戻ってくるころには痕跡はまったく分からないようになっていたが、それらのことは、学期が始まってから思わぬ影響を及ぼすことになる。

 

 

 

 

 

 

レッドキャップが発生した。

 

それは、学期が始まってしばらくの間、発見されなかった。

ホグワーツは広大で、未だ生徒や創設者以外の教師にも把握されていない箇所はいくらもあった。

地下、ハウスエルフが現在使用されていない城の片隅の、土がむき出しの地下室の一角に数名の遺体を埋めたことは、ゴドリックと、数えていいのならピーブズ以外誰も知らなかったが、レッドキャップは殺人の気配を嗅ぐ。

彼らは魔法生物なので、森を通って敷地内に入り込み、人殺しの気配を嗅ぎつけた。

最初に来たのは一匹だったのかもしれないが、彼らは人に気づかれないうちに何匹も移り住み、繁殖期を迎え、数十匹以上の群れに膨れ上がった。

レッドキャップは鼠算式に増えるので、次の繁殖期を迎えたら、手に負えないほど増えることは確実だった。

レッドキャップは数が増えるにつれ、彼らの縄張りを広げ、じわじわと地上に近づきつつあった。

その種はマグルには非常に危険だが、魔法使いであれば防御呪文や逸らし呪文で対処できる。

だがここは学校で、まだ十分に呪文に熟練していない子供たちがいることを考えれば、それは十分に危険だった。

 

「レッドキャップ?

間違いないのか?」

生徒から、教師がその報告を聞いたのは、春から夏に変わろうとする初夏の頃だった。

朝食のテーブルには相応しくないかもしれないが、必要な報告だった。

「間違いないのか?

地下に繁殖してるって。」

サラザールは信じられないというように、目を瞬かせた。

「間違いないみたいですよ。

幸い、遭遇したのはレイブンクローの上級生だったので、彼女は目眩ましの呪文で存在を気付かせないようにして、魔法生物を確認したようです。」

ヘルガの息子は真面目な様子で、遭遇した場所や数を、学校の責任者、つまり上席の教師である創設者に報告した。

サラザールは彼のこういった気負わない態度は気に入っていたし、普段は気楽に話せる相手でもあったが、今回の報告は顔をしかめざるを得なかった。

 

「何かしら、移動の群れでも迷い込んだのかしら?」

ロウェナも眉をひそめたが、心当たりはないようだった。

「いずれにしても、子どもたちがいるから、早めに片付けないとね。

現状を確認しましょう。」

ヘルガはため息をつくと、ベル一振りでハウスエルフを呼び出した。

「ねえ、ホグワーツにレッドキャップが湧いたみたいなんだけど、どのあたりにどれくらい湧いてるか分かる?」

ハウスエルフのかしらというものがあるのなら、それに相当するであろう年老いたエルフは、問われたことに流暢に語り出した。

「はい、分かります、奥様。

地下の、土がむき出しで外と繋がっております区間に、およそ59匹が棲息しております。」

「なんだとテメエ!

分かってたんなら、なんでさっさと言わない!」

ゴドリックがハウスエルフに文句を言うと、ハウスエルフは嫌そうにも見える表情でゴドリックを見上げ、抑揚のない調子で言い切った。

「それは旦那様の言いつけでした。

聞かれたことにだけ答えよとの仰せでした。

私どもは聞かれませんでした!

誓って!

旦那様はお尋ねになりませんでした!」

ゴドリックはそれを聞いて、彼の指示を思い出したので、余計なことを言うのは止めた。

 

「とりあえず、午後はレッドキャップ狩りね。

子どもたちは寮に帰そうかしら。」

ロウェナが思案するのに、ゴドリックが乗る。

「おう、そうしようぜ!

さくさく全部片付けてやらあ」

ゴドリックが立ち上がったところで、ヘルガが止める。

「午前は授業よ、駆除は午後だから。

そうね、それに、実習がてら最上級生だけは連れて行ってはどうかしら?

下級生は危ないけど──、四年生なら大丈夫じゃない?」

「そうだな、最上級生ならな。

引率を決めて、下級生は避難指示を出して午前中は準備の時間もいるだろう?

用意万端にして、腹拵えして、──午後だな。」

サラザールも同意する。

不承不承ゴドリックは座り直した。

 

レッドキャップ討伐はさほど難しくなく済んだ。

それは殺人妖精ではあったが、熟練して強大な魔法使いの前ではそれほどの脅威ではなかった。

生徒も実践を学びつつ、地下を歩き回ってレッドキャップを片付ける。

ピーブズがはしゃぎながらその様子を見ていたり、面白がってレッドキャップの妨害や足止めをしたりしていたが、概ね順調に討伐は進んだ。

一番面倒だったのは、数の確認でレッドキャップを積み上げて数えたが、残しておけばまた繁殖する。

1日では終わらず、数日を掛けて行われたそれらは非常に面倒ではあったが、ハウスエルフが不可解な彼らの魔法で総数を明確に把握していたので、確実に終わらせることができた。

 

レッドキャップ騒動は一見それで収束したかのように思われたが、それはサラザールに疑念を残し、また次の騒動の火種になった。

「先生?」

サラザールと組んでレッドキャップの胴を呪文で横薙ぎにしていたアルタイルがサラザールに話し掛けた。

手分けしていたので、その場所に他のものはいなかった。

「なんだ?」

サラザールが杖を振って返り血を防ぎながら問ひ返す。

「レッドキャップ、どうして湧いたんでしょう?

死の気配がないと巣は作らないんですよね?」

正しい。

正確には魔法族やマグル、ゴブリンなどヒト属の殺された死の気配だ。

そしてそれは、サラザールが授業で教えたことの一つでもあった。

 

「ヘルガやロウェナは、何か人型の魔法生物が入り込んで、移住で漂泊中のレッドキャップの餌食にでもなったのではないかと言っている。」

結局、サラザールが言ったのはこれだけだった。

サラザール自身も、おそらくヘルガとロウェナもそんなことは信じていない。

そして今期を通してホグワーツに残っていたのは、赤毛の教授一人だったという事実に言及することを避けた。

アルタイルは、何か言いたげな顔をしたが、結局それを言葉にすることは避けた。

 

 

 

 

 

 

レッドキャップは、ホグワーツの誰よりもピーブズを喜ばせた。

ピーブズは何かが起こること、ハプニングが大好きで、誰かを困らせるのも大好きだった。

ピーブズは実はそれまで定まった形を決めておらず、大男や老婆、青年や少女とにかくさまざまな姿で現れ、時には人の姿ですらないことがあった。

ポルターガイストに性別はないし、生まれたこともなければ、真実の形での生命も持っていないが、レッドキャップの目撃以来、ピーブズは好んで醜い小男の姿を取ることが多くなった。

さらにレッドキャップの出会い頭に襲うという習性を、出会い頭に生徒たちに悪戯を仕掛けるということで再現したので、物理的に非常に迷惑な存在になりつつあった。

 

「ピーブズを取り除くことは、実質不可能だ。」

サラザールは、ポルターガイストの性質をある程度把握していたので、ピーブズのエネルギーがどこから来ているのか察していた。

ホグワーツが魔法族の学校であり、これほど多くの制御しきれない魔法を持つ子供が集まる場所では、一度形成された擬似人格を持つポルターガイスト、ピーブズにエネルギーが流れていくのを阻止するすべはほぼない。

もちろん、全く手段が考えられないわけではないが、地区にロウェナがその手段を取ることを望まないのは簡単に予想された。

「まあ無理でしょうね。

でもちょっとは躾が必要かしら?」

ヘルガも同意する。

「子供が怪我したりしてるものね。

困ったものだわ、仕掛け部屋でも作って押し込めようかしら。」

こちらはロウェナ。

「それはいい手だと思えないな。

仕掛けは時間が経てばどこかに綻びが出るし、ピーブズには無限と言っていい時間があるから、いつかは鍵を破るだろう。

その時の暴れっぷりを考えたら、あまりいい考えじゃないだろう。」

サラザールが指摘する。

 

「まあ、試してみるか。

前からあれは目障りだったんだ。

叩っ切れるか試してみたい。」

ゴドリックが、名乗りをあげるが、他の教師は懐疑的な視線を送った。

ピーブズの存在は、現世的な肉体とは一線を画しているので、相当に直裁的なゴドリックの剣や魔法の威力は、この件に関しては信頼がおけなかった。

「やめておいた方がいいんじゃないの。

何か壊したら自分で直してもらうから。手伝わないわよ。」

ヘルガが警告しても、聞くような男ではない。

「何もやらないよりましだろ?

まあ、ある程度脅せられればいいんならなんとかなるだろ。」

楽天的なゴドリックの見通しは、今回に限ってはいい結果を生まなかった。

「うわ、ひっどい、また壊したよ、あの壁。」

「え、ちょっと、階段の手すり取れた。」

「あんまり近づくなよ、流れ魔法が飛んできたら危ないから。」

これらは、ゴドリックがピーブズを魔法と剣で追い回していた時の見物していた生徒たちの感想である。

結果から言うと、ゴドリックのピーブズ狩りは、盛大なる失敗に終わった。

 

ゴドリックは何日もかけてピーブズを追い回し、ダメージを与えようと試みたが、物理的な剣の攻撃と、彼の判別しやすい攻撃のための魔法はポルターガイストであるピーブズととことん相性が悪かった。

生徒や教師はゴドリックとピーブズがやり合っている付近を避けて通ったが、何しろ、彼らは縦横無尽に暴れ回っているので、完全に避けて歩くのは難しいのだった。

更に、この状態のゴドリックが自分の分担の授業をまともにするわけがなく、彼の授業は自動的に自習になっていたので、創設者含む他の教師で手分けして教えていた。

 

その日、ブラック家の第三子、ペルセフォネ・ブラックは、スリザリンの同級生の女の子とおしゃべりしながら、ロウェナがややこしい呪文を掛けた流れる階段を下りていた。

彼女が階段の中ほどを降りようとしているとき、突然の声が掛かる。

「おわ、危ねえ、どけよ!」

一応言っておくと、ペルセフォネはその直前に、ピーブズとゴドリックはどのあたりにいるらしいという話を聞いてから、関係ない辺りを歩いていたはずである。

ペルセフォネの聞いた話が間違っていたわけでなく、この場合、ピーブズとゴドリックのやり合いながらの移動範囲と速度が並ではないのだ。

「ケーケッケ!

これは俺のせいじゃないもんね!」

ピーブズの哄笑が響き渡る。

「落ーちる、落ちる!

娘っ子が落ちる!ライオンのせいで落ーちる!」

ゴドリックが階段の下をすり抜けようとしていたピーブズに向けて撃った爆発呪文が、流れる階段の裏側に誤爆したのだ。

「きゃああ!」

階段の下部がべきりと崩れて少女たちが投げ出される。

 

「やっべ!」

ゴドリックは階段が崩れたのには気付いたが、走り抜けながらピーブズに斬りかかっていたから、少女の落下に対応はできなかった。

「ペルセフォネ!」

階段の下の廊下を、少なくとも彼女が見える距離でサラザールたちが歩いていたのは幸運だった。

サラザールは、彼の寮の生徒たち、アルタイルやアルナイル、ロドリウスたちと廊下を歩いていた。

アルナイルがいち早く気付いて悲鳴を上げ、アルタイルが反射的に走り出したが、走るのでは間に合わなかった。

サラザールは呪文を唱える暇も惜しく、杖さえ取り出さず彼の魔法を蜘蛛の巣状に展開した。

それは彼女と彼女の友人をそっと受け止め、衝撃を緩和して、彼女たちをふわりと床に降ろした。

「ペルセフォネ!

大丈夫か、無事かい!?

良かった怪我がなくて・・・。」

駆け寄ったアルタイルが心配のあまり彼女を力の限り抱きしめる。

ペルセフォネは恐怖で泣きそうになって

「お兄ちゃん、怖かった・・・、怖かったわ。

叩きつけられると思ったら、ふわって浮かんで降ろされたの。」

ほんの少し遅れて駆けつけたアルナイルもぎゅうぎゅうとペルセフォネを抱きしめながら、ふわっとした魔法を行使したであろう自分たちの担任教師を見た。

 

サラザールは、杖無しの無言呪文で力を行使して急激な力の消耗に見舞われてはいたが、改めて杖を取り出して廊下の向こうでばつが悪そうにしているゴドリックと壁から半身を出してケタケタ笑っているピーブズを睨みつけていた。

「貴様、──何か言うことはないのか。」

サラザールが杖を向ける。

魔法使いが杖を向けると言うことは喧嘩を売っているにも等しいが、やましい心当たりがあるゴドリックは怒る代わりにがりがりと頭をかいて、目を逸らした。

「いや、まあ、なんだな。

怪我がなくて無事で良かったな!」

ピーブズは当然反省の色などかけらもなく、醜い小男の形で、壁を出たり入ったりして、

「怒られた、おっこられたー!

オレのせいじゃないぜー!

オレはかっわいいイタズラしかしてないぜ!」

と跳ね回っていた。

「き、さ、ま、は、謝ることもともにできんのか!」

サラザールの怒りに呼応して、頭を冷やせとばかりにゴドリックの頭上から大量の水が降り注いだ。

「ピーブズ!

分をわきまえろ!

その気になれば、貴様が飽きて泣くほどの時間を、壁に塗り込めて話せないようにしてやるくらいのことは造作ないのだからな!

それとも貴様の核(コア)を完全に破壊してやろうか、ロウェナは文句を言うだろうがな!」

サラザールの怒りはそのままピーブズにも向き、精神を制御する魔法を扱う要領で、ピーブズが抜け出せない「見えない網」を作り、高い天井からぶら下げるようにピーブズを吊り上げた。

「げっ、げっ、なんだこりゃ、放してくれよう!

なんでオレを縛れるんだよう、謝るからやめてよう!

こん畜生、抜け出したら覚えてろよ、寝てる間にけちょんけちょんにしてやるからな、覚えてろよ!

許してようごめんよう!」

思ったことが隠せずにそのまま表出するピーブズは、基本精神体である自分が拘束されたことに混乱して、謝罪と罵倒を器用に繰り返していた。

ゴドリックが捕まえられなかったのに、サラザールが簡単にできた理由は彼らが得意な魔法の指向性の違いによるものが大きいが、ゴドリックは吊り下げられたピーブズを見て、びしょ濡れのままここぞとばかりに剣を構えた。

 

「このゴブリンもどきが。

ちょうどいい、叩っ斬ってやるぜ。」

ゴドリックが吐き捨てた言葉は、サラザールの神経を逆なでし、さらに怒らせるには十分だった。

「やめろ、ゴドリック。

お前の剣じゃ、ポルターガイストは斬れない。

本当はお前、分かってるんだろう。

あれは2、3日吊っておく。

お前は面白半分で遊んでたんだろうが、生徒を危険に巻き込むな。

一歩間違えば大惨事だったんだぞ。」

ゴドリックは、苦虫を噛み潰したような表情から、十分に理解していたと思われるが、とうとう謝ることはなく、

「くっそ、なんでも斬れるって触れ込みの剣だったんだが。

俺の剣じゃあ斬れないってんなら、斬れる剣を調達してくるだけだ。

ゴーストだって斬れる奴がどっかにあるはずだろ。」

サラザールには許容しがたいゴドリックの反応だったが、ゴドリックはサラザールが何か言うことができる前に、くるりと踵を返して、そのまま立ち去り、その日は夕食にも姿を見せなかった。

 

「先生!」

生徒たちが駆け寄ってくるのに、サラザールは生徒の方へ心を向け、ペルセフォネと彼女の友人の無事を確認することを優先した。

彼はそれから、自分が水浸しにした廊下とゴドリックが破壊した階段の修復を生徒と手分けして行い、騒ぎ立てるピーブズはそのまましばらく放置した。

趣味の悪いオーナメントのように吊り下げられたピーブズはしばらく生徒の魔法の練習の的となり、サラザールのことを本気で憎んだが、就寝時含め、サラザールに仕掛けようとした「悪戯」は、ピーブズの魔法痕を認識したサラザールが迎撃用の魔法トラップを敷いていたせいで、概ね全て返り討ちにされて終わった。

ピーブズを的にした精神系のものも含めた魔法の練習は、スリザリンが得意だろうと言う大方の予想とは違って、レイブンクローのイドワルが一番ピーブズを的確に捉えていた。

これに関しても、ヘレナ本人が周囲に隠していたので気づかれはしなかったが、彼女は密かに劣等感を募らせていた。

 

そしてヘレナ。

彼女は組分け帽子の存在を見て、今あれが使われていたら、自分はレイブンクローであったことはないのだろうと悩んでいた。

ゴドリックが明るい冗談のつもりで歌わせた歌は、思いのほか彼女の心を刻み、勉学と創造性などは自分にはなく、純血と言う理由でスリザリンに行くか、誰でも受け入れるハッフルパフだったのだろうと、起こらなかった過程を夢に見ることで、誰にも相談できない気持ちを抱えて過ごしており、そして、母親のロウェナはそれが全く自分自身が抱いたことのない感情ゆえに、ヘレナの気持ちを察することはできなかったのだった。



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■第5章 グリフィンドールの剣 前編■

ところで、マグルには知られにくい「こちら側」で生きているのは、何も魔法族だけではない。

 

現代を生きる魔法族には、ゴブリンと言えば、グリンゴッツ銀行で慇懃無礼に働く無愛想な種族というイメージがあり、歴史的には魔法史の教科書でごく数行記述される複数回に渡る「ゴブリンの反乱」くらいしか記憶に残らない。

実際にはゴブリンは非常に知的で、普通に魔法も使いこなすし、契約と約束を重んじる高度な社会を築いている種族でもある。

だが、魔法族は、長くゴブリンを同等の能力と権利を持つ種族として認めず、数の優勢をもって彼らを虐げてきた。

反乱は故のないことではなく、マグルのイギリス人がアフリカに攻め入って無辜の民を鎖に繋ぎ、船に載せて新大陸で売り飛ばしたように、魔法族はしばしばゴブリンの集落を気ままに襲撃し、狼や鹿、狐の代わりに狩りたてたり、奴隷として働かせるために連れ去ったりした。

あまりにもひどい虐待に死んだ方がましだと思われたとき、或いは一方的に劣等種族として彼らの魔法のために杖を持つことを禁止されたとき、彼らはたびたび反乱を起こしたが、数の劣勢により、長期的にはいつも失敗に終わった。

ゴブリンにとっては古代、人間の金銭の取引ではなく、庇護の代わりに奉仕をもって魔法族と共存することを選んだハウスエルフという種族がいたことも不幸の原因だった。

ゴブリンは本来は独立自尊の気風の高い種族だが、魔法族は自分たちよりも小柄な種族だというだけで、ゴブリンを身長並みに自分たちよりも低劣な種族だと見做し、さらにハウスエルフには奉仕の代わりに庇護を与えることになっていた古代の約定を忘れて、ゴブリンにも奉仕、それも庇護も金銭の対価も提供しない奉仕を要求した。

グリンゴッツ銀行は、魔法族側の視点では、金持ちのゴブリン、グリンゴッツがどうやったらより金儲けが出来るか考えて設立したかのように記載されているが、真実はそうではない。

彼はゴブリン社会の貴族であり、真にノーブルな人物だった。

彼はたびたび魔法族に蹂躙される同族を憂い、どうすればいいのか考えた。

戦いを起こすのではなく、銀行を興して魔法族の財産の管財人になればいいと考えついたのはどれほどの天才だったのだろう。

彼はグリンゴッツ銀行を建て、多くの魔法族の財産を握り、必然、ゴブリンが尊重されるように社会の流れを変えた。

だが、ともかくそれは後世のことで、グリンゴッツ銀行はまだない。

 

一千年以上前、ゴブリンの集落は今ほど隠されておらず、イングランドのある地方には首長が王と呼ばれるほどに大きな集落が存在した。

彼らは彼ら自身の規範を持ち、彼ら自身の技術を持ち、その最高のものを保持した者が当代の王と呼ばれた。

この時代の王はラグヌック一世であった。

彼は、自分のためにルビーの嵌め込まれた全てを斬ることのできる剣を打ち、王権の証とした。

それはゴブリンの頂点に立つものとしての象徴であり、売り物ではなかった。

彼は王だった。

つまり、すでに裕福だったので、単純に生計のための商売はしていなかったのだ。

彼らにとっての災いは外から来た。

 

ゴドリック・グリフィンドール。

 

彼の魔法の腕前は、その雑駁さにも関わらず本物だった。

魔法族の魔法使いには見つからないように入念に編まれた結界を探り当て、門番を排除してゴドリックが王宮とは呼べない瀟洒な屋敷にたどり着いた時、ほとんどのゴブリンは虐殺と略奪を覚悟していた。

こういう言い方をしていいのかどうか、おそらく現代にはそぐわないが、ゴドリックには自分が非道を働いているという認識はなかった。

彼は、ゴブリンをやたら鍛冶が得意な低劣な人もどきとして認識しており、後世知られている平等主義的な先進的な人物像とは違って、その時代の平均的な魔法族がゴブリンを足蹴にするよりはましかもしれないという扱いをしているだけだった。

ゴドリックとしては門番をのしただけで彼は全く友好裡に訪れたつもりで、ゴブリン的には門番を殴って昏倒させられて全く威圧的に侵入された心持ちで、それでもゴルヌック一世はゴブリンの、彼自身の妻子を含む全同胞を見捨てて逃げるような心根はしていなかったので、この傍若無人で陽気な侵入者と、ゴブリンの繊細な細工で飾られた屋敷の大広間で謁見する運びになった。

 

「よう、あんたがゴブリンの王様?

今打てる中で、一番いい剣を売って欲しいんだけど。」

ゴドリックは場の緊張にそぐわない明朗な調子で告げた。

この街で魔法族に売っているものはないと、魔法使いを叩き出せるものなら、ゴブリンはそうしたろう。

だが、実際、警備の者を叩きのめして目前に立つ魔法使いを力で退けるすべはない。

現代で言えば、マシンガンや何か武装した人物が警備員が丸腰の建物に侵入したようなものだと言えば想像しやすいだろうか。

人格はともかく、ゴドリックは間違いなく当代で一流の魔法使いの一人には間違いなかった。

 

「──宝物庫から剣を出せ。」

ラグヌック一世は腑が煮えくりかえるような思いを飲み込んで、側に控えていた廷臣に申し付けた。

「陛下、そんな──。」

「出せ。早く行け!」

部下や一族が傷つけられることを疎んで、ラグヌック一世は不本意ながら、ゴドリック・グリフィンドールが要求するものを提示することにした。

「いい奴何本か持ってきてくれよ、見て選ぶからな。」

傍若無人なゴドリックの声を、ラグヌックに忠実な部下も、ラグヌックも意図的に無視した。

やがて、運ばれた剣はいずれも負けず劣らずの名剣だった。

 

視線だけで殺せそうなゴブリンたちの殺意をよそに、ゴドリックは運ばれてきた剣を無遠慮に物色していた。

「いい剣はこれで全部なのか?」

ゴドリックの問いに、ラグヌック一世は苦い顔で首肯した。

「うーん、なんかこうぴんと来ないんだよなあ・・・。

──いや、おい、あるんじゃないのか、これ以上の剣がさ。」

「何を言ってる。

何も隠してはいない。

ここにあるのは、宝物庫にある剣の最上級のものばかりだ。」

ラグヌックの答えに、ゴドリックはにやりと悪い顔で笑った。

「あるじゃないか、そこに。

あんたの得物が、この国で一番いい剣なんだろ?」

 

言うが早いか、ゴドリックはゴブリンの王へ向けて動き出していた。

ゴブリンの衛兵が王を守ろうとしたが、魔法の追い風を受けたゴドリックの動きには到底ついていけず、ラグヌック一世もまた最高の鍛治師兼銀細工師であっても、最強の戦士ではなかった。

ゴドリックは、あっという間に王に迫ると、彼が背中に負っていた剣を奪い取って、彼を組み伏せた。

小柄なラグヌックは手もなく組み伏せられ、膝で抑えられて、ゴドリックがルビーのついた王権の証である剣をしげしげと検分するのをどうしようもなかった。

「動くなよ、動いたらお前らの王様、間違って踏み潰しちまうかもしれないからなあ?」

ゴドリックが牽制しながら、ラグヌックの背に置いた膝をにじると、ラグヌックはたまらず痛みに呻いた。

「陛下!」

その場に居合わせたゴブリンは全員がゴドリックを殺してやりたいと思ったが、彼らにできることは何もなかった。

 

「ふうん?

つまり、これが一番いい剣だろ?

明らかに桁違いの業物だもんな?

よっしゃ、これは俺がお買い上げだ!」

「何だとそれは売り物じゃない!」

「この傲慢な魔法使いが!」

ゴドリックの下敷きになっていたゴルヌック一世も、周囲のゴブリンも思わず一斉に抗議の声を上げるが、ごり、と、してはいけない音がゴドリックに抑えられたゴルヌック一世の背中からしたとき、王を慕う臣下は憤怒の表情でありつつも黙り、王はふたたび呻き声を上げた。

「売らないとは言わないよなあ?

なあに、金を払わないとは言ってない。

な、売るだろ?」

やたら明るい声を上げるゴドリックだが、奪った抜き身の剣を、ゴルヌックの押さえつけた手首に突きつけている。

 

手を。

鍛冶師としても銀細工師としても、手はなによりも大切な生命線だ。

言葉にして切り落とすというより明確な脅迫にゴルヌック一世から血の気が引く。

「や、やめろ!

それだけはやめろ!」

「売るよなあ?」

ゴドリックはにやにや笑っていた。

「ぐ、分かった、持っていけ!

そして二度と姿を見せるな!」

ゴルヌック一世の言葉に、ゴドリックは歌うように続けた。

「持っていくさ。

その前に、俺のものには名を刻まなきゃなあ?

この国一番の彫り師は誰だ?」

その言葉に、ゴブリンは皆で顔を見合わせて、年長の者が不本意そうに答えた。

「この国一番の細工師も彫り師も、今貴様が押さえつけている。

一番は陛下に決まっている。」

 

ゴブリンの答えに、ゴドリックは目を丸くして、だが、ゴルヌックを解放することはしなかった。

「おお?

そうか、じゃあ仕方ないな。

二番目の奴でいいや、道具持って来いや、ここにな。

剣身に刻んで欲しいんだよな、俺の名を。」

傲岸な魔法使いの要求に、ゴルヌックが絞め殺されるような声を上げたが、彼の命を盾にとられてゴブリンは結局ゴドリックの要求に屈した。

「ここな。

この剣の背のとこ、いい感じの流麗な書体で『ゴドリック・グリフィンドール』って入れてくれ。

彼の要求は容れられ、ゴブリンの技で名を入れた剣を満足げに一振りしたゴドリックは、ここでやっとゴルヌック一世を解放した。

 

「陛下、大丈夫ですか!」

廷臣が王に駆け寄る。

臣下がゴルヌックを助け起こす間に、ゴドリックは窓際に素早く移動して口笛を吹いた。

「貴様、よくもー!」

衛兵が斬りかかるより早く、ゴドリックは懐からひとつかみの金貨を掴み出し、相手に向けて投げつけ、あたりに金貨をばらまいた。

「対価は払ってやるって言ったろ!

そうかりかりするもんじゃないぜ!」

窓の外から、天馬の羽ばたきが聞こえ、ゴドリックは窓を乗り越えて、馬上の人となった。

気ままに飛び回っていた不死鳥も彼の周りを旋回する。

ゴブリンにとって、金貨ひとつかみというものが正当な対価であるとはとても言えなかったが、ともかくゴドリックはそうやってゴブリン製の宝剣を手に入れた。

 

これらのことは、ホグワーツ開設の5年目が始まる前の夏休みに起きた出来事である。

 

 

 

5年目の新学期が始まる前、サラザールは、地方が一緒なので、ブラック家の三兄弟と、レストレンジの長男と一緒に、まあ正直に言えば引率してホグワーツに戻った。

夏の間、サラザールはバジリスクをホグワーツに置いて去った。

バジリスクは非常に強力な魔法生物なので、その目を閉じずに気ままに徘徊させるのは周囲にとってあまりに危険だった。

サラザールは、固有名詞というほどのものではなかったが、蛇語で時々その蛇のことを[[rb:蛇の王>レックス・アングイス]]と呼んでいた。

夏の間、バジリスクと相性の良くない不死鳥は、ふらふら放浪するゴドリックについて回ることが多いので、それについてだけは心配していなかった。

誤解されがちなことだが、不死鳥は特に人間の基準での正義や聖なることに惹かれるのではない。

強力で特殊な魔法生物ではあるが、所詮鳥である。

それが好むのは非常に強い陽の気、特に火、炎であるので、ゴドリックに纏わり付いているのは、炎の気配、要するにご飯目当てである。

考えても見て欲しい、活火山でもなければ自然の世界では意外と火の気配は薄いのだ。

 

ともあれ、サラザールはホグワーツに戻ってきて、彼の「秘密の部屋」を開ける前に、パーセルタングで話し掛けた。

『レックス・アングイス、いる?

開けても大丈夫?』

中からはすぐに応えがあった。

『大丈夫。

サラ、お帰りなさい。』

サラザールが秘密の部屋を開けると、少しだけ成長したバジリスクがちょろりと這い出てきた。

目を閉じているので、目以外の感覚器官を使って進んでいる。

『ん。怪我もないし、大丈夫そうだな。

話し相手もいなくて退屈じゃなかったか?』

『大丈夫。大半寝てたし、ちょっと前にゴーントの子が来てくれたから。』

なんとバジリスク、活動が必要ないと思ったら、気ままに休眠できるらしい。

そして、生徒の中で、唯一パーセルタングが話せるモーフィアス・ゴーントだけは、バジリスクに事前に目を閉じてもらえるよう予告できるので立ち入りを許可していた。

サラザールは、ほのかな笑みを浮かべると、少し屈んでバジリスクが彼の腕を登るのを助けた。

長寿のバジリスクは成長が遅く、まださほどの大きさでもなかった。

 

バジリスクを肩に巻き付かせたまま、サラザールが部屋を出て大広間に向かうと、何やら人の気配が騒がしい。

学期の前で、教師も生徒もだいぶ戻ってきているが、なんの騒ぎだろうかと足を早める。

着いてみると喧嘩などではなく、ゴドリックを中心に生徒たちが盛り上がっていた。

「どうした?

えらく賑やかだが。」

サラザールが集団に声を掛けると、何人かが振り向いた。

「あ、サラザール先生!

すごいんだよ、ゴブリン製の剣だって!」

興奮しているのはグリフィンドール最年長のイグネイシャスで、ゴドリックの狩りにも良くついて行っているので、剣にも興味があるのだろう。

同じ寮で学年のフロドリー・ぺべレルはやや研究者気質が強いようで、ゴドリックの剣にはめ込まれた赤い宝石をしげしげと眺め、「なんだろう、何かの魔法が掛かってるみたいなんだけど。」

と呟いていた。

 

「おう、サラザール、ピーブズでも斬れそうな剣を手に入れてきたぜ。

まあ、やってみないと分からんが。

その肩に載ってる子蛇だって斬れるんじゃないか?」

ゴドリックがにやつくのに、サラザールは微妙に眉を寄せたが、ハッフルパフのオッファンが剣身を見て、緊迫感の全く感じられない驚きの声を上げた。

「これ、先生、ゴドリック・グリフィンドールって彫ってある!

先生、でもこういうの、抜き身に彫っちゃったら剣の強度が弱るって言いませんか?」

ゴドリックが答える前にフロドリーが答えた。

「いや、ゴブリンの業物はその辺が並の製品と違って、細工をしても強度が下がったりしないらしい。

叔父さんが言ってた。

それどころか、この赤い石とか多分ゴブリンの特殊な魔法とか掛けてあるから、何か付加ですごい効果が付け加えてあったりするんじゃないかな?」

 

バジリスクを斬れるという発言に不快感を抱いたサラザールだが、剣身に名を刻んであると聞いて、純粋に驚いた。

「すごいな。

ゴブリンはなかなか武器は売ってくれないという話だが。」

この時点でサラザールはゴドリックとゴブリンの経緯を知らないので、普通に取引に応じてもらったのだろうと思って、感嘆の視線を投げた。

滅多にないサラザールからの賞賛の視線に、ゴドリックは得意げに胸を逸らした。

「な、すげえだろ。

なんでも斬れるって、ゴーストまで斬れるかは分かんないんだがな。」

去年の騒ぎを思い出して、サラザールはため息をついた。

「そういうのを試すのはやめておけ。」

ゴドリックがそれを聞くかどうかは分からなかったが、とにかく、ゴブリンの業物は本当に見事だった。

 

 

 

 

 

 

ロウェナは、のちの校長室、Pensieveの設置された部屋で、魔法評議会からの書簡を受け取って、こちらはこちらで眉を潜めていた。

魔法評議会からの穏やかな交渉は、実質、営利に目が走った要求でもあった。

魔法学校を設立するという志を掲げた時には、彼らは実質静観という名の無視をしていた。

学校教育という概念が薄かった英国魔法界で、魔法という一律の目的があれど、採算と経営が成り立つか不明な事業に手を出すことを恐れていたのはわかるが、軌道に乗ってきたこの時期に、わずかばかりの援助予算の申入れを行うのと引き換えに、ホグワーツの学校教育の方針に口を挟もうという魂胆が見え透いていた。

ホグワーツは独立自尊、その気風で行こうとは最初から決めている。

だが、全土に力及ぶわけでもない魔法評議会でも、完全に無視して物事を進めるには厄介な相手であり、頭の痛い問題だった。

 

「ロウェナ?

何を読んでいるの?」

ヘルガが、部屋に入ってくる。

ヘルガとサラザールはは割とまめに薬草学や魔法薬の知識を残しにこの部屋に訪れる。

「魔法評議会からのお手紙。

支援金を出すからありがたく思えっていう内容よ。」

噛み砕いて言えばそういう内容だった。

「ああ、ものついでに運営内容に口を出そうって言うわけね。

お爺ちゃんたちの考えることは代わり映えしないわねえ。」

ヘルガもウェールズの地元では領主夫人なので権力者との付き合いには慣れている。

「まあ、適当にあしらってあまり冷たくし過ぎないようにすることね。

ホグワーツは間違いなく発展してる、いつか彼らは自分たちの子供や孫がホグワーツなしにはまともな教育を受けられなくなっていることに気づくわ。

ホグワーツを評議会の手先にするつもりはないでしょう?」

 

「そうね。

適当にあしらうわ、ヘルガ文面考えるの手伝ってくれる?

ゴドリックじゃ直接的過ぎて角が立つし、サラだとちょっと親戚が評議会に近過ぎて名前を出さない方がいいって言われたのよね。」

ロウェナは書簡を一旦畳んで机に置いたが、表情はまだうかない顔をしていた。

「何?

まだ他に気になることでもあるの?」

ロウェナは視線を彷徨わせた。

彼女を迷わせているのは、この時代ににおいてすら既に頑迷で旧弊だと言われていた魔法評議会の老人たちではなく、むしろ真逆の若い女の子だった。

「ううん、評議会とは関係ないんだけど。

ヘレナが最近そっけない気がするのよね。」

ため息をついたロウェナに、ヘルガが思ったことは「今更?」だ。

魔法使い気質というか、研究者気質というか、富裕な領主階級であることも相俟って、ロウェナは子育てに関わる率が低い。

関心がないどころか、ヘレナのために最高の教育をと思ってホグワーツ魔法学校を思いつくくらいには娘のことを愛しているが、いかんせん、小さな子供が察せる類の愛情ではないことも多く、ヘレナは入学2年目頃から既にロウェナにそっけなかったとヘルガは思う。

 

「まあ、年ごろだしね。

色々難しいんじゃない?

もう少ししたら落ち着くわよ、きっと。」

大抵の場合、このアドバイスは当てはまるだろうし、何人もの子供を育ててきたヘルガの経験則でもあった。

「そうね、あんまり気にしないようにしとくわ。」

ロウェナはそう言って笑ったが、この時、きちんと肚を割って話しておくよう助言すべきだったのではと、はるか後年、ヘルガは長く悔やむことになる。

 

 

 

 

 

さて、ここで、一千年後のホグワーツでも「血みどろ男爵」として知られることになる、イドワル・デハイバースの心情についてもいくらか説明しておこう。

彼は入学の時点で生徒の中では最年長であったがそれでもたった14歳にしか過ぎず、5年目を迎えてもまだ18歳、今年度中には19歳になるという若者だった。

5年目ということは、のちのO.W.L.ー、魔法使いの一般的な試験を受けるにふさわしいとロウェナたちが規定した年齢であるし、彼は実際に自分の実家であるデハイバースの領主家からはそろそろ戻ってきて惣領としての仕事を始めるように言われていたから、彼は試験を受けた後は、ホグワーツにとどまることなく、実家に帰らねばならないだろうと思っていた。

イドワル以外にも、まだこの時代は5年目の認定試験を受けたらホグワーツを卒業しようという魔法使いは何人かいた。

旅程は馬鹿にならず、設備に対する富裕者の寄付や、ハウスエルフからの奉仕協力などで削れる費用は削っていたが、各家庭に対する費用負担そのものが安価でお手軽とは言いがたいのは仕方ないことだったからだ。

 

だが、彼は本当はホグワーツを去りたくはなかった。

彼は魔法の力を持っていて、まだ魔法の世界とマグルの世界はそれほどはっきりと分離してはいなかったから、彼の両親は魔力暴発を起こす彼らの子供を魔女と噂されるハッフルパフの領主夫人に相談し、彼はホグワーツに来て自分の力を制御し使いこなすようになる機会を得た。

一般的に魔法族の親を持たないマグルはそれほど幸運ではなかった。

だが彼も、そんな風に理解ある彼の両親さえ、心の中では彼のことを化け物扱いしているんじゃないかと感じるのを抑えることはできなかった。

彼が実家に戻ったら、ほぼ魔法を使うことはできないだろう。

周囲が魔法を使えない中で、それを見せることは危険だと両親からも言い含められている。

 

ホグワーツは魔法使いばかりで満たされ、彼は自分の魔法を抑圧することなく過ごしていられた。

マグル出身で最初は戸惑うことばかりだったが、少なくとも初年度の仲間は少なく彼はそれらの差異に慣れる猶予を持つことができた。

それから、彼は同じ寮に配属された少女を見た。

ヘレナ・レイブンクロー。

最初は小さな女の子が頑張っている、くらいの気持ちだったが、少なくとも彼女は美人の母親に似て、年を追うごとについて、徐々に美しくなっていた。

彼は、心無い周囲の囁きはおいて、彼女が頑張っているのを間近で見ていた。

彼自身も「マグル出身なのに頑張っている」と言われる以上に「マグル出身のくせに」と侮蔑的に囁かれることもあり、彼女が「レイブンクローの娘のくせに」と噂される気持ちが分かると思った。

その気持ちを素直に彼女に伝えていればまた違ったのかもしれないが、元が寡黙な彼は最初から彼女に伝えるのを諦めてもいた。

それは、彼自身が跡取りである以上に、彼女がここレイブンクローの跡取り娘であって、彼女を望むことができないだろうという気持ちからだった。

 

そして彼は、気持ちを伝えることもなく、結局この最後の年度を過ごす。



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■第5章 グリフィンドールの剣 後編■

結局、休暇の時期は長くホグワーツ以外の場所で何があったのか語らなければ、物語の全容を把握することはできない。

今回は、再び、のちのゴドリック・ホロウ、西の荒野へ向かおう。

 

ぺべレル。

休みの間、フロドリーと、メドレイアは当然のことながら西の荒野の自宅に帰っており、家族と過ごしていた。

一族の中で、妙な研究に没頭している叔父のガラクタス・ぺべレルはややもすれば鼻つまみ者の扱いを受けていたが、フロドリーの父、ガラクタスの兄にあたるハウウェルは弟のことを心配しており、定期的に様子を見に行っていた。

ある日、父親が

「ちょっと出掛けてくる。」

と言った時、フロドリーは父親が向かう先が叔父のところであることに気付いて、父親と一緒に行くことにした。

フロドリーにとって、ちょっと扱いの難しい叔父は、結局のところ、父の跡を継いでいずれ家長となる自分が責任を持たなければならない相手だろうから今のうちに対応を把握しておきたいという気持ちもあったのだが、その他に、純粋に叔父の研究にも興味があった。

 

「ガラク、いるか?」

父親はさすがに家長だけあって、ずかずかと遠慮なく立ち入っていた。

距離はそれほどでもないのだが、あまり訪れることもない家なので、フロドリーは慎重に玄関から足を踏み入れた。

日常生活に気を使う奴じゃなくて、という父親の愚痴に反して、足を踏み入れた屋内は暖かく保たれ、綺麗に整理整頓されていた。

だが、その整然さはハウスエルフの手になるものだったということは、彼の書斎──、研究のためのプライベートスペースであろう場所に立ち入ったときの雑然さにより、簡単に推察できた。

「ガラク、ちゃんと食事は採ってるのか?

また痩せた気がするし、目の下が黒いぞ?」

父親から叔父への説教が始まる。

話が長くなりそうと思って、フロドリーが辺りを見回したとき、いくつかの背表紙に違和感を感じた。

どこかで見たことがある。

まあ、見たことがあるのは当然だった。

数年前、ホグワーツが図書の寄付を募ったとき、彼が父親と一緒にホグワーツに運び、今も禁書棚にゴドリック作の複製が並んでいる。

結局、ゴドリックは数年掛けてガラクタスの「ヤバい本」を本人に戻していたし、なんなら、似たような経緯でホグワーツに集まってきたdark arts系の本も複製してガラクタスに与えていた。

 

フロドリーは改めて、個人の所蔵としては破格のコレクションを見回し、非常に感銘を受けた。

ただ、それを顔や口に出すと、父親の説教の対象になるのは分かりきっていたから、とりあえずは表情を変えないように努めた。

彼はその日は何も言わずに普通に帰り、翌日、家族にはそのあたりに遊びに行くといって、叔父の家を訪れた。

まあ、「そのあたり」であることに間違いはない。

 

「叔父さん、いる?」

「フロドリー?昨日も来てたろう?兄貴に何か頼まれたのか?」

日を置かずに訪れた甥っ子に、ガラクタスは怪訝な顔をしたが、フロドリーは首を横に振った。

「違うよ。

ちょっと叔父さんの本も見せてもらいたいし、話も聞きたいんだけど、父さんいると聞けないでしょ。

だからこっそり聞きに来たんだよ。」

フロドリーの台詞はガラクタスを驚かせたが、結局のところ、彼にも承認欲求はあり、賞賛に飢えてもいた。

「──兄貴には内緒だぞ。」

彼はそう言って彼の研究成果を甥っ子に見せた。

 

「死を克服する研究?」

響きからして途方もない命題に見えた。

「そうだ。

まずは死なないようにすること、死んでも生き返れるようにすることなどいくつかの方向性は考えられるんだが、今のところは死なないようにする魔術の方が研究は進んでる。

昔から研究されてきた賢者の石──、こういうのもあるけど、それ以外にも手段はあるみたいで今はそちらを研究してるかな。」

ガラクタスの声には、純粋な追従者に対して、彼が孤独に真剣に追求してきたことの成果を披露できる喜びが滲み出していた。

結局、この点では、揶揄を抑えられないゴドリックはガラクタスにとって良い聞き手にはなれていなかったのだ。

「凄いね、それってどんなものなの?」

フロドリーは、ガラクタスの期待通り、純粋な尊敬を込めて叔父を見上げた。

念のために言っておくと、この時代、魔術はそれそのものが暗い深遠からきたと考えられていたので、それが暗い(dark)であるという理由だけで忌避する理由にはなっていない。

ガラクタスが変人、厄介者扱いされるのは、研究内容よりも、むしろそれに没頭して共同体(西の荒野の村落)の首長家の次男として当然期待される役割を放棄して、穀潰しと化していることにある。

「うん、それは名付けるなら分霊箱(ホークラックス)とでもいうかな。

これは自分の魂を分割して、別所に保管しておくことで、もとの肉体に何かあった時も死なないようにする魔法で──。」

その休みから、フロドリーは叔父の研究に興味を持ち、父親には、叔父の様子は自分が見に行くとも言って、彼の蔵書を読み、彼の話を聞いた。

 

 

 

 

 

 

新年の休みがおわり、後半の学期が始まった。

この時期、特筆すべきことは、のちのホグワーツに設置されることになる、一定以上の魔法力を持った子供の出生を感知する魔法装置の開発だ。

それは、魔法評議会が開発を推進した魔法具で、基本、魔法族のものである魔法力の発生、つまり魔法族の出生に関連して察知されるという理論の元で開発が行われ、それを元に全ての魔法族に教育を然るべく行うべき、という強硬派が現れたのだが、実際には、最初の段階では新たなる魔法力の発生を検知するというだけではそれが誰かも分からず、魔法検知が届きにくい場所から移動しただけの大人かもしれず、実用に供するにははるかに遠い代物だった。

これ自体は長い年月を掛けて改良され、機能が付け加えられて、現在、ホグワーツに設置されている、ホグワーツ入学対象者の一次名簿を出力する魔法具になっている。

この時代はまだそれには程遠い。

ただ、魔法評議会の横槍はともかく、その魔法具は、おそらく今後マグルの間に生まれた魔法族の出生も明らかにするであろうことで、ホグワーツの理念にひとつの問題が投げかけられた。

それはつまり、マグルに生まれた魔法族の入学に関する問題である。

 

「安易にマグル生まれを受け入れるのは危険だと思う。

今の段階ではやめておいた方がいいだろう。」

魔法界とマグルが完全に分断されていなかったこの時代でさえ、異端に対する反応は決して芳しくはなかったので、サラザールは厳しい表情で、教授だけが集まった会議の際、自分の意見を表明した。

「ええ、でも実際、うちの寮にはマグル生まれでもイドワルがいるじゃない?

彼はとても優秀よ。

いずれはマグルに生まれた魔法使いも受け入れるという考えは悪くないのではないかしら。」

ロウェナはその考えに現時点で唯一マグル生まれで入学しているイドワル・デハイバースを思い起こして考えた。

「いいえ、彼は優秀だけど、マグルの庶民は文字の読み書きもままならない者の方が多いから、みんながそういうものとは思わない方がいいかもね。

まあでも、もしいっぺん受け入れたなら、きちんと教えてやった方がいいとは思うのだけれど。」

浮世離れしたところのあるロウェナとは違い、地元でマグルとの付き合いも多く、世相に詳しいヘルガは存外厳しい意見だった。

「魔力はあるんだろ、そいつら。

がたがた言わないで、やる気があるんなら入学させてやったらいいんじゃないか?

駄目ならそこから振るい落としていけばいいだろ。」

ゴドリックの意見は一見前向きだが、かなり乱暴な意見ではある。

 

「振るい落とすってどうやるんだ。

マグルの子供を一旦入学させれば、その数年の記憶を全部なかったことにはできない。

殺すわけにもいかないだろうが。

マグルの庶民の子は学費だって払えないし、休みの時だってまともに家に帰れると思えないぞ。

純血の子とは常識だって違うだろうから揉め事は必ず起きるし、学内の揉め事ですめばいいが、中途半端な魔法でマグルの家で騒ぎを起こしたり、盗んだり殺したりしたらどうするんだ。

もっときちんと入学基準を決めて、少なくともイドワル並に大丈夫だと確認できた子だけにすべきだ。

まだ時期尚早だ。」

サラザールの意見は厳しいようだが、まず一族郎党、魔法族の身内を守る観点から言えばむしろ当時はこちらの方が常識的な意見だった。

「硬いな、サラは。

学校だってやってみなきゃ分からんことが多かっただろうが。

まずやってみた方が話が早いって。」

この話は膠着し、まだ生徒名簿を自動記録する魔道具も全く完成していないのに、意見の一致する気配はなかった。

 

ただでさえ剣呑な雰囲気が漂ったところに、ゴドリックは彼が新しくゴブリンから手に入れた剣を振り回してホグワーツを駆け巡った。

新しい剣は強く、本当によく斬れた。

当たったものであれば。

結局のところ、剣の銘から「グリフィンドールの剣」と呼ばれるようになるその剣は、ポルターガイストが斬れるかどうかを証明しなかった。

今まででもピーブズとの鬼ごっこは、ピーブズが追い詰められそうになると、都合よく壁をすり抜けたり、床や天井を突き抜けていなくなったり、そういう形で終わっていたのだ。

剣という媒体が同じなら、当たらなければ結果が同じなのは当たり前のことだった。

 

振り回す威力が上がっただけ被害が増え、派手な騒ぎにピーブズが上機嫌になるということが繰り返されて、残りの3人がゴドリックを止めて終わるか、ピーブズが逃げて終わるという頭の痛い状況だったが、何より業腹なことに、破壊魔のゴドリック本人は、細かいところまで元どおりにする繊細な修復呪文は苦手なので、修理に関してはものの役に立たないことだ。

サラザールが止めるのが一番効率的であるが、数々の仕掛けを壊されてロウェナが本気で立腹し、ヘルガがゴドリックに雷を落としたものの、沸点の低いゴドリックはピーブズに挑発されるとうかうかとそれに乗るので、あまり事態は改善しなかった。

 

そして、雰囲気の悪い中、その事件は起こった。

 

 

 

 

 

 

ゴブリンがホグワーツに侵入した。

 

その事情を知るには、前回、ゴドリックがゴブリンの王から剣を強奪した経緯を把握しておく必要がある。

ゴブリンの王は、魔法族やマグルの世襲制と違い、ゴブリンとしていかに鍛治や装飾、細工や加工技術が優れているか、さらに同族の支持を集められるかによって決定されていたので、ラグヌック一世も当代のゴブリン最高の技術を持ち、一族から非常に慕われていた。

当然、そのラグヌック一世が打った宝剣は秘宝扱いで、ゴブリンたちは全員、非常な憤りを感じていた。

だが、ゴブリンは魔法族をかけらも信用していなかったので、そもそも交渉で返却してくれと申し入れる気は最初からなかった。

ラグヌック一世は、苦渋を噛み締めながらも、血気に逸るものたちを諫め、奪われたものを上回るものを打ってみせると宣言して、誰もゴドリック・グリフィンドールの後を追わないよう申し付けた。

 

ゴルヌック一世の決断は同族の血を流させないための選択だったが、収まらないのは、その場に居合わせず、ゴドリックの桁違いの魔力と強さを実感していなかった若い騎士階級にあたる階層の青年たちだった。

彼らは一様に父親のように王を慕っており、ゴブリンの基準で最高の職人である王を非常に尊敬し、その最高傑作である王権の象徴たる剣が奪われたことに憤激した。

彼らは王が止めたにも関わらず、こっそりとホグワーツまで行き、秘密裏に赤い石の王剣を取り返そうと計画した。

ゴブリンは、例え魔法族が認めずとも十分に魔法の力があるので、ホグワーツ城は彼らを魔法の側の生き物として認め、彼らはホグワーツに侵入することができたのだ。

当然のことながら、ゴブリンの目的は剣の奪還であり、魔法族の子供の流血ではない。

そのため、彼らはできればゴドリックの居室の場所を突き止め、他のものに気付かれないうちに剣を取り戻して去りたかった。

それらは既に過去形である。

 

「こいつら、ホグワーツに侵入してただで済むと思ってんのかね?」

ゴドリックが、仕掛けておいた罠で拘束されたゴブリンの若者3人を見下ろしながら呆れたように言う。

ゴブリンが慎重でなかったわけではない。

彼らは禁じられた森を拠点にして、なるべく見つからないように広い城内を慎重に捜索していたが、ロウェナの設置した凝り過ぎた仕掛けの数々と、決闘の複数人の襲撃以来、自室に十分な魔法の罠を仕掛けていたゴドリックの警戒を乗り越えられなかっただけなのだ。

「最初から、見つかって無事で済むとは思っていない。

貴様のような奴に信義があるとは思っておらんわ!

この強盗めが!」

若者のうちの一人が、額に痣を作ったまま吐き捨てる。

ゴブリンの年齢は魔法族には分かりにくいが、おそらく3人の中では年長なのだろう。

 

ここはホグワーツの中庭で、中庭はゴドリックとサラザールとゴブリン、城壁の窓には生徒が鈴なりになって見物している。

この事態を、ここで続けることは賢明ではないと思いながら、サラザールはゴブリンの物言いが引っかかった。

「強盗?」

サラザールが聞き返したのに、ゴブリンが振り返って噛み付くように怒鳴った。

「そうだとも!

この男は、ゴブリンの里に勝手に入りこんで、無理矢理!

王の剣を奪って去って行ったんだ!」

その告発はゴドリックの破天荒さに慣れてきたサラザールに衝撃を与えた。

いくつもの品を強奪まがいに手に入れて来ているのは知っていても、それはあくまで決闘を了承した相手との賭けの結果だと思っていたものが──、隠された里(この時代ゴブリンの里が魔法族やマグルに隠されているのは半ば常識だった)に敢えて押し入り、王の剣を奪うなど、本当に盗人の仕業ではないか、と。

 

「おいおい、やめてくれよ、人聞きの悪い。

俺はちゃあんと代金は支払ったぜ。

それに、この剣の銘『ゴドリック・グリフィンドール』はきっちりゴブリンの名入れの仕事だ。

強盗呼ばわりされちゃあ困るなあ。」

ゴドリックはいけしゃあしゃあとそんなことを言い、ゴブリンの告発に衝撃を受けていた距離の近い一部の面々も、ゴドリックの台詞に、「確かに名入れしてあるのなら」と、再びゴドリックを疑う雰囲気が薄れつつあった。

「盗人猛々しい、金を置いて行ったからと済む問題か。

名入れの仕事は確かにゴブリンの仕事だがーー。」

ゴブリンが言い募ろうとしたのを強引にゴドリックが遮った。

「いい加減にしろ?

お前らは送り返す。

これ以上がたがた言うなら、乗り込んで行って、お前らのやったことの代償に、お前らの大事な大事な王様のお命頂戴してやってもいいんだぜ。

イェウヘン・ベス!」

ゴドリックは杖を振りながら聞きなれない呪文を唱えた。

ぐにゃり、と、ゴブリンたちの姿が歪む。

現代の呪文で言えば、おそらく姿眩ましを強引に他人に使ったような呪文だったと思われた。

 

「ゴドリック!無茶だ!」

サラザールが叫ぶ。

ゴブリンが消えて、彼らが無事にゴブリンの里に戻されたかどうかも分からない。

ゴドリックがブリテンの島中を歩いて会得した古い呪文の一つとは思われたが、それはサラザールが通常使用するものとは系統が違い、その正確な効果を推測できなかった。

ゴブリンが本当に無事に送り返されたのか、それとも肉塊となって何処か人知れぬ土地に放り出されたのかさえ推測することができない。

サラザールが息を飲んだ理由とは別の理由で、ゴドリックがゴブリンを送り返した強大な魔法に窓から覗き見ていた生徒たちからどよめきが広がった。

彼らには、ゴドリックとゴブリンの会話の詳細は伝わらず、興奮だけがさざ波のように広がった。

 

人は見たいものだけ見て、聞きたいことだけ聞く。

ゴブリン侵入の顛末はゴドリックが、自分がゴブリンから金を払って買った剣を、ゴブリンが惜しくなって取り返しに来たと伝えられ、あれだけの分量の会話では、多少違和感があっても、サラザールも生徒に否定して回るような真似はできなかった。

ごく数人、元から家族付き合いをしているブラック家の兄弟、レストレンジ、そしてバジリスクと親しいゴーントだけがサラザールの、正確に言い表せない疑念までを含めて、気をつけるよう伝えられたが、ホグワーツの人数も増え、既に200人を越えようとする規模の集団で、魔法評議会への対応もある事態の中、対立を表立たせるのは得策と言えなかった。

ゴブリン騒動の時には、ロウェナもヘルガも駆けつけるには間に合わず、実質、発言力のある創設者の中ではサラザールだけが不審を抱いた状況になったから、サラザールも生徒たちの前でゴドリックを問い糺すのは避けた。

 

 

 

 

 

 

普段、あまり個人的に他の教師の個室を訪ねることはないが、ゴブリン騒動から二週間ほど経った春の日、サラザールはゴドリックの部屋の扉を叩いた。

「おう、開いてるぜ。

勝手に入ってくれ。」

ゴドリックの部屋は相変わらず取り留めもないもので雑然としていて、生ごみが無いだけましというものだった。

フェニックスは気ままに窓から出入りしていて、窓からこちらに防水と温度保全の魔法を掛けているのが見て取れて、おそらく窓は常に開け放たれているのだろうと思われた。

「ゴドリック、掃除くらいしたらどうだ。

自分でしないなら、せめてハウスエルフに頼め。」

ハウスエルフに、彼らの業務の内容を逸脱しない範囲で仕事を頼むのは虐待には当たらないはずだった。

だが、ゴドリックは首を横に振った。

「まあそのうちな。

適当に座ってくれ。」

 

サラザールは、当たり障りのない整頓呪文を最低限かけると、客用であるはずの椅子の上を占拠していた本や品物が行儀よくひょこんと起き上がって、ひょいひょいと他の棚の空いた部分に収まりに行った。

彼は、ゴドリックが必要以上の操作を他のどの魔法使いもそうであるように好まないことを理解していたので、自分が快適に座れるだけのスペースを確保すると、そこが綺麗であることを一瞬のうちに見て確認してから腰を下ろした。

ゴドリックはそれらの動きに一瞬目を眇めたが、特に口を出すこともなく、自分が普段使っている、むしろそこだけしか空いていなかった椅子に腰掛けた。

「どうした、サラザール。

食堂でもなくて、改まって来るのは珍しいな。」

サラザールは今日はバジリスクさえ部屋に置いて来ていた。

 

「お前の方があまり人には聞かれたくないんじゃないのか。

ゴブリンが来たことについてだがーー、その剣は、本当に公正かつ自由な取引で手に入れたのか?」

サラザールが尋ねているのは、その経緯に脅迫や不正がなかったのかということで、ゴドリックはそれについて明言することを避けた。

「細かいことはいいじゃないか。

取引には間違いない。」

その答えは、サラザールに、少なくともゴドリックがゴブリンを脅して剣を手に入れたことを確信させるには十分な答えだった。

「お前・・・!

なぜ、あちこちで無用な恨みを買って来る!

ゴブリンは付き合い方さえ間違えなければ、我々の脅威にはならないだろうが。

マグルだって侮っていたら、お前、いつか痛い目にあうぞ?

魔法族はどうしたってもともと数が少ないんだ。

純血は純血でお互いに助け合わないと、足を掬われることになるかもしれん。

頼むからもう少し慎重に行動してくれ。

ここには何百人も魔法族の子供がいるんだ。

私たちは純血の魔法族の大人として彼らを守る責任がある。」

 

サラザールが訴えたことを、ゴドリックは、聞きはしたが返事はそれに対するものではなかった。

「──ふうん?

俺は別に子供らに悪いことが起きるようにって行動してるわけじゃねえよ。

ゴブリンでもマグルでもーー結局は同じ土を踏んで生きてるんだ。

運が悪くって弱いもんが割を食うのは仕方ないだろ?

俺も、お前も、──ロウェナもヘルガも間違いなく力がある。

力があるもんが欲しいものを手に入れるのも理の当然だろ?

だけどなあ、サラ、お前はなんか俺とは違うんだよなあ。

一体何が違うんだろうなあ?」

まともな答えになっていないゴドリックの返事を聞いた時、サラザールは背筋がぞわりとするのを感じた。

「そんな、そんなことを聞かれても私が知るわけはないだろう。」

前から時折感じていたことだが、ゴドリックにはそのやけに陽気な態度とは裏腹に、底知れぬ闇がある。

dark artsを行使するのとは違う意味で壊れた男を、サラザールはどう扱っていいのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

別の日、サラザールは、モーフィアス・ゴーントと、バシリスクを連れてホグワーツの湖を訪ねていた。

「モーフィアス、湖のマーミッシュに紹介しておく。」

今は放課後の課外だった。

「先生?

なんで僕に?」

モーフィアスは戸惑っていた。

彼も、自分が入学して来たばかりの時に、湖にマーミッシュが移住して来たことは覚えていて、滅多にないこととして記憶していたが、それで自分が呼ばれる理由が分からなかった。

「まあ聞けば分かる。

一年の時は、まともに聞く余裕もなかったろうけどね。」

湖のほとりでの呼び出しに応じて、数人のマーミッシュが姿を現した。

彼らが口々にサラザールに話し掛けるのを聞いて、モーフィアスも「あれ?」と思う。

 

サラザールが何事か返し、身振りでモーフィアスの方を指し示したので、地上の人間の身振りが通じるか分からないが、モーフィアスはともかくお辞儀した。

そのあと、サラザールが補足を入れていた気配がしたので、身振りの意味はやはり同じではなかったのかもしれない。

「聞き取れるかい?」

ただ、サラザールの質問した言葉の意味は分かった。

細かいところはわからないものの、マーミッシュの言葉は発音も文法もおそらく蛇語に大変似ていた。

蛇語は素養がないと全く聞き取れないことさえあるので、マーミッシュの言葉を学ぶのに、モーフィアスは他の者に優越した才能があると言っていいのだろう。

サラザールは何かを急ぐようにモーフィアスにマーミッシュ語を教え、バジリスクにも様々なことを教え、生徒にも純血の魔法族の伝統的な規範を含めて様々なことを教えた。

後々純血の魔法族の伝統や規範を細かく教え、魔法族以外との交流を慎重にするように説いたこの時期のことは、この時期に生徒だったものの記憶に強く印象付けられることになり、後世、それが強調されて、サラザールが排他的な純血主義者と呼ばれるようになるのはまだ先のことである。



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■第6章 純血主義の真実 前編■

5年目が終わると、初年度の生徒のうち、数名が卒業の形でホグワーツを離れることになった。

イドワル・デハイバース。

フロドリー・ぺべレル。

メドレイア・ぺべレル。

ロドリウス・レストレンジ。

四人と言えば実に半数だが、まあ、この年は元が少ない。

 

家庭の事情は色々あれど、イドワル、フロドリー、ロドリウスについては、継嗣なために、五年を掛けて魔法を学んだなら、後は家の跡継ぎとしての勉強と仕事をという実家からの意向が強かった。

メドレイアについては、兄が戻るのに女子だけ残すのは、嫁の貰い手もなくなるという当時の感性がものを言っている。

まあ、嫡子という点では、残りの四人も同じなのだが、イグネイシャスとオッファンは、そこまで実家がうるさくなく、ヘレナはここが地元で本人の意見を聞く前にロウェナが継続を決めてしまっていた。

ヘレナはそれを負担に感じていたが、またしてもこの親子はそれを話し合ってはいない。

アルタイルは、意外にもブラック当主のカノープスがまだ若いことと、もうちょっと勉強したいという本人のたっての希望で残留になった。

 

卒業そのものは試験の後、6月のいい日和を選んで、牛を一頭潰して作ったご馳走と、いつもはつかないお菓子を用意して、つつがなく祝われた。

5年も共同生活をしていれば、特にそれが最初の数の少ない頃からと言えば、思い入れも違う。

仲の良かったイグネイシャスとオッファンなどは鼻をすすりながら別れを惜しんでいたし、アルタイルとロドリウスなどは、時期は違えども東部に変えれば2年後にはまた会うことになると分かりながらも、目元が赤くなっていた。

当然、レイブンクローのヘレナとイドワルも、同じ寮だった程度には別れを惜しんでいたはずだったが、ーー実のところ、そこに火種があった。

 

イドワルが、卒業後の婚約を、実家に根回しした上でロウェナに申し込んだのだ。

彼はヘレナ本人には言わず、飛び越えて親から話を持って行った。

確かに、距離があって、嫡子同士ではあるが、親のロウェナ本人が他所の領主と共同でない婚姻を結び、別居を成立させている。

かつ、その男性は自領の後継については妾に産ませている、となれば、イドワルが考え抜いた末に、自分にも希望があると思ったのは仕方がないかもしれない。

だが、考えて見てほしい。

いくら自分に自信がないとは言え、7年一緒にいて、告白するでもない無口な男が、突然自分にはなんの相談もなく、母親に結婚の申し込みに行っていたとしたら。

その上、理解があると言えば聞こえはいいが最初から別居婚で両方の後継、二人以上の子を期待され、さらに保険として自領に妾を囲って子供を産ませるつもりだと、本人からではなく、母親から聞いた年頃の娘の気持ちを。

それで喜ぶ女はかなり珍しいだろう。

 

卒業式の後、ヘレナはロウェナに呼ばれ、イドワルからの婚約の申し込みとそれを了承する旨の決定を聞いた。

ヘレナはそれを聞いて絶句し、ほぼ生まれて初めて母親に食ってかかった。

「な、なんで、なんでそんなこと勝手に決めるの!?」

ロウェナは、自分の結婚も領地の利害で親が決めたので、なぜヘレナが憤慨するのかさっぱり分からなかった。

そういう意味では、ロウェナは夫を盟友として愛したことはあっても、まったく恋をしたことがなく、さらに、どちらかというと予言者の資質まで併せ持った学究体質だったことが災いしたと言える。

ロウェナは、ヘレナのことを娘として深く愛してはいたが、ほとんど説明することもなく、親が選んだ相手と結婚させるのは当然と思っていて、ヘレナがなぜ理解しないのか分からず、むしろ、ヘレナのことを好きな相手がいて申し込んできたのは幸運だったのに、頭の悪い娘だとすら思った。

「なんでそんなに物分かり悪いの?

あと2年、卒業するまで待ってくれるんだし、あなたの領主位もちゃんとしてくれるって言ってるし、どうせ結婚はしなくちゃいけないんだから、いい条件の人を選んだ方がいいでしょ?」

そういうことではない、と、ここでヘレナが理路整然と母親に説明できるくらいなら、そもそもこの母娘はここまで行き違って居ない。

そんな風に母親は行き違い、たまたまではあるが、ロウェナには他の懸案があって気が逸れた。

 

懸案というのは、だいぶ離れてはいるが、ロウェナの所領のうちにある城下町のいくつかのことである。

ここ数年、城下では大ごとというには小規模の諍いごとが多い。

普段ならロウェナのところまで届かないようなものまで、同一の人物が関わっているとして届くのは余程のことだ。

『赤毛の大剣を携えた大柄な男』。

それもホグワーツの休みに合わせて報告が増えるとなれば、ロウェナには否応無しに心当たりがあった。

特に、昨年、往来で赤毛の男と揉めた青年が命を落とし、その兄と郎党のまとまった人数がその後敵討ちに行くと言って行方不明になった事件は影響が大きかった。

 

人の命の軽い時代だからこそ、一族と郎党の命は重い。

さらに、それが底辺の農奴まがいの小作人ではなく、いくらか余裕のある中産階級の息子たちとなれば親族郎党が騒ぐのも当たり前だ。

彼らが疑っているのは、くだんの赤毛の男が領主ロウェナ──、この時代魔法使いであるとまでは一般に喧伝していなくとも、魔法が使えることはそこまで隠されていない。

赤毛の男が怪しげな術を使えることは城下の者たちの共通認識になっていて、赤毛の男が消えた先、敵討ちに行くと兄の青年が向かった先が、狩場として領主の禁足地になっているあたりではないかと、抑えきれない騒ぎになっているのだ。

ロウェナはホグワーツでゴドリックに厳しく問い糺しはしなかったが、十中八九、赤毛の男はゴドリックだろうと思っていた。

 

ロウェナは街へ言っては小競り合いを起こすこと全般について、何度もゴドリックに苦言を呈したが、ゴドリックは

「分かった、分かった。」

と軽い返事を寄越すばかりで、事態は一向に好転しなかった。

 

 

 

 

 

 

6年目を迎えると、この頃、各寮の生徒にも色が出始めた。

組分け帽子を導入したことによる当然の帰結なのかもしれないが、意外なことにその特色を最初に鮮明にしたのはグリフィンドールでもスリザリンでもなく、レイブンクローである。

人の性格というのは、それほど単純に色分けされるものではなく、どの寮の資質も持っているが、より要素の強い資質で分けられているのだとすれば好奇心と想像力と探求心がレイブンクローの特徴で、それらは学校という場で非常に表出しやすかった。

 

「先生、この魔法はどうして、こちらのこの魔法と類似に見えるのに、これほど効果が違うのですか?」

これはいい例のレイブンクローの質問だ。

「先生、ラックスパート…。」

これは教師が返事に困る類の発言だ。

まあ、それはともかく、寮の特色が出て困ったのは、グリフィンドールにお調子者という評価では収まりきれない悪ガキが集まり始めたことだった。

違うタイプの友人に囲まれていれば諫められていた悪戯も、同じタイプが集まれば悪のりする。

所詮、学生の悪戯と言っても魔法が加われば洒落にならない結果を生むこともある。

 

グリフィンドール生の悪戯に対して、スリザリンの生徒はお互いに助け合い、徒党を組み、頭を使って頭脳戦で対抗した。

グリフィンドールとスリザリンの、歴史的な最初の対立が、純血主義云々でなかったことは後世には伝わっていない。

そもそも、その時代、ホグワーツそのものに、イドワル・デハイバースのような本当にごく少数の例外を除いて、グリフィンドールにもスリザリンにも、純血の生徒しかいないのが普通だったのだから、その意味での対立が現れるのは、もっと後世のことである。

 

そんな日々のなか、いつもの昼食時、大食堂でゴドリックが、週末街に降りるつもりだと口を滑らした。

当然、この時代にまだホグズミードはないので、ゴドリックが言うのは、ロウェナの所領の街のことになる。

ロウェナは眉根を寄せた。

まだ街は赤毛の男を探して落ち着いていない、今、街に降りるのはやめて欲しかった。

「ちょっと待って、ゴドリック。

街に行ったらまた騒ぎになるんじゃないの。

急ぎの用があるんじゃなかったら、控えて欲しいんだけど。」

ゴドリックは軽い調子で

「あー、まあ気をつけるからよ。」

と返答し、真実味が感じられない。

 

「ゴドリック、あなた、どうしても出掛けるって言うなら髪の色を変えるか隠すか変装して行きなさい。

それにお目付役もいるでしょ。

サラ、お願いね。」

ヘルガが話を振ったのに、いきなりお鉢が回ってくるとは思っていなかったサラザールが

「は?」

と間抜けな声を出した。

「ヘルガ、いや、私は特に街に用はないよ?

いっそヘルガが付き添う方がいいんじゃないかな?」

サラザールは、ゴドリックを止めるのが一番得意なのはヘルガだと思っているので、正直に答える。

だが、ヘルガは首を振った。

「マグルの前でホッピング・ポットでお仕置きするわけにはいかないでしょう。

まあ確かに抑えられないわけじゃないかもしれないけど、マグルの街で、おばさんがおじさんを抑え付けてお仕置きしてるのとかは、だいぶん外聞が悪いし、非常識に見えるでしょう。

男性に頼む方がいいけど、うちの息子含めて、教師陣でも中々この人のお目付役は難しいのよ。」

魔法界はどうかすると魔法では魔女の方が強いこともあり、女性の地位はかなり高いが、マグルの間では中々そういうわけにはいかないことをサラザールも知ってはいた。

男尊女卑、男権主義の中世真っ只中である。

どんな世界でもおばちゃんが強いのは世の真理だが、そういう次元の話ではなく、明らかに上流階級のおっとりしたふくよかな貴婦人に見えるヘルガが、屈強な男性であるゴドリックを小突きまわしていたら、やっぱりマグル的には珍妙な光景なのだということは予想された。

 

「ちょっと待てや。

お目付役ってなんだ。

子供じゃないんだから、そんなもんいらねえよ。」

当のゴドリックから、抗議が出たが、サラザールはヘルガの意見に深く納得してしまっていた。

「なんだ、ゴドリック。

前に一緒に出掛けようぜと言ってたこともあったが、あれは社交辞令か?

実はやっぱり私と出掛けるのは嫌なんだな?」

むしろ、サラザールこそが、ゴドリックとの同道は思わぬハプニングを招き寄せそうで、こちらからご遠慮申し上げたいのだが、最近、そこはかとなくロウェナの心労が絶えず、ヘルガが心配しているのも察せられたため、まあこの際仕方ない。

数年以上の付き合いがあれば、一場面に限ればゴドリックを手玉にとることもできるわけだが、四六時中一緒にいるわけにもいかないし(いたくもないし)、ゴドリックが羽目をはずす機会は一瞬では終わらないので困ったものなのである。

 

「外出、サラザールと──、ううん、確かに一緒に行きたいんだがなあ。

だがほらなんつうか心の準備がな?」

ゴドリックの反応は解し難かった。

振られ続けた惚れた女に、思いがけず誘いを承知してもらった童貞ではあるまいし、率直に言って気持ち悪い。

なおゴドリック本人は童貞どころか下半身の節操はほとんどなく、責任を取る気のないかつ知る気もない子孫がすでにあちこち発生しているのは、それこそ全くもって知りたくもない情報である。

「何かよく分からんが、誘いは上面だけだったということか?」

サラザールが駄目押しのように尋ねると、ゴドリックが慌て出した。

「違うぞ、社交辞令じゃない。

俺はサラを親友だと思ってるからな!

よし週末、一緒に行こう、何でも欲しいものを買ってやるから!」

 

私は、貴様の女でも子供でもないんだが、とサラザールは多分思った。

その週末、二人きりで外出、とはならず、おそらくこのやり取りを傍で聞いて心配したブラックのアルタイルとアルナイルがサラザールにねだって、こぶ付きで外出することになった。

 

 

 

 

 

週末の外出は、途中までは意外にも和やかに進んだ。

この時代基準で言えば立派な青年という年齢だが、長寿の魔法族基準で言えば純然たる子供である二人がいたのもあるし、相手が世慣れた成人男性であることを忘れたかのような、ゴドリックのサラザールに対するエスコートっぷりも相俟って微妙な雰囲気になる場面もあったが、サラザールもアルタイルたちも普段ここまで純然たるマグルの街に接することが少ないために、結構楽しむことができたのだ。

ヘルガの強い主張と魔法により、ゴドリックの目立つ赤毛は黒く染められており、それだけでだいぶ印象も変わっていた。

それで終われば、ロウェナの悩みも減り、ヘルガの心配も報われ、サラザールの行動も満足のいくもので終わっただろうが、そうはいかないのがお約束である。

 

ゴドリックも彼一人でいるときよりかは多分おとなしく、その週末は小規模ながら市が立つ日だったらしく、並べられた行商の品物にサラザールが魔法薬の材料になるものを安価で見つけてご機嫌よろしくなっていた。

一応、言っておくとこの時代はまだ英国では魔法族だけの通貨はなく、マグルのものを流用して使っていた。

理由は簡単で、通貨を誰が発行及び鋳造させるかを考えれば分かると思うが、まだ、英国統一の魔法省はないの である。

ロンドンにある魔法評議会が最大の勢力ではあるが、各地に小規模の氏族会や民会があり、政府と言える状態ではない。

統一政府である魔法省の誕生は18世紀を待たねばならず、固有の金貨など発行している余裕はないのである。

魔法族は、金、銀、銅を通貨として、自分たちでものを流通させる時は、マグルの金貨や銀貨、銅貨を目方で測って通貨がわりにしていたのだ。

 

まあそれはそれとして、そろそろ帰ろうかという雰囲気の時になった時、こちらを見て、こそこそと話をする男らがいた。

3人ほどのその男らは明らかに堅気という雰囲気ではなく、剣呑な様子だったので、サラザールは最初、それなりに身なりの良い自分たちを狙った物盗りかと思った。

マグルに紛れる格好はしているつもりだったが、布地などの質の良さや洗濯が行き届いていることなどは、ハウスエルフに汚せとも言えないので如何ともしがたい。

だが、どうも様子が違う。

こちら全員というより、怪しんでいるのはおそらくゴドリックだ。

「兄さんたち、ちょっと遊んでいかないかい。

良い小遣い稼ぎになる遊びがあるんだぜ。」

様子見なのか、そのうちの一人がそれとなくこちらの後ろに、もう一人が横に回り、一番人相が無害そうな一人が話し掛けてきた。

「いや、今日はもう帰るところだから、機会があればまた寄らせてもらう。」

サラザールたちが何を言う暇もなく、ゴドリックが返答した。

 

相手はゴドリックを窺っていたが、なにかを確認して、人違いだったと思ったらしく、やや気を抜いた様子で

「そうかい、そりゃ残念だ。

またの機会があるといいが。」

そう言って距離を取った。

市場の向こう側で集まった3人が「奴か?」「いや目の色が違う。」「くっそ、赤毛の野郎、変装かと思ったんだが。」「落ち着けよ。俺らの街で好き勝手しやがって。今度見つけたらぶっ殺してやる。」と話し合っていたのが、魔法で聞き耳を立てていたサラザールには筒抜けである。

その時点で、サラザールはゴドリックが目の色まで魔法で変えていることにやっと気づいた。

あの3人が言っている「赤毛の野郎」は、ほぼ間違いなくゴドリックで間違い無いのだろう。

 

気付いた時点で、サラザールの気分は急降下した。

ただ、マグルの多いこの街中でゴドリックを糾弾して言い争いなどしては、その内容でも口論ということでも人目を引く、とそのことを気にして、[[rb:天馬>イーナソン]]をマグル避けを掛け、念のため普通の馬に偽装して繋いだ街の外れまで来るまで耐えた。

アルタイルとアルナイルも何かを察したらしく、心配そうにしている。

ゴドリックは天馬のところまで戻ると、繋いでいた紐を緩めて、手綱をそれぞれに渡してきた。

「まあそれじゃ戻るか。

夕食には間に合うだろ。」

態度の変わりないゴドリックに、サラザールが尋ねたかったことを聞く。

「その前にゴドリック、一つ説明して欲しい。

あの声を掛けてきた男たち。

本当にお前、面識がないのか?

あれは賭場の者たちだろう。

お前、マグルの街で一体何をしている?」

 

ゴドリックがの視線に翳りが走ったような気がするのは気のせいだろうか。

「ああ?

大人の男なら賭場くらい行くだろうが。

今日は子供がいたから知らんふりをしてやったが、普通に遊んでるだけだぜ、俺は。」

そうは言うが、サラザールは魔法使いの「普通」が、どう足掻いてもマグルの「普通」にはなり得ないことを知っている。

ゴドリックのような気性の男なら尚更だ。

今日の男たちの反応からして、以前ゴブリンから買ったような恨みの理由が、彼らの方には正当にあるのだろう。

「普通なわけないだろう!

お前、マグルと必要以上に関わるな!

マグルがお前に敵うわけがない、いちいちマグルを相手にするのはやめろ。

まったく関わるなと言うんじゃない、決闘だの、賭博だの、マグルがお前に勝てるわけがないのだから、いちいち打ち倒して歩くのはよせ。」

 

ゴドリックの表情に、今度ははっきりと皮肉な表情が浮いた。

「いいや?

慈悲深いサラザール。

身内に優しいお慈悲を、マグルなんざ気にせず、俺にも分けてくれよ?

マグルが弱者なんて、俺はとんでもない誤解だと思うね?

アイツらは結構残酷で容赦なくて、抜け目がないもんだ。

油断して掛かると寝首掻かれるのはこっちだぜ?

あいつらが自分の力を過信して挑んで来るんなら、なんでも手を抜かずお相手して差し上げるのが正道ってことだろ?」

そう言ったゴドリックはひどく酷薄に見えた。

 

「まあこのままだと面白くない話になりそうだからな。

俺は先に帰るぜ。

サラはそいつらとのんびり帰って来りゃあいい。」

ゴドリックはひらりと天馬に跨ると、そのまま上空へ飛び立った。

「サラおじさん、今の──。」

「ゴドリック先生、ちょっと──。」

アルタイルも、アルナイルも、今の会話に顔色をなくしていたが、言い掛けて適切な言葉を見つけられず、語尾が濁った。

 

「──アルタイル、アルナイル。

ゴドリックの言葉を真に受けてはいけない。

あいつはーー、奴はなにかがいびつだ。

とにかく、私たちも帰ろう。」

この日の外出は、何か大きなことが起こったわけでもないのに、ひどく後味の悪いものになった。

 

 

 

 

 

 

ホグワーツの、創設の4人の仲に翳りが見え始めたころ、逆に腰を据えた者もいた。

ヘルガ・ハッフルパフである。

ホグワーツは、4人で思いついたとは言え、本来はロウェナのヘレナに最高の教育を受けさせてやりたいという動機から始まった。

ヘルガはそれに賛同し、最初はロウェナへの友情から力を貸した。

彼女の数人の子供たちも既にある程度大きくなっていて、子育てがひと段落ついていたと言うのもある。

だが、実際に続けて行くうちに、彼女はこの事業が本気で好きになっていた。

彼女は数人の子供を育て、子育ては大変でもあったが最後はいつも楽しかった。

子供が育っていくのを見るのはなんて楽しいんだろう!と彼女は思っていた。

だからこそ、今の不安定な雰囲気に、ここで投げ出したりはできない、と思っていた。

 

「母さん。この薬草、こっちでいい?」

変わり者で結婚する気もなさそうだと思っていた息子が、ホグワーツで教鞭をとることに同意し、薬草栽培まで手伝ってくれている。

ヘルガの夫であるウェールズの一地方の領主は、ヘルガのやりたいことを認めてくれて好きにさせてくれているが、女好きでもあったので、今ごろは若い女にうつつを抜かしていて羽根を伸ばしていそうだというものなのだが、そこのところは追求すると、ヘルガの精神衛生上も、やりたいこと的にもあまり良い結果にならなさそうなので、触らないでおく。

当然息子も心得たもので、たまに父親と連絡を取っていても、余計なことを母親の耳に入れることはない。

ヘルガは、英国では前代未聞の、魔法族の学校という事業に骨を埋めるつもりさえあった。

「子供は親の思い通りの育つものじゃないわ。

でも、だからこそ本当に立派になることもあるし、思いもかけないようなものになることもある。

そういうのも全部楽しいのよ。」

彼女が教えるのが本当に好きだと、息子にからかわれたとき、彼女はそう返した。

 

そんな彼女はロウェナとヘレナの意志の不疎通にはある程度気付いていたが、こちらはまだ親子関係のことなので、時が解決すると思っていた。

ロウェナがヘルガに相談していれば、イドワルとヘレナの縁談は段階を踏めと駄目出しをされていた可能性が高いが、ロウェナは肝心なことは独断専行するきらいがあり、ましてや縁談の話はホグワーツではなく領主としての権限の話だと思っていたので、ヘルガはその話は聞かされていなかった。

 

ヘルガはまた、ゴドリックとサラザールの、一般に流布している「親友」というには微妙な距離感を気付いてはいたが、ヘルガはマグルの街に頻繁に降りるわけでもないので、ゴドリックの所業の数々を正確に把握していなかった。

だが、この時、ヘルガが二人の仲を仲裁しようと思ってもそれが可能だったかは分からない。



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■第6章 純血主義の真実 後編■

寒い季節の休暇に、ホグワーツの各人が実家に帰るのもすっかり定着し、6年目の冬は誰もホグワーツに残らなかった。

ゴドリックは各地を放浪して歩いたが、比較的長く西の荒野の地元に顔を出した。

ここでは、いくらかそのあたりのことにも触れておこう。

 

特筆すべきは、やはり、ガラクタス・ぺべレルであった。

後の世には特に知られていないが、「吟遊詩人ビードルの物語」のうち「三人兄弟」に登場するぺべレル兄弟の、彼は傍系の祖先に当たる。

傍系であるのは、彼は直系の子孫を残さず、彼が『死』について研究した成果は、甥のフロドリー・ぺべレルとその子孫に引き継がれたからだ。

フロドリーは、去年からガラクタスの研究に興味を惹かれ、様子を見に来ると言った理由で頻繁にガラクタスの屋敷に入り浸っていた。

ただそれはフロドリーにおいては、まだ切羽詰まったものでも、深刻なものでもなく、思春期にありがちなちょっと斜に構えたものに惹かれるといった程度のものだった、少なくとも今は。

ガラクタスは誰に止められても彼の『死』に対する多種多様な研究をやめはしなかったのだが、それでも話し相手と言う名の理解者が出来ると、発想の発露の展開の具合が違うらしく、ガラクタス本人はだいぶ研究が進んだと言っていた。

 

ゴドリックが再びガラクタスを訪ねて来たのは、そんな風に新年が明けた頃のことだった。

その日、フロドリーはいなかった。

少年が叔父のところに入り浸るとは言っても、自分の両親や兄弟と過ごす時間はきちんとしておく必要があったし、継嗣としての仕事も始められていたので、毎日姿を現すわけではなかった。

「よお、久しぶりだなぁ、達者だったか。」

いつもだったらゴドリックのこの態度で常に邪険に対応して来たガラクタスだったが、彼は最近フロドリーと対応するうちにやや棘が抜け、不愉快そうな顔はしたものの、すぐにゴドリックを叩きだそうとはしなかった。

 

ゴドリックも、おや?とは思ったようだが、すぐに目元を和らげて、持ってきた土産をガラクタスに渡した。

と言っても、貴重ではあるが、不死鳥の羽根ーー、有り体に言えば彼に付き纏って炎の魔法をご飯にしている不死鳥の自然に抜けただけの羽根である。

ただ、貴重な魔法素材であることには間違いなく、値段をつけるなら非常に高価になる。

ガラクタスも目を見張って、

「こんな高いもの──。」

と挙動不振だが、ゴドリックは軽い調子で手を振った。

「気にすんな。

どうせ余ってたんだ、火で生まれ変わる不死鳥の羽根だ。

お前の研究のなんかの役に立つんじゃねえ?

まあちょっとくらい有り難いと思うんなら、どの研究がどのくらい進んだか、ちょっとくらい聞かせてくれねえ?」

ガラクタスはいくらか躊躇したが、いつになく剣呑ではない態度でゴドリックを招き入れた。

 

この日、ガラクタスとゴドリックの間で、さまざまな、のちの世紀には禁忌とされた魔法について語り合われ、意見が交換されたが、フロドリーは知ることはなかった。

もっとも知っていたかどうかでのちの事態が変わったかは定かではない。

 

 

 

 

 

 

新年の休みを過ぎると、魔法評議会に動きがあった。

腰の重い年寄りが、学校というものに嘴を突っ込みたくて、見学という名の視察に来るという連絡があったのだ。

隙あらば利権を狙おうという魂胆だろうが、ホグワーツは独立自尊を守るつもりで、口出しする権利を与えるつもりは誰にもない。

サラザールは、それについてはホグワーツが魔法評議会からの正式な見学の申し入れを受ける前に、ロンドンにいるカノープス・ブラックから情報をふくろう便でもらっていたので知っていた。

描写するのも今更だが、カノープスとサラザールは年も近く親友である。

そして、魔法評議会の系譜を受け継いだ魔法省がロンドンにあることで察せられるように、魔法評議会もまたロンドンにある。

魔法評議会そのものはマグルと厳密に分離する国際魔法使い機密保持法の施行される前は、マグルの権力者とも分かちがたく、その時々によって、場所を変えることもあったのだが、とにかくそれは千年前の現在、ロンドンにある、ということは。

 

カノープス・ブラックは魔法評議会に名を連ねていた。

誤解のないように、念のため言っておくと、今回の見学を含めた魔法評議会の横槍にカノープスは一切関係がない。

千年前ということを念頭に置いて考えて欲しいのだが、当時の魔法評議会は、今では血の途絶えた家系、千年の間に女子しか生まれず名の途絶えた家系がいくつも議席を占め、さらに魔法族の長寿も相俟って、年配者、有り体に言えば年寄り、爺婆ばかりが席を占めていた。

その中では、ブラック家は大陸から来た新興の家系の一つにしか過ぎず、更にカノープスの親であった先代が若くして流行の病でぽっくりと逝ったためにカノープスは当主としては相当に若かったために、評議会に議席は持てども、その発言力はさほど大きくなかった。

だが、評議会のメンバーであることは、無駄なことでもない。

当時の魔法界で、一番大きな政治的勢力に近い団体に席を置くということは、その情報を把握できるということである。

 

カノープスは、個人の立場としては、評議会が学校という事業に気を向けているのは決して間違いではないが、そこに介入して牛耳るなどというのは労多くして得るものが少な過ぎ、実効的ではないと認識していた。

理由はいくつもあるが、大きな2つは土地の話と金の話だ。

ホグワーツはロンドンから遠く、人里からも離れた山の中に作られ、物理的にロンドンから遠い。

まだ、煙突飛行粉(フルーパウダー)は発明されておらず、簡単な長距離移動手段が、身体分離の危険もある姿現しとくれば、物理的な距離はそのまま影響力の強弱に反映した。

これがまずひとつ距離の問題。

ふたつ目は単純に、魔法評議会に毎年ホグワーツにつぎ込むだけの金の余裕がないということだ。

ロンドンに近いところに住んでいる評議会の面々はプライドは高いが、領地持ちではないメンバーも多い。

ブラックやレストレンジ、後に大陸から渡ってくるマルフォイなどはフランスなどにも所領を持ち、税収がある。それ以外は領地など持たぬ者が大半だ。

魔法族の社会は人口が少なく、まだ、資本主義経済はなく、マグルにすら銀行がない時代、運用で殖やすなどという真似ができようはずもない。

家業や何かで多少裕福に見えたとしても、地方で広い土地を治めるレイブンクローやハッフルパフに叶う訳もないのである。

 

そして、ホグワーツは、ハウスエルフからの食糧生産量を増やすなどして、経費の削減に取り組んできが、当然ながら、学校の設立は初期費用がもっとも高い。

その初期費用は、創設者の四人、そしてその主義に共感した創設当初の児童の親たちが相当の寄付をし、魔法評議会の入る余地はなく、最初に余地があったとしても、評議会という組織にそれほどの負担金が担えるわけがなかったのだ。

その辺がわかってないんだよなあと思いつつ、カノープスは事前にフクロウ便を送り、魔法評議会の動向と、見学には自分も同行するが爺婆の思惑に乗るつもりはないことを告げておいた。

なお、カノープス・ブラックと、コルバス・レストレンジはその初期の寄付金の金額と協力度合いから当初からいわゆる理事待遇になっているので、別にこれは裏切りではないと認識している。

むしろ、評議会の爺婆が所属者ーー、ブラックとレストレンジが学校に対する相当の出資者だと把握できていないのが甘いと思っている。

ともあれ、初春を迎え、やや寒さがぬるんだ頃、魔法に評議会のホグワーツ見学御一行様はホグワーツを訪れた。

 

 

 

 

 

 

床に描かれた巨大な魔法陣が光る。

ホグワーツの大広間に臨時に描かれた魔法陣は、要するに臨時のポートキーのようなもので、ロンドンの魔法評議会とホグワーツの両方に描かれ、そして移動側が呪文を唱えてやっとこさ移動できる、便利なようでいて意外と便利でない代物である。

その上、受け手側──、ホグワーツ側が魔法陣を消しでもしていたら、発動しないならまだしも、失敗して変なところに転移することだってあり得るというので、利用にあまり人気のある手段ではなかった。

だが、まあ、今回は仕方ない。

何しろ、下っ端ポジションのカノープス以外は、見事に年寄りばかりだ。

 

ホグワーツの大広間に、よろよろと年寄りが10人ほどまろび出る。

「ううう、酔ったわい…。魔法陣酔いじゃ…。」

「気持ち悪い、誰か酔い止め持ってないかのう。」

「押すな!ワシがこけるじゃろうが!」

足元は覚束ないが声はでかい、ついでに気ままに喋る、それが年寄りである。

そして欲深い、それもまた年寄りである。

ひとしきり騒いで文句を言った後、彼らはやっと周囲を見回した。

「なんじゃ広いのう。

それに寒い。

椅子くらいないんじゃろうか。」

気ままに呟いているが、大広間には出迎えの教職員が魔法陣から距離を取って並んでいる。

 

「ホグワーツへようこそ。

魔法評議会の方々とお見受けします。」

年寄りの繰り言のほぼ全てを黙殺して、ロウェナが滅多にない正装で優雅に歩み出て正式に挨拶をした。

自己紹介を含む儀礼挨拶は長いので省く。

ちなみに、女性向けロマンス小説で大人気のご挨拶カーテシーはそもそも17世紀に始まっているので当然ロウェナは行なっていない。

むしろ、彼女は主権を持った領主なので、男性よりの挨拶を行なっている。

それはそれとして、魔法評議会の重鎮たちも、挨拶そのものは体に染み付いている。

さきほどの醜態などなかったように挨拶だけはつつがなく取り交わして、応接間へ、という運びとなった。

応接間には軽食(と言っても肉だが!)、飲み物(この時代の常識に従ってそれは酒である)が用意されており、軽く腹ごしらえをしてから、校内を案内しようという運びになった。

 

「それにしても、思った以上にホグワーツというのはでかいのう。」

酒が入れば口が軽くなる。

年寄りどもの、それが本音だろう。

ホグワーツは街場で人に紛れて暮らしていれば度肝を抜かれるほどの壮観さを誇り、それもまた、岩場の多い土地の、石の切り出しから魔法使いとハウスエルフで全力で数年をかけて作業するというような時間と手間よりも金を節約することに重きを置いた建物だ。

もっともそのおかげで、非常に魔法の載りやすい頑健な建物に仕上がったのは怪我の功名というべきだろうが、そのせいでその後も数年かけてロウェナが調子に乗り、作った本人たちにも意味不明な仕掛けや複雑すぎる構造が付加されたのはむしろ事故だろう。

「全部歩いて回っていたら日が暮れるどころか、翌日になっても回り切れませんからね。

まずは、エントランスホールに到着されましたから、玄関を入ってもおられませんでしょう。

表からご案内いたします。」

 

ロウェナの動作はスコットランドで広い領地を領有する大領主として、十分に威厳があり、田舎の小娘を圧倒するつもりであった頭の固い爺婆を逆に威圧するには十分に冷厳なものだった。

「おおお、大きいのう・・・。」

ホグワーツは紛れもなく、地方領主が領土争いの戦争を潜り抜けるための堅牢さを持ち、いざとなれば籠城すらできるような頑丈さを持って建てられた。

街場でマグルに紛れて暮らし、名誉ばかりを口先で唱える頑迷な爺どもが予想していなかった壮大さがそこにはあった。

学校といっても、スコットランドの地方の田舎と侮り、教会の寺子屋で子供たちを教えている程度のイメージしか持てていなかった彼らには衝撃だったようだ。

富裕層の子弟の教育は、レベルの高い家庭教師を雇うのが常識で、大陸で発祥する大学という学制すらもまだ確立されていない英国では、常識を打ち破るように建てたホグワーツは、容易くそれに口を挟めるつもりで訪れた老人たちの度肝を抜いた。

 

老人たちの意見はそれぞれ統一さえもされておらず、好き勝手なことを言っていたが、その彼らでさえ、ホグワーツをロンドンの遠い遠隔地から操縦するのは手に余ることを、ホグワーツの設備のほんの一部を回っただけで理解せずにはいられなかった。

「これは・・・、大したもんじゃ・・・。」

老人たちは、学校事業を魔法評議会の麾下に置こうという試みを一旦は諦めざるを得ず、引き下がったが、ホグワーツを権力の統制下に置こうという試みは今後何世紀にもわたって、何度でも試みられることになる。

だがしかしともかく今日は、

「ご満足いただけましたら、正餐の準備がしてあります。

お食事なさってから帰ってはどうでしょうか。」

ロウェナの誘いを断ることもなく、飲み食いしてから帰ることにしたようだ。

 

 

 

 

 

 

「サラ、久しぶりというほどでもないか。

あの爺どもも、これでホグワーツに手を出すのは諦めるだろう。

口を出すためには金を出さないといかんだろうが、評議会としてそんな金が余ってるわけはないのにな。」

午前中視察して、午後にゆったりと時間を掛けて御馳走を。

カノープス・ブラックは、そろそろ体力の限界でそこらで居眠りを始めている老人がいるのも気にせずに、酒を片手にサラザールに話し掛けてきた。

「まあだが、どれだけ口頭で説明しても爺さんたちは納得せんだろう。

しばらくしたら、また懲りもせず言い出しそうではあるがな。」

サラザールも冬以来の友人との会話に、多少は気を抜いて答える。

 

そこへ、評議会のメンバーのひとり、皺くちゃの婆が声を掛けてきた。

嫌味たっぷりの声音で非常に感じが悪いが、残念なことに東部出身のサラザールは否応無しに面識がある。

「おや、スリザリン。

ブラックと仲良くしてるのかい。

あんた、ここに居着いてるみたいだが、年を食ったらあんたも魔法評議会の席に座ることになるんだからね!

あのスコットランド女め、こんなデカいもんで虚仮威ししやがって、男どもはすっかり毒気を抜かれちまいやがって忌々しいったら!」

毒吐く皺くちゃはあからさまに酔っ払っている。

案内されていた時には抑えていた本音が漏れ出しているが、男よりも女の方が本音では強烈なのは、いつの時代も変わらない。

だが、名前の呼称が親しさの距離感としたら、彼女は明らかに知人以上のものではない。

 

「ご婦人、十分に食べられましたか。

いいハウスエルフメイドワインがありますが、いかがですか?」

カノープスは老人の愚痴をまるでなかったようににこやかな笑顔で交わそうとしたが、年寄りの繰り言は手強かった。

「ワインはもらうよ。

並々と注いでおくれ。

それでだよ、スリザリン、あんたたちは学校とか名乗ってんだから、マグルに時々生まれる魔法持ちの子らを引き受けるのを何で嫌がるんだい。

魔法があるんだったら、魔法のことを教えてやった方がいいだろうが。

なあに、ちょいとあんたたちのやってることに混ぜ込むだけだろ。

率先して反対してんのはアンタだって聞いたよ。

純血じゃないと駄目だとでもいうのかい、了見の狭い男だね。」

婆は完全に酔っ払っていた──、或いは完璧に酔っ払っているふりをして、無礼を働いていた。

 

むっとしたサラザールが、揚げ足を取られるようなことを言う前に、援護と言うよりは妨害が思わぬところから来た。

「よーう、ババア!

死に損ないに見えるが今日もアンタの息子よりよっぽど元気だな!

アンタの息子、俺に負けてからちょっとは精進してるかい?

今度、二回戦目をヤリに行こうか!?!?」

ゴドリックだ。

強めの酒を片手に、したたかに酔っ払った風情を醸し出しているが、ゴドリックは酒に強い。

罵詈雑言に、血の気の多い婆はあっという間にゴドリックに食って掛かり、サラザールの側からは離れて行った。

「──助かったな、サラザール。

らしくもない、あれくらいで挑発されてくれるなよ。」

カノープスが、大騒ぎしながら歩いていくゴドリックとその周辺を見送って、ため息をついた。

 

「すまん。

子供ばかりに囲まれてると、どうも婉曲表現というやつが通じなくてな。

ついうかうかとまっすぐ返すのが習い性になってるんだろう。」

サラザールは、そう言いながら、素直に感謝していいものか判断に迷う。

ゴドリックの場合、サラザールの窮状を察知して囮となって割り入ったのか、単に愉快犯で生い先短そうな年寄りをからかったのか、どちらもありそうで、素直に感謝できない。

問い質しても、まともに答えるような男ではない。

ゴドリックが起こした騒ぎは、最早定番のようにヘルガが収集し、魔法評議会御一行様は、夕方過ぎまで飲み食いをしてから帰った。

 

 

 

 

 

 

ともかくも、魔法評議会の目論見も、一旦は後退して去った。

ホグワーツは、マグルの受け入れについては、名簿を排出できる魔法機関が完成していなかったので、無差別に受け入れるという方向ではまだ動いていなかった。

イドワルのように、学費が払え、家族の理解があり、更に魔法族にツテがあるマグルは珍しかったが、ともかくもそういうマグル生まれについては希望があれば受け入れる方向ではあったが、とにかく基本、一番最初の条件から難しく、二番目、三番目まで来ると、該当者は皆無だった。

魔法族はそれぞれの家系で差はあれど、基本的に、識字階級であり、大抵のマグルよりは裕福なのだった。

 

サラザールは、魔法評議会の年寄りが来て不愉快だったことは、湖に行って、マーミッシュ相手に喋ることにした。

マーミッシュは人間とは生態が違うので、サラザールが話す内容についてはあまり理解しなかったが、マーミッシュ語だと、モーフィアス・ゴーント以外理解しないので、都合が良かったとも言うが、ミダス王の床屋でもあるまいし、掘った穴扱いしている方もそこはかとなく失礼である。

だが、マーミッシュは湖ではやはり村落の規模が小さいためか、言葉のわかる人間と話せるだけで楽しいらしいので、まあ、娯楽を提供していると言う点では、許される余地はあるのだろう。

 

他に記述しておくとすると、子供たちのことで、6年次に残留したアルタイル・ブラック。

彼は6年生を終わろうとしていて、スリザリン寮の実質の生徒の長として、グリフィンドールのちょっかいを交わしたり、来年の上級試験、のちのN.E.W.T.を控えて勉強したりしていたが、彼自身の希望としては、下級生に請われて宿題や予習を教えるうちに、ホグワーツにそれ以降も残って教鞭を取りたいという気持ちが芽生えてきたことを自覚していた。

ただ、彼は嫡男である。

当時の相続制度は子らに均等に分割して相続させることが主流だったが、そのたびごとに小領主が増え、戦乱が起こったり、大陸からの勢力に太刀打ちできないことが、起こったりで、富や領地を分散させないようにしようという動きも確かにあった。

何より死亡率も高く、成人したからと言って長生きできる確証もない。

そんな状況で、家督は弟に任せて、自分を東部から遠く離れたホグワーツに居着きます、とは、アルタイルも簡単には言えなかった。

 

弟のアルナイルも5年では終わらず、7年カリキュラムで残留することは決まっていたから、どこかの時点で話をしないといけないとは思っていたが。

話す切っ掛けが掴めないまま、年度が終わる。

サラザールにも相談できないまま、アルタイルは進路を決めかねていた。

 



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■第7章 避けられぬ決闘 前編■

ユリウス暦999年。

ホグワーツ魔法学校が創立されてから、7年が経つ。

翌年には千年期(ミレニアム)を迎えるとは言っても、イエス・キリストを讃えるわけではない魔法族にはたいした感慨があるわけではない。

ただ、最初に入学した生徒が、ホグワーツ在校の上限と定めた7年目を迎えるために、上級魔法試験、のちのN.E.W.T.の原型となる試験を実施することに決まって、慌しい雰囲気があった。

残って7年次を迎えるイグネイシャス・ウィーズルエンド、アルタイル・ブラック、オッファン・スティンチクーム・、ヘレナ・レイブンクローの4名。

人数にしてみれば、たったそれだけだが、その試験の難易度と成果は今後の基準にもなるし、彼らが今後出す成果は、魔法族社会へ学校という制度が本格的に受け入れられるかどうかの試金石ともなる。

緊張が漂うのは当然ではあった。

 

教科は千年後と変わらないものもあれば、変わったものもあったが、呪文と薬草、魔法薬などは確実に試験されなければならなかった。

のちに重要となる変身術はそこまで必修とも独立した科目とも見なされておらず、逆に千年後は軽んじる者もいた占星術と数秘術はこの時代には当然の必修だった。

試験は一年のうちに、教師の方の準備も、生徒の学習準備も考慮されて、それぞればらばらな時期に設定され、順次実施された。

前半の学期で、おおよそ三分の二の試験が行われ、優秀な生徒ばかりが入学している年度であることもあって、高等な魔法でもできないという生徒はおらず、全員が一流の魔法使いであるというお墨付きは出せそうだったが、それでも明暗はあった。

この前半の時点で、最終の成績を収めたのはアルタイル・ブラックで、のんびりと過ごしていたように見えたオッファン・スティンチクームよりもヘレナ・レイブンクローの成績が振るわなかったのである。

 

各学年ごとに成績を出すようなカリキュラムにはまだなっていなかったが、この結果には、ロウェナが眉を顰めた。

「ええ?

なんでオッファンやイグネイシャスより成績が下なの?

真面目にやってる?」

ロウェナはこれを嫌がらせではなく聞いているが、ヘレナは本当に別にサボっていたわけではない。

ヘレナは彼女自身はあまり快く思っていなかったが、5年生、O.W.L.の時までは授業時、なんだかんだ言って同じ寮のイドワルが、談話室で後輩の面倒を見るついでに、彼女の勉強も見ていたのである。

彼が卒業してしまい、勉強の仕方の要領を見失ったヘレナが、それ以降の魔法の理解に影響を来たしたのは当然だったが、彼女は本当に真面目に勉強はしていたので、母親の発言にひどく傷ついた。

おまけに、四人の成績順位は特に公開されなかったにもかかわらず、ロウェナの呟きを漏れ聞いてしまった生徒が、「これは内緒だけど」「ヘレナ先輩、試験最下位だったらしいよ」などと言い交わしたせいで、あっという間に下級生に噂が広まってしまったのもヘレナにとって耐えがたい事態だった。

 

「兄さん、一位だったみたいだね、おめでとう。」

アルナイルから、素直にお祝いを言われて、アルタイルは憮然とした。

成績発表していないのに、いつの間にか、成績順位が人口に膾炙していたからだ。

アルタイルはロウェナが口を滑らせた現場には居合わせなかったので、さすがにヘレナがロウェナに腹を立てていることまでは気付いていない。

弟には悪気がないのは分かっているので、アルタイルは弟には、なんとか持ち直さした笑顔を向けた。

「ありがとう、これでブラックの面目が果たせそうだよ。」

 

「うん、兄さん、流石だよ。

僕も来年は頑張らないとなあ。

進路も真面目に考えないとだけど。」

ブラックは、ある程度は分けるが、資産の分割を嫌って、原則長子相続にしてきた。

順当に行けば、アルタイルが跡をとるのだが。

「・・・その件なんだが、アルナイル──。」

アルタイルは、今まで話しあぐねていたこと、自分は魔法研究をすることと、人に教えることが好きで仕方ないこと、──できれば、このままサラザールについて、ホグワーツに残りたいことを、やっとアルナイルに相談した。

アルナイルは途中から目を見開いていたが、アルタイルの話を遮ることはなかった。

話を聞き終えると、アルナイルは深いため息をついた。

元から距離の近い兄弟である。

アルタイルが言い出したことに、アルナイルは納得するところがあったのだろう。

 

「ひとつ聞きたいんだけど、兄さん。」

アルナイルが問いかける。

「何?」

内心ではひやひやしながら、アルタイルが聞き返す。

「この話、もう誰かに言った?」

その問いにはアルタイルは首を横に振った、間違いなく、話すのはアルナイルが初めてだった。

 

「本当に?

父さんにも?

サラおじさんにも?」

アルタイルが頷くのを見届けてから、アルナイルは笑顔を浮かべた。

「仕方ないな。

僕が一番っていうのに免じて、父さんやサラおじさんのところには一緒に行ってあげるよ。

当主業も引き受けてあげないこともないよ。

その代わり休みはちゃんと東部に帰ってきてよね。」

兄弟はそれからもう少し具体的な相談をしたが、この後、新年の休暇に入る前にサラザールを説得するのは意外な難事業であることを知ることになる。

 

 

 

 

 

 

さて、この章でサラザールに直接関わらないものの、重要な役割を果たす人物がいる。

今までにもたびたび描写してきたガラクタス・ぺべレル、「三人兄弟」の傍系の祖にあたる人物である。

ここでは彼の研究について紹介しておこう。

 

魔法を明るい(光)か暗い(闇)かで規定するなら、彼の研究している魔法はほぼ全て暗い。

だが、暗い魔法が禁忌であるとの認識はまったく後世のもので、魔法という物そのものがヒト型生物の知力の暗い側面であり、それ故に自分の勢力を維持、拡大、隠蔽しながら発達してきたという事実から目を逸らしたものであると言える。

そのあたりの論議は哲学者にでも任せるとして、彼の研究は概ね、ひとつ死者を蘇らせる反魂術以外は、自分の生命をいかに保持するか、延命するかの術がほとんどだった。

こちらの方は、自分の魂の一部を取り出して何か堅牢な容器に保全しておくもの、延命薬を作って寿命を伸ばそうとするもの、他の生物に隷属刻印を繋げてその生命力を自分に取り込み、生命力の増大、活性化をはかるもの。

それらは、時代を経て研究され、一千年後にも受け継がれていたが、決して彼が一から創造したものではなかった。

それは魔法そのものの命脈に脈々と受け継がれ、それどころか、魔法そのものの根幹であったかもしれないのだ。

 

最初の魔法はのちに[[rb:分霊箱>ホークラックス]]として知られるものによく似ており、延命薬は賢者の石から精製される命の薬によく似ていた。

隷属刻印は、その主たる目的がすり替わっていようとも、ヴォルデモートが使用した闇の印(ダークマーク)と、理論的には非常によく似ていた。

 

フロドリーは、他の者から搾取する隷属刻印にはあまり気が進まなかったが、そのほかの考え、死から逃れるかとや、死から還るという考えにはひどく惹きつけられた。

だが、彼は去年ホグワーツを卒業してからほぼ成人としての扱いを受けており、父の跡を継ぐ一人前の大人として、地域の共同体(村落ごとの魔法評議会のようなものである)の会議や行事にも参加し、結構忙しくしていたので、なかなか叔父のガラクタスのところへ訪れる暇ができなかった。

 

新年の休暇の前は年越しの準備でなおのこと忙しく、やっとガラクタスの様子を見に行けたのは、新年を過ぎて村全体が落ち着いたころだった。

「ガラク叔父さん?」

来客があることに、入ってから気付いた。

「よう、フロドリー。

元気そうだな。」

ゴドリックは眉を上げて、フロドリーに声を掛けたが、フロドリーはガラクタスの屋敷でゴドリックに遭遇するのは初めてだったので戸惑った。

もちろん、ここはゴドリックの故郷で、ゴドリックはフロドリーの父親のハウウェルとも友人であったわけだから、いてもおかしくないのだが、不死鳥を従え、炎を得意とする豪快な性格のゴドリックが、とにかく暗い系統の魔術ばかりを追い求めているガラクタスをわざわざ訪れていたことを不審に感じたのだ。

「なあに、ちょっと見せてもらいたい本があってなあ。」

そういってゴドリックが見ている本は、装丁の印象から既刊の本ではなく、ガラクタスの研究成果をまとめた手書きのノート類だと思われた。

フロドリーは首を傾げながら、ガラクタスが意気込んで聞かせてくれる魂の一部保管の魔法の説明を聞いていた。

 

冬休み、動きがあったのはブラック家だった。

アルタイルが、ホグワーツに残って教師になりたいと言ったとき、カノープスはいい顔をしなかった。

それはそうだろう、長期的な視野を持ってホグワーツを支援したと言っても、嫡男がホグワーツに取られる事態は流石に想定していなかっただろうから。

だが、結局は、アルナイルが後押しをしたのもあって、カノープスが折れた。

サラザールは、本人がアルタイルの残留に苦い顔をしていたので、あまり積極的には後押しをしてくれなかったのだ。

だが、ともかく上級魔法試験の出来いかんにかかわらず、アルタイルはホグワーツに残ることができる運びとなった。

ホグワーツ側の方は、アルタイルの優秀さは分かっていたので、人格に問題のない優秀な教師は大歓迎だった。

 

 

 

 

 

 

問題は卒業も近くなった春の終わりに勃発した。

そのころには、生徒の上級魔法試験もほぼ終わり、最終成績を出す段階に入っていた。

そこで、のちのゴドリック・ホロウ、西の荒野の彼の故郷の村から、ゴドリック・グリフィンドールあてに、正式な申入れの手紙が入ったのだ。

ちなみに、ウィゼンガモットは、各地にあった魔法評議会に似た組織が、独立性を保ったまま、のちに魔法省に統合されたため、司法を縄張りとしたが、この時代は司法は各地の魔法評議会や民会などがそれぞれ管轄していた。

それは、西の荒野周辺を統治している評議会からの正式な証人召喚状であり、ホグワーツ校長というという体裁、つまり上司であるロウェナにも、内容を周知する手紙が届いた。

「証人召喚状?

ゴドリック、何やったの?」

証人としての立場での呼び出しにも関わらず、ヘルガの第一声にゴドリックへの信用は限りなく低い。

 

「何にもやっちゃいねえよ。

うーん?」

流麗な書体で見える位置に宛先と「証人召喚状」と書かれた、折られた羊皮紙の封蝋を開けて確かめたところ、大袈裟な文体で西の荒野地区での変死事件について、証人の喚問を要請するとある。

被害者は、二名。

一名がガラクタス・ペベレル、二人目は数年前に没落したマグルの貴族の娘。

しかし容疑者の名にも、重ねてガラクタス・ペベレル、とある。

「どういうことだ?

これは?

ペベレル?」

ロウェナあての書簡を一緒に読んでいたサラザールが疑念の声を上げる。

もちろんガラクタス・ペベレルは、ホグワーツに来たことがないので、ここにいる教師の中では、ガラクタスと面識があるのはゴドリックだけである。

 

「フロドリーとメドレイアの叔父だ。

──死んだ?

そうか、死んだのか?」

きょとんと、という形容が似合いそうな緊迫感のない呟きだった。

実感が湧かないということを考慮しても妙な反応だった。

「ゴドリック、あなた、これは正式な依頼よ。

支度したら、すぐに向かった方がいいわ。」

急がない旅なら、[[rb:天馬>イーナソン]]でもいいが、急ぐなら姿眩ましで直ちに出発すべきだろう、だが、向こうにどれくらい滞在する必要があるのか分からない以上、荷物その他の準備を怠るべきでもない。

「待ちなさいよ、一人じゃない方がいいわ。

サラザール、同行してくれる?

何があったか確かめて来て。

そもそも、ホグワーツにいたゴドリックになんで召喚状が届くのかも分からないし。」

ヘルガがサラザールに言う。

学期中に、教師が二人も抜けるのは歓迎される事態ではないが、5年生の試験も、7年生の試験も終わったこの時期なら、対応はさほど難しくない。

 

「分かった。

ロウェナ、ヘルガ、後は頼んだ。

ゴドリック、すぐに準備をしろ、でき次第、発つぞ。」

サラザールも何か思うところがあったのか、さして反論もせずに了承した。

「ああん?

サラも来るのかよ?」

ゴドリックは緊張感もなくぶつくさ言っていたが、それでも準備には取り掛かった。

 

簡単に姿現し、姿眩ましというが、迂闊に未熟なものが扱えば手足の一本や二本その辺に置き忘れて負傷する危険な術であることに昔も今も変わりはない。

一千年後と違って、免許せではなかったが、ゴドリックやサラザールくらいの魔術師ともなると、自分の故郷へ姿眩ましをするくらいのことは造作もなくできた。

ただ、ゴドリックは単に放浪も日常の一部であるがゆえに、サラザールは概ねブラック家や同郷の子供たちを連れていることが多く、子供たちの安全性を保つためと、旅の過程も教育であるという観点から、旅程で姿眩ましを使うことは少なかった。

翌日、ゴドリックの腕を掴んで一緒に姿眩ましをして、着いた先は西の荒野のゴドリック故郷の村だ。

どこなの家の庭に出た、と思ったら、ハウスエルフが屋敷の中から飛び出して来た。

 

「旦那様!

お帰りなさいませ、今は学校とやらの途中ではございませんか?

飲み物をお入れしましょうか?」

ハウスエルフのその反応で、その屋敷がゴドリックのものだと分かって、サラザールは一瞬入った肩の力を抜いた。

ちなみに、この飲み物とは、一義的にアルコール飲料、次に果実水、それから水であって、お茶という文化は全く普及していない。

ゴドリックは、ハウスエルフにサラザールをさす。

「飲み物もいいが、客だ。

ホグワーツで一緒のサラザール・スリザリン。

この土地にいる間はここに逗留する、間違って追い出そうとするんじゃないぞ。」

「あ?」

そう言われてサラザールは虚をつかれるが、ゴドリックの方が不思議そうに返した。

「あ?

うちじゃなかったらどこに泊まるんだ、この辺は田舎だから、宿を商売にしてるような家はないぞ。」

言われてみればその通りで、サラザールはこのあたりは不案内だが、庭から見える辺りを見回してみても、あまり、商業的に栄えた地には見えなかった。

「そうか、仕方ないな。

世話になる。」

そのあたりは割り切って、サラザールはさほど多くはない手荷物をハウスエルフに預けた。

 

「俺はいっぺん、ペベレルんちに顔出してから、評議会の爺さんたちのツラ拝みに行こうと思うんだが、サラ、お前はーー。」

どうする、とゴドリックが言い切る前に

「先生!

サラザール先生も!」

と、庭の生け垣の外から声がした。

「フロドリー!」

そこにいたのは、フロドリー・ペベレルで、考えてみれば、田舎基準とは言え、ペベレル家とグリフィンドール家はご近所さんなのだから、フロドリーがいてもおかしくはない。

フロドリーは、二年近く前、ホグワーツで顔を合わせていたときより、だいぶ大人びて見えた。

ただ、いくらか顔色が悪いようにも見える。

「フロドリー?

今からそっちに顔出そうと思ってたんだ。

顔色悪いな?大丈夫か?」

フロドリーは何かを言い掛けたが、明らかにサラザールを見て黙った。

「うん、父さんたちは家にいるよ。

評議会の爺さんたちも来てる。

今から来るなら予告しとこうか?」

そう言うと、フロドリーはゴドリックが了承したのを確認してから駆け戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

それからの出来事は非常に忙しなかった。

ゴドリックがサラザールと一緒にぺべレル家、ーフロドリーの実家の方のー、を訪ねると、現当主のハウウェルが難しい顔をしてゴドリックを出迎えた。

「率直に言おう。

ゴドリック、 お前、ガラクタスがマグルの娘をかどわかしたんじゃないかということに関して、関与を疑われてる。」

「んあ?」

事情を聞けば、今回の事件は、闇の魔術に傾倒し過ぎたガラクタスが、何らかの魔術を実行するために、生贄として若いマグルの娘を攫い、何らかの実験をした結果だと思われている。

だが、ガラクタスが試みた実験はそれが何であったにせよ、確実に失敗した。

後に残されたのは表情を恐怖に見開いたまま凄まじい形相で息絶えていた血まみれの娘の亡骸と、何をどうしたのか、その場にはそういったものは残されていなかったにもかかわらず、胸元に大きな鉤爪のような跡が残り、おそらく生きたまま心臓をえぐり出されて死んだガラクタス本人の遺体が転がっていた。

何が起こったのかの詳細は掴めない、と、ぺべレル邸に集った評議会の面々も厳しい表情で言った。

 

だが、ガラクタス・ぺべレルが一族の男子としての義務も放棄して、暗い魔術の研究に没頭していることは、この地方のものなら誰でも知っていた。

兄のハウウェル・ぺべレルが周囲の信望厚い人格者として知られているのと対照的に、ガラクタスは娘を結婚させたくない穀潰しとして認識されていたのだ。

「ゴドリック・グリフィンドール。

ガラクタス・ぺべレルは状況から、マグルの娘を誘拐して殺害したものと思われる。

それについて、貴殿は何か知っていることがあるのではないのか。」

元々、ハウウェル・ぺべレルの屋敷は地元の名士の家で、大人数での会食に使えるような広間がある。

設営された椅子とテーブルの配置は、完全に審問を意識したと思えるものだった。

サラザールは直接の関係者ではないが、本人が東部の名家の出であることと、ゴドリックが関わるならホグワーツを代表する者の一人として知る必要があると言う説明が受け入れられて、傍聴の立場で同席した。

 

ゴドリックは特に動じる様子もなく、いつもの調子で、

「何で俺が知ってるわけがあるんだ。

俺はここ何年もホグワーツにいたんだぜ?

そりゃあ幼馴染みだからな、休みに帰って来たときは、あの引きこもりを心配して様子を見に行くこともあるが、それだからって、何で俺が関係あると思うんだ?」

質問をした評議会の老爺は、横の老人と目配せをした。

「貴殿を招いたのはそこだ。」

どこだ。

「殺された娘は、近隣の地方の、だいぶ以前に没落した領主家の系譜だった。

嫡子が賭け事に入れ上げて身代を傾けて、嫡子本人は、貴様のせいだと貴殿に決闘を挑んで命を落とした。

領主はそれを補填しようと所領から厳しく税を取り立て過ぎた結果、領民の逃亡離散が相次ぎ、結局、領主一家自体が夜逃げした。

その際に、足手纏いになる乳飲み子の娘は尼僧院に預けてな。

ガラクタスがかどわかしたのは、その娘だ。」

老爺は、そこで一息ついてゴドリックの表情を窺ったが、ゴドリックは顔色ひとつ変えていなかった。

 

老爺は期待した反応が得られたわけではないようだったが、とにかくも先を続けた。

「その、没落した領主家の嫡子を、賭け事に誘ったのは、そもそもゴドリック・、グリフィンドール、貴殿ではないのか。

そして、その嫡子は、昔、そなたの妹を踏み殺し、卑怯な手で父親を斬り殺した男ではなかったのか?

貴殿は、その嫡子に娘がいることを知り、今回のことを企てたのではないのか?

或いは、ガラクタス殿の研究の贄にすべく唆したのではないのか?」

サラザールは息が詰まるような気がした。

ゴドリックの過去を詳細に知っているわけではなく、家族は死んだ、とくらいしか聞いていなかったが、あり得ない話ではないと思ったからだ。

だが、ゴドリックは落ち着き払って反論した。

 

「は!

そもそもなんの魔術かも特定できてないんだろうが。

推測だけでものを言ってもらっちゃ困るな。

俺が賭け事に誘った奴が嵌って自滅したからって俺のせいか?

俺のせいなら、その娘だって、その時点でどっかに売り飛ばしでもすりゃあ良かったろうが?

そんな手の込んだことをする必要がどこにある?

だいたい、見縊らないで欲しいが、俺は決闘も賭け事も四六時中してる。

それが特別だったなんざどうやって証明する?」

ゴドリックが言い切れば、証拠はなく、後は推論しか残らない。

 

凄惨な事件ではあったが、心が荒むようなやり取りの末に、何ひとつ証明できないまま、ゴドリックは解放されることになった。

「サラザール、ちょっと先に家に戻っててくれ。

フロドリーが案内してくれる。」

ゴドリックは、評議会から解放された後も、家長のハウウェルが話があると言って引き止めたので、先に戻ることになった。

考え得ることはいくらもあったが、決めつけることもしかねて、サラザールが黙ってフロドリーについて歩いていたとき、ゴドリックの屋敷の前まで来て、フロドリーがふと足を止めて振り返った。

「サラ先生、言っときたいことがあるんだけど──。」

 

「なんだ?

屋敷に入ってから聞こうか?」

「ううん、敷地に入ると、ハウスエルフに聞かれる。

そしたらゴドリック先生バレるから・・・。」

決して良い話ではない予感がしながら、サラザールは先を促した。

「評議会の爺さんたちには言わなかったけど──、やっぱりガラク叔父さん唆したのは、ゴドリック先生だと思うんです。

こないだの休みの時、ゴドリック先生来てて、僕、時々ガラク叔父さんの様子見に来てたんだけど、だいぶ長いこと入り浸ってて、ゴドリック先生が去った後、ガラク叔父さん何か凄い悩んでたんです。

研究一辺倒でだいぶ変わってたけど、やるべきかやらざるべきか、みたいに、ゴドリック先生と話した時から様子がおかしくてーー、何にも証拠とかないし、証明もできないし、ゴドリック先生は先生だしーー、評議会の爺さんたちにはとても言えなかったけど。」

フロドリーは、きちんと成人した議席を持つ魔法使いとして扱われ、先ほどの審問紛いの席にも同席していた。

 

「──フロドリー、それを何故今、私に言うんだい?

さっきは言わなかったのに。」

フロドリーは、顔色の悪いまま、恩師を見上げた。

「だって──、ゴドリック先生がもし何かやらかして止められるとしたら、サラ先生たちでしょう?

多分、この前の休みの時に、ガラク叔父さんが集めてた本の一部がなくなってるんです。

具体的にどの本って分からないけど、叔父さんが「とびきりヤバい」って言ってたあたりのーー多分、隷属とか蘇生とかと思うんだけど。」

おそらく問い質しても認めはしないだろう、と思いながら、サラザールはフロドリーに気をつけておくと約束した。

 

ゴドリックは、サラザールがフロドリーと別れてからもしばらくは戻って来ず、日が落ちてから戻ってきた。

時刻も遅かったので、サラザールはゴドリックとまともに話すタイミングを逸し、翌日ホグワーツに戻っても、むしろしばらくはその話題に触れないようにして、どちらもが過ごした。

無論、ロウェナやヘルガにはゴドリックが事態を説明したのだが、サラザールは否定するわけではないが、言葉少なにほとんど口を挟むことはなかった。



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■第7章 避けられぬ決闘 後編■

ホグワーツの7年目も終わり少なくなっていたが、ゴドリックが西の荒野の評議会に呼び出されてから、ホグワーツを創設した4人の間にはそこはかとなく、どこか窺うような雰囲気が流れていた。

もっと具体的に言えば、サラザールがゴドリックの軽口をまともに相手にしなくなり、親友ゆえの気安さだと思われていた距離感に変化があったことだろう。

評議会への呼び出しと内容は生徒たちへは当然知らされなかったので、生徒たちは各々勝手な推測を垂れ流し、中でもグリフィンドールに属する生徒は普段のうわべから、ゴドリックがマグル生まれの魔法使いを受け入れても良いと言っているのに、サラザールが純血を重んじて反対しているために対立しているのだなどと無責任に噂し、その上、無遠慮に声が大きいのだった。

ロウェナはそういった雰囲気に、心を痛めていたが、西の荒野で何があったのかサラザールに尋ねても、「推測でしかないうちは無責任なことは言えない」と、ゴドリックが語った「事実」以外のことは教えてもらえなかった。

ヘルガも心配はしていたが、こちらは逆に詳細は分からないながらも、肝っ玉母さんらしく肚をくくり、決裂するならするで仕方ないというスタンスだった。

 

そんなある日、決定的な出来事が起こる。

ゴドリック・グリフィンドールは、ガラクタス・ぺべレルの屋敷から、実際に、何冊かの最も暗いとされる魔法の書籍を借り出していたのだ。

少なくともそれの一部は、この時代ですら禁忌と目される死者蘇生に関する書籍であったのは間違いない。

ゴドリックが蘇らせたかったのがなんであれ、ゴドリックはホグワーツに御誂え向きに死体があることを思い出し、単なる実験として、死者の骨を用意して、呪文の効果を確かめようとし、それに気付いたのがサラザールだったということだ。

実験は、以前、レッドキャップが発生した、普段人の来ないホグワーツの地下で行われようとしていた。

そう、つまり、ゴドリックが弄んでいたのは、かつて弟の敵討ちに挑んであえなく惨殺された青年たちの死体だった。

死者は既に骨になっていたが、たかが数年で骨が土に還るわけでもない。

 

そこで何が行われようかとしていたのに気付いたのはホグワーツ構内を、配管や通風孔を利用して生徒に会わず経巡れるバジリスクだった。

『サラ、サラザール。

前に小男の妖精が出たあたりで、妙な気配がする。

闇の魔法もだし、変な気配がする。』

秘密の部屋でバジリスクに告げられて、サラザールはバジリスクを肩に乗せたまま、急いでホグワーツの地下に向かった。

その時点ではサラザールはまたレッドキャップでも湧いたのかと思っていた。

だが、向かった先で、彼は意外な光景を目にすることになる。

 

「ゴドリック・・・!?

貴様、何をしている!!」

サラザールが見た光景は、ゴドリックが面白くもなさそうにホグワーツ地下の広場に佇んでいて、周囲に白骨が散らばり、その白骨が立ち上がりきれずにカタカタと蠢いている姿だった。

「な、なんだ、これは?

この死体はなんだ、ゴドリック!

レッドキャップが発生したのはこのせいだったんだろう!?

しかも貴様、これはなんの術を掛けたんだ!」

ゴドリックの側には不死鳥がいて、白骨が蠢くところに思い切り急降下して骨を砕いては炎を燃やし、面白いおもちゃを見つけたというように遊んでいた。

欠片になるまで砕かれた骨は流石に動きようがない。

 

「なあに、大した術じゃない。

じゃない、ってか、なかった。

ガラクは理論を褒めてたし、骨しか残ってなくっても、完全に身体を復元できるって書いてたんだがなあ。」

平坦に、なんの感慨もなく語られたその言葉にサラザールは戦慄する。

ガラクタス・ぺべレルと面識はなかったが、フロドリーの懸念は当たっていたのだと実感する。

サラザールは、唸るようにゴドリックに食って掛かった。

「ゴドリック・・・、貴様!

やはり、ガラクタス・ぺべレルを唆したのはお前だろう、ゴドリック!

なぜ他人を唆して目的に遂げようとする!

目的はなんだ、永遠の命か?

それとも家族の蘇生か?

だからといって、どうして何故、無闇にあちこちを踏み荒らして進む!

この白骨だって、お前が決闘に巻き込んだマグルか誰かだろうが!

ゴブリンの話だって、本当は彼らが正しいんじゃないのか!

お前は一体何がしたいんだ!」

 

ゴドリックはサラザールの怒りにも、特に動じる様子もなくごく普通の話題を話しているかのように平坦に返す。

「特に何がしたいと聞かれてもなあ?

サラ、死にたくないだけさ。

それなり、確かに自分の手にあったものを無くすのも嫌だな?

魔法族もマグルも一緒だよ。

俺は公平にしてるだけさ、マグルだって、魔法がないからって、狡くないわけでも、汚くないわけでもない。

現に俺の家族だってマグルに殺されたんだぜ?

油断は禁物だ。

俺は、ちゃあんとマグルにも平等に厳しくしてるだけさ。

叶わない相手だって、気付かないあいつらが不運なんだろ?」

確かに会話をしているはずなのに、話していると何かが手から滑り落ちていくような気がする。

サラザールは得体の知れない裏寒さを感じながら、ゴドリックを睨みつけたが、ゴドリックは動かない視線を返すだけで、その真意は全く読めなかった。

 

ふと、ゴドリックの目の奥底でなにかの動きがあって、いいことを思い付いた、というようにゴドリックが陽気な声を上げた。

「まあ、こんなところで喋ってても仕方ない。

サラ、決着を付けるのに決闘しようぜ。

お前が勝ったら、質問にもなんでも答えてやるし、言うことも聞いてやるよ。

決闘も賭け事も控えるし、お行儀よくしてやらあ。」

内容にそぐわない明朗さに、サラザールはたじろぐ。

だが、ゴドリックが約した内容に、心動かされたのも確かだ。どうせこのままではこの男が正直に非を認めることなどありはしないだろう。

「本気か、ゴドリック。

負けたら、きちんとこれまでのことも全部真実を喋ってもらうぞ。」

『サラ、大丈夫なの。』

耳元で、バジリスクに心配される。パーセルタングなので、ゴドリックには分からない。

決闘は、翌日午後、湖そばの広場と決まった。

 

 

 

 

 

 

決闘が決まってから、サラザールはアルタイルに立会人を頼みに行った。

教職員ではすぐにロウェナとヘルガにばれる。

ロウェナにはただでさえ最近の自分たちの様子で心配を掛けているのは分かっていたし、ヘルガには止められると思ったのだ。

その他の教職員に頼んでもすぐに二人には筒抜けになると言うことを考えれば、生徒ではあるが気心が知れてほぼ卒業というアルタイルという選択肢になるのは仕方がない。

アルタイルからアルナイルに漏れるのも当然の成り行きで、バジリスクからモーフィアス・ゴーントに話が漏れたまでがその日話が広まったメンバーだった。

 

翌日午後、サラザールはアルタイルを伴って、湖畔に広場へ向かった。

ゴドリックは、いつもはゆるい時間で行動するのに、今日は早く来ていた。

「ゴドリック、お前、立会人は?」

ゴドリックは一人で、のちのグリフィンドールの剣と呼ばれる剣をたばさんでいた。

「立会人なんかいるかよ。

迂闊に頼んだらロウェナたちにバレるじゃねえかよ。

──なんだ、お前、アルタイル連れて来たのか?」

ゴドリックのセリフの一瞬の間に、サラザールは僅かに違和感を覚えたものの、ロウェナたちにバレるじゃねえかよ、という言葉に説得力がありすぎて、そのまま聞き流した。

「さて、やるか?」

ゴドリックが気軽な様子で言うのに、サラザールが待ったを掛けた。

「待て、アルタイルには安全な距離を取ってもらわないと。」

確かに、魔法使い同士の決闘で、ゴドリックとサラザールほどの魔法使いの魔力が本気でぶつかるならむしろ、普通に声が聞こえるレベルでは危ないくらいだ。

アルタイルは不承不承距離を取り、二人が杖と剣を構えて対峙するのを見守っていた。

 

ところで、この決闘には他にもゴドリックたちが知らぬ立会人がいた。

話が漏れたうち、バジリスクを連れたモーフィアス・ゴーントである。

バジリスクは、サラザールから校舎外だから万一のことがあってはいけないから来ないように、と言われて、モーフィアスに泣きついた。

現時点でバジリスクの言葉が通じるのはサラザール以外にはモーフィアスだけで、パーセルタングという共通項もあってモーフィアス自身もサラザールにはお世話になっていたから、絶対に目を開けないという条件でこっそりと連れ出して、湖のほとりまで来て身を隠していた。

さらに、パーセルタングとマーミッシュ語は近いところにあったから、モーフィアスは湖に住んでいるマーミッシュに事情を話して、湖のほとりで卓越した二人の魔法使いに見つからない場所を教えてもらった。

これには不穏な話が付いてくる。

『決闘、多分、あそこ。』

『紅い毛の生えた男、昨日の晩、あそこに何か魔法陣描いてた。良くない。』

マーミッシュに言われて、モーフィアスは目を凝らしたが、彼には視認できなかった。

『確かに何かある、何かまでは分からない、がーー。』

バジリスクが唸るのに、マーミッシュがかぶせる。

『分からない、分からない、でも良くない。

サラザール、恩人。私たち、湖住めた。恩人。良くない、許さない。

女王呼んでくる。』

マーミッシュの少女はそう言って湖の底深くへ潜って行った。

 

さて、ゴドリックとサラザールは、正式な決闘の答礼をして、お互い、杖と剣を構えた。

「ゴドリック、お前、本当に約束を守る気はあるんだろうな?

私が勝ったら、本当に質問には答えて、いらぬ諍いをあちこちに撒いて回るのはやめろ。

お前本人が言ったんだろう、マグルは魔法は使えないが、弱くもないし、狡くないわけでもない。

貪欲さはつつしめ。

魔法族を、我々の家族を、血統を故郷、を第一に守れ。」

サラザールの言葉に、ゴドリックの瞳はどこか暗かった。

彼の言葉は、ゴドリックの心の本当に深いところにはおそらく届いていない。

「そうやって、世の汚さもマグルの卑劣さも知ってるのに、なぁ、サラ、どうして、お前はそんなに揺るがずにいられる?

特にマグルははお前が思う以上に、傲慢で好奇心旺盛で優秀でいらっしゃるよ、サラザール。

それに卑怯者だし、汚い。

マグル相手に油断は禁物だ、奴らを信じるな、目を離すな、利用して常にこちらの都合のいいようにしておかなければ、そのうち寝首を掻かれる。」

 

ゴドリックの瞳の暗さに、サラザールが言葉を失うが、ゴドリックはまるで独り言のように続けた。

「現に、俺の家族をぐちゃぐちゃにしたマグルだって、俺の妹を蹴り殺したことも、親父を斬り殺したことも、何にも覚えちゃあいなかった。

母さんと妹は、ちょうどお前みたいな髪の色をしてたよ。

なあ、お前を手に入れたら、俺も家族というものを取り返せるのか?

我々魔法族と言うが、家族だって、油断すれば一瞬でいなくなる。

どうすれば、誰がずっと側にいてくれる?

裏切らないものなぞあるのか、喪わないで済むものなどあるのか?

なあ、サラお前で試していいか?」

ゴドリックが剣を構えた、と思ったが、蠢いたものはそれではなかった。

 

サラザールが立っていた地面が、ぐにゃりと歪んだように見えた。

「カロン フルィヌス!」

また、聞いたこともない呪文がゴドリックの唇から紡がれる。

描かれ、隠されていた巨大な魔法陣があらわになる。

それはちょうど、サラザールが立っていたその真下に位置していた。

隷属の魔法陣。

完成し、発動すれば対象を完全に術者に縛る。

「な、」

サラザールは杖を構えていても、対応になんの呪文が相応しいのか一瞬の逡巡をして、魔法陣からから伸びて来た影のような手に脚を掴まれた。

引き倒されそうになって、サラザールは呪文すら唱えずに杖を振るい、とっさに得意な水の刃で影の手を刈り取ろうとした。

 

刈り取れない。

手は、さらにぐにゃりと形を変え、まるでいばらのようにサラザールの足元から巻き付いた。

「サラおじさん!」

アルタイルが、凶悪な光景に叫んで近寄ろうとしたが、ゴドリックが放った炎と煙で近付けない。

「サラ先生!」

『サラ!』

モーフィアスとバジリスクも隠れ場所から飛び出して叫ぶ。

ゴドリックはそちらも一瞥して、舌打ちした。

「なんだァ?

まぁだ鼠がいたのかよこれは決闘だぜ?

どんな手だって使やぁ勝ちだ、小鼠どもは黙っとけよ、なッ!」

ゴドリックがグリフィンドールの剣を振るい、焔が渦を巻く。

渦巻いた焔の一端を、人の争いには無関心に不死鳥が啄ばんでいた。

 

「ぐ、ぁ、貴様、ゴドリック、こんな、闇の魔法をよくもーー。」

サラザールの足元から這い上る黒いいばらはずぶずぶと、彼の体に沈着するように黒い禍々しい文様を描いていく。

『サラザールッ!!』

バジリスクが、その魔力のほとんどを解放して、人には捉えられない言葉を叫び、それは人が唱える呪文以上の力を持った。

バジリスクが放った魔力波は、ゴドリックが描いたおぞましい魔法陣を根幹から破壊し、サラザールを完全に拘束しようとしていた禍々しい魔術式はばきばきと音が聞こえそうな様子で崩壊していった。

完全に自由を取り戻しても、サラザールの消耗は激しく、がくりと地面に片膝をついた。

「くっそ、邪魔しやがって!

決闘の邪魔する奴は殺されても文句は言えないって知ってるよなあ?」

そう言ってゴドリックは、バジリスクのいる方に炎を放つ。

 

「サラおじさん!」

ほぼ同時に、アルタイルがサラザールに駆け寄ろうとして、そちらにもゴドリックが切り裂き魔法を投げた。

それは喧嘩や決闘ばかりをしていたゴドリックの反射的な行動だったのだろうが、狙った軌道はほとんどまっすぐアルタイルを狙っていた。

「アルタイル、危ない・・・!」

膝をついた後、なんとか立ち上がろうとしていたサラザールはとっさに駆け寄って来たアルタイルを押しのけ、結果、切り裂かれたのはサラザールの喉元だった。

「サラザール!

くそっ、お前を傷つけるつもりはなかったってえのに!」

ゴドリックの叫びはどこまでも身勝手なものだ。

 

『女王!』

「女王陛下!」

そして、バジリスクとモーフィアスに放たれた炎を逸らしたのはマーミッシュの女王の魔法だった。

マーミッシュの少女が呼びに行った湖の女王は、サラザールには間に合わず、だが、彼が守ろうとしたものには間に合った。

『妾の民が、何か怪しげなことが行われていると言うから駆け付けてみれば、厭わしい術を使うておる。

サラザール・スリザリン。

その者は我らの恩人である。

その傷では人の技では到底助かるまいが、せめて、隷属の陣の餌食にはさせられぬ。

助けることができれば返すが、できなければ返さぬ。

死してなお縛られるなら幽鬼よりも悪い、歩く屍、死したるしもべにさせるくらいなら、その者の身体、我らが預かり受ける。』

女王の語彙は少女よりもだいぶ多かったが生憎、意味が分かるのはここにはバジリスクとモーフィアスしかおらず、モーフィアスも通訳するどころではなかった。

だが、意味が分からずとも、さすがにマーミッシュの女王の魔法は、桁が違った。

出血多量で既に意識がなかったサラザールの身体が、ふわりと浮き上がると、夢のように湖に沈む。

サラザールに向けた誰の手も届かない。

 

「くそ、待て!

そいつは俺のなんだよ!」

ゴドリックは、どこまでも身勝手に、湖に向かって追い縋ろうとするが、きーん、と高い音がして、見る間に湖面が鏡のように固まっていく。

人ならざるマーミッシュの魔法のひとつだろうが、ゴドリックが湖に足を踏み入れても凍った湖面に乗るように、沈みさえしなかった。

「くそ、くそ、くそ!

返せ、そいつは俺のだぞ!」

ゴドリックが荒々しく踵をふみ鳴らし、グリフィンドールの剣で斬りつけ、炎を放ったが、むしろ炎がその身に返りそうになって横から不死鳥が炎を啄ばんだだけで、湖面にはなんの影響もなかった。

 

「サラおじさん───。」

「サラ先生──。」

ゴドリック以外の少年たちも呆然としていたが、そこに、ロウェナとヘルガがアルナイルを連れて駆けつけて来た。

「ゴドリック、何をやってるの、サラはどこーー。」

「湖がなんでこんな事になっているの、この残ってる妙な魔法の気配は何ーー。」

「ねえ、ゴドリック、サラはどこなの!」

混沌とした中で、ロウェナがゴドリックに詰め寄るが、ゴドリックは返事もせず、まだ傷一つつかない湖面を忌々しげに見ていた。

 

 

 

 

 

湖面は、それから一週間以上も元に戻らなかった。

一週間以上経って、湖面が元に戻ったのに、サラザールが戻らなかったとき、ロウェナはゴドリックを強く非難し、それが例え決闘だとしても先にいかさま紛いに暗い魔法陣を仕込んでいた時点で裁断されるべきだと主張した。

だが、不祥事を公にすることに難色を示したのは、意外にもアルタイル・ブラックだった。

「魔法族の子弟へ十分な教育を与えると言うのは、サラザールおじさんが本気で取り組んでいた理想です。

サラおじさんは僕にとって家族も同然なんです、おじさんの理想をこんな不祥事で瓦解させるわけにはいかない。

ひどい不祥事でしょう?

創設者の一人が、闇の隷属魔法で、意見の合わない一人を自分に隷属させようとしていたなんて。

そんなことが表沙汰になったら、やっと軌道に乗ったホグワーツの信頼性は一瞬にして地に堕ちる。

子供が隷属させられるんじゃないか、他の魔法使いのしもべにさせられるんじゃないかと思って学校に子供を預けてくれる親はいない。

実家や、東部には僕が対応に当たります。」

真っ先に、ゴドリックの処断を望むと思われたアルタイルの意見に、呆然とするロウェナだったが、ヘルガはアルタイルに賛同した。

 

「無論、グリフィンドール卿をそのまま野放しにすると言うことじゃない。

許すことは絶対にできないけどーー。

せめて、隷属魔法は二度と使わない、って、破れぬ誓いをしてもらうくらいじゃないと。」

闇の魔法、と言わないのは、今知られている魔法はそうだと知られていなくとも、半分以上は闇に属するからだ。

昼と夜があるように、光と闇も、表裏一体であるのだ。

「おお、そのくらいいくらでもしてやるぜ。」

拍子抜けだったのは、当のゴドリック・グリフィンドールが制約に簡単に同意したこと。

ゴドリックの考えていたことは結局誰にも分からなかったが、彼はこの事件の後、確実に賭け事や決闘をする回数が減り、口数が減った。

 

サラザールは突然辞任した形になり、アルタイルとアルナイルは、ブラックとレストレンジ、そして、サラザールの妻には真実を話した。

もちろん、その話は非常な怒りを呼んだが、政治というものの大切さをよく分かっている家系ばかりで、サラザールの志を知っていた者ばかりだったので、ホグワーツの不祥事を表沙汰にすることは発足したばかりの魔法学校にをダメージを与えるだけでなく、サラザール・スリザリンの評判に二度と消えない傷を与えると判断して、彼らは煮え湯を飲んだ。

だが、その前のゴドリックとサラザールが不仲になったという評判が、特にグリフィンドールの生徒の中で独り歩きをし、しかもロウェナが口走った決闘という単語を漏れ聞いていた生徒がいたせいで、サラザールはゴドリックとの決闘に負けて出奔したという勝手な風評が広がっていくのは、どれだけ否定しても真実を説明できない以上、止めようがなかった。

 

バジリスクは、それまで気ままに配管や通風孔を使って探検していたのだが、この後はほとんど出歩かなくなり、ほとんどの時間を秘密の部屋にこもって過ごした。

アルタイルにさえ会いたがらず、かろうじてパーセルタングで話せるモーフィアスとくらいしか喋らず、のちにサラザールの娘が入学して来てからは彼女と話したが、話せる相手がいなくとも湖まで出掛けることもなく、話す相手がいないときはほとんどを眠って過ごすようになった。

 

アルタイルは、予定通り、ホグワーツを卒業してからそのまま教師になった。

彼は、サラザールが突然いなくなって動揺するスリザリン寮生を励まし、支え、まずは魔法族同士を尊重し、お互いを守ろうという、サラザール生前の「魔法、故郷、そして家族」という信念を貫いた。

後に、それが伝わるうちに変質するとしても、ブラックが王家を自認する実績と伝統はおそらくこのころ生まれたのだ。

全てが後の世に、正しく伝わるとは限らない。

それでも、その時代、ブラックは正しく、魔法族の守護者の位置を確立していった。



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■終章 千年のホグワーツ(完結)■

それからのことは、千年後を生きる魔法使いに知られていることもある。

卒業年の騒ぎの余波もあり、卒業前に一度ヘレナと話をしておこうと思っていたロウェナだったが、とてもそんな暇はなかった。

それが徒になった。

 

ヘレナは卒業したその足で、荷物をまとめ、家に帰ーーらず、そのまま出奔した。

ヘレナの出奔の知らせは、当然婚約者のイドワルの耳にも入り、イドワルはホグワーツに飛んできて、ヘレナを探して連れ帰ることを約束した。

この場合、不幸だったのは、ヘレナが魔法使いで、普通の良家の一人娘ならとてもドーバー海峡すら渡れていなかっただろうところ、護摩の灰も拐かしも追い剥ぎも全てを返り討ちにしてアルバニアまで逃げ切る実力があったことだろうか。

それとも、普通の者なら追い切れぬ魔法の痕跡を辿って、アルバニアまで追い縋るイドワルの実力だったのだろうか。

ともあれ、追いついて話して理解し合えるようなたちの二人なら、イドワルが在校していた5年間でとうに恋人になれていただろう。

 

結果は残酷なもので、まだ十代の潔癖さで、ヘレナは痛烈な言葉でイドワルを拒絶し、罵倒し、侮辱した。

イドワルは口下手な故に口論で済ませられず、また今までにない痛罵と拒絶に逆上し、ヘレナの命を奪った。

喪われた命は取り戻せない。

イドワルは、我に返って絶望して、その場で己の命も絶った。

当然、本来なら、縁故もないアルバニアの彼方から、彼らの消息を知らせる者などないはずだった。

だが、皮肉なことにロウェナと比較され続けたとしても、間違いなくヘレナは力に満ちた魔女だったし、イドワルもまた強い魔法使いだった。

彼らは死後、幽鬼(ゴースト)となるに十分な魔力と、十分に現世に思い残す理由があった。

彼らはアルバニアに肉体を残したままゴーストとなり、その姿でホグワーツに縛られた。

ロウェナは、彼らなその姿を見て、彼らが喪われたことを知り、ただでさえ、ゴドリックとサラザールの件で弱っていた心に決定的な打撃を受け、そのまま体調を崩して寝付いた。

 

サラザールとの事件の後、やや行動がおとなしくなった──、と思われたゴドリック・グリフィンドールだったが、目立つ行動が減っただけで、ホグワーツの長期休暇中、ずっと放浪していてさっぱり行方がしれないことにはなんの変化もなかった。

彼が姿を見せない間何をしているのか誰も知らなかったが、ゴドリックも、ロウェナの没後、それほど長く生きたわけではなかった。

彼はある時、ホグワーツの学期が始まる直前、ホグワーツ城に張り巡らされたまさにその境界のすぐ外で、こと切れて見つかった。

遺体は既に野生動物にいくらも食い荒らされていてひどい状態だったが、おそらく心臓がえぐり出された状態で、まともな死に方ではなかったのだろうことは容易に推察され、発見したのがヘルガの息子のグリフィス、職員であったこともあって、その死に様は職員以外、むしろヘルガとグリフィス、アルタイル以外の誰にも秘匿され、その時代としては異例ではあるが火葬して骨となった状態でのちのゴドリック・ホロウに返されることになった。

ただ、ゴドリック・ホロウにグリフィンドールの係累は生き残っておらず、ゴドリックは正式ではない状態の子息子女はいても、誰もきちんと彼の子供だと認められたわけではなかったので、縁が深かったぺべレル家が、ゴドリックの埋葬とグリフィンドールの屋敷の管理を預かることになった。

 

ゴドリック・グリフィンドールの蔵書はそうやってフロドリー・ぺべレルの元に渡り、彼は叔父のガラクタス・ぺべレルの蔵書も受け継いでいたから、彼の家系ーー、ぺべレルは暗い魔法の研究では英国一と言えるほどの蔵書と情報量を誇り、数世紀を経た時代には、『吟遊詩人ビードルの物語』の中の死の秘宝を手に入れたとして知られるアンティオク・ぺべレル、カドマス・ぺべレル、イグノタス・ぺべレルの三兄弟を生み出すことになる。

遠い千年後には、死の秘宝は、カドマス・ぺべレルの子孫であるトム・マールヴォロ・リドルーーヴォルデモート卿と、イグノタス・ぺべレルの子孫であるハリー・ポッターとの因縁の対決に絡むものとして重要な役割を担うのだが、それはまた別の話だ。

千年後の物語で、大きな役割を果たすアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアは、戦争後、ハーマイオニー・グレンジャーが出発した現代語訳『吟遊詩人ビードルの物語』の中で、死の秘宝は三人兄弟が『死』から贈られたのではなく彼らが作り出したものであろうという見解を述べていたが、それもまた真実は歴史の中にある。

これも証明されない風説の一つを紹介しておくと、アルバス・ダンブルドアは、ゴドリックが遺した正式でない遺児の子孫の系譜を引いているのではないかという説もあったが、それもまた分からないことだ。

 

ホグワーツそのものは、ロウェナの死後、遺言によって、土地と建物ごと『ホグワーツ魔法学校』としての団体に遺贈され、ロウェナの傍系の遺族が継ぐことになるレイブンクロー領とは結界で切り離されて、完全に独立することになった。

ホグワーツの創設者では、本当はヘルガ・ハッフルパフが最年長だったのだが、4人の中で最後に残されたのは彼女で、彼女は彼女の右腕となって支えた息子と、ほぼ後継者としてホグワーツの隆盛に力を尽くしたアルタイル・ブラックと協力し、ホグワーツ千年の歴史の礎を強固なものとした。

彼女は長く生き、最初期のまだ不安定さの残るホグワーツを、盤石なものにしたのだ。

 

ひとつ告げておくなら、サラザール・スリザリンの娘がホグワーツ魔法学校に入学したとき、入れ違うようにゴドリック・グリフィンドールは故人だった。

サラザールの娘は、パーセルタングの縁で、アルタイルからモーフィアス・ゴーントに紹介されることになり、成人後、ゴーントに嫁ぐことになった。

この家系は両親ともにパーセルタングであったためか、この後、度々、パーセルタングの子どもが生まれる。

 

ホグワーツ千年の間には様々なことがあり、クィディッチの隆盛、マグル生まれの受け入れ、ホグズミード村の建設、グリンゴッツ銀行の創立、聖マンゴ病院の設立、国際魔法使い機密保持法の条約批准、魔法省さえできて政治体制の根幹さえ変わった。

それら全てを語り尽くすことは、もちろん到底できない。

 

この物語はあくまで千年前、サラザールの身近であった人々の一場面を切り取って終わることにしたい。

 

 

 

 

 

 

 

ロンドン。

ユリウス暦千年の暮れ。

 

千年後の建物とは流石に様子が違うが、千年後にはグリモールドプレイス12番地と呼ばれることになる場所での出来事である。

サラザールの事件が起き、事態の収拾に奔走し、アルタイル・ブラックはここしばらく落ち着く暇もなかった。

アルタイル・ブラックは千年の夏に卒業し、秋にホグワーツの教師となった。

ホグワーツの5年、7年制を整える下地ができたので、首席と監督生制度を整備し、スリザリン最初の7年生の首席及び監督生はアルナイル・ブラックである。

まだ寮監制度という名前でもなかったが、この時点でサラザールとロウェナが不在のため、教師の中から各寮を担当する教師を決めることになった。

これらのことに、新任のアルタイルがどれほどの影響力があったのかと言われそうだが、アルタイル本人が優秀であることに加え、父親のカノープス・ブラックは創設者を除いて最大の出資者である。

また、学校制度、カリキュラムそのものが整っていないホグワーツの第1期生であった事実はそれほど軽くなく、在校という意味ではアルタイル以上にホグワーツに長いのはゴドリックとヘルガだけなのだから、発言権が大きくなるのは無理もないことであった。

 

ともかくも、職員として奔走して最初の年、新年の休暇のために、アルタイルは、弟のアルナイル、妹のペルセフォネと共に実家に帰ってきていた。

毎年、サラザールと共にわいわい言いながら送ってもらった記憶があるが、今年は教師となったアルタイルが引率して、兄妹三人だけで帰る。

家の門をくぐると、両親が心づくしのご馳走を用意して待ってくれていた。

ユールを過ごして、ある晩、カノープスから書斎に誘われた。

 

夜の灯りは貴重な時代だが、魔法使いには灯り(ルーモス)がある。

父親の部屋を訪れて、控えめに扉を叩く。

「どうぞ。」

と言われて、そっと部屋に入る。

部屋には、壁際に灯りの、全体に防寒の魔法が掛けてあり、外に向けた鎧戸は開かれていて月明かりが見えていた。

マグルの家なら寒くてとても開け放していられないだろうが、そのあたり、魔法使いは便利だ。

父親は、その時代では高級であるワインを用意していた。

 

「前の休みは、とても落ち着いて話すどころではなかったし、ねぎらってやることもできなかったからな。

アルタイル、よく頑張ったな。

あの男だけは許さんが──、結果的にお前がホグワーツに残ったことで、サラのやろうとしたことを無駄にしないで済んだんだろうからな。

これからまだ苦労は多いだろうが、お前ももう成人だ。

ブラック家としても、できるだけの援助はしていく。

アルナイルも、後継としての自覚が出てきたみたいだしな。

お前も、これから大変だろうが、ブラック家の誇りを忘れずにいくんだぞ。」

カノープスは、そう言うと、手ずからグラスにワインを注いでアルタイルに手渡した。

 

アルタイルは後継を外れたため、大々的に客を呼んでの成人の祝いを行うことはできないが、だからといって、親の愛情が減るわけではない。

これは、さほど特別なことはできなくとも、上質な酒で祝い、苦労をねぎらってやろうという親心でもある。

アルタイルは、それまで何処か張り詰めていた気分が一気に報われた気持ちがして、目が潤んだ。

ごく慎重に、カノープスからワインを受け取って、ゆっくり飲む。

「成人、おめでとう、アルタイル。

よく頑張ったな。」

カノープスのことほぎに、アルタイルが堰を切ったように涙をこぼす。

「父さん──、僕、僕、頑張ったよ。

あの男、あの男絶対許したくなかったけど、あの男を断罪したらサラおじさんが頑張ったことが全部無駄になるから我慢したけど──。

本当は今でもあの男八つ裂きにしてやりたい──!!」

 

カノープスは、ほとんど身長の変わらなくなったアルタイルをそっと抱いて、息子の顔を自分の肩に押し付けた。

「よく我慢した、アルタイル。

お前は正しかったよ。

本当は私だって八つ裂きにしてやりたい。

だが、お前が冷静に対応したから、サラが目指した魔法族の教育は残った。

あいつは何より故郷と家族を大切にしてた。

お前が復讐より、サラの理念とあいつが教えていた子供たちを守ったのは正しかったよ。

父さんはお前を誇りに思ってる。

──サラも、絶対にそう思ってる。」

 

この先、サラザールに代わり魔法族の子供たちを見守っていくアルタイルだが、この時はまだ二十歳にもならない若者だった。

彼はこの先、二度と泣かないと心に決めたが、その日だけは、声を殺して泣いた。

 

 

 

ホグワーツは、創設の志の通り、その後千年を栄える。

そして、千年ののちに、そこが戦場になることがあったとしても、ホグワーツはそれに耐え、また次の千年を迎えるだろう。

 

我々は、今、まさにその千年を生きている。

 

 



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