魔法少女リリカル未婚の母(シングルマザー) (那智ブラック)
しおりを挟む

皆の事情
高町さん家の事情・前


 ラブコメ書く時はね、脇ヒロインに邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ
 ヒロイン一人でハーレム無く静かで一人に描写豊かで……

 そんな訳で多分ハーレム無しのラブコメです。なお作者がサウンドステージを知らないのでその内容をすっ飛ばして代わりにオリ主がいるパラレル世界としてお読みください


 高町なのはという女性がいる。

 というか、目の前に居た。物凄く安っぽい木のテーブルを挟んで対角でジョッキを呷っている。凄まじい飲みっぷりである。確か20になったばかりだというのになんなんだろう、これは。

 

「……高町、大丈夫?」

 

「ふぇっ?」

 

 ジョッキを置いて首を傾げる彼女は愛らしい。愛らしいのだが、泡の髭がついている。パーティーならHAHAHAと笑いが巻き起こるところだが、残念ながらこのテーブルについているのは俺と彼女だけだ。周りのテーブルにも人はいるが、皆思い思いに飲んでいる。

 居酒屋である。時空管理局本局にほど近い場所にあるうらぶれた路地裏の先、そこに居酒屋『のむらや』はあった。彼女と同じ次元世界『地球』から来た夫婦が営んでいるお店だ。彼女の故郷の料理も再現されているようで、地球出身者やマニアックな方々の客足は途絶える事がない。

 

「呑み過ぎ、じゃないの? あの子もいるんでしょ?」

 

 だがしかし、だ。呑みっぷりのいい子は嫌いではないがそれでも眉をひそめてしまう。

 そう、何を隠そう彼女には子どもがいる。そこらへんの事情は複雑らしくまだ詳しい事は聞いていない。聞いてないのだが、いる事はいる訳で。

 

「ん、教会の人たちに任せてるから……あ、ゲソのからあげひとつー」

 

 そんな風に聞き流す彼女を年長者として叱らなければいけないのだけど……やっぱり可愛いなぁと思ってしまうのだった。

 

 俺の名前はタロー・メリアーゼ。タローとは俺の故郷の言葉で『聖霊の加護』という超ありがたい名前なのだが、それ含めて地球出身者の人に話すと大爆笑される。聴衆を選ぶ俺の持ちネタだ。まぁ色々と事件があったりロマンスがあったりして魔法的に未開だった世界から次元管理局に就職したクチで、今は次元境界捜査という部署で働いている。『海』とも『陸』とも独立した部署で、故に滅茶苦茶振り回されるのだが……まぁそれは置いておいて。

 そして改めて、対面でゲソをもそもそやってるのは高町なのは。JS(ジェイル・スカリエッティ)事件の功労者であり、同事件を追っていた機動六課部隊長八神はやての友人。天才、英雄、エース・オブ・エース。多少持ち上げすぎかもしれないがそういう人物だ。

 同じ管理局員とはいえ住む世界が違う俺と彼女、なんで知り合ったのかと言うとまぁそのJS事件のおかげである。仕事柄色んな部署を走り回る事が多い俺が悉く機動六課とかち合い、その結果なんとなく顔見知りになったのだ。あと、機動六課には個人的な知り合いもいたし。

 そして六課への出向を終え本局での教導という本職に戻った彼女と、拠点が本局である俺、なんとはなしにたまに話をする仲になってしまったのだ。

 

 とはいえ、流石に二人でここに来るのは初めてだ。何故俺なのかと聞いてみれば、誘えるのが俺しかいなかったからだと言う。まぁ彼女の同僚もこんな若い女の子の扱いには困っているのだろう、エース・オブ・エースも陸に上がればしがらみだらけだ。

 そんな彼女は今、幼さの残る顔を朱に染めて四杯目の酒を呷っていた。果実酒で口当たりは優しくなっているが、度数はむしろ増している。大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫じゃねぇ。

 

「タローさん、呑まないの?」

 

「君が潰れたら送ってくのは俺の役目だろ」

 

「あー……じゃあ、お願いします」

 

 にへらと笑う。本来であればここまで明け透けな子ではないのだが、やはり酒のせいだろうか。それとも、酒でも飲みたくなる原因のせいだろうか。

 彼女は一人で呑みながら話し続ける。はやてちゃんは地上で頑張ってるんだよとか、ティアナは執務官試験大丈夫かなとか、そういう仲間たちの話。愚痴でも明るい話題でもないただの雑談みたいな話を、ノンアルコール飲料を傾けながら聞く。正直、それはそれで興味深い話ではあったし他人の話に頷いているのは好きな方ではあるのだけど、それだけならいつでも聞ける話な訳で。

 別に出歯亀のつもりはないが、ここですっきりしておくのも彼女のためだろうと言葉を差し挟む。

 

「それで、皆に比べて自分は何をやってるんだ、みたいな話?」

 

 これはただの推測で、外れていると失礼極まりないんだけど。でも俺の予想通り正解だったらしく、彼女は黙り込んだ。涙腺が緩んでいたのか瞳が潤み出し、そのまま俯く。

 

「別に君はよくやってるっていうか……やり過ぎだと思うけど。君の友人達が忙しすぎるだけで……」

 

 そこまで言った所でふるふると横に首が振られる。つられてサイドテールも左右に揺れた。きちんと手入れされている艶のある髪がしなびて見える。

 

「仕事は……自分で言うのもなんだけど、満足してるの。天職だと思ってる。でも、そうじゃなくて……」

 

 そこで一拍空けて、息を呑んで。顔を上げた彼女の唇は震えていた。

 

「お母さんとして、ヴィヴィオにとって、私は、その……上手くできてるのかな、って」

 

 高町ヴィヴィオ――彼女の子どもの事の名が唇から零れた。

 所謂『家庭の事情』という奴ではあるが、あの子は少々複雑だ。機動六課に関わっていた俺は知っている話なのだが、ヴィヴィオは機動六課で保護された子だったはず。それがどういう紆余曲折を経て彼女の子どもになったのか、そもそも何故ロストロギア管理部が子どもなど保護したのか。その辺りは言われない限り聞くつもりはないが、この世にはやたらと他人に敏感な奴っていうのがいる。

 きっと彼女は母として何度も自信を無くすようなことを経験して、誰かから何度も心無い言葉を投げかけられ、それでも母として頑張り続けて、途切れかけてしまっているのだろう。

 もう何杯酒を飲んでいるのかもわからない。加減を知らない呑み方だ。家に子どもがいる彼女は、そういう事を学ぶ機会もなかったのだろう。

 

「昨日、喧嘩……して。いいお母さんってなんなんだろ……あの子が、普通に育った子とは違うのも分かってるはずなのに押し付けて……ダメだって、分かってるのに……」

 

 安っぽいテーブルに彼女の涙が吸い込まれていく。支離滅裂な言葉、それを恐らくは自覚しながらもぽつりぽつりと吐き出していく。

 その言葉を聞いて俺は――滅茶苦茶焦っていた。重すぎる。気休めの言葉すら口に出来ない。硬直する。

 

「あの子にもし『本当のお母さん』がいたら……私みたいな事には、ならなかったのかなぁ」

 

 でも、そんな自嘲の言葉に金縛りも解ける。余りに沈んだ彼女を前に、逆にこちらが冷静になってきた。

 

「あのな高町、そういう事は言っちゃダメだろ。俺は事情は知らないけど、お互いに折り合い付けて家族やってるんだろ? そういうのは、ダメだ。自分を腐らせちゃう」

 

 知っている。自分も親を亡くして引き取られた口だから知っている。「お母さんは僕を愛していないのかな」の言葉は、親の愛情が見えなくなる一種の呪いだ。多分それは母から子に対しても同じだろう。

 本当のお母さんがいたらなんて言ったら、子どもがそう思ってなくてもそう見えちゃうだろう。それは子どもが可哀想だ。

 

「でも……」

 

「でもじゃない、謝ろう。まずは自分に謝って、それで明日は子どもに謝るんだ。そうした方が気分いいよ……って、明日は二日酔いかな」

 

「そ、そんなに酔ってないの!」

 

 勢いよく叫んで立ち上がる。その動きがいけなかったのか、彼女は頭まで真っ赤になってからぶっ倒れた。

 

 

 

 タクシーを呼んだが彼女の家を知らない。そう気付いたのは乗り込む寸前だった。仕方がないので俺の家(しがないマンションの一室だ)に回してもらい彼女に布団を提供し俺は夜の街へ。ベッドカバーとか変えておきたかったがないものは仕方ない、年頃の娘さんには辛いだろうが文句は甘んじて受けよう。

 コンビニで雑誌を読んだり時間を潰し、日が出た辺りに自分の家へ。ここでお風呂に入ろうとした彼女と鉢合わせ、うれしはずかしドッキリハプニングとくれば嬉しかったのだが、残念ながらまだベッドの上でうなされていた。

 ので、買ってきた水を頬に当ててみる。

 

「高町、水」

 

「う……ごぅあ゛ぁ゛あ゛あ゛……」

 

 女の子が上げちゃいけない地獄の亡者のような呻き声だが優しくスルー。ついでに顰められた渋面からも物理的に目を逸らす。一般人の方々にも大人気な高町なのはさんのこんな姿は誰にも見せられないし、俺も見たくない。

 

「返事しなくていいから聞いて。シャワーとかは自由に使っていいし、冷蔵庫にあるものも全部食べていいやつだから。大したものはないから回復したら自分で買いに行って。俺は教会に事情を説明してくるよ」

 

 枕元に水を置いて、もぞもぞっていうかわさわさっていうかそういう不気味な動きをする彼女に背を向けた。立ち上がろうとしているのだろうが、あの様子だと少なくとも午前中はダウンだろう。

 確か彼女は教会に子供を預けていると言っていた。話ぐらい通しておかなければいけないだろう。彼女を一人残すのは心配ではあるが、なぁにエース・オブ・エースだもの。うまくやるさ。

 自室の扉を開けてマンションの廊下へ。徹夜明けに朝日が眩しい、世界が鬱陶しい。が、グチグチ言ってる訳にもいかないので駐車場に停めてある二輪を目指す。一人暮らしな訳で、車は持っていない。税金高いしね。

 

「なのはちゃん、大丈夫かなぁ」

 

 思わず、ぼそっと。自分の口から言葉が漏れて、思わず手で押さえた。辺りを見渡す――人影なし。ほっとする。

 なのはちゃん、だ。そう、心の中でというか、自分の中では密かに彼女の事をそう呼んでいる。高町、でも高町一等空尉でもなく、なのはちゃん。勿論本人の前でそういった事を口にはしていない。

 気持ち悪いことは重々承知、御年23の男が……というか、そうでなくとも気持ち悪い。女性同士で友人同士が許されるラインだ。なのはちゃんの友達の方々みたいに。

 まぁ彼女の事をこういう風に呼んでしまうのは、俺の劣情ゆえだろう。初めは顔が好みなだけであって……少しずつ会う内にその人柄にも惚れていって。同じ中央勤務になった時は密かに喜んで、自然に近づいたりして。子どもがいるとかそういうのも関係ないというか、子どもがいるならなおさら優しくしなくちゃと思うぐらいで。出掛けたのだって、同じ部屋で一晩いると、自分がなのはちゃんに何かしてしまわないかと不安だった訳で。

 そういう、気持ち悪い男心なのだ。

 

「うあぁ……」

 

 二輪に跨り呻く。せめて風に吹かれて忘れようと、管理局の人間だというのに法定速度を超えてアクセルを噴かせてしまった。

 飛行魔法なんて体得していない俺にとっては、陸で感じるこの風が一番キツい。こういうのを趣味にしている友人もいるが、俺自身は何が楽しいのかと言った所だ。ただ、吹き付ける風の圧力はきちんと頭を冷ましてくれた。

 そう、別に大それた事を考えている訳じゃないのだ。なのはちゃんの顔を見れて、話が出来て、友人としていられれば。俺の恋心っていつかは冷めるだろうし、なのはちゃんが誰かとくっついたとしてもそれを妨害するつもりなんてない。ただ、今だけは色恋に惚けているだけだ。今だけは。

 だから今はとりあえず、あの子の娘を迎えに行こう。そういえばちゃんと顔を合わせた事はなかったし。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

高町さん家の事情・中

ティアナのキャラがいくえ不明。タグで警告はしてますし……


 聖王教会の朝は早い。なんせミッドチルダの違う地区にあるとはいえ徹夜組の俺がカッ飛ばしたのに、そこいらで修道士さん達が掃除してたりするのだ。見れば老人たちの姿もそこら中に見える。

 朝は鬱陶しいだなんてさっきは思ったが、ここの清浄な空気を吸い込めばその邪な考えも晴れる。人生、素晴らしい。

 

「っと、そんな場合でなく」

 

 ヴィヴィオを探さなければならない。多分俺の顔なんて覚えていないのだろうが、その場合はあの子を見てくれている人に事情を伝えればいい。いや、世間体が良くないのであまり広めるのもなんだが……まぁ、いいか。

 さて、教会の一部は一般にも開放されているとはいえ踏み込んではいけない場所もある。人に聞くのが一番だろう。

 

「あのちょっと、よろしいですか?」

 

「はい?」

 

 たまたま近くにいたシスターさんに声をかければ、にこやかに応えてくれた。ふわりとした微笑みは安らぎをもたらしてくれる。教会の厳かながらも優しい空気と同じく、だ。人々の憩いの場になるのも分かる気がする。

 俺もつられて微笑みながら用件を告げる

 

「あの、高町ヴィヴィオという子がここに――」

 

 その瞬間。

 教会の庭で穏やかな空気を放っていた修道士たち数十の瞳が一斉に俺を射抜く。目の前に居た女性も表情を消しざっと足を引いた、戦闘態勢だ。聞いた事がある――というか協力したことがある、教会には独自の武力があるのだ。今、そこで掃き掃除をしていた人が実はA級魔導士ですっ、とか普通にあるのだ。怖い。

 とにもかくにも訳が分からない。硬直している俺を見たシスターさんがゆっくりと警戒を解かずに俺に近づく。

 

「まずはデバイスを置いてください、話は奥で聞きましょう」

 

 デバイス? そんなもんねぇーよ!

 なんて叫ぶ度胸もないのでふるふると首を横に振る。というか、口を利けないぐらいにブルってる。正確にはブーストデバイスは管理局の支給品として所持していますが非番なので家に置いています不用心ですみませんでも俺戦闘系じゃないです信じてください! なんて長々という余裕はない。

 訝しむ目つき、しかし同時にシスターさんと集まってきた数名は俺の腕を後ろに回して拘束したりと手際がいい。散歩中のおばあちゃんやおじいちゃんが目を白黒させてその様子を見ている。

 

「あ、あの、あの……」

 

「許可するまで口は開かないでください。魔法詠唱の用意と判断し武力行使に移らせていただきます」

 

 ひいいいいい。

 そして、両脇を固められ猿轡とアイマスクを付けられそうになった時――

 

「……タローさん? 何やってるんですか」

 

 知人である少女、ティアナ・ランスターの救いの声が聞こえたのだった。

 あと俺の名前で笑った声が聞こえたぞ。誰かは知らんがお前絶対地球出身だろ。

 

 

 

「今回はタローさんが相手だったので問題にはなりませんでしたが、今後このような事がないよう重々反省してください」

 

「はい、深く……」

 

 地球でも限られた地区の者しか体得できぬ謝罪方法DOGEZAを放つは、俺を訊問したあのシスター。他にもそれぞれ俺やティアナに対して修道士たちは頭を下げる。

 どうやら勘違いというか過剰反応だったようで、別に俺が悪いわけではないらしい。チビるかと思った。

 執務官補佐という職務についている彼女にはもう現場も慣れたもの、気負わぬ様子で多人数を平伏させている。あれ執務官ってそんな仕事だっけ。

 

「俺が相手だから……って、どういう事だよぉ」

 

「タローさんは起訴とかしないでしょ。ヘタ……波風立てたくないタイプだし」

 

「言っていい事と悪い事があるよね、君」

 

「だから言い直したじゃないですか」

 

 俺の文句をさも面倒くさそうに受け流すティアナ。この子はこう、負けん気が強いというか大人びた所があるというか大人を馬鹿にする所があるというか……

 ティアナとはなのはちゃんよりは長く、そして浅い付き合いだ。彼の兄であるティーダさんには俺もお世話になった口で、彼の死後にあれこれに彼女の世話を焼いた内の一人が俺。律儀な事に、彼女はそういう人達を一人一人覚えていた。なのはちゃんの部下として六課に入った後は頻繁に出会うようになり、まぁこういう仲になった訳だ。

 執務官補佐となった後には捜査協力という事でさらによく会うようになった。俺、そういう仕事。

 とりあえずDOGEZAってるシスターはじめ修道士一同を散らして、あのシスターには今度「タローとは『聖霊の加護』っつー意味なんですよ」でもう一度笑わせる事を心に誓い、ティアナに向きなおる。

 

「それで、ティアナはどうしてここに? 執務官補佐ってのも楽な仕事じゃないだろ」

 

「楽な仕事じゃないけど休みぐらいあるので……ヴィヴィオ、って知ってましたっけ? とりあえず、その子の様子を見に」

 

 なんと奇遇な! そんな訳でこちらの事情も話す。なのはちゃんが酔い潰れている辺りは「今、彼女は戦っているんだ……そう、何よりも恐ろしい敵、自分とね……」とぼかしておいた。「相変わらず妙な物言いが好きですね」ってしらーっとした目で見られた。

 

「まぁ、そういう事なら私、一人暮らしなのでヴィヴィオの面倒はこちらで見ましょうか? 自分と戦っている()なのはさんの邪魔をするのもいけないし」

 

 何か言葉の途中に嘲笑が混じったような気もするが、うん、ティアナはいい子だ。馬鹿にされる俺が悪いんだよと言い聞かせてお願いしますと頭を下げる。それに笑顔で答えてくれるティアナはやっぱり普通にいい子だ。

 そんな訳でティアナは顔パスで教会の一般人立ち入り禁止区画に入っていった。なにこの扱いの差。

 

「先ほどは本当に……」

 

「いえいえ、謝られ過ぎると逆に心が痛いのでやめてください。ところでタローって俺の世界の言葉で『聖霊の加護』って意味なんですよ」

 

「ブフォ!?」

 

 こうして俺はティアナがヴィヴィオが連れてくるまでの間、シスターさんと戯れて過ごした。

 

 

 

 ティアナと手と繋いでやってくるヴィヴィオ。珍しいオッドアイの可愛い子どもだ。歩幅が狭いのにティアナより数歩先に出ている辺り、子どもらしい活発さが伺える。

 そうして俺を追い越そうとしたヴィヴィオを、俺はスルーしようとしたのだが

 

「ちょっと待って、ヴィヴィオ」

 

 ティアナがヴィヴィオを呼び止める。そうしてその肩を抱いて俺の前に立たせた。

 ぽけっとしているヴィヴィオを他所に、ティアナは俺に向けてウインクなんぞしてみせる。まぁうん、確かに知られてないより挨拶ぐらいした方が気分がいいけれど。

 

「こんにちは、ヴィヴィオ。君のお母さんと一緒にお仕事してるタロー・メリアーゼだ、よろしく」

 

 子どもと話したのなんて久しぶりで、少し猫なで声になり過ぎてしまった。しかしヴィヴィオは困惑した様子から一転、ぱっと明るい顔になって「よろしくお願いします」と頭を下げた。マジ天使。

 一方ティアナからは『なんか今誘拐犯みたいだったので、街中で子どもに声をかける時は気を遣ってくださいね……』と念話が来た。俺が何をしたっていうんだ。

 

「えっと、それじゃあティアナ。俺はこれで……」

 

「え、帰っちゃうんですか?」

 

 きょとんとティアナ。まるで俺が二人についていくのだと思っていたかのような物言いだ。というか、思っていたのだろう。それこそちょっと犯罪ちっくじゃないかと思うのだが、向こうはそういうのお構いなしなようだ。

 23歳、俺。18歳、ティアナ。9歳、ヴィヴィオ。うん、犯罪的。

 

「なんかほら、こうして並んでると俺とティアナだけならともかく、ヴィヴィオがいると俺は場違いだしさ……」

 

「え、そうですか? ほら、きょうだ……親子、みたいな?」

 

「そんなおっさんじゃないよ俺!?」

 

 兄妹、というワードは俺とティアナの間柄に置いてはかなりデリケートな言葉だ。故に避けたのだろうが、それはちょっと酷いのじゃないですか。

 だがしかし、それを聞いて何を思ったかヴィヴィオが俺達の間に割り込んできた。

 

「あの、ヴィヴィオが娘で、タローさんがお父さんで、ティアナさんがお母さん?」

 

「え゛っ」

 

 そこは女の子らしく顔を染めて反論とかしようよティアナと思うが、割と素で嫌そうな声が出ていた。傷つく。

 まぁそんな声を出しても明確に否定をした訳ではない。ヴィヴィオは何事を考えるような素振りを見せて、それから――いきなりティアナの胴に抱き着いた。

 

「ティアナママっ」

 

 突然である。

 ティアナは呆け、それから驚き、顔を紅潮させ、何やら訳の分からない呟きを空に放ってへなへなとヴィヴィオを抱き締めた。これは『萌え死に』という奴だ。気持ちはよく分かる。

 気持ちはよく分かるので、俺も犠牲者になりたかった。小さい子が可愛いのは当たり前、俺の気持ちはヨコシマではない。両手を広げ、「ええんやで?」の姿勢。

 

「……あっ」

 

 しかし、そこでヴィヴィオは正気に返ったようにティアナから離れる。ティアナすごく残念そう。今指がヴィヴィオの身体を追って口から「あっ……」って物凄く尾を引く声が出た。

 だがしかし、そこは執務官補佐。最早執務官補佐ってなんだろうって感じだが、鋼のメンタルで姿勢を整え咳払い、いつもの彼女に戻る。

 

「あのねヴィヴィオ、嬉しいけど――いやもうほんと凄く嬉しかったけど。フェイトさんはともかく、あんまりたくさんの人に言ったらほんとのママが悲しむよ?」

 

 大人だ。優しい声音でヴィヴィオを諭すティアナは凄く大人だった。自分の欲に囚われない彼女は管理局員の鑑だ。

 でもそういうのは基本的に子どもには受け入れられないもので。今回もヴィヴィオはぷくっと膨れて明後日の方向を向いた。ママって呼ぶのがマイブームなのだろうか、それともそんなにティアナが好きなのだろうか。可愛いなぁ。

 膨れたヴィヴィオのほっぺを両手で挟み込んで「ヴィーヴィーオ」と優しく声をかけるティアナさんは最早姉か母の貫録。妹キャラを脱してティーダさんも草葉の陰で喜んでいるだろう。

 そうして諦めたように、ヴィヴィオはティアナに向きなおって。俺が思っていたよりずっと真剣な顔で言う。

 

「なの、な……なのは、さんなんて……ママじゃないもん」

 

 そして、ここで。

 俺はようやく、なのはちゃんがヴィヴィオと喧嘩したと言っていた事を思い出したのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

高町さん家の事情・後

 あれから。『これ私ひとりじゃ無理』みたいなおろおろした様子のティアナを放っておく事も出来ず一緒にいる事になった俺は、なんとも気まずい事にヴィヴィオを真ん中に三人でお手て繋いでいた。小さい子の手の平は暖かく、柔らかい。

 しかしその雰囲気は暖かくなかった。俺は気まずく目を逸らしているし、ヴィヴィオは沈み込んでいる。そんな状態の三人組が横並びに歩いているのだから人目も引く……物凄く、逃げたい。

 

『ティアナ執務官補佐、本官はちょっとお腹が痛くなったので逃げたいですサー』

 

『色々混じってますよ……が、頑張ってくださいよ、年長者じゃないですか!』

 

 ヴィヴィオの頭越しに念話が火花を散らす。犯罪者臭いと言った男に頼るとはこれ如何に。だがそう言われては仕方ない、ちょっと頑張ってみようか。

 

「ヴィヴィオちゃん、その……ママと一体何があったのかな?」

 

「私にはママなんていないですっ」

 

 ぷいっと顔を背けられてしまう。やばいなきそう、こんな小さい子相手にどうすればいいの。

 なのはちゃんに説教した手前、この子にも同じように「親がいらないなんて言っちゃいけない」と言いたい所なのだが、ちょっと俺には荷が重すぎる。理屈だけ説いて後は本人に任せればいい大人相手とは違い、子ども相手は理路整然と納得できるように凡例を示して話しながら悩みも聞いてやらなければならない。無理だ、無理。早くも親をやっているなのはちゃんを尊敬する。

 さてどうするものかと思っていると、見えたのはアイスクリームの屋台。流石聖王教会、敷地の一部を公園化している上に営業許可まで出すなんて懐が広いですなぁ!

 

「ヴィヴィオちゃん、あれ」

 

 とりあえず空いている側の手で指さすと、ぴくっと反応――くいついた! 女の子は皆甘い物好き!(偏見)

 とはいえ、よく躾けられているのだろう。知らないお兄さんにいきなりたかるほどではない。特に内気という訳でもないのにこの物わかりの良さ、凄いと思う。俺なんて同じ年の頃はなんか買ってもらえるとなると好感度MAXで尻尾ギャン回しわんこの姿勢だったというのに。

 

「俺はバニラにしようかな。ヴィヴィオちゃんは?」

 

 なのでこうやって先に自分が頼み話題を振る。退路を断ち行き止まりに追い詰めるかのような所業である。捜査官である俺をあまり舐めない方がいい。

 にこにこしていると、ヴィヴィオは幾度か迷うようにうーうー唸ってから

 

「お、同じので……」

 

 と、確かにそう言った。

 これだけで全てが解決するわけではないが、切っ掛けにはなるだろう。多少は気分が軽くなりながら、ティアナにヴィヴィオを任せて屋台に走る。

 

『あ、私はストロベリーでお願いします』

 

『お前もかい』

 

 女の子は皆甘い物好き!(事実)

 

 

 

 結局ティアナは自分でお金を払おうとしていた、流石にここで受け取るのはカッコ悪いので奢ったけれど。ティアナはいい子だなぁ!

 そして今。横並び三人なのは変わらないが、今はベンチに座ってアイスを食べている。本当はそんなに甘い物が好きって訳ではないので俺が一番ペースが遅い。

 

「美味しいね、ヴィヴィオ」

 

「はい!」

 

 女の子たちはアイスをきっかけに微笑ましく盛り上がっていた。アイスと一緒に気まずい雰囲気も解けて消えたようだ、と心の中だけで言ってみる。実際に言うとまたしらーっとした目で見られるので。

 さて、ここでまた直接的に「お母さんと何かあった?」なんて聞いたら同じ雰囲気に戻ってしまう。ふむ、どうするべきか……

 

「あの……ティアナさん」

 

 悩んでいる内に。ヴィヴィオは急に表情を引き締めてティアナに詰め寄っていた。

 ティアナはそんなヴィヴィオの様子に驚きながらも頷く。

 

「私に、魔法を教えてください。えと、学校で習うような基礎じゃなくて……本当に戦うための魔法を」

 

 戦うための魔法。小さな女の子から出るには物騒過ぎる言葉だ……が、ない訳ではない。家によってはもっと小さい頃から魔法訓練を始めている所もあるし、むしろこれぐらいから始めないとエリートコースとかには乗れないだろう。まぁいいんじゃないの、というのが俺の感想だ。

 だが、ティアナは違った。何か、酷く難しい顔をしている。俺には分からない何かがあるんだろうか。

 

「それ、なのはさんにも同じ事言ったの……?」

 

「なのはママも……私とおんなじぐらいの時に、戦ってたのに……」

 

 納得する。高町なのはの伝説はミッドチルダに居れば嫌でも聞くだろう。9歳、幼いと言ってもいい時期に当時魔法のない世界の一般人だったというのにとても大きな事件を解決したという、そんなヒロイックな話。ならば自分もと、ヴィヴィオがそう思うのは仕方のない事だろう。

 だから納得がいかないのは別の事だ。彼女が頑なだというなら危険の少ない訓練から始めればいいというのに、なのはちゃんもティアナも何をそんなに躊躇っているのか。それはいくらなんでも過保護すぎじゃないのか、と。

 

「タローさん……」

 

「ん、あぁ、ごめん。俺は戦う人じゃないんだ」

 

 実際やれたとしても、ヴィヴィオの背後で睨むティアナが怖くて頷けないが。冗談っぽくない本気の顔だ。教育方針……と言い切るには、少し真剣過ぎる。

 ヴィヴィオの背景に何かある事は分かっていた。でもそれは、俺が思うよりももっと深くて、凄まじい事情なのかもしれない。

 

「ヴィヴィオ、その……もう少ししたら、ね? なのはさんだって……」

 

 宥めようとするティアナの手を払うヴィヴィオ――彼女らしくもない拒絶の動き。よく見れば、真剣なその顔の中、瞳は潤んでいた。

 

「やっぱり……ママも、皆も……私が、“セイオウ”だから……」

 

 セイオウ。その言葉だけが聞こえて……俺が何か考える前に、ヴィヴィオは弾かれたように立ち上がって走り出した。それは俺達大人がちょっと本気で追いかければ追いついてしまうような、本当に子どもの歩みだったけれど。隣で呆けているティアナを見ていると、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。

 

「ティアナ……あの、ヴィヴィオって」

 

 聞いていいのかどうか、逡巡する。これはきっととてもややこしく、プライバシーに踏み込む問題だ。聞いてしまったらどうなるのか分からない、そういう問題。

 それでも今この状況を何とか出来るのなら安いものだと思った。重苦しいのとか、誰かが泣いているのとか、そういうの嫌だし。

 ティアナは、重く溜め息を吐いた。

 

「ヴィヴィオは――」

 

 話し始めようとして、しかし。はっとしたように言葉を止める。

 

「うぅん、行ってあげてください。多分、何も知らない人の言葉の方が、あの子には響くと思う」

 

 よく分からないが、分からないなら言いなりになってもいいのだろう。ティアナはいい子だからな。

 

 

 

 言葉は決めていなかった。けれど、俺の胸には気持ちがあった。

 義理の親に育てられて、早く一人前になりたくて魔法を習いたがって――それは俺と一緒だから。解決策も何も分からないけど、話を聞いてあげることぐらいは出来るだろう。

 だからその背中を見つけた時も変に逸りはせず、ゆっくりと落ち着きながら近づく事が出来た。

 

「やぁ、ヴィヴィオちゃん。隣良い?」

 

 声も、誘拐犯とか言われない程度に優しい声が出たと思う。頷かれると同時、教会公園の一角、植物生い茂る雑木林の中、俺は腰を下ろした。こうしているとヴィヴィオと自然に目線が合う。吸い込まれそうなほどに綺麗な、紅と翠のオッドアイ。

 そんなまっすぐな光を放つはずの綺麗な瞳が、今は涙で揺れていた。理屈なく、この涙を止めてやりたいと思った。

 

「魔法を習いたいのは、早く一人前になりたいから?」

 

 頷くと同時、涙が零れ落ちた。

 

「一人前になりたいのは何のため?」

 

「私……昔、いっぱい、迷惑かけて……皆頑張ってるのに、私、もしかしたら、ずっとこのまま……なんにもやらせてもらえないかもって……だから……」

 

 彼女の言葉は半分も理解していないし、理解しなくてもいいものなのだと思う。今この場ですべきなのは、大きな事実を確認する事よりも彼女の中の小さな感情を知って、それを表に導き出してあげる事。

 ヴィヴィオが恐れているのは多分、『今』じゃなく『未来』だ。魔法を教えてもらう事をイコール信頼の大きさと解釈し、自分が受け入れられてないんじゃないかと悩んでいる。別に今習うのが大切じゃない、いつかに繋がるかが彼女の中で大切なのだ。 

 でも子どもらしくもなく母は9歳で戦っていたからと理屈をこねている。まずはそれを否定しなくちゃいけない。

 

「ヴィヴィオはお母さんみたいになりたい?」

 

 ふるふると、首が横に振られる。

 

「じゃあお母さんと同じ事をしてもダメだな。いや、お母さんみたいになりたくてもお母さんと同じ事をすればいいってもんじゃないし……まぁ、自分は自分らしくやるしかないんだよ」

 

「自分、らしく……」

 

「そう、無理をしても余計に迷惑かけるだけだし。そういう無理は、本当に通したいかどうかって考えて、どうしても自分が曲げられないって思った時だけしかやらないべきだ」

 

 俺には兄がいる。養子じゃない、俺を引き取ってくれた家族の本当の子ども。その兄が士官学校に通っているのを見て、俺は自分の実力も弁えずに親にねだったことがある。きっと本当の子どもが優秀なら俺なんていらないとか、そういう事を考えていたんだろう。大人になった今となっては馬鹿らしい事だが。

 結果、俺は士官学校の内容についていけずドロップアウト、通常の訓練課程を行う学校に再入学したが、あの期間は本当に辛く、実にもならない日々だった。人生に無駄なんてないとは言うが、あの時間だけは無駄だったと思っている。

 

「君のお母さんも、ティアナも、君の事を想わないで言ってる訳はない……俺は知ってるけど、二人とも本当にヴィヴィオちゃんを大事にしてるんだから」

 

 クサいセリフだけど、今だけはちゃんと口に出して言うべきだと思って。

 そして大きな涙をこぼして泣き喚き始めたヴィヴィオに、慌ててしまう俺なのだった。

 

 

 

 それから数日。

 俺は念話で作り出した空間モニターを介して、自室でヴィヴィオと会話していた。モニターの向こうの彼女は溌剌とした少女らしい表情を浮かべている。

 

『それでですね! この間、レイジングハートを貸してもらえたんです!』

 

「うん、良かったじゃないか。ちゃんと気をつけて、お母さんを心配させないようにするんだよ」

 

『はいっ』

 

 結局――なのはちゃんも頭痛に苦しみながら俺の言葉の意味を考えていたみたいで。母子の間でどういう紆余曲折があったのかは分からないが、ヴィヴィオはきちんと魔法を習う事になったみたいだ。勿論戦闘用に使う中でも危ないものは後回しで、慣らしのようなものらしいが。

 そうして俺はあれが切っ掛けかきちんとあの子に顔と名前を憶えられたらしく、今ではお話なんかしちゃう仲である。

 

『あの、でも……なのはママ、お休みの日ってそんなに多い訳じゃなくて……』

 

「まぁ、それは仕方ないと思うけど」

 

『そ、それでですね……もし、良かったらでいいんですけど……ティアナさんが、休みの日ならタローさんに頼めばいいって……』

 

「よろこんで」

 

 ティアナはいい子だなぁ!

 うん、まぁね? 俺だって砲撃とかそういうのが出来ないだけで、バインドとかそういうのはまぁ、時間かければ出来るしね? 基礎演算ぐらいは、まぁ知り合いのよしみとしてロハで、決して、決して下心なく教えられるしね? 別になのはちゃんに恩を売るとか、そういう事ではなくてね?

 

『良かった! それじゃあ放課後の時間はこの日が――』

 

 嬉しそうにはしゃぐヴィヴィオの姿を見て、自分のやった事は間違いじゃなかったと確信出来た。それと同時に、胸に暖かさが満ちる。うん、やっぱり子どもは元気そうにしているのが一番だ。なのはちゃんももう酒に溺れるような事もないだろうし……もしあったとしても、絶対俺が付き合おう。ヨコシマな考えを持つ男にあんな状態のなのはちゃんは任せられん。ふんぬっ。

 

『それじゃあ、よろしくお願いします、タロー先生!』

 

「ぐはぁっ」

 

 とりあえず、希望した時からかなり時間を空けた萌え殺し攻撃を受けて膝から崩れ落ちる俺なのだった。

 ところで“セイオウ”ってなんだろう?

 




スピード☆解決

続きはやる気が続けば書きます。多分一纏まりでどさっと落とします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八神さん家の事情・前

すごい遅れました
次も多分すごい遅れます


 うららかな日差しが心地良いクラナガンの昼下がり、カフェにてカプチーノを傾けているタロー・メリアーゼ。即ち俺である。

 微笑ましい学生バイトの姿を目で追いながら文庫本を読むこの時間、忙しない職務を忘れリラックスできる至福の時……と言えればいいのだが、残念ながらそういう訳にもいかない。背筋に力を入れて、文庫本も実は読んだ振り。ちらちらっとバレないようにとある席を見ていたりする。

 こちらから見て背を向ける形になっている二十歳も半ばのチーマー風の男と、向かいの席に座る三人の学生ぐらいの男の子という組み合わせ。なんてことはない、何かのサークルとかのOBと現役のちょっとした集まりとか、そういう風景に見える。が、俺はその裏を知っている。

 そう、これは仕事なのだ。次元境界捜査部という非常にマイナーかつ手広い部署の、さらにその中でも非常に手広いスキルを持つ俺しかやらない捜査官の真似事仕事なのだ。本来ならば……本来ならば俺がやる仕事じゃ、ないのだ……泣ける。

 

「っと」

 

 そんなネガティブな思考に気を取られている内に例の席についている人物に動きがあった。チーマー風の男が脇に抱えていた鞄を膝の上へと移動させる――同時、こちらも本を閉じて何気なく席を立つ。「う~トイレトイレ」という感じだ、例の男ならばともかく学生達には怪しまれないだろう。何気なく足音消したりしててもね。

 最後の警戒にと、だろう。男も何気なくを装い店の入り口を見る振りをして店内を見渡すが、その頃にはもう把握したかった人物、つまり俺は彼のすぐ隣にいる訳で。

 

「お仕事、ご苦労様です」

 

 肩に手をかけてにこりと微笑む。勝利の笑みだ。

 学生達がざわめく。男は苦々しげに膝の上のモノへと目を向けた。完璧かどうかはともかく、彼の動きに悪い所はなかった。まぁ、悪いのは俺とか同僚とかに尻尾を掴ませた奴だろう。運が悪いって奴だ。

 

「あ、何も仰らなくて結構ですよ。お察しの通りです。全てお任せください」

 

 出来る事ならば穏便に済ませたい。なにせ昼下がり、目の前の学生達含め、危険に晒したくない人たちがそこら中にいる。だから言う――『もう俺をどうにかしてもお前は逃げられなくて』『お前がどうやっても状況は好転しないし』『協力的な態度をとるならばお前の立場にも配慮してやる』って事を。

 しばらく目線を彷徨わせていた男だが、結局は肩を落としてこちらの言葉を受け入れる。乱暴な人じゃなくて助かった、荒事とか勘弁願いたい。

 

「おいおっさん、あんたなんだよ? この人の……し、知り合い、か?」

 

 しかし、学生達はそうもいかない。この人、だとか知り合い、だとか。そういう言葉に濁した所が見受けられる辺り、本当に腹芸苦手な感じがして微笑ましい。俺も苦手だから分かるけど、こう咄嗟だと焦るよね。

 さて、もう少し待っていれば今回一緒に仕事をしている人達が踏み込んでくるのだが……学生の顔を見渡す限り、既に臨戦態勢だ。この子らはやっぱり乱暴な人だろう。やだなぁと思いはするが、思うだけで止まるならば苦労はしない。

 変に距離を保つのも余計に面倒くさい。だから、すぐに殴りかかってくるよう沸騰させよう……これで戦意をなくしてくれればいいなぁ、とも思いながら。

 

「知り合いじゃないよ。……お前らが受け取りにきたモン、中身知ってるって言ってるんだよ」

 

 出来るだけドスの利いた声を出そうとして、言う。

 学生達の動きは早かった。真っ先に逃げ出したのは俺に質問していた奴、次に一人が殴りかかってきて、もう一人もその背を見て焦ってとびかかってくる。どちらもまぁ、賢いとは言えない。

 

「っと」

 

 魔法を使うと報告書が増える。それは嫌だ。なので殴りかかってきた彼の腕を避けて横から掴む。

 驚愕、その精神的な隙がある状況で鳩尾に一発、だ。痛みもあるだろうが、それと同じぐらいショックもあるだろう。思わず蹲った彼はもう多分立ち上がってこない。

 さて、もう一人かかってきたのがいたが……と見れば、彼は膝から崩れ落ちて泣いていた。「だから俺はやめようって言ったのに」とかそういう類の言葉がぼそぼそと漏れ出ている。集団に一人はいる金魚の糞タイプの子だったようだ、可哀想に。

 そして最後の一人は……

 

「離せ、はなせっ、って、う、やめっ、おい、おい! ……」

 

 あえなく、駆け付けた捜査官に拘束されるのだった。

 

 

 

 違法であるものは、その法が通用する範囲にて新たに発生するより外部から持ち込まれる事の方が圧倒的に多い。犯罪者でも武器でもその他諸々でも、軽犯罪ならともかく大きなものは外から来る。

 そして物であれ人であれ、どのような移動手段をとろうがあっちからこっちへ瞬間移動するでもない限り経路というモノが必要だ。そしてその経路の中でミッドチルダが対応できる最初の地点、つまりそれをミッドチルダだけの判断で違法と断ずる事が出来る最初のラインは次元の壁を丁度越えた所である。

 回りくどくなってしまったが、俺達次元境界捜査部はその初めの初めで何が持ち込まれたか、誰が来たかを把握し、洗い出し、その違法性を突き詰め、可能ならば追跡し他の部署に捜査協力する部署である。なのはちゃんには「物騒な税関」との評価を頂いている、ぜーかんって何か知らないけど。

 本来ならば、「〇〇ってのが来たから後は頼むわ! 情報の照らし合わせと捕まえた後の対応は任せろ!」と情報を提供するだけの部署なのだ……本来はな……。

 

「ふぃー。先あがらせてもらいまーす」

 

「おつかれー」

 

 そうして本来の仕事である書類仕事を終わらせ(残業と言いたいが基本勤務時間が不定期なので残業という概念すらない。捜査官って辛い!)、帰る頃には夕焼け小焼け。昼休みなんてなかった。そして同じく昼休みなんてなかった勢の恨めしい視線を受けながら退室する。

 盛大に腹が鳴るが、食事をして帰ろうという発想は今の俺にはない。何故ならば俺にはもう一つ仕事が残っているからだ……仕事と言っても、思わず鼻歌が出てしまうぐらいの気楽なものだが。

 いつもは持ち歩く事はないプリントアウトした書類を鞄に詰めて、気分の良いまま近場の駅へ。もう陽も沈み切った頃、忌まわしき定時帰り共の「あ~つっかれたわ~」という顔を見る事もないが、それでもやはり管理局本部最寄り駅ともなれば人は多い。都市圏だからね仕方ないね、そう諦めてしまえばこの憂鬱になりそうな人ごみだって日常だ。

 人の流れに乗るままに通勤定期で改札を通過すれば、そこで見知った顔を見つけた。人ごみに紛れていれば気付かなかっただろうが、『彼女』は通路脇でおろおろというか、いらいらというか、とにかく人口過密な人波でサーフィン出来ない悲しい状況だ。そうして帰路を急ぐ人たちはそんな彼女を見つける様子もない。

 仕方ないだろう。なんせ彼女は平均的な成人男性から見れば腰の辺りまでしか背がないのだから。彼女が人ごみに強制突入出来ないのも、そんな彼女を近くを通り過ぎる人が見つけられないのも、物理的に仕方のない事だ。

 

「うぃっす、ヴィータさん」

 

 なのでそんな彼女に声をかけてみる。俺ならば人ごみから離れても再突入してビッグウェーブに乗るのは容易い。

 彼女は八神ヴィータ。俺と親交のあるかの機動六課の中心『八神家』の一員であり、またなのはちゃんの同僚だ。なのはちゃんの同僚だ。なのはちゃんの同僚なのだ。俺が親しくするのも至極当然の事である。

 また、奇遇な事に今日の俺の目的地は八神家だったりする。乗るしかないこのビッグウェーブに。

 

「ん……あぁ、タロ。なんだよ、つけてきたのか?」

 

 少女のような身長だというのに、それに似つかわしくない冗談めかした余裕の笑み。見た目通りの年齢ではないのだ、ヴィータさんは。女性に歳を聞くのも失礼なので聞いた事はないが、同じく八神家のザフィーラさんらと同じ程度ではあるのだろう。なので敬称付き。

 

「ヴィータさんつけてたらマジで犯罪臭すぎますって。いや、見掛けたんで。残業スか?」

 

「あー……元気のいい奴が一人、やらかしてな。説教と後始末、それに始末書だな。ったく、私もすっかりお役所仕事が板についちまった」

 

 憮然と腕を組んで溜め息。見下ろす視点でそんな疲れた大人の動作を見るのはなんだか妙な気分だ。こちらを萌え殺してこない辺り、真・幼女たるヴィヴィオちゃんとは雲泥。

 何はともあれ、ここはにこやかに。雑談でもしながら一緒に帰宅しよう。小さいと言われるのを嫌うヴィータさんのプライドを傷つけずに、穏便に波に乗らせるためにも。

 

「災難でしたねー。あ、俺今日そちらにお邪魔させてもらうの、聞いてます? ご一緒させてくださいよ」

 

「ん……あぁ、聞いてるよ。すまねぇな、はやての我侭で」

 

「いえいえ。しっかし、なんでわざわざこんな人の多い時に脇道に」

 

 ピタリ、と。

 そのまま気楽ぅに俺のやや後ろに並ぼうとしていたヴィータさんの動きが止まった。ど、どうしたんだろう……もしかして、なにか、重要な事なんだろうか。

 

「ヴィータさん、一体何が?」

 

「あ、あー、なんでもねぇ。なんでもねぇって」

 

 しかしそう言われてしまっては気になる。改めて彼女に向かい直して、じっと見つめる。……怯んだ。つ、とヴィータさんは気まずげに視線を逸らした。

 彼女は先程後始末をした、と言っていた。ならば今俺に隠そうとしているのはその教え子がやらかした何かについてではないのか? 俺が密告する可能性、もしくは巻き込んでしまう可能性を考え、俺には言いたくないと、そういう事なのでは? そのどちらにしようと、聞いておかなければ俺としては気分が悪い。情報とは選択肢だ、たとえその情報を得る事で何か自分に不利益があろうが選択が増える事には代え難い。俺はそう考える。……俺が知らないままに、世話になっている八神家に何か起こるとなれば気分は良くない。

 聞かなければならない。突き動かすのは自ら課した使命感。しゃがみこんでヴィータさんに目線を合わせ、じっと見つめる。

 

「ヴィータさん……聞かせてくれ。あなたが隠していることは、一体なんだ? どうしてあなたはわざわざ困ると知っていて道を逸れてここにいる? 何か事情があるんじゃないのか?」

 

 言いにくい事なのだろう――ヴィータさんは俯き、そして落ち着かない様子で脚の先をくるくると動かす。焦りか、躊躇いか。

 そうしてから、やがて。ヴィータさんは口を開いた。

 

「……レ」

 

 だが、やはり言いにくい事なのだろう。小さく、消え入りそうな彼女の声は重なり合う靴音に掻き消されて俺に耳に届く事はなかった。

 それが俺の表情から伝わったのだろう、ヴィータさんは憔悴した様子で手招きした。しゃがみこんだままさらに彼女に寄り、そのまま耳を傾ける体勢になる。

 果たして、どのような内容だろう。彼女に直接危害が及ばなければいいのだが……

 

「ちょっと覚悟しろ」

 

 どうやら、そうもいかないようだ。何かを押し殺しているかのような固く重い声。これから紡がれる言葉に対して大きな心構えをする。

 彼女の口から語られる衝撃の真実とは一体――

 

「トイレだよ!」

 

「ひでぶ!」

 

 殴られた。皆も意図せずデリカシーのない行為をしないように気を付けよう。

 

 

 

「おら、前歩け前」

 

「はい……」

 

 気まずかった。だってあれ「トイレだよ!」ってちょっと声大きかったじゃん……絶対近くの何人かには聞こえてたって。合法ロリとして管理局内で本人は知らずに名を馳せている彼女のファンに聞かれていない事を祈るしかない。あいつらのアブノーマルぶりには頭が下がるばかりだからな……。

 ともあれ、会話もなく電車に乗って八神家の最寄り駅で降りた俺達。人もまばらになってきたが、それでもシールドにされる俺。圧倒的奴隷感だが、悪いのはこちらなのだ。あれは機嫌損ねられても仕方ない。

 海沿いの道、潮の臭いが強くなってきて都会の喧騒から離れた事を強く意識させられる。八神家のあるこの辺りは都市圏から少しだけ離れた所にある穏やかでいい所なのだが、ヴィータさんの内心は穏やかではないようだ。

 

「……はぁ」

 

 これみよがしに大きく溜め息を吐くヴィータさん。びくぅとなってしまう俺の背中を見て楽しんでいるのだろうか。ドSなのだろうか。ファンのみなさんが喜んでしまう。

 ちら、と後ろを見てみれば……呆れた様子ではあるものの、その顔からは険が取れていた。

 

「まぁ、なんだ。お前のそういう迂闊なのは知ってるから……許す。以後気を付けるように」

 

「有難き幸せ……!」

 

 もうそろそろ八神家で人気もなくなってきたそこで、ようやくヴィータさんは俺に並んでそう言った。危うく胃潰瘍になるところだった。

 

「お前のそういうとこ、悪くはないと思うぜ。心配性過ぎるが、他人に無関心よりゃよっぽど気持ちいい奴だ」

 

「ですよね!」

 

「でもそのプラスと同じぐらいマイナスもでかいって忘れるなよ、うっかり野郎」

 

「ですよね……」

 

 犯罪者みたいな顔とかうっかりとか、最近女の子にディスられすぎじゃなかろうか、俺。俺の癒しはヴィヴィオちゃんだけだ。なのはちゃんとくっつきたいという意味も込めて二重の意味で娘にしたい。というかそういう妄想で最近はご飯が進むようになってきた。あ、あれ、俺ってディスられるべき人間な気がしてきた。

 じとーっと下から睨むヴィータさんの視線から逃げるように足を速める。

 

「さ、さってと、今日は八神、何作ってるんだろうなー! いやー、男の一人暮らしに女の子の手料理とかマジで幸せ者マキシマムだなー俺ってば!」

 

「よく言うぜ。ほんとに食いたいのはなのはの手料理だろ」

 

「えっ」

 

 え。

 

「……いや。何そんな凄い意外でフリーズしてるみたいになってんだよ。見てたら分かるぞ、なのはには特に甲斐甲斐し過ぎるし」

 

 そ、そんな。

 まさかバレていたというのか……? 恋愛に疎そうな(偏見)ヴィータさんにバレているという事はもしかして八神家全員、いやもしかすると頻繁に会う共通の知り合いにはほとんど……? い、いや、さらに言うと、もしかしてなのはちゃん本人にも? もしかして、もしかして。

 俺は今までなのはちゃんの掌の上だったというのか? 俺の気持ちを知っていて、それでなのはちゃんは友人としての絶妙な距離感を保ちながら目の前にありながら手の届かない肉を追い続ける犬状態の俺を掌の上で弄ぶ悪女だったというのか!? お、おのれなのはちゃん……それはそれで素敵だ。

 

「凄い顔してんなお前……ま、まぁなのは本人は気付いてないから安心しろよ。あいつ、そういうの鈍いからさ」

 

 安心したような残念なような。なんにせよ頭は冷えた。

 すぅ、と潮風を胸いっぱいに吸い込んで――とりあえず、八神家の方々に俺の恋心がバレているのか確認する事を誓う俺なのだった。




ヴィータは凄い人間出来てる子だと思います。多分さらに大か小かを追撃で聞いても許してくれそう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八神さん家の事情・中

推敲は置いてきた、ハッキリ言ってこの更新にはついてこれそうもない(前回の更新までの間を見ながら


「おっ、よう来たなぁタロちゃん。まま、もうすぐ出来るから座り……え? なのはちゃんを好きって、何を今更」

 

「あぁ、タロか。すまんな、我が主が急かしたせいで……高町を? ふむ、何を今更」

 

「タロ君、いらっしゃい。お皿並べるの手伝っ……え、なのはちゃんを? 何を今更」

 

「タロか。明日も朝から子供たちが来るのでな、お前も……あーあー、聞いてたぞ。言ってやろう。何を今更」

 

 全員にバレてーら!

 ていうかタロタロと八神家の人達は俺の名前を略して言いおる……八神さんが俺の事をそう呼ぶからだが。「なんやタロって言うと犬みたいやなぁ」と言われたが、よく分からない。よく分からないので追求しない事にしている。

 

「はぁ……バレバレですか」

 

 全員に聞き終わったのは食卓につき、地球風に「いただきます」を言った後の事であった。呆れたような視線が突き刺さる。

 ほかほかと湯気を立てるシチューにスプーンを突き立てる。どうにもいけない、恨み言が口をついて出てきてしまう。

 っていうか、マジで勘弁してくれよぅ……。

 

「まぁまぁ、本人には言わんから。そっちの方が面白いしなぁ」

 

 八神さんの笑顔が眩しい。むかつく。

 食事は和やかに進んだが、俺だけが心穏やかではない。皆さんに顔をそむけながらとなってしまった。

 さて、とりあえず食事を終えてしばらく。本来の仕事(俺は別に飯を食いにここに来た訳じゃないのだ。八神さんの飯は確かに美味いが、ここまで来るほどの事じゃない)を果たす為に居間に移動する。

 目の前にいるのは八神さん。鞄に入れた書類を確認して見せる。

 

「では、これです八神さん。目を通しておいてください」

 

「なんや、タロちゃん。タメ口でええのに」

 

「いえいえ、八神さんは上司ですから」

 

 呼び捨てにするほど親近感が湧かない、とかいうネタが頭を過ったが流石に言わない。八神さんはステキな上官です。

 実際、彼女に出会ったのは六課設立前なので親近感のない口調が染みついている。六課で出会った人はティアナ繋がりで初めから気安く接しているのだが。

 

「一応確認はしましたけど、もし欠けてたら明日言ってください」

 

「はいよー……」

 

 言っている間にも八神さんは既に書類に目を落としている。

 俺がデータで情報を送らずにここに来た理由はこれだ。直接情報を把握している俺から話を聞く、それが八神さんの目的だ。書類だけでは補完しきれない細かい事柄をも掴もうとしている。

 

「今日はもう寝てくれてええから。いつもの部屋なー」

 

「了解ス」

 

 八神家は広い。家族が多いせいで間取りも小回りが利かなかったのだろう、空き部屋もあるから泊まりは楽だ……その部屋すらも綺麗に掃除されているのは八神家の家事能力の高さを窺わせる。

 これ以上居間に居ては仕事に取り掛かった八神さんはともかく、ヴィータさんなんかはなんてからかってくるか分からない。早々に寝てしまうのが吉だろう。

 

 

 ぐぅ。

 

「え、えっと……いいんですかね?」

 

 ぐぅぐぅ。

 

「あぁ、いいぞ。思う存分だ」

 

 ぐぅぐぅ。

 

「で、でもぉ……」

 

 ぐぅぐぅ。

 

「お前がやらないのなら、ほら、後ろにうずうずしている奴らがいるが?」

 

 ぐぅぐぅ。

 

「も、もう。分かりましたよ――ごめんなさい、タローさん!」

 

 ……。来た。

 目を開けると、そこには小さな身体。俺が仰向けで寝ているのにだ――つまりこの子は俺に向かって飛び上がって来ている事になる。

 高い。魔法を使わずにここまでというのは大したものだと思う。そんな事を考えながらシーツを跳ね除け、そのまま持ち上げる。

 

「わぷぇ!」

 

 それで減速――白い塊になったその子を両腕で捕まえる。小さな、女の子の身体。

 顔を出したその子をぽいと放り投げて(その子はちゃんと受け身を取った、それぐらい出来る事だろうと信頼しての事だ)、ようやっと跳ね起きる。

 

「ザフィーラさん……危ないからやめてくださいよ」

 

「まぁ固い事を言うな。子ども達もお前と『遊ぶ』のを楽しみにしていたからな」

 

 俺が初めから起きている事なんて知っているのだろう、近くの子どもを集めて道場を開いているザフィーラさんは、その子供たちを従えながら俺の部屋に突撃してきたのだ。

 彼は俺が泊まると見るや、こうやって子ども達を俺にけしかける。自分だけでは限界があるからだそうだが、流石に不意打ちだ。

 まぁ、彼の事は嫌いじゃない。

 

「さぁタロー、手合せだ。子ども達に見せてやらねばならないからな」

 

 そして、彼との殴り合いはもっと好きだ。

 

 砂浜である。

 足場は悪いがそれはお互い様。主に俺への配慮として魔法は一切使わないと決めたこの場では、ザフィーラさんも魔法で踏ん張る事は出来ない。それでも十分に戦える辺り、魔導士としてだけでなく格闘家としてもハイレベルという事だ。

 

「さて、勝負が決まったと思えば拳を止める。それでいいな?」

 

「いつも通りスね」

 

 審判がいないと危ない気はするんだが、いつもこんなんだ。でも『引き際を弁えている』と信頼されるのは嫌な気分じゃない。

 審判が居ないので始まりの合図もまた、なかった。代わりとばかりにザフィーラさんが動くと共に子ども達の息を呑む声が聞こえる。

 彼我の距離はおよそ2m。彼の長身ならばなんてことはない距離だ。一歩、一歩とその度にぐんと近づいてくる。速く、そして確かな足取り。隙があるように見えるが、下手に手を出すとこちらが跳ね飛ばされてしまう。

 しかしただ臆している訳にもいかない。狙うならばカウンターだ。両足に体重をかけどこへでも回避できるよう構える。

 

「――ふっ!」

 

 呼気と共に放たれたのは回し蹴り。胴部を狙うそれはモロに貰えばそれだけで倒されてしまうだろう。そう、距離を詰めるあの動作を隙と見て突っ込めば、小さな動きで最大限の威力を持つこれを食らってしまう。そして彼に合わせて走った場合、こちらには『心構え』の時間が短くなる。距離を測れていない軟弱な技は受けるまでもなく耐えきられてしまっていただろう。

 しかし――そんな事を考えるのも一瞬の内――『心構え』は出来ている。前へと一歩踏み出す事で打点をずらし、膝で受けた。骨の髄まで痺れるが、距離を詰める方が大切だ。俺も背が低くはないが、巨漢であるザフィーラさんとのリーチの差は圧倒的である。

 体勢を崩している内にと身体全体でぶつかる。――と、それも読まれていた。蹴り上げた足を踏ん張ると共に向こうも前に突っ込んでくる。威力が乗らない、肩口からぶつかった俺の右肩とザフィーラさんの胸が密着している状況だ。

 視線をかわすも一瞬、力で敵わない俺はここで締め等に移行されれば振り解けない。一旦距離を空け

 

「わっ、と」

 

 ようとした所で足を払われた。体勢が崩れる。

 さて、ここからの選択肢は――うん、ないな。無理をすればいくらでも方法はあるが、『勝負が決まったと思えば拳を止める』のは敗者も同じだ。ストリートでの喧嘩ならともかく、試合ならこんなもんだろう。

 いつもより短いのが不満ではあるが、仕方ない。砂浜に受け身を取りながら倒れ込む。

 

「降参、降参でーす」

 

「ふむ、存外物分かりがいいな」

 

「ま、怪我したら両方負けみたいなもんですし」

 

 ザフィーラさんの手を借りて立ち上がる。こうして手を貸されているだけでもわかる、がっしりとした筋肉にゆるぎない体幹。痛いのは嫌だが、いつかもっとちゃんと戦ってみたいとも思う。

 試合が終われば子ども達への稽古だ。とは言っても、俺は基本的に横で見るだけで、たまに遊びのように手伝うだけ。

 元々、俺の格闘技術は魔法が使えない事で舐められ過ぎないように始めて、実戦で即座に使えるかという事ばかり考えて型なんかまともに分かっていない。他人に教えられるような身分じゃないのだ、俺は。

 

「だから教えるというのに」

 

「一から習ったら今のが崩れそうで怖いんですよ」

 

 子どもの型を矯正しながらもザフィーラさんは俺に話しかけてくる。冗談めかしてはいるが、何度も勧めてくるところを見ると本気なのだろう。恐らく、俺の戦い方は彼から見て危なっかしくてしょうがないのだ。

 それでも魔法の代わりに得たこの力、非力な分だけ始末書が減るステキな拳を手放すつもりはない。これが仕事の領分を越えて振り回される原因の一つだとしても、だ。

 

 

 子ども達が帰るのは丁度日も沈む頃だ。いつもはシグナムさんがやっているらしい送り迎えの分担を今日は俺が手伝って(おっぱいでかいシグナムさんがいい~とかいうクソガキがいたので女の価値は胸だけにあらずという事を力説しておいた)、帰る頃にはまた夕飯より少し前。夜には八神さんとのミーティングがあるので早くシャワーでも済ませなければいけない。流石に汗臭い身体でいるのは失礼だろう。

 シャワー室でいや~んというお約束な事になったら気まずいので確認確認……シャマルさんは本を読んでるし、シグナムさんとヴィータさんは何やら話しながらテレビを見ている。八神さんはまだ書類を纏めている最中のはずだ。それはそれでキッツいザフィーラさんも今は犬に変身してヴィータさんの下敷きになっている。

 

「お風呂借りまーす」

 

 一声かけたのでこれで乱入もない、完璧。知り合いの裸とか見てもリスクとリターンが釣り合ってないからな……そんな事を思うあたり、俺も随分と大人になっちまったもんだぜ。

 服を脱いで風呂場に入

 

「うわわわああああ!? ま、前隠せ前えええぇぇ!」

 

 お約束キター!

 開けたその手で風呂場の戸を閉める……そこに居たのは、どうせちっちゃいからなんか隅っこにいるんだろと思ってた八神家最後の二人、ユニゾンデバイスのリィンフォースⅡとアギトである。デバイスって……風呂入るんだ……!

 そーっと扉を開き、首だけ突っ込む。風呂桶に湯を張って浸かっている二人の態度は対照的、リィンフォースは縁に両手をかけたまま俺の存在など気にせずくつろいでいて、アギトは胸元を手で隠してわなわなしている。

 

「ごめん。でも寒いから入っていい?」

 

「ダメに決まってんだろうが! 誰に断って入ってきてるんだよ!」

 

「八神家の皆さん」

 

「あ~も~あいつらはー!」

 

 八神家の皆さんも「浴槽は空いてるし大丈夫じゃね?」と思っていたんだろう。俺も別にこんなちっさいの、ヴィータさん以上にエロい目で見られない。ちなみにヴィータさんのエロい目で見られないランクは下手をするとザフィーラさん以下だ。俺はホモではないが、筋肉かっこいいしね。

 とか考えている内にもアギトがわんわん喚いている。まぁ、こちらがどう思っていようが向こうの気持ちも大事だ。今からまた汗臭い服を着るのも嫌なのだが、大人しく退散しなければ。

 

「アギトはどうしてタローさんが入るのが嫌なのですか? 浴槽も違うので狭くならないですよ!」

 

 と、そこでぽやーんとしていたリィンフォースが口を挟む。この子は逆に見られるのが恥ずかしいとかそういう気持ちはないのだろう。マジデバイスの鑑。

 

「そんな問題じゃないだろ! 見られるんだぞ、見られてるんだぞ! 分かるだろ!?」

 

「……?」

 

「あ、分かってない顔だこれ! えーっと、女の裸は男に見られちゃいけないものなんだ!」

 

「リィンはデバイスですし、ザフィーラさんとは一緒に入ったりするじゃないですか」

 

「ざ、ザフィーラは犬で、その……」

 

 すごく困ってるようだから今の内に風呂に入った。大丈夫、俺が裸に興味ない事はすぐに分かってもらえるはずだ。

 そのまま言い争っていたというか一方的に怒鳴っていたアギトは、ようやく浴槽でふぃーっとしている俺に気付く。

 

「もう……好きにしてくれ……」

 

 納得してくれたようだ。良い湯加減ですなぁ。

 そんな訳で、和やかにユニゾンデバイス達と風呂に入る俺である。

 

「ザフィーラさんの方が大きかったですよ」

 

「そっか……だがあの人に負けるのならば不思議と敗北感はないぜ」

 

「だ・か・ら! 妙な話題はやめろよー!」

 

 この後は気の滅入る話が待っているのだ。今は穏やかな時間を過ごしたい。

 とかかっこつけてると先にユニゾンデバイス達にあがられ、その着替えを待っている内にのぼせた俺である。なんで女の支度ってあんなに長いの?




 濃厚なホモ回

 オリ主のタローは割と無意味に強いです。この物語が不良漫画なら主人公の先輩になれるぐらい強いです。でも魔法使うのが「ちょいタンマ!」って言わなきゃいけないほど遅いので、魔法使われるとワンパンKOされます。
 彼の部署は場合によっては管理外世界に派遣されたりしんどい所なのですが、魔法NGな平和な街での捕り物が得意な事もあり、常に中央勤務で書類仕事が多い子です。「バインド!(相手の肩を外す」とかやります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八神さん家の事情・後

あんまり八神家関係なかった気もしますがタイトルこういう形式にしちまった俺が悪いという事で。


 改めて、八神さんの部屋で彼女と向かい合う。昨日と違うのは、俺が手渡した書類を今度は彼女が俺に手渡した事だ。

 神妙な表情――ここからは、仕事だ。

 

「それじゃあ、まずは聞かせてもらおうか。コンセントレイト……この『麻薬』。最近流行してるってのは現場的にも間違いないんやね?」

 

「はい。その場で軽い尋問ぐらいならやるんですが、友達から聞いたとか……そんなんばっかりですよ」

 

 ヴィータさんに羞恥プレイを強要してしまった昨日、俺が捕まえた売人の男と少年達。彼らはコンセントレイトという違法薬物に手を染めた違法所持者だ。

 コンセントレイト――それは、『魔法を使えるようにする』という夢の薬。服用し続けるとリンカーコアがない者に疑似的にリンカーコアを発生させ、その上特殊な魔力変換資質のようなものまで身に着けてしばらくは魔法を使えるようにする。そう、しばらくはだ。

 その疑似リンカーコアはすぐに失われてしまうし、それと同時身体に影響が滞留し障害を残す。心身ともに破壊されてしまうのだ。勿論売人はそんな事を言わずに「少しだけでも魔法を使えるのは楽しい体験だとは思いませんか」と販売するのだが。

 ミッドチルダでも社会問題となりかけており注意喚起もしているのだが、その実態は中々浸透しない。誰だって現実より夢が好き、それが子どもならば尚更――だ。

 

「で、タロちゃんは街での事件を担当してるから、それによく行き当たると」

 

「対策メンバーは別にいるんですけどね。八神さんはそちらと連携して捜査を進めてもらう事になると思います」

 

 ここには仕事の話をしに来た訳だが、プライベートでもある。俺は彼女に渡るはずの情報を事前に許可を得て持ち出しているだけで、本当は一緒に仕事をするわけじゃない。そこまでする八神さんの熱心さには頭が下がるばかりである。

 だが、今回ばかりは俺も腹が立っている。子どもを狙い撃ちするようなやり方はあまりにも卑怯過ぎるでしょう?

 

「うん……ま、その辺りやけども。いつも通り、タロちゃんには実際に接した感じとか、そういうの聞きたいと思って。素人やから鎮圧が楽だったか、逆に素人だからこそ難しい所があったか」

 

 ふむ、やはりか。

 ならば話すべきはあれだな……そう、俺が初めて出会ったコンセントレイト服用者。あの熱くも物悲しい事件を……

 

「そう……あれは。高町と俺の非番が被った日、ベランダに出てくる高町の顔が見れないかと30分に一度家の前を通りがかっていた日の事だった……」

 

「ちょっと待てや消極的ストーカー」

 

 

 

 その時、俺は胸に淡い期待を忍ばせてその日12度目のなのはちゃん家の前通りすがりを敢行していた所だった。なのはちゃんはタオルの間に隠しておけば大丈夫だろうと下着も外に干してしまうタイプなので、出来るだけ目をそむけながら。ひらってなったら見えるんだよ、履いてない時までチラリズムを追及していくスタイルかよ。

 そう……そこで見つけたのだ。ベランダにある人影に。初めはなのはちゃんかと――思ったのはわずか一瞬、あり得ない横幅に瞠目。次の瞬間に頭に浮かんだのはなのはちゃんの彼氏かもという懸念だが、もしそうならば俺に相談してくれているはずだそうに違いないそうだそうに決まっている。そんな訳で敵だと断じたわけだ。

 

「そこのお前ー! ベランダで何してるんだ!」

 

 びくっと振り向いた恰幅の良い男、その手には純白の布が握りしめられていた。

 ここで大事なのはその男がつまむでもなくぐわしっと鷲掴みにしていた事だ。布の中央を、だ。洗濯物の回収にそんな風に掴む必要はないし、そもそも女性ものの下着をダイナミックに掴むなどと言う真似、変態以外あり得ない。あり得ないッたらあり得ない。

 そしてそれよりも大事なことは、それがなのはちゃんの下着だという事だッ!

 

「……逮捕するから、動くな」

 

 その時の俺はまだ冷静だった。身分を明かし降伏を勧める、そんな余裕があった。

 俺がブチ切れたのは男が逃げた事もそうだが、逃げる瞬間さらにブラまで奪っていった事だ……掴みとったパンツと揃いのブラをな!

 男の足元に浮かぶミッド式の魔法陣、そして重力を無視したかのように飛び上がる男。彼を魔導士だと、その時の俺は断定。無許可の飛行はそれだけで犯罪である。捕まえる理由が増えた。

 さて、パルクールだとかフリーランニングだとか言う競技が地球にはある。俺は謂れも何も知らないが、簡単に言えば街なんかで最短距離で移動しその美しさを競うとか、そんな感じのスポーツ。飛行魔法の発達著しい魔法世界では存在しなかったものだが、最近地球からその概念が持ち込まれた。

 まぁはた迷惑でもあるので賛否両論なのだが、過去にグレていた時代に街中でやった事がある訳で。

 

「ご近所の皆さん、申し訳ありません……!」

 

 謝りながら、走る。そして教会の人に脅されて以来持ち歩くようにしていたブーストデバイスを起動、壁に辿り着くまでには魔法を唱え終わっている。

 

『Air step』

 

 この魔法は少しだけ、ほんの少しだけ地面と足を反発させて浮き上がる魔法だ。主に高所での作業中においての落下防止に使われる。飛行制限に抵触しない、ささやかな魔法だ。

 しかし、慣れれば踏み込みと反発を上手く使う事で飛び上がる力を強化出来る。あと靴跡つかない。

 

「待てつってんの!」

 

 民家――その壁を蹴って登り上がり、出窓の縁を掴んでさらに飛び上がる。壁面を歩けるのは精々二歩、それまでに次に掴める場所を探し登っていく。

 学生の頃遊んでいて、今でも街の事は出来るだけ把握するようにしている。クラナガンは俺の庭だ。

 

「ひいい!? ご、ゴキブリィ!?」

 

「犯罪者にゴキブリ呼ばわりされたくねぇっての!」

 

 ぬるぬる近づいてくるのがよほど怖かったのだろう、横幅にでかい男は怯えたような声を出す。

 屋上へと辿り着き、なお追いかける。妙だ、こちらが屋上に上がって追いかけているというのに、高度を上げる気配がない。飛行魔法を使っているのにこれはどういう事だろう。こちらが飛行魔法を使えないのを知らないので、高度を上げるために速度を落とすのを警戒している?

 なんにせよ、チャンスだ。油断しているその足を……掴む!

 

「うおるぅああああああ!」

 

「ぎゃあああああ!」

 

 バランスを崩す相手! 引きずられる俺! 靴を魔法で浮かせていてよかったと思いつつ……離さない。踏ん張りが利かない、浮遊感、風が強い、やばい。

 

「は、は、は離さないと落とすぞ! 脅しじゃないぞ、嘘じゃないぞ、ほんとにやるぞ離せぇ!」

 

 何を言われても、離すつもりはない……大切なものを、取り戻すために!

 屋上の端、踏み切って飛ぶ。正真正銘地に足がついていない状態だ。両手で下着泥棒のそれぞれの足を掴む。

 

「な、何考えてんだお前ぇ!? し、死ぬぞ、死んでいいのかぁ!?」

 

 男は叫ぶ。魔法を使い慣れている人間にしては妙な感じがあるとこの時俺は薄々気付いていたのだが……それよりも、高い所怖ぇが勝っていた。やばい、死ぬかどうかはともかく、空を飛べない俺には足が竦む光景だ。

 深呼吸、息を整えて、出来るだけ穏やかな声を作る。

 

「なぁ……お前も、なのはちゃんが好きなのか?」

 

 ぴく、と足が動く。

 

「お、お前も……なのか?」

 

「あぁ、彼女に片思い中のしがない管理局員さ……なぁ、お前、なのはちゃんに実際会った事があるか?」

 

「い、いや……」

 

 すぅ、と息を吸う。

 伝えなければいけない。彼も女性を想う事の出来る人間ならば、きっと心が伝わるはずだ。歪んでいようが、なんだろうが……俺達は、同じ女性を愛したのだから!

 

「なのはちゃんはな……凄い努力家で、泣きたい時も涙を堪えて誰かの為に戦える人なんだよ! 辛い事があったって、抱え込んじゃうような子なんだよ!」

 

 なお熱い叫びしている俺であるが、この時ぶらぶらぶら下がり中である。後で思い返すと、あまりにもあれである。

 

「そんな彼女が、こんな仕打ちを受けてみろ! 娘や友人に心配かけまいと、自分の中に抱え込んじまう! 好きな人にそんな重みを味あわせるつもりかお前は!」

 

 高度が落ちて……それと共に、滴が降り注ぐ。男の涙であった。

 

「う、うぅ……お、俺、俺ぇ……」

 

「いいんだ、お前は過ちに気付けた。それでいいんだ……」

 

 男と男の魂をぶつけ合い、俺と下着泥棒は通じ合う。一件落着だ。

 にこりと微笑みかけてやるが……がくんと高度が下がる。て、おい。まさか。

 

「……下着泥?」

 

「す、すいません……俺、慣れてなくて……落ちます」

 

 浮遊感が落下感に変わるのに、そう時間はかからなかった。落ちる、そう確信した瞬間に男の足から手を離す。

 手近な壁に蹴りを入れる、運動の方向を変えて……それから、しっかりと足を地面の方へ。落下防止用の魔法はその本来の効果を発揮してくれるはずだ。

 と、そこでひらと視界を横切る布……白、そう認識すると共に手が勝手に動いてそれを遠慮がちに握る。

 

「――ッ!」

 

 落下、ではなく着地。大きな衝撃もなく住宅街の路地へと降りる。

 安心したまま、俺は無意識に手の中にあるそれで汗をぬぐった、ぬぐってしまった。そう、その――なのはちゃんのブラジャーで。

 

「た、タローさん……」

 

 時が止まる。

 降り立ったその地点、丁度俺の真後ろに居たのはなのはちゃんだった。彼女の服装は物凄いラフで、ちょっと出掛けていたんだなと言うのは分かる。

 やべぇ、やべぇ、やべぇ。頭の中がその一色で埋まった。空に居る時より遥かに焦っている。今でこそ冷静に回想できているが、この時はオーバーヒートしそうだった。

 

「い、いやぁ……奇遇だな、たたた高町!」

 

 ブラを後ろ手に隠し、なんとか笑顔を形作る。大丈夫、バレてない。なのはちゃんは少し首を傾げただけでまだ笑顔だ。

 

「タローさんはどうしてこんな所に?」

 

「い、いやぁ、この先の図書館に用があってね」

 

 さっきベランダの所で出会った時の為に考えていた台詞をここで言う。こんな所で使いたくなかった。

 と、そこで頭に何かが舞い降りる。

 

「あ……ぅ」

 

 なのはちゃんの顔が真っ赤に染まる。パンツであった。

 

 

 

「と言う訳なんですよ……」

 

「ツッコミ無視されたまま回想終わりまで突っ走られた……」

 

 ふぅ、熱い戦いだった。決して現実逃避ではなく。決して現実逃避ではなく!

 八神さんが凄い微妙な顔をしている。俺の傷を抉るのはやめてほしい。

 

「それで、……どうなん?」

 

「あぁ、下着泥棒のジョージは四肢の痺れとして症状が現れ今もリハビリ中です……クソッ、一体だれがあんな薬を……!」

 

「いや、そっちもやけど。なのはちゃんとタロちゃんの方な」

 

 あの後は大変だった。真っ赤になって黙り込んでしまうなのはちゃんの、『疑いたくないけど……信じてるよ? 信じてるけど……』みたいな瞳にハートを二重にブレイクさせられながら通報。パンツとってくださいと頭を差し出す所までは良かったのだが、握り締めたブラを渡す時の緊張感。

 しかも、渡す所をヴィヴィオちゃんに見られた。しにたい。

 

「まぁ、なんや、タロちゃん……麻薬(コンセントレイト)は私らがなんとかするから、しばらくゆっくりしぃな……」

 

 あの薬を作ってこの世界に持ち込んだ奴、絶対に許さねぇ……!




ギャグですが、薬がエグいものだって事はマジです。ここからタロー・メリアーゼの長い戦いが始まる……!(前振り)

今日は友人とネタ出し合いながら書いてたからこんな遅くの投下となりました。こんな事になったのも文系ナントカって奴のせいだ……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハラオウンさん家の事情・前

今回直接話に絡まない部分が長くなりました。文字数稼ぎっぽい。ひぃ。


「男女の友情というモノは成立すると思うか?」

 

 クラナガンのうらぶれた路地裏にある居酒屋「のむらや」。そう口を開いたのは次元航行艦「クラウディア」の艦長を務めるクロノ・ハラオウン提督だった。

 何を隠そう、俺の兄は彼の部下。クラウディアのブリッジに詰める身だ。それほど親しくないとはいえ、顔は覚えてもらっている。

 

「と、言うと?」

 

 八神家に報告に出向いてから数日が過ぎた。あれから捜査体制が整ったらしく、様々な部署から必要な人員が集められ正式な対策チームが再編されたのだ。そしてその『前例』である機動六課のメンバーが中心に集められた。何故か俺も呼ばれたのだが、返事は保留している――戦闘力がない俺が荒事に放り出されるとも思わないけど、あまりにも大それているしね。

 そんな訳で、今日彼と呑んでいるのは彼の妹であるフェイトと俺が一緒に働くからかもしれないからだ。兄に呼ばれてクラウディアの皆さんにご一緒させてもらっている。ちなみにその兄は呑み過ぎて外で汚いナイアガラになっている。

 クロノさんは安っぽいグラスに注がれた度数の低い酒を煽る。流石地球で暮らしている事もあってか、そういうのにも慣れている。提督の給料ならもっといい店があるだろうにと思うが、彼もこの店の雰囲気が好きなのだ。

 

「いやね、君とフェイトの事だ。あの子も……なんというか、少々引っ込み思案な所があるだろう? 仕事には真面目だがね、真面目過ぎてどうにかなってしまわないかと……」

 

「で、出た~艦長のシスコンだ~」

 

 隣からクロノさんの部下が茶化す。言われた当の彼は照れるでもなく、「俺は真面目な話をしている」と渋面を作った。

 クロノさんは間を持たせるように、またグラスを傾けた。

 

「とにかく。フェイトは最近働き詰めなんだ。今回の件にしたってそうだ、機動六課の実績によってフットワークが軽くなったのはいいが、その実績を作った者ばかりに任せてどうする。それこそ新人とは言わないが機動六課に倣い育成を並行する事で……」

 

 俺に向けていた言葉は、途中から口の中でぶつぶつと呟くだけの愚痴へと変わる。彼も彼で、ストレスが溜まっているようだ。

 なお、なのはちゃんがいる訳ではないので俺も麦酒を頂いている。あまり好きではないが、これも大人の付き合いだ。

 

「それで、どうなんだよ? タロー君は、我らが上司の言葉をどのように受け止めてる?」

 

 部下の人も酔っているらしい。こちらに絡んできた。

 男女の友情は成立するかどうか、か。結構デリケートな話ではある、酒の席が盛り上がりそうなぐらいには。つまりは、どちらにせよ俺は弄られるさだめなのだ。

 

「まぁ……どっちかで言えば、俺は成立する派ですけど。でも、こんな事言ってもしかしたら俺、フェイトを狙ってるかもしれませんよ」

 

「いや、それはないだろ。君、高町なのはの事好きなんだろ」

 

「ちょっと待ってどこまで広まってるんすかそれ」

 

 時空航行戦艦にまで俺の恋路情報が拡散されている……悪事じゃないのに千里を走り過ぎだ。

 ドン、と喧騒を抜けて響き渡る硬質の音。見れば、赤ら顔のクロノさんが空になったグラスをテーブルに乱雑に置いた所だった。やんややんやと追加注文する部下の方々。

 

「何……ウチのフェイトに女性としての魅力がないだと?」

 

「う、うわぁ……」

 

 酔っている。表面上は平静を保っているが、かなりきてる。目が据わっている。

 

「女性らしい体つき、気立てもいい。子どもに優しく、私生活にも乱れはない。収入もある。一体何が不満なのだ……何が不満なのだろうな、世の男は」

 

 部下に手渡された麦酒をぐいっと一飲み、口を拭いながらクロノさん。

 そう――フェイト・T・ハラオウンが彼氏いない歴=年齢というのは何故か有名な話である。恐らく同じぐらい忙しくてまだ誰とも付き合った事がないであろう友人二人を差し置いて、ザンネンな噂が先行しているのだ。

 ちなみに俺はもしなのはちゃんが過去に誰と付き合ってようが好きなのは変わらないけどねっ。

 

「そんなに言うなら、艦長が娶ってやりゃ良かったじゃないですか」

 

「馬鹿言え、妹だ。それにだなお前、ウチの嫁はだな……」

 

 クロノさんの嫁自慢が部下の方へと向かった。解放されてほっとしてしまう。まぁ呑んでも家族自慢って言う辺りすごくいい人なのだが、それを聞きたいとは思わない。

 しかし、フェイト……か。確かにいい人だが、嫁にしたいと思う人は少ないだろうな。なにせ彼女は――

 

 

 

 その日、またもやプライベートだというのに俺は女の子と一緒にいた。こんな事は普段珍しいのだが……そういう時期もあるらしい。

 そう、俺の隣にいるのはフェイト・T・ハラオウン。クロノ提督の妹が運転する車の助手席に俺は居た。

 

「やっぱ、子どもがいると車の方がいいみたいだなぁ」

 

「うん、そうだね。ヴィヴィオもたまに乗せるよ」

 

「へぇ、やっぱもう一人のママって事だな」

 

「もう、からかわないでよ」

 

 フェイトは俺が最も自然に話せる女性だ。同性の友人と同じように、まったく気負わずに言葉を交わせる。

 彼女と出会ったのは機動六課設立後で、きちんと話したのに至ってはティアナが彼女の下についてからだが、それでもすぐに意気投合して友人となった。接点が多かったからね。

 

「ヴィヴィオと言えば、タローさん最近あの子に魔法を教えてるんだよね? どうかな、その辺り私は全然見てないから……」

 

「んー。才能はあると思う……というか、ありすぎ。あと身体動かす時に気付いたんだけど、そっちの筋もいい。特に動体視力とか……いやぁ、嫉妬しちゃうねぇ」

 

「空戦適正はある訳だ」

 

「優秀だと思うよ、実際。熱意もある。本人がもっと勉強したいなら俺なんかに頼らずランク高い学校行ってもいいとは思うけど、あの時期の子は友達とか大事だろうしなぁ」

 

「あぁ、離れると連絡取りにくいもんね。子どもの頃は」

 

 平日故に渋滞もなく、車は滑らかに目的地へと進む。そう、ビル街を抜けてその先、病院へと。

 

「麻薬《コンセントレイト》対策班の方も、ようやくって感じだな。クロノさんは元機動六課頼りにするなーって荒れてたけど」

 

「あはは……でも、一部バックアップの人達がメインだからタローさんが会った事のある人は少ないよ。はやては参加するけど、八神家の他の人達は多分そのままかな」

 

「絶対、色々無茶に動かしても大丈夫だと思われてるよな、君ら」

 

「それだけ信頼されてるって事でもあると思うよ。JS事件の事もあったし、纏めて素早く動かせるって言うと私達になるんだろうし」

 

 JS事件か。俺みたいな末端が全貌を把握している訳ではないが、単なる大規模テロ以上に内部でゴタゴタしていたようだ。スカリエッティの使うルートを割り出すために同僚や俺も駆り出されていたが手がかりすら見つからなかった辺り、内通者がいるどころではないかなり根の深い問題だったんだろう。

 俺に関係する所ではまぁ、一般にも広く知れ渡っているレジアス中将の件だ。彼の手腕は治安維持に大きく貢献していた。しかし犯罪者である彼の方針をまるっとそのまま使うって訳にもいかない。使うにしたって最低限新体制の下見直しはしましたというポーズが必要なのだ。

 今、俺含む一部管理局員の扱いがあわただしいのはそれが原因だろう。新体制の確立のため、どこもかしこもてんやわんやで実験的ではっきりしない。それを見越して俺個人に資料を要求する辺り、八神さんは流石である。

 

「っと、そこ右」

 

「え、直進した方が早いんじゃないの?」

 

「いや、信号多いから。あんま迂回せずに抜けられるところあるぞ、こっち」

 

 俺の指し示した通りにフェイトは車を走らせ、そして目的地である病院へと到着する。

 さて、俺はプライベートではあるがフェイトはそうではない。純然たる執務官の――いや、対策班の仕事である。車から降りると共にきりっと表情を切り替え確かな足取りで進む。その後ろをついていく俺。

 受付で話を通して向かった病室。そこには俺にとって懐かしく、そして印象深い顔があった。

 

「あっ、タローさん! お久しぶりでございます、その節は非常にご迷惑を……」

 

「いやいや、いいんだ。あんまりかしこまらなくてもいいぜ――ジョージ」

 

 そう、下着泥棒のジョージである。

 執行猶予を下された彼は今、この病院で麻薬の影響による身体の不自由を何とかするため、リハビリを続けている。元々資産もあった方らしく、「犯罪者と一緒に居ていい気分ではないだろうから」と自分から進んでの個室での生活だ。捜査にも協力的であり、勿論なのはちゃんが大好きだ。

 

「それで、そちらは……フェイト・T・ハラオウンさんですね。噂はかねがね」

 

「はい、連絡していた通り調査に協力していただきます。よろしくおねがいしますね、ジョージさん」

 

 フェイトが念話で『この人、ほんとになのはのパンツ取ったの……?』と聞いてくる。それぐらい今のジョージは毒気の抜けた菩薩のような顔をしていた。元々良い奴なのだろう、魔が差しただけだ。

 フェイトに肩をすくめて答えながらジョージに近づく。本来なら威圧的に接するか相手を安心させるかとか色々考える訳だが、俺とジョージは既に熱い絆で結ばれているので関係ない。俺は更生する気のある奴は偏見の目で見ないよう心掛ける人間である……世の中には大した悪意もなく再犯してしまう奴もいるが、ジョージはそういうタイプでもないしな。

 

「それでジョージ、麻薬を手に入れた経緯は……大まかには聞いているんだが、前に調書を取った奴は理解しきれなかったらしくてな。もう一度教えてほしい」

 

「えぇ、それは構いませんが。そちらのハラオウンさんは……」

 

 ちら、とフェイトを見るジョージ。それはそうだろう、調書にはファンクラブがどうのと書かれていた。なのはちゃんファン関連であり、それをなのはちゃんの友人であるフェイトに聞かせていいのか、という話だ。

 だが、問題はない。だからこそ俺は連れてきたのだ。フェイトは胸を張って彼に応える。

 

「話してください、ジョージさん……いえ、会員No.155さん」

 

 はっとジョージの顔色が変わる。まさか、と呟く彼に頷く俺。

 

「そうだ。この人がなの友(「高町なのはを見守る友の会」の略)会長、会員No.1の――フェイト・T・ハラオウンさんだ」

 

 かつて、同じ時期に管理局で働き出した友達同士の三人の少女が居た。

 実力がたしかで容姿可憐な事もあり、管理局としても市民への露出が多い場面では積極的に彼女らを起用し、結果彼女ら三人には非公式ながらファンクラブのようなものがいくつか出来ていた。全く問題がなかったわけではないが、その時には過激なファンが少なかった事もあり見過ごされていた。

 問題となったのはその内の一人――なのはちゃんが大怪我を負った事件以降だ。この事件以降、「なのはちゃんが大変だ、お見舞いにいかないと」「なのはちゃんを金銭的に援助したい」などのプラスの発言、「怪我を負った今なら襲えるんじゃね?」「どうせ顔可愛いから実力に見合わない地位にいて落とされたんだろ。枕でもやってたんじゃね? ロリコン多いからなー」のようなマイナスの発言、どっちにせよ「遠くから見守る」っていう領分を超えたものが多くなったのだ。

 実際、なのはちゃん本人が知らないだけでかなり近い所まで迫っていたファンや元ファンもいたらしい。公式ではないどころか、非公式としても纏まりのないファンクラブ。しかもアイドルなんかとは違いファンへのサービスなんかもほとんどないので鬱屈していく、と……まぁ人間の勝手さが分かる所だ。

 

 それを問題視し纏めたのがフェイトだった。どういう手段を取ったのかはっきりとは知らないが、ファンクラブを一本化し自分が頂点となる事で纏め上げたのである。その際、いかがわしいものは自分のも含め全て潰し、公に語れるのは健全なファンのみという状況を作り上げた。「高町なのはを見守る友の会」、なの友の発足である。ちなみに八神さんはあんまりそういう必要なかったらしい、かわいそう(本人曰く「なんでや! 健気なはやてちゃん可愛いやろ!」)。

 これで発生した問題と言えば、ちょっとアングラな所を探ればフェイトがなの友会長という事が分かり、いらぬ噂が立つようになったという事か。即ち、「フェイトはなのはの事が好きな同性愛者である」と。

 実際に会った感じ、多分フェイトは純粋に友人としてなのはちゃんの事が好きである。多分。

 

「話してくれますね?」

 

「はい、会長!」

 

 こうして俺達はジョージの口から直接経路を聞き、熱くなりすぎてなの友的なスラングを使いこなす彼の言葉を正確に把握して事件の糸口を掴んだのであった。

 そして病室を後にして、またフェイトの車で来た道を戻る。

 

「対策班、参加してくれるよね、タローさん」

 

「まぁ……な。なの友の事正しく把握してる境界捜査の人間なんて俺ぐらいだろ。そっちの洗い出しは任せてもらうぜ」

 

「うぅん、頼りにはしてるけど任せはしないよ。私だって、なのはに悪い事が降りかからないようにしたいしね」

 

 言うまでもないが――俺とフェイトがここまで意気投合した原因は、なのはちゃんが好きという点である。




はやては不人気なぐらいの方が可愛い。車椅子生活の影響で他人を着飾らせたりするのは好きでも自分のお洒落に無頓着とかだったら可愛い。学生時代、ムードメーカーに徹して三人の中で一番色気ないなって言われてその場では笑い話にするんだけど、家でちょっとシャマルに愚痴ってたりしたら可愛い。二人と違って前線に出ないからちょっとだけふくよかになって「む、胸の脂肪やから!」って言って見比べられて泣いて逃げたら可愛い。そのせいでお菓子とか我慢するんだけどどうしても出なきゃいけない集まりで誘惑に負けて食いまくって家で後悔してたら可愛い。そしてザフィーラの子ども達への指導の端っこに混じってダイエット企てるんだけど子どもよりも先にへばって子どもに遊ばれてたら可愛い。でもそんな日々も足が治ったからだってかつての日々を思い出してリィンⅡに首傾げられてたら可愛い。

そんな訳で誰か日常系ではやてヒロインの話書きませんか?(催促)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハラオウンさん家の事情・中

パンツ泥棒の汚名を逃れたタローを待っていたのはまた地獄だった
話が進むたびに増えていくネタと暴力
深夜テンションが生み出した脳髄直結で書いた文章
ネットスラングとその場で考えた変な言葉、プロット通りと逸脱を俺の頭にブチまけたここは管理外世界ヒャッハー
次回こそはちゃんとラブコメしたいです
今回だけはタローと地獄に付き合ってもらう


 土煙が一陣の風と共に空へと去っていった。空き缶がからころと転がる音が、妙に寂寥感をもって響く。

 崩れて補修の目処も立たない建物。剥がれ落ちたポスター。呑み散らかしたままの酒瓶の山。退廃と悪意の坩堝のようなこの管理外世界に降り立つのは俺ともう一人――フェイト・T・ハラオウン。

 いやらしい笑いの群れの中を二人して無表情で進む。行き当たったそこには一際体の大きな男が、木箱の上に乱雑に座っていた。晒された上半身はまさに筋肉の塊。暴力の象徴のような男である。

 

「ぐぇっへっへっへ、お嬢ちゃんとなまっちょろい坊やが、俺達の街に何の用だい?」

 

 見た目に違わぬ、低く強く下劣な声。

 

「しらばってくれる必要はない、ジョージは返してもらう」

 

 その空気を切り裂くように、凛としたフェイトの声が放たれた。

 じり、と距離を詰めはじめる周りの男たち。やれやれ、どうやらタダで通してくれる気はないらしい。

 

「会わせてやるよ……地獄でなぁ! やれ、お前ら!」

 

「ヒャッハー!」

 

 同時に飛びかかる複数人のモヒカンとかそういう奴ら。俺とフェイトは一瞬の目配せの後、それぞれ真反対へと飛びかかる。一か所に固まるよりは、こちらから距離を測る方がいい。

 目の前にいるのは四人。錬度が足りない、二人が突出している。乱雑な拳を避け、腕をとる。それだけで突出している内の一人は怯み――その隙に二人の男をぶつけてから蹴り飛ばす。

 

「てめぇ!」

 

 目の前にいるのは残り二人。だが遅れているという事は他人の動きを見てから動きたいヘタレ野郎か、号令に遅れた雑魚だ。俺を囲もうとしたか、目配せをした瞬間に踏み込む。

 肩口からぶつかってバランスを崩し、そのまま足で蹴倒す。倒れたそいつには遠慮なく腹に足を落としておいて、もう一人だ。四人いたはずが、一対一。明らかに狼狽している。

 

「よう、恐いかよ、三下?」

 

「う、うるせぇ! てめーなんか恐かねぇ! 野郎ぶっ殺してやる!」

 

 抜き掛けていた腰の銃をそのままに、男は素手で殴りかかってきた。男と俺の身長は似たようなもの、腕のリーチは同じではあるが、それの活かし方が違う。振り回したような男の拳と、一点を突くような俺の拳、どちらが遠くまで届くかは自明だ。

 

「はぁっ!」

 

 背後を見れば、丁度フェイトも最後の一人を倒した所だった。大上段の回し蹴り、最後にさぞいい景色が見えた事だろう。

 そうして二人して最後の大男をにらむ。大男は部下がやられたというのに、ただ凄絶に笑っていた。

 

「ほう……中々出来るようじゃねぇか。なら直々に相手をしてやろう。この――」

 

 立ち上がる。

 遠近感の狂いか、俺の本能が理解を拒否していたのか――立ち上がり目の前に立った今、初めて分かった。男は大きいというモノではない。あまりにも大きすぎた。3m――いや、もしかしたらそれ以上。例えるならば鋼の筋肉を鍛え上げたビルのような見上げる巨体。

 その立ち居振る舞いにも先ほどの男たちのような隙は無かった。人を殴る事に特化したような拳、丸太のように太い脚。どこから攻めればいいのか分からない、要塞のような男。

 

「この、ボンバー・ザ・マッドガイ様がなぁ!」

 

 強敵を前にして――ふっと微笑み、俺とフェイトは念話を交わした。

 

『世界観が違う。ミッドチルダに帰りたい』

 

『実は俺も』

 

 諦めの笑みであった。

 

 

 

 数日前、ジョージがさらわれた。ぶっちゃけわざわざ警備体制を抜けて病院まで一般人を攫いに来る時点で凄い労力だと思うのだが、ビデオレターにしてそれを送ってくるとか敵組織の巨大さと執念を否応なく感じさせられる事件だった。正直アホかと思った。

 ビデオレターに映っていたのは鎖で縛られ目の前にダイナマイトを置かれたジョージ。凄い光景だった。

 

「……っうん、そうだね! 仕事に戻ろう!」

 

 二人して届いたビデオレターを見終え、立ち上がったフェイトが笑顔で言い放つ。細められたその奥の瞳はどこか遠くを見ていた。

 

「ちょっと待って。これは現実だ……いや、マジで無視したい所なんだけど、これ放っておけばジョージが死ぬ」

 

 二人で見ていたのはまさに『二人で見なければジョージを殺す』と書かれて俺宛てに送られてきたからだった。とりあえず念のためにとフェイトを読んで見てみたのだが、まさになんだこれだった。

 映像の最後にはとある管理外世界に、誰にも伝えずに来いとの旨が。

 

「管理外世界の人間が考える事は一味違うな……」

 

「タローさんも管理外世界出身だよね……」

 

 そんなこんなで俺達は管理外世界へと飛んだのだった。

 

 

 

「こーろーせっ! こーろーせっ!」

 

 石造りのリング、周囲の客席から満場一致の殺せコールを受けて立つのが俺だった。いやぁ、懐かしいなぁ。この殺せコールさえなかったら魔法戦競技を思い出すなぁ。

 あの時は一回戦で負けたけど、今はそういう訳にはいかない。なにせジョージの命がかかっているのだから。かかっているのだから!

 

「くはははは! 小僧、このSTAGE3まで勝ち進んできたようだが貴様の命運もここまでよ! この闇夜叉様の刀の錆としてくれる!」

 

「帰りたぁい……」

 

 思わず弱音が出る。なんだよ……もう、この……なんだよ……っ!

 闇夜叉の容姿について描写する事は容易いが、頭が理解を拒んでいるので正しく把握するのはやめておく。この世界に染まりたくない。

 謎の一本道を進んできたらエレベーターあったり謎の穴があったり壊してくれと言わんばかりに放置された車があったり、なんかもう全ての障害を突破しながらここまで来た。ちなみにフェイトは途中で頭痛がこらえきれなくなったようなので置いてきた。

 

「我が太刀を受けよ、無尽残像十六夜叉斬撃!」

 

 無尽なのか十六なのかはっきりしろよ。とかそういう事を思うのだが実際その太刀は威力を伴っている。避けなきゃ死ぬのに脱力してしまう。マジで勘弁してほしい。少年漫画の主人公は大変だぁ……。

 

「あてみ」

 

「ごふっ」

 

 闇夜叉は沈んだ。二秒で。

 だがしかし、新たな敵がリング上に現れる。

 

「くくく……闇夜叉を倒して程度でいい気になるとは。奴らは我が四天王でも最も小物、私こそ四天王最強の知将――」

 

「あてみ」

 

「ごふっ」

 

 帰りたぁい。

 四天王五人目の男まで倒し、殺せコールも疲れたらしく鳴りやんできた所。とうとう敵も痺れを切らしたか、大量の人員を投入し始めた。

 

「ふふふ、手柄はこの十二魔天がいただきましょう」

 

「裏十字五将軍が最強の将、鉄血のゴフリートが参る!」

 

「暗黒百八星の勇猛なる勇者たちよ、俺に続け!」

 

「精々争うがいい……最後に美味い目を見るのは我らフィフティーンナンバーズよ……」

 

 帰りたぁい!

 だが冗談を言っている場合ではない。数えるのも面倒くさいが、100を超える敵が押し寄せてきているのだ。一人一人は二秒で沈められるとしても、いささか数が多すぎる。ただ突撃するだけで押しつぶされてしまう。

 そんな時――ゆらぁりと、俺の背後から現れたのはフェイトだった。

 

「ふぇ、ふぇい」

 

「ばるでぃっしゅ……」

 

 声をかける間もなくバリアジャケットを展開するフェイト。その手に握られた相棒を大群に向ける。ゆったりとした動き、だがどこか威圧感がある。

 彼女の眼は据わっていた。

 

「ぷらずますまっしゃー……プラズマスマッシャー……プラズマ、プラズマスマッシャープラズマスマッシャープラズマスマッシャアアアァァァ!」

 

「誰かあの女止めろおおおぉぉぉ!」

 

 地獄絵図だった。殺虫剤をかけられた羽虫のように人がごろごろと落ちていく。

 フェイトの眼は据わっていた(二度目)。

 

「たろーさんはばかなの?」

 

「え、いや」

 

「わざわざあいつらにつきあうなんて、ばかなの?」

 

 彼女はあいつらと同じテンションになるより、別方面に壊れる事を選んだらしい。

 逆に冷静になった俺は、とりあえず証拠集めとかそっちの方を頑張る事にしたのだった。戦闘はもうあいつ一人でいいんじゃないかな。

 

 

 

 そんな訳で敵のボスがいるというビルをなんか薄着なバリアジャケットになったフェイトが真ん中からたたっ切って、今回の事件は収束した。強いて言うなら瓦礫の山からジョージを探すのに手間取った。可哀想に気絶してしまっていた。

 管理局に連絡して事後処理を頼み、彼らが来るまでの間の待機中――フェイトはようやくまともに戻った。

 

「た、タローさん……一体何が起きたの?」

 

「そうだね。俺達のチームはある程度個人の判断で動く事が許されているから今回の件も始末書程度で済むと思う。事情もあったしね。あと一応事前に連絡も入れておいたし、うん。フェイトのキャリアに傷がつく事はないと思う」

 

「やめて! そのなのはに話す時みたいな優しい口調やめて! 目を合わせて!」

 

 ふぇいとさんこわい。

 ともあれ、アホながら中々巨大な組織であったらしく、麻薬の流れの一部を担っていたのはここらしい。そんな組織が何故こんな事をしたのかは分からない……ご都合主義としか思えない……。

 他の管理局員の人に詳しく調べてもらえばきっと麻薬流通ルートとその大元も判明するだろう。

 

「うぅ……どうしてこんな所に来ちゃったんだろう……」

 

「俺もこんな所に来たくなかったなぁ……」

 

 二人して愚痴って、瓦礫の山に腰を預けて。

 無言が続いて、しばらく。すぅ、すぅ、と深い息――寝息、だった。見遣れば、フェイトは座りながら寝息を立てている。

 そういえば働き詰めだと言っていた。このような事件を……いや、今回みたいなノリはまずないとしても、色々と飛び回る執務官の仕事はかなりハードなのだろう。

 

「おやすみ、フェイト」

 

 ここで男女逆ならば膝枕でもしてやるのがいいのかもしれないが、男がやると洒落にならない。上着を脱いでそれを枕にして寝かしてやった。瓦礫の上だとしても座りながら寝こけるよりはいいだろう。

 彼女の代わりに自分が頑張ってやれればいいのだが、俺にそんな力はない。今回も結局頼りきりだった。

 

「お前の事さ、本当に尊敬してるんだぜ」

 

 聞こえないのをいいことに、独り言をつぶやく。

 俺は管理外世界出身で、本当の両親という奴はもういない。俺は死んで当然だったし、誰にも文句は言えなかった。それでも手を差し伸べてくれた人が居て、グレても見放さずに家族として扱ってくれて、だから俺は今ここに居る。

 彼女はそれと同じ事をやっているのだ。しかも俺の義両親よりもよっぽど若い歳で親をやっている。なのはちゃんよりもさらに若い……いや、幼いとも言える年齢の頃からだ。実際、ヴィヴィオを育てるにあたってなのはちゃんがフェイトを頼る事は多かったらしい。

 だから俺はフェイトの事を、自分の命の恩人と同じぐらい尊敬している。俺は彼女達のように子供を引き取ってまで面倒を見る甲斐性はないが、そのサポートぐらいはしたいと思っている。

 

「だから、今は寝といてくれよ」

 

 ざ、と足音がした。

 ボスがやられたからといって完全に壊滅させた訳でも、まさか天下の管理局員がトドメを刺している訳でもなく。まだこちらに立ち向かう意思がある奴はいるようだ。

 よっぽど危なくなったら起きてもらうが、まぁ俺一人で大丈夫だろう。二秒で倒せるし。ボンバー・ザ・マッドガイ()はすごい見かけ倒しだったな……。

 

「さ、やるか」

 

 次の日、流石に俺は身体中疲れ果てて有休を取った。有給取れるとかホワイト企業管理局。




最後のフェイトとのいい話だけ覚えとけばいいです。前半部分の「二人で仕事をする」ってシーンを適当なネタで済まそうと思ったら適当過ぎて死んだ。二次でこういう事はやるなっていつも言ってるでしょ、那智ブラックちゃん、めっ! でも書き直すと更新遅くなるのでこのままでいいや。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハラオウンさん家の事情・後

相変わらず事情とか関係ねぇ!


 俺とフェイトはまた管理外世界に居た。今度は前のような世界観の違う謎世界ではない、豊かな自然香る緑の世界だ。一面見渡す限り森・森・森……未開、という言葉がよく似合う。

 人影は見当たらないが、俺達は麻薬《コンセントレイト》流通の摘発の為にここにきている。情報が確かならばこの辺りであるはずだ。

 先頭を歩くのは俺。魔力反応を感知する相手だと面倒という事で全員魔法を発動していない状態での道中であり、そうであれば最も前衛に適しているのは俺だから、という理由だ。非魔力戦闘に慣れているし、取り柄の一つであるパルクールはこんな所でも一応役立たずではない。それに、もし不注意から負傷や死亡する事があっても俺が一番影響が少ないしね。

 景色が変わらない中、無言の強行軍は精神的疲労が大きい。なので、気分転換にと背後の『二人』に声をかける事にする。

 

「はぐれてないか? フェイト、それに――チンク、さん」

 

 俺の言葉に頷くのはやはり二人。一人は見慣れた金髪の女性、フェイト・T・ハラオウン。森の中を歩くという事でかなりの重装備ではあるが、その顔にはそれほど疲労の色は見えない。やはり、伊達や酔狂で執務官をやっている訳ではない。

 しかし、それよりもさらに顔色を変えずに歩んでいるのはもう一人の、その身に似合わない厳つい眼帯を付けた小柄な女性。体つきこそ少女のものであるが、その精神性が女性と言って差し支えないものであると俺は知っている。それは体質によるものか、やはり――戦闘機人というものは成長も特殊なのか。

 

「私は大丈夫だ、先に進んでくれ。メリアーゼさん」

 

 かつて時空管理局の敵だったと言うが、その言葉にはまったく悪意がない。むしろ信用の気配すら見て取れる。

 しかしそういう態度も信頼しきる訳にはいかなくて、自分が悪い奴になった気分になってしまう。木の根を踏み分けて先に進みながら、ひっそりと溜め息が出た。

 

 

 

 更生プログラムの一環である、という事だった。今回の件は俺やフェイト以外にも多角同時的に事が進行している。つまり、一つ一つの重要度はそれほど高いとは言えず、また何かあっても管理外世界、そうしてフェイトが後れを取る事はない。

 そんな諸々が重なって、既に監視付の外出ならば許される程度にプログラムを終えたチンクという戦闘機人が俺達と同じ任務に就く事になったのだ。

 

「ファミリーネームはなく、ただチンクです。今日はよろしくお願いします」

 

 更生しようとしている犯罪者には偏見なく接するようにしている俺ではあるが、それは流石に驚いた。戦闘機人という奴はかなり機械的な部分が大きいのかと思っていたら、その態度は非常に人間的で粛々としている。見た目については事前に資料で知っていたが、やはり直接接して見ないと分からない事もある。

 

「よろしくね、チンク」

 

「あぁ、よろしく」

 

 プログラムの過程で何度か会っているという二人は親しげに挨拶をかわす。少し前までは敵同士だったろうに、凄いな。俺とジョージじゃあるまいし。

 並んでいる二人を見るとまるで親子のような体格差ではあるが、かなり対等に近い関係で接しているように見える。

 

「タロー・メリアーゼさんか。不思議な響きの名前ですね」

 

「管理外世界出身ですので。……あと公の場以外じゃタメ口でいきましょう。フェイトとそうなら、わざわざ分けるのも面倒です」

 

「ふむ――では、そうするか。貴方が気安い人間で助かったよ、メリアーゼさん。私としても、犯罪者として監視され尽くしよりはこちらの方がやりやすい。仕方ないとも思っているがね」

 

 もう片方の目が機能していればウインクでもしていたのだろうか、チンクは微笑んだ。友好的な態度だ。俺としても、自分を卑下していたり警戒し続けていたりするよりはこちらの方がやりやすい。

 完全に信頼している訳ではないが、フェイトが信じている以上それほど警戒もしていない。彼女を完全に騙しきって友人関係を築けるぐらい狡猾なら、俺も見破れないと思うしね。信用はするが信頼はしきらない、その辺りのラインでいいだろう。

この日の目的は顔合わせ程度の物だった。彼女の寝起きする場所は未だ隔離施設である。ある程度の作戦の摺り合わせも終えて、しばらく。チンクが呟く。

 

「メリアーゼさん、私の『家族』の事を知っているか?」

 

 頷く。かつてナンバーズと呼ばれた、JS事件における管理局の敵だった少女達。スカリエッティの生み出した戦うための人造魔導士だ。

 

「姉は……一人は死に、他は全て更生プログラムを受けていない。つまり、新しい人生を前向きに歩もうと思う中で、一番上の『姉』は私なんだ。私が妹達に道を示してやらねばならない。管理局へ協力する事、その後の外での生活、そういうものをな」

 

 チンクは深々と頭を下げた。それもやはり体系に似合わない大人らしい所作であった。

 

「私も真っ当な生き方はしてこなかった身だ。色々至らない所はあると思うが――今回はよろしく頼む」

 

 やっぱりおれは、こういうのに弱いのだ。

 

 

 

 道なき道を歩きやすいようにするのは俺の仕事だが、辿り着いてからは彼女らの仕事だ。

 迷彩と魔力的偽装が施された奴らの拠点を偵察、今の戦力で十分征圧可能と判断した二人は既に踏み込んでいた。俺の仕事はいざという時の為の退路確保、それと敵を逃がさない事だ。とはいえ、飛ばれると無力なのでそちらはついで程度でしかないが。

 最近ジョージ相手やあの思い出したくもない管理外世界で粋がっていたせいで実感する機会はなかったが、やはり俺はこのような場では戦力外だ。防御系の魔法にも時間がかかり対費用効果が悪いせいで、食らうと一撃で死に得る。俺を気に掛けるぐらいならいない方が楽だろう。

 

 中では戦闘が始まっているようで、散発的な地響きや轟音が聞こえる。事前偵察の結果が確かならば、楽に片付いてしまうだろう。

 自分の能力については割り切って生きてきたつもりではあるが……やはり、こういう場に立つと悔しくてたまらない。才能も努力もない自分が何をとは思うが、それでも心臓がばくばくと焦燥感を訴える。

 俺は、俺のやれる事を、やっている。それは俺のやりたい事で、俺は大人らしく、自分の意思で、自分の人生を、ちゃんと歩んでいる。言い聞かせる。飛び出してしまわないよう、やけっぱちにならないように言い聞かせる。

 

 この日からしばらくの間、俺は直接戦闘を主に担当するチンクとフェイトのために、二人とチームを組んで細々とした事を片付けた。

 自分がひどくちっぽけな人間に思えた。なのはちゃんへの片思いも、とてもおこがましいもののように感じ始めた。

 二人の事は嫌いじゃない。誰の事も嫌いじゃない。強いて言うならば、嫌いなのは自分だ。そういうネガティブな事を思ってしまう自分だ。やはりコンプレックスはそんな簡単に克服できるものじゃなかったらしい。

 そうこうしている内に、事件は一応の解決を見せ、対策チームの規模が縮小されることが決まった。

 

 

 

「チンク姉さんにかんぱーい!」

 

「かんぱーい!」

 

 居酒屋「のむらや」、麻薬の発生源こそ突き止められなかったが管理局に輸出される主だったルートは全て潰し、俺達対策チームは打ち上げをしていた。数十人の管理局員で予約を入れた今日の「のむらや」はその一角がほぼ貸し切り状態だ。

 なお対策チームに参加していたヴィータさんファンの一部がチンクのファンに回ったせいか、乾杯の音頭は彼女の名前であった。当の本人は「恐縮です」と小さくなってノンアルコール飲料を手にしていた。呑んだ事がないので、万が一にも問題を起こしたくないとの事だ。律儀である。

 いつもより賑やかな「のむらや」で枝豆をつまんでいると、急に背中を強かに叩かれた。

 

「よっ、タロちゃん。元気してるか?」

 

「八神さんですか」

 

 あまり共に行動する機会はなかったが、彼女はこれでもこの対策チームで副官を務めていた。ルートの割り出しなどに大きく貢献していたのだろう。

労いの言葉をかけ、彼女とグラスを合わせる。米酒であった。

 

「……八神さん、味分かるんすか?」

 

「え、うん」

 

 きょとんとした顔をされた。人は見かけによらない。

 

「なのはちゃんはお酒あんまり呑まんし、フェイトちゃんはわりと口がおこちゃまよなぁ。でもほら、私は家に呑める人がおるから」

 

「ちょっと、お子様って」

 

 八神さんの言葉を聞き咎めたフェイトもこちらに寄ってくる。綺麗所二人だ、お近づきになりたい人間も多い――俺の周りは俄かに騒がしくなる。

 しかしこの空気、ネガティブになった俺には辛い。勿論そういうつもりではないだろうが、フェイトや八神さんを褒める言葉がそのまま「お前は場違いだ」という言葉に聞こえてしまう。実際、この中で一番魔法が苦手なのは俺だろう。

 

「すんません、八神さん。気分が悪いんでちょっと抜けさせてもらいます」

 

「ん、大丈夫なん?」

 

「すぐに戻りますんで」

 

 結局、俺はその場から逃げた。チンクは囲まれて凄い困っていた。

 「のむらや」のある路地から抜ければすぐ傍に公園がある。こんな夜中に子どもがいるはずないし、都市部に近いここではホームレスなんかも排除される。盛り上がったカップルなんかがいる可能性は否定できなかったが、幸い今は誰もいない。

 ベンチに座り込む。冷たい空気で頭が冷える事を願うが、中々そうはならない。ヴィヴィオに偉そうなことを言っても、俺もまだまだ割り切れないガキだ。

 

「タローさん?」

 

 かけられた声に振り向くと、そこにはフェイトが居た。何故、と思うもここに居る理由は一つしかない。抜けた俺を追いかけてきたのだろう。

 悔しい。少量だが頭に酒がまわっているんだろうか、フェイトの顔を見るだけで劣等感が刺激される。

 

「別に、宴の中心がこんなお情けで管理局員になれたような奴を追いかけてこなくても良かったのにさ」

 

 思わず憎まれ口が口を突いて出た。

 一瞬驚いたように動きを止めたフェイトは、しかしそこでまた口を動かす。

 

「……っ、そんなこと」

 

「あるよ、分かってるんだ。自分でも。実際、仕事はやれてる。でも騙し騙しやってるだけだ、魔法が苦手っていうのは致命的なんだよ。家族のおかげでちゃんと見てもらえただけだ、普通の人が通る杓子定規な試験じゃ俺は落ちてる」

 

 管理局で働く上で必要最低限の魔法は使える。だがそれだけだ。魔法のエリートが集う管理局にその程度で就職できる訳がない。俺は自分に評価される所がないとは言わないが、前提の時点で躓いているはずなのだ。

 

「タローさんにも、いい所はあるよ」

 

「なんだよ、慰めなら……」

 

「チンクを、すぐに受け入れてくれた」

 

 即答、だった。一瞬思考が止まる、その間にフェイトは俺の隣に座っていた。

 

「タローさんが知ってるかどうか分からないけどね。私と、なのはと、はやて。三人の中で全然普通の子っていうのはなのはだけなの。凄く才能はあったけど――それだけ。それだけの、普通に暮らしていれば管理外世界で普通に育っていた女の子」

 

 そうして間近で、微笑む。

 

「でもなのはは色々あった上で、私の事もはやての事も友達って言ってくれて、本当に何の含みもなく一緒に居てくれる。それがなのはの、一番凄い所だと私は思うんだ」

 

 そういう事を言うフェイトも十分に尊敬できる人間だと思うが、その言葉には言葉以上の想いが込められていると俺にも分かった。

 思わず黙り込む。フェイトの声は柔らかいが、有無を言わせぬものがあった。

 

「だからさ、タローさん。私は、悪い事をした人を叱れるけど同じだけちゃんと受け入れられるタローさんが好きだよ。……あっ、勿論恋愛とかじゃなく、友達とかの意味だからね?」

 

 照れたように言うフェイトから、やはり目を逸らしてしまう。

 そんなんじゃない。俺は昔グレていたし、死に掛けた所をわざわざ救ってもらったんだ。だから同じ分だけ誰かに返すのは当然の事だし、誰かを自分以上に恨む謂れもない。ただ、それだけなのだ。

 ちらと見ると、フェイトがこちらを窺っていた。

 

「……タローさん、その顔は『自分はダメだ』って思ってる顔でしょ」

 

「だって……その、もしそういう風に俺の性格が良くてもさ、落ちこぼれなことに変わりはないんだから……」

 

「もう」

 

 しょうがないなぁ、という風に溜め息を吐いて――フェイトは、便箋を取り出した。

 

「本当は全部終わってから伝えるつもりだったんだけど……今回の件はね、チンクの試験でもあったけどタローさんの試験でもあったんだ。あ、勿論仕事をきちんとやるのは当たり前として、その上での適性の見極めをしてほしいって」

 

 そこに書かれていた文字は『異動通知』。この流れならばフェイトのという事はないだろう。俺、なのか。

 俺は、どこだか分からないが――どこかで必要とされているのか。

 

「確かにタローさんが管理局に入ったのはコネのおかげかもしれない。なのはに出会えたのも、ただの偶然。でも、今からでも遅くないと思う。その全部に自信を持てるように、頑張れば……って、えっと、ちょっと偉そうだったかな?」

 

 はにかむフェイトの手から、その異動通知を受け取って。

 この日から俺は新しい一歩を踏み出したのだった。




長かった戦い(三話)よ、さらば!

この後にエピローグ的なものが入って第一部終了です。第二部はぴょーんと飛んでvivid辺りの時間軸

どうでもいいですが、物語に直接関係ない誰が出てもいい所は友人にダイスを振って決定してもらったりしています。例えば八神家に出向く前に八神家の誰に出会うかとか、今回の話でナンバーズの誰と会うかとか。
ヴィータにチンク……俺の友人のダイスはロリコン(確信)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メリアーゼさんの事情・終

第一部エピローグ


 その日、初めに訪ねてきたのはチンクだった。

 もう既に部屋を片付けてしまっていたので机すら出せやしない。幸い買ってきていた缶コーヒーを彼女に渡し、寂しくなった部屋の中央に二人で座る。

 生活感のない部屋。引っ越し前なんてこんなものだ。

 

「それで、なんでわざわざ?」

 

 チンクとはそりゃしばらく一緒に仕事をしていたとはいえ、それほど親しい仲でもない。家を調べてまで会いに来てくれるとは予想外だ。

 ホットコーヒーを可愛らしく両手で掴み、チンクは顔を上げる。

 

「いやなに、打ち上げではほとんど話せなかったのでな。改めて礼と祝いの言葉を。栄転……のようなものだろう?」

 

「あぁ、まぁ……階級は上がったけどなぁ」

 

 あの日、フェイトから手渡された異動通知。その件を受けた俺は給料が上がり、階級も上がる。めでたい事なのだろう。

 チンクも今回の働きが認められ、そろそろ隔離施設からお勤めご苦労様となるようだ。今は身元引受人などの問題をどうするかという段階らしい。

 

「そちらとしては普通に仕事をしていただけだろうが、それでも私は感謝している。普通にしてくれた、その事にな」

 

 あなたが街を守るというなら否はない――そう言いながら、チンクはコーヒーをこくりと嚥下する。

 そう、俺の新しい仕事とは街を守る事――と言ってしまえば今までと同じなのだが、現場から裏方に回る事になる。

 

 街を余さず知っている事。魔法に舐められない為の純非魔力格闘技。パルクールを応用した特殊な移動法。小規模な魔法で戦闘を進める方法。真正面から戦うに当たっては評価されないこれらが評価され、俺は新たに設置される部署の教官役となる事になったのだ。

 管理局の人手不足を、より強い者を掻き集めるのではなく今まで戦力外だった者で補うプラン。上で案は出ていたらしいが、ここにきてようやく本格始動の準備を始めるらしい。

 これがうまくいけば俺のように魔法が得意でない者が細かい穴を埋める事になり、現在そこでの業務にあたっている人間が別の仕事に就けるという訳だ。凶悪犯罪なんかは専門のチームがあるので、末端に過剰な戦力は必要ないのだ。

 

 まぁその為には俺の戦術を体系立てて人に教えられるよう、整えなければならない。しばらくは魔力のない世界で戦闘技術を見てレポートを書いて、それを本部の人と擦り合わせながら自分にトレースしていく作業だ。研修扱いの出向となり、まぁ年単位でクラナガンどころかこの次元世界を離れなければならない。

 

 それでも、やろうと思った。自分に自信をつけて、それで――

 

「それでは、ごちそうさま。また会おう、タローさん。今度は綺麗な身でな」

 

 そう言って帰っていった彼女の顔には希望が満ちていた。きっとうまくいくだろう、彼女も彼女の妹らも。

 

 

 

 それから、通話魔法でいろんな人に挨拶をした。

 世話になっていた同僚、上司。離れていた義両親や兄貴。八神さんやフェイト、ティアナ――まぁ、その辺りだ。

 そうして最後になのはちゃんのお宅にと思ったのだが。

 

『は、はい。タロー先生ですか?』

 

 通話に出たのはヴィヴィオだった。予想していたのと違う子供の高い声に一瞬驚くが、しかしそりゃそうだ。今はまだ日も落ち切っていない頃、なのはちゃんもいつも定時に帰れるわけじゃない。

 さてどうしようかと思案していると、先に話し始めたのはヴィヴィオだった。

 

『あ、あの。先生、行っちゃうの明日なんですよね……』

 

「あー……まぁ、そうだね」

 

 彼女には事前に、『最後の魔法訓練』となった日にその事は教えている。最後まで教えられず無責任な事をしてしまったのだが、彼女は少し寂しそうに、でも笑って俺の昇進を喜んでくれた。

 思えば、あの頃は環境が変わるなんて思ってもみなかった。ずっと境界捜査の人間としてこの街で細々とした事件を片付けて、それで歳とって定年退職するもんだと思っていた。人生、色々あるもんだ。

 

「えっと、俺は変に癖がつかないように基本だけ教えてきたつもりだからこれから新しい師匠を探すといい。学校でも部活動とかあるだろ? そういうのでもさ」

 

『はい……』

 

 声には元気がない。そりゃそうだろう、自惚れるつもりはないがそれなりに身近だったつもりはある――子どもの一年は、長いのだ。次に会った時にはもう俺の事なんか忘れてしまっているかもしれないが、少なくとも今はとても重苦しい痛みに襲われているのだろう。

 まぁ、そんな経験をして子どもは大人になっていくのだ。出来る事ならば、忘れずに再会の喜びも味わってほしいけれど。

 覚えていてほしい、そういう欲が出た。だから。

 

「ヴィヴィオ――いい女になれよ」

 

 出来るだけ渋い声で言ってみた。

 

『ふぇっ!?』

 

 そのまま通話を切る。よし、これで面白い大人というイメージは確保できただろう。

 と、そこで。ポンと腰を叩かれる。

 

 

「おめぇ、なのは相手じゃなければそういう事言えるのな……」 

 

「うぉ、ヴィータさん。勝手に入ってこないでくださいよ」

 

 ヴィータさんだった。仕事帰りなのか、制服のまま呆れたように腰に手を当てている。どうにも呆れているのは俺にのようだが。

 だが勘違いしないでほしい、女性にこんな軽口を叩く俺ではない。子ども相手だから出来るのだ。ちなみにヴィータさん相手でも出来る。

 

「勝手も何も、あんまり女性を待たせるもんじゃねーぜ」

 

「ははっ、それは申し訳ない事をしたね僕の胸で温めてあげるよレディー」

 

「うぜぇ」

 

 出来るのでやってみたが、やっぱり一蹴された。受け入れられても困る。

 

「とりあえず、ほら。外でなのはが待ってるぞ。それ言いに来たんだ」

 

 ほら、あたしは缶コーヒー買いに行くからさ――と、ヴィータさんは部屋から出る。

 あぁ、うん。家に帰ってないと思ったら、寄ってくれたんだな。そうかそうか、うん。

 自分でも身体がぎくしゃくしているのを感じつつ、外に出る。道路脇に停まっているのは紛れもなくなのはちゃんの車。

 そこに、いた。車に背を預けて、歩道側でなんとはなしに空を見つめている、その横顔。俺に気付いて手を振る彼女。咄嗟に振り返す俺。

 

「ごめん、ちょっと電話してて」

 

 彼女の前に立った俺の第一声がそれだった。挨拶するでもなくまずそれだ、いかに自分が気弱になっているか実感してしまう。なんというか、ダメだ。

 今日この日、彼女がわざわざここに来てくれた。そんな俺の想いを知らずに、なのはちゃんは苦笑する。

 

「うぅん、こっちこそ連絡もせずに来てごめんね。びっくりさせてやろうって、ヴィータちゃんが」

 

 ありがとうヴィータさん。心の中で彼女を拝んでおく。

 

「タローさん、えっと、なんて言っていいのかわからないけれど……頑張れっ」

 

 そう、彼女は言ってくれる。

 それはとても温かい言葉。でも、それだけじゃダメだ。俺はずっと彼女に憧れてきて、憧れているだけだった。それは、温かいぬるま湯。それはそれでいいんだけど、今の俺はそれで満足してはいけない。

 自分の劣等感を、超えるために。そうして自分で自分を認めて、いつか精神的に彼女と並ぶために。

 

「ありがとう……あのさ」

 

 覚悟をする。一つの、大きな覚悟。

 結果に対してハードルを設けてみようという打算が一つの理由。そしてもう一つの理由は――彼女の笑顔に耐えられなくなった、心臓の鼓動。

 

「もし、待っててくれるなら。俺の事、覚えててくれるなら。帰ってきた時に話があるんだ。覚えておいてほしい」

 

 顔が熱くなるのを感じる、それでも目は逸らさない。ここで真正面から見つめられずして、自分の恋心を認められるはずがない。

 なのはちゃんはと言えば、すっと迫ってきて。

 

「忘れるなんて、そんな事ないよ! タローさんの事、この約束、ちゃんと覚えてるから」

 

 絶対に分かってないんだろうなって、そう思ってしまう無垢な反応。

 でも、だからきっと、俺はこの子の事が好きなのだ――走り寄ってくるヴィータさんを見ながら、そんな事を思って。その日は、その年は、そこで手を振って別れた。

 

 次の日――俺はクラナガンから旅立った。

 

 

 




俺「一体何が始まるんです?」俺「大惨事ロリっ娘大戦だ」
相変わらず友人のダイスがあらぶった結果と、自分のプロットの不備?によりロリだらけになりました

大層遅れました。小説家になろう様での別名義が盛り上がってしまい、これからこちらは大分不定期になります

これで第一章終わりです。なのはさん本気出したでしょ! ほらね! インド人嘘つかない!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:男の夢

次の話まで間が空くのと、あとなのはちゃんヒロインポイントを溜める為の話


 目が覚めると知らない部屋だった。乱雑で、狭くて、ベッドには天井が付いていてその天井が低いのだ。

 寝惚けた頭でそこから顔を出してみると、なるほどベッドは二段ベッドだったと気付く。そうして見渡せばそこにいるのは

 

「ん、おぉタロー。起きたか」

 

 着替えている途中なのか、上半身が裸のザフィーラさんだった。筋肉質なその身体は、実用的な面から見ても肉体美的な面から見てもレベルが高い。尊敬できる身体である。見事な逆三角形だ。

 下半身は何やら見慣れない黒一色のスラックス。俺が観察している間にも、ザフィーラさんは手慣れた様子で白いシャツを羽織りボタンを次々留めていく。礼服、なんだろうか。

 

「ザフィーラ、さん?」

 

「なんだ、堅苦しいな。先輩、でいいと言ってるだろう」

 

 そう言ってワイルドに微笑むザフィーラさんは、なんだかいつもより距離が近い気がする。

 最後に、シャツの上にザフィーラさんがもう一枚重ねて着たそれを見てようやくピンと来る――それは詰襟。ブレザータイプのものを着用する軍学校に通っていた自分には馴染みのない、一般的な詰襟の学生服であった。

 

 そうして朝から情報を集めた所によると、俺は凛々駆(リリカル)高校に通う高校二年生であり、今は寮暮らしで部活の先輩であるザフィーラさんと相部屋だという事だ。鏡を見てみれば、ご丁寧に顔の印象が若くなっている気がする。それほど自分の顔を見る機会がないので定かではないけれど。

 訳が分からないが、とにかく今の俺はごく一般的な、魔法の存在しない世界の高校生らしい。釈然としないものを感じるが、まぁこうなってしまった原因を探るにもこの世界について知らなければならない。なのでザフィーラさんについて学生生活をしてみる事にした。

 まずは朝食だ。学生寮から少し離れた所に食堂があるらしい。

 

「おーっほっほっほっほ! 生徒会長のお出ましやでー!」

 

 道すがら、なんだか聞いた覚えのある関西弁と聞いた覚えのない高笑いが聞こえた。

 なんだかあまり見たくないものが見えそうだったのでぐりんと顔を別の方に向けたが、否応なく周囲の声が耳に入ってくる。

 

「あぁ! 生徒会長のはやてさんだ!」

「リンディ理事長やクロノ先生らとの黒い噂もある、一年にして生徒会長になった八神はやてさんだ!」

「友達と三人並ぶとおっぱいがないはやてさんじゃないか!」

「ついでに身長も!」

「あと色気!」

 

 野次馬が好き勝手言っていた。初めはきらきらと髪をなびかせてスルーしていた八神さん(見てしまった、まごう事なき八神さんだった)だが、言葉を重ねるごとにぷるぷると下を向き、最後にはずどんと落ち込み立ち止まってしまった。

 はぁ――と。溜め息を吐くのはその隣に並んでいたヴィータさん。

 

「お前らなぁ、本人を目の前に何好き勝手言ってんだよ……あたしも、生徒会会計として怒るぞ?」

 

「YEAAA! ヴィータさんだ!」「ちっちゃくて可愛い! ヴィータさんだ!」「守ってあげたい! ヴィータさんだ!」

 

「ちょ、待てモブ共! 私の時となんでそんなに対応違うんよ!」

 

 怯えてぷるぷるなってるヴィータさんをモブ男達から庇いながら叫ぶはやてさんは、なんというか見ていて痛々しかった。

 次の溜め息は俺の隣のザフィーラさん。

 

「場を収めてくる。悪いが朝は一人で先にいってくれ」

 

「大変ですね……」

 

「まぁ、こんな時の為に俺も生徒会にいるんだからな」

 

 どうやら八神家は生徒会らしい。なんとなくこの世界が楽しみになってきた。

 さて、場所さえ分かれば俺だって食事ぐらいはとれる。財布も、この制服に着替えた時にきちんと用意出来ている。

 同じ制服の群れで賑わう食堂を抜け、なんとか食券を買って食事を手に入れる。特に何が何なのか分からなかったので朝の定食という奴だ。白米にミソシルに魚の丸焼きかこれは……中々珍しい食事。

 

「あ、おーい!」

 

 どこか座る場所はないかと探していると、喧騒の中それを超えるぐらいの大声が耳に届いた。

 その声を聞き間違えるはずがない。目を向ければ、控えめに手を振るなのはちゃんとフェイトがいた。彼女らもまた学生服、セーラー服という奴だ。白く清楚な雰囲気のそれを、とりあえず目に焼き付ける。

 ふぅ、眼福。という事で彼女らの方へと向かった。幸い、隣の席はまだ空いているようだ。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

 隣席を譲ってくれた事にまず礼を。微笑むなのはちゃんの前には俺と同じメニューが並んでいた。見れば、フェイトもそうだ。流行っているのかもしれない。

 腰を下ろし、そこでなのはちゃんが微笑む。

 

「今日はザフィーラ先輩と一緒じゃないんですね、タロー先輩」

 

 ――椅子から滑り落ちた。

 

「だ、大丈夫ですか先輩!?」

 

 ――プレートをひっくり返した。

 

「ひ、ひいいぃい!?」

 

「な、なのはは何か拭くもの借りてきて。私が何とかするから」

 

「わ、分かった!」

 

 先輩、と。その程度が何だと思っていた。先輩、後輩という言葉には学生生活の中での階級を表す意味しかない。そんな無味無臭なものだと――そう思っていた。

 彼女の口から紡がれる先輩という言葉。そして視線に籠もる、いつもと同じく目上の人間に向けるものなんだが少し気安くもまたそこから一段下にいるような今までにない距離感。仲が良いんだけど、埋まる事がない小さな小さな段差がある。年齢、学生だから気にするたった一つの年齢差。その分だけ、なのはちゃんの心の視線が俺を見上げる形となる。それが結実した、甘さと遠慮の入り混じった――先輩、という響き。

 も、萌えっ。

 

「慣れてください、先輩」

 

 声をかけてくれたのはフェイトだ、こちらの「先輩」には何とか耐える事が出来た。やはりなのはちゃんだから俺の心にクリティカルヒットするのだ。

 だがしかし、慣れてとはどういう意味だろう。なんとか自分の身体を持ち上げて彼女を見れば、何故か眼鏡を掛けていた。先ほどから掛けていたのだろうが、俺の目はなのはちゃんに釘付けだったのだから仕方がない。

 しょうがないな、という目でフェイトは言う。

 

「なのはが部活のマネージャーになって近くで話せるようになって……舞い上がるのは分かりますが、他のファンクラブの人への示しがつきませんからね」

 

 その言葉で察する事が出来た。恐らく、俺とフェイトの関係は元の世界と同じなのだ。俺がなのはちゃんの事を好きだという事を知っている、ファンクラブの元締め。

 彼女に助け起こされる。眼鏡を掛けているが、力がないという訳ではないらしい。まぁ眼鏡を掛ければ文化系というのも偏見が過ぎるかな。

 

「あ、う、うん。気をつける」

 

「……言って、おきますけれど」

 

 フェイトが俺の身体を支えたまま――後ろから囁く。

 

「なのはと付き合うんなら、私に一声かけてくださいね」

 

「ブフォ!?」

 

 なのはちゃんが雑巾を持って走り寄ってくる中、俺はもう一度床を汚してしまった。

 

 とりあえず聞き逃していた訳だが、フェイトはなのはちゃんが「部活のマネージャーになった」と言っていたのだ。

 つまり。

 

「はーい、まずは柔軟からって先生言ってましたー! 私はここで見ているので、何かあったら言い付けてくださいね!」

 

 暑苦しい男ばかりが集まったグラウンドの隅、整列する筋肉の前に女神が光臨した。

 勿論、なのはちゃんである。袖をめくり上げた安っぽい学校指定のジャージ、その健康的な姿。輝く笑顔にに気合いが入っているのは、フェイト曰く最近入ったばかりだからなのか。

 とにかく、頑張らない訳にはいかなかった。ザフィーラさん達先輩とは別れた場所で二年が纏まって柔軟をするのだが、顧問が先輩方にかかりきりなのでこちらはマネージャーがついてくれるのだ。至福。

 全員で声を合わせていつもの柔軟運動。……なんでいつもの動きというものが出来るのか、それは分からないがとりあえず運動を続けていたのだが。

 

「タローさん、いつもより身体固くないですか?」

 

 なのはちゃんが近づいてきた。健康的な二の腕まで見えようかという所まで袖をめくった、いつもとは違う雰囲気のなのはちゃんが近づいてきた。学生らしい、ある種無防備ななのはちゃんが近づいてきた!

 後ろに回った彼女にされるがまま、その両腕で背中を押される。掌の形の体温が、確かに伝わってきた。

 

「い、いつもって」

 

「私が前に見学に来た時は、もっと凄かったと思うんですけども……」

 

 手に取るようにわかる、その時の俺は絶対になのはちゃんに良い所を見せようと頑張っていただけなのだ。特に意味のない柔軟にまで気合いを入れて!

 ぎゅっと押される身体。痛みはそれほどない、元々そこまで無理はしていないのだ。

 

「む……」

 

 それを察したのか、なのはちゃんは手どころか腕を押し付けて体重をかけてきた。

 

「こ、これぐらいで……」

 

「うん、そろそろ限界かな」

 

 と、俺としてはもういいよという合図のつもりだったのだが。

 なのはちゃんは、まぁ俺の声に余裕があったからだろうか、ムキになったようでさらに体重をかけてくる。ぐっと押し込み、そしてそろそろ痛みを感じようかという所で、両腕の間の間隔が開き

 

「ふ、ぅんっ!」

 

 掛け声とともに、なのはちゃんは俺の背に身体ごとのしかかった。全面から、身体ごと。

 つまり、胸が、背中に、当たって

 

 

 

「いてて……」

 

 首が痛い、ベッドから転がり落ちたのだ。無理もない、この大時化なのだから――海は魔物だ。いつこの命を奪おうと牙を剥くか分からない。

 いい夢だった。つかの間の、とても幸せな夢。もうなのはちゃんと分かれて一年ほど経っているのに未練な事だ。

 なのはちゃんの写真などは持っていない。だが、頭に刻み込まれた彼女の顔は片時も忘れた事がない。そう、俺はあの子に釣りあうような男になって、きちんと告白するのだ。振られる事になろうがなんだろうが、やってやるのだ。

 

「よし」

 

 だから、その為にも自分の技術を磨いて仕事の出来る男にならなければ。

 待っていろよ、デビルダイオウイカ――貴様を釣り上げ、俺は男として一段上のステージへと昇ってやる。




 オリ主はこんな風にあらゆる次元世界で過酷な修行を積んでいます。ところでデビルダイオウイカって何なんでしょうか。
 以下今回の設定という名のネタ、無駄に長い

『ギャルゲー:凛々駆高校設定集』
「高町なのは」
 主人公の所属する部活のマネージャー。チャレンジャーであり中学時代までは女子サッカー部で活躍していたのだが、それがない高校に進学したのでマネージャーを始める事になった。その実力は折り紙付きで、男子でも中々敵わない。
 朗らかで素直な性格なので、彼女と共に切磋琢磨していけば自然とルートは確定する。

「フェイト・T・ハラオウン」
 理事長の義理の娘。なにやら辛い過去があるらしいが、それを感じさせない穏やかで綺麗な少女。友人であるアルフが図書委員をしていて、よく図書館に入り浸っている。その際は眼鏡を掛ける。
 友人としては親しくなりやすいが常に他人に一線引いているため、彼女の親友であるなのはとの関わりが攻略のカギ。

「八神はやて」
 障害を負っていたが、奇跡的な回復をし高校生活を楽しんでいる少女。底抜けに明るく時に独善的に見えるが、その実一歩引いた視点からいつも皆を見守っている女神である。はやてちゃんかわい(ry
 実力で勝ち取った生徒会長の座、しかし疑念は尽きない。生徒会に入り彼女をサポートしてあげよう。

「ヴィータ」
「シャマル」
「シグナム」
 生徒会に所属する、はやての脚が動かない頃からの友人。その時の事を引きずっているのか、皆一様にはやてには過保護気味。おい年齢に無理がある奴一人いるよねって言った奴出てこい。
 生徒会ではやてをサポートしていると彼女らと関わる機会も自然と出てくる。その中で交流を重ねよう。

「中島スバル」
「ティアナ・ランスター」
 中学生であり、選手としてのなのはに憧れている二人。スバルは今のなのはを応援し、ティアナは選手を止めて高校進学したことを「逃げ」と感じている。大の仲良しの二人だが、最近は溝が出来ているらしい。
 なのはと仲良くなると二人とも知り合う事が出来る。彼女らの仲直りに一肌脱いでやろう。

「アルフ」
 図書委員をしているフェイトの友人で幼馴染。その溌剌とした見た目からは想像も出来ないほど本の虫で、図書委員長であるユーノを尊敬している。
 彼女もまた素直なので、フェイトと仲良くし彼女の話をきちんと聞いてあげれば距離は縮まっていく。

「カリム・グラシア」
 お嬢様学校に通うはやての友人。カリムはインターネット上でのカリスマで、はやてともネットで知り合った。自分の言葉が他人に影響を与える現状に戸惑いを覚えると共に、本心が中々伝わらない事にもどかしさを感じている。
 はやての友人として出会う事が出来る。彼女の世界に対する思いと真摯に向き合う事が重要だ。

「ザフィーラ」
 主人公の部活の先輩であり、生徒会の一員。武骨な武人気質ではあるが交友関係は広く、彼と共に歩くだけで交友関係は広がってゆく。そのたくましい筋肉はゲームを始めてすぐにCGで拝む事が出来るぞ!
 基本的に彼を攻略する選択肢はないが、部活を真面目に続けることで実は……?

 こんなん書くのに深夜に船漕ぎながら一時間ぐらいパソコン触ってました。俺は何をやっているんでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少し経って
ストラトスさんと喧嘩


新章です!!! それに伴い新しい原作キャラクターも出ますよ!!! 一体誰でしょうね!!!

\タイトルによる圧倒的ネタバレ/


 長旅だった。

 というか、本当に長かった。二年もこの世界から離れていたのだ。今更ながら筋肉がついて背が伸びたように思うし、異文化コミュニケーションのおかげで色々と自信もついた。中々稀有な体験だったと思う。

 しかしジャングルで未開種族と共に狩猟をし謎の触手を食べたり、武闘大会で優勝して姫に求婚されたり、なのはちゃんの故郷の世界でものすげぇ人達に揉まれたり……色々あったなぁ。生傷が増えてしまったし、右腕を斬り落とされて断面が綺麗だったからと縫合してなんとかなったのも記憶に新しい。

 まぁ、そんな訳で。タロー・メリアーゼはこの度ようやく管理局本局勤めに復帰したのだった。

 

 とは言っても新しい職場に配属されるのは数日先だ。スケジュールを調整し、その世界にたまたま来ていた時空航行戦艦に同乗させてもらうよう上申して通ったので今日帰ってきたのだ。家族に頼んで新しいアパートの部屋を借りてもらっているが、やっぱり自分でないと整理やその他は出来ない訳だし、その時間が欲しかった。

 まぁそれ以外にも、一番大きな理由があるんだけど。

 

「おばちゃん、適当にお願いできるかな。お祝いの花なんだ」

 

「あらま、タローちゃん。お久しぶりねぇ」

 

 クラナガンは俺の庭、という言葉を撤回するつもりはないがやはり久しぶりだと街並みも変わる。夜道に灯る明かりも増えているように思えた。流石にクラナガンの街並みまでわざわざ異世界に送ってもらう訳にはいかないのでこの二年の発展は把握していないのだ、また非番の日に散歩をしなければいけない。

 夜空を見上げる。流石と言うべきか、管理局のお膝元として魔力で発展したクラナガンは都会だというのに星が見える。

 そうしている内、花屋のおばちゃんが花束を作ってくれた。詳しくないので種類は分からないが、この人に任せておけば間違いないという信頼がある。昔から頼らせてもらってるので。

 

「この時期となると、新しい人でも配属されたのかい?」

 

「いや、知り合いの子が進級したんだ。それで、しばらくクラナガンからも離れてたから再会の挨拶を兼ねようと思って」

 

 そう、ヴィヴィオが今年で初等科の四年になるのだ。正直なのはちゃんの家に行きたいという下心がない訳でもないが、純粋にヴィヴィオとの再会を優先する気持ちもある。大人との付き合いと違って、子どもには分かりやすく接した方がいい、と思う。

 なのはちゃんには既に電話を入れてある。普通にフェイトと一緒に三人で家に居るらしいので、遅くなり過ぎなければいつ来てくれても構わないとの事だ。というか、フェイトもこんな通い妻みたいな事してるからレズの噂が加速すると思うんだけど、まぁ本人が満足そうだから何も言わないでおく。あくまで友達、同じベッドで寝ても友達、そう主張してるから、うん。

 おばちゃんに礼を言い、夜道を歩く。バスを利用しても良かったのだが、先ほど考えていた通り俺はこの街を把握しなければならない。そうなるとやはり自分の足で歩きたい。いざとなれば走ればいいしね。

 

「~♪」

 

 久しぶりの街は変わっている所もあるとはいえ、やはり懐かしい。自然とリラックスしてしまう。

 そうしてふらふらとしている内――この二年で無駄に鍛えられた聴覚が、夜の静寂を切り裂く異音を捉える。魔法の音だ、これは。そして打撃音。

 急に冷や水をかけられた気分だ。これが夜の街で仲睦まじくストライクアーツの訓練をする二人ならばいいが、この近くに開けた場所なんてなかったはず。道端での酔っぱらいの喧嘩か、見世物試合でもやっているのか、はたまたもっと気分の悪い事か。なんにせよ、非番とはいえおまわりさんが見逃していい事じゃない。

 勿論、そちらに向かう。近づくほどに打撃音が激しくなっていき、そして止まった。

 

「……決着がついたか?」

 

 現場であろう場所に辿り着きひょこりと顔を出す。倒れているのは見覚えはないが、筋肉量から見て恐らく武道を嗜んでいるだろう男。

 そしてその前で腰を落とし残心しているのは、まだ年若いだろう少女だった。二房に髪をくくった、豊満な肉体の少女。ティアナ達よりさらに少し若いか。

 特に気配は隠していない。察したか、少女が振り向く。その顔の上部はバイザーに覆われ、口元しか窺えない。

 ただの喧嘩ではないだろう。だが断ずる事は出来ない。とりあえずと、彼女の前に歩み寄る。

 

「えっと、喧嘩? あ、俺、一応管理局員なんでさ、もしこの人を殴り倒したのが君なら出頭してもらわないといけない。そうじゃないなら、身分を提示した上でこの人を病院に連れていくまで手当を手伝ってくれないか?」

 

 勿論、この言葉を無警戒に言う俺ではない。言葉の途中で殴りかかられようが対処は出来るようにしてある。

 しかし彼女は全くの静。俺の言葉が終わるのを構えを解きながら待ち、そして一言。

 

「見逃していただけませんか」

 

 確定だ。

 この少女は自白をした。通り魔だかストリートファイターだかにしては随分と紳士的だが、それだけで罪がなくなる訳ではない。殊勝な態度してそれでオッケーなら世界に次元管理局はいらんのだ。

 

「捕まるほど悪い事をしている、という自覚があるんなら自首するべきだ。大丈夫、多分君が思ってるほど悪いようにはされない。道端の喧嘩ぐらいなら注意だけで」

 

「あなたは」

 

 次は強く、言葉が遮られる。これ以上説教を聞く必要はないと判断したか。

 

「あなたは、格闘術を知る者であるとお見受けします。それも腕利き」

 

「……。まぁ、人並み程度には」

 

 さて、これは困った。俺は出来るだけ警戒させないように近づいた訳だし、外見もそう強そうじゃないと自覚している。つまりこの子は、そういう表面上の所を取っ払って相手の強さを感じ取れるだけのセンスがあるという事だ。そしてそういうセンスを持ってる奴は大抵強い。

 この子は何歳なのだろうか。まだまったくの少女と言える歳で、どれだけの高みにいるのだろうか。

 

「お手合せ願います」

 

「やだよ、捕まえに来た方が喧嘩してどうするんだ」

 

「では、あなたが何もしないのであれば私は逃げます。どうしますか?」

 

 結果は同じ、という事か。溜め息が出る、それと共に目の前の少女が構えた。腰を落とし、片手を引き片手を前に出す。なるほど、魔法格闘戦術(ストライクアーツ)使いである事は間違いないようだ。

 だがそれは朗報。空を飛ばれてしまってはこちらも対処法が限られる、どれだけ強かろうが殴り合いの方がまだこちらに分がある。ナカジマさん家のウイングロードとかは別にして。

 ヴィヴィオに渡すつもりだった花束を放り投げる。あぁ畜生、勿体ない――思いながら、身体は自然と構えを取った。

 

「ハイディ・E・S・イングヴァルト、参ります――」

 

 名乗りを上げるとは律儀な事だ、と思っている内にも彼女は踏み込む。

 魔法の無い世界で学んだ事だが。一般的に格闘と言うのは体格が大きく力が強い者が勝つのであり、ルール無用の戦いならばともかく正面からやりあうのであれば技の差など体格に比べれば小さな差であり、だからこそ年齢・性別・体格で試合の枠組みが決められるのだという。勿論、例外というものはあるが。

 だが魔法世界ではその法則は当てはまらない、という事を彼女は鮮烈に思い出させてくれた。身体強化魔法はその技術次第で体格差を簡単にひっくり返すほどの身体能力を得る。

 

「――っ!」

 

 一目で分かった、この少女の技は魔法格闘の観点から見て達人の域だ。踏み込み、突撃する――ただそれだけの行動、対するこちらの手は限られている。

 以前、ザフィーラさんとの魔法無しでの手合せでは体格差で圧倒された。しかしこちらが体格で押せるかと言えばNOだ。彼女は小手先の動きで抑え込めるほど柔な攻撃はしてこない。

 

 時間が引き伸ばされていたような感覚。しかし数m離れた彼女がこちらの懐に踏み込むのに一秒もかかっていない。俺の答えは、直前まで動かない事だった。

 そうして最後の一歩、拳を突き込もうとする動きに合わせてこちらも一歩斜めに踏み込む。

 

 少女の瞳、逡巡が見て取れる。しかしそれもやはり瞬にも満たない時間、引いた拳をそのままに踏み込むの為の一歩を軸足に再構築、蹴りが放たれた。小さな動き、あわよくば足を取ってやろうと思っていたがそこもきちんと考えている。

 痺れる痛みを脇腹に受け、しかしこちらも一歩踏み込んだ。タイミングをずらした腕は拳として放つには威力不足、そしてもう一度踏み込むには時間がかかる。短い時間だがこちらのチャンス。

 

 こちらのチャンス、という事は向こうのピンチ。少女はやはりそれを把握している。こちらの手が動くのをきちんと見ている。このまま引き倒す事も考えたが、隙の大きい動きでは手痛いカウンターを食らわせられそうだ。

 結果、しばらくは向こうもこちらも小競り合いになる。お互いいなされる事は分かっているが、大きな隙もない拳の応酬。大の男が少女を前に何とも情けない事だ。

 

 そしてしばらく。少女は大きく距離を取り、こちらもまたそれを追いはしない。肩で息する少女は息を整え、口を開く。

 

「どうして。手加減をするのですか」

 

「いや、そんな余裕ないけど」

 

「あなたは常に私の拘束を狙い、顔や腹など致命的な部位を狙いません。そして魔力強化もおざなり……これでは、こちらとしても小競り合いに終始するしかありません」

 

「正義の管理局員なんでね。俺は君を殴り倒す事じゃなく、無力化する事に全力だ」

 

 そして身体強化の方についてはごめんなさい、俺の技術が追いつかないだけです。

 しかしそれで小競り合いの終止するしかないとはつまり、『大技を放つと大怪我をさせてしまうかもしれないので使う訳にはいかない』という事だろう。なんというか、相変わらず律儀な通り魔だ。

 

 俺は修行を重ねてきたが、それは結局魔法無しで魔導士を倒す奇跡の武術なんかじゃない。一人でも時間稼ぎする方法、集団で囲んで無力化する方法、油断した相手を一撃でノックアウトする方法、そういうのが主だ。空戦相手以外なら護身術の延長線上にあるようなものでしかない。

 俺の作り上げてきた力は、一対一の喧嘩で真価を発揮するモノではない。

 

 少女がバイザーを外す。知性的な瞳は紺と青の光彩異色、奇しくもこの少女に出会わなければ今頃再会していたであろうヴィヴィオと同じ特徴だ。

 そして少女は俺を睨んだ。バイザー越しでは伝わらないとでも思ったのだろうか。その感情は恐らく苛立ち。

 

「私が少女だからですか? 遠慮は入りません、顔も腹もどうなろうが構わない覚悟で戦場にいるのですから。それで加減をされる方が私は侮辱されている気持ちになります」

 

 戦場、侮辱。随分と時代錯誤な子だ。

 これは危険だった。この子自身も、この子の相手をする事になる人も。憂さ晴らしやキレる十代青春のストリートファイトではなく、これを戦場での決闘と言い切るのなら。この子はいつか、取り返しのつかない大怪我をする事態を引き起こしてしまうだろう。

 止めなければならない。若い奴の歪んだ考えは正すのが、一回道を踏み外した先人の役目だ。

 

「分かった、来いよ。俺の全力を見せてやる」

 

 少女は頷き、そしてまた踏み込む。今度は直線的な突撃ではない、鋭く素早い歩法。

 だが俺のやる事は変わらなかった。向かってくる拳を無視して、襟首を掴む。

 

「!?」

 

 当然、腹部に衝撃。特有のずくずくした痛みと共に身体の中身が圧迫されるような奇妙な感覚を味わう。しかし手は離さない。

 当然、少女はまだ拳を放つ。姿勢は自由にならないとはいえそれも十分な威力だ。肩に、胸に、時には蹴りも。

 だが、手は離さない。

 

「なん、っで――!」

 

 これが俺の全力だと、示すように。手は絶対に離さない。隙あらば腕や足をとって拘束したかったのだが、こんな状況でも彼女はやはり隙を見せない。感覚が鈍る。隙を見つけなければいけないのに。

 こんな奴と殴り合いなんてしてやれない。だから捕まえてやらなくちゃいけないのに。

 

 そうして、いつ気絶したのか。俺が気が付くとそこはベッドの上だった。




相変わらず書く話ごとにジャンルが違う気がしますがラブコメです。これはラブコメです。なのはさんとラブるための話です。これテストに出ますんで。

タイトル形態は「事情」をやめて色々つけます。ストラトスさんの話はちょっと間を空けてからやるので、前編後編みたいな形には出来ないし。
次の更新を気長にお待ちください。案外すぐかもしれないですけど


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヴィヴィオと再会。それから……

割と遅くから書きはじめたら興が乗って夜更かししてます。何やってんでしょう
そんな訳で短めです


 そうしてなのはちゃんの家に辿り着いた俺。彼女は幼い頃からエース・オブ・エースとして働いているので、結構なものだ。年上の俺の方がただのアパートに住んでいるなんてちょっと恥ずかしい。

 甲斐性無しの男なのだ。俺は。

 

「それじゃ、ここまで送ってくれてありがと」

 

 ここまで車で送ってくれた境界捜査の元同僚に手を上げて挨拶する。帰りまでは悪いと言っているのだけれど、待っていてくれるらしい。ならあまり時間をかけずに終わらそうと思う。

 胸に抱いた花束は、買った時よりも少しだけボリュームダウンしていた。折角おばちゃんが見繕ってくれたのに申し訳ない。買い直す余裕もないから仕方ないが。

 甲斐性無しでもやりたい事はある。だから俺は今日の内にここに来たのだ。

 

 

 

「ヴィヴィオ、入学おめでとー!」

 

「わぁっ」

 

 と言う訳で。

 チャイムを鳴らした時、駆けてくる足音の小ささでヴィヴィオだと察して、ドアを開けたら顔いっぱいに花束が広がるようにしていた。まぁ、サプライズだ。

 しかし。俺の記憶にあるヴィヴィオよりも背が伸びていて、丁度彼女の胸辺りに差し出す形になっていた。これはこれでいいんだけど、ほんと、大きくなったなぁ。身体つきも随分と頼りない所が消えた気がする。鍛錬の成果かも知れないが。

 高町ヴィヴィオは、元気いっぱいに健やかに育っているようだ。

 

「あ、あの、タローさんですか?」

 

「うん、そう、俺タローさん」

 

 少し驚いたように、目を丸くして。反射的に花束を受け取ってヴィヴィオは一歩下がった。まだ状況が呑み込めていないようだ。

 それからようやく状況が呑み込めたヴィヴィオが最初にした事は、顔を赤らめてドアを閉める事だった。

 それから数十秒。まったく変わっていないように見えるが、肩で息をして何かをやり遂げたらしいヴィヴィオが再びドアを開ける。

 

「く、来るなら来るって言ってください! 久々なのにだらしない恰好で……」

 

「いや、そんなに今とも……」

 

「髪が乱れてたし! 今、私、部屋着だし! あ、う、もう……もう!」

 

 顔を赤くして叫ぶヴィヴィオを見て、まず納得がいった。ちょっと違うが、自分が子供の時と似てる。

 数年会っていない親しい大人に対して、自分がどれだけ『凄く』なったか見せたいのだ。自分の弱い所をみせずに強い所を見せて認められたいのだ。そういう子どもらしい感情。

 俺の場合は、というか男ならかっこよさとか強さだった。それが女の子だと身だしなみとかになるのだろう。少女が色気づく瞬間を見てしまった。なんかこう、目を細めて昔を懐かしみたい気分だ。

 

「ほんとごめん、ヴィヴィオ」

 

「電話してから来てくれたらもっとちゃんとした格好してたのにー!」

 

「サプライズしたくて」

 

「失敗です!」

 

 びしぃ、と指を突きつけられた。九歳児とはいえ女性への対応を誤ったのだ、落ち込む。

 やっぱり俺は甲斐性無しだ。

 

「……でも」

 

 俺はよほど情けない顔をしていたのか。ヴィヴィオがむっつりとした顔のままだが、花束を差し出して身を屈めたままの俺の頭を撫でた。

 

「気持ちは嬉しかったです。ありがとうございます、せんせー」

 

 そんな訳で、二年前に一年足らずの師弟関係だった俺達は、ようやく微笑みあったのだった。

 

 

 

「ヴィヴィオ、何して……っる?」

 

 そして、ヴィヴィオが中々戻ってない事にしびれを切らしたのだろう、なのはちゃんが現れた。

 久しぶりに会う彼女は、なんというか、落ち着きが増したように思う。歳を重ねた、なんて言うと失礼かもしれないけど。少女らしい格好もまだまだ似合うんだろうけども、こう、今着ているような地味な部屋着だって着こなせてる感じもするし。なんというか、本当に、うん、そうだ。

 綺麗になった。この言葉だけで事足りる。

 

「タローさん、久しぶり!」

 

「久しぶり、高町」

 

 伸びきってしまいそうになった鼻の下を引き締める。戒める。いかんいかん、気持ち悪い男になってはいけない。あくまで俺は、ヴィヴィオの先生でなのはちゃんの単なる同僚、せめてヴィヴィオの前ではそれを貫かないと。

 当のヴィヴィオはと言えば、自分の頭越しに会話が広がっているのが気に食わないようで飛ぶようになのはちゃんの傍に寄った。ほほえましい。

 

「連絡してくれれば多めにご飯作ったのに」

 

「そりゃ惜しい事しちゃった」

 

 まじでええええ手料理食えたのおおおおサプライズとか余計な事投げ捨てていれば最高だったじゃんんんん。

 なんて内心は隠す。いけないけない、久々に会ったせいで感情が暴走しがちだ。なのはちゃんにもじっと見られている気がするし。この本性暴かれたら生きていける気がしないぞ、俺。

 

「タローさん、なんかたくましくなってるね」

 

 うわああああ笑顔がまぶしいいいいい台詞にときめくうううううやめて顔がゆるんじゃうやめてえええええ。

 ふぅ、ふぅ。やばい、こいつは難敵だ。ジャングルの奥地に眠る秘法を守るガーディアンと一騎打ちした時よりも、なのはちゃんの前で平静を保つ方が難しいときた。男って馬鹿ねって言う悪女の気持ち、今なら分かる。

 息を整える。またまじまじとなのはちゃんに見られている気がする。やばい。

 

「い、いやさ、ちょっとトラブルがあって遅れちゃって。ホントはご飯前に来てさっと帰るつもりだったんだよ」

 

「でも、久しぶりに会ったんだからゆっくりしていっても……」

 

「色々あるからさ、手続きとか」

 

「そっか」

 

 ふぅ。普通に話す事が出来たぞ。

 だが、しかし。折角普通に会話出来たというのになのはちゃんの視線は俺から離れる事はない。

 

「ねぇヴィヴィオ、ちょっとタローさんと仕事の話があるの。中で待っててくれないかな」

 

 おかしい。仕事の話なんて、きまぐれに来ただけの俺とはあるはずがないのに。

 少し真剣な表情。ヴィヴィオはこちらを少し見てから、しかし何も言わずに廊下の向こう側へと消えていった。

 そしてそれを見送ってから、なのはちゃんは俺に向き直る。表情が険しい。

 

「あの、高町。仕事の話なんて」

 

「タローさん、見くびらないで」

 

 一歩。硬い声でなのはちゃんは俺へと距離を詰める。

 やばい。凄く真剣な場面なのに良い匂いがしてそれどころじゃない自分がいる。

 

「私だって戦場に出た事はあるんだよ。怪我した人がどういう身体の庇い方するか、分かるよ」

 

 す、と。彼女の、ただ綺麗なだけじゃない、意外としっかりした指が胸に振れる。避けようなんて思わないゆっくりとした動作で。

 瞬間、桃色の妄想をすべて吹き飛ばすような痛み。戦うと分かっての痛みと違って、こういういきなのには弱い。

 

「っ……」

 

「折れてはないけど、ヒビぐらい入ってるんじゃないの?」

 

「……まだ病院いってないから分からないな」

 

 観念する。

 ハイディ・E・S・イングヴァルトという少女から受けた傷は思ったよりも深かった。きっと彼女も感情の高ぶりと、魔力強化を得手としない相手に慣れていない事で手元が狂ったのだろう。それでも骨ぐらいなら魔法に頼れば結構すぐに治るんだけど。

 それでもすぐに病院に言った方が良かった事は間違いない訳で。真っ直ぐに見つめてくるなのはちゃんに対し、目を合わせる事が出来ない。

 

「どうして病院に行ってないの」

 

「……今日来ないと、意味がないと思って」

 

 ヴィヴィオが進級したのが今日だから。折角買った花が役目を果たせないのはかわいそうだから。

 そういうのは多分言い訳で、きっとヴィヴィオだけなら明日でもよくて。

 今日ここに来たのは多分、戻ってきて初めて自分から会いに行くのをなのはちゃんにしたかったから。言いたい事があるって約束を果たしに来るのは初日でありたかったから。そういう身勝手な思いが大半なのだ。

 なのはちゃんの目はいやに冷たい。それは俺の錯覚なのか、本当に彼女はそこまで怒っているのか。血の気が引く思いだ。

 

「病院行って」

 

「でも、俺、言いたい事……」

 

「行って!」

 

 多分押しのけなかったのは俺が怪我をしていたから。そうじゃなければ彼女はきっと、物理的に俺を拒絶していたんだろう。

 一歩下がったその瞬間に、なのはちゃんは扉をしめてしまう。

 

「今は絶対に話、聞かないから」

 

 扉越しの言葉は硬かった。彼女は今、どんな顔をしているんだろう。

 どんな顔をさせてしまったんだろう。

 

 

 

 元同僚に車で病院まで送ってもらった。怪我は結局、数日程度で完治するものだった。

 「男の意地ってのは女には分からんもんです。貫き通してかっこつけれなきゃ、そりゃただの男の恥ですよ」という彼の言葉が胸に突き刺さった。

 

「俺、カッコ悪ぃ……」




タローの同僚とは恋愛経験豊富の百戦錬磨、人妻から幼女まで惚れさせてみせらぁでおなじみのケヴィン・マクファーレンさん二十五歳です。誰だよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八神さん達とのみ

今回のお話にはキャラ崩壊を含みます(超今更


「――と言う訳で! な……っ、高町と仲直りしたいんだよ!」

 

 柄にもなく、一気に飲み干したジョッキをテーブルに叩きつける。座敷が揺れ、席についている全員の呆れた瞳が俺を射抜いた。それで少し冷静になる。まだ酔ってはいないし。

 居酒屋『のむらや』に、俺達は集まっていた。

 

「そんな無理しなくても、なのはの事なまえで呼んでもいいんだよ? 私達しかいないんだし」

 

 隣に座すのはフェイトだった。苦笑しているが、余裕の表情だ。フェイトと一緒にここに来るのは初めてではないので手慣れたものだった。ハラオウンの皆さんが日本料理を気に入ってるおかげで、フェイトもここの料理は口に合うらしい。

 

「せやせや。ほら、お姉さんに相談してみ」

 

 正面は八神さんだ。いやらしい笑みと共にぐいっと果実酒をあおる。お姉さんって俺の方が年上なんですけど、とか言えない雰囲気だ。彼女は普段から家事を割とこなす方らしいので(あの激務の片手間にだ、信じられない)、こういう所では余計にテンション上がるらしい。座ってるだけで料理出るのなら張り切って飲み食いするぞ、という感じで。

 

「相談はいいですけれど、あんまり呑み過ぎないでくださいね」

 

 そして斜めに位置するはティアナ。運転手役としてフェイトに連れてこられたのだ。上司に付き合う部下の鑑である。ちなみに俺がいない間にめでたく執務官となったらしく、それに合わせてか髪を降ろして以前よりぐっと大人っぽい印象になっている。

 遅ればせながら合格祝いとして香水とか送ってみたら、「こういうのって個人の趣味あるので、事前にそれとなく確認しておく方が……」と遠巻きに女心分かってないと言われた。ヴィヴィオとの件を思いだしてへこんだ。

 

 この四人が「タロー・メリアーゼお帰りなさい会二次会」の面子の全てである。一次会の方はちょっとお高い所で元同僚達が開いてくれた。皆俺の出世を喜んでくれる気の良い人達だったからな。でもある程度時期を見計らったのに全体の1/3しか参加できなかった辺り、いかに残業の多い仕事か分かるな!

 そんな訳で、この会には同僚達が勝手に俺の他の友人も招いてくれていた訳だが。学生時代のクレイジーな友達と再会したりして、まぁ色々とドラマがあった訳だが。

 

「なんで高町は来なかったんだろ……」

 

 そう、なのはちゃんが来なかった。断りの返事だけで理由もなかったという。

 時期的にあの件より後だ。あの後、新人育成の体制を整えるために色々と忙しかった俺はなのはちゃんに会えていなかった。会えていなかったがまさか、パーティにも来てくれないほど嫌われているなんて。

 

「そりゃ愛想つかされたんじゃないですか? さっきの話からすると」

 

 ティアナの言葉がグサッと胸に刺さる。

 先日の件は通り魔含めて、包み隠さず三人に話してある。つまりこれは詮索遠慮すべてなしの、まじりっ気なしの意見だ。へこむ。

 

「タローさん、自分で思ってるほど冷静な人じゃないですよ。変な所で意地を通そうとするって言うか」

 

 グサッ。

 フェイトがその裏で「あぁ、そういえばあの管理外世界でも……」とか余計な事を思いだそうとしていたり。

 

「しかも状況だけ見ると喧嘩に負けてるんですから。ほどほどの所で逃げて通報する、これが管理局員としての正しい姿なんじゃないですか」

 

 グサッ。

 はやてもまた「うわ、きっつぅ」と苦笑していた。苦笑せずに助けてほしい。

 

「……まぁ、それは全部終わった事ですし、多分直接なのはさんに関係ないと思いますし。これからの話をしますか」

 

 そこまで俺をめった刺しにしてようやく満足したのか、ティアナはすました顔でソフトドリンクを口に運ぶ。ゲソのテンプラをもぐもぐしてご満悦だ。

 

「まぁでも、時間が経ったら全部解決するっていうのは、ちょっと甘い考えとちゃうかなぁ」

 

「うん。タローさん、ちょっと虫が良すぎるかも」

 

 今気付いた、これアウェイだ。男一人で超アウェイだ。

 一番辛辣なのはティアナだが、他の二人もやんわりとながら俺を非難する所がある。まぁ当たり前の話だが、三人は俺よりもなのはちゃんの味方なのだ。

 まぁでも、なのはちゃんの味方だからこそこういう話に付き合ってくれるのだ。心が痛いのは、やらかした事への代償と思うしかない。ここ俺の奢りとか言われないかなぁ、男俺一人だけど給料は一番安いんだよなぁ。

 

「それで、なんで高町があそこまで怒ってるかって事なんだけど……」

 

 友達がどうでもいい無茶をして怪我をした、それだけの話のはずなのに。俺ならばまぁ同性ならばちょっとした笑いの種にして、異性なら心配はする。でもそれだけだ。本当に、会いたくもないほどなのはちゃんが怒っている理由が分からない。

 理由が知りたい。理由を知らなきゃ、謝る事も出来ない。

 

「それで私達に探り入れるとか、男らしくないですよね」

 

 グサッ。

 ティアナは容赦ないなぁ!

 

「よ、よし。分かった。直接は聞かない。なんで高町が怒ってるのか、は皆には聞かない。でも、一つ。フェイトも、ティアナも、八神さんも、別に今回の件で俺に怒ったりはしないよね?」

 

 三人は一斉に頷く。うん、俺のやった事は馬鹿ではあるがそこまで怒る事じゃないはずなのだ。普通なら。

 なのはちゃんだからこそ怒った。やっぱり、それはよく分からない。素直に言うしかないんだろうか。

 素直に……素直に、言えるか?

 

「まぁ、うん――呑もか!」

 

 八神さんが大声で追加注文を開始した。悩んでいる俺の態度を吹き飛ばすように。

 

「折角の二次会や。一人で悩まんと……面白い話、してくれやなな」

 

 八神さんはほんと、空気を変えるのが上手いと思う。

 とりあえず、運ばれてきた新しいグラスで、俺達は改めて乾杯した。

 

 

 

 深夜。

 さて、俺は酒を飲む際には身体がついていかないタイプである。酔う時には何かおかしな行動をしてしまうより前に頭が痛くなって視界がおぼつかなくなって、これ以上呑みたくないなとなるのだ。だからいつもお酒は美味しく酔える範囲までしか呑まない。だから気分が良くなる程度なのだ。

 つまり俺は正気である。

 

「ほぉら、呑め呑め! この場で一人だけ素面て許されへんで! はい、呑め!」

 

「あっはっはっは! ちょっと、零れてる零れてる! だめ、だめだよ勿体ないって! あははっ」

 

 絡み上戸八神さんと笑い上戸フェイトに挟まれ、どうしようもない俺である。しかもいつの間にか両脇を固められておる。

 ティアナはちょっとお手洗い行ってきますねから三十分以上は帰ってきていない。ちくしょうあいつ逃げやがった。絶対これ酔い潰れそうになったころを見計らって帰ってくるつもりだ。上司が潰れるタイミングをきちんと把握している。

 

「ひょーめんちょーりょく! ひょーめんちょーりょく!」

 

「ちょっとやめてタローさん変顔やめてあははははもうやめて」

 

 とりあえず、箸が転がっても面白い状態の二人の前で、零れそうなお酒を頂きながら考える。どうすんだこれ。

 結論、どうしようもない。現実は非情である。酒飲みに対抗するにはじっと我慢して話を合わせるか同じ所まで堕ちるしかないのだ。

 しばらくして。テーブルにあるものでぐだぐだ言うのに飽いたのか、八神さんがびしっと指を突きつけてきた。俺を玩具にする気満々だこれ。

 

「タロちゃん、はっきり言わせてもらうけどな。今のあんたに、なのはちゃんは渡せん!」

 

 お父さんみたいな事言いだしたこの子!

 

「うん……確かに。なのはと仲良くなるなら、それだけちゃんと出来るかって所を見せてほしいよね」

 

 姑みたいな事言いだしたこの子!

 こんな事を言いつつも二人とも半笑いで酒を手放していない。友人すらダシにして遊んでいる……。

 

「まぁ、まずな。なのはちゃんへの愛を確かめさせてもらおか」

 

「あー、はいはい。どうぞ」

 

「タロちゃん、女の子と付き合うた事ある?」

 

 ……。シモな言い方をされないで良かったと思うと共に、凄く答えたくない。

 

「黙秘権を行使します」

 

「ほぉ、ええんか? ――知り合いの伝手で手に入れた、タロちゃんがグレてた時代の写真をなのはちゃんに送らせてもらうけども」

 

「話します!」

 

 ぐおぉ……卑怯な。あんなもんもう誰にも見られたくないって言うか誰だよそんなもん未だに持っててしかも横流ししてる奴……。

 

「ね、ねぇはやて、それ今度見せてっくく」

 

「おぉ、今見たら腹筋大爆発するから落ち着いた時の方がええで」

 

「はいそこ! 不穏な話しない!」

 

 フェイトにだって見せたくないよ。なのはちゃんだからとかじゃなくて誰にも見せたくないよ。

 腹をくくる。酔っぱらい共相手にはこれしかねぇ。

 

「女の子と付き合った事は、一度もございません」

 

「え、そうなの? 不良だからゲヘヘおうそこのアマこっちこいや~……とか言っちゃって、もうとっかえひっかえしてるのかと」

 

「うん、へへへお前の彼女はもう俺のもんだぜ~……とかしてるんかと。意外やわ」

 

「俺をなんだと思ってるんですかねえ君ら」

 

 俺は健全な不良だった。いや、健全な不良って言い方もおかしいが。

 あの頃の俺は自分なんかが真っ当にやって真っ当に強く生きていけるとは思えずに捻くれていただけだ。パルクールや喧嘩など、ぶつけられる事があった。自分が強くなれる分野で粋がっていただけなので不健全な事は何もしていない。

 喧嘩自体が不健全だって言われてしまうと何も言えないけれど。まぁ、取り返しのつかない事はしていない。

 

「二人の方はどうなんだよ」

 

「黙秘権を行使しまーす」

 

「しまーす」

 

 酒呑みは無敵だった。

 これで終わりかと息を吐いて落ち着こうとすれば、その隙を狙うようにぐいと八神さんが顔を近づけてくる。

 

「まぁ、タロちゃんがモテないんは分かった」

 

「いや、モテないっていうかそういう環境になかったっていうか」

 

「しかぁし! いくら一筋とはいえ、それだけでは分からん! 道が揺らぐこともあるやろう!」

 

 聞けよ。

 近づいた分だけ八神さんから離れるが、後ろにはフェイトがいる。「おりゃー、たちむかえー」とかわりと呂律の回っていない言葉を発しながら背中をぐいぐいと押してくる。なんだこれ。

 

「で、次はなんです?」

 

「うん、タロちゃんはじっとしといて。よし、フェイトちゃん、おっぱいを押し当てるんや!」

 

 何言ってんだこの酔っ払い。

 

「タロちゃんみたいな女に免疫のない可哀想な子は色仕掛けに弱い……試してやるしかあるまいて」

 

 何言ってんだこの酔っ払い。

 溜め息を吐いて振り向く。フェイトも流石に酔ってるとはいえ、そういう事を軽々しくはしないだろう。

 

「えー、でもー、どうしようかなー」

 

 頬に手を当ててやんやんと身体をくねらせていた。なんかめっちゃ楽しそうだった。

 フェイトは酒を飲み過ぎちゃいけないなぁ、と。改めて思った。

 

「はやてがやればいいんじゃないの?」

 

「けっ、嫌味か! 嫌味か! いーやーみーかー!」

 

「ふえっ?」

 

「いいから、その普段活用する機会のないでっかいのを! 有効利用せぇってこっちゃ!」

 

「やだーもー、げひーん、あははははは」

 

 この場は、なんていうか、もうダメだ。

 頭痛がしてきた。こうなったらもうちょっとぐらい呑み過ぎたって関係ないだろう、うん、関係ない。酔った八神さんが頼み過ぎた酒類が目に入る。誰も口を付けてないし。勿体ないだろ。うん、勿体ない。仕方ないな。

 ぐびぐびぐびぐびぐびぐび。

 

 

 

「よっしゃー! 乳でもなんでも揉んでやるぜー!」

 

「ぎゃー! 女の敵や、女の敵が襲来した!」

 

「揉ませるとか言ってないしー! タローさんアウト―! その発言アウトー!」




ハートブレイカーティアナ久方ぶりの出陣

【三人娘身体接触難易度】
高町なのは【中】:仲の良い家族に囲まれていた分、男性に触れられるという拒否感はそれほどないと思われるが、常識的な感性で仲良くない男の過剰な接触には不快感を示す。

フェイト・T・ハラオウン【低】:孤独な環境から温かい家族に迎えられた彼女は、日常における他人に対する危機感が欠如しているだろうと考えられる。また天然気味な所もあり、その優しさはどちらかと言うと強さによるなのはよりも献身的だ。パイタッチしてしまっても必死で謝れば事故だと思って苦笑してくれるぐらいチョロいだろう

八神はやて【高】:幼い頃から自立していたはやてちゃんは、元から大人びた所はあるもののその裏返しとしてドラマチックな恋愛に憧れているだろう。故に大人の駆け引きとしてのボディタッチや、いやらしい意味でのお触りは完全にお断り。ザフィーラ以外の男が相手では握手でも少し心の中で身構える気持ちがあるのかもしれない。後ろから肩を叩かれると親しい人が相手でも思わずどきっとしてしまうだろう。パーソナルスペースを大事にする子なのだ。しかしそれだけに、家族と認めた相手とは触れ合いも多いだろう。はやてちゃんは可愛い。

※なお妄想により個人差があります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八神ィ!

タイトルの意味は本編読んでから


 朝起きたら八神さんの家だった。

 頭痛い。

 考えまとまらない。

 

「おっ、タロちゃん、朝ごはんできとるでー」

 

「あ゛ーい」

 

 食べないと。

 

 

 

 ぱくぱくぱくぱく。

 八神さんの地球式の食事は美味しい。昨日は呑んでばかりでほとんど食べていない。すきっ腹に味噌汁が染みた。

 

「む、タロ、しょうゆを取ってくれ」

 

「あ゛ーい」

 

 ザフィーラさんにしょうゆを渡す。一人暮らしをして久しい。から、なんか懐かしい気分。

 

「でさ、はやてもフェイトもなのはも未婚子持ちで大変だなとか言う話しててよ! あたしが誰の事だって割り込んだら、しまったって顔して逃げていくんだぜ!」

 

「はっはっは! だがそれはリインの事ではないか?」

 

「子どもじゃありませんよー」

 

 和やかな団らんと言うには騒がしい。でもいい気持ち。

 んー。

 

 

 

「なんで八神さん家にいるんだ……っ、つつ」

 

「ツッコミ遅いなーははは」

 

 頭痛いので背中叩かないでほしい、八神さん。

 

 

 

 そんな訳で魔法的に二日酔いを緩和してそれでも頭が痛いのだがまぁなんか我慢しつつ、八神さんの家である。

 昨日、酔い潰れた俺がまったく自覚はないのだが「俺の新しい技を見せてやるぜ……!」と言いながら逆立ちで夜の街に繰り出した辺りで八神さんもこいつぁやべぇと思ったらしく、夜天の書アタックで俺を気絶させたとの事。それをされなかったらマジで修行の日々の中手に入れた物凄くどうでもいい技を披露している所だった。

 さらにティアナがいない事に気付いたらしいが、連絡すれば「すいません、あまりに暇でコンビニで立ち読みしていたらスバルに呼び出されました!」と。おかげで俺を家まで送る人がいなくなった。

 

 で、これである。

 

「やぁやわ、男の人をおうちに連れ帰ってしもた……ぽっ」

 

「クソ寒い芝居はいいですから」

 

 なお、勿論であるが今日は俺も八神さんも休みである。次の日に仕事があるのに痛飲するほど俺達は自分をコントロール出来ない大人ではないのだ。

 

「では主はやて、私達は職場に」

 

「あ、さっき電話してもフェイトちゃん起きてへんみたいやったから寄ってあげて」

 

「ではそのように」

 

 ダメな大人が一人いた……。お前の事尊敬してるんだぜ、とか一度は言ったが尊敬ポイントをまいなすいちしておこう。10ポイントで降格。八神さんと同じ位置までおちる。

 ともかく、帰ろうとしたらまだいていいと言われた。確かに体調悪い状態で電車乗りたくないので助かる。

 

「あぁ、家で男と二人っきりになってもうた……ぽっ」

 

「だからそういうのいいって」

 

「リインもいますよー!」

 

 ザフィーラさんはすぐ近くにいるとはいえ近くで子ども達に稽古、ヴィータさんやシャマルさん、シグナムさんは仕事である。アギトはシグナムさんについていったので、家主と俺以外でただ一人家に居るリイン。彼女はテーブルの端でだるだるとしていた。

 まぁ、俺も妙な事はしないと信頼されているのだろう。やる気はないが、この距離なら八神さんが魔法撃つ前に肉薄出来る訳だし。物凄い情けない話だが、身近な女性で俺が戦って勝てるのは八神さんぐらいである。

 

「割と落ち込む……」

 

「はい、なんで落ち込んでるかは知らんけど、ここで昨日出来なかった、恋愛相談ターイム!」

 

 ぱちぱちぱちー、と自分一人で拍手してる八神さん。この人、俺より呑んでたのに元気だなぁ。

 まぁ落ち着いて、と用意してた紅茶を注いでくれる。お茶菓子の用意もバッチリだ。酒の席ではなく穏やかな午前の休みも遊ばれそうである。

 

「へいっ、リイン!」

 

「はいなのですー」

 

 パチィン、と無駄にかっこつけて指を鳴らして合図をすれば、あらかじめ打ち合わせしていたのだろう、リインが机の下から自分の身体より大きなそれを引っ張り出す。ユニゾンデバイスすげぇ。

 ことり、と机に置かれたのは薄桃色の文庫本だった。タイトルは「二人歩む道」。爽やかな街路樹沿いの道を歩く男女の表紙。パッと見、恋愛小説である。

 

「なのはちゃんに借りた」

 

「えっ、マジで!?」

 

 読むんだ! こういうの読むんだ!

 さらにパチィンと無駄パッチンによりリインが机の下から本を運んでくる。今度は漫画本だった。確か有名な少女漫画雑誌の奴だ。

 

「なのはちゃんに貸したのが、ちょっと前に返ってきた」

 

「おぉ……」

 

 自信満々に鼻が高くなる八神さん。だが、もう無粋なツッコミなどしない。そのピノキオフェイスは根拠ある自信ッ! 今の彼女は、俺にとっての……師匠ッ!

 

「で、何か言う事は?」

 

「恋愛相談させてください、師匠!」

 

 

 

 師匠が言うには、なのはちゃんは明確な男の好みと言うものがないらしい。というのもだ、ある日師匠はなのはちゃんにそういう会話を振ってみたらしいんだが

 

『ところでなのはちゃん、こういう恋愛、自分もしてみたいとか思わへん?』

 

『んー、なんでー?』

 

 特に興味もないようなガンスルーだったらしい。

 

「なんでや! 普通そこは流すにしてもちょっと恥ずかしそうに流すか、のってくる所やろ! 振りやろ! せめて拒否れや!」

 

 師匠もご乱心である。

 ともかく、なのはちゃんにとって恋愛はあくまでつくりものの娯楽。自分に関係するとは思っていないようだ、と。

 

「多分な、環境が悪いねん。ほら、なんか……私ら、ずっと女所帯やし。男が周りに少なかったねん。そんで今までがむしゃらに頑張ってきたから……」

 

 なるほど。男がいてもザフィーラさんやクロノ提督、それにあの人は紳士だからな……自分とどうのとは結びつかなかった訳か。さらに言うなら、少し遠くからなのはちゃんに憧れているような男はフェイトにシャットアウトされる。俺は結構例外的存在なのだ。多分。

 

「ちなみに八神さんは?」

 

「二人で食事までは行った事あるで!」

 

 ドヤァと胸を張る。あぁうん、師匠もやはり恋愛経験は皆無に等しいようだ。

 「はっ、誘導尋問された……」と落ち込む師匠をよそに考える。なのはちゃんの周りにそれらしき男の影がないという事は俺のチャンスが即座に失われる事はないのだろう。しかし逆に俺が恋愛関係になるという事もないのではないだろうか。

 そもそも、なのはちゃんはヴィヴィオの母親として忙しいし。人生充実してるじゃないか。

 俺、それに恋愛関係になりたいだとか言いに行くのはとても自分勝手じゃないだろうか。

 あぁ、そういう関係ってバランス崩すと色々大変らしいし。これ、やっぱり、俺、迷惑な人……?

 

「ちょっぷ」

 

「いて」

 

 八神さんにチョップを食らった。

 

「タロちゃん、あんた最大のダメな所は……その、劣等感や!」

 

「なんと」

 

 だが確かに、言われてみれば。

 俺がこの二年修行に励んだのは自分に自信を付けるためだ。だがどうだ、その切っ掛けはと言えばフェイトに背中を押されたからだし、そうして戻ってきた俺はまたうじうじと悩んでいる。

 腕っぷしは強くなった。人にそれを伝えられる技術の下地も出来た。しかし、心の方はまだまだ未熟だ。

 

「確かに、タロちゃんはダメな男や。グレたりひねくれたりショボくれたり忙しい奴やで。しかも魔法は使えないし、単純な腕力があるだけで事務処理能力がある訳でもない。まぁ凡人や」

 

「ぐ、うぅ……」

 

「しかぁし! 世の全ての人間が、自分より優れた奴にへこへこして生きてる思うか? 日常で、自分より仕事出来る奴だからって頭下げるか? 過去がよろしくないからってお天道様に目ェ背けるんか?」

 

 師匠の言葉は胸に刺さる。

 俺はきっと自分がダメだと思い過ぎていた。いや、確かにダメな奴かもしれない。しかしそれを気にし過ぎて何も出来なければ、もっとダメな奴になってしまう。自分に出来る事を最大限にやる奴こそがかっこいいんじゃないか。

 でも、それが恋愛となると、どうなんだろう。

 

「八神さん、ためにはなったけどこれ恋愛相談じゃ……」

 

「大丈夫やで、タロちゃん――女は、ちょっと強引な男の方が惚れる」

 

 パチコーンとイイ女ウインク付きの台詞だった。

 すげぇぜ、八神さん師匠……あんた今最高に輝いてるよ……尊敬ポイントぷらすじゅうでフェイトに並んだよ……かっこいいよ……。

 

「手始めに! 前から気になってたんやけど、私の方が年下なんやからタメ口にしてみな? さぁ、景気づけや」

 

「俺の昔の写真のデータ消せよ八神ィ!」

 

「ひぃっ、覚えてた!? 直ちに!」

 

 でもしっかりする所はしておこう。

 

 

 

 そんな訳で、お昼も頂いてから帰宅した。流石八神、家事スキルはやたら高い。美味しかった。そしてタメ口は定着した。

 気分が軽い。俺は今まで、昔の粗暴な自分を封じ込めておけばいいと思っていたんだ。優しい自分、誰かに優しさをあげられる自分。そういう理想を目指して。

 それだけじゃいけない。他人に本当に近づきたいと思うのなら、他人の心に踏み込む強さを持たなければいけない。故に

 

「俺は、なのはちゃんに電話する!」

 

 部屋で一人決意する。正直まだ覚悟が足りていない感じはあるが、こういうのは先延ばしにしてしまうと余計鈍ってしまうものだろう。鉄は熱いうちに打て、地球のことわざである。

 深呼吸をして空間にモニターを投影する。そしてコール。

 少し待てばなのはちゃんが出た。

 

「……えっと、こんな時間にごめん」

 

『……いいよ。今、お仕事終わった所だから』

 

 お互いに少し言葉に間が空く。なのはちゃんの表情は硬い。

 硬いというか、目が俺から彷徨って伏し目がちで、眉尻が下がっていて。落ち込んでいるというか、避けられているというか。

 俺にああいってしまった事でなのはちゃんも罪悪感がある、という事なのだろうか。

 

「また、話がしたいんだ。ゆっくりと」

 

『……今話をしたって』

 

「駄目なんだ。ちゃんと直接顔を合わせて話をしたい」

 

 自分の中の勇気を振り絞る。

 なのはちゃんが何故怒ったのか、俺には分からない。だからちゃんとそれを、建前無しの本音で聞かなければならない。

 我を押し通す。今は恋愛がどうのというのはどうでもよかった。ただ、一番自分が憧れる友達と不和があるままじゃ自分が納得できないという、そういう我侭だ。

 

「いつでもいい。都合のいい日を、高町が選んでくれたら。場所も、ゆっくり話せる所ならどこでもいいし」

 

 なのはちゃんは迷っているようだった。目を合わせてくれない。沈黙が続く。

 やがて声が聞こえた。よく聞こえないがヴィータさんの声だ。早く帰ろうだとかそういう事だろう。

 

『ちょっと考えさせて。日にちとか決まったら、こっちから連絡するから』

 

 それで通信は終わった。

 少しの事なのにどっと疲れて、思わず溜め息が出てしまった。




「二人で食事までは行った事あるで!」(仲の良い人らと食事にいった時に色々と都合がつかずにヴェロッサと二人で食事をした事があるはやてちゃん渾身の見栄)

今回はまごう事なきラブコメですね八神ィ! どうでもいいですが前話のタイトルは「フェイト達とのみ」にしておけばよかったと今更ながら思ってます八神ィ! 実は今回でシャマルメインで恋愛相談しようと思ったけどこれはやての方が面白いんじゃないかとか思った俺のミスです八神ィ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺は、なのはちゃんの

ここでもう一話アインハルト・ストラトスさんのお話を挟もうかと思いましたが、流石に「楽しみに待っていますね」と言ってくださっている方も「おうもう我慢の限界じゃこれ以上待たせるようなら、いくらでも代わりはおるんやで?」とコンクリ詰めにして沈める姿勢になってしまうかもしれないので、お話の転換点です


 待ち合わせよりも少し早く店に入る。

 特に格式高くもない喫茶店の席に着いてしばらく。注文していたカプチーノが届いた。そういえば以前ここに来た時も頼んだのはカプチーノだ。以前はそう、子ども達に麻薬を流そうとしていた売人を追跡してこの店に来たのだ。

 以前より幾分か落ち着いた状況で、しかし以前よりもいやに高鳴る胸を押さえるように、ほのかに甘い熱さを喉に押し流す。大丈夫、大丈夫。俺は落ち着いている。

 

 なのはちゃんから連絡が来たのは数日前だ。俺はまだ体制作りがメインなので時間は合わせやすい、彼女が都合がいいという早番の日に合わせた。

 その時のなのはちゃんは、やはりこちらに目を合わせなかった。しかし、こんな俺に応えて来てくれると言ったのだ。怯んでばかりいずに、きちんと謝って何が悪いのか聞かなければいけない。当たり障りのない事ばかりが正しいとは限らないのだ。

 男は強引な方がモテる。そうですよね、師匠。

 

 カップが空になる前にドアベルがからころんと鳴り響く。さて、頑張らなければ。

 

 

 

「こんばんは。忙しいのにごめんね、高町」

 

「い、いいよ。その……うん」

 

 とりあえずぎこちない言葉から始まる。俺だって言葉はちゃんと言えていたか分からないし、言えていたとしてもぎこちない硬さだ。

 なのはちゃんが注文したミルクティーが届くまでは本題に入らない、と決める。お互いに飲み物が揃ってからの方が、なんというか区切りが良いしフェアだ。

 

「お腹減ってない? 呼び出したの俺だから奢るよ」

 

「え、でも、そんな……」

 

 言った瞬間、お腹が鳴った。勿論なのはちゃんの。そうしてかぁっと顔が赤くなる。多分俺も。

 漫画か。可愛いけど、漫画か。

 

「ご、ごめんなさぃ……」

 

「いやいや。でもお腹すいたままでいられると困るから、何か頼んでくれると嬉しいかな」

 

「う、じゃあ」

 

 そうして注文が一つ増えた。リンゴのタルトだ。ウェイトレスさんの頑張ってくださいねの眼差しに、机の下でサムズアップする事で応えた。存分に話して面白い、美しい展開にしてやろうじゃないか。

 

「ヴィヴィオはどう? あれからまだ会えてないけど」

 

「……。今は、友達に会いに。あ、でも、友達になりに……かな?」

 

「へぇ、なりにって事は転校生とか」

 

「そういう訳じゃないんだけど」

 

 なのはちゃんの表情から少し険が取れた。口元がほころぶ。

 ヴィヴィオは今、何やら自分が一方的に知られていたような関係の人と会いに行くようだ。ファンか何かだろうか、よく分からない。

 よく分からないが、なのはちゃんは「きっとヴィヴィオなら大丈夫だよ」と少し微笑んでこぼしていた。愛を疑っていた母親じゃない、ちゃんと子どもを信頼出来る笑顔。もう多分、なのはちゃんは大丈夫なのだろう。

 

 そうして、場が温まった頃を見計らったのか先ほどのウェイトレスさんが注文した品を運んできた。意味深な笑顔と共に。

 腹の底に泥が溜まったように気が重いが、言うしかない。この空気を壊してでも、言うしかないのだ。

 息を吸い、カップを傾ける。自分の中に力を注ぐ。

 

「タローさん、なんでそんなに優しいの?」

 

 と。

 そうしていると先手を打たれた。なのはちゃんの声は震えて、そうして眉尻が下がって困った顔をしている。

 というか、優しい? 優しいとはどういうことだ? 頭を下げるのはこちらのはずじゃ。

 

「優しいって言うか……じゃあなんで、高町もそんなに遠慮してるみたいな態度なのさ」

 

「だって……私、癇癪起こしちゃって、タローさんを怒らせちゃって」

 

「いや、でも、そんな怒らせちゃったのは俺で、だから謝るのはまず俺じゃないと」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 

 

 話を整理すると、俺もなのはちゃんもまず「自分が悪い!」という思いが先行してお互いに遠慮している所があったようだ。

 

「わ、私……本当に、急に怒っちゃって。それで、そんな私がタローさんのパーティに参加して、嫌な気分になっちゃったら駄目だなって」

 

 どっと気が抜けた。椅子に身体を預けてしまう。安堵なのか拍子抜けなのかすらわからない。

 うん。でもまあ、良かった。なのはちゃんは俺の態度に、俺に会いたくないと思うほど怒っている訳じゃなかったんだ。俺自身としても良かったし、なのはちゃんにもそこまでストレスかけていなくて良かった。

 

「……俺、全然怒ってない。むしろ高町があんなに怒るほど嫌な事しちゃってごめんって謝りに来たんだ」

 

「それは私の方が……って、こんな事言ってたら堂々巡りだね。はは」

 

 なのはちゃんの方も気が抜けたか、彼女本来の柔らかい笑みを見せた。

 さて、まず第一の目的は果たせたようなものだ。謝りたかったが、そもそも謝る理由がなくなっていたようで。

 なので次の目的。どうしてなのはちゃんがあそこまで怒ったのか、だ。

 

「なぁ、高町。俺のやった事は確かにどうでもいい無茶だったと思う。こう言うのもなんだけど、高町があそこまで怒るのはおかしいと思った。だから理由を聞きたいんだ。あ、えと、おかしいからダメとかそういうんじゃなくて、今後ちゃんと高町と健全なつ、付き合い……みたいなもののために」

 

 俺の限界はこんなもんだ。押せ押せなんてものじゃない、女が惚れてくれない。でも、これで精一杯だから仕方ないのだ。押しが足りなかったらもう一度腹をくくるしかない。

 しかしなのはちゃんは、俺のこの言葉だけで話し始めてくれた。

 

 

 

 高町なのはは九歳の頃から戦い続けてきた。ずっと、大切な何かを守り誰かの為になるように。特別な感情じゃない、誰の心にもある良心。

 大きな力と小さな気持ちが合わさって、自分の精一杯を状況にぶつけている内に管理局員までになってしまったと。

 

 そんな特別な状況の中で戦い続けてきたのだ。色んな人を見た。

 そしてその中には、自分のやりたい事はこれだと定めてそのせいで傷ついて、どうにもならなくなった人もいたと。

 

 

 

「タローさん、状況が状況だから死んだり、大怪我したりしなかっただけで……そういう人たちと同じ感じがした」

 

 なるほど。

 あれがもし命を懸けた戦いでも、多分俺は同じ事をしていた。あれだって、相手が手加減していただけで死なない保証なんてどこにもなかったのだから。魔法は、素手で人を殺せるのだ。

 タルトもミルクティーも片付けたなのはちゃんは、真剣な目で俺を見つめる。

 

「私は、良くないと思う。でも、戦いじゃなくて、なんだか、知ってる人がそんな風になってるのは初めてだったから」

 

 どうしていいか分からなくなった、と。

 

「戦って、それで分かり合ったのは何回もあったの。でもタローさんは、その、そういう人じゃなかったから」

 

 拳に力がこもる。何が「良かった」だ、自分。なのはちゃんにストレスかけなくてよかったって……思いっきりストレスかけてるんじゃねぇか。

 俺が妙な事になって、それでよく分からなくなったって事は、それだけ信頼してくれていたという事じゃないか。

 俺はそれを図らずも裏切ってしまったと、そういう事じゃないか。

 

 あの日を思い出す。なのはちゃんが呑んだくれて、俺の家で寝込んだ日。ヴィヴィオと出会うきっかけになった日。

 あの日、なのはちゃんは俺に弱音を吐いたのだ。俺だから二人でも呑みに行ったのだ。恋とか愛とか、そんな自惚れはしない。俺はただ彼女に信頼されていた。

 

 信頼を裏切った、というには些細な事だろう。俺は彼女のそういう所を知らなかったし、彼女自身もそういう事を言わなかった。ちょっとした行き違いで、それを元に怒ったなのはちゃんの方に非がある、という考え方もあるだろう。あるいは、どちらも悪くないんだからいいんじゃないか、とか。

 でも俺はなのはちゃんが好きなのだ。好きな人を傷つけるのは駄目だろう。理屈無しに、駄目だろう。

 

 息を吸う。今度は気が重いんじゃない、自分に対して怒りが湧いて頭が熱くなる。

 自信を持てないとか思ってる場合じゃないだろう、タロー・メリアーゼ。

 なのはちゃんに相応しい男になってみせるぜとか、的外れも良い所だ。そんな客観的な事ばかりで人に近づけるはずがない。そんな外側ばかり取り繕って、それがなのはちゃんにとって楽しくて気分が良い事のはずはない。

 

 俺は自分で思っているより、ずっとなのはちゃんの近くにいたんだ。だから、もっと話をして、もっと支えてあげるべきだったんだ。これも恋とか愛とかじゃなく、友人として。

 

「なのはちゃん、ごめん。謝られても納得できないだろうけど、ごめん。謝らせてほしいんだ」

 

「……うん」

 

 誓おう。もうなのはちゃんにこんな苦しい顔をさせないように。

 独りよがりな恋愛感情だけじゃない、相手を思いやるという気持ちを込めて。

 

「それから、あの日言えなかった約束の言葉を言わせてほしい」

 

「う、うん」

 

 形を変えてでも、言いたい事はきっと変わらない。

 浮足立った恋の気持ちの告白じゃなくたって、この愛は変わるものか。手を止めてこちらを見つめるウェイトレスの視線に背を押されるように、噛まないようにゆっくりと、言葉を選んで口にする。

 

「俺はなのはちゃんにとって、頼れる人間でいたいと思ってる。だから、厚かましいかもしれないけど、もしまたこんな事があったら絶対に話を聞く」

 

 なのはちゃんがぽかんと口を開けて、俺の言葉を聞いている。

 そりゃ、こんな臭い言葉はいきなり聞くもんじゃないだろう。でも言わないと。なのはちゃんの安心と、自分に対する決意表明の為に。

 

「なのはちゃんが傷ついてたら、俺じゃ力になりきれないかもしれないけど、いつだって頼ってくれていい。逆に俺に傷つけられても、その事をちゃんと言ってほしい。俺の事を傷つけたと思っても、俺はなのはちゃんが何をしたって嫌いにはならないよ」

 

 頭の中にある想いを言葉にするのは難しい。本当に回りくどくなってしまう。形が定まらないままの言葉をただ吐き出す。

 なのはちゃんの目が潤む。気が抜けたせいと、そして自惚れかもしれないけど俺との繋がりが切れなくて安心したから? 分からないが、自分は言いたい事を言うだけだ。

 そうして言葉を回している内、一番いい言葉をようやく探り出した。それを口にする。

 

「俺は君の、味方だ」

 

 そうしてなのはちゃんは涙を――ん?

 なのはちゃん。

 なのはちゃんって、俺言ってたな。

 現実でなのはちゃんって口にしちゃったよな、今。

 やべぇ。

 

「た、タローさ」

 

「あ゛っ、ご、ごめん八神の癖が移ってさ俺別にそんな高町にそこまで馴れ馴れしくていうか下の名前呼びはともかくちゃんとかなんか軽薄な男みたいで良くないって言うかそう言うのはなんていうかあぁえっとそのここにお金置いておくから!」

 

 俺は逃げた。すいーつ。

 

 

 

 後日、八神とフェイトに滅茶苦茶怒られた。なのはちゃんから話を聞いて、それはないだろうと思ったらしい。フェイトは苦笑していただけだったが、ほんと八神が「女の子のロマンチックをなんやと思ってるんや!」とすごい剣幕で。

 でも、なのはちゃんは肩の力が抜けていたとフェイトが教えてくれた。それだけでも良かった。

 俺は忘れない。恋愛なんか関係なく、俺はなのはちゃんの味方なのだ。それだけは、絶対に忘れない。




ちなみにタイトルに続く言葉は「味方だ」。「俺は、なのはちゃんの味方だ」となります。

なのは→タロー:信頼を寄せている、と言う事が分かった
タロー→なのは:ドギマギとかしてる場合じゃねぇよなのはちゃんが辛い事あったら受け止めるのは俺の仕事だろ、それを忘れんな俺!

と状況変化。恋愛的にはもう少し。
次回、もしかしたら番外編挟んで新しい章扱いかもです。気分次第。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:少女の心

今回は三人称となっております。物凄くどうでもいい事なのですが、俺前にやったギャルゲーでヒロイン視点の一人称が頻繁に挟まれてね! それで結局あまり楽しめなくて投げたんですよね! ギャルゲーって大体あんなもんなんですかね! まぁだからラブコメで主人公の一人称の場合、他の視点の場合は三人称にしたいんですよね読みにくかったらごめんなさい! ほんとどうでもいいな!

また、ヴィヴィオはタロー・メリアーゼのいる世界と言う事で歴史が変わっています。vividの時間軸ではありますが、vividの物語ではないという事で


 ママは強い。

 それが高町ヴィヴィオの抱く、母への一番強い印象だった。でも同時に、それはなのはがそう見せようとしているからだというのも分かっていた。

 聖王としての微かな記憶からか、それとも特殊な生まれと環境のせいか。ヴィヴィオは一般的な同年代の子どもより聡い所があった。だからなのはが無理をしている所があるのも分かった。

 

 魔法を習いたいと言って喧嘩をしたのは早く誰の負担にもならない自分になりたかったからだ。

 そこでタロー・メリアーゼと出会った。彼へ抱く印象は母とは逆に「弱い人」だ。だが、それは決して悪い事ではない。

 タローは自分の弱い事を知っている。自分の弱い所を知って、他人に頼る事を知っている。誰かの痛みに共感する事を知っている。たまにヴィヴィオに言い負かされるほどだけれど、それを呑み込んで生きているのだ。

 ヴィヴィオの周りにいる大人は皆強い人だった。もう一人のママであるフェイトも、その他の誰だって強い信念をもって進んでいる人達。少なくともヴィヴィオが見てきたのはそういう面ばかりだった。

 だからヴィヴィオはタローといると、なんというか他とは違う安心があったのだ。この人は頑張っている、特別な何かが無くても誰かと共に生きていけるって事を教えてくれている。そう考えると、自分だって弱さを見せていいと思えるし、自分だって人並みに頑張っていけばいいと思えるのだ。

 一歩一歩、着実に。少しずつ進んでいたって、それは恥ずかしい事でも何でもないのだ。一足跳びの天才である必要なんて、どこにもない。

 

 仲直りした時から、時々なのはとヴィヴィオの間にタローの話題があがるようになった。

 なんでもない話だった。なんでもない話だったけれど、きっとそれぐらい身近だという事だ。それでもフェイトやはやてら友人について話す時とは違う、ちょっとした距離があった。気安過ぎない距離だ。

 多分なのはについても必要な距離だったのだ。母にはたくさんの大事な親友がいるけれど、親友だからこそ話しにくい事もある。ヴィヴィオだって友人のコロナやリオにむっとする事はあるけれど、そんな些細な事で喧嘩したくはないから飲み込んでしまう。大人ならそういう事がもっと沢山で、もっと大きく存在するのだろう。それを受け止められる、なんというか頼れる人が必要だったのだ。

 

 だからタローが旅立とうとしたあの日、母だって悲しむとヴィヴィオは思っていた。

 だけどなのはは、平気な顔をして、少し悪戯っぽく笑ったのだ。

 

「ヴィヴィオ、お別れは寂しいけどね、また会った時に凄く嬉しくなるんだよ。だからね、またタローさんが帰ってきた時に何を話そうかって考えておくの。どんな顔をしてくれるかな、って。そしたら寂しいのも楽しい時間になるから」

 

 やっぱりママは強い、とヴィヴィオは思った。でもこれもまた強がり半分なんだろうな、とも思った。タローがヴィヴィオの先生になってから、もう彼は生活に食い込むほど近しい友人だったから。

 この日からたまにタローが帰ってきたらどういう話をしようかと、それが親子の話題の一つになった。たまにフェイトや他のなのはの友人達も交えて、魔法を教えてもらいもしながら、そうやって過ごしていた。

 初めはちょっと寂しかったけれど、慣れると本当に楽しみになった。話したい事がたくさん出来た。伝えたい事がたくさんあった。それは切ないネガティブな思いじゃなく、わくわくするポジティブな思いだった。

 

 だからタローが帰ってきたあの日。泣いている母親を見て、ヴィヴィオはどうしていいか分からなくなってしまったのだ。

 

 

 

 やっぱりママは強い、とヴィヴィオは思う。長い間離れていた友達と喧嘩したまま離れ離れになって、それでもいつも通り振舞っているのだ。

 でも、それでも。時折表情が暗くなったり、ちょっと気がぬけていたりする。ヴィヴィオにだって分かる、空元気なだけで落ち込んでいるのだ。

 それは朝食時でも同じだった。パンを片手に、テレビを見ているようにしながらぼうっと宙を眺めるだけのなのはを見て、とうとうヴィヴィオは堪え切れなくなった。

 

「ねぇ、なのはママ」

 

「えっ、あっ、ご、ごめん。何?」

 

 明らかに焦っている。パンを取りこぼしかけて慌てる母親を見て、ヴィヴィオは思わず溜め息を吐いた。

 

「仲直り、したら? 多分タローさん、ママにそこまで怒らないよ」

 

「仲直りって……でも、タローさんもう私に会いたくないかもだし……」

 

 ママらしくない!

 そう叫びたくなるのを何とか飲み込む。明らかに、そう、なのははおかしくなっていた。おかし過ぎて逆にヴィヴィオの方が冷静になってしまう。

 

「見てたよ、タローさんから連絡あったの」

 

「う゛」

 

「会いたくないって事はないんじゃないかなぁ」

 

 食事を続けながら何とはなしに言葉を続ける。ヴィヴィオにとってはこうして食事をしながらでも出来る軽い話題のつもりだ。

 それでもなのははらしくもなく唸って悩む。

 多分本人だって理屈では分かっている、あのタロー・メリアーゼが一回のいざこざで自分を見捨てるはずはない。それに、向こうから連絡まであったのだ。きっと大丈夫。

 だが心がそれについてきていない。自分を否定してしまう気持ちがあるのだ。

 ヴィヴィオはそう言う事をきちんと理解した訳ではないが、なんとなくは分かった。謝るのは勇気のいる事だから。

 踏み出すのは、勇気のいる事だから。

 

「あのね、ママ。私、『覇王』の人と会ってみようと思うの」

 

 なのはが向き直る。ヴィヴィオは柔らかく笑い返した。

 『覇王』イングヴァルトの血統と記憶を持つ少女――彼女に会ってみないかと言う話が来たのは昨日だった。どうして昨日いきなりそんな事になったのか、彼女がどういう人なのか、ヴィヴィオは知らない。

 ただ、彼女と会わないかとナカジマ家から言われたのだ。

 

「多分ね、その人は私に会いたいんだと思う。そう思ってくれる人となら、私も会ってみたい」

 

「ヴィヴィオ……」

 

 怖いという気持ちはある。ヴィヴィオにとって『聖王』は母や色んな人を傷つけた忌まわしい記憶で、それでも自分と切り離せない因縁だから。

 それでも、それは自分の一部だから。逃げてばかりいたら、本当の自分に出会えなくなってしまう。なんとなくそんな気がするのだ。

 ビシ、とヴィヴィオはなのはを指さす。

 

「私は勇気を出します!」

 

「う、うん」

 

「だから、なのはママも勇気を出してください! ……一緒にがんばろ、ママ?」

 

 ぽかんとして。それからなのはは、気が抜けたように笑った。

 

 

 

 それから、ヴィヴィオとなのはは同じ日に出掛けた。なのははタローと会うために、そしてヴィヴィオはアインハルト・ストラトスという少女と会うために。

 ナカジマ家はナンバーズを受け入れている。その元ナンバーズの人達に連れられて、ヴィヴィオはとあるオープンカフェに訪れていた。ナンバーズの人達がいる、ナカジマ家の姉であるスバルがいる。そして、そこにその人がいた。

 

「あ、あの。こんにちは」

 

 綺麗な人だ、と。まず初めにそう思った。

 理知的な光彩異色の瞳。隙が無く、美しい佇まい。自分より少しだけ背の高い均整の取れた身体。

 圧倒されていると、彼女――アインハルトは軽く頭を下げる。

 

「はい、こんにちは。ヴィヴィオさん。アインハルト・ストラトスです」

 

 そう言われて、急いで頭を下げる。ぼうっとしてしまっていた。

 ナカジマ家の人達は何も言わない。ただ優しく、成り行きを見守っている。

 目の前のアインハルトはと言うと、頭からつま先までじっとヴィヴィオを見ていた。

 なんだか恥ずかしくなってくる。

 

「あっ、あの、私なんかそんなに見ても」

 

「あなたは」

 

 言葉を遮るように。アインハルトは呟きと共にヴィヴィオの手を取った。

 繊細に見えたその手は、硬く節が目立つ。人を殴る手だ。物を殴る手だ。自分とは違う手だ。

 

「あなたは、オリヴィエとは違うのですね」

 

 その顔は、どこか寂しそうで。こんなに周りに人がいるのに、世界にたった一人取り残されたようで。

 オリヴィエとは違う、と言われた。『聖王』ではないと。それはそうだ、ヴィヴィオはそうなろうと生きてきた訳じゃない。魔法は練習しているが、戦う事ばかり覚えてはいない。

 なら逆に、この子は『覇王』であろうと生きてきたのだろうかとヴィヴィオは思った。その失望はそのせいなのかと。

 

「アインハルトさん!」

 

 思わずその手を握り返した。驚く彼女に詰め寄る。

 

「私は、多分アインハルトさんの思う人じゃなかったのかもしれないけど、私らしく生きてて、だから、その、えっと……えっと」

 

 何を言いたいのか、纏まらない。

 でも、このすれ違いは気分が良くないと思った。何とかしなければいけないと、それだけが先行して舌が回らない。

 

「分かっています。あなたは、あなた。聖王ではありません」

 

 それでも、とアインハルトは続ける。

 

「私の中の記憶が彼女を求めているのです。彼女との決着を」

 

 記憶は、微かにだがヴィヴィオの中にもあった。本当に感覚的なもので、彼女の想いを全て理解できているとは思えないけれど。

 理屈ではないのだ。

 

「叶わないのは……分かっていました。分かっていたはずなんです。なのに……っ」

 

 言葉に嗚咽が混じり始める。そんな彼女をナンバーズの一人、ノーヴェが後ろから抱き締める。

 拳で戦う人同士、ヴィヴィオには分からないものがあるのだろう。武芸者の共感。昔の聖王にはあったかもしれないが、今のヴィヴィオにはないもの。

 それでも、目の前の少女が泣くのはいやだと思った。聖王と覇王じゃない、初めて会った同士として。

 友達になりたいと、そう思った。

 

「アインハルトさん、もう何か頼みました?」

 

「え……」

 

「ここのチーズケーキ、美味しいんですよ」

 

 座る。それでようやく皆の視線がヴィヴィオから離れた。思い思いに、ナカジマ家の人達は注文を開始する。

 目を白黒させるアインハルトもノーヴェによって椅子に座らせられる。

 

「アインハルトさんの話、聞かせてください。聖王と覇王の事でもいいし、格闘技の事でもいいし……本当に、なんでも」

 

 自分の中にある微かな記憶なのか、直感なのか。分からないが、友達になりたいという思いは止まらない。

 理由なんていらない。その思いがあれば十分なのだ。

 

「……私は、あなたの事を狙っていました」

 

「でも、違うって分かってくれた」

 

「今でも、あなたに聖王がダブっていて、きちんとあなたの事を見れている気がしません」

 

「じゃあそのお話でも。何があったって、変わりませんから」

 

 笑顔が心の底から浮かぶ。この人は、なんだか不器用だ。可愛らしい。

 

「友達になってください、アインハルトさん」

 

「……えと、考えさせて、ください」

 

 どうやらすぐにとはいかないようだけれど、一つ楽しい事が増えた。

 二人分のチーズケーキを注文して、ヴィヴィオはまた微笑んだ。

 

 

 

 それから。

 アインハルトと連絡先を交換したヴィヴィオは家路に着いた。

 

 なのははいつも通りの明るさを取り戻していた。どうやら上手くいったようだ。自宅の前で、二人は笑顔を交わした。

 

「ありがとうヴィヴィオ。なんか、もう私よりずっとちゃんとしてるね。あはは」

 

「ううん、そんな事ないよ。私もなのはママと一緒だから勇気が出たんだし」

 

 今日はいい日だ。

 多分もうなのはにとってタローは必要な存在なのだ。もしいなければ他の人に頼りもしただろうが、もうずっと頼ってしまっている。だからいなくなってしまうとちょっと寄りかかる相手がいなくなる。強い自分でいるために、余計なものを捨てるための場所がなくなってしまう。

 ヴィヴィオはそう思った。なのはママは強いけれど、人間は強いだけじゃどこかおかしくなってしまうから。どんな強い人でも、支える人がいないといけないのだ。

 

 ヴィヴィオはにやっと笑う。ちょっとだけ意地の悪い笑み。それから、食事の準備をするなのはの背に向かって言葉を投げかけた。

 

「ねぇママ。私、タローさんがパパでもいいと思うよ」

 

「えっ、えぇ!?」




スポーツ格闘魔法少女ジャナイ少女ヴィヴィオ。この物語ではタローに師事した後は手の空いたナンバーズの人達に教えてもらったりして特定の何かに寄ってはいません。ノーヴェの元でストライクアーツを磨いてるとかないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とりあえず新しい仕事
フェイトとデート


 さて、ようやく本格的に仕事の始まりである。書類作ったり挨拶回りしたり使う施設に訓練内容メニューとかそういう事務仕事はもう一旦おしまいだ。初めての試みって本当大変ね!

 自分の仕事は、必要な魔力量の少ない戦闘法を広め、比較的難度の低い事件を担当出来る者を増やす事。危うく忘れそうなほどに時が経っているが忘れてはいけないのだ。差し迫った問題ではなく上からの期待もあまりないが、これはうまい事やれば管理局の慢性的な人手不足を少しばかり解消できる大事な仕事。

 

 タイを締め直し、深呼吸。そうして扉に手を掛ける。この向こうには、今日から教官となる俺の生徒達が集まっているのだ。

 息を吐くと共に、扉を押し開けた。さぁ、元気よく行こう。

 

「おはようございます!」

 

 声を張り上げて、それから少し崩した敬礼をする。

 五人組の列が四つで20人。これが一期生となる生徒達だ。全員が敬礼を返してくれた――当たり前ではあるが、プレッシャーが肩にのしかかる。

 並ぶ顔ぶれは皆若い。体力のある人間を選別したというのもあるが、俺自身まだまだ若造なので舐められてはいけないと年が上の人間は選べなかったのだ。なにせ教官みたいなものをしてはいるが、俺は別にそちらの勉強をしたわけじゃない。経験のある人間がアシストしてくれるものの、まぁ拙い仕事になってしまうだろう。あんまりプライド高い人には教えられない。

 つまり、ここにいるのは全員いい子なのだ!

 

「教官」

 

 そんないい子の内の一人が、手を上げる。

 目つきの悪い少年だった。この中でも恐らく一番若いんじゃないだろうか、見た所13,4か。恐らく見た目で誤解されるいい子なのだろう、仕方ない。

 彼に頷いて答える。さて、何が聞きたいのやら。

 

「自分は教官の力をまだ見ていません。手合せ願います」

 

 いい子じゃない……だと……!

 

 

 

 少年の名はライトといった。確か、事件で両親を亡くして養護施設で育ったのだったか。魔力量の少なさ故に裏方業務をしているが、学生時代はストライクアーツもやっていたらしい。この道に入ってからは魔力資質に差が出てやめてしまったが、腕は確かだったと。うってつけの人材という奴だ。

 そんなうってつけ君が、この日の為に作った訓練場で俺と向かい合っていた。あっるぇー。

 

「え、えーと。それじゃ、ライト君は俺の力に納得したいと……?」

 

「はい。聞けば教官は自分達と同じ、魔力に乏しい人間。それが一体どこまで戦えるのか、実際に見ないと納得出来ません」

 

 困った。

 確かに実力でこの子をねじ伏せる事は出来るだろう。だが、俺が教えるのは対魔法戦闘なのだ。魔法を使って戦う訳じゃない彼と正面から殴り合ったって俺の技術は分かってもらえない。

 彼の発言は組織としては認められない上司への反発だ。理由もない、恐らく感情からの反発。だから俺はそんな生意気な生徒に対して出ていけと叫ぶ事も出来るし、正式な処罰を与える事も出来る。

 だが、彼の目は真剣だった。自分が何をしているか分かった上で、それでもそうしようと思ったのだ。この目からは逃げたくない。

 

「分かった。ただ、俺の技術が発揮できる相手との模擬戦を見てもらう。それでも納得出来なければ君とも戦う。それでいいか?」

 

 少し眉をしかめて、しかしライトは頷いた。初日から中々のトラブルだ。

 会話の流れを見ていたのだろう。『協力者』は物陰からするりと現れる。本当は皆の前で現れてサプライズ……と行きたかったんだが仕方ない。登場して頂こう。

 我らが執務官、フェイト・T・ハラオウンに。

 

「ど、どうもー……あはは」

 

 曖昧に笑ってフェイトは手を振る。モニターの向こう側の生徒はどんな顔をしているだろうか。

 対魔法戦闘を教える事になってはいるが、常に一人抱え込めるほどの余裕はなかったのでこうして伝手を頼る事にしたのだ。そして折角ならば初日はビッグネームをと、スケジュールに都合がついたフェイトを呼んでみた。

 という訳で、片手を上げて挨拶――する前に、一陣の風。ライトが俺の脇を通り抜けてフェイトの方へと走って行った。風のように。

 

「フェイトさん!」

 

 物凄い嬉しそうな声で、飛びついた。犬の尻尾が見えそうだ。目つき悪いのに。

 あの年齢ではちょっとその行動はギリギリだと思うが、フェイトは彼を受け止めた。ていうか、抱き締めた。

 

「ライト! もう、仕事はちゃんとしなくちゃいけないでしょ! 今のあなたは、タローさんの言う事聞いて訓練するのが仕事なんだから」

 

 フェイトはいつになく親しげで、上からで、諭すような口調だった。

 それはもう、この光景だけで察する。彼もまたフェイトが助けて、時折面倒を見ていた子どもの一人なのだろう。経歴は簡単なものしか目を通していなかった、把握していなかったのは俺の落ち度だ。

 しかし、なんだこれ。ほんともう、なんだこれ。

 

「で、でも、教官は」

 

「でも、とか、だって、とか。そう言う事は通用しないの、いい? 本当に納得出来ない時は仕方ないのかもしれないけど、こんな小さな事で上司のタローさんを」

 

 そこで。

 ライトは、フェイトを突き飛ばすように離れた。こちら側からではライトの顔は見えないが、肩をいからせているのが分かる。

 フェイトは唖然と口を開けていた。

 

「タローさん、タローさんって! そんなにあの人が大事なのかよ!」

 

「え、いや、そんなつもりじゃ」

 

「僕がこの人の所に就くってなった時からいっつもそればっかり! なんなんだよ!」

 

 いや、別にそれは話のタネになっただけだと思うんだけど。偶然そんな事になったらフェイト的にも面白いだろうし。

 だが、ライトは少年らしく声を荒げてヒートアップする。愛想笑いするフェイトに指を突きつけて。

 

「僕は絶対、認めないからね! フェイトさんが、あんな奴のお嫁になるのなんか!」

 

「いや、それは絶対にないと」

 

「認めないからね!」

 

 聞く耳持たねぇ。子ども恐い。

 まぁ確かに、そんな嫉妬もする時期か。フェイトは美人だし、基本的には性格もいいし、そりゃ憧れのお姉さんにもなるわなぁ……なのはちゃんの防御壁にさえなっていなければとっくに男の一人や二人出来ていただろうに。いや二人出来るとダメだが。

 フェイトは溜め息を吐いて、ライトの肩に手を置く。

 

「あのね、ライト、よく聞いて。タローさんは、なのはが好きなの!」

 

「おう公開処刑やめろや」

 

 きりっとした顔でフェイトは告げる。モニターの向こう側の生徒はどんな顔をしているだろうか。

 ライトは、肩を震わせて振り向く。元々目つきが悪い事もあってすっごい顔になっていた。

 

「……きょ、教官。本当ですか」

 

「こんな時でも敬語を崩さない君は立派だと思う。事実だ畜生」

 

 マジで公開処刑じゃねえかこれ。こんな事だからハンコ貰いに行く先々で「君、高町なのはの事が好きなんだって?」とか言われるんだよ皆拡散すんなよ。恋心を秘めさせてくれよ。

 目の前でぶるぶる震えるライト。やだこわい。

 

「この……この……二股野郎ぉー!」

 

「そう来たかー」

 

 こいつの中で俺は一体どこまで酷い奴になっているんだろう。そんな悪そうな顔してるかな……してるのかもしれない、元ヤンだからな……うわぁ、やばい、俺の顔大丈夫だろうか。

 ていうか、「昔はヤンチャしてましたけど」とか結構最悪じゃなかろうか。俺、他人から見るとどうなんだろう。

 

「ふぇ、フェイト……俺、まともな奴かな? 真っ当に生きてるかな?」

 

「また自信なくしてる……大丈夫大丈夫、タローさんは今はもう真面目な管理局員だよ」

 

「だ、だよな。よし、頑張ろう。頑張ってれば人生は明るいんだ」

 

「そう、頑張ろうタローさん!」

 

「頑張ろう!」

 

 よし、元気出てきた。

 

「イチャイチャすんなー!」

 

 と、落ち着いてきたのに耳元でライトが叫ぶ。

 ていうか、冷静に考えるとこいつ、処罰するべきだよなぁ……皆への示しつかないしなぁ。減給ぐらいはやってやろうか。いや、私怨じゃなく。

 ここまで言われても、あまり俺自身腹が立ってはいない。恋する男としての共感だろうか。

 

「分かった分かった。ライト、君の納得するようにしよう。どうしたら俺とフェイトがなんでもないって分かってくれる?」

 

 苦笑するフェイトと顔を見合わせてから言う。ここまで来たら気が済むようにしてやろう。

 ぐぬぬ、として考え始めるライト。しばらくして、思いついたのか顔を上げる。

 

「本当にフェイトさんを好きでないのならば! フェイトさんとデートしたって平気なはずですよね!」

 

 お前は八神か、と言いたくなったが言っても分からないだろうと思うので黙っておく。どれだけ俺を試すのに使われるんだフェイト、ちょっと哀れになってきたぞ。

 振り向けば、フェイトはやはり苦笑している。これは俺にお任せしますよという態度だ。おまかせされても困るのだが。

 フェイトのスケジュールはここに呼んだ時に把握している。不可能ではない、と思う。

 

「ていうか、フェイトの事好きなのに俺とフェイトがデートしても平気ってどういうこと?」

 

「べべべべべ別に好きじゃない! 参考にしようとか思ってない! 敵情視察とか、思ってない!」

 

 分かりやすい奴だった。

 まぁそれで納得するんなら、それぐらいはやってやろうかと思う。フェイトと二人で遊びに行くのは苦じゃないし、間違っても妙な雰囲気にはならないだろうし。フェイトとなら裸で薄暗い部屋に一日閉じ込められても何も起こらないと確信できるわ。

 

「それじゃフェイト、二日後の仕事終わりにちょっと適当に寄っていく感じでいい?」

 

「わ、夜だね。……のむらや?」

 

「呑む事前提にすな。一応デートコースみたいにするから、遊園地とかそっち行こう」

 

「んー、分かった。そういえば、そういうのって久しぶりかも」

 

 手際よく誘いやがって、とギリギリ歯ぎしりするライトがいたりするが、自業自得なので放っておく。俺とフェイトは仲良しなのだ、主になのはちゃんを間に挟む関係だから。

 デートかぁ……まぁ、いつ誘えるかは分からないがなのはちゃんとのデートの予行演習だと思おう。二人きりは無理でも、いつかヴィヴィオと三人なら出かける機会もあるだろう。多分。

 

 なお、生徒達にはなのはちゃん好きが知れ渡ってしまい、特に女の子にはめいっぱいからかわれた。早速威厳がなくなってしまった、勘弁してほしい。

 ライトにはトイレ掃除一か月を命じておきました。




謎の都合の良さis主人公の特権


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フェイトとデート・実行編

 タバコを吸う奴が羨ましい、と思うのはこの手持ち無沙汰な時間だ。とは言っても買ったばかりの新車、もし自分がタバコを吸う人間でも自重するし、他人に吸わせるつもりもないのだけど。

 ハンドルに身体全体を預けるようにして新車特有の臭いを肺一杯に取り込む。うん、くせぇ。

 

『教官、フェイトさんもうすぐだよね?』

 

「うん、勤務時間はもう終わってるし多分。ていうか、敬語使いなさい敬語」

 

『勤務外でーすっ』

 

 念話を通した弾む少女の声は20人いる生徒の一人、女の子の中で最年長のリーダー格である子のものだ。魔力は十分にあるが戦闘適性がないタイプで、そのままでも十分働く場所はあるだろうに俺の下についた変わり種。確か18歳だったか。

 今回は彼女を介して生徒ほとんどがデートの音声を聞く事になっている。なっているっていうか、彼女が遠隔地の音を伝える魔法を使えると申し出た時点でそういう事になった。相変わらずフェイトは苦笑するだけだし、俺としては若い女の子のパワーにゃ敵わない。

 

「ライトは?」

 

『宿舎のトイレ掃除とお風呂掃除と廊下拭きが終わったら私達に合流って感じで』

 

「俺が命じたのより増えてない?」

 

『女性陣相談の上、私刑を上乗せしておきました、教官殿っ。私がフェイトさんにいきなり抱き着くなんて許せない派で、他にも和を乱したのが許せない派や流石に教官に暴言はないだろ派、あとあと、大好きな教官に酷い事言うなんて!派もあるよ!』

 

「最後はプライバシー的に伏せとこうよ……」

 

『なのはさんが好きって聞いて諦めた子もいますけど、まだ教官の事諦めてない子もっていだだだだ! あうあう、あの、教官、誰だか聞きたいだぁー!』

 

「なんかそっち修羅場みたいなんでやめとく」

 

 騒がしい声と共に念話がいったん打ち切られた。舐められている、思いっきり舐められている。まぁでも、その分わりと皆仲良く出来ているのはいい事なのかもしれない。鉄の結束、連帯責任、ついてこれない奴は蹴っ飛ばすぞの鬼教官なんて俺の柄ではないし。

 ちなみになのはちゃんが好きとかいう以前に生徒からの恋心なんてNGだ。あいつの次に年齢高いので確か16歳だからちょっと射程範囲外です。

 

「お待たせ、タローさん」

 

 もうひとつあくびをしようとした所でフェイトが現れた。いつも通りのスーツ姿ではない、ラフな格好をしている。流石にお洒落とはいかないしナチュラルメイク程度のものだが、まぁ出掛けるのにまったく支障はない格好だろう。

 

「でもタローさん、免許なんて持ってたんだね。二輪しか今まで乗ってなかったし」

 

「あー、うん。別の世界で銃撃戦しながらカーチェイスする機会があったから。その国の法律曲げてまで三日で叩き込まれた」

 

「タローさんはこの二年一体何をしてたの……?」

 

 それほど変わった事はしてないと思うんだけど。

 

 

 

「ところでさ」

 

「うん」

 

「デートって何をすればいいんだろ」

 

「うん?」

 

 車を走らせてしばらく。ちょっとした雑談が途切れた隙に、疑問を口にする。

 お金は用意してきてある。デートコースも、まぁとりあえず遊園地と決めてある。夕方から遊園地に入るのもなんだか損した気分になるが、自主的にデートコースを組めと言われても俺には無理だ。

 というか、デートって何なんだ。何をもってデートとするんだ。哲学的だ。

 

「いや、なんかデートをするんならなにかこう、あるのかと思って。どうせ実戦じゃないんだし、女性の視点から」

 

「んー……」

 

 俺の言葉にフェイトは悩むそぶりを見せる。唇に手を当て、信号が変わるまでの時間たっぷりと沈黙。

 そうして何かを思いついたか、ぱっと顔をこちらに向ける。

 

「服を褒めるとか!」

 

「普段着じゃん!」

 

 中々褒めるのが難しい所であった。これを褒めるならば普段から褒めなくてはいけなくなってしまう。褒め殺しだ。

 

「そ、そこを褒めるのがほら、男の甲斐性、みたいな?」

 

 フェイトも目が泳いでいる。これは駄目だ、大いなるミスだ。

 沈黙が深くなる。フェイトはなおも考えているようだが、どうにもいい案が浮かばないようだ。遊園地が目前に迫るまでたっぷりと目を伏せる。

 そしてもう一度、自信たっぷりに顔を上げる。

 

「――手を繋げばデートだ」

 

「なるほど!」

 

 超分かりやすかった。そうか、周りから見て恋人っぽかったらデートか。

 ドヤ顔しているフェイトと目を合わせる。いける。

 

「園内に入ったら手を繋ごう」

 

「あぁ、そうしよう。これで今日の件はデートだ」

 

『あのー、教官? とぼけた風にイチャイチャするとライト押さえとくの大変だからほどほどにね?』

 

 

 

 遊園地に入る直前に問題は起きた。

 

「あ、タローさんこれ私の分」

 

「んっ?」

 

「えっ?」

 

 ワリカン問題である。しかも女の方がワリカンすると思っていた場合の。

 なるほど、デリケートな問題だ。確かに常にお金こっち持ちとかなるとしんどいのかもしれないが、今回は俺が払うと決めてここにいるのだ。ここに来ると決めたのも俺。つまり俺主導でなければこの出費はなかったはずであって、ホスト側が払うのが礼儀だろう。

 

「でも、お金出してもらうとそれが気になって楽しめない……かも」

 

「あー、そういう事もあるのか」

 

 結局、妥協点として四分の一を支払ってもらう事となった。待たせてしまった受付のお姉さんには申し訳ない事をしてしまった。

 実際のデートではどうするのが一番いいのだろうか。人によるんだろうけど。

 

『私は全部出してくれる人が好きだよ、教官!』

 

 まぁ生徒は無視するとして。

 遊園地はやはり都市近郊としての宿命か、平日だというのにそれなりに混んでいる。お金かけた施設とかもあって宣伝してるし、仕方ないね。

 フェイトはというと、早速パンフレットに没頭している。計画を立てるタイプらしい。

 

「観覧車、夜だとライトアップして綺麗なんだって。最後はこれでいいかな? あ、っと、いきなり最後まで決めちゃうのはやっぱダメかな?」

 

「いやいや、ご随意に。今日は俺がエスコート役だし」

 

「しっかりしないエスコート役だなぁ、もう」

 

 向き合い、笑う。あまり身構えない方が楽しく過ごせるだろう。

 なんにせよ入り口近くでパンフレットを広げていると通行の邪魔になる。ほどほどの所で俺とフェイトはベンチを見つけ座る。適当に飲み物や食べ物も買って、どちらかというとデートと言うより子どもに戻ったかのようだ。

 しかし時刻は夕暮れ時、あまり童心に帰ってあれもこれもと選んでいる暇はない。

 

「こういう時損だなぁって思うのはさ、普段空にいるから絶叫系が全然怖くない事なんだよね……」

 

 アトラクション一覧に目を落としながらフェイトは苦笑する。

 それは確かにそうなんだろう。航空魔導士の戦闘速度以上に過激なアトラクションなんてあったらキャーとかワーとか言わずに漏らしてしまう。

 

「子どもの頃とかは?」

 

「ん……そうだね。私、ちっちゃい頃から魔法を使っていたから。だから絶叫系を楽しんだ事はないかなぁ」

 

「へー、そうだったのか。大した魔法を使えない俺みたいな奴には、ああいうのって」

 

 と、そこまで言った所で。

 フェイトがにっこり笑っている事に気付いた。

 

 

 

「にぎゃあああああああぁあああ!」

 

 

 

「――はっ!」

 

 何故だか俺はベンチの上で目を覚ました。夕空で太陽が落ちかけている。時間が経過している、そんな気がするのだが。

 どうした事だろう、途中の記憶が一切ない。何故か心にあるのはフェイトを恨む気持ちだけだった。

 

「な、なんか足がくがくする……」

 

「おつかれタローさん。あの時のタローさんは確かに空戦(そら)に近づいていたよ」

 

 何故だか飲み物を手渡してくれるフェイトに対してとても恨めしい気持ちが湧いてくる。何故だろう、にっこりほほ笑むフェイトはこんなにも優しそうなのに。

 見渡せば周りには俺と同じようにベンチに倒れ込んでいる人達がいた。なんなんだろう。

 

「タローさん、一つ忠告しておくね。天地逆転光速スライダーには、なのはとは乗ってもいいけどヴィヴィオと乗っちゃダメだよ」

 

「え、あ、うん」

 

 ほんと、一体何なんだろう。

 

『教官、お労しや……』

 

 

 

 それから少し休んで、俺達はようやく園内を歩き始めた。フェイトが言うには少しアトラクションにも乗ったようなのだが俺には記憶がないので何とも言い難い。

 穏やかな日々は何事もなく過ぎていった。絶叫系でなければ楽しめるとフェイトは言ったのでコーヒーカップに

 

「はっ、なんやあいつら! 一人でも、一人でも楽しめるっちゅうねん! てか男捕まえるし! 余裕やし! 私の美貌にかかれば、向こうから声かけてくるし! あー、でもとりあえずなんか勿体ないしなんか乗っとかなあかんな――」

 

 向かおうとして、見覚えのある顔がぷんすかしていたので見つかる前に引き返したり。

 フェイトは怖いのは大丈夫なのかとお化け屋敷に向かい

 

『ぎゃ、ぎゃああああ! ちょ、ちょっと教官これうそまじまじでやばいって感じでやばいんでいったん切っていいすかいいですよねいいって言えよばか! 抜けたら電話して!』

 

「お前が怖がるんかい」

 

 結局大丈夫そうだったのでお化けのクオリティに付いて当たり障りなく語りながら歩いたり。

 フェイトが目星をつけていたものは大抵人が多くて時間ががかかりそうだったので、動物のショーを立ち見して

 

「わっ、凄い。自分の背より高く飛べるんだねあの子。可愛いなぁ、私も世話がちゃんと出来るなら動物飼ったりできるんだけどなぁ……あ、可愛い。ぴょこってした、ぴょこって」

 

 フェイトさん今日一番の盛り上がりだったり。

 そんな風にしている内に時間が過ぎていき夕日も沈む。世界が完全に暗闇に覆われる少し前、園内にも街にも明かりが灯った。実用的な街灯もあれば、賑わいに色鮮やかな輝きもある。

 昼間よりよほど賑やかだ。宴もたけなわ、という奴だろう。

 

「よし、最後に観覧車! 乗ろう!」

 

「おー」

 

 フェイトさん完全に盛り上がっていた。大人しい彼女らしからぬ仕草で腕を振り上げるので、俺も付き合っておいた。素に戻ったら恥ずかしいだろうが、まぁ夢の国では恥はかき捨てである。

 観覧車は混んでいるものかと思っていたが、案外と人が少ない。疑問に思っているとフェイトがパンフレットを見せてくれた。どうやら園内パレードがあるので遅くまで居られる人はそちらの場所取りに躍起になっているようだ。

 という訳で少し待てば順番はやってきた。

 

「顔窓に押し付けてわくわくってやったりしないの?」

 

「さ、流石にそこまで子どもじゃないよ」

 

 狭い空間に、フェイトと向かい合って二人。改めて見ると、やはり美人だと感じる。

 胸は大きいし、それに合わせて身体の均衡が取れている。今日一日彼女と並んで歩いた俺は、さぞ男達の嫉妬の視線を受けていただろう。

 でも

 

「やっぱり、皆と来た方が楽しかっただろうな」

 

「あ、タローさんもやっぱり?」

 

 思う事は一緒だ。二人だから楽しい、なんて事はなかった。むしろ少し寂しかったぐらいだ。

 フェイトは美人だし、まぁこういう直接的な言い方をするのはどうかと思うけどエロいし、性格も良いけれど。それだけではなんか違うんだろう。自分で自分の心がきちんと分からないけれど。

 ぐん、と重力の方向が変わる感覚。観覧車が回り、視界がようやく持ち上がる。

 

「そういえばさ、タローさん。手、繋ぐの忘れてたよね」

 

「あ、ほんとだ。忘れてた」

 

「うん、じゃあ今から繋ご。デートだよデート」

 

 なのはちゃんの手もそうではあるが、フェイトの手は綺麗なだけではない。何度も戦って、何度も何かを救い上げてきた手なのだ。白いけれど、少し節もあるその手が差し出された。綺麗なだけじゃない、強くて綺麗な手。

 手を握ろうとして、そういえば正面からだと握手の形になる事に気付く。顔を見合わせてまた苦笑し、俺がフェイトの隣に移った。

 こういう経験がないのでよく分からないが、内側に向けた手同士を絡ませる。

 

「んー、これでいいのか?」

 

「うん、なのはとはこんな感じで」

 

「ちょっと待て」

 

「あはは」

 

 こんな事だから男が寄り付かないんだろうに。なんて言葉は呑み込む。

 だって、そこから見えた景色は本当に綺麗で尊いと思えたから。街の明かりと、綺麗になるように並べられた遊園地の明かり。違いはあるが、どちらも美しい。

 この一つ一つに人の尽力があるのだと思うと、心にこみ上げるものがある。俺は弱いけれど、それでもこの景色を作るそれらを守るために生きているのだと思うと。

 

「ドキドキはしないね、手を繋いでもさ」

 

「うん、そーだな」

 

 女の子の手の感触。新鮮ではあるけれど、そしてちょっと照れ臭くはあるけれど、それだけでどうにかなってしまうほどじゃない。それはきっと、俺が恋している人が別にいるから。

 フェイトが絡めた手を解いた。そしてその手をまじまじと見る。

 

「私さ、色々あって忙しくて。タローさんも、大変な事があったりして。うん、と、なんかお互いさ、変な感じ、だよね」

 

「なんだよ、突然」

 

 照れ臭そうにフェイトは笑う。

 でも、分かる。俺は管理外世界の生まれで、ろくでもない状況から救われてここにいる。フェイトは、詳しくは聞きも調べもしないが特殊な事情で昔から戦っていたらしい。調べなくても耳に入ってくる範囲では、犯罪に近しい事をしていたとか。

 

「だから、なんて言うんだろう」

 

 夜景ばかりを見ていた俺の目が、彼女に吸い寄せられる。

 星空を背に、彼女は笑った。少しばつの悪そうに。

 

「もし、ね。何もなくて、例えば学校とかで青春して会ってたらさ。私とタローさん、好きな人同士になってたかもね」

 

 フェイトに他意はないのだろう。手を握ったからとそういう事もなかった訳ではあるし、これはきっと本当にそう思っただけという言葉。夜景に溶ける、しんみりとした今だからこそ口に出来るちょっとした話だ。

 だが、この場で言ってしまった今、その言葉は違う意味を持つ。

 

「フェイト……」

 

「わ、なに、タローさん。顔、なんか怖……」

 

 それは言ってはいけない言葉だった。言葉を聞く人間を考えるべきだった。

 この状況でそういう言葉を口にしてはいけなかったのだ。例え、手を握ってどきどきはしなかったとしても。

 

「いや、ね、その、もしもの話だから。タローさん」

 

 慌てるフェイトに、俺は言う。

 

 

 

 

 

「これ、声だけ生徒に聞かれてるから危ないぞ」

 

『うっひょおぅ! フェイトさんのスキャンダル頂きました!』

 

「……っあ! あ、ぁ、わああああああ!」

 

 フェイトさん(23)に黒歴史が出来ました。




るんるんるーん♪ るんるんるーん♪ るんるるんるんるーん♪

ジングルベル ジングルベル 鈴がぁーなるぅー

今日は♪ 楽しい♪ クリスマスッ!

へいっ!(吐血


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生徒となのはちゃん

 困っていた。とても困っていた。何故ならば我らがフェイトさんが初っ端から黒歴史を作ってしまったせいで生徒達にどうにも緩い空気が流れているからだ。

 多少は、いい。前にも考えた事だが、俺はあまり硬い空気で徹底していくのが得意という訳ではない。だから馴れ合いと寛容の空気の中、のびのびとやってくれるのは何も悪い事ではない。だが、きっちり締めるべき所は締めなければならない。細かな所で頻発する遅れやミス、それをあまり悪ぶらない少年少女達の態度で、俺はそれを実感していた。

 さらに言えばフェイトに続く人選も悪かったのかもしれない。ナカマジマさん家のスバルとか、八神とか、なんかこう緩いというか優しい空気を持つ人たちに頼んでしまったのだ。叱ると言ってもやんわり叱るしか出来ないこの二人ではどうにも空気に張りが出ない。昔の同僚には性格キツいのもいるが、やっぱりこういうのは結構な実績持ってる人にびしっと言ってもらうのが一番だろう。

 というわけで、俺は最終兵器に手を出す事にした。

 

「ティアナ! この一か月辺りで予定調整出来る日ってある!?」

 

『ないです』

 

 最終兵器は簡単には動かなかった。

 

 

 

 

「えー……今日は皆さんの為に、新しい協力者の人が来てくれてます」

 

 そんな訳で代理を呼ぶ事になった俺だった。なんというか複雑だ。

 なにせ代理というのは俺には嬉しい人物なんだが、でもまだこんな状態の部隊を見せたくはないというか、なんというか。ごにょごにょ。

 整列を呼び掛けてもうだうだと中々集まらなかった生徒を前にする、純白のバリアジャケットを纏った女性。彼女は皆に、気軽に手を振って微笑みかけた。

 

「高町なのはです。普段から教導官をやっているので、今日は皆さんの事を厳しく見ていきます。よろしくね」

 

 厳しく、なんて言ってもその笑顔では皆微笑んじゃうだけだろう。よろしくね、なんて緩すぎるじゃないか。こっちの頬が緩んじゃうぜ……あっ、にやけてる生徒の半分は俺の顔見てる。いけないいけない、気と顔を引き締めなければ。

 なのはちゃんには「どうせ俺は素人だから、好きにやってもらっていいよ」とは言っているが……出来れば、もう少しきちんとした感じでやってほしいものだ。

 

「それでは、えーと、聞いてる限りではまずは市街戦想定のメニューで体を慣らすって聞いたんだけど合ってるかな? その動きを見てどうするか決めるから――」

 

「そうですけど、その前に! 高町教導官、質問です!」

 

 手を上げたのは、フェイトとのデートの件で実況する魔法を使っていたあの子だ。年相応にコイバナが好きで、最年長という事もあって彼女の下の者への影響は大きい。まぁつまり、この緩い空気の主犯格の一人という事だ。

 にこりと天使の笑みを浮かべるなのはちゃんに合わせるように、彼女もまた満面の笑みで手を上げている。普段ならほほえましいなぁ、と思う所なんだけど。なのはちゃんの緩さにも困ったものだなぁ。

 

「うん、どうぞ。でも今日の訓練に関係ない事を聞くつもりちょっと困るかな」

 

 んっ?

 今ちょっとなのはちゃんの表情が動いた気がするが……気のせいなのだろう。

 

「あ、てへへ。困らせちゃってごめんなさいなんですけど……高町教導官はー、ウチのタローせんせの事どう思ってますかー!」

 

 びしぃっとこちらに親指を立ててそんな事を聞きやがる生徒がいた。なのはちゃんが横にいる手前直立不動を保ちはするが、思わず吹き出しそうになった。なんてことを言いやがる、なんてことを言いやがるほんと。俺のハートがブロークンしたらどうしてくれるんだ。

 あぁ、でも、気になる。気になる……なのはちゃんは俺の事をどう思っているんだろう。思わずそちらに耳を傾け

 

「それ関係ない事だよね?」

 

 んっ?

 なのはちゃんの声が柔らかく可愛らしいままなんというか鉄のような響きを持った気がするが、うん?

 

「あ、はい、あの」

 

「私も別におしゃべりは嫌いじゃないし、プライベートな事ならきちんと後で聞いてくれれば常識の範囲内なら答えるけどね。でも、これは駄目だよ。やるべき事がある時は、きちんとやるべき事に集中する事」

 

「あの、でも……」

 

「いい?」

 

「ひっ、はい!」

 

 んっ? んっ?

 

 

 

 俺はどうやら、高町なのはという女性を見くびっていたようである。そう気付いたのは、それからすぐの事であった。

 

「足、止めてるよね? 疲れた? うん、でも疲れてるのは皆だからね。頑張れ」

 

 なのはちゃんはあくまでも優しい。声と表情は聖母のそれだ。だが、その訓練はけして優しくはなかった。

 クラナガンの一画を再現した訓練場で俺のパルクールを改良したものを皆に教えているのだが、なのはちゃんは容赦なく、そして的確にサボりを見抜いた。20人いる俺の生徒がぴょんぴょん飛び回っているというのに、上空から見下ろして、必要とあらば降下し一人一人に指摘をしているのだ。

 飛行魔法超便利。マジリスペクトっす。

 

「タローさん」

 

 と、そんな様子をモニターで見ている俺の隣になのはちゃんが降り立った。その表情は生徒に見せるものと違い、いつもと比べ幾分か険しいように思える。流石の俺もなのはちゃん可愛い、なんて思わず真面目に向かい合う。

 

「なんかこの子たち、締まりがない。私もあんまり固い空気にする方じゃないんだけど、そうじゃなくて……だらけてる、っていうのかな」

 

「あぁ、うん。分かるよね……そうなんだ、どうにも生徒達は」

 

「人のせいに、しない」

 

 びしぃ、と。なのはちゃんの指が俺に突き付けられる。

 

「いい、タローさん? あの子達だってやりたくない訳じゃないんだよ。やりたくないならわざわざ新しくて実績のない訓練なんか希望しない、期待をもって皆来ているの。でも、人間はそんなにずっと一つの希望をもって常にひたむきになれる訳じゃないし、自分を疑う事もある。そこを教えて導いてあげるのが先生の役目なんだよ。技術だけを伝えるんならいくらでも他に教材があるんだから」

 

 まくし立てるようになのはちゃんはすらすらと言葉を紡ぐ。まるで台本があるかのようだ。だが、まぁそんな無駄な台本を頭に叩き込んでは来ないだろう。これはなのはちゃんが自然と思っている事だからすらすらと口から出るのだ。

 とても、心に、痛い。

 

「は、はい、反省します」

 

「反省します? ねぇタローさん、反省したらこれからはちゃんと出来るの? 違うよね?」

 

「う゛、はい……で、出来ません」

 

「出来ない事はちゃんと認めて、頼れる人に頼らなきゃ……私、そんなに頼りにならない?」

 

「い、いや、全然! そんな事は!」

 

 険しい顔から一転、なのはちゃんは柔らかく微笑んだ。

 そうだ、俺は何をなのはちゃん相手に格好つけたいと思っていたんだ。そんな事より、今やるべき事を十全にやれるようになる事の方が大切だろうに。俺はなのはちゃんに頼るべきだったんだ。

 俺はなのはちゃんの味方なんだから、外側ばかり取り繕っても仕方ない。これもあの時思った事だったはずなのに、なのはちゃんに頼るという発想が抜けていた。

 

「……よろしくお願いします、高町先生。俺に、ちゃんと教導の事教えてください」

 

「うん、よろしい! ……って言っても、私に出来る事なんて限られてるけどね。あはは」

 

 茶目っ気たっぷりに笑うなのはちゃんを見て、俺も釣られて笑ってしまう。

 やっぱり、なのはちゃんは凄い。

 

 

 

 市街想定の訓練を終え、生徒達はまた俺となのはちゃんの前に整列する。皆、いつもより息が上がっていた。とはいえ、この程度で動けなくなるほどやわな奴らではないが。

 すぅ、となのはちゃんが一歩前に出る。静かで、力強い動き。その表情には優しい笑顔はなく、ただ真剣さが張り付いている。

 

「皆さんの訓練を見て思った事を一つ。論外です」

 

 ずばっと言い切る。どよめきが巻き起こる――その前になのはちゃんは目と、そしてちょっとした仕草で制した。今から喋るから聞け、とそれを分からせたのだ。

 正真正銘のアホならそれでも喋り続けるのだろうが、生徒達もなのはちゃんが言う通り根はきちんとした奴らだ。戸惑いを顔に浮かべながらもなのはちゃんの顔を見つめる。

 

「私が注意したのは、明らかに気が緩んでいる人達だけです。しかし過半数がそうでした。慣らしとは言えど、上から見ているだけの人に弛んでいると悟られるような、そんな手抜きをするようではこの先を学んでも無意味です」

 

 しん、と場が静まり返っている。言葉一つ一つにそれほど力強さがある訳でもない。話術という訳でもない。ただひたむきに、真面目に、向き合って話している。

 

「真剣に、というのは息が切れるほど力を入れろと言う事ではありません。ただ、目の前の事に対して気を散らさずに頑張る事。……皆、初めにあったそういう気持ちが途切れてないかな?」

 

 そこでようやく、なのはちゃんは少し固い様子を崩して。

 

「もう一度、ちゃんと初めからやろ。先に進むより、今やってる事をちゃんとするのが大事だから」

 

 そんななのはちゃんに、生徒は一斉に頭を下げたのだった。

 

 

 

 その日は結局、同じことの繰り返しだけで終わった。魔導士が来た時にしか出来ない特殊な事なんか全然やっていない。いつも通り、基礎的な能力を鍛えるだけだ。

 でもきっと、そんな事をするよりも生徒達の身になっただろう。だって皆、今日の初めに見た時よりもずっと顔が引き締まっているのだから。

 基礎が大事、というのは俺に対する戒めにもなった。結果を出してもらおうとあまり焦り過ぎても仕方ないのだ。日々、少し歯がゆいぐらいで丁度いい。

 

「高町はやっぱ、凄いね」

 

「うぅん、そんな事ないよ。私だって失敗したことがあるし」

 

 そう言って曖昧に笑う彼女を、やはり俺は尊敬する。可愛いとか、綺麗とか、やっぱそういうんじゃなく彼女の性根が好きだから。

 なのはちゃんは引き続き精神面でも生徒の面倒も見てくれるらしく、全員に連絡先を教えていた。いつも繋がる訳ではない、というのは前置きしての事だが。俺にはとてもありがたい事だが、大丈夫なのか心配になる。

 そんな俺を見て、また彼女は格好よく言うのだ――「私もいつも助けてもらってるんだから、おあいこ」と。

 

「それじゃ、今日はありがとう。また何かあったら俺ならなんでもするから呼んでね」

 

「うん、それじゃ私はもうちょっと皆とお話してから帰るから。家でちゃんと次回以降のメニュー考えてね、タローさん」

 

「うへぇ」

 

 それから、冗談っぽく笑いあって。俺となのはちゃんは手を振って別れたのだった。

 

 

 

「なのはさんなのはさん! 改めて聞くんですけど、タロー先生の事どう思っているんですか!」

 

「うん、タローさん? そうだね、優しくて、頑張り屋で、気遣いが出来る――」

 

「おぉっ」

 

「大事な、友達だよ」

 

「はぁ……」

 

「んっ?」




ヒロイン(大切)
ヒロイン(切実)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

なのはちゃんとデート・準備編……?

はるが過ぎ、僕はいなくなった
やがて君は僕の事を忘れてしまう
ていの良いだけの
かんけいはすぐ途切れてしまうね
わるいとは思っているんだ、だから
いま更新するね
いぬかわいい

かっこいいポエムを考えたので今年最後にして二回目の投稿です


「彼氏にね、浮気されたんですよ」

 

「うん?」

 

 訓練終了後、更衣室から出てすぐの休憩スペースでそう話しかけてきたのは生徒の一人だった。フェイトとのデート()を実況中継していた、最年長の女の子だ。

 俺がなのはちゃんを好きな事は広まっているし、どこから漏れたか俺がそれまでに女の子と付き合った事がないのも広まっている……いや、どこからとか考えるまでもない八神だろ。飲み会という名の糾弾会で俺にそれを吐かせた八神だろう。

 ともあれ、そんな恋愛経験のない俺を前にしてそんな事を言うのだ。慰めればいいのか、笑い飛ばせばいいのか。彼女の表情は淡々としていていまいち掴めない。

 

「まぁ、今回は長続きしないかなーとは思ってたんですけどね。前カノが私の友達だったんですけど、まぁ結構だらしない話は聞いてたんで」

 

「最近の若い子は爛れておる……」

 

 反応に困るわ。

 元不良ではあるが、俺は真面目な不良(?)だったのだ。周りにいる奴らも硬派気取りばっかりで、女をとっかえひっかえなんて奴はいなかった。

 まぁつまり、反応に困るわ。

 

「あ、ちなみに元カレの浮気が分かった経緯が凄く面白いんですけど、聞きたいですか?」

 

「君への見方が変わるの怖いから聞かないでおく」

 

 でっすよねー、とかいうこいつは明らかに俺を舐めている。訓練はある程度真面目にしてくれるようになったが、相変わらずプライベートでは生徒に舐められっぱなしだ。

 まぁ、気にしてなさそうで何よりだ。訓練終了後という事で勿論周りに他の奴らもいるのだが、明け透けに話をしているし。こっちはとても気になるんだが、多少迂闊な事を言っても大丈夫だろう。こっちはとても気になるんだが。

 

「ま、そういう訳で。元カレて言った通り別れたんですけどね。あ、ここも面白い話なんですけど、そいつミュージシャン目指してて私の部屋に転がり込んでたんですよ」

 

「ベタだなぁ……」

 

 周りの女の子たちは既に聞いた話なのか、むしろ俺の反応に興味津々だ。無難な事しか言えねぇ。

 男連中は興味なさげに帰ってしまう奴もいれば、つい耳を傾けてしまう奴もいたりと色々。分かるよ、聞きたい話ではないけど逆に気になるよなこういうの。

 

「同棲していたんで、つまり二人の荷物ってのは私の部屋にある訳でして……本題は、これです!」

 

 そう言って、彼女は後ろ手に隠していたそれを、見せつけるように俺の前に広げた。

 チケットだ。もっと言えば映画――そう、大作であると話題になっている封切り前の映画のチケット。申し込んだ事はないので見た事はないのだが、試写会があると朝のニュースで言っていたのでそれのものだろうか。

 

「二人で行く約束してたんですけどね、まぁこの有様で。と、なーるーとー?」

 

「別に俺を誘わなくても、他に友達いるだろ?」

 

「ちっがーう!」

 

 ぐい、と。

 チケットを胸元に押し付けられる。思わず受け取ってしまったが、はて。

 

「ペアなんですよ、二人組! 何が悲しくて私と行くんですか、教官!」

 

「自分で言うなよ、女の子なんだからさ」

 

「あーもー! そうじゃなくてー!」

 

 周りの女子の視線が険しくなる。ま、また何かやらかしてしまっているのか、俺は。

 髪を振り乱す部下に指をびしぃと差されながら、ちょっとどうする事も出来ない。

 

「元カレと行くって言ってたヤクいものなんか行きたかないから、教官に全面的に譲るつってるんです! ほら、となると、私が誰かを誘う話じゃなく教官が、って話なんですよ!」

 

 ここまで言われると流石に分かった。つまり、まぁ、ついでではあるが俺の恋路の応援という事か。

 急に降ってわいたその機会に脳の処理が追いつかない。が、とりあえず受け取らないという選択肢はないのだろう。自分の鞄の中にそれを入れる。

 

「あ、ありがとう?」

 

「はい、最初から素直にそうやってればいいんですよ! ちなみに知ってると思いますが動物とのハートフルな奴でラブロマンスじゃないんで、教官のようなヘタレでも大丈夫です!」

 

「ひ、ひでぇ」

 

 が、既に否定できる領域じゃない事は理解している。どうやら恋愛事において、俺は結構奥手な方らしいからな。自覚はないが。

 いや、でも、違うんやで? いきなり告白とかして関係性が激変してなのはちゃんに負担をかけるのが嫌なだけなんやで? その気になれば俺だって、好きだとかそれぐらいの言葉は言えるんやで? あんまり大人の男舐めんなよ?

 とかそういう顔をしてみるが生徒達からは物凄い心配そうな表情だけが返ってくる。くそう。

 

「本当に大丈夫ですか教官? それともライトをつけましょうか?」

 

 なんでライトだよ。

 これ絶対どういう事があったか後で聞き出したいって言う出歯亀根性だよね、自分が行って変に巻き込まれるのが嫌なだけだよね。生贄だよね。

 

「えっ、なんで僕」

 

 本人めっちゃ意外そうじゃねぇか。

 

「で、でも……! 僕なんかで教官のお役に立てるのならば……!」

 

 フェイトとは何でもないと証明した後のライトはめっちゃ素直ないい子だった。 

 だが、ばかだ。

 

「大丈夫、それぐらいの事は一人だって出来るさ……ありがとうな、心配してくれて」

 

「教官……!」

 

 意訳するとお前が居ても何の役にも立たないから気持ちだけ貰っておくわという事なのだが、「ありがとう」ぐらいしか聞いていないのだと思う。子どもはばかなぐらいの方が可愛いなぁ。

 

「チッ! では一人で頑張ってくださいね教官!」

 

 ほら、子どもはばかなぐらいの方が可愛いんだよ!

 とりあえず魔法的盗聴を仕掛けようとしたこいつや、物理的に盗聴器を仕込もうとする他の生徒に教育的体罰・拳骨を落としておいて、今日の業務は終了だ。

 さて、家に帰ったらなのはちゃんに電話してみようか。

 

 

 

 車までの道すがら、端末でこの映画について調べてみる。

 とある犬と人間の少女のノンフィクション映画だ。次元世界を越えた所で拾われた犬の、波乱万丈の物語。笑いあり涙あり、アクションありの大作だ。次元世界を越えたりしちゃうとやっぱお金のかかる大作になっちゃうよな……。

 確か昔ニュースでやっていたな。当時の管理局の法では複雑な経緯があってこの犬を受け入れる事は出来なくて、少女の署名でクラナガンで暮らせるようになったんだった。モデルになった少女と犬とはすれ違った事ぐらいあるのかもしれない。

 

 とまぁ、そういうわけだが。

 

「タローさん、私、犬が好きなんだ」

 

「……へぇ」

 

「犬が、好きなんだ」

 

 笑顔のフェイト・T・ハラオウン執務官殿が目の前にいた。

 愛らしい笑顔の裏にあるその意図は読め……いやめっちゃ読める。めっちゃにこにこしてる。

 

「共感する所がね、とってもあるの。タローさんは知ってたっけ、昔アルフっていう子と暮らしてて今はちょっと離れてはいるんだけど、やっぱり仲良しでね。だから」

 

「うぇいうぇいうぇい」

 

 言葉を差し止める。空気を持っていかれたら負けだ……!

 にこにこ笑顔なフェイトを前に、言葉を選ぶ。なんかこういい感じに断りにくい空気を出されたらあかんでこれは……!

 

「誰から聞いた……?」

 

 結局俺の口から滑り出たのは、かなり真正面な言葉だった。フェイトの表情は揺らがない。

 

「ライトからだよ。さっきこういう事があったって早速報告してくれたんだ。あの子、頑張ってるみたいだね」

 

「あぁ、あいつは根性は人一倍だよ。他の誰より上手いって訳じゃないけど、他の誰より力を入れてる」

 

 気の抜き方を知らない、とも言うが。あいつの「ばか」とはそういう意味でもある……いやまぁ普通に頭もよろしくない訳だが。

 しかし、ストレートな言葉を軽いスウェーでかわされてしまった。こんな開き直った態度を糾弾は出来ない。

 俺が次の言葉を迷っている内に、フェイトは笑顔のまま反撃する。

 

「ねぇ、タローさんが自分で申し込んだって言うのなら私も無理にとは言わないよ? でも人から譲ってもらったものだし……私も、お願いするだけならと思って、ね? どうかな」

 

 確かにどうしても行きたいとかそういうものではない……この女、その心理を突いてきているッ!

 フェイトには確かに昔から世話になっているし、最近もライトの事で迷惑をかけたばかりだ。一応細々と埋め合わせはしているつもりだが、そんな彼女の「お願い」とあらば聞くのもやぶさかではない。

 だが、頭によぎるのは心配そうな生徒たちの視線――分かる、ここで失敗すると俺は、生徒達に余計に軽んじられてしまう。「あー、タロー先生はやっぱ奥手ヘタレの童貞野郎だなー」とか思われてしまう……それは、駄目だ。

 あくまで、業務上の問題としてね! 俺のプライドとかではなく! 俺のプライドとかではなく!

 

「……でも、フェイトが知らない人から譲ってもらったものだし、ここで渡したら横流しみたいになるからな。うん、俺も全然見たくない訳じゃないし、うん」

 

「あー、あの子の事なら知ってるよ。なのはと仲良くなってるから、私も話すんだ。タローさんの人脈だね」

 

「そ、そっか。でもまぁ、やっぱり俺も見たいし」

 

「ペアだよね? 二人でいこうよ」

 

 隙がねぇ!

 言い訳を潰されるたびにどんどん自分が委縮していくのが分かる。釈然としない気持ちがありながらも、まぁ別にフェイトに恩を返すならありかなと思っている自分がいる。

 ぐ、ぐぬぬ……だが、今の俺には生徒の後押しがあるのだ。物凄くネガティブなパワーを持った後押しだが。普段ならここで折れてそれはそれで楽しい友人とのお出かけになっていた所だが、まだ心に燃料はある。

 なのはちゃんに、これを渡すのだ。その為には、多少の恥は曝そう。

 

「フェイト」

 

「うん」

 

「俺は、なのはちゃんに、見てもらいたいです……!」

 

 すごく恥ずかしいが、言葉と共に頭を下げる。色々迷惑かけ通しなのに、ごめんねフェイト……!

 

 そして、しばらく。沈黙が怖いが、そろそろと頭を上げる。

 そこには笑顔のフェイトが居た。先ほどとは違う、面白そうな笑顔。こちらを笑うみたいな、そんな顔。

 

「……ぷっ、あはは。うん、いいよ。素直でよろしい」

 

 どうやらからかわれていたようだ。胸のつっかえが取れたようで、一気に息を吐く。

 溶けた緊張が泥みたいに流れ落ちる。こっちはどっと疲れたというのにフェイトは笑顔のままだ。

 

「ひでーなぁ……」

 

「ごめんごめん。でも、もしOKしたら嫉妬しちゃうな……公開されたら私がなのはと行くつもりだったんだから」

 

 安定のなのはちゃん大好き。

 

「それじゃ、頑張ってねタローさん……なのはから、どんな風だったかまた聞くからね」

 

「勘弁してくれ」

 

 まったく、恋路が知れ渡っているというのは大変だ。

 こうして一つの憂いを絶った俺は、なのはちゃんに電話をする為に帰りを急ぐのだった。

 

「タロちゃん、私、犬が好きやねん」

 

「それさっきやったんでもういいです」

 

「えっ、何、ちょいちょいちょちょちょ!」

 

 帰りを急ぐのだった!

 

 

 

 こうして、俺は家に帰ってその後また悩んだり言い訳を探したりしながらしばらく過ごし、そしてようやく意を決した。

 告げる事が出来たのだ。

 

 だから俺は今、胸を張って生徒たちの前に居る。そう、目的は達成したのだからな。

 

「皆! ヴィヴィオと見て来てってなのはちゃんにチケットを渡す事に成功したぞ!」

 

 あー、タロー先生はやっぱ奥手ヘタレの童貞野郎だなーって目で見られた。

 あ、あっるぇ。

 

「教官、私、多分このオチ分かってたよ……プレゼント、したかったんだよね。家族水入らず。うん、そう、教官にしては頑張ったよ」

 

 生徒に頭を撫でられた。やばい、俺には致命的なミスがあったようだ。

 だって、プレゼントじゃん! フェイトを相手に自分で見るみたいな方便は言ったけど! なのはちゃんに見てもらうって事は、なのはちゃんにあげるという事だろう? そうなるとまぁ相手はフェイトかもしれないけど、まぁここはヴィヴィオと言っておくのが安パイだ……俺は、何か間違った事をしたのか……? 先にフェイトが見に行けない流れにしてしまったのがいけないのか……?

 分からない。人の心は複雑怪奇だ。

 

「まったく、教官は……あ、通信来てますよ」

 

 おっと、悩んでいて気づかなかったようだ。

 着替えに向かった生徒達を見送り、通話をする。相手はヴィヴィオだった。

 

「はーい、ちょっと立て込んでてごめんね。何か用かな」

 

『あ、はい。忙しいところごめんなさい……あの、私、映画行きませんから』

 

「あ、そうなんだ」

 

 聞けば学校の友人達と見に行きたいので、一人だけ先に見るのは気が引けるらしい。まぁ、こういう所個人の感覚によるよな。先に見て話して期待感煽るとかそういう人もいるし。

 まぁ、ならそれでいいんじゃないかと思う。なのはちゃんも誘いたい人ぐらい

 

『フェイトママもはやてさんも行きませんから』

 

「ん、あれ、行きたいって」

 

『あと、はやてさんだけじゃなくて八神のおうちの人達はいかないしナカジマのおうちの人達もだめで、ティアナさんも予定が合わなくて! あ、フェイトママのお兄さんも家族サービスでいけなくて、ユーノさんなんか仕事続きで! 教会の人は、えーと、映画に興味なくて、他の人も全員無理なんです!』

 

「無理なんだ」

 

『そうなんです!』

 

 なんだかとても無理に理由を作っているようだが、ここで嘘を吐く意味もない。多分本当なんだろう。

 でも、はて。そうなると。

 

『タローさんは休みだって聞きました。おやすみ、なんですよね?』

 

「あー、うん。そうだね」

 

『……そういう事ですから! なのはママにも言ってあるけれど、そういう事ですから!』

 

 そうして通話は切れた。

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 えっ。




はるかなる虚無
やがて神なる者生まれ
てずから大地を創世する
かいきする世の理
わが腕の中で果て逝く光
いま未来を紡ぎ出せ
いぬかわいい

かっこいい詠唱考えたので、次回の予定は未定です。ゆっくらゆっくら、忘れそうになった時に不意打ち。
あ、感想返信は「もしかしたら二度と更新しないかも」って状態でやるのは不誠実だと勝手に思っているので放置していましたが、今更ながら、少しずつお返事させてもらいます。感想書いてくれた人まだ読んでるのかな……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話・少女のたくらみ

なんか昨日捗った俺「投稿は来年にしてやると約束したな?」

どうせ次の投稿まで長引くんだからストックにしてもよかったんじゃねぇのと思う俺「そ、そうだ大佐。や、やめとk」

クリスマスに特に予定の無かった俺「あれは嘘だ」

まぁどうせノリでやってるからいいかの俺「ウワアアアアアアア」


「なのはママってさ、結婚とか考えた事ないの?」

 

 友人のタロー・メリアーゼから、「たまたま手に入った映画のチケットがあるんだけど、自分は興味ないからヴィヴィオと一緒に行くといいよ」との連絡を受け。悪いとは思ったのだが、本当に興味がなくてチケットを無駄にするぐらいなら……と、数分の押し問答の末に了承して。

 夕飯をさらに盛り付けながら娘のヴィヴィオに言われた言葉がそれだった。

 

「んー……」

 

 結婚。

 その言葉に夢と希望を抱いていたのは何歳ぐらいまでだっただろうか。多分小学生かそこら、一般的な事だと思う。中学生になると、現実的な恋愛の問題が首をもたげ始めるから。

 しかし、そういえば、その頃も自分は恋愛なんてしていなかった。相手がいなかった訳ではないが、曖昧なままの関係で結局断ったようになってしまったのが数件あって、それからきちんと断るようにしていたのだ。

 それは何故か。考えてみればすぐに答えに辿り着く。

 

「うーんと、ね。ここに、ママのご飯があります」

 

 ヴィヴィオに向き直って、真面目くさった調子を作ってなのはは言う。

 いつも通りの夕飯は、ヴィヴィオの手によりきちんと食卓に並べられていた。喫茶店の娘として料理にはそれなりに自信がある。拘りもまた、ある。そのなのはから見ても満足のいく配膳だ。

 こういう所もきちんと女の子らしくなってきた。こんな話をするのは女の子らしくなって、色気づいてきたからなのか。思いながらも話を続ける。

 

「それから、冷蔵庫にはおやつに買ってきたプリンがあります」

 

「ほんと!?」

 

「ほんとだよ、後で食べよ。……ね、ヴィヴィオはどっちも好きだよね?」

 

 こくこく、頷くヴィヴィオに満足げに頷くなのは。

 

「でも、一緒に並べられて一緒に食べてって言われたら?」

 

「う、ちょっと嫌かも。多分ご飯に合わないよ。ご飯食べた後が良い」

 

「そうだよね。ママもそんな感じかな」

 

 恋愛とか結婚とかは素晴らしいと思う。それで幸せになった人をなのはは捻くれた目で見るつもりはない。

 なのはの歳で結婚をしている人も珍しくはない。周囲にもそんな人はいるし、そういえばなのはだってそういう話を振られない訳ではない。

 でも、まだなのはの人生はメインディッシュなのだ。デザートに移るには少し速すぎる……と、思う。

 まぁ恋愛や結婚がメインディッシュな甘党もいるのだろうが、少なくともなのはにとっては違うのだ。この生活が充実していて、達成感がある。

 

「でも、教導官のお仕事やりながら結婚してる人もいるって聞いたよ」

 

「だ、誰に聞いたの」

 

「ティアナさん! ママのお仕事の事とか、たまに聞くから」

 

 近頃大人びてきて、こういう自分から手が離れた事もよくするようになってきた。喜んでいいやら、寂しがればいいやら、だ。

 でも、確かにヴィヴィオの言う通りだ。なのはもヴィヴィオを育てると決めた時から十代後半の全盛期よりは仕事の少ない所に移してもらったし、これ以上に仕事を減らす事も出来る。主婦と仕事の両立だって無茶な事じゃない。

 なるほど、そういえばなのははメインディッシュを食べ終わる事も出来る位置にいる訳だ。

 

「んー、でもなー……さっきの例えで言えば、まだお腹いっぱいでデザートが入らないというか」

 

「食が細いねー」

 

 ほんとのご飯は人並に食べるのに。口を尖らせながら、ヴィヴィオはいただきますと手を合わせる。

 自分で作った食事は味もいつも通り、だ。自分の料理だけれども誰に謙遜する必要もない素直な感想を言うならば、普通に美味しい。美味しくて、いつもと同じ味がする。レパートリーが増えても、それをいくら駆使しても、違うレシピを作り続けるなんて非現実的だ。出来なくはないが手間はかかるし、美味しく作れるかもわからない。

 うん、そう、安定した味なんだ。納得して、なのはは一人頷いた。

 

 なら、デザートはいつもと違う味? 少なくとも、自分の料理とは違う味だ。

 

「んー……」

 

「難しい顔してるね、ママ」

 

「そうさせたのはヴィヴィオだよ、もう」

 

 お腹いっぱいでデザートが入らない――自分の言葉を反芻する。例えの通り、なのはのエネルギーは全部仕事とヴィヴィオに向いている。そりゃそれ以外にも息抜きや趣味はあるが、恋愛はそれと同じようにはやれない。

 恋愛にはきっと沢山のエネルギーが必要だ。幸せかもしれないが、気を抜いてふにゃっとやれる事じゃない。相手とちゃんと向き合って、相手の為に何かをして、相手に何かをしてもらって……それはきっと、とてつもなくエネルギーが必要な事だ。

 

「気になるなら、試しにやってみようよ。なのはママ、綺麗だから男の人もすぐ好きになるよ!」

 

「うーん……簡単に言うけど、ねぇ」

 

 出会いの場はある。管理局内で合コンがあったりするし、男性の知り合いもいるし、なんだったらお見合いでもいい。

 だがそういう事を管理局の若きエースオブエースがやるとなると、ちょっとどころではない波風が立つ。がっついてると思われるのはなんとなく嫌だし、それ以前にそういう話が広がってその気もないのにそういう空気になってしまったら最悪だ。仕事は気持ちよくやっていたい。

 

 それに、その。恋愛をするという事は、その先もあるという訳で。その先という事は、つまり。

 桃色の空想が浮かぶ前になんとか頭の中に浮かべたそれをかき消す。ちょっとそれは、自分には想像もつかない所だ。

 

「色々あるのっ、大人には」

 

「顔が赤いよ~。ちゅーするの怖いんだ、ママ!」

 

「っ、いや、えっと、ママだって、ちゅーした事ぐらいあります!」

 

 嘘だ。思いっきり嘘だ。

 唐突に口を突いて出てしまった言葉。あぁ、私って結構そういう所見得張りたいタイプだったのかな……なんて自分の新たな一面を発見しながら、脳内はフルスロットルで空回る。えっと、どういう嘘だろこれ、どう繋げればいいんだろう、いやでも今更「した事ない」とも言えないよね、えっとえっと――

 そんな混乱したなのはに、ヴィヴィオの言葉が突きつけられる。

 

「じゃあさ、ママは男の人とデートした事あるの?」

 

「あ、あるよ! 結婚してないだけで、ママだってヴィヴィオより沢山生きてるんだから」

 

 こんな事を言いながらも脳の片隅では「どこからがデートなんだろう。男の人と二人で出掛けたらデートだよね。思い出そう、学生時代には一度ぐらいそういう事があったはず、あったはず……」とか考えているが、動揺は顔に出さないように努める。思いっきり出ているが。

 ヴィヴィオがほくそ笑んでいる事に、混乱しているなのはは気付かない。こういう所はヴィヴィオの方が強かであった。

 

「じゃあさ、映画、タローさんと行って来たらいいんじゃないかな?」

 

「ふぇっ!?」

 

 予想外の所。混乱した頭を殴り飛ばされるような衝撃だ、戦闘の際の不意打ちと同じぐらい驚く。

 完全に手玉に取られていた。

 

「な、なんでタローさんなの? この流れで……」

 

「だってママ、色々あるって言ったけど、タローさんともそうなの?」

 

 言われて考える。

 自分が恋愛を考える事もしない理由は「恋愛にはエネルギーがいる事」「恋愛をする気だと広まれば人間関係が面倒臭くなるかもしれない事」、そして「その先にあるものが想像もつかないから」。我ながら、並べてみるとちょっと臆病な理由が多い。

 

 本当に恋愛をするのではなく、あくまでもお試し。恋愛をする気になれるかとか、そういう試金石だとするならば。

 彼が相手ならばそれほど普段とは変わらないし一つ目の理由はクリアだ。君の味方だからいつでも頼ってくれていいと彼は言った――些細な事だが、こういうのも頼らせてもらっているという事になるのかもしれない。

 二つ目も、タローとならばそこまで気にもされないのではないだろうか。二人きりという事はあまりないが、友人としてよくプライベートでも話す仲だ。

 となると、最後の理由だが。

 

「……ならない、よね」

 

 そういう事にはならない。なるはずがない。だってお試しなのだから。うん。

 男は狼だ、なんて言ったのは姉だったろうか、母だったろうか、もしかしたら知ったかぶりのはやてだったかもしれない。彼だってまぁ、そういう一面はあるのだろう……なのはから見る限り誠実で優しい人にしか見えないが。

 味方だ、と言った彼の事を信じたい。たとえ狼であろうとその牙は上手く隠してくれるはずだ。なのはが嫌がれば、無理やりにそういう事にはならないはず。

 

 じゃあ、もし。自分もそういう気になって、そういう雰囲気で、そういう場所だったら――

 

「ママ、なんか顔赤いよ?」

 

「なんでもない……」

 

 ぐだー、と空の食器だけが並ぶ食卓に突っ伏す。

 考えているだけなのにどっと疲れてしまった。エネルギーを使うという自説が間違っていない事が証明されてしまった訳だ。

 

「ねぇー……ヴィヴィオ……やっぱりママ、結婚なんていいよー……まだ早いよ……」

 

「だめっ! そんな事言ってたら、すぐおばさんになって、結婚してればよかった……って、思うんだよ!」

 

 それは誰から聞いたの、なんて言い返す元気もなくて。

 食器を片付ける元気もなく魂が抜けたように呻くだけだ。

 

「でもー……今更、一緒に行きたいだなんて」

 

「じゃあ、私から言っておくから!」

 

 てきぱきと、ヴィヴィオは食器を片付けながらそんな事を言う。言ったからには本当にやってしまうのだろう。

 そういえば、タローと気まずくなった時に背中を押してくれたのもヴィヴィオだった。これもタローに聞いた話だが、昔は「はやく誰にも迷惑を掛けないようになりたい」と思っていたらしいヴィヴィオも、立派に育っているように思える。

 自分が九歳の頃は、ユーノと出会ってあの波乱万丈の冒険を繰り広げていた時だ。そんな自分と、どちらがしっかりしているのかは分からないけれど。

 とりあえずこういう所はなのはよりもしっかりしている気がする。もしくは、当時の自分に似て頑固。

 

「……老いては子に従え? そんな歳でもないと思うんだけどなぁ」

 

「もー、ママどいてよー。テーブル拭けないよー」

 

「わ、待って待って! 私も手伝うから!」

 

 高町家の夜は騒々しく更けていく。

 

 

 

 高町ヴィヴィオは、何も思いつきで『結婚』なんて口に出したわけじゃない。ずっとずっと考えていた事だ。

 「私がいるだけ迷惑をかけている、ママの重荷にはなりたくない」なんて事はもう考えてはいないけれど、「だからどれだけでもママに頼るし全てを任せよう」なんて事も思ってはいない。世間一般の子どもならばそれでもいいのかもしれないが、自分は複雑な家庭なのだ。

 母子家庭で、管理局員のエースオブエースの母に聖王の娘。そしてもう一人のフェイトママ。複雑で特別である事は悪い事じゃない、でも全部が他と一緒という訳にはいかない。その他とは違う所を、ヴィヴィオはなのはに任せるだけでなく自分でも考えていきたいと思っている。

 

 迷惑になるからとママから離れるのでもなく、ママだからって全部任せきりにするのでもなく、二人で幸せになるために何が必要か考えるのだ。それがまだ子どもである自分にとって大事な事だと、ヴィヴィオは思っている。

 

 そこでヴィヴィオは考えた。母子家庭でも暮らしていけるけれど、「お父さん」を迎えるのは一つの選択肢だと。家族が増えるのは嬉しい事だし、何よりママ一人で負担している事を分け合えるようになる。

 勿論誰でもいいという訳ではない。聖王である自分を受け入れてくれて、頑張り過ぎなママを認めてくれて、そういう全部を打ち明けても一緒に居てくれるような人。

 

 そして何より、ヴィヴィオ自身が好きになれる人で、ママを愛してくれるような人。

 

――やっぱり、タローさんじゃないかなぁ?

 

 高町ヴィヴィオはほくそ笑む。何かを企む、ちょっとだけ悪い微笑み。

 父親というのはどういうものかは分からないけれど、タローがそうなるのは悪い事ではないと思う。もし悪い事ならば見込み違いだったという事で、それはそれでタローなら上手くやってくれるんじゃないかと思う。リコンとかしたってきっとタローさんはタローさんだ、と。

 

 女の子は、計算高くてずるいのだ。さっき食べたプリンの甘さを思い出しながら、ヴィヴィオはすやすやと眠りに落ちた。




女の子は、計算高くてずるいのだ(七割方ティアナ直伝)

そう言えば前回久しぶりに更新するモチベーションになったきっかけに、友人と合作したはいいが途中で上手く進まなくなって「途中だけど投げるかぁ!」てなった奴を宣伝しようと思ったというのがあります。
ちょっと作風違うし、なのはじゃなくてISだけど、まぁ駄目元でも露出増やした方が読んでくれる人は増えるかなって奴なんで、興味ない人は気にしないでくださいね!

野郎共はIS学園で「シブさ」を追い求めるようです
http://novel.syosetu.org/69164/


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。