ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻) (Edward)
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序章
始まり


ファイアーエムブレムの聖戦の系譜、当時この世界観が大好きで何度もプレイしていました。
なんといっても親子二世代にわたるドラマが大反響でしたね、なにもわからずカップリングして悲惨な結果に、何てことも今はいい思い出です。
私の悲惨はエーディン×デュー(スキルが貧相)とかクロード×ティルテュ(バルキリーの杖がお飾り&スキルが貧相)などなど・・・。
あまり更新は早くないですが、ゆるりといきますのでお願いします。


ユグドラル大陸、この大陸はかつて暗黒神が降臨した呪われた地である。

降臨した暗黒神ロプトウスの化身は、当時最大の王国であったグラン共和国を瞬く間に滅ぼしてロプト帝国を建国、人々に永き苦しみを与え続けていくこととなった。ロプトウスは宿主の肉体が滅んでも直系の子供に憑依し永遠の圧政を引き続け、絶望の底へと誘った。

近隣の国もその圧倒的な軍事力の前に取り込まれ、全土を支配する直前まで侵食された。人々の期待する反乱軍も壊滅寸前まで追い込まれ、唯一の拠点となったダーナで決死の戦いに挑もうとしていた。

戦いの前に祈りを捧げる12人の若者の前に奇跡が起きる、12の神が彼らの前に降臨し暗黒神へ対抗する能力をお与くださったのだ。その奇跡により反乱軍は息を吹き返す。

拠点を取り戻し、各地より人々が反乱軍に加わりロプト帝国打倒に拍車がかかった。

それでも長い長い死闘の末、ロプト帝国とロプトウスの化身を打ち倒す事に成功する。呪われた地はたくさんの犠牲の中でようやく平和を手に入れたのであった。

その後、神々の力を手に入れた若者達は荒れ果てた大陸の復興を行い約100年の時が流れる。

ロプト帝国とその暗黒神の闇は歴史の中の存在となり、聖戦の逸話と共に脈々と受け継がれる系譜と聖遺物のみが現代に伝わり続けるのであった。

 

 

ユグドラル大陸の最北端に位置するシレジア王国は一年の半分が雪に覆われた厳しい地域、大戦に活躍した12の聖戦士の1人で風使いセティが故郷に戻り興した国である。

セティからその能力を受け継いだ現国王は聖遺物である風の奇跡を駆使し、内外の脅威から救い出す者として永くこの国を平定し続けていた。

 

その国王統治の元、風の魔力を扱う魔道士とシレジアで育つ天馬を操る騎士は古来より国を護ってきた。

世継ぎには国王の息子であるレヴィンもセティの力を継承し、この国は安定するとすべての国民が安堵していた。

しかし国王の兄弟であるダッカーとマイオスは次期国王にレヴィンが即位する事に異論を唱え、王宮から離れて機会を伺い出したのである。

レヴィン王子は実力者ではあるがまだ若い、各々の息子と変わらない年齢の男に指示される事に抵抗があるのだろう。

それに現国王は数年前より病を患いその力が低下した事により軍部をダッカー王弟が指揮し、執務をマイオス王弟が握らせてしまった事がシレジア王国にとって痛手となっていた。

 

そんなシレジア王国のマイオス王弟には多数の子供が存在し、その中に異端児とも言える者がいた。この物語の主人公である。

名はカルトといい、青年と呼ぶにはまだ幼い印象を残す男子が父マイオスの元を離れシレジア城にて魔法の訓練に明け暮れていた。

 

 

 

 

「ウインド!」

魔道書を右手に抱き、左手を前に突き出して初歩の風魔法を使用する。放たれる一撃は真空の刃となり対象の人形を切り刻む、最近は威力がましてきているのか王宮の上位魔道士が使うエルウインドと同等に近い物になってきていた。セティの血が俺の風魔法の力に作用しているからだ。

 

親父にはセティの聖痕は一切でていない、伯父貴も同様である・・・、その事も現国王に強く劣等感を抱いて反発心を産んでいるように思えた。

その親父達には出ていない聖痕が、何故か俺には出現した。レヴィンほど顕著でないので、風の奇跡であるフォルセティは使用できないが他の魔道士よりも成長速度が速く、魔力も日々増してきているように感じた。

ダッカーの伯父貴にも子供が何人かいるが聖痕を見かけた子もいた、ムーサーとか言ったかな?出来ればダッカーのようにならないで欲しい。

 

「やってるな!」国王の子であるレヴィンが声をかけてきた、翠珀の髪が美しくウェーブがかかり整った顔は王宮に描かれている絵画の聖戦士セティとよく似ている。俺とはえらい違いだ。

隣には天馬騎士のマーニャが護衛に就いている。彼女は常に王子の身辺警護を担当しており、その実力は天馬騎士団の四強の一角を担う程の実力者である。

 

「レヴィン、久々だな。親父さんのお加減はどうだ?」

俺は口が悪い、隣のマーニャはいつも顔をしかめるがレヴィンは俺の口調に一切気にしない。奴も俺と同様に口が悪いからだ。

レヴィンは少しうつむいた、思ったよりよくないようだが彼は気丈に振る舞う。

「親父も聖戦士の末裔、簡単にくたばらないさ。」

「そっか、大事にしろよ。お前の親父さんは偉大な国王なんだからな!・・・それと余計な心労をかけてすまんな、うちのバカ親父があんな体たらくで。」

「・・・。」

レヴィンは黙って俺の続く言葉を待っていた、それまでは聞いてくれるかのように髪と同様の瞳が俺の心を射抜いている。

「レヴィン、俺は近いうちにシレジアを出ようと思う。」

「祖国を捨てるのか?」

「・・・国王が弱体している中で親父は国王派を力で押え込む為に兵力を増強しているらしい、このまま放置すれば国内は乱れてしまうだろう。

親父の性格を考えれば、俺を引き込む算段もしていると思われるしな。それならいっそ国を出て力をつける旅に出たい。親父もまだ数年のうちは行動に出ないだろうから、その間に見聞を広げておきたいんだ。」

 

親父には正直会いたくなかったが、何度も説得しに行ったが一向に考えを改めない。戦力差があるがゆえに今は静かにしているが近隣諸国に使いを出して傭兵を雇い、新兵を採用して訓練を怠らない。

まだ数年は行動に出ないだろうが何を引き金に事を起こすかわからない状態である、その膠着状態のうちになんらかの止める手段を手にしなければならない。

 

「そう言う事か、シレジアで今までのような訓練ではお前の能力は伸びきれないだろう。世界は広い、見聞を広げてシレジアの力になってくれると信じているぞ。マーニャすまないが手伝ってやってくれ。」

 

「・・・しかしレヴィン様、そのようなご勝手な真似をされては困ります。ラーナ様を困らせないで下さい。」

予想通りマーニャは納得はしていなかった。もしかしたらマイオスの息子として寝返り、直接傭兵達に交渉する可能性もあると彼女は考えているかもしれない。

 

「カルトは俺の親友だ、親友の言葉を疑うような事はよしてもらおう。母上からは私から言っておく。だからマーニャ、カルトに協力してくれ。」

マーニャはしばし沈黙を続けていたが、レヴィンの性格は熟知しての結果だろう。無言で頷くのであった。

「感謝する。」俺は深く頭を下げて一礼し、レヴィンとマーニャに感謝の意を伝えた。

 

 

 

 

俺はレヴィンに近日に出ると言ったがこの日の夜に旅立つ事にした。

マーニャの助けを貰えば、シレジアからの脱出は簡単な物である。彼女達の天馬に乗り、空からの脱出になれば山でも川でもひとっ飛びで越えられるのだ。

しかし徒歩での脱出となると話は違ってくる。平地で他国に渡れる手段はザクソンからイード砂漠方面しか抜ける道はないからである。だがこの苦難の道を俺は敢えて選ぶ事にした。

脱走者の手助けをマーニャが幇助したとなればレヴィンの立場もないだろう、親父が因縁つける理由を増やさないためにもここは黙って独断で出た方が無難だった。

出立する直前に親父宛ての手紙を使いに出して同じ文面を宿舎にも置いてきた、これでなんとかなるだろう。

冬の時期は時化が酷くて残る手段の海路は期待できない、予定通りザクソンから抜けてイード砂漠へ、そしてイザークへ行こうと思っていた。

イザークは聖戦士であり剣聖オードが興した優秀な剣士が多い国、マージファイターを目指す俺にはちょうどいい所だろう・・・。

そう、俺はここからこの世界が暗黒に向かう計画に巻き込まれていくのだった。




カルトとシグルドを合流させるならどの辺りがベストでしょうか?今の所はイザークに向かっているのでひと悶着の後ゲーム一章のあの女性剣士で合流させようという案ともっと始めに序章の槍の聖戦士と共に合流させようか考えています。
もし、詳しい方がいらっしゃいましたら別案をお待ちしております。


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脱出

シレジア脱出編を書かさせていただきました。
大きな進展はありません、ゆっくりと暖かい眼で見守って下さい・・・。


俺がシレジアを旅立って一週間、シレジア領のザクソンの監視の眼が光る中で夜間移動に徹する。なんとか抜け出る事に成功するのだがまだまだ油断はできない、次のリューベック領を越えなければシレジア領を抜けた事にはならない。シレジア国の国境線があるのでさらに警備が厳重になる。

 

極寒のシレジアの森林地帯を夜間のうちに移動し、昼間は身を潜める隠遁生活を行っていた。今の時期のシレジアは昼夜を問わず灰色の雲で覆われており、風雪が絶え間なく襲うので視界はかなり悪い。

しばらくは見つかる事はないが国境近くは警備が厳重でそうは行かない。身を隠す森も少なく、監視用の矢倉や砦が点在する。どのタイミングで一気に国境を抜け出すかが勝負であった。

 

 

リューベック周辺にてシレジア脱出は相当な神経を使う事になる、最終的には強行突破も考えなければならない。シレジア兵と言ってもリューベック兵の所属は叔父貴の私兵だ、俺の謀略とわかれば親父と戦争になって共倒れもいいかもしれない。・・・そんな都合のいい結果には結びつかないだろう、親父の子供であるが身柄はシレジアである。そこを突かれるとシレジアにとっていい方向ではない。

 

リューベック城手前の森林地帯で夜を待っていた、今夜は新月なので一段と暗闇が濃く脱出には最適である。

後は現在止んでいる吹雪が再び吹き荒れてくれれば、行動できると踏んでいた。

この一週間、火は煙を出さないアルコールランプの熱で暖をとり、少ない簡易食糧で生命をつないでいた。いくら寒さに慣れているシレジアの民でも限界を迎えつつある、これ以上この寒さに晒されていれば凍傷が酷くなり切断にもなりかねない。暖を取るアルコールも残り少ない、今夜のうちに脱出しなければ・・・。

 

待てども暮らせど念願の吹雪はやってこない、そろそろ進まねば深夜に国境突破できないと判断した俺は意を決して進む事とする。

途中で襲われた雪熊の真っ白い毛皮を羽織り歩み始めた、見つからないでくれよ、と俺は小さく呟く。

できればリューベック城の手前にある村で少し休息を取りたいが、リューベック兵が待機している可能性もある。村を横目に見ながら森林際を伝うように歩き、異常が感じられればすぐに森林に飛び込む用意をする。

まっすぐに歩けば深夜にはリューベックを抜けられる距離まできている、しかし迂回をすればおそらく夜明け直前になるだろう、焦りを伴いながら足を運ばせた。

 

 

俺は魔道士だが、剣術を身につけたいと思っていた。

しかしシレジア軍に入隊しても魔道士か天馬騎士しか選択肢はない。

天馬騎士団は女性しか入隊出来ない上に、幼い頃から厳しい訓練を受けなければ天馬に乗る事が出来ない。

魔道士になるにも、生まれ持っての才能がなければ習得する事が出来ない。

魔法戦士と言われる存在も少なからずいるのだがとても剣士とまでは言えず、魔法の補助程度の物である。シレジアでは剣を指南してくれる人がいないので他国で修得しようと考えたのだ。

 

シレジアに剣士や騎士がいないのはこの厳しい気候に加えて山林が多い地形の為、それらがシレジアを襲ったとしても遠距離攻撃の魔道士と上空から襲うことのできる天馬騎士に苦戦を強いられてしまうからである。

 

そもそも剣を修得する理由だが、今後他国に訪れる上で剣術を見につけるのは必須項目と考えているからだ。

魔法も万能なものではない、奇襲を受けた時は動揺から集中力を欠いてしまったり、使い過ぎて精神力の低下により発動しなかったりと不安定要素が高いのだ。

安定した力を要求するならやはり己の肉体を武器に闘うのが一番だ・・・。精神的な動揺や疲労から万全ではない状態はあるが、魔法のように発動しない事はない。何より、魔法みたいな地味な攻撃より剣でなぎ倒していくほうがかっこいい!!と思っている。

レヴィンにこれを言ったら彼はあきれてしまい、

「本物の馬鹿だな・・・。」と言われてしまった。

 

くそ!見ていろ、俺は絶対に会得してやる!!

 

奴は将来のシレジア王になる男だから俺のような気苦労を理解してくれないかもしれないが、全てはお前の為だ!俺はお前が王になる為ならなんだってやってやる!

 

焦りを決意に変えていた時にわずかだが風が頬を撫でた、自然の風ではない・・・。風には獣の臭いが含まれている!

迂闊だったここはシレジアである、シレジア王以外にも親父と叔父貴が天馬騎士団も有している、上空の警戒に散漫になっていた。やはり上空には一体の天馬が上空を旋回しておりこちらを見据えている・・・。

俺はまだ未達の鉄の剣と魔法の準備に入る為、意識を集中させていく。単騎とはいえ天馬を悠然と操っている飛空能力からしてかなりの腕前である、上空の風は強いにも関わらず天馬はその場を停滞飛空をしており従者も緻密な制御を行っている。

迂闊に手を出せば、逆に殺されてしまうだろう・・・。

シレジアの魔道士が天馬騎士にサシで勝負をするなど愚の骨頂である、天馬は魔法の抵抗力が強くて従者を守っている・・・。

よほど強力な魔法を行使しないと勝ち目はない、奥の手はあるにはあるが運よくこの場を退けたとしても体力も精神力も低下した状態で脱走者の存在が知れれる事になる。次に見つかればその場で処刑される可能性もあるし、国境警備も厳しくなる・・・。

ここは様子を見よう、俺は剣をしまい両手を挙げて降参の仕草をとる。

卑怯だがこの降伏を前面的に信用して無警戒に降りてきたら万々歳だ、剣を突きつけて脅してイード砂漠まで乗せてもらおう・・・。

俺はありえない計画を思いつくが、無駄な足掻きを考えてしまった・・・。馬鹿だな、俺・・・。

 

旋回していた天馬騎士はゆっくりと俺の前に降り立った、細身の槍を携えているがまるっきりの少女である。天馬を操る能力はあるが降り立ってしまえばこちらのもの、懐の短剣を確認しながら素振りに気付かれないようにその場で畏まった。

顔を雪原に伏せているようにしているものの、相手の動向の監視は怠っていない・・・視線に気付かれないように伺っていた。

しかしその天馬騎士はなんと天馬にその細身の槍を収納部に差し入れてこちらに来るではないか!俺はあっけにとらわれてしまうがここはチャンスだ!

もう少し近づけば馬鹿な思いつきが行動できる、ほくそ笑みを抑えつつ体勢を維持する。彼女は私の行動距離まで歩み寄り、言葉を発しようとした瞬間を狙った!

「!!」

彼女に動揺の顔がうかがえた、視線の端でしか捕らえていないが今は生き残る為に最善を手段をとる。

あらかじめウインドを使用して畏まっていた自分の地面の雪を固めていた、足場が出来上がれば一気に彼女との距離を詰めて手を取り背後に回り懐の短剣を首筋に当てた。俺って、魔道士より暗殺者に向いているかも・・・・。

「俺の言う事を聞いてくれれば危害は与えない、イード砂漠まで俺を乗せてくれ・・・。」出来るだけ低音の声で彼女に囁い。

「・・・・・・、レヴィン様にそのように仰せつかっていましたのでそのつもりでしたよ。」返ってきたその回答はなぜか一面の雪原が春の草原のような、のどかで牧歌的な口調であった。

俺は短剣をしまうと彼女の正面に回る、そこにはマーニャの妹で同様に天馬騎士のフュリーであった。

「おっ、お前!まさか俺を探して?」

「カルト様をお探しするのは苦労しましたんですよ、でも見つけたと思いましたら突然襲ってきますし・・・。何をなさるのですか?」

マーニャの俺に対する警戒に対してフュリーの天然には姉妹そろって苦手である・・・、調子が狂って頭までいたくなってきたぞ。

「ああ、そういうことか・・・。マーニャーに言われて俺を国外まで手引きしてくれる予定の人物ががフュリーだったんだな」

「そうです、もう少し付け足しますとレヴィン様は即日に行動起こすかもしれないから監視するように言われたんですが部屋に赴いたときにはとっくにいなくなっていて驚きました。」

レヴィンの奴、俺の行動を見抜いてやがるな。舌打ちをして奴の頭脳の良さに辟易した、将来のシレジアには結構なんだがな・・・。

「立ち寄りそうな村を寄ってみたんですが、カルト様のような人物は見ていないというものですからこの一週間地道に探したんですよ。」

「な、なに・・・。俺の素性を言って回ったのか!やばいじゃねえか、さっさと俺を送りやがれ!!」

何、陽気に事の事情を伝えてやがる!これじゃあどんなに俺が頑張っても国境近くは厳戒態勢じゃねえか!!もう手段は考えられるものは無かった、フュリーの天馬で一刻も早く天空からの脱出しか手は残されていなかった。

「え?・・・なに、なにかいけないことしましたか?」天然娘の疑問は後回しに俺は天馬に飛び乗ってフュリーに騎乗を急がせた、陽が昇れば俺の脱走計画手段が全て使えなくなる・・・。

レヴィンの奴、頭脳は最高だが意地の悪さは筋金入りだな、これも見越してこんな天然フュリーをを俺にあてがったんだな!あんにゃろう、いつか絶対に俺の存在をありがたく感じて涙するくらいにまでなってやる!!

フュリーはレヴィンの思惑も、俺の怒りも、全く気にする様子も素振りも無くいつもの調子で天馬を南の方向へ飛ばすのであった。




フュリーいいですよね。
本編ではお間抜けキャラのイメージが強いのですが皆様はいかがですか?シャガールの言葉を鵜呑みにしたりシルヴィアとの舌戦は戦場最中とはいえないほのぼのさを感じていました。
次回はイード砂漠~イザークの模様を独自視点から書いて見たいと思います。


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イード砂漠

半年ぶりの更新になりすみません・・・。
ここからは少しずつですが進めていくように努力します。


リューベックより南下して数時間、夜の闇は終わりを告げる。東の空より太陽が徐々に昇り始め、空が白け始めてくる。

俺は視界が明るくなってきた眼下に見る、あんなに豪雪地方のシレジアも南に下れば一気に砂漠の不毛地帯が現れだす。

シレジア領はすでに抜け出ており、追っ手がやってくる様子は無い。とりあえず一安心したのだがここから他国での行動となる、さらに引き締めて行動する必要があると感じた。

期待と不安が入り混じったなんとも言えない気分となっていた、昂ぶる思いから冷静になる為に一度思考を断つように頭を振り打ち消した。

 

このまま何もせずにシレジアにとどまっているといるとどうしても親父と叔父貴により内戦により国力の消耗が先か、他国の侵害によりシレジアは窮地に追いやられると思っている。

 

最近自国も含め、近隣諸国の動きがおかしい・・・。

現在は戦争をしている国はなく、各国に多少の緊張はあるもののそれなりの平和は保たれていた。

しかしながら、その危うい緊張状態が各国が悩みを抱える危険な爆弾となっており、一つが破裂すると連鎖的に誘爆しかねない所にまで来ているのではないかと危惧している。

 

グランベル王国のバーハラには聖者ヘイムの血を継ぎ、暗黒神ロプトウスを打ち倒せる唯一の血族が興した地、現国王のアズムール王には優秀な王子クルトがおり盤石とも言えるのだが諸侯の中にはそれを良しとしない勢力もいる。

斧戦士ネールの末裔であるドズルのランゴバルド卿や、魔法騎士トードの末裔のフリージのレプトール卿などがあからさまである。

クルト王子の全幅の信頼を受けているシアルフィのバイロン卿は高潔な人物で、この2名の槍玉に上がっておりさぞ疎ましく思われているのだろう。

 

トラキアとレンスターも隣国ながらどちらもトラキア半島の統一の為に躍起になっている。

レンスターはトラキアを攻めるにも厳しい荒野の為に騎士団を派遣しても馬が足を取られてしまい攻め切ることはできず、トラキアは慢性している食糧難と人材不足がありレンスターを攻め切れる体力がないのである。

このどちらにしても、この均衡が策略で崩れた時は一機に状況が変化してしまうだろう・・・。

 

アグトリア王国はグランベルの隣国にある大国、賢王イムカにより私利私欲の強い諸侯を抑えているが、彼の崩御があればどう転ぶかわからない不安定な状況になっている。

 

ウェルダン王国も同様に国王のバトゥ王がどうにかなってしまえば、あのバカ息子達は暴走してしまうだろう。

 

シレジアは内戦一歩手前の事は俺自身がよく知っているので除けば、現在の所不安要素が少ないのはイザークのみである。

 

イザークは東方の独自性の強い国で、内部から漏れてくる情報は極端に少ない。

もしかしたら不安要素があるかもしれないが、安全な可能性も考えてイザークで剣術を学びたい。

かの地には秘伝とも言える剣技があるらしく、この目で見てみたいこともあった。

 

 

「おいフュリー、日の出の方向で南に向かっているのはわかるが、どこで俺を降ろすつもりだ!まさか考えていないとでも言わないよな!」

 

「えっ!・・・・・・・・・。」フュリーから小さい声が聞こえてきた、明らかに動揺している。

 

「おっ!おい・・・。まさか本当に何処で降ろすのかも考えてなかったのかよ・・・。」俺はフュリーの天然思考ならそれくらいやってくれそうな気がしてきた、開始早々より頭痛がするぞ。

 

「まっ!まさか!ちゃんとレヴィン王子から手筈通り、降ろす場所は決めてますよ・・・。」視線が泳いだ末にさらに南の方向を指さした。

 

「あっ!あの町です!あそこに降ろそうと考えてました!」

 

「・・・ダーナの町か、偶然にしてはいい所に飛んでいてれた、いいだろうあそこで降ろしてくれ。」

 

「カイト様!ちゃんと考えてましたよ、ただ少し道に迷っていただけです。」フュリーはここで正直な感想を述べた、こいつはかわいい奴だよ・・・。

二人はダーナに向かう為、高度を下げていくのであった。

 

ダーナはかつて120年程前に暗黒神ロプトウスに対する反乱軍が壊滅の危機を迎え、最後の抵抗に立てこもってた地である。

ここで12の神が降臨し、その力を与えて12の聖戦士が誕生。その大いなる力がロプト帝国を打ち倒した伝説発祥の地でる。

その発端となったダーナの砦はいまなお存在しており、この地をどの国も属国とせず中立都市としている一因としている。

その一因を利用しているのか治安は芳しくない。ならず者や奴隷商人、もしくは暗黒神を祭る集団もいるとの噂が立つ程である。

ダーナからイザークはそれほど遠くない。イード砂漠を通行する事にはなるが道は比較的整備されている為、準備を怠らなければ決して悪い道中ではない。

 

 

フュリーと俺はとりあえずダーナの町につくと比較的外れた場所で宿をとることにした。

天馬は他国では非常に珍しく高額で売買されしまうので町はずれの小さな森で放ち休養を取らせた。ダーナの町は大きなオアシスになっており、周辺には多少森林も存在するので天馬連れでも休息がとれたのである。

 

俺は浴室で埃を落とし、階下で食事をとりながらフュリーを待っていた。浴室と言っても水の貴重なこの地で入浴は出来ない、清拭のみで湯船に浸かる事は出来なかった。

 

フュリーは明日一番に国元に帰らせれば俺の責任も晴れだろう、あいつは天然だから同行するといいかねない。

フュリーになにかあればレヴィンに合わせる顔もなくなってしまう、それだけは回避したいところだ。

考え事をしながら席に着いた時に置かれていったコップに口を付ける。その水は砂漠地方特有の質が悪く、砂が混じった水を飲み慌てて果実酒を注文する。

 

「カルト様、お待たせして申し訳ありません。」フュリーは軽装なチュニックにて階下へ降りてきた。マーニャにしてもフュリーにしても、シレジアの女性はきれいどころが多いときたもんだ。目のやり場に困り、愛想のない返事をしたのだった。

主人もその美貌にとらわれたのか、俺の時はぶっきらぼうに出してきた食事だったがフュリーが食事に降りてきた途端にその対応は急展開して俺の気分を損ねさせてくれた。

食事もそこそこにフュリーは俺に質問を投げかけてくる。

 

「カルト様はここからどのように行動される予定なのですか?」

 

「ん~?そうだなあ、イザークに向かう予定なんだが砂漠を越えるからそれなりに資金が必要なんだ。数日は滞在して費用を捻出してからになるなあ。」

 

「そうなんですか?カルト様は王族なのに費用は持ち出しておられないのですか?」

 

「あのなあ、許可なく国をでているのに金まで持ち出せば国内が一層もめる元になるだろ?レヴィンにこれ以上の負担はかけられねーよ。」

 

「ふふっ、私にはよくわかりませんがレヴィン様があなたの手助けをしたお気持ちはよくわかります。」

 

「レヴィンには大きな借りがある、返すまで奴に不幸にはなって欲しくねえからな!」

 

「カルト様ももっと素直にレヴィン様にお伝えすればいいのに。」フュリーはくすくす笑う。

俺は硬直した、性格がひねくれている俺にフュリーのような純な感情は居心地が悪い。返す言葉を失ってしまった。

 

「ばっ!バカな事言うな!俺は・・・。」ここで正直に言葉を返す事もバカらしくなり、ひねくれ者らしい回答をする事にした。

 

「・・・フュリー、じゃあ素直な気持ちをぶつけようレヴィンにではなく、お前に。」フュリーの手を掴み、真剣な顔をしてヒュリーの顔に近づけていく。

 

「えっ、えっ!!」硬直したフュリーはこの場で顔を真っ赤にしていた。

俺は真剣な表情のままフュリーの顔に俺の顔を近づけていく・・・。

 

彼女は眼をきつく閉じて俯いた。俺はその顔に少し、ずらして口を耳元に持っていくと、こう言ってやった。

 

「実は、ここの宿代を払う金もなかったりして~♪」

彼女の顔は真っ赤になった後、真っ青になった。その後再び真っ赤にして叱責が始まるのだった。

 

叱責の後、本日の宿代と食事代はフュリーが支払う事になりカルトは再びお叱りを受ける事となったのは言うまでもない話である。




ダーナで少し滞在する予定です。
ゆっくりで申し訳ありません、ここからは定期的に更新するように致しますのでよろしくお願いいたします。


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ダーナの町にて

ほぼ無一文のカルト、やることは一つですよねえ~♪


剣士が開始早々に鉄の大剣で一気に距離を詰めにかかる、魔道士である俺にとって接近戦は不利でしかない。牽制もかねて即座に魔法で応戦する。

 

「ウインド!」風の魔法には使い方によって種類がある。今回使用した『ウインド』は突風による強い風を起こして突進する剣士の速力を奪う、そして足を止めてから再度『ウインド』を使用する。次は風の刃を作り出して足を止めた剣士に攻撃を仕掛けた、剣士はその場で体を小さくまとめてダメージを最小にしようと防御する。複数の風の刃は彼の鎧に傷つけるが腕を胸の前でクロスし、致命傷を受けないように対処していた。

剣士はウインドをやり過ごすと立ち上がり、体の損傷具合を確かめるように各部を動かす。ほとんどダメージを受けている様子はなく、剣を握り直してこちらを見据える。俺のその間に再び距離を取って次に備える。

 

大きなダメージは受けていないがこれで剣士は簡単に間合いを詰めてくる事はないだろう。単調に突進しても止められてしまう、次からは虚をつく行動を取る必要があると認識しただろう。

 

俺は上位の『エルウインド』を使用できる。当たればあの剣士に決定的な一撃を叩き込む事ができるのだが、魔力の消費が大きい上に発動前後にスキが出来てしまう。

あの剣士程の実力者ならそのスキを看破し、飛び込んでくるだろう。だから一撃の重みより使用前後の硬直時間が少ない『ウインド』を優先して使用していた。

 

 

ここはダーナの闘技場。基本的には殺生は極力しない事が条件、降参すればその場で闘技は終了する。

互いの力が拮抗すればするほど相手を死亡させてしまうケースもあるので命の保証はないが、勝利すれば賞金を受け取る事ができる。

そして勝ち上がれば同じ勝利数の相手と戦う事になり、ギャラリーも賞金額も大きくなる。5勝すれば古参の猛者がひしめき合う上位の賞金稼ぎと対戦できるが、まあ止めておいた方がいいだろう。

 

俺は昨日から闘技場に参戦して2連勝した。初戦の斧使いも次戦の弓使いも問題外で、鈍重な斧使いは間合いにも入らせず一蹴。

弓使いは標準を合わせるのが遅すぎる、引き絞る前に『ウインド』を使用して攻撃させないように戦う。

数度か引き絞られてしまうが慌てる事はない、それも『ウインド』で矢の軌道を変えてしまったので負傷は一切せずに勝ち進めた。

本当はここでやめてしまってもよかったのだが軍資金はあれば今後はこのような危険を冒すことは少なくて済むし、自身の力量がどこまで通用できるのか確かめておきたかった。

 

 

剣士は剣を構えなおすと次はサイドステップも応用して間合いを詰めていこうとしていた。

俺はその行動も織り込み済みだ、奴は一撃目のウインドをかわして二撃目との間隔を狙ってくる。どんな剣士でもそう考えるだろう、なのでこちらはその上の行動をとってやることにした。

 

剣士はどんどん距離を詰めてくる、10数メートルあった間合いは一気に数メートルになったタイミングでウインドを放った。

剣士はその場で剣を突き立てて、突風でも後方に飛ばされない体勢を取っていた。

が、そのウインドは剣士には襲い掛からなかった。

カルトはウインドを床面に放って自身を中空に追いやったのだった。

そして自身の意識を集中、次を即座に放たないと中空での有利はすぐに終わってしまう。上位魔法には少し溜めが必要だが魔力を急激に放出して少しでも早い魔法の完成を急ぐ。

 

「エルウインド!!」間に合った!『ウインド』と違い、さらに力強く強力な突風と風の刃が交じりあう。

『ウインド』では突風か風の刃のどちらか一方しか使用出来ないが『エルウインド』はその両方を引き起こす、対象者は体の自由を奪われ引き裂かれる上位魔法。

 

「あああああっ!!」剣士はその風に自由を失い、風に切り刻まれていく。

この剣士はかなりの実力者と感じておりウインドでは倒しきれないと判断した、このような異種戦闘では分があるが剣士同士の決戦だったらおそらく彼に勝てる人間はこのダーナではすぐ少ないと思える、彼の醸し出す雰囲気が俺の直感を刺激しそう判断させていた。

 

無理に空中で上位魔法を使ったので着地はひどいものであった、頭から落ちなかっただけでも恩の時なくらいである。偶然背中から落ちた時に受け身だけはしっかりできていたらしく、痛みさえ我慢できれば呼吸も問題なくできたのですぐさま立ち上がり、粉塵の向こう側を確認するが剣士を視認する事は出来なかった。

 

腰にある刃渡り60センチほどしかないショートソードを抜いて防御体勢を取り、風を用いて砂埃を吹き払った。

剣士は立っていた、左肩と腹部にダメージを与えていたが致命傷ではないらしくまだ眼光は衰えていない。

腕も利き腕ではないし両足は健在、まだ降参をする様子はなかった。

(ちっ!こっからはどうする?)

正直ここで倒せるとは思っていなかったがもっと弱っていると予想していた。

 

ここで降参してもいい、地形の利も奇襲も決闘に置いては数が知れている。

手の内をほぼ見せた俺に対して剣士の攻撃は多数のバリエーションがある。

だが!この程度で諦めるような男が今後の目標を達成できるとは思えなかった。

(考えろっ!考えを捨てるな!)自身を鼓舞して打開を試みる。

 

剣士が動いた!ダメージを追っているにも関わらず一段とギアを上げて直進する。

俺は決した!こちらもショートソードを構えて突進した。

剣士はその流れるような動きで下段からの切り上げた。

「ウインド!」俺は自身に再び風の力で 逆風を当てて突進の推力を止めに入った。

剣士はそれに気付き、さらに踏み込んでから大剣を下方より斬り上げた。袈裟懸けに俺のローブが鮮血に染められた。

「ここは、俺の勝ちだ!」

致命傷ではない、体も動く!ショートソードを振り上げて斬りつけた。

俺には剣の心得がない、手加減が出来ない為肩当てにぶつけて一命を奪うことを避けた。

剣士もそれに気づいていたようで彼は潔く降参をしてくれたのだった。

観客からはさらに大きな声援と怒号が響いた。

オッズによるとこの結果は番狂わせになったおり、俺はそそくさと引き揚げたのだった。

 

 

「一時はどうなることかと思いましたよ、この程度でよかったですが一つ間違えたら死んでましたよ!」傷の手当てを受けつつ、フュリーは説教をしていた。

「まあまあ!これで軍資金もできたし、無理はもうしないさ、だから勘弁してくれよ。なっ?」

俺は手当てを終えてベットで一つ詫びてから横にあった魔道書を持ち上げた。

決戦時だが短期間で立て続けに魔法を使い、エルウインドを使用した事により魔法力より先に精神力が尽きかけていた。

最後のウインドはほとんど推進力を止めるには至らず、その剣撃は魔道書が止めてくれていた。

血糊がついて固まり初めており、しばらくするとページもめくる事ができなくなるだろう。

魔道書は魔道士が魔法の契約時に必要な代物、だが修めてしまえば魔道書がなくても行使できるようになる。

現在となれば全くめくる事のない魔道書だが・・・俺は。

 

「ねえ・・・、ねえってば!カルト!聞いてるの!!」

「あ、ああ・・・悪い、ちょっと考え込んでた・・・。

しかし、フュリーお前最近俺に対して敬語使わなくなったな。俺に毒されたか?」

「あなたに気を使うのは止めました!路銀はないし、闘技場で死にかけるし、そんな方に敬意は払えません!水を換えにいきます。」

扉を荒々しく締めて出て行ったのだった。

俺は苦笑いをして俯いた、勝敗を決める戦いとは言え魔道書をこんな事にしてしまってそれなりにショックを受けている。これはお袋が俺に初めて魔法を教えてもらった時に譲ってくれた魔道書で、この魔道書がお袋の形見になってしまった。

 

お袋は強かったらしい。魔法の腕は一級品の上に剣技もそれなりに修めていたらしく、物理攻撃を剣技で持って防御し魔法で主に攻撃するスタイルだったそうだ。あのくそ親父には過ぎた部下だったお袋はマージファイターとして戦い、時には前線で兵を率いて事にあたり時には参謀として戦術を提供する切れ者だったそうだ・・・。

 

「すまん・・・、お袋。」俺は魔道書を再び懐に入れて詫びをいれてた。

その時だった、不意に扉がノックされたのだ。フュリーならおそらくノックはしない、では誰が・・・。

 

「空いている、入ってくれ。」俺は即座に警戒を強めて発すると無言で扉が開かれていく、そこには対戦した剣士が入ってきたのであった。闘技場の時は兜をかぶっており素顔はお目にかけられなかったが、今はその兜は外されており金髪で精悍な剣士が俺を訪ねてやってきたのであった。

 

「今日は無茶な戦闘で悪かったな、あんな勝負では納得しないだろう。」少し茶化してそうぶつけてみるがこの剣士は意外な回答をする。

 

「いや、いい勝負だった。ここまで俺の力を発揮できな状況を作り出して、自身は少ない時間の中で最大限の力を引き出したあんたの勝ちだ。」

 

「じゃあ、あんたは何でここへ?」

 

「・・・・・・。」

剣士は言いにくそうに俯いてしまった、こんな大柄で凄腕の剣士が縮こまれると怪訝としてしまう。

 

「おっ、おい!どうしたんだ?」

 

「俺に、魔法の対処法を教えてほしい。」

 

「な、なに?」

 

「俺の国にきて魔法の戦闘対処を訓練して欲しいんだ、祖国のイザークは剣豪のそろう国だが魔法の対処がまともにできていない!このままでは来る有事に備えがきかないと踏んでいる。」

 

「やはりイザークの剣士だったのか、それに訓練となるとあなたはどこかの軍に所属していることになる。素性の知れない人間にそのような事を頼むのは大胆すぎないか?」

内心はイザークに入国したかったのでこれはチャンスであるが、危険もはらんでいる・・・。できるだけ彼の内心を掴むため心理戦に入っていった、しかし剣士はふっと笑うと私の心理を読み解いたのか反撃にでた。

 

「あんたこそ、シレジアの貴族ではないのか?あのような風の使い手はシレジアでもなかなかいない手練れとお見受けするが。」これはやられたと思ってしまう、シレジアとイザークは過去においても侵略の歴史は一度もない。

それも考慮してイザークに行こうと考えたのだが、逆にそれを知っていてこの剣士は俺を招こうとしているだ。

似た思考をしている剣士がすっかり気に入ってしまいフュリーが帰ってくる前にその提案に乗ってしまうのだった。

 

「俺の名はカルト、シレジアの風使いだ。あなたに魔法の対処を教える代わりに、俺に剣術を指南してくれ。」握手を求め俺は手を差し伸べた。

 

「俺はホリンだ、これからよろしく頼む。」固く手を結ぶのであった。




ひょんな事よりホリンと出会い、行動を共にするカルト。
次回より、私の想像しているイザーク編に入りたいと思います。


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カルトの魔道書

ちょっとカルトの過去を出します。
彼の生い立ちが少し見えていただけたらと思います。


剣闘士のホリンと共にダーナを出発した三名は街道に沿ってイザークのある北西へ足を進めた。

 

ホリンと合流した事により向かう先が決まったと説明してもフュリーは祖国に帰ることはなく同行を懇願したので正直困惑する、彼女はこれでもシレジアの天馬騎士団のトップ4に位置する貴重な人材で俺の珍道中に付き合わせるわけには行かない。

それに寒さの厳しいシレジア人には暑さの耐性がない。フュリーには過酷過ぎる、天馬にも多大な負荷をかけてしまうと説得するが彼女は聞き入れなかった。長い説得でようやくソファラについたら帰国すると言ったのだが大丈夫だろうか・・・。

念の為レヴィンには文を作成し、現状と彼女の無事を報告する。よく二人で城下町にお忍びで使っていた偽名で書状を出したので臣下の者に検閲されても私だと気づかないだろう。

 

 

ダーナの町を出て丸二日、イード砂漠をまだ抜けられないらしく視界には砂の世界しか見当たらなかった。吹く風には大量の砂埃が舞い、かいた汗が肌のあちこちに張り付いてこの上なく不快感を生んだ。

 

「ホリン、あとどれくらいでイザーク領に入れるんだ?もう、砂漠は飽きてきたぜ。」

「・・・・・・、今日中には間に合わせたかったがここらで今日は野営だな。」

 

「ん・・・、まだ日没には時間があるぜ。」

俺は西日を指さしてまだ沈まぬ太陽を見た、まだ2時間は暗闇には包まれないはずである。切り上げるには少々早いような気もしていた。

 

「そこの道から外れたところに林がある、天馬を休めるならこのあたりがポイントだろう。

ここから明朝に出発すれば明日の昼すぎには国境にいける、無理をすることはない。」

 

「そっか、ありがとな・・・。相棒にも気をやってくれて。」俺は軽い礼をすると、ホリンは軽く笑みを作って返した・・・。

こいつ、口数は少ないがいいやつだな。

 

ホリンの指示通りに街道から外れて暫し歩くと確かに小さな林が存在した、水はないが地下すぐにそこまで染み出してくる層があるらしく何とか林を維持できている。

この砂漠には多少そのような林が点在しており、行商人や旅人を助ける存在となっているとホリンは言う。

 

フュリーから預かった笛で天馬に合図を送り、上空からこの地へ降り立つと早速野営の準備に取り掛かる。ホリンはソファラの嫡男と聞いているが放浪癖があるらしく旅慣れている、俺よりも手際が良くて出来上がりの早さに驚いた。

 

この辺りは飲料水がないのでダーナから運んできた水が生命線になる、天馬に括り付けた皮袋とホリンが分散してここまで運んできた。

食料は俺が受け持ち、もっはら硬焼きパンと干し肉、ドライフルーツ、ナッツ、チーズをホリンの指示で四日分ほど携帯していた。現在の所遅延はないそうなので予定通りの分量を予定する。

そこで気になる事は天馬である。食料を持ち歩いているわけではないので気になるがフュリー曰く、あらかじめ多めに食事と水分を摂らせれば数日くらいなら僅かで大丈夫らしい。フュリーは竹に入った水筒の水とシレジアの乾燥ベリーを天馬に与えていた。

 

安心した俺はアルコールに火の初歩魔法で着火させてこれもダーナから運んできた薪に火を付けると、懐のナイフで堅パンを切り分け配布する。

三人は焚き火の前で言葉少なく食事にありつく、そろそろやってくる冷気に備えるべくコートを羽織り暖を取り込むように火を囲む。

「フュリー、降りる直前に気配はなかったか?」カルトは投げかける。

「大丈夫、見渡す限り人影はなかったわ。」

 

「それなら夜襲は無いだろう、この時間に砂漠を移動する奴は少ない、警戒は怠るわけにはいかないがな。」ホリンの言葉に二人は安心し、食事に没頭するのであった。

 

 

陽が落ちると辺りから熱を奪い冷気が漂ってきた。フュリーは毛布にくるまり天馬と共に就寝に入っている、彼女と天馬は一日中空中にいたので疲労が大きいのだろう。一言断りを入れた後意識を失うように寝入ってしまう。

 

残されたカルトとホリンは火を絶やさぬようにしつつ、対面で座る。

 

「カルト殿、どうだ?いける口か?」ホリンは袋から葡萄酒を取り出して俺に促した。

「いいねえ!と言いたい所だが飲みすぎると魔法の集中できなくなる、一杯だけでいいか?」

 

「ここではカルト殿は客人だ、夜の番は俺が引き受けよう。」木の粗末なコップに葡萄酒を注ぎながら番まで引き受けるホリン。

「・・・2時間交代にしよう、日中ホリンが倒れたら砂漠で迷子だよ。」受け取ったコップで軽く乾杯をしてゆっくりと喉に流し込んだ、潤沢な香りが口に広がり砂漠での厳しい旅を癒してくれる、そんな一杯だった。

 

ホリンはふっと笑い、こちらは一気に流し込んだ、剣豪な彼らしい豪胆な飲み方である。

 

「カルト殿は不思議な男だ、あんな型破りな戦術。蛮族とののしられる我がイザークでも見たことがない。

なのに素性はシレジアの貴族とはな、世の中は広い。」

 

「それって褒めてるのか?それともあきれているのか?」

 

「無論、感心しているのだよ。

グランベルの貴族や王族とは折衝することはあったが、カルト殿のように気持ちのいい連中はいなかったよ。

闘技場であれだけの劣勢を顧みずに向かってきた者は見た事がない。」

 

「諦めが悪いものでね、さらに言えばホリン程の手腕ならきっと死ぬことはないと思っていた所はあったよ。

しかしホリン、俺の事をカルト殿というのは初対面だけにしてくれ。これからはカルトと呼んでくれて構わない。」

 

ホリンはコップを俺のコップに当てて承諾の合図を送った、彼の清々しさに俺は気分を高ぶらせてしまうのであった。

 

 

 

 

しばらくの談笑のあとホリンと俺は予定通り2時間交代の番に入った。

イード砂漠には盗賊による略奪や殺戮が横行している事もあるが、気温の低下による凍死も侮れない。火の番も必要なのだ。

 

ホリンはまず自分から俺を起こしにくるとは思えなかったので、2時間ほどで自ら起き上がり交代を進み出た。

現在は俺が火の番と周囲の警戒を行っていた。

 

火を見つめながら一冊の魔道書を取り出した、昨日の闘技場で自身の血を浴びて開く事が出来なくなった本だ。俺は血糊で破けないように注意しながら開けていった。

 

血糊がつく前まではこの数年開いたことのない本を今は無性に開いてみたくなったのだ、どうしてなのかはわからないが、覗き込むようにして確認していく・・・。

 

俺が幼少から持っているこの魔道書は落書きも沢山していた・・・、それこそ意味のない落書きから魔法がうまく発動しなくて癇癪を起こしながら殴り書きしたような物まで・・・。

 

周りの警戒も疎かになるほど懐かしむようにその落書きを見ていると、お袋の文字を見つけ俺はつい血糊をついていることも忘れて本を開いてしまった。

びりいっ!乾いた音と共に本は裂けてしまい背表紙と紙束が分離してしまった。

 

俺は慌てて紙を拾い上げた時に一枚の紙が宙を舞った。

その紙は本のページではなく背表紙の隙間に仕込まれてあったと思われる、剣で裂かれた跡も血糊をついた跡もなかった・・・。

 

その紙は細かく折りたたまれており開ききると目を通し始めた。

 

「カルトへ・・・。

この手紙はあなたが持っている魔道書が損傷したときに読めるように細工しました。

私の言いつけどおり、ずっと持っていてくれたのですね。

本を持ち続ける事により、初心を忘れないようにして欲しいと願ったのですが約束を守ってくれてうれしく思います。

 

壊れてしまった魔道書を火にかけなさい。

私は母親としてあなたに何もしてやれませんでした、だから魔法を教えた導師としてあなたに贈ります。

 

小さいあなたを残して逝ってしまう私を許してね。」

 

 

「母さん・・・。」

海賊がシレジアを襲っていた時期があり、おふくろは一団を率いて防衛に当たっていた。

海賊ごとき遅れをとる事はないのだが、馬鹿親父は海賊が溜め込んでいる財産に目がくらんで船を出して打って出ると言い出たのだ。

おふくろは親父を諌めていたが、しびれを切らした親父はとうとうおふくろに命じて出陣した。

 

おふくろの予感は的中した、船の上での戦闘は海賊の方が利が大きい。

やつらの巣窟に着く前に船団は看破されてしまった、やつらは潮の流れから引き具合まで熟知している。

シレジアの船団はかき回され、分断され、罠にはまり込んだ。

海の沈んでゆくシレジア船団の中でおふくろの船のみが生き残った。

親父からはひどい非難を受けたおふくろは心労に加えて、肺を患いあっという間だった。

 

そういえば、おふくろとゆっくり話ができたのはベットに横たわっていた時期だけだったな・・・。

 

おそらくこの時に何かを仕込んでいたんだろうな、俺は火に投げ入れようか考えたが今はやめておいた。おふくろの言っていた事をすっかり忘れいていた俺にその資格はない、紙と背表紙を元の位置に戻して懐に仕舞い込んだ。

火にかける時は俺が納得した時か命の危険が迫った時と決めた。それまではこのおふくろのくれた魔道書を大切に持ち、おふくろとの短かった時間をその時まで慈しむ事にした。

 

 

 

あれからホリンと再び番を交代し、何事もなく朝を迎えた。

多少寝不足ではあるが、頭が回らないほどではない。本当は顔を洗ってすっきりしたいところではあるが貴重な水を洗顔には費やせない。

ストレッチをしながら頭を冴え渡らせていった。

 

俺たちはまだ日が昇りきる前、つまり気温が上がる前に軽く食事を取ると早速イザークに向けて出発した。再び灼熱地獄になる前に少しでも進んで行きたい。三人は自然と意見が一致し、無言の内に準備を整えてのスタートとなった。

疲労の見える三人は早足で歩き、昼過ぎに砂漠を脱する事に成功する。砂で見えにくかった街道も今は石畳がはっきりと見える。生産性の無い砂漠から緑が生い茂る道になるだけで体感気温も下がるように感じるし、イザーク国境が近い事もあり少し元気を取り戻した。

 

 

「あの峠を越えればイザーク領だ。」ホリンは少し笑顔を見せた。

 

「早く湯が使いたいぜ、もう全身砂だらけだ。」

 

「・・・ああ、たっぷり準備させるさ。ただ、この局面を乗り切ってからになるがな。」ホリンは鋼の大剣を抜き放った。

まさか・・・、俺は前方を睨み付けるがまだ敵の姿は見えない。

上空のフュリーを見上げるが敵襲の合図はなかった、ホリンは上空の瞳よりも先に敵を察知したというのか・・・。

俺は笛を使ってフュリーに敵襲の合図を送った、上空の天馬は応答の動きをして警戒にはいる。

 

「ホリン、君の知りえる状況を教えてくれ。」

 

「前方に10名程、後方に5名程だ。おそらく正規兵ではない、賊のようだ。」

 

「了解、シレジアの戦い方をホリンにみせてやるよ。」

魔道書とショートソードを取り出して応戦体勢に入り、精神を集中させていくのであった。




カルトが8歳の時の回想でした。
ちなみに彼は現在17歳の設定です。


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一章 イザーク編
リボーの町


ようやくイザークへ到着します。
もう1人くらい明るいキャラを出したいなあ。


今俺たちは峠の頂点付近いるが連中はその先の頂上にいるらしい。ホリンはこのような事に慣れているのか慌てる様子はなく進める歩みは一行に淀まない、まるで襲撃者がいないかのような足取りである。

違いがあるのは右手に携えた大剣のみ、敵襲を明らかに察知しており人数の不利があろうとも抗い戦う意思を見せるホリンに待ち伏せている襲撃者の方がが慌ただしくなっていく。

ホリンの歩みに狼狽していたが接近されれば危険と判断した襲撃者の中で、弓兵らしき男が2名前に出て弦を引き絞った。

 

 

それが合図となりホリンは一気に距離を詰めるべく走り出す、やつらに動いている者をピンポイントで狙う程の技量はない。それに万が一にも当たるようなら俺の風魔法が弓矢を弾くことも可能だ、実際にその命中率が低い弓にあえて風で明後日の方向に逸らしてやり弓での攻撃は無意味だとういう事を証明してやった。

 

瞬く間に弓兵の懐に飛び込んだホリンは見事な横一文字の一閃をたたき込み2名の弓兵は昏倒する。

一瞬の目線で弓兵の戦闘不能を確認するやいなや敵兵の中心に躍りでる、8名の襲撃者が各々の獲物を持ちホリンを取り囲んだ。

俺はホリンに追い付き遠目より目配せする、奴の目は変わらず穏やかであった。

(こっちは心配するな。)

と言わんばかりである、悟った俺はこれ以上ホリンに参加してくる襲撃者を増やさぬよう立ち回ると決めた。

ホリンの情報では後方に5名の襲撃者が残っている、振り返り奴らを一掃して挟み討ちさせないように立ち回る事とした。

 

後方ではすでにフュリーが5名を相手にうまく撹乱させていた。弓兵がいるので距離を保つ為の高度を下げるわけにはいかないがカルト達の元にも向かわせないギリギリの間合いを保っている。その高度で襲い来る矢尻を回避しつつ天馬に括り付けていた手槍4本の内1本使用して弓兵の大腿に命中し受けた者は戦闘不能となったいた。

 

「エルウインド!!」フュリーが上手く襲撃者達を一箇所に引き止めていた場に上位魔法であるエルイウンドを叩き込む、後方にいたと思われる残りの4名を手加減した上位魔法の攻撃を受け後方に吹き飛ばす。

 

「なっ!何なんだこいつ、魔法を使うぞ!」後方にいた一人はなんとか岩にしがみついたようで驚きの表情をしていた。

 

「この姿を見て魔道士と思わないとはな、貴様らの命運はここまでだな!」

俺はショートソードを構えて盗賊のような軽装をした男に切りかかり男はシミターにて迎撃に入る。上段同士で切りかかった二本の剣は力勝負に持ち込むと盗賊風の男も力で押し切るそぶりを見せるがフェイントであった、即座に切り替えて力の受け流し体勢を崩しにかかる。

上体を回しながら曲刀の流線形で持ってうまく捌いた、力の方向を失ったショートソードは俺の上体ごとつんのめるようになりバランスを崩す。

右手を地に付け上体を跳ね上げるがその視線の先は笑みを浮かべてシミターを上段に構える奴の姿であった。

この体勢では必殺の言える一撃をもらってしまう、カルトも即座に思考を切り替える。

 

「ウインド!」

 

左手を地へ降ろして溜めた魔力を風の術式にて自身を宙空に舞いあげる、盗賊風の男はそのトリッキーな動きに反応が一瞬遅れるがすぐに立ち直り空へ舞ったカルトの落下地点でシミターを構える。

今回の空中はホリンと戦った時程の上空へは飛んでいない、とっさの判断でもあるので溜めた魔力はホリン戦程ではない。

体勢を整えて空中から攻撃を繰り出す程の魔法攻撃も剣技を打ち込む時間は無かった。

 

今回はこれで十分だった、待ち伏せる男を尻目に俺の体は真っ白な天馬の背に乗せられ再び大空にまいあがった。

 

「やっぱりまだ正面から剣でせめぎ合うのは無理があるな、ホリンと戦ったから少しは自信がついたつもりだったけどあれは時の運かもしれないな。」

 

「ふざけてないで!そんな事してると命取りよ。」フュリーの叱咤を受け、カルトはショートソードをちらりと見て項垂れてしまった。

 

フュリーは一度旋回し細身の槍で盗賊に向け滑空した、対する盗賊は上空から襲いかかる天馬に耐性はないらしく逃走を始める。

無理は無い、飛空する天馬騎士に盗賊は対抗する術はないのだ。フュリーは肩透かしを喰らうがすぐに意識を切り替えてる。

再び旋回してホリンの元へ向かった。戦意をなくした者には手を加えないフュリーに満足する、出来れば彼女には無用な人殺しをして欲しくないのがレヴィンとカルトの願いである。

 

 

現在ホリンは残りの1人となった者と対峙していた、やはりホリンに心配は無用であったのだ。9名の襲撃者は絶命はしていないが大剣の強撃を受け意識を失っているか、激痛により呻きを上げて助けを求めていた。

 

ホリンも無事ではなく多少の傷を負っているようだがその身体能力は落ちてはいなかった。

相対する剣士は・・・とても剣士のように思えない程で、体格は俺より劣っており脆弱のように感じるが目付きだけがホリンと同様の剣士としての鋭さがある。

この男は油断できない、ホリンもそれを肌で感じているのか構えを保ち出方を伺っていた。

ホリンの精悍な顔つきとは違い少年と呼べるほどに幼くあどけない、持つショートソードはホリンの大剣に比べて頼りなく感じる。それでも数回か打ち合ったのかお互い多少の息の乱れがあった。

 

ホリンが動く、少年剣士はその襲いかかる大剣に砕かれないよう捌くように受け止めを繰り返す防戦一方だった。逃げ回るような仕草でまともに戦うようには見えない。

それは一見であった、ホリンが欲を出した大振りの攻撃を見切り、針の穴を狙うかのような緻密な一撃がホリンを襲っていた。ホリンはその身体能力から体の上体をそらして回避するがかわしきれずにかすり傷を受ける。

 

ホリンはそこで一度距離を取り直そうと後ろに下がった瞬間、少年剣士は打って出る。

その体重を乗せた刺突は彼の勝機を見出した一撃であった、ホリンはこの戦闘で始めて見せた防戦であった。大剣で併せるが体勢が崩れる、少年も体当たりに近い攻撃にその場で足がもつれるように転倒した。

 

 

俺はそのタイミングで二人の間に割って入る、ショートソードを構えて少年に語る。

 

「なあ、あんた!他の仲間は逃走したぞ、認めて撤退したらどうだ?」

少年は一瞬で目付きが穏やかになり、ショートソードを鞘に収めた。

 

「たはー、きつかったー。お兄さん強いね〜。」

先ほどとは一転した彼の言動に拍子を抜かれたホリンは背中の鞘に大剣を収めた。

 

「貴様は一体何者だ?連中とは明らかに違うように見受けるが?」ホリンは鋭い眼光で威嚇にも近い口調を投げかける。

 

「ああー、おいらもう行かないと!せっかく盗賊団に入って奴らの財宝を取り返そうとしたのに、計画が変わっちゃったよ〜。じゃあまたね、ホリンさん!」

煙に巻くようにさっさと退場する少年に三人は深追いできなかった、何よりその撤退する速度に足で追いつくのは不可能とさえ思った。

 

「変わった子ね?さっきまでホリンさん凄い剣戟していたのに、あの元気さは何でしょうね?」

からからとフュリーは言うが俺はあの数回の立ち回りでホリンはほぼ全力だったと思われる、ちらりと見る彼から立ち昇る湯気は単に暑さから来るものではないと思った。

 

あのままいけば一撃必死な攻撃を受けて一気にホリンに傾いたはず、でも結果は至らなかった。

体力も体躯もホリンが上なのにホリンの方が明らかに疲弊している。

 

「あのままいけばどうなった?」俺はホリンにポツリといった。

 

「次に戦えばわかるさ。」彼はそういって疲れを隠して歩き始めたのだった。

 

 

 

イザークに入った俺たちは一度リボーに立ち寄る、彼の故郷であるソファラはここからさらに北にあるらしく今日はここで一泊することになった。

 

久々の湯浴みと食事で元気になった俺は早速リボーの町を物見遊山でふらふらと歩いていた。

さすが剣聖の国、珍しい剣があり見ていて飽きなかった。

 

今現在使用しているショートソードははっきりいって気に入らない、軽さは魔道士向きだがリーチもなくダメージもショボい。魔道士の中ではある方の体格にあう武器が欲しかった。

 

細身の剣?駄目だ、防御には向かない。

鋼の剣は、俺には重いな・・・。

 

「兄ちゃん、兄ちゃん!剣が欲しいのかい?白銀の剣があるよ!買わないか?」

 

俺はその剣を持ち上げる、鉄の剣よりも軽い!それにこの輝き!切れ味も凄まじそうだ!これこそ、俺の理想の剣!

 

「親父、これは!」

 

「3500Gだ!」

 

「・・・じゃましたな、短い付き合いで悪かったな!」

 

「兄ちゃん!そりゃないよ、手持ちはいくらだい!多少は頑張るからよ!」

 

「2000Gなら、なんとか」

 

「いらっしゃい、いらっしゃい!そこのナイスガイな兄ちゃん、白銀の剣はどうだい!安くしとくよ!」

 

「お〜い!」

 

その瞬間からその親父から俺は見えない存在になったようだ、恨めしげに俺は睨んでいると視線を感じて振り向くと。

 

「ふふっ!」一人の少女が見ていたのか?口元に手をやって笑っていた、その瞳は楽しげであり儚げな感じがして何か胸を締め付ける。

 

「嬢ちゃん、目上の失態を見て笑うたあいい趣味してるじゃねえか。」

なにか釈然としない気持ちを押しのけて明るく振る舞う、その笑顔にできるだけ優しく応えるように話しかけた。

 

「ご、ごめんなさい、そんなつもりでは・・・。」

10歳に見たない様にに見える少女は俯き加減に答えた。

当方独特の黒髪だ、艶やかで真っ直ぐの髪で後ろで結われている。

その愛らしい風貌に目を奪われる、あと十年後に是非お会いした時思ってしまう程だった。

 

「まあ、いいさ。金なし才能なしの俺には白銀の剣は縁がないのかもな。」

 

「・・・ううん、お兄ちゃんは才能があると思うな。」

 

「そうか、・・・嬢ちゃんに言われたら元気が出たよ。ありがとな。」

 

俺は懐から一つの品を取り出すと彼女と同じ高さになるように膝を折り、少女の髪に飾りをそっと取り付けた。

 

「これは心ばかりのお礼だ、瑪瑙の髪飾りって言ってなシレジアで取れるとっておきの逸品だ。君の髪によく映えるよ、風の加護があらんことを。」

少女はその髪飾りをそっと触れてから、わずかに綻んだ。

 

「じゃあな!」俺は踵を返して立ち去った。

後にして俺は思う、なぜこの品を彼女に贈ったのか?それは彼女に一つの憂いを感じたからだ。

俺の直感が彼女と自分は同じと感じ取り、あの品を渡した事の意味を確信したのはそれから少し先の未来であった。

 

 

 

少女はお世辞でも発破を掛けたわけでもなかった。

カルトから溢れ出す、雰囲気から彼には何かしらの秀でるものがあるとふんで口がそう発したのだ。

 

だが今は何かは分からなかった。でもいつか、それを見出した名もなき青年にまた会いたいと思ったのだった。

ほのかな思いと共に少女はその後ろ姿を目で追いかけていくのであった。



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胎動

リボーで一つイベントが発生します。
ちょっと長くなるかもしれません。


リボーはイザークからすれば辺境になるが中立地域と隣接しているため、いくばくかの交易があり規模としては第二の都市である。イザーク独自の品々がここから流れ、外部からの治安維持のために軍隊もイザーク屈指の軍事力となっている。統治する族長は王族に匹敵する権力と発言力があり、ソファラとは立場が違う存在である。

ホリンは族長に面会を求め、彼の居住する屋敷へと足を運んだ。

 

リボーの族長は歴代の中でも温厚であり、また人情にも厚い方でホリンのソファラとも懇意のある関係を持っている。

かつては東の蛮国と呼ばれ、他国より嫌われていたが約百年前の戦争でイザークから剣聖オードが英雄となり凱旋した。

彼は瞬く間に部族間闘争を鎮圧し、まとめあげ国家として制定したのだった。

多少強引ではあったものの、徐々に部族間の諍いは時間とオードの末裔達が一つづつ絡まった麻をほどくように対応して国家をより強固な国家制度を作り上げてきたのである。

 

徐々に部族間の軋轢もなくなり、部族間の連携が取れるようになったのは最近である。ホリンの父親も現国王の姉君と婚姻し、ホリンは生を受けた。

それがなければソファラは数ある弱小部族の中で淘汰されるか大部族に吸収されて消え失せた可能性もあった。

 

 

 

館の前には警備の剣士2名が歩哨に立っており、ホリンは書状を懐から取り出し

 

「ソファラのホリンです、命により書状の報告に参りました。クラナド様にお取り次ぎを。」と伝えた。

警備のうちの一人は書状を確認すると快諾し、屋敷内に入っていく。残りの1人は顔見知りであるため、二人になったのもあり。

 

「ホリン殿、また訓練には来てくださらないのですか?皆あなたの剣技を楽しみにしております。」

と世辞の一つをかけてくれる、気さくなイザークの民らしい事だ。

 

「そういえば最近訓練には顔を出せていなかったな、近々また参加させてもらおう。」

などと会話をしているうちにもう1人が戻ってくる。

 

「お待たせしました、すぐにお会いするとのことです。こちらへ。」と奥へ案内される。

 

 

 

 

「あなた達!何をしているの!」

リボーの町の郊外で黒いローブを羽織った男と、盗賊風の男が二人が瑪瑙の髪飾りをつけた少女を抱きかかえていた。

 

 

 

私はシレジア以外の国に出たことは一度もない、今回が初めてだった。

天馬騎士となり訓練や任務においても他国に出ることはなく、姉様には度々他国に書状を渡す任務に就いていた。

なので今回の他国での任務は嬉しく思っていた、四強の一角とまで言われるまでの天馬使いと言われても戦闘能力では姉様にはまだまだ届かない。

今回の任務で私は一回り大きく成長できる、そう思いカルトがイザークへ向かうと言われ同行を懇願した。私の本当の任務はまだまだ続けなければならない。

 

そんな私は特に新しい街にくると空中からいろんな場所を見て回るのが大好きだった、シレジアとは違う人々の生活模様を空から眺めることが楽しみになっていた。

そんな中で一人の少女を執拗に付け回している存在に気づき、空から尾行をしていた。

彼女の家はおそらく中心街の外にあるらしく、どんどん人気のない場所へ離れて行った。

間違いで有って欲しいと願って追跡していたが、とうとう一人が動きだし少女を後ろから羽交い締めにし口に布を当てられると一気に担ぎ上げられて逃走し始めた。

 

「人攫い?いけない!!」私は確信し、先回りする。

街中で他国の騎士が揉め事を起こすわけにはいかないが緊急事態である、妥協点を考えだし街外にでてすぐのところで彼らを引き止めたのだった。

 

 

「うるせえ!さっさとそこをどきやがれ!」

短剣を取り出した盗賊風の男が血気盛んに向かって来た。

私は細身の槍で短剣を持った手を石突で叩き、悶絶している所に顎を叩き上げた。もう1人は剣を携えており、気絶した同僚を見て動き出した。

一度上空に舞い上がり、間合いの外へ逃れると上空から滑空し右肩に槍の一撃を見舞った。肩を刺された男は悶絶して立ち上がることもできずにその場で倒れる。

戦闘経験は無いに等しい町のゴロツキのようで、おそらく後ろにいるローブの男が主犯と見られた。

 

「観念して、その子を離しなさい。」

槍を構え、男に警告を促すが返事も身じろぐ仕草もなく少女を抱えたまま立ち尽くしていた。彼から放たれる雰囲気が不気味すぎて見据えると嫌な汗を流してしまう。

フュリーは雰囲気に飲まれないように相手の動きに集中して行く。

 

「くくく!また供物が増えた、殺さぬようにせねばな。」

ローブの中からおよそ予測もつかない言葉に困惑を極めた、一つわかったことはこの男は自体に一切窮地に立っているとは思っていないことだった。

 

突然ローブの中から手が伸びたと思えば、突然する周囲から黒い形をなさない物が沸き立ち始めた。

 

「なっ!これは⁈」

とめどなく沸き立つ黒い物質に異様な危機感を募らせたと同時に隣に従えていた天馬が首を使って私の体を背に乗せて上空に跳ね上がった。

つい先ほどまでいた場所は突然その黒い物体に場支配され、程なくその地面は醜い爪痕を残した姿となった。

雑草はしおれてしまっていて、生きるものの活動を獰猛に侵食されたかのようであった。

 

「あれは魔法なの?シレジアの魔道士達の魔法を見てきたけど・・・。」

旋回しながらその攻撃を思案する、私が今まで見てきた魔法は自然界の力を具現化する物ばかりである。

レヴィン様やカルトの風の魔法から火の魔法も雷の魔法も経験はあるが先程の魔法は経験がなく、なにより禍々しかった。

 

「小娘よ、それで逃げているつもりか?我の魔力の前にそなたはもう蜘蛛の巣に迷い込んだも同然であることを自覚せよ。」

まるで耳元で囁かれているような声が聞こえる。魔法同様に禍々しく、生気が感じられない声であった。

天馬が突然の嗎き方向転換する、次は暗黒の矢のような物が次々と放たれており回避行動を行ってくれていた。

フュリーの乗る天馬は決して疾くはないが非常に警戒が強く、私よりも早く警戒に入り回避行動を起こしてくれる優秀な愛馬。彼女に感謝しつつ攻撃に入る。

私は愛馬に括り付けているもう一つの槍を取り出す。これは細身の槍とは違い、重量があるが落下の力を借りれば大きなダメージを与えられる。私は眼下にいる魔道士にその槍に身を預けるようにして狙いをすませる。魔道士の頭上を旋回しながら奴から放たれる暗黒の矢を回避しつつ攻撃の合間を狙った。

攻撃は愛馬が回避してくれる、それに魔法である以上天馬に護られた私たちは魔法防御が高いので威力はあるかもしれないが耐え切れば勝機も充分にある。

未知の魔法に竦む訳にはいかない、私は奮い立たせるように愛馬に旋回から急襲の合図を送り一気に急降下した。

 

 

魔道士はその攻撃を待っていたのか、口許にいやな笑みを浮かべると暗黒の矢とは違い始めに使用した暗黒の霧のような物を発生させた。私と魔道士の間を妨害するように阻み襲いかかってきた。

愛馬は旋回をするような仕草をしたが拒否の意志を鐙に送った、そのまま急降下を命じて覚悟を決める。

魔道士も私は回避すると踏んでいる、だからこそここは突き抜けて奴に一撃を与えるチャンスと踏んだのだ。

 

決死の突撃を決めた瞬間、目の前の霧が突風により弾け飛んだ。

霧散したその先にはもう邪魔な妨害物はなく魔道士のみだった、その魔道士も風の刃を受けて躱す動作が遅れていた。狙いすましたフュリーの投槍が胸部に突き刺さり、吹き飛ばされた。

フュリーは落下の速度を旋回することで緩和させて地に降り立つ、援護したのであろう人物を探すと予想通りカルトがそこに佇んでいた。

 

「遅いわよ、でも助かったわ。」

 

「わりぃな、でもバッチリなタイミングだろ。」

 

巨木の木の枝から降り立ってフュリーの横に着地した、軽口を叩いてはいるが額には汗をかいており急いで向かってくれていたことはよく理解できた。

 

「あれは魔法と言うか呪法に近いと感じた、さっき飛び込んで攻撃をしようとしていたがやめた方がいいぞ。」

 

「わ、わかったわ。でも・・・。」

私の一撃は胸部を貫いている、生きているはずがない。頭でそう理解していたが、カルトは警戒を解いていなかった。ようやく私は遺体を確認しようとしたがそこにはまだ投擲された槍が突き刺さったままのローブの男が立ち上がっていたのだ。

 

「くくく!我を殺すことなど出来はせぬ!そこの男よ、命は助けてやるから女どもを置いてここから立ち去るがいい。」

右手から暗黒の霧がふたたび吹き出し始め、カルトを威嚇する。カルトはショートソードを抜いており左手には魔道書を持ち準備を完了させていた。

 

 

 

 

 

「ウインド!」真空の刃を作り出してローブの男に放つ、奴は逃げる仕草もせず暗黒の矢で相殺する。

カルトは再度ウインドで風の塊を作り出してそれも放っていた。

「つまらぬ。」ローブの男はふたたび迎撃の矢を放ったが命中した瞬間に圧縮された風が周囲の粉塵を巻き上げて視界を奪った。

「エルウインド!」さらに広範囲に竜巻のような風が巻き起こり周囲の物体を吸い付け、竜巻内にいざなった。竜巻内には真空の刃が襲いかかり無残に切り刻まれる。

 

ホリンや道中の襲撃者に使ったエルウインドは手加減をしていたが今回は全力のエルウインドだ。手応えはある、内部にいてるやつから魔力を感じるしこの一撃でその魔力はガクッと減っているのを感じた。

 

多分奴にはなぜかはわからないが、物理攻撃にはダメージが通らないと踏んだ。さきほど不意打ちで与えた風魔法にはダメージをうけていたので一気に畳み掛けたのだ。

 

奴の魔力は俺よりも少ないように感じるが、魔法に対する防御力が凄まじい。先程の風魔法はウインドであるが、ダメージはごくわずかなものであった。

俺は手足の一本はもぎ取ってやるかの勢いで放った一撃であるにも関わらず、である。

ここで奴がまだ動けるようなら、次は逃げるための攻撃に魔力を使わなければならない。

 

「フュリー、そこの女の子を乗せて待機していてくれ。いざとなれば逃げるぞ。」

 

「わかったわ、無理しないでね。」フュリーは少し離れた少女を天馬の背に乗せて、退却に備えた。カルトのその判断でおそらく奴は生きている可能性があるとの判断をフュリーに連想させた。

 

砂塵が拡散し、内部があらわになってきつつあるなかふたたびあの暗黒の霧が発生し始め、内部より不気味な笑い声が聞こえ出した。

 

「くくくくくく!」

やはり奴はまだ生存していた、上位魔法が効かないとなると俺には打つ手が極端にすくなくなる。それなりにダメージを与えているようなら再度使用すればいいが、手の内を見せてしまった以上警戒もされるし対処方法も考えているはず。

ますます逃走を視野に入れての行動を取る必要があった。できればこいつを捉えて正体を掴みたい、おそらくであるがこいつとホリンはなにかで繋がっているように感じている。

 

彼が魔法の対処方法を学びたい事、他国で彼と出会った事、そして物理攻撃ではダメージを与える事が出来ない存在。何かの必然である事は間違いないのだからだ。

その為にもこいつを捕獲したいがなにせタフすぎる、不死身とまで思う位だ。

俺はシレジアでレヴィン以外の奴に最近負けた事はない、レヴィンは攻守ともに優秀で魔法においては死角はない。

俺は攻撃は問題ないが、魔法防御においての技術が今一つ苦手な事もあって防御に回るといつもジリ貧になる事が多い・・・。

だからこそ、攻め続けて自分のペースに持ち込みたかったのだ。

 

 

とうとう砂塵が霧散し奴の姿が見て取れた、ローブは胸部から下が破け四肢が露わとなっていた。細い手足は包帯が巻かれ相変わらず素肌は見えないが紅い血で濡れており、かなりの痛手おっている。しかし声量には衰えた様子がなく矛盾していた。

 

「仮初めとはいえ儂とここまで渡り合える無名な奴がいるとは思わなんだぞ、この体はもう使い物にならぬ、ここらで幕引きとさせてもらうがこのままやられっぱなしは気にいらぬ。」

 

「なんだ、まだやるつもりか?」俺は再度意識を集中させ魔力を身体中から搾り出そうと構える。」

 

「強弱には興味はないが、ここは譲れぬ!!」右手を振ると、一気に空間が歪んだ。奴の目線から後ろに控えるフュリーに視線を送ったのが俺の失策だった、フュリーの天馬にいた少女にも空間の歪みが発生し、消えてしまったのだ。

 

「ふふふふふ!ではさらばだ。」再び振り向いた時、ローブの男は少女を抱えて空間の歪の中へ消えていた。

 

「待ちやがれええ!!」俺の絶叫は虚しく風にかき消えて行った。




さらわれた、少女を必死に探すカルト、ホリンの秘密。
暗雲立ち込めるイザークに何が起こって行くのか、展開を考えるのは大変です。

またお時間をいただきますがお願いいたします。


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傀儡

闇にうごめく存在
イザークの動乱の発端を描いていきたいと思います。
これも奴等の思惑通りなんでしょうね。
私なりに描いていきたいのでが、誤解があればすみません。


少女の救出に失敗したカルト達、ホリンと合流するために一度宿に戻り帰りを待つことにした。彼に一連の騒動を話し、イザークとしての見解を聞くことに二人は意見が一致する。

カルトは当初かなり頭に血が上っていたのでフュリーは心配していたが、すぐに建て直してこの判断にいたってくれたのだ。

先程の戦闘は突発的であるがここからはイザーク内の問題もあり勝手な行動は制限される。無理をすれば二人を抱えているホリンに責任が及んでしまう事、今回の事件に何らか情報を持っている可能性がある事を判断しての内容だ。

何より、魔力がつきかけているカルトが今どのような行動を起こしても無駄に終わるだけだった。

 

「ねえ、カルト。あのローブの男の事だけどあなたはどのように判断しているの?」

 

「恐らく奴の使っていた魔法は、闇魔法だ。」

 

「闇魔法?」フュリーは聞きなれない魔法に戸惑いと語感からくる忌しい感覚に襲われた。

 

「ダーナの奇跡を発端として打ち倒した暗黒神ロプトウスとそれを支えたロプト教団の使う負の感情を具現化する暗黒の魔法だ。」

 

「で、でもロブトウスって滅ぼしたんでしょ。なんでまたそんな存在が残っているの?」

 

「確かにロプトウスを倒して世界は平和になったが復活を信じて闇に潜った連中もいるらしい、細々とどこかで活動をしているのだろう。」

 

「そんなこと、全然知らなかった。」

 

「百年以上前の話だからな、当時を知るやつなんていないがグランベル王国の国王はロプトウスに唯一対抗できるナーガの血筋の家系。血を絶やす訳にもいかないし、地下に潜るロブト教団の存在も根絶しようと水面下で活動していると聞くぜ。」

 

「それで、あの男は何のためにあんなことを?」

 

「フュリー、お前意外と勉強不足だな。やつらは全盛期に子供狩りといって、母親から子供を拐って火炙りをしていたんだ。世界が恐怖と絶望に染まれば染まるほど負の力を源とするロブト教団の魔力が増していくと言われていたらしい。

今回も子供をさらったことからその手の事ではないかと考えている。」

 

「じゃああの子は!」

 

「ロブト教団なら、間違いなくあの子を生贄として殺すだろう。」フュリーはようやく事態の大きさを理解した。普通に考えれば拐う目的は労働力の為や慰みものにされたりと下劣であるが命まで奪うものは少ない、殺すために拐うなんてフュリーには想像もつかなかったのだ。

 

「カルト!ホリンさんを待つ暇がないわ!早く!」カルトが先程まで取り乱していた事を理解したフュリーは、立場が入れ替わり取り乱す。

 

「フュリー落ち着けよ、どこに逃げたのか判らない連中を闇雲になんて探せない。今はホリンを待つんだ、明日の朝になればやつらを追える算段がある。」

 

「・・・待っててね、きっと助けにいくから。」冷静さを取り戻して彼女は祈るようにつぶやいた。

 

 

 

ホリンが宿に戻ってきたのは、日が落ちてきたあたりだった。彼も難題を抱えているらしく、リボーの族長に会いに行った表情は険しくなっていた。

早速帰ってきたホリンに開口一番に今日あった人攫いの件を話した、ホリンはさらに険しい顔を見せたが一通りの話を聞いてから発言をするのだろう、今は俺の話を黙って聞いてくれていた。

 

一通りの話した頃には完全に日が落ち、部屋は真っ暗になっていた。フュリーは階下で火種を貰い、燭台に火を入れて灯りをとる。

 

「カルト、俺の任務は子供が人知れず攫われてしまう事の調査だったんだ。」暫く黙って聞いていたホリンは暫く熟考した後に、二人にダーナにいた経緯を説明し始めた。

 

「攫われだしたのは2年程前だ、今回で5人目になるのだが3人攫われた辺りから妙な事に何処かに売られた形跡が見当たらない事がわかった。

攫われた子供はほとんどがダーナの裏市場で売買されるのだが、そこにイザークの子供は流されていなかった。

さらにダーナに派遣してした調査兵が帰らぬ人になったため、私が任務を受けてダーナで監視をしていた。」

 

「なるほど、だから剣闘士の真似事までして潜伏していたのか。」

 

「そういうことだ、私はカルトと戦う前にイザークの子供を連れた男に遭遇できて奴らをつけてみたのだが看破されてしまい・・・。」

 

「やつらの使う魔法にやられたと。」

 

「そういうことだ、魔法の対処に乏しいイザークの剣士では歯が立たないと感じた俺は偶然出会ったカルトに魔法の対処をイザークで訓練して再度ダーナに戻る予定だった。」

 

「そういうことか、しかしなぜそれなら手っ取り早く俺に協力を求めてあの場から追跡しようと考えなかったのか?」

 

「・・・・・・。」

 

「悪いな、言いたくないだろう。自国の問題は自国で解決したいことはよくわかる。

だが、恐らく俺たちが相手をした男と同じ男なら剣士であるホリンではまず勝てないだろう。」

 

「どういうことだ。」フュリーも同じ思考だったのか、ホリンの言葉に同調する姿勢をみせた。

 

「恐らく、奴の正体は魔法で操られていた死体だよ、剣の攻撃なんて痛覚がないから意味はない。

やつを倒すにはどうしても魔法による攻撃が必要なんだ。」

 

「どうして魔法なの?剣とか槍で攻撃することと、魔法で傷つけるのは違うことなの?」フュリーはここで口を挟む。

 

「全然違うな、魔法の攻撃は普通の防御とは違って精神にもダメージを与える事ができるんだ。

奴は死体に精神だけを憑依させて体を無理に動かしていたわけだから、肉体的な攻撃には強いがその分精神的な魔法による攻撃か極端に弱くなっていた。だからあの時は撃退に成功できたんだ。」

 

「そのような魔法があるのか、それで私の攻撃がまるで通しなかったのか。」ホリンは過去の自分の経験からも思い当たる部分があるのか理解したようだった。

 

「ねえ、それと明日になれば捜索できる方法があるといっていたじゃない?それはどういうことなの?」フュリーはもうひとつの疑問をぶつけた。

 

「ああ、それは単純だ。俺はあの少女がさらわれる前に町で会っていてな、ちょっとした縁でかみかざりをあげたんだ。

あの髪飾りは俺の魔法で細工した工芸品で、魔力の共鳴現象を利用すれば場所を特定できる。ある程度は近付かないとピンポイントまでにはいかないがな。」

 

「それは本当か!ならまだ救出できるチャンスはあるのだな。」ホリンは今回の件には解決の糸口がある事を知り、興奮気味に立ち上がりカルトを見る。

 

「ああ、しかし急いだ方がいいな。やつらは奴隷のような労働力ではなく暗黒神への捧げ物という使い方ならそんなに遠くない時期に決行するはずだ。早朝には魔力も戻るから探知してから出発したい。」カルトはそういってもうひとつ付け加えた。

 

「それと、恐らく奴等の本拠には死体を操っていた術者本人がその場にいると思う。

奴と今の俺ではまず間違いなく勝てないだろう、よほどの実力に差がない限り暗黒魔法に正面から打ち勝てるのは光魔法だけなんだ。

もし救出において奴に見つかった場合は、辛いだろうが自身の命を優先して逃走して欲しい。死んじまったら次救出するチャンスすら無くしてしまうんだからな。」

 

「うむ、本心はイザークの問題は自国でなんとかしたかったがここまで奴らを分析できているようなら君の判断に委ねるのが妥当だろう。

カルト、すまないがよろしく頼む。」ホリンは頭を下げてカルトを改めて依頼する。

 

「わ、わたしもここまで聞いてしまった以上最大の助力するわ。ペガサスナイトの私なら魔法防御能力はここでは負けないわよ。」フュリーも意気揚々と立ち上がり雄弁する。

 

「はあ、できれば君にはここらでシレジアに戻って欲しい所なのだがなあ。」

 

「何言ってんのよ!ここでシレジアに帰るなんて私の正義に反するわ。

カルト、お願い!これが終わったらシレジアに帰るからもう少し一緒にいさせて。」俺はその言葉に一瞬、頭が混乱した。こ、こいつて天然でいっているのか?

 

「あー、俺ハラヘッタかも。ちょっと下で食料を見繕ってくる。」

 

「おっ、おい!ホリン!!いらん気を使うな、間違えてるのはこの馬鹿だから。使い方間違えてるだけだから!」

フュリーは自分で言った事を頭の中で反芻してようやく事態を思いついた。さっと真っ赤になり、その感情が逆流した。

 

「なっ!なっ、カルト!!私はあの子を助けたい一心なの!茶化さないで!!」

 

「いっ、いや!フュリーの言葉の使い方の問題だろ、俺も一瞬混乱したぜ。」

 

「ふんっ!」二人の間に冷えた雰囲気が流れ込んできたホリンは仲裁に入る。

 

「まあ、とりあえず少しお腹に何か入れておこう。

明日から当分携帯食になるだろうから、今日くらいはいい物を食べないとな。俺でよければご馳走しよう。」

 

「まじか!俺イザークにきたら牛肉を食べたかったんだよ!シレジアの羊肉もいいがあの独特な風味の肉汁に憧れていたんだよ。フュリー、ホリンの気が変わらないうちに行こうぜ!!」俺は手を引っ張って下の酒場へと足を急がせた。

 

「ちょ、ちょっと!お願いだから引っ張らないで〜。」

ホリンは二人のやりとりに微笑むと階下へとゆっくりおりていくのであった。

 

 

 

「父上!なぜ、子供達の救出に軍を出されないのですか!このままでは我がリボーは救出に自ら動かぬ腰抜けと思われてしまいます!」

 

ここは日中にホリンが訪れたリボー族長のクラナドの館であり、その主は息子のクラウスに叱責を浴びせられていた。

 

「いかん!ダーナに軍を進軍させるなど以ての外だ、確かに彼の地は中立区域だが誤解を招けば隣国のグランベルや、レンスターを刺激しかねない。ここは腕の立つホリンに潜入してもらい、小規模で対処せねばイザーク全体の問題になる!クラウスよ、ここは我慢の時なのだ。」

 

「父上はあのホリンを高く買っているようだが、奴は尾行を読まれて返り討ちにあった弱者にすぎぬ!あんな余所者を信頼しているといつか後悔なされますよ。」

 

「馬鹿を言うでない!ホリンはリボーの為にここまで情報を持ち帰って奴らの動向を徐々におっているではないか!滅多なことを言うには口が過ぎるぞクラウス。」

 

「くっ!」クラウスは父にこれ以上ない理論で持って退かざるを得なかった、引き下がった彼は自室で悪態を付くのだった。

 

「くそっ!なぜなんだ!なぜここまでリボーの為を憂いて打開しようとする私の判断にいつも父上は反対するんだ!!俺にだって機会があればホリンどころか、マナナン王やマリクル王子に匹敵する器があるというのに!」

あおるように酒を飲み、グラスを叩きつけた。他者からみれば愚骨の上に始末に追えない男であるが、当の本人にはそれが全く見えない。その悲しき男は、一人愚痴に明け暮れていた。

 

「ほう、そなたにはマリクル王子にも匹敵すると。」不気味な声がクラウスの自室に響き渡る、空気は暗くて温度が下がっていくような感覚に襲われたクラウスは恐怖のあまり椅子から転げ落ちた。

 

「何者だ!」クラウスは必死に虚勢の声を上げて腰に吊るした剣を抜いた。

 

「私はここですよ、物騒な物を鞘に戻して私と語らいましょう。そう、マリクル王子にも匹敵すると言われたあなたの実力を是非お聞きしたい事ですわ。」クラウスは辺りを見回している間に、机の対面に座っている女性をみつけた。女性と言っても、性別を認識できるのは声とその体のラインからであった。

 

全身を黒のローブをまとっており、顔は一切認識できない。間からわずかに見える黒髪だけが唯一の情報だった。

ゆったりとしたローブで覆っているにもかかわらず、胸部を強調させるそのラインにクラウスは劣情を覚えてしまう。だがこの得体の知れない存在に彼は萎縮し、その場の椅子を元に戻して静かに座ることで精一杯だった。

 

「どこから入った!ドアには鍵がかかっていたはずだ!」

睨みつけるが、彼女は全く意にも介せず机の酒をグラスについで舐めるように飲み干した。一瞬見えたその妖しい唇はどこか冷笑を携えており、クラウスはさらにその雰囲気に飲まれていく。

 

「私はあなたが入って来る前からずっとここにいましたわ、あなたのリボーに対する想いと攫われた子供達を親許に返す気持ちに打たれてここで待っていたのです。」

 

「どういうことだ。」

 

「あの人攫いはただの人攫いではありません、私のように魔法に長けた者でないと太刀打ちできないでしょう。

どうでしょう?私を使ってダーナで怯えている子供達をあなた自ら救出しませんか?そうすれば、あなたが言うようにマリクル王子と並ぶ存在になるでしょう。」

 

「し、しかし。」

 

「大丈夫です、それともあのホリンが賊を討って彼の武勲に貢献するのですか?」彼の挑発はこれで充分だった、みるみるうちに顔は激昂し自らを奮い立たせた。彼女はローブの下で妖艶な笑みを浮かべていた。

 

「ホリンごときにおくれをとってたまるか!

おい女よ!お前は魔法に長けると言ったな、その能力で奴らが勝てるのだろうな!」

 

「もちろんでございます、私の魔法とあなた様の兵力で一気に賊を片付けてしまえばダーナの民も侵略目的ではないことが証明できるでしょう。」

 

「そこまでいうのなら、私の武勲の一つにこも功績を残してやる!!」

 

「そうでございますとも、そしてあなたはイザークの新しい王となるのです。」

 

「そうだ・・・、俺は・・・王に・・・。」傀儡の誕生にローブの女は妖しい笑みを称えたのだった。




やはり、難しい。


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ダーナの砦

カルトの魔道書、正体は・・・。


カルト達は再びイード砂漠に足を踏み入れていた、先日踏破したばかりの劣悪環境に再び逆戻りすることは人の命がかかっているとはいえかなりの躊躇がある。

意思でその後ろめたい気持ちを断ち切り今日も前進していた、リボーの街を出てもう三日なろうとしている。

カルトの自身の魔力探査によるとダーナよりさらに南の地点、アルスターに近い場所で強い反応を見せたのだ。カルトの能力を信じ三人は交わす言葉もなく、先を急いでいた。

 

フュリーは上空からホリンはカルトの警戒が鈍っている周辺を護衛しつつ、夜はカルトの魔力回復に務めさせる為に夜番は交代で行っていた。

その甲斐もあり三日目の昼過ぎに、奴らの潜伏場所と思われる地点にたどり着いたのだった。

 

かつての聖戦で使われていた拠点地なのだろうか、砦と言うにはあまりにもひどく風化し朽ち果てている建物であった。砂漠にあるとはいえ、その劣化は加速を増しており現在は邪教とも言える物どもを匿えるようには到底思えなかった。

 

「カルト、ここなの?」

 

「ああ、反応によるとここになる。建物はともかく、ここからはかなり禍々しいしい魔力を感じるぞ。」フュリーはカルトのその言動にかなりの危険を察知した。今までイザークの警戒網もすり抜けて偵察隊もホリンを除いて全滅しているのだ、そんな連中の拠点にいまから入り込むとなると三人無事に帰れる根拠など一切ない。

 

「フュリーやはりここは引き返せ、室内では天馬が使えない。天馬の加護がなければ魔法防御は人並みになる、危険だ。」カルトは再度リボーでの忠告を口にした、フュリーはみるみるうちに表情を歪ませる。

 

「どうして!それならホリンさんも同じはずよ、私だけここで諦めるなんて自分自身許せない!」

 

「ホリンは一度連中と一線交えて危険性と対処を心得ている、俺は魔道士として奴らにアプローチできるがフュリーにはその両方がない。引き返すのが駄目ならせめてここで待機していてくれないか?」

カルトの珍しい懇願にフュリーは困惑した、ここで彼の迷惑をかけるべきではないと思っているがもう一つの可能性を示唆していた。カルトはここで命をかけてまで彼女の救出をするのではないかという事だった。

 

 

レヴィン王子からはカルトの護衛として拝命されている、カルトは私が国外に手引きするだけと思い込んでいるが実はそういうことだ。本心を言ってもよかったのだが、レヴィン王子からは出来るだけその事は本人に言わないようにも忠告されていた。

 

カルトはことごとく私に本国帰還を口にするのでその事を伝えてこのまま同行するように言ってもいい、しかし彼はそれを知るとおそらく私をまいて監視から解放する姿勢を見せるとふんだのだ。

 

フュリーのジレンマが言葉を遮るが、カルトのいう現場待機が譲歩できる提案と受け止め私は了承するのだった。

 

「わかったわ。カルトにホリンさん、絶対に帰ってきてね。」不本意ではあるがカルトの意見を聞き入れる。フュリーの精一杯の笑顔にカルトも答えた、彼女は握手を求める手に応じ握り返す。その笑顔を見つめた時に視線がぶつかり、絡み合う。

 

「ああ必ず、帰る・・・!!!!・・・・・・。だから、シレジアで待っていてくれ。」

 

「カルト・・・。」フュリーの消え入る声が罪悪感と共に俺の右手に強く残る。彼女は必死に意識を保ち、自身のみぞおちに入ったカルトの拳を握った。

動揺しないホリンもここでは、さすがに驚いたのか俺の名を呼びこの後の行動を見張っていた。

 

「すまないフュリー、君はここで万が一にも倒れる訳にはいけない。レヴィンのそばで支えてやってくれ、俺に何かあってもシレジアを頼んだぞ!」

ついに自身で立っていられなくなったフュリーの肩を抱き寄せ伝えた。彼女は一雫の涙を流し、何といったかわからないが唇が空を囁いて眠りにつくのであった。

 

 

カルトは心配している天馬の背にフュリーを乗せて鐙に固定させる。

 

「すまないがシレジアまで頼む、フュリーがここへ戻ると言っても必ずレヴィンの元に送り届けてくれ。」

天馬はその言葉を理解したのか定かではないが、私の方に一度首を乗せて小さく嘶いた後空をかけていくのであった。

 

「まさか、ここで強引にシレジアに帰してしまうとは・・・。」

ホリンは一部始終を見届けてから、感想の一言を述べる。

「この場面ではないからこそできる芸当だよ、フュリーにはシレジアでもっとふさわしい仕事がある。それを優先させただけさ。」

 

「ふっ!そういうことにしておこう、鈍感な事は戦場において大事なことだからな。」ホリンは一つ笑うが、すぐに真剣な面持ちになり背中の大剣を確かめるのであった。

 

 

 

私は目を覚ました、日常で毎朝見る天井に今は違和感を覚える・・・。

どうしてだろうか・・・、微睡みの中で自問する。

体を一つ捻じり水差しから水をカップに注いで飲み干すと頭が鮮明になってきて状況を一気に理解した。

私はカルトに不意の拳を鳩尾に受けて気を失ったのだ、いても立ってもいられない気持ちに襲われたところにマーニャが入室した。

 

「気分はどう?」

 

「ねっ!姉さん!!私・・・私は・・・。」

 

「落ち着いて、私たちはわかっているから。」

 

「私達?」フュリーは複数形の言葉にすぐ理解したのか、ベッドから降りて敬礼の姿勢をとった。

マーニャの視線の先、ドアの向こう側で視線合図を受けて入室して来るのは麗しい王子のレヴィンがいたのだ。

 

「フュリー、体は大丈夫か?しばらく休養するがいい。」

 

「しかし、レヴィン様!私は。」

 

「マーニャが言っただろう、わかっていると。

昨夜、気を失ったお前を天馬が背中に乗せて帰還したんだ、カルトの手紙付きでな。」

 

レヴィンは手紙をフュリーの前に差し出して手渡した、フュリーは手紙を開いて文字に目を走らせる。

そこには彼の想いと決意、そしてフュリーの職務放棄を擁護する内容が溢れるようにしたためられていた。フュリーは言葉を失い、代わりに溢れ出る物は涙のみになってしまった。

 

「フュリー、君の国外初任務は成功だ。休養があければ君を天馬騎士部隊長として働いてもらうぞ。」

 

「そっ、そんな!私はこの任務をやり遂げられませんでした。カルト様にも温情でこのような立場にあるだけで・・・。」

 

「カルトは人情はあるが、過大評価も過小評価もしない男だ。ここに書いている内容はあいつの素直な文面だよ。だからフュリー、自信を持ってくれ。

それに、ここに必ず救出して戻って来ると書いてある。あいつの実力を知っているフュリーならこの中で一番信じてやれるのではないか。」レヴィンの言葉にフュリーは再び涙する、もうあちらでは結果が出ているだろう。

救出か、死か・・・。祈ることもできなかったフュリーにはあとは信じることしかできないのだ。

 

「フュリー・・・。」マーニャがいたわるように手を肩に当てて労う。妹の成長を喜ばしく、その初任務の対象であるカルトが無事でいることを姉も信じた。

 

「たっ、大変です!」

天馬騎士団の一人が突然入室した、彼女はマーニャの部下であり普段は国境警備を主として行っている者だ。

 

「どうした?」

 

「こっ!これはレヴィン様、申し訳ありません。」

 

「気にしなくていい、それよりも火急のようだが。」

「はっ、では申し上げます。イザークが・・・・・・・・・。」

 

「な、なんだって!!」三人に驚愕の表情が浮かんだ、そしてカルトの無事を祈るだけであった。

 

 

 

カルトとホリンは時間をかけて周囲を捜索し、正面からの入り口一点のみとなっていた。

正面には一見は誰もいないように感じるが、カルトの感応魔法で入り口に踏み入ると奴らの探知魔法にかかることがわかり、夜に側壁より忍び込む事にした。

朽ち果てそうな外観をよそに内部は手入れをしている様子があり、ますます怪しさを感じるが内部には人の気配も生活感もなかった。

おそらく偶然迷い込んだ者に接触しないようにしている可能性があり、隠し通路などを確認する必要がある判断した。

足音も合図も最小にして捜索をしているがなにせ夜である、見分けがつかず作業能率は悪かった。

 

「カルト、どうする?朝まで待つか?」

 

「これ以上待つわけにもいかないな、できれば奴らの方から出てきてくれればいいのだが入口の警戒網にかかれば侵入は厄介になる・・・。やはり地道に探すしか・・・!!」

俺はホリンの手を引いてすぐ横の部屋に入り身を潜めさせた、先ほどより探知魔法を使用しながら進んでいたのだが入口の魔法にかかった奴がいたのだ。

おそらくその警戒でどこからか奴らが出て来る可能性があるので身を潜めたのだった。

 

「う〜ん、ここにお宝がありそうな気がしたんだけどなんにもなさそうだなあ。最近ついてないなー。」

のんきな声が響き渡り拍子抜けした、偶然迷い込んだ盗賊が警戒網の魔法にあっけなくかかり隠密行動を阻害する形になってしまった。

しかしこれはチャンスにもなりえるかもしれない、彼を陽動させれば奴らが出てきた道を辿れば彼女を見つけられることができるかもしれないからだ。

彼女の髪飾りの反応は地下からしている、どこかに隠し階段などがあり、出てきてくれれば・・・。

 

「あっ!!ここ隠し階段だ!おったから、おったから♩」

なんだってー!!あの盗賊あっけなく見つけやがった、悪運がないのかあるのかどちらにしても恐ろしい奴・・・。

 

二人はその声をする方に近づき確認すると、確かに発見していた。

この砦の貯蔵庫に大きな水瓶がありそこがそのまま階段になっているのだ、中底をその盗賊は開けたようですぐ横に転がっていた。

 

「どうする?さっきの声のした盗賊、確実に殺されるぞ。」ホリンは耳打ちするが、正直困ってしまう。

盗賊と言っても声の感じからまだ幼いように感じる、ここで見捨てて陽動に使うほど俺は外道ではない。

だが、正攻法では俺たちも相手の数が多ければやられてしまうだろう。

 

「とりあえず、奴の後をついてやつらの出方を見よう。数が多いなら逃走を優先して奴らに奇襲をかける、数が少ないなら一気にケリをつけよう。」ホリンは一つ頷いて、盗賊を追いかけた。

無邪気な盗賊は警戒するそぶりもなくどんどん奥へ進んでいく、内部は簡単な石の畳で舗装はしているがほとんど洞窟のようで所々に簡単な部屋がある程度であった。

盗賊は次々に部屋に入りお宝の物色をしており、時折何かを見つけたような声が聞こえてくる。

地下の部屋を少し覗くと、ここには多少の生活をしている様子が見て取れた。しかしながら必要最低限のものしかなく、普通の物なら生活をしていた後のように感じる。

ここが彼女のように攫われた人の受け入れ場所なのだろう、こんな悪環境に閉じ込めるなんて奴らはやはり許せる物ではなかった。

 

「わあああ!」盗賊の声が響き渡る。

俺とホリンは急ぎつつ、できるだけ音を立てないように奥の部屋に向かった。

魔法探知の方向も同じ向きである。おそらくそこに奴が、リボー郊外で死体を操っていた本体と合間見えることになると覚悟をしていた。

盗賊と、彼女を助けて逃げることは可能だろうか、必死に思案を始めていた。

 

 

「神聖な儀式の間にまで入り込むとは、汚らしい盗賊めが!ここで始末してくれる!」

 

「びっくりしたー、こんなところでなにやってるの?」少年は虚をつくためなのか、天然なのか少し素っ頓狂な台詞をついて後づさる。

 

「盗賊風情が私の儀式を説明しても無駄な事だ、死ね!」

少年は部屋から飛び出してきた、危機察知能力は高いようで逃げの一手を踏むようだ。

二人はそばの部屋に身を潜めて奴の出方を待った。

しかし、この騒ぎのなか出てきたのは一人だけであった。何処かに出ているのか初めからこの施設の使用者は一人なのか、しかしこれはチャンスである。

一人なら二人でかかればなんとかなるかもしれない。

 

どのみちこのままではあの盗賊は無事ではすまない、カルトはホリンを奇襲要員として飛び出した。

盗賊の前をふさいで彼を止める、助けるがここで一緒には戦ってもらおうという気持ちはあった。

 

「ウインド!」

突然の魔法攻撃にも関わらず、少年と相対した者は自身の魔法で相殺させた。

黒いローブで身を包み、悪趣味な杖と黒い魔道書を胸に抱いた老人であった。

 

「貴様は、あの時の。くくくく、わざわざ殺されに来たか。」

 

「拐かした人たちを返して貰おうか。」

 

「あの子なら奥で眠っているぞ、それ以外はもう儀式に使わせてもらった。」

やはり、そうだったか。カルトは舌打ちをして予想道りの結果に忌々しく感じた。

 

かつてロプト教団とロプトウスの化身であったガレは子供達を火炙りにして絶望を与え、自身の力を増していった。

現在はロプトウスの血が絶えた今、儀式によって自身の力を維持や増大させているのであろう。

 

思考を巡らせているところにローブの老人は言葉を続けた。

 

「あの時は事情もあり引かざるをえなんだか、ここを知った以上生きては帰さぬ。貴様が風の使い手なら勝ち目はないぞ、おとなしくするなら一思いに殺してやるぞ。」

 

「確かに、暗黒魔法とは相性が悪い。」

 

その瞬間にホリンは側面から飛び出して必殺の突きが老人の体を指し貫いた。

 

「ぐはあああ!」

 

「物理攻撃は今回効くだろ。」鮮血が飛び散り、老人の体がのけぞった。

ホリンは剣を一気に引き抜いて相手の様子を窺った、この相手は普通の人間ではない。

これで絶命してくれればいいが、不穏な魔法の使い手であるこの老人には最大の警戒が必要である。

 

老人から、黒いオーラが立ち込め包んでいき傷がみるみるうちに塞がり癒されて行った。

やはり一筋縄ではいかないようである、カルトもすかさず攻撃に入っていた。

 

「エルウインド!!」

老人は宙に浮き上がり、猛烈な風の刃に切り刻まれた。

 

「無駄だ!」

老人の黒いオーラがエルウインドを無効化し、体に傷つけられた攻撃も塞がってしまう。

 

「ふ、儀式を済ませる前なら殺せていただろうがな・・・。少し遅かったようだな。今の攻撃が最大の攻撃なら、もう儂を殺せる術はないぞ。」

さらに老人は黒いオーラを増していき、ゆっくりと迫ってきた。

 

「ヨツムンガンド!」

老人の暗黒魔法が一気に膨れ上がり、負のオーラが辺りを包み込んだ。

悪霊のような魂が聞き取れない呻きを発しながら襲いかかってくる、まるでいままで奴が殺してきた恨みを自身に取り込みそれを他者にぶつけるような忌々しい魔法のように感じる。

カルトはホリンにタックルし、攻撃を一手に受けた。

体の生気を奪われていくような感覚が襲いかかり、肉体を削ぎ落としていくような痛みを受ける。

 

「あああああ!!」俺も魔道士による魔法防御を持っているが想像をこえる攻撃魔法でその場に倒れた。

老人は止めとばかりに次の魔法の準備に入る。

盗賊の少年とホリンは老人に剣を突き立てるが、一向に通らない。鮮血は飛び散っているが老人の体力を奪っているようには見えなかった。

そのまま三人ともさっきの魔法でカタをつけようとしているのだろう、俺も瀕死だが魔法防御を持たない彼らが受ければ一撃で絶命してしまう。

俺は必死に奮い立たせる、俺もホリンもここで終わっていい男ではない。レヴィンをシレジアの王にする為にもここで倒れるわけにはいかない!

よろよろと立ち上がり、一つの案を思い出し立ち上がる。

老人は二人の剣の受けていて魔法が中断されている。ホリンと盗賊は突き立てた剣をさらに突き立てて苦痛を与えているのだ。

 

「ええい!邪魔をするな。」

オーラを攻撃的に放射させて盗賊は吹き飛ばされた、ホリンは必死に剣にしがみつきさらに剣を捻じる。

ホリンがくれた時間、無駄にはできない。懐から魔道書を取り出し背表紙に入っていた手紙を抜き取る。

 

「ファイアー」魔法と共に魔道書を焼き払った。

手の上の魔道書はみるみるうちに焼けていくと一つの奇跡が発生した。魔道書が突然強烈な発光と共にカルトの体も光の中に消えていくのをホリンは見た。

まるで魔道書と共に別の何かに生まれ変わってしまうかのような、神々しい光だった。

 

「あ、あの光は!やめろ!」

先ほどまでの負のオーラは光に消されていき、あれほどの攻撃を受けて平気な顔をしていた老人はその光に苦痛をあげていた。

 

「カルト、君は一体・・・。」

ホリンはただ、その光景を眺めることしかできないのであった。




魔道書の秘密は次回になります。


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侵攻

ようやく、ここで聖戦の系譜の事の発端を描くことができました。


光の中で俺は自身の変化を如実に理解した、今までの自分は仮の姿で有ること、そして魔法力が全く違う物に変化していく感覚。

魔法の才覚はほぼ血統による要因が大きい、習得を望んでも自身に魔力の器がなければ一生使えない者がいれば全く魔法に縁がない者が突然何かをきっかけに覚醒する者もいる。

 

そして魔力の器には得意とする魔法も決まっており、俺の場合はセティの血統を継いでいる事もあって風の魔法が一番能率が良かった。ウインドと同じ魔力でファイアーを使用してもウインド程の威力は出ない、サンダーも同様である。

自身の魔力の器を理解し、修練を積んでいけばその差をなくしていけるようだが、その境地に立てる魔道士はユグドラシル大陸には十人もいないであろう。それほど魔力の器を変化させる事は筆舌しがたい物である。

 

今その魔力の器は全く違う物に劇的な変化していく。それは暖かくて力強い魔力、身体から溢れんばかりに膨れ上がる魔法量と魔法に対する抵抗力。

自身の中にあった忘却の風は暖かな陽光を浴びて鮮明な記憶を呼び覚まして行き、俺の中に眠っていたものが目覚めたのだった。

 

「ぬううう!き、貴様は一体何奴なのだ!」

老人にもはや威厳はなく、光の中から現れたカルトから後退しながら虚勢を張るだけであった。

ホリンはその劇的な変化を見張っていた。

カルトのくすんだ栗の髪は銀の髪に変わり、額にはサークレットが飾られていた。

右手にはまばゆいばかりの聖書を胸に抱き、魔道士の服の上に白と銀の刺繍が入ったマントを羽織っていた。

あのくたびれた魔道書を焼いた途端の変化にホリンは全くついて来れずにいる、老人も同様である。

 

「悪いが答える気はない、貴様はここで朽ち果てろ。」

右手の魔道書を開き老人を睨む。

 

「若造が言いおるか!ヨツムンガント!!」

 

辺りより無象の邪気が集まりカルトに襲いかかる、先ほどのカルトはこの一撃に瀕死まで追い詰められたのだが今回はまるで落ち着きを払っておりゆとりすら感じる。

 

「ライトニング!」カルトが左手をかざすとまばゆい光が集まり、邪気の魔法は霧散していく。それどころかその光は老人にまで届き浄化の光を浴びせていく。

 

「ぐああああ!や、やめろ!やめろおお!!」

老人は必死に暗黒魔法を使おうと抵抗するが、発動する様子はなく。杖を狂ったように降り続けていた。

 

「無駄だ、どんな暗黒魔法を使おうと光の魔法に打ち勝つすべはない。おとなしく、闇に帰れ。」カルトはその力を抜くことなく、老人に浄化の魔法を浴びせ続けた。

 

「ぐううう!ようやくここまで力が戻ってきて完全になるまでもう少しだったところにまたしても邪魔が入るとは・・・。

しかし、ここで終わるわけにはいかぬ!貴様は厄介だ、命に代えてもここで殺す!」

老人は光の魔法の中自身の魔力を高めて抗った、小さな結界を作りだし一先ず光に抗うことに成功した老人は暗黒魔法をぶつける。老人からさらに邪悪な魔力が放たれ、決死の一撃を見舞わんと最後の抵抗にはいった。

 

「ヘル!」

老人は両手を広げて発動した、辺りの空間が歪みだしカルトは包まれていく。

カルトもここでライトニングを一度止めて防御に入った。

空間の歪みはますますひどくなり、自身の意識が遠くなっていくが魔法防御を高めればきっと防御できると判断したのだ。しかし、この魔法は肉体にダメージを与えるものではなかった。

 

ヘル、それは対象者の精神を蝕み心の傷を容赦無く抉る悪魔の魔法である。

精神を崩壊し狂人となった者がいれば、完全に動かなくなり二度と正気に戻らない者などもいる。

暗黒魔法の中でも上位魔法に位置し、ごく一部の者にしか習得不可能な魔法である。

 

「くくくく!このまま精神の坩堝に飲まれて死ぬがいい!!」

カルトは自身を見失わないように、そして魔法防御を最大限に発揮させて抵抗する。しかし一度入り込んだその魔法の効力は恐ろしく、どす黒い感情が入り込み、憎しみや怒り悲しみを最大限にひきづりだされ、過去の傷をリフレインされていく。

 

俺の負の感情からくる過去は父親とのものばかりだった。

お袋を無茶な死地に送り、自身は保身と野心を募らせた愚物。お袋以外にも沢山の愛人を持ち、俺の知らない異母兄弟は多数といる。

その中で俺は母親を早くに亡くして他の兄弟の母親どもからのいわれのない虐げ、もしくは暗殺にもあった。

毒も何度盛られて死にかけたこともあった。

そんな中でも親父から差し伸べられる手はなく、幼少期は生き残るために必死に過ごした。

虐げられても、怒りは見せずに笑って誤魔化し食事も誰かと取ることもなかった。

ダッカーの叔父貴との一悶着で死地とも言える戦闘に参加させられても、生き残った。

 

叔父貴との長い騒乱の中、親父の子供で唯一の聖痕を持っていると知った途端手前勝手に英才教育を施し、いよいよ魔力がシレジアでも有数の実力者とまでいわれだした頃になると次は俺に恐れをなして騒乱のいざこざの中で暗殺まで計画したのだ。未遂に終わり、計画も露見しなかったので親父自身が手を下したのかわからず闇に葬られたが明らかであった。

 

その頃の記憶が溢れ出し、最大限に負の感情を高められた俺は狂気に心を委ねて行った。

憎い!俺を都合のいいように扱われた後暗殺まで企んだ親父、兄弟やその母親共。今すぐ、シレジアに戻ってこの手で・・・!!

 

「おやめなさい、カルト。」

 

「!!・・・、母さん?」頭の中で女性の声が響く、懐かしいその声に俺は驚愕し狂った感情の暴走を堰き止める。

 

「闇に飲まれないで、あなたにはレヴィン王子をシレジア国王にしたいのでしょう?昏い感情では成し得る事は破滅にしかなりません。」

 

「そうだ、俺はレヴィンを王になってシレジアの安寧を願いたい。親父の手から救い出してくれたレヴィンとラーナ様の為に尽くしたい!!」

 

「さあ、行きなさいカルト。あなたには正義の風と導きの光を持つ聖戦士。強く心に願えばあなたを挫く闇はありません。」

 

「!」

ホリンは老人に剣を袈裟斬りに払った、胸部より出血が吹き出して倒れこむが奴の笑い声が不気味に響き渡った。

老人を倒してももうこの魔法を解除するすべはないのだろう、カルト自信が破る事を祈った。

カルトは闇の魔力を受け、光の魔力が目に見えて落ち込んでいくが突然開眼し今まで以上の光の魔力を放ち出した。

ホリンは闇の魔力から脱した事に理解し、笑みを浮かべる。

 

「オーラ!!」

カルトから力強い魔法力が溢れだす。先ほどまでの魔力も素晴らしかったがさらに力強く、優しい光が辺りを包み始めたのだ。

 

「カルト!」

ホリンはその力の主を見た、彼は再びその力を解放させ老人へと向かった。

 

「まさか、ヘルまで破るとは・・・。儂にもう貴様を倒す術はない。

だが、いずれこも世界は我らの物となる。」老人はよろよろと立ち上がるが、おそらく魔力を使い果たしたのだろう。転移の術も使うこともできない老人は観念していた。

カルトの上位魔法であるオーラは発動してヘルの精神攻撃を完全に撃破、さらに浄化の光は老人に移ろうとしていた。

 

「終わりだ、ロプト教団に慈悲を与えぬことはこのユグドラル大陸の決定事項。

情報を得たいが、貴様らは絶対に口は割らない。ここで執行させてもらう。」

カルトの慈悲なき、光のオーラが闇を照らし出さんと迫った。

 

「そうするがいい、闇を否定すればするほど闇の色は濃く残る。

いつの日か貴様らが絶望し、呪いの言葉を吐くその日まで待つとしよう。」

オーラが彼の体を照らした時、一瞬で肉体は消えるように白い閃光も彼方にかき消えていくのであった。

 

 

地下の禍々しい雰囲気は、カルトの魔法で浄化されたかのような印象を受ける。先ほどのオーラの魔法は頭上の障害物を吹き飛ばし、光が差し込んでいた。

暗くて辺りを見回すにも不自由であった視界は明るく、ここでの調査が程なく終えていた。

 

 

 

やはりここ運び込まれた子供達はほとんどがロプト教団の贄として犠牲になってしまったようだ。幸いにも少女のみ無事に救出する事ができ、今は気を失っているのでホリンが背中に背負っている。

凄惨な祭壇を必要な遺物のみを回収して火を放つ、その後地下の部分を封印して一階へ戻ってきた。このまま戻ってもいいのだが、少女背負ったままではホリンの戦力が落ちてしまう。出来るのであれば少女の意識の回復を待ち、話をした上で決めた方がいいと考えたのだ。

それに俺の魔力が回復すればそれなりの手を打つことができる、とも考えていた。

 

「あんた確か俺たちがイザークに向かっている時にホリンの攻撃を避け続けた盗賊じゃないか、仲間はどうした?」カルトは突然の訪問者であった盗賊に話しかける。

ホリンは火を熾して少女の体温が下がらないように配慮をしている、その間に彼の事を確認を急いでいた。これから下手をすれば彼の盗賊団とも事を起こさねばならないようなら非常に不利な状況である。

盗賊はあっけらかんとしており、手を振って笑い出す。

 

「あははは、大丈夫だよ。あれからもうあの盗賊団から取るものとって抜けたんだ。

やつらの追手から逃れて暫くほとぼりを冷まそうしていた時、以前ここで見つけた遺跡を思い出したんだ。そしたらいつの間にかあんな奴がいたから驚いたよ。」

 

「なるほどな、名前は?俺はカルトであの男はホリンという。」薪の準備をしつつ名前が呼ばれたホリンは会釈のみする。

 

「僕の名前はデューよろしく、とりあえず悪さはする予定はないから同行させてもらうと助かるんだけど。」

 

「ああ、それはこちらが頼みたい。女の子を護衛してダーナの砂漠を越えないといけないのは正直二人ではきつい、ホリンとあそこまで切り結んだ腕があるなら助けて欲しい。」

これは本音ではない、例え少年とはいえ彼は盗賊である。狙いがどこにあるのか、または本当のことをいっているのかはまだ判らないが警戒されるよりもここはこのように答えておくのがベストだろう。反論はホリンがしてくれる。

 

「カルト、盗賊を同行するなんて正気か?いつ食料や資金をもっていかれるか知れたものではないぞ。」やはりな。

 

「たしかにそうだが、先ほど述べたように今は一般女性を同行して砂漠越えをしないといけないんだ。仲間は多い方がいい。

それにデューはこの辺りを熟知している、イザークに早く帰りたいなら彼を同行してもらう方がリスクよりリターンが多いさ。それに、俺やホリンから盗むのはこの間の盗賊より難しいだろう?」俺はニヤリとしてデューを見る。

 

「あんた達から盗んで逃げるのは可能だろうけど、どこまでも追ってきそうだ。そういうのはわりに合わないし、あんた達の物を盗んでも金目のものは無さそうだ。」彼は優秀な盗賊なのだろう、この場面で盗めるとはなかなか度胸があると捉えてもいいがデューは本当に可能なんだろうと認識した。そしてその読みも当たっている、おそらく俺はあらゆる手段を使って捜索する男だ。

 

「そうか、本音を行ってくれて感謝する。ホリン、ダメだろうか?」

 

「・・・仕方があるまい、一度斬り合ったからわかるが剣の手ほどきをイザークで受けているな。それを信じよう。」ホリンはやれやれと言った感じだが、受け入れてくれたことに感謝しよう、とにかく今は休息をとって魔力の回復を急ぎたかった。

 

「デュー、ここは危険だから近くで休息をとれる場所はないか?」

 

「ダーナまで戻るには時間がかかるけど、メンゲルならここから半日もかからないよ。でもイザークに帰るなら反対方向なんだ。どうする?」

 

「構わないさ、魔力が回復すればあとはなんとかなる。案内してくれ。」

 

カルトのこの一言が多いにに運命を変えてしまうことになった事をまだ誰も知らなかった。

ホリンの言うようにデューに同行を許さなかったら、カルトが魔力の回復を優先しなければ

この運命はどのように分岐していくのか想像はできないでいた。

 

 

 

「たっ!大変です!!我が軍が、ダーナを攻撃しているとの報告が、指揮官はクラウス様です!!」

 

「なんだと!」リボー族長のクラナドは部下からの報告をイザークの客間で受けた。

本日はイザークにて定例の会議がある日で、リボーを留守にしているが守りは副官に細々と説明したはずである。特にクラウスの言動には耳を貸さないようにしていたのにもかかわらず、このような報告が上がってくるのかクラナドは混乱を極めた。

 

「さらにですが、この進軍にてグランベル公国ヴェルトマーのロートリッターが動き出しているとの情報も入ってきています。」

 

「一刻も早く、このような馬鹿げた事をやめさせねば。」クラナドは間にも合わないこの事態を収集させようとばかりによろよろと扉に向かって歩き出す。精神はもう正常を保ってられないようで足取りは不安定であった。

 

「失礼する!」よく通るその声はクラナドの意識を集中させた、そこにはイザーク王であるマナナン王とその息子であるマリクル王子が険しい顔で現れた。事態を知っているようで、そこに歓迎の世辞はなかった。

 

「マナナン王!申し訳ありません!!クラウスの独断がイザークを!!」クラナドはその場で膝と手を地に臥せ王に決断を委ねた。

 

「クラナド、貴公の人柄やイザークに対する忠義は本物であった。こんな事を起こそうとする本人がこの場にいることから奸計ではないことも存じておる。だが責は取らねばならない、この意味わかってくれるな。」

クラナドはゆっくりと王の真意を見るべく顔を上げた、そこには厳しい表情の中に悲しみをたたえた王の姿があった。クラナドはその瞬間に、いつもの取り乱すことのない族長にもどっていた。

 

「マナナン王、いままであなたにお仕えすることができた事を喜びに感じております・・・・・・。どうか、ご武運を!!」目を閉じた瞬間、クラナドは二度と瞳を開くことのできない眠りについた。マナナン王はその神剣にて一刀の元で首を撥ねた。

そのあまりの速さにクラナドは一瞬で絶命し、熱い血潮が溢れかえる。血糊がマナナン王の全身にこびりつくことも厭わず、その中で涙し。

 

「クラナド、俺もすぐにいく。待っていてくれ!」誰にも聞こえない声量でつぶやいた。

紅く染まった神剣バルムンクは明友に血を吸い、その輝きは悲しく光を放つだけであった。




誤字報告ありがとうございます。2016年3月にようやく修正できました、まだ誤字がありましたら報告の程お願い致します。


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帰還

カルトの秘密について少々出して行きます。



メンゲルに到着した四名は宿に泊まり、少女の目覚めを待った。

三人は口には出さなかったが疲労はピークに達しており、かなりほ手傷を負っている。ホリンに至っては胸骨が折れ激痛となっていた。デューが砦から盗んできた中にライブの杖を見つけ出しカルトが譲り受け、治療を施していた。

 

「まさか、聖杖も使えるようようになっていたのか。」ホリンは改めて驚く。

先に回復させたデューは痛みが消えるやいなや、ベットで泥のように眠りについていた。

 

「聖杖を見た時からなんとなく使える様な気がしていたんだ、本当に使えてびっくりだけどな。」

カルトは外見だけでその本質は変わっていない、ホリンも多少は驚いたが今や以前のように振舞ってくれて助かっている。

 

「二人で話しているうちに聞きたい。あの戦いで何があった、何が起きてそのように変化したんだ。」

「俺も、あの魔道書を燃やした瞬間に自分が理解したんだが・・・。これは母親の血がそうさせたんだ、と思う。」ライブの杖にてホリンの胸骨は及び、体力も癒し終わるとカルトは椅子に座り自身にも杖を使用する。

 

「俺は今まで魔法の才は父親から受け継いだ能力のみで戦っていたようだ。あの魔道書は俺の力を封じていたようで自身の魔力で燃やした時、俺の中にある母親から受け継いだ力を解放させる鍵だったと思う。」

 

「母親の力?」

 

「ああ、魔法の才能は血が大きく左右する。俺は父から傍系ではあるがセティの力を継承しているから風の魔法は生まれつき能力が高かった、それと同じように母親からも・・・。」

カルトは下を向いてそこから先の言葉を濁すようにつぶやく、ホリンでもその先の言葉の恐ろしさがうかがえる。

 

父親から聖戦士セティをついでいるにも関わらずその能力を凌駕する能力を母親から継承したのならその能力も聖戦士の力であることは明白であり、その性質上受け継いでいる能力はグランベルを統べる王族の親類である可能性が極めて高い。

 

「しかし、カルト・・・。お前の母親はグランベルの人間だったのか?ナーガの血筋の者が他国に嫁ぐことなどは考えられないぞ。」

ホリンの言うように聖者ヘイムの血筋は他の血筋と違い暗黒神に唯一対抗できる血筋であり、このユグドラル大陸の民より特別視されている。聖者の血と言うこともあり、婚姻には傍系であっても他国の人間と婚姻はできないし重婚も認められない。

その為、現在血筋の物は現在アズムール王とその息子のクルト王子のみとなっている。

血を絶やさないようにしたいが制約が強いので、おいそれと子供をこさえることができない。

聖者というのはなかなか厄介な存在である、くそ親父に爪の垢を飲ませたいものだ。とカルトは思ってしまった。

 

「確かに、お袋は自分の身の上を俺に話した事なかったから想像もつかないな。・・・でもまあ、よくわからんが光魔法と風魔法それに杖も扱えるようになった、苦手な魔法防御能力も上がっているようだ。あとはホリンから剣術を学べば言うことはない。」カルトのなんとも言えないその上昇志向にホリンはフッと笑みを見せた。

 

「ここまで来ても、なお目的を変えないとは・・・面白いやつだ。この子をリボーに送り返せば俺の依頼は完了になる、その後は俺もしばらく任務はないからソファラでカルトの依頼を承ろう。」

 

「頼むぜ、相棒!」カルトはビシッと指を立てて応えるのだった。

 

「う・・・ん?」

少女は小さい声を上げるとゆっくりと目覚めた、上体をゆっくりと起こし周りを見渡す。

「よお、目が覚めたようだな。

俺の事まだ覚えているか、武器屋で目的の剣が買えなかった時に話したろ?」

カルトはそう言うが、髪の色と長さが違っている為彼女は一瞬首を傾げたがあの口調と声は同一なのですぐに理解した。

ホリンは横に立ち事情を説明する、同じイザークの人間が話した方がいいだろうとカルトは思い。前面には立たなかった。

 

「私はホリン、こっちはカルトだ。君はさらわれて、イード砂漠まで運ばれたんだがこの男からもらった髪飾りの魔力を探知して君を救出することに成功した。

君が元気なようなら故郷まで送ろうと思うのだが、体調の方はどうだろうか?」

 

「私はマリアンといいます、助けていただいてありがとうございます。体調は、大丈夫です。」

 

「そうか、何事もなくて何よりだ。君の意識が戻ったようなら四人部屋のベットでは不自由だろうから隣の一人部屋を使うといい。」

 

「あ、すみません。何から何まで・・・、あの・・・私・・・。」

彼女は赤くなり下に俯く。ホリンは彼女の先の言葉を待つが一向に返答はなく、最後には困り果てていた。

 

「あ~!ホリンわかってやれよ!」

俺はフォローにでようとおもった時にはもう遅かった。

おそらく彼女はすぐに儀式に使われる身、つまり食事もろくにとらせていなかったのだ。

彼女のお腹から大きな空腹の訴えが部屋に響いた。

 

「・・・・・・腹が空いたな、そろそろ食事としようか。」ホリンは自身の腹の音と無理矢理にしたてあげて、階下へと降りていく。

いつの間にか起きていたデューと共にカルトは口をあけて間抜けな姿をさらしてしまうのだった。

 

 

 

「デュー。」ホリンは彼を呼び止めた。

食事を終え、カルトとマリアンは疲労が多いのか部屋ですでに就寝している。デューは夜の町を散策して戻って来たところであり、ホリンは日課の修練を終えての宿の中での事だった。

「あっ!ホリンさん。いいものが見つかったよ、僕値切りが得意なんだ。」彼は背中の袋を叩いてあっけらかんとしていた。

 

「君は、初めて私と剣を交えたときに俺の名前を知っていたな。なぜだ?」

 

「・・・そうだったっけ?覚えてないや。」

 

「はぐらかさないでもらおう、君は私を知っていたんだな?」ホリンには確固たる確信があるのか話を変えることもできない。

 

「・・・・・・。」

 

「君はあの時、秘剣を使っていたな。

あれがなかったらとっくに私が倒していたがそうはならなかった。」

 

「・・・ばれちゃったか~、さすがホリンさん。

そう、あれは秘剣太陽剣だよ。」

 

「!」

デューの発言にホリンは驚きを隠せなかった。

太陽剣はガネーシャの一族でごくわずかな剣士のみが扱える闘気を応用した剣技である。

 

「デューはガネーシャの剣士だったのか。

すまない、辛い過去を引っ張り出してしまった。」

ホリンは頭を下げて謝罪した。

ガネーシャの一族と我がソファラの一族、そしてイザークの一族にはそれぞれ奥義を持つ剣士が族長として存在していた。

 

ガネーシャの太陽剣

ソファラの月光剣

イザークの流星剣

 

この3つの部族は昔よりお互いの力を認めつつもお互いの領地を守り牽制をしていた。

百年前、かの聖戦でイザークの一族は神剣を持つ聖戦士となりこの地に帰ってきたときそのバランスは崩れ去った。

 

神速の剣技を扱う流星剣の使い手が誕生した瞬間、残りの部族達はイザークの一族に従うしか選択肢は残されていなかった。

ソファラの一族の他大多数が最終的にイザークの一族と共同を進めたが、ガネーシャだけは最後まで強硬な姿勢を貫いた。

 

孤立したガネーシャは、他の部族よりも文化も豊かさものびることなく以前よりひどい貧困と空腹が蔓延する一族となった。

一族は徐々に理性的ではなくなり、他の部族より略奪を行うようになった為十年ほど前にイザークとソファラでガネーシャを攻略し、壊滅させた。

 

 

 

「ううん、悪いのはやっぱりガネーシャの族長一派だよ。

変化する世の中に対応できない一族は淘汰されて当然だと思う。それにあのあとガネーシャの民に食料支援をして助けたのもあなた達なんだから。」

デューは相変わらずの笑顔で苦しい過去を話続けた。

 

「僕は弟達を安全なところまで運んでいる最中に少年剣士だったホリンさんに見つかったんだ。

僕達は族長の子供だったから殺されるのかと思ったけど、ホリンさんは僕達を切らずに逃がしてくれた。

あの時は嬉しかった。

弟達を食べさせていくために盗賊まで身をおとしたけど、僕はいつかホリンさんにお礼を言うまで生き延びる一心でここまできたんだ。」

 

「そうだったのか。」

確かに私はあの時、あの戦闘に参加し彼の言うようにデューらしき子供を助けた記憶がある。

あの時の私は一緒に参加した、イザークの姫君に心を奪われており記憶が曖昧であった。デューやカルトには絶対に言えない内容である。

 

「だから、ホリンさん。疑っていることもあると思うけど見ててほしい、僕の盗賊としての能力は役に立つから。」

 

「わかった、疑ってしまい申し訳ない。

ただ、悪いことに使うなよ。」

 

「あはは、気を付けます。」デューは笑って部屋に戻っていった、その足取りは軽く憑き物が落ちたかのようだった。

 

その瞬間、ドアをけたたましく開かれた。中からカルトは廊下側の窓を開いて天空を見上げた。

 

「どうした、カルト。」

ホリンの言葉にも耳を傾けることはなかった。

ホリンもデューも同じように窓から身を乗り出して見上げる。

真っ赤な隕石と思われる飛来物が北の方角に落ちていき、地上を赤く染めた。

 

「あっちはダーナだぞ、一体何が・・・。」ホリンは絞るように囁いた。

 

「あれは、メティオ・・・。ロートリッターか!」カルトの紡ぎだしたその内容は大きく不吉とするものであった。

 

「ロートリッター?」デューはのぞきこむように聞き返した。

 

「ヴェルトマー家が持つ炎騎士団の精鋭軍だ、メティオを扱うような連中はやつらしかいない。」

 

「ダーナで誰と戦っているんだろうか?まさか・・・。」

ホリンは恐ろしい憶測が浮かぶ、地理と位置関係を見ればイザークが絡んでいる可能性がある。ホリンは冷たい汗が流れ出ていた。

 

「ダーナが戦争状態にあるならおそらく交通も閉鎖されてイザークには通してもらえないだろう。明日はここで情報を収集してから判断しよう、ホリンそれでいいか?」

 

「ああ、そうだな・・・。」

彼の言葉はここまでがやっとであった。

 

 

翌朝、自治団の滞在する詰所にて詳細を確認するがやはり事態は最悪の方向であった。

リボーのクラウスがダーナを襲った事、即座にヴェルトマーの精鋭が対処して一夜のうちに制圧したことを聞いた四人は流石に驚きを隠せなかった。

 

「クラナド様はどうされたのだ、あれほどの御仁が短気に走ってダーナを侵攻するとは考えられない!リボーはどうなってしまったのだ!」興奮するホリンは珍しく悪態をついていた。

 

「確かに、それもあるが自国にでない自治区に短期間で準備を整えて精鋭部隊を送り出したヴェルトマーのロートリッターも少しおかしい。裏で何かが手引きしたように見える。」

カルトはそのように分析し、指摘した。

 

「カルト、それではこれはイザークとグランベルの戦争を望んでいる連中がいるとでもいうのか?」

 

「恐らく、な。それを確認する為にもイザークに戻りたいのだが、ホリンなにかいい方法はないのだろうか。」

 

「アルスターに行ってそこから海路という方法もあるが、時間がかかりすぎる。正直お手上げだ・・・。」

 

「そうか、じゃあ・・・最終手段をつかうしかないな。」カルトは少し緊張した面持ちでホリンに体を向けた。

 

「なにか方法でもあるのか?」

 

「ああ、しかしこれは賭けなんだ。うまくいかなかった場合、予想がつかない場面に出くわすこともあるがうまくいけば早くにリボーへたどり着ける。」

 

「な、なんだって。」

 

「賭けてみるか?」

カルトのその表情にそれなりのリスクを孕んでいることは十分に理解したが、イザークの動向が気になるホリンは首を縦に振っていた。焦燥に駆られてるが、全員万全でない状態で飛び出すのは無謀を超えている。今は一つ自身を抑え、休息に入ることにした。

 

 

 

翌朝、四人は体調と物資を確認してカルトの言う最終手段を待った。

彼が言うには転移の杖というアイテムを手に入れていたデューに事情を話して譲り受け、初めてなのに実際に使ってみるということであった。

はじめは二人づつ分けて使用することも考えて見たのだが転送先で簡単にお互いを確認するのは難しい為、一度に四人を転送する道を選択した。

転移の杖の文献をシレジアで読んだことがあるが人数が多ければ、距離が長ければ比例して魔力の消耗と、精度が悪くなるらしい。

聖杖を使えるようになって三日のカルトにはどのような反作用と効果が発揮できるのか、どれくらいの消耗に見舞われるのか皆目見当がつかない。

 

「いいか、始めるぞ!全員どのような場所に転送されても身構えてくれ。」

カルトの号令とともに三人はおのおのの準備に入る。

 

「俺のイメージはイザーク国境付近でデューたちと出会った丘だ。・・・・・・転移!!」

地面に七色に輝く魔法陣が現れ四人を包み込む、幻想的なオーロラが立ち込めて身体が浮き上がるような感覚になった瞬間、まるで暖炉で温めた空間に極寒の外部の風を引き込んだかのような空気を一気に入れ替えたような錯覚を覚えた、あたりを見渡すと風景は一気に変わり街の一角であった石造りの建物は消え失せ低木の茂る草原に場所を移していた。

 

カルトはその場で蹲り荒い息をたてていた、おそらく一気に魔力を消耗したのだろう。

精神力も一緒に削り取られて、へたり込んでしまったのだ。

 

「ホリン、デュー・・・・・・。どうだ、最悪でもダーナよりはイザークよりに転移できたか?」

 

「す、すごいよ!カルトさん!!ピンポイントだよ!ここはあの時ホリンさんと戦った丘だよ!」

 

「うむ、凄まじい魔法だ。一瞬でここまで運ぶとは・・・。カルトはもう一介の魔道士ではないようだ。」

おのおのが賞賛の言葉をかける中、マリアンは微笑んでカルトに寄った。

 

「カルトさん、やっぱりあなたはすごい人だったんだね。」

手を差し出した少女は嬉しそうにカルトを見つめていた。

 

「ああ、これからもっともっと腕を上げて見せるよ。マリアンは俺を買ってくれたんだ、期待は裏切らないつもりだよ。」

カルトはその小さな手を掴み立ち上がる、彼女は初めてリボーに会った時俺を褒めてくれた。あの微笑みを失わずに助けられた事を嬉しく思い、そして幸せに暮らしていけることを切に願ったのだった。




だんだん、カルトはなんでもありに見えるかと思います、しかし私の見解では魔力と精神力に限りがある為万能ではありません。
転移はできましたが大魔法に分類され一日一回が限界、かつこのあとまともな戦闘はできない状態になります。

あえてファイヤーエムブレム風にステータスをー作るなら。

カルト LV12
マージファイター(に近い)

HP 28 / 28
MP 35 / 35 ※ゲームには存在しないです、あくまで私の主観。
力 6
魔力 14
技 9
速 12
運 7
防御 6
魔防 11

剣 C
光 内緒
火 B
雷 B
風 A

スキル

追撃 連続 見切

母親の力にて魔力と魔法防御が上がりました。
以前だと 魔力 11 魔法防御 6 MP 25 のイメージでした。

魔法名 MP消費量
ウインド 3
エルウインド 5
ライトニング 4
オーラ 9

ライブ 3
ワープ ※ 人数と距離による、今回のMP使用量は27くらい。


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離別

少し、暗い話になります。


ダーナの紛争による交通閉鎖を跳躍し、リボーに転移した四名は各々の地へと散って行った。

マリアンは実家へ

デューはガネーシャへ向かい

 

ホリンとカルトはリボーの館へと急いだ。

リボーの街は賑やかで交易の行商人や旅人などで活気に満ちていたが、今はイザークより派遣された軍の巡回により厳しく規制されていた。

リボーの族長による他国侵略はダーナでのリボー軍壊滅では済まされない証と見て取れた。

ホリンはクラナドの無事を祈りつつ、このような惨状に陥った真実を知りたかった。確かに彼の息子であるクラウスは短気で結果をすぐに求める男であったが、言葉のみのもので行動力は反作用している男だ。そうそう行動に出るとは思えなかった。

 

カルトの言うように裏で手を引いているものがいるとすれば、クラウスは焚き付けられてクラナド様の意見を聞かずに暴走させてかもしれない。

しかしながらクラナド様の右腕には最も信頼し、進軍には副長が全権限を持っていたはず。クラウスの意見のみで進軍は考えられないのだ。

 

様々な憶測が頭の中をよぎる中、館に到着した。館にはやはりイザークより派遣されたイザーク軍が歩哨に立ち館の侵入を拒んでいた。

ホリンは何一つ動じる様子はなく、歩哨の兵士に内部への接見を試みた。

兵士たちに多少の緊張感が現れるがホリンは歩調を乱すことなく歩み口上を述べる。

 

「私はソファラのホリンだ。ここのかつての主、クラナド様の依頼の報告に参った。」

 

「リボーの自治はイザーク直接管理となった、事情は推し量れるがここに入ることは許されぬ。かつてのリボー兵は街の東に駐在している、そこで詳細を確認するがいい。」

 

「かたじけない、失礼する。」

ホリンはすぐに指定された地へ急いだ、カルトがまだ魔力の回復と精神力の疲弊はわかるが今は一刻も早く情報が欲しかった。

 

イザークの兵士より聞いた場所はあまりにもひどい場所であった。旧市街地の旧館であり、衛生も資材もなく生気を失った兵士達の姿であった。

前回リボーを訪れた際の気さくな兵士でさえ、ホリンを見ても表情は好転せず地を見るだけであった。

 

「おい、どうしたんだ。俺がダーナに行っている間、何があったと言うんだ。」

気さくな兵士はゆっくりと顔を上げ、時間をおいてから徐々に瞳に涙が溜まって行った。

 

「クラウス様が副長を惨殺して、一部の過激派兵士を扇動してダーナに向かったんだ。子供達を誘拐した組織をあぶり出す為に街に火まではなったらしい。

そのひどい横行にグランベルの精鋭部隊に鎮圧されたんだが、その責を追ってイザークでクラナダ様が処刑されてしまったんだ。」

 

「クラナダ様が!!」ホリンは覚悟していたとはいえ、やはり相当なショックを受けたのだろうかその場で片足をつき目を閉じていた。

 

「話の途中済まない、今この現状はどう言う状況だ?かつてのリボー軍がここにおいやられたと言うことはイザークはクラナダという族長の処刑し、首を身印にグランベルへ謝罪するように思えるにだが・・・。」

 

「そうです、マナナン王はもうじきリボーに到着されここで一泊したのちバーハラに向かわれるようです。」

 

「なるほど、だから今リボーの街は物々しかったのか。」カルトはその状況を即座に理解した。

このように部下の者の不始末を王自らが謝罪の為に相手国へ赴くことは珍しくはない、無事にイザークまで帰還するように手配をする副官達は必死の対応に追われているだろう。

 

「そ、それにホリン様・・・。マナナン王と共に向かわれるのはソファラ城主様です。」

 

「な、なに父上も向かわれるのか。」

 

「はい、自ら同行を嘆願したようです。」

 

「ち、父上・・・。」ホリンは父の覚悟をそこに垣間見た、カルトもその真意に気づき俯いた。

 

おそらく、ダーナにいる駐留部隊に赴きマナナン王は謝罪と首謀者の首を差し出す事だろう。ダーナとグランベル軍に対しての賠償を受け入れたとしてもその責の追求は免れない、マナナン王はイザークの象徴的な存在であるのでその場で処刑はないが、それ相当の人柱は必要となる。

父上はその役目を買って出たということになるのだ、リボーと協定を強く持つソファラの代表ならグランベルも落とし所としては最適となるからだ。罪人をグランベルが処刑することに意味があり、国内にも威厳が保てる。そういう落とし所なのだ。

 

国家間このような無意味な落とし所と体裁を保つ政はカルトは吐き気がするくらいだが、その真意にホリンの父親の高潔さを垣間見させられるのであった。

だからこそ、ホリンも高潔であり自身の正義を貫いてきている。この親子の殊勝さに、カルトは賛辞を讃え、しかしながらこの世に散る者を惜しく思う。

 

「ホリン様、お父上はまもなくリボーの館に到着なされます。一度お会いになられた方がいいかと・・・。」

 

「ああ・・・、わかった。情報感謝する。」ホリンは辿って来た道を折り返し始めた。

先ほどは入館を拒否されたが、父上が館に入ればホリンは入館を許可されるだろう。

他国であるカルトはここで別れ、市街地に足を運んだ。

 

市場では、先ほどの物々しい雰囲気から解放され市民の買い物で多少の賑わいはあった。

カルトはその雰囲気にそっと安心し、宿に戻る前の食事を考えていた。

そこで、マリアンがいたのである。彼女は買い物をしているだが顔には憂いの表情をしており、安堵の雰囲気はなかった。

 

カルトはその雰囲気に、おかしいと思い後をつけることにした。

彼女の家のことは聞いていないが普通の家庭なら彼女の帰還に多いに喜んでいるはず、別れて数時間で買い物をしており、憂いていることにカルトはただならないと思ってしまった。

マリアンはメモを片手に市場のあちこちにを周り、少女一人では持ちきれない荷物を日課でこなしているからか持ち上げ帰路についていた。

 

 

俺は彼女の幸せを願って助けたんだ、彼女の憂いの顔は許せない。

カルトはおそらく自身の結論に行き着いた事を必死にそうでないと言い聞かせながらつけて行った。

 

カルトも母親を失い、肩身の狭い思い幼少期を過ごした。

毒で意識を朦朧とし、義理の母による妨害で医者にもみせず三日間生死を彷徨った事もあった。

自身の回復力で床から這い上がり、奴らの前に姿を見せた時にあくびれる様子もないあの悪魔達はその日に暗殺者まで使った。

やつらがここまでする理由が自国でもない女がマイオス様の長男を産んだ事が憎らしい、だった。

 

勝手な大人の行動だが当時の幼い俺には、逃げるとか戦うとか以前にそのような自衛する術すら知らないのである。

ひたすら大人の機嫌を伺い、殴られても笑ってやり過ごしたり命令を聞いて従って行くしかなかったのだ。

 

マリアンも同様の事をされていると思うと、カルトは吐き気を催す。

そんな事はないと言い聞かせるが、虐待に敏感に反応するカルトにとってマリアンの行動は当時の自身のと当てはまる部分があり確信とばかりに脳裏が反応する。

 

マリアンは一件の藁葺きの質素な家に入っていった。

彼女の自宅らしき家は荒れており、子供を慈しみ育てていくような環境ではなかった。

家は質素でも子供のためなら掃除をして衛生を保つ、子供のために食事を作り成長を期待する。子供のために安息の場所を確保する。

内部を見てそれは保てていなかった。

 

生活用品は散乱し、外から差し込める陽が内部の埃を写していた。

眠るべきベッドには大柄で腹部が太鼓のように張った男が酒をのみ正反対に妖艶な女性が隣で寝息をたてている。

 

「マリアン!買い物が終わったらさっさとつまみと酒を出せ!お前がいなくなってから仕事はたまってるんだ、さっさとしな!」

 

「はい!ただいま」マリアンは精一杯の笑顔を向けて言われたように食事を作り、家事を必死にこなしている。

 

彼女の体に生傷があったのだがそれが暗黒教団に受けていたものだと思っていたが、それは間違いであったのだ。彼女の日常は怒声と暴力で押さえつけられ、空腹も相まって考える力を失っていたのだろう。

 

宿で一緒に食事をとり、清潔なベッドで眠っていた彼女はとても嬉しそうで、満ち足りた顔をしていた。普段の彼女には届かない願いであったのだろう。

 

カルトはいつの間にか涙が溢れていた。

本当はマリアンは俺たちに助けを求めたかっただろう、打ち明ければホリンと俺は彼女にできうる限りの支援をしたはずだ。

でもしなかった。いや、できないんだろう。子供の頭ではそれをするとまた家に戻ったときに両親から逆恨みをされるのではないかと考えるのである。

自身の辛い経験が彼女の心理を痛いくらいに共感できた。

いますぐにでもマリアンを救いだしたい、しかしここで彼女を両親から救いだしても、第三者からみればそれは暗黒教団の人拐いとなんら代わりはない。

 

カルトは飛び込みたい気持ちを押さえ込んで事態を見守る。

マリアンは水を汲みにいくのだろうか、水桶をもって外へ出ていった。

 

「ねえ、どうしてあの子帰ってきたの!あんたちゃんとあの子を売ったんでしょ!!」

いつの間にか目が覚ました女性は声をあげる。

 

「確かに売ったさ!金もここにあるだろ、しかし不味いな。あいつらに見つかったら騙したと思われたら俺たち殺されちまう。」

 

「どうすんのよ!私まだ死にたくないよ!」

 

「さっき別の仲介を頼んだ、やつらに見つかる前に別で売ればまた金が手にはいる。」

 

まさか、マリアンはさらわれたと思っていたが売られていたとは。カルトはその事態に目眩すらしていた。

自分も殺されかけた事はあるが実の親から金目当てで売られるなんて経験はもちろんない。

殺される事以上の過酷な現状にカルトは意を決した、彼女を今すぐ救い出すために!

 

 

 

家からしばらく歩いた先に井戸がある、私はそこで水桶にロープで結び放り投げる。イザークの水脈は深く、水桶を上まで戻すのは子供では重労働である。私はこの作業をどの子供よりも早くからしていた。

何度もうまくいかずに時間をかけてしまい、母からよく叩かれた。それでも私はお母さんとの暮らしはおどおどしながらも耐えられた。

 

 

その生活は続くことなく、突然大きな男の人が家に出入りし初め、ついには居着いた。

初めは優しく接してくれた義理の父親に母も少し穏やかになった、安息の日が少しだけ続いたがすぐに今のようになってしまった。

二人は働くことなく、男の人は酒をのんでわめき散らし、母は男に依存した。

 

私はあの日、あの男から住み込みの働き口が見つかったと言われてショックをうけた、家事を放棄して家を飛び出し宛もなく町をうろついた。

そんな時、不意に目に写った人が武器屋さんとのお話が凄く面白くて聞き入ってしまった。

私は自分の母親にすら、まともに話も出来ないのにこの旅人さんは初めての土地で初めて出会う人と値切交渉しているのだ。

 

私の興味は別にもあった、この人は私と同じように思えてならなかった。

てもどこが?私にはあんな風に人と接することは出来ないのに、どうして?

でも一つ確かなのは彼からあふれでる雰囲気は優しく、包み込むような慈愛に充ちていた。

 

彼は私と少し話をして髪飾りをくれた、初めて人から頂いたプレゼントに浮かれてしまい私は帰り道に住み込み先の主人と名乗る人に連れて行かれた・・・。

そのあとの記憶はなく、気付いたら窓もない部屋に閉じ込められていた。

周りから私と同じように連れて来られた子供達が日に日に減って行き、最後には私だけになる。

こわかった、はじめは仕事が決まり一人づつ出されていくんだと思っていた。

いえ、そう思い込んでいた。

 

助けて!いつも心の中で叫ぶ、誰にでもなく、どことでもなく・・・。

私を助けてくれる人なんていない、私を見てくれている人もいない・・・。

絶望の中、普段からの空腹とここにきて食事もまともにでない為気を失う。

 

真っ暗な中で町で少し話した旅人さんが頭をよぎる、もし助けてくれるならあの人がいいな。あの髪飾りをつけてくれた優しい手で私をつかんで欲しい、見て欲しい、抱きしめて欲しい、話を聞いて欲しい。

 

その願いは通じて私は助け出される、暖かい食事と綺麗なベットで休んで故郷まで送り届けてくれた。私は言いたかった。助けて、と・・・。

でも旅人さん、カルトさんにうちの現状を話しても困惑する、なによりカルトさんから拒絶する言葉を聞きたくない。それも怖い・・・。

 

リボーに帰って来た時、お母さんは心配してくれている。一縷の望みを込めて帰宅したが、何も変わっていなかった。

 

 

 

いつの間にか井戸の作業中に思考の渦に飲まれていたみたいで、作業の手は完全に止まっており頬に涙が伝っていた。

涙を手で拭き取り、再度水桶を引き上げようと力を入れるが一向にあげることができない。

空腹で力が入らない事と久々の帰宅を拒絶された母の態度のショックが大きいのだろう、彼女は懸命に引き上げようと試みる。

 

カルトはその手を包むようにロープを持ち、力強く引き上げる。

 

「カルトさん!」

 

「よう、マリアン!大変そうだな、手伝うぜ!」

マリアンが必死で引き上げる作業をカルトは軽々と引き上げて大きい水桶に移し替え、数度の作業を行い満たした。

 

「カルトさん、ありがとうございます。」

 

「いやそれほどでも、マリアンを探していたんだ。」

マリアンは首を傾げて何用かカルトの言葉を待つ、彼女の髪飾りが陽に当たり鈍く反射した。

 

「俺、またイザークを発つ事になりそうなんだ。」

マリアンの顔が暗く写る、これでもう助けてくれる人がいなくなる。私の心はなにかに鷲掴みにされたような気持ちになった。

 

「そうですか、寂しくなります。・・・・・・またイザークに、きっと来てくださいね。」

懸命に笑顔を作り、カルトに向けた。

カルトはしゃがみこんでマリアンと目線を同じにし、そして彼女の瞳を見つめる。

 

「マリアン、一緒に来るか?俺と一緒に世界を回って、自分の生き方を選べるようになりたいか?」

カルトの唐突の言葉にマリアンは言葉を失った、どうしていいかわからない表情だ。

 

「君の両親から話をつけて来た、君が家を出ると決めたのなら好きにすればいいとおっしゃられた。

だからマリアン、俺と行動を共にしよう。いつか君が君で居られる場所を見つけてそこで活躍して欲しい。」

 

「あ・・・、ああ・・・。カルト様、私・・・・・・。」

彼女はカルトに抱きつき、言葉ではなく体全体でその意思を伝えた。

彼女にはあの暗い表情はさせない、カルトの想いは少女を明るい道へと進めていくのであった。




マリアンはカルトの付き人的な存在で、シグルドでいえばオイフェのような感じです。しばらく女性キャラが居ないのでマスコット的な存在が必要と思いました。


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友愛

ここでイザーク編が終わります。
ゲームではシグルドが各地で戦争をしながらグランベルに戻るまでの数年間、イザークではグランベルに対抗し戦い続けていました。
マリクル王子先導によるものなのか、残党の反抗なのかは作中でてこなかったのですが今後もこの辺りを描いて行きたいと思っています。


マリアンに言った話をつけたというのは嘘であり、正確に言うのなら話をつけるである。彼女にはこれ以上の心労は与えたくないと考えたカルトは彼女の保護を優先し、宿に引き上げさせたのだ。

湯を使って汚れを取り服も新調し、食事を一緒に取り落ち着かせた。

彼女の手が不意に止まり、カルトを見つめる。その瞳はまだ不安と困惑した様子であった。

 

先ほどのカルトの一緒に来い、の言葉に嬉しくて返事をしたのだが時間が経つに連れてカルトに対しての配慮を始めた。

 

「私、カルト様のおそばにいて何も役に立てない。こんな私を連れて行ってくさだるのですか?」

 

「マリアン、役に立たないと思うのが違っているところだ。子供は大人の都合のいい存在になっては駄目なんだ。

これからは自分を持って、どうしたいのか?してあげたいのか?を判断するといい。

それを俺にぶつけてこれば、俺もそれに同調するか反対するかを話し合う。その中から答えを見出していきながら大人になれ。」マリアンに笑顔で答えた。

 

彼女は今まで自分の答えを出すこともないまま、大人達に酷使されて来たのだ。

いまさらそのような生き方に変えて行くには時間がかかるだろう、しかしマリアンの為にカルトは自分の生き方の中の経験を彼女には伝えて彼女なりの判断が下していけるように論じた。

 

「難しい・・・。」マリアンはポツリとつぶやく、カルトはそれに笑って頭を撫でた。

 

「そうか、そうか、難しいだろうなあ。俺にもまだまだできてないからな。」

 

「意地悪ですね。」

マリアンは少し笑って食事を続けた、その笑みには無償の自由はないことを自覚してくれた。今はそこまで理解してくれたらいいと判断した。

 

 

 

「父上!!」

ホリンは実の父に切りつけられたが何も反応はできなかった、袈裟斬りに斬られた鎧は深く傷を残し鮮血がしたたる。

片膝を地につけ父を見上げる、そこにはいつもの穏やかな顔ではなく厳しい姿であった。

 

「クラナドの指令に時間をかけ、クラウスが躍起になってダーナに進攻したことの責はお前にもあるのだぞ!

それを踏まえず、ソファラの長に会いに来るとはあきれた心掛けだな。そして私の心配か?身のほどを知れ!」

 

「・・・・・・、申し訳ありませんでした。

私のおよび知らぬこととは言え、無礼でありました。」

ホリンはそのまま畏まり、顔をあげることはなかった。

 

「ホリンよ、貴様は任務失敗の責として離反とする。二度とソファラの地へ足を踏み入れることは許さん。」父の言葉にホリンは凍りつき、動くこともできないでいた。

 

「ガーラット殿、それはいささか過ぎた罰ではないかな?」

 

「こ、これは!マナナン王、お見苦しい所を・・・。」

ガーラットはすぐさま跪き、ホリン横まで下がった。広間の全ての物が跪く。

 

「よい、ここは謁見ではない。

ホリンよ、これはそちの責任ではない。イザークをもっと団結できなかった国王の所為なのだ。

クラナドも、クラウスもイザークを憂いての行動の結果に過ぎない。今はリボーの者達には自粛してもらっているが、いずれイザークと共に立ち上がって欲しい。」

途端にあたりの者より鼓舞の声が立ち上がった。

イザーク王の器の大きさ、そして今から向かわれる劣等を払拭してこられると兵士は讃えた。

 

「ホリン、ソファラに戻るな。どのみちソファラはリボーと同じ道をたどることになり、イザークは大変なことになるだろう。

お前はそれに備えて外部に安全な場所を確保するんだ。マリクル王子とアイラ王女、そしてシャナン様が国外へ亡命できるようにするんだ。」

歓声の中父上は辺りに聞こえないように私に話しかける。

やはり、父上はもしもを感じている。マナナン王をお守りできないケース、そしてさらにイザークとグランベルの戦争を意識した内容だ。

 

「しかし父上、私もイザークに居なければお三方と外部からの合流は難しいのではないですか?」

すると、父上はそっと笑った。

 

「構わぬ、お前の中にあるオードの血が必ずお前達を巡り合わせてくれる。私もマナナン王もそう思っているぞ・・・。

先ほどは斬りつけてすまなかった、わかってくれ。」

 

「父上・・・。なにとぞ・・・なにとぞ、ご無事で!!」

父上は腰にある、剣を抜いてホリンに渡す。

 

「この剣はこれからお前が使え、イザークを頼んだぞ。」

ホリンは一礼し、駆け抜けるように喝采の広場から飛び出した。

もう、自分には戻る場所もない。イザークを飛び出して自分にはなにができるにであろうか、今度こそ父上に顔向けをできるように誓う、ホリンであった。

 

 

 

 

「そいつが、黒幕だ!俺はそいつにそそのかされたのだ!!」

ダーナの地下室でクラウスは声を張り上げた。

 

彼はダーナに子供の救出に向かった、ダーナの町に入る直前に暗黒魔道士達による一斉攻撃を受けた。

彼は出立時に漆黒のローブをきた女の助言と魔法の援護を受けて魔道士の駆逐に成功したのだ、だがその戦闘がダーナの町にも被害をもたらしたのだ。

 

ダーナはその被害、なにより暗黒魔法の攻撃を受けた畏怖よりグランベルに救援を要請した。

クルト王子は報告を受け、各公国に通達した。

アルヴィス卿はダーナに一番近い公国であり、かつ彼は主力部隊であるロートリッターは軍事訓練をしていたらしくロスなく出撃できたのである。

 

クラウスのリボー軍は子供の捜索に躍起になり、ダーナを捜索するが見つけることは出来ず市民に恐喝紛いまで行い始めた。リボー軍の中でも過激派な連中の為、横行は激しさを増していく。

ついに町に火の手まで上がりだし収集は付かなくなり、ロートリッターがリボー軍を制圧にかかったのだった。

 

リボー軍はグランベルの軍事力の前には半日もかからず壊滅した、郊外に逃げたリボー軍に大魔法メティオまで使う徹底ぶりは圧巻であった。

 

クラウスは馬車で逃走したが、交通封鎖していたグランベル軍捕らわれて、ダーナで拘束されたのだ。

 

アルヴィスは汚い言葉を使うクラウスを横目に隣に立つ黒いローブの女に視線を向ける。

 

「このように申しているが、スレイヤどうだ?」

アルヴィスの言葉を受けて彼女は妖艶にその唇を動かす。

 

「まさか、アルヴィス様はこのような戯れ言を真に受けられるのですか?

仮に私だとしても、名前も知らない女の話術にかかってダーナに攻めました。なんて話を誰が信じましょう。

なにより私はアルヴィス様とほとんど同行していましたでしょう?」

 

「確かに、スレイヤはここ一月は私の部下としてグランベルにいた。リボーへ行く時間などないはずだ。」

アルヴィスの言葉にクラウスはなすすべはなかった。

 

「リボーのクラウスよ、貴公はクルト王子が到着次第に罪状を言い渡す。それまでは心穏やかに待つことだ。」

アルヴィスは翻した、もはやこやつには用はなかった。

 

「うふふふ、アルヴィス様も芝居がお上手ですこと。」

プレイヤは前に回ってアルヴィスを悪戯に笑いかける。

 

「冗談はよしてもらおう、これでイザークはグランベルに戦争を仕掛けるのだな。」

 

「はい、アルヴィス様が真っ先にダーナの反乱を押さえましたのでランゴバルド卿やレプトール卿があわててこちらに向かっております。

功を焦ったこのお二人を使えば、きっとそのようになりますでしょう。」

彼女の言葉にアルヴィスも不敵に笑う。

 

「しかしですが、私たちにも不確定事項が発生しています。私たちが根城にしていた一つが壊滅しております。

ダーナで私たちが暗躍している最中に族が侵入し、同志を殺されました。」

 

「なんだと!」

 

「ご安心ください。そこからアルヴィス様に繋がる証拠はなく、暗黒教団の一つを壊滅させた位にしかなりません。

しかしながら守っていた者は我が教団でも上位にいた人物で、彼を倒した存在は見過ごせません。」

 

「気にはなるが、今はどうにもならんな。存在がわかれば俺も何とかしよう。」

 

「ありがとうございます、いずれ我が司教様もアルヴィス様にお会いしたいと存じています。」

 

「要らぬ、俺は利用できるものは利用するが暗黒教団を庇護するつもりはない。スレイヤ、貴様はそれを了承していたのではなかったのか?」

 

「こ、これは失礼致しました。以後お気を付けます。」

フレイヤは畏まった、アルヴィスのただならない殺気に気圧されてしまう。

不敵な笑みを讃えたアルヴィスが見る先はどのようなものであるかはフレイヤは計り知れないでいた。

 

 

「はあああ、お助けを!!」

体型の悪い男はとにかく許しを請い、この場を収めることに必死になった。

銀髪の男が自分の娘を売りに出そうとした日に突然家に入り込み、以前に売りつけた者と本日売りつける予定の男をふんじばった状態でなだれ込んだのだ。

銀髪の男、つまりカルトはマリアンの売り先の相手全てをダーナで見つけ出しそに代表格の者を捉えてこの場に乗り込んだ。

 

「貴様の画策は全てお見通しだ、さあどうする。

このままこいつらとともに衛兵に差し出してやろうか?それとも・・・。」

がくがくと震える男と奥より出て来た女は抱き合ってその尋問を聞き入る、二人はその予想だにしない状況に混乱の極致となっている。

「それとも、俺に抗って子供を救うか?

もし、その気なら場を設けてやるぞ・・・。俺に勝てば不問にしよう。」

 

「そっ!そんな!!騎士様に私どもが抗うなんて!!もし、娘が気に入ったのなら連れて行ってください。

娘はもう、従順で・・・。騎士様の思うがままで・・・。」

 

これは、カルトの一縷の望みであった。

しかしながらこの父親の回答に苛立ったカルトは下衆な笑みで近づいたこのバカを力一杯の右ストレートを左頬に入れてやった。

ほお骨を砕き、歯も地に数本落ちた彼は痛みのあまり地に伏したまま動くことはなかった。

マリアンの母は甲高い声を上げて絶叫するが、カルトは構うことなく言い捨てる。

 

「もう、あんた達にマリアンを連れて来ることはない。

子供を痛めつけた事をあんた達は後悔することになるだろう。」

その場を去ったカルトにも、涙が溢れていた。

 

「マリアン、できればここに返したかった。」

カルトは涙を拭き取り、その歩みをさらに早めた。

 

 

 

 

各々がイザークでの一日を過ごした翌日、四人は再び合流した。

デューのように晴れ晴れしい顔をした者ななく、三人は何かの決意を持った面持ちに変わっていた。

 

ホリンは厳しく

カルトは何かを見据え

マリアンは何かに決意する

 

ホリンからの状況でイザークにいてはまずくなった為、国外へ脱出することを選んだ。

イザーク情勢が悪くなった時の受け入れ先の手配、と彼は言っていたが父親にはもう一つの画策があることをホリンはまだ理解していないのだろう。

マナナン王やマリクル王子、その一族がイザークで戦い続けてしまった時のことまで考えていることだ。

オードの血を絶やさない為にホリンにイザークを脱出して欲しい、父としてイザークのリーダーの一人としての決断にカルトと感銘を受け、ホリンに伝えることはなかった。

 

デューの周辺情報によると

ダーナからグランベル領のヴェルトマーに向かう、もしくはフィノーラ経由でシレジアに向かう。

メルゲンからマンスター地域に向かう。

メルゲンからミレトスのペルルークに向かう。

 

という、陸路がある。

しかしながら、ダーナからヴェルトマーは紛争による交通封鎖があるのでイザークの民であるカルトを除くメンバーには多少のリスクが生じた。

 

その他の経路も考えられるのだが、何よりカルトはグランベルのバーハラにむかいたかった。

イザークの紛争とグランベルの動向を知り、今なにが起こっているのかを掌握する為にも一度むかいたいと考えていたからだ。

以前シレジアとグランベルで魔法戦術における討論にてバーハラに駐留しヴェルトマーのアルヴィス卿や弟のアゼル公、フリージのブルーム卿などと顔合わせをしたことがある。

とくにヴェルトマーのお二方とは懇意となり、意見交換をレヴィンも交えて討論したことがあった。

アルヴィス卿はバーハラで近衞隊を指揮しているのでうまく行けばなにか情報が引き出せるのではと考えていた。

 

「カルト、一度私たちは別行動するのはどうだろうか?」

 

「む、どういう判断だ?」

 

「カルトの目的と俺の目的は違っている、カルトはバーハラに向かいたいのだろう。

私は自由都市のミレトスに向かい、確認をしたいのだ。」

確かにそうだ、敵国のグランベルにホリンが王子達の匿う場所に選ぶはずがない。

 

「確かに、ではホリン二人ならヴェルトマーからバーハラに安全に行ける方法がある。俺はそのルートで向かう、ホリンとデューはペルルークからミレトスだな。」

 

「ああ、二人とも気をつけてくれ。」

 

「ホリンも、辛いだろうが今はできることからこなしていこう。

・・・この瑪瑙の石を持っていてくれ、これがあればマリアンを救出できたように魔法で追跡できる。」

カルトはその石を渡した時、ホリンは頭を下げた。

 

「カルト、君に会わなければあの任務を全うできなかった。おそらくダーナであの紛争に巻き込まれて死んでいた。デューも遺跡で暗黒魔法で殺されていたし、マリアンも暗黒神の生贄になっていた。

ここにいる三人は君に救われたんだ、代表して君にこれを贈りたい。礼として受け取ってくれ。」

ホリンは背中に担いていた袋から一本の剣を取り出した。

イザークに来て所望してやまなかった、マリアンと始めて出会い笑いかけてくれた白銀の剣をカルトに渡した。

カルトは受け取ると、鞘から抜きその眩しく光る刀身を見る。確かにあの時の剣であった。

 

「ホリン・・・ありがとな。」カルトも、先ほどのホリンと同様に頭を下げて感謝を伝えた。

 

二人にもはや言葉は無かった、互いに一つ笑みを浮かべると互いに違う道を歩み始める。その歩む先に彼らは必ず出会うと信じ、友愛に陰りはなかった。たとえこの先敵同士になろうとも・・・。

 




次回からはグランベル編となります、このあたりでようやくゲームの序章に当たる部分を描けるかと思います。
拙い文章でご迷惑をおかけしておりますが、よろしくお願いいたします。


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二章 グランベル編
研磨


ホリンと別行動となったカルトとマリアン。
カルトはバーハラで自身の出生を探り、この度の件で暗躍する存在の認識を確認。
ホリンは有事における緊急脱出時の秘匿先の確保をする為、ミレトス地方へ・・・。




ダーナへ侵攻したイザークとグランベルの騒乱で交通封鎖を行われている中、煩わしい検問を突破する為、転移の杖でヴェルトマーへ飛ぶカルトとマリアン。

 

バーハラとヴェルトマーはシレジアで修練に励んでいた時にレヴィンと共に訪問した事があったので転移は容易であった。

バーハラに直接転移してもいいのだが、あの国は昼夜を問わず人が往来しているので比較的人が少なくなるヴェルトマーに転移した。

時刻は4時過ぎになる、この時間を選んだのは街に人が少なくて転移の光が朝日にまぎれるだろうという配慮であった。

 

魔道士、特にこのような奇跡に力を民衆に見られるのは非常に良くない。まだ地方ではかつての暗黒神の迷信があり、子供を火炙りをする非道な地域があるのである。光の中から人が出て来たとなれば一騒動起こるかもしれないのだ。

 

聖戦士の末裔などの顔のしれた英雄ではそのような事はないが、得体の知れない人物が人外な能力を披することは極力避ける事が賢く生きる事になる。

 

「ふう、マリアン疲れたろう。とりあえず宿にでも行こう。こんな早くから遠距離転移したから二人だけでも魔力が尽きかけてるよ。」

 

「もう、カルト様ったら。だからギリギリまで歩いて行こうと言ったじゃないですか。」

マリアンは微笑みながら返してくれた。

ホリンと別れてから二週間になるが、彼女の環境適応能力が高い。徐々に子供らしく、かつ知識の遅れを取り戻していった。

 

 

 

あれから俺とマリアンはダーナに転移し紛争後の様子を探った、本当はリボーで別れるのではなくダーナに転移してから別れることも手だったのだが交通封鎖はまだ解除されていない、ホリンとデューは自力でメルゲンを目指す形となったのであの場で別れる事とした。あの二人ならきっと辿り着けるであろう。

 

ヴェルトマー軍が占拠しているのならもしかしたらアルヴィスに会えるかもしれないと思い、しばらく駐留していたが、到着時にはドズルのランゴバルトとフリージのレプトールが駐留しておりアルヴィスと精鋭のロートリッターは一足遅く本国へ帰還していた。

 

俺はアルヴィスのいないこの街に残る滞在理由もなく、すぐさまヴェルトマーに向かおうとしたのだがここで大きな事件が起こった。

ダーナに向けて出立していたイザークの王マナナンと従者が全員何者かの奇襲を受けて全滅していたとの報告が入ったのだ。

 

ここで疑惑が駆け巡った。グランベルの策謀による奇襲、イザークの過激派組織による暗殺。

しかし、謝罪の意思を持ったマナナン王が死亡する事はイザークの民が黙ってはいない。グランベルの策謀であろうがなんであろうがマリクル王子を筆頭に反グランベル勢力となり、宣戦を布告したのである。

 

ホリンの父が予想するよりも酷い内容になっており、この中立区域はもちろんの事でイザークも焦土と化してしまうだろう。

大国グランベルの前にはイザーク一国では手が負えないのは明白、だが物量で負けていても何者にも譲れない精神が後押しし、悲惨な紛争に発展しようとしていた。

 

もしこのような事も計算に入れて暗黒教団の望む破壊と絶望を得ているとするのなら、彼らの計画はもっと先にある暗黒神の復活も考えているのではないかと思ってしまう。

しかしそれは、ないはずである・・・。百年前の戦争で彼らから取り返した自由の下で血縁に当たるものは全て粛清している、歴史書にも明記しているのだ。そんな事があってはならない筈である。

 

 

話を戻そう。イザーク軍とランゴバルド、レプトール軍は二度イザーク国境近くでぶつかりイザーク軍が退けた。

国境付近にて待ち構えていたイザーク軍に急襲された。その地点はまだ砂漠地帯であり、騎馬兵を主流とするグランベル軍は白兵戦を得意とするイザーク軍の前に苦戦した。

進軍中に砂漠を横断する事による暑さと消耗、休息地点を把握されていたグランベル軍など数こそ多いもののイザーク兵にとっては歯牙にも掛けなかったのだろう。

二度の戦いですっかり敗戦色が濃くなったダーナでは両軍の兵士達は疲弊と苛立ちを隠さないでいた、時にはダーナの一般市民 にぶつけるケースもあった。

 

グランベルの両名は自国より精鋭のグラオリッターやケルプリッターをダーナに派遣していない。

イザークの反乱兵を過小評価しているのか、または自国の兵士を過大評価しているのかは判断はつかないが相手の力量分析ができない御仁達でもないだろう。これにもなにか引っかかるものを感じるが、今はここで検証をしていても何も生み出す事はできない。カルトは早々とヴェルトマーに向かうことにし、今日に至ったのである。

 

 

 

「マリアン、すまないがここに600Gあるから今日はこれで楽しんでくれ。

君の黒髪は素敵だがグランベルでは目立ってしまうのでこれを使って隠すといい、念の為リターンリングを渡しておくからいざとなればこれを使ってここに戻ってきてくれ。」

カルトはマリアンの髪に巻き布を施してうまく隠した、シレジアでは外を出歩く時に必ず巻くので手慣れたものであった。そうでないと極寒の中で頭の水分が髪で凍ってしまう、防寒以外にも必要な装備であった。

 

マリアンはこの過保護な対処にくすりと微笑んでしまう、いままで両親に邪険に扱われていた彼女にとってその暖かさはなくてはならない存在であった。

 

 

彼女を送り出したカルトは一気に表情を変えた、アルヴィスはバーハラでアズムール王の身辺警護の任も行っているのでヴェルトマーにはいないがその弟であるアゼル公子はここにいる。

ここでうまく情報を引き出し、かつバーハラに同行できればアルヴィスに接見でき、さらにうまくいけばアズムール王にたどり着ける可能性がでてくる。

 

かなり無茶があるかもしれないが、シレジアの傍系である位では直接陛下にお目通りすることなど叶う筈がないのだ。多少の縁ではあるが、地理的な状況と人間性を考えればアルヴィスに頼る他なかった。

 

性格は極めてクールで冷淡ともいえるが、根は悪いやつではない。口数は少ないが、俺とは妙に気が合い駐留中は奴と魔力比べに必死になっていた、となりでレヴィンがみていたっけ。

誰かに聞いたわけではないのだが、アルヴィスは父親と母親を一気に無くして時折暗い影を落としていた。その境遇と俺の境遇にどこか共通点があったのから気があったように思えた。

公私に厳しいやつのことだから、やつの独断では謁見は許可しないだろう。何か策がいると思うのだがその光明はまだ見出せない。

もやもやと考えることはやめ、まずはアゼルに会う為にヴェルトマー城へ向かった。

 

「私は、シレジアのカルトだ。アゼル公にお取り次ぎをお願いしたい。」

 

「アゼル公は公務中である、順を追って面会をしているので停泊先があるようなら日時を告げる手紙をお送りする。」

頭の固い兵士はこの言葉の一辺倒で話にも応じない、おそらく手紙が帰って来る事はないのだろう。

胡散臭い連中をいちいち通すわけがないので、適当な返事をして門前払いをしているのだ。

 

「では、この文をアゼル公にお渡ししてくれ。中身を閲覧しても構わない。」

こちらも考えなしに来ているわけではない、直接が駄目なら間接による準備をしていた。衛兵は無表情で受け取ると了承したのか、その文を持って内部へと向かった。

 

とりあえず、本日は文を持って行ってくれるだけで充分だった。彼の目にさえ止まればかならず俺に会いに来てくれると信じていた。

 

 

アゼルは兄とは対象的に優しい人柄で人望もあり頭の回転も早い、ただ多少臆病な所があって行動的ではない為か物事に対して躊躇う所がある。

おそらく、優秀な兄に対して多少のコンプレックスもあるのだろう。

しかしながら、そんなアゼルの愛らしく邪険にされる態度に兄のアルヴィスは内心微笑ましく思っている。俺がそれを看破した時のアルヴィスの顔は今だに忘れられないでいた。

 

 

その時だった、市街地の石畳をそんな思考を浮かべている時に強力な魔力を察知し立ち止まった。

自身に危害が及ぶような殺気混じりの魔力ではないが、近くで通常の術者とは一段上の魔力を感知したのだ。

一体どこからやって来るのか、五感を張り巡らせて集中する・・・。

カルトは感知した方向へと足を運ぶ、強力な魔力とはいえこれがこの術者の全力なら母親から受け継いだ現在のカルトなら対した術者ではない。だがこの魔力から察するにこの術者はまだ底を持っているように感じる。

カルトはその好奇心から足取りがどんどんと早くなっていった。

 

 

居住区の先には小川があり、その畔に魔力の元である術者が佇んでいた。

真っ直ぐな栗色の髪を頭頂部で結い左肩に流している、女性魔道士らしく術者のローブを纏っているがその高級な質感から上官の宮廷魔道士かどこかの公女様である可能性があった。端整な顔立ちで何より気品が感じられた。右手に持つ魔道書は雷魔法の書物でおそらくエルサンダーだ、見たことないが自身のエルウインドと似ていることからそう判断した。

 

彼女は瞑想状態らしく目を閉じて呼吸を整えている、魔力が華奢な彼女から溢れ出しあたりに緊張感を強制させる。みているカルトも息を飲んでしまう。

 

そして目を見開くと、前方にある地面に突き立てた金属製のロッドに向けて左手をかざした。

 

「サンダー!!」

左手より雷が迸り、紫電の光がロッドに命中し突き立てたロッドがその威力に宙に舞い上がった。

 

「へええ、君は雷魔法の使い手なのか。その若さでその威力は筆舌しがたいな。」

 

「誰!!」彼女はびくりと肩を震わせて振り返る。

カルトは空中に舞い上がったロッドをキャッチし、彼女の眼前に躍り出た。

 

「これはすまない、街中を歩いていたら強力な魔力を感じたものでつい・・・。」

ロッドを同じ場所に突き刺して答えた。

 

「俺の名前はカルト、これでもジレジアの血筋の者だ。」カルトは右手に小さなつむじ風を起こして魔導士であることを証明した。

 

「あ、あなたも・・・。」

 

「ああ、魔道士だ。」

カルトは軽く笑って会釈をした、だが彼女はアゼルよりも臆病なタイプらしく警戒を外してくれなかった。カルトは少し苦笑いをして話を続ける。

 

「君、少し魔力を練ってから発動までの間が遅いね。せっかくそこまで魔力を体に纏えているのに発動のタイミングが遅いから無駄になってしまっているよ。」

 

「え、ええ?」彼女は突然の言葉に理解がついて来ていなかった。

 

「はい、魔力を練って。」

 

「は、はい!」彼女は相当の素直な性格らしく、再び瞑想して内なる魔力を呼び起こす。

内より呼び起こされた魔力は次第に彼女の外へ溢れ出し、停滞させた。

そう魔力は普段は体の内に眠っている、それを精神の力で対象魔法に必要な分の魔力を体から放出させてその場に留める。そして一気に魔力と精神を混ぜ合わせて魔法へと変換する。

 

彼女はその魔力の停滞が苦手と見えた、なので停滞を訓練するよりも停滞時間を短縮させて一気に魔法に変換した方が能率がいいと思ったのだ。もちろんデメリットもあり停滞時間を長い方が一定の魔法攻撃が可能である、溜めが短いので一発一発の魔力が安定せず同じ精度がでないのだ。

おそらく訓練場でもそのように言われて、彼女なりに改善をしているのだろうがそれが原因でスランプとなり自身の長所が失われているとカルトは感じた。

 

「はい、発動!」カルトはロッドに向けて指差すと彼女は言われたとおり放った。

 

「サンダー!」

彼女の指先から放たれたサンダーは先ほどとは大きく異なり、ロッドは紫電の一閃を受けて熱に変換され歪な形に変形しその場に崩れ落ちるように転がった。地面に抜けた電撃は辺りの草を焼き、その威力は先程とは大違いであった。

 

彼女はその違いにまるで自身が打ち出したのではないというような錯覚を受けたのか両手を見ていた、カルトはニッと笑って彼女が落とした魔道書を拾い上げる。

 

「なっ、まあ訓練所ではどう言われたのか察しはつくが自身の長所は崩すなよ。君はすごい魔力の持ち主だ、それゆえに精神力が追いついていないんだよ。焦らず精神訓練をすればじきに使いこなせるさ。」

彼女に魔道書を手渡した、彼女は上目遣いにカルトを見上げた。美形である、カルトの胸になんともいえない衝撃を与える。

マリアンのような、意思と芯の強さからくる美貌とは違った。儚げな一輪の花、守り慈しみたくなるようなこの感覚にカルトは新鮮さを抱いた。

自身の周りにいた、あの天然のフュリーやマゾヒストにはたまらないフュリーの姉であるマーニャではこの感覚は抱かせない。

 

少し、トリップしたカルトは精神のみどこかに旅立ったのかその場で立ち止まってしまった。

 

「あ、あの・・・。ありがとうございます。わ、私・・・。フリージのエスニャといいます。」彼女はペコリとお辞儀し、先程の拒否反応を和らげていた。

 

「あ、ああ。よろしく、エスニャさん。」

 

「カルトさんは、どのようでこちらに・・・。」

 

「見聞を広げる為にあちこち旅をしていたのだが、ダーナの紛争であちらに行けなくなってヴェルトマーで足止めだったんだよ。ここには知人のアゼル公がいらっしゃるから、この足止めを機会にお会いしようと思ったんだが門前払いでまたまた途方にくれていた所だったんだ。」

 

「まあ、それは大変な事で・・・。ヴェルトマー公国は特に他国の方が直接謁見を願い出てもお会いできるには稀なこととお聞きしたことがあります。

よろしければ、私の姉とアゼル様と親しいので頼んでみましょうか。」

 

「それは助かる、是非お願いしたい。」

 

「いきなり正面からはお姉様でもご無理というものですので文を頂戴してもよろしいですか?お姉様がアゼル様に直接渡してくだされば、アゼル様も動いてくださると思います。」

 

「わかった、すぐに準備しよう。」

 

カルトは再び文を作成し始めた、彼女の雷魔法をみてからここまで予想どうりの筋道となり彼女には申し訳ないが予想どうりの運びとなったのだ。

それと共に、美しいエスニャの姉とも会えることは予想外の楽しみでもあった。




ヴェルトマーで鼻の下を伸ばすカルト
シレジア人とは違う女性達に出会って多少舞い上がっています。



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兄弟

カルトはとうとうバーバラまでたどり着きます。



「アゼル、久々だな。」

久々に交えた挨拶は恭しくの挨拶ではなく年少の頃と同じように話しかけた、アゼルは笑みを絶やすことなくカルトに歩み寄り、握手を交わす。

 

「相変わらず、だね。変わってないようで安心した、と言いたいけどその髪の色はどうしたの?」

 

「ああ、苦労して白髪になったんだ。」

 

「またまた。それ白髪と言うか銀髪だよね、髪の色が途中で変わるなんて珍しいね。」

 

「まあ、そんなことはどうでもいいさ。それよりアゼルはどうなんだ?俺はこのとうりシレジアを出てぶらぶらしている。」

アゼルは以前と変わりなくその柔らかい物腰と優しさを備え、そして利発は少年のままであった。

 

「僕も変わらないさ、今は兄に変わってヴェルトマーを管理している。」

アゼルの表情が少し翳ったことをカルトは見過ごさなかった、彼は以前よりアルヴィスとの確執があったがやはりまだそれは埋められることはないようだ。

 

 

 

アゼルと会うことができたのはエスニャと出会い、文を渡してから二日後であった。

翌日にエスニャの姉であるティルテュがアゼルに文が渡り、翌日にカルトに会う為にわざわざエスニャと出会った場所までティルテュと共に出張って来てくれたのだ。

この二日間連絡待ちも兼ねてエスニャの魔法指導をしていたのだが予想以上に早く、さらに本人がここまで来てくれるとは思わなかったのでカルトも流石に驚き、そして嬉しく思った。

 

 

「アルヴィスも健勝のようで何よりだ、奴に変わってということは奴はバーハラにずっと滞在しているのか?」

 

「うん、今はアズムール王の身辺警護に就いているよ。」

 

「そうか・・・アルヴィスはそこまで上り詰めたのか。・・・・・・アゼル率直に聞きたいんだがイザークによるダーナの侵攻時にメルゲンにいたのだが、メティオの魔法を見たんだ。あれはロートリッターによるものだよな。」

 

「・・・・・・うん、そうだよ。」

 

「いくらヴェルトマーが隣接しているとはいえ、精鋭をダーナに即時に送るとは考えにくい。イザークの動向は読めていたのか?」

カルトの実直な言葉にアゼルはさらに翳りを浮かばせる、重くなった唇をこじ開けるかのようにゆっくりと動かした。

 

「あの争乱の三日ほど前に、兄がヴェルトマーに突然帰って来たんだ。いつもは休暇でこちらに帰ってくるだけなのにあの日はヴェルトマーの戦力確認に帰還してきた。部隊の仕上がりの悪さに激昂した兄は、そのままヴェルトマー近郊で軍事訓練を実施すると言い出したんだ。」

 

「随分と唐突だな、ロートリッターを預かっていたアゼルとしては苦々しいな。」

 

「うん、僕の力不足が原因さ。文句は言えないよ・・・。」

 

「アゼル・・・。」

彼の落胆ぶりは予想以上であった、しかしながら彼は俺よりも若い・・・。

まだまだ成長する伸び代は大きいのだが、兄の能力の高さと比べるので自分自身を見失っているのだろう。

アルヴィスも不器用な所は以前と変わらないようでアゼルには悪いが少し微笑んでしまった。

 

「アゼル気にするな、俺だってお前の年だったら同じ結果になっていたさ。

残念ながら傍系の血と直径では生まれ持った能力が全然違ってしまう、俺もレヴィンとの差は歴然だよ。」

 

「じゃあ、僕はこれからも兄の期待に応えることはできないのかな。」

 

「言ったろ、生まれ持った能力だけで決まるわけではないさ。自分をよく知って個性の能力を見つけるんだ、俺の場合は、これだと思っている。」

カルトは腰に吊っている白銀の剣を見せる。カルトはレヴィンに劣る部分を剣で補い、剣で切り開こうと考えていたのだ。今となってはレヴィンに匹敵する能力を開花させてしまったので現在は保留となってしまったが諦める予定はない。

 

「俺も魔力はレヴィンに劣っていた、でも体格に恵まれた俺は魔法戦士として歩む事を選んだ。

アゼルにも違った能力があるんじゃないか?」

 

「そ、そんな・・・。僕には兄ほど魔力はないし、統率力もない。自分に見出せるものなんて。」

アゼルは下を向いてしまう。

 

「アゼル、そんな事はないよ。アゼルはとても優しくて、周りを気遣う心配りがあるわ!

確かに、目立ちにくいかれしれないけど・・・。私はそんなアゼルが好きよ。」

 

ティルテュが話に割り込んで彼を援護する、彼女の優しさとアゼルの優しさはグランベルの諸侯達にはない稀有なものだと思う。

しかし腐敗した宮廷体質はその優しさを飲み込こんで偽りと奸計の前に挫折し、人は人でない感情に染められてしまうのだ。おそらくアルヴィスは優しさを持つアゼルにはその影響をうけないように一人で宮廷の政を受けてきたのであろう、アゼルは変わらずにアルヴィスは相当その影響を受けてしまっているように思えるのだった。

 

ティルテュの失言で赤く染まってしまった彼女をとりあえず突っ込まないようにして話を続ける。

 

「アゼルには馬を操る能力があるじゃないか、体格はなくても馬上での戦闘能力を伸ばせば体格も関係ないんじゃないか。俺は魔法戦士だが、アゼルは魔法騎士を目指して見るのはどうだ?」

 

「魔法騎士?」

アゼルは自分を考え直す、確かにアゼルは乗馬の技術が素晴らしく体格が恵まれているようなら騎士を目指す選択もあった。自分の血筋で魔道士に固執するあまり見失っていた。

 

「そ、そうよ!アゼルには乗馬の技術があるわよ。機動力と魔法力を併せれば、アゼルにも活かせる能力があるわ。」ティルテュもその提案に賛成の意見を述べた。

 

「馬は魔法の発動に怯えるかもしれないが、訓練次第でなんとかなるかもしれん。どうだアゼル?一つ賭けてみる価値はありだぜ。」

カルトの提案にアゼルは一気に表情を引き締めた、決意の現れである。

 

「カルト、やってみるよ!今までにない事だけど先人の常識を超えてみせるよ。

ありがとう、カルト!」

 

アゼルの一つの成長をカルトとティルテュ、エスニャは多いに喜んだ。

いつの日か魔法騎士アゼルの誕生を待ち、その時にはこの大陸の不安分子を吹き飛ばす一つの光明になってくれることを望むのであった。

 

 

 

グランベルの首都、バーハラ城の中庭に一つの光が現れ不測の事態に衛兵が集まり出した。

その光の中より、四人の若者が現れる。

ヴェルトマーから転移したカルト、アゼル、ティルテュ、エスニャは衛兵の取り囲む中で堂々と正面玄関を無視して張り込んだのだ。

賊扱いにされてもおかしくないこの状況であるが、ヴェルトマーのアゼル公子とフリージのティルテュ公女とエスニャ公女の三名をしらない衛兵などいるはずもなく槍を構えていたが、即座に降ろされた。

衛兵隊長がアゼルの前に歩み寄った、顔は案の定険しいものである。

 

「アゼル公子、兄上が近衛の者であるが些か不躾な訪問であるな。その者はグランベルでない者と見受けるが、名乗って貰おう。」

 

「おいおい、いくら他国の者と見受けても自分自身名乗らない輩に名乗る必要はないな。」

挑発とも取れないその発言にアゼルですら一瞬動揺してしまった、敵国ではないにしても訪問手段も強引であるにも関わらず一歩もひかないカルトに場数を感じた。

 

「・・・・・・。失礼した、私は衛兵隊長のリカルドだ。」

 

「シレジア国、マイオス王弟の長兄カルトだ。よろしくな。」カルトはリカルドの手を拾い上げて無理矢理握手をする。明らかにリカルドの表情は凍り付いているがカルトのその読めない行動に戸惑い、飲まれて行く。

 

「リカルド隊長、申し訳ありません。

カルト公子は以前にここへ魔道士養成に滞在していたことがありまして移動に転移の魔法を使ったのです。本当は正門前に転移するつもりでしたが、記憶違いでここへ飛んできてしまったのです。

本当に申し訳ありませんでした。」

アゼルの詫びにリカルドは一応の納得はしたのか、溜飲を飲み込んだ。

 

「兄上はどちらにおられますか?」アゼルはリカルドに語りかける。

 

「今は自身の執政室におられます。よろしければ兵をやって面会の場を設けますが。」

 

「お願いします。」

グランベルの首都であるバーハラの城は途方もなく大きい、有事の際に各諸公とその主力部隊を抱えるくらいの規模はあるかと思われた。

現在のグランベルは隣国のイザークとの騒乱もあり各諸公が集まっているらしい、そんな中で大胆にも転移を行ったカルトの胆力には驚かせてくれた。

先程のアゼルの一言は嘘から出た一言である、カルトは始めから中庭に狙って転移したのだ。しかしながら成功するとは露とも思えず、成功した時のリスクを考えていなかった。

この大陸で複数人の人間を転移させるなんて離れ業を行うなんてカルト以外には思いつかないだろう。思いついたとしてもその膨大な魔力を一度に消費すれば足腰もたたないくらいに披露するはず、しかしカルトは息切れもへたり込む様子もなくリカルド隊長を言い負かすその大胆さには感服してしまった。

 

聖杖まで使いこなしているカルトに、以前とは全く違う人物に思える。性格こそはカルトそのものだが潜在能力の高さは、以前とは雲泥の差があるのだ。

それに彼のまとっている雰囲気は、兄達のような聖戦士の気概まであるように思える。

アゼルはカルトの言っていた、魔力の劣等感で魔法戦士を目指していたと言っていたが現在の所はどうなんだろうと思ってしまった。

 

「待たせたな、アゼルがバーハラに登城するとはどのような要件だ。」

アルヴィスは厳しくも口調は穏やかだ、この気難しい男は相変わらずのようでカルトは胸を撫でた。

 

「兄上、シレジアのカルト公子がお見えになられました。兄上に是非お会いしたいととの事でしたのでお連れしまた。」

 

「シレジアのカルト公子か、久々だな。しかし随分雰囲気が変わったな。」

 

「アルヴィス公は、変わらずで何よりだ。」

 

「カルト公子、積もる話はあるが今は有事である。できれば用件は速やかにお願いしたい。」

 

「では、駆け引きなしに言わせてもらう。アズムール王に謁見をお願いしたい。」

 

「断る。現在は有事である、例え信用できる者でも他国の者に王にお会いさせることはできない。」

アルヴィスの即答にカルトは少し顔を歪める、予想できたとは言えやはりここまで拒絶されると穏やかでいられなくなる。

 

「クルト王子にもお会いできないだろうか?」

 

「同様だ、今はお会いさせる訳にはいかぬ。」

 

「譲渡案はないのだろうか。」

 

「伝言か文でよければお伝えしよう、ただし検閲はさせてもらう。」

二人の言葉の攻防が鋭く続く、特にカルトの引かない姿勢に三名が気を揉んでいる。

カルトは王に会って何を伝えたいのか言ってくれない、おそらく王に伝えるまでは誰にも言わないつもりであろう。しかしアルヴィスは許すはずもなく水かけ論争に発展しつつあった。

 

「・・・アルヴィス、俺たちがいつも互い違いした時の解決方法でいこう。」

カルトとアルヴィスは頑固で一歩もひかない性格の為衝突は日常であった、能力の高い二人はよくいつもの方法で解決していたのだ。

 

「俺たちはあの頃と違っている、グランベルトして・・・。」

カルトの怒りはここで爆発した、机に拳を突き立てて天板を破壊する。派手な音と共に土台を残して崩れ去る。

 

「寝ぼけたか!アルヴィス!!

俺たちは以前、国の概念や利権を超えて話し合う場を作っていこうと誓ったじゃねえか!!貴族だけではない、みんなが住み良い世界を作る為にはどうすればいいかいつもはなしていただろう!」

カルトはアルヴィスに詰め寄り睨みつける、カルトはそれほどまでにアルヴィスを買っていた。

彼はハンデとも言える生い立ちに正面から受け止め、現在の地位まで登りつめたのだ。アゼルから聞いた話でカルトは自身の活躍のように喜び、讃えていた。

彼の言う誰もが住み良い世界の第一歩になると信じていたカルトの想いとアルヴィスの思惑に違いが生じていたことに誰よりも感じ、反発したのだ。

 

「カルト公子・・・。いいだろう君の言う方法で決着をつけよう、だが決行は明日だ。

明日の朝に決着次第で君の条件を聞こう。」

 

「そこで負けたのならすぐさま引き上げよう。後腐れなしだ。」

カルトの表情は崩れることはなく、怒気をはらんだまま答えた。対するアルヴィスは表情を崩す事はなかった。

 

 

 

「一体なに考えて入るのさ!兄上と勝負だなんて!」

アゼルの叱責にカルトは下を向いて反省のポーズであった。カルト自身こんな結末など考えてはいなかった。

アルヴィスの言葉に熱くなり、つい言ってしまった短絡的な物だった。そんな言葉に過剰に反応してしまった自分自身も驚いている。

 

「すまん、アゼルつい売り言葉を買ってしまった。

しかしながらチャンスはできたじゃないか。」

 

「兄上と一対一で勝てた人はここ数年では見たことないよ、それもほとんど3分もかからないんだよ。」

 

「本当か!あいつそんなに強いのか。」

 

「兄上はもともと魔力が強い上に、ファラフレイムを受け継いでからは負けなしだよ。

カルトも聖戦士の神器の力は威力だけじゃない事くらいは知ってるでしょ。」

そう、聖戦士直系のみが扱える神器を持つと身体能力も向上する。

 

シレジアのフォルセティを受け継いだ聖戦士は疾風のごとき速さを持っていた。

それはもう人の限界を超えた動きであり通常の物では到底辿り着くことはできない領域である。

 

「兄上の魔力と魔法防御能力の前に打ち勝てる人はこのグランベルではいないと思うよ。」

 

「そうか、まあ勝負は時の運!

短時間で相手の力量を押さえ込んで、自身の力を最大限に活かせば勝機もあるさ。」

 

「でも、カルトはどうしてもアズムール王にお会いしたいのでしょう。勝てなきゃ会えないわよ。」

ティルテュは髪をいじりながら話に割り込む、彼女はどうも難しい話は苦手らしい。エスニャに関してはアルヴィスに啖呵を切ってからオロオロしっ放しで状況に追いつかず頭が真っ白になっていた。

 

「ん、ああ!どうしても会いたいが、会えないこともまた運命かもな。その時はその時さ、今はまたアルヴィス と手合わせできる事を感謝するよ。」

 

「男の人の考えることはいまいち解らないわ。」ティルテュも話はいいとばかりにエスニャの隣に座って居眠りを始める。

 

「カルト、君と一緒に連れてきた子はヴェルトマーで預かってはいるがあの子は一体?」

 

「戦災孤児でな、しばらく預かっているのだがどこかにいい環境があればそこで過ごしてもらおうと想っているのだ。」

 

「あの子、髪を隠してはいるがイザークの子供だよね。」

 

「ああ、ここにはさすがに連れてこれなかったからな。少しだけ申し訳ないが頼む。」

 

「わかった、でもこの動乱はまだまだ大きくなりそうだからこれが済んだらすぐにグランベルからでたほうがいいよ。」

 

「ああ、気を使わせてすまない。」

アゼルもあまり言いたくないだろう、自身の保身ではなくカルトとマリアンの身の保証を心配してくれているアゼルに感謝するのみだった。




カルトはアルヴィスに勝てるのか!
次回に続きます。


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聖痕

アルヴィスとの戦います、下馬評ではカルトの勝率は一桁でしょうね。


翌朝、まだ衛兵も動き出さない時間に魔道鍛練場に四人は集まった。

アルヴィス本人はすでにこの場にいており入る前よりその魔力を解放させようと精神を練っていた。

 

「よう、準備は出来ているみたいだな。」

 

「ふ、カルト公子もな。」

二人はかつて出会った時のように、しがらみを捨ててこの場に全ての力を注ぐべく望んでいた。

カルトは距離を取り、構える。

アルヴィスは構えることなくその場にカルトを見据えている。

場の空気が一気に変わる、アルヴィスからは魔力と共に熱気をはらみカルトからは冷気が立ち込める。

 

カルトはアルヴィスの炎対策に風による冷却作用により氷を作り出す。

以前は風で炎を押し返す事ばかり考えていたが、あれから応用と対策は充分練ってきた。

 

「ファイアー」アルヴィスの右手から下位魔法とは思えない熱量が発せられた。

 

「ウインド」カルトもまた下位魔法とは思えない風が巻き起こり炎を吹き飛ばそうと発せられる、その風には氷雪も混じり炎の温度も相殺する。

二人の間には炎が氷を蒸発させ、風が炎を引きちぎる。凄まじい自然現象と、魔力が辺りに溢れて傍観者まで迫る。

 

拮抗していたように思われたせめぎ会いは徐々にアルヴィス優勢となりカルトはその圧力で上体が揺らぎ表情に余裕がなくなってきた。

やはり聖戦士の神器を持つアルヴィスには能力値向上もあり、正面からの衝突には勝ち目はなかった。

アルヴィスはまだ余力がある様子でその表情は変わらない、魔力を少しづつ加えてカルトに圧力をかけていく。

 

「エルウインド!」カルトは双方のぶつかる魔法を強引に下方から上位魔法をぶつける事で上方に追いやった。魔力の制御から解放された魔法は蒸気を伴い相殺されていった。

水蒸気が晴れ、視界が鮮明になると場にはアルヴィスのみとなっていた。アルヴィスもすでに事態に気づいている、視線を動かして視認を急ぐ。

 

「ウインド!」圧縮空気がアルヴィスを襲う、即座にファイアーにて圧縮空気を熱膨張を引き起こさせて破壊する。

 

「くっ!」次はアルヴィスの顔にゆとりがなくなった。

カルトの連続魔法に、アルヴィスの連続魔法が追い付かなくなってきているのだ。

 

カルトは先程の魔法のせめぎ会いで発生した蒸気を目眩しに使い、その間にウインドを使い上空で姿を消した。天井の梁に隠れアルヴィスが視認行動をしているときに一気に魔力を解放、ウインドの連続魔法を繰り出したのだ。

とうとう連続魔法のウインドに対応しきれなくなったアルヴィスにその攻撃が当たり後方に吹き飛んだ、さらに追い討ちのウインドが吹き飛んだアルヴィスに襲いかかる、

一通り攻撃を与え終わるとカルトは地上に降りたって吹き飛んだ壁面に集中する、アルヴィスがこれくらいでまいるわけではない。

ここからが本番である、カルトはさらに魔力をあげようと精神集中を怠らなかった。

壁面では瓦礫となった壁からアルヴィスがゆっくりと立ち上がる、神器を持ち聖戦士と化したアルヴィスは自身の能力に加えて魔力と共に防御能力も向上しているとアゼルは言っていた。

カルトはここに来て、アゼルの言っていた負け無しの言葉を痛感した。

 

「神器がなかったら、今ので公子の勝ちであっただろう。だが武具能力も強さの一つだ。」

 

「ああ、気にしてねーよ。」内心では悪態つきまくりであるがカルトは笑ってもアルヴィスの挑発を受け流す。

 

「ねえ、やばくない?カルトに勝ち目ないよ。」ティルテュはアゼルの袖をつかんだ。

 

「このまま正面から撃ち合えばカルトに勝ち目はないな、でもカルトの魔法速射能力と身体能力は兄上を上回っている。あとは兄上の防御を上回る魔法があれば勝ち目はあるよ。」

 

「カルトさん。」エスニャは祈るように手を胸に抱いて見つめていた、勝敗よりも彼の無事を願い続けていた。

 

 

「素晴らしい潜在能力だ、聖戦士でないのが不思議な位な。

しかし私が聖戦士である以上、聖戦士でない者に負けるわけには行かぬ。」

アルヴィスの表情に戦慄を覚えた。

その時に通常の炎とは違い、朝日のような山吹色の炎が立ち上ぼりアルヴィスの手のひらに圧縮されていく。早朝の肌寒い空気が一気に温度を上げていった。

 

「兄上!お止めください!!カルト公子を殺すつもりですか!」

アゼルは二人の間に入り制止する、炎の最大顕現とも言える聖戦士唯一の魔法ファラフレイム。

ひとたび放てば辺りは焼き尽くされ、魔法防御能力の無いものはこの世に残らないとまで言われる超魔法。

 

「カルト公子、どうだここてやめておくか?」

アルヴィスは笑みを浮かべて俺に語りかける。あの魔法は俺の通常の防御では即死だろう、絶対に約束された死の選択。

 

「まさか、それを防いだらお前に一撃を叩き込んでやる!」

カルトは聖杖を取り出してアルヴィスのファラフレイムを受ける覚悟を取った。

 

「や、やめて!アルヴィス様!カルト!!」エスニャの悲鳴が響くなか、アルヴィスはアゼルの足元をファイアーを爆発させて強引にその場から立ち退かせてカルトにファラフレイムを放つ。

 

「マジックシールド!!」

聖杖は光を放ちカルトを包み込む、しかしそんな防御魔法一つでアルヴィスの攻撃をなんとか出きるわけがないのは承知している。

が、カルトは全魔力を注いでシールド作成しているため幾重にも重なりファラフレイムがシールドを破壊しながらもシールドが作成されていく構図になった。

さすがのアルヴィスも防御されていることに気付き驚きの顔をしている、カルトの常識はずれた手段にただただ驚嘆するのみであった。

 

しかしながらこの硬直は長くは続かない、持ちうる魔力が尽きかけてきたカルトはマジックシールドにつぎ込める量を維持が出来ず。幾重にもあったシールドが薄くなっていき、ついにはファラフレイムが突き破った。

カルトは炎に包まれ後方に吹き飛んだ、アルヴィスはすぐさま魔法を停止させカルトに治療の聖杖で火傷を回復させていく。

この決戦にも近い勝敗はアルヴィスに軍配が上がったのだった。

 

 

 

「うう、アゼルか。俺は負けたんだな。」意識を回復させたカルトは心配そうにするエスニャとアゼルが視界に入り、その表情から読み取った。

 

「ああ、負けたね。でも善戦だったよ。」

よろよろと立ち上がるカルトにアゼルは笑みを称えてその勝負を労う。

 

「慰めはよしてくれ、アルヴィスはまだ全力ではなかったさ。それにファラフレイムも着弾の直前に足元に落として直撃させなかったからな。それに回復までしてくれた様子だし、完敗だよ。」

正直な感想だった、もし光魔法の最大顕現であるオーラを使用したとしてもあのアルヴィスに打ち勝てないと判断して光魔法は秘匿としたのだ。

 

「さ、言い訳はここまでにしてヴェルトマーに戻るとするか。魔力を結構使っちまったから歩いてだけどな。」

カルトはそういって立ち上がろうとしたとき、マジックシールドの聖杖をまさに杖がわりにしたのだが見事に粉砕してしまい再び床に戻ってしまった。

 

「いってえー!いってえなー!!」

カルトは床で頭でも打ったのだろうあわててアゼルは助け起こそうとしたのだが、その痛みは床にぶつけた物ではない事に気付いた。

カルトの大粒の涙は自身の力不足を悔いるものであり、その魔道に純粋な探求から来ていることを知ったアゼルは胸を打たれた。

兄上には誰も勝てていない事実を知っても諦めず、負けて悔しがるカルトを見て自身に足りていないものがまざまざと見せられたのだ。兄へのコンプレックスが魔道の向上の弊害になり、目を背けていた自分が途端に恥ずかしい存在になった。

自分にもこの涙を流せるようになろう、彼は密かにそう決意したのだった。

 

 

 

アゼルはヴェルトマーに帰還するために馬車を手配しに鍛練場より離れ、フリージの姉妹もバーバラに来ているレプトール卿の元へ向かった。

特にすることもなく、鍛練場から宛がわれた部屋に戻ろうと足を運んでいた。

しかし、バーバラの城は広くて考え事をしながらのカルトは完全に迷っていた。

 

「君、そこの君!そちらは王家の居住区だよ。」

 

「あ、ああ。すまない。どうやら迷っていたらしい。」

カルトは声をかけられた男性に謝罪し、別の通路に足を運ぼうとするが呼び止められる。

 

「君は、グランベルの人間ではないね。

もしかして、昨日騒ぎになった渦中の人かい。」

 

「そうだ、転移魔法の失敗でな。お騒がせして申し訳ない。」

 

「それは嘘だね、転移魔法の失敗でそんな都合のいい事はないだろう。」

カルトは考え事をしていてその男の言う事をうわべでしか聞いていなかった。突然転移の魔法の特性を見抜いていたのでようやく男の話をまともに聞く気になり顔をあげたのだった。

 

そこにいたのは、以前に一度だけ見たことのある人物だった。ブロンドの髪をまっすぐに伸ばし、品位のある端整な顔。そして気品のある出で立ち。

グランベル国王アズムール王の一子、クルト王子であった。

突然の出会いにカルトも一瞬呆けてしまう、言いたいことがたくさんあるにも関わらず目的を忘れてしまっていた。

 

「君は、何か目的があってバーバラに来たんだろう。

私で良ければ話を聞こう。」

クルト王子の気さくな対応にカルトは動揺の局地にいた、しかしカルトは冷静さを取り戻して頭を回転させていった。

 

「先程の非礼をお詫びします。私はシレジアのマイオス公の長兄、カルトと申します。

殿下の言うように、邪な思惑もあり友人のつてを使って強引に侵入致しました。

アルヴィス公に看破された私は、彼との勝負に負け、ここを去る約束をしております。

ですので殿下にお話をする資格すらありません。どうか、このまま静かにお見送りしていただけますと助かります。」

カルトは頭を下げて、クルト王子の申し出を断った。

 

「あっはっはっはっ!!すまない、君達は相当の頑固者だね。

カルト公子、実はこの話はアルヴィス公から頼まれてきているんだよ。」

アルヴィスが!カルトは頭の中で叫んでいた。

 

「彼は、あまり私と話をする事は無いのだが突然私に申し出て来たので驚いたよ。君に会ってあげてほしいとね。

だから、少しで申し訳ないのだが君の話したいことを聞かせてもらっていいかい?」

カルトはアルヴィスの計らいに感謝する。

彼は、この度の勝ち負けで面会の許可を決めたわけではなかったのだ。

その面会にどこまで決意があるのかを試された気が、今になってしてきた。そう考えると彼の一言一言が、意味を為していく。

ファラフレイムを使う直前に続けるか否かの確認が最もであった。

 

「それでは私の私室で話を聞こう。」

と言うとついてこいとばかりに踵を返して王室のみの廊下へ歩いていく。カルトは無言で従った。

 

 

「アルヴィス様、よいのですか?あのような者にお会いさせて。我らの計画に支障はでないのですか?」フレイヤは回復魔法を施しながら心配を口にする。

 

「問題ない、奴がどのような情報を持って面会を求めてきたのかは知らんが私を気取っている様子はない。」

 

「会話を傍受したいのですが、クルト王子が我らの魔力を感知されると厄介ですので控えております。」

 

「それでよい、クルト王子は本日にでもダーナに向かわれるからな。」

アルヴィスの口に笑みが浮かぶ。

 

「そうでございましたね、入らぬ心配申し訳ありません。」

 

「かまわぬ、それよりフレイヤ。イザークに配下の手配は問題ないか?」

 

「ぬかりはありませんわ、イザークに足留めするために活きのいい生餌をまいておきます。」

 

「クルト王子がいないバーバラはさらに忙しくなるからな、汚れ仕事は任せたぞ。」

 

「仰せのままに!では」フレイヤは転移を行い、アルヴィスから消えるのであった。

 

 

クルト王子の私室に入ったカルトは、勧める通りに椅子へ腰掛けた。

王子の部屋は調度品に溢れ、さまざまな文献や著書で溢れていた。博識なアズムール王に匹敵する幅広い知識と、文献の解析に優れているクルト王子は王子であり学者である。魔法の能力も非常に高いらしいが、公式な場での披露はなくベールに包まれている。

 

カルトの魔法探知でクルト王子を探る、さすが聖戦士のトップに位置するナーガの末裔。底の知れない大海を見ているように感じるがその暖かな魔力に不思議な安堵を覚えた。

 

「さて是非君の話を聞きたいところだが、君は不思議な雰囲気がある。まず君は一体何者なんだい?そこが君の聞きたいことにも繋がるような気がするよ。」

 

「お察し頂き有りがたく思います、まずこちらをご覧下さい。」

カルトは額にあるサークレットに手を伸ばし、魔力を込めた手でゆっくりと外した。額にはセティとは違う聖痕が現れる。

 

「!!そ、それは!なぜ君が。」クルト王子は自身の聖痕に手をやり驚愕する。自分と全く同じ物がそこにあるからだ。

カルトは再びサークレットを身につけ、話しを続ける。

 

「私もこれがあることを最近気付きました、母の魔法により封印されていまして暗黒教団との戦いで覚醒致しました。」

 

立ち上がって驚いたクルト王子は椅子に座り直し、落ち着きを取り戻す。彼の頭の中で様々な憶測と推察をしていたのであろう、まだ結論よりもカルトの話しを聞く方が大事と判断したようだった。

 

「まさか、君はシギュンの子なのか?」

 

「?いえ、私は名乗った通りマイオス公の子です。

母の名は、セーラと申します。」

 

「失礼、今のは忘れてくれ。」クルト王子は顔色が悪くなった、何かとんでもないことを暴露したような気がするがカルトはできるだけ考えないようにして話しを進める。

 

「私は自分がなぜ、このような力を持つのかが知りたくてここにきました。母から受け継いだこの力はどこから来たのか、そして私は何者であるのかをアズムール王かクルト王子に見ていただきたかったのです。」

カルトはその思いを打ち明ける、私はまた厄介者の血でしかないのなら悲しいがそれでも自分の存在意義を見出だしたかった。

 

「君は事はおそらくお父上が全てを知っていると思う、私の口からは断定できないので控えさせて貰うが父上にに今から君と会うように工面しよう。」

 

「ありがとうございます!」

カルトは深々と頭を下げて、敬意を表したのだった。

 

「君と私が親族とは・・・、確かに先ほど初めて会った時言いようのない親近感を感じたが・・・。

いやはや、こんな事があるとは・・・。」クルト王子は動揺しているのか、独り言に近いように語り出す。

直系ではない者にここまで聖痕がはっきり浮かんでいる事に人為性を感じているのだろう、カルト以上にその事を父親であるアズムール王に問いたがっているのはクルト王子の方だ。

カルトは一抹の不安を感じながらアズムール王に真実を聞く覚悟を決めるのであった。




次回、カルトの運命。


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霹靂

更新遅くなり申し訳ありません。


クルト王子はその後アズムール王に俺が接見できるように尽力して下さった。王という立場上、一介であり他国の一公子に2人で会うことなど不可能に近い。

それを可能とする為に、強引とも言える方法を使って謁見することとなった。

 

クルト王子にお会いしたその日の夜、与えられていた部屋にいた。アゼルには事情もろくに話さず、先にヴェルトマーに帰ってもらった。

帰り際に彼は「カルト、頑張ってね。」の一言に俺の意思をくんでいてくれた事に感謝する。

指定された時間にクルト王子に渡されていた杖に魔力を送り合図を待った。その杖の先端に聖石が埋め込まれており、魔力を送ると緑に輝いた。

熱を持たないその冷光にカルトは心を奪われていると、脳内に直接語りかけられていることに気づいた。

 

「そなたがカルト公子だね、話はクルトから聞いている。早速だが準備はできているかね?」

 

「はい、ではお願いします。」カルトは緊張の面持ちで返答した。

準備というのは王に話した後、ここに戻ってこないとの意味であるからだ。装備品も、持ち物も自分の手に持っており心構えている。

 

するとカルトの魔力ではない魔力が杖を通じて発動し、魔法陣が出来上がる。カルトはその送られてくる魔力を阻害しないように杖の聖石にのみ魔力を集中させた。

そして魔法陣は輝きだし、カルトの身が包まれて行き、その場から消えたのだった。

 

 

閉じていた瞳を開くと、周囲の光景は変わっており初老の老人が杖を持ち立っていた。あれほどの魔力を使いながら息も切らしておらず、高齢にも負けず背骨も曲がっている様子もなくすらっと立っていた。

これがグランベルを統べる国王、アズムール王本人と疑う余地はなかった。

 

「アズムール王、招聘の術の使役ありがとうございます。」

 

「いささか久々なもので心配ではあったが、うまくいってなによりだ。」

その優しい口調に、カルトは微笑んでしまう。

 

「クルトから話は聞いている、そなたにはヘイムの血が流れていると・・・。確かにそなたから感じ取れる気配、ヘイムの血は間違いないようだ。」

カルトはその言葉に堰を切ったように反応した。

 

「王、なぜ私にあなた達の血が流れているのですか?私のようなシレジア出身の者にそんな気高い血があるとは到底考えられません!」

 

「・・・。」アズムール王はただ黙ってカルトの言葉を待つ。

 

「・・・おそらく、母上からその血を受け継いだようですが母上は一切の身の上を打ち明けておりませんでした。

父上にも訪ねたことはありますが母上は一般の出身の身で軍に入り、その魔力の強さから将軍にまで抜擢されて父上に見初められたと聞いています。」

 

「・・・・・・。」アズムール王は静かにカルトの話を聞き、沈黙を続けていた。

その表情は穏やかであるが、瞳の中には動揺と驚嘆に見舞われていると感じ取り、王の言葉を静かに待つことにした。

 

調度品の柱時計から小気味のいい秒針の音だけが部屋に残り、服の擦れる音一つもない静寂が続いた。

どれくらい王の言葉を待っていたのだろうか、悠久にも一瞬にも判断が取れなくなっていた頃にアズムール王はその沈黙を破った。

 

「カルト、そなたはクルトをみてどう思う。」

 

「クルト王子ですか?博識で、行動力もあり、魔力も潜在能力から測っても王以上の能力を感じます。」

 

「そなたなら、もしクルトが敵として出会った時にどういう戦い方をする?」

 

「・・・?そうですね魔力では絶対に負けると思いますので魔法を囮に武器攻撃を考えます。・・・!」

話の途中でアズムール王の言いたいことが判明し口を止めた、カルトはアズムール王に向き直りその心中を探る。

 

「その通りだ、魔力は強力だがクルトには肉体的な強さがない。

あやつは生まれながらに身体が弱く何度も病にかかっておった、医者の見立てでは成人まで生きてはおれぬと言われほとんどをベットで過ごしていたのだ。

儂はクルトに申し訳ないと思いつつ、ヘイムの直系が絶えてしまう事を恐れる日々を過ごしておった。」

 

「し、しかし!ロプトの血は途絶えたはずです。なぜそこまで直系こだわる必要があるのですか?

確かにこの百年で直系を失った家もありましたが政略結婚でまた神器を扱える者にが産まれるではないですか。」

 

「他の家ではそういこともあるだろうが、ヘイムは・・・。ナーガの血はそういう訳にはいかぬのだ。

先の大戦でロプトに加担していた血筋のものは全て粛清した、だがこの大戦に一石を投じて反乱を起こしたマイラの功績があり彼だけは粛清しなかったのだ。

彼には厳しい制約をつけ、ヴェルダンにある精霊の森に隠れ住む事になった。」

 

「なっ!!」カルトは史実に隠蔽された恐るべき内容に動揺する。

 

確かに、暗黒神の申し子が再び復活するという世迷い事を今だに信じている領主も存在し意味の無い魔女狩りや子供狩りを行う地域もまだ残っている。

もし今の事実が世に広がれば疑心暗鬼に苛まわれ、一層の狩りが加速するのであろう。カルトはその恐ろしさを肌で感じ、事実の秘匿を必要を感じとる。

 

「マイラの意思を汲み取ったが、ナーガの力をいつでも行使できるようにしておくことが最良ということですね。」

 

「うむ、その背景もあり儂は取り返しのつかぬ事をしてしまったのだ。・・・・・・、儂には歳の離れた妹がいた。その意味がわかるな?」

 

カルトは喉の渇きを一気に感じた、禁忌による血の集結。その集大成が自身であることを自覚する。

意識が遠くなるようにも感じた・・・、おそらく王は私への配慮もあり口を出せずにいたのだろう。

 

「妹はすでにあるものと婚姻する予定だったにも関わらず、儂は身勝手な手段を取ってしまった。そのショックからその後すぐ行方をくらましてしまい、二度と会うことも叶わなくなってしまった。

おそらく、その後たどり着いた地はシレジアでそなたの母親を産み育てていたのであろう。娘は生まれもったその力でそなたの父と出会いカルト、そなたが産まれたのだ。

すまぬ!儂の過ちでそなたにも、母上にも不遇な境遇があっただろう許してくれとは言わぬ、だが償いはさせてくれ!」王は頭を下げていた、グランベルの・・・大陸の頂点に立つ者が俺に頭を下げているのだ。

 

カルトは慌ててその手を取り頭を降った。

「頭をおあげください、私はあなたに償いも賠償も求めているつもりはありません。

ただ、私は自身の出生が知りたかった。・・・それだけです。」

 

「し、しかし・・・。」王の言葉を遮り、握った手を強く握り直した。

 

「王!私は償いの言葉よりも先に言いたいことがあるのです、御無礼ですが許していただきたい。」

カルトはの言葉に王は無言で頷く。

 

「お爺様、お初にお目にかけられて・・・嬉しいです。」

2人は涙を流し、その場に崩れたのであった。

 

 

 

「これから、カルトはどうするのだ?」

落ち着きを取り戻した2人は椅子に腰掛けてグラスに入った水を飲みながら語りかける。

 

「できるものなら、このままバーハラにとどまって欲しいところだが。」

 

「お言葉はありがたいのですが、私はその事実を凍結して世界を回りたいと思います。」

その言葉に王は落胆と、平穏な表情を混ぜ合わせたようになっていた。まだまだ困惑しているのだろう、時間が必要と考えた。

 

「そうか・・・、何かあったらいつでもここに来るがいい。ここはお前のもう一つの故郷と思っていてくれ。」

 

「ありがとうございます、また落ち着いたらここに立ち寄 ります。」

 

「・・・カルト、もし世界を回るのなら一つ使命を与えていいだろうか?」

 

「?なんでしょうか」

 

「ナーガの書を探し出して、ロプトウスの書を封印してくれ。」

 

「!!」カルトはその一言に雷のような衝撃を受けた、つまりナーガの書は紛失していることであり聖者として現在機能していないことになり。

ロプトウスが降臨した時に対処できないこととなるのだ。

 

「順を追って説明をしよう。」王の言葉を聞き漏らすまいとカルトは固唾を飲んで聞きいる体制をとった。

 

「なぜ、グランベルは共和制をとっているのか分かるか?一国で七人もの聖戦士を擁しているのは異常と考えたことはないか?

他の国は聖戦士の一人が国を起こして王として君臨しているのに、隣国のアグストリアも共和制ではあるが聖戦士は一人だ。」

 

王の言うことは最もである、聖戦士一人の力は一国に匹敵する能力とカリスマ性を持つ。

戦争が終われば一国の王となりたかったものが多かった筈なのに、グランベルにてヘイムの下で結束されるなんて事は考えにくかった。

 

「ナーガの力はロプトウスに対抗できる唯一であると同時に他の聖戦士が束になっても簡単には屈しない力を持つにも関わらず、ヘイムを除くグランベル六人の聖戦士はナーガの血筋を守ろうとしたのだ。」

 

カルトは必死にその言葉の意味を探り続ける、強者にも関わらず守らねばならないとはどう言うことなんだろうか。王の言葉を何度も反芻し、答えを紡ぎ出そうと臨んだ。カルトはさらにその前の王の使命を考えた上で一つの結論が生まれた。

「ナーガの書で持って、ロプトウスの書を封印していた。」

 

「そうだ、神々の品は破壊はできない。負の最大顕現であるロプトウスの書を封印するには対をなしているナーガの書で持ってしか封印できなかったのだ。

ヘイムはロプトウスになり得る存在が出てきても書を手に入れないようにしたのだが代わりに自身は他の聖戦士に保護してもらう道を選んだのだ。」

カルトは世界の創造ともいえるその仕組みに深く理解し、王の言葉が染み渡って行った。

 

「では、なぜ書の封印が解かれてしまったのですか?」

 

「書は封印とは言えナーガの書を持ち出せばロプトウスの書の封印が解けてしまう不安定なものであるからな。

この城の厳重な場所に安置しており、さらにヘイムが結界を張って何者も入り込めないようにしていたのだが結界を破り二つの本を持ち出した者がいたのだ。」

 

一体何者が破ったのだろうか?聖戦士くらいの絶大な能力なら可能かもしれないが、そんなことをするメリットがどこにもない。

やはり暗黒神を信仰する者の中から結界を破るほどの強者が行ったようにしか現在は考えられなかった。

 

「わかりました、ナーガの書とロプトウスの書の捜索してみます。」

カルトは王に宣言し自身の目的に追記する、国王は微笑みを讃えてその回答に安堵する。

 

「それとな、シレジアの国王が崩御が近い情報も入ってきている。

反国王派のダッカー公とそなたの父であるマイオス公はそれぞれのやり方で反抗しようとしているようだが、三つ巴の効果もあり硬直状態を維持しているが崩御があればすぐに内戦になるだろう。

目的もあるだろうが、一度戻ってみてはどうだ?」

 

「そう、ですね。一度帰ってみて策をレヴィンと論じてみようと思います。今の、ヘイムの力を得た私なら何か出来ることがあるかも知れません。」

 

「シレジアの内戦も、大陸の不安因子の一つ。カルト申し訳ないが頼んだぞ、無理はせずにな。」

王の優しさがカルトの身にしみ渡る。

 

「これは儂からの餞別だ。先ほど使ったから用途はわかるな?」

先ほどここまで転移した杖を受け取る、アルヴィスに破壊されたがマジックシールドの杖と同様でこの大陸にはない杖である。

あらかじめ自身の魔力に込められた品を手掛かりに手元に引き寄せる魔法で、レスキューの杖という聖杖である。

 

「ありがとうございます。ではお爺様、行ってまいります。」

カルトは転移の魔法を用いてその場から退場した、アズムールは目を細めてその場にいた孫に祈りを捧げるのであった。

 

 

 

カルトと行動を別にしたデューとホリンは無事に自由都市ミレトスに到着した。イザーク館に足繁く通い、国内情勢を確認していたのだがここで事件が発生する。

イザークとグランベルとの戦いは初戦ではイザーク領にも足を踏み入れることなく防衛線で食い止めていたのだが、グランベルの大軍による物量に物を言わせた攻撃がとうとうイザークの防衛線を突破され乱戦になった。

ちりぢりになった互いの軍であるが、少数部隊のイザーク軍はさらに少なくなり各個撃破されてしまう。

マナナン王はここでいつか訪れる敗北を察知したのか、自身の子であるシャナン王子と妹君のアイラ様を包囲される前のタイミングで国外脱出をさせたのだ。

 

ホリンの父親言う通りになったのだが、逃走経路が予想出来なかった。

アイラ様は自由都市であるミレトスを目指すと予想していたのだが、グランベルを突っ切って逃走しているらしい。

この逃走経路を塞がれていたのか、世間を知らない王女の逃避行に問題があるのかは定かではないが自身の誤算であった。

ホリンはデューとともにミレトスからグランベル公国のシアルフィ領へ抜ける大橋へむかうのだった。

 

「カルト、君は今頃どうしているだろうか?できればまた、一緒に旅をしたいものだ。」とホリンが呟き。

 

「何行ってんのさ、早くアイラ様達と合流しないとイザークの将来がなくなっちゃうよ。」とデューが突き返す。

 

「ふっ、そうだな。・・・合流しなくてもアイラとシャナン王子は運命が生かしてくれるように思えてならないがな。」と一人つぶやくのであった。

 

潮風吹き抜ける大橋を渡る二人、国境の検問があるがすでにデューの手引きで憂いはなかった。

デューの仕事の良さにはホリンも驚かさせる。どのようにしてこんな事ができるのか聞いてみたところ、彼らは仲間達で出資しあってギルドを作り様々な地にネットワークが張り巡らせてあるそうだ。

その地の有力者や果ては国家の権力者などと繋がり、情報から資金融通、果ては暗殺までまで請け負う事もある。

 

そのギルドを使ってデューは本日の検問者に賄賂をすでに渡しているのだ。受け取った検問者から偽造の通行許可を発行してもらい、既に受け取っている。

検問で彼らは全く疑われる事なくグランベル国内に入り込み、アイラ達を捜索する行動を起こしていくのであった。




異大陸の武具はこれからも出てくる予定です。


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開戦

しばらく更新が遅くなりまして申し訳ありません。

バーハラでの一件の後にシレジアに戻り、国王崩御の話を作っていたのですがグランベル編においてシレジアを書くことはおかしいと思いました。
さらにシレジアでの内容が膨大になっていまい、話がダラダラとしている感じが否めませんでしたので本編のシレジアの時には挿入する形に至ってしまいました。

時を数ヶ月移行させ、ヴェルダンの侵攻から始めさせていただきます、申し訳ありませんがお願いいたします。


イザーク滞在中で日夜の気温が激しくて感覚を忘れていた時期があったが、あの時は冬であったが時は移ろい春を迎えていた。久々に訪れるグランベルはシレジアとは違い、樹々は鮮やかな緑を讃えており陽射しは穏やかであった。

シレジアの春は著しく遅い、雪解けにはまだまだかかるのでカルトの心は少し綻んでいた事を後ろにいるマリアンは悟ったのだった。

 

その時に上空を飛来している一頭のペガサスが降下しカルトの馬に速度を合わせてきた、疾風が一瞬立ち込めマリアンは目を細める。

「カルト!急ぐわよ!ここで出遅れてはシレジアの名折れよ。」

緑髪の女性はカルトにさらに進軍を早めるように急かした、山道に近いこの街道を天馬に任せて話しかけるところに彼女のスキルの高さをうかがわせた。

「戦場に入る前に一度休息を取れせないとこちらにも無駄な被害がでるぜ、後続の徒歩部隊と合流するまで休息してから前線になだれ込みたい。」カルトはそこで彼女の提案を却下する。

「しかし!」

「フュリー、焦るなよ。心配いらないさ、残留部隊とはいえどもシアルフィの次期当主はかなりの御仁だと聞く。物の数だけの蛮族どもに遅れをとることもないだろうしシレジアの部隊が全面に戦えばシアルフィの威信にも傷が付く。

俺たちは無理せずに合流して、足を引っ張らないように戦う事だ。」

「・・・わかったわ、でもシアルフィ軍が劣勢とわかったら私たち天馬部隊は真っ先にいくわよ!」

 

彼女の天馬は一度嘶くと、再び上空の天馬の群れに戻っていった。

真っ白い天馬の群れは美しく、飛び去った後に舞い落ちるその翼の羽根は雪のように舞っていた。

マリアンはその姿を眼で追いかけていた。

「マリアンも乗ってみたかったか?」カルトは語りかける。

彼女は首を横に振って見せたのだった、そしてカルトの腰に回した腕に力を入れて背中に顔を埋める。

 

カルトは苦笑する。

マリアンは一度天馬乗りになってみたいと練習をしたのだが、一向に成果はなかった。

天馬に乗れるのは基本は女性のみである、伝承によれば穢れをしらない処女のみとあるがそのような制限はない。

しかしながら、天馬は幼い時に訓練を始めていれば始めているほど天馬の心を通じやすい。この謂れが捻れて伝わったのではないかと現在では言われているのだ。

マリアンも十分に幼く、資質は持っていると思ったのだが天馬は彼女と意思を通ずることなく断念しざるを得なかった。

 

「私はこの剣でカルト様に役に立ってみせます、馬も天馬も私には必要ありません!」

彼女は意気揚々として腰に吊った剣を叩いた。

「ああ期待してるよ、だが全面には立たないでほしい。今は経験と場数を踏むことだけを意識していてくれ。

君を失うと悲しむ人がいる事を忘れないでくれよ。」

カルトのこの言葉だけでマリアンは満ち足りていく・・・。

 

マリアンはイザークで未来を閉ざされた小さな世界を生きていた、笑顔で取り繕いその場をやり過ごすことだけを考えてきた。

家事を全て押し付けられて苦しかった、食事を作っても自分に行き渡らずひもじかった、そんな小さく暗い世界をこじ開けて助けてくれたのがカルトだ。

マリアンの今の世界は、カルトに与えられた世界。だからこそ彼女はカルトについていき、いつか彼の役に立てるように自身を研磨すると決意したのだ。ヴェルトマーでカルトと別れたわずかな時間で教えてもらった剣の扱い方、そして何より大切な心構え。

ヴェルトマーを離れシレジアに行ってからも鍛錬を続け、彼女はこの度のグランベルとの不可侵条約を反古にして攻め込んだヴェルダンの応戦に志願した。

もちろんカルトは最後まで反対していたのだが、マリアンの強い意志により彼はとうとう折れてしまいそばを離れないという条件付きで参加を許したのだ。

 

 

カルトはバーハラに赴く際にマリアンをヴェルトマーに預けたのだが、戻ってきたときに彼女の心が著しく力強くなっていたことに気づいた。そこからシレジアに戻り数ヶ月でさらに強く成長し、今では剣の鍛錬とともに心身が良い方向に向かっていた。

彼女をイード砂漠の遺跡で救出してから明るくなったのだが、カルトに依存している行動が目立った。

バーハラから戻った時にアゼルから聞いたのだが、残されたマリアンは不安げに部屋から出ず、カルトの名前を呼んで泣きじゃくっていたらしい。

みるにみかねたアゼルは、自身の部下にいた女性の聖騎士にマリアンを託したそうだ。自分ではどうしようもなかったので同じ女性同士、解決策があるとみたのだがそれは物凄い荒療法となってしまった。

彼女はマリアンを鍛錬場で模造剣を用いて実戦さながらの鍛錬を行い出した、マリアンはひどく打ちのめされていたらしいが彼女の一言一言に呼応されるように眼に力が宿りいつしか気合いの声と剣戟が響きだした。

終わった頃には、全身汗と泥と傷だらけになりながらも剣を握ったまま息も絶え絶えに倒れていた。

おそらくその荒療治と女性騎士から何かを掴み取ったようだが、マリアンはその話をしてくれることはなかったのだった。

 

 

グランベルにはシアルフィ軍と合流して救援の書状を送っている、海路でフリージに到着したシレジア軍はフリージ城を駆け抜け森林区域にて徒歩部隊を待ち、その徒歩部隊を第二波として休息と待機を命じて騎馬部隊と天馬部隊が一気に戦場に躍り出た。

フュリーから上空での戦場様相によると少数部隊の個々戦闘が行われている状況で、ユングウィ周辺が激戦区となっているようだ。

そこへまっすぐ向いつつ応戦体制をとることになった。

 

村を襲っているヴェルダン正規兵か単なる賊かわからない連中をフュリー率いる天馬部隊が始末にかかった。

騎馬部隊はそのまま南下し、ユングウィの北に駐留する一個部隊と戦闘となるがヴェルダン兵は背後にユン川の支流に阻まれて撤退はできない、橋を渡ろうとしても一気には渡れないので迎え撃つしかないのだ。粗悪な武器を手にした集団はカルトの部隊へ怒声とともに襲いかからんとした。

シレジアの騎馬部隊はカルトが作り出した少数部隊、グランベルから贈られた良質の騎馬を活かすためにカルト自ら率先して乗馬技術と騎乗訓練を行ってきたのだ。今、その部隊が始めて実戦で効果をあげんと統率された部隊は応戦に入る。

「ウインド!」馬から降りたカルトは魔法をあらん限り、撃ち放つ。騎乗はできるのだが、魔法の行使となると馬上では不可能なカルトは白兵状態になるしかない。馬を従者に任せて、マリアンを自身の護衛に魔力の開放から苦戦を強いられている騎士へ援護攻撃を行う。

 

魔法を使えるものは皆無なようで、魔法の抵抗のないヴェルダン兵はその摩訶不思議な攻撃に為す術はなく倒れていくのであった。

風の魔法は三大魔法の中でも威力は低いと言われているが、速射ができて応用の効く魔法と自負している。火も雷も威力は絶大な攻撃力を誇るが、その分応用することは難しいとカルトは捉えている。

風は突風を起こせば火を助長し、風を妨げて雷を通さない真空を作り出す。真空の刃は無二の刃を発生し、風の冷却作用は氷を精製するのだ。

 

騎馬部隊の陣形を崩さない突撃にヴェルダン軍は為すすべもなく倒れていくが、槍の突撃をよけて懐に潜り込まれた敵兵に斧による重攻撃をうけて負傷したものを少なからず発生していた。

カルトは回復に切り替え、瀕死状態のものから手当てしていく。

 

「マリアン回復中は周りに意識が集中できない、周囲の監視を頼む。」

「は、はい!」 抜剣状態のマリアンは再度周囲の警戒を行う。交戦中において背後からの奇襲が一番警戒するべき状況である。カルトとマリアンは後方にいるのだがいまだに後方からの奇襲がないのは、予定通り天馬部隊と徒歩の魔道士部隊が背後を守っていると思われる。

 

重傷者を瞬く間に安静状態まで回復していく、この度の戦いには参戦はできないが命を失わない限りまた戦場に復帰してくれる事を祈りつつ回復の聖杖を振りかざすのであった。

一通り命に関わる者の手当てを終えたカルトは後方の弓騎士部隊まで進み出た。

 

「状況はどうだ。」

「敵部隊さらに後方よりシアルフィの騎士団と思われる一個部隊が参戦しています。」

「そうか・・・一気に片付けるぞ!合図にてアーチの陣を伝えろ。」

従者が即座に伝令部隊を使って陣の変形を送る、突撃と後退を繰り返す現在の攻撃から後退し迎え撃つ陣形に切り替えた。

普通ではこの陣形は守り一辺倒の援軍を待つための時間稼ぎや相手の攻撃を凌ぐために使用される事が多い、だがカルトの軍ではこの陣形は別の意図がある。

 

カルトは魔力を大きく開放し精神の集中を行う、常人でもみらるくらいの魔力が体を覆い発動の時を待つかのように対流している。

そしてその半不可視の魔力が徐々に金色に変化していきカルトを輝かせた。

右手に持つ魔道書を胸に抱き、左手で降りかざす。

 

「オーラ!!」

カルトの発動の一言で天より光の柱が落ちてくるかのように敵陣に一筋の光が降り注ぐ。

光に飲み込まれたヴェルダン兵は一瞬で倒れ、残った者たちはその惨状に恐慌状態となり陣形が瓦解。逃げ道を求めて散り散りに逃走を始めだした。

 

「す、すごい・・・。」

マリアンはこの光景をみて立ち尽くした、一個部隊が一つの魔法でほぼ鎮圧させてしまう程の能力に驚くだけであった。

 

「威力は大きいから使いどころを間違えると仲間まで被害が出る、陣形がはっきりしている時だけしか使えないけどね。」

さすがのカルトも一気に魔力を消費してしまい若干の疲労が見えるが、まだまだ余裕ぶっている。

マリアンは少しほころんでしまうのであった。

 

 

この度の各戦場にて一番のヴェルダンの一個部隊をカルト率いるシレジア騎士団がほぼ撃破したことにより数の有利はなくなり、各地の部隊は残党の処理となった。そこはシアルフィの救援に来た者たちが撃破していると報告が入ってきたのでカルトの部隊はその場で待機し、ユン川の跳ね橋を上げて警戒しているエバンスからの増援警戒に当たらせた。

その間にヴェルダンに奪われたユングウィの奪還にシアルフィ軍が突撃を敢行しており、シグルドの元へ各国の猛者どもが集結しつつあった。カルトもまたマリアンとフュリーを連れてユングウィの前に向かう。

 

「カルト様、シアルフィ加担には大義名分があると思うのですが随分物々しい感じですね。攻略前だからでしょうか?」

連合軍は各国の混成部隊となり、意思統率は取れているが物々しい雰囲気を醸し出していた。伝令のみが交錯し、部隊間には一切の干渉を持たず淡々と事を運んでいるようにマリアンにも感じた。

 

「いや、この部隊には各国の思惑と奸計ががあるからだ。同盟とは言っても政治部分での優劣や他国との複雑な関わりがこの部隊を支えているんだ。一つ何かが違えた時には隣の同盟が敵対するからな。お互い余計な火力を見せたくないのさ。」

マリアンはその異様さをまじまじと見据えながらカルトに向き直る。

「カルト様も、ですか?」彼女の真っ直ぐな眼差しをカルトは受け止める、彼女には説明してもなおこの状況に理解ができないのであった。

 

「そうだな、本心といえば自国の為でもない事にここまで真摯になる必要はないかもしれないな。」

「そうですか・・・。」マリアンが少し俯いて応える、カルトはすっと笑って彼女の頭を撫でた。

 

「そんな賢い生き方を俺は知らないしこれからもする必要はない、俺が俺でないやり方をしてしまってはマリアンに今まで言ったことが嘘になるだろう?だから、マリアン。俺がおかしいと思った時は君が俺を止めてくれよ。」

「!・・・。はい、私が止めてみせます。だからカルト様は立ち止まらないでくださいね。」

カルトは混成部隊の奇異な視線の中を突っ切っていくのであった。

 

 

ユングウィ城内戦と化した戦いにおいてヴェルダン兵は孤立している状態の為、戦意は低く次々と投降を呼びかけており制圧をほぼ終えていた。

前線までカルトは突き進むと一人の騎士が重傷を負っていて騒然としていた、一人回復に憶えのあるものが必死の手当てを行っているが、ライブ程度では間に合う状態ではないカルトは走り寄った。

「手を貸そう、それでは間に合わない。」言うなりカルトは聖杖を取り出して、魔力を解放させる。

「え、それはリライブ?」回復をしている騎士よりもさらに明るい光が重傷者の傷をみるみると塞いでゆく。

絶望が漂う中、突然の来訪者の強力な回復に歓声が上がる。

「これでよし、大量の血液が失われているからしばらくは動けなだろうが危機は脱した。」血色の失った顔をしておるが、規則正しく上下する胸部に安堵する。

 

「あ、あなたは?」回復を行ってた騎士はよくみれば女性である、それも身分のあるものとすぐに伺えた。

「俺はシレジアのカルト、グランベルとの同盟により救援にまいりました。」

「あなたは高度な魔道士なんですね、この部隊には回復魔法が使える者がおらず助かります。

私はエスリンと申します、兄に変わってお礼申します。」

「兄?ということはシグルド公子の妹君ですか?」

「はい、今はレンスターに嫁いだ身でありますがこの度キュアンと共に救援に来ております。」

レンスターとグランベルとは同盟関係ではないのだが、シアルフィとの政略結婚によるものだろうか?

いや、たしかシグルド公子とキュアン王子は懇意の関係もある。その線が有力だろう・・・。カルトは思考を拡大して結論に至る。

 

「私たちシレジアとほぼ同じでありますね、早速ですがシグルド公子にお会いし是非共闘の意をお伝えしたいのだが。」

「わかりました、あなたのような御仁がいてくだされば兄もきっと心強く思うでしょう。こちらへ・・・。」

 

 

ユングウィの内部は短期間とはいえヴェルダン軍に制圧され、ひどいものとなっていた。

戦利品とも言える金品はすでにヴェルダン兵に持って行かれており、男は抵抗した挙句に斬り殺され女は嬲りものになった挙句に殺された者や、ヴェルダンに連れ帰られたものもいた。

残された家族のすすり泣く声が無情にもあちこちから響いてくる。マリアンはカルトのマントの裾を握り、怯えている。

 

「これが戦争だ。負けた国は人の命も、尊厳も、権利も奪われる。一番に犠牲になるのは何も力のない市民達だ。

だからこそ、地位のあるものは率先して市民を守る義務があると俺は考えている。」

「カルト様・・・。」

「マリアン、君にはもう二度と辛い思いをしないようなシレジアをレヴィンと共に作る。

だから、戦争が終わったらシレジアで暮らしてくれ。」

「はい、その時をお待ちしております。」彼女は一筋の涙を流して答えるのだった。

 




数ヶ月、シレジアでの内戦により、さらにLVアップしています。
今回もあえてファイヤーエムブレム風にステータスを作るなら。

カルト LV17
マージファイター(に近い)

HP 35
MP 44 ※ゲームには存在しないです、あくまで私の主観。
力 9
魔力 17
技 12
速 16
運 10
防御 8
魔防 13

剣 C
光 ☆
火 B
雷 B
風 A

スキル

追撃 連続 見切

さらに魔力と速さが上がりました。

魔法名 MP消費量
ウインド 3
エルウインド 5
ライトニング 4
オーラ 9

ライブ 3
リライブ 5
ワープ ※ 人数と距離による。
マジックシールド 8 杖を失った為、現在使用不能


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戦術

頑張って更新したいのですが、戦争中にキャラが多数登場するような場面を文面にするなんて狂気ですね。
難しすぎてうまく進みません。


「シレジアのカルトです、グランベルとの同盟により救援に参りました。」

「君がシレジアのカルト公か、その若さで内戦を制圧するなんて驚いたよ。」シグルドは挨拶を交わして一言を受けた。

 

「いや、あれはレヴィン王の働きによるものだ、俺は手助けしただけにすぎない。」

「いや、王位即位の時の演説を新聞で見たが、レヴィン王ははっきりとカルト公の力添えがなければ私は即位を避けて逃げ出していたと伝えていたじゃないか。」

 

「まあ、そのことはまたゆるりと話そう。ユングウィは奪還できたがこの有様では取り戻して一件落着とは行かなそうだ。やつらの戦力はまだまだエバンスに残されているらしいし、ユングウィの公女さまも見当たらないんだろ?」カルトの言葉にシグルドは真剣な眼差しを戻した。

 

「確かに、エーディンもまだ見当たらないと情報が入ってきている。一刻も早く、現状を把握しないと・・・。」

「シグルド公子、エーディン公女はヴェルダン領に連れ去られた可能性が高い、やつらは若くて美しい女性を連れ帰った節がある。急いでエバンスで救出しないと厄介なことになるぞ。」

 

「!!なっ、それはどういうことですか?」シグルドも隣にいる従者であるオイフェもカルトの次の言葉に息を飲んだ。

「ここを通る時に市民の声を聞かなかったか?娘が連れて行かれた、妻がさらわれたと言っていたじゃないか。情報部だけの声だけでなく市民の生きた声を第一に考えないと、情報に翻弄される事になる。」

カルトの一言にシグルドも、オイフェも言葉をなくしてしまった。シグルドは能力は高いがまだまだ戦の本質が見えていなかった。

戦で一番犠牲になるのは市民たちであるのだ、その市民を直視せずエーディンの行方ばかり追っておるシグルドやオイフェには聞こえていた悲鳴を悲鳴としか捉えていなかった。

その叫びを聞いていたカルトだからこそ、私は救われたのだとマリアンは実感したのだった。

 

「もしエバンスからさらにヴェルダン領に連れさらわれた場合を考えてみると、無理に攻め込めば次は俺たちが侵略者になっちまう。国家間の意見を考えれば、エバンスで奪還してグランベルに早々とヴェルダン領から帰還するのが現状の最良策と思える。」

「た、確かに。シグルド様、カルト公のおっしゃる通りです。すぐさまエバンスに向けて進軍しましょう。

ユングウィの後処理は私が指示しておきます。」

オイフェはカルトの言葉に逸早く察知し、行動を促す。予想以上に時間がないことを自覚した彼の動きは素晴らしく、カルトは笑みを作ったのだった。

「俺の部隊がすでに近くで待機をしている、跳ね橋をあげているが我らの天馬騎士団の前に地理の不利はないからな。」横にいるフュリーに合図を送ると呼応して彼女は頭上にいる天馬を呼び寄せ、たちまち大空へ飛び立っていった。

「天馬を見たのは初めてだが、あそこまで訓練されていると人馬一体の感じがするよ。」

「彼女は我がシレジアの天馬騎士団の四強の一角、天馬の扱いは彼女が一番とまで言われている。

彼女たちに任せておけば奇襲は必ず成功する。」

シグルドは無言で頷き、カルトの意見に従ったのだった。

 

 

「カルト!」

混成部隊となり、各国の部隊が思い思い進軍する中でシレジア騎士団の先頭を行く私に声がかかった。

振り向くとそこにはしばらくぶりのアゼルと、初対面の者が私の横に追従する。

 

「アゼルか、数ヶ月ぶりだな。」

「君こそ!突然グランベルに来たかと思えばすぐにシレジアに帰って、帰ったかと思ったら突然シレジアの内乱で君が活躍してセイレーン公になったと新聞が踊った時はひっくり返りそうになったよ。」

アゼルの突然のまくし立てにカルトは少し反省する、グランベルにいた間は彼に迷惑と混乱を引き起こさせてしまった事を思い出す。

 

「すまない、急を要する事態が立て続けに起こってしまい説明をしていなかったな。」

「ううん、それでグランベルの僕の所に訪ねてきた理由をそろそろ聞けるのかな?」

「・・・・・・・・・、アズムール王にお会いしたのはシレジアの前国王が崩御寸前でその瞬間に内乱になることはわかっていた。

だからレヴィンと計画して俺がアズムール王にお会いしてシレジアとグランベルを同盟するように取計らったのだ。しかし、会談中に前国王が危篤状態と聞いたので急いで祖国に帰る形になってしまった。」

 

「そういうことだったのか?しかし、いきなり直訴に近い無理な内容をよく一人でやりきろうとしたね。

無茶というよりも無謀だよ。」

 

アゼルの驚きよりも呆れたと言った発言にカルトは乾いた笑い声が出そうになるがぐっと堪える。

これはカルトの方便で、アズムール王との関係確認が取れたことで後ほどできた同盟提案であり本当の理由をここで暴露することはできない。現在カルトの秘密を知る者はレヴィンとラーナ様と親父だけであった。

 

「その後の大筋は新聞の通りだ、国王崩御して異を唱えるマイオスこと俺の親父とダッカーの叔父貴に説得したレヴィンを引き連れて攻め入ったのさ。親父は捉えた後大幅に軍縮を条件でトーヴェ公に監視付きで現状維持、叔父貴は説得も虚しく徹底交戦の末に戦死した。後味は悪かったがレヴィンもやる気を出してくれたし、結果良好って所だな。」

 

カルトの言葉にアゼルは視線を強めた事にカルトは警戒を感じた。そこに不快な意思表示があり、そして拒絶に近い感情が瞳に投影されていることが伺えた。

「たしかにこれで親族によるシレジアは反王政派は潰えた、でもそれで八方が治るわけではない。次の反王政派が出来るたびに君とレヴィン王は血の粛清を続けるつもりか?叔父さんに当たる人を死に追いやり、次はその子供達が反対派に回った時も粛清を続けるつもりなのか?」

 

アゼルの言葉にカルトは正面から向き合い、言葉の重みを受け止める。

アゼルの瞳を見つめていると数ヶ月前とは違い、彼にもしなやかな強さが出てきている事に気付きカルトは微笑んでしまった、まるで弟の成長を喜ぶ兄のように透明な笑顔をアゼルに向けてしまう。

アゼルはその笑顔に戸惑ったが、その意を汲み取り避難をすることはなかった。

 

「すまない、今の言葉に笑顔は失敬だな・・・。

アゼル、確かにその通りだ。俺たちのした事は正義ではない。シグルド公子は内乱を収めたと言ってくれたが、他にも親族殺しや独裁的と言われている面もある。

俺もレヴィンも正義なんて物はどうでもいいんだ。シレジアの国に、民に危害を与えるものは正義であったとしても除外しなければならない。それが民の上に立つものの正義であり、責任であると俺は思うからだ。」

 

「それでは、王政は一体何の為にあるというんだ?君たちは何がしたいんだ。」

アゼルはレヴィン王とカルトの行動に全く理解ができないでいた、民を導く存在であることが諸公の存在であり選ばれた人種と教育されてきていた彼にとっては異文化では括れないほどに混乱をきたす内容であるからだ。

 

「レヴィンも俺も目指していることは一つさ、王政の撤廃だよ。権力集中の廃棄、民による指導者選任による民主国家を設立することが夢なんだよ。」

「なっ!」

「快楽を貪っている者が貴族というだけで民を虐げている王政体質にはうんざりしていたのさ、レヴィンも王として即位を決意したのはこの計画を最高権力の立場から行おうとしてるんだよ。

ラーナ様にお教えしたらさぞ、お悲しみになるだろうが、きっと許してくださると信じている。」

 

アゼルはそのスケールの大きさに呆気に囚われるしかなかった、自身の保身どころか立場すら投げ出すような思想を持っているカルトにアゼルの常識は及ぶことができず頭も中で反芻しても受け止められるものではなかった。

兄も、アルヴィスも差別のない世界を作ると奮闘しているが、カルトの唱える民主主導で政を行うなんて思考は一切ない。自分が民を導き、平定する為の手段としてどのように進めていくのかを考えているのである。

 

 

「さて、おしゃべりはここまでのようだ。フュリーが奇襲してくれている間に一気に跳ね橋を降ろしてしまおう。」

カルトは平野の向こうに見える国境線にもなっているユン川が見え、そう伝える。

 

対岸の向こうには大量のヴェルダン兵が跳ね橋をあげて再び侵攻を始めようとしているのだが、天満騎士団の上空からの牽制でまだ跳ね橋は下げられていなかった。

その一因にグランベル側の川にはシレジアの魔道士部隊が天満騎士たちの支援を行っていたのが大きい。

 

上空からの手槍による投擲攻撃を風魔法で追い風にすることで遠距離かつ、武器の速度をあげていてヴェルダン兵は苦戦をしている。

追い風になるということは向こう側では逆風になるので弓の攻撃は、天馬達には届かずにヴェルダン兵のみが傷ついてしまい跳ね橋までたどり着いていなかった。

 

しかし、それは序盤の接触だけにすぎない。徐々に態勢を整え出したヴェルダン兵が決死の突撃で跳ね橋あたりまで到達しようとしていた。

「フュリー様、このままでは跳ね橋が抑えられます。跳ね橋が下されれば、魔道士部隊の被害が・・・。」

後方で戦況を確認していたフュリーに前線からの報告が副官よりなされた、もう少し時間を稼ぎたいところだがこのままでは報告者の言う通り魔道士部隊がヴェルダン兵の前線部隊と正面衝突となる。

「そうね、ここまで時間が稼げただけでも充分・・・と言いたい所だけど私の計画はここからよ。

お願い、私の代わりに指揮をお願いしてもいい?」

 

「あ、あの一体何をなされるおつもりですか?」

「今のタイミングで私にしか出来ないことがあるの、15人ほど連れて行くから単独ではないし無理をするつもりはないの。お願い。」

突然のフュリーの申し入れに副官は思いとどまららせようと思案するが、シレジア四天馬騎士である彼女の成される事に彼女は承諾をしてしまうのであった。

 

「大丈夫、いざとなれば奥の手もあるから心配しないで。

あなた達は相手に上空から陽動して後方からくるシアルフィ軍に前衛をお願いして、私はそれに乗じて回り込みます。」

「わかりました、どうぞくれぐれもお気をつけて。」

「ありがとう、いつも無茶をおしつけてごめんなさい。

でもあなたがいるから私は安心できる、いつかきっとお礼はするつもりよ。」フュリーは近くにいる者達を連れてさらに高く舞い上がっていくのであった。

 

 

ユン川の戦闘はさらに激しさを増していく、三千近くものヴェルダン兵がとうとうシレジアの天馬騎士と魔道士の攻撃を物量ではねのけ、跳ね橋におろすことに成功し一気に渡り始めた。

フュリーの指示通りに動いていた天馬部隊と魔導士部隊はすでに後方へ逃れており、代わりにシアルフィ軍400にグランベルの協力部隊、主にアゼルの連れてきた炎の魔道士50にレックスの騎士団50。

そしてキュアン王子の援軍であるレンスターの騎士団200、シレジアの天馬部隊が100に魔道士部隊が50である。

戦力を数で言えばシアルフィの混成部隊は1/3の戦力であるが、各部隊の戦闘能力はヴェルダン兵とは違い統率が取れており攻撃方法も多彩である。

各騎士団を全面に立て上空からは天馬部隊、後方からの魔法攻撃に回復援護まで機能しているため、ヴェルダン兵には対処できない攻撃の数々に疲弊が早く、たちまち恐慌状態に陥った。

 

 

 

 

シグルドや各諸公達は、戦闘経験の浅い者の鍛錬も兼ねておるのか後方で前線に出ることなく出方を伺っていた。前線と支援も落ち着いており、実践をこなすには適当なものであった。

 

「シレジアの戦い方をしかと見させていただきしたが見事ですね、同盟国なっていただいたことを感謝しました。」

シグルドはカルトに投げかける、もしここにシレジアの天馬部隊がいなければユン川跳ね橋を通過して広域に散らばられてしまった恐れもある。

他の領地に入られてしまい、ユングウィと同様の略奪が行われるとシアルフィに責任追及にまで発展しイザークにいる父上が危うい事になる。

 

カルト公はそこまでを即座に考え及び配下を待機させていた事に感謝した、私やキュアン達は西からの進軍だったのでユングウィに全軍向かうしかない。北からのグランベル公子達は空中部隊のような奇襲部隊はないので跳ね橋を下がるまで手出しはできず、逆に奇襲を受ける可能性があった。

 

「俺たちは騎馬部隊が少ないからな、どうしても奇襲攻撃に近い戦い方になっちまう。正面からのぶち当たれば大国グランベルに挑む馬鹿はいないさ。だから、今回の騒乱は腑に落ちない。」

 

「それは、今イザークへ兵力が投入されているからではないのですか?」シグルドは模範とも言える回答を口にする、彼は実直で好感は持てるのだが指揮官としては向いていない。やはり軍師とも言える人物が必要と感じる。カルトはシグルドの危うさを垣間見てしまうのだった。

 

「確かに、今なら現にユングウィを制圧して資金から領地を手に入れることに成功したが、態勢を立て直したグランベルにヴェルダンは勝てると思っているのか?」

シグルドはそこでカルトを見張りカルトの言いたいことが少し飲み込めた、ヴェルダンは最終的には勝ち目のない戦いに望んだ意図が読めないのである。

 

勝ち目のない弱小国が大国に挑む時、それは大義名分がある場合が多い。

イザークのマナナン国王が謎の死を遂げて、前後状況からグランベルに謀殺されたとなり決起したマリクル王子のように、決死と亡国になろうとものような意思がない限り、無謀な戦いを起こすことはないのである。

 

ではヴェルダンはどうだろうか?彼らには大義もなければ、理不尽を受けてもいない。

グランベルは同盟を結ぶ事はほとんどないが、不可侵条約により互いの領土の保証を締結している。

 

その中でヴェルダンはユングウィを襲って領土を奪い、金品から人身までヴェルダンに持ち帰ったのだ。

エーディンはヴェルダン領に連れさらわれている状況をまだ飲み込めていなかった。

 

「シグルド、この騒乱の裏で何かが動いている。目の前だけの戦闘に集中していると取り返しか付かなくなる。お互い気をつけよう。」カルトはそう言って、再び前線に目を見張るのであった。

 




マリアン

ソードファイター
LV1

剣 B

HP 22
MP 0

力 7
魔力 0
技 10
速 11
運 3
防御 5
魔防 0

スキル 追撃

鉄の剣
リターンリング
カルトの髪飾り《スキル 祈りが追加》

彼女もようやくシビリアンからソードファイターに昇格、一般人だったのでスキルなどなく
兵種スキルの追撃のみ。 慰みでカルトの髪飾りに祈りが入っている事にしました。
空想の世界ですが、リアリティにいってみたいです。 《カルト以外は》


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光陰

進みが悪い回になっています。
申し訳ありませんが、伏線要因となっていますのでご容赦ください。

※期末の追い込みで次回更新は四月以降、異動があればもっと遅れてしまうかもしれません。


エバンスから一台の馬車が南下していた。

天蓋付きの馬車の為、内部をうかがうことはできないが馬を御している二人の男性をフュリーは確認する。

一時先頭を離れたフュリーの一個団体はユン川から南に下り、おそらく標的と思わわれる物を発見し、悟られないように上空で旋回を行っていた。

「カルトの言うとおりね。」

フュリーは彼の頭の早さに常に驚かせられるが、今回が一番冴え渡っているように思われた。

それはユングヴィでのことだった・・・。

 

 

 

「フュリー、君の天馬部隊が今回の騒乱を一気に終わらせる存在になる。危険を伴うがやって欲しい事がある。」

それはシグルド公子に対面する直前にかけられた言葉であった。

「私はあなたの部下として同行してるのよ、何でも言って。」

 

「ユングヴィで先ほどの青年を治療した時に思ったのだが、彼の傷はまだ受けてからそう時間は経っていなかった。市民の話によると内部まで制圧されていたのは2時間も経っていないと聞く、それならば捉えられた市民の中にエーディン公女もいるのではないか?

この街に押し入った首謀者は人相からガンドロフ王子と推測できるのだが、彼はマーファ城を根城にしている。エバンスには一時は待機しているだろうが時期を見てマーファまで連れ帰ると推測する。」

 

「それが、どうしたというの?だから早くエバンスに向かわないと。」

フュリーは少し苛立ちを見せる、このような説明では子供に説明しておるような物だと錯覚したのだ。

 

カルトは一層低い声で周囲を警戒しながらフュリーに説明を続けた。

「闇雲に進軍するだけでは色々と厄介な事もあるのさ、こと国家間となると思惑や利害が出てくる。

マーファにまでエーディン公女をガンドロフが連れ帰り、シグルドがマーファまで進軍するとヴェルダンの半分以上を侵略することになっちまう。そうなればもう一つの隣国のアグストリアにも余計な刺激を与えかねないし、グランベル内にシアルフィの領地拡大の思惑があるなどと吹聴を受ける可能性もある。

エバンスからマーファには向かうガンドロフ王子を止める事ができればエバンスまでの進軍でシグルドはシアルフィに戻り、政務は国家間の条約に則って処理できるだろう。」

 

「でも!悪いことをしているのはヴェルダンよ。どうしてそこまで細かいことにこだわる必要があるの、ヴェルダンに断固とした制裁を与えないとヴェルダンは味を占めてまた同じ事を繰り返すわよ。

カルトはユングヴィの人たちがかわいそうと思わないの?」

フュリーは周囲から聞こえる啜り泣く人達に感化しているのだろう、涙すら見せている。同じ女性としても感化されることは難しくない。

 

「気持ちはわかる。しかしだ、ヴェルダンも国王やそれに準ずる立場の人間がユングヴィを襲っただけで市民は無関係だ。それを一括りにして制裁を加えればヴェルダンの市民がユングヴィと同じように悲しむ人が増える。憎しみと悲しみを無用に増やさずに済ましたほうが本当の勝利者と俺は思う。」

カルトはフュリーの肩を叩いて自身の主張を言述べる。

 

カルトの説得はヒュリー心にと響いた、シレジアに戻る前のカルトが話せばフュリーはおそらく浸透しなかったのであろう。しかし、シレジアに戻ってきたカルトは自身の親ですら市民の為に犠牲にしようとさえ行動したのだ。

 

表面上はカルトの父親は何とも思っていない、レヴィンの邪魔するなら快く抹殺するとさえ言っていた。

この言葉通りの状態になったカルトは父親の喉元まで剣を迫らせていたのだ。レヴィン王が止めなければ、殺していただろう・・・。

カルトは顔面蒼白、全身を震えさせていた。眼からは止めどなく涙が頬を伝い、言葉にならない唇が無音の声を発していた。幼少時代にあったトラウマをもっていてもなお、彼の脳裏には父に生きて欲しいと言う願いがどこかにあったのだ。

 

市民の為に自身の父親すら手にかける意気込みがあるカルトがいうと説得力があった。

自身の国もどうようの事があっても彼は苦しみながらこの決断を選択し、市民に虐げられても、殺されても彼は曲げないのだとフュリーは感じていたので彼の言う言葉の重みを真摯に受け止めたのだった。

 

そのカルトに託された指令、必ず達成してみせる。

フュリーはその決意を持ち、眼下にいる悪漢に鉄槌を振り下ろすがごとく睨みつけるのであった。

 

 

 

「ガンドロフの兄貴、俺もう我慢できねえ。キンボイスの兄貴のところによってしけこみましょうぜ!」

品のない、言葉で兄貴と呼ばれた男はこれも卑下た笑みを隠すことなく部下に見せていた。

 

「もう少し我慢できねえのか、マーファにはキンボイスの城にはないような設備が整ってんだぜ!

そこで楽しんだ方が百倍はいい思いができるだろう。」

「でもよう、味見くらいしても・・・。」

部下の男が物欲しそうに馬車の幌の中にいる、うなだれた女どもを見る。目線が合う度に怯えて啜り泣く度に部下の男は一層卑下て見せた。

 

「もう少しだ!マーファまで帰り着けば、たっぷり遊ばせてやるよ!

それにあの、エーディンって女はサンディマに渡せば次はアグストリアのゴタゴタにも便乗させてくれるそうだぜ。」

「兄貴、本当ですか!俺は金髪美女が多いあの国の女を一度でもいいからコマしてみたいと思ってたんすよ。」

「だったら、早く仕事を終えようぜ!ほら、急げ!」部下に、馬を鞭打たせ速度を早めさせようとした時だった。

 

 

ガンドロフはこの山道における奇襲には場慣れしており、柄の悪い荒くれ者が多いこの国では王族の者は特に奇襲される。兄弟は現在は三人しかいないが、本当は妾を合わせて二桁もの兄弟がいた。

 

弱い王族は奇襲や、罠にあい次々と命を落としてしまうこの国で生き残るには天性の勘と戦闘経験が必要であった。

その勘が突然、自身のに危険が迫っている!と感じ取り、一瞬で部下を馬車から突き落として自身も跳躍で飛び降りたのだ。

馬車の馬は天空から降り注いだ槍に貫かれ、自身が座っていた部分にも数本の槍が突き刺さり地面にまで貫かれていた。

 

ガンドロフの勘は一瞬の影に反応していた。

フュリーももちろん光と影による察知は充分に警戒しており、太陽の位置と高さでそれを察知されないように行動していた。そして太陽が雲により陰った一瞬で頭上に回り込み一団の投擲を行ったにもかかわらず、ガンドロフは影の中にあるさらに暗い影に反応して回避に成功したのだった。

ヴェルダン深い森の中の移動では昼にも関わらず夜の如く暗い場所があり、その移動の経験がここで活きたのである。

 

フュリーは奇襲に失敗し、彼らの行く手を阻むように降り立った。馬車の中からは歓声と助けの声を混じらせて、フュリーたちの善戦を希望した。

 

「このまま投降して人質を解放するなら命まで取る気は無いわ、ヴェルダン国のガンドロフ王子。」

槍から剣に持ち替えたフュリーは警戒を解くことなく、ガンドロフに挑発に近い口調で投げかける。

 

ガンドロフは奇襲による危難を振り払い、怒気に近い感情を表に出していたが今は平静を保とうとしている。

自身の戦力はたった2名に対して、天馬の数は15にも及ぶのである。さすがのガンドロフもこの状況で下手な動きは致命的であることを察知している、野生の勘が彼の行動を抑制していたのだ。

 

「こりゃ、参ったな。まさかエバンスで交戦中にこのルートに目をつけた奴がいるなんてな。

グランベルにも、お坊ちゃんやお嬢ちゃんではない泥臭い奴がいたもんだ。」

ガンドロフは右手に持つ、自慢の斧を地面に放り投げて手を挙げた。部下もそれに従い抵抗をしない真似をする。

 

「私は、あなたと話をしたくもない。抵抗する気がないのなら縛につきなさい。」

「へいへい、よーござんすよ!っと」

天馬の騎士団のメンバーが天馬のから降り、ガンドロフの腕に縄を巻く瞬間を狙っていた。

彼の強靭な跳躍は街道脇の木に飛び立ったのだった。

部下と、自身が抵抗しないことを見せて天馬から降りて制空権を減少させてからの跳躍に天馬騎士団も反応できないでいた。部下を見殺しにガンドロフは脇目も触れず森林にその身を隠していく。

 

「あばよー!」

「待ちなさい!」フュリーは天馬に戻り、天馬に合図を送るが反応しない。

天馬にはガンドロフよりも警戒するべき者を認知し、フュリーに警戒を呼びかけていたのだ。

 

他の天馬にもフュリーの天馬の警戒がつたわり、一瞬にて一団は固まりその異様な天馬達の警戒に神経を傾けたのであった。

 

 

 

ユン川の攻防に決着がついたシアルフィの混成部隊は立てこもるエバンスの攻略に急いでいた。

ユングヴィではシレジアは全面に立ち過ぎたこともあり、城内戦闘には参加せず周囲の警戒に務めていた。

 

 

「フュリー達は上手くやってくれているだろうか。」

負傷兵の回復をシレジアの魔道部隊が受け持ち、慌ただしく出入りする野戦病院でカルトは不意に心配する。

あのマイペースなフュリーがカルトとの旅からシレジアの内戦の戦闘経験で一気に逞しく成長している。

引き際も要領を得ていると感じての任命だったのだが・・・、カルトは一抹の不安をつい口にしてしまった。

 

「大丈夫ですよ、フュリーさんはきっと帰ってきます。」

マリアンは優しい笑みを見せてカルトを和ませる、カルトはその黒髪をそっと撫でて笑顔で返すのだった。

 

「カルト様」

「クブリか、どうした?」

クブリは魔道士隊の指揮をとる、フュリーと並ぶ存在で常に深いフードを被り顔が見えない。

かつては父マイオスの部下として魔道士隊を指揮していたが軍縮したマイオスから引き離され、カルトの部隊に編入したのだった。

風魔法と聖杖の扱いはシレジア屈指の者で、フードの中を見た者は驚くらいのあどけない少年なのだ。

 

「はい、紛争中でしたので報告が遅れたのですがフリージの縦断中にカルト様に会見を求める者がいましたものでここまでお連れしております。丁重に同行のお断りをしたのですが、地位のあるものでしたので我らの権利では拒否できず。お連れ申しました。」

「なに?いいだろう、ここにお連れしてくれ。」

 

クブリは部下のものと一緒にその人物はやってきた、部下が杖と魔道書を持ち無抵抗をしめしている。

栗色の髪に、雷の文様の魔道書にカルトは場所を忘れてしまう。

「エスニャ!どうしてここに?」

「カルト様に、どうしてもお会いしたくてまいりました。」

カルトは部下から彼女に杖と魔道書を返還するために受け取った、もちもん彼女に敵意はないのは明白である。

「すまないこのような無作法を、さあ・・・!」

エスニャに杖と魔道書を渡そうとした時に彼女はカルトに抱きつき、親愛の証を示したのだった。

カルトの思考も、クブリの「ほお!」という言葉に飲み込めれて停止するのであった。

 

 

「すみません、感極まってしまいまして。」

「あ、ああ・・・いい・・・ってことですよ。あはは」乾いた笑いでその場を取り繕うので精一杯であったカルトは、必死に話をきりかえる。

「しかし、まさかエスニャがフリージを飛び出してきたとは驚いたよ。」

 

そう、彼女はシレジアがフリージを縦断中に瞬間的に思い立って魔道士部隊に追いついて無抵抗になってまでここまで追いついてきたのである。

以前見たおどついた雰囲気のある彼女とは思えない行動にカルトは意表をつかれてしまった。

 

「カルト様、私をこのまま魔道士部隊に入れてください。」

「な、なんだって・・・しかし、君はフリージ家の・・・。」

「お父様にはもちろん、お兄様にもお姉さまにもお伝えしてません。」

エスニャの顔が曇り、俯いてゆく。彼女の動向にゆっくり聞くため、同じ目線になりその先をまった。

 

「グランベルにヴェルダンが侵入したにも関わらず、お父様もお兄様も関心を示さないのです。

シレジアやレンスターまでグランベルに、いいえシグルド様の助力に駆けつけたのに政治的な牽制の為に沈黙を続けるお父様に反感を感じました。

お姉様も色々思う事があったようですが、今はエッダのクロード様にご執着のようでフリージにとどまると言われておりました。」

 

「お年頃とはいえ、お前の姉さんはなんというか・・・天然だな。」

「・・・・・・、お姉様は周りが見えなくなる人なもので・・・。でもいつかお姉様もフリージを出る事になりますでしょう。」

 

「そ、そうか。事情は理解した。しかし、シレジア軍に入るには少し強引すぎるところがある。

シグルドの所に行って、エスニャも助力する事にすればいい。」

「あ、ありがとうございます。」

「君がいれば、頼もしい事この上ないよ。私の風、アゼルの火、そしてエスニャの雷。三大魔法の終結だな。」

「はいっ!」彼女の笑顔が戦場に咲いた瞬間であった。

 

 

 

「シグルド公子、久しぶりだな。」

「アルヴィス卿、どうして卿が・・・。」

 

「陛下が心配されていてな、私に見てくるように命じられたのだ。

戦況はどうだ?」

「はい、なんとかエバンスまで戦線を押し戻せました。

敵国に入っての攻略には不本意ではありますが、ユングヴィのエーディン公女の早期救出により突入いたしております。」

 

「うむ、それを聞いて安心した。エーディン公女の無事救出を陛下も私も願っている。

ところでアゼルが君の軍に加わっていると聞いたのだが。」

「はい、黙ってきたようでした。戦力に厳しい我が軍には心強くあります、できればこの戦いの間だけでもご助力いただきたいと思うのですが。」

 

「そうか、無事ならいいんだ。アゼルは私にとって残されたたった一人の弟、できればヴェルトマーにいて欲しかったがやむを得まい。アゼルをよろしく頼む。これは陛下から君に渡して欲しいと頼まれた物だ、受け取ってくれ。」

「陛下が私に、なんと名誉な事だ。陛下にシグルドが感謝していたとお伝えしてください。」

 

「承知した。

では私は陛下をお守りせねばならない、王都へ戻らせてもらう。シグルドよ、武運を祈る。」




エスニャ

LV3

マージ

雷 B
炎 C
風 C

力 1
魔力 9
技 10
速 6
運 7
防御 2
魔防 6

スキル
必殺

魔法

サンダー 3
エルサンダー 5

※この世界では複数の魔法を扱える人間は稀と説明しておりますが、実際にいうと戦闘に使えるレベルを指しています。カルトもエスニャも火起こしレベルくらいなら火も扱えます。


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意思

仕事が忙しい中、急遽宿泊になり時間ができたので勢いで執筆してみました。
淡路島から一気に書いてます。


「カルト・・・。」アルヴィスはシグルドにアズムール王から預かった白銀の剣を渡した後にカルトと会見した。

「あの時以来だなアルヴィス、負けたにも関わらずあの取り計らいに感謝する。」カルトは一つ礼を言って頭を下げた。

 

現在エバンス城内まで攻略したシグルド達は、ヴェルダン軍の掃討にかかっておりもう少しで完全に制圧できる状態にまでさしかかっていた。

一通りの重症者の治療を終えたカルト達はヴェルダンからの増援に対処すべく陣営を構えていた、エバンスから食料等を持ち込まれ休息をとりつつの対応をしていた所にアルヴィスの突然の訪問だった。

カルトは人払いをし、アルヴィスと二人になってからの会話である。

 

「何の事だ?あの時に帰ろうとした貴公にたまたま出会ったのがクルト王子であっただけの事だ。」

「・・・・・・まあいいさ、そういう事にしておこう。」

カルトは笑って返すと、アルヴィスは平静の態度を貫いた。昧の悪さがあるのだろう。

 

「・・・・・・。」

「アルヴィス?どうしたんだ。」

アルヴィスは静かに佇んでいたが、不意に懐へ手を入れると、一つの魔道書を取り出す。

 

「これは陛下からお前に渡して欲しいと頼まれた品だ、そして感謝の意を伝えてほしいと言っておられた。」

その魔道書は光魔法のもう一つの高位魔法であるリザイアである、カルトはみてすぐ判断できた。

オーラの魔法習得からこちらも物に出来ると思っていたが光魔法を習得できる魔道士は少ないからか、見つけることはできないでいた。

「アズムール王が私に?」本を受け取ったカルトはアルヴィスを見る、無言で頷くアルヴィスに表情を読み取ることはできなかった。

「アズムール王のご厚意に感謝すると伝えて欲しい。」とカルトはアルヴィスに伝える。

 

「カルト、君はいつから光魔法を使えるようになった?リザイアは高等な光魔法、一握りの物しか扱えぬ魔法だぞ。」

「・・・・・・。」さすがのカルトもここでは即答が出ない、アズムール王がリザイアをアルヴィスに託した時点でカルトの境遇を伝えたものと推測していた。

おそらくアズムール王はアルヴィスに本心は伝えずに、カルトはなんらかの特別な存在として認識して貰うための行動ではないかと想像し、結論に至る。その意図を汲んだカルトは必死に言葉を紡ぎ出そうと思考を回転させた。

「もともと光魔法の素養があったようだ。

あの時アズムール王に謁見した時に私の素養を見出され、魔道書を賜ったのだ。」

 

「・・・それは、陛下の縁者であるといっているようなものだ・・・。違うか?」

アルヴィスの鋭い視線がカルトの誤魔化しを正確に貫く、彼の洞察力はグランベルにおいても抜き出る者はいないであろう。

彼の生い立ちと謀略を察知しなければならない環境において疑念を正確に読み通す能力は、悲しいことではあるが疑うことこそ本質が見えてくる世の中を渡り歩いた業である。

 

「・・・やはりお前には気付かれたか、おおよそその通りとだけ言っておこう。

シレジアとグランベルが同盟したあたりでおかしいとでも思ったのか?」

これ以上の詮索されると核心部分まで追求されてしまう、カルトは涼しい顔をして話の論点をずらそうと画策する。

 

「以前に術を交えた時に陛下や王子の纏う魔力に近い物を感じた、君の風の魔力に混じってもう一つの資質があることを知ったのだ。光の魔道士は限りなく少ない、初級のライトニングまでなら扱えるものはいるが陛下の賜ったリザイアは聖者の血を受け継ぐ物しか考えられないからな。

カルト、君は古に別れた聖者の血を継いだ者と推測したものだ。」

 

アルヴィスはやはりまだ核心までの追求はできていない、カルトはそこに安堵する。

もしアルヴィスにその事が露見すれば間違いなく俺はグランベルに連れ帰られるだろう、そしてアズムール王から拝命したナーガとロプトウスの書の捜索と世界に暗躍する暗黒教団の目的を見出すことができなくなる。

せめて捜索が終わるまでは自由に動ける身でありたかった。

 

アズムール王はおそらくアルヴィスにその事が露見してもいいくらいの覚悟でカルトにリザイアの書を渡したとおもわれる。

が核心の意図はそこではないように思えた、クルト王子という絶対的な存在がいる今ではカルトの存在は国家を揺るがしかねない、露見すればアズムール王の立場は盤石では無くなるはずである。

そんな中でアルヴィスに露見してもいいと思えるこの行動にはカルトの思考ではまだ結論が出ないのであった。

 

「さすがアルヴィスだ、君の推測からの結論に脱帽する。

できればこの事は口外してくれないように頼む、アズムール王もこのような遠回しにアルヴィスに伝えたかったようにも汲み取れる。」

「無論だ、陛下のご意志に背くつもりはない。カルトお前の口から聞けてよかった。

これからも裏表なく対等に付き合ってくれると嬉しい。」

 

「ああ、俺も同じ意見だ。これからも俺の目標でいてくれよ。」

二人はようやく笑顔を見せるのであった。

 

 

 

フュリー達天馬騎士団は天馬達の警戒にかかり、ガンドロフを追走できずにいた。

それはフュリーが一度イザーク領のリボーで戦った、暗黒魔法の手練れの者と同様の感覚であった。

悍ましく、底知れぬ恐怖を肌で感じた。

 

「気をつけて、魔法の手練れがいるわ!天馬から離れないで。」

フュリーは一団に投げかける、必死にその悍ましい殺気の位置を特定する為に周囲に気をやった。

 

「フュリー様、あちらを!」

一人の騎士が指差した方向に暗黒の靄のような物が見えており、それが禍々しい六芒星を形どっていると気付いた瞬間にその黒いエネルギーが稲妻の閃光のようにこちらに迫ってきた。

 

「くっ!」フュリーは背中に括り付けていた一本の杖を取り出して地面に突き刺した。その杖は瞬く間に白い光を放ち地面に五芒星を展開して一団に光の弾幕を作り上げた。

 

それは、カルトがフュリーに持たせた結界の杖である。

自身の魔力を物体に付加させ、持ち主に対して一度だけ魔法を行使できるものであった。

カルトはエンチャントマジックとも言える、武器や持ち物に魔力を停滞させて特殊な能力を持たせる事ができた。マリアンにわたした髪飾りなどがそうである。

 

古のエンチャンターは今でも現存する炎の剣や守りの剣のように魔法の発動を何回も行うことのできる武具を作っていたらしい、しかしカルトのできる武具は一度使えば破損したり、永久効力であっても絶大な力を付加できないでいた。

 

しかし、この局面においては一団の生を確実にしていた。黒い閃光はカルトの結界の杖が守りきり、役割を終えた杖が一瞬に砕ける。

「今のうちに人質を乗せて退却する、急いで!」

遠距離魔法とおもわれる攻撃を防ぎきると次弾を打ち込まれる前に退却の指示をだした。

先ほどの攻撃は相手位置が正確に把握できないと命中できるとは思えない、一刻も早く撤退する必要があった。

馬車の中に乗り込むと11人の女性が載っており、助けが来たことを認識した彼女たちは一斉に指示に従い馬車を飛び出した。

「あなた達はシレジアの・・・。」

「はい、シレジアの天馬騎士団です。シグルド様要請で人質救出に参じました。

話は後にしてペガサスの後ろに、増援と遠距離攻撃がきます。」

 

各々が天馬の後ろに乗り込み、順次飛び立っていく。ヒュリーとエーディンは全員の様子を伺ってからその殿を飛んだ。

 

「ああ、これでまたグランベルに帰れるのですね。シグルド様とあなたに感謝致します。」

「私はフュリーと申します、この作戦を考えついたカルト公にも是非お会いしてください。」

「ええ、シレジアの厚意をユングヴィの代表してお伝えします。」

二人は微笑みあって森林を滑空していくのであった。

 

その時、耳に空を切り裂いて迫り来る金属片に気付いた。フュリーはとっさに天馬に方向に転換を手綱と鐙で指示を送るのだが間に合わず、天馬の右臀部に手斧が命中したのだった。

天馬の翼は推力を失い、滑空から失速まで一瞬であった。

 

地上に落とされた二人のうちフュリーは地上に落ちる寸前に天馬から飛び降りて受け身をとるが、背中と左腕を打ち付けてしまいわずかに呻いた。エーディン公女は墜落の衝撃を受けて気を失っている。

意識を失うわけにはいかなかったフュリーの咄嗟の判断であった、すぐに腰に差している細身の剣を構えて敵襲に備えた。

 

「お嬢ちゃんいけねえなあ、俺が素直に尻尾巻いて逃げ帰ったとでも思ったのかあ?」

茂みから先ほどの逃走したはずのガンドロフが再び眼前に現れた瞬間、自身の甘さが引き起こしたミスに気付き叱咤する。

おそらく先ほどの逃走はフェイクであり、遠距離魔法はそのフェイクを隠すための手段であったのだ。

派手で威力の大きい遠距離魔法に警戒がいってしまいガンドロフが追走している可能性を見事に消されていたのだ。

 

「殿を飛んでいたのは失敗だったなあ、俺の手斧なら無音攻撃は可能だしあの高さだったら充分届くぜ。

女どもを取られちまったが、あんたが手に入ったのならまあよしとするか。」

ガンドロフの卑下た笑いがフュリーを恐怖に駆り立てられる、精神的優位を失ったフュリーは冷静さを失い正面から斬りかかる。

ガンドロフは涼しい顔をしてその一撃に合わせるように斧を降りかかり、刀身の薄い刃は一瞬で砕け散る。

その威力に突き飛ばされたフュリーは倒れこむが諦めるわけにはいかない、ここで諦めることはエーディン公女の命運をも諦めることになるのだ。地面に伏されそうになるも右手で支えて回転し、身をひねって立ち上がる。

「兄貴〜、やっぱり助けてくれると思ってましたぜ。」

茂みからさらに先ほどの部下が顔を出す、ガンドロフ逃走後捕縛したあの男は気にくくりつけておいたのだが復帰したガンドロフが縄を解いてこちらに向かっていたのだろう。

 

「お嬢ちゃんは甘いなあ、命を助けたからといって俺の部下は恩に着る奴はいないぜ。」

「そうそう、俺は気にしないぜ。」

フュリーは後ずさり腰のバックに手を伸ばすが、ガンドロフは即座に距離を詰めてフュリーを羽交い締めにする。彼女は天馬に聞こえる笛で救援をしようとしたがガンドロフの野生の勘が彼女の希望を即座に奪う。

「何を企んでいるか知らねえが、余計な真似はさせないぜ。」

「くっ!私はどうなってもいい。彼女と天馬にだけは手を出さないで!」

彼女の必死に嘆願にガンドロフと部下は少子抜けを起こして笑い出す。

 

「お願いできる状況か?お前たち二人は如何あっても俺に隷属されるのさ!」

「こ!この人でなし、きっとカルトが貴様たちを地獄に落としてくれる。」

 

ガンドロフは涼しい顔をして部下にフュリーを投げつけるように押し出す。

足元のおぼつかないフュリーはふらふらと部下の元に足が進んでしまい、受け止められてしまう。

 

ガンドロフは天馬に刺さった手斧を引き抜いてエーディン公女を担ぐ

「ふ、この場面で啖呵を切るとはいい度胸じゃねえか。おい、我慢できなかったっけ?ここで遊んでやれ!

済ませたらさっさとマーファに帰ってこい!」

 

何を言っているのかわからないフュリー対して部下の男は鼻息を荒々しく押し倒す。

「兄貴、その言葉待ってました!遠慮なくいただくぜ!」

「きゃ!な、何を!」

草場に押し倒され、色欲に塗れた男が顏を近づける。

ガンドロフはそのままエーディンを連れて立ち去っていくの止めようとフュリーは必死に叫ぶが男に組み敷かれた状態では身動きも取れず見るしかなかった、それどころか自身の純潔をも奪われる恐怖にも苛まれていく。

 

屈辱だった、カルトの命にも答えられずに敵の大将にいいようにあしらわれて現在は下品な男に陵辱されようとしているのだった。しかしここで諦めるわけには行けない、カルトはこれまで絶望とも言える状況からも危難を振り払い今日までに至ったのだ。

 

胸当てを肩口の革をナイフで切断、チュニックを切り裂かれながらもフュリーは股間に膝蹴りを見舞った。男は痛みでナイフを振り回し左腕を刺されるがフュリーは怯むことはなかった。刺された左腕を捻り、ナイフを取り上げると男の太腿部に突き刺したのだ。

 

「ぎゃあ〜!!」

部下の男はさらに素手を振り回して上半身のチュニックを強引に切り裂いてフュリーの肢体を露わにする。

少女と女性の境界線である、甘美な裸体に負傷をした男を未だに魅了した。怪我により萎縮したと思える性欲を呼び起こし、本能が男を突き動かしたのだ。

フュリーはその予想外の行動に再び境地に陥る、左大腿部にナイフが突き刺ささったままフュリーに欲情をぶち撒ける。

とうとう下半身にまで手を伸ばす下衆にフュリーの抵抗する力が残っていなかった、今まで荒くれの男に抵抗できていたこと自体に奇跡に近い。フュリーには再び自身の筋力を呼び起こす底力は残っていなかった。

(レヴィン王、カルト様・・・ごめんなさい。私は穢されてしまいます、その前に屈辱から逃れる事をお許し下さい。)

フュリーは舌を上下の歯の間に挟み込んだ、純潔を奪われる前に自決を選んだのだ。

 

 

もっとレヴィン王に仕えたかった、カルトに認めて欲しかった。レヴィン王とカルトの作る新しい時代を見たかった。

私よりも力ない市民はもっと屈辱を受けていたのだろう。このような事を受けてなお奴隷に身を落としても生きている彼らを尊敬した、でもフュリーには耐えられるものではない判断であった。

(私の体を穢しても、私の魂は穢せない!!)

フュリーは決死の思いで自身の舌に自決の想いを発したのだった。




少し暗い回になりました、少し卑猥な表現が出ていますが事実戦争にはそのような側面があると思いまして表現しました。

しかしフュリーにはそのような死亡フラグはありませんのでお付き合い下さい。


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死生

時間がない、ですが頑張りました。
誤字チェックに時間をかけられませんでしたので間違っていたらごめんなさい。

※ここでグランベル編は終わりとなります。


ガツン!!

フュリーを押さえつけていた圧力と重みがなくなり、身体が自由になる。

ゆっくり瞼をあげると、部下の男は天馬の体当たりによって吹き飛ばされフュリーの前に立ちふさがったのだ。

 

ガンドロフにより臀部に深い傷を負い、その斧を抜かれたことにより夥しい量の失血があるにも関わらずに主人を守ろうと奮闘していた。

「このやろう!やりやがったな!!」再び逆上した悪漢は斧を持ち天馬に襲いかかる。

 

「や、やめて!この子に手を出さないで!!シュリー、逃げて!!」

逃走するように指示するが、天馬のシュリーは逃げることをしなかった。

 

もう飛ぶことのできない天馬は大地を駆けて体当たりを繰り出すが普通の馬よりも駆け足の遅い天馬の体当たりなど当たることはなかった。シュリーはそれでも何度も切り返して当たらない玉砕を続ける。

 

「シュリー・・・、もうやめて・・・。」

フュリーは消え入るようにつぶやく、切り返すたびに滴る血液であたりは赤く染まっていく。

それでも必死にフュリーを守ろうと奮闘するシュリー。

 

必死に立ち上がってシュリーを助けようとするが、悪漢との攻防で精根が果てているフュリーにうまく力が入らないでいた。

 

「このやろう!」悪漢は斧を振り上げて体当たりを繰り返すシュリーに応戦する。

フュリーはぞくりと悪寒が走る、次の一撃をシュリーが受ければ間違いなく絶命してしまう。

シュリーは切り返す度に体当たりの速度が落ちてきているのだ、自分が何とかしないといけないのに・・・。

どうしてここで動けない、自身の身体を呪った。

 

「やめて〜!!」

フュリーの悲鳴は二人に向けられた、悪漢を止めるため、そしてシュリーを止めるために叫ばれた物であったが中身はまるで違う想いであった。

 

しかし無情にもその想いは届く事は無く、シュリー体当たりを繰り出して悪漢は斧を振りかざした。

 

シュリーは首筋に斧の一撃を受けて大量の血液が飛び出す。動脈を切断されながらも、シュリーは最期の力で悪漢の首に噛みついて同様に動脈を切断する。

その刹那に二人は血飛沫の中、無音でその場に崩れていった。

 

ブチン!フュリーの中で何かが切れる音がした。

形容のし難い感情の濁流が飲み込まれていくが感覚を無くし時間が止まる、思考は停止しているがその場の光景だけは鮮明に記憶され、次第に目の前が暗転していった。

 

 

 

「フュリー!しっかりしろ!!まだだ、君には成す事がある!」

倒れて行きかけた体を受け止めていたカルトは檄を飛ばして暗転する世界から引き戻す。

 

彼は帰還してくる天馬の群れにフュリーがいない事を即座に確認し、帰還ルートを地上から追跡してきたのだ。応援を呼ぶ時間が惜しく、砕けた杖の魔力探知をかけながらの到着であった。

 

 

カルトは同時に回復魔法を施してくれていたようで、痛んでいた四肢も疲弊した筋肉も落ち着きを取り戻していた。

しかし、疲労から回復した魔法は精神を癒したわけではない。突然その喪失感と、無力感が自身に襲いかかった。

涙が溢れかえるフュリーに再びカルトの檄が走った。

「まだだ!フュリー、君にはまだこの子に出来ることがある。

祈りを捧げているんだ!」

カルトはシュリーの元に先ほどガンドロフが砕いたフュリーの細身の剣の柄を持って歩んでいく。

「カ、カルト・・・。何を・・・。」

 

「残念だが、死者を生き返らせることなど出来ない、だが魂の想いが強く残っているこの子の願いを遂げさせてやる事はできるかもしれない。だからフュリー、祈っていてくれ。」

カルトは右手を水平にかざすと、光の魔法陣が出来上がりシュリーの遺体が呼応するように光り出す。

カルトが何をしようか理解できないが、カルトにならシュリーの何らかの助けをすることができる。

フュリーは両手を握りしめ祈りを捧げた。

 

 

カルトはさらに魔力を放出し輝く魔法陣をシェリーの遺体に移動させると暖かなその光はシェリーの体を光の粒子に変えていき、溶けるように遺体が消えていく。

そして完全に遺体は消え失せると虹のような粒子がカルトの持つ細身の剣に纏っていった。

 

「体を失いし者よ、恭順せし者に還る為に新しい命を生成せよ!」カルトの祈りとも言える言葉の後、剣の柄を一振りすると、一気に形付いた。光は霧散し、柄だけであった剣に刀身が宿ったのである。

カルトは一息つくとフュリーに歩み寄り、その剣を祈っていた手に添えたのであった。

 

「フュリーともっと共にしたい、君を護りたいあの子の心が自身の体を剣に変えて宿ったんだ。

この細身の剣も長年フュリーと共にあった剣、二つの心と体が今君の手に形を変えて帰ってきたんだ。」

 

「カルト・・・、ありがとう・・・。でも、今は泣かせて欲しい。」

彼女の嗚咽が森林に悲しく響き渡る。深き森はこれから彼女をどの様に慰めていくのであろうか、それともさらに過酷な運命があるのか。カルトにも予想がつかないのであった。

 

 

 

 

カルトとフュリーは一先ずエバンスに向けて帰還の徒についていた、カルトの頬には立派な紅葉が付いており、いまだに痛みが引かず熱を帯びた頬をカルトは撫でながら涙していた。

そう、カルトは上半身の裸体のフュリーをほとんど無視し、大魔法を使いしばらく会話していたのであった。

我に帰ったフュリーから早速のお礼、いやお釣とでも言うのか左頬を強かに打たれた。

 

「乙女の双丘を見た罰よ。」今はカルトのマントを上半身巻き、切られた胸当ての革を布で補強しての出で立ちである。

「へいへい、でも言い訳ではないぞ。あのエンチャント魔法の奥義は死んで間もない状態でしか使えない大魔法なんだ。それに、フュリーの乳に欲情していたら集中力が持続・・・」

再び、カルトの反対の頬に紅葉が打ち付けられた。

「そんな言い方をしないで、あなたはシレジアの王族なんだから。」

「はい・・・、反省します。」

カルトはとぼとぼと歩き出す、がフュリーはその頬に口づけをする。

「あちっ!」

唇の感触よりも頬の傷みにカルトは飛び上がる。フュリーは少しはにかんで笑いかけた。

「カルト本当にありがとう。

でも残念だったわね、唇の感触がなくて。」

 

「フュリー、お前・・・。」

喪失感から、彼女は自暴自棄になってこんな事をしたのかと一瞬思ったのだが彼女の瞳にはさらに力強い光が宿っていた。

 

「安心して、カルト。私は負けない、この剣に誓います!

だからカルト・・・お願いがあるの。聞いてもらえる?」

「ああ、どういう内容だ?」

彼女の口から出た内容にカルトは驚愕を隠せない物であり二人はしばらく問答の末、彼女の考えに賛同してしまうカルトであった。

 

 

 

エバンス攻略!

押し寄せた大量のヴェルダン兵をごく少数で撃破、ヴェルダン王国の一部まで制圧した報告はグランベル内外に及んだ。グランベルでは大きな歓声と喝采が響き渡り、隣国であり大国のアグストリアでは震撼に見舞われてとうとう二国間では済まされないような激動の前触れをカルトは感じていた。

 

まずはエーディン公女の救出失敗、これによりシアルフィはエーディン公女を救出する為のさらなる戦争を仕掛ける大義を持てた事を意味する。

前回のヴェルダン侵入ではユングヴィの金品を略奪などで痛手を負ったが、今度からはグランベルによる制裁と救出という名の侵略が可能になりシグルドはヴェルダン王国から恨みを一身に受ける事になる。

 

そしてその後はグランベルの役人共が押し寄せてきて、属国扱いとなっていくのであろう。アズムール王が如何に博識高く、良識を持っていても足下の事情にまで精通は出来ない。

この百年大国として安泰し続けてきた国家体制はとうに腐敗し、破綻している。属国となったその末路は想像に容易く、吐き気を覚えるのであった。

 

 

エバンスはヴェルダンに位置しながらグランベル領とアグストリア領に隣接し、有事の際に起こる小競り合いには常に名前が挙がる土地である。その為民は圧倒的に少なく軍事拠点としての意味でしかない場所となっており、街というより砦の印象が大きい。

 

以前はアグストリア領であったのだが、かつてここよりグランベルに攻め込もうとした際にエバンスをヴェルダンが侵攻しアグストリア軍がグランベルに内で孤立し全滅した歴史があった。

 

その時よりエバンスはヴェルダン王国の領土になったのだがこの歴史を物語るように、迂闊にここから進軍を進めると第三国の侵攻で攻略されてしまい退路を断たれてしまって全滅するケースがある。

 

エバンス内にてバーハラから派遣された将軍などとエーディン公女救出の軍議をするのだが、シアルフィに退路を護る後衛部隊に割く戦力は無く、他の諸公達もイザーク遠征の最中でもある現状ではヴェルダンに派遣する程の戦力は建前上では持ち合わせていなかった。

 

軍議が難航を極める中、アグストリア連合王国ノディオン王であるエルトシャンの従者がシグルドの背後を守るとの書状が持ち込まれた。将軍たちは罠だと騒いだが、シグルドはアグストリアとは無関係に友人の申し出を快諾し、感謝の書状を即座に作成し従者に渡したのであった。

 

シグルドの、どんな状況下においても友の申し出を損得なしに受け入れるその情の厚さにカルトは笑みを浮かべた。これからのグランベルに必要な人材が彼であるのだろう、クルト王子が彼と同様の気質を持つバイロン公と懇意にしている理由がよく理解できる。

しかし懇意にするということは、特別扱いされない者の嫉妬は計り知れない。グランベルの不穏な空気をカルトは感じていた。

 

 

軍議にてノディオンの使者の申し出を乗るか反るかの軍議になるが、シアルフィの部隊が率先していることからシグルドの提案通りになった。バーハラに将軍達も強く反発すれば侵攻に成功した時の立場はなくなるとの判断だろう、逆にうまくいかなければシグルドに全ての責任を負わせればいい。

やはり連中は気に入らない、カルトは会議場に興味はなくその場を後にしたのだった。

 

 

「カルト様・・・。」呼び止めるのは従者であるマリアンであった。

「やはり俺にはお偉いさんが行う会議には参加しない方がいいようだ、聞いているだけで眠くなる。・・・ところでマリアン、また闘技場に行ったな?」

カルトは彼女の纏う雰囲気からすぐに察する、少しづつではあるがホリンのような剣士としての実力をつけているように感じた。

 

「あうう、やっぱりばれましたか・・・。」彼女の言葉にやはりと思い、軽く拳骨を落とした。

「・・・それで、今回はどこまでやったんだ?」ギロリと彼女を睨み付けて正直に話すように仕向ける。グランベルに来てから隙を見ては闘技場に通うので心配の種が後を絶たずに頭痛がしてくるのだった。

 

「5連勝しました、けど次の方の雰囲気がすごかったので始めの斬り結びで降参しました。私と同じ女性剣士で、あんな早い剣捌き始めて見ました。」

 

「何だって・・・。」カルトはその言葉に少し引っ掛かる物を感じて聞き返す。

「もしかしたら、その女性剣士・・・。黒髪の剣士ではなかったか?」

「はい・・・、よくご存知ですね。長い髪の女性で凄く美人な剣士でしたよ。」

 

「この馬鹿、それはきっとホリンが探している女性だ。」

「えっ!じゃあそれはイザー・・・、ムグッ!」彼女の口を押さえる。

(馬鹿を続けるな、ここでそれを言って誰かに聞こえたらどうする?)

「むぐむぐ」(すみません。)カルトは手を離して開放する。

 

「しかし、何でまたヴェルダンに来ているんだ?

ホリンの予想ではミレトス辺りに逃げるのではないかと言っていたはずだ。」

 

「世間知らずで適当に逃げていたとか・・・。」マリアンは軽く答える。

カルトは軽くマリアンを睨み付けて小さくさせるのだが、あながち間違っていないのかも知れない。

 

それとも、剣の腕に過信してグランベルを突っ切ってきたのかもしれない。

いや、剣の腕に過信している可能性があるとすれば、グランベルに敵対しているヴェルダン王国に傭兵として参加して復讐をするつもりではないかとまで考え付いた。

王子を匿っているとはいえあの気丈なイザークの民の気質を考えれば、そのくらいの可能性もある。

 

どちらにしてもホリンと連絡を取る手段が出てきた。奴はまだミレトスにいるのだろうか・・・。

 

 

 

 

ホリンはなんとアグストリアのイディオンにいた。彼はグランベルの動乱前にエバンスに着いた時、アイラはどちらに向かったのかわからずホリンは予想の本命アグストリアに向かいデューは意外性な一面を考えてヴェルダンに向かった。

 

イディオンで情報を収集している時にグランベルとヴェルダンの動乱が起きてしまい、アグストリアからヴェルダンに戻る術を失っていたのだ。

情報収集を行っていてもアグストリアには情報が一切ない事から、ヴェルダン領にいる可能性が高くなり、ホリンは焦りを覚えていた。

 

僅かな希望に賭けてイディオンの城主、エルトシャン王に謁見を願い出てようやく会見できる場へと進むことが出来たのであった。

城門の歩哨兵に謁見嘆願を申し出て早四日が経過していた、父から譲り受けたイザークの国家紋章の剣を見せてようやくの対応であった。

 

 

「お初にお目にかかれて恐縮でございます、イザークのホリンと申します。」

会見の場にホリンは方膝を付け、足許から視線を外さずに申し上げた。

イザークの貴族とは言え、亡国となる寸前の状態になっているので国家威信はない。アグストリアのイディオン王に謁見として当然の対応であった。

 

「ホリン殿、頭を上げていただきたい。イザークの状況はアグストリアにまで報告は来ているが痛み入る状況に心中をお察しする。」

ホリンはゆっくり顔を上げてその姿を見上げた。獅子王と二つ名を持つエルトシャン王は力強い眼光を放ち、気遣いの言葉を発してはいるが相手を見下すことも過小評価をする様子はなくホリンの本質を見抜くが如く見据えていた。

「エルトシャン王、心遣い感謝いたします。実はこの度お願いがありまして参上いたしました。突然の申し出とは申しますが、どうかまずお話を聞いていただきたい。」

 

家臣たちは値踏みするようにホリンを見据える、彼はイザークのソファラ城主の息子である。対応を間違えればグランベルに敵対の意を持つ事になりかねない状況で素直にホリンの言うお願いを聞けるとは思えなかった。

しかし、この交通封鎖を突破するにはイディオンの許可がどうしても必要となる。ホリンは賭けに出たのであった。

 

家臣たちの同様の中エルトシャンが進み出る。

「申してみろ、グランベルからはイザークの姫と王子が立ち寄れば身柄引き渡しをアグストリアに要求されているが亡命者まで引き渡せとは言われていない。できるものなら協力しよう。」

家臣どもが一層ざわめきたつがエルトシャン本人は歯牙にもかけぬとは言わんばかりの立ち振る舞いであった。

ホリンはこの男の人格に感謝する。自身の中でも話ができることから徐々に伝え、ヴェルダンへの交通封鎖を解いてもらう事に尽力しているのであった。




フュリーの剣 シェリーソード

剣 フュリーのみ使用可能

威力 10
重さ 2
命中 100
防御 +5
魔法防御 +5

カルトのエンチャントマジックを用いて、天馬のシェリーの体と魂を細身の剣に封入し具現化した細身の剣。
カルトの作る武具の中でも突出した名剣だが、複雑な条件をクリアした事によりつくる事に成功した。

複雑な条件 武具も愛馬も大切な存在だった。
二つとも破壊されて間も無い状態だった。
使っていた主人が側にいた。


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三章 ヴェルダン編
ジェノア城


ヴェルダンは聖戦において重要な部分と捉えています。
書く量が多くなりますがお付き合いの程お願い致します。


「要は貴様は喧嘩を売りに来たわけだな。」

カルトは白銀の剣を一気に振り抜いて横一線する、驚愕に色塗られた青年は自慢の斧の柄で防いで止めた。

「貴様!何をやっているのかわかっているのか!」

「分かっているさ、喧嘩を売られたんだら買ったまでだ。」

カルトはすぐさま、ウインドを発動させて風の塊を至近距離からぶつけ後方の城壁まで吹き飛ばした。

 

 

エバンスにて一騒動が起きた。

エーディン公女の救出失敗を叱責していたドズル家のレックスがカルトに皮肉を交えていた時であった。

カルトは当初、その言葉を甘んじて受けていたのだが事態は変貌する。

 

シレジアの天馬騎士団、特にフュリーへの避難が大きかったのであるが、カルトは怒りを押さえ込み「天馬部隊の失敗は上官である私の責任、責めるのであれば私にしてもらおう。」と対応していた。

 

レックスはそのつまらない返答にカルトへの興味を無くしたのか、立ち去り際の一言がカルトに火を付けた。

「市民を連れ帰ってきてもエーディンを連れて帰れなければ何の意味もない。」

 

この一言が冒頭の戦闘のきっかけとなったのだ。

 

レックスは柄を持ち直してカルトに迫る、その立派な体格に圧倒的な筋力で遠心力を巧みに巨大な斧を操っている。ヴェルダン兵とは違うその扱いの高さにカルトも心底感心するが、今はこの馬鹿の鼻っ柱をへし折る事に燃えていた。

 

「ウインド!」カルトは再びレックスに向けて魔法を発動させる、その効力の予想にてサイドステップでかわそうとするが発動する様子はない。

「はははは!焦って精神が乱されたか!死ねっ!」

レックスも全く手加減する様子はない、その暴力の塊とも言える一撃をカルトの脳天に目掛けて振り下ろされた。

カルトは脱兎のようにその一撃をかわして距離をとる、レックスはその敵前逃亡のような逃げ方に呆れてしまう。

 

「威勢がいいのは不意打ちの時だけか、貴様のような奴がシレジアの部隊長とは人材不足な国だな。」

挑発を発するレックスにカルトは眉をひそめる。

 

「あんたは、自国の民がヴェルダンに攫われたのになぜあんな事を言ったんだ?エーディン公女も市民も同じ女性、意味がないとなぜ言う。」

 

「それが何だと言うんだ?貴様はエーディンを救出する事が目的だったんだろ?」

「確かにそうだ、しかしエーディン公女のみを救出しても自国の民が攫われたままでは彼女に笑顔は戻らない。あのお優しい公女はそう思うはずだ。」

 

「馬鹿な事を、エーディンと一般市民を同じに考えている貴様の方がどうかしている。話にもならんな。」

レックスは斧を肩に担ぎ、カルトを見下す。カルトは笑みを作ってレックスを見据えた。

 

「王族の繁栄を助ける市民を軽視する奴は俺が許さない、一度頭を冷やすんだな。」

カルトは右手を水平に流すとレックスも前方の空間が一気に爆ぜた。

 

「うおお!」

爆風にさらされたレックスはユン川からエバンスに引き込まれた生活水路まで吹き飛ばされ、頭から落ちるのであった。

 

カルトは先ほどのウインドをある所定の空間に作用させて圧縮弾を作成していた、タイミングを見計らって風の圧縮を解放し爆発のような現象を作り出したのだ。

手加減をしなければ手足ももぎ取ってしまうくらいの威力があるので魔力のコントロールを必要とする高等技術である。

 

 

「カルト!レックスは僕の友達だよ、何て事をするんだ。」

「すまん、俺もちょっとやり過ぎたよ。つい・・・。」

アゼルの叱責にカルトはお決まりの謝罪を口にする、彼の言葉を何度聞いてきただろうか。兄アルヴィスへも簡単に挑発をしてしまうふてぶてしさにアゼルはとても年上と思えなく感じる、まるで癇癪をおこした弟のように弟の思ってしまうのであった。

 

「でも、たしかにエーディンがあの場にいればカルトの言う通りになると思うよ。彼女は思いやりがあって、みんなから愛されるような方だからね。」

「そうだなあ、アゼルも愛している人だからなあ。」

 

「カルト!」アゼルが振り向いた時には逃走していたカルトであった。

 

 

 

「カルト様・・・。」

アゼルから逃げ出した後、エスニャとマリアンが城内に入る手前で声を掛けられ立ち止まる。

 

「マリアンにエスニャ、どうしたんだ?」

 

「フュリー様はどちらに行かれたのでしょうか?まだ手当も十分にされていないのに。」とマリアンが

「やはり、エーディン様を救出できなかったことが原因なのでは。」とエスニャが語りかける。

 

「今の彼女にはそんな心配は無用さ、きっと彼女は大きくなって帰ってくる。

信じて待とう。」カルトは二人に笑顔で答えた、無論カルトの内心心配ではあるが彼女の意思をあの時挫けば成長する機会がないのかもしれないと思い許可したのだ。

 

「しかし、天馬の失った彼女は・・・。」マリアンはこの数ヶ月でフュリーの原動力に相棒のシェリーが拠り所になってのは承知している、だからこそ精神がタフではないフュリーを心配してくれているのだ。

 

「彼女は次の相棒を探しに精霊の森に向かったんだ、きっとシェリーの剣が導いてくれるさ。」

カルトは命を散っても尚、彼女を護る存在にもう一度信頼するのであった。

 

「ところで、二人ともどうしたんだ?俺を探していたように思えたのだが・・・。」

「!すみません、うっかりしていました。ホリン様がノディオンのエルトシャン様とエバンスに来訪されています。」マリアンが慌てて話す。

「何!?ホリンの奴、無茶をするな。」

「今、シグルド様とお会いしており、その後カルト様にも是非おはなしがしたいとの事です。」

「わかった、すぐに行く。」

 

 

「貴公がシレジアのカルト公か、ホリンやレヴィン王からも度々話しを聞くが随分と型破りな御仁と聞いていたがここまで若いとは思わなかった。」

エルトシャンは清々しいとまで思えるほど率直な感想にカルトは好感の印象を与えた。

自信があるからこそ揺らぐことのない意志、後悔をしたくないからこそ言いたい事を伝えるその目に最近では見ることのできない王としての器を垣間見たかるとであった。

 

「さすが、隣国にまでその獅子王の名を轟かせるエルトシャン王、その気概の鋭さに圧倒されてしまいました。

シレジアのカルト公です、お見知り置きいただきまして恐縮でございます。」

カルトは大きく頭を下げて、礼を尽くす。

 

エルトシャンは一つ笑みを作るとさらに歩を進めてカルトとの距離を詰めた。

「レヴィン王からも聞いていると言った筈だ、貴公はそんなに殊勝な男ではないのだろう?」

 

再開の挨拶を後回しにしているホリンはこの2人の動向を見守った。

エルトシャンがエバンスに来た理由の最大は友であるシグルドに会いに来たのだが、それと同じくらい意義があるカルトへの訪問はホリンには些か理解できないでいた。

 

頭を上げたカルトはいつもの口調や物腰に変わっていた。

「レヴィンの奴め、余計な事を・・・。

エルトシャン王、あなたの言う通り私は少々言葉が悪い。構わないようならいつも通りに言わせてもらう。」

 

「ああ、俺も腹の探り合いは苦手でな。できれば単刀直入が俺のスタンスだ。」

 

カルトは笑みを作った。

「では、シレジアとしての話しをさせてもらおう。

現在エバンスにシレジア軍が駐留しているのはグランベルに対して同盟国と宣言したレヴィン王の意思であり、俺はその意思の元でシレジア軍の統率をしている。

ヴェルダン国が今後ユングヴィのエーディン公女の引き渡しを拒否し、紛争になった場合はこのままシレジア軍も参戦する。

しかし、アグストリア連合王国がヴェルダン側と同盟等を締結している場合、我らは即刻全軍引き上げる事をセイレーン公カルトの名を持って約束する。」

 

ホリンはその言葉を吟味する。

つまりグランベルとの同盟を結んではいるがアグストリアともなんらかの盟約を持っており、シレジア国としては大国グランベル以上に重要な盟約である事が伺えた。

 

「了承した、しかしアグストリアとしては全く知る由もない事だ。

ヴェルダンとアグストリアには交易はない、シレジア軍が侵攻しても問題はない。」

 

「では、王は私になぜお会いしているのですか?」

「これはシグルドにも伝えたのだがヴェルダンと事を起こした場合、野心あるアグストリアの貴族どもがグランベルに諍いを起こそうとする存在が多少ならずといるのだ。

私が背後を守るのだが、間違ってもシレジアは参加しないように心がけて欲しい。」

 

「と、いうことは貴族と言うのは西側か?」

カルトのその言葉にエルトシャンは頷く、カルトはその厄介な人物を思い浮かべて苦笑いをするもだった。

 

「お気遣い感謝いたします、その情報がなければレヴィンに顔向けできなくなるところでした。」

「察しがいいな、我が軍が君達を護る。背後を任せてくれ。」

 

「心強いです、できればヴェルダンもここでエーディン公女を引き渡してくれれば大人しく全軍祖国に帰還できるのですが・・・。」

「難しいな、近年ヴェルダンはバトゥ王の統治により随分大人しかったのだが血気盛んな王子達の鬱憤が一気に上がったのだろう。グランベルのイザーク遠征が引き金となってしまったな。」

カルトの意見にエルトシャンの的確な意見が暗い影を落とすのであった。

 

 

「ホリン道中の話は楽しかった、姫君救出がうまくいったらまたノディオンに来てくれ。歓迎する。」

エルトシャンは室内退出にてホリンにも笑みを送り、この場から颯爽と出て行った。

獅子王エルトシャン、黒騎士ヘズルの血筋で魔剣ミストルティンの使い手。

その必殺の一撃を受けたものは間違いなく絶命すると言われている絶対の剣。

 

彼やアルヴィスのように神器を持つ者と自身のように持たない者では同じ直系でもここまで明確に差が出る事を意識してしまうのであった。

ナーガの書を手に入れた時どのように変化するのであろうか?

彼らと肩を並べられる存在になれるとは思えないカルトであった。

 

 

 

カルトの願いも虚しく、ジェノア城よりキンボイス王子率いる一団が出撃しているとの情報からシグルドは迎え撃つ体制をとった。

マーファに使者を送ろうとした矢先の出来事で、やはりヴェルダンは強硬な姿勢のようであった。

 

出撃しているキンボイスの軍勢は先の戦いの数に任せた連中とは違い、多少の訓練はされているのかそれなりに統率は取れているらしい。油断するわけにはいかない情報がもたらされていた。

 

フュリーがエーディン公女と接触した森のさらに南側にジェノア城があるらしく、その森を抜けるか迂回してジェノア城に向かう必要がある。さらに敵には地の利があり大軍を擁している。

彼らの戦術を読み切らないと包囲され、下手をすればエバンスを奪還されてしまう恐れまである。

退路と補給物資の供給元を奪われた軍に勝ち目はない、部隊の侵攻状況を逐一確認する必要があるのだ。

 

カルトは即座に上空からの目があるシレジアの天馬部隊に侵攻状況の確認と奇襲を、魔道士部隊は後方待機からの魔法支援を命じてカルト本人はシグルドと共に騎馬部隊の後方へ付く事とした。

魔道士部隊とは伝心の魔法でクブリと連携できる、がそれは滅多に使用することはない。

それ程クブリは優秀な魔道士であり指揮官でもあるからだ、カルトが指示を出す前に対処をしている為に使う事は皆無に近かった。

 

 

「シグルド公子、ジェノア兵が森を抜けた所で迎え撃とう。森の中では奴らの方が戦術に長けているだろうし、後続部隊に被害が出る。注意を前衛に引きつけて天馬部隊をジェノア城に送って奴らの陣形をみだす。」

 

「しかしここ数戦の戦いで奴らも空中への警戒を意識しているはず、大弓など準備されていたら天馬部隊に被害が出るぞ。」

 

「確かにそうだしかしながら我らには時間がないぞ、ジェノアを叩いてマーファに攻め上る時間が。」

カルトの言う時間はもちろん、エーディン救出における時間の事である。

ジェノアから敵軍が出撃してきたのはガンドロフ王子の発令があったからであろう。それは南の森で逃げた王子がマーファに辿り着いたことを意味し、エーディンもマーファに連れ帰られた事になる。

彼女が城に囚われながらも彼女の無事を保証させる為には、この進軍でマーファ城も緊急事態にさせて人質に手を出す時間を無くさせる事が先決となるのだ。

 

「分かっているさ、しかしここヴェルダン国には弓の名手の部隊がいると言われている。

シレジア部隊に大きな被害があってはグランベルとしても申し訳ない、君が優れた頭脳の持ち主とは知っているのだがここは私の作戦に乗ってくれないか?」

総指揮官のシグルドにここまで言われてはカルトも何も言うべき言葉は無かった、カルトは笑みを浮かべてその言葉に従うのであった。

 

 

キンボイスの部隊はまさに力押ししか考えない猪突猛進ともいえるスタイルで、自慢の森林戦には持ち込まず突撃を繰り返すのみであった。いくら統率が取れていても実戦で効果がなければ意味がない、それはなによりキンボイスの指揮官としての能力の低さが伺わせた。

 

初戦の戦闘では森林内での交戦となったが、グランベル軍は退却と見せかけた後退にまんまと突撃し、現在は平野での交戦に移り変わった。

平野になれば騎士達にとっては水を得た魚、騎馬による移動力駆使し陣形をくんだ突撃にて瞬く間にジェノア軍が劣勢になっていった。

そこへ、シレジアの魔道士部隊の魔法攻撃とユングヴィにて重傷を負いつつも今回参戦したミデェールの弓騎士部隊が後方攻撃も前衛に貢献し被害も少なくしていた。

ジェノア軍は撤退し、増援部隊と合流して再度進行する予定のようであった、そこはシレジアの天馬部隊がその動向を天空からの伝令によりもたらされた。

 

この瞬間をシグルドは待っていたのであった。

シグルドの騎馬部隊は一気に森林の西側から駆け抜けてマーファ城に向かったのだ、残された一部の騎馬部隊と徒歩部隊がのみでキンボイスのジェノア城を攻める形をとった。

 

確かに本部隊が半壊したキンボイスの部隊は増援を隠し持っているとは言え本部隊より火力は劣る、部隊を二つに割ることは一つの賭けに近い。

マーファ城にはキンボイスの部隊を大きく上回る数の戦力が温存されているのだ、しかしシグルドはその大胆な計画を自身を先頭に実行する事を迷いなく決めた。

彼は自身の騎士団にキュアン、ミデェール、アゼルの部隊を引き連れてマーファに全速で向かった。

残されたレックスの部隊にカルトのシレジア部隊と混成部隊が参加する形となり、ホリンやエスニャもこちらに残る形となったのであった。




この小説内でのルールを少し書かせていただきます。

ゲームでは特性上剣は斧に強く、槍に弱いというような設定はありません。
魔法も同様で優劣はありませんが光と闇は互いに打ち消しあう存在です。

魔法はMPがあり、無限に打ち出せるわけではありません。
精神力や感情が大きく乱れているときは魔法もまともに発動しない時があります。

スキルは存在しませんが、太陽剣、月光剣、流星剣は物語上面白くしたい意味で取り入れています。ゲームのように反則的な強さではありません。

聖遺物を持っている者の能力値上昇はこの小説でも取り入れています。
よって彼らにまともに戦えるのは同じ直系の聖遺物を持った者でないと対抗できません、ゲーム上では装備していないと能力値上昇できませんがこの小説では手元にあれば能力値が上昇しています。

直系の者でも、聖遺物を持たないと聖光は発しません。
ただし、聖痕を持つ者の中にはわずかな聖光を察知する者がいます。


以上となります。
この小説のルールに疑問等がありましたら連絡いただければ私なりの見解を追記いたしますのでお願い致します。


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城内戦闘

更新遅くなりました。
四月に入っても厄介な仕事が多くて、たまりません。


カルト率いるシレジア軍とレックスのグランベル軍はジェノア城の北の森林を東から迂回するように回り込みジェノア城へ急いだ。

敵軍の前衛部隊が瓦解した瞬間を狙ったのでジェノア兵が森林から抜けてエバンスには向かっていないと推測している。

念のため一部の天馬部隊を森林をの北に待機しているが信号がこないことよりまだ問題がないことを意味していた、一刻も早くジェノア城にたどり着き城前決戦に持ち込みたいカルトはさらに騎馬部隊を急がせた。

ここでジェノア城での戦闘に持ち込めばマーファに向かったシグルド軍の背後にも、エバンスに向けて進軍は不可となる。シグルドの発案の大胆さは戦力を二分してしまう危険性と共に、どちらかの瓦解は全滅をも意味しているのである。

その状況下においてジェノア城決戦に自国ではないシレジアのカルトとグランベル内ではシアルフィ家と相当な軋轢を持つドズル家の公子を任命してしまうシグルドの胆力には驚くべきものがある。

 

マーファ決戦においてマーファ周辺はこのウェルダン国では珍しく平地が続いている、マーファ軍は数こそ多いものの連お中が得意とする奇襲攻撃は限られてしまうだろう。

シグルドが選出した自身の部隊とレンスターの騎馬部隊を中心とした陣形で臨めば、少数でも突破できると信じての部隊分けと思われた。

ジェノア城においては奇襲を察知する空中部隊である天馬部隊と多彩な攻撃方法を持つ魔法部隊、最大の攻撃力と防御力を誇るレックスの斧部隊が先陣突破をする清濁併せ持つこの部隊が相応しいとシグルドは判断したと思われた。

 

確かにこの部隊分けは適切ではあると思うが、カルトとレックスの軋轢は一切考えていない。カルトは正直苦笑さえしてしまう。

シグルドにももちろん二人のエバンスでの事は耳に入っている、それにも関わらずこの部隊分けをした理由は彼なりに私達への処罰でもあるのだろう。

 

カルトはレックスの動向を確認するように、ちらりと並走している彼を見る。レックスもその視線に気付き険しい顔をする。

「カルト公、とりあえず以前の件は後回しだ!忘れたとは言わないが貴様より武勲をあげて騎士として勝たせてもらうぞ!」

 

レックスはそういうなり速力を上げてカルトの前へ出て行く、その姿にカルトは苦笑ではなく微笑に変わっていくのであった。

彼もまた聖戦士の末裔、カルトのいう言葉を理解したのだ。

豪快なランゴバルト卿の性格が彼にはいい方向に伝わったのだろう。いや正確にはドズル家は大きくなり政治に介入した結果、あのようなに変化してしまったと思われた。

 

ジェノア城では再編成を終えた兵が我らを視認するや否や突撃に入る、まずは騎馬部隊と衝突し激しい怒号と蹄の音が交錯する。

初めのうちはシアルフィ軍優勢であったがジェノア兵は森林からも現れ、陣形を乱されて乱戦となる。

後方支援部隊が多いシアルフィ軍は後方部隊の機能が今ひとつ働かない為に今までのようにスムーズにジェノア軍を撃破できないでいた。

 

カルトにも敵兵が襲ってくることがあり、マリアンが下馬するなりジェノア兵と斬り結んだ。

ジェノア兵はマリアンと二度鍔迫り合いとなるが技量があるマリアンの前にすぐさま袈裟斬りをくらい倒れこむ、すぐさま主人の方を向き直り確認するが心配はない。

カルトに向かってきたもう一人はカルトの剣で血潮の溜まりに生き絶えており、さらに魔法の一撃の準備までしていた。

 

「ウインド!」左手より繰り出された風の刃は苦戦している者への援護するために射出され、まともに受けたジェノア兵は右腕を切り落とされてその場に倒れこんだ。

 

「サンダー!」女性魔道士のエスニャもカルトに続いて魔法を放つ、雷の魔法は放たれた瞬間に光の速さで空気中に放電され狙われたジェノア兵は何が起こったのかわからないまま昏倒していく。

魔法で具現化された雷は自然現象で起こる雷とは違い、破壊力は微々たるものである。しかしエスニャほどの魔道士であればサンダーも強力な一撃となり、屈強な男であっても倒れてしまうにである。

 

「マリアン、気をぬくな。」

ホリンもマリアンの背後によったジェノア兵を一瞬で首を撥ねて危機を払う、簡単に人の首を飛ばすホリンの技量をマリアンが疑う余地はない。

ここまでの技量になるまでホリンがどれくらいの戦闘と訓練を積んできたかわからない、しかし自身が強くなるに従って目標となる彼までの道のりが遠く感じてしまうのであった。

 

戦闘が一時間を経過する頃、暗雲漂う事が予兆するように大粒の雨に見舞われた。

視界が思ったより悪く、天馬部隊も飛行を続ける事が困難となる、カルトは天馬部隊をエバンスに撤退を命じ、地上部隊のみでの戦闘維持をすることとなった。

 

レックスの斧騎士部隊とシレジアに魔道士部隊に被害が出たが敵兵はほぼ壊滅となり、捕縛する処理が続いた。キンボイスは不利と見るや場内に逃げ込んだとの情報が入り、すぐさま城内戦へと切り替えた。

 

 

「ちっ!城内戦闘とは、潔くない奴だ。俺の斧の錆にしてくれる。」

「確かに。しかしここは焦らないほうがいい、不利で逃げ込んだようにも思えるが城内戦を想定した奇襲を展開している可能性もある。」カルトはレックスを諌める。

「そんな連中が騎馬相手に平地で戦闘なんかするか?

時間がないんだ!とっとと奴の首をシグルドに差し出せばいい!!」

 

ジェノア城内の詰所を制圧したシアルフィ軍は兵たちの休息と、救助による作業を行いつつ軍議に入った。

ジェノアに入ったばかりで市街地では戦闘が行われており、市民たちは民家から出ないように声をかけつつジェノア兵の排除し制圧区域を広げていく作業に入っている。

 

市民たちはキンボイスに圧政を敷かれているようで、民家にジェノア兵の確認の度に押し入るが圧政者の始末を涙ながらに懇願する者がいたそうだ。孤立したジェノア兵は追い詰められ、自ら捕虜として進み出るものが横行し始めた。最後の戦いに臨もうとする者は少ないようだ。

しかし少数精鋭が背水の陣で臨む者達のみで構成される事になる、慎重に事を進めなければ余計な被害が出るとカルトは予測したのだが豪快なレックスは一気に攻め登らんと勇ましげに捲り上げる。

 

「レックス公子急ぐ気持ちも分かる、しかし今は先ほどの戦闘での被害を立て直すための時間と救援物資が必要だ。

この街に来たての私たちには救援物資はエバンスからの運搬しなければいけない、天馬部隊に命じているので今少しの時間が欲しい・・・、それに・・・。」

カルトは俯き加減にその先の言葉をかき消した、その行動に今この場にいる者は見張ってしまう。

今まで明快に答えを導き出し、グランベルの重鎮を前にしても一歩も引かないカルトが言葉を選んでいる光景は初めて見流もにでったからであった。

カルトのそばにいるマリアンやホリン、エスニャもクブリもその先の言葉に予想がつかずにいる。

 

「カルト公、どうされたのだ?」レックスはその先を促す。

「できれば、ジェノア内の方達にも救援物資を与えて欲しい。」

カルトは俯いた顔を上げてその先を伝えた。

 

「グランベルの防衛では自国の為から各村や町から救援物資や金品を譲ってもらったが、ヴェルダンに入ってからそのような物資供給は一度もない!ここで分け与えてはこれからの進軍が困難になることくらいカルト公も理解しているだろう!」レックスは強く口調で嗜める。

これは怒りではない、正当な意見として最もである。軍の維持を第一とするならばレックスの発言は意にそうものである。

「レックス公子の言うことは最もだ、しかしヴェルダンにきてから救援物資を頂けることを拒否され続けている理由があるんだ。」カルトは重々しく伝える。

 

レックスはヴェルダンの人々が我々に救援物資を拒否されてきている事は自国を守るために、侵略するグランベル軍を助けるような連中はいないと安易に考えていた。しかし、カルトは救援物資を拒否される理由を見つけ出していた事に驚きを見せる。

 

「この国は豊かな土地で食料も豊富な国だ、他国に輸出できるくらいなのだがバトゥ王の二人の王子による無理な徴税で村々には十分な食料はないらしい。我々に救援物資を渡したいが、渡す余力もない村々ばかりだった。

さらにこの辺りでは疫病が蔓延しているようで床に臥せっている子供や老人が教会に押し寄せている。

我々はエーディン公女の救出する為で、単なる侵略者でないのならば支援するべきだろうと思う。」

 

レックスの考えた安直な考えではヴェルダンの村々は自国に押し寄せるグランベル軍に対しての嫌がらせ、としか考えていなかった。いかに大義があるからといっても自国を制圧するかもしれない連中に金品や物資を渡す民なんているわけがないと思い込みもあってその思考になっていたのだ。

貴族であり、騎士としての素養を受けてきたが他国の戦力とは違う情報の中から相手の状況を掴み取りここで支援をしようと考えるカルトの思考は自身には全くなく愕然とした。

 

カルトと先日の言い争いからレックスは綺麗事を言うだけの気に入らない連中の一人として扱っていた。

ここまでの戦闘の運びから有事におけるここまでの配慮にレックスは感心してしまう。

自身の部隊からレックスの部隊までの戦闘状況に合わせた魔法の支援、回復の徹底。天馬部隊の支援と、隊列変更。城内にもつれ込む前の詰所での打ち合わせ場所の確保と、各村々の状況と支援物資の提供の指示。

 

レックスには細部における状況判断から、発令のタイミングまで全て一人でできるようには思えなかった。

いや、わかっていても思考を切り捨てて出来ることしかしなかったのではないかと判断した。

カルトという男は気付いた事は決して切り捨てない男なのだ。レックスはそう判明した時、自然と笑顔が出ていた。

 

「カルト公いいだろう、あなたの言う通り支援物資の提供をしようではないか。

しかし!条件はある。この城内戦闘で、キンボイスを捉える事を条件とする。」

レックスの意見に皆一堂に固唾を飲んだ、その条件は簡単な事ではない。いつどこで襲われても敵将を殺さずに捉えて連れ帰ることは殺す事より難しい、その条件をレックスは突きつけてきたのである。

 

一同はカルトに再度見張った、城外へ逃げられても殺してもアウトなこの条件を普通の者は受けるわけはない。下手をすれば自身の部下に命を奪われる危険もある。

 

それを見越してレックスはこの条件をつけたのだろう。

部下の命を優先にするか・・・、自国でもない民の命を優先するか・・・。

それは以前の啀み合いであった、エーディン公女と市民の命を天秤にかけたカルトにたいしての真偽を問う事にもつながっている事になるのだった。

 

「わかった、やるだけの事はやってみよう。キンボイス王子を捉える!」

カルトは高々と宣言するのであった。

 

 

 

「なんという体たらくだ!」

キンボイスはテーブルに手を打ち付けてあたりの部下どもに強く当たる。

長年付き従った部下もシアルフィに投降し、生き恥を晒して生にしがみつく者が多く反撃の機会を失いつつあった。いまもなお城下では投降が続いており戦力が軒並み低下しつつあった。

キンボイスの重鎮のみがかろうじて残っており軍議を開くことができる状態ではあったが対抗策など思いつく者がおらず、先ほどのくだりとなった。

 

「しかし、なんとか城内に逃げ延びて命を拾いましたがここから脱出してマーファに向かうには無理があります。我らも投降する事が賢明かと・・・。」

「黙れ!ここまでグランベルの連中にいいようにされてマーファに逃げ帰るなどできるか!」

キンボイスには多少のプライドがあるのだろう、彼の唯一の頭脳とも言える老兵の言葉に聞く様子もなく一喝する。

「しかし兄貴、このままじゃあ俺らの首がすっ飛ぶのは時間の問題だぜ。」

「わかっている!残された方法は奴らをギリギリまで引きつけて抜穴から城外に脱出する方法しかない。

部下に命じてタイミングを見て城と城下に火を付け、そのゴタゴタに乗じて抜穴から城外へでる。」

正気とは思えない方法を思いついたキンボイスの目にはもはや正気とは思えぬ光を宿していた。

 

「しかし抜け道を通ってもそこから追っ手がくれば抜け道の出口と挟み撃ちとなります、抜け道に殿を務める者が必要です。」老兵は進言する。確かに抜け道は城外へ抜けられるが、町の外まで抜けられるわけではない。町の外にはグランベルの軍がいる上に抜け道を辿って来られれば挟まれてしまうことなど明確である。

殿を務める強者などヴェルダンには王子たち以外には存在しない、数での勝負がヴェルダンの唯一の勝利方法なのだからである。

 

「わかっているさ、俺に一つ策がある。貴様らは何も考えなくていい。」

キンボイスは不敵な笑みをたたえて部下に伝令していくのであった。

 

 

グランベルの混成部隊がジェノアに入ったその日の夜にジェノア城攻略に向けた。早めに休息をとらせた入城選抜部隊を引き連れ強行突破に入る。

 

ジェノア側に余計な時間を与えるとプレッシャーからどのような凶行に及ぶ事かわからない、シグルドのマーファ攻略にも迅速に合流したい事も踏まえた結論であった。

カルトが一番に無事に得たいものはジェノアには近隣から徴収した大量の食料、おそらく奴らは敗戦が濃厚になれば敵に渡らないように火にかける恐れがある。

これだけは絶対に死守する事がカルトの密かな想いである、いくらレックスが約束で食料援助を行ってもここの食料が得ることが出来なければ今年の収穫までに餓死する者が出てしまうだろう。シグルドの進軍がヴェルダンの民にとって悪い結果にならない為にもここは踏ん張りどころと捉えた。

 

城門にいた警備兵を切り崩して一気に中へ躍りでる、途端に鋼と鋼が撃ち合う音と漢共の怒号が響き渡る。

レックスの斧騎士部隊も全て下馬し徒歩での入城によりジェノアの思惑は的を得ていると分析する。

追い込まれているとはいえ、機動力を使えない状況に持ち込んだキンボイスの策はそれなりに効果がありジェノア兵は一進一退の攻防を見せた。

 

「エルサンダー!」エスニャの強力な上位魔法が前線の一角を切り崩し、クブリの回復魔法が前線から離脱する者を再び前線に復帰させることにより徐々にジェノア兵を後退させ、中庭を突破し入城に成功するのであった。

中庭にはまだ残党が残っているのでさらに部隊は分散する。レックス、ホリン、エスニャと精鋭の少数部隊が城内に入りキンボイスの掃討に移ってゆく。




マリアン

ソードファイター
LV6

剣B

HP 27
MP 0

力 9
魔力 0
技 13
速 15
運 5
防御 6
魔防 0

スキル 追撃

鉄の剣
リターンリング
カルトの髪飾り 《スキル 祈りが追加》
こっそり通っている闘技場と戦闘でLVアップしています。

ゲームでは闘技場で連続してラウンドを戦うとLVアップの変動値がおかしくなるそうですね。あれだけ戦ったのにLV時にHPアップだけとか、思い当たる節があります。(怒)


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決闘

ジェノア城内戦闘を描いてみました。
大群戦闘と、個人戦闘をここで切り替えてみたのですが矛盾等があると思います。

このあたりの運びをよくご存知の方はアドバイス等いただけたらとおもいます。


ジェノア城前戦闘における雨も降り注ぎ熱を奪う中、漢共の怒号はいまだ衰えることはなく夜の闇に響き渡っていた。住民たちは怯えるように家に閉じこもり、嵐が通り過ぎることを待つかのように身を寄せ合っていると思われた。

 

そのような事をふと考えながら食料庫に向かっていたカルトは予想通り火をつけようとする悪漢共を見つけ出し捉え、同じような事をする連中の炙り出しを急いだ。

幸運にも雨という現状もあり火の回りはかなり遅いであろう、しかし一度炎にまでなれば消し止めることは容易ではなくなってしまう。慎重に事を運ぶ必要があった。

 

カルトは先陣を切って城内に入った精鋭を見送り後方部隊に回っていた、キンボイスを捉えると明言したが状況をみれば今は後方部隊の支援が優先する必要があった。

天馬部隊より雨の中の強行軍でエバンスから食料や医薬品が運ばれ、重症者への看護部隊を結成する為に必要な手配は山程ある。そんな中でレックスもホリンはともかく、エスニャや、マリアンまで行ってしまうとは思えず苦笑してしまう。

 

 

「カルト様、こちらはあとは私めでなんとかなるでしょう。そろそろ先陣部隊をおってはいかがですか?」

クブリは一通りの回復を終えた様子で、カルトに恭しく助言の一つを指し示した。

 

「ああ、そうしたいところだが実は魔力の使いすぎでね。もうエルウインドを使えば完全に空になりそうだ。」

ここまでの戦闘でほとんど死人が出ていないことが彼の魔力による支援の大きさを伺わせた。もちろんクブリの回復魔法もかなりの効果を得ているが、カルトの方が瀕死の者を優先で処置していたので魔力の瞬間的な消耗が大きかったのだろう。ほとんどリライブを使いっぱなしのように思えた。

クブリも魔力に自信を持ってはいるが魔法量においてはカルトに敵わない、推測するにクブリの倍近くは有していると判断している。

 

「それにね俺はここにいた方がいいと思うんだ、俺の中で何かがそうさせているんだ。」

カルトのあまりに直感的な感想にクブリは首を傾げてしまうそぶりをみせるが、カルトはフッと笑って再び眼前にそびえるジェノア城を見上げた。

街中には怒号の声が響く中、これが産みの苦しみである事をカルトは祈った。

「クブリ、明日はきっと晴れるだろう。朝日は俺たちを歓迎してくれるだろうか?」

「無論です、カルト様の御心のままに・・・。」

 

 

城内ではいまだ喧騒と血煙の舞う惨劇が続いている、レックスとホリンの二強が襲い来るジェノア兵をいとも簡単に撃退し、進路を確保し続けた。

外の戦闘と大きく異なるのは通路における戦闘が多く、対峙する瞬間は一対一になるケースが多い。そうなれば数における有利はさほどなくなってしまい、戦闘力の高い二人のみで先を切り開いてしまう。後ろに控えるマリアンもエスニャも付いて回るだけの存在になっていた。

マリアンもまだ年少兵、さらに女性ということより持久戦には不利があり、エスニャの魔法は屋内では自軍に被害をもたらす場合があるのでおいそれと魔法は使えない。

いざという時の支援程度で良いとホリンからは言われていた、しかし戦闘に参加できない歯痒さが心中にあるのであった。

 

一階の中庭に差し掛かった時、屈強な2名の戦士がホリンとレックスに立ちふさがる。

一名は今までのジェノア兵が使っていた粗末な斧ではなく戦闘用に作られた絵の長いバトルアックスを持ち、その武器を扱うための体格も良くレックスも長身であるがその身の丈を超えている。彼はレックスに挑発じみた態度でもってレックスに勝負を挑む。

もう一名は剣士、鋼の剣を持ちホリンに向きこちらも勝負を挑む、この者もその身のこなしをみて相当な熟練者である事が見て取れた。

ホリンはその男へと立ち向かうべく進み出すが、マリアンはその歩みを阻み剣を抜く。

 

「馬鹿な、これは俺の役目だ。」

「いえ、ここは私が引き受けます。ホリン様は先に進んでください。」

マリアンから確固とした眼光がホリンを制す、彼女の言葉は意志を持っているかのようでホリンは拒否することができないでいた。しばらくのにらみ合いで察したホリンは

「・・・・・・奴らの狙いはここで強者を縛り付けて、この先でなんらかの罠を仕掛けている。持久戦に持ち込まれるなよ。それと、奴の実力と君の実力は拮抗している。」とマリアンに投げかけた、彼はマリアンに背後を任せる決断をしたのだ。

「はいっ!かならず追いかけます!」

マリアンは自ら死と隣り合わせの死闘へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 

レックスが先に動く、今回は徒歩での戦いを考慮していたのかいつも使っている馬上用の斧ではなくハルバードに持ち替えていた。槍のリーチと斧の破壊力を併せ持つ万能武具であるが相当のセンスと筋力が要求される、レックスの使用する第二の愛具である。

 

相手側のもつバトルアックスよりもリーチがある、全速からの刺突をくりだした。

ジェノアの戦士は身を捩って穂先の右側に回避し回転よりの横薙ぎを放つ、レックスも即時に穂先に回転を加え手元に引き寄せるとハルバードを縦に持ち直し横薙ぎを受け止めた。

二人の上腕筋が一気に膨れ上がり力量を測り合う。歯をむき出しにして噛み締め、全身の力が腕力に集中させた。

ジェノアの戦士の方に腕力勝負は分があった、体重差もあるのだろうがレックスの体は徐々に押し負け始め苦悶の表情をさらけ出した。ジェノアの戦士はそんな状況の中でも力の誇示はなかった。それは彼が本物の戦士であり、誇りを持っている証である。慢心から油断はなく敵であるレックスに敬意すらしているようにも伺えた。

 

とっさにレックスは重心をずらしてハルバードの受けている角度を変え、横薙ぎのバトルアックスに上からの力を与えて地に叩き落とした。そして柄の部分の下側からジェノアの戦士の顎を突き上げた。

「がっ!!」

鈍い音が響く、ジェノアの戦士は脳を揺さぶられ地に仰向けになり昏倒した。彼はしばらく脳震盪で動くことはできないであろう。

レックスはハルバードの斧部を目の前に突き出して勝負ありを宣言する。

「殺せ、もはや悔いはない。」

「・・・貴様の一撃には意思があった、ジェノアの兵士ではないな?何を隠している。」

「・・・・・・・・・。」

「まあ、いい。おい!誰か!こいつを捕縛しろ!!」

レックスはハルバードを肩にかけ、もう一人の決闘者を確認するのであった。

 

 

マリアンは中段に構えて相手の出方を待つ、そして相手の眼を見据えた。それはホリンから学んだ事である。

《全ての初動は眼から始まる》

マリアンはホリンの言う通り、眼の動きは身体と連動する事を知り一先ずは見るのである。

ジェノアの剣士は正眼に構えからじりじりと間合いを詰めていく、マリアンも少しづつ円を描くようにしながら間合いを逐一確認していく。

 

ジェノアの剣士が動く。正眼からの飛び込みからの刺突にマリアンは剣先を横薙ぎを入れて軌道を変えながら身を捩って回避する、剣士はそのまま体当たりを試みるがマリアンは予想をしていた。

女性であり、まだ未発達な体躯では力押しされると勝ち目はない。マリアンはその小柄な体格と柔軟な体を鍛え上げて短所を長所になるように研鑽し続けている。

 

マリアンは突撃するジェノアの剣士を見事な跳躍で回避する、前転宙返りで170㎝強もある剣士の頭上を越えたのだ。

彼女の身の軽さと身のこなし、柔軟さは特に素晴らしくカルトが見出して戦闘に応用するようにヒントは出したのだがここまで昇華せさるとはカルト自身も披露された時は驚きを隠せなかった。

 

剣士の背後を取り横薙ぎの一撃を入れる、辛うじて剣を受け止めて防御したが体勢が悪すぎる。マリアンはここを逃さず連撃を仕掛ける。

横薙ぎから袈裟斬り、切り上げ、唐竹割りと繰り出すが剣士に大きな一撃を入れることができずに距離を置いて間合いを取り直した。

 

剣士はマリアンがここで距離をとった事を悟り、攻撃に入る。

勝機とばかりに連続攻撃を繰り出し決定打を与え切れなかったマリアンは体力切れを恐れたからに違いない。と剣士は悟ったのだ。彼女の呼吸の荒さが物語っている、再び剣を交えて斬り結び始める。

 

「くっ・・・!」

マリアンは苦悶の表情を浮かべる、剣を打ち合うたびに手に衝撃が走っているのであろう。非力なマリアンは徐々に握力を失い打ち負けてきている。

 

とうとう剣圧に飛ばされたマリアンは体勢を崩した、剣士はここで強撃の一撃を加えんと追いすがる。

打ち下ろしの一撃をマリアンの肩口にふりおろす。

勝った!と剣士は疑わなかっただろう。マリアンは体勢を崩しておりとても回避も受ける事もできないで状態であるのだ。

 

なのに剣士の剣は空を切り裂き、地面に打ち付けるだけであった。

一瞬剣士の動きが止まる、思考の坩堝に入ったのだろう、マリアンはそれを逃さない。

剣士の胸部に袈裟懸けに斬りつけた。

「ぐはっ!」

胸部を抑えてうずくまる。マリアンは一歩下がって剣についた血糊を払い、鞘に収める。

 

「見事な一撃だったな。」レックスはマリアンに賛辞を送る。

「レックス様、有難うございます。」

「最後の宙返り、バックステップからのジャンプして斬りつけるあの一連の動作。カウンターで決められたらたまらないだろうな。」

レックスのその言葉は、マリアンにもだが剣士にも言った言葉でもある。

剣士は上を見上げ、敗因を知った事に納得がしたのか清々しい顔になった。マリアンはその表情を読み取り、彼とは違った顔をするのであった。

 

彼は剣を逆手に持ち自害する覚悟を決めていたのだ、自身の腹部につき入れようとした剣をマリアンは握り止める。

「・・・!!」

剣を伝って血に落ちる血は剣士の血ではない.、マリアンが鍔元を直接握り妨害した事による物である。

剣士は渾身で最後まで力を緩める事がなければそのまま自害できた、しかしながら敵に阻止された事による驚きにより止めてしまった。

 

「なぜ?そこまでして止める。」

「あなたは勝機があった時の一撃は私を殺すほどの一撃ではなかった。だから私もそうしただけです。」

「・・・そこまで見抜かれていたとは、・・・私の負けだ。」

剣士は剣を投げ捨て、敵意を喪失させるのであった。

 

 

 

ガンドロフはマーファに着くなりエーディンを手篭めにしてしまいたいところであったが、シグルド公子の策略で防衛準備に追われてしまう。

苛立ちを隠せないまま持ち場に着いたガンドロフは、エーディン公女を地下牢に放り込んでしまった。

それは他の荒くれどもが手を出す恐れがあるための防止策である、鍵は自身さえ持っていればとりあえず手を出される事はないからだ。

放り込まれたエーディンはシグルドが救出に向かってきている事に感謝し、無事にきている事を祈るのみであった。

静寂の暗闇で一人の祈りを続けている時、不意に雑音を感じ目を開ける。地下の牢屋から外の喧騒はかけ離れていて聞こえてこない、その中で何かをこすり合わせるような音が聞こえている事に気付きエーディンは牢屋の格子から外を確認する。

 

放り込まれた、隣の牢屋に誰かがいる。約1日ここに放り込まれたにも関わらず隣の存在に気付かないその希薄感に少し驚いた。

 

コトン!

乾いた音がすると、次は何か金属と金属が当たる音がする。

 

カチャカチャ・・・カチリ!キィー・・・。

牢が開く音がした。

 

ここでようやくエーディンは脱獄している事に気付き声をかける。

「もし・・・もし!」

 

するとすぐにあどけない軽装の少年が表した。少年は一度小さな声で喋るジェスチャーを送りエーディンが了解したと返されてから声をかける。

「こんばんは、君がイザークのお姫さん?」

「えっ?私はユングウィのエーディンです、違いますよ。」

「そっかあ、ここに姫さんが囚われていると聞いたからコソ泥の真似までして捕まったんだけどなあ。

エーディンさん、だっけ?ここから出たい?」

無言で頷くと少年は笑顔で鍵に細工を施し出す。

「待ってて、ここの鍵なんておいらにはあってないような物だからね。

おいらの名前はデュー、少しの間よろしくね。」

 

牢から脱出し、デューと名乗った少年はまるで自分の庭を歩いているかのように熟知した足取りで城外へのルートを歩き出す。デューは夜のこの時間帯が昼夜の切り替えのタイミングである事が月の位置から割り出していた。

人の出入りが多いが引き継ぎが曖昧なこの城ではデューの事もエーディンの事もどこまで認識しているかはっきりしていない。今夜が脱出のタイミングと認識していた。

 

牢からすぐに客室の鍵を開けて窓より中庭にでる、茂みを使用して身を隠匿しながら中堀へ向かっている。

この中堀から外堀まで繋がっている事を知っているデューは水路から脱出を選んだ。

「エーディンさん、泳ぎは大丈夫?」

「え、ええ溺れない程度に・・・。」

「一応この浮き袋を使って、極力頭を出さないようにしてね。夜でも夜目の効く連中ばかりだから音は立てないようにしてね。」

「わかったわ。」

二人は中堀にゆっくり近付き体を水に沈めていく、まだ春になったばかり水はかなり冷たいが連中もそこに頭がある。警戒は緩い事からの判断であった。

 

 

二人は無事に中堀から外堀、そして城下街の川まで脱出に成功する。

岸から上がった二人はすぐに地下水の入り口で一度周囲の警戒と休息を取ろうと移動を始めた時であった。

デューの足元に一本の弓矢が刺さり、行く手を遮る。

 

「貴様は地下に囚われていた者だな。・・・!あなたは・・・?」

宵闇から声をかける者がいた、エーディンには闇を見通せる目はないがデューにはある。

即座にその者を認識して、声を発した。

「ジェムカ王子・・・。」

デューにとってはこの場面で一番であってはいけない者に会ってしまったと思えた。

バトゥ王の中で一番の切れ者であり、王の懐刀に近い存在のジャムカには生半可な小細工は通用しない。

彼の弓の能力は随一で、狙われた者は必ず屍になってしまう事より付いた第二の名は《サイレントハント》と呼ばれ畏怖されてきたのだ。

 

「まさかつけられていたなんて・・・、参ったな。」デュー後ずさり言葉とは裏腹な態度をとってみせる。

ジャムカはそのデューの行動をほとんど無視し、隣にいる美しき公女に再び返答を求めた。

「私は、ユングヴィのエーディンです。」

 

「まさか、あなたが・・・。」

ジャムカは弓を下ろす事なく、デューとエーディンに近寄る。月夜の闇で二人の確認ができていないのであろう、警戒しながら視認を急いだ。

その一瞬を見逃さないデューはジャムカに不意の一撃を決めるべく、ジャムカに挑むのであった。




人物紹介

レックス

ドズル家のランゴバルト卿の次男坊として育つ。
彼は父上や兄であるダナンとは違い、次男としての奔放さからか権力や政権には囚われず自身の正義を拠り所にしている節がある。
曲がった事を特に嫌う事が特徴であるが、父の対面もありシグルドとは必要以上に親交を深める事はなかった。唯一アゼルとは年が近くヴェルトマーと親交があった為、仲が良い。
騎士として貴族としての素養は高く、攻撃力とタフさから常に自ら前線に立って敵軍を屠る姿は味方の士気を高める起爆剤となる。



クブリ

シレジアの魔道士
かつてはトーヴェのマイオス公に仕える司祭として活躍していたのだが、シレジアの内戦によりマイオス公は敗北し武力放棄を命じられた。
クブリは息子であるカルトにその身を委ね、彼の魔道士部隊の責任者として行動を共にする。
ゲーム上のグラフィックではフードを被ったおっさんでだったが、この小説内では若干の年齢で相当な魔力を持った少年である。フードの中を見た者は少ないがかなりの美形である。
風の魔法と聖杖を使いこなすシレジア一の魔道士。


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秘剣

ようやく、あの最強剣士様登場です。
防御に見切り、攻撃に流星剣なんてまともに勝てるユニットなんて存在しないでしょうね。


ホリンは突き進む、レックスとマリアンが譲ってくれた機会を無駄にはできない。抜き身の剣のまま中庭を越え、通路を突き進み玉座へ突き進んだ。

王の間はどの城にも特徴があり必ず一階に存在する、それはバーハラの城でもこのジェノアでも変わらない事がこのユグドラシル大陸の特徴である。

一階全体は王と近衛兵などが執務を行う場所であり、二階以降は宿舎と考えると分かりやすい。

 

ホリンは王の間に突き進むが肝心の主人はおらず、空の玉座が主人を待つかのように佇んであるのみであった。

(やつらはどこに!)

ホリンは見渡す、この騒乱の喧騒の中で脱出したのだろうか?いや、それでは先程の強者を使って足止めする理由がない。やはり時間を稼いで脱出する手段を講じている筈である。

しかしホリンは二人の間をかけ抜けて最短に近い時間で玉座まで侵入したのだ、多少のジェニア兵と切り結んで来たが、一人10秒も満たないうちに倒してきている。

 

(このどこかに、緊急脱出用の通路がある!)

ホリンはここで確信する。

もし、ここ以外にあったとすれば鉢合せをする筈である。それがないという事はこの間に隠し通路があると断言できる。

ホリンは部屋の様々な調度品がある中で怪しい部分を見渡して調査する。壁を探り、音で空洞を確かめて行くがそのような痕跡はなく他を当たる。

 

「不自然を感じる事が大事なんだよ。」ホリンは突然、デューが言っていたことを不意に思い出す。

以前に、イード砂漠でデューがいとも簡単に地下への隠し通路を見つけ出した事を聞いた時の一言であった。

 

デューはあまり物事を言葉にする事は得意ではない、彼の曖昧な言い回しで唯一わかった言葉がそれであった。

ホリンなりの解釈では物事には順序があり、矛盾点は存在しない。そして矛盾点は作為であり、意味を持っていると言いたかったのだろう。と思っている。

 

 

ホリンは一度深呼吸を行い、再度見渡してみる。

もし壁が動く仕掛けなら、足元の絨毯に皺ができる筈だがその様子はない。

絨毯の下に隠し通路があったとしても絨毯が綺麗に敷き詰められているこの状況では壁が動く事と同様に不可能である。

ホリンは絨毯を丹念に見つめているとある一部分が僅かに湿っている事に気付く、なぜこんな所に?

雨が入り込んだ事に、気付き上を見上げる。

するとある一角のみ人が一人出入りできるだけの大きさで、正方形を描くように染みを作っていた。それは先程のまで空いていて人がくぐり抜け、閉められた痕跡に違いないと断言した。

ホリンは王の間を出て二階に駆け上る、王の間の真上を目指し友人のデューに感謝をする。

 

 

王の間の上は大きなバルコニーになっており大きなガラス戸を観音開きに開く、雨はすっかり止んでおり漆黒の暗雲より、月が出てこようとしていた。

 

その月の光を頼りにキンボイスを見つけようとするが、気配にて目の前に誰かいる事に気付きホリンは身構えた。

 

「機転のいい男だな、しかしここを看破してしまった以上ここより先へ通すつもりはない。」

闇夜からテノールのよく響く声がホリンを制する、その声の持ち主は低いが女性の物である。

ホリンはこのするテラスの端を凝視した時、待ち望んでいた月の光が射し込んだ。

 

マリアンの髪よりもさらに深い漆黒の黒髪を持ち、腰まで真っ直ぐに伸びる長い艶やかな髪は月の光を反射させていた。端正な顔には強い意志を持ち、目の光はどこかやり場のない怒りを発していた。

 

ホリンはその鬼気迫るその迫力に息を飲んだ。初めて年の同じような剣士に、一瞬ではあるが気圧されてしまったのだ。

そしてこの女性剣士に確認しなければならない、父上とマリクル王子が命をかけて守ろうとしたお二方である事を・・・。ホリンは必死に声に出そうとするが、女性剣士から発する殺気にうまく声に出せずにいた。

ホリンの脳内は混乱に満ちている、そんな中でも必死に思考する。彼女は傀儡になっている可能性のみを思案する。

 

だが、これ以上の思案はできない。女性剣士は剣を抜き、ホリンに威圧し始めたからであった。

「どうした?ここを看破したほどの男だ、ここを通りたいのだろう。

私も時間がない、立ち去らないというのであれば不本意ではあるが排除させてもらうぞ!」

 

女性剣士は腰をかがめると一気に間合いを侵食する、ホリンはその速度に驚愕し剣戟を受け止める。

ガキィ!

両者の剣が交錯する、がこの交差は一瞬であった。体を入れ替えた女性剣士はこれもまた凄まじい速度でホリンの死角である右側面に剣を支点に高速移動し、その支点から起動を変えてホリンを切り上げた。

「!」

速度は凄まじい物ではあるが、正面から勝負を挑まれて競り負けた事などここ数年なかった。父上ですらホリンから一本をとったのはもう四年ほど前であり、最近では負けなしであった。

 

今の一撃は、模擬戦では一本を取られてもおかしくない程の衝撃であった。しかし今は実践であり、死闘である。命の灯火が消えるまでに至っていない一撃に弱気になるわけにはいかない、ホリンは気迫を絞り出し女性剣士に対抗の一撃を見舞った。

 

女性剣士は一気にホリンの間合いの外へバックステップし、構え直す。

「ほう、あれをうけて戦意をなくさないとは。グランベル軍にも少しは骨のある男がいたようだな。」

 

「グランベル軍?」

「ああ、憎いグランベル軍とは幾度となく手合わせさせてもらったが集団でなければ吠える事も出きないような軟弱な連中ばかりであった。」

 

「なるほど、イザークの君にはさぞ屈辱の仕打ちであっただろうな。

そんな烏合の衆に国を滅ぼされつつあるなんて事は。」

ホリンのその言葉に女性剣士は殺気に続いて怒気を孕ませる。

 

「貴様、言ってはいけない事を言ったな!」

この言葉にホリンは断定する。月夜で顔を全て見たわけではないがイザークの珠玉を守る姫君、アイラ王女である。この挑発に彼女を傷付け、全力になってしまった事は痛恨であるが思考が不器用なホリンにとって自分ができる最良はこれしか方法がなかった。

こうなっては自分の命をかけて彼女に想いをぶつける事しかない!そい悟ったホリンもまた闘気を呼び起こし、彼女の全力に答える事にする。

 

暗雲が徐々に晴れていき、十五夜の月が剣士を照らす。冷たい光を照らす二人の剣に輝きを宿った時、行動に移す。

 

先手はアイラ、闘気をまとった彼女は初速から最大速度を発揮する。

それは闇夜に流れる流星群のようで瞼の瞬きも許さ神速剣、一瞬で間合いを侵略されたホリンではあるがまだ彼は動かない。まるで力を直前まで溜めて一気に打ち出すかのように闘気を内に秘めていた。

アイラの初撃がホリンの額に差し掛かった時、ホリンの初撃が打ち上げられた。

 

アイラの秘技流星剣とホリンの月光剣が相対した瞬間であった。

アイラはその初撃を撃った所で第二、第三の太刀がホリンを襲うつもりであったがその剣技は強制的に遮断された事に即座に理解する。

 

それは刀剣である。彼女の剣は半分の所で裁断され、使い物にならなくなっていた。

アイラはグランベルの剣士の技量に驚き、理解する。

 

「き、貴様は一体!」

剣を無くした剣士は、剣士ではない。ホリンは父上の言葉を反芻する。

《話を聞く耳を持たぬ剣士は、剣を叩き壊せば良い。》

ホリンには、この道しか残されていなかった。カルトのように言葉を相手の胸に響かせる事ができないホリンにとって唯一の方法であり、実行できた事を父に感謝する。

 

「アイラ王女、私はソファラのホリンです。不躾な対応で申し訳ないと思っていますが、おそらく監視が付いている可能性があったので剣を破壊し、捕縛されるように致しました。」

「・・・・・・。」

「私は、マナナン王と父上よりアイラ様とシャナン様の亡命先を手配する命を受けておりましたがアイラ様に余計な苦労をかけてしまいました。申し訳ありません。」

頭を下げ、謝罪を口にする。

「もし、よろしければこれからでもアイラ様のお力になりたい・・・」

ここまで口を出した時、ホリンの頰を強かに打った。乾いた音が闇夜に響きわたる。

 

「ふ、ふざけるな!そのような命を受けていたとはいえ、グランベル軍に身を置くなど以ての外だ!

散っていった者達に何と説明するのだ!」

アイラの怒りが再びホリンに襲いかかる、剣としては無類の強さを発揮する彼女ではあるがイザークから一度も出た事がないお姫様である。世間には疎く、融通も利かない。

 

ホリンは今一度、カルトに出会ってから行動で持って示した若き指導者の行動を振り返り、国家間の蟠りを消していく姿を言葉で表現した、拙い言葉であるが彼は紡ぎ出す。

「確かに、イザークにとってグランベルは憎い存在であります。しかし戦争はそんな国家間の諍いであって、人々の心まで同じではないのです。

シアルフィのシグルド殿、そして友と言うだけで国家間の枠を越えて救援にこの地に入ったレンスターのキュアン殿、親族間で諍いはあっても正義の志しを同じくするレックス殿は敵国でありながら我らの剣士の志しと同じではないですか?」

「・・・・・・・・・。」

「アイラ様、力になります。シャナン王子を救出しましょう!

そしてシグルド殿やカルト殿に事情を説明しましょう、きっと彼らの処遇は私達の恐れる結果にはなりません。」

ホリンはうずくまるアイラに跪き、決断を委ねた。自身の思いは全て伝えたつもりである、あとは彼女の心のみ。嘆願するようにホリンは瞳を閉じて決断を待つ。

 

 

朧となっていた月が再度光を射し込んだ時、アイラは決断する。

「私は負けた身だ、イザークの教えがそうであるなら強者の裁きに従えだな。

ホリン殿、先程は失礼した。今からでも間に合うなら力を貸して欲しい。」

 

ホリンはいつの間にか立ち上がり儚げな笑顔を見せている彼女に魅了される。あの時戦場で見た彼女を見て魅了されたあの時と同じ思いが湧き上がる。

月の光を受けている彼女の笑顔は真の笑顔ではない、シャナン王子を救出し本当の笑顔を見るまでホリンの戦いは終わらない、決意を新たにし彼女の差し伸べる手を握りしめるのであった。

 

 

 

暖炉で炎に包まれた木材が爆ぜる音にエーディンは目覚める、豪華ではないが平民では決して住むことができない質実剛健な家財道具に包まれた部屋で覚醒した。

マーファの地下牢に閉じ込められていた彼女の思考は現状を掴めない、微睡みの中で必死に思考し始めた。

 

不意にドアを叩く音がし、給仕の者が入る。

若くはないが老人といえば失礼にあたる夫人がバスケットに軽食を入れているのか、鼻腔から食欲を掻き立てる匂いを携えて入室する。

彼女は穏やかな笑みを送り、話しかける。

 

「お目覚めになりましたか、体調のすぐれない点はありますか?」

「大丈夫です、ご看病ありがとうございます。」おそらく、意識を失っている間彼女が世話していくれていると思われたエーディンは感謝を伝える。

 

「いえ、私はジャムカ様の命に従ったまでです。お気になさらずに。」彼女の言葉に彼女の記憶は一気に回復する。

「!・・・。デュー、デューさんはご無事ですか?」

 

「え、ええ。もう一人の少年のことですか?大丈夫ですよ、彼は元気にしています。

それよりもあなたの方が心配でしたのですよ。」

 

「・・・?」

「冷たい水入られて濡れた服で無茶なさったのですね、意識を失って高熱を出したのですよ。

ジャムカ様がお連れしなければどうなっておられたか。」

夫人はそう言って、軽食を差し出して退出する。エーディンに食事の邪魔をしたくないという配慮だろう。

しかし、彼女は食事に手を出さずに俯いてしまう。

 

「食べた方がいい、体に触る。」

横たわるベットの窓から声がかかり、エーディンは外に顔を向ける。

 

立派な樫の木の的に向かい、弓を引くジャムカである。

彼の正確無比な矢は既に命中している矢を見ればわかる通り、ほぼ全てが真ん中を射抜いていた。

今放った矢も、30メートルはあるであろう距離を瞬く間に空を裂いて真ん中を射抜いた。

 

「ジャムカ様。」

「様は余計だ、ジャムカで結構。」再度弓を放ち、真ん中を射抜く。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「礼も不要だ、この度はこちらに非がある。

あんたは体力が落ち着けばデュー共々シアルフィ軍に身柄を渡すつもりだ。」

 

「ジャムカ、あなたはどうするのですか?」

 

「俺は、兄上には協力する気はない。兄上であっても今回の件は自身でけじめをつけてもらうつもりだ。

だがシアルフィの軍がヴェルダンまで侵攻するのであれば容赦は、しない!」

ジャムカの弓がさらに力強く放たれ、的ですら2つに割れて樫の気を深く抉る。

エーディンを振り返ってみる彼の目には鋭く、そして悲しく輝いていた。

 

「あなたに次お会いする時、そのような目をされない事を神に祈ります。」

 

「祈りは、届かないさ。この国はもう神には見放されている。」

ジャムカの絶望の表情が、エーディンの心に無情の想いが響くのであった。




この度のホリンとアイラの決闘はいかがでしょうか?
私なりにかなりの時間と、校正に時間をかけて温めていた文面であります。

連撃の流星剣ですが、一撃必倒の月光剣を受けて剣が破壊したという結果にしました。

ゲーム上では防御力無視という、比較的地味な能力でしたがこの小説では斬鉄剣に近い能力も有していると独自解釈の上での内容となっています。(鎧を切り裂いてダメージ、剣に当たれば武器破壊)

秘剣には剣士の持つ闘気を加味しております、心と体の充実感、一体感がなければ成功しない物と解釈を私自身は思っています。

皆様もいろんな解釈をお持ちとは思いますが、よろしくお願いいたします。


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枯渇

前回の話の都合で文字数か少ない影響か、今回は文字数が多くなってしまいました。
今月からまた忙しくなりそうなので一気に掲載しております。

また次回以降は、更新が遅くなりますのでご容赦ください。
そろそろ脱字や、誤字も解消していきたい・・・。


テラスの隅に隠し扉が存在し、キンボイスはここから地下への隠し通路を準備していた。

隠し扉の先には小さい部屋になっており、すぐに螺旋階段で一階を通り越して地下へと向かっている。

一階の王の間から直接この螺旋階段へ行く事ができないのは、やはり隠匿性を高める為にあるのだろうとホリンは考えた。

 

 

戦闘を終えた二人は、ここまでの事情をアイラから聞きながら隠し扉の先を進む。イザークはやはりグランベル軍の主力がイード砂漠を突破されてから一気に形勢は悪くなったそうだ。

イード砂漠での戦闘では、グランベル軍主力の騎馬部隊が砂漠の不利に対して地の利を得ていたイザーク軍に軍配が上がっていた。

多大な物量において有利なグランベル軍は執拗な進軍が続き、疲弊したイザーク軍をリボーまでやむなく退却する事になりグランベル軍はイード砂漠を超えてイザーク国境まで進軍を許してしまった。

マリクル王子はここでアイラにシャナンを託しリボーの大規模戦闘の混乱に乗じさせ、わずかな従者と共に国外へ脱出させたそうだ。

先ほど中庭で出会った二人がアイラの言う従者であるらしい、二人共死を覚悟してアイラへ敵兵が向かわない為のカモフラージュをしていたそうだったがホリンの索敵が上手くいってしまったのが予想外であったのだろう。

 

当のアイラはキンボイスの奸計に会いシャナン様を人質に取られてしまう。

逃避行のうちに資金が底を尽き闘技場で資金稼ぎをしながらジェノアにたどり着いたのだが、凄腕の黒髪の剣士という部分にキンボイスはグランベルの賞金首になっているアイラ王女と看破した。

キンボイスが城主である以上、闘技場の公平さも関係がなく出場中のアイラの控え室に押し入って中にいたシャナンをさらったそうであった。

彼はアイラとシャナンをグランベルに引き渡す以上に、自分の護衛として利用する手段を選び、この度の状況となった。

 

螺旋階段を降りて行くアイラの足が止まる、それはそこより先が水で満たされ、先へ進めなくなっているからである。

「な、なぜ水で満たされているんだ!私は確かにテラスでキンボイスがここへ入っていく姿を見ていたぞ!」

ホリンは水をすく上げ、一口を口に含む。

 

「これは貯水されている飲料水か地下水だな、おそらく奴らが通過した後にここを満たすような措置を準備していたのだろう。

アイラ達を時間稼ぎに使った理由は逃げる時間を作るわけではなく、ここを満たす時間を稼ぐ為だったんだろう。」

「奴からは二時間稼いだらここから脱出していいと言われていた。宿敵のグランベルが相手だったので二人は死をかけて望んでくれて、私にはシャナンがいるから時間を稼いで脱出しと欲しいとまで言ってくれたのだ。

奴め!初めから私達を見殺しにするつもりだったんだな!」アイラは壁面に拳を叩きつけて激昂する。

「やつらは必ず市街の何処かから脱出するはずだ、時間ロスするが正面からでて探してみよう。」

ホリンは来た道を帰ろうとするが、アイラより同意の言葉は帰ってこない。

振り返ると、鎧を捨て服を手をかけているアイラがいて慌ててホリンは制する。

 

「ま、待て!落ち着くんだ!この水を進んでも息が持つわけがないぞ!

それにどこから水が噴き出しているのかわからないんだ、水流に巻き込まれたら一巻の終わりだぞ!」

 

「しかし!これではキンボイスに追いつかないぞ!・・・シャナン!」

「・・・・・・大丈夫だ、先程も言ったが奴らもここから市街の外までの脱出口なんて準備出来ているはずもない。

市街になら一人、この事態を想定しているかも知れない男がいる。奴になら、託せる!」

ホリンはそう伝えると元の階段を駆け上がる、ホリン自身にもそんな都合の良い根拠はない。だがそれを信じるに足りる程の天命を持つ男がいる限り、その祈りにを現実になると信じている。

シレジアに貴族として産まれながらグランベルを統べる力を持ち、その自由な思想と意思がまたここでイザークを救う一石を投じるのではと考えているのである。

 

アイラも後を追う、ホリンの言う根拠について云々言ったとしても彼の言う通り正面まで戻って市街を探し回るしかない。清流とはいえここで溺れ死んでは元も子もない事は明白である。

彼の言う全幅の信頼を置ける者の奇跡に頼りざるを得ない事に歯痒さを覚えてしまうのであった。

 

 

「なんて奴らだ!これだけの戦力差でなぜ奴らはここまで来れるのだ!!」

ガンドロフの叫びに腹心共も怯えて口を挟めない、ただただ頭を下げて謝罪の意を示す。

マーファの平野における戦いは血で血を洗う戦場と化していた、ただ闇雲に城から出陣してくるマーファ軍には指令もなく突撃のみ。

多大な人数差による優位だけでは、猛者であり適切な指揮官を要するシアルフィ軍を圧倒する事はできなかった。

 

シアルフィ軍はシグルドとキュアンが自ら戦闘を切って正面からであるが陣形を乱す事なく敵兵を屠った。

一定の時間前線に立った者はすぐに中衛の者と交代し、疲れによるミスをなくしエスリンが後方支援の回復にて死傷者は最小に抑える事が出来ていた。

夕刻になると一旦退却し、野営にて明日の戦いの会議を行う徹底ぶりに2日目にはマーファ軍は半壊状態と化していた。

そこにアゼルのエルファイアーが敵陣に火柱を上げ、戦慄しているマーファ軍にシアルフィ軍は畳み掛けた。

 

「はあ、はあ・・・。シグルド今日はこのまま突撃するのか?」

さすがのキュアンも連日前線の戦いで疲労困憊なのだろう、しかし敵兵の勢いが減退してきているここが勝負所とも見ていた。決断の厳しい状況にキュアンは親友の決断を聞いてみたくなった。

 

「はは、さすがキュアンも疲れているようだな。

ここは勝負所と思うが、我が軍も疲労は限界にきている。一度退却する。」

キュアンの心の中ではこのまま突撃し、マーファを叩くと思っていたので少々疑問に思ってしまった。

「少し早く退却する事が条件だ。こちらが退いてあちらも引くようなら、マーファを叩くのは今夜だ。」

「夜襲をかけるつもりか?ここに来て思うのだが、夜はあちらの方が有利だぞ。」

キュアンはジェノア前の森林戦で少々痛い目をあっているので確認する。

 

「それは奴らが一番承知しているさ、だからこちらに夜襲はないと考えているはず。警戒された日中戦闘も無警戒の夜襲も似たような物かもしれないが充分浮足立つだろう。

今日の戦闘で奴らの戦意がかなり落ちているから夜襲する程の奇策は考えていない。ならば、こちらから先手をかけて一気にガンドロフを討つ!」

 

シグルドの強き意志がキュアンの心を高揚させる、かつて士官学校にエルトシャン、シグルドと共に学んでいたが、シグルドはとんでもない奇策ばかりを提案し教官から賛美ではなく驚嘆ばかりを送られているように感じた。しかし彼の言う提案は実をよく得ている作戦であり、型にハマれば物凄い可能性を秘めている作戦でもあった。

一番優秀なエルトシャンですら「シグルドが敵司令官だったなら頭痛がしそうだ、奴ほどやりにくい男はいないだろう。」とまで言わしめた男であるからだ。

その男の決断にキュアンはどのような結果が起こるのか、心が高揚していくのであった。

 

 

 

ジェノアの市街地、一角にある貯水池のほとりにうごめく五人の影がゆっくりと動き出す。

城からの脱出に成功したジェノアの幹部3名にキンボイス、そしてイザークの珠玉であるシャナンである。

貯水池の調整路を通過した5名はその後水路の扉を開けて貯水池の水を城内に引き入れて通路を塞いだ事を確認し、次は市街地の外へ向けて行動していた。

 

シャナンは猿轡に手を後ろ手に縛られ、叫ぶ事も似げ逃げる事も出来ず俯いていた。

 

「兄貴、もうこのガキは用済みだし、さっさと殺して逃げましょうぜ!」

「馬鹿野郎、このガキは最後の砦だ。グランベルの連中に手土産を渡して詫びれば命は助かるかも知れねえんだ。」

「さすが兄貴、今回の脱出でも頭が冴えてますぜ。」

「ふん、貴様に言われても嬉しくないぜ!しかし、まさかあいつらここまで強ええとは思わなんだ。

この分じゃあガンドロフ兄貴のマーファもおしまいだろう。山賊にでも身を落として暴れ回る方がお似合いかもな。」

「ヴェルダンの跡取りが山賊稼業とは、先代に申し訳が立たんのう。」

老人の幹部が嘆き悲しんだ。

「うるせえ、やるだけはやったんだ。ガンドロフの兄貴が欲目さえ出さなければ、もう少し面白かしくできたものを・・・。」

彼は根っからの快楽主義の人間のようで貴族でも山賊でも、自身の思うように生きる事が楽しみな愚物である事を改めて認識した老人はため息をついた。

老人はキンボイスの幼少時代から教育係としてバトゥ王より命を賜り、自身の出来る限り王族として市民の上に立つものとして教育していたつもりであった。

しかし、このヴェルダンにおいては王族の常識は通用しなかった。王族同士であっても水面下での暗殺や領地争いを繰り返し、王子たちの心は黒く荒んでいく。キンボイスも例外ではなく、食事で月に2人は毒味係が死んでいく、ヴェルダン城への登場の度に族に襲われ護衛が死んでいく環境で成人の頃には精神がとっくに蝕まれていた。

 

老人はかつてこの状況を説明し、王に説明を求める。対してバトゥ王はこう言った。

「王子たちに罪はない、罪があるにはその周囲にある欲望なのだ。

欲望は一人歩きし、欲望を持たぬ者に欲望を植え付ける。王子たちを矢面に立たせて自身の欲望を得る為の道具に使われている。ワシの子達もすでに6人も失い、ヴェルダンの湖畔で何度泣いたことか数え知れない。粛清しても粛清しても、それでも止まないこの悲劇の連鎖を止めて欲しい。

この悲劇を潜り抜けた3人が力を合わせて立ち上がってほしいとワシは思うのだ。」

 

老人も当時はその言い分を理解し、共感を得る部分はあったのだがそこに死角がある事を王は思い至らなかったのだろう。

《王子たちにも、欲望の種は植えつけられてしまったのですよ。バトゥ王。》

それは父親だからこそ認めたくない部分である、賢王とは言われていても人の子から脱する事のできない限界に落胆を覚えてしまうのであった。

 

 

「キンボイス王子だな。」

「だ、誰だ!」キンボイスは咄嗟に反応し、闇に向かって威嚇する。

木の根元に胡座をかいてこちらを見据える瞳にただならない威嚇間感じて萎縮する。幹部たちは反応する事も許されず佇む他の選択肢を与えられずにいた。

 

口元を緩め、ゆっくりと立ち上がる。

「俺は、シレジアのカルトだ。貴様らを待っていた。」

「待っていた、だと?」

「ああ、あんた達がここの池を調整した瞬間に水位の変化に感応魔法で反応できたんだ。

そして転移魔法でここへ来たのさ。」

カルトはジェノアの食料焼き討ちの作戦時当たりを探っていた折に怪しい場所に目印を施し、変化がある度に魔力反応を起こすように細工していたのだ。

 

「き、貴様!俺たちの作戦をそこまで、誰かが吐いたのか!」

キンボイスは周りを見渡す、幹部どもは驚愕し首を横に降るのみであった。

「いや、劣勢になって自ら逃口のない城内戦闘を持ちかければ、普通は行き着く結論だ。」

カルトは白銀の剣を抜きキンボイスに突きつける、キンボイスも背中の斧を抜き構えた。

幹部も意を決したのか、老人を除く2人も武器を抜いてキンボイスに加担する。

 

「やっちまえ!」

キンボイスの号令に2人の幹部は剣を持ちカルトに襲いかかる。

 

袈裟斬りを剣で受け、すぐさま弾いてもう一人の剣を受ける。が、体勢を整えたもう一人が再び斬り合いに参加する波状攻撃を受けた。

「俺たち三人はいつも暴れまわってきた仲だ、立ち振る舞いの間合いもお互い熟知しているんだ。反撃する時間も与えないぜ!」

キンボイスをちらりとみたカルトは戦慄を覚える。

さっきまで持っていた斧ではなく、木で細工された見た事もない形状の弓が右手に装着されていた。

それは手甲のように装着されているが手首の辺りに十字になるように木がクロスされ、引き絞られた弦に引っ張られしなっていた。そして引き絞られた弦が肘辺りで短い矢がセットされており支点となる部分には鉄であしらった係りの仕掛けを操作していたのだ。

直感的にカルトはなんらかの飛び道具と認識し、回避しようとするが幹部達の執拗な逃げ口を封鎖する攻撃に軌道から身をそらす事はできない。キンボイスの放つ短い矢が胸部に襲いかかる。

 

「ウインド!・・・!!」

疾風を呼び起こし、急所への攻撃を回避できたが至近距離からの攻撃で体から完全に外す事は出来ない。

肩口に突き刺さり苦悶の表情を浮かべる。

さらに2人の幹部は、カルトに斬りかかり一太刀は受けるがもう一撃を胸部に受ける。

 

カルトはウインドを放って三人に砂塵を伴う突風を放って距離を取る。

ローブの下から鮮血が滴り落ち純白を紅く染め上げる、カルトは聖杖を取り出して回復を処置しだす。

「ライブ!」

淡い光が患部を照らす、胸部と肩部が徐々に癒えていくがカルトを見つけられる方が早い。

再び弓をセットさせ、その短い弓が放たれる。

「くっ!」

ライブを中断させて横へ跳ぶ!

 

「がはははっ!必死だな!死ぬのが少し伸びただけだったようだな!」

回復を中断されたカルトに再び幹部の2人が斬りかかる。

多少動けるようになったカルトはなんとか斬り結び、危機を逃れるが再びキンボイスの弓を大腿部に受けてしまう。

 

(まずい、ここまでできる連中だとはな・・・。)

後ずさりするカルトに幹部の2人は止めを刺さんと間合いをとる。

 

2人は一気に飛びかかった、カルト自身もその拍子に飛び出して一人に集中する。

一人の剣を剣で受け止め、渾身のウインドを放つ。

もう一人の剣を背後より受けるが、対象の幹部はウインドの直撃を受けてその場に昏倒した。

 

「!!!!」背後から巨体が迫っていた。

一人をやられてしまった事へ憔悴にかられたキンボイスは斧に持ち替え、唐竹割りを繰り出していた。

カルトは自身にウインドを使って危機を脱するが、疲労は強く膝をついてしまう。

 

「はあ、はあっ!!」

「どうした?もう終わりか!ダチをひとりやられちまったが、仕方がない。

さっさと終わらせてトンズラといくか!」

残った幹部が剣先をカルトに向けた、カルトも振り絞って立ち上がるが刺突の方が早い。

カルトの胸へと突き立てようとされた時、闇夜に一つの紫電が放電する。

「サンダー!」幹部はその怒りの雷を直撃し、その場に倒れこんだ。

 

「エスニャか・・・。」彼女は魔道書を胸に抱き、普段穏やかな表情しか見せない彼女だが明らかに怒りの雰囲気を纏っている。

 

「なっ!新手か!?」キンボイスは狼狽えた。

カルトは立ち上がり、笑顔を見せる。

「次は俺の番だ!くらえっ!キンボイス!!」カルトは魔法の準備に入る。

「させるかっ!」キンボイスの弓が再び放たれる。

 

カルトはその弓を腹部に受けるが避ける事はなかった。

「カルト様!」エスニャの悲鳴が響くがカルトの表情に絶望はなく魔法を完成させる。

「リザイア!」カルトの放った魔法はキンボイスの体を包み込むとカルトから発する光とつながり、カルトの傷がキンボイスに移っていく。

「がああああ!」キンボイスは突然数カ所より痛みと傷が浮かび上がり、その痛みにより気絶するのであった。

 

「はあ!はあ!やったか・・・。」カルトはその場にへたり込んでしまう。

「カルト様!」エスニャは、カルトに抱きつきその無事を祝福する。

「エスニャ、助かったよ。さすがにやばかった。」カルトの言葉にエスニャは一瞬硬直し、カルトを見つめる。そして・・・。

カルトの頬が激しく叩かれるのであった。

「エスニャ?」カルトは驚きを見せる。

彼女の瞳からボロボロと涙が溢れ、止まる事を知らないように地に落ちていく。

「クブト様から聞きました、カルト様は今日の戦いの治療でほとんど魔法力を使い切ってしまっていると言われていました!!・・・なのに!・・なのに!・なのに!!・・・なぜあんな無茶をなさるのですか!!

少しは、ご自身を大切してください。

私は・・・カルト様が大好きです!だから!私の為と思って無茶しないでください!!」

エスニャは顔を抑えて泣いてしまう。

「エスニャ・・・、ごめん・・・。俺、傲慢だった。許してほしい。」

「カルト様・・・。」

「俺、自身の力に目覚めてから色んな事が急にできるようになってしまった。その所為で何か焦っているところがあった。

エスニャ、ありがとう。君の気持ちは大事に受け止めさせてもらった。ただ少し時間をくれないか?このヴェルダンの戦いが終わったら君に俺の気持ちを伝えたい。」

エスニャは笑顔で頷きカルトもまた笑顔で答える、2人の中で満ち足りた気持ちの瞬間であったのだった。

 

 

一方、この茶番を端で見ているキンボイス側近であった老人とシャナンはただ見ている事しかできず。

なんとも居たたまれない様子となっていたのは語るまでもないだろう・・・。




キンボイス

ヴェルダン国のバトゥ王の8人の兄弟の内3番目の子供。
小さい頃より勢力争いの道具として使われ、その歪な幼少期を過ごしてから快楽主義へと育ってしまう。
小さい事に囚われない自由な思想は、王族という窮屈な境遇を打破したい願望からきていると思われる。

手先の器用さからクロスボウを発案し、幹部の2人とコンビネーションでの戦いを得意とする。

前線に2人の幹部が手数で相手を足止めし、後方からの弓の一撃。
足が止まった瞬間に斧の破壊力を生かした唐竹割りがフィニッシュブローである。


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休息

すみません、今回は戦後処理の話が続きます。

やはりキャラが増えるとエピソードが膨大になりまして、文字数も進行も鈍感してしまいます。
一話大体5000文字をベースに作ってきたのですか、今後はこのような処理回は文字数を増やして対応に当たる予定です。

次回も少し、処理回の続きがあると思いますがお願いいたします。


ジェノア城制圧の報がシアルフィ軍にもたらされたのは、シグルドが夜の進軍を強行する今しがたの時であった。

ジェノア制圧を信じなかったわけではないのだが、その朗報に背後からの敵襲は無くなると同時に後方支援も途絶える事がなくなる事を意味している。シアルフィ軍の士気は最高調のままに敵に有利な条件であるが裏をかいた夜襲を敢行するのであった。

 

騎馬部隊の駆け足である大地を揺るがす轟音は、マーファ軍を焦りへと追い込んだ。

連日の攻防戦において夜の進軍は無かった為、油断していたマーファ軍は後手の対応となりシアルフィ軍とは逆にジェノア城陥落の報まで受けたガンドロフは一層慌ただしくなる。

市街地のすぐ外ではすでに夜番である者が対応しているが、マーファ軍の全火力が整う前に前線が崩壊してしまうのではと思えるくらいシアルフィ軍の動きは早く烈火の如きであった。

 

 

 

「マーファもここまでのようだな。」迫り来るシアルフィ軍の怒号にジャムカは装備を整え、吐き捨てた。

ジャムカの私邸ではエーディン、デューに着替えを促し、外での敵襲を伝え準備させる。予定通り、従者を使って2人をシアルフィ軍に引き渡す為の手筈を説明していたのであった。

 

「ジャムカは、どうされるのですか?」エーディンは心配と不安を織り交ぜた言葉をジャムカに問いかけた。

 

「どうもしないさ、以前にも言ったがこれは兄上の失態だからな。

俺は父上の周辺を護る任務の過程でマーファに短期駐在しているだけさ、シアルフィ軍の動向がわかればヴェルダンに帰還するように言われている。」

 

「ヴェルダンへ、帰られるのですね。」

 

「そうだ君をシアルフィ軍、グランベルにお返ししてこの度の事を謝罪すればもしかしたらマーファまでで戦争は終わるかもしれない。以前の父上ならわかってくれると思うのだが。」

 

「以前?それってどう事なんだい?」デューは投げ掛ける、ジャムカは少し憮然な面立ちになり先を進める。

 

「サンディマという魔道士が来てから父上は変わってしまった、争い事など無縁な方だったのに兄上に突然グランベル侵攻を言い渡してその様だ。イザーク遠征中のグランベルに侵攻してもその後どうなるかんて俺にでも理解できる事を父上が決断するとは思えない。」

 

「そのサンディマという奴がけしかけたって事?」

 

「一国の王がヴェルダンの歴史を調査する名目で来た魔道士の言葉を鵜呑みにして、さらに出撃を決断するなんて愚行がある訳がない。」

 

「穏健な国王が決断した違和感にその魔道士が来たタイミングは都合が良すぎるんだね、ジャムカ?」

 

「・・・その通りだ、奴が来てから全てがおかしい。

父上の提案はもともと好戦的で向こう見ずなガンドロフの兄上や快楽的なキンボイスの兄上には麻薬のように浸透していったが、俺には受け入れられない。いくらサンディマが父上を唆したとしてもここまで事態が悪くなれば父上も再考するように願い出て見るつもりだ。」

 

「そうね、まずは話し合った方がいいわ。・・・でもジャムカ、危なくなれば戻ってきてね。事情が解ればシグルド様ならきっと協力してくださいます、だがらきっとまた会いましょう。」

 

「・・・ああ、約束しよう。」ジャムカは一つ微笑むとその軽快な体躯を闇に沈めていくのであった。

 

 

カルト達混成部隊がマーファ城入りしたのがシグルドが夜襲を敢行して2日後の夕刻であった。

 

カルト達はキンボイス捕縛後に事後処理に奔走し、グランベルからの役人が来るまでの間自治できるように手配する。ジェノアや周辺地区に対して城にあった食料を返納し、天馬部隊に配布を行うと同時に教会との連携で医薬品の配給を行い、急病人や怪我人の治療を急がせた。

手配を一通り終えたカルトはすぐさまマーファに向かったのだがほぼ3日を有してしまった。

 

ガンドロフ王子の夜襲においてこちらも城内戦闘に持ち込み、城下町を最小限の被害にしてガンドロフ王子をグランベル侵攻の主犯としてその場で斬首を行った。

ガンドロフ王子の死によりヴェルダン以外の地はシアルフィ軍により制圧され、2人の王子が率いていたヴェルダン軍は全壊したと言っていい状況であった。捕虜からの情報によると、ヴェルダン城に残っているのはジャムカ王子が率いるハンター部隊のみと判明する。

 

エーディン公女救出により、シアルフィ軍はこれ以上の交戦は無意味である事を捕虜としたマーファ兵に手紙を認めて交渉の場に出るように促したそうであるが、バトゥ王からの返事はなくさらに2日が経過する。

シアルフィ軍は連日の激戦から開放され、一時の休息を得る事になった。

 

 

カルトはマーファにある一室に入る、部屋の手前には歩哨が2名立てており警戒している。

カルトを一礼をした後、歩哨の者は鍵を開けて入室を許可する。

 

中は簡素な作りになっており、ベッドには体格のいい男が横たわっていた。

体には包帯が巻かれているが、手足には錠付きの拘束具が装着され戦犯者である事が一目で判断できる。

男は体を起こす事はなく、こちらを見据える事となった。

 

「よお、体の加減はどうだ?」

「貴様がやっておきながらよく言いやがる・・・。」

 

「その傷もあんたの部下が付けたもんだ、返しただけさ。」

「・・・・・・、なぜ俺を殺さなかった?」

ジェノアの城内戦闘においてレックスに生きたまま捉える事を条件にされた対象者、キンボイスはカルトに吐き捨てた。

 

「まあ色々だ、こちらにはこちらで事情があるんだ。

死ななかっただけよかったじゃないか、と言いたい所だが一名お前の首を斬ると息巻いていた人がいるようだ。身に覚えはないか?」

 

「アイラか・・・。

今からでも連れてこい、奴に斬られた方がスパッと落としてくれるだろから苦しまなくていい。」

キンボイスは怒りでも悲しみでもなく、憑き物が落ちたかのように冷静に物事を捉えそう口にしている。

カルトはそう分析し、一つため息をついた。

 

「まあ、そう死に急ぐな。貴様には聞きたい事が沢山ある。まずは、この戦争の首謀者は誰なんだ?」

 

「親父に決まっているだろう、いくら俺や兄貴でも勝手に軍を率いてグランベルへ攻め上る事は出来ない。

親父から軍の指揮権を譲り受けて兄貴が向かった。」

 

「いや、バトゥ王は穏健派の賢王だった方だ。理由もなくグランベルを侵攻するとは考えにくい、何かあったのではないか?」

 

「・・・。」

 

「なにか、節があるそうだな。」

カルトはその表情を読み取り返答を待つ、彼の重い口は徐々に語り始めた。

 

「あれは、二月ほど前の話だ。親父には俺たち兄弟のさらに末に一人の妹がいてな 、その妹が病を患い手の施しようが無い程重症化してしまったんだ。年を取ってから産まれた初めての娘なもんで溺愛していた親父はある男を城内に入れたんだ。」

 

「男?」

 

「そいつは、各地の歴史を調査する魔道士で名はサンディマと言う奴だ。奴が妹を治療する事が出来ると言いだして疑いもせずに娘の部屋まで入れてしまったんだ。」

 

「サンディマ、魔道士・・・。」

 

「そのサンディマが妹を治療するたびに回復をしていくのだが、親父はそれから徐々におかしくなっていくように思えたよ。」

 

「どういう事だ?」

 

「感情を表に出さない親父が、攻撃的な口調をする時があったり部下の失態で牢に入れたりと以前の親父には考えられない行動があった。

なあ、あんたならどう思う?人が簡単に変わってしまう事はあるのか?」

 

「・・・、人の考え方なら解らなくはないが性格は簡単には変えられない。サンディマと言う男がなんらかの影響を与えているには間違いないな。」

 

「そんな魔法があるのか。」

 

「・・・ない、・・・はずだ。人の心まで、変えてしまう魔法など。」

カルトは目を瞑り答えるが、一つ何か引っかかる物を感じて断定できないでいた。

 

「そうか、残念だがあれは親父の意思なんだろうな。サンディマを締め上げて問い正したい所だが自身でその機会を潰した俺には資格は無いか・・・。」

 

「キンボイス、お前は・・・。」

「それ以上は言いっこなしにしてくれ、俺の首はアイラに飛ばされる運命だ。最後くらいは潔く行きたいもんだからな。・・・だからよ、一つ頼みごとを受けてくれねえか?」

 

カルトは今更ながらにヴェルダンを憂いた一言に彼もまた運命の歯車を狂わされた人間である事を理解した。その清算をする事も出来ない彼は託す人物がいるかのように見上げた顔は笑顔を作っていたのだ。

 

「いいだろう、言ってみてくれ。」

「ありがとよ、あんたと出会った時にシャナンを保護していたジジイがいただろ?

あれに捕虜の価値も、知識もない役立たずだし付いてくる部下もいない。釈放してやってくれねえか?」

 

カルトはキンボイスの顔を見る、彼にはもう快楽主義である仮面は取り払われ真意がそこにあった。

瞳は一時も反らすことはなくカルトの眼を掴むかのように見ている、それは嘆願そのものと理解する。

 

「いい世話人を得たな、キンボイス。お前は本当に馬鹿な奴だよ。」

カルトは唇を噛み締めて言い放つ。

 

「俺の国では政治の水面下は醜い勢力争いが続いている、みんな裏切りと陥し入れられる事に疲弊して正常な判断が出来なくなっているんだろうな。貴様には解らない事だ。」

 

「貴様だけとは思うな。」

カルトは小さく呟く、キンボイスがもう一度聞き返す時に同じ言葉を大きく叫び放つ。

その怒声に外にいた兵士が慌てて入ってきたくらいであった。

 

「俺は小さい時に、毒を何度も口にしてしまい死線を彷徨った。訓練という名の暴行も受けてきたし、死地とも言える戦場で放り出された事もある。

その時の俺には世話人もなく一人だった。諭してくれる人もなく、叱咤してくれる人も、優しく抱擁してくれる人もいなかった。・・・やけになる気持ちは解らんでもない。

しかしキンボイス、お前はなぜ腐ってしまったんだ。あれほどのいい世話人の話を聞いていてなお貴様は道を外してしまったのか!俺は一人だったが腐る事は決してしなかったぞ!」

 

「き、貴様も・・・?」

「ああそうだ。母親を早くに亡くした俺は権力争いの弱者として迫害され、聖戦士の聖痕が出てしまった事で嫉妬の対象になり、魔力が強大な事で実の父から畏怖される対象になった。

地獄のような日々だった、人格もなくして虚無の世界を生きているようだった。それでも俺は腐る事だけはしなかった、そこで立ち枯れてしまっては今まで生きてきた事を自分自身で否定すると思ったんだ。」

 

沈黙が流れる、キンボイスは先程のカルトの激白にショックをうけて項垂れている。自分よりも過酷な運命を受け入れて突き進んでいるカルトの行動に自身を重ね合わせているのであろう。一切の言葉が出ない状態であった。

 

「すまない、少し感情的になりすぎた。貴様の世話人の事はまかせてくれ、悪いようにはしないしない。

・・・アイラの判断がどのようになるかわからないが、希望は捨てないでくれ。・・・邪魔をした。」

 

「カルトさん、だったか?」

早々と立ち去ろうとドアのノブを手にした時、キンボイスの声がかかる。

カルトは振り返る事なく静止し、耳を傾ける。

 

「ヴェルダンを、頼みます。」彼の一言に満足したカルトは口角のみを上げて退室するのであった。

 

 

 

「エスニャか・・・。」

カルトはキンボイスの退室後、すぐの中庭の石柱を背に座り込んでいた。魔力の気配に気付いた彼は顔を起こす事はなくエスニャの接近に察知する。

 

「カルト様・・・。」

「キンボイスの会話、聞いていたんだな。」

 

エスニャは申し訳ないように俯き、肯定する。

彼女は俺の心配から後を追ってきてくれていた、非難する気はないのだが先程の会話を彼女に聞かれたくは無かったのがカルトの本音である。

 

「ごめんなさい・・・。私、あなたの事を知らな過ぎていた。

なのに、私・・・。自分の感情を押し付けてばかりで、カルト様申し訳ありません。」

エスニャは顔を手で覆って涙する。

 

おそらく、先日の平手打ちの事を言っているのだろうか。いや彼女はもっと心因的な事を言っていると思われた。静かに肩に手を当てて彼女を落ち着かせるように振る舞う。

 

「カルト様はずっとお一人で闘われていたのですね、人間不信になっておられてもおかしくないのに一人奮起してこられた方に私のような者がカルト様を支えるなんて・・・。おこがましいです。」

嗚咽が堰を切ったように漏れ出していく、彼女の気持ちが自身の胸に吸い込まれて癒されていく。

 

(忘ていたよ、この感情・・・。安らぎを・・・。)

あの頃、ラーナ様に救出される直前の俺はすっかり魂が擦り減ってしまって心が乾ききっていた。来る日も来る日も戦場に赴いて敵兵を屠る毎日、希望もなくただ黒い世界を歩む・・・。

そんな中でラーナ様と出会い、レヴィンに助けられて過ごした日々を愛おしく感じたあの頃を鮮明に思い出した。

カルトは少し、笑って彼女の髪を撫でた。

 

「俺の為にそんなに泣かないでくれ。

シレジアのレヴィン王やラーナ様に助けられてここまで歩んできた。そして今はエスニャ、君やこのシアルフィの連合軍のみんなに支えられながら進んでいるんだ。恐るものはない。」

 

「・・・はいっ!」彼女は涙を拭ってははにかんだ。

 

 

 

二人の様子を上階のバルコニーで伺っていたアイラとホリン、それにデューとマリアンとシャナンは二人を見守っていた。

当初はカルトがキンボイスの元に向かうとの事でその後、アイラはキンボイスの処断しようと画策をしていた。

カルトが情報を聞き出した後であればいいだろうと思っていたのだが、そのやりとりをみて興が冷めてしまったのか息巻いていた時の抜き身の剣はすっかり鞘に収まり、腕組みをしている。

 

「ふん、まあいいだろう。シャナンは無事だった、奴を殺しても何も始まらん。」

ホリンは笑みを浮かべて同意する、できればアイラには余計な殺害に加担はして欲しくないのがホリンの意見であった。

 

「しかしホリン、奴がお前のいう信頼できる男か・・・。」アイラはカルトを見ながらそう言うと

「ああ、奴がいなければここに俺もマリアンもいなかっただろう。シャナン様もアイラも奴がいなければどうなっていたか。」ホリンは返した。

「確かに、感謝せねばならないな。」アイラは再度笑みを浮かべる。

 

「アイラ、俺たちはこの後早々にヴェルダンを抜けてアグストリアに向かう。

シャナン様がシアルフィ軍に駐留すればシグルド公子のグランベルに対して在らぬ噂が立つ恐れがあるとカルトが言っていた、エルトシャン王にも手引きをお願いしているそうなので準備が出来次第向かうとしよう。」

 

「そうだな、恩義を仇で帰るわけには行かぬ。そうするとしよう。」

「デュー、君はここに残って俺たちとのパイプを頼んだぞ。」

「うん、わかった。」

「マリアン、カルトを頼んだぞ。」

「はいっ!」

イザークの三人は次の目的地、ノディオンへと向かうのであった。




ヴェルダン国

湖が国土の中心に存在し、その豊富な水源の恩恵を受けて大森林が存在する美しい国。
主生産業が農業で、食料事情には明るい国であるが秩序の乱れが酷く山賊や盗賊が跋扈し国軍でもってしても手を焼く荒くれどもが多い。

バトゥ王の政略により、一時は穏やかな国であったが疫病の蔓延から兄弟間の軋轢や家臣達の暴走によりガンドロフ王子やキンボイス王子の抑制が効かなくなり秩序の崩壊が訪れた。
サンディマの干渉によりさらに国内は混乱し、シアルフィ軍と対峙する事となる。


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深緑

この回、すこしらしくない回になってしまいました。
今後、すこし書き直す事になるかもしれません。



使者捕縛!

マーファにいるシアルフィ軍はその報告に落胆を露わにする。先日送り出した交渉による終結はなくなり、ヴェルダン国存亡の事態にまで引き上げられた。

 

グランベル本国から参られた使者は、戦犯であるガンドロフ王子に加えバトゥ王の処断を要求していたがシグルド公子はまず交渉による模索を探り始めていたのだ。その矢先に使者の捕縛という暴挙にとうとうヴェルダン国掃討の命が正式に通達され、即座に軍議に入る事となった。

 

円卓にはシアルフィのシグルド公子、レンスターのキュアン王子、ヴェルトマーのアゼル公子にドズルのレックス公子、ユングヴィのエーディン公女、フリージのエスニャを伴ってカルトが席に着く。

それ以外の者は円卓ではなく傍聴に近い形で簡素な椅子に座り、有力者達の言葉に耳を傾ける。

 

 

「カルト公、レックス公子、ジェノア攻略ありがとうございます。あなた方の力では問題ないかと思っていたがここまで早く落としてくれるとは思いませんでした、まずはお礼申しげます。」

シグルドのお礼に二人は頷いて返す、今からさらに大変な戦が予想される、浮かれるような言葉は必要ではないとの意思表示である。

 

シグルドはオイフェに合図を送り、次の進行を促すとすっと立ち上がり書面を読み上げる。

「では、これよりヴェルダン国攻略に向けての情報を整理したいと思います。

現在ヴェルダン国はキンボイス王子の捕縛、ガンドロフ王子の掃討により兵力の大半が瓦解しております。

しかしながら深い樹海に加えて山頂付近に立つヴェルダンまでの道のりは厳しい上に最後の嫡男であるジャムカ王子と率いるハンター部隊は侮れない力を持っています。」

 

「この混成部隊の大半は騎馬部隊だと思うが、山頂まで馬で登ることは可能なのか?」

カルトの発言にオイフェは慌ただしく紙面を探し出して情報を見つけ出す。

 

「不可能ではありませんが、馬に乗るより人が歩く方が早くつけるくらいひどい原生林との事です。

道を誤れば、精霊の森と言われる聖域があるそうで迷い込むと二度と出てこれないと麓の村では言われております。」

 

「つまり、これは・・・。通常攻略では打つ手が無い状態だな。」キュアン王子は冷静に分析し、シグルドに目をやった。シグルド公子もこれには案が出ていないようで苦虫を噛み殺している。

 

レックス「地の利はハンター部隊、迂闊に飛び込めば蜂の巣だな。」

アゼル「天馬部隊も下手に飛べば格好の標的になるし、ジャムカ王子の弓技はユングヴィのアンドレイ公子に勝るとも劣らない能力を持つと言われている。」

 

沈黙する、こちらの圧倒的不利とあちらの最大戦力が活かされるこの状況において数で圧倒しても惨敗してしまう恐れがあるので沈黙でしか返す事が出来ないでいた。

 

「少数精鋭でいこう。」シグルドの言葉に一堂が注目する。

「騎馬部隊はここマーファで待機し、徒歩部隊として経験を積んでいるもので部隊を組み山中を行こう。ハンター部隊は脅威だが数は少ない、こちらも少なくして的を少なくして臨む。」

 

クブリ「確かに、下手に大部隊で行進するよりそちらの方が魔法探知の誤差も少なくて済む。」

デュー「それならおいらは先頭を行けば暗闇でも目が利くから、視覚でやつらより早く見つけてみせるよ。」

 

カルト「それと、やつらにはサンディマという魔道士がついているらしい。」

その言葉に再度一堂はカルトに視線を集める事となった。

 

「エーディン公女救出時に天馬部隊のフュリーが遠隔魔法を受けたらしいのだが、かなりの手練れの可能性がある。そちらにも十分警戒して欲しい。」それには同意を示す頷きが返されるのであった。

 

 

「カルト公、少しお話がある。」シグルドが軍議を終えて足早に退出するカルトを引き止め、私室に招かれる。

私室に入ったシグルドはワインを取り出してカルトのグラスに注ぐ、アグストリア産のワインは芳醇な葡萄の香りが強くて他国の貴族には有名であった。カルトも何度か味わったことはあるが有事中、それもヴェルダンで飲めるとは思えずに首を傾げる。

「この間エルトシャンから譲り受けた物だよ、味が変わる前に君と飲み交わしたかった。」

 

「私のような辺境の一貴族にこのような待遇をしていただけるとは、光栄の極みです。」カルトは礼節に従い一口含む、芳醇な香りが一気に脳髄へ浸透して深いあじわいが広がった。喉を越えると一気に冷たい液体が熱を持ったかのように腹部を暖めた。シグルドも続いて飲み干す。

 

「シグルド公子、私に何か聞きたい事があるんじゃないか?」カルトの言葉にシグルドは一瞬動揺をしたかのようにかんじた。あのような大胆な作戦を打ち立ててきた彼とは思えなくらいでカルトも一瞬警戒してしまう。

 

「もう少し酔ってから言おうと思っていたのだが、キュアンに聞くには少し距離感が近すぎてな・・・。

カルト公なら聞けるんじゃないかと・・・。」ぶつぶつと何か煮え切らないような言葉を口にする、カルトは一瞬壊れてしまったのか、とまで思う程であった。

 

「シグルド公子?」カルトの問いかけに意を決したようで、振り向き直った。

「先ほど、マーファ城下で戦後処理中に美しい娘に出会ってしまったのだ。」

《は!はいいいい!!》

 

「彼女は精霊の森に住んいると言われていて、人と接触してはいけないらしい。私には意味がわからないのだが、どうしても彼女にもう一度会って話がしたいのだ。

あなたなら何か彼女に会える手段があるんじゃないかと思って声を掛けたのだ!どうだろうか?」

初めは色恋沙汰と思い、思考を停止していたカルトであるが精霊の森にいつものカルトに戻る。

 

 

精霊の森

それは、祖父であるアズムール王との謁見にて聞いた言葉の一つ。

ロプト帝国血脈の一人、マイラが反旗を翻して聖戦への道が始まった。その功績により血の粛正で唯一生き延びた者。その者が世俗を離れてなおも子孫が生きているなら会わなくてはならない、現状はどのようになっているのか知る必要があるとカルトは感じた。

 

シグルドがいう女性は、人と接触してはならない事よりマイラの末裔である事が予想できる。

マイラの血族を脅かそうと森に入り込めば磁石も効かず、魔力も探知できない聖域に常人が入り込めば二度と戻る事はかなわない。古来より人と獣を棲み分ける地として精霊の森と言われているそうである。

 

「シグルド公子、おそらくあなたが見初めてしまった女性は精霊使いの者だろう。彼女達は外部の接触を極端に拒み、自然の摂理に従って過ごしている。悪い事は言わない、彼女の事は忘れた方がいいだろう。」

 

「な、なぜだ!精霊使いと言えども同じ人間、分かり合えない事など・・・。」

シグルドは立ち上がり誰にでもなく非難する、カルトはグラスのワインを一口飲んでシグルドを見る。

 

「そうでしょうか?シグルド公子は本当に互いをわかり合えば気持ちは通じるとお思いですか?」

カルトの言葉にシグルドはゾクリとする。

まるで言った言葉を否定するような物言いにシグルドは対抗して否定したいところであったが、彼の生気を失ったような口調にその先が言えないでいた。

 

「会話をすることで分かり合える事があるのは知っています、だが今の私の話している次元はもっと先にあります。シグルド公子、あなたはその見初めた女性の本質を知った時に同じ事が言える自信がありますか?」

 

「・・・・・・・・・どういう事だ、カルト公。あなたは何を知っておられるのだ。」

「彼女の事が知りたいですか?」

「無論だ、知った上で彼女にもう一度話がしたい。」

 

「私も確証はないのでこれ以上はその彼女に会うまで何も言う事はありません。しかし、私の予想通りなら・・・あなたに恨まれてでも2人を止めるかも知れません。その時が現実になった時、あなたは私と戦う気概はありますか?」

カルトは魔道書を取り出してシグルドと対峙するかのように構える、シグルドも咄嗟の動きに腰の剣を確認するかのように身構え、カルトを見据えた。

2人の空気が途端に怪しくなる、殺気は無いが相手を見極めんが如き物々しさに眼だけが鋭く牽制している。

 

「カルト公、私にはあなたの心中はわからないが私の為にそして彼女の為に言っている事は理解した。

しかし困難は回避する事だけが最良とは私は思えない、その困難を乗り越えて支え合う事が出来る道があると信じている。」

 

「シグルド公子・・・。」

「もしカルト公の言う事が本当であれば私を止めて欲しい、彼女が私を受け入れてくれるようならカルト公の意見も聞かないだろう。

この度の戦争で数々の恩を受けた身だ、カルト公の判断において私の始末をお願いする。」

彼はここで腰の剣を鞘ごとカルトに渡す、つまり彼はどこで私に殺されても文句は言わない。

命をカルトに委ねると言うのだ。

シグルドの言う、困難を乗り越えて支え合う事にシレジアのカルトも含まれている事を意味していた。

カルトは、魔道書の持つ左手が震えていた。

 

今までシレジアとグランベルの意識しながらここまで戦ってきた、シレジアは同盟の立場でグランベルの決定に忠実でいようとするカルトの行動。

グランベルの勝利をあくまで補佐するように考えていたのだが、シグルドは参戦した時からシレジア軍にも同じ国の戦友のように振舞ってきた。これは味方の士気を上げる為のものであり彼の戦場での胆力と思うところがあったのだが、彼には表裏なくどんな国の者でも受け入れ自然体に接する。

 

いつの間にかカルトも人の裏を読んでばかりしてしまい、シグルドのような高潔な意思を読み取れないようになっていたのである。

かつて無償の愛情を注いでくれたラーナ王妃にひどい事を言ってしまった時のような気分になる。

 

 

カルトはいつの間にか持つ魔道書を下ろしていた。

「・・・シグルド公子、私こそ申し訳なかった・・・その御決意お見事です。

私はあなたの決意に従います。シレジアもグランベルも関係無く、あなたとの約束を全うしましょう。」

魔道書を胸に抱き、シレジア宮廷魔道士の御意を示す一礼をする。

 

「カルト公・・・、ありがとう。君の協力頼もしく思える。」

「憂うる問題は私におあずけください、打破して見せます。」

カルトとシグルドはワインのグラスを交わすのであった。

 

 

シグルドの部屋を出たカルトは再度考える。

もしシグルドの見初めた女性がマイラの子孫であり、その血脈の者であればロプト教団は見逃さない筈はない。精霊の森を出るという事は彼女は見つかってしまう恐れがり、捕縛されればロプトウス復活の鍵が一つ開いてしまう事になる。

さらにロプト教団がもしあの魔道書を手に入れていたとすれば、世界に再び百年前の地獄が始まる事になる。

 

いや彼女は直系ではない筈・・・、マイラが粛正を逃れた厳しい制約の中に2人以上の子を設けない事が条件だった。その条件を遵守させる為に精霊の森の精霊使い、シャーマン達監視の元で生活しているのだ。

ロプト教団が彼女を手に入れてもすぐにはロプトウス復活にはならない。

それならまだ打てる手はある、失敗しても次の手、また次の手と打てるのであればシグルドの思いを遂げさせてもいいのではと思ってしまう。

 

一度、アズムール王にお会いしてご意見を聞くべきかもしれない。そう思ってしまうカルトであった。

 

 

 

 

 

二日後、シグルドの思いは届かず、ヴェルダン攻略へと進軍を始める。

先頭にはデューがハンターの察知役で進軍し、シアルフィの下馬したノイッシュとアレク、重装備ではないアーダンがデューを護るように側に待機する。

その後ろには魔法探探知で索敵に徹するクブト、遠隔攻撃に優れたアゼルとエスニャとミデェール、攻守に優れたカルトとお付きのマリアンが控えている。

 

若干離れて後ろにはシグルドやレックス、エーディンを戦闘に、徒歩となった精鋭部隊が進軍する。

第一陣が安全を確保しながら進み、その安全エリアを進軍する事により第二陣がハンターの的にならないようにする。ハンターが射的範囲にいる場合は目視感知するデューと魔法探知するクブトで認識し第二陣の進軍を止めて排除にかかる作戦である。

 

やつらは山中で待ち伏せし、テリトリーに入ったものを射殺す事に長けた部隊であり正面から戦うタイプではない。単独行動が多いので固まって進軍するよりも能率がいいとの判断であった。

 

険しく、道とも言えない道を進む。昼にもかかわらず頭上を覆い隠す深緑により陽があたらない、その為雑草はほとんどないが木の根っこに蹴躓き声を上げそうになる。

 

「いるよ・・・。」

デューが足を止めて警警戒する。

クブリの探知魔法は自分を中心に魔力が放射され、動く物があれば反応するのだが初めから動いてなければ人がいても反応できない。その欠点を埋めるべく眼のいいデューが探知に成功する。

 

ノイッシュ、アレク、アーダンは盾を掲げて弓の襲撃に備える、いつもは接近戦用の系の小さな円型の盾を使用するシアルフィ軍だが今回は弓用に系が大きくて方形の盾を持参している。弓が通らないように陣形を組んでデューの警戒する方向へ掲げた。

その瞬間にノイッシュの盾に鋭い一撃が当たる、もしデューがいなければノイッシュの心臓を貫いて一瞬で即死していただろう。

 

ミデェールはすぐ様反撃の一撃を放つが手応えはない、おそらくこちらの作戦と動向を知る為の偵察と思われる。一射放った瞬間にその場を離れたのだろう。

こちらの手の内を報告される事は痛手ではあるが、これは仕方がないと頭を切り替えた。

 

 

「みんな駄目だよ、見つけた以上は確実に倒さないと。」進行方向からデューがハンターを引き摺りながら姿を現わす。

「い、いつの間に・・・。」アーダンが呆然とする。

「盾を掲げた瞬間だよ。それよりも気をつけたほうがいいよ、これ・・・。」

デューはハンターの遺体から装備品を抜き取り一本の矢を見せる、矢には液体が塗布されており滴っている。

 

「毒か・・・。」カルトは険しく告げた。

アレク「これは戦争ではないな、手段を選ばない連中ってわけか。」

ノイッシュ「呑気な事を言ってる場合か。」小言で一括する。

 

「でも、こういう場合は・・・。あった♪」

さらに遺体を物色する、騎士である面々はどうしても死んだ者への侮辱行為と思うのだが盗賊であり生きる為の技術に秀でたデューを非難するわけにはいかない。まさに毒で持って毒を制するわけである。

 

デューはこの手の猛毒は取り扱いが非常に難しい事は知っていた。致死にまで至る毒は当てる事が出来れば急所を狙わずとも相手を毒殺できる、しかしながらそれは諸刃の剣である。

矢を使う者ならよく分かる事だが、矢尻で自身を傷付けてしまう事があるのだ。だからこそ必ず解毒剤を持っているのである。デューは小さな袋を見つけてカルトへ渡す。

 

「なるほど・・・。」カルトも感心する、デューがいてくれて心強く感じるのであった。




極力、自身の世界観をわかりやすく書きたかったのですがなんだかごちゃごちゃしてしまいました。
カルトがどこまでディアドラの事を知っているかを書きたかったのですが不充分になってしまいました。

なんとか今後に、説明したなあと思います。


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深遠

今回も戦場での戦いがメインになりますが、少し視点を変えてみました。
活躍する人が変わり、いいかなと思っています。


「もう貴様に用は無い、死ね!」

サンディマの暗黒魔法がバトゥ王に襲いかかる、暗黒の瘴気が形を成してバトゥ王の体に覆いかかると大量の血飛沫をあげ、声を発することもなく床に倒れこんだ。カルト達もこれらの攻撃を受けていたが、魔法抵抗力のない常人がまともに受ければこのような結果になるのである。

 

サンディマにとってこの国の行く末に興味はない、その意味で言えばヴェルダンにはもう利用価値は無く役割は充分に果たしてくれていた。強いて言えばあともう一つの役割があるが、こればかりは簡単に見つかるものでは無い。この戦乱の後、荒地となった時にでも探せばいいとさえ思っていた。

 

 

「サンディマよ、バトゥを殺してしまったのか?」

背後より強烈な威圧感と共にその声に反応し畏る、ロプト教団の司教であるマンフロイが彼の背後に転移してきたのだ。

「マンフロイ様、わざわざお越しになられたのですか?心配ありません、もうこの国には戦力もありませんし役割は終えました。」

 

「では、あの娘は見つかったのですか、サンディマ様?」

マンフロイの横に佇む全身黒いローブを羽織った女性はサンディマに投げかけた。

顔はローブに隠れていて素顔を見ることはできないが、その妖艶な声量とローブを羽織っても誇張する胸部と華奢なシルエットに女性であることがうかがえる。

 

「それはまだ、見つかっておりません・・・。」

「バカ者!!貴様はまだこの事の重大さがわかっておらぬのか!」

マンフロイは激昂する、女性はサンディマにこれを焚きつけたのだが悪びれる様子はなくローブの中から光る双眸だけが静観している。

 

「我らはただ単に騒乱を起こしているわけではないのだぞ!ようやく長年の悲願を成就できる可能性を見つけたのだ、あの小僧と精霊の森にいるであろうあの娘を使って教団を再建する使命があるのだ。」

 

「はい、理解しているつもりであります。しかし精霊の森は我らを拒んでおりまして入り込む事は叶いません。彼女を連れ出すにはこの案件とは別に働きかけなければいけないでしょう。」

 

「ふむ、儂もこの事をしってから幾度となく精霊の森へ使いをよこしたが貴様の言う通り入り込む事は出来なんだ。しかしこの機会を逃すわけには行かぬ、サンディマよ貴様であればできると思っていたのだがな。」

 

「マンフロイ様、私にもこの一件を噛まさせていただきたいのですが。」

「フレイヤか・・・、いやお前にはアグストリアのバカ息子を懐柔する仕事を優先してもらおう。」

 

「あら、あの方ならもう籠絡いたしました事よ。」

「・・・そうか、なら依存はない。フレイヤはサンディマと協力してあの娘を連れてくるのだ。

サンディマはここに来るであろうグランベル軍の主力を潰しておけ、奴らを野放しにしておくと厄介になるやもしれん。」

 

 

 

 

「フレイヤ、何を企んでいる!」

マンフロイが転移で再び姿を消した後、サンディマはフレイヤに突っかかる。

 

「あら?私はあなたに協力してあげようと思って残っただけですわ。さっき、余計な事を言ってしまった罪滅ぼしも兼ねてね。」

彼女は、怒りに燃えるサンディマをよそに飄々として答える。

 

「お前の協力など必要ない!とっととアグストリアへ戻れ!」

振り返り歩み出すサンディマにフレイヤは背後から手を回して抱きつくようにしてその歩みを止める。

女性の武器を活用して胸部を背中に当て、回した手は男性器を徐々に迫るような動作で意識させる。彼女の武器は女であり、各国の要人達はその妖艶な動作に懐柔されていく。理解しているサンディマでさえ、その性の魅力に取り憑かれそうになる。

 

「放せ!フレイヤ!!マンフロイ様が貴様を優遇する意味はわかっているが私には無駄な事だ!あの娘を探すには貴様の能力は役に立たぬ、帰らぬというのであれば黙って見ておけ!」

 

「私の能力?あははは!サンディマ様は何か勘違いされておられる。

私の能力は女だけだと思っておられるのですか?」

途端彼女よりマンフロイと同様の威圧感を発し出し、妖艶な魔力が立ち昇る。サンディマはその魔力の圧力に後退り、大量の汗が流れ出した。

 

彼女は王室の間よりバルコニーへ出ると、山の麓を一望する。

「見なさい!私のフェンリルを!!」

フレイヤは天に仰いで禍々しい瘴気を放ち出す、ローブからちらりと見える漆黒の髪と詠唱する紅い唇だけがサンディマに強く印象を植え付ける。そして放たれる暗黒の弾丸、彼女が魔力で補足した対象者へと放つ闇の魔法はサンディマの魔力を凌駕しており一瞬に山林を駆け抜けていく。

サンディマは二度と彼女に魅了される事はないだろう、その禍々しさに彼の心は別のもので支配されていた。

 

 

 

シグルド率いるシアルフィ軍は最も不利な戦いを続けていた。

もう、陽が傾き始めたばかりであるが原生林の中ではもう闇が広がり始め進軍をさらに遅くなり始めていた。

 

ハンターを20人程撃破に成功したが、ノイッシュとアーダンに毒矢の一撃をもらってしまい後陣の者と入れ替わってから明らかにペースが落ちてしまう。やはりシアルフィ軍の精鋭と後陣の者とでは明らかに実践のよる経験値と研鑽が違っている、それでも残ったアレクは代わりにはいった者への叱咤激励で進軍を進めておるのはたいした者である。

ノイッシュとアーダンはエーディンの回復魔法とデューが敵より抜き出した解毒剤で命には支障はない。

山頂まで今で半分といった所であろうか、犠牲者はなく順調と思える状況であるがデューの警戒はさらに強くなっており気を抜けない状況には依然変わらないでいる。

 

「デュー、そろそろ休息を取ろう。一度休んでから、次の行動で野営できる所を探したい。

ここから先に野営できる所を、知っているか?」カルトはデューに竹筒を渡す。デューは竹筒の中身を飲みつつ、腰にある巻物を取り出して目を落とす。この山の高低図と磁石を確認しているが、彼の生きる為の技術と道を見つけ出す探査能力は素晴らしい。

カルトはこの山中の攻略はデューにかかっていると思ってはいたがここまで凄まじいとは思っていなかった。

 

「ここ、かな?この尾根のあたりなら奴らの狙撃ポイントは少ないし、見張りを立てれば主力メンバーに休息は取れる。ただ・・・。」デューの言葉は止まる。

 

「敵側もこのポイントは抑えられたくないと判断しているだろう、ここに着く前に激しい攻防戦が予想されそうだ。」カルトはデューの言いたいことを先行する。

 

「自然の高台になっている尾根を抑えられるとハンター達は頭上を抑えられたような物だから必死に防衛線を張っていると思う。

戦線をここで食い止めることができれば、野営もできなくてグランベル軍は撤退をするしかなくなる。」

 

「なるほどな、ここが決戦ポイントか・・・。総力を挙げてでもここは引くわけにはいかないな。」

カルトは気を引き締めて、後方からくる者達を見回す。

 

皆疲労は有り有りとしているが、士気は落ちていなかった。

ここまで不利な形成でも犠牲者を最小に抑え、確実にヴェルダン兵を仕留めていくカルトの辣腕に信頼を置いている証でもあった。シアルフィや他の諸侯の軍も徐々にシレジアへの信頼を得てきていることに喜ばしいカルトはここでも彼らを導ける為に自ら先頭を切っていく。

 

《カルト様!11時の方向、距離100メートルにハンター部隊の一個団体がいます。》

クブトより伝心の魔法にて直接呼びかけられた。カルトは無言で頷き、了承の合図を送ると周囲に警戒の合図を送る。デューもすぐさまその雰囲気より目を再び凝らし始めた。

 

また距離はあるが前衛の部隊は盾を掲げて弓に備える、後続のシグルド達も立ち止まり周囲を警戒に急がせる。

静寂する森にであるが、明らかに不自然な殺気が入り混じり魔性の森へと変貌していく。闇がどんどん濃くなっていき、日没が始まろうとしている中でヴェルダン戦は最高潮へと向かっていくのである。

 

「エルウインド!」カルトの先制攻撃が原生林のへと打ち込まれる。

デューの合図にて放たれた上位魔法はヴェルダンのハンターを見事に命中し、数人が風の暴君に当てられ姿を現わす。

そこへ狙い澄ましたレックスの投擲用の斧がハンターの胸部を裂いて絶命させる。かなりの後方からなのにレックスの投擲はすばらしく、威力とともにドズル家の武力の高さを思い知らしめる。

 

一気に前線部隊は弓への警戒を怠らないまま進軍する、立ち止まっていては敵の的になるので危険であってもここは敵の拠点を奪う事が優先された。

前線のノイッシュとアレクが弓をもらってしまうがそのまま盾を前面に押し切る形で走り続ける。

矢じりに毒を塗られているが士気の高い二人はここで恐慌を起こして倒れこむことは無い、そのまま勝機とばかりに無茶をする。

 

「エルサンダー!」

次はエスニャが魔法を使用する。大気にある水分を激しく振動させることにより帯電させ、魔力で絶縁して停滞し、魔力で持って対象物に誘導させる。そんな一連の動作に無駄が無い。

瞬く間に樹々に潜むハンター達に直撃し、吹き飛ばされていく中で一本の矢が音もなくエスニャに飛ばされている。中級魔法とはいえ、発動直後のエスニャには到底回避できることはできない。

その静かな矢はエスニャの心臓を寸分違わず貫く筈であった。

 

「・・・・・・・・・!?カルト様?」麗しい睫毛を上げた時、彼女の心臓が大きく動悸する。

すぐ横に先程まで立っていたカルトが自身の作った血溜まりの中に倒れており、ピクリとも動いていないのだ。

前線の面々はそもあまりにも唐突な一撃に息を飲んだ。

「ジャムカ!!」デューは怒りをあらわに、そのまま矢の方向へ駆け出す。彼には見えていたのであろう、ハンター部隊の恐るべき統率者であり第三皇子であるジャムカの存在。その彼を追うデューを静止することは誰にもできないでいた。

 

「いやあ!カルト様!!」エスニャの絶叫に各自が即座に動き出した。

後方にいたレックスは前線に躍り出て後に控えるハンターの攻撃に備える。

エーディンとクブリは即座に回復魔法を唱えて止血にかかった。

 

「これは・・・ひどい!致命傷です!エスリン様も呼んでください!」

「矢は触るな!毒にもやられている!デュー様が置いて行かれた解毒薬を!!」

途端に野戦病院と化したカルトの救命に全てが動き出した。

 

今まで快進撃を飛ばしてきたシレジアの若き指導者が一瞬で瀕死に陥ったのだ、グランベル軍は熱を奪われたのかのように憔悴していく。

 

「クブリ様、矢が大動脈まで達しています。このままでは・・・。」

「うむ、矢を抜けば大出血。抜かねば壊死して死んでしまう。」

二人の決死の回復では追いつかない、知らせを聞いたエスリンがカルトの元に到着し三人での回復を急ぐ。

 

三人の回復にてなんとか止血には成功するが、維持する事で精一杯であった。

ここからさらに回復させるには矢をゆっくり抜きながら血管を回復魔法で再構築する必要があるが、三人とも全力を尽くしており難航しているのであった。

そうこうしておるうちに三人の中で一人でも魔力が尽きればカルトは再び出血して死んでしまうだろう、だが他に手立てがなくジリ貧に陥っていく。

 

「どうすれば・・・、どうすれば打開できる!」

アゼルは必死に考える、いつもそばにして一緒に苦しみ、乗り越えていく親友に手を指し伸ばせられない自身を呪う。

《なぜ、いつもこんな惨めを感じるんだ!カルト!!》

アゼルが絶望に追いやれている時、同時のもう一人の魔道士が行動に出る。カルトの腰にある聖杖を引き抜き、回復を行おうとする者が一人いた。

「エスニャ?」アゼルは問いかける。彼女はカルトのように複数魔法を使用できるわけではない、それ以前に魔力の本質が違う回復魔法など使えるわけがない。

 

「エスニャ!やめるんだ!!」アゼルは絶叫する、エスニャの瞳には決意が宿っている。聞き耳を持っておる状態ではなく、魔力を聖杖に注ぎ出す。

 

 

魔力とは、この世界にあふれているマナを自身の体に取り込み自身の器に収める事で魔力になると言われている。

炎を得意とするアゼルにはアゼルだけの器があり炎の魔力に適した注ぎ口がある、そこに新たな系統の魔法を使用するには新たな注ぎ口を作り出す必要があるのだ。それは人それぞれの器により教えてもらってできる物ではない。

長年自身の魔力と見つめ合い、可能性を見出し、試行錯誤するしかないのである。まれにカルトのようにもともと注ぎ口が複数あり、自在に使える者も存在するがそれは稀であり聖戦士の血の賜物と言えるであろう。

未熟な者が無理に使えない魔法を使えば器を破壊し、魔法を使えなくなる可能性もある。

 

魔道士として禁忌の行為を行おうとするエスニャはアゼルの制止を聞かずに一気に解放する。

自身の雷属性としての魔力を異質な力を使う注ぎ口から強引に引き出す。彼女の聖杖と手の間から鮮血が吹き出し、彼女の口からも吐血した。

杖は反作用から手を離れるように暴れるが彼女の意思がそれを払いのけていた、右手が離れないように左手を添えて離さまいと抵抗する。

エスニャの魔力は高く、その回復が加わってカルトに照らす光は眩く、直視できないほどになった。

「エーディン様、私の魔力では止血ができても組織の再構築はできません。出血は私が押さえますので再構築をお願いします!」

エスニャの覚悟にエーディンは頷き、血管の再構築に移る。

組織の再生成には魔力を繊細にコントロールする技術が必要とされる、それは生死の淵から助けを行う場数の多さに尽きる。その最前線に立ち続けたエーディンのみが為す事のできる行為であった。

 

懸命の治療が続く、その間にもハンターが襲撃されるがレックスを始めとする後方待機の部隊が前線に立ちカルトの治療部隊に被害がでないように食い止める。

クブリの部下にも回復できる部隊が少ないが存在し、必死に彼らの命を助けているが長くは持つ様子は無い。

もし、ここでカルトの治療に失敗すれば高度な回復技能を持つ者の魔力は枯渇してしまい退却を余儀なくされる。カルトの救出に成功しても状況は変わらない可能性もある。それでも懸命の回復は続けられる。

 

グランベル軍において数々の不利を勝利に導き、非難されようとも提言するシレジアの諸侯をここで生き絶えらせる訳にはいかない。皆の想いはいつの間には国の利害を越え、一つになろうとしている。

その一役を担っていたカルトはまだ深い眠りについているのであった。




ジャムカ

ヴェルダン国の第三王子
幼少よりその俊敏な身のこなしと、弓のセンスは近隣からも名が聞こえる程の勇士である。
音もなく敵の至近距離まで忍び寄り、不意より必殺の矢を急所に射抜く彼を畏怖するようになり「サイレント・ハント」の異名を持つ。

二人の兄ほど体躯や筋力に恵まれなかった彼は生きる為にもがき、苦しんだ末に得たこの力を誇りと思っている。ヴェルダンという過酷な国に生まれた弱者を拾い上げてハンターとして育て上げていき、ついにはヴェルダン王国に攻め上ってくる敵に対して少数ながら撃退する精鋭部隊にまで昇華した。

自身にも相手にも厳しく、なにより公平でありたいと思っているが故に融通の利かない点がある。
エーディン救出には彼なりの贖罪と恋心からくる物であるが、彼は最後までその想いは口にすることは無いであろう。


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不明

ヴェルダン編も仕上げ段階となりました。
もう少しペースを上げていきたいのですが、やはりキャラクターが多くなってくると出てくるオリジナルイベントが多くなりましてペースが上がりません。他の方の小説を見るたびに、テンポの良さに感服いたします。


「ジャムカ!」

原生林の中、日が完全に落ちた頃にデューはジャムカの影を懸命に追いつきナイフを投げつけて制止をさせる。

背中を狙ったが、空気を切り裂くナイフの音で判断したのか命中寸前で空中舞い上がり回避する。

そこで体を捻りデューと対峙した。

 

「やはりデューだったか、エーディンも来ているのか?」

「うん、来ている。今ジャムカが撃った人を一生懸命治している。」

「悪いが俺の狙った者が助かった奴はいない、気の毒だがな。」

 

「・・・・・・・・・ジャムカ、オイラあんたが好きだよ。ここまで荒れ果てている国でも、見放すことなくジャムカなりに立て直そうとしている。見捨てないようにしている。

・・・エーディンはまた逢いたいと言っていたけど、ここで倒させてもらう!」

デューは剣を抜いてジャムカに殺気を向ける。

ジャムカも肩にかけた弓をいつでも射掛けるようにデューに向き直った。

 

デューが先に突進する。蛇行するようにステップを踏み、身は地を這うような前傾姿勢を保って突撃する。

ジャムカはその疾走からの一撃を再び跳躍により回避する、頭上にある木の枝を掴み半回転して枝に降り立つと即座に弓を射掛ける。

デューも幹に飛び込み矢を回避すると、ジャムカに負けない跳躍を見せて枝に降り立ち枝から枝へ走るようにジャムカに向かう。

 

デューもまたジャムカに勝るほど暗闇でも見える眼を持っていた。盗賊である彼は原生林の暗闇に慣れたジャムカとは違う環境でその眼を鍛え、実戦に応用している。

 

ジャムカの至近距離まで突進し、ショートソードの袈裟斬りにジャムカも腰にある剣で受け止める。

しかしその身体ごとの一撃に枝より二人は落ち、受け身をとって即座に相手を確認する。

 

デューはすぐさまサイドステップする、やはりジャムカは弓に持ち替え一擲放っていた。

空気の切り裂く音も最小の矢はデューのいた場所を確実に刺さっていた。

 

デューもまた、その剣尖は確実にジャムカを狙っておりジャムカの回避能力が少しでも狂えば確実に致命傷になるような一撃ばかりである。

連続攻撃の合間に足払いでデューのバランスを崩してようやく距離を取ることができた。

 

原生林は再び静寂に戻っていく。

距離を取られたデューは相手の気配が消されている事に気付いた、おそらくサイレントハントの名において最も得意な遠距離からの無慈悲な一撃を見舞うつもりだろう。デューも気配を消し、走行する音も最小にして辺りを警戒する。

先に相手を位置を認識された時に命を落としてしまう、無音の攻防戦が繰り広げられていくのであった。

 

(遠距離攻撃が強力な分、接近戦に持ち込めば勝ち目がある。と思っていれば勝機はないぞ、デュー!)

ジャムカは弦の加減を確かめつつ、デューの気配を探る。

デューの剣技は一流とは呼べないが、盗賊としての技能と剣士としての戦闘技術が合わさり独自の剣術として確立している。実際にジャムカと不利な地形で互角に渡り合っている事から油断はしていない、多少縁もあるが戦場における非常は理解している。

なのにここまでデューがジャムカと対等に戦っている事にジャムカは違和感を覚える。一瞬思考がずれてしまった時デューのナイフが飛んでくる、油断のない男である。

ジャムカは枝から飛び降り、降下しながらナイフの方向からデューの位置を割り出し弓を放つ。

 

デューはここで違和感を感じた。

矢の動きが先ほどとは大きく違っているのだ、鏃は異質な程先端分から左右の重りのバランスが違っていてとても命中できるような鏃ではなかった。それでもこちらに真っ直ぐ向かってくるのはジャムカの腕と認識し幹に回り込んで鏃の回避を行うのだがデューの意識が一瞬逡巡する、それはエーディンとデューが助けられて館にいた時のジャムカである。

ジャムカはあの時弓の訓練をしていた、最後の一撃が的を貫通した光景を思い出してデューは幹の回避を取りやめさらに後ろに飛び退く。

予想を的中したその矢は幹を貫通させて、デューの先ほどまでいた場所 に鋭く突き刺さる。汗を拭き出させたデューはここで懐に手を入れて球状の物体を地面に投げつけると大量の煙が辺りを包み始め、さらに視界が悪くなる。

即座に距離を取ろうと後退を続けた所に矢がデューの左肩に突き刺さる。

「くっ!」走る激痛を奥歯を噛み締めて殺し、転がるように岩の陰に潜んで息を飲んだ。

 

デューはすぐさま解毒薬を飲み、刺さった矢を抜いて止血を急いだ。

煙玉を使ったのは迂闊であった、おそらくジャムカは煙の動きからデューの身のこなしを予測して放ったようである。そうでなければ心臓を射抜かれていただろう、視界のないあの場面で心臓に近い肩を射抜いたジャムカは経験値も実力も一級品のハンターであった。

岩場の後ろからせせらぎの音に気付き、ジャムカの警戒をしつつ川の水を一口飲んだ。

冷えたその水はデューの脳に酸素を送り込み、癒していく。

 

(このままでは、いつか射殺されてしまう。)

デューの率直な感想であった。接近戦にまともに持ち込めない状況では常にアウトレンジから襲われるジャムカの矢に神経をすり潰している、疲労にて先に参るのは自分であるのだ。

しかし焦れて飛び出しても狙い撃ちされてしまうだけである。

 

思考の袋小路に陥ったデューは、再度逆転の望みを考える。煙玉の効力が残っているうちに何か足掛かりになるものが必要である。

口元の先ほど飲んだ水を拭いとった時、デューに一つの光明を思いつくのであった。

 

 

 

 

エスニャとエスリン、クブリの懸命な止血により、エーディンが臓器や血管の再生に注力し生命危機から脱する事に成功する。

カルトの顔から力が抜け血色が戻っている、あとは本人の覚醒が必要なのだが普段の疲労もあるのだろうか意識を戻す様子はまだなかった。

 

レックスの活躍により被害は出たものの、尾根の制圧に成功する。

デューがジャムカ王子を足止めしている為指揮官不在による指揮の低下も大きな要因になっている、ハンター部隊は不利となると早々に撤退した節がある。

尾根の野営地を手に入れたシアルフィ軍はカルトを連れて移動する。既に闇に包まれた森での移動は松明の灯のみの移動であり、余計に時間を要する。敵ハンターが潜んでいる危険もあり軍内のストレスは最大の物なっており、誰一人として話をする物がいないでいた。

 

「な、なんだ!」そんな中で後方部隊から聞こえる慌しさに気付く。

後方には、徒歩部隊としてあまり戦力にならないが前線部隊の補充と補佐部隊としている部隊が追従しているにだがその部隊に何かあったようで後方から慌ただしい混乱状態に陥っていた。

そして間も無く、伝令から衝撃の報告がもたらされる。

 

それは遠隔魔法による後方部隊に多数の被害、シグルド公子の消失である。

衝撃の報告に前線部隊は推進力をさらに失う事となるのであった。

 

 

 

野営地を手に入れたシアルフィ軍、いや指揮官不在の為今は連合軍といった方がいいのかもしれない。

残されたレックスを先導に明日からの会議を行うが、それは決していい議題ではない。

険しい顔のレックスと精彩を欠いたアゼル、無理な魔法を使用したエスニャや高度な魔法制御で回復に徹底したエーディンは疲労困憊で会議にも出席できないでいた。

会議を開いたのだがその重々しい雰囲気に先を切って話す者はなく議題の消化が著しく悪いものである、それほどシグルドの指揮官能力と潔い決断による進軍により、知らず知らずの内に誰もが指揮官として認めてきた証でもあるのだ。

 

「情けないな、これが大国の公子達の会議か?まだ負けたわけでもないのにもう敗戦処理の準備を考えているのか。」キュアンがエスリンを伴い、会議の場に入る。彼もヴェルダンの遠隔魔法の攻撃を受けたのだが、うまく回避して大きなダメージは回避したのだが足を負傷してしまいエスリンの回復魔法で歩けるようになったところである。

「馬鹿な!俺たちに敗北などない!しかしながら奴らの遠隔魔法を対処する術もなく突っ込むのは無謀、まだハンター共もまだ残っている。このまま無策で突っ込むわけにはいかない。」レックスはキュアンの挑発に舌戦する、彼も聖戦士の血を引く者、戦いにおいて萎縮する訳にはいかない気概は強く持っていた。

 

「だからこそ、カルト公の知識とシグルド公子の決断を仰ぎたいのではないか?

今シグルド公子達はいない、あの二人に報いる為には残された者で打開するしかないんだ。シグルド公子も、カルト公も必ず戦線に復帰する。それまで信じてヴェルダンへ進むんだ。」

 

キュアンの鼓舞がグランベルの諸侯達に再び力が宿っていく、大国グランベルの若い息吹はまだまだ成長途中であることをクブリは目を細めて見るのである。

 

 

 

「あ、ああ・・・・。」苦悶の表情で川に両腕を晒して喘ぐエスニャの姿があった。

(こ、これがアゼルの言っていた禁忌を犯した罪なの?)

両腕には焼き焦げた痕が残り、川から腕を上げるがその痛みに川面の上まで持ち上げることが出来ないでいた。

 

少し時を遡る。

カルトの回復を終え、彼の仮設テントから出て自身の魔力を感じて見る。

無理に使えない魔法を使った反作用はどうなるのかわからない、アゼルはそう言っていたがエスニャは自身に魔力を秘めている事を感じ取り安堵する。そして軽く雷魔法を使用した時に事態が起こる。

 

自身の魔力が調節出来ないのだ、魔力の器から必要分魔力を注ぎ出そうとしても一気に魔力が溢れ出す。

溢れ出た魔力は雷に際限なく変換され自身の体を中心に纏わりつき出したのだ。放とうとしても放つ事は出来ず、雷の帯電は体を媒介にし始める。

そしてある一瞬、帯電した電気はエスニャのすぐ近くの木に放電され、放電された腕が焼けてしまったのだった。

 

「大丈夫ですか!」エーディンが轟音で事態を確認し、エスニャにリライブを使用する。

「エーディン様、有難うございます。」焼けた腕がみるみる内に治癒されていく。もう少しでも放電が遅ければ腕はおろか全身が黒炭と化していたであろう。

 

「やはり、あの時の影響ですね。」エーディンは語りかける。

 

「・・・カルト様が助けてくださった命です、魔法くらい使えなくなっても大丈夫です。

魔力がなくなった訳ではありません、きっと使いこなしてみせます。」

彼女は健気に、気丈にエーディンに答えを返した。エーディンもその気丈さに笑顔を見せて微笑みあった。

 

「エスニャはお強いのですね、私は・・・あなたの強さが羨ましい。

・・・・・・ごめんなさい、今のあなたにはお辛いですのに。」

彼女からはエスニャと違い気丈ではあるが故に弱さを吐き出す。

 

「エーディン様?」

「・・・ふふっ、ごめんなさい。あなたとカルト様を見ていると羨ましくて。」

エーディンは一瞬弱さを見せるそぶりであったがすぐに立て直し、エスニャの話題に引き戻す。

エスニャは途端に真っ赤になり下を向いてしまう、気丈な彼女もここまでのようである。

 

「あ、あのあの・・・。」エスニャの思考は完全にパニックに陥る、今までカルトとの経緯などストレートに聞くものはいなかった事と、エーディンからそんな話題を投げかけてくるとは露とも思っていない事から最高潮に困惑した。

「エスニャもフュリーさんも、そしてデューも。カルト様に慕われているにですね。

私はカルト様と話をした訳ではないけれど、あなた達からカルト様の話を聞くたびに彼の温かみを知ってみたくなります。」

 

「えっ!それは・・・、駄目です!エーディン様までカルト様を狙われたら、私!!」

エーディンは硬直する、彼女にそういう意味をとられない様にデューの名前を出したのだが混乱しているエスニャには通じていなかった。エスニャも今になってその意味を感じ取り、さらに顔が真っ赤になる。

 

「%€~?£¥*^.?」エスニャがもう壊れたと言っていいほど訳のわからない言葉が飛び出す。

回復が終わったその手を振り回していた。

「ふふっ!」エーディンが吹き出して笑った頃、エスニャも落ち着きを取り戻していくのであった。

 

 

不意に川の対岸の草むらが動き出す。

「誰!」エーディンの凛とした声が対岸の来訪者に浴びせた時、姿を現わす。

 

「エーディン様・・・よかった。無事にここまでの来れたんだね。」

その声には聞き覚えがある、エーディンをマーファの外まで助け出してくれた恩人である。

 

「デュー?なの?」

川の対岸間際に歩み寄ってきた時月明かりが彼を、いや彼らを映し出した。

デューは全身泥と血で塗れており、右目は傷を負っている様子はないが閉じられている。

肩には敵であるジャムカを縄で縛った上で背中に抱えていた。

 

「デュー?あなたまさか・・・。」

「・・・うん、約束通り連れてきたよ。」

「デュー・・・!」彼女は祈る様に対岸のデューに涙を流して見つめる、彼は敵国であるが必ずエーディンともう一度会う機会を作って見せると言っていたのだ。

敵国の、それも腕利きの王子を捕縛するなんて簡単なことではない。殺す以上に難しい事をエーディンとの約束一つで達成させたのだ、エーディンはその感謝を言葉に乗せる事は出来ず涙が流れるのみであった。

 

対岸からフラフラと渡ってくデューをすぐさま軍が救援し、こちら側へ引き入れすぐさま治療が施される。

デューは解毒薬を持っていたとはいえ、複数の矢を受けておりここまで来るだけでも大量の出血と猛毒で意識を保っていた精神力に驚かせられた。

対するジャムカは目立った外傷はなく意識を失っているだけであった、どのような状況でこのような結果になったのか判断できないでいたが彼の勝利は薄氷での戦いであった事が理解できた。

エーディンの懸命な治療と解毒でデューもようやく一安心できるくらいにまで回復する、さすがの彼女も心労が心配になるほどである。

 

「エーディン・・・。」

「ジャムカ・・・、またお会い出来ましたね。」彼女は微笑む。

 

「デューのお陰だな、あいつが命をここまで賭けなかったらこんな結果にならなかっただろう。

例えデューを倒したとしても、俺もシアルフィ軍に倒されただろう。」

ジャムカはやはり決死の思いで戦場に望んでいた、だから勝っても負けてもエーディンに会う事はないと思っていたのだろう。しかし、デューの意志力がジャムカの決死を振り落としエーディンの願いを果たしたのだ。

 

「ジャムカ・・・。」

「俺はヴェルダンの王子だ、捕縛された以上抵抗する気はない。

だが、もし生きる事が出来た時は君の指示に従おう。」それはマーファの街でジャムカに言った一言だった。

 

(シアルフィのシグルド様に相談して、話し合えばきっと分かり合える。)

エーディンは涙を流して何度も頷く。

 

シグルドは行方不明、カルトは意識不明のまま不安な一夜は、わずかな冷光発する月明かりの元で更けていくのであった。




エーディン

プリースト
LV 8
杖 B

HP 18
MP 19
力 7
魔力 10
技 12
速 16
運 15
防 3
魔防 10


ユングヴィ家の二女、ウルの傍系の能力を持った美女。
一見聖職者のパラメーターを持っているが、弓を扱えばなかなかの腕前である。
姉と離れ離れになってからのショックにより聖職者の道へ進み出すが、未だに見つからない状況でも気丈に見つかる事を信じて祈りを捧げている。
回復技術は相当であり、止血はおろか組織を再生させる事も可能。
エッダのクロードの手解きにより、血筋の枠を超えてそれ以上の能力開花した稀な人物。


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福音

※恥ずかしいので前書き説明は致しません。


シグルドは目を覚ます。

頭が疼くように痛むが、ひどいものではない。ゆっくりと起き上がりあたりを確認する。

木でできた簡素な造りの家で一人寝かされていたようである、横にあるこれもまた簡素な木の机に水差しに包帯があることより看病されていたことには間違いなかった。

(ここは、どこだ?)

 

ベッドに寝かされていたシグルドは側にある剣や、服を整えながら状況を確認した。

確か私は後方支援部隊で挟み撃ちを警戒する為にキュアンと共に進軍していた筈、そこに・・・!!

シグルドの記憶がはっきりしていくが、それでもこの状況が掴めないでいた。

突然の遠隔魔法の直撃を受けたシグルドは、その衝撃で吹き飛ばされて軍から離脱されたのだろうと予測する。とりあえず外にでて、ここがどこか掴もうとドアに向かった。

 

扉を開けたそこには、食料と水差しを持った女性が今まさに扉を開けようとした所で鉢合わせた。

「きゃっ!」小さな悲鳴と共に手しておたバスケットと陶製の水差しを落としてしまう。

シグルドは咄嗟に腰を落としてその落下物を床に落ちる前に見事にキャッチする。

 

「ふう、間一髪でした、あ・・・あなたは、あの時の?」カルトに色恋の話をした人物が目の前に立っている。シグルドは途端にエスニャの雷の受けたように硬直した。

 

「あ、あの・・・?お怪我は大丈夫ですか?」女性は首をかしげるように投げかける、シグルドの硬直に理解ができていないようであった。

シグルドは平静を取り戻し、話に追従する。

 

「あ、ありがとう。体はおかげさまで大丈夫です。君はマーファ城で少し話をした方ですね、私はシグルドと言います。できましたらお名前をお聞かせ願いますか?」

 

「あ、すみません。私はディアドラと申します、先日は助けておただいたのに碌にお礼もせず立ち去ったことをお許しください。」

「気にすることはない、君にも事情があったのだろう?それに、こうしてまた会えたのだ神に感謝したい気分だ。」二人は見つめ合い、そして微笑みあった。

 

「ところでここは何処でしょうか?私は早く合流してヴェルダンに向かわないと行けないんだ。」

シグルドの言葉に彼女は暗い影を落とす。

 

「シグルド様、ヴェルダン城には恐ろしい暗黒魔法の使い手がいます。魔法が使えない方や普通の魔道士では暗黒魔法の前では勝ち目は薄いでしょう。

シグルド様、この先には進まずお引き返しください。」

「・・・・・・すまない、君の忠告は私を慮っている事は充分に解る。しかし騎士として、グランベルに忠誠を誓う身としてその決断はできない。

ましてや暗黒教団がヴェルダン国に居座っておる以上世界の脅威になるかもしれない、命に代えても討たねばならない理由がある。」

シグルドの決意の表情にディアドラはさらに表情が曇ってしまう。

 

「・・・シグルド様は、先ほどの魔法を受けた時に本当は倒れていたと思われます。」

「えっ!それはどういう事だ?」

 

「私はシグルド様が来ている事を察した時、近くまで見に来ました。でも精霊の森の厳しい制約の中で生きている私には、シグルド様に近寄る事は許されません。ですのでそっとお姿を見て立ち去ろうとした時に、ヴェルダン城からの暗黒魔法が放たれたのです。

その使い手は私が見た中で一番強力な魔力を持っていました、咄嗟に魔法でシグルド様をお救いしたのですが、それがなければシグルド様は・・・。」

「私は、あそこで倒れていたということか。」

ディアドラは俯いて肯定する、彼女はシグルドを必死に止めたいが故の告白であった。

命に代えても、という言葉に対しての反語として使用したのだ。

 

「ならば、尚の事行かなければならない。私の部下達は私がいなくてもヴェルダンに向かっている筈だ。

この事を早く教えてカルト公に対策を練ってもらわないと攻略は難しい。」

シグルドはディアドラに向き直り、敬礼する。

 

「忠告ありがとう、それに助けてもらった命を粗末にするつもりはありません。精霊の森にまた静かな生活が戻るよう、ロプト教団を鎮圧してきます。だから戻る道をお教えください。」

もはやディアドラに彼を止める事は出来なかった、高潔で実直な彼は止めても無駄だという事はディアドラも充分に知っていた。だからこそ彼女はシグルドに会った瞬間に惹かれてしまったのだ。

それでも、一縷の望みをかけて精霊の森に滞在してほしいという彼女の願いは簡単に瓦解する。

 

シグルドは困惑した彼女を気遣ったのか、再度外へ出ようと歩みだす。

恐らく返答がなかった事より自力でも脱出しようと考えたのだろうか、ディアドラに考える時間も引き止める理由も思いつかない。なによりシグルドに後ろめたい偽りを発してまで引き止めようとはしたくなかった。

ディアドラは決心する、それはもう二度とここには戻ってこないという想いである。

 

それは同時に、幼少の頃より徹底して教え込まれた戒めを破る事になる。どうしてあの時マーファに行ってしまったのだろうか?ディアドラは自問する、そうすれば心を奪われる事はなく何も疑問を持つ事なく精霊の森でその人生を完結していたに違いないとさえ思った。

外の世界に興味があったのは事実である。長老が体調を崩されて薬草を手に入れる名目でマーファ城に物見遊山をしたのは好奇心であった。その一時にここまで心を奪われてしまうとは思わなかった。

 

「お待ち下さい!・・・シグルド様、私も参ります。」ディアドラはとうとう運命の扉を開いてしまう一言を発する、彼女の少しの好奇心が世界の運命を暗黒に染めてしまうなど誰もが想像がつかないであろう。

 

シグルドは振り返って彼女を見つめる。

「私の魔法であの暗黒魔法を封じてみます、うまくいけばヴェルダン城からの遠距離魔法は無効化できます。」

「それは助かります、しかし君は精霊の森から出る事は出来ないと聞いた。大丈夫何ですか?」

「・・・はい、戒めを背いたら恐ろしい事が起きる。そう言われて育ってきました、本当は怖くて仕方がありません。・・・でも、これ以上自分の心に背けなくなりました。

ヴェルダンにいる魔道師は暗黒教団の者です、私の中には暗黒神の血が眠っていてそれを狙っています。」

 

「ロプトウスが、君の中に?」

「はい・・・シグルド様、こんな私でも好きになってくれますか?」

彼女は涙を流してシグルドを見る。その表情は儚く、美しい。瞳には愛情と拒絶される事への恐れが渦巻き、怯えておるようにシグルドは感じ取る。彼女の言葉にシグルドは両の手で抱き、言葉をつむぎだす。

 

「もちろんだよ、ディアドラ。一緒に来てくれ!私には君が必要だ。

暗黒神などに私たちは負けない!君の苦しみを開放して、幸せにしてみせる!」

「シグルド様!」もはや二人には言葉はなく、これが近いの言葉となった。

 

 

 

「ここは?」カルトは目を覚ます。

まだ身体に力がうまく入らなくて起き上がれない、目だけであたりを視認して言葉を発した。

「カルト様!ご無事ですか?お体の方は痛みませんか?」すぐ隣にいたエスニャは涙を流して呼びかける。

 

「エスニャ、か?俺は一体どうしたんだ?記憶が曖昧で・・・。」

「カルト様は精霊の森を進軍途中で、私を庇って弓を胸に受けたのですよ。エーディン様が必死に回復してくれたお陰で一命をとりとめたのです。」

 

「・・・そうか。エスニャは無事だったか?あの矢は確実にエスニャの心臓を狙っていた、無事で何よりだ。」カルトはまだ意識がはっきりしていないのだろう、会話に支離滅裂が所がある。

しかし彼の言う言葉にはエスニャを気遣う言葉に溢れ出ているのだ。叱責もせずにただ彼女の無事を祈っており、笑う表情すら作っていた。

「カルト様!あなたはバカです!なぜあのような無茶ばかりなされるのです。私は、私は!」

さらに泣いて、顔を手で覆ってしまう。カルトは目だけを彼女に向けてゆっくりと口火を切り出す。

 

「俺は、小さい時に母上がなくなって、親父に引き取られてからずっと戦争に少年兵として送られ続けた。

親父の恐怖統治をよく思わない民衆との内乱や、海賊共の鎮圧。そして叔父貴との戦争にも参加させらた。

はじめはその凄惨な戦争に心を痛めていた。人を殺す度に心が壊れていってそしていつしか俺は命令のままに人を殺める操り人形になっていった。」

エスニャは息を飲んだ。カルトは十数歳のは戦争に参加して人を殺めていた事よりも、父親に人殺しの道具として使われていた事である。肉親とは思えないその言葉にエスニャは掛ける声すら失う。

カルトの独白は続く。

「あれは・・・、民衆の反乱の時だった。心を失くした俺は、いつものように魔法で鎮圧していった。向かってくる者は無条件で風の刃を浴びせ続けた、男女も老若も関係なく切り刻み続けた。

その日の戦いも終わり、魔法力の尽きた俺は自軍の野営地に戻る途中で槍を受けた。自軍の兵士にだ、どうやら親父は俺を利用するだけ利用してここで破棄する予定だったそうだ。」

 

「そ、そんな・・・。」エスニャは絶句する。

 

「親父にはないセティの聖痕を持つ俺は、魔法の才能もあの年で凌駕していたからな。道具が扱い切れなくなればそうなる事が予想できていた筈なのに、俺は何も考えなかった。城では親父の女共にないがしろにされて、戦争に駆り出されて思考が停止していた。槍を受けた瞬間その事に気付いたよ、だから殺されて仕方がないと思った。

止めを刺される瞬間にラーナ様に救われた。一命をとりとめた俺はラーナ様にこっぴどく叱られ、同情され、愛情を下さった。

でも、未熟な精神のまま一般人を殺してしまった俺は心を取り戻した途端再び心が壊れた。罪悪感に苛まれて自殺を何度も試みた時期があった。」

 

「どうしたら自分は許されるのか、殺してしまった人達にどうしたら詫びる事が出来るのか、贖罪の日々が続く中で俺は大事な人を守る為に自分を捨てようと思ったんだ。大事な人を守る中で自分を殺したいと心の何処かで思っているかも知れない。」

カルトの長い独白にエスニャはようやく彼の意思が伝わる。彼は今も、これからも、罪の清算の為に行動しているのだ。

ラーナ様の幸せの為にレヴィン王を支え、シレジアの為にグランベルと同盟に漕ぎ着けて最前線の危険な戦いに赴いているカルトの原動力はここにあったのだとエスニャは理解した。

 

「カルト様、それではあまりに悲しすぎます。ラーナ様も、レヴィン王も、きっとカルト様も幸せになってほしいと願っています。私もカルト様に幸せになって欲しいと思ってます。だから・・・」

 

「エスニャ、君の言っている事は正しい。でもその先は言わないでくれ。俺にはその資格はない。」

 

「あります!この世界に不幸せにならないといけない人なんていません!たとえどんな罪を犯してしまっても、正しく生きようとしている人を呪うようなことがあってはいけません!」

エスニャはカルトを抱きしめる、カルトはエスニャの抱擁に暖かい体温を感じて目を閉じる。

 

「私に、カルト様の罪を分けてください。お互いの為に死なない事と誓ってカルト様の罪を共に清算していきましょう。」エスニャの笑顔にカルトは涙する。ラーナ様の愛情で心を取り戻したが、ここまで心を安寧にしてくれた人はいなかった。今はエスニャの気持ちに感謝と愛情を抱いたカルトは歓喜の涙しか出てこなかった。

 

 

「エスニャ、俺と共に歩んでくれるのか?」

「・・・はい。」

「辛い人生になる、君には幸せになって欲しい。」

「私の幸せはカルト様と共に歩むことです。」

「・・・・・・ありがとう、君を・・・・・・。」

二人の語らいは夜通し続けられる、その後二人は何を語ったのか、後世の子供達にも伝えられる事は無かった。

 

 

 

 

デューも目を覚ます、深手を負っていた彼もすっかり回復されて元気を取り戻した。

「目が覚めたか?」手足に拘束具にて動けぬジャムカが声をかけた。

 

「あ、ジャムカ!とりあえず殺されてなくてよかったよ。」

 

「ふ、生け捕りにされたような気分だ。癪だが貴様には恐れ入る。」

「まともにジャムカに勝てる気がしないから、うまくいってよかったよ。」

 

 

 

煙玉効力が薄れた時に、川に大きな水音がしてジャムカはその場にむかった。

(川の中に入って逃げた?)

 

確かに弓矢は水の中では推進力を失い、殺傷能力は落ちてしまう。

しかしながら息が続かずに浮かび上がった時に狙い撃ちされてしまう、そのような愚行をデューが行うようには思えなかった。

川面にデューの姿はない事から川の音はフェイクと判断し、ジャムカは五感を働かせて周囲の気配を確認する。ジャムカが川辺に来て約2分、息が続かずに浮かんでくる時期にも関わらず出てこない所よりやはりフェイクであると読む。

その時に頭上の木にいたデューは落下しながらショートソードを手にジャムカの一撃を加えるが、ジャムカは先に上を視認する。デューの攻撃よりも早く気配を捉えたジャムカは弓を引き絞りって落下するデューに狙いをつけた。

空中であるデューは回避はできない、ジャムカは勝利を確定したが極めて冷静に狙いを定めて放とうとする。

「!!」

その瞬間、足元が崩れるかのように地盤が緩み出し弓があさっての方向へ放ってしまう。足元がおぼつかなくて体勢を整えられないジャムカの両肩を掴むと回転を加えて二人は川へ落ちる。

 

(狙いはこれか!)

ジャムカはここでデューの作戦を読み切る、彼は水中での酸素切れを狙っていたのだ。

背後から手を回されて水をかくことができないので水上への復帰はできない、そうなればデューの方が先に参って酸素を欲してくれればいいのだが作戦を考えたデューの方が入水前に肺に酸素を溜め込んでいる。

 

ジャムカは打つ手がなくなるも、必死に意識を保とうとするが限界が来ていた。

ついに息を吐き出した直後、大量の水を飲み暗転したのであった。

 

 

「ダメだよジャムカ、おいらがいた川辺の場所に立つなんて。罠を仕掛ける盗賊には悪手だったね。」

デューは笑って言う。ジャムカはその笑顔に向ける顔はなく、そっぽを向くのみであった。

 




ディアドラ

精霊の森に住む巫女、精霊使い。
ゲーム上の設定はかなり扱いが曖昧で、ロプト教団に狙われているにも関わらずアグストリアでシャナン一人に護衛を任せてしまう所などに不可解な扱いが多い。といいますか、あれだけロプト教団の話題が出てくるのに対策を考えないシグルドは勤勉でないような気がします。

またマーファでシグルドと出会う会話でエーディンと知り合ったとなっているが、ガンドロフに囚われている中でどうやってお知り合いになったにだろうか。もし城に出入りしていたとなれば間違いなくディアドラもガンドロフに囚われてたような気がするのは私だけでしょうか?ディアドラもエーディンに負けず美人さんですから。
それに人との交流を絶っている人が城に出入りするとは思えない!と私は思い、私の書く小説では二人は知り合っていない設定です。
そのあたりの曖昧さを、私なりの視点で改善して書いていきたいと思います。


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包炎

思ったより進まない回になってしまいました。
短い期間に一気に書いていきたいと思いますのでご容赦の程お願いいたします。


翌朝、シグルド不在のままヴェルダン攻略に向けて尾根の野営地を後にする。シアルフィ軍には不協和音が存在していたが戦線に幾つもの功績を挙げているカルトの復帰により多少の改善が見られた。

 

カルトの功績の中で特に大きい効果はキンボイス捕獲ではない。ヴェルダン内の疫病への対応が住民感情を和らげる事になりマーファ城に侵攻に成功した時、ガンドロフの圧政による不満もあったのだろうが住民達はグランベル軍を迎え入れてくれる迄になっていたのだ。

カルトがこのような策を講じていなければ、住民からヴェルダン城攻略に必要な情報は得る事は出来なかっただろう。ジャムカのハンター部隊の数とヴェルダンへのルートなどがなければもっと自軍に犠牲者を出していたと断言できる程である。

 

 

「全軍止まれ!」カルトの制止にて即座に進軍が止む、徒歩での移動のため即座に制止できる。

「どうしたカルト公?もうヴェルダン城までもうすぐではないか?」レックスは彼の制止に疑問を投げかける。

カルト「ここから先は森を抜けてすこし平地が続く、平地にでれば間違いなくシグルド公子がうけた遠距離魔法の餌食になる。」

レックス「そうか、今までは森の中にいたから魔法が飛んでこなかったのか?しかしこの間シグルド公子が狙われたのはどうしてなんだ?」

キュアン「おそらく、あの場所は小高い丘になっていたから城からあの位置が視認出来たのだろう。」

アゼル「カルト公、対策はおありですか?」

 

アゼルに投げかけられる、遠距離魔法は決して命中率の高い魔法ではない。このまま進軍しても全滅する事はないのだが賭けに乗って闇雲に突撃をする事は危険である。

初日に逃げ帰ったハンター部隊と魔道士が連携を取っていれば、突撃で散り散りになった際にハンター部隊に狙い撃ちされる危険があった。ジャムカを捕縛して指揮系統がどのように機能しているのかわからない以上、無茶はできない。

 

「魔道士を中心に進む、暗黒魔法だが魔法防御能力の高い部隊で進めばもし遠隔魔法に命中してしまっても耐えられる。

ハンター部隊にも警戒が必要だがそれは最小限でかつ能力の高い者で対応しよう、危険には違いないがこれで犠牲者は最小に済むはずだ。」

アゼルはカルトの弱気な発言に絶対の自信は持ち合わせていない事を知る、あれだけ強大な魔力と知識を持とうとも部隊全員の命を救う事など出来ないのは当然であるが彼は守ろうと画策している。

そのカルトが犠牲者が出る事を承知の上の発言にアゼルは緊張感を高めていく。

 

《お待ちください。》

カルトの脳内に女性の声が響く、それは言霊の魔法で遠く離れた対象者と会話を行う事ができる魔法である。

相手の魔力に同調させる事で可能となる魔法である。

 

《カルト様ですね、私は精霊の森の巫女でディアドラと申します。》

《君がシグルド公子の言っていた女性か?もしかして彼と一緒にいるのか?》

《はい、シグルド様は無事です。あなた達より更に西の森の中にいます。》

《そうですか、シグルド公子を救出していただいて感謝します。

申し訳ありませんが今は有事中です、ヴェルダン攻略が終われば迎えに行きますので待機するようにお伝えください。》

 

《カルト様、今から私はヴェルダン城にいる魔道士の魔力を抑えます。協力をお願いしてよろしいですか?》

《魔力を、できますか?あの城からただならない魔力を感じます。》

《はい、長い時間とは言えませんが可能と思わます。》

《わかりました、あの城から魔力が感じられなくなったらできるだけ早く突撃します。かなり危険な策を講じなければならないと思っていました、少しでも兵士達が安心できる進軍ができるなら協力いたします。申し訳有りませんが、ディアドラ殿よろしくお願いします。》

 

カルトは軍に彼女の伝心を送り、その時を待つ。

 

作戦変更によりキュアンとレックスを先頭にアレク、ノイッシュなどの騎士団が全面に立ち、弓部隊のミデェールと魔道士部隊のアゼルとクブト、エスリンやエーディンも加わる事になった。

 

恐らく魔力の封じ込めに成功しても恐らく二時間程であろうとカルトは計算する。その時間までに平野地帯を一気に駆け抜けて再びその先の森に潜まなければならない。

残ったハンター部隊も次の森か、その手前で待ち構えていると思われる。慎重かつ一気に制圧する必要があった。

 

カルトはレックスと同行して前面に立つ、魔道士でありながら常に前線に立つ彼をレックスは心の強さに賛辞を送る。

昨日瀕死の重傷を負ったにも関わらず、回復して翌日にまた前線に立つ者など訓練を受けた兵士にもできない事である。それも二十歳にも満たない魔道士が実践しているのだ、鼓舞しない者などいなかった。

 

 

 

 

「・・・見つけた。」

フレイヤは瞑想状態からゆっくり双眸が開き、妖艶な美女であるはずなのだが酷く邪悪な笑みを浮かべるその姿は『悪い事をすれば魔女に火あぶりにされる』ロプトウスの迷信によく使われる子供の方便だが、その話の魔女そのものであった。

彼女はサンディマを餌にずっと聖女の出現を待ち続けた。この生き餌がビチビチと動き回るたびに忍び寄ってくる魚達混じってきっと大物が釣れると思っていたのだが、予想通りの収穫に彼女の笑みは抑えきれないでいた。

いますぐにでもあの場に赴いて掻っ攫いたい所であるが、バーハラでアルヴィスと戦ったあの銀髪の魔道士に気取られてしまう可能性があった。奴は聖遺物を使えるわけではないにも関わらず、アルヴィスと対等に戦い認めさせた程の男である。

もし奴に気取られれば今後の活動に支障があるとフレイヤは思い、今回は諦める事にする。

 

「チャンスはある、急ぐ事もない。」彼女は言い聞かせるようにして、役割を終えたサンディマとヴェルダンに見切りを付けた。杖のふと振りにてその場を後にする。

 

 

「なんだ!これは!!」

フレイヤが転移した直後、バルコニーにて遠隔魔法を用いてシアルフィ軍を待ち構えていたサンディマは白い魔法陣に覆われ魔力の無効化魔法を仕掛けられた。

この魔法の是非は対象者の魔力に対し、使用者の魔力による押さえ込みが大きいかにかかっているが精霊使いであるディアドラは魔道士よりも魔力が高く、高度な聖杖が扱える。サンディマも魔力は高い方であるが、ディアドラに軍配があがる。

 

サンディマの魔力の無効化に成功するが、次に重要な事は持続時間である。

魔力を抑え込む間ディアドラは精神を集中し続けなければならず、一度破られて警戒されれば再度仕掛けても以前のようにはかからないのである。

この勝機は一度のみと理解しているカルトには一秒の無駄にできない、その瞬間に突撃の命を全軍に送る。

ヴェルダンとの全面戦争はいよいよ終盤を迎え、最後の決戦が始まるのであった。

 

 

 

 

ヴェルダンより北に位置するアグストリアでは、ノディオンとハイラインにて戦闘が行われていた。

エルトシャンはエリオットの野心を知っている。必ずエバンスを我が物にしようと挙兵すると思っていた。

 

エルトシャン率いる大陸随一と言われるほどの騎士団、クロノナイツがシグルドの危機に呼応してハイライン軍と衝突する。

ハイラインの寄せ集めのような雑兵に無駄な動きのない統率されたノディオン軍に敵う事はなく敗走する。

 

「エルトシャン!これで勝ったと思うなよ、アグストリアはもうグランベルに平伏する様な諸侯はいない。貴様がいつまでもいい顔できると考えない事だ。」

敗走するハイライン軍に止めは刺さず、無力化させたエルトシャンにエリオットは悪態をつく。

 

「王よ、奴を生きて返して良かったのか?いずれ奴は同じ事を繰り返すぞ。」

ホリンまた義を感じてこの度の戦闘に参加するが杞憂に終わり、クロノナイツの戦力の高さを肌で感じただけであった。エリオットの不遜な物のいい様にホリンはエルトシャンに言葉を投げかけた。

 

「あのような男に遅れをとる私ではない、それに奴もアグストリア諸国の王子。手にかけてしまえばイムカ王がお嘆きになられるだろう。」

 

「なるほど政治部分も含めての処遇という事か、王ほどの器量があればこその決断であるな。

イザークなら奴の首はとっくに胴から離れていただろう。」

 

「・・・・・・。さあ、帰還するぞ!」エルトシャンの号令に一糸乱れぬ隊列を維持し、ノディオンへ帰路につく。無言であったが、彼の背中が物語っているように思えた。

 

(シグルド、キュアン。退路は守ったぞ、無事に戻って来い。)

 

踵を返すエルトシャンにホリンはそう解釈をしてしまう。紛れもなくこの三人には親友と呼べる絆があり、損得のなく行動する彼らの騎士道を垣間見たのであった。

 

イザークは義の国ではあるが、友情の精神はなかった。

友と呼べる者はいたが、戦争となれば友であろうと敵対すれば自分を殺して国家に尽くすことが美徳とされた。彼らは敵対することになった時、どのような行動をするのだろうか?ホリンの心はそう思ってしまう、そして彼の疑問は数年後に現実の事となる。

アグストリアもまた、戦乱の足音が予兆と共に訪れようとしているのであった。

 

 

 

ヴェルダンの攻防戦はカルトの予想通りの運びで事が進んだ、平原でのシアルフィ軍の突撃を森林に入らせまいとハンター部隊は平原での応戦するが明らかにヴェルダン側の悪手である。

ハンター部隊を指揮していたジャムカが健在ならばそのような指示はしないが、デューの的確な行動で彼を捕縛に成功した功績は大きい。指揮官がサンディマに変わり、慣れない平原での防衛を言い渡されたしまう。

彼らの持ち味である、待ち伏せからの一撃離脱ができないハンター部隊などシアルフィ軍にとって脅威ではなかった。

それでもサンディマは多少の足止めをしてくれれば問題なかった。平地に出てくれば遠隔魔法であるフェンリルで一網打尽にできる自信があったからだ、シアルフィ軍を暗黒魔法で恐慌状態にできればハンター部隊でも対応できると自負していた。

しかし、ディアドラの使用した魔力無効化によりサンディマは切り札である魔法攻撃を失いハンター部隊はシアルフィ軍を抑えきれず森林へ敗走を続ける事になる。

 

「このまま森に入る!一気にヴェルダン城を落とすぞ!」

キュアンとレックスは怒号と歓声の巻き起こる中で突撃を続ける。立ち止まる事なくヴェルダンへ向かう一軍の中でカルトは冷静であり、彼の五感から警告が発せられた。

 

それは温度である、まだ春先のこの時期に北より暖かい風を感じる。

そんな事はあり得ない、彼の感性が判断した時全軍に止まるように発するが勝利目前の軍は止まる事ができないでいた。

キュアンの軍は止まってくれるが、レックスの部隊はそのまま突撃をされていく。

 

「どうした、カルト公!なぜ止めるのだ。」キュアンはカルトの位置まで戻り、カルトに問い詰める。

「おかしい、この森は変だ。北からわずかな熱気を感じる。このまま進めば敵の罠にかかる。」

「どういう事だ?」勝利目前に水を差した事もあるが漠然とした説明に、キュアンは少し苛立ちめいた感情が混じっていた。

「わからない、うまく説明できないがとてつもなく嫌な予感がする。すまないが少し様子を見たい、この森の入り口で待機してくれ。」

「しかしレックス公子の部隊が制止せずに進んでいるぞ、どうするつもりだ。」

「デュー、すまない行ってくれるか?」カルトの後ろに控えていた彼は一目散にレックスを追って森を疾走する。デューの危険回避能力なら二次被害にならない、それに状況が怪しくなれば彼を救出する術を持っているのでカルトは彼を使う判断をした。

 

半刻ほど経過した時、カルトの予感は事象となって現れる。

森が燃えている!レックスの部隊の一部がデューと共に戻ってきた時、その報告を受けた。

火の回りが異常に早い為、レックス達はここまで戻ってくる事は出来ず森の中を彷徨っているそうだ。

 

キュアン「カルト公はこれを察したのか?どうする。」

カルト「まずいな、ディアドラ様の魔法もそろそろ限界がきているはず。ここで森を出れば間違いなく奴に狙い撃ちされてしまう。」

エスニャ「でも、ここにいても火の手が回ってきます。」

アゼル「森を迂回して湖の方から向かうルートはどうだろうか?」

デュー「やめた方がいいよ 、道から外れると迷う可能性があるよ。火が回ってきたら先に行っている人と同じ事になるよ。」

まさか国の資産である森林を焼く行為に出るとはカルトも考えつかず、最善策が浮かばない。進むか、戻るか、どちらにせよ大きな決断を要する事となる。

 

「クブリ、天馬部隊に通達して空からヴェルダンを空襲するように指示してくれ。ハンター部隊が瓦解した今なら天馬部隊が使える。」

「なるほど、天馬部隊ならあの遠隔魔法を仕掛けられても空なら回避しやすい。魔法防御も高いのでうってつけですな、早速伝令します。」クブリは伝令魔法で天馬部隊とコンタクトを取る。

 

カルト「火の手がこちらに迫ったら俺が魔法で抑え込む、今は天馬部隊に賭けよう。」

キュアン「我らには打つ手なし、か・・・。悔しいものだな。」

アゼル「いえ、僕達が善戦したからこそ天馬部隊の奇襲は効果的になると思われます。胸を張って彼女達に任せましょう。」

エスニャ「レックス公子はどうされるのですか?」

カルト「残念だがデューが戻ってきた時点でこれ以上の捜索はできない、行けば犠牲者が増えるだけだ。

彼らの運に稀期待しよう。」

カルトはエスニャの提案を一蹴する、どんな形であれ単独行動に出た彼らを追って犠牲者を増やす事は指揮する者としてできない。同様の意見であるかのように皆その意見に反対する者はなくただ黙していた。

 

《カルト様》ディアドラの声が聞こえる。

《ディアドラ様、お疲れ様でした。》

《いえ、申し訳ありません。もう少し抑え込みたかったのですが、思ったより対応能力がある魔道師のようで先ほど魔力を解かれました。》

《気にする事はありません。と言いたいところですが、連中先の森で火を放ちまして足止めされています。天馬騎士団のヴェルダン攻略が望みとなっています。》

《森に火を?何て事を・・・。カルト様、今の時期は北西から南東に風が吹く季節です。時間はかかりますが森の外周に沿って北西に向かえば火の手に合わずにヴェルダンに向かえる可能性があります。》

《それはありがたい、早速手を尽くしてみます!》

カルトは再びディアドラの指示に従い行動を起こしていくのであった。




レックスが離脱する、という事はあのイベントが発生します。
ゲーム上ではかなり不自然なイベントでしたが、私なりに不自然でないイベントに作り変えたいと思っています。
賛否あるかと思いますが、よろしくお願いいたします。


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発進

まだうだうだする回となりました、申し訳ありません。
キャラの登場にもバラツキがありお気に入りのキャラが出てこない等がありましたら重ね重ねご容赦の程お願いいたします。

ここ数日、小説作成から離れた生活を送っていたのですがお気に入りと閲覧数が一気に上がっていました。
細々としていましたので、驚きと感謝です。
20年も経過した聖戦の系譜にここまで興味がある方がいらっしゃると思うだけで励みになります。

こんないい加減な小説を見てくださった方々、ありがとうございます。
ぞしてお気に入りにしてくださった方々、よろしくお願い致します。


「くっ・・・、ここも駄目か!」レックスは先に見える紅蓮の炎を見て再び方向を変える。

遮二無二走り回るが火の手が複数から上がっているのか、逃れる先々の方向で先回りをされているような感覚に襲われる。

 

(奴らめ!火を放ったな!)

レックスは舌打ち混じりに言い捨ててまた方向を変える、もうすでに方向感覚は狂っておりどこに向かっているのかもわからなくなっている。とにかく森を抜けない限り打開する術はなく走り回った。レックスに従い、駆け抜けた部下も今や逸れてしまいいた。無事に帰還できている事を祈るばかりである。

レックスは数度となく危険な炎の中を走り抜け掻い潜ってきたが熱風により水分を失い、煙により酸素を欠乏させていく。そして自慢の体力も限界を迎えようとしていた。

 

レックスは最後の力を振り絞り、小高くなった山林に向けて駆け上がっていく。彼の走り回ったこの周辺ではこの地形は見た覚えがなく、この境地を打破できると信じて残数の少ない体力を注ぎ込んだ。

先ほどより熱気しか感じられなかったがこの先からは冷たい風を感じた、レックスは森を抜けられると確信し一層駆け足でその先へ視線を投げかけた。レックスの足は限界を迎えており最後は転がりようにその村林地帯の先へ潜り抜ける。レックスは倒れこみ、視線をさらにその先へ投げかける。

 

(・・・!)

森は確かにそこで終わっており紅蓮の炎は先に見えない、しかしその先には希望はなく絶望の現実を突きつけられる事となった。

そのすぐ先は崖であった、とても人が伝って降りられるような地形ではなく完全に行き場を失っていた。

その崖っぷちでレックスは絞るような声で誰ともなく言い放った。

「ここまで・・・か!」

ここに滞在し続けていればいつかは敵の遠距離魔法を仕掛けられる可能性もある、しかし退路はすでに炎で断たれている、手詰まりに陥ったレックスは手に持っていたハルバードをその場に落として大の字で倒れこんだ。

ここでようやく森林でまともにできなかった呼吸を大きく吸い込んで肺に新鮮な空気を送り込む、酸素が脳に行き届くと意識がはっきりしもう一度思考を張り巡らせ始めた。

そして荒い呼吸を整えたレックスはハルバードを握り直して立ち上がる、呼吸は整ったが消耗した体力はすぐには戻らない。足はガクガクと震えているが使い物にならないまでではない事に感謝した。

 

「グランベルの物だな!よく祖国を!!」レックスの背後より怒声が聞こえて振り返る。

その場にはヴェルダンのハンター部隊の残党と思われる男が弓を引き絞っており、レックスに怒りと共に射抜こうとしていた。

「よくも森に火をかけたな!どこまで卑劣な連中だ!」

「待て!この火はヴェルダンがかけた物ではないのか!!」レックスは質問を返す。

「当たり前だ!!この国の至宝は森と水だ、その大切な宝を自ら火をかける奴はこの国にいるはずがないだろう!」

「俺たちもそんな卑劣な手段を使う事はしない!俺も火に追われて逃れてきたんだ、火を放った側ならこんな事にはならない筈だ!!」レックスは手を上げて弁明する、ヴェルダンのハンターは警戒を解く事なく未だに標準をレックスに合わせていた。

 

レックスは崖の端にいるため矢の回避はできない、距離もあるので不意打ちも仕掛けられない。ここで戦闘となれば間違いなく射殺されてしまうだろう、矢を回避しても崖の下に真っ逆さまである。今のレックスにできる事は勝機を得るための時間稼ぎしかできなかった。

 

「誰が信じられるか!!火がお前たちでは無かったしてもジャムカ王子は貴様達が殺したんだろう!!」

彼の怒りがますます膨れ上がっていた、レックスはその瞬間に覚悟を決めた。

ハルバードとは違う、背中に括り付けてあったもう一つの斧。投擲武器として使用できる手斧に切り替えてハンターに対峙した。

ハンターはすでにレックスに標準を合わせている、その不審な動きに先に射かける形となった。

レックスはその矢に毒が仕込まれている事を忘れていない、崖の不安定な足場だが跳躍してその矢の回避に成功し手斧を投げつける。

レックスの斧はハンターの弓に当たり破壊する、重量のある武器なので弓だけではなく利き腕を負傷しハンターは恨めしそうにレックスを睨みつけた。しかしヴェルダンのハンターは恨みの眼を驚愕の眼に変化する。

 

「く!・・・。」レックスの足場が先程の跳躍で崩れたのだ、そのままレックスは崖の下へと落ちていくのであった。

ハンターは駆け寄って崖を覗き込むが落下したレックスを確認する事はできない、下にも広がる森林の深緑に飲み込まれていた。

ハンターはその場で嘲笑うのだが、サンディマの誤認識により暗黒魔法を受けてハンターももうじき絶命する運命をまだ知らないでいた。

 

 

《起きなさい》

混濁した意識に語りかける声がする。

《起きなさい》

再度声がして、レックスは目を覚ます。

一人と寝かされていたレックスは周りを見渡すと不思議な光景を目の当たりにする。自分の立っている足元は水面であった、そして足元の向こう側は森林が見える。水面にたいしてレックスは逆さに立っており上を見上げると水底が写っていた。

 

しばらくその光景を見て呆然としていると目の前の水が水流となって人の形となりレックスの目の前に現れる、純白のドレスを着込んだ美しい女性がレックスを慈しむように見つめていた。

 

「あんたは誰だ?」女性に語りかける。

「私は人間ではありません、あなたは私の住む世界に迷いまこれたのです。」

レックスは意味不明な言葉に黙り込み必死に考え込む。ここはヴェルダンの精霊の森といっていた、そんな突拍子な事があって不思議ではないと思い込事にした。

肝心なのはここさら先に彼女の言う事が信憑性を左右する事になるだろうと結論する。

 

「世界が違う?なら俺は元の世界に戻りたい、どうすればいい?」

彼女はレックスの後方を指差すとその場が光だした。

「その光に飛び込むと元の場所に戻れますが、その前に質問させてよろしいですか?」

「・・・俺に答えるものならお答えしよう。」

彼女はすっと笑顔になって、紡ぎ出す。

 

「今、精霊の森が燃えています。これはあなた達が行った行為ですか?それともあなたの敵対している者が行った所業ですか?」

女性の言う言葉にレックスは少し間を置き思考する、その上で答えを述べたのであった。

 

「わからないが、私たちではない。」

「では、敵対している者の所業というのですか?」彼女はレックスに答えに更に述べるように促す。

 

「それも違う、と思う。

俺たちグランベルの中にそんな卑劣な作戦を使うような奴はいない!それだけは神に誓ってでも断言しよう。

そしてヴェルダンの連中もそんな事はしない、彼らは自国の森や水を愛おしく話していた。精霊の森の存在も理解し敬っていた。」

 

「では、レックス殿?この所業はなんだというのですか?」

「わからないんだ、でもきっと俺の仲間が森を焼いた者を見つけてくれる。俺も見つけるように努力する。

だから、答えが出るまで少し待ってくれないだろうか?」

 

「・・・・・・レックス殿、あなたの精神と志しを確かに感じました。素晴らしい物であったと評価いたします。このままここを出てもまた火の手に遮られてしまうでしょう、これを持って行ってください。」

彼女は右手を天に掲げると、水底より斧がレックスに向けて降りてくるのであった。

手に取ったレックスは一振りして見上げる、片刃の斧でハルバードよりリーチは短いがその流線形のフォルムは風の抵抗がなく見た目に反して軽い。なにより初めて持ったにも関わらず手に吸い付く感じは以前から使用していたかのような馴染みがあった。

 

「その斧があなたを安全に導くでしょう、火を放った者の対処はあなた達に委ねます。」

「ああ、見つけて罪を償わてやります。では・・・」レックスは一礼をして元の世界へ続くと思われる光へ進むのであった。

 

 

 

 

上空を疾走する天馬に向けてフェンリルの発動されたのは3度目であった、二体のペガサスナイトが直撃を受けて大きなダメージを受けるがカルトの遠隔治療魔法であるリブローが彼女達を支える。

リライブほどの効力はないのでマーファに帰還する事になるがシレジアの天馬騎士団結束は固い、屈する事なくヴェルダン城へ突き進んでいた。

 

森林の火災は一層火の手が増し、天馬部隊のいる高度にも熱気が襲いかかりシレジアの者はその暑さに苦しんだ。煙も立ち上っており呼吸も苦しく、そこは人よりも天馬の方が参っている様子であった。

 

「カルト様、上空の気流が大火の所為で乱れております。このままでは被害の方が大きくなります。」

クブリの指摘の通りである、上空を見上げるもヴェルダンの城に到達できておる者はおらず暗黒魔法を地上部隊から気をそらす事で精一杯であった。

 

「くっ!誤算だった。皆、すまない。」

カルトはそれでも歩む事は忘れず、負傷した者を回復させながら迂回ルートを突き進んだ。

 

ディアドラの提案を聞いたカルト達は足早に迂回ルートを進む、城を時計方向に回るようにして進むため、城は見えているのだが近づいて行く様子はなく、歯痒く感じる。その間にも我が国の至宝である天馬騎士が負傷する様は見るに堪えない物であった。

 

天馬は非常に繊細で、シレジアで安定して天馬を蓄養できているのは最近である。先人の知恵と弛まぬ努力、挫折と進展に一喜一憂してようやくその成果が花開き安定した供給ができるようになったのだ。

天馬を乗りこなし騎士として昇華する人材はもっと難しい。天馬は女性にしか懐かないので背を跨ぐ騎士は当然の事ながら女性、騎士として幼い頃から素養を身につけさせてもその中から天馬騎士になれるのは20%にも満たない確率なのだ。

そんな貴重な人材を預かっているカルトは魔力切れを恐れる事もなく乱発している、クブリは心配をしての言動であった。

 

「しかしこの炎は誰が放ったのだろうか?ヴェルダンの国力を支えているのはこの森と水の筈、勝つためとは言えその代償が大きすぎます。」クブリはそう呟いた。

 

「ああ、防衛戦というのはなんせ金がかかる。攻め込んだわけではないから領地も手に入らないし、防衛に成功しても敵から資金を奪えるわけでもない。そんな防衛戦に数百年もかけて育んだ森を捨てるような真似をする奴はヴェルダンにはいないだろう。」

「では、やはり・・・。」側に控えるマリアンが口にする、彼女は慣れない森での移動に一切の言葉を発していなかったのだがここでクブリとの会話に口を挟む。

彼女は一度ロプと教団の供物にされかけた身、その忌まわしき教団の存在に敏感になっていた。

カルトは頷いて肯定の意を示す。

ロプト教団は暗黒神ロプトウスの復活を切望している、その為の犠牲など意にも介さないだろう。

 

「その為にも一刻も早く奴を倒さねばな、消火活動を行うにしても奴を倒さない限り無駄な被害が出る。」

カルトの言葉にそばに控える者達は歩速を早めていく、炎が行く手を遮る道無き道を切り開く様はこの国の行く末にも繋がることをカルトは胸に刻み込む。

 

 

 

 

天馬騎士団が必死にサンディマの暗黒魔法を回避しながらヴェルダンに向かう、ここで術者の注意を地上部隊に向けられれば魔法防御の乏しい部隊に大きな被害が出る事は副官は充分理解はしていた。

陽動の為にも自身の部隊は派手に動かなければならない、しかし動けば魔法の直撃を受ける可能性があるがこれだけは何としても避けたい。下は火の海と化している、森に堕ちてしまえば二度と空中に舞い戻る事は出来ず焼け死ぬ事になるからだ。彼女達はその決死の思いでシアルフィの部隊を支えている、副官の彼女は統率して絶えず指示を送り続けていた。

数度魔法攻撃の直撃を受けた者がいたが、地上にいるカルトの遠距離回復魔法でなんとか死者を出さずにマーファに帰還できた。しかしこれからも助かる保証はない、彼女は自身に叱咤を送りながら部隊を預かる身として常に思考を切らさずに集中し続けていた。

 

「固まらないで、常にヴェルダン城の警戒して!くるわ、全員回避!」

地上が燃え盛る中で禍々しい漆黒の矢を回避する純白の騎士団、絵師がその場に居合わせたならその情景を描かずにはいられないくらいに絵画に出てくるような空中の攻防は美しくそして苛烈なものである。

 

「今よ、全速!!1分経過したら一度停止して回避準備!」

魔法と魔法の射出間隔時間を確認していた副官は指示を出して距離を詰める、そして回避準備を取らせて警戒に当たらせた。

「距離が短い分着弾時間と命中精度が上がる、気をつけて!」

二人を負傷させてしまった失策に修正した作戦を考慮して確実に距離を詰めていく、副官はさらに引き締めながらヴェルダン城に注意を払う。

 

暗黒魔法を感じた天馬達は怯えているのか首元の筋肉が萎縮する、それを感じ取った副官は号令を出す。

「また、くるぞ!」

 

彼女達はすでに回避行準備に入っている。今回も同じように回避すればいい、そう思っていた。

人は慣れると注意力が散漫になる、ルーチンワークに潜む影を副官は忘れていた。

 

暗黒魔法を感じた天馬が萎縮する事は分かっていたがそれが全弾すぐにこちらに向けられるとは限らない、相手も人間である。何度も回避されれば、敵も修正してくる事を考えに入っていなかった副官は我に帰ってしまう。

 

回避行動のタイミングを外され、さらに今回の魔法の着弾速度は先ほどより速い。いや数回前からの魔法から速度を少しづつ落としていて今回元の速度に戻していたのか体感速度と距離の短さもあり一層着弾が早く感じた。

副官は隣の部下たちに向けられていた魔法攻撃を飛び込んで自ら受けた。

受けた途端、矢による物理的な痛みと共に全身にまるで猛毒が回って体の内部から外部にその毒が飛び出す痛みを受ける。

「ああああああ!」

気付けば、彼女と天馬は全身から血が吹き出して激痛を伴う。

 

「副官!」部下の悲痛な叫びが上がるが、彼女は意識を失ったのか天馬の首に体を預けたままピクリともしない。天馬も羽根に重傷を負ったのか、高度と速度がみるみる落ちていき大火の森に誘われるように堕ちていく。

 

カルトから遠隔魔法の回復がなされるが、天馬の傷が思ったより大きくて浮力を取り戻す時間はない。

天馬騎士団が必死に彼女の天馬に追いすがり、救出を試みるが失速した二人を持ち上げる事など出来ない。彼女の意識があれば彼女だけの救出が可能であるが、今の状況では不可能であった。

 

とうとう副官を乗せた天馬が大火の森にまで堕ちてしまい、その姿を確認できなくなる。

指揮官を失った天馬部隊はどうすればいいのか判断できず、空中に静止する。

《何をしている!回避準備!!》

カルトの送る伝心魔法で間一髪魔法の回避には成功するが、このままでは第二の被害がでる。

カルトは撤退の指示を出す為、伝心の魔法を発動させる。

 

《まだよ!全員全速!》

カルトとは違う伝心が天馬部隊とカルトに逆伝心が響く、それはつい先日の事なのに久々に聞く声に部隊は高揚する。

 

副官が堕ちた地点より再び浮上する存在に部隊は見張る、先の戦闘で天馬を失い戦線を離脱した部隊のトップであるフュリーが副官の天馬ごと大きな怪鳥の背に乗せて部隊に舞い戻ってきたのであった。

 

地上から見たカルトはその光景に笑みを浮かべて笑い出す。

彼女は以前より大きな存在となり、ヴェルダン攻略に大きな鍵となるであろう予感を確信に変えていくのであった。




ようやくフュリーを復活できました。
彼女の怪鳥捕獲も本件にいれようとしたのですが、ボリュームが大きすぎたので外伝を作って表現してみたいと思います。
またジレジアに帰ったカルトがセイレーン公になるまでのお話も外伝として制作したいと思います。
すみません、制作時期は未定です。親世代が終わった辺りがベスト、かな?
誤字、脱字修正と大変ですが少しづつ進んで参りますのでお願いいたします。


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刹那

ようやく、サンディマとの直接対決までこぎつけました。
ヴェルダン編が予想以上に長くなってしまいましたが、あと2話程後処理の話がある予定です。

外伝扱いにするか、ヴェルダン編として一緒にするのか迷うところです。

いつもより文字数が多いですがご容赦の程お願いいたします。


「う!・・・、ここは?」

フュリーの片腕である副官が目を覚ます、体から先程あった痛みが消えていき心地よい感覚に体が覚醒した。

 

「大丈夫?遅くなってごめんね。」

「フュリー様、私は・・・。」彼女は天馬から怪鳥の背の上に立って畏まる。

 

彼女はその姿勢からフュリーを見るが、以前の隊長とは劇的に違う変化を遂げていた。

まずはその目である。以前までは少し頼りない所があったのだが、光るその眼光は心を射抜くがごとく強い意志を発している。

容姿も変わり果てており、長い髪は切り落としてボサボサで櫛を通した節がない。服もあちこちほつれており、汚れも浮いているが彼女は気にもしない様子の佇まいである。以前の身だしなみに気を使う隊長とは対照的に野生じみたものになっていた。

そして能力である。

先程にカルトの伝心を逆伝心で自身の音葉を発したのはフュリーでり、現在副官の傷を癒しているのもフュリーである。彼女は魔力を宿しており、聖杖を扱えているのが一番の変化であるだろう。

 

「フュリー様、御復帰おめでとうございます。私はきっとお戻りになられると思っておりました。」彼女は涙混じりに気持ちを伝える、フュリーは笑顔で答える。

「時間がかかってごめんね。おかげで私はまた一つ成長できました、これでカルトを助けてあげられる。

あなた達にもね、さあいきましょ!私たちでヴェルダンを落とすわよ!」

「はい!」

彼女は再び大空を舞う、ヴェルダンを落として先の戦いでシレジアが受けた失態を雪ぐ為の再戦が行われようとしていた。

 

 

フュリーが戦線復帰し、天馬部隊は一気に攻め上る。

サンディマが暗黒魔法を放つがフュリーの乗る怪鳥は天馬よりも魔法の防御能力が高いのか、魔法を受けても大したダメージを与えることはできないでいた。フュリーは即座に回復魔法で怪鳥を癒してそのまま直進する。

《よう、フュリー!舞い戻ってきたらいきなりの大仕事だな》カルトから伝心の魔法が届く

《カルト!あなたがいながらこのザマは何?あなたがゆっくりしているなら私がさっさとヴェルダンを落としてあげる。》

《エーディンの件があるからな、ここはお前に譲るよ。ただし、派手にやれよ!》

フュリーは笑顔を見せて突撃を早める、天馬部隊も彼女の怪鳥の早さに追いつけない。攻撃はフュリーが一手にに引き受けるつもりであるからである。

 

 

「な!あれはファルコンではないか!!それも、エルダーファルコン・・・。あれを手懐けた奴がいるのか!!」

サンディマは暗黒魔法を意にも介せずまっすぐ向かって来る者に驚愕する、その小さな影は瞬く間に大きくなっていきこちらに向かってきていた。

魔法の効果が見られないその飛行物体に戦慄する。このままでは間違いなくここまでやって来てやられてしまう、しかしここを退けば地上部隊がやってきてやられてしまう。

 

再度フェンリルを行使するが勢いは全く衰える様子はない、玉座に踵を返して待ち受ける。

館内部ではあの図体の大きいファルコンは入ってこれない、地上部隊がやってくるがファルコンの存在が厄介と判断したサンディマは内部戦闘に切り替える事にした。

 

《サンディマさん、聖杖が使えないなら私が救出いたしますよ。》

玉座で待つサンディマにフレイヤは伝心する。

《・・・どのみちここから逃げてもマンフロイ様に殺されるだけだろう、この国と共に滅びてやる。貴様の思惑通りにな。》

《あら、私は救出したいと思って》

《もういい、これ以上の会話は無意味だ。フレイヤ、あなたが持っている野心はマンフロイ様と違う物と私は感じている。足元を掬われないように祈っているよ。》

《・・・・・・忠告として聴いておきます。では最後に、あなたに贈り物を贈ります。これがあればあなたの力も増幅されるでしょう、じゃあねサンディマご武運を祈ります。》

サンディマの手にフレイヤの言う物が転送される。赤い宝石が埋め込まれた指輪、マジックリングが彼の元に届いたのであった。

 

フレイヤは伝心の魔法を終えて失策を知る。

「ご武運を・・・か。」一人つぶやく、その表情は氷のように凍てついており温度は感じられなかった。

私達ロプト教団に武運を祈る神はいない、絶望と破壊の神を信仰する教団では何よりの違和感であっただろう。サンディマに指摘されて動揺をしてしまったのかフレイヤは頭に手を当てる。

そして漆黒のローブを脱ぎ捨て一糸纏わぬ裸体を晒すと温度のない水へと入る、ヴェルダンを離れた彼女は次の仕事がありその準備を急ぐ。端正な肢体を洗浄すると足早に浴場を後にし、漆黒のローブとは違う貴族の社交場に用いられるドレスを纏う 。化粧を施し、髪を結い、手袋まではめれば彼女は淑女として振舞う。

 

彼女のその美貌に魅了されない男は数少ないであろう。また一人標的とされる男は魅了され、籠絡し、堕ちてゆく。彼女の表情はまた氷の様に冷たくなっていく。

 

「マンフロイ様、準備が整いました。」振り向き、伝えた瞬間に転移されて現れるロプト教団の最高司祭。

その圧倒的な魔力にフレイヤですら、多少の緊張を覚える。

「うむ、では行くとしよう。」再び転移魔法を使用した司祭は何処かへと消えていく、彼らの仕込みは世界を暗雲を加速させていくのであった。

 

 

天馬部隊がとうとうヴェルダン城上空を制空し、頭上を抑える。バルコニーに着陸したフュリー達はすぐに侵入はせず地上部隊の到着を待った。地上部隊がヴェルダンの城門を抑えないことには逃走される恐れがある、今は焦らないことが重要であった。

 

《フュリー、どうした?さっさと奴を討とうではないか。》フュリーの頭に伝心魔法が伝わる。

それは、人間のものではなく、先程まで背を貸してくれていたファルコンである。

《サンディマは暗黒魔法の使い手よ、うかつに飛び込めばかえって危険です。さらに逃走経路を遮断する為にも地上部隊が城門までたどり着くまでは様子を見ようと思います。》

《臆病風に当てられたのか?私の見立ては間違っていたか。》ファルコンはフュリーを挑発する様な口調であり、フュリーもその言葉にカチンときたのであろう睨み付ける。しかし二人の睨み合いはすぐさま中断され、フュリーは溜息をつく。

《実はそうよ、あなたの魔力に護られていたからサンディマの魔法にも真っ直ぐ突っ込めました。

でもここからはあなたの体では城内に侵入できない、私の魔力だけではサンディマの魔法を貰えば致命傷になる。多少臆病にもなりますよ。》彼女は冷静に切り替え直して率直な意見を述べた、彼女の変わった箇所には危機察知能力も含まれている。

 

《そういうことか、確かにこの姿では中には入れないな。では、こうしよう。》

ファルコンの体がわずかに光りだすと、瞬く間にその姿を人間の姿へと変貌していく。体はしぼんでいきフュリーとほぼ同じ背格好になる、白髪に真っ白な肌の女性と変貌する。そしてその白い肢体は美しいが全裸での登場に天馬部隊の面々は変身よりもそちらの方に驚かされる。

 

 

「全く、何てことを唐突にされるのですか。」フュリーに与えられた戦闘服を着込んだファルコンは一回転してその自身の姿に笑顔している。

「そうであったな、人間には羞恥心という物があった事を忘れていたよ。」真顔になって弁明する。

「それで、どうして人間の姿になったのですか?」

 

「これならばフュリーの護衛として城内に侵入できるだろう、嘴や翼がないから物理攻撃は弱くなったが魔法力はそのままだ。サンディマとやらの魔法は受け持つからフュリーは奴を倒せばいい。」

 

彼女の提案にフュリーは頷く、確かにサンディマの魔法を抑えてくれれば単独でも勝機は見えてくる。

城内には戦える者は殆どいないか、どこかに集中して待ち伏せに徹しているかはわからないがバルコニーに向かってくる兵士はいなかった。天馬部隊の面々が警戒しているが動向は無い。

ファルコンが内部に入れるとなれば天馬部隊の天馬はここに残して一気に侵入する事を決めた。

 

フュリーとファルコンは一気に王族の間を抜けて階下に降りる、途中に衛兵がいたが戦意はなく投降するのみであった。ジャムカ王子が殺害されたとの情報が彼らの戦意を喪失させ、守る意味をなしていなかったのだ。

実際はデューにより彼は拘束されており存命であるが、彼らの希望である王子喪失がこの国に絶望を与えていた。

フュリーは彼らの武器を取り上げて空き部屋に入れて幽閉状態にしながら先へ進む、王の謁見場にいるであろうサンディマの影を追う。禍々しい魔力にフュリーの魔力にも感知し始め、足の歩みを急がせる。

部下に城内の武装勢力の無力化に勤しんでもらう事にした、サンディマとの戦いでは二人で対処すると決めていたのだ。魔法防御力のない部下を入れれば死人が出る可能性が高いからの判断である。

 

「この先だ!」

「はい!」重々しい扉をファルコンは蹴破ると、謁見の間にはサンディマが不気味な笑みを浮かべて仁王立ちしている。

 

「よくここまで来た!ロプト神にその身を捧げてやる。」サンディマから瘴気のような魔力が立ち昇ってゆく、遠距離魔法からでは伝わりきれていない負の魔力の恐ろしさを肌で感じフュリーは悪寒を覚えた。

「ヨツムンガンド!」サンディマの魔法発動に瘴気は辺りから発生して形造り、二人に襲いかかる。

 

フュリーはサイドステップにて瘴気をかわすとシェリーソードを抜き放つ、その軽い刀身は重みを感じる事なくフュリーの速度に併せてくれている。助走の速度は落ちる事なくサンディマにたちむかっていく。

ファルコンはヨツムンガンドを防御体制に入って耐える事を選択する、両腕はクロスして胸下で構えて両足は地に根をはるように少しかがめて衝撃に耐える姿勢を取る。

着弾し、真っ黒い瘴気をファルコンを襲うが気合の声とともに両腕を広げて払って見せた。

「な、なんだと!」魔力を底上げされたサンディマの魔法でもってしてもファルコンに致命傷となる物ではなく狼狽える。フュリーの剣が振り下ろされてサンディマは後ろに飛んで回避するが、フュリーもさらに踏み込んでサンディマのローブを裂くのであった。

 

「なかなかいい動きをするな。」サンディマは薄ら笑いを浮かべて賛辞を送る。

鮮血が床に滴り落ちるが、左手がローブの中入り数秒すると止血されたのか床に落ちる事はななった。

 

《厄介だな、奴らは回復魔法なしでも徐々に体を癒す事ができるみたいだな。》

《はい、今の動作に魔法力は感じられませんでした。特殊な能力でしょうか?どちらにしても次は致命傷を与えます。》

フュリーは再度剣を握り直して、踏み込む準備をする。

サンディマはローブの中に入れた左手でマジックリングを取り出して右腕に嵌める、フレイヤから送られた指輪を使う気になれなかったのだがヨツムンガンドを防がれてしまった事により頼らざるを得なくなってしまった。苦虫を噛み殺すような表情で敵に塩を贈られた品を使用する。

 

嵌めた瞬間、自身の魔法力が指輪を通して増幅しておる事を自覚できる、サンディマは再び薄ら笑いを浮かべて魔力を放出させた。

ファルコンはその変化に気付き、抑制の一撃を入れる。

「ライトニング!」右手から光の魔法の初級魔法が放たれる。

 

サンディマの頭上から訪れる、光の収束をヨツムンガンドで相殺させて見せる。

「・・・!」ファルコンは目を見張ってその魔力の変化を見極める、指輪嵌める前のサンディマではおそらく打ち破れないだろうと推測したライトニングを相殺した事により指輪はマジックリングと断定する。

 

フュリーはその相殺している隙を突いてサンディマに刺突の一撃を繰り出す、体重と突進を纏わせて喉元への一撃にかけたのだがサンディマは再び魔力を纏わせる。

 

《フュリー!一旦引け!!》

ファルコンの伝心が脳内に響く、サンディマの魔法発動した直後を狙ったのだが再充填を完了していた。

再びサンディマは魔法を発動させる。

 

「ヨツムンガンド!」

フュリーの周囲より瘴気が集まり出して襲いかかる、マジックリングは魔法の威力だけではなく発動後の硬直時間も少なくなるようでファルコンは焦りを覚える。

 

フュリーはファルコンからの援護は間に合わないと判るや覚悟を決める、今までカルトやシェリーに支えられて今度はファルコンに支えられた。ここ一番では自身の力で切り開く力が欲しいと誓っていたフュリーはここで引くわけには行けない。剣をサンディマに突き立てんと更に速度を上げていた。

 

剣がサンディマの腹部を貫く瞬間とフュリーにヨツムンガンドが直撃したのは同時であった、二人は声も上げずに床に倒れこむ。

 

ファルコンは即座にフュリーをサンディマから引き離して奴の動向を確認しつつ回復に入る。

「リライブ!」ファルコンの右手から淡い光がフュリーを癒していく。

「う・・・。奴は、どうですか?」フュリーは即座に意識を回復させて、状況を聞く。

 

「奴も、死んではいないがしばらく動けないだろう。どちらの回復が早く済んで、次の攻撃をできた者が勝利者だな。」

 

「わたしは、大丈夫!」フュリーは立ち上がろうと膝に力を入れるが、全身に痛みが広がりうまく立ち上がれないでいた。力を入れた筋肉に激痛が走り、出血する。

瘴気はフュリーの全身を蝕み、内部で毒のように残っているかのようであった。カルトはダーマの遺跡でこの魔法を受けたと聞いていたが彼は回復もせずに立ち上がったと聞いている、フュリーは心底カルトの意志力に感心してしまう。

 

「奴はマジックリングという魔法力をあげる指輪を使っている、その攻撃を直撃して生きているフュリーの防御力も素晴らしいさ。今は動かずに治療を受けろ。」ファルコンは温かい言葉とは違い懸命に魔法で回復に努める、サンディマの方も回復を急いでいるのだ。この勝機を失いたくはないがフュリーも重傷を負っている、今の状態で放置すれば彼女の命の保証も出来ない。ファルコンの困惑は続く。

 

一時の時間が過ぎる、サンディマの流す出血は止まっており手足が動き出していた。やはり回復はサンディマが早かった、ファルコンは舌打ちをして奴を見張る。フュリーも随分良くはなっくてきているが体にまだ力が入っておらず、逃げ出す事もできない。

 

ファルコンは長い年月で人間に姿を変える事に成功するが、能力は限定されてしまう。怪鳥の時に大きな威力を発揮する嘴や羽根が扱えない事もあるが、完全な魔道士になってしまう為筋力は脆弱になってしまうのだ。

 

サンディマの暗黒魔法に有効な魔法攻撃は光魔法であるが、ファルコンにはライトニング以上の攻撃魔法は扱えない。あとは風魔法を幾ばくか使用できるがサンディマの魔法防御力の前には有効な手段ではなかった。

 

その間にサンディマは回復を終え、ゆっくりと立ち上がる。

「ちっ!まさか小娘にここまでやられてしまうとは、でもまあいいだろう。

そいつはまだ立てないようだしな、二人仲良く死んでもらうぞ!」

再び瘴気を纏わせて、悠然と距離を詰める。

 

ファルコンはフュリーの回復を中断させ、立ち上がる。

 

「ヨツムンガンド!」

「マジックシールド!」防御魔法でその場をしのぐ事にする。

先ほどのサンディマの攻撃間隔はファルコンよりも時間が短かった、ライトニングで対抗すれば第二波で直撃してしまう恐れがあった為の対処であった。

 

「ふはははは!時間稼ぎにしかならぬわ!その少しの時間、ゆっくり祈りでも祈るんだな!」

サンディマの勝利宣言を不快に聞きながら、ファルコンは必死に防御魔法を展開する。

 

「あなただけは逃げて、これは私の戦い。ここまで手伝ってくれて充分。」

フュリーは必死に立ち上がってファルコンの横まで歩み寄る、そしてシェリーソードを構えた。

 

「・・・フュリー、私はあなたと会えて変わった。

今まで目的もなくただ数百年生きてきたが、君と出会ってからの数日間でここまで私を変えてくれたのだ。

初めて友となれた君を守る戦いは私の戦いでもあるのだ、頼む!そんな事を言わず一緒に戦ってくれ!」

「・・・ごめんなさい、私たちはまだ負けてないわね。絶対に生きて帰るわよ!」

フュリーはファルコンの右手に添えて自身の魔力をファルコンには与える、サンディマは今まで遠距離魔法も使ってきた。魔法切れを起こせば私たちの勝利になると信じたのだ。

 

「小癪なくたばり損ないが!もういい!一気に潰してやる!」

サンディマがさらに魔力を込める。一帯は漆黒の瘴気で溢れかえり、地獄のような光景になっていた。

フュリーとファルコンは絶望の中でも、見失わず最後まで自身の力を振るい起こす。

 

ファルコンは自身を変えた親愛なるフュリーの為に

フュリーは自身の目的を共有しついてきてくれた親友の為に

 

二人の思いやるその心が、この絶望な状況を凌いでいた。

 

「ふはははは、もうすぐだ!もうすぐロプト神が二人の命を刈り取りに来られるぞ!!・・・!!」狂気に笑うサンディマに異変が生じる。

 

彼の首が飛んでいるのだ、フュリーはその光景が網膜に焼きつきかのように見入っていた。

胴だけになった彼の肉体は魔法の発動が止まるなり痙攣しながら膝が落ち、崩れ落ちる。

その崩れ落ちた体の背後にいる一人の青年、レックスによってサンディマは絶命したのであった。

 

「精霊よ、仇は打ちました。」レックスは持っていた斧に語りかけていたのであった。




ファルコン

長い年月を生きたファルコンは自我を持ち、知能と魔力を得る。それらの存在はヴェルダンでは魔獣と言われ恐れられている。
フュリーが手懐けた?ファルコンはエルダーファルコンであり、怪鳥時は嘴と羽根で攻撃する。

人間に変身可能だが人間時は魔道士なってしまう為、肉体の強度が一気になくなってしまう。
女性の出で立ちだが、実際の性別は不明。



ファイアーエムブレムのマムクートを参考にして少しアレンジしました。

物語のパワーバランスを崩してしまう存在になりかねないので、変更する部分はあるかもしれません。
賛否がありましたら、感想で物申してくれますと助かります。


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外伝 1小節
心中


ヴェルダンを攻略がようやく終わりました。
我ながら長かったなあ、と思います。


サンディマが討たれた事で事態が一変する。

 

森林を焼いていた業火はグランベル軍と共にヴェルダン軍も加わり消火活動を行い、3日で消し止める事が出来た。キンボイス王子もとジャムカ王子の生存によりヴェルダン軍の感情も幾ばくか解消された事による物である。

サンディマがヴェルダンに入り込んだ二人の妹君の病の状態を確認する為、カルトは寝室へと急いだのだが彼女は息を引き取っていた。

死因を特定しようとカルトは医者と確認していくのだが、彼女の体はずっと以前から生命活動をしていなかった事が伺えたのだ。彼女はきっとイード砂漠で暗黒魔道士が使用した死者を操る魔法で誰かが操作していたのだろう、王を欺く為とは言え非道な手段にカルトは怒りを覚えたのであった。

 

 

ヴェルダンを制圧して5日が経過しても、この国の悲惨な現状に奔走し続けていた。

 

シグルドは、本国からやってくる役人達への引き継ぎを行い

レックスは消火活動の先導に立ち

アゼルはグランベルに物資の手配要求をし

エーディンは人々の救済に各地の教会へ

 

レンスターはエバンスに戻り、他国からに侵略に備え

シレジアの天馬騎士は物資の輸送

魔道士はヴェルダンにて各地からくる情報の収集と指令を行っていた。

 

この事態を一先ず終息出来たのはさらに7日を費やす事となった。

彼らの尽力によりキンボイス王子とジャムカ王子はグランベル侵攻の実行犯ではない事もあり処罰は免れる事となるが、数年の間はグランベルの監視下においての権限行使する事となる。本国から派遣されたエッダの役人が中心となりヴェルダン王国を再編成する事に落ち着いた。

しばらくはグランベルに対して賠償金を支払う形となり、二人の王子の改心具合を確認して再び独立させる条約を交わしたのであった。

 

カルトは伝心の魔法でアズムール王にヴェルダンに再編の機会を与えるように申し出たのだ。

このまま陛下が勅命を出さないまま役人が好き勝手を行えば、ヴェルダンを打ち捨てるか搾取し続ける恐れがあった為に進言する。

予想通り、初めに来た使者はこの国から私服を肥やさんと貴族共がやってきた。ヴェルダン内を値踏みするかのような嫌な視線にカルトは数日の間、明らかに不遜な表情を浮かべていた。

すぐさま国王直轄の親衛隊がエッダの役人を伴い、勅命を言い渡して貴族共の野望は砕かれるのであった。

 

 

濃厚な日を送り、エッダの役人にヴェルダン統括の引き継ぎを終えたシアルフィ軍はエバンスに戻り久々の休息を得る。全員エバンスに集まった今晩、できる限りの贅を尽くした会食を行う事となった。

 

皆、各々の場所で会話を楽しみ、飲食を楽しんでいる中で端で一皿の料理を全く口につけずに周りの人を眺めているフュリーがいた。

彼女はこのような場所は苦手であり、雰囲気に飲まれている内に端へ端へと向かい今に至るのである。

もう一つの手にあるグラスのワインを少し口につけて軽ため息をつく。

 

「よう、折角の綺麗所がこんな所にいちゃあいけないな。」

「あ、レックス公子。」フュリーは声をかけてきた威勢のいい青年に抑揚のない声で応えた。

 

「今日は無礼講だ、レックスでいいぜ。

サンディマをやっちまってすまなかったな、乗り込んだらあの状況だったもんでな。」

「あ、いえ!私こそ、助けていただいたのに碌にお礼も言えずに・・・。ありがとうございます。」

 

二人はそのあと会話が続かず、しばし沈黙が続く。

 

「・・・もう一つ、謝らなきゃならない事がある。あんたがエーディン救出に失敗した時、カルトにかなり暴言を吐いちまったんだ。俺もあとから言い過ぎたと思っちまったんだが、あいつは最後まであんたを信じていたよ。一緒に奴とキンボイスのジェノア城を攻略したんだが、奴の行動力には驚かされるばかりだった。

シレジア軍の結束力を見せてもらったが素晴らしい軍だった、これからもパートナーとしてよろしく頼む。」

レックスの饒舌ではないが真っ直ぐな感想にフュリーは救われた気持ちになる、笑顔を取り戻してレックスが求めてきた握手を交わすのであった。

 

 

晩餐も中盤に差し掛かった頃、シグルドとディアドラが登場し二人が結ばれた事を報告する。

まだ有事中という事で大々的な式は本国に戻ってからという事になるのだが、明日披露宴を行うとの事で明日も続いてのお祝い事となった。

 

カルトも次々とやってくる戦勝祝いの言葉に対応に苦慮していた。

彼もそのような祝賀の場は苦手であり逃れようとしているのだが、フュリーと違い公位を持つカルトは婦人方にも騎士にも、魔道士にも人気があり離してくれる様子はなかった。

 

ようやくひと段落した頃にはカルトは折角の衣装も着崩してしまい、疲労感のある顔を露わにしていた。

 

「カルト様、おかえりなさいませ。」マリアンが労いの言葉と共に食事と飲み物を渡す。

「ありがとう、しかしグランベルの方々は大変だな。俺には合わないよ。」カルトは果実のジュースを飲み干して愚痴をこぼす。

「カルト様それでは困ります、これからはセイレーンの公爵として立派に勤め上げてもらいませんと・・・。」クブリまで愚痴をこぼし出したのだ、そして

「それに、カルト様もそろそろ私共に報告する事があるのではないですか?」とまで付け加えた。

カルトは舌打ちをして明後日の方向を見る。

 

「・・・ああ、そうだな。お前達にはきちんと言っておかないといけないな。

マリアン、フュリーを見つけてくれないか?」

「はい・・・。」マリアンは会場に散っていく。

 

「カルト様、今だからこそ言えるタイミングですよ。」睨みつけるカルトにクブリは困ったような顔をする。フードで普段は隠しているが、ここでフードを外してカルトを見るのである。

クブリはカルトよりも若い、まだ大人になりきれない端正な少年の顔がカルトの瞳を射抜いているのである。

 

カルトは自身が思っている以上に男として、指導者として、将来の有望株として魅力的な存在なのである。

クブリは何度忠告してもカルトは自然体に余計な協力し、助言をしてしまう為に女性から好意を得てしまっていると説明しているがカルト本人が理解していないから始末が悪い。

結果、フュリーにもマリアンにも上官以上に好意を得ているように思ってしまったのだ。

 

だが、クブリには良い事と思ってしまう。

これは下世話な事なのでカルトの性格上口にできないのだが、フリージ家由縁のエスニャ様を迎える事はカルト様にとって、シレジアにとってはより同盟を堅固にすると思っていたのだ。

申し訳ない事であるが、貴族出身でもシレジアに内部のフュリーであったり、イザークでも一般人であるマリアンでは有益な婚約ではないと思っていた。

 

それは部下として従うクブリの意見であって本心ではない、クブリにとってもカルトは魅力的な指導者である。カルトが幸せであれば何も言う言葉はない。

 

クブリの思考自身でまとめ終わった時、マリアンはフュリーを、カルトはエスニャを連れて来る。

皆、カルトの発する言葉は大体察している。様々な表情をしてカルトの言葉に固唾を飲むように待つ。

カルトもその雰囲気にいささか緊張をしている面持ちで、咳払いをして意を決する。

 

「皆こんな有事の中で済まないのだが、俺カルトはエスニャと誓いの言葉を交わした。

この戦いが終わってシレジアに帰った時、彼女をセイレーンに迎え入れる。」

カルトはエスニャの肩に手を回して紹介する、エスニャは深くお辞儀をして面をあげる。

 

「紹介を受けました、フリージのエスニャと言います。

この度、カルト様の誓いの言葉を交わしてシレジアに嫁ぐこととなりました。私のような若輩者ですが皆様の愛するシレジアをカルト様と共に尽くす覚悟です。よろしくお願い致します。」エスニャの顔に決意と喜びで溢れていた。いまだ魔法発動は出来ず不安な日常を送っている筈なのだが、彼女の覚悟はそれを上回りカルトに尽くす覚悟を決めているのだ。

その顔にフュリーとマリアンはその真意まで達していない自身の内を知ったのだった。

 

 

「カルト様、シグルド公子達も自国に戻るまで式をしない予定ですが披露宴は行います。カルト様はなされないのですか。」マリアンは投げかける。

「ここはグランベルが駐留を許された地だからな。シレジアの俺たちが許可をとって行うわけにはいかないだろう。

それに俺はこのヴェルダンに駐留する間にエーディン公女と共に教会に赴いてヴェルダン兵の負傷者と、疫病で苦しむ子供やお年寄りを見て回りたい。俺がこの国にしてやれる時間は少ない、エスニャには申し訳ないがもう少し先になる。」エスニャを見つめたカルトは申し訳ないように頭を下げる。

 

「気に病まないでください、カルト様にしかできない素晴らしい事です。私にしてくださったあの温かみを戦争で苦しんだ人達をお助けしてください。」

二人にはすでに無言の情が通じている。祝福を述べるがフュリーとマリアンの心に棘が刺すように痛んだのであった。

 

 

 

 

 

《フュリー?どうした、こんな時間にここへきて》

会は御開きとなり、与えられた自室に戻らず徘徊していたフュリーはいつの間にか天馬たちが休息する仮の厩舎へ足を運んでいた。

相棒であるファルコンは他の天馬とは数段体躯が大きい為、さらに奥にある天井の高い厩舎にいた。

彼女は夕食に出された食事が気に入らなかったのか、自身で狩ってきた水牛を頬張っている所に出くわしたのである。

 

《ん?ちょっと、ね。あなたと話がしたかったの》フュリーは伝令の魔法で応える。

《そうか、少し待ってくれないか。こいつを食してからゆっくり聴こう。》

ファルコンは水牛を顎でヒョイと持ち上げると豪快にかぶりつく、辺りに骨の砕ける音が響くがフュリーには全く気にもならなかった。こんな事でいちいち驚いていたら彼女と一緒にいる事はできない。

慣れるには数日はかかるが、今はそれどころではなかった。

 

彼女は食べ終わると、寝ぐらに体を落ち着かせフュリーの話を聞く体制をとる。

しかし肝心のフュリーが口火を切る事はなく座ったそばの寝わらを持っては落としたり、指に絡めさせたりと落ち着きがない。

 

《話しづらいか?ならまた人間に・・・》

《ならないで!そのままで聞いて!》

顎を一瞬あげて魔法を使用し始めたファルコンを制止する、ファルコンは再び元の姿勢に戻るが、フュリーも先ほどと同じ仕草を初めて埒があかない。

 

《要領がえないな?どうした素直に言ってみろ。人間に言いにくいから私を選んだのだろう?》

彼女の言う通りであった、この暗い感情を誰かに言えば失望されてしまう。でも誰かに相談したい。

その葛藤がフュリーの相棒の元へ足を運んでいたのだった。

 

《私ね、ある人が好きだったの?小さい時からずっと、ずっと好きだったの。でもね、その好きな人は私のお姉ちゃんが好きなの。私、二人を応援する事にしたの?時折諦めなくて葛藤した日々を送っていたのね。

そんな時に、もう一人好きになってしまった人ができたの。でもその人は婚約しちゃった。私が好きになってしまった人はどんどん別の人を見つけていく。

私はどうしたらいいんだろう、私はどうやって・・・この思いを伝えられるようになるのかなって・・・》

彼女は精神統一ができず伝心魔法が解けてしまう、顔を覆って泣きじゃくった。

 

ファルコンはしばし彼女の嗚咽を聞いた後に人間の姿になる、フュリーの横に座ると彼女はフュリーを抱きしめた。彼女の優しい抱擁にフュリーは安堵を覚える。

「心配するなお前は魅力がある。フュリーお前なら隙をみてその雄どもを誘惑すれば子種の一つや二つ、分けてくれるさ。」

 

「・・・え?」

 

「雄はたくさんの子供を作る宿命を持っているんだ、その性に生物は逃れられない。フュリーが今から頑張れば寿命の短い人間でも、20人は作れるぞ。

私なら強くて優秀な雄を見分ける能力もある、一緒に探してやろう。」

彼女の見得にフュリーは真っ赤になる。やはり彼女は野生の獣である、知識を得ようともそに行動理念はなく人間の倫理観は存在しなかった。

 

「ま、待って!そんな事じゃないの!!私は!」

フュリーの慌てる言葉にファルコンは笑みを見せる、フュリーはからかわれた気分になり怒りをあらわにする。

 

「フュリー、獣は欲しい物は欲しいと主張する。人間には複雑な社会基盤があり倫理観がある。

獣には人間の社会基盤が理解できないが、弱い物にも生きる権利が与えられている所は素晴らしいと思う。獣は弱者が容赦なく淘汰される世界を生きているからな。

でも単純明解な生存競争を生き残り、子孫に繁栄させようと必死に爪を磨いている獣にも見習う所があるんじゃないか?」

 

フュリーはキョトンとしてファルコンを見る、彼女に言いたい事はシンプルな筈である。

自分の心のうちにもその正体はわかっている、それは失敗した時の怖さである。

結果を恐れて諦めている自分に勝機は回ってこない、何かを手に入れようとする時は何かを失う事もある。

獣達はそれを日常で体感して暮らしているのだ。

 

草食動物が肉食動物に狙われた時、肉食動物は必ずその群れで一番に弱者を狙う。草食動物は時として群れの繁栄の為に、子供や怪我して弱った者を犠牲にして生きている。その繰り返しが種としての保存されていくのだ。

肉食動物も同様である、雄が狩りできなくなれば雌は雄を見捨てる。時にはその雄を食してしまう事もある。

その厳しい生存競争の前にフュリーの相談はとても矮小な物に感じてしまう。

フュリーは立ち上がり伸びをする、涙を拭いた彼女は清々しい顔を見せた。

 

「ありがとう、少し楽になったわ。」

「そうか、よくわからないがフュリーならきっとできるようになる。応援するぞ。」

「うん!・・・あ、お礼にいい物をあげる。」

 

「ん?なんだ、いい物って?ついさっき水牛を食べたからお腹いっぱいだぞ。」

 

「食べ物じゃないの!

あなたの名前よ、あなたの名前は・・・・・・。」

 

 

 

二人の語らいを聞いている者がいた、月夜に輝く光を漆黒の髪に反射させる彼女は柔らかい笑みを浮かべるとその地を後にするのであった。




アグストリア編までの間少し、数話程寄り道しようと思います。
申し訳ありませんがお付き合いのほどお願い致します。


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祝宴

シグルドの披露宴を描いてみました。
主人公はカルトなので視点はあくまでカルトベースです。



シグルドの人柄もあり、披露宴は思ったより来訪者が多くてカルトは驚く。

シアルフィ軍に参加しているグランベル軍に加えて、アグストリアのエルトシャンまで参加し祝福者で溢れかえっていた。

シグルドは、平静を装っているが相当酒が入っている様子で時折足をふらつかせているシーンがありさらに周りを和ませた。終始彼に寄り添うディアドラは微笑みを絶やす事なく幸せを享受しており、彼女のこの先の幸せを祈るカルトであった。

 

 

カルトももちろんこの披露宴には出席する。基本的にはシグルドに所縁のある者のみとなされていたのだが、シレジアの王族が同じ地にいるのに祝福に参加しない事は失礼に当たると判断し、カルトは付き合いの浅さではあるが出席する事となった。

その為、シレジアにおける出席者はカルトのみでフュリーもクブリも参加はしていない。話し相手がいないカルトはうろうろしては食事に手を伸ばして口に放り込み、牛の様に反芻するの繰り返しであった。

 

「カルト、この度の戦いで親友のシグルドを何度も救ってくれたそうだな。友として貴公には感謝する。」カルトの徘徊の行く手を阻むのは、エルトシャンとその妹のラケシスであった。

二人は普段でも絵画になるような端正な顔にその気品溢れる佇まいである、さらに正装した二人に道を阻まれたカルトはなんとも言えぬ萎縮を感じてしまう。

 

「エルトシャン、あなたにそう言ってもらえるのは光栄だな。しかし俺は大した事をしていない、優秀な部下達の賜物だ。」

 

「あら、謙遜なされるのですか?先ほどシグルド様にご挨拶に行った時には今回の成功はカルト公による物だとはっきりおっしゃってましたわ。」隣にいたラケシスは微笑みながらカルトに伝える。

 

「ラケシス、騎士に驕りは厳禁なのだ。カルトとシグルドの高潔な意思に冷水をかける物ではないぞ。」

エルトシャンの一言にラケシスは了承したのか、一歩下がって一礼する。

 

「すまない、少々口が過ぎたな。」

「いや気になどしない。それよりエルトシャン、あの者達は元気にしているか?

ノディオンにご迷惑をかけていなければと思っていたのだが。」

 

あの者とはエルトシャンに身柄を預けたイザークの三名である。彼らをシアルフィ軍に在籍させてしまうとグランベル本国に要らぬ誤解を与えてしまうと危惧したカルトは、エルトシャンにお願いしてアグストリアに送った。

アグストリアもグランベルとは不可侵協定を結んでいるが、シレジアとグランベルの同盟協定ほど強固なものではない。グランベルにおける大罪人がやシレジアやアグストリアに駐留したとしたも、グランベルはシレジアに対しては引き渡しの権利はあるがアグストリアとの協定では強制力はないのである。

カルトはそこをついての判断であった。

 

「ああ、それこそ要らぬ気遣いだ。

三人とも元気に暮らしている、ホリンがまた会いたいと言っていたぞ。」

 

「久々に稽古をつけて欲しいとお伝えください。」

 

「わかった、伝えておこう。」若き獅子王は踵を返して去っていく、彼の持つ雰囲気はますます凄みを増しておりシグルドとキュアン以上と判断できる。

王としての立場が彼の実力を引き出している様に感じたカルトであった。

 

 

 

カルトはようやくシグルドとディアドラの眼前に立つ機会が訪れる、グランベルの者より先に行くわけにはと思っていたカルトは宴の終盤に話をする事とした。

 

「シグルド公子、ディアドラ殿この度はおめでとうございます。」

「カルト公、お忙しい中の参加感謝いたします。」シグルドとカルトは軽い挨拶のちに盃にて酌み交わす。

シグルドは言葉こそまともな返事が返ってくるが、もう顔面は真っ赤になっており、おそらくこの後は潰れてしまうのだろう。苦笑をあらわにしたカルトにディアドラも困った顔をする。

 

「カルト公、あなたのおかげでここにいる者は無事にこの式に参加する事ができた。本当に感謝します。」

 

「買いかぶりすぎですよシグルド公子、あなたがいなければこの連合軍はできていなかっただろう。私もあなたの様な方だからこそ、ここまで一緒に参加したと思う。」

 

「カルト公・・・。」

「カルト様・・・。」

 

二人はカルトに深く礼をする、カルトはこの様に言うのだがシレジアの部隊が参加していなければヴェルダンの攻略を行える事は不可能だった。疫病が蔓延する中でキンボイスをジェノアで殺し、ジャムカまで手にかけていればヴェルダンの市民はグランベルに敵意と怨恨を植え付けていただろう。

 

たとえ戦で勝ってもヴェルダンの民はグランベルを受け入れることはなく、グランベルもヴェルダンの惨状に見捨ててしまい荒れ果ててしまうことは明白であった。

カルトはこの国の疫病の現状を見抜き、食料を配布する。レックスにその意思が伝わり、キンボイスとジャムカを捕縛。さらにヴェルダン城攻略において天馬部隊の活躍により被害を最小に暗躍するサンディマを倒す事に成功、ヴェルダンの民はグランベルを受け入れてくれたのだ。

 

レックスのヴェルダンとグランベル共同の消火活動にエーディンとカルトの救済活動が両国の架け橋になっている事をシグルドは感謝しての敬礼である。

 

「シグルド公子。お祝いの席で言うのは少々不躾なのですが、私が以前忠告した事を努努お忘れなき様にお願い致します。」

カルトは少し真顔になり一言、シグルドに伝えてその場を去る。シグルドは真っ赤であった顔は一気に引き締まりカルトの背を見る、彼がマーファで言った事を思い出し戒めるのであった。

 

 

「カルト様・・・。」

「エスニャ、君もシグルド様にご挨拶をしてきたのか?」

「はい、先程。・・・カルト様はなぜお一人で行かれたのですか?」

「え?・・・そうか!・・・ついいつもの癖だな、すまない。」カルトも珍しく焦る姿にエスニャは釣り上げた眉を元の位置に戻してくすりと笑う。

 

「いえ、すこしからかっただけです。お気を悪くさせてごめんなさい。」

エスニャの冗談にカルトはしてやられたと思ってしまうが、彼女のルージュのドドレスが栗色の髪とのコントラストに見とれてしまい言葉を失う。

「あ、いや・・・うん!君のドレス、よく似合っている。」カルトは取り繕い、評価する。

エスニャは赤く頬を染めると、お礼の言葉を小さな声で返す。

 

「君には、本当に済まないと思っている。きちんとシグルド公子の様にしたいと思っているのだが・・・。」

 

「いえ、いいのです。カルト様の立場をお考えになればそう簡単でない事は承知しています。

それに、準備期間が長い方がわがままも出来ますのでゆっくり準備したしましょう。」彼女の笑顔にカルトは少し気圧される。

「あ、ああ・・・お手柔らかに頼むよ。」カルトは汗ばんで返す事で精一杯であった。

 

《カルト様、エスニャ様。クブリです。》

クブリの伝心魔法が二人の脳内に呼びかけられる。

 

《どうした?クブリ、何かあったのか?》

《カルト様、明日の件ですがジェノア北西の教会の件で相談したい事がございます。》

 

ジェノア北西の教会は、ジェノア城攻略前に訪れた地であり、この国に入って初めて疫病が蔓延している事を知りカルトが真っ先に救援した教会である。特に子供の重病者が多く、この国を制圧してからも最も多く通って治療を施した教会であった。最近は随分と落ち着き、他の場所よりも安心している地になった筈である。

 

《あの教会がどうしたんだ?》

《はい、シスターより言伝がありまして明朝に来て欲しいと言われておりました。カルト様は大変忙しい身とお伝えしたのですが、どうしてもお会いしたいと言われております。如何致しましょうか?》

 

《あのシスターが?》

カルトは教会でいつも話をするシスターを思い出す。彼女はとても謙虚な女性で、どんな困難にも立ち向かい弱音を吐く事なく従事するシスターが自身を頼ってくる事となると余程の事だろうとカルトは判断する。

 

《わかった、明日一番に向おう。

クブリ。申し訳ないがフュリーにファルコンを出してもらう手配と、エーディン公女とエスリン殿にも治療を手助けするように声をかけてくれないか?》

 

《承知しました。・・・エスニャ様もご一緒にいかがでしょう?カルト様がどんなに忙しくても、立ち寄る事を忘れない程の地です。興味はありませんか?》

 

《クブリ・・・何を言いだすんだ、余計な事だと思わないのか?》カルトは少し不機嫌に言い放つ。

 

《これは失礼致しました、エスニャ様にカルト様のご意思をお見せするいい機会かと思ったのですが・・・申し訳ありません。》

 

《いえ、クブリ様ありがとうございます。ぜひ私もお連れ下さい。》

エスニャの好奇心をくすぐったクブリの戦略に負けたカルトだった、さらに機嫌を悪くする。

 

《ではカルト様、明朝厩舎までお願いいたします。では》

 

 

 

「クブリのやつ、いったい何を考えているんだ。このような場でなければ大声を出していたぞ。」

カルトはそう言いながら思考を巡らせる。

 

(いや、奴は場に気を使う男だ。この場面だからこそ俺に叱咤されずに事を進めた節があるな、エスニャも連れていく意図は・・・・・・魔力か。)

 

彼女の魔力の復活に関係していると予想する、彼女は回復魔法の無理な使用により器が変質し魔法の発動がうまくいっていない。荒療法になるが、回復魔法の使用から魔法発動のきっかけを与えようとしているとクブリは考えてくれたのだろう。その結論に落ち着け、納得する。

 

「その教会で、カルト様の意思とはどういう意味でしょうか?」

エスニャはじっとカルトを見つめる、髪と同じ瞳を見るたびにカルトの鼓動は早くなっていく。

 

「クブリはどう意味で言ったのだろうな?俺にもちょっと説明しづらいな。

俺はただ教会で助けを求めていた人達を救っただけさ、その縁で時折協力している。」

 

「そんな事があったのですね、あの時は後方待機していたので知りませんでした。」

「そうだったな、では明日見に行くとしよう。」カルトの言葉に同意するエスニャであった。

 

 

 

 

 

「ぐわあああ!ま、参った!降参だ!」

マリアンの一刀を受け跪き対戦者は降参をする、マリアンは一振りさせて血糊を振り落として鞘に収めると観客席より歓声が響き渡った。

今の対戦でマリアンは6人抜きを達成した、まだまだ余力のある彼女はさらに7人目の対戦を申し出る。

体力不足が祟ったマーファの決闘を払拭させるため、彼女なりの体力作りを行い持久力を身につけた成果がこの度の6人抜きに繋がっていた。

 

7人目はマリアンと同じ女性剣士が出てくる、彼女は物見遊山のように現れマリアンを見据える。

「なんだい、私の相手は子供かい?つまんないねえ。」

マリアンは安い挑発と見て動揺をせず相手を分析する、そして距離を取って構えた。

 

相手はまだ構えを取る事なく、薄ら笑いを浮かべたままマリアンをみている。

その不気味な瞳にマリアンは息を飲んだ。黒髪が長く伸ばされているがアイラ王女のように手入れされている様子はない、水をかけてそのままのようなバサバサとした髪に余計不気味な印象を受ける。

 

だが強い!マリアンの危機能力が彼女の強さを推し量る、その威圧感にマリアンは武者震いをしていた。

 

「先手は譲ってあげる、どこからでもいいよ。」

彼女はさらに挑発するがマリアンの耳には届いていない、集中力が全て聴力ではなく視覚に集中している為動揺する事はなかった。

 

マリアンはじりじりと間合いを詰めていくが、彼女は全く気にする事はなく未だに構える様子はない。

先手どころか一撃入れてもよいと言っているばかりに無防備である、マリアンは上段の構えを取り最速の攻撃へと移る。

しかし、攻撃にどうしても転じる事は出来なかった。マリアンの身体中から汗が噴き出し、呼吸が乱れていく。彼女の同じ場所に立っているだけで、体力が奪われていくのである。

 

「降参します。」マリアンは頭を下げて、降参する。

観客からは非難の声が上がるが、マリアンは気にすることなく鞘に剣を収めて彼女を見る。

 

「あんた見所あるよ、斬りかかっていたら3秒もせずに地獄送りになっていたからねえ。次は強くなって私の前に来な!」

 

「すみませんが、お名前は?」マリアンはこの屈辱を忘れない為に彼女の名前を聞く事にする。

「レイミア」彼女はこの場所に興味はないとばかりに去っていくのであった。

 

マリアンは再びどっと汗が流れ出るがそれは極度の緊張によるものだけではない、自身の命が救われた安堵感でもあり剣士にとって屈辱的な事であった。

しかしながらその屈辱に負けるわけにはいかない、何があっても生きて帰る事を信条としいるので屈辱に耐えて剣を引く事にした。

彼女は確実に進化を遂げている、ヴェルトマーの聖騎士より戦う事の意思を教授され自身の人生を切り開く強さを欲した。剣士としてホリンを師事して剣技をを学び、カルトに見てもらいマリアンの身体能力にあった特技を見出してくれた。

しかしレイミアはホリンやアイラに並ぶ一流と呼ばれる領域に達しており、マリアンにはまだ遠い存在であった。

(いつか、たどり着いてみせる。)彼女は固く決意するのであった。

 

 

「マリアンすごいねえ!」マリアンの前に盗賊のデューが声をかける。

「デュー様、私なんてまだまだです。」

「ううん、こんな短期間にここまで上達する人はイザークでもなかなかいないよ。」デューは手に持った果実を投げてマリアンに渡す。

井戸で冷やされていたのだろうか、手にはひんやりとした感触がして口に含むと強い酸味と共に果汁が口に広がった。あまりの酸味に涙が出る。

「あははは!少し酸っぱすぎたかな?でも疲労回復にいいんだ、それ。」

「・・・・・・。」マリアンは涙を流しながらその果実を夢中に頬張る、疲労回復を急ぐ為ではないのだろう。

 

彼女は夢中で果実を頬張ると沈黙を貫く、デューは横でマリアンの言葉を待ち続けた。背後の噴水が、水車の動力で吹き上げられる度に陽の光に照らされ虹を作り出す。

 

「デュー様、私は何が足りて無いのでしょうか?」マリアンは俯いたままデューに投げかける。

「マリアン・・・?」

「私は、ここヴェルダンに来てカルト様のお役に立っていません。腕を磨いても磨いても、カルト様達が遠い存在に思えます。・・・・・・・私が平民だからでしょうか?今からではデュー様達のように幼い頃から戦いの術を知っている人達には敵わないのでしょうか?」マリアンの言葉は切実で、デューの胸中を抉る。

 

「・・・・・・。マリアンの言う通り、家柄の人達はちいさい頃から戦う術を学んで訓練しているから能力を見出している人は多いけどそれだけだよ。

その力を正しく使わずに腐っちゃう人だっている、マリアンは正しい心でカルトの味方になっていきたい気持ちがあればいつかカルトの役にたてるよ。」

「本当に、そんな日が来るのでしょうか?」

「うん!きっと来るよ!カルトが一番困った時に、その窮地を救うのはマリアンだよ!

だから今はその瞬間の為だけに頑張ってね。」

「はい!」彼女の奮闘は続くのであった。




次回で今回の外伝終了となります。

もっとたくさんいろんな視点でサイドストーリー入れてみたいのですが、現在の持ちネタではここまでのようです。もっとアイディアが出てこればなあと思います。


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婚姻の儀

更新が大幅に遅れてしまい申し訳ありません。

10月より予想以上の人員不足に、仕事の拘束時間が多くなりまして更新できないでいました。
5500字あたりまで出来ていたのに、あと500字書くのに一月近くかかってしまいました。

今まで二週間に一度のペースで更新できていましたが、4月まで更新が遅くなる見込みです。
申し訳ありませんが、ご容赦の程お願いします。



シグルドの披露宴の翌日、ジェノアの北西の教会・・・。

カルトが疫病で苦しんでいる惨状を知った教会で再び支援の申し出があると聞き赴く事となった。

 

転移魔法を使えば一瞬でいけるのだが、資材や人数が多いと魔力の消費が大きい。

距離はそんなに遠くないのでフュリーのファルコンで向かう事とした。彼女のファルコンなら他の天馬より体躯が大きい、一度の運搬で大丈夫だろうと思われる。

 

ファルコンに乗り込むのは従者のフュリーにエーディンとエスニャ、そして大量の資材をお願いした。

エスリンとカルトは馬が使えるので問題がなかった、カルトの後ろにはクブリがくっついている。

 

「クブリ、お前もフュリーのファルコンに乗れたんじゃないか?」

駆け足でかける蹄の音にかき消されてしまうので大きめに言う。

 

「まさか、貴女の乗るあの場に男である私めが乗るわけにはいけないでしょう。そんな事が出来るのは、カルト様かレヴィン王くらいなものです。」

 

「・・・俺もできねーよ。たしかにその場に乗ると言ったらフュリーにぶっ飛ばされちまいそうだ。」

 

「そうでしょう、今のようにカルト様の腰にしがみつく方が無難と思われます。

これぞ、腰巾着!ってやつでしょうか?」

 

「・・・、うまくいったつもりか?それに俺にはそんな趣味はない。他を当たってくれ。」

「そんな!カルト様は私が欲しいと言ってくれたではないですか?あの時のお言葉は嘘ですか?」

「滅多な事を言うな、あれは親父側から俺に付けと言っただけだ。誤解を生む発言はよせ。」

 

 

「ふふっ!」

隣で駆けていたエスリンが並走してくすりと笑う、二人は会話を聞かれている事に気付き苦笑する。

 

「男の人は面白い会話をしているのですね、兄もキュアンもそのような会話をしているのでしょうか。」

二人は俯いてしまう。エスリンは穏やかに微笑みながら言ったが、彼女の裏の顔が見える。

「男って、本当に馬鹿な生き物。」彼女が見下した表情を想像し、二人は沈黙してしまう。

 

「カルト様、失言でした。今から大変な野戦診療になります、気を引き締めましょう。」

そっとクブリは囁き、カルトは無言で頷くのであった。

 

 

教会に着いた一行はシスターに事情を伺う、教会内にいた疫病者は快方に向かっているのだが戦争で負傷した元ジェノア兵や元マーファ兵が行き場を無くしてこの教会に流れ着いたらしい。資材も、人出も足りなくなり敵国であるがカルトに相談したいとの事であった。

 

戦争で被害を受けたヴェルダンの裏側には、その恩恵を受ける事はできずにくすぶっている事を再確認する事となった。カルトはそのやりきれない実情に自身の無力さを実感する。

 

戦犯者である彼らはヴェルダンの市民から追い出されたのだろう、つい先日まで虐げられてきた市民はグランベルから派遣された治安維持部隊の威信を借りて彼らをここまで追いやったと思われた。

 

「彼らもまた狂った陰謀に巻き込まれた犠牲者だ、だが市民の怒りの矛先は彼らに向かったのだろう。

人はその憤りに対して落とし所が必要だからな。」カルトは俯いて隣にいるエスニャに言う。

 

「それでも、ここまで負傷した人を追い出すだなんて。ひどい・・・。」

 

「これが戦争だ、勝敗など関係なく実被害を受けて泣くのは諸侯や貴族ではない。兵士たちやその家族、そして街が戦火になれば一般市民が被害になる。

エスニャ、俺はこれからもこの惨状を無くすように尽力したい。一緒についてきてくれるか?」

「はい!カルト様。」

二人は、早速エーディンとエスリンの治療する現場に駆けつけるのであった。

 

負傷兵の惨状は予想よりもひどいものであった、寝床も足りずに厚手の布を木に括り付けて日差しを遮る事が精一杯。食事も排泄もとても手助けしきれる物ではなく衛生面から再び疫病が発生する恐れもあった。

エーディンもエスリンも予想以上に厳しい状態に開始早々、額に汗をしている。

 

「これでは、治療が間に合わない!一気に回復させる!」

カルトは天幕の外に出ると、杖を取り出して魔法陣を浮かび上がり発動させる。

 

「カルト様、何を!」エスニャの言葉も聞き入れないカルトは大量の魔力を放出させ、魔法陣が輝く。

その大量の魔力を感じたファルコンが首をカルトに向けると雄叫びをあげる、彼女は人の姿に変わりカルトのそばによってくる。エスニャはその変化に驚き、声も出せない。フュリーは軽く説明をしてエスニャを落ち着かせるが当の本人は意にも介せずに驚いて見せた。

 

「リザーブか」

「・・・リザーブ?」ファルコンの言葉にエスニャは反復する。」

 

リザーブ、それは術者が認識するあたりの対象者全員に回復魔法を施す回復魔法の最上位魔法である。

司祭の中でも使いこなせるのは一部の物であり、使用できても回復量はライブ程度である。

エッダのクロード公クラスなら相当な回復量が見込まれるが、司祭でもないカルトではどこまで回復させられるのか未知数である。カルトはこの大魔法でないとこの難局は乗り越える事は出来ないと見積り、賭ける事とした。

重症者から先に見たいが魔力の使用が大きくそれ以外の者に治療が施せない、しかし重症者を後回しには出来ない。そのジレンマをカルトを解消するための手段であるがその賭けに失敗すればカルトは誰一人救う事なく、魔力のみを膨大に消費してしまい今以上に過酷な回復を残された者に強いてしまう。

 

 

カルトは杖を振り魔力を一気に開放する。光が魔法陣から迸り辺りを包み込み、負傷兵たちを癒していく。

大きな回復量ではないが、一気に負傷兵を癒していくこの魔法で軽症者なら後は安静にしていれば快方に向かえるはずである。

しかし、このリザーブの魔法は消費魔力が大きい!一瞬でも気を抜けばたちまち魔力が霧散してしまうだろう。

予想以上の消耗に早計な判断だったかと思ってしまう、しかしここで中断するわけにもいかないカルトは身体中の魔力を振り出して魔法の維持をする。

そのお陰か、周りからは歓声が聞こえる。軽傷者くらいなら、全快しているだろう。

カルトは重傷者でも生命を維持できるくらいまで回復させたいと杖にさらに魔力を込めた。

 

 

「カルト様!もう大丈夫です!おやめ下さい。」

我に返ったカルトは周りを見渡す、軽傷者どころかリライブが必要であった重傷者ですら傷はほぼ癒えている。その膨大な魔力を使用したカルトを慮ったのか、エスニャは必死にカルトに呼びかけていたのであった。

 

聖杖を掲げ終わったカルトは、一息つくとその場にへたり込んでしまった。

「始めての割にはうまくいったようだな、一回で魔力が尽きてしまったよ。」カルトはエスニャに手を差し出して起こしてくれるように頼むと、彼女は自身の肩に手を回して起き上がらせる。

 

「無理してこの魔法を使えば、次はカルト様を助けないといけなくなります。戦場では使わないでください。」

「全くだ、まだまだ精進が必要らしい。」カルトはエスニャに引きづられるようにしてエーディン達の元へ向かうのであった。

 

 

 

リザーブを用いた回復で、カルトの魔力はほぼ無力と化してしまったが後は残りの者で事足りるまでに安定した。

使い物にならないカルトは一人協会の外へと追いやられ、回復を兼ねて休息する事にした。春の風は優しくカルトの頬を撫で、どこからか聞こえる水のせせらぎを聞きながら時を過ごしていた。

 

「訳を話してもらおうか、クブリ。」

せせらぎの音に混じり草を踏み分ける音を聞き分けたカルトは背後からくる部下に語りかける。

規則正しかった、踏み分ける音が途絶えその場に立ち尽くしている事が伺える。

 

「申し訳ありません、カルト様。まさか教会がここまで切羽詰まる状況とは思っておりませんでした、連絡を受けた時にすぐさま出動していればこのような事に・・・。」

 

「そうではない。」

カルトはクブリの言葉を遮る、その強い口調にクブリは珍しく黙り主人に言葉を待つ。

 

「クブリ、俺はお前を信用している。そのような言い訳は無用だ、お前が俺の為にここまでついてきてくれている事は充分に感謝している。

だから正直に話せ、お前は俺に何かを隠しているな。」

 

「カルト様・・・。」

 

「確かに協会の状況を把握しなかった事は落ち度もあるかも知れぬが、お前の目が曇ってしまったのは何かを別の思惑があったからではないのか?

責めるつもりはない、が説明はしてもらうぞ。」

クブリはその場にかしこまりフードを外して敬礼する、フードを基本的には外さない彼にとってこの敬礼こそが最敬礼である。

 

「申し訳ありませんでした、カルト様。

申し上げたいのですが、お目にかけてくださる方が早いと思います。申し訳ありませんが教会の裏にあります旧聖堂へ一緒に来ていただけないでしょうか?」

 

 

クブリの連れられるままカルトは協会の裏にある聖堂へと向かう。

教会が建つ前にあった聖堂が朽ち果て始めた為、協会を設立後は物置になっていると聞いている。そこに一体何があるのかカルトはまだ状況が飲み込めず、クブリの後に続く。

教会裏の聖堂は中庭、現在は教会であふれた人たちの野外病院と化した場の向こうにあった。途中には自家栽培の為の畑が少しあり、人工的に引かれた用水路を渡る橋を渡ってすぐに見えてくる。

 

そこでカルトは以前ときた聖堂の変化に気付く。朽ちかけていた聖堂は新たな木材と石材で修繕されており、新たな塗料で風化したひび割れは見事に埋められていた。

 

「こ、これは?あの聖堂がここまで修繕されているとは・・・。」カルトは驚嘆するように言う 、クブリは少し表情を綻ばせ説明を始める。

 

「私はここにカルト様を連れて来たかったのです。」

「な、何?どういう事だ?」

 

「私はカルト様がエスニャ様と結ばれたとしても式等は一切しない事は予想できていました、そのやまれぬ事情も理解できています。しかしエスニャ様があまりに可哀想です。

なので私は今日ここでカルト様が式を挙げるように計画を練っていたのです。」

 

「クブリ!幾ら何でも出過ぎた真似を !!」

「承知しております!しかし私は司祭です、カルト様の新たな門出を祝わなければならぬ身であります。

事情を教会のシスターに話を付け、この聖堂を修繕する事が出来れば式に使っていいと約束を交わしました。

式を挙げた後は外に投げ出されたあの負傷兵をここで救護できます。」

 

カルトはじっとクブリの言葉を聞きいる、一瞬怒りを覚えたがクブリの司祭の立場を考えた上での言葉に反論する事はできないでいた。

 

「この聖堂の修繕、キンボイス王子が率先してくださったのですよ。」

「キンボイス王子がか!!」

「はい、キンボイス王子は修復の話を聞きつけこの教会にお越し下さいました。事情を知るや否や人材も、資材も瞬く間に集めてきて私財まで投入してここを修繕したのです。

彼もまたカルト様によって救われた方です、何か思うところがあったと私は感じます。」

キンボイス王子はジャムカ王子と違い市民感情は悪く、後に派遣されたエッダの者達でさえ処断の声が多く聞こえた。ジャムカ王子を監視下の中でヴェルダンの王として育成する事が最も能率のいい更生方法である。

しかしカルトとシグルドはその提案に柔和案を提案し続け、ジャムカ王子をシアルフィ軍に受け入れてキンボイス王子をジャムカ王子の代わりとして監視下に置く事に成功するのであった。つまり、ジャムカ王子は人質になった事になる。

 

そのキンボイス王子が直々にこの教会の修復を手配したとクブリは言うのだ、彼の拘束はカルト達が想像するよりもずっと辛いはずである。私財まで投入した彼の中には快楽主義の人格は改善されて行っている事にカルトは喜びを感じた。

 

「キンボイス王子はカルト様の過去をお聞きになり、このヴェルダンで幸せのきっかけになって欲しいと願っております。その意を汲んで頂けませんか?」

 

「クブリ・・・、お前のような部下に恵まれた事に感謝する。

俺の意見をここまで変えたお前に・・・。」

カルトは微笑みをクブリに向けたのだった。

それはクブリの、エスニャの、キンボイスの、願いを聞きい入れ。カルトの本心が肯定された瞬間であった。

 

 

 

カルトの突然の式であるが、準備は万端であった。

シスターしかいない教会であるがクブリは司祭であるし、キンボイス王子は教会の修復だけではなく物資の供給まで行っていた。

名目は教会に溢れかえった負傷兵への救援となっており、クブリとキンボイス王子の奇策に気付く者はいなかった。

エスニャが聖堂でこの式を伝えた時の彼女の笑顔は生涯忘れる事のできない物となった。彼女の涙と笑顔にカルトは心の奥から彼女を慈しむ事を誓うのであった。

 

そしてその突然の式にも関わらず、先日式を終えたばかりのシグルド、ディアドラ夫妻やキュアン王子なども駆けつけ参加する事となったのだ。

 

聖堂の天井にあるステンドグラスが緑地の陽だまりを受けて七色に輝く中、式が執り行われる。

そこにはシグルド公子が行われた厳かな雰囲気ではなく、暖かくて笑顔が溢れでるような物であった。

ここはエバンスのように調理師も給仕もいないのである。

給仕はシレジア軍が率先として行う事となり教会のいる身寄りのない子供達が飾り付けを手伝ってくれたが、驚くべき点は調理はなんとキンボイス王子が自ら行うと言うのだ。彼に限らずヴェルダンの王子達は毒殺に怯える過去を持っているため自身で調理する技能を持っているらしい。その腕を振るうと言うのであった。

 

飾り付けを行った子供達も参列する中、カルト公とエスニャ公女の式が進行する。

純白のドレスは急遽あしらえたドレスではあるが、エスニャの採寸に合わせてくれたのはエーディン公女。

頭髪を結い、整えたのはエスリン王女である。

 

その装いを見事に着こなし、カルトの元に歩くエスニャには常に笑顔を湛えていた。

二人出会い、手を取って祭壇に向かう姿に七色の光が包み込まれる中、クブリの待つ祭壇にゆっくりと向かう二人に祝福の拍手が送られていく。

 

「カルト様、エスニャ様。おめでとうございます。私めのような若輩者が、親愛なるカルト様の婚姻の儀に立ち会える事を嬉しく思います。ましてや私は婚姻の儀を執り行う事が初めてでございます故、嬉しきこと最上であります。

 

では、カルト様。

我がシレジアは食料も乏しい国であります。それでもなおエスニャ様と共にこの苦しみを共有し、乗り越え、喜びを分かち合えていける事を望みますか?」

カルトは無言で頷く。

 

「エスニャ様。あなたはこのシレジアを受け入れ、カルト様と共に歩む事を誓えますか。」

「・・・はい。」

 

「よろしい、二人はここに宣言いたしました。カルト様、エスニャ様に誓いの品を・・・。」

カルトは裾より青く光る指輪を取り出し、肩膝をついて彼女の指へ滑り込ませた。

 

そしてゆっくり立ち上がり、彼女に微笑む。

「昨晩、ようやく完成させた指輪なんだ。これはイージスリングと言って、君をきっと護ってくれる。

これを婚礼の品として受けっとてくれ。」

「カルト様・・・。」彼女はまた、笑みと涙が混じり出す。

 

「これにより、婚礼の儀を終えました。二人に幸ある未来を!」

クブリは二人にライブの魔法を使い、体に光を纏わせる。

ステンドグラスの七色の光と共に純白の光が追加されるのであった。

 

 

この後の会食では、身分の隔たりもなく皆カルトとエスニャの幸せを願う宴が夜通し行われる事となった。

子供達もお腹を膨らませ、幸せな顔をして寝てしまっている。

その光景を傍目で見ながらカルトは身分制度の撤廃と、市民が安寧して暮らす国民主導制度の立案再度決起に誓ったのであった。




作中に出てきましたイージスリングですが、カルト自作のアイテムになります。
シールドリングとバリアリングを合わせたアイテムです。
実はヴェルダン攻略でマジックリングをエスニャに渡す計画で作中によく名前をだして伏線にしようと思っていたのですが、せっかく主人公がアイテムを作り出す能力があるのに既製品を渡すことに抵抗を覚えまして今回に至りました。


ようやく、外伝が終了致しました。
次回からゲームでいうと二章のアグストリアの動乱となります。

小説置いてここは 起承転結 の転にあたる部分と認識しています。

話をまとめていく中で厳しい部分でありますが、精進していきたいと思いますのでご感想やご意見等お待ちしております。


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四章 アグストリア編(内乱)
捕縛


いつもの事ながら更新が遅くなり申し訳ありません、なんとか今回から入るアグストリア編の冒頭が作成できました。

いつくもの伏線を作っていたのですがここで多少合わせていかなければならないと思い、作成していたのですがうまくいかずに時間だけを浪費してしまいました。

相変わらず、確認ができておりませんので脱字などありますが温かい目でみていただけたらと思います。


カルトが婚礼の儀を終えても彼の激務は変わらない、戦災に見舞われてたヴェルダンの復興を支援し続けていた。

世界は各地で不穏な動きを見せており、いつまでもこの地に留まっていることはできないだろう。

カルトはそう確信し、今出来うる限りの事を行う。

 

その一つにはアグストリア諸公連合にて、賢王と噂の名高いイムカ国王が病没されてしまったとの報がここヴェルダンにも届けられた。

その訃報により各国は新たな次期王となる者に注視されていく事になる。

イムカ国王は先の王による反グランベル体制を破棄し、国内の平定と維持に尽力した。軍縮を行い逼迫していた国益を公共事業に注力し、中央に位置する大森林の開拓に成功し莫大な富を得ることができた。

隣国との関係修復を行い、不利な条件も受け入れて不可侵条約をグランベルと交わしたのである。そしてそんな折にシレジアとアグストリアは同盟条約を結んでおり、グランベルよりも関係は深かった。

 

シレジアは、一年の半分が雪に覆われてしまう大地の為農耕には向かないので輸入に頼らざるを得なかった。幸いにも鉱物資源が豊富な為、アグストリアに鉱物資源を提供して食糧を譲り受けるシステムが出来上がった。

それそれまでのシレジアは慢性的な食糧難で、頼みの綱は海洋に出ての漁か山中の大型動物を狙った狩猟しか得られなかった。大陸の北端であるシレジアは海の時化が酷く漁も危険を伴い、狩猟にしても安定供給ができるわけでもない。

イムカ王はそのシレジアの情勢を見切り、開拓した食料を提供する事にしたのであった。その結果シレジアから提供される鉄鉱石により強力な武具を作成する事ができるようになり、グランベルに匹敵できる軍事力を持つようになった。

それでも不利な条約はそのまま続ける事により両国はそれなりに良好な関係を継続できていたのである。

 

イムカ国王の死によりバランスが崩れ去ろうとしている事は各国も認識しており、次期国王となる人間に警戒しているのである。

次期国王となるシャガールはかつてエバンスよりグランベルに出兵し、ヴェルダンにその奇襲を受けて一軍を壊滅させた愚物。イムカ王の謝罪によりグランベルとの戦争は回避できたがエバンス領を失い、相当の賠償金を支払う事となった。

 

その愚物が王になろうとしているのだ、隣国であるグランベルもシレジアも同様の条約が継続できるのか懸念材料となっていた。

シレジアとの貿易協定は、アグストリアにとってアキレス腱。たとえ愚物であろうともこれを反故にする事はないというのがカルトの見解だがグランベルとの不平等条約に近い条約はまず継続されないだろう。そもそもその条約の不満よりシャガールは当時出兵したくらいだと思っている。

 

その不平等な条約を溜飲したイムカ国王の苦渋の決断に理解を示さない次世代のリーダーは、不平等ではあるが条約に守られて一時の平和な時代の恩恵を感じられなかったのだ。カルトは残念と感じ、イムカ王へ追悼する。

 

 

 

「おかりなさい。」エスニャの温かい出迎えの声にカルトは微笑んで返す。

考えながらの帰宅で、エスニャに呼びかけられるまで私室に帰り付いていた事も忘れるくらい我を失っていた。微笑みは失笑に変わってしまう。

 

「また、お考え事ですか?あまり根を詰めると体に触りますよ。」

「そうだな、私室に帰ったときくらいは忘れよう。そうだ、さっきシグルド公子から頂き物があるんだ。一緒にどうだ?」

カルトはワインを取り出してエスニャに見せる。以前マーファでシグルドと飲み交わしたアグストリア産のワインで、カルトが気に入った様子だったシグルドは別に入手し、本日の譲り受けたのだ。

 

「まあ、いつもシグルド様のお気遣いに感謝しないといけませんね。

カルト様も見習ってくださいね。」

 

「ああ、善処するよ。さあそれよりも食事にしてくれない?今日も魔力を使いすぎてへろへろだよ。」

くすりと笑うエスニャは隣接しているダイニングへカルトを誘った。

 

 

カルトとエスニャは向かい合って食事を採る、金属の食器が陶器に当たる音がする中カルトはエスニャに問いかける。

「まだ、魔力は使いこなせそうにないか?」

エスニャから元気がなきなり、手に持つフォークが止まる。

 

「こんな時にすまなかった。明日休暇を取るつもりだ、明日一緒に考えてみよう。」

「本当ですか?お願いします、カルト様に是非見てもらいたかったです。」

彼女は途端に嬉しそうに食事を再開させる、それはカルトの指導を受けるとこだけではない事は言うまでもないだろう。

カルトは頬を緩ませて窓の外を見る、この束の間の平穏に家族ができた事を感謝しグラスのワインを傾けた。

この芳醇なワインはこれからも飲用できるのか、一抹の不安を感じながら・・・・・・。

 

 

 

カルトの願いは虚しくアグストリアは新国王に予想通りシャガール王子が即位された、継承式もそこそこに彼は堂々と反グランベルを提唱し、不可侵条約の撤廃と取り決めてしまい諸国は慌ただしく軍事力強化へ移行し始めた。

その報を受けて間もなくカルトにレヴィンから伝心にてアグストリアに対してシレジアの意向を伝えるべくアグスティに赴くように言い渡されたのだ。

つまりアグストリアの国家形態の変化にシレジアとの関係の確認を国王自身より言質を取るとの事である。

レヴィンには大使を出して正式に行った方がいいのではと進言したが、そちらの方が煙に巻かれてしまうらしい。

今は提唱した勢いで舌が回るうちに本音を聞き出しておきたいのがレヴィンの思いであるらしい、危険が伴っても転移魔法で逃げ帰る事ができる。何よりアグスティに渡航歴があるカルトでなら即日で行動できる事もあった

 

レヴィンから連絡を受けたカルトは翌日、 同伴にクブリとマリアンを伴い転移にてアグスティへ向かう。

遠距離転移を行う為、そのまま登城して非常事態があった時に大半の魔力を失ったままでは都合が悪い。転移は夕刻に行い、アグスティで一泊してからとなった。

 

転移に成功した三人はすぐさま城下の宿に入った。

城下町は国王が変わっても国民の生活は依然と変わっておらず、活気ある人達の喧騒は変わっていなかった。民衆の変化はないが街中で見かける軍人の多さは異様であった。

イムカ王の時は軍縮され人々は穏やかであったが、今のアグスティは喧騒に中に緊張感があり肌に感じる物がった。

マリアンもその雰囲気を察したのか、クブリと同様に街中でフードを深く被って顔を出すことはなかった。

 

「カルト様、明日の謁見ですがセイレーン公としてお務めあげをお願いします。アグストリアと貿易協定が破綻すれば、シレジアはまた食糧難を抱える日々となります。」

「分かっているさ。もうちょっと俺を信用してくれよ、ここに来るまで何回忠告しているんだ。」

クブリは室内に上げてもらった食事も手につけず、カルトに説教じみた問答を数知れず行っていた。

 

「カルト様の行動力や、戦闘力は信じておりますが交渉力は苦手と踏んでいます。

だから不安にかられているいですよ、なぜレヴィン様はカルト様に託したのか私には少し信じられません。」

 

「おいおい、行ってくれるじゃないか・・・。まあ、仕方がないか。身から出た錆でもあるな。

おそらくレヴィンは、今回の交渉の是非を俺に託しているわけでは無いのだろうな。」

 

「え、ではなぜ私達はここに行くようにレヴィン王はおっしゃったのですか?」

マリアンは水を流してんで口内を胃に流し込んでから会話に入り込む。

 

「シレジアはもう、アグストリア一国のみで食糧調達をしている訳ではないのさ。グランベルから騎馬の支援があったが食料も入ってきているし、今後うまくいけばヴェルダンのキンボイス王とも交渉して交易を計画している。

イムカ国王のように良好な関係を維持できないようであれば、切り捨てる決断も視野に入れているのだろう。」

 

「なんと、レヴィン王はそんな事をお考えに・・・。」

「わからないさ、これは俺が推測した可能性だ。もしこの交渉を以前と同じようにしようと思っているなら、俺なら俺を使う事は絶対にしないな。拗れる事は目に見えている。」

 

「・・・・・・。」二人は納得してしまう。

カルトは苦笑いをして場を誤魔化し、説明を続ける。

 

「大事な事は現状のアグストリアをよく見ておく事だ。この国は隣国であり、大国だ。

反グランベルを提唱した今、同盟条約を結んでいるシレジアに対しての何らかの圧力をかけてくる可能性がある。レヴィンはその動向を持ち帰って報告する事の方が重要視しているのだろうと俺は考えている。・・・まあ、条約の保持は出来たら出来たで御の字って所だろう。」

 

二人は同調する、どうせ反故にされ兼ねないからこちらも毒には毒で持って制するような事をレヴィン王ならやり兼ねない。

カルトはそこをついてそのように判断した、さらに奴ならこの部分すら読み切っているように思えてならない。

つくづく頭の回転が速い男である、カルトは果実酒を煽って憤りを流し込んだ。

明日は難儀な折衝をすることになる事を想定し、早めの就寝につくのであった。

 

 

 

少し時を遡る。

ヴェルダンから戦線を離れたフレイヤはイザークのマンフロイ司教の元へ転移した。

 

リボーの隠れ家に入り装いを正して司教を待つ、まだ司教はイザーク城で作戦行動中らしいがいつ転移してきてもおかしくない。

フレイヤは椅子に座るも、終始崩す事なく一点を見つめて、司教の帰還を待つ。

彼女の目には揺るぎない意志を持つかのように、最高権力を持つ男にも決して臆する事も畏怖する事もない。

穏やかな心音を維持し続けていた。

 

どのくらいの時が経つのか、夕闇だった部屋はすでに闇に覆われ壁にある鏡に自身の姿も視認できなくなる。

闇は慣れている、暗黒教団の団員は生まれた時から闇の中で生活している。闇はすでに恐ろしい存在ではない、親しい友人とも言える物である。彼女は全く変わらず、姿勢を変える事なく待ち続けた。

 

さらに闇が濃くなる頃、前方の空間が歪むとともにマンフロイ司教が姿をあらわす。

その纏う魔力にフレイヤも背中に寒気を感じる物があった。

 

「フレイヤ、ウェルダンはどうであったか?」

「はい、見つけました。シギュンの子は今シアルフィの嫡男と共にしております。」

「少々見つけるのが遅くなってしまったか・・・フレイヤ、どう判断できる?」

 

「問題ありません、むしろ好都合でございます。計画を進め、シギュンのもう一人の子がこの事を知れば嫉妬に狂うでしょう。

聖戦士に血よりシギュンの血筋を持つ彼ならば、こちら側に偏る事でしょう。」

フレイヤのことばにマンフロイの顔がさらに邪悪な笑みを湛えてその回答に満足する。

 

「人心掌握に長けておるなフレイヤ、お主がいる限りこの国の要人達は手玉も当然である。

サンディマを失った事は大きいがそれ以上の土産であるな。」

 

「ありがとうございます。・・・それと、もう一つ知らせがあります。

イード砂漠でバラン様が討たれた件ですが、その者はシレジアのカルトという人物である事が判明しました。」

「シレジアのカルトか、最近よくその名を聞くがそれほどまでの強者か?」

「はい、恐らくですがあの者は我らの計画を破る者かも知れません。」

 

「フレイヤ、それは言い過ぎではないか?

確かにバランはまだ完全では無かったが我が教団で儂に次ぐ力を持っていた、そのバランを破る事ができるとは思えないが・・・。」

「シレジアの傍系程度の男ではバラン様を破れるわけではありません、しかしその者はオーラを使用できます。」

 

「何!オーラだと。それでは奴は!」

マンフロイは立ち上がり険しくなる、ドス黒い魔力が吹き上がり辺りを冷たい雰囲気になっていく。

 

「はい、精霊使いではない彼が使用できたという事は彼にヘイムの血が流れている事になります。」

フレイヤは大事である一言を結論付けて答えた。

「まずいな、それではせっかく暗黒神が降臨されてもナーガが復活してしまえば勝ち目はない。

クルトを殺害しても、その者がいればナーガが降臨出来るではないか。」

 

「ナーガの書はこちらにあります、まだ分はあるうちにこちらも手を打つ必要があります。」

「うむ、ナーガの書は我らには手を出すことが出来ぬ。カルトという者の処断はフレイヤお主に任せよう。

バランは儂の次だがお前は例外だ、頼んだぞ。」

「かしこまりました。私はアグストリアへ向かい奴らの動向を探ります。」

「それでいい、儂はもう暫しイザークで仕込みを終えたらアグストリアへ戻る。朗報を期待するぞ。」

マンフロイは転移にてその場から姿を消すのであった。

 

 

翌朝カルトは早々にアグスティ城にてシャガール国王謁見を申し出た、シレジアの大使である証を提示した一行は謁見の間に通された。

シャガール王は玉座に座ったまま一行を出迎える形となりカルトの視線が厳しくなる。

同盟国とは対等の立場の筈なのにシャガール王の態度は実に怠慢であり、大使に対しての対応とは思えないでいた。

暗雲が立ち込める雰囲気にクブリは一抹の不安を感じカルトを見つめる、カルトは一つ前に出ると敬礼を行った。

 

 

「シャガール王、お目に掛けることが出来て光栄です。

私はシレジアのセイレーン公のカルトと申します、この度はイムカ前国王が病没されてしまった事に追悼の意をお伝えいたします。」

 

「うむ、シレジアとは前国王からの同盟国としての厚い配慮感謝する。」

「・・・本日はシレジア国王よりの意思をお伝えするたびに伺いました。

我が国王は、アグストリア前国王からの盟約を維持し、これからも変わらない共栄を望んでおられます。」

 

カルトは畏まりその言葉をシャガール王に伝える、シャガール王は玉座より立ち上がりカルトを見る。

いや、この目は睨みつけているとも取れる表情であった。

 

「カルト公、シレジアは最近グランベルと同盟条約を結んでいると聞いておる。

今、この国は反グランベルを提唱したばかりだ。どちらにもつかず二枚舌で凌ぎきろうという腹積りならこの盟約は解消させてもらう。」

 

「・・・それはグランベルと関係を切り、アグストリアへ付けと仰られているのですか?」

謁見の間ではそぐわない言葉がカルトの口から発せられる、雰囲気はガラリと変わり辺りの衛兵も緊張をしていく事になった。

 

「強要するつもりはない、私たちもこれから戦争になればシレジアの金属は必要なのだ。

しかし同盟国が敵対しようとしている国にも同盟を交わしている以上、アグストリアとしては同盟を継続する事はできないと言ったまでだ。

ましてや因縁のある、エバンスにグランベル軍と共にシレジア軍が駐留している事は気に喰わぬ。」

 

「シャガール王、あなたの仰られる事は最もだ。しかしこの度の戦を宣言したのは王ではないですか?

この宣言に大義はあるのですか、あるようでしたらシレジアも王の意図を汲み必要であればグランベル国との三国会談をするように尽力致します!」

 

「ふふふ、大義?そんなものは今から作ればよい。戦とは勝った者が勝者となり弱者は蹂躙されるのみ、カルト公はまだ世の中を理解していないようだ。」

 

「・・・王、あなたの意思は受け取りました。後日、再度使者を送りこの度の件の結果をお送り致します。

これは私情ですが残念でなりません、アグストリアとグランベルが手を取り合って平和を導いて欲しいと願ってました。

戦の犠牲は常に民達である事だけはご理解頂きたいと思います・・・。」

カルトは立ち上がるとクブリとマリアンに向き直り身支度を確認する。

 

「カルト公、ここまで啖呵を切ったのだ。無事に帰れると思っているのか?」

「分かっているつもりだ、この者達は解放してくれれば抵抗するつもりはない。」

「よかろう、次の大使が来るまで身柄を引き受けさせてもらう。貴公を客人として一室設ける。

そこの者!カルト公を部屋に通せ!」

 

「カルト様!」衛兵に囲まれたカルトにマリアンは割り入り、剣に手を伸ばすがカルトがその手を制し小声で伝える。

「マリアン、エバンスに戻ったらシレジア軍を自国に撤退するように指示を出せ。クブリ、詳しい話は伝心する。

エスニャを頼んだぞ。」

 

カルトは自ら衛兵に従い、謁見の間を後にするのであった。




次回からゲームでの二章の始まりとなります。
またオリジナルからは展開が変わってきますのでお願いいたします。


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救急

アグストリア編では少しアレンジを強くしたいと思います、少しづつ原作から離れてしまう部分等ありますがお願い致します。
(ヴェルダンでもキンボイスを生存させるなど、既に変えていますが・・・。)


カルトの拘束はクブリの伝心魔法によりレヴィンに報告されシレジアに衝撃が走る。

大使を拘束まで行うアグストリアはもう大陸協定にすら規律違反を行っているのだ、レヴィンはカルトなら転移魔法で逃げ帰るかと考えていたがそれは浅はかな事と後悔する。

カルトは誰よりもシレジアに忠誠的な男であったのだ。例え協定違反した相手でも大使が任務放棄をする事はしないだろう、転移をせず状況を見定めている筈である。

「カルト、すまない・・・。」フォルセティの魔道書を握るレヴィンは自信に怒りをぶつけるのであった。

 

 

クブリとマリアンはエバンスに戻り状況の報告をシグルド達グランベル軍へ伝える事となった。同盟軍とは言え、両国に対して盟約を行っているシレジアはここでは不利でしかなかったのた。

ある者は勝手な行動を起こしたカルトを罵る者もいれば、アグストリアとグランベルの間を蝙蝠のように取り繕う者に手を差し伸べる事は出来ないと嘲笑いを交える者もいた。

マリアンはその侮蔑に肩を震わせて剣の柄を何度も握るが、その中でエスニャは毅然とした態度で持ってその言葉を受け続けていた。

その姿にマリアンは共感し、クブリに続いて甘んじて受ける事となった。

 

「そこまでだ。」シグルドの一言で場は静まり返る。

そこには各諸侯は立ち上がり、場の収拾に入る。

グランベルの騎士達にはシレジアの裏切りに見えるがそれは政治的な一面を見ない者達である、内外の事情に明るい諸侯達はその一面も見えているがおいそれと彼らの意見を聞かないわけではない。腹の中を出し尽くした頃合いを測りシグルドは私罪の紛糾になる前に止める形にしたのであった。

しかしこれを思いついたのはシグルドではない、アグストリアに囚われになっている問題のカルトである。

クブリの伝心により予想される事を予め説明し、対処を見出したのである。

 

ここで議論を間違えば反グランベルを表明したアグストリア軍と真っ先に剣を交える事になる、士気の低下は致命的になるだろう。

前回の戦闘は統率の怪しいヴェルダン軍であったが、アグストリアは大国であり優秀な騎士団を有している。

些細な綻びも許されない状況であるからこそ、カルトは体勢の立て直しを進言した。

 

「確かに、シレジアのカルト公はシレジアの大使を担ってアグスティに向かわれた。それはシレジアにはアグストリアとの同盟を結んでいたからだ、その確認の中で捕縛されただけで決してグランベルに対しての裏切りではない。

しかしながら、残念だがアグストリアとグランベルは同盟ではなくなった今カルト公を助ける事は出来ない。

と、いうのが普通である。」

場がざわめく、この先何を言い出すのか友であるキュアンは想像が出来ていた。彼には騎士道精神よりも大切な物を持ち合わせている、それがカルトを救出に向かわせるのである。大国のアグストリアと戦争になり、隣国にいるエルトシャンと対峙する事になってもその決意は揺るがない。

 

「カルト公には恩義がある。

彼のした事はグランベルにとっての不利があろうとも、彼の恩義を無にする訳にはいかない。

私はアグスティに向かう、一緒に戦ってくれないだろうか?」

シグルドはその一言を言うと場から翻し城外へ向かう。マリアンとクブリ、エスニャにフュリーも続いていく。

各諸侯も加わり、あたりは混乱するものの参加に反対した者も最後には加わっていくのであった。

 

 

 

「お待ちください!陛下!」願いも虚しくグランベルに進軍を諫めようとしたエルトシャンはシャガールの怒りを買い、地下牢に幽閉される事となる。

ラケシスの言葉を思い出すが、騎士であるエルトシャンは正面から王に進言する事しか出来ないでいた。

さらに事態は悪化してしまう。アグストリアには穏健派はエルトシャンだけであるが為に玄関口であったノディオンは空き家状態になっていた。主力であるクロスナイスはアグストリアの北部に駐留し、海賊掃討の任務についていたのでエルトシャン投獄の報を聞く事は無くノディオンは孤立してしまうのである。

 

 

 

ノディオンに残された僅かな兵と、エルトシャンの妹君であるラケシスが投獄の報を受けて隣国のハイラインに警戒する。

ハイラインのエリオットはウェルダンのいざこざにてノディオンと交戦し敗走した事を根に持ちラケシスに対して異常な固執を持っている、攻めてくる事は目に見えていた。

「エバンスに駐留しているシグルド様に救援を求めてはいかがでしょうか?」

困惑するラケシスに助言する剣士、イザークのホリンは提言する。

 

「そうしたいのは山々ですが、アグストリアはグランベルに対して反抗勢力として明言したばかり。シグルド様にお願いして兄様の立場が一層悪くなればその場で処刑されてしまいます。」

 

「確かに、仰る事は分かりますがここで後手を踏めばノディオンはハイラインに制圧されてしまいます。

まずは救援を求めましょう、エルトシャン王は隠密を出して秘密裏に救出しましょう。」

 

「そんな事が可能なのですか?」

 

「私の友人に可能な者がおります、それに賭ける価値はあると思われます。

それに、あの城にはもう一人私の友人が囚われています。

あの者も救出しなければなりません。」

 

「シレジアのカルト公ですね。あの方も、シャガールに囚われてしまっていると聞いてます。

私もホリン様の提案に乗らせて頂きます、このまま手ぐすねを引いていても何も始まりません。ここは攻めなければなりませんね。」

 

「さすがエルトシャン王の妹君、ご理解頂けて恐縮です。

すでに隠密の者はアグスティに向かっております、いい報告をお待ちしましょう。」

 

 

 

使者として来訪した者を牢に放り込む事は出来ないアグストリアは客室であろう一室に歩哨を立たせ、罪人とは違う対応が取られていた。

カルトはここに入室して丸一日になるが食事は定期的に運ばれ、排泄も歩哨に要求すれば拒否される事は無かった。

 

カルトは再三レヴィンから伝心魔法にて脱出するよう忠告されるがまだ命の危険はない、情報を少しでも得ようとこの地に留まっていた。

イザークでの反乱から始まり、ヴェルダンの裏切り、そしてアグストリアの体制の反転。各地で出会った暗黒教団の暗躍にカルトはようやくその最前線に辿り着いていると判断した。

今は少しでも情報がほしかった、今シグルドの妻であるディアドラにはマイラの血が流れている。その血の渇望はカルトにも納得がいくが今動いても暗黒神の復活は成し得ない、彼らも算段があるから動いているはずなのだが一向に読めないでいた。

 

カルトは与えられた部屋で風の魔法を応用して城内の空気の振動を傍受していた。静かな場所で精神を統一し一定の魔力を放出し続ける為、普段は使用できないがここでなら使用可能である、一般の兵士がが見ても瞑想しているだけと判断するだろう。

 

その傍受にてエルトシャンの投獄の情報が入り、カルトは行動に移す事を決める。

 

「さて、どうしたものか。」カルトは集中を解きつぶやいた。

単純に脱出するだけなら容易いが、歩哨している兵士に気付かれずに行動する事が重要であった。

歩哨の兵士は一定時間置きに扉を開いて俺の存在を確認してくる、それ以外にも食事の配膳や差し入れもある。

あれを試してみるしかないか・・・、次は心の中でつぶやく。

 

カルトは魔力を発し、再び集中を始めた。

光と風の魔力を応用すれば可能と判断したが実際効果を発揮できるかどうかは疑問符であった、光の魔法で一定空間の光の屈折を捻じ曲げるプリズムを作り出し、風の魔法でその一定空間の空気濃度に変異を付け幻を作り出すという複雑かつ高度な作業にかかりだした。

光魔法で一定空間に盲点とも言える場所を作り出し、蜃気楼を応用して自身を投影し続けるという事である。

それにより違和感なく、自身があたかもそこにいるという錯覚を作り出す事ができるとカルトは思いついた。

 

複数の属性を同時に使用する作業は熾烈を極め、一度では成功しない。

カルトは何度もそれに挑戦し、ようやく成功できたのは4度目であった。魔力を無駄に消費し、行動中に魔力切れになる可能性もある。

覚悟を持って、そっと城外の窓を開くのであった。

 

 

 

エバンスから一気に躍り出たシアルフィ軍はアグスティへ急ぐべく、騎馬部隊を全速させる。

カルトを救出するという決断をした以上手遅れになる訳にはいかない、アグストリアの諸国が動き出す前に一気に攻め上ると決断したシグルドは考えたのである。

一番の杞憂はノディオンのエルトシャンであった、彼はシアルフィの軍勢を見てどう判断を下すのかシグルド一番の懸念材料となっていた。彼とは戦いたくない、それはキュアンも同じである。

 

シグルドはノディオンに差し掛かった時、先陣はレックスやキュアン、部下のアレクとノイッシュに任せて単騎でノディオンを目指さんとさらに速力をあげた、本隊はここでアグスティへと向きを変える。

手には戦いの意思がない白い旗を上げ、エルトシャンと会談を求めんとしていた。

そこにシレジアの天馬騎士団も続く、フュリーはクブリとマリアンを乗せシグルドの後を追い始めた。

 

カルトの命によりアグストリアと戦う事を禁じられたシレジア軍はノディオンに赴いて、エルトシャンの答えを頂きこうとしていたのだった。

 

ノディオンに到着する前にシグルドはその異変に気付く、シグルド単騎と飛空単騎とは言えノディオン側からの警戒は薄くここまで接近しているにも関わらずノディオン兵が出てくる事は無かった。

ノディオンでも何かあったのか、シグルドは疑問に思った時ようやくノディオン側より数騎の騎士が出てシグルドの前で馬を御して地に降り立つ。そこにはラケシスも連れ添われていた。いよいよ只事ではないと感じる。

 

「ラケシス、どうした?ノディオンに何かあったのか?」

シグルドは馬に降り立つなり、ラケシスの元により挨拶などは一切なく質問する。

 

ラケシスはここまで気丈にしていたのだろう、彼女から頬を伝う涙が溢れ出す。

「シグルド様!エルト兄様がアグスティに囚われました。

お願いします、兄様をお助け下さい。」

「なんだって?なぜだ、なぜあれ程の男が囚われなければならないんだ。」

 

「兄様は真面目すぎるのです、単身アグスティに赴いてシャガールを諫めようとして怒りを買ったのでしょう。」

 

「そんな事があったのか。私もシレジアのカルト公がアグスティに囚われたので進軍しようとしていたのだ、ノディオンに攻撃の意思が無い事を伝えようとしたのだが・・・。」

 

「シグルド様」さらにラケシスの配下の騎士が進み出る。

 

「エルトシャン王の不在を狙ってハイラインのエリオットがこちらに進軍してきています。

今ノディオンのクロスナイツは遠征しており兵力がございません、ご助力願う事可能でしょうか?」

 

「ノディオンも危機が迫っているのか・・・。

ラケシスそんなに泣かないでくれ、君に何かあればエルトシャンに顔立てが出来ない。彼と私にはいかなる時でもお互いの窮地の時は助けに行くと約束している。

君もノディオンも、エルトシャンも、必ず助けて見せる!」

 

「シグルド様・・・、ありがとうございます。」彼女は笑みを浮かべてシグルドの助力に感謝する。

気丈に振舞っていたがその重圧に潰されていたのだろう、足元が覚束なくなっていた。

 

「ラケシス様、申し訳ありません。シレジアはこの度の進軍にてアグストリア軍と戦う事は出来ません。しかしながらここでじっとする事も出来ません、何か私達にできる事はありませんか?」

 

「あなた達はシレジアの?心中お察しします。ですが今あなた達にできる事は・・・。」

「そうですか・・・。」フュリーは落胆したけた時、相棒が語りかける。

 

《フュリー、北の方に森がある。そこで人間の叫び声が風に乗って聞こえてくるぞ、助けを求めているように聴こえた。確認してくれ。》

《う、うん。分かったわ。》

 

「ラケシス様、ここから北の方に街があるのでしょうか?そこで、救援を求めていると情報があるのですが・・・。」

「北ですか?

北の台地と呼ばれる開拓の村々が点在してます、イムカ様が国力を取り戻す事に成功した地です。まさかあの地を荒らしている者が!」

「ラケシス様!私達にその地へ向かわせて下さい。台地でしたら私達飛空部隊ですぐに向かえます。」

「お願いします!あの地が荒らされれば民が飢えてしまいます。フュリー様、アグストリアの民を代表してお願いします。」

ラケシスの懇願にフュリーは笛を吹いて一団に知らせる、フュリーは相棒に飛び乗って向かおうとする、その後ろにマリアンは飛び乗る。

「マリアンはクブリと一緒にここに残って・・・」

「私も行きます!台地に着いたら自力で降ります。」

「馬鹿な事を言わないで、地の利はあちらにあるのよ。ここは飛空部隊の私達に任せなさい。」

「賊には弓兵もいるかも知れません、私が地上から援護します。」

二人は意見を譲らない、睨み合いは続くが相棒は時間が無い事を理解している。背中に二人を乗せているのでそのまま飛空を始めた。マリアンは微笑み、フュリーは落胆する。

「マリアン、絶対に無理をしないでね。」一言釘をさすので精一杯であった。

 

シグルドは本隊を呼び戻しノディオン城北西に陣を張る、騎馬部隊の全速でここまで来たので徒歩部隊はまだ到着していない。相手の規模は不明だがここで足止めを中心に交戦し、徒歩部隊の到着を待つ事にする。

シアルフィの騎馬部隊に、キュアンの騎馬部隊、レックスの騎馬部隊は隊列を組み待ち構える。

 

「フィン、ここから正規兵との戦いになる。気を抜くな。」キュアンは隣にいる部下であるフィンに話しかける。彼は腕はいいのだが実戦経験は浅い、遠縁の親戚にあたり面倒を見ていた。

「はい!」

「騎馬同士の戦いにおいて相手の獲物に気を付けろ。槍なら突撃をさせるな、剣なら距離を取って戦え。訓練通りに動けば大丈夫だ。」

「わかりました、ハイラインに我らの力を見せてやります!」フィンはぎこちないが自身を鼓舞し、笑顔を見せるのであった。

 

数刻の後、ノディオンでは蹄の怒号が飛び交う戦場となる。ハイラインの騎馬部隊と混成部隊は激しい攻防の後、互いに後列にあった歩兵部隊も加わり混戦と化す。

優劣を付けたのがアゼルの魔道士部隊であった。

ハイラインの後続部隊は重装歩兵のみで構成されていたので魔法攻撃を受けたハイライン軍のエリオットは敗走する事となった。

 

ノディオン城陥落の危機を救ったシグルドはノディオンから賞賛を受ける事になるが、アグスティではシグルド討伐に乗り出す事となるのであった。




カルトとエルトシャン救出
フュリーとマリアンの北の台地の活躍
ハイライン城でボルドー、エリオット攻略

ここに、オリジナルアレンジを入れて書いたら何話かかるのだろう・・・。


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騎士

本日は突然の休暇となり一気に書き立てました。
この回の構想は初期の頃から温めていた案で、ヴェルダンのホリンとアイラの戦い並みに気に入ってます。

気に入った方、気に入らない方、どちらでもご感想があれば頂きたいと思います。


ハイライン城よりさらに北上した位置にあるアンフォニー城の城主、マクベスはハイラインの動きを見て参戦するかどうかを決め込んでいた。

アンフォニー国王は代々軍人でのし上がった家系ではなく、商才により地位を得て現在に至る。その為どうしても戦争となると勝ち負けよりも、損得で動く事が習慣になっていた。内密で雇った賊を北の台地に送り込み、騒乱のどさくさに金品を巻き上げるやり口は最低極まるが彼にはその様な道徳はなく利益を最優先する事が重要過程であった。

 

玉座に座ってまだ損得勘定を脳内で計算している所に一人の騎士が入室する、騎士は一礼してマクベスの前まで歩み寄る。彼の独特な装備であり、一目で異国の騎士であると判断できる。

 

一番の特徴は腰に差す剣である、鋼の長剣に加えてショートソードを帯刀している。二本とも左の腰に吊るされている事から剣を同時に扱う事はないだろうがその独特な装備は戦争代行国家であるトラキア国の騎士である事が伺えた。

 

マクベスは異国の騎士にも関わらず接近を許すのは、もちろん雇用関係にあるからであった。

彼は自身で軍を持つ事は無駄金を消費する事を身上としており、必要な時だけ必要な金を積んで動く傭兵の活用が一番の特効薬と考えている。

その特効薬の一つにようやくトラキア国から金銭契約に漕ぎ着けて竜騎士部隊を派遣できる様に出来たのであった、その劇薬の効果は高く制空権を握り侵略できる様になったのである。

 

「おお、パピヨン殿!シャガール国王との契約は如何でしたか?」

「マクベス王、お口添えのお陰で大方の契約は予定通り運べました。私もこれでトラバント陛下に朗報をお伝えできる。」

 

「そうですか!これでアグストリアは一気に軍拡出来る。グランベルに勝てる算段が整いました。」マクベスは玉座から立ち上がり、狂気の笑い声を上げた。

 

「しかしマクベス王、アグスティの帰りがけにグランベルの進軍を見た。如何するおつもりか?」

 

「杞憂はそこなのだ、折角シャガール国王に変わって北の台地の監視が無い内に財産をせしめるつもりなのだがシレジアの天馬騎士が邪魔しているとの連絡が入ったのだ。

さらにハイライン軍もノディオン北西部で撃破され、籠城戦になっていると聞く。なんとかなるだろうかと策を練っていた所なのだよ。」

マクベスの言葉にパピヨンは笑みを浮かべる、その瞳は大使から騎士の鋭い眼光に変わって行く。

 

「いいでしょう、私が自らその天馬部隊を相手しましょう。

マクベス王はハイラインが落ちた直後に、疲弊したグランベル軍に傭兵部隊を送り込めば全て片付きましょう。」

 

「な、なに?天馬部隊は何十騎にもなりますぞ!

お一人で行かれるおつもりか?」

「天馬ごとき私単騎で充分ですよ、ドラゴンの炎に焼かれて墜ちていく様を見ていて下さい。」

パピヨンはマントを翻し、玉座を後にするのであった。

 

 

カルトは4階にあった客室の窓から脱出に成功すると、上へと登っていく。階下に降りたい所ではあるが2階と3階は兵士詰所となっており無策で降りて見つかれば厄介になる。

一度王族諸侯のいる階上に上がり策を練る事にする。

カルトは窓の外枠を足掛かりに上の窓枠へ腕を伸ばすが、数センチ程届かず別の場所を探す。

おそらく城内に入り込んだ雨水の排水口があるのでそちらへ手を付き、腕のみの力で上へと持ち上げて外枠へ手を付いた。

内部をそっとみると、こちらも客室なのか内部には人の気配がない。窓をそっと開けると、一気に内部へと入り込んだ。

その部屋の扉をそっと開き、辺りに警備兵がいないと確認すると階下で使用した光のプリズムによる盲点作用にて姿を隠匿し一気に躍り出るのであった。この魔法は姿を消すだけの魔法で音も気配も消す事は出来ない。優秀な戦士なら気配を感じ取られたり、盗賊の様な感性に優れた者なら音などでも感知されてしまう。カルトは慎重に地下へと向かっていくのであった。

 

 

「あれは!」フュリーが北の台地にて横暴の限りを尽くしている賊の掃討指示を空中からかけている時、西の空から相棒と同じくらいの大きさの影がこちらに向かってくるのを察知した。

 

一直線でありかなりの速度で向かってきている、フュリーはシェリーソードから細身の槍に持ち替え向かってくる影に対応する。

 

《あれはドラゴンだ、空中戦では奴らの方が上だ。これはまずいぞ。》相棒が危険を察知して伝心で語りかける。

《ドラゴン、という事はあれは竜騎士ね。私達でなんとかならない?》

《やめた方がいいだろう。私達はともかく、部下の連中は嬲り殺されるのが関の山だ。》

《そんな、あと少しなのに。》

 

みるみる影が大きくなるとそのドラゴンの姿が露わになる。大きな体軀に硬い鱗に覆われ、その角や牙に天馬とは違う戦闘能力の高さが伺える。さらにドラゴンは火を吹くことも可能なのだ、その炎は魔法とは違う純然たる炎が故に天馬の魔法防御も関係なく焼いてしまう。

 

フュリーは部下に撤退の指示を与えこの地より離れさせ、自身は撤退する部下の殿に身を置いて竜騎士の進行を止めに入る。

 

「ほう、我を見ても退かないとは。大したお嬢さんだ。

私はトラキア国竜騎士団のパピヨンだ。」

「私はシレジアの天馬騎士団のフュリー!なぜトラキア軍がここにいる?ここで交戦すれば問題になります。」

 

「ふっ、くははは!・・・失礼、あまりにも滑稽故に破顔してしまった。シレジアは外での戦争がなかったからな、致し方ない。我らは傭兵稼業を率先している国故どの戦争にも顔を出すさ。今回も、な。」

「そ、そんな。国が他国の戦争を請け負うなんて。」

 

「醜いか?汚いか?侮蔑の声は聞き飽きた。

戦争は生きるか死ぬかのみ、正しいと思うなら俺を倒して証明するといい。」

パピヨンはドラゴンに括り付けている長槍を取り、フュリーへ向かわんと構える。フュリーも再び構え直して集中し始めた。

 

「行くぞ!」滑空し速度を上げたパピヨンはその長槍をファルコンにむける。

空中戦故に、お互いの乗り物の破壊は即死に値する。

フュリーの命より早く察知したファルコンは上昇して回避すると次はフュリーが細身の槍の旋回した一撃を見舞う。

ドラゴンの尾の近くに当たるがその鱗は固く、金属音と共に弾かれてしまった。

 

(パピヨンを狙わないと勝ち目がない。)

再び上昇して距離をとろうとするが、ドラゴンは上手く追尾しており背後を取られてしまう。

そして、ドラゴンの顎が大きく開かれる。

 

《ま、まずい!》

相棒の伝心の瞬間、大量の炎がフュリー達に浴びせられる。回避しようとするも、ドラゴンの顎が方向を変えて確実に二人を焼かんとしていた。

二人は炎に包まれながら森林に落ちていくのをパピヨンは見ながらゆっくりと降下を始めた。

 

 

「ここまでだ。」フュリーは守ってくれた相棒に回復魔法を施している所に、パピヨンはドラゴンの鞍から長槍を二人に突きつける。

 

「待って、私はどうなってもいい。この子だけは野に返したいの。」

「そうは行かぬな、我らはハイエナ。ハイエナは全てを狩り尽くす。」

「そんな・・・。」

「さあ、諦めろ。」長槍がフュリーの喉元を狙う中、その槍を止める者がいた。

漆黒の髪を持ち、小柄な体型だがカルトの為に忠義を尽くす剣士のマリアンである。

 

「貴様、何者だ。我らの獲物を邪魔するとは見上げた心掛けだ。」

彼女は返す言葉はなく、パピヨンに斬りかかり始める。

パピヨンはその剣技に圧倒され、ドラゴンに飛び乗ると宙に舞った。

 

「なんだ、あの女は!」上昇を始めていく時、悪態を付いたパピヨンは体勢を整えて眼下にいる剣士を見ようとする。

「!やつは、どこに?」眼下にはフュリーしかおらず、先程の剣士は姿を消していた。

パピヨンはぞくりと直感の寒気を感じた、それはあの天馬騎士のフュリーがこちらを見上げているがその視点はさらに上に思えた。

パピヨンは上を見上げた瞬間、それは現実となり悪夢となった。

 

パピヨンの頭上をとったマリアンは、肩口にその剣を突き立てたのだ。

「ぐあああ!貴様、一体どうやって?」

「その竜は一気に上昇できないんですね、天馬のように早かったら追いつきませんでした。」

「だから、一体!どうやって・・・。」口より多量の血を吹き出し、マリアンの捕まんと手を広げる。

「木を登って、追い越したら飛び乗ったまでです。」

 

なんだって!いくらドラゴン上昇が遅いと言っても、木に登る速度が早いなんて考えられなかった。パピヨンは動揺し、その後は受け入れたのか笑みすら浮かべてしまう。

 

「油断していたとは言え、見事。

しかし、勝負には負けたが・・・。戦争に置いては引き分けだな。このドラゴンは野に帰る・・・。そして、お前は振り落とされる。」

パピヨンは鐙を足で蹴ってドラゴンより落とし、主人の不在をドラゴンに伝えると一気に上昇を行い振り落とさんとかかり出す。

 

マリアンはドラゴンの背中から頭の角を握り振り落しから抵抗する、パピヨンは重傷を負いながらも背中の逆鱗を掴み更にドラゴンの怒りに火をつけ出した。

 

「さあ、小娘!お前が振り落とされる様を見て死ぬとしよう!」パピヨンの言葉にマリアンは振り落とされんとしがみつくがドラゴンはさらにくねるようにして振り落しに入る、これではパピヨンの言うままになる。

マリアンはしがみつく片手を離すと、ドラゴンの眉間に拳を突き立てた。

「止まれ、止まれ、止まれ!」

「悪あがきはよすんだな、ドラゴンは主人と決めた者以外には従わない。俺と共に果てるがいい。」

「私は諦めない、どんな時も生きてカルト様にお仕えする。それが私の恩返し!」

マリアンは拳に血が滲み、反対の手の握力が無くなって行こうともドラゴンを止めようと拳を突き上げ続ける。ドラゴンにとってそんな攻撃はかゆくとも思わないだろう。

しかしその攻撃なのか、ドラゴンの速度は徐々に落ちていくのである。

 

「ま、まさか!シュワルテ・・・、お前・・・。」

「この子、シュワルテと言うの?ごめんね、叩いたりして・・・。」

パピヨンは絶句する、なぜドラゴンは簡単にこの娘になびいたのか今までそんな事は例外なくなかった。

竜騎士になるには命を賭けなければならない、もし一度でも主人でないと判断された者は正式な騎士になっても突然噛み殺された者も珍しくなかった。

そんな厳しい中で竜騎士として全うできる事は誉れである、傭兵として世界の最前列で戦い続け、竜騎士として死んでいくことに躊躇いなどなかった。

それほど、人生の全てを賭けて生きた竜騎士の人生を全うする直前にこのような奇跡を目の当たりにするとは思わなかった。

「私達を元の場所に返して、できるかしら?」マリアンは語りかけるとドラゴンは理解したのか、一鳴きすると飛行を反転させ元の場所に戻り始めたのだ。

 

パピヨンの疑いは確信に変わる、彼女を主人と認めているのだ。

「し、信じられん。まさか、こんな事になるとは・・・。」

「命を取る気はありません、今なら戻ればフュリー様の回復に間に合います。」マリアンは向き直り穏やかに語りかける。

パピヨンはシュワルテの背に座り、肩口に刺さった剣を苦悶の声と共に抜き出す。

「ぐ、ああああ!」マリアンは一瞬剣を抜いて再び戦闘を開始するかと考えたが彼には戦意が無い事を知る。

彼は根っからの軍人であった、敵国であろうとその敬意を払う為マリアンは様子を見る。

 

抜き出した剣をマリアンに手渡したパピヨンは深いため息を吐き出した後、マリアンに笑顔を見せた。

 

「名を聞きたい、新たな竜騎士の名を・・・。」

「私の名は、マリアン。かつてはダーナに暮らした一般人です。」

 

「まさか、軍の者でもなかったのか。一般上がりの剣士殿が、竜騎士になるとは・・・。世界は広いな・・・。」

 

「もう喋らないで、出血が・・・。」

マリアンは近寄ろうとすると、パピヨンは手を伸ばして制止させる。

 

「必要ない、私はトラキアの竜騎士。ドラゴンを奪われた私に、祖国に帰る資格はない。」

パピヨンは両手を広げると後ろに倒れていく、マリアンは必死に追いすがるがたとえ追いついたとしても彼を引き戻す力はない。

マリアンは空を切る手を伸ばすことしかできなかった。

 

パピヨンは遠ざかるシュワルテを見ながら眼を閉じる、たった一瞬での出会いだったが彼女は間違いなく・・・。

パピヨンは大空に最期の想いを描くのであった。

 

 

 

カルトはようやく地下に囚われたエルトシャンの位置を割り出し、侵入に成功する。

脱出してから3時間位経過している、夕飯を貰ってからかなりの時間が経つ為そろそろ歩哨に経つ衛兵共に感づかれる頃合いである。焦る気持ちを抑えつつ、地下牢の前に経つ兵士3名を見張りながらカルトはタイミングを伺う。

 

風魔法で牢屋内と通路の空気を遮断する事により、音を立てても外に漏れない措置をとると一気に牢屋の制圧にかかった。

 

「な、なに!」

カルトは一人目の男に鞘のまま頭を強打して気絶させる。

「ふ、不審者め!」一人は早速抜刀して斬りかかるが、カルトはウインドを使い壁面に激突させると、同じく鞘に収まった剣で強打させた。

 

「さあ、どうする?」

「く、くそ!」兵士は敵わないと見たのか剣を捨てて手を挙げる。

カルトは彼を捕縛し、会話を聞かれないように目隠しと耳栓に猿轡まで行い。仲間の3名共々地下牢の隅へと追いやった。

 

廊下の一番奥に、カルトが求めていた人物。

エルトシャン王が闇から鋭い眼光を放ち、侵入者を見据えんとしていた、まさに檻に入れられた獅子のようである。

カルトはその牢の前に立ち、見据える。

 

「カルト公、まさかこのような形で会う事になるとはな・・・。」

「私も同感です、エルトシャン王。」

「何をしに来た、私を助けに来たとでも言うつもりか?」

エルトシャンは明らかに救出に拒絶していた、鋭い眼光は拒絶による光である事を知ったカルトは無言で頷く。

「私は、陛下に背いた罰を受けている身。これ以上騎士として恥をかかせるつもりか?」

 

「騎士?騎士とは一体どういう存在ですか?」

「騎士とは国王を守る存在だ。」

エルトシャンはカルトの質問に間髪を入れずに答える。

 

「エルトシャン王、では貴方は騎士の信念に背いている。」

「なに?」

「国があるのは、国民がそこにいるから存在するものと思わないか?

国民が認めるからそこに国王が存在し、国ができる。

騎士はその国を守る為にある、国を守る事は国民を安心させる事にある。違うか?」

「・・・。」

「今ノディオンは戦火にある、国王が捕らえられ牢で燻っている間にラケシス様はハイラインに襲われていた。

シグルド公子がラケシス様を助け出し、俺たちをも救おうと必死になっている。

エルトシャン王とシグルド公子・・・。今どちらが騎士に相応しい行動を取っているか、考えた事がありますか。」

カルト言動にエルトシャンは立ち上がり牢の鉄棒に手を回す。

 

「さあ行ってください、貴方にはやるべき事がある。」

カルトはエルトシャンに転移の魔法をかける、エルトシャンの体が虹色に輝き出していく。

「ま、待て!貴公はどうするのだ。」エルトシャンはカルトの身体にその転移魔法が対象外になっていると察知し問いただす。

「私の魔力は尽きかけています、二人は飛ばせません。

エルトシャン王、どうかシグルド公子を頼みます。」

エルトシャンはカルトの後ろに衛兵が迫ってきている事に気付くが、言葉を発する前にその場を後にするのであった。




パピヨンの登場は三章なんですが、マクベスと以前より接触がありマリアンやフュリー達に出会った為にここで退場とさせて頂きました。

マリアンのまさかのドラゴンナイト昇格は以前より計画がありました、今後彼女の独特なドラゴンナイトの成長も織り込み済みですのでご期待頂けたらと思います。

マリアン

ドラゴンフェンサー
LV10

剣B

HP 31
MP 0

力 12
魔力 0
技 17
速 19
運 8
防御 8
魔防 0

スキル 追撃

鉄の剣
カルトの髪飾り(祈りのスキル付与)
リターンリング


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交戦

更新が不定期すぎてすみません。
この回はまとまりがなく、あちこちで戦闘がおこっており話が飛びまくりです。

それ程激化していると思ってくださればさいわいです。


ハイライン城内では激しい攻防戦が繰り広げられた。

シグルドは投稿を呼びかけるが、ハイライン城主のボルドーは耳を貸す事はなく徹底抗戦を続けた。

グランベル軍には時間が無い。経過すればする程エルトシャン救出、アグストリア軍の再編成による反撃、備蓄物資の不足による行き詰まりもある。シグルドは制圧を率先して急いだ。旧友のキュアンも隣に続き、グランベルの同じ公子のアゼルやレックスも伴ってくれている。

自身の判断についてきてくれている諸侯達に感謝をせずにはいられなかった。

 

城外に息を巻いていたエリオットは逃走したが、部隊の精鋭を伴って城門すぐの所で待ち構えていた、おそらく城門で隊が絞られるのでここで交戦すれば勝機があると考えたのだろう。

キュアンの部隊は馬上槍のランスから、歩兵槍として携帯しているハルベルトに持ち替え参戦していた。

その槍捌きは馬上においても歩兵となっても素晴らしくハイライン軍は押されていく、レックスとキュアンの怒涛の突撃は快進撃となりエリオットとボルドーの親子に肉薄していく。

 

「シグルド様!伝令より、ノディオンのエルトシャン王が無事にご帰還されたそうです。」

「なに?それは本当か!」ノイッシュの言葉にシグルドは久方ぶりの歓喜の表情を浮かべる、現在アグストリアとは複雑な心境に陥っているが彼はやはりエルトシャンの救出も成し得たかった一つである事には変わりはない。その伝令に表情が緩んだがすぐに引き締め直す。

 

「カルト公は、どうなった?救出出来たのか?」シグルドの言葉にノイッシュは首を横に振る。

「彼がエルトシャン王を救出したそうです、城内ノディオンへ転移魔法を使用して脱出させたそうです。」

「なんて事だ・・・。ノイッシュ、作戦を変更するぞ。」

「はい!シグルド様、ご命令を!」

 

 

北の台地ではフュリーが戦線復帰した事により、残党狩りが行われていた。開拓地の居住区を襲っていた賊達を一掃した天馬騎士団はその大元がアンフォニー城主である事を知り、アンフォニー城への進軍をするかどうかの判断を迫られていた。

おそらく、襲撃の失敗を知れば次は情報の隠滅を図る可能性がありアンフォニーから軍が出動される恐れがある。

後手を踏めば再びこの台地が戦場になり開拓地はさらに荒れてしまう。

しかし、軍をハイラインの最前線に送り込まずにこちらへ誘導すればハイライン攻略後のアンフォニー制圧は速やかになるだろう。このような賊をけしかけて国の疲弊をなんとも思わないような王はおそらくハイライン攻略した直後のシアルフィ軍へ進軍するだろうとフュリーは見切っていた。その上でフュリーはその決断を独断で決めなければならなくなった。

 

「フュリー様、進軍しましょう。今なら奴らに奇襲をかける事が出来ます。いち早くアグストリアの王達を無力化しなければカルト様の救出が遅れてしまいます。」

副官の意見が飛ぶがフュリーの意見はそんな簡単な事ではなく複雑な物であった、それは今までのカルトの意見を聞いて来た者の意思でもあった。

「あなたの言う事は最もだわ。でも私達はシレジア軍、アグストリアとの直接な戦闘はカルト様の意思に反してしまう。

もし、彼がここにいたらどのような判断をするのか考えねばなりません。」

「ですが!それではカルト様をみすみす死地に追いやる事になります。」

「そうね・・・答えはそこに行き着いたとしても、それでも私達は考えなければならないの。私達の行動がこれからのシレジアの在り方になるかもしれないのだから。」

フュリーには困惑した表情はない。ただカルト助けるだけでは済まない事を知っているが故の苦悩を知った上で、彼女は困難な状況を受け入れ考え抜く事を選んだのである。

それは一団としてリーダーとしての資質が、彼女を聡明にしていくのである。

 

暫しの思考の後、フュリーは決断する。

「行きましょう!カルト様を助ける事も重要ですが、今はアグストリア開拓地の民の安全を最優先とします。ここからアンフォニー城を攻略します。」

一団は槍を掲げてその意思を伝えるのであった。

 

 

 

カルトはエルトシャン王の転移に成功した後、そのまま地下牢に投獄される事となった。

来賓としての扱いは剥奪され、手足には枷をつけ、携行品も没収、マッキリーのクレメンテ司祭を呼び付け魔法無力化のサイレスの杖でカルトの魔力を無力化する徹底ぶりであった。

エルトシャン脱獄によるシャガールの怒りはカルトに殴打を限りを尽くされ、力なく冷たい石畳の床に転ばされたのであった。

 

「小癪なガキのくせにアグストリアに楯突きおって!

もうシレジアには用はない、この内乱を終えたら一軍出して属国にしてやる。

クレメンテ!どうだ?魔力は抑えられたのか?」

「はい、さすがシレジアの公だけありまして簡単に抑える事は出来ませんでしたが、シャガール王の折檻で精神力が乱れたのか成功しております。暫くは破れないでしょう。」

 

「・・・くくくっ、あっはっはっは!」カルトはうつ伏せから仰向けに転がるとひとしきり笑いを発して、威嚇する。

「シャガール王、あんたは本当にこの内乱を抑える事ができると思っているのか?

いや、たとえ抑えたとしてもシレジアに攻め込む?馬鹿馬鹿しくて笑いすら出てくるね。」

「貴様!陛下に何という事を!」クレメンテは魔道の杖を持ち替えカルトの頭に打ち付ける。

 

「・・・エルトシャン王は必ずこの国の王になるだろう、あんたに使われる様な漢ではない。

それに、シレジアにはレヴィンがいる。飛空手段を持たないあんた達に攻略など出来ないさ。」

 

「シレジアの気候と地形がシレジアを守るか?ふ、はっはっはっは!

儂はシレジアとの協定は破棄する事に決めた。今までの食料や金はトラキア国に送り、見返りはトラキアの傭兵団を派遣してもらう事にしたのだ。

天馬など、竜相手では虫けらに等しいものよ。」

 

カルトの中でその予想を計算し出す、確かに竜騎士団の飛空能力はシレジアの天馬よりも高い。攻略難航のシレジアとは言えどもトラキアの騎士団が襲いかかればその牙城に穿つ可能性はある。食料の一国化もまだ完全ではないこのタイミングでは不利である事は伺えた。

 

「・・・ならば、尚のことあんた達をここで止めなければならないな。まだトラキア国が出張る前に・・・。」

 

「ふん!まな板の鯉であるお前が威勢を聞かせても何の感慨も起こらんな。

奴らがここまで来た時は見せしめに貴様の首を眼の前ではねてやる。楽しみにしているんだな!」

 

そこに配膳を持った少年兵がはいる、エルトシャン脱獄をまだ知らない少年兵はその状況に少し戸惑う素振りをみせるが

「・・・陛下!」その場に跪いて敬礼する。

「配膳か、まあいいそいつに与えておけ。

丁度いい、正規兵が来るまでこやつの監視の任に着け。」

「はっ!」少年兵は再び敬礼し、二人が退出するまで見送るのであった。

 

「・・・助けに来てくれたのかデュー。」にっ、と笑って少年兵に語りかける。

少年兵はヘルムで隠した頭を外すとアップにされた髪が下され、いつものしっぽ髪が姿を表す、そのあどけない姿が少年兵と思わされスパイである事の疑惑をことごとく躱してしまうのであった。

「おいらがアグストリア人と同じ髪と肌の色だから何とかなったよ、しかし随分酷くやられたね。」水筒に手をやると鉄格子越しに水を口に含ませる、カルトはあっという間に飲み干すしてします。

 

「デュー、悪いがこの有様で暫く動けそうにない。

魔力も封じられているから俺に構わず脱出してくれ、エルトシャン王は救出している。

それとシャガールをけしかけて色々情報を得た、デューはそれを持ち帰ってシグルド公子に伝えてくれ。」

「駄目だよ!おいらはホリンに約束したんだ、必ずカルトを連れて帰るって言ったんだ。

だからいつものように立ち上がってよ!」

デューは珍しく辺りを気にしないような声量でカルトを制止しようとする。先程まで大使としての扱いでは無くなったカルトはこの国では重罪人になってしまったのだ、シャガールの一存で命が脅かされるこの状況で残る事は命を捨てる行為に等しい。

 

「ああ、分かっているさ。俺とてここで死ぬわけにはいかない、自棄になってるわけではないさ。

ただ、俺は俺の目的の為にもまだここに残らねばならないような気がするんだ。」

カルトの目に命を捨てる失意は無い、デューはそれを信じる事にする。一つ頷くと再びヘルムをかぶった。

 

「わかったよ、でも!カルト一人にはしないよ。僕もこのまま変装してギリギリまでここで一緒にいるよ。」

カルトは一つ驚嘆の表情をするがデューの気持ちは揺るがないだろう、彼にも彼なりの仁義を持っている。

カルトは笑って同意する。

「お前も、無茶をするなよ。」デューも笑って返すのであった。

 

 

ハイライン城の城内戦はシアルフィの混成軍が圧倒的な勝利となった。

例え今回が正規軍との戦いとはいえ、物量で襲いかかるヴェルダンの軍勢を蹴散らした経験値は大きく影響していた。混成軍であるが指揮系統に不備はなく、諸侯たちの各々の能力がうまく機能し始めている事が大きいとシグルドは判断していた。

 

城内のボルドーは大広間で待ち構え、大剣を振り回してキュアンに挑むがいかんせん力量の差は歴然としており歯牙にもかけないでいた。キュアンは一閃のうちに心臓を貫き絶命させる。

 

エリオットは城門で敗走すると、父親を見捨てて城の脱出を図った。

アゼルの魔道士隊が遅れてハイライン到着時にエリオットと遭遇し、アゼルのエルファイアーにて焼死する末路となった。

 

アンフォニー城は間髪入れずにハイラインに向かってくるだろうと思っていたが、一向にその気配はなく静けさを保っていた。

「シグルド様、アンフォニーはどうやら北の台地の天馬部隊に兵を差し向けたそうです。天馬部隊の支援に向かいましょう。」オイフェは各部隊の情報をひとしきり集め、シグルドに提案する。

「・・・、部隊を二つに分ける。

エルトシャンを救出した今カルト公の命が危ない、一刻も早くアグスティに向う為にもここで本隊がアンフォニーへ向かうわけにはいかぬだろう。」

 

「人選は如何されますが?アンフォニーは正規兵は少ないですが戦闘経験の多い傭兵部隊を中心に構成されています。甘く見れば分隊を突破され、本体の背後を突かれてしまいます。」

 

「シアルフィ軍を中心に構成しよう。

騎馬部隊は北の台地に向かった部隊を、天馬部隊と連携して討つ。こちらに向かってくる部隊をアーダン隊長を中心に重装部隊で戦線を押し上げる。念の為アゼルの魔道士部隊も参加してもらおう。

残りの者はハイラインで治療を行いつつ、今すぐ出撃できる者はノディオンを経由してアグスティへ向かう。」

 

「わかりました、すぐに手配します。」オイフェは再び慌しくシグルドから離れていく、彼も徐々に自分の役割を把握し必要な情報を集めてきてくれる。シグルドの立派な右腕となっていた。

 

 

ノディオンに無事転移したエルトシャンは傷の手当も終わらぬ内にマッキリーに向けて進軍を始める、精鋭部隊であるクロスナイツ不在ではあるが残された軍を招集し瞬く間に支度を行ったノディオンはやはり国内屈指の軍と言える。

「兄様!シグルド様が来られるのを待ちましょう、いくらカルト様の命が危ないとは言え無茶ですわ。」ラケシスは止めても聞かない兄上に同行する為、馬に乗り並走する。

 

「・・・シグルドにはノディオンを救ってくれた事に感謝するがもうこの国は取り返しがつかないほどグランベルに制圧されている。」

 

「兄様・・・何て事を仰るのですか!シグルド様は悪意を持ってこの様な事をしていると言いたいのですか?

ただ、ただ兄様を、カルト様をお救いしようとしているだけではないですか、なぜその様な事を仰るのですか!」

 

「国と国の前ではその様な事は奸計による政の肥やしなる。シグルドが大きく動けば動くほど、グランベル本国では憶測の渦に飲まれていき全く別の物へと変化していくだろう。それを理解せねば、シグルドは今後苦境に立つ事になる。」

 

「どういう事ですの?」ラケシスにはおおよそ検討もつかない言葉であった。

「今はまだ、知らぬ方がいい。どのみち行く先にその答えが出てくるだろう。

俺が今なさねばはない事は、カルト公の救出とアグストリア内乱の早期平定が大切だ。

陛下には申し訳ないが武力で訴えかけてでも国外進出を止めねばならない。」

「兄様・・・。」

エルトシャンの眼には何か決意を持ち、宿る決意にラケシスは危うさが無くなっていることに安堵する。

獅子王はここから始動し始めるのであった。

 

 

アンフォニーから出撃した傭兵騎団は北の台地でフュリー率いる天馬騎士団と壮絶な戦いを繰り広げた。各地の歴戦をくぐり抜けた傭兵騎団、例え空から急襲可能な天馬騎士団も簡単に打ち破れる相手ではなかった。

森林の視界の悪さを利用して傭兵騎団に切り込み、先手を奪うが個々の判断が早く立て直した傭兵騎団は反撃に出る。天馬騎士が直接攻撃にて降下するタイミングを見計らっての迎撃に備え出し被害が最小になりつつあった。

 

フュリーは低空飛行にてファルコンの体当たりを繰り出し落馬した傭兵どもを天馬に討たせる戦法に切り替えた。

大型であるフュリーのファルコンは森林の道を縫うように飛行し、敵を視認しては一気に速度を上げる。

 

そしてその攻撃を数度繰り返した時、反撃をする者がいた。騎乗しているが大型の大剣を振るい、ファルコンに一刀を入れようと体当たりを繰り出すファルコンに猛然と馬を走らせてくる。

フュリーはファルコンの頭部付近まで移動すると括り付けてある長槍を装備し、大剣に備えた。

ファルコンは接触する直前にフュリーに攻撃を託し、フュリーは長槍であらん限りの突きを繰り出す。

傭兵はその槍を肩に敢えて受け、体を捻ってフュリーをファルコンから引きずり降ろそうとしたのだ。

フュリーはその意外な攻撃にバランスを崩し、地上へ堕ちる事となる。

彼女は無理にファルコンの背に残る事を止めて、茂みを視界で捉え身をそこへ委ねた。受け身もうまく取れたので即座にシェリーソードを取り出すと傭兵に対峙する。

傭兵もその激突に馬から落馬しており体勢を立て直して、大剣を構えた。

 

フュリーは軽く左右へステップすると傭兵へ猛然と斬り込んだ、傭兵はその身軽な多段攻撃を大剣であるにも関わらず器用に受け止める。

「やるな、いい腕だ。」傭兵は少し笑うと、大剣でフュリーの攻撃に横薙ぎの一撃を繰り出した。

武器破壊の一撃と判断したフュリーはシェリーソードで受けずに後ろに跳躍して避けると、体当たりを敢行していたファルコンが旋回して戻ってきていた事を風切り音で認識していた。再度跳躍すると、ファルコンの背に乗り傭兵に再び体当たりを繰り出した。

 

傭兵は横へ飛んで交わしたが、ファルコンは空中へ舞い上がり旋回すると再び低空飛行からの体当たりに入る。

すぐさま傭兵は馬に騎乗すると再び大剣で持って迎撃体勢をとる。

ファルコンは体当たりに入ろうとするが、フュリーはそれを制止させる。

(この傭兵に拘る必要はないわ、今は数を減らさないといけない。)

フュリーは空中から他の傭兵の存在を探すと、ファルコンに向かうように指示するのであった。

 




フュリーと交戦した傭兵、あの人です。

何とかあの一団をオリジナルの展開にしたいと思っているのですが、相当難しいです。

次回も更新が遅くなると思いますがよろしくお願い致します。


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敗走

またまた、更新が遅れてしまいすみません。
最近のシグルド公子、活躍する機会がないです。


アンフォニー城の攻略戦はヴォルツ率いる傭兵騎団は森林での戦いで兵力を失う中、フュリーと剣を交えた傭兵は退却し後方にいる隊長格の元へと帰還した。

 

「ベオ、どうだ?」歴戦の傭兵は劣勢にも関わらず、動じる様子もなく帰還した傭兵に問いかける。

 

「このままでは敗北は決定的だな。」

「そうか・・・。ベオ、お前はどうする?」

 

隊長は全てを見抜いている、ベオと呼ばれたその男は沈黙のまま真意を見据える。暫し気不味い雰囲気を過ごした後、隊長格の男は笑みを浮かべた。

 

「ふっ、傭兵にどうするとは無粋であるな。今までの給金では割に合わない仕事だ、お前は他所へ行くつもりなのだろう?」

 

「ああ、金は欲しいが割に合わない仕事はしたくない。

何よりあのマクベスは気に入らない。」

 

「俺たち傭兵は自由だ、戦うも死ぬも選ぶ事ができる。好きにすればいいさ。ただ、俺の前には敵側として出てこない事だ。」

隊長格の男は途端に殺気を伴ってベオを見据える、それは各地を傭兵として活躍し生き残ってきた猛者の忠告。

彼はベオが抜ける事への怒りでも、呪いでもなく純然たる警告を発しているのである。

 

『お前に俺は勝てない』

 

ベオはその言葉に打ちのめされる。

自身の腕にも多少の覚えがありそれなりに名声を得ていると思っていたがこの男、ヴォルツにはかなわなかった。

技の巧みさ、その大剣とは思えない剣捌き、そして人馬一体の技術にベオは未だ到達できず彼と数度手合わせをしても競り負けてしまうのであった。

 

「ああ、あんたとやりあうつもりはない。俺もまだまだやり残している事があるからな。

それよりどうするのだ、このままではみんなやられちまうぞ。」ベオの耳にもすぐ先で行われている撃剣が響いている、そろそろ本腰を入れねば戦線を離脱するにも戦うにも手遅れになってしまう。

 

「そうだな、負け犬同然に尻尾を巻けばこの先の仕事にも支障がでる。それなりの奴を首をあげて、退散する。」

 

「わかった、わたしも次の雇い主があるまでは同行しよう。」

ベオは大剣を抜いてヴォルツとともに行動し始める。ヴォルツは自身の能力に過信はしていない、状況を見定める事に長けたこの男はどんな劣勢にも生き延び金と名声を上げてきた猛者、この度の戦闘も生き延びてヴォルツ隊を維持するだろう。

ベオこと、ベオウルフは目標の男の背中を見ながら生き延びる戦いに身を投じてくのであった。

 

 

 

「馬鹿者!なんだこの様は!

これではグランベルに攻め込むどころか、この国の存在が危ういではないか!」

シャガール王は戦況の報告に怒りを露わにする、ノディオンの反旗は想定内として戦力の要であるハイライン敗走の事態にシャガール王はワイングラスを叩き割る悪態をつく。

家臣は小さくなってこの雷雲が吹き抜ける事を待つが、その怒りはそうそう過ぎ去るわけではない。荒れる国王はその矛先を狙わんと見渡すばかりであった。大臣達がそそくさとその場を逃げていく中で、漆黒のローブを纏った女性がシャガールの元へ足を運ぶ。その足取りに音はなく、シャガールも側まで来ている事に気付かないでいた。

「フレイヤ!よく儂の前にこれたものだな!」

 

「陛下、私はただ貴方様の望むままに申したまでです。

お決めになられたのは陛下ご自身ではないですか。」

 

「ぬ、貴様あ〜!」

 

「陛下には、まだ手があるではないですか。

地下に放り込んでいるあの男を人質するか、奴を解放を条件にすれば生き延びましょう。」

 

「馬鹿な!儂があんな奴らごときに命乞いをしろと言うのか!!ましてや人質をとるなどアグストリアの恥を晒すようなものだ!!

奴はこの手で処刑せねば気が済まぬ!」

 

「それも陛下のお決めになった事、そのようになされるが良いでしょう。

処刑する前に奴から情報を引き出してみせましょう、上手くいけば切り開く突破口があるやもしれません。」

 

「そ、そうだな。では早々にやってくれ、終わったらすぐに斬首刑にしてやる!」

 

息を巻いて玉座に戻るシャガールに冷笑を浮かべながらその場を後にする。

(馬鹿な人・・・)

 

シャガールの利用価値は既に無い。ディアドラを擁するシアルフィ軍がアグストリア領に誘導し、各地を制圧した段階で今回の計画はすでに成立している。

シャガールが後にどのような結果を出す事になっても些末な事にすぎない、気になる事案は地下に囚われているカルトの存在のみであった。

マンフロイ大司教ですら、かの者の存在に言い知れぬ不穏分子であると認識した。ここで摘み取っておく必要がある。

地下牢獄に着き、兵に退出を申し出ると早速カルトと相対する事となった。

 

 

 

 

「あんたは?」カルトは痛む身体を起こし、鉄格子向こうの存在に声をかける。

 

「初めまして、私はシャガール陛下のお付きのフレイヤと申します。」フレイヤはフードを外して微笑みと共に一礼する。

 

「俺に何の用だ?」

 

「まあ、酷い傷!まずは治療致しますわ。」

 

「構うな、致命傷はない。それよりも話は何だ?」

 

「・・・・・・バランを殺したのは、あなた?」

 

「バラン?誰だ、それは?」

 

「ダーナの南、古戦場の砦・・・。」

 

その一言で全てを理解したカルトは一歩引き、フレイヤを睨みつける。

フレイヤの微笑みは残虐な笑みへと変貌する。

 

「やはり、あなただったのですね・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「バランを殺した罪も、ここで精算してもらいましょう。私との会話が終われば斬首に処すると陛下は言っておられました。

あなたなら、その直前に逃げる可能性があると思っていたのでここで封殺させてもらいます。」

 

フレイヤは魔力を解放させると途端に雰囲気ががらりと変化し、カルトは悪寒が走る。まだサイレスの杖により魔力を封じられている今、逃げる事も攻撃に転じる事も出来ない。

だが・・・。

 

「・・・待っていたぜ。」カルトは小さく呟く。

 

「なに?」フレイヤはその言葉を耳に補足する、今から殺されようとしている者にしては可笑しな発言に耳を貸してしまう、彼は笑みすら浮かべているのだ。

 

「あんた、フレイヤと言ったか。シャガールのお付きと言っていたがそれは嘘だな、その魔力をヴェルダンで感じた事がある。暗黒教団の者だな。」

 

「・・・・・・。」

 

「確かにバランと思われる者は俺が倒した、子供を暗黒神の生贄にしているような外道は殺されて当然の報いだ。

そしてフレイヤ、あんたも裏で暗躍しているようなら容赦はしない。」

 

「何を馬鹿な事を、処刑される寸前の貴様に何が出来るのかしら?

その気になれば今ここで処断してあげてもいいのですよ。」

 

「そうは、ならないさ。」カルトは目線で合図を送ると、デューは飛び出しフレイヤに斬りかかる。

 

「!・・・。」デュー袈裟斬りをフレイヤは視線の端で視認し、ロープの中よりショートソードを装備し受け止める。金属の打ち込む高い音が響いた。

 

「まさか、伏兵がひそんでいるとはな。」フレイヤから笑みは消え、デューを静かに睨みつける。

その異質な笑みにデューすら寒気を感じるのであった。

 

デューはその寒気を乗り越え、さらに攻撃を加える。

デューの連続攻撃は非常に無駄がないが、フレイヤの防御一辺倒の剣捌きの前ではダメージを与える事は出来ないでいた。

デューの強攻撃を受け止め、鍔迫り合いになった時フレイヤは魔法による集中を始める。

 

「だめだ!魔法が来るぞ、奴に集中させるな!」

 

デューは咄嗟に切り替えて、一歩離れるとすぐさま連続攻撃に移る。

フレイヤはまた襲いかかる剣の波状攻撃に忌々しさを覚え、再び防御に入らざる得なくなった。

 

一方、カルトはサイレスの杖の効力はあるが自身の魔力で一気に打ち破る。

クレメンテの魔力程度では、カルトにサイレスの杖では抑える事は出来ない。あえてその効力に対抗せず、受ける事により奴らから接触してくる可能性に賭けていたのであった。

ウインドで鉄格子を破損させるとデューの支援に入る。

 

「リザイア!」

 

光のオーラがフレイヤの身体を包むと、フレイヤは苦しみ出しその場に蹲る。

魔力で防御を行っているがカルトの魔力の前に打ち負けフレイヤから体力を奪い攻撃と回復を行ったが、フレイヤの魔法防御も相当であり思っ程体力を奪う事は出来なかった。

 

デューはカルトの前まで後退し、フレイヤの出方を待つ。

一気に攻め込みたい気持ちはあるが、不気味な魔力を持つこの女性を前に迂闊な攻撃は危険と感じた。

 

「その光の魔法、やはりあなたは異質な能力をお持ちのようですね。誰から受け継いだのかしら?」

 

「答える義理はないな。」

カルトはすぐさまウインドを放ち、その後にデューが飛び出した。

フレイヤは魔法防御を高めてウインドを殺し、デューの攻撃をショートソードにて受け流す。

 

「リライブ!」まずは傷ついた身体を動けるようにしなけばならない、カルトは先程のリザイアに加えさらなる回復を急ぐ。

 

「この〜。」デューがまともに一撃を加えられないのか、珍しく気合の声がかかった。

デューはイザークの盗賊剣士で、腕はなかなかに立つ。それでも一撃を与えられないのはフレイヤの剣技もなかなかの領域なのだろう。

 

「デュー!深追いするな、そいつの本分は魔法だ。今のまま魔法を使わせないように隙を与えるな!」

 

デューはその言葉を無言で受け取り、大振りをなくした丁寧な剣技に戻っていく。フレイヤはまた苦境に立たされ、防戦に専念していた。

回復を終えたカルトはデューが距離を開けた瞬間を狙うため意識を集中させ時を待つ。

 

その行動を見たのかフレイヤは、ショートソードを巧みに操り攻撃回避を優先した行動を止め魔法を使う準備に入る、デューも魔法を阻止する一撃を繰り出すがまるで気にする様子はなく、袈裟斬りを受ける。

 

「ヨツムンガンド」たちまちあたりより有象無象の邪気が立ち込め、デューを包むように迫る。

「ウインド!」咄嗟に風の塊をデューに当ててその場から強引に引き離して難を逃れる。

 

「ヨツムンガンド」

 

「なっ!ウインド!」次はカルトに向かって放たれた邪気は地面にウインドを放ちその場から離れる。

 

「ヨツムンガンド」次はカルトの着地地点を狙い次の魔法を放つ。ついにカルトはその邪気の爪を被弾する事となった。

「うあああ!」カルトは必死に魔力を集中させ、魔法防御を行うがその強大な魔力におびただしいダメージを受ける事となった。

身体を蝕ませる、邪気に当てられたカルトはすぐさま回復に入る。フレイヤもほぼ同時に回復に入った。

 

が、フレイヤは一瞬に回復を終わらせて見せた。カルトはその速さに目を疑うがフレイヤはすぐさま第二波のヨツムンガンドを放った。

それもまた被弾したカルトはその場に崩れるように倒れる。

(嘘だろ、あれだけの質量の魔法を立て続けに何度も使えるなんて。魔力の底が見えない。)

 

カルトは必死に立ち上がるが、邪気に当てられたカルトは時間が経過するごとにダメージが蓄積されていくように酷くなっていく。

 

「まだまだ青いわね、それだけの能力を持っていてもあなたの経験不足では私に勝てないわ。」

デューも体勢を立て直して参戦してくれるが、防御に回らない彼女に斬りつけても同様にヨツムンガンドをもらい、昏倒する。

 

「エルウインド!」デューに貰った僅かな隙にフレイヤに巨大な竜巻状の上位魔法を叩きつける、彼女には大きなダメージを与える事は出来ないが周囲の砂埃を巻き上げるので時間が稼げる。

デューになんとか近寄るとワープの杖を使い、脱出を図る。

 

「無駄よ!」フレイヤはショートソードでカルトに斬りつける、背中を斬られたカルトは転がり吐血する。

 

「くっ!」カルトは再び魔力をありったけぶつけようと解放を急いだ。

 

フレイヤはさせぬとばかりヨツムンガンドを放とうした時、デューが背後より剣を突き立てた。

「ぐはあっ!」フレイヤから初めて驚愕の声が響く、デューの一撃は必殺の一撃とも言えるものであり。彼の剣技により、カルトのリザイアの如く体力を奪っていく。

 

「いいぞ!デュー!離れてくれ!!」

デューは突き立てた剣もそのままに、一足飛びでその場を離れる。

 

「オーラ!」

カルトの最大顕現である光魔法がフレイヤに襲い掛かる。

光の柱が降り注ぎ、浄化の力がフレイヤを包み込んだ。

 

 

 

白い爆発が終わった時、二人の前にフレイヤの姿は見当たらずデューは右往左往としていた。

 

「やった、のかな?」

「いや奴は逃げたよ、転移の魔力が僅かに感じた。」

 

「そっか、じゃあ早く逃げよう!

早くしないとアグスティのお偉いさんがやってくるよ。」

 

「そうだな、これ以上は危険だな。」カルトは転移の準備に入りだすと、デューは看守室からカルトの押収された白銀の剣を渡した。

そして二人は転移の光に消えていくのであった。

 

 

同じ頃、マッキリーのクレメンテ司祭がノディオンのエルトシャン王の前に敗北し陥落した。彼はクレメンテ司祭を捕縛し、さらに北のアグスティに向かおうとしていた。

そこにカルトが合流したのは脱出した2日後の事であった。




カルト LV23
マージファイター(に近い)

HP 41
MP 62 ※ゲームには存在しないです、あくまで私の主観。
力 13
魔力 24
技 18
速 21
運 15
防御 11
魔防 15

剣 C
光 ☆
火 B
雷 B
風 A

スキル

追撃 連続 見切


魔法名 MP消費量
ウインド 3
エルウインド 5
ライトニング 4
リザイア 7
オーラ 9

ライブ 3
リライブ 5
リブロー 6
リザーブ ※ 人数と範囲による。
ワープ ※ 人数と距離による。
マジックシールド 8 杖を失った為、現在使用不能


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業火

ゲームでの2章ではノディオン救出からハイライン制圧までスピードを求める展開でしたが、小説にするとかなり厳しいですね。

話があちこち飛んでおります、混乱している方申し訳ありません。


傭兵騎団とシアルフィ軍の衝突はさらに激化する、複数の戦場で分散されたシアルフィ軍は数の有利には立てない為シアルフィの僅かな騎士団とシレジアの天馬騎士団のみとなった。

 

天馬騎士団は大きな損害を受けており、戦闘不能の者は北の台地の村まで退却し村の教会で手当を受ける事となった。残る天馬部隊とシアルフィ軍にて最後の抵抗を続ける傭兵達を掃討しているのだが、彼らは騎士団のような忠誠心はない。制圧すれば降参してくれるので命まで奪う必要はなかった。

 

アレクとノイッシュは戦意を喪失した者から順に戦線に離れるよう指示しつつ、抵抗を続ける者の排除にかかっていた。

そんな中、一人の傭兵が二人に向けて迫る姿を補足する。

明らかに戦意が強く、混戦となり敵味方が混じる中襲い来るシアルフィ兵を大剣で難なく斬り伏せ向かってくる。

 

ノイッシュは呼応するようにその傭兵へ向かい、剣を合わせる。その大剣の威力に落馬するのではないかと思われるくらいの衝撃を受けるがノイッシュもグリューンリッター入隊直前とまで言われた騎士、気力で押し返す。

(強い!こいつは・・・。)

 

「ほう、なかなかの腕をしている。だが!俺の敵ではない!」剣の受けを大剣とは思えぬ捌きでノイッシュの剣をいなしてしまうと、旋回した遠心力と併せて胴を払う。

ノイッシュは再び受けるが、その威力に剣を砕かれてしまう。衝撃で落馬し、受け身も取ることができなかった。

 

アレクはすぐに飛び出し、傭兵に斬りかかる。

彼の持ち味である連続攻撃に傭兵も攻めあぐねる、アレクは同じ場所で戦わぬよう変化をつけ傭兵の攻撃を封殺していく。

 

「貴様もいい腕をしている、だが無駄な事だ!」

傭兵はアレクの剣を剣では受けず、体をひねって鎧の厚い部分である肩口で受けたのだ。

そして返しの一撃をアレクはまともに受け、馬から崩れ落ちる。

ノイッシュはともかく、アレクは重傷であり一刻の治療が必要な状態となった。

 

アーダンは遅れながらその地に到着した時、アレクに止めを刺そうとしている傭兵に投擲の手槍で留める。

 

「ふっ、シアルフィ軍はこの程度か?俺の名はヴォルツ、俺の首を取れる者は出てこい!」

口上を述べながらも、迫り来るシアルフィ兵を倒していくその姿は悪鬼である。輝かしいシアルフィ軍はその一人の男の前に、誇りを奪われている。

ノイッシュは馬に騎乗し、部下から剣を貰うと再度ヴォルツに挑む。

 

「うおおお!」ノイッシュは馬ごと体当たりを食らわせると、全身の体重を乗せた一撃を打ちおろす。

ヴォルツも一瞬バランスを崩すが、そのうち下ろしには冷静に斬り上げにて止めると押し返さんと馬ごと前進する。

 

「さっきより出来るではないか、友をやられた葬いか?」

 

「・・・騎士であるが故、常に死は覚悟している。

しかし、シグルド様から死よりも思い使命を持っている。

それを果たすまで、私もアレクも死なん!」

 

両手で受けていたその剣を放棄する、力を失った剣は宙に舞いどこぞへと落ちる。ヴォルツはその軌道を一瞬目で追ってしまった、それは騎士が武器を手放す事はありえない。その経験が彼の思考にノイズを発してしまった。

 

その刹那を作り出すノイッシュの頭脳の勝利であった、先ほどアーダンが投擲に使用した手槍が地面に刺さる形で近くにある事を認識してでの武器放棄。

ノイッシュはすぐさまその手槍でヴォルツの腹部を貫いたのだ。

 

「ば、バカな!この俺が?」

ヴォルツは見開いた目の落馬する、手槍が彼の墓標となるかのように柄は天を向いていた。

 

「ま、まずい!ノイッシュ、このままではアレクが!」

アーダンはアレクを抱き上げて戦友の危機に吠える。

 

「アレク、しっかりしろ!」

「アレク!」

アレクは目をゆっくり開けると、笑顔を向ける。

 

「ノイッシュ、無事か?」

「ああ、君のお陰だ!」

「そうか、良かった。これでお前までやられちまったら、立つ瀬がない。」

「いいからもう何もいうな、すぐ治療に撤退させる。」

「いや、もう間に合わないさ。だから・・・。」

 

大きな影が三人を覆うと、天より人が舞い降りる。

「ライブ!」

すぐさま杖による回復を行い出した、シレジアのフュリーである。

 

彼女は頭上より、重傷者を見つけては回復して回っていたのだ。三人の騎士が喚いている現場を見つけファルコンの速度ですぐさま駆けつけた次第である。

 

「回復中お願いね。」相棒のファルコンに命ずると、聖獣は辺りの警戒をするかのように辺りを見回す。

 

「すまない、相棒は助かりそうか?」

 

「傷は深いけど致命傷はではないわ、私の魔法では時間がかかるけど大丈夫。」

フュリーの言葉に安堵する、戦場での油断は禁物であるがまた戦友と共にシグルド様にお仕え出来ることに喜びを感じた二人であった。

 

 

 

 

カルトとデューはノディオンへ転移した、幽閉されていたこの数日間での状況を確認するには最適な場はエバンスよりこちらであろうと判断した。

 

ノディオンにはエルトシャンかラケシスがいる、カルトはそう判断したが予想は外れている事をノディオンの衛兵から伝えられた。

カルトの思いとしてはシグルド公子と協力してアグストリアの内乱を鎮圧してもらいたかったのだが、エルトシャン王はその事に戸惑いがあるように伺えた。グランベルと共闘して王都であるアグスティへ赴く事は、他国の兵力を頼って反乱を起こしていると判断されるからであろう。

エルトシャン王はあくまで自身の判断で私の救出を行い、武力で持ってアグスティへ赴いてシャガール王を説得するつもりだろうと推測した。

 

強引な手法だが、騎士として生きるエルトシャン王なら採択する。カルトは思っていた。

 

「もう一つお聞きしたい、城内にホリンとアイラが滞在していたはずだが現在も続いこちらにいるのだろうか?」

ノディオンの衛兵に訪ねる。

 

「お二人は先ほどエバンスに向かわれました、急な用事だったのでしょうか急いでいる様子でした。」

衛兵の言葉にカルトは思案する、なぜこのタイミングで前線とは遠い地に急ぐ必要があるのだろうか。

衛兵より聞いた現状をもう一度確認する。幽閉されてからハイラインがシャガールの指示によりグランベル侵攻を反対するノディオンへ兵を送る、呼応してシアルフィ軍が対応して撃破する。

そしてアンフォニーは北の台地を荒らし、ハイライン攻略に疲弊したシアルフィ軍に追い打ちをかける。

シレジア軍は台地の荒らす賊を撃破し、その時にトラキアの竜騎士を倒した。

シアルフィ軍は傭兵で集めた騎馬兵団を撃破しつつ、マッキリーと戦っているエルトシャンを援護しようと軍を分けて向かっているのが現場である。

 

やはりエバンスに向かう事はおかしい、カルトは何度もその事案を検証する内に想像が浮かべる。

(エバンスにはディアドラがいる、暗黒教団の動きを察知して向かってくれているのか?)

その思考を浮かべるが否定する。ホリンやアイラにそれを察知できる事はできない、たとえ出来たとしても剣士だけで臨むとは思えない。ホリンはイザークでマリアン救出の件で理解しているからだ。

その時、シャガールの言っていた事を思い出しピースがはまるかの様に思いついた。

(トラキアとの協力関係、つまり竜騎士団の派遣か・・・。)

 

カルトは結論に至る、つまりエバンスを空から急襲し落としてしまう作戦なのだろう。

退路を絶たれたシアルフィ軍は本国からもたらされる物資を供給する事は出来なくなり、軍の維持が出来ず分解されてしまう事になる。

劣勢にたったシャガール王の残された手段と考えれば、十分に可能性のある手段だろう。ホリンとアイラは何らかの手段でそれを看破し、救援に向かったと判断する。

 

(エバンスに向かいたいが、マッキリーでエルトシャン王とシグルド公子にも会わなければない。どうする?)

 

カルトの思案は続くのであった。

 

 

 

 

「やってくれたわね・・・。」フレイヤはとっさの判断で転移の杖を使い、致命傷になる前にイザークのリボーヘ逃げ帰る。

あと少し、転移が遅れていれば間違いない抹殺されていた。衣服も無残に焼け落ち痛ましい火傷のような後が激痛となり彼女の精神力を奪うが抗い回復を行う。

リカバーの光が灯り、彼女の傷を癒していくが治りが遅くしばらく動けそうな気配がなかった。

 

「くっ、あれだけの潜在能力があれば奴はナーガの力を使いこなせるだけの器になる。倒し損ねたのは痛手になるかもしれないわね。」彼女のつぶやきは闇の中で響く、しかし彼女の言葉とは裏腹に、表情は笑みを浮かべている。

 

「ほう、やはり奴はナーガの血を持つのか?」

「・・・誰?」その声にフレイヤは暗闇に向かって話す。

 

ここは暗黒教団のアジト、マンフロイ様か幹部の一部しか知らされていない場所にその声は意外すぎてそう答えてしまう。

足音が徐々にフレイヤに近づいていき、その姿を見たとき核心に変わる。

 

赤い髪を持つ青年、その目は闇を照らす赤い瞳を持つ筈が冷たい光を発している。

「アルヴィス様、何故ここに?」

幹部の誰かが招き入れたとは考えられない、ではどうやって・・・。一つの可能性を示唆しすぐに言い示す。

「私の転移を追ってきたのですね?」

 

「察しがいいな、貴様の魔力を感じたのは偶然だが追ってきて正解だったよ。

お前ほどの術者がここまで追い詰められた、それが奴だという情報が手に入った。」

フレイヤは状況に冷静になり、再び笑みを浮かべる。

 

「カルト様は想像以上のお方ですわ、おそらくアルヴィス様をも超える可能性を持つ器となるでしょう。」

 

「ほう、私がカルトに劣ると・・・。そう言いたいのだな?」

 

「器と述べただけですわ、それを使いこなすも持て余すのも彼次第。

それに、彼はナーガを降臨させる機会はないでしょう?」アルヴィスに向けた笑みは明らかに挑発である、アルヴィスはその笑みを笑みで返し挑発に乗る。

 

「ああナーガもロプトウスも要らぬ、要る者はこの世界を正しく導く強者である私だ。

世界に激動の時代が来たのだ。お前たち教団は聖戦士マイラの為に働いてもらう、そしてお前達も含めた全ての民が平等に暮らせる世界を作って見せる。それが私の正義であり、信念だ。」

 

「素晴らしいお考えです、これで私達も地下の神殿で怯えて暮らす教団の子供達もなくなりましょう。どうか、アルヴィス様の力でお救い下さい。」

 

「見ているがいい、本日で持ってグランベルは斜陽の国となり新生グランベルへと変貌する。」アルヴィスは右手に焔を昂ぶらせる、その炎は全土を焼き尽くす業火となる種火である事を揶揄していように思えてならないフレイヤであった。

 

 

 

街道を急ぐ。

数日前におびただしい騎馬がノディオンに駆け抜けた道を逆に向かう二人の剣士のホリンとアイラ、息も絶え絶えだがその足を止める訳にはいかない。

 

目的地のエバンス城には、数体のドラゴンナイトが飛び交い今にも攻め入ろうと旋回している所に炎と風が飛び交い妨害する。

シアルフィの連合軍は連戦で疲弊した魔道士部隊がエバンスに帰還した直後に襲われた。魔法にて空中のドラゴンナイトに対応しているが旋回して回避し、間隙を持って手槍で応酬していた。

 

目的地は見えているがなかなか到達出来ない事に苛立ちを感じつつ急ぐ二人、間に合ってくれと願わずにはいられない。

セイレーン夫人であるカルトの妻は魔法を使えないと聞く、失えばカルトの悲しみは計り知れない。

ホリンにはアイラとシャナンの事がある、カルトからイザークの私達が戦闘に参加すればグランベルの不利になるという事でアグストリアに送られたがこれ以上黙ってられなかった。それはアイラも同じである、二人は兜を被ってイザーク特有の黒髪を隠してエバンスに向かう。

 

「ホリン、どうだろうか。このままではやはりエバンスは落ちてしまうのか?」

 

「落ちるだろうな。連戦での疲労もあるがエバンスにいる部隊は負傷兵が多いそうだ、比べてトラキアの部隊は常に戦を請け負っている、特に攻め落とす経験は豊富だ。まず勝ち目はないだろう。」

 

アイラは舌打ちをする音が聞こえる。よほど彼女も恩義を感じているのだろう、イザークの民は義に義を尽くす事が信条としている。ホリンは少し笑みを浮かべると速度を上げる。

 

 

「エスニャ様!お逃げくださいまし。エーディン様が転移の杖を準備しております。」侍女がエスニャの手を引いて広間にいるエーディンの元へ急がせる。

 

エスニャはその場に止まり、侍女に問いかける。

「待って!貴方達はどうなるの?エーディン様もここにいるのですよ。私一人を逃がすつもり?」

 

「万が一の処置です。私達もシアルフィのグリューンリッターを目指す隊員、簡単に奴らの思うようなさせません。

エスニャ様はシレジアにとって、カルト様にとって大切なお方。ディアドラ様と共に退避をお願いしています。」

 

「・・・私はカルト様の妻でありますが、フリージの公女です。グランベルへの侵攻を防ぐ為に私にも戦う義務があります。ディアドラ様をシグルド様の元へお送りして下さい。」

 

「しかし・・・。」侍女はエーディンの命を受けてエスニャを説得するが、彼女は聞き入れる様子はない。困り果てた所に更に追い打ちをかける事態をおそう。

 

「私も必要ありません。」

そこへディアドラも現れる、彼女も覚悟を決めているのか魔力を解放させ応戦の準備を終えている。侍女は困り果てて一緒に現れたエーディンを見るが彼女もディアドラの説得に失敗したのか首を横に振っている。

 

「逃げる事よりみんなでここを突破しましょう、勝てる戦も勝てなくなります。

それにここにはアゼル公子もシレジアの魔道士部隊も戻ってくれています、きっと打開策はあります。」

まだ魔力が完全に戻らないエスニャは奮起の言葉をかける、それは自身にも戒める言葉である。

 

(カルト様、必ずまたお会いしましょう。)

 

強き意思を持ち彼女は拳を固めるのであった。



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演舞

エバンスの城内戦闘を描きました。

かなり、表現が難しく無理のある展開かと思いますが暖かい目で見ていただけたらと思います。


エバンスでの防衛戦は苛烈する。

クブリの指示の元でシレジアの魔道士部隊が空から侵入を試みるドラゴンナイトに風の魔法で迎撃し、ドラゴンの背に乗せられ城門から侵入を図るトラキア兵はジャムカの部隊が死守する。

 

ドラゴンナイトは約15体、その背に乗り降り立ったトラキア兵は40名程であるが空と地からの攻撃にさらに部隊を分断されてしまい苦戦する。

城内には負傷兵や、救護兵などの非戦闘員が多く戦えるものは少ない。この度のアグストリアの戦いはほぼ全軍を投入さなければいけない程、時間と人数の戦いだった。騎馬兵が圧倒し、徒歩部隊が制圧する形でアグストリアを進んだので守備に回す部隊が極端に少なくなっていた。

ノディオンの山林にいたジャムカの部隊だけでも戻り着き、守備に回れた事だけでも御の字である。

 

トラキア兵を弓で屠っていくがジャムカの部隊は先のヴェルダン戦にて僅か11名にまで減っている、いかに少数精鋭といえどもこの戦力差では地上戦はトラキア兵に軍配が上がるのは時間の問題であった。

 

「ジャムカ様、このままではここは落ちます。一先ず引いて城内で迎撃しましょう。」

 

「・・・・・・致し方がないな、城内なら狙いやすい。

撤退するぞ!」ジャムカの号令で弓を射掛けつつ、後退準備に入る。一気に雪崩れ込まれるとこの前線を突破する可能性がある、奴らに後退を見せない様攻めの姿勢を維持に努める。

 

 

 

城門付近ではその駆け引きがなされる中、とうとう辿り着いたホリンとアイラは剣を抜き放ちトラキア兵の群集に飛び込んだ。

「な、なんだ!」トラキア兵が突然の訪問者に戸惑う中、二人は一瞬にして三人を斬り伏せる。そのあまりの早業にトラキア兵は誰一人として反応出来ず、斬り伏せられた3名は痛みを感じる事なく絶命したであろう。

 

「なんとか間に合ったな。」ホリンは隣の相棒に囁く。

 

「ああ、ここからはおしゃべりは無しだ。ここを突破して、上に行くぞ!」

 

トラキア兵が構え出す時には二人は再び行動に移す。アイラの神速の疾さにトラキア兵は次々なす術もなく倒れ、ホリンの前に防御は無駄であり剣ごとトラキア兵を両断してしまう。

二人はヴェルダンの頃よりさらに剣に磨きがかかっており、トラキアの雑兵如きで二人を止める事はもはや不可能であった。

なんとか背後を取り、攻撃に移ろうとしても後方にいるジャムカの部隊が弓での支援を行い二人は目の前の敵にだけ集中できる。

 

「ホリン、ここは私に任せろ!上のドラゴンナイトを倒すにはお前の力が必要だ。行け!」

アイラは残りのトラキア兵、約20名を相手にすると宣言する。ホリンは逡巡するがアイラの実力はよく知っている、一つ頷くと城内へ飛び込んだ。

 

「同行しよう!」ジャムカもホリンと並走する。この場はジャムカの部隊とアイラに任せ、二人はバルコニーのドラゴンナイトを相手取る為に向かった。

 

最上階では魔道士部隊による牽制でドラゴンナイトがバルコニーに近寄る事が出来ずにいた、しかしトラキア側の動きには動揺はなく執拗に近づいては魔法を発動させると距離を取るを繰り返すだけであった。

 

ドラゴンナイトの面々にとって魔法による攻撃を嫌う、天馬と違い圧倒的な攻撃力を誇るが魔法防御は皆無に近い。

まともに受ければドラゴン諸共やられてしまう事もある、それ故に対処方も熟知していた。

今回に置いては、魔法を誘発させて魔力切れを狙っているのは明らかである。しかし魔法を使わねば侵入を許す事となる、そのジレンマがシレジア魔道士部隊を苦しめていた。

隊長であるクブリはその打開策にエルウインドにて一掃を狙ったが、一体ようやく撃墜できたに過ぎなかった。

 

「クブリ様!一部の魔道士が魔力切れを起こし始めました、あと数分と持ちません。」部下の魔道士が息も絶え絶えにクブリに報告する。

 

「先程階下にホリン殿とアイラ殿が入城してくださった。あと少し持ちこたえるだけでいいんだ、皆最後の魔力を振り絞れ。シレジア魔道士の意地を見せるんだ!」

クブリは珍しく大声を張り上げる、彼はここにカルトが来ない事を知っている。いや、ここに来ない様に言ったのは他ならぬクブリである。

 

今この場で運命として諦めた者はいない。非戦闘員でさえも武器を持ち、癒し手でない者も命を必死でこの場に繋ぎとめようとして重傷者の看病をしている。

頼りないかもしれない、この地を奪われるかもしれない。しかし今は一刻も早くアグスティを攻め落とし、この醜い内乱を終わらせて欲しい願いが皆にある。カルトを前線で活躍させる事が出来れば、シグルドを助け早期解決に結びつくと信じていた。

 

《ここは、この地にいる者で防衛して見せる!》

この気概に水を差す事は出来ない、クブリはそう感じカルトにそのまま前進を願った。

 

 

 

城内の謁見の間ではエーディンとディアドラが次々と運ばれてくる怪我人の看護に当たっていた。もともと負傷兵の治療に加えこの度の戦闘にてさらに負傷者が続出する、エーディンは連日の治療にて気力を失い魔力も枯渇しようとしていた。ディアドラの魔力はまだ残っているらしく、リライブを続行している。

 

(なんて魔力量をもっているの、クロード様と同じ?いえ、それ以上かも・・・。)

エーディンは感嘆する。彼女も聖痕を持つ聖戦士の末裔であるがウルは魔法に秀でた者ではない、言えば魔法の才は常人と変わりないのだ。

クロードやアゼルの様に魔法の才が聖戦士からくる者を凌駕するディアドラの魔力にエーディンは疑問を持つのであった。

 

「重傷者です!エーディン様、ディアドラ様お願いします!」さらに一人瀕死の者が運び込まれる、エーディンは枯渇する魔力を振り絞りリライブを放つ。

 

(もう少し、もう少しだけでいいから。お願い!)

彼女の願いも虚しく、リライブの光はもうライブ以下の効力となる。儚い光は今にも消え失せ、彼女の心を折ろうとしていた。

ディアドラも今瀕死の者の治療に手が離せない、エーディンの絶望はこの者の命運に直結する。彼女はもう一度高らかにリライブを放つ、僅かな光が再び重傷者を照らすが搔き消えようとしていた。

 

この絶望的な野戦病院に全くそぐわない状況が訪れる。突然の歌声が謁見の間に広がる、エーディンはその声量の方へ向く。

謁見の間にある玉座の前に一人の少女が立っていた、とても外で歩けない露出の高い衣装を纏った少女が歌を歌い踊りを踊り始めていた。

不謹慎と思えるその行動だが、エーディンを始めその場にいる者全てに変化があった。

 

それは『心』である。

絶望的なこの状況下でも勇気が湧き、挫かれた心が癒されていく。重傷にて呻き、苦しんでいる者達までその歌を聴き静まりかえる。

 

そして『精神』

尽きかけた魔力が徐々に癒されていくような感覚、エーディンのリライブは息を吹き返し淡い発光を取り戻す。

 

当初は不謹慎極まりないと思っていたエーディンはいつの間にかその歌と踊りを続けて欲しいと思うようになっていた。

 

(彼女は一体?)

 

そんな不思議な踊りをディアドラは知っていた、精霊使いのごく一部の者が使用できる踊りの中にマジカルステップと言われる心身に影響を与える魔法がある事を・・・。

この踊りを使える者は魔法の才と、踊りとして表現できる才能を併せ持たないと出来ない特殊魔法である。あの年で扱える彼女には特殊な能力を別に秘めている事を感じ取っていたのであった。

 

 

トラキア兵のドラゴンナイト、今回の隊長に任命された男は魔力の枯渇を狙ったヒットアンドウェイを繰り返しここらが攻め時と感じ取る。

先程まで勢いよく飛び出してきた風の魔法は現在途切れ途切れであり、威力も数段弱まってきていた。もはや至近距離で受けても防御可能と判断した隊長は全員に総攻撃を命じた。

 

前衛の五体のドラゴンナイトが滑空してバルコニーの縁に鉤爪をかける、魔道士共は室内に逃げ込んだと隊長は思い後続のドラゴンナイトにも前進を命じようとした時、事態は一変する。

 

「トルネード!」

前衛五体のドラゴンナイトは地上から伸びる竜巻に巻き込まれた。その凶暴な風にドラゴンですら逃げ延びる事は出来ず、ただきり揉むように内部で蹂躙されている。

そして竜巻内には無数の真空の刃が飛び交い、ドラゴンはずたずたに切り刻まれていく。

 

クブリの最後の力を振り絞った悪足搔きであった、半数のドラゴンナイトを屠ってもまだ半分残っている。魔道士を抹殺するには充分な数である。

しかし、ここで半数倒せば後に訪れるホリンとアイラが有利になる。彼等ならきっとここを護ってくれる、その想いを胸に最後の力を使った攻撃であった。

クブリは魔力の枯渇で立っていることもできず、その場に倒れる。トルネードを使用中に部下を階下にも撤退させてある、血を流すのは自分だけでいい。薄れゆく意識の中彼はそれに満足し、瞼が閉じられていった。

 

(カルト様、ご武運を・・・。)

 

 

トラキア兵ドラゴンナイトの隊長はその後に魔法の追撃は無くなった事で最後の攻撃と判断する、半数を失いトラバント王より厳しい叱責を受けるであろう。

 

これ以上叱責を受ける訳にはいかない、隊長は我先にとバルコニーに向かう。やはり追撃の魔法は来ない、この怒りを敵兵に向かわせるべく速度を上げる。

 

 

バルコニーに到着した隊長は、すぐ内部で倒れているクブリを見つける。

 

「貴様か!よくもここまで我が兵を殲滅させてくれたな!」ローブを掴み持ち上げる。クブリはまだ15になったばかりの少年、隊長はその重みでまだ成人ではないと判断しローブの頭部を破る。

 

「まだ子供ではないか、あの魔法をこいつが?

・・・子供だが容赦はせん、死ね!」

隊長は鋼の剣を喉元に突き立てんとするが、その動作を止める。背中に冷たい金属を突き立てられ、恐ろしい殺気を放つ存在がいたのである。

 

「よく止めてくれた、感謝する。」

「貴様、何者だ。」隊長は背後の者に、少年を渡すと一気に後退し仕切り直した、受け取った者は兜を脱ぎその姿を表す。

 

「我が名はホリン、イザークの剣士。」

「イザークの?まさか、残党がこの地にいるとはな。」隊長は飛び込み、剣を交える。

 

ホリンはその力比べを難なく受ける、力の差が歴然でありトラキア兵は両手で押しているがホリンは片手で止めており空いた左手で拳打する。

隊長は強かに右頬を打たれるが、後退しバルコニーに戻る。待っていたドラゴンに飛び乗ると空に戻り、追ってきたホリンに突撃をかける。

 

「我はドラゴンナイト。卑怯とののしるなよ!」長槍を装備してせまる。

ホリンはその突撃に対応する、ホリンも走り距離は一気に詰まる。

 

長槍を突き出す隊長、ホリンはそれを下に躱す。上体を後方に逸らして槍を躱し、そのままドラゴンの下へ潜り込む。

 

隊長は取り敢えず、今回の突撃は躱しただけと踏んだ。

ドラゴンナイトを相手にする場合、ドラゴンではなく騎士を狙うのがセオリー。下に潜り込んでは騎士を狙う事など出来ない、そう思い込んだ。

しかし、隊長の思惑は間違いであった。今まで経験豊富であった彼もホリンの様な男を相手にしていなかったのだろう、彼の規格外を計算する事は出来ない。

 

「ぐはああ!」隊長はドラゴンの背から生える大剣を胸に受ける。ドラゴンはその一撃にバルコニーで咆哮をあげてのたうちまわり、動かなくなる。隊長はそのままバルコニーに叩きつけられ再び吐血する。

 

「なぜだ、硬い鱗を持つドラゴンを一撃で・・・。それも俺ごと・・・。」

 

「悪いな、俺の剣の前では硬さなど関係なくてな。」

ホリンは血で濡れた剣を二度振って落とすと再び背に掛ける。

 

「イザークの、秘剣というやつか。」

「卑怯とののしるなよ。」

 

「ふっ、見事だ。貴様にドラゴンスレイヤーの異名を贈ろう。」隊長は頭を床に落とす、そしてその頭は二度と上がる事はなかった。

 

ホリンは周りを見渡す、十数体いたドラゴン姿を消しており今や上空には一体のみとなっていた。

そのドラゴンも攻撃を仕掛ける様子はなく、上空に停滞している。一体状況はどうなった、ホリンは見上げて警戒を続けるのであった。

 

 

 

時を少し遡る、トラキアの隊長がホリンと戦いを始めた時残りの4体は後に続いた。

しかし、それを止める者がもう一人いた。

ヴェルダン国において右に出る者がいない弓の名手、サイレントハントの異名を持つジャムカである。

足音を殺して、ホリンと隊長の戦いをすり抜けた彼は後続のドラゴンナイトに狙いを定めた。

バルコニーにいるドラゴンの存在に気付き、跳躍で隣の小さなバルコニーに飛び移ると先頭で滑空する騎士に無慈悲な一撃を見舞う。

 

心臓を撃ち抜かれた騎士はドラゴンの背より落ち、ドラゴンは野に帰っていく。

 

残り三体は一度旋回し、敵襲に警戒する。

それでいい、ホリンの邪魔をしなければ無理に矢を放つ必要はない。ジャムカは再び跳躍して同じ場に残る事を止めた。

 

残り三体は矢に射抜かれない様にとどまる事を止める、作戦の立て直しを考え始めていた時に事態は動く。

 

一体のドラゴンに突如少女が乗り込んだのだ、騎士は不意を突かれ腰の剣に手を当てるが少女はそれよりも早く一閃する。騎士はその一撃を交わすがドラゴンの背より落ちていく事となる。

 

「な、なんだと!」2体のドラゴンナイトは驚き、攻撃する事も忘れてしまう。その間少女は野に帰ったドラゴンが暴れ出し始めてその背から飛んだ。

どこに飛ぼうとするのか、もちろん少女の飛ぶ先は真っ逆さまの地面のみである。

その瞬間に上空より滑空するドラゴンが少女の足元に追い付くと背に乗せる。

 

「な、あれは・・・パピヨン様のシュワルテ!」

「ま、まずい。あのドラゴンは・・・。」

彼らが恐ろしい事を口走る前にその事が起こる。

少女のドラゴンは顎を開くと、燃え盛る火炎が彼らに浴びせられた。

ドラゴン諸共、直撃を受けた2体のはそのまま地面に落ちていくのであった。

 

「あれは、確かカルトのとこにいる女だったな。」

ジャムカはつがえていた弓を元に戻し、安全となったこの地を示す信号弓を空に放つ。矢尻の代わりに穴の空いた特殊な先端の矢は「キュー」という音を立てながら勝利の合図を送るのであった。

 

それは、ホリンが隊長を倒し終え上空を見上げて間も無くの事であった。




すべてのドラゴンが炎を吐けるわけではありません。
飛竜は本当のドラゴンから飛ぶ事に進化し、本来のドラゴンから見れば劣化種とされております。

一部のドラゴンにかつての能力が残っている種もいます、今作ではパピヨンの飛竜がそうなります。


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轟雷

ようやくアグストリア編の前半も終局を迎えつつあります。
やはりキャラ数が増えるに従って活躍の場を失う者が多くなり悲しくなってます。

当初では、もっとシグルドやフィン、アゼルも活躍する予定でしたがボリュームが多くなりすぎる事と、約二週間から一ヶ月の周期で更新しているこの小説では先に進まず無理がありまして泣く泣く割愛している部分があります。

できれば外伝などで追記していきたい、と思っていますのでこんなストーリーとかを幕間に入れて欲しい等がありましたらどしどし感想頂ければと思います。

今回もあまり物語は進みません、申し訳ありませんがお願い致します。


トラキア兵を退けたエバンスでは第2・第3の攻撃に備え負傷兵の治療と人員配置を急がれる。エバンスにいる諸侯達はその手配に追われ、まさに不眠不休の対応となる。

 

魔力の制御ができないエスニャはこの度参戦できずエーディンと共に重傷者の支援を行っていた。彼女も城内でみたあの踊りに心を奪われ、何も出来なくても出来る範囲で役に立つ事をと奮起していた。今は負傷者に使う水が尽きそうになっていた為、城内を出て水を汲み採りに向かっていた。

 

これで3往復しただろうか、しばらくの水を確保したかったので台車を引き奮闘する。この辺りの井戸水は地質の影響なのか水の溜まりが悪い、雨が降れば数日は汲み上げあれるがそれ以降は枯れてしまうのだ。

エスニャは台車を引いてユン川まで赴き数個ある樽に水を入れての往復をしていた、公女であるエスニャにとってこのような事は経験がないが今自分に出来る事はこれくらいしか出来ない。

重傷者の看病をしてもエーディン達の様に癒す事は出来ず、魔道書を持って戦う事も出来ない。

 

台車を押しながらあまりの不甲斐なさに涙が溢れる、折角あの魔法の踊りで勇気を得たのにまた心が弱くなる。彼女は健気にも涙を拭き取り再び歩き出す。

 

街道に車輪の音を立てながらエスニャは額に汗を滲ませて引き続ける、グランベルにヴェルダンダンが侵攻した時は春先であったが今はすっかり初夏の装いを見せていた。

夕方近くになり森からは夏の始まりの象徴であるヒグラシが鳴き始め、途中に見る畑からはカエルの歌が聞こえてくる。

エスニャは時の移ろいを感じ感慨に耽る。この僅かな時間の中でカルトと再会し婚儀を行った、姉さんに報告の手紙を出した時の返信は驚きよりも納得であったのが意外であった。

 

父上であるレプトールは、姉さんと私にはあまり興味がないようで手紙を出しても返答はなかった。悲しく思えるがそれは予想は出来ていて、父上は直系の血を継いだブルーム兄さんにしか興味がない上に自身も野心が強すぎるのだ。

私たち姉妹は政略結婚の道具位にしか考えていない、だから姉さんも私も不自由ない生活であるが家を飛び出したんだろうと今になって思えてきた。

姉さんも現在エッダのクロード様の元に押し入るようにして滞在している、さぞクロード様は迷惑しているのだろうと思ってしまいクスリと笑みを浮かべしまった。

 

 

その時、街道の脇の茂みより人影が勢いよく飛び出す、エスニャは小さい悲鳴をあげてしまう。

それは仕方がないだろう、彼は全身に火傷の跡があり苦痛の表情で飛び出してきたのだ。

 

「くそ!シュワルテめ!!トラバント様に報告して連れて帰ってやる。」

エスニャはその言葉と姿でトラキア兵の生き残りと判断する、そっと護身用に吊ってあるショートソードを確かめる。

 

「なんだ貴様は・・、それは水か!よこせ!!」

トラキア兵はエスニャを突き飛ばし樽の一つに顔を突っ込み荒々しく水を飲む、そして全身に水を浴びかけて火傷を冷やす。

 

「あ、あなたトラキア兵ね。その水はあげるからさっさと帰って下さい!」

 

「なに?女一人が虚勢を張りやがって、こんな火傷を負っていても貴様くらい始末できる力は残ってるぜ。」

エスニャは一歩退く、魔法が使えればドラゴンナイトとはいえ飛竜を持たないトラキア兵など雑兵に過ぎない。魔法を使えないエスニャは非力な女の子でしかないのだ、今は魔道書を取り出して牽制するしかない。

トラキア兵はその動作に魔道士と判明し、警戒する。

 

「貴様、魔道士か?なぜそんな奴が水など運んでいた。」トラキア兵は退く仕草をし、質問する。

 

「あなた達のお陰でエバンスも人手不足なの、身分など関係ないわ。」

トラキア兵が後退をゆっくりする中、エスニャは魔道書を掲げながら動向に警戒する。

 

(お願い、あきらめてこのまま逃げて・・。)

必死に眉が落ちそうになるのを必死に堪えながら吊り上げを維持する。少しでも油断すれば気弱な顔になりそうだ、駆け引きを有利にする為仕草も表情も凍りつかせる。

 

緊迫した場が続く中でトラキア兵は後退を続けながらさきほど水を飲み、体に浴びせて落とした樽まで辿り着く。

その樽を一気に蹴り上げたのだ、エスニャその樽を交わすがその間にこちらに飛び掛かった。トラキア兵は魔道書を持つ右手を掴みエスニャの身体を抑え込んだ。

 

そして彼女の腰にあるショートソードに手を掛け、鞘から抜き出しすと彼女の首元へ刃を向けるのであった。

 

「形勢逆転だな、このまま殺されたくなかったら魔道書を捨てろ。」

血の気を失ったエスニャは右手の握力を抜いて魔道書を離す、トラキア兵はすぐにその魔道書を放り投げると草場に紛れていった。

 

「へへ、お前いい匂いがするな。」

抑え込んでいるトラキア兵はいつの間にか欲情に当てられ、戦いとは違う雰囲気を発していた。火傷を負っているにも関わらずその欲望をぎらつかせているトラキア兵にエスニャは戦慄する。

 

「や、やめなさい!それ以上私に触れれば舌を噛みます。」

 

「・・・やってみろ!死体になっても気にしねーよ。」

トラキア兵の下劣さに嫌気がさす、エスニャは涙を浮かべて抵抗を試みる。

 

「どっちに転んでも犯されるんだ、諦めて楽しもうや!」

草むらに連れてこられ再び暴行せんと襲いかかる、彼女は水を汲み上げエバンスを往復している為既に力が出なくなっていた。抵抗する力がなくなりなすがままになりつつあった。

 

生きても死んでもこの男に身体を蹂躙される事にエスニャは絶望する、そして彼女は心の奥底から怒りがこみ上げてくる。

(どうせ死ぬなら道連れがいいかな、カルト様ごめんなさい。)

彼女はこみ上げる怒りに任せ、すべての魔力を解放する。

その暴れ狂う魔力にトラキア兵は吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。

 

「な、なんだ!?何か・・・。」トラキア兵が見たものは恐ろしいものであった。

 

先程までいた彼女の表情は打って変わって怒りに燃え上がり、体から雷がスパークした魔力を体を覆っていた。

以前魔力が変質したしまった直後ヴェルダンで魔力を解放させた時は自身を傷付けた、今は雷が意思を持っているかのように彼女に放電する事は無く辺りの空間に向かって放電していた。

亜麻色の髪は逆立ち、スパークの光を受けて金色に見える。恐らく雷からくる電気が髪に移ってしまい帯電し、逆立っていると思うのだがトラキア兵から見れば彼女の逆鱗に触れてしまいこの様になったと思うだろう。

トラキア兵はショートソードを振る様にして彼女に対抗しようとする。

 

「あなたの勝手な振る舞い、許しません!」

彼女が右手を上げると何処かにやられてしまった魔道書が意思を持つ様に浮かび上がり彼女の手に収まる、そして怒りの鉄槌が打ち込むべく右手を突き出す。

 

「トロン!」

夥しい放電が彼女から放たれる。エルサンダーの数倍とも言える雷がトラキア兵に放たれ轟音が響く、それはまさに怒りの裁き。

トロンはサンダーやエルサンダーのように自身の魔力を雷に変えるだけでは無く、自然界に帯電する電気を魔力で呼び寄せて一気に放つ魔法である。その威力は自然界に発生する雷にほぼ等しい、受けた者は一瞬で黒炭に変わる。

トラキア兵もその例外ではなかった、トラキア兵は言葉を発する事もなく黒炭となり倒れ込んだ。

 

超魔法を放った後我に還る、突き出した右手や体を確認して自身の変化を確認しても以前のように身体をにダメージを負っていなかった。

魔力も増している上にカルトの瀕死から救う為無理に魔力を変質させて使ったままにも関わらず、魔法を使役できた事に驚きを隠せない。

 

懐よりエスニャは杖を取り出すと「ライブ」を使用する。トラキア兵に突き飛ばされた擦り傷が癒されていく、やはり彼女の魔力は変質したままである。

 

「私は、一体・・・。どうなったの?」

 

「殻を破ったんですよ。」

 

エスニャは振り返る、そこにはマリアンとクブリの姿であった。

「申し訳ありませんエスニャ様、まさかあなた自らみずを汲みに行ってるとは知らずに遅れてしまいました。」

 

「いえ、私が勝手にした事ですから・・・。それよりクブリ、先程言いました殻を破るとは・・・。」

 

「簡単な事ですよ、あなたはもともとそれくらいできる資質を持っていたのです。無理に使えない魔法を使った訳ではなく、眠っていた力を無理に使った事による反作用で魔力を持て余していたのですよ。」

 

「これが、私の?」

 

「はい、このまま才能の大きさに使いこなせない方も多いそうですがエスニャ様は見事に使いこなせました。

カルト様は意外に脆い部分をお持ちです、それを支えてあげる事が出来るのはエスニャ様だけのように思えてなりません。どうかカルト様をお願いします。」

 

クブリは深々と頭を下げエスニャに敬礼する、主従関係では解決できないカルトの心情を理解する事が出来るのはエスニャだけと判断するクブリの気持ちが伝わりエスニャは同意に笑みで返す。

 

「クブリのような部下を持ったカルト様は十分幸せだと思います、そして私も・・・。エバンスを頼みます。」

 

「はい・・・お気をつけて。」

 

エスニャは杖を取り出し魔力を込める、虹色の魔方陣を発し姿を消すのであった。

 

 

 

 

マッキリーを制圧したノディオン軍に追いついたシアルフィ軍は共闘する為にエルトシャンと謁見する。

彼の目的であるカルトの救出と内乱の解決、そしてグランベル進出への阻止が残っている。

エルトシャンは話し合いに応じないシャガールに対する次の手はアグスティの軍部を撃破した上での話し合いをする事としていた、武力が無力化されればグランベル進出は出来ない上にアグストリアに残った戦力はエルトシャンのみとなる。意見を聞き入れるしかないと読む。

 

もうじき北の要塞であるシルベールよりエルトシャン直轄の精鋭であるクロスナイツが到着する、アグスティの精鋭騎士団であっても引けは取らないがその戦いは今まで以上に過酷な戦闘になる事は明白であった。

 

エルトシャンはシグルドの共闘は拒否しこのままエバンスへ撤退するように進言していた。二人の意思は平行線を辿っていた中、事態を進める者が乱入する。それは幾多の問題を解決に導いてきた者の帰還である。

 

「カルト!よくぞ無事で・・・。」

シグルドの労いにカルトは笑みで送りエルトシャンに向き合う、エルトシャンも笑みを讃えカルトへ歩み寄る。

 

「カルト公やはり無事だったか、貴公はあの場でやられるような器ではないと信じていた。」

 

「ああ、少しばかりやばい事態があったがなんとか切り抜けてきた。

エルトシャン王、シグルド公子と共闘してくれ。もうこの問題はアグストリアだけの問題ではないんだ。」

 

「どういう事だ。」

 

「恐らくどのような状況でシャガール王を説得しようとも無駄だ、裏でロプト教団がシャガール王を操っている可能性がある。」

 

「ロプト教団が、噂には聞いているが教団ごときが国に入るこむ事は可能なのか?にわかに信じがたい話だ。」

 

「俺はイザーク、ヴェルダン、そしてここアグストリアと来ているが各国で奴らは不穏な行動を取っている、その国の重要となる人物に接触して争いの火種をつけて回っているように感じている。

ヴェルダンではバトゥ王の子供を助ける口実で入り込み、彼を洗脳してグランベルに侵攻させた。

ここアグストリアでも、エルトシャン王を救出した後に地下牢で奴らと接触して確認した。

エルトシャン王、その上でもう一度進言する。協力させてくれないだろうか?」

 

「エルトシャン、頼む!私もここで君を失いたくない、友として共闘させてくれ。」

 

「兄様、私からもお願いします。もう、この国は私達で処理できる問題を越えてます。

ここでもし私達がシャガール王を止めてもシグルド様達がここまで来ている以上、共闘を示さないとこの後禍根が残ります。」

 

エルトシャンは黙り込み目を瞑る、彼はやはり周りが説得を試みても自身の決断をする以上考えを止めるわけには行かない。

長い沈黙を経た後、彼は決断する。

 

「シグルドすまなかった、俺達は士官学校の頃に約束した事を違える所だった。国を背負うと簡単な事が見えなくなるのだな、シグルドやカルト公を見ていると原点が見えて行動しているのだな。俺もあやかろうと思う。」

 

「兄様・・・。」ラケシスはその決断に安堵する、黙って見つめていたキュアンでさえこの時は笑顔を見せるのであった。

 

「しかしだ、シグルド。もしアグスティの軍を破ってもシャガール王の処断は許さない、身柄は私に任せてもらう。これだけは譲れんぞ。」エルトシャンの鋭い眼光がシグルドを襲う。

 

「もちろんだ、私は君が無事であるなら何も言う事はない。アグストリアの国政事情は君に任せる。」シグルドの言葉にエルトシャンは満足したのか、立ち上がり配下に伝える。

 

「よし!まとまった所で軍議を行う!

我がノディオンのクロスナイツとシアルフィ軍が加わればアグスティとはいえども負けはしない。」

 

カルトは士気が高まっていくこの場に置いても1人深く思考の中へ入り込む。

ロプト教団がアグストリアに入り込み、ヴェルダン同様何か策略を張り巡らせているが全容がまだ解らない。

奴らは何を企み、ここで何をしようとしているのかまだカルトには解らないでいた。

ロプト教団がディアドラを狙うのは間違いない、それはマイラの血から暗黒神ロプトウスの復活は見えている。だがそれだけでは弱かった、今までこの100年間マイラの子孫は残っていた筈なのになぜ今の世になって彼らが活動し始めたのか、そしてそれは何を意味する事なのか、それが突き止められなければ予防策も対抗策も得られない。

カルトは確実に真実に近づきつつある、しかし決め手に欠けるその情報に不安感が募るばかりであった。

 

アグストリアの決着は近い、この決着は今後の未来を左右しなねない一戦と心に誓うがその暗雲は晴れずにいるカルトであった。




エスニャ

LV 14

マージファイター

雷 A
炎 B
風 B

HP 39
MP 49
力 7
魔力 19
技 18
速 15
運 14
防御 4
魔防 13

スキル
連続 怒り 必殺

魔法

サンダー 3
エルサンダー 5
トロン 12

ライブ 3
リライブ 5
ワープ (最低消費量、人数と距離による)

到達レベル前にクラスアップににて全力アップしました。
連続に加えて、怒りも発動しました。


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暗転

この話でアグストリアの内乱編を終えたいと思います。
本当は二話に分けて掲載しようと思っていましたが一話にまとめてしまい、いつもより長めとなっております。
申し訳ありませんがお願い致します。


シグルドとエルトシャンの意見が纏まり、アンフォニー城に続々とシアルフィ軍とノディオン軍が到着する。

ジルベールとマディノに駐在するクロスナイツはアグスティの騎士団が出撃した折に挟み打つ作戦を取るため、北の砦で待機している様子である。

アグスティはまさに四面楚歌となり厳しい状況であるが、トラキアとの協定が出来上がっている中どこで彼らがが乱入してくるか解らない。下手をすればまたエバンスなどの他の城を襲う可能性があるので全軍集中するわけには行かなかった。

 

エバンスにはクブリとフュリーのシレジア軍が防衛にあたる事となり、ノディオンはラケシスとその親衛隊が防衛する事となった。他の城には申し訳ない程度に兵を置く事しか出来ず、残りはマディノへ集結している。

ホリンとアイラはエルトシャンの元へ戻る事となった、彼らはエルトシャンの臨時部隊として傭兵団に組み込まれ遊撃的な位置での戦いを展開する事となる。

余談であるがヴォルツが討たれた事で瓦解した傭兵騎団もまたエルトシャンの傭兵団に組み込まれ、ベオウルフを筆頭とした部隊に編入する事となる。

 

アグスティに向けた部隊が編成され、その部隊の壮大さは見事なものであった。

エルトシャンの臨時部隊とノディオン軍

シグルド、キュアン、レックス、アゼルを主とした混成シアルフィ軍は様々な火力を持ち多彩な攻撃が可能となる軍とまでになっていた。

 

アグスティ軍は進んで進軍する様子はない、シグルド、エルトシャンの全軍は隊列を組み進軍を始める。

その道のりは渓谷を越え、山道の先にアグスティがそびえ立っている各国でも有数の山城であり、ヴェルダンと同様に攻略多難の土地としての認識が一般的である。

ヴェルダンは深い森の中にある山城だがアグストリアの山肌は赤茶けている不毛の地である、進軍すればアグスティから目に見えるように捕捉されるので頭上より火矢を浴びさられてしまう。

その前にある渓谷も同様に頭上より落石などの奇襲攻撃を受ける為進軍には非常に不利となる地形である。

 

 

軍議にて様々な案を出す中でこれと言った有効手段が出せない中、カルトはある方法を提案する。それはかつてなく奇想天外でとても騎士同士の戦闘には似つかない皆を悪い意味で驚かせる方法であった。

 

「そのような卑怯な戦いをしてまで勝利を得たいのか!」

「騎士なら騎士らしく正々堂々と戦うべきだ!」

カルトの提案はそれほどの批評を受ける内容であった。

 

「確かに、この方法は騎士たりえない方法だと私も思っている。

しかし前国王がここまでに成長させたこの国を食い物に人々を不幸に陥れる戦争を仕掛け、同盟国の盟約を破棄する人物がこの国に必要なのだろうか?

この戦争に勝ち、エルトシャン王の説得を聞き入れてもこの国の為に最善を尽くしてくれるであろうか?

私のこの作戦は彼に国の先導者として自覚してもらう為に考えた方法だ!あくまでシャガール王をお諌めする為の手技である。」

カルトは批評にそう口論するが、その作戦だけではその全容はつかめなかった。順にその話を進めていく中、軍議出席者は通常に攻める事以上の重要性を理解できていくのだが実際その作戦はスケールが大き過ぎて実現できるか疑問符であった。

 

「まあ見ていて下さい、この作戦の成功にはアグストリアの人々の意思で決めてくれる。彼らがこの作戦に乗ってくれれば必ずうまく行きます。」

カルトはそう付け加えて会議を締めくくるのであった。

 

その方法を実践する為、まずは北から南からアグスティを包囲する必要があった。

渓谷には入らずその手前で包囲を行う、次に必要なのは大量の人出である。

その人出は北の台地にいる開拓者を協力をお願いする。進軍し配置した地にアンフォニーとアグスティの北へ橋を下ろして彼らを降り立たせると開拓地から得た知識を駆使し、軍の労働力と併せて大量の土嚢を積む作業を行う。

 

その作業を三日で終えると、その日の夜に北の台地にある川を堰き止め北と南の土嚢の間へと注ぎ込んだのだ。

アグスティの渓谷は一晩のうちに水で満たされ、その山城は脱出不可能な湖へと変貌を遂げる。翌日にアグスティ軍がみたその風景の変貌にさぞ驚いた事であろう。

 

今までは各国より献上される税収はこれらの渓谷を通り、得た食料により兵糧を得るが水で満たされた事で何処からも食料を得る事が出来なくなったのである。アグスティの出入り口の反対側は谷になっているが、そこから食料を運び込む事は不可能だ。

シアルフィ側から見ても陸からの奇襲も受ける事が無く、船でも作り越水を試みようものなら遮蔽物のない不安定な船の上なら魔法や弓で簡単に迎撃出来てしまう。

彼らを強制的に籠城させ兵糧を責める作戦にカルトは切り替えたのであった。

 

例え協定を結んだトラキアが食料を運び込む手段をとったとしても運搬中のトラキア軍をアグストリアは籠城させられている為支援できない、トラキアにのみ備えていれば憂いはない。第一慢性的に食料不足を抱えるトラキアが食料を支援はするはずがないのは明白である。

トラバント王は先見の明がある男である、このままアグスティと協定を結んでいても実を得る事よりリスクが多いと判断しているだろう。

 

 

作戦内容はともかくカルトの読みは的確であり、聴けば聴く程まず予想道りの展開になるとシグルドは判断する。エルトシャンですらも口を挟む事無く、カルトにこの作戦を任せてしまった事にも驚かせた。

実際にここまでうまくいってしまうとは思っていなかった、まさに全員絶句の一言である。

 

 

 

アグスティを水攻めにして10日経つ、いかに大きな城であっても大量の軍と城内を従事している者が多ければ備蓄は一気に消費されていく。常に敵側が攻めてくるかわからない状況にさらされていると余計なエネルギーを消費している為フラストレーションも溜まり、アグスティ城内は混乱の極みと化していた。

この状況でアグスティ軍側は、夜な夜な脱出者が後を絶たず内部から戦力低下していき士気が日に日に落ちていくのであった。

 

「ザイン!いつになれば何とかなるのだ!トラキアの援護はまだか!!」シャガール王は騎士団長にその苛立ちをぶつける、ザインですらその問答にうんざりしている様子であり何度も答えた同じ回答を王へ進言する。

 

「陛下、まずトラキアは我らに援護するつもりは無いでしょう。ここまで弱体してしまい、孤立してしまった我らに加担しても利を得る事はないと思っています。

城内の木材で今舟を調達しています、堰き止めている土嚢を崩して一気に攻め込みます。」

 

「いつ決行出来るのだ!もう食料も尽きかけているのだぞ!儂に草でも食えと申すのか!」

 

「今夜決行します、私はその対策に軍議を行う予定。申し訳ありませんが失礼します。」

頭を下げて退室するザインにシャガールは怒り心頭である、普段ならここで責任を取らせる所であるがもう彼以外に有能な部下はいないのである。騎士団にいた有能株は夜の闇に紛れて崖を降りて逃げてしまっていた。

 

「ぐぬぬ、どいつもこいつもどこまでも使えぬ奴らめ!

乗り切った時は全員始末してやる!」

シャガールはグラスに入れたワインを煽るとグラスを叩きつける、肩で息を荒げている彼に余裕はなかった。

 

彼は思い起こす。父王を毒殺しグランベルに反旗を表明して半グランベル派の諸侯達をまとめ上げた、穏健派のエルトシャンを牢獄に入れて邪魔者は全て消えた筈なのに・・・。

どうしてこのような事になったのか、彼は歯ぎしりをしながら唸るように発する。

「あのシレジアの小僧が来た辺りから狂ってきたようにしか思えぬ、こんど見えた時はズタズタに切り刻んでやる!」

 

さらに10日が経過する、ザインの計画する舟での奇襲作戦も簡単に看破されなす術もなく時間のみが経過する。

食料は底を尽き、騎士団は騎馬ですらも食料として喰らいとても正常な判断を保てる者はいなかった。

脱走者は後を絶たず、指揮系統は内部から崩壊していくのであった。とうとう国王であるシャガールですら食事にありつけず、空腹が場を支配していた。

そんな中、ザインが謁見の間に飛び込んでくる。

 

「シャ、シャガール陛下!シレジアのカルト様が面会に訪れました。」

 

「な、なんだと・・・。」

シャガール王はその怒りを沸々とのぼせあがるが空腹の蔓延する彼らにはかつての威光はなかった。

謁見の間に入るなり、カルトは畏まり佇んだ。

 

「シャガール王、お久しぶりです。」

 

「きさまあ、よくおめおめとここに戻ってきたものだな!」シャガールは剣を抜き今にも振りかざさん勢いである。

 

「今日は話し合いに来たのです。

どうですか、ここらで無駄な争いはやめてもとのアグストリアに戻っていただけませんか?」

 

「どういうことだ、貴様らの卑怯な策略でこの城は餓死する者も出てくるのだぞ!」シャガールの言葉にカルトは睨む、その魔力を纏った彼に言い寄らぬ圧力をかけられシャガール自身が逆に竦んでしまうのであった。

 

「・・・王、あなたがもし反グランベルを宣言し戦争を始めればこの程度では済まないくらいの戦死者が出ます。

国民には戦争の為に重税が課せられ、農村部ではもっと酷い餓死者が出ます。

アンフォニーのマクベス王はこの内乱のどさくさに紛れ賊をけしかけて私腹を肥やそうとも企んでいました、王は北の台地の惨状になにも対策をなされなかった。

この作戦は北の台地の職人たちに呼びかけ参加して成功した水攻めです。彼等の意思がこの作戦を成功させ、あなたを苦しめているのです。」

 

「おのれえ、国家に従わぬ無能な村人共め!」

 

「まだ、お解りになりませんか?」カルトの言葉が冷たくシャガールに放たれ、シャガールはカルトを睨みつける。

 

「国民は強いのです。彼等がいなければあなた達は食べる事も出来ず、戦う事もできない。まさに今この状況なのですよ、その考えを改めて頂く為に私はこの作戦を提案したんです。

どうですか、降参してやり直して頂くことは出来ませんか?もし、投降していただけるのであれば水を引き国民の代表となったエルトシャン王と和解するように呼びかけます。」

カルトはシャガールに歩み寄る、そんなカルトに対してシャガールは腰の剣を抜き胴払いを行った。

その剣は空を切り裂くのみ、カルトはジャンプしシャガールの背後に回ると左手を背中に当てる。

 

「ウインド!」

 

吹き飛ばされたシャガールは謁見の間の端まで吹き飛ばされ、背中を壁に強かに打ち付ける。

 

ザインもそばに控えていており、すぐさま剣を抜き放ち向かわんとするがカルトはザインに左手を伸ばし戦闘体勢を取っていた。その圧力にザインは突進出来ないでいた、格が違う事は先程のシャガールの攻撃で見切っていた。

 

カルトはザインに攻撃の意思がないとわかればシャガールの前に立ち、再び語りかける。

 

「シャガール王、投降してくれますよね?

このまま続けてもあなた達は餓死するだけです、これ以上無駄な抵抗をすれば本当にあなたを信じ付き従っている者ですら餓死させてしまう事になる。」

 

「・・・・・・儂の負けだ。

エルトシャンに伝えろ、後はお前の好きにすればいいと。」

 

シャガールは力無くそう伝える。国王として、男としてカルトに心中のすべてを看破され、その上でこの様な作戦で国民の総意を見せつけられ苦しまされたこの現状に返す力は残されていなかった。

 

カルトは早々と転移魔法でこの場を退散した後、ザインは国王の前まで歩み寄り涙する。

 

「申し訳ありません!私は陛下のご希望になに一つ成果を出せないおろか者です。

この度もあの男の前に何もできなかった、落ち着きましたら私を処断して下さい。」

 

「もう良いのだ、ザイン。

儂は何かに取り憑かれていた様だ、この苦しい空腹が儂に大切な事を教えている様に思える。

あのカルトという男、ここまで読み取ってこの作戦を決行していたとすれば末恐ろしい物よ。」

ザインは国王の人が変わる発言に驚愕する、それはいい意味での物であった。ザインはその言葉に付け加える。

 

「そうでありますな、アグストリアにも欲しい人材であります。」

 

「・・・エルトシャンがいる。あやつならこの国を立て直せるだろう、儂は父王を殺した身。ここで幕を引くとしよう。」シャガールの言葉にザインの疑惑が確信に変わる。

やはり父王を病死と偽り、本当は毒殺であったと知る。

 

「陛下、私もこれが終われば騎士団を去ります。

今仰った事は私の胸に秘めますので、どうか陛下は生きてください。生きてこのアグストリアを見守り下さい。」

 

「ふ・・・、エルトシャンが許してくれるならな。」

シャガールとザインは誰もいない謁見の間で吹っ切れた様に一つ笑みを送り合う。

空腹で誰もが謁見の間に向かってくる力もなく、城のあちこちで餓鬼の如く食べ物を求めて彷徨っている。こんな困窮する状態までここに留まり従ってくれたことにすら2人は感謝してしまうほどであった。

 

シャガールはカルトが置いていった食料を配布するべく立ち上がり、ザインもそれを手伝う。

先程までのシャガールなら食料を独占した事だろう。今ではその面影はなく、今はこの国の為に出来る事を優先するのであった。

もっと早く気づいてくれていればこの様な内乱はなく、イムカ王を助けるシャガール王子の姿があったであろう。

ザインはその光景が見たかった、そしてさらに繁栄していく様を見たかったのだが今となっては虚しい虚構でしかないのだ。再び涙するザインにシャガールは謝罪を口にするのであった。

 

 

 

カルトは作戦成功を自軍に伝えると早速土嚢で堰き止めた水を排水すると、約束通りエルトシャンのノディオン軍がアグスティへ進軍する。

彼等がアグスティを制圧し、使いの者が来るまで城門で待機がこの度の約束であった。

 

シアルフィの混成軍はノディオン軍より遅く進軍し、待機する。大量の物資を持った部隊のみ入城して空腹者への炊き出しと配給を急ぐ事となった。

 

「カルト公、この度は無血開城をやり遂げてくれて礼を言うぞ。

エルトシャンもあのままではアグストリアで酷い立場になったであろうが、シャガール王が変われば彼の発言を無視しないだろう。

我らの仲を保ってくれたことが何より嬉しい。」

 

「シグルド公子、あなたこそ私の作戦を最後まで信用してくれたからやり遂げたのですよ。

しかし、これからアグストリアはどうなるのだろう?例えグランベルやヴェルダンに侵攻しなかったとは言え反グランベルを唱えたんだ、お咎めなしとは言えない状況だと思うが。」

 

「何もなし、とは言えないだろう。アグスティはともかくとしてそれ以外の王はグランベルの軍であるシアルフィに敵対してきたんだ、それなりの賠償交渉はあるだろう。

エルトシャンに王位が移ってくれれば少しは対話の道があるのだが・・・。」

 

「後は、アグストリアの方針次第か・・・。」

カルトは天を仰いで運命を待つ事にするのであった。

 

昼の日差しが、西へ傾きだした頃使者ではなくエルトシャン本人が直々に城門へ姿を見表す。

シグルド公子やグランベルの諸侯達は城門へ赴き、彼の言葉を待つ事にする。

 

「グランベルの者達よ、この度のアグストリアの内乱鎮圧に大きな貢献して頂き感謝する。

しかし!約束を違い、シャガール王を討ち取った事に対し私は多いに憤慨し、グランベル混成部隊に対し私は宣戦する!」

エルトシャンの言葉に全軍は動揺を隠せなかった、カルトでさえエルトシャンの言葉の意味を理解する事に時間がかかった程である。

シグルドとカルトは咄嗟に彼の前に立ちエルトシャンの怒気に気付くが言葉を発せずにはいられなかった。

 

「エルトシャン!それはどういう事だ。シャガール王を討ち取ったなど、カルト公は説得に応じたと言っていたではないか。」

 

「シャガール王は惨殺されていた。腹心のザイン将軍共々、斬り殺されている。」

 

「馬鹿な!私は説得を・・・。」

カルトは狼狽しながらも自身の愚かさが脳裏を横切る、ロプト教団なら奴らなら動乱を扇動する為にこの好機を逃すはずがない。なぜ彼等をその場で保護しなかった、後悔が波の様に押し寄せてくる。

 

「カルト・・・。」シグルドはカルトの肩を当てて卒倒しそうな彼を支える。

 

「どんな形であれど貴公らがこの国を制圧しグランベルがアグスティまで侵攻し陛下を討ち取った事は事実、我らは城を開け渡しシルベールに退却する。

シグルドよ・・・いつかきっとこの城は、アグストリアは取り戻させてもらうぞ!」

 

「エルトシャン・・・。」シグルドとカルトもエルトシャンの硬い決意に口を挟む事は出来なかった、ただ事実と違いすぎる結果に2人の思考は追いつかずエルトシャンの怒りが止められない所にまで来ている事も分かっていた。

 

エルトシャンは城内に戻り、その日の夜に彼等はジルベールに撤退していくのであった。シグルドとエルトシャン、2人の親友は剣を交える運命に進んでいくのである。




アグストリア諸国連合

グランベル公国と違い諸侯を置かず各地域毎に国王が存在する国、現実で言えばUAEにあたる関係といえば理解できるであろうか。
その中で諸国をまとめ上げるアグスティの国王はかつては黒騎士ヘズルの血を受け継いできたのだが直系の家計が根絶してしまい、暫くの間ヘズルの持つミストルティンは扱える者が居なかった。
政略結婚の過程でノディオンにて、ヘズルの聖痕が色濃く発現し現在はエルトシャンが唯一の直系となったのである。恐らくアグストリア国内ではヘズルの血を取り戻す為に同族同士の婚姻が多々あったとみられる、後にラケシスとエルトシャンの子達は同族婚姻に抵抗感が希薄と思われる発言がある為、その様に解釈してしまう。

この逆転の状態にアグスティ国王であるシャガールに劣等感を一層与えてしまった事である。この内乱はいつか起こるべくして起こった、悲しい戦争と私は解釈しています。


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外伝 2小節
次世代


本日二話目の投稿です。

なぜ、こんなに早いかと言いますとシナリオ場で先に書き上げていたのです。
途中で思いついた内容は修正点を追記すれば、はい完成でしたので連続配信します。

ここから数話外伝に入ります。少し雰囲気が柔らかいかと思いますが、有事と休息時のスイッチと思って頂けたらと思います。


アグストリアの内戦が終わり後味の悪い結果となったグランベルの混成軍は、このままアグスティに滞在しエルトシャン率いるクロスナイツの監視と防衛の任務を行う事となった。

対話の道を再度切り開く為、数度となく使者を送るがエルトシャンからの返答は頑な物であった。シルベールには軍の増強を行っており、有事に備えている構えである。

アグスティの逃走兵を組み込み、マクベスの傭兵騎団も雇い入れた彼の徹底抗戦ぶりは本物であった。

カルトもまた数度となく直接の面会を求めたが、シグルド同様に顔を会わせる事なく徒労に終わっていた。

 

シグルド達の混成軍は全ての部隊をアグスティに集結させ、エバンスはエッダの部隊に明け渡す事となった。

ヴェルダンの整備が思ったより早く進める事ができ、エッダは一年も経たないうちにキンボイスに王位を返還すると明言したのである。

キンボイスは暫くの間多額の賠償金を支払う事となるだろう、それでもなおその事実を受け入れてヴェルダンを正常に導く為に尽力している事をカルトは喜ばしく思えた。

 

 

 

 

エルトシャンが宣戦してから約1年の月日が経とうとしている、グランベルの上層部ではこの膠着状態を抜け出す為にシグルドに攻撃する様に進言する事もあるが受け入れずに粘り強い対話の道を模索し続けていた。

 

膠着状態ではあるが時間は確実に経過している、アグスティでは今ベビーラッシュと化していた。

シグルドとディアドラとの間にセリスが産まれたのだった、ひどい難産だったらしく出産には丸一日かかりディアドラも随分と体調を崩していた。その子がグランベルの正当な嫡男である事を知る者はまだいないのである。

 

エーディンも男の子を出産していた。

レスターと名付けられたその子はウルの血を継いでおり、いつか将来にセリスを助ける存在になるのである。

父親の、ヴェルダンの血は新たな可能性の産声として誕生したのであった。

 

 

そして・・・。

「カルト様!お産まれになりました。立派な男の子でございます。」クブリの言葉に寝室に向かう。

産婆や侍女がカルトに祝福の言葉をかける中、愛する妻に抱きかかえられた子供に初めて対面する。

 

「エスニャ無事か!よく無事で、産んでくれた!

これから俺も父親か!」

 

「カルト様・・・、私もこれで母親です。見てくださいませ、この子が私達の元に来てくれたのですよ。」

産着より顔を出し、カルトに抱くように差し出す。

カルトはそっと抱き、顔を覗き込む。もう泣き止みすやすやと眠りについている我が子を見てカルトは涙を流す。

 

「軽いな・・・、こんなに小さいのに生きているのだな。」

 

「はい、この子は毎日を一生懸命に生きてまいります。私達が支えていかねばなりません。カルト様、この子の為に生きてください。」

 

「ああ、簡単に死ぬつもりはない。だがまた一つ誓いを立てねばならんな、俺はお前達の為にも死なないと。」

2人は見つめ合い、笑みを讃えた。

 

「この子の名前はどうしましょう?私は産む事だけ考えていたのでなにも考えてませんでした。」

 

「それなんだが、俺に一つ浮かんだ名前があるんだ。

いいかな?」

 

「まあ、考えてくださっていたのですか?」

 

「ああ・・・、一応な。でもエスニャが気に入らないようならやめるさ、言うだけ言っていいか?」

 

「はい・・・。」

 

「アミッドは、どうだろうか?」

 

「素敵な名前です、何か謂れがあるから決めていたのですか?」

 

「ああ、シレジアの伝承では『溶かす者』と呼ぶんだ。」

 

「伝承、ですか?」

 

「シレジアは寒い国で通っているが、なぜあの一部の地域だけ極寒の地になっているか知ってるか?

すぐ南が暑いイード砂漠があるのに、シレジアは寒いのか、考えたら事があるかい?」

 

「え?確かに極寒と猛暑が隣り合っているのは変ですね。」

 

「シレジアはかつては極寒な気候ではなく、温暖で過ごしやすい地だったそうだ。

豊富に鉱物が取れ、作物も良く育ち、海に出れば大量が連日続くような裕福な場所であったが為に隣国や賊に襲われていたらしい。

聖戦から帰ったセティは、外部から荒らされる祖国を見て彼は一つの魔法をかけたそうだ。

それはシレジアの地に冷たい風が吹き続き外部と遮断する、凍てつく秘術。

それにより作物は育たなくなったが、平和な地になり以降100年間は独立国家として存続できたんだ。」

 

「そんな伝承があったんですね、でもセティ様が決断なさった判断ですが、お辛かったでしょうね。自分の故郷を凍てつかせるだなんて・・・。」エスニャの表情が曇る中、カルトは笑みを浮かべる。

 

「でも、晩年のセティはこうも言ったんだ。

『この世界に本当の意味で平和が訪れた時、凍てつく秘術は解けて真のシレジアを取り戻す。』と。」

 

「本当の平和?」

 

「そう!だから、この子はきっと俺でもなし得ない本当の平和を導いて真のシレジアを取り戻す者としてアミッドとしたいんだ。」

 

「カルト様、きっとこの子が、アミッドが成し得てくれると思います。見てくださいませ・・・。」

アミッドの額にはカルトと同じ聖痕が宿っていた、そして母親の聖痕も受け継いでいる。

 

「アミッド・・・、まさかこの子に俺のあの血が?」

 

「カルト様?」

 

「・・・アミッド、お前も宿命を帯びて産まれてきたのだな。俺も負けてられないな!」

カルトは笑顔で息子を抱きしめる、彼の想いはアミッドにも受け継がれていくのである。

 

 

アイラもまたこの時、シルベールで出産していた、双子の兄妹を産み彼の子供は将来セリスを助ける貴重な人材へと成長するのである。

彼らはエルトシャンの元に滞在し、カルト達に会うことは出来なくなったが元気に暮らしていると定期的に手紙を出してくれていた。

 

 

ラケシスはあのアグスティの一件でエルトシャンと仲違いしており、アグスティにてシグルドの元で生活をしている。

この度の事で兄の強情さに憤慨したラケシスは、シグルドに肩入れしてしまいエルトシャンに「シグルド様と戦うならその前にミストルティンで私を好きにして!」とまで言い放ってしまったのだ。

それ以降彼女は、アグスティで剣に魔法に腕を磨くようになったのである。今日も鍛錬場で彼女の気合の声が響く。

 

「たあっ!」彼女の細身の剣がアーダンを襲う。

 

「姫様!降参です!おやめ下さい!」アーダンは息を切らして両手を上げる。

 

「アーダン!情けないわよ!この程度ではシグルド様をお守りできませんよ。」

 

「しかし姫様、私は重装歩兵で鎧を着ていない私などに勝てても何の自慢になりませんよ。」

 

「なら、誰かいないの!私にちょうどいいお相手は!」

彼女の端正な声量が響き渡る、鍛錬場にいる者達はその白羽の矢に当たるまいと首を縮こませる。

勝ってしまえば負けるまで付き合わされるはめになり、負ければアーダンのように厳しく叱責されてしまう。あのような女性にいいように言われる事は男としてのプライドが引き裂かれる思いであり進み出る者はいなかった。

 

「あの・・・、私でよろしければ一本お願いします。」

1人の少年が前にでる、まだ騎士になりたてのように思えるとラケシスは見る。目は穏やかだが意志の強さが垣間見え

、まだ体が出来上がる前の華奢なラインにラケシスはちょうどいい相手と判断する。

 

「いいわ、じゃあお願いします。」ラケシスは一礼すると細剣にて構えを取る、少年は長剣を抜き正眼に構える。

 

鍛錬場には様々な武器が置いてあるが全て刃引きされた金属剣である、金属であるが故に刃引きしてあっても下手をすれば死ぬ事もある。2人に緊張が走る。

 

「たあ!」ラケシスはステップを交えて少年の間合いを潰しにかかる。

 

女性特有のしなやかな動きに流水のような掴めぬ動き、それを我流で掴んだのだろう初見では見切れない足運び。少年はその動きから突き出される細剣に防御する事で一杯だった。

 

ラケシスの高速の突き出しに少年は足運びと体の捻りを巧みに使い、細剣を交わすと対抗して横薙ぎを展開する。

ラケシスはその細剣で薙の一撃を下から叩き上げ、身を

低くして交わすと軸足に足払いの蹴りを見舞った。

少年は見事に転倒し剣を落とす事になる、そこへラケシスは細剣を彼の胸前に出して勝負がついた事を宣言する。

 

「参りました、降参です。」少年は悔しそうにしながらも立ち上がると一礼する。

 

「せっかく間合いの大きい長剣を持っても簡単に入られては意味ないわ、あなたには普通の長さの方がバランスが取れているわよ。もう一度武器を変えて試してみる?」

 

「は、はい!是非お願いします!」少年は武器を持ち替え、ラケシスの元へ戻ってくるのであった。

 

ラケシスの授業、もとい鍛練はその少年と幾度となく続く。途中食事を採り、休憩も挟んでどちらも終わると宣言する事なく続けられた。

 

「てい!」少年の剣がついにラケシスの細剣を捉え、床に落とす事に成功する。ラケシスは荒い息を吐きながら降参に手を上げて表現する。そして腰砕けになったのか、その場で倒れ込んでしまった。

 

「すみません!調子に乗っていつまでも立ち会わせてしまいました。本当に申し訳ない。」

竹筒に入った水をラケシスに渡して謝罪する少年にくすりと微笑み、水を飲む。

 

「いえ、私も無気になってました。でも、今日は完全燃焼できた気分。こちらこそありがとうございます。」

ラケシスは溜まっていたフラストレーションを久々に汗と共に流せた気分になり、疲労はあるが心地よい気分であった。

少年はその言葉に嬉しかったのか、透明感のある笑う表情を見せる。

 

「あなた、よく私の剣に付き合う気になりましたね。裏で嫌がられていたのはわかったました。」

 

「?どうしてですか、同じ剣を上達したい者同士に嫌がるも何もないじゃないですか?」

 

「・・・女性の私に負けても?」

 

「あ、ああ!そういう事ですか?慣れてますよ。私は自国にいる時から君主の奥様に散々負け続けた上に叱咤されてましたから。」

 

「君主の奥様って・・・、あなたお名前は?」

 

「すみません、名乗っていませんでしたね。私はレンスターのフィンです。君主はキュアン様の事で、先程の女性の事はエスリン様です。」

 

「キュアン様!兄上の親友の?」

 

「はい、私はキュアン様の遠い親戚で両親を失い面倒を見てくれています。今はキュアン様に同行して槍騎士としてランスリッターに入隊するべく訓練を受けています。」

 

「そうでしたか、フィンは今回の戦いで何か思う事はありますか?」

 

「この度の遠征で、聖戦士殿の戦いをこの目で見る事が出来ていい勉強になりました。ラケシス様の兄上もキュアン様から聴いてましたがそれ以上に素晴らしい人柄とお見受けしました。」

 

「そう・・・。」

 

「ですので残念です。まさかエルトシャン様と仲違いしてしまう事になるなんて・・・。」

 

「・・・・・・。」

ラケシスの消沈し、暗い表情にフィンは笑顔で続ける。

 

「ラケシス様!大丈夫です!キュアン様もエルトシャン様もシグルド様も、言葉だけでなく心でつながっている方々です。きっと三人はあるべき姿に戻りますよ。」

フィンはラケシスの両手を両手で掴み彼女を懸命に励ます、その一生懸命さにラケシスは一瞬戸惑う。

 

「だからラケシス様もあの三人を信じてあげて下さい。きっと分かり合える、いえ!分かり合っていると思います。」フィンの演説が終わり、ふっと冷静になった時状況を確認する。

 

誰もいなくなった鍛錬場に、壁際においこれた姫君。両手を掴み、顔と顔が近い状況で絡み合う視線。

汗で濡れた肢体、上気したラケシスの表情・・・。

 

「@/#÷<々〆¥☆♪*」フィンはそのままダッシュで鍛錬場を後にする、残されたラケシスは呆然としたのち噴き出すように笑うのであった。

ひとしきり笑った後、ふたたび鍛錬場の扉をそっと開けたフィンはラケシスに

 

「また、明日鍛錬場で訓練して下さい。」

力弱いその発言にラケシスは再度笑ってしまうのであった。

 

 

 

次々と生まれ行く新しい命にアグスティでは催し事が行われる。

有事とはいえ、一度も小競り合いも起こらない硬直に軍も人々も緊張を続けるのは困難である。

お祝い事くらいはと、いう名目でセリス様の誕生祭を祝っていた時の事であった。

 

エバンスでマジカルステップを披露した踊り子もアグスティ合流にしっかり付いてくる事となり、この度正式に採用され催し事という事で踊りを披露する事となった。

エバンスの時の踊りで勇気付けられ、魔力が尽きた者はその気力を取り戻した踊りと聞いて集まったのである。

その見事な踊りに参加した一同は熱気を上げていくのである。

カルトもまた、シレジアの者達で参加しその踊りを見ていたのだった。

 

「クブリ、エバンスでは無理をさせてすまなかった。傷はもう癒えたのか?」

 

「はい、お陰様で・・・。」

 

「マリアン、君も大事ないようで安心した。しかしまさか、トラキアの飛竜を手懐けていたのは驚いた。」

 

「あの子の声がとつぜん聞こえるようになりました、フュリー様もあのような感覚なのでしょうか?」

 

「え?・・・、物心ついた時から天馬やファルコンがいた生活なのであまり意識した事ないのですが、マリアンは生まれつき持っていた能力が竜とシンクロした瞬間に開けた気がします。」

 

「私はこれから、あの竜・・・シュワルテと共に剣を磨きます。カルト様見ていてください。」

 

「ああ、でもマリアン。君はまだ成人ではない、無理はするなよ。」

 

「はい、カルト様・・・。」

 

「フュリーも、クブリもだ。お前達に何かあったらレヴィン王にどう申し開きしていいか俺にもわからないんだからな!どうして我が軍には無茶する連中ばかりなんだ。」

 

「・・・・・・カルトが一番無理するからだろ?」

 

「なんだと!どさくさに紛れて言った奴出てこい。」

すっかり果実酒でほろ酔いになったカルトは人差し指を指してなじった相手の声の方向を指差す。それはクブリでも、マリアンでも、フュリーでもなかった。

 

シレジア国の麗しき王、レヴィンその人である。

 

「な、な、な、何?」

 

「なに阿保面下げて自国の王に指差しとは、カルトきさま何様だあ?」

 

「え、え、え、何で?」

 

「アグスティはシレジアの隣だ、この距離ならシレジアからでも簡単に転移できるだろう?

それにアグストリアは以前は同盟国だったんだ、俺が行き来していてても不思議ではないだろう。」

 

「い、いやあ!レヴィン!久々!!元気?」

 

「この、うすらバカめ!」レヴィンの拳骨がカルトの脳天を振動させる。

 

「いつも、いつも、事後報告で結婚した?子供が産まれた?お前という奴は!」

 

「ま、まてレヴィン!俺にも立場がある。この祝いの席ではちょっと・・・。」

 

「・・・、まあいい。今日はお前に会わせたい人も一緒に転移してきたんだ。」レヴィンは体をずらしてカルトに誘うのであった。




ついに第一次ベビーブーム到来です、第二次はシレジアの時ですよね?

ちなみに、アミッドが本作で言う「氷雪の融解者」です。
ようやく説明できてよかった。



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思慕

外伝書くのが楽しいです。
ストーリーとは違い、好きに自分の構想を入れる事ができます。
春になり、なんだが家族とか恋人とかの話が出来ると心が弾みます。




「ラーナ様!ラーナ様ではありませんか、お久しぶりでございます!」

カルトは嬉々としてラーナへ膝をついた。

 

「ふふっ本当に久しぶりねカルト、あなたの活躍はよく聞きます。シレジアとしてとても嬉しい限りですよ。」

 

「ははっ!至上の喜びでございます。」

カルトのレヴィンとは打って変わっての対応に周りからざわつき始める、それはフュリーやクブリ、マリアンも意外すぎて目を点にしているのである。

 

「ははっ!カルトには母上を連れてきた方が堪えると思ってな、どうだ?きいたであろう。」

 

「まあ、レヴィン!私をそのような事のために同行を許したのですか?母を何だと思っているのですか?この子は・・・。」

憤るラーナに対してカルトは立ち上がり、カルトは嬉々としてままであった。

 

「いいではないですかラーナ様、私はお会いできて嬉しい限りでございます。

そうだ!先日産まれた子供をご覧になってください、今は妻も床についたままなので是非こちらへ!」

カルトの一人歩きする言葉にラーナは困った顔をするがそのまま宴の席を放ったらかしてラーナをさらうように退席するのであった。

シレジアの一同は唖然としたままで追うことも出来ず、立ち尽くしてしまう。レヴィンだけが大笑いでその姿を見送るのであった。

 

 

「すまんな、カルトは母上に弱い所があってな。しばらく会ってなかったから全開になったみたいだ。

フュリー久々だな、お前にも会わせたい人がいるんだ。」

そう言って更に背後に佇む人が1人いた。

 

「フュリー、随分逞しくなりましたわね。」

 

「お姉様!」

フュリーは涙交じりに姉であるマーニャに抱きつく、マーニャはフュリーの背中に腕を回して受け止める。

 

「先程、厩舎にいるファルコンを見させていただきました。あんなに老齢のファルコンと心を通わせるなんて、あなたはには天馬乗りとしての才能が開花したのですね。」

 

「姉上のお陰です、姉上が腕の上がらない私をずっと見てきてくれたお陰です。」

 

「カルト様に感謝しなくてはなりませんね。」

 

「・・・姉上、シェリーの事ですが。」フュリーは姉より離れ俯く。

 

「わかっています、あなたがあのファルコンの背に乗っているという事はシェリーは・・・。」

 

「申し訳ありません!姉上から賜ったシェリーを、私は!」

 

「・・・事情はわかりませんが、シェリーはきっとあなたを庇って命を全うしたのではないですか?

あの子は納得して命を懸けたはずです、いつまでも泣かないの。あなたは胸を張って生きなさい。」

マーニャの言葉にフュリーは涙を拭き取り力強く頷いた。

 

「はい、お姉様!もう泣きません。それにシェリーはまだ、私の手にあります。」シェリーは魂を剣に宿り未だにフュリーを護り続けている、あの剣を持つ限り彼女には失った物など一つも無いのである。

 

「あのファルコンの名を教えて、異国の地からやってきた古の魔獣の名を・・・。」

 

「はい、ヴェルダンの深き森で見つけましたエルダーファルコンでヴェンデイと名付けました。」

 

「ヴェンデイ・・・。いい名前ね、あなた達の活躍を期待しているわ。」

マーニャがフュリーの頭を撫でている時に1人の白髪の少女がピョコっと現れる。

左手には大皿があり少女が食すには違和感があるくらいの大きな肉ばかりを乗っけてある、それをまた少女の口には入るとは思えない大きさの肉塊を右手で放り込む。

 

「読んだか?フュリー、何の用だ。」一瞬で租借し一気に食道に流し込むや2人の抱擁に割って入った。

 

「むむっ!フュリー、それは生殖行為か?残念だがそれは同性だぞ?」

 

「ヴェンデイ!」フュリーの叫びにマーニャが硬直し、説明にはまた時間が掛かるのであった。

 

 

 

「まさか、あのファルコンがこの子であるとは・・・。ヴェンデイ殿失礼しました。」

マーニャは深々とヴェンデイに謝罪する、フュリーに事細かくこのヴェンデイと名付けたエルダーファルコンの偉大さを説明する。

ヴェルダンの国では神の使いとされまでされている存在。知能は人間を凌駕しており、人間にも扱えない魔法を多々持つ神獣である事を伝えた。

 

「あっはっはっは!ようやく説明してくれて助かるよ。

こいつときたら、私を見つけてから十日間どんなに追っ払ってもついてきて大変だったよ。喚き散らすわ、手が掛かるわで・・・。

まさか、私がこんな小娘に根気負けるとはあの時は思わなかった。」

 

「ヴェンデイ・・・あまりあの時の事は・・・。」

 

「そうであったな、まああのカルトは私の事は分かっていたそうだが知らん顔しておったからな。」

からからとしているヴェンデイにフュリーは内心はらはらものであった。

 

「ふふっ、フュリー。あなたは本当に立派になりましたね。

ここまであなたが成長しているのなら、あなたにお願いしたい任務があるの。聞いてくれないかしら?」

 

「姉上?」

 

「あなたには、レヴィン王の親衛隊としての任務に就いて貰いたいの・・・。」

 

「私が、ですか?でも、カルト様の天馬隊は?」

 

「私が引継ぎます。」マーニャの発言に一同が驚く。シレジアの天馬四天王の最強の一角であるマーニャがシレジアの離れ、最弱のフュリーが変わりに務めると言うのだ。

 

「姉上!それはどういう事ですか?そんな、突然・・・。」

 

「シレジアはカルト様とレヴィン様のお陰で随分と平定されました。

ダッカー様が討たれ、マイオス様が自粛され、分散されていた戦力もシレジアに集中してパメラもディートバもシレジアに尽くしてくれています。

あなたもそろそろシレジアに戻って自国の任務を尽くして欲しいのです。」

 

「・・・わかりました、明日シレジアに帰国します。」

 

「フュリー、突然でごめんなさいね。パメラとディートバにも説明しています。暫くは2人の指示に従ってね。」

突然の任務交代にフュリーの頭は混乱を極める事となる、マーニャの顔に少し憂いがある事をヴェンデイは見逃す事は無いのであった。

 

 

 

「どういう事だ、マーニャ。」宴の中、バルコニーに連れ出したレヴィンはマーニャに詰め寄った。

 

「レヴィン様・・・。」

 

「私の婚約を受けてくれない、そういう意味なのか?」

 

「・・・私は、戦いでしかレヴィン様を支える事が出来ない女です。どうか、お許し下さい。」

マーニャは頭を深く、深く下げて謝罪する。

 

「それに、レヴィン様には私よりも相応しい方がいます。」

 

「・・・フュリーの事を言っているのか?」

 

「あの子のお気持ち、察してあげて下さい。あの子は私よりも先に、あなたをお助けしたい一心で天馬騎士を目指しておりました。

才能もなかったあの子が、あなたの為に努力して私をも超えるくらい素晴らしい天馬騎士となりました。

シレジアで彼女を見て感じてみて下さい、きっと私より相応しいと思うでしょう。」

 

「・・・分かった、君がここまで言うのであれば言う通りにしよう。

私も意地だ、君が帰ってくるまで意思が変わらない事を見せてくれる。」

 

「まあ・・・、ご無理をされずラーナ様にお孫様を見せてあげさせて下さい。」

 

2人の意思がアグスティの夜を焦がすのであった。

 

 

 

 

宴の夜、エスリンの出産で女児が誕生した報告が入りますます盛り上がりを見せる。朝までつづきそうな勢いの宴に残る屈強な男共の狂宴にアゼルは意識を朦朧として飲まされていた。

 

「アゼル!どこかにいい女はいないのか?とうとうエーディンまでヴェルダンの王子にほだされてめぼしい人がいななくなってきたぞ!」

 

「んー?シレジアの魔道士部隊にも綺麗な女性がいたよ。レックスならアタックすればいいじゃないか?」

 

「な〜にロマンの無い事言ってんだ!俺たちゃ公子なんだぞ、何処ぞの馬の骨に引っかかったら親父共に何言われるかわかったもんじゃない。」

 

「確かにね、じゃああのノディオンの姫様にアタックすればいいんじゃない?」

 

「あれは・・・、確かにべっぴんさんだが俺には合わない気がするぜ。」

 

「・・・確かにそうかもしれないね。」

 

「アゼル!いいよなあ、お前は約束されている人がいるから余裕でよお〜。」

 

「な、何言ってるの?僕も最近会ってないからわからないよ。彼女、ちょっと突っ走る所があるから何処かでいい人に出会って一気に嫁いでいる気がするよ。」

 

「・・・お前も、気苦労が多いな。」

妙な雰囲気漂う2人の会話に割って入る者はいなかった。

 

 

 

「ねえ、シルヴィアちゃん。いい踊りだったよ。アンコールお願い!」これはアレクである。

 

「あ、いいですよ〜。ちょっと大人っぽい踊り、見せてあげる。」

 

「アレク、やめないか!シアルフィの品位を下げるんじゃない!」ノイッシュはアレクを嗜めるが酒癖の悪い相棒はこの悪癖を止める様子はなかった。

 

「ど、どうせ俺は遅いがネックな重装歩兵だ。

今回みたいな戦いで追いつけるわけが無い、チクショー!」

 

「アーダン、君もグダを巻くのもいい加減にしてくれ!

アレク!踊り子さんに手を出さない!」

 

「くっ!エーディン様!!」ぶつぶつとつぶやきながらヤケ酒を煽るミデェール、フラッシュバックのように思い出しては酒に走り潰れていく彼はもう廃人になるのではとノイッシュは思ってしまう。

 

「ミデェールももう酒は辞めるんだ、あの時ちゃんと祝福していたではないか?」

 

「わかっているさ、わかってはいるけど・・・。」

 

「騎士なら騎士らしく主人の祝福をしないか。」

 

「そうだけど・・・、エーディン様!!」またテーブルに突っ伏してしまい、新たなボトルを手に取るのである。

ノイッシュの苦悩はまだまだ続いていくのである。

 

 

 

シグルド、キュアン、ジャムカ、カルト達は我が子を眺めながらの談義をしている。

これだけの貴族達が一斉に出産ラッシュとなり乳母達もそうでで母親達のフォローにより、一つの場所に移されて対応となっていた。

 

シグルド「キュアンの初子は女児だったのか・・・。」

 

キュアン「ああ、それもノヴァの血も色濃く継いでいるようだ。ゲイボルグはこの子が受け継ぐのか・・・、こればっかりはどうにもならないな。」

 

エスリン「あら?男も女も無いですわ、この時代はどの子も強くなくてはなりませんよ。」

 

シグルド「はははっ!エスリンの気質が受け継がれればレンスターも安泰だな。」

 

エスリン「お兄様!もとはと言えば・・・。」

 

シグルド「わかった、わかった。エスリンが勝気な性格になったのは私と父上の所為だな。」

 

キュアン「フィンを鍛えるのも程々にな。」

 

エスリン「あなたまで!」

 

シグルド「まあまあ、エスリン譲りのキュアンの後継者の誕生に祝福しようではないか。」

 

ディアドラ「シグルド様、セリスも構ってやって下さい。」

 

シグルド「すまないディアドラ、つい・・・。」

 

 

 

ジャムカ「なんだか、随分と所帯じみて来たな。」

 

エーディン「まあ、あなたも人の事は言えない立場ですよ。」

 

ジャムカ「・・・、キンボイスの兄貴にも見て欲しい所だな。」

 

エーディン「ええ、落ち着いたらヴェルダンに行きましょう。・・・あなた。」

 

 

 

カルト「ラーナ様、どうですか?アミッドの愛らしさは?

是非お抱きになってください。」

 

ラーナ「ええ、こう抱いているとレヴィンが産まれてきた時を思い出します。」

 

カルト「レヴィンの奴ならすぐに本当のお孫様が産まれますよ。」

 

ラーナ「まあ!カルトったら♪」

 

エスニャ「カルト様、そう簡単に言わないで下さい。

子供を産むのは大変なのよ。」

 

カルト「そうだったな、エスニャの叫び声が一番大きかったような気がしたよ。」

 

エスニャ「カルト様!」

 

 

シグルド達ははまだ自身の運命を知らないでいた、今ここに集う子供を達が将来襲い来る暗黒の時を切り開く運命の子達である事を・・・、アミッドがこの狂いつつ事象を変えてゆく宿命を背負っている事を・・・。

今はこの刹那の時を両親の愛情を受けて育っていく事を願う一堂であった。

 

 

 

 

再び狂乱の宴に参加戻る、フィンはあの悲しい漢共に脇見もくれずテーブルに積まれた食べ物を漁っていた。

かれは線が細い体型をしているがなかなかの大食漢で、白髪の少女と食べ比べのように競っていた。

 

「人間の癖になかなかやるではないか、私と互角とはな。」

 

「人間の癖にって・・・、君みたい子に負ける訳にはいかないよ。」

 

「むう、私を甘く見おって!」さらに大皿に乗った肉厚のある骨付肉に手を伸ばし、一気に頬張る。

フィンの負け時と隣の皿の炒め物に手をつける。

 

「ちょっと、フィン!聞いているの?」

 

食べ物勝負にラケシスに呼ばれていることに気付かなかったフィンは耳を引っ張られる。

 

「痛い!いたたた!ラケシス様、酷いではないですか?」

フィンは耳を押さえて振り向く。そこには普段の有事に着ているプレートメイルではなくパーティドレスに身を包み、髪を結い上げたラケシスの姿であった。

化粧を施した彼女はまるで雰囲気が違っており、普段の彼女が凛々しい戦乙女と例えるなら今は美しき女神であった。

 

フィンは大皿を落とすがウェンディは器用に空中で拾い上げ、曰くありげな笑みを残して退散する。

(ちっ!あの食欲具合ならフュリーの生殖相手にぴったりだと思っていたのに、あれもつがいだったか。)

 

「あの、あのあの・・・。ラケシス様、私めに何か?」

 

「・・・踊るわよ!」

 

「・・・へっ?」

 

「もうっ!じれったいわね!」

 

ラケシスはフィンの手を取ると、宴の中心にフィンを連れ出す。そしてシルヴィアの踊る場にて諸侯達のダンスの輪に加わったのだ。

ラケシスはフィンの右手を自分の左手に合わせ、左手を腰に回させると軽快なステップでフィンを引っ張る。

 

「あのあの、ラケシス様!私はダンスなど・・・。」

 

「あなたも立派な騎士なのでしょう。淑女をリード出来ないようでは騎士とは言えませんわ、これも鍛錬でしょう。」

 

「ラケシス様、これはまさか・・・。」フィンは青ざめる、口に出す事すらラケシスに対して怒りを吹きあげるような気がしてそれ以上は言えないでいたがラケシスは察したのかフィンが言えない代わりに発言する。

 

「そうよ、これが今回の訓練よ。

淑女に恥をかかせた挙句、一人鍛錬場に残すようでは騎士とは言えませんわ。産後に臥せているエスリン様に変わりましてあなたを鍛錬してあげます。」

 

「・・・今回は優しい指導を賜りたいと思います。」

 

「あなた次第、ねっ!」

曲が変わり、ビートの早いダンスに変わる。フィンの足がもつれそうになるがラケシスの素晴らしい足捌きに転倒は免れるが、右に左に切り替えさせられるフィンはもう混乱状態であった。

くすりと悪戯に笑うラケシスの厳しい鍛錬は続いていくのである。




この後の話ですが、シルヴィアのお相手を考えてますが未だに結論が出ません。
クロード×シルヴィアはちょっとさすがに・・・ですね。
あれ、モロですからね。
アルヴィス×ディアドラもかなりですが・・・。

聖戦の系譜発売時はR18とかR15とか細かく指定無かったのですが、現代ではこのゲーム任天堂から販売できたのかな?色んな団体から抗議が来そうで恐いです。
もしかして、それが原因でリメイクが難しいのではと考えてしまいます。


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桜花

この回で2小節の外伝は終了となります。
書き溜めた分も終わりとなりますので、またしばらく更新はいつも通り月2話〜3話程度に戻ると思います。


宴の翌日、最高潮に達した者達は未だに夢の中を漂っていた。

会場には酔い潰れた者が残るなかシレジアの面々は中庭にて別れの準備に勤しんでいた。

カルトは後ほどフュリーからマーニャに部隊変更する事を聞くが驚く様子はなく了承する、おそらくマーニャの思惑に気付いているのであろう。

今回転送する人数がファルコンであるウェンディが増える為、レヴィンの転移ではなくカルトの転移でシレジアに帰還する事とした。

 

まだ準備が残っているのか全員集まらなくて手持ち無沙汰なレヴィンとカルトは初夏の色合いが強い中庭の植物を幾つしむ。シレジアにはこんなに多様な植物は育たない、レヴィンにとっては物珍しいものであろう。

 

「レヴィン、親父は元気にしているか?」

 

「あれだけ強欲に物事を進めてきた人だからな、権力を剥奪されて少し精力的でなくなりやつれた感じだが元気にしているぞ。」

 

「そっか、それならいいんだ。

しかしよレヴィン、親父を処断しなくてよかったのか?国家に逆らった者を権力剥奪だけなのは少し生温いように感じるが・・・。」

 

「確かに、な・・・。カルトには悪いが俺も処断する方向で進めていたんだ、これは内緒と言われていたが親父さんの処断に断固反対したのはお袋なんだ。」

 

「ラーナ様が!?」

 

「ああ、お前があまりに可哀想だと言って嘆願して回ったんだ。トーヴェの町長を説得し、シレジアの重鎮達にも説明してなんとか権力剥奪と武力放棄を条件に処断だけは免れたんだ。」

まさか、ラーナ様がそこまで尽力していたのはカルトも知らない話であった。

 

「カルトがマイオス様を仕留めようとした経緯を聞いて決心したそうだ、シレジアの為に己を殺して父親に手をかけようとしたカルトの為だけに尽力したんだと思う。」

 

「そうだったのか・・・。レヴィン、教えてくれてサンキュな。」

 

「ああ。お前こそ、マーニャを頼んだぞ。」カルトは無言で頷き、違いに健闘しあう。

現状のシレジアはまだ国内が完全に安定した訳ではない。

マイオスとダッカーは討つ事が出来たが、シレジアにはまだ沢山の権力がおりレヴィンを国王と認めても政においては認めていない輩が存在する。

その為、まだレヴィンにフォルセティを継承出来ていないのである。

 

 

「待ってください!フュリーさん!」

中庭に向かうフュリーを呼び止める声が聞こえ、振り返る。一人の騎士が彼女の元に走り寄ってくるのである。

彼女の目の前にたどり着いた騎士は息切れを正すと敬礼する。

 

「あなたは、確かにシアルフィのアレクさん?」

 

「はい!あなたに命を救って下さったアレクです。

その説はお世話になりました!」

 

「いえ、お元気になられたようで何よりです。戦争とはいえ、ご無理をされないで下さい。」

 

「はい!あなたに救われた命、大切にします。

今日、あなたが任務を終えてご帰還されると聞いたものでご挨拶に伺いました。

お名残惜しいですがお元気で!シレジアでのご活躍を!」

 

「ありがとうございます。アレクさんも、お元気で・・・。」

 

「はい!次お会いした時は是非口説かせて下さい!」

アレクの言葉にフュリーはびくっとする。彼女は真っ赤になって振り返るが、アレクは敬礼姿勢のままウインクをして返すのである。

 

フュリーは笑顔で別れるとすぐにウェンディが合流する。

「ちっ!タイミングの悪い・・・。昨日の内に言ってくれれば子種が得られたのにな、フュリー。」

 

「ウェンディ、いい加減にしないと怒りますよ。」

 

「お前だって欲しいだろう、可愛い子供が!」

ウェンディの連日にしつこいセクハラにとうとうフュリーの怒りが爆発したのか、ウェンディの頭に拳骨が落ちる。

 

「痛いではないか!折角協力しているというのに。」

 

「私は、レヴィン様が好きなの!誰でもいいわけがありません!!」

 

「ほう、それはレヴィンの子供が欲しいと。」

 

「そうよ!過程に違いがありますけど、私は・・・わたしは・・・。」

ウェンディと話している内にいつの間にか中庭にたどり着いていたのだ。シレジアの一同がいる中でのフュリーの本音が大声で炸裂したのだ。

 

「あ・・・、わ・・・、私はウェンディと一緒に空から帰ります!」ウェンディの首根っこを掴むと城外へと走り出すのであった。

 

「ま、待てフュリー!外は危ない!お前は別便で飛ばすから行かないでくれ!!」カルトは咄嗟に追いつき、説得する事となった。

 

 

 

「帰りたくないな、あんな恥ずかしい事になっちゃって・・・。」フュリーはしゅんとしょげており、顔を上げることはない。

 

カルトは一度転移魔法でフュリー以外を転移を終えており、再度魔力に集中し始める。

 

「フュリー、いいきっかけじゃない。あなたならレヴィン様を助けて行けるわ。」

 

「お姉様・・・。」

 

「元気でね、フュリー。」

 

「じゃあいくぞ、フュリー!先に運んだ場所とは違う所に飛ばすからな!」

 

「はい、お願いします。」

 

「フュリー・・・。」杖に魔力が溜まり、フュリーの足元に魔方陣が展開している時にカルトが声をかける。

 

「・・・?」

 

「ありがとな、また会おう。」

 

「カ、カル・・・」

フュリーの言葉は途中で区切られる、転移が成功し彼女は遠いシレジアへと飛ばされたのである。

 

 

 

フュリーは眩い光の中でシレジアに飛ばされ、突然の気候の変化に身震いする。フュリーのみ別の場所に飛ばすと言っていたが、どうやら城外であったようだ。

アグストリアは初夏であるがシレジアはようやく春を迎えたばかりであった、早朝のシレジアにしばらく離れていたフュリーはこの寒さに懐かしむように思った。

 

「カルト、いったいどこに飛ばしたの?」

彼女は笛を吹いてウェンディを呼びつつ辺りを見渡した。

おそらくシレジア近くの山間あたりだと思うのだが、この付近に来た事はないのか見当がつかなかった。

風が彼女の頬を撫で髪に何かが舞い落ちた、フュリーは頭に手をやって舞い落ちたそれを掴み取る。

 

「これは、何の花びら?」鮮やかなピンクがフュリーの目に飛び込んだ。

そして目の前に霞がかかっていてよく見えなかったが先程の風で視界が良くなっていく。

彼女の目の前には大きく立派な木が立っていた、その木には先程フュリーの髪に落ちた花びらがたくさん開花しておりあまりの鮮やかさに目を奪われた。

 

「見事な物だな。」

山間の樹々から白髪の少女がフュリーの前に現れる。

 

「ウェンディ」

 

「この大陸には存在しないと思っていたがあったんだな。年に一度、それも少しの間しか花を出さないが見事な色の花を見せる。」

 

「私も初めて見た。」

 

「フュリーに元気になって欲しいと願ったカルトがここへ飛ばしたんだろう、いつまでもくよくよする訳にはいかないぞ。」

 

「そうね!行きましょう、ウェンディ!カルトも分までシレジアを護るわよ!」

 

二人はシレジアの空へ舞い上がる、ピンク色の花びらを纏わせたフュリーとウェンディは空高く上がっていくのであった。

 

 

 

イザークでは長く続いたグランベルとの戦いにおいて一つの区切りがつこうとしていた、マリクル王子とクルト王子が和解に向けての準備が出来つつあるからである。

初めの戦乱は酷い有様であったが、戦場にクルト王子とバイロン率いるグリューンリッターにリングの率いるバイゲリッターが加わった事でイザーク内の鎮圧が収まりつつあった。先にイザーク内で戦闘を行っていたランゴバルドとレプトールに合流し、彼らの進軍を優先するスタイルから融和である対話の道へと切り替える。

 

マリクル王子の徹底抗戦に苦戦が続いたのであるが、ようやく地道な道のりを続ける事により対話の道へと漕ぎ着けた。

それは大変なものであった、たとえこちらの兵を殺されても相手のイザーク兵を殺す訳にはいかないからである。

捕虜とされた者も無下に扱わず、町の民には炊き出しを行い決して侵略行為ではない事を伝えていく。その戦いが2年にも及んだのである。

ソファラの町にて両国の代表者が集まり、密約を交わす所であった。その密約は限られた諸侯のみに伝えられ、従者は1名のみという条件に基きクルト王子はバイロンを連れてソファラへ赴いた。

マリクル王子も約束を違う事なく従者1名のみを引き連れ、約束の場所に両軍立ち入らない配慮を行う。

 

先に約束の場に到着したのはクルト王子、彼は早い段階より待機しマリクル王子の到着を待つ。武器の類は一切持ち合わせはなく身を守る装備すらしていない、バイロン卿も同様であった。

 

「マリクル王子、遅いでありますな。」

 

「もうじきさ・・・、これが終わればグランベルにようやく帰れるね。」

 

「はい、我々の騒動で息子に迷惑を掛けてしまった。すぐに迎えに行ってやらねばな。」

 

「シグルド公子なら心配いらないさ。バイロン譲りの勇猛さがあるし、何より彼は人を惹き寄せる力がある。

きっと各地から彼の力になる人々が集まり救ってくれているだろう。」

 

「ありがとうございます、そうであるといいのですが。」

 

「終わったら私も一緒に行こう、なんだか行けば良い事があるような気がするよ。」

 

ここでマリクル王子が部屋に入室する。

 

「失礼する、私はイザーク国マリクル王子です。」

 

「おおマリクル殿、グランベル公国シアルフィのバイロンと申します。ささ、こちらへ。」

 

バイロンに促され着座する、彼は雨除けを羽織り雨を落とす姿を見ていつの間にか外は雨が降っている事が伺える。

 

「雨、ですか。」

 

「うむ、この辺りももうすぐ雨季に入る。すまない、突然の雨で遅れてしまった。」

 

「いえ、大丈夫です。では早速ですが調印に入りましょう。」バイロンはクルト王子とマリクル王子に羊皮紙を差し出す。

 

「我々はお互いに様々な痛みを受けた。どちらが悪い、正しいと追求する事は非なる事ではない。

非なる事は、これ以上無駄に血が流れる理解しているにも関わらず突き進む事が非である。

ますば双方剣を引き、次の世代の為にも平和的解決を模索し歩み寄る為の調印である。ご意見等はあるであろうか?」

二人は沈黙のまま頷く、異論がない事でバイロンは二人に調印を促し二人はサインする。

 

「これでイザークとグランベルは不戦条約を締結しました。今後はお互いに無血での真理を模索しようではありませんか、二国の民に平和があらん事を。」

調停は恙無く終わりを見せる、このまま会食をすませ意見の論議を出し合う中で突然の悲劇が起こるのは数時間後の話であった。

 

 

リングの死が突然もたらされたたのである。彼はこの会場にマリクル王子暗殺を企て、アンドレイがそれを看破した。その結果リングを止むを得ず殺害したそうであった。

そしてリングがマリクル王子を暗殺に導いたのはバイロンである事を自白して果てたというのであった。

 

調停会場にもたらされた情報に、一同は情報の錯綜に動揺を見せるがマリクル王子もクルト王子も冷静であった。

だが周りの諸侯達は黙っていたなかった、ランゴバルドとレプトールはバイロンの凶行に憤慨しソファラを襲ったのである。

彼らはなぜソファラの会談を知っていたのか、情報は流されていない筈である。なのにリングは狙撃を企んだとされ、都合よく阻止できたなどのタイミングの良さに疑問がある。

全てが出来上がった策略に翻弄されマリクル王子とクルト王子は討たれてしまう、唯一の例外はバイロンの生存と逃走だけであった。

彼が逃げ延びてしまえばイザーグでの暗殺所業の全てが明るみになってしまう、両名はバイロンの抹殺に全力を傾けていくのであった。

 

 

 

「マンフロイ様、クルト王子の殺害確かに見届けました。」

 

「そうか!奴らめ、面白いようによく働いてくれる。」

リボーの秘密の一室にてマンフロイはクルト王子暗殺の報告に嬉々として聞き入れる、見届けたフレイヤは報告に上がっていた。

 

「マンフロイ様、これで私達の悲願ももうすぐですね。」

 

「そうだ、これでナーガ一族の血を引くものはあと三人になった。バーバラの老いぼれはもうくたばるのも時間の問題、あとはあの女とアルヴィスをなんとかせねばな。

フレイヤ、準備は整っておるか?」

 

「はい、精霊の森の巫女はシアルフィのシグルドが囲っております。例のナーガの血を持つカルトが監視しているので容易ではありません。

アグストリアの内乱が集結しそうでありましたので少しばかり策を労しまして、アグストリア内に止めるようにしております。」

 

「ふむ、イザークにはもう用はないからな。

次の戦乱では儂も参加しよう、その時にカルトという小僧とあの女を処理する。」

 

「マンフロイ様、カルトの能力は計り知れません。

マンフロイ様でも手を焼くと思います、その時は・・・開放してよろしいでしょうか?」

 

「フレイヤ・・・あれをやる気なのか?」

 

「はい、マンフロイ様には万が一があってはなりません、私は喜んで全てを解放いたします。その時は後をお願いします。」

 

「わかった・・・、出来ればあれを使わずになんとかしたい所だ。

お前にはまだまだ働いて欲しい事がある、それは最悪のケースの時にするのだぞ。」

 

「ありがたきご配慮、私も出来る限りマンフロイ様にお仕え致します。」

 

「うむ、お前には時間がある限りアルヴィスに通じて奴を誘導するのだ。あの女をあてがうタイミングも狙うのだぞ。」

 

「はい、そちらも計画通り進んでおります。

あの気位が高い性格をうまく使い、こちら側へ誘い込めております。」

 

「そうであろうな、奴はロプトの血が流れている事を知れば必ずロプトの血を含めた平等な世界を作ると言いだすと思っていた。奴の野心の高さも見えておるからな、今の体制を壊してでも上り詰めるだろうな。」

 

「マンフロイ様の言われた通りでした。私が徐々に知恵を提供し、拐かしていけば予想通りの結果になりつつあります。」

 

「くくく・・・、儂の計画通りか。いよいよ仕上げの段階だな。」

フレイヤは畏る、マンフロイの恐ろしい老獪さにただただ恐れ入るのである。マンフロイの頭脳と、フレイヤの行動力。

この二つが大陸の闇へと誘っていく事となり、シグルドとカルトはこの大陸の動乱に巻き込まれつつあるのであった。




次回より原作の3章 獅子王エルトシャンに入っていきます。
冒頭ではシャガール主導で始まりますが、彼は死んでおりますので別なスタートとなります。

楽しみにして頂けたらと思っております。


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五章 アグストリア編(撤退戦)
シルベール


アグストリアの撤退戦と銘打ち、この話から新章を始めさせていただきます。
原作では獅子王エルトシャンになります、よろしくお願い致します。




さらに季節が進み晩夏となった頃、嵐の前の静けさのようなアグストリアに激震が走る事となる。

 

クルト王子とマリクル王子の殺害、そして殺害の関与にバイロンとリングによる王家簒奪を狙ったとの報がシグルドの元に入るのであった。

詳しい報告によると、バイロンはイザークの傀儡の王としてその座を密かに狙いリングと共に凶行に走ったというのだ。

リングがバイゲリッターを使い会見場所を襲う直前にアンドレイによりその計画を看破し、父親であるリングを止むを得ず倒したとの事であった。

 

ランゴバルドとレプトールは会見場所に急いだがクルト王子とマリクル王子は殺害されていたと報じられた。

すぐに両名はバイロンの行方を追い、グリューンリッターをガネーシャ付近で接触して壊滅したそうである。バイロンは打ち取れず、彼は更に奥地へと逃げんだそうであった。

 

 

「馬鹿な!父上があるそのような事をする訳がない!そんな事をして得をする事など一つもない。」

 

「はい、明らかにこれは仕組まれた事による物は明白です。アズムール王ならば判ってくれる筈です。」シグルドの嘆きにオイフェは落胆しないようにするが、カルトの分析してでは楽観できるものではなかった。

 

「シグルド公子、すぐにシレジアに亡命するんだ。」

 

「えっ!どういう事ですか?シグルド様の身に何か良からぬ事があるというのですか?」カルトの提案にオイフェの方が受け答える、シグルドはまだその事実を受け止めきれていないのであろうオイフェよりも反応がにぶくなっていた。

 

「大有りだ、このままではシグルド公子まで疑いをかけるだろう。何せこちらにはレンスターのキュアン王子がいるしアグストリアとは敵対状態とは言え、エルトシャン王に変わってから対話路線を続けていた。結託している可能性を示唆されているだろう。

それにクルト王子が亡くなられてしまったのなら、宮廷内の権力も以前の物になる。

クルト王子が実権を握っていた時はバイロン公がその恩恵を受けていたが、今は軍部をランゴバルド公で執政はレプトール公が握っている。恐らくこれに異を唱えられる者はいないだろう。」

 

「そ、そんな・・・。」オイフェの愕然とした表情にカルトも唇を噛んでしまう。

彼はまだ若い、宮廷内の事情に疎いのは当然であるがそれを読み切るカルトは自身に嫌気がさしてしまう。

 

「亡命とは・・・、奴らのいいようにされるくらいなら正面から戦って無実を証明してみせる。」シグルドの目の輝きは鈍っていない、この状況でも戦意を衰えない彼の精神力にカルトは安心するのであった。

 

「勝てない相手に突撃する事は無駄死ににしかならない、奴らはイザークでこの2年間戦い続けてきた猛者ばかりだ。

こちらは指揮系統も怪しい混成部隊で切り抜けられる程甘い相手ではないし敵将は聖遺物を持つ聖戦士だ、こちらに勝てる火力はない。」

 

「そうだシグルド、ここでまともに戦っても負けるだけだ。死んでしまえば弁明する機会も失うぞ。」キュアンもシグルドを窘めてくれている、寄り添うようにいるエスリンはバイロンの身の心配で顔面が蒼白となっていた。

 

「・・・ここから北のマディノまで行き、シレジアの船をそこまで出してくれるようにレヴィンに伝心する。

そこから海路でシレジアに亡命するんだ、シレジアからイザークはリューベックを東に進めば辿り着ける。そこまでいけばバイロン公と出会う事ができる可能性も出てくるんだ、まだまだこちらに打てる手は出てくるさ。

みんなもう一人ではない。愛する子供達の為にも、今はその溜飲を飲み込み行動する時だ。」最後の一言が皆の気持ちを吹っ切らせる。愛する相方を、そして子達の為に・・・今は己を殺して行動する事の意味を見出したのである。

 

「シグルド様、確かに方法はそれしかありません。まだランゴバルド卿やレプトール卿が動く前に行動するべきかもしれません。・・・それに、この事実を知ったエルトシャン王の行動も気掛かりです。」

 

「よしてくれ、エルトシャンがそのような姑息な手を使う男ではない。きっと彼ならわかってくれる筈だ。」

 

「シグルド様・・・。」オイフェがシグルドを案じている時に、謁見の間に騒然が走る。

 

血だらけの老年の騎士が、謁見を求めて入室したのである。エーディンの回復する時間も惜しかったのか、手当を受けながらの来訪である。

 

「フィ、フィラート卿ではありませんか!如何されたのですか?酷い怪我を!」シグルドはその身を起こして問いかける、フィラートはこちらに来るまでに矢を射かけられたのか数本の矢がまだ刺さり息も絶え絶えである。

 

「シグルド公子、彼の言う通り早く逃げなされ。

もうランゴバルド卿の軍がユン川を越えてくる、明後日もすればここまで来てしまうだろう。」

 

「なんだって!もうイザークからここまで来たというのか、早過ぎる・・・。」

 

「レプトール卿も遅れてこちらに向かってくる筈だ。

・・・シグルド公子、もうグランベル国内に穏健派はいなくなってしまった。アルヴィス卿ですら、この二人の勢力にアズムール陛下を御守りする事で精一杯の様子。

このままではイザーク、アグストリアですら彼らに制圧されてしまう。

儂はバイロン卿がいずれ軍部を担い、クルト王子が執政を自ら取ることを夢見ていたのだがこんな形で破れてしまうとは思いもよらぬ事であった。

残念でならない・・・。シグルド公子、貴方は私の次世代の希望だ・・・。逃げ延びて、グランベルをお願いします。。」

 

「わかりました。私に出来る限りの力を使って、あの二人のいいようにはさせません。ご安心して治療を受けて下さい。」

 

「ありがとう、シグルド公子。

最後に一つ・・・、ランゴバルド卿とレプトール卿はアグストリアにイザークのシャナン王子がいる事を突き止めている。それを理由にアグストリアにも圧力をかける企てをしている、エルトシャン王にその事をお伝えしてくだされ。」

 

「なんてことだ・・・。わかりました、後の事はお任せ下さい。」

 

「済まぬ、シグルド公子。」

フィラート卿はそのまま退室する、エーディンも付き添いしていくのであった。

 

「オイフェ、マディノまで行きたいがあの砦は如何なっている?」

 

「マディノは現在エルトシャン王が雇い入れた傭兵騎団と元アグスティ軍の騎士達・・・。それとイザークの方々が・・・。」

 

「わ、私!シルベールに行きましてお兄様にお話ししてきます。」ラケシスは顔色を変えて出立する準備に入る。

 

「フィン!レンスターの者なら問題ない筈だ、同行してくれ。」

 

「はい!」二人は謁見の間を早々に退室していく、事は迅速を要求する、各々できる事を思案し行動に移していくのである。

 

「ラケシス姫達が馬を飛ばせば2時間程で着くだろう。

エルトシャン王の許可が下りマディノの兵達をシルベールに撤退してくれれば、後は何とかなる。」カルトはその期待に祈りをこめる、もしラケシス達がその作戦に失敗すればマディノを強引に攻略しなければならなくなる。

ホリンやアイラ達と剣を交える事はどうしてもさけたい事情であった。

 

 

カルトの伝心にてレヴィンは早速船を手配する、カルトの指示するマディノへは早くて明後日となるのであった。

明後日、つまりランゴバルドとレプトールの軍が到着する日でもある、この時間差がどれほどで済むのかが問題となった。

またこの度の戦いは防衛戦となる、攻め込まれる戦いでは弱者となる女性と子供達の退路を確保しながらの戦いを展開しなければならない。カルトは今一度アグストリア周辺の地図を見続けて策を張り巡らせる。

 

「カルト様!お姉様より伝心が入りました。今姉上とクロード様がこの城に到着したそうです。」エスニャが嬉々とした声でカルトに話しかける。

 

「クロード様って、確かエッダの?」

 

「そうです、グランベル公国エッダの最高司祭様です。」

 

「すぐに行こう。」

カルトは自室より再び広間へ戻る、二人は既にシグルド達と対談しておりその輪に飛び込んだ。

 

「エスニャ、久し振りね!」

 

「お姉様こそ!元気でなりよりですわ。」

 

「子供も産まれたそうね、おめでとう!後で見せてね。」

 

「ティルテュ、今大切な話をしています。少し待ってもらえませんか?」クロードはティルテュとエスニャを窘めて再度シグルドに向き直る。

 

「では、私は真実を確かめに行ってきます。

ティルテュはどうしますか?ここで待っていてもいいんですよ。」

 

「私も行きます、クロード様だけでは賊に襲われた時どうにもならないでしょう?」ティルテュの提案にクロードは柔らかい笑みを送る。

 

「ではよろしくお願いしますね。ここからなら私も転移で行けますから、私に捕まってください。」クロードは早速転移魔法を使用して、マディノより更に北にあるブラギの塔へと旅立つのであった。

 

 

「エッダのクロード様が真実をブラギの塔で見定めてくださいましたらランゴバルド卿もレプトール卿もクロード様の話を聞き入れるしかないですね、事態が好転すればいいのですが・・・。」オイフェの提案にカルトはまたしても否定する。

 

「もし、その主犯格がランゴバルド公やレプトール公なら好転するだろうか?」カルトの言葉は酷く冷たく感じる、まだ夏の気候が残っているにも関わらずその言葉は冷たい風の様に胸の熱を奪う様であった。

 

「ま、まさか!グランベルの公爵家である人達が陛下を抹殺するなんて、それをシアルフィ家に押し付けるなど・・・・・・!」オイフェの頭の中にその言葉を当てはめると全てのピースが埋まるのである。

 

「そうだ、押し付けたからこそシグルド公子を公の世界から退出願っているのだろう。今なら傀儡の王を企んだ息子として処理できるからな。

フィラート卿の話であったアグストリアにも攻め込む口実ができ、イザークの王子を抹殺すればアグストリアも手に入れる事ができる。やる事が酷すぎる話だ!」カルトは机に拳を打ち込む、そのあまりの手際の良さにやつらだけの手腕とは思えなかった。

イザークの動乱からこのアグストリアの戦乱まで、ここまで壮大な計画を立てて来たと思われる暗黒教団の狙いが何なのか未だに全容がわからないカルトは苛立ちを隠す事はできず露わにしてしまう。

 

「とにかく、俺たちはこの場を離れなければならない。特に非戦闘員と子供達の避難ポイントを見つけなればまともに戦う事も出来ない。

オイフェ、済まないが俺が見つけた幾つかのポイントを考察してくれ。護衛をつけてそこに送りマディノに入場出来次第彼らを入場させる、くれぐれも敵が察知しにくい場所でマディノに近い場所を考えてくれ。」

 

「わかりました!」

 

「シグルド公子は全軍出発準備をしていてくれ、ラケシス姫の交渉が終わり次第マディノへ向かう。」

 

「レックス公子は先頭をお願いします。キュアン王子も先頭を、シアルフィ軍は殿を、中段に魔道士部隊と弓騎士部隊を集中させて下さい。

天馬部隊はその頭上で辺りの索敵をお願いします。」

カルトは次々と発案していき、誰一人彼の言葉に異論を挟む者は居なかった。彼の思考の早さにオイフェすらついていけない所まで到達していた。

シグルドはカルトの物事を読み切り、仮定がすべて断定に変わっていく彼の考察力はクルト王子の能力を継承している様に思えた。

彼の口調はクルト王子とはまったく違うが、まるでクルト王子が隣にいる様な錯覚を覚えてしまうのだった。

 

 

 

 

ジルベールに辿り着いたラケシスとフィンはばててへばっている騎馬に労いをそこそこに次は自身の足で城塞へ急ぐ、すぐにジルベールに駐留するクロスナイトに制止され二人はその場で尋問される。

ラケシスとわかり、彼女の必死さに衛兵はすぐにエルトシャンの元に通された。

 

エルトシャンは広間にはおらず私室で二人を招き入れたのであった。それは他者に聞かれる事を嫌ったエルトシャンの配慮だろう、彼は何かを予測している様にフィンは感じるのであった。

 

「ラケシス様、私は外で待機しましょうか?」フィンの言葉にラケシスは無言でフィンの手を探して握るのである。

彼女の顔には緊張がありありと浮かんでいる、兄に会う事に戸惑いがある?

いや、彼女は拒絶される事を恐れているんだ。フィンはそう判断し、彼女の手を握りなおす。

 

「ラケシス様大丈夫です、きっとあなたのお話を聞いてくださいます。」フィンは前に進む衛兵に聞こえない様にそっと話しかける、ラケシスは彼の顔を見るがフィンは既に無表情となり前を見据えていた。彼女はひとつ微笑むとフィンと同じ様に前を見据えて歩き出す、彼の温かい手が今はラケシスにとって希望になっていたのであった。

 

そしてひとつの部屋に衛兵は立ち、先に入室する。

程なく出てきた衛兵は二人を通してくれる。中は質素であるが、彼に必要最低限の物資と机が一つのみあるだけであった。

獅子王と呼ばれるエルトシャンは机より立ち上がり、二人を中央へと誘う。

 

「初めまして、私はレンスター軍フィンと申します。

今はラケシス様の護衛の任務にて同行させて頂きました。」

 

「護衛感謝する。ラケシスは私にとって唯一の妹、フィン殿をつけてくれたキュアンにも礼を頼む。」

 

「はっ!主人にお伝えします。

本日は大事な話がありましてラケシス様をお連れしました、積もる話がある様でありましたら別室にて待機させて頂きますが如何でしょうか?」

 

「問題ない、君も聞いてくれると助かる。さ、ラケシス何があった?私に聞かせてくれ。」その瞬間ラケシスから涙が溢れかえる、彼女は大事な一言を発したいのだが憂いの表情から溢れ出る物は言葉ではなく純粋な悲しみからくる涙しか出てこなかった。

エルトシャンはその唯一の妹を優しく抱きしめる。

 

「エルト兄様、私は!私は!!」ラケシスはまるで感情が決壊した堤防の様に泣き、兄を求めるのであった。

 

フィンもなぜが熱いものが頬を伝う、自分の何に感化されたのかわからないがその気持ちが胸が熱くなるのである。それはきっと若くして両親を亡くし、エルトシャンは若くして王となりその重責を一人に背負わせてしまっているラケシスをフィンは知っていた。

それでも兄に迷惑をかけている自分自身に後悔しつつも、兄はそれすらも包み込むその器に彼女は屈服してしまったのだろう。その二人の姿にフィンは涙を流したのであった。




冒頭ですが、かなりの心理的要因から始まる話になりました、神経を使う作成に少し次は時間がかかるかもしれません。


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マディノ

思った以上に早く出来上がってしまいました。
私的にも早く進めたいと思う所があるからだと思っています。


落ち着きを取り戻したラケシスはエルトシャンに事の詳細を説明する。

シグルドが窮地に立たされシレジアへ撤退を計画している事、アグストリアもイザークのシャナン王子を有しておりその事を理由にして侵略をしようとしている事を丁寧に説明していく。

ラケシスの話を終始口を挟む事なく黙って聞き入るエルトシャンは極めて冷静であり、眼光だけが鋭く輝いているのであった。

話し終えたラケシスに対してエルトシャンはゆっくり席から立ち上がりラケシスの肩に手を置いた。

 

「よく説明してくれた。

マディノにいる者達はこちらに撤退させよう、少々手狭になるがそうも言ってられないな。

シャナン王子達は客人でもある、簡単に奴らに渡す訳にもいかぬ・・・。アグストリアとグランベルの戦争になるな。」

 

「エルト兄様!私達もシレジアに参りましょう、シグルド様と共に今は撤退してアグストリアを取り戻す時期を見定めましょう。」

 

「・・・ラケシス。

そうはいかぬ、私に一時期でも祖国を捨てて再起を図るような事は出来ない。

シャナン王子達を傭兵連中に紛れ込ませてシグルド側へ就くように計らう、今まではグランベルの目があったが逆賊の汚名を着てしまったのならこれ以上隠しだてしても意味がない。」

 

「エルト兄様は、お一人でグランベルと戦うおつもりですか?

何故です!そこまでお考えになっているなら、どうしてシグルド様と仲違いをなさったのですか!

あれがなければ今頃シグルド様と一緒にグランベルと戦えたのではないですか!」

 

「・・・今は時間が惜しい。

グラーニェとアレスをレンスターに帰郷させようと思う、すまないが一緒に行ってくれ。」

 

「兄様・・・!嫌です!私も最後まで戦います!

これ以上兄様だけに重責を押し付け、さらに最期の戦いまで決意している兄様を絶対に残しません。私は最期まで、兄様についていきます。」

 

「馬鹿な事を言わないでくれ。この戦いが終わったら必ず迎えに行く、だから・・・。」

 

「嫌です!」

ラケシスはエルトシャンの胸に飛び込む、彼女の強い決意がエルトシャンの意地に負けずと反論するのである。

 

「私は!ラケシスは絶対に兄様のお側で戦います。二人で、グラーニェ様とアレスを迎えに行きましょう。」

 

「ラケシス・・・、強くなったな。

わかったからもう離してくれラケシス、俺はお前の為にも死なない、約束しよう。」

 

「兄様・・・。」

 

顔を上げた時、ラケシスの顔にそっと布があてがわれる。

その甘い香りがする布は麻酔作用のある揮発性液体が塗られていた。意識が遠く感じる中はラケシスはとっさに腰の短剣を取り出して自身の大腿に刺そうとするが、その手もエルトシャンに止められてしまう。

 

「ラケシス、すまない・・・。兄を許せ・・・。」

 

「そ、そんな・・・エルト兄様・・・しなないで・・・」

彼女は次第に体の力が抜け、エルトシャンは抱き抱える。

 

フィンは二人のやりとりにただ立ち尽くすしかなかった。エルトシャンはラケシスを簡易なベットに寝かしつけ、その寝顔を見入っていた。

 

「エルトシャン王、まさかあなたは・・・。」

フィンはこの準備の良さに、エルトシャンは全てを見透かしているようにしか思えなかった。

口にしようとするがエルトシャンはそれを決意の目で持ってそれを制する。

 

「これを目が覚めたらラケシスに渡してくれ。

それとフィン殿、どうかラケシスを頼みます。」

エルトシャンはフィンに頭を下げたのだ、一国の王が頭をさげる事などあってはならない。フィンはその王の覚悟を読み取り、決意を返す。

 

「エルトシャン王、わかりました!私は命に代えても彼女を守っていきます。」そしてエルトシャンからラケシスへ渡して欲しいと頼まれた品は一振りの剣と手紙であった。

フィンは受け取り大事に仕舞う。

 

「では私はグラーニェ様とアレス様、ラケシス様を連れてレンスターへ向かいます。

エルトシャン王!どうか、どうか!ご武運を!」フィンは最期の戦いに望む獅子王に対して、最敬礼を行う。

 

「君のような騎士に出会えてよかった、・・・ラケシスと幸せに暮らしてくれ。」

 

「!・・・はっ!」

 

「別れが辛くなる、行ってくれ。」

フィンはラケシスを抱えると退席する、ドアの前で頭を下げてしばらく制止していた。そしてゆっくりとあげるとドアを閉めていくのであった。

 

「ラケシス、許してくれ・・・。」彼は再度、最愛の妹に許しを請うのであった。

 

その後フィンはキュアンに許可を貰い正式にラケシス姫とグラーニェ夫人、その子供であるアレス王子を連れてレンスターへ送り届ける任務に就く。

彼はエルトシャンの意思を尊重し、レンスター国が後に没落しても三人を懸命に支えていく。その甲斐がありアレス王子はレンスターの元で立派に成長を遂げ、父のミストルティンを求めアグストリアに舞い戻る事となるのである。

ラケシスと結ばれたフィンはその後レンスター国で二人の子供を授かり、その子供達はキュアン王子の子であるリーフと共に帝国と立ち向かっていくのである。

 

 

 

フィンの火急の知らせがアグストリアのシグルド達に入る。マディノ城の明け渡しが決まり、全軍全速で向かう事となった。

非戦闘員と物資の移動がこんなにも大変である事が今回の移動で痛感されたカルト、馬車を多く用意したつもりであったがそれでも数が足りずに往復しなければならなくなった。夜通し行われたその作業の中、予想外の出来事が起こる。

 

マディノの一部の兵が城内を居座っている。その情報を受け、カルトは非戦闘員を受けれる教会から一度入ったマディノに転移する事となった。

 

「どういうことだ!誰が残っているのだ?」レックスは苛立ちを隠せず、先に入った部隊に状況を説明させていた。

 

城門の前に転移したカルトはレックスのやり取りを聞き、城門を確認する。

重厚なその扉は閉められており、閂が入っているのか通常の方法では開く様子がなく門前で討議をしているのであった。

 

「誰が籠城しているのだ?」カルトの言葉にオイフェは躊躇いがちに答える。

 

「はい、どうやらイザークのホリン様がベオウルフという傭兵と共に立て籠もっている様です。」

 

「ホリンが?まさか、あいつがそんな事を・・・。」

 

「はい、なぜその様な事をしているのかも不明です。」

 

「・・・わかった、確認してみよう。」

 

「出来るのですか?」

 

「今も持っていていくれていたらいいのだが。」

カルトは懐から一つの小さな石を取り出し、魔力を込めていくのであった。

 

 

ホリンは謁見の間にいた、ベオウルフとエルトシャンが雇った凄腕の剣士ジャコバンと数名の者に指示を与えている時に懐の石から呼びかけが聞こえてくるのであった。

 

「これは、確か・・・。」ホリンは以前にカルトに渡された瑪瑙の石を思い出し、握りしめる。

 

『ホリン、聞こえるか?』カルトの声が頭に響いてくるのであった。この瑪瑙の石は相手の位置を探す事しか当時のカルトは出来なかったが、応用できる様になり相手の石と同調させて伝心ができる様になっていた。

 

『ああ、聞こえている。カルトだな?』

 

『ホリン、どういうことなんだ?なぜ籠城をしている?エルトシャン王の命令を聞かないとでもいうのか?』

 

『・・・』

 

『ホリン、訳を話してくれ!俺たちに隠し事は必要ないはずだろ?』

 

『・・・俺はここでお前と戦う事にする。遠慮はいらぬ、かかってきてくれ。』

 

『ホリン!』

 

『俺達は祖国を失いカルトの助けでアグストリアの、いやエルトシャン王により2年足らずの安息した日々を過ごせた。なのに、俺達のせいでエルトシャン王を苦しめているのは我慢が出来ぬ。

ここで俺がお前達と戦い、抵抗して戦死すれば少しは言い分も立つだろう。』

 

『馬鹿な!エルトシャン王は傭兵騎団に紛れ込ませる様に言われている、俺達と一緒にシレジアに来るんだ!』

 

『それは出来ない。俺はアグストリアが滅びていくのに、世話になったエルトシャン王を捨ててシレジアに逃げるなど剣士として納得が出来ない。』

 

『な、なんだと?アグストリアが滅びる?』

 

『エルトシャン王は、いやエルトシャンはお前達に生き延びて欲しい一心で今まで尽力されてきたのだ。』

 

『なんだって!ホリン、教えてくれ!一体何が起こっているんだ?』

 

『カルト、エルトシャンがシグルドに宣戦したのはお前達をアグストリアに残る為の芝居だ。シャガール王も、ザイン殿もシルベールで隠遁生活をしている。』

 

『な、なぜなんだ。なぜそん真似を・・・。』

 

『彼は、アグスティに登城した際にロプト教団の者がシャガール王を殺害されそうになっている現場に出くわし阻止したそうだ。

かなりの使い手だったそうだが、その者を打ち破ったエルトシャンにそいつは命乞いをしたそうだ。命を救う条件が、アグストリアとグランベルの情報だったらしい。

その中にシグルド公子の父上が謀反を起こそうとしている、シグルドがこのまま帰国すれば処断される事も聞いたそうだ。』

 

『奴らはそんなに早く、その情報を・・・。』

 

『ああ、だからエルトシャンはシグルドに対して宣戦したんだ。まだイザークに大半のグランベルの軍勢がいるなら、ここでエルトシャンが宣戦すればシグルドの軍が必然と残るしか無いからな。

だから彼はシグルドと戦う素振りを見せて、軍を強化しその時に備えていたんだ。』

 

『その時は、まさかこの・・・!』

 

『ああ、グランベルから本隊がくるこの事だ。

もしシグルド公子が、一緒に戦う道を選んだとしてもエルトシャンは拒否するだろう。

彼は何があってもシグルドを救いたい一心で計画を練られていた。だから、カルトがシレジアへシグルドを亡命させる事は賛成していた。』

 

『俺の計画にはエルトシャン王も亡命できるくらいの軍船は準備している。だからホリン、馬鹿な真似はよすんだ。』

 

『カルト、エルトシャンはその船には乗らない。奴はアグストリアを捨てる事など絶対にしない男だ、そして俺はそんな奴に惹かれてしまった。ここは一つ力比べといこうじゃないか。』

 

『ホリン!』

 

『以前、言っていたなカルト。

俺の父上がリボーからマナナン国王と共にグランベルに出立した時の事だ、国王の処断を避ける為の落とし所が必要だったと。

ならば!今回は俺が落とし所として引き受ける、シャナンとアイラの処断を逃す為に俺はここでお前達を待つ。』

ホリンは瑪瑙の石を床に叩き付けて伝心を強制的に遮断してしまうのであった。

 

カルトは顔面が蒼白となりよろけてしまう。なぜそんな事になった、自問を続ける。

オイフェが何が言っているがカルトの頭には一切入ってきていなかった。

 

(俺は親友を殺さねばならぬのか?)

 

ふらつく足取りで城門の前に立つ。思考が混乱しているが前に進まねばならない、だが進めばホリンと・・・。その相反する思考の中、魔力を集中させ城門を破る魔法を繰り出す。

 

「オーラ!!」

天空より降り注ぐ光の柱が城門を吹き飛ばす、その激しい魔力に全軍驚きに包まれる。

 

「シグルド公子、すまないが広間には誰も近づけないでくれ。

それと中の人達も抵抗するわけではないと思う、丁重に侵入してくれ。」

 

「わかった、君はどうするつもりだ?」

 

「広間にいるホリンと会ってくる。すまないが、全ての権限をシグルド公子にお願いしたい。」

 

「了解した、・・・カルト公。

いつも大変な事ばかり押し付けてしまい申し訳ない、今一度頼みます。」

 

「マディノが無事制圧できたら、相談したい事があるんだ。シグルド公子、聞いてもらってもいいだろうか?」

 

「無論だ、君の頭でも処理できない事なら私の意見など参考に出来ないかも知れぬが君の重荷を少しは背負わせてくれ。」

 

「ありがとう・・・、行ってくる。」

カルトはゆっくりと広間へと向かう、砕けたとは言え魔力探索はまだ可能である。まっすぐその方向へ向かっていく。

 

その通路を塞ぐ一人の剣士が腕組みをし、壁際に背中を預けて立っていた。

カルトを値踏みするようなその瞳をしているが今のカルトには眼中にもなく、そのまま進んでいた。

 

彼の前を通り過ぎた瞬間、横に立てかけていた剣の鞘を抜きカルトに突きつける。

 

「無用な戦いはしたくない、俺はホリンに会いにきただけだ。失せろ・・・。」

 

「まるで生気がない顔をしているな。ここは戦場だ、貴様こそ知り合いと戦えぬと甘い事をほざくようならここで錆にしてやろう。」

 

「やめろ・・・。今の俺は加減はできない、命を捨てる事になるぞ。」カルトの目に、言葉にまるで力がない。しかし噴きあげる魔力は反して体を纏っていくのである。

 

「ぬかせ!」剣士は突きつけた剣を降りかざす。

剣より魔力が発する、それは雷となりカルトに降り注いだのである。

 

カルトの体は吹き飛ばされ壁面に激突し、壁面から煙がふきあがりあたりを白い世界へと変えていく。

 

「私を普通の剣士と思うな、この雷の剣と共に多様な戦場を生き延びてきたのだ。」

剣を鞘に鞘に収めた剣士は広間に戻り始める、結果など見るまでにないと思った剣士であるがそれはカルトに対しては完全に悪手である。

 

通路より強い風が立ち込め辺りの煙をたちまち霧散させてしまう、剣士は振り向き驚きを隠せずにいた。

激突した壁面から立ち上がっていたカルトは左手を前に突き出した状態で立っている、先ほど受けた雷ですらどこにダメージを受けているか分からない程無傷であった。

 

「馬鹿な、私の雷が・・・。」

 

「剣士なら剣で戦うべきだったな、俺にはその程度のサンダーでは焼き殺す事は不可能だ。」

 

「お、おのれ!」剣士は再度剣を引き抜くと、カルトに襲いかかる。

 

見事な連続攻撃であるが、カルトは白銀の剣を抜いてそれを叩き落としていく。

魔道士であるカルトに剣での攻撃は不要である、自分の身を守るだけの剣技に突出した訓練を受け続け、ついに守りだけなら一流と呼ばれる領域に達しようとしていたのだった。

剣士の攻撃をいなし、かわし、受け止め、叩きおとす。カルトの技術に剣士は徐々に余裕を無くしていく、そして大振りの一撃にカルトは攻勢に出る。

唐竹割りの一撃をあえて相手の懐に飛び込んだ、剣士は咄嗟に剣を離して拳打を放ちカルトの顔面を強打するが魔法の準備は終えていた。

 

「エルウインド!」

密着状態から放たれたエルウインドは突風と鎌鼬が発生し、剣士を吹き飛ばしながら身体中を切り刻む。

カルトが先ほど激突した壁面に同じく当たり、その壁面を突破してしまう。さらに剣士は2回転、3回転してようやく止まる。左腕は切断され壁面辺りに転がり、大量の血が辺りに飛沫して染め上げていた。

 

カルトは立ち上がり、自身に治癒を行いつつ死体となったであろう剣士を見つめた時カルトの胸に血が勢いよく送り出される。

そこにカルトが探し求めていたホリンが佇んでいたのであった。彼の瞳はいつもと変わらない青い瞳、意思のある瞳がカルトを映し出しているのである。

外はすっかり闇に包まれ、満月の光が時折差し込まれる。

二人の剣が鈍く反射するのであった。




ホリン

フォーレスト LV25

HP 64
MP 0
力 25
魔力 2
技 24
速 20
運 14
防 15
魔防 3

スキル
追撃 月光剣

白銀の大剣(ソファラ国王から譲られた剣)


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月光剣

「まさかカルトと剣を合わせる事があるとはな、嫌な世の中なものだ。」

ホリンは背中の大剣を抜き放つとカルトと対峙する。彼から放たれる闘気に間違いなく剣士の決意が五感に伝わり、本来剣士でもないカルトにも肌で感じとれる凄まじさであった。カルトも剣を握り直して構えを取る。

 

「ホリン、本気でこの方法が最善だと思っているのか?これこそロプト教団の思惑に嵌っていると感じないのか?」

 

「そうかもしれないな、俺は知らず知らずの内に奴らの蜘蛛の巣に迷い込み絡みとられた獲物と化しているのかも知れぬ。」それでも彼の所作は変わらない。一度二度を大剣を振りいつもの重さを確認する。

 

「ホリン、考え直せ!今ならまだ思い止まれる、俺と一緒に来るんだ。」

 

「カルト・・・、君の申し出には本当に感謝している。結果的にはこんな事になったが君が我らイザークの為に尽力してくれた事を生涯忘れない。

これからする事はイザーク、アグストリアとグランベルの問題だ、カルトの責任ではない。」

 

「ホリン・・・。不本意ではあるがお前が決めた事だ、剣で語りたいならその思いを受けよう。」ホリンは闘気をカルトは魔力を覆わせる。

 

魔力と闘気、それは相反する力であり二つを共有する事はできない。闘気は心の意思であり動の力である、それに対して魔力は精神力であり静の力・・・。

カルトが魔力を使用する限り精神は穏やかに研ぎ澄まさなければならない、心乱せば立ち所に集中させた魔力は霧散し発動しなくなる。

一方ホリンの使う闘気は心昂ぶらせる事で身体能力を上げ、鍛錬と経験により秘剣の様な一撃必殺の奥義にまで昇華する者が存在する。

 

以前知り合うきっかけとなったダーナの闘技場ではカルトに軍配が上がった、それは闘技場のフィールドが広い事が有利に働いた。今回のフィールドはあの時の4分の1にも満たない広さである、魔道士には向かない空間の狭さがこの度の決戦では不利となっていた。

しかしあれから2年足らずで剣の腕も磨き、魔法力は母親の力を受け継ぎ、能力を伸ばしてきた。対するホリンも剣の腕を伸ばし、発動不安定であった秘剣月光剣を随分と物にしている。

月光剣が発動すれば防御は不可能である。剣で受けても鎧で守っても全てを切り裂く最強の矛、ドラゴンの鱗ですらも切り裂いたその秘剣をまともに受ければ必死は確実である。

 

 

カルトは高めた魔力を打ち出す、右手を掲げて放つ風の魔力はホリンに突風となり襲いかかる。

ホリンは一足でその突風を交わすとすぐに切り返しカルトに向かう、カルトもすぐにバックステップしつつホリンの迫る剣に対応する。

ガキィ!

大剣をまともに受ければ白銀の剣といえども一気に砕かれてしまう、後ろに動きつつ受け流してから踏みとどまる。

カルトの動きにホリンはその上達具合につい笑みを零す、約2年前に指導した剣の腕がここまでの動きになるなどとは思っておらず嬉しく思ってしまったのだ。

 

「・・・?」

カルトはホリンのその表情に怪訝な顔をする、ホリンはすぐに真剣な表情に戻ると、受けた剣ごと筋力に言わせて振り抜いた。

吹き飛ばされたカルトは転がりつつ体勢を立て直して立ち上がる、ホリンは迫ってきており再び受ける姿勢をとった。

次は刺突であった、カルトは身を捩りつつ突き進む剣先を自身の剣で側面から当てて軌道を変えつつの回避を試みるが、ホリンの刺突は力強く軌道変更は出来ない。

身を捩る分でなんとか回避できたがそこからホリンの横薙ぎが襲い、胸元を斬られて鮮血が滲む。

カルトはそのまま後退する、傷は深くないのですぐさま回復を急いだ。ホリンはその回復を許しており、深追いする事は無かった。

 

「回復させる時間を与えてよかったのか?」

 

「ふっ・・・、誘っていただろう。あのまま深追いすればエルウインドを使っていた筈だ。」

 

「・・・。」回復を終えたカルトは再び剣を構えると、次はカルトからダッシュして距離を埋めていく。

 

ホリンはその場で体勢を固め反撃の準備に入る、ホリンの体から闘気が吹き出る事を感じたカルトは身体中に恐怖を感じ咄嗟に魔法に切り替える。

 

「ライトニング!」光の魔法を使用する。光魔法は雷系魔法と同様に回避が難しい魔法の一つ、ホリンは放出される大出力の光量を受け苦痛に表情が歪む。咄嗟にカルトへ走り出していたので大光量から逃れる事が出来たが闘気を貯めた月光剣は成立しなかった、カルトの剣により阻まれる。

 

「やはり月光剣を使おうとしていたか、あのまま飛び込んでいたらやばかったな。」

 

「見切られていたか・・・。」お互い手の内を知っている為に決定打を封殺され、攻めあぐねている状況に二人は硬直する。カルトは魔力を集中させればホリンが飛び込み、ホリンが闘気を放出させればカルトの魔法が繰り出される。

 

「ホリン、もう止めにしないか?これ以上やれば本当にどちらかが死ぬぞ。」

 

「カルトが本気を出せばそうなるさ。」

 

「・・・・・・。」

 

「さあカルト、君の全力を見せてくれ。俺はそれが見られれば悔いはない。」

 

「・・・・・・ホリン。」構えていた白銀の剣をだらりと落とし、ついには剣を捨てたのである。そしてゆっくりと歩き出す。

 

「どういうつもりだ。」

 

「ホリン・・・、お前の覚悟に俺も覚悟を決める事にしただけだ、月光剣を使ってみせろ。」

 

「なんだと!その意味がわかっているのか!」ホリンは激昂する、必殺剣である月光剣を剣を持たないカルトに使用してみせろと宣言したのだ。

 

「わかっているさ、その代わり瞬殺しろよ。もし殺せなかった時はお前が死ぬ事になる。」カルトは魔力を解放し始める、その膨大な魔力は嘘を言っているわけでは無いとホリンは判断し構えをとった。

カルトは命を賭けにホリンを信じる事にしたのだ、この様な死闘を強要するホリンにどこかで思いとどまって欲しいという願いを込めながらも、ホリンが向かって来る時は覚悟も決めて最大魔法を使える準備をしていたのだ。

 

 

 

ジリジリと間合いを詰めるホリン、いつの間にか試す側から試される立場に変わっていたホリンは大量の汗を流して葛藤へと変わっていった。死ぬ覚悟はとうにできている、しかし彼にはカルトを殺す覚悟はしていなかった。

もし、カルトがあのままの戦術で戦い続ければ彼が勝利していたであろう。カルトには回復手段があり、多彩な魔法と剣による防御能力で最後は自分が倒れると判断していた。

その戦術を捨て、カルトはホリンに必殺剣による先手を譲る事により精神的にホリンを追い詰める形となった。

いくらカルトが多彩な攻撃手段があるとはいえ、月光剣がまともに決まればどんな人でも全てを切り裂く、瞬殺などいとも簡単に出来るのである。だからこそホリンは悩み苦しむ事となった。

 

どれくらい時間が経ったのだろうか。本当に時間の感覚がなくなり、永遠の苦しみの様にホリンとカルトは硬直させる。二人は闘気と魔力を解放し続けている為、何処かで放たねば気力が尽きてしまう。

ホリンは再度剣を握り直し、吹き出る汗が床を濡らしながら葛藤を振り払う。

 

「いくぞ!カルト!!」ホリンは闘気を最大限に放出させると、間合いも一足先にいるカルトに斬りかかった。

闘気が剣に伝う。淡く、青白い剣閃がカルトを迫り切り裂いた。

ホリンの剣はカルトの右肩に入り床に撃ち込まれる、その威力に大剣は床に吸い込まれる様に深く突き刺さった。

 

カルトはその威力に後ろに吹き飛ばされるが足を踏ん張り、倒れ込む事を拒否する。

倒れれば意識を失い、失血死で絶命すると一瞬で判断したからである。

斬りつけられた瞬間、時間が止まっていた様な感覚から一気に時が動き出す。

カルトの右肩から一気に血液が吹き出した、彼の右腕は宙を舞っておりどさりと音を立てて落ちるのである。

 

「リザイア!!」カルトは涙と共に魔力を解放させた全開状態のリザイアを放つ。

 

ホリンの周囲から光が収束していきホリンの体力とカルトにある傷が共有されていく。そして共有された体力はカルトに流れ、ホリンに傷が移っていくのである。

 

「ぐああああ!!」ホリンは先ほどのカルトと同様に鮮血が迸る。右腕が綺麗に床に落ち、体力を奪われて膝をつくのであった。

カルトは床に落ちた右腕はふっとその場から消えるとカルトの右腕として元に戻りホリンの体力を根こそぎ奪い、無情にも無傷にまで回復するが失った血液までは戻ってこない、力がうまくはいらないが倒れたホリンに向かい歩き出す。

 

「ホリン!」床についた膝でさえ震えているホリンは、床に崩れ落ちそうになりカルトは支えようとするがホリンは制した。

再び気力で立ち上がると、ホリンは息を絶え絶えになりながらもカルトに語りかける。

 

「やはり、うまく決まらなかったか・・・。君に殺せと言っておきながら・・・、俺がこれでは・・・な。」

 

「もういい、喋るな!今すぐ回復を・・・。」

 

「いいんだ、俺は・・・覚悟を決めていた。」

 

「ホリン・・・。」

 

「カルト、君は俺にとって・・・。最高の親友だった。それは紛れもない、俺の真実の言葉だ。・・・こんな事をして、すまなかった。」

 

「・・・ああ!お前はどうしようもない馬鹿野郎だ!!もっと、もっとお前と親友で横にいて欲しかった!」カルトの叫びにホリンは再び笑顔を見せる。

 

「・・・すまないカルト、・・・さらばだ。」

ホリンはふっと目を閉じていき、そのまま前のめりで倒れる。カルトは走り寄り、ホリンの名を叫び続けるのであった。

その慟哭に近い叫びはマディノ城前にいる者達にも届くほどであったと、そして広間中央に深く突き刺さった白銀の大剣はそれ以降誰も引き抜く事が出来ない剣として後世に伝えられていくのであった。

 

 

 

 

落ち着きを取り戻したカルトはホリンの亡骸を丁重に広場の端にシーツをかけていた。感情を吐き出し続けたカルトの表情には精彩を欠き、疲労がありありと伺えるものであった。

 

「カルトと言ったか?やはりお前は奴を殺れる程の男であったんだな。」振り返ると傭兵風の男が立っていた、ホリンとよく似たその金髪に装備で少し狼狽えてしまう。

 

「俺はベオウルフ、ホリンからお前の事は聞いている。」

 

「何の用だ?」

 

「俺がシャナンとアイラを預かっている、ついてこい。」ベオウルフと名乗る男はそのまま広場を後にする、カルトも黙って付いて行くことにする。

 

「ホリンとはこの一年で知り合ったんだが、奴はいい男だった。アイラとよろしくやって、子が産まれて、順風だったのにな。」

 

「ああ・・・。」

 

「国という固定観念の無い傭兵の俺には理解がし難いが、守る物があるというのはここまで人に覚悟を植え付ける物でもあるのだな。」

 

「・・・ホリンは何より国の事を、シャナン王子の事を、アイラ王女の事を案じていた。

今回もエルトシャン王を慮り、シャナン王子を逃す為の事だ。グランベルにアグストリアを責め口を無くす為に命を賭け、シャナン王子達の追走を惑わせたんだろう。」

 

「なるほどなあ、俺もあんた達と一緒にシレジアに逃げればなんとかなると言ったんだがホリンは拒絶していた。

奴が言うにはお前に迷惑を掛けるのは今よりも辛いと言っていた。」

 

「ばかやろう・・・。最後の最後に隠し事しやがって、俺に迷惑をかけたくないなんて言ってなかったぞ。」

 

「それも、奴のいいところなんだろうな。」

 

「ああ・・・。」

 

二人は上階のある一室にアイラとシャナン、そしてホリンの遺児となった双子の兄妹が軟禁されていた。ベオウルフはホリンにそう頼まれていたらしく、鍵を開けると憔悴したアイラが出てくるのであった。

 

「カルト殿、ホリンはやはり・・・。」

 

「すまない、避ける事が出来なかった。ホリンを殺したのは俺だ、アイラの手で裁いて欲しい。」両膝をつき、白銀の剣をアイラの前に置くとカルトは首を落として目を閉じる。

 

「お、おい!」ベオウルフは突然の処刑宣言に驚きを隠せない、アイラはその剣を拾い上げてカルトを見据える。

 

「カルト殿」アイラも膝をつき、カルトの上体をすくい上げ目を合わせる高さにする。

イザーク女性特有の黒目がカルトの心を射抜き、そして乾いた音が回廊にこだまする。

 

「カルト殿、ホリンの意思を継いで生きてくれ。ホリンはシャナンを、この子達を救ってくれると信じて逝ったんだ。命の投げ捨ては許さないぞ!これが私の、私の裁きだ。」そう言ってカルトの胸に飛び込む、彼女もまた涙を流してぶつけようのないやるせなさをカルトの胸で吐き出し続けるのであった。

 

 

 

 

「なにい、アグスティは蛻の殻だと!」ランゴバルド率いるグラオリッターはとうとう予定通り翌日の夜に入場する事となった、しかしシアルフィの混成部隊はすでにマディノに拠点を移しており彼らをさらに追撃する必要があった。配下の一人が報告しランゴバルドは激昂する。

 

「はっ!情報によるとさらにこの先にあるマディノへ向かったそうです。

それに・・・、カルトと名乗るシレジアの男が説明をしたいとこの城に駐留しており、面会を求めております。」

 

「ふん!儂がそんな小国の小童に会わねばならぬのだ、そいつを締め上げて吐かせろ。」

 

「そ、それが・・・。」ランゴバルドの命令に配下の者は歯切れの悪く、言葉を濁している。

 

「どうしたというのだ、はっきり申せ!」

 

「はい、それがそのカルトという者が陛下の血筋の者と名乗るのです。」

 

「なんだと、そんな訳がない!でまかせに決まっている!」

 

「し、しかしその者の持つ魔道書は確かにバーハラ王家の刻印があります。私達では手に負える内容ではございませんのでランゴバルド様に判断していただきたいのです。」

 

「わかった!案内せい!!」明らかにランゴバルドは不機嫌である。彼はイザークでクルト王子を、この手で確かに殺めたのであった。

主君に背く、あのような思いは二度としたくないと思っての凶行を、また再び行わなければならないとなると怒りよりもやるせなさが滲み出てくるのである。

 

彼は早足で大勢の来賓を収容できる大広間へなだれ込む、そこには話に聞くシレジアのカルトがこちらを睨みつけんばかりの視線を送ると立ち上がり一礼をするのである。

そして額のサークレットを外し、彼に向き直る。

 

「・・・確かに、その額の聖痕は・・・。」

 

「俺はシレジア育ちだが祖母がアズムール王の妹君だそうだ、事情は知らぬが出奔したそうだ。」

 

「それで、貴様は儂にあって何をしようとしているのだ。」

 

「今回のアグストリアへの遠征は何が目的だ。」

 

「決まっておる!バイロンがリングと共謀してクルト王子とマリクル王子を殺害した事だ!シグルドはシャナン王子を匿い、アグストリアのエルトシャンやレンスターのキュアンと共にグランベル王家の転覆を計っているのだろう。」ランゴバルドの威勢の言葉にカルトは辛辣な表情となるのである。

ランゴバルドの言い分には最もらしく肉付けされた内容であるが、バイロンが懇意にされているクルト王子を手にかけるメリットがどこにも無い。彼がイザークを手中に収めたければクルト王子を抱き込み、それこそ最もらしい言い分をつけて懐柔する方が利口でありスマートな方法と判断する。

カルトはランゴバルドに自身の身分を明かす事により、新たな突破口を摸索する準備を急ぐのであった。




グランベル編辺りからホリンとカルトは剣を交える運命にあると匂わせておりましたが、実際に書き終えると辛い事でした。
なぜここで彼を戦死させたかという理由は、シレジア編で伏線を予定しております。

ホリンとカルトの決戦データを活動報告で検証してみました、面白いデータになりましたので興味ありましたらそちらも確認して頂けたらと思います。


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残光

更新が遅くなりまして申し訳ありません。
この辺りは、今までの伏線と陰謀の調整で書き直しが何度もありようやく掲載できるようになりました。
色々と矛盾点が出てくる可能性がありますのでその辺りも感想にご指摘等頂ければと思います。


カルトとランゴバルドの一進一退の舌戦は互いに間違えれば思惑を看破されて途端に不利に追い込まれてしまう、言葉を選びつつも有利にたとうと挑発じみた口調に最後の切り札とも言えるカードを切ったカルトはもう後戻りは出来なかった。

その様子をマディノの一室から聞き取るクブリはその行く先を案じつつ、展開を見守る。彼はカルトの持つ瑪瑙の石を譲り受け、自分の魔力を帯びさせてカルトに持たせる事でランゴバルドとの折衝を聞きとる事としたのだ。

 

クロード神父がアグストリアに来た際に教え子でもあるエーディンに招聘の杖を譲り渡している、いざとなればクブリの魔力とカルトの持つ瑪瑙の石を媒介にここへ救出する事も可能である。譲り受けてまだ使用した事が無いのでいきなり使えこなせるかどうかは定かでは無いが選択肢はあった方がいい、クブリの一室にはエーディンとシグルドに加えレックスとアゼル、エスニャまで待機していた。

 

エスニャ「どうですかクブリ?あの人はうまくやっていますか?」

 

クブリ「はい・・・。カルト様はとうとう自身の真実を公表されました、そのおかげでランゴバルド公はカルト様に強引に物事を進める事は出来ず攻めあぐねています。」

 

シグルド「彼の真実?一体それは・・・。」

 

クブリ「はい、今までひた隠しに隠していた事ですが・・・。カルト様はアズムール陛下の血を引いたヘイムの家系の者です。」

 

エスニャ「まさか・・・、あの人にそのような。」

 

レックス「馬鹿な、そんな事ありえない!ヘイムの血筋が他国に存在する訳がない!」エスニャの言葉をかき消すように彼は否定する、各諸侯の貴族達はヘイムの血を神格化すらしている存在である。他国にその血筋がある事など考えたくないレックスの心情が反映していた。

 

クブリ「私も詳しい事はお聞きしていません、私もそれを聞いたのがつい先日なのです。それはアミッド様がお生まれになられた時です。」クブリはエスニャを見ながらそう答えるとエスニャはアミッドの額の話をした時のカルトの反応を思い出す。

 

エスニャ「・・・!まさか、アミッドは?」

 

クブリ「はい、カルト様のヘイムの力を色濃く受け継いでいると仰ってました。」エスニャは驚きを隠せなかったが心の何処かでそれに納得をしていた、シグルド達もそれは同様である。

マディノでの城門破壊に使用したオーラという魔法はシレジアの一魔道士に使える魔法では無い。特に上位魔法であるオーラやリザイアは魔道書の入手も出来ず、魔法の行使はヘイムの家系で生まれながらの血脈か、精霊使いが修行の果てに会得するくらいである。

いくらカルトに魔法の才能に恵まれても光魔法や闇魔法は生まれ持っての環境か、血脈で無いとどうにも出来ないものである。

それをあの頑丈な城門を一撃の元に粉砕したオーラは紛い物では無い、一堂は徐々にカルトが宣言したことに納得を覚えていくのであった。

 

シグルド「カルト公が切り札を切った、という事は現状はよほど自体は切迫しているのですか?」

 

クブリ「はい・・・。おそらくそうしなければカルト様はその場で処断され、すぐにでもマディノへ侵攻した事でしょう。

公表し、額の聖痕で信憑性を得たカルト様の話を最後まで聞かざるを得なくなり、ランゴバルド公は怒りを噛み殺しながらカルト様のお言葉に耳を傾けています。」

 

レックス「そうだろうな・・・。いくら親父でもクルト殿下が亡くなられたのであれば、次期王家継承者の碌に聞かずに処断する事はないだろう・・・話の状況次第だがな。」

 

シグルド「しかしそれでも迂闊な発言は不味い、ランゴバルド卿はかなり強引な手法を使う事で内外にも有名な方だ。下手をすればそんな事は関係なく処断される可能性もある。」シグルドの言葉に部屋は一瞬に温度を下げていく雰囲気になる。エーディンは持つ招聘の杖に自然と握力が入り、エスニャは胸に両手を当てて心配の行動をとる。

 

クブリ「それでも・・・、カルト様はバイロン公の無実を訴えています。彼がクルト王子を殺害するメリットの無さ、イザークを手中に収めるにはあまりに粗末な手段に陰謀があると一歩も引かずに説いています。」

 

レックス「親父相手に正面切って言うとはな・・・。」

 

シグルド「・・・カルト公もういいんだ。今は君が無事に帰ってきてくれるだけでいい、だから無茶はするな・・・。」

 

エスニャ「シグルド様・・・。」シグルドは机に腕を立てて祈りに近い思いを吐き出す、エスニャはその祈りに感謝しつつ精神を集中に伝心を続けていた。

 

クブリ「どうやら今はクロード公の帰還を待っているそうです、ブラギの塔で真実の御言葉を賜ったクロード公の口からこの度の陰謀は誰であったのかを聞けばランゴバルド公も従わざるを得ないでしょう。」

 

シグルド「確かに・・・、推測を越えることはできない以上クロード神父に頼る事しか無いようだ。

クロード神父は誰にでも平等な立場で、アズムール陛下の依頼がある度にブラギの塔に赴いて真実の御言葉を賜ってきた。ランゴバルド卿もその言葉に従わざるをえないだろう・・・・・・しかし。」

 

レックス「クルト殿下を殺害したのがオヤジかエスニャの父親だったら、どうなる?」シグルドの思考を慮り、レックスは自ら父親がその渦中にある可能性を示唆するのであった。

 

エスニャ「そ、そんな・・・!いくらお父様でもそんな恐れ多い事を・・・。」

 

レックス「エスニャの父親はどうかわからんが・・・、うちの親父ならやりかねないかもしれんな。

アズムール陛下からクルト殿下に変わってから執政と軍事は徐々に力を失いつつあり、変わりにシアルフィ家のバイロン卿がクルト殿下の元で発言力が強くなってきていた。

長年執政はフリージ家、軍事をドズル家が受け持っていただけに親父はその状況が面白くない感じだった。」

 

シグルド「確かに、バーバラに登城した時にその様な雰囲気を感じた事はある。しかし、いくらランゴバルド卿もレプトール卿もそんな強引な手法を使うとは思えない。

何かこれにも深い何かがあるように思う、いや思いたい。」

 

レックス「シグルドの想いはわかるが、もしその仮説が当たっているならばカルトは生きてアグスティから出る事は出来ないだろう。何よりあいつはその可能性を以前から示唆していた、もしもの時は覚悟を決めているのだろう。」

 

クブリ「それもそうですが、別の可能性としましてクロード公に追っ手を差し向けてアグスティへ登城させなくするかもしれません。カルト様をあからさまに殺害するより、道中の事故に仕向ける方が都合が良いででしょう。」

 

レックス「それはまずいな、クロードを迎えにいった方がいい。」

 

シグルド「いや、ここで我が軍が支援すればクロード神父の御言葉が我々を庇護するものだと糾弾されてしまう。」

 

クブリ「エーディン様、ここはその招聘の魔法でクロード公を救出できないですか?

人をやるよりも魔法で人知れずここへ救出する方がいいと思われます。」

 

エスニャ「それでは一緒に向かわれたお姉様が取り残されてしまいます、あちらの地ではどのような事になっているかわからない以上その手段は強引すぎると思います。」

論議は次の論議で潰され、全員一致となる回答はなく沈黙となる。

 

『クブリ、マーニャに人知れずクロード公を頭上から監視するように命じてある、その点は心配するな。それよりもアグストリアからの撤退はどうなっている?』カルトから伝心が伝わる。

 

『それでマーニャ様が見当たらなかったのですね、安心しました。シレジア軍船がまだアグストリア領海に入っておりません。

私の配下が乗ってますので、距離が近くなれば伝心が入るはずなのですか。』

 

『そうか・・・、これ以上時間を伸ばすのは難しい。

マーニャにクロード公を追わせた時に対岸の跳ね橋にデューを下ろすように命じてある。

デューが跳ね橋を下ろしてくれるはずだ、うまくいったらオーガヒルに向かえ、奴らの根城を制圧しつつマディノから離れるんだ。』

 

『なるほど、しかしカルト様はどうなさるのですか?』

 

『俺の事を気にしていたら何の為に危険を犯してまで奴らと激論を交わしているのか意味がないだろう、気にせずに行け!』

 

『か、畏まりました。』

 

『それとシグルド公子に伝えてくれ、マーニャの情報によるとオーガヒルの海賊共がこの混乱に乗じて近隣の村々を襲おうと舟を出しているそうだ。上陸されれば厄介になる、奴らを掃討する部隊も選抜してくれ。』

 

『し、しかしそんな事をすれば撤退する事が出来なくなるのでは・・・。』

 

『奴らを掃討すれば、オーガヒルの東の対岸に移動してくれれば船をつけられる。もしくは跳ね橋を守って部隊を通した後にデューに跳ね橋を上げてもらうんだ。危険な賭けになるがシグルド公子が賊を見逃してまで逃げ延びるような御仁ではない、彼に伝えて判断を仰ぐのだ。』

 

『承知しました。』

クブリはすぐさま一室にいる者達に説明する、シグルドもレックスもその決断の早さに相も変わらずのカルト節に感嘆するが時間が無い事は判断できる。会談の続きはクブリに任せ各々が出来る行動に移り出したのであった。

 

 

オーガヒルの海賊がアグストリアの対岸に上陸し始め、微妙な軍事バランスは崩れ去り始めた。シルベールのアグストリア軍、マディノのシアルフィの混成軍、アグスティのグランベル軍が動き出す。

初めに動いたのはマディノのシアルフィ軍であった、村々にレックスとキュアンの軍が掃討に当たる動きを察知し西側に展開していたオーガヒルの賊をエルトシャン率いるクロスナイトが掃討に当たりだした。

 

そしてその動きに、待ってましたとアグスティのグランベル軍が警戒を理由に出撃を始めたのである。

アグストリアのクロスナイツに、グランベルの精鋭グラオリッター。どちらと戦う事になったとしてもシアルフィの部隊では歯が立たない、それにグランベル軍はまだ到着していないがレプトールのケルプリッターが加わればエルトシャンもシグルドも勝ち目はなくなり彼らの思うがままとなる。

撤退を一刻も早く完遂する為、マディノにいる残りの部隊は北の跳ね橋が降りる事を待つ。

『早く!早く下ろしてくれ!!』皆の嘆願が届くかのように跳ね橋はゆっくりと降ろされて行く、潮風に長年晒された稼動部は腐食している部分があるのか不気味な音を立てながら下降して行くのである。部隊が跳ね橋を渡り出し、殿をシグルドのシアルフィが守る形となった。

オーガヒル攻略にはアゼル、シレジア部隊と傭兵騎団が向かい出す。

この混戦に誰もが今までに無い不安を醸し出す。一つでも間違えば一個部隊は全滅に繋がり、その全滅は他の部隊の存続にも直結するのである。

キュアン、レックスが賊の掃討に遅れれば彼らはグランベル軍に制圧される。アゼル達の部隊がオーガヒル制圧が遅れれば、シレジア軍船が対岸に船をつけることが遅れてしまいグランベル軍の追撃を許してしまう事となる。

そしてシアルフィ部隊が跳ね橋の進軍を許せばアゼル達がオーガヒルを制圧する時間を無くしてしまう。

全てに時間も、物量にも劣るこの度の戦いは多大な犠牲が脳裏をよぎりそれ以上に気になる友の決断である。

 

エルトシャンはフィン達との別れ際にアグストリアの地から離れない、グランベルと徹底抗戦を宣言している。

それはシグルドの軍も含めてのいいようなのであろうか?

友を疑問に持ちたく無いシグルドはグランベルとの撤退よりも苦しんでいるのである。

もし、彼がこの地に踏み込んできたら・・・。

もし、彼がグランベル軍に進軍したら・・・。

シグルドの胆力は多少の事では揺らがない、だがこの事態にエルトシャンを慮り憂いを募らせるシグルドであった。

 

 

 

「待て、ランゴバルド公!マディノとシグベールの軍はオーガヒルの海賊共を掃討する為に出撃している。ここであなた達が出撃すれば戦場が混乱する事になる。」ランゴバルドに制止を求めるカルトに対して彼は冷ややかな目でもって一瞥する。

 

「ふん!ここへ攻めてこないとどこに保証がある、マディノとシグベールの軍が密約で共闘していればこちらも身構える必要がある。あくまで待機するだけだよ、こちらからは手を出さなければいいのであろう?」

 

「防衛の手段として、だな?」

 

「そうだ。

あくまで防衛である、こちらは精鋭のグラオリッターとは言っても軍の半分しか派遣していない。不利となればエバンスに撤退するにも出撃はしておかねばならない。」

 

「・・・その言葉、騎士の言葉として信用しよう。だがランゴバルド公!あなたはここにいてもらうそ。」

 

「ああ儂もネールの血を引く聖戦士、逃げも隠れもせん。」

彼はゆっくり立ち上がると立てかけてある聖斧に触れ、聖戦士としての儀礼を見せるがカルトはランゴバルドの瞳に宿る殺意を見逃す事は無かった。

弾かれたようにカルトは立ち上がり、懐ろから魔道書を取り出して魔力を体内から漲らせていく。

 

「やはりこうきたか・・・。自分から本性をこんなにも早く出すとは思わなかったが、わかりやすくて助かる。」

 

「何を言ってるのか分からんが、やはりマディノの軍はシグベールのエルトシャンと繋がっていると思ってな。クロード神父の話を聞くまでも無いと結論に至ったまでの事よ。」

 

「ふっ!よほどクロード公の登城があなたにとって不利になると見える。ますますあんたの陰謀が透けてきたと言ったところか?」

 

「ほざけ!憶測はあの世で考えるのだな!」

ランゴバルドは聖斧を振り上げて突進する。神の聖遺物であるスワンチカは神々しい光を放ち、カルトを両断せんと迫り来る。

 

「ウインド!!」カルトの先制の風魔法が突風となり、ランゴバルドに放つ。至近距離の突風は間違いなくランゴバルドに炸裂するが、彼の突進は止まらない。無傷でウインドを防ぎきったランゴバルドはカルトを一閃する。

 

「!!」カルトはその一閃を胴に受け、吹き飛ばされる。

部屋の壁面に激しく打ち付け埃を巻き上げる、すぐそばにあった窓さえもその衝撃でガラスが粉微塵に割れてしまい埃は煙のように外へ排出されていった。

 

「わははは!不死身のネールの二つ名を知らずにここにきた事を後悔するがいい。儂の前にそんな魔法、そよ風にも満たぬわ!」

 

「がはっ!」下半身を失ったカルトは夥しい出血に回復を諦め、ランゴバルドを睨む。

 

「やはり、お前がクルト王子を殺害したんだな?」

 

「まだ減らず口を叩けるのか、よほどこの世の内に真実を確認したいのだな?確かに・・・儂が殺した、計画したのはレプトールだがな。」

 

「やはり、な・・・。俺は間違ってなかったか・・・。」

 

「納得できたか、代償はお前の命になったがいい買い物だったろう。クルト王子によろしくな!」ランゴバルドは聖斧を振り上げる。その冷たい光はカルトの瞳に映り込むのであった。



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雷槌

先月は更新が遅く申し訳ありません。
なんとか今月は2話、3話と掲載したい所です。



アグストリア、マディノ地方の対岸にはどこの国にも属することのない地が広がっている。この地は現在は荒くれ共の巣食う未踏の地と化しており、事ある度に対岸の村々を襲い略奪を繰り返していた。

近隣の国々はいつしかその地を侮蔑の意味を込めてオーガヒル(悪鬼の丘)と名付けるようになったと言われている。

かつてはこの地もアグストリア同様に草原の地であったのだが、この地の海は潮の流れが早くシレジアにかけて度々大嵐を引き起こす難航の海である為、塩害によりいつしか草原は枯れ果て不毛の大地と変わり果ててしまう。

この地の定住を諦めた人々はアグストリアに帰属し、罪人の流刑地としてしまうことでいつしか悪鬼の集まりと化してしまい手がつけられない荒くれ共の巣窟と成り果ててしまったのだった。

何度となく被害を受けたシレジアやアグストリアが掃討を試みるが、荒れ狂う海と山肌という自然の要塞に恵まれたこの地は守るに易く攻めるに難攻の名所となったのである。

 

アグストリアも対策に乗り出し、マディノから対岸に跳ね橋を設置して陸からの掃討に乗り出すが虚を突かれてしまい跳ね橋の鍵を奪われしまう。それ以来この跳ね橋は降りる事のない不渡の橋と化していたのだが、シアルフィの混成軍はデューという類い稀なカギ開けの能力を持つ少年により再びその橋はオーガヒルへと繋がる道を切り開こうとしていたのであった。

デューが橋を降ろすのに時間がかかったのは動力に使う水車が長年使われていなかったので、引かれていた水が別方向へ流れていたので元の場所に流し直す作業に手間取った事だった。彼の話を後ほどカルトは聞いた時、デューの様々な技術の高さに感心してしまうほどであった。

 

無事、オーガヒルへの架け橋が繋がりアグストリアがかつて行えなかった陸からの制圧作戦をシアルフィが踏襲するかのように作戦に移行する。

アグストリアに貢献するその制圧は純然たる物ではなく、シアルフィ軍がシレジアに亡命する為の手段の一部である事がシグルドには心残りである。せめてこの地を離れる前にエルトシャンと話がしたかった彼は橋を守る名目でアグストリアの最北端で彼を待つのであった。

 

「あ!クロード様!どうでした、お祈りで何かわかりましたか?」ブラギの塔の前で待っていたティルテュは出てきたクロードに彼女なりの労いの言葉をかける。

彼の顔色は青白く、いいお告げではなかった事はティルテュにも理解は出来たができるだけ明るく接する事とした。

 

「ええ、お陰様で・・・。それに、長年行方知れずになっていた聖杖がこの手に戻ってきました。これも、運命といったところでしょう。」

 

「なんですか?この汚い杖。」

 

「これ、そんな事を言えば罰が当たりますよ。これは私達ブラギの血に連なる者しか扱えないバルキリーの杖です。この杖の最大顕現を使えば死者すら蘇生する事ができる奇跡の杖ですよ。」

 

「えー、すごい!これがあれば死人が出なくなるではないですか!」

 

「・・・ティルテュ、残念ですが死者が簡単に生き返る事は出来ません。一度失われた尊い命がこの世に舞い戻る事は残念ですがありません。」

 

「???じゃあ、この杖で生き返らせる事が出来るなんてできないじゃないですか?」

 

「バルキリーの杖は私の意志で使う事が出来ない杖です、運命が・・・」

 

「私、難しい事はわかんない。用事が終わったんなら早く行きましょうよ。カルト様が待ってますよ。」

 

「やれやれ・・・そうですね。急がなければ彼が手遅れになります。

ティルテュ、あなたもこれから避けては通る事の出来ない運命が待ち受けてるでしょう。気を強く持って運命を受け入れるのですよ。」

 

「私?・・・がですか。クロード様それは。」

 

「バルキリーの杖があればここからでも2人で一気に転移できます、行きますよ!」

クロードは新たに手に入れた聖杖を手に魔力を解放させる、2人はすぐさま展開された光の魔方陣の彼方に吸い込まれていくのであった。

 

 

「カルト、どうやら今回はあなたの思い過ごしだったみたいね。」2人から距離を取り、岩肌の一角にマーニャは佇んでいいた。カルトの命を受け、万が一彼らを襲撃する輩を警戒しての護衛であったが何一つ問題なく終わった事に安堵するがそれ故にマーニャは何処かに引っかかるものを感じていた。

あれだけ警戒していたカルトの命がこれだけ空振りに終わる事は珍しい事だった。彼が旅を終えてシレジアに戻ってきてからその能力の開花に皆が驚いた、内乱を終わらせてしまう功績はレヴィンとなっているが側で見ている限りはカルトの活躍なしでは語る事が出来ないほどである。

彼の思考能力は物事の本質を見抜き、最短距離を見つけるが如くである。

その彼が全くの空振りをする事は考えられない、もう一度考え直していくがマーニャには結論が出ない。考えても仕方がない彼女はマディノへと帰還するのであった。

 

彼女は結論には至らない事案、それはカルトの誤算である。

クロードではなくカルト殺害を目論むランゴバルドにとってクロードはどうでもいい事案であった、カルトを殺害しクロードは放って置いてもアグスティにカルトを求めて面会しに来る。その時に口封じすればいい、と考えたランゴバルドの思惑にカルトは誤算の手を打ってしまう事となった・・・。

 

 

 

「うまくいけばバーハラ王家の王として君臨できたかもしれなかったが、運がなかったな。」ランゴバルドは聖斧を残りの上半身に振り下ろし、カルトの身体は今度こそ肉塊となり当たりに散らばる事となる。血飛沫が辺りをさらに赤く染め上げる。

ランゴバルドに勝利の笑みは無く、ただ胸中に虚しさが吹き荒れる。クルト殿下に続きバーハラ王家の血筋を絶やしていく行為に、自分自身過ちを犯している事を理解しているが政から遠ざかる身上に我慢が出来ないジレンマに苛まれてしまい、とうとう引き返す事は出来ない所まで来てしまった。その向け様のない怒りと聖戦士としての血が身体の中で戦い続けているのである。

彼は側にあった花瓶の水を頭から被り血を洗い流す、その行為は頭を冷やし落ち着かせる為でもあるが他者には理解できぬ行為である。

聖斧を同じく血を流すと肉塊となったカルトに一別するかの様に頭を下げて退出する。

 

「謝る事ではないさ・・・。」ランゴバルドはその言葉を聞き、開けようとした扉のノブから離すと直様聖斧を握りなおす。

向きなおるとそこには先程倒したはずのカルトが無傷で立っているのである、床に散乱していた血もどこにも残っておらず花瓶の水だけが床を濡らしているだけであった。

 

「どうした?話の続きはしてくれないのか。」

 

「な、どういう事だ。」

 

「言い忘れていたがこれは俺の残像だ。光魔法で屈折体を作り、風魔法で空気の振動を作ってここにいる様に見せているだけだ。

そんなに遠くにいる訳ではないがな。」

 

「姑息な真似を!」

 

「姑息な真似、それはランゴバルド!あんたの方だ!!

あんたとレプトールの悪事は全て祈祷を終えたクロード神父から聞いた。あんた自身自白した言葉もある、大人しく軍を退いてグランベルで裁きを受けろ!」

 

「くっ、ここまで来て貴様の様な男に邪魔をされるとは・・・。」

 

「さあ、今すぐ。・・・!」突然アグスティに落雷が落ち、カルトの残像が消えていく。

その地響きにランゴバルドは全てを察し、笑みを浮かべる。スワンチカを握りなおすと落雷の現場である、最上階のテラスへ向かっていくのであった。

 

 

「くっ・・・。」カルトは膝を落として受けたダメージを確かめる。火傷を負ったが動けないほどではない、落雷を呼び寄せたその術者に鋭い目線を送りつける。

 

「そこまでだ、ランゴバルドをうまく使った様であるが詰めが甘かったな。」

 

「レプトールか、早いお着きで・・・。」

 

「カルト、貴様には星の数ほど言いたい事があるがこの際はどうでもいい。ここで死んでもらう。」レプトールは魔力を高めだしてランゴバルド同様にカルト殺害へ向かい出す。

先ほどはランゴバルドにこれ以上情報を奪われまいと咄嗟の魔法だったので致命傷は奪えなかった事はレプトールも理解しているし、カルトも咄嗟に風魔法で真空の断層を作り出して雷の直撃を免れている。

2人は一気に魔法を放つ!

 

「エルサンダー!」

「エルウインド!」

 

2人の魔法はぶつかり相殺されていく、雷は真空となった鎌鼬を突き破ろうと放電し風は雷を吹き飛ばそうと荒れ狂う。

互いががつきやぶり術者を蝕む、レプトールは風の刃に刻まれカルトは雷に打たれて吹き飛んだ。

 

「くっ!こやつめ・・・、儂と同等レベルの魔力を・・・。」

 

「まさか、俺のエルウインドがここまで押されるとはな。」

両者はライブを使いつつ立ち上がる。魔力も同等なら魔法防御も互いに高く致命傷には至っていない、直様魔力を溜め出して気力の充実を待つ。

 

カルトは腰から白銀の剣を抜いてレプトールに詰め寄った、普段なら攻撃にはあまり使用しないカルトだがレプトールには有効と踏んだのだ袈裟懸けに一撃を加えるがレプトールも腰から装飾されたレイピアを抜いてカルトの一撃を受けた。

 

「くっ!」

 

「へえ、腰のそいつは飾りかと思っていたが少しは役に立つんだな。」

 

「だ、黙れ!この痴れ者が!貴様の不意打ちに揺らぐ儂ではない!」

 

「魔法だけならあんたの方が有能だが、あいにく俺は魔法戦士でね。」鍔迫り合いの中でも意識を集中できるカルトはその至近距離からウインドを放ち、レプトールを吹き飛ばす。

 

「うおおお!」突然の突風に体勢を崩しながら強制的に後退させたカルトはその隙を突いて魔力を一気に開放して大魔法の準備に入る。レプトールも意識を集中させ、カルトに遅れをとるまいと吹き飛ばされながらも準備する。

2人の魔力に辺りの大気は僅かに振動し、緊張が走り出した。

 

レプトールはまず雷の最大顕現であるトールハンマーは使わない、カルトは判断する。

トールハンマーほどの大魔法は威力は大きいが魔力の溜めが大きく、放出後の魔法防御は一気に落ちる。つまり発動の前後に大きな隙を作るので簡単に放てる物ではない。

カルトは聖遺物を持っていないが、魔力がレプトールと並ぶ程であるので下級魔法でも侮れないダメージを負ってしまう。剣による物理攻撃も持っているのでレプトールにとっては口惜しい事であるだろう。

カルトのペースに持ち込まれたレプトールは舌打ちをしつつ応戦に入る、今回はそれなりの上位魔法を使うつもりなのかさらに魔力を上げている。レプトールはさせまいと完成した魔法を放つ。

 

「トロン!」落雷の如く放たれた上位魔法は轟音と共にカルトへ襲いかかる。

 

「オーラ!」カルトも天からの光線が雷と同じ光速でぶつかりトロンの雷を相殺したのであった。

オーラはさらにレプトールへ直撃し、彼を壁面まで吹き飛ばした。テラスは無残にも以前の形は残しておらず、瓦礫と化していた。

 

「う、おのれ・・・。」リカバーの眩い光を放ちながら立ち上がるレプトールはもう大半の魔力を回復に使っている様子で、カルトと大きく魔力の残量は大きく水をあけてしまっていた。

 

「レプトールお前の負けだ、降参してくれ。あんたはアミッドにとって祖父にあたる人だ、潔く法に倣って罪の清算をしてくれ。」

 

「ふざけるな!貴様如きに言われる筋合いはない!」

レプトールは最後の魔力を振り絞り出す、それはトロンよりも強力な雷の最大顕現であるトールハンマーである事が一瞬で判断した。カルトはその行使を中断させまいと剣を振り抜いてレプトールへ迫るが、視界の隅に鈍く光る反応を捉え咄嗟に身を後方へ宙返った。

その瞬間に巨大な斧がその場の石床を破壊したのであった、テラスの床は完全に抜け落ち階下が見える程である。

 

「今だ、レプトール!やってしまえ!」カルトは遅れてやってきたランゴバルドがスワンチカを投げつけてカルトを制止したのである。

レプトールの魔力を中断できなかった痛恨のミスにカルトも魔力を貯めようと集中するが、ランゴバルドはそれを許さない。

投擲したスワンチカに手をかざしたランゴバルドに呼応して斧は意思を持つように持ち手の元に戻ってゆく、そしてその体躯を活かした第二撃の投擲が行われる。

 

「くっ!エルウインド!!」暴風でスワンチカの狙いを外してその投擲から回避に成功するが、レプトールを狙う事が出来ないのでカルトにも焦りが出る。彼を見ると、その巨大な魔力に魔法の完成された事を感じた。

 

「カルトよ、死ね!これが天の怒りトールハンマーだ!!」レプトールは魔道書を掲げてカルトに放つ、それは一瞬の出来事だった。

 

トロンが落雷レベルであるなら、トールハンマーはまさに神が悪者に落とす裁きの雷。幾重にも重なった雷が、レプトールの指示した場所へ一気に落とされた。

白い稲光りが発したと思ったら、視界がホワイトアウトした後に轟音が響き渡る・・・。

視界が戻った時には、テラスは完全に抜け落ちレプトールとランゴバルドはテラスの入口まで避難していた。

 

「終わったな、あれをまともに受けて生きている訳がない。」荒々しく息を切らしたレプトールは片膝を落としながらランゴバルドに語る。

 

「ああ、あとはクロードの奴を片付ければ全て完了だ。

この有り様を見てここへ来ない可能性がある、探すように部下に命じてくる。」

 

「ああ、頼んだぞ。」レプトールはさすがに魔力は残っていないのか、ランゴバルドに任せ、その場で崩れ落ちるのであった。

 

 

 

カルト行方不明となったアグスティの激戦は奇しくもエルトシャン率いるクロスナイトを呼応する形となり、攻勢に出る事となった。

遠方より見て取れる巨大な雷で、敵将は戦地に出張って来ていない事を明瞭に表していたのである。クロスナイトは全然近くで待機しているグラオリッター、ケルプリッターに奇襲を仕掛けたのであった。

途端に激戦となったアグストリアとマディノの中間部では撃剣と魔法が飛び交う乱戦となったが、クロスナイトのエルトシャンの存在が自軍のポテンシャルを最大限に引き出し、魔法火力はないがクロスナイトが優勢に進めており初日の激戦では前線をかなりアグスティ側へ追いやる事が出来たのであった。

 

しかし、その快進撃は2日目で終わる事となった。3日目にはすっかり体勢を整え直した両リッターはクロスナイトの戦い方を把握し、反撃に出だしたのであった。

ランゴバルドとレプトールの軍勢は、約2年間イザークの激戦を経験した猛者揃いの軍団と化していたのだ。イザークで経験した地形の不良や、異種兵団との戦いで応用力を身につけていたのだ。

例え、敵将不在における戦いだろうと奇襲だろうと対応の工夫はすでに考察済みとなっており対処方法は熟知されていた。

この2日は撤退しながら敵の出方を見定め、3日目より陣形を変え対応してくる戦いにクロスナイトは大いに苦戦する事となっていくのであった。



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オーガヒル

カルトの檄によりオーガヒルへ向かう一堂よりも早く戦線に着いた先発隊はすでに一線を交える直前にまで迫っていた。

オーガヒルの海賊や山賊たちは近隣各国へ散らばっているが、こと国軍と刃を交える時はこの地に集結し大量の軍隊と化して対応する。今回もアグストリアの動乱に警戒したオーガヒルの頭目は散らばっていた荒くれ共を集結していたのだろう。

しかしながらシアルフィの混成軍はこの蛮族さながらの集団を屠ってきた実績がある。一年以上前にこの混成軍が結束したきっかけとなったヴェルダン国との戦いで物量に物を言わせた戦術には慣れている、オーガヒルの連中はヴェルダン程の規模はない上にアグストリアの正規軍との戦いでさらに戦力な強化されている。今更遅れをとることなどない程混成軍は成長していたのである。

 

しかしながらキュアンとレックスの騎馬部隊は現在アグストリア北東部の村々を襲うオーガヒルの海賊の掃討に当たり、シアルフィ軍がマディノの跳ね橋を守護している為に前衛で戦う部隊がいなくなっていた。

シレジアの天馬部隊に魔道士部隊、アゼルの魔道士部隊とミデェールの弓騎士部隊、ジャムカのハンター部隊では心許なかったのだがマディノで合流した傭兵騎団が前衛を務める事となりバランスはなんとか取れる事となった。

 

傭兵騎団の能力はアンフォニー攻略時の戦闘でよく知っている。隊長であるヴォルツを失ったのは手痛い損失であるがその後に受け継いだベオことベオウルフは退団する者はほとんど無くまとめ上げたのである、彼らの多様な戦い様は強力な戦力となるのでエルトシャンとの雇用契約終了した彼らをシグルドは雇い入れる形となったのだ。

エルトシャンがグランベルの大軍との一戦を控えている今彼らを解雇する事などする訳がない、目的はシグルドに傭兵騎団を引き渡したかっただけである。

彼らはフリーナイトである為軍を転用した事にはならない。雇い、雇われる身である。その特性を活かしてイザークのアイラとシャナンを紛れ込ませ、傭兵騎団の保護も踏まえて一緒にシレジアへ逃す算段をエルトシャンは見出しシグルドはその意思を汲んだのであった。

 

 

傭兵騎団がオーガヒルの荒れ地を内陸部にある岩肌の露出する山沿いに東へ進めていった先に奴らの根城があった。

山肌と同化する様に作られたその建築物はもはや建築したものか山肌を削り出して作られた洞窟なのかわからないほどであり、一見ではやつらの根城と判断できなかった。

何処から運んできたのか、石材を積み上げて加工する事により建物の入り口を強調しているがその中は山肌の風穴に直結されている様な感じである。

 

「巌窟王の様な根城だな・・・。」ベオウルフは頭を押さえて呟いた。

 

「やつらはまだ出てこないな、根城内での戦闘を誘っているのか?」アイラはベオウルフの前に詰めて熟練の傭兵に状況の説明を求めた。

 

「いや、奴らのような族連中はアジトを荒らされる事を極端に嫌う。そんな誘いは無いはずだ、何か違和感を感じる。」

 

「違和感?」

 

「罠か、あのアジトはダミーか、だ。」ベオウルフは再度その根城を見渡すがやはり入り口付近に警戒するはずの族共がいない、後者の方を思ってしまう。

 

「時間が惜しい。とりあえず入り口までいってみよう、入るかどうかはその時に判断する。」

後陣の者たちにも伝令を伝えると傭兵騎団は、前進し始めていくのであった。

2人の予想は見事に外れてしまう事となる、それは想像もつかない事態がこの根城が起こりつつあるからであった。

 

 

ゆっくり目を開けると、クロード神父とティルテュが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。ここはどこだろうか?簡易のベッドに寝かされていた私は上体を起こしてあたりを確認する。

頭が鮮明になっていき、2人に救われた事に結論づいた。

 

「目が覚めましたか?」

 

「クロード公、助けてくれたんだな。」

 

「はい、かなり際どいタイミングでしたがなんとか招聘が間に合いました。体は動きますか?」

 

「ああ、問題なさそうだ。」カルトは関節を動かして確認する、傷はクロードが癒してくれたのか服やローブは酷いものになっているが体の傷は全て癒されていた。

 

「酷い傷でしたよ、私のリライブでも完治できない程でしたのでリカバーを使いました。」

 

「感謝します、クロード公。それより私はどれくらい眠っていた?」

 

「丸1日くらいです、ここはアグスティ北東にある教会です。」

 

「そうですか・・・、外の状況はどうなってますか?」

 

「今、すぐ西でエルトシャン王がランゴバルド卿とレプトール卿を相手に善戦しているそうです。戦線を押していき、アグスティの渓谷あたりまで迫っているそうです。

マディノ辺りの賊は掃討されてシグルド公子の元にもどりつつあります。」

 

「そうですか・・・。それでシレジアからの軍船はまだ?」

 

「ええ、まだ海岸に到着した様子はありません。」

おかしい・・・、丸1日予定より遅れている。この時期は比較的時化が酷い事はない、別の要因があって遅れているのであろうか・・・。

 

「クロード公、御告げで両卿の事は伝心で聞いたのだがそれ以外にも何かありましたか?」

 

「・・・いえ、私が聞いたのはこれだけです。何か気になる事があるのですか?」

 

「暗黒教団の事です。レプトール卿とランゴバルド卿が権力欲を持っているのは知っているが、ここまで計画していたとは思えない。裏で奴らが2人をこうなる様に仕向けていた様に思うんだ。」

 

「暗黒教団、まさか彼らが聖地を裏から荒らしていたと・・・。」

 

「充分にありえます、私はイザークからここまで暗黒教団の影が見えていた。奴らは何を企んでいるのか、早く理解しないと手遅れになってしまう様に感じます。」

 

「確かにそうですね、皆さんの元に早く合流してこの話を陛下に聞いていただきましょう。彼らの悪事を暴いてこの騒乱を終わらせる事が出来れば何かが見えてくるかもしれません。」

 

「クロード公・・・。貴方はここにきてからアズムール王に伝心をお使いになった事はありませんか?

私は何度となく使用しているのですが、一度たりとも返事がありません。」

 

「どういう事ですか?私の魔力なら転移はできませんが、この距離なら伝心は使用できますよ。」

 

「私は転移魔法は得意でこの距離でもバーハラまで転移できますが、転移はおろか伝心すらできません。」

 

「まさか、妨害している存在がいるとでも・・・。」

 

「はい、おそらく我らは奴らにとって知りすぎてしまった存在の様です。

こうなってしまったら、直接バーハラまで登城してアズムール王に直訴するしかありません。」

 

「そうですか。では私もあなた達と一緒に行動をするしかなくなり、私も同じ反逆者として御告げを聞き入れてくれなくなりますね。」

 

「そうです、奴らの次の思惑にまんまとかかってしまった様です。

私達の持つ情報は商業ギルドや盗賊ギルドを通して広めてやりましょう、貴族連中には届かなくても一般人の噂から奴らの耳に入れば少しは牽制程度にはなるでしょう。」

カルトはクロードにそう言って魔力の具合を確かめる、丸1日寝込んでいたた為か魔力は7割を超えるほど回復していた。周りを見返すと2人が話し込んでいる間にティルテュは教会の外に出てしまっていた、相変わらず難しい話には加わらない所が彼女らしい。

 

「カルト公、あなたは運命は信じますか?」

クロードからの突然の言葉にカルトはクロードを見据えた、冗談を言う男では無いクロードの目を見れば様々な感情が入り混じっている事が伺える。しかしそこには輝かしさが無く、あるものは負の感情のみであった。

恐れ、怒り、憤り、嘆き、悲しみ・・・。カルトはその昏い感情に息を飲んでしまう。

 

「お告げの事ですか?」

 

「すみません、ティルテュがいたので先程は止めました。

運命の存在、あなたはどう捉えますか?」

 

「運命・・・考えた事はあまりなかったが・・・。もし、自分に決まった運命があったとしてもやる事は変わらないだろう。自分に出来る事をやるだけだ。」

 

「そうでしょうね・・・。しかし、この戦い私達が敗北する事がわかっていたら・・・。あなたはどうされますか?」

 

「なん、だと?」

 

「私達は、負けます・・・。私達が関わった全ての国は破滅に傾き、戦友達も殆ど死に絶えてしまいます。

この啓示を受けた私は、運命を受け入れるしか無いと思っています。」

悲しみをたたえたクロードは運命を享受し、全うする事を決めたのだろう。全力を尽くし最期のその時に向けて活動する事を覚悟した言葉であった。

 

「カルト公、あなたはこれを聞いてどう行動しますか?」

 

「・・・馬鹿野郎だ。」

 

「・・・?」

 

「そんな運命は馬鹿野郎だ!俺は絶対に受け入れない、最期の最期まで抗ってやる!

負けは、負けと認めた時なら俺は死んでも最後まで諦めないぞ!」

カルトはクロードに向けて怒りでも呪いでもなく決意を込めた言葉を言い放つ、クロードは驚きの顔の後笑顔を見せた。

 

「カルト公、あなたならそう言ってくれると思いました。あなたならきっとこの運命を変えてくれると私は思っています。」

クロードは立ち上がり、カルトの対面に向き直ると両肩に手を置いた。

クロードは魔力を解放して、その両肩の手からカルトに魔力を注ぎ込み出す。カルトの体が発光し、全身の魔力が反応しだす。

しばらくするとクロードは肩から手を離して、カルトに向き直ると肩で息をしていた呼吸を整え出した。

 

「クロード公、これは?」

 

「あなたは魔法防御が苦手のようだ、これで少しは抵抗力が出た筈です。」

 

「ば、馬鹿な!この魔法はその代わりにクロード公の防御力が落ちてしまう危険な魔法ではないか!」

 

「私は、いいのです。それよりも聞いて下さい。

私は御告げで確かに敗北の事を知りましたが、貴方だけは違います。私の御告げに貴方の事は一切触れられていなかったのです。

貴方は恐らくこの世界において予見できぬ者なのです。」

 

「どういう事ですか、クロード公?あなたは一体何を見てきたのですか?」

 

「私達は、このアグストリアでエルトシャン王と刃を交える運命にありました。それが、貴方という異端者により運命が変わってきているのです。」

 

「俺が、ですか?」

 

「はい。私の見た予見ではアグストリアにいたジレジアの者はレヴィン王子です、貴方ではありませんでした。

それが、貴方に代わっていて運命が大きく異なっていた。

だからこそ、貴方の行動が私の見た運命を変える者として認識しています。」

 

「レヴィンがこの場にいた、それが俺に変わった・・・。」

カルトは想像を張り巡らせ、思考の渦に入りだすと一つの可能性に到達する。

自身がイレギュラーな存在だとすれば、イザークへ旅立った約2年前から運命は変わりだしていた事になる・・・。

いや、神が俺が生を受けた事自体がイレギュラーと認識しているとは思えづらい。もっと自然な考えで思えば俺に流れるナーガの血がイレギュラーと思えばもう少しスマートな気がしてくる。

(!!俺はイザークで死んでいた存在なのか・・・。)

あのダーナの古戦場の砦でナーガの血を覚醒する事なくあのバランとか言う暗黒魔道士に殺される運命だったんだろう。

その運命を・・・、お袋が俺に渡した魔道書で運命を抗わせ、ホリンがダーナの闘技場で魔道書を裂いた事で邂逅したんだ・・・。

カルトは自然と涙が頬を伝う・・・。

かけがえのない母と親友は、俺を救ってくれていた事に感謝する。

そんな親友を斬り殺さねばならなかった運命を悲観するわけには行かない、ホリンは自分の信念を貫いて俺と戦って逝ったんだ。今は彼が遺した意思を継いで護っていくと再度心に誓う。

 

一瞬で心を立て直したカルトは涙を拭くと、クロードと向き合う。

「さあ、行こう!運命を変える戦いへ!!」

クロードは心中を吐露して安堵するのであった。彼はここで折れる男ではないと信じていたらだが一抹の不安はあった、それが杞憂となった事が喜ばすにはいれなかった。

そして、ここでかわした決意が確かに運命を変えた一石となった事は誰にも知る由はなかった・・・。

 

 

 

「ちっ!貴様らに捕まってたまるか!!」ブロンドの髪を揺らしながら1人の女は窓より飛び出る。屈強な男共の手からすり抜けるように疾駆した身は山肌を駆け下りる様に飛び出した。

 

このまま、疾駆しても地面に叩きつけられては肉塊と化してしまう・・・。彼女はすぐさま弓を引き頭上の岩肌に矢を放つ、後からついていく様に細い縄がくねる様に上がっていくと矢が岩肌に突き刺さると縄を伸ばして落下速度を落としながら振り子の要領で移動していく。

 

彼女はまだ混乱していた・・・。

父親と思っていた前頭目は私の父親ではなかった。どこかの船に乗っていた私を助け、育ててくれていただなんて・・・。

腹心のドバールが勝手に部下を使って空き巣紛いにアグストリアの村を襲い、その愚行を諌めていた時に奴らの本性が暴走し反逆される事となったのだった。その時にドバールから真実を聞き、多いに心が乱れてしまう。

無事に大地に降り立ったが頭上より弓や投石が行われ出した、再び大地を蹴りアジトから離れる。

このまま逃げても次はアグストリアからこちらに向かってきている国軍に捕まれば確実に殺されてしまう。

 

どうすれば良い・・・、彼女は必死に生き抜く方法を考えるが混乱した頭では生き抜く方法は見出せない。

ならば、ドバールだけは許しておく事はできなくなってきた。殺される前にあいつだけは私の手で殺してやる・・・。

そう思った彼女は、その場で立ち止まると弓を持ち直してアジトを睨みつけるのであった。

 

 

 

「動きがあった!」やつらの根城から一斉に賊が飛び出してくる、突然の出現にベオウルフやアイラ達は臨戦対戦を取る。

賊の方もまさか、国軍がここまで来ている事に気付かなかったのか突然の鉢合わせにお互い騒然とする。

乱戦と化した戦場は一気に戦死者が膨れ上がった、傭兵騎団の熟練の対応に空から急襲する天馬騎士団により賊共は散り散りに逃げ惑い始めた。

 

「海に逃げ込むぞ、海岸で止めるんだ!」

天馬に命じて伝令を送るとアゼルの魔道士部隊が対応する。対岸に停泊している船に逃げ込む賊共を逃すまいと魔法で追撃する。

それでも間に合う事はできず、一隻の船が出発する事となった。ドバールとピサールは安堵する事となった。

 

「ふう、まさかここまで詰めていたとはな。」

 

「兄貴!見てくれ!跳ね橋が下されているぜ!」

 

「バカな、あの跳ね橋は潰した筈だ。一体いつの間に・・・。」

 

「ぐわっ!」1人の賊が苦悶の表情を浮かべて海へ沈むと、もう1人も同じ様に苦悶の表情を見せて倒れこむ。胸には一本の矢が背中まで貫通しており、一瞬の内に絶命していた。

 

ドバールとピサールは矢の方向である船首を睨みつけるとそこにはずぶ濡れになった1人の女が強烈な殺気を隠す事もなく現れたのであった。




あの賊達のシナリオを考えていたのですが本編でも殺害数稼ぎと資金稼ぎにしか記憶になく、割愛する様な展開になりました。
私の想像力ではドバールとピサールで出番を作るのはキツかったです、でももう少しオーガヒルの賊はこの後も少しだけ出てきますのでご容赦下さい。
あの女って、あの人ですがこれでは出番が少ないのでちょっとしたやりとりも予定しています。
見捨てずに、見守ってください〜。


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船上

更新が遅くなり申し訳ありません。
アグストリア編は予定よりも変更箇所が多くありましてなかなか思うように進めなくなってしまいました。
ドバールの奴め・・・、こんな雑魚キャラにここまで変更を余儀なくされてしまうとは思っても見ませんでした。


晩夏となった海は水温が思ったよりも低い、それでも彼女は数百メートルを泳いでドバールの船にたどり着いた。

船首に上がるなり2人の元仲間を射殺して、ドバールを睨んでいた。

 

「ドバール、私に逆らったんだ、死ぬ覚悟は出来てるだろうな。」

 

「まさか、海岸から泳いできたのか・・・。」

 

「怒りで分別がついてなくてな、貴様を殺せるならなんだってするさ。」鋭い睨みがドバールの心を鷲掴みにする。

頭目の娘というだけで彼女はその地位まで辿り着いた訳ではない、彼女の持つ弓技の高さに男は彼女に近づ事も許されず射殺されてしまうのだ。

仮にもし近づけても根城の窓から脱出する様な軽業師さながらの身体能力があり、彼女を捉えることは難しいのである。

そうでなければドバールような男共に捕らえられ、女の末路として悲惨な事になるのは想像に易いだろう。

 

「お頭待ってくれ!俺が悪かった。許してくれ!」

ドバールは船床に頭を擦り付け許しを乞うが、ブリギットの前では既に無駄であった。軽はずみな嘘はブリギットの怒りは更に増していく・・・。

彼女は近くなりドバールの擦り付けた頭を勢いよく踏付けたのだ、隣にいたピサールは素っ頓狂な声を上げる。

踏みつけられた船床はドバールの頭で割れて彼の頭から血液を撒き散らす。

 

「・・・何をしやがる!詫びを入れている男の頭を踏み付けるなんてどういう事だ!」

 

「詫び、だと?懐に短刀忍ばせる奴がいう台詞か、お前の嘘に何度もかかってちゃあ私もおしまいだよ。」

ドバールは動揺し、後退りをする。ブリギットの言う通り、彼の懐には短刀を忍ばせており、謝罪に近寄った彼女を襲うつもりであった。

 

「さあ、ドバール!私と戦え!お前が勝てばオーガヒルをくれてやるよ。」

彼女は弓を番えてドバールに相対していく、その瞳には強い意志と殺気が混じり強烈な迫力を生んでいたのである。

ドバールはまだ混濁する意識のままブリギットの前に立つ。背中に括り付けられている斧を一振りすると構えた。

 

 

ドバールは他の海賊とは違う。

世間から疎まれた者や生粋の悪人が身を寄せ合って人々の蓄えを奪う者達の集団の中で、ドバールは自らその身を海賊に寄せた異端者であった。

生家もあり裕福ではないが慎ましげに暮らせば喰うに困る事もない、村では中流家庭に当たる家柄であった。

退屈に思ったわけでもない、毎年小麦を作る事も不満に思った事もなかった。なぜ彼は海賊に身を落としたのか、端からみればそう見えるだろう・・・。

ドバールにはただ一つ常人では測れない野心があり、出世欲があった。中流家庭の家なら出世欲を満たす目的として体力なら騎士を目指し知能なら文官を目指すが彼は正悪に興味がなく、真っ先に野心を完遂出来る目標がたまたま海賊であっただけなのだ。

 

彼は突然村を襲った海賊共を見て、閃光が弾けたかのように彼らについていったのだ。

家族を瞬間的に放り投げ、村を襲っていた彼らを憎む事もなく彼らの一味に入りその集団の頂点に立ちたいと思い立ったドバールは故郷に突然の別れを告げたのであった。

数十年の月日、その野心のみで駆け上がったドバールはオーガヒルでとうとう頭目に継ぐ存在になったのだがどうしても一番になれなかった。

元頭目のブリギットの義父、そしてブリギット・・・。彼らから頭目を奪い取る事だけを望んできた日々、ドバールから恐れが消え再び野心に火をつけていくのである。

 

 

「お頭、死ね!」斧の持ち手を軸に半身を捩り、その反動をつけて投げつける。ブリギットは投擲を得意の軽業で持って交わすとすぐさま射かけようとするが、ドバールは投擲の瞬間に距離を詰めていた。背中にもう一本ある同じ斧を手に、こちらは投げる事なく振りかざしていた。

 

「!!」ブリギットはドバールへの射的動作を中断して、上空に矢を放ちつつ後方へ跳躍する。見事な放物線を描きながら跳ねる彼女は船床に着地するより早く、鏃が捉えた船柱から鋼鉄の糸を手繰りながら空中を旋回した。

ブリギットはドバールに視線を戻すと、予想した通り投げつけた斧はドバールの手に戻っており忌々しくこちらを見据えていた。

 

ドバールの斧は双斧と言われる二組一体の斧で、戦斧に比べれば持ち手が短い両刃の斧である。

両刃ではあるが大小に違いがあり、その微妙な重量バランスの違いが投げた時に与える回転数で旋回して自身の手元に戻ってくる特殊な斧である。

その扱いの難しさ、重量がある斧を片手で扱う事を強要する双斧により使い手はほぼいなかったがドバールはこれを使いこなし頭目の次に次ぐ存在としと君臨したのであった。

ブリギットもそれをよく知っているからこそ、回避に空中を選択し戻り来る斧とドバールに挟まれない選択をしたのであった。

 

手繰り寄せたブリギットは船柱の帆に降り立つとドバールが第二撃を投擲を放とうとしている、ブリギットはすぐさま矢筒より引き抜き初めての射的に入った。

ドバールの投擲とブリギットの矢、重量と威力では問題なくドバールの斧が威力を凌駕するが命中率はブリギットが上である。投げられた斧を狙い、軌道を変えた斧はドバールの手元に帰る事は無く暗い海へと落ちていくのであった。

すぐさま帆に短剣で突き立てて降下するブリギットに軍配が上がったことは明白である。辺りのドバールを頭目と持ち上げた海賊達も声を上げることも無く、この結果を見届ける他なかった。

 

「どうした、ドバール!もう終わりか?その程度の投擲で私に勝てるとでも思ったのかい?」

 

「・・・。」

 

ドバールはもう片方の斧を投擲するが、双斧の片斧が暗い海に沈んだ事もあり先程のような空中への回避はしない。半身をそらして回避し、その手に斧が戻る前にドバールを片付ける事はブリギットにとって造作もない事である。一気に距離を詰めて短刀でドバールに迫るがここで自身の思い込みに失策する。ドバールは持っていたのである、海に落ちたと思われた片斧を・・・。

 

「なっ!」ブリギットは急ブレーキをかけるが、ドバールは突進して迫り来る。その横薙ぎを辛うじて跳躍することで回避に成功するが、斧の切っ先に左腕を切り裂き鮮血が滴る。空中で痛みでバランスを崩すが、転倒を免れるために右手で着地し身を反転させる事に成功した。

 

「お頭、残念だったな。」ドバールの声にブリギットは向き直ると先程投擲した斧も彼の手に戻っており、完全に武装し直していた。

 

「さっき海に落ちたのは・・・。」

 

「あれはただの手斧だ、お頭が空中に逃げている間にちっとばかり拝借したまでよ。」顎で横に控えるピサールを指すと両手を広げて獲物が無いことをアピールしていた。

 

「ちくしょうめ!」

 

「お頭、その腕じゃあ弓はひけんだろう?あんたの負けだよ。」悔しいが指摘通りである、左手の裂傷は思ったより痛みが酷く三人張りの強弓であるこの弓を引くことは出来ない。ブリギットは短剣を取り出しすと警戒する。

 

「こうなっちまったらあんたもかわいい小娘だな?

泣いて命乞いすりゃあ、暫くは俺の女として可愛がってやるぜ。」ドバールの嘲笑気味の言葉にブリギットはゾッとする。先程まで何ともなかったが、途端に濡れた服が冷たく感じ辺りの漢共の卑下た目線が突き刺さり出した。

 

「ふ、ふざけるな!貴様に蹂躙されるくらいなら死ぬ方がましだよ!」

 

「なら、死ね!」ドバールは双斧を投げつける、先程までは片斧づつの投擲であったが今回は一度に二本の斧を投げつけるドバールの必殺投擲である。

左腕をかばっているブリギットには軽業の回避は出来なくなっている、迫る斧に彼女は海へ逃げる選択しか残されていなかった。

 

《奴らにいいようにされるよりはマシ、か・・・。海賊らしく、海で散ろう。》

彼女は諦めの表情で海へ身を投げたのであった。

暗い海に一つの波紋が広がるが押し寄せる波がすぐさまそれを搔き消してしまう。

 

「ちっ!海の藻屑か・・・、もったいねえな。」腹心のピサールが浅ましい妄想を掻き立てながら落ちた海を眺めるのであった。

 

「放っておけ!これから村を襲えばいくらでも手に入る。

アジトに暫く戻れねえがこれからはやりたい放題だ!」ドバールの勝利宣言に船上は大きく歓声に揺れる、彼らオーガヒルの海賊集団は解き放たれ大きな野望に燃えていく。

 

「帆を張り直したら先に行った連中と合流するぞ!奴らから根こそぎ奪え、そしたら俺たちは誰にも負けねえ!」ドバールの号令に船は進路を東へ向かい始めていくのであった。

 

 

 

海岸線を疾駆する一頭の馬がドバールの船を追いかけ続けていた。

散々近隣を荒らして回り、軍が来るなり撤退するあの海賊船に怒りをあらわにしていたアゼルは暗い海に漂う僅かな篝火を頼りに追走していたのであった。

海賊船に乗り損ねた残党の海賊は傭兵騎団とシレジアの天馬部隊と共にアゼルの魔法部隊も編成されていた。

当初は海賊船に乗り込む連中を妨害していたが、一番大きな海賊船の出航を許してしまいアゼル自ら追いかける事となった。

 

「今なら、使えるかも知れない・・・。」アゼルは魔道書を取り出して呟く。

普段の用いている魔道書と違い、これはヴェルトマーのロードリッターとして認められた者のみに与えられる魔道書である。

アゼルはまだロードリッターとしての資格は有しておらず、シグルドの戦いに参加すると決意した時にヴェルトマーから持ち出した決して許されない行為であった。

 

カルトに見出されて魔導騎士になると決意し、もう3年になろうとしていた。彼はこの3年間一日もその決意を投げ出す事なく訓練を続け、今乗っている馬と魔道を通わせる事に成功したのである。

 

シレジアの天馬や、その上位種であるファルコンは産まれながらに魔力を持っている為騎乗での魔法の行使は可能であるが騎馬は別である。

魔法の耐性がない為、魔力の放出に本能が危険を察知し馬上者を振り落としてしまうのだ。

癒しの魔法であれば、攻撃性の無さより使用できるのだが攻撃に使う類いの魔力はどうしても騎馬には受け入れられるものではないらしい。

 

アゼルはその防御本能の抑制から始まったが到底叶うものではなかった。ヴェルダン王国滞在中まで全く進展がなく、幾度となく挫折を味わい続けた。

きっかけとなったのはアグストリアの休戦の1年間で、自身が魔法を発動させる時に無意識だがその魔力に身体が傷つかないように魔力の一部を防御に使っている事に気づいた事であった。

 

馬上で使用時にその防御している魔力を騎馬にも纏わせることが出来れば・・・。この発想が魔法騎士アゼル誕生の瞬間である。

自身の魔力を騎馬と通わせるのは簡単な事ではない、自分とは違う波長を持った生物に魔法を駆使している時の精神力を騎馬にも与えなければならないのだ。その訓練はさらに苛烈を極めた。

馬術としてのコントール、魔力のコントロール、纏わせる魔力のコントロール。一度にこれだけの制御をしなければならない事は不可能である。今迄の数々の失敗が脳裏をよぎる、アゼルは思考の殻にこもってしまっている事に気付きカルトならどう考えるのだろう?といつの間にか親友の意見を考えてしまう自分に自嘲してしまうのであったがその時に声が脳内に響く・・・。

 

《なら、馬術のコントロールを辞めちまえばいいんだよ!》

 

出来ないことはやらなければいい。きっと魔道を通わせる事に成功した馬ならアゼルを信用してくれているし、アゼルも騎馬を信用している。

騎馬に行動は全てを任せて、自身は魔力の集中する。

それに気付いた時、アゼルの長年の夢は達成したのであった・・・。

 

 

速力を落とすことのない愛馬に全てを委ね、自身は新たな魔道書を手に集中する。愛馬は砂地の悪い場所を避けてくれていて振動はそれほど気にならない。

アゼルは魔力を解放させて、さらに精神を高める。

額から汗が吹き出し、ロードリッターにのみ許されたこの魔法の難しさがよくわかる。

 

普段使う魔法とは違い、近距離から打ち出す魔法ではない。はるか頭上に魔力を撃ち放って大気より燃焼物質を集め、落下速度により摩擦熱で持って発火させて敵に落とす大魔法である。使う場所や使い手が間違えれば自軍にも被害が出てしまうかもしれない魔法である。

 

アゼルは初めて使う魔法だが、狙うは海上に浮かぶ船・・・。間違えても他に被害が出ないこの環境下なら使用可能と踏んだのであった。

それでも、奴らを野放しには出来ない。ここでオーガヒルを壊滅しなければこの先アグストリアは不安な情勢の上にオーガヒルからも怯える毎日を過ごす事になるのだ。

炎の紋章を持つ家紋にかけて、断罪の炎を与える義務があるとアゼルは誓う。

 

「メティオ!!」両手を掲げて完成した遠隔魔法メティオは臙脂色の光を放ちながらドバールの船に接近する。

かなりの速度が出ているはずなのに、遠目からみればゆっくり堕ちているように見えるのがなおこの魔法の恐ろしさを感じさせるのである。

船に直撃したメティオは激しく炎上し、短い時間の中で沈没したいくのであった。

 

ドバールの頭目の夢はまさに夢一夜として暗い海に沈む事となり、アゼルが長年の夢を完遂できた違いは一概に業による物と区別するには簡単な事柄ではないのだろう。

せめて魂の救済だけでもあって欲しいと願うのは誰の祈祷であろうか・・・、後世の名もなき詩人の一説である。




次回はなんとか今月中に・・・


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風の剣

端末が変わりまして更新が遅れ気味でした。
何とか取り戻したいと思ってます。


暗い・・・寒い・・・苦しい・・・。

ブリギットの僅かな意識が身体に起こっている状態を脳内で読み上げた。

既に肺にあった酸素も吐き出して海水で満たされてしまっている、あと僅かでこの残り少ない意識も酸欠から刈り取られてしまうだろう。

 

この感覚、以前にも記憶があるな・・・どこでだろう?

・・・・・・まあ、いいか・・・。今となってはもうどうでもいい、ドバールにしてやられたのは悔しいけどこれ以上は未練になるな。

親父、会ったら私が実の娘でなかった事を問いただそう。

 

彼女は、最後に目を開ける。海面を見ているはずなのに、真っ暗であった。

最後に明るい空を見たかったが、そういえば夜だったな・・・。

そして再び瞼を閉じていく、生への拘りをやめたブリギットは暗い海の深淵へ向かうのだがそれをとめる一つの影が彼女の手を取る。

 

〈誰・・・?〉

彼女が意識を保ってられたのはここまでであった。

 

 

 

ブリギットが目を覚ました時は、海岸の浜辺にいた。

どうやら助け出された後、救命処置を施され蘇生されたのだろう。左腕の裂傷も見事な処置で止血と消毒が行われていた。

このあたりは不毛の大地の筈なのに何処からか大葉の葉を3枚敷かれており彼女の身体は保温されていた。

 

上体を上げて辺りを見渡す。夜は潮の流れが早い・・・、根城とは随分離れた場所に打ち上げられたようで見覚えが無い場所であった。

一体誰に助けられたのだろうか?身体を一通り確かめる限り、女としての尊厳を奪われた形跡はない。オーガヒルの連中ではないと踏んでいるが、国軍の類であればいのちは生かされるがこの後待っているのは尋問と拷問であることは間違いがないだろう。

だが、ブリギットの側には弓も矢筒もある。そこが不可解であり彼女は逃げ出そうとも現れた所を攻撃する気もなかった。

 

朝日が昇りは始め、ブリギットも疲労からうつらうつらとし始めてしまった時に突然に彼女を助けた人物が現れたのである。

 

「ああーびっくりした、でもまあいいか!いいもの拾っちゃった〜♪」1人の少年がこちらへ歩いてくる、あどけない少年はオーガヒルの荒くれ共とは違うが同じ匂いを感じる、彼女は立ち上がって一礼する。

「あ!もう気がついた?身体は大丈夫?」

 

「お陰様で、身体は何ともない。私はブリギット、名前を聞きていいか?」

 

「おいらはデュー、今は雇われの盗賊さ。」

 

「雇われている?まさか、国軍の類にか?」ブリギットは少し身構える、デューはその警戒もなんのその笑顔を持って説明する。

 

「おいらはグランベルに情報提供や内偵をしてる盗賊さ、オーガヒルを攻略しようとしていたので先に潜り込んでいたんだけどあんたはトバールに追い出されたんだろ?」

 

「率直に言ってくれる・・・、事実であるのが口惜しい所だ。」

 

「近隣からあんたの話しは聞いていたよ、弱い者から強奪はしない義賊だってね。だから船から落ちた時に助けたんだ、それだけが理由では無いんだけどね。」

 

「?」

 

「それはその時にまた話すよ。とりあえず出来ればおいらと一緒に来て欲しい、決して悪い事にはならないから。」

デューはその話の時は真剣であった、ブリギットは逡巡する。

どの道この地は既にグランベルの国軍がひしめきあっている、何処に身を潜めていてもオーガヒルが瓦解した今何処ぞの国がこの機を狙って制圧するだろう、この地の周辺領海がオーガヒルの海賊から解放されれば周辺国の海上貿易がさらに活性化するからである。

 

「私も元頭目だ腹を括ってお前についていこう、煮るなり焼くなり好きにするがいい。」

 

「だから、そんな事にならないってば!」デューは苦笑いをしながら早速出発の準備を始める。

 

「しかし、先程血相を変えて戻ってきた風であったが何かあったのか?」ブリギットは先程の出会いを思い出す。

 

「うん?ちょっと、ね・・・。神様に怒られちゃった。」

デューは近くにある塔で経緯を話すとブリギットは始めて笑みを見せた。

 

「それは災難だったな。あの地は確かブラギ神が降臨する古の塔だそうだ、こそ泥紛いをするデューを嗜めたんだろうな。」

 

「罰が当たらなきゃいいんだけど・・・。」

 

「罰を与えるならそんな立派な剣を与えてくれないさ、ブラギ神はお前に何か使命を与えてその剣を渡したんだろう。」怯えるデューにブリギットは微笑を浮かべる。

 

デューは腰に吊った新たな剣を抜く。柄は鞘は古ぼけているが刀身は当時のままの様で、白銀に似た光が朝日を浴びて輝いた。それは魔法を帯びた一振りの短剣で重さをまるで感じない、以前まで使っていたショートソードよりも軽くいが切れ味は段違いであった。

柄には長年風雨にされされて判別しにくいが何処かの国のエンブレムが彫られていた、おそらくかつてここの海域を巡って国軍とオーガヒルの戦いで紛失したのだろう。国にあれば宝剣の類にあるのは間違いない。

海に流されたのか、この地で留まり続けてデューに渡ったのか知る由は無いがブラギの塔付近にあったのは間違いない。なんらかの謂れがある様に思えるのであった。

 

「とりあえずその剣を仕舞ってくれ、ありがたい剣なのだろうが私はその剣を見たく無い。」ブリギットの意外な返答に慌ててデューは鞘にしまう、デューは怪訝な顔をしてブリギットを覗き込む。

 

「気のせいの筈なんだが、その剣見た事がある様に思えてな。見ていると嫌な感覚になってしまう・・・。」

 

「・・・?」

 

「気にしないでくれ、それよりも早く行こう。ドバールの船よりも先に出た船が気にかかる。」

 

「え?あの船だけではないの?」

 

「ああ、もちろんだ。あれだけのオーガヒルの海賊があの程度の船一隻で乗り切る訳がないだろう。

ドバールの奴、昨日にどこかの国軍が出張ってきたと言って先に出した船が数隻出撃させていた。」

 

「それって・・・、不味いよ。おいら達その船に乗って追撃から逃れる予定なんだ、遅れている理由はそれだったんだ。」

 

「何?お前達は一体何を成そうとしているのだ、詳しく話せ!」

デューとブリギットは互いの情報を擦り合わせていくのである。

 

 

オーガヒルでの攻防の中、アグストリアの各地は凄惨な激戦へと変化していた。優勢であったクロスナイツは体勢の立て直したグランベルの精鋭軍に徐々に徐々に窮地へと追い込まれていく、王都目前まで迫ったクロスナイツは峡谷での戦いで敗走してから事態は悪くなる一方であった。

ついにシルベールに迫りつつある両家の進撃についにエルトシャンは苦渋の決断を行った。

 

「シルベールを捨てて、マディノへ撤退する。

ここには、アグストリアを信じて移住してきたアグスティの民もシャガール王もいる。戦火が及ぶわけには行かぬ、最後の抗戦はマディノ城外で行う。」

エルトシャンは口には出さないがシグルド達の追っ手としてもここで時間を稼ぐ意図があった。

部下の情報によるとシグルドの混成軍はもうオーガヒルへ向かっており、マディノには一兵たりとも残っていない。直近まではシグルドのシアルフィ軍が残っていたが、オーガヒルの海賊が思ったより大量に残っておりとうとうマディノを発っていた。

直様残されたクロスナイツにシャガール王を護衛したいたアグスティ軍を加え、まさに最後の戦いへ臨もうとしているのであった。

 

「エルトシャン、すまぬ・・・。

儂がもっとしっかりしておればこの様な事態を招く事は無かった、お前の様な男が残っておればいつかはアグストリアの再建は可能な筈なのに・・・、なぜ死に急ぐ。」

シルベールの城門前ではエルトシャンを待ち構えたシャガールはエルトシャンを嗜める。

 

「勿体無いお言葉、私は今程騎士として充実した日々を送れている事に本分を感じております。

王を護り、友を救い、妻子兄弟の命を尊く思えたこの日々を生涯の勲章として最後の戦いに赴けるのです。

シャガール王、どうか生きて民の為に戦後処理をお願いします。」

 

「・・・うむ、分かった。生き恥を晒してでも民の為に、お前の為にも生き延びよう。

エルトシャン、武勲を祈る、勝って、生きてここに帰ってきてくれ!アグストリアの為にも、お前を想う人の為にも・・・。」

 

王は人間の心を取り戻した、エルトシャンはそれだけで悔いは無かった。もう遅いのかもしれない、だがアグストリア存亡の危機に立ってなお王が心を取り戻した事にエルトシャンはまだ希望はあると確信していた。

シグルドとカルトは約束を守った。王を殺さないどころか彼に心を取り戻してくれた事に最大限応える事が騎士として、友としての責務である。エルトシャンとカルトの親友とも言える男がマディノで義を貫き、その人生を全うした。エルトシャンもその地で義を貫ける事を課しているのである。

 

マディノに辿り着き、城の前に陣営を張るアグストリア軍に迫るグランベルの精鋭ランゴバルドとレプトールの軍勢・・・。その数はもう3倍以上の戦力差になろうとしていた。

両家の精鋭であるグラオリッターとケルプリッターに有効な手段はない。平地での戦いであるので奇襲の類は見当たらず、森林等に身を潜ませてしまえばシルベールを制圧されてしまう、エルトシャンは敢えて遠方より見えるマディノの高台に陣営を設置して待ち伏せる事としたのだ。

 

「これが最後の戦いだ!アグストリアの存続派この一戦にあると思え!大きな戦力差だが高台を利用し、わが国が誇る最新の投擲機があればその数も埋める戦いになる。

仮に我らが心半ばで討ち果たされようとも、グランベル軍が消耗すれば我らの後を継いでシャガール王が必ず討ってくれる。

皆の者よ!最後の戦いであるが次に繋げる戦いにしてくれようぞ!」

歓声が上がる、死を覚悟してなおこの士気の高さにエルトシャンは最敬礼する。その長い敬礼の前に彼らもまた敬礼でもって返すのであった。

 

エルトシャンの最後の戦いは、グランベル軍を大いに苦しめる戦いとなった。

エルトシャン自ら高台から馬を駆け下り敵陣へ切り込んだ、その闘志にクロスナイツも形振り構わず高台から駆け下りていく。味方に当たることも承知の上で投擲機は次々と射出される、数は奴らの方が圧倒的に多いのだ。味方より敵に当たる方が確率は高い。勝利の為に、敵陣に切り込んだ彼らは承知の上でありその言葉の為に個を犠牲としていた。

グラオリッターの圧倒的な破壊力を持つ戦斧部隊にエルトシャンのクロスナイツは引けを取らない戦いぶりである、相手の獲物に合わせて使い分けるクロスナイツの方が優勢であるが後方に控えるレプトールのケルプリッターの雷魔法に苦しめられた。エルサンダーが容赦なく打ち出され、倒れていくのである。

 

「動いて的を絞らせるな!目の前の敵に集中しつつその場にとどまるな!」エルトシャンの声が戦場を響かせる。

後方のケルプリッターに投擲を集中させ、前衛はグラオリッターに相対する事に切り替わる。

これでしばらくは戦場は一進一退を繰り広げる善戦となったのだが、この均衡はすぐに破られる事となった。

約三時間程経過した頃であろうか、雨が降り出しそうになった時に後方の投擲機部隊に凄まじい雷が落ちたのだ。数度その雷は落ち、投擲機部隊は全損に近い被害を受けた。

 

後方支援を失ったクロスナイツ、アグストリア軍は次第に後退を続けてしまい陣営を張ったすぐ側まで追いやられてしまった。

日も落ち、本日の戦闘は終わりを告げて本陣に戻った時には彼らの部隊500は200までに減ってしまったのである、この人数では夜襲に対応する人数すらままならない。

休む事も許されず全員が交代で番を取るしかなかったがそれでも彼らには絶望はなかった、約300の兵はうしなかったがグラオリッターは1500いた軍勢が半分近くまでに減らしていたのである。

番をしながらもこの結果に彼らは多いに讃えて亡くなった仲間と、生き残った仲間で多いに士気を昂らせていった。

 

エルトシャンはその喧騒に一つの笑みを浮かべる、彼もまたかなりの疲労を蓄積されていたが精神の昂りで今だ疲れを感じなくなっていた。

今はまだできる事を模索しようと、天幕に篭り地形図を広げて明日の戦いを考えていたのである。

どう考えても、この戦は負け戦にしかならない・・・。あとはどうこの部隊の役割を全うする事が大切であるかしか考えつかないのである。

「後は、先陣を切り続けて真っ先に首を取らせようと考えてないか?」

エルトシャンの後方からの声に酷く驚く、なぜ今この声がするのであろうか?彼は立ち上がって後方に振り返った、余りの勢いで燭台を倒し地図を焼く程である。

そこには、彼の親友であり最も言葉なく信頼を置くシグルド本人である。

 

「エルトシャン、ようやく会えた。」

 

「シグルド!何故ここに?」

 

「決まっている、俺たちはいついかなる時も互いを助けると誓った筈だろう?私も余力が無いので私一人だけだが、助太刀に来た。」

 

「馬鹿な!貴様は指揮官だろう、指揮官が皆を率いずにここにいたというのか?お前という奴は!」

 

「私には優秀な仲間がいる、指揮官ならもっとふさわしい人材がいるくらいだ。だから気にすることはない、私は父上を陥し入れたあの二人を許す事は出来ない。ここで君と討つ事にしたんだ。」

 

「シグルド・・・。」

 

「エルトシャン、まだ諦めるのは早いぞ!私達二人でなら突破できる可能性はある、これを見てくれ。」シグルドは燃えてしまったエルトシャンの地形図とほぼ同じ物を広げる、しかしその地図はエルトシャンよりも精緻で様々な情報が記されている。

 

「よく短期間にここまで調べていたな・・・。」

 

「マディノへ撤退する時に使った地形図だ、これを見れば奴らの進行方向に対して奇襲をかけられる場所が一点ある。ここだ!」

 

「ここは、川ではないか?まさか川を泳いで奴らの後方に回れとでも言うつもりか。」

 

「この川は枯渇している。高台だが川からは急な斜面はないからかなりの数の部隊を後方にいるケルプリッターに奇襲‘をかけ、上手くいけばランゴバルドもレプトールを打ち取れる可能性がある。」

 

「この所天候も干ばつは無かった筈だ、そのような都合のいい事がある筈がない。」エルトシャン地形図を見続けて一つのヒントが見えたのである、先ほどのエルトシャンの地形図とは徹底的に違う部分・・・。それは以前に行ったあの作戦の状態を示していたのである、それに気づいたエルトシャンはシグルドに驚きの表情を見せるのである。

 

「準備は今日一日エルトシャンが耐えてくれたお陰で終わっている。さあ、明日が勝負だ。」シグルドは地形図を叩いて、鼓舞するのであった。




シグルドまさかの、ノディオン軍に参加!
私も作っていたシナリオから逸脱する行為でかなりこの先の展開作りに苦労しそうです。
予め作っていたシナリオではエルトシャンとシグルドの良き親友関係を表現出来なかった為、直前に思いついて書き直しました。

次回は更に更新遅れるかも知れませんが何とか書き上げたいと思います。


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海戦

非常に更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

僻地に転勤!冗談じゃない!!
二人目の子供生まれたばかり、家も購入したのに!!

結局転勤するする詐欺にかかって精神がボロボロです・・・。
愚痴すみませんでした・・・。



オーガヒルの根城を制圧したシアルフィ軍はすぐ様海岸に移動しシレジア軍船の到着を待ち続けた、約束の日は過ぎ去り日が落ちようとした頃ようやく待ち続けている船はオーガヒルの残党に襲われている事に気付いた。

夕闇の中でチラチラと光る灯火が見えた事により、遠目が効く者の報告で明らかとなった。

しかしながらあちらの戦場は海上、オーガヒルの船を操舵する技術も戦闘訓練もないに等しいこの一団では参加する事は被害を大きくする事だけであり参加する事は無謀であった。

 

現在オーガヒルの根城に辿り着いた一団はもともと攻略に向かっていたベオウルフの傭兵騎団にアイラなどの混成部隊、アゼルの魔道士部隊、ミデェールの弓騎士部隊、シレジアの天馬騎士部隊に魔道士部隊、ジャムカのハンター部隊、そして後から追いつきつつあるシアルフィの騎士団である。

レックスの斧騎士部隊とキュアンの槍騎士部隊はマディノ周辺の村々を襲撃していたオーガヒルの海賊を打ち倒していた為まだこの地には到着していなかった。

 

レックスとキュアンの部隊はかなり奥地の村を救出したのでオーガヒルの根城に向かう事はできないでいた、それに今はマディノ周辺は戦場と化しており近づく事は危険である。どちらの軍とも接触すれば要らぬ緊張を生んでしまう為、やはりカルトの言う通り対岸までシレジア船を付けてもらい退避する事が良好と判断したのである。

この地は岩礁が多くあり下手をすれば即座に座礁してしまう、船を停泊する場所は無いに等しいが助けた村の情報を頼りにその地へと移動しているそうであった。

 

ベオウルフはどうしたものか、と海を眺めていたが頭上に羽ばたく一頭の天馬、マーニャを乗せて戦場へと向かうのであった。

さらにマーニャの背中にはクブリもいる、シレジア船の危機に彼らはいてもたってもいられないのであろう。後から続々とシレジアの天馬部隊は魔道士を搭載してマーニャに続いていく、その白い軌跡は夕闇の中でも映える光景であった。

 

「隊長さん、いいのか?独断で救援に向かって行ったのでは作戦も何もあったものではないぞ。」ベオウルフはアイラに言われ振り返る。今回のオーガヒルの攻略を任され、この混成部隊を指揮していた彼にとっては困惑ものである。

 

「いいんじゃないか、やっぱ俺たち傭兵者が指揮する立場なんて性に合わないさ。俺たちは勝手にドンパチやって、割に合わない仕事はしないが信条の傭兵・・・、国を慮っての彼らを指揮する事なんて滑稽な事はあってはならないさ。」

 

「しかし、その信条を逆らってまでよく今回のオーガヒル攻略の指揮権を受けたな。心境の変化か?」アイラは馬上のベオウルフを見る、彼の表情から答えを伺える事はないがその返答に興味を持った。

 

「別に・・・、気紛れさ。あのシグルドという男、以前まで敵側にいた傭兵に指揮権を与える彼のやり方に興味が出ただけにすぎない。」話は終わりとばかりに彼は馬の腹を蹴って駆け足をさせた。

背中を見送りつつ、アイラは後陣の非戦闘員の宿場が気になり振り返る、預けた子達は元気にしているだろうか。

もう少し、この窮地を脱したら今度こそあの子達を見守ろうと誓うアイラである。

「馬鹿野郎・・・。」ベオウルフは小さく呟いた。

先程のアイラの問いの真の答えを出しそうになった彼自身の戒めであった。

 

 

シレジア軍船と海賊の競り合いは厳しい戦いと化していた、地上戦と海上戦の戦い方は根本から違いがある。

当然の事であるがそれは海の上という事だ、海の戦いを熟知してしているのは海軍でも、漁師でもなく海賊のみである。

海軍は戦い方は知っているが、海を熟知していない。漁師は海を熟知しているが戦い方を知らない。海賊は縄張り争いで戦い合い、海を熟知している。

つまり、正面から同じ火力で戦えば海賊には勝てないのだ。

 

シレジア軍船は主にガレー船、市民階級の低い男共を雇い人力でもって航海する。帆船の操舵には高い技術と経験が必要とされる為、今回のように時間が限られている時はガレー船の方が時間が読みやすい。

一隻の船は小さくなるが複数の船団でオーガヒルへと向かっていた。

 

対する海賊船は帆船とガレー船を複合した船である、それは彼は海賊は一人一人が高い技術を持っている為ガレー船のように船を漕ぐ事も帆船技術で操舵する事も可能な事を示していた。

シレジア軍船の人夫では、船を漕ぐ事は出来ても帆船技術を持っていない事がその差を示していた。

しかし海賊戦は一隻、小型の船を積んでいるとはいえ戦力としてはシレジア軍船に軍配が上がるように見えるが海上の戦いはそれを覆す不覚的要因がある。多少の戦力差など気にする事はないとばかりに海賊船はシレジア船に突撃の姿勢を崩さなかった。

 

シレジア船は主に投石器や大型の弩の射出による遠距離攻撃を主とした戦術を取る。長年海賊船との戦いで苦しんだのは衝角を船底に当てられ排水処理に追われてしまう事である、戦闘員ですら処理に追われると白兵戦も覚束なくなる。

それを恐れたシレジア船は近付かれる前に敵船を沈める事に技術を注ぎ、海賊船はいかにその攻撃をかい潜り敵船の船底に穴を開ける事に操舵技術を磨く構図となったのだ。

なぜそのように技術が明確に別れたのかは、海賊は敵船の積荷を奪う事に執着している事である。

敵船に乗り込めば戦いを常とする軍人がいる。まともに戦えば海賊の不利であるが衝角を当て余裕をなくしている状態ならば、海賊でも軍人を圧倒できるからである。

 

その違いが今回の開戦にも繰り広げられようとしていた。

シレジア船より、一斉に投石器から投石と固定式弩から巨大な矢が射出され始める。

すでに帆をたたみ、人力での侵攻に切り替えている海賊船はその見事な操舵で回避を始めていた。

シレジア船から射出される投石の角度をとくに目のいい海賊が捉え、船長が指示が伝声管にて動力部に伝えられる、略式化されたその命令に左右にいる海賊員はすぐさま漕ぐペースを各々変えていき船の進行方向を即座に変えるのである。

 

投石器や大型の弩は性質上大量に積み込めない。故に射出者も慎重にに計算し、先程の射出して着水した地点より誤差修正を行い次弾を射出するので連写出来ない。

海賊船はその間に敵船の計算を翻弄する為に不規則な動きを作り出す。出来るだけ直進しつつ、である。

 

お互いの緻密な計算と思考の読み合いにより戦場の第一線が始まっていく、シレジアの第3射出が終わった時にようやく船首部分に弩が当たり進行速度が幾分か緩んだ様に感じた。

しかしもう海賊船はすぐそこまで迫っており、先頭のシレジア船に正面から突っ込んだ。

 

船底に穴が開けられたのか甲板にでていた船員が船内に消えていく、すぐさま海賊船より橋が架けられシレジア船に乗り込んで行く。

 

「てめえら、手当たり次第奪え!抵抗する奴はやっちまえ!」

怒号を上げながら襲い来る海賊共にシレジア船員は彼ら行く手を塞ぐことは無かった。

衝角を当てられた時点でこの船はもう海賊の所有物である、無用な抵抗をして殺されない様に下船する事がシレジアのルールと化していた。排水しても無駄と踏んだ彼らは小舟を出して他の船に乗り移る作業を進め始めていた。

 

海賊船はその場に留まれば再び投石器の餌食になる、すぐ様制圧した船に海賊を乗せ終わると次の標的に目をつける為動き出した。

海賊船も多少の被害が出ているがまだまだ航海可能である、船首部に突き立てられた巨大な鏃は海に捨て近くにいる船へ突撃をかけだした。

船長は甲板でこの度の戦いは次の船の襲撃で潮時と捉えていた。

二隻の軍船から物資を奪えばそれなりの蓄えが出来る、後はオーガヒル周辺に夜から吹き始める大陸風を使って帆で逃走すれば追いつかれる事はないと踏んでいた。

後一隻・・・。彼の欲目に眩んで潮時を間違えたのか、相手の戦力を見誤ったのか、どちらにしても海賊船の良い所はここまでであった。

 

 

一番後ろに控えるシレジア船より出撃したファルコンナイトのフュリーと我先にとオーガヒルからここまで向かってきたドラゴンフェンサーであるマリアンが参戦し、その後続々とマーニャのシレジア天馬部隊とクブリの魔道士部隊が増援されて沈没する事となるのである。

 

マリアンは疾空するドラゴンから飛び降り甲板にいる海賊をクッションに剣で串刺しにしつつ降り立った、その衝撃に海賊は吹き飛ばされるがマリアンは剣を離さず着地の衝撃を全て海賊にぶつけたのだ。

その凄惨な殺害に、すぐ様周りの海賊共が色めき立つが彼女の目は冷ややかに見据えた。

たじろぐ漢共はなんとか数の優位を全面に立てて一斉に襲いかかるが、マリアンの実力からすると数で優位に立てる程の戦力を持ち合わせていないのである。

横薙ぎ一閃で数人の海賊が倒れる、跳躍すれば彼らの頭上を越えて距離を取り直せる。どれだけの数が襲ってこようともマリアンにとってはなんの不利でも無かった。

 

左手を上げると、頭上にいたシュワルテが大きく顎(あぎと)を開くと帆船の命である帆を焼いたのだ。

そのあまりの理不尽な炎に海賊達は戦意を失わせて行く、追い打ちをかけるように背後の空からは天馬の部隊。彼らは我先にと船から飛び降りていくのであった。

 

フュリーとの再会に嬉々とするマリアン、マリアンの成長に驚くフュリー、二人を見守るマーニャ・・・。クブリはカルトを中心としたシレジア部隊の成長に嬉しく感じるのであった。

 

クブリの魔法による伝心でオーガヒルで待機する軍に船がもうじき到着する事が伝えられた事と、シアルフィ軍がオーガヒル行軍中にシグルド公子が姿を消した報告が同時にもたらされたのであった。

 

 

 

アグストリア本土、本陣まで撤退したエルトシャンのクロスナイトを殲滅に息巻いたランゴバルドは朝日が出る前からマディノへ向けて出陣した。

レプトールは後陣の守備と称して悠々と待機している、魔法戦士の多いケルプリッターより屈強なグラオリッターの方が掃討は早い事もあるが何よりランゴバルドはある種の戦争狂であるのだろう。

軍部を担っている事は実益を兼ねている、レプトールはそう捉えていた。

 

「くくくっ!しかしランゴバルドはよく私の思う様に動いてくれる、しかし奴にこの資源豊かなアグストリアを与えて私が貧しいイザークに就くのは少々気に入らぬ所だ。そろそろ、何か手を打たねばならぬな。」出陣中というのに天幕内には豪華な食事が運ばれており、まるでここが戦場ではないかの様な雰囲気であった。

スープも肉料理にも湯気が立ち上り、優雅な動作で食事を採る。

 

「レプトール卿!報告です。川の水が、一夜にして干からびました。」

 

「なんだと?」レプトールは最近の気象を記憶に辿る、天災による干ばつは無く数日前にも雨は降っていた。

川の水が干からびる事など無い、それに一夜にしてなど人為的でしか浮かんでこなかった。

 

「上流を調べる必要があるな・・・、しかし何の意味がある?」レプトールはさらに思考を拡大し始める。

 

「報告します!」再び別の近衛兵が慌ただしく天幕になだれ込んだ。

 

「騒々しいな、次は何が起きた?」

 

「はっ!ウェルダン王国のキンボイス王がエバンスに軍を派遣しました。」近衛兵の更なる報告に驚きを隠せなかった、レプトール卿はその報告に焦りを覚えてしまう。

 

「一体なぜこのタイミングでエバンスに兵を派遣したのだ!今グランベルの庇護の下で王になった奴がこうも早く軍を派遣するつもりなのだ。」

 

「現在の所エバンスに軍を派遣しただけで動きはありません・・・。エッダの騎士団は細心の注意を払っているそうですが、キンボイス王は軍事演習と名目で兵を派遣している模様です。」

 

「ウェルダンの自国とはいえ、エバンスに軍を派遣されれば我らは退路を断たれた状態に等しい。

・・・ヴェルダン国の軍は貧弱な蛮族共に等しいが、あの数は圧倒的だ・・・。」

 

「レプトール卿・・・。」近衛兵の言葉は既に頭に入ってきている様子はなかった、数々の不測の事態にレプトール卿ですらその思考処理は追いつかなくなってきていたのである。

しばらくの思考の末の結論は

 

「ランゴバルドの軍に追いつき早々にエルトシャンを片付ける!後方待機していればいつキンボイスが襲ってくるかわからない以上ランゴバルドと離れるのは厄介だ。」

 

「はっ!では出陣の準備を急ぎます。」

 

「川の件は如何したしましょうか?」

 

「その件は後だ!今はランゴバルドに追いつくぞ!」

レプトールは早朝の食事もそこそこに出陣準備を急ぐのであった。

 

 

 

キンボイスはエバンスの地よりアグストリアの地を一望する城の最上階のテラスにいた、手には地酒の酒瓶を持ち豪快に呷ると再びかの地を見続けるのであった。

 

「しかし無茶をされましたな、エッダの役人共の引きつった顔は忘れることできませんぞ。」

キンボイスが振り返った先にいるのは幼少から見守り、快楽者に身を落としてもなお側近として居座り続けた老兵が今は参謀としてなお付き従ってくれている。

カイルの尽力により極刑は免れ、一年以上グランベルの監視下に置かれてもキンボイスはその屈辱に耐え続けてようやく王として国民をまとめる事ができて早々の出陣である。

軍事演習とはいえエバンスに出陣して、大々的なこの行軍はエッダの役人は卒倒物の衝撃であっただろう。

 

「いちいち大げさな連中だ、攻め込んだって勝ち目など微塵もないのにな。」

 

「ほっほっほ!なかなか言いなさる御仁になられましたな。

・・・有事における挟み撃ち、さらに退路を断たれたストレスは相当なものでしょうな。」

老獪な参謀はキンボイスの横まで歩み寄ると懐から杯を取り出した、キンボイスはフンと鼻をならすと杯に持っていた酒を注ぐ。

 

「あんたに酔われたら俺が困る、これ一杯で我慢してくれよ。」

 

「私のような老人にこれ以上の頭脳の協力は酷というものです。これは王が決断した事・・・、私は後押しをしただけですよ。」参謀はその杯をひょいっと掲げるとゆっくりと、しかし一気に飲み干す。

キンボイスはそれに微笑み、習うとばかりに再び呷った。

 

「カルト、俺のできる事はすまねえがここまでだ・・・。後は貴様次第だ。」

 

「そうですな。これ以上の刺激はかえって逆効果・・・、彼らの天運に任せましょう。」

 

「ああ・・・俺には俺にしかできねえ事がある、このウェルダンを豊かな国にしてあいつらの支援してやることが最大の恩返しになると思ってる。

そして奴が提案するシレジアと貿易ができれば、この国はもっとよくなる筈だ。」

 

「王はすっかりカルト殿の夢に当てらてしまいましたな・・・。私も老い先短い身でありますが少しでもその夢の実現に近づけるよう粉骨しましょうぞ。」

空になった杯に掲げて豪快に笑う老いた参謀にキンボイスは感謝する、そして更生するきっかけとなったカルトの身を案じ続けるのであった。

 

 

ウェルダンの地は大規模な火災にて多くの森林資源を失う事となった。気の遠くなる時間をかけて作り出された自然の尊さを痛感する事がこの一年で起きた、大雨による水害と土流石による2次災害はその表れである。

それでもなおこの地で生きる民の為にキンボイスは活動をやめることなく再生に尽力する、始めは王に舞い戻るためのパフォーマンスとも言われていたが一向にその姿勢を崩さないキンボイスに人々は集まり手を差し伸べる者が出てきたのである。

彼らに2度と悲しい思いはさせない。キンボイスの誓いは今尚継続中であり、その為の夢の実現に協力を惜しむつもりはないのであった。

 




ベオウルフに未亡人、人妻属性はありません。
あくまでホリンへの仁義です。

彼はつらいマディノから一刻も早く出立させたい思いで先頭に立ってアイラを出立させたのです、漢だねえ・・・。

あれ?解釈間違えたらやっぱりNTRって奴ですか?


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決戦

またまた更新が遅くなりましてすみません!



レプトールの出陣の動向を察知したエルトシャンのクロスナイトは進軍を開始する、その一軍はみな泥に塗れており華々しい物とはかけ離れている。それはシグルドの提案によるものであり不満を口にする者がいたが、シグルドもエルトシャンも先頭に立ち塗れていく姿に自ずと反論する者がいなくなっていた。

 

シグルドの提案は堤防で水流を塞ぎ枯れた川底を進む事であった。

以前シャガール王を追い込んだアグスティ進軍の時に使用したカルトの水責めの作戦を再度使用し、下流の川の水を再び堰き止めたのである。

再び開拓の村々の力を借りる為シグルドは北の台地へ赴いた。この度の作戦もエルトシャン王を救う為と聞いた彼らは嬉々としてシグルドの下へ馳せ参じ1年前に使用した資材を組み上げて堤防を再び積み、一夜にして完成させてしまったのだ。

今回は水責めをする訳では無いので高い堤防を作った訳ではない事が一夜にして完成出来た事かもしれない、それでも北の台地の大量の人材とその技量に再びシグルドは驚いてしまう。

 

「シグルド、どうやって騎士団の連中から抜け出してきたのだ?簡単にこの提案を引き受ける部下はいない筈だ。」エルトシャンは行軍しながらシグルドに問いかける、作戦を聞いた時に驚いたのはこの裏工作をどのようにやり抜けたのかに興味は尽きなかった。

 

「ハイライン攻略時にこの魔法の指輪を見つけてね、カルト公に聞いた所リターンリングという物らしい。」

 

「リターンリング?緊急脱出し、身近な場所に帰還できるアイテムか?」

 

「そう、オーガヒル行軍中に使ったんだ、てっきりマディノに帰還するかと思っていたのだが後方のアグスティに移動してしまった。

エルトシャンと合流する事が難しくなったのだが、この状況を好転する方法は無いかと思案しているうちに思い付いたのだ。」

 

「相変わらずお前は恐ろしい男だ、俺は絶対に思いつかないだろうな。」

 

「ははは、エルトシャンは生真面目すぎるからだよ。しかしエスリンにはいつも呆れられて言われていたよ。

エルトシャン様を見習って騎士らしい嗜みをして下さい、とな。」

 

「・・・こんなに泥に塗れる作戦、考える者は貴族ではお前くらいだろうな。ラケシスがいれば俺もなんと言われた事か。」

 

「ここに麗しい姫君はいない。ここはまさに泥水をすすってでも生き残ろう、ラケシスがお前の帰りを待っているぞ。」

 

「もう既にすすっている様な物だ、ここまできたらなんだってやってやるさ。」

 

二人の会話に周囲の者もにわかに笑みを零す。昨夜エルトシャンの檄もあり決死の勢いもあるが、シグルドが加わる事で彼とは別の感情がこの場を包んでいた。

彼の醸し出す雰囲気が指揮官としてのポテンシャルを高める物とは全く別の物が作用しているかのように、クロスナイトの面々はこの厳しい難問にも関わらず笑みを零してこの二人のやり取りを観察していたのである。

獅子王エルトシャン。その称号はまさに王者として品格と知性に加え、勇猛さを湛えられて得た物だがシグルドの前では猫の様に扱われてしまう。その滑稽さに笑いを引き出され、シグルドに対して親近感を得てしまうのだろう。

 

「伝令です、この先にフリージ軍と思わしき部隊が北に進軍しております。」先遣隊からの伝令に先程までなごやかであったクロスナイトも一気に緊張が走る。エルトシャンとシグルドは互いに頷き、獲物を抜き放った。

ぬかるんだ川底から這い出たクロスナイトは平原となった地を見渡すと数キロ先にいるフリージのケルプリッターを目視した。

 

「よし、これが最後の決戦だ。アグストリアの意地を見せてやるぞ!」エルトシャンは後方に檄を飛ばすと、無言で騎士達は剣を掲げて総意の合図を送ると一気にケルプリッターへと全速を始めた。

 

 

 

「て、敵襲ー!敵襲!!」ケルプリッターは東より迫り来るクロスナイトに色めき立った。

 

「奴らめ!どこから現れた。応戦するぞ、サンダーストームだ。」

 

「駄目です、こちらに全速で向かってます!命中は困難です。」

あちこちから伝えられる情報に処理しきれないケルプリッターは、遠距離魔法を諦めエルサンダーの準備に入る。

 

ケルプリッターの強力なエルサンダーがクロスナイトを襲い前衛にいた数名がが絶命するが彼らの勢いは衰えない、次弾が来る前に距離を縮め一気に懐へ入り込んだのだ。

混戦と化したその戦いに、魔法主体で戦うケルプリッターは不利に追い込まれた。数はケルプリッターと比べると絶望するくらいに差がある、だがそのアグストリアの誇るクロスナイトは獅子王の元でまさに獅子奮迅の活躍を見せたのである。

味方被害を覚悟して魔法を打ち出そうとする魔道士にクロスナイトは手槍で妨害し剣で仕留める、魔道士達は懐に飛び込まれてしまっているのでいつもの様に魔法を使う事が出来ないでいた。

ケルプリッターには、重装歩兵も待機しており魔道士を守らんと前衛を固めていたがクロスナイトの機動力に撹乱されていた。

 

「俺は獅子王エルトシャン!前に立つ者は容赦するつもりは無い!

命が惜しい者は俺に近づくな!!」魔剣ミストルティンの一撃をまともに受けた重装歩兵はその重厚な鎧の上からでもその身を二つに分けられ絶命した。

その壮絶さに辺りのケルプリッターは怯んでしまう、さらに後方からシグルドも負けじと剣を振るう。

エルトシャンの背後に迫っていた重装歩兵のサリッサをシグルドの白銀の剣はいとも簡単に真っ二つにしてしまう、そのまま二の太刀で胴切りを敢行し歩兵は昏倒する。

 

「背後は任せろエルトシャン!突き進むんだ!!」シグルドは手槍を引き抜くと後方で詠唱の準備をしていた魔道士へ投擲し、腹部を貫くと倒れこむ魔道士から即座に手槍を引き抜いて旋回させてとなりの魔道士にも一閃する。

別の魔道士からシグルドに放たれたサンダーをエルトシャンが割って入りミストルティンで受ける。

 

魔剣ミストルティンの持ち主は魔法防御が高められる、サンダー如きではエルトシャンを電撃で焼く事は不可能であった。

エルトシャンの眼光に魔道士は戦意を無くして逃走する、二人は頷くと再び馬を走らせた。

二人の標的はレプトールのみ、一刻も早く彼を打ちとらなければランゴバルドが引き返して合流されれば一縷の希望さえも無くしてしまう。二人の気迫は凄まじく、勢いを殺す事は不可能であった。

 

 

 

レプトールは前衛の苦戦の状況を目視できるくらいに迫り来ていた。その表情は焦りよりも怒りを露わにしており、自身の出陣を決意したのである。

馬より降り立つと従者に任せ、一冊の魔道書を持って先頭を切って迫り来る二人を見据えた。

 

「あれは、シグルドか!!奴め、玉砕覚悟で乗り込んでくるとは・・・。

まあいい、ここで死ねば逆賊のままで終わるだろう。」

レプトールは部下の被害も厭わず、精神を集中させて膨大な魔力を放出させる。距離を詰められる前に最大顕現であるトールハンマーを放つ準備を始めた。

 

「まずい!こちらに感づかれた。レプトールの魔法が来るぞ!!」

 

「シグルド!魔法は俺に任せろ、お前は迂回してレプトールを討つんだ!!」

 

「馬鹿な!!いくら魔法防御が高くても聖戦士の超魔法だ、死ぬぞ!!」シグルドの言葉を聞かず、エルトシャンはシグルドの乗る馬の腹を蹴る。

馬は慄くとシグルドは制しきれずに明後日の方へ走り出す。

 

「エルトシャン!!」その叫びと神の一撃は一瞬であった。

閃光と共にエルトシャンの駆る騎馬諸共白く儚く消えていくように視界から消えていった。

 

すぐに馬を御すると再びレプトールへ迫る、させまいと迫るケルプリッターを蹴散らしながら気迫と怒りが混じったシグルドは全速させる。

エルトシャンが作ったこの時間を無駄には出来ない、シグルドはもう馬が限界に来ている事がわかっているが走らせる。

この一撃だけでいい、持ってくれ!シグルドは祈りながらレプトールへ肉薄する。

 

「!!」魔道士のサンダーが迸り、シグルドは直撃する。

全身に焼けるような痛みが走り、騎馬もその余波を受けて前のめりに倒れこむ。

シグルドは、とっさに飛び上がりそのままレプトールに白銀の剣を突き立てた。

 

「ぐはああ!!」レプトールとシグルドはもつれるように転がるが、シグルドは剣を離さない。レプトールに馬乗りになり、腹部を貫いた剣をさらに深くつき立てる。

 

「ぐあああ、止めろ!シグルド!!逆賊らしく、逃げれば良いものをのこのこと!!」

 

「父上に濡れ衣を着せた貴様への怒りだ!!いづれ貴様達の悪行は暴いて見せる。」

 

「馬鹿な!!正義は我らにある!お前が何をしようともバイロンはバーハラに帰る事なく、釈明することも出来ずに死ぬ迄よ。」

 

「黙れ!これ以上父上を汚す事は私が許さない。レプトール!覚悟してもらおう。」シグルドはさらに突き立てていく、レプトールは苦悶の表情だが柄を持って抵抗する。

 

「エルサンダー!!」レプトールは自身にエルサンダーを放ってシグルドと共に自爆を選んだ。

シグルドはその衝撃と電撃に柄を離して吹き飛んだ、全身に火傷を負いながらも意識は保っていたがその痺れに立ち上がる事は出来なかった。

レプトールは苦悶の表情を浮かべているが、その魔法防御能力でシグルド程のダメージは受けていない。しかし腹部からの失血が多く、リカバーを使用し始めた。

 

「早く、そいつにとどめを刺せ!親子共々しぶとさは折り紙つきだからな!!」

 

「は、ははっ!!」従者は帯刀していた剣を抜いてシグルドの首元へ向けて振り上げる。

シグルドはまだ痺れがありうまく立ち上がれない。心の中で絶望が浮かびそうになった時、従者の断末魔の様な声が響いた。

彼の二の腕が宙を舞っていた、エルトシャンが魔剣ミストルティンの一閃で腕を切断された従者は大量の血液を噴きださせた。

二の腕を一度に失ったのだ、失血死は免れない。エルトシャンはこの従者に安らかな最期を与える為に今一度ミストルティンを振り抜いたのだった。

 

「エルトシャン!生きていたか・・・。」

 

「お前を残して簡単に死ねないさ・・・、レプトールはまだ深手の様だな。今の内に奴を討つぞ。」

シグルドはエルトシャンの肩に捕まると回復を急いでいるレプトールに向かい出す、レプトールは回復を中断して攻撃魔法へと切り替える。

 

「無駄だ、この距離なら魔法の前に俺が飛び込めば終わりだ。

今度こそ覚悟するんだな。」

 

「くそっ!貴様の様な連中に儂が遅れを取るとは・・・。」

エルトシャンの歩みにレプトールが狼狽する、痛みでワープを使っての脱出も不可能だろう。いよいよ打つ手がなくなったレプトールは諦めの境地であった。

 

「さあ、潔く死ね!」エルトシャンがらしくもない言葉の元に魔剣が振り下ろされるが、強烈な殺気にエルトシャンは振り返りつつ退いた。その地を抉る様に大地に刺さる巨大な斧にエルトシャンは舌打ちをしてしまう。

恐れていた事が予想以上に早くやってきたのである。

後方からもう一つの大部隊、グラオリッターが消えたクロスナイトを追ってここまで前線を下げてきたのであった。ランゴバルドの予想以上に戦局を見極める目を持っていた事に忌々しく思ってします。

 

エルトシャンは咄嗟に指笛を吹くと、シグルドを再び肩に担いで撤退を始める。混戦をしていた残り少ないクロスナイトもその指笛を聞いて防戦しつつ撤退を始めだした。

 

彼らの向かう先は南、アグストリアの首都アグスティがある方向である。エルトシャンは主人を失った騎馬を咄嗟に捕まえるとシグルドを乗せて撤退するのであった。

 

 

 

本陣にまで至ったランゴバルドは裳抜けの殻と化していた有り様を見て本能的に後続のレプトールを狙ってると感じた。

前衛に騎馬に乗った重装歩兵団と称される攻撃力と防御力に絶対の自信を持つグラオリッターに、魔法に長けるケルプリッターが後衛を務めるこの陣形はイザークにおいて快進撃となった。

イザークの民もこの陣形にて後続のケルプリッターを叩く作戦を多く立てられていた、この度の戦いでも考えられることは可能性として充分考えられたのである。

一部の部隊にマディノへ偵察に向かわせ、自陣へ引き返したのだ。

 

「くそっ!奴等はどうやって前線を抜けてケルプリッターを狙えたのだ。崖の東側には川がある筈だが・・・。」ランゴバルドは返しの進軍に一人呟いた。

 

「伝令です!ケルプリッター交戦中!苦戦してます!!」

伝令の怒号が響く、数僅かなクロスナイトはケルプリッターと善戦している報告にさらに急ぐ事となる。

レプトールとランゴバルドは戦略上で共闘しているがお互いに野心が強い、いつ寝首をかかれてもおかしくない関係だが今ここでレプトールを討たれればシグルド軍が引き返して挟み撃ちになる事が厄介である。

シグルドの軍は確かに混成軍であるが各国の諸侯由縁の者が多い、能力を開花させた者に襲われては無事では済まないとランゴバルドは警戒をしていた。特にシレジアのカルトと実際に交戦し、レプトールと共闘しても善戦した逸材がシグルドの軍にいる事に脅威を覚えていた。

まあ、あのカルトという男はもうこの世には存在しない。あれ程の者がまだいるとは思えないのだが・・・。

 

 

レプトールを視認できた時、重傷を負っており危険を察知したランゴバルドはスワンチカの援護にてなんとかトドメを刺す事は免れたがシグルド、エルトシャンの両名は早々に撤退を始めた。

 

「レプトール、無事か?」

 

「無事とはいえぬが、何とかな・・・。」再びリカバーを使用して回復を急ぐが思った様に回復が進まない、彼はクロードの様に聖杖の能力をフルに使える訳ではないのであろう。忌々しく思いつつ、ランゴバルドに伝える。

 

「奴らは川の水を堰き止めて川底から進軍した様だな。まさかそんな手段を使ってくるとはな・・・。」

 

「エルトシャンの発案では無いだろう・・・、奴がそれを思いつくならクロスナイトがあそこまで減る前に実行していただろうからな。」

 

「ああ、・・・、エルトシャンと共にシグルドがいた。」

 

「なに!バイロンの倅がか!!奴め、尻尾を丸めて退散したと思ったがエルトシャンと共に行動していたとはな。」ランゴバルドはにたりと笑みを浮かべてスワンチカを背負う。

 

「ランゴバルドよ、やるつもりか?」

 

「当たり前だ!あの親子は死んでもらわねば要らぬ手間がかかる。順番が逆になったが、先にシグルドをやればバイロンも諦めてイザークの奥地から出てくるだろうな。」

 

「・・・そうだな儂はこの通り暫くは動けぬ、すまぬが頼む。」

 

「頼まれるまでも無い、儂等はもう進む事しか出来ぬのだ。」ランゴバルドは少し苛立つ様な仕草をしつつシグルド達の追撃を始める。

アグスティへ向かうランゴバルドの足取りは、相当重いものである事を誰にも見せないものであった。

彼の思惑はどこにあるのか?レプトールも複雑であった。



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永別

アグストリアの撤退戦も佳境に入って参りました。
描いていて気持ちが暗くなるのですが、シグルドの様に強く気持ちを持って行きたいと思います。
彼らの強さは、かけがいの無い人を無くしても突き進む精神力だと思います。物語上の人物ですが尊敬します。


残された僅かなクロスナイトは南へ駆ける、泥に加えて多数の血糊がその決戦の凄まじさを物語っていた。

特に酷い二人は互いに重傷を負いながらも南へ南へと馬を走らせる。

 

シグルドはレプトールのエルサンダーを直撃し、意識を保つことだけでも精一杯である。荒い息をしている事からまだその電撃の影響を受けているのだろう。

エルトシャンもレプトールの最大魔法のトールハンマーを受けたが辛くも直撃は免れ、能力値向上の魔法防御で凌いたのだが黒騎士の代名詞である黒毛の駿馬は瞬殺されてしまった。今は先の混戦で空馬となった敵国の馬で逃げのびていた。

 

「シグルド、大丈夫か?」

 

「ああ、少し休めば大丈夫だ・・・。しかしエルトシャン、南に逃げてもアグスティには・・・。」

 

「無論承知さ、1年前同様に堤防はあの渓谷を利用して作っているのだろう。だとしたらそこで足止めになる。」

 

「なら、なぜ南へ・・・。」

 

「・・・最後の決戦の締め括りにアグスティに近い方がいいだろう。

諦めるつもりはないが、奴らと刺し違える場所くらいは選びたいだけさ。」

 

「エルトシャン・・・、すまない・・・。」

 

「シグルド、なぜ謝られる必要がある?お前はここまでアグストリアの為に、俺の為に尽力してくれたではないか?

俺はお前やキュアンには謝る事はない、俺たち三人に貸借りなど不要な筈だ。」エルトシャンは毅然としてシグルドの言葉を雄々しく、優しく否定する。そして彼はシグルドに振り返り、笑顔を見せたのだ。

 

「お前の気持ちはありがたく受け取ろう・・・。感謝する、シグルド・・・。」エルトシャンの言葉にシグルドは涙を滲ませる、エルトシャンに見えない様に静かに頬をつたらせた。

身体を震わせるシグルドの変化に察知してエルトシャンはもう振り返る事は無かった、ただ馬を歩ませて無二の親友に背中を貸すだけであった。

 

(謝るのは俺の方だ、すまないシグルド・・・。)

エルトシャンは必死にこの言葉を飲み込む、シグルドの発案がなければ一矢も報えないままランゴバルドとレプトールの連携の前に全滅しただろう。

後衛のレプトールの元に奇襲を成功させてここまで善戦できただけでも奇跡なのだ、シグルドをこの場で非難する者など一人もいないはずである。

シグルドは、自身の保身も軍の規則も破ってまでアグストリアの為に、エルトシャンの為に単身駆け付けてきたのだ。そんな友を責めるような事など出来る筈がなかった。

 

 

「シグルド聞いてくれ、南に逃げた理由はもう一つある。

俺たちが南以外へ逃げれば恐らくアグスティに残っている部隊が峡谷の堤防を破壊するだろう、そうなれば本城から出撃されて挟み撃ちになる。それを防ぐ為に戦線を南へ近づけさせれば自滅を恐れて堤防の破壊はしない筈だ。」

 

「そこで、最後の戦いに挑むのだな。」

 

「・・・ああ、俺はそこで奴らと刺し違える覚悟だ。」

 

「エルトシャン・・・。私も覚悟を決めて戦おう、君と共にならこの逆境でも生きて戻れるように思える。刺し違えるなどと言わず両名を討ち果たそう!」

 

「・・・そうだなシグルド、お前となら私もなんでも成せそうな気分だ。

俺がこの最後の一戦で浮かんだ策がある、かなり危険な賭けだかシグルドに頼みたい。どうだ?」

 

「ああ任せてくれ、聖騎士バルドの血にかけて作戦をやり遂げよう。」シグルドは先程まで血の気も引いていた表情であったが一気に気力で上体を起き上げる、エルトシャンはシグルドにその最後の作戦を伝えていくのであった。

 

 

 

 

早朝より混戦を生き延びた一行の長い戦いは、追撃部隊をやり過ごしならが南へと急いだ。

何度となくレプトールの追撃部隊が追いつき、小競り合いを繰り広げる。その度にクロスナイトの後衛が対処にあたり時間を稼いでくれるが対処した騎士達は2度と本隊に戻ってくる事はない、それでもクロスナイトは前衛を行く二人の騎士を生かす為に行動する。

シグルドはその度に感謝の言葉を言葉を発せずに無事を祈る、エルトシャンは今何を思っているのかシグルドにはわからない。斜陽のアグストリアを一身に背負い、大切な部下がじわじわと減っていく彼の王としての立場と親友としての立場を考えてみるがその頂にいないシグルドには彼の気持ちはどう捉えているのかわからないでいた。

今のエルトシャンは悲しみも憎しみもなく、闘争心のみを突出させていて他の感情は置いてきたかのようである。

 

「急げ!レプトールの部隊に遅れを取れば、ランゴバルドの本隊が追いつくぞ!」

エルトシャンの号令が走りクロスナイトは再び南へ疾走する、今は逃げて渓谷に到達する事だけを考えて行動する。

部下を見捨てるが如くの行動にシグルドはエルトシャンの作戦に反対の言葉が多かったが、最後には了承するしか無かった。

犠牲を追ってでもこの戦いには勝たなければならない、ここまで抵抗して惨敗すれば残された民に多大な負荷をかけてしまう。

エルトシャンはそこまで考え、クロスナイトを犠牲の上での決死の作戦を敢行したのである。

 

多大な犠牲を受けたクロスナイトとエルトシャン、血路を賭してとうとう目標の渓谷の入り口まで到達する。このまま進めば大量の水を堰き止めた堤防があるだろう・・・、エルトシャンはここで1度行進を止めて道中に説明した作戦の実行に移す。

 

「シグルド!迂回して堤防の上へ回ってくれ、恐らく崖上で敵軍が待機している可能性がある。弓兵か魔道士がいれば全滅してしまう。」

 

シグルド「承知した、奴等を殲滅したらすぐに戻ってくる。」

 

エルトシャン「イーヴ、人員は任せる。・・・シグルドと共に行け。」

 

イーヴ「・・・承知しました、御武運を!」

 

シグルド「エルトシャン!」

シグルドの強い口調にエルトシャンは向きなおる、シグルドと目線をしばらく合わせた後エルトシャンは微笑んだ。その微笑みは不敵であり、穏やかな表情である。

 

「これが終わったら、今度こそ約束のワインを酌み交わそう。」

エバンスの、未だに遂げていない約束を再度取り付ける。それはあの時とは互いに立場が変わり、国交が変化した今尚彼の本心は何も変わっていない事の象徴であった。

 

「ああ、アグストリアのいいワインを持ってこないと割に合わないぞ。」シグルドはそれに安堵を覚え微笑み返す

 

「約束しよう。俺の私室に秘蔵の一本がある、戦勝祝いに開けるとしよう。」イーヴによって分けられた小隊が即座に出来上がり、シグルドの元に集う。シグルドはひとつ頷くと小隊は渓谷を東へ沿うように向かいだした、迂回して崖上を目指す為に。

 

「エルトシャン、上を制圧するまで無理はするなよ。」

「ああ・・・。」エルトシャンは馬をシグルドの横まで歩ませると一振りの剣をシグルドに渡す、それはシグルドが長く愛用していた陛下より賜った白銀の剣である。

先のレプトールとの一戦で紛失した物とばかりであったがエルトシャンは拾い上げていたのである、シグルドにゆっくりと手渡した。

 

「いい剣だ・・・。この件と剣劇を合わせることなく共に戦えた事が嬉しいぞ、シグルド。」

 

「私もだ、この一戦に全てを賭けて生き残ろう。」

二人は腕を回し合って喝を入れると各々の戦場へ赴く、どちらの作戦も失敗は全滅に直結するが二人は何一つ恐れはなかった。二人の顔は晴れ晴れしく、そして穏やかである。

二人は既に国と言う固定観念や利権は無い、真の聖戦士が戦友の為に赴いた聖戦であったと・・・。後にイーヴは自身の子供達に語るのであった。

 

 

迂回して崖上に駆け上がる、出来るだけ早く上がりたいが騎馬の過剰な負担は有事の不利となる。逸る気持ちを抑えこみ急いだ。

日が西にかなり傾き陽が橙の色に変わろうとしている頃、シグルド達はエルトシャンの指差していた崖上に到着した。

「・・・杞憂のようだな、敵兵は見当たらないな。」

 

「そのようですね、しかしいつ此処に敵兵が増援して来るかわかりませんので待機する事が最善かと思われます。」

 

「そうだな、こちらも迂闊に行動を変えれば下が狼狽えるだろう。

・・・下はどうなっている!」

シグルドはあたりに敵兵の姿がないと崖下に注意がいく、下馬するなり崖下の縁へと駆け出した。

身を乗り出して下を見入り視認を急ぐ。

 

 

「はあっ、はあっ、はあ・・・・・・。

どうした!俺はまだ生きているぞ!誰か俺を倒せる者はいないのか!!」エルトシャンの絶叫が響き渡る。

どれだけ一人で敵を屠ってきたのだろうか?数多の倒れた騎士がエルトシャンの周囲を覆っており大地が見えない程であった。

そして、エルトシャンのクロスナイトも同様である。

彼以外は全滅したのか、あたりに彼に寄り添う姿もなかった・・・。

 

「あ・・・、ああ!」シグルドはその光景に目を疑う、先程まで互いにこの戦いに勝ち、生き残ろうと誓った物とはあまりにかけ離れている光景に絶句する。

 

「イーヴ、すぐに戻るぞ!エルトシャンが危ない!!」シグルドは馬に戻り、隊員に伝えると元の道に戻らんとする。

しかし、クロスナイトは依然として動かない。それどころかシグルドを囲み、道を譲る様子はなかった。

 

「イーヴ?」

 

「シグルド様、我らは王に此処を死守するように言い渡されました。此処を離れる行為は応に背く事になります。」

 

「ば、馬鹿な!?その王の命が危険なのだぞ!悠長な事を言っているわけ・・・。」シグルドの思考は冷静さを取り戻した時、エルトシャンの思考を読み取ったのだ。

 

「シグルド様申し訳ありません、偽った訳ではありません。此処を抑えられれば危険な事になるのは事実ですが、これは・・・。」

 

「もういい、それ以上は言うな・・・。」イーヴを制止したシグルドは馬の向きを変える。道を塞がれたシグルドは下馬すると崖に向けて走り出したのだ。

 

「うおおおお!」

「いけません!命を無駄になさるおつもりですか!!」イーヴはシグルドに追いつくなり背中から羽交い締めにする。

 

「は、離せ!離してくれ!!」

「は、離しません!シグルド様、どうか落ち着いてください。」イーヴは力の限りシグルドを押さえつける、シグルドは満身創痍の筈なのにイーヴの方が力を振りほどかれそうになるくらいである。

 

「エルトシャンは、エルトシャンは私のかけがえのない友なんだ!!」シグルドはそれでも足掻く、イーヴを振り切り崖を駆け下りようと躙り寄る。

 

「シグルド様、わかってくださいまし!!我らも断腸の思いで此処まで来ました!私も王に、兄弟達と共にあの場で戦いに臨みたかったのです!!

しかし!!シグルド様!あなたに全てを託したい、王はそう言って我らにシグルド様と同行を命じたのであります!!」

 

「な・・・、なんだと。」シグルドはイーヴに振り向くと力を入れ弛緩させる。イーヴの目から涙が溢れており、背後のクロスナイトからも嗚咽が漏れ出していた。

 

「王は、此処で必ずランゴバルドを討ちます。例え絶望的な状況ですが獅子王が宣言した限り、それは必ず実行されます。

だからシグルド様、王の最期の戦いを見守って下さい。そしていつかレプトールを打ち取って下さい。

・・・それが、王の言伝です。」

 

「エルトシャン!お前という男は・・・。」シグルドは崖の下を再び見つめる。ただ一人剣を振るう友は、先にいる軍勢に怯む事も恐れる事もなく獅子の魂は昇華していくのみであった。

 

 

 

 

「ランゴバルド!!貴様の雑兵など幾万も送り込んだところで時間の無駄だ!貴様も聖戦士の端くれだろう、出てきたらどうだ!!」

エルトシャンはあらん限り叫ぶ、体には何十箇所にも矢尻が刺さり出血で左目が塞っている。魔剣ミストルティンは何十、いや何百もの人を屠ってきたにも関わらず血を吸う毎に劣化するどころか凄みを増してきている様に思える。

いつ倒れてもおかしくない体の何処からこの様な雄々しい声を出せるのか、グラオリッターは戦慄する。

まさにその姿は手負いの獅子、追い込まれてもなおその牙は折れてはいなかった。

 

「死に損ないが言わせておけば!!もういい!儂自ら引導を渡してやる!!」

 

「ランゴバルド様、敵の甘言の乗ってはいけません。このまま数です押し切りましょう。」

 

「五月蝿い!!儂も聖戦士だ!手負いの男に言われるほど廃れておらん!!」馬から降り立つとスワンチカを背負い、前線に向かう。副官はすぐ様道を開けさせる。

 

「ランゴバルド様、ご出陣!ご出陣!!」

グラオリッターの騒めく軍勢が二つに割れランゴバルドがエルトシャンの前に姿を表す、その表情は憤怒であり闘志は聖戦士の中で最強の物であった。

エルトシャンはミストルティンを一振りして、血糊を払い刺さった矢尻を根本から斬り払う。迂闊に矢尻を抜けば失血が多くなり意識を保てなくなるだろう。

 

「出てきたか、アグストリアを汚す悪党が・・・。」

 

「獅子王まだ吠えるか、儂直々このスワンチカで砕いてくれる。」

 

「無駄だ!俺がこのミストルティンを持つ限りこの地で好きにはさせん。」

二人は睨み合い、突進する。

 

ガキィ!!金属音が響き渡る、その重厚で大きな音はシグルドの元にも胸を震わせる程の音量であった。

全ての兵はこの聖戦士の一騎打ちに注目し、呼吸も瞬きも忘れる程の死闘に魅入られていく。

 

エルトシャンの一切の無駄がない剛剣がランゴバルドを圧倒する、防戦となったランゴバルドだがその顔に焦燥感はなかった。

その激しい性格とは別に戦いになると冷静になるランゴバルド、自身の持つ巨大なスワンチカは手数は関係なかった。

一撃・・・。たった一撃で全てを粉砕する聖斧の前に小手先の技術は必要ない、そしてスワンチカを継承する戦士はその不死身と称される程防御能力が向上される。

急所を避けて自身の手番を慎重に待つ・・・。

対するエルトシャン、その手に持つ魔剣ミストルティンもまた一撃必殺の剛剣である。即座にランゴバルドの身体的な弱点、動作の癖を見抜いて即死の一撃を敢行するがランゴバルドの防御能力がエルトシャンの想像を超えてくる。

まさに最強の矛盾が熾烈な削り合いを敢行していたのだった。

 

エルトシャンの防御フェイントでランゴバルドは大振りの横薙ぎを誘われてしまう、大勢の立て直しを看破したエルトシャンはここが勝負の分かれ目と判断していた。

ランゴバルドもらしくもなく焦燥する。いかに最強の盾と言えど相手の獲物は聖戦士の遺物、まともに入れば絶命は必至である。

「おおおお!」エルトシャンの一撃はランゴバルドの左肩から綺麗に入った。

ランゴバルドは被弾を諦め回避を止めて攻勢に出た、一呼吸を置き右手にはから左手に持ち替えたスワンチカがエルトシャンの右胴に入ったのだ。

 

「ぐわっ!」

「ぐっ・・・!」

 

ミストルティンは綺麗に入ったのだが今までの激戦で疲弊している、それにランゴバルドの防御能力があり即死には至っていない。

対するスワンチカも強大な一撃の武器であるが、体制の不利から左手に持ち替えての攻勢なので一撃として弱く生命の刈り取りには至らなかった。

 

互いに倒れるが、立ち上がりが早いのはランゴバルドである。

エルトシャンはそれまでのダメージの蓄積が多い、一度倒れ込むと立ち上がるに遅れが生じていた。

 

「エルトシャーン!立ち上がってくれ!!約束はまだ成されていないのだぞ!!」シグルドの声にエルトシャンも再び足に力を入れて立ち上がる。失血で体に力が入らない、意識も保てなくなってきているがエルトシャンの意思は揺るがないのである。

 

 

「死に損ないが!!まだ立ち上がるか!」ランゴバルドも痛む左肩を抑え、奥歯を噛み締めながら言い放つ。

エルトシャンは足元がふらつき、背後の堤防に背中を持たれる。

 

「貴様も腐っても聖戦士だな。まだ闘志が落ちないとは、ご立派な物だ。」エルトシャンの挑発にランゴバルドは激昂する。

 

「これで最後だ!貴様はさきほど儂がやったように、後の先を取るしか力はない残されて無いだろうが儂のスワンチカにはもう一つの能力がある事を忘れるな!!」ランゴバルドは左手を突き出して構えを取る。

 

「・・・!成る程、レプトールを助けた時のあの投擲か。

確かに決まれば、後の先を取ることは不可能だな。」

 

「儂の投擲をただの投擲と思うなよ!」ランゴバルドから吹き出す闘気が身体能力をさらに向上させる、筋肉がうなりを上げて内より巨大化しスワンチカに乗せられていく。

エルトシャンは上を向く、シグルドがいるであろう方向を向き笑顔を一瞬見せる。彼の目はもうほとんど見えてはいない、だが敵であるランゴバルドだけは鮮明に見えている言い表す事が出来ない現象であったが不思議とシグルドも見えている様に感じた。

 

(シグルド、先程の啖呵に助けられた。礼を言うぞ・・:然らばだ!!)

 

「死ね!獅子王!!」ランゴバルドの投擲がまるでレプトールのトールハンマーの様なカミナリに似た速度の様に迫り、エルトシャンの背中に入ったのである。

 

「な、なんだと!!」ランゴバルドはその光景に驚く、一対一で敵の一撃を背中で受ける事など騎士にとってはあってはならない事であった。エルトシャン程の男が逃げ場の無いこの場所で、背中を見せる事などありえない。

 

夥しい血飛沫を上げながらエルトシャンは不敵な笑みを見せる。

「ランゴバルド、俺の勝ちだ・・・。」

彼は確かにそう言いながら絶命するのであった。



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濁流

短期間の掲載ですー。
頑張れ、自分!!


エルトシャンは幼少よりノディオン王としての帝王学を叩き込まれていた。食事、言葉遣い、そして騎士として嗜み・・・。

稽古に疲れ果てても城の居住区に帰ればラケシスが帰りを待ってくれていた。彼女と接し、話をする事がエルトシャンの安らぎであった。

 

 

エルトシャンとラケシスは母親の違う兄妹である、エルトシャンの母親は彼の産後の予後が悪くそのまま床に伏せてしまい、彼が3歳の時に病没してしまう。その後間もなく妾であったラケシスの母が正妻として迎え入れられ、複雑な幼少期を過ごしていた。当初エルトシャンはその不遇にラケシスを相手にしていなかったのだが、ラケシスの無邪気さと天真爛漫に彼の心は救われていく、次第にラケシスの母とラケシスに心を開いたのである。

そしてラケシスもまたその母を幼くして命を落としてしまい、エルトシャンはここからラケシスを守るという使命を誓ったのである。

彼はここから王として突き進み、現在に至ると言って過言ではない。

 

 

 

レンスターに向かう馬車の中で言いようのない不安にラケシスは震えていた。顔面は蒼白で麗しい唇は血の気が失せて紫になっている、身体中は寒気が走り生きた心地がしていなかった。

「ラケシス、どうなされたのですか!!」

横にいたグラーニェはその異変にアレスを従者に任せて彼女を気遣う。

 

「なんだか胸騒ぎがします。兄様は大丈夫でしょうか?」

 

「・・・・・・大丈夫よラケシス、あの人はきっと私達を迎えに来て下さいます。

だからそんな顔をしないで・・・。」グラーニェの顔も先程までの自信が揺らぎ不安に押しつぶされていく。

 

「お義姉様、申し訳ありません。少し感傷的になってしまいました。」ラケシスはエルトシャンから賜った剣を抱きしめてグラーニェに謝罪する、言いようの無い不安を払拭するような仕草にグラーニェは唇を噛んで吐露したい気持ちをぎゅっと奥にしまい込んだ。

溢れ出す不安を吐き出せば二人は泣き崩れてしまう事は目に見えていたのである。

 

「あの人は大丈夫・・・。」ラケシスを自身の胸に抱きしめつつ、馬車の外へ眼を向けるのであった。

 

 

 

 

「死ね!獅子王!!」ランゴバルドの投擲の瞬間、エルトシャンは背後の堤防へ気持ちを向けていた。ミストルティンを両の手でしっかりと持ち中段で構えて、あらんばかりの気力を解き放ちその瞬間を待つ。

 

スワンチカがエルトシャンの背中に入った瞬間、その衝撃によるエネルギーを乗せてミストルティンを堤防に突き上げたのだ。

その凄まじい突きは堤防の岩と土嚢を突き破り、とうとうエルトシャンの手から離れてもなお突き進んでいくのである。

そのしっかりとした手応えに彼はにっと微笑する。

 

「ランゴバルド・・・俺の勝ちだ。」彼はその手応えに勝利宣言をしたのである。

 

途端に地響きが起こり出すと、堤防から水が吹き上げ出す。

堤防の底を突き抜いた事により大量の水が水圧の力を借りて堤防を破壊しながらみるみるうちに水が押し寄せ初めていた。

 

「エルトシャン!貴様!!初めからこれがお前の目的たったんだな!!」堤防に身を預けているエルトシャンの襟を持つとその長身を持ち上げて激昂する。

 

「・・・。」エルトシャンからの返答はない、微笑を崩さないエルトシャンにランゴバルドは更に激昂するがその様子のおかしさに気づく。

 

「死んでいる・・・。立ったままで、笑いながらか・・・!

儂を最後まで虚仮にしおって!」

ランゴバルドは怒りを通り越してしまい、大きな笑いまで飛び出した。グラオリッターはその様子に気がふれてしまったのではと思うくらいであった。

 

「何をぼやぼやしとるか!生き残りたい奴は早く撤退しろ!!」

 

「し、しかしランゴバルド様は!!」副官はランゴバルドへ詰め寄らんと馬を寄せようとするがランゴバルドの辺りにはもう腰まで水が迫っていた。

 

「うるさい!!とっととどこぞへと去ね!撤退だ!!」スワンチカをエルトシャンから抜き放つと副官へと投げつける。彼はその遺物を受け取ると全てを察したのか、最敬礼をすると部下に撤退を命じたのである。

 

 

「まさか儂がここで討ち取られるとはな、貴様の執念に敬意を表して黄泉路に同行してやる。

・・・これでよかったのかも、知れぬな。」ランゴバルドの憑き物が落ちたかのように語り出した。

堤防の破壊が瞬く間に広がりだし、土石流となって二人に襲いかかろうとしていた。

上にいるシグルドを見るとフッと笑う。

 

「バイロンは確かに生きている!探してみるがいい!!」

シグルドは確かにそう聞いた、がその瞬間に土石流が襲いかかり二人の姿を2度と見る事は無かった。

 

二人の壮絶な最期に涙すら流す事を忘れていた。

いや、その見事な生き様に勝ち負けも正悪も忘れてただ敬礼していたのであった。

 

「エルトシャン、すまない・・・。

お前から救ってもらったこの命で必ずアグストリアを守ろう。今は俺には力が足りないが、必ず・・・いつか・・・。」シグルドの誓いはアグストリアの夕闇に溶けていく、イーヴはその言葉を噛みしめるように聞くのであった。

 

濁流は二人のみならず逃げ遅れたグラオリッターもことごとく飲み込み、助かったのは半分にも満たなかった。

グラオリッターは重装備で固めた歩兵が多く、ひとたび水に没してしまうと浮かび上がる事が出来ない事が半壊してしまった要因である。生き残った者は騎馬兵でかつ健常者のみであった。

エルトシャンの最後の作戦は残り少ないクロスナイトを犠牲にし、大軍のグラオリッターを半壊させるという最大効果を発揮する歴史に残る戦いだった。

カルトが考案したこの水責めはシャガールの軍を無力化させてかつ彼を厚生し、後にシグルドが再び使用して奇襲に成功し、エルトシャンが排水を利用した敵軍の半壊は、後世軍師達を唸らせた作戦として語り継がれていくのである。

この作戦で紛失したミストルティン。後にエルトシャンの息子であるアレスが見つけ手にする時に、同じく父親の剣を求めてアグストリアの地を訪れるホリンの息子スカサハと行動を共にする。

彼らはアグストリアを解放しながらセリスと出会い、絶望した人々に希望を照らしていく事となる。

 

 

 

非戦闘はオーガヒルの制圧が終えるとすぐに教会からオーガヒルへの移動を開始していた。女子供はもちろんの事、重傷を負った兵士や食料や武器の輸送等も含まれておりなかなかの規模となっていた。

長い隊列に沢山の馬車が連なって移動する様はなかなかの壮観である。

そんな中で回復を主とする魔道士はこの帯に加わり、護衛と負傷兵の介護に勤しむのだがエスニャはここにいたのである。

エーディンやディアドラもこちらで介護を従事し、直接的な護衛はシアルフィの騎士団が中心となって周囲を警戒している。

 

「エーディン様、交代しましょう。先程から魔法を使いすぎてますよ。」

 

「エスニャ、まだ大丈夫よ。私もクロード様程ではないですが魔力も上がってきていますし、使える魔法も増えてきていますので・・・。」

 

「でも、余力を残しておかないと自分の身も守れないですよ。まだ戦闘はあちこちで起こっているようですし、用心に越した事は無いですから。」

 

「そうね、わかったわ。少しの間交代をお願いします。」エーディンは区切りを付けるとその場を離れ、エスニャに引き継ぎする。

 

エスニャは次の負傷兵に回復を施す姿をエーディンは微笑む。

 

「エーディン様?どうかされたのですか。」

 

「笑ってごめんなさい。以前魔法が使えなくなりましたが、使えるようになってよかったと思ってしまって・・・。それに聖杖まで使えるようになるなんて、あなたの能力は凄いと感心しました。」

 

「いえ、そんな・・・。私なんてまだまだです、ブルーム兄様やティルテュ姉さんはもっと凄い魔道士です。」

 

「でもねエスニャ、あなたのような優しい心と強い意志があるからここまで能力が開花したと思うの。あの時カルト様を助けたいと思う優しさと強い気持ちが無ければここまで成長出来なかったと思うわ。」

 

「そう、なのでしょうか?私は窮屈だったフリージ城を飛び出したい一心でここまで来て・・・、何も考えてませんでした。」

 

「ふふっ、エスニャらしいわね。それがあなたにとって一番いいことなのでしょうね。」再度笑うとエーディンは退席していくのである。

 

 

エーディンは天幕を出て縁へ座る、馬車は荒地を行くので振動が酷いが重傷者がいるこの馬車は車輪に水牛の革を巻いている。多少の揺れは緩和されているが魔法の集中には困難であり、初めは苦労したが二人はあっという間に慣れて交代しながら手当をしていくのである。

 

「えっ?」エーディンは違和感を覚える、自分達の後ろにもう一台同じように重傷者を手当てしている馬車がもう一台走っていた筈なのに消えていた。

 

横にいるシアルフィの騎士に呼びかけるが、彼は思い当たる節もなく曖昧な返答であった。

「前に進まれたのでは・・・。」

 

「そんな事はないわ、私達治療の馬車が速度を速める事は出来ません。ここは大丈夫なので少し探して下さいませんか?」

 

「わ、わかりました。」シアルフィの騎士は馬を駆け足であたりの捜索を始めるのであった。

 

 

少し、時間を巻き戻す。

この一団の馬車の最後尾を走る一台の馬車に、魔法をかける者がいたのである。ローブで全身を覆い、何者なのかはわからない。

手を伸ばすとローブの裾からすらっと長くて白い肌、しなやかな女性の手が現れ魔法を発動させる。

 

「バサーク・・・!」

混乱魔法により、車を引く馬は混乱し従者の思う方向に進まなくなる。さらにカルトの好む風魔法の応用で空気の振動を遮断し、外部漏れる音を完全に消したのだ。

すぐ横を歩くシアルフィの騎士は全くその事に気付かない。

 

最後尾の馬車は在らぬ方向を爆進し、二頭の馬は力の限り走り続けた。その激しい振動に革の衝撃緩和は外れ、中の人間はあちこちで頭部をぶつけてしまい意識を失う程である。

走り続けた馬は最後には息を切らしどこかもわからない場所で立ち往生となったのだ。

 

「うっ!・・・・・・ディアドラ様!!大丈夫ですか!」エスリンは姉となったディアドラを抱き起こす、彼女は強かに頭部を打ち意識を失っていた。回復魔法で治療を施す。

 

「一体、何が起きたの?」エスリンの呟きに反応するように馬車は次の事態が引き起こる。天井の幌が引き裂かれ、木製の壁が風により吹き飛ばされたのだ。

途端に外部が露出し、この事態を引き起こした張本人が姿を現したのだ。

 

「気を失っていない者がいたなんてね・・・。」

 

「あなた!一体何者!!」エスリンは光の剣を抜き放ち警戒する、ディアドラから賜ったこの剣はすぐ様エスリンの愛剣となった。

攻撃魔法を使えないエスリンだが魔力が高いその特性から魔法剣は使い勝手がよく、危ない接近戦を避ける意味でも大切な一振りとなっていた。

 

「私の名はフレイヤ。その娘を貰い受けに来たの、抵抗しなければ殺すつもりはありません。賢い選択をして下さると助かるわ。」

 

「わ、私を馬鹿にしているのかしら?姉をさらいに来た不審者に易々と言うとうりにするつもりはないわ!!」

 

「そう・・・。それならお相手してあげるわ、できるだけ苦しまないように一気に殺してあげる。」フレイヤは一気に魔力を解放させる、荒地は途端に邪気を吹き上げ出し辺りは地獄入り口に立ったかの様に瘴気をあげだす。エスリンは戦慄を覚えながらも勇ましく心を奮い立たせた。

 

(お兄様、私の命に代えてもディアドラ様を守ります!聖戦士バルド様、私に力を!!)

エスリンはすぐ様光の剣にありったけの魔力を込めてフレイヤにかざす、フレイヤの目の前に光の大光源が発生し瘴気に包まれた彼女に浄化の光を叩きつける。

 

宵闇となりつつある荒地が一瞬昼間の様に眩くフレイヤを中心に浴びせた大光源が収束すると、エスリンはすぐ様警戒する。

フレイヤはその場にはいなかった。瘴気は形を潜めているが完全に払拭されていない、彼女はまだ何処かでこちらを狙っているのであろう、エスリンは再び魔力を練り上げる。

 

「厄介な剣ね、光の剣ともう少し気付くのが遅かったら危なかったわ。」声のする方向にエスリンはドキリとしてしまう。彼女の真後ろに、それも体が接触してしまう程にフレイヤは回り込んでいたのだ。

エスリンは振り返ろうとするがその前に彼女は腕を首に回して剣をもう一方の手で首筋に当てられ、冷や汗が吹き出てしまいその鈍色の剣に目を奪われる。

 

「いくら魔法剣で私を攻撃できたのに攻勢を緩めてしまうのは、良くなかったわね。」

 

「くっ!」エスリンは体に力を込めて脱出を試みるがフレイヤの華奢な体の何処に力があるのか、回された腕は全く動かす事が出来ない。

体温をまるで感じない冷たい腕に焦燥する。

 

「・・・諦めなさい。スリープ!」

エスリンの意識が途端に揺らぐ、頭がまるで働かなくなり視界に映るものがぐにゃりと変形する。

 

「あ、あ・・・。」腕から解放されたエスリンは必死に抵抗を試みるが全く抗えない、自分の頬を張るが痛みも感じない。

 

「おやすみなさい、お姫様。・・・ごめんなさいね。」フレイヤの優しい言葉だが、その異質なイントネーションに違和感でしかなかった。しかし、その最後の謝罪の言葉のみ真実がある様に思える。

スリープの魔法が完全に効き、エスリンはそれ以上を思う事は出来なかった。

 

 

「さて、ディアドラ様。行きましょう、貴方の血を欲している元へ。」フレイヤはゆっくりディアドラの元へ歩む、ようやく長年欲して止まなかったロプトの血が結集する最後の鍵が手に入ったのだ。

教団は100年望んだ物を手に入れようとこの機会を待ち望んでいた、恍惚の表情を浮かべるフレイヤ。ディアドラをつかまんとする手が震えていた。

 

「やめな・・・、フレイヤ。」フレイヤの手が止まる。まただ、また邪魔が入る。

冷静な彼女だがこの時だけは冷酷な暗黒魔道士の顔に染まっていた、それに直感でしかないが一人必ず邪魔するであろうと思っていた男がやはりこの場に現れたのである。

 

「やはり来たか・・・。忌まわしき聖者の血を継いだ異端児・・・。」

 

「お前達の狙いは分かっていたからな。ディアドラ様はシグルド公子に託されていた大事な方だ、お前達が諦めろ。」

 

「アグスティで私と戦って実力差がわかっていないようね、あの時助けがなければ勝ち目なんてなかった筈よ。」

 

「そうかもな、だがあの時と今を一緒にするなよ!」魔力を解放さて、強大な難敵に挑むカルトであった。




エスリン

Lv 20 パラディン

HP 37
MP 34

力 16
魔力 14
技 18
速 21
運 20
防御 12
魔防 11

スキル 必殺

ライブ
リライブ
リターン


光の剣


シグルドの妹、レンスターのキュアンの元に嫁ぎ第一子のアルテナを授かる。
かなりお転婆な女性である様で、シグルドもたじたじの場面も・・・。
バルドの血を継いでおり、気質はまっすぐで曲がった事を許さない。

しかし、兄弟でスキルに違いがあるのは何故だろうか?シグルドにも必殺ついて欲しかったしエスリンに追撃が欲しかった。


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血盟

頑張ってます!
頑張って、今年中にアグストリアと外伝を終わらせたいです。


カルトとフレイヤ・・・。

これだけ高レベルの魔道士か相対すると勝負は複雑になる。

それは得意とする魔法の属性や魔力と魔力量、精神力や精神状態など様々な要因が孕み、拮抗すればする程優劣の天秤は刻一刻と変化するのだ。

二人の魔力は吹き上がり出し、周囲に影響を与えていく・・・。

カルトの光魔法であたりの生命活動が活性化されていくが、フレイヤの邪気に当てられた虫や雑草が枯れていくという矛盾があちこちで起こってきた。

 

カルトは風魔法を応用した疾駆で先手をかける、その疾さにフレイヤは若干反応が遅れていた。カルトはすぐに白銀の剣をそのまま突き立てて最速の突きを放つ。

 

ギイィィィン!

 

ローブから抜かれたショートソードが白銀の剣を横薙ぎに当てて突きの軌道を変えた剣先を交わす、そしてそのまま半身をカルトの左川死角へと滑り込むとヨツムンガンドを至近距離から放つ。

 

生命を刈り取るヨツムンガンドをカルトは咄嗟に地面にウインドで放ち中空へ舞う、フレイヤのヨツムンガンドは地面を抉り周囲の生命を奪うかの様に無残な爪痕を残す。その威力のある攻撃を間髪入れずに上空のカルトへ放つ。

 

「ヨツムンガンド!」

「ライトニング!」

 

二人の聖魔の攻撃がぶつかり互いに相殺されていく、辺りに衝撃波が空気を振動させながら四方に散っていった。

地面に降り立ったカルトはすぐ様、フレイヤの動きを見て再び剣技を繰り出した。

 

カルトの連続攻撃、先程の渾身の突きでは無く手数による揺さぶりを敢行したのだ。だがフレイヤはその攻撃をショートソード一本で見事に回避するのである。

身体はしなやかに動きカルトの攻撃を剣で受けて衝撃を身体で受け流す、その見事な防御にカルトは敵ながら感心する。

 

「ウインド!」フレイヤに剣技の隙間で貯めた魔力で彼女を吹き飛ばす。

近過ぎる間合いに、フレイヤのショートソードの方が有利になったカルトは拒否するかの様に強引に仕切り直した。

フレイヤはウインドで裂けたローブを忌々しく脱ぎ捨てる、露わとなったローブの中は同じく漆黒のドレスを纏い、額には銀のサークレット、腰には一振りの聖杖がくくりつけられていた。

 

「・・・言うだけあるわね、たった一年で此処まで実力をつけていたなんて・・・。」

 

「・・・・・・。」フレイヤは賞賛を送るがカルトは全く動かない、この女は得体がしれない。まだ奥底に隠し持つ実力がある限り、カルトは優位に立てたと思っていなかった。それに・・・

 

「成長をもう少し見てみようと思ってましたが、あなたは危険すぎる・・・。マンフロイ大司教様の悲願を成就する為に、死んでもらいます」フレイヤは更にギアをあげる、魔力の禍々しさは周囲を侵食していきカルトまで迫ってくる勢いであった。カルトも魔力を開放させ対抗する。

 

「フェンリル!」暗黒の矢が瞬く間に出来上がると速攻でもって襲いかかる。

カルトは身を捻って回避するが、既に第二撃が出来つつあった。

(嘘だろ・・・、まだ回転を早くできるのか・・・。)

 

「フェンリル!」次の回避が準備できていないカルトはウインドの跳躍で回避する。

 

「ヨツムンガンド!」カルトに戦慄が走る、こちらの手を打つ時間が無い・・・。とうとうカルトは直撃では無いが右足に被弾し、激痛が走る。

着地に失敗したがカルトは二転した所で何とか上体を保つ事ができた、しかしフレイヤはその追撃準備を終えていた。

 

「終わりです・・・、ヘル!!」

かつてダーナの古戦場で受けたあの魔法を受ける事となった・・・。精神を崩壊させるあの忌まわしき暗黒魔法にカルトは頭を抱えてもがき苦しみ出す。

獣の様な叫びを上げるカルトはもう目は常人の物では無かった、口からは泡を吹く様に涎を撒き散らして手当たり次第に持っている白銀の剣を振り回す。まるで狂戦士の様であった。

 

「抵抗すれば永遠に苦しみ続け事になるでしょう、命を諦めばその苦しみから開放されます。さあ、お楽になりなさい。」フレイヤの言葉にカルトは一瞬常人の目になる。まるで泣き続ける赤子をあやす様なフレイヤの口調はカルトに絶命を示唆し、安らかな冥福を祈る様であった。

しかしカルトは再び苦しみだす。彼にはまだ捨てられない物があるからかヘルに抗い、その苦しみを倍加させる。

 

「そう・・・、まだ頑張るのね。でも・・・これで終わりにしてあげる。」フレイヤはショートソードをカルトの心臓に狙いをつける。

狂い猛けるカルトの一瞬の硬直を待ち、一気に刺し貫かんと彼女は構えた。

 

 

 

 

「・・・・・・なぜ?」フレイヤは投げかける。

先程からカルトの心臓を貫く機会は何度もあった、フレイヤはまるで石化にでもかかったの様に剣先をカルトに刺し貫く事は出来ず無意識に涙すら流していたのだ。

 

「私はこの男を殺さねばならないのに・・・、なぜ躊躇しているの・・・どうして・・・。」

未だにもがき苦しむカルトを見ては剣を突き立てんとするフレイヤの矛盾した行動に自身も苦しみだす、お互い心を別の物に支配され状況は硬直した。

 

 

 

「・・・・・・リン・・・エスリン。」深い眠りからエスリンは意識を取り戻す。

敵前で眠ったしまった自分に即座に気付いたがディアドラに制止され、促す様に再び眠る振りをする。

 

「ディアドラ様、一体これは?」

 

「あなたは魔法で強制的に眠らされていたわ、レストをかけたので今はもう意識ははっきりしているはずよ。」

 

「ありがとうございます。あの二人、どちらも状況が変ですね。」

 

「ええ、おそらくカルト様は精神を蝕む暗黒魔法をかけられたのでしょう、あの女性はわかりませんが今の内にカルト様をお救いしないと廃人になってしまいます。

エスリン、私がレストで彼を回復しますので貴方はカルト様の動きを止める事が出来るでしょうか?」

なおもたけ狂うカルトに視線を投げかける、力の限り続ける剣を止めなければならない。光の剣を持ち直しエスリンは覚悟を決める。

 

「わかりました、ディアドラ様お願いします。」二人はうなづくとディアドラが立ち上がり聖杖をかざす、それを合図にエスリンは飛び出した。

 

「カルト様!!」エスリンの投げかけにカルトは振り返る。

その顔は怒りと苦しみに満ちており、エスリンの胸を苦しめた。

 

「あ、あ・・・。うああああ!!」カルトは再び手に持った白銀の剣を振り回し始める、その太刀筋は正気の剣技ではなくただただ力の限り振り回すだけの暴力であった。

 

その一刀をエスリンは受け止める、激しい剣撃に膝が折れそうになるが踏ん張りを効かせた。腕が痺れ、光の剣が折れるのではないかと思うくらいである。

カルトは魔道士であるが体格はシグルドと同等くらいある、騎士として教養を受けてないのでシグルド程の筋力は無いがそれでもその一撃は軽視出来ない。華奢なエスリンでは狂気と化した剛剣に押し返されそうとしていた。

 

「カルト様!お願い!正気になってくださいまし!」懸命にエスリンは呼びかける。

出来れば斬り伏せたくは無かった。彼は初対面の時ユングヴィでミデェールの死の淵から助けてくれた恩人である、兄であるシグルドを何度も救ったカルトを傷つける事には抵抗があった。

 

剣を止めカルトは停止している、ディアドラのエストを待つがエスリンはさらに事態が動いている事を知るのであった。

 

 

 

激しい剣撃でフレイヤは我を取り戻す、激しい頭痛と共にショートソードをダラリと構えを解いた。

「一体、私は・・・どうしたらいいのだろうか?」未だに悩むその表情は非常に危うさを孕み、行き場の無い無力感に苛まれていた。

 

「マンフロイ様の悲願の為に・・・。」一つ呟き、自身の行動を再開すべく再び動こうとするフレイヤ。ディアドラはカルトとエスリンの妨害するフレイヤを敏感に察知した。

 

「サイレス!」そんなフレイヤを無力にする魔法を放つ。

 

「こ、これは!鍵の娘の力か!!」秘術の魔法に屈服すればしばらく魔法を完全に使用出来なくなる、フレイヤは魔力を最大限に放出した抵抗するがディアドラの魔力もまたフレイヤに匹敵する物であるのか両者は拮抗し始める。

 

辺りから邪気が薄れていく、ディアドラの魔力がフレイヤの魔力を抑え込み出したのだ。彼女は蒼く光る宝玉のついた聖杖に祈る様にフレイヤの魔力を封殺する、フレイヤも屈服される訳には行かず跳ね除けようと足掻く。

 

エスリンはその事態に自身の力でカルトを救わなければならなくなり懸命に呼びかける。腕の力が限界となり、力をいなすと距離を取る。

 

「カルト様お願いです!お気を確かに!!貴方はここで立ち止まってしまうのですか!兄上もカルト様を必要としているのですよ!!」

エスリンは懸命に呼びかける、だがカルトはその呼びかけには反応するものの内からくる苦しみに再び奇声をあげ出す。

剣を振るカルトだが動きは鈍い、呼びかけに効果が薄いと感じたエスリンはカルトを抱きしめた。

「カルト様・・・。お願い、元のカルト様に・・・戻って下さい。」

彼女の懇願にカルトの瞳孔は開かれるのであった。

 

 

カルトはその突然の抱擁に我に変える、エスリンの突然の抱擁に意識を取り戻したのであった。それはかつて幼少期にラーナ様が命をかけて自我を取り戻した事と同じだった。

白銀の剣に嫌な感触が手に、カルトの顔に熱き血潮がかかったのだ。

 

「あ・・・あ・・・。エスリン・・・?」

 

「・・・カルト様、気づかれましたか・・・よかった・・・。」

どんとんと力が抜けていくエスリンにカルトは抱きしめる、顔はみるみるうちに血の気が引いていき桃色のチュニックは赤く染められていく。

 

「エスリン様!申し訳ありません!!」

 

「いいのです、これは貴方のした事ではありません・・・。これは全てあの魔道士のした事、あなたのせいではありません。」

カルトはすぐ様リカバーを施す、完全回復が可能な魔法であるが彼女の腹部の出血は夥しい・・・。回復より早く抜け出る血液が致死量に至れば、リカバーと言えども命を救う事は出来ない。

 

「私は、また同じ事を繰り返してしまった!あの頃から何も変わって無いじゃねえか!!」

 

「カ、カルト・・・様?」カルトの独白は涙を交えて吐き出される、贖罪でも罷免を求める訳ではなく彼の思った通りの気持ちが吐露されていた。

 

「ラーナ様にもこの様に、傷つけたんだ!俺は!!

親父に戦争の度にバサークをかけられて殺戮人形にされ、救いに来たラーナ様を刺したんだ!!」

 

「な、なんて・・・事を・・・。」エスリンはカルトの過去に驚愕する、先ほどの彼の混乱はその様な幼少期の過去が影を落としている事を知り痛みを忘れてしまう。失血で意識が無くなってもおかしく無い状況でエスリンはカルトを労わりたくなり右手を上げる。

カルトはその手を握り回復を続ける、リカバーの淡い光はさらに増して行き早急な回復を急ぐ。

 

「カルト様・・・。あなたのその苦しみ、私には壮絶過ぎてわかってあげられないと思います。

でも、貴方ならきっとその辛い過去すら乗り越えて進めると私は信じています。だから・・・。」

 

「エスリン様・・・ありがとうございます。大丈夫!もう傷はほぼ塞がってます、ご安心を!」

 

「ありがとう、カルト様・・・。安心したら疲れてきました、少し休ませてくださいね。」エスリンはみるみる身体が脱力していく、身体は完全にカルトに委ねていて気力すらもなくしている様であった。

 

「エスリン様、まだ駄目です!!ここで眠れば失血で体温が保てません!どうかお目を開けてください。」

 

「カルト様、ご無理を言わないで・・・。もう私・・・。」

 

「駄目です!エスリン様!!」カルトの言葉も虚しくエスリンは昏睡する、カルトはすぐ様自身の血液を提供する準備に入る。

幸い自身の血液は実証により、稀な事例さえなければ他者に提供できる事は実証済みである。このままではエスリンは失血死してしまう、羊の膀胱から作った輸血準備を始めた。

(ディアドラ様!時間稼ぎをお願いします!!)

 

 

 

ディアドラは力の限り魔力を注ぐが彼女もまた沢山の重傷者を救っていたので魔力は本調子ではない、フレイヤも多数の魔法を使用していたが疲労は先にディアドラの方に現れ始めていた。

 

「ふふふ・・・。残念ですね、どうやら私の方に分があるみたいね。

では私と共に参りましょうか。」

 

「私を何処へ連れて行こうと言うのです、私の場所はここしかありまません。」

 

「いえ貴方は・・・、貴方の一族は100年前から帰る地は決まっているのです。さあ、無駄な抵抗を止めて私とともに参りましょう。

シギュンの娘よ・・・。」

 

「なぜ、わたしのお母様の名を・・・。」

 

「全て、私達は分かっています。さあディアドラ様・・・。」すっかり魔力が底をついてしまったディアドラは後ずさり、彼女から懸命に抵抗を見せるがフレイヤはその手を掴む。

 

「は、離して!」

 

「無駄よ・・・さあ・」

 

「エルウインド!!」圧縮された風の上位魔法がフレイヤを吹き飛ばす、再び邪魔が入り忌々しくこちらを睨む。

 

「まだ耐えていたのね、本当にあなただけは戦う度に感情を逆撫でる。」

 

「奇遇だな、俺もだよ。お前だけは何故が調子を狂わせてくれるよ。」カルトの言葉にフレイヤは本当に苦しんでいた、こちらを見る度に苛立っているのが見て取れた。

 

「フレイヤ・・・。前から俺はあんたと戦う度に思うのだが、俺とあんたの戦い方は同じすぎる・・・。

あんたはシレジアの者ではないか?シレジアの魔法戦士は数少ないが、その戦い方はシレジアの魔法戦士の戦い方に通じている。」

 

「何を、馬鹿な事を・・・。私はシレジアに行った事がない、それに私はずっと地下神殿で隠れるように・・・。」その瞬間フレイヤの動きが止まる、その驚愕の表情に始めて見せる隙だらけの状態だが攻撃する気にはならず彼女の動向を見守る。

 

「私は、一体・・・。何故私の中に雪国の風景が出てくるの?どうして、私に子供がいる!!」

 

「フレイヤ・・・、お前は一体・・・。」

 

「・・・・・・!!私は、ロプトに捧げたフレイヤ!それ以外は無い!!」頭を振りかぶりフレイヤは魔力を吹き上げ出す、今まで以上の魔力にカルトも魔力を込め出した。

 

「カルト、この魔法で貴方をロプト神の元へ送ってあげる、だからこれで死んで!!貴方を見るのはこれで最後よ。」

 

「・・・いいだろう、俺もこれでお前とは終わりにしたい。お互い最後の魔法と行こう。」

二人は渾身の力を魔力へと変換させる。互いに魔力も精神力も体力も不安定な状況だが、この魔法だけは全力で放てる限界を感じていた。

だが、不思議と最後の魔法は今まで放つどの魔法よりも強力になると感じ取っていた。それは運命がそうさせるのであろうか・・・。

二人の戦いが終焉へと向かっていくのは確かですあった。




1600年辺りですが一部の人間の血液は、ほぼすべての人に使える事は知っていました。今のABO方式が確立されたのは1900年あたりだそうです。
カルトは自身の血液を使って実証していた事になり、この世界のABO方式に当てはめると彼はO型になります。

あまり、詳しく書くとボロが出るのでこれ以上のツッコミは勘弁して下さると助かります。
ちなみに羊の膀胱と尿道で作った点滴は、実際に昔使われていたとかそうで無いとか・・・。


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聖剣

まだまだ、頑張ってます!
仕事も、頑張ってます!!


瞑想をしている二人の場はまるで嵐の前の静けさのように静まり帰る、陽は落ち辺りに暗闇が支配し始めているがディアドラから見ても彼らの存在感ははっきりしていて表情まで読み取れるかのようであった。

ディアドラはエスリンの元へたどり着き彼女の手当て具合を確認する、彼女は重傷を負っていたように感じたが見事な手当てで危機は脱していた。

側にある点滴用具と近くの血溜まりを確認し、カルトの手当ての良さに感謝する。もしこの場にいて妹であるエスリンに何かあればシグルド様に会わす顔が無い、彼女は一つ安堵の表情を浮かべ羽織っていたショールをエスリンに巻き抱きよせてこの場からゆっくり離れていく。巻き添えを貰えばディアドラはともかく、エスリンは一溜まりもないだろう。

 

 

 

二人の目が開く!

互いにもて得る全てを魔力に変換して注ぎ出した、その途端場の雰囲気が一気に反転する。

二人はほぼ手の内を相手にさらしている、一体どの様な形で決着をつけようとしているのか・・・。ディアドラでさえも想像がつかない。

 

魔法の戦闘は一度魔力を解き放てば相反する力で相殺するか、同等の魔法で押し返すのか二つに一つ。もし同等の魔法であれば互いに必殺の魔法を放てば、弱者に全ての力が降り注ぐ・・・。

生き残る事は至難である。

カルトもフレイヤも瞑想の中で仮想の相手と攻防を繰り広げていた。相手が使うであろう魔法と威力を今までの戦いの経験から特定し、それに勝るであろう魔法と質量を作り出そうと繰り広げていた。

 

先手はカルト、もはや一つの属性魔法ではフレイヤを倒す事は出来ない。

古い文献を読み漁り一つの可能性を特定していた、異大陸に存在する風と聖を組み合わせた正義の断罪魔法。極限まで研ぎ澄まされた風は一振りの刃となり、光の魔法によりその刃は聖剣に転じる、魔の者はその聖なる刃でもって一閃の内に絶命する。

一度も試した事は無い、失敗すれば必死のこの状況で謝れば即死であろう・・・。

しかしカルトは瞑想の中で悟っていた、例え現在の最大出力であるオーラを最大魔力で持ってしてもフレイヤを破る事は出来ない・・・。

彼女を倒すには自分の殻を破らなければ勝ち目は無いのだと、カルトはそう思っていた。

カルトは両の手を前へ突き出して光と風を最大魔力で顕現させる。

 

その動作に遅れてフレイヤが動く、彼女はただ闇魔法を最大出力させる事だけを望んだ。

カルトを呪い、怒り、恐れ、悲しみ、妬み、苦しみの感情を剥き出しに、全てを解き放つ。

これで、カルトを殺す!彼女の殺意と畏怖は全てを破壊する衝動へと変換されていく・・・。

 

魔法の顕現は二人同時であった。

カルトは全てを断ち切る複数属性の超魔法、フレイヤは全ての負を乗せた新魔法を打ち出す。

 

「エクスカリバー!」

「ニーベルンゲン!」

カルトの超魔法は光の一筋が天より一瞬の内に手に収まったかと思うと風がその光を中心に渦を巻き一振りの剣が顕現される、カルトはその一振りを振りかざすと眩い一閃となったのである。

対するフレイヤは闇の魔道書には存在しない新魔法である、ヨツムンガンドやヘルなどは周囲に溢れる負のエネルギーを集めて撃ち放つ魔法であるがニーベルンゲンは自身の激しい負のエネルギーを共鳴して周囲から集めて全てを対象に解き放つ魔法として確立した。魔力の消費も多いが対象にむける憎悪が大きければ大きい程、その威力は増大する。

その凶悪さにディアドラはエスリンを抱いて衝撃に耐える、二人のその極大の攻撃に周囲の影響も大きいと感じたのだろう。しかしその予想は別な方向であった。

 

「・・・あ、・・・ああ。」

闇は全て聖剣の名を冠する超魔法で切り裂かれたのた、切り裂かれた闇の波動は霧散し光の粒子となって霧散していく。それはまるで闇夜に儚く舞う、蛍の様に・・・。

晩夏となり飛ばなくなった蛍を再現するかの様に、辺りに冷たい光は飛び交っていた。

フレイヤはその光の一閃を受けて身動き一つ取れなかった。

膝をつくが倒れはしていない、だがよほどの衝撃を受けたのかしばらく受けたのか身動き一つ取れなかったのである。

その間、額に煌めく銀のサークレットは紋様部分から真っ二つに切れてその場に落ちたのであった。

 

「で、出来たのか・・・?」打ち出したカルトもまた精魂尽き果てて両の手を膝で抑えなければ昏倒するくらいである。

先ほどエスリンに大量の血液を与えた事もあり、身体に力がある入らない。震える全身、抜けていく力を食いしばって伏せることを拒否していた。

 

聖剣エクスカリバーは悪しきものを断罪する魔法。もし心も身体も悪しき者ならその瞬間に身体も切り裂かれただろう。身体が無傷であるなら生きている筈で体内に宿る魂のみを聖剣は断罪した事となる。

次、動き出す時は如何様になるのか、カルトも見守る必要があった。

 

 

 

「カ、ル、ト・・・。」フレイヤの口が動き出す、涙する彼女の瞳は先程までの闇に沈み込んだ昏い瞳では無い。

それどころか、彼女の身体が大きく変化していくのである。

漆黒の髪は煌びやかな金の髪へと変化し、憂のある顔は安らかな表情となる。常に釣り上げていた切れ長の瞳は、穏やかなものへと変動した時カルトは驚愕していく。

 

予想は出来ていた。それは2度目の交戦でローブ裂いてフレイヤが姿を見現した時に、初めて明るい場所で彼女の顔を見た時から・・・。

そしてダーナの古戦場でバランが使っていた秘術で死者の身体を乗っ取る禁忌魔法、シレジアの通じる剣技、口調・・・。カルトの思いたくも無い推理が綺麗にピースとなりはまっていった時、推察から肯定へと変化していたのであった。

それでも、今の今までその推察は否定であって欲しいと願っていた。

 

「は、母上・・・。」カルトは絞り出す様に名前を呼ぶフレイヤに呼びかける。フレイヤは、その身体はびくりと反応して項垂れていた首をゆっくりと持ち上げる。

 

「セーラ・・・母さん・・・。」カルトはもう一度囁く、ゆっくりと進みながら真偽を確かめようと歩む。

 

「・・・カルト、今まで・・・ごめんなさい。」フレイヤ、いやセーラは完全に意識を取り戻し謝罪する。

もう少し、もう少しで・・・。カルトはゆっくりと歩み寄り、ようやく彼女を抱き締める。

 

「母上、わかっております。さぞお辛かったでしょう。」

 

「カルト・・・。辛いのは貴方だったはず・・・、こんな形で貴方を苦しめ続けていたなんて・・・。私は・・・。」

 

「いいのです、こんな形で・・・。成長した私の姿を見せる事ができただけでも、私は幸せです。」

 

「カルト・・・。」二人は無言で抱き合った、カルトは母の体温がない事は分かっている。この後どうなるかも・・・、それでも今はこの短い時間を無言の抱擁が全てを埋めるかの様に二人は抱き合い続けた。

 

「私は病気で死んだ後、埋葬に向かう棺桶の中で既に遺体を盗み取られました。死んでまもなくマンフロイにより強い肉体を求めていた彼によって別の魂を私の中に封入し、私の自我はその魂に抑え込められてフレイヤとなってました。」

 

(やはり、そうだったか・・・。)

 

「貴方の魔法で邪悪な部分のみを攻撃してくれたお陰で、私は自我を取り戻しましたが暗黒魔法で保たれていた身体です。すぐに壊死が始まるでしょう。

その前に、貴方に伝えなければなりません。」

 

「はい、教えて下さい。フレイヤとしての記憶、持たれているのですよね。」

 

「ええ・・・。

まずはロプト教団が求めているもの、あなたはディアドラ様がその鍵という事はご存じですね?

もう一つの鍵はこの時代にあります、その二つの鍵が揃えばロプトの血が復活します。」

 

「あるのですか、もう一つの鍵が!!しかし精霊の森の掟をマイラの一族は厳格に守っている筈・・・。」

 

「残念ですがディアドラ様のお母様、シギュン様はその掟を破られてしまったのです。」

 

「そ、そんな・・・。シギュン様?その名前、何処かで聞いた事がある。」カルトは記憶を遡る、その名前はかつて何処かで聞いた事がある。どこだ、どこで・・・。

 

カルトは記憶を手繰り寄せる中突然に事態は変化する、再び瘴気が吹き出しカルトとセーラを包み出す。その瘴気はフレイヤ以上であった。

 

「な、何だ!これは・・・。」

 

「マンフロイよ!カルト、ディアドラ様を連れて逃げて!あの人にディアドラ様を渡してしまえば世界が終わってしまう。」セーラは立ち上がるとカルトの額に手をかざす。

 

「母上、何を・・・。」

 

「少ないけど私の魔力を持って行って、二人ならワープ位はできる筈よ。」

 

「しかし、母上!!」

 

「私はもう死んでいるのです、こんな形ですが成長したあなたに会えたのは嬉しい限りです。思い残す事はありません。

さあ、時間を稼ぎますから早く行ってください。」

額を翳し終わると抱擁を解いたセーラは、カルトの背を軽く叩く。

 

「母上、お気持ち穏やかに・・・旅立って下さい。」

 

「・・・ええ、ありがとうカルト。身体に気をつけるのですよ。」

 

カルトは駈け出す、何処かに避難したであろうディアドラとエスリンの元へ・・・。振り返る事は許さない、それが母がカルトに向けた最後のお願いであるのだから。カルトは只管にその場を後にする。

 

 

 

「ディアドラ!エスリン!!何処だ!何処にいるんだ。」

戦いながら移動していたとはいえディアドラはエスリンを抱えながら避難していた、そんなに遠くに行っていない筈であった。

カルトはあらん限り叫ぶ。

 

「あ・・・、カルト様・・・。」エスリンの消え入る声が響く、カルトはその方向に向かうと彼女の姿を補足した。荒地の窪みに彼女はショールを引かれた上に寝かされていて上体を起こすのが精一杯の様子、カルトは支えて抱き起こす。

 

「意識が戻りましたかご無事でなりよりです、ディアドラ様は?」

 

「え・・・、途中で見かけませんでしたか?カルト様に加勢しに行かれましたが・・・。」

 

「何だって!・・・エスリン様、もう少しこちらでお待ち出来ますか?」

 

「わ、私は大丈夫です。ディアドラをお願いします!」

カルトはひとつ頷くと白銀の剣を抜く、そして・・・エスリンに斬りつけたのだ。エスリンは後方へ跳躍してその一刀を回避する。

 

「な、何をするのですか!冗談をしている時ではありませんよ!!」

 

「冗談、だと・・・。こんな時に姑息な手段を使って俺たちを撹乱するとはな、下劣な連中め!」再び斬りこむカルトにエスリンの右腕が飛んだ。

 

「ぐあああ!」エスリンの声ではない老齢の声に変わる、姿も徐々に崩れ別人が現れ出す。

 

「貴様、なぜ別人と分かった!」ヨツムンガンドを使用しながらカルトに襲いかかる。カルトは即座に間合いを侵食し、切り伏せる。

 

「エスリン様はディアドラ様を姉上と呼んでいた、それに心優しいディアドラ様がエスリン様を置いて参戦する事などありえない。

試しに斬りつけてみたら、重傷を負っているエスリン様とは思えない動きをしたから、二撃目は全力で行かせてもらったまでた。」白銀の剣を一振りして納刀する。

 

「くくくく・・・。こんなに早くに見破れてしまうとは、敵ながらに天晴れなものよ。

しかし、儂に託された時間は稼ぐ事ができた・・・。マンフロイ大司教、後成就を・・・。」

 

「し、しまった!奴の狙いは時間稼ぎか!!」

カルトは辺りを再び見回した時、天空より降り注ぐ光柱が辺りを眩くてらした。すぐにその光はオーラによる攻撃と理解した、おそらく母が命を懸けた最期の抵抗なのだろう。

 

「母上・・・。」カルトはほんの一瞬、冥福を祈るのであった。

 

 

エスリンに化けて時間を稼いだという事は探す方向は間違っていない、そのままの方向を走り続けた。

荒地の小高い丘を越えた時見通しがよくなる、闇夜となっているが月が出ている。その僅かな光からカルトは必死に辺りを見渡す。

 

「いた!」絶望的な状況であった、暗黒魔道士に囲まれている。カルトは再び走り出す、此処からではまだ距離があるので近づく必要があった。

 

「待ちやがれー!!」カルトは絶叫する、母から頂いた魔力を惜しげもなく全開にして警戒させる。

(間に合ってくれ!!)

カルトの願いも空しく魔道士等は中心に迫っていた、距離があるのは承知の上でオーラの魔法の準備に入る。

 

カルトは止まり魔力を練り始めるが別の場所からの援護が入る。風切り音がしたかと思うと一人の魔道士が倒れ、もう一人倒れ出したのだ。

「誰が・・・。これならまだ間に合う!」再び走り出す、まだ運命は抗える!クロード神父が口にした絶望の運命をカルトは心中で否定し続けていた。

 

カルトは射的範囲に入るなり、再びあの超魔法に全てを託す。

あの魔法なら正しい人には一切ダメージはない、一度使用してその特性を理解したカルトはディアドラとエスリンがいても仲間にダメージは与えない。この魔法の便利さを知る。

 

「エクスカリバー!」横薙ぎに放たれた超魔法は、暗黒魔導士全員の胴を見事に薙ぎはらった。一瞬にして全員の命を刈り取りカルトはエスリンとディアドラの元へと辿り着く。

 

「カルト様・・・。」ディアドラは安堵の表情でへたり込む、エスリンは意識を取り戻してはいるが顔色が良くなかった。恐らく輸血による弊害、一刻を争うとは言え不衛生な環境での処置に何らかの雑菌による感染症等が疑われた。

 

「二人とも、よく無事で・・・。」

 

「本当に紙一重でした。取り囲まれて、一斉に魔法を放たれる準備までされてましたので・・・。」ディアドラは答える。エスリンを庇いながらではまともに戦えなかっただろう、よく此処まで逃げてくれたと思う。

 

「しかし、私が助けに入る前に二人程倒されていた。他に援護してくれた人は・・・?」カルトは辺りを見渡した。

 

「おーい!カルトー!」聞き覚えのある呑気な声、カルトは久々に笑顔を見せる。ダーナの古戦場から危機の時には何故か近くにいた風変わりな盗賊、旅に出てからホリンの次に付き合いの長い男が一人の女性を伴って現れたのである。

 

「デュー!」カルトはデューに珍しく抱きついた、小柄な盗賊は荒地につき倒されてカルトの行動に驚きを隠せない。

 

「わっ!カルト!!どうしたの?」

 

「お前って奴は・・・、お手柄だよ!でかしたぞ!!」デューを抱き上げて子供をあやすようにくるくると回す、デューは堪らんとばかりに暴れるが、カルトの妙なテンションに混乱するばかりである。

 

「やめてよ!カルト!!やめてってばー!」二人のじゃれ合いをよそにブリキッドはエスリンの額に手をやる。

 

「これはひどい熱だ・・・。あんた随分と無茶をしたんだな、処置が遅れたら大変な事になる。」

 

「ごめんなさい。エーディン、心配かけて・・・。」

 

「熱でうなされてるな・・・。おい、そこの浮かれている野郎共!!出来るだけ綺麗な水を持ってこい!早くしないとこの娘死んじまうぞ!!」




フレイヤ
ダーククイーン

LV29
HP/MP 42 / 75
力 20
魔力 30
技 26
速 22
運 16
防 18
魔防 24

風 A
闇 A
杖 A

追撃 連続 突撃 見切 カリスマ

ショートソード


ヨツムンガンド
フェンリル
ヘル
ニーベルンゲン
ウインド
エルウインド
トルネード
ライブ
リライブ
リカバー
スリープ
バサーク
レスト
リターン
ワープ
レスキュー

私の設定では、強さだけならマンフロイを越えてます。


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敬服

今回でアグストリア編(撤退戦)は終了となります。
いつもより随分と長く、途中で変更に変更を重ねてしまいました。
以前から読み返すと随分と矛盾点が出てきておりますので修正を入れなくてはならなくなり、読んで下さってる方には苦慮の一言があるかも知れません・・・。
それでも応援してくださってる皆様には感謝しかありません、いつもありがとうございます。


オーガヒルの海賊を掃討したシレジア軍船は一隻被害を受けるがなんとか接岸に成功しシアルフィ軍を乗せていく、彼らは暗い海からやってきた救いの船に安堵し生ある事に喜びを感じた。

対岸に残されたキュアン達の存在を聞き、シレジア船一隻を向かわせて合流を図る。そこはフュリーが先行してキュアン達と合流し、接岸場所を聞いた上で再びシレジア船に指示する事で事なきをえるのであった。キュアン達は目的としていた岩礁のない入り江で船に乗り込む事ができたが出発を拒否した。

 

「シグルドは必ずこちら側にいる筈だ、安否を確認するまで出発してはならない。」フュリーからシアルフィ軍から行方不明になった事を聞き、そう言い切ったのである。どこにいるかもわからないと伝えてもキュアンは、穏やかに拒否し停泊するように求める。

根拠のない言い分であるが、キュアンの揺らぐ事のない意思にシレジア船は肯定するしかなかった。対岸の船もまだ出廷していない以上彼の言い分を聞き入れて待つ事と判断したのである。

 

「キュアン殿、本当にシグルドはやってくるのか?もしエルトシャンの所へ単身向かったのなら命すら失った可能性の方が高いぞ。」キュアンと同じく、アグストリア北東部で海賊の掃討を受け持ったレックスは臆面もなく本音を語る。

情報はフュリーからの物であるが、全戦力ではないがグラオリッターとケルプリッターの二大勢力が掃討に来て生き残る事は難しいとレックスは思っている。自意識過剰ではなく、冷静にクロスナイツの戦力と測っての判断でありキュアンも意見としては同意見であった。

キュアンは一瞬鋭い眼光を見せるがすぐに穏やかなものになる、レックスは決して悪意を持っての物言いではないと判断したのだ。

 

「シグルドは帰ってくる、エルトシャンを抱えてくる可能性があるくらいさ。・・・友の為なら軍の規律も関係なく駆け付けるが、何より自分の責任は必ず果たす男だ。俺たちの前に絶対に戻ってくる。」キュアンはそう言うと、再び南へ視線を向ける。

 

「・・・俺もそう信じよう、帰ってきたらとりあえず一発お見舞いしてやる。」レックスは拳に力を入れてキュアンと同じ方向を見つめるのであった。

 

 

シグルドは約1日後にキュアン達と再会を果たす。イーヴと共にやって来た彼は憔悴しきっていた、泥と汗と血液に塗れ友を失った彼は思ったより心と身体に深手を負っていた。

キュアンは船に運びながら絶え絶えに語るシグルドの話を一言も語らずに聞き入っていた。

彼の行動に賞賛も非難もするべきではない、いや何も出来なかったキュアンは物言いする権利すらないと感じていた。ただ彼はシグルドの行動を尊重し、自身の分までエルトシャンを救おうとしてくれたことに感謝していた。

 

話し終えたシグルドにキュアンは

「エルトシャンはお前に救われた筈だ、これでよかったんだ。」

と伝える事しか出来なかった・・・。シグルドはもう一人の友の言葉を噛み締めると僅かに笑みを浮かべて、隣のイーヴに語りかける。

 

「イーヴ、君は如何するのだ。よければ私達と共にシレジアへ亡命も・・・。」

 

「いえ、ここにはまだエルトシャン王の意志があります。シャガール王がいらっしゃる限りまだアグストリアは死んではおりません、クロスナイツはほぼ壊滅しましたが王に殉じてアグストリアを守っていきたいと思います。」

 

「そうか、このままアグストリアを去る事は忍びないがここに我らが残れば禍根は残るだろう。

必ず私のできる方法でアグストリアを守ってみせる。だからイーヴ、その糸口が見つかるまでアグストリアの人々をお願いします。」

 

「是非もない事です、それこそが我が王の意志ですから。・・・シグルド様も、王の意志を忘れないでください。では・・・。」

イーヴと僅かなクロスナイツは西へと出発する。彼らはシャガール王の元へ赴き、僅かとなった戦力を集結させて弱体したアグストリアを立て直すよう尽力する。

これから先、グランベルはヴェルダン同様にアグストリアを支配せんと乗り出してくるであろう。だが彼らにはエルトシャンの意志が胸の内に秘められている、辛酸を舐めようとも彼らはいつの日かアグストリアを再び復興し自立出来るようになっていくと確信していた、その為にもシグルドはカルトの力が必要だと感じていたのであった。

 

 

アグスティの北に駐在するレプトールは城前決戦の結果に驚きを隠せなかった。ランゴバルドとエルトシャンの共倒れによる結末に思いもせず、自分のあり得る結果を試算していたがこれは完全に御破算であった。

(このままでは我らケルプリッターだけでアグストリアに駐在するのはまずい、シャガールが打って出てくる可能性もあるしシアルフィ軍が戻ってくる可能性もある。そうなれば我が軍は全滅する可能性も出てくる。)

レプトールは状況を整理するがやはりこのまま駐在する事は危険であった。

 

しかし不利な材料ばかりではない。ドズル家の勢力は確実に削がれている、現状アグストリアを再度踏み込む力は無く現状のイザークの領地を与えておき、レプトールが再度アグストリアを制圧すればフリージの物となる。

イザークの片田舎より資源も人材も豊富なアグストリアを我が物とした方がよっぽど美味しい思いが出来るとレプトールは踏んだのだ。

彼は一つ不敵な笑みを浮かべると全軍に帰国の準備を始め出した、エバンス城の包囲網も恐らく解かれていはずレプトールの頭脳が利益を演算していくのである。

 

「レプトール様、あの方の事は如何なさるのですか?彼が・・・。」

 

「その件は何も言うな!我らが口を慎めば陛下とアルヴィスの耳に入る事はない。後継者がいる事などなっては我らの計画に事情が出る・・・、わかったな。」

 

「しかし、我らはともかくとしてランゴバルド卿の残党が少なからず存在します。彼らの口に戒厳令をしくのはいささか・・・。」

 

「消せ!」

 

「今なんとおっしゃいましたか・・・?」

 

「2度は言わん、即実行しろ!!」

 

「は!ははっ!」

ランゴバルドは良くも悪くも軍人であった、潔さも豪快さも彼の持ち味であったがレプトールは悪の執政者でしかなかった。聖戦士でありながら根本を歪めてしまった彼の暴走は、自身の首をも危うくしている事は気付く由も無いのであろう・・・。彼もまた運命に翻弄されし人物である。

 

 

カルト一行がオーガヒルに辿り着いたのはシグルド救出からさらに半日経過してからだった。

カルトは魔力が完全に切れており伝心魔法一つも送れる状態になく、エスリンの重傷と感染症の症状よりディラドラは回復魔法を、ブリキッドは処置に追われていた。彼らは暴走した馬車を再び走らせながら回復を施し、何とかオーガヒルに辿り着いたのだ。

 

「すぐに、薬師を呼びます!」エーディンが早速その手配に移る。

 

「頼む!破傷風にかかっていれば厄介だ、急いでくれ。」ブリキッドからエーディンに手渡され辺りは騒然とする、運ばれていくエスリンを目で追い彼女の安否を気遣うのであった。

 

「あの人、見覚えはない?」デューの一言にブリキッドは怪訝な顔をする。

 

「あんな高貴な人、私の知り合いなわけないだろ。」

 

「そっかなー、今は髪も顔も汚れてるし夜だからわからないだろうけどエーディンとそっくりな気がしたんだけどなあ。」

 

「エー・・・ディン、だと?」

 

「ん、そうだよ。あの人はユングヴィのお姫様でエーディンって言うんだ。彼女には双子の姉妹がいてずっと探してるみたいだから、おいらも影ながら調べていたんだけどね。

ブリキッドならもしかしたらって・・・?」気軽に話していたデューはブリキッドの表情の変化に驚く、まるで人が変わったかのようにブリキッド涙を溢れさせエーディンの後ろ姿を見つめていたのだ。

 

「私、なんで今の今まで全てを忘れちまっていたんだい。

エーディン、ずっと探してくれていたのに姉の私は・・・。ごめんね、ごめんね・・・。」海賊の頭から突然の覚醒にデューは戸惑うも、彼女の背をそっと置いた。

 

「大丈夫だよ、今からでも充分時間を取り戻せるよ。だから今はエスリンの治療に専念させてあげよう。」

 

「うん・・・、うん・・・。」デューの優しさにブリキッドは素直に甘えた、疲れはピークに達している二人はその邂逅に祝福し眠っていく・・・。翌朝甲板の隅に互いに肩を寄せ合って眠っている二人を見つけ驚くのはエーディンである、彼女の長年の念願はこの日に果たせるのであった。

 

 

 

「フレイヤめ、まさか覚醒する前に自我を取り戻すとはな・・・。」ダーナ地下神殿で数人の教団員から治療を施されるマンフロイ、彼はフレイヤことセーラに全魔力の光魔法を受けここへ転移して戻ってきた。

 

「彼女がいなくなると今後の計画に支障がでます。早急に次のフレイヤを見出せねばなりませんね。」

 

「あれ程の素体はなかなかありはせぬだろう、フレイヤの魂自体が強力な魔力の源だからな。」マンフロイは手に持った銀のサークレットを見ながら思考を張り巡らせる、そして・・・。

 

「・・・儂が動く。」

 

「大司教様自らですか・・・。」

 

「うむ・・・お前達は動き過ぎた、このままでは眠りについてしまうが儂はまだ大丈夫じゃ。何としてもこの機に復活して貰わねばならぬな。」

 

「私達は儀式でまた蓄えます、申し訳ありませんが大司教様その間お願い致します。」三人の魔道士はマンフロイを回復させた後魔力を送る、悲願の成就の為彼らの生き残る道もまた険しい物である・・・。

 

「うむ、あまりことを荒立てるでないぞ。儂はグランベルへ向かう、カルトの奴が転移してきたら厄介じゃからの・・・。」

マンフロイは転移魔法の準備に入る、三人の魔道士は後に控え大司教を送り出すのであった。

 

 

 

朝日が昇る・・・。

海路を行くシアルフィ軍の一行が海を出て3日目の朝となった。

シグルドは昨夜に意識が戻り、記憶が徐々に鮮明になっていくにつれ様々な感情が奔流のように溢れ出てくる。

無二の親友であるエルトシャンを目の前で失い、ディラドラを狙うロプト教団に襲撃されてエスリンが瀕死の重傷を負っている事。

目が覚めてから目まぐるしく入ってくる情報にシグルドは胸を締め付けられるが同時に感謝の気持ちも溢れ出る・・・。

エルトシャンはアグストリアに逗留させる為に欺いてまで救い、さらに命をかけてシレジアへと脱出させてくれた。

エスリンもまたディラドラを守る為、カルトが駆けつけるまで命をかけて救ってくれた・・・。まだ床で伏せっている妹に感謝をしてもしたりない程である。

カルトもまたシグルド含めて皆を導いてくれた。エルトシャンの立場を慮って水責めを決行し、無血開城させた上にシャガール王の厚生に成功する。そして彼の作戦が後々にクロスナイトの奇襲に貢献し、そして排水を利用したグラオリッターの半壊に追い込んだのだ。

 

彼のあの計画が全ての運命を変えたのだとシグルド思う。カルトの本当の身分はグランベル王国の正当なる後継者という事を意識せざるを得ないほど彼の行動は神がかっており、今後の行動も彼に依存したくなるくらいである。恐らくそのような態度で接すれば彼は怒るだろうが・・・。

 

「シグルド公子・・・。」その彼の声が背後からする、シグルドはゆっくり向き直って笑顔で応じた。

カルトはそのままシグルドの横で同じように波間の向こうに見える祖国を目を細めて見つめた。

 

「カルト公・・・、いやカルト皇子といった方がいいのかな。」

 

「なっ!・・・俺はセイレーン公のカルトだ、今はこの肩書きだけでいい。」

 

「はははっ・・・。成り行きの経緯とはいえ、カルト公とっては痛手な秘密を暴露したものだ。」

 

「今となってはもっと別の手段があるように思えたよ、誤算だった。

・・・それより傷はいいのか?」

 

「お互い様、と言うところだろう・・・。よく生き残れたものだ。」

 

「ああ・・・。」

 

「カルト公は、これからどうするつもりなのだ。参考に聞かせて欲しい。」先程の思考の中で思った事をぶつけるとやはりカルトは憮然とした表情を見せるが、彼はなんだかんだと言っても聞かれた事にまっすぐ答えるのが信条のようで語りだす。

 

「とりあえず、これだけグランベルをつついて回ったんだ・・・。相手の出方を見ない事にはどうしようもない、ラーナ様にお願いして何とかこちらの事情の文を届けてもらうしかないな。アズムール王に届けばいいが、やらないよりはマシだろう。

後はシグルド公子、あなたの身の振り方だ・・・。傷が癒えたらイザークへ行くのか?」

 

「そうだな、ランゴバルド卿が最後に言った言葉を信じて父上を救出したい。父上を救出すれば、かかっている嫌疑を晴らすことが出来ると思っている。」手摺を握る力が自然と強くなっていく、カルトはその意思を感じ取る。

 

「バイロン卿はイザークでもかなり奥地の方で身を潜めていると言っていたな・・・。ガネーシャか、それともさらにその奥地へ向かったのだろうな。」

 

「カルト公は、イザークに詳しいのだな。」

 

「・・・ああ、ホリンがイザーク出身だったからな。もう3年前になるのか、奴と出会ってイザークを回った事が懐かしい。」

 

「カルト公・・・。」

 

「お互い辛い戦いになってしまったな・・・。俺たちは掛け替えのない者を失ったが、彼らは俺たちに何を託してくれたのかを考えていると胸が熱くなってくる。悲しんでいる暇は無い、と彼らが語りかけてくれているんだ。

ホリンは命を懸けてエルトシャンの立場とアイラとその子供達を未来に託した。エルトシャンもアグストリアの運命を懸けてシャガール王に後を託す事ができ、最愛の妹と奥方様とご子息を安寧の地へ送る事ができた。

俺たちはその託された人達を守らなければならない、そう思っている。」

 

「ああ・・・!そのとうりだ!!私達が立ち止まる事は彼らに合わせる顔を失ってしまう。カルト公、今ここに誓いを立てる。」

シグルドは白銀の剣を眼前に立てて決意を表明する、一度剣を振り抜くと次は勢いよく鞘に剣を納め金属の鍔鳴りが辺りに響きそれが決意の表明としての証を立てた。カルトはその音に自身の決意も込めていた、奇しくも二人の持つ剣は経緯は違うが大切な人から贈られた白銀の剣・・・、カルトも鞘から振り抜いて同じく決意を露わにする。二振りの剣は朝日を浴びて鈍い光を放つのである。




次回からまた外伝に入ります。
数話予定しておりますので、お付き合いの程お願い致します。


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外伝 3小節
凱旋


とうとうカルトの故郷であるシレジアに戻ってきました。
本当はここでマイオスとダッカーと相対する部分ですが、前回のカルトの帰郷で抹殺、無力化しているので前章同様にオリジナル展開となります。
前回の帰郷の時の話をシレジア編でする予定でしたが、どこで回想にはいって良いものか迷いますね。

取り敢えず束の間の外伝へ突入していきますのでよろしくお願い致します。


時は運命を乗せて紡ぐ・・・。大切な人との死別、袂を分かちながらここまで命を残せた事に感謝する。

ヴェルダンで病人や怪我人の介護ですっかり教会の静かで、穏やかになれるこの場を好む様になっていた。

激動の戦いで散ったホリンとエルトシャン、そして我々に賛同して同行してくれた一般兵達・・・。カルトは冥福を祈る、彼は神という存在を認識してはいるが彼らに敬意は払っても信仰する事はない。人は人の手で救わねばならない、それはカルトの信条であるからだ。

 

ホリンの尽力でシャナン王子はアグストリアで行方不明となっていた、カルト達に紛れた可能性も示唆されていたがラーナ様はきっぱりとイザークの残党は匿っていないと否定している。傭兵騎団に紛れていると知らない以上、捜索の手を伸ばしてもどうしようもないだろう。

エルトシャンが命をかけてランゴバルドを討った事でレプトールはあの場から撤退した。シャガール王はその後グランベルに謝罪し今までの反グランベル体制を自ら解体、賠償に応じる事になり国力は衰退する。国としても維持が危ぶまれる中で手を差し伸べたのがシレジアであった、アグストリアと以前と同じ交易を行いつつヴェルダンを加えて三国交易を行う事となる。

アグストリアを中心にシレジアとヴェルダンが間接的に交易出来るようになったのだ、シグルドがオーガヒルを攻略した事により海路が開け、アグストリア領にとって交易の要と変化した。

この数ヶ月で随分と整地が進み荒地であったオーガヒルは徐々に栄えていく、かつては悪鬼の住処と言われた荒くれ共もその変化に戸惑いつつも職が手に入ると共に治安は落ち着きつつあった。

 

 

カルトは不意に天井のステンドガラスを見る、七色の光が差し込めば言うことが無いのだがシレジアの冬にはそれは叶わない・・・。本日は朝から吹雪いておりそこらかしこから隙間風が木製の扉をガタガタと音を立てておりおだやかな雰囲気を楽しむ事は出来なかった。ヴェルダンの森林に佇んでいたあの教会を懐かんでしまう。

 

「カルト様・・・。」

 

「エスニャか、体は大丈夫か?」

 

「ええ、今日はまだましなので・・・。」

 

「そうか・・・、ここは冷える早々と帰るとしよう。」

エスニャの手をそっと添えて教会を出る、その途端に風雪が二人を容赦なく襲いかかる。

吹雪いているとは言っても、本日の吹雪はまだ視界があるだけましである。シレジアに住む者では大した事は無いが外地からくる者はさぞ驚く寒さだろう、エスニャはカルトから贈られた毛皮付きの外套を羽織りさらに同じ毛皮を誂えたコートを纏っていた。

二人は雪をギュッ、ギュッと音を立て立てながらセイレーンの街を歩く、雪化粧をされた白い街に鉛色の空、吐き出す度に出てくる白い息・・・。全てがグランベルとは違うこの環境に驚くが、いまはもう慣れてしまっていた。

 

「アミッドもお兄ちゃんになるのですね。」エスニャは自分のお腹をさする、その慈愛の手にカルトもまたエスニャのお腹を優しくさする。悪阻が彼女に新たな生命が宿っている事を証明していた。

 

「アミッドはやんちゃで聡明な子であるが、次の子となるとどんな子になるのやら。」

 

「予想してみませんか?次の私たちの子供を・・・。」

 

「・・・乗った!負けた方は勝った方の言う事を1日聞き放題、てのはどうだ?」

 

「貴方って人は、産まれてくる子供を賭けるなんて失礼にも程があるますよ。」

 

「まあまあ、エスニャはどう想像する?」

 

「・・・そうですね、アミッドと似た男の子でしょうか?

でも、私の様に気の弱い感じでアミッドとは違った性格になりそうな気がします。」

 

「なるほど、俺は女の子だと思うな。エスニャに似て優しくて、気は弱いけど、芯は強くて正義感のある女の子かな。

母親譲りで、怒れば髪が逆立ってトローンを所構わず打ち込む・・・。」

 

「あら、この場で私にそれを実演されたいような話ですね。」エスニャから魔力が、いや闘志が湧いてきそうな雰囲気である、周囲の冷気も伴ってカルトの首筋から寒い物が伝ってくる。

アグストリアの戦いで、エスニャの戦いぶりをみた周囲の者から彼女は「落雷の淑女」という通り名が密かについていた事に大層落胆していた。

 

「俺の気質が入っていればトローンではなく、オーラを落として回ったりしてな。」

 

「カルト様!!」カルトは笑いながら逃げるように辺りを飛び回るのであった。

 

 

アグストリアの大戦から数ヶ月が過ぎ、晩夏であった時は移ろいシレジアで最も厳しい冬を迎えていた。

無事にシレジアへ渡ったシアルフィ軍はシレジアへと亡命しラーナ様の保護の下でグランベルとの交渉する事となったが、それは芳しいものとは遠く及ばない状況であった。

フリージの公爵であり、宰相でもあるレプトール卿がアズムール陛下にその文を届ける事もなく破棄されているのであろう。一向に返事となる物は帰ってこなかった。

シグルドは怪我が完治するや否やイザークへとお忍びでバイロン卿の捜索に向かうが、手紙によると手掛かりはおろか痕跡すら残されておらず難航している様子であった。現地にはランゴバルドの息子であるダナンが駐留しており、反グランベルを掲げるマリクル王子の残党もまだ抵抗をしている・・・。その戦火に巻き込まれないことが一番の気掛かりであった。

シャナンとアイラはさぞイザークへ同行したかったであろう・・・、しかしここでイザークに戻ればアグストリアで行方不明からイザークで露見すればシグルドの立場が悪くなる、彼女達はじっと今は耐え忍んでいる事にカルトは安堵していたのだった。

 

カルト自身がヘイムの血を引く者と宣言したが、確認したランゴバルドが死去しレプトールが隠匿した事で闇に葬られてしまう。しかしながら自軍に属する者達には知れ渡ってしまい、カルトを見る目が皆変わってしまったのだ。シレジアの同胞ですら、カルトに接する態度をあからさまに変えてしまい辟易としてしまうのである。

 

今シレジアでは、アグストリアの一年と同様に第2期ベビーブームの襲来が起きつつあった・・・。カルトとエスニャの間に身籠った第二子に続き、エーディンもご懐妊していると聞く・・・。

なにより・・・。

 

「うおおお!これで王家の後継は安泰だ!!」町の酒場からは祝宴で彩られていた・・・。

 

「・・・レヴィンの奴、マーニャとの勝負にまんまと負けやがって・・・。」カルトは微笑んで酒場の喧騒に突っ込んでしまう。

 

「フュリーさん本当に良かった、彼女はずっとレヴィン王子をお慕いしてましたから・・・。でもマーニャさんは譲った形とは言え、すこし寂しそうでした。」

 

「そうだな・・・。エスニャ、側室という手は・・・」再びエスニャから殺気に近い魔力が溢れ出す、髪が逆立つ程の・・・。

 

「カルト様、シレジアにはそのような廃れた文化があるのかしら?」

 

「い、いやあー・・・。レヴィンはほら!色男だし、王子様だし、セティの血統書付きなんだぜ。一人や二人くらい。」

 

「あら、ではここにいるのはなんなのかしら?色男はレヴィン様に劣るとしても、皇子で血統としてはセティ様に劣るとも勝る物をお持ちですよ。カルト様は私だけでは飽き足らないとでもいうのですか?」エスニャの怒りがまさにカルトの頭上に落ちる、そうな緊迫感であった。

 

「俺は、ぜっーたいにそんな事しないよ!エスニャ、身体に障るから。」カルトは自身の魔道のローブにエスニャをまとわせて身体を寄せ合った。エスニャはカルトのローブの暖かさに安堵し、腕を絡めて二人帰路するのであった。

セイレーン公のカルト、妻を娶っての凱旋であった。

 

 

長く臥せっていた彼女はゆっくりと起き上がる・・・、輸血による感染症を引き起こし一時は命の危険すらあった。峠を越してから彼女の病状は穏やかに回復し、本日床から起き上がったのだ。

この数ヶ月ですっかり痩せてしまい、四肢に力が入らない。辺りの静止物を頼りにゆっくり歩いて行くがすぐにへたり込む。

 

「エスリン!」キュアンは食事を持って妻の元に現れるが、床から出た彼女を見て慌てて介抱する。

 

「ごめんなさい、あなた。」

 

「先生からすぐに歩かないようにと言われた筈だ、無茶をしてはいけない。」

 

「でも、アルテナが・・・。」

 

「心配ない。アルテナはもう母乳は離れているし、食用も旺盛だ。

今はゆっくりと鈍った身体を治してアルテナを抱いてやらねばな・・・。」

 

「ふふっ・・・。そうね、あなたをずっとアルテナから奪ってしまっていたから罪滅ぼししなきゃ。」

 

「ああ、治ったら他の国にはなかなか見られない雪景色を見て回ろう。」

 

「・・・ごめんなさい、あなた。

実は、私あれを渡したかったの・・・。」エスリンは細くなった指で指し示した。部屋の隅にあるエスリンの荷物、馬車から移動してくれた大きな荷物の一つをキュアンに指し示したのである。

キュアンはベッドにエスリンを戻すとその一つの荷物の中身を確認する、その荷物は細長く立派な桐の箱に納められていた。

エスリンが頷く事を確認し、キュアンはそっと開けるとその中身に驚愕する。

 

「こ、これは!ゲイボルグではないか!エスリン、なぜこれが・・・。」

 

「カルフ様が、戦いが激しくなると感じた時に渡せと・・・。」

 

「そうか・・・。しかしなぜ今になって私に?

今までの戦いは全て薄氷の上の様な戦いばかりであった筈・・・。」キュアンの言うことは尤もであった。ゲイボルグがあればそれこそアグストリアで村々の海賊を一掃し、エルトシャンを救出に向かえたのかもしれないほどと考えてしまうのである。

 

「それは・・・。」エスリンは俯いてしまう、憂の表情にキュアンはそっと彼女の肩に手を置いて言葉を待った。

 

「カルフ様にお聞きしました、ゲイボルグにまつわる悲しいお話を・・・。」

 

「ゲイボルグを手にした者は愛する人を失う・・・。確かに言い伝えられているが私は信じない、人の運命は武器に左右されてはならない。強い武器に自我を飲まれては一流の騎士ではない・・・。」

キュアンはそこでエスリンの意図に気付く事となる。

この大戦でキュアンもかなりの力をつける事が出来たのだ、武具に似合うだけの技量をもち合わせれば先程述べた様に強力な武器に過信する事は無くなる・・・。エスリンはその事も意図してゲイボルグを渡さなかったのだとキュアンは断定した。

 

「キュアン?」

 

「エスリン、ありがとう。

君はやはり私を正しく導いてくれる、私は君を娶る事が出来て幸せと感じている。」優しく抱擁するキュアンにエスリンは澄んだ水晶の様な笑みを投げるのであった。

 

「フィンも、レンスターで子供が出来たそうだ。

身体を癒したら一度国に戻ろう、あいつの幸せを見ておきたい。」

 

「そうね、まさかフィンがあのお姫様を娶るなんで思ってもみませんでした。」

 

「エルトシャンが戦死して、心の拠り所を失って随分やつれたそうだ。フィンが支えて、新たな一歩を二人で歩みだしたんだろう。」

 

「早く二人を祝福してあげたいですね、鈍った身体を早く何とかしますね。」

 

「無理をせずに、な・・・。」夫婦の会話は続いて行く。エスリンの頑張りでリハビリは驚異的な速さで進むのであったが、シレジアで第二子が出来てしまいレンスターに帰国するのは1年以上先になってしまうのは二人の落ち度であった・・・。

 

 

「こんにちは、クロード神父。今日もお祈りですか?」クロードはセイレーンのバルコニーで日課の祈りを捧げていた、この風雨の中で微動だにせずに祈る彼の神々しさにマーニャはついセイレーン訪城の際に声を掛けてしまう。

 

「こんにちは、マーニャさん。今日はどの様な用件ですか?」

 

「今日はレヴィン王とラーナ様がお見えになる予定ですので先に私が確認に見に来たのです、カルト様はすぐいなくなってしまいますから・・・。」

 

「そうですね・・・。彼は今城内にいますので杞憂に終わると思いますよ。」

 

「クロード神父はそんな事も分かるのですか?」

 

「大それた事はありません、彼の波動を追っただけですから。」

 

「神父様はなんでもお見通しなんですね・・・。」

 

「私はそんな大それた者ではありませんよ、皆さんより少し先が見えるから故に何も出来ない無能な神父です・・・。」

 

「なぜそんな事を仰るのですか、先が見えると言う事は迷える人を救う事になるのではないですか?」

 

「・・・絶大な権力者が一人の餓えた人を救済できますか?」

 

「えっ・・・。」クロードの突然の質問にマーニャは考える、言葉の表面上ではなんの事もない事である。権力者なら餓えた人を救う事は容易である・・・。

 

「一人を救済すれば同じく餓えた人を全て救済せねばなりません、それが国単位の人となればどうでしょうか?絶大な権力者と言えどもそれ程を救済する術は持ち合わせてはいないのが今の世の筈です。

この様に強力な力を持つ者でも、人の運命を変える事は容易ではないという例えです。

何かを変えてしまえば、その事象に対して別の何かが負債を負う事になる。運命を変える事は簡単ではありません。」

 

「そんな・・・。では神父様は飢えた人々をどのようにお救いするというのですか?飢えて死ぬ事が運命と言えるのでしょうか?」

 

「・・・残念ですが私にもわかりません。ブラギの代弁者と言われている私も迷い、苦しむただの人間ですから・・・。」クロードは自虐気味に自身を語り、バルキリーの杖を取り出す。

 

「この杖の力を最大顕現まで高めれば、死者すらも蘇らせる事が出来ると言われています。

けれどこの杖を歴代のブラギの代弁者は扱えた者は三人しかいないそうです、父に関してはこの杖を見る事もなく私の手に渡ってしまった、私の代になってこの杖が現れた意味を考えなくてはならないのです。」クロードは脈略もなく自身の中の苦しみ、戸惑いを吐露する。祈る事だけで人々を救う事が出来ない現実を、訪れる運命を変える事が出来ない事実に苦悩している一人の青年であった。

 

「・・・私は目の前に飢える人がいれば救います、それが原因で国が傾こうとも私は救います。平等でなくても、誠実でなくても、私は目の前の人から救います。」

 

「マーニャさん・・・。」

 

「その杖の事ですが、クロード神父はもうお答えは出てるのではありませんか?あなたがそう言いながらも迷い、苦しんでいる事が何よりではありませんか?

あなたもまたレヴィン様やカルト様のように殻から脱して、新たな世界を望んでいるから悩んでいると私は信じます。」マーニャはクロードの手を握り微笑む、彼女の実直な笑顔にクロードのわだかまっていた心がほぐされていくような感覚を覚える。

 

「その杖も、私も、あなたのいう運命を変えて欲しいと思ってますよ、クロード神父・・・。」そういうとマーニャはバルコニーから城内へと消えていくのであった。




カルト LV26
ロードマージ

HP 45
MP 68 ※ゲームには存在しないです、あくまで私の主観。
力 15
魔力 27
技 20
速 24
運 18
防御 12
魔防 20

剣 A
光 ☆
火 B
雷 B
風 A
杖 A

スキル

追撃 連続 見切


魔法名 MP消費量
ウインド 3
エルウインド 5
トルネード 8
ブリザード 7(シレジア地域のみ使用可能)
ライトニング 4
リザイア 7
オーラ 9
エクスカリバー 14

ライブ 3
リライブ 5
リカバー 7
リブロー 6
リザーブ ※ 人数と範囲による。
ワープ ※ 人数と距離による。
マジックシールド 8 (現在使用不能)


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暴動

「応援要請、ですか?」パメラとディートバはレヴィンの執務室に呼ばれ本件を確認する。レヴィンからもたらされた指令は穏やかなものではなく、レヴィンの表情は硬くなっていた。

 

「そうだ、リューベックでは旧ダッカー派の残党が未だに抵抗を続けている。現在は流れてきた傭兵騎団をザクソンに駐在させて事に当たっていたのだが、状況が良くないらしくてな・・・。」

 

「最近イザークから難民が流れてきているそうですね、その中で戦力になる者を集めてならず者の集団ができていると聞きます。」パメラはちまたで聞く話を口にする。

 

「我が国は食糧難を乗り越え豊かになったのは良いことですが、隣国からの流入が多くなりまして国境周辺ではいざこざが多いと聞きます。治安がここまでとは思いませんでした。」ディートバも意見を述べる。

 

「その通りだ、内乱を乗り越え他国との連携が取れて豊かになれば他国から仕事を求めて入国してくる。そして余所者との軋轢を生む、そして仕事を無くせばならず者となって治安を悪化させてしまうとは・・・。なかなか順風満帆とはいかぬものだ。」レヴィンは立ち上がり二人の前に立った。

 

「では、我らが赴いて傭兵騎団に合流すればよろしいですね。」

 

「ああ、申し訳ないが頼む。マーニャにも行ってもらいたい所だが、さすがにシレジアを空き家にしてしまう訳には行かぬ。戦力をなくしてはいるがマイオス公の警戒をとく訳には行かぬのでな・・・。」

 

「・・・。」かつての主人に反応するディートバは静かにレヴィンの顔を見る、レヴィンはしまったとばかりである。

 

「・・・すまないが助力を頼む。こちらとしても他国の傭兵だけに治安維持を図る事もいささか問題になる所もある、シレジアの誇る天馬騎士団が出動すればいざこざも改善できるだろう。」

 

「はっ!では早速部下を連れて出撃します。」二人は敬礼をしつつ退出する。

 

「パメラ、もう一つ・・・。」

 

「・・・なんでございましょうか?」

 

「リューベックに一人、シアルフィ軍の男が所用で行っていたらしく巻き込まれて立ち往生してるらしい、見つけたら回収してくれ。」

 

「了解しました、その男の名は?」

 

「レックス、だそうだ。」

 

 

 

 

「さて、どうしたものか・・・。」ベオウルフは町の外れに建つ一画の廃洋館を見ながら呟く。

 

最近流れてきたならず者の制圧して回っていたが、部下からの報告を受けて現在に至る。この中に結構な数のならず者が身を寄せているらしく、先に踏み込んだ部下が手痛い反撃をもらい一度退却したそうであった。

 

「ベオウルフ様、他にも何点か拠点を張っているらしく多角的に暴動を起こしています。」

 

「ちっ!奴等め、なかなか組織的に反抗してやがるな・・・。お前たちもそれを見抜けぬとは情けねえな、ヴォルツが見たら泣くぞ。」

 

「・・・ベオウルフ様も、昨夜の痛飲で午前中臥せっていた時ですが。」

 

「さって、と!やる気出すとするか!」

 

「報告です!先ほどシレジアから天馬騎士団が応援に入るそうです。」ベオウルフのやる気は一気に削がれる、再びやる気の無い顔へ変貌するのである。

 

「誰だ!応援を呼んだ奴は!!」

 

「私だが・・・。」女性剣士が納刀しつつこちらへ向かってくる、素顔を晒す訳にはいかない彼女はフードコートを目深に被っているが、眼光が鋭く光っていた?

 

「アイラ、さん。」

 

「とこぞの馬鹿が、二日酔いで死んでいたからな・・・。この国の王へ苦言を申したら、早速応援を寄越してくれたぞ。」

 

「・・・なんてこったい。ヴォルツ、すまない・・・。」

 

「冗談だ。・・・それより奴らの数を把握しろ、全てを入れたら私達より数が多くなってきているぞ。」

 

「・・・おかしい、難民の数とならず者の数の計算が合わない。どうなっている・・・。」

 

「考察は後だ、このままでは囲まれてしまうぞ!」

 

「ちっ!一度退却だ!!仕切り直すぞ!!」ベオウルフは翻して退却する、シレジアの難民騒動は予想よりも大きな規模へと変動していくのである・・・。

 

 

廃洋館から見下げる一人のならず者が退却する一団を見て顔を歪めさせる。立てかけた剣の横目に壁にもたれて苛立ちを表わした。

 

「勘が働くやつがいるようだね、突入してきたら楽しい事になったのにねえ。」ブレストプレートを身につけ、その上からレザーコートを着込む女性剣士は皮が裂けたソファーに身を委ねる、内部から埃が飛び出るが御構い無しである。長い黒髪は手入れしていないのか、アイラと違って乱雑なストレートは艶を感じさせられなかった。

 

「流石各地の戦争に介入するヴォルツの傭兵団だけあるな、よく引き際を知ってやがる。」もう一人、こちらはレザーアーマーを身につけてその上から黒い毛皮のコートを身につけた長身の男が同じくソファーに腰掛けて足組をする。彼は帯刀はしておらず、代わりに腰につられている二本の短刀が武器そうである。

 

「まあいいさ!策は練ってあるし、負け戦は慣れてるからねえ。」

 

「地獄のレイミアの殺し文句だな。敵も味方もあんたに絡まれたら最後、地獄に送られるのみの逸話だけある。」

 

「あんたは長年連れ添っているが死なないねえ、そろそろあんたも年貢の納め時かも知れないよ。」レイミアはその唇を男の頬へ接する、男はにやりと笑みを浮かべてレイミアを抱き寄せた。

 

「その時はお前も死ぬ時だ、一緒に地獄へ行ってやるさ。」彼女の首筋をひと舐めしソファーへ押し倒す。さらに埃が舞い上がり、大いにソファーは悲鳴に似た軋みを上げる。

 

「あっ・・・、痺れる事言ってくれるねえ。

いいよ・・・。あんたとなら、どこで事切れても地獄へ連れて行ってあげる。」二人のシルエットは更に重なっていく。戦場の最中で、他にも沢山のならず者がいる中で御構い無しの情事に二人の感覚は他者とこはかけ離れた境地にいた。

それは騎士などの使命を帯びた名誉ある死とは真逆の心境である。生き残る為に他人を殺す、金の為に他人を殺す・・・。

傭兵騎団の面々とは違うもう一つの傭兵、それはまた異質の物である。ヴォルツの傭兵騎団は戦争請負人で集団戦法の枠組みであるが、彼らは全くの個人戦闘であるのだ。

死ぬも生きるも自分の裁量、死ねばボロ雑巾のように打ち捨てられるのみ。名誉の死はそこになく、ただ死体が転がるのみ。その篩にかけられたならず者は戦いを繰り返す度に強者のみの集団と化していった。

その集団の最古参である2人はすでに正常の精神ではない、死は常に隣にあると感じる為か常に本能の赴くままである。この日の夜、彼女の嬌声が洋館に響くのである。

 

 

 

 

「・・・・・・。」レックスは1人の隠密に手紙を渡す、盗賊風に纏われたその男は懐に収めるとすぐ様後にする。走っているにも関わらずその足音の小ささに相当の訓練を積んだ隠密である事が伺えた。

 

レックスは見送ると、踵を返す・・・。セイレーンを抜け出して2日になる、長く開けていたら不審がられる事は明白であった。

 

「何してたの?」レックスの背後からの声に咄嗟に湖の精霊から賜った両刃のアックスを抜き放った。

声の主は少年である、先ほどの隠密と同等以上の探査能力に追跡能力、隠密能力に優れた自軍の盗賊剣士・・・。

 

「デューか、流石だな。」

 

「セイレーンを抜けてこそこそと、ここで何してたの?」

 

「・・・。」

 

「レックス、答えなよ!」

 

「ふっ!・・・手紙を渡しただけさ、ダナンの兄貴にな。」

 

「レックス!何を伝えたの?内容によってはカルトに報告するよ。」

 

「報告はしないでもらおう。」レックスの持つアックスの柄を握り直す仕草にデューは警戒する、口封じの可能性がある・・・。

レックスの険しい視線と絡み合うが、すぐにいつもの表情へ戻す。

 

「シグルドが見たオヤジの最期の報告と、レプトールの言葉を信じるなと警告しただけさ。俺たちの情報を売ってはいない。」

 

「レックス・・・。」

 

「オヤジの息子として、シアルフィ軍に所属しているのは辛い所だが・・・。まあティルテュやエスニャよりはマシだが、少し1人になりたかった気持ちもあってな。

カルトやシグルドに報告は無しにしてくれ・・・。」

 

「ん・・・。そういう事ならわかったよ、おいらもレックスが裏切る何て事は思いたくないからね。

でもレックス、たまには素直な気持ちを出さないと普段から気持ちが出せなくなるよ。」デューは警告を発するとレックスから立ち去ろうとする。

 

「デュー!動くな、街の様子がおかしい・・・。」裏路地からそっと大通りを見渡すと殺気混じりのならず者があちこちで闊歩していた、先程まで一般人の往来のみであった筈なのに・・・。気付けば一般人は立て篭り、ならず者が何かを探すように歩き回っていた。

 

「一体何が・・・。」レックスが漏らす声にデューは反応する。

 

「イザークの人だよ、あのならず者達・・・。」

 

「何?・・・、流れ者か?」

 

「多分、長年の戦争で難民になってシレジアに流れてきたのかな?」

 

「そうだろうな・・・、確かここにアグストリアで戦った傭兵団がここで治安維持きていた筈だ、合流しよう。」

 

「うん、わかった。」

 

 

 

パメラ、ディートバの両名は上空からリューベックの様子を伺う・・・。市街地は一般人がすっかり身を潜めてはいるが、郊外地区の数点で傭兵騎団が分断されて個々で対応されていた。

 

「これは酷い、リューベックは制圧されかかっているようなものじゃないか・・・。」

 

「ならず者なんてものではないな、組織だって反抗していますね。こちらもそれなりに計画を立てないと痛手をこうむります。」パメラの言葉にディートバが付け足した。

 

「ディートバはあの洋館を手助けしてあげて、私は個々で危機になっている部隊を助けます。」

 

「わかりました、パメラも気をつけて。」ディートバは自身のファルコンに命じて部下と共に外れにある洋館を目指す。

パメラは分断された傭兵騎団の部隊を数人づつに分けて向かった。

パメラの部隊は遊撃となり、危機となっていた傭兵騎団を救っていくがパメラのファルコンに数本の矢がささる。

 

「しまった!弓兵が潜んでいた!」市街地の森林部になんとか誘導するように堕ちていくのである。

 

パメラはライブでファルコンの治療を行うが、すぐ様ならず者に取り囲まれる。

 

「へっへっへっ!こりゃあ大物だ。ファルコンは高く売れるからな・・・、死んでなくて大助かりだ。」

 

「外道め、ファルコンから引きずり降ろした程度で勝った気になるなよ。」白銀の槍を構えて威嚇する。

 

「勝気な女は嫌いじゃないぜ、泣き顔を拝ませるのが楽しみだからよ!」ならず者が数人の襲いかかる。

パメラは落ち着いていた、1人の長剣の斬撃を交わし様に石突きを後頭部に直撃させてその後ろにいたもう1人の曲刀を槍の穂先で受け止める。威力のあるその槍は、曲刀を砕いてそのまま曲刀使いを袈裟斬りする。

さらに背後から襲いかかる片手斧の使い手を身を潜めて横薙ぎの一閃を交わしつつ、槍を旋回させて足を払って転倒させ、そのまま石突きで頭部を強打させて撲殺する。

三人を一気に片付けた事により、残りのならず者は動きを止める。

 

「さあ、次は誰!時間がないの、さっさとかかってきなさい!!」

再び構えて辺りを見回す、ならず者はじりじりと後退りする。

 

「おっと!それ以上抵抗するなら此奴からやっちまうぜ!!」パメラは振り返るとファルコンの首筋に斧をあてがう。

 

「卑怯な、ここまで外道とはな・・・。」

パメラは白銀の槍をその場に突き刺して歩み寄る。

 

「いい心がけだ。出来れば泣き顔を晒して欲しかったが、どこまで我慢できるかな。」男は手に持ったシャムシールを振り上げる。

 

「マーニャ、ディートバ、後はお願いね。」

 

「いや!お前の運命はまだおわっちゃあいないさ!!」

振り上げた男のシャムシールはどこからか飛んできた手斧によって砕ける、さらにその斧はファルコンの首筋に当てていた男の脳天に直撃し血飛沫とともに倒れる。

 

「誰だ!!」辺りを捜索するならず者を嘲笑うかのように、現れたレックスはさらに祝福されたアックスを旋回してさらに1名の命を絶命させる。

 

「ここだよ・・・、女1人に質まで取るなんてなかなかの小悪党じゃないか。

女、さっさとあのファルコンを治して逃げろ。」

 

「あ、ああ。すまない・・・。」パメラの中で色々と思う所があるが、今はこの男に託すしかない。白銀の槍を引き抜くとファルコンの元へ向かう。

 

「させるか!!」ならず者は再び動き出そうとするが、レックスはその豪腕で斧を一振りする。その風の轟音に再びレックスを注視するのである。

 

「いいのか、あの女の元に向かえば背後からこの斧の餌食になるぜ。俺をやってから邪魔をしに行くことを勧めるぜ。」その自信に満ちた目であたりのならず者を見据える。だが男達は凄む中でパメラは見た、背後にいる狙撃手の存在を・・・。自分達を地上へ落とした射手者がレックスを狙っていた。

 

「あぶない!!」パメラが叫ぶ中、その矢はレックスの背中に吸い込まれる。

 

「!!」レックスはその衝撃に目を見開くが動じない、その矢をぶっきら棒に抜き放ちその場に捨てる。

 

「ふん!こそこそと!!」何事も無かったかのようにレックスは近場にいた男に突進する、その機動力はいささかも衰えていない。

防御しても全ての武器を叩き壊して敵の体を撃ち抜いた、ランゴバルドの不死身を再現したようなレックスに戦慄を覚えていく。

 

 

「ちっ!」レックスを撃った狙撃手は再度矢を放とうとするが、背後にいるデューに気付かない。背中に短刀を入れられ絶命する。

 

「あちゃあー間に合わなかったかー、レックスに怒られちゃうよ・・・。でもまあ、いいか。」デューは陽気に独り言を零す。

彼の後ろには後追いのならず者の死体が多数転がっている、役目は果たしたとばかりに再び林の中へと消えていく・・・。彼には彼にしかできない役割がある、それを理解しているデューにとってレックスの応援は無駄であると理解していたのだ。そしてその通りであり、レックスはその場のならず者を全て全滅させる事となった。

 

「ふん!」狂戦士さながらに、守りを捨てた攻撃特化の突撃で多数の傷を負っているがレックスのポテンシャルは最後まで落ちる事は無かった。あたりには血煙漂う惨劇が広がっていた。

 

レックスはポーチにある止血道具を取り出そうとした時、ライブの光が彼を包んだ。

 

「ちっ!逃げろと言ったはずだが・・・。」

 

「ごめんなさい、でも救ってくれた御仁を捨てて逃げるなどシレジアの騎士である私にはできません。」

 

「女子供に俺の無骨な戦いを見せたくは無かっただけだ。」

 

「そんな、あなた程勇敢で優しい方はいらっしゃいません。」

 

「酔狂な女だ、この惨状を見てそんな事を言う女を聞いた事はない。」

 

「あなたの一撃は全て即死でした、きっとお相手は痛みを吐く暇も無く事切れたでしょう。私は一つの優しさと思います、あなたの方が余程痛かったでしょう。」レックスはその一言に心と身体を癒されていくように感じる、デューの素直に気持ちを伝える事の大事さを今ここで思い知る事となったのである。




レックス
グレードナイト
LV 22

HP 51
MP 0
力 26
魔力 3
技 23
速 16
運 12
防 27
魔防 4

待ち伏せ エリート

グレートアックス(泉の精霊から賜った斧、ゲーム上では勇者の斧)
ハルバード(城内戦、徒歩でのみ使用する斧)
手斧

ランゴバルド卿の次男。ダナンが長男でスワンチカを継承した為、聖遺物は扱えない。彼が継いでいればまた違ったドズル家として活躍していただろう・・・。
ランゴバルド卿の豪胆で豪放な性格がいい方向へ向かえば彼のように、多少の癖があるが気持ちのいい御仁として成長するのだろうと私は解釈しています。


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黒剣の女

「クブリ・・・あなたの功績を讃え、この指輪とローブを贈ります。」

 

「ありがとうございます、慎んでお受けいたします。」厳粛な雰囲気の中、レヴィンの母ラーナから指輪を賜り賢者のローブを纏う。

それを授与される事はシレジアにおいてこの一世紀、王族以外の者ではいない程の快挙であった。

 

現在シレジアには2人の賢者が存在する・・・。先日レヴィン王子は同じくラーナ様より賢者の称号を賜り、とうとう王家の聖遺物フォルセティを与えらた。彼の実績の無さより反対する王族貴族がいたが、彼が王位についてからのシレジアが豊かになっていく実績をラーナ様は採択しレヴィンは晴れて父と同じ賢者として名を連ねる事を許された。

そしてクブリである。風の上位魔法を使いこなし、さらに高位の聖杖魔法も使用でき、カルトの行軍において輝かしい実績を持つ彼にラーナは賢者の称号を送ったのであった。

今まで素顔を隠すように使っていた魔道士のローブを脱ぎ捨て、白銀の賢者のローブを纏った時その凛々しい素顔を授与式で見た者は溜め息が出る程のものであったそうだ。彼はシレジアの魔道士を束める魔道士長になるか、僧兵を組織して僧正長なるのか、それとも両方を手中に納めて新たな軍を設立する事も可能な存在となったのだ。

 

 

「賢者様、賢者クブリ様!!」

クブリの背後から嫌味に聞こえる声がする。首をすぼめる様にしてその声を無視しようとするが、その声の主は進行方向を塞いで無邪気に笑いかける。

 

「シルヴィアさん、ご勘弁下さいませ。私はそのような肩書きは苦手なもので、名前の前にわざとらしく言わないで下さい。」クブリは顔を真っ赤にしてシルヴィアを嗜める。

 

「まーた年に合わない言葉なんか使っちゃって、私は一般人なんだからもっと普通にお話ししましょうよ。」シルヴィアはクブリの手を取って顔を近づける。女性に免疫のないクブリはさらに顔が真っ赤に染まり、その向けられた顔を背ける。

 

「あの、シルヴィアさん。ちょっと近いです・・・、どうして私に付きまとうのですか?」

 

「どうしてって?クブリの顔見たことなかったから知らなかったのよ、私と近い年の子が男の子がいるならもっと早くに声をかけたわ。

クブリったらおじいちゃんみたいな口調だし、フードで顔を隠しているから全然わからないだもん。」

 

「それは仕方がないでしょう、私はカルト様のお付きの魔道士なんですから。主人に失礼な物言いは出来ないものですよ。」

 

「ええー、今私に喋ってる口調も丁寧よ。私は一般人だってば。」

 

「・・・それは、長年の癖です。」

 

「そんなに長年生きている訳ではないでしょ?やっぱりおじいちゃんみたいね。」シルヴィアのペースにすっかりはまってしまいクブリはすっかり調子を崩してしまう。

 

「すみませんシルヴィアさん、私はこれからリューベックへ飛ばなくてはなりません。あちらで反乱勢力の活動が大きくなっているようなので私も助力に向かいますので・・・。」

 

「まーた戦争?どうして偉い人達は殺し合う事ばかりするのかしら?私の踊りを見て鼻の下のばして過ごしている時はあんなに可笑しい人ばかりなのにね。」シルヴィアはクルリと一つ回してクブリをからかうが、クブリは一つ物悲しい顔をする。

 

「・・・そうですね、私もそう思います。反乱する人もそれを阻止する私達も本質は何も変わらないのでしょうね、でも市民が被害になるような手法はとってはいけないと思います。

私はそれを止めたい、それだけです。」クブリは転移魔法の為に聖杖を取り出す。

 

「シルヴィアさん、下がってください。」クブリの言葉にシルヴィアは逆らい、クブリに抱きつく。

 

「私も行く、クブリがやり遂げたい事・・・。私も見て見たい!」

 

「そんな・・・。あなたが嫌いな人殺しの惨状もあるのですよ!セイレーンのこの城で待っていてください。」

 

「嫌!もう決めたの!!それに私のマジカルステップはあなたにも役に立つはずよ。」シルヴィアがエバンス城で攻防戦で見せたあの踊りでエーディンの枯渇した魔力を回復し、疲労を和らげた。

クブリはその事を思い出す、しかし今回も命のやり取りがある戦場の現場。彼女をそんな危険な場所に誘う訳にはいかないのである。

 

「私も多少剣は使えるわ。自分の身は自分で守れるし、クブリの周辺を守ってあげる。だからお願い!」

 

「・・・わかりました。戦場なのであなたの命の保証は出来ませんよ、いいですね?」

 

「わかったわ!」

 

「・・・やれやれ、ではまず私の言う事は聞いてもらいますよ。

まず、その服を着替えて下さい。」

 

「やだ!」

 

「戦場の真ん中で守備の欠片のないその服装はダメです、軽装でも最低革のブレストメールと服は身につけて下さい。」

 

「嫌!!」シルヴィアは早速クブリの言葉を拒否する。

クブリにとって素肌を見せる魅惑の衣装を着て歩いている彼女の神経が理解できない、何よりシレジアの冬をこの衣装で歩いている彼女は寒さを感じないのであろうか・・・。

 

「やれやれ、ではこの剣を持っていてください。」クブリはロープから一振りの剣をシルヴィアに渡す、鞘だけでも細工が施されており凝った握りはシルヴィアの細い腕でもしっくりと馴染んだ。鞘から少し剣を抜き出すと細身の刀身が現れ白銀に近い輝きを放つ、そして刀剣には魔法が込められており鞘と合わせても軽い。

 

「すごい立派な剣、私にくれるの?」

 

「・・・お貸しします。それは守りの剣と言いまして昔マイオス様が村人から徴収した物を私に賜った魔法の剣です。反乱後お返ししたのですが、色々ありまして再び私に戻って来たものです。

その剣は使い勝手もいいのですが使用者を守る力もあります、今のあなたにぴったりの剣です。」

 

「クブリありがとう。私これ大切にするね!」彼女は無邪気に踊り、新しい剣に喜びを示す。

 

「あの、お貸しするだけですから・・・ね?」もはやクブリの声は届かない。シルヴィアは生涯この剣を愛し、誰にも渡す事は無いのである。

 

 

 

「突入ー!!」

「突貫!!」

ベオウルフとアイラの声が同時に響く。一度は洋館への突入を断念したが、翌日再び戦線をここまで押し上げて突入に至った。

 

1日前、ならず者の暴徒はリューベックの各地から組織的に暴れ始めて戦局を読み取れなかったベオウルフは一度は撤退した。

だがアイラが冷静に判断し、天馬騎士団がその日のうちに救援が間に合い被害が出ない内に点在する傭兵騎団を救いかつ拠点を叩いた。

制圧は問題なく進めていけたのであるが、廃洋館を攻めた傭兵騎団だけは敗走する。

その為、本体であるベオウルフが直々にこの場所へと舞い戻って攻撃を仕掛けたのであった。

内部は廃れてはいるが、積雪に耐える構造であり崩落する事はない立派な建物であった。配置している家具も当時は立派な物であったのだろう、先の内戦で没落した貴族のなりの果ての姿にベオウルフは強者必衰の理を理解する。

 

傭兵騎団は内部戦闘に弱い、馬を駆けての戦闘に特化しているので館内で馬を扱えない戦いはそれほど熟知していない事が昨日の敗走につながっている事もある。そして内部にいた2人の猛者の存在、敗走の原因はほぼこの2人による物と報告を受けていた。

その報告にアイラは鋭い目をしていた、凄腕の剣士という言葉にアイラの闘争心が宿っていた。

もう1人の男は謎であった。何処からか現れて気付いた時には死体の山を築いていたそうだ・・・。その不気味な存在に傭兵騎団は戸惑いを感じているのか、突撃の号令であるが何処か精彩を欠いているようにも慎重になっている様にも感じた。

 

先頭を行くアイラはかつてホリンから贈られた剣を愛用している。ジェノアで彼との決戦で折られた愛刀に謝罪したホリンは後日アイラに相応しい剣を、として渡された一振りである。

彼女の秘剣としての連続攻撃をさらに助け、手数をさらに伸ばす事ができるような剣を彼は見つけ出して贈ったのだ。アイラはその剣を今まで欠かす事なく手入れし、修繕して今日まで振るってきた。今日もまたその剣の凄みは増していくのである。

 

「ベオ!退がれ!!」アイラの声にベオウルフは咄嗟にバックステップする。ベオウルフもまた数々の戦場を生き残った猛者、アイラの言葉と同時に鋭い殺気に反応しての回避であった。

彼の床には短刀が突き刺さり、その刃先には毒が塗ってあった。その手段を問わない手法にベオウルフは悪態に舌打ちする。

 

「出てこい!もう不意打ちは無駄だ!!」ベオウルフの叫ぶ声に反応はない、再び気配を殺してどこかでこちらの出方を待っている様子で埒があかない・・・。

後続から追いついた傭兵騎団もまたその場で状況を判断して辺りを警戒する、ベオウルフとアイラは3階の階段を駆け上がった瞬間での遭遇であり階下ではまだならず者と傭兵騎団が剣撃を繰り広げている。

 

「よく来たねえ。こんな何もない廃館に物騒な物持って乗り込むなんて、暇人かい?」艶のない黒髪の女が廊下より颯爽と1人でやってくる。右手には彼女の髪同様の黒い刀身が握られており、その不気味さに異様な寒気を覚えた。そんな中でアイラは一歩進みでると構えを取る。

 

「あんたも剣士のようだね、それもかなりの使い手・・・。

うふふ、いいわ・・・。楽しみましょう。」

 

「あんたのように私は殺人狂ではない、だがあんたを野放しにしてはイザークの剣士の品位に関わる。」

 

「あら?同郷のよしみ、ってやつかい?あんたもイザークの剣士なら久々に絶頂を味わえそうね。」

 

「なっ!」アイラはその言葉に躊躇う、同性から受ける破廉恥な言動にアイラは免疫がない。一瞬剣に迷いが生じた、黒い剣の女はその一瞬に飛び込む、その必殺の一撃をアイラは受け止める。

 

「あんた、なかなかウブねえ。いいわあ。そそるよ、あんた・・・。」

 

「し、痴れ者め!!」一度剣を引き、遠心力の回し蹴りから横薙ぎを一閃する。黒い剣の女はふわり、と重力をまるで感じないような身のこなしで退がりこちらを見据える。

 

「あたしの名はレイミア、地獄のレイミアよ・・・。聞いた事あるかしら。」

 

「レ、レイミア・・・。あれが地獄のレイミアか・・・。」ベオウルフが答えた。

 

「あんたの名も知ってるわよー、ヴォルツでしょう?」

 

「ベオウルフだっ!!」

 

「あら、やっぱり彼死んじゃったの?一回手合わせしたかったわあ。私がもしこの女に勝ったら次はあなたのお相手をしてあげる・・・。

私に勝った男は好き放題していいのよ、なんでもしてあげる。」その異様な規格外にベオウルフの傭兵達は戦々恐々となって場を支配していくのである。

 

「黙れ!貴様の吐く言葉は聞くに耐えん、・・・今すぐ屍にしてやる!!」アイラは怒りを胸に構える、その殺気は今まで以上に膨れ上がった。

 

「心地いい殺気ね、これだから殺し合いは止められない。」レイミアも構える、言葉とは裏腹に顔は真剣そのもので2人の闘気はいきなり最高潮となる。真剣での勝負は一瞬で決まる、お互い必殺の一撃が決まれば次に再戦する事がない剣士の戦いに出し惜しみは皆無であるのだ。

 

2人は同時に剣を振るい交叉する、その速さにどちらの剣が決まったのか見えなかった。

刹那の時間が過ぎ去った時、アイラの右肩から鮮血が伝わり床に落ちた。

「アイラ・・・!」ベオウルフは唸るように彼女の名を呼ぶ、一方のレイミアは無傷である。しかし彼女の目は優越感ではなく、怒りの表情であった。

 

「レーガン!!どういう事!あたしでもこの愉悦の時を邪魔するのは許さないよ!!」レイミアの怒声にその名を呼んだ男は突然現れた。天井にいたのかどうかもわからない、とにかくその男は何処からか出てきて床に降り立ったのだ。

 

「・・・すまないが決闘は中止だ、予定が変わった。いくぞ。」

 

「ふざけるんしゃないよ!あたしが聞いてる事に答えな!!」

 

「今は従え、事情はおいおい話す。」

 

「剣士の決闘を邪魔したんだ、それなりの事情なんだろうね。」

 

「・・・いくぞ!!」その瞬間、2人はレーガンが突然現れたように消える。

一同は騒然とする中、アイラは上を指した。

螺旋階段の吹き抜け、5階の天井に彼らは逆むけに立っていたのだ。

 

「アイラ!すまなかったねえ、これは私の償いのつもりだ。」レイミアは自身の左腕を黒い剣で斬ったのだ、アイラが傷ついた場所を的確に同じ場所を・・・。

天井からレイミアの鮮血が滴り落ち、アイラを汚す。

 

「また必ずあんたと死合う、それまで生きててくれよ。」レイミアのその言葉を最後に彼らは完全に姿を消す、アイラは握る愛刀から血を滲ませるのである。

 

 

「アイラ・・・。」ベオウルフは駆け寄って止血を急ぐ。

 

「今のはお前の勝ちだ、あの男の邪魔がなければレイミアの首が飛んでいた。」ベオウルフが一言ねぎらった直後、アイラの愛刀が手から滑り落ちる。

 

右腕には切り傷の他に吹き矢の様な細い矢がアイラの腕に刺さっていた、痺れ薬を塗布しているのであろう。アイラの腕がみるみるうちに痺れ、感覚を無くしていく・・・。

 

「さっきのレーガンとかいう男の仕業だろう、レイミアも凄腕だが奴の方が得体が知れんな。ある意味奴の方が厄介だ。」

 

「ああ・・・。」

アイラは左手で愛刀を鞘に戻すと外を見る・・・。夕闇が徐々に広がる中、雪が降り注ぎ出す。

 

「荒れるな・・・。」ベオウルフが呟く。それはシレジアの暗雲を示しており、新たな騒乱を感じるものであった。

 

 

 

洋館の制圧が終わり、本日の暴徒の活動が止むとベオウルフは身を寄せている宿舎へ戻る。

 

「おかえりなさい、ベオ・・・。」

 

「来ていたのか、ディートバ・・・。」

 

「はい・・・、無事で何よりです。」ディートバはその厚い胸板に飛び込む、ベオウルフはその華奢な上半身を抱いて歓迎する。

 

「俺は大丈夫さディーも無理はするな、奴らの中にはなかなかの弓兵がいたぞ。」密かな愛称を呼びあい2人は見つめ合う。

 

「パメラが射られました。レックス様に救ってもらい、事なきを得たそうですが・・・。」

 

「そうか、大変だったな・・・。今日はどうする?」ベオウルフの言葉にディートバは頬を赤らめる。彼女はベオウルフを見上げて他者には見せる事の無い甘えを見せる。

 

「一緒に食事しましょう、風呂で今日の汚れを落として・・・。」

 

「そうだな、じゃあ風呂から行くか・・・。」

 

「・・・一緒に・・・、ですか・・・。」

 

「・・・・・・。」返答に困るベオウルフ、歴戦の猛者もディートバとの決戦には完全に飲まれていくのである。




レイミア

イザーク出身の剣士。彼女の所属する部隊と相対する部隊はことごとく全滅し、彼女のみ生き残る事から地獄のレイミアの異名を付けられるようになる。
それでも初めは傭兵として召し抱えられていたが、その逸話が現実になる度に仕事は減っていき現在は皆無となる。
破滅的な性格で、端から見れば残忍で戦闘狂な女にしか見えないが違う側面から見れば自分なりのポリシーがあり律儀な性格である。


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自失

外伝はこの回を含めてあと2話掲載予定です。
前回までは楽しく書けたのですが、ここに来て少し暗雲が漂ってきました。
次回からまたペースが落ちるかもしれません。


リューベックよりさらに西へ行くとシレジアの国境を越えられる、そこから先はイザーク領土となるがその地は未開の領土が広がっていた。イザーク城の北部にはガネーシャ地方があるがそこから東は荒地と密林が点在する部分となり、その地域に当たる・・・。

シグルド一行はその地域で父であるバイロンは行方不明となっている為、その地域を目指す事としたがその旅路は過酷そのものであった。

 

極寒の寒さから突然、荒地と日差しの強い暑さが支配する地域に様変わりする。水は枯れて確保する事も困難になり、点在する密林で水を求めるも猛獣はもちろんの事、毒虫と毒蛇が支配しておりとても生身の人間が入り込める場所ではなかった。

ゾッとするような過酷な旅を続けるシグルド達・・・、何度も水と食料も尽き果て立ち往生してしまう事となってもなんとか生き残る事が出来たのは同行してくれているマリアンの功績が大きかった。

飛竜に乗る彼女はその高度から食料の調達から水の手配をしてくれた事が大きい、シグルド達の生命線である。

シグルドは最も信頼する家臣のアレクとノイッシュ、オイフェを連れてイザークに入った、もう二ヶ月もこの地を徘徊しているが一向に手掛かりとなるものは得られない。

カルトからこの地域の情報を聞くが、ここには先住民族が存在し独自の文化を持っていると聞いている。不安定に存在するオアシスを見つけては移動を繰り返しているその民族に出会う事が出来ず、あてもなく放浪するようにシグルド達は移動を繰り返していた。

 

この日も空振りに終わり日没に備えて夜営の準備に入る、マリアンが海岸で狩りをした水産物と1日蒸留した水を持ってシグルドと合流する。アレクが熾してくれていた火に魚を焚べていき、ノイッシュは日中に見つけた密林から僅かな果実を取り出していた。シグルドは地図を見ながらこの二ヶ月の行動履歴を確認し、次の行き先を考えていた。

 

「シグルド様、食事の準備が整いました。

ってあれ?オイフェとマリアンはどこへ行ったんでしょう。」

 

「二人はあっちで剣の訓練をしてるよ、オイフェも多分この旅で色々と思う所があるんだろう。・・・そろそろ呼んでくる。」

 

「すみません、シグルド様・・・。お願いします。」

ノイッシュとアレクは色々と食事などで忙しい。シグルド自ら二人を呼びに行く、徐々に近づくにつれて二人の木の剣撃の音が聞こえてくるのである。

 

「オイフェ、そんな単調な動きではすぐに敵に読まれてしまいますよ。」オイフェが思いついたフェイントをマリアンに試すが、実戦経験の多いマリアンには浅はかな物と一蹴してしまう。

オイフェは唇を噛んで再び別の形からマリアンに一撃を見舞わんとするが、次はマリアンが打ち込みに入る。

 

「わわっ!」すぐに追い込まれたオイフェは持ち手を打たれて木剣を落としてしまう、マリアンは微笑を浮かべながらオイフェの胸元に木剣を突きつけて終わりとした。

 

「さあ二人共、食事にしよう。」区切りを見つけたシグルドは二人に呼びかけてこの日の訓練は終わりを告げたのである。

戻ってきた時には食事の準備は全て整い、五人は日を囲んで食事を採る。

焼魚に、鍋で煮た海草、果物を分けて行く・・・。量は多いとは言えないが海草がお腹を膨らませてくれるだけ今日の食事は有難かった、思い思いに少しづつ手に持ち食していく。

 

シグルド「オイフェ、これも食べてくれ・・・。育ち盛りが遠慮するんじゃない。」

 

オイフェ「何を仰るのですか、そう言って昨日も一昨日も私に分けてくださってはシグルド様の身体に触ります。」

 

ノイッシュ「そうですよ、今日は胃腸が優れないので私の分もお二人で召し上がって下さい。」

 

マリアン「すみません、もう少し採れれば良かったのですがなかなか上手くいかず・・・。」

 

アレク「マリアンが謝る事はないさ、俺たちがここまで旅が出来ているのは君のお陰なんだから。」

 

「・・・・・・。」最後には彼らは一言も発する事が出来なくなる、手がかり一つも成果がないこの旅で全員なんらかの焦燥に駆られてしまいぶつけようのない憤りと焦りが蔓延し始めていた。

 

「大丈夫だ、私達は確実に父上に近づいている。気持ちを強く持とう!」シグルドは皆に檄を送る。非常に細い希望の糸であるが手繰り寄せていかねば始まらない、絡まった部分は解さねばならない。その手応えの無い感覚も動かない事には始まらない事をシグルドは説いて皆を励ますのである。

主人の檄に再びやる気を取り戻す一行は眠りにつき、マリアンが辺りの警戒に入る。

彼女の飛竜は警戒が非常に強く、彼女が仮眠していても飛竜の警戒網にかかれば音もなくマリアンにそれを伝えてくれるので簡単に覚醒できる。その事もあり毎日夜の警戒を担当していた。

剣を抱いて飛竜のシュワルテの尾翼にもたれかかるいつもの就寝方法で眠るマリアンは不意に目をさます。シュワルテの警戒ではなく、仲間の誰かが近づく物の気配で目だけを開いて辺りを見回す。

オイフェが木剣を持ち歩いて行く様子を見てマリアンは微笑み再び眠りに就くのである。オイフェの年齢からマリアンの年齢を重ね合わせるとちょうどグランベルへ応援で向かう頃くらいに相当する、そろそろ実戦に投入されてもおかしくない年齢であるがシグルドは一向に彼に戦場に参加を許していなかった。

先のアグストリアでは強敵ばかりであったし、オーガヒルの海賊戦では撤退戦で混戦と時間の戦いでもあり余裕など皆無であったので仕方がないと言えばそこまでであるが、シグルドは彼が戦場に立つ事をどうしても良しとしていない節もあった。オイフェはそこに多少の歯痒さもあるのであろう・・・。

シグルドの道中はまだまだ多難の道を進んでいるのであった・・・。

 

 

 

セイレーン公のカルトは激務に追われていた・・・。

帰還してから彼の成すことは山の様に難問が積み上げられて、暗礁に乗り上げている問題に日々苦戦を強いられていた。

一つはグランベルとの関係悪化である。先のアグストリアでの戦いでレプトールとランゴバルドに対してカルトはアグスティで交戦した事により同盟破棄当然となっている、事情はランゴバルドの強引な手法による抵抗だがランゴバルドが死亡した事でさらに事態がややこしくなってしまっているのである。

恐らくレプトールが本国に帰り、歪めた釈明をしたのだろう・・・。こちらから使者を送るが一向に話が噛み合わず、大使クラスの面談には至らずに終わっている。グランベルから正式な同盟破棄とは宣言されていないが、今まで行ってきた交易は途絶えており同盟破棄当然となっているのがその理由となる。

 

そして、次の難問が三国同盟の物資の輸送である。

グランベルからの物資交易が途絶えた今、アグストリアとヴェルダンの物資交易がスムーズに行えれば良いのだが、アグストリアの弱体化か深刻な問題で物資が上手くアグストリア国内で動いていないのである。

ヴェルダンからその豊富な食料がアグストリアで足止めとなり、オーガヒルの船に積荷が遅れている。その原因は輸送道の舗装が全くなされていない場所が多く、特にマディノからオーガヒルの荒地が酷くて馬車が車輪を奪われてしまうケースが多いそうだ・・・。

インフラの整備を急ピッチで進めているそうであるが何せ人材が足りない、かの北の台地の人材を使っても長期となると彼らの普段の仕事にも支障が出る。

その問題はキンボイス王が人材をアグストリアに送り、事に当たってはいるのだが輸送の安定まではまだ時間がかかりそうであった。

 

 

「はあ・・・、まだまだ難題は山積みだな・・・。」側にあるカクテル、シレジア特産の一つで白樺の木で濾過して蒸留するスピリッツにオレンジを混ぜたカクテルを口に含んだ。

シレジアにはオレンジはなく、ヴェルダン産が持ち込まれて巷のバーではこの新しいカクテルが人気となっているそうである。

 

「カルト公、少しいいか?」扉の前で中に話しかける女性の声にカルトは入室を許した。

 

「ブリギッド公女?どうした、こんな時間に・・・。」

 

「あんたに聞きたい事がある。」彼女から怒気に近い感情を感じる・・・、カルトは少し警戒しつつ頷いて話を促した。

 

「かつて、オーガヒルの海賊はこのセイレーンで何度となくシレジアと戦った事がある。あんたはここでその海賊と戦った事があるか?」

 

「・・・・・・少年兵だった頃、オーガヒルとの海賊と戦った事がある。」

 

「やはりな、髪の色が違っていたが面影は確かにあんただな・・・。では、この剣はあんたのものか。」ブリギッドは携えていた剣をカルトの机に置くとカルトの顔色が一気に悪くなった。

 

「ど、どこでそれを!」

 

「デューがブラギの塔付近で見つけたものだ。風化されていて初めは気付かなかったが、先程修繕から戻ってきた時に確信したんだ。

セイレーンで私達を無残に惨殺していった少年兵が使っていた剣、それがこの剣でお前の持ち物だろう。」

 

「・・・・・・。」

 

「私達も略奪行為をしていたんだ、お前が街を守っての事だと承知している。・・・だが!なぜあの時、親父を殺した!!」ブリギッドはカルトの服を掴みかかり、激昂する。

 

「親父はあの暴動を止めに入ったんだぞ!許しを請うために丸腰になって首謀者の首を持ってお前の下まで許しを請いに行ったんだ!!

なのに・・・、なぜ親父を殺したんだ!顔色一つ変えずにあの剣で親父を切り殺しんだ!!」ブリギッドの拳がカルトの左頬に入り、机まで吹き飛んだ。机上のグラスがカルトの頭で割れ、中身のオレンジカクテルが彼を染めていく・・・。

ブリギッドは荒い息を吐いてカルトを見下ろすが、カルトから生気が抜けたかのように身じろぎ一つしていなかった。

 

「・・・釈明のしようがない。」

 

「なんだと?」

 

「ブリギッド公女、俺はその件の答えを出す事は出来ない・・・。君の父親の憤りも最もだが、俺はそれに贖罪する権利すら無いんだ・・・。もし、できるなら君の手で俺の贖罪する術を作って欲しい。」カルトはゆっくりと立ち上がり、ブリギッドにそう言った。

放心したブリギッドに再び怒りの火が立ち上がる事は明確である。

 

「ふ、ふざけるな!!」床に落ちた先程の剣の鞘でカルトを殴りつける。カルトは再び吹き飛ばされて窓枠に激突し、盛大に窓を割ってしまう。外気から雪が吹き込まれ、室内は一気に氷点下へと移行していく・・・。

 

「謝罪の言葉はないが、私罰をうけたいだと?私が聞きたいのは親父を殺した理由だ!!」鞘から剣を抜いてカルトへ突きつける、カルトは焦点が定かではない瞳でその剣を見つめた。

ゆっくりと剣先に手を伸ばして刃先の鋭い部分を握りしめながら立ち上がる、握りしめた部分からは血が滴り落ちてブリギッドを再び見据えた。

 

「それしか俺には答えが出ないんだ。ブリギッド公女が怒る事は当然の事、気がすむまで私罰を続けてくれ・・・。」

 

「・・・いいだろう、私の答えに答えるつもりはないのなら!・・・そこまで言い切るのなら死ぬ覚悟をしてもらうぞ!!」

 

「もちろんだ、殺されても恨むつもりはない。」カルトは帯刀している剣も、魔道書も、聖杖もその場に捨てて纏っていたローブを脱いてブリギッドの怒りに応じた。

ブリギッドもまたその行動にさらに拍車をかける、彼女は海の荒くれ者と長年接してきている事もあり私刑は日常の事である。手を緩める事も、情をかける事もなくカルトに手をかけて行く。

殴り、蹴り、投げとばし、締め上げる。カルトはその間、抵抗を見せず深く沈んだ瞳をブリギッドに向けるだけであった。

室内に入り込んだ雪が暖炉の熱まで奪い、積雪となった頃に異変に気付いたエーディンが止めに入るまでブリギッドの凶行は治る事はなかった。

カルトは自失しており、意識はあるが返答はなくブリギッドは側にあった風の剣をカルトに投げつけた。

 

「その剣は返してやるよ、お前はその剣を持って永遠に彷徨え!」扉を荒々しく閉じて退出するのである。

 

「姉さん・・・、どうしてこんな事を・・・。」カルトにリカバーを施して回復させる。姉の荒れ狂う姿に怯えながらも疑問を持ち、誰とにもなく呟いた。

 

「私が悪いんだ・・・、エーディン公女。この事は内密に頼みます。」

 

「そ、そんな!例え、カルト様の方が悪いにしてもこれではあまりに姉さんが一方的過ぎます・・・。」

 

「エーディン公女、お気持ちはありがたいのですがこの件は私が何よりも悪いのです。それこそ、彼女に殺されても・・・」

 

「そんな事はありません!あってはいけないのです・・・、そんな事は・・・。

例えカルト様が死に当たる罰を犯していたとしても、あなたはエスニャを、子供を残して命を投げ売りするというのですか?」

カルトの表情がピクリと反応する、エーディンの言動に初めて反応し彼女の顔を見る・・・。

 

「生きてくださいまし、あなたはもう一人で生き死にできる体ではないのですよ。私も・・・。」エーディンは自分のお腹をさする、その中には新たな命が宿っている事にカルトも思い出す。

 

「エーディン公女、ありがとうございます。少し私も自分を見据えてみます、そして答えが見つかった時にブリギッド公女へもう一度話をします。」

 

「ええ、そうしてください。きっとその時はこの降り積もった雪が溶ける様に分かり合える事を祈っております。」エーディンの微笑みにカルトは笑顔だ応える。エーディンのリカバーですっかり治癒したのは身体だけではなく心も健全なものに戻っていた、それは彼女にしか出来ないリカバーであったのだろう。

姉が船から転落してから神に祈る様になり、戦地や疫病地をめぐって人々を救済して回った彼女には他にはない無償の慈愛を持った回復が確かにあった。

 

カルトもまたその慈愛を受けた一人として再起を心に誓う、折れかけたその心を癒してくれたエーディンに感謝の気持ちと共に彼は暗い過去の精算と前進を人生の目標の一つとして掲げるのであった。



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泡沫(うたかた)

ティルテュとアゼルの話が少ないので色恋沙汰で頑張ってみました。
私も恋愛経験値でいえば作中のアゼル位なので、文章を起こす度に気恥ずかしくなってきました。
一つアンケートを取ってみたい事がありまして活動報告しました、興味がありましたらお答えいただけたらと思ってます。



雪の降るセイレーンの街は鉛色の雲に覆われた銀世界であった、アゼルはその景色を楽しむかの様に一人歩く。本日は風無く雪舞う穏やかな天気、傘を差してアゼルはあてもなく街を散歩していた。

シレジアの内乱に参加出来ないグランベルの面々はほぼ非番の取る日々を送っている、魔法の鍛錬は欠かさず行っているが流石に飽きてくるので生活の改善にアゼルは歩きながらあちこちを見て回っていた。

シレジアには魔法と相性のいい金属が豊富にとれる国、滞在中にも幾つか購入するがカルトに見せると彼はアゼル用に加工してくれた。彼の使うエンチャントマジック、付加魔法はロストマジックと言われる魔法でグランベルの宮廷魔道士の定説では今世紀中に使用できる者はいないのでは無いかと言われた幻の魔法である。アゼルは初めて見た時は驚き、原理を聞くが到底使える者ではなかった。

 

錬金術と呼ばれる異大陸に存在する邪法を魔法でアプローチする離れ業を使用しているのだ、まずその錬金術の理解から始めなければならず魔法の才能だけでは成す事は出来ない。それにカルトがなぜ錬金術を習得出来ているのか、彼自身よくわかってないのである。

髪の色が変わってから出来る様になったとまで言う始末なので理解に苦しんでしまう・・・。

 

カルトのその時の説明を思い出してクスリと笑うアゼル、結構な時間外に出ていたので心地いい空腹を感じて帰路につき始める。

新雪が積もる度にザクッ、ザクッと踏みしめるこの感触が気に入っていたアゼルは子供の様に楽しんでいた、帰り路もすっかり寄り道をしてしまい彼の持つ紙袋は膨れ上がってしまう。

 

「あれ・・・、あれは?」滞在する洋館の側にいる一人の女性は、傘も差さずに佇んでいた。憂いがあるその顔はアゼルの顔見知り、ティルテュである。彼女は別の洋館で暮らしていた筈、アゼルはただ事ではないと思い彼女に駆け寄った。

 

「ティルテュ、こんな所でどうしたの・・・。傘も上着も持たずに?」

彼女はフリージ特有の魔道士のローブのみで佇んでいたのだ、身体中の雪を落とす事もなくである。アゼルは頭や肩に乗っている雪を落として彼女を心配する・・・。

 

「アゼル・・・?」彼女は寒さで思考が止まっている様であった、憂いと虚ろが混濁した瞳がアゼルを捉えて名前を呼んだ。

 

「身体もすっかり冷え切っているじゃないか、とりあえず中に入って・・・。」ティルテュの手を取るが彼女は雪像の様に動かない、アゼルは背中にティルテュを回しておぶさった。氷柱を背中に背負ったかの様な感触にアゼルは館の自室へと急いだ。

 

 

自室へと着くなりティルテュをすぐに暖炉の前のロッキングチェアへ着席させ、暖炉の熱で作っておいた湯をアグストリア産の茶葉の入ったコップへ注いで彼女へ渡す。

 

「動ける?」

 

「まだ、少し無理かも・・・。」一口カップの茶を飲みまだ体が動き辛い事を伝える。

 

「とりあえず湯を準備してあるから、動ける様になったら風呂に入った方がいい。服も濡れているから、僕の服で我慢して。」アゼルは視線を向けない様にしている仕草にティルテュはようやく理解する。

彼女の魔道士のローブは身体の線が出やすい服になっている・・・、暖炉で温まった事で雪が水分となり服が張り付いて扇情的なものとなっていたのだ。

 

「あ!や・・・。」

ティルテュの頬に赤みが差す。ゆっくりとした動作で、更に利き手にはカップがあるので片手でスリットを改めて胸元へと手をやる。

アゼルはすぐに明後日の方向へ視線を逸らす、ティルテュ以上に赤みがさした彼の顔は今にも火が出そうであった。

 

「う、動けるなら風呂に入ってきて・・・。着替えも脱衣室にあるから・・・。」

 

「うん、アゼル・・・ありがと。」彼女が浴室に入り、ドアの音を聞いてアゼルは安心する。慣れない介抱に疲れた彼はその場で机にもたれかかり、ズルズルと足を床に滑らせて座り込んだ。

 

「こうも、してられないな・・・!」アゼルは立ち上がり、次の準備を急ぎ出した。

 

 

湯船に身体を沈めるティルテュ、体が温まりようやく鮮明になった思考で彼女は涙する。

(私、何やっているだろう・・・。アゼルにまた無駄な心配をかけている。・・・いえ、甘えているだけね。)

 

父は厳格、兄は野心があり向上力も高い人で私達姉妹にもそれを求めていた。家では窮屈な魔法の訓練に、淑女としての嗜みを身に付けさせらる日々・・・。政略結婚の道具にされる事に反対したティルテュは色恋沙汰に縁のないクロードを利用して家を出た、外に出れば言葉遣いもいつもの自分に戻れる・・・。エッダにいる間私は私でいられるとティルテュは思っていた。

それは間違いであった・・・。ティルテュはすっかりクロードの器の大きさ、その包容力に惹かれてしまったのだ。ほの字になったティルテュは猛アタックを敢行するも、クロードは見向きもしなかったのである。端から見れば性格は不一致、価値観も違うのはわかっているがティルテュは盲信的に攻め続けて、・・・撃沈した。

 

セイレーンの女中から漏れ出る噂にマーニャとクロードの色恋沙汰がよく出てくる様になり、ティルテュは真偽を確かめる為に男性が寄宿しているこの洋館を訪ねたのだが、いざとなると怖くなり立ち往生してこの有様になったのだ・・・。

 

迷いを振り切る様に体を洗い、髪を整えて浴室を出るティルテュ・・・。そこにはエプロンを付けたアゼルが優しく笑いかけてくれていた。

 

「お腹空いてない?よかったら一緒に食べてくれないか?」アゼルの優しい言葉にティルテュは涙しそうになる、これ以上彼の優しさに甘えるわけには行かず涙腺を閉めた彼女は無言で頷く・・・。

 

「ありがとう、ティルテュ。

この部屋なんでもあるけど食事は大広間だし、お風呂も下に浴場があるから使わないんだよね。最近は自分の事は自分でやってみようと思って使い出してる所なんだ。」アゼルはそう言って炒り卵とベーコンの焼き物、ライ麦を使ったパンの皿をティルテュの机の前に置く。ライ麦のパンも湯気が立ち昇りほのかな甘い香りとベーコンと香ばさが彼女の食欲を掻き立てた、アゼルが温めた山羊の乳を入れたカップを机に置くと彼もティルテュの対面の椅子に着席する。

 

「ティルテュ、さあお上がりよ。最近覚えたばかりだから大した事ないけど、暖まるよ。」アゼルの優しさにティルテュは陥落寸前であった。食べる度に彼女はアゼルに感謝し、最後には嗚咽しながら食べていた・・・。まるで子どもが親に諭されて泣いている様に、彼女は清らかな涙を流していた。

アゼルにはティルテュの事情はわからない、今はそっとしてあげよう。彼女は向こう見ずで失敗しないと分からない性格・・・、アゼルはそれを熟知してからこそ自分に出来るのは雨が降っている時に傘をさしてあげる事しかできないと感じていた。また雨が上がれば彼女は元気に大空を飛び立つ、それでいいと思っていた。

 

食事も出来終わり、ティルテュの心も落ち着いた頃に彼女はポツリポツリと話し出す。

それは初恋の儚い終焉、アゼルもその噂は聞いた事がある。・・・残念だがその真偽の程は真である。この館で二人の姿を見た事があるのがその所以であるがアゼルはその事を伝える程の度量はない、話を聞くのみに徹した。

一通り話し終えた彼女はそれから身じろぎ一つせずにその場で固まった、アゼルもまた彼女に声をかける言葉が見つからず時間だけが過ぎていく・・・。

気の利いた言葉をかけてあげたい、励ましてあげたい、慰めてあげたい、様々な感情がアゼルの中で渦巻いては消えていく。彼にはどれも実行するには勇気が過剰に必要であるのだ、つまりヘタレといえばヘタレだろう・・・。

 

「・・・服乾いたかな?」ティルテュが暖炉の前の服に目をやる。

 

「そうだね、そろそろ乾いているかも・・・。」アゼルも咄嗟に応える。

 

「ありがとう、アゼル・・・。

いつも・・・、昔からアゼルを困らせてばっかりだね。私の方がお姉ちゃんなのに・・・、アゼルに甘えてばっかりで・・・。もう!やになっちゃう。」

 

「ティルテュ・・・。」

 

「ごめんね、明日からはまた元気になったティルテュでアゼルに会いに来るね。今度は私がアゼルに腕を振るってあげるから・・・、私も特訓してからになるけど、期待してね!・・・脱衣所借りるね。」彼女は服を持って脱衣所のノブを開ける、体を半身程脱衣所に入った時に後ろからアゼルが抱きしめた。

 

「アゼル・・・、離して・・・。」

 

「離さない、嫌なら振り解けばいい・・・。僕はそんなに力を入れてないから。」アゼルの言う様に、ティルテュに抱擁するアゼルは優しく抱いている。拒絶すれば解くことは易しい・・・。

 

「私、こんなに良くしてもらっているのに・・・、アゼルの気持ちを無に何て出来ないよ。」

 

「それも計算の内さ・・・。」

 

「・・・アゼルの、バカ!」

 

「バカだよ、僕は・・・。だからいつまでもティルテュを支えてあげたい、それしか考えてないよ。」

 

「ううん、バカなのは私・・・。ごめんねアゼル、気付いてあげられなくて・・・。」アゼルの手を取り振り返る、ティルテュの目には悲しさからくる涙から別の涙へと変わっていた。ティルテュからアゼルの首に腕を回して抱擁する、そして二人の唇が重なった。

腕に回していた服が床に落ちて乾いた布が擦れる音と共に二人は床へ倒れこみ、求めあって確認するのであった・・・。

 

 

 

しばらく時が経つ、季節は夏を迎えていた。

シレジアの夏は短くこの時期に貿易は一気に活気づく、海の男から健脚な行商人が行き交いそれぞれの特産品が出ては入り、入っては出て行くのである。

そんな時期にカルトは悠々と酒場にいた、彼の手には相変わらず好んで飲むあの蒸留酒にオレンジを入れたカクテルがあった。

 

「シグルド公子、とりあえず旅が無事終えた事に乾杯!」

 

「・・・ありがとうカルト公。」カルトと同じ物を持ったカクテルのグラスを打ち鳴らして乾杯する。

 

「バイロン卿の事は残念だな、そこまで身体が弱ってしまっていたらここまで連れて帰る事は出来ないだろう。」

 

「そうだな。しかし身体を癒したら、シレジアに来てくれるまでに回復すれば陛下に謁見してレプトールの奸計によるものを証明できれば父上の汚名も雪ぐ事が出来る。エルトシャンの仇も取れるだろう。」

 

「そうだ、エルトシャン王の決死してまで作ってくれた機会を無駄にはできない。何としてもグランベルへ行かねばならないが、時期はまだ早い・・・。シグルド公子、バイロン卿がシレジアへ来るまで動かないでくれ。」

 

「承知した、シレジアに亡命している以上君達に迷惑をかけるつもりはない。カルト公とレヴィン王に従おう。」

 

「すまない・・・。シレジアもまだ完全に一枚岩になった訳ではなくてな・・・、いざこざが絶えず苦労している所だ。」

 

「帰り道に寄ったがリューベックの事か?」

 

「ああ、リューベックとザクソンあたりでダッカー派の残党が抵抗を続けていてな・・・。首謀者のドノバンがどこに潜伏しているかまだわからなくて困っている所だ。」カルトはカクテルを煽って次を注文する。

 

「カルト公、困った事があれば我らにも手伝わせてくれ。」

 

「ああ、その時は頼む・・・。」二人は再びグラスを打ったのであった。

食前酒が終わると食事が配膳されてくる、羊の肉を中心とした料理に海鮮をふんだんに使ったスープなどシレジア特産品がテーブルを支配していく頃キュアンも同席に参上する。

 

「キュアンも呼ばれていたのか?」

 

「ああ・・・。シグルド、無事の帰還で嬉しい限りだ。」グラスを二人も合わせる。

 

「料理も、人も揃った所で本題に入らせて貰うぞ。」カルトは二人が着席した所で切り出し、キュアンとシグルドもカルトの言動に耳を傾ける。

 

「先日、アグストリアへ飛んだのだが、イーヴ殿からこれを贈られた。シグルド公子、これの意味がわかるだろうか?」カルトは机にそれを取り出しておいた。

 

「これは、まさか・・・。」

 

「エルトシャン王の私室に保管されていたそうだ。」

 

「!・・・忘れるものか、これはエルトシャンと一緒に飲む予定だった約束のワインだ。」シグルドは目頭が熱くなる。

 

(今年はハイライン産のボジョレーが一番美味い、これに勝ち抜けたら秘蔵の一本を開けよう。)

エルトシャンの言葉が先ほど聞いたかの様に頭に響き渡るシグルドであった。

 

「是非シグルド様の手で開けてくれと言われていた。私室に置かれていたワインだからそろそろ呑まないと味が変わってしまう、だからシグルド公子、此処で空けてはどうだろうか?」

 

「そうだな・・・。カルト公、その為にキュアンまで呼んで此処を抑えたんだな?」シグルドの笑いにカルトも笑いかける。

 

「エルトシャンの最後のワインか、会う度に洒落たワインを持ち込んでいたが今回はどんな物であるか楽しみだな。」キュアンも楽しみなのかナプキンを取り付けて準備を万端にしていった。

 

「さあ、シグルド公子開けてくれ!今日の祝いの題目は・・・、無事に帰還した事と、シグルド公子がティルフィングを継承した事にしよう!」カルトはそう宣言してシグルドの腰にある聖剣を見つめる。

バイロン卿から継承した聖遺物はその激戦から傷みが酷かった。シグルドは明日にでも修繕に出す予定だが、その激戦の痛みを父の誇りとして本日は持ち込まなかった。

 

シグルドは包み紙を外すと懐のナイフを突き刺してコルクを抜いた。小気味のいい「ポン」という音が響くと二人のグラスに注ぐ・・・、その淀みないワインレッドに三人はため息をつく。

 

行き渡った三人は席を立ちグラスを高々と掲げる。エルトシャンへの感謝と敬意を示した後煽る、その芳醇な香りの後にくる強烈な葡萄の渋みと甘みが大地の恵みと共に訪れた。

 

「美味い、本当に・・・。あのアグストリアの厳しさが苦味、そして過ごした日々が甘みの様だ。」シグルドはそうこぼす。

 

「ああ・・・、そしてこの香りがその記憶として残るかの様だ。・・・いいワインだな。」キュアンがそう付け足した。

 

「さすがエルトシャン王・・・、最後まで気持ちの良い御仁であった。もう少し、彼と話す機会が欲しかったよ。」カルトの言葉にシグルドは笑みをこぼす。

 

「時間こそは少なかったが、君とエルトシャンは親友になっていた筈だ。」キュアンがそう付け足した、カルトは頷いて納得するのである。



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六章 シレジア編
トーヴェの公爵


この回よりシレジア編に突入し、ゲームで言えば4章にあたります。
随分と原作とは様変わりしてしまいましたが、この顛末を期待していただけたらと思います。
お粗末でございますがよろしくお願い致します。


シグルドがシレジアに亡命して一年になろうとしていた・・・。

依然シグルドに対してグランベルは隠蔽された情報で親子は晴れぬ疑惑のまま祖国には帰れず、シレジアでその打開策を模索していた。

父直筆の直訴状を手に何度もグラベルへの進軍を考えたがラーナ様の諌めもあり、その時期を見据えていた。

そんな折りシレジアは大きな動乱を迎える事となる。リューベックにあった小競り合いは一気に激化し、その波紋は大きく波打つ事となった。その始まりはシレジアのレヴィンの元にもたらされていく・・・。

 

 

トーヴェ陥落

それは寝耳に水の出来事である。南の山脈に阻まれてセイレーン以外からの侵攻は天馬以外では不可能と言われたトーヴェが陥落したのだ、確かにこの城の守りは僅か60程度の部隊しか駐在していなかった。

これだけ数が少なかったのは半ば幽閉状態のマイオス公は武器一つ持つ事なく魔法も封じている、なりよりマイオス公はすっかり穏やかになり反抗する素振りはなく二年以上経過しているからである。

それ故に警備は必要最小限となり、その間隙を縫うように瞬く間に制圧されたのである。その報を伝心で聞いたセイレーンのカルトはすぐ様シグルドに要請しトーヴェへと急ぐ、その道のりは川と森林が阻んでおり平時においても丸一日かかるがシグルドは騎馬部隊を優先に進軍を最短に進める。

 

「敵はこちらには向かっていない、城内で籠城している!一気に叩く。」

 

「相手はリューベックにいた傭兵連中らしい、どうやってトーヴェに抜けてきた?」

 

「侵攻してきた数は150!」

カルトの騎馬部隊に要請に応じたシグルド、レックス、アゼル、ミデェールの部隊は侵攻しながら飛び交う情報を聞きながら駆け足を続けた。徒歩部隊としてアーダンの重装歩兵が制圧後の守りの要として、後追いしてくれていた。

昨夜襲撃があり翌朝にすぐ様出発している、到着予定は本日の夕刻辺りに到着する予定であった。陥落から丸一日、父であるマイオスはどうなっているのかカルトはなんとも言えない不安を抱えていた。

リューベックの傭兵はなんの目的がありトーヴェを襲ったのか、その可能性を考える。

マイオスを内乱の首謀者として立てて正式なレヴィンの反対勢力として擁立する、またはマイオスやトーヴェの人々を人質にして王位継承のやり直しを要求する。

どちらにしてもまだ侵攻側からの声明を出してない、狙いはなんなのかカルトは考えながら狙いを想像していた。何よりトーヴェにどうやって侵攻してきたのか、カルトですらどうやったのかわからないでいた。

 

南の山脈を山越えしたのなら天馬騎士団の巡回網にかかる、山中に点在する砦に駐在している魔道士がその報を聞くなり遠距離魔法であるブリザードを使って排除するようになっている。それにも関わらず連中はその警戒網をかいくぐり、150もの部隊がトーヴェを襲ったのだ。カルトはそれを思案し続けていたのである・・・。

 

《カルト、聞こえるか・・・。》とつぜん脳内に響く伝心魔法にカルトは思考を止めて声の主に応じる、それは長い間話すらしていないカルトの苦手意識を持つ身内である。

 

《親父・・・、生きていたか。今どこにいる。》

 

《城の外に連れ出されている、トーヴェ南へ向かっているようだ。》

 

《どういう事だ、親父一体そっちはどうなっているんだ。》

 

《儂の前に二人組の傭兵がいる。1人はあの有名な地獄のレイミアと言う凄腕の剣士でもう1人は盗賊風の男だ、こやつらは儂の身柄を拘束する事が目的で動いていた。ここからどうするかわからんが、こやつらはおそらく地下鉱路に向かっている。》

 

《地下鉱路、トーヴェにあるのか?》親父の言う地下鉱路はおそらくシレジア名産品の一つである金属や宝石に使う原石の採取地の事だろう、しかし現在採取できている地下鉱路は主にザクソン周辺でありリューベックとトーヴェの間には無かったはずであった。

 

《30年ほど前まではトーヴェ周辺の山脈は金属が取れたのだ、取れなくなってからは廃坑したが地下の通路はそのままになっている。中はかなり入り組んでいるが、うまく進めばリューベック側へ出る事も可能だ。》

 

《やつらはそこを使ってトーヴェに出たのか・・・。親父、あんたが連れ出されているという事は・・・。》

 

《そうだ、こやつらはこの地下鉱路を使って各地へ向かおうとしているかもしれん。中に入られたら伝心も転移もできない、先程ようやくサイレスが切れたので鉱路に入る前にお前へ伝心しているところだ。》

 

《そうだったのか、親父助かるよ。》

 

《礼など要らん。儂はお前を傷つけすぎた、これくらいで許して貰うつもりもない。だから・・・全てを終えた時に、儂を殺しに来てくれ・・・頼んだぞ。》

 

《お、親父!!》

カルトの叫びの瞬間に伝心は事切れる、マイオス自身が伝心を止めたのか地下に入った事により解除されたのかはわからない。カルトの動揺はかつてなく襲う事であったのは間違いなかった。

 

 

 

伝心を終えたマイオス、地下鉱路に入りその通信は途切れてしまう。

シレジアの山脈には魔法に共鳴する鉱物が多数存在し、魔力が乱共鳴してしまうので鉱内では魔力の使用が禁じられていた。

特に攻撃魔法の類は未熟な者が使用すれば微細なコントロールが出来ずに自身まで被害が及んでしまうので注意が必要であった。

 

「あんた、さっきから何か企んでない?」隣にいたレイミアがその洞察力でマイオスが裏で何かをしている事を示唆する。

 

「・・・久々に魔法が使えるようになったのでな、息子と少し世間話をしただけさ。」

 

「そうかい、私たちの所在を言ったのならその息子が不幸になるだけさ・・・。好きにしな。」追撃してきても彼女達は撃退する自信があるのか、マイオスに対して危害を及ぼす事はなく先へと進む。

 

「私を攫って何をしたいのかわからないが、私は貴様達のいいなりになる事はない。気に入らないならこの場で殺してくれても構わないのだぞ、抵抗はするがな・・・。」

 

「あんたを殺す気はない。黙って付いてきてくれれば何も咎めるつもりもないし、言動も行動も縛りはしない。この言葉の意味を分かっているから黙って付いてきてくれていると解釈しているのだが・・・。」黙秘していたレーガンがマイオスへ警告とも取れる言葉を投げかけた。

 

「理解しているつもりだ、ここで抵抗すればトーヴェに残したきたシレジアの兵士を皆殺しにするつもりだろう。お前達の首謀者にも会うためにも今は黙って付いていく方がメリットがある。」

 

「へえー、あんた幽閉されてたのにあんな連中を庇うんだ。変な男だねえ。」

 

「貴様達に私の身の上を話すつもりはないさ、さっさと依頼主とやらへ連れて行くがいい。」

 

「そうかい。ならさっさと急ぐよ、最短でも半日はかかるからね。」

三人は鉱路の奥へ、闇に溶けていくのであった。

 

 

リューベックではイード方面から次々と現れる傭兵の制圧にベオウルフの傭兵騎団が動くが、流入する数の多さにザクソンまで撤退を許してしまった。

傭兵騎団はアグストリアの激闘で兵団数が減っており、シレジアに渡ってからも大幅な人員の補給はできていない。それに天馬騎士団はトーヴェの陥落を受けてディートバとパメラは山中に潜んでいる可能性もあって捜索を急いでいた、彼らの進行経路を探し出してリューベックとトーヴェへの道を分断する事を急ぐ。後にカルトから地下経路を聞き徒労に終わる事になるのだが・・・。

急遽城の守りから攻勢に出る為、マーニャがザクソンまで出張る事となりベオウルフは戦線をザクソンまで下げる事となったのだ。ザクソンには元々クブリが物資や戦略担当として滞在しているので戦力を立て直して再度リューベック攻略に動く事とした。

 

これで戦線の包囲か出来上がったと思ったレヴィンだったが、カルトが父親から入手した情報より地下鉱路が敵に抑えられた可能性を示唆され驚愕する。

地下を抑えられれば、奴らはシレジア城からセイレーン近くの鉱路から突然現れる可能性がある・・・。戦線包囲は意味を成さなくなり、レヴィンは再度要所への守備を固める配置を余儀なくされていった。

 

セイレーンは徒歩部隊のアーダンとアゼルの魔道士部隊を呼び戻し、シレジアはレヴィンの直轄部隊を城下に配備して外部からの侵入を警戒する事とした。ジャムカはセイレーンとシレジアの境界付近にある川に待機させ、遊撃部隊としての命を与える。

トーヴェとリューベックの攻勢を緩めるわけには行かない。カルトとレヴィンの判断は同じだった、一刻も早くトーヴェを制圧し南の戦線の押し上げが急務として行動する。

 

 

トーヴェにたどり着いたグランベル軍の騎兵を主力としたシグルドとカルトは待ち構えている傭兵達に突撃を始める。城下町前で警戒する傭兵共に切り込むとカルトは城内へ、シグルドは城外で敵兵の殲滅へと分担する。

アグストリアの激戦を経験している彼らにとって傭兵などは烏合の衆と変わりはなく、ほとんど被害を出す事なく制圧していった。

彼らは余所者のならず者、止めをさす事を極力避けるように言われていたグランベル混成軍は彼らを動けない程度に叩き伏せると瞬く間に城下は制圧を終える。場内も多少の金品は奪われた物の、大きな被害はなかった。

場内に滞在していたシレジア所属兵も殆が生存しており、拘束されている程度であった。天馬騎士団トーヴェの分隊長と数人の地位ある者を除いて・・・。

カルトは彼らの遺体を丁重にシレジアに送る様に手配し、トーヴェの状況と情報収集を急いだ。

 

「やはり奴らはトーヴェ陥落は二の次だな、親父をさらう事が目的のようた。」城内に入ってきたシグルド達に伝えるとカルトは唇をかみしめる様に発し、言葉を紡いでいく。

 

「この反乱の当初にかなりの数の難民紛いの傭兵が参加していたのだがこちらの戦力が豊富だったことから撤退していたと思っていた。

入出国が激しくて把握できなかったことも大きな要因だが、それが奴らの狙いで、姿を消したのはトーヴェに攻め込むための準備をしていたんだ。

撤退を装って山脈に点在する地下鉱路に潜り、リューベックからトーヴェまでのルートを見つけ出していたんだ。一年も前からこちらの目をリューベックに向けつつ・・・だ。」カルトは口惜しやと指を噛んで説明を続けていた、シグルドはカルトがここまで出し抜かれている状況に質問をしてしまう。

 

「ここまで狡猾な首謀者がいるというのか、やり口が巧妙すぎる。」

 

「可能性があるとすれば、ダッカー公の配下にドノバンという愚物がいたが計画的でも無ければカリスマ性もない。だが実行力のある奴はドノバンだけだ、誰か奴を扇動しているかも知れない・・・。」

 

「しかしカルト、ドノバンになんのメリットがある。レヴィン王の体制を崩しても自分が王位に就けないし、奴の支持していたダッカーは死んだ筈。」レックスがカルトに質問する、確かに奴には反乱しても得るメリットは少ない様に感じるのは彼だけでは無いだろう。

 

「だからマイオス公を擁立しようとしているんだ、マイオス公が快諾すればダッカーもマイオスもドノバンにとっては似た様な物だろう。甘い汁を吸うという点でな・・・。」納得の回答に一同は沈黙する、そんな中・・・。

 

「カルト公、メリットで言えば何か別の物も感じないか?」カルトの言う発言にシグルドは珍しく口を挟んだ。

 

「?」

 

「奴らは、私達をグランベルへ引き渡す事も視野に入っているのでは無いか?背後にレプトール卿が動いていると考えれば合点が行く様に思える・・・。」

 

「確かに・・・。国内だけではなく、国外からの干渉も視野に入れなければならないな。

休息をとってセイレーンに一度戻る、トーヴェには私の騎馬部隊を残しておこう。おそらくトーヴェはもう今回の軍事的には攻防の対象にならない・・・、それにグランベルの騎馬部隊を残す事はもったい無いからな。」カルトは苦笑いする、自軍の騎馬部隊はグランベルの騎馬部隊からずっと後塵を拝している事は明白であるから故の発言である。

翌日カルト達はトーヴェを後にしセイレーンへ引き返すのだが、このトーヴェに軍を動かせる事もまだ見ぬ首謀者の計画である事をカルトもシグルドも見抜けずにいたのである・・・。

 

 

ザクソンに集合した傭兵騎団と天馬騎士団、それにクブリの魔道士部隊は軍議を終えてリューベック攻略へと開始する。

傭兵騎団は全戦力を従えてベオウルフは進み、天馬騎士団は地下鉱路からの奇襲を考えてディートバはトーヴェ周辺の北部を、パメラにはザクソンからシレジアの南側を警戒に当たらせた。マーニャの提案に2人は異議を唱えるが、彼女はシレジア天馬騎士団の尤もたる権力を持つ人であり最後までその要望を却下する。

 

「あなた達の方がそれぞれの土地を熟知している筈です、出入り口も知っているなら尚のこと適任です。リューベック攻略に参加したい気持ちはわかりますが背後を狙われては前線は満足に戦えません、レヴィン王の為にもお願いします。」マーニャの言葉に2人は従うのである。

 

「マーニャ隊長、必ずまたシレジアで会いましょう。ご武運を!」パメラは飛び立ち、マーニャもまた頷く。

 

「今度こそ、あのフォーメーションアタックを完成させましょう。」ディートバも北への進軍にマーニャへ無事帰還する事への祈りを捧げた。去り際にベオウルフへ視線を送り、ベオウルフは右手で胸を差して合図する。

《俺の心は常に君とある・・・。》

彼女に送った言葉であり彼の信念であった、ディートバは顔を赤らめながら北の空へと部下を連れて飛び立つ。

残されたベオウルフとマーニャ、パメラは団結しリューベックへと向かいだす。

騎馬の機動力に、空から天馬騎士団、後方から魔法攻撃と強力な部隊となったザクソンの部隊はリューベックの傭兵達はここで殲滅できる、彼らは疑う事はなかった・・・。

 

だが、翌日には全てが一転する信じられない事態が次々と沸き起こってくる事を知らないでいた。運命の扉は確かにアグストリアで違う形となった、しかし歪んだ運命は急速に戻ろうとしている事に気付いたのは現時点ではクロードのみである。クロードはクブリの部隊に着き、その運命の変化を見定めんとしている。彼は未だ祈りを捧げてその答えを見出さんとする、パメラは微笑んでクロードを心の中でエールを送っていた。

 

徐々に近づくシレジアの冬・・・、シレジアが雪景色に変わるその頃にはグランベル軍の女性陣は出産を迎える頃である。セイレーンでは臨月を迎えた彼女達は夫の無事の帰りを待ちわびつつ、産まれてくる子供達に希望を求めているのであった。




マイオス
バロンマージ
LV 22

HP/MP 65/60
力 14
魔力 15 + 5
技 14
速 17
運 10
防 12 + 5
魔防 10

スキル 連続

ウインド
エルウインド
トルネード
ブリザード(シレジア内のみ使用可能)

ライブ
リライブ
ワープ

白銀の剣
マジックリング
シールドリング

カルトの父親、前国王の末弟であるが聖痕は現われず劣等感に苛まれる。それでも若き時のマイオスは努力を惜しまない好青年であったそうだ・・・。
妻のセーラは聖痕を隠し持ち、子供のカルトへ自身の血と共に継承された。その事で劣等感は更に増して嫌悪と憎悪を抱くようになり、妻と子供を辛辣に扱って家庭を崩壊させていった。
先の内乱でカルトに諭され、人格を取り戻していくうちにカルトに処断されたいと願うようになる。

長男のカルトを筆頭に彼には母親違いの弟、妹が多数存在する。

スキル、能力は平凡・・・。シレジアで取れる金属、宝石を装備する事で体面を守るのに精一杯のご様子。


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ジレジアの秘術

長い地下鉱路を抜けた時、外は朝日がまだ出ぬ早朝であった。マイオスを含む三人はそのまま休憩を取ることもなくリューベックへ到着する。

リューベックはすぐ南にイード砂漠が口を開け、東は空白の草原地帯がありイザークへ抜ける事が出来る国境地点。この街は検問も兼ねたシレジアの玄関口でもあるが今や他国の難民と傭兵が闊歩する無法者の集まりと化していた。

マイオスは溜息をついてその惨状に嫌悪感を覚える。他国に蹂躙された事など建国以来一度も無かったシレジアが、こうも簡単に崩れ去る事はマイオスにとって我慢が出来ないものであった・・・。

 

堪え難い苦痛を覚えながらマイオスはリューベックの砦に通される、つい先日まではシレジア軍が所属していたのだが彼らに制圧されて廃れてしまい、無残な変貌を遂げていた。

質素であるが最低限の迎賓を招くように設置されたこの砦は価値のあるものは既に持ち出されており、無機質な物へと変化していた。

歩く連中は兵士としての教養などとは程遠いならず者が歩く姿に一際怒りを覚える・・・。

 

「あんた、妙な事を考えないでおくれよ。とっさに斬り殺してしまったら依頼主から報酬くれなくなるからね。」レイミアは腰の黒い剣を数センチ程抜いて警戒する。

 

「なら、お前達が報酬をもらってから考えよう。」

 

「そりゃいい!その時は雇ってくれたら代わりに私が殺してあげるよ。」レイミアの常識破りの発言に隣のレーガンはたまらず戒める。

 

「レイミア、少し黙ってろ。もうすぐドノバン将軍の部屋だ。

・・・俺たちの依頼はあんたをここまで連れて行く事、そしてザクソンからくるシレジア軍の防衛だ。あんたと将軍とのやり取りは仕事に含まれないが将軍をやられたら俺たちは報酬の貰い損ねになる、それだけは注意しておく事だ。」

 

「つまりは依頼主を殺すな、ということか。・・・いいだろう、従ってやる。」マイオスの同意をとったレーガンは大広間を抜けて依頼主のいる居住区に入る。そこから先は以前の砦の様相はそのままに調度品が立ち並び、依頼主の正規兵が行き来していた。正規兵とレイミア達と確執があるのか、一瞥して彼等の動向を見つめている。2人は一向に気にする素振りはなくそのまま悠々と依頼主のいる部屋の前に向かった。歩哨兵の立つ一室でマイオス達を見るや、1人の兵士が中に入る。おそらく依頼主への報告だろう、三人は部屋前に立つなり中へ通された。

 

中には一人の男がいた。執政官や軍人とは程遠く、一目見ると山賊か外のならず者と変わらない悪人顔がそこにあった。違いといえば着ている軍服ぐらいだろう・・・。初見であればいささか動揺したと思われるが、何度か顔を合わせた事があるのでそれは避けられた。

 

「やはり貴殿であったか、ドノバン将軍。」マイオスは予想出来ていた人物に語りかける。

 

「マイオス王弟!助けが遅れまして申し訳有りません。覚えてくださいまして光栄の極みでございます。」ドノバンはマイオスの前で膝まづくと世辞を並べ立てる。

 

「助け、だと?儂はそのような事を貴殿にお願いした事はない、一体何を考えているのだ?」マイオスの言葉は拒否からくるものではない。こちらの言い分を聞いてくれる態度にドノバンは一つ障害がクリアされたとして安堵する、マイオスはその逃げ場を作りドノバンを饒舌にする為に仕向けたのである。マイオス策略にとなりのレーガンは逃す事は無い、気づいていないのは無能のドノバンただ一人であった。

 

「私の主人であるダッカー様の意思を継いでの事です。生前ダッカー様はマイオス王弟を高く評価されており、自分が王位に就いてもマイオス王弟を片腕に欲しいとまで仰っておられてました。

残念ながらダッカー様はレヴィン王の謀略により討たれてしまい、私もこの国を去ろうとしたのですが、ここで私が去ればダッカー様は無駄死にになってしまいます。

私はダッカー様の言われておりましたマイオス様を助け出してこの国の為に、まだ執政の事を知らぬレヴィン王の愚策で滅びる前にマイオス王弟に全てを賭ける決心をしたのです!」ドノバンの作られた言葉を聞いてマイオスは辟易する。この男は教養の一つもない愚物、口調もこのような礼儀作法の言葉では無い。作られた手順書に沿う演説程心に響く事はない、マイオスは冷たい目でドノバンを見て心の中で侮蔑した。

 

「ドノバン将軍、貴殿の言いたい事はわかった。しかし私はその提案を受けるつもりはない。

むしろ将軍のやり方には些か不満があるくらいだ。

儂は他国から干渉されて擁立する王国に興味はない、これでシレジアの王となった所で傀儡の執政者に成り下がってしまうではないか?」

 

「彼等はイザークで行き場を無くして国を追われた者達です、彼等には住む場所を提供する見返りに傭兵として擁立する事は他国の干渉では有りません。」

 

「それでも儂は自分たちの国の事は自分達の手で掴みたいのだ、将軍や兄上の目指す王政の在り方とは違うと思っているよ。」マイオスはドノバンに拒否する事で彼の出方を待つ事にした。

 

「・・・軍の全てをレヴィン王に掌握されました、私達はもうダッカー様の持つかつてのパイプを使って援軍を貰わなければ太刀打ち出来ません。マイオス王弟ならどの様な手を考えられるのですか、この状況を覆す自国だけの手段はあると言うのですか?」

 

「そんな物は儂にもないさ、だから二年以上もトーヴェで何もせずに暮らしていた。

将軍、兄上を討たれて手段がない事はわかる。だが他の天馬騎士団の様にレヴィン王の元へなぜ戻らなかったのだ、レヴィン王は袂をわかった全ての者を受け入れると表明したではないか?」

 

「・・・私の様に魔法も使えず、空も飛べない者達はこの国での扱いは知ってますよね?将軍という要職を得ても待遇は無いにも等しい、天馬騎士団の四人にも魔道士のクブリとは天地ほど違いがあるのです。

・・・私がシレジアに帰属しても何一つ得られるものはない、だからこそダッカー様が私には必要だったのだ。あの方も聖痕が現れずに淘汰されたお方、私とは通じる物があったのだ!」徐々に口調が崩れてきたドノバンを見て本質を掴むマイオス、彼のいう事も分からなくはないが手段はやはりお粗末さを感じ、さらに落胆の色を含ませた。

 

「儂も聖痕はない、儂の息子にも出現したのにな・・・。

それが元で内乱を起こそうとしていた儂は、今となっては全てが虚しい。それでもまだ気づけただけでも良しとしているつもりだ。

将軍、ここらで終わりにしないか?あんたの身柄は儂の命に代えても保証する。・・・今なら引き返せるやもしれん。」マイオスの言葉に将軍はわなわなと肩を震わせる、それは怒りからくるものなのか落胆からくるものかは判別できない。彼は俯いたままでその表情を表に出さなかった。そしてひと時を置いて彼はマイオスに摑みかかる。

 

「なぜだ!なぜそこまで貴方は落ちてしまったのだ!!正当な後継者の一言で自分の息子に近い男にいい様にされて黙ってられるんだ、誇りはないのか!今一度シレジアの王につきたいと思わないのか!!」

 

「儂はその野心の為に大事な物を失っていた事に気付き、全てが虚しく感じた。今は息子の恨みを受け止めて殺される時を待つ事が唯一の生き甲斐だ。だから、儂に無駄な期待はよすのだな。」マイオスはそういうと、ドノバンはその場で崩れ落ちた。彼にとってマイオスをこの軍のトップに立ってくれる事を疑ってもいなかったのだろう、その計画の頓挫に酷く打ちのめされのだ。

 

「将軍、貴方一人でここまでこの反乱を成功させたわけではないのだろう。誰の言葉に従ってここまでの計画を作ったのだ。」ドノバンはその言葉にびくりとする、マイオスの顔を見上げて看破されている事に一際驚いていた。

 

「やはり、そうだったか・・・。さあ、一体何を考えている。次は私の質問に答えて・・・!」マイオスがドノバンに詰め寄る時、背後よりマイオスの両の手を掴み拘束した。

 

「レーガン、といったな・・・。どういうつもりだ?」

 

「・・・依頼主の指示だ。」

 

「!依頼主は将軍ではないのか。」

 

「それは思い込みだ、私の言葉の中にドノバン将軍を依頼主といったか?」マイオスは思考の中でレーガンとのやりとりを思い出すが、確かにドノバンを依頼主といった事は無かった。

 

「貴様達は、一体誰の指示で動いている!」

 

「・・・仕事上依頼主を明かす事はしない主義だが今回は別だ・・・、その方はとっくにきているぞ。」レーガンはマイオスの身体ごとを回して背後にいる彼等の本当の依頼主に引きあわせる、マイオスの背後にその依頼主は佇んでいたのであった。

 

 

 

 

 

リューベック城下町から東へ5キロ辺りで、ベオウルフとマーニャに加えてシレジア魔道士も加わった部隊はイザークの残党で結成された剣士からオーガヒルのならず者で構成された部隊とぶつかり合う。

そんな烏合の集に混じって強力な部隊のレイミア隊は少数ながら手強い存在であった、ベオウルフの部隊ですら制圧できなかった部隊に警戒しながら戦う。

 

クブリは先手必勝とばかりにドラゴンナイトの竜すらも屠ったトルネードで前線を崩壊させ、直後にマーニャの天馬部隊が空襲する。

弓兵がすぐ様後方から飛び出してくるが、地上をかけるベオウルフの騎馬部隊がすぐ様突貫して弓兵を斬りふせる。

 

「隊長!!さらに後方から弓兵が!」

 

「わかってる!任せろ!!」ベオウルフは普段使っている大剣を背中に戻すと腰にある剣を高々く掲げる。すると剣先から眩い光が放たれると後方の弓兵に雷が鳴り炸裂した、後方の魔道部隊より届かない場所と思っていた連中は慌てふためいてさらに後退していく。

 

「凄い!隊長は魔法が使えたのですか?」

 

「んな訳あるか、あったらお前達とつるんでないさ。これは戦利品だ。」鞘に戻して再び大剣に持ち替えた。

いかづちの剣は元々、アグストリアのマディノでエルトシャンに雇われた剣士でジャコバンの持ち物であった。カルトに要らぬ挑発をした為に、最後は至近距離で魔法を食らって絶命した男である。

その男の備品にベオウルフは失敬した形となる・・・、隊員から冷たい目を向けられた。

 

「そんな目で見るな・・・、それよりも俺たちも続くぞ!!」ベオウルフはバツが悪いとばかりに前進した戦線に馬を駆ける、間接攻撃を手に入れたベオウルフはさらに躍進していくのである。

 

 

「ベオウルフ隊が弓兵を抑えてくれているわ、今よ!!」マーニャ隊は弓兵の回避に上空は飛ばずに高度をギリギリまで落として旋回するように動いていた。高く上空にいるよりは狙いが定めにくいし遮蔽物をうまく使えばやり過ごしやすい、マーニャの考案した作戦でまだ射落とされた者はいなかった。

マーニャ隊は手槍を引き抜くとベオウルフ隊が苦戦している剣士に投げつけて牽制していく・・・。

 

「さあ、準備は整いました。皆さん、行きますよ!」

クブリの号令で一気に魔道士隊は魔力を解き放つ、わずか20名だが魔力を共鳴させて一つの大魔法を撃ち放つ。

 

「ブリザード!」一斉に同じ所作から放たれた大魔法は敵陣広範囲に吹雪を起こそうと言うのだ。

あらかじめマーニャとベオウルフにその事は説明し、防寒着を準備させてある。彼らは魔法範囲から逃れるように一度後退するがそれでも範囲に入ってしまう事を考慮に入れての判断だった。

魔力により大気の圧力を一気に下げ、辺りから雨雲をかき集める。気圧を下げる事でトルネードに近い事象が発生するが魔力でコントロールしてその風の冷却作用を使用、雨雲から氷雪を作り出すと一気に風のコントロールをやめて暴風を作り出すシレジアの秘術。

 

かつてこの国を外敵から守る為に風使いセティが『凍てつく秘術』を使ってシレジアは他の国とは違う気候を作り出し、一年の半分を雪に覆われた極寒の地へと変貌させた。

しかしそれでもその短い時を狙ってこの国を狙うものは少なからず存在する、それを排斥する為の魔法がこの遠距離魔法のブリザードである。

他の国よりも魔法で大気圧を低下させやすい、この国だけの特殊魔法である。セティの大いなる遺産は確かにこの一世紀ジレジアを外敵から守り続けており、この度の戦いにおいても決め手となった。

暴風が氷雪を伴い、防寒具に身体を包んでいない彼らの体温を容赦なく奪っていく。その凄まじさに戦闘は止み、風が身体の自由を奪われてその場でうずくまる事しかできない。

 

「ジレジアの大いなる魔法か、今までどの国も侵略できない筈だ。」ベオウルフは防寒着を着込んでもなお身体の芯まで冷えていく感覚に戦慄する、戦いを求めて各地を転々としている傭兵騎団でもジレジアには訪問した事はない。それはこの国が傭兵騎団を必要と考える事も、攻め込まれて要請する必要もないからだろう。

彼の言葉を聞いていたマーニャはふっと笑う。

 

「ここは天駆ける馬と風を守護する魔道士が守る国、簡単にはこの国を攻略する事は出来ないわ。」

 

「確かに・・・、一歩間違えていたら俺たちもあちら側にいたかも知れねえ。ぞっとしている。」ベオウルフは身を震わせながらマーニャの言葉に相槌を打つ。

 

「よかったですね、こちら側で・・・。それに、うちの女の子とまで仲良くなれる事が出来たのですから。」

 

「!ディーとの事知ってたのか・・・。」

 

「あら、ディーっていう娘なの?可愛らしい名前ね・・・。それとも愛称なのかしら?」マーニャの言葉に翻弄されたベオウルフは動揺する、その会話を聞いていた傭兵騎団の方々より非難の声が広がった。マーニャの目は優しくしているが、その涼しい目はベオウルフを捉えて離さない。

 

「〜〜〜〜!」声なき非難をマーニャにぶつけたかったがベオウルフは心の声が警戒を発する、マーニャは再び発するまで黙っていた方が得策と本能が感じる。

 

「私とクロード様の事を言ったのは、貴方ですよね?ベオウルフ様・・・。」

 

「おっ!おい・・・、こんな時にそんな事を・・・。」

 

「あなたですよね?ベオウルフ様?」マーニャの表情は穏やかなままで、口調も普段と全く同じである。その恐ろしさにベオウルフはさらに寒気を覚える、まるで防寒具など役に立たない。

 

「申し訳ない!まさかあんなに広がるとは思ってもなかった。あんなに尾ひれがついてジレジアの女中全員に広がるなどとは・・・。」

 

「ジレジアには冬になると必ず流行る病があります。女中の噂はその病よりも伝染が早いのですよ、口にお気をつけあそばせ・・・。」徐々にブリザードの魔法が解け出し、視界が徐々に晴れてくるタイミングを見て去り際の一言がベオウルフの精神をさらに蝕んだ。先程まで非難されていた騎団の者達は、別の意味でベオウルフを非難する事をやめたのである。

ブリザードを受けた、傭兵達は吹雪で動けない大半を残して本隊はリューベック内へと敗走し、城内戦へと突入していく・・・。



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豹変

年末から更新できずすみませんでした!

改めましてあけましておめでとうございます。
4月までお仕事上、忙しい時期で更新が遅れると思いますがよろしくお願いします。



風使いセティが聖戦から生還し、祖国を復興させる始まりの地が生家のあった地域・・・それが今のジレジア城であった。

風使いセティはその地より外敵を駆逐せんと自身の弟子達と共に立ち上がり、その勢力に賛同した同士を少しづつ得ながら当時幅を利かせていた海賊や山賊、盗賊を一掃していく。

しかし、ある一定の所で賊を根絶できない事に部隊は気付く・・・。

山賊は山の深い所に逃げ込まれ、海賊は船で沖に出てしまい、盗賊は町中に溶け込まれてしまう・・・。

魔道士達では限界に来ていた。それに今後他国に攻め込まれれば、力の弱い魔道士を中心としたセティとその弟子達は一溜まりもない。

聖戦を経験したセティは、魔道士を守る強力な前衛が必要と感じた。それも他国で使う騎馬ではジレジアの厳しい山中や海上では役に立たない、ジレジアの地形にも負けない独自の機動力のある戦力を求めた。

 

そんな中で、苦悩で喘いでいたセティを救ったのが後に妻となる女性であった。彼女はセティの魔道士達の中にいた一人のプリーストだったが、セティの心中を察して一人シレジアの森深くに住む天馬を手懐けようと考えたのだ・・・。

天馬に乗った騎士・・・。それが出来ればシレジアの厳しい地形を物ともせず空から敵を捕捉できる、彼女の考えは的確であったが誰一人として賛同する者はいなかった。

その様な前例のない事に、馬鹿げた絵空事と一蹴しただけであった。

それでも彼女はセティの為に行動する。武力も持たない非力な女性がシレジア深くの森を進み、天馬と心を通わせて戻って来たのだ。

彼女がセティの元から離れて一年と半年・・・。同士は皆彼女は死んだ物と思っていたのだが、天馬を連れて戻ってきた彼女は凛々しさを讃えていたそうであった。

この事を切っ掛けに時間をかけて天馬を手懐けていく彼女、その天馬を乗りこなす乙女達により天馬騎士団は発足する。初めはたった四頭の小さな騎士団であったが、時間をかけて繁殖する術を得て大きく膨れ上がる。

ジレジアが国として制定した時には200の天馬騎士団となったそうだ。彼女の功績によりジレジアが安定したといっていいだろう、その彼女は初代国王の妻となりシレジアの系譜が始まっていき当代のレヴィンへと受け継がれていった。

レヴィンはシレジアに掛けられた一枚の絵画を眺めていた。早朝曇天の空、真っ白の天馬に乗った彼女を仰ぎ見るセティの絵画・・・。

所々から朝日が曇り空の合間から差し込む光が希望、天馬に乗った彼女は愛、天に祈る様に見るセティの突き上げる右手が勇気と言われている。

 

「こちらにいらしたのですか?」レヴィンに声をかけるフュリーに振り返り笑顔を見せる。

 

「ああ、出立前にこの絵を見ておきたくなってな・・・。」

 

「いつ見ても素晴らしい絵ですね、セティ様の希望に満ちた顔に勇気を与えてくれます。」

 

「フュリーはこの絵をそう捉えるか・・・、私はこの絵の主たる者はセティ夫人だと思っている。セティこそ絵の真ん中にいて夫人は遠い空に見える小さな天馬になるが、この絵の希望は彼女にあると思っている。

この国はセティが愛して興した地であるが彼一人の功績ではない、彼を支えて来た者を象徴するような絵と感じないだろうか?」レヴィンは振り返ってフュリーに語りかける。

フュリーはその言葉を聞いて再度絵を見るとまた違った印象に感慨深さを覚える、彼女のセティへの想いが溢れ出るように感じる。

二人は無言で暫く絵を見ていたがレヴィンは動き出す、賢者のローブを羽織り側にあった聖杖と魔道書を持ち準備に入る。

 

「お気をつけて下さいませ。」フュリーの声にレヴィンは優しく笑う、心配するなと言うような表情である。

 

「わが国には優秀な人材が多い、俺が行くほどではないがカルトがここで士気をを上げるためにも発破かけに来いと言うものでな。ちょっと様子を見に行くだけさ、終われば戻ってくるさ。」

 

「ええ、わかっております。」フュリーは自分に気遣うものとすぐに理解する、それでも彼女はレヴィンの言う言葉を信じる事が務めと戒めこれ以上発言することはなかった。

レヴィンと少数の魔法戦士と共にザクソンへ転移するのであった。

 

 

 

傭兵供を一掃したベオウルフの傭兵騎団とシレジアの天馬部隊に魔道士部隊は再びリューベックを制圧すべくそのまま進軍する。

増援で地下坑道からいくばくかの部隊か現れるがディートバとパメラの部隊が交戦して制圧していく、周辺を抑えながらリューベックへと到着した一団はすぐさま要塞町へとなだれ込んだ。

先程の敗戦でかなりの戦力が失われたのか、街中では抵抗をする様子がなく砦の手前まで辿り着いた。

 

「いくら先程の敗戦があったとしても動かなさすぎるな・・・。」ベオウルフは呟く、それは隣にいたアイラも同じであった。無言で頷いて同意する。早速門の閂を破ろうと準備していた時、砦の櫓から一人の男が姿を現わした。

前衛はすぐさま矢に対する警戒をするがその様子は無い。彼は右手にシレジアの手旗を振り交渉を示す態度を取っているのだ、ベオウルフは何を今更と鼻を鳴らして胡散臭く見据えた。

 

「儂はマイオスである。」この一言に一軍は凍りつく、ベオウルフ達は強制的にその男の話を聞かざるを得なくなり攻略は中断された。

この前衛にマイオスの顔が割れている者はいない、裏を取るにもどうしようもなかった。彼の続く話を聞くしかなかった。

 

「儂は今のシレジアの体たらくに再び抵抗する事を決めた。レヴィン王も政策の失敗をこれ以上を続ければ他国に侵略される事は明白である。大国グランベルと協定を結んだまではいい結果であったが、それ以降は協定国を裏切る結果を出し、国内はおろか国外にまで混乱を招く結果となった。

その責においてレヴィン王の退任を要求する。」

マイオスの発言にシレジア軍は色めき立つ・・・、穏健となったマイオスの突然の造反に対処する術を持つ立場の者はここにはおらず混乱を極める。

マイオスの宣言に誰一人声をあげる者はいない、マイオスは櫓から立ち去ろうとした時にようやく声をあげる者がいた。

 

「マイオス様!私です!」

魔道士隊を指揮するクブリが前へ歩み、高みから見下ろすマイオスに叫んだ。退場するマイオスの足が止まりクブリを見据える、その目は静かで乱心された様子はなかった。

 

「なぜです!マイオス様はレヴィン王とカルト様の新たな執政者の行く末を見守るとおっしゃっていたではないですか!

なぜ今になってこんな動乱に手を貸したのです、また以前のマイオス様へお戻り下さい。」クブリの懇願にもマイオスの表情に変化がない、その視線は自分に向いているのだろうか?とクブリは思いたくなるくらいに温度がない。まるで街中にいる多数の中の一人の他人を見つめているかのように無頓着で、無関心である。

 

一時の間を置いて再びマイオスは櫓から退席を始める、クブリの言葉を聞かなかったかのような振る舞いにクブリは愕然とする。

(マイオス様ではない、断じてあの方はマイオス様ではない・・・。)自失するかのように呆然となるクブリをシルヴィアは支えた、クブリは彼女を見ると無言で微笑む。

 

「何を呆けている!敵対を表明したんだ!!突撃だ!!」ベオウルフの怒号に再び閂を破壊する行動をとる。

 

「引いてください!魔法で破ります!!」クブリは聖杖を構えた。

 

「カッカするな!お前たちはさっき大魔法を使っただろ、ここは焦らずに俺たちに任せるんだ。」ベオウルフはクブリをたしなめる。

 

「マーニャさんも、飛べるからって先走らないでくれよ。やつらの内部の戦力はわからないだからな。」

 

「自重しているつもりよ。」マーニャは険しい顔をして答える。彼女はマイオスを処断する側にいた筆頭人物、再びマイオスによる新たな火種に苛立ちを隠せないでいるようであった。

 

 

 

「マイオス様、そろそろ閂が破られる頃です。下がって下さい。」リズムよく扉に打ち付けられる丸太の音にドノバンはマイオスに告げる。閂はすでに変形しており開門寸前である、内部から重量物を並べて人夫で持って押さえつけているような状態・・・。おそらく10分と持たないだろう、マイオスはそれでも腕組みをしており焦る様子もなくただその目は虚空を見つめるが如く心はここにない状態のようであった。

 

「必要ない・・・、儂がやつら雑兵如きに打ち取られるとでも・・・。」マイオスはドノバン将軍を一瞥する、その視線だけで心が凍りつくような感覚にドノバンは萎縮してしまう。

 

「しかし、如何にマイオス様がお強くてもこのままでは逃げ道はありません。先程の先頭で我らの主力が壊滅した以上ここにではなく廃坑へ逃げるなどした方が良かったのでは・・・。」

 

「馬鹿を言え、またあの穴倉で時を待てと・・・。この手はもう読まれている、逃げても追撃されて全滅するだけだ。」

 

「では、どうなさるというのですか!あなたの言う通りみなここで逃げなかった事でこうなったのですぞ!」

 

「手は打ってある、心配せずにその時まで時間を稼げ・・・。儂が何のためにあんな三文芝居を打ってまでやつらの気を引いたのか考えてみろ。」マイオスは手をかざして風魔法を扉に与え、風圧でその扉を締め付ける。

 

それでも扉は刻一刻と疲労していき開門の時が迫る、マイオスはそれを冷ややかに見据えながら魔法を加えて時間を作る。ドノバンは取り乱して辺りの人夫に精神論を唱えて扉を守るように叫んでいた。

この扉が開いた時、この国の運命は悪魔がダイスを振るかの如く翻弄されていく・・・。マイオスはその時が訪れる事だけを楽しみにしているのであった。

 

 

 

 

「退却!退却だ!!」セイレーンの港は混乱していた。警備に当たっていたセイレーンの衛兵達は突然現れた二艘の船によって壊滅の被害にあっていたのだ。カタパルトを打ち込んで船に応戦するが、辺りから立ち込める邪気に衛兵達は抵抗できずに倒れていく・・・。そして時折打ち出される暗黒の矢に撃ち抜かれた。

瞬く間に船はセイレーンの港に寄港すると船からはオーガヒルの残党が暴れ出し、もう一艘からは黒いローブに覆われた魔道士が3人降り立った。

 

「くくく、我らが手を貸せば奴ら悲願のセイレーン上陸も容易い事が理解できたようだな。」

 

「好きなだけ暴れてもらおう。我らには大事な仕事がある、ぬかるでないぞ。」

 

「散開して城を目指す。」三人は再び闇に溶け込み、騒乱に紛れていく・・・。

 

セイレーンの港を制圧されついに町を犠牲に戦闘が始まった。アゼルの魔道士部隊がアーダンより先に帰還した為、すぐ様応戦に入る。

アゼルは帰還の無事をティルテュに報告したばかり、ティルテュの心配を笑顔で対応して戦場にトンボ帰りする。

 

オーガヒルの残党を火炎魔法で葬り城への侵入を阻む、街に火を放とうとしている連中は手に油を持っているので魔法は使えない。アゼルは細身の剣を抜いて対応する。

 

海賊は鉄の斧を振りかざすとアゼルに猛進する。アゼルはまだ剣には自信がない、その心を見透かされたのか海賊は笑みを浮かべていた。

しかしその海賊の穴はアゼルには届かない、背後に追いついたアーダンの手槍の一閃が海賊の腹部を貫いていた。

 

「アゼル殿、無理は禁物です。力仕事は私にお任せ下さい。」

 

「アーダン!君がいると守りは安心できるよ。」

 

「もうじきシグルド様とカルト殿がこちらに到着する、それまでは城は死守しましょうぞ。」

 

「そうたね、僕は港に行きます。アーダンは町をお願いします。」アーダンはフルフェイスの兜をかぶると無言の合図を送り、戦場に戻っていく。彼は常に進撃戦では重装歩兵故に前線には来ないが、死守戦となると無類の強さを発揮する。レックスすらその硬さと怪力には一目置いていた。

彼は襲い来る海賊の重量のある斧の一撃を大楯で捌き、はじき返し、手に持つ大剣と背中に吊るした手槍を器用に使い分けながら制圧範囲を広げていった。将軍が先陣を切ってすすむアーダンは部下からの信頼が厚い、彼の広げた範囲に部下達は絶対に譲らない事で上下関係が築かれてきたのである。

 

町で暴れていた海賊達は次第にアーダン達が鎮圧していく中、アーダンに狙いを定めた剣士がいた。暗い路地から見つめる眼は狂気に包まれており、表情は読めないが明らかに笑顔であった。

 

「いい男がいたわあ、あれをやれたら私はもう一つ高みへ昇れそうね

。」闇に溶けるような黒い剣を無音で抜くと一気にアーダンは走り出るがアーダンはすぐには気付かない、その足音は盗賊のように無音であった。

アーダンは狂気のような殺気に反応し手槍を抜いて旋回する。剣士は穂先を跳躍で躱しながら黒い剣を後頭部へと見舞った、アーダンはその一撃を受けて兜は後方へ飛び素顔を晒す。

 

「なんだ貴様は!」

「将軍!ご無事ですか!?」

アーダンは手を上げて部下を止める、この剣士に飛び込めば被害が多数出る事を察知しての判断だった。

 

「あら、いい男じゃない?好みだわ〜。」背後の姿を見せつつ振り返った剣士は櫛に一度も梳かした事がないような艶のない髪を振り回して、アーダンに挑発する。

 

「俺はシアルフィの将軍、アーダンだ。名を名乗ってもらおう。」

 

「あたしはレイミア、地獄のレイミアよ・・・。」レイミアの名はグランベルにも知れ渡っている、その逸話に重装歩兵団は騒然とした。

アーダンはその言葉が真実である事が先程の攻防で理解する、手槍を構えてレイミアに対峙する。

 

「今のは不意打ちだったからね、よかったら兜をかぶる時間くらいはあげるよ。」

 

「気遣い不要、あの動きを捉えるのに兜は邪魔だ。」

 

「ますます惚れたよ。あんた、私に勝ったらなんでも言うこと聞いてあげるよ。」

 

「なら、妻になってもらう。」レイミアの挑発的な口調にアーダンの表情は崩れない、彼の精神力は体力同様に強大であった。

いつもの所作を崩すことなく手槍を構えてレイミアへジリジリと詰め寄る、レイミアは一度冷笑するとその場から一気に初速を最大速度へ変換して突き出した。

アーダンはすぐさま反応し、大楯で器用に剣先をいなすように軌道を変え手槍の一閃を繰り出す。

 

「!!」鋭い横薙ぎの一撃を髪は掠めて抜け落ちる、まさか自身の初速を目で追い切り反撃するとは思わなかった。鈍重な鎧に自信を持ち、防御しない重装歩兵がいる中でアーダンは丁寧な対応をした事に驚いた。それ以上にその動体視力に感心するのであった。

レイミアは再度距離を取って構え直す。

 

「本当にいい男だね、あんた・・・。」レイミアの冷笑から真剣な顔に豹変し、先程までの狂気や殺気が闘気へと変換されていった。辺りにいる部下はアーダンに加勢する事はなく二人の戦いに魅入ってしまう、一対一で戦う場では無いはずなのに二人の空間に立ち入る事は許されないように感じており立ち竦んでいた。

 

(それでいい。お前たち、間違っても奴の間合いには入るなよ。)

アーダンは無言のサインを送り続けた、レイミアの黒い剣はさらに黒くなるような感覚にアーダンは死闘を覚悟するのであった。




レイミア

LV 25
力 19
魔力 2
技 22
速 22
運 12
防 14
魔防 5

黒曜石の剣
威力 10
命中 70
重さ 5
特殊能力あり

地獄のレイミアの異名を持つ剣士、アイラから見ると彼女の出身はイザークらしい。本人も否定していないのであたっているのだろう。
長年勝ち負けの知れない戦場においても生き残っていくうちに恐れられて使われている地獄のレイミアの名を大層気に入っている。
死と隣り合わせの生き様により人格はすっかり退廃しているが、彼女の心中は自身の持つ剣の様に黒く塗りつぶされている。

相棒のレーガンとは恋人の様であり、夜の友でもあり、時には敵対した事もあったと言われている。


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黒曜石の剣

レイミアの神速多発の剣技にアーダンは耐え抜いていた。どれだけ手数で翻弄されようとも、あからさまな挑発にも焦る事なくレイミアを見据える。鎧には多数の傷を作り、いくつかの攻撃が鎧の関節部を突き通してアーダンに苦痛を与えていた。

時折鎧の中を通す様に苦痛に喘ぐ声を聞こえない様にあげるが彼は歯を食いしばってそれに耐える。見えないだろうが鎧の中は自身の血糊があちこちで張り付いて不快感を生んだ、それでも彼は無理に攻勢に出ず出方を待ち続けた。

すでにこの決闘方式の戦いは20分を超えていた、それは達人同士による戦いではあるだろうが戦場においては考えられない事である。

約束された完全な一対一ではない、何処で伏兵が攻撃を加えるかもしれないこの場においては早急に相手を倒さなければならないのだ。

それなのにアーダンは持久戦を選び、体力と精神力の勝負に持ち込む。

 

レイミアが距離を取るとアーダンは前進を始めてレイミアに心肺への負担を強いる。アーダンもその苦しさは同様、いや重量がある分負担はアーダンの方が大きいだろう。それでも彼は荒い息を整える事なく愚鈍にも、実直にも歩みを止めない。

 

「なんて奴だ・・・、苦しくないのかい?あんたっ・・・。」レイミアにも余裕はない、全てを話す事はできず呼吸を優先させる。アーダンはにっ、と笑うと手槍を旋回させてレイミアへ振り下ろす。レイミアは横へステップすると袈裟懸けにアーダンへ打ちおろす。

アーダンは大盾でガードすると、力でレイミアを押し返して再び槍を振り払う。

 

「苦しいさ、今にも酸欠で意識が飛ばされそうだ。だがなあ、あんたをここで止めなければシアルフィはおろかシレジア軍にも多数の死者が出るだろう。シグルド様の冤罪を証明するためにも、ここで無用な死者を出す訳には行かぬのだ!

レイミア、剣を捨てて引け!この戦場に地獄は・・・要らぬ!!」

手槍の石突きを石道に叩きつけると最大限の声量でレイミアの心に叩きつける、闘気と相まってその怒号はレイミアの心に刻まれたのだ。

 

「・・・アーダン、と言ったね?あんたの名前。その覚悟立派なものだよ・・・。私も欲しかったねえ、覚悟が人を強くさせるなんてあたしには無縁だったからさ。私は生きる為だけに剣を握って人を殺し続けていただけだった。」鉛色の空を見上げて彼女は悲しげに吐いた、荒れた吐息と共に・・・。

 

「これでは勝てないか・・・、あたしの負け・・・。」

 

「撃って来い!」レイミアの言葉を遮る様にアーダンは叫ぶ。

 

「お前の剣士としての覚悟で今から生まれ変わって撃って来い!お前が撃つまで、俺は待つ!!」

 

「しょ、将軍!!」部下のその声は悲鳴に近かった、せっかく持久戦でレイミアを追い詰めたのにアーダンは満を時するのを待つというのだ。今まで苦労したアーダンの努力は自ら水泡に帰したのである。

 

「さあ、来い!!俺の覚悟を超えてみろ!」アーダンは槍から大剣に持ち替えるとレイミアを逆に挑発する。

レイミアは呼吸を整えると、一度後転宙返りをして距離を取る。眼は閉じており心身の充実を待つ。

レイミアは呼吸法で荒く上下する肩がみるみるうちに穏やかになった、そして黒の剣をその場で突然振り払った。

空を切る音と共に一足遅れてレイミアの髪が舞う、骨盤近くまであった艶のない髪を肩辺りでバッサリと切り落としたのだ。シレジアの冷たい風により四散する黒髪、そして彼女に宿る眼の瞳は狂気ではなく剣士としての高みを目指す眼を宿していた。狂気と殺気混じりの闘気は純然たる闘気へと昇華していく。その姿にアーダンは一つ笑みを浮かべる、厳つい顔のアーダンであるがその柔らかな笑みは部下達の心を打った。

 

(シグルド様、私は眠れる豹を起こしてしまった様です。例え私がここで倒れようとも、彼女はもう我らを狙う地獄のレイミアではなくなった筈・・・。負けるつもりはありません、ですが彼女の剣がまともに入れば祈る時間もないでしょう・・・。

シグルド様、あなたにお仕え出来て幸せでしたよ。)

背水の陣、鎧は各部破壊されていて耐久力はかなりの怪しさがある。それでもなお彼は不利な鎧をつけたままレイミアに時間を与えて渾身を待つ、それはシグルドから教わった騎士道精神なのか?彼生来の実直から来たものなのか?剣を交えた者同士が唯一共感し、推し量る感情は他の者達では推し量る事は出来なかった。

 

「いくぞ!」レイミアはアイラにも負けず劣らずの剣速でアーダンを駆け抜けた。アーダンはその集中力で彼女の軌跡を追うが、自身の直前にさらに一気に速度が上がったのだ。その刹那の動きにアーダンの大剣は反応できない。

 

「・・・見事。」アーダンは大盾の防御も間に合わず胴払いをまともに受けアーダンは倒れる、具足に溜まった血液が倒れた事で鎧の隙間から溢れ出る様に広がりいままでの出血量を推しはからせた。

 

「将軍!!」

「起きてください!私達には貴方が必要です。」

「貴様!よくも将軍を!!」

 

部下達が怒りや悲しみをあげるなか、レイミアは剣を落として天を仰いだ。嗚咽をあげず頰から涙を流す彼女にアーダンの部下達は驚きを隠せなかった。

 

「参ったねえ・・・。勝ったのに、全く勝った感情が出てこないよ。ねえ?アーダン、あんたはこの気持ちを知っているのかい?」彼女はアーダンの元へ歩みその手を取るが当然反応はない・・・。当然である、あの時のレイミアの手応えは今まで感じた事がない程の強さを発揮したのだ。その一撃をアーダンは反応も出来ずまともに受けた、生きているはずがないのだ。それはなにりよレイミアが知っていた。

 

「敵なのに、情に流されて・・・。あんたバカだよ。挙句にあたしに殺されるなんて、それが将軍のすることかい?あたしは、あんたに何をしてあげればいいんだい?」レイミアの嘆きにアーダンの部下達は彼女に斬りかかるわけにはいかなかった、一対一で戦った漢の意思を破棄する訳にはいかない。ようやく一人の部下はそのレイミアは歩み寄った。

 

「レイミア、これからどうする?将軍の最期の様を見た以上ここであんたに多数で切り結ぶつもりはない。・・・出来ればこの戦場から手を引いて欲しい。」レイミアは振り返る、先程までの凶悪な暴走剣士には闘気も覇気もなくすっかり少女のような変貌を遂げていた。それこそがアーダンの考えた決意の戦いの結末である。

 

「もう・・・、あたしは戦えない。あんた達に投降する。

煮るなり、焼くなりしてくれ。」

 

「・・・なら、アーダンが助かった時は彼の意思に従ってくれ。」

突然の別の方向からの言葉に振り返る。

アーダンの身体に寄り添う白銀のローブを羽織った男が強い発色の光を発していた。かなり強力な治癒魔法はリカバー、この大陸で最も強力な回復魔法である。使い手であるカルトはシグルドを伴ってこの場に帰還してきたが、アーダンが昏倒しているのを見てすぐ様回復処置を始めていた。シグルドはアーダンの手を掴み、目を閉じて祈っていた。

 

「あ、ああ・・・。」レイミアから再び涙が流れ出す、アーダンがもしかしたら回復するかもしれない。その感情に彼女の精神は再び甦ってくる。

 

「安心するなよ、俺でもこの瀕死の状況では復活する可能性は半分を切る。後はアーダン将軍の生命力と意思にかけるしかない。」聖杖にさらに魔力を送り続ける、杖は更に強く輝きアーダンに吹き込まれていく。

 

「アーダン!帰ってきてくれ、あんたが身を持って教えてくれた事を続けるにはあんたが必要なんだよ。このままじゃあ、あたしは立ち上がれないよ。お願いだ、目を開けてくれよ。」

更にリカバーを重ね掛けアーダンの精神力にかけるが、体温は下がっていく一方である、カルトがリカバーをかけ始めた時は心肺は停止していた。止まってからどのくらい時間が経っていたかわからないが、今は弱い拍動を取り戻したがすぐにでも止まってしまいそうなくらい弱々しい・・・。

その時、頭上にメティオが降り注ぎ港の方へ落ちていく。まだ港では激戦が続いているようである事を知る。

 

「シグルド公子、アーダン将軍は俺が必ず救ってみせる。」

 

「ああ、アーダンは簡単に任務を放棄する奴ではない。・・・また会おう!」シグルドは翻して港へと急ぐ。町はここまで来る時に海賊共は一掃していた、一直線へアゼルの元へと向かい出す。

 

「君達は城を守ってくれ!このままでは城が手薄になる。」カルトはアーダンの部下達に命じて城へ帰還させる、シグルド公子が従った事もあり彼らは城の守りへと向かい出した。

残された将軍のお付きの騎士数名はカルトの回復の邪魔を入らないように守備を固めた。

 

カルトが回復を始めてもう30分は経過する、それでもカルトの魔力は落ちる事なくアーダンに魔力を送り続けていた。アーダンの身体は相変わらず弱い拍動を続けるのみ。傷は癒されず出血は続く、カルトの額からは汗が滲み出て来る。

そんな折りに、カルトは左手より懐からペーパーナイフを取り出すと不意に後方へ投げた。レイミアの横を抜けて背後へと抜けていく。

 

「レイミア、背後に魔道士がいる!奴を頼む。」

殺気ではなく、不穏な魔力を感じたカルトはレイミアへ警戒させる。

路地の暗がりから黒いローブを羽織った魔道士が現れた。ロープから見せる右手には先程のナイフが刺さっており、左手で抜き取るとその場へと落とす。

 

「くくく、気づかなければ苦しまずに一思いに死ねた物を・・・。」

 

「ロプト教団か・・・、表舞台に出て来るとはな。そろそろ余裕がなくなってきたか?」

 

「小僧めが、減らず口はあの世で叩くのだな!」たちまち辺りより邪気が立ち込めだす、その禍々しさにカルトは身構えたいが魔力を解くとアーダンは二度と助からないだろう、とっさに舌打ちをしてしまう。

その舌打ちを合図にレイミアは抜き打ちの一閃を魔道士に叩き込んだ、魔道士は咄嗟に身体をずらして避けるがそのまま二の太刀を切り払う。ローブを切り裂いて血が噴き出すが魔道士の笑みは消えていない、そのままヨツムンガンドをレイミアへと放つ。

吹き飛ばされながら邪気に犯され、蝕むような痛みが彼女を襲った。

 

「ふははは!剣の打ち込み程度で倒れると思ったか!」暗黒魔道士の傷は今まで戦った連中と同じく自然に回復していく、驚異の回復ぶりに不気味さを感じるのである。

一方、ヨツムンガンドは受けた傷は蝕む様にどんどん酷くなっていく。レイミアに回復をしてやらなければ時間が経つにつれて不利になるのだ。

 

カルトを守るアーダンの側近達は打って出ようとした所でレイミアは制止をかける。邪気に付きまとわれながらも立ち上がる、身体のあちこちから流血し苦痛の表情だった。

 

「あんたも耐えたんだ、あたしもこれくらいで挫ける訳には行かないね。」

 

「ただの剣士の癖に立ち上がるか?寝ておいた方が身の為だと言うのに・・・。邪気に当てられて朽ち果てよ。」

レイミアはチラリと自身に纏わりつく邪気に鼻を鳴らして一瞥する、そして黒い剣を一閃させた。

 

「な、なに?」その瞬間、邪気は霧散しレイミアは正常を取り戻す。

魔道士はその現象に始めて動揺した。

 

「あたしの愛剣、黒曜石の剣は魔法の類も切れるんだよ。覚えておきな!」レイミアは再び走りだす。身体に傷を負ったものの身体能力は落ちていない、アイラ並みの速度に魔道士は間合いに入らせまいと邪気を発する。レイミアは黒曜石の剣を振りかざして邪気を刈り取り、間合いに入った。

 

「ば、馬鹿な!」

「死ね!」

 

レイミアの剣は魔道士の心臓へ突き立てる、魔道士は吐血し倒れこむが剣を抜かないレイミアは強制的に立たせた。

 

「おっと、剣は抜かせないよ。あんたの回復も暗黒魔法による力ならこの剣が身体に入っている限り回復できないだろう?」

 

「ぐっ、回復が始まらないのはそう言うことか!」

 

「ただの剣士と思って油断したな、残念だったね?」レイミアは微笑んで魔道士の絶命を見送っていた。

 

「マンフロイ様、お許しを・・・。」魔道士はその首が力なく折れ曲がる、完全に停止した事を確認したレイミアは黒曜石の剣を抜いて鞘に収めた。

 

「ま、待て!レイミア!!」カルトはさらに訪れた微かな殺気に反応するが、全ては遅かった。

 

レイミアの腹部から剣先が覗いたのだ。吐血しそうになるが同時に背後から口を塞がれて阻まれる。

 

「レイミア、残念だよ。」よく耳にした声が背後からする。

 

「レーガン・・・、あんたっ!」黒曜石の剣を振りかざすが、その剣をガントレットで受け止めて剣先を握る。

 

「この剣は返してもらうぞ。」剣先を握った手は傷つく事を御構い無しに捻って跳躍する、レイミアの手から離れてレーガンは強奪に成功した。

 

後方の納屋の屋根へ降り立ったレーガンは冷たい目で見据えていた、その殺気などの気配はほとんど消されており希薄に感じる。一流の暗殺者程行動中の一瞬に爆発的に殺気を出し、すぐさま搔き消す事ができると聞くが彼の技術は間違いなく一流のものであった。レイミアは膝をついて背中の短剣を抜きレーガンに放つが、黒曜石の剣で弾くと空中で回転する短剣を掴んで腰の鞘に収納する。

 

「返せ!それは私の剣だ!」

 

「・・・レイミア、然らばだ。」レーガンはその場から立ち去ろうとした時、一閃の槍がレーガンの持つ黒曜石の剣を叩き落とした。

 

「なんだと!?」レーガンは驚愕する。その槍は瀕死になっているアーダンからの投擲だった、まだリカバーを緩めていないカルトすら驚きを隠せない。納屋から落とされた剣をレイミアは跳躍しつつ受け取るとそのままレーガンを一閃する。

 

「がはっ!」一瞬の間から攻撃に転じたレイミアの渾身の一撃にレーガンは回避できなかった、レイミアも出血からその場に倒れこむ。

一矢報いたレイミアであるが、レーガンのその傷は徐々に癒されていく・・・。

 

「あんた、ロプト教団の・・・。」

 

「ちっ!面倒な事を!!」レイミアの言葉に苛立つレーガンだが彼は冷静であった、レイミアがこれ以上追撃できない状態を悟りこの場を引く。跳躍して隣の建屋へと飛び移り様子を伺うと案の定レイミアは出血と痛みでレーガンのいる場に飛びうつれないでいた、腹部を抑えてそのまま蹲る。

 

「レイミア、我が隊を抜けるのであれば死ぬまで追手がくると思え。」捨て台詞を残してレーガンは消えるのであった。




アーダン ジェネラル
LV 22
HP 71
力 26
魔力 0
技 19
速 12
運 9
防 27
魔防 1
スキル 待ち伏せ 大楯
鋼の大剣
手槍

シアルフィの将軍
アレク曰く「強い」「硬い」「遅い」の代名詞の如く、一定ターンまでに盗賊を倒さないと街が壊滅しお金とアイテムが失われてしまうので機動力のない彼はほぼ使えない・・・。防衛戦でも前衛からワープとリターンの杖かリターンリングで戻れるので守備に上げておく必要がない・・・。(杖はお金がかかるが、シスターなどは多大な経験値が入るので利害が一致する。)
聖戦ではお金は恋人か盗賊でないと受け渡しできない、武器のリソースが決まっている(後半では特に村が全滅すればそのアイテムは永遠に手に入らない。)などの理由がたくさんあって他のFEシリーズに比べて機動力のないユニットはさらに使えないユニットになってしまった・・・、可哀想過ぎる。
それでもイベントが多数あって頑張って使えばいい味のあるユニットです。
彼はこの小説ではあまり出番がありませんでしたが、今回は彼の人柄を出してみるつもりで頑張りました。


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融和

「シアルフィの将軍の覚悟、見せてもらったぞ。」

危険な状態を抜けたとは言え、確かにあの時はまだ瀕死であった。

にも関わらずアーダンはレーガンから黒曜石の剣に手槍を投擲してレイミアに愛剣を取り戻すきっかけを作り、そしてレーガンも手傷を追って戦線から離れた。彼がロプト教団の手の者という正体まで看破するきっかけまで・・・。カルトはその想いに賞賛を讃えて治療を続ける。

まだ意識が戻らないアーダンだが危険領域を脱した彼よりレイミアの腹部の傷が深刻で、毒も受けており立て続けにレストとリザーブまで使う羽目になりカルトの魔力殆どを注ぎ込む事となった。

 

「これでいいだろう、二人を連れて城へ戻るぞ。」カルトは撤収の準備に入る。アゼルの港方面も気になるがまだ暗黒教団の連中が城を目指しているのなら狙いはディアドラの可能性が高い、連中も手段を選ばず表舞台へ現れる事から焦りを生じているように感じた。アーダンの部下達は二人を調達した荷台に乗せて城へと急ぐのである。

 

「あたしの為に迷惑をかけちまったねえ・・・。何かあたしにできる事はないかい?あたしはこの一年あんた達の妨害工作を続けていたから信じてくれないかもしれないけど、なんだってやるつもりだよ。」カルトはレイミアの眼に真意を感じる、決してこの場をやり過ごす為や誤魔化しでいっているのでは無い・・・。と確信するが、彼女の言うようにこの一年で彼女の妨害工作に前線の者からは非難が飛び交うだろう。それでも彼女の能力を失う事もカルトには惜しいと感じてしまう・・・。

 

「それなら・・・。」カルトはレイミアに依頼した事は意外な提案であった。

 

 

 

 

アーダンは眼を覚ます、ここ一年自室として与えられたセイレーン城近くの自宅であった。その目覚めにまだ自分が置かれている状況が見えてこない・・・。

 

「俺は、死んだはずでは?」頭に手を当てて思い出そうとするが意識を失っていて読めずにいた。腹部に受けた傷もすっかりなく、まるで夢の中の様に思えたが部屋の隅にある鎧は機能しないくらいに痛んでいた・・・。あれはまさしく現実であった事を証明していた。

アーダンは立ち上がろうとするが、身体に力が入らずベットに戻ってしまう。目眩が酷く手足に痺れが走った。

 

「目が覚めたかい?」

 

「あんたは?」

 

「あたしを覚えてないかい?先日命を懸けて戦ったあたしを・・・。」

 

「え・・・レイミアか?なぜここに・・・?」アーダンが驚くのは無理がない、彼女は戦場であった姿形をすっかり変えておりアーダンでなくとも判別するのは難しいだろう。

艶のない長い黒髪は戦いの最中に斬り落としたがその髪を手入れをしてアイラの様な艶のある髪へと変貌させていた、それを後ろで結い流している。ブレストプレートも身につけておらず、今はシレジアの住民と同じ様に麻のワンピースにエプロンを着け、冷える肩にショールを巻いた姿で現れたのだ。レイミアは気恥ずかしそうに身をよじって俯いてしまう。

 

「これが、あたしの仕事だよ・・・。」

 

「なに・・・?」アーダンはさらに頭が混乱する。

 

「あんたとあたしを助けてくれたカルトという奴に、あたしの身の振り方を聞いたらこの様さ。アーダン将軍は死んでもおかしくないくらいに失血している、しばらく動かないだろうから介抱するように。だとさ!地獄のレイミアがあんたの看護なんて・・・笑うかい?」

だから彼女は看護する為に一般人の格好をしていたのだ。横にあった機能しない鎧は血糊が付いていた筈なにのに綺麗に清掃されており、自身の体も清拭されていた。

 

「そんな事はないさ、似合っているよ。」アーダンはにこやかな笑みを讃えてレイミアに返した。

 

「あんた、まだ寝ていた方がいいね・・・。失血で意識がはっきりしていないだろう。」

 

「身体は動かんが意識ははっきりしている。レイミア、似合っているよ。事情が違えば君はそうやって町にいる普通の女性と変わらないような生活をしていたんだろうな。」

 

「アーダン・・・。」

 

「俺が動ける様になったら剣を捨ててどこかでゆっくり過ごすんだ、君に必要なのは戦争から縁を切って一般人の様に過ごす事だ。」

 

「いっ、今更そんな生活できる訳ないさ!あたしの手は血に塗れているんだよ!!・・・こんなあたしを受け入れる場所なんて、どこにもないさ。」

 

「・・・そんな事はない。」

 

「・・・・・・。」

 

「カルト殿はレイミアの心の変化を見極めたからこそ俺の介抱をお願いしたんだろう。今のレイミアはまるで町娘だ、地獄のレイミアなど微塵もない。だから、新しい自分を見つけるんだ。

そうなってくれなければ、俺が命を懸けた意味がない。」

アーダンの言葉にレイミアは陥落する。込み上げる涙をぐっとこらえ、破顔する顔をアーダンから背けて頷いた。この時、本当の意味で地獄のレイミアの歴史は幕を閉じたと言っていいのだろう。ベットから懸命に身を起こしてレイミアの肩に手を添えたアーダンは祝福の意を無言で伝えたのであった。

 

 

アーダンはその後暫く戦線から抜けてしまい、ようやく復帰した時にはシアルフィとシレジアは最後の戦いに臨む事となる。奇しくもその戦いに身を投じたアーダンは二度とこの地に戻る事はなかった・・・。

レイミアはアーダンの帰りを待ち続けたが戻る気配がなく、失意の彼女もまたシレジアを後にする。その後、剣を捨てたレイミアを見たものはいなかった。

ヴェルダンの片田舎に、壊れたフルプレートアーマーと真っ黒な刀身の剣を飾った「黒の剣士」の元へキンボイスが訪れるのはいまより17年後の話である・・・。

 

 

 

二隻の船が燃えていた、アゼルの超魔法メティオにより破壊し炎上した物である。

海賊はアゼルとセイレーンの海兵達で撃退できたが、1人の暗黒魔道士により苦戦を強いられていた、次々に倒される海兵達を守りつつアゼルとアゼルの魔道士隊は立ち向かっていた。

 

「放て!」

アゼルの号令で一斉に炎魔法を浴びせるが、魔道士は燃え盛る火の中でも笑みを絶やさない。

 

「ダメです!効果がありません!!」

「なんて魔道士だ・・・。」

「敵魔道士、攻撃きます!!」

 

「退避!」アゼルはすぐさま隊を引くように指示するが前衛の数人が、瘴気を操るヨツムンガンドを喰らい倒れていく。

 

「もっと引くんだ!僕が行く!」アゼルは馬の腹を蹴ると一気に駆け抜ける、細身の剣に持ち替えて発動直後の魔道士に一刀を入れるとすぐ様、左手で魔法を発動させる。

 

「エルファイアー!!」豪炎に包まれる魔道士、アゼルの一人連携攻撃を受けて昏倒する。あたりの瘴気が消え去りアゼルも手応えを感じた。

 

「アゼル様、ご無事ですか!」

 

「ああ、これがカルトの言っていた暗黒教団の魔道士か?不気味な連中だ。」火柱を見つめながら呟く。

 

「全くです。魔法防御による耐性だけではないですな、ダメージを受けていたのにすぐさま回復していくなんて・・・。」

 

「くくくく・・・。今のは多少効いたぞ、だがこの程度では儂を殺す事は出来ぬな。」

アゼルは再び火柱を見た時、瘴気が焔を食いちぎるかのように立ち上りかき消していく・・・。その中心にはあの不気味な魔道士が細身の剣で切り裂かれた傷も回復して立ち上がっていた。

 

「あれでも駄目か・・・。ボルガノンを使いたい所だが、ここ使えば港が無事じゃないし何より魔力の集中を許してくれる時間はないだろうな・・・。」

アゼルは呟き、部下も同意する。

魔道士の前面から瘴気が吹き出すと形を矢に変えていく、遠距離魔法に切り替えて後方を狙う算段だった。次々と出来上がる矢を見て慄くアゼル、させまいと魔法を発動準備に入る。

 

「ファイアー!」初級魔法を繰り出す。

 

「エルファイアーでも駄目でしたのに、なぜ?」アゼルの配下は呟く、先程の連続攻撃で上位魔法を使用してもダメージを与えられないかった。魔法の足止め目的にもならない魔法を選択したアゼルの真意は捉えられない、魔道士は当然魔法の解除もしないし回避も考えていない。

 

「無駄だと言うのに・・・、っつ!」冷ややかな魔道士だが炎の中に仕込まれたナイフに腕を裂かれる、それでも魔力を解除させまいと集中させるがその時間を作り出したアゼルは馬を駆けて細身の剣を突き立てる。

 

「ぐああ・・・!小癪な小僧め!!」フェンリルで作り出した暗黒の矢を至近距離のアゼルへ繰り出す、ダメージを与えて魔力が幾分か消す事が出来たが直撃してしまい吹き飛ばされた。馬から飛ばされて倉庫の壁面に強かに打ち付けられると、そのまま崩れ落ちる。

 

「止めだ!」追撃のヨツムンガンドがアゼルに放たれる、その慈悲なき負の力はアゼルを蝕んと放たれる。アゼルは瓦礫を這い上がるが既に打つ手はなく被弾を覚悟するしか無かった、内なる魔力を高めてその効果を少しでも和らげんとする。

外に放出する魔力と内部で高めて抵抗する魔力の使い方はまるで違う。カルトがかつて魔法防御が苦手であったように、魔法の得手不得手は各々違ってきてしまう。アゼルは攻守のバランスが良く、魔法の安定性が良い。それ故にカルトやフリージの姉妹の様な爆発力に欠ける点があった。

いよいよ迫る邪気にアゼルは覚悟を決めるが前面に配下の魔道士が盾となり受け止めた、唯一アゼルの突撃に追いついたアゼルの右腕である魔道士が身を呈してアゼルの危難を救ったのだ。一瞬にしてローブが張り裂け苦痛の声と共に倒れ込む、アゼルは済んでの所で彼を抱き起こした。

 

「アゼル様・・・。いけません、逃げて下さい。」

 

「何を言うんだ、傷は深いが致命傷では無い。」アゼルは最近ようやく物に出来た治癒魔法で配下の魔道士に治療を施す、彼は使用できるのはライブのみ・・・本心で言えば心許なかった。

 

「寿命が少し伸びただけの事だ、諦めよ。」暗黒魔道士は再び魔力を集中させ始める。まだ後衛の魔道士はこちらにくる様子はない、瘴気が立ち込めており煙幕が辺りを覆っているので迂闊に動き回る事が出来ないからだろう。それでもアゼルを救った魔道士の行動は賞賛に値する物である。

 

暗黒魔道士の魔力が再びヨツムンガンドに充填され始める。アゼルは瀕死の重傷を受けた配下を背中に背負いライブをかけながらその場から離れようと足掻くがその滑稽さに暗黒魔道士は笑い嘲る、その証拠に歩けばライブの効力は下がりどちらも覚束なくなるのだ。

 

「無駄だ!諦めろ!!」

「アゼル様、無茶です!貴方だけでも逃げて下さい。」

敵味方よりアゼルの行動を否定されるが彼はその足を止めない、治療も続けてその意思が強く彼を奮い立たせる。

 

「無駄では無いさ、ましてや仲間を見捨てて逃げだりもしない。生きる意志を捨てない限り活路はある。だから君もこの状況に負けないでくれ・・・、僕らの仲間はきっと助けに来る。」アゼルは一歩、また一歩と歩き出す。足取りは遅いが、彼の踏みしめる足は確かな歩みであった。敵前の目の前で迷いの無く背後を見せての足取りに暗黒魔道士ですら一瞬の躊躇いを誘ったくらいである。

 

「ええい、二人仲良く死ぬがいい!」放たれるヨツムンガンド、それでも二人は振り返る事は無い。覚悟から来るものなのか、それとも仲間の救出が来るとわかっていたのだろうか?アゼルが配下の者に向ける笑みは決して諦めからくる物ではなく、本心から自分を信じそして仲間を信じる行動そのものであった。

 

迫り来るヨツムンガンド、その邪悪な波動を横切る一人の騎士が馬の嗎と共に現れた。アゼルの心に呼応するかのようにあられた騎士の右手には緑に輝く宝石が埋め込まれた煌びやかな聖剣が握られており、その一閃により霧散するヨツムンガンドに暗黒魔道士は初めて狼狽の表情をあらわにした。

 

「わ、わしのヨツムンガンドが・・・。貴様何奴!?」邪気を放ちながら迫る魔道士にその騎士は一歩も怯むことはない、辺りに漂う邪気は彼を忌み嫌うかのように近寄る事はなく周囲を旋回するだけである。再びその聖剣を一閃すると当たりの邪気も霧散していく・・・。

 

「私はシアルフィのシグルドだ!」高らかに宣言すると馬を走らせる、魔道士に分が悪いと判断すると転移魔法で逃げの一手を打とうとするがその途端に魔法が打ち消され始めた。遠方からサイレスを使われているらしく、うまく発動できなかった。

 

「お、おのれ!!」無理やりサイレスの効果を魔力を高めて振り払うが、シグルドの馬が既にそこまで来ていた。青白い軌跡を残して魔道士の首に入り、彼の首は彼方へと飛ばされていた。

シグルドの剣技と聖剣が一体となった瞬間であった。彼自身この手応えに聖遺物の偉大さを肌で感じ、バルドへの感謝を讃えてから納刀するのであった。

 

「シグルド公子、やはり彼は凄いな・・・。」アゼルは危険から脱した事を感じてようやくその場にへたり込んだ、もう体力を使い果たして動ける気配もない。

察知したかのように彼と配下の者にリブローの癒しが送り込まれ始めた、白い癒しの光にアゼルは伝心を送る。

 

『ティルテュだね?ありがとう、助かるよ。』

 

『ううん、私こそごめんなさい。まだ動き回る人にはうまくリブローができなくて・・・。』

 

『大丈夫さ、僕達の子供を見るまでは死ぬ訳にはいかないからね。それに僕が駄目でも絶対に誰かが助けに来てくれると信じていたよ。』

 

『アゼルったら・・・。』白い光に癒されたアゼルは妻となったティルテュへの感謝の気持ちを伝心魔法で伝え続けるのであった。

 

 

 

 

暗い地下坑道に乾いた足音が響いていた。

腹部にダメージを受けたレーガンは足音を消す余力がなく、今は地下のある場所を目指して向かっていた。

 

「ちっ!黒曜石の剣のせいで回復が始まらねえな、早く戻らねえと・・・。」

 

「何処にだい?」誰ともなく呟くた言葉の返答にレーガンは戦慄する、再び無音の動作に立ち戻りダガーを投げつけるが空を切る音のみで虚しく壁面に当たり乾いた金属音がするだけであった。

レーガンは冷静さを取り戻して辺りに注意を払う、気配一つ拾う事が出来ない状況に先程の声の人物は自身と同様の隠密行動に長けた者と判断し警戒する。

そのレーガンを嘲笑うように相手から発せられた照明物により二人は互いに視認しあう事ができた。その眩い煌めきに少しの間目が眩んだが互いに目は鍛えられている、すぐさま脳が明暗を調節させて明るさに順応していた。

 

「・・・デューさん、あんただったのか。」

 

「レーガン・・・。」

 

二人は動揺を見せるが互いに隙は作らない。デューは片手剣を、レーガンはダガーを両手に構えて動向を伺うのであった。



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失墜

城門が壮大な破砕音とともに開け放たれる。

ベオウルフとアイラ達の傭兵騎団と混成された傭兵団が雪崩れ込んで途端に混戦と化した。

リューベックは隣国からの防衛に使用する要塞地、生活を主にする住民は少なく軍を相手に商売をする者たちばかりで主である。

一度キナ臭くなると店を畳んで逃げ出す者ばかりであり、度重なる内乱ですっかり人は減っていった。

民家にはほとんど人がいないので気にすることなくシレジア所属の者は切り込んで行き、その前線は砦内部に侵入し主犯格であるドノバンとマイオス公を打ちとらんとする。

すっかり弱体化したドノバンの混成部隊は勢いが削がれており、退却する者が続出して前線が崩壊気味であった。辛うじてドノバンの直轄部隊が死を賭して善戦しているがベオウルフの傭兵騎団の前に次々と打ち倒され、マーニャ隊が奇襲攻撃で各個撃破されていった。

 

「マイオス公!どういうつもりだ!一体何を考えている!!」ドノバンの怒りにとうとう火が付き、マイオス公に敬語もなく激昂する。

門が破られた時、彼らはマイオスに連れられ砦の最上階へ向かった。彼はそこのテーブルにどっかりと座り何事もないようにくつろぎ出したのである、これにはドノバンの堪忍袋の緒が切れて先程の言葉を口にしたのだ。

当のマイオス公は平然とワインを取り出してグラスに注ぎ一口で煽る、その不味さに床に吐いて口元をナプキンで拭く。

 

「仕上げはここからだ、奴らはまだ気付いてないようで結構な事だ。」マイオスはテラスに出て、南の方角を指差した。

 

「見てみろ、面白い事が起こるぞ。」不審がるドノバンを他所にマイオスは自分に続いて見てみろと合図する、ドノバンは南に広がる広大な不毛の地を見入るがいつもの砂埃が舞う変哲もない光景であった。

 

「なにもないではないか!」

 

「ふっ!・・・ふははは!!だから兄上は死んだのだ、貴様のような馬鹿を囲っては勝てる戦も勝てないさ。

・・・今の時期、晩夏のイード砂漠は砂埃など立たぬ。立つのは冬の時期か初夏の雨季時くらいだ、なのになぜ砂埃が舞っているのかわからんか?」

 

「・・・?」

 

「あれは行軍によって巻き上げられたものだ、それも騎馬によるな・・・。」マイオスの言葉にドノバンは希望を見出す、歓喜してテラスに寄りかかる。

 

「援軍か!!」

 

「そうだ、奴らをここへ引きつけておけば背後の警戒を緩めると思ってな・・・。地下坑道を散々意識させておいたのなら、次の手はこれだと思ったよ。」

 

「し、しかし間に合うのか?ここまでまだ距離があるぞ。」

 

「駄目なら転移で離れればよい、奴らを引きつけるための囮は下の連中で充分だろう。」

 

「マイオス公、その為に我が配下を犠牲にしろとでもいうのですか?」

 

「あんな雑兵など数のうちにも入らん、儂がいればお前の言うクーデターが成立するではないか?何をためらう必要があるのだ。」マイオスの言葉にドノバンは凍りつく、彼の豹変は望んだがここまで残忍になるとドノバン自身ですら使い捨てられる警鐘を鳴らしていた。一歩後退った彼にマイオスは手をかざす。

 

魔力が漲ると、風の魔法が繰り出された。

「ひっ!」ドノバンの叫びとウインドが同時に発せられた。その刃はドノバンを横切り一体の天満騎士の奇襲に先制攻撃を与え、その騎士は転回して引き返す。

 

「奴らには空かける守護者がいるんだ、のんびりテラスの先にいると殺されるぞ。」マイオスは冷たく笑うと再び、中へと引き返していくのであった。

 

 

「敵襲ー!敵襲ー!!」ベオウルフとアイラが前線で砦周辺を制圧した頃、後続にいるクブリが異変に気付いて敵襲をキャッチする。

ドノバンに講釈きていた内容をクブリは気付き、物見の魔法で大量の騎馬がこちらに向かって来ている事を認識した。

 

前線の主力は動揺する、まだ完全に砦を制圧する前に攻め込まれれば丸裸の砦を盾に戦う事と同様である。

 

「ベオ!どうする?」アイラはベオウルフの意見を聞く。

 

「ここまで来て勿体無いが無茶をする訳にはいかねー、相手の戦力が掴めない今は撤退するぞ!」

 

「しかしここで引けばまたリューベックは制圧されて攻めるに難しくなります、こちらも出向いて砂漠の出口で交戦しましょう。

マーニャの天馬部隊なら奴らの足場の砂漠にとられているところを仕留められますし、後続から私の魔法援護すれば・・・。」クブリは反対の意見を述べる。

 

「馬鹿野郎!山脈には奴らの増援があるんだぞ、挟み込まれたらこちらが全滅しちまう!!お前達シレジア軍がリューベックを制圧されてはやる気持ちはわかるがここは撤退だ。」

 

「・・・早計な判断でした、ここは作戦本部の意見が最もです。ザクソンヘ引きましょう。」意見が一致し、撤退を全軍に広める前にクブリと同じ考えをしており、実行する部隊がいた。

 

マーニャ隊である・・・、彼女達は白い羽根を羽ばたかせてイード砂漠へと向かったのである。

 

「馬鹿な!やめるんだ。クブリ!辞めさせろ!!」ベオウルフの声にクブリは即座に伝心するがマーニャから返答はない。

何度も繰り返すが、遠ざかるマーニャに伝わる様子はなかった。

 

「ぼ、僕はマーニャさん様を追います!追って引き返させます!!ベオウルフさんは撤退してください。」クブリの魔法部隊はマーニャを追う手はずを行なう。

 

「クブリ!待て!!貴様まで勝手な行動をするんじゃない!!」ベオウルフの声にクブリは止まらない中、クブリを制する手があった。

 

「クロード様・・・。」

 

「私がマーニャを止めます、皆さんは軽率な行動をとらず撤退してください。」

 

「しかし!」クブリは食い下がるがクロードの目もまた悲壮その物であった、彼のその表情にクブリはクロードに全てを託す。

 

『マーニャ、マーニャ・・・聞こえてますね?クロードです。先ずは私の話を聞いて下さい。』

 

『クロード様・・・。』

 

『マーニャ・・・。良かった、応えてくれないと思ってましたよ。』

 

『・・・。』

 

『皆の言っているとおりです。引き返してください、まだ敵軍の実体がわからない以上無理に攻め込むのは得策では無いはずです。』

 

『いえ、私はクブリの言う通りと思います。シレジア内に入られてはグランベルの騎馬部隊が勢いを増してしまいます、脚が止まる砂漠にいるうちに私達の空襲で迫れば撃退できると思います。』

 

『そんな事はありません、グランベルには多様の軍を擁しているのですよ。その中にはバイゲリッターと言われる強力な弓騎士部隊も存在します。・・・もしその騎士団なら砂漠と言えども狙い撃ちになりますよ!』クロードの熱弁にマーニャから僅かに笑う所作が返される、何が彼女を笑う事になったのか気になり聞き返した。

 

『クロード様は、私の運命が見えているのですね?私はこの戦いで命を落とす運命を・・・。』

 

『・・・!』

 

『やっぱり・・・、そうだったのですね。』

 

『・・・・・・。』

 

『責めてはいません、寧ろ喜ぶべきでございます。

あなたの優しさに触れる事が出来たのは私の運命のお陰・・・。』

 

『私は運命を知って貴方に近づいた訳ではありません、知ったのは本当に最近です・・・。でも私が知ってる運命はシレジアの平原で矢に貫かれて堕ちていくもので砂漠ではありません。だからここで運命を受け入れる事は無いのです。』

 

『・・・私は、運命を受け入れるつもりはありません。必ず彼らを撃退して帰ってきます。・・・それに私はシレジアの騎士、敵を前におめおめと逃亡する訳にはいきません。』

 

『そんな・・・。』

 

『私は運命と正面から戦いたい、そしてクロード様に運命を変える力を知ってもらいたいです。私はエルトシャン王の様に、祖国と主君を守る戦いを私も全うしたいと思います。

・・・名残惜しいですがクロード様、この話の続きは勝ってからにしましょう。・・・では。』

 

『あっ!待ってください!!マーニャ!早まってはなりません!!』

クロードの慟哭に近い伝心はマーニャにはもう届かない。彼女は自らの運命を切り開こうと行ってはならない死地へと赴いた、クロードはその場に両膝を着き苦悩の表情をする。

 

「クロード様!ダメだったのですね、私は彼女の援護に向かいます。失礼!!」もはやクロードはクブリを止める力もなかった。クブリはクロードの脇をすり抜ける様に向かい出すが、クロードは力なくその場で項垂れる。クブリの配下も向かい出すがそんな中で一人の少女が立ち止まりクロードを見つめていた。

 

「クロードさんは、一緒に来ないの?大事な人なんでしょ?」

 

「え!?・・・そうですね、ここで自失していても何も始まりませんね。いきましょう!せめて彼女の運命を少しでも変える事に行動しなければ始まりませんね。」

 

「クロードさんは難しい事ばっかり考えすぎよ、頑張れば結果はよくなるわ。私はあまりいい事はなかったけど、頑張った自分がいるから胸を張っていきていけるんだもん。」少女の言葉にクロードは少し焦りから立ち直る気分になる、バルキリーの杖を強く握ると少女と共に駆け出した。

 

「ありがとう、君は・・・。」

 

「私はシルヴィア、クブリの相棒よ。よろしくね!」クロードは明るい少女に微笑んで頷く、彼女の心に触れて絶望の淵から生還した様な気分になるのであった。

 

 

 

マーニャ隊は空高く舞っていた、もう少しすれば眼下に敵部隊が視認できるであろう・・・。クロードの言う運命がそのままであれば最悪の相性であるベージュ色の名を冠する騎士部隊、バイゲリッターがこちらに向かってきているはずである。

マーニャの部隊は誰一人としてかける事なくこの度の進軍に同行してくれた事に感謝を述べる。

ベオウルフの傭兵騎団や、アイラの混成傭兵団には感謝しつつも、やはりこの国を死を賭して戦うのはシレジアの天馬騎士団でしかないと今でも感じていた。

あのエルトシャン王がどんな逆境でも国を捨てる事なく果敢に挑み、僅かな軍でゲルプリッター、グラオリッターを破り退けたのだ。

マーニャが同じ様な事を望んでも、あのような偉業を達成できるなどとは思っていない。今全員を撤退させるには時間を稼ぐ部隊は必要である、そしてそれは他国からきた傭兵に任せるなどとは絶対にできなかった。ベオウルフやアイラはよくできた御仁であり、彼らに選別させると必ず自身の部隊を使うと言うだろう。傭兵とはいえ他国のいざこざに命を賭けさせるのはマーニャは許さなかった。

 

「見えました!あのベージュの部隊!やはりバイゲリッター!!」

 

「そうね・・・。皆!!相性は悪いですが、決して悪い条件ではありません。固まらずに狙いを絞らせずに一気に接近戦へ持ち込みますよ。」

 

「はっ!」

 

「・・・突撃!」マーニャの号令に天馬達は旋回しながら高度を下げていく、眼下のリッター達もその突撃に冷静に戦闘準備を進めていた。

マーニャの部隊は高度を利用した手槍を一斉に打ち下ろす、先制の手槍は高さもあり勢いを増してバイゲリッターへと降り注いだ。

砂地でもあり馬の動きは良くない・・・、初撃の一撃で数を減らす事に成功するが反撃の弓矢が何倍にもなりマーニャ隊を襲う。

手槍を撃ち終えすぐ様高度を上げるが、動作の遅れた騎士は天馬に弓が入り落とされていく・・・。落ちた天馬は二度と浮かんで来れないだろう、下で騎士達に囲まれて殺される仲間を救わねばならない。

 

「次の手槍の攻撃後、突撃します!接近して撃破し、落ちた仲間を救うわよ!!」

マーニャはこの手段は危険であることは承知しているが落ちた仲間を救わない事には最後まで抵抗していた、救える者は何があっても救う。それはクロードにも誓った言葉であるのだから・・・。

 

 

「次弾きます!」配下の言葉にバイゲリッターを指揮するアンドレイは冷静に見極めた、正面から堂々と攻め立てる天馬騎士団に対して酷く卑下た笑みを浮かべている。

 

「蚊トンボが!次で決めるぞ。」アンドレイ自ら弓を引いた。

彼はバイゲリッターは馬上でありながら強弓を使いこなす猛者達の集まり、他の騎士団よりも射程範囲は広く威力も追随を許さない程のものであった。

無情にも射程範囲を見誤ったマーニャ隊は次の戦闘で部隊の三分の一は被弾し、無残にも落ちる天馬部隊から悲鳴の声が聞こえる程であった。

 

「はーっはっはっはっ!!トンボだ!シレジアの誇る天馬部隊も我らにかかればトンボと変わらぬわ!!落ちた連中は殺せ、極上者なら捕らえて好きにするがいい・・・。シレジアの女は天馬も含めて高く売れるぞ!」その言葉に配下は色めき立つ、長く戦場で禁欲された者達にとってその言葉は甘美に彩られており士気が高まった。

 

「人でなし!!」アンドレイの背後より非難の声が響いた。

 

「なんだ?落とされた女か?」アンドレイは見下げた目を天馬騎士団の女に向ける。

 

「騎士の戦いを汚す侵略者め、恥を知れ!」

 

「ふっ!弱者は卑屈で困るな、貴様は我が軍の弓で落ちただけの事。負けた者は勝った者にどう扱われようと文句を言われる筋合いは無いな。」アンドレイは顎で部下に指示を送ると、配下の男は剣を振り上げ、無情の剣を振り下ろされた。

 

シレジアの天馬騎士は、恨みの目をアンドレイに向けながら

「レヴィン様、マーニャ様、セティ様の怒りをこいつらに・・・。」

怒りの目を向いたまま事切れるのであった。

 

「アンドレイ様!敵接近してきます!!玉砕覚悟です。」

 

「ふん!射かけろ!!一気に滅ぼしてくれる。」

アンドレイも射撃準備にはいる、その卑下た目がさらに邪悪に歪ませせた。

このままシレジアに乗り込みシアルフィにいる姉どもを殺せば晴れてアンドレイはユングヴィの正統な跡目になるのだ。これが愉快でなければ何と形容する事ができる事か、彼の暴走は父を陥れてから何かが狂ってしまったのだろう・・・。

 

「これで、終わりだ。今度こそ死ね、蚊トンボ共!!」引き絞りながら狂気に騒ぐアンドレイをよそに突然の砂塵が巻き起こり出す。その砂の暴風にバイゲリッター達は射撃動作を中断するが、マーニャ隊はその間隙を縫うように急襲しバイゲリッターに接近戦を挑める事となった。

天馬騎士は手槍から鋼の槍と剣に各々切り替えると馬上の騎士達に一刀を浴びせていく。

途端に血煙が舞う惨状が起こり出し、天馬騎士とバイゲリッターの被害が同等に変わり出した。

 

「こ、これは一体・・・。何が起きたのだ?」驚愕するアンドレイをよそに砂塵を物ともしない天馬騎士は旋回しながらその獲物で自軍の騎士達が倒れていく。弓で反撃したいが視界を奪われ、風で体勢を崩して思うように反撃出来ない。バイゲリッターはパニックに陥り出したのだ。

 

『マーニャ様、私達の強力な支援はここまでです。申し訳ありません。』

 

『クブリありがとう、これでなんとかなりそうです。

魔力が切れかけているのにお無理なお願いを聞いてくれて助かります。』

 

『いえ、引き続き砂塵を起こすように再度魔力を送ります。・・・ご武運を!』クブリは祈りをマーニャへと送る、彼ら魔道士部隊はシルヴィアのマジカルステップと共に魔力を込め続けるのであった。



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運命

マーニャとフュリーの家系は代々女性は天馬騎士として、男性は優秀な魔道士を排出する名門であった。時には王族との婚姻関係がある程でパメラやディートバ、クブリも数代追えばふたりと血縁関係であるだろう・・・。

その本家がマーニャ達の親の世代で2人の女の子が出来て間も無く両親が流行病で命を落としてしまったのだ。後継が産まれず親戚も同様に男子に恵まれなかった事でお家取り潰しを迎え、2人は幼くして貴族階級を剥奪され遠い親戚に預けられようとしていた。

ラーナは使用人の様に惨めな末路を悲観し王族の反対を押し切ってまで2人を城へ迎え入れたのである、ラーナもまたかつては2人の遠い血縁関係、黙って静観などできなかったのだ。レヴィンの良き友となってくれる事を期待し、三人を分け隔てなく育て今や自分の娘とまで思える程愛おしく感じていた。

 

マーニャはそのラーナの為なら自分の命を賭ける事に後悔などは微塵もなかった。シレジアの騎士として、ラーナに対する恩と義の為になら喜んで死地に向かおう、そう心を決めて天馬騎士の道へと進んだのだ。

まさに今その決意を示す時なのだ・・・、クロードから運命を聞いたマーニャは喜びに震えていた。マーニャはその運命の中では最後まで命を賭けて戦場に臨んでいた事が何よりも誇りである、そして悔やまれるのが敗走している事であった。その運命を変えて必ずラーナとクロードの心を救いたい、彼女はそうまで考える様になっていた。

 

バイゲリッターとの決定的に不利であった激戦は、クブリの機転を効かせた魔法援護で互角へと変貌したのである。それはその激戦が始まる数分前の事であった。

 

『クブリ、ブリザードはやはり砂漠では使えないのですか?』

 

『残念ながら、イード砂漠はシレジア国外なのでセティ様の力が及びません。大気変化を起こす遠隔魔法は発動しないでしょう。』

 

『では、大気変化は出来なくても風だけなら遠方地に引き起こす事は出来ないかしら。』

 

『風を起こすくらいなら出来なくは無いですが、敵を仕留められる様な物では有りませんよ。・・・あっ!』クブリはマーニャの意図に

気付いた。砂塵による目眩し、でもそれは双方共に障害になり戦闘になどなる筈が無い、そうクブリは思っていた。

 

『大丈夫です、私達は冬の雪嵐の中でも戦える訓練を人馬共々訓練しています。

私達よりも弓を扱う騎士達の方が目に頼った戦いをしているはず、そこを突けば必ず勝機は見えてきます。』

 

『わかりました、早速準備に入ります。・・・懸念ですが、勝手が慣れない魔法な上に魔力が枯渇しかかっている者もいます。奴らの視界を完全に奪う程の支援は一回と思って下さい、その合図もマーニャ様にお願いしたいと思います。』

 

『わかったわ。発動はぎりぎりまで引き付けます、私の合図無しに発動はしないでね。』

 

 

このやり取りで得た作戦は功を奏し、どちらが勝利してもおかしく無い程肉迫していた。接近戦に持ち込めた天馬騎士の方が機動に優れ、弓を下手に放てば味方に当ててしまう恐れもありバイゲリッターの動きは明らかに低下していた。数的不利でもあった天馬騎士だがそれすらも並ぶ程の活躍にマーニャは味方を讃え鼓舞していった、これで運命を変えられる。その希望の光が一筋見えようとしていた、この瞬間までは・・・。

マーニャはとうとうバイゲリッターを束ねるアンドレイを捉え、銀の剣が彼の眼前を一閃する。辛うじてアンドレイは馬の背にも関わらずスウェイバックし難を逃れるが髪を切り裂かれて落馬する。

マーニャは再び旋回してアンドレイへ迫ろうとするが高度を取った為、取り巻きが牽制の射撃で大きく回り込む事となり追撃は出来なかった。アンドレイはその隙に再び馬上に戻りマーニャを恨みがましく睨み付けた。

 

「あの女!よくも俺の髪を!俺の弓で引き摺り下ろして、女に生まれてきた事を後悔させてから殺してやる!!」バッサリと眉上から綺麗に前髪を落とされ無様な醜態を晒したアンドレイの怒りは怒髪天を衝く程であった。

 

「お、落ち着き下さい。このままでは奴らの思う壺、ここは撤退を・・・。」

 

「馬鹿者!ここは砂地の足場だぞ、敵前で背を向けても不名誉で死ぬだけだ!!・・・この視界の悪さを利用する、全員陣形をとり直せ!!」アンドレイは頭に血は上っているが戦局は見据えている、視界の悪い戦にそれなりの作戦を見いだしつつあった。

 

 

 

「みんな!魔力が落ちてきているぞ!!もう少し頑張ってくれ!!」クブリは取り巻きの魔道士を達を必死に奮い立たせるが既に数人の魔道士は肩で息をしており性も根も尽き果てていた。シルヴィアが必死に魔法の踊りで疲労を回復させてもすぐにバテてしまいマーニャの期待する程の砂塵を起こせていない・・・、このままでは全容を視認されれば勝ち目はない。そんな中でクロード神父は二度目のリザーブを放ちマーニャ隊の生命を繋ぎ止めていたこの二つの支援がなければマーニャ隊は既に瓦解していただろう。

しかし魔力は体力のように鼓舞してどうにかなるものではない、精神は弱れば魔法の奇跡は鳴りを潜めてしまうのだ。シルヴィア自身も体力と知らず知らずの内に魔力を使って他者の体力と精神力を回復させている、クロード神父と二人魔力が尽きればマーニャの命運も危うくなる・・・。

マーニャ!早く倒してくれ!!

彼女がひかない今、願う事は皆同じであった・・・。

 

 

 

彼らの想いと裏腹に時間はなかなか経過しなかった、1分がこんなに長く感じとは・・・。既に魔力は尽き果ててクブリもシルヴィアも既に立っていることも出来ずに静観するしかなかった、クブリは歯を食いしばって己の未熟さを痛感していた。

クロードのみもう数える事をやめるくらいリザーブを使用して彼女達の命を繋ぎ止めているのだ、この内戦からクロードもかなりの魔力を使ってきてはずなのにその無尽蔵とも思えるその魔力の強大さに敬服する。

賢者の称号を賜り、自他共にシレジアを代表する魔道士に辿り着いたと思ったがそれはちっぽけで浅はかな自惚れでしかなかったのだ・・・。これだけの力を持ちながらクロードは悩み苦しむ姿を何度となくみていたが、ようやくその一端が見えたような気がしていた。

強大な力を持っていても、運命を変える事は出来ずにいつしかその力に失望した結果が今のクロードがあるようにクブリは思ってしまった。だからこそマーニャはそのクロードを後押ししているように感じた・・・。

 

祈るようにリザーブを放出していたクロードの目が突然開かれる、その顔に生気はまるで感じない・・・。聖遺物である杖が手から離れ数歩よろよろと歩み・・・。

 

「マーニャ!ダメです!!それ以上は行ってはなりません!!」クロードはあらん限りの声量を発したのだ、その悲壮な叫びは遠く砂漠に響いていくが既に運命の時が訪れようとしていたのである・・・。

 

 

 

「かはっ・・・!」マーニャは不意に自身の胸に手を当てる・・・。一本の矢がプレートメイルを突き破って深々と刺さったのだ、すぐ様溢れ出た血が肺に溜まりマーニャは吐血する。

ぐらりと平衡感覚を失うとファルコンの背から、堕ちた・・・。

遠目から見れば彼女の身体はまるで小さな小鳥が羽を失ったかのように小さなシルエットが放射物を描くように、夕方の空を舞っていた。

クロードはすぐ様、落とした聖杖で招聘魔法を発動させる。意識を失った彼女ならば意識で跳ね除ける事はない、だが絶命していれば彼女をここへ飛ばす事は出来ない。

生きていてくれ!クロードは荒れる心を必死に押さえつけて招聘を完成させた。彼女の身体は砂漠に落下する前にクロードの腕に優しく抱かれた・・・。

 

「神父様・・・。」

 

「マーニャ!今回復させますからね!!」クロードはすぐ様リカバーの準備に入るが、マーニャはその杖に手を添えて首を振る。

 

「心臓を、貫いているわ・・・。」

 

「そ、そんな・・・。」クロードは言葉を失うが、マーニャはかすかに笑っていた。

 

「なぜ、生きているのでしょうね・・・。きっとブラギ様が運命を抗ったご褒美に神父様とお話しする時間を下さったのかもしれませんね。」マーニャの言葉にクロードは手を握り涙を伝わらせて無言で頷いた。

 

「神父様、あなたの言う通りになりましたね。・・・やっぱり、凄い人です。」

 

「何を言うのです、マーニャあなたの方が余程強き御仁です。運命を最期まで抗ったあなたの方が聖戦士を語るに相応しい方です。」クロードの言葉にマーニャは一筋涙を流した。

 

「嬉しい・・・。神父様に褒められたのなら、もう私は思い残す事はありません。フュリーの産まれてくる子供を一度抱いてあげたかったけど、仕方ありませんね・・・。さようなら、クロード様・・・・・・生きて、くだ・・・。」彼女は消えていくように言葉を終わらせ、全身の力が抜けて行く。

 

クロードが叫んだと同時に、戦場では大きな暴風が発せららた。神秘の緑風が砂漠に立ち起こりバイゲリッターはその中で、消し飛んで行く・・・。

 

「あ、あれは・・・。フォルセティ、レヴィン様がお使いなられたのですね・・・。」クブリは砂漠に起きる風の奇跡をマーニャの亡骸を見ながら呟いた。

レヴィン様はフォルセティを与えられたが、使いこなせていなかった。その強大な魔力に翻弄され抑え込む事も出来なかったのだが、マーニャの一件でその力を使いこなせる事になったのだろう。かけがえのない犠牲を伴って・・・。

 

 

 

クロードはマーニャの亡骸をそっと砂漠の上に置く、手を胸の前で組ませると聖遺物を握りしめその力を解放させ始めた。

 

「クロード様?な、何を・・・。」クブリが呟いた瞬間クロードの瞳が金色に輝くと、杖をマーニャに翳して先ほどのフォルセティよりも上回る凄まじい魔力が発せられたのだ。

その黄金の魔力は体から溢れ出し、杖が見た事もないくらいの眩さを発し出す。

クブリもあたりの魔道達もその圧倒的な魔力に吹き飛ばされ尻餅をつく、なんとかその奇跡を垣間見ようと砂塵で荒れ狂う中心を見ようと必死に追いかけていた。

 

「あ、あれがクロード様の聖戦士の力・・・、最大顕現まで昇華すれば死者すらも蘇生する唯一の魔法・・・。」

 

「じゃ!じゃあマーニャさん助かるの!!」シルヴィアは涙に濡れた頬をぬぐいながらクブリに食らいつく。

 

「わかりません、私は伝承を見返していてもバルキリーの杖が死者を生き返らせた例を見た事がありません。」

 

「お願い!マーニャさんを生き返らせて!!クロードさん!!」シルヴィアはその場で祈りを捧げる、クブリは彼女の健気さに頰が少し緩んでしまう。彼女の清らかな祈りはまるでクロードと同じ様で、神話に出てくる一節のような神々しさに溢れていた。

彼女の体からもクロードと同じ様に金色の瞳が発現し、わずかな魔力がクロードを後押しするかの様である。

 

「シルヴィアさん、貴方は一体・・・。」クブリの直感が脳内で一つの可能性を生みつつあった。

 

 

 

私は馬鹿だ・・・、なぜ今まで気づかなかったのだろうか?

クロードは魔力を解放しながら心で叫んでいた。

私は人生ずっと悩んでいたその答えを手にしていたのに・・・、かけがえのない人を失った瞬間に理解するなんて・・・。私は大馬鹿者だ!!

彼女の生きる道の先に私の答えがあったのだ。彼女の言葉一つ一つが私の答えであったのに、私は聞いている様で聞いていなかったのだ。

彼女の強さ、健気さ、優しさ、厳しさ、そして愛おしさ・・・。

彼女の正しい心が、一点の曇りのない心がこの絶望の運命を変えて行く一石だったはずなにのに、私は取りこぼしてしまったのだ。

 

ブラギ神よ・・・、この大馬鹿者を少しでも憐れむ気持ちが、慈悲があるのなら・・・。我が声を聞き入れてくれ!!

 

私の命に変えても、彼女を救いたいと言えば彼女は怒るだろう・・・。だから!私の今までの信仰の全てを賭けて、彼女を救ってくれ!!

 

クロードはさらに黄金に光る魔力を放出して祈りを捧げる、無意識に発せられるその詠唱はまるで歌の様で砂漠の空気を震わせる様に響く。この声に辺りの者達は心を鼓舞され、失われた魔力が再び蘇る様に体に力が入って行く。

 

「こ、これは?」へばっていた魔道士達が起き上がり変化する体に戸惑いをかくせない。

 

「聖歌だ。正しき戦いを讃え、味方する者に勇気と魔力が呼応する。敵対する者はその勇ましさに震え、戦慄すると言われている。」

 

「レヴィン様・・・。」

 

「クブリ、済まなかった。俺が未熟なばかりにお前達には迷惑ばかりかけてしまった。」

 

「いえ・・・。マーニャ様は助かるのでしょうか?」

 

「・・・クロード神父は答えを見つけた様だ、きっと歴代のブラギの代弁者とは違う結果になると信じている。」

 

「・・・!では、やはり・・・。」

 

「一度も成功した事はなかったそうだ・・・、聖戦の伝承では黒騎士ヘズルがリカバーも効かぬほどの瀕死を初代ブラギ様が癒した事が一番の貢献だったらしい。今回は完全に死者となっているが、クロード神父はやり遂げると俺は思っている。」

 

「・・・はい、信じましょう。私もブラギに祈りを捧げます。」クブリの言葉にレヴィンは力強く頷く、後からやってきたマーニャの天馬部隊もこの地に降り立つと同じ様に両膝を地につけ胸に手を組んで祈りを捧げていた。

シルヴィアは祈りからクロードの歌に合わせて踊り始めた、その踊りはどこか神々しく発する魔力が黄金の衣装に着替えたかの様である。

 

絵師がいればこの姿を描きたくなるだろう、この歴史に刻まれる大業に皆が奇跡を共有する。クロードの歌が止み、シルヴィアが踊りのフィナーレを見せた時、マーニャはゆっくりを瞼を開け起き上がったのである。クロードはすぐ様彼女を支えて肩を貸したのだ。

その瞬間、歓声と悲鳴が起き上がり戦場とは思えない雰囲気を発していた、失われた希望が息を吹き返し再び運命に立ち向かう聖戦士の誕生に、世界が震えた瞬間であっただから・・・。

 

 

「マーニャ、よく帰ってきてくれました。あなたの強い意志がこの地は戻る事を許されたのですよ。」

 

「でも、私の為に聖杖が・・・。」クロードの持つ聖遺物は死者蘇生に全ての力を失い、光の粒子となって掻き消えていく・・・。もうクロードの世代に聖遺物は姿を表す事はないだろう、言い換えればマーニャを助けた為に他の人を救う術を失った事になる。

 

「いいんです。あなたがここに帰ってきてくれた事が、私の願う運命だったのですから。」クロードはマーニャに笑い、翠の髪と頰に手を添えて言う。

 

「私と共に運命を共にして下さい、最後まで私も出来ることから足掻いて抗っていきます。あなたの言葉が、私の指針です。」

 

「神父様・・・いえ、これからはクロードと言わせてもらいますね。」

 

「はい!なんなりと・・・。」二人の絆はより強く輝いていくのである。

 

マーニャをすくった奇跡が遠い未来、運命を切り開いたこの事象により絶望となったユグドラル大陸を救う一端となる事を誰もが知る由はないのである。




感情移入してしまいました。
自分で描いているのに、こうして文字として起こしますと情景を想像してしまいうるっとしてしまいました・・・、年取りましたねー。

マーニャを助けるシーンは脳内では聖戦の系譜で使われている悲しいシーンに出てくるBGMが流れてました。

ご感想がありましたら、是非お願い致します。


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明暗

更新が遅くなりましたすみません。
三月の期末で忙しい時にファイアーエムブレムヒーローズに手を出してハマり、睡眠と休日を削ってしまいました。
四月になり、繁忙期を乗り越えましたので再び再開したいと思います。


「何だって!マーニャ隊が砂漠へ?」リューベックへ転移したレヴィンはザクソンへ引き返そうとしているベオウルフから事情を聞いてイード砂漠へと急ぐ、彼女の考える事はおおよそであるが検討がついていた。負ける気はしないが先導して退路を確保する為に名乗り出たんだろう・・・。

 

「俺にも、パメラやディートバを引き離したのはこれが目的か・・・、マーニャの奴め。」レヴィンは戦場へと疾走する、フォルセティを得たレヴィンの走る速度は常人を遥かに凌駕していて彼のお付きの魔道士達はとうに振り切れており独走していた。砂塵を引き起こしながら疾走するレヴィンは穏やかでありながら気持ちは焦っていた、動揺する気持ちを必死に抑え、戦場へと急ぐ。

徐々に視認できつつあるマーニャ隊はグランベル騎士団の回生を狙う作戦にまだ気づいていなかった。

 

「不味い、奴らも捨て身の賭けに出ている。迂闊に飛び込めばマーニャ隊は・・・。」レヴィンは騎士団の作戦を先読みできていた。

視認が怪しいならマーニャ隊がとどめを狙う突撃の瞬間、至近距離まで引きつけての一斉射撃に切り替えていた。

 

彼方からマーニャ隊を諌める声が聞こえる中、レヴィンは必死にフォルセティを発動させようと懸命になる。

魔力を発動させるが、訓練と同じで魔力が荒れ狂う暴風に変わるばかりでとても使い物にならない、レヴィンは自身の風に吹き飛ばされてしまう。

 

「なぜ俺には使えない!俺に何が足りないんだ!!」砂地に両腕を叩きつけてその場で苦悩する、時間か惜しいレヴィンは再び走り出しながら自身を責める。頭を砂地に打ち付けた時不意に母親であるラーナの言葉が思い出したのだ・・・。

 

「レヴィン、風の聖戦士は風のように穏やかに流れ世界を暖かく導く存在です。

決して自分の為に風を起こすのではなく人々の悲しみを知り、人々の為に使いなさい。その気持ちがあれば自ずとあなたの血が、フォルセティの力を正しく導くでしょう。」

何度反芻してもこの事態を切り開く事に繋がるのか・・・、レヴィンは必死に母の言葉を考え続けた。

 

「マーニャ、生きて欲しい!何よりフュリーの為に・・・、お前が死ねばフュリーの血縁はいなくなるのだぞ!!」レヴィンは歯を食いしばって言い放つと再び疾走を始めた。

 

 

「放て!!」アンドレイの号令と共に天馬騎士を限界まで引きつけた至近距離からの一斉射撃を行なった。

この強弓に天馬騎士は夥しい被害を受ける事となる。天馬を貫いて騎士にまで被害が出る程の者であり、さらに半数近くの騎士が天馬を失い地面に叩きつけられ、その中の数人が命を失う事となった。

マーニャは間一髪難を逃れたが、アンドレイの執念は本物であった。

あの突撃の中でマーニャの存在を認識し、追撃の一撃を見舞ったのである。

マーニャはその必殺の一撃を受け、地に落ちようとしていた。

 

「ふはははは!堕ちろ!そして死ね!!」狂気に狂うアンドレイ、マーニャを失った事で瓦解する天馬騎士は戦意を急速に衰えていくがバイゲリッターの追撃はまだ終わらなかった。

 

「今度こそ止めだ!堕ちろ蚊トンボ供!!」アンドレイの号令が再び始まる、上空に向けて標準を合わせた時緑風の暴風が現れたのだ。

 

「な、なんだこの風は!?」

 

「アンドレイ様、あちらです!!」

 

すぐ先にはレヴィンがいた・・・、その表情は怒りではなく悲しみに満ちた表情である。それとは裏腹にまとう魔力は優しく微風が彼を撫でており、まるでレヴィンに風が意志を持って慮っているかのようである。

 

「これが風の奇跡フォルセティか・・・、優しく温かい・・・。」

レヴィンはマーニャを失った喪失感で心が張り裂けそうになるが同じく悩み苦しんでいる聖戦士がマーニャを回収してくれた、彼なら必ずマーニャを救ってくれる。なぜか確信をしていたのだった。

今はこのフォルセティを解放した時こ自身の心境の変化に身を委ね、力を正しく使う事に集中していたかった。

 

「な、なんだ・・・。あいつは・・・。」アンドレイはレヴィンの異質さに驚きを隠せない、配下の一斉掃射の弓が一本もレヴィンに届かないのだ。彼を守るようにまとう風が矢をレヴィンから守り、叩き落とされていた。

 

「あ!あれはシレジアのレヴィン国王です!!国王自らここまで・・・。」アンドレイの側近が看破すると、彼は狼狽する。

レヴィンは聖戦士の直系・・・、父親のリングから散々に聞かされた言葉がある。

 

「聖遺物を持つ聖戦士とは戦うな、持たざる者は死しかない。」彼の心の中には殺害した父親の教えが未だに残っていた。末っ子として生まれた為に嫡男であるはずなのに彼が聖弓イチイバルを扱う事は出来ず、父は姉であるエーディンにブリキッドの生存を信じて弓を託してイザークに出陣した、アンドレイが父に殺意を覚えたのはその時だった。

彼は行軍中にランゴバルドとレプトールが不穏な動きを察知する。彼は心の闇に侵食された事でレプトール達の思考と似通った立場になり、父はおろかバイロンやクルトよりも先読み出来たのだ。

 

マリクル王子とバイロンとクルトの会談会場をランゴバルドが襲撃すると尾行していた部隊からの情報を受けて、アンドレイは同日の同時刻に父を抹殺したのだ。

レプトールもランゴバルドもアンドレイを非難する事は出来ない。彼は二人の弱みを握りながらも自身の弱みを見せる事で、ある種の運命を共有した者達となり、帰国してからも互いに互いの傷を埋め合う抜き差しならぬ存在になったのであった。

その巧みなアンドレイの立ち位置によりシアルフィ家は裏切り者のレッテルを貼られて没落し、嫡男であるシグルドは国外亡命となり、シアルフィ家と親交が深かったユングヴィはアンドレイの巧みな政治手腕でお咎めなし、当主になり得たのだった。

順風に事を進めていたアンドレイであったが不穏な事を耳にする。エーディンがブリキッドを見つけ出し、イチイバルの弓を引けたというのだ。彼女がもしグランベルに帰国すればアンドレイの今までの事は水泡に帰してしまう。

彼はシレジアの内乱中に2人を抹殺する事のみを考え、シレジアの反乱軍からの応援要請が出されるや否や出し渋りを考えるレプトールを他所に出陣したのだ。

 

 

 

レヴィンはまだ聖遺物を扱いきれていないと聞いていたが、この雰囲気を見るにそうとは思えなかった。

アンドレイは父の言葉を否定し強弓を引き絞りレヴィンへと放った。バイゲリッターを率いる当主の弓は強力で風の保護を受けているレヴィンでも止める事は出来ず、初めてレヴィンは身体を動かして回避した。

 

「シレジアのレヴィン国王とお見受けする!!私はユングヴィ家当主のアンドレイだ、シレジア国王とは露知らず誤射してしまった事は謝罪しよう。」

 

「いかにも・・・、貴殿達は如何様でシレジアに入国を画策している?これ以上先に進むのであれば相応の覚悟をしていただく事となるぞ。」

 

「我らはマイオス公から内乱鎮圧の要請を受けて馳せ参じた!それを天馬騎士をけしかけるとは如何なる了見であるのかお聞かせ願いたい。」

 

「マイオス公こそ内乱の首謀者である、彼の要請でここに来られたのであれば引き返していただきたい。」

 

「ならば!彼の首を持ってそれを証明してもらおう!!我らもシレジアとの義によって馳せ参じて、これほどの無礼を受けては納得出来ぬ。」

 

「無礼、だと?

アンドレイ公、無礼なら貴殿とグランベルにある。我が母はシグルド公子に擁護する書簡を送っているが一切の返答はなく、交易もグランベル側から一切を止められたままだ。それを今更義によって馳せ参じたとは勇み足にも程があるのではないか?」

 

「レヴィン王!!口が過ぎるのではないか、そのような挑発をすればどうなるのか知っての事か!!」

 

「どうなるというのだ?アンドレイ公、貴殿は我が天馬騎士団を蚊トンボ呼ばわりした無礼者だ。今更貴殿に取り繕う必要もない、シレジアの怒りを受けて見るんだな。」

 

レヴィンは本格的にフォルセティに魔力を送り出す・・・。

優しく彼を包んでいた風はみるみるうちにアンドレイを敵視したように荒々しく吹き荒れ始めた。徐々に突き刺さるような強い風がアンドレイを襲い始め、馬上にいることすら困難になる。ましてや弓など弾ける状態ではなかった。

 

「てっ、撤退を・・・。」今度こそ不味いと判断した側近はアンドレイに再度提案するが、その言葉は遅くレヴィンの魔法は完成する。

 

「フォルセティ」突き出された右手を合図に緑風の暴風がバイゲリッターを襲う、その嵐をゆうに超える風の暴力は砂上に立つ者全てを飲み込み払っていく・・・。

 

 

「ここまで、とはな・・・。」レヴィンはその聖遺物の強大さに改めて感心してしまう。

レヴィンの感覚的に言えば室内に入り込んだ蝿を手で追いやる程度の気持ちであった。殺すつもりはなく、この場から退散してもらう気持ちで使ったフォルセティは遥か後方までバイゲリッターを吹き飛ばす事となった。

レヴィンの目前には綺麗に掃除されて砂地のみとなっていた。

 

「マーニャ・・・。」レヴィンは精神を集中させ、マーニャの元へと転移するのであった。

 

 

 

 

「久しぶりだね、レーガン・・・。風の噂で君が暗殺者になっている噂を聞いた時は耳を疑ったけど、ホントなんだね。」

レーガンの身振りや装備品を見てデューは語りかける、レーガンはただデューの言葉に無言で見るのみであった。

地下坑道では相手の存在は捉えても表情は読み取れない・・・、灯は互いに持つ光源のみである。それでもデューの夜目はその存在をレーガンだと思っていた。

 

「デューさん、お久しぶりです。変わってないようで何よりです。」

 

「君は随分と変わってしまったようだね・・・。」

 

「・・・デューさん。ここは黙って退いてくれませんか?

俺はあんたを殺したくない・・・。」レーガンは短刀を抜いてデューに威嚇する、殺気は出ていないがその短刀の見事さに気を緩めれば一瞬で絶命させられるのであろう・・・。

 

「やめなよ、レーガン・・・。その怪我で僕に勝てると思ってるの?」レーガンはセイレーン襲撃の際にレイミアからの渾身の一撃を受けて深手では無いが腹部を負傷している。普段では徐々に回復するのであるが、黒曜石の剣は魔力を断つ特殊な素材で出来ている為暫く回復が始まりそうになく、帰還を余儀なくされていた。

 

「変わったのは姿形だけではない、強さは本当に・・・。」ここまで言った途端彼は姿を消す、デューはその超反応を微かな気配のみで読み取り頭上からの一撃を風の剣で受け止めた。激しい剣戟が響き、火花が散る。

デューはすぐ様体を変えてレーガンの足が着地する寸前で再度打ち込み、押し切って距離を取らせた。

 

「その視界から消す技術も短刀術も僕が教えたものだよ、僕が見切れないとでも思った?」デューが珍しく怒りを露わにしている、風の剣を振りかざすとレーガンに真空の鎌鼬が襲いさらに腹部へ痛手を与えた。

 

「がはっ!!」レーガンは吹き飛ばされて闇へと消えていき、気配も消える。再び闇に紛れて暗殺術を駆使するつもりだろう・・・。デューは再び精神を研ぎ澄ます。

 

一時の静寂が訪れる・・・、しかし互いの精神は極限まで緊張を強いられていた。何処からか滴る水が岩を穿つ音まで聞こえてくるほどに2人の服擦れする音すらなかった、互いに移動しているのにも関わららずである。

 

「!!」デューはレーガンを捉える、痛みで一瞬口内でくぐもらせた喘ぎをデューは見逃さない。その場からジャンプしてレーガンに上段からの切り込みをする、レーガンも空気を切り裂いて迫るデューに感知し短刀二本で受けとめて静寂が一転し激しい剣戟が鳴り響いた。

力比べとなり2人の動きは硬直する。

 

「何年振りですか・・・、ガネーシャを追われてデューさんと別れたのは・・・。」

 

「6年だよ、まだレーガンは子供だったからね。」

 

「デューさんは盗賊にまで身を落として俺たちを食べさせてくれた、あんたがいるから俺たちは飢えずに生き延びる事ができた。感謝している。」

 

「まさか、そのレーガンが暗殺者になっているとは思わなかったけどね。」

 

「デューさん、俺はもうあんたの言う通り暗殺者さ。この手で何人もの人を闇に葬った事か・・・。これも生き延びる為だ。」レーガンは身体を半身ずらしてデューの体勢を崩すと前のめりになった腹部に膝を叩き込んだ。

 

「ぐっ!」デューは腹部の激痛に耐えながら懐から閃光弾を放ち、レーガンの視力を奪う。その間にデューは距離をとって風の剣を振りかざした、再び風の刃がレーガンを襲うが見事な跳躍でかわしてデューへ飛びかかった。

デューは風の剣を握り直した芸劇の体勢をとるが、レーガンは腹部に溜まった血をデューの目へと狙いを付けたのだ。デューは咄嗟にその血糊を左腕で振り払って難を逃れるが、レーガンはそのあいだにデューの背後を取った。暗殺者に背後を取られる事は死へ直結する、デューは冷たい汗をかきながら死の刃が命の刈り取りから防ごうと知恵を絞る。

 

一時の時間が流れるが、その冷たい刃はデューを貫く事はなかった・・・。背後から感じ取れるのは殺気も闘気もなく、穏やかに流れる気配だけである。

 

「暗殺者が情に流されるようなら一流とは言えないね、それとも心の何処かで否定しているんじゃないか?自分は暗殺者ではなく、剣士だと・・・。」

 

「・・・デューさん、俺はあんたに恩義を感じている。

あんたを殺したくはない。力の差はわかっただろう、黙ってシレジアから退いて下さい。」デューは振り返ってレーガンを見据える。彼もまた殺気はなく、むしろ慈しむような眼を向けていた。

 

「レーガンがどのような経緯で暗殺者に身を落としたのか、僕には想像も出来ない。やむを得ない事情があったかもしれない・・・、僕が盗賊に身を落とした事と同じかもしれないね。

でもレーガン、僕も今はシレジアのカルトと行動してから一介の盗賊から剣士になろうとしている自分に気が付いたんだ。

カルトの為に剣を振るい、金策を得る為に敵の懐を奪い、内偵をする・・・。彼の闇を担うと誓ったんだ、この剣に掛けてね。だから、僕も退く訳にはいかない。」デューはカルトの闇の一つである風の剣を譲り受けたのはその決意の表れである。ブリギットとの一騒動を聞いたデューはブリギットに釈明するが、彼女の闇もまた深く修復する事は出来ないでいた。

そんな中でも風の剣はデューの手元に戻し2人の架け橋になる為に、カルトとブリギットの闇を払う為にデューは呪いの対象となる風の剣を振るい続ける事を決意したのだ。

 

レーガンは悲しみの表情を一瞬映し出すがすぐさまもとの顔に戻る。もとに戻ったその顔は暗殺者になる前の、デューがイザークで見た剣士を志しているレーガンの希望に満ちていた時の顔であった。

どちらが倒れるかわからないが最後を看取るにしても剣士として屠りたい、倒されたい・・・。その決意がレーガンを暗殺者から剣士へと立ち戻らせたのだろう。

今まで一度も使っていない、背中にある長剣を抜いてデューと対峙しようとしていた。

禍々しい殺気はなく純然たる闘気を発し、デューは肌で感じ取る。

 

「さよなら・・・、レーガン!!」デューは風の剣を持ち直し、告別の言葉を口にするのであった。




デュー

シーフファイター

LV 25

力 18
魔力 10
速 27
技 28
運 29
防 15
魔防 10

追撃 太陽剣 値切 盗む

ガネーシャ族長の長男。ガネーシャはイザークに淘汰された時、まだ幼いレーガンやレイミアを連れて逃走する所をホリンに見つかるが見逃してくれたお陰でイザークから出奔する事が出来た。
その後、ミレトスで盗賊稼業をしつつ彼らの面倒を見ながら各地を奔放していた。
そんな折にイード砂漠で、ある盗賊団の溜めていた財産を狙って潜入していた時に恩人であるホリンと出会い、行動を共にする。彼が古戦場の砦での再会は偶然ではない事は確かである。


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ガネーシャの剣士

更新が遅くなりましてすみません。
感想で御催のメッセージを頂きましたて奮闘しました、ヒーローズが原因で遅れてます。
イベントが多すぎですよ、あのゲーム・・・。


幼少の頃のデューは、血気盛んなガネーシャの剣士達を相手にしても一歩も引かない剣技を携えていた。体格は貧弱、腕力もないデューがどのようにして剣士として歩んだいたのか、彼を知らない者は首をかしげるだろう・・・。

イザークの秘技である太陽剣を巧みに使って相手の疲労を誘う、体力を奪い傷を押し付けるその秘技で長期戦に持ち込み、彼のペースで戦われるといかに一流の剣士であっても打ち負かす事は出来なかった。

早くより自分の持ち味を生かし、相手攻撃手段を封殺する事がガネーシャで生きるデューの戦い方であった。

 

戦い方が潔くない為、父親にも気に入られなかったが彼にとってはそんな事は気にもしなかった。勝ってしまえば負けた剣士の言い訳はそれ以上に見苦しく、卑屈にしか聞こえない。強者こそが物を言うガネーシャではそんな事は大したことではない、少年にして大人顔負けにガネーシャの町を肩で風を切るデューを幼き時のレーガンは憧れを抱いていたのは言うまでも無いだろう。

 

太陽剣は三大秘技の中でも特に扱いが難しい剣技と言われている、それを若くして会得したデューを周りは認めざるを得ないのであった。

闘気を速度に変えるのが流星剣、力に変えるのが月光剣、そして闘気を武器に乗せ身体の接触時に相手の体力を奪うのが太陽剣・・・。闘気を身体向上に使うのが通常の使い方であるのだが、武器に乗せる手段は格段に難しい・・・。心の内を高揚させ身体能力をあげる闘気の中で、太陽剣は心を静かに保ちつつ闘気を内に秘め、繊細な操作で剣に乗せないと発動しないからである。

その難しさと消耗の大きさより秘技は常に発動させるのではなく、ここ一番のタイミングを見つけた時に爆発的に高めて一閃する事を先人は考案し、必殺剣へと昇華させて言ったのである。

 

 

シレジアの北部の山脈、坑道内では同郷の二人が全てを晒して雌雄を決する戦いへ望んでいた。

レーガンは背中にある長剣を握る、デューは通常の剣よりやや短めの、ショートソードと中間くらいの風の剣を持って構える。

レーガンはデューよりも体格は大きく筋力も凌駕している、しかしデューの持ち味はそこにないことを何よりも理解し警戒していた。

レーガンは長剣を鞘ごと左手で持ち、納刀されたままの剣の柄を右手で握ると構えを取る。重心を低く保ち、デューを見据えた。

 

「納刀したままの構え、抜刀剣か・・・。剣閃は読めるし、躱されれば二の太刀は無い捨て身の必殺剣・・・。それがレーガンの剣士としての戦い方なんだね。」デューはすぐ様その構えから導き出された戦い方を看破するが、レーガンは表情を崩すことなくデューを見据え続けていた。

 

「剣士として相手を認め、一対一の戦いで幾度となく使ってきた。・・・それでも今までこの太刀を躱されて敗北した事はない、この意味わかりますよね。」レーガンのその言葉の前からデューは認識していた、その脅威に額から頰に汗が流れ落ちる。予測される剣閃、そして躱されれば大振りの空振りからその後の体勢は完全に無防備となってしまう。それでもここまで生き残り、勝ち続けて必殺剣とまで昇華されたのであればただの抜刀剣ではないのだろう。なによりレーガンから放たれる闘気はイザークに伝わる三つの必殺剣に使用する直前に放たれる闘気と遜色はなかった。

 

(この迫力、まるでホリンやアイラと並ぶ程だ・・・、これはまずい。)

デューは即座に技量を推し量りイメージを作り出す、一流の剣士は相対すれば相手の技量も判断できてしまう。それが勝ち負けに直結するわけではないがその直感が働かなけば戦場では生き残れない。

逃げる訳にはいかない時、デューもまたその必殺剣を頼りに生き延びてきた。

デューもまた、闘気を最大に風の剣へと力を込める。

 

「無駄です。新月剣は全てを闇へ誘う一撃必倒の剣、デューさんの持久戦を得意とする太陽剣では勝ち目はありません。」

レーガンの忠告の通りあの抜刀剣・・・、彼の新月剣を破るには最大速度を誇る流星剣か、彼の剣を破壊しても推進する月光剣くらいしか思いつかなかった。

 

「そうかもしれない・・・、でもねレーガン。僕もこの太陽剣一つでここまで生き残ってきたんだよ。」デューは一つ笑顔を作って構える。

この言葉を最後に二人は言葉は発する事なく己を高めていく・・・。私怨はない、ただお互いの立場が違うだけで剣を交えなければならない状況に二人は運命を受け入れて臨み始めていた。

 

デューが動く!その疾風の早さに二流の剣士では迎撃できないだろう、直線の動きではなく複雑なフェイントや緩急をつけた独特な足運び、体捌きに翻弄される筈である。

だがレーガンはまるで動じなかった、彼は自ら目を閉じデューの闘気を読んでいた。目で捉えず闘気が自身の刃の間合いに入った瞬間に抜き放つ奥義・・・、フェイントに惑わされる物ではなかった。

先手を譲り、後手からの返しの一撃であるレーガンの新月剣は確実にデューを補足した。デューが複雑な体捌きでレーガンの左側面に回り込んで振るわれた風の剣が腹部を狙っていた事を察知し、レーガンはそのまま鞘走りに長剣を抜きながら体をその場で高速に一回転しながら振り抜いたのである。

左側面からの攻撃からの反撃では、半歩退いて左回りに90度回れば対処できるのにレーガンは鞘から抜いた剣の速度を落とさないために右方向から回りデューを攻撃したのだ。その見事な速度にいつものデューでは一溜まりもなかっただろう。

 

レーガンはデューの風の剣の位置も把握していた、デューの胴は長剣で横薙ぎに一閃され腹部と胸部を境に切り離されたと確信していたが手応えがそれを拒否していた。金属に打ち込まれたその手応えに彼は目を開けて確認する。

 

「なっ!」レーガンの目は驚愕に瞳孔が開かれる、デューの左手にある剣は風の剣ではなかった。カルトから譲り受ける前から持つショートソードが握られていたのである。

横薙ぎからの攻撃にデューは咄嗟にもう一方の剣を腰から引き抜いて辛うじて受ける事に成功したのだ、腕力の足りないデューはショートソードが砕かれる恐れがあったのでその場で跳躍してショートソードを力点に側方宙返りを敢行しその不可解な体制のまま右手の風の剣を振り抜いていた。風の剣はレーガンを下から切り上げ、負傷した腹部に深刻な一撃となった。

 

「くっ!」レーガンは腹部からさらに血液を溢れさせ、その場に崩れる。

デューもまたその不可解な体勢から撃ち放った一撃の為、着地など考えておらず肩から落ちてしまい負傷する。頭部も打ったのか、立ち上がった時には顔にまで流血が滴っていた。左肩を抑えながらレーガンの元へ歩んでいく・・・。

 

「まさかあれを防ぐなんて・・・、完敗です。」レーガンは立ち上がる事を諦め、見下ろすデューに賛辞を送る。

 

「少し前までの僕なら、間違いなく僕が負けたていただろうな・・・。」デューは左手に握られていた自分の剣を見つめて答えた、風の剣を手に入れて使い古されたこの剣を帯刀することすらやめようとしていたがそれを制したのはカルトだった。

デューは新たに彼に感謝するつもりで風の剣を丁寧に納刀し、元の場所へ戻す。

 

 

 

まだそれはこの内乱が大きくなる少し前に遡る・・・。

ブリキッドが風の剣を修復した事によりこの剣が養父を斬殺した物であり、殺した人物がカルトと知って彼に凶行した翌日、デューは夫としてカルトに謝罪に訪れた日の事であった。

 

「カルト、気にする事はないよ。

ブリキッドもきっと頭ではどこか理解しているよ、ただ本人を前にして感情を抑えきれなかっただけだと思う。それに・・・、カルトが無抵抗の人間を斬殺するなんて僕は信じないよ。何らかの事情があったと僕は信じる。」

 

「デュー・・・。」カルトはまだ痛ましい姿で、何より気力が弱っていた。昔の事情とは言えそれを罵られたのだ、体よりも心に負ったダメージの方が大きいのであろう。それでもカルトは立ち止まらないとデューは信じ、慰めの言葉よりも彼を信じると言い切った。カルトもまたデューの真意を掴み取り、一つ頷いて返す。

 

「カルト、あの風の剣を僕に貸してくれないだろうか?」カルトの机の上に置かれた剣を見つめて彼に言う、少し驚いた表情を見せてデューの言葉を待った。

 

「実は、あの剣の修復代に高くついたんだよ。折角今から活躍してもらおうと思ったらあんな事になってブリキッドが突き返したと聞いたものだからちょっと、勿体なくてね。」デューは照れながらそう言った、カルトは勿論彼の言葉はそこにない事を知っている。

カルトを気にして選んだ言葉がこれだったんだろう、手先は器用なのに言葉は不器用なデューに愛嬌を感じてしまいカルトはデューと出会って初めて微笑みを見せた。

 

「いや、この剣は俺が自ら忌み嫌って海に投げ捨てた剣だ。これをブラギの塔で見つけた時点でデューの物だ、俺に許可を取るまでもない・・・。デューに使ってもらった方がいいだろう、是非頼む。」風の剣をデューに渡してカルトは一礼する、デューは照れながら受け取り腰に据える。

 

「剣が二本もあったら動きにくや、この剣はもうお役ごめんかな?」

 

「そんな事はない、その剣は今までデューが死線を共に潜り抜けた剣ならまだ君を守る為に働いてくれる。」カルトはデューが鞘ごと腰から引き抜いたそのショートソードを制してそう言った。

 

「そうだ。デューほど手先が器用なら二刀使いになればいい、君のトリッキーな動きにさらに読みづらくなる。」

 

「二刀使い?それは難しいよ、単純に一刀より二刀の方が強くなる訳ではないよ。」剣士の国出身のデューはそれをよく熟知していた。

 

「そうだろうな・・・、でも左手に握る剣は相手の右手に持つ初動の動きを先読みして止めれば弱い力でも封殺できて自身の右手が活きてくる。左利きの利点を俺が教えてやるよ・・・、傷が癒えてからになるけどな。」カルトはそう言ってもう一度笑う。

 

「カルトは左利きだったね、じゃあやってみようかな?」デューの言葉にカルトは外したショートソードを再度渡して元の腰へと戻っていくのであった。

 

 

 

「あなたが二刀使いに・・・。あなたの素質なら可能でしょうね、デューさんをよく見ている方です。」腹部を抑えながら立ち上がるレーガン、鮮血が止めどなく滴り命の危険を感じる程である。デューは制しようとするがレーガンは首を振って拒否する。

 

「デューさん聞いてください・・・、教団の狙いはセイレーンです。

マンフロイ大司教はマイオスを操ってディアドラと言う女を攫うつもりです。」

 

「・・・それが君達教団の目的?」女性を攫う為にこのな大規模な計画をして来たとは、デューは理解できず聞き返す。

 

「そうです、俺たち末端には内容は教えられていませんがある二人を教団に引き入れることができれば教団は完全復活すると言われてます。デューさんは急いでセイレーンに戻ってください。」吐血混じりにレーガンは言う、デューは彼を救おうと戸惑いを見せるがレーガンは拒否するだろう。彼の目は完全にイザークの頃の澄んだ瞳に戻っていた、それ故にデューは悲しみを襲う。

 

「レーガン、ありがとう!君もきっと傷を癒して戻って来てね。歓迎するから!」デューは笑顔で彼に別れの言葉をかけると、一歩後ずさりする。

 

「デューさん!あなたが僕たちを孤児院に入れた後、姿を消した理由は知ってます。あの施設も俺たちを受け入れるほどの余裕はなかった、だからあんたは自ら口減らしに孤児院を後にして盗賊に落としてまで孤児院に仕送りをしていたんだ。

それなのに俺たちはあなたを誤解して恨んだ時期もありました、・・・本当に申し訳ありません!」

レーガンは一礼しデューを見送る。失血も多く、立っていることすら辛いはずなのに彼は最敬礼してデューを見送ろうとしているのだ。

デューの瞳から熱いものが伝った。

 

「レーガン、お前は本当に馬鹿だなあ・・・。」そう言うとデューは振り返る事なく疾走する。これ以上留まればデューは彼の意思に反してしまう、剣士の誇りとしてそれは勝者も敗北者もどちらの誇りを失ってしまう行為と幼少から教えられている彼らにとっては禁忌であった。

デューは疾走する、その引き返す道に涙の目印をつけている事をデューは知らないのだろう。悲しみをこらえて疾走するデューは振り返る事なく出口に向かうのだった。

 

 

見送ったレーガンはその場に倒れこんだ、意識が遠のいていく・・・。

「レイミア、お前は生きろよ。さっきはすまなったなあ・・・。」うわ言ように吐くと、遠ざかる意識の中で謝罪する。

 

「幸せになってくれ、レイミア・・・。」そう呟くとレーガンの薄れゆく意識の中で不思議な体験をする。彼女が一般の服を着て、髪を結い、一人の男と食事をとっている光景が浮かんできたのだ。

レーガンは驚いた後、にっと笑う。彼女の幸せを垣間見れただけで安心したのだ。

全身の力が抜けていき、ついに首を上げることすらできなくなる。意識が死神に刈り取られるように抜けていき、力尽きていった。

ガネーシャの若き剣士は、その不遇な運命を最後の最後で断ち切り生き絶えたのであった。

 

 

リューベックではベオウルフ達の傭兵部隊が再び攻略に向けていた。

一時は撤退をしていたが、イード砂漠のバイゲリッターを退けた事で進軍を開始したのだ。地下坑道の増援もありえるが後続にはレヴィン王も加わりこちらに向かっている、全部隊の士気は最高潮まで上がっていた。

再び勢いを増したシレジアの混成部隊、リューベックの反乱軍はいよいよ追い詰められる事となった。この事によりドノバンの怒りと動揺がマイオスへと向けられていた。

 

「マイオス公!このままでは落ちてしまう。バイゲリッターのほかに増援はないのか!!」

 

「役に立たない連中だ、リッターとはいえ父親を殺して掠め取ったアンドレイでは玩具程度にもならぬな。」マイオスは階下から迫る怒号を忌々しく聴きながら吐き捨てる。

 

「父親殺し?アンドレイ・・・!」その言葉に流石のドノバンも聞き捨てられず反芻する。なぜシレジアで幽閉されていた人間が知り得る情報なのか・・・、今更ながらどうやってグランベルの軍部とつながってコンタクトしたのか謎が生まれてきたのである。そのドノバンの表情にマイオスはようやく気づいたのかと言いたげににやりと笑う。

 

「き、貴様は一体・・・!」ドノバンは狼狽えながら後ずさる、マイオスは聖杖を取り出して魔法を使用し始める。その魔法陣は転移の魔法、ドノバンは気付かず攻撃魔法と思い距離を取る。

 

「ここは任せたぞ、生き延びたらまた会おう。」この言葉にようやくドノバンは気付き詰め寄るが、マイオスは光の彼方へと消えていった。彼の悔恨の叫びと共にシレジア軍が部屋に突撃したのはほぼ同時であった。




レーガン
アサシンファイター

LV 35
力 23
魔力 7
技 36
速 32
運 15
防 15
魔防 10

追撃 必殺 待ち伏せ 盗む

ガネーシャの剣士、落日のガネーシャでデューと共に落ち延びた一人。元は礼儀正しい人物であったがロプト教団の暗殺者となり破滅的な性格に成り果てていた。
彼が名付けていた新月剣は、必殺と待ち伏せのスキルを応用した物であります。


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奇襲

リューベック攻略を進めるベオウルフはようやくその制圧に成功するが、その後味の悪さに悪態をついてしまう。

結局の所地下坑道からは増援はなく、グランベルからの追撃の応援もないままに制圧はあっという間に終わったからである。まんまと敵の張子の虎に慎重に対応し過ぎてしまい、時間を浪費している事に苛立つ感情を抑えきれず、その矛先は捕らえられてすっかり大人しくなったドノバンに向けられていた・・・。

 

「おい!マイオス公はどこにいる!あれだけ虚勢を張っときながら逃げたとかほざくなよ!!」ベオウルフの尋問はすでに拷問にかけられるように扱われている、顔面を数度となく殴打しておりドノバンの顔は内出血による変色と腫れにより変形を始めていた。

当のドノバンにもわかる訳はなく、ベオウルフの殴打の度に悲鳴をあげて床を転げ回っていた。

 

「ベオ、それくらいにしておけ。見るに耐えん・・・。これくらいの尋問に悲鳴をあげるような男だ、知っていればとっくに吐いているさ。」アイラがベオウルフを窘めている所を見てドノバンは安堵の溜息をついた。それは大きな間違いである事を本人は知らない・・・、アイラは剣を抜き放ってドノバンに迫る。

 

「情報がこれ以上ないなら、主犯者として斬首してやる。」アイラの言葉に近くにいた傭兵2名がドノバンを拘束し、首を落とさせてアイラの意を汲み取るように斬首の用意する。

 

「ひいー!!」金切り声を出して暴れるが屈強な二人の拘束は見事な物で完全に抑え込まれていた。

 

「どのみちシレジアを引き渡しても拷問の末に情報がなければ斬首になるんだ、今死ぬ方が楽になれるぞ・・・。

シレジアには剣の名手はいないからな、私の剣の方が苦しまずに済む。」すらっと上段にあげてドノバンの首に狙いを定めた頃、失禁し無残な姿になった。

 

「言う!言います!!言いますから待ってください!!」ドノバンの一声にアイラは振り下ろす剣を止めて、彼を離すように促す。彼の口からこの反乱の全てが吐かれるのである・・・。

その事実を知ったベオウルフとアイラはイード砂漠から戻ってきたレヴィン達に話し、その全容が明らかになっていく・・・。

 

 

ドノバンは先の反乱で主人であるダッカーを討たれてシレジアの軍部に吸収されようとしていた。しかし彼のように魔法は使えず、天馬騎士でもない者は厳しい気候と地形が守るシレジアでは使い物にならない事は明白であった。

彼は同じ境遇の者達とすぐ様ザクソンから抜け出してリューベック地方へ逃げ込み、ダッカーから聞いていた地下坑道へ潜りシレジアからの追撃を逃れた。持っていた食料も底を尽き、山賊紛いに村を襲っては隠遁生活を送る日々にシレジアへの復讐を募らせていく・・・。

 

ある日いつものように地下坑道で仲間達と食事を交わしている時にロプト教団を名乗る二人が彼の前に現れたのだ、それがレイミアとレーガンである。

教団もシレジアを内部から混乱させて、そのどさくさに要人を攫う計画を吐露し協力戦線を申し出てきたのだ。協力してくれるのであれば資金、食料、シレジアを転覆させる計画を提供すると言うのである。

 

ドノバンはその美味い話をすぐ様は信用しなかった。しかしながら彼ら二人が要する傭兵部隊はリューベックに居座ると徐々に治安は乱れていきシレジア本城でも手を焼いている様子が伺えた。

国境警備網をくぐり抜けてリューベックに集まるならず者達、彼らをすこしづつ地下坑道へ招いて反乱の準備が整っていく変化にドノバンはとうとうロプト教団の協力を要請したのである。レーガンとレイミアはすぐ様大司教と名乗る男とドノバンを引き合わせ、シレジア転覆させる計画を徐々に話し始める。

 

マイオス公をトーヴェ監禁から救い出し、トーヴェを囮にリューベックを戦線にする。戦力が十分に二分された所でロプト教団はセイレーンを海上から襲って要人を攫う。

トーヴェとセイレーンに部隊を足止めしている内にリューベックの傭兵を撃破してシレジアへ攻め登る計画をしていたそうであった。

ドノバンはその計画に見事に乗り、あえなく御破算となったのである。

マイオス公を計画通りリューベックまで連れてこれた事に満足し、陶酔してしまったのだろう。戦力差をまるで視野に入れていない杜撰な計画でもある程度うまく言ったが為に盲信し、ロプト教団にとって使い捨ての都合のいい駒として使われたのだ。本人はまだそれに気付いていないのだから性が悪い。

 

 

ベオウルフとアイラはリューベックへ帰還したレヴィンとクブリに話し終わった時、二人は明らかに動揺し狼狽いしていた。セイレーンが危ない!二人の頭に警鐘を鳴らすが、現段階で打てる手が少ない・・・。

リューベックからセイレーンまで徒歩での移動では到底間に合わない。レヴィンとクブリはもちろん、クロード神父も転移の魔法を扱えるが先ほどの戦闘で魔力も体力も底をついている。マーニャの天馬隊は半数以上を失っている、派遣する事など出来なかった。

 

ザクソンの守りについていたレックスとシレジア周辺で森林に潜む残党狩りをしていたジャムカは既にセイレーンへ向かっている。

またトーヴェの守りについていたシレジアの騎士団もセイレーンへ、山脈の残党を探っていたパメラとディートバまでシレジアの騎士団と共に向かってくれていた。

リューベックの者達はここで急いでもどうする事も出来ず今は魔力と体力の回復を待つ事となったのである。

 

 

「ロプト教団が拐おうとしている人物とは、カルト様の事でしょうか?彼らにとってカルト様は厄介な人物ですから。」クブリはレヴィンに先ほどの話の中にあった疑問を投げかけた。レヴィンは広間の端で椅子に座って目を閉じていたが、その言葉に反応して開かれる。

 

「イザークでクルト王子が謀殺されたが、あれも奴らが絡んでいた可能性があるならカルトが対象ではないだろう。どちらかといえばカルトは攫うより、殺害する方を選ぶだろうからな。

あるとすればこのシレジア内に、いやセイレーンにいる誰かがロプトの血に連なる者がいるかも知れない方を考えるべきだろう・・・。」クブリはその回答に驚愕する、一般の常識ではロプトの血はかつての聖戦で絶えたと言われている。その話しを信じずにロプトの血は残っていると言われており、ある地方では異端者を魔女狩りと称して火炙りにするという風習が今尚残っていると聞いているがレヴィンが言う言葉を信じることがすぐには出来なかった。

 

「ロプト教団の活動が活発になってきているのはそれが原因かも知れない、と思えば合点がいくと思わないか?カルトは話してくれなかったが、答えはあいつが持っているのだろうな。」レヴィンの言葉にクブリは同調し、その間にその可能性を持つ人物に思い当たる・・・。

 

それはシレジアに脱出する前、オーガヒルでシグルドの妹でエスリンとディアドラが乗った馬車を襲った賊の話しである。ディアドラ以外が重傷を負っていて詳しい話しを聞けなかったが、デューはその戦いの後で参戦しその一部を語ってくれた。賊の容姿と使用する魔法よりロプト教団の者と推測される。カルトが重傷を負う程の相手、襲われた馬車にのっていた人物、それらから推測されるにディアドラかエスリンがその対象という事と推測された。

 

クブリはその言葉を、口にはしなかった・・・。

邪推である可能性もあるし、何よりカルトが口を閉じている以上これ以上の詮索は主人に反する事と判断した。クブリは次に会った時に聞く事とし、それ以上レヴィンと会話する事はなく時間のみが過ぎていくのであった。

クブリは祈りを捧げる、カルトの無事とロプト教団の陰謀阻止をセイレーンにいる者達に託していくのであった・・・。

 

 

 

 

「クロード、私は大丈夫だから・・・。」弱々しく抵抗するマーニャをリューベックでもらった部屋のベッドに寝かし付ける。クロードはリューベックに着くなり彼女を抱えてこの一室まで運び、彼女を安静にさせる。

 

「いけません、あなたは一時とはいえ死人だったのですよ。しばらくは安静にして体力を蓄えて下さい。私も体力が戻りましたらマーニャをシレジアに運んですぐにセイレーンに行かねばなりません。」クロードは椅子に腰をかけると彼女の額に手を当てて優しく撫でる、その心地よさにマーニャは目を閉じて感触を堪能する。

 

「クロードは、このままシグルド様の元へもどるのですか?」マーニャはクロードに問いかける。

 

「ええ、私は運命の時を見定めなければなりません。マーニャには少しの間寂しい思いをさせてしまうかもしれせんが、私は戻ってきます。あなたはこの世界有史に唯一人、バルキリーの杖により蘇生した生還者です。これは私の功績ではなく、あなたがより生きたいと願ったからに尽きます。

そして、あなたがこの世に残ったのは・・・。」クロードは俯いて、言葉を濁す・・・。マーニャは俯いたクロードをしたから覗き込んで怪訝に思う。

 

「クロード・・・?」疑問符をつけた彼女をよそにクロードは、意を決して続けた。

 

「あなたの子がこの世界を救う一人となるのです・・・。私はあなたを助けた瞬間に、その啓示を受けました。」マーニャはキョトンとその素っ頓狂な言葉を聞き、首をかしげる。そして彼の言動に足りない言葉があると確信し、悪戯に笑う。

 

「へえー、そんな啓示があったのですか・・・。その啓示に、私のお相手はお聞きできたのですか?」

 

「うっ!」クロードは餅を喉に詰めたかのように言葉が途切れる、真っ赤になっていく。

 

「クロード、言いなさい。私の子供ですからお相手の殿方の話も是非聞いておきたいですわ。」沈黙の中、クロードは頬を叩いて気合を入れる。そして・・・。

 

「私と、あなたの子です・・・。あなたの子は運命の子を救うのです。」クロードは言う、その予言には絶望を救うと同義の意味をしていた。マーニャは、一筋の涙を流してクロードの言葉を噛み締めてきいていた。

 

「私達の子供にも過酷な運命が待っているのですね、できましたらこの世代で終わって欲しい所です。」マーニャはシーツを掴んで唇を噛んだ、親になればもっと理解できるが子が苦労する姿など想像もしたくないのはどの母親も同じであろう・・・。

 

「残念ですが・・・。運命は変わりつつありましたが・・・、私達は負けます。それはもう変わりようのない事実です。

ですが諦めるわけにはいきません、私達が残した結果が次世代の若き世代に大きな影響を与えるからです。だからやるべき事をなせば私達の代で負けても次に繋がります。」

クロードは絞るように紡いだ。ようやく彼の心が救われたと言うのにブラギ神はさらなる試練を与えたのだ・・・、心休まる時を与えないかのような啓示にマーニャは今度ばかりは神に祈る事を辞めてしまいたい衝動に駆られてしまう・・・。

しかしながらクロードの心は次に向いていた、それでも尚この動乱の世に自身に為すべき事をしっかりと捉えシグルドの行軍に就くと言い切った彼に賞賛を送る。

 

「クロード、わかったわ・・・。私は止めないわ、あなたの為すべき事に尽力して・・・。でも必ず生きて帰ってくると約束して・・・。シグルド様には申し訳ないですが、あなたがいない世界に私一人では生きていけないです。」マーニャはクロードに飛びつき、クロードは鎧を脱いで軽くなった彼女を支えた。

華奢な体格にクロードは感嘆する、あのバイゲリッターに勇猛と挑んだ彼女はこんなに小さな身体一つで覚悟を決めた事に改めて敬意を表した・・・。

 

二人は僅かな時間を共にし確かめ合う・・・、戦時のこんな時に不謹慎と思うが二人の僅かな時間はここしかなかった。クロードと愛を確かめる時間はここでしかない事をマーニャは本能で感じ取っていたのだろう、そしてクロードもそれはどこかで感じとっていた。

 

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ!」デューの荒い息が彼の激走具合が伺えた、あの深い地下坑道から休みも入れずにここまで走破したのだ。疲労はとうに限界を超えており、突っ伏して仕舞えば立ち上がる事は出来ないであろう。

あの死闘からすぐさまセイレーンに帰還したデューはさらに酷くなった変わり様に動揺を隠せない・・・。港の方向では火の手が上がり、市街地では海賊とセイレーン兵が横たわっていた。その市街戦は終局を迎えており、辺りからは怒号と撃剣の後はなく衛生兵が負傷兵の介護に回っている状況であった。

 

デューは破れかかった心臓に再び負担を強いる、乳酸が溜まりきっている大腿に力を入れて城に向かった。レーガンの言う通りなら大司教はおそらくこの混乱の中で渦中となる人物を攫う筈、デューは少ない情報から分析する。この戦火の冷めやらぬ今を狙うのは絶好の機会と言えるのではないか・・・、最悪の思考がデューを襲うのであった。

 

すぐさま暗黒魔道士と一線を交え城へ帰還したカルトと、港で暗黒魔道士を討ったシグルドとアゼルの両名が帰還して間も無くの所へデューは城へ帰城する、その慌しさに騒然となっているが気にする事はなくデューはレーガンの話を出してカルトに警戒を呼びかけたのである。

 

「ま、まさか・・・。」カルトも警戒は充分にしている筈であるが、この大規模な内乱は全て奴らが一年以上もかけて仕込んでいた事までは想像できていなかった。

しかし、いくら大司教とはいえ来た事もないここへ転移する事は出来ない・・・。やつらが船でここまで侵略を試みたと言う事は、やつらはセイレーンまで侵食されていない証拠である。

 

「大丈夫だ、船には大司教はいなかった・・・。二隻ともアゼルのメティオで沈めているし、魔道士どもも駆逐して不安な魔力は感じない・・・。市街地に潜んでいる可能性はあるが、ここへ踏み込んだなら俺の感応魔法にかかる。」カルトはデューに説明しながら気持ちを落ち着かせた、シグルドもその話を聞き安心する。

デューは安心するとその場にへたり込んだ、彼は全身泥と血糊で塗れており刀傷も多数あり常人ならとっくに倒れているだろう。現に彼は立ち上がる力はなさそうであった・・・。

 

 

周りを嘲笑うが如く、一人の男がセイレーンに転移を果たしていた・・・。

灰色のフードを羽織り、顔は見えないがその口元は歪に変形させていた。その口から笑っている事が伺えるが、邪悪さからくるものであって純粋な物とは遠く離れていた。

彼は裏門付近の中庭からゆっくりと調理場の裏口の扉を開く、この裏門は城の台所を担う場所で普段なら夕食を作成などで人がいたかも知れないが有事のこの状況でのんびり食事など作っているわけがない。

その心理の隙間を縫って侵入を果たすのである・・・。



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暗礁

戦火の残るセイレーンに入り込む悪意は徐々に城内を侵食していきつつあった。

カルトの張った感応魔法を察知するや、通常では往来しない裏口からの侵入する。もちろんカルトの感応魔法は裏口にも設置しているが人目のないこの場所なら解除魔法を使用しても気付かれない。

感応魔法を完全に解除すればカルトに不審を与えてしまう為、入り込む瞬間のみ感知されない一時解除を試みる・・・。

 

「・・・相変わらず周到な奴だ、波長を読み取るだけでも一苦労だな・・・。」ローブの中からため息混じりに呟く、裏口の扉に手を当てながら様々な魔力を放出させてカルトの魔法を嗅ぎ取るように探り当てていた。

カルトに張られた魔力の波長に対して反転した魔力を送り込み、その瞬間にすり抜ける高等技術・・・。これは並の魔道士にできる芸当ではない、波長を変えて相手の魔力に直接触れる事が出来るのは極一部の魔道士のみである。調理場に入り込んだ魔道士はしばらくしても襲撃の様子はないと見ると悠然と歩み出す。

狙いはディアドラ一人・・・。シギュンが数奇な人生の翻弄の果てに禁忌を破り、産み落とした一人の女がこの世を反転させる鍵となるのだ。ローブの男は不気味な笑みを湛えながらその波動を追って行くのである。

 

 

 

「エスニャ、頑張りましたね。・・・元気な女の子ですよ。」ディアドラが取り上げたエスニャの子は大声で泣いていた。エスニャは大量の汗と、絶え絶えの息を整えながら我が子の誕生に感動する、しかし彼女には別の感情も同時に渦巻いていた。

 

「カルト様は来られませんでしたね、ごめんねこんな時で・・・。」エスニャは呟くように生まれた我が子に謝罪する、こんな有事中ではカルトもさすがに我が子の出産にこの場へくるのは難しかった。

 

「そんな事はありませんよ。この戦乱の中でもつぎを担う子供はどの時代でも希望なのですから・・・、カルト様に嬉しい報告をしてあげましょう。」

新生児を湯で清め、産着を着せて戻ってきたディアドラはこの言葉に応じる。泣き終えた子はもうすでに寝息を立てて休んでいてエスニャの横にそっと子供を置くと、エスニャはその小さな手を握った。

 

「そうですね・・・。でも、もう少し待ちましょう。

あの人に教えてしまいますと戦時中でもこの子の名前をずっと考えてそうな気がします。」エスニャの上段にディアドラは笑みをこぼしたのであった。

 

 

「ディアドラ様、他の方はもう生まれたのですか?」後産の処理を終え、母乳を与えるエスニャは三角巾を外したディアドラへ問いかける。

第2期ベビーブームを迎えたシアルフィ軍の女性陣はセイレーン城の一角で産科病院のような状態と化していた。産婆が常駐し、臨月を迎えた女性陣を見守っている。

 

「ええ、先日はエーディンが女の子を出産しましたよ。あと少しすればブリキッドとティルテュも・・・。」ディアドラは一通りの仕事を終えると、ようやく椅子に腰掛けてスヤスヤと眠る新生児を優しく見つめた。早くもむくみと赤みが消え始め、濡れた髪もすっかり整い始めていた。小さな額をそっと撫でると、ディアドラははっと思い出してせっかく座った椅子から飛び上がる。

 

「すっかり忘れていましたわ、そろそろアミッドをここへ連れてきてあげましょう。セリスも連れてきていいかしら?

あの二人、すっかり一緒に生活しているから兄弟みたいになってるのですよ。」

 

「すみません、アミッドまで面倒を見てもらいまして・・・。」エスニャは頭を一つ下げるとディアドラはクスリと笑う。

 

「そんな事ありませんよ。アミッドとセリスは同じ日に生まれているのにアミッドの方がお兄ちゃんみたいですよ、セリスも刺激を受けて言葉を喋り始めたくらいなんですから。」

 

「まあ!あのアミッドが?誰かさん譲りの口の悪さがセリス様に移らなければいいのですが・・・。」エスニャの冗談に二人はふっと笑うのであった。

その和やかな会話とは裏腹に、慌ただしい足跡が徐々に大きくなりながら不安を連れてくる。ディアドラはこちらに向かっていると思い、振り返った時に乳母の一人が慌ただしく二人の部屋に入室する。顔面は蒼白であり只事ではない事が伺えた。

 

「ディアドラ様、エスニャ様!!大変です。セリス様が突然現れた賊に攫われました!!」ディアドラは立ち上がって側に置いている聖所杖を手にたぐり寄せた。

 

「落ち着いて、セリスと一緒にいたアミッドは無事なんですか?」ディアドラは乳母を落ち着かせる為に努めて冷静に状況を確かめる。

 

「は、はい・・・。アミッド様は抵抗されまして、最後に突然光を発しました。賊は諦めてセリス様だけを攫って書き置きを残して消えました。」乳母はディアドラにその文を渡す。ディアドラはその文面を追うと表情はみるみるうちに険しくなる、そして一つの決意を胸に秘めたのか決した表情を見せると重い口を開いた。

 

「エスニャごめんなさい、私はセリスを迎えに行きます。」

 

「だ、駄目です!お一人で行かれるつもりなのですね、文面に何が書かれているのかわかりませんが罠です。

セリス様もディアドラ様も命の保証がないのですよ。」エスニャは立ち上がろうとするがディアドラは制する、決意を秘めているがその優しい表情は崩れない。麗しきディアドラはどんな時も優しく包み込むようであった。

 

「それでも私が行かなければセリスが無事では済みません。

エスニャ、ごめんなさい・・・。わかって・・・。」

 

「そんな!みんなで考えましょう!!きっとカルト様やシグルド様なら最前の手を見つけてくれます、早まってはいけません。」エスニャの決死の引き止めをするが、彼女はまるで運命が引き寄せるかのように揺るがない・・・。一体何が書かれているのかエスニャには察する事は出来なかった。

 

「そうしたいのですが時間がありません・・・、今それが出来るのは私だけです。それに、エスニャに嫌われたくありませんから・・・。」ディアドラは一雫、また一雫と涙を零す。セリスを案じての悲しみだけではない事が窺い知れる、彼女は一体何を背負い悲しんでいるのだろうか・・・。エスニャは混乱する気持ちを抑えて状況を整理するが糸口が見当たらない、今は引き留めることのみを考えていた。

 

「ディアドラ様、お願いです!その悲しみを私に共有させて下さい!!私も聞く以上、覚悟を決めてお聞きします!!ディアドラ様が何様であっても私の感謝の気持ちは変わりません。この子に誓って!!」エスニャは今日産まれた我が子をそっと抱いて宣言する。

ディアドラが取り上げてくれたこの子に誓って彼女の気持ちを無にする事はない、女性同士の決意表明には充分な効力のある誓いであった。

ディアドラもまた表情を一瞬崩す、エスニャにこの苦しい想いを伝えたい。伝えられたらどんなに救われるか、彼女は揺り動く・・・。だが最後の最後まで彼女は濁流に本流される気持ちを必死に堰き止めた、エスニャに再び悲痛な笑顔を向けた。

 

「ディアドラ様!」

「スリープ・・・。」エスニャの言葉を遮り聖杖から虹色に輝く粒子が部屋を充満していく・・・。

普段のエスニャなら耐えられたかもしれない、しかし出産直後の疲労ではディアドラの魔力を抑える事はできなかった。魔法に抵抗のない側にいた乳母は既に眠りに就いている。

 

「ディアドラ様・・・、お待ち下さい。」エスニャはそれでも全身の魔力を集めて彼女を止めようと裾を掴む、握力も徐々に抜けて行き、引き留めるのは数秒も出来ない。それでもエスニャは必死に抵抗する。

 

「ごめんね、エスニャ・・・。あなたは本当に私のよき理解者です。それだけに辛いの・・・わかってね。」ディアドラの言葉にエスニャは察する。エスニャの瞳から涙が溢れ、彼女の表情が読めない・・・。

 

「この子は近くの乳母に預けておくから安心して・・・。エスニャ、あなたとあなたの子達もまた数奇な運命を持ってます。強く生きるのですよ、負けないでね。」エスニャはとうとう意識を魔法に刈り取られ、ディアドラとの別れとなるのであった。

 

 

 

「・・・・・エスニャ!・・・・・・エスニャ!!」徐々に意識が戻ってくる。微睡みから再び意識がはっきりしていくのは愛する夫のレストによる、魔法解除によるものであった。

魔力により、強制的に復活した意識は初めからはっきりしている。

飛び起きるなりカルトのローブの裾を掴んだ。

 

「カルト様!済みません!!ディアドラ様が!!」冷静さを失ってるエスニャに、カルトは両肩を掴んで見つめて自身の胸に抱き寄せた。

 

「・・・わかっているつもりだ。それに謝るのは俺の方だ、出産直後にこんな事になってしまって・・・。済まない・・・。」

 

「カルト様・・・。」一筋の涙を流して安心して身を彼に委ねた。

 

「行ってください・・・。そして、みんなを連れて帰ってきて下さいね。」エスニャの言葉にカルトはそっと彼女から離れると、無言でうなづく。そして白銀のローブを整えると翻して退室する。

ドアに手をかけた時、そっと振り返った・・・。

 

「エスニャ・・・。」

 

「はい・・・。」

 

「リンダ」

 

「え・・・?」

 

「あの子の名前だ。予想通り女の子だったからな、前から決めていたんだ・・・。意味は、みんなを連れて帰った時に話すよ。」カルトの笑みにエスニャは出産後、カルトに笑顔を向けたのであった。

 

「くそ、くそ!・・・クソったれえー!!」カルトは最上階のテラスを蹴破るように開けはなつとセイレーンの空へ叫んだ。

聖杖を振り回し、魔力を解放させながら叫ぶ彼を見れば気が触れたかと思うだろう。それでも彼は理性は失っていない、だからこそ苦しくて自身の失態に腹立たしく激流となって押し寄せていた。

 

賊とディアドラは転移でこの場から離れている。

遠方の転移はディアドラでも出来ないはず・・・。

ディアドラがシレジア内で行った事のある場所。

 

そこから導かれる答えはわかっていた。

すぐ様転移し、カルトもまたセイレーンを後にするのであった・・・。

 

 

 

 

バーハラでは一つの灯火が消えようとしていた・・・。

すっかり床に臥せていたグランベル公国の国王であるアズムール陛下の崩御の時であった。

 

「アルヴィス・・・。お前だけは変わらず私に仕えてくれた事を嬉しく思うぞ。」床の側に控えるアルヴィスは陛下が起き上がろうとする上体を支えると水差しを口元へやり、喉を潤した・・・。

ここ数日病が進み食料も採らなくなっており、日に日に衰弱するアズムール王。

カルトの住むシレジアがアグストリアの一件で同盟破棄となり、気をもんでいた事が病床を悪くさせているのであろう・・・。

彼がアグストリアに行ってから定期的に行なっていた伝心魔法も応じず、文も帰ってくる事はなくて陛下は気を弱くされていた。

 

「アルヴィス・・・、シレジアは本当に同盟を破棄したのだろうか?他意があって行きたがっているのではないか?」

 

「陛下・・・、残念ですがどう解釈してもそのような都合のいい事は考えられません。

アグストリアでエルトシャンと結託したシグルドはバイロン公の逆恨みでランゴバルド公を卑怯な騙し討ちをしました、それはレプトール公が見ております。カルトの手引きでシレジアへ亡命させ、ここへ攻め登る準備をしていると聞きます。

いち早く察知したアンドレイ公は、シレジアで虐げられていたドノバン将軍の悲痛な要請に応じて出動しましたがレヴィン王の謀略で敗走しました。

このような状況で彼らを擁護する事はできません・・・。」

 

「・・・アルヴィスがそこまで考えているならそうであろうな。

ファラフレイムは正義の炎の象徴・・・、アルヴィスの判断を信じよう。・・・だが、死にゆく儂の最後の願いだ・・・。聞いてはくれないか?」頭を下げる陛下にアルヴィスは動揺をみせた。

 

「何を言われるのです、陛下のお心は私と共にあります。陛下の為す事は私の使命・・・。最後とは言わず、私達を導き下さい。」

 

「アルヴィス・・・、ありがとう。

願いというのはお前が探し出してくれたナーガの書の事だ・・・。これをカルトに渡してほしい。・・・お前が言い分もわかるが、カルト公はこの書に認められる可能性のある人物だ。戦争になっても彼を捕縛して、確かめて欲しいのだ。

できれば平和的に成して欲しいのだが、儂にはもう時間がない。この使命を、託したい。」

 

「・・・・・・畏まりました。その命、私の命に代えてもやり遂げましょう。」

 

「そうか・・・、それを聞いて安心した。あの書が世に出てしまった事で儂は恐れている、ナーガの血は絶えてはならん。あの書に対抗できるのは十二聖戦士で持ってしてもナーガだけじゃ・・・。決して小さな希望でも確かめ、もしナーガの書に認められれば保護しなければならぬ・・・。

アルヴィスよ・・・、ナーガの書を扱える者が出るまでの間お前がグランベルを導いくのだ・・・。その者が出来れば最後に王位を与えて再びナーガの血筋を絶やさぬように頼む・・・。」

 

「はっ!陛下の御心のままに・・・。」アルヴィスは上体を元の床へ戻すと陛下が寝入るまで側に控え続けていたのであった。

 

 

 

私室に戻ったアルヴィスは入るなり豪奢な戸棚より、見事に磨き抜かれたグラスを引き抜くと左手に持ったワインをテーブルに荒々しく打ち付けるように置くとコルクの栓を力づくで引き抜く・・・。テーブルに飛沫が飛んでも気にする事はない、瓶をひっくり返すようにグラスに注ぐと一気に飲み干した。

炎の様に荒々しく、怒りがランゴバルドに引けを取らないくらいである。

 

項垂れながらワインをグラスに注ぐ気力もなく、瓶に口を付けて飲み始めるアルヴィスを背後から抱きしめる一人の女性がいた。

 

「アイーダ、今日の俺は格別機嫌が悪い・・・。今すぐ出て行け・・・。」普段はそんな劣情を見せないアルヴィスにアイーダは驚くが、すぐに元の精神状態に戻りアルヴィスの膝にアイーダは顎を乗せて甘える様に上目遣いに見つめた。

 

「なら、その獣のアルヴィス様に襲われたみたいですわ。その激しい炎に灼かれて、受け止めたい・・・。」アイーダは身に纏うシーツを床に落とすと一糸まとわぬ肢体をアルヴィスに晒す、アルヴィスは鼻を鳴らすとアイーダを抱き上げる。アイーダは、アルヴィスの首に手を回すと頰に口づけをする。

 

「後悔するなよ・・・。」

「アルヴィス様の御心のままに・・・。」

 

二人は寝室の闇に溶けていくのであった・・・。



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マイオス公爵

何とか月一話に漕ぎ着けました。
転勤になりお世話になった顧客への挨拶回り、引き継ぎを無くす為の残務処理、連日の送別会で疲労はピークです。
送別会直後のホルマリン漬けになった脳と変わらない状態で書きましたのでかなり怪しいところがあると思います、確認しましたがもう何が何やら・・・。
前置き長くてすみません、よろしくお願いします。


リューベックの激戦を終えたシレジア軍と傭兵騎団は、一夜明けて主力の面々が早速今後の動きについて軍議を行なっていた。リューベックはやはり要の地である為、戦力を残さねばならないがどの程度を予想し、残りをシレジアに戻すのかを決めあぐねていた。

現在リューベックにいる要人はジレジア軍より天馬騎士団のパメラとディートバ、昨夜のドノバンの情報で山中や地下坑道に潜む戦略はないとの情報を受け取り彼女達は最寄りのリューベックへ帰還する、マーニャの戦線離脱がリューベックへ戻る一因となっていた。

そしてレヴィン王と賢者となったクブリと魔道士隊、傭兵騎団のベオウルフ。そして紛れ込んで行動するアイラに、エッダのクロード神父がこの場に現れて議題を行なった。

複雑に絡まった波状に押し寄せる一連の事象がロプト教団による奸計とわかった今、安直な行動は奴らの次の一手に絡み取られる可能性がある。慎重な対応をとらざるを得なくなっていた。

議論が出し尽くされるが結論が出ず皆が押し黙る中、レヴィンは大胆に発言する。

 

「リューベックを捨てる。全軍ザクソンを拠点に、セイレーンへ行けるだけの戦力を集めて向かおう。」レヴィンの発言に皆が彼に注視する。

これだけ何度も苦労を重ねてようやく手中にできたリューベックを棄てて、ザクソンまで下げるというのは極めて異論の中でも異論の発言であった。

 

「山中に増援はない。よってここへ攻め入る輩はいない、元の通り国境警備に必要な人員のみ残して国内の処理に全てを使う。」

 

「しかし、それでは再びグランベルから要らぬ干渉があるやもしれません。ここはもう少し慎重に・・・。」クブリは王に進言するが、彼の目はそれを否定していた。クブリはその先を言うことができずレヴィンの発言を待った。

 

「みなシグルド公とカルトを救いたいのだろう、私も同じだ。

またグランベルから干渉があれば今度こそ国家間戦争として受けて立つ。リューベックなど民間人はとうに避難しているし、被害など取るに足らん。それを口実にこちらから出撃すればいい。」レヴィンはスパッと言い捨てた、彼は表には出さないがかなり苛立っている事がシレジアの人間には分かっていた。それでも進言したクブリは周りを異論を汲み取るように進言して会議の早期決着をつけるようにしたのである。一通りの沈黙が場を支配した事により会議は終了され、ザクソンへ戻るのであった。

 

 

 

カルトが転移した場所、それはシレジア城であった。

ディアドラがこのシレジアで移動したのはセイレーンかシレジアしかない。セイレーンには前線部隊と分断された後続部隊を警戒して手薄になったシレジアでディアドラをさらう計画に切り替えたのだろうとカルトは判断する。シレジアの中庭に突然現れて驚く衛兵を余所に、すぐ様探知魔法でディアドラを探る。ここでなければ彼女を見つけられる可能性がぐっと低くなる、祈りを込めながら彼女の魔力の感知を急いだ。

(・・・・・・いた!)目を開けるなり城内を走る、その場所に嫌な予感を感じつつカルトはその場に急いだ。

城の一階、一番奥の広間・・・。それは王が座する執政の中心地がこの度の決戦地と化していた。カルトはその場所に辿り着いた時、衛兵が必死に扉を叩いて叫んでいる姿を目撃する。

 

「どうした!」

 

「カルト様!!突然とびらが全て閉じられまして開けることができません。」衛兵は斧まで取り出して破壊せんとしているが、扉は傷一つつけられないでいた。

 

「どくんだ!魔力で封印されている。」カルトはその魔力の解除に扉に手を当てて探り出した。

(波長がまるで合わせられない・・・、俺が来ることが織り込みの対策だな。)カルトは焦る気持ちを抑えながら解除魔法を試みるが、まるで靄のかかったようなその魔力をとらきれずにいた。自身の盲点、いや無意識の中で苦手としている波長で施されているのであろう。

額に汗を滲ませながらその作業を急いでいた。

 

 

封印されし扉の中、玉座の間ではディアドラとフードを深く被った長身の男が対峙していた。フードの男は眠らさせているセリスを抱き、ディアドラを牽制している。ディアドラもまた聖杖を持ち隙を伺っているがフードの男は微塵も隙を出さず、動けずにいる・・・。

二人は長くこの硬直を続けており、この間にいるラーナを始め近衛兵達は突然の来訪者に未だに状況を掴めずにいた・・・。

ただこのフードの男が来襲した時に、初めに斬りかかった近衛兵は混乱魔法を受けて大暴れし、後から現れたディアドラが解除魔法で我を取り戻した。この魔法のやりとりに二人に割って入る者はすっかりいなくなっていたのだった。

 

「さあディアドラよ、大人しく我に従え。さすればこの子の命は保障しよう。」フードの男はこの場で初めて声を発する。ディアドラの目は息子であるセリスしか見ていない、この場においてもそれは同じであった。ようやく頭を上げてフードの男を見据え彼女も発する。

 

「セリスを返してください。」

 

「ならば従え、こちらに来るんだ。」

 

「行きます・・・。ただし、セリスの身の安全を確保して下さい。セリスをラーナ様にお渡しさえしてくだされば、私は抵抗するつもりはありません。」ディアドラは毅然と答える。彼女が恐れているのは約束の反故のみでありセリスを必ずシグルドの元へ連れて帰る、それが彼女の原動力であった。

 

「約束は守る、だからこちらに来るのだ。悪いようにはしない・・・。」

 

「信用できません、あなた達はロプト教団の者ですね?子供狩りをする教団が子供をあきらめるとは思いません。セリスを返してからそちらに行きます。」ディアドラの強い意思がフードの男の怒りを買う、セリスにナイフを突きつけて強硬策に出た。

 

「これでも、行かぬと言うのか?」

 

「・・・・・・。」ディアドラはそれでも弱気を見せなかった。彼女もまたナイフを出して自身の喉元に突きつけ、フードの男が逆に追い込んだのだ。

 

「セリスを傷つけるような事をすればその前に自刃します、あなたの狙いはセリスではなく私のはずです。

抵抗はしませんのでどうかセリスにだけは手を出さないで下さい。」

ディアドラの決意の目がフード深く被る男の目を射抜いた。彼女がここまで気丈な人物であるとは思ってもなかったフードの男は狼狽えた。

 

「わかった・・・。ラーナ、この子を取りに来い。」フードの男はラーナ王妃を指名し、セリスを渡す要求を聞き入れた。

ラーナはディアドラに目配りし、頷くとフードの男の元まで歩きセリスを受け取る。

 

「あなた、マイオスね。こんな事してカルトをまた困らせる気?」ラーナは言うなりセリスを右手で抱き、空いた左手でフードを払った。

フードから現れた人物はラーナが言った人物そのものであった。

 

「ちっ!吹き飛べ!!」マイオスは一度ラーナを両手で締め付けると左手をかざしてウインドでラーナを撥ね除けた。

 

「ラーナ様!!」ディアドラは叫び、ナイフを首元へ近づける。

ラーナは壁面に叩きつけられるが、子のセリスを守るようにしておりセリスはまだ夢の中であった。ラーナは笑顔で無事を伝える。

 

「さあ、約束だ!ディアドラよ、運命の時は来たのだ。」マイオスはディアドラに詰め寄り彼女の腕を掴む。引っ張られるようになったディアドラは抵抗を見せてその場で踏みとどまり、マイオスを見据える。

 

「ほう、約束を反故にするのはそちらであったか・・・。お前の母も禁忌を破ったが、親子揃って強かな事だ。」

 

「なぜ?あなたが知っているの?私の母を・・・?」

 

「知っているさ・・・、シギュンの事もお前の父親の事もな。」マイオスの言葉にディアドラは動揺を見せた。視線が泳ぎ、たちまち先程の強さが消え失せていく。

 

「知りたければ我と共に来るがいい、本当の自分を見て本質を掴むといいだろう・・・。」

 

「・・・なんと言われようと私はいきません。あなた達の狙いは私の血、渡すわけにはいきません。」気丈にも反抗するが、先程よりも明らかに弱っている。森の長老達ですら知らない自分のルーツを知る唯一のチャンスにディアドラは揺れ動いた、マイオスはそれを見逃さない。

 

「バサーク!!」マイオスの混乱魔法でディアドラは正気を失う、彼女は必死に抵抗するが魔力の強大さにディアドラすらも太刀打ちできなかった。ディアドラは頭を抑えて呻き、最後はマイオスの手刀を首元に受けてその場に倒れた。マイオスはディアドラの掴む手を引き上げての身体を手中に収める、後は転移魔法でこの場から引き上げればよい。だがマイオスに慢心は無い、出口の扉を見据えて邪悪に笑う。

 

「くくく・・・。来たか、カルトよ。」封印されし扉が開かれカルトがゆっくりと侵入する、その顔には険しい皺を眉間に寄せて忌ま忌ましさを露わにしていた。

 

「親父・・・。」

 

「カルト、よく来たな。早く儂を殺していれば、こんな事にはならなかったのにな。」マイオスは狂気に顔を歪ませて笑う。

 

「・・・・・・誰だ、お前は?」カルトの言葉はまるで噛み合わない、いや聞いてもいなかった。彼はその違和感からその一言しか浮かんでこなかった。

 

「・・・・・・。」

 

「誰だと聞いている。答えなければそれでもいいが、親父の体は返してもらうぞ。」カルトは白銀の剣と魔道書を出して臨戦体勢をとる。

 

「ふははは・・・。マイオスはとっくに儂が精神を食い殺して出てこれまいよ!ここで儂を殺してもその前に精神から解き放てばお前の父親が死ぬだけだ。無茶はするものでは無いぞ!!」

 

「それがどうした?お前は親父の精神を食い尽くしているなら知っているだろう、俺たちは親子と呼ぶには怪しいくらいの関係とな!!」カルトはライトニングをマイオスに放つ、マイオスは咄嗟にディアドラを抱きかかえて跳躍するが2人分の荷重がかかっている。カルトはマイオスのさらに頭上に跳躍し、マイオスの頭を蹴り付けディアドラを空中で抱きかかえて奪還した。着地しすぐ様近衛兵に彼女を渡すと、壁面に叩き付けられたマイオスに注意を払う。

 

「立て!親父の体にいても容赦なんてしないぞ!!後悔させてやるくらいだ。」カルトは白銀の剣を一閃すると倒れたマイオスに突進するが、マイオスの身体から暗黒の魔力が吹き出したちまち瘴気が濃くなって行く。暗黒魔法を使う者の特徴とも言えるこの瘴気にカルトは対抗して浄化の魔法を展開した。

 

「儂の暗黒魔法が・・・。」マイオスは驚愕する、一時とはいえ暗黒魔法を浄化し無効化する術など無かった。いや、そんな研究をしている者などいなかったと言った方がいいのだろう。

度重なる暗黒魔法を数多く受けて来たカルトは研究し、対抗策を練ってきたのだ。今まで闇の中で暗躍していたロプト教団は長く表に立ってしまった事により存在を露見され、襲撃される度にカルトは強く光を発するようになり、とうとう暗黒魔法を抑え込む秘術まで編み出してきたのである。そしてカルトの迫る白銀の剣がマイオスの右脇を深く抉った。

 

「ぐあああ!」マイオスの声とは違う本体の声が響きわたる。白銀の剣を抜かんとするが、カルトは右膝蹴りで倒れ込ませてさらに剣先を捻るとマイオスから再び叫び声が響いた。

 

(まずい!このままではこやつと心中してしまう・・・、ここは引かねばならぬ・・・。)

 

マイオスに潜む存在はとうとう引かねばならない所まで追い込まれていた。自身の本体ならまだまだ手はあるが、マイオスの身体では精神本体を憑依させていても力は発揮しきれない。焦りを覚え、脱出をするために精神の解放を行い出す。

 

(どこへ行くのだ?マンフロイ・・・、お前は俺と一体なのだろう?)

 

(貴様!まだ生きていたか!?)

 

 

 

突き立てられた白銀の剣で大人しくなっていたマイオスは目を見開いて再び暴れ出す、カルトは四肢を押さえ込んで白銀の剣を突き立てた。

 

「ぐあああ・・・。そうだ、カルト!一気に突き立てろ!!」吐血混じりに声を発するはマイオスの声、カルトはその変化に瞳を見つめた。

互いに至近距離で目が合うのは久々であった、それこそマイオスの内乱を抑え込み彼を追い詰めた時以来である。まるであの時の続きとばかりの状況にカルトも脳裏に様々な物が浮かび上がった。

 

「カルト!今すぐとどめを刺せ!!・・・俺の中にいるマンフロイを押さえ込んでいる!ここで殺せば奴も死ぬ筈だ!!」マイオスは突き立てられた白銀の剣を自身の腕で心臓にめがけて切り裂き始める。徐々に、徐々に向かうその剣先は脇腹から胸部の境界部である横隔膜まで達しようとしていた。

 

「お、親父!!」カルトから吐かれた言葉に、マイオスは笑みを浮かべる。口からは大量の血液を吐き最早喋ることは出来ないだろう。

瞳の色が失い始め光を失う、言葉も目も失いマイオスが伝える言葉も視線もなくなるが心臓へ向かう剣のみが彼の意思をカルトへ伝えていた。マンフロイを殺す事、この世の厄災を断つ事が今までカルトに行ってきた贖罪の清算と踏みマイオスはこの瞬間を待っていたのだ。

カルトはその事に察し涙する。

父親の最期は、子供に伝える最後の教育・・・。カルトはシレジアの書庫にあった文献で読んだ一文を思い出す、それはカルトの人生で最もくだらないと思っていたが今それは愚かだと思っていた父親が実行しようとしているのだ。

カルトはその意思を準ずる覚悟を決めた。我ら親子でマンフロイを、殺す!!

 

「親父、セーラ母さんによろしくな。」カルトは一言呟く、マイオスの口が動くが肺に血が溜まっており声は発せない。顔色は紫に染まりチアノーゼを起こして意識も朦朧としている筈、それでも口元の動きは止まらない。唇を読み理解したカルトは、一気に振り抜いた。

マイオスの身体から白銀の剣が鮮血と共に抜かれ放たれた時、マイオスの身体は一度痙攣してから動かなくなった。

 

 

 

カルトは意識を失っていた。

ほんの一瞬であったがその間随分時間が経った感覚を覚えるが我に返った時、血だまりに沈む父親を見た。あれだけ意識を失う前にあった喪失感はもう既になく、頭は次の思考に移っていた。

ディアドラとセリスの無事を確かめる為辺りを見渡す、ラーナ様が2人を介抱している姿を見たカルトは安堵する。玉座の間は慌ただしく、白昼にあった惨劇の収集に動き出し始めていた。

 

「ラーナ様!ご無事で何よりです。」カルトはラーナよりセリスを受け取り、無事を確かめる。

 

「ええ・・・。しかしマイオスは、一体どうしてしまったのでしょうか?」

 

「親父は・・・、乱心したのでしょう。私には理解できません。」伏せ目がちに答えるカルトにラーナはそれ以上は物申す事は無かった、ただ彼を自身の胸に寄せて彼の心中を慮り癒しを与える。

 

「ラーナ様・・・。」

 

「頑張りましたね、カルト・・・。お休み・・・。」ラーナの優しい言葉にカルトの意識は再び失っていくのであった。

 

 



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奈落

カルトは深い眠りの中で夢を見る・・・。

 

父親であるマイオスが全ての力を使ってマンフロイの精神支配から脱却し、逆に彼を一時の間支配した時に使った暗黒魔法である。

その秘術により自身の魂の一部をカルトに吹き込み精神世界の中に僅かな時間入り込み、マンフロイの持つ記憶をマイオスは伝えたのである。

マンフロイやフレイヤが使う他者の意識を乗っ取り使役する暗黒魔法のリスクはそこにあった。支配されている者が万が一自我を取り戻すと、意識の共有から支配した者の行動や記憶を持たれてしまう事になる事がリスクであった。彼らはその精神や肉体は必ず処理するのでそのリスクを軽視してしまいがちであるが、マイオスはそこに目をつけた。

押さえ込まれ、マンフロイの意識の根底で身動きできずにいたが彼はずっと機会を伺っていた。

フレイヤは死体であるセーラの肉体を乗っ取っていたので彼女の精神は抵抗は出来ずにいたが、精神ある肉体を乗っ取っていたマンフロイには精神の力が勝れば支配し返す事は可能であった。

しかし支配し続ける事は困難であったので抵抗を止め、マンフロイがカルトに接触し勝機を見出すタイミングで一時の逆支配に命を賭けたのであった。

彼の思惑通り、その試みは成功しマンフロイを道連れにこの世から去る事が出来た。そしてロプト教団の思惑をカルトに伝える事が出来たのであった。

 

 

 

マイオスはその命を賭けた最後の抵抗に満足する・・・。

実体の身体と命は既に失われ、カルトの中にある僅かな意識のみがこの世に残った最後の想いである。

思えばカルトから見れば、最低な父親であっただろう・・・。

 

カルトが産まれた時、聖痕を見た時は嬉しさよりも脅威と嫉妬を覚えた時から狂ってしまったかも知れない。それまで心の奥底に封印していた負の感情をカルトとセーラにぶつけ続けてしまった。

それから私は正妻の元には帰らず酒と女に溺れ、シレジアの繁栄を忘れて私腹を肥やし、セーラに無理難題を押し付けて閑職へ追いやり身体を壊してしまった。それからはその罪悪感から逃げるために、さらなる狂気に心を染めてしまった。

側室どもは正室争いを続ける中カルトが命を狙われても見ぬふりをし続けた。幼いカルトは毒と暗殺者に狙われ続け、身体と精神をすっかり壊してしまい部屋から出ない生活が続いた。じきに死ぬだろう、自身の手を煩わす必要もないと踏んでいたがカルトは生き残った。

4年もの間カルトは誰の力も借りずに僅かな食料で命を繋ぎ、暗殺者から対処する術を考え、身に付けたのだ。

そしてあるトーヴェの食事会の時、見世物にカルトと一般兵の斬り合いをさせた。一般兵には切り殺しても構わないとまで伝えたのにも関わらず、カルトはどこで見つけてきたのかわからないが宝剣である風の剣を巧みに使い、風の魔法まで使役し一般兵を退けて見せたのだ。

 

恐怖した、いずれカルトは復讐に燃え私を殺しにやってくる・・・。

その恐怖からセイレーン地方の港町へ赴任させ、海賊供と戦いに明け暮れる日々を送らせた。

当時のセイレーンはまだ居城はなく、シレジアで唯一の無法地帯だった。私の無謀なオーガヒル攻略で近隣の海賊供の逆鱗に触れ、近海より集まりさらに酷い無法地帯と化してしまった。

シレジア、トーヴェから集められた掃討隊を何度送っても海へ逃げ込み、新たな仲間を連れてやってきた。その地獄の無法地帯にまだ15にも満たない成人前のカルトを送ったのだ。

 

これで奴は死ぬだろう、死んでくれ。

狂気は止まることなくまだ未熟なカルトをさらに蝕ませた、それでもカルトは死なず生き延びた。何度となくバサークの杖を使って思考力を奪っても彼は死線をくぐり抜け、皮肉にも名が知れわたった。

風の殺戮人形・・・。それが仲間からも忌み嫌われ、侮蔑を込めて贈られた二つ名であった。

 

その長い戦いにもようやく目処がついた頃、いよいよカルトに生きていられると厄介と踏んだ私は戦場での暗殺を決行した。長い激戦で空腹も疲労で魔力も限界を見て襲わせたのだ。

これでカルトは終わった。私は遠目からその姿を見てカルトの最期を見守っていたが、最後の最後でラーナが天馬を駆り立てて現れた。

暗殺者を撃退すると抱きしめるようにして回復をしたが、正気を失っていたカルトが刺した。

それでも笑顔を失わず、抱きしめたままカルトに治療を続けた。明らかに重症なのはラーナだった、地面に血溜まりを作っても彼女は回復を辞めずにカルトを癒し続けた。ラーナはカルトを癒した後意識を失ったが撤退する他の部隊に運良く見つかり一命はとりとめた、だがもう二度と剣を握る事も天馬に乗る事は出来ない体になった。

カルトはその癒しを受けて正気を取り戻したが、その事に深く心を蝕んだ。ここから先は部下の話で聞いた話だが、シレジアで壊れた精神が癒されるまで相当の時間を要したそうだ・・・。

 

「お前は、自慢の息子だ・・・。不幸な境遇に追いやっても命を投げ出さず、腐らずに生きてくれた。セーラの想いがお前を支え、ラーナがお前を護り、レヴィンが友としてお前のそばにいてくれた。成長したお前はついには私の悪意をのり超えて最後には私を変えてくれた・・・。最期に人として死ねる事に感謝する。

セイレーン公カルト、私はお前に救われた・・・。ありがとう、次はセーラに謝りに行ってくる。・・・・・・さらばだ。」

 

 

 

(・・・・・・てよ!・・・待てよ、親父!!言いたい事だけ言って勝手に俺の意識からでていくのか!!)

カルトは意識が徐々に鮮明になるにつれて、マイオスの後ろ姿は遠ざかっていく・・・。ついには完全に覚醒した時、起き上がって手を伸ばしていた。目からは涙が一筋流れており、無意識の自覚が後からやってくる・・・。

カルトは辺りを見渡す。意識を失ってからそう時間がかかっていない事がまだ騒然とする状況と、父親の遺体がまだその場に残っている事から想像できた。

 

「目が覚めたか・・・。」まだはっきりしない意識の中から声をかけられるカルトはその声に反応して向きなおる、そこには以前カルトを徹底的に痛めつけたブリキッドの姿であった。彼女はあれから程なくセイレーンからシレジアに厄介になり、ここで出産を終えたばかりであった。

 

「ブリキッド公女、まさかあなたに声をかけられるとは思っていなかった。」

 

「そんな事はどうでもいい・・・。ラーナ様がディアドラ様を連れ去った、今ここはそれで大騒ぎになっている。」ブリキッドの言葉にカルトの脳は一気に血液が流れ込む、先ほどの戦いを映像を再生するかのように脳内で検証が始まっていた。

 

「どういう事だ!私が眠っている間に何があった!!」ブリキッドに詰め寄り状況を確認する、その姿にブリキッドですら気圧され一つ頷いて説明が始まる。

 

カルトが眠った時、数日前にファバルを出産したばかりのブリキッドは静養していたが、頭の中に響く危険信号に導かれるようにエーディンから譲り受けたイチイバルを持って玉座に向かっていた。

カルトが促されて眠るラーナに殺気を感じたブリキッドはイチイバルを一矢する、彼女は即座に反応してその場を飛び退くとまだ意識を失っているディアドラを抱きかかえた。

 

「気付いた者がいるなんてね・・・。」安息した部屋に再び緊張が走る。

 

「お前は何者だ!ラーナ様を返せ!!」ブリキッドは弓を引き絞るが、ディアドラをうまく盾にしており放つ事はできない、警戒させる為に射出姿勢は保ったままである。

 

「そこのカルトと因縁がある者とだけ言っておこうかしら・・・、その子が起きてきたら厄介だわ、退散するとしましょう。」ラーナの身を借りた人物は転移魔法を準備に入る、ブリキッドはさらに弓を引き絞るが相手は気にもしていない。

魔法を唱えている女性はここでお世話になっているラーナ様で、盾にしている女性はシグルドの妻であるディアドラなのだ。威嚇射撃はできても本当に彼女達を撃つことはブリキッドにはできない。

 

「甘いわね・・・最大の好機なのに・・・。」彼女は一つその言葉を紡いで、その場から消えていくのであった・・・。

 

 

 

「・・・なんてことだ、あの時の眠りはスリープだったんだ。」カルトはブリキッドの話を聞き終えると呟くように呻いた。奇しくもマイオスが心の中での独白で無意識で魔力を破り、覚醒できたのである。

 

「どういう事だ、説明しろ!!」ブリキッドがカルトを掴んで怒気を放つ。

 

「おそらく、親父の中にいたマンフロイはラーナ様にセリスを渡す時の混乱に乗じてあのサークレットを取り付けたんだろう・・・。」

 

「・・・確かに、消える前にラーナ様は見慣れない銀のサークレットをつけていた。中心にあった黒い宝石が印象的だった。」

 

「そのサークレットに奴の・・・、フレイヤという人物の魂が封入されているんだ。俺がオーガヒルで倒れる直前にお袋の身体から宝石に逃げ込んで命を拾ったらしい。・・・そのサークレットをラーナ様取り付けてフレイヤを復活させたんだ。」

 

「お前・・・、なぜそこまで知っている。」

 

「・・・信じてくれんかもしれないが、親父が死ぬ直前にマンフロイと意識を共有している時に奴の情報を抜き取って、俺に伝えてくれた。・・・お陰でこの世界に起こっている謎は全て解けた。」

 

「なに?あたしには何がなんだかさっぱりだ。」ブリキッドはイチイバルを見つめながらため息まじりに言葉を吐く。そのブリキッドをみつめるカルト、彼女も怪訝に思い彼を見るがその目は慈愛と悲壮を含んだ目をしておりブリキッドの方が気恥ずかしくなり目を逸らしてしまう。

 

「な、なんだ?何かあたしに言いたいことでもあるのかい?」

 

「ブリキッド、すまなかった。」カルトは突然に頭を下げる。ブリキッドも突然の謝罪に戸惑うが、以前のセイレーンでの話の続きと理解する。

 

「今度はきっちり話をつけてくれるんだろうな。」

 

「ああ・・・。ようやく、親父の意識に触れて何が起こっていたのかわかった。今は有事だ、また話し合いの時間を持とう。」カルトはそういうと、焦りを抑えきれず転移を使ってザクソンへと飛ぶのであった。

 

 

 

こうして、シレジアでの内乱は終結する・・・。

カルトはザクソンまで進軍するシレジアの者たち、セイレーンにいるシアルフィ軍と合流しラーナ様とディアドラの失踪を報告し、全軍シレジアへと集結した。ロプト教団の張りに張り巡らされた奇策により運命の扉は開かれ、クロードの語る結末へと誘われていく・・・。

誰もがこの重苦しい状況に次なる一手を出さない状況に、シグルドは提案する。

「カルト公、あまり自分を責めないでくれ・・・。あなたは今までどんなに苦しい時でもディアドラを救ってくれていた、今回も出来る限りの事をやってくれていたはずだ。私はそんな中でセリスを取り戻してくれた事だけで充分だ。

・・・ディアドラとラーナ様は、私達で取り戻す。」シグルドは笑みを湛え、カルトに感謝の意を述べた。

 

「まさか、シグルド公・・・。グランベルへいくつもりか?」カルトの言葉にシレジア勢は動揺し、シグルドは無言で頷く。

 

「無謀だ!グランベルは確かに戦力をイザークへ分散しているとは言え、国内にも十分な戦力を蓄えている。・・・今の全軍を送っても勝機は薄い。」

 

「・・・・・・やらねばならないのだろう?カルト公・・・。」カルトの反対意見にシグルドは珍しく異論を挟む、カルトは立ち上がった机からもう一度着席しシグルドの強い視線と絡んだ。

シグルドには一切言ってないが薄々気づいているのであろう、ディアドラが特殊な存在でありその度に襲われる理由を直感で感じているのだ。そのディアドラを奪われた事は、単にシグルドの妻が拐われた程度の物ではない理由があるからこそ、カルトは奮闘していた事が伺えたのだ。

 

「・・・そうだな、ディアドラ皇女がロプト教団の探し求める皇族マイラの血族・・・。そしてもう一つのマイラの血族、アルヴィスと結ばれればロプトウスが復活する。」カルトの言葉は集められた一堂を凍らせる。

 

「フィラート卿、あんたが以前のアルヴィスの話をしていた時に出てきたシギュンという女性の話だが、俺はその女性の名を何処かで聞いていた。・・・クルト王子に俺の出生の秘密を説明している時に滑らせた名前がシギュンだった、俺の事を自分の子ではないかと思ったのだろう。実際、クルト王子の子はディアドラだ。」

 

「で!ではアルヴィス卿とディアドラ様は!?」フィラート卿は飛び上がる。

 

「異父兄妹だ・・・。そして2人の血が交われば暗黒神が降臨する。俺のように近親婚で失われた直系の血が復活し、この世は闇に包まれる。」カルトの独白に流石のレヴィンでさえも唸りながら机上を見つめることしかできなかった。

 

「そこまでとは・・・。それでもカルト公は私達の婚姻に反対せず見守ってくれていたと事だったのか、改めて感謝する。

・・・次は私がラーナ様をお救いしてシレジアへの恩返しがしたい。」シグルドの言葉に決意が溢れている・・・、彼はきっと誰もついていかない絶望的な戦場でも一人出立するのであろう・・・。

 

「俺は親父達のいざこざ関係なく綺麗事を並べ立てるお前が嫌いだったが、ここまで行けばかっこいいじゃねえか・・・。俺もついていくぜ。」レックスが立ち上がる。

 

「僕も逃げる訳にはいかない、一緒にいくよ。」アゼルも立ち上がる。

 

「私も見届けます、運命を変わる時を・・・。」クロード神父も穏やかに肯定する。

 

「決起は五日後、リューベックで朝日が昇る頃にいる者でグランベルへ攻め登る。・・・この戦いは正義ではない、私の勝手な想いだけで戦う私闘だ。それでも付いて来てくれる者は、・・・その命を私に預けてくれ。」シグルドの開戦宣言にもはやカルトは止める事は出来ない。レヴィンに目線を送ると、一つ頷きカルトの意を汲んだ・・・。

カルトもまたシグルドの意に従わんとする一人であるのだから・・・。

 

シレジアの短い夏が終わりを告げ、秋もそこそこに冬がやってくる・・・。その冬を訪れる前に進軍を決意するシグルド、運命の時は季節時期すらも変え、その結末はどこに向かうのか誰にもわからない。ただクロードの見つめる敗北の運命は未だに変化する事がない・・・、約束された敗北の進軍にシアルフィ軍とグランベルの公子達は躊躇する事なく突き進むと宣言する。

グラン歴759年の晩秋・・・、シグルドの聖戦が静かに始まるのであった。



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外伝 4小節
悲壮


本話より、外伝 最終節とさせていただきます。
このまま次章と考えていたのですが、やはりこれだけ魅力的なキャラクターが多いと語らずにはいられなく感じまして出立までの5日間の出来事を入れたいと思いました。

まず、この小説を原作を知らずに読んでいる人は少ないと思いますので書かせてもらいますが次章が終わった時、現在出ていますキャラクターはほとんど出てこなくなります。
それまでに描きたいエピソード、幕間があったのですが削ってますので何とか外伝でフォローを入れてます。
ここでも数話寄り道しますがよろしくお願いします。


五日後のリューベック・・・、シグルドの宣誓によりシレジアのご意見番は激しく非難する。ラーナを失い、求心力の失ったシレジアはレヴィン国王の発令よりも先に長年前国王の重鎮達が色めき立ち、保守派が台頭に上がりだした。

ようやくここまで複数の国と同盟を結び、食料事情が改善した事により元の生活に戻る事を極端に恐れている様子である。グランベルとの交易など既に破棄されているような物でもしがみつくような始末であった。

また一部の過激思想の中にはグランベルにシグルド達を引き渡して利を得ようと考える者までいてるそうだ、あの激戦を戦い抜いた彼等を制圧する事などシレジア一国の兵力では到底止めるなど出来はしないだろう。

 

カルトは呆れた愚策ばかり思いつくシレジアの重鎮どもはレヴィンに任せ、セイレーンで残りの日々を送る事とした。シアルフィ軍は続々とセイレーンを出立しリューベックへと向かっている、暫く振りの城内の静けさにカルトは妙に寂しさを感じていた。残務処理に机に向かっていたがインクを付ける手を休めて窓の外を見ると、シレジアの山脈にはうっすらと白い化粧を施されており秋の深さを感じた・・・。

 

「俺たちは本当に負けるのですか?クロード神父・・・。」誰にともなくポツリと呟いた。

クロード神父の永遠の苦しみである、先を見据えた運命・・・。

彼を疑う事ではなく、信じたくない真実である。

カルトは父親からマンフロイの思考を貰い、動向が読めるようになる。それでも尚、昨日会った時には静かに首を振るだけで事態は変わらないとしていた。

書類にインクが一滴落ちる・・・、白い紙はその漆黒を吸い尽くしその一帯を黒く染めていく。本当にロプト教団の闇はその大陸を覆わんとしているのだろうか・・・カルトは思い詰めていた・・・。

 

やはり、奴らの手にロプトウス復活の鍵が揃った以上時間がない・・・。ヴェルダンでバトゥ王がかけられた精神操作の魔法を使えばアルヴィスとディアドラが無意識のうちに互いを惹きつけあわせる事はたやすい事だろう。そして産まれる子供はロプトウスが宿り、悪魔の子としてこの大陸を支配してしまう。・・・ナーガの聖書を手に入れなければ。

かつて、祖父であるグランベル陛下であるアズムール王の依頼されたナーガの書の捜索・・・忘れていた訳ではない。戦争の合間でも部下や自身の足で捜索したし、デューを使って情報を探してみるが一切の手掛かりがなかった。

 

・・・例え、見つけたとしても使う事など出来るだろうか?

このような禁忌の果てに、人為的に作られたヘイムの血程度でナーガ神が力を与えてくれるのだろうか?カルトの不安が頭をよぎる。

正統な血であるディアドラが拉致された今、この世代でナーガを使えるのはカルトのみ・・・。もしナーガの力を使わねばならない局面の時を迎えた時の不安がよぎる。書類に手がつかず、遂にはカルトは私室を後にしセイレーン城最上段の公族の間に入る。

 

「お帰りなさい、今日は早いのですね。」エスニャが微笑ましく迎え入れられる。カルトはつい、彼女の胸に飛び込み腰に手を回した。

エスニャは驚きはしたが、ふっと優しい笑みに戻りカルトの頭に手を優しく添えた。

 

「カルト様、何かありましたか?」暫くの一時の後、エスニャは問いかける。カルトはすっと立ち上がるとゆっくりと首を降った。

 

「なんでもないんだ、ちょっとエスニャに甘えただけさ。」カルトの笑みにエスニャは胸が痛む、彼は何かあったに違いないが決して話さないだろう・・・。エスニャはわかってるが故に胸が締め付けられる。

 

「・・・そうですか、私に出来ることがありましたら言ってくださいね。三日後には私達はグランベルに出立しないといけないのですから・・・。」

 

「エスニャ・・・、そのことだが・・・。」

 

「カルト様、アミッドが小さいですがサンダーを使ったのですよ。もう魔法が使えるなんて、あの子はやっぱりカルト様の子ですね。」エスニャは嬉々としてカルトに伝え、背中を押してアミッドの元まで連れていく・・・。

 

「おいおい、エスニャ?」

 

「さあさあ!」エスニャに圧倒され、その日は日が落ちるまで家族と過ごす事となる・・・。アミッドの魔法を見て驚き、リンダを抱いてその寝姿に終始愛でていた。

食事も終わり、アミッドを寝かしつけ二人は就寝前にお茶を楽しみつつお互いの最近の身の上話をする。

 

「ディアドラ様が、まさか陛下のお孫様であったなんて・・・。」

 

「ああ・・・。私もだ、彼女にはマイラの血が流れていると事は察していたが父親がクルト殿下である事は読めなかった・・・。」カルトは一口紅茶を飲ん含むと項垂れる。

 

「尚更ディアドラ様をお救いしないといけませんね、私はまだディアドラ様に受けた恩を返していません。・・・お父上と相対する事になっても、私はグランベルに行きます。」エスニャの決意が瞳に宿っていた、彼女もまた聖戦士の血を持つ宿命に燃えているのであった。

 

「・・・エスニャ、君はセイレーンに残って欲しい。アミッドとリンダの為にも君はここにいるべきだと思う。」

 

「何故です、カルト様は昨日必ず帰ってくると言っていたではありませんか?なら少しの間、お姉様に預かって貰うだけなら問題ない筈です。」

 

「アゼル夫妻ももしもの時の為にティルテュは残る道を選んだ。もしもはあり得る、だから残って欲しい。」カルトはエスニャを見据えながらテーブルから立ち上がり頭を下げる。暫しこの硬直が続き、エスニャも立ち上がる・・・。そしてエスニャはカルトの背後から両の手をカルトの両肩にかけ、体重を乗せて抱きしめた。

声をあげていないが嗚咽のしゃっくりがカルトに振動となり響く・・・。

 

「エスニャ・・・。」

 

「これは我儘です、私はわかってても言いますね。

行かないで、カルト様・・・。行ったらみんな無事ではすみません。

ディアドラ様を救出する機会はあります、だから時期を待ちましょう。」エスニャの嘆願にカルトが胸を締め付けられた。

行けば唯では済まない事は彼女もわかっているのだろう。だから彼女は一緒に行くと意気込み、同行を拒否されればカルトを止めに入っていた。

彼女は常にカルトと共に歩み、共に成し遂げ、共に滅びる事を選んでいた。それはあのヴェルダンで挙げた式を再現するかのように・・・。

でも今は違っている・・・。子供が出来、子供を育てる為にも母親は必要である、父親など偉大な母親の育児の前には役に立つ物など皆無だろう。その中で父親はその生き様を示す事が唯一の子供に教える教育ではないかと思っていた。自分の父マイオスのように・・・。

 

「エスニャ・・・。俺は死地に赴くとは思っていない。皆を必ずこの地に帰ってくるように尽力するし、俺も帰ってくる。

だが・・・、今回の戦いは戦士や魔道士であろうとも女子供は連れて行かないように命令を敷いている。君にも事情があろうとも、自重して欲しい。」

 

「で、でも!グランベルの先にここを発った人達は連れて行っています。私達だけが・・・。」

 

「バイロン卿がティルナノグの民を連れてリューベックに向かっているらしい、シグルド公はそこでグランベル軍にいる非戦闘員を引き渡す予定をしているそうだ。シレジアに彼らを逗留させるとその後の国家間が怪しくなる事を避けたのだろう。」

 

「そうですか・・・!では姉さんは?」ティルテュはグランベルの人間、隠れ里のティルナノグに向かう可能性はあり気掛かりとなる。

 

「いや、ティルテュは魔法の国であるこの国の逗留を望んだ。魔道の故に自身の子供の育成にはここが適正と選んだんだろう、出来るだけ秘匿となるように計らうつもりだ・・・。エスニャ、君も同様だが・・・。」

 

「そうですね、私達の子もシレジアの方が環境的にも適正かもしれませんね。姉さんも、その子供もいれば私も心強いです。」項垂れながら彼女は諦めたようにカルトの言葉に従う。カルトもまた彼女の意思を挫く事に心を痛めるが、恐らく進軍すれば最大の障害となるレプトール卿が待ち受けるだろう。彼女に骨肉の争いを味あわせる事は最も避けたい事であった・・・。

つい先日、父を手にかけたカルトにとってはその辛さは日を追う度に感じる罪悪感・・・。ラーナ様が最後までカルトに父殺しを止めた理由がひしひしと感じた・・・、悔恨と後悔の念がカルトを縛り付けられそうになる。だが今は立ち止まるわけには行かない、ラーナ様を救出する為、ヴェルトマーが秘密裏に匿っているロプト教団を制圧する為にも、彼の地へ向かわなければならない。

 

「すまない・・・エスニャ、君の父上だがギリギリまで説得してみる・・・だから・・・。」

「いいのです、カルト様・・・。」エスニャが珍しく言葉を挟んだ。カルトの目を捉えると決意の目を宿して言葉を紡ぐ。

 

「お父様の選んだ道、カルト様の選んだ道に互いの戦があった。娘として、妻としてその結末を背けずに受け止めたいと思います。カルト様・・・、お父様が皆さんの言うように悪事を行なっているようなら止めてあげてください。お願いします・・・。」

 

「エスニャ・・・。君のその気持ち、確かにお父上に伝えよう。」肩に手を置いたカルトはエスニャに優しく語りかける。気丈に張った緊張も途端に切れ、彼女の瞳から大粒の涙が頰を伝った。

 

「カルト様、死んでは駄目です。きっと帰って来て!!」

「ああ、皆を連れて帰ってくる。その時はうまい飯を頼んだぞ。」

 

カルトは家族と過ごす最後の日が終わりを告げようとしていた。

明日の朝、セイレーンを発つ・・・。家族四人はその時間を愛おしく過ごしていくのであった。

 

 

 

「ねえ、あんた!!まだ身体が癒えてないんだよ!そんな身体で行く気かい?」

 

「ああ・・・、俺はシアルフィの守りの要だ。ここで行かねばどこで漢を完遂できる。」セイレーンで半死半生となったアーダンは情報すら遮断されていたにも関わらず寝所から起き、戦準備に急いでいた。

傷口は確かに癒えているが不足した血液が戻るまでに至らずまだ身体に力が入らない筈・・・、それでも尚アーダンの直感は戦に向いていた。心配するレイミアを他所にアーダンを揺る事が出来なかった。

フルプレートアーマーは完全に破壊されているので愛用する手槍と鋼の大剣を携え、そしてレイミアに最敬礼をする。

 

「レイミア、短い間だったが君と知り合えた時間は楽しかった。もし君と所帯を持ったなら、こんな幸せがやってくるんだな。」アーダンの率直な気持ちにレイミアがキレる、発破をかける言葉を考えたが彼女に綺麗な言葉なんて思いつかない。ありのままの自分を・・・、それがとんでもない発言となる。

 

「・・・だったら!絶対に生きて戻ってきな!!私はあんたにまだ床の素晴らしさを全部教えてないんだよ!!」

 

「・・・お、おい!!」隣近所に聞かれたらどうする、アーダンは無言の叫びを入れたくなる。

・・・確かにこの一ヶ月、新婚と変わらないような生活が続いたがあの先があるだと・・・、アーダンの劣情が擽られた。

 

「絶対に帰ってきな!私達を不幸にするなよ!!」レイミアはアーダンに一振りの剣を突きつける、そのルーンが刻まれた刀剣は見た事もなく手に持つと不思議な感覚を覚える。

 

「それはバリアソードで、持ち主の魔法抵抗値をあげる魔法剣だ。持っていきな!!」

 

「な、なに!じゃあ、この間の金は・・・。」アーダンはレイミアに謝礼として今までの給金の全てを彼女に渡していた、その金を使って購入した事になる。彼女の次の人生の為に渡した金を自分の為に使った事になり困惑してしまう・・・。困惑するアーダンに抱きつき、レイミアは微笑む。アーダンに見えないように、素直な表情を見せないように・・・。

 

「あんたは魔法に弱いんだから、これでちょっとはマシになるよ。・・・さあ、いっといで!死んだら許さないよ!!」

背後に回るとアーダンの背中を目一杯押して檄を入れる、二歩三歩と勢いで歩くとアーダンは助走のつけられたように次の歩みを踏み出す。

 

「振り返るな!前へ進め!!あんたの歩みは遅いけど、確かに進んでいるよ!!」レイミアは涙を流しながらアーダンの歩みを、彼の影がなくなるまで見つめ続けるのであった。

そしてアーダンは気付かない、彼女が言った私達の意味を・・・。

 

 

 

 

「パメラ、もう泣くな。」レックスの出陣にパメラは言葉通り、泣いていた。両の手で覆うように顔を隠して嗚咽している、レックスはつまらなさそうに苛立つ姿勢を崩さない。

 

「レックスは辛くないの!私と一緒に逃げて、どこか誰もいない所で静かに暮らしましょう。」

 

「ふん!俺は女々しい奴は嫌いなんだ。たとえ女でもな、俺の事は忘れてシレジアの男を見つけて添い遂げろ。」レックスは背中から斧を取り出すとパメラの前に置く、パメラは解らずにレックスを見るしかない。

 

「手切れ金だ、手持ちはないからこれを売るなりして金を作れ。」

 

「で、でも!これはあなたが大事にしていた湖の女神から譲られた斧・・・、今から戦に行くあなたが・・・。」

 

「話は終わりだ。じゃあなパメラ・・・、楽しかったよ。」レックスの微笑みは柔らかく、暖かかった。今まで以上に優しく・・・、切ない微笑みだった。パメラは発する暇もなく、レックスはひらりと馬に乗ると振り返る事なく馬を御して走り去る。

パメラの叫びがレックスの耳に届くが、馬を止める事なく駆け足を続けた。パメラは置かれた斧を自身に引き寄せながら涙を流し続け、その場に崩れ落ちる。彼女はその後部下が助け起すまでその場で持ち上げられない斧を抱きながらレックスの身を案じ続けていたそうであった。

 

(馬鹿な男だな、俺も・・・。)レックスはふっと笑みを浮かべる、その顔は男泣きのように見えたと垣間見た彼の部下は言った。

女神の祝福を自ら放棄したレックス。彼は自身の運命に覚悟し、その身の全てをこの戦いに捧げるつもりで望んで行く。だからこそ祝福は要らない、湖の女神は自身ではなく次の世代に祝福を与えて欲しいと願った・・・。

 

 

 

リューベックへ向かう進軍の中、レックスはアーダンと出会う。

ふと目があった二人はお互いに笑みを浮かべた。

 

「よう、復帰してすぐに死地とは・・・。奇縁もいい所だな。」レックスの軽口にアーダンも答える。

 

「それは貴殿も同じ事、守りの要としての武勲は譲らんぞ。」新たなフルプレートアーマーを着込んだアーダンはにっと笑ってレックスを挑発する。

 

「気合が入っているなら結構だ、今回も殿は任せる。」

 

「レックス殿こそ!前衛の護りはお任せしましたぞ。」拳を打ち合わせてお互い軍の最強の盾を讃え合うのであった。



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家族

今週は聖戦の系譜の話題がありましたね!

一つ目はヒーローズに聖戦の系譜が追加される事!
二つ目は本日出走の秋華賞で「ディアドラ」が優勝した事!
競馬を嗜む程度の人ですが、彼女を賭け続けて三連勝してます。
(願掛けで単勝百円だけですよ。)

月曜日にシグルド、ディアドラ、ティルテュに会える・・・、といいな♫
オーブあんまりないけど・・・(涙)


シレジア城にてカルト同様に内乱処理に追われているレヴィンの元に一人の騎士が入室する。

レヴィンに来訪する者を執務室へ呼び、書類手続きと訪問者の用件を一度にしないと間に合わない程の多忙であった。できれば他国の王の様に玉座にどっかりと座り、訪問者への世辞を投げかける様な身分でいたいものだと無い物ねだりを内心思っていた。しかし今回の来訪者はついででこなしていけない、筆を戻して来訪者を歓迎すべく立ち上がる。

 

「今回はよく働いてくれた、シレジア王として礼を言う。」その一言にもその男は会釈をするのみで用件はそれだけではない事を示していた、その証拠に彼は騎士としての装いをしており城内用の儀礼服は着ていなかった。レヴィンの来訪者歓迎の笑みは消え、真顔へと戻る。

 

「行くつもりなのか?」

 

「ああ、もうここに戦争がないなら金食い虫の俺達は邪魔だろう。大きな戦争がありそうなシグルド隊の方へ編入させてもらう、あんたには世話になった。」

 

「ベオウルフ、よければこのまま我が騎士団としてここに止まってくれないか?給金の方も・・・。」

 

「いや・・・、俺たちは戦争請負人だ。国を護るだの国家の威信をかけるなどとは範疇外だ。戦争に生き、戦争で死ぬ・・・。」ベオウルフの言葉にレヴィンは信じられない生き様を垣間見る事となった。ベオウルフの言葉を、その続きを聞かんとしていた。

 

「戦いでしか自分を見出せない半端者だ。部下の連中も初めは国の騎士から失脚した奴、村から召集されて戦争に魅入られる奴、忌み嫌われて行き場を無くして身を戦争に投じた奴など様々いる。その行き場を無くした奴らの受け皿になっているのは確かだ、世間様からは鼻摘まみの厄介者だが、奴らの平和は軒下で泥水を啜って生きる俺たちがあってのものかも知れない。

俺たちは戦争に流れ、戦い死んで生き、また受け入れる・・・。俺で何代目の団長か分からんが、この騎士団は終わらないさ。

戦争になればまた会おう、レヴィン王」

ベオウルフは手を差し出してレヴィンと硬い握手を交わす。次の機会を無い物と誓い永遠の別れを惜しむレヴィンと、戦争があればいつでも駆け付けると約束したベオウルフ・・・。相容れない二人だからこそまた違う形での絆を築くのであった。

違いに健闘の意を表現する笑みにレヴィンは邪な物へと形を笑みを歪めた。

「ディーとやらによろしくな・・・。」その一言にベオウルフの顔はかつてなく歪な笑みへと変貌するのであった。

 

 

 

「あの人には敵いませんね。ベオウルフ様・・・。」苦虫を齧ったようなベオウルフを歓迎するディートバは、くすりと笑ってベオウルフを歓迎した。

彼女の与えられた城内の一室は部隊長が駐在する為に与えられた一室、ベオウルフとは対照的にチュニックに護身用の細身剣を帯刀する軽装であった。

 

「ああ・・・、そうだな。つくづく風の聖戦士様は掴み所がない。」ベオウルフは話の中でも寛ぐ事なく装備の手入れを行なう、ディートバは慣れたようにそのまま話を続けていた。

 

「レヴィン様はその中でも特別ですよ・・・、ベオウルフ様ももっとお話ししていればシレジアをもっと気にいると思います。」

 

「気に入ってるさ、飯も酒も美味いし、美人が多いし、なによりディー・・・、君に出会えた事が本当に良かった。」手を止めて言うベオウルフにディートバは静かに涙を流した。

 

「ご、ごめんなさい・・・、涙なんて見せるものでもないのに・・・。あなたの花道に水を差してしまうなんて・・・。」ディートバは背を向けてベオウルフに謝罪する、ベオウルフは彼女の肩に手を当てて抱き寄せる。

 

「いや、いいんだ・・・。俺みたいな流れ者を受け入れて、涙して見送ってくれるなんて男冥利に尽きるって物だ。

・・・別れは辛いが、俺は戦いにして生きられない男だ。」

 

「ええ、あなたの生き様に私は惹かれたのですから・・・、後悔なんてしていません。ベオウルフ様、ご武運を!」敬礼する彼女の表情は柔らかく、そして悲しい・・・。ベオウルフは初めてシグルドの軍に入る事を後悔する程てあった。

 

「ディー、この剣を預けておく・・・。」差し出される剣は魔法剣、特殊な力が封入され使い手次第によっては強力な魔力を発現させる事ができる代物であった。

 

「これは雷の剣だ、何度となく使ったが俺程度では大した力は発揮しない俺には過ぎた剣だ。ディーならこの剣の力を使いこなせるだろうし、行く行くは君の子供にも有効に使える剣になるだろう。お守りの代わりにこれを預ける。」ディートバは受け取ると反射的にまだ張っていないお腹をさする、悪阻が彼女に新たな命が芽吹いていることをベオウルフには伝えてもいないのに・・・。ディートバは目を丸くしていた。

 

「じゃあな、ディー・・・。迷惑をかけるが、・・・後は頼む。」

 

「ええ・・・。いってらっしゃい・・・・・・、あなた・・・。」

悲しき別れがまた一つ、執り行われていた。

 

ベオウルフの鉄鋲が床を弾く音が物悲しく泣いているように感じる、城内の長い廊下に冬を迎えつつある冷たい空気がその音を響かせた。

 

「残っても、いいのだぞ。」壁を背中と長剣をもたれさせ、腕組みをする麗しき女性剣士がベオウルフの胸中を抉るが、ベオウルフはその皮肉をお返しとばかりに受け答えた。

 

「あんたこそ、物騒な物を持たずに子供を可愛がればいい。」

 

「・・・すまない、少し意地が悪かったな。」アイラは剣を帯刀しベオウルフの横へ続いた。

 

「おいおい、しおらしく謝るなよ。・・・・・・お互い重い荷物を背負っているが、それが生きる糧になる。アイラ・・・、お前は死ぬなよ。」

 

「ベオ?どうした、お前らしくもない・・・。」

 

「どうしちまったんだろうな、俺たち雇われの身が死地へ行くなんてな。どうだ?半分くらいになったか?」ベオウルフはアイラに部隊の事を伺う、これからグランベルとの戦争になるので多少なりとも離れていくだろうと思いアイラに伺ったが、アイラは少し口元を緩めて答える。

 

「いや・・・、脱退者は今の所はいないぞ。・・・いい部隊だな、お前の傭兵騎団は。」

 

「俺は何もしちゃいない、あいつらが有能なだけさ。それにお前までいるのだから俺が必要ないくらいだ。ヴォルツにはまだ届いていないだろうな。」

 

「ヴォルツ?確か前の部隊長だったな。強いのか?」

 

「ああ、馬上の大剣捌きで右に出る者はいなかったよ。あのエルトシャン擁するクロスナイツですら欲しがった逸材だからな。」ベオウルフが遠い目をする中、アイラは是非手合いしてもらいたかったと剣を握り直す。

 

「お前は元クロスナイツだったんだろう、そのヴォルツに魅せられたのか?」

 

「俺は国に仕えるのは性に合わなかった、それでも国の騎士として戦う事が剣を磨く唯一の方法と思っていた。そんな中で国の為ではなく自分の意思で戦いを選び、型破りな自由の剣を持つヴォルツの強さに憧れたかもしれん。気付いたら俺は奴の部隊について行っていたよ。」

 

「自由の剣・・・か。なし崩し的に入隊させて貰ったが、私もその気概に当てられたのかもしれないな。

共に生き残るぞ、お前は私が守ってやる!」気合を入れてベオウルフよりさきに進み出す彼女にベオウルフは頭を掻いて溜息をつく。

 

あの殺戮人妻王女が気合をあげれば辺り一面死体の山が築かれるだろう・・・、その光景がリアルに再現されてしまう。

既にアイラの持つ愛剣は血を吸い続けて魔剣の領域に達している、ベオウルフの背筋から上がる悪寒は辺りの寒さも助けて凍り付きそうであった。

 

「無茶、するなよ。」ベオウルフは先を歩くアイラに小さく囁くのであった・・・。

間違いなく、この戦いは死傷者が多く出る。それでも尚向かわんと、突き進もうとしているのはなんの意思だろうか。ベオウルフはまだ見出せないその不可解な意思に従っていくのであった。

 

 

「い・や・よ!!ぜーったい、に!!いくんだからあ〜!!」城内にシルヴィアの大声が響く、両耳に手を当ててその騒音を消そうとするが全く声量は落ちない・・・。クブリは困り果てていた。

 

「今回ばかりは駄目です、駄々をこねないでください。」

 

「いや!!」

 

「シレジア軍はグランベルにはいきませんが、・・・私は暇を取りました。もはや賢者でもなんでもなくカルト様の従者クブリです。カルト様もシレジアを去る今、私も運命を共にするつもりです。

だからシルヴィアさん、あなたはここを去って下さい。勝っても負けても・・・私達はここには戻らないでしょう。」

 

「いや!!」

 

「シルヴィアさん!!」堪忍袋の緒が切れたクブリは珍しく怒気を露わにする。シルヴィアもその怒気に負けず、クブリの眼を見据えた。

二人の視線が切れる事なくにらみ合いが続き、廊下を歩く衛兵はそそくさと二人から遠ざかるようにすり抜ける始末である。

 

二人の睨み合いが続くなか、声をかける人物がいた。

最高位の修道服とローブを着込み、先程の戦いで失ったバルキリーの杖の代わりの聖杖を持ったクロードである。その事態を収拾しに来たと感じたクブリは仲裁に来たと安心する。

 

「こんにちはシルヴィアさん、そんなに荒だててどうしたのです。」

 

「あ!クロードさん、こんにちは!聞いて下さいよ。クブリったら一人でグランベルに行くっていうからあたしもついて行くって言ってるのに聞いてくれないのですよ。」

 

「ですから、今回ばかりは駄目ですってば。」

 

「戻ってこないというなら尚更ついて行くわ!あたしは身寄りもないし、どこでもついていける。だからいいでしょ?」シルヴィアは懇願する、クブリは困惑の極地でクロードに視線を投げかけた。

 

「でもシルヴィアさん、身重では従軍する事は出来ないでしょう。今は大人しくしてた方がいいですよ。」にこやかに言うクロードの言葉にシルヴィアは固まる、クブリは杖を落として廊下に樫の杖の乾いた音が響いて行く・・・。

 

「え・・・?確かに少し前から気分が悪かったりしていたけど、まさか・・・。」シルヴィアは静かにお腹に手を当ててしまう、クブリはまだ固まったままで完全に思考停止していた。

 

「ですのでシルヴィアさんはシレジアに残ってお腹の子供の為にも静養なさって下さい。そしてかわいい双子を産むのですよ。」クロードの次々と語る言葉にクブリはもう固まったままピクリとも動かない・・・、ようやく動き出したクブリであるが

 

「な、な、な、なぜ双子と、わかるのですか?そもそもなぜ本人も自覚していない妊娠を・・・。」思考は混乱の着地となっていた。

 

「なぜか、と言われればうまく言えませんが直感がそう思いました。双子である事も同じです。クブリさん、おめでとうございます。」

 

「あわわわ・・・。なんたる事だ、まだ未熟な私に子供を授かるなんて・・・。こうはしていられない!私が退役した後の待遇をお願いせねば・・・。あっ、シルヴィアさん!!」クブリはようやく現実を取り戻し出すと慌ただしく思考が後の事を意識し出した、そして彼女に贈る言葉を導き出す。

 

「は、はいっ!」シルヴィアは咄嗟に呼ばれ、クブリの言葉を恐る恐る聴く体制に入った。

 

「シルヴィアさん、こんな時ですがそのお腹の子を産んでくれますか?レヴィン様には産後もここで子供を育てられるようにお願いします。だから・・・。」

 

「わかったわ・・・、あたしだけの体ではないのなら我儘なんていってられないわね。あたし頑張って可愛い子供を産んで待ってるね。だから帰って来てね、クブリ・・・。」逆に戻ってくるように嘆願するシルヴィアを抱いて約束する、そしてクブリは各々に報告は奔走するのである。

 

残されたクロードとシルヴィアは互いに目が合うと、クロードは彼女に深々と頭を下げた。

「シルヴィアさん、この間私を助けてくれてありがとうございます。

あなたが発破をかけてくれたお陰で立ち直り、そしてマーニャを助けてくれた時もあなたは私を支援してくれた。マーニャの命の恩人です。」

 

「そんな・・・。私は大した事はしていません、あれはクロードさんの力で出来た事よ。」シルヴィアは焦り、身振り手振りで返す。クロードはにこやかであった顔が少し真剣な面持ちになり話を続けた。

 

「マーニャに蘇生魔法を使っていた時、私の聖歌と踊りが完全に同調していた。・・・あなたは身寄りがないと先程の言っていましたが、ご両親は?」

 

「分からない・・・、物心がついた時には私はある楽団に育てられながら働らかされていたわ。そこそこ大きくなったら踊りの練習で間違える度に鞭でうたれる毎日で、数年前にバーハラで大興行があった時に抜け出したの。辛かったけど、この数年間自分の好きな街に行って酒場で踊る毎日は楽しかったわ。」

 

「そうだったんですか、すみません立ち入った事を聞いてしまいまして・・・。辛い毎日だったかもしれませんが、あなたのその踊りで私達は救われたんですからあなたに踊りを教えた人々に感謝をしたいです。」クロードは再び深々と頭を下げた。

 

「そうだね!あたしもそう思ってる。私の踊りには魔法がある事がわかってから嬉しかった、それがいろんな人に役に立つなんて思ってもなかったよ。」嬉々としてシルヴィアは話す、彼女は底抜けに明るくしているがどれだけ辛い人生だったのかよくわかる。だからこそ人を励ます事ができるのだろう、クロードは彼女の尊さに感謝していた。

 

「少し話が逸脱してしまいましたね、単刀直入に言いますね。

・・・私には妹がいたんですが、賊に侵入され人攫いにあってしまいました。両親が手を尽くして探したのですが、最後まで見つける事ができなかったのです。

・・・シルヴィアさん、あなたはおそらくですが私の生き別れた妹がだと思ってます。」

 

「あ、あたしが・・・?あははは!こんな時に冗談だなんて・・・。」

 

「いえ、私は真剣です。先ほども言いましたがマーニャを救った時の同調を思い出してください。魔法を融合させる事など息のあった者でも成功するに難しい、その上あの魔法はブラギの血に連なる者しか扱えない神の魔法・・・。シルヴィアさんが私と同調してできたという事は、あなたにもブラギの血が流れています。となれば自然と行き着く答えなのです。」クロードの言葉にシルヴィアから涙が溢れる、彼女から流れるその清らかな涙なクロードは自然と彼女を抱き寄せた。

 

「今日は、なんて日なの・・・。生まれた時から肉親がいなかったのに、子供が出来てお兄ちゃんまで出来るなんて・・・。嬉しくてあたしまだ実感がおいつかないよ。」ローブを濡らすシルヴィアの頭をそっとなぞった。

 

「ブラギ神よ、我ら兄妹に与えたあなたの試練に感謝します。我らを正しく導き給え。」二人はこの運命に感謝の意を述べるのであった。



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枯草

この回で外伝を終えさせて頂きますが、シグルドの代での最後の外伝となります。

明るい題材が少ない小説ですが、さらに重くなっていきます。
不愉快を感じる方もいるかもしれませんが、その辺りも含めましてご意見をいただけますと幸いです。


ヒーローズなどで、聖戦の系譜がピックアップされたからかな?
聖戦の系譜関連の二次小説がでてきたように感じます。20年の月日を超えて、新たな発想の二次創作が増えてうれしく感じます。


「はっ!・・・ふっ!!・・・たあっ!!」早朝のレンスターで素振りをするマリアンは日課の訓練を淡々と行なっていた、相方のファイアードラゴンであるシュワルテは首を背に預けてその姿を眠そうな目をしたまま見つめている。

一通りの訓練を終えたマリアンは朝露に濡れる長剣を一振りすると鞘に収めて、シュワルテの鱗に手を当てる。

 

「ごめんね、遅くなって・・・。そろそろ行きましょうね。」シュワルテの背にふわりと飛び乗ると待ちきれないとばかりに大空に舞った。

マリアンも慣れており、全く落ちる様子はない。トップスピードに乗ったシュワルテの背に悠々と歩いて鐙に両足を固定し、彼の食事へ同行する。その光景をレンスター城のバルコニーから見上げるフィンは、すっかり名物となったマリアンの飛び立ちを見送った。

 

「見事な飛行ね、まさかレンスターでドラゴンナイトの飛翔を見られるなんてね。」

エスリンはまた乳飲み子のリーフを抱き、足元をチョロチョロと動き回るアルテナの手を掴んでキュアンの元へ訪れた。

 

「彼女はその中でも特異的な使い方だけどね、ドラゴンナイトよりドラゴンフェンサーの方がしっくりくるよ。」キュアンはアルテナを抱いて高く持ち上げると楽しく笑うアルテナの頭を撫でた。

 

「ドラゴン乗りの剣士?・・・確かに彼女の戦い方はトラキアの竜騎士とは違いますが・・・。」

 

「この間のマンスター地方であったトラキアとのいざこざで彼女が加勢に入ったのだがとんでもなかったよ・・・。上空から突然ドラゴンごと突っ込んできたかと思えば、地上兵をクッションに頭上から剣を突き立てて着地して・・・。地上では剣士として暴れまわり、囲まれたら跳躍してドラゴンの背に逃れて窮地を脱し、炎のブレスを浴びせる。ドラゴンナイトが来ればここでもまたドラゴンからドラゴンへジャンプして敵ドラゴンに飛び乗って切り捨てる・・・。あんな破天荒な戦い方は見た事がない。」キュアンはその時の光景を思い出すだけで身震いを起こしていた、エスリンは夫の姿を見て絶句する。

 

「トラキアが真似してこない事だけ祈ります・・・、しかしカルト様は型破りな方ですね。一般であったマリアンをここまで育成するなんて・・・。」エスリンもまたこの度の戦乱で感じた感想を述べる。

 

「そうだな・・・、彼の考案する戦は斬新すぎて私には計り知れん。シグルドに協力してくれている事に心強さを感じるよ。

マリアンと一緒に来ているオイフェも刺激されているのか、フィンとの訓練でとうとう一本取ったそうだ。」

 

「まあ、フィンもかなり力をつけてますがその彼から取るなんて・・・。ファンには久々に訓練をつけてあげないといけませんね。」エスリンの目に光が宿りキュアンは嗜める。彼女は普段は大人しく慎ましいのだが、訓練となると人が変わってしまうところがキュアンにも恐怖を感じる・・・。エスリンといい、マリアンといい、いつの世も女性の強さを垣間見てしまう。

 

「エスリン・・・、静かに聞いて欲しい。」キュアンはいつになく真剣な表情で妻であるエスリンへ向き直った。

 

「・・・ええ、どうされましたのですか?」

 

「シレジアで起こっていた内乱は終結したらしい、シグルドもカルトも無事だそうだ。」キュアンからマリアンとオイフェには口止めしていたシレジア情勢をエスリンへ伝えた。

 

「まあ、それは良かったです。兄上が内乱で危うくなるような方ではありませんが、一先ず安心しました。

・・・それだけではないのですよね。」エスリンの言葉にキュアンは一つ頷いた。

 

「ああ・・・。シグルドは私達には伝えないつもりだろうが、近日グランベルに攻め登るらしい・・・。」

 

「えっ!!兄上が!?」キュアンはもう一つ頷いた。

 

「あちらに密かに置いてきた情報部隊がもたらしてくれた正確な情報だ、君のお父上はイザークの奥地で生存していたらしい。生き証人である父上の直筆の書状を持って身の潔白を訴えるつもりだ・・・。」エスリンの顔色がみるみると悪くなる、連れてきたアルテナが不安そうになりエスリンは彼女を抱きしめた。

暫しの沈黙が流れる中、キュアンは意を決してエスリンに続きを語る・・・。

 

「シグルドを孤軍にさせる訳には行かない、明朝私もグランベルへランスリッターを率いて向かう。」

 

「あなた・・・。」キュアンの決意を感じたエスリンは慌てて立ち上がる、その戦いは死地へと向かう戦いである事はエスリンにも感じ取れた。

グランベル公国のアズムール王に直訴するのである、グランベル国内の全ての戦力が阻むであろう・・・。幸いにもイザークへ戦力が幾分か裂かれているとはいえ唯では済まない。辿り着く事さえ叶うかどうかである、そんな戦地をキュアンは友の為、兄の為に向かうと言うのだ・・・。エスリンは固唾を飲んでしまう。

 

「全軍とは行かないがな・・・。トラキアが常々こちらを狙っている、油断は出来ない。」

 

「ええ、わかっています。そんな中で兄上に加勢をしていただけるなんて・・・、感謝します。」エスリンは頭を下げる、キュアンはその妻の肩に手を当てて首を振った。

 

「エスリン、君の兄上を死なせはしない。それに俺達三人は誓いを立てている、その想いは未だに褪せる事はない・・・。シグルドの為にも、エルトシャンの為にもこの誓いは誰一人として違ってはいけないんだ。」

 

「・・・はい。あなた、兄をよろしくお願いします。・・・あなたも絶対に戻ってきて下さい。」

 

「ああ・・・、必ず戻る。二人を頼んだぞ・・・。」二人は抱擁する。

 

「でも、あなた・・・。途中まで同行させて下さい。」

 

「!!危険だ、ここで待っててくれ。」

 

「ここは譲れません、お願いですから見送らせて下さい。」エスリンの強い要望にキュアンは困惑するのである。

最後には承諾し、途中で引き返す事を条件にしたのである・・・。エスリンの微笑みにキュアンはやれやれといった表情であるが、この判断に彼らの命運を迫られる事となっていくのである。

 

 

オイフェは駆ける、天翔けるドラゴンを追って・・・。

常に目標に据える彼女との距離は縮まるどころか更に空けられるかのようであった。ようやく最近騎馬を御する事ができ、フィンから一本を取る事が出来ても、マリアンは更に前に進んでいるように感じる。

この歯痒さを未だに抱いたオイフェはひたすらに騎馬をかける。

彼がマリアンの居場所に着いた時にはシュワルテは大物を狩り終えて食している所であり、彼女は骨を砕く音を睡眠材料として寝入っていた。

オイフェは腰に吊るした鉄の剣を構えて彼女な近く・・・、例え麗しい彼女でも寝入りを不用意に近づけば命はいくつあっても足りない。オイフェはそれでも彼女に近き、肩に触れようとする・・・。

 

ガキィ!!

 

マリアンの淀みなき抜刀からの抜き打ちをオイフェは剣を切られる事なく受けた、すぐ様体勢を入れ替えて彼女の一撃をいなす。

 

「やった!マリアンの一撃を止めました!!」オイフェは感極まり、今はそばにいない主人に報告するかのように変えを高らかにあげた。

マリアンはその言葉に不機嫌になり、オイフェを二の太刀で峰打ちにする。

 

「うわっ!」その剣閃にオイフェは尻餅を付き、シュワルテの食事は再開する。

 

「・・・オイフェ、いい加減に私をだしに自分の成長を測らないでくれない?睡眠を妨害されて結構迷惑しているのですよ。」

 

「すみません、でも・・・マリアンもいい訓練になってない?」オイフェは立ち上がりながら笑顔で言い放つが、マリアンの表情は曇ったままである。

 

「それなら徒歩で近づく事ね・・・、既に1キロまえから捉えてましたよ。」

 

「・・・本当に?」

 

「本当よ、馬の蹄の音は結構まえから地面を通して聞こえるのよ。」マリアンは抜いた剣を再び鞘にしまうとシュワルテの腹部に身体を預けて休息をとる、マリアンの手招きもありオイフェも更に習う。

 

レンスターは深い秋であった・・・。夏の活動期を終えた動植物は冬の準備に入る頃、様々な物を食する人間にとってこの時期は実りの季節である。レンスターも毎年恒例の収穫祭があり、街ではその準備の真っ最中であるだろう。

育ち盛りの二人は既にお腹の虫が騒ぎ出す頃、オイフェは懐から乾パンを取り出し竹筒の水と共にマリアンへ渡す。

マリアンは受け取ると水を一口含み、オイフェに戻した。

 

乾パンを片手に立ち上がるとマリアンはひと伸びし、風のたなびく丘の真ん中へと歩みだした。オイフェは赤くなりながらマリアンの口をつけた竹筒の水を含むと、同じように彼女の元へ歩む。

少し離れるだけでシュワルテの食事の音は消え、風の吹く音が支配していた。

 

二人はレンスターの一望できる丘で無言で見つめていた。ふとオイフェはマリアンは横目で盗み見るが彼女の瞳はどこまでも遠く北の空を見つめるだけであった。

 

「マリアンは、シレジアに戻りたいの?」

 

「シュワルテは寒い所は苦手だから、可哀想でしょ。」

 

「うん・・・。でも、マリアンもカルト様のそばにいたいでしょ?」その言葉にマリアンは眉を少し動かす。オイフェは失言であったと頭では理解しているが、聞かずにはいれない感情が渦巻いており制御出来ずでいた?

マリアンはすぐ様、優しい表情となりオイフェの揶揄いを優しく薙ぎ払う。風で乱れた髪を左手で直すとオイフェに満面の笑みで持って答えた。

 

「カルト様には伴侶となったエスニャ様がいます、彼女がいる限りカルト様はもう迷われる事はないでしょう。私は彼女にはできない事をなすだけです。」

 

「それは・・・、マリアンにとってなんだい?」

 

「カルト様を害なすものを全て排除する事です。その為なら私は命も惜しくない、喜んで修羅の道へ参りましょう。」その剣を少し抜いて鞘なりの音と共に誓う。

 

「マリアン・・・。」決意の目を他所にオイフェは優しく願う、彼女に安息を場を与えてくれる事を心静かに悟られずに祈るのである。そんなオイフェの心配を他所に、マリアンもまたオイフェに優しい瞳へと変わり語りかける。

 

「でもね、オイフェ・・・。あなたには生きててもらいたいの、あなたもシグルド様の為なら死ぬ事も厭わないと思っているでしょ?でもあなたはバルトの血を継いでいるし、私よりも歳下・・・。

戦う事だけではない、あなたにしか出来ない事があると思う。」

 

「そんな!マリアンと僕は二歳も違ってないのに、たったそれだけでマリアンだけが死地に赴くなんて!!」オイフェの言葉にマリアンはくすりと笑っていた、オイフェはカマをかけられたと判断し咄嗟に口を塞ぐ。

 

「やっぱり、あなたも知っていたのですね。」

 

「はい・・・、レンスターの部隊から盗み聞きました。

シグルド様は近日の内に決死の行軍を行う事を・・・、私は明日にでも出立してシグルド様と共に参加したいです。」オイフェの目は決意の物であった、恐らく彼を無理に止める方が危険を感じたマリアンは一つ頷いた。

 

「分かったわ、一緒に行きましょう。そしてシグルド様の大業を成就させましょう。」マリアンはオイフェの手を掴んで硬く握手する、オイフェもまたその握手に左手を添えて一つ頷いた。

 

「キュアン様なら恐らく今日か明日辺りにシグルド様と合流しようと出立の準備をしている筈です、それを付けていきましょう。」オイフェの提案にのるマリアンであった。

二人は再び小高い丘から伸びる草原を見つめる・・・、秋の冷たい風を受けてすっかり色の変えた草原は、カサカサと乾いた音を立ててたなびいていた。しばし見つめる二人はその先にあるシレジアを見据えていた。

今はただ仕える主人に逢いたい、その気持ちのみが大きく膨らんでいた。マリアンのよぎる不安は枯れていく草原が揶揄するかのようである・・・。

 

 

 

「ははうえー。」

利発な金髪の幼子であるアレスは、グラーニェの手を掴んで話しかける。

レンスターの爵位を持っているグラーニェはラケシスと共にアグストリアから亡命し、フィンの厚意もあり城内までとはいかないものの、城のすぐ近くの館でアレスと共に生活をしていた。時折フィンと妻のラケシスも訪問し、話し相手にもなってくれるので不自由はなく暮らせる待遇に感謝していた。

グラーニェの両親のいるマンスターへ帰郷しても良かったのだが、ラケシスを心配しての配慮であった。今や心配はなくなったがレンスターに帰った当時は相当の落ち込みで、側にいなければならないと思った次第である。

今、ゆったりと部屋で冬に備えてのアレスの編み物を作っている最中にアレスの声であった。

 

「どうしたのです、フィン殿に剣の稽古をしていたのではなかったのですか?」

四歳になるアレスはここに着くなり、剣の稽古と教養を身に付けさせる為に勉学はラケシス、武術を時折尋ねるフィンにお願いしていたのである。そのアレスが武術の時間であるが自室に戻ってきた形であった。

 

「フィンさんは、急用ができて帰ってしまいました。」

 

「そ、そう・・・、よほどのことなのですね。・・・アレス、いらっしゃい。」グラーニェは息子を抱き寄せんとしたが、アレスは寄ってくる様子はなかった。

 

「アレス?」

 

「父上は・・・。負けたのですか?」

 

「えっ?」

 

「父上は・・・、戦争で負けて死んでしまわれたのですか?」アレスの目はかつての父親のように鋭く母親の目を見据えた。

 

「いきなり、どうしたのです?誰かに聞いたのですか?」グラーニェが問いただすとアレスは首を横に降る。

 

「もう、何年も父上は迎えにきてません。父上はもう帰ってこないのですか?」アレスの言葉を聞いてグラーニェは逆上しそうになる。父親を信じない子供に折檻をせんと手のひらに力を込めるが、アレスの鋭い目は父を信じない目ではなかった。その瞳には力があり、事実を確認せんとしているように感じたグラーニェは平静を取り戻した。

 

「あなたのお父上は戦死してしまいましたが、負けてはいません。」

 

「死んだけど、負けてない?」アレスの幼い頭では理解できない、グラーニェは、アレスをそっと抱き寄せた。

 

「そうよ・・・。だって、あの人は私たちを生きてここまで流してくれたもの・・・。それにあの戦いで最も大事な戦友を守り、最大の難敵を命を懸けて倒したそうよ。命を落としたけど、これ以上の武勲なんてないわ・・・。

アレス、あなたのお父上は誰よりも勇敢で、強い騎士だったのよ。あなたにはその血が受け継がれている、今はここで力をつけてね。」

 

「ははうえ・・・、お話してくれてありがとうございます。

僕はきっと強くなってお父上の意思を継いでアグストリアに帰ります。父上の剣を見つけ出して、父上の成したかった事をやってみます。」アレスはグラーニェに頭を下げて退出するのであった。

 

幼きアレスは、既に若き獅子へと目覚めようとしていたのである。



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七章 グランベル編 (凱旋)
マリアン・・・。


更新が遅くなりまして申し訳ありません。
ヒーローズが、転勤先が、体調が・・・、子供達が・・・。
言い訳ばかりですみません。

ここより新章開始となります。
ここからは抗えぬ運命を書いていくことになり、精神的に参ってしまいそうです。暗い、辛い、悲しいが続きますが是非ご覧になって頂けたく思います。


シグルドの宣言したグランベル出立の朝日が昇るまで三時間前ほどだろうか・・・。シグルドの滞在する自室に、父であるバイロンが登城した。

すぐさま補給部隊の一部慌ただしく準備を始め、幼き子供や非戦闘員の脱出に働き出した。グランベル所縁の非戦闘員はバイロン卿と共に、イザークの奥地である幻の里と呼ばれるティルナノグへと落ち延びる計画であるのだ。シレジアに残す計画もあり、レヴィン王が滞在を進言されたがシグルドは丁重に断りを入れる。

もし、この先グランベルが反逆者狩りを行えば真っ先にシレジアが狙われてしまう。それよりも所在を曖昧にし、監視の目を分散させる方が各地に潜むシグルドの所縁のある者が隠れやすいと判断したのである・・・。

負けるつもりはもちろんない、がもしもの備えは十分に行うべきと考えたシグルドは共にバーハラに向かうという父親を説得し、ティルナノグへ彼らを案内する事を進言したのである。

 

「シグルド、すまぬ・・・。儂の不甲斐なさがお前にここまで負債を抱えさせたのに、さらにお前は無謀な賭けに出ようとしている。儂が変わってやりたいが、それは無謀どころか無策になってしまう・・・。」バイロン卿は嘆くように肩を落として膝を床へと落としてしまう。

今更シグルドの部隊をバイロンへ返還しても、聖剣ティルフィングを移譲してもバイロン自身の能力はシグルドと大きく水をあけている、それは指揮官としての能力も同様である・・・。

さらに言えば、突然のトップ交代の付け焼き刃部隊が精鋭の揃うグランベルの各色のリッターに及ぶはずが無い。

それを見切った上でのバイロンの嘆きである。シグルドはすっかり小さくなってしまった父の肩をそっと添えて、無言で労う。

 

「父上は、絶望の戦いを数年間もやり遂げて生きてくださいました、そのおかげで奴らの陰謀の生き証人としてこの直訴状があるのです。それにティルフィングも私の手に委ねてくださいました。これ以上、父上に何を願うというのですか?後は父上の余生の限り若き世代を導いてください。

私は、負けるつもりはありませんが、戻って来る事は難しいでしょう。」

 

「シグルド!それは言ってはならぬ!!騎士は死ぬ事ではないぞ。生きて自身の騎士としての生き様を見せる事も、大事な務めであるのだぞ!!」バイロンは息子に強く諭す、父として死ぬ事を騎士の美学として教えた事は一度も無いバイロンはその言葉を必死に否定する。

それはイザークで絶望の戦いを生き延びたバイロンだからこそ、伝えたい一つの教えである。

シグルドは力強くそれに頷くが、困惑した表情は変わらない。

 

「存じております・・・。父上は常に私やエスリンにそうやって強く生き残る事を教えてくださいました。しかし、今回の戦いはそれだけではないのです。

エッダのクロード司祭が限られた者だけに諭してくださいました。・・・この大陸が反転する運命の扉が開かれそうです。」

シグルドの言葉にバイロンは暫し逡巡し、その恐ろしい陰謀が読み取られていく・・・。

つまり、クルト王子の暗殺が意図を持っているなら・・・。

クルト王子を邪魔と考える輩は何を目指しているのか・・・。

各地に起こる不穏な影と、暗黒魔法・・・。

それらを整理したバイロンはシグルドの言う運命の扉の意味を大筋であるが、理解を示す。

 

「ロプトウス・・・。」搾り出される様にバイロンは感じられた言葉を紡ぎ出した。

「馬鹿な!今の世になって、何故そんな事が・・・。」一人混乱するバイロンに、シグルドは再び肩に手を当てた。

 

「だからこそ、希望の若き世代には各地で力をつけてもらいたいのです。私達が今できる事を、それを為さねばこの世界は滅んでしまいます。」シグルドは血が滲むほど右手を握りこんで力説する、バイロンはようやく事態を理解しシグルドの意見に賛同するのであった。

 

「父上、セリスをお願いします・・・。

私はセリスに誓っております・・・、必ずディアドラを連れて迎えに行きますと・・・。」シグルドは隣の部屋ですやすやと眠るセリスに視線を送ると、バイロンに頭を下げる。バイロンはもはやシグルドを引き止めてティルナノグに連れて行くことはできないと観念し、大きく頷いた。

 

 

 

シレジアに所縁のある者はシレジアに残り、以外の者は補給部隊の幌付きの馬車へと乗せられる。

バイロンがティルナノグより連れ出した屈強の戦士が付き添ってくれる、旅はきびしいだろうが迷う心配はない。

アイラは彼らに感謝の辞を述べ、双子の兄弟をシアルフィの乳母へと託した。

アイラはホリンから譲られた剣のみを帯刀すると、残りは子供達の為に残し乳母達に一礼すると踵を返して戦場へ目を向けた。

朝日の昇る前、一筋の涙をイード砂漠の入り口へ落とし彼女は死の行軍へ望む・・・。

シャナンもまた自らティルナノグへ行くとアイラの前で誓った。ティルナノグへ自分がいかないとイザークの人々からは信頼されない、連れて行けというシャナンは自分の役割を理解しているのだろう。

アイラはシャナンに別れのキスを頰にやると、彼をティルナノグへと送り出したばかりである。

 

愛する者たちを故郷であるイザークに旅立たせ、アイラはそれでも戦場へ向かう・・・。

それはグランベルへの復讐心でも敵討ちでもなく、ロプト教団の思惑に人生を翻弄され続けた者たちへの弔いでもなく、心の赴く地がバーハラであり、そこで何を求めているかなど胸中にはなかった。

グランベルに敵対心を持ち、ジェノアで待ち受けて現れたのが夫であるホリンだった。

あれから何度となくホリンとは訓練で打ち合ったがアイラは遅れを取ることはなく、一本を取られたことはない・・・。なぜあの月夜の決戦のみ敗北を喫してしまったのか、考え抜いた結論は負の感情は剣にとって鈍らせるのしかないと悟った。

ホリンはイザークが受けた憎しみも克服し、アイラの復讐心を制した結果があの決戦の結果ではないだろうか?そう考えるとグランベルへの復讐心よりも、この掛け替えのない仲間たちと共に進軍する事に意味があり復讐心は自ずと鳴りを潜めていたのである。

 

日の出まであと僅か・・・。傭兵騎団とシアルフィの騎士団は肌に突き刺さる寒気を篝火を焚いて暖をとり、主人が城門に姿を表すまで待機していた。

デューはカップに湯を注ぐと身体を中から温めようと白湯を飲んでいる時、東の空が薄っすらと青い空を覗かせ日の出が直前の時に南の空に小さな飛空物体を姿を見せた。

 

「なんだ?あれは・・・。」アイラも気付いて指差すと、デューは目を細めてその物体を凝視する。

 

「飛竜だ、単騎でこちらにすごい速さで向かってきている・・・。」デューの言葉にアイラは一瞬警戒するが、すぐ様我が軍にいる竜騎士の存在に気付き剣を再び鞘に戻す。おそらくカルトが再びシレジアを出る事を察知した彼女が参戦に馳せ参じたのであろう・・・。

 

「困った奴だ、今回ばかりはカルト殿も連れて行くとは思えんが・・・。」アイラはふっと微笑して彼女の忠誠心を讃えるが、デューの険しい顔はまだ緩んでいなかった。

 

「なんかおかしいよ、あれ・・・。かなりの速度が出ている。」

デューの言葉にアイラは再度空に目をやると、まだ親指大であった姿はあっという間に原寸の半分ほどの大きさまで迫っていた。

 

「僕、カルトに知らせてくる!」デューは場内へと走りこんだ。

 

 

 

城内にいるカルトは、デューの報告を受けて城門へと走る。

すでに騒然としている城門にたどり着いた時はその壮絶な光景にカルトは衝撃を受けた。

 

飛竜のシュワルテはよくここまで飛んでこれた事が不思議な程、手槍が鱗に刺さり未だに体液が滴っていた。

そしてそのシュワルテが自身の体すら気にせず首を向けている場所は光り輝いていた。それはクロード神父のリカバーの光、未だに闇夜に支配される空間に篝火以上の淡い光が場を支配していた。

カルトはよろよろとその光の場所に赴いた時、シュワルテの主人であるマリアンが横たわっていた。

 

「あ・・・、あ・・・マリアン!!」カルトは彼女の横に着くなりリカバーを放つ。二つの光が合わさり、マリアンのあちこちから出血して衣服を朱に染めて滴る血液が止まりだした。

 

「大丈夫です、重症ですがまだ間に合います。命は助かりますが、こちらは・・・。」マリアンのマントを少し、カルトに見えるように広げると彼女の・・・。身のこなしの元である右足が大腿から切り落とされ、無残な傷跡となっていた。

 

「なんて事だ・・・、これでは・・・。」

 

「残念ですが、切断された脚がなければ回復はできません。彼女はもう空を舞う事は出来ないでしょう。」クロード神父もまた目を閉じ、悔しさを滲ませて回復を急ぐ、カルトはマリアンを抱きて慟哭に近い悲鳴をあげるのであった。

 

気絶した彼女がここに持ち込んだ物は多数あった。

同じく、軽症だが意識を失っているオイフェ・・・。

泣きじゃくる小さな女の子と、遺体となったエスリン。

そして、地槍ゲイボルグ・・・。

 

この光景を見ただけでよく理解できる・・・。マリアンとシュワルテは無茶をしてでも守れる者を守り抜いて、生きてここまで帰ってきてくれたのだ。

カルトより一足遅れて合流したシグルドもまた相当なショックを受けていたが、彼は最後まで涙は見せなかった。

バイロン卿の方が見てられないくらいに打ちのめされ、従者に支えられる程であった。

 

シグルドはエスリンの亡骸を、麗しく白い右手をそっと触る・・・。

もうすでに体温は無く硬直も始まっていた、その手を胸の前に組ませた。

「エスリン、すまない・・・。キュアンの遺体は無いが、このゲイボルグを見ると彼も・・・。すまない・・・、君達は生きていて欲しかった。」シグルドは天を仰ぐ、彼の運命の扉はまだ開いたばかりである。これよりさらなる試練があるというのにあんまりとも言える所業にただ天を見上げることだけだった。

泣きじゃくる女の子、アルテナの頭を撫でてシグルドは抱き寄せる。

 

「アルテナ、辛いだろうが泣かないでくれ・・・。君の両親の無念は私が晴らしてくる・・・。」その抱き寄せを拒絶し、母親の元に戻ろうとするアルテナであったがシグルドは暫くの間アルテナを離さなかった。そして念を込めるかのように目を閉じ、一念を終えたシグルドは彼女を離してやる。アルテナは再びエスリンの亡骸にしがみついて離れる様子はなかった。

 

「父上、アルテナとオイフェ、マリアンも頼みます。」

 

「ああ・・・、わかった。ワシより早く子供が無くなるとは・・・。シグルド、必ず戻ってくるのだぞ。」

再び頷いたシグルドは、シレジアで育った愛馬に飛び乗るとティルフィングを抜き放つ。

朝日が昇り、聖剣が光を眩く反射させるとシグルドの号令が響いた。

 

 

「皆の者、今度ばかりは生きて帰れる保証もない!賊軍として討たれ、歴史に汚点をつけるかもしれない戦いにこれだけの人数が参加してくれる事を嬉しく思う。

これは、私の義の為の戦いであって正義を主張する物ではない!バーハラに登り我らの汚名を雪きたい!それだけだが付いてきて欲しい、皆の力が私には必要なのだ!!」

シグルドの鼓舞に決して多くはない部隊は歓声をあげる、槍の石突きを地面鳴らして響いた。

 

 

「う・・・ん・・・。」マリアンは目を覚ます。居心地の良い感触はカルトの膝の上で頭を乗せられており、覚醒した目線の先には主人であるカルトが顔を覗かせた。

 

「カルト様・・・。」呆然と見つめる中ここはどこか思案する、幌付きの馬車に乗り移動していた。

 

「この馬車はイザークに向かっている、シレジアにも居場所が無い彼らをイザークの秘境であるティルナノグで身を隠してもらう為にな。

・・・そうそうシュワルテは無事だぞ、暫くは無理は出来ないが時間があればまた元気に飛び回れるようになる。」

 

「カルト様・・・、ごめんなさい!!私は、キュアン様達を守る事が出来ませんでした!!」マリアンはシーツの端を握り唇を噛んだ、口の端から血が流れ、紅を塗ったかのように染まっていく。

 

「何を言うんだ、シグルドもマリアンに感謝していたぞ。マリアンがいなければ、おそらくエスリン王女の亡骸もなくアルテナ様も殺されていただろう・・・。形見のゲイボルグも砂漠の流砂に飲まれていただろう。・・・マリアンも充分に傷付いた、誰も君を責めるわけがない。」

 

「・・・私は、自分に負けました。キュアン様もお救い出来たはずなのに、キュアン様はお一人で行かせてしまいました。

・・・最後は恐怖に負けて、キュアン様お一人に重責を与えてしまいました。」涙するマリアンにカルトは優しく手を握る。

 

「いいんだ、キュアン王子は納得して最後の戦いに臨んだ筈だ。彼の騎士道に水をかける真似はよせ、自分を責めるな。

・・・・・・いいか、マリアンよく聞くんだ。」無言で頷き、マリアンは涙を拭いてカルトの顔を見据える。

 

「今からいくティルナノグは、決して楽な生活では無いだろう。イザークは年々グランベルの侵攻が増していき、ティルナノグでさえも危うくなる。

シャナン王子とオイフェ、マリアンが若き世代を守るのだ。そしていつか、我らが成し得ない悲願を掴み取って欲しい。」マリアンに伝える真意にカルトは険しい顔をする。いつも危難を払い、ここまで快進撃を続けていたカルトの目にはある種の悟りが見えていた。

それはクロード神父のように先を捉えた目である、シレジアに来る前の運命に諦めているクロード神父ではなく、捉えた上での決意が現れていた。

 

「カルト様・・・。!!駄目です、行かないでください。私にはカルト様が必要です。それなら私もいきます!!」慌てて立ち上がるマリアンは失った右足を忘れていたのか盛大に転んでしまう。カルトが抱きとめてぶつける事はなかったが、その事実に幻痛を覚えた。

 

「その足では無理だ、シュワルテも暫くは戦えない・・・。」

 

「で、でも!!私は戦いしかカルト様にお仕え出来ません。だからお願いです、私を置いて行かないで・・・。」大粒の涙を流してカルトの裾を掴む。その手をそっと添えて、マリアンに笑いかけた。

 

「君の今までの闘いは無駄にしてはならないんだ、その飛空技術を誰かに伝えて次の世代を鍛えてやるんだ。その責任は私よりも大きいぞ。」その時、カルトの身体が光りだす。

 

「カルト様!」

 

「そろそろ時間だ、これ以上離れればクロード神父の招聘魔法でも合流できないのだろう。・・・マリアン、達者で暮らせよ。」

 

「カルト様、ご無事で!!必ず帰ってきてください!!」マリアンの言葉にカルトは悲しくも笑顔で応える。そして懐から瑪瑙の髪飾りを渡して、消えていった・・・。

 

瑪瑙の髪飾り、以前にもカルトから貰った物と瓜二つの品であった。なぜカルトは今生の別れに同じ品を渡したのか、それがわかるのは17年後のことであるのだった。



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砂漠

久々の投稿になりすみません、新年明けてようやく初めの投稿です。
締めの細部で矛盾にならないように考えてますと時間だけが悪戯に過ぎてしまいました。


マリアンは未だにカルトが消えて行った空間を見つめ、手には自身の頭に飾ってある瑪瑙の髪飾りと同じ物を手にしていた。涙がとめどなく流れてさらに悲しみが溢れてくる・・・。

 

「うわあああ・・・。」床に伏せるとそのまま泣き崩れた、命をかけて守りたい主人を守れない自分に深い悔恨が押し寄せて心を壊していくようであった。

 

「辛いな、大切な者を失うというのは・・・。」マリアンの背中に大きく温かい手が添えられ、優しくてゆっくりと、諭すような声が響いた。マリアンは押し寄せる感情を止めてその御仁へ向き直る。

 

白髪の髪に、長年の苦労が顔の皺としてあちこちに刻み込まれた壮年の騎士であった。しかし気品は失っておらず、その目は暖かいものであった。マリアンはその目に惹かれ、落ち着きを取り戻していく・・・。

 

「あ、あの・・・。あなたは?」

 

「これは失礼、さっきまで馬の従者をしていたのだが、君の泣き声を聞いた物でな・・・。心配になって幌の中に失敬させてもらった。」

 

「あ、すみません。私人目もはばからずに・・・。」

 

「大丈夫じゃ、幸いこの馬車は荷物用となって乗っているのはもう一人の従者と、私達と、オイフェだけだ。」確かに辺りを見渡すと乱雑に積み上げられた物品が所狭しと幅を利かせている。マリアンは滑り込みにリューベックへ辿り着いたので、積荷用でしか対応できないでいた。オイフェはまだ意識を取り戻しておらず、深い眠りについたままであった。

 

「名乗るのが遅くなってしまったが儂はバイロン、シグルドとエスリンの父親だ。

エスリンと孫のアルテナを救ってくれてありがとう。」マリアンはその言葉にビクッとしてしまう。アルテナはともかくエスリンは遺体となっての帰還である、誰かに恨み言を言われても仕方がないのであるが今の所誰にもその様な言葉を投げかけられる事は無かった。その優しさが今はマリアンにとって辛かった。再び涙が溢れ出す。

 

「大切な者を守れないのは辛いな・・・。儂もクルト殿下を守る事が出来ず、イザーク国内で抵抗し続けたが辛い記憶ばかりだ・・・。家臣も一人、また一人と倒れ最後には儂しか残らなかった。それでも儂は生き残りシグルドに聖剣を託す事が出来た。

・・・年端のいかない君が儂と同じ経験をするなんて、世の中は残酷な物だ。」涙を流すマリアンを宥めるように背中に添えられた手に心の拠り所を求めてしまっていた。

 

 

 

二人はしばらく無言の時をすごしていた、馬車の定期的に響く振動のみが辺りを支配していた。ようやく心が落ち着いたところでバイロンが次の言葉を紡いだ。

 

「どうじゃ?ティルナノグに落ち着いたら、アルテナを鍛えてみんか?」

 

「えっ?私が、ですか?」マリアンは突然の提案に驚く。バイロンはそれに頷いて返す。

 

「私に、そのような大役が務まるのでしょうか?私は一般人です。彼女のような方にお教えするような物はありません。」

 

「身分など今から行くティルナノグには不要な物だ、それに蛮族間の諍いに巻き込まれる事も多い。女子供も自衛のためなら戦いに出るような場所、アルテナが受け継いだゲイボルグも馬が無ければまともに振り回す事も出来ないだろうがティルナノグには騎馬など何頭も飼育しているわけではない。」

 

「で、では私は何を・・・。」

 

「あの竜をアルテナに託す事は出来ないだろうか?君のその足では戦場に出る事は出来ないが、君の技術を後世に残していく事も次の世代には大切な事だ。これからマリアンはマリアンにできる形でカルト殿を支えてやるといい。」

 

「・・・・・・。」マリアンは押し黙ってしまう。いままで戦場の前線に出てこそ自分がカルトに恩返しすることしか出来なかったが、歳を重ねて得た教訓を話すバイロンの言葉はマリアンに再び希望を照らし出す。

マリアンもう今生においてカルトの前に見(まみ)える事は不可能と分かっている、だからこそ次を見据えなければならない。バイロンもその心の内を知ってるからこその、彼なりの示しを彼女に送ったのだ。

 

「バイロン様・・・。」マリアンの掠れた声にバイロンは頷く、マリアンはその大いなる父性にバイロンの胸にそっと頭を寄せるとバイロンは優しい笑みを湛えて彼女をそっと抱いた。頭を撫でる手が大きく暖かい、マリアンは逆の手をそっと持ちまじまじと見つめる。

 

「バイロン様の、その優しさと強さがシグルド様に伝わったのですね。そして次のセリス様へ・・・。

カルト様はシグルド様の優しさが危ういといつも気を揉んでありました。でもシグルド様の人柄に周りは惹かれ、足りない物は周りが埋めていくと言われておりました。カルト様もその一人です・・・。」マリアンの独白にバイロンは無言で頷いていた、まるで実の娘の話を聞きいるように優しい雰囲氣が包み出す。

 

「私達は次のセリス様にも、同じように互いに互いを埋め合えるような子供達を育成しないといけない事がよくわかりました。それもカルト様の意思と私は思います。

・・・バイロン様のご提案、謹んでお受けいたします。」

 

「ありがとう・・・、マリアン。

でも君はもう一つ忘れてはならない事がある。」バイロンはそっと彼女を引かせて目を合わせる、マリアンは首を傾げてわからないといった感じであった。

 

「女性としての幸せを掴む事だ。」

 

「・・・・・・考えてもいませんでした。私は剣で生きて、剣で全うしようとしか思ってなかったので・・・。

なりより、こんな足では私に好意を持つ人なんていないでしょう。」

 

「ここにとっくに目が覚めてるのにタイミングがなくて起きられないオイフェなど、見所があるのだがな。」バイロンの言葉に寝ているはずのオイフェはびくっと反応する。二人のジト目に当てられ暫くは硬直していたが、観念して起き上がる。

 

「す、すみません・・・。盗み聞きするつもりはなかってのですが・・・。」もそもそと起き上がり、バツが悪くて仕方がないオイフェにマリアンは自然と笑みを浮かべた。

 

「バイロン様、それは承服できません。

オイフェにはもっと相応しい女性が現れるでしょうし、私はもう誰も支えてあげることはありません。」

 

「そ、そんなことはありません!!」オイフェがその言葉を遮った。

二人の目はオイフェの発言で向けられる、再び窮地に陥るオイフェであるか固唾を飲んでのまれないようにこぶしを握った。

 

「マリアンは未熟な僕を守りながらみんなを救ったんです、僕は何も出来なかった・・・。だから、今から僕に寄りかかって下さい。

今はそれしか出来ませんが、これから・・・必ず・・・。」再びオイフェのことばが詰まるが、その度に拳を握る。

 

「きっと、マリアンが幸せになるように僕が支えて見せるから!」

握った拳を胸にドンと打ち付けて自身を鼓舞するかなの様に言い放つ、対してマリアンは呆ける。様々な感情が吹き荒れるマリアンはオイフェの気持ちを考えて返す事もおぼつかない、その葛藤にオイフェはもとに戻っていく。

 

「・・・僕、何か変でしたか?」オイフェは混乱した頭が急速に冷えていく・・・。

 

「・・・ううん、ありがとうオイフェ。あなたの心意気には感謝しているわ・・・。今は色々とありすぎて整理ができないの、あなたのその気持ちにまだ私は応じる事は・・・。」項垂れるマリアンにオイフェは自身の未熟さを再び感じ、奥歯を自然と噛み締めていた。

 

今のオイフェには、全てが足りなかった。

シグルドやカルトのように言葉を実行する力、バイロンのような経験値からの説得・・・。羨望し、先人に追いつかんとがむしゃらに訓練したがそれでも追いつかない自分に落胆する。

 

しかし、オイフェには彼らにもない可能性を秘めている事も確かである。若者はその経験値の無さから自分の進むべき道を見失い、挫折を味わった者がもがき苦しみながら新たな道を切り開くのである。

バイロンはオイフェを見てそう感じていた。シグルドのように血統には劣るが彼の知性と悩み踠いて活きた教訓がその伸び代を伸ばしていき、必ずセリスを助けると信じていた。

バイロンもまた、残る力を注ぎ込むべき道を見つけていたのだった。

 

 

 

 

シグルド軍がバーハラに向けてイード砂漠を沿うように進軍する。

リューベックより南の砂漠地帯は中立地域であるが、さらに南方にあるオアシスの町フィノーラはグランベル領である。

外敵からの侵入を守るためにヴェルトマーの前公爵がこの地を治め、ロートリッターを配備して侵入者に慈悲なき天空からの火球を降り注ぐ拠点となっているのであった。

そのメティオが、シグルドの進軍している先へと落ちたのである、

 

隕石の落下と揶揄するその魔法は本当の隕石ではなく、大気の燃焼物質を集めて摩擦熱で発火させ敵頭上に落とすものである。

本当に宇宙に彷徨う隕石を呼び寄せる魔法なら、世界を滅ぼす禁術となる筈であるだろう。

それでも凶悪なその魔法にシグルド軍は色めき立つ、それは威嚇として打たれたものであるがその効果は絶大であった。

 

「これ以上進めば間違いなく頭上に落としてくるな。」カルトは空を仰いで口走る、並走するアゼルは静かに頷いた。

 

「ここは見晴らしがいいし、湿度も低いからメティオには絶好の条件だよ。ここを守護する魔道士は命中精度も高い・・・、どうするの?カルト。」

 

「メティオを何度か遠目で見ていたが、対象物として落とされるとかなりの威力だな。」直撃すれば一体何人の命が落とされるのか、考えただけで寒気を襲った。冷たい汗が砂漠の暑さと相反して以前の汗と混ざっていった。

 

「おそらく、高台から自身の身を守りながらメティオを使うのだろう。天馬騎士や竜騎士が現れたらリターンで帰還する対策を講じている筈、こうなれば・・・。」

 

「こうなれば?」カルトを覗き込むアゼルは、あのとんでもない悪戯を考えている時に出る表情と読み取った。嫌な予感しかしないアゼルは代わりに冷たい汗が出始める。

 

「アゼルは、メティオで奴等を迎撃できるな?」

 

「う、うん・・・。連続には使えないけど魔力全部つぎ込めば3発は打てると思う。」

 

「神父様を読んでサイレスの杖で何人か無力化してもらえばなんとかフィノーラまで行けそうだな、そうそう何十人とメティオの使い手はいないだろ?」アゼルに確認を促す。

 

「僕がいた時はフィノーラは交代制で6人だった。」

 

「アゼルが一発お見舞いして、神父様には二人ほどサイレスで無力化してもらおう、・・・残り三人か・・・。」ぶつぶつと考えているがどう考えても無茶か皮算用にアゼルが制止する。

 

「まっ、まってよカルト!メティオなんて小さい標的になれば当たらない可能性もあるし、そもそも6人という数字も怪しいよ!し損ねたら一巻の終わりだよ。」アゼルの正論にカルトは意外な顔をしていた、それは唖然とはまた当てはまらない表情であった。

 

「アゼル、俺たちはそれだけの確率の低い賭けをしてるんだぜ。・・・もしこの戦いをギャンブルして掛けてるいる奴がいるとするなら、俺なら全財産負ける方にするね。」

 

「・・・・・・。」もっともであった、ただでさえ女子供すらも戦場で戦うような軍なのに、この行軍ではそれすらもイザークへ逃がしたのだ。シレジアの助力も先を考えて断り、子供たちの世代のために必要な武器も物資も彼らに託したこの軍には予備の蓄えなど一つもないのである。

 

「ここでバックアップやフォローなど考えるな、俺たちは最小限の力で最大限のパフォーマンスを続けなければバーハラどころかフィノーラにもたどり着かないのだぞ。」

 

「そうだった、ごめんカルト。僕の認識がまだ甘かったようだ、許してくれ。」

 

「はははっ、気にするな。それでも諌めてくれるアゼルには感謝してるんだぜ。

・・・フィノーラで全力を出す訳なにはいかないからな、アゼルには一発だけで抑えてもらう予定なんだよ。」

 

「それじゃあ、足りなくてメティオが落ちてくるよ。」

 

「大丈夫さ、手段は講じてあるさ。」カルトの軽口にアゼルは無性な不安にさせられてしまうのである。

 

 

 

シグルド軍は既に決死を覚悟している。先程のメティオで当初は未知の攻撃に騒然としたが立て直しは思いの外早く、砂漠をゆっくりと進みだした。

暑い・・・、雲ひとつない晴天と干からびるような乾燥に個々で用意していた水はどんどんと消費されていった。

さらに歩くと先程落ちたメティオの窪みが姿を現し、その威力に唸る声を抑えられずにいた・・・。

ここから先は奴らの射程範囲となる事が明確にされており、火と死の砂漠へと変貌するのである。

一度立ち止まるとカルトの頷きにシグルドは頷き返す。一度休息の号令があがり、待機を命じたのだった。

 

「どうしたんだ、進まんのか?」相変わらず女性の声だが独特のテノールの声量がカルトとシグルドにかかる。二人はカップに入れた水を舐めるように大事に飲みながら、その主へと向きなおる。

砂漠を渡る為の装備に変えたアイラは、日差しを避ける為に体の全てを白い外套で多い目だけが鋭くこちらを見据えていた。

 

「ここからはそれなりの準備が必要で、いま前線に持って来させているところだ。」シグルドはカップの水を飲み干すと、騎馬に括り付けている袋へとしまい込んだ。

 

「後方にあった、あのデカブツか・・・。砂漠の砂に呑まれながら必死に持ってきているあれが何の役に立つんだ?」アイラはカルトの水を奪うと、口をつけているにも関わらず気にするそぶりもなく飲み干した。

デューはくすくすと笑い、エスニャは機嫌が悪そうにそっぽを向く。

 

「陽動くらいにはなるだろうし、うまくいけば御の字さ・・・。

後は土台の不安定さと、砂漠の砂でどこまで作動してくれるかだな?」カルトはすっとぼけて言うとアイラのイライラは募っていく。

 

「小賢しい頭ばかり回していると、今に計算が追いつかなくなるぞ。私ならあんな火玉なんぞ、疾走して走り抜けてやるぞ。」挑発するようにカルトへ吐き捨てる。

 

「頼りにしてるよ、でもあのデカブツを試してからでも遅くないだろ?」カルトの向ける先にそのデカブツが現れだした。

数十人もの人夫が、シーツにかけられたデカブツをコロや人力でここまで押してきたのである。代わる代わるここまで押し続けてきたそのデカブツは号令とともにセットされた。

足元の良い場所を見つけ、木材を何重にも重ねて台座に固定された。

 

「なんなんだ?これは・・・。」アイラはその実態の見えない姿に興味を示すが、シーツはまだ開帳されない。

半開きの状態で人夫が入り込み、仕込みをしているようであった。

 

「砂が入ると使えなくなるそうだから使うギリギリまでシーツは外せないんだ。さて、一勝負といこうじゃないか!!」カルトはこぶしを自分の掌に打ち付けると、初めのギャンブルへ勝負をかけるのであった。




余談ですが・・・
2015年4月に投稿したときにアイラの声はアルトより低いテノールと解釈したのですが、ヒーローズで出てきたアイラの声が私のイメージ通りでしたので嬉しかったです。それに強くて綺麗ですからね、シャナンが羨ましいー。


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フィノーラの町で・・・。

暗い、辛い、描きたくない・・・。
最近進まないのは私の精神力がヘタレだからです。
言い訳ばかりですみません。


フィノーラはかつてはダーナと同じで完全な自治区であった。

小さなオアシスに構えるこの地は、行商人が落とす外貨で細々と暮らす事でしかない地である。

イード砂漠は完全なる不毛地帯である上にどこの国にも属さない事から、犯罪者が逃げ込み集まる温床の地域と化している。自治区であるフィノーラは度々襲われ住民が多数被害が出るようになった。

ダーナなどの大きな自治区は観光資源などがあるので、自衛の為に傭兵や自治団が存在しているが、小さなオアシスがあるのみのフィノーラはそうはいかない。賊に襲われる度に悲しみに見舞われていたのであった。

その疲弊に耐えかねたフィノーラはヴェルトマーの前公爵であるヴィクトル卿へ嘆願し、この地の平定を願い出たのである。

ヴェルトマーにとってのこの地の平定など散財する事になり反対意見しかなかったのだが、ヴィクトル卿はフィノーラの平定に乗り出したのだ。その提案に家臣たちは驚き、動揺した事であろう・・・。

ヴィクトル卿はその頃妻を娶り、幸せの絶頂期であった。フィノーラ平定の裏に、別地を手に入れて窮屈な国内よりもフィノーラで妻と共に羽根を伸ばそうとして思っていなかった。

頭を悩ませた配下は、この地を軍事訓練の場として使用するとバーハラ王家に釈明したという・・・。

 

その後、フィノーラにヴェルトマー兵が駐在するようになりフィノーラは格段に住みやすい土地へと変わっていった。税収は課せられ多少窮屈になったが、オアシスの街という事でグランベル領土から休暇のをとる憩いの場所へと変貌したのであった。

年中暑いこの地域で、豊富な水量があるフィノーラは水浴びがいつでも行える絶好の地となり、貴族達は別荘地として選ぶのであった。

 

 

そのフィノーラがヴェルトマー領になって初めて戦火が及ぶかもしれないと住民は混乱の境地であった。

この地を守るヴァハはすでにロードリッターを配備し、メティオをシグルド軍に威嚇攻撃を放って進軍を諦めさせようとしたが部下の報告では撤退した様子はなかった。

フィノーラ内のヴェルトマー軍駐在の砦の屋上でヴァハは部下からの交信を待ちつつ、自身の射程内に入ればメティオの打ち出す準備に入る。精神を集中し、高める・・・。

本日も砂嵐がなく乾燥している、訓練通りに行なえば大きく外す事はない。ヴァハにとって敬愛するアイーダ将軍に害なす者は例外なくこのメティオで粉砕してきた、例えその軍にアルヴィス卿の弟がいようが躊躇する事は皆無である。

そんな中で砂混じりの不穏に風にヴァハの精神は少し乱される、閉じていた目を開けて辺りを見渡すがいつもと変わらぬ風景であるが言い様のない不安を胸によぎった。

 

《各自報告せよ、シグルド軍はどうなっている。》配置に就かせたロードリッターの精鋭魔道士に伝心を送る。

 

《こちら、配置D!!AからCの方位が破られました!!敵の魔法封じによりAからC沈黙し、こちらは・・・ああっ!!》

D配置にいる魔道士からの伝心が途絶えた時、空に燃え盛るメティオではなく岩石が舞っていた。それも一つではなく、三つの岩石である。

各々が放物線を描きながら複数ある高台めがけて射出されており、魔道士めがけてではなくその足場を狙っての物であった。

乾燥した空気に遠巻きに太鼓の音を聞くかの様に、鈍い音がここフィノーラにまで響いた。

「な、なんだ。何が起こっている・・・。」ヴァハは戸惑いを隠せないでいた。

 

 

 

シグルド軍は歓声が上がる、衝撃音と共に騎馬等はシグルドを先頭にフィノーラへと突撃を開始する。

彼らは後方の支援を信じて突き進み、カルトは後方に指示を飛ばす。

 

デカブツのシーツを取り払われて出てきたのはアグストリアで使われていた大型の射出機材である。

アグストリアは他国の魔道士の遠距離攻撃に苦しめられた過去の経験から技術を磨き、それに準ずる遠距離射出軍備に精を出していた。

その中の一つにシューターと言われる射出装置を各種開発していたのであった。

アグストリアとの同盟で、その技術提供を受けたシレジアでは鉱物を遠方に飛ばすシューターに興味を持った。

シレジアの鉱石の中には軽くて割れると鋭利な破片となる物や、比重が重くて威力の大きい物まで豊富に産出する為、兵器としてもってこいであった。

その巨大な射出装置を数点に分解してここまでもってくる発想をカルトは提案したが、砂地のイード砂漠では足場が安定しない、砂埃が駆動部分に入り込むので数回の射出の度に洗浄しなければ精度が落ちる。などをカルトはシレジアで結成したシューター部隊と協議してその対策を想定して準備していた。

 

「すまないな、君達を巻き込んでしまって・・・。シューターの射出が終わったら機材を破壊してすぐに本国へ帰還してくれ。」慌ただしく射出する射出技師長にカルトは頭を下げて労いと謝罪する。

 

「何をおっしゃるのです!我らセイレーン射出技団はカルト様の命で結成された団です、カルト様の用命に背く事など誰一人いません。

例えレヴィン王が引き止められても同行します。

・・・それに、この技術を受けられてから港の守備も上がり海賊の侵入は一度もありません。シレジアの玄関は安泰になり、国も豊かになりました。

カルト様、この戦いが終わりましたら必ず戻ってきて下さい!あなた様はシレジアの至宝でございます!!」技師長は敬礼する。

 

カルトはかつて、セイレーンで船の射出装置の技師であった彼を説得し、慣れない他国の図面から射出装置を作り出した。風雪と低温で稼働しない装置に独自のシューター技術を編み出し、ついにシレジアでも使える射出装置を開発した。

そして突然の乾燥地域で、テストなしの実戦配備にも対応してくれたのだ。

 

「ありがとう。レヴィンが許してくれるかどうかはわからないが、この戦いが終わったら許しを乞いにシレジアに戻ろう。

・・・頼んだぞ!」カルトは前衛部隊においつかんと馬を駆る、砂漠に足を取られて速度が落ちるが今は体力を少しでも温存したい。

出来るだけ馬での進行を行うカルトであった。

 

 

前衛ではフィノーラを守護するヴェルトマーの混成部隊が応対するがその数は少なかった、今のシグルド達を相手には出来ないだろう。

攻撃の要であるメティオを扱う魔道士の半数が既に無力化してしまい、さらに残りの魔道士は射出装置に向けて遠距離魔法を使用しているので迫る騎馬部隊に回せる魔道士は少ない。

メティオを使われてその一つがシアルフィの部隊と傭兵騎団に被害が出るが速力は落とさない。第二撃が打たれる前にフィノーラへたどり着いて接近戦に持ち込まなければ全滅もあり得る、犠牲となった一段が作った好機を逃せば彼らに申し訳が立たないだろう。

彼らの無事を祈りつつ先頭を駆るシグルドは勇猛と突進した。

 

とうとうフィノーラの護衛騎士と剣を交えたシグルドは一刀の元に斬りふせる。父から譲り受けたティルフィングは何度となく鍛治に出してすっかり復元しており、その切れ味は凄みを増していた。斬り伏せられた騎士は痛みを感じることなく絶命しており、聖剣の慈悲からくるものであろうかと思える程であった。

後に続くシアルフィのアレクとノイッシュ、ベオウルフとレックスなどの騎馬部隊がシグルドの先制に勢いづき怒号と共になだれ込む。

 

後方から撃たれる弓に気を止めずに前進するレックス、彼の血筋から続く不死身の由来通りの圧倒的防御能力は、戦場では狂戦士さながらの惨状であった。鉄の斧と手斧と貧弱な装備である筈だが、彼が扱えば凶悪な武器へと変貌していた。

 

ベオウルフの大剣捌きにフィノーラの騎士団も戦慄する。馬上で扱うには非常に不利な大剣を巧みな切り返しと、下半身と上半のよく噛み合った身のこなしで不利を感じることはなかった。

斬りかかる敵兵の長剣はまともに受ければ砕かれ、そのまま斬り伏せられて行く・・・。彼はまだまだというが、彼を慕う部下たちには既に先代を超えていると見ていた。

 

ノイッシュとアレクも負けてはいない、彼らは個々として圧倒的な戦闘力は2名には及ばないもののシアルフィ騎士団としての連携攻撃は侮れない力を発揮していた。ベオウルフの先代団長であるヴォルツはアレクとノイッシュ、アーダンの連携により打ち倒した功績を持つのである。

ミデェールの後方より放たれる支援の弓攻撃も非常に間が絶妙であり、先陣の助けにとなっていた。

 

 

ヴァハはフィノーラに迫る怒涛の勢いのシグルド軍にかつてなく戦慄する。初めのメティオの打ち出しには成功するが、第二撃の詠唱中に魔法封じを仕掛けられてその抵抗で精一杯であった。

クロード司祭のサイレスは非常に強力で、これに対抗できるものなど数少ないだろう。ヴァハはまだ術中にははまっていないが、その押さえ込みに耐えかねていた。

 

(ヴァハ、貴方だけでもヴェルトマーに戻りなさい、もうシグルド軍の勢いを止めることはできないでしょう。)

ヴァハの頭に伝心魔法が飛び込んだ。それは敬愛し、尊敬し、いつかは自分もなし得たい将軍職への羨望の対象であるアイーダであった。

 

(アイーダ様!このような失態申し訳ありません。私はもう用済みでしょうか?)作戦失敗に咎を受けるのだろうと考えたヴァハの気持ちを悟ったのか、クスリと笑う声がアイーダから漏れた。

 

(これは作戦失敗ではないわ、撤退よ。あなたはそんな事を考えずに帰ってらっしゃい。ヴェルトマーにとってあなたを失う事は今後大きな損失になる、こんな所で討ち死になど考えずに私の元でもっと働きなさい。)アイーダの言葉にヴァハは陶酔する、気持ちが緩んでクロードのサイレスに屈してしまうのでないかと思う程であった。

 

すぐ様ヴァハとその一団であるロードリッターはヴェルトマーへと撤退し、クロードに縛られた魔道達は招聘魔法で回収されていく・・・。

彼らの撤退と温存は、後の悲劇の幕開けへと繋がっていく事をシグルド達は知らない。ここで彼らを根絶しておけば・・・、後に自責の念へと変わる一因であった。

 

 

シグルド達はたった数時間で騎馬部隊を制圧し、フィノーラへと駐屯する。街の人々は警戒するがシグルド達は略奪を行う賊ではない。

すぐ様町長の元へ向かい、その意向を確認に向かった。

 

「カルト公、どうだろう・・・。彼らは少しの駐屯を許してくれるだろうか?」街中はシグルド軍を恐れて家に引きこもってしまっていた。同じグランベルとは思えない程で、時折奇異な視線を受ける事もある程である。

 

「賢い町長なら事を荒立てずに用事を済ませたら早々にお引き取り願うと言われるだろうが、ヴェルトマーの小飼となっていたら多少のトラブルは覚悟しておいた方がいいな。」カルトもまたその訝しげな視線に不愉快を感じながらシグルドに意見を述べた。

 

「・・・できればここで物資の購入と、休息ができればいいのだが。」

 

「代価を払えば喜んで出してくれる、そこは大丈夫だろうが町長が入軍を許してくれるかどうかだな。」シグルドは無言でカルトの言葉に相槌を打った。

 

二人が町長の住む館に訪問し、二人は客室へと言われたがまだ戦いの熱が冷めやらぬ服装のままである、シグルドの服には血糊と泥が混じるこの状態で一般の客室に通される事に遠慮した。

その場で武器は全て外し、町長室へ入室する。

 

「シアルフィのシグルドです。町長、物々しい入室に対する非礼をまずは詫びたいと思います。」シグルドは深く頭を下げ、カルトも同じ詫びを口にする。

 

「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。

不幸中の幸い一般人には被害がありませぬ故、私としては問題がないのですがシアルフィの方々は本国に対して厳しい対応を迫られるでしょう。これからはどうなさるつもりですか?」町長の話にカルトが口火を切る。

 

「ありがとうございます、私たちとしてもフィノーラを戦火にするわけにはいきません。すぐにでも出立したいのですが、砂漠の行軍で疲労が出ております。

本日だけでも宿泊する施設と、軍備を整える為の商人を紹介して欲しいのですが・・・。」

 

「わかりました、至急手配しましょう。有り余る物資とは程遠いですが満足できる分は賄えると思います。

武器の方はお満足頂けないと思いますが、一度足を運んでみてはどうでしょうか?」

 

「ありがとうございます、正直受け入れてくださるとは思いませんでした。助かります。」町長の言葉にカルトは少し突っ込んでみた、彼の胸中を引き出すために自身の本音を入れてみたのである。

 

「わしらは住民にさえ危害がなければどこの軍が駐留しようがお客様には変わりませんよ。今はグランベルのヴェルトマー領預かりでありますが、彼らがこの地を一時とはいえ放棄をしたのなら今は以前の自治区と変わりません。ならは我らは自治区としての領分を果たします。」町長は一つ笑みを湛えてカルトの意に答えるかのように伝えた。

(この街は強いな・・・、どこかの領土に収まってもそこにもたれかかる事なく自治の意識が根付いている。)

カルトの感想であった。

 

「そうそう、あなた達の前にも砂漠で戦いがあったみたいで一人の騎士が運び込まれたんですよ。相当の重傷を負っていたのですが、気力でここまで辿り着いたんです。

シグルド殿、あなたの軍にエスリンという女性がいらっしゃいませんか?」

 

「エスリン・・・!?私の妹です。」シグルドの言葉に一堂が凍りついたように一瞬固まった。

 

「な、なんと・・・!シグルド殿、その騎士にあって下さい。もしかすると・・・。」シグルドとカルトは町長の言葉に頷き走り出す町長の後を追っていた。

 

三人はこの館にある別館へ急いだ。

別館は医師と薬師が駐在する診療所になっており、その騎士はそこで生死を彷徨っているとの事であった。痛みと失血で意識を保つ事も難しいはずなのに彼は強靭な意志で保ち、命を繋いでいるそうであった。

シグルドは確信していた、部屋に入るなり彼の名前を叫ぶ。

 

「キュアン!私だ、シグルドだ!!」

 

「・・・・・・。」

 

「キュアン王子!!」カルトはすぐ様リカバーをかける、途端に白い光が彼を包み込んだ。

 

「・・・・・・・・・シグルドか、無事に、フィノーラまで、これたのだな。」

 

「ああ、君達のお陰でここまで来れた!!」

 

「そうか、よかった・・・。エスリンは・・・、アルテナは無事か?それに・・・、マリアン、とオイ、フェは?」

 

「・・・無事だ、みんな君の働きで元気にしているぞ。早く体を直してティルナノグに会いに行こう!!」

 

「そう、だな・・・。寝ているわけには、いかないんだが・・・。安心したら、眠たくなってきた・・・。シグルド、一眠りするから、待って、くれ・・・。」

 

「だ、駄目だ!キュアン!!しっかりしろ、私には君が必要なんだ!起きてくれ!!」シグルドはキュアンを抱きしめる。

 

「だい、じょうぶだ。少し・・・眠るだ、けだ。シグルドを、残してはいけない。エルトシャンの・・・。」

 

カルトはリカバーを中断する、もう手の施しようがない事は初めの治癒で判断した。気持ちは続けたいのであったがまだこの戦いは先があるし、何が起こるかわからない・・・。カルトは続ける事は出来なかった。シグルドに首を振って意志を伝え、カルトは肩を震わせた。

 

「キュアン王子、あなたの優しさと強さを私は忘れません。どうか心穏やかに・・・。」カルトはシグルド以外の者全てを連れて退出する。ドアを閉める前に一礼し、冥福を祈るのだった。

 

シグルドの声なき悲しみが部屋を包み込み、夕闇に暗転していく。

これからこのような悲しみが続いていくのであろう、それでも抗い難い運命に立ち向かわなければならない。

カルトの握る拳と食いしばる口から鮮血が滴っていたのであった。



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槍騎士と竜剣士

4月に掲載間に合いませんでした、今月中にもう一話頑張ります。
かなりペースが落ちてますが、最後までやりきりますのでお願い致します。
このペースですと、終章までいくのに何年かかるのやら・・・。


キュアン王子率いるランスリッターは砂漠を縦断する・・・。

シグルドがグランベルに向けて蜂起すると情報が入り、キュアンはその決死の行軍に救援したのである。リューベックより南下してくるのは安易に予想できる、フィノーラ辺りで合流するつもりで北東へと進路をとっていた。

それを看破し情報を聞きつけたオイフェとマリアンは、高度を取らずにシュワルテは砂上を滑空していた。

 

「マリアン、こんな事したらキュアン様に後で叱られるよ。」オイフェのなんとも情けない声がマリアンの後ろから囁かれた。

 

「何いってるの、私達はレンスターにただの食客でいたわけではないのよ。あなたは騎士としての鍛錬、私も訓練を重ねてシグルド様やカルト様に報いる為にこの一年を過ごしたのよ。シグルド様の決死の蜂起にあなたはどう過ごすつもり?」マリアンの言葉にオイフェは同意をしているが、手段がどうにも賛成できないでいた。

キュアンが二人を連れて行くつもりはないのだが、その意向を無視するかのように尾行する事がオイフェには気掛かりである。

 

「カルト様が私達の参戦を避けているのはわかるわ・・・、今回の戦いはおそらく決死の物になる。だから大人は私達を巻き込まないように考えてる事も分かる。でもね、だからこそ私達は参加しないといけないと思うの。オイフェは何歳になったの?」

 

「え?15歳です。」

 

「私は16になったわ・・・、カルト様に拾われてそろそろ5年になろうとしてる。シグルド様の初陣は14歳と聞いたし、カルト様は10歳で初陣したそうよ。私達は十分に鍛錬したし、彼らより歳も重ねているわ。そろそろ保護される側ではないと思う・・・。」

 

「うん・・・、僕もそう思う。シグルド様に孤児になった僕を拾ってくださった恩に報いたい。でもねマリアン、カルト様は君を戦いで報いてもらおうとは思ってないと思う。

・・・カルト様が君に願っている事は、幸せになってほしい事じゃないかな?」

 

「え?」マリアンはその言葉にオイフェに振り返った。

 

「カルト様が見つめるマリアンへのまなざしは、まるで実の娘を見つめるようだった。そんなマリアンを死地の戦場で誘う事は僕には考えられないんだ。」オイフェの言葉が深く心に響き渡るが、マリアンは必死に心で否定する。首を振ってその甘い言葉に惑わされないが如くであった。

 

「オイフェ!それ以上は何も言わないで!!

私はカルト様へ忠誠を誓う一人の剣士なの!今更私はこの生き方を変えたくない!!カルト様がもし命を落とす事があれば、私は必ず身代わりにしてでもカルト様を救う!そう決めて生きてきたの、・・・なのにカルト様はわたしをいつも優しくしてくれていた。

どうして、私なんかの為に・・・。」マリアンは顔を塞いで胸中を吐露していた、オイフェは彼女の心に無碍に入り込んでしまっていたようだがここまで言って仕舞えば後には引けなかった。

 

「マリアン、君の忠誠心も痛い程わかる。君も僕と同じで孤独の地獄から救ってくれた主君に忠義を尽くしたいんだろう、でも死ぬ事がそれではないと思う。

主君と生き延びて、共に幸せになる事を考えようよ。」オイフェのなんとも言えない暖かな一言がマリアンの頑な気持ちに太陽を照らすかのように、陽だまりが差して行く。

 

「・・・私、自分が幸せになる事なんて考えてなかった。

生まれた時から愛情を注がれず、親に僅かなお金で売られそうになった私なんかが幸せになっていいのかな?」

 

「カルト様がそれを一番に想っているよ。カルト様だけではなくエスニャ様も、僕も願ってます。マリアン幸せになってね。」オイフェの一言にマリアンは涙が溢れた。

 

「馬鹿・・・。少しの間、泣かせてもらっていい?」

 

「尾行は僕がしておくよ、シュワルテ。わかってくれるかい?」シュワルテは不服そうであるが一鳴きして従ってくれた。

 

 

 

ひょんな事より二人の雰囲気は気まずくなる中、オイフェは先に見えるランスリッターの距離を気遣いながら見据えていた。

暑い・・・、オイフェは再び竹筒から水を飲むと徐々に高く上がって行く太陽を疎ましげに見上げる。そして滴る汗を拭い一息をつく・・・。

あれ・・・?再度太陽を見上げた・・・。

 

「マリアン・・・、上空の太陽なんだけど。光に溶けてるけど、何かいない?」オイフェの言葉にすぐ様彼女は臨戦態勢に入る。

両の手を太陽を絞るかのように光を遮って小さな隙間から覗き込んで凝視すると、彼女の目にはとんでもないものが視認できたのである。

 

「ドラゴンよ!ドラゴンの飛べる高度一杯でこちらを監視している!!」

 

「トラキア軍だ、やつらはずっとレンスターを狙っていたからこの機を突いたきたんだ。早くキュアン様にお伝えしないと!!」オイフェの言葉より早くマリアンは従者の位置につき鎧に足を掛けていた、その瞬間にシュワルテは最高速度を目指して翼を羽ばたかせた。

 

「ここは足を阻む砂漠だし。頭上を抑えられたらひとたまりもない。早く何処か戦える場所へ先導しないと・・・。」

 

「わかってる!オイフェ!!しっかりつかまってて!

・・・あなたならこの戦局はどうする?」

 

「この辺りは特に砂漠の砂が深い!もっと東へ誘導するんだ。この辺りよりは随分ましだと思う。」オイフェの提案にマリアンは思案を組み込んでみる、シアルフィ軍は今北西の位置で戦っているのでそこから離れてしまう事は自ら孤軍となってしまう事が危惧された。

オイフェの目を見る、彼はそれも承知の上だろう・・・。

どのみち機動力の落ちた騎馬では援軍を呼ぶのは不可能である、例え私達が援軍の要請に向かってもシアルフィ軍に飛空部隊がいない以上こちらに援軍を出しても間に合わない。それなら幾分にでも戦える場所を指示する方がいいと判断したと考えたのである。

 

2人の意見があってからの行動は迷いなかった。

シュワルテに命じたマリアンは一気にキュアン率いるランスリッターの元へと飛んだ。ここからは時間の勝負になる、オイフェが自身のマントを振りかざしながら敵意がない事を証明しつつ近づいた。マリアンに至っては両の手を水平に伸ばしていた。

不意に頭上のドラゴンライダーに視線を送る、乗り手はこちらの動きに察知された事を悟った様子で太陽を背にはしていなかった。おそらく攻撃態勢へと移行しているのだろう、見つかったところで事態は変わらないといったところか・・・、マリアンはそう思案する。

 

先方のランスリッターへの2人の接近に緊張が走るがキュアンは一瞬で見極めてそれを制し、2人を出迎えた。

 

「キュアン様!頭上を!!ドラゴンライダーが太陽に紛れて尾いていました!!」マリアンの指差す方向、かなりの上空で霞んで見えるが確かにそれはドラゴンの陰影であった。

 

「なんだと・・・、トラバントめ読んでいたな・・・。

以前から奴はレンスターを狙っていたが、エスリンが嫁いでくれてからシアルフィやグランベルと事を構える事になると恐れて積極的には攻めてこなかった。

だがシアルフィは勢力を失い、グランベルはイザークやアグストリアといざこざで国内の戦力は落ちている。

・・・・・・、それにシグルドが戦いに乗り出せば我らは必ず出陣すると奴は踏んでいたんだろう。これは私のミスだ・・・。」キュアンは苦虫を噛み砕いたかの様に渋い表情を浮かべた。

 

「キュアン様、まだ諦めてはいけません!今のうちに東へ向かいましょう。今の時期ならここより東は時折雨が降って地面が固まってます、ここの深い砂漠よりから幾分かの勝機はあります。」オイフェの策にキュアンはゆっくりと頷いた。

 

「そうだな少し思案しすぎた。私は諦めるわけにはいかぬ、シグルドやエスリンの為にもな。」キュアンは少し笑みを送ってエスリンへ投げかけた。

 

「あなた・・・。」

 

「マリアン、エスリンとアルテナを乗せて飛べるか?君達は先にシグルド達の元へ行ってくれ。」キュアンはマリアンに2人の保護を申し出るが、その答えをオイフェが否定する・・・。

 

「キュアン様、トラバント王は狡猾な策略家です・・・。おそらく逃すまいと挟み込むでしょう、その前に少しでも地の利が働く場所で迎え撃つべきです。

頭上を抑えられてますがこちらを狙う時は接触します。迎撃に集中すればこちらの攻撃が届きますし、マリアンにはシュワルテがいます。制空権をとらせず、マリアンと連携すれば勝機も見えてきます。」

 

「・・・シグルドが自信を持って私に預けた気持ちがよくわかった。君達を生死に携わる戦には参加してほしくないが我が軍の勝機を担う二人だ、すまないが助力を頼む。」

キュアンは一礼するとすぐさま軍を西へと舵を切り出したのであった。

 

トラキア半島の攻防を他国であるイード砂漠で雌雄を決する事となるのである。圧倒的に不利なレンスター軍の勇戦は、後の人々に語られる程の逸話となる。それはシグルドとエルトシャンが、アグストリアでランゴバルドとレプトール両名を退ける語りと並ぶ程、詩人達の語り歌となっていくのであった。

その語りでエルトシャンを忠と呼び、シグルドを義と語り、キュアンを信と詠う・・・、三人の心構えを一言で紐解く物と後世に伝えられるのである。

 

 

空を舞う・・・、鉄と獣の匂いが混じる自身の一団にトラバントは感慨深く笑った。ようやく・・・、トラキアの悲願である半島の統一の足掛かりになると思うとトラバントは笑みを隠しきれない。

反吐がでるような愚物の代理戦争を請け負い、大切なトラキアの竜騎士を失って来るたびに襲う焦燥感と喪失感・・・。それらの辛酸を嫌という程味わってきて初めて手応えのある半島統一の実現に近づいたのだ・・・、これを笑わずにはいられなかった。

 

「マゴーネ、準備はできているか?」横を並走するマゴーネはトラキアの中でも指折りの騎士、すぐさま求める答えを返してくれる。

 

「はっ!三点より急襲できます。ただ、西だけはどうにもできませんでした。」西はフィノーラ方向、下手にグランベル領に近づけばいらぬ戦いに接触する恐れがある。トラバント王も若き策謀家であるアルヴィスを過小評価しておらず慎重であった。

 

「致し方あるまい、今はまだグランベルとは事を構えたくはないからな。ここでトラキアがレンスターの主力を打ち取ったと分かればいらん食指を伸ばしかねないからな・・・。

シグルドか・・・。もう少し賢く生きるのならば、奴の軍ごとこちらに亡命すれば助かっただろうにな。」

 

「ご冗談を、もしそれを受け入れたとしてもシグルド殿をそのままトラキアに地位を与えて止まるような御仁ではないでしょう。」マゴーネは不遜な笑みを浮かべて答える。

 

「はっはっは!そうだな、奴のようなグランベルの貴族ではトラキアの魑魅魍魎な国家では生きていけぬだろうしな。それよりもキュアンの敵対する国家に亡命などある訳がないか!」トラバントは大きく笑う。

 

「願望は無理もありませぬ。トラキアは人材不足・・・、シグルド殿の様な御仁は是非とも受け入れたいですが、所詮我らはハイエナ・・・。誰も来るものはいないでしょう・・・。」マゴーネは厳しい表情でトラバント王の胸中をくんだ。

 

「それも我が国が選んだ道だ、我らが悲願は我らで為す。」トラバントは力強くマゴーネに返した。

 

「はい、全軍トラバント王の命を今か今かと待ちわびております。

奴らは我らの罠にかかった哀れな子羊ですがパピヨン様から奪ったシュワルテがいます、気をつけなければなりません。」その言葉にトラバントから憤怒が吹き出してその先へと向けていた。

 

「まさか我が国のドラゴンが他国に奪われるどころか、その場で乗りこなしてしまうとはな・・・。エバンス奪還戦での部下からの報告には耳を疑ったくらいだ。」

 

「私は、未だに人事られません・・・。ですが報告では確かにドラゴン乗りの剣士がこの先にあるという報告は受けております。

奴らにも空で戦う術がある以上こちらも気をつけなければなりません。それにシュワルテは我が国でも珍しい炎竜の古代種、それにまだ幼生なのが末恐ろしいです。」

 

「幼生だからこそ、まだ主人としてパピヨンとの結びつきが完全ではなかったのだろう。それを差し引いてもシュワルテの主人には気をつけねばならんな・・・。

おしゃべりはここまでだ、見えたぞ。」トラバントは眼下を見据えると、そこにランスリッターと話題のドラゴンフェンサーが目視できる場所まで迫ってきたのであった。

 

 

 

「手槍にて構え!!ドラゴンは構うな!狙いは乗り手だ!!」キュアンの言葉に手槍は放たれる、放物線を描いた手槍は迫るドラゴンの頭を越えてから頂点から落下し乗り手の頭上に降り注いだ。

ドラゴンナイトもその戦略を読んでおりドラゴンを巧みに旋回させながら回避行動を取りつつランスリッターへと迫る、不運にもその手槍の犠牲になった者はいるが作戦に支障をきたす被害はなくランスリッターの懐まで入り込んで騎馬ごとドラゴンの牙により噛み砕かれた。

ドラゴンナイトが通過した場所には甚大な被害がでており、その攻撃力の高さに戦慄する。

 

「怯むな!反撃は接触の時しかないぞ!!」キュアンの激が飛ぶ。彼のゲイボルグは血を滴らせており、言動の通り一匹のドラゴンが地響きとともに墜落する。

神器の一撃はドラゴンすら屠っており、ランスリッターに大きな希望を呼び込んだ。

さらに続いてドラゴンナイトが一人かなりの高さから落ちてきたのか凄まじい速度で砂漠に激突する、その死体には首がなく落下による墜落死ではない事が伺えた。

キュアンは上空を見上げると竜から竜へと飛び移り、その乗り手を切り結ぶマリアンの姿を小さく目撃する。

 

「マリアン・・・、無理だけはしないでくれよ。」誰にも聞こえないように呟くのであった・・・。

 

 

 

一人を切り落としたマリアンは、野に帰らんと荒ぶるドラゴンの背からジャンプする。シュワルテはすぐさまマリアンの落下地点に向かい、高度を下げながら彼女を受け止める。

そして手綱を取ると、側面から襲いかかるドラゴンナイトにブレスを吐きかけた。

 

「ぐあああー。」ドラゴンにはブレスの効果は大きくないが乗り手の人間は別である。魔法とは違うドラゴンの炎は魔法使いであっても魔法防御では防ぎきれない別種の物、焼かれた乗り手は墜落していく。

マリアンはすぐ様逃げ延びたドラゴンに跳躍して敵ドラゴンへ飛び乗って乗り手を切り倒した。

この人間離れしたマリアンの戦術にトラキア自慢の空中戦王者も戦慄する、ドラゴンフェンサーとして完成されたマリアンとの制空権の争いはこの戦場の重要点となるのである。

 



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南下

レンスターとトラキア軍の決戦ですが、ゲームではトラキア軍はナイトキラーをお持ちでしたのでレンスター軍は次々やられていきました。私の小説では特攻をあまり採用しておりません、地形と飛空の不利をレンスター軍は背負った戦いになります。

現代の戦争では航空戦力なしのハンデで戦うような物で、勝ち目はありませんね・・・。


初戦でトラキア軍の一団を一時撤退に成功したレンスターのランスリッターはさらに西へ向かい、礫地へと逃げ延びた。

ここは海の風を受けて風化した大小様々な岩石があり、散り散りになりながら休息を取っていた。

トラキア軍をなんとか退けたがランスリッターの被害は甚大であり、残った者ほとんどがなんらかの負傷を負っていてまともな進軍もままならなかった。エスリンが重大な負傷者から順番に治癒を施しているが全員を救済する事は難しいだろう・・・。

キュアンとマリアンは鬼神の如き戦果を挙げ2人だけで20を超えるドラゴンナイトを屠っていた。さすがのマリアンも鋼の長剣は一部欠けてしまい、キュアンも肩に裂傷を負った。

オイフェも借り受けた馬を駆ってエスリンとアルテナの護衛を務め、一体のドラゴンナイトを倒した。手槍で牽制し接近戦を急がせて滑空するドラゴンナイトに馬から跳躍して直接乗り手の胸部に鋼の剣を突き立てたのだ、その戦績にはキュアンも驚かされた。

 

「オイフェお疲れ様・・・、食べる?」マリアンは干し肉と乾飯、竹筒を見せるがオイフェは疲労が多いのか、膝を抱えるようにして息を整えていた。

 

「ありがとう、でもまだ食べたくないかな・・・。」

 

「水だけでも飲んだら、いつまた戦闘になるかわからないよ。」マリアンは干し肉を一掴みすると口に運び、竹筒の水を少し口に含ませて肉を柔らかくしていくと長く咀嚼する。

 

「・・・じゃあ、いただきます。」オイフェも手を伸ばして食事を始めだした、2人は無言の食事をとりながら慌ただしく右往左往するレンスター軍を目で追っていた。

被害は全体の三分の一程、退路は絶たれて援軍は期待できない・・・。絶望的なこの状況でもレンスター軍は慌てる事はなく今出来る事を急いでこなしている、さすがはキュアン王子だとマリアンは思いながら辺りを見回していた。

 

「オイフェ、これからどうするの?西へ逃げてなんとか追撃から逃げ延びたけど危機的状況は変わらないわ、次はトラキア軍は包囲網を縮めて挟み込みと思うけど・・・。」竹筒の水に再び口を付けつつオイフェに投げかけた。

 

「・・・警戒は怠らないけど今日はもう日が沈む、もう奴らは攻めてこないとおもう。ドラゴンはそんなに夜目が効くわけではないから・・・。」

 

「じゃあ、今夜はここで休息・・・」

「今夜奴らに打って出る、野営を襲って包囲網の一角を崩して逃げのびよう。」オイフェは断言した、さすがのマリアンもその提案に驚きを隠せない。

 

「一体どうやって?こんなだだっ広い砂漠で何処で野営してるかなんてわからないわ。それに包囲網を崩しても深い砂漠で進みが悪いから日が昇ればまた襲われるわよ。」

 

「・・・トラバント王を今夜討つ。指揮官を討てぱ奴らの追撃は無くなるだろう。それに賭けるしかない。」オイフェの目は鋭く光っていた、戦いに参加する事により彼は一段と騎士として開花し始めていた。

 

「何処にいるかわからないトラバント王を?あなたにしては運に頼る策略を立てるの?賛同できないわ。」

 

「トラバント王が挟み込む三方向にはいないよ、必ず南側の攻め立てる方にいる。

キュアン様の性格を考えればシグルド様から離れていく南に引き返すなんて奇策は思ってもいないから警戒も緩いはず、他の方向より数も少なく配備している可能性もある。それにこちらの被害も知っているから夜襲はないと考えているだろうから、そこを付いて打って出れば逃げ延びれる。」オイフェは確信に近く断定した。マリアンは驚くがすぐにその作戦の有用性を認識し、微笑んだ。

 

「・・・そうね、あなたの言うとうりだわ。包囲網を破る可能性があるなら今夜しかないかもしれないわ。

・・・それまで、私は寝るわ!」マリアンは今夜に備えて休息を取り出した、剣を投げ出すと腕を枕にその場で寝転ぶ彼女にオイフェはやれやれといった感じで、毛布を掛けるとキュアン王子の元へ向かうのであった。それがマリアンなりの後押しである、薄眼を開けてオイフェをみおくると毛布を頭から被って神経を尖らせながら眠るのであった。

 

オイフェの緻密な作戦にキュアンは唸る、確かに生き残る作戦としては最良になるがキュアン自身はそのまま全速前進して北の部隊を破ってシアルフィ軍と合流してトラバント王の部隊を打ち倒す計画もあった。

シアルフィ軍には強力な魔道士部隊が豊富にいる、彼らの助力があればドラゴンと言えども魔法抵抗が弱い部隊なら狙い撃ちする事が出来る。そう考えていた。

オイフェはその事を十分に考えており、それこそ思う壺だと進言する。トラバント王にとって一番避けたいのはキュアン王子とシグルド公の合流なのだからその方向の部隊は自然と多くなり、夜襲の警戒も最大限と思っていた。

それよりも半壊した部隊が引き返してくる方が奇策となる。駐留している場所を特定し、夜襲しないと勝ち目はないと踏んでた。

 

「なるほど、確かに一利あるな・・・。ここまでランスリッターを半壊させたんだ、多少の詰めの甘さをだしても不思議ではないだろう。

裏をかけば耐えしのげる事も可能だ。」キュアンは地図を見ながらオイフェの意見に耳を傾けた。

 

「はい、計画通りトラバント王が南の部隊にいて倒せれば尚良しですが、深追いはできません。

奴らの包囲網を突破してさらに南に進めば砂漠から抜け出る事が出来ます。レンスター領まで戻れば残りのランスリッターと合流し、トラバント王を攻めることも可能です。」

 

「そうだな、トラバント王がここまで出張ってきていれば残りの半分のランスリッターを出動させる事もできる。君の考察は素晴らしいな、よし!皆に準備と治療を急ぐように指示を頼む。巻き返すぞ!」キュアンは立ち上がって側近たちに檄を送ると、持ち場へと散り散りに後にする。オイフェもまた敬礼をしてその場を退席しようとするが、彼の方に手をかけたキュアンは首を横に振る。

 

「君は私の参謀だ、常に私の側にいてくれ。」口元を僅かに緩めてオイフェの頭脳を頼った。オイフェは初めての活躍に高揚し、力強く返事をするのであった。

 

 

「アルテナ、ごめんね。怖くない?」

 

「だいじょーぶ!怖くないよ!」アルテナの言葉にエスリンは安心して頭を撫でた。

 

「お父様がきっと私達をレンスターに帰してくれるから泣いちゃダメよ。」懐からそっとビスケットを渡すとアルテナ嬉しそうに口にしていた。

 

「うん!とっとよりも、かっかよりもつよーーく!なってみんなをまもるの!!」無邪気に笑うアルテナにエスリンは強く抱きしめていた。

(エッダ様・・・、この子だけはお護り下さい。)エスリンは一重に祈りを捧げていた。

アルテナは聖戦士ノヴァの血を色濃く受け継ぐレンスターの希望、程なく生まれたリーフと共に次の世代を担う大切な子供達・・・。彼女達を守る戦いをエスリンは覚悟していたのである。

 

 

「フィンさん、どうしたんですか?」まだ幼いアレスは剣の指導を受けながらフィンの要領の得ない指南に、多少の苛立ちを隠せずに確認する。レンスターではシグルド公の決死の行軍に救援する事はかなりの反対があった。

フィンはシグルド公の救援には反対はない。キュアン様の意思は何よりも優先する彼は全てを信じているが、不安がある事も事実であった。それ故にアレスの幼い剣でも受け損じていまい、木剣を腕に受けて腫れ上がってしまった・・・。

訓練を中断し、アレスが井戸から汲み上げた冷たい水を桶につけながらその体たらくに質問が飛んだのだった。

 

「すまない、せっかく時間が取れたのにこんな訓練では君も不服だったね・・・。」

 

「僕は大丈夫です、それよりもフィンさんの方が疲れていらっしゃいます。今日は休まれた方がいいのでは?」アレスの年では考えられないくらいの受け答えに、ラケシスの帝王学が相当入り込んでいると思い苦笑いする。

ラケシスはアレスの容姿に、エルトシャン王の影を見たのだろう。アレスはその期待を当然とばかりに受け入れ、彼自身エルトシャン王の意思を継ぐと母グラーニェに言ったほどであった。

アレスは既に騎士としての身だしなみ、心身の訓練、乗馬から剣術、作法を厳しく躾けられていた。

まだ5歳にも満たない彼がレンスターで獅子王の血が開花していくのである・・・、フィンはその血筋の恐ろしさを間近で感じていた。

 

「そうたな、今日は剣はこれくらいにして昔話をしよう。君にはどんな話をしてきたかな?」

 

「シグルド様とキュアン様のお話を聞かせてください。お父様の最も親しい友人のご活躍をお聞きしたいです。」アレスは目を輝かせていた、彼ら三人の勇姿を伝えられる事ができるフィンにとってこれ以上になく幸せな事であった。

アグストリアではシャガールの某策に翻弄されシグルドとキュアンに対してエルトシャンと対立する事があった、それが最後には協力してシャガール王を諌める事に成功した事をキュアン様より後から聞いた時、フィンはその場にいなかった事だけが心残りでもあった。

 

「そうだな・・・。その三人を仲裁してアグストリア滅亡を防いだ男の話はとうだ?」

 

「アグストリアは父とシグルド様が救ったのではなかったのですか?」

 

「君のお父上とシグルド公が滅亡に瀕するアグストリアを救った英雄だ。しかしそこに至るまでに何度も境地があり、彼らだけではどうにもできない事案があった。それを裏から支えた英雄達を君に知って欲しくてな・・・。」

 

「是非!お聞かせ下さい。」アレスとフィンはこうして青空教室へと変わり、日が沈むまで熱く語る事となる。

フィンの語る英雄譚はアレスにとってとても刺激的で、胸に刻まれていく・・・。

フィンの持つ彼らの記憶の遺産は17年後に再び意志となって集結していくのであり、その時にこの話は若き聖戦士達の礎なっていくのである。

 

 

 

深夜、砂漠の寒さに震えながらレンスター軍は進軍する。

ドラゴンは寒さに弱いので動きが鈍る、さらにシレジアの様な極寒では生活は出来ないそうだ。それ故にマリアンは冬の時期はレンスターに滞在していた。

この夜襲は効果的になるだろう・・・、ドラゴンとてずっと飛び続ける事は不可能で、翼を休める事と夜目が効かないから夜は絶好の休息タイミングであった。

前述の寒さもあって動きはにぶる、それ故にマリアンはシュワルテを放って別地点で待機させていた。今回の夜襲は白兵戦での参戦としたのである、今はオイフェの駈る騎馬の後ろに乗っている。

 

オイフェは出発前からこの辺りの地理は頭に全て入れていた。

南にトラバントがいると踏み、彼らが休息として選ぶ地点も予想をつけていた。

それはドラゴンの寒さの弱さに目をつけて風をしのぐことができ、かつ見渡しのいい風凪の丘という旅人が砂嵐を避けるポイントに目をつけたのだった。

 

まずその地点にトラバンド王が自ら出陣してきていると確認している。彼の性格上、キュアン王子を狙っての謀略なら彼自身が殺害の確認をすると踏んでいた。

優位に立っている観点から追撃部隊の本隊にいるだろうし、こちらから攻撃してくると思っていないだろう。

なによりこの状況では守りながら戦うのでは全滅するのは必死である、危険を承知で懐に入らなければレンスター軍の槍は空を駈る竜には届かない・・・。長く続けば物資も不足して戦闘を維持する事も出来なくなる。いっそここで決戦を行う事が最善とオイフェはキュアンに伝え、彼は決心したのであった。

レンスター軍の士気は高かった、短期に持ち込む狙いは兵たちの士気が落ちて絶望になる前に勝負をつける意味でも効果が高い。オイフェの進言はキュアンですら唸るほどで、つけいる意見はなくなっていた。

 

予定のポイントまであと少し・・・、馬の速度が落ちて思うように動けない事の焦りを抑えながら少しづつ進んでいく。

砂漠による温度の低下に身体がついて行かず悴む手を必死に動かしながら有事に備える、ランスリッターは一縷の希望を求めてキュアンとオイフェの頭脳を信じた。

 

「・・・・・・・・・いたわ、オイフェの読み切りね。」マリアンの小さな言葉に皆が無言の歓声を上げていた。

トラキアの部隊が、予定より少し北ではあるが駐留している姿が見つけられた。

簡易な天幕を数箇所に設置し、トラキア兵が辺りの警戒に数人が行き交っている程度。・・・そして、篝火を必要以上に焚いてドラゴン達の体温低下を防ぐ対策。

それらを見ても間違いなくトラキア軍である事は見間違えるはずはない、一度砂丘の丘を少し戻って窪地でレンスター軍は固まって最後の決戦を誓う。

 

「みんな、よくここまで生き残ってくれた。これが我らの活路を見出す最後の勝機だ。

狙いはトラバント王ただ一人!もしいなければそのまま突撃して包囲網を抜けてレンスター領まで引き返すぞ。

・・・一人でも多く帰るんだ、君達はここで死んでいい者達ではない!」気取られない小さな声ではあるが、軍を慮るキュアンらしい言葉に皆の士気が上がる。

突撃前の準備にマリアンはオイフェの後ろで長剣を確認する。鋼の長剣は一部破壊され、恐らくこの戦闘の中で折れるだろう。

先程物資の提供で譲られた鋼の剣を確認し腰に据え、長剣は背中に背負った。シュワルテは今退避させているが戦闘になれば呼び寄せる事もできる・・・。いざとなればエスリンとアルテナを乗せて緊急退避もキュアンから言いつけられているが、空からの包囲網が狭められる中で逃げ延びる事は難しい。やはりここを突破しなければ安全など保証はできない、マリアンは静かに気合を入れていく・・・。

オイフェもまた譲り受けた鋼の剣と手槍を持ち、マリアンを見て頷いた。

 

「敵陣に入ったら私は馬から飛び降りるけど速度は落とさないでね。・・・オイフェ、死なないでね。」マリアンはオイフェの背中に額を置いて気遣った。

 

「うん、一度レンスターに戻っちゃうけどまた来よう。生きてシグルド様とカルト様に会いに行こう。」オイフェは穏やかに応える。

共に武運を祈ると、その時にキュアンの号令がかかった。

一斉に突撃するレンスターのランスリッター、オイフェもまた騎馬に鐙で駆け足を送り怒涛の決戦へともつれ込む。

砂丘の丘をいっきに下り火矢を放つ、トラキア軍の大小様々な天幕より雪崩れ出てくるがまだドラゴンは飛び立っていない。

地上にいるうちにもつれ込めば勝機は見える!騎馬は砂漠で速度が落ちているが、それでもこの辺りはまだ地面が固い方で悲観するほどではない。

敵陣の懐に潜った一団はトラバント王を探しつつ突破する最後のチャンスを求めて足掻くのであった。




オイフェ

ソシアルナイト
LV 8

力 10
魔力 1
技 13
速 10
運 7
防 7
魔防 2

スキル
追撃 必殺

鋼の剣
手槍


ゲーム上のオイフェは後半で参戦しますが、彼が前半で出ていたらかなり強いです。後半のハイブリッド血統の子供達が強すぎる事と、強力な魔法を使う局面が多すぎるので、魔防が低いキャラはよほどの回避値が無いと淘汰されてしまうからです。
かわいそうなオイフェ、この作品では出番があるから頑張って欲しいです。


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血族

回想なので早く終わらせる予定でしたが、なかなかボリュームが大きくなってしまいました。
あと2話くらいの予定でしたが、多分3話になりそうです。


トラキア軍は夜の帳が下りる間も無くレンスターの反撃をもらう。

砂煙を巻き上げながら猛進するレンスター自慢の騎馬部隊は砂地で足を取られる事も気にせず全速でこちらに突撃をかけていた。

視認が遅れた事も有るが、やはりトラキア軍は心の何処かにレンスターがこちらにチャージを仕掛けて来ることは無いと踏んでいた心理を巧みに付いた要因が大きいのだろう・・・。

簡易な木柵を設置していたが破砕音と共に吹き飛び、野営地に侵入を許してしまう・・・。

 

たちまちトラキア軍は数騎は空に飛び立ちドラゴンナイトの本分を果たすことに成功するが、出足の遅れた者は白兵戦でしか応戦できなかった。そうなれば釣り上げられた魚の様に、レンスターの前に後陣を配する事しかできなかった。

その僅かな数騎の内一騎がキュアンのゲイボルグの前に地へと臥せてしまう。

 

「行けるぞ!南へ駆れ!!速力を落とすな!!」キュアンの激が飛びランスリッターは常に方向は南へと向かいながら襲い来るトラキア兵に対処する。

辺りは途端に血煙漂う戦場と化し怒号が飛び交った、乗り手がいないドラゴンはその恐慌に辺りを旋回する様に主人を探して飛び回るだけで無力化されていく・・・。

 

マリアンはオイフェの馬から飛び降りるとランスリッターが苦戦している数騎のドラゴンナイトを倒す為に走りでる。

急降下するタイミングに合わせて大きく跳躍し、ドラゴンの背に強引に飛び乗った。

 

「なっ!なんだと!!」ドラゴンナイトの更に頭上に飛び上がったマリアンはそのまま後方の尾翼近くに降り立つと剣を一振りして挑発する。騎士は腰の剣を握るとマリアンに横薙ぎ一閃するが更に低く沈み込んだマリアンに下から斬り上げた、その深い踏み込みからの一撃に騎士は致命的な一撃を受ける。

 

「がっ!」吐血混じりに退き、まだ倒れんとばかりに剣を振り上げるがマリアンは既に次の動作を取っていた。騎士は振り上げた剣先にマリアンの姿はなく動作を止めてしまう、背後に回ったマリアンはそのまま一閃し首が宙を舞った。騎士はその場で膝から崩れるように倒れ、ドラゴンの背から堕ちた・・・。

主人を失ったドラゴンは荒れ狂い出す、彼女は即座にその場から跳躍し砂地の深い場所へと降り立った。下半身が埋まらないように着地の瞬間に膝を上手く畳んで上半身をひねり、回転とステップを使って足場の衝撃を流すと受け身を取って全身で緩和させる。

すぐさま起き上がり辺りの状況を確認するとランスリッターは初戦での戦果は上々であり、トラキア軍を浮き足立てて前線を突破するという大胆不敵な策は功を奏していた。

ランスリッターは無理に仕掛けず、斬り合いもそこそこに馬の速力を落とさない事にしか集中していない。トラキア兵も戦いに擬した逃走を察しているが指揮官が号令もまともにかけられていないこの状況では深追いはせず、防衛に徹することしかなかった。

全ての心理を読み取ったオイフェの判断にマリアンは満足すると足を南へと走り立てる。向きを変えて走り出したその速度は、砂地とは思えない速度となり進路の妨害となるトラキア兵のみ打ち倒しながら逃走する。

今はマリアンは殿に近いところまで遅れている。徒歩でトラキア兵の場所で孤立すればマリアンとて無事では済まない、まだ場が混乱している内にランスリッターの元に戻らなければ・・・。

マリアンが急ぐ中、一本の槍がマリアンの進行方向に横薙ぎ一閃が走る。その振りの鋭さにマリアンは冷や汗混じりに前転宙返りを決めて紙一重とも言える一閃を躱した。

着地もおぼつかず、自身の速度を持て余して砂地に跡を引くラインが数メートルに渡って伸ばされた。

 

「キュアンの部隊に女剣士がいるとは、この目で見るまでは信じなかったぞ。」マリアンはその声の主へと向き直ると、1人の男が不敵にも軽装で槍一本のみを持って佇んでいた。

軽装どころかまともな装備は手に持つ槍のみ、鎧も着込まずきている服は就寝用の出で立ちそのものであった。その視線に気づいたのか、男は長い髪を一度まとめるように左手で手櫛のように流すと不敵な笑みと共に語る。

 

「これは失礼、まさか夜襲をする度量がキュアンにあるとも思えずぐっすりと寝ていたところでな・・・。私が貴様らが探しているトラバントだ。」

 

「!!・・・。」マリアンは手に持つ長剣を握り直して精神を集中させる。直感が正しければ、まずこの男には勝てない・・・。胸の中で警鐘を鳴らしていた。

 

「どうした?私を殺せばもしかしたらレンスターに逃げ延びるかもしれんぞ、この混戦で私の側近も出撃してしまったからな。」トラバントはマリアンに挑発する、それにこちらの思惑も看破されていることを示唆する事によりマリアンを一層混乱させたのだ。まだ言葉の駆け引きにならないマリアンは焦りを生ませた。

 

「あなたは・・・。」ポツリと呟くマリアンにトラバントは意表を突かれ、マリアンから紡ぎ出される言葉に注視してしまった。

 

「こんな事までしてレンスターを手中に収めたいのですか?騎士としてキュアン王子と真っ向から戦わないのはなぜですか!」

 

「・・・トラキアを好きなだけ罵るがいい、私にはやるべき事があり失敗は許されぬ身だ。お前達に理解してもらう必要もない・・・。

さあ、行くぞ!!」

トラバントは槍を振りかざすとマリアンに迫る。

おそらくあの長さの槍は馬上槍にあたる長さ、徒歩では向かない槍であるにも関わらず信じられない速度で振り回す。

マリアンは襲いくる槍の刺突を長剣で捌くが、間合いを詰める隙もなく追い詰められる。砂地による足場の悪さが反作用するのはマリアンの方であり、トラバントは一向に戦力が落ちる様子はない。

マリアンは足を使った戦術に対して、トラバントはドラゴンナイトの特性故に上半身を主とした戦いが多い。現にトラバントはゆっくり歩を進めながら強靭な上半身からの斬撃と刺突を繰り出す。

その鋭い波状攻撃をなんとか身のこなしと剣のいなしのみで回避しているが、打開する術がないといつかはその重攻撃の餌食となってしまう。なんとか間合いに食い込み懐を狙うマリアンだが、トラバントの槍の引き込みと乱撃の巧みさに阻まれる。

そして攻めあぐねているうちにトラキア軍にも捕捉され、トラバントに兵が集まりだした。

 

「王!ご無事ですか、後は我らが!」

 

「かなりの手練れだ、1人ではかかるなよ。・・・剣士殿すまぬが時間切れだ、惜しかったな。」トラバントは不敵な笑みを湛えながらその場を退場する。彼は戦闘する出で立ちではない、おそらく戦支度に一度戦線を離れるつもりなのだろう。

 

「うおおお!」マリアンは歯軋りし、あたりのトラキア兵に襲いかかる。トラバントが本格的に戦線に戻って来られればレンスター軍の脅威となる、ここで足止めをしなければ・・・。闘争心を再び点火させ、ここに駆けつけた8名のトラキア兵を屠って再びトラバントに再戦を挑む、そう結論付けた。

その鬼気迫る迫力にトラキア兵は戦慄する、恐怖からまだ心身の整いもなく槍を突き出すがそんな攻撃につかまるマリアンではない。半身捻りで紙一重で躱すと胴切り一閃で1人を葬り、その場に倒れた兵の頭部を使って跳躍する。

次に狙いを付けた兵の間合いを一気に潰し、着地する。

「う、あわああー!」再び槍の刺突を繰り出すがマリアンは沈み込んで躱し、背後から襲ってきた別のトラキア兵の剣よりも早く下から切り上げてると返しの剣で先に攻撃したトラキア兵を袈裟斬りで斬り伏せる。突然三人があっという間に斬られ、残るトラキア兵5名は囲むよう警戒する。

 

「そこを、どけえー。」苛立つマリアンは強引に突破を計った。

トラキア兵に一太刀剣を合わせると回し蹴りを浴びせて転倒させ、横から槍の刺突を剣で弾く、起き上がろうとするトラキア兵の胸部を刺し貫いた。

「ぎゃああー。」不意に突かれたトラキア兵は凄惨な悲鳴と共にその場で尽きる。

 

「な、なんて女だ・・・。」槍を弾かれたトラキア兵はその剣鬼のようなマリアンに槍先が震えだす、マリアンは剣を一振りするとそのトラキア兵に悠然と歩んで間合いを詰めだすと、恐怖は最大となり悲鳴に似た声と共に突進し、残りの3名もあわせて槍で持って突進する。

マリアンは一番近場にいた悲鳴をあげながら突進するトラキア兵の槍をかわして胸部を刺し貫くと、そのトラキア兵から剣を抜く事と残りの突撃を回避する為に腹部を蹴って3名の突撃にけしかけた。

 

「あ、ああ!ぐふっ!」哀れなトラキア兵はマリアンの胸部の刺突でも致命傷であったのに、仲間の槍を背後から受けさらなる致命傷を負って絶命する。

 

「な!」三人の狼狽を他所に、マリアンはその内の1人を駆け抜け際の一撃で首が飛ぶ。そしてそのまま逃走を計った。

トラバントを追いかけるには時間がかかり過ぎ、さらにこの騒ぎで新手がやってくる可能性がある。トラバントの追撃を諦めた彼女はその場を後にする、後方から残りの2名の声が聞こえるが彼らは充分に戦慄している。本気で追ってくることはないだろう。

砂地の浅い場所を目で追いながら全力で走る。殿の部隊に追いつき、事の説明とトラキアの追撃部隊の迎撃の為に・・・。

 

 

トラキア本陣の野営地を突破したマリアンは息の続く限り走り抜けて数少ない遮蔽物である岩石に背中を預けると、竹筒の水を飲んで呼吸を整えた。火照っているが体を冷やすわけにはいかず、外套で寒気から身を守る。

そろそろ日が昇る、トラキアのドラゴンナイトが本格的な追撃が始まってしまえばこの辺りも安全とは言えない。

呼吸が整い、再び走り出そうと立ち上がろうとしたがマリアンの脚は拒否し再び地べたに戻ってしまう。

 

「あ、あれ?」再び足に力を入れるが筋肉が悲鳴をあげていた。

なれない砂地での戦闘と逃走に予想以上足を酷使していた事に気付いてなかったのだ。

必死に足を揉み、疲労物質の排出を試みるがその希望とは裏腹に東の空が明るくなり始めた。

 

東の空から太陽の輝きが見せ始めてもマリアンの足は一向に言うことを聞いてくれなかった・・・、初めは常にマッサージを行なっていたが続けると次は腕力が失われてしまう、腕力を失えば剣を振る事が難しくなる。そのジレンマがあり、とうとうの彼女は自然の回復に身を委ねる事にした。

胸にある竜笛を吹けばシュワルテは来てくれる・・・。

でもここで吹けばトラキアの竜にも感知されるので自ら位置を知らせる様な物である、握りしめた竜笛を手放すと溜息をついた。

 

「私はここまで、なのか。」天を見上げて独白する。

トラバントにも一矢報えずでは悔しい、このまま追撃部隊のドラゴンに食い破られるのか?槍で蜂の巣にされるのか?

それとも・・・、捉えて拘束され、身体を蹂躙される事もありえる。あれだけ奴らの仲間を惨殺して来たのだ、復讐に滾った者がいてもおかしくない。散々辱めを与え、拷問にかけられて殺される・・・。

その想像にマリアンは寒気を覚えた。最悪の事を考えてマリアンは自決用の毒を持っている・・・、それが腰にある事を確かめた。

やってくるのは敵か、味方か・・・。マリアンは気温の上昇と共に冷たい汗をかき続けるのであった。

 

 

悲運にもやって来たのはトラキア軍であった、その数は3騎でその内の1騎はあのトラバントである。

マリアンは立ち上がり剣を抜いて応戦に臨む、竜笛を吹きシュワルテの到着まで自身の命が繋がっている事を信じて・・・。

暑い。まだ日が出て1時間ほどなのに、緑と遮蔽物が少ない砂の大地ではあっという間に温度が上がる・・・、夜は熱を失えば輻射熱であれだけ温度が下がるのに・・・。

マリアンは既に一部が欠け、損傷が広がりつつある鋼の長剣に今一度命運を掛ける。予備の剣は背中に背負う心許ない鉄の剣のみ。

 

「また会ったな、何人か犠牲になるとは思っていたがあの場を切り抜けるとは思ってなかったぞ。レンスター軍は何処に逃げた?

素直に吐けば命の保証は約束しよう。」トラバントは低空まで高度を下げマリアンに交渉する。

 

「私も知らないわ。例え知っていてもあなたに口を割る事はしません。」マリアンの言葉にトラバントは笑みを讃える。

 

「キュアンめ・・・。こんないい女を使い捨てにするとは、奴もなかなか残酷な奴だ。」トラバントはまたあの槍を取り出すと戦闘体勢に入る、部下達も参戦する体勢をとるがトラバントは手で制した。

昨夜の襲撃でドラゴンナイトを撃退させた情報がトラバントにも入っており、無駄に部下を減らす事はせず自ら先陣を切るつもりである。

マリアンもそれに察しいよいよ追い詰められた、おそらくさっき竜笛を使った事もあり緒戦のドラゴンフェンサーは彼女と断定している筈・・・、ドラゴンの救援の前に手を抜かずに一気に勝負をつけにくる事になる。

 

「これは私自身の決断よ!キュアン様には関係ない!!」

 

「ほう?キュアンとお前は因縁があるのに、義理立てとは殊勝なものだ。」トラバントの言葉にマリアンは意表を突かれる、この男は何を言っている。

 

「私を拐かすつもりか?時間の無駄です!」構えるマリアンにトラバントは一向に戦う姿勢を見せない。

 

「昨夜お前と直接相対してようやく疑念から確信した。悪い事は言わん、今からでも私と共にトラキアに付け。お前が我が軍を殺す度に後悔する事になる。」トラバントはドラゴンを地上に降り立たせると、背から降りた。首元を少し撫でるとドラゴンは忠誠するように頭を垂れた。

 

「お前がうばったシュワルテと心は交わしているか?」トラバントの話にマリアンはすっかり心を奪われており、呑まれていく。

 

「・・・おそらく、あなたが言うようにシュワルテの心を感じていると思います。」

 

「ドラゴンナイトは、誰1人として心は交わしていない。

あくまでドラゴンに従属して彼らの意思を尊重して飼育し、その見返りで戦いに参加してもらっている契約のようなものだ。

・・・もし心を交わせる事が出来たなら、お前はダインの血族となる。」

 

「・・・嘘だ!私はイザークのスラムで育った、トラキアにいた記憶もない。」長剣の構えを解き、トラバントの話にみるみるうちに聞かざるを得なくなってきていた。

 

「俺の親父もまた傭兵で各地を回っていた・・・。そこで拵えた子供かもし知れぬし、遠縁の分家から派生したのかも知れぬ・・・。

どちらにしてもお前はトラキアの血を持つ者には違いないだろう、どうだ?今からでもこちらに付け、今断ればここで死ぬだけだ。」

マリアンの心は混乱する、もし前者であるならトラバントとは母親の違う兄妹の可能性でもある。確かに私は物心ついてから父親など見た事ない、母親に聞いても死んだとしか言わなかったが家に遺品も弔う墓にも言った事がない。

突然の自身の存在にマリアンは呑まれていくのであった。




マリアン

ドラゴンフェンサー
LV25

剣B

HP 45
MP 0

力 23
魔力 0
技 25
速 28
運 17
防御 15
魔防 2

スキル 追撃

鉄の剣
鋼の長剣
カルトの髪飾り(祈りのスキル付与)


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境界

「嘘だ!嘘だ!嘘だ!!」マリアンは激しく動揺する。

もし、自身がトラキアの者なら確かに理解できる。シュワルテの心を即座に掴んだ事、その後フュリーが言った「天性の素質」といった事。全てがつながって行く・・・。

まるで足元から自身のルーツが崩れるように足元がおぼつかなくなり、頭を振った。

 

「お前がどんなに否定してもいつかは事実がわかるだろう、苦しむ事はない・・・。トラキアにつけば全ては片付く。」

 

「黙れ!私はカルト様に忠誠を誓った剣士だ!!どんなに拒絶されようが、この剣を捧げた私は戦い続ける!!」マリアンは自身を鼓舞して長剣をトラバントに向けるが、その刃先は動揺に震えており明らかに戦慄していた。

 

「そうか、ここまで話しても無駄なら交渉は決裂だ。惜しいが死んでもらうぞ。」トラバントは構えを取る、後ろに控えるドラゴンナイトは出撃しようとするがトラバントは手でそれを制した。

 

「死ね!」トラバントの槍がマリアンへ襲いかかる。

昨夜同様に制圧前進するトラバントの波状攻撃に、マリアンの足は砂漠による踏み込み不足と疲労で沈黙している。長剣で捌きながら後ろに逃げ続けるがトラバントは強く踏み込み逃げ場を与えない・・・。

とうとうマリアンは長剣が砕け、肩口に深く槍が突き刺さる。

 

「ああっ!」なんとか、その槍を抜きつつ後ろに下がる。

鮮血が左腕から滴り溜まりを作る。思った以上の深さで、両脚に加えて左腕までもが沈黙した。

 

「見事だ、そこまで弱っても闘志は衰えていないとはな・・・。」トラバントは一切油断する様子はない。手負いの剣士でも間違いはあってはならない彼の言葉が有言実行されている以上、マリアンに残された手は無かった。

 

「どうだ?これでもまだこちらにはつかんか?」トラバントは再び甘い誘惑をマリアンに持ちかける。

マリアンは「にっ」と、笑うと立ち上がり長剣の柄を投げ捨てる、そして右手を胸元に指し示した。

 

「私の心臓はここよ、さあ!来なさい!!」マリアンの言葉が飛んだ。

 

「・・・・・・。」トラバントは槍を構えたままマリアンの意図を汲んだ、この僅かな戦闘で彼女と切り結んだ中で得た情報を手繰り寄せていく。

 

「・・・カウンターか。」

 

「・・・!」マリアンは読まれた事に驚くが、決死の笑顔は緩めない。読まれた所で状況が変わらない事は承知していた。

 

「無防備を装い、槍でそこを狙えばなんらかのカウンター攻撃を考えているな?危険な賭けには違いないが、生き残る選択といったところか・・・。

それ以外を狙う可能性は考えなかったのか?」トラバントは優位は変わらないとばかりに挑発する。

 

「悔いは残りません。でもあなたには残るかもしれません、少しでもあなたの心にそれが残れば私の勝ちです。」マリアンは颯爽と答える、その答えはトラバントを苛つかせたのは確実であった。

手負いの女性剣士にトドメの心臓を差し出されているのに、させなかった。もしくは別の部位を刺して殺したとなると王として、ドラゴンナイトとしての誇りを失いかねない。それを冥土に持っていくとマリアンは豪語したのだ、トラバントは逆に精神的に追い込まれるかたちとなり苛立った。

 

「・・・覚悟しろ。」トラバントは構える、それは心臓への一撃を宣言するかのように槍を向けていた。穂先は鋭く輝き、マリアンの胸を締め付ける。

 

あの穂先が胸部を貫くか、起死回生の一発を叩き込めるか・・・。マリアンは緊張からくる汗を一拭いして対峙する、武器は長剣は砕けて背中にある鉄の剣のみ・・・。心許ないこの剣では槍を受けても砕かれるだけ、カウンターによる攻撃のみが希望の一閃であった。

 

トラバントが走り出す、その動作を目で追いながら決死の一撃を叩き込まんと全てに集中する。

トラバントの穂先がマリアンの心臓数センチ前を振り上げた左足で阻害する。足裏を突き破るが穂先は辛うじて狂い、心臓直撃は免れた。

マリアンはその左足を無理に捻るとトラバントは攻撃直後の為、一歩つんのめるように足を出す。その一歩が生死を分かつ分岐点、マリアンは前のめりになるトラバントに鉄の剣を心臓めがけ突き出した。

 

トラバントは左手を突き出してその剣を止める。それはマリアンの足同様に、掌を犠牲にした防御である。

互いに鮮血が吹き出し、命を守るにしても多大な犠牲を負った防御である。

 

「見事、このトラバントに命をかけて手傷を負わせるとは、恐れ入った。だが、これで終わりだな。」トラバントはマリアンの足から槍を引き抜くと頭上に振り上げる。

マリアンは足から槍が抜かれだが、その足では立つ事は出来ない。

鉄の剣を左手に突き立てて体重をトラバントにかけて立っているのみで握力がなければその場で倒れるだろう。

 

「これまで、ね・・・。

カルト様、ご武運を・・・。できれば最後まで共に戦いたかった。」マリアンは祈るように呟く・・・。

 

「それが辞世か、キュアンに伝えておこう。」トラバントの振り下ろす槍にマリアンは納得する。これだけの傷を負ったならトラバントは無理せず引き上げるだろう、キュアン王子たちは間違いなくイード砂漠から脱出する事ができる。

マリアンはその時を待つが、それは訪れる事は無かった。彼女の身体は別の力を得て、トラバントから引き離されていた。

 

マリアンは誰かに抱きかかえられいる事に気付き、ゆっくりと目を開ける。

 

 

「キュアン様?・・・!」ぼやけた視界に映るのはキュアンであった、マリアンは臨終の覚悟の際に意識を手放したのか靄がかかったように思考がはっきりしなかった。

 

「よかった・・・、間に合った。生きているね?」キュアンの優しい声なマリアンはようやく安堵を覚えたのか、涙が溢れでる。

 

「キュアン様・・・。覚悟、していたはずなのに、怖かった。」マリアンの鳴き声にキュアンは背中を抱きしめて宥める。

 

「もう大丈夫だ。私がここにいる限り、君にもう怖い事など起こらない。」

 

「キュアン様・・・。」マリアンの足と左腕に自身のマントを割いて巻きつけると、近くの岩場にそっと置いた。

 

「キュアン、こうして話をするのはいつ以来だ?」

 

「今はお前を倒す事しか興味ない。」キュアンの返答にトラバントは笑みを浮かべる。

 

「その子に甘えてレンスターに逃げ帰れば助かったものを・・・、のこのこ出てくるとはな。お前はその子の厚意を裏切ったとは思わないのか?」

 

「さっき助けた時に彼女が怖かったの一言で確信した、もし彼女を犠牲にしてレンスターは救われても私は彼女を救えなかった自身を呪うだろう。

そんなレンスターなど、お前に見抜かれてすぐに滅びる。」キュアンの迷いない言葉にトラバントは「ほう」と感嘆する。

 

キュアンはゲイボルグを構えると、ありったけの声量であたりのドラゴンナイトへ威嚇した。

「さあこい、ハイエナども!!私の命、取れると思うものからかかってこい!!」

先ほどまではマリアンをトラキアに引き込むためにドラゴンナイトを引かせていたが、トラバントも重傷を負った今は悠長に事は構えない。上空にいたドラゴンナイトは戦闘態勢に入っており、トラバントもまたドラゴンに飛び乗って空へと舞い上がる。

キュアンの必死が始まるのであった。

 

ドラゴンナイトの持つ手槍を全てかわし、降下するドラゴンナイトにカウンターで胸部に入る。ドラゴンはそのまま通過するが、乗り手である騎士はキュアンの槍に貫かれて留まり頭上で絶命する。

夥しい血液が辺りを染めあげると、すぐに砂に吸収されていった。

 

その間隙に負傷を追いながらもトラバントはキュアンに襲いかかる、トラバントの持つ天槍グングニルが地槍ゲイボルグを穿った。

激しい槍の衝突が大気に伝播し、マリアンのいる場にまで広がっていた。

グングニルはキュアンを天に突き上げんとするが、地槍ゲイボルグは大地から離れんと留まらんとする・・・。

その攻防の現れであった。

ドラゴンに乗るトラバントであるが、左手の負傷の不利か優ったのかキュアンは競り勝ちトラバントは大空へ退避する。

 

「トラバント様!!」副官であるマゴーネが警戒の言葉を発する。

マリアンがトラバントの高度を確認すると、負傷した足を使わずに岩場から跳躍してトラバントのドラゴンまで飛び上がったのだ。トラバントは鼻を鳴らすと、振り返り様に鉄の剣の一撃に反攻する。

 

鉄の剣は簡単に砕け、トラバントに返しの蹴りをもらい地上へ落下する。追撃の手槍を投げつけたトラバントだが、寸前で割り込んだシュワルテがマリアンの背に乗せて苦境を払った。

 

「シュワルテ!ありがとう。」感謝して背中を撫でるとシュワルテに括り付けていた鉄の長剣を引き抜いた。

トラバントの高度まで戻ったマリアンは、トラバントと副官のマゴーネを睨む。

 

「それがお前の本来の姿か、足を負傷したがシュワルテに乗ればまだ戦えそうだな・・・、厄介な・・・。」

 

「トラバント様、ここは無理せず撤退すべきでは?

足止めは我らが。」

 

「・・・地上はキュアン、空にはこの女がいる。奴らのどちらかをどうにかしないと被害が大きくなるだろう。

私がキュアンを倒す、お前達はあの女を狙え。」

 

「畏まりました、トラバント様お気をつけて。」各々の標的が決まったマコーネと部下のドラゴンナイト、トラバントはキュアンに急接近する。

ドラゴンを地まで降ろさせ、背中より宿敵のキュアンと相対する。

 

「キュアン、実に惜しいがここで死んでもらうぞ。トラキアにとってお前は邪魔なのでな・・・。」トラバントが槍を構えてキュアンを誘う、だがキュアンは構える事は無くトラバントに憎しみとは違う目を向けていた。

 

「悲しい人だ、・・・槍を数度交えてあなたから伝わってくるものは責務だけだ。」

 

「・・・・・・。」黙るトラバントにキュアンは続ける。

 

「トラキアの為に生きるのであれば、なぜ共生の道を選ばなかった。

戦えば戦う程、憎しみが広がる事になる事くらいあなたなら理解していたはずだ。」

 

「資源もなく、外貨もない我らを受け入れる国などあるというのか?我らを受け入れれば自国の食料が流れ危ぶまれるかもしれないのだぞ。それよりも傭兵として雇い、戦争請負としてその場限りの金を払う方が都合がいいと他国は踏んだんだ。

人を殺すのはトラキア兵、だから自国の兵士は傷つかない。他国に憎まれるのもトラキア軍であり、トラキア国・・・。

そうして長年我らはこの大陸の闇を見続けきた、その闇をお前如きが払えると思うか?

私がこの大陸の闇を吐けば、根底から覆る程の情報もあるのだぞ。」

 

「・・・確かに私一人ではその闇を払えるとは思ってはいない。だが、いつまでもトラキアばかりにその闇を抱え込ませるわけにはいかないはずだ。私たちだけではなく、子の世代の為にも少しづつ歩み寄る事はできないのか?」キュアンはトラバントに心の内を吐くがトラバントは意にも介さない、不敵な笑みを崩さずキュアンを見据える。

 

「もう戻れないさ・・・。俺とともにトラキアが滅ぶか、他国を喰ってトラキアに併合するしか進む道はないのだ。」

 

「竜騎士ダインと槍騎士ノヴァは仲の良い兄妹であったそうだが、ゲイボルグにまつわる話の通り、それ以来は仲違いになったと聞く。

まさか100年経っても未だに争っていると知れば悲しむだろう・・・。」キュアンはゲイボルグを構えて、トラバントを見据える。

 

「なら、お前の系譜を潰してこの争いをなくしてやろう。

おしゃべりはここまでだ!!」トラバントはドラゴンに命じて低く飛び上がるとキュアンに向けて急降下する、片手を潰されているとはいえうまく添えて邪魔にならない程度に左手を使っている。

先程と同じく槍を突き上げたが同じ結果にはならず、旋回しながら第二の攻撃がキュアンを襲う、馬を跳躍させて凌ぐがドラゴンの操作が巧みなトラバントはその巨体の不利を感じさせない。

砂漠で足がとられているとはいえ、すぐさま回り込み攻撃を繰り出す。

キュアンの槍捌きの巧みさは大陸一と誇る腕、トラバントの速度に対応して鋭い刺突を受け流す。

激しい火花を散らせながら精神と体力を削りあっていた。

 

その頭上ではマリアンとマゴーネもまた激しい戦いを繰り広げた、マリアンはいつものように足を使った空中を舞う剣士の戦いは出来ない。

トラキアのドラゴンナイトと同じ土俵での戦闘により苦戦を強いられた、それでもシュワルテの炎でマゴーネ配下のドラゴンナイトを屠って一対一へと持ち込む。

 

「シュワルテめ!」マゴーネの怒りを買ったシュワルテはマリアンへの攻撃をフェイントにシュワルテへ銀の槍を突き立てる。

 

「やめて!!」マリアンがそれを受け止めて、マゴーネの所業に睨みつける。マゴーネは意に介せず、にやりと笑うと力比べになったその瞬間を狙って剣を捌くとマリアンの大腿部へ切りつけた。

 

「はっはっはっ!!シュワルテを助けて自身が傷つくとは、馬鹿な女め!」再びシュワルテにつきたてようとするがマリアンは再びその凶行の刃を必死に受け止める。

マゴーネは蹴りをマリアンの顔面に叩き込み、倒れた所に追い討ちの槍を繰り出すがシュワルテが旋回して距離を取る。そして反撃の炎を浴びせるが、マゴーネの手綱さばきに順応したドラゴンは回避して再び攻勢にでる。

 

「シュワルテ、私をあのドラゴンに乗せて欲しいの?私の足では跳躍はできないけどあなたの力を借りれば飛び移れるかもしれない。お願い!」シュワルテは嘶くとマゴーネのドラゴンより早く高度を取る、マリアンに高さを与えた飛び移る様にしていた。

 

「飛び移ればあなたは距離をとって、私が飛び降りた時はお願いね。」鱗を撫でてシュワルテを労う。

マゴーネも攻勢を緩めない、マリアンを追ってきていた。銀の槍を再びシュワルテに向けており、マリアンの動揺を誘っていた。

 

「くっ!」正面から乗り込めば銀の槍に串刺しにされる、マリアンは飛び出せない。シュワルテは炎を吐いてマゴーネの旋回を誘い、それに乗じてドラゴンの尾の根元に噛み付いたのだ。

 

マゴーネのドラゴンが咆哮をあげる、シュワルテは振りほどかれそうになるが更に爪を突き立てた。

 

「ギャアアア!!」悲鳴をあげながら空中で狂ったように飛び回るマゴーネのドラゴンにシュワルテは必至に食らいつく。マゴーネもまずいとばかりにシュワルテに槍を突き刺して引き離そうとする。

銀の槍はシュワルテの首元に強く刺さり、体液が吹き出す。

 

「シュワルテ!お願い無理しないで、後は私が・・・。」マリアンの懇願とは他所に、シュワルテはそのまま炎を吐く。

マゴーネもろともドラゴンは炎に包まれる、だが逆流するシュワルテの炎は自ら頭部を焼いていた。マゴーネと従うドラゴンは一瞬で炎に包まれ堕ちていく・・・。

マリアンに従うシュワルテは自らの意思で彼女を助け、主人の危難を払ったのであるり




キュアン
デュークナイト LV 28

力 26 + 10
魔力 4
技 24 + 10
速 22
運 17
防 25 + 10
魔防 4

連続

ゲイボルグにまつわる悲しい話
公式では無いので確証はありません。ダインとノヴァは聖戦の後、不幸な戦いが発生し、ダインがノヴァの夫を殺害してしまった事から伝えられたと言われてます。
ゲイボルグを持つ者は愛する人を失ってしまう、と・・・。


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天地

トラバントとキュアンの一騎打ちは互いの神器を象徴するかの如く、天と地を分けた激戦が繰り広げられていた。

天を蹂躙するかのように飛空するトラバントに、大地に根を張るかのようにその場を死守して迎撃するキュアン。全く違う戦術を取る二人は、互いの命を削らんと高度な戦術が展開されていく。

 

トラバントはキュアンの周りを旋回しながら距離を詰めていき、高度も変えながら迫った。速度も不安定で翻弄するが、キュアンはその穂先のみに集中してその突き出しを寸分違わず止めてみせる。

激しく火花が散りその輝きが辺りへ広がる、キュアンはすぐ様ドラゴンからの滑空で距離を取るトラバントに返しの連続攻撃を仕掛けて背中に傷を負わせる。

 

「ぐっ!おのれ!!」トラバントはすぐ様手綱で命を送るとドラゴンとは思えない反転を見せてキュアンの側面に回り込んだ、キュアンの死角に潜り込んだが彼の槍捌きに死角はないというがばかりに槍先が反転しておりトラバントの穂先を再び穿つ・・・。

二人の視線が槍との激突の火花と同じように散らした、二人とも負傷を負っているがその戦意は全く落ちない。仇敵との戦いでますます身体能力が上がっているようにも感じた。

トラバントは一度空中へ流れるとキュアンから迸る闘気に自身が追い込まれるように戦慄する。

 

「キュアンめ、恐ろしいほどの槍捌きだ・・・。」ぎりっと奥歯を噛み締めて睨んだ。

・・・悔しいが認めざるを得なかった、キュアンが哀れんで言った一言がトラバントに棘となって刺さっている。

 

「あなたからは責務しか感じ取れない。」

 

負けられない・・・、それはキュアンも同じだろう、同じ国家を背負う者が持つ責務なのだから。それなのにキュアンは責務だけではないとトラバントに言ったのだ。

一体それ以外に何がある・・・、トラバントの心は揺らいでいた。今になってそれが気になり、会話をやめた自分に後悔が生まれていた。

 

「・・・ふっ!戯言を・・・。」天槍を一振りして思考を吹き飛ばす。

 

「・・・・・・?」キュアンはトラバントの何気ない動作に違和感を覚えながらも集中を解く事なく動きを見据えた。

トラバントの目の色が変わる、先程からも手を抜いているわけではないがチェスで言えば序盤戦のように・・・、相手の手の内を探りつつ攻略を見出す時から中盤戦に入ったような心境。キュアンも今から本格的な相手を刺す攻撃へと変化すると見込み、さらに集中を高める。

 

トラバントのドラゴンが先程のような回り込む事をやめて真正面から滑空してくる。トラバント自身もドラゴンの鎧の部分より首元まで移動しており完全な突撃体勢をとり、対するキュアンは地槍を長く持ち替えて迎撃姿勢をとった。

砂地で足場が悪く、間合いを瞬時に侵略できるトラバントに対してあまりに不利な状況であるがキュアンは負けるとは思っていない。

どんな状況下でも勝機を見出し、苦しみながらシグルドと共に乗り越えたこの二年間の経験はキュアンをさらに一段高く押し上げ、彼の血液に流れるように息づいている。

その彼の経験が頭に語りかけるように勝機を導いていた。

速度があるということは、それだけ反撃が決まった時のダメージは計り知れない。キュアンは自身の槍捌きを信じ、この交差法に全てを賭けていた。

 

二人の距離は見る見るうちになくなり、キュアンとトラバントの槍の間合いが同時となる。キュアンは馬から跳躍してそこより腕を目一杯伸ばしてトラバントへ反撃の一撃を見舞う、その必殺の間合いをトラバントは寸前でかわして見せたのだ。

反撃の一撃を槍ではなく、紙一重で回避・・・。その恐るべき回避は頰をかすめて一筋の傷を付けるのみ、反撃の反撃による天槍の一撃はキュアンの腹部を貫いた。

キュアンはトラバントのドラゴンの上に乗る形となり、空へと舞い上がった。

 

「ぐはっ!まさか、あの反撃を躱すとは・・・。」

 

「キュアン、残念だったな。我がトラキア王家には天槍グングニルと共に伝えらる王の資質があるのだ。」

 

「なに・・・。」

 

「目だよ・・・、人間の動体視力の限界を超えるこの目にかかればカウンターなど恐れることは無い。」

 

「まさか、そのような秘密があるとは・・・。」

 

「死にゆくお前に最後の手向けだ。もし受け継がれた物が天槍グングニルだけだったなら、この度の勝負はお前の勝ちだったかもしれぬ。」

 

「・・・無念だ。とどめをさせ・・・。」

 

「貴様も私に手向けろ、我らに国として責務以外に何がある。お前は責務以外に突き動かす物があるというのか?」

 

「・・・・・・。」キュアンは少し驚き、そして笑う・・・。

 

「答えろ!キュアン!!」

 

「友だよ・・・。」

 

「・・・・・・。」トラバントは呆けたかと思ったがキュアンは表情を崩さない。

 

「お前には、・・・損得なしに窮地になれば助けたい友は、いないのか?掛け替えのない人がいれば、人は強くなれる、優しくなれる、共に歩んでいける、悲しい戦争をなくすように変えていける・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「俺には、シグルドとエルトシャンがいた・・・。あの二人がいれば、戦いをなくしていけるはずだったろうに・・・。時代が我らの夢を砕いてしまった。残念だ・・・、もし・・・。」

 

「だ、黙れ!貴様のような一人では何もできぬ男がいるからこのような事になったのだ!!貴様の甘さが、レンスターを崩壊させたのだ!!・・・悔やめ!呪え!俺を憎め!!」トラバントはキュアンの腹部から槍を抜くと、掴んでキュアンの顔元まで自身の顔を近づけて怒声を放つ・・・。

 

「・・・悔いはない。きっと俺の子供達が、・・・次の世代が過ちを正してくれるだろう。辛い世の中になるだろうが、俺たちの子供はきっと・・・。」

 

「だ、だまれえー!!」キュアンをそのままドラゴンの外へと放り出す。キュアンは落下しながらもトラバントに不敵な笑顔を向けていた、怒りでまだ肩で呼吸するトラバントは生涯キュアンの最期の笑顔を忘れる事はなかったそうだ。

トラバントもまた、戦乱の世に産まれて自身と国家のあり方に矛盾を感じつつ苦しみながら生きた人物・・・。その内に秘める心に心棒を打ち込んだのはキュアンだった。

 

 

 

 

エスリンは、ひたすらにキュアンとマリアンの帰りを待った・・・。

トラバントの本陣を突破し、殿をあのマリアンが受け持ったと知った時キュアンは踵を返した。エスリンも勿論それについていこうとしたが、オイフェにより引き止められて今に至る・・・。

嫌な予感が彼女の胸を締め付ける、どうか二人とも生還するようにと・・・。

1日待ち、もう1日が終わる頃にシュワルテが重傷のマリアンを乗せて戻ってきたのである・・・。

 

 

時を遡る・・・。

「シュワルテ!しっかり!!」墜落はなんとか免れたマリアンは貴重な飲み水を頭から浴びせて冷やしてやる。多少痛みが和らぐのか、喉を鳴らすような音を立ててマリアンを見つめていた。

 

「なんて無茶を・・・。でもあなたは私が死ぬ事を予見してあそこまで頑張ってくれたんだよね・・・。ありがとう、シュワルテ。」ねぎらうマリアンにシュワルテは一鳴きするとマリアンに甘えるように擦り寄ってくる。その火傷で爛れているがそっと撫でながら相棒をねぎらった。

痛む足を引きずりながらキュアンと別れた方向を見守る、キュアンとトラバントの激戦の行方を知らない彼女は祈る他なかった。

墜落にて彼の地とは随分と離れてしまい、シュワルテは重傷を負っているのですぐには駆け付けない。歯痒さを滲ませながら今はシュワルテの回復を待つしかない・・・。

岩場の影にシュワルテを隠して、今は機を伺うがマリアンはその日動くことは出来ず、眠りについた・・・。

 

翌日・・・、まだシュワルテの身体は火傷が酷くて無理は出来ない。

何よりマリアン自身にも身体に変調が起こっていた、高熱である。

水分の補給が出来ず、さらに足の負傷箇所から細菌感染を引き起こしていたのだ・・・。マリアンには充分な装備はなく、手当も碌に出来ていない。徐々にその苦しみに体を蝕まれていく・・・。

 

「はあ、はあ、はあ・・・。」マリアンはとうとう意識を保つこともできなくなり昏睡状態になる。

シュワルテはそこで覚悟を決める、マゴーネにやられた負傷箇所は無理に動かすたびに体液が吹き出し、火傷の跡からも滲ませる。

もう数日待てば傷は塞がり安全に飛び立つ事は出来ただろう、しかし主人であるマリアンは時間と共に死を迎えつつある。

これ以上は保たない、動物の直感で感じたシュワルテは体液が吹き出すことも厭わずマリアンを背に乗せて飛び立った。

何度も翼は浮力を失いながらも必死に飛び立ち、目的の南へと進める。そうして、ようやくレンスター軍の駐留地までたどり着いたのであった。

 

 

「重度の感染症よ!脱水も酷い・・・、よくここまで・・・。」エスリンは回復魔法を掛けつつ程度を調べる、従軍した薬師も呼び魔法と医学の観点から即座に調べられた・・・。

 

「エスリン様、残念ですが足は壊死しております・・・。このままでは毒素が全身に回り、死に至ります。」

 

「では!この子の足はどうなるのです!この場で切れとでもいうのですか!!」エスリンの言葉に薬師は項垂れる。

 

「命を助けるためには・・・。」ただそれだけしか申す事が出来なかった・・・。

 

「エスリン様・・・。」オイフェは純度の高いアルコール持ち、燃え盛る篝火に剣をくべた。

 

「まさかオイフェ・・・、あなたが・・・。」オイフェは熱した剣をアルコールを掛けて消毒処理を行うと、横たわるマリアンの足に狙いをつける。薬師は足にラインを引くと彼女の四肢を押さえつけを指示し、舌を噛まぬように厚い布を噛ませる。

 

「私がマリアンの今後を守ります。」オイフェは決意を持ってその剣を振り上げた。

 

「待って!オイフェ!」エスリンの言葉を受けるが、時間は待ってくれない。彼女の足の毒素は既に回り始めている・・・、これ以上の猶予がない事は明白である。

躊躇いは彼女に痛みをより与えてしまうだけ・・・、オイフェは意を決して彼女の足を切断する。

マリアンは突然の激痛にぐったりしていた目が見開いて声を上げる。

だが四肢は抑えられ、口には厚い布で抑えられているので何一つとして動かせない。

すぐ様、薬師は隙をついて口に薬を入れると再び塞いで効力を待つ・・・。痛みよりも薬の効き目が効き始め、彼女は深い眠りに誘われる。それからの消毒や止血作業へと行った・・・。

 

ようやくマリアンの処置を終えた時には夜明けを迎えつつあった。キュアンが消息を絶って3日目、期限としてはこれ以上滞在はできない。

シュワルテには再度厳しい飛行になるが、致し方のない所までになっていた。

食料の枯渇、怪我人の搬送がこれ以上遅れれば死者が出てしまう事もありエスリンは苦渋の決断をしたのであった。

 

 

3日目の朝、出立するレンスター軍に追撃のトラキア軍が迫る・・・。

数は大した事がないがレンスター軍は満身創痍である、トラキア軍も消耗はしているがドラゴンは健在である以上その脅威は取り払われていない。

 

「あと少しです!残りのランスリッターもこちらにむかっています。あと少し耐えればこちらに数の利がでます!」オイフェが唱えるが指揮官であるキュアンがいないレンスター軍は精彩にかけていた。機動力はさらに衰えており、軍としてのまとまりを欠けていた。

 

そんな中でエスリンは光の剣をかざして、ドラゴンナイトに対抗する。ドラゴンにはシレジアのペガサスのように魔法防御に優れていない、二体のドラゴンが屠られた。

 

「みんな!生きて帰るのよ!!レンスターに帰ればきっとトラキアを打開できます。」エスリンはさらに光の剣に魔力を込めて追撃する。

オイフェもまた前線に攻め上がり、力の限りドラゴンナイトを相手にしていた。

そして、この戦いはレンスターに軍配があがる・・・。

耐え難きを耐え、忍びに忍んだこの一戦にレンスターの残り部隊が到着する。フィンこそこの場には来る事は出来なかったが、残りの精鋭を投入されたレンスターは一気にトラキアの残り部隊を全滅させたのだ。

 

「トラキア軍を退けたぞ!!」勝鬨を挙げた時、彼らの完全勝利を宣言したのであった。

 

キュアン不在のレンスター軍に勝利をもたらしたのはエスリン、それを最後まで支えて進言したオイフェ、そして殿を勤め上げて命をかけてレンスター軍を死守したのはマリアンであった。

キュアンが最後まで守りたいと思った三人がトラキア軍を破ったのだ、彼の意志は決して間違っていなかった事がまず一つ証明されたのである。

 

「さあ、障害はとりのぞかれました。エスリン様、レンスターへの帰還はあと僅かです。」

 

「そうですね、オイフェとマリアンには辛い戦いになってしまいました、帰ったら先ずは体と心を休めなさい。」

 

「でも、私はシグルド様にお会いするまで諦めませんよ。」オイフェの言葉にエスリンはクスリと笑う。

 

「オイフェ、あなたはマリアンを救わねばならないのでしょう。生きる事も目標に入れなさい。」

 

「エスリン様・・・。そうですね、私は生きて戻らねばなりませんね。彼女に失わせてしまった足にかけて、死を簡単に受け入れません。」エスリンは幼少のオイフェとは違った、逞しい彼を嬉しく思うのである。

 

「!?」戦勝でわくレンスター軍を余所に、倒れたトラキア兵に紛れた一人の騎士がエスリンを狙う・・・。

突然立ち上がると最後の力を振り絞って突撃したのだ。

 

「トラキアに栄光あれ!!」

 

「エスリン様!」飛び出した槍の一撃を代わりに受けたオイフェは胸部を貫通する。オイフェもまたとっさに突き立てた剣によりトラキア兵はそのまま絶命した。

 

「オイフェ!しっかり!!」エスリンは回復魔法を行う、心臓は避けているが肺への一撃は致命傷に近かった。じきに肺が血液に満たされると呼吸は止まってしまう。

 

「がふっ!」オイフェは肺に溜まった血液を吐き出すと、息絶え絶えに何かを話そうとする。

 

「オイフェ、喋らないで!きっと助けますから・・・。」エスリンの残りの魔力も少ない、リライブ程度では助けられるものではなかった・・・。

 

「エスリン様・・・、決意した、ばかり、な、なのに、すみ、ま、せん・・・。」コトリと頭の力もなくなり四肢の強張りも失せてしまう。

 

「だ、だめよ!オイフェ!ダメェーー!!」エスリンはその瞬間に激しい魔力を放出させる。・・・それはまるでクロード神父と遜色ないほどのものであるが、その正体は命そのものの力・・・。

自身の命の源を他人に与えて重傷者を癒す物であった・・・、かつてカルトが瀕死の重傷を負った際にラーナ様が行った魔法と同じであり、あの時はラーナは命こそは失わなかったがペガサスナイトとしての力を失った・・・。

エスリンは魔力が枯渇状態であり、この禁断の魔法ではオイフェを救えずに自身の命を無駄遣いになるかもしれない。それでもエスリンはためらう事なく命を捧げていた。

次の世代をここで死なせるわけにはいかない・・・、彼女の想いはキュアンと共にあった。アルテナとリーフの母親であるが彼女に保身の気持ちはなく、今ここでできる事をしなければ自身の子供はおろか全ての次世代が困窮する、そう確信していた。

マリアンとオイフェ・・・、この二人は今の世代から次の世代へ導く大切な存在。失うわけにはいかない!彼女強い気持ちが、祈りが、オイフェをこの世につなぎとめる事に成功したのであった。



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卑劣

非常に遅くなりましてすみません。
去年の西日本を台風を襲って以降、仕事が落ち着きませんでした。
今は増税前の駆け込み需要から人手不足などなど・・・。
次も更新もどうなるかわかりませんが、私は止める事はしません。


キュアンとの再会と永眠にシグルドは小さな葬送式を行った・・・。

この大陸では一般では埋葬を執り行うが、ここは敵地の為それは躊躇い火葬へと切り替えた。

火葬前に彼のひと束の髪を貰い受けると、クロード神父の祈りの中で木棺に、薪と炭などを組み込みに火がかけられた。

夜の砂漠による冷えた風が炎を受けて巻き上がり熱を持つ、シグルドは上空に上がる煙をずっと見続けていた。

 

「シグルド公・・・。」カルトは横に立ち彼にかける言葉を考えたが、何も出てくることはなかった。シグルドはまだ煙のみを見ており、暫く動くことはない。

薪の爆ぜる音と、時折火花を散らしながら巻き上がる上昇気流。参列する仲間のすすり泣きを聴きながら、シグルドはその重い口を開いた。

 

「私は、今になって行軍を躊躇っている。私が進めばさらに大事な人を失う・・・。わかっていた、誓ったつもりだが・・・、こうも続くとな。」炎が投影された瞳をカルトに向けるが、その瞳の光は弱く輝くのみであった。

 

「・・・キュアン王子の死を見て悩み苦しむ事に意味があると思う・・・。そうして自問自答を繰り返した答えが、真実の答えにたどり着くと信じてるよ。」

 

「カルト・・・。」シグルドは少し解れた顔をカルトに向ける、彼も相当長くから苦しみ這い回るかのように出た答えは重みがあることを知っているのだろう。エスリンからカルトの生い立ちを聞いていたからこそ、カルトの言葉に重さを感じた。

シグルドに慰める言葉も、励ましの言葉もなく、彼の心理を肯定したのである。

 

「産みの苦しみ、そうなるように尽くすのみ・・・、か。」シグルド言葉にカルトは頷いた。

 

「俺は、お前の信じる道を信じる。例え後世の人が我らを罵り、嘲笑われたとしても・・・だ。

だからシグルド、悪いが君は最後まで悩み苦しんでくれ・・・、その苦しんで出した答えを信じて皆従軍してくれるだろう。」

カルトの言葉はシグルドを追い詰める事になると知っている。しかし、これは彼にしか出来ない事であることを指し示していた。

義務でも権利でもなく、彼の人柄一つで決死の行軍を可能にしているのだ。シグルドの想いが全てを物語り、作られていくこの軍はもはや統率では言い表せられる物ではなかった。

シグルドの解れた表情が再び引き締まる、カルトの一言に再び思う所があるのかカルトに顔を向けると重苦しい口を開いた。

 

「出立前、カルトの言った真実は間違いはないか?」

 

「・・・ああ、信じたくないがまず間違い無いだろう。多少推察している部分があるが、そう結論付ければ全てが繋がる。」カルトは大きく頷いて肯定した。

 

「ならば、我らは逆賊の汚名を着せて闇に葬られるだろう。戦力も、政治も、私達に勝てる見込みはないぞ。」シグルドの言葉にカルトは大きく頷いた、再び薪が爆ぜて暗闇に一瞬の閃光が瞬く・・・。

 

「勝ち負けなら、我らは既に負けているだろう・・・。だがシグルド、あんたは勝ち負けする為にここまで登って来たのか?違うだろう、私達は運命を切り開く為にここまで来たんだ。・・・それは勝ち負けで決まるものではない。」

 

「・・・運命か、クロード神父を苦しめ続けたその言葉が私にも降りかかるとはな。

彼は信じる道に新たな運命を切り開く道を見出した、残念だが私はまだ見出せてはいない・・・。」シグルドは俯いたが、カルトはその背中を盛大に叩く。その突然の肺への刺激にその場でむせてしまう。

 

「俺は!お前を信じる!!だからお前も俺を信じろ!!」シグルドは驚いたように目を丸くする、対するカルトの笑顔に自然と笑みがこぼれた。

 

「ごほっ!ごほっ!!・・・カルトも随分と崩れたものだな、口が悪いと言っていたがここまでとは・・・。」一通りむせたシグルドだが、一筋の涙をこぼしていた。

 

「お前が俺と友の契りをするからだ、後悔するなら今のうちだぞ。」カルトはそう言って手をひらひらさせながら立ち去るのであった・・・。頰を伝った涙を拭うとシグルドは天を仰ぎみる。天に散った二人の友・・・、そして妹に改めて別れを告げるのであった。

 

 

火は冷えた空気を吸ってさらに大きくなっていく・・・。祈りの参列にクロード神父とエーディンが対応しているが、キュアンの人柄に触れた諸侯たちは静かに一礼していった。

神父は祈りの歌を炎に捧げ続け、エーディンは祈りを行う人と共に所作を行なっていた。ブリキッドは自分が最前につくと妹と共にキュアンの冥福を祈る・・・。

 

「私はキュアン殿とあまり面識はないが、エーディンは世話になったのだろう?」

 

「はい・・・、ヴェルダンに連れ去られた時はシグルド様と共に真っ先に駆けつけてくださった御仁です。シグルド様と共に戦って下さらなかったら私は今頃どうなっていたか・・・。」

 

「そうか・・・。なら私も恩人と言える人だな、私も彼らがいなければ・・・。」

 

「そうです、お姉様。今ここにいる人々がいなければどうなっていたのかわかりません。でも私達はここまで共に生きて来れた。それは一つの喜びでもあります。」エーディンとブリキッドは列から離れて会話を行なっていた、ブリキッドなりにエーディンを励ますつもりであったがそれは不要な物と思いその場を離れようとするがエーディンは姉の服を摘んで阻止をした。

 

「・・・どうした?参列の場に長く離れていては駄目だろう。」諌めるがエーディンの憂いの表情は解かれる事はなかった。しばしの沈黙を破るエーディンの言葉にブリキッドは眉をしかめる・・・。

 

「カルト様を、今でも許す気にはならないのですか?」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「お姉様とカルト様の事は知っております、でも・・・。カルト様のご事情も知っているのでしょう?

お二人の諍いは、あまりに悲しすぎます。」

 

「エーディン・・・。」

 

「私の我が儘です、お聞き入れてくださいませんか?」エーディンの優しくも強い意志の目にブリギッドの方が目線をそらしてしまった。それは彼女の中にも本質を見極めたい、冷静に話をして見たいという気持ちはあった。

 

「私は、心の中ではあいつを許している・・・。だがそれを認めた時、あの時の悔しさをどこにぶつけたらいいのだろうか・・・。あいつの父親か?それともシレジアにか?」

 

「・・・どこにもぶつける必要はありません。義父上にお姉様は幸せに生きていると報告すればきっとお喜びになり、供養になります。」ブリキッドの強く握りしめた右手をそっと包み込むようにエーディンは両の手で握る。エーディンの優しさがブリキッドの怒りを別の方向へと変えていった、ブリキッドの心に暖かい春風が胸を撫でたように心地よく響く。

 

「親父の最期の顔はひどく穏やかだった。あの時親父はきっと誰かを恨むとか、仇をとって欲しいとかは思ってなかったと思っている。・・・聖戦士ウルの血を引き、イチイバルの継承者となったが、その前に私は海賊の掟の中で過ごしてきた。仲間の仇を取る事は当然と教えられてきた・・・、その生き方を簡単に変える事は出来ない。」ブリキッドは俯き、拳を握って口を閉ざす。彼女もまた特異な環境で過ごし、本当の素性がわかった事で苦しめられているのである。貴族としての在り方を根底から覆す境遇で過ごした彼女は、内包する想いがまるで相反するようになっていた。

 

「お姉様・・・、今はカルト様と一緒に戦いましょう。そして全てを終わらせてから、ゆっくり話しましょう。きっとお姉様なら分かり合える筈ですから・・・。」

 

「・・・そうだな、その時は間に入ってくれるか?二人で話したらまた、シレジアの時の様になりそうだ・・・。」ブリキッドの一言にエーディンは笑みを浮かべて頷いた、自分のことの様に嬉しそうに笑う彼女にブリキッドは救われる。ブリキッドは肩を寄せて妹をそっと抱きしめる。

 

「さあ、エーディンもど・・・。」ブリキッドはエーディンの体を引き離したその手に激痛が走る、鮮血がエーディンの法衣を赤く染める。

エーディンは姉の左手の甲に矢が射抜かれていたのを見た、苦悶の表情を浮かべながらその矢を強引に引き抜くとブリキッドは射出された方向を凝視する。デューほどではないが彼女もまた海賊としての技量の中で目が効いた、岩場に人影を確認するとエーディンの前に立ち警戒する。

いつのまにか話し込みながら葬送式より随分離れてしまっており、この騒ぎに気づく様子はない。ブリキッドは唇を噛んで不注意を呪った。

 

「これはこれは、エーディン姉様のとなりにおられるのはブリキッド姉様ではないですか?生きておられたのですね。」フードを落として二人の前に現れたのは二人の弟であるアンドレイである。

 

「貴様!」

 

「姉上達には悪いが死んでもらう、反逆者に加担した姉上達がいればユングヴィの名が地に堕ちる。」

 

「黙れ!貴様こそ父上を殺し、薄汚い謀略の限りを尽くした恥知らずが!!」ブリキッドは護身用の短剣を引き抜いて応戦する、儀礼用の服装では弓を持つことが出来ない、自身をさらに呪ってしまう。

 

「ふふふ、こんな岩場まで離れてくれるとは思わなんだ・・・。砂漠の砂と風はよく音を吸収してくれる、多少騒いでも気付くまい。」アンドレイは不敵な笑みとともに豪華な装飾を施した弓で、鷲の尾が立派な弓矢を番うと

 

「それに、さっきの1射で左手の甲側やられては弓は引き絞れまい。死ね!」強弓が砂漠の乾き冷えた空気を弾くかのような響音がブリギットを襲う。エーディンを庇いながら後ろに退き、頭を即座に低くする為に倒れこみながら距離を取る。第一矢は免れたもののアンドレイ必殺の連続射的にブリギットは、さらにひねりながら退がる。

 

第2的はブリギットの左腕を射抜き、さらに出血が広がる・・・。

苦悶の表情を浮かべてアンドレイを睨み、エーディンを庇いながら距離を取った。

 

「その目だ・・・。父上も、ブリギット姉様も、なぜその目をする!その目は憐みだろう?この後に及んでまだ俺にその目を向けるか!!」アンドレイは苛立ちを二人の姉にぶつける。

 

「・・・わからないのかい?そのままの意味だよ、あんたを哀れとしか思ってないね!」

 

「なんだと!」

 

「自分の猜疑心に駆られて自滅する奴なんて憐みしかないよ!私の影に怯えて父上を謀殺し、次は自分の保身の為に私たちの暗殺・・・。あんたは聖戦士ウルの血を汚す大罪人だ!!」ブリギットの言葉に激昂したアンドレイは再び怒髪天を突くかのように怒りを吹き上げた。

周りが見えなくなった彼にはエーディンの危険を知らせる声は届かない・・・。

彼の頭上に見える銀に輝く一振りの剣が、闇夜を切り裂く一閃となりアンドレイの左腕に降り落ちた。

 

「!ぎゃあああー。腕が、俺の腕が・・・。」肘先に落ちたその剣はアンドレイの腕を切断し、砂漠に突き立てられる。

闇夜から現れたデューはいつになく冷たい目をしてアンドレイに冷笑する、そしてその手に持った剣をブリギットを投げて渡した。

 

「これで不意打ちはおあいこだよ、お互い剣で決着をつけるといいよ。」

 

「・・・お前ってやつは、どう見てもおあいこにはなってないだろう。」ブリギットは左手の甲と左上腕への射的による物に比べればアンドレイの左腕に切断とは桁外れにダメージが違う。

アンドレイは必死にとっさに腰に吊るしたレイピアを使って弓の弦を切り裂いて腕に巻き、止血を急ぐ・・・。かりにこの戦いを生き延びたとしても、あの傷口から化膿して壊死がすすむ可能性もある・・・。

 

「お互い弓も使えないし、獲物は同じなんだから恨みっこなしで・・・。」デューは倒れたエーディンを起こしあげると、アンドレイの治療へ向かおうとする彼女を制止する。

 

「お、おのれ・・・。盗賊崩れのダニが!!」アンドレイは抜きはなったレイピアを振り回しながら突き進む、ブリギットは護身用の自身の剣からデューの渡された剣に持ち替えてその突きを跳ねあげた。

 

「アンドレイ!私達を殺してユングヴィの公爵になりたいのだろう?その程度の腕では私は殺さないよ。」

 

「う、うるさい!この蚊トンボが!!」跳ね上げたレイピアを再度握り直すと、ブリギットの心臓めがけて突き出すがブリギットは傷ついた左手で握りしめて止める。エーディンが小さな悲鳴を上げて顔を背けた。

 

「・・・浅いねえ・・・。父上の覚悟も、エーディンの悲しみも、あたしの怒りとも比べたらあんたの底は浅すぎるんだよ!!」ブリギットの怒りの表情にアンドレイは怯んだ、その表情が大きく歪むほどのブリギットの右の拳が炸裂する。

剣を逆手に持ち柄を握り込んだ右フックにアンドレイは鼻から大量の血を吹き出し口から何本も歯が飛んだ、左頬は内から外から血が滲み出して真面目な素顔を晒す。

 

「立て!アンドレイ!!姉さんがきっちり引導を渡してやる。」逆手に持った剣を順手に持ち直すと顔面を抑えてうずくまる首に振り上げた。

 

「姉様!!」エーディンが声を上げるがブリギットは首を振る。これは以前から話し合っていた事の決定事項、ブリギットは当主としてこの弟に断罪を行わなければならない・・・、そう決めていた。

アンドレイも断首を逃れようと、不意に立ち上がって抵抗を試みるがすぐ様反応したブリギットは体当たりをひらりとかわすと蹴りが左脇腹に突き刺さる。

次は肋骨をおられたアンドレイは再び悶絶して倒れこむ、次はデューがそのまま麻袋を顔から被せて後ろ手に縛ると肩を押さえ込んで首を差し出させた。

 

「やめろ!俺はユングヴィの当主だ!姉上達には譲らんぞ!!」暴れるアンドレイにデューは折れた肋骨の上を拳打する、呼吸もできない程の激痛が走り大人しくなる。

 

「・・・見苦しいぞアンドレイ、お前も軍人なら覚悟を決めるのだな。・・・辞世を述べる時間くらいはやるぞ・・・。」

荒い呼吸を繰り返すアンドレイは、徐々に大人しくなると、ポツリと呟いた。

 

「スコピオ・・・、父の仇をとってくれ。」刹那、ブリギットの刃がアンドレイの首を刎ねた・・・。

エーディンは祈り捧げ、ブリギットはただ無口に血糊のついた剣を一振りする。

彼女はここでようやく手にした剣が、あの風の剣である事を知った。デューが咄嗟に渡しただけのようにも思えるが彼は二刀使い、意図を持って渡したとしか思えない・・・。そっと彼の横顔を見るが、アンドレイの遺体の処理をしていてその表情は読めないでいた。

カルトもまた肉親の恨みを募らせながら振るっていたこの剣に何を思って投げ捨てたのか、今少し理解を示したのであった。



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グランベルへ・・・。

忙しさは変わりませんが、なんとか休憩時間や待ち時間の合間を見つけて書いていってます。
1年のブランクをなんとかしたいです。


長い回廊を早足に進める・・・。

バーハラにてフィノーラ陥落の報を受けたアルヴィスは険しい顔をしており、苛立ちを隠せないでいた。

 

「荒れてますね・・・。」黒いローブをまとった、シルエットからして女性である者が回廊の柱より出てくる。それはまるで闇から這い出てきたかのような参上であるがアルヴィスは全く気にしない。

 

「お前たちはまだ表に出てくるな、目立つ。」

 

「ふふっ。私達と接触していると分かれば、いかにレプトールと言えども力を貸すことはしないでしょうからね。死んだランゴバルドも同じく、ね・・・。」

 

「・・・これだけは言っておく。俺はお前たちの存在は認めるが、決してロプト教団の再建と復活は容認しない。誰も差別のない世界を作り出す為にお前たちの力を借りているだけだ。」

 

「存じております。アルヴィス様のそのお言葉のお陰で私達は生きてこれたのです、これからも私達をお導きください。」

 

「わかればいい。・・・ここ一年姿を見せないと思ったら容姿まで変えて現れるとは・・・、よほど手を焼いているようだな。」

 

「申し訳ありません。カルトが予想以上に強く、思うように計画を運べずにいます。」

 

「ふっ・・・。そうだろうな、俺の魔力に匹敵する男だ。そう簡単にはやられはしないだろう。

奴がヘイムの力を宿していると発覚すれば厄介だ。今は握りつぶしてはいるが露見すれば奴らは官軍となる、先手は打ったが・・・。」

 

「では・・・。」

 

「ああ、先程国中にクルト殿下の娘が見つかった事と婚姻を発表した。奴の噂など出回ったところでさざ波のように潰えるだろうが、元は完全に断たねばならぬ、わかっているな。」

 

「はっ!ヴェルトマーに駐留しているレプトールに出撃を命じます。我らは奴の秘密を握っている身、否応無く応じるでしょう。」

 

「うむ、奴に悟られぬなよ。」

 

「かしこまりました・・・。」再び闇に溶け込む、漆黒のローブを見つめるアルヴィスの目は鋭く、さらに険しくなっていくのである。

 

 

 

 

フィノーラをでて数日、シグルドの軍はさらに南下を始めていた。

フィノーラの街からヴェルトマーまで直線距離としては大した事はないのだが、間にある高い崖に阻まれており南から迂回するしかなかった。

その間には不毛な砂漠が続くのみ。流石のアーダンもフルプレートアーマーは装備出来るはずもなく、輸送部隊に預けて軽装での移動となる。

騎馬部隊もまた馬より降りて歩む、とくに砂地が深いこの地域は敵味方共に騎馬はまともに進軍できない。地殻変動の際は流砂すら発生しかねないとの報告があり、一軍が一夜にして消えたという伝説すらある・・・。

一矢報いる前に自然災害に合うわけにはいかない、急ぐ気持ちを捨ててゆっくりと確実に進んでいった。

 

「ここまで進軍したがグランベルには動きがないな。どう動いてくると読んでいる?」シグルドもまた、直射日光と舞い散る砂埃を避ける為に白い布地で全身を保護していた。フィノーラの町で町長より進軍の方法を聞いたシグルドが全員に支給した物である。

 

「そろそろグランベルとの国境付近の筈だ、そこで待ち伏せして一気に進軍してくるだろう。退路は砂漠、撤退できない挟み込みが完成する。」カルトは再び竹筒より水を一口飲んで補給する、一気に飲まずに少しづつ飲むことが脱水から身を守ると町長からの助言であった。

 

「あとは誰がそこで待ち伏せしているか、だな・・・。ヴェルトマーはアルヴィスが公爵だが、近衛の立場からバーハラにいるだろう。配下の者でもかなりの側近が護っている筈だが、我らを確実に撃破しようとするならロートリッターが出張ってくる・・・。後は国内に残っているレプトールくらいだな。」

 

「・・・レプトール卿か、奴だけは討たねばならぬ男だ・・・。父上とエルトシャンの仇、しっかりと取らせてもらう。」ローブの中にある聖剣の柄を握り、誓うように呟く。

 

「大局を見誤るなよ、奴らの首を取ることが全てではない。俺たちはレプトール、ランゴバルド両公爵の陰謀と、この世界にうごめく教団を世に知らしめる為の戦いだ。・・・そして全てを動かした、アルヴィスの計画を阻止すること。それができなければ意味がない。」

 

「アルヴィス卿、陛下の信頼を受けていた彼が、全ての計画者とは・・・。今だに信じられない。」

 

「・・・アルヴィスは、血が滲む思いでグランベルの為に働き、ようやく陛下の信任まで得たのに、マイラの血の為に抹殺されてしまう事を恐れたんだろう。巷では未だに魔女狩りと称して火炙りにされるくらい、マイラの血の生き残りを抹殺しようと世界が動いている。

・・・奴が誰もが住みよい世界を作ると言っていたのが、それは自身もその中に入っていたのかも知れないな。」

 

「・・・アルヴィス卿の苦しみにつけ込んだロプト教団、・・・許さないぞ。」

 

「そうだな、アルヴィスの目を醒ます為にまずは奴らの本性を引きづり出したい所だ。尻尾を出してくれればいいのだがな。」

 

二人はそこで会話が止まってしまう。まだそれを実証し、具体的な計画が見当たらないからだ。

アルヴィスに真実を伝えようとすれば必ず教団の妨害が入る、そこを押さえることができれば彼も少しはこちらの話を聞いてくれる可能性がある。これではまだ賭けとしても無謀すぎるくらいだ・・・。

なにより、この真実を話す時はどのような場で打ち明けられる事ができるかにもよる。

処刑寸前の申し開きでは話にならない・・・。こちらに優位性を持たせた状態に持ち込むにはどうすればよいのか、結論はカルト自身にあった・・・。

 

「ナーガの書、これをなんとしても手に入れないとな・・・。」カルトの小さな言葉にシグルドは驚嘆する、生唾を飲み込む音が鮮明に聞こえた・・・。

 

「ナーガの書・・・、クルト王子が殺害された時に消えたと聞いているが・・・。」

 

「それは嘘だ、おそらく教団かアルヴィスが都合のいいように言い換えていたんだろう・・・。

国内でも極秘だったんだが、ナーガの書は長くロプトウスの書を封印していて使用できない状態だった。

それが数年前、教団の暗躍と共にその封印が解けた。この意味がわかるか?」

 

「・・・その封を解いたのが教団だからか?」

 

「・・・正確に言えば教団がアルヴィスを唆して封印を解かせたんだ。奴らにヘイムが施した封印は触れる事もできないが、アルヴィスにはファラの聖痕とロプトの血がある。だから解く事が出来たんだ。

」シグルドはカルトから語られる話に背筋が寒く感じる、砂漠の暑さなど吹き飛ぶかのようであった。

 

「そして、ロプトの血故にアルヴィスはナーガの書に触れる事も出来ず驚愕したそうだ。ナーガに忌み嫌われ、世界から抹殺される・・・。彼はその恐ろしさが肌で感じただろう、だから教団にその心の弱さをつけ入られたのさ。」

 

「彼また運命に翻弄されているのか・・・、アルヴィスのためにも終わらせるべきだ。・・・この悲しい運命は私で終わらせる。」ティルフィングの柄を握りしめて呟くシグルドにカルトは満足する。

 

運命の扉は確実にシグルドとカルトを抹殺するだろう・・・。

その限られた時間、運命が決する刹那まで運命の在り方を変える、それが二人の決意であった。

運命に少しでも抗う為には知らなければならない、全ての事象と背景を知らなければ虚無の真実を掴むだけである・・・。

 

「真実は常に一つではない。」

それは錯覚や憶測が飛び交い、一握りの知識では間違った解釈となり、誤認されてしまう。アルヴィスの人生を知れば、善悪だけでは裁けない事情があるのだから・・・。

 

カルトの脳内で考え、出た一言にシグルドは目を丸くする。

 

「忘れてくれ、何となく出てきた言葉だ・・・。」苦笑いをしてその場を濁すカルトだった。

 

暫く、二人は無言となるがシグルドはどうしても話の先が気になり口火を切る。

 

「それで、ナーガの書は今何処に?」

 

「・・・ヴェルトマーだ。封印しているからか、ここまでヴェルトマーに近付いて微かにナーガを感じるようになった・・・。バーハラではアズムール王に場所を感知されるから信頼する部下の多いヴェルトマーに移したのだろうな。」

 

「・・・ヴェルトマーを制圧しないとナーガは手に入らない、制圧すれば本当に謀反人となる・・・。シグルド、その時はどうする?」

カルトの言葉にシグルドはふっ!と笑顔を向ける、その迷いなく笑うその顔にはカルトすら予想外だった。

 

「落とすさ・・・、ここまできて来て躊躇う事などない。

命をかけて信じてくれたエルトシャンやキュアン、エスリンに会わす顔がない。それに私を信じてついて来てくれたみんなにも、だ。」

 

「・・・決まったな、俺が死ぬまでお前は死ぬなよ。」

 

「いや、それは私の台詞だ。」

 

二人の視界の先には大軍・・・、二人は決死を決めるのであった。

 

 

 

 

「そろそろ、前線に戻ってはいかがですか?レプトール卿。」

 

「前線になど転移ですぐに戻れる!いい加減にはぐらかすのはやめろ!」激昂したレプトール卿は、机を叩いて副官であるアイーダ将軍に詰め寄る。

アイーダはレプトールの逆鱗にも全く動揺する事はなくその厳しい目線を正面から受け止める、炎のように燃える視線を冷ややかに・・・。

 

「この戦いが終わればアルヴィス様はレプトール卿に力添えしてアグストリアを制定する、と何度も申しております。」

 

「なぜ今まで放任していたのだ!今更風行きが怪しくなったからワシを都合のいいように使いよって!!

・・・ブルームがアグストリアを幾度となく攻め入っているが一向に攻略できん。」

 

「アグストリアがシレジア、ヴェルダンと同盟で固く結ばれたのは予想外でした。シレジアの鉱石、ヴェルダンの食料、アグストリアの最新軍備が揃えばいかにリッターと言えども攻め落とすのは至難でしょう。・・・ですから時を待て、と言ったアルヴィス様の忠告を聞かずに攻め入るような事をするからですよ。」

 

「アルヴィスの言う通り働いても一向に計画が進んでないじゃないか!俺がアグストリアの王、ドズル家がイザークの王にするといって計画を始めたのはヴェルトマー家なのだぞ。」

 

「ですから、今は我らの命運を握るシアルフィ家に退場してもらう方法を画策しているのではないですか?

あなたにとってもシグルドが生きているのは都合が悪いでしょう?」

アイーダはレプトールの横にまで迫ると追撃の一言を刺す。

 

「それとも、情に任せて麗しき姫君達のお孫さんでも抱きたくなったのですか?」

 

「おのれ!」再び机を拳を突き立てるレプトールだが、次は魔力を帯びており木製の机に電撃が走ると途端に炎が上がる、そしてゆっくりと立ち上がるとアイーダを睨んだ。

 

「いいだろう・・・、お前達が何を企んでいるか知らんが乗ってやる。俺はアグストリアの王になれればグランベルには興味がない。

その約束は違うなよ。」

 

「アルヴィス様に再度ご報告しましょう、シグルドとカルトを亡き者にすればすぐにその悲願達成するでしょう。」アイーダは畏ると敬礼する。

 

「・・・では、行ってくる。後の事は頼んだぞ。」レプトールは転移魔法でその場を後にした。

 

 

「・・・行ったようですね。」部屋のレースより湧き出るフレイヤ、アイーダは再び敬礼する。

 

「はい、・・・後は計画通りに・・・。」

 

「ええ、後の始末をつけましょう。アルヴィス様も望んでおられます。」フレイヤの笑みは歪んでいた、だがアイーダもまた敬愛するアルヴィスの命令には絶対であ疑う事は微塵もない。

 

「アルヴィス様の伝令を聞いてフィノーラの精鋭部隊を下げさせた甲斐があります、ヴァハに命じて集中砲火させましょう。」

 

「ふふふ、あとはシグルド達がどう動いてくるかです。奴らには細心の注意を払いなさい。念のために私の腹心もヴェルトマーに駐留させます、何かあったら彼が水面下に役に立ってくれるでしょう。」

 

「ありがとうございます、では軍備を急がせます。」アイーダはその場を退室する。

アルヴィスに全幅の信頼を置いているが、教団の者達には一定の距離を置いておきたかった。特にあの女は得体が知れない・・・、まるで実態と本体が全く違うものかのような錯覚を覚えて身が震える。手汗をかいており、拭いを懐から出して拭くくらいであった。

畏怖、というよりも純粋な恐怖を感じている。足を止めれば膝が震えてしまうだろう・・・。

 

(アルヴィス様はお優しい方だ・・・、強く振舞っているが時折何かに不安に怯えている顔が見える。そして、何かに憤っておられる。

本当にあのおぞましい教団を導いて正しい方向へ向かえるのだろうか?)

アイーダの不安は日々強くなっていた・・・。アルヴィスを信じるが故に感じる未先への不安がアイーダの葛藤につながっているのだった。

 

 

 

決戦の火蓋が切られたのは、シグルド達が砂漠を越えた瞬間であった。カルトの予想通り、砂漠の踏破した瞬間に間隙もなく攻め込むフリージの軍勢・・・。

重装歩兵で固めたフリージ軍はバーハラからの援軍も期待した布陣であくまで待ち伏せに徹底しており、大きな動きはなくゆっくりとこちらを圧迫するように動き出す。

カルトは既に援軍の可能性も考えており前列には騎馬で固めていた。時間の浪費は無駄な消耗と、フリージの軍に余裕を与える事になる。

こちらはまだ重装歩兵であるアーダン将軍の隊は装備を整えていない、装備の切り替えが早い騎馬部隊が前線に立つ事となった。

 

アゼルのエルファイアーが先制の口火を切る、前線に立つ重装歩兵はその猛る炎に飲み込まれて焼死する。

対抗する雷の魔道士の反撃が始まるが、騎馬はその機動力を生かして左右に分かれて散開する、命中した騎馬がいるがフリージよりも被害はずっと少ないかった。その中でもレックスの斧騎士部隊の破壊力は重装歩兵の鎧を突き破り、傭兵騎団はその経験豊富な技量で役割を果たす。

傭兵達は刃が通りにくい相手でも対処は熟知しており、武器破壊を狙う者から隙間を縫うような攻撃で戦闘不能に追い込んでいった。

 

序盤は有利に動いたが、混戦になるに従いフリージに押し返されていく・・・。敵味方が混ざり合い出すとアゼルの炎は使えず、騎馬の機動力が失うと重装歩兵が有利に進み出したのだ。

前線が再び押し戻され、倒れる騎馬部隊が多くなるに従いクロード神父が治療が遅れ出し、リザーブを始めて使った時に勝負に出た。

 

「私が出る!」シグルドはティルフィングを掲げてアレクとノイッシュの持つシアルフィ騎士団が前線に向かう。

バイロン公がイザークでグリューンリッターを失い、シグルドの持つわずかな騎士の一団がいままでの激戦をくぐり抜けてグリューンリッターの一員になってもおかしくないまでに成長した。正式に聖騎士の勲章を得たアレクとノイッシュは隊長格になれる逸材。

そのシアルフィ騎士団が真価を問われる一戦に身を投じるのだった。




アレク パラディン
LV26
力 20
魔力 5
技 19
速 21
運 14
防 13
魔防 4

追撃 見切り

FEの緑の方担当
見切りは魅力的ですが、子供の能力が・・・。

ノイッシュ パラディン
Lv28
力 23
魔力 4
技 22
速 16
運 11
防 16
魔防 3

突撃 必殺

赤担当の人
攻撃的なスキルをお持ちですがアレク同様成長率が・・・。
個人的に好きな人で、アイラとかブリギットあたりとくっつけたら凄まじく子供が攻撃的になります。


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雷閃

レプトール率いる重装歩兵で固めたフリージの軍は再び窮地に立たされた。前線に投入されたシアルフィ軍はシグルドを先頭として怒涛の反撃にあっている、最後尾に鎮座するレプトールに芳しくない報告が飛び交いだした。

 

ジグルドの駿馬が戦場を駆る!白銀に輝く聖剣の一閃に重装歩兵の鎧が胴切りされ、鎧も中身も上半身と下半身が別れた。

シグルドの突撃に誰一人シアルフィの騎士団も追いつけない、シグルドが切り捨てていき浮き足立つ前線になだれ込むようにシアルフィ軍が続いていった。

 

「止めろー!奴をこれ以上進ませるな!!」パイクに持ち替えてその長いリーチからシグルドを止める作戦に出るが、シグルドはその穂先寸前で騎馬をジャンプさせるとその長いリーチは逆にデメリットとなる。着地するとその前線を無視して突撃をする。

 

「お、追えー!」前線のパイクを持つ重装歩兵は反転しようとするが、シアルフィ軍と共に追い上げてきたアゼルが魔道士隊を置き去りにジグルドのフォローに来ていた。

 

「エルファイアー!!」魔道に共鳴した騎馬を駆るアゼルの機動力はジグルドの軍では大活躍であった、他の魔道士では追いつかない機動力戦でも即座に駆けつける事ができる。

前線のパイクを持った部隊は、シグルドに翻弄されアゼルの魔法で殲滅した。

 

後方では混戦となっているが、体勢を整えたアーダン将軍が徐々に追い上げが始まり彼の部隊を盾に魔道士隊とジャムカのハンター部隊とアゼルの魔道士隊が押し上げ始める。混戦部が徐々にアーダンの部隊が支配していくとフリージ軍の後退が始まっていく。

フリージ軍が固まりだした時、カルトの大技が炸裂した。

 

「オーラ!!」天空から一筋の光が注いだ方思った時、あたりに凄まじい衝撃が走り一帯のフリージ軍が飲み込まれていた。

 

「手前ら!もっと前線を上げろ!カルトを援護だ!!」ベオウルフの号令に傭兵達も勢いづいた、アイラは遊撃としてすでに前線近くまで上っていた。彼女の剣の前では装甲が固い事など関係がないかのように切り裂いた。

 

時間と共にシアルフィの混合部隊は、素晴らしい程の連携をみせレプトールの一枚岩の部隊を追い詰めていった。

その怒涛の進軍の前に殿の部隊は徐々に後退を始めていく・・・。

 

先陣を切るシグルドとシアルフィの聖騎士部隊にアゼル単騎の魔道士、追い上げる傭兵騎団達と徐々に殿から登ってくるアーダン将軍の重装歩兵と魔道士部隊・・・。その豊かな混成部隊はシアルフィの一旗の元、一丸となっていた。

その怒涛のようなシアルフィ軍にレプトール率いるフリージ軍の後退する速度が上がっていく・・・。

 

進撃めまぐるしいシグルドが前線の重装歩兵をなぎ倒し、その先にいるレプトールと視線がぶつかった。

 

「レプトール!覚悟!!」先制の手槍を一閃する、シグルドの手槍は確実にレプトールに放物線を描いて迫った。

レプトールはその手槍を右手をかざすとその瞬間に雷が迸り、手槍を炭化させた。

 

「シグルド!聖地を犯すとは恥を知れ!!」レプトールの怒号にシグルドは聖剣を再び引き抜いて馬を飛ばす、遠距離はレプトールが有利・・・。次の魔法の準備に入ると感じて距離を詰め出した。

 

「エルサンダー!」レプトールは大魔法よりも速攻を優先する、魔法のランクを落としてシグルドに放った。

シグルドは聖剣を前に構えてエルサンダーを斬るかのように振りかざすと、エルサンダーの発光する光の矢は散り散りとなり霧散する。

 

「ば、馬鹿な!儂のエルサンダーを・・・。これがティルフィングの力か・・・。」聖剣ティルフィングを持つ者は圧倒的な魔法防御能力を誇る。その能力は不死身の代名詞、ネールの聖斧スワンチカをも凌駕する。

シグルドはそのままレプトールに単独突進して行く、それを阻むフリージの親衛隊もいるがシグルドの執念が彼らを聖剣が縦横無尽に振りかざして薙ぎ倒す。

それでも数度、エルサンダーが飛ぶがシグルドも騎馬も止まらない・・・。聖剣の加護に守られた人馬はすでに一体となっておりレプトールに肉薄した。

しかしレプトールも先ほどの自身のエルサンダーを霧散させたシグルドの能力を見切り、修正していた。

 

「死ね!シグルド!!」レプトールの雷の最大顕現であるトールハンマーが放たれる。至近距離故に自身にもダメージ覚悟での一撃であり、その衝撃に側付きの騎士達も吹き飛んだ程である。レプトールも吹き飛ばされるがかろうじて足を大地に強く張って転倒はしないものの、数メードルは後退した。

 

神の鉄槌は間違いなくシグルドを直撃し、その紫電の閃光はあたりに放射されて巻き添えを食らった自軍の騎士すらもなぎ倒して黒炭へと変貌する。衝撃で巻き上げられた粉塵にあたりはホワイトアウトするかのように視界を覆ってしまった。

手応えあり!レプトールの確信に大声で笑い声をあげる、それは狂気にも近く近くにいた自軍の騎士達にすら畏怖を与えた。

 

「あーはっはっはっ!まともにくらいおった!!のこのこやってきて無駄死にするとは、父親同様馬鹿な奴よ。」

 

いまだ灰煙漂う中で叫ぶように高笑いするレプトールだが、砂埃の変化にとっさに大楯を掲げる。それは長年の経験からか、挑発する言葉からの反応を知るためかは定かではないがとっさの大楯が命を繋ぎとめた。激しい剣戟が響き、その衝撃でレプトールは再び足を大地に根付かせる。

 

「貴様、まだ生きていたか!」必死に大楯で防ぐレプトールはシグルドを見据える。

たしかにトールハンマーは命中しており、シグルドの体には多数の火傷の裂傷を負っていた・・・。聖剣の加護に守られていたとはいえ聖遺物の力をまともに受けて無傷ですむはずがない、それどころか決まりどころが良ければ即死であってもおかしくない。

それをシグルドは耐え、反撃する気力まで持っていたのである。レプトールに与えたショックも大きかった。

 

「はあ、はあ・・・。聖地を侵しているのはあなたの方だ、私はそれを正すために戻ってきた。覚悟の時だ、レプトール!」ティルフィングの宝玉が緑に淡く輝き出す、シグルドの純然たる願いに呼応するように・・・。

大楯が押され出し、シグルドは左手でその大楯の端を掴むと一気に跳ね除けた。力の向きを急激にいなされたレプトールの体は一気に崩れ、聖剣が貫いた。

 

「レプトール、終わりだ・・・。エルトシャンに許しを乞いに行け。」

 

「ぐうう・・・。まさか儂が、トールハンマーが破れるとは・・・。だがシグルド、まだ終わってはいないぞ!」

体を仰け反って貫かれたティルフィングから抜く事ができたレプトールは自身の傷口に手を当てる。

 

「リライブ!」出血が酷いが場所は致命傷ではなかった、心臓を狙ったシグルドだがレプトールもとっさに体をずらして左手肩に近い場所を貫いたので肺も免れていた。

 

「ちっ!リライブ程度では傷口を塞ぐくらいまでだ・・・、左腕は使えぬな・・・。」地に投げ捨てた大楯をちらりと見ながら回復を急ぐ、対してシグルドは先ほどの一撃が渾身であったのだろう。トールハンマーの受ける前に下馬して退避させてレプトールに突っ込み、今騎馬が主人の元に帰ってきたが乗り込む事も出来ず体を預けて自然回復を待つしかない状態であった。

 

「シグルド、友に会えるのは貴様の方だな。この砂埃がまだ残ってる間に始末してやる。・・・シグルド、恨むなら政治の力のなかった父バイロンを憎むがいい。」レプトールはリライブの回復をそこそこにトドメとばかりに再びトールハンマーの準備に入った。

 

「政治の力、そんな物に頼って人々の上に立ってどうすると言うのだ。我々は聖戦士の末裔、正しい行いで人々を導く事が使命だと父は常々言っておられた。」

 

「だからバイロンは失脚したのだ、その父の教えは役立ったのか?」レプトールの魔法はほぼ完成に近づきつつあった、魔力が膨れ上がりあたりに静電気が放電するかのような音が立ち込め出した。

 

「そのおかげで多くの戦友と巡り会えた。悲しい別れはあったが、彼らの意思を引き継いでここに立っている。

私もまた、ここで倒れようとも戦友たちが私の意思を引き継いでくれるだろう。だから悔いる事など何もない!」

 

「ならば、死ね!シグルド!!」

 

「トールハンマー!」

「エクスカリバー!」

 

神の怒りの顕現と言われる極大の雷は聖剣の名を冠する断罪魔法により切り裂かれてシグルドを中心に二つに割れた。

シグルドは直撃を免れ、その両端にいた運の悪いレプトール軍が被弾する事となる。

 

「リカバー」シグルドの体が強く発光し、またたく間に火傷が癒されていく。それはレプトールのリライブの比ではなかった。

 

「遅くなった、すまない。」

「来てくれると信じていた、カルト。」差し出された手を握ると力強く引き上げるカルト、穏やかな眼差しで微笑するシグルド。

二人はレプトールを見据えて相対する、風はみるみるうちに灰煙を飛ばしていき辺りからも視認できるようになる。

 

レプトールの乱発するトールハンマーで敵味方が焼き爛れていた、いやほとんど自軍の方が被害が多かった。

 

「酷いな・・・。」あたりを見渡したシグルドがその凄惨な光景に息を飲む・・・。

「アゼルにはここに来ないように言ってある。おそらくこちらには被害は少ないだろうが、早く決着をつけたい。

俺のエクスカリバーで先ほどの初撃はなんとかなったが、全力のトールハンマーは切り裂けないだろう。」カルトは先程のトールハンマーは瀕死のシグルドに向けたもので次に放たれるトールハンマーを正面から防げるものではないと見切った。

 

「レプトールを討てるのはシグルドだけだ・・・、援護するから奴を倒してくれ。」

 

「ああ、わかった。」リカバーで体は回復したが疲労はどうしようもない、気力を入れ直して聖剣を握る。

一方のレプトールもリライブを重ねがけを行なって止血が完全となり、未だ左腕に違和感があるものの邪魔にならない程度にまで回復していた。

 

「また邪魔をしに来たか、貴様だけ儂の手で殺したかったところだ!シグルド共々まとめて殺してやる!!」レプトールの怒りにカルトの目は穏やかな顔になる。

 

「お義父上、もうこの戦いは引き返せないのですね。」

 

「・・・黙れ!娘をたぶらかした貴様に言われたくないわ!」意外な言葉にレプトールは激高する、カルトはその怒りの眼差しを真っ直ぐに受け止めていた、その目は悲しみにあふれている。

 

「・・・・・・・・・いえ、これはエスニャからの伝言です。・・・確かに伝えましたよ。」そういうとカルトは再び険しい目を向けて魔力の放出を始める、レプトールも少し狼狽しながらも魔力を集中し始めた。

 

レプトールは二人まとめて倒す必要がある、余力など考えず最大魔力をこめ始めていた。対するカルトは先程の言ったようにエクスカリバーでは押し負けられてしまう、シグルドはどうやってカルトはあの一撃を受け止めるつもりなのだろうか・・・。

今は信じるしかない、シグルドはカルトを信じてレプトールの隙を待っていた。

 

「さあ、最後だ・・・。死ねカルト!」レプトールはすべての魔力をトールハンマーに変換する作業を終えていた。

カルトも魔力を最大限放出し、懐から一振りの杖を取り出した。

 

「トールハンマー!!」紫電の閃光が走った同時にカルトも繰り出した。

「マジックシールド!」杖の先端を大地につきたてると虹色の防御壁が現れた、神の雷はシールドの結界面に当たると激しくあたりに放電する。シールドは瞬く間に亀裂が入るが連続してシールドに魔力を与えて二重、三重と作り出す・・・。

以前、ヴェルトマーでアルヴィスと対峙した時に使った手法である。

破損して使えなくなった秘術であるが、オーガヒルを攻略した最中に偶然見つけた魔法防御の杖。今再び神器に対しての対抗手段として用いたのである。

トールハンマーの破壊力は凄まじい勢いでシールドを破るが、カルトの魔力も負けていない。アルヴィスが加減をしていたとはいえ、ファラフレイムを受けたことのあるカルトはこのシールドに賭ける価値はあった。

 

「ま、まさかトールハンマーを受け止めようと考えるとは・・・。」レプトールも驚きを隠せない、まだ魔力の消費が全て終わっていないとはいえこの瞬間までシールドで耐えていた。歯を食いしばってレプトールはさらに魔力を込めて勝負をかける。

紫電の放電はさらに膨れ上がりあたりは磁界の嵐が吹き荒れた、砂地に含む磁性体が渦を作り吹き荒れる。

カルトのシールドをことごとく破り、最後の薄皮一枚の虹色のシールドで耐えている。

杖に巨大な魔力とシールドの負荷がかかり、アルヴィス戦同様に破損が始まった。カルトもまた一気に魔力を送って破損する前にシールドを強化して、果てた。杖は乾いた音と共に砕け散る・・・。

カルトのシールドは強化され、相殺されるようにレプトールのトールハンマーを削っていった。いや、レプトールの魔力が尽きてトールハンマーの魔力が急激に弱っていっている状況であった。

だが、惰性で残ったトールハンマーの威力が強化されたシールドを破壊して二人を襲うが、前に立っていたカルトは手を広げてシグルドを守り、トールハンマーを一身に受けて吹き飛んだ。

 

シグルドのすぐ横を吹き飛んだ時、シグルドはその一瞬の表情を見た。口にわずかな笑みを作っていたのだ。

シグルドはその瞬間に飛び出していた、カルトが命をかけて作ったこの瞬間を逃すわけにはいかない。レプトールはすべての魔力を使い切ったと思われるが、逃せば次にこんな勝機が訪れない。シグルドはすかさずレプトールに一刀を入れる。

 

「うおおお!」シグルドらしくない、気合いを入れた袈裟斬り。

左肩口から入ったティルフィングは心臓を突き抜けて腰まで深く切り裂き、必殺の一撃と呼べるほどのものであった。

血飛沫が激しく舞い、レプトールは即死したと思ったが・・・。

 

「アルヴィス、一体何を・・・。」レプトールの最期の言葉は絞り出すように残し、首がうなだれて地面に伏した。シグルドは聖剣を胸元に上げて正中の構えを取り、聖剣に語りかける。

 

「エルトシャン、君が力を貸してくれたんだな・・・。ありがとう。」一筋の涙が頬を伝うのであった。

 

「・・・カルト!」シグルドはハッとなり、後方に吹き飛ばされたカルトを目で追う、彼は倒れてはいるが手を上げて無事を伝えていた。

ホッと胸を撫で下ろし、駆け寄っていくのである・・・。



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火炎

遅くなりましてすみませんでした。
ここからまだエピソードの盛り込みがあり、膨大になってしまう為、ここで第七章グランベル編(凱旋)を区切らせたいと思います。


レプトールが倒れた事でフリージ軍は戦意をなくし撤退を始める。

シグルドは追う事はせず、そのままヴェルトマーにもどるフリージ軍を見送りつつ自軍の安否を急いだ。

シアルフィの部隊と中心に傭兵騎団の被害が大きく出ていた。重装歩兵の持つ槍を最前線で受け続け、後方部隊を守った為仕方がないとはいえシグルドは肩を落とした。

 

「フリージの精鋭相手にここまでの被害なら御の字だ・・・、気を落とすな。俺たちの戦いはこれで終わりではないぞ。」カルトは肩を叩いてシグルドを励ます。

それに主力である聖騎士アレクやノイッシュ、アーダン将軍は健在である、彼らの働きがなければフリージの部隊を止める事はできなかっただろう。彼らが機能したからこそ後方の魔道士部隊の攻撃が活きてつながったのだ。

シグルドの心配はそれだけではない、カルトの疲労である。

レプトールの渾身のトールハンマーを受け止め、半減以下に抑えられたとはいえ直撃を受けたのだ。彼はその後助け起こしたが問題ないように取り繕っているが無事であるはずがない。

 

「カルト、とりあえずクロード神父の治療を受けろ。」

 

「治療は自分で済ませてある、問題ない。それよりも次はヴェルトマーを攻略だ、気を引きしめろよ。」

 

「・・・しかし君は無理をするなよ。」

 

「ああ、そうさせてもらう。

・・・シグルド、ヴェルトマーを制圧したらそこを足掛かりにバーハラと交渉する。時間を稼がれるとイザークにいるドズルとフリージのリッターが戻ってきたら俺たちは終わりだ。交渉ができないならすぐ様進軍する、覚悟はできているな?」

 

「ああ、わかっている。」シグルドは頷いてヴェルトマー城を見上げた。ロートリッターも油断出来ない相手であるが、カルトはアルヴィスのいないヴェルトマーには主力はいないと判断している。

ロートリッター全軍がいるならレプトールのフリージ軍が駐留するわけがない、それにアルヴィスにとってレプトールは既に捨て駒にまで成り下がった、そう判断していた。

 

「シグルド、上を見ろ!!」カルトは見上げる上空には先の戦いで味わった天空から落ちる焔、メディアが降り注いだ。

だが、その紅蓮の焔はシアルフィ軍に落ちるものではかった・・・。

目測で測ってもこちらに危険が及ぶものではない。

 

「こ、これは・・・。フリージ軍を狙っているのか?」カルトが言うように撤退を始めて先を進んでいるフリージ軍があの辺りを進んでいるはず、ヴェルトマーは敗走する自国の軍に制裁を加えているのだろうか?

 

「やめるんだ!!」シグルドは一つ叫ぶと馬に鞭を入れようとするが、カルトがその鞭の間に手を入れる。

 

パシィ!!

カルトの腕に当たり、袖から血が滲む・・・。

 

「シグルド、耐えてくれ・・・。頼む!」カルトの袖から滲む鮮血と、口の中を切ったのか口の端からも滲み出していた。

 

「・・・わかった。」シグルドもまた手綱を持つ手から鮮血が滴った。

進軍する先に次々と落ちるメティオの隕石群・・・、シアルフィ軍はその先を進んでいくのであった。

 

 

 

 

「どう?気分は?」部屋に入るティルテュにエスニャは微笑んだ。

第二子を産んでから産後の状態が悪い彼女は床に臥せる事が多く、幼少期によく病で寝込む事が多かったが、その当時のようであった。

 

「ティルテュ姉様、すみません。アーサーだけでも大変なのにアミッドまで面倒を見させて・・・。」

 

「いいのよそんな事、今はゆっくり身体を立て直す時なんだから。」

 

「でも、姉様も妊娠してますし・・・、アミッドは大変でしょう。」

 

「そんな事ないわよ、それにしてもアミッドは凄い子ね。既に基本の魔法も使えるし、光魔法と聖杖も資質を示しているんだって、将来は私達の国を統治する器よ。その時はエスニャもお大尽ね!」

 

「ええ・・・、そうね・・・。」

 

「あら?エスニャは浮かない顔ね、嬉しくないの?」ティルテュの明るい表情を対照的にエスニャは暗くなる、シーツの橋を握って不安感を滲ませた。

 

「アミッドも、この子も、カルト様の様な厳しい運命に翻弄されるのではないかと今から不安で・・・。カルト様のお母様がカルト様の力を封印した気持ちがよくわかるの・・・。」貴族に産まれ落ちた時から平民とは全く違う人生を送る、さらに神々の血筋を持てば財力はあり豊かな生活を送れるが、自由な時間や恋愛など存在しない。

アミッドはその最もたる能力を持つ事になる・・・。ヘイム、セティ、トードの血がどのようにアミッドと二人目の子に宿っているのかわからないが、普通の聖戦士よりも血が作用することは間違いない。

それ故にエスニャは不安を覚えていた。

 

「・・・でも、私たちは愛する人の子を授かりたいもの、仕方がないよ。」

 

「姉様・・・。」

 

「エスニャは考えすぎよ。私達はただ産まれてきた愛しい我が子を私達なりに一生懸命育てればきっといい方向に流れると思う、もしそれでも悪い方向に行くなら・・・。

きっと次の世代の子供達が埋めあっていい方向に流れていくと思う。」ティルテュの素直な言葉にエスニャの不安は幾分か払拭される、難しい事はわかんない。彼女の口癖にエスニャは少し救われたような気分になる、

 

「・・・アゼル達、バーハラに着いたかな?お父様と戦っているんだろうな・・・。今は、それが辛いよ・・・。」ティルテュは少し涙ぐんだ。ティルテュもまた不安が色々と頭をよぎっていた。

 

(カルト様、ご無事を祈ってます。帰ってきてください。)エスニャは静かに祈りを捧げていた。

 

 

 

シアルフィ軍は壊滅したフリージ軍を横目にヴェルトマーに到着する。ヴェルトマーはシグルド達に敵意はなく、一人の女性将軍が門前に数人の部下のみを連れて立っていた。

シグルドは歩みを止めて下馬し将兵を出方を待つ、その将兵はその場だけ片膝を地につけてかしこまり頭を下げる。敵意がない事を知ったシグルドはカルトを伴い、眼前まで歩んだ。

 

「どういう事だ?なぜヴェルトマーが私たちを助ける?」

 

「アルヴィス様はずいぶん前よりレプトール、ランゴバルドが裏で手を引いてクルト王子を殺害した事は知っておいででした。ですが明確な証拠がありません、それに両家は軍事と政治を握っておりましてアルヴィス様お一人では覆す事は難しかった・・・。」

 

「・・・・・・。」カルトは将軍の目を見据えて、ただ黙っていた。シグルドは将軍の言葉を頷くように聞いていた。

 

「フリージ家とドズルの力が弱まった今がチャンスとアルヴィス様は判断し、シグルド様と協力してフリージを討つように命じられたのはつい先ほどです。結果をお聞きすれば横槍を入れるような事に事になり申し訳ありませんでした。」将軍は頭を改めて下げる。

 

「では、アルヴィス卿はクルト王子殺害の嫌疑にシアルフィは関係ないと証明してくれるのだな?」カルトは将軍に問い詰める。

 

「命をかけてクルト王子を守らんとしたバイロン卿を、追い詰めた事を深くお詫びします。

ヴェルトマー家の炎の家紋にかけてこの度の真実を白日の元に晒してシアルフィの無実を公表しましょう。

・・・そしてシグルド様、バーハラにおいで下さい。バーハラを上げてシグルド様の凱旋式を行います。」

 

「・・・わかった、バーハラへ行こう。」シグルドは頷いて了承する。

 

「アイーダ将軍、その前に。

我が軍は先程の戦いで疲弊している。それに重傷者も・・・、彼らをヴェルトマーでに治療する時間をくれ・・・。」

 

「これは失礼しました、すぐ手配させましょう。式典に出席する者のみ明朝バーハラへ足をお運びください。

アルヴィス様が全軍をもってお迎えいたします。」将軍は恭しく一礼をするとシグルド達を招き入れるのであった。

 

 

 

 

アグストリア連合王国、アグスティにてヴェルダン国王のキンボイスとシレジア国王のレヴィン、そしてアグスティの主人であるシャガールが三国会談を行っていた。

3人共険しい顔を崩さない。それは会議の難航を意味しており口火を切ったシャガールもまた苦々しく始めた。

 

「・・・レヴィン王、やはりシアルフィ軍に支援は送らないおつもりですか?」

 

「何故だ!援軍どころか、物資支援もなにもせずにこのままグランベルに行けば奴ら全滅するだけだぜ!」キンボイスは机を叩いて抗議する。レヴィンは腕を組んで頷きキンボイスはさらに激昂する。

 

「俺たちゃ、奴らに恩義がある!今ヴェルダンがここまで豊かになったのはシグルドやカルトがあるからこそ、だ!

ヴェルダンの食料や資材が、アグストリアの軍事物資が、シレジアの金属があるからグランベルに負けない力を持った!それを奴らに提供しない事は恩義を仇で返すようなもんだ!」キンボイスの言葉にシャガールですら頷くくらいであるがレヴィンは頑なに拒否の目を送っていた。

 

「恩義があろうとなかろうと、民を平和に暮らせる為の判断が必要だ。

シグルド達に支援する事は簡単だ、しかしグランベルがこれを口実に戦争を惹き起こせば民に被害が出る。

それに、アグストリアもヴェルダンもまだ戦争の賠償をグランベルにしているのだろ?そんな中で不穏な動きをすればさらに圧力が加わる事になる。・・・今は耐える時だ。」レヴィンの言葉にキンボイスは冷静ではいられない、レヴィン胸ぐらを掴み食い下がる。

 

「ふざけるなよ・・・。お前とカルトは盟友なんだろ?友が苦しんでいる時に助けない奴が国を語るな!為政者とはお前の事をいうんだ。」キンボイスの叫びにレヴィンは眉一つ動かさない、シャガールもまた机の上で腕を組んで二人の意見を聞き入っていた。

 

キンボイスに掴まれた腕を握り返して睨む、それは怒りによる訴えではなく悲しみを湛えた目であった。勇猛なキンボイスも力を緩めて再び着席する。

しばらくの冷却期間を得た3人は、各々の思考が固まり論議を始める。

 

「キンボイス王の気持ちはよくわかる、俺もこんな会議をするよりもヴェルダンに渡って、グランベルを突っ切ってでもカルト達に助力したい。

これは口止めされていたが、この会議も、俺の言動もカルトの指示だ・・・。お前達と議題をするふりをして足止めさせるのがカルトの願いだ、その意味わかるな?」

 

「な、なんだと・・・。」シャガールですらその言葉に驚く、キンボイスは再び立ち上がって机を叩いていた。レヴィンは冷静に言葉を続ける。

 

「カルトとシグルドは、事情があるにしろ他国に攻め入りその国に混乱をもたらした事を悔やんでいる・・・。あいつらなりに、自分達が残していった国が少しでも豊かになるように尽力してこの三国の同盟が成った。それを自分達の危機でその手を汚してはならないと、・・・あのバカヤローが言うんだ。

俺は無力だ、シレジアの国王になっても友一人救えない。なのに奴等は後の事ばかり考えて突き進みやがる・・・。

・・・無能な俺ができるのは、奴の言葉を信じて待つだけだ。」

 

「・・・・・・。」レヴィンの言葉に二人は言葉を失った。

カルト自身がレヴィンを使ってまでアグストリアとヴェルダンの二国を止めたのだ、そこに割って強行する事はキンボイスですら出来なかった。

 

「願うしかないな・・・、彼らの帰還を・・・。」シャガール王はうなだれた、レヴィンと同じ気持ちになり彼の立場を理解したのだろう。首は上がる事なく、無力をひしひしと感じていた。

 

「くそが!あいつらばかりカッコつけやがって!!・・・カルトよう、俺はお前に恩返しもできないのか!!」キンボイスは天井を見上げて男泣きを惜しげもなく晒していた。

 

「帰ってきたら、浴びる程酒を飲ませてやれ・・・。それが恩返しだ。」レヴィンはそう伝えると再び無言となった、もう言葉で伝える事はなくこの会議は終始声をあげるものはいなかった・・・。

 

 

 

翌日、シグルドはヴェルトマーを出発する。

結局は重傷者もほとんどクロード司祭により動ける様になり、搬送用の馬車に乗せてバーハラに向かう。

ヴェルトマーの騎士たちは儀仗礼式の姿に変えてシアルフィ軍を見送った、ヴェルトマー城の最上部にはシアルフィ家の象徴とする旗が掲げられ凱旋式は始まりを告げていた。

シグルドはその先頭をゆっくりと馬を歩ませていき、その後をシアルフィの騎士団から順番に続いていく・・・。

 

ヴェルトマーの最上段、シアルフィとヴェルトマーの旗を掲げた塔にいるアイーダは行進が始まりを見届けているが、その笑みはひどく歪んでいた。

 

「始まったか・・・。アルヴィス様の計画のため、シアルフィには犠牲になってもらう。」となりにいるヴァハも今から始まる惨劇に期待を膨らませているようで同じように歪んだ笑いを浮かべていた。

 

「ところでヴァハ、カルトもシグルドについてバーハラに向かったのだな?」

 

「は、間違いありません。シグルドの横について馬を歩ませていると報告がありました。」

 

「それは一安心だ。シグルドはともかく、カルトは侮れないとアルヴィス様から用心深く念押しされていた。

・・・バーハラに向かったのなら問題ない。」

 

「アイーダ様、なぜそこまでカルトに神経を尖らせているのですか?あのような者、小細工がなければ我らのメティオがあれば焼き尽くせます!」先日のフィノーラの敗戦を引き立っているヴァハは、食い下がった。

 

「奴を過小評価するな。アルヴィス様があれ程までに神経を使っている男、只者ではないはず。それにここには・・・。」

 

「・・・アイーダ様?」ヴァハは突然言葉を止めたアイーダに投げかけるも応答しない・・・。その思い詰めた顔を見つめること数秒、我にかえったアイーダははっとヴァハに顔を向ける。

 

「なんでもない、・・・ヴァハ!お前はバーハラに行け!アルヴィス様のロートリッターに就くのだ!」

 

「か、畏まりました。では!」敬礼すると彼女はそそくさとその場を後にするのであった。

 

「・・・アルヴィス様、なぜ私にこんな大役を・・・。」左手に握る鍵をぎゅっと握りしめて祈るように天を見上げるのであった。




次章より八章運命の扉 で始めます。
ゲームにもあるタイトルですが、こちらは捻る事なく使わせていただきます。
初プレイで、バーハラの悲劇を見た時の喉の渇きは未だに忘れられません・・・。あの時からこの小説の源泉ともなるような物を紙に書いていたような気がします。


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八章 運命の扉
秘宝


シアルフィ軍の凱旋に揺れている最中、デューはヴェルトマーに留まっていた・・・。凱旋式でヴェルトマーの全軍は儀仗兵として送り出ししていること時は城が手薄になる、この機を狙って城へ侵入したのである。

城内部を熟知しているアゼルから大体の情報を得ていたデューは、警備兵の宿舎から屋根伝いに本城なら侵入するルートを選び、中庭へ侵入することが出来た。

辺りには非戦闘員の行き来があったが、切れ目を狙うと屋根から飛び降りて庭の手入れされた木々の死角に飛び込んだ。

 

(ふー!いくら手薄とはいえ、警備が行き届いてるなあ。)

担いだ袋に降下した時の天蚕糸などをしまいこんであたりを警戒した。

 

(しかし、あの人もとんでも無い事をおいらに頼むなあ・・・、アゼルさんもそれに乗るなんて・・・。)

心の中で文句を言いながら次の侵入路を確認する。狙いはアルヴィスの私室、そこに入って疑わしき品々を持ち帰る事となっているがデューにとってどれが疑わしいかわからない。

その時は持てるだけ根こそぎ持ち帰ってほしいと頼まれた時は断りたかった。しかしアゼルまで懇願するので渋々了承したのだが、デューのやる気は低かった・・・。

 

(しかし、これって見つかったら即殺されそう・・・。)

デューはブルッと身を震わせる。やる気はないがリスクは高い、手抜きなどする気はないが今一度気を貼り直すのであった。

 

中庭から公族の居住する最上階に上がる階段は一つのみ、流石に手薄になっているヴェルトマーとは言ってもここの警備は緩まない。

階段はおろか一つ下のフロアには歩哨もいる上に巡回の間隔も短い、デューは回廊からの侵入を諦めて再び外壁からの侵入を試みた。

 

再び天蚕糸を風に乗せて城壁に絡ませると、巧みに凹凸を掴んでは次の天蚕糸を使って上の階を目指していく・・・。

眼下に見えるのは儀仗兵の敬礼し、シアルフィ軍がその間を悠然と進軍する姿・・・。最後尾辺りがまもなく出立するだろう。

 

まずい、彼らが出てしまいしばらくすれば本城に戻ってくる・・・。

それまでに最上階に侵入しないと監視が通常に戻ってしまう、今でも誰かが上を見上げたら即警戒になりそうな状況にデューは再び身を震わせる。

 

デューは数度の天蚕糸捌きでようやく最上階のバルコニーの一角に絡み止め這い上がった、すぐさま中の部屋の様子を確認し人の有無の確かめる。

 

(いる・・・。)

何には身分の高い者が2名。親子だろうか、婦人とその息子らしき者が談笑していた。

バルコニーから外壁の周りを探るが、ここから再び別の部屋からの侵入はできないわけではないが時間がかかる。隙を見てこの部屋から侵入するしかない・・・。デューはアゼルに書かせた大まかな城の間取りと、太陽の位置から推測してアルヴィスの私室を確認する。

ここから決して遠くはない、この部屋を隠密に制圧してアルヴィスの部屋に入る。デューは決行の時を伺った。

 

 

「母上、今日は城の外で何をやってるのですか?」

 

「あなたは何も知らなくていいのよ、この城の兵隊さんに任せておけば大丈夫だからね。」

 

「はい!僕も大きくなったらロートリッターの一員になれるように頑張ります。」

 

たわいのない会話をしている親子である。デューはバルコニーから天井裏に侵入し二人の真上まで忍び寄り、そっと針でねじ込むように小さな穴を開け、そこから1センチくらいの大きさまで広げる。できるだけ穴をあける際の切り粉が出ないようにゆっくり、そして段階的に広げては止めてを繰り返す。時間をかけてようやく開けた穴から再び天蚕糸を取り出してティーカップへ垂らし、懐に忍ばせていた小瓶の封を開けて天蚕糸に伝せる・・・。

二人の視線がテーブル上にないタイミングを狙ってゆっくりと瓶の内容物をティーカップに入れる事に成功し、時を待つ・・・。

 

 

10分程経過した時、下の会話が途切れて暫くした頃・・・。下の様子を確認し二人がテーブルに突っ伏して寝ている姿を見るなり天井口を開けて床に飛び降りる。瞬間に天井口を閉じ床に着地も音を立てない盗賊の技、デューの技量の高さに驚く・・・。

さらに親子にそれぞれ毛布を肩あたりから被せる事も、第三者が不審と思わさない為の演出である。

 

部屋から廊下への辺りを警戒しつつ飛び出す、警備兵にすぐさま遭遇するもジャンプして天井に張り付いて気配を殺す。ここでも全ての動作が無音である・・・。

 

アルヴィスの私室に到着するなりすぐさま鍵開けに入る。ここの警備は特に間隔短いとアゼルから言われている、流石のデューも緊張の汗が流れ落ちる・・・。

 

(複雑だ・・・。)

 

シレジアで、アグストリアで魅せたデューの鍵開けスキルを持っても前述二ヶ所とはまるで感触が違う・・・。

はじめの数秒で鍵の技法と形式を割り出し、最短での解除を可能とするデューでも形式を割り出したが技法の違いに違和感を感じた。

焦りが汗となって伝う・・・、いままでの知識を総動員してこの技法の解明を急いだ。

 

鍵師の腕は盗賊に破られない技法、盗賊はその技法を上回る解除技術。相反する両者の存在はお互いを高め合っているのである。

 

デューはさらに一本針金を差し入れてようやく理解する。

通常の鍵はノブを回す、押すの動作に技法を用いてロックするが、これにはノブの動作にも仕掛けがある!デューがそれに気づいた時、かすかな足音がデューの三半規管に届いた。

デューは急ぐ、ノブを触り鍵穴からの反応を探りながら手応えを頼りに可能性を潰していった。足音はもうそこまで、間に合わないと感じたデューは風の剣を一閃する。

突風が廊下を突き抜けて足音のする警備たちのけたたましい声が響く。

 

「な、なんだ!この突風は!」

「だれか窓を開けたな!」

「散れ、窓を探すんだ!」

 

このやりとりで刹那の時間を得たデューは解除に成功し、内部に足を踏み入れた。

 

 

(すごい!ここにあるの全部お宝だよ!なにを取ってきたらいいんだ?)デューは特製の油をカバンから取り出すと細い麻縄を垂らして火をつける、小さな火が熾り辺りを臙脂色に照らす。

 

異国の家具、古美術クラスの家財が散りばめられ、クローゼットには多様な儀礼服から訓練服まで多様にあった。

まさに、休息用から会談用、公務用としての目的を達成できる私室である。

 

(目的を忘れそうだった・・・。)

 

私室内は三つの区画に区切られていて、公務用と思われる執務室と資料としての書斎が一体となった部屋があった。その部屋に入り、デューは部屋を物色する。

 

デューの物色から数分でこの部屋の違和感、間取りに対してこの執務室と私室の間に小さな空間の存在に気づく。

書斎の本棚の奥には小さな部屋がある、移動式のレールがついた本棚をゆっくり動かして奥を見てもその部屋は出てこない。

壁を叩き、反響を確かめても、たしかにこの奥には空間がある。

 

デューは丹念に調べていくと、仕掛けはレールにあった。

本棚を両側に追いやった後戻ってこないように足で操作する杭があるのだが、その杭を手で外すと鍵のような形状をしている。壁を探ると小さな穴を見つけ、差し込むと壁は少し奥へ開いた、その杭をノブにして扉のように開けていくと秘密の部屋は姿を表すのであった。

 

そこには小さなテーブルに一つの箱があった、箱には何も仕掛けはないのに開ける事は出来ない・・・。

デューはこの不思議な箱が、あの人が言っていた秘宝と感じたデューは即座に脱出を図る。

廊下へ戻ろうとした時、おぞましい雰囲気を感じた。廊下に通じるノブを手にした時、背後から邪悪な気配を感じてノブから手を離し振り返る。

 

「小僧、いい勘であったぞ・・・。ドアを開けていたら腕が溶け落ちていただろう。」低く、温かみなど一切ない無慈悲な声がデューの心を捉える。とっさに風の剣を抜き放ち、声の主を睨む。

 

「今、ここの空間は儂の闇魔法で覆わせてもらった。儂を殺さぬ限り出る事は出来ぬ・・・。」デューはちらりとノブを見る、たしかに黒い霧がこの部屋全体を覆っており触れるのは危険と感じた。

 

「痛みで叫んでもいいぞ、今この空間は閉鎖された・・・。音も漏れ出る事はない。小僧には依頼主をはいてもらわなければならぬからな。」暗闇からようやく視認できる距離になった時、その姿に見覚えはあった。

ダーマ南の砦でカルト、ホリンと共に死闘を演じたあの闇の魔道士と同じローブと冠をつけていた。奥に潜む顔はうかがえないが、ほかの闇魔道士と格が違う事はよくわかる。

 

(まずい・・・、このままでは殺される。)

デューの経験と知識が自身の死を覚悟する。

高位の闇の魔法を使う魔道士はまともな攻撃では倒れない。時間が経てば自然と回復する上に、魔法の威力は自然現象を引き起こす魔法と違って肉体と精神を蝕むような物が多い。例え倒しても、その後ヴェルトマー城の者に捕らえられてしまうだろう。

 

「く、来るな・・・。焼くよ。」デューは手元にある小瓶の照明を箱に近づける。瞬間的に奴らもこの箱を持ち出すことに警戒してるはず、交渉を用いようとした。

 

「くはははは・・・。それは封印を施されている、燃やすくらいで破壊できるものではない。」

 

「くっ、やるしかないか。」風の剣を持ち、デューは決意する。

 

「そうだ、もっと絶望しろ。その絶望が儂らに血肉をもたらす。」魔道士から瘴気を放つが如く、闇の魔力が吹き出していく・・・。

 

『デュー、ご苦労様です。ここであなたを死なせてはカルトに怒られてしまいます。』

デューの脳に直接働きかける声に依頼主と悟る。

 

「神父様!」デューは救いの声を上げた。

その瞬間、デューの眼前に魔法陣が出来上がりクロードが現れる。

このような絶望的な状況にも関わらずクロードの顔は穏やかで、デューの頭をそっと撫でると笑みで返した。

 

「よくたどり着きましたね、私では到底無理でした。

・・・ここからは私に任せて下さい。」クロードは聖杖を床を叩くと魔道士に向き合った。

 

「エッダのクロードが・・・。黙って祈りだけを捧げていればいいものを、儂の結界をくぐり抜けてここまでくるとはな・・・。」

 

「ええ、彼にあらかじめ宝具を忍ばせておきました。結界が張られようとも内部にあれば私の魔法で転移できます。」

 

「おいら、そんなのもらったっけ?」クロードはデューの尻尾髪に手をやると括っているゴムに手をやった。

 

「これが宝具?」

 

「そんな所です。」クロードは悪戯っぽく笑うと魔力の放出を始める。

 

「聖杖しか使えぬお前が、儂を倒せると思ってか。」ヨツムンガンドを完成させると闇の瘴気が吹き出し、クロードを襲う。

クロードは聖杖一閃させると、瘴気は霧散し無へと帰っていく。

 

「おっしゃる通り私は攻撃魔法はありません、ですが私には私なりの戦い方があります。それを見せましょう。」クロードは聖杖を振りかざすと目の前に虹色の霧が輝き出す、クロードの小さな詠唱が繰り返すたびに霧の濃さは増していき、輝きも目が眩むほどになる。

 

「混乱、睡眠、沈黙魔法を併せた合成魔法です。これに屈服した者は完全に無力化し、精神を封印します。

・・・貴方達がこれをもらうとどうなるか、お分かりですね?」

 

「き、貴様!儂の秘密をしっているのか!!」魔道士は後ずさる、先程までの威勢は吹き飛んで狼狽していた。

 

「随分と時間がかかりましたが、カルトが得た情報と合わせましてようやくあなた達の正体がわかってきました。対策方法も、ね。」クロードは杖をかざすと虹色の霧は一気に魔道士へ迫る。

その魔力に対抗するが、クロードの魔力はカルト以上そうそう抑え込むことなど出来ない。魔道士は苦痛に呻き、その場で崩れる。

 

「こ、こんな事が!こんな所で・・・。」必死に魔力に対抗するがクロードの手は緩まない、リザーブを十数回を超えてもまだ枯渇しない魔力量と魔力の質が他の追随を許さない。耐えることなど誰にもできないだろう・・・。

 

「戦いは好みません、ですが運命を切り開く戦いを避ける訳にはいきません。マーニャの想いを背負って杖を持ち、私は戦う事を選んだ。この世界の運命の為にも、退くわけにはいきません。」クロードは更に魔力を増幅させる。

 

「や、やめろ!」闇の魔道士は悶絶し、伸ばした皺だらけの手はついに床に力なく落ちた・・・。

 

「し、死んじゃったの?」

 

「いえ、この肉体の中で魂を封印しただけです。」

 

「???」

 

「ふふっ、デューには知らなくていい事ですよ。お忘れなさい。」クロードはにこやかに言った途端、苦悶の表情を浮かべる。

クロードの腹部に皺だらけの腕がはえていた、後ろを見ると先程と同じフードを被った男がいた。

 

「ごほっ!な、なぜ・・・。」吐血とともに吐き出す、闇魔道士はフードの奥から見える口は凶悪に歪んでいた。

 

「残念だったな、あらかじめ別の入れ物をもう一つ用意していたのだよ。儂を倒した時に、この封印の空間が解けなかったのを見逃したのがお前の運の尽きよ・・・。」

 

「な、なるほど・・・。私の不注意と、言ったところか・・・。ならば、次の手を打とう!」クロードの瞳が力を持ち魔力を増大させる、闇魔道士は腕を抜こうとするが抜けない。

 

「ぬ、抜けん!貴様、何を企む!!」

 

「デュー、今から大魔法を使います。その瞬間にこれを使いなさい。」クロードはデューに手渡したのはリターンリング、そしてデューの持つ箱にそっと触れ、魔力を施す。

 

「・・・神父様。」デューは悲愴な顔を見せてクロードの心配をするが、全く気にすることもなく笑顔を見せる。

腹部を貫かれてながら、闇魔道士が必死にもがいているなか、クロードはその場を全く動く様子もなく魔力の放出を続けていた。

 

「何も心配いりません、デューはその箱をカルトの元に持って行きなさい。・・・それがあなたの使命なのでしょう。」

 

「!・・・・・・。」

 

「あなたが何者なのか、知る由も無いですが、感謝致します。・・・今まで私たちを導いてくれたことに、・・・人は神に愛されていた。

・・・私はそれを知れただけで充分です。」クロードは一粒の涙をこぼし、最期の魔法を唱える。

 

「や、やめ・・・。」叫ぶ事も許さずクロードの最期の慈悲が闇魔道士を包んだ。

 

鮮烈な閃光が迸る・・・。

 

闇の結界は瞬間に蒸発するかのように消え失せる。

その途端部屋は大きな閃光と振動がヴェルトマー全体に行き渡り、城内が騒然とした。

アイーダ将軍はクロード達が戦っていた時からアルヴィスの私室を開けようとしていたがビクともせず、内部にその音すら聞こえてこなかった。その閃光と地響きで転倒するが、起き上がり再びドアを手にした時にはすんなりと開いたのだ。

そっと内部を見渡すが、人影はなく争った形跡もなく、いつもの部屋であった。飲みかけのワイングラスも机の上にあり、変わっていない・・・。

ただ一つ、秘密の部屋の箱だけはデューにより持ち去られていた。

 

 

ヴェルトマーの郊外でクロードの冥福を祈る、その顔はいつものデューではなかった・・・。



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祈祷

「ここは・・・。」クロードの意識が明白になった時、一つの館の中にいた。

真っ白な壁が続く回廊に、失われた聖遺物であるバルキリーの杖を持ち気付けば持って立っていたのだ。

クロードはとりあえず歩いてみる、そこには数々の絵画が描かれていた。

 

「これは、聖戦の時の絵でしょうか・・・。」一つ一つの絵画を眺めていた。

聖戦士たちの肖像画、ダーマの奇跡を描いた絵、クロードは興味深く眺めていた。順番にその絵を見ていくうちに自分たちの姿も描かれており、マーニャの蘇生に成功した一幕もその中にあった。

 

「しかし、ここは一体・・・。あっ!君は?」クロードはいつからそこにいたのか、柱に佇む少年を見つけ声をかけた。

少年は何も語らず、付いてきてとばかりに歩き出す。

 

「あっ!君?」クロードもバタバタとそれに続いた。

少年は無言で歩く、時折なにかを探すように立ち止まり首をキョロキョロと何かを探すような仕草をしながらゆっくり歩いて行った。

 

「しかし、見事な絵画ですね。ここは有名な画匠のアトリエですか?」

 

「・・・・・・・・・。」少年は無言で歩くがクロードは何故か不思議に思わず語りかけた。

 

「そういえば、最近こうしてゆっくり絵を見る事がなかったですね。・・・エッダやバーハラに飾ってる絵はよく見てましたが、これほど立派な絵を見るのは久々です。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「君はここで管理をしているのかい?それとも画匠があなたですか?」

 

少年は立ち止まり、ふるふると顔を振る。

赤髪のあどけない少年はふわりと浮かび上がると奥にあるシーツに覆われた一画の前まで向かった。

 

「それを、私に見せたいのですか?」

 

少年は一つ頷いて、シーツを解き放った。

クロードは陽光も一緒に入ったので眩しくてよく見えない、目が慣れてきた頃にその絵をまじまじと見つめる。

 

痩せた大地に伏せる少年を慈しみ、少女が上体を起こし癒しを施す姿・・・。手にはバルキリーの杖、眩い光が灯火の消えた少年を優しく照らしていた。

クロードはその絵を直感に感じ、涙をする。

 

私が抗い、戦った運命は決して間違ってなかった・・・。

神父という立場を使って自分の殻にこもり、諦めて祈るばかりの私にマーニャが啓示を与えてくれた。

カルトが抗う事を教えてくれた。

シグルドが進む勇気を授けてくれた。

 

きっと、私の運命は変わっている・・・。

人はまだ神に愛されている・・・。

これから世界は私が見た運命とは違う歩みをしてくれるだろう・・・。

もう悔いはない・・・、あとは若い世代達に祈りを捧げ続けよう。

 

クロードは赤髪の少年にバルキリーの杖を渡すと静かに瞼を閉じ、祈りを捧げるのであった。

 

 

 

 

「クロード様・・・。」日課のようにシレジア城の最上階バルコニーで祈りを捧げるのが習慣になったマーニャ・・・。

初めて出会った時は、セイレーンのバルコニーだった事を思い出す。

ファルコンをバルコニーにつけた時、いつも祈りを捧げていた。

祈りを捧げていたがマーニャには懺悔しているようにしか思えなかった。自身の不甲斐なさを悔やみ、諦めてまた悔やむを繰り返していた。

その悲痛な祈りにマーニャは声をかけるようになった。私と話をしている時だけは穏やかで、ゆっくりと説明するクロードの懐の大きさに惹かれていった。

マーニャは雪が舞い、風の強く吹き荒れる中でもクロードに、ここで祈りを捧げていた。

 

「お姉様!身重の身で体に触ります。」急いでやってくる妹のフュリーが心配するほどである。

 

「・・・フュリー、いつもごめんなさい。」ゆっくり立ち上がると、儚くも悲しい笑みを返す、フュリーはその笑顔に胸が張り裂けそうになる。

 

「お姉様にもしもの事があったらクロード様がなにより心配されます。今は大事な時期、お身体を大事にして下さい。」冷えた体を慮って持ってきたコートをかける。

 

「わかるの・・・。あの人は天に昇られたわ、今日くらいはたくさんお祈りしたくて・・・。」

 

「そんな・・・、どうして・・・。」フュリーは言葉を失い、姉を励まそうとするが、生半可な言葉では癒すことはできないと感じて絶句する。

 

「何故かわかるの・・・、あの人は穏やかに昇っていった。私に・・・、別れを告げて・・・。」涙がとめどなく溢れ出す、でもマーニャの顔は穏やかで悲しげであった。

 

「きっとあの人は運命と戦い続けたと思う・・・、だから私はあの人に殉じて祈りを捧げたいの。」マーニャは再び祈りを捧げる。

フュリーはその気持ちを汲み取り隣で一緒に祈りを捧げた、シレジアの冬はまだ始まったばかり・・・、まだその厳しさは達していないがブルッとフュリーは体を震わせるのであった・・・。

 

 

 

勇ましい儀仗兵と儀礼服に包まれたロートリッター達の間を進む。ヴェルトマーの中間地点あたりからバーハラに滞在する軍はすべて儀仗兵と儀礼服に身を包み、まさに全軍がシアルフィ凱旋の為に召集をかけられていた。

 

シグルドはその間を先頭に悠然と馬を歩ませ、隣にはカルトが隣接して馬を歩ませていた。

従者として両馬を引くのはクブリ、その背後にはシアルフィの正規軍が続き、レックスの斧騎士隊、ミデェールの弓騎士隊、アゼルの魔道士隊と続き、各地で仲間となった部隊が続いた・・・。

基本的にはグランベル国所属の部隊を先頭としての隊列形態である。

 

「シグルド・・・、感極まるとは思うが油断するな・・・。

クロード神父はこの運命は我らの敗北で決すると断言している、まだ何かあるはずだ。」

 

「カルト・・・、君は覚悟をしているのだな・・・。」

 

「・・・・・・ああ、俺はどんな展開になっても受け入れる覚悟はできているつもりだ。」

 

「私は、信じたい・・・。我が祖国は正しい判断を下して、父上の汚名を晴らしてくれる。私を最後まで信じてくれたこの混成軍すべての人々に報いる結果になると・・・、信じている。」

 

「シグルド・・・。」ここまで来てもなお、シグルドの信念は何も変わってない。

カルトは彼の正しい行いを世に知らしめたかった・・・。これほどまでに祖国に忠実で、義に厚く、友情を最優先し、正義を貫き通せる者は見たことがなかった。騎士道をここまで昇華したシグルド、キュアン、エルトシャンの3名に出会えた事に感謝し、敬服する。

世が世ならこの3名は各々の地で王の資質を持ち、手をとりあえば世界は平定すると、信じるに足るものだった。

 

しかし、運命がその歯車を回してくれなかった・・・。闇に侵食された存在に世界は蝕まれ、計画された運命の扉が開こうとしている。

クロード神父は運命は変わってきている、と言っていたがその結末は変わっていないと断言していた。

 

カルトはその残酷な一言に当初は受け入れられず荒れた。自暴自棄になり、ブリギットにかつての過去を知られて彼女の私刑のまま殉じてしまいたい、とまで考えていた。

 

それでもシグルドと、シグルドの仲間達と触れ合い、運命を知ってもなお進もうとする者達から心の支えを得てここまで来れた・・・。

カルトは、そうして覚悟を受け入れていったのだった。

 

「カルト、君は私の事を信じると言ってくれたな。

私は、カルトを信じる・・・。」

 

「・・・え?」カルトは小声で周りに気付かれないように話をしていたが、あまりの言葉にシグルドに向き直っていた。

 

「カルトは、自分の血と生い立ちを恐れているのだろう。

・・・私は君の全てを信じる、そして君はこの国を治めてこの大陸を平和に導けるほど稀有な存在だ。私には決して出来ない事を、運命をここまで変えた力を信じている。」シグルドの言葉にカルトは俯いた。

 

シグルドはカルトの葛藤がこの長い戦いの旅でようやく理解できたのだ。皆の前では作戦の指揮として、大戦では誰よりも前線にでて傷を負う。闇の魔道士達を相手にして決して引けを取らず、運命を覆していくその姿を見てその葛藤が形となっていくのがわかった。

 

「カルト、君はきっとナーガ神に認められる。

クロード神父の結果と、過程は別にあるはずだ・・・。」

シグルドの言葉にカルトは、ハッとなり隣を見るがシグルドはすでにその先を見据えていた・・・。やはり彼はカルトの悩みを汲み取っていたのだ。

手綱を持つ手が痛い、喉が乾く、体が熱い、鼓動が収まらない・・・。カルトの血潮が一気に身体中を巡り活動を始めていた。

 

「シグルド、信じてくれ・・・。俺は最後までこの運命を抗い、全てを受け入れる。

だから、シグルドの正義を見せてくれ。」

 

「・・・約束しよう。」

 

二人の会話は終え、最終局面へと入っていく・・・。

王都バーハラその手前にある小高い丘に、近衛であるアルヴィスが待ち望んでいた・・・。

 

 

アルヴィスと側近のロートリッターが一名、魔道士のローブを目深に被りシグルド達を出迎える。

シグルドとカルトはその場で下馬し、クブリに馬を任せて前へ出る。

 

「シグルド公子、王都に晴れての凱旋、誠にめでたい事だな。」

 

「アルヴィス卿、お迎えいただき恐れ入ります。

・・・陛下はどちらに?」

 

「・・・卿が知らない事は無理はない。

陛下はご逝去された、つい数日前の事だ。」

 

「な、なんと!」シグルドの驚きの声もあるがカルトも動揺が走る、自身の数少ない身内の死にカルトも胸を痛める。

 

「・・・陛下にはご心痛ばかりかけてしまいました。

父から受け取った書、お渡しすることができないのは心残りです。」

 

「うむ・・・、陛下は生前バイロン卿の件は最後まで信じてなかった。シアルフィ家の信任の厚さには敬服した。」

 

「恐れ入ります。

・・・後ほど陛下の墓前にこの書と報告に参上したいと思います、それにカルト皇子の事もお決めなくてはなりません。」

 

「それには及ばぬ。」

 

「え?それはどういう意味です。」

 

「卿には反逆者としてここで死んでもらう。

陛下の墓前に参らせる訳にはいかぬ。」

 

「アルヴィス卿、それはどういう事だ!」

 

「貴公には、父親と共謀してクルト王子の殺害、国家を混乱に陥れて内乱を引き起こし、諸侯の要人をことごとく戦死させ。

そこのカルトという者が陛下のご落胤などと吹聴し、国家を簒奪しようとした罪は重い。」

 

「・・・・・・。」

 

「陛下の遺言により皇女ディアドラの夫として、王政代理の務めとして貴公を討伐せねばならない。

・・・シグルド、最後くらいは騎士らしく覚悟を決めるのだな。」

 

「皇女ディアドラ!それはどういう意味だ!アルヴィス!!」カルトが始めて言葉を開いた、その怒声に側近は騒ついた。

アルヴィスは右手を上げて鎮める。

 

「それも知らぬのか・・・、冥土の土産に紹介しよう。

ディアドラ、来なさい。」

 

アルヴィスの笑みにカルトは怒気を強めるが、シグルドは反して冷静であった。流れる汗だけがシグルドの内情を表している。

 

アルヴィスの背後より従者を従えて現れる一人の女性。

それはヴェルダンで初めて見た時と同じ衝撃をシグルドに与え、カルトは血が失せるほどの絶望を与えた。

 

「ディアドラ、この男が君の父上を殺したバイロンの息子のシグルドだ。・・・恨み言の一つでも言ってやれ。」アルヴィスの憎い言葉など二人には入ってこない、シグルドもカルトもディアドラの言葉を待っていた。

何を語る、何を伝えてくれる・・・、それしかなかった。

 

「この方が・・・シグルド様?」

 

「ディアドラ、君なんだね!ああっ・・・、セリス・・・。」シグルドは感極まり、言葉が続かなかった。

セリスへの約束が守れる、ようやく我が子に母親の温もりを与えてやれる事がができる。シグルドはカルトの忠告を忘れるほどであった。

 

「なぜ、あなたはそんな目を・・・、私をご存知なのですか?」シグルドはようやく感極まった気持ちを抑え込み、胸の内を語ろうとするがアルヴィスの心の闇が捉えていた。

 

「君は、私の・・・。」アルヴィスから凄まじい魔力が吹き出して辺りの大地から炎の柱が立ち上る。

 

「もういい・・・!

ディアドラ、この者達は危険だ。もう下がりなさい。」

 

「でも、この方の目は・・・、私の何かを知っております。

お願い、もう少し話を聞かせて下さい。」

 

「だめだ!

・・・誰か!皇女を安全な場所へ!」

皇女と伴いやってきた2名の護衛はディアドラとシグルドの間に立ち、半ば強引に退出させる。

抵抗するディアドラの姿にシグルドは、成すすべはなかった。

自失しており、失望が彼を支配していた。

最後の最後まで信じていた物が崩れ去ったのだ、彼の痛みが嫌という程カルトの脳髄を刺激するが、今は止まっている時ではない。

カルトのみが行動に移したのだ。

 

 

「オーラ!!」天空を立ち上る一筋の光の柱がアルヴィスを撃った。

力をアルヴィス一点に凝縮された光の上位魔法、カルトの速攻にロートリッターすら妨害はできなかったのだ。

 

凄まじいその光量に後列から見ていた、両軍共に動揺が走る。

騒然となり、混乱を極める。

 

「アルヴィス!これが吹聴したとされる偽者の力だ!!」煙の中から現れ出たアルヴィスの目はもう昔の物ではなかった。

この世を変える。あの若き日のアルヴィスの瞳は間違いなく偽りない言葉であったが、今のアルヴィスからそのような言葉が出ても虚構のようでしかない。

 

魔法能力と魔法防御は大陸屈指、さすが言われるだけあってオーラの一撃はわずかにしか効いていない。抵抗するディアドラも男二人に退出を余儀なくされ、もう丘を半分以上降り始めていた。

まだ彼女の嘆願する声が聞こえる中カルトは既に臨戦態勢に入り、

アルヴィスも先ほどのオーラで破れた法衣を脱ぎ捨て応対する。

 

「全軍に告ぐ!反逆者シグルドとその一党を捉えよ!

抵抗するものはその場で処刑するのだ!!」

その号令に待ってたかのように伝令され、儀仗兵はその装いを脱ぎ捨てて臨戦態勢に入っていく・・・。

 

 

「手前らー!手筈通り、派手に行くぜ!!」即座に抵抗の意思をみせたのは皮肉にもシアルフィとは縁もない傭兵騎団の隊長、ベオウルフであった。




最近、前書きや後書きを書けずにいておりましたが少し書かせて下さい。
バーハラの悲劇の始まり、シグルドとアルヴィスの会話で当時から疑問に思っていた事を加筆させていただきました。
なぜ、シグルドはディアドラに想いを言えずにアルヴィスに遮られたのか、心情はどう働いていたのだろうか?などです。

私なりの解釈ですが、別なご意見やご感想いただきましたら幸いです。


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炎の紋章

アルヴィスの号令でシグルドを反逆者として動き出す、後方で待機していたシアルフィの混成軍は囲まれ、逃げ場を失った・・・。

北の一帯を切り崩して撤退を始めようとするが、バーハラの親衛隊は予想以上に訓練されたアルヴィス直轄の部隊、押し通す事は困難であった。後方の傭兵騎団を中心に撤退を第一に戦闘が始まった。

 

前線では過酷な絶望が包んでいた。

ロートリッターのメティオが繰り出されたのだ。シアルフィ軍の前衛はその凄まじい天空から降り注いだ炎が複数着弾し、轟音と共に大地が抉られ炎が上がった。

アレクもノイッシュも難は逃れたが、長くの激戦を潜り抜けたシアルフィ軍の部下たちはいとも簡単に戦死していく・・・。

 

「下がれ!下がるんだ!」アレクもノイッシュもその激しい攻撃に撤退を促す。シグルドの元に向かいたいが、あの丘には何人も近づかないように厳命されている。命を最優先する事、生き延びる事、それが彼らに下された命令である。

 

「しかし!このままではロートリッターが北上して全軍が射程範囲になるぞ!俺たちだけでも斬り込まないと・・・。」

 

「だめだ!ロートリッターの連中に切り込む前に狙い撃ちされる、届かない・・・。」

 

シアルフィ軍が葛藤する中、たった一人前線に立ってロートリッターに立ちふさがる・・・。魔道に通じる軍馬に乗る魔法騎士、アゼルが北上するロートリッターの前に出てきたのだ。

 

「私はヴェルトマーのアゼルだ!

お前達はヴェルトマーの汚名として真っ先に殺したいだろう!

出てきてやったぞ!私を殺して見せろ!!」アゼルの徴発にシアルフィ軍は慄く・・・。

 

「アゼル公子、おやめください!」ノイッシュはアゼルにも後退を進めるが彼は首を横に降る。

 

「君たちは後退するんだ!ここは私に任せて!!」アゼルの強い言葉にノイッシュは驚き、敬礼すると撤退を始めだした。

 

アゼルの挑発だが、メティオはすぐさま飛んでこない・・・。

代わりにアゼルを取り囲むようにロートリッターのメティオの使い手が姿を現わす、その中にはフィノーラで撤退したヴァハもいたのである。

 

「アゼル様、アルヴィス様はあなたに落胆されておりました・・・。

反逆者としてあなたは必ず抹殺するように命じられております。」ヴァハは残忍に宣告する。

 

「兄上なら、そういうだろうな・・・。だから出てきてやったんだ。

まずは見せしめに僕から殺せ、そのかわり相当な代価は要求するがな・・・。」

 

「おほほほ・・・。この場に及んでもまだアルヴィス様に刃向かうとは、泣いて詫びを入れれば多少の手心を加えてあげようと思ってましたが、アルヴィス様を裏切った愚弟として死んでもらいます。」ヴァハは手を挙げると総勢8名のメティオの使い手が詠唱に入りだした。

 

「さあ、アゼル様!あなたがたとえメティオが使えてもこの人数に一度に使えないでしょう、あなたの処刑は免れません。ご覚悟を!!」ヴァハの死刑執行に狂気じみた笑いをあげていた。

 

 

 

『アゼル!何をやっている!逃げろ!逃げるんだ!!』アゼルに伝心を行う者、カルトがアゼルに撤退を促す。

 

『大丈夫、僕に策がある・・・。やらせてくれ。』

 

『馬鹿な!俺でもその人数にメティオを集中されたら無事では済まないのだぞ、お前ならなんとかできるとでも思っているのか!』

 

『ロートリッターが全軍射程に入れば撤退以前の問題だ、みんな死んでしまう。・・・ここで食い止められるのは僕だけだ!カルト、やらせてくれ。』

 

『お前、死ぬつもりだな・・・。』

 

『命を賭ける価値はある!』

 

『馬鹿な弟だ・・・、お前には生きてここを離脱して欲しかった。馬鹿やろう・・・。』実体のカルトは唇を噛んで血が滲んでいた。

 

『カルト・・・、ありがとう、僕は君を本当の兄の様に慕っていた。アルヴィス兄さんとは違って、手がかかる兄だったけど・・・。あなたは僕の太陽だった。』アゼルは少しはにかむ様にして笑う。

 

『・・・。』

 

『さよなら・・・、兄さん。』

 

『お前の正義の家紋、炎の紋章を奴らに見せてやれ!

・・・少しの間寂しいだろうが、すぐに大勢連れて行ってやる。』

 

『はい!』

 

 

 

 

アゼルの頭上に絶望的な数のメティオが打ち込まれる。

見せしめの為でもあるだろうが、ひとりの魔道士に打ち込むにはあまりにも多い数・・・。アゼルの体など肉片一つ残らないだろう。

アゼルは頭上のメティオの数を見て笑いを見せる。

 

丘の上からアルヴィスと対峙しながらアゼルのその顔をカルトを見ていた。アゼルは何をしようとしているのか・・・、いや何ができるのか?カルトはそれを見届ける事しか出来ない。

 

「見ろ、カルト。アゼルの最期だ。」アルヴィスは指差してカルトに挑発した。

 

「お前の弟だろ、少しは悲しまないのか?」

 

「悲しいさ、だが世界を変えるには痛みが伴う。私だけが範疇外とは思っていないさ・・・。」

 

「今のお前が言ったところで、なんの感慨も浮かばないな。

・・・アゼルがお前に最初で最後の反抗を見せる、お前こそ弟の最期を見届けろ。」

 

「何を馬鹿なことを・・・、まあいいだろう。」アルヴィスはアゼルを見下ろした。

 

 

アゼルは魔力を全開させる、何が魔法を打ち出す様だがヴァハの言う通り今更発動させてもアゼルの死は確定している。

後数秒後にはメティオが着弾し、あたり一面は炎に包まれるだろう。

一番近くにいるヴァハはアゼルの魔法に対抗する準備をしているが魔力を全開にしただけでまだ打ち出す様子はない。

 

「おーほっほっほ!虚勢をはるだけですか、見苦しい。実に見苦しい!アルヴィス様の愚弟はこれほどまでとは、ここで死んでしまいなさい。」ヴァハの高笑いの中でもアゼルは含み笑いを崩さない。ひたすら自身を高め続け、奥底に眠る魔力を引き出していく。

頭上に迫るメティオがある中でなんて精神力、通常の魔道士なら死の恐怖にここまで自身を高めることなど出来ない。

カルトはアゼルの意思の強さを、彼の乗り越えたい目標に到達していたことに気づく。

 

そして、とうとうメティオは着弾した。轟音と共に炎が立ち昇り、あたりは火に包まれた。

 

「ほーほっほっほ!アルヴィス様、アゼル様を処刑しましたよ!」再び高笑いするヴァハ、アルヴィスの方向に向かって報告するように宣言する。

炎が立ち昇る中、一つの異変が発生する・・・。

大地の振動が起こり出したのだ。その揺れは徐々に大きくなっていき、明確な地震となり出した。

 

「な、なんだ!この揺れは・・・。」アルヴィスは狼狽する。

 

「アゼル・・・お前と言う奴は・・・。」カルトはアゼルの意図に気付き、こうつぶやいた。

 

地震の揺れに中心地のロートリッターは動くことも出来ない、そんな中で大地があちこちで裂け出して内部から光が漏れ出す。

これはアゼルの最後の魔法、ヴァハはようやく事態に気付いた。

 

「ボ、ボルガノン・・・!」戦慄する様に呟くヴァハ・・・。

 

「我らのメティオの膨大なエネルギーを利用して大地に働きかけた?このボルガノンは、もう・・・。」

ヴァハはようやくアゼルがなにをしでかしたのか理解する。

メティオが大地を穿つ天空の炎、それに対してボルガノンは大地を裂き底に眠る炎のエネルギーを立ち昇らせる炎、その相反するエネルギーを合成して一つの大魔法を作り上げたのだ・・・。大地を穿つメティオが着弾する瞬間、大地が振動により弱くなっているところにボルガノンで大地に働きかけて通常より奥底に眠る大地の熱エネルギーを解き放ったのだ。

このボルガノンは、すでに魔法の領域を超えている。ヴァハはそう言いたかったのだろう・・・。

 

大地はみるみる内に裂け、広範囲に点在していたロートリッター8人にまで及ぶ。地震により足元がおぼつかず思うように逃げる事は叶わず、とうとう最終段階へと突入した。

 

裂け目から炎が立ち昇る、高圧ガス、噴石が、舞い上がり粘度の高い溶岩まで溢れ出したのだ。

ヴァハはもちろんのこと、ロートリッター8名は全員その場で焼死し、周辺の敵味方は散り散りに撤退する。

 

 

「な、なんだと・・・。あのアゼルがあんな・・・。」アルヴィスはその最期の魔法を見て驚く・・・。

 

「アゼルはな、お前を止めることができるのは自分だけなのに、逃げ出してしまったと悔やんでいた。

当時は未熟だったからお前から逃げ出すのが精一杯だったんだ、仕方がないことだったと思うんだが、力をつけてからあいつはそう言い出したんだ。何故だかわかるか?」

 

「・・・・・・。」

 

「お前は優秀だが、わかってないことがある・・・。アゼルにあってお前に無いものを一度よく考えてみるんだな。」

 

「貴様、俺に説教をする気か?今から処刑されるお前達に、言われる説教などない。」

 

「あれを見ろ・・・。」カルトが指差す方向には、ボルガノンが落ち着ち変わり果てた大地を指す。

 

粘度の高い溶岩はすぐさま冷えて固まり、この丘を超える大きさまで隆起していた。表面こそは固まったが内部はまだ相当の熱を持っており、高圧ガスと共に時折吹き出しては固まっていく・・・。

 

「あのガスは火山性のガスに近いから吸えば人体に影響もあるな、まだ温度もあるからあの丘を登って越えることも今は難しい・・・。

討伐隊の本隊はまだバーハラ付近だろ?どうやって混成軍を全滅させられる?」

 

「アゼルめ!そこまで・・・。」アルヴィスが激昂する、初めて見るアルヴィスの顔にカルトもシグルドもアゼルの死は無駄ではないと証明された。

 

「アゼルが遺したお前への戒めだ。

ヴェルトマーの初代当主、聖戦士ファラは反乱軍をいち早く組織して戦った人物で正義の象徴と言っていた。

炎の紋章は汚させない・・・、これがアゼルの意思だ!」

 

「・・・だ、黙れ!何も成し遂げてない者が正義を語るな!正義を貫くには力がいるのだ!それ為には俺は犠牲も厭わない。」

 

「だからアゼルは自分を犠牲にして正義を貫いたじゃねえか!」

「自分の正しい信念を貫くものに正義は宿ると信じている。・・・誰かを犠牲にして作る正義など、存在して言い訳がない!」

各々の正義を主張する。カルトはアルヴィスの理論からくる正義を、シグルドは自身の正義を・・・、内外からえぐられたアルヴィスはもう答えることはできなかった。

 

「さあ!アルヴィス!!アゼルに詫びを入れに行け!」カルトは白銀の剣を振りかざして迫るが、横に待機していた側近の魔道士はローブを捨ててその剣を止めた。

金属を打ち付ける撃剣にカルトは目を鋭くする。

 

「またお前かフレイヤ・・・、それに今度はラーナ様に・・・。

お前は何度俺の逆鱗に触れれば気が済む?」

ラーナの額にあの銀のサークレット、奴の意識が入った魔法具であり、相手の意識を乗っ取る事ができる。

 

「カルト、お久しぶりね・・・。

まさかあなたがここまで力をつけて私たちの計画を狂わせてくれるとは思わなかったわ・・・、でも結局は私たちの引いた運命に乗るだけ・・・。もうあなたに用はないわ、終わりにしなさい・・・。」

 

「お前達こそ、この世にお前達は必要ない。大人しく闇に帰れ!」鍔迫り合いだが、力はカルトの方が圧倒的押し出した。

 

「ファイアー」アルヴィスはラーナごとカルトに放つ、その業火球に対応できない。そこはシグルドがティルティング一閃にてファイアーを断ち切った。

 

「アルヴィス、私が相手だ!」

 

「くっ、シグルドめ・・・。」アルヴィスはエルファイアーを放ちシグルドを牽制する。再びティルティングで膨大な炎を斬り裂く、黒曜石の剣のように魔法を無力化するわけではないが、聖剣はすべての物を切る事ができると言われている。

かつての聖戦でもロプトウスの化身にとどめを刺したと言われる聖剣ティルティングは、魔法に対して絶大な威力を誇っていたそうだ。

 

「クブリ!お前は加わるな!援軍が来たらそちらに対応しろ!!」後方に待機するクブリにはこの戦いに加わらないように忠告すると、フレイヤのヨツムンガンドにライトニングで応戦する。

 

フレイヤ得意の連続ヨツムンガンドにカルトのライトニングが追いついている・・・、フレイヤの表情が険しいものになった。

 

「いつまでも、同じ戦術にかかるほど俺は停滞していねえ!」光の大爆発にフレイヤは吹っ飛びその魔力を受けて初めて悲鳴を上げた。

うずくまるフレイヤにカルトは歩み寄り見下ろす。

 

「お前は確かに強い。だがそれだけだ、肉体を持たず人に憑依できるがお前自身の力は停滞したままで成長はできない・・・。

強い肉体を欲していたのは相手の力を手に入れる為、違うか?」

 

「・・・相変わらずよく分析している、憎たらしい子ね・・・。」フレイヤは立ち上がると、ゾクリとする笑いを向ける。

 

「仕方がないわね・・・。あれはマンフロイ様から常々使うなと言われていたけど、解放しないとあなたを殺す事なんて出来ない。」そう言うと、額のサークレットが不気味な光を放つ・・・。

 

「カルト、私の名はフレイヤと名乗ってるけどこれは仮の名前よ。

・・・私は失敗作。」

 

「失敗作?」

 

「十二魔将、そのナンバリングに選ばれなかった失敗作・・・。ヌル、と呼ばれた失敗作であり、試作体よ。」

 

「何だと・・・。」

 

「さあ刮目なさい、私の最後を・・・。」がくっ、と魂が抜けたようにその場に崩れるラーナ。

しかし、その後にゆっくり立ち上がるラーナはもうフレイヤですらなかった。

 

生気はない、まるで人形のようである。

一体どんな能力が・・・、カルトは息を飲んだ。

 

ラーナと言う人形は手をあげる。すぐさまどこからきたのか魔獣は黒く染まったファルコン、ラーナはすうっと乗ると、それもどこから出してきたのか黒く染まる大剣を片手で持ちカルトに向けた。

 

「・・・洒落にならねえな、あれ・・・。」吹き出る汗、もうあれは人としての規格が外れている。ラーナを助ける、なんて考える余裕はなかった。

 

ファルコンが地を駆る、その瞬間にカルトの間合いを侵食し体当たりに吹き飛ばされた。

 

「ぐはっ!」大地に叩きつかけられるが、受け身が追いつき体勢を立て直す。だがすでに追撃されており、目の前にはすでにファルコンが迫り、大剣が突かれていた。それもなんとか紙一重が躱したが、頰を擦り突風が吹き荒れる。

 

「!・・・」切られた瞬間に、体力と精神を削られたような感覚を覚える。

あの剣には人の血肉どころか精神まで食い尽くす力がある、カルトは再び戦慄に震えた。

 

「あれが、失敗作?試作?・・・洒落にならねえ・・・。」ガタガタを震えだす、しかし顔は絶望していない。

暗黒神の力の一端を見て、運命に抗う事を誓うのであった。



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血戦

「ファラフレイム!」アルヴィスより、最大魔法であるファラフレイムが放たれる。

通常の炎とは違い、赤というより朝焼けの太陽のような色を帯び放射される炎・・・。シグルドは果敢に飛び込み、切り裂きながら突き進む。無傷ではないが最短を駆け抜けてダメージを最小に抑え、距離を詰めた。

「させるか!」さらに魔力を送り続けて放射される炎を吐き出し続けた。シグルドも聖剣を握り気力を振り絞る、宝玉が緑に淡く輝きシグルドの体を覆い、炎を弾いて護った。

 

「ぬあああ・・・・。」アルヴィスは魔力を

「ふううう・・・・!」シグルドは気力を振り絞る。

 

炎を突破し、シグルドは身体中から煙を放ちながら聖剣を上段に構えながら抜け出てきた。

 

「アルヴィス!覚悟!!」シグルドは火傷裂傷を追いながらも渾身の一太刀を入れる。

アルヴィスの肩口から胸元まで切り裂き吹き飛ぶが、これは自ら後方に飛んで刃の切り込みの深さを浅くし、致命傷は避ける事ができた。

またファラフレイムを持つアルヴィスには防御能力も上がる、そこも大きく作用した。

 

「ぐっ!・・・シグルドめ!」立ち上がると、リライブを施す。

 

「はあ、はあ、・・・。まだまだ!」シグルドは疲労で苦しい所にクブリのリブローが飛び、回復が促された。

 

「ちっ!」アルヴィスは不服そうにクブリを見るが、奴がこちらに攻撃してこないだけマシだと思い吐き捨てる。

シグルドも何度も無茶な特攻はしてこないだろう・・・。アルヴィスもシグルドにファラフレイムをもってしても致命打にならないとなるとそう何度も使えない、膠着状態に入った・・・。

 

「アルヴィス様を守れー!」バーハラから増援部隊がが丘を登り、アルヴィスに加担を始めた。

 

「シグルド、退がれー!!」カルトはなんとかラーナの大剣をしのぎ、ウインドを使って後ろに退避する。

激しい息切れと疲労でカルトも片膝をついて呼吸を整える。

 

(疲労はないのか・・・、高パフォーマンスがずっと続かれる方がきつい・・・。)

カルトはラーナの動きは見切り始めてなんとか凌いでいたが、疲労からくるミスは避けされない。魔力も気力も消耗していた。

対してラーナは息を乱す様子もなく、空っぽの瞳がこちらを見ているだけだった。

 

とうとう、増援が到着しシグルドとカルトに向かい出す。

クブリを温存していたお陰でクブリのトルネードで排除するが、数が多く後続の部隊がとうとうカルトに迫った。

 

「邪魔するな!」ライトニングを放ち、複数人を一気に打ち倒す。シグルドも聖剣を振るい、薙ぎ倒していくが異変はすぐに起こる。

 

「うわあああー!」

「な、なんだこいつは!!」

ラーナの凶剣はあたりの増援の兵士にまで襲ったのだ。

 

伝説に残る12魔将の狂宴、一人が一部隊をやすやすと沈めると言われるその力を垣間見る事となった。

漆黒のファルコンの爪が、嘴が無残に切り裂き、ラーナの大剣が一度に数人の人間を切り裂きあたりに首が撥ねられた兵士が血しぶきを上げて倒れだす。

 

「い、いかん!お前達は退がれ!そいつは見境がない!!」アルヴィは部隊に撤退を命じる。

その混乱にカルトはシグルドの元へより、リカバーを施した。

 

「どういう事だ、狂戦士のように荒れ狂っている。」

 

「おそらくあれが12魔将になれなかった原因だな。

あれだけ強くても同士討ちを始めるようだったら話にならない、アルヴィスだけはなんとか認識しているだろうが、乱入してきた兵士は敵味方の区別がつかないのだろう・・・。」

 

「なんという事だ・・・。」

 

「フレイヤの魂は、あのサークレットの中に封入されていて、あれを装着した者の体と精神を乗っ取る。それが死体だろうとなんだろうとな・・・。フレイヤと共に12魔将の試験魂を封入し、フレイヤの意思でそれを切り替える事ができように制御させたんだろうな。」

 

「これがロプトウスの力で成せる業なのか・・・。」

 

「ああ・・・。奴らの力は人の精神から、魂までに及ぶ・・・。

ディアドラ様はおそらく記憶を消されているだろう、記憶を初期化されアルヴィスにあてがった。ディアドラ様は卵から孵った雛のように、初めて懐いたアルヴィスに惹かれたんだろう。」

 

「そ、それでは!アルヴィスに話をすれば!!」

 

「だめだ・・・。以前ヴェルダンで言ったことがあるよな?

人と人は話だけでは本当の意味で理解し合える事はない、と。

今のアルヴィスに話をしても聞いてもらえる事はない。」カルトはリカバーを終えるとシグルドの腕を引いて立ち上がる。

 

「では、カルトはどうしたらわかってもらえると言うのだ。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・まずは正面からぶち当たってみる!やつと本気で戦えば答えはあると思う。」カルトは両手の拳をぶつけて笑う。

 

「・・・そうかも知れない、エルトシャンと拳と拳を突き交わした事を思い出した。

よし、ラーナ様は私がなんとかしよう。カルトはアルヴィスを頼む。」

 

「お!おい!」

 

「大丈夫だ、聖剣にかけてラーナ様を助ける。」

 

「・・・・・・。」

 

「どうした?カルト・・・。」

 

「見ろ、あのラーナ様を・・・。」

黒いファルコンに乗り、大剣を操って逃げ惑うバーハラ兵を追うラーナ。体にはバーハラ兵が傷つけ、まだ折れた剣すらもそのままに攻撃を続けていた。

 

「それだけではない、関節のあちこちからも出血している・・・。生身の体で12魔将の力を酷使されているラーナ様は、助け出してもただでは済まない。魂は砕かれているかも知れないし、目覚めても指一つ動かせる身体になっているかどうか・・・。

もともと俺のせいで戦えない身体なのに、あんなに酷使されている。

だからシグルド、ラーナ様を救う意味でも、斬ってくれ・・・。」

カルトの言葉にシグルドは一度目を瞑り、息を吐き出す。

ひと時の時間をおいて目を開けたシグルドは聖剣の様子を確かめ、笑った。

 

「聖剣に、善者を斬る剣はない。私に任せてくれ・・・。」シグルドの背中を見たカルトは全身を震わせた。

聖騎士シグルド、その名を再びカルトは認識するのであった・・・。

 

 

バーバラ兵を目につく限り惨殺した後、再びシグルドとカルトに狙いをつける。

アゼルが新山を作らなかったら奴は北の戦場を目指していたのかも知れない・・・、そう考えただけでも寒気がする。

それはアルヴィスも同様だろう、あんな化け物が周知に知れればアルヴィスの立場も危うくなるだろう。

先ほどのバーハラ兵は全滅したので、その危機は免れたのだが・・・。

 

「くるぞ!カルト!!アルヴィスを頼む!」

 

ラーナは急上昇したかと思えば急降下して迫る、大剣をさばいて初撃を流れるが恐ろしい速さで旋回して連続攻撃をかける。

だがシグルドの反応は素晴らしく第二撃を止めた!後ろに飛ばされそうになりながらも、転倒せず全身のバネとバランスで受け止める。

体幹と身体の力の入れ方がなせる技であった。

ファルコンの爪がシグルドに迫るが聖剣を引き、大剣をいなすとファルコンの胸元につき入れる。

 

「ぐぎゃあああ!」ファルコンは狂ったように翼を羽ばたかせて暴れ、シグルドも流石に飛ばされる。その離れる瞬間に聖剣を振り抜いてファルコンは再度悲鳴をあげた。

 

「さすがシグルド・・・。」カルトもファルコンを狙った攻撃はしていたが、シグルドのようにはいかなかった。

それを二度の剣戟でなしてしまうとは・・・、カルトは感心する。

ラーナは機動力が失われ、これで少しは優勢になるかと思ったがそれは大きな間違いであることを知る事となる・・・。

 

「ヨツムンガンド・・・。」たちまち丘から邪気が立ち込め、生ある草が途端に萎れ出す。邪気は形を纏うとシグルドに襲いかかった。

 

「!」シグルドは聖剣の力をかりて邪気から対抗するが、第一波の攻撃に耐えている間に既に第二波を繰り出したのだ。

 

「は、早い!フレイヤ以上だ!」カルトはシグルドに歩み寄ろうとするが、アルヴィスはエルファイアーを繰り出す。カルトは冷却を伴うエルウインドで相殺する。

 

「ほう、とうとう俺のエルファイアーに同等魔法で相殺できるようになったか。強くなったな、カルト。」

 

「アルヴィス・・・。」

 

「さあ、見せてみろ!」

二人は魔力を解放させ、集中する。

 

 

「ボルガノン!」アルヴィスは上級魔法を溜めずに打ち込む!

「エルウインド!」カルトは大地のエネルギを感知し、とっさに飛び上がる。

大地が裂け、亀裂から炎が立ち昇るがカルトが難を逃れる。

 

「ふっ!メティオ!!」

カルトは天空から落ちる炎にかわしきれず、命中し地面に叩きつけられた。

 

「ぐはっ!」受け身も出来ないカルトは血反吐をはいて悶絶するが、アルヴィスの単独コンビネーションはさらに続いていた。

 

「ファラフレイム!!」眩い閃光の後に高音がカルトを襲った。地面に叩きつけられたカルトは躱す暇もなく直撃する。

 

「カルト様ー!!」クブリの悲壮な叫びが響く。

 

「カルト、炎の魔法は天と地に対して応用が効くのだよ。

ヴェルトマー留学の時に学ばなかったか?」

アルヴィスの三魔法で大地は裂け、天より降り注ぐ炎で丘が焼け、ファラフレイムの閃光で丘の地形が変わり果ててしまう。

何よりアルヴィスは高位魔法であるボルガノンとメティオの威力をギリギリまで押さえ込んだ為、低出力でかつ速攻を実現したのだ。

魔力の緻密なコントロールと集中力が可能とする高度な技術、カルトはその才能の一端に驚嘆する。

 

「こっちだ・・・。」カルトの言葉にアルヴィスは振り返る。

カルトの姿が約10体、光と風の応用魔法で屈折を作りだしたオリジナルの分身魔法。

 

「ぬっ・・・。ふざけるな!!」アルヴィスは炎の熱を放射する。

途端に、カルトの残像は陽炎となりふっと消えていく・・・。

 

「そんな子供騙しにかかるものか!光の屈折と空気の濃度変化は繊細!炎の熱で簡単に解けるわ!!」勝ち誇るアルヴィスだが、全てのカルトは陽炎と消えたので狼狽える。アルヴィスは辺りを振り回すがカルトの姿はなかった。

 

「ど、どこに?」

 

「ここだあ!!」カルトはアルヴィスの下、地面から飛び出てアルヴィスの顎に突き上げるように拳を繰り出した。

 

「ぐおっ!」ぐらつくアルヴィスにカルトはそのまま連打を入れる。

腹部に、頰に、そして頭部に打ち下ろしの肘を入れてアルヴィスを地面に伏せさせた。

 

「ぐはっ!・・・まさか、ボルガノンの地割れから入り込むとは・・・。さっきの分身は時間稼ぎか・・・。」

 

「ちっとは目が覚めたか!それともまだ殴り足りないか?」カルトはアルヴィスの胸を掴んで無理やり起こす・・・。

鼻血を吐き出しているアルヴィスだが、その顔には笑みをたたえていた。

 

「お前には、何もないな・・・。こんな拳いくら貰っても俺は倒れない。」

 

「な!なんだと!!」

 

「届かないのだよ、お前の拳など・・・。俺の心には届かん!」アルヴィスの体からまとう魔力はすぐさま炎に変換される、掴んでいた手を離して距離をとった。

 

「カルト!お前も俺と同じ筈だ!!親を失い、裏切られ、誰も頼りにせずに生きてきたお前がなぜ今になって人を信じる!いや、信じる事ができる!!」

 

「それがお前の本心だな・・・、ようやくお前の口から出てきたな・・・。」カルトは少し笑う。

 

「何がおかしい!」ファイアーの炎を6つ作り出すと弾丸のように飛ばす、カルトはそれを避けようとはせずに受け止めて炎上する。

 

「お前の炎はそれくらいか、もっと俺にその昏い本性を曝け出したらどうだ?」

アルヴィスは、体に炎を纏うとカルトに飛びかかる。右ストレートの拳を繰り出すがカルトは左手で受け止めて、その手を握りしめる。

 

「ぐあああ!放せ!」アルヴィスは蹴りをカルトに加えるが、カルトはどうじない。さらに握力を込めてアルヴィスに苦痛を与える。

 

「お前は世界を変えるのだろう、その前に俺の心を変えてみろ!それくらい出来なければお前の言葉は稚拙なだけだ。」

カルトの言葉にアルヴィスは激高し、炎をで自身を燃やす。

カルトはその熱気に拳を外され、さらにその炎をカルトにぶつける。距離を取れたアルヴィスは激しく息切れし消耗していた。

 

対するカルトは消耗以上に精神が漲っていた。アルヴィスに気持ちを伝えるカルトと、その言葉に逃げるアルヴィスでは気力の充実が違っていた。それは魔力に現れ、身体の動きに出てくる。

 

「立て、アルヴィス!決着をつけてやる・・・。」

 

「カルト・・・、つけあがるな。聖戦士の血だけでは俺には勝てん!」

二人は魔力を吹き上げ、互いに全力を注ぎ出す・・・。

 

 

 

ヨツムンガンドの波状攻撃から這い出たシグルドは聖剣を横薙ぎする、ラーナは大剣でその横薙ぎをピタリと止めてみせる。

肘から血が吹き出すが構う事なく昏い目はシグルドを捉えていた。

 

「ラーナ様、私です!シグルドです。

あなたが私達を受けいれてくれた事に感謝しています。・・・あなたと切り結びたくない、起きてください。」シグルドの呼びかけにも全く反応がない、だがシグルドは必死にラーナに呼びかける。

 

力勝負に持ち込んでも、ラーナの怪力はシグルドを押し始める。

痛みを感じず、リミッターを外された彼女の力の前にシグルドは為すすべがない。

それでも彼女に語りかける。片膝が地に伏し、奥歯が割れそうになるくらい歯を食いしばりながらシグルドは抵抗し続けた。

 

「カルトの心を救ったあなたが、今ここで・・・。カルトを悲しませてどうするのです!

もう一度カルトを救いたいでしょう!」

ラーナの目から涙が溢れる。表情は暗く瞳も生気が戻っていない、だがシグルドの言葉に反応を示したのだ。シグルドは少し笑みを出すが、ラーナの左拳をモロに食らって吹き飛ばされる。

 

「いつつつ・・・、エスリン並みに効くな・・・。」シグルドはそれでも笑みをたたえながら起き上がる、ラーナ様の魂はまだそこにいる。今はそれがわかるだけでよかった・・・。

 

「さあ、来い!ラーナ様・・・。」大剣を引きずるように持っていたラーナ、シグルドの心臓にめがけて飛び出した。シグルドはそのラーナをそのまま受け止めた。

大剣を最小限でかわし、ラーナの腕を脇で挟み込むようにして押さえ込みラーナの両の手を掴んで拘束する。

 

暴れるラーナ、シグルドは必死にその四肢を抑え込み話しかける。

今一度呼びかけに応じてくれれば・・・、シグルドは諦める事なく語りかけていた。

 

「今のも、あなたが加減してくれているから避けられたのです!もう少しです!もう少しで自分を取り戻せるはずです!」シグルドの語りかけにラーナの力は少しづつ緩んでいるように感じる、シグルドは確信していた。



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黒炎

暖かい光がラーナを照らす・・・。

まるで微睡の中で朝日が差して、まだ眠い瞼をゆっくり開けるような・・・。長い夜が開けて、新しい一日が始まるような・・・。

そんな優しい光に誘われていくような感覚を覚えて、ラーナは現実へと誘われた。

 

でもそれは、絶望だった・・・。

目を開ければ血に染まるシグルドの身体、急激に冷える体温を感じながらラーナはシグルドの腹部に深々と漆黒の大剣を突き立てていた。

 

「あ、ああああ!」ラーナはその大剣を離して瞬時に全てを察した。これは自身が犯した罪、シグルドを刺したのは紛れもなく私・・・。

混乱した脳内にその情景が一瞬に入り、後悔が流れ込んだ。

 

 

「・・・ラーナ様、目覚められましたか。」

 

「シ、シグルド様!」ラーナはシグルドにリライブをかける、淡い光を腹部に当てるが、とめどなく吹き出す出血を抑えることはできない。それでも止めることはできずにリライブを重ね掛けする。

 

「よかった、ラーナ様・・・ご無事で・・・。」

 

「な、何を言うのです!そのためにあなたが、私などのためにこのような・・・。」

 

「うっ!・・・ごほっ!・・・・・・いいのです。

これで・・・カルトが安心して戦えるようになるなら、これで・・・。」

 

「バカを言わないで!シグルド様がいるから、カルトはここまでやってこれたはずです!私など、こんな年老いた私が生き延びても・・・。」ラーナは必死に魔力で治癒を行うがシグルドの身体はどんどん冷えていく・・・。

 

「そんな事は、ありません・・・。私は・・・、たくさんの人に救われてここまできました。・・・ラーナ様、あなたもその一人です。

・・・もし、私があなたを犠牲にして生きながらえても・・・、私は死んだも同然です。・・・死ぬのなら、誰を救って死にたい・・・。」シグルドは首の力を失い、その場で動かなくなる。

 

「だ、ダメよ!シグルド!私のために、命を・・・。」ラーナは必死に回復を続ける、自分の命を燃やすようにシグルドに熱を与えていく・・・。

 

 

「シグルド!」カルトの絶叫が飛ぶ、彼の体から生気が失われていった。このままでは・・・、その焦りがカルトより悲痛な声が生まれた。

 

「くくく・・・。カルトよ、あっちは決着がついたようだな。そろそろこちらも終局といこう。」アルヴィスは懐から真っ黒い本を取り出して左手に持つ、魔力を込め出すと吹き出していた炎が黒く染まり出した。

 

「アルヴィス・・・、お前それは!」カルトの驚きにアルヴィスは笑う、右手をかざすと魔力を放出させる。

 

「ブラックファイア!」黒炎が広がり出しカルトを襲う、すかさずカルトは冷却を伴うエルウインドで対抗するが、まるで払うことができない。

とっさに回避するが、地面を伝って生きているかのようにカルトは延焼していく・・・。

 

「なっ!・・・ライトニング!!」とっさに溜めた魔力を光魔法に変換する、炎の形状に惑わされたが先ほどのエルウインドの影響を受けないあたりでとっさにカルトは変更したのであった。

黒い炎は強烈な光の照射に当てられ、縮小していき・・・。通常の炎となり消えていった。

 

「アルヴィス、どういう事だ。・・・身も心も闇に堕としたか!」カルトの怒りにアルヴィスは不敵に笑う。

 

「貴様らが俺の心をざわつかせるからだよ。

・・・どうだカルト、俺の闇は深いだろ?」

 

「やめろ!アルヴィス!!これ以上そちらに踏み込むな!

お前は必死に己の内と戦ってきたんだろ?」

 

「・・・もうそんな事はどうでもいい。お前にさえ勝てば、俺は・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「くくくっ!お前が求めてる書はこちらに向かっているぞ。だが皮肉にもアゼルが作った山が邪魔してここまで来れるかどうか、それまで俺の力から逃げ切れるかな・・・。」

カルトは焦る、ラーナの魔力ではシグルドを救う事は出来ない・・・、しかしここを離れることも出来ない。

どうする・・・、どうする!

 

「トルネード!!」カルトの右腕、クブリがアルヴィスに攻撃魔法を放ち体の自由を奪う。

 

「カルト様!行ってください!私のリライブ程度ではラーナ様と力を合わせても助けられません!!」

 

「ば、バカな!今のアルヴィスはお前の手では・・・。」

 

「行ってください!必ずシグルド様を助けて戻ってきてください。」

 

「・・・すまん、クブリ!!」カルトは一目散にシグルドの元へと走る。クブリは笑って送り出し、再びアルヴィスを見るやトルネードに力を入れる。

大出力の竜巻がアルヴィスを襲っているが 炎が竜巻より現れ、まるで風を食いつくさんと覆い出した。

 

「風魔法の竜巻は、局地的な気圧の低下による吹き下ろし現象・・・。炎の熱は上昇気流を生じる、相殺できるさ・・・。」アルヴィスは冷ややかに言いすてると強風の中から出てくる。

 

(この人、魔法物理にも精通している。強い・・・。)

クブリは魔道書を持ち、対抗する。

 

「やめておけ、カルト以外魔法で勝てる奴はいない・・・。黙ってそこを通してもらおう。」

 

「わかっている、僕はここで命を捨ててでも主君に時間を与える。」クブリは汗を流しながら虚勢を貼るが、アルヴィスは冷笑を絶やす事はなかった。

 

「ほう・・・、では私の魔法に何分耐えられるかな・・・。詫びを入れて道を譲れば見逃してやる。」

クブリは瞬間に遊ばれていることを悟るが、チャンスとばかりの乗る。拷問による攻撃なら即死魔法はない、耐えることができれば時間が稼げる・・・。

 

「僕はカルト公の最も信頼を受ける賢者クブリだ!主君に背く真似はしない!!」クブリの言葉に苛立つアルヴィスは、黒い炎を上げ出すのであった。

 

 

ラーナの必死のリライブだが、全く状況は改善せず、流れる血液も止められないでいた。

 

「ラーナ様!」カルトが到着するなり、リカバーの光がシグルドを照らす。

 

「ああっ!カルト!ごめんなさい、あなたの大切な・・・。」

 

「大丈夫です!シグルドは死なない!!こんなところで終わる男ではない。起きろ!シグルド!!」カルトの到着で止血するが、次は大剣を抜く時に同時に細胞生成を行う必要がある。

ヴェルダンでカルトを回復させたように、複数人の癒し手と生成する為の熟練の回復術が必要だが、ここにはクロード神父もエーディンもいない。カルトは止血で手一杯、ラーナの魔力では追いつかず、クブリもアルヴィスと戦ってくれている。手詰まりであった。

 

「くそっ!このままじゃあ・・・。」カルトはリカバーをさらに出力を上げて止血と生成を同時に出来るか試してみるが、それは不可能であった。クロード神父が二人いなければ今のシグルドを救う事は出来ないだろう。

 

「カルト・・・、私がやってみます。」ラーナは意を決してシグルドに淡い光を当て出す、それはリライブとは違う命の光。ラーナの淡い桜色のような光がシグルドを包んだ。

 

「ラーナ様・・・?いけません、あの魔法は以前一度私を救うのに使っています!次使えば必ず命を落とします!」

 

「いいのです、あなた達をここで見殺しにするようならレヴィンに母親として会うことなどできません。」

ラーナは命の光を燃やしてシグルドに再起を願うのであった、だが・・・。

 

(ダメ・・・。魔力も、私の命も、サークレットの主に奪われて足りない・・・。)

ラーナは悟っていた、自身の残りの命を差し出してもシグルドを再び立ち上がらせる確率は極めて低い・・・。

それでもかける価値はあった、ラーナの体はすでに骨という骨が砕け、全身に痛みが襲っている。気を抜けば痛みと疲労で気を失ってしまうほどの状況で、魔力と命を振り絞ることなど限界をいくつ超えても不可能だった。

 

ラーナの命の光が損なわれていく中、意識に語りかける者がいた。

それはサークレットに長年体を奪われて、母子で死闘まで演じさせららたカルトの母・・・、セーラだった。

 

(ラーナ様・・・、お久しぶりです。カルトをここまで守ってくれてありがとう。)

 

(セ、セーラなの?ああっ、あなたサークレットの中に・・・。)

 

(はい、私の魂の一部ですが・・・。封入することができました。

事情は知っております、私の命も使ってください。)

 

(セーラ、ありがとう。一緒にいきましょう!)

 

再びラーナから命の光がほとばしる、カルトは再び取り戻す命の光に驚き。これがラーナだけのものではないと悟った。

 

「セーラ、母さん?」カルトはラーナを見て、母親の影が重なって見えていた。

 

ラーナは一つ、頷くと再び光を発した。

みるみるうちに組織が生成されていくが最後の工程、大剣を抜く際の血管の修復させるほどの光ではなかった。

カルトのリカバーはシグルドの生命維持に精一杯、再び追い込まれていく・・・。

その中でもう一つ奇跡が起こる。カルトの体が光り、ラーナの額にあるサークレットが共鳴したのだ。

 

(セーラ・・・。)ラーナの意識の中でもう一人の人格がセーラを呼ぶ、セーラは直感でその者を理解した。

 

(・・・あ、あなた?)

 

(ああ、マイオスだ・・・。)

 

(ど、どうして・・・。)

 

(最後にカルトの意識の中で死んだ、そしてここにいる儂はお前と似たような物だ。)

 

(最後はカルトの意識に触れたのですね。)

 

(ああ、お前たちに償いきれない罪を犯し続けた。今更許してくれとは言わぬ・・・、やるべき時は今だと悟ったから出てきたまで・・・。セーラ、儂の魂を使え!)

 

(あなた・・・。)

 

(頼む!使ってくれ、最後はカルトの役に立って死にたい。

・・・カルトは儂を許さないだろうが、せめて孫たちの世代のために・・・。)

 

(はい・・・、一緒にいきましょう・・・、あなた・・・。)

 

閃光がシグルドを襲い、黒い大剣は溶けるように腹部から消える・・・。シグルドの顔色は血色を帯びていて命の危険を脱していた。

ラーナは糸が切れたようにその場で崩れる。額のサークレットは自然と外れて地面に落ち、ラーナは解放された。

しかし、全ての命の根源を使い果たし命は消えようとしていた。

 

「ラーナ様!嫌です、起きてください。」

 

「カルト、あなたの両親がシグルド様を救ってくれたのですよ。あなたは両親の愛を感じたのではないですか?」

 

「・・・はい、私にも感じました。最後の最後に・・・親父も、お袋も、俺に大事な物を残していった。・・・私は幸せ者です。」

 

「そうね・・・。私も幸せよ、カルト・・・。あなたがいたからレヴィンはシレジアの王になって、私に孫を見せてくれた・・・。

もう私も悔いはありません・・・。カルト、あなたに看取ってもらえて嬉しいわ。」

 

「だ、ダメです!ラーナ様、目を開けてください!ラーナ様!!」

ラーナは安らかに息を引き取った・・・、カルトの慟哭が丘中に響いた。

 

 

「どうだ?クブリとやら・・・。俺のブラックファイアの味は?」

アルヴィスの黒炎がクブリを焼いていた・・・。

左腕は炎に包まれ、右足も足先から膝あたりまでに及んでいた。

 

ブラックファイアの恐ろしさは痛みだった・・・。

通常の火傷でもかなりの痛みなのに、痛覚増幅作用がある黒い炎はその数倍の痛みを伴う、温度以上にやけど裂傷の痛みが数倍となり脳内に響いた。

 

「あっ!あーーーー!!」クブリの金切り声の悲鳴が上がる・・・。

涙を流し、激しい動悸と息切れで意識が何度となくとばされそうになるが必死に堪えて、頭をあげた。

その反抗的な目にアルヴィスは苛立ちを見せ、前髪を握ると引き上げた。

 

「どうだ、そろそろ命乞いをすればとうだ?成人に達した人は七割を超えて火傷すれば死ぬと言われているが、俺のブラックファイアでは三割で死ぬ。お前はすでに三割を超えようとしている、その意味がわかるな・・・。」クブリは痛みで憔悴した顔を上げるが、少しいびつに笑う。

 

「わ・・・たしは、カルト・・・様の・・・。ぶか・・・、あなたのような人の、ことばに・・・。」アルヴィスは明らかに不愉快になり、怒りを露わに苛立たせた。

再びブラックファイアで、クブリの右足を鼠蹊部から焼き払う。

 

「あ、ああああああ!」クブリの悲鳴が再び上がる、首を振り痛みを拒絶するが脳内に増幅された入る信号に神経が焼き切れそうなくらいに稲妻が走る。

クブリの精神が気絶を要請しているが自身が拒絶する、気絶をすれば無抵抗のカルトに被害が及ぶ、そうなれば二人の生存確率は一気に下がってしまう・・・。

クブリは自身を生贄に、時間を作り出していた・・・。

 

(まだ、時間は・・・。全然進んでいない、いつまで耐えられるのだろう・・・。)クブリの精神が弱音を吐く、それでもやれるところまでやり抜くしかない・・・。

 

「見ろ、水だ。かけて欲しいか?それとも飲ませて欲しいか?」アルヴィスは丘の所々に溜まる水を手で掬い取りをクブリの眼前にちらつかせる。

クブリの喉がなる。喉も悲鳴で乾ききり、炎で焼け爛れた皮膚は熱を帯びて冷却を求めた。

 

「さあ、カルトを裏切れ!罵れ!呪え!」アルヴィスの言葉が甘美に聞こえる、楽になりたい・・・。クブリの欲求は自身の脳裏に響いた。

 

「わ・・・たしは、・・・カルト、様の・・・。」意識が朦朧とする中でもクブリの感情は思慕と尊敬のみ、アルヴィスの苛立ちは最高潮となった。

 

「もういい、貴様の忠誠心はわかった。今楽にしてやる。」アルヴィスは黒炎を上げてクブリに迫る、次は一気に全身を焼くだろう。そうなれば火傷の痛みで精神が崩壊するのが先か、焼死が先か・・・。

覚悟を決めることとなる。

 

「待て!」アルヴィスを止める声が上がる、アルヴィスはピクリとして振り返るとデューがいた。

 

「なんだ、盗賊風情が俺を止めるとはな・・・。」

 

「僕だけじゃないよ!」デューの振り返りを合図に飛ぶ一矢、アルヴィスの腕に深々と弓が当たり、吹き飛んだ。

クブリの横を抜けて10メートルほど転がり止まる。

 

「ぐあああ!この威力、この矢・・・、まさか・・・。」アルヴィスは立ち上がり、弓を引き抜くとデューの隣には聖弓イチイバルをもつブリキッドがアルヴィスを見下すように見据えていた。

 

「ふんっ!海賊も、貴族も、弱いものいじめをする奴にはあたしの矢をプレゼントしてやってるよ!」

 

「だってさ!」デューは風の剣を抜き、ブリギットと共にアルヴィスと対峙する。

 

「お、おのれ・・・。どいつもこいつも・・・。」

 

「これがシグルドを慕い、集う仲間の力だ・・・。お前が失望して捨てた物がここにある。」シグルドの治療を終えたカルトは、クブリの元に駆け寄りリカバーを施していく・・・。

 

「お前が思うほど人は愚かではない・・・。確かに俺たちは幼少期にひどい扱いを受けてきた、それでもお前には一握りの暖かい光を持つ人がいた筈だ。何故その人達の為に信じることをしなかったのだ!」

 

「何を、馬鹿な・・・、俺には・・・。」アルヴィスの否定の言葉を遮るようにカルトを挟む。

 

「なら、あの新山を見ろ!アゼルは最後までお前を信じて命まで賭けたんだ!何故その人達をお前は信じない!!」

アルヴィスは黒い本を落として、髪をぐしゃぐしゃと掻き毟る・・・。自身の中の幼かった時のアゼルの笑顔が離れない・・・、アルヴィスの葛藤は胸の奥で濃くなっていくのである。



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失策

アルヴィスは揺れる・・・。

悪い事と一緒に埋めてしまったアゼルの笑顔、アゼルの母が分け隔てなく与えてくれた日々を・・・。

苦しい。その事すらもアルヴィスは苦しくなり、足元に落ちた黒い本を持つ。

 

「アルヴィス!」

 

「もういい!!これ以上語るな・・・。」アルヴィスの顔はひどく歪み、笑みなのか苦痛を耐える顔をしてるのかもはや判別できなかった。

 

「この本を持つとお前達の言葉が遠くなり気分が晴れる。カルト、お前もシグルドも邪魔だ、俺の前から消えろ!」黒い炎が立ち上らせた。

 

「お前を救いたかった。すまない、アルヴィス・・・。

だが・・・、だからと言ってこの命をお前に差し出すつもりはない!

・・・勝負だ!」

 

「カルト!僕も戦う!!一対一で戦う必要なんてないよ。」

 

「そうだ!あたしにもやらせろ!そいつはお前だけの相手ではない!」デューとブリキットも加勢に入るが、カルトは首を横に振る。

 

「アルヴィスは俺に任せてくれ・・・。アルヴィスとだけは、決着をつけないと何も始まらないし、終わらない・・・、そんな気がするんだ。」

 

「しかし!」ブリキットは弓を引き絞って拒絶する。全ての元凶が目の前にあるのに手を出すなでは引っ込むわけがない、射撃体勢にはいる。

 

「頼む・・・、何よりクブリを助けてやってほしい。二人でなら小柄なクブリくらいなんとかなる筈だ・・・。」

 

「カルト、シグルドを除いてなら逃してやらん事もないぞ・・・。まあ、ここを切り抜けてもグランベルから無事に逃げ切れる保証まではやらんがな・・・。」アルヴィスの言葉にカルトは軽く笑ってみせる。

 

「ふっ、とりあえず礼は述べておこう・・・。

デュー、さあもう行け!お前とは長い縁だったな、ブリキットと仲良くな・・・。」カルトの言葉にデューは察する。勝っても負けてもカルトとデューは二度と出会う事はない、そう思えて涙が溢れる。

 

「カルト、絶対に勝ってね・・・。僕待ってるよ!」デューはカルトのローブに顔を埋めて勝利を願う・・・、カルトはそっとデューを抱き寄せて互いの生還を願った。

 

「さあ、寛大な私でもそろそろ時間が惜しい・・・。最後の勝負と行こうか・・・、お前の顔はこれ以上見たくない。」アルヴィスが再び黒い禍々しいオーラを放ちながら迫る、カルトもまた魔力を放出されて応える。デューはクブリを背中に背負うとブリキットとともに丘を下り始める、シグルドはまだ目覚めない・・・。

危機は脱したが失血が彼の意識をまだ奪っている。シグルドも本当は託したかったが、アルヴィスは念を押すという事は彼を任せれば四人とも本格的に追撃部隊が派遣されて抹殺されるだろう。

苦渋の決断でシグルドは残す判断をした・・・。

 

「お前も、闇の炎に焼かれるがいい。」アルヴィスの黒炎は徐々に辺りから侵食するようにカルトを襲うが、カルトが左手をかざすとあたりの草と共に一閃され消え失せた。

 

「な、なに!」

「風の聖剣・・・、エクスカリバー。」狼狽えるアルヴィスをよそにカルトの目はアルヴィスの闇を見据えていた、そして左手に持つ聖剣は実体を持たぬ魔法で形どった剣である。

 

「は、馬鹿な!魔力を物質化して形成するなど聞いた事もない!」アルヴィスは頭の中でカルトの力を模索する。

確かにカルトは古代魔術の一つである付与魔法、エンチャントマジックを使ってみせた事があったが、ここまで大掛かりなものではなかった。それをわずか数年で昇華し、魔力を実体化させる事に成功したと言うのか・・・。

改めてカルトの才能にアルヴィスは嫉妬に近い感情を覚える。

 

「ヘルファイア!!」黒炎が地面の下から地割れが起き、地表へ吹き出す。カルトはジャンプして退避する足場を探して飛び乗るがアルヴィスは次の魔法を繰り出した。

 

「ブラックファイア!」再びジャンプして青空は逃れるが次は足場がないが、カルトは動じない。

左手に持つエクスカリバーを上段より一閃すると黒い炎は割れて消え失せる、まるでモーゼの如く割れた炎はともとに戻らずカルトの回りを焼くだけであった。

それどころかアルヴィスはその一閃を胸部に受けて衣服を破り、血が滲んでいた。

 

「終わりだ、アルヴィス!降参しろ!!」炎の障壁に阻まれて姿が見えないが、いるであろう方角に警告を発する。

返答がない様子にカルトはエクスカリバーを上段に振り上げて再び炎を斬ろうとしたが、その前にアルヴィスは自身の黒炎を全身に浴びながらカルトに迫った。

 

カルトの振り下ろす剣よりもさらに内まで間合いを詰め、右手でカルトの左腕を掴んだ。さらに膝蹴りがカルトの腹部に入り、聖剣が形を崩して消失する。

 

カルトの背後に周り、腕を背中越しに締め上げて地面に倒す。

痛みで呻くカルトだが、次第に笑い声になっていた。アルヴィスは不快な気分となりさらに締め上げる。

 

「何がおかしい!」

 

「いや、なに。あのエリートのアルヴィス様が、俺相手に随分泥臭くなったな、と思ってな・・・。」

 

「まだ減らず口を叩くか、もうあの時の私達とは立ち場が違う!もうあの時には戻れないのだよ!」

 

「それはお前だけだよ。俺も、アゼルも、あの頃の志しは何一つ変わってないつもりだ!変わったのは、お前の心だ。」

 

「だ、だまれ!ペイン!!」アルヴィスはとうとう純然たる闇魔法を使用する。カルトの腕の痛みが闇魔法の痛覚増幅魔法により、カルトの脳内に過剰に痛みを叩き込む。

 

「うあああああ!」まだ腕は折られていないのにバキバキに折られたかのような激痛、カルトの意識が刈り取られそうになるが必死に耐える。荒い息を整え、その激痛に耐えた。

 

「ほう、よく耐えたな。ならば次は、こうだ!!」アルヴィスはカルトの右腕をへし折る。さらにペインを使った痛覚増幅にカルトは再び声を上げた。

獣のようなうめき声の後、白目を剥いて崩れる。

 

「はあ、はあ、流石に意識が飛んだか。・・・止めだ。」

 

アルヴィスは魔力を開放させる、意識を失っていても油断は出来ないとアルヴィスは最大魔法の準備に入る。

 

 

(カルト・・・、起きてください。懐にあるロザリオを天にかざしなさい。)

カルトの意識に優しいクロードの言葉が響く、カルトは左手をゆっくりと懐に伸ばして探ると神父が着用していたロザリオが落ちた。先程デューと抱き合った時に彼が忍ばせたのだろう、こんな物を持っていた記憶などない・・・、震える手でロザリオを掴む。

 

「貴様も神に祈るのか・・・。だが、その時間もやらん!」アルヴィスはファラフレイムを繰り出す瞬間に、カルトは左手のロザリオをかざした。

爆発的な光がロザリオから発すると、ヴェルトマーから彗星のような光の飛来物が衝突する。

衝撃に吹き飛ばされたアルヴィスは、すぐさま立ち上がりカルトを見据える。

 

「ま、まさか・・・。この光は・・・。」アルヴィスは再びファラフレイムの準備に入ろうとするが、光の中心から放たれた風の刃にアルヴィスの左腕が飛んだ。

 

「ぐああああ!」アルヴィスは再び吹き飛ばされ、リライブで治療を始める。

 

光が収束し、カルトが姿を表す。

折られた右腕は完治しており、その右腕には聖書が持たれている。

 

「くっ!アイーダめ、しくじったな!足止めも出来ぬとは・・・ 。」リライブを放つが出血がひどい、簡単には治癒しない。アルヴィスは焦る。

だが、アルヴィスの左腕は宙を舞い、アルヴィスの出血口に接触する。

 

「リブロー」カルトの魔法がアルヴィスに対して輝く白い光がアルヴィスの左腕を回復させたのだ。

 

「今のが、リブローだと!リカバー並みだ・・・ 。」アルヴィスは驚愕し、くっついた腕が完全に機能していることにも驚きを隠せない。

 

 

「神父、アゼル、デュー・・・。みんな、ありがとう。」カルトは礼を述べ、腕を広げた。

空に描く大きな魔法陣は北の戦場を暖かく照らした。死闘となっているシグルドの軍にリザーブを放ち、傷を癒やしたのだ。

 

「これで、少しは逃げきれればいいのだが・・・。」カルトは憂いの表情を見せて北の大地に祈る。

 

「無駄な事を・・・ 、死ぬのが少し遅れただけの事。お前たちはここで逃げ切れても俺がやがて大陸を支配し、根絶やしにするだけだ。」アルヴィスの言葉にカルトはゆっくりと向き、憂いの表情を崩さなかった。

 

「お前は、平等な世界を作るのだろう?俺たちを迫害する事で平等な世界を築けるのか?」

 

「俺の邪魔する奴は、この世界に必要ない!私を支持する者を集め、平等な世界を作る!」

 

「・・・それでは永遠に平等な世界など作れやしない、今の王国諸国と同じではないか。一部の特権階級が自分の都合のいい社会基盤を築く事と何が違う?」

 

「ならば!貴様はどのような世界を望む!!」アルヴィスはエルファイアーを放つ、カルトに襲いかかるがカルトの指運び一つで炎は霧散し、消え失せる。

 

「民衆主導の国家を形成する。代表者が政治の方針を決めて、法治者が判断して法を作り政を進める。」

 

「くだらぬ、知性の乏しい民衆の意見を反映させれば国は滅びるだけだ!絶対的な権力を持ち、平等な世界を作る事が最短の近道なのだ!!」

 

「・・・最短の道を目指すわけではないさ。試行錯誤して皆が参加する政治、間違える事もあるかもしれないが、成熟すればいい国家形成になると俺は思う。」

 

「ば、ばかな・・・、そんな夢物語。」アルヴィスは反論するがカルトの目は全く揺れていない、むしろアルヴィスの方が動揺していた。

平等な世界、アルヴィスの言葉よりカルトの方が明らかにそれは理想とする世界に近い・・・。平等と謳いながら民衆を卑下するアルヴィスの言動には無理があった、その民衆が国の大半を占めている事に気づいていないからだろう・・・。

 

「アルヴィス、もう退け。

聖書ナーガが俺の手にある以上貴様に勝ち目はない、それにお前を殺す事が目的ではない。ディアドラの記憶を戻しシグルドへ返す、お前はヴェルトマーへ戻ってシグルドの判断を受けろ。」

 

「・・・お前はどうするのだ。」

 

「なに?」

 

「ナーガの書を持ち、絶対的な力を持つお前はどうする?

その力でこの大陸を収めようとは思わぬのか?」

 

「・・・・・・俺はお前と同じ影だ、禁忌を犯したアズムール王により秘密裏に作られた偽りの聖者・・・。

ナーガの書はディアドラに返上し、お前の持つロプトウスの書を以前と同じように封印する。・・・俺はその後、消える。」

 

「消える・・・、自害するとでも言うのか。」

 

「この大陸から消える。・・・新天地を目指すさ。

お前も来い。この大陸で生きられないなら、お前も俺と共に新天地を目指そう。」

 

「・・・・・・・・・。」アルヴィスは黒の聖書、ロプトウスを取り出すとファラフレイムの書と共に持ち、カルトによろよろと歩んだ。

頭の中は混乱しているのだろうがカルトがナーガを持ってしまった以上ロプトウスの書を持ち、多少の闇魔法を用いても勝ち目はない。

最大限の力を発揮できないアルヴィスとナーガを持ってしまったカルトでは絶対的な差を生んでいた。それを証明するかのようにアルヴィスがファラフレイムまで出してきているという事は実質降参を意味する。

カルトはナーガを取り出して前に突き出す、アルヴィスはその書に合わせようと同じく突き出した。

 

・・・終わった。クロード神父は負ける、と言っていたがこれが成就すれば負けではない。

シグルドの軍は多数の死者が出てるが全滅はしていない、シグルドも生きている・・・これで上々だ。

カルトの脳裏に安堵が一瞬生まれるが、自身ですぐに否定する。

運命は変わっていないと断言していたクロード神父の言葉の意味を探ると違和感があった、この結末はあまりに弱すぎる。

カルトのこの思考がアルヴィスに隙を与えてしまう。アルヴィスはロプトウスの書をカルトの胸元に押し当て、反対の手に持つファラフレイムの書を捨ててカルトのナーガの書を奪い取る。

 

「なに!」

 

「ぐわあああ!」アルヴィスはナーガの書から嫌われて、手に火傷を負いすぐさま投げ捨てる。アルヴィスはナーガの書をカルトから離させる事に成功し、ロプトウスをカルトに与える事に成功した。

 

黒の聖書はカルトの胸元から体内に入り込んでいく。そしてカルトの白銀の髪はくすんだ栗色の髪になり、神々しい魔力は失われいった。

 

「な、これは・・・。」動揺するカルトにアルヴィスは咄嗟に捨てたファラフレイムを拾うと笑う。

 

「お前の血をロプトウスの書で封印した、これでお前は以前の風の力を多少操れるだけの魔道士に成り下がった。

私も今ので闇の魔法は使えなくなったが、安いものだ。」

 

「くっ、まさかこんな事が・・・。」カルトは自身の魔力を探るが光の魔法は全く使えなくなっていた。エクスカリバーもオーラも使用不能、魔力の質も低下していた。

 

「死ね、カルト!!」魔力を最大限に捻り出す。

カルトも対抗策を考え、魔力を放出させるが逃げの一手しか思いつかない。一撃目の攻撃にカルトは後手に回ってしまい、的確な反撃ができない。

 

「ボルガノン!」

 

「!」地から迸る炎、ファラフレイムを考えていたカルトはさらに動揺する。咄嗟ではエルウインドの飛翔しか思い浮かばず、宙に逃げるがその後は以前と同じ戦略で仕留めにくる。

 

「メティオ!」天空から降り注ぐ炎に直撃を受け、大地に叩きつけられ、そして・・・。

 

「エルファイアー!!」カルトはその身を巨大な炎に包まれた。

さすがのアルヴィスも第三撃にファラフレイムを使えなかったが、今のカルトには致命傷であった。

全身火傷を負い、力なく倒れる姿が現れる。

 

「・・・カルト、悪く思うなよ。」一瞬間を置いたアルヴィスは再び魔力を集め出す。

 

ファラフレイムの準備ができ、カルトは瀕死の重傷を負いながらアルヴィスを見据えた。その目は以前のアルヴィスのように思えた・・・。

 

(アルヴィス、やはりお前は・・・。)

 

放たれる炎の最大権限、カルトは覚悟を決めて目を閉じた。

 

(クロード神父、これがあなたの見た運命の扉ですか・・・。すみません、俺のアルヴィスへ甘さが運命を変える事が出来ない要因だったのですね。)

 

覚悟を決めたカルトだが、その炎は直前で割れてまぬがれた。

再び目を開けるカルトの前には常に諦める事を知らず、最後まで潔く戦い続ける聖騎士シグルドが、今再び戦場に舞い戻ってきたのであった。



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道筋

「カルト、すまない。・・・こんな局面で君一人に任せてしまい、許してくれ。」聖剣を握り直し、再び一閃するとファラフレイムの炎は両断され太陽の色の炎は夕焼けの陽炎と溶け合うように消えていった。

 

「はあ、はあ・・・。シグルドめ・・・!!」さすがのアルヴィスも連発した大魔法に続き、ファラフレイムまで凌がれてしまい疲労がピークを迎えた。追撃は出来ず、荒い息を整えていた。それは瀕死で立ち上がる事ができないカルトも、失血からの意識低下から復帰したシグルドも、カルトを助ける事で精一杯だった。

3人はすでに限界を超えている・・・、誰が終いの一撃を初めに入れられるかにまで終幕が近づいてきていた。

 

「シグルド・・・、ありがとう。

お前は約束通り・・・。いや、それ以上に俺の両親すら救ってくれた・・・。礼を言うのは俺の方だ。」

 

「ならば、礼はこの後・・・。美味いワインをご馳走してもらおう。」少し笑うと、崩れた膝を叱咤してシグルドは立つ。

 

「シレジアの、・・・あの店を押さえておこう。」カルトは上体を起こしていく・・・。

 

「まだ立つか・・・、いいだろう。二人まとめて灰にしてやる!」アルヴィスもふらつく足に力を入れて魔力を込める。

 

「来い!アルヴィス!!」シグルドは気力で剣を構えるが、多量の失血でさっきの一撃が渾身だった・・・。目だけは強い光は発しているが力はまるで入ってない・・・。

 

「シグルド・・・、傷は癒えたが失われた血液までは戻ってない。無理はするな・・・。」カルトは必死に立ち上がろうとするが未だに回復が進まない、通常の人間ならとっくに死んでいいほどの火傷を負っていた。

 

アルヴィスがエルファイアーを使用する。シグルドは瞬間的に力を使い、そのエルファイアーを振り払う。

 

「カルト・・・。お前は以前エスリンを助けるために自身の血液を分け与えたそうだな、その後も戦い続けたと聞いた。君の戦いを聞いて私がへこたれているわけにはいかない。」

そう言うとシグルドはアルヴィスに走る、アルヴィスはファイアーを連続に飛ばして距離に対しての牽制を行うがシグルドは止まらない。

そのまま間合いにまで入ると袈裟懸けに切りつける。

アルヴィスは腰にある小剣でティルフィングを受けて流した。

 

「まだまだ!」シグルドは連続攻撃でアルヴィスに魔法を使わせない。

 

「アルヴィスめ、・・・シレジアの剣技を・・・。くっ!回復してくれ!!」カルトは必死にリカバーを使うが光が弱い、ヘイムの力を奪われて聖杖の力も弱まっていた。

必死に立ち上がろうとするが火傷のダメージは深く、カルトの変化した魔力では到底癒せない。それどころか命を保つだけで精一杯だった、それでもなお立ち上がろうとする気力がある事が驚きである。

 

シグルドがアルヴィスの小剣を砕く、カルトのように剣を砕かれずに捌き切れる魔道士などほぼいないだろう。アルヴィスの付け焼き刃ではすぐにその結果として出る。

 

砕かれたアルヴィスはそのまま切りつけられて倒れるが、すぐさま立ち上がる。剣がティルフィングの威力を弱めたので致命傷に至らない、起き上がり様にエルファイアーをくらいシグルドは吹き飛んだ。

 

転がるシグルドをカルトは上体を起き上がり、彼を止める。カルトごと数メートル転がると静止し、シグルドにリライブを当てる。

 

「シグルド!しっかりしろ!」

 

「・・・大丈夫だ、まだまだ。」シグルドは立ち上がってアルヴィスを見る、アルヴィスは回復を始めていてあちらもすぐには動けないようだった。

 

「シグルド、逃げるんだ。アルヴィスもあれだけ手傷を負っていたらここから逃げ切れる。・・・あとは俺が引き受ける。」小声でシグルドに語るカルトにシグルドも応える。

 

「・・・いや、ここから逃げても。この戦場からは逃げきれんさ、私も、カルトもな・・・。」

 

「・・・最後まで戦うか?」

 

「私は、な・・・。逃げるのはカルト、君だ・・・。」

 

「な、何を言う・・・。俺は何があってもここから引くわけには・・・。」

 

「残念だが、クロード神父の運命は確実に進んでいる。

・・・その中で、最善を尽くすなら。・・・カルト、君がロプトウスの書を持って逃げ切ることだ。

カギの一つが揃わなければ、復活にはならない。」

 

「・・・しかし!お前は、諦めるのか?ディアドラの事を・・・。」

 

「諦めはしない、アルヴィスは刺し違えても私が倒すつもりだ、だが神父の言葉を無視できない。・・・ならばカルトを逃す事が今できる最大の抵抗だと思ってな・・・。」シグルドの顔はひどく穏やかだった。失血で意識もはっきりしているかわからない、余裕などどこにもないのに・・・。それでも彼はいつもの様に凛々しく、清らかに、カルトと戦略を練っていた。

 

「・・・どのみちヘイムの力を封印された俺には転移魔法を使う力はない、魔力も尽きてきている。

逃げきれぬようなら、残りの魔力を爆発させてアルヴィスにぶつけてやる。」カルトは起き上がろうとするが、シグルドは肩を抑えて地に戻す。

 

「その力は温存してくれ・・・、君にはまだ大事な仕事が残っているはずだ・・・。脱出する機会はじきにくる、私を信じて待ってくれ。」

 

「それは、どう言う事だ?・・・シグルド!」カルトは手を伸ばすが、シグルドは前へ進む。一度振り返ったシグルドの顔は再び穏やかな笑みを向けていた。

 

「シグルドー!!」カルトも追いたかった、必死に力を入れるがシグルドの最後の一言がのしかかり動けない。

 

力を温存、一体何のために・・・。

その自問自答に、シグルドの言いたかった言葉が可能性となって頭に浮かぶ・・・。

その可能性を知ったカルトは、力を入れる事をやめ、二人の結末を祈る事にした。

 

「シグルド・・・。」

「アルヴィス・・・。」二人は沈黙する。

互いに言いたい事があるが、どちらかの命が消える・・・。邪魔者が消える以上語る事など無用、無駄な会話は動揺を誘われかねない。

その思考が成立していた・・・。目が訴え、体が動くのを待つ・・・。

 

シグルドはティルフィングを構える、胸元まで腕を畳み剣先はアルヴィスへ・・・。上体を低く構えて利き足を後ろへ目一杯引いた。

 

「捨て身か・・・。」アルヴィスは呟く、聖剣の力と自身の突進力からくる一点突破の突き技。決まれば必殺であるが体は完全に無防備、躱されてもアルヴィスには遠距離攻撃ができる魔法のカウンターになすすべがない。

 

「・・・失望したぞ、シグルド。

いくら私が手傷を負っていても、正面からなら躱すくらいなんとでもできる。カルトの入れ知恵がなければお前は無能だったのか?」

 

「・・・聖剣はお前には破れない、それを証明しよう。」シグルドはさらに引いた利き足に力を入れる。・・・外す事など考えない、どのみち躱されたら再び力を入れる事は出来ないほどシグルドは消耗している。

 

「本気だな・・・。」アルヴィスは残された魔力を絞り出す。彼もかなり魔力が落ちてきているが、ここで出し惜しみなどできない。

魔力を最大限に開放し、迎撃態勢を取った。

 

「いくぞ!」シグルドは大地を蹴り上げる、踏みしめられた地は大きくえぐれて宙を舞う。恐ろしいほどの初速がアルヴィスの間合いを侵略するが、十分引きつけたところでアルヴィスの魔法が飛ぶ。

 

「ボルガノン!」シグルド前方の地が割れて炎が飛び出すがシグルドは速度を落とさない、そのまま炎に巻き込まれる。

アルヴィスも油断せず第2撃を準備する、案の定シグルドは突き抜けて初速から加速されてアルヴィスに迫った。

 

「馬鹿め!」アルヴィスは半身をずらしてシグルドの剣先を躱すと、凄まじい風圧と共にシグルドが過ぎ去った。

そこにアルヴィスのファラフレイムが発動した。

 

太陽のような色の炎が出現し、シグルドに向けて発動した瞬間。

アルヴィスの体が、袈裟斬りに、左肩から腹部まで深く傷ついた。

アルヴィスは吐血し、片膝をつく。

 

「ば、ばかな。なぜ・・?」

 

ファラフレイムに襲われるシグルドを見ると、彼の左手にはもう一本の剣が持たれていた。それは先ほどの戦いで見たカルトのエクスカリバーを実体させた刃・・・。シグルドはそれを持ち、躱されたティルフィングの突きを躱された後にアルヴィスへ斬りつけた。

エクスカリバーは振りかざすと真空の刃を飛ばす、先ほどのカルトが黒炎を斬った現象を思い出した。

ファラフレイムが直撃し、シグルドの体を焼く中・・・。

 

「私の聖剣は一本ではない。父上と、カルトから授かった聖剣の痛み、人生の最後まで刻んでおけ。」アルヴィスはその言葉を聞くとそのまま崩れるように倒れた・・・。

 

「シグルドー!!」カルトの絶叫が夕闇を迎えた丘に響く・・・。

シグルドは再び、穏やかな目に戻るとカルトに手を振る。

 

「カルト、さらばだ・・・。ありがとう・・・。」炎がみるみるあたりの空気を吸い込み膨れ上がる、陽炎の中でシグルドの姿は消えていき、そして炎の中で無音の風切り音が響いた。

 

 

炎が消えていく中、残ったものは聖剣だけであった・・・。

大地に突き刺さり、緑の宝玉は一段と輝き夕焼けの光を反射されている。

 

カルトは這いずるようにアルヴィスへ向かう、意識はないが辛うじて呼吸している。

奴だけは殺す!カルトは殺気を隠そうとせずに迫った。

鬼気迫るカルト、彼も命は尽きようとしている・・・、その前にアルヴィスだけは始末するつもりだった。

 

「やめておけ・・・。」カルトの背後で声をかける存在がいた。

カルトは振り返ると、そこにはフュリーの相棒が少女の姿で佇んでいた。

 

「お、お前はウエンディ!どうしてここに!?まさかフュリーが?」

 

「安心しろ、フュリーはここにはいない。私だけだ。」ウエンディはカルトの脇に頭を割り込ませるとひょい、とカルトを持ち上げる。

 

「さあ、行くぞ!」

 

「ど、何処へだ!それに、アルヴィス!!奴だけは始末をつけなければ!!」

 

「今のお前では、アルヴィスを殺す事など出来ぬ。」

 

「ならば、頼む!奴を始末してくれ!」

 

「私は人と関わりたくないのでな・・・、まして私に関係ないあやつなど殺す理由などない。」

 

「じゃあ、なぜ俺を助ける!俺なんかじゃなくて!シグルドを助けてくれよ!!」カルトの言葉にウエンディは遠慮なく、頰を叩いて黙らせる。

 

「バルドの末裔がお前を助けてほしい、そう頼まれたからだ。

私はフュリー以外のやつの命令など毛ほども聞く気は無かった。だがな、やつの心が私の心を穿ったのじゃ・・・。

絶望の戦いと知ってなお、お前を生かそうと考えるバルドの末裔、その心意気とフュリーの願いが一致した。それだけだ。」

 

「フュリーの願い?」

 

「つべこべうるさい、私の背中でゆっくり考えてろ。」ウエンディはファルコンに姿を変えると、北へ、大空へ羽ばたいた・・・。

 

(いかんのう・・・、もうこやつの体はいかなる癒しの力も受け付けん・・・。命が持つかどうかは、こやつ次第か・・・。)

ウエンディは、加速する。

北へ、北へ・・・。白き大地のシレジアを目指すのであった。

 

 

 

今、一つの歴史が終わりを告げようとしていた・・・。

 

イザークの動乱を端に始まったグランベルの動乱は、各国の思惑が一人の青年を数奇な運命に引きずり込み、数多の英雄が道半ばにして志を全うし、潰えていった・・・。

 

志半ばで生き絶えた者・・・。

 

シグルド アルヴィスのファラフレイムにより倒れる・・・。

 

キュアン シグルドの救援に向かうもトラキアの謀略によりトラバントのグングニルに敗れる。

 

エスリン キュアン戦死後、陣頭の指揮に立つがオイフェを救い、命を落とす。

 

アレク バーハラの血戦にて、最後まで退路を守り戦死。

 

ノイッシュ アレクとともにバーハラの血戦にて退路を守り戦死。

 

アーダン 退路の殿を守り通し、戦死。 仁王立ちのまま落命し、敵をも驚かせたという・・・。

 

アゼル バーハラの血戦にて、ロートリッターのメティオの使い手を道連れにしてボルガノンで地形破壊を引き起こす。

南北を分断させ、シグルド軍の生存数を引き上げた・・・。

 

レックス アーダンと共に、最後まで殿を守り通し戦死。

 

ミデェール アレク達と共に退路を守り、戦死。

 

ホリン アグストリアにて、カルトに決闘を挑み戦死。

妻アイラとその子供達の居場所を撹乱する事に成功した。

 

アイラ バーハラの血戦にて、誰よりもバーハラ兵を斬り殺して生き絶える。

 

ジャムカ バーハラの血戦にて、アイラと同じくらいバーハラ兵を葬り、戦死。

 

ベオウルフ アレク達と共に、最後まで退路を守り戦死。

 

クロード ヴェルトマー城にてナーガの書を入手するが、ロプト教団員と戦い、刺し違える。

 

 

生き延びた者・・・。

 

オイフェ イザークに落ち延び、次の世代を育成する。

マリアンと結ばれ、一児を設ける。

 

マリアン イザークに落ち延び、オイフェと結ばれる。

自身の飛竜をアルテナに与え、指導にあたる。

 

エスニャ シレジアで子供達を育てるが、フリージ軍に姉と共に連れ去られる。ブルームに反旗を翻し、戦死する。

 

クブリ デューの孤児院で傷を癒し、シルヴィアと再会する。その後各地を巡り行方不明に・・・。

 

フィン リーフを育てながら、圧政から人々を守る生活を送る。

 

エーディン イザークに逃げ延び、ティルナノグで人々を助けている。

 

デュー ブリギットと共に落ち延び、ミレトス自治区で孤児院を設立。バーハラの血戦で孤児となった子供の面倒を見る。

 

ラケシス トラキア半島でフィンと共に戦うが、紛争の中戦死する。

 

シルヴィア シレジアでクブリを待っていたが帰らず・・・。

一児をシレジアで産み、その後デューの知らせを聞いて再開する。

 

フュリー レヴィンとの間に二人の子をもうける、その後病没。

 

ティルテュ エスニャ共々フリージ軍に囚われ、トラキア半島へ。

ブルーム夫人に虐げられ、自殺。

 

ブリギット デューと共に孤児院を設立、尽力するがある日を境に行方不明に・・・。

 

バイロン ティルナノグで若き世代を育て上げる。

 

キンボイス ヴェルダン王となり、アグストリア、シレジアとの貿易にて富を得る。兵力を増強し、グランベルに対抗する。

 

シャガール アグストリア王。賢王となり日々ヴェルダンとシレジアの関係に尽力し、アレスの帰還を待ちわびている。

 

レヴィン シレジア王、とある事件にてロプト教団に襲われる。

命を落としかけたが、生還・・・。

その後突然王政を撤廃し、各地を巡り行方不明。

 

レイミア シレジアで一児を設けるが、待ち人帰らず。ヴェルダンに移り住んだとの噂が立つ・・・。

 

マーニャ クロードとの間に一児を設ける、出産の予後が悪く病没。

 

パメラ レックスとの間に一児を設ける、その後ロプト教団との戦いで戦死。

 

ディートバ ベオウルフとの間に一児を設ける、ロプト教団に殺される。

 

 

運命の扉は開かれ、光は・・・。




これで通常の親世代はここで終わりとなります。

が、あと数話カルトの話を描かせていただきます。
彼の最期、見届けて下さいますと有難いです。

また、親の世代だけで100話を超えてしまいました。
このまま子世代の話を次の話で書くべきか、新たな小説として書いた方がいいのか迷ってます。

よろしければ、アドバイスをお願いします。


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竜族

月明かり、少し眠っていたが急速に冷える空気と新鮮な空気を吸い込み覚醒する。

ウェンディの羽毛に包まれて寒さはなかったが頭部を露出していたので意識を取り戻した。

 

「うっ!つううー!」覚醒するなり体中の火傷が疼きだした。

眼下にはシレジアの、雪に包まれた白い大地が広がっていた。

 

「シレジアはもう雪景色か・・・ 、ついこの間までここにいたのにな・・・。」

 

「む!目が覚めたか、・・・よく生きていたな。」

 

「お前の羽毛が俺の体温を保ってくれていたからな、助かるよ。」カルトは包まって有り難る。

 

「それより、わかったか?シレジアに帰還させた訳が・・・。」

 

「多分、約束の事だろ?」カルトの少し自身のない返答にウェンディは満足する。

 

「わかっているじゃないか、なら言うことはない。急ぐぞ!」ウェンディは一層速度を上げると、カルトは振り落とされないように羽毛の一つを掴んで体を埋もれさせた。

 

「はあ・・・、はあ・・・。」時間が経っても体はまるで良くならない、命の灯火は終わりを迎えようとしている・・・。

ここまでよく持ってくれた。ここまで来たら、シグルドの言う最後の仕事まで完遂したい、その思いで繋いでいた・・・。

それとあと一つ・・・、ウエンディの言う約束も・・・。

本日のシレジアは夕方まで降った雪が止み、満月が闇夜を照らす白銀の世界であった。風もなく、気温は低いが体感温度はさほど厳しいものではない。

なにより、火傷で疼く痛みが緩和されるように感じた。

 

「・・・・・・帰っても、俺は・・・。」クロードのバルキリーの杖がない以上、カルトを救う術はない。

マーニャを救う事でバルキリーの杖は失われている、それにクロード神父もおそらく・・・。懐にあるロザリオ取り出して握りしめる。

 

「みんな、済まない・・・。シグルドを救えなかった・・・。くそっ!」

 

「・・・お前はよくやった。お前がいなければロプト教団の真実も知らずにバルドの末裔は殺されておっただろう、卑下する事ではない。」

 

「お前に何がわかる!」カルトはウェンディの言葉につい激昂する、すぐに顔を下に向けて謝罪の言葉を投げかける。

 

「あんな戦いの後だ。ましてお前はもう死ぬ身、気持ちが安定しない事は承知の上だ。

私にも見えるのだ、未来が・・・。」

 

「ウェンディ、君は一体・・・。」

 

「お前こそ失礼だぞ。私はエルダーファルコン、ヴェルダンでは神獣と讃えられ、この大陸では誰よりも年上なのだ。

・・・私はかつてこの大陸ではない地で生まれ、ここに連行された。

飛竜も、ペガサスも、ファルコンも・・・。ガレに捕らえられてこの大陸に連れてこられた。」

 

「な、何だと・・・。」

 

「我らは奴の戦力として連れてこられた。もっとも従う義理はないから従属した奴が死んだ時に野に帰り、この大陸で住みよい場所を探して繁殖した。」

 

「なら、お前は先の聖戦の生き証人なのか・・・。」

 

「ああ・・・。全てとは言わんが、大体の事は・・・。ダーナの奇跡から、神々の存在までな。」

 

「教えてくれ!聖戦とはなんなんだ?ロプトウスと聖戦士は何故生まれたんだ?」

 

「お前は、どう思う?自分なりに調べたのだろ?」

 

「神々の系譜、それはダーナの奇跡で与えられた血が脈々と受け継がれ、神器を持つ為に与えられた力、それはロプトウスを滅ぼす為。そこまでは理解できる、だがその厄災の中心であるロプトウスは何故産まれた!突然そのような力を持つガレが表舞台に現れた、そこが全くわからない。」

 

「そうだろうな、この大陸で起こった事は伝承に残っているだろうが、あの大陸で起こった事が理解できなければまるで意味がわからないだろうな・・・。」

 

「あの大陸?ウェンディが住んでいた大陸の事か?」

 

「・・・ ガレはこの大陸の者だ。何らかの理由で我らの大陸に渡り暗黒竜と地の契約を交わし、力を得た。」

 

「竜の力?」

 

「君と同じ、竜の力だ。」

 

「ロプトウスと、ナーガが?」

 

「そうだ。ナーガとロプトウスは心の力を源に発揮する魔法、ただしロプトウスは負の力を源にするがな・・・。」

 

「そんな・・・。」

 

「暗黒竜ロプトウスは、ガレの計画に乗ったのだ。

・・・ガレは狡猾な男だった。古代竜族は種としての限界を迎えつつあり滅びを迎えていた、その滅びゆく竜たちはその力と凶暴性を竜石に封じ込めて人以下の存在となって生き延びるか、理性を失い野獣として生きるか・・・。どちらにしても種としていつは滅びる運命を辿っていた。

ガレは、その滅びゆく暗黒竜と取引した・・・。」

 

「それが、血の契約・・・ 。」

 

「そうだ・・・、その血を受け入れたガレは人を超越した。

そして、滅びゆくロプトウスの一族を救うべく計画に移そうとした。・・・恐ろしい計画を・・・。」

 

「一体・・・、何が?」

 

「この大陸を制覇した後、人々を絶望に支配させロプトウスをこの地に召喚する事だ。」

 

「な!なに!!」

 

「ロプトウスは負の感情の象徴。この地を絶望で覆い、ロプトウスを召喚させてナーガの支配が及ばないこの地で自身の勢力を伸ばそうとした。」

 

「・・・・・・想像を超えるな。」

 

「どのような形でこの地に召喚しようとしているのか、それはわからん。だが、この計画だけは確かだ・・・。

私には人の事には興味がない・・・。だが、私の大陸の厄災をこの地に負債を負わせる事は我慢がならん・・・。

ナーガの末裔であるお前の答えを聞きたい、その上で私が出来る事があれば協力は惜しまぬ。」

 

カルトは目を閉じる・・・。命燃え尽きるこの最後で、聖戦の核心に迫る情報にカルトは体内に眠るロプトウスの書の始末を考える。

シグルドの言う最後の仕事、しくじるわけにはいかなかった・・・。

意を決したカルトは顔を上げる、その顔には全てを達観し出した結論だった。

 

 

 

「やはり・・・か・・・。」レヴィンは肩を落として、報告に項垂れる。バーハラの戦いでシグルドが戦死した訃報を諜報員からの伝令を聞き、落胆を隠せない。

フュリーとマーニャ、エスニャとティルテュ姉妹もその報告に登城し涙する。

 

「アゼル・・・、嘘よね・・・。アゼル・・・。」

 

「カルト様は!カルト様はどうなったのです!」エスニャは夫の報告を聞きたくて前のめりになっていた。

 

「カルト公は行方不明だそうです・・・。ただ、かなりの傷を負っているそうで・・・。」シレジアの少年魔道士が答えづらそうに報告書を記載を辿る。

 

「ああ・・・、カルト様・・・。」

 

「グランベルから各国の通達によりますと、この度のバーハラの戦いにて反逆者が逃げ込んだ時は引き渡すよう来ています。」

 

「グランベルめ・・・、たった2日でここまで手を回してくるとは・・・。

ティルテュ、エスニャ・・・。君たちは気にするな、今まで通りこの地で静養してくれ。敗走兵は残念ながら表立って匿う事は出来ないが、君たちは初めからバーハラに行軍していない。範疇外と思っていてくれ・・・。」

 

「あ、ありがとうございます・・・。」エスニャは呆然とするティルテュを庇い、礼を入れる。

 

「フュリー、今日は二人を泊める。寝室の準備を頼んでおいてくれ・・・。」

 

「はい、わかりました。」

 

「い、いえ!そんなお気遣いを・・・。私たちは城下の宿舎に・・・。」

 

「気にするな、今君たちの子供を乳母たちが上で世話しているんだ。

ここで泊まった方が早い。・・・それにフュリーも喜ぶだろう。」

 

「ティルテュ様、エスニャ様・・・、今日はご一緒して下さい。

ウエンディもどこかへ出かけてしまって寂しいです・・・。お願いします。」深々と頭を下げるフュリーに二人は同意する。

 

「フュリー、俺はここでこの件の処理をしている。

そちらにはいかぬから、気兼ねなくくつろいくれ・・・。

お前も、深夜に火急の報告ご苦労だった、休んでくれ。

 

「はっ!ではこれで失礼致します。」少年魔道士は早々と退席すると、レヴィンは一人残されて山積みの書類に目を通す。

 

机の上にある、オレンジカクテルに手を伸ばす。

カルトが気に入り、よく愛飲していたこのカクテル・・・。レヴィンもすっかり気に入り、喉に流し込んだ。

 

「バカヤロウ・・・。」私室からバルコニーの外に見える月を見上げる、白銀に反射する冷たい月の光が、辺りを驚くくらいに明るく照らしていた。

 

「今日のオレンジは・・・、目にしみやがる・・・。」果実を絞る容器を壁に投げつけるとその場で崩れるように座り込み、レヴィンは膝を抱えて項垂れた・・・。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

いつの間に眠っていたレヴィン、不意に髪が風になびき冷たい風が頬を撫でた。

 

「う・・・、いかんな。眠っていたか・・・。」隙間風に起こされたレヴィンは、バルコニーの出入り口の窓に手をかけた時、そこに血だらけになり壁にもたれて立っているのがやっとのカルトと再会する。

 

「カルト!!」

 

「・・・よお、レヴィン。」そのまま崩れるように倒れるカルトを抱いて抱きしめるレヴィン、あたりの雪はカルトの地で染まり広がっていく・・・。すぐさまレヴィンはリライブを使うが、カルトがその手を止める。

 

「いいんだ・・・。俺はもう朝日を見ることができないだろう・・・。」カルトの言葉にレヴィンは声を張り上げる。

 

「バカヤロウ!なぜ帰ってきた!!シグルドと運命を共にしなかった!!・・・ここに帰ってきたら、お前を重罪人として罰せねばならないだろうが!!」

 

「俺には、まだ仕事がある。それが終われば、好きにすればいい・・・。レヴィン、頼む・・・。エスニャに、伝言を・・・。」

 

「大事な事はお前自身が話せ!エスニャも、お前の子供達もここにいる!誰か、誰かおらぬか!!」レヴィンは慌ただしくあたりの者に対して声を張り上げた。

 

 

「エスニャ様!カルト様が帰ってこられました!!すぐレヴィン様の私室へ!!」フュリーはレヴィンから伝心を受けてエスニャを私室に戻らせる。知らせを受けた3人はすぐ様レヴィンの私室へなだれ込むが、レヴィンが制止する。

 

「・・・カルトはもう助からない。

皆、心して面会せよ。」レヴィンの言葉に4人は涙を流す。

 

「泣いてる時間はない!心して話せ・・・、時間が惜しい。」レヴィンの喝に4人は軍の妻の顔になり、その扉を開いた。

カルトは、バルコニーの壁にもたれゆっくりと顔を上げると、笑顔する。

 

「エスニャ・・・。ティルテュ、フュリー、マーニャ・・・。」

 

「あ、あなた・・・。激務、お疲れ様でした!」エスニャは一礼すると、二人もそれに倣う。

 

「・・・レプトールは、シグルドが倒した。エスニャの伝言、確かに伝えた。」

 

「うん、・・・うん・・・。」

 

「アゼルは・・・、立派に勤めを果たした・・・。アゼルがいなかったら、全滅したかもしれない・・・。あいつは正義を守り通した・・・。」

 

「カルト様・・・、ありがとう・・・ございます!」ティルテュは泣き崩れる。

 

「クロード神父は、最後まで、運命を抗った。俺に・・・ナーガの書を届けてくれた。」カルトはロザリオをマーニャに手渡しながら伝える、カルトはクロードの最期は見ていないが感づいておりありのままをマーニャに伝える。

 

「カルト公、ご配慮・・・。ありがとうございます。」マーニャの覚悟は相当な物で気丈に振る舞う、フュリーを気遣っている様が痛々しく伝わった。

 

「カルト、あなたも立派に役目を果たされたのですね。お疲れ様でした。」フュリーも涙ながらに再度一礼する。

 

「ああ・・・。エスニャ、子供は?・・・生まれたんだろう?」

 

「はい!見てください・・・。あなたの言う通り、女の子です。

・・・名前はカルト様がつけてくださると信じて、まだつけてません!是非、この子の為に名を・・・お願いします!」エスニャはカルトに抱かせるとカルトは穏やかにその寝息を立てる愛娘を愛おしく見つめる。

 

「・・・・・・リンダ。この国の言葉の意味は、・・・希望の光。

この子は、きっとこの大陸に光をもたらす。

・・・リンダ、お前にはこの魔道書を。」カルトは懐からオーラの魔道書を添える。

 

「アミッド・・・、いるんだろう?出てきなさい。」カルトはさらに後ろからこちらを見ているアミッドに声をかける。

 

「アミッド!いつからそこに?」エスニャは振り返り驚く。

 

「ちちうえ!ごめんない!!だいじなおはなしちゅう!」走り出てきて一礼する、カルトはアミッドをリンダと共に抱き寄せて笑う。

 

「いいんだ・・・、アミッドもよく頑張ったな。

お前にはこの剣とサークレット、それとこの本をやろう。」

 

「ちちうえ?これは・・・。」

 

「エクスカリバーの書だ。俺の・・・、オリジナルだぞ・・・。

最近、ようやく完成した本だ・・・。受け取れ。」

 

「あ、ありがとうございます!・・・ちちうえー!!」アミッドは胸にすがりつくと堰を切ったように泣き出した、我慢が限界を迎えたのだろう・・・。

 

「カルト・・・。酷なようだが、お前は重罪人だ。

1回目の無断出国は叔父上たちの謀反阻止で不問としたが、今回は違う。同盟国への謀反者シグルドに同行し、二度目の無断出国。それも公務を預かる身でだ・・・。

お前に言い渡す処分は、死罪。・・・わかるな?」

 

「そ、そんな!レヴィン様、お考え直しを!この体では長くは持ちません、残りの命だけでも全うさせてあげて下さい!!」フュリーが制止するもレヴィンは首を横に降る。

 

「駄目だ!・・・残り少なくても、お前は我が国の罪をうけなければならない。この意味、わかるな?」

 

「・・・ああ、俺はどこで最後を迎えればいい?

斬首台か?それとも吊るし台か?」

 

「・・・お前には功績がある、そのような適応しない。

このシレジア国内で、自害を申付ける。好きな場所で始末を付けろ。

見届け人は、フュリーとウエンディ。お前達に任せていいか?」

レヴィンはバルコニーの外に語りかけると、白髪の少女が歩み出て承認する。フュリーは混乱しているが、ウエンディに促されて一礼する。

 

「執行は今日の朝までに行う事、それまではフュリーとウエンディの監視下の元で、自由とする。」

 

「レヴィン王、・・・あなたのご配慮に感謝いたします。

セイレーン公カルト、見事明朝までに立派な最後をお見せします!」

 

「っ・・・!

・・・以上とする!カルト、すまなかった・・・。」カルトの手をレヴィンは握りその目を見る。手の温度はまるでないが、命つきかけているにも関わらず輝きはまだ失っていない。レヴィンの顔は見る見るうちにくしゃくしゃになる。

 

「さらばだ、親友・・・。」そういうと、レヴィンは退室する。

残された者達は、その部屋で嗚咽と悲鳴で、木霊した・・・。



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終局

レヴィンの私室で、名残惜しく最期の言葉をかたったカルトはバルコニーにいたウェンディは、ファルコンの姿に変わると背中に乗るように促す。

フュリーは先に乗り、待つ事にした。

 

「カルト様!行かないで・・・ 、お願い!」エスニャとアミッドは背中に抱きつく。

 

「エスニャ、アミッド・・・ 。許してくれ、俺は・・・。」

 

「なら!私も・・・ 。」

「駄目だ!」

カルトは声を荒げて静止する。

 

「頼む・・・ 、ここで別れさせてくれ・・・。

お前達に、俺の無残な最期は見せたくない。

俺の中のロプトウスが、はらわたから食らい出てくるように暴れている。抑え込んでいられるのも時間の問題なんだ。」

 

エスニャの額に唇を当て、アミッドを一時抱き上げる。

 

「これで、最後だ。エスニャ・・・ 、短い間だったが、楽しかった。俺に家族のぬくもりを与えてくれたのは間違いなくお前だった。」

 

「わ、私も!カルト様と家族になれて楽しかった。

まだ、生まれ変わってもカルト様を見つけて、家族になります。」

ティルテュもマーニャも涙し、カルトを見送った。

 

 

「フュリー、ありがとう。・・・では、頼む。」

 

「・・・・・・うん。」ウェンディにそっと触れると空に舞い上がる。

 

ウェンディはバルコニーを2度、3度と旋回すると、シレジアから北の森林へ飛び立つ・・・。

 

 

 

「がはっ!・・・ごほっ!ごほっ!・・・ぐああああ!!」カルトは吐血し、ウェンディの体躯を赤く染める。

身体の中のロプトウスが暴れまわる中、カルトは必死に耐え家族との最期の会話をしていたのだ。命尽きようとしているカルトに無情に襲うロプトウス・・・、フュリーは怒りと恐怖を同時に覚える。

 

「カルト!すぐだからね!!すぐに、楽にしてあげるわ!」フュリーは涙を流し続けていた。

カルトと同じくらい、フュリーは涙を耐え家族への時間をできるだけ長く過ごさせる為に己を殺していた。

 

「はあ、はあ・・・。すまない、フュリー・・・。」

 

「いいの・・・、今はカルトを早く楽にしてあげたい。だから、ごめんね。」

 

「楽に、死なん・・・、俺には大事な最期の仕事がある。」

 

「まだ、なにかするの?・・・もうやめて!あなたがこれ以上苦しんでいる姿は見たくない!後は、私達に任せて眠って・・・、お願い・・・。」

 

「フュリー・・・、お前の気持ちは有り難い。

しかし、シグルドに託されたこの仕事をやり遂げなければ、俺の人生は完結出来ない。

俺が出会ったすべての人達の安寧を願い、ロプトウスの書を俺の魂ごと封印せねば、終われない・・・ 。」

 

「封印?・・・魂ごと?・・・やめて!あなたの魂も封印したら、あなたはエスニャの言う生まれ変わる事も出来ずに永遠に彷徨うことになるのよ!!・・・ううん、もしかしたら魂自身が消滅する事もあるのよ!」

 

「死後の世界なんて、あるかどうかもわからない物を俺は信じない。大事なのは、今であり、未来だ・・・。」

 

「そんな・・・。」

 

「そこだ!ウェンディ、そこに降ろしてくれ。」カルトが指差した場所はシレジア北東部の山頂に近い、森だった。

フュリーはその場所に覚えがある。

 

あれはアグストリアからカルトの転移で一人戻された時、カルトのお気に入りの場所に送ってくれた。

雪が融け、暖かい頃に鮮やかな花が咲き乱れ、一時の時間で舞い落ちる異国の木・・・。

フュリーはその光景を思い出し、懐かしむ・・・ 。

 

「俺は、この地でロプトウスを封印する。」カルトは降り立つと、すぐさま魔法の準備に入る。

 

魔法陣が浮かぶと、木を中心として展開しカルトは最期の魔力を放つ。

髪が再び、金色となりロプトウスの力を抑え込みヘイムの力が勝りだした。

 

「おおおおお!」カルトの中のロプトウスが暴れて抵抗するが、カルトの最後の魔力に押さえつけられる。

 

カルトのやけどの体から血が吹き出す、食いしばる歯が欠けて足元に転がる。髪は逆立ち、目から血が涙のように垂れ始める。  

 

「はああああ!」さらに魔力を上げる。

あたりは金色に染まり、強力な魔力が雪を排斥しだした。

 

「す、すごい・・・。」フュリーはそのあまりの天変地異に驚くが、ウェンディは目を細めて顔をしかめる。

 

「たりんな・・・ 。」

 

「えっ?」ウェンディのこぼす一言、フュリーは理解出来なかったがすぐ様それは現象となり現れた。

 

カルトの髪はもとのくすんだ栗色に戻りつつあった。

魔力は衰えだし、カルトの苦痛に歪む。

 

「駄目か・・・。」

 

「そんな・・・、あれだけの魔力でもおさえられないの?

カルト!」

輝く魔法陣はみるみるうちに歪み、黒く侵食を始める。ロプトウスがカルトを媒介にむりやり外に出ようとしているようである。

地獄の入り口が見えるかのような禍々しく変わり、カルトの周囲が黒い沼に変わるかのように瘴気が溢れ出す。

 

「くっ!くそ!!俺の、最期の魔法が・・・。」

 

「カルト!」フュリーの悲鳴に近い絶叫が飛び、カルトを救わんと走り出す。

 

「フュリー!来るな!!」

フュリーは制止も聞かなかった。今までカルトの言う事には聞いていたフュリー、最後の最後で彼女は意思の強い目を持ち走る。

 

「よっと!」ウェンディはフュリーの足を払い、転倒させる。 2回転し、地面に顔から突っ込む。

 

「ウェンディ!・・・何を、するつもり?」

立ち上がるとウェンディはカルトの横にいた、カルトの頭に触れ魔力を放出させて崩れた魔法陣を再構築する。

 

「私の未来、見えていたのだよ。

私は、ヘイムの末裔と共にする。」

 

「そ、そんな・・・。ウェンディ、あなたまで失うなんて・・・ 。」

 

「安心しろ、私がカルトを守ってやる。私の魂は人間とは比べ物にならないくらい強い。いつか、現世にカルトと共に戻れるように努力しよう。」

 

「ウェンディ・・・ 。」涙するフュリーにウェンディは申し訳なさそうにして、笑う。

 

「フュリー・・・、お前が私を外に連れ出して見えた未来だ。 お前が私を配下に置かなかったら、カルトは確実に救えなかっただろう・・・。

これはお前の功績だ・・・。だから胸を張れ!俯くな!進め!」

ウェンディの励ましがフュリーを立ち上がらせる、涙を拭き目に力が戻る。

ウェンディは一つ頷くと、笑顔を見せる。

 

「さあ、フュリー・・・もういけ。そしてこの地を護ってくれ。

ロプト教団はいづれこの地を嗅ぎつけて封印を時にやってくる、これからはお前たちが私達を守ってくれ。」カルトはそう言って目を閉じる。

 

「さあ、行こうかヘイムの末裔、お前と運命を共にするのも一興。」

 

「ああ・・・。「さらばだ、フュリー・・・ 。」」

 

二人の言葉が合わさり、白い光の爆発が夜を昼に変える。

フュリーはその閃光に目が眩み、しばらく開ける事が出来なかった。

 

「カルトー!ウェンディ!!」フュリーの呼びかけに応じる気配はない。目が開かず、手探りに辺りを歩んでも静寂に戻ったこの地はどうなってしまったのか逸る気持ちを抑えながらゆっくり歩んだ。

 

不意に、顔に何かが張り付く感覚、そっとそれを手に取り目を開ける。

そこには、あの鮮やかな色の花びらが一枚、フュリーの掌に乗っていた。

 

「えっ!まさか!」フュリーはカルトとウェンディのいた木を見つけて見上げるも、花は咲いてもいないし、新緑もない。

今から厳しい冬を迎えるこの時期に花など咲くわけがない、不思議と思いつつフュリーは花びらをそっとしまった。

夜が終わりを迎え、眩しい朝日が登り始める。その朝日が凍った空気中の水分を乱反射させたのだ、あたり一面がキラキラと輝きまるでこの日を祝福するかのようであった。

 

「カルトとウェンディの仕業ね、これは・・・ 。」木に語りかけ、輝く空の中で笑うフュリーだった。

 

「花が咲いたら、会いに来るね。」そっとそう言い、この地を後にするのであった。

 

 

 

こうして異端の英雄、カルトはその数奇な生涯を終えた・・・。

ロプトウスの書を封印した事により、史実とは大きな変化となった。復活が遅れ、各地に改変した国々が打倒アルヴィスとなり大きなうねりを生んでいく・・・ 。

だが、それでも尚、運命の扉は徐々に、徐々に開いていく事になる。




長きに渡り見てくださった方々、ありがとうございます。
今回で、親世代の最終回となります。
色々考えた結果、ここまでを上巻とし、子世代を下巻として再出発予定です。

しばらくは完結とせず、補完する内容があれは親世代に話を追加したりしながら子世代を描く予定です。

よろしければ下巻でもお付き合いしてくださいますと幸いです。


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