死神勇者~生きる意味を探して (イオシウム生命体)
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~意味を求めて~
1 死神少女


イオです!初めまして…

携帯を整理してたら、
なんか大昔に書いたものが
出てきちゃって…

故に修正はあまりしませんし、
駄文で読みにくいと思いますが、
付き合って頂けると嬉しいです!


廃墟。

かつて人が生活していた場所。

そして、未だに建物からは煙がたちこめ、死の匂いを運んでくる…。

その一角、地下室へ通じる岩の階段に、人が蜘蛛の巣を散らした後があった。

扉の向こうはとても湿っぽく、やや肌寒い外界とは違う空間が広がっている。

大小様々な樽に食糧を備蓄している地下倉庫のようだった。

「…ふぅ」

空になった小さい樽を投げ捨て、小さな影はため息をつく。

そのまま満足そうに頷くと、壁にもたれ掛かり、ゆっくりと体を落とした。

少しやつれた青白い顔に、光を反射するほどに綺麗な銀髪。腰の辺りまである髪はそのまま地面にとぐろを巻いていた。

焦点の合っていない赤い目は虚空を見つめ、だんだんと閉じていく…。

「レーベル・アルセンブラ。さようなら…また会う日まで」

少女はそう言って眠りに落ちた。

その目から涙がひとつ、こぼれ落ちた。

ミューゼ・イグシスはそれほど名門では無いが貴族の娘だった。若くして縁談を持ち込まれ、婚約者もいる。

両親は仕事で家を空けることが多かったが、婚約者のカストがよく遊びに連れていってくれるので寂しさは感じなかった。

「ミューゼ!こっちこっち!」

カストは笑いながらミューゼを呼ぶ。

「待ってよカスト〜!」

ミューゼも後を追った。

この日は珍しく両親が町から少し離れた森にハイキングに行こうと言って、カストも呼んで休日を楽しむつもりだったのだ。

 

「あまり遠くへ行かないようにしなさい!」ミューゼの父はそう叫んだ。

「そうね」ミューゼの母は何故かそれを悲しそうに見つめる「きっとあの子達は聞かないでしょうけれど…」

「我々も支度をするとしよう…行くぞ」

「えぇ…」

「随分遊んだなぁ」

カストは夕暮れの空を見上げて言った。

「そうね…早く戻らないと、父上と母上に怒られてしまうわ」

二人はそう言って手を繋いで来た道を戻っていく…。

自然と辺りが赤く染まり始めた。

…日が、落ちようとしている。

「あれ…ねぇカスト、父上と母上がいらっしゃらないわよ?」

キャンプで待っている筈のミューゼの両親は、もう既に居なかった。

「本当だ。キャンプもない…」カストは地面を調べた「ねぇミューゼ、君の父上と母上は勝手にキャンプの位置を変えたりしたりするのかい?」

「いいえ」ミューゼは首を振る「…!もしかして二人に何かがあったのかしら…」

「…いや、ミューゼの母上は剣を使えるし、父上は猟銃を持っていた筈だよ。何かがあれば音が聞こえてくる筈だ」

「…でもどうして急に…」

「考えるのは後にしよう」カストは護身用のサーベルを抜いた「夜はこの近郊にも魔物が出たって話があった…」

「カスト…」ミューゼはカストの青い瞳を覗き込んだ「私たち…帰れるのかな…」

「大丈夫」カストはミューゼの手を引く「たまに狩りでここまで来ることがあるんだ…道は分かるよ」

「そうね…ありがとう、カスト」

「いこう!」

二人は駆け出した。

「…!!」

銀髪の少女は飛び起きた。

…懐かしい夢を見ていた。

頭を振ってまで目覚めたのは、【その先】を知っているから…。

緑の草を染める赤。

落ちた婚約者のサーベル。

力の入らない体。虚ろな視線。

その身体を貫いていた…一本の大きな

「うああああああ!」少女は頭を振ってその光景を消そうと叫ぶ「やめろ!やめろ!私じゃない!やめろぉぉぉ…」

認めたくない。婚約者すら守れなかった自分を認めたくない。

そう、私はミューゼ・イグシス。

【死神勇者】ミューゼ・イグシス…。

私は死神。私に関わった者には全て等しく、【死が降りかかる】。

力なくとぼとぼと家に戻った頃には、カストがミューゼを庇って道を開いてから丸1日が経っていた。

「屋敷の電気が…」

ミューゼは呟いた。

屋敷の電気が全て消されている。

メイド達や図書室の電気は一晩中点いている筈である。

どういうことか分からないが、とても嫌な予感がした。

「おい!なんだこのガキは!」

背後から突然声をかけられ、その場に押し倒される。

「あうっ!痛い…痛いぃぃ…!」

「なんだよ血まみれじゃねぇか…」男は怪訝にミューゼを見つめた「あ…赤い瞳…てめぇまさか、魔族か…」

「放して!私の一族は代々ルビーの目をしていて、魔族のような光を反射しない目をしている訳じゃない!」

「…そうか」しかし男はミューゼを放さない「なら昨日に捨てられたっていう子供は、お前の事だったのか」

「…え?」

「まさか何も知らなかったのか?」男はナイフをミューゼの首筋に当てる「お前は捨てられたんだよ。あの日は魔王の軍が丁度通りかかる所だった。それを分かってて夜にあの森で取り残されるようにした訳だな。本人から聞いたんだ、間違いねぇ」

「…父上と…母上は?」

「殺したよ…俺が誰に見える?」

「そう、両親は借金があった」記憶を確かめるように【死神】は言う「カストの一族は名門で、そこに目を付けた両親は借金の件を伏せて私達を婚約させた…」

再び岩の床に腰を下ろすと、自分の禍々しい形をした得物が目に入る。

「私は住む場所を失った…」

突然男の体から力が抜けていった。

「全く。手配書通りの顔とはな」

さっきの男とは違う男の声がした。

「…?」ミューゼは声のする方を見上げる。青い自警団の服を着た若い男がこちらを見下ろしていた。

 

男はペンスと名乗った。

ペンスは両親を早くに亡くし、自警団になって生計を建てているそうだ。

「冒険者にならないかって誘われた事もあるんだが、全て断ってしまった」

「…どうして?」

ペンスに自警団の食堂で朝食をご馳走になりながらミューゼは首を傾げる。

「…実はな」内緒話をするようにペンスはミューゼの耳元で囁いた「…俺は【神託】を聞いたことがあるんだ」

「…!」神託とは、夢の中や現実に白い女神【人によって姿は様々だが】が現れ、魔王を討伐するに相応しい人に選ばれたと宣告される…つまり勇者になる資格そのものである。

「本人の意志の力が心器を作り出す…それこそが勇者の証…」ペンスは首から下げたペンダントを見せる「俺の心器だよ」

「すごい…!でも、どうして?」

「魔王を倒すのは簡単じゃない」ペンスはペンダントをしまう「犠牲も出るだろう。俺が旅に出るって知ったら、仲間たちはついてくるかもしれない。俺の勝手で仲間達を失う事に…耐えられなかったんだ」

「…」

「それにさ、魔王を倒したとして…そのあと自分はどうなるんだ?魔王が居なかった世界では、人と人が争いを続けていたって歴史があったんだ。だから俺は皆がひとつになってるこの時代が好きなんだ。…ちょっと君には理解出来ないかな?」

「…うん」

「そうか…そうだよなぁ」ペンスは少し考え込む「…あのさ、君、身寄りが無いんだよな?もしよかったらウチに来ないか?君が…良かったらだけど」

「…いいんですか?」

「いいさ。女の子一人食べさせる余裕はあるよ」ペンスは微笑んだ。

地下室を出ると、朝日が目にしみた。

「…」死神はドアを後ろ手で閉めると、階段を登り始める。

…ペンスの所で3年間過ごし、私は気づけば12歳になっていた。

そう。まさに12歳になったその日に…

魔王軍が私の街に攻め込んで来たのだ。

「とんだ誕生日になっちまったな」

ミューゼの手を引いてペンスは言う。

「…ここも敵が沢山いる!?」

「5匹ぐらいなら吹き飛ばすさ!【エッジオブサークル】!」5匹ほどの鎧に身を固めた犬男が悲鳴をあげながら吹き飛んだ「伊達に神託持ちの自警団じゃねえぜ?」

「まだいる!」

「裏を通るぞ!これじゃあ町は持たねぇ…一旦町から脱出しないとな…」

ペンスは建物の裏に回った。城壁に手をかけると、ブロックが一つ外れた。

「これって…隠し扉…?」

「あぁ」ペンスは扉を開けた「まぁ、俺がガキの時に作ったやつな」

二人はそこから町の外へ飛び出した。

そのまましばらく進んだ先で野営する。

「逃げ切った…?」

「まぁな」ペンスは干し肉をすすめる「食え…しかし町を見捨てて女の子と逃亡…自警団失格だなこりゃ」

「…」

「そんな顔すんなよ。俺はお前を選んだから今生きてるんだ…明日になったら出発しよう。近くに町が無いか探して、そんでそこでまたイチからやり直すんだ」

「ペンス…」

焚き火に照らされたペンスはとても頼もしかった。けれど…

「…」その顔が不穏に暗くなる「…でも、神託からは逃げられないのかもな」

「?」

「ミューゼ…言いにくいんだけどさ…」ペンスはミューゼを見つめた「俺な…勇者になろうと思う」

「ペンス…でもあなたは」

「あぁ。もしかしたらまた人と人とが争う世界になるかもしれない。けど、だからって逃げちゃいけないと思うんだ。それに…このネックレスが…」ペンスはネックレスを見せた「俺を呼んでる気がするんだ。真っ直ぐに魔王城に誘うように…」

「…」

「へ、変な話しちまったな?もう寝ようぜ!明日は少し早いからな」

 

ペンスはミューゼが寝たのを確認すると、小さなため息をついた。

「このペンダントの効果は、夜の間に着用者が魔物に襲われなくなるものだ…」

そして首から下げたペンダントをミューゼの首に静かに着ける。

「ミューゼ…何があったって俺は絶対にお前を守りきって見せる」

背後には大量の魔王軍の手先がいた。

ペンスは剣を静かに抜くと、一人猛然と立ち向かっていった。

次の日の朝にペンスは居なかった。

ミューゼは簡単に身支度を整えると、静かにその場をあとにした。

…なんとなく、もうペンスは居ない気がしていた。この世界に…

そして…

 

思ったとおり、少し歩くと不自然に曲がった彼の亡骸を見つけた。

命を挺してミューゼの存在を守ろうとしたのだろうか…?

「…どうして」視界がぼやけ、何か熱い物が目からこぼれ落ちる。

言っても、泣いても仕方がない。

分かっている…分かっているけれど。

そして目の前に…彼に突き刺さるようにあの剣があった。森がそこだけ途切れ、湧水の音が聞こえる中で…凶悪な形をした剣がそこにあった。刀とも剣とも斧とも言えそうな刀身。漆黒のボディに刻まれた、光る蒼い古代文字。

…微かにこの剣が、抜いてくれと言っている気がした…

ミューゼは剣の柄を握る。剣は斜めに地面に刺さっていたが、それでも彼女の身長のゆうに三倍はあった。

 

「…なるほど」

ミューゼははっと振り返る。

小さなコウモリが、赤い目を光らせながらこちらを見下ろしていた。

「誰…?」

「私は魔王…グラヴィード」

コウモリが声を発する。

魔王…?

「お前の事は…知っている…」コウモリははばたいて彼の死体に止まった「こいつはお前が殺したのだな?」

「私じゃない」怒りを押さえきれずにミューゼは叫んだ「あなたたちが…あなたたちのせいでペンスは…」

「いいや…お前が殺したはずだ」コウモリは言い放った「我が与えた神託に踊らされ、最後の最後でお前に命を預けた…お前の存在がこいつを殺した…」

「神託…まさか…貴方が!?」

「もっと面白い事を教えてやろう…その剣はお前の内なる願い…お前の【殺戮願望】が姿を成した心器だ」

「…わ…私の…殺戮願望?」

「そうだ。その剣【ブラックソウルブリンガー】…それこそが我を葬る可能性であり、我がわざわざお前に声をかけた所以」

「…この剣が貴方を倒す可能性…それを貴方自身から聞かされて、信じろって言うの?…どうしてそんな…」

「神託に拒否権はない。貴様に我が倒されるか、我が貴様を殺すか…せいぜい足掻くが良い。化け物の娘よ…」

だいたい思い出せるのはここまでだ。

あれから4年が経った。

背は伸び、少し女性らしさが出てきた容姿にはなったが、まだ魔王の元へは辿り着けていない。

そして今背中に背負っているのは、【不和の剣】ブラックソウルブリンガー…

彼女と冒険を共にすると、3日以内に死が降りかかる…。

いつの日か彼女は【死神勇者】と呼ばれ、人々から忌み嫌われるようになった。

彼女は魔王を探し続ける。きっと魔王を倒せば、この呪いは解ける。

自分の周りで死ぬ人が居なくなる。

ただ…そう信じて…。

「私の生きる意味を…証明する為に」

 



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2 孤児院の守護者

イオです!

書き貯めたものなので
結構沢山話数があるのですが、
少しずつ投稿していこうと
思っております…。


死を選ぶことも出来た…。

それでも私は逃げたくなかった。

どうして魔王がこんな真似をしてまで私に執着するのか…それを知りたかった…。

 

 

舗装された道に出た。

仲間が遺した地図によれば、小さな教会がこの先にぽつんと建っているらしい。

 

ミューゼ・イグシスは漆黒のプレートメイルと黒と蒼の装束を悟られないように、大きな白いマントを羽織って歩いていた。

背中の剣も布で巻いて隠してある。

春の陽気を肌で感じながら、鳥たちの声を頼りに進む。

 

目が見えにくいのは、魔剣をこれまでにかなりの回数行使してきた代償だ。

魔剣の力は彼女の生命エネルギーを媒介とする。しかし彼女から10メートルも離せば、その者の心の器たる心器は、使用者の心と共に破壊されてしまう。

 

…代償のお陰で瞳も隠さなければ、焦点の合いにくい赤い目を持っているせいで魔族扱いをされてしまう事もあった。

 

「…む」

ミューゼは立ち止まる。

目の前に綺麗な実を実らせた林檎の木が生えていたのだ。

「ハルノコのリンゴ…珍しい」

地面に転がっている一口サイズの林檎をいくつか選別し、手荷物の中に詰め込む。

そのうちひとつを口に放り込むと、豊満な蜜の味が口の中に広がり、喉の渇きが癒されていった。

「…うまいっ!」思わず声をあげる「この味は人の手が入ってる…」

 

「何者ですかっ!?」

 

ミューゼは声に驚いて危うく林檎の種を飲み込んでしまうところだった。

「うっ…ゲホゲホッ…」

 

「ロムナス孤児院に用事の方ですか?…所属と名を名乗りなさい。さもないと…」

ミューゼは声のする方を見る。

清楚な服装のシスターが一人、小振りなフルーレを構えてこちらを睨んでいた。

「ミューゼ・イグシス。べ…別に怪しい者じゃない。…飲み水を切らしちゃって、落ちていた林檎を…ごめんなさい」

一応警戒を解くために鞄を鎧から外し、中身を見せる。

「林檎泥棒ですか?」怪訝な顔でミューゼを睨む「一応この孤児院の敷地内なのですが…看板があったはずですよ」

…目が悪くて、文字が読めなかった。…ただの道標看板だと思って素通りしていたが、そこまで教会の敷地が広かったとは。

 

「間引きしている奴かなぁと思いまして…まぁ、無断で持っていけば泥棒ですよね…すみません」

しかし…名前を聞いても相手が身じろぐ様子はない。どうやら彼女は【死神勇者】については知らないようだ…

「…冒険者の方ですか」フルーレを腰に差しながらシスターは言った「こんな場所までいらしてくる方はなかなか居ませんが…所属している町はありますか?」

 

「いいえ。魔王軍に関する情報を集めているんです」ミューゼはシスターが剣をしまったのを安心してため息をつきながら言った「詳しくは言えないのですが、魔王にかけられた呪いを解きに、魔王のいる場所まで行く必要があって…」

 

「魔王にかけられた呪い…?」シスターはミューゼを見つめた「魔王が誰かに対して呪いを…?それは、クレリックやプリーストには相談しましたか?」

「いいえ。相談はしたけれど、手に負えないと言われました」ミューゼは鞄を再び鎧に取り付ける「飲み水を頂くだけで良いのです。この先の教会に立ち寄ってもよろしいでしょうか」

 

「そうでしたか…分かりました」シスターは頭を下げた「私は、オルテ=メイベリィと申します。ここから先にある孤児院…教会に所属しているシスター見習いです。そういう事でしたら、私が案内致します。あぁ、間引きしたものは置いていって構いませんよ。孤児院につきましたら収穫したものをご用意しますわ」

 

 

少し歩くと、小さなチャペルに四角い建物がくっついている教会のような建物に辿り着いた。

「あ、シスターお帰りなさい!」

「シスター!」

「お帰りなさい〜!」

着くなり、外で遊んでいた子供たちが沢山オルテの元に駆け寄ってきた。

「皆さん、朝のお祈りは済ませましたか?」オルテは笑いながら子供たちの頭を順番に撫でていく「冒険者の方がいらしました。皆さんくれぐれも粗相のないように」

「「はーい!」」

 

「…皆元気ですね」教会に入りながらオルテにミューゼは声をかける「私は貴族の生まれだったので、婚約者以外の同年代と話をする機会って無かったなぁ…」

「そうだったのですか?」オルテは目を丸くする「…ここの子供たちは、魔王軍によって親を失った子供たちなんです」

「…」ミューゼは話に耳を傾ける。

「かつて私がこの教会に孤児として来たとき、この教会の北にはひとつ街がありました」オルテは礼拝堂を歩きながら言う「でもそこも魔王軍の手に落ち…すぐ南に位置するこの教会も、魔王軍の標的になったのです。…そんな時にかつての司祭様が命を犠牲にして、この敷地内を魔族の知覚から完全に消すという結界を張ったのです」

 

「命を犠牲に…それって心技?」

「そうです」オルテはミューゼを見つめた「司祭様は神託を賜っておりました…その想いの力が神に伝わり、奇跡と呼べるものを呼び起こしたのです。私はそれに憧れてシスターになったんですよ」

「…」

神託、か。

「時間も時間ですし、お水を汲みになられたら朝食にしませんか?大した物はお出し出来ないのですが…」

「そんな、悪いですよ!」ミューゼは手を振った「ただ通りかかっただけなのに、そこまでご迷惑になるわけには…」

「では、ひとつお願いを聞いていただけませんか?」

「?」

フフッとオルテは笑った。

「お姉さん、よく食べるね…」

子供たちに引かれるぐらい沢山のアップルパイを平らげながら、ミューゼは幸せそうな声をあげる。

「はぁぁ…きちんと甘度調節がされた上質なハルノコのリンゴの甘美な味わい…!それにサクッと焼かれた幾重にも連なる牧場のバターのパイの味が…ハーモニー…ハーモニーですよこれは!もうひとつ!」

「はは…」オルテは苦笑しながらアップルパイを切り取り、ミューゼに渡す「お口に合って良かったですが…ミューゼさんもう12個目ですよ。苦しくありませんか?」

「…まぁ、ここら辺にしとかないと太っちゃうかなぁ…」自分の頬をつつきながらミューゼは呟いた「ほっぺた…落ちそう」

「そういえばシスター、司祭様は?」

子供の一人がオルテに問いかける。

「司祭様は馬車で近郊の村に買い出しに出掛けていますよ」

「そっかー」

「早く帰ってきて欲しいですね」

オルテは子供に笑いかけた。

ミューゼは表情を固くする。

…『今の司祭様が北にあるフォナス城塞に囚われているようなのです。私と司祭様を取り戻すのを手伝って頂けませんか?』

先程オルテからお願いされた内容だ。

しかし魔王軍の手先が捕虜を取ることは【絶対に無い】。生きている可能性は限りなく低いだろう。

「ねぇねぇお姉さん」小さな女の子に手を引かれた。

「どうしたの?」なるべく優しい微笑むように注意しながらミューゼは言った。

「この背中に背負ってるの、でっかい剣なの?つよいドラゴンみたいなの、これでやっつけちゃうの?」

「ドラゴンか…」ミューゼは普通に答えた「かつて私がドラゴンと定義していた魔物よりも沢山の種類が竜族として存在してたなぁ…そうだね、沢山やっつけたよ」

「かっこい〜!」

「オレ、お姉さんの剣技見たい!」

「あたしも!」

「君たち…」ミューゼはちょっと困って言った「この剣は必殺技だから、そう簡単に人には見せられないんだよ」

「ケチ」

「ぐは」子供ってやつは…

「こらっ!」オルテが子供たちをたしなめる「冒険者は光の加護を受け、神託を賜った神聖なお方なのですよ!あまり困らせるような事をしてはなりません!」

「はーい…」

しかし、未練がありそうにミューゼを見つめる子供たち。滅多に冒険者などを見る機会も無かったのだろう。

「仕方ないなぁ」ミューゼは立ち上がりながら言う「オルテさん、貴方はフルーレを使っているようですが、剣術の腕は?」

「私…ですか?」オルテは恥ずかしそうに片手で口を覆う「お恥ずかしながら…となり町の剣術大会で準優勝を頂きました。魔物相手に振った事はありませんが、純粋な腕なら、冒険者の方々にひけは取りませんかと」

「…じゃあ、私も自前のサーベルを使っていいなら、決闘しませんか?」ミューゼはニッと笑う「私の一族のサーベル捌きは、【紅の蜂】と称されていますよ…これでも元貴族ですから」

鎧を外し動きやすい格好になる。中庭に到着し、荷物からサーベルを出すと一、二回軽く振って感覚を取り戻した。

…埃被ってる。一年間あたりで剣術大会で握って以来だったからなぁ…

 

「それでは始めましょう」オルテは礼をして、フルーレを構える「ルールはお渡ししている競技用胸当てに傷を付けた方が勝利となります」

「…開始の合図は?」粘土が塗り込まれた特殊な防具を身につけながらミューゼはオルテに問いかける。

「この鈴を空に放り投げます」オルテは小さな鈴を見せた「これが地面に落ちた時にお互い地面を蹴って開始しましょう」

「…わかった。いつでもどうぞ」

 

「シスターが勝つとおもう?」

「いや、あのお姉さんもつよそうだよ」

「あ、ほら、はじまるわよ」

 

オルテが鈴を放り投げ、フルーレを静かに構える。ミューゼも体の力を抜き、攻撃に備えた。

…チリーン。

「…せあっ!」

まさに風のようにオルテが迫る。

「…!」ミューゼはオルテと打ち合った「うわぁ…やっぱり早い…」

「ミューゼさんも流石ですね」オルテは笑う「大抵の方は初撃で落ちてしまうのですが…うっ!?」

オルテが声をあげる。

ミューゼは次々とオルテに打ち込む。

飛びかかり上から強襲したと思ったら、姿勢を低く足払いからの一撃を見舞う。

…その動きは蜂そのものだ。

あまりにも早く、怒涛の勢いに押されぎみになるオルテ。

「そこだっ!!」

突然大振りにミューゼは振り抜く。

オルテの体勢が不意に崩れた。

「ぐうっ…」しかし…オルテの顔はニヤッと不敵な笑みを浮かべる「ふっ…掛かりましたね…?」

…しまった…

わざと力を分散させ、重いサーベルを持っているミューゼに隙を作ったのだ。

フルーレは非常に軽い剣。体勢を立て直すのはオルテの方が早い…

「これで終わりです!」

渾身の突きがミューゼを襲う。

しかしミューゼは慌てなかった。

剣は振れない…なら別を使うだけ。

体をずらし、最初の突きを避ける。

しかしもう足は地に着いていない。オルテがフルーレを振り抜けば勝敗はつく。

「ふっ…りゃあああああっ!!」

だから地面にサーベルを刺しこむ。

そのまま体を柔軟に捻ると、そこを支点にして宙へ舞い踊る。

サーベルを使った高跳び。

…もはや曲芸である。

しかも振り抜かれたフルーレを絶妙なタイミングで回避、着地時に器用にサーベルに巻き込む。

「…なっ!?」「せいやぁっ!」

そのまま地面に落ちたフルーレを伝い、驚愕の表情を浮かべたオルテに横一文字にサーベルを振り抜いた。

バシュッ!

競技用の胸当ての表面にある粘土に確かに傷がついた。

「…ととっ…」オルテの背後に立つと、少しよろけながらミューゼは振り返る「いやぁ、前半までのが【紅の蜂】の動き…後半は全然美しくなかったね、たはは…オルテさん、お怪我はありませんか?」

「えぇ」差し出された手を握り、オルテはミューゼを見つめた「ですがあの空中での身のこなし…もしかしたら貴方なら本当に魔王を倒せるかもしれませんね。いやはや、完敗です」

「オルテさんも強かったよ…」ミューゼは立ち上がらせながらため息をつく「うん。あれはシスターの動きじゃない…剣術は何処で習ったんです?」

「少し前に教会のシスターになってから、戦術書などを参考に自分で…あとは大会のメンバーと手合わせしているうちに、勝手に上達していたようですね」

「なんと独学とは…凄いセンスだ」

ミューゼは目を丸くした。

 

「すごい!」

「やっぱり冒険者って強いんだ!」

「オレは最初から分かってたけどな」

子供たちも満足したようだった。

ミューゼはサーベルの汚れを軽く布で拭き取ると荷物に戻す。

鎧を身につけ、教会の建物を出ると、もうオルテが準備を終えて立っていた。

 



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3 不和を操りし骸の王

イオです!

救いなんてありません。
これはあくまで鬱小説であり、
今思えば、
これを書いた時期は荒れてなぁと
思い返すぐらいの
ひどいお話となっております。

心して読んでください。
オルテさんは巨乳です。


「オルテさん、待ちましたか?」

「いいえ」オルテは首を振った「ご協力、感謝しますわ」

「さて…」ミューゼは歩き出しながら言った「我々はこれより敵地へと向かうわけですが…移動中に言っておきたい事があります」

「えぇ。よろしくお願いします」

舗装された街道を二人で歩きながら、ミューゼは教会が見えなくなった辺りでローブを脱ぎ去った。

 

「…私が協力出来るのは本日と明日だけ。3日以上私と会い続ける訳にはいきませんから…」漆黒のプレートアーマーに黒と蒼の戦装束…それをオルテに見せて言う「私は【死神勇者】。3日以上私に会えば、絶対に貴方に死が降りかかる…」

「…まさか貴方が…」オルテは驚きの表情を浮かべた「もしかしてそれが、魔王から受けた呪いなのですか?」

 

「そうかも知れないし…そうじゃないかも知れない…」ミューゼはローブを折り、マントのように羽織る「それを確かめる為に魔王を探しているんです…」

 

 

「ここが…フォナス城塞…」オルテはフルーレを握りなおす「ミューゼさん…ここから先は命の保証は出来ません。あの…」

 

深呼吸をして、息を整える。そして、

身体の奥底に眠る何かを引き出す。

 

「…私もこの先に用事があるから」ミューゼは両手剣の封を解いた「お互い、この先でもしも命を落とすことがあっても恨まない…それが冒険者の掟だよ。」

 

「わ、分かりました」

ミューゼの雰囲気が変わった事にオルテは少しだけ戸惑ったようだった。

 

フォナス城塞は今より20年前に建造された、対魔物用の前線拠点である。

魔物に支配されてからも機能の一部が生きている可能性が高く、もし内部で大事が起きれば最悪油入りの砲弾の歓迎を受けてしまう…慎重に情報を集める必要がある。

 

「正面にリザードマンの見張り…無力化しても良いけれど、安全を考えるなら別の通り道を探した方がいいか」

ミューゼはそう言うと辺りを見回した。

「でもあんなに高い城壁…登るにしても気づかれてしまいますわ」オルテはそう言うとふと足元を見た「…ミューゼさん!」

 

「どうかした?」

ミューゼはオルテの元に駆け寄る。

「これ…もしかして用水路の点検口では無いでしょうか?孤児院に似たような作りの物があるんです」

「…ちょっと待って」確かに草に隠れるように人が入れそうな大きさの、金属扉を見つけた「……ふんっ!」

メキメキと音をたててミューゼは金属扉ごと入り口を開いた。

 

「…わぁ」唖然とそれを見守るオルテ。

「まぁこんな大きさの剣を持っているとね…嫌でも筋肉ついちゃうんだ」

「それほど筋肉質には見えないですけど…とにかくこれで中に入れますね」

 

「…行こう」

冷たい金属製の梯子に足をかける。湿気なのか、少し梯子は濡れていて滑りそうだった…慎重に降りていく。

しばらく降りると、思ったとおり地下水路のような場所に出た。

「薄暗いですね…」ランプを鞄から取り出しながらオルテは言う。

「…いや、明かりは点けない方がいい」ミューゼはオルテを止めた「水棲の魔物は明かりに寄ってくるから…。変な触手に捕まって、全身をゆっくり溶かされたくはないでしょう?」

「そ、そうでしたか…」気味悪そうに水路の方を見ながらオルテは言った。

 

「…さて」ミューゼは剣を構えて少しずつ通路を進んでいく「む…見張りはゼロではない…か」

「こんな地下水路にも奴らがいると?」

「…うん。でも向こうは多分明かりを持っているから、先制攻撃出来るね」

「え?敵って…」

「この先の通路を右に曲がってすぐだよ。こういうのは先に気づいた方が勝つ」

そう言ってミューゼは駆け出す。

そして曲がり角に一瞬チラリと槍の先端が見えた所で、その槍の先端を左手で掴み…こちらに引き寄せる。

「グガァア!?」

 

「…ふっ!」

その姿がリザードマンであるとオルテが確認した頃には、既にミューゼの剣が背に突き刺さり、こと切れていた。

「松明持っといて」ミューゼは片手に奪い取った松明をオルテに渡す「…鍵だね」

 

「どこの鍵でしょうか…」

「さぁ?…他は…大したもの持ってないな」ミューゼは死体を水路に蹴落とす「はい、松明も死体に投げ込んどいて」

リザードマンの遺体はゆっくりと暗い水面に沈み込んでいった。辺りはまた暗闇に包まれる。

「…あの、ミューゼさん」

「ん?」ミューゼは剣を構え直す。

「司祭様は…生きていらっしゃるでしょうか…」

 

「ん…」ミューゼは剣を下ろしてオルテを見つめる「…可能性はすごく低いよ」

「…っ!?」

「およそ魔族が…まして知性の低いレイダーリザードマンが人質を取るなんて事は聞いたことがない。もしまだ希望を持っていたいなら良いけど、覚悟はしておいて」

「そ…そんなっ」オルテは動揺を隠しきれないようだった「だって、行方が知れなくなってまだ3日しか経ってないんですよ!?あの司祭様なら…」

 

「3日も、だよ…」ミューゼは冷たく言う「魔族に連れ去られたのなら、その日のうちに行動を起こしておくべきだ。少なくとも私なら…そうするし」

「ミューゼさん…」

「…行くよ」ミューゼは再び、ゆっくりと歩き出した。

 

「…この鍵だったみたいだね」扉を開きながらミューゼは言う「上へ続く階段…」

「この先は…地上でしょうか?」

「いいや…」ミューゼは耳を澄ませながら階段を上っていく「これは恐らく…早速ビンゴだったみたいだね?」

格子のついた扉を開けると、鼻をつく臭気が二人を襲った。

「…ひどい臭いですね」

 

「地下牢だね…」辺りを見回してミューゼは言った。そのまま慎重に歩を進める。

「まさかここに…!司祭様がっ!」

オルテはそう叫ぶと、ミューゼの制止を振り切り先に走り出す。

「駄目っ!オルテさん待って!戻って!早く!そもそもこの牢から人を出すことなんてない!相手は…」

ミューゼはオルテに向かって手を伸ばすが、間に合わない。オルテは地面にあったワイヤーに足を引っかけてしまう。

ドシュッ

 

「…え?」

オルテの身体が不自然に曲がった。

「…ッ!」ミューゼはオルテに駆け寄り、体を抱き起こす「だから言ったのに…」

オルテの腹には深々と金属製の杭が突き刺さり、無機質な床に赤い水溜まりを作っていった…。この状態では…もう…

「わ…私…」

「死に急いだね」ミューゼは杭に力を込めた「…この馬鹿野郎っ!」

 

「…あああっ!」

オルテが悲鳴をあげ、気絶する。

抜いた杭を放り投げ、手慣れた手つきで簡単な止血を施す。しかしあくまでも、これは気休めにしかならない…。

手遅れだ…深い傷を負いすぎた。

 

「オルテ…ごめんね…ごめん…」

オルテの体を抱え、引きずりながら近くの牢の比較的綺麗な一室に寝かせる。

手遅れになる前に早く…探さなきゃ…。

ミューゼは【ある物】を探しに、一人罠を避けながら地下牢をさまよった。

 

 

「う…」オルテはうっすらと目を開けた「ミューゼ…ここは…?」

「貴方の死に場所」ミューゼはオルテをあえて冷たい目つきで睨む「…その量の出血ならもう助からない…。ここから近くの町に行くには3日はかかる。…リザードマンが相手だったのが裏目に出たわね…奴らは医療品を使わないの」

 

「わ、私…ここで…死ぬ?」オルテはわずかに動く右手を使い、ベッドから起き上がろうとする「駄目…!私が居なくなったら、あそこにいる子供たちはどうなるの!?こんな…こんな場所でっ…げほっ!?」

 

「あなたは、私に任せて孤児院で待っておくべきだったのよ」ミューゼは立ち上がる「あんなふうに死に急がれたんじゃ、私は庇ってあげられない…何か言い残しておきたいことは?」

「そんな…」オルテの目から涙が溢れた「そんなっ…こんな事って…」

 

「…無いのなら最期に左を向いて」

オルテは自分の寝ているベッドの左側の床に横たえられた物を見て、驚愕の表情を浮かべる。

「しさい…さま…いゃぁぁぁぁ!」

「オルテ」ミューゼは泣き叫ぶオルテに背を向けた「死に急ぐような仲間なんて、私には必要ない。だからもう…さようなら。また会う日まで」

 

 

「…」

…私って…何なんだろう。

両手剣を引きずり歩きながらミューゼは頭を片手で押さえていた。

また、護れなかった。

私が…殺してしまった。

もう…いやだ…誰か…

 

「グアアアッ!」

気付けば城塞のかなり深部まで歩いて来ていたようだった。行く手にリザードマン達が立ちはだかる。

「心器…解放」ミューゼは呟き、剣を素早く横向きに斬り払う「…邪魔だ!【エリミネイトシザーズ】!」

剣が鈍く赤く光り、三体のリザードマンが悲鳴をあげてバラバラに引き裂かれた。

 

「…ぐっ…あ…」

ミューゼは目の前が一瞬暗くなる。

…でも。死んだオルテはもっと苦しんだ筈だ。司祭様の遺体を目にして苦しんだ筈だ…だから…まだ…

 

「…皆殺しにしてやる…」

ミューゼは再び剣を握り直すと、行く手を遮る敵を切り刻みながら更に階段を上がって先に進んでいく。

自分には確かに死神のような特殊な呪いが掛けられているのかも知れない。でも、それでも大切な仲間達を殺しているのはいつだって魔王軍なのだ。

奴らをこの世から無くさないと、私の存在だって証明することは出来ない。

だから…一匹残らず殺す…殺す!

 

「うおぉぉぉ!」

そんなミューゼの狂気に呼応するように魔剣は赤く光りを発する。

そのたびにミューゼは剣を振り抜く。彼女の命はその都度…確実に削れていく…

 

代償で目に靄がかかり、

身体には新たな傷が穿たれる。

 

そして、いよいよ巨大な扉を見つけた。

既に開け放たれたその場所へ、ミューゼは剣を振りかざしながら乗り込む。

「ガァァァァァッ!!」

巨大な広間には、互いが立つのもままならないほどに大量のリザードマンが整列し、こちらを向いて声をあげている。

「…っ!」背後にもリザードマンが集結しつつあった「ちっ…」

やがて、あちこちから矢が飛んでくる。

ミューゼは何体かリザードマンをなぎ倒し、盾にしながら広間を走り抜ける。

脇腹に矢が突き刺さったが、部屋の端までなんとか辿り着くと、死体を突き飛ばして剣を振り抜く。

殺す。

殺す殺す殺す殺す…!

 

「呪われし雷よ…【カースボルト…ブランディッシュ!】」

ミューゼの剣から放たれた赤い稲妻のようなオーラは、広間にいたほとんどのリザードマンの首を一瞬のうちに切り落とす。

「うっ…ああぁ…っ!」体が魔剣に蝕まれていく感覚に耐えながらミューゼは再び顔をあげる「くっ…そ…」

朦朧とする意識をなんとか保ち、脇腹に刺さった矢を引き抜くと、そのままよろよろと歩き出す。いつの間にか広間に第二派が現れていた。

 

「まだまだぁ!」

再び同じ技で消し飛ばす。

この一撃でミューゼの前に敵は居なくなった。他のリザードマンはもういないのか、それとも怖じ気づいて逃げたのか…

おもむろに広間の奥の扉が開いた。

「…誘っているの?ふっ…随分となめられたものね…ケホッ…!」

ミューゼは奥の扉をくぐり抜ける。

 

長い螺旋階段がミューゼを待っていた。

この先は…指令室だろうか?

ミューゼは壁に片手をつきながら息も絶え絶えに登りはじめる。

一段一段がとても長く感じた。

永遠と思われた時間が過ぎ、ふと体制が崩れて転びかける。

 

 

…どうやら最上階まで来たらしい。

「この先に…」ミューゼは息を整えるように深呼吸して、軽く咳き込んだ。

目の前にひときわ大きい鉄扉がある。

ミューゼが目の前に立ち、扉に体重をかけようとした所で、扉はまたひとりでに開き、ミューゼを誘う。

「…来たか。勇者よ」

城塞の指令室。

すべての壁はガラス張りになっており、城塞の全貌と少し離れた場所にある教会までもが見渡せる空間。

置いてあっただろう椅子やテーブルはないが、ミューゼから見て左側の窓に空いた大きな穴から大体予想はついた。

 

部屋の中央には巨大なリザードマンが一体。黒い革製の防具に身を固め、細かい装飾のされた青く光る槍を持っていた。

「グラヴィード様に忠誠を…。」リザードマンは口を開く「魔王軍3神柱が一人…ノーザンリザードロードのド・グオル。貴公の命、貰い受ける…いざ!」

【つづく】

 



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4 木洩れ日と春の子と

イオです!

お気に入り登録ありがとうございます!
意外と目を通して頂いている人が
沢山いて嬉しいですね。


リザードロードとは、その名の通りリザードマン達を指揮する王の事だ。

しかし辺りにいるリザードマンと違い、このリザードマンの体皮は白い。

先ほど自分で名乗ったとおり、このリザードマンが魔王の側近である3神柱であるという事は間違いないだろう。

 

「最初に聞くけど…魔王の居場所は?」

「…せぇあっ!」

問答無用で槍が飛んでくる。…まぁ、答えるまでもないということか。

リザードマンの身長は立った状態でもミューゼの身長のゆうに三倍はあった。巨大な尻尾も含めれば、かなりの巨体である。

しかしその巨体に似合わぬ俊敏な動きで、しかし力強く次々とミューゼに打ちかかる姿は確かに勇猛な王者を思わせた。

 

「…っ!」ミューゼは歯軋りをする。

防戦一方。完全に相手のペースに乗せられてしまっている。

体格差もあるが、先程広間で思いに任せて魔剣を解放してしまった代償で、ミューゼは体のあちこちから流血してしまうほどに弱ってしまっていたのだ。

 

「この程度か小娘!これではこのド・グオルの【氷磔の槍】の力を見せるまでもない…もっと楽しませてくれ!」

「…このっ!」ミューゼは重心をずらして相手の攻撃を受け流すと、剣に力を込める「カースボルト…なっ…!?」

 

すんでの所で身を屈めて死角からの一撃を回避する。それが巨大な尻尾だと気づいた頃には、再び体勢を立て直した相手からの強烈な一撃が襲いかかっていた。

「我が剣技を…食らうがいい!【ブリニクルスパイラル】!」

 

ミューゼは剣で受け止めるが、体勢が崩れていたため受け流しきれずに、壁に叩きつけられた。

…寒い…?

手の感覚が鈍い。一瞬代償のせいとも思ったが、よく見るとミューゼのガントレットや鎧の一部に青く光る透明な塊が貼り付いているのが見える。

 

「氷…しかも魔法の…?」

「気づいたようだな」ド・グオルはニヤッと笑うと槍を高々と上げた「これこそが我がグラヴィード様より賜りし力…【氷磔の槍】の力…その氷はお前の体温を奪い続け、やがては死に至らしめる」

 

「くっ…」立ち上がり、壁に片手を打ち付けて氷を壊してからミューゼは剣を構え直す「まだだ!私は…負けない…!」

 

「フン…」ド・グオルは鼻を鳴らすと、槍をミューゼに向ける「何故貴公のような小娘がグラヴィード様の脅威であるのか…我には理解出来んな」

「アイツの脅威であるだとか…そういう話に興味はないよ」ミューゼはド・グオルを睨み付ける「私はアイツに奪われたものを取り返す。私という人間が世界にいていいって…証明して見せる!だから、魔王の居場所を教えろ…!」

 

「フン…何故貴公に言う必要がある?」ド・グオルの槍が再び怪しく光った「貴公もグラヴィード様より心器を賜りし身であろう。この現世に心器を賜りし者の行く先は二つに一つ。偉大なるグラヴィード様に永久の忠誠を誓うか、さもなくば…」

 

「…!」ミューゼは危険を感じて横に飛び退いた。自分が先程まで立っていた場所に巨大な氷の柱が出来ていた。

「さもなくば…ここで滅べ!」

 

…やられてたまるか!

「…行くぞっ!」ミューゼは駆け出した「【カースボルト・ブランディッシュ】」

赤いオーラによって巨大化された刃を横凪ぎに振り払う。

「ふん、甘いわ!」ド・グオルは武器で攻撃を受け流すと、頭上で槍を回転させた「【ブリニクル・ガーデン】!」

 

辺りの地面に霜が張る。空間を凍結させているのだろうか…強力な技だ。

…息が苦しい…でも!

ミューゼは止まらない。振り抜いた勢いをそのままにミューゼは足を斜めに滑らせ、相手との距離を詰める。

「こっちが本命だっ…【エリミネイトシザーズ】っ!」

漆黒の刀身から溢れでる狂気、それらは無数の刃となり稲妻のごとくド・グオルに襲いかかった。

 

「なにっ…グァァァ…!」

白い体皮から鮮血が飛び散る。

「ブレイドルーン解放!」ミューゼは剣を振り上げた「血を喰らう刃の演舞…【ハングリー・ブレイドダンサー】!」

ミューゼの意志とは別に、剣が血を求めるように動き始める。その動きは素早く、肉眼でも捉えることは出来ない。

 

「なっ…何だこの…力はッ…!?」

先程とはうって変わってド・グオルの方が防戦一方になっていた。

「はあああッ…!」ミューゼはもはや尋常ではない速さでド・グオルに攻撃を打ち込んでいた。

 

「…ッ!かくなる上は…」ド・グオルは一度武器を引き戻し、ミューゼを尻尾で吹き飛ばす。ミューゼの放ったオーラで尻尾が切り落とされるが、しかし彼は不敵な笑みを浮かべていた「…かかりおったな。そろそろ終いにしてやろう!」

凍てつく氷の吐息を吹きかける。その吐息はオーラごとミューゼの動きを封じた。

「しまった…動けない…!?」

「心器解放!」ド・グオルは槍を構え、突撃する「この一撃に全てを賭ける…!氷葬の心技【ディープエンド・ブルー!】」

 

轟音と共にミューゼの体を青い槍が貫く。氷は弾け飛び、辺りには空間が凍った名残であるダイアモンドダストが煌めいた。

 

「…なかなか楽しい闘いであったな。確かにこの力ならグラヴィード様の脅威になりうるかもしれぬ…しかし」ド・グオルは笑う「ふふ…ハッハッハ!詰めが甘かったな小娘!このド・グオルと戦えた事を誇りに思うがい…」

「…ふうっ!」ド・グオルの背中に突然剣が突き刺さる。

 

「ぐ…アアァァァ!?」

「高位のリザードマンであればあるほど、皮膚感覚が鈍いって話…本当だったね」ミューゼは剣を引き抜いた「身代わりだよ…こんな場所で終われない…お前は私がここで、終わらせる…!」

「ぐっ……抜かったわ。代償のせいで体がッ…この小娘ェェェ!」

ミューゼはしがみついていた手を放すと、ド・グオルの槍を避けて突き出された槍の上に飛び乗る。

 

「チィィ!」ド・グオルは槍を振り上げようと、力を込めた「死ねェェェ!」

「ド・グオル」ミューゼは飛び上がる「残念だけど、これで終わりだよ。【ブラックエッジ・エクスキューショナー】!」

体を反転させ、ド・グオルが槍を振り上げる力をも利用し力任せに剣をぶつける。

パキィィィィン!!

轟音。

漆黒の刀身が遅れて地面に落ちる。

 

「ギャアアアァァァァッ!?」

ド・グオルの心器は…折れた。

「ストローク・エンド…」

ミューゼが再び剣を振り上げると、剣に纏ったオーラははっきりと、巨大な大鎌の形をしていた。

刹那、彼の首が宙を舞う。

 

「……代償慣れしてるかしてないか。勝敗を決めたのはそんな所か…な」

ミューゼはその場に崩れ落ちた。受けた傷と代償が、床を赤く染めていく…

 

「あ…私も…ヤバい…かも」

私もやりすぎた…かな…

うっすらとそんな事を思いながら、ミューゼは意識を手放した。

 

 

目を開けると、辺り一面に青空が広がっていた。なんとなく状況が分からないので辺りを見回す。景色が移動している…ということは自分は馬車か荷車に乗せられているのだろうか…?

 

「気がつかれましたか?」

「…」声のする方に目を向ける。馬の手綱を握っているのは、少し前まで行動を共にしていたシスターだった「オルテ…?」

「まったく」オルテは笑いながらも呆れたような声で言う「無茶苦茶ですね貴方は。人に頼れないとはいえ…もう少し自分を大切にしてください」

 

「オルテ!?なんで…あの怪我で…」

「はぁ…」オルテはため息をついた「リーダーが始末された事により、フォナス城塞からリザードマンの大群が北に撤退していったようです。その後城塞の調査のために東から調査隊がいらしたのですが、ルィンベルグスの孤児院まで子供達を送り届けてくれると言って下さって…」

「ちょ…ちょっと待ってよ…あ痛っ!」

「まだ動いちゃ駄目ですよ」オルテは馬を止める「…子供達を残すことに未練は有りましたが、帰ってこられないかも知れない旅路に出掛けたのは私の責任ですしね」

こちらを見つめるオルテの顔を見てミューゼは凍りつく。その顔は…とても青白く、生きている気がしなかった。

 

「…オルテ、貴方は…」

「また会えましたね」寂しそうにオルテは笑う「司祭様は…私が帰ってきた時の為に用意していたのでしょう、【帰魂の石】を持っていたんです」

「それって…一般的な心器のひとつで…確か一度だけ死体を3日間動かすっていう…じゃあ君はもう…」

「よくご存知で」

 

…そうか。司祭は自分の死を知らないオルテが自分を探しに来るだろうと考えていたのだろう。

自分を見つけてくれたら、その力で3日間の猶予を手に入れ、子供達やオルテを安全な場所へ。

それが彼の願いだったのだ。

強い想いが形となり、彼が死しても

心器となって残ったのだろう。

 

しかしオルテも死んでしまった。

彼の意志を、オルテが継いだのだ。

「オルテ、貴方が起きてからどれぐらい経ったの?」

「…」オルテは馬から降りた「2日と少しですね。死人として生きているとは…少し奇妙な気分ですが…。さて、と」

オルテはそう言うと、、そのまま馬車から離れて歩きだす。

「何処へ行くの?」

「貴方の意識が戻ったので、残念ながらもうお別れです。…ちょっとだけ、まだやり残した事があるんですよ」

 

「…ごめんなさい」ミューゼは俯いた「私…貴方を護れなかった…」

「私は貴方を恨みませんよ」後ろを向いたままオルテは言った「冒険者の掟…なのでしょう?貴方のおかげで子供達を護ることは出来ました。私に思い残す事はありません。だから…貴方は貴方の進むべき道を進んで下さい。私は…そうですね、天国でも司祭様に会えたら…また孤児院を作りましょうか」

「オルテ…」

「さようなら、また会う日まで…。でしたっけ?もう…貴方という人は本当に無茶しかしないんですから…魔王を倒すまで、私の所に来ちゃ駄目ですよ?」

 

オルテは最期にこちらに振り返った。その顔が笑っていたのか別の表情だったのかは逆光で分からない。ただ…最期に交わした会話はずっと、ミューゼの耳から離れることはなかった。

 

「ありがとう、オルテ。そして…さようなら、また会う日まで」

「ごきげんよう」オルテはお辞儀をした「私…貴方に会えて良かったです。最期にもう一度手合わせしたかったですが…それは機会があればまた、にしましょうか…次は負けませんからね」

「うん」ミューゼは頷いた「私も。貴方ほどの使い手はなかなかいないから」

 

「…では」

オルテは踵を返すと、教会の方へ振り向きもせずに走っていった。それを少し見送ると、ため息をついて馬に跨がる。馬はすぐにミューゼになついた。そのまま馬車を走らせようとするが、ふと何かを思い立ったのか馬の綱を外してしまう。

「私は死神…貴方と一緒には居られない…」ミューゼは馬を見つめる「私じゃなく、他に行きたい人の所に行ってあげて」

 

 

 

「あの人という人は…全く…」オルテは返ってきた馬を操りながら呟く「まぁおかげで、なんとか間に合いましたが…」

馬から降りると、一本の巨大な樹に歩いていき、適量の肥料を撒いていく。

 

「…ふふっ」大きな幹に身体を預けながら、オルテは笑った「生きていれば…甘さを感じたのでしょうか…」

その片手には小さなリンゴが握られていた。ミューゼと出会うきっかけとなった…あのハルノコリンゴである。

そう。かつて使われていた街道沿いのリンゴの樹。オルテが一生懸命育てていた、一番上等なリンゴの樹だ。

「最期にお世話していたリンゴを食べたいなんて…我ながら呆れた用事ですよね」オルテは自嘲ぎみに言った「はぁ…でもやっぱり司祭様…私、死にたくないなぁ…」

 

…。

 

小鳥が鳴く声。

風に揺れる葉の擦れる音。

木の葉から差し込む綺麗な日の光。

「こんなにも美しい景色が…すぐそばに…。あぁ、神よ…貴方は私のすぐそばにいたのですね…願わくは、あの少女の歩む先に光があらんことを…」

 

…その言葉を最期に。

糸が切れたようにオルテの手からリンゴが滑り落ちた。

まるで眠りにつくように静かに…

オルテという女性は、確かに。

この世から居なくなったのだ。

…馬はそれを悟ったのだろうか。

静かにその場から離れると、そのまま何処かへと走り去っていった。

【つづく】

 



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5 堕ちた蜥蜴の軍勢

しゃくしゃくと、朝露を含んだ草を踏み分けて少女が歩いている。

少女は白いローブを着て、ガラガラと【空になった】馬車を引いていた。

中身は無論…食いきったのである。

ふと…ため息をついた少女は

空っぽの馬車から手を離した。

 

「罰ゲームじゃないんだから…捨てよ」

 

馬の引かない馬車から手を離し、

少女、ミューゼ・イグシスは歩き出した。生きる意味を…探すために。

 

 

「…ここか」

ミューゼは地図を睨みながら言う。

 

目の前には小さな集落がある。

それは木や丸太を組んで作っただけの簡素な塀で囲まれた、そんな村だった。

 

実はミューゼは途中で町の廃墟を訪れている。かつてノーザンプリスと呼ばれていたその場所。建物は白く塗られ、広場には女神像が鎮座する噴水がある町だ。

 

だが…噴水はまだ稼働していて、辺りには血のむせかえるような臭いが漂い、

そこかしこに住人と見られる者達の、

目も向けたくない【破片】が

ただ散らばっている惨状。

 

「あの原因は…やっぱり」

ミューゼは一人呟いた。

 

先日、ド・グオル率いる魔王軍の軍勢をフォナス要塞から追い出した。

彼らはそのまま北上し、更にその先にあった村や町で略奪の限りを尽くしている。

恐らくトップを失い、それまでにあった統制を失ってしまったのだろう。

 

…人間は、家畜じゃないのに。

ミューゼは襲われた村や町を見るたび、無惨に殺された人々を見るたびに思った。

奴等にとって人間は食料でしかない。

リザードマンが飼っている犬…ヘルドッグですら人肉を食べるのである。

 

砦では相当数のリザードマンを狩った筈であるが。それでもこれだけの影響を与えているという現状は、たとえ死神といえども大人しく看過できる事では無かった。

 

「あ…良かった。ここはまだ人がいる」

ミューゼは安堵のため息をつくと、

集落の入り口と見られる場所にローブ姿のまま近づいていった。

 

「おいそこ!止まれ!何者だ!」

筋肉隆々の男の人に止められる。

 

「私は冒険者の…ミュレスと言います」

まぁ当然本名なんか名乗れないので、ミューゼは嘘をついて答えた。

 

「お前が…冒険者だと?」男はミューゼの姿を見て訝しげな表情をした「…ミュレスとか言ったか、お前一人でか?」

「そ、そうだけど…」

 

「…お前、フォナス要塞の方から来たようだが、冒険者なら何か知らないか?」

男はミューゼの周りを歩きながら、荷物の中に怪しい物が無いかどうかチェックしている。

 

「フォナス要塞と言うと、先日魔王の側近である三神柱のうちの一人が、勇者たちの手によって倒された、と聞いてますが」

ミューゼはあくまでも自分がやったとは言わない。【死神】である事を隠さなければ、下手を打てば襲われる場合だってあるのだから…。

流石に人間とは戦っていられない。

 

「…そいつとは知り合いなのか?」

「えぇ。彼女とは古い友人で…ただ、それによる被害の安全確保の為にバラバラに今は動いています」

 

「そうだ」男は歯をギリギリと食いしばる「フォナス要塞を追われたトカゲ共が今、近郊の町や村を襲ってやがるんだ。クソが…なんて余計な事をしやがったんだ!」

 

「…ご、ごめんなさい…」男が急に怒鳴ったので、ミューゼは涙目で男を見上げる…はっいけない、平常心平常心…。

 

「あぁ、トカゲ共を逃がしやがった友達にもし会うなら、精々逆恨みした奴等にぶっ殺されないようにって言っとけよな」

「はい…分かりました」

 

「で」男は腕を組んだ「これで状況は分かったと思うが、今現在ニジモの村は絶賛魔王軍警戒中だ。隣のサニズの村が襲われて、生存者を匿うのに手一杯。本当なら泊まる場所なんか用意出来ないんだが…」

 

「奴らが今、どこで野営しているのかが分かれば、仲間と協力して残党を排除するように動く事が出来ますが…」

 

ミューゼがそう話すと、

男は考え込むようにミューゼを見た。

16歳のミューゼはあくまでもミュレスとして、ちょっとオトナな対応ってヤツを意識しながら自信ありげな表情を浮かべる。

ただそれだけに専念する!

 

「…なら村長の所に行け。俺が話をつけといてやるから」

男はそう言うと道を開けてくれた。

「ありがとうございます!」

 

 

ニジモの村は川沿いにある小さな村だった。川から取れる小さな魚と、それほど大きくはない麦畑から取れる小麦。

それらで自給自足の生活をする、他の町との交流のあまり無い村である。

 

村長はまだ若めで、恐らく30、行っても後半かぐらいの男だった。

「よう、冒険者の方!背中に背負ってんのが得物って訳だな。見たとこ剣はそこそこ使えるって前提で話するが、いいな?」

「はい、剣の腕には自信があります」

 

「よし」村長は水を飲んだ「ビバイスから話を聞いたと思うが、クソトカゲ共がとうとう近くに野営地を建てやがった。まぁ聞けば…お前らのせいなんだよな?」

「ごめんなさいっ!」ミューゼは頭を下げた「私ももう少し冷静になって考えるべきだったと思ってます。だから…」

「野営地の場所さえ分かれば、そいつらをぶっ潰してくれるって事だな?」

 

「うん、場所さえ分かれば…恐らく新たなリーダーがいる筈だから、そいつを倒す。そうすればもうこの行軍は終わるよ」

 

ミューゼは普通に言ったつもりで…

ふと殺気を出していた事に気づいた。

いけないいけない。

戦いの話題になるといつもこうだ。

 

「そ、そうか…なるほど…」村長は若干ビビリながら話を進めた「場所はこの川を南に登って一時間ぐらいのとこだ。村の連中が見つけてくれたが、多分そこが敵の本隊がいる場所じゃねえかって話でな」

「…リザードマンは水場を好みます。敵の本格的な基地だと言うのは間違いないだろうと思いますよ」

 

「そうか!」村長はパンと手を叩いた「じゃあミュレス、早速明日行ってなんとかしてくれないか!?今日は泊まってって構わねえからさ!」

「…いいえ」

 

ミューゼがそう言うと、村長は疑問の表情を浮かべた。

「…あぁ、仲間がいないと駄目か?流石にぶっつけ明日、ってのは無理だよな」

 

「あぁ、そうじゃなくて」ミューゼは首を傾げた「今日行きますよ?」

 

…。

 

「は?」

「今日行きます。奴らの襲撃頻度、付近の町村の被害を考えると、高い確率で今夜、ここにリザードマンの軍勢が押し寄せる事になりますからね。幸いまだ日はまだ高い…奴らは夜戦を好むので、昼間は水浴びとかしながら寝ている事が多いんです」

 

「…って言ったってよ」村長は苦笑いする「流石に今日は無理だろ?周りの仲間に連絡取ったりとか、準備を考えると日が沈んじまわないか?」

 

「うーん…」ミューゼは考え込む「仲間は近場を探索してるはずなので、呼ぼうと思えばすぐ呼べるんですよ。村長さんはここで吉報を待っていて下さい。基地を制圧したら、ここにまた戻ってきますので」

 

「いや、もしかして今日中に落とすつもりなのか?」もはや村長の笑みはひきつっている「確かにお前ほどの奴が何人かいれば可能だとは思うけどよ…だがあのトカゲ野郎だって強いぞ?これまでにいくつもの町や村がやられてんのがその証拠だ」

 

「拠点自体を落とすのは簡単で…」ミューゼは説明する「司令塔を担っている上位個体とその取り巻き、そして総数を減らすことによって影響力を少なくすることが目的なんです。リザードマンはすぐにリーダー個体を作って部隊を再編成出来るので、掃討しなければ被害は増すばかりなんですよ…」

 

「なるほどな…」

村長は頷いた。

 

「なので決行するなら今日中に。ただ、この村の自警団の方々は村の護りに集中してください。残党がこちらに流れ込む事も十分に考えられるので」

 

「なるほどな。了解した」村長は膝をバンと叩く「それじゃあ、準備が出来たら向かってくれ。期待してるぜ、ミュレス」

「はい」

 

 

小さな集落ゆえ、少し心配ではあったが、村の人々は食べ物と薬草を分けてくれた。仲間がいるとか云々は全く嘘だから、人目が無いうちに村を出なければ。

 

「…さて、川に沿って向かおう」

装備を確認して、川を左に見ながらミューゼは基地へ向けて歩き出した。

 

川は澄んでいて、せせらぎの音が耳をくすぐる。細かい音も決して聞き逃さないように注意しながら、ミューゼは進んだ。

 

 

「…あれか。随分とまた本格的な基地を作ってるなぁ」

ミューゼはため息をついて言う。

 

金属板や人々から奪ったであろう鍬や鋸等を組み合わせて作った塀が建っている。

鎧に身を包んだリザードマンが、舌をチロチロ出しながら周りを巡回していた。

 

…さて。

恐らくだが新たなリザードマンの司令官は一番上等なテントにいるはずだ。

塀の長さから基地自体の規模はかなりの物で、正面突破などすれば川を下ってニジモの村の方に大多数が流れ込む事になる。

…そうなれば何の罪も無い村人がまた犠牲になってしまうのだ…

 

「だから、殲滅するにはまず…奴らの数自体をバレないように確実に減らさなければいけないんだけど…」

 

うーん…どうしたものか。

そうだな…やはり、毒だろうか?

と言うのも、今は丁度昼飯時であり、

その中に毒を仕込むことが出来れば、

大多数のリザードマンを倒せる。

 

備蓄食料が入った倉庫をまずは探そう。

…なるべくバレないよう、塀の隙間から中に侵入する。小柄なミューゼだから出来る芸当である。

 

基地の中ではあちらこちらにリザードマンがいた。言語のような物を交わしながら、槍や斧で武装した戦士があちこちを見回っている。

ミューゼは一つ一つテントに近づき、倉庫として使われている一角を探す。

 

しばらくして目的の場所、ではないのだが、ある程度の兵士が詰めている兵舎テントを複数発見する。

 

「【ブラッドソーン・ララバイ】!」

地面に剣を突き刺し、剣のオーラを地面に浸透させる。

少しコストの高い技だが、この兵舎のリザードマンを全滅させられれば、大分掃討戦は楽になるに違いない…。

足を踏みしめると、テント内に

赤い杭が大量に『下から』現れる。

 

「ギ!?」「ガアッ!?」

 

…。

しばらくテント内をテントの外から

テント内に杭を生やしまくり、

ある程度静かになったのを確認すると、

入り口からチラッと中を覗く。

 

うん、真っ赤だ。

真っ赤な色々が散らばっている惨状だ。

まさか自分達が襲った人間達と同じような末路を辿るとは思わなかったろう。

ざまあみろ!

 

「あとはここと」

バシュッ!

「ここに」

ドシュッ!

「あれと」

ガシュッ!

「このへんと」

ビシュッ!

「これだな」

ボシュッ!

 

辺りに血の臭いが満ちる。

流石にこれは数分でバレるので、

内部…司令官級がいるテントまで

急襲をかける必要が出てきた。

 

「あぁ…っ…」

しかしこれだけ高コストの技を連発したのだ、ミューゼもただでは済まない。

視界が霞み、更に物が見えなくなる。

足元に血が垂れているようだが、一体どこが切れたのか分からない。

確認している暇も無さそうだ。

 

「ふう……よしっ…」

深呼吸して気合いを入れ直すと、

ミューゼは大剣を構え、白いローブを脱ぎ捨てて走る。

ようやく異常を察知したリザードマンが行く手を阻む。リザードマンが飼育する戦争犬…ヘルドッグも放たれていた。

 

「残念だけど、ここにいる奴は一匹たりとも逃がさないからね…【カースボルト・ブランディッシュ】!」

放たれた赤い稲妻がリザードマンとヘルドッグをテントごと引き裂いていく。

兵舎を制圧するのに大分心器の力を使いすぎている…身体が持つのも、そこまで長くないかもしれない。

 

「もしこんなとこで動けなくなったら…原型が無くなるまで食い尽くされるよね」

自嘲ぎみにそう呟き、ミューゼは基地の中心部に向けて駆け出した。

いつも通り。

多少なりとも無茶をするつもりで。

 

【つづく】

 



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6 落日と連鎖

イオです!
色々な方の小説とか読みながら
推敲してみてるんですが、
なかなか難しいものですね。


「【エリミネイトシザーズ】!」

回避不能の全方向攻撃を、巨大な盾を構えたリザードマンに叩き込む。

 

「はぁ…はぁ…」

ここまで基地を抜けてくる最中に、槍が背中に多少深めの傷を残し、左手に数本ほど矢を受けている。

 

しかしミューゼは血だらけだ。

実際のダメージの三倍は酷い怪我を負っている…が、本人はまだ動けている。

実はミューゼはこれぐらいの無茶など、毎回やっている為、身体はとてつもなく痛いがまだまだ戦う事が出来るのである。

 

「まぁまぁどっから出てくるんだか…こんなに数が居たなんて…ね」

しかし相手の物量も凄まじかった。

盾を構えた重突撃部隊がやられると、今度はいよいよ攻城兵器の登場である。

 

どこからともなく飛んでくる爆弾。

それを剣のオーラを伸ばして安全な位置で空中爆発させ、巨大な槍のようなボルトを発射する弩…設置式のバリスタの攻撃をすんでの所で回避していく。

 

こうなってしまえば突破口を探さなければ先には進めなくなる。

そして力を使い続けると言うことは即ち、それはミューゼの【終わり】を意味する。

 

「まずい…」

ミューゼは歯を噛み締めた。

移動式の攻城兵器の数が予想よりもかなり多く配置されている…。

完全に身動きが取れない状況に陥った。

 

ミューゼは必死に突破口を探す。

テントの影、リザードマンの死体、

遠くにある投石機、櫓の上のバリスタ…

 

「……ははっ」

乾いた笑いが漏れた。

とんでもない考えが浮かんだのだ。

ここには助けなんてものは来ない。

だから、どれだけキテレツで、正気を疑うような真似をしても咎められないのだ。

 

爆弾が飛んでくる。

ミューゼはそれを斬るのではなく…

オーラを使い【引き寄せた】。

更にそのエネルギーを使い逆に自分は空に飛翔する。

無茶な体勢で空に投げ出されたミューゼの身体は当然空気抵抗で軋み、

ミューゼは激痛を感じているのだが、本番はここからである。

 

「…っく!」

慌てて空中にいるミューゼに向けてバリスタが発射される。

こちらに向けて飛んでくる槍。

もはや点だ。点のようにしか見えない。

ミューゼはそれに【飛び乗った】。

…否、【足を滑らせた】の方が正しい。

 

足に赤いオーラを集中させ、

バリスタのボルトが持つ運動エネルギーは歯車の如く足のオーラに伝導する…

そして…

 

「…うわぁぁああ!?」

それによりミューゼが【飛んでくる】。

回転しながらとんでもない速さで。

リザードマン達はつぶらな目を見開き、訳が分からないと言わんばかりに叫ぶ。

 

「グシャラハァァァ!?

『な…なんじゃそりゃああああ!?』」

 

「っ…喰らえぇぇ!!【ブラックエッジ・エクスキューション】!!」

空気抵抗などなんのその。

ミューゼは空中で剣を構え、身体を縦に回転させながら黒い剣を振り抜いた。

バリスタを設置していた櫓が真っ二つになり…瓦礫が左右に吹き飛んでいく。

 

「ギャア!?」「ギュウァァ!?」

それらが他の櫓の柱を飛ばし、いくつかの櫓が傾き、倒壊していく。

そしてその下にあるのは…

爆弾の乗った投石機。

 

耳をつんざくような音と共に、

基地で大爆発が発生した。

焼き蜥蜴がいくつ出来ただろうか。

兵器も八割は使えなくなった。

まさに一石二鳥である。

 

ミューゼは爆風を剣を盾にして防ぎ、眼前に迫る壁に大剣を突き刺す。

そのままガリガリと壁を引っ掻いて速度を殺すと、後は真下に着地した。

倒れそうな身体を何とか起こし、基地の中心部…そこへ向けて猛進する。

 

 

「…もう、ただの基地のくせに…一週間で作ったにしては広すぎだよ…!」

 

ようやく辿り着いたそこは、少し開けている広い場所。その最深部に廃材で出来た大きめの小屋が建っていた。

その小屋の前にいる巨大なリザードマン。恐らくこいつが司令官なのだろう。

 

「お前がド・グオル様を殺した小娘だな…俺はグ・ラバル。この基地の司令官にして、魔王グラヴィード様より心器を授かりし者…貴様は捨て置けば魔王様の脅威となる。ここで骨も残さず消え失せよ!!」

 

漆黒の皮膚を輝かせ、リングメイルを身に纏うそのリザードマンは、巨大な両手斧を振り上げた。

 

「戦う前に、ひとつ聞いていい?」

「…闘士に言葉など不用!おいお前たち、奴を仕留めろ!!」

 

なんでリザードマンは言葉が通じない脳筋ばかりしかいないんだよ!!

 

グ・ラバルは黒い両手斧を掲げる。

同時に周りのキャンプから大量の矢が放たれ、ミューゼの元に殺到する。

「!」

 

ミューゼは剣を盾にしてグ・ラバルから目を離さない。…グ・ラバルは気合いを入れて両手斧を更に高く掲げていた。

 

「ファランクス達よ、取り囲め!」

グ・ラバルの号令で、巨大な盾を構えたリザードマンがミューゼを囲む。

 

全長3メートルほどの壁が迫る。

ちなみに矢は終始降り続けており、盾にした大剣を離すことも出来ない。

…どうしたものか。

 

しかし、何か行動をしようとする度に少し違和感を感じる。

グ・ラバルは何をしているのだと。

彼は巨大な黒い両手斧を掲げているだけだ。しかし何なんだ、この胸騒ぎは。

 

グ・ラバルの口元がニヤッと笑った。

「吹き飛べ、小娘!」

 

両手斧が振り下ろされる。

ミューゼは瞬時に何が起きたか気づく。

実は…盾を構えたリザードマンは、一定距離を保ったまま【今は動いてない】。

 

ミューゼはオーラを使った中距離戦を得意とする剣士であるが…

完全に複数体に肉薄されると辛いのだ。

だと言うのに、何故彼らは距離をこれだけ空けているのだろうか?

 

…つまり、こちらからの攻撃を警戒しているのでは無く、【別の要因】から仲間を守るために配置されていたのだ。

 

「…まずい!?」

直後。

広場が大爆発を起こした。

地面に均等に振動を与えられるような、そんな心器の力を利用したのか。

地面に大量に仕掛けられていた爆弾の信管を発動させ、ミューゼだけを攻撃する。

そんな戦術を…

司令官といえリザードマンがするとは。

 

「…言っただろ?骨も残さんと!」

勝ち誇った様子でグ・ラバルが叫ぶ。

広場の中央は白煙がたちこめ、何が起きているのかがさっぱり分からないが…

 

間違いなくミューゼは木っ端微塵に吹き飛んだであろう。

この爆発の規模はそのぐらいはあった。

しかし、次の瞬間…

 

「…おらぁぁああ!!!」

「ごっ!?…ぐわぁぁぁああ!?」

 

グ・ラバルは吹き飛んだ。

彼を吹き飛ばしている物…それは、【赤い球体】に見えた。

吹き飛び、テントの壁をぶち破り、

グ・ラバルは腹の上に乗ったその赤い球体を睨み付けた。

 

「ありえん!まさか…」

「やってみるもんでしょ?」ミューゼは【球体】から姿を現す「剣のオーラを身に纏い…爆風を【斬った】のよ」

 

まさに規格外の使い方。

攻撃のために存在する概念を無理矢理防御面に生かしてしまう…そんな使い方だ。

 

「クソッ…グバアアァァア!?」

グ・ラバルは口を開きブレスを吹こうとしたが…瞬時に大剣を口にぶちこまれる。

 

「【ストローク・エンド】!」

口のなかで大剣の形がオーラを纏った鎌の形に変化…グ・ラバルの脳を貫いた。

ついでに大剣を引き抜き、心器と思われる両手斧を大剣を叩きつけて粉砕。

 

「…ワァァァ!?」

状況をようやく飲み込めたリザードマン達が逃走しようと踵を返した。

盾を構えたリザードマンすら振り向いて逃走を開始する。

…そう。

頭を潰されたリザードマンはこんなふうに潔く逃げるのである。

何匹かは尻尾をその場に残していた。

 

だが勿論そこで逃がすほど甘くはない。

「…逃がすかぁぁぁぁ!!【カースボルト・ブランディッシュ】っ!!」

赤い稲妻が煌めいた。

瞬時に耳をつんざく阿鼻叫喚が聞こえ、

そして…静かになる。

 

もし一匹でも、ちゃんと大盾をミューゼに向けて構えて置けば、生き残ったのかも知れない。

弓兵もグ・ラバルが吹き飛んだ瞬間、援護をしようと寄ってきた所だった。

 

結果、この基地にいたほぼ全てのリザードマンは、ミューゼが単身で滅ぼした。

…だが、当然彼女もただでは済まない。

 

「いっ…た…!?」ミューゼは飛び上がる「痛い…痛い痛い痛いぁぁぁぁ!?」

 

瞬く間に血の染みが地面に広がる。

ミューゼはだんだんと朦朧としてくる意識をなんとか持ち直しながら、鞄の中からポーション…ある薬草を煎じて瓶詰めした物体を取り出して飲み干した。

 

「…っぐ、ふっ…あぁ、うう…」

痛みに呻きながらミューゼは思う。

今回はかなり無茶をやった。

特に代償以外に体の関節が不味い。

あばら骨は何本か折れた可能性があり、こいつは最低でも三日は寝て過ごさないといけないだろうなぁとミューゼは思った。

 

「もう二度とするか…ばーか…」

誰に言うでもない悪態をつき、

近くに建ったテントの壁にもたれかかり、そのままズルズルと座り込む。

 

日がもうすぐで落ちる。

予定なら村に日が落ちるまでに戻っておきたかったのだが、さぁ困った。

同行者がいないのが恨めしいが、ミューゼと行動すると言うことは棺桶に片足を突っ込むのと同じことである。

ミューゼ自体は人と連続3日以上過ごす事など無いため、誰か都合のいい人でも現れないかなぁ程度にしか思っていないが。

 

…。

 

「まぁ…戻るしかないよね…自力で」よろよろと立ち上がりミューゼは自嘲ぎみに呟いた「ポーション飲んだし、痛みも引いてきた…はやく、お肉食べたい」

 

まぁニジモの村に肉などあるかどうか…あっても鶏肉が関の山ではないだろうか。

疲れた笑みを浮かべながら、ミューゼはニジモの村に向けて歩き出した。

 

 

 

 

「…は?」

 

ミューゼは呟いた。

思考が停止する。

パチパチと音が聞こえる。

何かが焦げた臭いがたちこめる。

 

…ニジモの村が、燃えていた。

ミューゼは村に入る。

民家という民家に火が放たれ、

そこらに人が転がっている。

 

「リザードマンの仕業じゃない…」

村人は…刀傷で殺されている。

そしてその時…怒号が聞こえた。

 

『お前ら、よくも俺の村を…!』

「!」

ミューゼは村長の家に急いだ。

怪我なんてもう痛くなかった。

今は一刻も早く、村を救わないと!

 

 

「こいつで最後だな」

 

ミューゼが来た頃には、十数人の鎧を着た集団に村長が斬り殺される所だった。

 

「…なにをしてる」

ミューゼの声が低くなった。

 

「あん?」男の一人がミューゼに気づいた「何だよ…冒険者か?」

 

「なにを、してるぅぅッ!!」ミューゼは男達に襲い掛かった「【エリミネイトシザーズ】!【ストローク・エンド】!【カースボルト・ブランディッシュ】!」

 

「ぐあっ」「し、死神!?」

「ぎゃああああ!?」「グホッ!」

 

「死ねっ…しねしねしねしねぅぇぇ!殺す殺す殺す殺す殺すころ…す…」

 

もう動くものなんて何も居なかった。

全員が死んだのを確認した。

奴等も、村人も。

…ミューゼは地面に崩れ落ちる。

「あ…あぁ…あ…」

 

彼らはノーザンプリスの自警団だった。

町から命からがら逃げ出したものの、恐らく備蓄が尽きたのかもしれない。

ニジモの村は大きな町との交流が

ほとんど全く無いような寒村である。

…それこそ、

【襲うにはちょうどいい村だった】。

 

「………ふざけるなよ」

ミューゼは絞り出すように言う。

ここの自警団の死体が無い。

つまり…そういうことなんだろう。

 

「どうして…私が関わると…こうなるんだよ!何で皆死ぬんだよ!ふざけるなよ!ふざけんな!うああああああッ!!」

 

大剣を地面に何度も叩きつける。

「こんなの望んでない!私は何のために、何のために苦しんだ!?目的を曲げてまで何のために戦った!?」

 

狂剣士は慟哭する。

「全部人間の為だろうがよ!!…ふざけんな…ふざけるなぁぁぁ!!!」

 

焼け落ちる村で、

それを聞いている者など誰もいない。

ミューゼはもう一度地面に大剣を叩きつけると、ふらふらと立ち上がった。

 

「…行かないと」

自分の生きる意味は何なのか。

それを探すために歩き出す。

それこそ亡霊のように。

重く、だがしっかりと。

 

【つづく】

 



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7 神話を忘れ去った地

「あっつ…」

一面に広がる広大な…砂。

どこを見ても砂。 砂、砂…

「どうしてこんな訳の分からない場所に魔王軍の三神柱の一人がいるって情報を持ってるのよ…あんのクソ情報屋め…」

 

しかしとにかく暑い。

暑いというよりも熱い!

重い漆黒の鎧にやたら袖の長い、踝まで長い戦装束…この格好はどちらかと言えば寒冷地仕様なのだ。

 

 

…ここはペルテナ・キョルガ・マロット。西ペリオルデ言語で【流砂と亡骸の城】を意味する。

 

次にターゲットにするのは【緑光神】ペオース。自然の力にまつわる心器を持つとさるているのだが…

「し…自然のしの字もない…出てくる魔物は皆毒持ち…もう貯水タンクの中に入って涼むしか…」ミューゼはとりあえず水を飲もうとタンクの蛇口を開ける。砂漠の長旅になると分かっていたので、町の古くなっていた貯水槽の修理を引き受け、報酬代わりに余っている貯水槽のタンクを貰ってきたのだ。だが…どうやらミューゼは何百リットルも水が入るタンクを上回る程の方向オンチさで砂漠をさまよっていたらしい。

「は…はは…」文字通り乾いた笑いが口から溢れる「うわぁぁぁ!畜生がッ!」

剣で貯水タンクを叩き壊すと、ミューゼは荷車を蹴飛ばして歩き出した。

…だいたい、どの方向に進めばいいのだろうか…全く見当もつかないのだが。

オアシスが見つかれば良いのだが、ミューゼの視力で見つかるだろうか…?

「砂漠の一人旅なんて…大嫌いよ…」

 

 

数時間後、オアシスの水源に沈むミューゼの姿があった。

「…ぷはぁっ!死ぬかと思った…」

辺りに何も危険な物がない事を確認すると、鎧を外してそこら辺に干す。

薄着になると肩まで水に浸かる。

「あ゛ー…」

まだ16なのにババアみたいな声が出たなぁと思いつつミューゼはくつろぐ。

なかなかこうなっては抜け出せない。

水に浸かりながらミューゼは考える。

…道中の生物が脅威なのか、オアシス付近にも人のいる痕跡が全くない。

よくよく冷静になって考えてみれば…何か違和感がある。

「…早めに出ておくかな」

よく熱された鎧を再度身に付け、少し後悔しながらミューゼは辺りを見渡す。

この辺りに魔王軍の拠点などがあれば話が早いのだが…

 

「…よくよく考えれば、砂漠に砦を建てるというのは難しい話だよね…」ミューゼは髪をとかしながら一人呟く「だいたいそんな場所に建物があったら流砂に巻き込まれて全部砂に埋まる…砂に埋まる?」

…あぁそうか。行くべきはつまり

 

「下かあっ!?」

 

しかし問題は入り口だ。一体どこに人が入れそうな入り口があっただろうか。

いや…もしかしたら人では無いのかも知れない。砂漠の魔族サンドアンターは、全身を黒い皮に包まれた蠍や蟻みたいな虫の姿をしており…地面を二足歩行で自在に掘り歩く事が出来るらしい。

 

しかしミューゼはここまでにサンドアンターを一匹も目撃していなかった。

もしかしたら最初から、ミューゼが無防備になる瞬間を伺っていた…?

「いやいや、それじゃあ私がのんびりと水浴びしてる時に襲いに行けば…ん?」

日もだんだんと落ちて、空が夕暮れの色に染まり始めた時に…ミューゼは足元の違和感に気づいた。

 

何故、私の影がつかないのだろうか?

ふと上を見る。赤い空…にしては少し色合いがおかしなような…

「うまくカモフラージュされてるけど、これってまさか…」

ミューゼは思い立ってオアシスに飛び込み、水中用の望遠ゴーグルを使って頭上の様子を確かめた。

…やっぱりか。

頭上を何か巨大な板が頭上を飛んでいる。それも尋常でない大きさの。

板…いや、というよりこれは…

浮遊する…大陸?

 

「ぷはっ」水から出ると、ミューゼは荷物を纏めて走り出す「あれに乗るためには…一体どうすればいいんだろ…」

 

「よう」その時、ミューゼの目の前に突然薄汚れた外套を纏った男が現れた。

ミューゼは反射的に武器を取るが、顔を確かめると呆れたような声をあげる。

 

「ホーク…あんたせめてもう少しましな登場の仕方出来ないわけ?びっくりするじゃない。まったく…」

「いやいや、俺ぃの心器の能力は知ってるだろうぉ?そんな驚くことねぇべって思っててぇなぁ」

彼は流浪の情報屋ホーク。

魔王の情報をいち早く掴みミューゼに教えてくれる協力者だ。

…様々な場所の言語をすべて理解出来る反面、通常時にミューゼたちと話す際におかしなイントネーションが入る。

 

「たしかに貴方の心器が【偽りの外套】で、心器使いには全く姿が確認出来なくなるって効果なのは知ってるけれど…はぁ」

「で、情報なんだがな…あ、今回はタダでおしえてやるぅぞ」

「なんで?」

「いいものをぉ…見させて貰った…」

「カースボルト・ブランディッシュ」

「おい馬鹿ヤメルォ!?」

 

 

ホークから教えて貰った情報によれば、地下遺跡に浮遊している船に向かうための仕掛けがあるということだった。

『ただ、俺もそれがどういうもんなのかはわかってねぇんだ。地下遺跡へのルゥートを教えるから、後はいつもどぅり一人でなんとかするぅんだな、死神さんよぉ』

 

「地下遺跡…ここか…」砂の山かと思われた場所のひとつに、裏が洞窟のように穴が空いている場所を見つけた。

穴は真っ直ぐ地下深くへ伸びている。

「…ま、悩んでても仕方ない…か」

ミューゼは穴に飛び込んだ。

軽い砂がミューゼが滑り降りる際に巻き上がり、周りが全く見えなくなる。

しばらく滑り降りているとやがて、軽い衝撃とともに身体を包み込まれる感覚…

 

…砂に埋まった!?

もしかして流砂の流れで出来た蟻地獄のような場所だったのなら、もう地上に戻るすべは無く、窒息死する!

半狂乱でミューゼは身体を動かした。

 

「ぷはぁぁっ!殺す気かいっ!」

砂だらけになって抜け出すと、ミューゼは辺りを見回した。

…暗くて何も見えない…。

 

ランタンを取りだし火を点ける。

黄色い光に照らされた辺りの様子は…確かに地下遺跡と呼ぶに相応しかった。

壁にぎっしりと書かれた古代の絵の数々、そしてミューゼが降りてきた場所以外は全て綺麗に石造りの天井が支えている。

 

砂漠の下にあるのだから、少しは砂に埋没しているのだろうと思っていたが…

「…うっわ…鞄の中も砂だらけだ…」

しばらく鞄の中身をひっくり返したり、一旦鎧を外して服をほろったりしながら砂を落としていく。

水浴びしたばっかりなのに…

 

じっとしているわけにもいかないので、砂をほろい落とすとすぐに歩き始めた。

壁にぎっしりと書かれた絵は、どうやらこの遺跡に祀られているモノについて書かれているらしかった。

 

順番は間違っているのか分からないが、その昔に破壊された都は砂に埋没し、人々は飢えと乾きで死んでいく。

しかしそこに再生の女神が現れ、人々の為にこの地下都市を作った。

再生の女神はこの砂漠地帯を緑に変えようと地上で奮闘し、人々は女神の為に地下で祈りをささげた。

砂漠は緑を取り戻し、地上は再び人が住めるようになったが、人々はやがて再生の女神の事を忘れてしまったらしい。

 

『怒りの女神は地上を再生された緑とともに空へ返してしまった。祈りを捧げよ、さすれば楽園への道は拓かれん』

 

「…つまり祈れと」

…ちょっと待てよ。緑を取り戻す再生の女神…『緑光神』ペオース…?

いやいやまさか、でもだとすれば。

 

なんてもの奉ってるんだここはぁ!

しかしそれにしても、書いてある事が本当なら、ペオースはすぐ上にある浮遊大陸にいるということである。

そして恐らく彼女に敬意を払わないと上には連れていって貰えないのだ。

 

「他に飛行出来る手段が遺跡内にないか探さないとなぁ…」保存食の干し肉をかじりながらミューゼは言った。

しばらくさまよい歩いていると、何か巨大な門に突き当たる。

…ペリオルデ文字だ…

門の横に何かが書いているのだが、ミューゼには解読できない。

 

「現地の言葉で書くのやめてよ…」

門を叩き壊そうにも、何か障壁がありうまく剣が通らなかった。

…さて。どうしたものか…

「おい!そこで何をしてる!」

背後の通路の奥から声がした。

それと同時に左腕を何かがかすめ、壁に当たって弾け飛ぶ。

…狙撃…!?

これは相手の出方を見るしかない。

「…誰?」声を低くして言う。

「動くな」背後から近づいてくる気配…

魔王軍の手下だろうか?いや…ならば何故すぐに撃たない?

ミューゼは大剣とサーベルを投げ捨てると、両手を上げて振り返った。

「…あ」ミューゼは声の主と目が合う「え…ええと…私はミューゼと言いま」

「知ってる」

植物の絡み付いた不思議な長銃を構えた緑のドレスを着た少女は言った。

 

「…」

ミューゼは緊張の面持ちで少女を見つめる。歳はまだミューゼよりも若く見える。

「死神勇者…だろう?格好からすぐ分かった」近くの剣をちらりと見ながら少女はそう呟いた「ここで何をしている?」

「わ…私は魔王を探して…」ミューゼは答えた「魔王の幹部の一人がこの近くにいるって情報を受けたんだ。緑光神ペオースのこと、貴方は何か知らない?」

 

「知らんな」少女は即答した「知っていたとしても、貴方には…」

「危ない!後ろっ!」

 

ミューゼは反射的に叫ぶと、放り捨てた剣に神経を集中させる。

次の瞬間には蟻にも似たおぞましい頭部が地面を転がり、ミューゼは頭に銃口を押しつけられる。

 

「今…何をしたッ…!」

「うわぁぁだってあのままじゃあなたサンドアンターに後ろをとられて…」

「…」少女はため息をついた「剣を放り捨ててもアンタは敵に攻撃出来るのか?」

 

「うん。剣に込められた魔力でオーラを生成する事は出来るから、後はそのオーラを伸ばして物質化すれば…」

「…つまり、【心器】の能力ね」

「うん」

 

…気まずい静寂が流れた。変わったことといえば、サンドアンターの死体の発する臭いが追加された事ぐらいか。

 

「ペオースを…追っているの?」

少しして少女が問いかける。

「うん…えっと、何か知ってるの?」

「ペオースと会って…どうするの?」

少女はミューゼの目を覗き込んだ。

 

…他人事ではない雰囲気を感じた。

もしかしたら彼女は、ペオースを知る人間である可能性が高い。

 

「魔王のいる場所を教えてもらう…でも三神柱の一人は問答無用で襲ってきたから…もしペオースが敵対的なら、手段は選ばないかも知れない」

「…友好的だったら?」

「もし友好的なら話をするだけ…場所に心当たりが無ければ次を探すよ。三神柱の下の【四天王】や【五将軍】の時からこのやり方は変わらない…。でも確実に近づいてる筈なんだ…魔王に会って…私は…」

 

ミューゼは少女を見つめた。

「でも」少女は言った「全員が全員本当の事を言っているかはわからないわよ?何故彼らが魔王に尽くしているか、分かるでしょう?彼らは自らの心を心器に変えてる。それも魔王の力で、ね」

 

…!?

 

「…待って」ミューゼは会話を切って言った「心器は魔王を倒すために女神の信託を受けた者が入手する物じゃ…」

「本当を言うと、女神なんてものはいない。魔王自身が自らを楽しませる素質のある人間に女神の姿を見せて心器を作るの。…その様子なら、貴方もなのね」

「…うん。この剣のせいで大切な人が皆…一人の例外もなく死んでしまった。私のこの世界での存在意義は魔王から私の存在意義を取り戻すこと…」

「魔王を倒して、その後はどうするの」

「…魔王は強いから、私は全力で力を使う」ミューゼは苦笑した「だから多分、全部終わったら…私、生きていないと思う」

 

あはは。

ミューゼは力なく笑った。

 

「貴方は…それでいいの?」

「良いんだよ。たぶん」ミューゼは上を見上げた「別に多くは望まない。魔王から【意味】を取り返して、それによって死ぬの…私はそれで…良いんだよ。たぶん」

 

 

少女はペルゼと名乗った。

経歴は言わなかったが、自然の力を操る魔導士で、この地下遺跡を調査して報告する仕事で来ていたそうだ。

ペルゼの監視つきで、再びミューゼは地下遺跡の探索を始めた。

【続く】

 



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8 慈悲と憤怒

イオです!

すごい…100UA行ってりゅ!?
お気に入りも4件と、
とても嬉しいです!

書き溜めた物のデータが
数話ロストしてたのがあるので、
書き直しに時間を要するかもです。

あまりお待たせするような事には
ならないと思いたいですが、
今後とも宜しくお願いします。


ペルゼはある程度古代文字を解読することも出来、この地下遺跡の罠や仕掛けにも熟知していた。

 

「そこは踏むな。スピアトラップだ」

「うっわぁ!?」

反射的にミューゼは足を引っ込める。

「そのタイルだけ踏まないように…ここと、このタイルだけ大丈夫だから」

ペルゼは小柄な体を滑り込ませるようにすいすい進んでいくが、ミューゼは重装備のうえ両手剣を持っている。

非常に足取りは危なっかしかった。

…まぁ、ペルゼがいなければ確実にトラップのひとつやふたつに引っ掛かっていた可能性はかなり高いだろうと思われる。

 

「ペルゼが居なかったら私、あちこち引っ掛かってたかも…」

「利用してるのはこっちの方だから、協力してるだけ」ペルゼは素っ気なく言う「魔王がどうとかって、別にそこまで気にしてる訳じゃないし…」

「え?」ミューゼは首を傾げた「でも、勢力を拡大してる魔王軍がいなくなれば、もう世界に脅威は無くなるんじゃ」

「そう思う?」ペルゼは振り返ったミューゼを見つめる「私はまだ、今の時代の方が遥かに安定していると思っているけど」

 

 

道中、何度かサンドアンターの襲撃を受けたものの、あまり脅威は感じなかった。

ペルゼは植物の蔦に覆われた猟銃を操り敵を射抜いていくが、何者なのだろうか。

遺跡探掘家というのは皆、どことなく達観したような物言いをするのだろうか。しばらく探索した後、ペルゼが休憩を提案し、軽く焚き火を炊いて休むことにした。

 

「そういえばミューゼとは、3日以上行動したらいけないんだったっけ?」

「うん」ミューゼは頷いた「3日持たない人も結構居るんだけど…でも確実に、3日目に私を見ると、皆死んでしまうの」

「ふぅん…」火の調子を確かめながら、ペルゼは相槌をうつ。

 

「…ごめんなさい」

「何故謝るの?」ペルゼは顔を上げた。

「私のせいで…私と居るから貴方にも危険が及んでいるかも知れない。本当は逃げ出したいの…もう、人と一緒にいるのは嫌なの…だから…」

 

ペルゼはそれ以上何も言わなかった。

ミューゼはペルゼに背を向けて体を抱える。…涙が自然と零れてくる。

今まで一緒にいた人達の記憶が蘇ってくる…皆死んでしまった。私のせいで。

 

 

「…それって、人以外には効果有るのかしらね…?」

ポツリとペルゼが言った一言は、ミューゼには聞こえなかった。

 

 

交代で見張りをしながら、十分に休憩を取り、二人は再び調査に乗り出した。

やがて、少し狭い部屋に女神のような像が安置されている場所にたどり着く。

 

「これに…祈りを捧げれば良いのかな」

「そうよ…」ペルゼは像を睨んだ「しかしダサい女神像だわ…もう少し上手く作りなさいよね…」

「?」ミューゼは疑問に思ったが、とりあえず屈んでお祈りの姿勢をとる。

 

すると女神像の部屋の壁に書いてあった紋様が白く光り始める。

「よしよし…【生け贄よ。光差す道へ進め】って文字が出てきたわね」

ミューゼはガバッと体を起こした。

「ちょっ!?何で祈りを捧げたら生け贄になってるの私!?」

 

「私もあの門の先に行きたいの。多分【怒りの女神】は生け贄を欲している。現にさっきそう書いてあったし」

「なな、何で先に言わないのっ!?」

「言ったら嫌がるでしょ?それに調査に【何でも】協力しますって条件でこの遺跡の探索許可を依頼したのは誰かしらね?」

「そ…そんなぁ…」

「文句言わずさっさと歩きなさい死刑囚…死神なんだから死なないでしょ」

おっ…横暴だ!訴えてやる!

 

そしてランタンが無くても綺麗な白い光に照らされた文字の明かりで照らされた道を再び二人は戻る。

魔導門は閉まっていたが、ミューゼが目の前に立つと、重い岩が動くような音と共にゆっくりと開いていった。

 

「よし、開いたわね」

ミューゼの横をすり抜けるようにペルゼは先に進んだ。魔導門の先には小さな小部屋いっぱいに何かの魔方陣が描かれていた。ミューゼが恐る恐る足をのせると、魔方陣は青く輝き出す。

 

「私…どうなるの?」

「転移魔方陣だわ」ペルゼはもたつくミューゼの手を引いて中央に立たせる「目を閉じてないと、気を失うわよ」

ミューゼはキュッと目をつぶる。

一緒身体が浮いた感覚。

……

………。

 

「えっと…」

「何してるの?早く行くわよ?」

「も、もう目を開けていい?」

「…もしかして、転移魔方陣は初めて?」ペルゼはため息をついた「やれやれ…目を開けていいわよ?」

ミューゼは目を開けた。

 

…眼下に広がる大砂漠。

視力のせいで細かくは見えないが、恐らくここは…浮遊している要塞!?

 

「どあああっ!?」自分は一本の木の幹のようなような危うい足場に立っていた「すみませんペルゼさん!怖い!?怖いよここ!?マトモに安心して立ってられる足場に足場に足場にぃ!」

「…ほら」「ひっやぁぁぁ…えぅ」

 

ぐいっと手を引かれてミューゼは叫びながら後ろに倒れ込んだ。比較的ちゃんとした平原のような安定した地面に背中から落ちる。辺りを見回すと、さながら空中庭園と言ったところだろうか?船のような城のような形に、植物が空中に生い茂っている。ゆっくりと立ち上がると、少し離れた位置にペルゼの背中が見えた。

 

「まっ…待って!」ミューゼは足場を確認しながら進んでいく。

 

「ミューゼ。あなた高いところが苦手なのかしら?」嘲笑うようにペルゼが言う「随分と可愛らしい死神さんなのね」

「いや…特に高所恐怖症でもないんだけど…転移直後に宙に浮かんだ丸太の上にいたら、誰でもあぁなるんじゃないかな」

 

「んー、そう?…少なくとも私は全然なんとも無いのだけど?」

「うー…」ミューゼはペルゼの後を追い巨大な大樹の虚に足を踏み入れた「でも、ここにペオースがいるんだ…」

「そうね。【怒りの女神】はきっとこの先にいるわ…」

 

薄暗い森のような道を進んでいく。

「まぁ…本人が現れるかどうかは分からないけど…」ふとペルゼは足を止める「…なるほど…生け贄ってこういうことか」

「……っ!!」

 

ミューゼは目の前の光景に息を飲む。

この場所一帯を支えているのか、巨大な樹が生えていた。そしてその樹にはまるで…まるで実がなっているかのように大量の人のようなものが枝にぶら下がっていた。

 

「酷いものね…ここでこの城を浮かすための浮遊樹のエネルギーを…」

「た…助けないと…!」ミューゼは走り出すが、ペルゼに手を引かれる「なっ!ペルゼ、何で止めるのっ…」

「無駄よ。完全に接続されてる…木から離せば死ぬわ…それに」ペルゼはゆっくりと銃を抜く「貴方もあそこのお仲間になるつもりなのかしら?」

 

辺りを見回すといくつかの枝がまるで生きているかのようにミューゼに襲い掛かってくる…!

 

「くっ…冗談じゃない!」ミューゼは剣を構えた「こんな場所で足止めされる訳にはいかない…引き裂け稲妻!【カースボルト・ブランディッシュ】!」

 

ミューゼが横凪ぎに振った奇跡に赤い稲妻が走る。

ミューゼを捕らえようと伸ばしていた枝は引きちぎられ、ドサドサと地面に転がっていった。

 

「ぅ…ぅぁ…」「ぁぁぁぁ…」

樹に囚われている人々が呻いている。

…まるでこの樹に栄養を取られて苦しんでいるような悲鳴だった…

 

「ひ…ッ!」ミューゼの動きが止まる。

「動いて!!」ペルゼがミューゼに襲いかかろうとしていた枝を撃ち落とす「あれはあの樹が寄生体に声を上げさせてるの!騙されないで!とっくのとうにあの人達は死んでるのよ!」

 

「分かったっ…!」

頭を振り悲鳴を振り払いながら、ミューゼは樹に向けて地面を蹴った。

樹の幹にひときわ大きな、脈動しているコブがある…あれを壊せば、この人食い樹木の息の根を止める事が出来るはず…!

 

…しかし、ミューゼの目の前に大量の寄生された人が道を塞ぐように立ちはだかる。

…あれは死んでる…私はアンデッドなら何匹だって切り殺してきた…私はやれる…奴らは…アンデッドだッ…!

 

「邪魔だぁぁぁぁ!【カースボルト・ブランディッシュ】!!」

耳をつんざく沢山の悲鳴。

ミューゼはその中を走り抜け、脈動するコブには…あと少しで辿り着く。

しかし、背後からおびただしい量の枝がミューゼを捕らえようと集まってきた。

 

「…くっそ…!あと少しなのに…ッ!」

しかし枝が近づけたのはそこまでだった。何故か枝同士が絡み付き、行き先を失い地面に落ちていく…。

 

「走れぇぇぇぇぇッ!」

ペルゼの声が聞こえた。

「これで…」ミューゼは振り返らずにコブに辿り着き、両手剣を振り上げる「終わりだぁぁ!!【ストローク・エンド】!」

 

ミューゼの遺志を感じ取ったかのように、剣は巨大な鎌の形のオーラを纏わせ、コブごと巨大な樹木を一刀両断した。

 

「やった…」ミューゼは樹木が動かなくなったことを確認すると、振り返って興奮気味に叫ぶ「ペルゼすごいよ!あそこで止めてくれなかったら今頃…ペルゼ?」

 

ペルゼがうつ伏せで倒れていた。

「ペルゼ…!」

慌てて駆け寄り抱き起こす。

外傷は見当たらない。しかし息づかいは苦しそうで、額には汗を浮かべていた。

 

「全く…」ペルゼはミューゼの顔を見てニヤリと笑う「本当はここの調査が目的だったんだから、貴方があそこで死のうが、助ける義理なんて無かったんだけど…」

「ペルゼ、どこか痛むところは?一体何があったの…」

「最後の一撃のとき、貴方を襲おうとしていた枝を自分の制動下にしたの」

 

…そうか。

通常は動かない植物という物を操る自然魔法は植物と【同調】し、そう動くように働きかけることで操ることが出来る。

植物を操る魔導士は、そうやって制動下に置いた植物に何かしらの被害があった場合に同調によるフィードバックを受けてしまうのだ。つまり…

 

「わ、私…ペルゼを…斬ったの…?」

「いいえ、これは私の意志よ」ペルゼはため息をついた「お話ではあるじゃない?私ごと斬れーって奴。だからそんな顔しないで…それに」

突然地響きと共に樹が立っていた場所に木製の階段が現れた。

 

「…さぁ、偽の女神が現れたわよ」ペルゼはそう言うと、ミューゼを見つめた「私はここに置いて、さっさと行きなさい」

「でも…」

「この程度でくたばるようなら、ここまで来ないわよ…いいから行って!」

 

「…わかった…気をつけて!」

ミューゼは剣を掴むと現れた階段へ向けて駆け出した。

 

「…さて、死神様のお手並み拝見、といった所かしらね…?」

 

 

木製の階段を登っていくと、突然視界が白く塗りつぶされた。

…まるで世界が真っ青になったようだ。

浮遊しているこの場所の、天井に当たる場所なのだろうか。

そして穴だらけの地面の先には…緑ではなく、赤いワンピースを着た…

 

「ペルゼ!?」

どこをどうみてもペルゼだ。服と髪と瞳の色が赤いことを除けば。

「人間よ。なぜ抗う」ペルゼ…いや、赤いペルゼは口を開いた「我はこの地の再生の女神…しかし人々は信仰を失い、今はこの地を捨てて逃げるという愚かな選択をした。その怒りを沈める為に一月に一人生け贄を要求した…そして今日、貴様が名誉ある生け贄に選ばれたのだ!」

 

「…貴方が地上を切り離したせいで下は砂漠になってるよ…人っ子一人いやしない」ミューゼは赤いペルゼを睨む「もうこんな意味の無いことをする必要は無いんじゃないかな?」

「意味がないかどうかは、貴様が決める話ではない」赤いペルゼが手を上げると、ミューゼの足元の植物が動き出す。

 

「…っ!今日は貴方に話をするために来た!私はミューゼ、貴方が【緑光神】ペオースなら知っているはず…魔王が今どこにいるのかを!」

「何?」赤いペルゼはミューゼを睨んだ「貴様…まさか貴様がド・グオルを…?」

「…っ!でも仕方無かったんだよ!マトモに話をするどころか、私は殺され…」

 

地面が揺れる。

「…許さん」赤いペルゼは赤いオーラを纏った「許さんぞぉぉぉ!」

やはり、戦うしか無いのかっ…!

【続く】

 



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9 忘れし者の怒り

怒りを露にした赤いペルゼは、その姿を変えていった…。

まるで何千年も前から立っていたような、巨大な霊樹…そんな巨大な樹を腕にしたような、とんでもない大きさのウッドゴーレム…立ち回りを気を付けなければ、一瞬で地上まで落下する羽目になる。

 

「グオオォォ!」

ゴーレムは巨大な腕を横に振り抜く。

「…ッ!」

ミューゼはオーラを呼び出し、棒高跳びの原理で飛び上がるが、この方法もミューゼの命を削る行為…長くは使えない。

…どうする…?

 

先程斬り倒した樹と同じく、ゴーレムの左胸にあたる位置に膨らんでいる部分が見える。…恐らくあそこを突けば、ゴーレムを無力化することが出来る。

 

「ウオオオオ!」ゴーレムが今度は地面に腕を叩きつける。

植物と土砂で出来た天井は簡単に崩れ、そこに大穴が空いてしまう。

ミューゼの足場も少しずつ悪くなっていた。…全て崩れるのも時間の問題だ。

 

…仕掛けよう…!

ミューゼは剣を構え、駆け出した。

狙うは足元。このゴーレムは巨体を維持する為に非常に微妙なバランスを保っている。身体を支える足部分を攻撃していけば、体勢を崩して隙が生まれるはず…

 

「…!?」

突然何かに足を取られ、ミューゼは地面に転んでしまう。

見るとまるで手のように樹の根が足に絡みつき、ミューゼの動きを封じていた。

 

…この場所自体が彼女全てなんだ。

とにかく次の攻撃が来るまでに早くほどかなくては…!

しかし既に辺りは暗くなっていた。

ゴーレムの巨大な腕がまさに今、ミューゼの頭上に振り下ろされているのだ。

 

「なら…下だぁッ!」

ミューゼは剣を地面に叩きつけ、自分の周りに穴を開けた。やがて下層に体が落下していく…上では轟音と共にゴーレムの腕が地面にめり込み、落下中のミューゼに向けて岩がいくつか飛んできた。幸い致命的な場所には当たらなかったが、もうこの方法は使えないだろう。

 

なんとか剣のオーラを使い下の階に着地して、目眩を頭を振って振り払うと、頭上で天井が破壊され、ゴーレムが落下してくるのが見えた。

 

「ニゲルナ…ニゲルナァァ!」

…いや…あんな巨体が下層に降りたら、床突き破って下に落ちるんじゃないかな…

しかしそんなミューゼの期待を裏切り、ゴーレムは下に無事に着地すると、

丸太のような腕から樹の枝を伸ばし、まるで手のような形に変化させてから地面に差し込んだ。

 

「ちょっと…それは卑怯だよっ!?」

メリメリという音と共に、地面が隆起した。ゴーレムは自分の目の前にある地面を引き剥がしているのだ…!

あれでは接近出来ない。しかもそんな物をどうするかと言われたら…

 

「グァァァッ!」

当然、ゴーレムはその地面を…投げた。

天井の柔らかい地盤の物ではない。分厚い石の柱などが絶妙な具合に組み合わさって出来ている、【見事な】地面だった。

これは斬ってどうにかなる物ではない。

 

「ひっ…うわぁぁぁ…!」

次の瞬間ミューゼは地面に叩きつけられた。またもや今度は腕を樹の根に絡めとられたのである。

 

仰向けに倒れたミューゼの、その目と鼻の先を通りすぎる凶悪な塊。

とてつもない風圧で、しばらく立ちあがる事もままならなかった。

…どうやら外したらしい。今すぐにでもこの場を離脱しなければ…次は無い!

 

力を入れると何故か簡単に根は外れた。

…ん?どうして…

 

しかし冷静に分析している暇はない。とにかく距離を取らなければ…

地面によって壁に大穴が空いていた。

そこから隣のフロアに滑り込む。

足の先に固いものが当たった。

見ると、破壊されてしまっているが…巨大な台車の形から察するに…投石機だ。

 

「つまりここは…兵器庫か…!」

何かあのゴーレムに打撃を与えるような物があるかも知れない…!

背後からは死の宣告の如く響く足音と地響き。焦る気持ちをなんとか落ち着かせながら、ミューゼはこの施設の兵器の可能性に賭けた。…例えば、投石機に爆弾を装填して相手に放り投げるとか…

 

リザードマンの砦で見たような、そんな攻城兵器でもあればいいのだが。

ふとミューゼは上の方に、鋭い槍のようなボルトを発射する兵器…バリスタが設置されている事に気づく。

 

…でも梯子を登っている最中にバレたりしたら…間違いなくバリスタが設置された二階部分の倒壊で…

ふと後ろを振り向く。ゴーレムはこの兵器庫ではなく、自分が投げた地面を漁り、ミューゼの死骸を探しているようだった。

 

なるほど…なら迷ってる暇はない。チャンスはきっと今しか無い…!

ミューゼは慎重に梯子を登り始める。梯子にはびっしりと植物が絡み付いていた。

太古の梯子なので途中で壊れないか心配ではあったが、なんとか登りきると、急いで設置されたバリスタに向かう。

 

「ちゃんとサイトもついてるし…動く。弦は…あれ、新品同様じゃないか」ミューゼは首を傾げた「昔の物だと思ってたんだけど…最近使った人がいたのかな?」

 

しかしこれはこれで早めに攻撃準備が出来る。…実を言うとミューゼはバリスタの腕はあまりいい方ではないのだが。

…この状況では言っていられないね。

ボルトを装填し、攻撃の機会を待つ。

 

「…イナイ…」

ゴーレムがこちらの方を向いた。

「いけぇっ!」

ミューゼはバリスタを発射する。

バシュンという風を斬る音…。

槍は真っ直ぐに飛び…胸にあるコブの、だが少し右に逸れた位置に突き刺さった。

「ああッ、畜生!」

「ソコカァァァ!」

間違いなくこちらの位置がバレた!!

素早く目に止まった植物が巻き付いていたが、鋭そうなボルトを装填する。

 

…早く…早く…ッ!

弦を張り直し、こちらに突進するゴーレムに照準を合わせる。

「くらぇぇ!!」

しかし当然ながら止まっている標的を狙うより、走っている獲物を狙う方が至難の技である。槍は真っ直ぐゴーレムの背後に…落ちる筈だった。

 

「ウギャアアアア…!」

槍は途中で軌道を変えたのだ。そして胸にあるコブに見事、深々と突き刺さった。

 

ゴーレムは苦しみだし、そのコブのあった場所に…刺さっているボルトと違う、赤く華美な装飾のされた斧が煌めくのをミューゼは見逃さなかった。

 

心器…あれがペオースの…!

ミューゼは梯子を滑り降り、剣を構えて雄叫びをあげて走り出した。

「うおおお…【カースボルト・ブランディッシュ】!!」

 

全身の激しい痛みにミューゼは顔をしかめた。度重なる魔剣の連続使用により、身体のあちこちが出血しているのだ。

しかし様々な幸運が重なって出来たチャンスだ…これを逃せばもう次はない。

ゴーレムはミューゼの一撃によって、当初の計画通り片足を吹き飛ばされていた。

体勢を完全に崩し、ミューゼの手の届く位置まで胴体部分が降りてくる。

 

「ペオース…これで終わりにしよう…」ミューゼは魔剣を振り上げる「【ブラックエッジ・エクスキューショナー】!!」

どす黒いオーラを纏った凶悪な一撃は、ゴーレム…ペオースの心器を完全に破壊、粉砕した。

 

「〜〜〜〜〜!!!」

もはや判別不能の叫びが響く。

ゴーレムは形を失い、バラバラとその身体を土に返していく…

「さようなら…また会う日まで」ミューゼはそう呟くと、自分の足元を見て苦笑した「ぐっ…ふ…毎回思うけど、この剣を使って軽傷で済んだ試しがないよね…っ…」

意識が遠のいてきて、ミューゼは近くにあった何かにもたれ掛かって気を失う。

 

「…っと。こんな力を使いながらよく今まで生きていられたわね…」

とても暖かくて、ミューゼを包み込んでくれるような…そんな気がした。

 

 

「そら…起きろっ」突然頭をぶん殴られ、ミューゼは飛び起きた。

「うぎゃあぁぁ!…あ、あれ?」

辺りは自然豊かな森だった。全く見覚えのない場所だ。頭を殴ったのはペルゼだ。いつものように緑のワンピース姿…しかし手には見覚えのある斧が…

 

「起きたわね…。まぁ、何…」ペルゼは照れくさそうにミューゼから視線を反らす「【怒りの女神】の退治…ご苦労様」

「え?あ…えぇっと…あれ?ペルゼが赤くなってて、ゴーレムになって、動力の心器を破壊したから女神は死んで…つまり斧は壊れてるはずで、んん?」

 

「落ち着け。私の話を聞きなさい」ペルゼは近くの切り株にちょこんと座る「まずは私が何者か…から話そうか。長くなるから、そのつもりで」

 

 

遥か昔、この地に貧しい村があった。稀に降る少しの雨を集めて人々は生活していた。ある日、そこに一人の魔導士が訪れる。

魔導士はこの村の惨状を目の当たりにし、そして村人たちに同情した。

得意分野である自然魔法を使い、荒れ地に植物を育成し始めたのだ。

簡単そうに聞こえるが、実はこれは恐ろしく途方もない苦労が必要になる。

何故ならどんな魔法を持ってしても、魔法の力だけでは植物を生やすことはできても、自然を戻すことは出来ない…。

 

しかし魔導士は諦めなかった。

世に存在する様々な文献を読み漁り、そしてようやく、【心器】というものの存在を知ったのである。

 

人の奥深くに眠る心の願いを物質化する魔法…いや、魔法という単語に収まらないほどにそれは奇妙で、複雑なモノだった。

魔導士はそれに全てを賭ける。

 

そして…

 

【自身の存在認識】と引き換えに、周囲の天候を自在に操る。

そんな心器が出来ていた。

そして強力な心器の【代価】として、村人達は魔導士の事を忘れてしまい、ペオースという【再生の女神】として地下深くの遺跡に奉られる事になったのである。

 

存在を認識されなくなってしまった魔導士…ペオースは、その後も自然の回復に勤めた。人ならざる者になってまで、その村が好きだったのだろう。もしくは未知なる領域に足を踏み入れた事で、更なる探求心が生まれたのだろうか。

 

しかし時が経つに連れて、彼女が自然を戻そうと奮闘するほどにペオースは人々の記憶から忘れられていった。

 

そんな時だった。

…ヤツが現れたのは。

 

夢とは違う、テレパシーのような精神世界に呼び出され、ペオースは【魔王】と対面した。そして、魔王から同じような効果の3神柱の心器を与えられたのだ。

 

これはすなわち、【信託】により作られた女神の姿を騙った魔王が生成する心器もまた、人々が願いで作る心器とは全くの違うものだと言うことを意味する。

 

当然、ペオースは断った。

内容があまりにも酷すぎる。

 

「その魔力を使い、我に従属せよ。我に反乱せし者達の土地をすべての命が還りし永久凍土へと変えるのだ」

 

ペオースは断った…筈だった。

受け取った心器をよく見るべきだった。次の瞬間ペオースから、怒りを露にした部分が物質として飛び出したのだ。

 

双子のように瓜二つ、しかし人々に忘れ去られた憎悪が形を為した、邪悪な女神。

その女神はペオースを斬り殺すと、魔王に従属を誓い、手始めにこの地を浮上させ、ここから各地に魔王の言う通りの天候障害を引き起こしていたのである。

 

 

斬り殺されたペオースの肉体は、まだ死んではいなかった。地下に群生するキノコや苔などの生命力を分けてもらい、辛うじて魔力を保っている状態だった。

自身の元にはまだ、自らが作った心器が残っていたため、力を行使する事が何とか出来たのである。

 

…あの女神を止めなければ…しかし…

魔力が回復するにつれて身体を再生出来るようになったが、魔力が完全に回復するまでにはかなりかかる。なんとかして上にいる女神を止めてくれる、誰か強力な味方が欲しかった。

 

少ない魔力を使い、世界の情勢を少しずつ植物を通して確認する。

そうして、女神を止められる可能性を持った一人、死神勇者ミューゼがこの地に来ることを知ったのである。

 

【続く】

 



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10 再生の女神

「…という訳よ」ペルゼ、というかペオース本人はそう言った「私の本名をお前に教えると、貴方は今すぐに私の事を綺麗さっぱり忘れる。だからペルゼでいい」

 

「…それにしてもペルゼから出た物だとはいえ、私はとんでもないものと戦っていたんだね…」

「私がヤツの知覚妨害と細かい誘導をしなければ、貴方なんて最初の一撃であの船のシミになってた所ね。感謝しなさい」

「あ。ありがと…」

 

なるほど。

途中で色々と不可解な事が起きて、それによって危機一髪命が助かったのはペルゼのお陰だったという訳だ。

 

「そう言えば…ここは?」

ミューゼは辺りを見回す。

下を見下ろしても、しっかりとした地面がある。船の上だとは思えない。

「砂漠だった場所。…私が全部元に戻したわ」ペルゼは両腕を広げた「私の魔力をぜーんぶ使って、ね」

 

ミューゼは目を丸くした。

 

「そ、そんな事して大丈夫なの!?」

「だからきっと、私の存在は貴方しか知らない。そして貴方がこの場所を去る時には、私の事は忘れてしまうでしょうね」

「…そんなっ…!」

 

「別に悲しいことじゃないわ」ペルゼは斧をポンと叩いた「この自然を取り戻すことが出来た。これは、私のやりたかった事なの…これが…私の願いだから…」

「ペルゼの…願い。」

 

ミューゼはうつむいた。

私は?

私は何がしたいのだろうか。

私の願いは、魔王を倒して…

それで…

 

「…」ペルゼは空を見上げた「私の事は忘れてしまうだろうけれど…一つだけ貴方には覚えていて欲しい事がある」

「…?」ミューゼは顔を上げた。日の光を受けてエメラルドグリーンに輝く斧をミューゼに見せてペルゼは口を開く。

 

「心器は本来は魔王が与える物じゃない。現在存在している心器は大抵、【女神】の信託を騙った魔王による【与えられた心器】よ。…でも世の中には私の心器のように、自らの魂の声、そして願いを物質化した心器がある。貴方の心器はそれに似た魔力を感じるわ」

「…んん?」ミューゼは首を傾げた「でも、ちょっと待って。私は魔王からこの心器を…あれ?」

 

…待てよ。魔王は私に心器を与えたのではない…これは私自身の心だと言った…

 

「魔王はこの事実を隠してる。そうやってこの世界を支配しているのよ…恐らく魔王から与えられた心器では魔王は倒せない…だからこそあの魔王は貴方を呼び、【自らの元に辿り着けるか】という試練を与え、貴方の来訪を待っているのよ。己の衝動を力に出来る剣…貴方からその心器を奪えば、それこそ本当に世界を征服出来る。人類が彼に対抗する手段は無くなる」

 

「つまり…私は…」ミューゼは顔をあげる。その表情は怒りに満ちていた「魔王の世界征服のために、魔王城に向かわされてるの…?ここまでどれだけ沢山の大切な人達を犠牲にしてきたと思ってるの…?ふざけるなよ…そんな事のために…皆が!私が!…そんなのって…!」

 

「貴方がどのような経緯でその心器を錬成したかは分からない。でもこれ以上魔王によって世界が混沌に陥ったら、貴方のような不幸な人が増えてしまうのは間違いない。ミューゼ、魔王を倒して。…これは貴方だけの問題じゃない、世界の問題なの」

ペルゼはミューゼの手を両手で握る。

 

「…」ミューゼは頷いた「アイツは人が死ぬことを何とも思ってない…そして私が負の感情を込めれば込める程にこの剣は力を増していく…。なるほど、そういう事だったんだね…絶対に許さない。許すもんか。アイツは私が…私が…絶対に倒す!」

 

「それでいい」ペルゼは寂しそうに笑った「世界を救って。ミューゼ…魔王の元に辿り着いて、その心器を砕くことが出来れば…あの人も救われるだろうから」

 

でもそれは、彼女にとっては酷なこと。

人を失うことを嫌う彼女には、あまりにも荷が重い災厄を引き起こすことになる。

 

だが。それでもやらなければ、

いずれはこの世界は滅びてしまう。

だから…

「さようなら。ミューゼ…」

 

私はただ、ここから見ている事しか出来ないけれど。貴方の未来にどうか救いがあらんことを。

 

「…ペルゼ。また、来るから」

「今度は世界を救った後かしら」ペルゼは笑った「しぶとく生きなさい。自分をしっかりと持って…。そうしないと、貴方は魔王の膝元にすらたどり着けないから」

 

 

 

ペルゼと別れ、街道に出た頃には確かに、ミューゼは彼女の事を忘れてしまった。

覚えているのはペオースを倒し、最後の三神柱の一人を倒して魔王を倒す。

 

何故目的が変化したのか…誰に魔王の目的について聞いていたのか…。

何故だか思い出せない、しかしミューゼはそれでも歩を進めた。

止まっている暇はない。

何が何でも魔王を止めなければ…!

これ以上、悲しい人を出す前に…!

 

「よう、いつぶりだぁ?一晩寝てた間によくわかんねぇ事になってんよなぁ」

…よく聞く声が聞こえた。目の前に透明な外套を被った男が現れる。

 

「ホーク…」

「ペオースも死んだか…そして、どぅうやら顔つきも変わったみたいだなァ」

 

「…ホーク、教えて」ミューゼはホークを真剣な表情で見つめた「あなたは魔王が私の心器を強化して自らの物にするために魔王城で私を待っているって事実を…」

 

「…ほう、気づいたのか」

ホークはミューゼを睨む。

 

「ねぇ、ホーク」ミューゼの声色が低くなる「なんで教えてくれなかったの…そのせいでどれだけの人々が犠牲になったと思ってるの!?事前に知っていれば魔王の側近だろうと何だろうと躊躇しなかった!対話を図ろうとして仲間を惨殺されたり、拷問されたりする事も無かったんだよ!?」

 

「ハァ…ミューゼ」ホークは剣を抜いた「何故俺がこんな強力な心器を持ってぃるにも関わらず、お前に三神柱の居場所を教えるのか…そぅ思った事はねぇのか?」

「あぁ、ホーク…やっぱりそうなんだね」ミューゼも剣を抜いた「今回の一件で最悪の思い違いをしていた事に気づいたわ…貴方は魔王軍の…!」

 

「ぶっ…ハハハハハハッ!」ホークは高笑いすると、曲刀を構えその場で回転する「ミューゼ、お前は最後の三神柱を倒した後、この事実を教えて殺してやるつもりだったが…死に急いだなァ!」

ホークの姿が消えた。

 

「仲間だと…思っていたのに…!」ミューゼは剣に力を込める「ホーク…このっ…裏切り者ぉぉ!…ぐっは!?」

ミューゼは背後から衝撃を受けると、地面に突っ伏す。見上げるとニヤリと笑い、曲刀をミューゼの胸元に当てたホークの姿が見えた。

 

「ヒャハッ!威勢が良いが、ミューゼ…お前は俺にはかてなァいぜ?心器を持っている人間…その全てから身を隠すことの出来る外套。これが有る限り、おまぇの攻撃なんか当たるはぁずがない」

 

「くっ…くそっ!」ミューゼは抵抗するが、ホークは馬乗りになっていて、完全にミューゼの命を握っている。

 

「グラヴィード様はお前の心器が目的だ…しかし心器の強化の話を聞けば、お前はその剣に負の感情を注ぐのを止めるかもしれねぇだぁろ?予定変更だな…そうなる前にお前を殺して、心器だけグラヴィード様に渡してしまえばイィ。それでグラヴィード様はこの世界を納め、俺は魔王軍から名誉と地位を手に入れられる…どうだ、最高なアイデアだと思わネェカィ?」

 

ホークはそう言って曲刀を振り上げる。

 

「この…下衆が!お前みたいな自分勝手なヤツがいるから、優しい人が犠牲にならなきゃいけないんだよ!…お前はッ…」

 

「ミューゼ…死ね!」

「死ぬのは…お前だぁぁっ!」

 

…刺し違えてでも構わない…こいつだけは…絶対に許さないッ!

ミューゼは剣のオーラを使い、背後からホークを襲った。

 

「ぐ…ガ…っ!?あぁ…なんだこりゃ」

曲刀が地面を転がる。

ミューゼの放ったオーラは蠍の尾のように曲がり、確実にホークの胸を背後から貫いていた。

 

「な、なんで腕が…俺の…腕…ガ」

ホークは自分の右腕を見つめていた。その手は何故かツタ状の植物に覆われ、その動きを完全に封じていた。

 

「コッこんな馬鹿ナ…俺は…食う側になったんだ…こんな場所で死ぬ筈…グハァっ!ああ…ぁ…ァ」

ホークは地面に倒れ、動かなくなった。

そしてミューゼはホークの身体から、ピッ…という機械音を聞いた。

 

「うそ…ッ!?」

ミューゼは反射的に身を護る。

瞬間、ホークの身体は大爆発した。

 

「うああああッ!?」爆風でミューゼは地面を転がった「…ぐっ…ホーク…」

幸い大した怪我は無かった。

爆風から身を護るため、

全方位に薄くオーラを展開した為に、

多少の傷が増えた程度だ。

 

体を起こし、ホークのいた場所を見る。

そこにはもうただの布切れが燃えているだけだった。

 

「あぁ…どうして、また…」

怒りが退いたミューゼは呟いた。

なんで私は…

私が関わった人は…皆…

 

「死ぬなよッ!なんで皆死ぬんだよ!私は…私は何でこんな惨めに生きてなきゃいけないんだよッ!」

地面をありったけの力で殴り付ける。

 

「あぁ、でも私は今…ホークを殺そうとしてた…でも、これは…違う…違くて…」

 

傍らに転がる漆黒の剣。

ミューゼは虚ろにそれを見つめる。

「お前の…せいだよ…」

 

ミューゼは立ち上がった。

「お前が!居なければ!私はこんな目に遭わなかったんだ!」

 

そのまま大剣を置いて駆け出した。

 

ドクン。

ドクン…!

ドクン!!

「ぐっ…あうっ…」

 

ミューゼは地面に崩れ落ちた。

心器はその人の心、そのもの。

故に一定距離所有者から離れれば…

所有者に苦痛と死が訪れる。

 

「はぁ…ぐうっ…イヤ…ヤメロ…」

 

嫌だ。

やめてくれ。

嫌なのに。

それなのに身体は心器を求める。

苦痛から逃れようと

みっともなく地面を這って、

そしてこの手に戻ってくる。

 

「…もうやだ……」

ミューゼは泣き出した。

街道は誰も通らない。

誰も彼女の涙を知るものは居なかった。

 

 

少し離れた場所で、ホークが使っていた形跡のある小さな小屋を見つけた。

そこには彼が肌身離さず持ち歩いていた情報を走り書きしているメモ帳が、

簡素なテーブルの上にそのまま置かれ、

夕焼けの光を映していた。

 

最後の3神柱の情報も、この手帳に書いてあるであろう事がなんとなく、ミューゼには理解できた。

 

「馬鹿…」

彼が肌身離さず持ち歩いていたメモ帳を、何故ここに置き忘れたのか、または敢えて置いたのか…それは分からないが。

 

…初めて会った時、ホークは両親を魔王軍に殺され、魔王軍に対して復讐を誓っていた。そんな彼がどうして魔王軍に加入してしまったのだろうか。

 

…食われる側から食う側に…か。

彼も追い詰められていたのかも知れない。自分が手に入れた心器では魔王に太刀打ち出来ない。このまま反乱を続けるよりも従属を受け入れ、魔王軍のエージェントとして動いた方が賢い生き方だ。

 

恐らくそう思ってしまったのだ。

グラヴィードはその思いを利用し、私が迷うことなく三神柱と相対できるように誘導し、必要であれば自らも魔剣の糧となるようにホークに命じたに違いない。

…許せない…!

 

もう一人として犠牲を出す訳にはいかない。ミューゼは立ち上がった。

そして服についた埃を払い、剣を布に納め背中に背負う。

「…行こう」

 

その先には、苦痛しか待っては居ないのかもしれないけれど。また誰かを失うことになるのかもしれないけれど。

それでも。

私は止まらない。

みっともなく、足掻いてやる。

 

「それでいいんだよね、ペルゼ…」

いつか無くしてしまった、

その中の一人の名前を呟き、

ミューゼは小屋を後にした。

 

緑色の髪をした少女が、

それを近くの木の上から見送り、

やがて木に溶けるように姿を消した。

 

【続く】

 



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11 生け贄の街

最後の三神柱。

【幻狼神ヴェルドール】。

 

ホークの手記により現在地に近い場所が判明した。

 

冒険者が集い活気のある街というのはこのご時世あちこちに有るものだが…

そのうちの一つ、マターニという町をミューゼは訪れていた。そんなミューゼを待ち受けていたのは、町の人々による割れんばかりの大喝采。

 

「マターニへようこそ!」

「にゃ…!?」

あまりの異様な光景に固まるミューゼ。

数十を超える群衆に圧倒されていると、群衆の間から背が高い人物が現れ、ミューゼの前に立った。

 

「驚かせてしまったようですな」

「あ…貴方は?」ミューゼは居心地悪そうに辺りを見回しながら言った。

 

「これは失礼、私はこのマターニの町の長をしておる者で、ストロンと申します」

 

ストロンと名乗った男はそう言うと、辺りの群衆に手を上げて合図をする。

それを合図に群衆のうちのほとんどの人間が自らの仕事に戻っていった。

 

「続きは私の館で話しましょうか…」ストロンはそう言うとミューゼを自分の館へ案内していった。

 

 

やたら広い応接間で待たされ、ストロンが現れると、早速ミューゼは訊いた。

 

「あの、私…その…何かしたんですか」

「…?」ストロンは目を丸くした「勇者殿はキルドント大渓谷を抜けて来られたのでしょう?」

 

「ええ…」

キルドント大渓谷…あぁ、そうか。

確か道中にドラゴンが巣を作っていて、見つかってしまった為に倒してしまった。

…思い当たるフシというのはこれ意外には考えられない。

 

「そこで忌々しき赤い鱗を持った竜を倒したとか!丁度調査をしていた斥候の者が見つけまして、瞬く間に町に知れ渡ってしまったという訳なのです。私も耳を疑いました!冒険者の方々に討伐を依頼していたのですが、危険な任務ですから中々人員が集まらず困っていたところだったのです」

 

「…あの赤いドラゴンは、この町に危害を及ぼしていたんですか?」

 

「えぇ」ストロンは頷く「家畜や人が連れ去られる被害が後を絶たず…。しかし今回の事で問題がひとつ減りました。この町を代表してお礼を言わせて下さい…本当にありがとうございました」

 

「あ…いえいえ」こういう事に慣れていないミューゼは慌てて頭を下げると、話題を変えた「ところで、貴方がこのマターニの町の町長さんという事で、聞きたいことが有るんです」

 

「なんでしょう?」

「魔王軍のことです」ミューゼは給仕の女性から紅茶のカップを受けとると、ストロンを見つめた「最近この近くで何か、魔王軍関連の問題は起きてはいませんでしょうか…?」

 

「魔王軍…」ストロンは考え込んだ「そうですね…貴方であれば構いません。お話ししましょう」

「はい」

「実は私の娘がここより東にある【鋼鉄のブローベル】という難攻不落の魔王軍の砦に連れ去られているのです」

…鋼鉄のブローベル…

聞いたことがある。魔王軍が所有する砦の中でも最も巨大で…しかも動く。

動力は不明だが、ある時突然現れて、近くの町を一晩で占領できる程の兵力を蓄えているという。

 

「そんな危険な砦が近くにあるなんて…住民たちはこの事実を?」

「知っている…と思います」ストロンは頷く「しかし娘が連れ去られてから、何故か魔王軍の襲撃が止みました。彼らが何を考えているのか、私には検討もつきませんが…私は町長という身、下手に手を出すことも出来ずに一月が経とうとしているのです…」

 

ストロンはそう言うとうなだれた。

「娘さんの事は心配ですね」ミューゼは紅茶を一口飲む「…そのブローベルにいる魔王軍の情報って何か分かりますか?」

ストロンはそれを聞くと、言いにくそうに目を逸らし、モゴモゴと口を開く。

「その…ブローベルにはあまり関わらないで頂きたい…。この町が襲撃を受けないのは、娘がまだ無事でいてくれている証でもあると私は考えておるのです…」

 

「でも、娘さんは向こうでどんな目に遭っているのかは…」

「こ、この話は終わりにしましょう!」

ストロンは話を切ってしまった。

「…」

…ブローベルか…

それが聞けただけでも大収穫だ。しかし、魔王城への道を知るもの…三神柱の内の最後の一人がそこにいるだろうか…?

 

「だ、旦那様!」

突然給仕の女性が慌てて入ってきた。

「どうした」

「い…今玄関先に、このような物が!」

ストロンが受け取ったものは、手紙のようだった。その封を切り、中の手紙を見ると…彼の表情は青ざめていった。

 

「フィース…フィースぅぅ!」

「…!」ただならぬ様子にミューゼは立ち上がる。ストロンがこのタイミングで手紙を手から離し、地面に落ちた手紙を読む機会が生まれた。

 

【娘は死んだ…これより残党狩りを始める。町長、町を守りたいなら町で一番の女を北城門に連れてこい。髪は銀髪で、少々幼い少女であるなら尚良い…『幻狼神』】

…幻狼神…つまり、ヴェルドール…!

こいつが三神柱の一人なのか…?

「…銀髪の少女…ですか」ミューゼは呟いた。…この脅迫文は間違いなく、私を誘うための物だ「町長…私が行きます」

 

 

まずは情報収集をしなくては…

ミューゼは冒険者が集まる酒場に入る。

…と、それまで騒いでいた喧騒が何故か止み、ミューゼを見てヒソヒソ話をする声が聞こえてくる奇妙な状態になった。

…この町に来て緊張しっぱなしだ…

額に流れる汗を感じながら、ミューゼは深呼吸すると、カウンターのスタッフに一言こう言った。

 

「…鋼鉄のブローベルの情報を何か持っていますか?」

「おい…マジかよ…」

「あの城に挑もうってのか」

「洒落になってねぇって…誰か止めてやれよ、まだ子供だろう?」

「いや、彼女が渓谷のドラゴンを倒したことは知ってるだろ。ただもんじゃないね…あの子は」

 

…は、はじゅかしい!

人の注目を集めるのは苦手だ。視線を感じると汗が止まらなくなるのだ…!

「えぇと、お名前を聞かせて頂いても」

「ミューゼ・イグシスです!」

…あ。

 

緊張で思わず本名を…冒険者が沢山聞いているこの場所で…言ってしまった…!

「…あ…はい、ミューゼさん」スタッフも気づいたらしい、書類のほうに目を逸らしながら早口に言う「ブローベルへの攻撃は町長の許可がなければ出来ません。従って情報も開示する事は出来ないのです」

「う…そうですか…」

 

次の瞬間、

バァン!

酒場の扉が勢いよく開いた。

「キャアアアアアッ!」

「アルさまぁぁぁッ!」

女性冒険者が次々に叫びをあげた。

扉を開けた張本人は華麗な素振りで手を振ると、更に歓声が上がる。

 

「あら〜…」このスタッフも女性だ。うっとりとした目でこの突然現れた男性の事を見つめている「アルビオントさん、昨日は珍しく顔を見ませんでしたが」

「手紙を書いていたのさ」

 

そう言って酒場に入る男性は、漆黒のプレートを半身に装着し、もう半身は半身だけをすっぽりと覆う奇妙な黒のマント、その下に動きやすい東の国の胴着という珍妙な姿で現れた。とても整った顔をしていて、その深紅のボサボサ頭には似合わない青い瞳で、ミューゼと目を合わせる。

「おっと」アルビオントはミューゼを見ると、華麗な足取りで歩み寄る。そして…「やぁ…初めまして、美しいお嬢さん」

 

細い、それでいてガッチリした手で顎をクイッと上げられる。

…ふぇぇぇぇぇぇ!!??

「あ…や…えっと…私…にゃっ!?」

 

近い!顔が近いよう!

なんか高そうな香水の香りが…

「アル様!離れてぇ!」その時、酒場にいた女性冒険者から声があがる「そいつ【死神勇者】よ!危ないわアル様っ!」

「ん?死神…」アルビオントはミューゼをもう一度見つめると、手を回し抱き止めた。胴着から香る、なんとも懐かしい香り…どうしてこんなにも、理性を保つのが難しいんだろうか?

「確かそれって3日いたら危ないんだろ?それじゃあ、2日はキミを滅茶苦茶に出来るって事だよな?」

…な、なんでそれを知って…

「にゃ…にゃあ…」

もう何が何だかわからない…。

頭が…

意識が…

 

 

「ふぇっ!?」

ミューゼは飛び起きた。

ここは…どこかの宿屋だろうか?

「お、起きたか」

今さっき寝ていた所で声がした。

バッと振り向くと、さっきの謎のイケメン冒険者…アルビオントが寝ていた。

…隣で。

「うわぁ!?」

「そんな声出すなよ、まだ何もやってないぜ?残念ながらな」

「な…何をしたのっ!?」

 

ミューゼは自分が中に着ているワンピースの下着姿にされていることに気付き、近くの床に置いてあった魔剣へ力を込めた。

 

「うぉあっ!?」すぐさま剣の放つ赤いオーラがアルビオントの喉元に突きつけられる「うぉ…分かったってタンマタンマ!よし落ち着くんだ…何もかも話すから」

「…この状況を説明して」

「ん…あぁこの状況?」アルビオントは申し訳なさそうに言った「まぁ、言ってしまえばお前をモノにしようとしたんだが、途中で止めた…って所だな」

 

「で?なんで私は脱がされてるの?」

「そりゃ一つの宿部屋で男女がやることって言ったら…ぐぁ待て!なんか洒落になってねぇこの赤いやつ!斬れてる!布団が斬れてるぜ!?」

「私もキレてるよ?」ミューゼは笑みを浮かべた「サイコロステーキ大の大きさに八つ裂きにされる前に、私に一体何をしたのか言うべきじゃないかなぁ?」

 

「…あぁ、分かったよ」アルビオントは机の上を顎でしゃくった「あれだ、あのピアス。死んだ友人が託してくれた形見な。…実はあれは心器で」

「心器…なんだ」

「女性の理性を奪う効果がある」

それが魔王討伐に何の関係が?

なんだその役に立たない効果は…。

 

「とりあえずこんな物使って世の女性をおもちゃにしてたんだ…じゃあ貴方が死ぬかこれを砕くか…」

「やめてくれ!心器の効果から分かるだろうがとんでもない奴だった、でも根は仲間思いのいい奴だったんだぜ!?」

「でもこんなものに頼って女性を手込めにするなんて…恥ずかしくないの?」

ミューゼにそう言われ、アルビオントはため息をついた。

 

「人間ってのはな…どんなに頑張った所で手に入れられる物に限りがあるんだ。俺みたいに弱い人間は道具とチャンスをうまくモノにして、欲しいものを手に入れていかねぇと」

「最悪…ふん」ミューゼはオーラを戻した「私…もう帰るから」

「あ、そうだ」

アルビオントは黒い装束と鎧を身に付け始めたミューゼに声をかけた。

「…はい?」

「そんな怖い顔するなって」アルビオントは両手を上げてやれやれと言った仕草をする「死神ちゃんはブローベルに行くんだよな…ちなみに何の用事で?」

「貴方に教えて、私に何の得が?」ミューゼは怪訝そうにアルビオントを見る。

「実は俺、ブローベルを奪って、魔王城に向かおうと思っているんだ」

「…」

ミューゼは口をつぐんだが、明らかに動揺を隠しきれなかった。…魔王城に…。つまり彼は…魔王城がどこにあるのか、行き先を知っている?

 

「それで、ブローベルに挑む命知らずを集めて部隊を作ってる…死神ちゃんも良かったらどうだ?確か魔王を探してるんだろ?だったら目的は同じじゃねぇかな」

…つまり、一緒にブローベルへ行こうという誘いか…

「アルビオント君…貴方は、魔王城に向かう道を知っているの?」

ミューゼは問いかける。

すると、

「あぁ…方法ならな」

という返答が返ってきた。

 

「…」ミューゼは考え込んだ。同行者をあまり増やしたくはない。目の前のこの胡散臭い男はともかく、他の人間を巻き込めば…ミューゼの魔剣の【対価】により必ず死者が出るだろう。

「自分のせいで他人が死ぬのは怖いか」

「…ッ!」

 

アルビオントはミューゼの頭に手を置いた。そのままわしゃわしゃと撫で回す。

「大丈夫だって!俺達は自分で死ににいくんだぜ?この戦いで命を落としたとしても全くお前は悪くねぇよ…もし死ぬやつがいたら…そう!運が悪かったで済む話さ!だから、お前が全部背負う必要はない」

 

「…貴方ってすごい無責任な人だね」じとっとした目つきでミューゼはアルビオントを睨んだ「…でも、ありがとう。少し考えさせてもらってもいいかな?」

「あぁ、好きなだけ悩めよ?ブローベルは逃げないからな」

【続く】

 



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12 勇者達の決起

豪華な夕食を町長邸でご馳走になり、しばらく談笑した後、もう暗くなってしまった町をミューゼは一人歩いていく。

 

途中で小さな川を見つけ、橋の途中から身を乗り出し、そこから見える景色をただ静かに眺めていた。

冷えた深夜の空気が、彼女の長い銀色の髪を透いていった。

 

「ふう…気持ちぃぃ…」

 

…静寂に流れる水の音が心地いい。

道の隅に等間隔に置かれたランプと綺麗な水が合わさった芸術を見つめながら、ミューゼはふと首元に下げたペンダントを取り出した。

 

「ペンス…」

 

3年間私を護ってくれた、私の剣士。

今では3年どころか、3日と同じ人と過ごした事がない。

 

「ふっ…」自嘲ぎみにミューゼは笑う。

16になったが、この年頃の女の子は一体どういう風に過ごし、どんな事を思いながら生きているんだろうか。

 

町長は本当に娘を大切に想っているようだった。私の両親のように子供を捨てるような真似は絶対にしなさそうだ。

その証拠にブローベルの話題が出たときにはとても苦しそうな顔をする。町の平和の為とはいえ、実の娘を差し出した事に対して罪悪感を抱いているのかも知れない。

…でも、もしかしたら私の両親も何か背に腹は変えられない事情があって、影では私の事を愛してくれていたのではないか?

 

今はもう…そう願うことしか出来ない。

 

 

「やぁ、お嬢さん」ふと、見覚えのある奇妙な格好でアルビオントが現れる「奇遇だね。…俺のこと考えてた?」

 

「…貴方よりもずっと何倍もかっこいい人のことよ」

ミューゼはため息混じりに言った。

 

「へぇ…そいつは興味あるな!今度会わせてくれないか?」

「…死んだわ」

ミューゼは短くそう言った。

 

「……あ」ばつが悪そうにアルビオントは川を見つめる「悪い…」

 

静寂が流れ、水の音だけが聞こえる。

ふと、ミューゼは隣にいるアルビオントの顔を見た。…水を見つめるアルビオントの顔に、何か物悲しさを覚える。

 

「…ん、どうした?」

アルビオントは視線に気づいてミューゼの方を向いた。

 

「いいえ」ミューゼはアルビオントの顔を見つめながら言う「貴方もそんな寂しそうな顔するのね…って思って」

「…まぁ色々あったからな」アルビオントは川に視線を戻した「たまに…というかしょっちゅう眠れないんだ。俺は一人で何をやってるんだろう…って思ってな」

 

「…」

「俺、昔は沢山仲間がいてさ。自分達はこの世界で一番の冒険者になって、【全てを手に入れて】やるって思ってたんだ」アルビオントは話し出した「でも最後の戦いで皆は命を落とした…あの馬鹿野郎共が死の間際に何て言ったと思う?『リーダーは生き残って全てを手に入れて下さい!微力ながら我々もいつまでもお供します!』って言って、皆心器を…身体から10メートルは離せば死んじまう物を俺に渡すんだぜ?本当にあいつらは…」

 

「…それで、生き残った貴方は全てを手に入れられたの?」

ミューゼはアルビオントを見つめた。

 

「…」アルビオントはミューゼを見返し。そして軽く笑う「ハハッ、結局『全て』なんか手に入りっこないのさ。何かを手にする為の賭けは、それに見合う犠牲がなけりゃ成り立たねぇ。俺は身をもってそれを知ったし、犠牲が生み出す物を手に入れたって悲しくなるだけなんだよな」

「そう…」

 

二人はしばし沈黙する。

 

「あー、何だか語りすぎちまったなぁ」アルビオントはミューゼに手を振り、その場を後にしようとした「じゃあな、寝られるときには寝ておけよ〜」

 

「…あのっ」ミューゼはアルビオントを呼び止めた。

「…どうした?」

 

「私…貴方のこと誤解してたみたい」ミューゼは胸に手を当てて言った「お願い。アルビオント…ブローベルに、私も連れていってくれる?」

 

「…っ!」アルビオントは目を丸くした「そ…そうか!じゃあ明日の朝食後…あそこに見えるだろ?あの倉庫の前に集合することになってるんだ…来れるか?」

 

「わかった」

ミューゼは頷く。

「決行は明日なんだ。そうでなければお前の返事を聞くまで、俺は姿を眩まさなきゃいけなかったからな…それと………」アルビオントはミューゼに何か言いたげに見つめていた。

 

「?…えっと私、変な事言ったかな?」

ちょっと緊張してミューゼは言った。

「…いいや」アルビオントは手を振ってミューゼに背を向けた「魔王討伐なんて止めて、俺とお前で愛の逃避行出来たらいいのになー…とか思っただけさ」

「貴方って人は…」

 

「じゃあな、おやすみ。可愛いお嬢さん」アルビオントは華麗な手つきで挨拶すると、そのまま歩き去った。

「…あの人も…私と同じように、大切な人達を皆亡くしたんだ…」ミューゼはそう言うとペンダントに目を落とした「ペンス…私、また人を殺すの…?もう嫌だよ…」

 

 

少し歩いて、ミューゼに聞こえない距離まで来ると、アルビオントは誰にも聞こえない声でボソッと呟いた。

「俺は…俺がやろうとしてることは間違いなくあの子を不幸にする…でも、仕方ねぇ…もう俺は死んだも同然なんだから」

 

 

 

 

小鳥の声で目が覚めた。

下に降り、早速簡単な朝食を食べる。

 

「あ、ミューゼさん」宿屋のスタッフは言いにくそうに話す「その…よく眠れましたか?」

「うん。ありがとう」ミューゼは笑顔で言った「私、宿先でそう言われたことあまりなかったからとっても嬉しいです。今日中にはこの町を発つつもりです…不幸な人が出る前に…。」

 

「そうですか」スタッフはミューゼを見つめた「すみません、しかし我々も…いえ、どんな人も等しく、【死】は恐ろしいのです…。私がもし貴方と同じ立場なら、きっと耐えられない…」

「…」ミューゼは食器をまとめて、片付けやすくした「もし魔王の脅威が無くなって、私が生きる意味を取り戻して。心器の対価をどうにか出来れば…その時はここに三日以上いてもいいですか?」

 

「…!」スタッフは皿を片付けながら、ミューゼに笑顔を見せた「えぇ!喜んで!あなたの武運を、祈っています」

 

 

 

 

「揃ったな」アルビオントの前にはなんと50を越える冒険者が集まってくれていた「朝にも話したとは思うが、【死神勇者】のミューゼが隊に加わることとなった。これにより当初は俺が一人で行う動力室制圧が動力室制圧【部隊】として動けるようになる。皆知っての通りミューゼは大渓谷のドレイクを倒している…しかも単身でだ」

 

その後もアルビオントは仲間の戦意を奮い立たせる言葉を語り続けた。

…確かに、昔何かの集団のリーダーをしていたと言うのは間違い無いようだ。

 

「作戦は今日決行する。各自訓練以上の戦果をあげ、全員ここに生きて帰ってくる事…では、各自現地集合!解散!」

 

各自が思い思いの場所に散ると、アルビオントはミューゼを見てニヤッと笑った。

「…な、何?」

「いいや?いよいよ待ち続けてきた決起の日に、まさか隣に美少女をはべらして演説できるとはな…って思ってな」

「はぁ…。貴方って人は…」

 

 

 

 

「うわ何あれ…大きすぎだよ…」

巨大な鉄の塊としか思えない、長方体を沢山積み上げたような形の砦を目前にして、ミューゼは呟いた。

 

「まぁ、これが動くって言うんだから、誰だって驚くよな。そりゃ」

隣を歩くアルビオントが言った。

 

砦の入り口から死角にある丘に、冒険者の部隊が既に集結している。

アルビオントが到着すると、全員が立ち上がり、指示を待った。

 

「各部隊、点呼をとれ!」

アルビオントの指示でそれぞれ分けられた部隊が人員を確認し始める。

 

「城門警備隊、問題ありません!」

「下層突破隊、全員を確認しました」

「中層攻略隊、今日も絶好調だぜ?」

「上層遊撃団、揃ってます!」

「よーしOK!」アルビオントは頷いた「最後、動力室制圧隊、ミューゼ!」

 

「はいッ!」突然名前を呼ばれて驚き、裏返った声をあげてしまうミューゼ。

「動力室制圧隊隊長、到着ってな!点呼終了!よしお前ら…手順のおさらいだ」アルビオントはてきぱきとした口調で説明を始める「まず全員をA、B部隊に分け、城門警備隊がA、Bでそれぞれ城門への道を切り開く。部隊を分けた理由は北門と南門の制圧を同時に行うからだ」

 

「城門警備隊、了解!」

「その後警備隊は速やかに散開しつつ、城に余計なものが入らないように周囲を警戒しておくように…下層突破隊はリビングアーマーリーダーとビボルダー・アイへの対処をしつつ、中層への道を切り開く」

「下層突破隊…了解しました」

 

「中層攻略隊はA、B部隊との合流後フロアトラップの解除…完了次第下層突破隊に合流、下層の制圧と共に部隊をα、βに分けて下層の警戒と上層遊撃団へ援軍として合流する」

「おうよ!腕が鳴るぜ!」

 

「上層遊撃団は俺とミューゼを何としてでも動力室に到着させる。上層のデータは残念ながら何もねぇ…だからこそ何が起きても対応出来る人員しか指名しなかった…。言える事は一言だけだ。俺とミューゼがこの動くデカブツの制御を奪うまでに確実に生き残れ」

「リーダーも…ですよ!」

 

「俺は…死なないさ」アルビオントは全員を見回した「お前らもだ。全員が全員、町や家に残してきた物がある…これで死ぬぐらいなら二度と生まれ変わる事を禁じてやる。いいな…死者はゼロにするんだ!多少無茶やったっていいが、自分の命を一番に考えろ!いいな…じゃあ行くぜ!!」

 

「「おおおおおッ!!!」」

全員が武器を持ち上げ、声をあげる。

 

「俺の命令は一つだ!何だ!」

アルビオントが高らかに叫んだ。

 

「「何が何でも人と自分を生かせ!」」

「よーし、じゃあ散開…作戦開始!」

 

 

 

 

「…っ…!」

目眩を覚え、ミューゼはふらついた。

「おっと」アルビオントが身体を支えてくれる「…大丈夫か?どっか調子悪い?」

 

「だ…大丈夫」ミューゼは頷き、体勢を元に戻した。しかし次第に手が震えを起こしている毎に気づく「でも私…この人達を無事に帰すことが出来るか心配で…。私は死神で、一緒に行動するだけでも危ないのに…今更だけど怖くなっちゃったみたい…」

 

「ミューゼ」アルビオントはミューゼの肩にポンと手を置いた「お前が何かやる必要も気にする必要もねぇ。こいつらのリーダーは俺で、もしこれで死者が出るなら今度こそリーダー失格だ。訓練や情報収集は何ヵ月にも渡って徹底的にやってきたし、今日呼んだ連中だって集団でならドラゴンの巣穴にぶちこんでも無傷で帰れるような連中だ。…何かあっても絶対にお前のせいじゃないし、何かがあるはずもない」

 

「…ごめんなさい。今は目の前の作戦に集中すべきだったね」

「…気持ちは良く分かる。俺も二度と部隊を率いるなんてやりたくなかった。…けどここで止まったら止まったままなんだ。時間は事態を悪化させるだけで、誰かが…一番近くに動けるやつがやらないと、それ以上の犠牲が生まれちまうんだよ」

 

「…うん。行こう!」

ミューゼは丘を駆け降りた。

「…あぁ!道中に説明した通り、お前はA部隊と一緒に進軍だ!中層で会おうぜ!」

「わかったっ!」

 

目の前に立ちはだかる巨大な鋼鉄の要塞。吹き出す魔力で辺りの植物は枯れ、稀にそれらが動きだし、モンスターと化して襲ってくる。

 

「こいつらは弱い!焦らず一体に二人以上で当たれ!…間違ってもこんな序の口で怪我なんてするなよ?」

 

そう、誰かが叫ぶ。

 

…幻狼神ヴェルドール…

アルビオント達の目的はこの城の動力を奪うことだが、きっとこのまま進んでいけば、ヴェルドールが邪魔をしてくるに違いないだろう…。

 

とうとうこれが、最後の三神柱…

魔王の幹部にそれ以上の位はない。

…いよいよここまで来たんだ…!

長かった。生きる意味を奪われてから4年間、ずっと追い続けてきた物に、ようやく辿り着けるかもしれない。

 

ヴェルドールを倒して、アルビオントと魔王城へ向かう…!

そこで…取り返すんだ。

私がここに居てもいいって…

その確かな【生きる意味】を!

 



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13 攻城戦

「ミューゼさんは巨大な剣を操るんですね」A部隊合流後、上層遊撃団のリーダーさんが話しかけてくる「私、リーエルと申します。上層遊撃団のリーダーを任されてますが、アルビオントさんとはマターニ到着以来3年ぐらいの付き合いなんですよ」

 

「3年…それだけあれば、アルビオントさんの事を色々知る事が出来そうだね」

「そうですね。アルビオントさんはとにかく面倒見のいい方で、私の窮地を何度も救ってくれたんです…。おっと、警備隊が交戦開始したようです。行きましょうか」

 

敵は動く鎧…リビングアーマーだ。彼らはアンデッドと言うよりはどちらかと言うと魔法で動くロボットに近い存在で、何処かに司令塔となる個体がおり、その指示で行動する。

 

この個体としては珍しく、中破程度の物理的損傷を受けるとすぐに行動不能になっていた。

 

もともとリビングアーマーという敵はかなり厄介で、物理的な攻撃を受けても鎧を割られても、動く金属塊と化して襲いかかってくるしぶとさが有るのだが…。

 

「…なんでだろ…」倒れてただの壊れた鎧に成り下がったリビングアーマーを調べながらミューゼは首を傾げた。

 

…いや…普通このぐらいの損傷ならまだ動くはずなんだけど…

 

「ミューゼさん!城門を突破するのには、投石機を奪取する必要があります!ご助力頂けませんか!?」

呼び止められ、直ぐにミューゼは立ち上がり剣を構えた。

 

「ごめん、私あまり目が良くないの!どこを片付ければ良いのかな!?」

「投石機は三ヶ所…ですが城門へ射線が通り、尚且つ妨害を受けにくい一番左の投石機を使いましょう!」呼び止めた冒険者は叫んだ「私が案内します!」

 

投石機の周りにいたリビングアーマーを範囲攻撃の一閃で片付けると、仲間の士気が上がったのか、あちらこちらから勝鬨が上がった。

 

「よっしゃあ!回せ回せ!早いとこ城門をぶち抜こうぜ!」

「馬鹿、頭を下げておけ!向こうを見ろ!弓で狙われてるぞ!」

各自がお互いの短所を埋め合って、最強のチームワークで仕事をこなしていた。

ミューゼも何体か目についた鎧を次々と倒しながら、味方と敵の気配を探り、弓矢を避けていく。

 

「城門近くの馬鹿ども!避けろよぉ〜!ぶち抜くぜ…距離よし…発射ぁぁ!」

 

投石機から巨大な爆弾が発射され、見事に城門に当たったようだ。

辺りから歓声があがる。

 

「ハッハァ!今のところ絶好調じゃねぇか!」投石機を操作している冒険者が叫んだ「これなら楽勝だ!Bチームよりも先に下層を制圧してやろうぜ!」

「しかし油断するなよ。…リビングアーマーのリーダーとビボルダー・アイは強敵だぞ…会敵する前にある程度戦力を減らしておく必要がある」

 

ミューゼは上層遊撃団のリーダー、リーエルを探し、共にブローベル内部に侵入した。辺りに漂う魔力が尋常ではない。

体が重くなり…それでいて気分が高揚する、不思議な感覚…。

 

「魔力に当てられて気分が悪くなった者は直ぐに部隊長に報告後、私に伝達してください!」リーエルは叫ぶ「それと魔導士の方はあまりマナを大量に消費する魔法を打たないように!誘爆する危険性があります!…よし、現在の状況報告を!」

 

「警備隊は負傷者ゼロ。これより離脱して周辺警戒にあたります」

「下層突破隊は問題ないよっ!魔力に当てられちゃった人も居ないみたい!」

「中層攻略隊…は、誰も欠けてません!怪我人は出ましたが、いずれもかすり傷程度です…あぁ、早く兄貴に合流したい…」

 

「伝令!チームB!内部の侵入に成功!チームB!内部の侵入に成功!」

「了解!」リーエルは全員を見回す「…では警備隊は離脱してください。他の隊は私を先頭に少しずつ進軍を開始します!伝令、そう伝えるように!」

「はっ!」

 

 

 

 

「今は邪魔だっ!」

アルビオントは東洋のカタナを巧みに操り、鎧を次々と倒していく。その剣撃に距離感は関係なく、ただ視界に入るだけでその体を両断されていった。

 

「リーダー、順調ですね!」

下層攻略隊のリーダーで、アルビオントをよく知る部下が話しかける。

「あぁ。もうじき向こうに伝令がつくだろ。もし中層で会えなかったら迎えに行くとするさ。ドミル、具合は悪くないか?」

 

「えぇ!魔力酔いは心器を錬成していない者に起きやすい障害ですからね」

にこやかにドミルは言った。

 

「…まさかお前…」しかし、何故かアルビオントの表情は凍りついた。

「えぇ。先月夢の中に【女神】が現れて、この杖を頂いたんですよ!」

「…そうか」アルビオントはつとめて普通に振る舞う「一緒に生きて…帰ろうぜ」

「えぇ!任せて下さい!」

 

「くっ…畜生…俺は…俺はッ…!」

最前列で敵を倒しながら、アルビオントは人知れず、そう呟いていた。

 

 

 

 

「しっかし、流石に城だよな…投石機で楽にぶち抜けたからもっと単純な構造なのかと思ったぜ…なぁ?」投石機を操作していた男が話しかけてくる。

 

「えぇ…お互い気を付けましょう」

ミューゼは頷きながら言う。

「いやぁ、レブフィーズの奴が警備隊だから暇だぜ…もう作戦終了の時にしか会うことが出来ねぇなんてよ…」

 

「…お互い、死体になって顔を付き合わせないようにしなきゃいけないね」

「…死神さんって、意外と恐ろしい事をコロッと言っちゃうのな」

「ふぇっ!?」ミューゼは赤面した「あ…あのえぇと私、何か変な事言った!?」

「(かわいいな…)」

 

「次!バイルアイ2体と交戦開始!」リーエルの声が轟く「一時後退して階段を挟んで魔導士と射手は矢を準備せよ!…構え…射てぇぇぇ!」

 

「なんかさぁ」投石機の男がミューゼに耳打ちする「あまりにも上手く行き過ぎじゃねぇかな?普通は城に外敵が入ったらもっと部隊を派遣する物だろ?…敵を見事に分断して倒せる程の、ましてや俺ら一般の工兵がおしゃべり出来る時間なんて無いはずなんだ…なんか胡散臭いと思わねぇ?」

 

「…確かに。これじゃあ敵の本隊は中層や上層に終結していて、まるで上層まで私達を呼んでるようにしか見えないよね」

 

「罠…か…?上層で戦えるのは遊撃団しか居ないって情報が敵に抜けてんのか…」

「工兵は封鎖された門に爆薬を仕掛けて下さい!」リーエルが叫んだ。

 

「おっと」男はミューゼにウィンクする「ようやく俺の出番って訳だな。じゃあな死神ちゃん、また後で会おうぜ?」

「えぇ。気をつけて!」

ミューゼはそう叫んで見送る。

 

…しかし、私のする事って…

こうやって大量の部隊の中で戦うのは3年ぶりといったところか。

目が悪くて、会話で状況を理解しようとするも…この人数ではなかなか私語も多く、自分が何をすればいいかわからない…

 

「おっと」

「わ、すみません」ミューゼは前を歩く冒険者の一人にぶつかってしまう。

「あぁ、ミューゼさんか」顎髭がかなり長い、ドワーフみたいな見た目の戦士が振り返る「…あぁ、アルビオントさんから聞いたんだが、目が悪いんだっけ?」

 

「あ…はい、まぁ…」

アルビオントにそんな事を話した覚えは無いのだが…。もしかしたら自分の噂の中に入っていたのかもしれない。

 

「眼鏡、備品に余ってたら使うかい?」

「いえ、これは一般的な近視みたいな症状とはちょっと違うんです…ありがとう」

 

「ふむ、そうか…。この先何が起こるか分からん。皆とははぐれないようにな」

「はい」ミューゼは頷いた。

 

 

下層の攻略はやはり順調に進み、すぐにB隊に合流する事が出来た。

「やぁ、お嬢さん」いつもの調子で華麗に挨拶するアルビオント。

 

「無事でよかった。…そっちはどうだった?」

ミューゼの問いに、アルビオントは一瞬眉を曇らせたが、すぐに笑顔で答えた。

 

「全員無事だぜ…合流が先に済んじまったが、この先の階にリビングアーマーリーダーとビボルダー・アイがいる筈だ」

「…決戦だね」ミューゼは剣を構える。

 

「いや、まだまだ…特に俺達は中層と上層を越して動力室まで行くからな。ミューゼはなるべく戦闘に参加しなくていいぜ」

「で…でも…」

「最低限の自衛だけでいい。他の人員は俺が動かす…一人の犠牲も出させねぇ。…俺に任せてくれ」

 

「わかった」アルビオントの真剣な目に、ミューゼは頷いた「じゃあ私は貴方を護る。だから貴方は指揮に集中して」

「…!」アルビオントは目を見開いた「…あぁ。背中は預けたぜ!」

 

 

 

 

一際大きな広間に入ると、人の身長の三倍はあろうか…巨大な両手剣を持った鎧が行く手を塞いでいた。

その隣には、巨大な目玉のような構造物が特徴的な浮遊する魔法兵器…ビボルダー・アイが浮いている。

 

「二匹同時か…」

誰かが言った。

「こちらの戦力も揃ってる。リーダーの指示に従って動けば大丈夫だ」

 

…信頼されてるんだな…。

ミューゼは改めてアルビオントのカリスマ性の高さに驚いた。

 

「行くぜ…」アルビオントは剣を掲げる「作戦通りに散開!分隊が揃い次第戦闘を開始しろ!」

 

その声と共に冒険者たちは散開していく。それぞれが5人、または6人程度の集団に分かれているようだった。

 

「訓練通りに動け!俺はリビングアーマーリーダーの部隊を指揮する!…リーエル、ビボルダー・アイの部隊はお前に預けたぜ。一人も失うなよ」

「えぇ。お任せください!」

 

ミューゼはアルビオントについていき、周辺を警戒しながら戦況を見守る。

 

「側面隊B!側面隊Cと交代!ボサッとすんな!」アルビオントは的確に指示を出し、冒険者たちはその通りに動く。

 

「リナス、前に出過ぎだ!強打が来るぞ!ミレクは撃ちすぎるな!お前じゃアイツの飛び込みは避けられない!」

 

時には一人一人に指示を出す。

これには当然一人一人を良く知らなければ不可能な事である。

 

…すごい…本当に…。

 

「…ッ!」アルビオントの表情が歪んだ「クソがぁぁ!」

「…!」ミューゼは息を飲んだ。

 

敵が怒濤の連撃を始めたのだ。

アルビオントや他の仲間たちははこれを予測出来なかったらしい。

正面で攻撃を捌いていた盾を持った老人が体勢を崩し尻餅をついてしまった。

返す刃が老人に向かい振り降ろされる。

 

…まずい。このままじゃ!

 

ガキィン!

ミューゼは目を疑った。

つい先程まで自分の隣にいたアルビオントが…いつの間にか敵の前に立ち、その剣を止めていたのだ。

 

「あ…アルビオント殿…」

老人がしわがれた声を上げた。

 

「出発前はあれだけ年の功を見せてやるとか吠えてたじゃねーか、ライゼスのじいさんよ…!腰でもやったのか?」

 

「すまん、油断したわい」ライゼスと呼ばれた老人は立ち上がり、盾を構えると駆け出した「守備隊!ワシに続けぇぇ!」

 

攻撃を止めているアルビオントの隣を通り抜け、相手の片足に体当たりを仕掛ける。それに続き、声をあげながら敵の片足に攻撃を仕掛けていく仲間たち。

 

「…っ!」アルビオントはこのタイミングで相手の武器をかちあげた「うぉらああぁぁ!」

 

ギシギシと音を立てて巨大な鎧が体勢を崩し、地面に倒れた。

アルビオントは叫ぶ。

 

「待たせたな!魔導士と射手隊の皆!パーティーの時間だ…一番派手だった奴は奢ってやるぜ…撃て撃て撃てぇ!」

「「おぉーッ!!」」

 

その一言と同時に四方八方に散っていた魔導士や射手達が一斉に攻撃を始める。

氷や炎、雷の呪文、それに爆薬が装填された矢や槍までもが飛び交い、もはや色とりどりの花火大会と化していた。

 

この状態の一番の犠牲者であるリビングアーマーリーダーはその身体をものの見事にバラバラにされ、地面を転がり…そして動かなくなった。

 

「ビボルダー・アイの方はどうだ!」肩で息をしながらアルビオントはリーエルの方へ走った「…やったか?」

 

「…えぇ」リーエルはアルビオントを振り返る「伊達に数年間、貴方のやり方を見ていた訳じゃないですよ。…怪我人が3人、いずれも軽傷です」

 

リーエルの背後には、煙を上げて地面に墜落した巨大な円い物体があった。

 

「そうか…よくやった!」アルビオントは勝ちどきをあげて喜ぶ仲間たちを見回して叫ぶ「受かれるのはまだ早いぞ!まだ俺達はこの城に一歩足を踏み入れたに過ぎない。ここからが本番なんだからな!」

 



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14 虚ろなる人と狼の王

階段を登ると、小さな小部屋に出る。

何も置かれていない、シンプルすぎる小部屋…それぞれ3方向に扉がついていた。

 

「中層は…とにかく罠が多い。全員前に通る奴の床をちゃんと踏みながら移動しろ。五体満足で帰りたいだろ?」

 

アルビオントは仲間たちを見回す。

「兄貴…こいつは…」

「あぁ」どこからか仲間が話している声が聞こえてきた「フロアトラップってのは…あまり一筋縄じゃいかないらしいな。

…!?作動するぞ、離れろ!」

 

ズン!

「うわぁぁぁ!?」

ミューゼは危うく髪を上から落ちてきた何かの下敷きにするところだった。

 

「分断された…!」

振り返ると、部屋の中央に仕切りが出来ていて、部隊を3部隊に分断されてしまっていた。それぞれが目の前の扉に入るしか方法が無いようだ…。

 

「各分隊ごとにリーダーを指名する!」ミューゼの隣でアルビオントが叫んだ。

 

扉を開けると、長い通路が続いている。

アルビオントはずっと険しい顔をしていた。部下の事が気になるのだろうか。

 

「リーダー、ワイヤーが見えます」アルビオントの歩きを遮り、一人の男が前に出た「危険ですし、私が解除しましょう」

 

ガタン

「なっ…うわぁぁぁ…」

次の瞬間、ワイヤーとその男は消えた。

「フェイルス!?」アルビオントは駆け寄る…大きな穴が地面に空いていた。

 

…落とし穴だ…

「そんな…!」ミューゼは頭を押さえる「私のせいだ…私が…あああっ…」

「罠を解除するのを見越したトラップか…」後ろにいた冒険者が呟いた「十分に注意すべきだな。…どれだけ犠牲を出そうとも、リーダーとミューゼさんを上層に送り届けなくてはいけない…」

 

「…」アルビオントは先程の仲間が落ちた穴を覗き込んだ「し…途中で……」

アルビオントは何かを呟いていたが、ミューゼには全く聞こえなかった。

 

「リーダー、どうしましょうか?」

「そうだな」立ち上がり、仲間たちを振り返るアルビオント「各自固まって動こう。周囲を警戒しろ…何か変な物を見つけたら触らないで俺に報告するんだ」

「「了解!」」

 

 

 

 

その後も様々なトラップが行く手を阻み、アルビオントの仲間たちは一人…また一人とその餌食になっていた。

 

ある者はガスが充満する部屋で扉の開閉の装置を起動させ、ある者は天井と床の下敷きになり、ある者は分断された部屋で爆弾の解除に失敗し…

 

そして。

 

「…」

ミューゼとアルビオントだけになった。

 

 

「アルビオント…私が前を歩くよ」

「駄目だ」

きっぱりと断られ、何の変哲も無さそうな悪意に満ちた道を二人は歩いていく。

 

「…私が前の方がいい」

「駄目だ…お前は…お前だけは失いたくないんだ。」

「…こっちだって同じだよ!」ミューゼは声を荒げた。その目から涙が零れる「私を…一人にしないでよ…」

 

「ミューゼ…」アルビオントの様子がおかしい「俺は…本当はお前が思ってるよりも遥かに最低な人間なんだ…」

「そんなことない!」ミューゼは素早く回り込んでアルビオントの視界に入る「そんなこと…絶対ないよ?急にどうしたのよ、大丈夫、私と貴方なら」

 

アルビオントは顔を俯かせた。ミューゼと目を合わせようとしない。

 

「やっぱ甘いわ…お前。なぁ…俺、ミューゼや皆に黙ってた事があるんだ」アルビオントはふと側面にある隠し扉を開ける「…上層なんて場所はこの城にはなくて…この先に進めるのは俺達しかいない」

 

「…?」アルビオントの言っていることが理解出来なかった「何の…話?」

アルビオントはそれには答えず、隠し扉を通り抜けていく。

 

「ここから最上階へ行ける」

ミューゼも後に続いた。

…階段。

長い階段だ。

嫌な予感がした。

きっと間違いなく、これを登ってしまったらアルビオントは二度と…。アルビオントはその階段を迷いなく登っていく。

 

「待って!」ミューゼは呼び止めた「待ってよ…アルビオント!」

「…ミューゼ」アルビオントは階段を登りながら言った「お前は…魔王をなんとしてでも倒したいか?魔王が憎いのか?…アイツを…殺したいと思っているのか?」

 

…その最後の一言で。

ミューゼの心に最悪の予感が生まれた。

 

「え?」ミューゼは胸騒ぎで気がおかしくなりそうだった「アルビオント、答えて。私達は何処へ向かって、貴方は…貴方は一体何者なの…?」

階段を登りきると、門があった。

 

「…答えを知りたいなら、10秒後に入ってみな」アルビオントはそう言うと門を押し開け、中に入っていった。

「待ってよ!」ミューゼも後に続こうとしたが、門はびくともしない。

 

…そして、言われた通り少しすると、門が軽くなった。

体重をかけて門を開き、ミューゼはその先の空間に足を踏み入れる。

 

「…やぁ、ようこそお嬢さん」

リビングアーマーリーダーと戦ったあの広間よりも遥かに広い。

闘技場かと思われる大きさの巨大な空間には、真ん中にレッドカーペットが敷かれ、その先に巨大な玉座があった。

 

 

玉座に座る人物は…アルビオントだ。

あの声は間違いない。

広大すぎる空間の、二人しかいない空間で、二人はお互いを見つめ合う。

 

「アルビオント…あなたは…」

「あー、やめようぜ。自分で考えても結構ダセェ名前だなって思ってたんだよ、それ」アルビオント…という名を騙ったこの城の主が言う「…俺の名はヴェルドール。三神柱が一人、【幻狼神】ヴェルドールだ。…で?お嬢さんは魔王への謁見をお望みなのかな?」

「…嘘であって欲しかった」ミューゼはヴェルドールを睨む「…貴方は…いつから私のことを…?」

 

「あぁ」ヴェルドールは玉座から降りると、つかつかと華麗な足取りで歩く「ペオースを殺りやがった時からだな。三神柱の中ではあれでも花だったんだぜ?酷いことするよなぁ…」

「…っ!あれは…だって…」

 

「こんな時だけ被害者ヅラか?」ヴェルドールは冷たく言い放つ「まぁ俺も人の事は言えねぇか…。マターニの町長の娘さんな…あれ良い声で鳴いてたんだが、だんだん自分の置かれた状況に慣れてきたらしくてな。ここの地下室にやたら元気なオークやらミノタウルスやらスライムやらリザードマンやらがいる部屋があってな。…ぶち込んでやったら一晩で肉片になってた。あーあ、入れるんじゃなかったぜ」

 

「…!」ミューゼは剣を構えた。剣に力が溜まっていく…「なんで…どうしてそんな…貴方、なんてことを…ッ!」

 

「リビングアーマーもな。あれ今頃動いて外の奴らを多分皆殺してるなぁ?まぁ何せこの城にある物は全て俺の意のままだ。あの間抜け共がひっかかったデストラップもな。…動力室?俺がいる部屋は全てその名前のつく部屋になるだろうな」

 

「アルビオント…いや、ヴェルドール…」ミューゼは剣を構えた「貴方を倒せば、皆を…助けられる?」

 

「どっちにせよお前は俺を倒して、こいつを折らなきゃならねぇよ?」ヴェルドールはすらりとカタナを抜いた「【琥珀刀〜冥王斬り〜】。こいつが魔王城への最後の鍵だ。…これをお前が叩き折れば、お前は魔王城への道を知ることが出来る」

 

ミューゼは剣を構えた。

 

「くそっ…馬鹿…馬鹿ぁっ…!」

涙が溢れて地面にポタポタと落ちる。二人きりで歩いていた時、彼に心を開いてしまった。…同じような境遇で、人が死ぬのを最も恐れている仲間だと思っていた。

 

「…ミューゼ。俺は今でもお前の事も、仲間達の事も大事に思ってる」

 

…?

 

ミューゼはヴェルドールを見つめた。

ヴェルドールは、先程までとは一転して、普通のアルビオントに戻っていた。

 

「けど俺は弱い人間なんだ…大義のために動く善人にも、悪魔のような悪人にもなれねぇんだ」ヴェルドールは口を開いた「だから…俺は仲間を…全てを護る為に、お前を殺すよ…ミューゼ」

 

「…」ミューゼはヴェルドールに問いかける「一つ教えて…私が魔王の元へ辿り着いたら、貴方の大切な物を奪わなくてはいけないの?」

 

「お前が魔王を倒さなければ、この世界は魔王に支配され、そして共に滅びることになる」ヴェルドールは俯いた「だがお前が魔王を倒せば、犠牲は少なくて済む…話しただろう?何かを手に入れるには、犠牲を払わなくてはならない」

 

「考え直そうよ、ヴェルドール」ミューゼは剣を下ろした「だって…私、貴方が本当に悪い人なのか分からないの…!もしかしたらさっきの言っていた事だって、私に自分を殺させる為の嘘かもしれない…」

 

ヴェルドールはそれを聞くと、苦しそうな表情になる。

 

「嘘なもんかよ」ヴェルドールは声を張り上げた「魔王の側近になって、俺が一体何人これまでに無実の人々を殺したと思ってるんだ?もう手に付いた血は拭えねぇ…もう話したい事は全部だろ…もう良いだろ!?これ以上俺を苦しめるんじゃねぇ!」

 

ヴェルドールはそう言うと剣を鞘にしまった。居合いの構えである。…ただならぬ殺気に、ミューゼは武器を構え直し、ヴェルドールに向かって駆け出した。

 

「いくぜ…」ヴェルドールは刹那、剣を抜き払い、虚空を斬る「【幻狼斬】!」

「…ッ!」

 

ミューゼは黄色い弧月のようにヴェルドールから放たれた飛んでくる剣撃を、間一髪で屈んで避ける。それを見てヴェルドールはとても寂しそうな顔をした。

 

「…解」ヴェルドールがパチンと鞘に剣を納める「じゃあな、お嬢さん」

 

次の瞬間、ミューゼは自分に何が起きたのか、理解するのに時間がかかった。

気づけば自分は地面に突っ伏して倒れており、石の床に赤いシミが飛び散っているのが見えた。

 

「…っあ!?」ミューゼは痛みに声をあげる「あああ…うぅ…」

 

「ミューゼ、立てよ」ヴェルドールはミューゼを蹴り飛ばす「ここでお前が死んだら、今までお前の為に死んだ奴らが全員犬死にになるんだぜ?おら、立てよ!」

 

「ぐあっ…」ミューゼは地面を転がるが、よろよろと立ち上がる「っ…ヴェル…ドールっ…!!」

 

「フン、それで良いんだよ」ヴェルドールは鼻で笑う「俺はな…お前みたいに弱っちぃ奴が大嫌いなんだ。死ねよ!」

 

またもや剣撃が飛んでくる。

 

「くっ…【カースボルト・ブランディッシュ】!」戦場に一閃の赤い残像と、横向きに全てを切り裂く稲妻が走る。稲妻は剣撃を消失させ、その奥にいたヴェルドールを襲った。

 

「ぐっ…」ヴェルドールはそれを剣で受け止めた「はははっ…なんでもアリかよ。その赤いやつ!この調子じゃあ離れてても危なそうだな…」

 

「うおぉぉ…!」ミューゼはヴェルドールに向かって再び駆け出した「私は…私は…ッ!皆を助けるんだあッ!」

 

自分自身に言い聞かせるようにも聞こえるその台詞に、ヴェルドールはこう返す。

 

「【皆】なんて助けられねぇよ…俺が護りたい者とお前が助けたいものは違う…。俺はたった一瞬で終わる世界だとしても、誰かが居なくなるのを見なくても良い世界を選びとって見せる…!」

 

「世界は終わらせない…!」ミューゼはヴェルドールと剣を合わせる「これ以上私のような、不幸な人を増やしちゃいけないの…!魔王による統治を終わらせて、皆が何にも脅かされず、自分の人生を歩んでいけるような…そんな世界にしなきゃ…!」

 

 

「…それでいいんだ。罪悪感はねぇ」

ヴェルドールはポツリと呟いた。

 

「【エリミネイトシザーズ】!」

「ぐわぁぁっ!」ヴェルドールの胴着が残酷に切り裂かれる「チッ!まともに剣も合わせられねぇのかよ…【影狼斬り】!」

ヴェルドールが剣を振ると、三匹の狼が現れた。実像はなく、これは剣撃…!?

 

「【カースボルト…」

「解っ!」

ヴェルドールの方が早い。

爆発に巻き込まれる…!

 

「きゃぁぁぁ…」隙が出来た時に受けてしまった為に、ミューゼはかなりの傷を負ってしまう「ぐ…っ…あ…」

 

…ヴェルドールの戦い方が分かった。

剣撃そのものを彼は操れるのだ。

それらは特殊な空気振動で爆発し、周囲に絶大なダメージを及ぼす。

 

ヴェルドールは肩で息をしながら、ミューゼに向かって歩いてくる…。

…このままじゃ…やられる。

 

ミューゼは立ち上がり、痛みに耐えながらヴェルドールを見据えた。

…考えろ…。

どうすればいい?

どうすれば…彼を止められる?

 



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15 罪を映す鏡

「…息は整え終わったか?」ヴェルドールは再び剣撃の構えを取る「こんなのはまだ序の口だぜ?【影狼斬り〜散花】!」

 

「ブレイドルーン…解放…!」

ミューゼは剣の力を引き出した。

 

ヴェルドールはその間に虚空を何度も斬り、地面に軽く剣を叩きつける。

剣撃から生まれた狼が次々と分裂した。

 

「【ハングリー・ブレイドダンス】!」

「…解っ!…なにっ…?」

目にも止まらぬスピードの剣技で、ヴェルドールの狼は一瞬にして蹴散らされてしまっていた。

 

「ちっ…あぁそういやド・グオルの旦那もお前が殺ったんだっけか?この速さなら納得だ…なっ!」

 

「がはっ!?」

腹に強烈な蹴りを入れられ、ミューゼはまたもや後方に吹き飛ばされる。

しかしすぐに体勢を立て直すと、ヴェルドールに突進した。

 

「しつこい女だなぁ…っ」ヴェルドールは再びミューゼと剣を合わせる「さて、このまま鍔競り合いを続けたって良いんだが…それじゃつまらねぇだろ?」

 

「【エリミネイトシザース】!」

「…その軌道はもう、見切った」

目視も難しい程の素早い剣撃を、ヴェルドールは身体を捻って避ける。

 

「ぐ…は…っ!?」ミューゼは腹を柄打ちされ、その場に屈み込む。

「行くぜ。奥義…【百奏・縛千糸】」

ヴェルドールに蹴り上げられ、全身を無数の剣撃で切り刻まれる。

 

…どんな悲鳴をあげたのか分からない。

気づけば剣撃は糸のようにミューゼの身体を絡めとり、ミューゼは宙に束縛されていた。抵抗するが、糸はびくともしない。

 

「…せめて、形も残さず焼き切れるといい」ヴェルドールは鞘に剣をしまう「解」

 

コン。

 

 

パチンという音とは違う、乾いた軽い音が響き渡った。

 

「なっ…しまった!?」

先ほどのミューゼの剣技はヴェルドールに当たりさえしなかったものの、鞘を壊すことが出来ていたのだ。

 

…やはり特殊な鞘の構造が、空気に特殊な振動を与える為に必要だったんだ…

 

「…行けえっ!【テラーアビス!】」

ミューゼは剣のオーラを伸ばし、四方八方からヴェルドールを襲う。

 

「まだだぁっ!【幻狼斬〜真】!」

ヴェルドールは自分に向けられたオーラを一閃で叩き斬った。

 

しかし…ミューゼが体勢を立て直すには十分な時間と隙が生じていた。

 

「受け止めてッ…【ブラックエッジ・エクスキューション】!!」

「ぐうっ…」ヴェルドールは剣で受ける「な…何だ、この力はッ…!?」

 

ヴェルドールのカタナにヒビが入った。

 

「私はもう…迷わない…!」

ミューゼは叫び、剣に更に力を込める。

 

「…はっ」ヴェルドールはミューゼを見つめ…そして寂しそうに笑った「分かった。なら、お前が終わらせてくれ。あのバカ野郎を止めて…世界に平和を…!」

 

「…ヴェルドール…?」

「じゃあな、お嬢さん。先にあの世でステキな部屋でも借りて待ってるぜ」

 

ヴェルドールの手が動き、わざと剣の側面に力が入るように身体を捻る。

バキィィン!

 

 

 

 

「え…」ミューゼは地面に刺さった剣を引き抜くと、ヴェルドールを見つめた。

 

ヴェルドールは虚ろな目を虚空に向け、折れた剣の柄をまだ握りながら、既にこと切れていた。

 

「…わかんないよ」ミューゼは溢れる感情を抑えきれず、地面に崩れ落ちる「もう…何が何だかわかんないよっ…!ヴェルドールの馬鹿っ鹿馬鹿馬鹿…うわぁぁ…」

 

ひとしきり泣いた後、ヴェルドールの瞳を閉じ、腕を組ませてミューゼはその場を後にした。そして…

 

「これが…魔王城への行き方だったんだ」ミューゼは呟いた。

目の前に宙に浮く門が現れていた。

扉についている紋章は、【槍を構えた獣人】と【斧を持った精霊】、【剣を構えた人】だった。魔王城に続く門の開け方は恐らく、この門自体を封印する鍵を3つ破壊することだったのだ。

 

鍵…すなわちそれは神器の事だろう。

どちらにせよ、ヴェルドールはミューゼに殺される運命にあった…という事か。

ミューゼはギリリと歯を噛み締めた。

 

「絶対…ここで終わらせる…」ミューゼは門を開いた「魔王グラヴィード!…私はミューゼ・イグシス!貴方に【生きる意味】を奪われし者…貴方が起こしている悲劇を終わらせるためにここまで来た…!」

 

返事はない。ミューゼは涙を拭くと、剣を構えて門をくぐり抜けた。

 

ここは一体どういう場所なのだろう。

ゴツゴツとした乾いた溶岩のような黒い道が続いているが、両側の壁には女神を象ったステンドグラスが赤い光を放ち、とても違和感を覚える落ち着かない場所だ。

 

反射的に後ろを振り向く。

ヴェルドールの遺体が見えた。

その遺体は何故かボウっと火が付き、

静かに燃え始める。

 

「ヴェルドール…」ミューゼは声を絞り出すようにして言った「さようなら…貴方の犠牲は…絶対に無駄にしないから」

 

ミューゼは歩き出す。…振り返らずに。

 

 

 

 

本当に長かった。

ペンスを亡くし、悲しみに暮れる間もなく魔王軍の大将の一人に捕まった。

 

丁度その頃、大量の兵士を率いて運良くその砦は陥落し、ミューゼは保護される。

まだ幼いミューゼは、自分の剣の能力に気づかず、その町に滞在してしまった。

 

そして3日後に…

町の人々が新しくやってきた魔王軍に蹴散らされてしまったのである。

 

ただただ自分の力が恐ろしくて、世界で一番安全だと思われる町まで逃げたこともあった。そこの防具屋の店主がとてもミューゼに良くしてくれて、専用の鎧を作って貰った。何があろうと彼を護りたくて、ミューゼは付近を警戒し、見張りをしたが…

 

魔王軍に限った話ではなく、この剣の呪いは彼を病死させるという結末になった。

様々な冒険者がミューゼに会い、そして3日後に確実に死んだ。

 

もっと早く気づいていれば。

助かる命は沢山あったのに。

そう何度も後悔した。

 

それから4年も過ぎたのか…。

ただ無心にそれだけを追い続けて来たのに、4年も時は経ってしまった。

 

…私のせいで一体何人もの罪なき人が犠牲になったのだろうか?

 

「…だから」ミューゼは呟く「私はその犠牲を無駄にはしない。全ての【信託】を受けし勇者が救われる為に…そしてこれ以上未来を失う不幸な人が現れないために…!」

 

 

 

 

長らく誰も立ち入らなかったのだろうか。通路の奥に進めば進むほどに、埃や蜘蛛の巣がひどく積もっていた。

 

ミューゼは辺りを警戒しながら進む。

そして…

 

しばらく進むと通路が開け、玉座…のような物が置かれた、半円型の空間に出る。

 

「…勇者よ」

「…!」ミューゼは身構えた。

「3神柱の封印を解き、よくぞここまで辿り着いた…」声は反響し、どこから聞こえているのか分からない「勇者よ。望みはなんだ?…富か…力か…?」

 

「貴方は…グラヴィードなの?」

「グラヴィード…」声は答えた「懐かしい名だ。しかしその名を持つ者は遥か昔に死んでいる…。我は魔王…この世界に秩序と安寧をもたらす者…」

 

ミューゼは剣を地面に突き立てた。

 

「秩序と安寧?どの口がそんな単語をほざくのかしら?」ミューゼは声を張り上げた「貴方が…貴方のせいで皆が…世界は今混乱に陥っているのよ!なぜ貴方は【信託】なんてふざけた小細工をしてまで不幸な人を増やそうとするの!?」

 

 

「…心器とはすなわち人の魂そのものだ」グラヴィードは話し出す「それを具現化する心器の錬成には、膨大な精神エネルギーと、魔法に対する抵抗力が必要だ」

 

「…」

「しかし世界には純粋な力を求め、苦難を乗りきらんとする勇者や十分な素質を持った魂が沢山いる。私はその者たちに力を授けているのだ」

 

「…それなら」ミューゼは拳を握り締めて叫んだ「何故自分の軍勢を使って世界を恐怖に陥れているの!?貴方のせいで…貴方のせいで一体何人の…」

 

「全ては、完璧なる秩序の為…」グラヴィードの声が響く「全ての人種、部族をひとつにまとめ【大いなる者】を倒す為…」

 

「訳が分からないよ…」ミューゼは剣に力を込めた「グラヴィード…私はどんな理由があろうと貴方を許さない…!ペンスや皆の仇を…今、取らせて貰う!」

 

 

声が止んだ。

そして…玉座の前で何かが光る。

その光は柱のように伸び、扉のような形になった。そして…

 

光の中から女性が姿を現す。

銀の髪、黒い鎧、そして長めの戦装束…

…あれは…私!?

 

「私はグラヴィード様にお仕えする【最後の神官】…シャドウロード」

もう一人のミューゼが言う。

 

「…三神柱の更に上に神官がいるなんて話、聞いたこと無かった」

「私は影…。私は必要な時に現れ、そして役目が終われば消える…」もう一人のミューゼ…シャドウロードはミューゼそっくりの声で言った「今宵、汝の心器をグラヴィード様が模倣した…この剣を以て、汝に最後の試練を与える」

 

…私と同じ剣…いや、違う。

剣を纏うオーラは赤ではなく…青だ。

その光を見つめるうち、ミューゼは体からわずかに力が抜けていく感覚を感じた。

…?この感覚は…何?

 

「行くぞ!」

シャドウロードが駆け出す。

 

「…っ!」ミューゼは相手と剣を合わせた。…全く同じ力加減…戦闘能力はまさにミューゼの影だ。

 

「…せぇぇい!【カースボルト・ブランディッシュ】!」

 

ミューゼは素早く剣を払うと、そのまま横に一回転しながら技を見舞う。

「やるな…だが!」

 

シャドウロードの鎧にヒビが入った。

…自分自身を攻撃するなんて…!

かなり精神的にも厳しい戦いだった。

しかし…この戦いの厳しさはこんな物ではなかった。再びミューゼと剣を合わせた時に異変が起きる。

 

「えっ…?」

ミューゼの体から力が奪われる。

そしてシャドウロードの傷が塞がっていくのが見えた。

 

「お前の心器は【自身の命を奪う】が、私の心器はその逆…他者の命を奪い、自身の物にする…」

 

シャドウロードはそう言うと剣をかち上げ、ミューゼと同じように剣を振り抜く。

青いオーラは稲妻のように戦場を駆け抜け、ミューゼの身体を貫いた。

 

「ああぁぁぁ…っ!?」

我ながら、これを避けるなどというのは至難の技…急所は逸れた物の、かなりの痛手を負ってしまった。

 

左腕の感覚がない。

恐る恐る見ると、その先は無かった。

 

代償の痛みも合わさり、一時的に痛覚が麻痺してしまったのかもしれない。

しかし…

 

「ぐう…うぅッ!」

再び剣を合わせるが、片手では攻撃を受け止めきれない。

 

「これではグラヴィード様には足元にすら及ばんな…人間風情が」

 

シャドウロードが呟いた。

そして振り上げられた剣が漆黒に光る。

…私はあれが何かを知っている。

あらゆる防御手段を無視し、相手の魂さえも喰らう漆黒の刃。

 

あれで私は今までに沢山の人の魂を喰らい続けてきた。

 

「…あはっ…次は…私の番なの…?」

その呟きがシャドウロードに聞こえていたのかは分からない。

 

ただ…

ミューゼそっくりのその少女は、ミューゼと同じように迷いなく。

 

その、漆黒の刃を振り下ろした。…心器を壊されて死ぬと言うのは、一体何を感じ、何を感じなくなって死ぬのだろうか。

 

…心そのものを破壊されると、全て感じなくなるのだろうか。

 

…私はもう、罪の意識に苛まれる事から解放され、楽になれるのだろうか。

 

ミューゼはぼうっとそんな事を考え、漆黒の刃が自分の剣を目掛けて振り下ろされる様を、スローモーションのように…他人事のように眺めていた。

腕も足も動かない。

万策は尽きた。

 

…そもそも一人では無理だったのかも知れない。呪われた心器を捨て、早々に命を絶っていれば、私は…

 

瞬間、体が浮いた。

反射的に心器を握り締めた。

 

「…あっぶねぇ…」

耳のすぐ近くで声がした。

…するはずのない声が。

 

「な、に…?」シャドウロードが驚きの表情でこちらを見つめた。

 

遅れて、ミューゼはようやく自分がその人物に左腕で抱き抱えられている事に気づいた。…どうして…だってあの時…!

 

「おいおい…何てひどい顔してるんだよ」ミューゼを地面に下ろすと、彼はニヤリと笑った「よう、こんな所で奇遇だな?可愛いお嬢さん」

 

ミューゼは目が熱くなるのを感じながら、彼の名前を呼んだ。

「ヴェルドール…!」

 



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16 剣よ、炎よ、そして意志よ

ヴェルドールが生きていた!

…でも、何故?

 

彼は片手に心器を持っていた。

黄色い光を発するカタナ…ではなく、

赤黒いマグマのような、絶えず熱を発している、巨大な刀身の刀だ。

 

刀身から滴る赤い液体は、岩の地面に触れると燃え上がり、火を灯していた。

 

「…どうだ?なかなかだろう?豪雲煉獄刀…こいつが今は俺の愛刀だ」

「あ…」ミューゼは言いたい事が有りすぎて、言葉に詰まる。

 

「おいおい、俺様のネーミングセンスに感動してるのかよ?」ヴェルドールはいつものように軽い調子で話し出した「お前があの心器を叩き折ってくれたから、グラヴィードに仕える義理も無くなったって訳だ。どんなカラクリかは分からねぇがミューゼ…お前がきっと危ない目に遭ってるだろうと思ったら、このカタナが出てきて俺は目を覚ました」

 

…自分で心器を錬成し、死の淵から蘇ってきたというのか。

 

「…ヴェルドール…うっ…」

ミューゼは涙を拭きながら言った。

「いやぁそれにしても役得だぜ」ヴェルドールは鞘にカタナをしまうとミューゼにいやらしく指を動かして見せた「やっぱり年端もいかない女の子だな…最ッ高に柔らかいなぁ…いやぁ、改めて最初宿屋で何もしなかったのが悔やまれるなこれは」

 

「へ…変態」

…全く、この人は…。

 

「…なるほど…自らの力で心器を錬成したか…」シャドウロードは口を開いた「【幻狼神】ヴェルドールよ…まだお前には価値がある。今すぐその女を殺せ…さすれば我らに楯突いた事は忘れてやる」

 

「いやぁ…向こうも美人だなぁ。というか同じか!困った困った…」ヴェルドールは懐から水晶の塊を取り出す「リングモント…お前の残してくれた心器…世界を護って全てを手に入れる為に…使うな」

 

そしてミューゼに水晶の塊を投げる。

「…?」

ミューゼの目の前で水晶の塊が黒くなり、木っ端微塵に砕け散った。

それと同時に…

 

ミューゼはまず、視界が開けた事に驚いた。遠くの方までちゃんと見える。

そして…全身の傷が癒えている。

左手を見ると、何事も無いように

ちゃんとそこについていた。

 

「感謝しろよ?」ヴェルドールはカタナに手を掛けて言う「リングモントは人の為なら自分を考えない最高のヤツだった。お前みたいな美少女の力になれて、アイツもきっと喜んでるだろう」

 

「ありがとう…本当に…!」ヴェルドールの隣にミューゼは立った。

 

「よし…ミューゼ」ヴェルドールはミューゼの頭をそっと撫でた「玉座の裏に何かある。きっと先に進めるはずだ」

 

「…?」

「アイツの能力は大体分かった。流石に二人がかりでも倒しきるのは難しいだろう。…俺が時間を稼ぐ。だからその間にグラヴィードを倒すんだ」

 

「…でも…」ミューゼは言いかけた。

「このまま二人満身創痍でグラヴィードに挑むよりは全然いいさ…なぁミューゼ。俺がここにいるのは、お前の覚悟が俺の魂に届いたからだ。だから…言わなくても分かるよな?」

 

「…分かった」ミューゼは武器をしまって駆け出した「お願い…死なないでね!」

 

「まぁ適当にやってるぜ?」ヴェルドールはシャドウロードに襲い掛かりながら言った「さぁ行けよ!ちゃんと二人で、生きて帰るんだ!な!?」

 

「ヴェルドール!」シャドウロードは剣をかち上げると、叫んだ「貴様、グラヴィード様を裏切るつもりか?…今すぐ私の前から消えろ!さもなければ…」

 

「あぁ?消える?…いいぜ」

ヴェルドールの姿が消えた。

「な…!?」

シャドウロードが狼狽する。

 

「…これでいいかよ!」ヴェルドールは背後から痛烈な一撃を食らわせた「容赦しねぇぞ?俺は一度惚れた女を泣かす奴は半殺しにする主義なんだよ…どうだよ?いい性格してるだろ?」

 

 

 

 

確かに玉座の裏には転移用と思われる魔法陣が描かれており、ミューゼが上に乗ると、魔法陣は起動を始めた。

 

「クソ、逃がさんぞ!」

シャドウロードが慌ててこちらを向く。

 

「【幻狼斬〜真打】!…解ッ!」

「ぐわぁぁ!」シャドウロードが反対側の壁に叩きつけられる「ぐっ…」

 

「おいおい?」ヴェルドールはミューゼにウィンクをしながら言った「一応俺の上司なんだろ?なら俺の方が優勢なのっておかしくねぇかな?…来いよ!斬っても燃やしても死なねぇ相手なんて初めてだ!たっぷりと楽しませて貰うぜ…!」

 

 

 

 

気づくとミューゼは見覚えのある場所に立っていた。

昔、訪れたことのある城だ。

玉座の前に、擦りきれたローブを着た巨大な影が立っていた。

 

「ここは…我の記憶が作り出した場所」

影は…グラヴィードと同じ声を発した。

彼がグラヴィードなのだろうか?

「グラヴィード…貴方を倒しに来た」

ミューゼは剣を引き抜いた。

 

「ミューゼ…私はお前を待っていた」グラヴィードは振り向いた「ついに我が呪われし宿命を終わらせてくれると…何年もの間…。様々な者達が我に挑み、そして破れ…我に飲まれていった」

「…」

 

「ミューゼ・イグシス。呪われし剣を持ち、魂に解放を与えし者よ」グラヴィードは既に人の形ではなかった。角が生え、皮膚は干からび、目は赤く光を放ち、両手と両足には長い鉤爪を持っている…「頼む…ミューゼ!我を…大いなる者から…解放…してくれ…!」

「…!!」

 

強い殺気を感じた。

咄嗟にミューゼが飛び退いた場所に、一本の剣が突き刺さる。

ミューゼは駆け出した。

…これが最後の戦いだ。

ヴェルドールが助けてくれた命…精一杯使ってグラヴィードを止める…!

そして…二人で帰るんだ!

 

 

「…【カースボルト・ブランディッシュ】!!」

横凪ぎに、ミューゼはグラヴィードを斬りつけた。

グラヴィードは太い両足で跳躍すると、攻撃を回避した。

 

「ぬうん!」

グラヴィードが蹴りを放つ。

何も無かった場所から突如巨大なドラゴンの腕が現れ、ミューゼを突き飛ばした。

 

「ううっ!…まだまだぁ!」

ドラゴンの腕は空気に溶けるように消え、代わりに地面に様々な魔法陣が展開されていた。…これは…爆発魔法!?

 

グラヴィードを見ると、一度に何本もの杖を宙に浮かせ、まるで指揮者のように腕を振り上げた。

 

「【テラーオブアビス】!」

素早くオーラを伸ばし、魔法を阻止する為に杖を払う。しかし一瞬遅く、いくつかの魔法は発動し、ミューゼは爆風で壁に叩きつけられた。

 

「…ウォォ!」

危険を感じ横に飛び退く。

今まで自分のいた場所に巨大なグレートソードが突き刺さっていた。…心器を与える能力…。それは思いの外強力な能力で、どうしても防戦一方になってしまう。

 

どうにかして突破口を見つけなくては。

グラヴィードを見ると、次は大量の弓を召喚し、一斉に放っていた。

 

「…ッ!?」

赤いオーラで身を護る。

ヴェルドールの仲間の水晶のお陰か、ここまではあまり対価を感じずに対応出来ている。しかしこの状況が続けば、圧倒的にミューゼの方が不利になってしまう。

 

とはいえ…

…相手にスキがないっ!!

近づけばドラゴンの腕のような衝撃波に突き飛ばされ、遠くに逃げれば矢や斧や槍が山ほど飛んでくる。

 

ミューゼも攻撃を仕掛けていくが、相手に攻撃が当たる前に盾や剣を召喚され、防がれてしまった。

 

次第に体力も切れてくる。

 

「うっ…あ…」

目眩を感じてミューゼは動きを止める。

でもここで倒れる訳にはいかない。

 

「ミューゼ…オマエを…殺して、我が、世界の王者と…ナルノダ…」

「そんな事、誰も救えない!少なくともヴェルドールはただ世界を破滅させるだけだと言っていた!貴方の行動は、犠牲しか生まない…」

 

「ヴェル、ドール…?」グラヴィードの動きが止まる「それは…聞き覚えのある名だ。ミューゼ…その者は今どこに?」

 

グラヴィードの様子が変わっていた。

 

「自分でよく考えてみて」ミューゼは体勢を戻し、攻撃に備える「貴方が彼にしたことを…彼がどんなに苦しんだかを」

「…。私は大いなる者に敗北し、世界の終焉を宣告された…。再び奴に挑むために…私は地表の人々をひとつにして、もう一度奴を倒そうと…」

 

「グラヴィード」ミューゼは気になって聞きたかった事を訊く「【大いなる者】って…何の話なの?」

 

「…」グラヴィードはミューゼを赤い目で見つめた。

瞬間、吸い込まれるような感覚と共に、付近の景色が一転した。

 

 

 

 

「っ!…ここは?」

『ここは私の記憶の深部…そして全てがここから始まったのだ』

 

目の前にはグラヴィードと全く同じ格好をした男が立っていた。

こちらには気づかないようで、杖を構えたままミューゼの背後を睨む。

辺りには沢山の死体があった。

 

 

「あぁ…くそっ」グラヴィードの姿をした男は言う「どんな魔法を当てればいい!?こんな化け物に…でもこいつを倒さないと…世界が…滅ぼされてしまう…!」

 

そして。

ミューゼの背後にいる【何か】は男に白い光の矢を放った。

 

「ぐわぁぁ!」光の矢は男に突き刺さり、鮮血が飛び散る「あああああ…み…んな…すまない…ッ!!」

 

場面が切り替わった。

 

「わ、私は…生かされた…のか」グラヴィードは魔族の姿にされていた「奴を…倒さなければ…世界が…」

 

『その為には力が必要だった。私は、自らを超える者が現れるのを何年も…何世紀も待った。待ち続けた…しかし…』

 

場面が切り替わる。

「くそ……畜生ォッ!」

地面を殴りつけ、叫んでいる姿には見覚えがあった。背は低く、顔も幼さが残っているが…彼はヴェルドールだ。

 

彼の仲間だろうか…無残に引き裂かれた死体が沢山彼の周辺に転がっていた。

 

「人間よ」グラヴィードはヴェルドールに声をかける「我を倒しに来たのだろう?立ち上がれ…剣を取るのだ」

 

「…」ヴェルドールはカタナを構えた。何の装飾もされていない…小さな刀だ「…護れなかった…。だが俺は最後まで戦う…それが俺に残された、せめてもの償いだ。お前を倒し、俺は全てを手に入れる!」

 

「全ては手に入らない」グラヴィードは腕を広げる「ヴェルドール…お前は殺すには惜しい男だ。…お前は真に全てを手に入れ、この世界の人々を護ろうと魂に誓っているか?想いを刻んでいるか?」

 

「…何が言いたいんだよ…?」

「大いなる者は必ずや再び現れ、この世界を滅ぼしに来るだろう」

 

「大いなる者…だと?まさか…」ヴェルドールは目を丸くした「おいおい、お前はまさか過去にノヴァに喧嘩を売ったってのかよ…?あんなの伝説上の話だろ?」

 

「大いなる者は定期的に現れ、世界の再生を引き起こす」グラヴィードは頭をおさえた「大いなる者を止めなければ、この呪われた傷は我が精神を…ググ…ううう」

「…何だ…何が起き…!グ…あぁ?」

 

ヴェルドールに刀が突き刺さった。

…あの黄色い心器だ。

 

ヴェルドールは仰向けに倒れる。

「…我の目的は…地表の人々をひとつに…統治し…心器による支配を…」

 

「…」操り人形のようにヴェルドールは起き上がり、心器を引き抜いた「この感情…そうか…そういうことだったのか」

 

 

 

 

「この胸の傷が囁くのだ…」ヴェルドールは言った「全ての人々を支配し、心器による生け贄をもっと差し出せと…」

 

「結局のところ、その…」ミューゼは訊いた「大いなる者というのは何者なの?」

「私がいなくなれば、お前が戦う事になるだろう…」グラヴィードは答えた「時空の淵より現れる、再生の名の元に全てを破壊する者だ。千年に一度姿を現し、【世界と等価の対価】を払うことで姿を消す…。しかしその脅威がある限り、世界は常に破滅の危機に晒されているのだ」

 

「貴方はそんな物と戦って…その胸の傷を受けた」ミューゼは彼の胸を見つめる。…

白い矢はまだ刺さったままだった。

 

「私は【世界を破滅させる】意識と戦いながら、自分を解放してくれる者を探していた。…自らの力で戦士を増やし、大いなる者と戦おうともした。

…もうどれが自分の感情なのか…制御が効かなくなっていた…。ミューゼ、私は…この矢が…大いなる者が残したこの矢が破壊されれば解放されるだろう…」

 

グラヴィードは懇願した

 

「頼む…もう時間が経ちすぎてしまった…私を…殺してくれ…!」

 



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17 そして全ては失われた

「さぁ…頼む」

グラヴィードには自身の心器が効かない。

自身の願いで神器を作り出し、それで他人の心器を破壊する事の出来る人なんて一握りしか…今は私しかいない。

 

それは分かっていた。

この話を聞かされる前も後も、彼を倒すという意志は揺らがない。

 

あの胸の矢によって大いなる者に侵食され、心器を与える能力を無理矢理与えられ、そして次第に強くなっていく世界の破滅への衝動を押さえ続けていた…

 

だけど、もう彼は限界なのだろう。

…彼はミューゼの一振りに全てを託している。持てる力全てを使って、自分の力を封じ込めているようだった。

 

「分かった。…この魂に…安らぎを…」ミューゼの剣が漆黒に光る「さようなら…グラヴィード…【ブラックエッジ・エクスキューション】!」

 

確実に何かを壊した手応え。

最後の彼は、どんな表情をしていたか。

魔王は死に、世界がもう魔族の軍勢に攻めこまれる事はなくなる。

私は、すべきことを成せた。

明日からは自由になれる。

ここまで来るのはとても長かった。

けれどこれで。

 

私は、生きる意味を取り戻せたのだ。

 

 

 

 

 

…ほんとうに、そうか?

 

背筋が凍った。

何か、取り返しのつかないことが。

…取り返しのつかない、

何かを自分はしてしまった気がした。

 

 

 

 

「…ここは」ミューゼは何も無い部屋で目を覚ました。

正面にグラヴィードがいる。

彼は人間の姿を取り戻していた。

 

「ミューゼ…ありがとう」グラヴィードは頭を下げた「私は…改めて君に謝罪しなくてはならない。君の憎しみ、悲しみの力を、自らの解放の為に利用してしまったこと…まずは謝らせてほしい」

 

「…死者は戻らないよ」

ミューゼはポツリと言った。

 

「私は大いなる者の呪縛から解放された…しかし君には、想像を絶する辛い事が待っているということを言っておこう」

 

「…?」

「私が矢から受けていた能力…それは【自由自在に心器を相手の魂を食らって錬成できる】能力だ」

 

「…それって…」ミューゼの背筋に冷たいものが走る「それじゃあ…貴方が死んだら、他の【信託を受けた勇者】はどうなるの…?」

 

「この瞬間に独白した事を恨んでくれても構わない。だが私は確実に迷いのない一太刀で、終わりを迎えたかったのだ」グラヴィードの体が光り始める「ミューゼよ…何があっても絶望してはいけない。行き場を失った魂は君に叫ぶだろう。その一時の苦痛を乗り越え、その力を使って大いなる者を倒してほしい」

 

「ちょ…ふざけないでよ!?」ミューゼは叫んだ「待って…私はそんなっ!」

 

グラヴィードの身体が薄くなっていく。

 

「残念だが…もう時間だ。本当に申し訳なかった。それとおこがましい話だが…ミューゼ、私はこの世界の何処かに自身の魔力を少し隠している…もしその場所を見つけることが出来たら…」

 

それだけ言って消えた。

魔王は姿を消した。

そして…

ミューゼは現実に引き戻された。

 

「…あ」

感じる。

断末魔を。

未練を。

後悔を。

懺悔を。

憎悪を。

悲壮を。

 

ミューゼは感じた。

今、この瞬間に。

 

【信託を受けた勇者】は一人残らず。

 

死んだ。

 

 

 

「うぁ…あああ…」

 

ちがう。私じゃない!

ちがう。私のせいじゃ…

ちがう。

 

チガウチガウチガウチガウチガウ

 

「いやだ…いやああぁァァぁ!?」

 

「ミューゼっ!」

 

身体を誰かに抱き止められる。

触るな。

私に触るな!

 

「ころす…ころした…私が…ぜんぶ」

 

「…!?」

ミューゼの様子を見たヴェルドールは顔を青くした。

…最悪だ。やはり彼女に全部背負わせるべきじゃなかった。

何を思おうが、もう遅い…。

 

「ミューゼ!他の皆は全員無事だ!ブローベルまで戻ろう。なっ?」

「いやだ…いやぁぁぁあ!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!わぁぁぁぁッ!?」

 

瞬間。

驚くべき速度でミューゼは持っている剣を真横に投げ飛ばした。

 

 

剣はヴェルドールが歩いてきた通路の更に向こう…致死距離すれすれの辺りで壁に突き刺さって動きを止める。

 

「あ…が……ぁ」

ミューゼは倒れ、

身体を痙攣させ始めた。

 

「ば…馬鹿!?何してやがる!?」

 

 

 

 

城壁の外で目を覚ました者がいた。

自分は中層で罠にかかり、はるか下の階層に叩き落とされた筈だった。

 

近くでは鎧の兵士に斬られ、倒れたはずの仲間も起き上がっていた。

 

そしてアルビオント…いや、どういうわけか全員が【三神柱】のことを忘れ…彼をヴェルドールという名前で意識していた。彼は他に外壁に放り出された者達を助け起こしている。

 

…その顔には深い影が差していて、傍らには目を虚ろに見開き脱力している少女を連れていた。

 

 

 

 

【数日後】

 

ヴェルドールは窓の外を見ていた。

…あの戦い以降、ミューゼはおかしくなってしまっていた。

 

絶えず何かに誤り続けていた。

そして何度も心器を捨てようと…自殺を図ろうとしていた。

 

俺は伝えるべきだったのだろうか?

 

「おい、聞いたか?例の全国で多発してる連続怪死事件で、被害者に一致してる所が発見されたらしいぜ」

酒場の連中の雑談が聞こえた。

 

「…あぁ、知ってる」

「全員が【信託を受けた勇者】だったんだろう?俺達がブローベルを攻略したときに一緒にいたメンバーにも共通する事柄だ。…皆例外なく、心器を持ってた連中がたちどころに死んでた」

 

改めて、信託を受けた勇者の多さには驚いていた。そして、この事態を引き起こしたのはたった16の女の子だ。

 

「それにしても、魔王が倒されたってのになんだか世界は変わらないよな」

「ヴェルさんが魔王を倒したんだよな」

「いや…詳しい話はヴェルさんからは聞けなかったんだが。どうやら別のやつらしいぞ。大方相討ちにでもなったか…【例の勇者の突然死】の犠牲者だったのか」

 

幸いこの町に限っては配下のビボルダー・アイによる魔法の記憶操作を早急で行ったため、ミューゼが魔王を倒した事実が露呈することは無いだろうが。

 

…彼女にこの重責は重すぎた。

たとえ正しい事だったとしても、自分の一振りで何千、何万という人が死んだ。

 

だがあそこでグラヴィードの心器の対価について話せば、ミューゼは心を変えていたかもしれない。

 

俺はこの世界を護るためにミューゼを利用し…ミューゼに全てを背負わせた。

俺は世界を救う、その願いを手に入れるためにミューゼを犠牲にした。

 

…なんて卑怯者なんだ…!

 

「…俺、旅に出ようと思う」

立ち上がって小さく言った。

「ヴェルさん…?」

酒場の連中が一斉にこちらを向いた。

ミューゼはいつの間にか自分の前から居なくなってしまっていた。

どこを探してもいない。

何も残さず、忽然と彼女は消えた。

 

あの白い髪の少女は自分の理想が産んだ幻覚だったのではないか?ヴェルドール自身そう思いたい気持ちで一杯だった。

 

それでも魔王を倒す現場に居合わせていたのは事実で、最後の部屋で心に傷を負ったミューゼを連れて帰った感触だってまだ手の中に残っている。

 

心器を持っている信託の勇者が皆死んでしまったのも、疑いようのない、変えられない真実の事なのだ。

 

だからこそ。

…もう遅すぎるかもしれない…けど。

 

彼女にもう一度会いにいこう。

そして伝えなければ。

自分で責任を抱えるな。

仲間を頼れ。

泣きたいなら泣けばいいと。

 

 

 

 

北へ。

向かう人影があった。

辺りには雪が降っていて、

その人影は白い煙を吐いた。

 

「…よんでる。私…を」

 

冷えきった風が長い銀髪を揺らす。

漆黒のプレートアーマーについた傷が、彼女が壮絶な戦いの中にいた事を物語る。

黒と蒼の戦装束に染み付いて取れない血の匂いは、誰の物なのか。

虚ろな赤い瞳はただ、前を向いて。

切れた唇から血を流しながら、

4年前に家族のように愛する人を亡くし、大勢の人々の世界を救い…同時に世界を殺した少女は唸るように言った。

 

「よんでる」と。

 

 

【第一章…終】

 




ここまで読んで頂きありがとう。

第一章は完結です。
彼女の旅路がどのようになるのか…。
まだ書いておりますので、
気長にお待ち頂ければと思います。


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