日輪に咲く花 (柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定)
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車窓の外

 ふわりと、車窓から風が頬を撫でる。

 同時に、少し鼻にツンと来る、普段慣れない香りも。

 

「―――」

 

 列車の窓を開けた栗花落カナヲは風と匂い、そして綺麗な太陽に思わず目を細めた。

 車窓から吹く風は強く、列車の速度を物語っている。側頭部で結んだ髪が暴れるのを手で抑えながら彼女は小さく息を吐いた。

 ……開けたままで硬貨を投げたら、危ないかな。

 最近は使うことが少なくなったコインのことを想う。何かを行う時に硬貨の裏表で決めていたが、ここ数か月で使う頻度は随分と変わった。大分前は一挙手一投足、何から何まで決めていたと、今更ながらに思い返す。

 そして、硬貨を使うことが減った原因は、

 

「おぉ、これが海かぁ。俺、初めて見たよ」

 

 額に痣を持つ少年が対面の席で、車窓の外の海を眺めていた。

 瞳に映っている光景はどこまでも広がる真っ青な海。海沿いに列車の線路が走っているというわけだ。

 少し、視線をずらし、真横を向く。

 通路を挟んだ向かいの四人席。そこには、

 

「いやー、海ですね冨岡さん。良い光景です。私、海を見たのは久しぶりですね」

 

「……」

 

「冨岡さん? 海に対して何か感想はないんですか? 冨岡さんだったら海で遊ぶとかそんなことしたことないでしょう? どうですか、一言」

 

「……」

 

「おやおや、なぜ黙っているのですか? 言うことありません? 少しくらい、情緒が滲み出ることを期待したいという私に応えてはくださらないでしょうかねぇ」

 

「…………う」

 

「海だ、で終わるのは無しですよ? それ感想じゃなくてただの事実ですからね? そんなんだからみんなに嫌われるんですよ?」

 

「俺は嫌われていない」

 

「その返答だけは即座なのが逆に嫌われているという事実を強めているのではないかと思うんですが、いかかがですか?」

 

「……」

 

 無表情の青年と笑顔の女性。

 自分の師であり、姉でもある彼女がいつも通り青年を弄り倒している光景がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 鬼の目撃情報が入ったのは柱稽古が始まって、一月後ほどのことだった。

 鬼撫辻無惨。

 この日本において理外の化外―――鬼を生み出す張本人。数百年の時をかけてこの国で暗躍し、鬼を生み、多くの悲しみと涙と復讐の連鎖を生んできた。

 その鬼撫辻との決戦が間近に迫りつつある。

 鬼撫辻の側近、極めて強い鬼『十二鬼月』。

 その上弦が二体もかけ、さらには歴史上例を見ない異端の鬼も出現した。

 それにより、全国各地の鬼は、力を蓄えるように姿を消していた。

 故に―――鬼殺隊もまた、同じように研鑽を重ねている。

 鬼殺隊。

 通常の方法では殺せない鬼。日輪刀で首を断つか、陽光に晒さねば死なない鬼を殺す鬼殺の剣士たち。

 政府非公認でありながらも、戦国の時代より連綿と続く鬼殺し。

 悲しみの連鎖を断ち切る為に。

 多くの死を積み重ねがら、夜明けの光を希う者。

 だが、ここ数年、一般隊士の練度不足が問題視されており、鬼の活動襲撃の鎮静化により鬼殺隊全体で練度の見直しが行われていた。

 それこそが鬼殺隊最強の剣士集団『柱』による鍛錬―――『柱稽古』である。

 元音柱宇随天元による基礎体力訓練。

 霞柱時透無一郎による高速移動訓練。

 恋柱甘露寺蜜璃による柔軟訓練。

 蛇柱伊黒小芭内による太刀筋強制訓練。

 風柱不死川実弥による無限打ち込み訓練。

 岩柱悲鳴嶼行冥による全身連動訓練。

 水柱冨岡義勇による実践訓練。

 柱たちが総出で隊士の訓練をすることで、基礎能力の向上を試みる訓練だったのだが、訓練終盤にそれまで鳴りを潜めていた鬼の活動が報告されていた。

 場所は愛知県の海沿いの漁村。漁業と少しばかりの農業で成り立つ小さな村だ。そこで数日前から行方不明者が続出し、鬼らしき目撃情報が入ってきた。

 通常であれば一般隊士を派遣し対処。そこでことが終わらなければ追加隊士。それでも駄目であれば柱を投入する所であるが、現在は柱稽古の真っ最中。

 柱を動かすのは躊躇われ、また鍛錬中の一般隊士を出動させるのも時期が悪い。

 

 故に、冨岡義勇、胡蝶しのぶ、竈門炭治郎、栗花落カナヲである。

 

 まず、隊士の中でいち早く最終の水柱の柱稽古に到達した炭治郎とカナヲ。両名は既に実力は柱に届くほどであり、実力には申し分ない。

 そしてそも、『柱稽古』に参加していなかった胡蝶しのぶ。

 さらに、冨岡義勇。

 『柱稽古』において最終関門たる実践訓練を担う冨岡義勇であるのだが、ここでいくつかの問題が起きた。

 まず、そもそもそれまでの稽古を突破して義勇の下へ辿り着く隊士が極めて少なかったこと。

 さらに実践訓練ということもあり、ここでは細かい指導は行われない。ここまでの鍛錬の集大成を水柱にぶつける場であり、それぞれ己の適正に合わせて部位を磨く場であるからだ。

 ―――もっというと、冨岡義勇に指導が期待できなかった、という点も否めない。

 ということで、『柱稽古』に満を持して参加した義勇は正直手持ち無沙汰。

 そこに舞い込んだ鬼の情報。

 故に、上記四名。少数精鋭にて鬼を滅殺する彼ら彼女が選ばれたのであった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇそれで冨岡さん。炭治郎君に発破をかけられ遅れて『柱稽古』に参加したのに炭治郎君とカナヲしか辿り着いてなかった時の気持ちってどんな感じなんですか? がっかりしました? あぁいえ、冨岡さんのことです、弟弟子とその同期だけだったから逆に安心しました? 冨岡さんが初対面の隊士とまともに会話できないでしょうし。ねぇねぇ、冨岡さーん。なんとか言ってくださいよぅ」

 

「……」

 

 ……生き生きしてるなぁ。

 ニコニコといつものの笑顔が五割増しで輝いている気がするしのぶと、常の無表情が五割増しでムスッとしている義勇である。

 しのぶは常の鬼殺隊の隊服は着ていない。詰襟に羽織は男性ならばまだいいが、女性が着ていると随分と目立つのだ。だから、しのぶは詰襟ではなく、藤色の着物に普段から着ている蝶の羽根を模した羽織だ。

 どちらも刀は桐箱に入れて、席の足元に隠してある。

 鬼殺隊は政府非公認であるが故、廃刀令のご時世では刀を持つのは目立つ、というか普通に犯罪である。鬼の存在を知り、鬼殺隊に助けられた経験のある警官や軍関係者も一部にはいるから誤魔化せなくもないが、なるべく騒ぎは起こしたくない。

 カナヲ自身も普段の羽織の下は桃色の着物だ。普段はひざ上のみにすか、なる西洋の服なので正直動きにくいことこの上ない。この衣装では戦いにも支障がであるだろう。

 愛知県という、普段活動している地域からはかなり離れている故に列車移動になったが、そうではなかったら徒歩でいつもの格好だったであろうに。

 しのぶは柱としての任務でいつものことらしく、着物での動きも、刀の隠し方も慣れたものだった。

 ……水柱様との任務もよくあることだったんだっけ。

 『柱』直属の弟子と呼べる『継子』のカナヲだが、全ての任務に同行していたわけではない。実力の関係上、しのぶ単独もあり、さらにいえば『柱』同士の合同任務も少なくなかった。

 その中でも、しのぶと義勇の二人は同じ任務を任されることが多かったという。

 ……いつだったかな、水柱様が逮捕されていたの。

 任務に赴いて現地合流しようと思ったら、義勇が警官に逮捕されていたという話は未だにしのぶが義勇のことを弄る時には欠かせない話だ。確かに鬼殺隊全隊士の畏怖と憧れである柱がお縄に付くなんてまるで笑えない。

 

「あははー」

 

「……」

 

 笑うしのぶにムスっとした義勇。

 だが、あれで相性は悪くないのだろう。

 ……少なくとも、水柱様といる時の師範は楽しそう。

 楽しそうというか、活き活きとしているとか。

 常日頃同じような笑顔が張り付いているしのぶではあるが、義勇と話している時は表情に深みがある、とカナヲは思う。

 同じくらい、イライラしていることも多いのは事実なのだが。

 

「……?」

 

 しのぶと義勇から視線を外し、正面の炭治郎に目を向ける。

 竈門炭治郎。

 額に痣を持つ、黒と緑の市松模様羽織。

 鬼撫辻無惨と鬼殺隊の中でまさに渦中にいると言っても過言ではない少年だ。

 家族を殺され、鬼の妹を持ち、彼女を人間に戻すために戦っている。

 普段は妹の禰豆子が入った箱を背負っているが、太陽を克服し無惨に狙われている為に、今回の任務はお留守番だ。

 下弦の伍を追い詰め、上弦の陸を音柱としのぎを削り、さらには上弦の肆をその刀で断ち切った。

 さらには身体能力を大きく上昇させる『痣者』の先駆け。

 戦績を見れば柱に匹敵所か、凌駕するほどのもの。

 そんなことを、任務の最初に言ったら。

 ……皆がいてくれたおかげ、って。

 いつもみたいな笑顔で、欠片も慢心することなく告げてくれた。炭治郎は心の底から思っているのだ。

 彼は、そういう少年だ。

 その在り方を胸に浮かべると、胸の奥が暖かくなる。

 というか、何故か無性に頬が熱くなってしまう。

 病気かもしれない。

 しのぶに相談したらニコニコ笑うだけだった。

 友人であるあおいに相談してみたら、やっぱり笑顔。

 炭治郎の友人である我妻善逸は話しかけただけで奇声を上げ出したのでそっと距離を取った。猪頭巾の嘴平伊之助は、

 

『あーそれな。なんかあいつといるとほわほわするよな』

 

 意外にもまともな会話が成立して、共感されてしまった。

 ほわほわ。

 少し違う気がする。

 カナヲのそれは、ほわほわ、というよりどきどきだから。

 一応、炭治郎の兄弟子である義勇にも聞いてみたが、

 

『…………………………不整脈だろう』

 

 ……不整脈かぁ。

 脈拍がおかしくなる病気らしい。呼吸を用いる鬼殺隊士からすれば重大な病気だ。ちょっと不安になりしのぶに相談したら、後日義勇に向けて飛び蹴りをかましているしのぶを目撃したのでどうやら的外れな発言だったらしい。

 なにはともあれ、

 

「炭治郎? どうしたの?」

 

「ん、あぁ……すまないカナヲ。少し、な」

 

 いつも笑顔ではつらつした炭治郎の顔色が悪い。

 数週間前の上弦の肆との戦いの傷は完治しているはずだし、柱稽古で大怪我という話も聞いていない。実際列車に乗るまではいつも通りだった。

 なのに、今は顔色が悪い。

 

「―――――ぁ」

 

 そこで思い出す。

 竈門炭治郎と列車には因縁がある。

 前炎柱煉獄杏寿郎。

 炭治郎とカナヲが初めて出会った機能回復訓直後の任務で、上弦の参と戦い、戦死した柱。

 その戦いは、無限列車という列車の中で行われたという。

 そこで杏寿郎は乗客全員を護り切り、炭治郎、善逸、伊之助すらも護り切ったという。

 代償として、彼自身は命を落としたが――――その魂の炎は確かに炭治郎に受け継がれている。

 炭治郎の日輪刀、その炎を模した鍔はその証明だ。

 つまり、炭治郎にとっては列車は尊敬する戦士を失った場だ。

 であれば気分が悪くなってもおかしくない。

 心的外傷を持つ鬼殺隊士は少なくない。蝶屋敷という診療所も兼ねる場に身を置いているからそういった者はよく見ていた。

 ……ど、どうしよう……!

 冷や汗が流れるのを、カナヲは自覚した。

 こういう時、あまり直接的に心の傷に触れるのはよくない。下手につつけば、その時の記憶がぶり返し、精神だけでなく体にも負荷がかかってしまうから。

 しのぶやあおいの治療を横目で見ていたのを思いだし、

 ……こ、こういう時は別の話題に……!

 

「たっ、炭治郎」

 

「ん? どうしたカナヲ?」

 

「え、えっと……窓の外の景色凄いね。走るのと全然違うしっ」

 

「あ、あぁそうだな。やっぱり列車は速いな。前に列車に乗った時は夜だったから景色は楽しめなかったよ」

 

 ……墓穴を掘ったぁー!

 内心、カナヲは頭を抱えた。

 話をずらしたかったのに、思い切り列車の話題になってしまった。

 そもそも、数週間前までまともに他人と会話できなかったカナヲが小粋な話ができるわけもなかったのである。

 是非『柱稽古』に対人対話訓練を作ってほしい。

 いや、そんなのが担当できそうな柱なんていなさそうだが。

 冷や汗を流し、固まってしまったカナヲを見て、炭治郎は軽く首をかしげて、

 

「あぁ、すまない。俺は鼻がいいからな。海の匂いが思ったよりきつくて。少し、気分がな」

 

「あ、なるほど」

 

 炭治郎は鼻がいい、とはしのぶも言っていた。 

 鬼の気配や攻撃、さらには人の感情まで読めるという。

 自分も目は良いが、人の感情までは解らない。

 確かにそれほどまでに鼻のいい彼ならば海の匂いはつらいだろう。嗅覚は普通であるカナヲにも確かに感じるのだから。

 

「じゃあ、窓を閉めといたほうがいい?」

 

「いや、任務は海沿いらしいからな。今の内に鼻を慣らしておきたい。それに、こんなにいい天気と風なんだ。窓を閉じるのはもったいないだろう。俺、海は初めてだったからな。カナヲは?」

 

「私は任務で何回かあるよ。今回みたいに漁村に行っただけだけど」

 

「へぇ! それはいいな! それにカナヲとの任務は初めてだし、こんなことを言うのはおかしな話かもしれないが楽しみだ! カナヲは強いからなぁ!」

 

「……そ、そんなことないよ。炭治郎も強いよ?」

 

 実際の所、かつて那田蜘蛛山で一緒になっていて、さらにいえば疲弊していた炭治郎に踵落としで顎を砕いてとどめを刺していたのはカナヲなのだが、炭治郎はそれを覚えていなかった。

 カナヲは、覚えていたが、

 

「は、初めての合同任務頑張ろうね!」

 

 頬に一筋汗を流しながら、精一杯の笑顔でごまかした。

 

 

 




大正こそこそ話

カナヲから炭治郎へのドキドキを聞かれた義勇はこう思ったらしいぞ!

「(…………つまりそれは、栗花落は、炭治郎のことが。…………ムフフ、炭治郎も隅に置けない奴め。交際を教えてくれた時や祝言を上げると教えてくれた姉さんを思いだす。……しかし、俺がそれが恋慕であると言っていいものだろうか。胡蝶からも栗花落には『余計なことは言わないでくださいね。冨岡さんは口数は少ないのに余計なことしか言わないんですから』と言われている。俺自身、他人の惚れた腫れたに口出しできる経験もないし、下手なことを言ってしまって二人の仲に何かするのも悪いだろう。ここは適当なことを言ってお茶を濁すとしよう。胡蝶が上手くやるだろうし……ムフフ、あとは炭治郎の甲斐性だしな)………………不整脈だろう」

「ほんっっっっっと、口数が少ないのに余計なことしか言わない人ですね!!!」


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連鎖を断ち切って

その村は列車を降りて、駅からさらに3日ほど歩いた先の小さな村だった。

 3日、というが炭治郎たちの足で3日だ。常人離れした身体能力で日中駆け抜けての移動だった故に、本来であれば1週間ほど掛かっていただろう。

 村には宿の類はなく、商店の類も少ない。ほとんどが自給自足で、商売に関しては近くのもう少し大きな町で行っているそうだった。

 村の近く林までたどり着き、出迎えたのは、

 

「お待ちしておりました、水柱様、蟲柱様、竈門様、栗花落様」

 

 全身黒尽くめで顔を隠した人物。声からして男性だろう。

 『隠』。

 鬼殺隊隊士の戦闘を補助する補佐の役目を担っている隠密集団だ。

 通常、こうして出迎えることはあまりないが、柱二人に柱候補二人、また『柱稽古』の最中である為、迅速な解決を必要とする為に先んじて隠が潜入していたのだ。

 

「お疲れ様です、状況は?」

 

「鬼のはっきりとした目撃情報は依然ありません。まだ日中ですので詳細は、こちらが用意した民家でできればと思いますが」

 

「解りました。では場所は?」

 

「村を入った奥に。海に近い小さな小屋を確保しております。私が皆さまと連れ立って歩くと目立つと思いますので、後程」

 小さく頭を下げ、隠が小走り去っていく。

 その背中を軽く眺めた後、

 

「では、参りましょうか」

 

 しのぶはいつものように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ……皆、暗いな。

 村に入り、炭治郎が思ったことはまずそれだ。

 元々大きくはない、どころか小さな漁村だ。漁の為の拠点となる場所は海の傍にあるのだろう、こちらは民家らしきものが並んでいるだけ。

 それでも、活気というものは村の大小には関係ない。

 元々山奥の炭焼きの家だったからこそ、思う。

 在りし日、血の匂いと共に消えてしまったあの家は、小さくとも温もりと活気が確かにあった。

 けれど、今この村にはそれがない。

 ……悲しみの匂いだ。

 人の心を読み取る炭治郎の鼻が悲しみの匂いをかぎ分ける。

 鬼に家族や友人を殺された匂い。そして自分たちにはどうしようもないと、諦めているそれも。

 

「……」

 

「みなさん、表情と雰囲気が暗いですね」

 

 同じことを想ったのだろう、しのぶも常の笑顔を消して呟く。

 

「……早く、鬼を斃さないと」

 

「焦るな」

 

 噛みしめるように言葉を零した炭治郎に、義勇が小さく告げる。

 その表情はいつもと変わらない。

 けれど、思うことがないはずがない。

 彼もまた、鬼に肉親を殺されているのだから。

 

「今お前にできることはない」

 

「……はい」

 

 その言葉は、正直堪える。

 だが、事実だ。

 失ってしまった命はもう戻らない。

 

「……はぁ。ま、冨岡さんの言う通り日中では鬼が出ませんからね。焦っても私たちに出来ることは少ないでしょう。村の観察は後回しにして、早く隠の方と合流するとしましょう」

 

 しのぶが足を速め、カナヲもそれに続く。

 義勇も同じだ。

 だから、

 

「はい!」

 

 今できることをするしかない。

 

 

 

 

 

「先ほどぶりです、皆さま方」

 

 用意されていた民家で隠と合流する。

 囲炉裏がある居間と隣接する台所がある土間。それだけの小さな民家だった。

 正座をしつつ、綺麗に頭を下げるしのぶは、彼に話を促す。

 

「情報共有をお願いします」

 

「はい。今の所解っていることは村の西の森に出没する模様です。二週間前に初めて村民が行方不明となり、その後、続々と帰る者がいなくなり、既に10人ほどが犠牲となっています」

 

「そんなに……っ」

 

 炭治郎が顔を歪める。

 

「森ということは、村自体には被害は出ていないのですか?」

 

「はい。10人と言いますが、うち4人は先週森へ探索へ向かった男衆です。それ以降、村では森への出入りは禁じており、被害そのものは出ていません」

 

「なるほど……」

 

 自身の縄張りを持つ鬼、というのは珍しくない。

 食性か、鬼自体の能力故かは別としても、それぞれの餌場とでもいうべき場所を持っている。だが、この小さな村に出てきていないということは少し妙でもある。

 鬼は人型と異形の鬼がいるが、人型であれば日中街に出なければ鬼とバレないこともあるし、連中の食事もしやすい。逆に異形の鬼であれば目立つことは目立つが、それでも村を襲わないというのは疑問だ。

 ……或いは、私たち鬼殺隊に見つかることを恐れたのでしょうか。

 そうであったら、それなりの知性は働くということだ。 

 村の被害が広がっていないのは良いことだが、そうだとしたらそれはそれでやっかいでもある。

 

「森以外、我々隠で調査できる範囲は調べましたが、鬼の痕跡らしきものはありません。ですので、やはり鬼が巣くっているのは森であるかと思います」

 

「ありがとうございます、引き続き調査をお願いしますが、無理されないように」

 

「はい、お心遣い感謝します」

 

 隠の人間は調査や補佐能力は高いが、しかし戦闘能力はない。そもそも、鬼と戦えないが、鬼狩りを求めたのが彼らなのだ。隠と連携を取ることも多いしのぶだからこそ、それをよく知っている。

 

「さてと」

 

 隠が去ってから、囲炉裏を囲み三人を見渡す。

 

「どうするか、考えましょうか」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

「おっ、お願いします」

 

 勢いよく返事をしながら額が床にぶつかるレベルで頭を下げる炭治郎とそれにつられて軽く頭を下げるカナヲ。

 その二人を見ると、思わず胸の内が暖かくなる。

 竈門炭治郎という存在は、本当にカナヲに良い影響を与えてくれた。

 笑みを深め、

 

「冨岡さん?」

 

「……?」

 

「何首をかしげているんですか」

 

 きょとんとした表情で首をかしげる義勇に溜息をつく。

 

「せっかく炭治郎君が元気を出しているのですから、兄弟子としてそれに乗ったらどうですか?」

 

「…………」

 

 義勇は、少し考えるように視線を下げ、

 

「―――――たのもう」

 

「喧嘩売ってます?」

 

 

 

 

 

 

 ……何が間違っていただろうか。

 なぜかしのぶが怒ってしまったことを不思議に思いつつ、話の進行をする彼女に視線を向ける。

 

「それでは、鬼は森にいるそうですし、まず私と冨岡さんが偵察に行きましょう。まだ日中なので戦闘はないかもしれませんが、鬼の痕跡は見つかるやもしれません。構いませんね?」

 

 こくりと、義勇は頷いた。

 

「はい! しのぶさん!」

 

「はい、炭治郎君。どうされました?」

 

「俺とカナヲはどうするべきでしょうか! 森の調査は手伝わなくていいんですか!」

 

「そうですね、炭治郎君とカナヲには村の調査をお願いします。聞き込み、ですね。そのあたり冨岡さんには期待できませんし、炭治郎君たちに任せたいと思います」

 

「待て、胡蝶」

 

「はい?」

 

「何故俺に期待できない?」

 

「それでは、日没前にはこちらで集合するとしましょう。はい、ではかいさーん!」

 

 パンッ、としのぶが手を叩いて音を慣らし、話が終わってしまった。

 解せぬ。

 炭治郎が立ち上がり、民家を出る。村で聞き込みをするカナヲともかく、調査に赴くしのぶは隊服に着替えなければならないからだ。

 炭治郎の後を追いかけようとした所、

 

「カナヲ、日中はちょっとした休暇だと思っていいんじゃない? 時間が多分余るだろうから少しは楽しんでね?」

 

「え? 師範、何を」

 

「だって炭治郎君と村を歩くもの、これは逢引と言ってもいいんじゃないかしら? ほら、例の設定のこともあるし」

 

「!?」

 

 しのぶのささやきに、カナヲが顔を真っ赤に染めた。

 ……なるほど、そういうものもあるのか。

 鬼狩りの任務で何を、とは思わない。先ほど炭治郎へ自分が言ったように、日中では鬼に対してできることは少ないのだ。ならば、休める時に休み、無駄な負荷を体や精神に掛けないようにするのまた鬼殺の為。

 そして何より、姉として妹の恋路を応援したいという想いがあるのだろう。

 ……なれば、俺もやることはやらねばなるまいて。

 

「炭治郎」

 

「はい! なんでしょうか、義勇さん!」

 

 家の外で待っていた炭治郎に声をかける。

 いつも通りの溌剌ぶり。

 果たしてカナヲの想いに気づいているのかどうか。この弟弟子は人たらしの気があり、柱を含め多くの人に好かれているが、炭治郎が誰かを個人的に好意を持っている気配はない。

 ……兄弟子である俺がそう思うんだから、間違いないな。

 音柱の天元が聞けば派手に反論しそうなことを、ムフフと笑いながら思いつつ、

 

「炭治郎」

 

「はい!」

 

「男ならば、果たさなければならないことがある」

 

「何故そこで錆兎!?」

 

 あとでしのぶに青筋付きで怒られた。

 やはり解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 炭治郎と共に、村の中心部へと踏み出す。

 中心部といっても、聞いた限りでは村民は子供も併せて50人程度らしい。店の類も少ないから、調査にさほど時間が必要とは思えない。

 二人で、幾人か家の外に出ている人に声をかけ、話を聞いてみるが、

 ……やっぱり、あんまり聞けないな。

 こういう村は基本的に排他的だ。よそ者を好まない傾向がある。

 漁と農業によって成り立っているなら商人は出入りするだろうが、今の自分と炭治郎はとても商人には見えない。それも、謎の化け物に村民が殺され雰囲気が悪い。突然やってきた子供二人が、根掘り葉掘り聞こうとしても聞き出せないのは自明の理と言えるだろう。

 それでも、既存の情報とはいえ、話を聞き出せるのは、

 

「ありがとうございます! お話ありがとうございました!」

 

「お、おう。まぁ、にいちゃんたちも気を付けな」

 

 森が危ないと話してくれた中年に、頭を下げる炭治郎がいるからだ。

 初めは警戒されていたが、溌剌とし笑顔で話を進める炭治郎に、いつの間にか口を開き森での行方不明での一件に関して口を開いてくれた。

 ……凄いなぁ。

 これも彼の人徳故だろう。

 しのぶなら、同じようなことができるだろう。相手が男性なら猶更。

 けれど、自分には難しい。

 義勇は。

 うん、まぁ言うまでもない。

 中年にカナヲまた頭を軽く下げ、他に聞ける人を探しに歩き出す。

 

「……絶対に、鬼を斃さないと」

 

「……うん」

 

「しかし、新しい話は聞けないな。村の人たちが知っていることと俺たちが知っていることは大差ないらしい。義勇さんとしのぶさんが何か見つけてきてくれると助かるんだが」

 

「師範はそういうの得意だし、きっと何か見つけてきてくれると思う」

 

 彼と言葉を交わしながら、拠点ともなる民家に戻っていく。

 結局、目ぼしい情報はなかった。やったことといえば、軽食を買った程度。民家の方には隠がいくらか食材を用意してくれていたので今夜はそれを自分たちでどうにか調理して、森に繰り出すことになるだろう。

 ……料理かぁ。

 正直苦手だ。

 しのぶは上手だけれど。

 炭治郎は、上手だと聞いている。

 

「ん」

 

「炭治郎?」

 

 ふと、炭治郎が足を止めた。

 彼の視線の先、小さな納屋らしきものがあって、その陰からこちらを覗いていたのは、

 

「子供……?」

 

 まだ10にも満たない幼い子供だった。髪は背まであるが、整えられておらず、性別の判断がしにくい。来ているもの清潔とはいえず、数日は洗っていないのが見て取れる。食事も満足に取れていないのか頬や露出している首筋、手首、手足がやせ細っている。

 

 ―――ふと、飛び交う蠅を幻視した。

 

「っ……」

 

 視界をよぎった光景を、頭を軽く振ることでかき消す。

 

「どうしたんだい?」

 

「わっ」

 

 いつの間にか、既に炭治郎が子供へと話しかけていた。

 ……行動が早いなぁ……!

 

「……」

 

 話しかけられた子供は、そのことに驚いたのか驚いていないのか無表情で首を傾げて応えない。

 

「お父さんやお母さんは? はぐれちゃったのかい?」 

 

「……いない」 

 

「えっ?」

 

「もりにいっちゃってから、かえってこない」

 

「――っ」

 

 炭治郎が小さく息を飲んだ。

 鬼に両親を殺された子供。

 鬼殺隊として戦っていて、何度も見てきた。親を亡くして途方に暮れる幼子。親戚や知人に引き取ってもらえる子はまだ良い。引き取りてがおらず孤児になってしまう子も珍しくない。 そういった子は盗みに走ることも多く、そうでなければ野垂れ死ぬか―――鬼殺隊に入るか、だ。

 

「……そうか、今はこの納屋に?」

 

「そんちょーさんのいえにいるけど、おとなみんないないから」

 

「……そっか」

 

 小さい村で10人もなくなっている。仕事の穴が生まれ、子供の世話まで手が回っていないのだろう。親を亡くしたのはこの子だけじゃないはずだ。

 掛ける言葉、出てこない。

 この子の親は帰ってこないし、今はきっと心が麻痺しているだけだから。

 いつか、心の傷が開いて、血が流れていることを知ってしまう。

 それまでの時間が長ければ長いほどに、傷は広がり続けるから。

 ―――カナヲ自身、そうだから。

 胸の奥、鈍い痛みに緩く握った手を胸に当てて、

 

「―――大丈夫」

 

「―――」

 

 しゃがんだ炭治郎が子供の頭を優しく撫でる。

 

「君は辛いことがあって、これから沢山辛いだろうけど」

 

 それでも、

 

「悲しみの連鎖は俺が断ち切るよ」

 

 彼は、優しく微笑み、

 

「もうこんなことが起きないように。俺が、このお姉ちゃんが。君の未来を護るから。ごめんね、来るが遅くなって」

 

 その子の未来を約束する。

 気休めの言葉、といえば容易いけれど。

 竈門炭治郎という少年は、その言葉の為に命を懸けているから。

 その言葉は、まさしく真実だ。

 ……あぁ、こういう所だよね。

 竈門炭治郎は日輪のような人だ。

 その心は優しく周りの人々を照らし、優しく勇気づけてくれる。彼は自分の言葉に真摯だから。気休めやその場しのぎではなく、自分の命を懸けて果たそうとしているから。

 だからこそ、多くの人に認められ、慕われているのだろう。

 ……だから、私も。

 先ほどとは違う鈍い痛みではなく、甘い疼きを感じる。

 

「おにーちゃんとおねーちゃんは」

 

「うん? なんだい?」

 

「めおとさんなの?」

 

「!?」

 

 顔が赤くなるのを自覚した。

 めおと。

 夫婦。

 つまりは婚姻を交わした男女である。

 

「いい質問だな!」

 

 炭治郎が勢いよく立ち上がる。

 その表情はカナヲからは見えなかった。

 

「おにーちゃんはこのおねーちゃんと結婚の約束をしているんだ!」

 

 ばーん、という効果音が聞こえてきた。

 ……それが真実だったらいいんだけどなぁ!

 思わず心が暴走した。

 落ち着きつつ、それが今回の設定だったのを思いだす。 

 しのぶと義勇がそれぞれカナヲと炭治郎の姉兄の夫婦であり、炭治郎たちもまた婚約している男女、ということになっている。

 短期間の急な任務でこんな設定いるのか? と激しく思ったが、しかししのぶの激烈な推しもあって決まってしまった設定である。

 

「た、炭治郎。あまり大きな声で言うのは……」

 

「よもやよもや! 派手にすまんカナヲ!」

 

 なぜか炎柱と音柱が合体している。

 というか、

 ……た、炭治郎の顔も真っ赤……っ。

 あと動きが妙にカクカクしている。

 婚約である。

 結婚はまだだけど、

 ……竈門、カナヲ。

 

「!!!!」

 

 よぎった名前をぶんぶんと、顔を振り、振り払う。

 あくまでもこれは設定である。本当に婚約したわけではない。

 婚約にはちゃんと順序が必要なわけだし。親の同意も必要だ。いや、自分も炭治郎も親はもういないので、この場合後見人が必要だ。あれ、自分の場合の後見人ってだれだろう。しのぶか。しのぶでいいのだろうか。しのぶでいいだろう。炭治郎の場合は義勇……いや、義勇はどうだろう。よくない。そうなれば話に聞くお世話になった育手の鱗滝さんだろうか。或いは鬼殺隊の長であるお館様? 炭治郎の場合は禰豆子の許しもいるだろう。大丈夫だろうか。最近喋れるようになった彼女とは何度か会話しているが、流石炭治郎の妹ということもあって心が清らかな女の子だ。あんな子が妹というのはカナヲからしても本当にうれしい。お義姉ちゃんって呼んでほしい。

 えーと、つまり、

 

「ま、まずは鱗滝さんのとこへ……!」

 

「カナヲ、カナヲ、落ち着け! どうしてそこで鱗滝さんが出てくるんだ!」

 

「……なかよし?」

 

「あぁ! あぁ! 俺とカナヲは仲良しだぞぉ!」

 

「そ、そうだよぅ!」

 

 その後、幼子を村長の家まで送る為に、その子の両の手をそれぞれ握る炭治郎とカナヲの姿が村の人々に目撃された。

 暗く、淀んだ村が久方ぶりに暖かい気持ちに包まれたという。




大正こそこそ話

「ここは炭治郎君とカナヲは婚約の関係ということにしましょう! 婚前旅行というやつです!」

「……では、胡蝶。俺と胡蝶の関係は?」

「………………………………未来夫婦と一緒に旅行に来た兄と姉でいいのですはないですか?」

「婚前旅行についてくる兄姉っておかしくないだろうか」

「じゃあなんだったらいいんですか!」

「ふむ……夫婦でいいんじゃないか?」

「いいんじゃないかってなんですか!」



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愛しい匂い

 

 少しづつ海へと太陽が沈み、世界が黄昏色に染まっていく。

 

 炊事場の小窓から洛陽を見据え、日没までの時間を計算しながらカナヲは手を動かしていた。

 

「あと半刻(1時間)くらいかな」

 

「了解、こっちは四半刻(30分)もすれば出来上がるかな」

 

 竈門の前にしゃがみ込み、竹筒で空気を送り込んでいた炭治郎が、火から視線を外さずに応える。

 炊事場、竈門の上の大鍋で煮立っているのは海鮮と野菜の鍋、白米に、もう一つ小鍋がある。

 炭治郎とカナヲが行っているのは夕食の準備だ。

 元々民家にあった炊事場には、隠が気を効かせてくれたのか、調理道具や簡単な調味料が一式揃っていた。食材は干し魚や兎や猪の干し肉、少しばかりの野菜、米がある程度だったが、

 

「村長さんが色々な食材くれて助かったね」

 

「あぁ! 蝶屋敷の食材も良いものだが、流石に捕れたてのものは違うな! 匂いがまるで違う!」

 

 炭治郎の顔がほころぶ。

 先ほど出会った子供――女の子だった――を村長の家に送り届けた所、向こうも探していたらしく、驚くほどに感謝された。手が足りず、面倒が見切れないことを悪くも思っていたようで、お礼にと、村で捕れた魚や野菜を譲ってくれたのだ。

 その際に村長にも村の異変について聞いたが、隠から聞いた話と大差はなく、結局やることもなくなってしまったので調査に赴いている義勇としのぶの為に夕食をこさえているわけである。

 しかし、こうして二人で炊事場で並んで思うことは、

 ……想像以上に、炭治郎の手際が良い……!

 献立の選び方や、魚の捌き方に迷いがない。調味料に関しても見た感じ目分量で迷いなく入れていく。

 それぞれの匂いからどうすればいいかが、大体解るようだ。

 嗅覚が万能過ぎる。

 自分も目は人一倍良い自信があるが、凄すぎる。

 何より、火の起こし方が熟練しすぎていた。

 カナヲも野宿で日を起こすこともあれば、蝶屋敷の手伝いで料理の為の火を起こしたり、風呂の為の薪を燃やすこともある。

 だが、炭治郎はなんというか次元が違った。

 どう見ても無造作に竈門に薪を放り込み、竹筒で息を吹き込んでいくが感激するくらいに早く、大きな火を起こしている。

 あまりに手慣れて過ぎていて、しばらく見とれていたほどだ。

 

「これでも炭焼きの長男だからな。火起こしや火加減は得意なんだよ」

 

 と、いつものように日輪の笑みを浮かべていた。

 最も。

 見とれていたのは手際だけではなく、額に汗を流しながら火を見つめる炭治郎が、今まで見たことない雰囲気で、

 ……かっこよかったから……っ!

 あの横顔は、絶対的に永久保存だ。これほどまでに視力が良くて嬉しかったことはない。

 汗を浮かべた炭治郎を脳裏に焼き付けながら、火の通り易い葉物野菜を食べやすい大きさに刻んでいく。

 

「カナヲ、鍋に調味料を頼む」

 

「うん」

 

 味付けは、愛知では有名な濃い色の豆味噌だ。八丁味噌、というらしい。これも村長からの頂き物である。

 まず大鍋の蓋を開ける。

 空けた瞬間に、

 

「わっ、いい匂い」

 

「だな! 食べるのが楽しみだ!」

 

 煮込まれた海鮮の香りが広がる。

 白身魚を主軸に、貝類が鍋の半分を占めている。もう半分はニンジンやゴボウ、白菜、茄子、キノコ、少しばかりの山菜。冬というわけではないが、それも海に近いということで夜は思った以上に冷える。

 その為の鍋、というわけだ。

 

「よっ」

 

 お玉で味噌を救い、鍋の中で溶かしていく。

 広がるのは普段見る茶褐色ではなく、より深く濃い赤茶色だ。

 地域によって味噌一つとっても全然違うものになるのは面白いなとカナヲは思う。

 

「まぁまぁ随分といい香りですねえ」

 

「あ、師範。おかえりなさい」

 

「お疲れさまです、しのぶさん! 義勇さん!」

 

「はい、ただいまです、二人とも」

 

「……」

 

 しのぶと義勇が帰還する。

 二人とも隊服に汚れや傷の類はない。

 

「夕食ですか、嬉しいですね」

 

「もうちょっと出来上がるので、居間で待っていてください。カナヲ、二人にお茶を頼んだ!」

 

「うん」

 

 事前に用意しておいた湯飲みと急須をお盆に乗せ、囲炉裏の前に腰かけたしのぶと義勇の下へ運ぶ。

 お茶を淹れながら、

 

「お疲れ様でした、師範、水柱様」

 

「えぇ、ありがとうございます」

 

「感謝する」

 

 暖かいお茶に口を付けたしのぶがほっ、と息を吐く。

 

「やはり、冷えましたか?」

 

「えぇ。森の中はそうでもなかったですが、そこを出て、戻ってくるまではそれなりに。寒い、というほどではないですが風がありますからね」

 

「お疲れ様です」

 

「いえいえ。カナヲこそ、夕食の準備ご苦労さまです。炭治郎君とやっていたんですね」

 

「はい。ほとんど炭治郎がやってくれて、私は手伝いばかりですけど」

 

「なるほど」

 

 うんうん、としのぶは二度頷き、

 

「――夫婦ぶりが板についてきてますねぇ」

 

 がっしゃーん! っと、炊事場の横に溜められていた薪山を炭治郎が音を立てて崩した。

 三人分の視線を受けながら、顔を赤くした炭治郎は何も聞えないふりをして鍋に向かいなおした。

 

「し、師範……!」

 

「いいではないですか。先ほどのやり取りやこうしてカナヲがお茶を出してくれる所なんてまさに、ではないですか。料理する男性も、素敵なものです。冨岡さんは家事なんてできませんしね」

 

「……?」

 

 あれ、俺は今けなされたのか? と、義勇が首をかしげたがカナヲもしのぶも取り合わなかった。

 

「実際の所、今のカナヲの気持ちは?」

 

「っ、えっと、そのっ」

 

「うんうん」

 

「…………楽しい、ですっ」

 

「ですよねー!」

 

 顔を真っ赤にしてうなづくカナヲと満面の笑みのしのぶである。

 

 

 

 

 

 

 ……本当に、感情豊かになりました。

 顔を赤くしつつ、炭治郎の下に戻ったカナヲの背中を見てしのぶは思う。

 幼い頃、人に言われなければ何もできなかった彼女が、無自覚ながらも恋をして、あぁして並んで料理をして、楽しんでいる。

 ……まるで、ただの女の子のように。

 いつか、姉が言っていた通りだ。

 好きな男の子ができれば、彼女も変わると。

 花のような笑みを浮かた言葉を、その時はまるで信じていなかったけれど、炭治郎と出会い、カナヲは変わった。鬼殺の戦いはあるけれど、今目の前に広がっている光景はごくごく普通の、ありふれた少女の夢の形。

 ……私は、もう諦めたもの。

 だからこそ、カナヲには諦めてほしくなかったもの。

 鬼と仲良くなるという、姉の願いは炭治郎に託した。 

 そして少女としての願いは、カナヲに託すことができた。

 だからこそ、あの二人の背中はしのぶにとっては夢の具現に他ならない。

 

「胡蝶」

 

「はい?」

 

 ふと、義勇に名前を呼ばれた。

 彼は珍しくただの無表情ではない、真剣な表情を浮かべ、告げた。

 

「まだ、遅くはない」

 

「……」

 

 言われた言葉を咀嚼し、理解し、頭の中で反芻し、

 

「―――――つまりそれ、私が行き遅れと言っていますか?」

 

 とりあえずみぞおちに貫手を叩き込んでおいた。

 

 

 

 

 

 

「いたたきます」

 

 四人が声を揃えながら手を合わ、食事を始める。

 囲炉裏に掛けられた海鮮鍋と、炭治郎自身がふっくら炊き上げた白米。もう一つの鍋がまだあるが、

 ……それは〆で、とっておきだからな。

 兄弟子の為のとっておきである。

 

「あら! 美味しいですね、これ。あまり食べたことがない味付けですが、新鮮です」

 

「はい、俺も慣れない風味で少し濃いかなと思ったんですが、調査終わりのお二人には良いかと思いまして!」

 

「まぁまぁ、全く素晴らしい気遣いですね。いい夫になれますし、こんな人の妻は幸せでしょう。ね? カナヲ」

 

「は、はひ!?」

 

「うぉっほん!」

 

 横目、カナヲが頬を赤くしたのが視界に入り、自分は反射的に変な咳が出た。

 なんというか、

 ……昨日から、しのぶさんのこの手の弄りが激しい……!

 婚約という設定があるとはいえ、明らかにしのぶ自身が楽しんでいるようにしか見えない。自分とカナヲを弄っている時は常の怒りの匂いすらも減っている。

 その際、カナヲから漂う甘い香りにはなるべく反応をしないようにする。

 なんというか、その、うん。

 ……こ、困る!

 慌てながらも、話題を逸らそうとし、

 

「し、しのぶさんと義勇さんこそ!」

 

「はい?」

 

「?」

 

「俺とカナヲは婚約という設定で、まだまだうまくできている自信はありませんが、お二人はまさに熟年夫婦といった雰囲気かと!」

 

「―――炭治郎」

 

「は、はい?」

 

「熟年というほど俺もしのぶも年を重ねていない」

 

「そ・こ・で・は・な・い・で・す・よ・ね?」

 

 一言一言区切りながら、義勇の二の腕をつねるしのぶである。隊服は並みの鬼の攻撃では破けない程頑丈なのに、義勇の額から冷や汗が流れているあたり指の力の高さがうかがえる。

 ……義勇さんは言葉が足りないからなぁ!

 きっと、今の言葉にももっと含みがあったのだろう。

 冨岡義勇という青年が不器用という言葉では足りないくらい不器用だということは炭治郎だって知っている。それ以上に優しさを秘めた男だということも。

 そうでなければ、自分と妹に命を懸けたりしないのだから。

 

「まったくもう」

 

「……?」

 

 鼻を鳴らしながら鍋をつつくしのぶの頬は、一見して解らない程度だが赤味を帯びている。

 そして漂う感情の匂いは、

 ……恥じらいと……落胆?

 期待していた言葉ではなかった、というものだ。

 

「ほら、冨岡さん。仕方ないことは言ってないでもっと食べたらいかがですか? せっかく炭治郎君とカナヲが作ってくれたんですから」

 

「あぁ」

 

 いつもの無表情になった義勇を急かすように、しのぶが鍋の中身を彼の椀によそっていく。

 その様はどう見ても、

 ……姉さん女房に尻に敷かれている旦那だ……。

 

「……ははっ」

 

 思わず、その光景に笑みが零れる。

 

「炭治郎?」

 

 隣のカナヲが、どうしたのと、首をかしげた。

 

「いや……こんな時に言うのもなんだけれど、こういう時間が幸せだなって」

 

 カナヲがいて、義勇がいて、しのぶがいる。

 今はいないけれど、禰豆子や善逸、伊之助がいればもっと楽しいだろう。或いは玄弥や無一郎、蜜離、天元、蝶屋敷のアオイやすみ、きよ、なほがいたりすればもっとにぎやかになるだろう。行冥とも仲良くなったばかりだし、風柱の実弥とはまだ険悪なままだったが、義勇と一緒におはぎを渡せばきっと仲良くなれるはずだ。蜜離もいればきっと伊黒も一緒だろう。

 あぁ―――そんな光景はまるで夢のよう。

 暖かくて溜まらない、優しい匂いのする日溜り。

 竈門炭治郎はこんな瞬間の為に戦っているのだ。

 これが嵐の前の静けさだということは解っている。

 食事を終えた後には鬼殺が待っているし、その後には鬼撫辻無惨との決戦。全員が生きて帰ってこれる保証はない。寧ろ、誰が命を落としてもおかしくない。

 この先の戦いがどうなるかは解らない。

 解っているのは、戦わなければならないということ。

 失い、無くし、そして受け継いだものを胸に秘め前へと進まなければならないのだ。

 

 ―――だとしても。

 

 ……今、この瞬間を俺は忘れない。

 泣きたくなるような温かい優しさの匂いを。

 大切な人と過ごすこの刹那を。

 

「……うん、そうだね。私も」

 

 カナヲが柔らかく微笑む。

 

「――っ」

 

 その笑みに、自然自分の頬が熱くなるのを感じた。

 花のように、控え目に咲く微笑み。

 一瞬、目が奪われた。

 思わず目をそらしてしまった先には、優しく微笑むしのぶと、微かに笑みを浮かべる義勇が。

 なんて言っていいか、解らなくなってしまって、

 

「あ、あぁ! 義勇さん! 〆に鮭大根作っておいたんです! 食べましょう!」

 

「!!!!!」

 

 




大正こそこそ話

この日からカナヲの好きなものに「海鮮味噌鍋」が加わったみたいだぞ!


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水と花と蟲

感想が本誌から逃げてきた人ばかりで笑う。



 ―――――夜が来る。

 

 海へと太陽が沈み、世界から眩い光が消える。

 空模様はあまり良いとはいえず、満月はほとんど隠れていた。

 夕食にて英気を養った四人は、日が落ちるのと同時には森の中に足を踏み入れる。

 

「昼間、調べた所森には確かに鬼らしきものの痕跡がありました。奥は木々が密集していて、山に続いていたので昼間身を隠すところには事欠かないようでしたね。そこまでは調べきれませんでしたが」

 

 片手を刀に添えながら、しのぶは歩みを進める。

 森に入ってしばらくはまだ月や星明りがあるから、見えないこともないが常人であればまっすぐ歩くことはできないだろう。

 だが、しのぶや義勇は勿論、炭治郎もカナヲも足取りに淀みはない。

 夜にしか現れない鬼と戦う鬼殺隊は当然のように夜間、暗闇での戦闘、移動は慣れたものだ。

 

「おそらく大型、ないし異形の鬼でしょうね。痕跡はかなり大型のそれでした。血痕や衣服の散らかり具合から算出した限りでは」

 

 しのぶは炭治郎に視線を送り、

 

「どうですか?」

 

「……かなり、強い匂いが奥からします」

 

 炭治郎の鼻は鬼を探知する。

 人の感情だけではなく、鬼の匂いからそれこそ鬼撫辻無惨、さらには鬼の強さやどれくらい人を食べたのかも読み取る破格の感知能力だ。

 その鼻を持つ、炭治郎が顔をしかめながら、感じたことを口にする。

 

「下弦の鬼たちよりはよっぽど強い。……上弦のそれに近いです。でも、多分上弦ほどじゃない。今いるあたりはまだ薄いですが、進めば進むほどに濃くなります」

 

「なるほど。流石に、上弦はいませんか」

 

 柱と対極たる鬼撫辻の側近、『十二鬼月』。

 上弦と下弦の六体づつで構成されたそれは炭治郎たちが下弦の壱を倒した後は確認されなくなった。

 代わりに、立て続けに上弦の鬼は確認され、炭治郎や柱と死闘を繰り広げている。

 上弦の陸を音柱宇随天元、竈門炭治郎、吾妻善逸、嘴平伊之助、竈門禰豆子が。

 上弦の伍を霞柱時透無一郎が。

 上弦の肆を恋柱甘露寺蜜離、竈門炭治郎、竈門禰豆子、不死川玄弥が。

 上弦のうち、半数が欠けている。

 これは数百年柱でも上弦の鬼を斃せなかった鬼殺隊からすればまさに快挙。

 今の所、残りは杏寿郎を殺した上弦の参猗窩座。

 元花柱胡蝶カナエを殺した虹の瞳を持つ上弦の弐。

 そして未だ謎に包まれた上弦の壱が残っている。

 鬼撫辻との決戦の前に上弦が削られれば、大きかったが炭治郎の鼻で感知する限りは上弦はいないらしい。

 

「下弦以上、上弦未満というわけですか。……それならば、問題はないと思いますが、血鬼術もあります。気を抜かないでくださいね」

 

「そんなことをいちいち言うまでもない」

 

 此処にいる四人が今更そんな慢心をするわけがなく、既に四人とも気力警戒心ともに完全であると、そう義勇は言いたかった。

 言いたかったのだが、

 

「…………」

 

「し、師範。拳を収めてください」

 

 言い方が悪すぎてしのぶに青筋が浮かんでいた。

 

「……?」

 

「あ、あはは……」

 

 何か悪かったかと、義勇が炭治郎に視線を向けたが苦笑されるだけだった。

 

「全く、この男は」

 

 嘆息しつつ、それでも四人の歩みは止まらなかった。

 しのぶと義勇が並び、その後ろに同じように並んだ炭治郎とカナヲが続いている。

 進む途中、乾いた血痕や破れた衣服の破片を見つけた。犠牲者のものだろう。それが視界に入り、鼻で知るたびに炭治郎の顔が歪んだ。

 それでも進む。

 あたりに散らばったのはもう失った、決して戻ってこない命だから。

 

「―――」

 

 炭治郎だけではなく、他の三人も想いを新たにし、

 

「っ!」

 

 まず、炭治郎が足を止めた。

 いつの間にか、自分たちの周り前後左右に鬼の匂いが充満していたから。

 そして気づいたのはしのぶと義勇だ。

 炭治郎の鼻やカナヲの目のように超人的な感知能力は持っていない。しかし、柱として積み重ねた歴戦の経験が直感を超え、確信として周囲の状況を認識していた。

 ついで、匂いから炭治郎が、暗視によりカナヲが周囲を包囲していたものを認識した。

 

「――――鬼」

 

 それも一体ではない。

 四人を囲むように、木々の間から現れたのは三十にも及ぶ。

 通常、鬼は群れることはない。

 ほとんどの鬼が単独で行動し、人を襲う。

 にも拘らず、こうして群れているということは、

 

「頭目がいるのか、それとも……」

 

 しのぶが思考しながらも刀を抜く。

 義勇や炭治郎、カナヲも同じように。

 深海のような青。漆黒。薄紅色。

 そしてしのぶのそれは刀身が極めて細い、切先と柄の近く周辺はギリギリまで刃を落とされた特殊な形状の露草色の日輪刀だ。

 それぞれが背中を預け、円を描くように構える。

 

「では―――行きましょう」

 

 

 

 

 

 

「――――蟲の呼吸」

 

 誰よりも速く駆け抜けたのは蟲柱だ。

 体格に恵まれなかったしのぶは鬼の頸を落とすことはできない。

 だがそれは、身体能力が低いわけではなく、振る力は低くても、突く、引く力に関しては柱の中でも飛び抜けていた。さらに体が軽い故に、瞬発性、俊敏性も極めて高い。

 その疾走は、空を舞う蝶のように美しい。

 

「蝶の舞・戯れ」

 

 三体の鬼をすり抜けるように、一息に突きを三閃。

 それの刺突は鋭いが、しかし鬼にとってはまるで致命傷ではない。肉体的な傷のほとんどは一瞬で回復する鬼からすれば傷にすら入らない程。実際与えた傷はかすり傷程度であり、人間相手でも負傷には入らないだろう。

 三体の鬼もまた、背後に抜けたしのぶへ振り返り、襲い掛かろうとし、

 

「――――」

 

 三体とも崩れ落ちる。

 

「ふむ、この程度で死ぬのなら十把一絡げですね」

 

 一度納刀し、倒れた鬼を睥睨する。

 頸を断てないしのぶはしかし、鬼を殺す毒を開発した女だ。

 特殊な形状の鞘と日輪刀を用いることで、鞘内で毒を刀身に装填し刺突と共に鬼に叩き込む。通常の鬼は勿論、下弦の鬼でさえも殺し得る鬼への猛毒。上弦に試したことはないが、それでも確実に負荷を与えるだろう。

 今叩き込んだのはしのぶとしては決して強力ではない、量も少ないが、それでも屠れたということはこの鬼どもははっきり言って強くない。

 

「おっと」

 

 呻き声一つ上げず飛びかかってきた二体の鬼を、飛び上がることで回避する。

 駆け抜けた道を舞うように跳ねる。当然鬼はしのぶを追ってくるが、

 

「――――水の呼吸」

 

 するりと、流れるように水柱が踏み込む。

 

「肆の型・打ち潮」

 

 一瞬、四連斬撃。

 傍から見れば全く一振りの斬撃にしか見えないだろう。

 よどみの欠片もない流水の如き肉体駆動。

 二体の鬼の頸だけではなく、胴と腕もまとめて斬り飛ばす。

 それを解っていたかのように、跳んでいたしのぶが義勇の背後に着地した。

 背中合わせとなり、

 

「蟲の呼吸」

 

「水の呼吸」

 

「蜈蚣の舞い・百足蛇腹」

 

「玖ノ型・水流飛沫」

 

 二人の影が掻き消える。

 強烈な踏み込みから繰り出される変幻自在の足運び。

 水飛沫のように跳びかける縦横無尽の足運び。

 百足の蠢きと飛沫の飛沫が周囲十体の鬼へと放たれ、駆け抜け様に鬼の頸を断ち、毒殺していく。

 二人が足を止めた時には、十の鬼が灰となって消滅していた。

 柱としての圧倒的実力。

 合同任務を何度も重ねているが故の阿吽の呼吸。

 言葉を交わさなくても、視線を交わさなくても、この程度の鬼相手ならば意思疎通を必要とせずに互いの動きを先読みし、完璧な連携を可能としていた。

 そして、彼らの弟・妹弟子も、この程度の鬼に後れを取るはずがない。

 足が速いのはカナヲの方だ。

 

「花の呼吸」

 

 息を吸う。

 全集中の呼吸。

 常人離れした心肺能力により強化された身体能力。それより生み出される鬼殺の剣技。

 カナヲのそれは花と名付けられ、

 

「肆ノ型・紅花衣」

 

 その名の通り、紅の花が刃となって花開く。

 咲き誇りは迫っていた鬼の頸を一息で断ち切った。

 

「ふっ……!」

 

 息を吐きつつ、さらに一歩踏み出し、灰となって消え始める鬼の隣にいた別の鬼の腕をついでのように斬り飛ばす。それには構わず、視界にいる鬼の位置を把握。木々に遮られ、曇り空故に月明りは少ないが、カナヲの目には完全に彼我の間合いを把握していた。

 

「水の呼吸・壱の型・水面斬り!」

 

 腕を断たれ、態勢を崩していた鬼が首を断たれる。

 炭治郎の一閃だ。

 鬼を倒した彼は、しかし踏み込まず、

 

「カナヲ! 見えているか!?」

 

「うん。炭治郎は?」

 

「匂いで大体解る!」

 

「大丈夫?」

 

「正直ここまで暗い所で戦うのは初めてだから不安だ!」

 

 弱音を勢いよく吠え、

 

「だが、これもいい経験になる! 視覚はまるで機能してないからトチったら助けてくれると嬉しい! 俺もなるべく邪魔にならないよう、カナヲの手助けをする!」

 

「……くすっ」

 

 前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない。

 それでも横に並んだ彼は臆していない。

 あぁ、彼と共に戦うというのはこういうことかと、戦闘中でありながらカナヲの心が温かくなる。

 

「うん、行こう。炭治郎。私も助けるから、助けてね」

 

「もちろんだ!」

 

 花が咲き誇り、日輪が輝く。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、妙な鬼どもでしたね」

 

 三十近い鬼を数分で倒し、しのぶは首をかしげた。

 

「何がですか?」

 

 炭治郎が首をかしげる。

 

「いや、鬼たちどいつもこいつも無言すぎませんでした? 埋めき声一つあげず。まだ冨岡さんの方が言葉が足りない上に余計なことしか言わないですが会話できるだけましというものでしょう」

 

「なるほど」

 

「確かに」

 

「……!?」

 

 普通に鬼と比較され、おまけに頷かれた炭治郎とカナヲに思わず義勇が目を見開く。

 しかし三人とも、それには構わず、

 

「いつかの那田蜘蛛山のように強い鬼が統率しているかと思いましたがそうでもないようですね。下級の雑魚鬼でも、人格自体はあるでしょう? ですが、断末魔もろくに上げなかった」

 

「……確かに、妙ですね」

 

「となると、血鬼術で眷属を生み出す類の鬼かもしれませんね。数は少ないですが、いることはいますし、この鬼どもの弱さもまぁ納得できますし」

 

 肩をすくめしのぶが息を吐く。

 当然、疲れた様子はない。他の三人も、この程度の鬼で疲弊するほど柔ではない。一対一だったら、文字通り一閃で終わった程度のものだったのだから。

 

「――――胡蝶」

 

「おやおや」

 

 義勇が静かに呟き、しのぶが首を傾げながら日輪刀を抜刀する。

 視線の先、前方から新たな鬼がさらに十体。

 

「……さっきのよりも匂いが強い」

 

「血気術持ちですかね……そんな眷属まで作り出せるとは」

 

 しのぶの端正な顔が微かに歪む。

 血鬼術が使える強さ、ではなくそのような鬼を配下として生み出せることに。そうだとしたら鬼としては非常に厄介だ。

 血鬼術は、まさに千差万別だ。

 物理的な攻撃手段のものもあれば、幻術の類、さらには物理法則に干渉しているんではないか、というものもある。故に呼吸の流派や個人の性質によっては相性もあり、鬼殺の剣士との実力差を埋めるどころか逆転するようなものさえあるのだから。

 故に、四人とも警戒を強め、

 

「――――」

 

 背後から、十尺もあろう巨大な人型が飛び込んできた。

 




大正こそこそ話

元々花も蟲も水の呼吸から派生したものなので連携としての相性はいいぞ!
それでも無言で完璧な連携が取れるのは柱の中でもしのぶと義勇くらいだ!

というか、義勇と問題ない連携や意思疎通が取れるのがしのぶしかいないしな!

「(胡蝶とは何度も一緒に戦っているし、こちらに合わせてくれるから穏当に戦いやすい。ムフフ、やはり俺は嫌われていないようだ。できれば他の柱とも胡蝶くらいの連携が取れるといいな。俺は柱としてはやはり未熟だし、必死で合わせなければならないだろうが。それでも、錆兎の想いを受け継ぎ、炭治郎が気づかせてくれたんだからな。これくらいの連携は)
……できて、当然だな」

「最初私が合わせるの滅茶苦茶大変だって解りませんか????」

炭カナよりぎゆしのがメインになっている気がする問題


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咲き爆ぜる心

 凡そ目算十尺(3メートル)の巨体。

 身に纏うものは衣服と呼んでいいのか解らない襤褸切れを腰に巻いただけのもの。

 巨体に見合う隆々とした筋肉は、腕一本分がカナヲやしのぶと胴よりもさらに太く、身長よりも長い。異形の鬼、と呼んでもいいのか分類に少し困る所だった。縮尺がおかしいが、人の形は保っており、しかしその巨大さはまさに異形だったから。

 そんなものが、血鬼術使いの鬼に気を引かれた炭治郎たちの下に飛び込んできた。

 

「!!」

 

 全員が、とっさに飛び退く。

 森の地面が着地の衝撃で捲れながら亀裂が入る。

 

「水の呼吸―――っ」

 

「蟲の呼吸」

 

「花の呼吸ッ」

 

 最早反射に近い奇襲への反応。

 水の呼吸が二人、そこから派生した呼吸が二人。元より連携の相性は良く、個人個人としての関係性も深い。故に、どのような攻撃をされようともお互いがお互いを補助できるような動きだ。

 だが、

 

「なっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 その大鬼は―――――攻撃ではなく、その巨大な手で炭治郎とカナヲの体を掴んでいた。

 そして捕獲したと同時に、一目散に駆け出した。

 

「炭治郎っ!」

 

「カナヲ!」

 

 逃亡とさえ言ってもいい離脱。

 暗闇故に鬼の詳細な相貌は解らなかったが、明らかに戦力を分散させに来ている。

 当然、しのぶと義勇も後を追いかけようとしたが、

 

「ちっ……!」

 

 血鬼術持ちの鬼がそれを邪魔するように飛びかかってきた。

 狙われたしのぶは即座に抜刀。次の瞬間には一番手前の鬼の脳天と首に刺突を叩き込み、ありったけの毒を叩き込む。

 態勢を崩し、しのぶへと倒れこんだが跳躍し、後方に宙返りで飛び退きながら納刀する。

 キリキリと、鞘の中に仕込まれた絡繰りが音を立てる。

 しのぶの刀は鞘内にて毒を装填する特別製だ。

 即ち、戦闘中必ず納刀をしなければならないということに他ならない。

 柱の中で最も斬撃速度に優れるのは恋柱甘露寺蜜離のしなる日輪刀であるが、敏捷性でいえばしのぶの右に出る者はいない。同時に鬼の頸は落とせないが、刺突の威力は岩をも貫くほど。蟲の呼吸の源流である水の呼吸最速技雫波紋突きよりもさらに速いほどに。

 それくらい速くなければ、柱には至れなかった。

 そこまで速くなっても、鬼を殺すためには必ず納刀の瞬間が生まれてしまう。

 蟲柱胡蝶しのぶには切り離せない、生来の体格ゆえの隙。

 原則一対一で戦う鬼とは、本来問題にもならないが、今回は徒党を組む眷属鬼たち。

 

「―――」

 

 中空で納刀した瞬間、血鬼術が降り注いだ。

 血の砲弾、黒紫の炎、さらには目で見えず、直感と経験より感知する不可視の衝撃波。

 命中すれば負傷は確実。毒の装填をせずに即座に抜刀しても全ては撃ち落せない。刀を振っても、体重の軽さから中空での軌道修正にも足りない。

 じわりと、怒りが滲む。

 常に胸に沸いている、鬼への、自分への怒り。

 体躯が足りない。身長が足りない。筋肉が足りない。重量が足りない。才能が足りない。

 足りないものだらけ。

 本当は蛹から羽化できなかった――――羽根を広げられない出来損ないの蝶。

 どれだけ夢を見ても、現実を突きつけられる儚い胡蝶。

 怒りが沸き上がり、

 

「――――水の呼吸・陸の型・捩じれ渦」

 

 逆巻く渦潮が、血鬼術を飲み込んだ。

 

「――――義勇さん」

 

 着地したしのぶの前に立つのは、技を放った水柱の背中だ。

 助けられたことに、礼を言おうとし、

 

「あり」

 

「すぐに斬るぞ、胡蝶。炭治郎たちを追いかける」

 

 こちらの内心などお構いなしに、彼は告げる。

 いつも通り、ではない。

 普段の無表情が、微かに険しい。

 弟弟子の窮地に、彼もまた焦っているから。

 それは、しのぶだって一緒だ。

 

「……えぇ、勿論。ですが、逸って無駄な怪我をしないでくださいね」

 

「お前がいるだろう」

 

「……」

 

 本当に、この男は。

 それはどういう意味なのか。

 しのぶがいるから、怪我をしてもすぐ治療してくれるということか。

 或いは――――胡蝶しのぶが隣に立つからそんなことはありえない、ということか。

 どっちだろう。

 後者だと、嬉しいなと思う。

 

「はぁ」

 

 息を吐き、毒を装填した刀を構える。

 血鬼術持ちの鬼は、少量の毒では死なない。装填可能な総量をぶち込み、一瞬で死んだということは一回の装填で大体二殺程度だろう。

 その度に、隙が生まれると言うことだが、

 

「えぇ、往きましょう。悪鬼滅殺、眷属であろうとも逃すはずが無し。継子が窮地にあろうとも、その理は不変。―――背中を預けてもらえますか、水柱?」

 

「お前を於いて預ける者はいない、蟲柱」

 

 あぁ、ほんとに余計なことを言う男だ。

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

 ……あばらが、砕ける……!

 鬼に捕まれた胴を力ませるために、炭治郎は呼吸を行う。

 十尺近い巨体の鬼。

 いつか、父が死の直前にヒノカミ神楽の深奥を見せてくれた時の熊よりもさらに大きい。片手で炭治郎とカナヲ軽々と掴んでいるのがその証。

 気を抜けば、胴が握り砕かれるだろう。

 暗闇に加え、鬼が走っている為に前後に振られているため、視界は機能していないがカナヲからも食いしばっている匂いを感じる。

 ……だが、これじゃ死なない……!

 岩柱悲鳴嶼行冥の修行がなければ死んでいただろう。全身の筋肉強化とその連動。それにより肉体の頑強性を大幅に上昇している。頑丈さだけでなく蜜離との修行によって得た柔軟性、天元との修行で培った基礎体力。それらにより呼吸は途切れることなく、殺されず、戦闘にも問題ない。

 つまり、それは、

 ……柱の人たちの教えは、俺の中で生きている……!

 強くなっている。柱稽古を突破し、己の意思で痣を発現できるようになり、実力は大幅に上昇し、柱のそれに近い。おそらく、既に薄いだろうが痣も出現しているだろう。

 自分たちを握り走る鬼も、それだけでは死なないことが解っている。

 だから走り続け、柱から距離を取っているのだ。

 ならば、解放される瞬間は義勇やしのぶがすぐには救援に来れない場所。

 解放されるか、自ら抜ける、その瞬間、

 ……その頸を断つ……!

 その時は近い。

 土と樹の匂いが薄くなり、潮の匂いが強くなっていく。

 海沿いに移動しているのだ。

 ……心を燃やせ……!

 海岸沿いに辿り着いた瞬間に、刀を振るい握る五指を切り裂く。

 心拍数と体温が高まる。

 自分では見えないが痣が濃くなっていく。

 昼間に出会った少女のような子を、もう二度と生まないためにも。

 ……激しく、心を……!

 どくんと、ひと際高く心臓が鳴り、

 

「――――――え?」

 

 海岸に辿り着く直前、炭治郎ごと腕を振りかぶり、海へと放り投げた。

 

 

 

 

 

 

「炭治郎!?」

 

 炭治郎が投げられた瞬間、そちらの腕に集中したのだろう。

 その瞬間を狙って、手を切り裂き拘束から抜け出した。

 胴は軋み、内出血の痣になっているが戦闘には問題ない。

 問題なのは、炭治郎だ。

 かなりの陸から離れた所で海に墜落した。着水の衝撃も心配だが、

 ……炭治郎って泳げたっけ!?

 日頃なら笑い話だが、この状況では笑えない。海が近い所ならともかく、波がある海を泳げるものは珍しい。特に、山育ちの炭治郎なら猶更だ。

 カナヲは何度から鬼殺隊の隊服での着衣水泳の訓練を行っているから問題ないが、炭治郎がそうであるとも限らない。

 できれば、すぐに助けに行きたいが、

 

「これで、やっと独りに出来た」

 

 眼の前の鬼がそうさせてくれないだろう。

 

「くそくそくそっ……お前も柱か? あいつらはそうだろうが、お前はどうだ? 俺が握っても死なないなんてことは並みの鬼殺隊じゃないな? くそ、なんでだ、お前らの相手なんぞしたくないってのに……!」

 

 体躯に見合わず、ぶつぶつと巨体の鬼は呟く。

 改めて、木々のない所で見る限り、全体的な形は人と同じ。四肢があり、首があり、頭がある。その巨体から考えれば当然だが、切れる服がないだろう。大きな襤褸切れらしきものを下半身で隠している程度。服装としては伊之助が近い。

 たが、露出している肌の至る所が異常だ。

 ただれて居るとこもあれば、血管が隆起し発達した所、黒ずんだ個所や鋭い棘や魚染みた鱗、獣のような体毛。統一性のない、つぎはぎの体皮。鬼特有の縦に割れた瞳は二つだけではなく額にさらにもう一つ。その脇に二対のまっすぐな角が生え、頭部全体には髪を突き破って色々な形状の巻角があった。

 その顔にしても、大きささえ気にしなければ中々精悍だ。鉢巻でも巻いていれば海の男にも見えるだろう。だが、やはり顔の各所の肌がの質感や色がズレている。

 ……なに、こいつ。

 外見が滅茶苦茶な、それは絵巻物語に出てくる鵺を思わせるが、それよりもさらにでたらめだ。

 

「やっと、ここまで強くなれた。今なら十二鬼月にも匹敵するのに。それなのに、お前たちに殺されるわけにはいかない。あぁ、まだ死ぬわけにはいかない。俺は、こんなとこで死んでいいはずがない……!」

 

 カナヲに構わず一人で呟き続ける鵺鬼に、一瞬で頭に血が上ることを自覚した。

 

「ふざけるな!」

 

 喉から迸ったのは自分でも驚くくらいに怒りに満ちている。

 殺されるわけにはいかない。

 死ぬわけにはいかない。

 死んでいいはずがない。

 それは、

 

「お前が! お前が殺した人たちの方だ! お前がそんなことを言う資格があるものかっ! 他人の犠牲を強制してまで、生き延びていい命があるものか!」

 

 心が、怒りに震えている。

 感情の制御が甘い。

 だが、見逃せるはずもない。

 親を失った少女を思いだす。それは今日だけのことではない。これまで何度も見てきて、そしてどうでもいいと斬り捨てていた光景だった。

 だけど、もうどうでもよくなんかない。

 何も感じなかった白痴のつぼみは、優しい日輪が花開かせてくれた。

 今まで感じなかった想いが、まとめて爆発する。

 故に、怒りを止めようとは思わない。 

 この激情を以て、恥知らずの頸を断つ。

 

「――――黙れぇ!」

 

 鵺鬼は、その異形の顔を歪ませながら吼えた。

 己の三分の一程度しかない少女に向かって牙を向く。

 

「生きたいと思って何が悪い! 死にたくないと思って何が悪い! 生き残る為に他者を喰らって何が悪い! どうせ、死ぬんだったらせめて俺の糧となれや!」

 

 腕が振るわれる。

 それだけで、カナヲよりも大きい。先ほどは自分を握り潰せなかったが、しのぶたちから逃げることに全力を注いでいたというのもあるのだろう。

 今、こうして目論見通り一対一という形式を作り出した故に、最早鵺鬼も全力でカナヲを殺すことに集中している。

 ただ緩く開いた手を振り下ろす。それだけの動作でも、鵺鬼の巨大さと鬼の膂力が合わされた人を殺すのは容易い。

 

「―――花の呼吸」

 

 対し、カナヲは軽い動きで跳躍した。 

 空中で身を捻り、振りぬかれた腕を触れる寸前で回避する。

 卓越した動体視力あるが故に、可能な超絶回避。

 

「陸の型・渦桃!」

 

 躱したばかりの腕の斬撃を叩き込む。

 

「ガアアアアアアア!!」

 

 鵺鬼が悲鳴を上げて、後退するが、

 ……堅い……というか太すぎる!

 固いのは勿論だが、問題は腕そのものの大きさだ。カナヲの筋力と速度では型を放っても三分の二を断ち切るのが限界だろう。となれば頸を落とすのも、難しいのが解る。鵺鬼の頸も、腕に負けず劣らずの太さだから。

 

「ふぅぅぅぅぅぅ―――――っ」

 

 着地と同時に、呼吸を深める。

 より速く、より鋭く、より無駄なく。

 カナヲが一人で鵺鬼の頸を落とそうと思えば、型の連撃を繰り出すしかない。

 その為には今の領域の呼吸では足りない。

 故に呼吸を。

 全集中。

 息を吸い、吐き、肺を膨らませ、血の巡りを加速させ、肉体をより強靭にさせていく。

 

「許さない! お前のような小娘が、俺を殺すことは! 俺がお前のような小娘に殺されるなんてことは! 俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ!」

 

 その言葉に、頂点を通り越し、最早凪いでしまった怒りと共に、カナヲは薄く嗤う。

 

「はっ――――お前のようなちぐはぐが、生き恥晒してどうするの?」

 

 カナヲは自分では気づかない。

 嗤い細めた両目の周囲、両のこめかみに――――――花弁のような痣が浮かんでいることを。

 

 




大正こそこそ話

人間二人を握りしめて走るという間抜けな光景だったけど、
鵺鬼も握りつぶそうと頑張っていたらしいぞ!

それよりも柱二人から逃げること、男で力も強そうな炭治郎をさっさと海に投げ飛ばしたいという気持ちが強かったらしいが!

でも、その結果がカナヲの「お前生き延びてどうすんのwwww」だったけどな!!!

鬼滅の煽り力

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日輪に咲く花

「フゥゥゥゥ……!」

 

 全集中の呼吸は、過去最大効率で発揮される。 

 吸い込んだ酸素が膨張した肺に送り込まれ、心臓がうるさいほどの音を立てて、血液を全身に送り込む。指先どころか、筋繊維一本一本、細胞の一つ一つまでが躍動し、全身を余すことなく強化していく。

 

花の呼吸……!

 

「うらあぁっ!」

 

 カナヲが飛び出すのと鵺鬼が腕を振り下ろすのは同時だった。

 

「!」

 

 海岸の小石交じりの砂が大きく弾けるが、そこには既にカナヲはいない。

 ただの大振りの一撃が当たるはずもなく、着弾した時には既に彼女は鵺鬼の足元に到達していた。

 鵺鬼の認識を上回る瞬発が、直後に急激に速度を落とし、

 

―――壱の型・桜散る足波

 

 舞い散る桜花の花弁のごとく、斬撃が叩き込んだ。

 急加速、急停止の緩急から放たれる乱斬撃。威力よりも速度の瞬発を重きに置いた、決殺にも牽制にも使える応用性の高い型である。

 

「ぐおおお!?」

 

 右の足首を滅多切りにされ、鵺鬼が膝をつく。

 その時、既にカナヲは飛び上がり、

 

花の呼吸―――捌の型・夕立の紫陽花

 

 唐竹割の大斬撃を夕立かのような怒涛の五連続で叩き込む。

 花の呼吸。

 元々水の呼吸から派生したそれは、元花柱胡蝶カナエが生み出した呼吸法だ。

 防御や対応力に長けた水の呼吸からさらに瞬発性と女性特有の柔軟性を特化させたもの。

 『捌の型・夕立の紫陽花』は水の呼吸の『捌の型・滝壺』から派生した型である。

 滝壺ほどの威力と攻撃範囲はないが、それでも振り下ろしの大斬撃が連発可能という点では使いやすく、威力にも長けた技だ。

 それを鵺鬼の右肩に叩き込み、

 

「っ斬れない……!」

 

 半分程度を両断するだけで終わっている。

 間違いなく、生み出された威力は過去最大だった。

 痣の出現により、カナヲの身体能力は大幅に上昇し、柱に匹敵ないし、それ以上なのは確かだ。

 それにも拘わらず、肩を切り落とし切れていない。

 固くて、体が大きすぎるから。

 いや、それに先ほどは気づかなかったが、

 ……斬った端から再生してる……!?

 鬼は共通して常識外れの回復力を持っている。四肢を落とした程度なら下級の鬼でも数十秒あれば新しく生えるし、強力な鬼であればなおさら早い。

 その点で見れば、鵺鬼はカナヲが知るどの鬼よりも速かった。蟲柱の継子として少なくない

鬼と戦ってきたが、それでも段違いの回復速度だ。

 おそらく、回復力に関しては上弦のそれに匹敵する。

 既に半ば完治しきっている肩を蹴り、大きく後退。

 首元で止めていたマントを脱ぎ棄てる。

 ……風圧で引っかかったら、冗談じゃない。

 攻撃速度、範囲もまた大したものだ。ギリギリの見切り回避で指に掛かってやられたらたまったものじゃないからだ。

 

「―――ははぁ。てめぇの剣じゃあ俺は殺せねぇようだなぁ? 足も肩も刀を通せないで首が落せるわけがねぇもんなぁ」

 

 ニタリと、己の優位を悟った鵺鬼が嗤う。

 

「……っ」

 

 悔しいが、事実だ。

 固いだけならいい。大きいだけでもいい。回復が早いのもいい。

 その全てを持っているからこそ、カナヲでは鵺鬼を殺し切るのは、それこそ痣を発現させても極めて困難。

 故に、鵺鬼は余裕を取り戻す。

 

「血鬼術――――三十六喰・無威徳鬼:海神逆蛇」

 

 ぱんっと、音を立てて鵺鬼が掌を合わせる。

 直後、変化は鵺鬼ではなく――――背後の海。

 渦潮が幾つも発生し、そこから螺旋の水が巻き起こった。

 水を操る血鬼術。それ自体は珍しくもないが、

 

「複数の能力を……!」

 

 眷属を生み出すだけではなく、本体の鬼自身もまた別の系統の血鬼術を用いるのは驚愕に値する。炭治郎が刀鍛冶の里で戦ったのも複数の血鬼術を操る鬼だったという話が過ぎり、

 

「海の暴虐に飲み込まれろぉ!」

 

「――!」

 

 幾つもの水の螺旋が海より昇り、カナヲへと殺到する。

 直撃すれば、間違いなくカナヲの肉体は粉々になるだろう。

 ……型を繰り出して相殺……!

 判断は一瞬。だが、問題はそれができる、ということだ。

 柔軟性や瞬発力に長ける花の呼吸だが、純粋な威力や防御性能は他の呼吸に比べて高いとは言えない。痣が浮かんでいるとはいえ、膨大な水の竜巻を凌ぎ切れるかは賭けになる所。

 それでも、呼吸を整え、

 

「―――あ」

 

 その光景を見た。

 海から逆巻く幾つもの水流が鵺鬼の背を超える直前、交わり一つになる、

 

ヒノカミ神楽―――火車・旋

 

 水流を焼き尽くすかのように放たれた、陽光の剣閃が鵺鬼の頸を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

「ぐあああああああ!?」

 

「炭治郎!」

 

「すまん、遅くなった!」

 

 頸に一撃を入れ、海岸に着地したのはずぶ濡れの炭治郎だ。 

 こほこほ、と軽く咳しているが、負傷や疲労の様子はない。

 

「大丈夫だった!?」

 

「あぁ! 正直溺れ掛けたが、さっきの水の竜巻が助かった! あれに乗って、技を繰り出せたからな!」

 

 ……いや、ほんとに溺れかけた! 軽く死ぬかと思ったし! 俺海で上手に泳げないし!

 川で泳ぐくらいならなんとかできるか、波の激しい海では難しかった。正直、軽く命の危機だったが、溺死直前で大量の水が巻きあがり、そこから呼吸する酸素も手に入れられた。

 竜巻に飲まれ、水の呼吸碌の型捩じれ渦の要領で水流を巻き上げ、ヒノカミ神楽に繋げられた。

 

「てめぇぇ……! まだ、生きてやがったのか……!」

 

「っ!」

 

 ……頸を断ち切りきることができなかった……!

 

「ぐぅ……てめぇ、何しやがった……傷の治りが、遅いじゃねぇか……!」

 

 大きな手で押さえた頸は、三分の二程度しか斬れていない。傷の治りが遅いと言っているが、それでも首自体は既に繋がっていて、完全に治りつつある。

 ……なんて回復力!

 確実に上弦、それも杏寿郎の命を奪った猗窩座に匹敵している。

 拙いと、炭治郎は眉をひそめた。

 今の一撃は、ただのヒノカミ神楽ではない。水の竜巻の螺旋運動を利用したある意味で実力以上のものだった。

 

「カナヲ、現状は!」

 

「動きは大振り、回避は容易い、戦闘技術無し、水を操る血鬼術――――首は私でも断てない」

 

「―――」

 

 それは、拙い。

 そもそも頸が断てなければ、鬼は斃せない。太陽の光は、しかしまだ日没から一刻と経っていない。夜明けまで長期戦をすれば、先に力尽きるのはこちらだろう。

 ――――だけど。

 ……それは、今までだってそうだった!

 上弦の陸も上弦の肆も。

 決して一人で斃せる相手ではなかった。何度も絶体絶命、勝ち筋は薄く、か細い微かな糸。

 それでも、いつだって、炭治郎は一人じゃなかった。

 上弦の鬼が相手の時だって限らない。

 仲間がいたから、何度も立ち上がり、その頸に刃を突き立てた。

 だから、

 

「たとえ、俺が断てなくても! カナヲが断てなくても! 二人でならできる! 悲しみの連鎖を断ち切れる! 俺はいつだって誰に背中を押され、これまで仲間と生き残ってきた! いつだって! これまでも! そしてこれからも! 俺は、仲間と未来を切り拓く!」

 

「――炭治郎」

 

「行くぞ、カナヲ!」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

「うおおおおお! 鬱陶しい! 邪魔臭い! どいつもこいつも、俺が生きることを邪魔するな! 俺はまだ、死ねない、死にたくないんだ!」

 

 叫び吠える鵺鬼がその巨体を振り回す。

 動きは、実際の所雑だ。武術の素養もなく、素人のそれ。だが、その大きさは炭治郎とカナヲにとって致命のそれだ。

 必要なのは確実な回避と反撃。

 カナヲは目で、炭治郎は鼻で攻撃を先読みし、そして同時にそれぞれが反撃の技を繰り出すが、やはりどれだけ攻撃しても攻撃した傍から回復されてしまう。

 ……どうしよう!

 戦いながら、内心炭治郎は頭を抱えた。

 派手に啖呵を切ったは良いが、しかし打開策がない。

 首が固くて斬れない相手は今まで沢山いた。

 上弦の鬼は大体それだ。首に刀を突き立てて、斃したと思ったのに斃せない。二体同時に斬らないといけない上に、片割れがヒノカミ神楽を使っても碌に斬れなかったり、見つけるのが困難なほどに小さく、ずる賢く逃亡するものだったり。

 だが、鵺鬼のように首が斬れるのにもかかわらず、落とし切れない、というのは初めての経験だった。

 ……そもそも、なんなんだこいつは!

 思わず憤る。

 妙なことに一体のはずの鬼から複数の鬼の匂いがする。だからなのか、繰り出す血鬼術も複数だ。水流を操るもの、炎を飛ばすもの、衝撃波を生み出すものといった何かしらを放出するものが多い。

 それぞれの扱いは、武術と同じで拙くどれも単発だから回避や対処もできるが、それにしたって意味が解らない。

 いや、それは現実問題として今は問題にならず、結局の所、

 ……どうやってこいつの頸を斬るか、だ。

 一番簡単なのは義勇としのぶを待つこと。

 だけど、思い浮かんですぐにこの考えを消す。

 鬼殺隊の剣士としては間違っているわけではないのだろう。だけど、自分の目的は鬼撫辻無惨を倒すこと。その為に上弦の鬼を倒すこと。

 だから、

 ……こんな、再生力だけの鬼に負けるわけにはいかない……!

 

「ゴォォ……!」

 

 ヒノカミ神楽特有の炎のような呼吸が口から零れる。

 考える。考える。考える。思考を止めない。己の経験から、最適解を探し続ける。攻撃を回避し、反撃するのは難しくないのだ。

 そして、今、自分とカナヲにできることは、

 

「―――――カナヲ、思いついた!」

 

 鵺鬼の蹴りを弾きながら、その勢いで大きく後ろに飛ぶ。

 一瞬遅れて、カナヲも後退し、並んだ。

 

「あいつの頸を前後で挟むように、俺とカナヲで同時に斬る!」

 

 その為に、

 

「ヒノカミ神楽と花の呼吸で技を繰り出そう! それで呼吸を合わせるんだ!」

 

「合わせようって……そんなことできる?」

 

「できる!」

 

 問いかけには即答だ。

 根拠は、ある。

 

「俺とカナヲなら、できる!」

 

「――――解った」

 

 カナヲが静かに頷いた。

 その応えに、心が温かくなる。

 だけど、今はそれに浸っている暇はない。

 

「同じような動きの技を何度も繰り合わせて、動きをすり合わせよう」

 

「うん」

 

「よし。行こう、カナヲ」

 

「うん、行こう、炭治郎」

 

 行った。

 

 

 

 

 

 

「ゴォォ……!」

 

「フゥゥ……!」

 

 炭治郎のヒノカミ神楽とカナヲの花の呼吸が鳴り響き渡る。

 額に炎の、こめかみに花の痣を浮かべた二人は鵺鬼へと真っすぐに駆け抜け、

 

ヒノカミ神楽――炎舞

 

花の呼吸――壱の型・桜散る足波

 

 右足に二連撃と乱斬撃を同時に叩き込んだ。

 

「ぎゃあああ!」

 

 鵺鬼の悲鳴が上がる。右足を滅多切りにされ、明らかに痛みに耐性がない鵺鬼が膝をつく。だが、まだ完全に切断には至っていない。

 すぐさま瞬発し、左足へと移り、

 

――烈日紅鏡

 

弐の型・御影梅……!

 

 水平に薙ぎ払う二連撃と大きく円を描くような斬撃。

 膝の表と裏を同時に切り裂いた。二人の手に関節に引っかかった感触が伝わり、しかし振りぬききれない。

 難しいと、二人は同時に思った。

 ヒノカミ神楽と花の呼吸。

 二つの違う呼吸を、その場で合わせるは実行してみれば予想以上に難しかった。

 元より全ての呼吸は日の呼吸から派生している。それを神楽の形に遺したものがヒノカミ神楽であり、日の呼吸を模倣、派生劣化したのが水の呼吸、そこからさらに分岐したのが花の呼吸だ。

 繋がりがない、というわけではないが、しかし近くもない。

 さらに言えば、炭治郎とカナヲは合同任務が初めて共闘経験も皆無だから。

 

「っ……次は腹を!」

 

「うん!」

 

 振り回すような両腕をそれぞれ回避しつつ、

 

ヒノカミ神楽――灼骨炎陽!

 

 ぐるりと、炭治郎の黒刀が柄を中心に周り、右の脇腹を薙ぎ払い、

 

花の呼吸・伍ノ型・徒の芍薬

 

 薄紅色の刀から九連続の斬撃が放たれる。

 

「ぐおおああああああああ!」

 

「っ!」

 

「きゃっ!」

 

 流石に三連続の合わせ型を喰らったのはたまったものではないのか、全身から衝撃波を発生させながら二人を弾き飛ばす。

 中空で、姿勢を整え、着地し、

 

「血鬼術――――三十六喰・無威徳鬼:火鷹の嘴!」

 

 巨大な炎の鳥が二人目掛けて飛翔する。

 

「―――っカナヲォ!」

 

「……!」

 

 名前を呼んだのは、互いの拍を合わせる為。

 回避は簡単だが、しかし連携が崩れてしまう。

 故に、似た技で、

 

ヒノカミ神楽……!

 

花の呼吸・漆の型……!

 

 迎撃する。

 

―――陽華突!

 

―――誇り薔薇高嶺!

 

 右手で柄頭を押しだす両手突きと全身の関節を連動させ、手首で回転させた荊の如き螺旋突きにて火の鳥をぶち抜いた。

 

「―――あ」

 

 零れた声は、どちらのものだったのか。

 打ち出した刺突は、二人の想像以上のものだった。

 それは炭治郎が思い至った突破策に手をかけたもの。

 赫と藤の色の目が合う。

 到達しかけた何か。 

 

「ぐ、ぅぅ……血鬼術……!」

 

 鵺鬼が二人の共鳴を邪魔するかのように手を合わせ、血鬼術を発動する。

 

「三十六喰・無威徳鬼――――砂塵棘楼!」

 

 砂浜の砂が巨大な棘となって乱立する。

 しかし、最早二人はそれを見ていなかった。

 ただ、感覚を忘れないために、二人は全く同時に踏み出した。

 

ヒノカミ神楽―――日暈の龍・頭舞い

 

花の呼吸―――参の型・移ろい宿木

 

 とぐろを巻く火の龍と宿る場所を定めない花が、駆け抜けながら全ての砂棘を断ち切った。

 

「ゴォォォォ―――」

 

「―――フゥゥゥゥ」

 

 呼吸が―――重なっていく。

 

 

 

 

 

「なんなんだてめぇらは……!」

 

 腕を、拳を振り回し、炭治郎とカナヲへと叩き込む鵺鬼の内心は驚愕と戦慄に染まっていた。柱ではないが、しかし尋常ならざる痣を浮かべた鬼殺の剣士。

 それまでの鬼として、ほとんど鬼殺隊と戦ってこなかった鵺鬼にはまさに恐怖の対象だ。

 いいや、今の鵺鬼ならば。

 上弦に等しい力を手に入れた今の彼ならば本来、恐れるに足りない相手のはずなのだ。 

 巨体と超再生能力、複数の血鬼術を用いれば柱でさえ倒せるはずなのに。

 

「鬼血術・三十六喰・無威徳鬼:吹き晒し鎌嵐!」

 

 吹き荒れる鎌鼬。自身を中心に対角線を描き迫る二人へと放つが、

 

―――ヒノカミ神楽・幻日虹

 

―――花の呼吸・玖の型・鳳仙花袖あしらい

 

 炭治郎を切り裂いたかと思えば、陽炎のように霞み、避けられ。

 カナヲを捉えることなく、弾け散るように瞬発する足運びにすり抜けられる。

 そして、何度目かの鵺鬼への到達。

 しかし、動きが変わっていた。

 

ヒノカミ神楽・碧羅の天―――

 

―――花の呼吸・捌の型・夕立の紫陽花

 

 鵺鬼の懐に潜り込んだヒノカミの子が腰の円運動と共に左肩を下から切り上げ、花の少女が五連撃の振り下ろしを叩き込む。

 上下か同時に繰り出された演舞と肩が、

 

「ぎぃ―――――!?」

 

 ついに、鵺鬼の左腕を切り落とした。

 動きの変化――――いいや、それはまさしく進化だ。

 

渦桃―――

 

―――陽華突

 

 渦巻く花弁から日輪の刺突が。

 

日暈の龍・頭舞い

 

花の呼吸・拾の型・百花繚乱

 

 火龍のうねりに守られた百花の如き斬風の咲き誇りが。

 

弐の型・御影梅―――

 

火車―――

 

 鵺鬼の血鬼術を無数の斬撃で散らし、その直後に体ごと垂直に回転させた斬撃が鵺鬼を叩き斬る。

 

「こいつら―――――!」

 

 連携の練度が格段に増している。

 同じ技を繰り出すのではなく、別々の技を互いを活かしきりながら繰り出しているのだ。互いを呼びかけたり、目線で合図を出しあう様子すらない。

 鵺鬼を挟んで、お互いの姿が視界に入っていない時すらあるというのに、その連携は鵺鬼からすれば気味が悪いほどに完璧だ。

 

フゥゥゥゥ――――

 

ゴォォォォ――――

 

 日輪と花が交わり、照らし咲き誇る。

 

 

 

 

 

 

 

 世界が、透けて見えた。

 いいや、それは正確ではない。より正確に言えば、どこでどう動いても炭治郎とカナヲはお互いを感じていた。

 炭治郎は鼻、カナヲは目。それぞれ常人離れした感覚の持ち主であるが、しかしそれだけではない。呼吸を重ね交わらせ、全ての認識知覚がお互いを捉えている。

 鵺鬼も海岸も足場の砂も石も、認識はしている。どこに何があるのかは解る。

 されど、言葉にするのは奇妙だが、眼で見て、鼻で感じるのはお互いのことだけだった。

 認識が――――透き通っていく。

 お互いが、お互いだけを見て、感じている。

 

(――――あぁ)

 

 泣きたくなるような優しい香りを、炭治郎は感じた。

 それはまるで、咲いたばかりの花だ。

 ずっと閉じていた蕾が花開き、それまで閉じられていた全ての想いが一度に放たれている。

 それはありったけの怒りと悲しみ。

 これまで感じていたはずなのに、しかし心が閉じていた故に自覚しなかったカナヲの感情だ。 

 心の声が小さいと、いつかの自分は彼女に言った。

 無神経だったかなと、今更に思う。きっと、小さいだけではなかったのだ。きっとこれまで心が叫んでいることがあった。ただそれを感じることができなかっただけなのだ。

 泣きたくなるようなことがあったのだ。

 どうして泣けないのか、自分を責めたことがあったはずなのだ。

 心が花開き、戦いの中でそれを彼女は今まさに突き付けられている。

 それが、どうしようもなく切ない。

 呼吸だけではなく、心までも重なり、彼女の優しい匂いを感じるから解ってしまう。

 

(――――あぁ)

 

 泣きたくなるような優しい熱を、カナヲは感じた。

 それはまるで、全てを照らす日輪だ。

 だけど、その優しさはありったけの後悔と絶望の果てにある。

 眼を閉じても、どうしたって忘れることのできない絶望。

 もう戻れない在りし日の温もり。それでも尚、どれだけ失っても、どれだけ苦しくても、前へ、前へ進み続けてきた。

 失ったとしても、それでも残った大事なものを護りたいと、彼は戦う。

 それだけが生き残った自分に出来る唯一のことだから。

 それが、どうしようもなく切ない。

 呼吸だけではなく、心までも重なり、彼の優しい熱を感じるから解ってしまう。

 

(カナヲ)

 

(炭治郎)

 

 最早、鵺鬼のことは心にはなかった。

 世界の全てが透明となりながら、感じているのはお互いの心だけ。

 

(君は――――)

 

(貴方は――――)

 

 大切なものを失って、多くのものを失って、多くものが手から零れて。

 そして――――今、二人は一緒にいる。

 失っても、傷ついても、それでも守りたいものがあるから。

 あぁ、そうだ。

 今この瞬間、一番守りたいものは、きっと同じだ。

 どうしたって負けられない、負けたくない理由がある。

 何より俺/私は君/貴方の為に強くなれるから。

 

(――――ありがとう)

 

 心が重なる。

 この厳しい世界は悲しみだけではなく、誰かが誰かの幸せを、俺は君の、私は貴方の幸せを祈り願えるから。

 きっと出会いは運命で。 

 だからこそ、

 

(―――一緒に)

 

 運命の、その先へ共に進もう。

 

 

 

 

 

 

 それはヒノカミ神楽でも花の呼吸でもなかった。

 二つの呼吸が解けまじり合い―――二人だけの、全く新しいものを生み出していた。

 告げる名は、共に。

 

比曄連理―――天照・向日葵

 

 日輪に――――花が咲き誇る。

 

 




大正こそこそ話

向日葵/こうじつあおい(ひまわり)
花言葉:あなただけを見つめる。


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運命と涙の先に

比曄連理―――天照・向日葵

 

 気づいた時、既に鵺鬼の頸は絶たれていた。

 二人の剣士と戦っていたはずなのに、いつの間にか一人と戦っているような感覚。

 全ての動きが完全に連動し、完璧な連携。

 炎と花の痣を浮かべた一心二体の剣士に鵺鬼は敗北したのだ。

 

「――――あ、ぁ、ぁ」

 

 首が地面に落ち、滅と記された少年の背中を見ながら鵺鬼は思う。

 死にたくない、と。

 鵺鬼は鬼撫辻無惨に過剰な血を与えられた鬼だった。

 太陽を克服した鬼の少女の出現により、鬼殺隊の決戦が近づき、無惨は野良の鬼に大量に血を与え、下弦程度の力を持たせ始めた。

 だが、全ての鬼がそれに適合できたわけではない。

 元々無惨の血は、受け入れられる者を選ぶ。

 仮に血を与えられても、体が耐えきれなければ死んでしまう。そんな鬼は珍しくなく、下弦程度の力の為に血を与えられた鬼も、血に耐え切れず死んだ鬼は珍しくなかった。

 鵺鬼もまた、そうだ。

 血を与えられ、しかし適合しきれず、全身は醜く膨れて異形となった。そういった鬼は多くおり、まとめて琵琶の女に捨てられた。

 他の鬼と違ったのは、異形に膨れ、死ななかったということ。

 その状態になって、無意識ながら血鬼術に目覚めたということ。

 『鬼血術・三十六喰・無威徳鬼』。

 それは鬼を喰らい、喰らった鬼を眷属として使役し、その鬼の血鬼術を自在に扱えるというもの。

 異形に落ち、まとめて棄てられた後、鵺鬼はただ生存欲求にて同じように棄てられた鬼をひたすらに喰らった。その最中で体は歪ながら大きくなり、力と再生能力も増し、さらには眷属を生み出すこともできた。

 もしも。

 もしも、あと一年この鬼を放置していれば鬼殺隊にとっては極めて大きい障害になっただろう。

 喰らった鬼を眷属とし、その血鬼術を使用可能、さらには眷属自体も血鬼術を使わせられる。まだ目覚めて十日ほどだった故にそれぞれの血鬼術を使いこなせなかったが時間をかければそうでもない。

 もっと言えば、仮に上弦の鬼さえも食らわせてしまえば、上弦の戦力はそのままに全ての鬼の力を集結させた最強の鬼が生まれただろう。

 鬼撫辻無惨が早々に見切りを付けていなければ、そうなったかもしれない。 

 ただ、現実は捨てられ、そして今炭治郎とカナヲに首を斬られた。

 

「――――おれはしにたくなかっただけなのに」

 

「同胞の鬼を喰らって?」

 

 玉の汗を流した少年が、振り返りながら言葉を紡ぐ。

 

「君は鬼を喰ったんだろう。君から沢山の鬼の匂いがしたから。それで、君が生き残って――――独りでどうするつもりだったんだ? たった独り、それも他人を犠牲にして生き残ってまで君は何がしたかったんだ?」

 

「――――――ぁ」

 

 刹那、視界に多くの映像が過ぎった。

 己に寄り添む、白無垢に身を包んだ少女。自分と少女を優しく見守る、少女と似た顔立ちの男。酒を片手に祝福する屈強な男衆。

 場面が変わる。

 船に乗り、網を投げ魚を取る男たち。捕った魚を持ち帰り、喜ぶ少女。自分の体は今の鬼のそれとは違い良く日に焼けた屈強な漁師のそれ。

 それは幸いな記憶だった。

 けれど、次の場面はまるで違った。

 あたり一面の海。漁船には仲間の男。己と少女の兄と仲間が三人。

 全員、頬がこけ、何十日も海で漂流したかのように飢え死にする寸前だった。

 そして―――自分だけが生き残った。

 何故かか。

 思い出すまでもなく分かった。

 兄と仲間を自分は食べたのだ。

 死にたくなかったから。

 生きたかったから。

 だから餓死した仲間を喰らい、生き延びた。

 己の義理の兄は、最後まで口にしなかった。

 

『■■! それは人道に反する行いだ! そんなことをしなくても、俺とお前で―――』

 

 自分は最後まで聞かなかった。

 彼を殺して、彼を喰って、生き延びた。

 生き延びてしまって、陸に帰り全ては明るみになった。

 そこから先はあっという間だった。

 人を喰ったものに居場所などない。

 妻だった少女には憎まれ、村には居場所がなくなった。

 それでも、ただただ自分は死にたくなかった。

 ただ、生きたかった。

 だから鬼になったのだ。

 

 ―――――生きて、どうするかも考えずに。

 

 もしも。

 もしも、義兄と手を取り合って生き延びる方法を探していたのなら。

 日輪の少年と花の少女のように。

 お互いを信じあって、未来へ歩くことができたのなら。

 

「おれは―――――」

 

 泣きたくなるような後悔。

 してはならないことをしたと、遅すぎる気づきを胸に――――鵺鬼は消滅した。

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 悲しみと後悔の匂いと共に鬼は消滅した。

 

「はあっ……はぁっ……」

 

 呼吸が荒い、全集中の呼吸が続いていない。

 それほどまでに全身が消耗していた。戦いの終盤、今まで感じたことのない世界に入りかけていた。それは、より高みの次元、人が行き着く先の最果て。

 その感覚は薄く、なんだったのかよく分からない。

 何もかもが透明に透き通った世界。

 もう一度、鵺鬼よりも強い鬼と戦えば、至れる予感がある。

 

「はっ……はっ……ふぅー……ふぅ……」

 

 なんとか、息を整え、

 

「……」

 

「わっ、か、カナヲ!?」

 

 気づいた時にはずぶ濡れのカナヲが隣にいた。

 海に一度落ちたのか、頭の先から足元までずぶ濡れだ。

 

「カナヲ……?」

 

「……」

 

 放心しているのか、反応がない。

 昔のカナヲみたいだ、と思っていたら、

 

「ん”!?」

 

 カナヲが詰襟を脱ぎだした。

 問題は、その瞬間に、雲が動いて月があたりを照らしたということ。

 鬼殺隊の隊服、詰襟は下級の鬼の攻撃もものともしない優れものだ。それなりに厚みがあり、ちゃんと着込めば女性でも肩幅が増え、体の線が隠れてしまう。

 そんな詰襟を脱いでワイシャツだけになってしまえば、どうなるかといえば明白だった。

 ……い、意外に発育がよろしいようで……!

 濡れたシャツが体に張り付いて、線がくっきりと浮かんでいる。そして見えるのはこれまで全く想像しなかったカナヲの肢体。普段隊服で押さえられているせいか、張り付いたシャツではっきり見える胸の形は良く、ほっそりとしたくびれが強調される。決まづくて視線をずらせば、やはり短い洋袴が形よく、程よく肉付いた太ももをくっきりと見せつけていた。

 

「……!」

 

 見てはいけないと、思いながら思い切り目に収めてしまい顔が赤くなるのを自覚する。

 夜の海風なのその、熱いほどに。 

 それでもなんとか理性を奮い立たせ、

 

「か、かかかカナヲ! そ、そのままでは風邪をひいてしまう、こ、これ!」

 

 自分の羽織を半ば投げつけるように渡して彼女の体を覆い隠す。まだ濡れていが、炭治郎もあまり冷静ではなかった。

 未だにぼーっとしているカナヲは炭治郎の羽織を羽織り、

 

「――――ぁ」

 

「えぇ!?」

 

 ぽろぽろと、涙をこぼし始めた。

 ……ま、まさか俺の邪な視線のせいで!?

 嫁入り前の女子をぶしつけな視線で見てしまったせいか。

 なんてことだ。

 確かに、問題だろう。 

 そうなってしまえば、自分にできることは、

 ……せ、責任を取らないと……!

 いやいや待て待て自分、ソレは流石に気が早い。

 今回の婚約関係は設定なのだ。

 設定として、

 ……竈門カナヲ。

 よぎった名前をぶんぶんと、顔を振り、振り払う。

 婚約にはちゃんと順序が必要なわけだし。親の同意も必要だ。いや、自分もカナヲも親はもういないので、この場合後見人が必要だ。あれ、自分の場合の後見人ってだれだろう。鱗滝さんか。鱗滝さんでいいのだろうか。鱗滝さんでいいだろう。義勇は尊敬しているが、そういうこと難しそうだし。カナヲの場合はしのぶになるはずだ。或いは鬼殺隊の長であるお館様? カナヲの場合はアオイの許しもいるかもしれない。大丈夫だろうか。

 えーと、つまり、

 

「ま、まずは改めて蝶屋敷へ……!」

 

「―――暖かい」

 

「……へ?」

 

 涙を浮かべたままにカナヲは羽織をぎゅっと握りしめて。

 

「炭治郎は、泣きたくなるくらいに暖かいね」

 

「――――」

 

 花のように微笑みながら、そんなことを言う。

 優しい、甘い花の香りと共に。

 言われて、

 

「―――ぁ」

 

 気づけば自分の瞳からも涙がこぼれ落ちていた。

 何故だろう、解らない。

 だけど、どうしようもなく泣きたくなったのだ。

 栗花落カナヲからは泣きたくなるような優しい香りがするから。

 あぁ、そうだ。

 鵺鬼に勝てたのは、花の微笑みの少女がいたから。

 一緒に戦う彼女を護りたいと、心から思えたから。

 

「――カナヲ」

 

 気づいた時には衝動のままに彼女を抱きしめていた。

 腕の中に広がる優しい香り。

 また、涙があふれてくる。

 それはカナヲも同じで抱きしめられながら涙の粒を大きくし、

 

「炭治郎」

 

 日輪の少年と花の少女は抱きしめ合って、互いを温め合う。

 辛く悲しいこの世界で、それでも寄り添って生きていくかのように。

 そんな重なった一つの影を月だけが見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 ふわりと、車窓から風が頬を撫でる。

 同時に、海の香りが少しづつ離れていくのを感じた。

 

「―――」

 

 列車の窓を開けたしのぶは風と匂い、そして綺麗な太陽に思わず目を細めた。

 ……結局炭治郎君とカナヲが大活躍でしたね。

 血鬼術使いの鬼をすべて倒し、海岸まで義勇と辿り着いた時には鬼は斃されていた。

 妙に顔を真っ赤にして距離の近い炭治郎とカナヲに何があったのかは気になったが、

 ……ま、そこに触れるのは野暮というものでしょう。

 義勇が思い切りどうしたのかと、聞きかけたので脇腹に手刀をいれたが些細な話だ。

 

「……良く寝ていますね」

 

 眼の前、四人掛けの席の対面で隣り合って炭治郎とカナヲが眠っている。

 鬼を倒した後は処理は隠に任せて軽い仮眠と治療の後にすぐに村を出たからまだ疲れが抜けきっていないのだろう。列車が動き出した途端にすぐに眠ってしまった。

 関東、東京へ向かうからか、乗客は行きよりも多い。

 まだまだ降車駅までは時間があるから、ゆっくり眠れるだろう。

 互いに肩を貸し合い、寄り添い合いながら穏やかに眠る二人を見ているのはまるで飽きない。

 お互いの手が絡まりあっていることに、本人たちは気づいているのか。

 きっと、無意識だろう。

 起きた時にどんな反応するのかが楽しみだ。

 二人を眺めながら、微笑みを浮かべてると、

 

「胡蝶は、いつも笑みが合わない」

 

「………………はい?」

 

 急に隣の義勇から喧嘩を売られた。

 いつもいつも、口数が少ない上に余計なことしか言わない男だが、今回に関しては純粋な悪口だ。こちらに視線を向けず、炭治郎とカナヲを見据える義勇に、しのぶの額に青筋が浮かぶ。流れるように手刀が作られ、横の不埒者に叩き込もうとし、

 

「いつも無理して笑っているだろう」

 

「―――――」

 

 手が、止まった。

 似たようなことを炭治郎に言われたのを思いだす。

 胡蝶しのぶはいつだって怒っている。

 人々を、姉を鬼に殺され、いつだって彼女は鬼への怒りと憎しみで溢れている。

 だけど、死んだ姉の想いを受け継いで、いつだって笑みを張り付けていた。

 彼女のように微笑み、彼女よう振舞って。

 そうして胡蝶しのぶはいつだって笑っている。

 本当は蛹から羽化できなかった――――羽根を広げられない出来損ないの蝶。

 固まってしまったしのぶに、

 

「だが」

 

 義勇は、

 

「―――今の胡蝶の微笑みは、悪くない」

 

「――――」

 

「いつも、そう笑っていればいい。その方がずっといいだろう。俺はその方がいいと思う」

 

「――――」

 

「………………胡蝶?」

 

 義勇がこちらを見た。

 即座に顎に拳を叩き込んだ。

 

「!?」

 

 そのまま拳を押し付けて、こちらを向かないように固定する。

 だって、そうじゃなければ、

 ……今、私の顔真っ赤なんですけど!?

 口数が少ないのに余計なことしか言わない人なのに。

 本当に、何故そんなことを言うのか。 

 だって、張り付けた姉の笑みより、思わず零れてしまった微笑みの方がいいだなんて、

 ……ただ、素の私の方がいいみたいな……!

 いや、待て、落ち着け。

 この朴念仁、昼行灯が擬人化した男のことである。きっと深い意味はない。ただなんとなく思ったことを言ってしまっただけだ。

 

「すぅー……はぁー……」

 

 深呼吸を繰り返し、

 

「……全く、急に変なことを言うのは止めてくれませんか? 嫁入り前の女子への口説き文句なんて勘違いされても知りませんよ? 誰彼構わず思ったことを言うのはやめましょうね、冨岡さん」

 

 なんとか、いつものように言葉を放ち、

 

「……?」

 

 義勇は何を言っているのか、と首をかしげた。

 自分の顎を抑えていたしのぶの手を取り、

 

「――――こんなことは胡蝶にしか言わない」

 

「――――」

 

 あぁ、ほんとに余計なことを言う(ひと)

 

 

 

 

 

 

 ―――――暖かい夢を見る。

 日輪に包まれた、咲き誇る花のような夢を。

 

「あ゛――! 入学してすぐに実力テストなんて聞いてないよぉー! どうしようどうしようどうしようぉー!」

 

「うっせーな! ぎゃーぎゃー喚くな!」

 

「黙れ! キャラに似合わず成績めっちゃいいお前はいいよな! なんだよそれギャップ萌え狙ってんのかずるいずるい俺もいい感じのモテ要素ほしぃよぉー!」

 

「あはは――――取ってつけたようなものに、人は惹かれないと思うぞ?」

 

「突然のマジレスぅ!?」

 

 校舎の廊下を新品らしい綺麗な制服を着た三人組が騒ぎながら歩いている。

 汚い高音で喚く金髪の少年、制服を着崩した端正な顔立ちの少年。

 そして、太陽を模した花札のようなピアスに、額に痣を持つ赤目の少年だ。

 

「てか炭治郎ー、そのピアスいいのか? 入学していきなり生徒指導の先生に怒られてただろ?」

 

「あぁ、だがこれは俺の家に伝わる大切なものだ。外すわけにはいかないよ」

 

「はー、大変だなぁ。…………生徒指導の先生といえば、生徒と付き合ってる噂あるらしいよ。薬学部とフェンシング部の部長さん。めっちゃ美人なんだって、街で良く二人でいる姿目撃してるらしい」

 

「はぁ? それがなんだってんだ」

 

「だから! 俺も彼女が欲しい! 具体的には妹さんお付き合いしたい! 認めてくださいお義兄さん!!!!」

 

「は? だれがお義兄さんだ。俺の妹は男と付き合ったりしない。そも、俺の妹に近づきたかったらいい加減生き恥晒すのやめたらどうだ?」

 

「急に怖いよこのシスコン!」

 

 騒ぎなら三人は廊下を進んでいく。周りには他の生徒もいるからかなり目立っているが、まるで気にした様子もない。

 その騒ぐ三人とは逆の方向から、別の三人組の少女が歩いてきた。

 髪を二つ結びにした真面目そうな少女。蝶の髪飾りで髪を結った少女。

 そして、同じく蝶の髪飾りにサイドポニー、藤色の瞳の少女。

 三人は、騒いでいる三人には構わず談笑しながら歩みを進め、互いが通り過ぎ、

 

「―――――あ」

 

 赤目と藤の目の少年と少女が足を止めた。

 

「ん? どしたー?」

 

「あら?」

 

 それぞれが互いに呼ばれるが、聞こえていなかった。

 どうしてかは、解らない。

 ただ、心の奥に今まで気づかなかった繋がりにしたがって、

 

「あ、あのっ!」

 

 二人が同時に振り返りながら声を上げた。

 何故か解らない汗が浮かび、頬が赤くなる。

 解らない。解らない。解らない―――――だけど、覚えているものがある。

 

「え、えっと……」

 

「あ……その」

 

 自分でも声をかけた理由が解らないから何と言っていいかどちらも解らず、先に言葉を紡いだのは少女の方だった。

 

「―――――お鍋、好きですか?」

 

 何故に鍋……?

 二人を見ていた四人が同時に思った。

 だが、少年は疑問に思うよりも早く応えていた。

 

「味噌と海鮮の奴が好きです! 貴女はどうでしょうか!」

 

「わ、私も! 海鮮味噌鍋が好きなのっ」

 

「そうなんですか!」

 

「う、うん!」

 

「よかったら、その、一緒に食べに行きませんか!?」

 

「行きます!」

 

「ナンパぁ!?」

 

「ちょ、ちょっと、初対面の男の子よね!?」

 

「やるじゃねーか」

 

 それぞれ違う反応を見せる中、少女と同じ髪飾りの彼女は一瞬驚いたように目を見開き、

 

「あらあら」

 

 優しく微笑んだ。

 

「あの、順番が逆になりましたけど、俺の名前は―――――」

 

「私は―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 時は移ろっても太陽の在り方は変わらない。

 時代が変わっても、いつだって花は咲き誇る。

 もう何も失わない世界で。もう泣かなくてもいい世界で。

 ただ当たり前の日々を享受できるような、誰もが望んだ運命の先に。

 例え、出会い方が違っていても、心が繋がっていれば――――――日輪に花は咲く。




てわけで炭カナ完結!!
 
サプライズ的な鬼滅学園を添えて。

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