【自由ノ地平線】Oath of Promise (暁月 輝路)
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第1章Encounter of Fate
プロローグ


こんにちは。
久々なので、調子が悪いですが、暖かい目で見てくれると幸いです。


この世界は不思議だ。

文化や文明が統一されず、様々なものが入り交じり、それでいて互いに干渉もしない。

諸人(もろびと)にとっては、それは過ぎ去った過去。

諸人にとっては、それは来るべき未来。

諸人にとっては、それは空想の産物。

それらが全て同じ世界に存在する。

ならば、共通するものだってある。

単純な話だけど、幸福もあれば、不幸もある。

この世界…

──いや、『同じ星』に生きていればそうなる。

■はそう感じる。

 

 

─────────────────────

夜に1人の男は立ち尽くす。

その土地にしては珍しく雨の天気で、少し薄気味悪い雰囲気が漂っていた。

男の手には異形の剣、男の周りには地面に倒れ伏している者が5人、そして男の目の先には1人の女性と赤子。

女性は何も言わずにただ赤子を抱え、男を見ていた。

そして、静かに頷くと男は身に纏っている黒いコートのフードを被り、暗闇に消えていった。

男は静かに呟いた。

「あぁ─またなのか──」

 

 

*   *   *

 

 

満月が海上を照らし、キラキラと輝きを放つ。

その海の上空を1つの軍用ヘリが回転翼を回して、ブレることなく真っ直ぐ進む。

バラバラバラと連続した一定の騒音は、静かな海の上ではとても騒がしく、うるさい存在だ。

そんな中で、パイロットと3人の兵士、1人の少年が居た。

パイロットと兵士は胸に所属している部隊のエンブレムが刺繍されたタクティカルベストを着用し、アサルトライフルであるM4A1を前に吊り、少年を監視していた。

「現在僚機(りょうき)は海上上空を南下中、機体、航路共に異常なし。まもなく基地に到着する」

パイロットは通信相手にうんざりした様子で、報告をする。

「一体どうしたんだ?離陸した時には応答してたのに、向こうでなにかあったか?」

「それなら向こうから報告されるだろう。回線の調子が悪いんじゃないか?」

対面に座っている2人の兵士がパイロットに話しかける。

「さぁな、海上だからたまに繋がりにくい時はある。その時が偶然来てしまっただけかもな。はぁ…さっさと帰りたいものだな」

パイロットはため息をつく。

「でもまぁ夕方に出た割には早く帰ってきたんじゃないか?あっさり終わったからな」

「あっさりだと?お前、すぐ死ぬぞ」

少年の前に座っている髭面の男は、対角に座る比較的若い兵士に憎まれ口を吐く。

若い兵士は下唇を噛み、髭面の男を軽く睨んだ。

実際、実績も年季もある髭面の男は、精鋭中の精鋭であり、1番信頼を置かれる人物でもある。

偵察や運搬、戦場でも活躍する、まさに最強の兵士だ。

「しかしだ、坊主。可能な限り今喋ってくれると時間も取らずに済む。一応俺にも拷問をする権利はあるが、そんな事はしたくない。一体、なぜあの基地を狙ったんだ?」

髭面の男は前屈みになり、頭に布を被せられた少年に問いかける。男が言った基地は、拠点と同等の存在になるはずの別地域の基地だが、まだ物資も足りず完成していない中途半端な拠点だった。

特別狙われるものも無く、あるのは警備に派遣された多くの兵士と物資だけだった。それが全滅したのだから、損害こそあれど目的が不明だった。

──しかし、少年は答えない。

ただ布の下でニコニコとしているのが逆に不気味である。

「ふむ…」

髭面の男は姿勢を戻して、考え事を始めたその時だった。

「なんだあれ…?」

パイロットが困惑したように呟く。

「ん?おいどうした。何かあったか?」

「何か見えたのか?」

髭面の男と隣の兵士は振り向き、パイロットの方向を見る。その先に見えたものは、ヘリに乗っている兵士の拠点から黒煙が立ち上り、地上では炎が点々と燃え盛っている。

しかし、中央の施設だけは炎上せず無事のようにも見える。

「…急いで向かいます!全員準備を!」

「「「了解!」」」

 

 

拠点上空にて停空し、再度状況を確認する。

戦闘機等を停めている格納庫は爆破、炎上し、兵舎も中から燃えている。

中央の施設には生存した兵士たちが集まり、警戒をしてる。

しかし、攻撃をしたであろう人影や機体が見えず、敵が定かではなかった。

そんな中警戒してると、

「あのー、このベルト外してくれません?」

この状況には似合わない、明るく気の緩む声がヘリの中で聞こえた。

それは、布を被せられた少年だった。

「坊主、ここから落ちたら即死だ。安全と拘束の為にベルトがしてある。大人しく座っておけ。」

少年はただを捏ねる子供のように落ち着かない様子。

「えー、まぁ確かに高いですね。うーん、ベルト外して貰えないなら仕方ないか…壊しちゃうけどごめんなさい」

その発言をした瞬間、バキッと音がしたと同時にヘリが少し傾いた。

少年は何をしたのか、ベルトを抜け外から扉を掴んでいた。

「なんだぁ!?」

パイロットは突然の出来事に機体のバランスを崩して、ヘリ全体がフラフラとし始める。

「おい、大人しくしろ!撃つぞ!」

反対側の扉にいた若い兵士は、すぐさま銃を構えて照準を合わせた。

「送ってくれてありがとうございました!」

少年はフッと自然に飛び、同時にヘリの扉を剥ぎ取って落ちて行った。

「……この高さだ。怪我では済まないが、あの少年何か秘密があるな。だから平然と飛び降りられる。」

髭面の男は、何かを察するように言葉を発した。

「あぁ!クソっ!」

若い兵士は状況が混雑しているせいで悪態をつき、機内の壁をガンっと殴る。

「今から、施設屋上に着陸します。戦闘準備…!」

ヘリは徐々に高度を落とし、黒煙を避けながら巧みに屋上に近づいていく。

 

* * *

 

──『……ヘリから飛び降りたな。』

──『あの高さ、私なら無理だなぁ…』

──『ステルス解除してそっちに戻っていい~?そろそろエネルギー切れそうなんだけど~』

──『良いぞ。行動制限用の炎も十分だろうし、俺もやめる。あとは…ルナさん。やってくれ』

──『了解…』

 

* * *

兵士たちは屋上に着陸し、現場の仲間達とも遭遇した。

「…精鋭部隊か。敵に襲撃を受けて、攻撃が突然止んだから今は警戒中だ。」

現場の指揮を執っていたであろう軍服を着た上官が、簡潔に今の状況を説明をする。

髭面の男は上空からの索敵の報告もした。

「上空から索敵したが、見当たらない。何に襲われたかも検討がつかない。相手はなんだ?」

上官は認めがたい顔で言う。

「5人だ。炎を撒いた男、機械スーツ、スナイパー、刀を所持していた男2人、これらが今分かる事だ。」

「5人だと?5人でここを追い詰めたのか?」

「あぁ…別拠点の援護は精鋭部隊の君達が行ったから分かると思うが、要請が出来なかった。まさかをあれだけの警備を派遣して全滅とは…」

「……なるほど、あの少年の仲間か」

髭面の男はさっきまでヘリにいた少年を思い出す。

「そう言えば、向こうで捕まえた奴はどうした?殺したのか?」

「いや、さっきここの上空を停空中に飛び降りた。どうなったかは知らん」

「そうか…ひとまずここでの警戒を頼む。任務終わりで悪いがな」

「あぁ…ん?」

髭面の男だけでなく、他の兵士たちもそれに気づいた。

南の方角で一筋の真っ白な光が天を穿つように地から伸びた。

夜だというのに、その光は昼間を思わせるかのように明るく眩しい存在だった。

それは徐々に太くなり────

 

* * *

 

(ひかり)の刃が振り下ろされる。

光が奔る。

光は中央の施設を呑み込む。

中央の施設にはその軍隊全ての兵士が居た。

光は悉く灼熱で、その先の海を瞬時に沸騰させ蒸発させるのと同じように、兵士たちも蒸発させた。

兵士達はその白く眩い光に魅入られたまま、殲滅の刃で消え去った。

 

「あれで全員だ。上手く纏まっていたな。……夜桜は巻き込まれてないだろうな?」

通信機を通して、元気な声が届く。

『ルナ姉、大丈夫だよー!衝撃波は凄かったけど、何とか無事だよ!』

「なら、良かった。アウロラ、撤退するのか?」

うちのリーダーに次の行動を聞く。

『撤退と言いたいが……暁月。多分今の光でほとんど消滅したと思うし、他の施設もほとんど焼けてるが、軽く確認してから帰ってきてくれ。』

『了解~』

元気な声で返事する夜桜。

「久しぶりだな。この技出すのも、全員で来るのも」

『やっぱり圧巻だね~!私はチマチマと銃撃ってたから、一気にこう…ドカーン!って感じになるのを見ると楽しい!─アイタタ…首が痛い…(ひかる)くん助けてー』

スナイパーでずっと伏せて撃っていたからだろうな…美雪。

『はいはい、今から行くよ…』

ご苦労な事だ、逆浪。

『イチャイチャしやがって!羨ましい!』

いつも通りだな、夜冬。

『はぁ…』

後でヤケ酒なら付き合ってやる。ユウト。

『もしもーし!生存者確認出来ず、以上!』

仕事が早いな…

『よし、これにて【ノーネーム】の任務終了とする』

 

 

これは1つの組織の物語。

いや、もしかしたら誰かの物語かもしれない。

それが今ここから始まる。




お疲れ様でした。
次回もまた書き上がればよろしくお願いします。


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第1話「各々の朝」

どうも、ちょうど1ヶ月経ってしまいました。
頑張って書くので、見守ってください( ˘ω˘ )


ーそこは豊かな土地だった。

北と南の方角には山があり、緑の草原と木々が風に吹かれて揺れ、風はほとんど抵抗を受けることなく流れていく。その土地はまるで山を水平に切り開いたようだが、何故か自然と開けた土地があり、位置的にも山の中腹に近い。

土地の隅の方には、北の山から川が流れている。

川はそのまま東に流れ、土地の下山先である集落に流れる。

土壌も栄養豊富で質もいいので、植物が育つのにいい環境だった。

しかし、そこは豊かでありながら謎な土地でもある。

天気はほとんど晴れで、他の天気は稀である。

15年前の雨以来、他の天気に変わっていない。

気候はポカポカとした優しい暖かさで、風が吹けば少し肌寒く感じる程度で基本薄着でも生活できる程度。

 

そんな場所に1つの建物がポツンと建っていた。

小さなボロい喫茶店のようにも見えるが、中はそこそこ広い。机やカウンター席には所々年季が入っているのか、少し傷が付いていたりしている。

あと、ここには人も住んでいたりする。

その住民は…少し奇妙な人達です…。

 

 

「アァァァァァァァァ!?誰だ、俺の朝飯用に残してたサンドイッチ食ったのは!」

叫び散らかしていたのは、白髪の青年。

打たれ弱そうな少し細い体で、日を全く浴びてないのか肌も白いこの青年は、冷蔵庫の前で現状の疑問に思った事を叫んだ。

「……朝からここで叫ぶなよ、夜冬(よると)。あと珍しく声を上げるからびっくりしたわ。」

白髪の青年に『夜冬(よると)』と名前を呼んだのは、キッチンで皿洗い中の長い黒髪を後ろに束ね、ポニーテールにしている一見性別が分からない顔の整った人。

「うぅ…折角のサンドイッチが…」

「サンドイッチぐらい作ってやるぞ?」

すると冷蔵庫をそっと閉めた夜冬は、黒髪の人に向き直った。

(ひかる)!お前には分からんのかぁ!気になる人から貰ったものを他の奴が盗ったんだぞぉ!男なら分れよォ!」

(ひかる)』と呼ばれた男の青年は、皿を洗いながら喋る。

「あの娘だろ?あのー、八百屋の店員さん。あの人最近婚約してたってのを聞いた気がする。」

「ゴフッ…」

夜冬は光の言葉で謎のダメージを負い、膝を着く。

「あの集落もまだ治安悪い時あるけど、幸せになれるなら良かったな。婚約しててもサンドイッチ作ってくれただけマシだな?」

「……」

「確かに夜冬の気持ちも分からんでもないが、物が物だからな。サンドイッチって…デザート食われた子供かお前は…ん、おいここで縮こまるな。」

夜冬は体を丸めて、地面に伏していた。

 

「やめてあげなよ~光くん。そんな一気に言われちゃったら、現実がグサグサっと夜冬くんを刺しちゃうよ」

そう言ったのは、カウンター近くの丸机に座って居る長い茶髪の女性。

「そんなに言ってない気がするが…てか美雪(みゆき)、そこで銃の手入れしようとするな。端で窓開けてやってくれ」

美雪(みゆき)』という名の女性は、頬を膨らませて机の上に広がっている銃を抱えて空間の隅に移動し、机の上に広げた。

分解していたのはボルトアクション式のライフル"L96A1"と自動拳銃である"M1911A1"だった。

「もう〜、塗料(とりょう)を使うわけじゃないんだから別にそこでも良かったでしょ?」

「あのなぁ、キッチン付近で物騒な物扱うなよ…、オマケに昨夜…ん、今朝?あぁもう、時差が凄いな。ともかく、最近使ったばっかりだから火薬臭いしそこでしなさい」

「はーい」

美雪は大人しく移動した場所で窓を開けて、作業に取り掛かった。

"L96A1"に付いたサプレッサーやスコープ、バイポッド、マガジンを取り外し、銃本体のバレルやボルトなどパーツを一つ一つ外していく。

それらを一つ一つ丁寧に拭いたり、破損がないか見回す。

念入りなカスタマイズをしているわけでもなく、ほぼ新品同然に綺麗なパーツも多かった。

確認し終わると、それらをまた元通り組み立てて行く。

元通りになった"L96A1"のボルトを引いて、押し込み戻し、引き金を引く。

動作が正常かを確認した。

次に自動拳銃の"M1911A1"を分解する。

手順は同じでサプレッサーとマガジンを取り外し、スライドとフレームを分ける。

しかし、先程の"L96A1"と違うのは、スライド等のパーツがオリジナルの"M1911A1"と異なっていた。

普通は黒がベースだが、美雪の所持しているのはシルバーとグレーでの配色になっている。

スライドはシルバーでサイト(照準)は3ドットタイプ。

スライドの中にサプレッサー用のバレルが通っており、内部パーツは綺麗を放ち磨かれている。

実戦で使用されているにしては、見惚れるのほどに綺麗で、観賞用にも見える。

そして撃鉄はリングハンマーに変更され、サムセーフティー、スライドストップも延長され、操作がしやすくなっている。

フレームはグレーでライト等を付けるレールが施されている。

全パーツが念入りなカスタマイズされていた。

 

【挿絵表示】

 

それらを美雪はまた念入りに手入れをする。

分解と手入れ作業は30分、組み立ては5分程度掛かった。

机の隅にはガラスのコップに冷たい緑茶が注がれており、それを飲んで美雪は一服した。

美雪が終わるまでの間にキッチンに居た光は夜冬をなんとか起こして、部屋に戻らせ、コーヒーを片手に小説を読んでいた。

「光くん、あの兵士達ってガスを保有してたんだよね?何のガス?」

「え?あぁ、美雪は狙撃だから詳細は言ってないんだったな。あれは『死なない人』を作る薬みたいなもんだ」

「死なない人!?そんなのあの世界の技術で作れるのものなの?」

「いいや、多分偶然の産物か何かじゃないか?あと厳密に言うと不死って訳じゃない。『生きた(しかばね)』って言えば、分かりやすいかな?」

「生きた屍って…ゾンビの事?なるほどねぇ、それなら少し納得」

光は本を閉じて、コーヒーを(すす)る。

「それで昔に廃墟になった町があった。資料はもう無いけど、原因がそれだ。それで、作製兼保有していたあの基地は別拠点を作って、役割を分担するつもりだったのかもしれない。幸い、暁月が行った時にはまだ無かったから、1回で消滅させられたがな」

「怖いなぁ…」

「けど、1つだけを運搬した履歴があった。それがどこに行ったのか、分からないがな…けど、一つだけじゃ、そこまで酷くはならないだろう」

「被害が出ればすぐ噂になるし、大丈夫でしょ?」

「そうだな」

光と美雪は同時に背もたれに体を預けた。

時間は朝の8時過ぎ。

喫茶店の横に不自然に生えている1本の木には10数羽の鳥が集まって、開いたままの窓枠にも数羽の小鳥が並んでピヨピヨと鳴き、そのうちの2羽は美雪の肩と頭に乗っていた。

「よしよ~し」

美雪は窓枠の小鳥たちを指で優しく撫でる。

小鳥たちは気持ち良さそうに目をうっとりさせる。

 

 

数分すると、小鳥たちは親鳥達の元に戻って行った。

そして次に来たのは、寝ぼけてフラフラと階段を降りてくる赤髪の男性と、それをウザそうに後ろから睨む銀髪の眼帯の女性。

「おはよう。アウロラ、ルナさん」

「おはよぉ…光、俺もコーヒーよろしく…」

「おはよう」

光は体を起こして、キッチンに向かって赤髪の男性『アウロラ』の為にコーヒーを入れる。

「ルナさんは、牛乳?」

「いや、水でいい」

銀髪の女性『ルナ』にもコップに水を注ぐ。

その2つをテーブル席に置くと、ルナはしっかりコップを握ったが、アウロラは取っ手部分を掴み損ねた。

「……寝ぼけてんな、アウロラ」

「帰ってきてから緊張の糸切れて記憶が飛んでる…くぁ〜」

アウロラは顎が外れそうなほど大きな欠伸をして、体の中の空気を入れ替えた。

そして次はしっかりと取っ手を握って中身を飲み込む。

熱々のコーヒーを一気飲み。

「ふぅ、目が覚めた」

「水につけといてくれ、後で洗う」

一方、ルナは水を少しずつ飲んでいた。

「ルナさんは目が冴えてるね、そんなに深く寝てなかったの?」

美雪が無表情のルナに話しかける。

「そうだな、私はあの一撃以外何もしてないからな。疲弊(ひへい)する事も回復する事も無い。睡眠も本来は取るほどでは無かった」

淡々と事実を告げる。

「そうなんだぁ…でもあの強力な一撃を放って、全然疲れてないなんて凄いなぁ~」

美雪は首を縦に振って、1人で納得している。

 

この喫茶店の入口で軋みをあげて扉が開く。

「ただいま~!」

「………」

元気の良い声が1つだけ、入口から聞こえた。

そこには暗い茶色の長髪の少年と、青髪の青年が木刀を持って帰ってきた。

声の主は、明るく元気な長髪の好印象な少年。

暁月(あかつき)、おかえり」

長髪の少年『暁月(あかつき)』に返したのはルナだった。

「ユウト、お疲れ様」

涼しい顔をしている青髪の青年『ユウト』には、光が労いの言葉をかける。

「全く…『美雪をマッサージするから、暁月の相手を頼む』とは、釣り合いが取れてないぞ」

「まぁまぁ…そんな事言わずに…。結局相手してくれただろ?」

「はぁ…後で良い酒を調達してくれ」

「了解」

ユウトは木刀2本を壁に立てかけてから、階段を登って上の階へ消えていった。

「暁月、疲れたか?」

ルナはユウトと同じように木刀を壁に立てかけていた暁月に近寄って声をかけた。

「うーん、そんなに目立つほど疲れてないよ!けど、ただ2本の木刀の乱打を防いでたから、右手が痛い…」

「容赦が無いな…あいつは。まぁ任務終了後だから、少しは弱まってただろうけどな」

「弱まってあれじゃ、厳しすぎるよぉ…ルナ姉は大丈夫?あの技凄い力使うでしょ?」

すると、無表情だったルナの顔は微笑んで、

「あぁ、大丈夫だ。一撃だけじゃ全然疲れない」

そう言って暁月の頭を撫でた。

「そっか~、良かった!」

遠くから見ると2人はまるで姉弟だった。

 

 

「とりあえず…今朝はご苦労さま。明日も休日にするからゆっくり休んでくれ」

アウロラは伸びをしながら、リラックスした様子で言った。

「「「了解」」」

彼らはそれに対して、返事をした。

こんな様ではあるが、彼らは所々他の人とは違う存在である。

故に、彼らは組織として固まっている。

『ノーネーム』

それが彼等の組織名だった。

 




お疲れ様でした。
次はもう少し早く出せれば良いなとは思ってたりします。


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第2話「変哲もない会話」

また1ヶ月かかりました。
普通の生活描写は苦手。


『ノーネーム』の彼らは全員出身も違えば、文化も過ごしてきた時間も違う。

荒れた人生を送った者、偽りの平穏な日々から真実を求めた者、路頭に迷う者と様々。

そんな彼らがこうして集まっているのは、ちょっとした(えん)があるから。

 

時間は朝11時頃。

休日だから、基本昼食は遅めで、オマケに今朝の任務でほとんどが身を休めている。今頃ベッドで寝ているだろう。

だが、成長盛りな少年の相手を誰もしない訳ではない。そういう子こそ、楽しませなければならない。

「ルナ姉?何か考えてた?」

暁月は私の膝に頭を置き、寝転んでいる。

私達は家から出て南の山の頂上、そこにある木々に囲まれた小さな平原で、木に背を預けていた。

傍らには小さな籠を置いてある。

「そうだな、他が眠っているからお前は暇だろうと思ってな」

「そうなんだよねぇ~、ルナ姉が起きてくれてて嬉しいよ。ルナ姉は眠くない?」

「あぁ、私の事はいい」

暁月の頭を撫でる。

暗い茶色で長い髪は、一見女の子のようで、顔も少々中性的で性別は分かりにくいが男の子だ。

しかしこの髪も最近伸びない。

成長が止まってるという訳では無いが、この髪を見ると感慨(かんがい)深いものがある。

美雪や光も長髪ではあるが……これとは違う。

「ルナ姉も髪綺麗だよね~良いな~。僕もそんな色になってみたい」

私がやけに髪を触っていたから、何を考えているか分かったのか、そんな事を言い出した。

「そうか?」

「だってお日様に当たったら光沢もあって綺麗な銀色で、お月様に当たったらキラキラ輝く綺麗な銀色だよ?なんかカッコイイ!」

「そうか、ありがとう。でもお前はこのままの髪色の方が似合うと思うぞ」

「うーん、どうなんだろうねぇ?ルナ姉、今度髪染め『駄目だ』」

暁月の言葉を割ってはいる。

「前にも言ったろう。髪は痛むし元の色素に戻りにくい。そのままでいい」

「むー……」

暁月は聞き分けが良い。

オマケに素直で怒りもしない。

注意したらしっかり守るし、何度も注意する時はあまりない。

少し間が空くと、暁月は私の髪を弄り出した。

口も半開きにして、目は熱心に触っている部分を見ている。

こういう時は私はじっとしている。

興味を持って集中しているのを乱す訳にもいけないし、私も悪い気はしないから止めない。

 

3分程度触っていると、暁月は伸ばしていた腕を引っ込めて『ふぅ』と息を吐き出した。

そこから会話は途切れた。

聞こえるのは鳥が羽ばたく音や風に木々が煽られ揺れる音だけで、静かというより自然そのものの音で聞いていて心地良い。

それが耳を癒し、心を癒す。

この癒しが長く続いた。

 

 

いつの間にか時間が経った。

すると突然暁月から溜め息が零れた。

「どうした、暁月」

「いやぁ、いつになったら僕も《罪》を使えるようになるかなぁって」

「そんな事か。何、使えなくても私が教えている技を使えばそれ以上の利益を得れるぞ」

暁月は体を起こして、私と対面になった。

「あれは不可能に近いよ!!」

「それは認める。だが便利だろう?」

「うーん……」

 

 

暁月が言う《罪》とは《罪の炎》と呼ばれるもの。

それらは、「憤怒」「嫉妬」「傲慢」「強欲」「色欲」「怠惰」「暴食」がある。

俗に言う「7つの大罪」に該当する罪達だ。

しかし、これについて分かっているのは、少しだけであり、これは勝手に宿ったものという認識だったりする。

だが、その炎には個々に特性がある。

それは一つひとつに能力が存在し、該当する罪に性格へ影響を受ける事。

この罪達は宿主の左眼に宿り、その力を酷使する事が出来る。

限界があるかも分からないず、この『罪の炎』には無知な点が多い。

そして、それらを宿しているのがここに居る『ノーネーム』だ。

"傲慢"はアウロラ=イグニス

"強欲"は逆浪 光

"怠惰"は十六夜 夜冬

"暴食"は沙慈 ユウト

"嫉妬"は私

"憤怒"は暁月 夜桜

しかし、今現在"色欲"が存在しない。

15年前には居たが、今は所在も分からない。

美雪は『罪の炎』を宿してはいないが、逆浪と共に居る為『ノーネーム』に入っている。

そして、この7つ以外にもあと2つ別の罪がある。

それは……

 

 

「ルナ姉~?また固まってるよ」

暁月はまた寝転んで、顔をこちらに向けていた。

「ん…とりあえず、『罪』使えなくても構わないって事だ。お前は十分強い」

「うーん…ルナ姉が言うなら良いかな」

「あぁ、私が言うんだ。それで良い」

再び暁月の頭を撫でて、少しでもリラックスさせる。あと10数分で暁月が起きている時間は52時間に到達する。

3年前ほどから暁月の睡眠は狂っていた。2日3日起きているなんて普通だった。

酷い時は1週間起き続けていた。

オマケに自分で眠気を感じず、自分から眠る事をしない。

極力リラックスした状態で眠気を誘発させないと、深い眠りに堕ちない。

しかし、眠ればあらゆる神経と感覚を切り離すので、体の疲労も急速に回復し、眠りを妨げられる事もなく熟睡し、7時間程度で全てが万全になる。

だから私は眠らせる為に、いつもこうやって膝枕をしてやっている。

 

 

「ルナ姉、ここの桜もう全部散っちゃったね」

「あぁ、今年も短いな」

この頂上の周りには桜と呼ばれる木が生えている。

春になるとここら辺は薄桃色の花でこの平原を彩り、そして散ってゆく。

今はもう爽やかな緑で彩られている。

「夜にここに来て、桜見れないのか…寂しいな~」

「普段は空を見上げてるからな、ある意味珍しいから楽しいだろう?」

「特定の時期だけだからね、はぁ…常に咲いてくれないかな…」

「散るからこそ、稀に見るものだからこそ、価値と意味がある。常にあってはいつかは飽きが来る。」

「そっか…」

「あぁ、また来年には真新しく見えてくるだろう。咲き方は一定じゃない。毎年全部違うからな」

「ルナ姉は今まで見た中で1番どの年が綺麗だった?」

……難しい質問をされた。

私はそういう感覚には少し疎いのだ。

「そうだな、毎年毎年が綺麗だ。咲き方が一定じゃないとは言ったが、私には分からない。知人がそれを教えてくれた」

「そうなの?その知人さんは桜が好きなんだね!会って色々桜の話聞きたいなぁ…」

「あぁ、またここに訪れる事があればな」

 

 

太陽が真上に昇り、木達の影を移動させて、私達を日の下から隠す。

そして木漏れ日が私達を僅かに照らす。

「もう昼だな」

「早いねぇー」

傍らに置いていた小さな籠を暁月の目の前に置く。

「昼ご飯だ。食べるなら座って食えよ」

「ルナ姉の手作り?」

「一応な。軽く調理しただけだから雑だがな」

暁月は勢いよく起き上がり、籠に掛かっていた布を捲った。

「サンドイッチだ…チーズとレタスとベーコンを挟んであるのかな?」

「他にもあるだろう、好きなものを選んで沢山食べるといい」

「ほんとだ、下にもある。ありがとうルナ姉!頂きます!」

籠には二段重ねでサンドイッチを詰め込んである。

上段はチーズとレタスとベーコンの組み合わせ。

下段にはハムと卵焼きの組み合わせ、ホイップクリームと餡子と苺の組み合わせで入ってる。

雑ではあるが、3種類もあれば腹の足しにはなるだろう。

暁月は好き嫌いせずよく食べる。

それでいて美味しそうに食べる。

いつも料理してくれている光や美雪も感心している。

成長盛りだから、ほんとに良く背も伸びる。

暁月の身長は167cm、最近15歳になったばかりだが集落の同い歳と比べると大きい。

もう私より背が高いと思うと、感慨深いものがある。

「ルナ姉は食べないの?」

口の中のものを飲み込んでから、そう言った。

「いや、先に好きなだけ食べるといい。残ったならそれを食べる」

「むー…」

すると、暁月は下段にある甘いものが挟まったサンドイッチを渡してきた。

「ルナ姉、甘いもの好きでしょ?僕が全部食べちゃうかもしれないよ?あと、ルナ姉と一緒に食べたい」

そう、私は見た目に反して甘いものが好みだ。

そうなった原因は暁月なんだが…

「あぁ…じゃあ1つ貰おう」

 

そうして私は──

下段のサンドイッチを喰らい尽くしてしまった。

「悪い…暁月。1つだけと言ったのに、全部食ってしまった」

「ははは、ルナ姉1つ食べると追加で食べようとするからね~。結果大食いなルナ姉」

暁月はニコニコと笑う。

私は頭を抱えて、ため息をつく。

「ルナ姉?頭痛いの?」

笑顔から心配する顔に違和感無く変わる。

表情が豊富なのも暁月の良い所だ。

「…大丈夫だ。ただ反省しただけだからな」

「?」

言葉の意味がよく分からず、暁月は首を傾げる。

「大丈夫なら良いや~。ごちそうさま、ルナ姉。美味しかったよ!」

「あぁ」

昼食を終えた昼下がり、私達は木の影の下で他愛ない話をし続けた。

 

そう…

それがこの子にとって、1番落ち着ける時間だ。

 




お疲れ様です。
次の話は日が変わって山の麓の集落の話になります。
次もよろしくお願いします。


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第3話「集落のアカツキ」前編

多分3ヶ月掛かってるけど、まだ早い。
ごめんなさい、頑張るので許してください。


 大規模な任務が終わって2日経過した日の事です。

4月中旬に入り始めた頃の昼過ぎ、暁月夜桜は喫茶店のような家のある山から降りて、集落に来ています。

この集落の文化は平均的な時代より劣っており、木造や石造りの建物も多く、高さも無い。

道も整備されず、土が踏み固められただけの単純な道に建物が並び立っています。

そんな道を暁月夜桜はとある場所に向かっていました。

 

 

 集落の入口から目的の場所への距離は200m程度、しかし少年はすぐに辿り着きません。

何故なら、

「あ!アカツキ兄ちゃんだ!」

「アカツキー!肉が今なら焼き立てだ!食うかー?」

向かう途中で沢山の人に絡まれるからです。

道端で小さな子達が遊びながら手を振って呼ぶ。

同い歳の少女達が長椅子に座って呼ぶ。

40代の男が汗をかきながら店の中から呼ぶ。

その他にもすれ違う人、立ち話してる人、忙しそうに動く人も手を振ったり、呼んだり、笑顔で会釈をしています。

 それらに対して、暁月は一つひとつに関わる為、短い道も蛇行する様に移動する。

 だから目的地は近いようで遠いのです。

 

 

道端で遊ぶ小さな子達にとって、少年は『万能な英雄』でした。

困った事があれば助けてくれる、色んな知識を学ばせてくれる、そんな単純な事ではあるが、この集落にとっては十分な万能でした。

「アカツキ兄ちゃん、お昼から見回り?」

鮮やかな黄緑の髪をした男の子が、声を掛ける。

「見回りじゃないよ!鍛冶屋さんところに用があるんだ。ティー」

黄緑髪の男の子は『ティー』という名前で、少し大人しめの色白な男の子。

暁月には、色々な知識を教わるのが好きな子です。

「その用事が終わったら遊んでくれる!?」

 次に声を発したのは、赤茶色の髪の男の子。

「うーん…またその後、別の用事があるから、また今度遊ぼう!カープ」

赤茶髪の男の子の名前は『カープ』、集落でも良く目立つ元気な男の子です。

元気過ぎて、やんちゃな性格なので時々怒られます。

「カープ!アカツキお兄ちゃんはいつも忙しいんだから、急かしたらダメだよ!」

明るい橙色の髪の女の子がカープに怒ります。

「ダージリン、いつもありがとう。でも頼まれたなら遊ぶし、気分転換にもなる!あと、お姉さんにサンドイッチ美味しかったって言っておいて!」

「分かった…アカツキお兄ちゃんがそう言うなら……」

橙色の髪の女の子『ダージリン』は、真面目で纏め役な立ち位置に良くなる子です。

八百屋の4姉妹の末っ子で、この前結婚が決まった長女のお姉さん持ちです。

 そして、ダージリンは最近暁月に対して特別な感情を抱き始めている模様。

「じゃあね3人とも!他の子にもよろしくね!」

 暁月は手を振って、その場を後にしました。

「「うん!ばいばーい」」

 カープとダージリンは元気よく手を振り、ティーは静かに手を振っていました。

 

 

 集落の大人達にとって、少年は『怖かったが良い少年』という微妙な認識でした。

 この集落は時々獣に襲われますが、いつも何人もの死傷者や負傷者をだし傷つけ追い返すのがやっとでしたが、少年は30頭もの獣を相手にし1人で簡単に殲滅しました。

 それを見て大人達は恐怖しました。

あまりに人間離れした動きを少年はしていたからです。

しかし、その少年は見た目や行動に反して、とても好青年でした。

 大人達は次第に彼の印象は和らぎ、とても良い好青年として変化しました。

「アカツキ、今日はあの子達と遊ばないのかい?」

 店からは香ばしい匂いを放ち、1人の40代の男が店の中から声を上げました。

「用事があるからね!また今度かな」

「そうかそうか、若いのに頑張るなァ。この集落の大人より働いてるんじゃないか?」

「さぁね~、でも僕よりは皆働いてる。だからこそ、活気があるんじゃないかな?」

 男は笑いながら、布で汗を拭う。

「がっはっはっ!全体的に見て回るあんたが言うんだからそうなんだろうな!」

「そうそう、肉が焼けたって聞いたから、寄ってきたんだけど!」

「おう、そうだったな。一応余熱で温度は保ってあるから美味いぞ。」

 そう言って男は炭煙で黒くなった網の上から、骨のついた大きな肉の塊を持ち上げ、まな板の上に置いた。

その肉を包丁で骨から剥がすように切り落とした。

切り落とされた肉を木製の串で刺し、暁月に手渡した。

「おぉ、美味しそう!」

「ははは!代金は要らねぇから味わってくれ!」

「本当!?頂きます!」

 そして暁月は焼かれた肉に齧り付いた。

 齧り付いただけで噛み切れはしなかった。

 この集落の肉は高価ではあるが質は良くはなく、ほとんどが固い肉で好き好んで買う人は少ない。

 しかし、身体を強く形成する為の栄養があり、集落の若い男達は頑張ってその肉を貪る。

 その肉は暁月達にとってただただ固い肉でしかないが…

「流石に1回じゃ噛み切れないか!ははは!」

 男は楽しそうに笑う。

 暁月は固い焼肉から出る肉汁をしゃぶりながら、歯で何度も同じ部位を噛んでは擦切るように顎を動かす。

その顔は男から見ると、目はニコニコしてるのに口は険しい、同時に2つの表情が出ている様子だった。

集落の人間が知る暁月の顔は良い笑顔か、緩んでいる顔なのだが、険しく顔を歪める暁月の顔は珍しいのだ。

 そんな珍しい顔を男は何度も見ていたりする…例外は除いて…

少し経つとやっと齧り付いた部分が切れて、串の肉と口の中にある肉とが切り離された。

「うんうゆ…おいひい……じゅる……」

 肉を食べる為に出てきた唾液が思わず暁月の口から垂れそうになるが、それを吸い込んで飲み込む。

「んぐ…もぐ……」

 口の中で再び同じような動作が行われる。

噛み切った分串と一緒に粘る必要も無くなった為、楽にはなっている。

「おー、頑張ったな!また欲しくなったら来ればいいぞ。まだ肉はあるからな!用事があるんだろ?足止めさせて悪かったな」

「はぅい!ひつもありがほうごはいます」

 暁月は笑顔で礼をした後、片手に焼肉の串を持ち、顎を動かしながら歩き始めた。

 ルナが居たら叱られる食べ歩きだが、用事もあるので食べ歩きする。

 すると、1人の女子が足早に暁月に寄ってきた。

 

 

 同い歳や1歳差の集落の女子達からは、少年は『集落のどの男子よりも魅力的』という完全に恋愛意識の対象でした。

 全ての女子達がそうではありませんが、6~7割の女子達は暁月に恋愛感情を持っている程です。

「ねぇねぇ…!どうする?声かける?」

「で でも、今アカツキくんはお肉食べてるからちゃんと喋れないんじゃない…?」

「そうだよ、またの機会にでも」

 少しだけ時間が戻って、今の暁月は串の焼肉に齧り付いていた。

 それを少し離れた辺りから女子達は見ていた。

「あぁもう…!そう言って何回逃してきたの!暁月くん色んな人に呼ばれたりするから中々大変なんだよ!」

 建物の陰から顔を引っ込めて、連れの2人に説教するリーダー的な女子。

「ふえぇ…」

「仕方ない気がするよ、あの人と話すのは誰もが楽しいとか嬉しいとか言う程だし」

 気弱な女の子と無表情な女の子が反応する。

「思うんだけど、私達に構わず1人で話しかけに行けば良いんじゃないの?」

 それに対してリーダー的な女子は、様々な感情が入り乱れた顔になる。

「だ だって!私だけ抜け駆けするのもあれだし?不平等というかやっぱり2人にも悪いし?」

 無表情な女の子は、溜息を着く。

「はぁ…ようは恥ずかしいんだね」

「…!!」

 リーダー的な女子は図星だったようで、顔を真っ赤にしていた。

「てか先に手を打たないと、他の人に取られちゃうよ。他にもあの人を好きな人沢山居るんだよ」

「わ わかってるけど…あぁー!」

 真っ赤な顔を隠して、伏せてうずくまってしまった。

 立場は逆転して、いつの間にか説教され返されている状態になっていた。

 それに追撃するように、無表情な女の子はドンドン正論を突き付けるように言葉を発し続けた。

 

 そんな中、気弱な女の子は建物の物陰から暁月を見ていた。

 暁月は今肉を噛み切り終わった所だった。

「(髪とか顔とかやっぱり女の子みたい…身体とかどんな感じなんだろ…)」

 暁月の服は、年中長袖長ズボンで身体の肌は全く晒されない見た目になっている。

 誰一人暁月の体を見た人は居らず、集落の男達や女子達は色んな想像をする。

『本当は丸い体型』『筋肉が凄く出ている』

『傷とか怪我だらけ』『逞しい体付きしてる』等全く不明で憶測が飛び交う。

 この気弱な女の子は妄想の中では強気で色々考え込む女の子だが周りの目とかを気にして行動に移せない子だった。

「ブツブツ……」

 そして思わず考えてる事を呟いてしまったりする。

 後ろではまだ説教が続いている為、その声は掻き消されていた。

「どうしよう…お肉食べてるし、喋れないし、うーん…」

 まじまじと暁月を凝視していると、ふと暁月の手に目が行った。

「……あっ」

 それはそれは綺麗な手だった。

 指がすっと長く綺麗な形をして、大人の女性かのような繊細な手。

 それを見て思ったのは、

「触ってみたい…」だった。

 

 少しして暁月は動き出した。

それに合わせて気弱な女の子は覚悟を決めて、建物の陰から身を出して足早に近づいた。

後ろの2人は足音に気付いて、呆気を取られた。

 

 暁月に1人の女の子が近寄ってきた。

見た目は気弱そうだが足取りは強気で勇気のある感じの子だった。

「あ あの…!握手しても良いですか…!」

 当然、無視はしない暁月なのだが、口にものがあるので頷くことぐらいしか出来なかった。

串を持っていない方の手を女の子に差し出して、顔はにっこりと笑った。

 女の子は頬や耳を赤く染めながら、礼を言った。

 ゆっくりとゆっくりと暁月の手に女の子も手を伸ばしていく。

 

 

 初めて父親以外の異性の手を握った。

その初めては初恋の人で、片思いなだけの関係だけど嬉しかった。

そして初めては優しい握手だった。

私の事を全く知らないだろうに、とても優しく握ってくれた。

私はその手をもう片方の手も使って、両方の手で包むように触れた。

 繊細な肌で見た目通り女性のような手でありながら、手の甲は固く軸がしっかりとしてる指は男性な感じだった。

 そして、手が少し冷やかに感じられた。

「…ンっ…あのさ、時々物陰から僕の事見てたよね?」

 突然の言葉に動揺した。

「え、あっ、ご ごめんなさい!」

 気付かれてたんだ…やっぱり視野が広いというかなんというか…

というより、今お肉飲み込んだの…?

私なんかの為にわざわざ……

「謝ることは無いよ。もっと気軽に話しかけに来てもいいんだよ?僕も楽しいからさ」

 そう言って私に他の人と同じように満面の笑みを見せてくれた。

離れて横から見ていた笑顔なんかと比べると、まるで違った。

輝かしく温かい笑顔。

元気を分けてもらっているようなそんな笑顔。

「は はい…」

 いざ近づくと分かった事があった。

アカツキくんは見た目通りのとても優しい人だ。けれど、私…いや、私達にはとても釣り合わない人だった。

何か根拠がある訳じゃないけれど、直感的に私達じゃ駄目だと悟った。

「あ あの!時間とってごめんなさい!握手ももう大丈夫です!」

 アカツキくんの手を握っていた手をサッと引っ込めた。

「そう?ほんの一瞬だから気にする事ないよ。またね!」

アカツキくんの手を握っていた手を触る。

私はもう満足だ。

 

 

 暁月は他にも寄り道をしながら、歩いていきます。

 暁月と話す人は皆笑顔になって行きます。

 




お疲れ様です。
4話はもう少し早く書ければ書きます。はい。


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第4話「集落のアカツキ」後編

意外と早く終わりました。
後編なので3000字ちょっとです。
武具店兼鍛冶屋の話です。


沢山寄り道した暁月が辿り着いた目的の場所は武具店でした。

ここは武具店と鍛冶屋の両方合わさった店です。

見た目は小綺麗で、一見武具店とは思えない程に看板もオシャレに『Moss agate(モスアゲート)』と書かれています。

 

扉を開け、同時にドアベルが心地よい音を店内に響かせます。

店内の中心にはガラスを多く使ったショーケースが設置され、中には刀身の短いナイフから長いナイフ、鉄の篭手(こて)や革の鞄や鞘が並んでいました。

店内の壁には革や鉄の防具と楯が掛けられ、壁際の

ショーケースには手入れ道具や包丁が丁寧に整えられて並べられていました。

刃物達はまだ手に入りやすい値段ですが、防具系は胸や肩等しか守れず軽装なのに値段はとても高価でした。

暁月はそれらを眺めながらゆっくりとウロウロしていると、店の奥から1人の女の子が出てきました。

髪で目は隠され、体も小さく見るからに陰気な女の子でした。

しかし、この集落では珍しい黒髪で、とても美しい黒髪です。

「あ…いらっしゃい。アカツキくん」

「やぁ、エスメラルダ!預けてたものは出来てる?」

「うん…ちょっと待ってて、持ってくる」

「はーい」

エスメラルダは店内の奥へ向かうとすぐ帰ってきた。

手には革のアタッシュケースを持って、カウンターテーブルにそれを置いた。

「本当はその日には返せたけど、一応私もちょっと手入れしておいたから、大丈夫だよ…」

「本当?もう少し残っとけば良かったかな。でもエスメラルダが点検してくれたんだから、心配ないね!」

「へへ…」

エスメラルダは笑みをこぼして、照れたように頬をかく。

暁月もそれを見て笑った後、馴れた手つきでアタッシュケースを開けた。

そこには4本のナイフが入っていました。

《カランビットナイフ》

《ダガーナイフ》

《クリップポイントナイフ》

《バタフライナイフ》

これらの四種類の異なる刃と形状のナイフがアタッシュケースには入っていました。

「《七日月》《半月》《望月》《新月》…うん、全部ある」

それらのナイフを暁月は一つ一つ手に取り、強く握ります。

《七日月》と言われた《カランビットナイフ》は鎌状の刃と持ち手に輪がある一見奇妙なナイフで、鉤爪(かぎづめ)のようなこのナイフは、突き刺して引き裂く事で深い傷を作り出します。

《半月》と言われた《ダガーナイフ》は両刃の刃と円柱状の柄を持つシンプルな形状で、多種多様に扱える便利なナイフです。

《望月》と言われた《クリップポイントナイフ》は片方に刃がある典型的な刃物で、動物の血抜きやトドメに使われる突き刺す事に向いているナイフです。

《新月》と言われた《バタフライナイフ》は一つの両刃に二分割された(みぞ)のある柄が付いた折り畳みナイフで、用途は特別無く単純な折り畳みナイフです。

刀身は鏡のように磨かれ、刃はとても鋭く斬れ味も良さそうです。

「ふふっ…」

「ん、僕何か変な事した?」

「ううん…ただ、ナイフに名前を付けるのは面白いなって…」

エスメラルダはまだクスクスと笑っています。

暁月は自身の回りの特定の物に名前を付ける癖があり、それがエスメラルダの笑いのツボなのです。

暁月はナイフをアタッシュケースにしまい、閉じました。

「そんなに笑わないでよ!恥ずかしくなるじゃないか!」

「ふふっ…ごめん…。3ヶ月ぶりに聞くとなんか面白くて…」

クスクスと笑うエスメラルダに、暁月もつられて笑い始めました。

 

 

二人の笑い声やっと落ち着いた頃、奥から一人の年配の男が出てきました。

エスメラルダの後ろを通って、カウンターテーブルの棚を乱雑に開けます。

長い白い髭が伸び、先の部分は所々焦げています。

目付きは悪く、顔や手、服も炭と油で汚れ、如何にも鍛冶師という見た目をしていました。

そして息切れをしているように、荒い呼吸をしていました。

「おじいちゃん…今日はもう休んでいいんだよ…?」

「休んで居られるか……まだ注文が残ってる……」

「そんなに息切れしてたらもうダメだよ…そろそろ自分の体の事を…」

「なら、俺に変わって全てをこなせるか?」

「………」

エスメラルダは黙り込んでしまいました。

鍛冶師の名前は、ジェイド。

この武具店の刃物や防具、鞄や鞘は全てジェイドが作り出した物で、この集落の全ての刃物はここから生み出され、流通しています。

他に鍛冶師は居らず、集落の唯一無二の存在なのです。

「俺にものを言う時は出来るようになってから言え」

「はい……」

ジェイドの作る刃物は【ノーネーム】の面子も一目置くほどで、彼らの一部面子はそれぞれ熟練された業物を所持して居ますが、それに引けを取らない程の斬れ味を創る職人です。

現に【ノーネーム】の光と美雪は、包丁を愛用しています。

「ふん…」

ジェイドは暁月をチラリとみて、店内の奥へ消えていきました。

「ごめんね…」

申し訳無さそうに、エスメラルダは暁月に謝りました。

「大丈夫だよ。いつもいつもあの刀身を汚してるのは僕だし…!」

暁月はいつもここにナイフを渡す時には、黒の艶消しが施され本来の鏡のような刀身を汚していました。

「それに、エスメラルダは大丈夫?」

「うん……大丈夫…」

「本当に大丈夫なのかな?」

暁月は手をエスメラルダの前髪に伸ばして、それを軽く捲りました。

そこには美しいとしか言えない緑の瞳がありました。

宝石のような綺麗な緑色で、それだけであらゆるものを魅了するほどです。

そして、その瞳はキラキラと輝いています。

エスメラルダの目には涙が溜まっていました。

「大丈夫じゃないね?エスメラルダ」

「………うん」

エスメラルダは暁月の手をゆっくりと離して、カウンターテーブルを離れ、暁月の隣まで歩み寄ってきました。

「いつもの?」

「うん……」

暁月は腕を広げ、エスメラルダは暁月に抱き着きました。

そして広げた腕を優しく締めて、お互いに抱きしめ合いました。

だいぶ前からエスメラルダは暁月に対してこの行為をお願いしていました。

理由こそ分かりませんが、彼女にはとってとても落ち着く状態なのだそうです。

暁月はそれを追求せず、ただただこうして優しくエスメラルダを抱き締めてあげていました。

2人の身長差は目に見えて分かるほど違いもあり、暁月の首辺りにエスメラルダの頭が来ているので、そこそこ身長差がありました。

そして、この状態を今まで誰にも見られていないのが凄い事だったりします。

もし2人が抱き締めあっていると分かれば、たくさんの女子達がエスメラルダを羨み妬む事でしょう。

それが何故か誰にも知られていないのは、不思議な話です。

 

そんなこんなで1分が経った頃、エスメラルダはゆっくりと暁月から離れ始めました。

「……ありがとう」

「どういたしまして!」

エスメラルダは目を擦って涙を拭いとると、再びカウンターテーブルに戻りました。

「じゃあ、会計するね…」

「はーい」

エスメラルダの提示した金額に暁月は紙幣を何枚か出し、紙幣と小銭をお釣りとして受け取った。

「ありがとう!じゃあまた来るね!」

「うん…またね……」

カウンターテーブルのアタッシュケースを手に持って、暁月は武具店を後にした。

その後ろ姿をエスメラルダは手を振って送り出していました。

その顔はとても寂しそうでした。

 

 

 

アタッシュケースを持った暁月はサクサクと帰宅します。

別の用事に備えて、準備があるからです。

足早に踏み固められただけの道を歩んでいきます。

すると流れる視界の中で、暁月は奇妙なものを見ました。

「………?」

それは一瞬でした。

長い白金の髪がチラリ視界の端に通り過ぎ、同い歳の女性のようにも見えました。

この集落で暁月はそんな髪色と女性を見た事ありませんでした。

それに興味を引かれて、振り向きました。

後ろにはその人はいませんでした。

暁月自身何故振り向いてまで興味を持ったのか分かりませんでした。

それを気になりながらも、暁月は山の上の家へ戻って行きました。

 

 

 

 




お疲れ様です( ˘ω˘ ) スヤァ…
次は簡易戦闘ありきの行動目的開示、そんな感じの内容になるかとおもいます。


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第5話「楽な任務」

戦闘シーンというか、暁月の殺り方がよく分かる話です。
後半、だいぶ雑く書いてるので、サッと読んでも構いません。
あと任務遂行中、ゲームのチュートリアル的な感じで想像すると分かりやすいかも。


集落に訪れた日付が変わる直前の夜中に、暁月は部屋で身支度を整えています。

昼とは打って変わって、暗めの色で構成された服装を着込んでいました。

上は黒いジャケットに黒のシャツと紺のインナー。

下は黒のスキニーパンツに膝下までのあるブーツ。

基本的に隙間なく締まった感じで、動きやすさ軽さ柔軟さを重視した服装になっていました。

「えーと…あとは…」

壁にかけてあったフード付きマントを羽織り、腰の後ろのベルトに小さな黒革の鞄を付けて、服装的な身支度を済ませました。

次は机の上に並べられた4本のナイフ。

刀身は既に黒く施され、鞘にも収められ、それらは鞘と共にそれぞれの部位に装備されていきます。

七日月(カランビットナイフ)》は右腰に、《半月(ダガーナイフ)》は左足の外太腿に、《望月(クリップポイントナイフ)》は左腕の前腕に、《新月(バタフライナイフ)》は腰の鞄の隣にそれぞれ装備されました。

そして、最後に壁に立て掛けられた一つの刀。

これも黒が特徴的で、刀身は鞘に収められていました。

その刀も左腰にぶら下げられました。

 

鞄に多少の道具を入れていると、部屋の扉がノックされました。

暁月がそれに返事をすると扉が開かれ、現れたのは光でした。

コートを羽織り、腰には赤を基調とした刀、双眼鏡とライトのようなものを首にぶら下げていました。

「暁月、準備は出来たか?」

「もうちょっとで終わるよ」

「そうかそうか、今日は俺も着いていくからな」

「え?そうなの?」

喋りながら暁月は手の感覚で腰の鞄の中を整理します。

「今回は駐屯地だが、人は少し多い。上からの索敵と報告は欲しいだろ?」

「そうだね~意外と今回は楽かな?」

「一人でやる負担が減るから、まぁ楽だな」

暁月は腰を揺さぶって、中身が揺れない事を確認する。

「よし…!」

「準備出来たか?じゃあ行くぞ」

2人は部屋の電気を消し、1階の玄関へ向かいました。

 

 

1階にはルナと美雪、アウロラが壁際の座席に居ました。

美雪は机に突っ伏して眠っており、アウロラはウトウトしながら魔力で生成した火を指から出し、ルナはその火を使って焼かれたマシュマロを食べながら、美雪の頭を撫でていました。

そこに暁月と光の2人が降りてきました。

「……さっきも見たけど相変わらずなんだこの絵面」

「マシュマロ美味しそう…」

2人はそれぞれ言葉を発すると、ルナはこちらを見ました。

「行ってらっしゃい、すぐに終わると良いな」

ルナは見送るセリフを言いました。

「行ってきます、ルナさん。美雪とリーダーをちゃんとベッドで寝かしつけといてくださいよ?」

「行ってきます!ルナ姉!」

「あぁ、安心して良い。後で部屋まで連れて行こう。暁月、気を付けてな」

そうして2人はここを後にした。

そして、アウロラは眠気の限界が来たのか火が弱まると、ルナに顔を叩かれ、火を維持し続けました。

「貴様は私が満足するまで、起きていろ」

「うぃぃぃぃ………」

 

 

 

【ノーネーム】

悪行を働く組織や非公式団体、凶悪グループを排除するグループ。

と言っても、そこまで複雑な目的ではなく、ただただ正義を持って戦っているだけの簡単な話。

遊ぶ時は遊ぶ、戦う時は戦う、各々のしたい時はそれをする、そんな話。

依頼等は受け付けていない。

リーダーという存在はあるが、上下関係は無く自由なグループで、メンバーも変化なく結成された時からの《罪の炎》を所持しているほぼ固定面子。

言うなれば、自由なグループ。

 

 

暁月と光は北の山の草むらに隠れて、モヤモヤしている黒いものに近づきました。

「行くぞ」

「了解」

2人はそこへ足を運び、姿を消しました。

このモヤモヤは様々な場所に行く事が出来るようになっており、帰りも同じ所に来ればこの土地へ帰ることが出来ます。

なお、向こう側からこちらへ来る際《罪の炎》がない場合、即死します。

どういう原理で存在しているのかは謎です。

 

 

 

モヤモヤを抜けると、そこは森林の中でした。そしてその木々達の奥にはライトで明るく点灯されている目的地の駐屯地があります。

「よし、じゃあ俺は少し離れた所に高台があるからそこから見る。真上からじゃないから死角はあるのは許せよ」

「分かった。じゃあよろしくね!」

「マイク付けとけよ」

「はーい」

光はそう言い残すと、すぐに姿を消しました。

暁月はフードを深々と被ると木の影に隠れながら、素早く前進していきます。

 

150m程の進んだ頃、暁月の耳に付けてある通信機から声がしました。

『暁月、今俺は南東側に設置された高いスポットライトの上にいる。あとどのくらいで木を出られる?』

「多分、100mくらいかな」

『了解、駐屯地外側のどっかの壁に張り付いてくれ、そしたらこっちで確認する』

「了解」

暁月は前進していく。

森林の中には哨兵が居らず、周りを見ずに容易く前進出来ました。

30秒かけて駐屯地の壁に張り付きました。

『暁月、お前が見えた。そこから左を見て上のスポットライトを見ろ。俺がライトで点滅させているのが分かるか?』

光の言う通り、スポットライトの方向を見ました。

すると強い光に隠れて、弱い光が点滅していました。

「見えたよ」

『よし、じゃあ塀を越えて、すぐ側にテントがある。そこへ行け。その高さなら余裕で越えられるだろう。』

「了解」

コンクリートの塀の上には有刺鉄線が張り巡らされていたが、それを難なくと暁月は飛んで越えた。

越えると光の言った通りテントがあり、そこに伏せた。

『ちょっと待てよ……北方向にヒューズボックスがある。電源を落とせば優位に立てるぞ。待て…お前の近くに哨兵が居る。1人だから始末しても良い』

「分かった。北に向かいながら、道中の敵は屠っていくよ」

暁月はしゃがみながら、素早く移動を開始した。

足音なんてせず、服装の事もあり暁月は闇に溶けて駐屯地内を動き回る。

そして、光の言った哨兵のすぐ近くに来た。

暁月は《望月》を抜き、ゆっくりと近寄った。

 

 

明日、持ち場が変わるのに何故警備させられるのかが不満だった。

どうせなら明日に備えて眠らせて欲しいものだ。

通信のマイクを切って、大きく溜め息をする。

こんなに人も明かりも多いんだ、少しくらいサボってもバレないだろう。

とか言ってたら、突然右足首に鋭い痛みが走った。

「イッ…!?」

あまりの痛さに足の力が抜け、後ろに倒れ込んだ。

このまま行くと尻を思いっきりぶつけるが、そんな事はなかった。

何かに優しく抱えられ、口を塞がれた。

「おやすみなさい」

そう耳元で聞こえたあと、俺の首に鋭い刃物が突き刺された。

その瞬間、痛みと恐怖が入り乱れて何も感じなくなった。

ただゆっくりと体はだるくなって、意識も…もうろうとして、ねむく…なって…………

 

 

それは数秒の出来事でした。

哨兵の後ろから暁月は《望月》を哨兵の足首に刺し、バランスが崩れ落ちてきた上半身を支えて足首からの流れで哨兵の首に突き刺しました。

そして絶命したのが分かると《望月》を抜き、血を払って鞘に納めました。

『おやすみ』

屍になった哨兵を暁月はテントの影に隠しました。

ここはあまりに隠せる場所が少なく、野ざらしになってしまうので、バレたら警戒されてしまうでしょう。

「急いで進むね」

『分かった』

しゃがむ事をやめて、素早く移動し始めた。

『最短のルートは哨兵が複数いる。明かりも多いから少し遠回りに行け』

「了解」

多く並ぶテントを抜ける。

中は静かでここはどうやら、仮眠を取るテントらしく、多くの兵士は眠っていました。

 

 

 

『正面に哨兵2人、……そいつら倒したら向こうに行きやすくなるな…スルーしてもいいけど』

「殺るよ」

後ろに手を回して《新月》を取り出し、回して刃を出し、柄を固定して刃側をつまみ、即座に距離を詰めました。

「ん?」

わざと音を起こして、こちらを向かせました。

そのタイミングで《新月》が投げられると、1人の兵士の目に突き刺さり、その痛みや咄嗟の事で後ろに倒れ込みました。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」

「なんだ…!?」

同時に《七日月》を抜かれると輪に人差し指を通し、滑り落ちないように持つと、もう1人の兵士は素早く反応して銃を小さく腰に構えた。

銃口は暁月の頭を狙って上向きに向いていたが、暁月は全身の重心を前にそして低く落とした。

そして《七日月》の刃が兵士の足首に深々と突き刺さった。

「…!?」

暁月により銃口を狂わされ、そしてタックルに近い形で突っ込んできたので兵士は膝立ちで耐えて、《七日月》で刺された足はまるで地面に釘付けされたように固定されていました。

しかし、それは暁月も同じく、突っ込んだ反動で膝立ちで兵士の足を突き刺しているので動けません。

兵士は素早く反応しました。

暁月の首を掴んで、手に持った銃を再び暁月に向けると、それは発砲されず終わりました。

「ぁ………」

暁月の《七日月》は足首から膝まで紙のように肉を引き裂き、膝から刃はそのまま一直線に飛んで首を裂きました。

ほぼ即座に絶命し、構えた銃と共に上半身もパタンと落ちました。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……!痛てぇ!」

そして《新月》を投げられた兵士は叫び散らかしのたうち回ります。

『まずい、そっちに複数の兵士が向かってるな』

暁月は静かに《七日月》をその兵士にも同様に首を引き裂きました。

そして声が静かになると兵士の動きも静かになりました。

「バレたなら仕方ないかな…」

『……援護してやるから電源落として来てくれ』

「了解~」

 

 

駐屯地内でサイレンが鳴り響き、騒がしくなる。

バタバタと足音が増える。

上官らしき人が指示を出す。

それに従って多くの兵士が行動し、駆け足で駐屯地内を駆け回る。

そんな時、突然あらゆる光が消え失せた。

幸い、テント内のランプや武器のライトを有効活用して光を増やした。

ヒューズボックスを見に行った兵士は、叫び声を上げて次々と静かになって行った。

次に起こったのは、銃声だった。

しかしそれは上に向けられて撃たれる時もあれば、横に向いて撃たれ、誤射を招き、負傷者を増やした。

水滴なような物が顔に付着した。

漂う鉄のような匂い。

それはどんどん淀んで、確実な死の匂いと感ずいていく。

光、足音、熱、気配、あらゆるものが減っていく。

ヒューズボックスへ向かう。

その間に沢山の叫び声、銃声、呻き声、助けを乞う声が混ざり合う。

それらは数秒足らずで次々と減っていく。

ヒューズボックスの電源を入れ直す。

あらゆるものに電気が通る。

そして、光が灯って見えたのは地獄だった。

 

 

 

暁月はヒューズボックスの電源を落とすと、左腰にぶら下げていた刀を抜きました。

その刀身は暗くて良く見えませんが、黒いのは確かでした。

「落としたよ。ここから殲滅していく」

『了解、銃弾には気を付けろよ。俺も降りる』

そこから挟み込むように、暁月はその刀を使って片っ端から斬っていきました。

彼らが暁月を視認した時には遅く、あらゆる部位は撥ねられるか斬り裂かれるかでした。

一方、光は刀はぶら下げたまま、1人1人後ろに這い寄って、首をへし折りました。

1人…また1人……暁月達によって数多く存在した命は絶たれて行きます。

2分すると電源が入れられ、明かりが灯りました。

生き残っていた1人が電源を入れたようです。

暁月はヒューズボックス目指して駆け寄ると、1人の兵士がガクガクと震えながら、駐屯地中心の空間を見ていました。

そこはもう首や腕、足等本体と離れどれが元の体だったのか分からず転がる死体と首があらぬ方向を向き倒れている死体が転がり、血も沢山流れていました。

「あっ……」

「貴方が最後だね。大丈夫。痛みなく殺してあげるよ」

そして、滑らかに刀が振られると同時にその兵士はこの世を離れた。

 

 

「あっという間だったな」

いつの間にか後ろに居た光が言いました。

「この前より人の数が圧倒的に少ないし、範囲も狭いから凄い楽だったよ」

「遂行時間は…10分も掛かってないな」

「……うん!早く帰ろう!」

「だが、一応ここを捜索してから帰るからな」

「そっか…分かった!」

2人は駐屯地内にある武器や資料、使えそうな物を探りながら倒れた一人一人の生死を確認して行きます。

そこで得た物は多少の弾薬だけで、特に目立った物はなく、美雪の為の弾薬程度しか確保出来ませんでした。

「ライフル系統の弾が今足りてなかったから助かるな…でも、美雪の欲しい弾かは知らないが…よし帰るか」

「駐屯地だから少ないね」

「まぁ…こんなもんだろ」

片手に弾薬を詰めたバッグを持って、2人は帰路に着いた。

 

 




お疲れ様でした( ˇωˇ )
正直言うと細々とした設定というのは無くて、だいぶ雑な内容です。
次何書くかは未定ですが、もう2人ほど別視点で任務遂行の描写は書いときたいなという感じです。


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第6話「輝ける暗い街」

どうも、やっと書き終わったのでササッと投稿しちゃいます。
次もまた時間かかるのでよろしくお願いいたします( ˇωˇ )


 暁月と光が任務に(おもむ)く少し前にも、とある2人が任務に出向いていました。

暁月達は【現代】に分類される土地へ行きましたが、

その2人は【未来】に該当する土地へ赴きました。

 

「バトルロワイヤルか……だから俺を呼んだのか、夜冬」

「そそ、1人でやれるかな〜って思ったら、2人以上5人未満で組んで来いって言われてさ。この手の時代ならお前の方が分かってるだろ?ユウト」

 十六夜夜冬(いざよいよると)沙慈(さじ)ユウトは鈍い灯りが点々と照らされている道の壁に貼られた1枚のボロボロのポスターを見ていました。

「実際、この手の荒事はラクリマさんの方が向いてると思うが?」

「ルナさんはなぁ…お前より強いから頼りにはなるんだが…俺も斬られかねん」

「まぁ、そうか。容赦が無いからな」

「そうそう…」

 夜冬は頷いて、溜め息を着く。

「戦力としては劣るが、【未来】なら俺も楽だ」

「助かるよ。ターゲットはこのバトロワのチャンピオンだな。後で俺のスーツを貸してやる。情報はその時に」

 夜冬の手にはアタッシュケースのようなものが2つありました。

「了解」

 2人は暗い空の下、眩しい程に輝いているスタジアムへ向かって歩み始めました。

 

 

 この世界は【現代】【未来】【過去】と分かれて隔てられている。

それぞれの時代の文明は交わらず、干渉もしない。

繋がっているようで繋がっていない。

不思議な世界。

それぞれの時代にも分岐や特徴がある。

輝かしい発展を遂げ、人々が平和な【未来】もあれば、

醜い争いで過去にも劣る、廃れた【未来】もある。

今回2人が来たのは廃れた方の【未来】だった。

 

 

「………」

 2人は静かに周りの様子を伺います。

遠方にはまるでそこだけが太陽に照らされているかのように明るいスタジアム、その下からも光が伸びている事から住宅か商業区かという感じでした。

スタジアムのある場所がこの世界の中心部であり、唯一活気のある場所です。

逆に言えば、その他の場所は無法地帯に等しいでしょう。

今2人が居る場所は薄暗く電気が付いていますが、もっとスタジアムから離れた所では真っ暗闇です。

いわゆる、スラム街。退廃地区が殆どでした。

そこらは酷いものになっていました。

建物は半壊、割れてないガラスなど1つもなく、道端は痩せ細った人が倒れ、呻き、または死んでいました。

ネズミや見たことの無い鳥が死体を啄み、喰らい、血肉を撒き散らして、糞をして、異臭を放ちます。

そして、中には肉からはうねうねとした寄生虫が姿を見せていました。

「全く……反吐が出る……」

「そこそこ酷いな。まぁこの廃れ方はどの世界でも有り得る話だけど」

 2人は軽い会話を紡ぎます。

「腕に注射の痕がある奴が何人も居る…手本のような廃れ方だ」

「あぁ、お前の世界もこんな感じだったよな?」

「そうだな…酷く醜い環境だったよ」

 そんな事を話しながら2人はどんどん進んでいきます。

 

 

 スタジアムを中心にして渦を描くように道が複数敷かれている事が分かりました。

中心に近付くに連れて、住人の健康具合は良いものでした。

喋れる人、立ってウロウロする人、そしてさっきまで死体すら見つからなかった女性達が居ました。

 その中にオシャレな男達が財布を握って歩いていましたが、理由はすぐに分かりました。

建物の影や中で淫行を行っていました。

中心部の人間がこの地域の女性と金を使って淫行し、各々の欲求を満たしていました。

 しかし、貧しい環境ゆえ体は貧相です。

だから少しでも豊満な体を持つ女性が居ると、男達は寄って集って集まります。

「………」

「はは、良いねぇ。俺はああいうのは好きだぞ」

「悲しいな、女としてなら好きな男に抱かれるのが本望だろうに」

「そんなのは人の自由だからな。まぁ…こんな時代じゃ無理もないな」

「──さっきの地域に女が居なかったのは、こうやって稼いでより良い場所に移るためか…男じゃこんな方法じゃ稼げない。だから野垂れ死んだ」

「でもだ、ユウト。多分この地域も直に廃れる。今度は女性も死ぬ事含めてな。貧相な女性は強引な方法で金を稼いで子を孕んで売って出ていくか、そのまま稼げず死ぬかだからここに少なからず女性は1人は確実に残る」

「やけに詳しいな、お前」

「エロいことに関しては一流だぜ!」

「訳が分からん」

 2人はどんどん歩いていきます。

 

 

 20分程でスタジアムの下にたどり着きました。

 そこはまるで光の花束のように輝かしく眩しい場所で、さっきまで通ってきた道とは大きく違い発展していました。

「このスタジアムは観覧席的な感じだな。真ん中に特大のモニターがあって、そこで戦うヤツらはまた別の所で戦ってるそうだ」

「じゃあまた移動か?」

「いいや、エントリー済ませれば待機して、集合時間に俺たちは輸送されて自身でフィールドに落下する。故に落下に対策する必要があるんだ。めんどくさいけどな」

「だから、お前のパワードスーツか……」

「もう他にも着てるやつ居るだろ?俺たちが着るやつとはまるで違うがな」

 既にスタジアム付近の所々に参加者と思わしき機械を纏った人間が多数居ました。

腰辺りにジェットパックのような物が付き、体の周りを薄い板のような物で覆う人、体全身を合金で覆い3m程にもなるぐらい大きいスーツを着る人も居ました。

 そして【現代】には無い銃や剣らしきものを所持し、中にはスーツに備え付けた装備を武器としていました。

「とりあえず、目的のチャンピオンと同じ試合にエントリーするから当分は待機だな」

「了解」

 

 

 

 1時間程経ち、あと数分でエントリーする試合の集合時間です。

「そろそろ着るか」

「……そうだな」

 2人はアタッシュケースを背中に回して取っ手を両方の手で左右に引っ張り開くと中には機械が詰め込まれていました。そこからアームが飛び出し体に固定されると、次第に取っ手部分から1枚1枚の小さな装甲が並ぶように指先から肩、背中まで張り巡らされ、そしてアタッシュケースの中身が押し出されそれが胴体から足まで同様に装備されます。

2人はあっという間に体がパワードスーツで隠されました。

「どうだ?合ってるか?」

「あぁ…動きにくいがな」

「そんな事言うなよ~、代わりに防御力は桁違いだぞ」

「任務の時、いつもこれ着てて体痛まないのか?」

「慣れてくると全然だぞ?」

「そうなるのか」

「そうなります」

 するとユウトはパワードスーツの装備を確認しました。

「ん…?《グラップリングフック》か?」

「完成したから一応搭載してみた。気に入ったらそれ限定で作ってやるぞ」

 ユウトのパワードスーツの左手首に親指と同じぐらいのボックスとフックが付いていました。

「ボックスにフックを飛ばす機構と特製のワイヤーを巻き取る機構がある。一応邪魔にならない程度に小さくしたつもりだぞ」

「有効距離は?」

「20mってところかな、小さい分距離がな…」

「分かった」

 2人は喋りながら、スーツに不備がないか見回す。

「そう言えば、防御力は桁違いと言ったな。今回のスーツはどれほど耐えるんだ?」

「美雪さんが持つ《バレットM82》系の対物ライフルを同じ場所に5回撃たれるとやっと装甲が壊れて中身を晒す。それまでは衝撃こそあるけど貫通はしないし、壊れてからやっと中身にダメージを与えられる」

「なんだ、試してもらったのか?」

「着ないと試せないから、ヒヤヒヤだよ。普通より強いエネルギー持つ弾丸が下手して俺の腕飛ばさないか不安だった」

「腕あるから無事だな」

「本当だよ」

 そうして2人は装備の確認を終えて、集合場所に向かいました。

 

 

 集合場所は200人入ることの出来る大型輸送機内でした。

 色んな会話が混じり、壁を反響して、機内は随分とうるさい空間でした。

「うるさいな……」

「まぁ全員が乗ってるんだしな」

「この間に目標を仕留めれば良いんじゃないのか?」

「チャンピオンだけど3人構成でオマケにチャンピオンは別輸送機で飛ぶから簡単に仕留められない。他とも違って装備悟られないように優遇もされる」

「行き当たりばったりか…」

「そうだな、面倒だけど試合をやるしかないな」

 広いようで狭い中ブザーが鳴り、全員が静まると放送が流れました。

 «諸君!よく集まってくれた!君達が今夜の最後の華を咲かせてくれるだろう!»

「「うおおおおおおおおおおおお!」」

 中にいる沢山の人が雄叫びをあげます。

 «君達は勇者だ!この試合は2年連続チャンピオンのメンバーが居る!彼らに勝ち優勝すれば英雄だ!そうすれば、『女』『金』『名誉』あらゆるものが君たちを囲む!»

 どんどん輸送機内の気合いが上がり、選手達の闘志は上がっていきます。

 «ルールを再確認だ!制限時間は2時間!今回は広大な夜の樹海マップで戦ってもらう!配布するデータに現在地とマップが表示され、10分ごとに全チームの居場所が分かる!征服させるも良し!いたぶるも良し!殺しても良し!リタイアするも良し!自由に戦ってスタジアムにいる観客たちを大いに盛り上げてくれ!»

「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 普通のようで過激なこのバトルロイヤルは、この世界の人間にはとても刺激的な戦いであり、多くの男の子はこのゲームに思いを馳せ、ここに立とうとする。

そして女性もこのゲームに勝ち残った男に惚れ、その強く勇気ある遺伝子を残そうとする。

 言わば、このゲームは殺し合いを伴った求愛行動である。

 

 そしてみな、闘志を燃やし、輸送機内の温度も上がり始めた頃、放送が切り替わり、警告音とアナウンスが流れる。

 «マップ内に到着まで10秒、全ハッチオープン。全ハッチオープン»

 "プシュー"と空気が抜ける音がすると、左右と後方の搭乗口の壁が開き、そこからは冷気を伴った強い風が輸送機内に流れ込む。

「寒いな…!」

「ユウト、首筋のスイッチを押せば、ヘルメットを出せる!寒いのは顔だけだろう!?」

「分かった!」

 スイッチを入れると顔を綺麗に体と同じ素材の装甲が覆い、中にはモニターが現れた。

《ユウト、これからは通信だ。このスーツは中から声が届かない》

《了解、結構寒かったのにヘルメット付けるだけでだいぶ変わるな》

《まぁな、スーツ内は快適な温度を保ってくれる。そして外側も氷結しないから凍ることは無い》

《スーツ無かったら、終わってたな》

《感謝しろよ?》

《そう言われるとする気が失せるな》

 2人は同時に深呼吸すると、この任務の始まりを告げた。

 

《ミッションスタート》

 

 




お疲れ様です。
今回の任務は前回に比べると少し長い物語ですので、他のキャラの登場はお待ちください。
次回もお楽しみに


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第7話「ファースト」前編

どうも多分お久しぶりです。
前いつ投稿したか、忘れましたが何とか7話分は書き終えたので、投稿します。


※第6話にて『バトルロワイヤル』表記でしたが、今話『バトルロイヤル』に変更してお送りします。


 冷たい烈風が輸送機内を駆け抜け、このゲームの開始を感じさせ、身を引き締まる感覚に追い込まれます。

«………»

もうこの時点で任務は始まりました。

無駄口を叩かず、ただすぐに訪れる降下時間に意識を向けます。

そうして、たった数秒で

«ゲームスタート。降下を任意のタイミングで(おこな)ってください»

バトルロイヤルが始まりました。

「お先に」「オラァ!」「行くぞ」

 外側に居る人間からズラズラと外へ向かって出ていき、機内から見える範囲で視界から消えました。

«ユウト、タイミングをお前に譲渡(じょうと)する。良いな»

«了解。俺のタイミングで飛ばせてもらう»

5秒の間に10人以上ずつ降りていき、輸送機内は瞬く間に人が減っていきます。

1分後にはもう数えられる程度しかいませんでした。

«降りるぞ»

«了解»

2人は両側のハッチから同時に飛び降りました。

 

 外はあまりに真っ暗で、どこに地上があるのか分かりません。

しかし、パワードスーツ性能により視界は確保され、地上に生える木々達の存在を確認できました。

故に体勢を変えて、抵抗を軽減し一直線に真下へ降りて行きます。

1秒1秒の間に輸送機から離れ、地上が近づいていきます。

木々の風に揺れる状態を確認出来る距離になったと同時に、

«ユウト、着地体制!»

2人は再度体勢を変えて、地面に足を向ける形で降下し、速度を落とします。

速度が落ちたとは言え、あまりに早い降下速度は逆に地上が自分に迫っているかのような錯覚にも陥りました。

 そうして木々達に呑み込まれ、勢い良く地上に着地しました。

地面や木が揺れ、止まっていたであろう鳥達も羽ばたいて行きました。

 

«………»

ユウトは地上に着地した際の衝撃が体全体を軽く潰しました。

足、手は痺れ、体は重く起き上がりません。

脳は呼吸だけを続けさせ、意識や麻痺感覚の回復を急いでいました。

«………»

その点、夜冬は無事に着地し、ユウトがすぐに起き上がらない事に対して駆け寄りました。

«まぁそうなるよな…あの高さは絶対的に安全なものを装備してないと確実に死ぬ。慣れてないのに麻痺で済んだだけマシか»

夜冬は膝を着いて硬直しているユウトを足で押し倒し、楽な体勢を取らせました。

«休んでろ、周囲の情報は探っておく»

夜冬は配布された端末を起動し、周囲の情報などを確認します。

《残り123人》《チャンピオン健在》

《────死因────、────死因────、────死因────………》

 文字による残り人数とチャンピオン生存、死因等のログが映されていました。

«もう121人か、そしてこの死因の数よ»

ほとんどの死因が落下死でした。

全員が同じパワードスーツを着ているかと言えば違い、それぞれ技術、性能、外観、耐性等が異なりました。

ほとんどの人はまず戦闘面での強化を施し、チャンピオンになる為に強くなろうとします。

それが仇となり、対策を怠って降下に対する絶対的な命綱を手放します。

チャレンジして参加までは強者。

降下で生き残れば勇者。

その中で戦い生き残れば英雄になります。

そんなゲームがこのバトルロイヤルなのです。

«全員が平等じゃないバトロワなんて久々だな。他のとこなら地面に着地するまでは安全を確保してくれるぞ»

夜冬は端末を操作し、マップを閲覧します。

そこにはマップ全体地図と参加部隊毎に点が打たれてありました。

«チッ…思ったより近くに居るな。先に潰すか»

«う…うぅ……»

移動開始と同時にユウトの声が耳に入りました。

«なんだ早かったな。だがまだ寝てろ»

そう言って夜冬は景色に溶け込んで消えてしまいました。

 

 

「おい大丈夫か?」

「何とか……」

「体の所々、枝とか地面にぶつかって痛え…」

 20歳ぐらいの男3人組が降下地点で休んでいました。

降下対策が施され、扱いに慣れている3人はユウトよりもダメージは少なく、スーツの性能を上手に使っていました。

「暗いからそうそう見つかる事は無いだろうし、音立てずに休もう」

「先に端末確認しない?それの方がいい気がする」

「それもそうだね」

 一番ダメージが少ない青のパワードスーツの男は、端末で周りを確認し始めました。

「ん…1部隊が近くに居る」

 端末を見ている男以外の2人は飛び起きるように立ちました。

 しかし、まだ打撲のダメージが残っており、フラッと安定しない立ち方でした。

「おいおい…無理するな。相手もナイトビジョン持ちじゃ無ければ、見つからない」

「だけど、相手が何人かも分からないし…」

「性能も分からないから………」

 台詞が途中で切れたことに違和感を感じ、問いただす。

「どうした?」

「いや……何か揺れた気が…」

「揺れたって…風だって吹いてるからそりゃ揺れるだろう?」

「???」

「まぁ、とりあえず移動しよう。視界が明瞭な分こっちは有利なはずだから」

「そうだな…」

 そして2人は周りをキョロキョロとして、簡易な索敵をしてるともう1人の男が木に背を預け、俯いていました。

「何してるんだ。行くぞ~」

「え…あぁ…」

「うたた寝でもしてたか?気楽だな」

 男が木から離れた瞬間、その背後が揺れました。

 男の顔の横から拳が現れ、その拳は頭を吹き飛ばしました。

「!?」

「おい!」

 瞬きをした時にはその拳は消えていました。

けれど、もう殴られた男は助かりません。頭はまるで空気の抜けたボールのようにへこみ、何より胴と繋がっていないからです。

その惨状に少しビビった青のスーツの男は、反応が鈍り判断も遅れました。

しかしそれでも分かるのは敵が見えない事、攻撃の瞬間のみ姿を現す格上の存在としか分かりませんでした。

当然、脳が動いていると体は鈍くなります。

故に、すぐに襲われました。

「ぐっ…」

 胸の丁度中心に何かがめり込み、同時にその正体も露わになり右腕が露わになりました。

その右手がスーツを貫通して中身まで達してました。

その腕を掴もうと手を伸ばした時に、もう1人の男が素早く反応し攻撃しました。

 "ガンッ"

景色が揺らいでいる所に攻撃し命中した重く響いた装甲の音は、攻撃した男にダメージが返ってきました。

「硬っ…!」

その反動で怯んだ男に、胸を抉られた男が投げつけられました。

「ひっ…!?」

「ウッ…」

 木に打ち付けられた2人に血に濡れた右腕がすぐに近づき、2人の腹部をその腕は貫通してめり込んで行きました。

「ぐ……はっ……」

"メキメキ"と2人の背後で音がします。

2人を越えて奥の木にまで先端は到達し、透明化している部分も肩まで見えてきました。

「気持ち…悪ぃ……」

「…………」

 腹を貫いている腕が脈を打つように内臓へ圧迫を繰り返していました。

1秒1秒があまりに長く苦しい感覚でした。

それが1分続きました。

 

 攻撃、反撃、防御を何もする気が起きずに、『今すぐ楽になりたい』という思考しかありませんでした。

"バキィ!"と大きな音がすると同時に腹から腕が引き抜かれ、2人は地面に倒れ伏し、血塗れた腕は消えていきました。

1人はもうとっくに力尽き、眠っていました。

 そうして辛うじて生きているもう1人も虚ろな目をして、何もせずただ亡骸となった友人の上で口をパクパクとさせていました。

そして、音の正体は木が折れた音でした。

ゆっくりと重い塊が速度を上げて2人に向けて落ちていき、その2人をそのスーツごと押し潰しました。

本来この衝撃でスーツは破損しませんでしたが、腹部に空いた穴から亀裂が走り、そして割れた装甲が体に刺さり木の重さで深々と刺さります。

 最後に生き残った1人も間もなくして、その人生を終わらせられました。

 

 

«夜冬…大丈夫か?»

«あぁ、手際が悪かったが何とか3キルだ。さっさと移動するぞ。チャンピオンの居場所は端末で分かる»

«了解…»

ユウトは起き上がると、体を馴らすように揺らし力を入れます。

すると、2m程先の正面に《クローク》を解除した夜冬が立っていた。

«この暗闇でクローク使われたら、相手は反撃も出来なかっただろう?»

«いや、軽く一撃貰った。痛くも無いが癪だった»

«相変わらず、戦闘し始めるとお前性格変わるよな»

«まぁ、その分苦しんで死んだから俺は良い»

«どうせ攻撃する瞬間だけクローク解除してたんだろ?性格悪いな、本当»

«言ってろ、行くぞ»

 そうして2人は、夜冬は再度《クローク》を使用し、ユウトは体を馴らしながら移動を開始しました。

 




お疲れ様です。
7話は前後半と分かれているので、後半も直に投稿します。
気長にお待ちください。

※追記
《クローク》は光学迷彩機能の事。


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第7話「ファースト」後編

8話の筆が波に乗ったので、ある程度早めに次話は出せそうです。
前編の続きとなります。


 開始6分ほどの端末のキルログには、夜冬が倒した敵の名前と死因が流れていました。

《残り120人》《チャンピオン健在》

《----死因殴殺、----死因失血、----死因圧殺》

 最初の人の手による(ファースト)キルでした。

そこから一時的にログが落ち着くと、地道にログが流れていきました。

刺殺、殴殺、撲殺、焼殺等色々流れ、静かだった樹海は騒がしくなりました。

しかし、決着はあっという間についていき、人の減る早さも、戦闘時間も短時間で減って終わります。

30分経った頃には4回目のマップの現在地更新が行われました。

この時点で2人は最初の3人を合わせて、8人静かに屠っていました。

 

«4回目だ。大分ログが流れていたから人はそこそこ減っていると思う»

«早く終わらせてさっさと帰りたい»

 そう言っている間に、端末の更新画面を見ました。

《残り67人》《チャンピオン健在》

《----死因爆殺、----死因自爆、----死因自爆》

 30分しか経っていないのに、もう半分近くまで減っていました。

そしてマップでは皆が必然的に中心に寄って、ほぼ一触即発レベルでした。

«こんなに近いと、音鳴らした瞬間寄ってきそうだな»

«そうだな»

夜冬は端末をしまうと、ユウトに問いかけました。

«《グラップリングフック》の機動力が活かせる時だぞ。引く時は言え、俺は《罪》を使って撹乱する»

«了解»

 そうして夜冬は《クローク(光学迷彩)》を使用して透明になると、ユウトは腰に携えた刀に手を添えました。

«起きろ、《日輪(にちりん)》»

そう言って、《日輪》と呼ばれ抜かれた刀は太陽の如く輝いて周囲を照らし、同時に不快になるような異音を放ちました。

それは樹海を一気にざわめかせ、戦いの始まりとなりました。

 

 

【ユウトの刀】

《日輪》《月輪(げつりん)》の2つがある。

 鞘内で状態が変化するある意味『生きた刀』であり、《日輪》は刀身が白く輝く発光し、目眩しと異音を司る。

《月輪》は刀身が黒く光を吸収し、目の錯覚と無音を司る。

 そしてどちらも相手からは刀身の長さが分からないようになっており、有利に立つことはできるのだが、

目眩しの光と目の錯覚を起こす光の吸収は、使用する本人にも影響があるので、戦闘時目を瞑るのが決まりだ。

 

 

《日輪》の異音は不快感を煽り、我慢するにしては頭の中にずっと残るような異音を発します。

それに耐えかねた他の人は次々と光の方へと寄ってきます。

«12時方向に2、8時方向から2と4、3時方向から5接近»

夜冬はユウトの《日輪》で索敵がしやすくなり、それを報告します。

«了解»

«まるで虫だな»

 台詞通り夜冬からすると、敵は光に寄ってくる虫のようでした。

しかし光に向かってくる敵は他の敵達の事も視認し、光に向かうべきか他を始末するべきかを木の影に身を潜めて考えました。

«ユウト、俺はもしどこかの部隊が他を襲うようなら、俺はそれに紛れて奇襲をかける»

«了解、じゃあ結託した部隊と5人部隊は引き受けよう»

«いや、結託部隊は任せろ»

 15秒ほど経つと敵はそれぞれ木の影から現れ、各々の行動をし始めました。

北の部隊は西の2人部隊にハンドサインで協力を煽り、その部隊も同じような事を考えていました。

そしてその後方にいる4人部隊は二手に別れて北と西の2人部隊を襲いに行きました。

その中に1人、おかしなフォルムのスーツを着た敵がいたのを見過ごしてしまいました。

東の部隊は3人が光へ、2人は他の部隊に襲われないよう警戒していました。

«どうやら、ただの乱戦だ。3時方向が詰めて来てる»

 それを聞いたユウトは刀を巧みに操り剣舞をすると、そのままの流れで攻撃を始めました。

 

 光輝く刃が踊る。

刀身こそ見えず、見えるのは刀を持つ者と周囲。

刃の異音は重く反響する風切り音となり舞う。

それは地面を滑るように、弧を描きながら飛んでくる。

光に向かうどころかやって来て、刃は高速で3人を襲った。

着地の動作はなく、まるでずっと浮いているように3人を綺麗に切り裂き、高速移動する光は彼らの飛び散る鮮血に明るさをもたらし、その紅さを一瞬で目に焼き付けるほどだった。

 その光は瞬時に次の獲物を襲った。

再度弧を描きながら迫ってくる光は大きく飛び上がり、1人を脳天から串刺しにした。

まだ立っている死体の肩に足を乗せ、後方に回転すると同時に光の刀は頭を裂き、又もその鮮血と中身をくっきりと見せた。

 そしてもう1人もまっすぐ飛んできた光が何かも分からぬまま、この世を去った。

 

«さぁて»

《グラップリングフック》を使いこなし、地面に一度も着くことなく5人を屠ったユウトを尻目に確認すると、夜冬は《クローク》を使い動き始めた。

«さぁ人が多いところに《デコイ》が動き回ってると君達はどうするかな?»

 その時の夜冬の左眼には"水色の炎"が浮かび上がっていた。

そして同時に一定間隔に夜冬が5体現れ、5体の夜冬は一斉に銃声の鳴る方向へそれぞれ動き始めた。

 

 

 状況として、光は突然離れて高速で移動していき、その間に合流が出来たという感じだ。

何せ、付近には沢山の敵が居て、中でも異様な光を放つ奴はもっと威圧的だった。

何とか西にいる部隊と合流し、対話したいところだが、あまりに動けない。

光が離れて動いてるとはいえ、木の影から出るということは光にあたり見つかってしまう。

他にどこに部隊がいるのか分からないが、西にいる応答してくれた部隊を信じ、駆け寄り仲間も出来るだけ近くで動いてくれたが、予測した通りの最悪の事が起きてしまった。

他の部隊に狙われたのだ。

 敵の数は分からなかったが1発の銃弾が微かな音を出して自分達の背中を通り過ぎた。

幸い自分達の装甲は防弾だが、中身には衝撃が来てしまう為、可能な限りは当たりたくない。

滑り込みで倒木の辺りに伏せると、10数m先に結託を要請した部隊が心配そうにこちらを見ていた。

「なぁ、お前1人だけでも向こうに頑張って行けるか?」

 突然仲間がそう言ってきて、困惑した。

「行けないことはないと思うが、何処にいるかも分からない状況で向かうには怖いな…」

「なら、俺が囮になろう。行けよ」

「………任せた」

 俺たちは"バッ"と倒木の傍から起き上がり仲間は腕に装備されたエネルギー弾を連射して乱れ撃ち、俺は全力で走った。

エネルギー弾にも多少の光量があるので、陰の敵を見つけやすい利点もあるがその逆も当然あった。

そしてエネルギー弾とは違う銃声が連射された。

それが4つあり異なる銃声と連射速度だった。

それら弾丸は仲間の装甲でぶつかり、潰れ、弾け飛んんだ。

「そ"こ"か"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"───!?」

 しかし、1発の銃弾が仲間の腕を飛ばし、エネルギー弾の連射を止めた。

その後はもう振り返らず走った。

連射の中に混じる鈍重な銃声と遅い連射速度を聞く度、生々しい肉の飛び散る音を出し、それが3発。

振り返りたくもない、悲惨な光景が広がっているだろう。

俺は目標の部隊に合流すると、「すまない」と言われた。

「私達も君達の方へに向かえば、素早く話せただろう…そのせいで君の仲間が……」

もう銃声は聞こえない。

だが、足音は確実に近づいていた。

「その話は後だ。目的を光じゃなく後ろを叩こう。あの異音は…中々耳障りだが…」

「悪い…了解した。我々の装甲はそう厚くない代わりに動き回れる、武器も近接でね」

「なら照明弾を放つから突っ込んでくれ」

「分かった」

「早速行くぞ…3…2…1…Go!」

 両腕から俺は照明弾を放物線状に放出し、あの光とは別の光を生み出し、その下にいる隠れた部隊を探し当てた。

そこに俺もエネルギー弾を撃つが対策が施されているのか、その相手の装甲に傷さえ付けられなかった。

協力してくれた2人はそれを見て、駆け寄った。

先に俺に銃弾が飛んできたが、後に外れ、攻めていった2人に銃口が向いていた。

 そして速さに翻弄され、外れた弾丸は木々に辺り弱い跳弾を起こした。

しかし速さはあるものの、弾丸による弾幕により2人は近付けずにいて、厳しいものがあった。

するとまた後方、あの光の存在した方向から足音が迫っていた。具体的には5つ程。

 大まかに予測で位置を特定し、振り返って撃つがエネルギー弾は弾かれ、そしてその時全員が同じ見た目だった事に驚いた。

脳の処理が追いつかない状態で、また別の事が起きた。

再度重い銃声が響き、振り向くと走り回っていた会話を交わした人の頭が胴体から離れていた。

 それを見た俺は色んな方向にエネルギー弾を撃ち出し、錯乱した。

無我夢中にエネルギー弾を撃ち続けた…

が、それも一時の間で終わった。

 

 

«……»

 デコイと奥でやり合っている部隊に挟まれ、混乱した彼は全方向に乱雑に弾を撃ち出しましたが、あまりにエネルギー弾が弱く、着弾した事にも気付かずに夜冬を背後まで辿り着かせてしまいました。

夜冬は彼の頭を掴み首に爆弾を取り付け、思いっきり蹴り飛ばすと、彼は奥にいた部隊の1人にぶつかると、その体を散らしました。

«一網打尽だ»

安心した勢いで《クローク》と《デコイ》を解除し、ユウトの居る光の方を見ると、動きも収まっていて終わったようでした。

 そうして、再度合流しようとした時でした。

 "ガチャコン"

と小さな音が爆発が起きた方から聞こえ、夜冬は条件反射のように左腕を振りかぶりました。

«…!»

その時、爆煙の中から一筋の弾丸が飛び出し、それを夜冬は拳を握った左手で弾きました。

弾は威力を落とし、地面に潰れた状態で落ちると共にそこへ2滴の血が落ちました。

 «なんて威力だよ……対物ライフル5回並までは中身にダメージ通らないのに…»

 夜冬の左手は人差し指と中指の股から手首までの装甲が消し飛び、衝撃をもろに受けた小指と手のひらからは出血をしていました。

【未来】の力は時として桁違いな力を生み出す時もあり、【現代】の力で試した装甲が【未来】で通じる可能性は無きにしも非ずでした。

 故に始めて、夜冬はこの試合に置いての初の脅威を見出しました。

夜冬はすぐさま《クローク》を使い、逃れようとしますが、スーツが覆われていない左手はくっきり現れていました。

敵はそれを爆煙の中から見えているように、再度別の部分を狙撃してきました。

逃れたつもりが今度は左肩の装甲を破られた夜冬は急いで、ユウトに呼びかけます。

«ユウト…手練のスナイパーが居る、しかも相当やばい銃を使ってやがる。オマケに多分サーマルとかその類いを使って狙ってるから気をつけろ……»

«なっ…やられたのか?»

«軽くだが、意外と損害がでかい。1発で俺のスーツの耐久を持って行って、中身にも僅かにダメージが通った…クロークも一部が隠れない状態だ…»

«分かった。そっちに向かうが、そいつ以外に敵は?»

«多分殺った。何故かアイツだけが生きてる»

«了解»

 このゲーム最初のダメージにして重いダメージを食らった夜冬に未だ無傷のユウトが援護に向かった。




お疲れ様です。
バトロワにおいて敵無しと思われた2人を困惑をさせた初めての敵です。
あと、なんだかんだ戦略的な発言とかさせてますが、ほぼノリなので全然意味無い行動が多々あります。
作者の脳が戦うか引くかの2択しかないので、戦略立てるのは苦手です。


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第8話「英雄は諦め、英雄を望み、英雄は突然に」

どうも。
比較的早い投稿で自分も読者も驚いてると思います。
とりあえず戦闘は一段落なので、今回もよろしくお願いいたします。


 私達は英雄だ。

2年連続でこのゲームで生き残り、チャンピオンとなった。

それは仲間も居てこそ、チャンピオンになれた。

皆の技術、知識、能力があってこそ、素晴らしい力を持ったスーツと戦略が立てられ戦ってこれた。

そしてこのゲームもチャンピオンは確実だった。

 しかし、想定外の敵に遭遇してしまったのが、運の尽きだった。

ある部隊の片割れは1人殺ったが、その為に2人が特攻をしかけて自爆し死んだ。

自爆してまで命を投げ捨てたのに、奴にはダメージがなかった。

そこから逃げて何とか生き延びた。

生きてなおも、その恐怖は迫って来ていた。

私は遠くに輝く光にめいっぱい走った。

大地を揺らし、木を揺らし、空気を揺らしながら、走った。

 今の私は英雄(チャンピオン)じゃなく、ただの参加者だ。

 

 

 爆発は3人を一瞬で(ほうむ)った。

何も感じない、所詮数合わせで入っただけの部隊。

3人は標準的な性能だったが、私は並外れた性能で武器もスーツも一級品だ。

作ってくれた奴は感謝するが嫌いだ。

男は嫌いだ。

散々私を犯し、哀れみ、(はら)ませ、それでいて無責任。

奴らに復讐する。

この時代を変えてやる。

 私は英雄になるんだ。

 

 

 ユウトは《日輪》を逆手に持って、素早く木の間を《グラップリングフック》で動き回り、狙撃されないように出来る限り右往左往に蛇行しながら移動していました。

夜冬のいる場所には、黒煙が立ち込め、火がチリチリと徐々に周りの草に燃え移り、視界が悪くなっていきます。

«くそっ…一応近くに来てはいるが、この煙じゃ敵を視認できない»

«ユウト、さっき一瞬試したが奴は俺の《デコイ》に反応しない。やっぱりサーマルサイト持ちだ。木に隠れながら行けよ»

«やってるがどの道光で位置がバレる。納刀する暇もなさそうだ»

«どうするべきなんだ…»

«ならば、一撃貰う覚悟であの煙ごと断ち切ってみよう»

«出来るか?»

«出来るから言うんだ»

 するとユウトは空中に身を投げ、木に張り付きました。

 自由落下が始まるタイミングで、黒煙にフックを飛ばし、黒煙の向こうにある木に射程ギリギリで刺さると、そのまま巻き取り高速移動し始めました。

 そして黒煙へ突っ込む瞬間に頬へ1発の弾丸が当たり顔の半分が晒し出されながら、黒煙の中に入ると目を閉じて、フックを外して、黒煙の中心付近で体を横に倒して回転し黒煙を断ち切りました。

«斬った»

無を斬る過程で刃に感触がありました。

それは明らかに硬い物を切った感触でした。

そのままユウトはフック移動の慣性のまま、煙から現れ、転がり隠れました。

«感触はあった、命は取れてなくても、装甲か何かを裂いたはずだ»

«ナイス。ちょうど風が吹いてきたから、様子を拝めるといいが»

風が黒煙を押し流し、中にいた人間が姿を現しました。

その中から出てきたのは、8つの目が付き、巨大な腕は地面まで付くほど長いその威圧感のある黒いパワードスーツを着たのがそこには居ました。

«な…なんだありゃ»

するとその黒スーツは何かをぶん投げました。

投げた先にはユウトが居ましたが、難なくそれを断ち切ると、

«ん…この感覚…»

投げられた物をよく見ると、そこには先端が斬れていたスナイパーライフルのようなものが真っ二つに斬れて落ちていました。

«…夜冬、武器を斬った。奴には今武装が無いかもしれん»

«ほう、姿も見られ武器も斬られで自暴自棄になったかな»

そう思い、2人は全身を陰から晒すと、黒スーツは両腕を高らかに上げていました。

ゆっくりと、のっしりと、巨大な腕は掲げられました。

«あの腕、取らせてもらう»

«了解»

 2人は地を蹴り、一気に距離を詰めました。

2人のスーツの装甲は欠けていますが、状況的には庇っているより攻めた方が優位に立てました。

そう思われました(・・・・・・・・)

巨大な双腕から伸びたのは、1本の長細い両刃剣でした。

1.5m程の長い刀身が腕から伸び、長い腕に長い刀身がよりリーチを広げました。

それを黒スーツは同時に別々の方向から迫ってくる2人へ向けて振りかざしました。

«その図体で追い付けるとでも?»

 2人は難なく避けて、その勢いで腕の内側に入り込むと、前後から挟み込むように攻撃をしました。

ユウトは頭を、夜冬は胴を狙い、仕留めようとします。

«行ける…»

 しかし、一瞬の間に2人の攻撃は空振り、黒スーツは消えていました。

««!?»»

 何が起こったか分からず、周囲を探ると離れで重い着地音がしました。

そこには黒いスーツが、先程とは違う雰囲気で立っていました。

腕、体、足の側面には青い一筋の線が流れており、刀身は淡く輝く青い光を放っていました。

そしてその特徴的な8つの目も青くなっていました。

そこからは神経を使う真剣な戦いでした。

 

 

 私は腕と剣を大いに広げ、図体からは考えられない速度で2人へ向けて走った。

地を固めるほど強く踏み締め、広い空間を確保する為に邪魔な木を空気を切るように簡単に切り倒す。

 私は楽しくて仕方なかった。

このスーツの性能に驚愕した奴らの顔があまりに面白いからだ。

«なんて速度だよ…»

«…俺が注意を引く»

 奴らの会話もそのあるであろうスーツの顔の下の表情も、私からは全て視えている。

スーツの性能が上がる度、この快感がとても心地良い。

脳は覚醒して、血は巡り巡って、鼓動を高鳴らせ、狂った気分に陥る。

 さァ、どうやッて殺そうか。

 

 

 刃が流れる。

光り輝く白刀、淡く耀く青剣。

軽やかに《日輪》を振り、何度も何度も相手の体的には当たる斬撃だった。

 しかし、それを滑らかに黒スーツの腕や青剣で受け流し、もう片方の青剣で斬撃を繰り出す。

そしてユウトの攻撃が当たらない理由として、相手の図体にしては運動性能があまりに高すぎる点だった。

スーツが大きくなると、本当の自分の体に比べて大きい為、普段の感覚で避けようとすると当たってしまうのだが、黒スーツは自分のスーツの大きさを理解し、尚且つそれを動かす中身も相当なものだった。

«チッ…!»

それにはユウトも舌打ちをせざるおえなかった。

«エヒャッ…!»

それを見た黒スーツの中身は面白がった。

黒スーツ自体、ユウトの技量には面白みを感じていた。

これだけ受け流し、反撃し、猛攻を繰り出しても、相手には傷一つ付けられないのがよりもっともっと黒スーツを興奮させ、威力を精度を速度を上げた。

 その光が潰えるまで。

 

 

 «まだ上がるのか…!»

 剛腕な分、一撃一撃が重く遠心力が付きやすく、まともに受け止めれば刀諸共叩き切られる程、威力が付いていました。

 そして遠心力による加速と本体の動きがそれを上手く利用し、正確かつ速度、威力を底上げしていました。

そのせいで、ユウトは先程から受け流す事しか出来ず、攻めに移れていませんでした。

ユウトは頭の端では夜冬の援護を期待していましたが、《クローク》による奇襲と離脱はスーツが破壊され出来ず、《デコイ》による撹乱をしても相手には見破られています。

それに夜冬はまともな武器を持っていない為、変に素手で黒スーツの青剣を掠りでもすれば、腕は簡単に落ちるでしょう。

猛攻による離脱不可、援護による離脱も叶わず、ただただ攻撃を受け流すのみです。

(このバトロワを甘く見た…これはやばい…)

 この2分程でしたが、ユウトにとっては、久々に倒すのが困難な敵と改めて認識させられた後、それは突然とアナウンスが鳴ることで収まりました。

«チャンピオン接近中、チャンピオン接近中»

«な、チャンピオン!?»

 このゲームの仕様上、チャンピオンが迫って来ると一定範囲内の進路上にいる参加者にアナウンスが流れ、チャンピオンに対する挑戦をするか逃げるかの判断が迫られます。

故にチャンピオンをここで倒せば、後はゲームとしては優勝間違い無しなのでした。

警告が流れ終わると同時に黒スーツは動きを止め、ユウトはその場を離れました。

«こんな時にチャンピオンか…»

«でも奴の動きが止まったぞ。後、こちらに大型の一体が向かってきている»

 それは夜冬の通信でした。

木の枝から見守っていたようで、チャンピオン警告と共に周囲の索敵を開始したらしく、その結果が大型一体でした。

«どうするんだ、チャンピオンを倒すのが俺らの任務だろ?»

«でもおかしい»

«何がだよ»

«チャンピオンは3人編成だった、けど今いるのは1人だけ、それにあいつ逃げてないか?»

«逃げてるだって?»

«多分、お前の光が目印になってこっちに走ってきた可能性がある。あいつ、何かに追われてるぞ»

 地面がどんどん大きく揺れ、木も揺れ、チャンピオンである一体がどんどん迫ってきます。

それを感知した黒スーツはその方向へ飛んで行きました。

«ユウト、その刀そろそろ納めろ。今の状態じゃ不利になる»

«あぁ»

 ユウトは鞘に《日輪》を納めると、辺りは一気に暗くなりました。

そして2人の視界はスーツによる暗視を使い、チャンピオンと黒スーツが行った場所を追いかけました。

 

 ズドンという重い音を聞いて見た時には、その足を止めて、ユウトは絶句しました。

夜冬はただそれを先程と同じように眺めていました。

黒スーツは3m程ある大型スーツの中心をその青剣で一撃で貫いていました。

その速度と精度は瞬き1つ、敵の中身を的確に貫くほどで、それを先程まで戦っていたユウトは固まりました。

 そして黒スーツはそれがつまらなかったのか、貫いてもなお立っているチャンピオンを切り刻み始めました。

その間にアナウンスが入り、«チャンピオン撃破»とハッキリと宣言されました。

«とりあえず、チャンピオンは俺達の手では無いが倒された。あの黒スーツに目を付けられる前にリタイアして戻る»

«……了解»

 夜冬が端末を取り出した次の瞬間でした。

落下してくるような勢いで、鉄クズの肉片になったチャンピオンを挟んで、黒スーツの前に現れました。

土埃が立ち込め、それが晴れるとそこには男が立っていました。

黒と赤、金が折り混ざったスーツに独特なヘルメットをし、メカメカしさを感じさせないほどあまりに滑らかなスーツでした。

«あの色合いとヘルメットは…!?»

«……俺も見覚えがあるぞ»

 即座に動いたのは黒スーツでした。

その青剣を振りましたが、どこからとも無く現れたシールドにより受け流され、その流れで回転し再度攻撃を繰り出しますが、そこには誰も居らず、背後に足音を聞いた黒スーツは一周して周囲を裂きました。

 そしてその足音をしていたやつも裂きましたが、粒子となって消えてしまいました。

«《デコイ》…!»

«間違いないな…あの人だ»

 黒スーツは困惑した様子を見せると、その図体はまるで弾丸のように遠くへ飛ばされてしまいました。

その元には奴がいました。

夜冬はヘルメットを収納し、大声で叫びました。

 

茨羽巧未(いばたくみ)さん!俺です!十六夜夜冬です!」

 

 それに気づいた男は、手で挨拶するとその後リタイアの表示が出され、男は消えてしまいました。

「なんであの人が……」

ユウトもヘルメットを収納し、夜冬から端末を奪うと、リタイアを押し移動までの間に話しました。

「チャンピオンが逃げてたのはあの人に追いかけられてたから…そしてチャンピオンを倒されたのを確認した後、あの人はゲームを抜けた。同じ目的だったんじゃないか?」

「久々に見たよ…だから驚くわ…」

夜冬は緊張の糸が解けて、徐々に口調もだらけてきました。

「帰って報告だな」

「そうだな〜」

 

 

 その後、2人はリタイアによる強制送還でフィールドから帰投し、あの家へ帰りました。




お疲れ様です。
意外とサクッと終わらせちゃったので、味気ない人もいるかもしれませんが、許してください。どうしようもないんです。
あと最後にフルネームで堂々と書いてますが、名前読み合ってるかすら怪しいです。
とりあえず、次回もお楽しみに

※茨羽巧未(いばらば たくみ)です。


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幕間 l「英雄」

黒スーツのその後とスタジアム上に現れた2つの人影


私は吹っ飛ばされた後、奴を狙い走って戻ったが居なかった。

端末を見ると『リタイア』の文字が3つ並んでいた。

普通ならこのゲームでリタイアなんてしない。

チャンピオンになって、願いを、権限を得る為に腕が無くなろうとも目が見えなくなろうとも、チャンピオンを目指すものだった。

奴らは強かった。

なのにリタイアをして、このゲームを辞めた。

腹が立った。

強くありながら、その力で願いを権限を得なかった。

奴らは既にそれを持っていながら、参加し、チャンピオンを倒す事でゲームを壊しに来た。

しかし、私がチャンピオンを倒した事で奴らは何もせずとも目的を果たし去っていった。

これじゃあ、奴らに加担したのと同じだ。

つまらない、先程の奴らと同じ強さの奴はまだいるのか。

そうでなきゃ、このゲームは思った以上に簡単だ。

 

 

«チャンピオンが決定しました»

簡単だった。

まるでそれは報われたような、幸福感だった。

血に濡れた私は英雄(チャンピオン)となった。

今頃あのスタジアムは騒然としているか、熱狂しているだろう。

しかし、何故満たされない。

沢山の男を屠った。

中には私を汚らしく抱いた男、孕ませた男だって殺った。

復讐はとうに完遂したはずなのだ。

なのに、何故これほどまでつまらないのか。

あぁ…強いヤツに会いたいんだ。

望むことを、望む権限を得られる私にはまず…

『このゲームを壊す』ことを考えた。

そうすれば、奴らはまたやって来て私を殺しに来るだろう。

戦いながらゲームを壊し、権限を持ってこの世界を壊す。

私は真の英雄(えいゆう)になるんだ。

 

 

 

歓声で満たされるそのスタジアムの屋根に彼らはいた。

「あれでよかったのか?」

ウェットスーツのようなものを着て、1枚パーカーを羽織った赤髪の男は言った。

話しかけたのは黒いコートにフードを被った男だった。

黒コートの男は静かに頷くと、とある名前を口にして労った。

「うわっ!?懐かしい言葉出てきたな…。今思うと恥ずかしいわ」

赤髪の男は黒コートの隣りに座った。

「──全く、久々に姿見せたと思ったら頼み事だ。しかももう戦ってないのに老骨に無理言うな」

黒コートは溜息をついた。

「悪かったよ、農業で生計立ててるから体は丈夫だ。勘は鈍ってるかもだけどな」

2人してスタジアム中央のモニターを見る。

「お前が大分昔に言ってた『神殺し』で使われてたスーツじゃないのか?あれ。あんなもの人が造ったスーツじゃそうそう太刀打ち出来ないぞ」

黒コートは呆れた様子で赤髪の男を指差す。

「いやいや、《極罪》あってのカウンターだ。一対一の正面からなら多分圧倒されて終わる。それと話は変わるが」

赤髪の男は黒いコートの手を下ろすと、言った。

「お前ん家の家庭はどうだ?幸せか?久々に会ったんだ。そういう話でもしようや。うちはまぁ子供も大きくなってきて、そろそろ独立って時期かな。妻もなんだかんだ元気だ。お前は?」

黒コートの男は赤髪の男から視線を外すと、淡々と語った。

「そっか、大変だな。手伝える事あれば手伝ってやる。と言ってもうちは農業手伝って欲しいくらいだけどな!はははっ!」

赤髪の男は立ち上がると、そのまま振り返りスタスタと歩いていった。

「とりあえず、お前の望みに準ずるように動くよ」

赤髪の男は一瞬にしてこの時代から消えました。

黒コートも遅れて立ち上がると、この時代から消えました。

 



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第9話「運命の出会い」

10話は書いてすらいませんが、まだ書きやすいので頑張って書きます。
久々の日常パートです( ˇωˇ )


 4人が任務に出掛け、各々帰宅すると暁月以外は仮眠を取り、皆が起きる時間帯に目覚めました。

 

 

「え?巧未さんを見たって?」

朝食後の一服中、げっそりしたアウロラが驚いて夜冬に聞きました。

「そうなんだよー。あの色にヘルメット、だからまさかとは思ったけど、名前叫んで俺の身の証明もしたら、手で挨拶を返された」

「なるほどな…でも同じような見た目だったって場合は?」

「ないない!敵視点でも俺達視点でも欺かれた《デコイ》だぞ?確実にあの人しか居ないじゃん」

「ふーむ……」

アウロラはやはり信じられないように疑っていました。

何せは茨羽巧未という人は他世界で隠居中で、戦っていない筈だからです。

「でも、あの人《極罪(きょくざい)》だし…まぁ何処へでも行けないことは無いけど…」

「なんだ、誰の話だ」

そこに声を掛けたのは、ルナでした。

その目はギラりと眼光を宿らせ、アウロラを睨んでいました。

「ひッ…ル ルナさん…」

「貴様、私が美雪を部屋に運んで寝かしつけている間に、鍵まで閉めて寝たな。覚悟しろ、まだマシュマロの在庫はある」

「勘弁してよ、ルナさん!ただマシュマロ焼くためだけに俺の魔力と魔術はある訳じゃっ……!?」

ルナの手には突如金属の篭手(こて)が装備され、尖った指先と冷ややかな手がアウロラの顔を掴み、アウロラは背筋を凍らせました。

「私から楽しみを盗るなよ、ガキ。それなら私に追加で美味い甘味と菓子を買ってこい、お前の金で。そしたら当分は安泰に過ごせるだろう」

「は"い"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"~」

ぶわぁっと泣き出したアウロラはフラフラと部屋に戻って、お金を取りに行きました。

「夜"冬"ぉ"…ま"た"後"で"報"告"よ"ろ"し"く"ぅ"~」

「ついでに俺も買ってきてねー」

 笑顔で手を振る夜冬にルナは改めて聞きました。

「で、誰の話をしてたんだ」

「えっとね、茨羽巧未さん。ルナさんも知ってるでしょ」

「あぁ、アイツか」

 

 

 

茨羽(いばらば)巧未(たくみ)

 元ノーネームメンバー、18年前にこの組織を抜けて元々恋人だった女性と結婚し、隠居生活中。

《罪の炎》は《怠惰》で《極罪》まで至ったが故に、今の夜冬に継承された。

黒、赤、金色の独特なヘルメット付きパワードスーツを装備し、技術力と開発力は高く年々進化していた。

コードネームは『オメガ』。

 

 

「アイツがお前達の任務先に居たと?」

「そうそう、目的が俺達と同じだった。隠居してるのにまさかと思ったから…」

「《極罪》まで至ってれば、何処へでもいける。暇つぶしにでも行ってたんだろ」

「暇つぶしでチャンピオン狙うかなぁ…?」

「知らん」

「ルナさんも極罪だけど、誰かに継承しないの?」

「する奴が居ないだろう」

「そっかー」

ルナは息を着くと「私は出掛ける、じゃあな」とそのまま立ち去ってしまいました。

「行ってらっしゃい〜」

夜冬も息を着く。

「巧未さんに極罪かぁ…」

 

 

 

【極罪】

《罪の炎》の終着点。

《罪》、《大罪》、《極罪》と進化があり、その条件は分からないがそれぞれの違いは明らかだった。

《罪》は能力開花、特定の耐性を保有する。

《大罪》は能力強化、罪の耐性を譲渡可能になる。

《極罪》は上記の力を身に宿し酷使でき、罪の炎は継承が可能、特別な能力が覚醒しテレポート等が使用出来るようになる。

《罪》は《罪の炎》を宿した際に該当する7つの大罪の罪の感情があれば、自然と開花する。

 

 

・・・

 

 

 その頃、暁月は集落外周の見張りを終えて、集落内を散策している最中でした。

任務明けで夜通し見張りをし、集落の衛兵より働いて動いていましたが、特に異常もなく朝を迎えました。

お店で商売する人達の朝は早く、もう店を開けられるほどに準備は整っており、衛兵でいう夜勤帰りの暁月に声を掛ける人も少なくありません。

「お?アカツキくんかい。おはよう。」

「おはようございます!質屋のお兄さん」

「はっはっはっ、良い冗談だ。お兄さんとは」

 質屋の男はもう50になりますが、見た目はまだまだ30代ほどの若々しい見た目でした。

「あっち方向から来たってことは、見張りしてたのかい?」

「そうです。用事が早く終わって暇だったので、夜間ここの見張りをしてました!」

「元気があって結構な事だ。でもまだまだ子供なんだから夜はしっかり寝ないと」

「そうですね、背も大きくなってあなたを越えないと」

「はははっ、そんなの君ならあっという間に越しそうだ」

質屋の男は鍛冶屋のジェイドに並んで、この集落では背の高く172cmで暁月は167cm、この集落の男性の比較的高身長は160cm程でした。

「…連中達には変に絡まれなかったかい?」

「大丈夫ですよ、彼らはカードゲームしてましたから、僕の事なんて気にしてませんよ」

「はぁ……衛兵の奴ら、立場は住民より高いから、やり放題…。ジェイドに私、同期達は勤務中は遊びだの、あくびだのしたらぶん殴りあってた」

「はははっ!必死に集落の皆を守ってたんだね」

「そうだね、だから今の集落がある」

「じゃあその貴方達が守ってきた集落見回ってきますね」

「いつも助かるよ。衛兵より頼りになる」

 暁月は笑顔で手を振り、質屋を後にしました。

 

 

 暁月はその後朝の集落を歩き回り、朝は学び舎に行く子供達と同い歳達と沢山すれ違って、なんなら学び舎まで一緒に歩いて行っていました。

彼らは昼まで学び舎で知識を蓄えた後、昼は遊び、手伝い、集落に賑やかさをもたらしていました。

そして暁月は昼まで多くの店の人と沢山話をしたり、手伝い、お年寄りの人には肩もみ等をしてあげていました。

 それらを終えて、昼過ぎの学び舎に再度向かおうとしていた所でした。

その時、何故か左眼が痛み、目が眩みましたが何事なく歩こうとした時でした。

「お金が無いなら、渡せないわよ!」

 大声で怒鳴っているのが耳に入り、声のする方へ歩み寄って行きました。

そこは甘味処でした。

この集落で唯一甘い物を取り扱うが故に人気で裕福な店でした。

甘味処の店主とカウンターテーブルで対面して話しているのは、1人の女の子でした。

その女の子には暁月は微かに見覚えがありました。

「廃棄するものでも、学び舎に提供するものとか再利用するものだってあるんだから、タダで売れないよ!」

扉を開けて、ドアベルが店内に鳴り響くと店主は暁月のほうを見ました。

「あら……アカツキくん。いらっしゃい」

「どうも~!店の外まで怒鳴り声が聞こえたから寄りました」

「ははは…恥ずかしい所を見せたね…。でも、そういうものなんだよ」

店主はキッと目の前にいる女の子を睨みました。

「何があったんですか?」

「この子、『これください』って言ったのにお金持ってないんだよ。『一昨日まではあったのに』なんか言ってとぼけちゃってさ。それにこんな子集落には見た事ないよ」

「ふむむ…」

 暁月はその女の子の容姿を見ました。

白金のサラサラとした長い髪に、明らかにこの集落の服装ではない身なり、それは昨日暁月がすれ違った時に思わず振り向いた子に特徴が一致していました。

今その女の子は俯いて顔は見えませんが、暁月はその子の手に何かを握らせると言いました。

「ほら、この子お金持ってるから良いよね?」

その子の手を開いてお金がある事を証明しました。

「……分かったわよ。これと他には?」

女の子はもう片方の手で恐る恐るもう一品指すと、暁月はそれに加えて注文しました。

「じゃあ僕もこれとこれ、あとルナ姉用に3セットにこれも頂戴?」

「はいはい、3色団子に揚げ餅、みたらし団子ね。少々お待ちを」

2個で1セットなので、お得なようでこの集落での甘味がいかに貴重かよくわかる値段でした。

頼んだ物は袋に入れられ、お釣りを貰って2人は店を出ました。

 

 その子はだんまりで、暁月は何処かに座って話そうとし、椅子のある広場に向かい、座りました。

「ごめんなさい」

「ん?」

座って最初に発言した言葉でした。

「わざわざ助けて貰って…それに買ってもらって」

「いいよいいよ、別に。それに怒鳴られてるのに通り過ぎるのもなんか気が引けるしね!」

その子は依然として俯いたままでした。

暁月は袋の中から3色団子を一串取り出すと、その子に向けました。

「はい、アーン」

 それに何かを感じたのか、その子は徐々に顔を上げて暁月の方を見ました。

綺麗で宙のような青い瞳はその目で暁月をしっかりと捉え、その目は暁月の目と合いました。

 

 

 その人は綺麗な空のように青い瞳で、笑顔で、私を見ていた。

その目はとても惹かれるような優しい色で性格が現れてるように見えた。

可愛いようでカッコいいと感じる雰囲気と、男の子のはずなのに女の子みたいな長い髪と顔、中性的な見た目をしたその人に私は………

──差し出された3色団子の桃色を咥えた後、彼の手から串を取り、私の手で持った。

 

 

「美味しい?」

暁月はその女の子にニコニコと話しかけた。

「ん…おいしい」

女の子も微笑んで、暁月に言葉を返した。

暁月はそのまま話を続けた。

「さっきの話だけど、『一昨日まではあった』って昨日は?昨日は何も買ったりしてないの?」

「昨日は……覚えてない……」

「え?」

女の子はしんみりとした表情で団子を見つめる。

「一昨日までは記憶がちゃんとあるの。何をしてたか、どこへ行ったかとか…でも昨日は曖昧で何も分からない…」

「んんん…?じゃあ今日は何してた?」

「今日は……ん……?」

「思い出せない?」

女の子は深く考え込んでしまい、頭を抱えました。

その間に暁月は3色団子を1口食べて、咀嚼し飲み込むと提案するように発しました。

「何があったか教えてよ、一緒に考えるから!」

「え…う うん」

その女の子はこう述べました。

 ──────────────

 ・自分の家が部屋がある筈なのに、外で寝ていた

 ・その家と部屋にはずっと前から別の人が住んでいた

 ・誰も自分のことを知らなかった

 ・自分の所有物は一切無くなった

 ──────────────

「うーん……」

 暁月は悩みました。

確かに数年この集落を訪れて見回っていますが、この女の子を一度も見た事もなく、噂も聞いたこともありません。

しかし、今この子は何も無く、周りに頼る人が居ないので放置するにしても深刻な問題になります。

歳が近いのは間違いなく、それでも女の子なので暁月は放っておけませんでした。

そこで暁月は1つ思いつきました。

「僕達のお家においでよ!」

「え?」

「大丈夫、説得してみるし、駄目でも宛はあるから!」

「そ そんな…理由もなく、悪いです…」

「でも、ここに君の生きられる場所は無いよ?」

暁月はサラリと残酷な事を口ずさみました。

それには思わず女の子も息を呑みました。

「あっ…ごめん。言い方キツかったね…。僕は長い時間この集落を見て回ったりしてるけど、君を見た事ない。1文無しで雨風凌げる場所もない、それなら僕達の家に来た方が安全で助けられるかなって、それに」

暁月の性格上、見捨てる事はまずしませんでした。

「困ってる人を助けるのに、理由は要らないから」

暁月は団子を置いて、手を差し出しました。

「僕は暁月夜桜。君の名前は?」

 女の子も同じようにして、暁月の手を握りました。

 

「─私はイア。よろしく、暁月くん」

 

 イアという名の女の子は暁月に優しく微笑みました。

 




お疲れ様です。
この作品の旧を見た事ある方ならお馴染みの子が出てきました。
今作ヒロインとなるイアの存在は、作品においての4人目の主人公です。
え?1、2、3の主人公誰って?
まず主人公多すぎるって?
後々分かってくるし、作者のお気に入りが主人公だから必然的に登場も増えます( ˇωˇ )


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第10話「優しさに潜む武器」

やぁ。
一応書けたので、ササッと投稿です。
今回は物語としては全然進歩はありませんが、変わりに再度集落の姿を見ることが出来ます。
よろしくお願いいたします。


 暁月とイアは互いに名前を明かし握手を交わすと、イアは先程より表情も明るくなり、元気が戻った様でした。

「イアさん、元気出て来たね」

「え、そうかな?」

「うん、さっきは凄い落ち込んでたからさ!僕は今の笑顔のイアさんの方が好きだよ?」

「……!」

 イアは顔を逸らして耳を紅くしていましたが、暁月は何故顔を逸らしたか分からずそのまま三色団子を頬張り、味と食感を楽しみました。

 そんな時、ベンチに座る2人の元に軽装の革装備を身に付け、腰に剣を携えた2人の衛兵がヘラヘラとしながらやって来ました。

「おいおい、アカツキ。こんな昼間から女の子とデートか?まだ他の女子達が学び舎に居るのに、贔屓(ひいき)してその子とデートとかこんなの知ったら皆幻滅するな?」

「やぁアッシュ。この子とはさっき知り合ったばっかりだし、デートなんて大層な事してないよ?それになんで他の女の子達に幻滅されるんだい?」

アッシュと呼ばれた衛兵は、舌打ちをすると吐き捨てるように言う。

「これだから、嫌いなんだ」

「いつも言ってるだろ。俺たち衛兵皆が思ってる事だよ、アッシュ」

アッシュの隣りにいる衛兵がなだめるように、そう言いました。

 

 

 この集落の同い歳の男子や衛兵達にとって、少年は『気持ち悪い奴』という完全に嫌悪を買っていました。

この集落において、暁月の同い歳の同性の友人は1人も居らず、そして年齢の時期のせいもあり、ある事柄でもより嫌われていました。

暁月の性格は優しく怒らない、傍から見れば偽善者のような良い人ですが、偽りもなく純粋な気持ちな為、なんとも気味が悪いように男子達は感じました。

 そして、性格に似合わないその強さ。

 30頭もの獣を1人で相手にしたというのは、集落でも前例がなく何より1頭2人で相手するのが定石な獣ですので、そう考えればどれほど強いか、噂だけでも分かります。

おまけに、暁月はほとんどの同い歳の女子達からその優しい性格と噂の強さから恋愛対象として見られ、人気を博していました。

それ故、男子達は好きな子に告白しても、暁月に魅力を感じてる子が多い為、断られてしまうのです。

 だから、好きな子と付き合う事が出来ず、あらゆる評価を奪っていく暁月は憎い存在でした。

命を狙う人も居ましたが、当然返り討ちどころか、追い討ちがその人に()りかかりました。

 集落で殺人が行われようものなら、噂は瞬く間に広がり、あらゆる価値や評価を下げる酷い話になりますが、相手が暁月というなら女子達からはもっと酷い扱いをされ、逆に暁月の株を上げます。

 それほどまでに、『憎く気持ち悪い存在』な暁月でした。

 

 

「それで、僕達に何か用かな?」

アッシュは特に何も考えず、嫌味で絡んだだけだった為、用なんて一つもありませんが暁月にこう言われては逆に何も無いと言って去るのは屈辱的でした。

「──俺と勝負しろ!」

「なっ!?」

 そうして、咄嗟に思い付いた発言を口に出すと隣の衛兵は驚きました。

その衛兵はアッシュを後ろに引っ張り、コソコソと話し始めました。

「ごめんね、イアさん。騒がしくて」

「ううん…良いよ。でも勝負って…?」

「うーん、時々衛兵の人達僕に勝負挑んでくるんだ。真剣を使った一撃決着の勝負でね、下手したら大怪我しちゃう決闘」

「え?」

イアはあまりに物騒な事を言う暁月に気の抜けた声で驚きました。

 

 

【対暁月ルール】

 殺人をしてはいけないのであれば、正面から相手の許可を得て戦う事で合法にしようという衛兵達が独自で追加したルールは、不意討ちや殺人という当人の株を下げる事を無くし、正面から戦い勝つ事で暁月に勝ったという名誉と株を上げることが出来る対暁月ルールでした。

 しかし、当然誰一人勝つことは出来ず、その度に暁月の株は上がっていくのでした。

 

 

「アカツキ勝負しろ」

 相談を終えたのか、アッシュは暁月に再度申し出て、もう一人の衛兵は諦め顔でした。

「良いよ!武器に指定はある?」

「俺と同じ武器だ」

その答えに隣の衛兵は頭を抱えて、大きな溜息をしました。

アッシュの武器は両刃片手剣で、ジェイドが鍛えた少々重さのある衛兵用の武器でした。

「イアさん、怖かったらこれで顔覆っててもいいから持ってて!」

 そう言って渡されたのは纏っていた黒いフード付きマントでした。

マントを脱いだ暁月の姿はイアにとっては異様で、あらゆる所にナイフがあり、手元のマントの下にはそんなものが隠されていると知って畏怖しました。

先程まで優しく接されて気を緩めていたイアですが、今から行われる決闘に対する怖さじゃなく、暁月に怖さを抱いていました。

 もう一人の衛兵から暁月は剣を借りると、イアと共に座っていたベンチを離れ、広場の中心で互いに10mほど距離をあけました。

茶色の革装備と赤色の兵服を纏っているアッシュに対して黒ずくめの服装に所々に武器を装備している暁月はまるで悪者でした。

「スタンバイ」

 衛兵の声で2人は構えました。

 アッシュは剣を腰に当てて居合術に似た構えを取り、

 暁月は左手を前に構えて剣を後方で構えました。

 

 

 私は彼を凝視しながら、頭の中で色んな事を考えて…その先に答えがなかった。

暁月くんは何者なのか、まるで分からなかった。

優しい性格の中性的な男の子かと思えば、それに似合わない装備はあまりに私には異質に見えた。

怖くないようで怖い、曖昧で不安な気持ちになった。

思わず、彼のマントをギュッと抱き締めて胸元に抱えた。

 その時、マントから匂いがして、それがまた不思議な匂いだった。

花と()のようなフワフワとした香りと別の女性の匂い、そして嗅いだことがないけれど多分男の子の匂い…頭がまた考えようとしていたけど、やめた。

(どういう人なんだろう…)

 それだけの疑問を残して、改めて見ると背筋が伸びるように空気が張り詰めていて、2人はピクリとも動かない。

 暁月くんの顔は先程までと打って変わって、真剣な表情でもう1人を見つめていた。

 

 

「セット」

 衛兵がそう呟くと、冷たい糸が2人を繋ぎ、神経を研ぎ澄まされ、目の前の標的にあらゆる意識が向かい、そして遠のいてゆく。

微かな風音に潜むアッシュの呼吸が聞こえる程に暁月はあらゆる雑音をカットしていき、目はアッシュのみを捉え、アッシュも暁月の全体をハッキリと捉えていました。

衛兵は対峙する2人に背を向けて、手を叩き、弾けた音が2人の耳に届きました。

 2人を繋いでいた糸は切れて、同時に血の巡りを早くしました。

「…ッ!!」

「!」

2人は地を蹴り、飛ぶように距離を詰めました。

1歩は跳躍。

2歩は抜刀。

そして3歩目で勝敗が決しました。

それはもうアッシュの背後にいる暁月がそれを証明していました。

 一瞬の出来事でした。

2歩目の時点で暁月はアッシュより加速と距離が着いており、そのまま暁月は体を捻って回転しアッシュの革鎧を掠めるように斬ると、アッシュの脇を通り過ぎて行きました。

2人の行動にも差があり、3歩目で攻撃動作をしていたアッシュに対して、3歩目で暁月は既に攻撃を終わらせ着地していました。

「クソっ…!」

 斬り上げる動作途中で動きを止めたアッシュは悪態を着くと、持っていた剣を静かに納めました。

「惜しかったね、アッシュ。あと少し早かったら僕の髪の先端は切れてたよ!」

先程の真剣な顔はどこへやら、励ますような口調で暁月はニコニコと笑っていました。

 そして暁月が髪について言ったのは、ルール上暁月の髪も数cm切れれば勝ち判定なのでした。

暁月の髪は女性のように長く、動き回るとその髪もなびいて本体とは違う動きをします。

故に髪の分当たり判定も広がっているので、衛兵達とは桁違いの動きをする暁月本体ではなく、髪を狙うこともありますが、当然その髪と付き添って色々戦ってきた暁月です。

どう動けば髪が邪魔にならず当たりもしないか等、走る事のように分かっています。

 動きも違えば、隙もなく、工夫もしている暁月に勝てるはずもなく、沢山の衛兵達は心を折られ、ただただ恨みだけを重ねるのでした。

「これ返すね!先端しか使ってないから、手入れもすぐ済むはずだよ」

暁月は借りていた剣を元の持ち主の衛兵に返しました。

衛兵は暁月から手渡しされた瞬間、その手は一瞬は沈み、暁月の手の位置より低い位置で剣を握りました。

「やっぱりおかしい…」

「ん、何が?」

「え、いや、なんでもない…」

 衛兵達が持つ剣や槍の武器はまだ育ち盛りな世代には少々重く、軽々しく振るえませんがその斬れ味と重さによる遠心力を用いた一撃は非常に強力です。

故に使い手の筋力と技量、個人に合う構え方を身に付けないとただの鈍重な武器です。

そんな剣を軽々と持ち、振り、太刀筋さえ調節出来るのだから、暁月は先輩衛兵達からは尊敬もありますが、参考にもならないとも論外とも共に語られます。

 

 

「じゃあね~、2人とも!」

 無言で立ち去っていく2人に暁月くんは元気に手を振っていた。

でも、さっきの勝負と今の暁月くんを見て分かった。

別に戦いたくて戦ってる訳じゃなく、ただ応じる形で戦ってる人なだけであって、芯に怖い人って訳じゃなかった。

 彼の腕や足、腰に着いているナイフは、それに必要な道具で私が勝手に勘違いしてるだけだったのかも…

「イアさん。固まってるけど、どうしたの?」

「……強いんだね暁月くん」

「そうでも無いよ?僕なんかまだまだだよ」

 彼は微笑んでそう言った。

この容姿で、性格で、強い彼は本当に不思議だった。

だから、さっきは怖がって疑ってたけど、暁月くんを改めて信じてみたいと思った。

 この人は強くて良い人だ。

「その…暁月くんの家に行っていい?」

「うん!あ、でもまだ団子食べ終わってないでしょ?食べてから行こう!」

「うん、ありがとう」

 

 

 暁月とイアはベンチで食べかけの三色団子と揚げ餅一串を食べながら会話をして、イアは暁月に連れられ暁月達の住む家に向かいました。

 

 




お疲れ様です( ˇωˇ )
次はいつになるか分かりませんが、イア視点で書くことが多い気がします。
次もよろしくお願いいたします


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第11話「一味違う空気」

やぁ。
今回はイアが主観キャラとなって進む話となってます。
話の展開が今話と次話でハイペースなので、ゆっくり見ていってください。



 暁月とイアは山道を歩いていました。

 その道は整備せず、ただ踏まれ続け草も生えず、焦茶色の土が露出した緩やかな坂道となっていました。

道は緩やかでも周りの視界は少々悪く、草木が生い茂ったまるで深い森の中のような薄暗い感じです。

そんな道を2人は歩き続けます。

 

 

 私は暁月くんに手を握られて、その後ろに着いて歩いていた。

まだ出会って1時間も経ってないのになんでこんなにいつもしていたように感じるんだろう…

この中を通っていく前に暁月くんに、

『ただ登れば良いだけなんだけど、薄暗いし慣れてないと足取られたり、危ないから手を繋ごうか!嫌ならマントでも良いけど、どうする?』って言われて、何気なく手を繋いでる。

…初めて男の人の手を握って、今日初めて知り合った人なのに普通に手を握って歩いてた。

 私より少し手が大きくて、スラッとした指、固い手の甲は大人の手のようでありながら、繊細な肌で優しく握ってくれているのは子供のようで不思議だった。

一目見たときも感じたけれど、改めて髪が長くて女性のようで少し背が高くて男の子で、大人な見た目なのに子供っぽくて優しい、見た目と中身がまるで違う不思議な感じ。

前から知ってるような雰囲気で、でも少しドキドキして、安心する。

「──さん、……イアさん?」

「え?」

頭の中で考え過ぎて、声が遅れて聞こえた。

暁月くんは私に目を向けながら、歩く速度を少しだけ落として話しかけてきた。

「手が強ばったからさ、でももうちょっとで着くからね!」

「ごめんね…」

「ん?何も謝る必要ないよ!ただイアさんが心配になっただけ!」

「──ありがとう、私は大丈夫だよ。前、向いて良いよ」

「なら良かった!じゃあもう少し頑張ってね」

暁月くんは前を向いて、歩き出した。

「ねぇ…暁月くん」

「何?」

「暁月くんは今何歳?」

「僕?僕はね、15歳。ひと月前の3月9日になったばっかり!」

「15歳……」

 なんというか、少々絶妙な年齢で少し驚いた。

子供っぽさは残る年齢でありながら、見た目は少しずつ変わる歳だから、何となく初めて納得出来た彼の詳細だった。

「イアさんは何歳?」

「私は…16歳だよ。暁月くんと同じ3月9日生まれ」

「え!本当!?見た目も綺麗だし、大人しい雰囲気だから18歳くらいだと思ったよ!それに同じ誕生日なんだね!」

「──っ///」

 さっきベンチに座ってた時もそうだけど、暁月くんは普通に相手を意識させるような発言をするから、びっくりする。

子供っぽいから思った事をパッと口に出せてしまう辺り純粋なのかなとも思った。

「僕もそろそろ落ち着いた雰囲気出したいなぁ~…まだまだ子供っぽいってよく言われるからね」

「私は…今の暁月くんでもいいと思うよ?まだ出会ってばかりで言うのもあれだけど…」

 私はそう言うと、暁月くんは『うーん、うーん…』と首を傾げて悩んでいた。

歳が歳だからか、やっぱりそういう事でも悩む時期なんだと思った。

「まぁいいか!ルナ姉とイアさんが言うなら、まだこのままで居ようっと!」

「ルナ姉…?」

姉という単語に気付いて疑問に持って呟いた時に、暁月くんが次の台詞を言っていた。

「イアさんもう見えるよ!」

「本当だ…なにか微かに見える…」

暗い場所に居るからか、陽の光で眩しくてちゃんと見えない。

「ルナ姉も居たらその時紹介するよ!ここに踏み入ったらハッキリ見えるし、清々しい気持ちになると思う!」

 そしてさり気なく暁月くんは私の呟いた疑問に対しても聞き取っていて、そのまま私はまるで別世界に迷い込んだかのような光に照らされた。

 

 

 

 イアの視界には心地よい明るい緑色の草原が広がっていました。

そこに一本の砂色の道が伸び、草原の真ん中には一本の木と宿屋のような木造建築の建物が立って、ポツンとある木と建物は、その草原をより開放的な空間へと感じさせました。

草原と言っても、ここは山であり北と南にも連なっている山が存在していました。

 

 

 

 爽やかな風が吹いた。

 草原に風を遮るものはほとんど無く、草は波打つように揺らいで、木の葉達は互いに擦れながら音を鳴らして、暁月くんの言った通りそれらの音と景色を見て清々しい気持ちになった。

それに浸っていると暁月くんの手が離れた。

「あの真ん中に建ってるのが僕達の家。もう迷う事ないし、思いっきり伸びしてみなよ!」

暁月くんは深く息を吸いながら、体をグーっと伸ばして、バッと両腕を広げてリラックスしていた。

私も同じように深く息を吸いながら、体を伸ばして、そのままバネが戻るように腕は勢い良く元に位置に戻り、身体の中の空気も吐き出した。

良い天気の下、山の上の草原で流れる心地よい風と空気はとても新鮮だった。

新しく取り入れた空気は身体の中の不純物を洗い流すようなスッキリとした気持ちになった。

「ははっ!イアさん凄いリラックスしてるね!」

そう言われて、思わず意識が戻る。

「だって、景色もそうだし空気も美味しい…確かに清々しい気持ちになるね」

「そうでしょ?初めてここに来る集落の人とか皆、別世界だって言うんだよ?同じ地域なのにね!」

「私もここに入った時、別世界だって感じちゃった」

「えぇ、イアさんも?僕が慣れちゃってるせいなのかな~」

そう言って首を傾げる暁月くんは集落の人じゃなくて、やっぱり少し違う所にいる人なんだって実感した。

 その後暁月くんは少し笑って、

「でも、僕の所有地って訳じゃないけど、僕にとってここと北の山と南の山は自慢だよ!だから嬉しい。また少ししたらあの2つの山も紹介するよ!」

と、さり気なく家だけじゃなくて他の場所も連れていってくれる約束をしてくれた。

「その前にとりあえず家で過ごさせて貰えるかって話だね~。行こうか!」

「うん…!」

私も元気な暁月くんに吊られて、返事も元気に返していた。

 

 砂色の一本道を向かい風を受けながら100m程の距離を歩いて、その前に私達は立っていた。

両開きでオシャレな木製の玄関のドア、横には立て看板らしきものと、上には文字は(かす)れボロボロな看板。

そして二階建てで遠くで見た時より少々大きな外観だった。

 なんというか、宿屋のような雰囲気もあるけど、喫茶店でもある感じの合わさった印象の建物だった。

「ここが僕達の家。僕含めて7人住んでるんだ!」

「7人…暁月くんは大家族なんだね」

「うん!だから1人ぐらい増えても大丈夫だと思うけどね。部屋も余ってるし!」

「でもお世話になるんだから、迷惑にならないようにしなきゃ…」

「迷惑なんて…逆に迷惑かけられる方が多いかもね?」

「え?」

「とりあえず!いらっしゃい。僕達の家へ」

暁月くんは玄関のドアを押して開けた。

「お邪魔します…」

私は暁月くんに続いて家の中へ入っていった。

 

 そこには2人の女性と2人の男性が居た。

「あぁ…暁月か…おかえり……あと誰だ?そこ子は」

 けれども様子がおかしかった。

 1人の女性を除いて、皆が左眼を抑えて膝まづいていて、その1人の長い茶髪の女性だけがオロオロしながら1人の黒髪のポニーテールの女性…?を介抱していた。

明らかにおかしい雰囲気に私は固まったが、暁月くんはすぐに彼らに駆け寄った。

「どうしたの(ひかる)夜冬(よると)にアウロラも!」

「さっき突然皆こうなっちゃって…暁月は平気?」

「僕は大丈夫…何が原因か分かる?」

茶髪の女性は首を振ると、白髪の痩せ気味な男性が吐き捨てるように言った。

()だッ…!」

「「え?」」

暁月くんと茶髪の女性は反応して、目を向けた。

「さっきから殺意が湧くように身体中が強ばって、左眼もそれに反応するように(うず)いてくる…罪に違いない…!」

白髪の男性は床を思いっきり殴ってその勢いで立ち上がった。

「夜冬の言うことは…よく分かる…」

 赤髪の男性が同意するように言う。

すると、黒髪のポニーテールの人が茶髪の『みゆき』という名前の女性に声をかけた。

「美雪…俺はいい……意識が朦朧(もうろう)としてきた……意識がある二人を……」

「大丈夫なの!?」

「気絶するだけな気がする…とにかく2人を頼む…」

黒髪のポニーテールの人は最後に背中を壁に預けて、目を閉じて眠ってしまった。

なにが起きてるの…いったい……

「美雪姉さん、なにか手伝える事ある?」

「えぇと…でも…()が反応してるなら、痛み止めなんか効かないし、今は速効性の薬はきれてるから…前にもこんな事あったけど、あの時は私も皆すぐ倒れちゃったし…」

みゆきさんは色々と頭の中で考えて居て、暁月くんもみゆきさんを真っ直ぐ見つめていた。

「お前だな……」

 その時、体が更に硬直して背筋が凍るように何かを怖がっていた。

その言葉を発したのは白髪の男性。

「おい…待て……夜冬。俺らが気絶してる間に2人が原因解明すればいい話じゃないか…」

赤髪の男性が『よると』という白髪の男性を苦しみながら見上げそう呟いた。

「悪いが、俺は嫌だね……!」

その刹那、私は首を絞められていた。

 

 

 

「イアさん!?」

「なっ、何してるの!夜冬」

イアは夜冬に両手で首を絞められ、体は持ち上げられていました。

「───うッ」

 イアは両手で夜冬の腕を離そうとしていたが、首を絞められ体も浮き、思うように力も入らず、元々弱い力はどんどん弱まって、その目からは涙が零れて行きます。

その涙を見た瞬間、暁月は自身の意識を無視して行動していました。

 腰に携えた刀を抜く。

正しくは鞘から刀を抜くのでは無く、刀から鞘を抜き、小さな動きと範囲で抜刀を終わらせ、そのまま斬りかかっていきました。

普段の暁月からは行わない一動作、一行動はあまりに別人でした。

「な!?」

「暁月くん!?」

「───」

 今の夜冬はパワードスーツを着ておらず、仮に着ていた場合、別の黒刀じゃない限り今の暁月の黒刀は装甲で食い止められますが、パワードスーツが無い今は何の武器であっても無傷じゃ済みません。

夜冬も暁月に気付いた時点で遅かったのです。

暁月の黒刀の剣筋は真っ直ぐに夜冬の両腕を捉え、切り落とそうとしていました。

 しかしそれは、夜冬がイアを襲ったように、暁月が抜刀したように、またもや一瞬の出来事がその場で起こりました。

 バンッ───カタカタカタ─

 刀身は止まり、浮かされていたイアは地面に着いて咳き込み、夜冬は地面に伏していました。

それを理解するのに長い沈黙が、一瞬を理解するのに何秒も必要としました。

 そこに立っていたのは外出中だったルナでした。

「ルナさん…」

「ははは……さすが…」

 素手の左手で暁月の刀を受け止め、金属の篭手が装備された右手で夜冬を沈黙させていました。

「おい、落ち着け」

 その言葉は暁月に向けられていました。

 

暁月にあるまじき、怒りが宿った瞳に向かって。

 

 




お疲れ様です。
ちょっと急展開気味で困惑するかもしれませんが、旧地平線と似てるかつ少し重めな展開にしました。
無理やり展開を捻じ曲げたので、文もキャラの台詞も荒ぶってます。
次回もよろしくお願いします。


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第12話「怒りと優しさの紙一重」

やぁ。
当分は安定した投稿ペースを保てるシーンが多いので、お楽しみに。
今回はルナに少し注目して見て欲しい( ˘ω˘)


 怒り。

それは暁月にとっては最も遠い感情でありながら、最も近いもの。

元気で、素直、子供っぽく、忙しなく、言うことは聞く。

けれども、明らかにおかしい話。

どんな子供も駄々をこね、嫌がり、怒る。

 それらが欠落している暁月は感情を持つ人間として欠陥であり、そして《憤怒の罪》を持つ者としてあまりに出来損ない。

たまにはムッとする事はあるが、それは演技でしかない。

怒りが宿ってない。

 それがどうだ。

 この眼は、この瞳に宿る殺意は、怒りが宿っている。

 

 

 ルナは暁月の刀を握り締め、その(りき)みを掌握(しょうあく)します。

それと同時に刀を伝い滴り落ちる血液は、美雪と朦朧(もうろう)としているアウロラ、イアを目を見開かせました。

「待って……ルナさんなんで!篭手(こて)をしてないの!?」

 美雪が驚きを隠せない程の大声で言いました。

ルナは両手どちらにもしっかりと篭手を装備できます。

 しかし、手を守る役割である篭手を装備しているのは、暁月の刀を止める左手ではなく夜冬を沈黙させた右手でした。

「さぁな、判断ミスだ。まぁコイツの死体見るより私の血を見る方が安いだろう」

 ポタ……ポタ……

と一滴一滴、ルナの血は床に落ちて行きます。

その音が何回もする間にルナは刀から手を離すと、その刀は振られる事無く停止していました。

「落ち着いたか?暁月」

その言葉を聞いた暁月は刀を落として、膝から崩れ落ちました。

「ルナ姉……ごめんなさい……」

「気にするな、今のお前のせいじゃない」

「ごめんなさい…」

 暁月は俯いてしょぼくれていました。

ルナは右手の篭手を消すと、暁月の頭を右手で撫でてやりました。

「気にするなと言ってるだろう。美雪、暁月を頼む。私は原因を顕現(けんげん)させる」

「ほら、暁月くん。こっち来なさい」

 美雪はまるで泣いて帰ってきた子供を抱き寄せる母のように暁月をそっと胸に抱き寄せた。

ルナと同様に暁月の頭を撫でて、落ち着かせます。

「でもルナさん。先に怪我を手当しないと…それにさっき帰ってきたばかりなのに状況が…」

「手当はいい。夜冬が小娘の首絞めてる時にちょうど帰ってきた。あと、左眼をアウロラが抑えてるのと、夜冬の左眼も瞑りかけてたから、『罪』が原因だろう?違うか?」

「…確かに2人とも罪に原因があるって言ってた…ルナさんは平気?」

「目が時々(くら)む程度だ、苦しむ程じゃない」

「個人差…?どういう関係があるんだろ…」

「百聞は一見にしかずだ。これを見れば美雪、お前でさえも何か分かる」

「え?」

 そう言って、ルナは荒々しく呼吸していたイアに近寄り、胸ぐらを掴んで立たせます。

「安心しろ、すぐ終わる。小娘、私の目を見ろ」

 ハァハァ…と苦しむ呼吸と恐怖の呼吸が入り交じったイアはルナを直視出来ませんでした。

そんなイアを引き寄せて、再度忠告しました。

「小娘、私の目を見ろ」

声色が更に変わり、その忠告は死の宣告になり始めていました。

イアは荒い呼吸の中、恐る恐るルナの目を見ます。

 

 

 銀色の右眼が睨んで私を見ていた。

この人が暁月くんの言っていたルナ姉らしい。

銀色の髪、綺麗な瞳、白く透き通るような肌、あらゆるパーツが一線を画し、その中で尚桁違いな美しさ。

私は彼女の目を見ると同時に見蕩れていた。

 そして彼女が左眼の眼帯を取ると、何故か先程まで認識出来た銀色の右眼は無くなり、色を認識出来なくなってしまった。

何の色なのか、認識するどころか、記憶が無くなったように分からない。

 しかし、その両眼はじっと私を見つめていた。

その時私の両眼が熱く燃えるように、何かが現れた。

 

 

「あ…それは…!」

 美雪はそれに見覚えがありました。

イアの眼からは炎が浮かび上がり、ノーネームに属する面子が確実に見た事のある程に馴染みある炎。

《罪の炎》でした。

「用は済んだ」

 ルナは胸ぐらを掴んでいた手を離し、イアは座り込みました。

変わらず、左手からは血が垂れて落ちています。

「なんで…その子が持ってるの…?」

「さぁな、そこまでは分からん」

 美雪は明らかにイアの目に燃ゆる2つの炎に既視感を感じていました。

右眼で燃える金色の炎。左眼で燃える桃色の炎。

美雪の記憶上、全く同じだったのです。

美雪が固まる中、ルナは解説するかのように言葉を紡ぎます。

「《慈愛(じあい)の罪》と《色欲の罪》、消息が途絶えた2つの罪が宿主が変わってここに帰ってきた。面白い話じゃないか。本人は理解どころか存在を認識出来ていなかったみたいだがな」

 ルナは面白い話と言いますが、顔は全然笑っておらず冷たさを感じる普段の顔をしていました。

「え、じゃあルナさん。これが原因で皆…」

「そうだ、右眼は異端故にその力も違う。小娘は無意識下で威嚇していたんだろう」

「威嚇って……」

「──これ以上話すのは気分的に面倒だ。あとはお前達で考えて小娘に教えると良い」

 呆れてダルそうにルナは吐き捨てました。

「私はまた出掛ける。小娘の罪は有用なのは美雪、お前が1番よく知ってるよな。炎は起こした、あとは意識させて繋ぐだけで勝手に使える」

「え…うん…やってみる」

「あと、──3人。逆浪とアウロラは3時間後に起きる。夜冬は半日。暁月は軽く休ませてやれ。面倒事が多いが頼む」

 ルナは美雪に指示を出すと、そのまま扉を開けて出ていってしまいました。

「────」

 美雪は10分にも満たない間に起きた出来事と情報量の多さに少し頭が停止し、首を横に振って頭を起こしました。

「よし!とりあえず暁月くん。夜冬くんと光くんは私が連れていくから、部屋で寝転んできなさい。ついでにアウロラくんも連れてって。あと、この娘は私が面倒見とくからゆっくりしてなさい!」

「うん…」

 暁月はいつの間にか眠っているアウロラを担いで、2階へ上がって行きました。

 

 

 そこから美雪はドタバタとしていました。

 途中だった皿洗い、夜冬と光を部屋に寝かせ、出しっぱなしの解体された拳銃をパパっと組み上げ、床に染み始めていた血を拭き取り、その合間合間にイアの様子を見ていました。

 一段落して気付いた時には、イアは美雪の忙しなく動く様を床に座ったまま眺めていました。

「えーと、あなた名前は?」

「……イアです」

「よし、イアちゃん。とりあえず息は整ったようだし、ちょっとお話ししようか?」

「はい…」

「怖がらなくてもいいよ。首締めるとか胸ぐら掴むとかじゃなくて、普通に椅子に座って話すだけ」

 美雪はイアの手を掴み、立たせるとじーっとイアを見回すように眺めて小さく呟いた。

「ほほぅ…これまたスタイル抜群…いいなぁ…」

 美雪は舐め回すように見ていると、イアはそれを察したのか隠す必要も無い場所を隠しました。

「あっ、ごめんごめん!あの子が連れて来たから、不思議だったんだよね。飲み物でも出すよ」

 台所に向かって、棚を開けるとそこにはビンと紙袋が何個か入っていました。

「緑茶、麦茶、烏龍茶、ほうじ茶、紅茶にコーヒー、なんならジュースもあるけど何飲む?」

「じゃあ…紅茶で」

「はーい、少し待っててね。その間にっと…」

 台所から出てきた美雪はイアの手を引っ張って、空間の隅の席に連れて行き、イアを席に着かせると背後の窓を美雪が開けました。

「雰囲気もそうだし、空気も淀んでるから換気しなきゃね!」

 窓が開けられると、まるで待っていたかのように風が中に入り込み、中の空気を攫って別の半開きの窓から流れ出ていきました。

一気に澄んだ空気が中を洗浄しました。

 

 

 少しして、紅茶を高級そうなカップに入れて持ってきた美雪はイアの前にそっと起きました。

「ありがとうございます…」

「おかわりもあるから、ドンドン飲んじゃっていいよ!」

 ニコッと美雪はイアに笑顔を見せて、少しでも気を楽にさせようとしていました。

 その時、イアの頭の中では美雪の笑顔と口調に何処と無く暁月を感じていました。

しかしそれを口には出さず、カップを口に運び、紅茶で唇と喉を潤しました。

「──美味しい」

「口にあった紅茶で良かった。ふふっ」

 美雪もその紅茶を1口飲みます。

琥珀色で透明感ある色合い、甘く花のような香り、何も入れずとも味はしっかりしているシンプルな紅茶でした。

「ほっ…ドタバタしちゃったから、一服すると気が抜けちゃうなー」

 背もたれに背を預けて、溶けていきそうな勢いでズルズル下がっていきます。

「いつもはもうちょっと静かなんですか?」

「んー、そうだねぇ。たまにうるさい時はあるけど、普段は各々がやりたい事やって時間を過ごすだけだよ」

 よいしょっ、と美雪は体勢を戻します。

「そうそう、イアちゃんは集落の子?お家は?家族は?暁月くんが連れて来たけど何も聞いてないからちょっと教えてくれない?」

 

 ・・・

 

 イアは美雪に暁月に話した事を同じように言いました。

「んん~…?」

 美雪は頭を捻りました。

「確かに何かおかしいね……誰も憶えて無くて、あるはずの物も無くて、外で目覚めた…謎ねぇ……」

「はい…」

「あぁー、でも、なるほど。だからあの子連れてきたんだ。あの子の性格上必然ねぇ…」

 イアは静かに頷きます。

けれど、イアは先程からある呼び方が変わっていることに気付きました。

「あの子って暁月くんの事ですか?」

「ん?あぁ、ごめんね。そうだよ」

「えーと…みゆきさん?は暁月くんのお母さんですか?」

「んー………まず私の名前教えてなかったね。それで少し関係も分かるかな?」

 美雪は胸ポケットからメモとペンを取り出し、ササッと自身の名前を書きました。

 そこには『日向(ひむかい)美雪(みゆき)』と達筆な字で書かれていました。

「日向美雪、それが私の名前。下で呼んでくれていいよ。上はあんまり馴染みないから」

「日向…美雪さん…」

 そこでイアは気付きました。

「暁月じゃない…?血縁関係じゃないんですか?」

「うん、それらの関係も踏まえて、イアちゃんには沢山話す事があるの。ここにいる人達の事、《罪の炎》と呼ばれるものの事、私達が何をしているのか、そしてイアちゃんは何をするべきか、それらを理解してもらうための色々な話」

「───」

 イアは言葉に詰まります。

それを読み取って、美雪はらしくない台詞を言いました。

「イアちゃん。脅す様で、そして勝手で悪いけど、貴方はもう私達から離れちゃいけない人なんだ。ここに住むことに関しては追い出しはしないけど、逃げるなら考える必要がある。貴方の力はとても必要だから…」

 申し訳なさそうではあるものの、手段を選ばなさそうな目付きはイアにとっては心的不安を感じさせましたが、彼女の中である想いが覚悟へと導きました。

『自身を知らず、彼らに教えられて自身を知って、そして彼らを、彼を知る』という想いでした。

 

「──教えてください。私の事、皆さんのことを」




お疲れ様です。
13話ももうすぐで完成しますが、やる気のペースを保つ為に来週に投稿します( ˘ω˘)
その時には14話も程よい進歩になってるでしょう。


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第13話「新しい知識世界」

やぁ。
いつもより文がズラーッと続いてるので、適度に落ち着いて読んでください。
あと、ノーネームの行動目的等はマトモに設定が無いので、簡単に自分で『ハァァァ----ン、ナルホドオオ』的な解釈して下さい。
ではよろしくお願いいたします。




美雪がクスッと笑うと、イアは呆気を取られました。

「ごめんごめん、真剣な内容話すからそれっぽく振る舞ってみたんだけど、イアちゃんが思った以上の事返して来たから思わず笑っちゃった」

目付きも口調も穏やかで、良いお姉さんみたいな雰囲気に美雪は戻っていました。

「でもイアちゃんが積極的に知ろうとしてくれたのは嬉しいよ。何せちょっと複雑だから」

美雪は紅茶を口に運びます。

「まず、私達のことから話すね。私達は無所属の自由な組織『ノーネー厶』っていう集団。メンバーはここに住んでる皆なの」

「ノーネーム…」

「『no name』、無名って意味だよ。そしてここに居る皆は別の時代、別の地域で育って、ここに集まってる」

そこでイアは話の内容的におかしな部分を口に出しました。

「え、別の時代ってどういう…」

「ははは!確かに外の世界を知らない人はそうなっちゃうもんね。私もそうだった。この世界は不思議なの。《過去》、《現代》、《未来》に隔たれてて、同じ世界なのに交わりもしないし干渉もしない不思議な世界。現代って言っても、その土地にとっては現代だから基準を設けてこういう世界は○○って決めてるけどね」

イアは静かに驚いていましたが、続けて美雪の言葉に耳を傾けていました。

「だから、私達は別の時代からやってきたメンバーが集まってる。ちなみに私は現代だよ」

「でも別々の時代に生まれて育って…どうして集まれたんですか?」

「次の話にも繋がるんだけど、《罪の炎》っていう特別な力を持った人がここには集まってる。私は持ってないけど、光くんの付き添いだね。どうして集まれたかは…ちょっと今話すと複雑だからやめとく」

「纏めると…メンバーそれぞれが別の時代、地域出身で、特別な力を持った人が『ノーネー厶』という組織に集まってる…で大丈夫ですか?」

「うんうん、合ってるよ。メンバーのプロフィール後で書いてあげるから、今は良いかな。えーと…次は《罪の炎》の事だね」

「罪の炎……」

あまりに聞きなれない単語にイアは口に出します。

 

「《罪の炎》っていうどういう経緯で宿って、何が進化のトリガーなのか、まだまだ分からないことだらけの力。でもその能力と名前は分かってる。『七つの大罪』って知ってるかな?7つの死に至る罪、罪の源とも呼ばれる時あるらしいけど、私はよく知らない」

「七つの大罪…」

美雪は頷きます。

「文字通り7つの罪、《憤怒(ふんぬ)の罪》《嫉妬(しっと)の罪》《傲慢(ごうまん)の罪》《強欲(ごうよく)の罪》《色欲(しきよく)の罪》《怠惰(たいだ)の罪》《暴食(ぼうしょく)の罪》それぞれの罪が左眼に炎として宿ってる。それぞれに個々の能力が備わってて、私たちの戦術を広げてもくれる。その中でも1つの罪の中に(ランク)があるらしいの」

美雪はイアに分かりやすいように、メモに図を書きなが喋り続けます。

「《罪》《大罪》《極罪(きょくざい)》ってなってて、進化する(ごと)に力も強くなって、極罪にもなれば本人は炎が無くなっても罪の力を保有したまま、他人に炎を継承出来るようになるの。けど、継承された人の罪の力は初期の状態に戻っちゃうけどね」

「つまり、元々持ってた人が継承する事で、自身と同じ力を持った人が連なって増えて行くんですか…?」

「そう、力は宿り続けるし継承することで炎は受け継がれ続けて途絶えない。ここに居る人の継承はされずに突然宿ったから、もしかしたら何か他の条件もあるのかもしれないけどね。私は2世代までしか見た事ないから、知識も少ないかな」

「………」

「初めて説明受けたのに、理解が早くて凄いなぁ。私は光くんに説明されても微妙だったけど」

 

【挿絵表示】

 

「いえ…図を書きながら説明してくれてるので、とても分かりやすいです。あと、極罪?になったら誰かに継承しないと行けないんですか?」

「いや、別に継承しなくてもいいみたい。けど継承した方が自由にはなるかな」

「自由?」

「宿したまま戦い続けてると、人だから普通の生活が欲しくなるんだって。だから身代わりと言うと誤解を招くけど、継承して役目を終える。今ここじゃ2人…いや正式には3人が継承されて、その継承した人達はここには居ない。各々の家庭を持って、生活してる……」

すると、「ん?」と言い美雪は頭を抱えて、何かおかしいな点を振り返っていました。

「そうだった…イアちゃんが《色欲》を持ってきたって事は…4人………いやでも…継承されてって訳でも…」

「美雪さん?」

美雪はバッと顔を上げると、こう質問しました。

「イアちゃん。紺色っぽくて長い黒髪をした背の低い女性知らない?」

「紺色っぽくて長い黒髪の女性……?」

「知らない………?」

イアも頭を捻って、頭の中で探しますが、

「ごめんなさい…知らないです」

イアは知りませんでした。

「あちゃー!でもまぁ仕方ないか…。あっ、そういえば、イアちゃんの罪の炎が《色欲》と《慈愛(じあい)》って言ってなかったね」

「色欲…慈愛……?ん、《慈愛》って七つの大罪に入ってませんよね?」

美雪はうんうんと首を縦に振ります。

「先に《色欲》の説明からね。実は《色欲の罪》って、ここ10数年行方が不明だったんだ。元の持ち主が突然消えてしまって場所も分からなくて、だから空席があったの。その力は『体を癒す』とか『病気を治す』、『強い免疫力を付与する』とかの基本的に治癒回復が多い能力で、私達がもし怪我をしても元通りに治しちゃうからその力は凄い偉大だったの」

美雪はまた別にメモに書き始めます。

「すぐに戦いに行けたし、色んな世界を回った。居なくなってからは自然治癒に任せてたけど、でもそれと同時に戦いも高速治癒も必要も無くなってきてね。今がある感じ」

「……今美雪さん達がやってる事って言うのは何かと戦う為にここに居るって事ですか?」

「そうそう、後で話すつもりだったけど、今ついでに軽く話しちゃうよ。私達は私設軍隊とか闇組織とか色々なその世界にとって害になる存在と武力行使して戦ってる…と言っても目的がある訳でも何かが欲しい訳でもないんだ。ただ力の使い方を私達が思う良い方向に使いたいって話なんだけどね」

「じゃあ…隠れて世界を守ってる…そういう事ですか?」

美雪は静かに頷く。

「戦ってると怪我もする…だからイアちゃんの持つ《色欲の罪》の回復能力って凄い助かるんだ」

「なるほど……」

「あとイアちゃんが気付いた《慈愛》ね。《慈愛の罪》は七つの大罪に属さない別の罪で、慈愛と同じくしてもう一つ別の罪があるんだ、《粛清(しゅくせい)の罪》って言うんだけど…今回は慈愛だけ話すよ。この2つはまた別の存在で七つの大罪は左眼に宿るけど、この2つは右眼に宿るんだ」

 

【挿絵表示】

 

「右眼…?私は今左眼に《色欲の罪》右眼に《慈愛の罪》をそれぞれ宿してるって事ですか?」

「本当に理解早いねイアちゃん…慣れてる?」

「こういう話は初めてですよ…」

美雪が茶化すとイアも困惑気味に返しました。

「ははは!とりあえず右眼に宿る力は七つの大罪とはまた違う力も持ってる。《慈愛の罪》は確か…《色欲》と違って中身を癒す系が多かったはず…心、疲れ、ストレス、ものによっては地道にやれば治るとか休めば治るものだから使用頻度は低いけど、力は凄いから持ってて損は無いって感じかな?」

「中身を癒す……」

「つまり今のイアちゃんは、心身共に癒す事が出来る能力を持ってるの。あと、《色欲》は自分にも使えるのかな?昔だからあまり覚えてないけど、ビックリするよ、その能力の凄さ…でもイアちゃんこれ使う時って事は何を見て何を感じるかわかる?」

「何を見て、何を感じる…?」

「生々しい話だよ、良い?」

「──はい」

「傷、血、筋肉の繊維、血管、骨、内臓を何があってもそれを直視して治してあげないといけない、人の中身を見ることに慣れないといけない…そして、人の愚かさ、醜さ、発狂、絶望、混乱にもそれを見ても自分を強く持つ必要があるの…慣れてないと吐き気とか酷いと精神汚染にも繋がることがあるから、とても辛い位置に立つ事になるの…無制限で強力な回復能力はお医者さんみたいに強い意思と耐性を持たないとダメなんだ…それでも我慢して出来る…?」

「─────…」

それを即答してハイと言えるのは、まず居ないであろうあまりに本来縁のない光景を目の当たりにするのだから、イアが黙ってしまうのも当然です。

普通に生きてるだけならば、擦り傷や血など軽傷な程度のものしか目の当たりにしないのに対して、ここに居るということはそれらを見る可能性が大いにあるからでした。

「イアちゃん」

美雪の声にイアは静かに反応します。

「確かに見慣れないものを見るのは抵抗があるし、自分もそうなってしまうんじゃないかって、そういう思考にもなっちゃうけどね…大丈夫だよ。しっかり私達が貴方を支える、守ってあげるし、許してあげる。だから心配しないで」

「──……」

イアはやはり話を聞いた時に想像をしてしまったらしく、恐怖心がありました。

でもさっきの美雪の慰める言葉をイアは初めて聞いた筈なのに、再度その言葉を聞いた事がある記憶がありました。

そしてその記憶は何か強い想いで1つに染まったあと、「はい」と答えていました。

「……」

イアはその強い想いがなんかのか、考えました。

この人達に貢献する為なのか、多くの人を救いたいのか、自己満足なのか、何か目標があったのか、誰かの為になのか、色々と考えました。

けれど、脳裏に浮かんでいた記憶は徐々に感情まで憑依し始めていました。

それがなんなのか分かりません。

しかし、イアの右眼からは涙が1つ、頬を撫でていきます。

その時、答えを得ました。

そして答えを得た時には、それは泡沫のように消え、ただ答えだけが残されていました。

「イアちゃん大丈夫…!?ごめんね、やっぱり辛いよね…」

「いいえ……美雪さん、私頑張ります…。後、『我慢出来る?』に対しての返答ですけど…」

イアはその答えとそれに繋がるものを連想して、答えます。

「はい。我慢するんじゃなくて、やります。やってみせます」

それを聞いた美雪は拍子抜けした顔をした後、笑顔になってこう言いました。

「ありがとう、しっかり支えさせてもらうね」

 




お疲れ様です。
14話は来週までには頑張って進めたいです。
( ˘ω˘)スヤァ…


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第14話「穏やかで唐突に」

やぁ。
今回は前回ほど情報量がある訳でもなく、ちょっとした軽い話が垂れ流しされます。
美雪が喋るか、イアが感じるかで、特定の人物の異常性が明らかにもなる話でもあるかなと。


「さてさて、イアちゃんが見た目よりも心が強い子で話がすぐ済んじゃった。私達と私達のしてる事、罪の事も話したし、こっちが喋ってばかりだったから何か聞きたいことあるかな?」

「えっ……と」

 イアは流れた涙の跡を(ぬぐ)うと、少し黙って考えました。

 その間に美雪は何処からかノートを取り出して、メンバーのプロフィールを書き始めました。

「─美雪さんは強いんですか…?変な質問ですけど…」

 イアは弱々しく尋ねます。

「ん、私?私は強くないよ。ただ銃が使えて、ちょっと目が良いだけ。でもまぁ…一般人視点から見たら、私でもだいぶ恐ろしいと思うけどね」

「じゃあ…暁月くんはもっと強いんですか…?さっき集落で決闘?を申し込まれてて見てたんですけど…」

「あの子はそりゃ私より強いよ〜。というよりあの子は私達の技術を真似て戦ってる。得手不得手はあるけど、特に近距離戦闘は凄く強いよ。ルナさんとか光くん諸々の刀剣使うメンバーからは教わってるから、ナイフ、剣、刀、なんなら槍も使えるからねあの子」

「じゃあ、そのルナさんと光さん達はもっと強いんですか…?」

「光くんはね、体弱いからハッキリ言えないけど、ルナさんはここで1番強いよ。見た目でもう強そうでしょ?」

「──はい」

 イアはさっきの胸ぐらを掴まれた際のルナの顔を思い浮かべていました。

「ルナさんは私達でも謎多くてねぇ…まず戦いに行っても傷一つ負わないもの、だから今日ルナさんが血を流してる所なんて初めて見たもん」

「それだけあの人は……」

「だから変に喧嘩売ったりしちゃダメよ?冗談抜きに殺されちゃうかもしれないから」

「売りませんよ…」

 イアは先程命令に従わなかったら殺すという宣告に似た何かを既に身を持って経験していました。

 

 

 その後も美雪とイアは少し喋り続けました。

 イアは住んでいた家が無いということは、服や生活必需品諸々が消えているということに気付き、それを美雪に話すと「服?下着も必要よね?任せなさい。私がお金出してあげるからなんでも欲しいの買いなさい!」と凄く張り切って言っていました。

「ルナさんだとね、全然服に興味無いから買いに行っても、黒い服ばかりだから選びがいが無くてね…イアちゃんは流石に…ね?華やかな格好でも大丈夫よね?ね?」

イアは困惑気味に「は はい…大丈夫ですよ…」と答えるとそれに美雪はガッツポーズをした瞬間、肘を机に思いっきりぶつけて、机上の上にあるものは微妙に浮き、カップの紅茶は少し零れ、美雪は悶絶しました。

「大丈夫ですか…!?」

「うぅー…思わず感情爆発して、被害が…」

 腕をブンブン振り回し痛みを和らげる美雪に対して、イアは印象がどんどん変わっていきました。

ノーネームの中に混ざるごく普通の人であると。

そこから2人は服の話、下着の話、色々な事を話します─そして、暁月の事も。

「イアちゃん、あの子どう?」

 その言葉にイアは少しビクッとしました。

「どうとは…?」

「おっ…?何そのビクッした反応。どうって、好きになっちゃったとかない?」

「ははは…」

「あの子、とにかくモテるんだよね。性格といい、強さといい、格好良いようで可愛い顔してるから、他の女の子は結構抵抗なく好きになっちゃうみたい。本人はまだそういうのをあんまり理解出来てないから、鈍感とも思われる時あるけど、育てる過程でそういうのとは縁がなかったからね…」

「やっぱりそんなに好かれるんですか…?」

「そうなんだー。集落の同い年からは7割くらい好かれてるんじゃない?──ところで、イアちゃん。やっぱりって言ったね?さては良いと思ってるね?」

「──///」

 イアはゆっくりと顔を美雪から背けた。

「あの子、背も歳相応だし体もそうなってきてるけど、心はまだまだ子供だから、私は心配だな…」

「言い方が親みたいですね」

「まぁ…親代わりになっちゃったからねぇ…。あの子の本当の親は私達も知ってるけど、訳ありというか、訳分からずというか…そんな経緯であの子が生まれてから私達が育ててたから、心も親になっちゃったんだね」

「え…?今、美雪さんは何歳ですか?私と変わらないくらいですよね…?」

 イアの疑問は必然でした。

暁月の年齢は15歳で、美雪は暁月が生まれてから育ててきたと言ってるので、15年暁月の親代わりでした。

 しかし、美雪の見た目はほぼ17歳くらいで若々しく例えばそこに15年引くと美雪は2歳程度になってしまいます。

故に、明らかに見た目と年齢が釣り合っていないのです。

「──それは」

美雪が何か言おうとした所、2階へ上がる階段から音がしました。

 トン トン トン グゥ トン トン

 途中軋みながら階段から降りてくる足音の正体は目はパッチリとしていつも通りの暁月がそこには居ました。

手には何やら袋をぶら下げています。

「美雪姉さん、これ食べる?あと、みたらし団子はルナ姉のだから冷蔵庫入れとくね」

「じゃあ貰おうかな。さっきルナさんまた出掛けちゃったから、空いてるところ入れといてね」

「うん!」

 暁月はケロッとした様子で、冷蔵庫にみたらし団子を入れた後、2人が座る席に寄ってきました。

「はい、三色団子と揚げ餅。三色団子1つ食べちゃったけどいい?」

「良いよ。揚げ餅も1つ食べていいよ」

「本当?やった!」

 暁月は片手に揚げ餅を渡された後、袋から追加で出て来ました。

「これ、イアさんの分ね。持って行っちゃってごめんね」

「大丈夫だよ。ありがとう」

 イアはそれを受け取ると、暁月は玄関へ向かいます。

「僕、また集落に行ってくるね!行ってきます!」

「はーい!行ってらっしゃい」

 それに美雪は元気よく返します。

 

 暁月が出ていった後、少しの沈黙が訪れました。

 その間にも美雪はノートに色々なことを書き綴りますが、一言も先程の続きを話そうとはしません。

イアも気になってはいたものの、先程の話以上に難しい話が飛び出してきそうなので遠慮してしまいました。

イアは団子を食べて、気を紛らわしていると、昼下がりの優しい風がイアの後ろから吹く中で、何かはばたく音がしました。

 それに対してイアは振り返ると、窓の縁に親鳥と小鳥が並んで毛ずくろいをしていました。

「あれ、私がそっちに居ないのに来たんだ。イアちゃんには警戒心無かったのかな?」

「この子達は?」

「そこの木で昼間は休んで行く鳥達だよ。いつも昼時は私がそこで銃の手入れして窓開けてるからそこに来るんだ。首の所指先で撫でてみなよ」

 イアは美雪の言われた通り、小鳥の一羽の首辺りに指先で優しく撫でます。

すると、小鳥は目を瞑って首を捻って『もっと掻いて』と言わんばかりにアピールします。

「可愛い…」

「可愛いでしょ?その子達手懐けると、いつの間にか頭とか肩に登ってくるからもっと可愛いわよ~」

 イアは指先でチョイチョイと撫でていると、その隣にいる小鳥が"ピッ!"と鳴いて、イアの指先をクチバシで突っついて来ました。

「構って欲しいんだって。その調子だと皆する事になりそうね、ふふっ」

「わかった、次は貴方ね」

 美雪言ったことは、その通りになり、結局全員が『構ってくれー』とイアに鳴いてはその子にちょっかいをかけたり、指を突っついて来ました。

親鳥はそれを静かに見守っていて、合間合間に自分で羽の手入れをしたり、窓の縁に首を擦り付けて自分で済ませていました。

イアは親鳥にもしようとしますが、『私は大丈夫』と言う様に羽を広げて伸びをしました。

そのまま全員は近くの木の枝に移動して、木の影で休み始めました。

「さてと、一応パッと書いたけど、こんなものかな。ついでにあの人達の様子を……あっ!」

「どうかしました?」

「いやー…イアちゃんの部屋を案内するのもそうなんだけど、その部屋マトモに掃除してないからホコリ被ってるんだ…すぐ掃除するね」

「私も手伝います」

 立ち上がろうとしたイアを美雪は手で制止しました。

「いいのいいの、イアちゃんはここでゆっくり休んでて。それか今空いてる暁月くんの部屋にでも行って寝転んで来てもいいよ?」

「え、暁月くんの部屋ですか……?」

「うん。あの子のタンスを開けて服なり下着なり物色してもいいよ」

 真顔でそう言う美雪にイアは耳を赤くしました。

「な なんでそうなるんですか!」

「あれ?漁らない?男の子の部屋って女子からすると意外なものとかその人の私生活がわかる良い場面だ思うけどな~」

「だからって漁りません!」

 勢いで立ち上がったイアは、何故立ち上がったのか分からず恥ずかしくなると、美雪はイアの手を握りました。

「まぁまぁ、別に漁ってって命令は出してないから、普通に部屋でのんびりしてたらいいのよ?はーい、私が掃除するついでに行きましょうねー」

「え、えっ」

 色々と言うイアを受け流しながら、美雪は二階奥の暁月の部屋まで連れて行きます。

 

 

 

「じゃあ、ゆっくりしててね〜」

 美雪さんは私を暁月くんの部屋に入れて、扉を閉じてしまった。

ゆっくりしててねと言われたものの、逆に緊張して休めない。

とりあえず、窓の傍にある机の椅子に座る事にした。

「ふぅ…」

 色々な事を知って、そしてどんな立場にいるのかを把握して、私は今ここに居る。

この選択が私にとって良い方向へ進むのか、悪い方向へ進むのかは分からないけれど、それでも私が役に立てる場所があるならここに残るべきなんだと思う。

 1人になって改めて実感した。

「──」

 辺りを見回すと、質素な部屋でベッドにタンス、机に本棚と実にシンプルなものしか置いてなかった。

あの元気な暁月くんからは想像しにくい質素な部屋で、部屋にあまり居ないような雰囲気がしていた。

私は立ち上がって、本棚に近寄り、本を眺めてると辞書や参考書、地図、図鑑等、勉強熱心な本ばかりが並んでいた。

 その中に娯楽の為の本や雑誌は無かった。

「─本当に…分からないや。暁月くんの事」

 見た目、身体、知識、心。女の子のようで男の子、普通のようで桁違い、子供のようで大人、そして大人のようで子供、あやゆる物を裏切るように反転している暁月くんは美雪さんがルナさんを謎と言うとくらいに私にも謎で不思議な存在だった。

1冊の辞書を手に取ると、端のページに何かが挟まっていた。

そのページを開くと1枚の綺麗な風景の写真があった。

 青い空の下には多種多様な花が一面に咲き誇っていて、花達からは光の玉のようなものが浮かび、真ん中には光の柱が空に伸びていた。

「綺麗な写真…」

 その写真に私は見とれて、ゆっくりと後ろに歩きながら暁月くんのベッドに座った。

見れば見るほど心を奪われて、この世界に入り込みそうな程に目も奪われていた。

 ふと何気なく裏を見ると、『理想郷』と書いてあった。

「理想郷……?」

 写真の場所のことだろうか、確かにあまりに現実離れした所だから理想郷と呼ぶには相応しい場所なのかもしれない。

そして理想郷と書いてある右下には一言書いてあった。

 

 

 

 

『私 を 忘 れ な い で』

 

 

 

 

それを読んだ瞬間、私の体は横たわり視界は暗転した。

 

 




お疲れ様です。
次回は全員が集合する話or全員のプロフィールが公開されます( ˇωˇ )
あと、近々また任務の話になるんですが、そこで初めて新規イラストが挿絵となって登場致します。
故にもしかしたら、少し遅れるかも?


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第15話「想像より多いもの」前編

やぁ。
だいぶ時間掛かったけど、やっとだよ。
16話は挿絵さえ出来れば、サクッと投稿出来そうです。
今回は少し情報過多な文章です。


 ふと気づいた時には暗い視界の中で、微かに光が射して明るかった。

「──さん」

そして柔らかく優しい声が届いて来た。

「イアさん」

 私の名前をその声で呼んでいた。

なんだか、何度でも呼ばれたいと思える優しい声色で、何となくその声に聞き入っていた。

「ご飯だよー?もう夜だし寝れなくなっちゃうよー?」

 その時台詞にちょっと違和感があった。

え、もう夜?嘘?

それに何かを察した私の脳は急速に目覚めて、それと同時に暗い視界からとても明るい視界に移り変わった。

 

 

 イアが目を覚ますと、目の前にはしゃがんでイアの顔を覗き込んでいる暁月が居ました。

「おはよう、イアさん。僕の辞書でも読んで疲れちゃった?」

「おはよう…暁月くん」

イアは目を何度もパチパチと瞬きしながら、なぜ眠ったのかを思い出しましたが、暁月の話に合わせる為に起きていない頭で返答します。

「美雪さんが部屋を掃除してる間、少し暇だったから手に取って読んでたんだ…ははは」

「でも読んでなかったでしょ?」

「え?」

「だって僕がこの部屋に来た時、一番後ろの表紙で本が落ちてて、手には写真を持ってたから、写真を見てたんじゃない?」

「──…」

 イアはまだ周りをしっかり確かめておらず、手にはもう写真と辞書はなく、それはもう本棚に戻っていました。

「ごめんなさい……勝手に見ちゃって………」

「大丈夫だよ!それにイアさんずっと緊張してたと思うし、ちょっと寝てスッキリしたんじゃない?」

 暁月は勝手に写真を見た事に責めることはなく、イアがちゃんと眠れたかを気にかけました。

「え…うん、ぐっすり眠れたよ。ベッド占領しちゃってごめんね」

「それなら良かった!イアさんの部屋はもう美雪姉さんが掃除終わらせたし、いつでも部屋に入れるよ」

「もう終わったんだ…美雪さんにお礼言わなくちゃ…」

 暁月は部屋の扉を開けると、イアもベッドから降り部屋を出ようとしました。

「部屋行く前にご飯出来てるから下に降りようよ、美雪姉さんもルナ姉もみんな居るからさ!」

「みんな…」

 イアにとっては初めて会う人もいれば、先程意識を失った人、恐怖を覚えた人も居るということです。

「怖がらなくていいよ、美雪姉さんが皆に説明してくれてる。襲われたとしても僕がいるよ」

 イアは暁月の後ろに付いて行きながら、部屋を後にして、賑やかな笑い声がする空間へ向かう階段に向かっていきます。

 

 

 

 階段を降りた先には、とても美味しそうな匂いが充満しており、その匂いの元には一部の机が中心の円卓に集められ、そこには料理が並べられていました。

「………え?」

 確かに料理は並べられていますが量と数は範疇を超え、そして品々はあらゆる文化の料理が混ざってるようにも見えます。

その中心にはメインディッシュであろうものが置いてありました。

 軽く味付けと処理をして、動物丸々焼いただけの肉の塊が2つ、人の顔よりデカい大きく厚切りのステーキに骨が付いたものが12個あり、3つに比べ優しい色合いと匂いの野菜スープが鍋で丸々置いてありました。

 その周りを囲むものには種類が様々で、魚を主軸とした刺身や焼き魚や魚卵、魚肉を練った団子もあれば、肉を小さく切って炒めたり、臓器を焼いたり、薄い衣を纏った揚げ物、野菜や果物を織り交ぜたさっぱりしたサラダと口直しの甘酸っぱいフルーツ達に、麺を使った様々な料理達、あまりに多い数はビュッフェを思わせるものでした。

 イアにとっては初めて見るもの、似た料理が混在していましたが、ほとんどが初めて見るものでした。

それらを囲むように5人がいます。

「お?イアちゃん。おはよう!よく眠れた?」

「─はい」

「とりあえず座って食べちゃって!私とルナさんの間に来なよ!」

 イアはゆっくりと美雪に招かれて、美雪の隣に座ると横にはルナが居て、その隣には暁月がいました。

 ルナは真ん中に置いてあった骨付きステーキを繊維の方向に噛みちぎり、口の中で噛み呑み込み続けながら口からはみ出ている肉をどんどん短くしている最中でした。

 暁月は合唱をした後、それを真似しようとしますが、それを横目に見ていたルナが手の甲で暁月の額を小突き、その動作を辞めさせます。

 暁月はそれを受けてナイフとフォークを持って、肉を綺麗に食べやすい大きさに切っては口に運ぶのでした。

「──」

 イアはそれを見て、暁月がルナのことを姉と言うのを少々分かったようでした。

 自身の真似をしないように、それを注意し、正しくちゃんとした食べ方をさせているのは、とても気に掛けている証拠なのだとそう感じていました。

「ほら!イアちゃん!」

 美雪の声に思わず、びっくりします。

「2人を見るのもいいけど、まずは自分が食べないと。美味しそうなものを皿に取って食べて良いからね」

 美雪も色んな所からバランス良く品を取り、食べていました。

「あ、イアちゃんはパンが主食かな?」

「え、はい。そうですけど…」

「やっぱり!光くん、パン取ってくれる?」

「ん〜、はーい」

 肉の塊の壁で髪が揺れているのしか分からない光から手が美雪の方に伸びて、パンが渡ってきました。

 外はサックリしていて中はモチっとした絶妙に焼かれたパンでした。

「すごい……」

「豪華でしょ〜。久々かもしれないね、こんなに並べたの。お肉は寝起きのアウロラくんに他世界に出向いてもらって、捕獲して調理して持って帰ってきて貰ったもの。魚はちょっと手間が掛かるから、他世界から詰め合わせを買って来て、サラダとか麺料理は在庫でなんとかつくったの。あとはちまちました物は私と光くんで調理して並べてある。選り取りみどりだよ!」

 美雪の説明と相まって、それらを眺めていたイアはお腹が自然と"グーッ"と鳴りました。

「ッ──いただきます」

 そこからはイアは黙々と食べ始めましたが、それと同時に周りを見て皆の様子を見ていました。

 

 

 どの料理も少しずつ食べたけれど、とても美味しかった。

初めて食べるものも、私の知るものと近いものも、全てが美味しかった。

ただちょっと感じたのが味が繊細過ぎて、私には分からない事だった。

 明らかに今まで食べたことのある食べ物の質よりは高いし、味もいいけれど、それがどう質が良いかはいつも少し貧しい食事をしていた私には、分からなかった。

「お腹いっぱいになった?イアちゃん」

「はい…こんなに多くの食事を取ったのは初めてで、どれも美味しかったです。ありがとうございます」

「それは良かった!まぁこれは歓迎を含めての量だから、いつもは普通の量だよ。ね?光くん」

 お肉の塊があった中央の皿はもう移動していて、その人の顔はしっかりと見えていた。

「そうだな。イアさんが要望を答えてくれると献立を考える時は助かるからいつでも言ってくれ」

「あっ、はい。ただ私ここまでちゃんとした料理はあまり食べた事ないので…要望は少ないかもしれないです」

「ん?あぁ…話は聞いてはいたけど、あの集落だしまぁそんな感じか…」

「ちょっと光くん!その言い方は誤解を招くよ!」

 光さんは少し固まると手で口を抑えた。

「…悪い失言だったよ。イアさん、申し訳ない」

「いえ、別に誇りがある訳でも無いですし…思い出深い訳でもありませんから」

「──そうか…」

 少し気まずい空気が漂ったけれど、それを打ち払うように美雪さんは光さんに話しかけていた。

その光さんの隣では赤髪の人と青髪の人が静かにお酒を飲みながら、ボソボソと喋っていた。

赤髪の人は軽く笑ったりしているけれど、青髪の人は表情を全く変えず淡々と答えてるようだった。

 そして暁月くんはいつの間にか居なくて、私の隣に居るルナさんは中央にあったお肉の塊の皿を寄せて1人で食べている。

食べ方は豪快で、お肉の塊は指をねじ込んで骨を折って、そこから捻り切って両手で持って食べていた。

 けれど、これだけ豪快なのに、全く床や机に落としてなくて、それどころかルナさんの周りにある皿は綺麗だった。

焼き魚を食べてる時はお箸を指先で繊細に操り、頭としっぽと骨だけにして身だけを綺麗に食べて、ソースのついた品もパンで残りのソースを拭きとって、ほぼ真っ白な皿になっていて、豪快さとは真反対な丁寧さと綺麗さがあった。

 大きいお肉の時だけは素手で掴んで食べていたみたい。

「───」

 ルナさんが私の視線を感じてか、目を向けてきた。

──いや、目は見えないけど、でも明らかにその眼帯の下の左眼はこちらを見ている気がする。

私は咄嗟に美雪さん達の方を見た。

 

 

 イアが改めて美雪の方を見ると美雪もイアを見ていました。

「イアちゃん、お風呂入ってきたらどう?着替えは私のお古になっちゃうけど…」

「お風呂…はい、入らせてもらいます。着替えもそれで大丈夫です」

「よし、えっとお風呂場はキッチンの奥の廊下の先にあるよ。下着は新品のやつ置いとくからね。一番風呂行ってらっしゃい!」

「はい、ありがとうございます」

 イアは席を立って、風呂場へ向かいました。。

美雪は光達と再度会話に戻って、イアが奥に消えていったと同時に光が何かに気が付きました。

「あれ?今暁月入ってなかったか?」

「え?そうなの?でも脱いである服があったらイアちゃんでも気付くでしょ!大丈夫大丈夫」

 そう言って呼び止めに行くこと無く、喋り続けました。

 




お疲れ様です。
後編は来週程度に出すとします。
少々お待ちください。


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第15話「想像より多いもの」後編

やぁ。
後編です。
今回は後半の方は挿絵だらけです。
そして案の定、未だに16話の挿絵も完成してません。
ごめんなさい。
あと、前編はタイトルの意味として「範疇を超えた料理」でしたが、後編はなんでしょう。
それを踏まえて見てみてください。


 風呂場に向かったイアはのれんのかかった扉を目にしました。

のれんには『風呂』と書かれており、間違いようもなくそこが風呂場だと示していました。

「ここだよね…?」

のれんをくぐって、すぐそこにあるドアノブを握って扉を押しますが、開きません。

「…?」

 逆に引いてみますが、開きません。

イアにとって扉は押すか引くのどちらかなので横に滑らせて開く扉に触れるのは初めてです。

そしてイアは少し考えた後、横にドアノブを引こうとしたその時でした。

意識より先に扉が開き、イアの手はドアノブに引っ張られていきました。

「何してるの?イアさん」

「──!?」

 そこには裸の暁月が腰にタオルを巻いて立っていました。

まだ風呂から上がったばかりの体からはホカホカと暖かそうな白い湯気がのぼり、水滴は暁月の体を滑って下へと流れていきます。

暁月は濡れた長い髪をタオルで拭き取っていきます。

「あ あかつきくん……」

「お風呂入るように言われたの?」

「う うん……」

 イアは男の子の裸という初めて見るものに頭が真っ白になりました。

普通なら目を背けないといけないの場面であるものの、イアは息を呑んで、マジマジと暁月の体を見ていましたが、それは直に真っ白な頭を冷やす程にあらぬものを見てしまいます。

 暁月の体は筋肉質な体ではなく、腕やお腹、足はぷよぷよとした柔らかそうな少したるんだ体です。

 そして体の部位を見る度に確実にあるのは生々しい傷で、切り傷、打ち傷、刺し傷等の類に浅い傷、深い傷が両方身体中にありました。

顔や首、手や足先には傷はありませんが、風呂上がり故に血の巡りが良くなって、傷になっているところには赤く血が集まっています。

白い肌の体に無数の赤い傷が無数にありました。

「ごめんね、すぐ出るからもう少しだけ待っててくれない?」

「え、うん…」

 暁月はニッコリと笑って、扉をゆっくりと閉めるとイアはその場に立ち尽くしていました。

「あの…傷………」

 戦っているのだから傷は付き物だとイアは考えていましたが、その傷の数は異常な数でした。

そしてあの痛々しい傷を身体中に持っているのに、暁月はニコニコと笑顔でそれを感じさせない様子で振舞っていました。

 それがイアには辛く感じました。

 

 2分後に暁月が扉を開け、のれんをくぐって出てきました。

まだ髪は湿っていて、満足に乾ききっていません。

長袖長ズボンと風呂上がりには暑すぎる格好で出てきていました。

「おまたせ。どうぞ、イアさん!僕はシャワーしか浴びてないから、湯船に浸かりなよ。今日は薔薇の香りがする入浴剤が入ってるよ!」

「─ありがとう、暁月くん。ごめんね、急かして髪乾いてないよね…」

「いいよ別に!髪なんて夜風に当たれば勝手に乾くから!何も考えず、ゆっくりお風呂に入ってスッキリしてきなよ。イアさん」

「うん…ありがとう」

 イアは傷の事は聞かないことにしました。

本人にそれがもし嫌な事で、それを語らせては申し訳ないと思ったからです。

何より、暁月の優しいその笑顔が消えた時を想像した時に少し怖く感じたのです。

イアの横を暁月は通り過ぎて行き、二階へ上がっていきました。

イアは暁月が登っていくのを眺めてから、脱衣場に入っていきます。

 

 

 脱衣場のカゴに私は脱いだ服を畳んで入れて、浴室用と書かれ壁に掛かっていたタオルを1枚手に取る。

前もあまりお風呂は入る事がなくて、ぬるい水のシャワーを浴びるくらいだったから、なんというか他のところでお風呂に入るのは緊張した。

「……お邪魔します」

誰も居ないけれど、声を掛けて浴室へ入っていった。

 

 浴室には湯気が立ちこめていた。

白く薄い霧はほんのり温かく、そして暁月くんが言った通り、湯船の方からは薔薇の香りがして、浴室を満たしていて緊張はすぐに解けた。

 私がシャワーの栓を捻ると、最初は少しぬるかったけど、数秒もすれば熱くなってお湯が出てきた。

「──ふふっ」

 私は思わず笑みがこぼれた。

何せ、熱いお湯のシャワーなんて初めてで浴室も綺麗、温かそうな湯船からは良い香りは漂ってて、まるでお姫様になった気分だった。

 

 

 それからイアは少しばかり長風呂を楽しんでいました。

女性用と書かれたシャンプーとリンスで髪を洗い、石鹸を泡立てて体を洗い、熱いシャワーでそれらを洗い流して身を清らかにしてから、その後、全身を湯船に浸からせて身をほぐしていました。

「~♪」

 鼻歌を歌いながら、イアは浴室から出ていきました。

脱衣場のカゴからは着ていた服が消えて、別の服が畳んで入っています。

 ホカホカとあたたかな湯気を体から出しながら、濡れた髪や体を丁寧に拭いていきます。

そして、畳まれた服の下にはシンプルなデザインの下着が隠れて置いてあり、下着と服をイアは身につけていきます。

 下着のサイズはピッタリで、半袖の服と四分丈のズボンはゆとりのある大きさで軽く通気性も良さそうで風呂上がりには丁度いい物でした。

鏡を見て軽く身なりを整えた後、脱衣場を後にしました。

 

 キッチンでは光と美雪が食器洗いに追われています。

「長風呂だったね、イアちゃん。スッキリした?」

「はい。とても気持ち良かったです」

「服とか下着は大丈夫?」

「ピッタリですし、服の大きさも楽で良いです」

「良かった。イアちゃんはもう2階に上がって部屋で休みなよ、掃除は終わってるから大丈夫」

「はい、何から何までありがとうございます…」

「大丈夫大丈夫!少しの間は分からないことだらけだろうし、これくらい気にする事じゃないよ。ね?光くん」

「え?あぁ…そうだな。──イアさん」

 光は食器を洗っていた手を止めて、イアの方へ向き直しました。

「君は何も知らないし、沢山のことを見て知ってしまう。君が前どんな生活をして過ごしてたかは分からない。仮に分かったとしても前の生活には戻れない。だから少しでもここの生活を楽しんでくれ…」

 光は深々と頭を下げます。

「──はい、これからよろしくお願いします」

イアも返すように深く頭を下げました。

その長いようで一瞬の時間を美雪は吹き飛びしました。

「ほら!まだあるんだから、手止めないの!」

下がっていた光の頭を押し上げて、顔も強制的に横へ向くように曲げられた為、"グギッ"っとヤバそうな音がしました。

「いッ──────!」

「あっ…ごめん。光くん」

「────!」

 首がガクガクと壊れたおもちゃのように震えていて、ゆっくりとゆっくりと元の位置に戻ろうとしています。

「大丈夫ですか…?」

イアが声を掛けると、光が手で『大丈夫』だと答えた。

「あちゃ~…まぁ少しずつ戻り始めてるし、頑張って光くん!」

そう言って茶化す美雪の頭に光はチョップをくらわせてから、その手は洗い物の皿に伸びていきました。

「あたた…とりあえずイアちゃんはもう上がって休みなよ。明日からはちょっと色々することあるからね。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

皿洗いに戻った2人の横を通り過ぎて、イアは2階へ上がり、自身の部屋になった一番奥の部屋へと向かいます。

 

「これが私の部屋…」

 電気を付けると部屋は暁月の部屋を見た時と変わりない家具の配置と見た目でした。

 普段から使われているような部屋の綺麗さですが、先程まではここは埃まみれで、美雪の手によってここまで施されました。

 しかしそんな部屋で雰囲気が違うといえば、ベッドのシーツと毛布は新品のようで、木製の机の上に一際目立つ白いスタンドのライトがあるのと、一冊のノートがあるくらいです。

 本棚には何も入っていませんし、机にはライトとノートだけで、寂しく見える部屋の内装ですが、イアにとってはこれくらいが馴染みやすそうな部屋でした。

 その部屋を軽く歩いて、机の上のノートにイアは手を伸ばします。

「…あれ、美雪さんのノート」

 昼間に話している時に美雪が書いていたノートでした。

そこにはここにいるメンバーのプロフィールが書かれています。

 イアは椅子に座って、ノートを広げました。

 

アウロラ・イグニス

 

【挿絵表示】

 

 

十六夜 夜冬

 

【挿絵表示】

 

 

沙慈 ユウト

 

【挿絵表示】

 

 

逆浪 光

 

【挿絵表示】

 

 

日向 美雪

 

【挿絵表示】

 

 

暁月 夜桜

 

【挿絵表示】

 

 

ルナ・ラクリマ

 

【挿絵表示】

 

 

属性や加護について byアウロラ

 

【挿絵表示】

 

 

 

これらを見て、私はここにいる人間の強さを知った…

それは訓練を受けた集落の衛兵の人たちが束になってかかっても、勝てないのが容易に想像出来るほどに。

けれど、疑問もあった。

暁月のことに関するページには7割は無傷で帰ってくると書いているのに、あの身体中の傷はその三割で受けたものなのか。

だとしたらなぜ、顔や手に傷は無いのだろう。

あの傷の正体が分からなかった………

 

 

時間は少し戻り、イアが風呂に入っている間の話です。

机の上のものを全て食べ終わったルナにアウロラが語りかけていました。

その後、ルナは部屋に消え、その場から消えました。

 

 




お疲れ様です。
最後の挿絵が多くて、コピーしては貼るの作業が苦でした。
実は今回、ある一つの伏線が回収されました。
ヒントとして第3話を読んでいただければ、分かります。

次は幕間を挟みます。
16話にまとめると今回のようにつめつめになるので。


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幕間II「災害」

何、他愛のない話だ。
コイツの失態を食後の運動として利用させてもらう。


「───私に行けと?」

「いや、本当にごめんなさい。豪華な飯食べた後で申し訳ないです」

飯を食って、幸せな気分になった途端これだ。

人の気持ちを分かっていない。

「一応、世界の簡易な情報だけは手に入れて来たけれど…あの過去は発達し過ぎて……」

「もう情報は要らん。ハァ……」

「うぅ…」

魔術を妨害する結界が張られている以上、魔術特化のコイツにはあまりに相性が悪い。

だからといって、魔術の妨害を受けない魔術を使用しないメンバーを連れて行っても、魔術を織り交ぜたライフル系による威力が底上げされた一方的な攻撃。

異物を許さない結界、奴らが生み出した新しい魔術構成のみを許す結界はある意味進化だ。

私は席を立って、部屋へ向かった。

 

【報告書】

行き先世界:過去?未来?

任務成果:殲滅、破壊失敗。世界の発達具合少し会得

詳細:本来の目的である研究所らしき建物の破壊はおろか人さえ殺せなかった。

研究所の周りには魔術妨害の結界が張られ、魔術を使おうとすると魔術回路と神経を麻痺させられ、回路どころか身体にすらも影響を受けて生身での戦闘を困難にさせられた。

研究所の警備兵は現代寄りのアサルトライフル使用していたが、その1発1発はその世界で生み出された特有の新たな魔術構成を含んだ魔術弾であり、1発の破壊力は対物ライフル以上であった。

何より研究員でさえ銃器を所持し、ビームの剣での格闘においても高い練度を有している。

 

世界について

未来的技術と並行しながら、魔術を日常的にも使用していて、人々の暮らしは安定こそしているが、自由が無いように見える。そこらじゅうに兵士と思わしき装備を着込んだ人間とロボットが居た。大人はニコニコと平和に過ごしているが、子供達はその光景に違和感と恐怖を抱いているようだった。明らかに異質で、奇妙だった。分かるのはその程度。ただ軍事力を他世界より持っているのは明白。普通の一般人でも強敵になり得るから気をつけて。

 

 

 

「ふん……」

その程度(・・・・)か。

まぁいい、このまま風呂に入って寝るつもりだったが、先に汗でもかいて後に深く眠るとしよう。

私はアイツが書いた報告書をゴミ箱へ捨てた。

極罪を以て、その地へ瞬間移動した。

 

 

《魔術》が過去以上の時間に存在して居るのは極めて珍しい事だ。

本来は衰退して、科学技術に移り変わる。

今からの世界はどちらも兼ね備えた非現実的な空想に近しいもの。

しかしだ。

その程度の発展では《空想》に値しない。

《空想》には辿り着けない。

 

さぁ──この世界を蹂躙してやろう。

その進化は地に墜ちるべきだ。

 

 

 

 

 



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第16話「She rules the end」

やぁ。
少し遅くなったけど、やっと投稿です。
今回はいつもより短いのですが、逆に短くなってしまう程の理由もあります。
今回は挿絵付きです。



 それはあまりに突然でした。

それを何が原因だと分かる事もありませんでした。

彼女は終わりを司る神のように、世界の終焉を告げるのです。

 

 

 少年は母親の手を繋いで歩いていました。

ただの気まぐれで夜空を見上げます。

空に輝く月は雲にかかって、良く見えません。

母親に『危ないよ』と言われながら、チラチラと上を気にしていました。

少し経って、雲が晴れていきます。

眠い目を擦って、下弦の月を見上げた少年はふと何かに気付きました。

月より下、地上より遥か遠く、何かが降り注ぎ始めていました。

空は昼のように明るく───────。

 

 

「いい眺めだ」

 眼帯を外し、(ちゅう)に浮いているドレス姿のルナは(そら)から世界全てを見渡していました。

世界は丸くなく、ちぎれた地図のように欠けた平面の世界でした。

 この世界はどことも繋がっていない。

同じ種族、同じ思考、同じ生活、同じ文化、同じ価値、異なるものを持つものが居ない統一された個別の世界。

それはこの世界だけでなく、他の世界も同じであり、それぞれが異なるものを築き持ち合わせていながら異なるものと交わらない。

 それがこの世界、この星の姿なのです。

ルナの左手には長弓が(あらわ)れ、本来の目的である研究所を目標にでは無く、世界の中心に目掛けて弓に光の矢をつがえ、キリキリと弦を引き絞り続けます。

─10秒。

──20秒。

───30秒。

 弦を引き絞るルナの右腕は徐々に震え始めますが、それを合図とするようにその光の矢が放たれる準備が整いました。

「さぁ──裁きの時だ」

ルナが放った矢の一撃は数百kmという地上までの空を滑る。

奈落へ落ちる一閃の極光。

 それは大気圏に入った辺りで拡散し、勢いは衰えずに拡散した光は世界全てに向かって降り注ぎます。

そして夜であった世界の空は昼のように明るくなり、その光は世界の土地に、山に、海に、街に落ち、人をも穿ちます。

本来、このような事は人の手、いえ神の手を用いても世界全てを壊すほどの力と精度を一撃の下に全て行うのは不可能でしょう。

けれども、不可能というものを《理想》という形で実現しました。

 こうあればいい、こうなればいい、こうあって欲しいという《理想》は星の摂理を覆しました。

そしてその理想を以て、この世界の地を、文化を、人を奪ったルナの両目には──の瞳が耀いていました。

 

 

 

 地は抉れ、山は消え、海は半分蒸発し、街は跡形もなく、人の血もありませんでした。

代わりにあるのは、無数の光の柱でした。

しかし、そんな中でも運悪く生き延びてしまった人間もいました。

出血もなく、五体満足。

1人の人間は例えようもない恐怖と絶望をした。

 そこへ、飛来するドレスを纏った女性。

背中には1m程の剣が6本浮遊し、翼のように広がっており、女性の周りには12本の短剣が同様に浮遊し、切っ先が下を向いて列を崩すこと無く位置を守っていました。

音もなく地に着いた女性の左眼は眼帯をしており、右眼は銀色の瞳をしていました。

 そして正面に向き直って、人間の方を見ました。

 

 

「良く五体満足で生き延びたな」

たまにいる悪運が強いただの一般人。

権力者や能力者では無く、普通の人間。

そんな人間にこの惨状は受け止めきれない。

「あ……お………………」

「生き延びた事を誉れにするが良い」

実際、これだけの被害の中生き延びたのは素晴らしい。

「お前が───」

「目障りだ」

 奴は懐にしまっていた拳銃を取り出そうとし、それより速く私は奴の首を断ち、その命を絶った。

まだ一瞬意識がある首と胴体は倒れた。

 奴にとってはこの方が幸せであろう。

「─安息をくれてやろう」

 せめて土に還るがいい。

死体周囲の土を泥のようにして、死体を沈ませて行った。

そして泥にした土を固まらせて、埋葬を終わらせた。

背中の剣の翼と周りの短剣を重ねて折りたたみ、消失させた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 当然、研究所があったであろう土地には跡形もなく消え去っていました。

「ふん…つまらんな…。力で平和を保つなんてのは無理な話だ。これは私の個人的な感性だ。私の世界も力を保持しては居るが使うことなど無い。争い事なんてないからな」

 独り言を淡々と語るルナ。

その後、どうしたのかはわかりません。

数年後、ここには違う文明が新たに築かれました。

 

 

 * * *

 

「───終わったの?」

 アウロラの部屋に瞬間移動したルナはそのままの状態で報告しました。

「跡形もなく消して来たからな」

「ひえっ……」

 傷1つどころか汚れ1つ見当たらず、まともに戦闘と言えるものが成り立ったのかがわかりません。

 しかし、それは当然といえば当然なのでした。

アウロラ達にとって、ルナという存在は常軌を逸しています。

桁外れたアウトレンジからの圧倒的な火力と精度、近距離戦で戦おうものなら斬ると言うより叩き潰されるに等しい程に重たい斬撃が飛んでくるのですから。

「と とりあえず、お疲れ様です…」

「報酬は?」

「え、あ、はい…」

 アウロラは部屋にある宝箱を開き、大きな袋詰めをルナに渡します。

「今回はドーナツの袋詰めで良い?」

「……もう少し綺麗に詰められんのか?お前は」

おおきな袋の中には様々なドーナツが乱雑に入っていました。

「在庫処分と限定品を安く売ってる時はだいたい競争率も激しいし……」

「ふん…まぁこれだけ取ってきただけ褒めてやる」

「わーい」

「もう一度その喜び方をしてみろ、首を叩き落とすぞ」

「ごめんなさいっ!」

 その袋を手にルナはアウロラの部屋を出て、自分の部屋へと帰っていきました。

「……ほんと、突然瞬間移動してくるの怖い」

 アウロラはパジャマに着替える最中、ルナが帰って来たのでパンツ一丁で対応をしていたのでした。

 

 

 ルナは報酬として、金銭、宝石、土地等は求めません。

金銭は余裕があり、宝石などは着飾る気が無いので必要なく、土地はルナにとって貰うものではなく奪うものだからでした。

とはいえ、この山を気に入っているのでそんな事はしません。

なら、報酬として何を貰うのか。

 甘い菓子や食べものと飲みもの、豪華な食事等の食べ物関係なのでした。

 ルナは見た目に反して、とんでもない量を食べますし、甘いものが大好物なのです。

「モシャモシャ──ふむ…在庫処分とか言っていたな。これで余るとはその世界は余程贅沢か時代の流れが早いのだろう」

 袋から一つだけドーナツを取りだし、食べていました。

そして部屋の小さな冷蔵庫から炭酸飲料を取りだし、ドーナツで乾いた口を潤すのです。

更にはアイスまで食べます。

 ちなみに、夜に並べられた大半の料理を食べてまだ1時間と経っていませんでした。

 

 

 

 




お疲れ様でした。
他のキャラ達との格と規模の違いを見せつけた話でした。
故に文字数もいつもの半分と少し程度しかありません。
次回は暁月が集落と新たな街に出向く話です( ˇωˇ )


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第17話「長い時間と道を」

やぁ。
今回から数話は暁月のパートになります。
それでは、今回もよろしくお願いいたします。


イアがノーネームにやって来た日の翌日の早朝、暁月は集落にもう降りていた。

「─────」

まだまだ薄暗い闇の中の集落の道を黒い外套(がいとう)を纏い、足音が聞こえないように歩いて彷徨う暁月はとても冷ややかで、隙もなく、静かな殺気こそ感じそうな雰囲気を持っていました。

ズリズリ………ガッ ガタン…!

本人が音を出していないので、周囲の音には敏感ですが、その音は少々早朝にしては騒々しい音でした。

そこへ暁月は静かに駆けると、そこはいつも暁月や他のメンバーがお世話になる武具店と鍛冶屋が合わさったお店である『Moss agate(モスアゲート)』でした。

店の前にはこの集落では中々見ない馬車が停まっており、小さな灯りの中で一人の小さな人影が頑張って荷物を持っています。

 

「エスメラルダ」

「ふぇ?…あ、アカツキくん」

馬車の荷車に荷物を積み終わったエスメラルダは弱いランタンの灯りの中に微かに見える暁月に気づきました。

それに対していつものゆっくりとした口調で問いかけます。

「夜の見廻り?」

「ううん、さっき降りてきたばかりだよ。エスメラルダはどこかに行くの?」

「お店の売れ残りを街で売って…そのお金で素材を買い出しに行くんだ…」

「街?」

暁月はこの周辺の土地をよく知っていますが、街がある事は初めて知りました。

「片道3日くらいかな…凄く遠い街だから集落の人もあまり知らないよ」

「片道3日…そんな道を1人で行くの?」

「うん…おじいちゃんはこっちでやる事もあるから、今年は私1人で行くんだ」

小さい体を持ち上げ、荷車に転がり込むエスメラルダ。

そこに暁月は1つ提案します。

「ねぇ、僕も着いて行って良いかな?」

「…え?」

「その街も見てみたいし、何より3日もある道を1人で行くエスメラルダを放っておけないよ」

「そんな…道のりも長いし、途中に村がある訳でもないよ…?それに食料だって、今用意してるのは私一人分しか…」

「別に気にしなくていいよ、食料もそうだけどね。行きと帰りの護衛くらいはさせてよ。いつ何があるか分からないから」

「───…」

エスメラルダは暁月の考えを分からないわけではありません。

1人で女の子が3日の道のりを行く事は、本人とて危ない可能性はあると分かっていますし、エスメラルダは受けた善意に遠慮をしてしまう控えめな性格をしているので、暁月自身に街へ行くという目的はあっても、3日という道のりに付き合わせるのはエスメラルダとしては嫌なのでした。

「エスメラルダ。そこまで気負う事は無いよ。だって僕は皆とは違うから」

その言葉は暁月らしからぬ、自虐と皮肉が混ざった台詞。

普通の人を上回る身体能力と反応速度、体力を持ち、違う見え方、考え方をしている暁月にとって、それは暁月が普通の人間ではないという事を示唆していました。

「─…」

しかし、それはエスメラルダにとっても、集落全員にとっても認めざるを得ない話です。

言葉で語らずとも、文で記さずとも、一見すれば全て分かる話でした。

だからといって見た目はなんら変わらず人なのが、解せない話ですが、運動性能や思考が違えど、暁月の心の優しさは人なのでした。

「──食料も無いし…時間はかかるし…私ともそんなに会話は続かないだろうけど…じゃあ……お願いしてもいい…?」

「エスメラルダが気にしてることは、僕にもよく分かるし、それを気にさせないよ。任せて…!」

暁月は荷車に乗りこみます。

荷台には鞘に収まった少量の剣や槍の入った樽とナイフの入った木箱、そしてエスメラルダの食料や毛布が詰め込まれていました。

「ごめんね…荷物が多かったり、荷車が大きいと馬も疲れちゃうし…速度もあまりでないから、小さい荷車なんだ…元々私一人が寝転がれればいい空間だから…」

エスメラルダの言う通り、余裕はほとんどありませんでした。

体が小さいエスメラルダなら足を伸ばし寝転ぶことが出来ますが、暁月の場合、足を曲げないと空間に納まらず、非常に窮屈です。

「これくらいあれば座れるし、大丈夫だよ」

「うん…」

暁月は荷車の前方に寄って座り、エスメラルダは荷車の先頭の席で馬の手綱を握ります。

周りはまだ薄暗く、荷車の弱い灯りがゆっくりと進み始めました。

 

 

 

あと3時間程で夜勤が終わるアッシュは東の集落の入口で眠気と戦っていました。

警備は疎かではありますが、居るだけでも意味はあります。

他の仲間が共に夜勤を乗り越えようと、言葉を掛け合います。

「アッシュ、あと少ししたら陽が出てくる。目を閉じる時間が長くなってるぞ、目を開けておけ…」

少し歳上であるアッシュの先輩も眠気に襲われ、弱々しく覇気のない声で、アッシュを励まします。

15歳で衛兵をしているアッシュには夜ずっと起きているというのは中々に辛いものでした。

「─はい」

休息こそ取ってはいますが、それでもその間は起きていなければならない為、アッシュや他の夜勤の衛兵達は瞼が重くなっているのです。

 

 

あと2時間。

陽はまだ現れていませんが、空は少し明るみを帯びていました。

先輩はアッシュの位置を離れ、他の衛兵のもとへ。

アッシュの頭はスパーク起こし、目は白目を剥き、力が抜けて膝が曲がり上体が落ち、それに目を覚ましても数秒でまた同じ眠りの世界へ堕ちて行きます。

眠気と意識が限界まで襲ってきていました。

「────」

夢の世界に沈む寸前のアッシュに何か語りかける人がいました。

しかし、アッシュは起きません。

そんな状態のアッシュに誰かが触れました。

それに反応するように飛んでいた意識は帰ってきて、頭の回転こそ追いついていませんが、本能的に素早く距離を取ります。

そこにはエスメラルダが立ち、後方には暁月が立って居り、なぜこの時間帯に2人がいるのか、考え始めました。

 

 

2人をボーッと眺めるアッシュにエスメラルダが話しかけます。

「私達…街に行ってくるからね…」

「………あぁ」

それを本当に理解してるのか、曖昧な返事でした。

そこへ暁月がアッシュの手に握って、手に何かを握らせます。

「──!?」

再度触れられた事で脳は起き、ボヤけていた2人の姿と景色をハッキリ捉えました。

「な なんだ…!」

「アッシュ、この手紙を上の山の家に届けてくれないかな?寝て元気になってからでいいんだ。僕も街に行ってくるよ」

舌打ちをして、その要件に答えます。

「街には勝手に行ってこい。だからって、なんで俺に手紙を渡すんだよ」

「アッシュがここに居たのと、信頼してるからだよ。他に理由がいるかい?」

「──」

普通なら、暁月の脚ならばすぐに山まで走って戻れますが、行く方向が違いますし、それに行く方向が違っても時間が朝や昼であれば誰かに頼むでしょう。

しかし、まだ早朝でこの時間に起きているといえば、夜勤をしてる衛兵しか居ません。

アッシュは暁月に手渡された手紙を持って、固まったまま馬車に乗って走っていく2人の姿を見つめていました。

「信頼?ふざけるな……俺は…お前のことが嫌いなんだぞ」

手紙を腰のポーチに乱雑に入れ、残りの夜勤の時間をひたすら暁月へのイライラを重ねる事で起き続けました。

アッシュにとっては逆に話しかけられ好都合でした。

暁月に話しかけられた事で、残りの時間を起きる事が出来たのですから。

 

 

 

「灯りはそんなに明るくないけど…見える?」

「うん…でも日が出てる間に進むから灯りは別にこれでいいんだ…」

集落を抜け、すぐそこには森があります。

その中には草に隠れたちゃんとした道があり、その道を長い時間かけて進むことで街へ辿り着きます。

「それに、暗いところで何かを見るのは慣れてるし…」

「それはジェイドさんのお手伝いしてるから?」

「─そう…」

暗い森の中の道を行き、揺れる馬車。

しかしエスメラルダはそれとは違い、ビクッと何かに反応して強ばっていました。

灯りの届かない少し離れた草むらが、"ガサガサッ"と揺れ、何かが周りにいるかのように思わせます。

すると、暁月がエスメラルダの背中に手を優しく置きます。

「エスメラルダ、怖がらなくていいよ。僕が居る。襲われる前に守るから」

その言葉を聞いて、ハッとしたのか。

「うん…ありがとう。アカツキくん…」

エスメラルダは微笑んで、暁月のその言葉を心の中で何度も何度も反芻します。

控えめな性格とはいえ、彼女も女の子です。

想いを寄せる男の子に『守る』と言われれば、嬉しいのは当然であり必然でした。

そして、背中に触れる暁月の優しくも力強い手はとてもエスメラルダを安心させます。

彼女は暁月に、この手に、実際何度も救われていたのでした。

 

夜明けを迎え、暗い森の中に転々と木漏れ日が差し込み、辺りが見え始めました。

「やっと日が出てきたね!」

「うん、ここからお昼までに湖のある所まで行って、休憩するよ…アカツキくん、灯り消してくれる?」

「わかった!」

暁月はぶら下がっていたランタンのスイッチを消します。

そしてふと消した時に気付きました。

「エスメラルダ、このランタン…電気だよね?」

「デンキ…?分からないけれど…それは街で買ったんだ。凄いよね…火をつけなくても明るく灯るんだから…」

街で買ったと言われるランタンは、集落にはない電気を使っていました。

集落では火を明かりの元としていますし、お湯や料理をするにしても火を使います。

故に、集落と街では文明がズレており、建物や服、技術や法律等も違う在り方の可能性が大いにありました。

集落とは違う、新しく発展した場所というのは暁月にとっては興味津々でした。

「楽しみだな~、街」

「うん、私も楽しみだよ…また発展してるのかな…」

 

 

森を通り過ぎて、長い道を馬車で乗り行く二人。

朝の風が起き、そよ風は彼等の頬を撫で、過ぎ去って行きます。

自然は彼らを気に入っていました。

風は彼等の移動を、言葉を、妨げずに柔らかに送り、森は木の葉を揺らし、『行ってらっしゃい』とでも囁くように、"ガサガサッ"っと葉を枝を擦り合わせた音を何重にも立てて森全体で2人を送り出していきます。

 




お疲れ様です。
ちょっと1日にぶわーっと書いた訳じゃなく、少しずつ少しずつ書いてので少々話の流れが早い場面もありましたが、とりあえず17話も終了です。
次話もお待ちください。


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第18話「広い空の下、共に過ごす」前編

やぁ。
大変長らくお待たせ致しました。
前回からひと月経ちましたが、やっとの思いで投稿です。
今回は10000文字に迫る大変長い1話ですので、じっくり読んでもらえると、自分もとても嬉しく思います。



 1日目

 

 集落の森からはとっくに遠く離れ、時間もあっという間に流れて行く。

ただ見るものもなくて、山を登り、不安定な山道を行く中で私は静かに馬車に乗って進んでいた。

「………」

 湖まではこの山道を越えて行かないといけない。

 でもこの速度だと、ちょうど日が真上に行く時に辿り着けそうな気がした。

この子達の調子がいいのか、荷物が軽いのか分からないけど今日は凄く早く感じる。

アカツキくんは山を登るまでは喋ってくれていたけど、今は静かになってる。

いつも朝早くから降りてきて、皆に会いに来てるからやる事は沢山。

 けど…今はそんな事は出来なくて、とても退屈だと思う。

だから眠っちゃったのかな。

耳を後ろに傾けてみる。

寝息らしいものは聞こえなくて、ただ道の凸凹で荷物が揺れてるのが聞こえるだけ。

 だから少しだけ振り向いて見た。

「え?」

「ん、どうかしたの?エスメラルダ」

 アカツキくんは背中にナイフの箱を背負って、荷車から降りて荷車を押していた。

「え、えっ?おわっ…!」

 振り向いて居たせいで、少し太い木の枝を車輪が乗り越えてしまった。

「よっと…」

 それをアカツキくんは爪先でその枝を蹴り上げると、一瞬だけ手を離してそれを掴み、眺めていた。

「お、いい枝だね。それで、エスメラルダどうかしたの?」

 その枝を荷車にアカツキくんは入れた。

いつの間にか、荷車の空いていた空間には小さな木の枝が何本も入っていた。

私は前に視点を戻して、聞いた。

「アカツキくん…なんで…降りてるの?それにナイフの箱も背負って……」

「山だと荷物の重みと僕の体重で馬達が疲れて速度も落ちるかなって思ったんだ。だからこの箱を背負って、荷車を後ろから押してたんだ」

「そんな…いつから?」

「山が見えて、登り始めた頃かな?」

 山に入ったのは多分2時間くらい前。

その時からずっとアカツキくんは荷車を軽くして、押していたんだ。

「疲れたでしょ…?いいよ、もう乗っても…」

「ううん、平気だよ。エスメラルダこそ疲れてない?ずっと同じ体勢で疲れるでしょ?」

「大丈夫だよ…私はアカツキくんの方が心配…」

 けれども、私はこれを侮辱に近い発言だと薄々気づいた。

夜明け前にアカツキくんは言った。

『僕は皆と違うから』と、それはアカツキくんにとっては皮肉というよりは自虐に近かったと思う…そう思った。

なら、私の心配は彼を信頼していないという事にも繋がる。

 でも…この考えを何故私は何度も繰り返してるんだろう。

「へへ、いつもは鍛錬とかあるから体も動かさないといけないからね!それに馬達も押される方が進むのは楽なんじゃないかな?」

「はは…アカツキくんも大変だね…」

 ふと私は馬を見ると、しっぽを振って少しだけ速度が上がっていた。

 アカツキくんの気遣いは、動物でさえも嬉しくさせていた。

「もっともっと強くならないといけないからね!」

そうして、アカツキくんはまた荷車を押していた。

 

 

 ちょうど日が真上に来た時に湖に着いた。

 そこは先程通ってきた山より標高が低い場所に位置している湖は今は標高が高い山に囲まれて居る。

この先の高い山を何個か越えると平地に出て、穏やかな道のりを行く事になるから、ここを頑張ればあとは大丈夫。

私は荷車に繋いでいた馬達を離して、そうして私達も水辺に座って休憩を取った。

ここまで来てアカツキくんは汗1つかいていなかった。

そんなアカツキくんはというと、隣で棒と糸を組み合わせて何かを作っている。

「アカツキくん…もしかして…釣り竿作ろうとしてるの?」

「そうだよ!糸はあるし、棒が無かったからちょうどいい棒を道中探してたんだ」

 アカツキくんの手には根元から折れたであろう長い木の枝があり、その先端に糸をグルグル巻いて簡易的な釣り竿を作っていて、そして、釣り糸の先には茶色い生々しい何かが付いていた。

「ひっ…ミミズ…」

 そのミミズは半分に切れていた。

私の反応に何かを察したのか、アカツキくんは私に釣り糸の先が見えないように手元を移動させる。

「ごめん、エスメラルダ。虫は苦手かな」

「いや…えっと……ただびっくりしただけだから…大丈夫だよ…」

「そう?でも一応こっち側で作るよ」

 アカツキくんは背を向けて、私からミミズが隠れるようにして、釣り竿作りを再開していた。

そのアカツキくんの背を眺めてから、私も荷物に入っている小さな携帯食料を食べる。

味は美味しくない。

けれど、栄養もあれば、長持ちもして、手軽に食べられる。

食感はまるで粘土のようにモチャモチャとしていて、不快な食感ではあるけれど、噛む事でお腹が満たされるような感覚は得られた。

小さい時から時々食べるけれど、あまり慣れない食べ物。

「それ、美味しい?」

 釣り竿を作り終わったのか、アカツキくんは私が携帯食料を眺めながら食べてる間に釣りをしていた。

「あんまり…美味しくないかな…。でも夜はもう少しいいもの食べれられるから、今はこれでいいんだ…」

「じゃあ夜は楽しみだね!」

「うん。だから今はこれで我慢しなきゃ…」

 そう言って、私はまた粘土のような携帯食料に目を移して、齧りつこうとした。

「あっ、待って、エスメラルダ!」

「ん?」

 マントを捲り、腰にあるポーチから私の持つ携帯食料と同じくらいの小さな袋をアカツキくんは取り出した。

「これ1口食べてみなよ、気に入ったらそのまま食べていいからさ!」

「え…うん…ありがとう……」

 私は袋を破いて、中身を確認すると長太いクッキーのような見た目をした食べ物が入っていた。

それを1口、齧ってみた。

「あ…美味しい……」

 サクサクしていて、ほんのり甘い味、噛むと砕けて口の中を転げ回る。

私の持つ携帯食料と同じ形、同じ大きさでありながら、とても美味しくてついつい2口目も行きそうになった。

「アカツキくん…これ……」

「美味しかった?良いよ、そのまま食べて!」

「え、でも…アカツキくんのなのに……」

「大丈夫。ちゃんとあと3個あるから!ほら!」

 ポーチからは同じ袋が3つ、アカツキくんの手でこちらを覗くように飛び出していた。

「そう……?ごめんね…いただきます…」

「うんうん!」

 私はアカツキくんから貰ったものを食べながら、少し残った携帯食料も口の中で口合わせながら食べ続けた。

 

 

 そうして、食べ終わって少し休憩した後、また馬車に乗って進み始めた。

気がかりなのは、アカツキくんは何も食べてないという事で、釣りでは何も釣れず、ただミミズが釣り糸からすり抜けて消えていただけだった。

 なのに、アカツキくんはとても元気だった。

「エスメラルダ!次はどういう所で休憩するの?」

「次は……森の中だけど、少し開けた場所があるからそこだね…あと……そこは近くに滝と川もあるし…おじいちゃんが置き残してる鍋と三脚があるから…夜は温かいスープと…頑張れば魚を食べられるよ…」

「おお!良いところだね!そこは夕方にはつけるのかな?」

「ううん……そこは日が沈んで少ししてから着くことが多いから…着く頃には周りは真っ暗だと思う。でもそこだけだから…他のところは夕方過ぎには辿り着けるよ」

「そっか~、でも少しでも明るいうちに辿り着けるといいね!」

「うん。そうだね…」

 緩やかな下り斜面を進んで行く。

この時感じたのは、私一人だとこんなに長い道のりと合間合間の休憩を楽しむ事はできなかったと思った。

 でも、アカツキくんが沢山話し掛けてくれるから、暇にはならないし、ただの休憩や食事もなんだか楽しみに思えてきた。

 

 * * *

 

 道中、ふとアカツキくんが私の左隣にやってきた。

「エスメラルダ、こっち向いてくれる?」

 私は道の先の様子を少し確認してから、アカツキくんの方を向いた。

 向いた矢先にアカツキくんは私の垂れ下がった前髪を左端から右に流すように手ぐしをした後、そのまま右に纏めてヘアピンで前髪を留めた。

「…よし!これでエスメラルダの目がちゃんと見えるね!」

 髪が退かされた私の左眼が露わになって、前髪で遮られていた視界は一転して明るく、目の前にいるアカツキくんの事を意識してしまう。

「エスメラルダ、前髪長いね。纏めても目が隠れちゃうよ」

「ううん…私はこれでいいよ。片目だけでもしっかり見えるのはなんか変な感じだから…」

「そう?今なら他に見る人いないからと思ったけど、隠れてる方に慣れちゃってるんだね。エスメラルダの目は魅力的だから、常に見えてる方が好きなんだけどな!」

 

 

 馬車の席で交わる永く刹那の瞬き。

ゆっくりと流れ行く澄んだ青空と陽光に照らされる木々の翠達。

大自然の中で流れる2色は、彼らの互いの瞳の中にも存在した。

暁月の遥か彼方まで続く青空のように澄んだ瞳。

エスメラルダの美しい宝石が如く、穏やかで凛とした若葉ような瞳。

その持ち主は、片やにっこりと優しく光のように明るい表情を浮かべ、片や顔と耳を日焼けするかのように紅潮させていた。

 

 

 アカツキくんは何事も真っ直ぐで、純粋で、平気と『好き』という言葉を使う。

でも、その心は確かに真っ直ぐで、純粋で、それを本当に偽りなく『好き』だから。

 けれど、何故私はそれに応えれないんだろう。

 

 

 * * *

 

 日はとっくに暮れて、馬車のランタンを灯しながら、着実に進む。

アカツキくんは私の隣で周りに耳をすませていた。

「滝の水しぶきの音が近くするね、もう少しかな?」

「うん…滝があるならもう近いよ…あとはここを下れば良いだけだから…」

 小さな下り坂をゆっくりと下る。

昼なら先が見えて早く行けるけれど、夜は障害物があると大変だからゆっくりと進む。

 そうして、辿り着いた。

「ここだよ…ほら、あそこに三脚と鍋がある…」

「ほんとだ、ここならゆっくり休めそうだね!」

 馬車を近くに止めて、昼と同じように馬達を放すと、流石に山道を動き回るのは疲れたのか、餌になりそうな草に寄って、すぐに座ってしまった。

「お疲れ様…今日は良く頑張ったね…」

 私は2頭の頬を撫で、荷物の中に少しだけ入れていた角砂糖を取り出した。

これには2頭とも大喜びで、興奮を抑えきれずに我先にと私に口を寄せてきた。

「ちゃんと2つあるから…大丈夫だよ」

 それを1つずつあげると、大人しく口の中で砂糖の甘さを感じながらゆっくりと休み始めた。

私達もこれからゆっくりと休まないといけないけれど、その為にやる事も多ければ、時間も掛かるから大変だ。

「エスメラルダ」

 後ろからアカツキくんに声を掛けられる。

手には三脚に吊るしていた鍋を持っていた。

「鍋に雨水溜まってるけど、川で洗う?」

「うん…お願い。洗えたら、そこに水を汲んでくれると嬉しいな…」

「わかった!」

「私はその間に焚き火に使う薪探してくるよ…遠くには行かないから安心して…」

「あ、それなら荷車に積んでるのを使いなよ!乾いた枝を拾ってあるからそれでいける筈だよ!」

「え?……あっ……」

 途中アカツキくんが荷車を押してくれていた時にも荷車に積まれたその木の枝を確かに見ていた。

 アカツキくんは先を見据えて、木の枝を集めていた。

「ありがとう…すぐに火を起こすね…」

「うん、お願い!気をつけてね、エスメラルダ」

「うん…アカツキくんも暗いから気を付けてね…」

 アカツキくんは笑って川のある方へ向かって行く。

 その時、私はハッとした。

「アカツキくん…」

「ん?どうしたの?」

 私は荷物からジャガイモとニンジンを取り出す。

「これも……洗ってきてくれないかな…」

「うん!わかった!じゃがいもと人参でいいんだね?」

「うん…お願いね…」

「あ、エスメラルダ。僕今鍋持ってるから、このフードの中に入れてくれない?」

「え、うん…」

 私はアカツキくんの纏っているマントのフードに2つを入れた。

「よし!じゃあ行ってくるね!」

 アカツキくんはフードから見えているニンジンの葉を揺らしながら、川の方へ向かって行った。

その様子はなんだか面白かった。

私は荷車にある木の枝を確認しに向かうと、そこには昼間見た時より数も増え太い枝も少なからずあって、火を維持する分も十分にあった。

「……ありがとう。アカツキくん」

 アカツキくんが集めてくれた薪を抱えて、三脚の元へ向かう。

三脚の下は黒く焦げていて、周りに石を並べてある。

私は黒焦げている地面の所に小さい枝を組み並べて、

その上に少し大きい薪を乗せた。

「マッチ……あった…」

 荷物の袋の下の方に潰されるように入っていたマッチを使って、火を起こし、下に並べれている小さな枝達に着火させる。

空気穴に空気を送るように、手でパタパタと扇ぐ。

消えそうになったり、燃え移りそうになったりを繰り返して、やっと小さな枝に点火して、ひとりでに燃え始めてくれた。

 後はじっくりと上の大きな薪に燃え移るのを待つだけ。

 

 

 徐々に大きな薪にも焦げ目がついて、燃え移ってきた頃にアカツキくんは帰ってきた。

「ただいま、エスメラルダ!鍋と…食器も洗って水も汲んできたよ」

「あ…おかえり、アカツキくん…。器は鍋の中に入ってたんだ…もう座って休んでていいよ…後は、私がやるよ」

「そう?特に手伝うことはない?」

「そうだね…今はもう水を沸騰させて、滅菌してから、具材を軽く煮込んだりするだけだから、大丈夫だよ…」

 沸騰させれば菌はほとんど無くなるけど、少しだけ不純物は残っちゃうから、完全に綺麗な水ではないけれど、そのまま飲むよりは良い。

本当なら濾過して、綺麗な水にしてアカツキくんにスープを振る舞いたいけれど、道具が足りなかった。

「そっかー…あっ、エスメラルダ。確かここの川って魚捕れるんだよね?」

「うん…小さい魚だけど、ちゃんと居るよ…。ただ暗い中、見つけるのは大変だし…捕まえるのも一苦労だよ」

「ふむふむ…じゃあ、エスメラルダがスープ作ってる間に魚でも捕まえてくるよ!夜なんだから、良いものいっぱい食べないと!」

「え、え…?」

 そう言って、アカツキくんはランタンも持たずに、颯爽と再び川へ走って行ってしまった。

 

 ・ ・ ・

 

 グツグツとお湯が沸騰する鍋と焚き火の明かり。

 その近くでジャガイモの皮をナイフで剥き、1口大に切って鍋に入れ、ニンジンも同様に入れる。その時、鍋の上からニンジンの葉を少しだけ振りかけるように切って彩りも足した。

根茎の辺りは使わなった茎部分と一緒に焚き火の燃料にした。

長く煮つめてから、浮いてきた灰汁を取り除いて少量の塩と少量のお肉を切り取って入れる。

お肉と言っても、既に燻製された硬いお肉で少し煮込まないと柔らかくならない。

けれど、煮込むことで燻製されたお肉の出汁がお湯に染み出して、良い風味を出してくれる。

 そんな時だった。

フッと視界の端に何がやって来た。

それに反射的に驚いた私は、その端に居た物を中央に捉えながら尻もちを着いた。

 そこに居たのはアカツキくんだった。

「うわっ!どうしたの、エスメラルダ!」

 私が反射的に動いたせいで、アカツキくんも何が起きたのか分からない様子だった。

「ご、ごめん…鍋を見つめてたら視界の端に何か音もなく来たから…そのびっくりしちゃった…」

「ん…あぁ!こっちこそごめんね、夜になると無意識に音を殺して歩いちゃうからさ、声かければよかったよ」

 アカツキくんがこっちに手を差し出してくれた。

私はその手をゆっくりと掴み、体を起こした。

「良かった、腰は抜けてないね」

「はは…そうみたい……」

 互いに笑いあったあと、アカツキくんは手に持っていたものを見せてきた。

「ほら、魚。こんなに獲れたよ!」

草を繋ぎ合わせた縄のようなもので魚のエラを通して、宙ずりになっている魚が7匹。

「凄い…暗い中よく取れたね…」

「久しぶりに魚を手掴みで獲ったから、楽しかったよ!」

 おじいちゃんが明るいうちに頑張っても2匹なのに、こんな暗い中7匹も獲れるのは驚きだ…。

「エスメラルダ、スープは出来てるの?」

「ううん。でも、もう少しだよ…」

「なら、今焼くとちょうどいいかも知れないね!」

 アカツキくんは丸太に座って、薪に使う細い枝を7本取って、アカツキくんが持つ望月(クリップポイントナイフ)を使って削り始めた。

私も丸太に座って、スープをかき混ぜながらアカツキくんを見ていた。

魚に刺すための細い枝はどんどん鋭利になって、木の皮を全部削り取り、まるで店に売っているかのように綺麗な串になった。

 それらを一本一本作っては、魚の身をくねらせながら串を通して、大きい葉の上に並べていく。

「エスメラルダ、塩はあるかな?」

「あるよ、はい…」

 塩の入った瓶をアカツキくんに渡して、そのついでに私もスープの味を付けるための調味料を取り出す。

アカツキくんは塩を魚にまぶしてから、焚き火付近の地面に串を突き刺した。

私はキューブ状のコンソメを取り出して、それをスープの中に入れて、ゆっくりかき混ぜながら溶かす。

 それを私達はじっと見つめていた。

 

 

 先に出来たのはスープで、魚はまだしっかりと焼けていない。

私は器にスープを掬い入れ、アカツキくんに渡した。

「はい…アカツキくん、熱いから気を付けてね…」

 すると、アカツキくんはキョトンとした顔で私を見つめていた。

「いいの?食料はエスメラルダの分しかないんでしょ?」

 その言葉に今度は私が困惑した。

「だからって…荷車押してもらったり…お昼だってくれた…先を見据えて薪も集めてもらったのに…それで何も食べさせないっていうのは……それに…アカツキくん、お昼食べてないでしょ…?」

 それではまるで不釣り合いだ。

私はアカツキくんに何もしてあげられなくて、出来るのはこれくらいの事だ。

「…ははは、集落を出る前に『気にさせない』って言ったけれど、心配されて凄く気にされちゃった」

 アカツキくんはいつもの笑顔とは違う弱々しい笑顔で言った。

「元々、この魚を食べるつもりだったんだ。けど…エスメラルダの言葉に甘えていいかな?」

「うん…それにアカツキくんには色々して貰ったから…あとね」

 それはふと自然と出てきた言葉だった。

アカツキくんと一緒に楽しくご飯を食べてみたかったんだ

 私達は会って話す頻度が多い訳でもない。

私は店番をしてるから、集落を回るアカツキくんをあまり見てない。

アカツキくんも色々集落を回ってるし、用がある時にしか話さない。

 けど、アカツキくんは店の前を通る時は絶対にこっちに手を振って笑顔を見せてくれる。

だから、少しでも長く居られる今は凄く私にとっては夢のような時間だった。

 

 

 

──頂きます!

 アカツキくんは合掌してから、器と一緒に洗ってきたスプーンでスープを掬い啜った。

「──うん!美味しいよ、エスメラルダ」

「そう?良かった……」

 アカツキくんは"ふーっふーっ"と冷ましながら、具材も食べて、スープも飲み、食べ進める。

 私も器にスープをよそって、アカツキくんと同じように食べすすめる。

スープの味は良く、塩味と野菜の甘さ、お肉の出汁と風味が今日の長い道のりとお昼の質素な食事を癒すように贅沢な味と食感、そして温もりが心も癒す。

 お昼の質素な食事と言っても、アカツキくんに貰ったあのクッキーみたいな携帯食糧はとても美味しかった。

食後のデザートとして食べてみたい……なんて贅沢な事を考えたけれど、あれはアカツキくんのもので数も無いから欲しいなんて言えない。

 アカツキくんなら言えば分けてくれそうだけれど、なんだかそれは良いように使ってるようで少し嫌だった。

少しスープを味わったところで、私から話しかけることにした。

「アカツキくんは…嫌いな食べ物とかあるの?」

「嫌いな食べ物?うーん…特に無いかな。けど、臭いが強いはちょっと苦手かな。食べるけどね!」

「臭いが強い……?例えば?」

「長く発酵したもの限定だけど、煮物とか納豆、ブルーチーズとかかな?」

ナットウ…?ブルーチーズ…?

「はは…でも、色んなものを食べるんだね。だから背も大きいんだ…」

「『好き嫌いが無いということは、自分を成長させるのと同時にあらゆるものに対応出来る』なんて事をルナ姉には言われたよ!」

「ふふ…確かにその通りかもしれないね…」

 ルナ姉…その人は確か、眼帯をして銀髪のもの凄く美人な人だったはずだ。

話したことは無いけれど、凄く怖そうな人だったのは覚えている。

「──なら好きな食べ物は…?」

「オムライスかな~。……あとは揚げ物とか味噌汁も好きだよ!」

 ミソシルは分からないけれど、オムライスは街で食べたことがある。

ふわふわの卵の下にケチャップで赤く染ったライス、シンプルな見た目だけどそれ故に綺麗な形で、とても美味しかった思い出がある。

……作り方は簡単なのかな…?

「エスメラルダは、何かある?好きなものと嫌いなもの」

 作り方を想像しているとアカツキくんに同じ問いを返された。

「えっと…私は……クリームシチューかな。冬に食べるものはとても好き」

「クリームシチュー…いいね!」

「嫌いなもの……生野菜とか、食感が変な感じなのは嫌いかな…」

「食感が変?それじゃあ、あの携帯食糧もやっぱり苦手なんだ」

「うん…でも保存期間とか栄養の事を考えると、あれは遠出する時にはとても重宝するから…」

「なるほど、じゃあ必然というか。あれを作った人は色々な工夫してたんだろうね」

「うん…聞いた話だと昔は味は美味しいゼラチン質なものだったらしいんだけど、『長持ちしない』とか『食べた気がしない』『栄養のバランスが悪い』って事で改善されたらしいよ…でも…代わりに味と食感は損なわれたけどね」

「それじゃあ、次は栄養も食べ応えも長持ちもして、味と食感も良い携帯食糧が後々に出てくるんだろうね!」

「そうだと…私も嬉しいな…」

 携帯食糧の話で少しだけ盛り上がってから、また私達は食事を進めた。

ゆっくり食事を楽しみながら、他にも色々と話した。

今の生活、街のこと、私の知らない集落の世間話とか些細なことではあるけど、それでもアカツキくんと話すのは楽しかった。

 こんがりと焼けた魚と温かいコンソメスープを手に、集落で人気かつ大忙しなアカツキくんと静かな場所で2人きり、故にその遠路、長い旅路は人生の中で1番暖かく楽しいものになるはずだ。

そう、まだこれが1日目。

明日や街、帰路の数日がまだまだ私を幸せにしてくれるのだろう。

 

 * * *

 

 食事を済ませて、食器も洗い、あとはゆっくり身を休めるだけになった。

夜はより一層暗さを増して、月も随分と移動していて、時間としてはもう少しで日付が変わるだろう。

 私は丸まっていた寝袋と毛布を荷台の空きにひいた。

「ん、エスメラルダはそこで寝るの?」

「そうだけど……あっ」

 私一人ならこの空間で寝れるけれど、私より休むべきアカツキくんが寝床のない所で寝るのもどうかと思った。

「ごめん…アカツキくん。積荷を降ろせば、窮屈だけど横になれるよ…。」

「え?あぁ、その事なら良いよ!ただ寒くないかなって」

「寒いけれど…ここなら夜風も凌げるから少しはマシだよ」

 確かにここまで夜が更けるととても冷えるし、山中だから尚更気温も下がるから毛布や寝袋あっても少しは肌寒い。

「あぁ、なるほど。確かにそこなら風もある程度凌げるね!」

「うん…アカツキくんは何処で寝るの…?」

「僕は焚き火の傍にいるよ!火は長持ちさせるから寒くなったら出て来れば、暖まれるよ」

 焚き火の傍…なら火が消えなければ暖は取れるはずだ。

なんだか、外で寝てもらうのは申し訳ないけど、アカツキくんはそれでいいらしい。けど…

「アカツキくん…毛布貸すよ。マントだけだと寒いでしょ…?」

「…ううん。エスメラルダは暖を取れないから、出来るだけ体温が逃げないように毛布を使うべきだよ。だから僕はいいよ」

 にっこりと優しい顔でアカツキくんは言う。

疑いようもなく、そうするべきであり、必要は無いとその顔を見てどうしてもそう確信してしまう。

けどその確信は同時に私の心を曲げてしまう。

 私はただ…心配だった。

「アカツキくん……おやすみ」

「うん!おやすみ!」

 アカツキくんは手を振って、焚き火の方へ向かった。

 私も寝袋に入り込み、寝袋と私を包むように毛布を羽織る。

 

 

 少しだけ眠れなかった。

今日アカツキくんとずっと一緒に居て楽しかった。

 だからこそ、彼の歪さをしっかりと感じてしまう。

一見優しさで溢れている言動と行動は、アカツキくん自身を含んでいなかった。

けど本人は本人で私達とは違う生き方と過ごし方をしている。

外見が恐ろしいならそれは出来ると考えてしまうけれど、アカツキくんは普通の男の子で見た目も良くて、笑顔だって眩しいし、その優しい性格も…。

 だから心配になった。

私からすると他人のために自分を犠牲にしてるようで…。

その歪さは正しい在り方なのか、それとも間違っているのか…私は分からなかった……。




お疲れ様です。
とてもとても長い文章かつ、暁月の知人であるエスメラルダの心理を描きながら書くのはとても苦労しました。
主人公である暁月の人柄、雰囲気を感じて、そして落ち着いて見た時にその在り方に疑問を持つエスメラルダ。
何気にこの二人を描くのは好きです。

次話ですが、まだどのように書くか決まってません。
故に申し訳ないですが、気長に待ってて貰えると嬉しいです。


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第18話「広い空の下、共に過ごす」後編

やぁ。
多分、4ヶ月ぶりです。
少しづつ書き溜めたい次第(理想)
今回も中々に長いです。
ゆっくり読んでいってください。


 2日目

 

 不意に顔に寒さを感じた。

身体の芯まで染み入る冷気は、眠気を嫌でも目覚めさせてくるものだった。

「ん………」

 しかし、寝袋の中は外の空気と隔離されたように暖かく、熱はあまり逃げていなかった。

だからとてもぐっすりと眠れ、寒さを気にすること無く、夜を越せたのだ。

もう少しだけ眠ってから行こうかと、考えたその時"パチッ…パキッ…"何かが小さく爆ぜる音がしていた。

その音に、ただ『1人だけで行く』という理由を打ち消した存在がある事を思い出した。

 

 

 エスメラルダは寝袋から這い出でると、寝袋と毛布の上にまた1つ黒い外套が被さっていました。

この黒い外套の持ち主をエスメラルダは確信して、素早く起き、黒い外套を手に荷車から地面へ降り立つと、山はまだ薄暗く、けれども空を見上げれば日が昇るのはすぐなほど明るさは近付いていました。

 そして荷車の近く、小さく爆ぜる音を出していた焚き火の近くにその持ち主は静かに佇んでいます。

もう焚き火は鎮火しかけており、昨夜のような明るさはありません。

エスメラルダの足音を聴いたからか、その主はゆっくりと振り返ります。

「おはよう、エスメラルダ。よく眠れた?」

「おはよう…アカツキくん。うん、ぐっすり眠れたよ」

 黒いジャケットに黒いシャツ、黒いスキニーパンツ、服装全部が黒に染まっている暁月は居ることすら分からない程、朝の闇に溶けていました。

「アカツキくん…これ……」

 エスメラルダは手に持った黒い外套を差し出すと、暁月は立ち上がりそれに手を伸ばしました。

「ありがとう。でもまだ朝は冷えるから羽織っておきなよ」

 暁月はそのマントをエスメラルダに纏わせます。

暁月にとって膝上まであるマントは、エスメラルダが纏うと足首辺りまで降りてきていました。

そのマントの内からは暁月特有の複数の香りがします。

陽に照らしたような暖かく穏やかな匂い。

凛とした清香な香り。

花のような優しく豊潤な香り。

そして、男の子の匂い。

「─ありがとう。そろそろ出発しようか…」

「早いね、もう行くの?じゃあ朝食は食べながら行こうか」

「朝食…?」

 エスメラルダは元々この遠路では朝を食べるつもりも朝分の食糧もないため暁月の『朝食』という言葉は予想外な単語でした。

「今朝魚2匹獲れたんだ。夜も食べて味も変わりないけど、朝には十分だし食べ応えあると思うんだけど…」

 その朝食である魚はもう既に出来上がっており、焚き火の余熱で冷めずに温められているので、まだ温かい状態で食べられます。

「凄い…また獲れたんだ……」

「うん。お昼は携帯食糧だから、朝くらいはちゃんと食べないとね。それじゃあ、先に出発の準備と片付け済まそう」

「そうだね…」

 そうしてエスメラルダは早歩きで馬たちに近付いて、『おはよう』と声を掛けたあと、リードで引き連れて荷車に繋ぎ始めます。

 手際良く荷車に繋げていくエスメラルダ。

「よし…痛くない…?」

 エスメラルダは馬たちに語り掛けて、馬たちの体調や様子を伺います。

 馬たちは何ともなく、朝からとても元気です。

「いつもより少し早く休めたし…それにアカツキくんが手伝ってくれたから足の疲労も無さそうだね…」

 馬と荷車を繋げた鞍を再度確認したあと、荷車に乗り込み、寝袋や毛布、色々なものが入った荷物を片付けていきます。

暁月の方も焚き火の処理を済ませた後、ほんの少し余った薪の土埃を払い、荷車に入れました。

片方の手には焼き魚の串が2本ありました。

「エスメラルダ、他になにかする事はあるかな?」

「ううん…もう大丈夫だよ」

「分かった。それじゃあ、今日も頑張って行こう!」

「──うん……!」

 暁月から活を入れられ、エスメラルダもそれに応えるように普段よりも大きい声で返事をします。

けれども、まだ目は眠そうです。

エスメラルダは目を擦ってから、馬車に乗り込み、暁月も馬車に乗り込みます。

 そして、ほぼ夜明けと同時に2人はその場所を後にしました。

 

 

「火は通ってるかな?」

「うん…」

 朝食となった焼き魚は昨夜食べたものとは違って、肉厚で食べ応えがあった。

朝には食べやすく、量も程よく、味も素朴としていて、体に負担をかけることなく体調を安定させる。

片手で手網を握りながら、食べ進めていく。

食べて、噛んで、飲み込んで、細い骨を噛み砕いて、呑み込んで、そうしてるうちに身は綺麗に無くなって、頭と骨と尻尾だけになった。

「はは、美味しかったんだね。エスメラルダ」

 ふと振り返って見ると、アカツキくんはまだ少ししか食べていなかった。

「え…私…食べるの早かった……?」

「うん、とっても。でも、急いでるようには見えなかったから、美味しくて食べ進めたのかなって」

 いつもの笑顔でアカツキくんは言う。

それに私は恥ずかしくなって、前に向き直した。

だって…つまりそれはアカツキくんはずっと私を見ていたってことだ……。

 

 * * *

 

 日は登り、まだまだ続く緩やかに上下する山道を地道にそして足早に行く二人。

エスメラルダも慣れてるとはいえ、流石に体が固まって節々が動く度、パキパキと音を出しています。

「エスメラルダ、交代しようか?」

 馬の横で並んで歩く暁月は背中にナイフの入った箱を背負い、数本の槍を腕に、腰に2本の大振りな剣を携えていました。

積荷に乗っていた特に重量のある武器を選び出し、それらを暁月1人で持っていました。

「大丈夫だよ…それにアカツキくんが積荷を持ってくれてるから凄く早いんだ……。昼下がりにはこれなら山を越えられるし、夕方過ぎには頑張れば平地の3日目の休憩地点まで行けるかも…」

「──」

 再び前を向いたエスメラルダを見つめたまま、暁月は考え、エスメラルダに道中の土地を聞きだします。

「エスメラルダ。ここから先に周りに綺麗な川か湖はあるかな?」

「え…?うん、ここからなら…川があるよ。馬車を降りてないといけないけど…どうして?」

「そこで少し早いけど休憩しよう!」

「……うん。私もちゃんと風景を覚えてないけれど、そこにしよう」

「ありがとう!じゃあそこへ案内してくれる?」

「うん…分かった」

 エスメラルダは案内をする為、下り坂を下り切ってから馬車を止め、暁月は止まったのを見計らって、抱えていた武器達を荷車に載せ、エスメラルダの元へ近付きます。

 

 

 荷物を持とうと、立ち上がった時だった。

膝から崩れ落ちるように、力が抜けた。

なんとか踏み留まろうとしたけれど、足場が少なく不安定なここの席じゃ、変に足を動かすと余計悪化させる。

 その結果、席の足場を踏み外した。

次に行動を起こそうと思ったけれど、咄嗟の出来事に体は自由に動いてはくれなくなった。

幸い、武器がある荷車には倒れないし、馬へ顔からぶつかって落ちることも無い。

 けど…1.5m程の高さからは飛び降りてしっかり着地出来るなら大丈夫だけど、何も出来ず落ちるなら話は変わる。

 空中に浮いた。

「─────!」

 怖さで目を閉じた。

─不意に血の気が引いていくのがわかる。

──体は硬直して動いてくれない。

───頭を打って、背中を打つ。痛いに決まってる。

────怪我、後遺症、死、不吉な想像が駆け抜ける…

 

 ・・・

 

 一瞬で色んな思考が巡り、地へ落ちる私には痛みはいつまでもやって来なかった。

ただ徐々に重力を取り戻しつつある体は、何か強い力が私を抱えているのを感じ取らせた。

それが何かは、顔をうずめたくなるくらいに分かって、安心と共に、長い一瞬で受けた恐怖を拭うように、身を寄せた。

 

 

「エスメラルダ!」

 荷車の後方から歩いて来ていた暁月はそれを見た瞬間、力強く地面を捉えて前方に低く跳躍をします。

静かな足取りであるはずの暁月の足裏からは"ダンッ!"と左足が地面を叩きつける音が正確に聞き取れるほどに。

暁月は右足を伸ばして、踏み切った左足を折りたたみ、地面に擦り付けて滑り込りこみますが、反応と早さは申し分ないもののそれでは勢いがつきすぎて、エスメラルダをキャッチしても反動でエスメラルダに負荷がかかります。

「──!」

 折りたたんだ足と伸ばしていた足を起こし、エスメラルダを空中で抱えます。

膝で落下の反動を殺しつつ、膝が完全に折り畳まれる前に足先だけで前方に跳躍すると、その跳躍後に再度暁月は膝で衝撃を吸収し、エスメラルダに負荷を与えること無く、フワッと着地しました。

 抱え方は女の子が夢見るお姫様抱っこでした。

 

「大丈夫!?エスメラルダ!」

「…………」

 エスメラルダは答えません。

しかし、握り締めていた拳はゆっくりと解け、暁月の胸元に当てられました。

身を寄せ、暁月の胸の中に縮こまります。

暁月は膝を抱えていた左腕を下ろして、エスメラルダの足を地面につけました。

「怪我はない?痛むところはある?」

「………」

 答えは返ってきません。

ゆっくりと自分の体を起こして、跪座で座りますが、腕を暁月の背中に回して、顔を暁月の胸にうずめたままです。

「──エスメラルダ」

 暁月はそのまま腕をエスメラルダの後ろに回して、そっと優しく抱き締めました。

4日前にもエスメラルダを同様に抱き締めていましたし、エスメラルダにとって、とても落ち着く行動だと暁月は既にわかっています。

故に何も言わずにじっとしているのです。

 そう、何も言わず。

 

 

 少しして、暁月の胸から顔を離したエスメラルダは顔がほんのり紅くなっていました。

「エスメラルダ、大丈夫?」

「うん………大丈夫…………」

「良かった!でも…ごめんね。僕が休憩しようなんて言い出したから」

顔を上げたエスメラルダはその言葉を否定します。

「ううん…私も自分の異変には気付かなかった……。それが今でも後でも変わらなかったと思う…だからアカツキくんは悪くないよ…助けてくれて、ありがとう」

「うん…こちらこそありがとう」

 暁月は頭を下げて、謝罪とエスメラルダへの感謝を込めました。

 

 

 そこから2人は川へ辿り着きました。

 道中エスメラルダの足を気にかけて、暁月が背負おうとしましたが、『足を慣らす為に歩く』と言い出したエスメラルダに付き添うように暁月はゆっくりと歩いていき、斜面では暁月がエスメラルダの手を握り、滑り落ちないようにゆっくりゆっくりと下ってきました。

丸く削られた砂利が一面に転がっている河原に、素晴らしいほどの清流、対岸から伸びる木の枝達は素朴なようで洗練された風景でした。

「ここで休もう!」

 川沿いに少し歩いた所に、ちょうど座れそうな高さの岩が2つ並んでいました。

滑らかな岩肌で綺麗な丸みを帯びた岩は、まるで河原の砂利たちの親分のように偉大に見えます。

「わ…凄いすべすべ……」

「本当だね…加工されたようには見えないし、川の水で長い時間削られ続けたのかな…それにしても凄い…」

 ふと暁月は考えると、

「何か縁起のいいものかもしれないね!座るのはやめて、地面で休もうか。エスメラルダ、足は大丈夫?」

「うん、もう平気だよ…」

 ゆっくり地面に座ると、少し早いお昼休憩を2人は取り始めました。

「エスメラルダはここに来たことあるの?」

「小さい時だけどね…でも、川がここにあるのは知ってたけど、風景はあまり覚えてなかったから……」

 川の流れる音が鮮明に空間に広がり続けます。

風景もそうですが、音さえも洗練されたような空間であり、2人は会話を止めて目を瞑って聴き入っていました。

 すると、暁月が囁くような声で呟きました。

「─羽ばたく音が聴こえた、なんの鳥かな…」

 しかし、エスメラルダには羽音は聞こえませんでした。

 少し粘って聞いていると、

「エスメラルダ。目を開けて見てみて…!」

 暁月はとっくに目を開けており、エスメラルダは暁月が見ている方を見ます。

 頭が小さく、体がずんぐりとした鳥は鳩でした。

「ハト…?」

「鳩だね、行水しに来たのかな?」

 1羽だけでなく、10羽程が並んで川にテチテチと歩み寄っていきます。

浅瀬に浸かって、全身を揺すって水しぶきが全体に行き渡るように上手に体に水をかけます。

 そして頭を浸からせたり、羽づくろいをしたりして、心地よく行水を行っていました。

それをじっと眺めていると、暁月がエスメラルダに問いかけます。

「エスメラルダも一緒に水浴びする?」

「……えっ…!?」

 その問いかけはエスメラルダの思考を一瞬でショートさせました。

 

 

『エスメラルダも一緒に水浴びする?』

 ただでさえ、さっき助けられてお姫様抱っこもされて、抱きしめてもらって、至近距離でアカツキくんの顔を見たのに、今度は…裸の付き合い───?

この調子で発展しちゃうと…今日の夜にはあんなことやこんなこと…アワワワ───。

………だ 駄目駄目、妄想が過ぎる。

もうちょっと話を聞いて、『一緒にって、ハトたちと?』ってそんな風に聞かないと…。

「一緒にって……アカツキくんと……?」

 ん?違う。何を口走ってるんだろう。

「ん?僕と水浴びしたいの?」

 私の台詞にアカツキくんも思わず振り向いてきた。

そしてアカツキくんの返答にも私は思考が止まる。

「え……あの………」

「エスメラルダが嫌じゃなければ、背中流すのとか手伝うよ」

 頭が真っ白になる。

嫌ではないけど、どうしても遠慮がある。

……………正気を取り戻して正しい選択をする。

「街に着いてからお風呂入るつもりだから…今はいいかな……ごめんね、変なこと言って…」

「ううん。エスメラルダの中ではこうするって決めてるはずだから、僕の提案はちょっとした気分転換みたいなものだよ。謝らなくていいよ!」

 そう言って、アカツキくんはポーチを漁り始めた。

その時、少しだけ何かを口ずさんだ気がしたけれど、何も聞き取れなかった。

 

 ───────────────────────

 

「─良かった」

 暁月はエスメラルダにもその本人さえも言ったことを自覚できないほど小さな声で独り言を呟きました。

 

 ───────────────────────

 

 

 今回もエスメラルダは暁月から携帯食糧を貰い、元々の粘土のような携帯食糧と一緒に食べ進め、暁月も携帯食糧を齧り、昼食を済ませると二人で馬車を置いた道へ戻って行き、2人して荷車に乗り込むと、暁月が言いました。

「エスメラルダ、僕が手綱を握るよ」

「えっ……アカツキくんが……?」

「うん!任せて、道なりに進むなら僕でも街に辿り着けるはずだから」

「でも……」

 エスメラルダはまだ彼に世話になるのかと遠慮していました。

そしてその心情は暁月にはとうに見破られています。

「エスメラルダ。いつも仕事とかジェイドさんに付きっきりで大変なはずなんだ。今だって街へ行く為に頑張ってくれてる。だから、僕と居る時くらいは楽していいんだよ?」

 それはまた少し違った優しさでした。

ここまででエスメラルダに施された暁月の優しさは基本手助けとなるものが多く、エスメラルダのサポートをする形でした。

 しかし今回の優しさも手助けではありますが、心配に近しいものでした。

「──え、えっと…」

 エスメラルダはちゃんとした友人が居ない為、自身を見てくれる人は必然的に少なく、そのような心配をしてくれる人はいません。

故に、暁月の些細な優しさは一つ一つ大きく感じてしまうのです。

「任せてよ。エスメラルダは僕に心配しなくていいよ。だって─」

 

『僕は皆と違うから』

 その言葉に反対したいエスメラルダにとって、暁月に助けられ続けるのは嫌でもありました。

しかし、どう足掻いても暁月は優しさと心配で行動し、エスメラルダを助け、常人より上回った力を持つ為、それを否定するのを嫌でもありました。

結果として、彼女は心にあるものを秘めたまま、『皆』と同じようにその優しさに乗るのです。

 

「──アカツキくん…じゃあお願いしていいかな…」

「うん!エスメラルダはゆっくりお昼寝でもして!暇なら話し相手にもなるからね!」

 そうして、暁月は荷車の席に着いて手網を握り、エスメラルダは荷車の中に座り込むと、それを合図とするように馬車は動き始めました。

 

 

 ふと、エスメラルダは思考を巡らせました。

その巡り先は暁月の事です。

集落で少年のように元気と愛想を振りまき、みんなを元気にする暁月は当然エスメラルダも同じように感じて見えていました。

 しかし、少し長く一緒に過ごすと違うものが見え始めました。

よく知る元気で少年のように振る舞う暁月。

自然のものを慈しみ、儚く感じさせる暁月。

青年のように落ち着いた雰囲気の暁月。

エスメラルダが多く感じたのは、少年のような振る舞いをする暁月でした。

 手助けの時、心配してる時は青年のように見えるのですが、暁月はエスメラルダと道中楽しく会話するのでどちらかと言うと少年、子供っぽい一面が多く感じ、エスメラルダにとって、どれが素の暁月かはわかりませんが、彼の元気な姿は彼女にとっては幸せに感じられたのです。

 だから彼女は彼の元気な声を聞きたいと、話しかけるのです。

 

 

 * * *

 

 思いのほか、疲れが溜まっていたのでしょう。

エスメラルダは夕方頃から眠ってしまいました。

寝転んで幸せそうな寝顔で、静かな寝息を立てて、想い人の衣に包まれているのです。

そんな馬車は平原の平坦な道を、全速力で駆けて行きます。

太陽は沈み、月明かりが淡く照らす道筋とランタンの灯った馬車。

暁月は馬の習性と特性を効率的に利用する為に、夜でも進み続けたのでした。

 4時間程度の睡眠で充分、夜でも目が効く馬たち。

 そこに今馬車を引っ張ってくれている馬たちは走る事に特化した脚の筋肉の付き方をしています。

トレーニングや経験を重ね、心臓も大きく持久力も高い馬として飼育されたのでしょう。

それを昨夜の夜に確認した暁月は、山道では荷が揺れて荒ぶるのを予測し、平原になってから一気に駆け始めたのでした。

走っては歩いて休憩、走っては歩いて休憩を繰り返し、エスメラルダが深い眠りから起きる頃には街のものであろう城壁にたどり着いていました。

 

 

 

 

 

 

 

 




お疲れ様でした。
またよろしくお願い致します( ˇωˇ )


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第19話「人の温かみ」

やぁ。
今回と次で一度エスメラルダと暁月の話を区切りをします。
今回もそこそこ長いので、よろしくお願いいたします。


 3日目 夜中

 

 エスメラルダは素早く上体を起こしてぐーっと体を伸ばすと、周囲を見ました。

馬車から漏れた微かな明かりで見えるのは、真横に城壁がそびえ立ってる程度です。

 しかし少し離れたところに門があり、軍服を着た1人の男性と少数の商人が集まって焚き火をしており、明かりが灯っています。

エスメラルダはそこで気付いたのです。

本来平原の道中にて泊まるはずが、もう街への入口である目印の城壁と門に辿り着いてることに。

「エスメラルダ、おはよう。よく眠れた?」

 その声に振り返ると、暁月は馬車の外に作られた簡易的なテントの傍にいました。

「アカツキくん…ここは……」

「僕が道を間違ってなければ、ここはエスメラルダの言う街の筈だけど…なんとか辿り着いたよ!」

「私が眠ってからも、ずっと進み続けたの…?」

「うん。走ってたらエスメラルダ起きちゃうかなと思ったけど、ぐっすり寝ちゃってたみたいだね!」

 暁月は笑って、そう言いました。

実際夕方頃に眠り、もう夜空の月は高く見えます。

「今夜はもう眠れそうにないくらい寝ちゃったかな…」

「夜更かしでもするの?エスメラルダ」

「あはは…そうするしかないかな…」

「それじゃあ付き合うよ!話の続きでもしようか?」

「アカツキくんは寝なくていいの?」

「うん、僕も寝つけないからね」

 暁月はエスメラルダに手を差し出すと、その手に添えるようにエスメラルダも手を重ね、荷車からゆっくりと地面へ降り立ちましした。

 その時、ふと"ぐぅー"っという音が流れ、その音源はエスメラルダのお腹でした。

その音にエスメラルダは顔を赤くしました。

「───………」

「そうだ、まだ夜ご飯食べてなかったもんね。待ってて、エスメラルダ。夕食取ってくるよ!」

「─あ ありがとう…」

 暁月は焚き火をしている集団へ駆けて行きます。

その後ろ姿を立ち尽くしたまま、エスメラルダは眺めていました。

 エスメラルダには集落を出る際に会ったアッシュ以来、凄く久々に他人の顔を見た気がしました。

そう感じるのは、長い道中の澄んだ景色と普段少ししか見られない彼の顔を長く見続けたからでした。

彼女は振り返って、テントの中に潜り込んでいきます。

中心に柱となる1本の木の棒に3方向に地面に刺さった杭にロープが行き来しており、その上に布を被せ、床にはシートの上に分厚い毛布を敷いた簡単なテントでした。

中は立ち上がるには窮屈ですが、寝転んだり座る程度には十分に広い空間です。

その中で灯るランプはとても温かに感じます。

 

 

 少し経ってランプに目を奪われていると、テントの入口である垂れ幕がゆっくりと側面から捲られました。

そこに居たのは暁月で、料理や飲み物の乗った木製のトレーを手に肘を使って垂れ幕をくぐって中へ入ってきました。

「えへへ、おまたせ!」

 暁月は入るなり、手にあるトレーをエスメラルダに差し出しました。

「ありがとう、アカツキくん」

 それをエスメラルダは受け取り、自身の前に置きます。

トレーの上には全て木製の食器が使われ、ナイフさえも木製だったのです。

 そこには温かく豪華な料理が広がっており、プレートにはスライスされた厚切りのパン3枚とふかした芋にバターとチーズ、厚切りのハム、スープ皿に具沢山のクリームシチュー、コップには水が入っていました。

焼き魚と携帯食糧、コンソメスープしか食べてない2人にとっては見ただけで唾液が溢れそうな感覚に襲われるほどです。

 エスメラルダは唾液を呑み込んで、会話を続けます。

「美味しそうだね…まさか、街に入る前にこんなに良いもの食べられるなんて……」

 オマケに中には大好物のクリームシチューもあります。

冷える夜には十分すぎるいい品でした。

「本当、美味しそうだよね。でも…ごめんね、エスメラルダ。勝手に荷物の中のじゃがいもを使っちゃった

 …」

 暁月もエスメラルダの前に座り、トレーを置きます。

ただじゃがいもを使った事で申し訳なさそうな顔をしていました。

「ううん、元々今夜使うつもりだったから大丈夫だよ。それにこんな豪華になって帰ってきたら私の方が心配だよ…」

 エスメラルダは暁月の身に付けているものを軽く見回します。

「何か交換した…?それともお金…?」

「良い人達だったから、『くれたらこれをあげる』って感じだよ。あ、でも交換といえばじゃがいもになるね」

 冗談事のように笑う暁月に、安堵するエスメラルダ。

「なら…良かった。それなら安心して食べられるかな…」

「うん!じゃあ、僕も頂きます」

「──頂きます」

 2人は合掌してから、トレーの上の料理を食べ進め始めます。

「───?」

 エスメラルダは一瞬、暁月に目を向けます。

合掌した時の暁月の手に確証はありませんが、違和感を感じていました。

「ん?どうしたのエスメラルダ?」

「ううん、なんでもないよ…」

 厚切りのパンとふかした芋にバターやチーズを乗せて甘みを楽しみ、厚切りのハムを小さく切って食感と香ばしさを楽しむ。甘くトロみのあるクリームシチューは体を温め、火傷しそうな口と沢山の味を感じた舌を水で整えて、パンにクリームシチューを絡める、クリームシチューにチーズを少し入れて味わいを変える、パンに贅沢に残りのハムと少し砕いた芋も乗せて齧り付く。

色んな味の変化をとことん楽しんでいきました。

 

 

 * * *

 

 

「美味しかった…」

「うん、道中食べ物は味気ないものが多かったから、沢山の味を感じれて面白かったね!」

「それにこの木製のナイフも凄いね…苦もなく切れるし、刃と木目も凄く整っててかっこいい、軽いし頑丈で丁寧に研磨とコーティングしてあるから木材のささくれが入ったり、コーティング剤が溶けだしたりしない…凄いなぁ……」

 そして一瞬の沈黙が流れると、それに先に気付いたのは、エスメラルダ自身でした。

「あっ…ごめんなさい。話題も変えて、勝手に1人で喋っちゃって……」

 エスメラルダは視線をナイフから彼へと移すと、暁月は微笑んだまま彼女の事を見つめていました。

「ううん、エスメラルダが熱心に語るの珍しいから少し真面目に聞き入ってたよ。このナイフ、何までなら苦もなく切れるかな?」

 そうして、暁月はエスメラルダに続けてその話を振ります。

「えっ…。──でも元が木だから力入れると簡単に歪んだり、欠けちゃうかも。だから多分生活で使う程度の斬れ味と耐久性しかないから、本来のナイフより限られそうだね」

「肉の塊には簡単に刃が入るかな?」

「お肉は少し雑に刃を入れても切れるけど、刺したりするのには先端が細いし折れちゃいそう…。だから活かすなら垂直に綺麗に刃を下ろす方が使い方的には合ってるかな?──うん、やっぱり普段の生活に使う刃物かな」

 エスメラルダは木製のナイフをじっと眺めます。

普段は鉱石が使われたナイフを眺めている為、木目の模様が真新しく見えたのです。

「エスメラルダ、このナイフ貰ってこようか?」

「え?で、でもこれ…誰かから借りたんじゃ…」

「交渉でもしてくるよ!もし何か要求されたら、エスメラルダに聞くよ」

 暁月は自身トレーとエスメラルダのトレーを手に取り、テントから出て行きます。

 

 

 

 数分経ってから、暁月が入り口まで戻ってくると、手には刀身が紙で包まれた木製のナイフが2本ありました。

「ほら、エスメラルダ!」

「──私の為にありがとう。…何も要求されなかったの…?」

暁月は顔を縦に振り、エスメラルダの言葉に反応します。

「うん!『使い道も少ない金にもならないものだ』って言って譲ってくれたよ!」

「そっか…良かった。本当に私の為にありがとう。アカツキくん」

「へへ!どういたしまして!とりあえず、これは荷車の荷物の所に置いておくね」

「うん。ありがとう。それと…荷物の袋の中から毛布取ってきてくれないかな…?」

「分かった!」

 暁月はテントから再度出て行くと、すぐに戻ってきて手には毛布がありました。

それを持って、今度こそテントの中に入って来ました。

「これで良かったよね?」

「うん。ありがとう、アカツキくん」

 暁月から毛布を受け取ると、エスメラルダは羽織っていた暁月のマントを脱いで、それを返しました。

「ごめんね…ずっと羽織っちゃった」

「ううん!今は大丈夫かな、寒くない?」

「大丈夫だよ。食べて体も温まったし、それにここも意外と暖かいから…」

「良かった!エスメラルダ、横になって休もうよ」

 暁月はマントを受け取ると、それを折り畳んで枕にしました。

「うん、そうだね」

 エスメラルダも毛布を被って寝転びました。

 

 

 低い天井を眺めてから軽く目を瞑るけれど、やはり眠れない。

「眠れないかな?エスメラルダ」

顔を傾けて、目をアカツキくんに届かせる。

「そうみたい…馬車で熟睡しちゃった……」

「ははっ、じゃあ少しだけ続きの話をしよっか?」

「あ、うん。聞かせて欲しいな…」

 アカツキくんは色んな地域の事を知ってる。

 私はあの集落と街くらいしか知らない。

だから、アカツキくんの教えてくれるもの、話してくれるものは新しいことばかりだ。

 続きというのは、私が眠ってしまったから。

 

 

 花。

『ゲッカビジン』という1年に一晩の数時間にしか咲かない白い花。その間しか咲かなくて本当に整った環境じゃないと咲かない幻の花。

 数も少なく貴重な花で、アカツキくんは昔何処かで見たその花をいつかまた見たいらしい。

私は女の子らしい趣味をあまり持っていない。

自然の植物とか服装、アクセサリーに関してもあまり馴染みがないから、花の形もあまりちゃんと想像出来ないけれど、きっと綺麗な形をしているんだろう。

 

 

 刀。

 これは私が鍛冶屋で働いているから、聞かせてくれたもので、おじいちゃんが造る剣は両刃直剣で重さを利用して力強く振り切るのが主流。その『刀』と言うのは反りの付いた片刃だけの剣で、重さも鋭さも頑丈さもある剣らしい。斬れ味を取るとどうしても耐久性に難があるけれど、その『刀』は折れず、曲がらず、よく切れるというのはある意味、叡智の結晶だと思った。

 けど、扱うのには技術が必要で武器相応の技術を人も会得しないと、どんなに質が良くてもなまくらになるのだそう。

 

 

 氷の大地

『氷』と言うのは知っているが、見られるのはとても貴重だ。

 街では高値で取引されて、見た目はガラスのように透き通った頭くらいの大きさ宝石で微かに白い煙が見えるものだけど、みるみる内に形は変わって、溶けてなくなる。

 今まで何故溶けるのかが分からなかったけど、アカツキくんが水がとても冷たい気温の中で固まったものが『氷』だと教えてくれた。

『氷』の冷気で食材や飲み物を冷やして長期保存したり、冷たくするのが、主な使用用途。

 そして氷の大きさは頭くらいだけじゃなくて、場合によっては大地ほどの大きさで辺り一面真っ白らしい。

 

 

 こんな感じにアカツキくんからは私が知らないものの話を聞かせてくれていた。

植物から動物へ、動物から刃物へ、刃物から技術へ、技術から世界という流れ。

「エスメラルダは海を知ってる?」

「うみ…?」

「水が遥か遠くまで続いてて、凄く深くて広い湖みたいな所でね。そこには多種多様な生き物が暮らしてるんだよ」

「遠くまで…深くて…広い湖……」

 言葉で想像は着くけれど、その想像はどれほど合っているのだろう。

「アカツキくん…『うみ』ってどれくらい広い…?」

「……うーん」

 アカツキくんが目を背けて、少し悩み混んでしまった。

質問がおかしかったのかな?それとも、アカツキくんも計り知れないほどにその『うみ』は広いのかもしれない。

 それを私に伝わりやすくする為に、言葉を探しているのかも。

「あっ、ごめんね…アカツキくん。アカツキくんが悩む所中々見ないから…例えを探してくれてるんだよね…?」

 それ台詞にアカツキくんは目を向けてきた。

「ははは…僕の勉強不足だよ、ごめんね」

「ううん…私の方が知らない事だらけだから、大丈夫だよ」

「でも、エスメラルダはあの景色をきっと気に入るよ。空と海だけが視界いっぱいに広がる景色は凄く気持ちいいし、それに水の色も一色だけじゃないんだ」

「透明な水に色がつくの……?」

「色が付くと言うより、水の中の物質がお日様の光に当たって光を吸収せずに残った物質が青く見えるんだ。水は透明だけど、場所とかお日様の位置と光の色、水の中の物質で変わるよ」

「うん……?」

 少しよく分からなかった。

ブッシツというのもそうだし、光が何かして青くなるっていう事しか分からない。

「ごめんね、僕も言ってて難しかったよ。簡単に言うと、海の水は光の中の青色を取り込めないんだ。だから零れた青色が海を青く見せるんだよ」

「光の中の青色……?」

 知らない事だらけで、アカツキくんに申し訳なく思う。

「うん。僕達は光で色を認識してる。白く見えるはずの太陽の光の中には7色も色があるんだよ。それがものに当たって反射したものが色として見えるんだ」

「……それじゃあ、葉っぱの緑とかも光の中の緑色が反射して見えてるの?」

「そう!すごいよ、エスメラルダ。理解が早いね」

 アカツキくんに褒められると、少し恥ずかしい。

「だから、海の色もその吸収されずに残った光の色になるんだ。だからあとは浅瀬だったり水の透明度が高いと色は綺麗な緑になる時もあるんだ」

「そうなんだ……青色も緑色もきっと綺麗なんだろうなぁ…」

「きっと綺麗だよ。エスメラルダの瞳みたいに」

 その瞬間、私の目は無意識に泳いでから、アカツキくんの目に視線が向かっていった。

凄く嬉しかったし、恥ずかしいとも思ったけど、やっぱり目を見られるのは慣れないし、しっかりと見えているのも慣れない。

だから私は目の逃げ場を作るために、前髪を長くしているけれど……。

「────あ…」

 彼にとっては前髪で眼を隠した所で、その人の瞳をしっかりと捉えようとする。

まるで眼だけで、あらゆる事がわかるように。

なら、これほどまでに綺麗で、蒼く、優しく、真っ直ぐな瞳を持つアカツキくんは穢れもなく誠実な人なのだろう。

──言葉で探るより目を見れば何でも分かるんだ。

 もっと……アカツキくんの目を見れば良かった。

「ねぇ……アカツキくん」

「どうしたの?」

「アカツキくんは…私の目を見て、何を感じてるの?」

 その答えはすぐに『言葉』として返ってきた。

「沢山の事だよ。『目は口ほどに物を言う』って言葉があるんだ。何も言わなくても、目は口で言うことと同じくらいの気持ちを伝える力がある。だから目を見ればその時の感情だって、伝えたい事だって、分かるよ。分からない時もあるけど、その時は言の葉で伝えてもらうんだ…。あっ、えっとね、僕と話してる時のエスメラルダは目がキラキラしてて、楽しそうだよ。それでいて何かを考えてる」

「──はは…凄いや、アカツキくん」

「凄くなんてないよ。僕の日常の一動作だからね」

 集落や街の事を知っていても、『人』自体を知らない、『私』を知らない。

けど、目の前にいる人は私すら知りえない『私』を知ってるんだろう。

「ありがとう、アカツキくん。うみの話から逸らしちゃってごめんね。私は色んなものを見たり知る前に私を見て知らなきゃ…その……相談とかしてもいいかな?」

 アカツキくんは少し驚いた素振りを見せると、真剣な目で私を見てくれた。

「うん。僕で良いなら、相談に乗るよ。僕も分からないことはあるかもしれないけど、答えを探すことは一緒に出来るから」

恥ずかしい話、私がアカツキくんの話を逸らしたり、折ったりして話の流れが凄く変な感じに思った。

学び舎でも先生の話を良く遮って喋ってしまう事が多かった。

話を遮るのは私の悪い癖なのかもしれない。

 それでも話を遮って、その事についても話してくれるアカツキくんは……。

 

 

「ありがとう、アカツキくん」

「大丈夫。今度はエスメラルダの話を聞かせてよ」

「──うん。えっとね……」

 

 

 彼女は沢山のことを打ち明けました。

座学の事、仕事の事、趣味の事、一人暮らしの事、ジェイドの事、両親の事、ちょっとした妄想の事。

それらの事を話してる間にも、エスメラルダは泣いたり、楽しそうだったり、悲しそうだったり色んな表情と声色を見せました。

それらを話したエスメラルダは泣き疲れて仮眠程度の短い睡眠に入りました。

 そんな彼女は彼の腕の中で護られるように眠るのです。

 

 

 

 




お疲れ様でした。
書き溜めは少し出来てるので、気まぐれで投稿します。


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幕間III「平穏を装う為に」

やぁ。
2ヶ月ぶりです。
書き溜めたり色々と彷徨ってたら遅くなってました。
今回もよろしくお願いいたします。


 焚き火を囲む彼らの食事は豪華でした。

プレートにはスライスされた大きめのパン一個とふかした芋とバターとチーズ、厚切りのハム、スープ皿に具沢山のクリームシチュー、コップには温かいミルクが入っています。

 そこへやって来たのは、一人の青年で『食べ物を分けてくれませんか』と言うのです。

青年は先程ジャガイモの調理の来ていました。

ある一人が『調理された芋を分けてくれないか』と言ったことで、他の面子とも物々交換が青年との間に起こりました。

青年はジャガイモと所持していたナイフ1本と交換で、それらを食事を手に入れました。

 ナイフが交換として持ち出されたのは、面子の一人が『何か面白いものを見せてくれ』と青年が見せた演武がキッカケでした。

座ったまま、そのナイフは青年の指や手をまるで蝶の如く動き回り、そのナイフの柄自体もを開いたり閉じたりと蝶のような動きもしていました。

演武が終わり、一人の細く痩せた商人がそれを手に取り眺めて、折り畳むと言いました。

『こいつをくれるなら、ここにあるもの全部私が立て替えよう』

 痩せた商人はそれを傍らに置き、ポットからコップに温かいミルク注ぎ、何かを入れてかき混ぜながら言いました。

青年は少し考えると、答えを出しました。

 厚切りのパンと厚切りのハムだけだったトレイには、クリームシチューやバター、チーズ、温かいミルクが増えていきました。

 

 

 

 2つのトレイを手に持ち、早歩きで馬車に戻ります。

急いでエスメラルダに届ける為でもありますが、1つはミルクに混ぜこまれた何かを探り出すための毒味です。

砂糖等であるのなら、問題はありません。

荷車にトレイを置いて、暁月は自身のトレイのミルクを一口啜ります。

──ほのかに甘いミルクに僅かな苦味があるのを、舌で感じ取りました。

 舌が少しピリつく苦味の正体は毒。

暁月はすぐさまそのミルクを投げ捨て、口の中から吐き出し、口を拭いました。

 とは言え、暁月には毒や薬物への耐性がある為、飲み込んでも限度こそありますが耐えられます。

これが命を奪うまでのものかは分かりませんが、これは口に含んだだけで効能を発揮する即効性の毒でした。

その結果として、暁月の人差し指は妙に強ばっています。

暁月でもしっかりと効果が発揮されたということは、エスメラルダに渡れば全身に匹敵するほどの効能を発揮します。

即座にエスメラルダのコップの中身も捨て、壁沿いの堀でコップを洗い、荷車の荷物の中にある水筒の水を注ぐのでした。

 その後、トレイを持って、テントの中に入り、食事を取ります。

暁月はエスメラルダには何も告げず、強ばった指先が自然になるように意識していましたが、合掌や食器持つと分かったのは、人差し指の意識がズレているという事でした。

 麻酔に似て非なる感覚ではあるものの、その指だけが本人の認識とは違う位置にいるのです。

 そのズレた位置と認識を正しい位置に戻しつつ、暁月はエスメラルダと食事を進めました。

 

 * * *

 

 食事を済ませ、エスメラルダが木製のナイフを気に入ったので、トレイを返却すると共に交渉する為、再度焚き火を囲む集団に近付きます。

その時にはもう暁月の指はほとんど元通りでした。

 そして当然、そんな彼の姿を見た痩せた商人は、目を一瞬見開いて俯きました。

暁月は器とトレイを返却し、感想を述べると、木製のナイフの所有者を尋ねました。

その所有者は、暁月に演武をさせた男でした。

 暁月は『このナイフを譲って貰えませんか』とお願いすると、男は『使い道も少ない金にもならないものだから、あげるよ』と微笑んで言ってくれました。

 暁月は全員にお礼を言い名前を教えてもらうと、素早くテントに帰っていきます。

 その際、ただ一人を顔を背けるまで見続けました。

 

 

 

 

 ほとんど世界の人間は自身の世界を知らない事が多いです。

彼女もその一人でした。

集落と街という世界の中のまた小さな世界で、過ごし生きて来ました。

彼女がこれから何十年と生きたとしても、それ以上の世界を知ることは無いでしょう。

 故に彼が伝える『海』というのは、未知の領域です。

ずっと続く大地しか見たことの無い人間は、水しかない海を見て何を思うのでしょう────。

 

 

小さな世界の中にはまた未知の世界があります。

それは彼がどんなに博識でも計り知れない世界と視点。

一人間の私生活までは知り得ないのですから。

 

 

 座学に関して。

彼女は文字を読んだり書くことが苦手ですが、聴くだけで全部覚えてしまうのです。

彼は──凄い才能だと褒めました。しかし書いたり読んだりすることでまた違う意味の取り方等が出来るとアドバイスもしました。

 

 仕事に関して。

彼女は綺麗好きであらゆる事を丁寧かつ慎重にこなします。けれども仕上げの加減が分からず、仕事は溜まり怒られやすいのです。

それゆえ、基本は店番ですが、こっそりと刀身を磨くのが仕事とも言えます。

彼は──彼女が磨いてくれる刀身は鏡のように綺麗でいつも汚してしまう事を申し訳なく思っていました。その研磨技術と気力がいつか力になると励ましました。

 

 趣味に関して。

彼女には目立った趣味はないものの、鍛冶屋に務めて刃物が無性に好きになったらしく、ついつい店のナイフを手に持って眺めるのだそう。

彼は──暇な時があれば家に寄っていいと言いました。色んな刀剣やナイフ、包丁等様々な刃物が家にはあるからと、彼女を誘いました。

 

 一人暮らしに関して。

彼女は小さな間取りの小屋に住んでおり、そこで寝袋を使って眠り、ご飯は配給や夜勤務の衛兵の焚き火を借りて調理したりします。暖かいお風呂は週に2回で基本は川で顔を洗ったり髪を解く程度。

けれども、他の同世代は親や友人等と住んで暮らしている為、やはり一人は寂しく感じるのです。

 彼は──集落の生活と文化レベルを知っていますし、お風呂に関しては彼もその習慣に合わせていました。

そして彼女の家は知っている為、時々顔を出しに来ては、美味しいものや話を持ってくると約束しました。

 

 ジェイドに関して。

彼女にとってジェイドは祖父ではありますが、血縁というより仕事の師匠の方が面影があるのです。

ジェイドは口下手であまり自身の事を話さないですし、患っている病気はどんどん体を蝕み、体を弱らせますが、それでも仕事を辞めないのです。

彼は──回答に困りました。しかしプライドの高く意地のあるジェイドの事です。治療法が分かっても拒むかもしれません。『尊厳死』という言葉が脳裏をよぎります。故に彼はただ見守ってあげてと言いました。

 

 両親に関して。

彼女は両親を知りません。親の事をジェイドに聞いても答えてくれず、冷たくあしらわれてきました。

まだどこかに居るのなら、会ってみたいと言うのです。

彼は──両親を知らない人間の過程を少なからず知っています。だからこそ、何かあった時彼女を支える為、会うことがあれば付き添うと言いました。

 

 ちょっとした妄想に関して。

彼女も当然、目の前にいる彼の事が好きです。集落の女子達も同じ事を思っています。そして皆がみんな彼に対する想いや劣情は個々として違う時もあります。

子供っぽい彼ではありますが、包容力のある人間であるには変わりありません。

そんな彼女は彼に甘えたい欲望があると言いました。

劣情が無いわけではありませんが、それはもっとちゃんとした過程と関係を築いてからと心を抑えました。

彼は──彼女の頭をそっと胸に引き寄せました…。

甘える事の出来ない彼女の環境の中で、ただただ彼は何も言わずに彼女の想いに応えるのです。

 胸の中で泣きじゃくる彼女を優しく護るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の夜────。

 とある宿で、一人の少年は冷たく何の感情もないかのように、木製のナイフで躊躇無くその人間を切り殺しました。

 

 

 

 

 

 




お疲れ様でした。
前話はエスメラルダの視点でしたが、エスメラルダが知らない裏の話を描きたかったのが今回の話です。
次の投稿は早くなりそうな気がします。(多分)
次もよろしくお願いいたします。


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第20話「炎と花」前編

やぁ。
お待たせ致しました。
第20話です。
地道に進みすぎて進展がないのが申し訳ないです。



 暁月が集落出て、エスメラルダと共に街へ向かった日。

 

 

 その日の朝、光や美雪達と朝食を済ませたイアが階段を上がろうとした時、夜冬がちょうど降りてきました。

「───」

イアは階段から後ずさりしながら、キッチンに目を配らせます。

 階段を降り終えた夜冬は目をイアに向けると、

「えっと…………昨日はごめんなさい………怖い思いをさせてしまって……」

酷く落ち込んだ様子で夜冬はイアに謝罪しました。 「いえ………」

流石にまだ恐怖心が残っていた為か、イアは反応に困っている様子でした。

 そこへ美雪が近づいて来ました。

「夜冬くん、おはよう!朝食は机に置いてあるからね」

「─ありがとう、美雪さん」

 2人の横を通って、夜冬は席につき合掌した後、朝食を口に運び始めました。

その様子をイアは静かに眺めていると、美雪が彼女の背中を手で押しながら階段を一緒に上っていきます。

「大丈夫だよ!昨日ルナさんが経緯の説明とお説教したから、怖がらなくても」

 そうして2階のアウロラの部屋で立ち止まります。け

「とりあえず、先にイアちゃんはここで色々診てもらおう!あとは色んな説明を受けながら、ちょっとずつわかって行ってね。私よりは多少詳しく教えてくれるはずだよ!」

「─はい。ありがとうございます」

 イアはアウロラの部屋へと入って行くと、廊下に残った美雪は再度1階のキッチンに戻っていきました。

 

 

 

 

 扉を開けて、部屋に入るとそこには自然がありました。

様々な植物のツルや葉が壁を網羅しており、窓はまるで葉のカーテンが作られたかのように覆われ、天井からは謎の実がぶら下がっており、元の素朴な部屋の事を考えるととても別世界な部屋になっていました。

「いらっしゃい、朝食は済んだかな?」

 その窓際の机の椅子には、眼鏡をかけて座っていたアウロラが腰掛けています。

「はい。お待たせしました」

「じゃあ、ここに座ってくれるかな?」

 アウロラの目の前にはもう1つ椅子があり、その間には簡素な机が置いてありました。

その椅子にイアは腰掛けると、アウロラはじっとイア全体に視線を送ります。

「さてと…イアさん。俺が書いたノートの内容は読んでくれたかな?」

「えっと…はい。属性や魔術の事…ですよね?」

「そうそう。なんでそれをイアさんに教えたか分かるかな?」

「え?───ここでの知識のひとつだからですか…?」

「間違っては無い。けど、ちょっと重要なものだ。最初から少し長い話だけどごめんね」

 イアは静かに頷きます。

そうすると、アウロラは机の上に置いていたロウソクとマッチを手に取り、マッチを点火してロウソクに火を灯しました。

「改めて魔術っていうのは、不可思議な力をつかって神秘的な芸当、業を生み出して為すもの。こんなロウソクの火は吹き消せば一瞬で消えてしまう。消して見てくれるかな」

 イアは"ふーっ"と息を吹きかけるとロウソクの火は揺れた後パッと消え、僅かに煙を残します。

そこにアウロラはロウソクの先端部分を手で覆い離すと、そこには火が灯っていました。

「けど、そこに魔術が関わってくると少し常識が変わる」

 アウロラは再度イアの前にロウソクを差し出します。

「もう一回お願いできるかな?」

 イアは頷くと、先程と同じ勢いで"ふーっ"と息を吹きかけますが、ユラユラと揺れるだけで消えはしません。

次は少し強く吹きかけますが、消えません。

「じゃあ今度は指先で触れてみてくれるかな?」

「えっ?」

「大丈夫、熱くないよ」

 熱くないと言われても、火というのは熱くて当然のもの。

そうそう手を出す気にはなりません。

「………」

「んー……」

 アウロラは少し考えると、引き出しから紙を取り出し、それをロウソクの火の真ん中に通して、様子を見ます。

紙は燃えず、煙も出さず、ただ火を遮り続けています。

「物が燃えるのは、火に『熱』があるから。他にも化学的な反応もあるんだけど、単純明快なのは『熱』がある事。だから今ここに灯ってる火は簡単には消せないし、温度は本来よりもっともっと低い。火でありながら火じゃないものも『魔術』は作り出せる。だからこうして……」

 今度はロウソクの火の根元に紙を通し、それをすくい上げるとロウソクの火は紙の上に移動し燃え続けていました。

「これでまた新しい発見が出来た。熱は無く、燃えないロウソクの火は根元から火を取ると火元から離れて燃え続けるけれども、熱は無く、紙は燃えない。矛盾ではあるけど、その矛盾が魔術でもある。面白いでしょ?」

「はい…なんだか、本当に魔法を見てる気分です…」

「──イアさん。手を出して」

 イアは手を出しアウロラは紙を傾けると、上に乗っていた火はまるで水滴のように点々と落ち、イアの手の上で燃え続けます。

アウロラの言った通り、熱くも無く燃える要素がない手の上で同じ大きさの火が保たれています。

「イアさんは今『魔法』と言ったね。実際魔法とも呼べるけど、内容が違う」

「魔術と魔法で何か違うんですか…?」

 イアがそう聞くと、アウロラは手に持っていたものを机の上に置いて、イアの手から火を消しました。

「魔法っていうのは、再現不可能な神秘の領域。どんなに世界が発展して技術を得ても、時間をかけて研究しようと、資金で物を言わせても、再現不可能なもの」

「再現不可能なもの……」

「ある時、原初の人間は火を起こした時、その力と偶然に神秘を見出したんだ。暗闇を照らし、熱を持ち、物を燃やすそれを魔法と言った。けれども、時間をかけて火は摩擦、打撃、圧縮、光学、化学、電気等の色んな方法で簡単に火は起こせて、身近なものになった。奇跡的なもので無くなった火は『魔法』でも無く『魔術』とすら呼べなくなり、特別な人間が有するものではなくなったんだ」

「それじゃあ…火が身近にあるのはそれまでに長く色んな試行錯誤でその神秘を再現しようとして、それが再現出来た後、また色んな方法で再現を試みた…それと同時に『魔法』や『魔術』というのも消えていった……って事ですか…?」

 アウロラは関心したように頷きます。

「そう。元々魔術は詠唱を交えて、それに力を宿して業を為そうとした。発展具合によるけど、数秒~数時間かかって業を為すけれど、一言一句間違えずに言わないといけない。けど、マッチなんかは言葉が無くても少し擦れば火が点くでしょ?それが魔術とかが衰退していく理由。人はどんな時も効率良く楽する方が良いからね」

 アウロラは背を向けて、机の上のものをせっせと片付けて行くと、先程使った紙を等間隔に切り始めました。

そこにイアが1つ問いかけます。

「──魔法と魔術の違いは分かりました…でもその本当に再現不可能な魔法っていうのはどんなものなんですか……?」

「俺が知ってるのは、死者蘇生、並行世界の移動、時間旅行、不老不死ぐらいかな。文字通りといえば文字通りだけど、普通は考えつかない禁忌に等しいもの。死者蘇生は死んだ人間を蘇らせる、並行世界の移動は全てが同じでありながら元いた世界と何かが違う世界を移動する、時間旅行は過去や未来を自由に行き来出来る、不老不死は老いも死にもしない究極の体を得る。それを何か一つ仮に再現出来て行った場合、全てが壊れる危険なものだよ」

「意味は何となく分かりました…けど、何が危険なんですか…?聞く限りは凄く良い事に思えますけど…」

 アウロラは手を止めます。

「───確かに綺麗で夢のような事だよ。けど実際はそうならない。1つ例を話そう。死んだ人間を蘇らせても、肉体と精神は死んだ時からまた進み始める。その後また死んでもまた同じ時間を歩む。永遠とその肉体と精神に縛られ続けて、新たな器にその魂が宿らない。それと同時に人は死んで減って生まれて増える事で世界のバランスを保ってる。これは不老不死にも言えるけれど、人口増加による食糧難、土地不足、そしてそれに陥っても人を減らせないし、土地にも限界がある。初めは良い事だと思っても、後々見るのは地獄のような世界だよ」

 思わずイアは口を抑えます。

込み上げてくるような吐き気と想像した時のおぞましい恐怖が自然と襲ってきました。

「この『星』は綺麗な事だらけじゃないんだよ。こんなにも残酷なんだ。まだ来たばっかりで悪いけれど、これが真実でもある」

 アウロラは振り返って水の入った瓶からコップに水を注ぎ、イアに手渡します。

それを受け取り一気に飲み干すと、イアは1枚の紙切れを渡されます。

「けど、そんなシナリオに至らせない為に俺たちは戦って世界を救う。そんな行為にこれから君も貢献する。大きな話かもしれないけど、実際意味はあるからね」

「──頑張ります…」

 落ち着いたイアは手渡された紙を眺めます。

紙は厚紙のように少し厚くしっかりとした紙でした。

「それは些細な魔力にも反応する特別な紙でね、それで魔術適正や魔力反応を見るんだ。『地』『水』『火』『風』『空』が基本的な五大元素なのはノートに書いた通り。その紙がどんな風になるかで、結果が分かる」

 

『地』なら固くなる。『水』なら濡れる。

『火』なら燃える。『風』なら揺れる。

『空』なら浮く。

珍しい属性なら、『光』なら輝く。『音』なら振動する。

属性ごとに色んな反応がある。

属性を複数持っていた場合、それが同時に起こる。

難しい事はせず、ただ手の上の紙に意識を向けて、30秒ほど待つ。

反応がなければ魔術適正と魔力反応がないという事。

 

 

 

 イアはこのような説明をアウロラから受け、そして実行しようとしていました。

「仮に無かったとしても、大丈夫。全ての人に必ずしも適性があるわけじゃない。世代とかにもよるからね。さぁ──始めよう」

「はい……!」

 イアは静かに目の前の手のひらにある紙に集中します。

10秒。反応はありません。

チラリとイアはアウロラを見ますが、アウロラも集中して見ています。

そこでアウロラは何かに気付きます。

20秒。アウロラが口を開きます。

「イアさん。目を閉じてみて」

 言われた通り、イアは目を閉じて、再度集中します。

イアの頭の中で何かが通った気がしました。

それと同時に、紙からガサッガサッと複数回音を出していました。

「──凄いな…魔力量と適性が並以上か…」

 イアはその言葉に目を開きます。

そこには先程まで一枚の紙だったものが綺麗な花のように折られていました。

「花……?」

「あぁ、見た目の通り、イアさんの魔術属性は『花』。それもとてつもなく適性が高く、魔力量が多い。ここまで綺麗な形なのは中々見ないね。魔力量の証拠は形を成そうとして折れ続け、適性はその形に至ったのが証拠になる」

「ノートには『花』って書いてませんでしたよね…どんな属性なんですか?」

 手のひらに乗った花の折り紙をアウロラは指先で摘んで、再度背を向けます。

「『花』は攻撃に転じるものは無く、無害であり有益に働く優しい属性だよ。植物や生き物の生命力や体液を変換して魔力にしたり、形を成した魔術を花にして無害にしたり、魔力を吸い取る。だから力を変換して自分の魔力とするというのがこの属性かな」

「力を変換して…自分の魔力に…」

「俺もあまり花の属性を持つ人は見かけない。本当に希少な属性だからね。どれほどまで無害に出来て、変換出来るのかは知らないけれど、生命力を変換するのには限界があったはずだよ。奪われた生命は少し気だるくなるくらいだったはずだ」

「じゃあ…本当に自分にとって良い方に働いて、相手を傷付けることはない属性なんですね…」

「うん。君のように大人しい娘が持つに相応しい属性だよ」

 また振り返ってアウロラはイアに向き直ると、手には小さなガラスケースがあり、その中には先程の花の折り紙が入っていました。

「記念に持っておきなよ。君の秘めた力で生まれた花だ」

「わぁ……ありがとうございます」

 イアはそれを大切に両手で持ち、嬉しそうにそれを眺めます。

それを見たアウロラも微笑むと、眼鏡を外します。

「さぁ、イアさん。ちゃんとした魔術はまた今度教えるよ。次は『罪の炎』についてだ。これについて色々教えるし、絶対使えて欲しいんだ」

 その言葉を聞いて、イアは深呼吸してガラスケースを膝辺りに下ろして、アウロラを見ます。

「はい、教えてください…!イグニスさん」

「ははっ、いい目だね。あと、俺はアウロラの方でいいよ」

「───アウロラさん…?」

「そう。そう呼んでくれていい」

 アウロラは席を立ち、空間のある扉の前に移動すると、左眼から朱色の炎を現しました。

 




お疲れ様でした。
文としてみれば分かりにくい内容でしたが、読み解けば容易に想像がつくものでもあります。
次もよろしくお願いいたします。


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第20話「炎と花」後編

やぁ。
続きです( ˇωˇ )
よろしくお願いいたします。


 左眼から燃え上がるのは朱い炎。

ロウソクの火のように、整った形をした火がメラメラと左眼から燃えていました。

「七つの大罪『傲慢の罪』これが俺の罪の炎で、位は大罪だ」

「大罪という事は…1つ進化した罪ですよね…?」

「合ってるよ。さすが、美雪さんだ。教え方が上手だから助かるな」

「先に例を見せよう、傲慢の罪の能力。それは身体に関わるあらゆるものを強化する。身体能力、五感、反応速度、自然治癒、耐久力諸々を向上させる」

 アウロラの手には先程紙を切るのに使ったペーパーナイフが手に握られていました。

それを腕に当てて、思いっきり引き裂くようにナイフを引きました。

その腕をイアに見せびらかすと、刃が通った痕は有りますが出血もなく、皮膚も裂けていませんでした。

 

「おっと、これじゃあ俺の皮膚が元々硬いように見えるね」

 左眼の罪の炎が消え、再度同じく腕の皮膚を引き裂きました。

その光景にイアは思わず目を瞑ってしまいます。

切り裂いた皮膚からみるみると血が流れ出て、腕を赤く染めるかの如く出血を始めました。

「イアさん、しっかり見ておいて。罪があると無いとでの違いと、君の罪に慣れる為にも」

 イアは恐る恐る目を向けます。

アウロラは再度左眼に罪の炎を露わにすると、焼け石に水をかけたような音と蒸気が傷口辺りから出てきていました。

垂れていた血は蒸発し、傷口はゆっくりと塞がっていきます。

「凄い……」

 ただ、アウロラの表情は凄く強ばっていました。

「確かにこれは便利なんだけど………自然治癒を早めるのは、摂理に反しているから痛みの代償がある……完璧に治すことは出来るとはいえ、体力を使うからね……あまり使いたくないんだ」

 徐々に徐々に蒸気が減り、傷口も塞がるとアウロラは力無く腕を下ろしました。

まだ腕からは蒸気が僅かに出て来ています。

「ふぅ……まぁこんな感じだよ。罪を使っている時、ナイフは皮膚を切り裂けなかった。これは腕の皮膚が硬く、分厚いから表面の薄皮すら切れなかった。けれど、罪が無くなると本来の皮膚に戻って、容易に刃を通して出血まで許した。そして自然治癒力を早めて、その傷口を塞ぐ。他の罪はまた違うけど、傲慢の罪は自己完結に特化した能力を持っているよ」

「他の罪は…一体どんな能力なんですか?」

 アウロラは席に戻って座ると、切り傷を入れた腕を机の上に伸ばしながら、語り始めました。

 

 

【罪の炎の能力】

傲慢(ごうまん)の罪》身体を強化、改造し、潜在能力を飛躍的に伸ばす自己完結した能力。

憤怒(ふんぬ)の罪》空間を掌握、転移し、ありとあらゆる空間を支配する絶対的な能力。

嫉妬(しっと)の罪》対象を拘束、精神すら拘束し、何処へも逃がさない恐ろしい能力。

強欲(ごうよく)の罪》真作を投影、複製し、限りなく本物に近づき差を埋める探求を極めた能力。

怠惰(たいだ)の罪》本人を投影、複製し、新たな本物を生み出し本体を誤認させる危険な能力。

暴食(ぼうしょく)の罪》不可視の力を制御し、他を押し上げ、押し潰し、引き寄せ、突き放す凶悪な能力。

色欲(しきよく)の罪》摂理の代償を無視して驚異的な治癒能力を有し、他者を癒す異質の能力。

 

 

 アウロラは一つ一つ、イアに分かりやすく解説しながら罪の能力を教えました。

「どれも使いようによっては変革を生む強い力ばかり。それも、罪が進化をしなくても使い方を間違えればとても危険なものになる。所有者はノートに書いてあったはずだから、興味あったらどんな感じになるか見せて貰いなよ」

「はい、参考にします……ん…?でも、参考にするにはまた違うかな……」

「はははっ!確かに参考にするのは難しいね。でも『見分ける』事は出来るようになる筈だよ」

「──見分ける?」

 アウロラはもう一度、罪の炎を露わにしました。

その炎は先程と変わらず、穏やかに燃えています。

「これがさっき見せた罪の炎だけど、これは位が『罪』の炎なんだ。『大罪』の炎は…」

 左眼の瞼辺りから穏やかに燃えていた炎が火力を増し、激しく煽られるように燃え盛っています。

まるで焚き火のような力強い朱い色の炎が、アウロラの左眼を覆うようになっていました。

「これが位が『大罪』の炎。さっきとは明らかに燃え方が違うでしょ?」

「はい…さっきより激しく燃えてますね」

「これで見分けられる。そして、『大罪』の炎になった事で、能力も変化する。イアさん、また実験だ」

 引き出しからアウロラは細い木の棒を取り出し、イアに渡します。

「それを持って、俺の手のひらを突っついてみてくれるかい?」

「突っつく…」

 イアは細い木の棒を指先で摘むように持ち、その棒をアウロラの手のひら目掛けて、"チョン"っと突っつきました。

「……え?」

 何度か突っつきますが、触れた感覚がありません。

めり込んでいるのとは違い、先端の狙いが違うわけでもありません。

手のひらの真ん中に当てているのに、無を突いている感覚で、それでいて、突くたびに木の棒の先端は焦げていくのでした。

「遠慮しなくていいよ……ほらっ!!」

 アウロラは脅かすように、突然手を動かし、自ら木の棒に深々と手のひらを通していきました。

木の棒は手のひらを貫通し、手を通った後の棒は焦げています。

脅かされたイアはビクッと強ばりましたが、転ぶこともなく棒もほぼ定位置です。

「一体…どうなってるんですか…?」

「さっきは体を『強化』して皮膚が硬くなったりしたでしょ?今回は『改造』、原型から変化をもたらしたんだ」

 手を引いて、焦げた木の棒をイアの指先から抜き取ります。

それを握りしめるように手に納めると、その後手には何も残っていませんでした。

「今俺の体は炎になっている。だから俺を通り抜けたりするものは焼かれてしまう。これも熱量を調整は出来るけど、最低でもさっきみたいに木は一瞬で焦げる。だから仮にイアさんが今の俺に触れたら、大火傷だ」

「体が炎……」

「うん。だからこんな事も出来るよ」

 アウロラの髪が燃え上がると、炎が踊るように形を成そうとして、そしてそれが収まると長髪だった髪は短髪になっていました。

続けて、体全体を炎にして頭から形が作られて行くと、みるみると違う容姿に変化していました。

青年の見た目から、5歳くらいの子供になり、服さえも形が再構成されて子供の体型に合う服になっていました。

「炎になって、体を自由自在に変化させることも出来るし、ものをすり抜けさせることも出来る、体も熱を持っているから通り抜けさせる前に溶かすことも出来る。いやはや、初めてみる人からすると恐ろしいだろうね」

 見た目に合わない声のトーンで淡々と話すアウロラもまた奇妙です。

「その体から元に戻れるんですか?」

「あぁ、戻れるよ。能力を使ってる時だけ変化が出来るから、能力を切ればまた全部元に戻る」

「なるほど…」

 イアは面白いものを見たと、ジロジロとアウロラの事を見回します。

「おいおい…イアさん。流石にそこまで見られると恥ずかしいな。俺も体全体を変えることはほとんど無いから、俺自身も珍しいけどね…」

「あ…ごめんなさい」

 イアは一度視線を逸らして、気持ちを入れ替えると、ふと、気になった事を見つけました。

「アウロラさん、机とか椅子は木ですよね…燃えないんですか…?」

「あぁ、一応意識を向けてるんだ……。さっき火傷するとは言ったけど、俺がちゃんと意識してればイアさんは俺の実体にも触れられるし、俺も触れられるよ。まぁ気を抜いたら……ご想像通りだ」

 子どもの姿のアウロラはヘラヘラとしていて、イアはそれに苦笑いで返します。

アウロラは顎に手を当てて、少し考えます。

「えーと……他になにか話す事あったかな……。魔術適性は見出したし、罪の能力の事は話した…罪の炎の見分け方も話したし……加護は滅多に見かけないからなぁ……」

 そこにイアが声をかけました。

「アウロラさん、実は昨日美雪さんから教えて貰っていない罪があるんですが……」

「ん?…あ、右眼の『慈愛の罪』か!ごめんね、忘れてたよ」

「あ…いえ。慈愛の罪は教えてもらいました」

「そうなの?それじゃあ何の罪かな?」

「『粛清の罪』…?同じ右眼の罪の事は教えて貰っていなかったので…、その罪はどんな罪なんですか?」

「……………」

 アウロラは先程より困ったように、考え込みました。

しかし、その様子を見て心情が分からないイアではありません。

「あ、ごめんなさい…やっぱり……」

 イアの台詞を遮るように、部屋の扉が開かれると、そこにはルナが立っていました。

 

 

 半袖にショートパンツ、サンダルというとてもフリーな格好ですが、本人の視線と服の黒色が可愛げも無く、ただただ威圧を感じさせます。

2人してルナを見ると、ルナが口を開きました。

「話の途中だったか。悪かったな。…説明しているとは知っていたが、罪を感じて来てみれば、なんだそれは?」

 前者はイアに言ったのでしょう、後者は確実に子どもの姿のアウロラに向けて発されました。

イアはルナに軽く会釈して目線をルナと同様アウロラに向けました。

視線を向けられたアウロラは固まっていました。

見られてはいけないものを見られた表情と硬直は明らかにルナが原因でした。

「ハハッ…………」

 アウロラは罪の炎を解いて、元の姿に戻ろうとします。

しかし、それを許されませんでした。

「珍しいものを見たんだ。どうせならあいつらにも晒してやろう」

部屋に踏み込んでくるルナ。

「や…やめて……!」

 子どもの姿のアウロラはルナから離れようと机に這い上がって、窓際に逃げようとしますが、動きがピタッと完全に止まりました。

アウロラはもう指1本動かせない状態です。

「うっ…………」

 アウロラは少し調子に乗り過ぎたことを後悔しました。

何故なら一番予測したくなかった状態が今起こってしまったからです。

罪の炎を使うと、同じく罪の炎を持つ者はその気配を僅かに感じ取ります。

しかしその気配というのは、瞬き一つで忘れるようなとても薄い気配で無いにも等しいレベルです。

 ですが、ルナはその気配をしっかり掴んできます。

それに加えて、アウロラが『大罪』の能力で姿を自由自在に変化させ、元に戻す事が出来るとは言え、そこに特定の外的要因が加わると制限が掛かるのでした。

その大まかな要因は強力な水属性や自由を封じられる能力には弱いのです。

相手はルナ、水属性も持ち合わせていますが、それより脅威なのは罪の能力による『拘束』でした。

「私から逃げるとは、その足は切り落とした方が良いかな」

「に 逃げません…!逃げないから勘弁して…!!」

 アウロラの罪の炎は本人の元に戻りたいという願いを受けてくれません。

嫉妬の罪に拘束されては手足の自由はおろか、能力、思考、精神まで拘束──もとい、『強制』されます。

今アウロラは体の自由を奪われた上、罪の炎を維持される事を強制されていました。

「なら良い。安心しろ、受身は取らせてやる」

「ひっ……」

 ルナはアウロラの『実体』の襟を掴み、引き摺り落とされると小さな体で何とか受身を取った後、また自由を奪われました。

それと同時にアウロラはほんの一瞬何処からか現われた水の塊によって、身体の熱を奪われてしまいました。

そしてそのまま引きずられながら、部屋を出ていきます。

しかし、ルナはそこで足を止めて言葉を発しました。

「お前の質問に特別に私が答えてやる。『アレ』は裁くものだ。慈悲で扱う『ソレ』とは違う。名前の通り容赦がない。それだけだ」

「…………」

 イアはそれを静かに聞き届けます。

 そうして、ルナは子どもの姿のアウロラを引き摺って1階へ向かっていきました。

「慈悲で扱う……慈愛の罪……。容赦無く裁く……罪…」

 イアは1人でアウロラの部屋で少し残り、情報を整理していました。

 

 

 

 

 その途中、1階からは弾けたような笑い声が複数響き渡ってきました。

 




お疲れ様です。
長い説明会もひと段落です( ˇωˇ )
次もよろしくお願いいたします


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第21話「身近な別世界」

やぁ。
21話です( ˇωˇ )
17話にて暁月に手紙を渡されたアッシュの話です。


 集落の柵沿いに立っている小屋は、衛兵たちの泊まり部屋でした。

そこはただ寝るだけの空間で、ベッドが一定間隔で並んでいます。

そんな中、夜勤組の中では早く目覚めたアッシュはその小屋を出ていきました。

手にはくしゃくしゃになった一枚の紙がありました。

 

 

 

「……っ」

 小屋を出ると、いつも通り眩しい光と空が広がっていた。

朝日を浴びたと同時に朝勤の仲間と交代し、窓のカーテンを締め切った小屋の中で睡眠を取った。

暗闇から明るい昼の外に出るのは、正直キツい。

 しかし、やれる事はさっさとやってしまう方がいい。

寝起きの頭と体でフラフラと集落を歩き、途中軽食を買い食いしてから、山へ向かった。

 

 足裏の感覚だけを頼りに道を探る。

昼間だというのに木が生い茂るこの山は集落近くの森と比べて驚くほどに暗い。

 ただ、山の上から差し込む光が目印なだけで、周りはまるで分からない。

時々こんな噂を耳にする。

『あの山に入ったら、帰って来れない』『登る時は暁月がいた方が安全だ』『あそこは楽園だった』

事実な噂もあれば、気に食わない噂もあるし、頭の悪い噂もある。

俺自身、この山には途中までしか入った事は無い。

それは夜に抜け出して、友人と遊びに向かったからだ。

 けど、その山への道中で会った一人の女性に『帰った方がいいよ』と促されたからだ。

夜だからどんな顔をしていたのか、小さい時の事だから、どんな声をしていたのかは覚えてはいない。

ただ匂いと優しいという事は覚えていて、匂いは今になっても集落でも稀にしていた。

匂いを辿ったことは無いけど、多分狭い集落の中でも見たことの無い人がいるんだろう。

優しいというのは、促されて帰ろうとしても帰れず泣いていると、再度その人に会ったからだ。

泣き声を辿ってきたんだと思っている。

その人と手を繋いで、一緒に山を降りた。

その人は陽気な雰囲気の歌を口ずさみながら、俺達を気遣っていたはずだ。

 その後、その時は貴重だった甘味を貰って、こっそり食べたものだ。

まぁ…俺達にとってはその甘味を貰ったことの方が鮮明に記憶に残っている。

………ふと昔の事を思い出してしまった。

でも、そんなこと考えているとあっという間な道のりだった。

 俺はその光に足を踏み入れた。

 

 

 

 視界には目いっぱいの明るい緑色の草原が広がった。

一本の砂色の道が伸び、その真ん中には一本の木と木造建築の建物が立って、その草原をより広大に見せた。

そこは別世界だった。

夢を見ているかのような心奪われる草原だった。

爽やかな風が吹いた。

風を遮るものはほとんど無く、草は波打つように揺らいで、木の葉達は互いに擦れながら音を鳴らす。

 呼吸をする度に体の中身が入れ替わるような良い空気だった。

そしてそこに吹く風が俺に付いてる悪いものを洗い流すような清々しい気持ちになった。

フラフラと面倒くさく山を登ってきたのに、ここに来た途端。頭はしっかり冴えてるし、体は凄くリラックスしている。

本当に集落近くの山とは思えない空気の綺麗さだった。

そんな空間を俺は道なりに進んだ。

 

 

 木造の建物に近付くにつれて陽気で聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。

声も女性らしく、好奇心にも似た思いで早足気味に建物に近づくと、建物の横、木の生えた反対側の土地で、洗濯物を干していた1人の女性が居た。

 肩下まで伸びる長い茶色の髪とベージュのロングスカートは女性に合わせて流れるように揺れ動き、上半身はしっかりと軸を保って次々と洗濯物を干していく。

「──時々チラリと見える横顔は少し歳上のお姉さんのような顔立ちだった」

「………え?」

 後ろを振り向くと、『俺』が居た。

背格好も服装も顔も髪型も何もかも俺と全く同じの『俺』がいた。

その『俺』の手には洗濯されたものが詰まったカゴを持っていた。そして『俺』は全く同じ声で「美雪~、お客さんだー」と言った。

その方向を見ると、さっき見ていた女性が振り向いて手を止めていた。

「あら、いらっしゃい!ここに良く来れたね。何か用でもある?」

「これを…」

 俺はポケットに入ったクシャクシャになった手紙を渡す。いや、正確には紙切れの方が正しい。

「『鍛冶屋のエスメラルダと一緒に街へ行ってきます。長い道のりになるので、少しの間帰って来れません』なるほどねー……え?」

「エスメラルダって子は……ジェイドさんとこのお孫さんか…」

もう一人の『俺』もそれに反応する。

「あの子に限ってまさかね〜?まぁ…茶化すのはこれくらいにして、多分『護衛』って感じでついて行ったのかな」

「暁月の事だ。大方そうだろうな。しかも手紙を書くってことは深夜か明け方辺りに出ていったんじゃないか」

「ねぇ、アッシュくん。これはいつ受け取ったの?」

 ふと、俺に女性が聞いてくる。

ただ、あの時は少し寝ぼけていて記憶があまりない。

「それは陽が昇る少し前に渡された気が……ごめんなさい、あまり覚えてないです…」

「いいよいいよ!じゃあ夜明け前くらいに行ったんだね。それにアッシュくんも夜勤で疲れてるのにわざわざご苦労さま」

「はい……?」

 その時、微妙に感じた違和感の正体が分かった。

何故かこの女性は俺の名前を知っていたんだ。

「あれ、なんで…俺の名前を……」

 それを聞いた女性も何故か驚いた。

「あれ?私の事は覚えてない?私からすると小さい頃より良い顔付きになったなーって前々から感心してたんだけど…あぁでも、そっか。あの時以来ちゃんと会って話してないもんね」

 女性は俺の事を幼い時の俺を知っていて、幼い俺は女性に会っていた。けど記憶に全くない。

「えっと、それはいつ会いましたか。それによっては覚えてるはずなんですけど」

「いつだったかな…。でも私が覚えてるのは夜中に幼い君ともう一人のお友達が一緒にこの山に登ろうとしてて、大泣きしてた事は覚えてるよ?その時以来私は集落で時々見かける位だったからねー」

 それを聞いた時、どんな偶然かと思った。

この山に登ってる時に思い出した小さい頃の思い出。

それは土地そのものから思い起こされたものと思っていたが、それはここに至る為に紡がれていたものなのではとそう感じた。

「あの時のお姉さん……?」

「あ、思い出した?そう、あの時のお姉さんです!」

 "ムフーっ"と嬉しそうに胸を張る『お姉さん』。

 顔こそ覚えていないが、やはりあの陽気な歌声と……風に吹かれて僅かに漂うお姉さんの匂いは俺の知ってるものだった。

「──あの…ありがとうございました。あの時助けて貰って…」

「いいよいいよ!あの時はちょっと遅いお散歩してただけだから」

 お姉さんと話していると、まるで数年という時間が最近のように感じるほど話しやすくて、なんだか子供の頃に戻ったような気がした。

まだ15の歳で何を言ってるんだとは言われそうなことだが、衛兵の仕事で気疲れはするし、日々何かしら疲れを感じて生活してる。

でも、今は凄く気が楽だった。

とても不思議な感覚に陥っていた。

「お姉さんねぇ……」

 もう1人の『俺』がそう呟くと、お姉さんは反応して素早く指に伸びる紐を引っ掛けて『俺』に対して指差していた。

「あらー?後ろのアッシュくんは良くない子ですねぇ?いい加減その変装解いたらどうかな~?」

「─悪かった。悪かったからその輪ゴム構えるのやめてくれ、地味に痛いんだからそれ…」

 俺は手を下ろしたお姉さんを見届けた後、後ろを振り向いた。

そこにはアカツキに似た長い髪をしている背の高い男が立っていた。

髪は後ろで束ねていて、女子達が言う『ポニーテール』って髪型のやつだ。

 男は俺の横を通って、物干し竿の下に洗濯物のカゴを置く。

「あとはやっとくから、アッシュくんに一息つかせてやったらどうだ。せっかく登ってきたんだから」

「そうだね、じゃあアッシュくん。中に入ろうか?」

 男と入れ替わりでお姉さんが近づいてきた。

「え、いや、俺は別にもう用は無いですし…帰ります」

「そう?でもわざわざここに来てくれたのに、何も返さないのはこっちも悪いからね。飲み物だけでも飲んで帰りなよ。甘いのがいい?」

「あっ、はい…甘いので……」

 そうして俺はまるで甘いものに吊られるように、お姉さんに付いていってしまった。

 

 

 中は年季の入った店のような空間だった。

集落にはこういうものは無いが、街の店ではこんな場所を見た事がある。

そしてそんな店のような空間の隅に、眼帯を付けた銀髪の女性、小さな赤い男の子…───昨日アカツキと一緒にいた女子が居た。

銀髪の女性は瞳だけをコチラに向け、そして目が合った。

その眼はまるで獣にも似た鋭い目つきで俺を見据えていた。

傍の小さい男の子は一度だけチラッと目を配らせ、女は男の子が話しているのを聞きつつも、時々目をコチラに向けていた。

「さぁさぁ、こっち座って」

 お姉さんに呼ばれて、俺は目を逸らした。

「ごめんね?あの席は風通しも良いし、椅子も柔らかいものだから、人気なんだ。こっちの椅子は弾力があるけど、背もたれが無いからごめんね」

「いえ…」

俺は少し高い椅子に座った。

確かに弾力があるといえばいいのか、沈み込むけれどそれに反発するような柔らかさがあった。

 

 初めてこんな椅子に座ったが、自然と気が引き締まって、体勢良く座れている気がする。

「何がいいかなー…紅茶にジュース…ケーキにチョコレート…お饅頭…」

 お姉さんは色んな単語を呟きながら考えていた。

それにコウチャなんて、集落では色の付いた綺麗な水だなんて言う。

街で飲んだ事はあるが、まるで美味しさが分からなくて普通に水を飲んでいた思い出がある。

「……あれでいいかな。お湯は~…うん。まだ温かいね」

 お姉さんはせっせと準備を始めていく。

陶器のティーポットに深緑色の葉っぱのようなものを入れて、鉄製のティーポットからお湯が注がれる。

漂うのは甘い匂いではなく…なんというか深みのある良い香りだ。

お姉さんは、2つの小さな陶器のコップに交互にその中身を注ぐ。

その中から注がれていたのは透き通るような黄緑色のお湯、コウチャの赤とは違う色と香りをしていた。

 中身を注いだ陶器のコップを俺の前に差し出した。

「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね。」

「はい…いただきます」

 息を吹きかけてから、ゆっくりとその中身を啜った。

──ほんの僅かな甘みを感じた。いや、なんだ。味が変わった…?噎せ返る程ではないけど苦味があった。なんというか、まるで砂の山に砂をかけた時みたいに、流れて行くような味の変わり方だった。

─もう一口啜ってみた。

確かに口当たりは甘みがあるけれど、舌の上を流れ喉を通る時に浸透するような苦味があった。

これは確かに苦味だ。口に残った味がそう感じている。

 けど、薬を飲んでるみたいに不吉な味じゃない。甘味やコウチャのように極端に甘い訳でも味が分からない訳でもない。

不思議な飲み物だった…。

でも、この苦味と温かさが心を落ち着かせる。

「どうかな、口に合う?」

「うん……不思議な味……なんて飲み物なんですか?」

「緑茶だよ。緑色のお茶、紅茶とは違って、ほんのりと苦味のあるのが特徴なものだよ」

「リョクチャ…俺はこれ好きです……」

「そう?良かった!じゃあその苦みの口直しにこれをどうぞ」

 それは見慣れたもの…見慣れてはいるがせいぜい月一程度でしか味わえないもの。それは確実に餡子だが、餅に包まれたの訳でもない餡子の塊がでてきた。

「あんころ餅っていう餡子の中に餅がある甘味だよ。アッシュくんの集落だと餡子はまだ見るでしょ?」

「えぇ。見ますけど…餡子塊の中に餅?そんなに贅沢なもの良いんですか?」

「いいよいいよ!遠慮せずにどうぞ!」

「──っ、頂きます」

 俺はフォークでその餅を一突きして、口に運んだ。

「ふふっ、喉詰まらせないようにね」

 お姉さんに気を遣われたが、そんな事は口の中の甘さが溶かしていった。

──とても甘い。だけどしつこくない。

サラサラとした甘さが口の中を満たしていく。

頬が落ちていきそうなくらい、美味しくてついつい笑みを浮かべてしまう。

餅の食感で噛みごたえもあって、餅の素朴な味で甘さを和らげる。

口の中はもう甘さでいっぱいだ。

 けど、それと同時に口の中の甘さの塊も消えていく。

惜しくもそれを飲み込んで、食感も甘さの根源も無くした。

リョクチャを啜って喉を潤す。

また─この苦味が甘さで満たされていた口の中では絶妙に美味しかった。

「あはは、そんなに急がなくてもいいよ。もう一個あるからゆっくり食べなよ」

「っ……ありがとうございます」

 今度はゆっくりと味わおう。

フォークで餡子だけを掬おうとすると、横に銀髪の女性が座ってきた。

「美雪、私にもあんころ餅をくれ」

「え…あぁ…ごめんルナさん。アッシュくんに出してるのでこれは最後だったんだ…他のものでいい?」

「……あぁ、それでいい」

──目線は合わせていない。

 けれども、その威圧感と甘いものの恨みというやつか、それで押し潰されそうな気分だった。

いや…ただでさえ、貴重な甘味を贅沢に食ったんだ…これは譲るべきだ。

俺は目線を合わせずに横にその皿を流した。

「俺はいいです。どうぞ」

視線を感じる…先程見た獣のような鋭いものだ。

視線に気を取られている間に、頭に女性の左手が置かれた。

「これはお前が食え。お前が受け取って感謝を述べたものだろう」

 頭を軽く撫でられたあと、左手の裏で皿は俺の目の前に戻された。

そこにあったのは呆気ない感覚。

畏怖していた本能の糸はその拍子抜けした行動と言葉でほつれていった呆気なさ。

頭を撫でられた感覚が心地よいと感じる前に終わってしまった呆気なさ。

ここに居ると、子供になった気がして仕方がない。

楽園とは言わない。けれども、とても良かった。

15歳になればもう大人だ。

でも大人になりきれていない15歳の俺には、この空間は本当に…心地よかった。

 

 

 

 その後、アッシュは甘味を食べた後で別室で眠りについて、その身体を休ませて貰っていました。

彼らにとっては彼は子供です。

しかし、子供扱いというほど甘くしませんし、だからといって大人扱いで厳しくもしない、程よい距離感と接し方がアッシュには心地良かったのです。

アッシュが目覚めた時には衛兵達の泊まり部屋でした。

周りには数名寝ていて、1人だけという訳では無いようです。

先程まで出来事を夢かと思ったアッシュでしたが、暁月から貰った手紙はもうポーチにはありません。

「凄く休めた気がするな…」

 体は軽く、頭もスッキリしています。

 万全な状態で今夜も集落の為に夜の警備に立つのです。

 




お疲れ様でした。
また次もよろしくお願いいたします。


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第22話「知らずにあるもの」

やぁ。
22話です。
ユウトとイアが主役回。


「今日は俺だが、まぁたいしたことは教えられない。流して聞いててくれ」

「はい…」

 昨日はアウロラに魔術適性や罪の炎の能力説明を受け、今日は手の空いているユウトがイアに教える日になりました。

アウロラや美雪、光は今夜の任務の為に別世界へ旅立っており、ルナも別世界へ外出、夜冬は引きこもっています。

「君はもう見るからに、戦える体じゃない。こんな事を教えても意味は無い」

場所は家のある山に連なる北の山。

そこは他の山より背の高い木が生い茂っており、一定の範囲の木には木材や縄、ワイヤー等を使って作られたアスレチックのようなものが出来ています。

ノーネームメンバーが鍛錬の場として使う山なのでした。

「けど、興味引かれたらやってみるといい。遊ぶにもちょうどいい場所だ」

「あ、はい」

 そう言うと、ユウトの左眼から紺色の罪の炎が現れます。

燃え方は整ったロウソクのような火。罪位は『罪』でした。

「ついでだ。俺の罪の能力を教えよう。『暴食の罪』能力は不可視の力、重力を操る能力だ」

「重力……?」

「ん……重力を知らないか…。それもそうか…」

 イアは理解が早いですが、元ある知識がこの世界の住人と大差ないので、重力や原子、光などの事細かな原理を知りません。

ユウトは足元の木の枝を拾い上げると、それを落として見せました。

「今俺は木の枝を拾い上げて、それを離した。すると木の枝は地面に落ちていった。何故だか分かるか」

「え……重いから……?」

「違う。『引き寄せられている』んだ。今俺達が立っているこの地面に。」

「引き寄せられてる…」

「あらゆる世界にある物体、全てがそうだろう。どの高さから離しても、地面に向かう。上に投げても地面に向かう。重いものであっても軽いものであっても変わらずに地面に向かう。」

「なるほど……?」

 ユウトは知識こそ持っていますが、それを上手く伝える事が苦手で、説明する時の言動も相まって聞いている人間には少し分かりにくいのです。

「……悪いな。説明下手で。まぁ難しい説明でしたのが悪かったな。要はどんなものも常に見えない力で地面に引き寄せられている。上から地面にずっとだ。俺の罪の能力はそれを操れる」

「───」

 イアも大体どんな事を意味してるかは、少しだけ分かってきました。

「操るっていうのは、こういう事だ」

「!?」

 ユウトが一言言った瞬間に、イアは見る見ると体を丸めて地面に伏していきます。

「重い…!」

「上から押し潰されている気がするだろう。見ていろ。これもまた違う」

 ユウトはさっき落とした木の枝を再度拾い上げると、それを落としました。

 木の枝はまるで鉛の如く素早く落ちて、落ちた衝撃で折れてしまいました。

 イアはそれを見るのも精々でしたが、明らかに『地面に引き寄せられている』という事は今も身に染みて理解しました。

「上から下に向かう力を弱くする。それでまた違う状態になる」

 身体から重みが消え、イアはゆっくりと立ち上がります。

 その時、わずかな違和感を覚えました。

「ふぅ……なんだか、凄く軽い…」

「重力掛かった状態から本来掛かる重力をまた弱めた、とにかく今は身体が軽いだろう。ジャンプして見ろ」

「ジャンプ……」

 イアは両足で地を蹴って、跳ね上がりました。

「え…!?え、あ、わわわ…!」

 垂直に飛んだイアは1m……1.5m……2m………3mほどまで飛び上がると、その後はふわふわとゆっくり落ちてきました。

 着地する際も落下の衝撃を吸収する必要も無く、スッと立ったまま着地出来ました。

 飛び上がってから着地するまで10秒ほどかかって、ジャンプが終わりました。

「凄い……飛んでいけそう…」

「実際、重力を完全に無くすと空まで余裕で行けるようになる。だが、都合のいい話じゃない」

「着地が遅いとかですか…?」

「違う。『落ちれない』んだ。上から掛かる力を無くせば、下から上に向かう力は抵抗無く進む。言い換えるなら『上に落ちる』事になる。言わば『反転』その落ちる速度は本来掛かる重力と同等。しかも落ちる先に何も無ければ延々と空に向かう。仮に地面から数十mに足場があったとしても、『落下死』するだろうな」

「え……」

 今度の説明はイアにもやっと理解出来ました。

上から下に向かう重力は地面に引き寄せる役割を持ちます。

その引き寄せている力が無くなれば、自身で下から上に加えた力は本来の何十倍もの力で抵抗無く働く為、無限にその力は働き続けます。

 実質重力が『反転』しているので、『天井』と呼べるものは『地面』となり、その環境下の場合『天井に落ちる』ことになります。

「だからは基本的には適度に重くするか、軽くするかって使い方だ。重力を極端に増減しない。自分にも驚異になる事になるからな」

 身体から軽さが消え、本来の重力が戻ってきました。

 身体に掛かる重さが帰ってきたので、イアはまるで軽い打撃を受けるかのような衝撃を体全体に負ったのです。

「これが本来の重力……?私達はこんな力を常に受けながら生活してるんですね…」

「あぁ、だからこそ人は進化して、順応する。重力が少なければ体は無駄な部分を衰退させて、削ぎ落とされた必要最低限の体を作り出す。重力が強ければ、あらゆる部分を強靭にして、その重力下での対抗出来る体を生み出す。俺としては鍛錬するのには丁度いい能力だと思ってるよ」

 そうして説明してくれるユウトにふとイアはクスッと笑いました。

「何がおかしい」

「いえ…思いのほか色々と教えてくれたので、勉強になるというか……」

 ユウトは咳払いして、今度は重力を強くします。

 その重力はイアにとっては重たい荷物を持つ程度の重力でした。

「流して聞け…と言ったろう。とりあえず、山の上までこの重さを君に対して維持する。上へ向かって歩くだけでも鍛錬にはなる」

 そう言って、ユウトは上の方に消えていきました。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…………」

 イアは30分ほど山の上へ向かって歩いて、途中の木にもたれかかって5分ほど休んでいました。

 足は鉛のように重く、傾斜になっている地面が更に体力を奪っていきます。

 止めている足はジワジワと地面に根付くように動く事を拒みます。

 しかし、イアも息を整えた後、それに抵抗するように足踏みをして足の重さを忘れさせ、大きく深呼吸すると再度山の上の方へと歩いて行きました。

 

 

 

 

 

 頂上に近い高さまで登ってきました。

 しかし、イアは足止めをくらってその位置をウロウロしていました。

 イアの目の前には3mほどの岩の壁。

 それを登れば頂上がすぐにでも見えるでしょう。

 ですが、3mという絶妙な高さは高めの足場や階段、道が無いと登れそうにありません。

 それに加えて、イアは今体力的にも乏しく、軽度の重力下に置かれている為、ジャンプも本来より低いです。

 息も整っておらず、ずっと息を切らしていましたが、休まずに道は無いかと、ウロウロとしていました。

「ここで止まってたか」

 声は壁の上からで、声の主はユウトでした。

「一瞬だけ軽くする。登ってこい」

「っ……はい…!」

 イアは息を呑んで、感覚が麻痺している足に地面を捉え、力の限りジャンプしました。

「えっ…?」

 確かに軽くはなりました。

 しかし、ユウトの立つ地面までは全然届きません。

 地面からは1m程度離れ、腕を全力で伸ばしてやっとその目的の高さです。

 ジャンプは虚しく、そのまま体は地面に引き寄せられて、着地しました。

「今は本来の重力下だ。その中で君は1m程飛んだ。適応して強化されたんだよ、君の体が」

「私の体が……適応した……?」

「とはいえ、まだまだ常に維持するのは無理だ。じきにこの『軽さ』と『世界の修正力』が君の体を元に戻すだろう」

 ユウトは壁の上から降りてくると、イアに背を向けしゃがみこみました。

「足が強化されたとはいえ、疲労は残る。背中に乗れ、下まで向かってやる」

「えっ、えっと……」

 ユウトの言う通りイアには疲れがあります、足ももう歩きたくないと言うほどに一歩も動き出そうとしません。

 それと同時に申し訳なさと恥ずかしさと感じていたのです。

 オロオロとするイアを軽く振り返って尻目で確認すると、ユウトは立ち上がりました。

「……まだまだ若い娘だな。美雪さんとかならまるで王様かの如く乗ってくるが、君は歳的にも恥ずかしいんだろうか」

 軽く微笑むと、ユウトは再び壁の上へ軽々と登っていきました。

「待ってろ、上から敷くものでも持ってくる」

「は はい…」

 

 

 5分ほどでユウトは帰ってくると、絨毯を抱えて持っており、それを地面に敷きました。

 まるで豪華な屋敷に敷かれていそうなオシャレなようで不思議な模様の絨毯です。

「この上に座るといい、靴はそのままで構わない」

「─ありがとうございます」

 イアはその絨毯に腰掛けると、不意に沈むような感覚に襲われて、後ろに転ぶように倒れ込んでしまいます。

 絨毯がフカフカで柔らかいと思ったイアでしたが、何かおかしい事に気が付きます。

 今、絨毯に沈み込むように自身の体が包まれています。

 小さな落とし穴にでも落ちるように、すっぽりと収まってしまっているのでした。

「浮力が足りてなかったか」

 ユウトがそう呟くと、沈みこんでいたイアの体は徐々に浮き上がって、絨毯の上にしっかりと座っていました。

 そこで再びイアが改めて気付いたのは、地面から浮いて飛んでいる絨毯と先程沈みこんでいたのはハンモックのように空中にぶら下がった状態だったのです。

「これは……」

「まぁ、即興の乗り物とでも考えてくれ。君で絨毯にかかる浮力を抑えてるから、出来るだけ端に寄ったりしないようにな」

 さしずめ、魔法の絨毯。

 絵本や童話にでも出てきそうなものですが、原理は不思議な力…ではありますが、今は魔法というより科学的に飛んでいるという方がユウトの能力的には正しいのでした。

 それに加えて、絨毯は飛ぶことは出来ても自ら動く事は出来ないので、ユウトが絨毯の端を握って引っ張っていくのでした。

 そうして、イアを乗せた浮かぶ絨毯はゆっくりと最初の場所へ向けて移動し始めました。

 

 

 

「あの…ありがとうございます。ユウトさん」

「改まってどうした」

「いえ…最初に言っていた事の割には、様々な事教えて貰いましたし、体験もさせてもらいました。それに今もこうやって気遣ってくれて…だから言っておこうと思ったんです」

「──そうか。でも本当にこれらは役に立たない」

「…そうですか?」

「いや…言い方が違うか。『役に立たないようにしなきゃいけない』、君のように何も知らずに過ごしてきた娘には特にだ」

「………」

「16年」

「え──?」

「俺は16年戦い続けてきた。それでも未だに多くの世界は戦争や悪性たる所業を辞めようとしない。消しても消してもまた新しいものが生まれて、規模を拡大して、その世界を陥れる。だから世界そのものに対して『壊劫』と『粛清』を施して、その世界の在り方をリセットしなきゃいけない。」

「壊劫と粛清……?」

「けど、それを容易に可能とするにはルナさん並の力がいる。仮にそれを頼らずにやるには、その世界中の生命を奪い取るしかない。何十頭、何百匹、何万羽、何億人という生命を人の手で……」

「………」

 

 

「遠回りな話だったが、役立つ役立たない以前の問題だった。『知らなくていい』その方が幸せなんだよ」

 




お疲れ様です。
次もよろしくお願いいたします。


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第23話「パラベラム」

やぁ。
こっちに投稿するのをすっかり忘れていました( ˇωˇ )
ぽこぽこ連続投稿します( ˇωˇ )


同日、夜──。

とある世界の中心には高層ビルが存在していました。

そこは1つの世界で複数の国がある少々珍しい世界でした。

大抵の世界は一つの国に多数の地域が纏まっていたり、国として纏まらず個々の小さな地域が点在していたり、開拓が進まず交流が遅い世界もあります。

多くても独立して国となるのは3つ程度ですが、今回は12ヶ国。

複数の国がある世界は発展にズレが生じ、特に発展した国が国土を拡げたり、他国に実力を見せつけるために戦争を仕掛けたりするようになります。

その結果、上記のように一つの国に纏まったりするのですが、それまでに長期戦や苦戦を強いられたり、反撃を受けたりすると国の中の治安が悪くもなります。

兵士となる人間を送り、前線で戦う兵士は優先的に色んな恩恵を受けます。

それが原因で、兵士は地位的にも力を付け始め、国内の民間人にも横暴な態度を取り、危害を加え始めます。

金が無いからと窃盗をし、地位を利用して脅迫し、戦争のストレスで強姦をし、飲酒による泥酔で物品を破壊し、殺人に慣れる為に殺人を犯す。

民間人にとっては、敵国より国内に居る兵士の方が恐ろしいのでした。

そのまま時代が流れると、民間人すら兵士として利用され、耐えかねた元民間人達が国に反旗を翻し、戦争を仕掛けた国は瞬く間に内部崩壊して自滅するのです。

ノーネームの彼らにとって俗に言う、『醜い争いで過去にも劣る、廃れた未来』の道筋を辿る世界になるのです。

 

 

 

「12ヶ国…俺たちだけで良かったのか?」

«でも数と規模の割には目標は少ないよ。各国のお偉いさんはどうやらその力を独占したかったみたい。だから代わりもいない。秘書さんすら居ない、自分で動く働き者な方々だね»

今、逆浪光は目標が居る高層ビルの目の前の小さなビルで待機していました。

その隣にはアウロラが座っています。

そして、高層ビルの中の標的が集まる会場には美雪が潜入して無線で会話していました。

«………12。全員揃ってるよ。会場にいるのはその人達の配偶者に家族、ボディーガード、ウェイターさんとかだね。───あ、美味しい。»

「了解……おい待て、何つまんでるんだよ」

«だって~見るからに美味しそうだったんだもん。光くんも食べに来る?»

「──今すぐそんな時間があればな。俺は隣のヤツ見張ってないと怖いからな」

«今どんな感じ?»

「煮えたぎってる」

光の隣に座るアウロラはヒヒッ…と薄気味悪い笑いと笑顔を浮かべ、それと同時に体温を上げて、体内の血を回して、いつでも動けるようにしていました。

«ありゃ…もう行動に移した方がいい?»

「会場挨拶の時に12ヶ国の代表達が登壇する予定だ。その時のタイミングで複数殺れる方が良いだろう」

«そうだね…あー早く始まらないかな〜»

少しの沈黙が流れると、光が言葉を掛けました。

「当然だが、美雪。民間人及び非戦闘員は撃つなよ。ただ目標を優先的に殺せ。逃げ出した目標はこっちで引き受ける」

«分かってるよ。私だって撃ちたくないもの»

「装備は?各所に置いておいたが集めきれたか?」

«最低限だね。ハンドガン一丁、リボルバー一丁、予備マガジン1つ、ナイフ、グレネード1つ»

光は自身が置いた装備を思い出します。

ハンドガン二丁、リボルバー一丁、予備マガジン3つ、ナイフ、ショットガン、ショットシェル16発、グレネード2つ。

室内戦闘が主な為、取り回しの良いハンドガンと近距離における圧倒的な火力を誇るショットガンで主力武器は構成されています。

「……流石にショットガンは持ち歩くには目立つか」

«ハンドガンの弾が無くなったりしたら、取りに行くかもしれないけど、でもボディーガードの人達も懐に忍ばせてるみたいだし、それを奪いながら戦うよ»

「あいよ、気を付けてな」

«はーい»

 

 

* * *

 

 

会場では壇上の上にライトが照らされました。

そこへ盛大な拍手と共に、12ヶ国の代表達が登壇します。

今回集まったのは、『増えた国内人口を減らす為、貧困層を処刑する』という内容でした。

この世界は今壇上に上がっている彼等だけが国を動かすことが出来る為、その内容はほぼ強制であり、拒否権は無いに等しいのです。

いわゆる独裁国家。

国内の土地が無くなった為、その判断に至ったのでしょう。

それは国の歴史書としては何度も何度も行われた事のある事例でした。

国の代表者が死に際に代表の座を指定した者に譲渡する事で新たな代表が生まれますが、その性質上、代表の血筋が常に国のトップとして立っているのです。

 

各国の代表者が次々挨拶をしていると、一人の茶髪の女性がまるで待ちきれんばかりに素早く銃を構えて発砲をしました。

 

 

 

「ターゲット3キル…!1ダウン…!」

美雪は不意撃ちで3人の頭を撃ち抜き、1人はそれに反応して身を動かした為に美雪の照準がズレて胴に受けました。

それと同時にボディーガード達が登壇に上り、代表を護衛する中で一部のボディーガードは懐から拳銃を取り出して、美雪に照準を定めていました。

美雪は最も近いボディーガードに胴2発、頭1発の計3発を撃ち込んで、死体の背面に回り込んで、盾としました。

会場には悲鳴と絶叫が渦巻いていました。

「光くん!ターゲット8つが会場から逃げた!下の階を!」

«了解»

光に対して報告と指示をししつつ、引きずられながら会場を離れようとする1人のターゲットに狙いを絞ります。

死体を持ち上げて、逃げた扉の方へ走っていきました。

当然、扉の近くにいるボディーガードは美雪に向けて1発発砲しますが、死体が弾を受け止めてしまい、美雪まで届きません。

それでいて会場はごった返し、壇上以外は明かりもない為、ボディーガードも撃つのを躊躇して、思うように発砲出来ません。

死体の脇に腕を通して、美雪はその撃ってきたボディーガードに2発頭に撃ち込み、装弾数10発だったハンドガンはこれで弾切れを起こし、ホールドオープンして、弾切れを美雪に知らせます。

しかし、残弾数を頭の中で常時把握して、目標に対して有効な射撃をしている為、無駄弾は無く、再装填の必要の有無は美雪の中では常にイメージ出来ていました。

美雪はスライドストップを押し下げて、空撃ちした後、ハンドガンを腰のホルスターに納めると、死体のハンドガンを奪います。

美雪の持っているハンドガンとは形状と弾は違いますが、装弾数は17発。

継戦能力には長けています。

美雪は死体を床に寝転ばせ、会場の騒ぎが落ち着くまで待ちました。

ウェイター達は必死に会場内にいた人達を外へ逃がす為に、時々泣きながらも大声で誘導し続けています。

それを見守りながら美雪は落ち着いた様子で周囲を確認した後、手に入れたハンドガンの残弾の確認をし、持参したハンドガンに弾を再装填しました。

近くにいたウェイターに近寄ると、ウェイターは両手を挙げて目を瞑って、怯えています。

「怖い思いさせてごめんね?料理美味しかったよ」

そう一言掛けて、美雪は床に滴る血を辿りながら、殺し損ねた代表を殺しに走っていきました。

 

 

 

滴る血は代表の控え室に続いていました。

おそらく、中で手当を受けているのでしょう。

中に居るという証拠に、部屋前ではボディーガードが2人も立っています。

美雪はナイフとハンドガンを同時に構えながら、そこへ突っ込み1人を射殺すると、もう1人の手を撃ち、体当たりで壁に押し当て、肩の辺りにナイフを突き刺しました。

「ああああああぁぁぁ…!」

ボディーガードは抵抗しようとしますが、片手は撃たれて何も出来ず、もう片腕は美雪のナイフによって力が入りません。

「今も後も何もしなければ、殺さない。ただ質問には答えて」

ボディーガードの腹の辺りにハンドガンを突き付けます。

「中には代表さんがいる?」

「だ─誰が教え……」

「あぁ、じゃあ良いんだよ。教えなくても、死体が増えるだけだから」

ナイフを握る左手とハンドガンを握る右手は同時にボディーガードにめり込むように力が入ります。

「う"っ……」

「質問を変えるよ、中には民間人や非戦闘員はいる?」

「……いない…!いない………!」

「そっか、ありがとうね」

美雪はゆっくりと離れ、ナイフも優しくゆっくりと抜いてあげました。

「逃げるなら早く逃げてね」

美雪は控え室の扉の方へ向き直ります。

ボディーガードは近くに落ちているハンドガンに目を向け、美雪に感ずかれないように、ゆっくりとゆっくりとそれに近づき、今ある力を全て振り絞ってハンドガンを手に取ります。

しかし、それを手に取ったことで、無慈悲な乾いた音が彼の頭に届いてしまっのです。

1発──2発。

彼は眠るように横たわっていきました。

再度銃を手に取ったことで、彼にはまだ敵対意識があると断定し、美雪はすかさず息の根を止めたのです。

「───…」

美雪はナイフとハンドガンを納めてから、先に射殺した死体を抱き抱えるように持ち上げると、左手にドアノブを握り、右手はグレネードを持っていました。

ドアを勢い良く開け、グレネードのピンを抜きます。

抱えていた死体にグレネードを押し当てて、部屋の中に投げ捨て、ドアを閉めます。

ドアを開けた際に、中から銃弾が飛んで来ましたが、死体が全部受け止めた為に無傷でした。

美雪は素早くその場を離れます。

仲間の死体に対する感情と、火薬の臭いのする塊を見た時の感情、もう逃げ場のない感情、そして迫る死への感情。

中に居た人はそれをほんの一瞬で味わったのでしょう。

逆に言えばそれらを味わったのもほんの一瞬でした。

部屋の中からは重く轟くような爆発音が聞こえ、位置的にも近かったドアは吹き飛びました。

入口には飛び散るドアの破片と中からは煙、そして血と火薬の臭いが入り交じていました。

美雪は口と鼻を腕で覆うようにしながら、再度部屋の中に踏み込みます。

「………」

中に居たのは3人、目標とボディーガード2人。

ボディーガードの背には無数の鉄片が突き刺さったりもしくは貫通し、もう一人は腕で顔を防ごうとして、腕が飛んでいました。

そしてその2人に埋もれるように居る代表。

鉄片による傷はあるでしょうが、ボディーガードに比べれば、全然綺麗な状態でした。

確実にあの空間での爆発なら衝撃波や熱により肺は潰れ焼かれたでしょうが、念の為というやつです。

代表の頭に3発撃ち込んで、生死不明を確実な死に追いやりました。

「光くん。1キル」

«──了解、1キル。さっきの逃がした奴だな»

「そう。今そっちはどうしてる?」

«火事を起こした。火種となるものをビルに点々と飛び火させている。これで、民間人の避難も早まるだろう»

「ありがとう。助かるよ」

«早くビルから逃げ出てきた目標は俺達がやる。美雪、最長でも15分で離脱してくれ。その頃には全部火に包まれる»

「了解」

美雪は残弾を確認してから、急いで階段を使い下の階へ下っていきました。

 

 

 

 

素早く避難をしているのか、それとも人が少なかったのか、人はどの階層も少なく、ビルの職員やスタッフが避難の誘導を終えて、自身達の避難を始めていました。

«美雪、今何階だ?»

「えっと…───19階だよ。何かある?」

«良かった。1人の目標が20階で助けを求めてる。多分下の火事を見て降りれないと思ったんだろうな»

「了解。どうせならショットガン回収していこうかな?」

«それは任せる。この前の作戦で鹵獲したものだからな»

「じゃあ貰っちゃおー」

美雪は階段の踊り場で上機嫌にくるりと回ると、20階へ戻って行きました。

 

 

20階の一室には鍵のかかったロッカーがあり、その中にはショットガンと予備のシェルがあります。

その鍵は美雪が常に持っていました。

「……セミオートショットガン。使い慣れてるもので助かるなぁ」

シルエットはポンプ式ショットガンと変わらないスマートな見た目ですが、ポンプ式と違って手動で排莢と装填をせず、ガス圧を利用して行うので連射性に長けています。

それを手に取り、排莢口(エジェクションポート)のハンドルを少し引きます。

薬室にはもうシェルが入っており、チューブ内にもフルで装填されている事を確認しました。

「よし…!」

美雪はショットガンを構えて、駆け出しました。

 

 

* * *

 

 

「予想より早いな……」

ビルには点々と広がる火が徐々にビル全体を這って燃えています。

20階には助けを求める目標、下は広がりつつある火事を避けながら、救急車や消防車がそれぞれの役目を果たそうとしています。

「とはいえ…遅めることは出来ないし、むしろ早くなるな」

点々と広がる火事の中に一人の人影がありました。

炎に包まれ、もはや人影ということしか確認出来ません。

炎の中でユラユラと動く人影は、突然消えると無線機から声だけが帰ってきました。

«──4キル»

「……4キル。炎で追い詰めてたのか」

アウロラは自身で展開した炎の中を自在に移動出来るのを利用して、ジワジワと詰める戦いをします。

本能的な炎への恐怖、炎の熱、燃え広がる炎、掻き消せぬ炎は一般人にはただただ逃げる事しか出来ません。

しかし、それが弱点でもあります。

炎を操れるとはいえ、範囲は全てではありません。

その為、精度という点では断トツで悪く、制御下から離れた炎はただただ燃え広がり、本人の思わぬ所で被害を広げます。

それ故に軽度の火傷を負った者や燃えながらビルの外へ逃げ出してきた者もいました。

「アウロラ、もう下がっていい。後は炙り出せば…」

20階から銃声が響きます。

死体になったであろう目標は火の海に落ちて自身の遺体を焼いていきました。

«光くん、1キル»

「あぁ、1キル。」

«これで合計9?»

会場での3人、別室での1人、アウロラによる4人、先程の1人で合計9人を葬りました。

残りは3人。

「あぁ、アウロラの探知に引っかかってない辺り、まだ火事の及んでいない場所に3人いる」

«私が行こうか?»

「いや…もう炎がだいぶ回ってる。美雪は今から迎えに行くよ」

「そうか、なら私が行こう」

光はビックリして、心臓が飛び出るかと思いました。

隣にはいつの間にかルナが居たのです。

「ルナさん、いつの間に…」

「お前らの帰りが遅いからな。様子を見に来た」

そう言うとルナはビルの下を指します。

「地下に3人と5人の護衛がいる」

「え、あ、はい…」

「後は美雪だな」

ルナは一度の跳躍で20階の窓に張り付き、入っていきました。

«えええ!ルナさん!?なんで!?»

«──ぇぇえええ!?»

無線機からはただただ驚く美雪とアウロラの声が届きます。

「……アウロラ、悪い。地下に居るらしい。頼む」

«りょ、了解…………»

突然来たルナに全員が困惑していますが、任務は続けなければいけません。

 

 

* * *

 

 

1階に戻っていたアウロラは再度炎に潜り、地下にある駐車場に向かいました。

とはいえ、地下にはほとんど火が及んでいない為、アウロラはすぐ様姿を戻し、駐車場をふらつき始めました。

「あれか…」

一回り大きい車の周りに8人おり、車の先には瓦礫で防がれた駐車場出入口がありました。

瓦礫があるのは、光の破壊工作によるもので、万が一車等で知らぬ間に逃げられた場合、行方を追うのが大変だからです。

エレベーターで1階に戻れれば救助されますが、その1階はもはや炎の海な為、地下から出るの方が危険なのでした。

「固まってくれて助かるなァ……」

アウロラは全速力で彼らに駆け出します。

途中にある車は彼に触れると溶けて消失し、車のガソリンに熱が反応して引火し、爆発を起こしました。

無論、静まり返った場に爆発音は全員が反応します。

そして、引火による爆発が連鎖を起こし、駐車場にある様々な車が次々と廃車になっていきます。

ただそんな爆発に紛れて、アウロラは瞬く間に相手に近づき、一人一人手で刈り取るように溶かしていきました。

銃を撃たれようとも炎となった体が弾を溶かし、そして撃った本人も溶かされるのです。

首や胴、手がなぞる様に溶かしていった場所には、出血も骨もなく、傷口は焼かれて黒焦げになっていましす。

血で汚れた死体ではなく、綺麗でありながら部位が離れた死体は逆に奇妙でした。

それを最後まで残した目標にも施します。

手でなぞるだけじゃなく、熱量を弱めて体全体で通り過ぎるのです。

服を焼き、皮膚を焼き、毛を焼き、筋肉を焼き、血を焼き、内臓を焼き、骨だけを残してその体を焼きます。

肉塊であったものは、骨だけを残して地面に転がり落ちました。

涙を焼き、感情を焼き、思考を焼き、形としてないものさえも焼き尽くします。

全員をあの世へ送った後、アウロラは自身を煉獄のように例えて、死んで行った彼らの霊に哀悼の意を表したのでした。

次は清らかな水のように汚れたものを含まず、それでいて安らかに魂の浄化を願って。

「…3キル。目標達成」

«3キル、了解。ご苦労さま»

«アウロラくん、ルナさんが連れて帰ってくれるって!»

「…了解。すぐに戻る」

炎の海になった地下駐車場の中に佇むアウロラも炎の海の一部として燃え盛り、地上への炎を辿りながら

戻って行きました。

 




お疲れ様でした。


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幕間IV「無くなる国」

やぁ。
今回もよろしくお願いいたしますm(_ _)m


その世界で最も重い罪を犯した彼らはもうその世界にはいませんでした。

12ヶ国代表、全員の殺害。

世界の中心に位置する高層ビルでの火災。

世界中は唖然とし、そして騒然としました。

『誰がこの国を仕切っていくんだ?』

何でもないただの一般人数人の発言が瞬く間に広がり、この世界を大きく動かしました。

民衆の目が行くのは代表の家族ですが、その家族に動きが無いのを悟り、自身達で考え始めました。

代々、その代表の血族が受け継いでいるのは、常識的な知識でした。

しかし、今回は異例。

代表が誰と指定する前に亡くなっているからです。

遺言があればその者になりますが、歴代の代表は病や寿命で倒れるギリギリまで指定をしませんでした。

その異例に相まって、代表全員の殺害という世界初の犯罪。

過去、1ヶ国で代表が民間人の1人に刺殺され、帰らぬ人となった事件がありましたが、その時は他国と共に会議を開いて、次の代表を選んでいました。

その刺殺した民間人の1人が家族諸共全員処刑された後、新たな代表がその座に着いていました。

それ以降、国の代表はボディーガード数名を連れ添うようになりました。

しかし、今回はどうでしょう。

ボディーガードは全員殉職し、誰が殺したのか不明、国を仕切る者は居ない、受け継ぐ者は居ない。

その世界にとっての、暗黒期が迫る状態でした。

 

 

 

「代表が居なくても我々でやって行けるだろう」

「代表が居なければ国の未来が分からない!」

各国内がそれぞれの派閥に別れていきました。

それでいてそんな時に、元々の彼らの国の在り方が未来を導く後押しをしました。

この世界の国々は軍事力がありませんでした。

銃はあれど、その存在を知るものは一般人で居ません。

『戦争』を知らない彼らは話し合いでこれらの話に結論を導く為に頑張り始めます。

 

 

 

話し合いが進み、国内で対立すると終わらないので、国民を移動させようという話になりました。

各国で多数決を取り、多い同じ意見を持つ者を国に残し、少ない別の意見を持つ者は国を離れるという事で決まり、自然と12ヶ国あった国は大きく2つに別れます。

同じ意見を持つ者が集まる事で、対立で進まなかった自身達の望む新しい国を目指し始めました。

1つは、話し合いで方針を決め、多数決を取り、多い方を優先する国。

1つは、様々な分野毎の代表を決め、各々が1つの事に尽力する国。

互いが思うような国になり、結果的に正解だと民衆は喜びました。

 

 

 

 

 

その更に結果、1つの国は滅んでいきました。

その国は多数決をとっていた国。

話し合いで決める時にやはり賛成派と反対派で意見が別れる事が多々あり、それでも多数決の意見が参照されるので、国の方針は人によっては良いところもあれば悪いところもあると目に見えて分かるほどに、国の進路はガタガタでした。

そして誰かが言いました。

『多数決で少ない方を殺すか、追い出すか』

その件以降、その国の人口はみるみる減っていきました。

その多数決の結果は少ない方を殺す。

それ故に、その国を脱出する者や多数決に敗れ死んだ者が溢れ、6ヶ国分の人口は1ヶ国分の半分にも満たない人口になって行きました。

国を脱出した人間も居ましたが、別の考えを持った国からは受け入れられず、そのまま国外で野垂れ死にになっていました。

人口が減った事で経済も物流も何もかもが回らなくなり、少なくなる物資を得る為に、次第にその国の人は話し合いではなく、殺し合いに発展しました。

そして、あまりに殺す事に慣れすぎた彼らは、次から次へと殺して、その果てに傷からの感染症や致命傷で命を落としていきます。

国の人口が2人になった際。

1人が勝ち、1人が死にました。

その時、勝った1人がその国全ての権限を得ました。

食べ物も、服も、建物も、土地も、金も、技術もあらゆるものが勝者だけを受け入れます。

 

 

 

 

 

 

 

その勝者が最初に得たものは自殺による自由でした。




お疲れ様でした。


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