腐り目、実力至上主義の学校に入るってよ (トラファルガー)
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入学

「ここか……これでいよいよ3年間は自由だ……」

 

俺、比企谷八幡はある学校の校門の前に立ち、喜びの声を上げる。しかしそれも仕方ないだろう。

 

俺が入学したのは東京都高度育成高等学校。

 

60万平米を超える程の敷地を大都会の真ん中に形成している異質な進学校だ。

 

国が主導する高等学校であり、進学率と就職率がほぼ100%という非常に優秀な学校だ。

 

しかし俺がこの学校を選んだ理由はそこじゃない。

 

何故なら在学中学校に通う生徒は敷地内にある寮での学校生活を義務付けていると共に、特例を除き外部との連絡、接触を一切禁止しているからだ。

 

つまり俺は完全な自由を手に入れたのだ。もしも総武高校に進学していたら俺はまた面倒な事に巻き込まれ……

 

 

「あなたのやりかた、嫌いだわ……」

 

「人の気持ち、もっと考えてよ……」

 

ちっ、忌々しい事を思い出した。アイツらの所為で俺の中学生活は最悪になったしな。

 

しかしもう俺は3年間アイツらとは会わずに「ヒッキー……」フラグが立っちまったよ。

 

ため息を吐きながら前を見ると校門の近くには雪ノ下と由比ヶ浜がいた。あぁ……3年間の自由が一瞬で消えちまったよ。

 

「ヒッキーも同じ学校だったんだね……」

 

「……だから何だ?もう俺はお前らとは他人だ。お前らの所為で最悪の中学生活を味わったんだから」

 

「それは貴方の逆恨みじゃない。嘘告白なんて勝手な行動を取った自業自得でしょう」

 

その言葉に雪ノ下が反論する。

 

「確かに勝手な行動を取ったのは否定しない……が、何もやってない奴に否定される筋合いはない。しかも元々無理だとわかっている依頼にもかかわらず引き受けた由比ヶ浜がそもそもの原因だろうが」

 

確かに1人で突っ走った俺にも責任があるのは否定しない。しかし少し考えれば無理とわかる依頼をノリノリで受けた由比ヶ浜が1番の害悪だろう。あの時に雪ノ下が由比ヶ浜の頼みを奉仕部の理念に反すると言ってればこんな事にはならなかった筈だ。

 

「で、でも戸部っちと姫菜がくっついたら良い空気に「自分のグループの恋愛事情くらい直ぐにわかるだろうが。あの2人が結ばれると本気で思ってたのか?」そ、それは……」

 

俺の問いに由比ヶ浜は口を閉じる。グループのメンバーじゃない俺ですら結ばれるのは無理だと思ったのだ。同じグループのメンバーである由比ヶ浜が判断出来ないなんてあり得ない。

 

つまりコイツは少し考えれば無理だとわかる依頼をノリノリで受けたことになる。

 

「そこで黙るのかよ……やっぱりお前って本当の馬鹿だな。あの時にお前の犬を助けなけりゃ良かったよ。そうすりゃ俺はお前と縁が出来なかったし」

 

あれこそが俺の人生で1番のミスだ。加えて中学時代でも色々動いたが、もう他人の為に尽くす必要なんてない。今後は常に自分を最優先にして、自分にダメージが行くような行為をする場合、明確メリットがある時しか動かないようにする。

 

「っ!」

 

「比企谷くん!貴方、言って良い事と悪い事があることすらわからないの?!」

 

由比ヶ浜は両手で顔を覆って蹲ると雪ノ下がキレるが……

 

「お前がそれを言うか?理由もなく人のことをヒキガエル呼ばわりしたり、目が腐ってるとか言ったりしているお前が言うのか?」

 

少なくともコイツの罵倒は言って悪い事だろう。

 

「っ……それは事実を言っただけに過ぎないわ」

 

「事実なら何を言ってもいいと?じゃあ言ってやるよ……お前って陽乃さんより優れてるところ1つも無くね?」

 

実際雪ノ下が姉の陽乃さんより優れてるところなんて全くないだろう。髪の長さと態度のデカさくらいだろう。

 

「っ!」

 

その言葉に雪ノ下はこっちを睨み、手を振るってこようとしてくる。

 

「両者そこまで!」

 

すると俺達の間に薄ピンク色の髪の美少女が割って入ってくる。

 

「何かしら?部外者が口を挟まないで」

 

「部外者?同じ新入生として校門前で騒いでるのを見過ごすわけにはいかないよ。これ以上続けるなら警備員さんを呼ぶことになるけど、いいのかな?」

 

美少女は淡々と正論を言ってくる。それに対して雪ノ下は美少女を思いっきり睨むが、そのまま由比ヶ浜の元に向かう。

 

「由比ヶ浜さんを泣かせた貴方は絶対に許さないわ」

 

「知るか。事実を言ったら勝手に泣いただけだろうが」

 

そう言うと雪ノ下は由比ヶ浜を連れて去って行く。同時に美少女が俺の方向を見てピシッと指を突きつけてくる。

 

「君達に何があったかは知らないけど、入学初日に校門の前で揉めてたら皆の迷惑になってるよ?」

 

言われて周りを見ると、確かに校門の近くには人が集まって動けずにいた。

 

「以後気をつける。悪かった」

 

これについては完全にこっちが悪いので特に不満なく謝罪をする。

 

「なら良しっ。次からは気をつけなよ」

 

美少女はそう言って校門をくぐる。それを見送った俺はため息を吐きながら携帯を取り出し電話をかける。校門をくぐったら外部とは3年間連絡が取れないから今の内だ。

 

『ひゃっはろー。どうしたの比企谷君?入学前におねーさんの声を聞きたくなったのかな?』

 

電話の相手は雪ノ下陽乃さん。俺の知る限り最も強い人間だ。出会った当初は余り関わりたくなかったが、時間が経つにつれて学校を忌避するようなり、その頃から何だかんだ関わりを持つようになったのだ。

 

「どうしたも何も何故アイツが俺と同じ学校に進学したんですか?」

 

でなきゃこの学校を希望なんてしない。

 

『えっ……ごめん。それ知らなかったんだけど』

 

電話越しで陽乃さんが驚く声が聞こえてくる。どうやら本当に知らないようだ。

 

『お母さんからは総武高に行くって聞いたんだけど……うーん、多分雪乃ちゃんはお父さんにこっそり頼んだのかもね。お母さんは雪乃ちゃんを道具と見てるけど、お父さんは雪乃ちゃんを溺愛してるし』

 

そういや雪ノ下の父親は一人暮らしを許すほど溺愛してるんだっけか。

 

『ともあれ比企谷君は嫌かもしれないけど頑張ってね』

 

「そうしますよ……」

 

正直言って今すぐ辞めたいが、入学初日に中退なんてしたら人生詰むから頑張るしかない。

 

『卒業したら話を聞かせてよ。学校の概要とか雪乃ちゃんの失敗談とか』

 

「雪ノ下が失敗するのは前提なんですね」

 

『そりゃそうでしょ。例のクリスマスイベントの所為で私も大変だったんだよ?』

 

そういや他所の学校と合同クリスマスイベントをして失敗したんだったな。アレで総武の評判は落ちたし、雪ノ下がこの学校を志望したのも逃げる為か?

 

「まあ話はわかりました。次は卒業してから会いましょう」

 

『頑張ってね、バイバーイ』

 

その言葉を最後に通話を切って、俺は校門をくぐる。以後、3年間は外部との連絡は出来なくなる。

 

そして案内板に従って歩いていると掲示板にたくさんの人が集まっている。多分アレに生徒のクラスが記されているのだろう。

 

(陽乃さんはああ言ってたけど、アイツらとは違うクラスがいいなぁ……)

 

天に祈りながら俺は掲示板に向かって自分の所属クラスを調べる。

 

(Aクラスは違う。Bクラスも違う。Cクラスは……あった)

 

俺の名前はCクラスにあった。そして雪ノ下と由比ヶ浜はDクラスの所に名前があった。とりあえず同じクラスって最悪の事態は回避出来たし良しとしよう。

 

内心嬉しく思いながらもCクラスに向かう。平和な学園生活を送れるように強く願いながら。

 

 

 

 

 

しかしその願いが1ヶ月後に跡形もなくぶっ壊されるのを俺はまだ知らなかった。



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オリエンテーション

Cクラスの教室に入ると既に教室の大半の席が埋まっていた。黒板を見ると座席表が貼られているので確認すると俺は廊下側1番前だった。少なくとも名前順ではないな。

 

(しかしこのクラス、明らかに不良な生徒が多いな)

 

見るからに柄の悪い生徒が多い。特徴的なのは黒人の巨漢と男子にしては髪が長いヤツだ。特に後者はクラスでも一際ヤバいオーラを放っている。座席表を見ると龍園翔と書かれているが、コイツとは関わらない方がいいな。

 

俺は自分の席に座って本を読み始める。HRまでまだ時間があるからな。

 

しかし……

 

「えっと……なんか用事か?」

 

隣に座る銀髪美女が俺をジーっと見ているので思わず質問してしまう。チラ見なら無視するがガン見されると気になってしまう。

 

「あっ、すみません。それはエラリー・クイーンの『Yの悲劇』ですか?」

 

「そうだが?」

 

「いえ。海外小説を読む人は中学の時は余り見なかったので。お好きなんですか?」

 

「まあな」

 

「そうなんですか!私も大好きで……」

 

俺が肯定するとその女子はテンションを上げて色々話してくる。これには俺も予想外。文学少女といったら眼鏡をかけた少女ってイメージだが、銀髪美女が文学少女とはな……

 

呆気にとられていると彼女はハッとしたような表情になって謝ってくる。

 

「あ、勢いづいてすみません。私は椎名ひよりと言います。貴方のお名前は?」

 

「……比企谷八幡だ」

 

「そうですか。これからお隣同士よろしくお願いします」

 

「……ああ」

 

そう言いながらも余り乗り気じゃない。元々他人と関わりたくないタイプだし。

 

すると始業のチャイムが鳴り、同時にドアが開いてスーツ姿の男性が入ってくる。この人が担任か。

 

「新入生諸君、入学おめでとう。君達Cクラスの担任の坂上数馬で、担当科目は数学だ。この学校では3年間クラス替えがないので長い付き合いになるだろう。今から1時間後に入学式があるが、この学校の特別なルールを説明しておきたい。入学前のパンフレットである程度の内容を知っていると思うが改めてプリントを配るので後ろに回してくれ」

 

言いながら坂上先生は俺や椎名など1番前の生徒に資料を渡すので後ろに回す。

 

「次は学生証カードを配らせてもらう。このカードはこれからの生活で1番重要なものになる。簡単に言うとクレジットカードのようなものだ。敷地内にあるものは全て学生証カードの中にあるポイントで購入が可能だ。カラオケなどの娯楽の為の代金を払うのもポイントでやり取りする」

 

紙幣を持たせないことで金銭トラブルを未然に防ぐといった事も対応しているのだろう。

 

パンフレットを見ると使い方は非常に簡単で機械に認証してもらうだけ。提示したり、タッチしたりするだけで良いらしい。無くさないように注意しないとな。

 

「それから今から言うことが重要だ。ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。君達全員にはあらかじめ10万ポイントが支給されているはずだ。そしてこのポイントは1ポイント=1円の価値がある」

 

坂上先生の言葉に教室内が一気にざわつき始める。まあ仕方ないことだろう。何せいきなり10万ポイント……つまり10万円のお小遣いを貰ったのだからな。普通の高校生なら驚かないはずがない。

 

しかし俺は嫌な予感しかしない。坂上先生は毎月1日にポイントが振り込まれると言ったが、毎月1日に10万振り込まれるとは言ってない。

 

ハッキリ言って毎月10万をノーリスクで貰えるなんてあり得ないからな。

 

「ポイントの支給額に驚いたかね?この学校は実力で生徒を測る。これは入学を果たした君達に対するご褒美のようなものさ。ただし、卒業後にはポイントは全て回収することになっているのでずっと貯めようとは思わない方が良い。それとそのポイントは譲渡も可能だ。ただし強奪はよしてくれ。この学校はイジメなどに厳しいからな。これである程度の説明は終わった。何か質問はあるかな?」

 

坂上先生がそう言うので俺は手を挙げる。正直言って目立つのは嫌いだが、この学校についての情報が少ないので少しでも情報を手に入れておきたい。

 

何せ俺達はこれから3年間も親の力を借りず、自立して生きていかないといけないからな。

 

「2人か。ではまず龍園君から聞こう」

 

2人と言われてチラッと周りを見ると龍園って男も手を挙げていた。マズイな、まさかクラスで1番やばそうな奴も挙手しているとは。

 

「学校は俺達にご褒美として10万ポイントをくれたが、毎月の支給額は幾らなんだ?」

 

その言葉に坂上先生の目が細まる。やはり裏があるな。

 

「さっきも言ったようにこの学校は実力で君達を評価する。つまりはそういう事だ」

 

つまり生徒の言動や成績次第……煩い生徒は支給額が少なくなり、定期考査で好成績を挙げた生徒に対する支給額は増えるって感じか。

 

「なるほどな」

 

「では次に比企谷君の質問に答えよう」

 

坂上先生はそう言っているが龍園と同じ質問……いや。

 

「この学園にはバイトってのはあるんですか?」

 

ポイントについて詳しくわからない以上、もしあるならやる事も視野に入れておく。

 

その言葉に坂上先生はまたピクリと僅かに反応する。

 

「この学校には沢山の店があるが、店ではバイトの募集はしてないな」

 

回りくどい返し方だ。坂上先生の言い方だと店以外ではバイトがあると言っているようにも聞こえてくる。やはりこの学校には秘密が多そうだ。

 

しかし坂上先生がそう答えた以上追求はできない。俺はありがとうございますと言って質問を切り上げる。

 

「質問はもうないようなので私はもう行く。が、さっきも言ったように今から1時間後に入学式があるからそれを忘れないように。それまでは自由にしてくれ」

 

坂上先生はそう言って教室から出て行く。それを見送った俺は本を読みのを再開しようとするが、その前に尿意を感じたので教室から出てトイレに向かう。

 

そして用をたし始めているとトイレのドアが開いたのでチラッと横を見ると……

 

「よう。ちょっと話に付き合えよ」

 

龍園翔が笑いながら俺の横に立つ。質問したのは失敗だったな。

 

内心後悔している中、龍園は俺が返答する前に質問をしてくる。

 

「単刀直入に言うが、Sシステムについてどう思う?」

 

「……情報が少な過ぎるから憶測だぞ。さっき実力で生徒を評価するって言ったが、それは普段の授業態度やテストの成績、部活の貢献によって変わり、個人個人でポイントが違うと思う」

 

「根拠は?」

 

「仮に全校生徒が毎月10万も貰えるなら、学校は年に5億円以上払う事になるが、うまい話があるわけないし、教室には大量の監視カメラがあった。アレは俺達個人個人を査定する為のものだろうからな」

 

「なるほどな。ポイントの話をした際に全く浮かれてなかっただけの事あって、面白い考察をするな」

 

龍園は笑いながらそう言っているが、その口振りからして俺達クラスメイトを観察していたようだ。初日からクラスメイト全員を観察するなんて末恐ろしいな。

 

そのことから察するに……

 

「お前、この学校で派閥でも作んのか?」

 

龍園は今後デカい勢力を作る腹だと思う。理由としては俺の考察が当たっているならこの学校は馬鹿には厳しく、強者にとっては良い環境になる。

 

そして龍園は間違いなく強者の雰囲気を醸し出しているし、これからの動き次第では部下を手に入れる事も不可能ではないだろう。

 

「それは考えてるな。この学校は中々面白そうだ」

 

そう答える時点でコイツは強者の分類に入るな。

 

「そうかい。まあ頑張れ」

 

用をたし終えた俺は手を洗い、トイレを出ようとするが龍園が呼び止める。

 

「まあ待て。俺がお前に話しかけたのはお前の考えを聞く為だけじゃねぇ。単刀直入に言うが俺の下につけ。お前は中々使えそうだ」

 

「断る。俺はのんびり過ごせればそれで良い」

 

別に派閥を作ったりなんて考えてない。ポイントについて安定した供給ラインを手に入れて卒業まで平和に過ごすのが俺のモットーだ。

 

「そうかよ。ま、入学初日だから焦らねぇさ」

 

龍園は思った以上に簡単に引き下がった。

 

「……意外だな。てっきり力づくで勧誘すると思った」

 

見た目的に逆らう者は容赦しないイメージだったが、どうやら違うようだ。

 

「お前は無理矢理従わせるよりも、餌を与えた方が活躍するタイプだろうからな。まあSシステムの概要がハッキリしたら改めて声をかけるからな」

 

龍園はそう言って俺より先にトイレから出る……前に俺に紙を渡してくる。

 

「俺の連絡先だ。もしもお前が俺に有益な情報を提供するなら、それに応じてポイントを支払ってやるよ」

 

今度こそ龍園はトイレから出るがアイツからは平穏な匂いが一切しないな……マジで

 

 

 

……とりあえず登録はしとこう。しないと面倒な気がするし。



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買い物

龍園からコンタクトを取られた俺はそのまま教室に戻り、椎名から本についての話を聞いて、そのまま入学式に参加した。

 

まあ入学式は普通の学校と大差なく偉い人の話を聞いて無難に終了した。

 

そして昼前に敷地内について説明を受けた後、初日という事もあって即解散となった。

 

そんな中、クラスの大半はグループを作ってカフェやショッピングモールに向かっていく。

 

俺はというと、誰とも組まず図書館に向かう。入学前から図書館が有名であるのはパンフレットで知っていたからな。

 

そして昇降口で靴を履き替えて図書館に向かうが、入学初日だからか閉館していた。

 

(ちっ、夕方まで時間を潰そうと思ったが仕方ないか)

 

こうなったらショッピングモールで服や飯を購入するしかないだろう。後は娯楽として本を買いたい。

 

ポイントに関する詳細は全くわからないので無駄遣いする気はないが、多少は遊びに使いたい。

 

とりあえず5月までに6万は残すと決めた俺は図書館を出てショッピングモールがある方向に向かおうとすると椎名がこちらに歩いてきた。向こうも俺に気付いたのか会釈をしてくる。

 

「お前も図書館に用があったのか?だとしたら今日は閉まってるから諦めろ」

 

そう言うと椎名は残念そうな表情になる。

 

「残念です……比企谷君は寮に?」

 

「いや、服や飯、後は本でも見に行くつもりだ」

 

「本を買いに行くのですかっ。私も一緒に行きます」

 

しまった。本の虫の椎名に火がついてしまったようだ。テンションが上がりながら俺にそう言ってくる。

 

しかも「一緒に行きませんか」ではなく「一緒に行きます」ときた。

 

前者なら適当な理由を付けて断われるが、後者の場合勝手に付いていく事になる。

 

コミュ障の俺からしたら面倒極まりないが、椎名は見た目からして凄い美少女だ。今後クラスで人気者になる可能性があり、邪険にするのは得策じゃない。

 

「実は今日買いたい本があったので……」

 

一方の椎名は楽しそうに本の話をしているが俺と一緒に行くことが決定事項のようだ。

 

そんな椎名に対して俺は相槌をうつことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「ありがとうございましたー」

 

ショッピングモールの本屋にて、店員さんから礼の言葉を受けながら本屋を出ると先に会計を済ませた椎名が楽しそうに本の入った袋を抱きしめている。

 

結局俺は椎名と本屋に行き、お互いに数冊の本を購入した。しかし本当に学生証で簡単に買えるとは思わなかった。簡単に買えるし、財布もとい学生証の紐が緩まないように気をつけよう。

 

「比企谷君も会計が終わりましたか。何の本を買ったのですか?」

 

「ん」

 

袋を椎名に渡すと椎名は覗き込み二冊の本を取り出してくる。

 

「この二冊なんですが、私も読んだことがないので比企谷君が読み終わったら貸してくれませんか?」

 

「そのくらいなら」

 

「ありがとうございます」

 

椎名はにっこり笑ってお礼を言ってくる。その笑顔はとても魅力的で思わずドキッとしてしまう。

 

「ど、どういたしまして。ちなみにお前は何の本を買ったんだ?」

 

「こちらですね。もし読みたい本があるなら貸しますよ」

 

言われて袋を見ると内一冊は俺が読みたい本だった。

 

「じゃあコイツを今度貸してくれない「舐めてんじゃねぇよ!あぁ?!」……か?」

 

するといきなり背後から怒鳴り声が聞こえてきたので振り向く。すると赤髪の男子が3人の男子と対峙している。赤髪の男子の足元にはカップラーメンの汁や麺が散乱しているが、喧嘩か?

 

「二年の俺たちに随分な口のききようだなぁオイ。生意気な一年が入ったもんだ」

 

「いい度胸じゃねぇか!クソが!」

 

どうやら二年生が一年生を煽っているが赤髪の方は沸点低過ぎだろ?入学初日に喧嘩とかアホだろ?

 

「おー怖い怖い。お前クラスはなんだ?当ててやるよ──Dクラスだよな?」

 

「だったら何だってんだ!」

 

瞬間、上級生3人は笑い出す。何だ?Dクラスってだけで笑う?Dクラスって雪ノ下と由比ヶ浜がいるクラスだよな。

 

「聞いたかお前ら? Dクラスだってよ!」

 

「あ?どういう意味だよ?!」

 

赤髪が凄むが、上級生は嘲笑を浮かべたままだ。

 

「何でもねぇよ。可哀想な『不良品』に、今日はここを譲ってやるよ」

 

「逃げんのかオラ!」

 

「吠えてろ吠えてろ。どうせお前ら地獄を見るんだから」

 

上級生はそう言ってから去っていくが……

 

「どういう意味でしょうね」

 

椎名も不思議そうにそう言ってくる。上級生は赤髪をDクラスと見抜き、赤髪がそれを認めると嘲笑を浮かべ『不良品』とか地獄を見るとか言っている。

 

「……もしかしたらクラスによって特色があるのかもな。ほら、塾とかだと成績順でクラスを分けてるし」

 

「なるほど……確かに彼の言動は目に余りますね」

 

椎名が頷く先では赤髪がラーメンを片付けないどころからコンビニのゴミ箱を蹴っ飛ばして去って行く。あの赤髪の言動は高校生としては失格だろう。寧ろ小学生としても失格だ。

 

「そうなるとAクラスが1番上でBクラス、Cクラス、Dクラスと続いている可能性があるかもしれないですね」

 

「だったら俺と椎名は下から2番目、平均より下である事を意味するな」

 

ま、俺は別に気にしないけど。

 

「そうなりますね。しかし私の仮説が正しいなら、クラス分けは単なる成績順ではないと思います」

 

「断言するのか?」

 

「自慢ではありませんが私は中学時代、テストで300人いる中で10位より下にはなった事がありませんから」

 

なるほど。実際さっきの赤髪は馬鹿そうだし、由比ヶ浜は救いようのないほど成績が悪いが、雪ノ下は総武中学時代常にトップクラスの成績だった。偏差値が結構高い総武中でだ。

 

椎名の話と雪ノ下の成績を考えると、単純な入試成績でクラスを決めたとは思えない。

 

「そうか。まあ今更どうこう喚いても意味ないか。既にクラス分けは決まって3年間はクラスが変わらないんだし」

 

実際学校が決めた事に俺達生徒がギャーギャー喚いても何も変わらないだろう。寧ろ喚いたら学園側が「我々の判断にケチをつけるのか?」って睨む可能性もあるし。

 

……まあ仮にDクラスが不良品の集まりなら雪ノ下は絶対に学校に文句を言うだろうな。アイツ自分が優秀と信じて一切疑ってないし。

 

「そうですね。それに私は成績順でも好きな本が読めるなら特に気にしないです。それでは次の買い物に行きましょうか」

 

コイツはコイツでマイペースだな。ある意味尊敬するわ。

 

内心苦笑しながらも2人でコンビニに入る。そして食品やシャンプーなどを購入していると、ある一角に無料商品が売られていた。

 

「無料……ポイントを使い過ぎた人への救済措置、もしくは……貰えるポイントが少ない人への救済措置ですかね」

 

「その言い方だと椎名も気付いたのか?」

 

「はい。毎月10万ポイントは多過ぎますし、龍園君の質問から察するに成績や授業態度によって貰えるポイントが違うのだと思います。加えて先程の上級生のDクラスの生徒に向けられた言葉から察するに、貰えるポイントについては各クラスごとで統一されている可能性もあります」

 

まあ可能性としては充分にありえるな。1年生は1クラス40人で4クラスあるため160人。2年生3年生も同じだろうから東京都高度育成高等学校の全校生徒は大体480人。

 

そして仮に毎月10万円分のポイントが振り込まれるのだとしたら、月4800万円。年間で5億を超える。

 

国が運営しているとはいえそこまでの大金を払うなんてあり得ない。

 

多分というか十中八九椎名の考えは合ってるだろう。

 

そうなると今の俺達に出来る事は1つしかない。

 

「節約した方がいいな」

 

俺は無料商品の中から石鹸とタオルと歯磨きを取る。

 

「そうですね。念には念を入れましょう」

 

椎名も同じように生活に必要な物を取る。お一人様1月に3点までなのが悔しい。どうせなら10点くらい購入出来たら良いのに。

 

「とりあえず7万、最低でも5万は残しとくか」

 

「そうですね。本を沢山出来ないのは残念ですが……あ、もし比企谷君が良ければお互いにシェアしませんか?」

 

なるほどな。俺と椎名がそれぞれ別な本を10冊ずつ買ってシェアすれば10冊分のポイントで実質20冊購入した事になるな。

 

「……まあ、それくらいなら」

 

「ありがとうございます」

 

だからその笑顔は止めろ。ぼっちに向けるような笑みじゃないだろうに。

 

魅力的な椎名の笑みに俺は目を逸らすことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

その後俺は椎名と服や食料を購入したがその際には必ず無料商品を許される数だけ購入して寮に戻った。

 

その際に椎名から連絡先を交換するように頼まれ、押し切られる形で連絡先を交換した。

 

まさか入学初日に連絡先が2人分手に入るとは……

 




高度育成高等学校学生データベース (4/6時点)

氏名 比企谷八幡

学籍番号 S01T004736

部活 無所属

誕生日 8月8日

評価

学力 B+

知性 A

判断力 A

身体能力 C

協調性 E


面接官コメント

学力知力共に高く身体能力も平均的でAクラス候補であったが、面接では消極的な態度を露わにしていた事、中学での内申書を考慮した結果Cクラスへの配属が妥当であると判断。基本的なポテンシャルは高いので他人との交流を経て積極的な性格になる事を望む









※データベースについては話が進むにつれて、更新します


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邂逅

学校生活2日目。授業初日であるからか大半の授業は勉強方針等の説明、要するにオリエンテーションで終わった。

 

先生たちの多くが予想以上にフレンドリーで親しみやすかったことには驚いた。

 

しかし腑に落ちない点がある。一部の生徒は退屈だからか隣の生徒と話したり、携帯をいじっていたりしていたが、教師陣は誰一人として不真面目な人間を注意しなかったのだ。

 

いくら義務教育でないからって注意の1つもしないなんてありえない。もしかして「自分勝手な行動を取りたいならご自由に。後でどうなっても知らんけど」ってスタンスなのか?

 

だとしたらかなり厄介だ。人間ってのは注意されないと止まらない人間だからな。

 

そう思いながらも授業を受けているとチャイムが鳴り、先生が退室する。それは昼休みになった事を意味するので俺は鞄から弁当を取り出して食べ始める。スーパーには無料の食材提供があったので遠慮なく利用した。無料であるから形が歪だったり、普通の商品よりも小さかったりするがさしあたり支障はない。

 

隣を見れば椎名も弁当箱を取り出していた。他の連中を見ると大半が食堂に行き、残りは教室で惣菜パンを出している。

 

「比企谷君。午前中の授業はどう思いましたか?」

 

弁当を食べ始めると椎名がそんな質問をしてくる。どう思いましたかってのは先生の態度についてだろう。

 

「全く注意してないのは不自然だったな」

 

「はい。いくら義務教育ではないとはいえ、全員が全く注意しないのは有り得ないです」

 

だよな。神経質な先生が1人くらい居てもおかしくないし。

 

そう思った時だった。

 

 

『本日午後5時より第一体育館にて、部活動の説明会を致します。部活動に興味のある生徒は第一体育館に集合して下さい。繰り返します。本日──』

 

可愛らしい女性の声と共にアナウンスが流れる。部活ねぇ、そういやこの学校はそれなり部活は有名だったな。

 

「椎名はどっかに入るのか?」

 

「中学の時は茶道部に入っていましたので、あるなら入部するかもしれません。比企谷君は?」

 

「生憎、部活については中学時代にいい思い出がないから入るつもりはないな」

 

奉仕部なんて胡散臭い部活の所為でな。あの部活がなければ平和な学校生活を送れたと確信したくらいだ。

 

そういやあの2人は高校でも奉仕部をやるのか?だとしたら大変なことになりそうだ。何せ由比ヶ浜は頭が悪いし、雪ノ下は自分の考えが全てだと思っているし、依頼が来たら全て失敗する可能性が高い。

 

まあ何にせよ部活についてはパスする。

 

「そうですか……変な事を聞きましたか?」

 

椎名が不安そうな表情で聞いてくるが、俺の事情を知らない椎名が部活について質問をするのは至極当然なので、特に気にしてない。

 

俺は椎名に一言大丈夫と言って弁当を食べるのを再開した。その際に椎名の雑談に付き合ったが、思った以上に楽しいと思った事に驚いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

3時間後……

 

午後の授業も終わり大半の生徒が体育館に行き、一部の生徒がそのまま帰宅する。

 

俺は帰宅を選択する。スーパーやコンビニに行き無料食材を購入する為だ。食材に関して月に何品までじゃなく、1日に何品までって感じだから毎日購入するつもりだ。

 

そしてコンビニに入り、無料食材を探すとある存在が目につく。

 

(あの女、行動が怪しいな)

 

飲み物コーナーにいる1人の女子だが、移動しながらもさり気なく監視カメラの位置を確認しているようにも見える。他の人は特に不審に思ってないようだが、人間観察を得意とする俺からしたら怪しい。

 

まさかとは思うがコイツ万引きするつもりか?

 

そう思いながらも携帯を取り出して動画を撮る準備をする。この学校について俺の予想が正しいなら他クラスとぶつかる可能性がある。

 

そして万引きは停学もしくは退学になるだろうが、そうなった場合において貰えるポイントが少なくなるかもしれないので、証拠の動画を手に入れておきたい。場合によっては交渉のカードになるので龍園に売るのも悪くない。

 

すると肩をチョンチョン叩かれるので振り向くと……

 

「あちらの方、神室真澄さんといいますが、万引きに成功すると思いますか?」

 

杖を持った銀髪の女子が楽しそうに話しかけていた。コイツも彼女の行動を怪しんでいるようだ。

 

飲み物コーナーにいる女子は神室というらしいが、あのさりげない仕草から怪しい、万引きをするって思うなんてこの少女も観察力が高いようだ。

 

「どうですか?」

 

「……わからん。もしかしたら今日はあくまで今後に備えて情報収集をしているだけで、今日はしないかもしれないな」

 

「なるほど。下見は大事ですから」

 

少女はそう言いながらも神室という女子から目を離さない。そんな中、彼女は再度周りを確認してコーラを手に取り鞄に入れようと……したが、途中で2人の男女が飲み物コーナーにやってきた為に中断した。

 

そして興が削がれたからか、そのまま盗む事も買う事もなく店から出て行った。

 

「おやおや。予想外の邪魔が入ってしまいました」

 

「楽しそうに笑いながら言うな。悪趣味にも程があるぞ」

 

「携帯で証拠を手に入れようとする貴方に言われたくないですね。何の為に動画に収めようとしたんですか?脅迫していやらしい事を強いるのですか?」

 

「違ぇよ」

 

よくエロ同人誌ではあるネタだが、現実だとリスクが大きいからやるつもりはない。

 

「では来月のポイントに備えてですか?」

 

どうやらコイツも来月のポイントが10万ではないと見抜いてるようだ。

 

ここでとぼけるのは無理だ。俺の本能がコイツを欺くのは無理と言ってるし。

 

「正確にはアイツが所属するクラスとの交渉カードにするつもりだった」

 

「なるほど。もしも彼女が万引きに成功していたら、貴方に動画を撮られてこちらには痛手になっていましたね」

 

彼女は安心したように息を吐く。俺が交渉カードと言っただけで納得するって事はコイツもSシステムについて俺と似たような考えを抱いているようだ。

 

「そういえば自己紹介をしてませんでしたね。私はAクラス所属の坂柳有栖と申します。このように杖を持って歩いていますのは先天性疾患を持っていますので。趣味はカフェでコーヒーなどを飲むこととチェスですね」

 

先天性疾患って事はマトモに運動が出来ないのだろうが、彼女からは強者のオーラを感じる。龍園といい、何故強者に目を付けられる……

 

「……Cクラス所属の比企谷八幡」

 

適当な名前で誤魔化したいが、それをしたら後が怖そうだから正直に話す。

 

「よろしくお願いします。早速ですが比企谷君。私は貴方とお友達になりたいので連絡先を交換しませんか?」

 

「断る」

 

こんな明らかな強者と繋がりを持つなんて絶対に嫌だ。そもそもコイツにとっての友達って、絶対に普通の人間にとっての友達とは絶対に違うだろうし。

 

すると坂柳は悲しそうな表情を浮かべる。

 

「そう、ですか……私は比企谷君と友達になりたいのですが……比企谷君が私を嫌うなら仕方ない、ですね……うぅ」

 

そう言って俯き、同時に店にいる客や店員が俺を睨んでくる。全員無言だが、「女の子を泣かせんじゃねぇよ」と全員の顔がそう言っていた。

 

コイツ……絶対悲しんでないだろう、なんて策略家だよ。

 

「わ、わかったよ。連絡先は交換するから」

 

「……お願いします」

 

坂柳は俯いたまま携帯を突き出してくるのでやむなく連絡先をする。

 

交換し終わると坂柳は店を出て入り口で待機する。明らかに俺を待ってやがる。

 

俺はため息を吐きながら無料食材をカゴに入れて、未だ睨んでいる店員さん相手に会計を済ませ店を出る。

 

「買い物は終わったようですね。ではこれからよろしくお願いしますね」

 

坂柳はケロリとしてそう言ってくる。やっぱ嘘泣きじゃねぇか。マジで殴りたい。店の中にいた連中は簡単に騙されやがって……

 

「俺なんかと話しても面白くないと思うがな」

 

「それは私が決める事です。少なくともクラスメイトよりも私の退屈を紛らわせてくれるでしょう」

 

「クラスメイトは面白くないのか?」

 

「一部の生徒はともかく、大半はつまらないですね」

 

だからって俺に目を付けんなや。はぁ……龍園といい、厄介そうな奴に目を付けられたな。

 

俺はため息を吐くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、色々と情報を交換したいと言われカフェに行ってお茶を飲んだ。(最初は断ったがまた泣き真似をしようとしたのでやむなくだが)

 

 

まあ、中々興味深い情報もあったので良しとしよう。必要以上には関わりたくないけど。



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水泳

入学して1週間が経過した。

 

新しい学校生活はどうかというと概ね満足している。中学時代は罵倒と蔑視と嘲笑ばかり受けていたから普通に過ごせるだけで凄い幸せだ。

 

雪ノ下と由比ヶ浜がこの学校にいるのは残念であるが、接触してこないので問題ない。

 

 

クラスについても不満はない。強いて言うならクラスの中でも喧嘩の強そうな石崎とクラスで1番ガタイが良い山田アルベルトがクラスで最も怖い龍園の下についた事が怖いくらいだ。入学して直ぐに部下を持つ時点で相当ヤバいだろう。

 

閑話休題…….

 

そんな中、俺達Cクラスの生徒はプールサイドにいる。この学校は1学期の最初から水泳をやる。正直珍しいが不満はない。

 

今のところプールサイドには男しかいないが、これは女子が着替えに時間がかかってるからだろう。

 

(しかしアルベルトの体格凄過ぎだろ)

 

Cクラスの男子はガタイが良い奴が結構いるが、黒人ハーフのアルベルトはガチでムキムキだ。仮に俺がアルベルトを殴ったらこっちの拳が痛む可能性が高い。

 

そして龍園が真面目に授業に参加しているのはどうにもシュールに見えてしまう。まあ口に出したら面倒だからしないけど。

 

すると女子更衣室の方から女子がぞろぞろ出てくる。その際に男子達は露骨には見てないが興味津々な態度を見せていた?

 

しかし気持ちはわからんでもない。クラスの女子のレベルってかなり高いからな。

 

そんな中で俺の目につく女子は椎名と伊吹澪って女子だ。

 

前者の椎名は入学初日からの知り合いだが、水着になると胸が大きく予想以上のスタイルで、普段は着痩せするタイプだと思ってしまう。

 

一方の伊吹は俺以上のぼっちで誰とも連んでいない一匹狼のような女子だ。胸はそこまで大きくないが、手足がスラっとしていて美術品のようだ。まあ本人は凄くつまらなさそうな表情だけど。

 

「おーし、全員集合しろー」

 

すると体育の先生から集合がかかるので俺達は集まる

 

「見学者が随分多いみたいだが……まあいい」

 

言われて見学席を見ると女子が10人くらいいるが、絶対にズル休みだろうな。いくらなんでも多すぎる。

 

 

「早速だが、実力をチェックしたいので、準備体操してから泳いでもらうぞ」

 

「あ、あの、俺あんまり泳げないんですけど……」

 

すると男子の1人が手を挙げてそう口にする。

 

「安心しろ。俺が担当するからには、夏までには泳げるようにしてやる」

 

「別に泳げるようにならなくても良いですよ。海なんて行けないですから」

 

「そうはいかん。今は苦手でも夏までには克服させる泳げるようになれば、必ず役に立つ。必ずだ」

 

随分と必ずという言葉を強調するな。しかも役に立つって言葉についても謎だ。夏休みに水泳合宿でもやるのか?

 

疑問に思いながらも俺はプールに入り泳ぎだす。総武中学にはプールがあったので、特に問題はなかった。

 

「比企谷君はちゃんと泳げてましたね」

 

プールから上がると椎名が話しかけてくる。椎名は形は出来ていたが凄く遅かった。多分クラスでワースト3には絶対に入る。

 

「中学では泳げたからな。基礎は出来てる」

 

「私の所の中学ではありませんでしたね」

 

なら数年ぶりって事になる。それなら泳げなくても仕方ないか。

 

「とりあえず、ほとんどの者は問題なく泳げるようだな。よし、じゃあ競争をするぞ。男女別50m自由形だ。女子は5人2組、男子は最初に全員泳いだ後、タイムの速かったもの上位5人で決勝を行う」

 

「きょ、競争!?」

 

泳ぎが苦手な生徒が悲鳴をあげるが先生は御構い無しだ。

 

「最もタイムが良かった者には、先生から特別に5000ポイント支給しよう。その代わり、男女ともに最下位のやつは、放課後に補習を受けてもらうからな」

 

1位に5000ポイント支給か。随分と太っ腹だな。坂上先生はこの学校は実力で生徒を測ると言っていたがマジなようだ。

 

出来る奴にはボーナスを、出来ない奴にはペナルティがあるのは社会では当たり前の事だ。

 

加えて社会に出たらペナルティは補習ではなく、減給やクビが待っている。今の内に社会に対する予行練習をしろって事だろう。

 

ともあれ先生の命令は絶対なのでどうこう言うつもりはない。1位は無理だが最下位はないだろうから気長にやるか。

 

俺達男子はスタートの構えを取り、女子は1番コースの近くにて見学している。

 

全員がスタートの構えを取ると先生が笛を鳴らすので一斉に飛び込む。

 

そして前に向かって泳ぎ始めるが右隣で泳ぐ龍園と左隣で泳ぐ水泳部の片山が俺よりも遥かに早い。うん、やっぱり1位は無理だな。

 

その後も適度に泳いだ俺はゴールする。結果は37秒で20人中11位だった。真ん中に近いので全く問題ない。

 

そして男子の決勝は案の定水泳部所属の男子2人がぶっち切りだった。

 

 

男子の部が終わると次は女子の番だ。男子が1番コースの端に移動すると女子がスタートの準備に入るが、俺達男子から一番近くで泳ぐ椎名は無表情だった。どんだけ運動が嫌いなんだアイツは?

 

椎名の無表情に若干引いていると笛が鳴り女子が一斉に飛び込んで泳ぎ始める。

 

しかし運動部に入っている面々は一際早く、椎名は20メートルも泳がない内に殆どビリが確定してしまっている。

 

その時だった。椎名の動きが一層鈍くなり、沈み始める。それから直ぐに上半身を水から出してもがくが苦しそうな表情だ。もしかして足を攣ったのか?

 

そう判断した俺だが気がつけばプールに飛び込んでいて、そのままもがく椎名に近寄ってし、溺れないように椎名の腰に手を当てていた。

 

(え?いつの間にこんな事を?身体が勝手に動いていたのか?)

 

自分でも予想外の行動をした事に驚く。しかし既にプールに飛び込んでしまった以上、椎名を助けることを優先するか。

 

「大丈夫か?苦しくないか?」

 

「は、はい。足を攣ってしまいました……」

 

俺が質問をすると椎名は溺れないように俺に抱きつきながら頷く。その際に水越しとはいえ椎名の柔らかい身体の感触が伝わってドキドキしてしまう。

 

しかし今は非常時なので顔には出さないように注意しながらもそのまま椎名をしっかり支えながら、ゆっくりとプールから上がる。その際に女子から黄色い声を浴びるが、それを無視する。

 

椎名を抱えたままプールから上がるのはキツいが我慢だ。

 

「先生、椎名は足を攣ったようなので、休ませてあげてください」

 

先生から了承を得たのでその場で椎名を床につかせて足を伸ばすようにする。

 

「攣った時の対処法はわかるか?」

 

「い、いえ」

 

「つま先を自分の方に引き寄せろ。厳しいなら手伝うぞ」

 

「お願いしても良いですか?」

 

「はいよ」

 

俺は頷いて椎名のつま先を掴み、ゆっくりと椎名の方に引き寄せる。その際に椎名は若干顔が強張るがこればかりは我慢して貰わないとな。

 

「それにしても意外でした。比企谷君が私を助けてくれるなんて思いませんでした」

 

「俺もだよ。俺も自分がお前を助けると思ってなかった」

 

「?助けるつもりがないのに助けたんですか?」

 

「まあ、な……気付いたらプールに入ってた」

 

何故か椎名が溺れたのを見たら身体が勝手に動いたんだよなぁ。マジで理由がわからん。俺はそういうキャラじゃないのに。

 

「不思議なこともあるのですね。まあ何にせよ助けてくれてありがとうございました」

 

椎名は痛みがあるからか若干顰めているが笑顔を浮かべて俺に礼を言ってくる。

 

その笑顔に俺は何も言えなくなってしまう。中学時代に戸塚という知り合いがいて、アイツは俺の悪評を知って尚、変わらず接してくれて偶に見せる笑顔が俺をドキドキさせていたが、椎名の笑顔は戸塚のそれと似たような魅力を感じる。椎名の笑顔を見ているとドキドキしてしまう。

 

 

まさか椎名は東京都高度育成高等学校において戸塚と同じ癒し枠なのか?

 

だとしたらマズイ。戸塚の場合、何度か手を出しそうになったが男だからギリギリ手を出さずに済んだが椎名は女だ。下手したら手を出してしまうかもしれない。

 

念の為、精神修養をしておこう。俺は椎名の足の攣りの回復を促しながらそう考えるのだった。

 

 

 

その後は特に問題なく授業が終わったが、見学していた女子が椎名を抱き抱えている俺の写真を撮って、それをクラス全体に広めてしまいショックを受けてしまった。

 



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カフェ

入学してから3週間、あと数日で5月を迎えるが、6時間目の授業の時だった。

 

担任の坂上先生の授業だが、プリントを持って入ってきた。坂上先生はプリントを使わない先生なので珍しいと思いながら前を向く。

 

「いきなりで済まないが、月末だから小テストを行うことになった。後ろに回してくれ」

 

「げっ、抜き打ちっすか」

 

クラスメイトの1人が嫌そうに声をあげる。まあいきなりテストをやれと言われたら誰だって嫌だろう。

 

「安心したまえ。これはあくまで今後の参考資料にするだけだ。成績表には何ら影響はない」

 

成績表にはね……随分と含みのある言い方だ。

 

そう思いながらもプリントを後ろを回し中を見る。1科目4問で、英語と数学と理科と社会と国語の5科目、計20問ある。そんで配点は各5点配当の100点満点のテストだ。

 

名前を書いて解き始めるが……クソ簡単過ぎる。受験の時に出た問題よりもレベルが低く、得意でない数学についてもスラスラ解けた。

 

こんな簡単なテストで何の参考になるんだと思っていたが、最後の3問で鉛筆が止まる。

 

最後の3問だけクソ難しいのだ。ハッキリ言って高校1年がやる問題じゃない。特に数学の問題なんて何を言っているかサッパリわからん。

 

結果的に俺は最後の3問を解くのを放棄するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

「そこまで。後ろから回してくれ。それと今日のHRは話す事がないので回し終わったら解散して構わない」

 

坂上先生がそう言うと直ぐに後ろからプリントが渡ってくるので坂上先生に渡し、鞄を持って立ち上がる。

 

「比企谷君。最後の3問は出来ましたか?」

 

同時に椎名も立ち上がり俺に話しかけてくる。入学してからは席が隣って事や趣味が合う事もあり、毎日話すようになった。

 

逆にそれ以外のクラスメイトとは殆ど話さない。偶に龍園が話しかけてくるが君子危うきに近寄らずだから最低限の会話しかしない。

 

「いや全く。アレは高1に出す問題じゃねぇよ」

 

「ええ。他は余りにも簡単でしたし、学校の意図がわかりません」

 

全くだ。てっきり中3で習った問題や入学してから習った問題ばかりと思ったが、半分くらいは中1で習うような問題だったし学校の意図は全く読めない。

 

「まあ今後何かに使うんだろうから、調べて出来るようにしといた方が良いかもな」

 

もしかしたら今後同じ問題とぶつかるかもしれないし。何にせよ放置するつもりはない。

 

「そうですね。備えあれば憂いなしですから……あ、私は部活があるので失礼します」

 

「ああ、またな」

 

「はい。また明日」

 

椎名は笑顔を浮かべてから階段を上っていく。やっぱ椎名の笑顔は癒し枠だな、うん。

 

そう思いながら廊下を歩き昇降口に繋がる階段に向かうと……

 

「あら比企谷君、ご機嫌よう」

 

「げっ、坂柳」

 

坂柳がニッコリと笑って話しかけてくる。その後ろには以前見た万引き少女ーーー神室がいる。見るからに面倒臭そうな表情を浮かべているが、察するに万引きしたのを坂柳に見られたようだ。

 

「げっ、なんて酷いですね。悲しくて泣いてしまいそうです」

 

嘘吐け。お前悲しいなんて気持ちを全く抱いてないだろうが。

 

「悪かったよ。じゃあな」

 

「待ってください。比企谷君が時間に余裕があるなら一緒にカフェでお茶でもしませんか?」

 

「嫌だ」

 

絶対に疲れるのは容易に想像出来……って、そこで震えだすな!

 

「……わかりました。比企谷君と一緒に行きたかったのに……うぅ」

 

坂柳はわざと悲しそうな表情を浮かべて俯きだす。幸い周りには神室以外いないがこの状態が続けば面倒なことになるな。

 

「わかったよ。行くから泣き真似はやめろ」

 

「そうですか。比企谷君ならそう言ってくれると思ってました。行きましょうか」

 

案の定坂柳はケロリとしてそう言ってくる。身体が弱くないならぶん殴っていたかもしれない。

 

「……アンタも苦労してんだ」

 

すると神室がそんな事を言ってくるが……

 

「いや、万引きをしたって弱みを握られてるであろうお前に比べたら遥かにマシだな」

 

「は?!ちょっと坂柳、コイツに話したの?」

 

瞬間、神室は驚いてから坂柳に非難の眼差しを向けるが坂柳はケロっとしている。

 

「いえ。部活説明会があった日に真澄さんが万引きしようとしているのを一緒に見たんです」

 

「あ、そう……」

 

神室はそう言ってため息を吐く。コイツからは苦労人の匂いがするな。

 

「そういえば真澄さんは知りませんでしたね。こちらはCクラスに所属する私のおもちゃこう……こほんっ、お友達の比企谷八幡君です」

 

「待てコラ。テメェ今おもちゃ候補って言おうとしたよな。このロリガキ」

 

「誰がロリガキですか。撤回してください」

 

坂柳は心外とばかりに俺に文句を言ってくるがお前は普通にロリだからな?

 

しかし撤回しないと面倒だし撤回するか。

 

「悪かったよ。撤回するよ」

 

「そうしてください。それではカフェに行きましょうか。比企谷君はポイントを残していますか?」

 

「7万5千ちょいあるから問題ない」

 

「そうですか。昨日今日、残りポイントが無いという声を各場所で聞きましたが、比企谷君は節約家のようですね」

 

「ウチのクラスでも1万切ったとか、残り5千って声を聞いたが、俺が節約家なんじゃなくて、金遣いが荒い奴がいるだけだ」

 

入学してから3週間近くだが、3週間で10万近く使うとか馬鹿だろ?1週間に3万も使っていたら卒業してからも贅沢を止められないだろうに。

 

「そうですね。まあポイントが残ってるなら安心です。行きましょうか」

 

坂柳がそう言って歩きだす。正直言って逃げたいが逃げたら絶対に面倒だしため息を吐いて、坂柳に合わせて歩き出した。

 

 

 

 

 

20分後……

 

「ところで比企谷君。今日なんですが小テストを受けましたか?」

 

カフェに着いて、紅茶を注文すると坂柳が話しかけてくる。

 

「最後の3問が難しい小テストなら受けたな」

 

「そうですか。私と真澄さんのクラスだけかと思いましたが全クラス共通なのかもしれないですね」

 

「ちなみにお前らは出来たのか?」

 

「私は1問解いたけど自信はない」

 

「全部解きました。多分合っていると思いますが、少々時間がかかりましたね」

 

「マジか。見た目は子供で頭脳は大人ってまんまコナ……って!杖で叩くな杖で!」

 

この野郎、よりによって小指を叩きやがって……泣くぞ俺。

 

「私は子供じゃないですから子供扱いしないでください」

 

「いや私達未成年だから子供じゃん」

 

「何か言いましたか真澄さん」

 

「別に」

 

神室は素っ気なくそう返す。しかし坂柳って腹黒いかと思ったがムキになるんだな。そこがまた可愛らしい。まあからかい過ぎたら杖で叩かれるだろうから自重するが。

 

「こほんっ、話を戻します。今回の小テストについてどう思うか比企谷君の考えを聞かせてください」

 

「情報量が少な過ぎるから憶測だぞ?お前らのクラスは知らないが、ウチの担任は成績には影響しないと言っていた。つまり成績は影響しないが、今後の学園生活において影響する可能性が高い」

 

そもそも成績に影響するなら習ってない範囲の問題を出す訳ない。

 

「続きをどうぞ」

 

「多分最後の問題が今後行われる試験や学校のイベントにおいて重要な布石になる可能性があるから、今の内に出来るようにしておくべき……ってのが俺の考えだな」

 

まあ何に使うかはわからないけどな。

 

「なるほど。ご意見ありがとうございます。つきまして比企谷君にはお願いがあります」

 

「一応聞くだけ聞こう」

 

「はい。各クラスについては差があるのは比企谷君も薄々気づいていますよね」

 

「少なくともDクラスが問題なクラスである事は確信してる」

 

以前コンビニの前でDクラスの生徒と上級生が揉めていたが、その際に上級生はDクラスの生徒とわかったら物凄く馬鹿にしていた。その事からクラス間に差があると考えている。

 

「そして5月以降、クラス間で揉める可能性はあるでしょう」

 

「まあ下位のクラスが下克上を狙う可能性はあるな」

 

最上位のクラスを狙って戦争が起こる可能性はある。クラスの間に差があるバカ◯スもAクラス以外の生徒がAクラスに戦争を仕掛けてたからな。

 

「そこでお願いがあります。もしも争いが起こった場合なんですが、私の味方になってくれませんか?」

 

「……随分と大胆な頼みだな。つまりCクラスをAクラスに売れと?」

 

「違います。Aクラスではなく私個人に協力して欲しいのです。そして裏切る必要はありません」

 

「なら俺に何を求める?」

 

「まずAクラスについては話しましょう。近いうちにAクラスに2つの派閥が出来て対立するでしょう」

 

坂柳は断言する。2つの派閥と言ってるが片方は坂柳がリーダーを務める派閥だろう。ぶっちゃけコイツよりも優秀な人間がそう多くいるとは思えない。

 

そんで坂柳はドSで好戦的な性格である事を考えると……

 

「つまりお前は保守派の派閥を叩き潰してクラスを支配する為に俺を味方につけると?」

 

もう片方のリーダーが保守派で、坂柳の考え方とは合わない人間なんだろう。

 

「素晴らしい慧眼です。私は誰かの下につくのは嫌ですから」

 

だろうな。コイツが誰かの下につく姿は全く想像出来ない。

 

「しかし同じクラスである以上、露骨に潰すのは難しいです」

 

そりゃそうだ。気に入らないクラスメイトを潰した結果、他クラスに下克上されたらクラス内における坂柳の評価は下がるだろう。

 

「だから部外者である俺を利用して潰そうと考えてんだな」

 

しかし他クラスの人間である俺が坂柳と対立するであろう派閥を叩いたら坂柳の評価はそこまで変わらないのは明白だ。

 

「ええ。比企谷君はそれなり、少なくとも私のクラスメイトの大半よりも頭の回転が良いですから。もちろん味方になって活躍するなら報酬を用意します」

 

坂柳はそう言っている。この学園は謎が多いのでポイントを始めあらゆる武器を用意しておくに越した事はないだろう。

 

しかし……

 

「まだ学校について詳しくわからない以上、誘いには乗れないな」

 

今の学校には謎が多過ぎる。そんな不明瞭な状態で承諾するなんて無理だ。まして坂柳を完全に信用したわけではないからな。

 

「まあそうでしょうね。では5月の内に返事をお願いします」

 

「わかった。でも腑に落ちない点がある。わざわざ俺の力を借りなくてもお前なら上手くクラスを統一出来るんじゃないか?」

 

「まあ可能ですね。にもかかわらず私が比企谷君に頼むのはその方が面白いと判断したからです。どんな事をしようと私が面白くなければ意味がありませんから」

 

唯我独尊過ぎだろ。それこそ雪ノ下以上に。

 

しかし全くイラつかない。それは坂柳が有能である事を本能が理解している事もあるが、それ以上に罵倒をしないからだろう。

 

「そうかい。とりあえずお前の話は頭に入れておく。ちなみに報酬って何を考えてんだ?」

 

「そうですね……ポイントは当然として、情報や真澄さんですね」

 

「待てコラ。最後の報酬は問題だからな?」

 

当然のように神室を突き出すな。神室は眉をひそめるだけだが、普通に問題だからな?

 

「冗談です」

 

嘘吐け。目が冗談と言ってないぞ?

 

坂柳の言葉に俺はそう思ってしまう。同時に坂柳には一生勝てないんだなとも思ってしまう。

 

 

 

そんな感じ俺は若干精神的に疲れながらも紅茶を飲んで、神室と一緒に時間の許す限り坂柳に振り回されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

数日後……

 

遂に5月1日を迎えた。



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Sシステム

5月1日、朝起きて直ぐに学生証端末を取り出してポイントを確認すると、123985ポイントと表示されていた。昨日までは7万4千ちょっとあったので、その事から察するに支給されたポイントは49000だと思う。

 

すると端末に着信が来たので画面を見ると坂柳からだった。

 

「もしもし?」

 

『おはようございます比企谷君。いきなりですがポイントは幾ら振り込まれていましたか?』

 

「4万9千。そっちは?」

 

『9万4千ポイント入ってましたね』

 

マジか?殆ど減ってねぇじゃねぇか。やっぱりAクラスが優秀でBクラス、Cクラス、Dクラスの順で格付けされているのだろう。

 

「そうか。そっちはともかくウチのクラスは荒れそうだな」

 

『Cクラスはまだマシでしょう。私は今寮のエントランスに居ますが、ポイントが振り込まれてないと喚いているDクラスの男子がいました』

 

つまりDクラスは0ポイント支給されたって事か。そりゃ喚くな。

 

「まあ詳しい事情は学校でわかるだろ。悪いが俺まだ飯も着替えも済ませてないから切るぞ」

 

『わかりました。では後ほど』

 

通話を切って俺はパパッと着替えて、冷蔵庫にある無料食品を使って調理を始める。

 

さて、教室はどうなってるやら……頼むから騒いでるなよ。

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

学校についた俺はCクラスの教室に向かう。と、そこで聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「やっぱり由比ヶ浜さんも振り込まれてないのね」

 

「うん。あたし後2000ポイントしかないのに……」

 

チラッと横を見ると雪ノ下と由比ヶ浜がそんな話をしているが、由比ヶ浜は入学してから今日までの3週間ちょいで10万近く使ったようだが金遣い荒過ぎだろ?馬鹿か?ここで無駄遣いを覚えたら社会に出て大変なのに

 

まあ関わったら面倒だから口にはせず廊下を歩くとDクラスからは騒ぎ声が聞こえてくる。まあ0ポイントらしいからな。

 

そしてCクラスに入るとDクラスに比べたらマシだが多少騒いでいる。

 

まあ何で10万ポイント振り込まれてないのかではなく、ポイントが予想よりも少ないって声だ。つまり皆、ポイントが減る事は可能性として考えていたが、ポイントの減り具合に驚いている感じだ。

 

「おはようございます比企谷君。大方予想通りポイントが減りましたね」

 

「ああ。ま、ある程度ポイントが貰えて何よりだ」

 

5万ポイント飛んだのは大きいが、それでも月に5万近く貰える。

 

実際俺が入学してから今日まで使ったポイントは2万5千程度だし、その事を考えたら1ヶ月5万は小遣いとして文句ないだろう。

 

「そうですね。しかしDクラスの生徒は大丈夫なんでしょうか?朝からポイントが振り込まれていない、ジュースを買えないなどの声を聞きました」

 

「計画も立てずにポイントを浪費した馬鹿の自業自得だ」

 

普通ある程度は貯金するだろうに。備えあれば憂いなしって言葉を知らないのか?

 

「ところで椎名。5万とはいえポイントが入ったし今日は本屋に行かないか?」

 

椎名とはお互いに違う本を買って、お互いにシェアする約束をしている。それにより俺達は本5冊分のポイントで10冊の本を読む事が出来る。

 

俺の言葉に椎名は嬉しそうに頷く。普段は無表情に近い椎名だが、本の話になると凄く可愛い笑顔を見せてくる。

 

「はいっ。お互いに5冊ずつ、計10冊買うのはどうでしょうか?」

 

「そうしようか」

 

椎名の提案に頷くとチャイムが鳴り坂上先生が入ってくる。しかしいつもより若干険しい表情だ。

 

「諸君おはよう。朝のHRを始める。しかしその前に質問を受け付けようか。質問がある生徒は手を挙げてくれ」

 

あらかじめ来るだろうと予測していなければ出来ない言葉だ。その事から判断するにポイントについての説明はこの場で行うのだろう。

 

対する生徒らは沈黙している。ポイントについて事情を把握しているから質問しないのか坂上先生の冷たい声に気圧されているのかわからない。

 

「ふむ。どうして10万ポイント振り込まれてないのか、という質問が来ると思ったんだが……今年のCクラスは優秀な生徒が多いようだ」

 

事前に龍園が質問してなかったら今質問している奴がいたかもな。

 

「では改めてポイントについて説明する前にまずはこれを見て欲しい」

 

坂上先生はペンを出すとホワイトボードに何かを書き始める。

 

暫くすると各クラスとcpという単位で表されたポイントが書かれていた。

 

 

Aクラス 940cp

Bクラス 650cp

Cクラス 490cp

Dクラス 0cp

 

Cクラスは490……cpの意味はわからないが、cpの100倍ポイントが貰えるんだろう。

 

「まずはcp……クラスポイントというものを説明しよう。この学校はリアルタイムで生徒の実力を測り、数値化する。要するにポイントはこのクラスの実力と思ってくれて構わない」

 

やはりクラス全体の評価が実力か。

 

 

「入学当初、各クラスにはあらかじめ1000クラスポイントが支給されている。そして君達の生活態度を査定、評価して、問題行動をとっている所を確認したら1000クラスポイントから減点するという減点方式の採点を行っていた。 のだよ。そして1クラスポイントにつき100プライベートポイントが支給される。君達のクラスポイントは490だから49000プライベートポイントが支給されているということになる」

 

「おい、先生。ポイントが減った詳細を教えてくれよ。何やったら何ポイント引かれるみたいによ」

 

するとクラスのリーダー格の龍園が机に足を乗せながら質問する。今は授業ではないから問題ないと判断したのか?

 

「残念ながらそれはできない。人事考課、詳しい査定内容を教えないという方針にしている。まあ私個人からヒントを言っておこう。なぜ減ったのかというと一部の生徒が当たり前の事を当たり前に出来ていなかったからだ」

 

「はっ、なるほどな。ようするに西野が携帯をいじっていたり、小宮と近藤が授業中に駄弁ったように、ふざけた生活態度をとった奴らのせいでポイントが下がったわけか」

 

龍園はケラケラ笑いながら名指しをする。名指しされた生徒はバツの悪そうな表情を浮かべている。

 

そして坂上先生の話と龍園の会話から皆ポイントが減った理由を察しただろう。授業を真面目に受けるという当たり前の事を当たり前に出来なかったからポイントが減ったのだろう。

 

「学校側は君達の生活を基本的に否定するつもりはない。遅刻や私語、授業のサボりのツケは後で回ってくるだけの事。特に今年のDクラスは遅刻欠席を100近く、授業中の私語や携帯いじりを400回近くやらかして、歴代最低の記録を叩き出した」

 

坂上先生は遠回しに肯定するが、Dクラスの連中はどんだけやらかしたんだ?ウチのクラスもそれなりに私語をしていたが400回は無いし、遅刻欠席は精々5、6回だぞ。

 

「だがよ先生、俺や比企谷や椎名あたりは真面目に授業を受けてポイントを減らすような行動をしてないのに、この仕打ちはあんまりじゃねぇか?」

 

すると龍園はそんな事を言う。これは恐らく今後の布石の為だろう。

 

「確かに一切ポイントの減点対象となってない生徒はそれなりにいるが、この学校では連帯責任だ」

 

「なるほどな。真面目に授業を受けていた生徒からすれば良い迷惑だな」

 

龍園は笑い、不真面目な態度を取っていた生徒に向けて罵倒する。それによりクラスにいる何人かは悔しそうな表情を浮かべるが、反論は出来ない。何故なら龍園が言っている事は紛れもない事実であり、言っている龍園本人も授業は真面目に受けていたからな。

 

そしてこれは龍園がCクラスの頂点に立つ為の布石だ。今の発言で悔しそうな表情を浮かべた生徒はポイントを減らした要因って事で今後クラス内での立場が低くなるだろう。中には不良っぽい奴もいるし、必然的に龍園が上に立つ可能性が上がる。

 

というか十中八九龍園がボスになるだろう。クラス内でも強いであろう石崎やアルベルトは既に龍園の下についてるし。

 

「話を進めようか。既に気付いている生徒もいると思うが、この学校のクラス分けは大手の塾でよくあるように優秀な生徒から順にAクラスに分けられている。そして君達はCクラス、つまり学校側からは平均よりやや下の評価をされたクラスというわけだ」

 

その言葉に一部の生徒が不満を露わにするが、俺からしたらDクラスに配置されなかったと若干驚いている。俺は客観的に問題児であろうから多分Dクラスに近いCクラスの生徒だと思う。まあCクラスで良かった。幾ら節約してもポイントが一切支給されないってのは嫌だからな。

 

「そう怒らないでくれ。今はCクラスであるが、これから努力すればBクラスにもAクラスにも上がれる可能性がある。クラスポイントはクラスのランクにも反映していて、もし君達のクラスポイントが651ポイント以上なら君達はBクラスに昇格して、今のBクラスはCクラスに降格する」

 

やはり下克上制度はあったか。色々と面倒そうな学校だな。

 

しかし気になる点がある。

 

「先生、質問良いですか?」

 

「今度は比企谷君か。何かね?」

 

「BクラスやAクラスに上がった場合のメリットはなんかあるんですか?例えば昇格ボーナスとしてプライベートポイントが大量に支給されるみたいな」

 

「それは今から君達には伝えなければならない事だがこの学校は進学率、就職率100%を誇るが、それは卒業する時にAクラスに在学している生徒のみだ」

 

今度はクラス中がざわめき出す。まあクラスメイトの大半は進学率や就職率を選んでこの学校に来ただろうに、今の発言は根本的に否定したものだ。

 

「なるほど。つまり大半の生徒が進学希望した理由を叶える為にはAクラスに上がれって事ですね」

 

「その通りだ。以上でこの学校の仕組みについての説明は終わりだが、次にこれを見てもらおうか」

 

坂上先生は鞄から白い紙を取り出し広げ、ホワイトボードに貼る。

 

そこに載っていたのは先日行った小テストの結果だった。名前と点数が書かれていることから全員の結果がハッキリと見れるようになっており、1番高い生徒を左上に書きそこから順々と下がりながら全員の成績が表示されている。

 

1位が椎名の95点で2位が金田の90点。つまりこの2人は最後の難しい問題を解けた事を意味する。

 

そして俺を含め15人近くが85点だった。これは最後の3問以外解けた生徒だろう。

 

そんで60点台も結構いて、ビリは石崎の35点だった。平均点は70前半くらいだろう。

 

「平均点は72.3点だ。赤点は平均点を2で割った点数で小数点以下は四捨五入するから今回の赤点ラインは36点だから石崎君は赤点だ。まあ今回は成績表に影響しないテストだからペナルティはないが、次回以降中間や期末では赤点を取らないように頑張りたまえ」

 

「赤点を取るとどうなんだ?クラスポイントが減るのか?」

 

「今後中間試験や期末試験で1科目でも赤点を取ったものは即退学となる。これについては君達も深く理解して欲しい」

 

龍園の問いに坂上先生がそう答える。同時に教室が一層騒つく。騒ついてるのは赤点の石崎を筆頭に50点以下の生徒だった。

 

確かに赤点1つで退学ってのは少々厳しいだろう。俺も数学はしっかり勉強しとこう。受験に備えて死ぬ気で勉強したとはいえ得意ってわけじゃないし。

 

「これについて脅しじゃない。嘘だと思うなら上級生に退学になった人がいるかを聞いてみるといい。質問がないなら今日のHRを終わりにする。出来ることなら1学期早々退学者が出ないように頑張って欲しい。君達が赤点を取らずに済む方法はあると確信している。では解散してくれ」

 

言うことを言うと坂上先生は教室を出て行くが、クラスの騒ぎは大きくなる。

 

その後、1限の先生が来ると静かになるが、殆どの生徒は落ち着いていないまま授業を受けるのだった。



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Dクラス

学校の仕組みについて発表された昼休みの事だった。

 

「よう比企谷。一緒に昼飯を食わないか?」

 

教科書を机にしまっていると龍園が話しかけてきた。それによりクラス全体から注目が集まる。

 

「……目的は?」

 

「ただの雑談だ。奢ってやるから食堂に行こうぜ」

 

嘘だな。ただの雑談ならわざわざ俺に話しかける理由はない。

 

「自分の弁当がある」

 

「じゃあ明日奢ってやるよ」

 

どうやら断るって選択肢はなさそうだ。仕方ないし、従うか。

 

「はいはい。じゃあ行くが、手下は連れてくのか?」

 

「安心しろ。お前が望んでなさそうだから連れてかないでやるよ」

 

それはありがたい。龍園とは偶に話すが龍園の手下の石崎やアルベルトとは殆ど話してないからな。

 

「なら良い。混む前に行くぞ」

 

言いながら俺は龍園と一緒に教室を出て廊下を歩く。しかし食堂に向かう途中でDクラスの横を通ろうとしたら、同じタイミングで教室のドアが開き、雪ノ下や由比ヶ浜が出てきて、由比ヶ浜が龍園とぶつかる。

 

「邪魔だ。不良品がぶつかってんじゃねぇよ」

 

「っ……!」

 

龍園の容赦ない言葉に由比ヶ浜が俯く。すりと雪ノ下が由比ヶ浜の前に立つ。しかしその際に俺の存在に気付いたのか睨みつけてくる。

 

「……貴方がDクラスに居ないなんて一体どんなズルをしたのかしらズル谷君?」

 

「あ?おい比企谷、この不良品の知り合いか?」

 

「ソイツとお前がぶつかった女は同中だ」

 

「なるほどな。しっかしコイツはDクラスで納得だな」

 

雪ノ下を指差すと雪ノ下は俺ではなく龍園を睨む。

 

「どういう意味かしら?私がDクラスにいるのは手違いであるとしか思えないわ」

 

「くはっ!マジかコイツ!比企谷、お前の知り合い面白いな!漫才やれば成功するだろ!」

 

雪ノ下の言葉に龍園は大爆笑する。まあそんな風にハッキリ言ったらなぁ。

 

「その気持ち悪い笑いをやめなさい。不愉快だわ」

 

「だったら面白い事を言うなよ。じゃあ聞くけどよ、比企谷がズルをしたって言ったが具体的にどんなズルをしたんだよ?国が力を入れている学校相手にどんなズルが出来んだよ?」

 

全く以って同感だ。俺が大企業の跡取り息子や国会議員の息子なら賄賂って手段があるかもしれないが、一般家庭の長男の俺が国が力を入れている学校を欺くなんて無理だ。

 

「それに仮にズルが上手くいったとしても、それなら比企谷はCクラスじゃなくてAクラスに行くだろうが。そんな簡単なこともわかんないのかよ?だからお前はDクラスなんだよ」

 

「っ!」

 

龍園の正論に雪ノ下は睨みつける。正論を言われたら睨みつけるのは相変わらずだな。

 

「龍園。煽るのは良いが、食堂が混むから煽り過ぎるな。それと雪ノ下、俺や学校の選定に不満を抱いてる暇があるなら由比ヶ浜の勉強を見てやったらどうだ?どうせ小テストも0点なんだろ?」

中学時代の由比ヶ浜は成績も悪く、思考力も常識もない馬鹿だったし、小テストも0点である可能性はある。

 

「はぁ?!0点じゃないし!ヒッキーマジキモい!」

 

俺の言葉に由比ヶ浜はキレる。まあ幾ら由比ヶ浜が馬鹿でも0点はないだろうな。

 

「そうかい。でも赤点だろ?違うなら点数を教えてくれよ」

 

「な、何で教えなきゃいけないし!キモい!マジキモい!」

 

「コイツ絶対赤点だろ?」

 

「赤点だな。中学時代、コイツ30点以上の点数を取ってない」

 

龍園の問いに頷く。実際由比ヶ浜はテストのたびに毎回補修を受けていて、奉仕部部室で雪ノ下から勉強を教わっていたし。

 

「ま、退学になったら人生が詰むだろうから精々頑張れ」

 

この学校は国が力を入れている学校だ。その学校を退学になる、ということは国から見捨てられたと世間は判断するだろう。そうなったら比喩表現抜きで人生が詰む可能性が高い。

 

「そんな事ないわ。由比ヶ浜さんは絶対に退学させないし、Aクラスに上がってみせるわ」

 

「あっそ。しかし腑に落ちない事があるんだが、何故将来が決まってるのにAクラスを目指すんだ?」

 

「……どういう意味かしら?」

 

すると雪ノ下は怪訝そうな表情を浮かべるが陽乃さんから聞いてないのか?

 

「以前陽乃さんが「お母さんは、雪乃ちゃんは家の仕事をやらないのに一人暮らしをする穀潰しだから将来は大企業の跡取り息子と結婚させて役に立たせる、って考えてる」って言ってたぞ」

 

「っ!そんな話聞いてないわ。出鱈目言わないでちょうだい」

 

どうやら本当に聞かされてないようだ。

 

「そうだし!幾ら何でも親が勝手に結婚を決めるなんて間違ってるし!ヒッキーマジキモい!」

 

そしてお前はキモいしか言えないのか?

 

「少なくとも俺は陽乃さんからそう聞いた。それを信じるのはお前らの自由だ……って、そろそろ行くぞ」

 

「ああ。しっかし本当にDクラスって屑が揃ってんだな。中間で何人消えるか楽しみにしてるぜ」

 

「んだとテメェ!」

 

龍園が雪ノ下と由比ヶ浜をdisると2人の背後から、以前上級生と揉めていた赤髪の男子が激昂する。

 

「おいおい。Dクラスってのは屑だけじゃなくゴリラも受け入れてんのかよ?末期だなオイ」

 

「あぁ?!」

 

龍園の挑発に赤髪は更にキレて龍園の胸倉を掴む。対する龍園は待ってましたとばかりに薄く笑う。コイツ、わざと殴られてペナルティについて調べる腹か。

 

しかし……

 

「両者そこまで!」

 

手を叩く音が聞こえてきたかと思えば、入学式の時に俺と雪ノ下の諍いを止めた女子が立っていた。

 

「廊下での暴力沙汰は見過ごせないなぁ。監視カメラがあるとはいえこれ以上続けるなら先生を呼ぶことになるよ?」

 

「一之瀬、お前は勘違いしている。俺は善良な被害者だ」

 

嘘吐け。お前が善良なら人類の9割9分9厘以上の人間が仏や菩薩だからな。

 

「そう?私からしたら龍園君が挑発しているように見えるけど?君もここで殴ったら停学になるかもしれないよ?」

 

「ちっ……」

 

一之瀬とやらの言葉に赤髪は舌打ちをしながら龍園の胸倉から手を離す。対する龍園は胸元をパンパンと叩いてから赤髪に話しかける。

 

「お前は良いおもちゃになりそうだな。また今度お前で遊んでやるよ」

 

「あぁっ?!」

 

赤髪は怒鳴るが龍園はそれを無視してスタコラ歩き出す。あの野郎、自分から誘っておきながら先に行くとは良い度胸だな。

 

俺はため息を吐きながら一之瀬に小さく頭を下げて龍園の後を追いかける。

 

「赤髪をおもちゃ呼びしていたが何を企んでんだ?つか一之瀬って女は知り合いか?」

 

「赤髪についてはDクラスでもトップクラスの馬鹿だろうから遊び方は色々あるから悩みどころだな。で、一之瀬はBの女で少し前に石崎達を使ってBクラスにちょっかいをかけた時に知り合っただけだ」

 

言いながらも食堂に着いたので一旦龍園と別れて席を確保する。そして弁当を食べ始めると龍園がラーメンを持ってこっちにやってくる。

 

「で?話ってなんだ?」

 

まあ大体予想がつくけどな。

 

「ああ。今日学校の仕組みがハッキリしたがその特性上、今後は他クラスと競い合う」

 

「そうだな。そんでCクラスでリーダーをやるならお前だな」

 

「当然そのつもりだ。放課後にはそれを宣言する」

 

ま、リーダーを決めるなら早い内が良いだろう。明確なリーダーがいないと今後クラスがバラバラになる可能性が高いし。

 

「とはいえそれに不満を抱く奴はいるだろうな」

 

「そりゃそうだ。石崎やアルベルトを始め、何人か傘下を手に入れてるのは知ってるが、いきなりリーダー宣言しても納得はしないだろう」

 

特にCクラスは我が強い生徒が多いし、龍園の配下でない生徒の大半が不満を抱くだろう。

 

「ああ。だが実績の1つや2つを出せば反対派の大半は黙るだろうな」

 

それは否定しない。もしも龍園が実績を上げたなら反対派の連中も気に入らないが従った方が利口と判断して、不満を出さず余程のことがない限り龍園に従うようにするだろう。

 

「で?実績を出す為に以前誘ったようにお前の下につけと?」

 

「そうだ。といっても石崎やアルベルトとは違って下僕ではなく部下として雇ってやる」

 

「雇うって事はポイントをくれんのか?」

 

「他にも坂柳と関わることについてもお咎め無しにしてやる」

 

……コイツ。俺が坂柳と関わってる事も知ってるなんて……まさかとは思うが俺に監視を付けていたな。

 

「俺は別に無理に坂柳と関わるつもりはないからお前が反対するなら関わらないぞ」

 

「俺としてはそれでも良いが、お前からしたらそれはやめといた方がいいんじゃないか?坂柳がお前をどんな意味合いで気に入っているかはわからないが、アイツの性格からして、お前が関わるのを拒否したら面倒なことになると思うぜ」

 

そ、それは否定出来ない。俺は坂柳におもちゃ的な意味で気に入られている確信がある。そして奴の性格的に俺が避けたら首根っこを掴んできそうだ。

 

そう考えると龍園に協力して坂柳と関わる権利を貰うことが1番マシな選択だろう。

 

「……わかったよ。協力してやる」

 

俺はため息を吐きながらそう返すことしか出来なかった。なんか俺の平穏はどこに行ったんだろうか?

 

はぁ……





高度育成高等学校学生データベース (4/6時点)
 
氏名 雪ノ下雪乃
 
学籍番号 S01T004758
 
部活 無所属
 
誕生日 1月3日
 
評価
 
学力 A
 
知性 A
 
判断力 C
 
身体能力 B -
 
協調性 E
 
 
面接官コメント
小中学校から高い成績を筆記試験では高得点を取るが、他者を思いやる気持ちや協調性においては圧倒的に不足している。また自分の意見が全て正しいと思う少々傲慢な面も見られ、社会に送り出すには問題があり強い矯正が必要である事からDクラスへの配属とする。またスポーツにおける技術は高いが、体力が致命的に不足しているので改善が急がれる。
 


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「で?実績を上げると言ったが、最初は何をやるんだ?何でもBクラスにはちょっかいかけたが、次はDクラスにちょっかいをかけるのか?」

 

龍園に協力する事を決めた俺は開き直って龍園に質問をする。

 

「もちろんDクラスにちょっかいをかけるつもりだが、今すぐじゃない。今やるべき事は中間試験についてだ」

 

「なるほどな。確かに小テストで赤点を取った石崎を始め、馬鹿が予想以上に多いからな」

 

あの小テストで50点以下をとった奴が何人もいたが、そいつらは中間試験において赤点候補だろう。

 

「ただ退学するだけならどうでも良いが、退学した場合に発生するであろうペナルティが厄介だ」

 

だらうな。遅刻や私語でマイナスポイントがつくんだし、退学者が出たら相当デカいマイナスが付くだろう。

 

「入学して早々それは避けたいな」

 

「ああ。坂上は石崎を始め、一部の生徒が馬鹿みたいな点数を取ったにもかかわらず、赤点を取らずに済む方法があると確信していると言っていた。おそらく攻略の鍵はそこにある」

 

まああの言い方は独特だな。これまでの坂上先生の言い回しからして攻略法はあるはずだ。

 

「ちなみに比企谷。お前は既に攻略法を考えてるか?」

 

「……一応あるが、実行出来ない可能性があるし、実行出来ても大赤字を食らう可能性が高いから、絶対正しい攻略法じゃないぞ」

 

「それでも良いから言ってみろ」

 

そこまで言うなら……

 

「簡単な話だ。赤点候補の生徒はプライベートポイントを払って坂上先生から「カンニングをする権利」を買うって作戦だな」

 

「くはっ!そうきたか!まさか学校のルールをぶっ壊すって考えを出すとはな」

 

龍園はケラケラ笑うがそんなおかしいか?坂上先生は敷地内にあるものは全て学生証カードの中にあるポイントで購入が可能と言っていたし、敷地内でカンニングをする権利を買うって事も可能かもしれない。

 

「まあルールをぶっ壊すのは学校も認めない可能性が高いし、仮に認めても相当高いだろう」

 

少なくとも1人につき数十万単位だろう。もしも数万で買えるなら退学者は1人も出ないのは絶対だ。

 

「だろうな。が、今の比企谷の考えを聞いて点数を買うって考えも出た。コイツもそれなりに値段が張るだろうがカンニングよりは安いだろう」

 

「そうかもな。とりあえず坂上先生には聞いとけ」

 

幾ら俺達が考えを生み出しても、先生が売るのを拒否したら何の意味もないからな。

 

「そのつもりだ。話を戻すがもし正しい攻略法を発見し、俺に提示したら5万やる」

 

随分と太っ腹と考えたが、そうでもないな。もしも俺が正しい攻略法を発見して龍園に提示し、龍園がクラスに教えたら龍園はクラスメイトから信用を得る事が出来る。信用ってのは王にとって重要だ。無くしたら今後の活動に支障が出る可能性もあるしな。

 

「……わかった。一応こっちでも考えておく」

 

ポイントは学校生活において重要だ。貯めておけば強力な武器になるだろうし。

 

「決まりだな。期待しておくぞ?」

 

「過度な期待はすんな」

 

 

そう返して弁当を食べるのを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後……

 

「さていきなりだが今後の話をするが……今後Cクラスは俺が王となって指揮をする」

 

午後の授業が終わると、龍園が教卓に座ってそんな宣言をする。まさかあそこまで堂々と口にするとはな。

 

龍園の発言に一部からは不愉快そうなオーラが出るが、龍園の背後には石崎とアルベルトがいるから堂々と反対する奴はいない。

 

 

「お前らもわかってるだろうがこの学校は異質だ。教師どもはハッキリと説明しないし、普通の学校ではあり得ない事ばかり。そんな中でAクラスの座を手に入れるにはクラスを纏める存在は絶対だ。そして纏め役に必要なのは常識にとらわれない思考力、敵を潰す事に一切の躊躇いを持たない精神力、何らかの形であれ敵を潰す為に必要な暴力など色々あるが、Cクラスにおいて1番持ってるのは俺だ」

 

言葉からは物凄く自信を感じる。

 

「まあ俺の意見に不満がある奴が多いみたいだから、先ずは王を決めようぜ。俺はいつでも不満を持つ連中の相手をしてやるからかかってこい。どんな形でも構わないからよ」

 

言いながら龍園は笑う。そこには恐れの色はなく、自身がCクラスの王になる確信を抱いているのがわかる。寧ろ歓迎しているようにも見える。

 

その事から察するに反対派を潰す事も娯楽と考えているのだろう。わかってはいたが本当にイかれてるな。

 

「中には俺が王になる事に不満がない奴はいるだろうが、そいつらは帰って良いぜ。ただし俺が王になったら働けよ」

 

その言葉に対して真っ先に立ち上がったのは椎名で、次に俺だった。俺は別に龍園がクラスの王になろうと不満はない。この1ヶ月クラスメイトを見たが、上に上がれる可能性を上げるなら龍園を王にするのが1番だ。

 

椎名と一緒に教室を出てドアを閉めようとする中、教室を見ると俺達のように席を立ったのは数人だけだった。

 

「比企谷君は争いに参加しないんですね」

 

「それよりも本を買う方が優先順位が高い」

 

「そうですね。それに龍園君がリーダーになるのは確実です。龍園君は他の人よりもリードしています」

 

椎名の言う通りだ。龍園は入学初日からSシステムについて疑いを持って坂上先生に質問したり、真面目に授業を受けたり、石崎やアルベルトを配下にして、終いには真っ先に自分が王になると表明した。

 

この時点で他の生徒よりも数歩どころか数十歩リードしているし、恐らく1週間もしないで龍園がクラスの王になるだろう。

 

「ところで比企谷君。今朝坂上先生がAクラスにならないと学校から進学や就職の恩恵を貰えないと言った時に特に表情を変えてませんでしたが、不満とかないんですか?」

 

よく見てたな。椎名の言うように俺は高い進学率や就職率に対してそこまで興味はない。恩恵を受けれたら良いとは思うが、受けれないからってがっかりはしない。

 

「俺は元々外部と接触出来ない環境を理由に志望したからな。高い進学率と就職率は二の次だ。というかお前こそ高い進学率と就職率に興味はなさそうだったじゃねぇか」

 

「そうですね。私もあればいいとは思いますが、絶対に欲しいとまでは思ってないです。争い事も好きではないのでAクラスに上がれなくても不満はありません」

 

まあ普段の生活態度からして椎名って闘争心が薄いからな。向上心がないわけではないと思うが、少なくともクラスメイトの中では少ない方であるのは間違いない。

 

「じゃあ龍園の指示にも従わないって事か?」

 

「もちろんクラスが団結しないといけない場面に遭遇したら協力はします。ですがそれ以外では積極的に動く事は考えてないですね。私としては……」

 

「私としては?」

 

俺が尋ねると椎名は笑顔を浮かべて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラス間の争いをするよりも、比企谷君と一緒に本を読むのが1番楽しいですから」

 

とんでも爆弾を投下してきた。

 

この野郎……そ、そんな事を良い笑顔でハッキリと言うな。顔が熱くなって仕方ないんだが……!

 

「そ、そうかい……」

 

「比企谷君はどうですか?私と過ごして嫌じゃないですか?」

 

ハッキリと聞くな馬鹿!椎名の顔を見る限り含むところはないので純粋な気持ちで聞いているようだが、その純粋さが今の状況では憎らしい。

 

「ま、まあ嫌じゃないな」

 

俺は顔に溜まった熱に苦しみ、椎名から若干目を逸らしながらそう答える。

 

「良かったです。これからもよろしくお願いします」

 

当の椎名の声は弾んでいるが、椎名ってある意味龍園や坂柳よりも強いかもしれない。この天然っぷりは俺の心臓がもたないぞ。

 

しかし……

 

「ああ……よろしく」

 

誰よりも魅力的な笑顔を浮かべている椎名を見ると自然と拒否する選択肢が無くなっているのだった。

 

結局俺は恥ずかしい気持ちを抱きながら椎名と一緒にショッピングモールで本を買って充実した1日を過ごすのだった。




高度育成高等学校学生データベース (4/6時点)
 
氏名 由比ヶ浜結衣
 
学籍番号 S01T004757
 
部活 無所属
 
誕生日 6月18日
 
評価
 
学力 E-
 
知性 E-
 
判断力 E-
 
身体能力 E
 
協調性 A-
 
 
面接官コメント
 
学力、常識、判断力、運動能力などに非常に問題があり筆記試験では学年最下位を記録する。この結果は登校設立以来ワーストとなりDクラス配属以外に検討の余地はない。他人と簡単に仲良くなるコミュニケーション能力については高評価であるが、小中学校の資料によると後先考えず勢いに任せて行動する悪癖があるので改善を必要とする。


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攻略法

「これでコイツを代入すれば……合ってるか?」

 

「……はい。正解ですよ。これで数学が赤点になる事はないでしょう」

 

「なら良かった……」

 

5月になってから1週間、俺は図書館で椎名に理系科目を教わっている。幾ら授業をちゃんと聞いていても万が一の事もあるし用心してしっかりと勉強しておく。

 

加えて帰りのHRにて坂上先生からテスト範囲の変更を言われたからな。気をつけないといけない。

 

「それにしても赤点1つ取るだけで即座に退学とは厳しいですよね」

 

椎名はそう言っているがそれに関しちゃ同感だ。普通は補習だの追試だの救済措置があるからな。

 

「国が力を入れてる学校だからな。赤点を取る奴は恥晒しと考えてんだろ。しかし赤点回避する為の攻略法は全くわからんな」

 

以前龍園と話した点数やカンニングをする権利に対する売買については現実的ではない。カンニングをする権利については校則を破棄するのは無理であるため売買を認められず、点数については1点につき5万ポイントと言われた。

 

もちろん1点が1000ポイントぐらいだったら退学者が出なくなるし、高いのは予想していたが1点につき5万は現実的でない。

 

「?比企谷君の立場なら赤点は回避出来るのでは?」

 

椎名は不思議そうに言ってくる。確かに俺はそこまで赤点について不安視はしていない。

 

「攻略法を教えたらポイントをやるって龍園に言われたんだよ」

 

昨日龍園はクラスの王となった。その際にクラスメイトの中には顔に傷がある奴もいたが、龍園に叩き潰されたのだろう。

 

しかしまだまだ反対している奴は多く、龍園は実績を出して黙らせるつもりでいる。俺に攻略法について話したのも実績を出せる可能性を少しでも高める腹だろう。

 

俺としてもポイントは貯めておきたいし、可能なら攻略法を見つけたい。

 

「そうですか。坂上先生は赤点を回避出来る方法があると確信していると言ってましたが、これまでにヒントを与えていたかもしれないですね」

 

「まあこれまでにもヒントっぽい発言はたくさん聞いたからな」

 

プールの授業では泳ぐことが必ず役立つとか言っていたが、アレも夏に起こる何かに対するヒントだろう。

 

「ヒントって言っても、あのクソ難しい問題が含まれてた小テストくらいだろ?」

 

難問については一応調べて解けるようにはしたが、あの問題はテストに出ないだろう。出るなら坂上先生は赤点を回避出来る確信があるなんて言わないし。

 

「しかしあの小テストには何の意味があったのでしょう?あの問題は高校3年でやる問題です」

 

「だよな。成績表には影響はないって言ってたが、何に影響があるって話だ。大方毎年やってるんだろうが、難問を解けた生徒をチェックしてるのか?」

 

もしくはクラスポイントに関係してんのか?例えば難問を解けた生徒がいたらクラスポイントが増えるみたいに。ポイントの増減に関する詳細は教えて貰えないからわからんが。

 

そう話すと椎名はなにかを思いついたような表情になる。

 

「どうした?」

 

「すみません。今比企谷君、大方毎年やってるんだろうが……って言いましたよね?」

 

「言ったが?」

 

「もしかしたら同じ問題が出ていたかもしれないですよね」

 

「まあ大半の生徒が解けないし、同じか似たような問題の可能性はあるな」

 

「それなんですがもしかしたら同じ問題であり、その場合過去問があれば解けますよね?」

 

過去問……ああ、そういうことか。

 

「確かに過去問があればあの問題は解けた。そんで多分、あの小テストは中間試験に関するヒントかもしれないな」

 

「はい。中間試験についても過去問があれば……もしかしたら毎年同じ問題かもしれないですね」

 

それなら坂上先生の言った赤点を回避出来るやり方があると確信しているって言葉も納得がいく。

 

あの言い方だと絶対に助かる確実な方法がある事を示していた。それなら馬鹿な石崎でも確実に赤点を回避出来るし可能性はある。

 

「そうと決まりゃ早速Dクラスの先輩に小テストと中間試験の過去問を売って貰うか」

 

「確かにDクラスの先輩なら売ってくれる可能性はありますね。ですが今は放課後ですよ?」

 

「別に教室に行く必要はない。スーパーの無料コーナーに行く。あそこにはそれなりの生徒が来てるが、大半がDクラスの上級生だろう」

 

Cクラス以上の生徒は安定した量のポイントを貰ってるから自炊している割合は低いだろう。あそこを利用するのは節約家かポイントのない生徒だし。

 

「なるほど……確かにウチのクラスの生徒も自炊をしてるのは私と比企谷君くらいですし、可能性は高いですね。勉強もキリがいいですから行きましょうか」

 

「ああ」

 

言いながら俺達は勉強道具を片付けて、図書館を出る。そしてショッピングモールにあるスーパーに向かう。

 

「あ、それと椎名。上級生と交渉する時は俺達はDクラスの生徒と名乗るぞ」

 

「?何故ですか?」

 

「簡単な話だ。Cクラスの生徒と言ったらポイントを高く要求されるだろうからな。逆にポイントを支給されてないらDクラスの生徒と偽れば安くしてくれるかもしれない」

 

向こうもDクラスならポイントに飢えてるだろうし、安いポイントでも売ってくれる可能性があるからな。

 

「なるほど……中々悪いですね」

 

「節約家と言え」

 

言いながら俺はスーパーに向かう。そして無料コーナーに向かうと女生徒が無料コーナーにあるジャガイモを持っていた。見覚えがないし十中八九上級生だろう。

 

「失礼、もし間違えでなければ2年生か3年生ですか?」

 

「え……あ、うん。3年生だけど?」

 

「Dクラスの比企谷と椎名です。多分先輩もDクラスですよね?」

 

「……だとしたら何?」

 

不愉快そうな表情になるが、気にしない。そもそも俺は中学時代に罵倒や嘲笑を受けまくっていたから気にならない。

 

「お願いがあってきました。2年前の1学期の中間試験と小テストの問題と解答用紙を売ってくれませんか?」

 

俺がそう言うと先輩は目を見開いてから俺の手を引っ張り、スーパーの隅に連行する。

 

「ちょっと君、こんな場所であんな話をしないでくれる?」

 

まあ堂々と話す話じゃないな。これについては反省しよう。

 

「以後気をつけます。それで売ってくれませんか?」

 

「何で私に頼んだの?」

 

「Dクラスの生徒ならポイントに不足してると思ったからです。実際先輩は月の初めなのに無料コーナーにある食品を買ってますから、Dクラスの生徒と判断しました」

 

「……幾ら払えるの?」

 

そう言った時点で売ってくれるつもりのようだ。予定としては2万以内で済ませたい。

 

「1万でどうですか?」

 

「3万」

 

「3万は無理です。手持ちがありません」

 

「幾ら持ってるの?」

 

「2万ちょっとです」

 

まあ本当は12万ちょっとだけどな。

 

「じゃあ2万。これ以上は譲歩できない」

 

仕方ない。元々2万以下を目標としていたし、良しとするか。

 

「わかりました。では先輩の番号を教えてください」

 

言うなり先輩が携帯を操作して番号が表示された画面突き出してくる。それを確認した俺は番号を打ち込み、メッセージ欄に俺のアドレスを載せて先輩の携帯に送金する。

 

「送金しました。確認をお願いします」

 

「……うん。2万ポイント振り込まれてる。約束通り中間試験と小テストの問題をメッセージにある君のアドレスに送るね」

 

「今日の11時半になるまでに添付画像をお願いします。もしも送らなかった場合は学校に報告しますので」

 

「わかってるよ。そんなことになったら私も危ないからね」

 

「ではよろしくお願いします」

 

そう言って俺は椎名を連れてスーパーを後にする。

 

「それを龍園君に渡すのですか?」

 

「そのつもりだ。そんで龍園から「俺がどうした?」って本人が来たか」

 

いきなり話しかけられたので振り向けば龍園かいた。しかも珍しく配下を連れずに。

 

「実はさっきだな……」

 

言いながら俺はさっきまでの出来事を話すと龍園は納得したように頷く。

 

「なるほど、過去問か。俺は学校側に干渉する方法を模索していたが、そっちの方が手っ取り早いしそれが正しい攻略法だろうな」

 

「多分な。とりあえず画像が来たらお前にメールで送るが、届いたら椎名に5万振り込め」

 

5万は惜しいが椎名のおかげで攻略法に辿り着いたのだから椎名が受け取るべきだ。

 

「待ってください。2人で考え、比企谷君が交渉したので比企谷君が4万で私が1万でお願いします」

 

「いやいや。お前が過去問が攻略法かもしれないって言ったんだからお前の手柄だ」

 

「うだうだ煩えな。互いに半分ずつくれてやるから俺の前で揉めんな」

 

龍園が呆れ顔を浮かべながらそう言ってくる。クラスの王がそう言った以上従うしかないな。

 

「わかりました」

 

「後龍園、中間試験と小テストの問題に2万かかったら、俺に払え」

 

「ちゃっかりしてやがる。2つの問題が俺の端末に送られたら、椎名に2万5千、比企谷には過去問の代金も合わせて4万5千。これで良いな?」

 

「ああ。しかし問題についてだが、直ぐにクラスに公表するのか?早過ぎると一部の馬鹿が勉強しなくなる可能性もあるぞ」

 

早く公表すれば平均点は上がるだろうが、一部の馬鹿の気が緩み、やる気が下がり今後の勉強に支障が出るかもしれない。

 

「だろうな。とりあえず馬鹿じゃない奴には早く渡して口止めをさせる。石崎を始めとした一部の馬鹿共についてはテスト3日前まで勉強させて、その時に渡す事にする」

 

ま、それが理想だな。問題があるとすれば馬鹿じゃない奴から情報が漏れる可能性があるくらいだが、そこについては龍園が何とかするだろう。

 

「ともあれ良くやった。今後も実績を上げたら報酬をくれてやるから、精々俺に尽くせ」

 

龍園はそう言って俺と椎名の肩を叩いてから去って行く。同時に椎名が話しかけてくる。

 

「とりあえず問題が解決出来て良かったですね」

 

「ああ。少なくとも赤点は出ないだろ……っと、腹が減ったしそろそろ帰ろうぜ」

 

俺がそう言うと……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、でしたら折角ですし、一緒にご飯を作りませんか?」

 

………はい?




もしもガイルキャラが高度育成高等学校に入学したら?
 
高度育成高等学校学生データベース
 
氏名 戸塚彩加
 
クラス 1年B組
 
学籍番号 S01T004676
 
部活 テニス部
 
誕生日 5月9日
 
評価
 
学力 B-
 
知性 C
 
判断力 C
 
身体能力 C
 
協調性 B+
 
 
面接官コメント
 
学力、身体能力共に平均的であり今後に期待出来る。また分け隔てない優しさを持っていて周囲の人からは信頼されている。押しに弱い部分については改善が望まれる。


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料理

「……どうぞ、入ってくれ」

 

「はい。お邪魔します」

 

自分の部屋のドアを開けると椎名が部屋の中に入る。しかしコイツ、一応男子の部屋にもかかわらず一切躊躇いがないな。

 

俺はため息を吐きながら部屋に入り鍵をかけて靴を脱ぐ。夕食を一緒に作ろうと誘われた俺だが、最初は断わろうとした。

 

しかしその後に理系科目を教えると言われ、教わっている身としては断れなかったのだ。

 

「意外と物は置いてないですね」

 

「趣味が読書以外ないからな」

 

「チェスボードと本がありますが、それは?」

 

「Aクラスの坂柳に勧められて、やり始めた」

 

以前椎名が茶道部の方に顔を出している時に図書館で坂柳と会って、チェスをしてボコボコにされて、坂柳にこれから強くなり私を楽しませろと言われてチェスボードと本をプレゼントされた。

 

最初は面倒だと思ったが、わざわざプレゼントした物を無下にするのもアレだからと時間の合間に色々勉強している。

 

「ま、今は料理だ。折角和牛ステーキ肉を奮発したし、早く食いたい」

 

無料コーナーには僅かな挽肉や鶏そぼろ肉しかなかったからな。今日は龍園からポイントが支給される事もあり、つい買ってしまった

 

そ、ここで携帯が鳴るので取り出すと、スーパーで交渉した先輩から小テストと中間試験の問題用紙と回答用紙の写真が送られてきた。

 

「椎名。テストのコピーが来たから俺は精査する。先に飯を作っていてくれ」

 

「わかりました」

 

椎名から了承を得たので、俺は机の上の中から自分の小テストを取り出し、1問1問確認すると……

 

(全問一字一句同じか……となるとやっぱりこれが正しい攻略法だな)

 

俺はその写真を保存してそのまま龍園の携帯にメールで送る。送信完了が告げたのを確認すると携帯をポケットにしまい、キッチンに向かう。そこでは椎名が米を洗っているので俺は野菜を取り出して細かく切る。

 

「どうでしたか?」

 

「一字一句同じだった。間違いなく正しい攻略法だな」

 

言いながらも野菜を切り終えてステーキ肉をフライパンに乗せて焼き始める。ステーキなんて入学して以来一度も食ってないから楽しみだ。ポイントがすごく溜まったら、高級レストランで美味いステーキを食いたいものだ。

 

「比企谷君、手慣れてますね」

 

「中学の頃からやってきたからな」

 

元々妹がやっていたが、修学旅行以降仲違いして俺の家事をやらなくなり、必然的に自分がやる事になったからな。おかげで洗濯や食事などの家事は問題なくこなせる。

 

そういやアイツ、俺の事をごみいちゃんとか言って見下していた癖に、総武中の受験に失敗してからは覇気が無くなったな。

 

んで俺が日本トップクラスのこの学校に合格したら両親が今までの態度とは打って変わり俺をメチャクチャ褒めるようになり、それ以降アイツは学校にも行かずに引き篭もるようになったが、今も引き篭もってるのか?

 

ま、どうでもいいな。俺がどう考えようが3年は関わる事はないし、その時にアイツが引き篭もってようが俺には関係ない。

 

俺は意識を切り替えて肉を焼く。肉の良い匂いが部屋を充満する。今まで節約してからか食欲を刺激する。

 

今回は奮発してステーキ肉を買ったが、明日からはまた節約の日々だ。ポイントに余裕があるとはいえ、一度贅沢を覚えてしまうと浪費癖がついてしまい地獄を見るだろう。

 

現にDクラスの生徒が食堂や自販機でブツクサ文句を言いながら無料の山菜定食やミネラルウォーターを買っているのをよく見かける。その事から察するにDクラスの生徒の大半はポイントを碌に残してないのは明白だ。

 

俺からしたら馬鹿極まりない。Sシステムについて見抜けなくとも、普通は予想外のことが起こっても良いように2、3万は取っておくはずだ。

 

加えて100回近い遅刻欠席に400回近くの私語や携帯弄り……他人を見下す事は好きじゃないが、Dクラスについては不良品呼ばわりされても否定するのは難しい。

 

ともあれこの学校には謎が多く、今後何が起こるかはわからないので、今月はもうステーキなどの高い物は食わず無料コーナーにある食品で頑張っていこう。高い食い物はポイントが50万を超えてからだ。

 

と、ここで香ばしい匂いがしたので、バターを使って旨味を高める。隣では椎名が味噌汁を作っているが、女子が味噌汁を作るって家庭力があって良いなぁ。これでエプロンを着けてくれたならパーフェクトとしか言いようがない。

 

そんなアホな事を考えながらも調理しているとポケットにある携帯が鳴り出す。見れば隣にいる椎名のポケットからも音が聴こえてくる。

 

このタイミングと2人同時に鳴っている事からして十中八九龍園からのポイント送金だろう。しかし今は調理中だから後にしよう。

 

「もう直ぐ焼ける。そっちは?」

 

「まだかかりそうですね。さっきのメールはポイントですよね?」

 

「同時に来たからな。しかし中間試験ってクラスポイントが貰えるイベントなのか?」

 

「……難しいですね。定期考査は学校において重要なのは否定しませんが、この学校は異質ですから」

 

そうなんだよな。この学校はこれまで培った常識が通じない事が多いんだよな。監視カメラを使ってリアルタイムで生徒を査定したり、赤点を取ったら即退学だったり、普通の学校じゃ有り得ない。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ……大丈夫とは思いますが比企谷君は退学にならないでくださいね。大切なお友達が居なくなるのは寂しいですから」

 

っ……!だからコイツは恥ずかしい事を平然と言うなよ……こっちとしては恥ずかしくて仕方ない。

 

……まあ椎名の言葉には含むものはなく、優しさしかないから嫌じゃないんだけどさ。今まで罵倒ばかり受けていた俺からしたら余りにも新鮮過ぎて慣れてないだけだ。

 

「……当然だ。俺だって退学になるのは御免だ」

 

そう言ってから俺は意識を椎名からキッチンに向ける。正直言ってこれ以上椎名に意識を向けたらマジで頭がおかしくなりそうだからな。

 

 

 

 

 

 

その後俺は調理に集中した為、調理中は椎名に話しかけられなかったが、完成して一緒に食べる際は向かい合って話しかけられて凄い恥ずかしい思いをしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後……

 

「では私はこれで失礼します」

 

「ああ。付き合ってくれてありがとな」

 

「はい。それではまた明日」

 

夕飯を食べ、俺に理系科目の勉強を見てくれた椎名は夜10時になった所で俺に挨拶をして部屋から出て行く。椎名が見えなくなるまで見送った俺は大きく伸びをしてドアを閉める。

 

そして息を吐いてベッドに倒れこむ。頭に浮かぶのは椎名の事だけだ。入学してから椎名は持ち前の天然っぷりと本好きを思い切り発揮して俺にガンガン迫ってくるようになった。当初、俺は他人と関わるのを苦手により遠回しに拒否してもだ。

 

それが続いていく内にいつのまにか椎名と一緒に過ごす事が当然のようになってきている。

 

ーーークラス間の争いをするよりも、比企谷君と一緒に本を読むのが1番楽しいですからーーー

 

 

 

ーーーただ……大丈夫とは思いますが比企谷君は退学にならないでくださいね。大切なお友達が居なくなるのは寂しいですからーーー

 

 

 

っ!ダメだ。思い出すだけで顔が熱くなるし夜風を浴びに行こう。

 

俺は首を横に振ってベッドから降りて、そのまま部屋を出てエレベーターに乗って一階に降りる。

 

そして自販機に向かおうとすると、寮の隅にて1人の男が裏手の方をこっそり眺めていた。何だアイツは?ストーカー?それとも男女の中を覗き見する出歯亀か?

 

疑問を抱いていると男は物凄いスピードで裏手に入っていく。何事かと思って、さっきまで男がいた場所から路地裏を除くと……

 

(おいおいマジかよ?)

 

そこでは生徒会長の堀北学がさっき覗き見していた男と戦っていた。

 

(とりあえず記録しとくか。場合によっては交渉カードになるし)

 

俺は気配を殺し、携帯を録画モードにして撮影する中、会長は裏拳を放つと男は半身を仰け反り回避する。が、会長は直ぐに急所を狙った蹴りを放つ。素人の俺でもアレはヤバイと思う。

 

凄まじい勢いの蹴りを男は手ではたき落とす。すると会長は手を伸ばして男の服を掴もうとするが、男もそれも手ではねのけた。

 

どっちも怪物だ。俺が戦ったら3秒で気絶する自信がある。

 

「いい動きだな。立て続けに避けられるとは思わなかった。何か習っていたのか?」

 

「ピアノと書道なら。小学校の時、全国音楽コンクールで優勝したこともあるぞ」

 

絶対嘘だ。もしそうなら俺も今から習うわ。

 

「お前もDクラスか?中々ユニークな男だな。鈴音、お前に友達がいるとは驚いたぞ」

 

会長がそう言って男から目を逸らした先には女生徒がいた。彼女は怯えているように見えるが何があったんだ?

 

「彼は……友達なんかじゃありません。ただのクラスメイトです」

 

彼女がそう返すと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、孤高と孤独を履き違えてるようだな。ところで……そこで動画を撮っているのもお前の知り合いか?」

 

ば、バレてる……




もしもガイルキャラが高度育成高等学校に入学したら?
 
高度育成高等学校学生データベース (4/6時点)
 
氏名 材木座義輝
 
クラス 1年D組
 
学籍番号 S01T004662
 
部活 無所属
 
誕生日 11月23日
 
評価
 
学力 D+
 
知性 D
 
判断力 D
 
身体能力 E+
 
協調性 E
 
 
面接官コメント
 
突出したものはなく平均以下の生徒であり、協調性に欠けるためDクラス配属とする。歴史に関する知識は豊富であり、その方面に関する研究に相性が良い可能性がある。また喋り方が独特であるのは社会で問題視されるので、卒業する前に改善する事が望まれる。


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警戒

「相変わらず、孤高と孤独を履き違えてるようだな。ところで……そこで動画を撮っているのもお前の知り合いか?」

 

ば、バレてる……

 

俺は咄嗟に物陰に隠れようと考えたが、それも一瞬で却下した。堀北会長の運動能力なら一瞬で捕まるだろうし。

 

そう判断した俺は無抵抗を示すべく両手を上げて3人の前に現れる。

 

「1年Cクラス比企谷八幡か。動画を撮ったのは俺からポイントを巻き上げて、今日の取引で使ったポイントを補填する為か?」

 

すると会長か目を細めてそんな事を言ってくるが……

 

「……おかしいですね。何で会長がそれを知ってるんですか?」

 

俺は3年Dクラスの先輩に取引を持ちかけた筈だ。3年Aクラスの会長が知っているとは完全に予想外だ。もしかして生徒会長は生徒間のポイントのやり取りを把握出来る権限を持っているのか?

 

「取引現場の近くにいたからな。ああいう事は隅でやった方がいい」

 

どうやら会長もスーパーで買い物をしていて偶然俺の話を聞いていたようだ。女先輩も言ったように今後は気を付けて取引しよう。

 

「あの先輩にも言われましたが以後気をつけます」

 

「それで?幾らポイントを要求するつもりだ?」

 

「いや。会長を敵に回すのはヤバそうなんで遠慮します。携帯渡すんで消して構いませんよ」

 

言いながら携帯を投げ渡す。さっきの攻防を見て交渉カードにする馬鹿はいないだろう。

 

すると会長は物凄いスピードで携帯を操作して俺に返してくる。

 

「ただ一つ聞きたいんですけど、答えてくれませんか?」

 

「何だ?」

 

「簡単な話です。次の中間試験においてクラスポイントは最大でどのくらい貰えるんですか?」

 

そこを知りたい。数値次第では過去問を公開するタイミングをずらす必要性があるからな。

 

「なるほどな。見つけた攻略法を公開するタイミングを見計らうつもりか。答えを言うと最大で100ポイントだ。基準についてはクラスごとの平均点や高順位の生徒の数など様々だ」

 

「そうですがご助言ありがとうございます」

 

「この程度助言の内に入らない。しかしCクラスには龍園以外にも面白い奴がいるとはな」

 

えぇ……アイツと同列扱いって凄い嫌なんだけど。それじゃ俺が問題児みたいじゃねぇか。

 

「上のクラスに上がりたかったら死に物狂いで足掻け。それしか方法はない」

 

会長はそう言って去って行く。同時に汗がドッと出てくる。夜風に当たるつもりがとんでもない事になっちまったな。

 

ため息を吐きながら自販機に向かおうとする時だった。

 

「待って」

 

後ろから声をかけられたので振り向くと女生徒が俺を見ていた。

 

「?何か用か?」

 

「さっき攻略法とか言っていたけど、赤点を絶対に回避出来る方法があるの?」

 

なるほど。俺から情報を得たいようだが、馬鹿正直過ぎる。これでは龍園や坂柳を出し抜くのは無理だろう。

 

「ある……が、それを教えるつもりはない。他クラスにポイントを稼ぐ方法を教えるほどお人好しじゃない」

 

それにCクラスの大将は退学した場合に生まれるであろうペナルティを知りたがっているから教えない。

 

つか龍園の性格的にSシステムについて更なる理解を得たら他クラスの生徒を嵌めて、停学や退学によるペナルティを知ろうとするだろう。

 

「ま、無理に全員を赤点回避させるより、小テストで赤点を取るような馬鹿を切り捨てるのも悪くないんじゃないか?」

 

というかそうしてくれ。こちらとしてもデータが手に入るし。

 

「……それも選択肢の一つとして考えてるわ。多分クラスポイントが減る可能性はあるけど私達に失うポイントはないから」

 

クラスポイントに関しては0以下にはならないし、悪くない戦術だ。

 

まあ見えないマイナスはあるかもしれないが。例えば「退学者を出したクラスがAクラスに上がる為にはクラスポイント以外にも条件が追加される」みたいな感じの見えないマイナス要素があってもおかしくない。この学校は普通の学校じゃないし。

 

「それも悪くないかもな。あ、それと失うポイントがないって事はお前Dクラスだろ?由比ヶ浜結衣って奴がいると思うが、アイツはどうなんだ?同中だから気になってな」

 

退学になり得るか気になっている。

 

「由比ヶ浜さん?彼女は小テストで5点とDクラスの中でも退学者筆頭候補よ」

 

おいおい、あんな簡単な簡単なテストで5点って……予想より遥かに馬鹿だな。この学校に合格したから浮かれて知識を失ったのか?

 

「情報ありがとよ。ま、お前らがどんな行動を取るかは知らないが、俺達に迫ってきたら相手をする」

 

最後にそう言って俺は2人に背を向け、自販機で無料ミネラルウォーターを5本買って寮の中に戻る。

 

そしてエレベーターに乗って自分の部屋に戻り、ミネラルウォーターを冷蔵庫に入れてベッドに寝転がる。

 

(しかし中間試験で最大で100クラスポイント貰えるのは中々デカイな)

 

もちろん100ポイント貰えるとは思えないが、70〜80貰えたら十分だ。それだけで1ヶ月に買える本の数も増えるし。

 

そう判断した俺は龍園に先程の一件についてメールをして目を閉じる。堀北会長に見つかったからか精神的に疲れ果てたし。

 

(それにしても会長とやり合っていた男、名前は知れなかったが警戒が必要だな)

 

奴は会長と話してる時も淡々としていたし相当な修羅場をくぐっている可能性が高い。多分Dクラスだと思うが油断はしない方がいいだろう。

 

俺はDクラスに馬鹿が多いとは思ってはいるが、馬鹿しかいないとは思ってない。この学校は成績や運動能力のみではなく、素行などもクラス分けをする際の判断材料になっていると思う。実際龍園がCクラスにいるのは些か疑問だ。アイツならAでも通用すると思うし。

 

まあそれを考えても仕方ないし、寝よう。

 

今はどうこう出来ないし、テストに備えて勉強するだけだ。可能ならまた明日椎名に勉強を教わって……

 

 

 

 

ーーークラス間の争いをするよりも、比企谷君と一緒に本を読むのが1番楽しいですからーーー

 

 

 

ーーーただ……大丈夫とは思いますが比企谷君は退学にならないでくださいね。大切なお友達が居なくなるのは寂しいですからーーー

 

 

 

しまった……余計な事を思い出して眠れる気がしない……

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「ふぁぁ……眠い」

 

俺は欠伸をしながら部屋を出てエレベーターのボタンを押す。昨日は結局椎名の爆弾発言を思い出してしまい、全く眠れなかった。あの天然核爆弾はある意味学年最強だろう。

 

するとエレベーターのドアが開いたので中に入ろうとすると……

 

「おや、おはようございます比企谷君」

 

天敵の1人である坂柳が神室を連れながら挨拶をしてきた。よりによって朝からコイツと遭遇するとは……

 

「よう神室。おはよ……って杖で叩くな!」

 

面倒だからスルーしようとしたら杖で脛を叩かれる。このロリガキ、幾ら痛くないからって叩くなよ。

 

「挨拶をされたら挨拶を返すのですよ?」

 

「悪かったな。おはよう」

 

「はい。おはようございます。早速ですが中間試験の勉強は順調ですか?」

 

「ぼちぼちだ」

 

「なら良かったです。私としてもお気に入りのおもちゃ……お友達が退学になるのは嫌ですから」

 

「もうここまで来たらハッキリとおもちゃって言って良いからな?つかおもちゃで遊ぶって時点で幼女だな」

 

「私は幼女ではありませんっ」

 

すると坂柳は珍しくムキになって杖でツンツン足を突いてくる。その仕草が小さくまた可愛らしい」

 

「小さいと言わないでください、馬鹿……」

 

どうやら口にしていたようで、坂柳はそっぽを向いて私怒ってますオーラをだす。少しからかい過ぎたようだな。

 

「悪かった、よく考えたら身体的特徴でからかうのは駄目だな」

 

俺も腐った目によって色々な奴にdisられてきたが、そいつらと同じ事をしたのだ。今後は自省しよう。

 

「あ、いえ。こちらもからかい過ぎました」

 

俺が謝ると坂柳も拍子抜けしたようにそう返してくる。同時にエレベーターが開くので外に出ると……

 

 

 

 

 

 

「ヒッキー何してるし?!女の子を脅して連れ歩くなんてマジキモい!」

 

隣のエレベーターから退学者筆頭候補の由比ヶ浜が出てきて鉢合わせしてしまった。

 

今日は厄日か?





もしもガイルキャラが高度育成高等学校に入学したら?
 
高度育成高等学校学生データベース (4/6時点)
 
氏名 雪ノ下陽乃
 
クラス 1年A組
 
学籍番号 S01T004759
 
部活 無所属
 
誕生日 7月7日
 
評価
 
学力 A
 
知性 A
 
判断力 A
 
身体能力 A
 
協調性 A
 
 
面接官コメント
 
成績、身体能力共に数年に1人の逸材と言えるほど高いポテンシャルを持っている。加えて中学時代には文化祭実行委員長を務めたり、実家の仕事の為に社交界に参加した事から高いカリスマ性や社交性、処世術など、既に社会人として必要なものを兼ね備えている事からAクラス配属とする


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騒動

「はぁ……」

 

俺はため息を吐くことしか出来なかった。朝からコイツと出会うなんてマジで厄日かもしれない。

 

「何ため息吐いてるし!ヒッキーマジキモい!」

 

すると由比ヶ浜がそんな事を言ってくるがため息を吐くだけでキモい呼ばわりされるとは思わなかったわ。

 

「……クラスメイト?」

 

すると神室が質問をしてくる。ただし明らかに嫌そうな表情で、坂柳はゴミを見る目で由比ヶ浜を見ていた。

 

「同じ中学だった。んでDクラス」

 

「なるほど。品がない事から予想はしていましたが、やはりDクラスですか」

 

「煩いし!子供は黙ってるし!」

 

あ、坂柳の額に青筋が浮かんだ。まあ今のは怒るだろうな。

 

「比企谷君。友人は選んだ方がいいですよ?」

 

「友達じゃねぇの。不本意ながら生まれた縁で知り合ったんだよ。それに多分コイツは次の中間で退学を食らうだろうし、直ぐに縁が切れるわ」

 

「はぁ?!赤点なんか取らないし!」

 

「いやいや。小テストで5点しか取れない奴が言っても説得力ないからな?」

 

「え?あのテストで5点ってまずくない?」

 

俺の返答に神室も由比ヶ浜に対してバカを見る目を向ける。坂柳に至っては冷笑を浮かべている。

 

「な、なんでヒッキーが知ってんだし?!キモい!マジキモい!キモ過ぎだから!」

 

「あん?Dクラスの女から聞いた」

 

昨日会長の近くにいた女にな。つか昨日のアレはマジで何だったんだか。

 

「それにしても彼女、本当に品がないですね。比企谷君、彼女と何が「煩いし!人の事を悪く言っちゃいけないって事もわかんないの?!子供は口出しするなし!」……決めました。もし彼女が中間試験を突破したら、学校のルールに代わって私が潰します」

 

坂柳の額に青筋が更に浮かび、神室は同情に満ちた眼差しを俺に向けるがそんな目で見るな。

 

そこまで考えているとエレベーターの音が鳴り、ドアが開く。するとそこからは雪ノ下が出てくる。畜生、よりによって雪ノ下まで来やがったよ。

 

「あ!ゆきのん!聞いてよあの子供があたしに酷い事を言うんだし!」

 

内心ため息を吐いていると由比ヶ浜は戯言を吐いて、それを聞いた雪ノ下はこちらを睨んでくるが、即座に坂柳を見る。

 

「坂柳さんね?」

 

「貴女は……どちら様ですか?比企谷君はご存知ですか?」

 

「雪ノ下雪乃。由比ヶ浜と同様に同じ中学出身」

 

「雪ノ下……ああ。貴女が陽乃さんの妹ですか」

 

「?お前陽乃さんを知ってんの?」

 

「ええ。何度かパーティーであった事がありますが中々油断出来ない人です」

 

だよねー。あの人と相対した人間は一瞬でも油断した瞬間に負けるだろう。

 

「それで?陽乃さんの妹さんが私に何の用ですか?」

 

「……ふん。入学早々女王様気取りとは良い身分ね」

 

雪ノ下はそう言う。対する坂柳は小さく笑う。

 

「そんなつもりはありませんよ。その口振りからしてAクラスを狙っているのですか?」

 

「当然よ。私がいるべき場所はDクラスなんかじゃないわ。近い未来に貴女をAクラスから引き摺り下ろす」

 

「そうですか。陽乃さんの妹ですから期待してますよ」

 

「……姉さんの妹として見るのをやめてくれないかしら?不愉快だわ」

 

雪ノ下は苛立たしげにそう言ってくる。そういやコイツ、陽乃さんと比べられるのが大嫌いだったな。

 

「それは無理ですね。私は貴女と会ったのは今日が初めてですから」

 

まあそうだな。情報が少ない状態だと持ってる情報から判断するしかないし。

 

「はぁ?!ゆきのんが止めろって言ったんだから止めるし!人の嫌がる事はしちゃいけないって知らないの?!そんな事もわかんないなんて小学生以下じゃん!」

 

すると由比ヶ浜がそう言ってくる。同時に坂柳の額に更に青筋が浮かぶ。

 

「あんたも比企谷の事をキモい呼ばわりしてんじゃん。人の嫌がることをしといて文句を言うんだ?」

 

すると神室が呆れた表情を浮かべながらそう言うが、あの馬鹿には効かないと思うぞ。

 

「ヒッキーがキモいのは当たり前のことだから良いんだし!」

 

ほらな。予想はしていたから特に腹が立たないけど、自分の発言がブーメランになっていることに気付いてない事に呆れてしまう。

 

「……もう疲れました。2人とも行きましょうか」

 

坂柳は呆れたような表情を浮かべてそんな提案をしてくる。これには普段坂柳を嫌っている神室も反対しないでいる。

 

「待つし!ゆきのんに謝るし!」

 

言いながら由比ヶ浜は坂柳に詰め寄ろうとする。同時に坂柳が怪我をする可能性を危惧した俺は……

 

「神室、走る準備をしろ。坂柳、済まん!」

 

「えっ……きゃぁっ!」

 

坂柳に謝ってから即座に抱き抱えて走り出す。その際に坂柳は可愛らしい声を出すが、それを無視して神室と走り出す。

 

「何やってるしヒッキー!キモい!マジでキモいから!というか待つし!その子供はゆきのんに謝らないといけないし!」

 

背後からそんな声が聞こえながらも坂柳が怪我をしないように気をつけながら走り、やがて振り切る。由比ヶ浜の運動神経が雑魚で良かったな。

 

「っと、悪かったな坂柳」

 

言いながら俺は坂柳をゆっくりと下ろす。いくら馬鹿どもから逃げる為とはいえ、いきなりお姫様抱っこをしたのはやり過ぎたかもしれない。

 

「……いえ。彼女とは関わりたくなかったので、こちらとしては気にしてないです」

 

坂柳は珍しく恥ずかしそうにそっぽを向くが普段とのギャップがあってドキドキする。

 

「怪我はないか?一応お前に気を遣って走ったが、気分は悪くないか?」

 

「大丈夫ですよ。しかし比企谷君、彼女とは何があったんですか?」

 

「それは私も気になる。あそこまでキモいキモい言ってくるなんて相当凄い喧嘩をしたの?」

 

坂柳と神室がそんな質問をしてくる。

 

「詳しい事は言いたくないがとある一件で仲違いしたんだよ。ただ、仲違いする前からアイツはキモいキモい言ってたからなぁ」

 

1日に最低でも5回は言われていたからな。俺からしたらアイツのキモい呼ばわりは口癖だと思っている。

 

「そうですか……しかし彼女、本当に高校生なんですか?」

 

「俺に言われても知らん」

 

少なくとも精神年齢は幼稚園児だろうな。

 

「ところで坂柳、彼女については潰すの?」

 

「当然です。あそこまで苛々したのは初めてですから」

 

坂柳は口元は笑ってはいるが目は絶対零度だった。まあ坂柳の立場からしたらブチ切れても仕方ないか。

 

「比企谷君も止めませんね?」

 

「止めねーよ。既にアイツらとは決別してる」

 

アイツらが退学になろうが俺からしたらどうでも良い話だ。それより我が身が大事だからな。

 

「なら良かったです。それと……さっきはありがとうございます」

 

坂柳はそう言うと珍しく含みのない笑顔を浮かべてそう言ってくる。普段は腹黒い笑みを浮かべている坂柳だが、そんな可愛らしい笑みを浮かべられるなら常日頃から浮かべて欲しい。

 

俺は純粋にそう思うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

15分後……

 

「あ、比企谷君。おはようございます」

 

「おはよう椎名」

 

Cクラスに着いた俺は椎名に挨拶をして自分の席に座る。そして授業の準備をしていると、扉が開き龍園が入ってきてクラスの空気が若干重くなる。

 

しかし龍園は全く気にする素振りを見せずに俺に話しかけてくる。

 

「よう比企谷。目立つの嫌いな癖に随分とやらかしたな」

 

龍園はニヤニヤ笑っていてこっちの神経を逆なでしてくるが……

 

「何の話だ?」

 

正直言って心当たりがない。もしかして由比ヶ浜との一件……いや、あの時寮のエントランスには人が殆ど居なかったから違うだろう。

 

 

すると龍園は携帯を突き出してきて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これだよ、これ。Aクラスリーダーの坂柳をお姫様抱っこするなんて目立つに決まってんだろ」

 

真っ赤になっている坂柳をお姫様抱っこしている俺の写真を見せてきた。

 

 

 

 

その写真は瞬く間に学校中に広がったのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

Aクラス

 

「おはようございます」

 

坂柳有栖が挨拶をしながら教室に入る。普段なら坂柳派の人間は挨拶をして、葛城派の人間は睨みつけるが……

 

『きゃぁぁぁぁぁっ!』

 

今回に限っては坂柳派葛城派関係なく女子が黄色い声を出していて、これには有栖も驚いた。

 

「どうしたのですか?私が何かしましたか?」

 

有栖は近くの女子に話しかける。

 

「えっと……坂柳さんってCクラスの比企谷君と付き合ってるの?」

 

言いながら携帯を突き出してくる。そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……」

 

八幡にお姫様抱っこされている有栖の写真が表示されていた。しかも真っ赤になって。

 

(まさか撮られていたとは……予想以上に恥ずかしいですね。この様子だと相当広まっているようなので火消しは無理でしょう)

 

有栖は黄色い声に辟易しながらもそう考え始めるのだった。その間も女子からはキラキラした目で見られ続けながら。

 






もしもガイルキャラが高度育成高等学校に入学したら?
 
高度育成高等学校学生データベース (4/6時点)
 
氏名 比企谷小町
 
クラス 1年D組
 
学籍番号 S01T004759
 
部活 無所属
 
誕生日 3月3日
 
評価
 
学力 D+
 
知性 E
 
判断力 D
 
身体能力 C
 
協調性 B
 
 
面接官コメント
 
コミュニケーション能力はあるが、成績や教養が不足しているのでDクラス配属とする。また少々自分勝手な面もあるので改善を必要とする。


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図書館

ヒソヒソ……

 

「目立ってますね」

 

「言うな。はぁ……」

 

昼休みに図書館に向かっていると周りからヒソヒソと噂させる。椎名の言葉に俺はため息を吐いてしまう。

 

こうなった原因はわかっている。1週間前に坂柳をお姫様抱っこして運んだ俺だが、その噂は全く消えないままの状態で椎名と歩いているからだろう。

 

俺は以前、椎名に迷惑をかけたくないから距離を置こうと提案したら椎名は「私は噂なんて気にしないです」と拒否した。椎名がそう言ってくれたのは本当に嬉しいが余計に目立ってしまっているのは事実。

 

何度目かわからないため息を吐きながら図書館に入る。昼休みと放課後に椎名と図書館に向かうのは日課となっていて、放課後はテスト勉強をして昼休みには読書をしている。

 

図書館では昼休みにも勉強している奴も結構いるが、俺からしたら休み時間にまで勉強はしたくない。つか椎名の教えに加えて過去問もあるから全く問題ない。

 

そう思いながら席に座ると近くではクラスメイトの山脇と佐藤が座って勉強をしている。龍園はまだ過去問を公表してないからか集中して勉強をしているのがわかる。

 

俺はそんな光景から目を逸らして手に持つ本を見て読み始める。こうやって静かな場所で本を読むのは最高の時間だ。

 

暫くの間、本を読んでいると……

 

「何だと?!」

 

余りにデカい声が聞こえてきたので顔を本から上げると、龍園がおもちゃにしようとしているDクラスの赤髪がクラスメイトの山脇と向かい合っていた。見れば会長とやりあっていた男もいるが、何をやってんだ?

 

「本当のことを言っただけで怒んなよ。もし校内で暴力行為なんて起こしたら、どれだけポイント査定に響くだろうな。いや、お前らには失くすポイントが無いんだっけ?って事は退学になるのかもなぁ?」

 

「上等だ、かかって来いよ!」

 

山脇の言葉に赤髪はキレるが、アイツはいつの時代のヤンキーだよ?

 

呆れていると向かい側に座る椎名が立ち上がって騒動の方に向かう。多分注意をするんだろうが、椎名の場合だとクラスポイント云々ではなく静かに本を読みたいからだろうな。

 

とはいえ無視するわけにはいかないので俺も立ち上がる。あの赤髪の短気っぷりから椎名が危険な目に遭う可能性もあるからな。

 

「すみませんが、図書館で騒ぐのは迷惑ですから静かにしてください」

 

「んだテメェは?部外者が口出しするんじゃねぇよ」

 

赤髪は椎名に凄むが椎名は気にしない。

 

「そう言うのでしたら外で騒いでください。図書館では静かにするのがルールですよ」

 

「つか山脇、ここで騒いでクラスポイントが下がる要因となったら龍園に怒られるぞ?」

 

俺の言葉に山脇が顔を青ざめる。Cクラスの生徒の大半からは龍園の存在は恐怖の対象だから仕方ないだろう。しかし騒動を収めるにはこれが1番だろう。

 

「わ、悪い比企谷。そっちの不良品どもがギャーギャー煩くてよ」

 

「んだとこらぁっ!」

 

赤髪がキレる。山脇の奴、咄嗟だからか知らんが更に挑発してんじゃねぇよ。

 

「いい加減にしなさい。ここで騒ぎを起こしたらどうなるかわからないわ。それからCクラスって時点で自慢できるようなクラスではないわ」

 

すると以前話した鈴音(苗字は知らない)って女子が赤髪を止めて、山脇を睨む。まあ確かにCクラスは自慢できないだろうな。

 

「C〜Aクラスなんて誤差みたいなもんだ。お前らDだけは別次元だけどなぁ」

 

いやいや。Aクラスのクラスポイントは940でCクラスは490、450ある差を誤差呼ばわりは無理あるだろ。つかそれならCクラスとDクラスの差も誤差になるぞ。

 

「えっと、山脇くん。450あるAクラスとの差を誤差なら490あるDクラスとの差も誤差じゃないですか?」

 

椎名の言葉に山脇が凍りつく。流石椎名、この天然っぷりに勝てる奴はいないだろう。

 

「はっ!何だよ偉そうな事言っといてテメェらも大したことないじゃねぇか!」

 

赤髪は俺達を笑うが0ポイントのコイツが偉そうに言えることじゃないだろうに。コイツの知能定数は由比ヶ浜レベルだな。

 

赤髪の言葉に山脇はキレる。

 

「1ポイントもない奴らが偉そうに言える立場じゃねぇだろうが。そんな事を言ってられるのも次の中間でそいつらの中から赤点保有者が出て退学するまでだぜ」

 

「残念だけど、彼らの中から退学者は出ないわ」

 

「由比ヶ浜については?」

 

「……彼女は雪ノ下さんの管轄だから知らないわ」

 

俺がそう尋ねると鈴音はそっぽを向く。彼女からしても由比ヶ浜は馬鹿のようだ。

 

「そもそもだ。俺たちは赤点を取らないために勉強してるんじゃなくて、より良い点数を取るために勉強してんだよ。お前らと一緒にするな。大体、お前らフランシス・ベーコンだ、とか言って喜んでるが、正気か?」

 

あ?フランシス・ベーコンだと?

 

「比企谷君。それってテスト範囲外でしたよね?」

 

「俺の記憶が正しければな」

 

元々テスト範囲だったが、テスト範囲が変わってからは違ったはずだ。

 

「はっ!テスト範囲すら知らないのかよ。やっぱ不良品だな」

 

「いい加減にしろよコラ」

 

赤髪は山脇の胸倉を掴み上げる。おいおい、椎名に注意されたのに殴るのかよ?

 

「お、おいおい。暴力振るう気か?マイナス食らうぞ?」

 

「減るポイントなんて持ってねーんだよ!」

 

赤髪はそう言って腕を引く。もういいや、ここで山脇を殴らせた方が良いな。

 

しかし……

 

「はい、ストップストップ!もし、どうしても暴力沙汰を起こしたいなら、外でやってもらえる?」

 

以前も騒動を止めた一之瀬が割って入る。正論で注意されるのは二度目だからか赤髪も舌打ちをしながら手を放す。そんな赤髪を見た一之瀬は今度は山脇に向かって話し出す。

 

「君たちも、挑発が過ぎるんじゃないかな?これ以上続けるなら、学校側にこのことを報告しなきゃいけないけど、それでもいいのかな?」

 

「引いてください山脇君。これ以上騒ぐと龍園君の耳にも入りますよ」

 

「わ、わかったよ」

 

一之瀬と椎名の言葉に山脇も挑発をやめて佐藤と一緒に片付けに入り、そのまま図書館から出て行く。全くコイツらはDクラスを見下すのは構わないが、見下すなら俺がいない場所でやれや。

 

「君達もここで勉強を続けるなら大人しくやりなよ?」

 

「俺と椎名は騒いでないがな」

 

図書館で騒ぐ連中と同じ扱いをされるとは納得出来ん。

 

「そう。まあ何にせよテストが近いんだし、問題を起こさないようにね」

 

そう言って一之瀬は去って行く。確かCクラスの連中はBクラスにちょっかいをかけていたんだっけか?だとしたら一之瀬の言ってる事も納得がいく。龍園の奴、どんだけ暴れたんだ?

 

「やれやれ……椎名。読書の続きと行こうぜ」

 

「そうですね」

 

「あ!ちょっと待って!」

 

するとDクラスの生徒が集まる席にいた元気そうな女子が話しかける。

 

「何か用か?」

 

「えっと……さっき言ってたテスト範囲外について聞いて良いかな?」

 

「フランシス・ベーコンについてか?アレは普通にテスト範囲外だろうが」

 

「ちょっと待って。大航海時代はテスト範囲じゃないの?」

 

この女は何を言ってんだ?

 

「んなわけないだろ。大航海時代はテスト範囲外になったって発表されたじゃねぇか。だよな椎名」

 

「そうですね。全科目テスト範囲が変わって、クラスから不満が出ていましたし」

 

「そんな話聞いてねぇぞ!」

 

椎名の言葉に赤髪は叫ぶが、図書館で騒ぐんじゃねーよ。つかテスト範囲が変わって話を聞いてないだと?

 

「?担任の先生から聞いてないのかよ?」

 

「聞いてないわ。変わった場所を教えてくれないかしら?」

 

「良いですよ」

 

鈴音はそう言ってテスト範囲に書かれたプリントを見せてくると、椎名は特に思う事なく、ボールペンでプリントに書き込みをする。

 

「これで合ってると思いますよ」

 

「マジかよ?!全然やってない場所じゃん!」

 

男子の1人が騒ぐが、それはコイツらが勉強してない場所って事だろう。テスト範囲においてまだやってない箇所もあるし。

 

何故Dクラス担任がテスト範囲が変わったことを教えなかったのかは知らないが、このままだと本当に退学者が出るだろう。

 

「ま、あと1週間あるし頑張れ」

 

言いながら席に戻ろうとすると制服を掴まれる。

 

「待って。前に言っていた中間試験の攻略法を教えてくれないかしら?」

 

「はぁ?そんなのがあるのかよ?!」

 

「本人とにいさ……生徒会長が話してるのを聞いたわ」

 

「悪いが前も言ったように断らせて貰う。クラスポイントがかかった重要な試験で他クラスに情報を「ぐだぐだ言ってないで教えやがれ!」ぐっ……!」

 

「比企谷君!」

 

すると赤髪が俺の胸倉を掴み上げて本棚にぶつけてくる。コイツどんだけ短気なんだよ?つか苦しい。

 

「須藤君、良い加減にしなさい。向こうが訴えるなら停学か退学にされるかもしれないわ」

 

すると鈴音が須藤とやらの腕を掴んで俺を解放してくれる。

 

「けどよ!コイツが教えないのが悪いんじゃねぇか」

 

どこがだよ?他クラスなら普通だろうが。

 

「Cクラスの彼の立場からしたら悪くないわ……私が頼んだ事で迷惑をかけたわね」

 

「お前は悪くないから気にすんな。ただ鈴音、そいつの短気っぷりは早めに改善しないとDクラスの毒になるぞ」

 

これ比喩表現抜きでそう思う。連帯責任になるこの学校ではクラスに1人問題児がいるだけで、大きく足を引っ張るし。

 

「あぁ?!」

 

「忠告は受け取っておくわ。それと名前で呼ばないで」

 

「いや、俺お前の苗字知らないし。あの時にはお前の名前しか聞いてなかった」

 

「堀北鈴音よ」

 

「そうか。なら堀北よ。今回は学校には言わないが、次からは学校に報告させて貰うからな」

 

「感謝するわ。見えないマイナス評価を受けたら溜まったものじゃないから」

 

「だろうな……行くぞ椎名」

 

「あ……はい」

 

椎名の名前を呼んで2人で図書館を後にする。昼休み終了までまだあるが本を読む気が失せてしまった。

 

とりあえず教室に戻るか。



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執政

「比企谷君、怪我はありませんか?」

 

図書館を出ると椎名が心配そうに話しかけている。他人事なのに凄く心配そうに話しかけられると申し訳なく思ってしまう。

 

「大丈夫だ。特に怪我はしてない」

 

「なら良かったです。でも学校に報告しなくて良いんですか?」

 

「ああ。色々面倒だし」

 

椎名にそう言うが本当の理由は別にある。須藤は龍園のおもちゃ候補で色々と企んでいる。そこで俺が先生に報告したら龍園の企みの邪魔になるかもしれないからな。

 

「まあ比企谷君が言うなら止めませんけど、痛いなら保健室に連れて行きますからね?」

 

「大丈夫だって。そんな心配すんな」

 

「無理です。私にとって比企谷君は一番の友達だから心配です」

 

っ……だからコイツはそんなことをハッキリ言うなよ。本当にドキドキしてしまうわ。

 

「……ありがとな」

 

そう言うことしか言えない。コミュ障が痛手となってるな。

 

「どういたしまして」

 

しかし椎名は俺を気遣っているのか簡潔に返してくる。こういった淡々としたやり取りは俺も気が楽だからありがたい。

 

そんな風に妙に幸せな気分になりながらも廊下を歩いていると、2つのクリアファイルを持った龍園が楽しそうな表情を浮かべて俺に近寄ってくる。

 

「おい比企谷。なんかトラブルに巻き込まれたんだろ?話せよ」

 

「何でわかった?」

 

「胸元だよ。いつもぴっちり制服を着てる癖に今はしわしわだぞ」

 

目敏いなコイツ。ま、そうでなきゃ上を目指すのは無理だろうけど。

 

「図書館で須藤って奴に胸倉を掴まれたんだよ」

 

「あのゴリラか。で?学校にはチクるのか?」

 

「いや。やめておく。お前としてもその方がいいだろ?」

 

「違いねぇな」

 

やっぱり何か企んでたのかよ。頼むから俺を巻き込むなよ?

 

「で?そのクリアファイルは何だ?中にプリントがあるが坂上先生にプリントを運ぶように頼まれたのか?」

 

まあコイツの性格的に頼まれても断るだろうけど。

 

「お前らから貰った攻略法だ」

 

ああ……テスト1週間前に攻略法を発表するのか。ま、妥当なところだな。

 

そう思いながら教室に入ると空気が若干重くなるが龍園の所為だな。

 

当の本人は全く気にした素振りを見せる事なく、教卓に乗って辺りを見渡す。

 

「全員いるみたいだな。早速だが王の俺から駒のお前らに渡す物がある。比企谷と椎名以外全員席に着け」

 

龍園がそう言うと俺と椎名以外全員が席に着く。不満そうな表情を浮かべているのは龍園を気に入ってない連中だろうが、しかし何故俺と椎名は立たせたんだ?

 

疑問を抱いていると龍園は俺に赤いクリアファイルを、椎名に青いクリアファイルを渡してくる。

 

「配れ」

 

あ、そういう事ね。俺は納得しながら赤いクリアファイルからプリントを取り出して1番前の席にいる生徒に渡す。椎名も同じように青いクリアファイルからプリントを取り出して同じように渡す。

 

全員にプリントが行き渡った所で、龍園が口を開ける。

 

「全員に行き渡ったな?コイツは今の2年と3年が1年の時に受けた最初の中間試験の問題用紙と解答用紙、更に最初に受けた小テストの問題用紙と解答用紙だ。今日の昼休みに上級生から買ってコピーした」

 

なるほど。どうやら龍園は俺が3年生から買った問題用紙と解答用紙を受け取ってから、2年生から同じものを買ったようだ。

 

「え?でも龍園さん。これ、中間試験も小テストも丸っきり同じじゃないですか?」

 

「そう。毎回同じなんだよ。坂上は赤点を回避する手段があると確信していると言っていた。簡単な小テストで赤点を取った石崎がいるにも関わらずに、だ。そこで俺は確信した。絶対に助かる確実な方法があるってな」

 

龍園の言葉に騒めきが生じる。その際に敵意は薄れているが、明確な実績が出たからだろう。

 

「この学校は完全な実力主義だ。恐らく今後俺達は普通の学校にはない様々な特別な試験を受けるだろうが、それは単純な成績だけじゃ勝ち抜けない」

 

龍園の言葉に皆の空気が重くなる。皆、薄々感じていた事をハッキリと言われたからだろう。

 

「が、それがなんだって話だ。俺は必ず勝つ、どんな事があってもだ。その為なら手段は選ばない。俺はクラス全員を必ずAクラスへと導いてやる」

 

自信に満ちた言葉に敵意が殆ど無くなっている。明確な実績を見せながらこの発言はクラスの面々を前向きにする材料となる。

 

「だからお前らに積極的に力を貸せ。実績を出した奴は誰だろうと優遇してやる。以上だ」

 

その言葉によりクラスの士気は更に上がる。さて、ここで俺も一枚噛んでやるか。

 

「龍園、上級生から過去問を買ったのはわかったが、相当高かっただろ?いくら払えば良い?」

 

俺がそう言うと龍園は一瞬だけニヤリと笑うが首を横に振る。

 

「高かったのは否定しないが払う必要はない。これはお前らの成績が上がる為の俺からの投資だ。何せこの中間試験、成績次第では100近いクラスポイントが手に入るから、お前らには高得点を取って貰わないといけない」

 

龍園は俺の意図を察したようでそう返事をする。

 

「そんな!高かったのなら俺達も出します!幾ら高くても俺達全員で払えば安いはずです!」

 

すると石崎が机を叩いてそう言ってくる。それに対してクラスメイトは多少驚きはしたが、反対の色はなかった。

 

「龍園氏、幾らだったのですか?」

 

「合計15万だな。最初は高いと思ったが椎名の協力もあって買えた」

 

龍園の参謀である金田がそう尋ねると龍園は呆気なく返事をすると騒めきが生じる。まあいきなり15万なんて数字が出たらそうなるわな。

 

「だったら1人あたり4千ポイントくらいですね!おいお前ら!龍園さんに4千ポイント払えよ!」

 

石崎はそう叫ぶと龍園の配下の連中は携帯の操作を始め、それを皮切りに龍園と椎名を除いた面々が携帯を操作する。俺は携帯を操作するフリだ。

 

多少不満の色はあるが、4千ポイントで攻略法が手に入るなら安いと考えているようで文句を言う奴はいなかった。

 

俺と龍園と椎名を除いた37人が龍園に4千ポイント払ったら、龍園の懐には14万8千ポイントはいる事になる。

 

そして龍園は以前俺と椎名に過去問に対する報酬と過去問の代金、計7万ポイントを払った。

 

更に2年生から幾らで買ったのか知らないが、多分俺が買った時と同じように2万くらいだろう。

 

仮に龍園が2万ポイントで2年から過去問を買ったとしたら……

 

14万8千ー7万ー2万で、5万8千ポイントだけ龍園の利益となる。これはかなりデカイだろう。

 

龍園は6万近くの利益を得た。

 

俺と椎名は龍園からの報酬として2人で5万の利益を得た。

 

他のクラスメイトは僅か4千ポイントで高得点を取る秘訣を得た

 

それによりCクラスは中間試験で多量のクラスポイントが手に入る可能性を得た

 

 

……うん、全員得をしてるな。少なくとも損はしてない。まあこうなるように仕向けたのは俺だけど。

 

仮に龍園がポイントを貰わなくても問題ない。今回は石崎が騒いだから龍園はポイントという形の利益を得たが、貰わなかった場合だと「自分の懐を気にせずクラスの為に動いた」と好感度という形の利益を得ただろう。

 

好感度ってのは馬鹿にできない。嫌々働く部下よりも従順な部下の方が価値があるしな。

 

まあどちらにしろ龍園の力が増したのは言うまでもない。龍園の性格は完全な屑だが優秀である事には変わりなく、Aクラスに上がるには必須の存在だ。その龍園にクラスからの高い忠誠心が加わればCクラスは伸びる。

 

そうすりゃクラスポイントも増えるだろうし、今後もさり気なく龍園を支援すれば目立つ事なく過ごせるし俺としても頑張っていこう。金田が龍園の参謀として堂々と発言するなら、俺は龍園のビジネスパートナーとして暗躍していくのが理想だ。

 

そして椎名と一緒に本を……って、いつのまにか椎名と一緒に過ごす事が俺の中で当たり前のようになっている。そして俺自身、それを嫌どころか嬉しく思っている事に驚いた。

 

チラッと椎名を見ると本人は座って本を読んでいるが、そんな椎名を見るだけで胸が温かくなる。

 

やっぱり椎名は俺にとっての癒し枠だ。中学時代において癒し枠だった戸塚の時のように「俺の天使だ」とか「毎朝味噌汁を作ってくれ」とか椎名に言わないように気をつけないとな。

 

俺は昼休みが終わるまで椎名を見ながらそう考えるのだった。



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テスト前

「ではHRを終了する。明日は中間試験だが遅刻をしないように」

 

坂上先生はそう言って教室から出て行く。同時にクラスメイトは立ち上がり教室を後にする。既に全員過去問を暗記している状態だから不安の色はなかった。

 

「比企谷君、帰りましょう」

 

「ああ」

 

椎名がそう言うので俺は了承して立ち上がり教室を後にする。同時にDクラスの教室から叫び声が聞こえてきたので覗いてみると殆どの人がプリントを持って喜びを露わにした。あの反応からして……

 

「どうやらDクラスも過去問を手に入れたようですね」

 

椎名の言うように赤点対策として過去問を手に入れたようだ。喜びようが半端ないのは赤点候補だな。現に赤髪と由比ヶ浜がはしゃいでるし。

 

「AクラスとBクラスは学力が高いですから中間試験で赤点を取る人は出ないですね」

 

椎名はそう言うが……

 

「いや、一部の馬鹿は全て覚えられない可能性があるからまだわからない」

 

「流石にそれはないですよ」

 

いや…….由比ヶ浜なんてマトモに暗記が出来るとは思えない。特に英語なんて難しい単語もそれなりにあるし。

 

「どうだろうな。つかDクラスに限って言えば、過去問よりもっと楽な赤点回避方法がある」

 

「?どんな回避方法ですか?」

 

「簡単な話だ。クラス全体で協力して全員が全ての科目で5点だけ取れば良い」

 

赤点の基準はクラスごとに違い平均点を2で割った数字だ。つまり全員で5点取れば平均点は5点、赤点は2.5点を四捨五入して3点となる。いくら由比ヶ浜でも3点は取れるだろう……取れるよな。

 

まあこの作戦にもデメリットはある。それは全員が協力する保証がない事と、平均点は低いから貰えるクラスポイントが物凄く低くなる事だろう。

 

ま、結局完璧な作戦はないって事だ。

 

「確かにそんなやり方もありますね。ですが、そのやり方は上に行く事を放棄、この学校の教育方針に反していますので、ある意味他クラスに負けを認めているようなものですよね?」

 

椎名の言うことは間違ってない。この学校は完全実力主義で、クラス同士がAクラスの座を賭けてぶつかり、切磋琢磨していき社会に出て問題ない生徒を生み出す事を目的としている。

 

そんな学校で赤点回避のみに意識を向けるならば、それは暗に他クラスに負けたようなものであるからな。

 

「まあな。俺の案はあくまで赤点を回避する為だけ、要するに其の場凌ぎだからな。ま、今はDクラスより俺達のクラスだ。頑張ろうぜ」

 

「はいっ」

 

俺の言葉に椎名が可愛らしい笑顔を見せてくる。やっぱり癒されるなぁ……

 

その後、俺と椎名は図書館で最後の仕上げの勉強をして、2人で飯を食べて解散したが、テスト前なのに凄く和やかな時間で幸せだったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

その夜……

 

「う〜ん……むにゃむにゃ……」

 

午前1時、退学候補筆頭の由比ヶ浜結衣は机の上に突っ伏しながら幸せそうな表情で眠り、無意識のうちに唾液で過去問を汚すのだった。

 

 

 

 

 

 

翌朝……

 

「よしっ……行くか」

 

学校の支度を済ませた俺は部屋を出てエレベーターを待つ。そしてドアが開くので中に入ると、先客として龍園が乗っていた。

 

「よう比企谷。自信はあるか」

 

「ぼちぼちだ。そっちは?」

 

「過去問と内容が違っても赤点はねぇよ」

 

だよな。しっかり授業を聞いてりゃ赤点はないよな。

 

エレベーターを降りて寮のエントランスに出た俺達はそのまま寮を出る。と、その時だった。寮の横にある自販機の方向から坂柳と神室がやって来る。手には紅茶がある。

 

「坂柳か」

 

龍園はいつもより低い声で坂柳に話しかける。一方の坂柳はニッコリと笑顔を浮かべる。

 

「貴方は確かCクラスの大将の龍園君でしたか?」

 

「入学早々女王様気取りとは良い身分だな」

 

「そんなつもりはありませんよ?」

 

「どうだかな。先ずはDクラスとBクラスを潰す。その後はA、お前を潰す」

 

「少なくとも葛城君や一之瀬さんよりは楽しめるでしょうね」

 

「あんな雑魚どもと比べてんじゃねぇよ」

 

最早一触触発の空気がピリピリと流れる。龍園は以前雪ノ下が坂柳に言ったような事を言っているが、雪ノ下と違って雑魚臭がしない。これは龍園と雪ノ下の差を如実に表しているな。

 

「それは失礼しました。そこにいる貴方の部下の比企谷君共々楽しみにしてますよ」

 

「比企谷は部下じゃねぇ。どっちかって言うとビジネスパートナーだな」

 

「なるほど。まあ比企谷君の性格上、部下にするより適度な距離を置いた方がベストでしょう」

 

「お前からしたら王子様だよな?お姫様抱っこされて可愛らしい反応をしやがって、ロマンチストかよ?」

 

おいっ!俺の黒歴史を嬉々として話すな!思い出すだけで恥ずかしいからな!

 

「煩いですよ龍園君。それ以上その話をしないでください」

 

坂柳はさっきまでの冷笑を消して不機嫌そうになる。

 

「断る。写真を見たが、比企谷の胸の中で縮こまりながらも比企谷の首にギュッと抱きついてたがお前って意外と甘えん「黙れ龍園。それ以上話を続けるなら、今後Cクラスの情報を他クラスにばら撒くぞ」おっと、少しからかい過ぎたか?」

 

俺が龍園を脅すと龍園はヘラヘラ笑いながらもからかうのを止める。具体的に解説してんじゃねぇよ。坂柳だけじゃなくて俺にも大ダメージだからな?

 

「こほんっ、私をからかうのはともかく中間試験は大丈夫なのですか?」

 

「既に対策は出来てる。テメェも過去問を用意したんだろ?」

 

龍園は当然のようにそう言うが、俺も坂柳なら過去問を用意してると思う。

 

「ええ。まあ渡したのは私の友達だけですから、クラス平均はCクラスよりも下になるでしょう」

 

つまり仲の悪い葛城派には過去問を渡さず、差を見せつけようって腹か。地味だが中々容赦ないな。

 

「それはそうと比企谷君。折角ですから賭けをしませんか?」

 

「賭け?合計点数が上かについてか?」

 

「いえ。由比ヶ浜さんがいくつ赤点を取るかについてです」

 

そう来たか……赤点を取るかどうかではなく、いくつ赤点を取るかについて賭けるって事は坂柳は由比ヶ浜が退学すると思っているのだろう。

 

「由比ヶ浜って比企谷と同中で頭と股が緩そうなビッチだよな?」

 

「ど直球だなオイ」

 

俺もビッチと呼んだ事はあるが、コイツの呼び方は俺以上だった。

 

「言い方は下品ですが龍園君の言う通りです。折角ですから龍園君も参加しませんか?」

 

「幾らだ?」

 

「そうですね。軽い遊びですから3万程度でどうですか?」

 

他人の退学について遊び呼ばわりする時点で坂柳はぶっ飛んでるな。

 

「乗った。じゃあ今から携帯のメモ帳を使って由比ヶ浜の赤点の数を打ち込め」

 

「わかりました。あ、真澄さんも参加してくださいね」

 

「……はいはい」

 

神室はため息を吐きながらも携帯を取り出す。それを確認した俺は神室同様にため息を吐きながら携帯を取り出す。ぶっちゃけ3万も賭けたくないが、参加しないと面倒そうだからな。

 

しかし赤点の数か……科目は数学、英語、国語、理科、社会の5科目だが国語に選択問題が、数学には途中式を書かなくて良い問題がそれなりにあったので暗記は楽だし、由比ヶ浜でも多分大丈夫だ。理科も化学式が多かったので大丈夫だろう。

 

問題は英語と社会だが、この2つは十中八九赤点だろう。

 

英語は基礎が出来てないと答えを見てもチンプンカンプンだろう。そんで中学の時赤点だらけだった由比ヶ浜には基礎がない。

 

社会についても難しい漢字が結構ある。茶柱先生の採点の仕方はわからないが、普通の教師なら漢字ミスをしたら三角をつける。由比ヶ浜に漢字をマトモに書けると思えないし、それ以前に覚える気力が無さそうだし。

 

結果的に俺の予想では由比ヶ浜は2つ赤点を取ると思う。俺は携帯のメモ帳に2と打ち込む。他の3人も打ち込んだようなので互いに携帯を見せると……

 

「真澄さんが4、龍園君が3、私と比企谷君が2ですね」

 

俺と坂柳が同じだった。しかし全員0を打ち込まないとは……まあ仕方ないかもな。

 

内心呆れながら携帯をしまうと寮の入り口から由比ヶ浜が出てくるが、顔を真っ青にしていた。あの反応……まさかとは思うが寝落ちしたか?

 

あ、龍園が嗜虐的な笑みを浮かべて、坂柳が冷笑を浮かべている。

 

「ご機嫌よう由比ヶ浜結衣さん。テスト当日ですが元気がないですね」

 

散々子供扱いされたからか坂柳は冷笑を浮かべたまま話しかける。対する由比ヶ浜は坂柳のオーラに気圧されたのかビビりながら口を開ける。

 

「だ、大丈夫だし!過去問見たから大丈夫に決まってんじゃん!」

 

「でしたら何故顔を真っ青に震えているのですか?」

 

「べ、別に関係無いじゃん!」

 

「いえ。明らかに体調が悪そうだったので、心配で聞いてみただけです」

 

由比ヶ浜は怒るがその程度で坂柳は止まらない。心にも無い嘘を吐いている。

 

「素直に認めろよ。どうせ寝落ちして勉強してないんだろ?」

 

龍園の言葉に由比ヶ浜は言葉に詰まる。あの反応からしてビンゴだな。

 

「そ、そんな事ないし!テストなんて余裕だし!」

 

そうは言っているがガタガタと震えている。それを見た龍園は楽しそうに笑う。

 

「なるほど。なら俺はお前の点数を愉しみにしてるからな?」

 

「馬鹿にすんなし!あたしはちゃんと勉強したから大丈夫っ!」

 

由比ヶ浜はそのまま早足で学校に向かうが、坂柳と龍園は楽しそうに笑っている。由比ヶ浜が赤点を取ったら絶対にdisりまくるつもりだな。

 

そんな2人を見て俺と神室は何度目かわからないため息を吐くのだった。



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中間試験

 

「欠席者はいないようだね。良かった、もし欠席者がいるのならペナルティが発生していたよ」

 

朝のHRにて坂上先生は試験のスケジュールをホワイトボードに書きながらそう言ってくる。中間試験は5科目だが、今日一日でやる。中学時代は数日かけてやっていたので結構新鮮だ。

 

教壇に立って生徒たちを1人1人見ていく。

 

「高校生になって初めてのテスト、それも赤点を取ったら即座に退学と普通の学校からしたら理不尽極まりないテストを君達は今から受ける。当然緊張はするだろう。しかし私は君達が赤点を取らない事を信じているよ」

 

そこからは強い信頼を感じる。坂上先生って見た目は悪そうだが意外と生徒思いなんだよな?

 

「そんな君達に朗報がある。中間、期末試験を乗りきる事が出来『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』な、何だっ?!」

 

突如、背後から圧倒的な叫び声が聴こえて坂上先生の言葉を遮る。声のした方向にはDクラスがあるが、何をやってんた?アレか?赤点を回避しようぜって鼓舞してんのか?

 

 

「ごほん!話を戻すが中間、期末試験を乗り越えたならば君たちには夏休みにバカンスが待っている。その楽しみのためにも今回の試験全力で望んでくれ。私からは以上だ」

 

坂上先生は早口で言い切り、朝のHRを終了させる。まさかとは思うがさっきの叫び声はバカンスに反応したDクラス男子の叫び声とかないよな?

 

しかしバカンスか……これ絶対に裏があるだろ。バカンスという名前の特別試験みたいな感じで。この学校には裏がありまくりだから全く信用出来ない。

 

そこまで考えていると1限目の監督の先生がやってくるので意識を切り替える。先生はカンニングはダメみたいなお決まりの注意をしてプリントを配り始め、全員に配り終わると始めの合図をする。

 

俺はプリントを確認すると、本当に過去問と同じ問題が並んでいる。流し読みしたが、違いが見つけられない。

 

まあ過去問抜きでも赤点はないだろうがな。注意するとしたら解答欄のズレくらいだろうな。

 

そう思いながらも俺はゆっくりと、それでありながら確実に問題を解いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……では試験はこれで終了する。結果発表は3日後の朝にする」

 

5時間目の英語が終わり、坂上先生がそう言うと全員がバラバラな動きを見せる。その際に絶望感はなかったので赤点はないだろう。

 

「比企谷君」

 

すると椎名が俺に話しかけてくる。

 

「何だ?」

 

「試験も終わりましたし、本を買いに行きませんか?龍園君から貰った臨時収入もありますし」

 

そういや過去問を渡した際の報酬があったな。ま、入学最初の障害が終わったし、リフレッシュするのも悪くないな。

 

「わかった。行こうか」

 

「はいっ」

 

椎名が元気良く頷いたので俺達は2人で教室を出て廊下を歩く。と、そこで進行方向から坂柳が沢山の生徒を連れて歩いてくる。向こうも俺に気付いたようで小さく微笑みながら手を振る。

 

「朝ぶりですね。比企谷君、中間試験はどうでしたか?」

 

「全く問題ない。そっちは打ち上げか?」

 

「はい。比企谷君は彼女とデートですか?」

 

坂柳はからかうように笑いながらそう言ってくる。それに対して俺は否定の言葉を言おうとするが、その前に椎名が割って入る。

 

「?比企谷君の彼女は貴女なのでは?」

 

「?違いますよ」

 

「そうなんですか?登校中に堂々と比企谷君に抱き抱えられていたので彼女かと思いました」

 

椎名の発言に廊下の空気が凍りつく。そういや椎名には坂柳をお姫様抱っこした理由について話してなかったな。

 

「ち、違う。アレはトラブルから逃げる為だったんだよ。ほら、坂柳って身体が弱いから」

 

「なるほど。比企谷君は坂柳さんを抱えてあげたのですか。そうでしたか、勘違いしてすみませんでした」

 

「あ、はい。誤解が解けたなら何よりです」

 

椎名がペコリと頭を下げると坂柳は若干戸惑いながらも椎名の謝罪を受け入れる。

 

「あ、申し遅れました。Cクラス所属の椎名ひよりです。比企谷君の友達をやってます」

 

「ご丁寧にありがとうございます。Aクラス所属の坂柳有栖です。比企谷君をお世話してます」

 

「おいコラ。俺はお前の世話にはなってないからな?」

 

何度か勉強を見て貰ってはいたが、それだけだ。坂柳の言い方だと俺に関してあらゆる方向から面倒を見ていると周りの人間は思うだろう。

 

つか寧ろお前が神室の世話になってるだろうが。神室は基本的に坂柳の荷物持ちをしてるし、雨の時は傘を2つ持って片方に坂柳を入れてるし。

 

「そんな……酷いです。夜に何度も比企谷君の部屋でお世話をしたのに……」

 

坂柳の言葉に周りにいる人間が騒めくがちょっと待てや!世話して貰ったのは勉強に関してだけだ。坂柳の奴……夜に俺の部屋なんて言ったら完全に「あ、私も何度か経験がありますね」椎名ぁっ!勉強を!言葉に勉強を入れろ!この天然野郎が!

 

『ええっ!』

 

案の定Aクラス所属の坂柳の部下からは騒めきが生まれる。予想外の援護射撃に坂柳も呆然としている。

 

最早収集不可能だ……これ以上ここにいるとマジでヤバそうだ。

 

「全部勘違いだからな!行くぞ椎名。お前らは打ち上げ楽しんでろ」

 

俺は早足でこの場を後にする。明日から学校に行くのが怖くなってしまったのは言うまでもないだろう。

 

尚、俺に追いついた椎名に「さっきの経験ってお前が俺に勉強を教えて世話をしたって意味だよな?」と聞いたら普通に頷いて軽くイラッとなってしまった。

 

 

 

 

3日後……

 

俺が椎名と坂柳と肉体関係を持っているという不本意極まりない噂が流れながらも結果発表日を迎える。

 

教室では石崎を始めとした赤点候補組からはソワソワとした雰囲気を感じ取れる。

 

すると坂上先生が丸めた白い紙を持って教室に入ってくる。

 

「それでは結果発表を行う」

 

坂上先生は持ってきた白い紙を全て広げてホワイトボードに貼り付ける。そこには小テスト同様、クラス全員の各教科ごとの成績と合計点が書かれていた。

 

1番下を見ると全科目で石崎が最下位だったが、全て60点台だった。赤点の基準はクラスの平均を2で割った数字未満だから最高でも49点だ。その事からCクラスに赤点を取った生徒は1人もいない事を意味する。

 

それにより赤点候補組は安堵のため息を漏らす。彼らも入学して直ぐに退学は嫌だろうな。

 

「各教科の平均点は全て80点以上。おめでとう。これは4クラスの中で1番の結果だ。好成績で感心している。みなよく頑張ってくれた」

 

そりゃ過去問を使ったからな。過去問使って赤点とか馬鹿きわまりない。

 

「この調子で期末テストも頑張ってくれ。今日のHRはここまで」

 

 

坂上先生はそう言って教室を出ていく。それを見ながら自分の結果を見ると全部90点以上だった。椎名は全部満点だが、過去問がなくても満点を取れそうだな。

 

そう考えながらも俺は立ち上がりトイレに行こうとすると、廊下を出たあたりで龍園が話しかけてくる。

 

「よう比企谷。早速だが賭けの答え合わせをしようぜ」

 

賭け……ああ、由比ヶ浜の赤点の数についてか。すっかり忘れてたな。

 

俺が了解の返事をしようとするとAクラスの教室から坂柳と神室が出てきてこっちに向かってくる。

 

「お待たせしました。それでは答え合わせをしにDクラスへ行きましょうか」

 

「ああ。Dの連中は喚いてるだろうな」

 

龍園は嘲りを表情に乗せながら笑う。どうやら龍園の中では由比ヶ浜が赤点を取ることが決まっているようだ。坂柳も冷笑を浮かべていて、神室は呆れているが嗜める素ぶりは一切見せていない。今更だが、ここにいる4人は頭のネジが数本抜けているのだろう。

 

そんな事を考えながら4人でDクラスへ向かうと……

 

『〜〜〜〜!』

 

Dクラスの方から叫び声と泣き声が混ざった声が聞こえてきた。声からして由比ヶ浜だろうがDクラスのドアが閉まっているにも関わらず聞こえてくる声は大きいので相当な声で鳴いているな。

 

「どうやら赤点を取ったみたいだな」

 

「ええ。ですが問題は数です。私と比企谷君が2個と予想して、龍園君が3個で真澄さんが4個でしたね」

 

「ああ」

 

Dクラスの教室に着いたのでドアを開けると……

 

 

 

 

 

「やだよぉ!辞めたくないよぉ!うぅぅぅぅぅっ!」

 

雪ノ下に支えられながら大泣きしている由比ヶ浜がいた。俺達がドアを開けた事で注目が集まるが、それを無視してホワイトボードに貼られている成績表を見てみると、社会と英語の成績が書かれた場所において由比ヶ浜の名前が赤い線の下に記されているのだった。

 



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赤点

テスト結果発表日のDクラスの教室の雰囲気にはただならぬものがあった。赤点が出るか出ないか皆が緊張しているからだ。

 

「先生、今日は中間テストの結果発表日と聞いています。いつですか?」

 

「お前はそこまで気を張る必要はないだろう、平田」

 

「教えてください。いつですか」

 

「喜べ、たった今発表する。放課後じゃ、色々手続きが間に合わない事もあるからな」

 

手続きという言葉に、教室内の雰囲気が強張る。

 

「……どういう意味ですか」

 

「慌てるな。今点数を発表する」

 

Dクラス担任の茶柱はそう言って大きな白い紙を五枚、ホワイトボードに張り出した。

 

英、国、数、理、社。それぞれの教科の一人一人の点数が表示されている。

 

「正直に言って感心した。お前らがここまでの高得点を取るなんてな。満点が10人以上いる科目もあるぞ」

 

各教科、一番上には100点の文字がずらりと並ぶ。その光景に、生徒たちは歓喜の声をあげる。

 

しかし生徒らにとって最も重要なのは寝落ちした須藤と由比ヶ浜についてだけだった。

 

全員が成績表を見ると……

 

「っしゃ!」

 

須藤の点数は英語を除き60点前後、英語は39点で……

 

「やったよゆきのん!」

 

由比ヶ浜の点数は数学と理科と国語は40点後半で、英語は38点、社会は34点だった。前回の小テストの際にこれが本番なら30点未満が退学と言われたので2人ともクリアしたと喜びを露わにした。

 

以前の小テストの際には書かれていた赤点ラインを示す赤い線は引かれていなく、須藤は思わず立ち上がって喜び、池、山内もそれに続いた。由比ヶ浜は雪ノ下に抱きつき、雪ノ下は優しい表情で由比ヶ浜の頭を撫でる。

 

「見ただろ先生!俺たちもやるときはやるってことっすよ!」

 

「ああ、お前らが健闘したことは認める。ただし……」

 

言うなり茶柱赤ペンを取り出し、英語と社会の成績が書かれた枠の中にある由比ヶ浜の名前の上に線を引いた。

 

「由比ヶ浜、お前は赤点だ」

 

茶柱の無慈悲な言葉が教室に響く。瞬間、さっきまでのお祭り騒ぎは一切無くなった。

 

「は?なんで?!」

 

由比ヶ浜は喜びから一転、怒りを露わにする。

 

「お前は赤点を取った。今日で退学だ」

 

「嘘つくなし!赤点は31点だって言ってたじゃん!」

 

怒りのあまり敬語を使わなくなる由比ヶ浜だが、茶柱は冷静だ。

 

「それは小テストの話だ。赤点の基準はテストごとに変わる。その算出方法を教えてやろう」

 

すると、茶柱先生は黒板に何やら書き始める。

 

78.8÷2=39.4

 

74.6÷2=37.3

 

「赤点ラインは平均点を2で割った値だ。小数点以下は四捨五入する。今回のDクラスの英語の平均点は78.8で社会の平均点が74.6。よって英語は39点未満で、社会は37点未満で赤点となる。須藤の英語については39点だからギリギリセーフという事になるが、由比ヶ浜は英語は1点、社会で3点足りない」

 

茶柱の冷徹な言葉が教室に響く。大丈夫だと思っていた須藤は赤点ギリギリであった事実を知り冷や汗を流しながら、安堵の息を吐いていた。

 

そんな中、由比ヶ浜は現実を認識出来ずにいた。

 

「なんで赤点の基準を教えなかったし!そうすれば……」

 

「そういえばちゃんと勉強していたとでも言うのか?おかしな話だ。赤点の基準がわからなくても自分が赤点と言われたら真面目に勉強するのが普通だ」

 

「そ、それは……納得いかないし!」

 

「お前が納得しようがしまいが退学は決定した。放課後退学届を提出してもらうことになるが、その際には保護者も同伴する必要があるから、私から連絡しておく」

 

淡々と由比ヶ浜に報告する茶柱の言葉が、事実として教室内に浸透していく。

 

「せ、先生、待ってください。本当に由比ヶ浜さんは退学なんですか?救済措置はないんでしょうか?」

 

「ない。これはルールだ」

 

「では、由比ヶ浜さんの解答用紙を見せてください」

 

「構わんが、採点ミスはないからな」

 

抗議が出ることを予め予想してか、茶柱は由比ヶ浜の解答用紙だけを持ってきていたようだ。平田に解答用紙を渡す。

 

平田がそれを確認するが少ししてから暗い表情を見せながら、言う。

 

「採点ミスは……ない」

 

「納得できたか?由比ヶ浜の赤点は絶対だ」

 

茶柱は由比ヶ浜に改めて事実を突きつける。

 

「ま、待って……あたし、次のテストで頑張るから……」

 

「赤点を取った以上、次はない」

 

「待ってください茶柱先生」

 

由比ヶ浜の懇願を茶柱は一蹴すると、雪ノ下が手を挙げる。

 

「今度は雪ノ下か。何だ?」

 

「今回の中間試験において茶柱先生はテスト範囲の変更について私達に報告を怠っていました。それにより由比ヶ浜さんが赤点を取ったとなると先生にも責任の一端はあると思います」

 

「だから由比ヶ浜の退学を撤回しろと?しかし他の生徒はテスト範囲が変わっても高得点を取っている。それにテスト範囲が変わったと言っても授業で習ってない範囲は一切出していない。それを考えると由比ヶ浜の勉強不足、自業自得が赤点の原因だ」

 

「っ……」

 

その言葉に雪ノ下は黙り込む。茶柱の言っている事は紛れもなく正論だからだ。事実雪ノ下も朝由比ヶ浜から寝落ちしたと聞いた時は絶句してしまったくらいだ。

 

「残りの生徒はよくやった。次の期末のテストでも赤点を取らないように精進してくれ。由比ヶ浜は放課後職員室に来い」

 

「待って!今高校を辞めたらあたし……!」

 

由比ヶ浜は涙をポロポロ流しながら茶柱に話しかける。しかし茶柱は表情を全く変えない。

 

「赤点を取ったお前が悪い。辞めた後は私の知る事じゃない」

 

「やだよぉ!辞めたくないよぉ!うぅぅぅぅぅっ!」

 

由比ヶ浜は大声で泣き始め、それを雪ノ下が支える。その光景を見たクラスメイトはどうしたら良いのかと苦々しい表情で浮かべる。

 

と、その時だった。

 

ガラガラガラ……

 

扉が開く音が聞こえてきて、皆が一斉に音のした方向を見る。

 

そこには杖をついた小柄な女子と気怠そうにする長身の女子、明らかにガラの悪い男子と目が腐った男子の4人がいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

教室に入ると注目される。しかし坂柳は特に気にする素振りを見せずにホワイトボードに貼られている成績表を見て薄く笑う。

 

「赤点は2つ……どうやら私と比企谷君の勝ちみたいですね」

 

「アテが外れたか」

 

「じゃあ負けた私と龍園はあんたと比企谷に払うね」

 

言いながら龍園と神室は携帯をいじりだす。と、ここで茶柱先生が話しかけてくる。

 

「AクラスとCクラスのお前達が何をしにきた?」

 

「そこで惨めに泣いてる馬鹿が何個赤点取ったか賭けをしたんだよ」

 

龍園が特に表情を変えずにそう言うとDクラスの生徒が騒めきだす。中でも雪ノ下は龍園を睨みつけるが、龍園は全く気にする素振りを見せない。

 

「しかしよぉ……Dクラスは過去問を手に入れたのは知ってたが、それで赤点取るなんてどんだけ馬鹿なんだよ?不良品の中でも格が違い過ぎだろ」

 

「っ……酷いよぉ……」

 

「酷いのはお前の思考回路だ。退学してもまともな職に就けないだろうし、頑張って身体を売れよ」

 

「……っ!」

 

龍園の煽りに雪ノ下はキレて龍園の頬に平手打ちを叩き込む。対する龍園は避ける素振りを見せずに平手打ちを受ける。

 

「貴方、最低ね……!私は貴方を絶対に許さないわ!」

 

「許さなくて結構。つか茶柱よぉ、これは立派な暴力だろ?」

 

「ふざけんじゃねぇよ!いきなり現れたかと思えば由比ヶ浜を馬鹿にしやがって!」

 

龍園はヘラヘラ笑いながら茶柱先生に全く敬意を払わずに、そう言うと須藤がブチ切れる。しかし龍園は相手にしない。

 

「はっ、もう退学する奴を庇うなんて見た目に反して優しいな」

 

「煽り過ぎですよ龍園君。彼らは由比ヶ浜さんは退学するのは決定したのですから気が気でないのですよ」

 

「そこのビッチの赤点の数を賭けたお前が言うな。ついでに言うなら退学を回避する道はまだあるぜ」

 

その言葉にDクラスからは騒めきが生まれ、茶柱は眉をひそめる。

 

「本気で言ってるのか?」

 

「少なくともビッチの赤点を無くす方法はあるな」

 

「その方法は何?!教えなさい!」

 

龍園の言葉に雪ノ下は龍園に詰め寄るが龍園は鼻で笑う。

 

「何で俺がビンタしたお前の言う事を聞かないといけないんだ。教えなさいじゃなくて教えてください、だろ?」

 

まあそうだな。雪ノ下が龍園にキレるのは仕方ないが、物を頼む態度じゃないな。

 

「とはいえ俺は広い心を持ってるし……そうだな。10万ポイントを俺にくれてお前が土下座するなら教えてやるよ。ついでにお前のビンタもチャラにしてやる」

 

「っ!ふざけないで!誰が貴方なんかに!」

 

土下座するように言われた雪ノ下は激昂する。しかし龍園は動じない。

 

「だったらお前のお友達は退学だな。ま、俺としてはどっちでもいいけどな」

 

まあ龍園からしたらどっちでもいいだろう。由比ヶ浜が退学したら退学した場合のペナルティを知れるし、由比ヶ浜の退学が回避されたらDクラスは大量のプライベートポイントを失い尚且つ由比ヶ浜という足枷を付けたままの状態だからな。

 

「ちなみに坂柳、お前はどう考えんだ?」

 

俺は坂柳に耳打ちをする。由比ヶ浜に散々馬鹿にされた坂柳からしたら龍園が救済案を教える事に反対かもしれない。

 

「どちらでも構いません。正直に言うと私がこの手で彼女を退学させたい気持ちもあるので」

 

なるほどな。まあ坂柳の立場からしたら由比ヶ浜を自分の手で退学させたい気持ちもあるだろう。

 

「待って。ポイントはともかく、土下座は取り下げて欲しいな。雪ノ下さんが可哀想だよ」

 

すると以前図書館で会った女子が頼んでくるが、龍園は全く気にしない。

 

「ならそのビッチは退学だな。ま、お前らとしてもゴミが消えるからいいんじゃないか?後3分待ってやるからお前らで決めな」

 

龍園は敢えて制限時間を言ってDクラスの判断力を鈍らせる。その際に坂柳は小さく笑っているが生粋のドSだな。

 

「……本当に由比ヶ浜さんの退学を回避出来るのかしら?ポイントを貰うための詐欺を考えているのではないのかしら?」

 

内心呆れている中、堀北がそう言ってくる。まあ彼女の発言も当然だ。

 

「そんな訳ないだろ。教師やカメラに見られてるんだぞ。ここで俺が詐欺なんてしたら俺も退学を食らうからな」

 

まあそうだろうな。もしも詐欺したら龍園もタダじゃ済まないのは確実だ。

 

そこまで考えていると雪ノ下は龍園から目を逸らし……

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷君。由比ヶ浜さんが退学を回避する道を教えなさい。拒否権はないわ」

 

あろうことか俺にそんな命令をしてきたので……

 

 

「30万で良いぞ」

 

そう返した。



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取引

「比企谷君。由比ヶ浜さんが退学を回避する道を教えなさい。拒否権はないわ」

 

あろうことか俺にそんな命令をしてきたので……

 

「30万で良いぞ」

 

そう返す。すると雪ノ下は怒りを露わにする。

 

「ふざけないで!このままだと由比ヶ浜さんは退学するのよ!」

 

「知らねぇよ。そもそもの話、何で由比ヶ浜が退学するのかわからないのか?誰かに嵌められたならまだしも、勉強しなかったアイツの自業自得だろうが。つかそんなに由比ヶ浜を守りたいならクラスメイトと協力してポイントをかき集めて龍園に土下座すれば良い話だろうが」

 

「そうですね。所詮は由比ヶ浜さんの自業自得です。どの選択をするかは自由ですが、自分のプライドを捨てずに由比ヶ浜さんを見捨てるのが1番だと思いますよ。由比ヶ浜さんはいても足を引っ張るだけでしょう」

 

坂柳がこの状況を見て楽しそうに笑いながらそう口にする。そんな中、龍園の責めは止まらない。

 

「後1分だな」

 

その言葉に雪ノ下は焦り俺の胸倉を引っ張る。

 

「今すぐに教えなさい!でないと容赦しないわ!」

 

なるほどな。力づくで聞き出す腹か。焦りのあまり暴力に走ろうとするか。

 

「どうぞご自由に。まあそうなったらお前も退学だろうな」

 

俺は監視カメラを指差しながらそう口にすると雪ノ下は悔しそうに手を離す。

 

「つかそんなに土下座が嫌なら見捨てたら良いじゃねぇか。お前にとっては由比ヶ浜より自分のプライドの方が大事なんだろ?」

 

龍園があおりまくる。それはもう楽しそうに。

 

「ふざけないで!由比ヶ浜さんは大切な友達よ!」

 

雪ノ下の叫び声に龍園が嘲笑を浮かべる。その際に携帯を取り出しているのは雪ノ下が土下座した場合に写真を撮る為だろう。

 

「だったら土下座しろよ。後30秒な」

 

「っ……!」

 

龍園の言葉に雪ノ下は顔を真っ赤にする。そしてチラッと横にいて泣いている由比ヶ浜を見たかと思えば、再度龍園を睨みつけ、床に座り頭を地面につける。要するに土下座をした。

 

「くはっ!コイツは傑作だな!」

 

龍園は笑いながら写真を撮る。その際に雪ノ下は土下座しながらもプルプル震える。プライドの高い雪ノ下からしたら今の状況は我慢出来ないものがあるだろうな。

 

「じゃあ後は10万……って言いたいが、頭を踏ませてくれんならタダにしてやるよ」

 

コイツ、やっぱり鬼畜だな。Dクラスの大半はドン引きしてるし。

 

「待て龍園。それ以上は度が過ぎるぞ」

 

「教師は引っ込んでな。で?頭を踏ませるのか?それとも「待ってくれないかな?」……あ?」

 

するとイケメンが話しかけてくる。

 

「10万ポイントは用意する。だからこれ以上雪ノ下さんを傷付けるのはやめて欲しい。皆、少しずつで良いからポイントを出してくれないかな?」

 

「……平田君。私の端末に6万ポイントあるから使って」

 

イケメンがそう言うと土下座している雪ノ下がそう言う。どうやらかなり貯めているみたいだな。

 

「じゃあ僕が4万ポイント払うよ。龍園君は番号を教えて」

 

「くくっ、交渉成立だな」

 

龍園はそう言って番号を平田という男子に渡す。同時に平田が自分と雪ノ下の携帯を操作する。すると龍園の携帯が鳴りだし、龍園は小さく頷く。

 

「じゃあ約束通り教えてやるよ。それはな、教師に頼んで点数を売って貰うんだよ」

 

龍園の言葉にDクラスの間に騒めきが起こり、茶柱先生は目を細める。

 

「点数を売るとは前代未聞だな」

 

「この学校ではあらゆる物をポイントで買えるって入学初日に言われたからな。以前坂上に聞いたら坂上は1点5万ポイントで売ってやると答えたぞ」

 

「なるほどな。他の先生が認めたなら問題ないだろう」

 

「で?Dクラス担任は何点で売るんだ?」

 

「そうだな……坂上先生と同じ5万ポイントにしよう。由比ヶ浜は4点足りないから20万ポイント必要になるな」

 

「待ってください茶柱先生。それは高過ぎだと思います」

 

「そうでもないだろう。1点あたり1000ポイント程度なら誰でも赤点を回避出来て、勉強する意欲が無くなるだろう。教師としてそれは看過できない」

 

まあそうだろうな。仮にも国が運営する学校の生徒が勉強する意欲を無くしたらアウトだ。寧ろポイントを高くすれば赤点を回避しようとする意欲が更に増すし、教師が点数を安売りするのは無理だろう。よって茶柱先生の提示した値段は妥当だ。

 

「つまりお前らは20万ポイント払って過去問を使ったのに赤点を取ったゴミを助けるか、ゴミを捨てるかのどっちを選ぶんだよ」

 

龍園がどっちを選ぶか楽しそうに提示する。正直言ってこれはエグい。

 

何故ならここで由比ヶ浜を助けたらクラスポイントが無いDクラスの生徒が所有するプライベートポイントはかなり失うだろう。しかも助けた由比ヶ浜が今後クラスにとって役に立つ可能性は低いし、下手したら次の中間で再度赤点を取る可能性もあるし、助けるメリットが無い。

 

そもそもの話、ポイントを出す事を嫌がる生徒もそれなりにいるだろう。

 

逆に由比ヶ浜を見捨てた場合、ペナルティが発生する可能性はあるが戦力については殆どダウンしないしプライベートポイントも減らないので見捨てたいと思う生徒もいるだろう。

 

Dクラスはクラスポイントが0なので由比ヶ浜を助けるなら必然的にポイントを持っている人間に負担がかかるし。

 

そう思っているとHR終了のチャイムが鳴る。続きは気になるが後数分以内に教室に戻らないとペナルティが発生する。

 

「ちっ……良いところで邪魔が入ったか」

 

「そうですね。まあ私としては臨時収入が入ったので良かったです」

 

「言ってろ。戻るぞ比企谷」

 

「へいへい。1時間目は数学だよな」

 

サボりたいがサボるとペナルティが発生するから仕方なく出る。

 

「ああ。じゃあ俺達はもう行く。10万ポイントはありがたく頂いた。お前らが大金払ってゴミを助けるか、捨てるか楽しみにしてるぜ」

 

龍園はそう言ってDクラスの生徒を嘲笑いながら出て行くので俺達もそれに続く。

 

「普通に考えたら見捨てるでしょうね」

 

「普通に考えたらね。でも坂柳は不本意そうね」

 

「そうですね。私が直接手を下したい気持ちはあります」

 

「さっきから気になってたんだが、何で坂柳はあのゴミを潰したがってんだ?」

 

「子供扱いされまくったりヒステリーみたいに喚かれたんだよ」

 

俺が答えると龍園は鼻で笑う。

 

「喚かれたのはともかく、子供扱いは普通だろ?お前貧乳でチビだし」

 

「ふふっ、不良の雰囲気を醸し出しているお利口さんが言ってくれますね」

 

龍園の挑発に坂柳の額に青筋が浮かばせながらそう言ってくる。まあ確かに龍園が真面目に授業を受けているのってシュールに見えるんだよなぁ。そう考えると龍園ってお利口さんだよな」

 

「黙ってろ比企谷。次に同じ事を言ったらぶっ飛ばすぞ」

 

どうやら口に出していたようだ。以後気を付けよう。

 

「へいへい。ところで由比ヶ浜についてはどうなると思う?」

 

「そうですね……恐らくDクラスの生徒の中に彼女を助ける事に反対する生徒はそれなりにいるでしょうから、助かる可能性は余りないでしょうね」

 

まあそうだろうな。由比ヶ浜を助けるのには20万ポイント必要だ。しかしDクラスはクラスポイントを持ってないので入学式以降ポイントが増えてないので20万ポイントはかなりの大金だ。

 

ポイントを何万も残している生徒もいるとは思うが、そいつらは由比ヶ浜を見捨てたいと思ってる可能性が高い。

 

全員で割り勘すれば一人当たり5千ポイント程度で済むが、Dクラスの生徒の中にはポイントを使い果たした奴も多いだろうし、それはつまり何万も残している生徒の負担が大きくなる事を意味する。

 

ポイントを何万も残している生徒からしたら「何万も払ってまで由比ヶ浜を助ける必要性はない」と考え、ポイントの支払いを拒否する可能性が高い。雪ノ下あたりはそいつらに騒ぐかもしれないが、ポイント持ちは雪ノ下と徹底抗戦するだろう。

 

よって坂柳の言う事は紛れもなく正論だ。少なくとも俺がDクラスの生徒なら絶対にポイントを出さない。

 

実際由比ヶ浜は成績も悪く、知識量も少ない。運動神経も悪く、頭の回転も悪い。加えて過去問ーーー答えがあるにもかかわらず赤点を2科目も取ったのだ。残してもメリットが全く見当たらない。

 

感情論を使えば退学を免れる可能性があるが、感情論を抜きにしたら絶対に退学になるだろう。

 

「ま、どうなろうが坂柳に目を付けられた以上、卒業するのは無理だろうな」

 

「もちろんそのつもりです」

 

坂柳は即答する。坂柳の目には剣呑な光が宿っているが、さてさて、由比ヶ浜の命運はどうなるやら……いつ退学になるんだろうな。

 

俺はそんな事を考えながら龍園とCクラスの教室に入るのだった。

 



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友達

「皆、由比ヶ浜さんの退学を回避するためにポイントを少しずつ出してくれないかな?」

 

Dクラスの教室にて、平田洋介は周りに呼び掛ける。しかし周りの反応は薄かった。理由としては先程龍園が言ったように20万ポイント払ってまで由比ヶ浜を助けようとする気になれないからだ。

 

「お願い皆。由比ヶ浜さんを助けてあげて」

 

雪ノ下も頼み込む。と、ここで反対の声が上がる。

 

「俺は反対だ。由比ヶ浜さんはここで退学になるべきだ」

 

真っ先に反対の声を上げたのはクラス首位だった幸村だ。それに対して雪ノ下は幸村を睨みつける。

 

「……どういう意味かしら?」

 

「言葉通りだ。彼女の為に20万ポイントは勿体ない。大体少しずつポイントを出してくれと平田が言っていたが、ポイントを全く所有してない奴がかなりいる以上、必然的にポイントを持っている人間の負担が大きくなる」

 

「……幸村君は沢山ポイントを持っているからそう言えるのね?」

 

「そうだ。全員が均等に5千ポイント払うならともかく、俺は由比ヶ浜さんの為に何万も払う気は無い」

 

その言葉に平田は苦々しい表情で黙るが雪ノ下は止まらない。

 

「でも由比ヶ浜さんが退学になったらペナルティが発生するかもしれないわ。それを避ける為にもここは助けるべきだわ」

 

「確かにペナルティは怖い。だが、今由比ヶ浜さんを助けても、今後また退学の危機に瀕するかもしれない。で、その時にまた大量のポイントを払って助けるのか?大体今回の件は由比ヶ浜さんの自業自得だろう?赤点になったら退学とわかっているのに、寝落ちして過去問を暗記しない人を大金を払ってまで助けたいとは思えない」

 

「っ……」

 

幸村の言葉に雪ノ下は黙る。事実、こうなっている原因は由比ヶ浜の勉強不足、退学に対する危機感の無さだから雪ノ下は反論出来ない。

 

雪ノ下が論破された事により、クラスには由比ヶ浜を見捨てようという空気が流れている。

 

しかし……

 

「待って。折角出来た友達を失うのは嫌だよ。私は由比ヶ浜さんを絶対に助ける」

 

クラスの人気者の櫛田桔梗はそう言ってから未だに泣きじゃくる由比ヶ浜の元に向かう。

 

「大丈夫だよ由比ヶ浜さん。必ず助けるから」

 

「ぐすっ……ひっぐっ……ありがとう」

 

「クラスメイトだから当然だよ。とりあえず休み時間ごとに他のクラスの人にポイントを貸してもらえるか聞いてみる。もしも由比ヶ浜さんを助けたいって気持ちがあって、他のクラスの人と交流がある人がいるなら協力して欲しいな」

 

クラスの人気者である櫛田の言葉が教室に響く。それにより由比ヶ浜を見捨てるべきであると考えが充満した教室が、多少マシになる。

 

もちろん由比ヶ浜を見捨てるべきって考えている人もそれなりにいるので未だに空気は重い。

 

「それと由比ヶ浜さんを助けたいって少しでも考えている人がいるなら所有ポイントを教えて欲しい。Dクラスにおいて幾らポイントがあるか確かめないといけないからね」

 

平田の言葉により由比ヶ浜を助けたいと考えている生徒が平田の元に向かう。その数20人だった。

 

残りの半分の人間は由比ヶ浜を助けたくない、もしくは単純にポイントを殆ど持っていない連中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み……

 

「ありがとう。クラスポイントが貯まったら返すね」

 

昼食を食べて椎名と一緒に図書館に向かっているとDクラスの生徒がBクラスの生徒からポイントを借りている光景を目にする。どうやらDクラスは由比ヶ浜を救済する方向で行くようだ。

 

「そういえばDクラスからは赤点が出たのですよね?」

 

「ああ。だから点数をポイントで買うべく、ポイントを借りてるんだろ。ちなみに椎名ならどうする?」

 

「……難しい質問ですね。クラスメイトが減るのは寂しいですが、過去問を持っていて赤点を取る生徒を残すのはリスクが大きいですから。その人が部活で活躍が期待されているなら……助けますかね」

 

どうやら椎名は公私混同をしないようだ。そして言っていることも間違ってない。俺も部活で活躍してクラスポイントの増加に貢献出来る生徒なら助けると思う。

 

しかし由比ヶ浜なら助けないだろう。由比ヶ浜は成績も運動神経も悪く、Dクラスに貢献出来るような人間じゃないだろうし。由比ヶ浜を助けるのはミスだろう。

 

しかしそれをどうこう言うつもりはない。決めるのはDクラスであってCクラスの俺には関係ない話だからな。

 

そう思いながらも図書館に行っていつものように席に座って本を読む。そして暫く読んでいると椎名が話しかけてくる。

 

「比企谷君。今度の週末は予定がありますか?」

 

「週末?特にないが本を買いに行く付き添いか?」

 

俺が椎名と出かける場所なんて図書館と本屋とスーパーとコンビニくらいだ。

 

「それもありますが敷地内の隅にある自然公園に行きませんか?図書館で読むのもいいですが、自然に囲まれながら読むのは気持ちいいですから」

 

へぇ、普通の公園もあるんだ。それは初耳だ。

 

しかし自然公園で読書か……それってデート……じゃないよな。そこを勘違いしちゃいけない。椎名は純粋な気持ちで読書をしたいだけだしな。

 

「わかったよ。じゃあ日曜日に行こうぜ」

 

「はいっ。楽しみにしてますね」

 

椎名はそう言ってニッコリと笑う。その笑顔はとても魅力的で、かつての戸塚に匹敵する笑みだった。

 

その笑みによりかつての癒し枠である戸塚の事を思い出してしまい……

 

「椎名。俺に味噌汁をまいに……何でもない」

 

危なく自爆しそうになってしまった……というか半分自爆したな。

 

(マズい。注意しなきゃいけないと思ってはいたが、失念しちまった)

 

「?比企谷君は味噌汁を飲みたいのですか?でしたら作りますよ」

 

椎名は不思議そうな表情をしながらそう言ってくる。どうやら毎日の部分については聞き取れなかったようだな。危ない危ない……

 

「ぜ、是非頼む」

 

俺は誤魔化すようにそう返す。ここで改めて毎日味噌汁を作ってくれなんて言えないからな。

 

「はいっ。任せてくださいっ」

 

守りたい、この笑顔。

 

椎名の笑顔にドキドキしていると、椎名は本をめくりながら俺に話しかけてくる。

 

「ところで比企谷君。お願いがあるのですが、そろそろお互いに名前で呼び合いませんか?」

 

「ふぁっ!?」

 

思わず変な声を出してしまう。今、椎名は互いに名前で呼び合うって言ったのか?

 

「い、いきなりどうした?」

 

「いえ。本を読んでいたら「もう友達なんだから名前で呼べよ」と書いてあったので、既に友達になっている私達も名前で呼び合うべきと思ったのです。どうですか?」

 

そんな事を言ってくる。そんな椎名に対して俺は恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちで一杯となる。彼女からは嘘が全く感じないので本心だろう。

 

一時期人間不振になりかけた俺だが、彼女なら信用できる……というか信用したい気持ちがある。

 

よって……

 

「わ、わかったよ……ひ、ひより」

 

頑張って名前で呼んでみる。もしも拒絶されたら自殺するぞマジで。

 

内心ビクビクしながらも彼女の返事を待つと……

 

「ありがとうございます。これからも仲良くしましょうね、八幡君」

 

お礼を言われる。それによって胸の内が幸せになる。こんなに幸せになるのは久しぶりだ。

 

と、ここで予鈴が鳴るので俺達は教室へ戻るべく立ち上がり、図書館を出る。

 

「八幡君。幸せそうな表情を浮かべてますが、何かあったんですか?」

 

「お前こそ、いつもは割と無表情なのに幸せそうじゃねぇか。何かあったのか?」

 

「八幡君と更に仲良くなれた気がして嬉しいですから」

 

ひよりはそんな事を言ってくる。どうやら考えている事は同じみたいだな。

 

「……俺も同じ気持ちだ。改めてよろしくな」

 

「はいっ」

 

ひよりが頷くのを見ながら俺達は教室へ戻る。この学校は色々と謎も多く危険が多い学校で、先が思いやられる。

 

しかし何も悪い事じゃない。

 

現に俺は戸塚に続いて人生において2人目の友人が出来たのだから。俺としては卒業するまでひよりとの関係は維持していたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、ちなみに由比ヶ浜は退学を回避出来たらしい。教室に入る直前にDクラスから歓声が聞こえてきたので覗いたら、メチャクチャ喜んでいる由比ヶ浜がいたし。

 

まあ坂柳に目を付けられた以上、卒業するのは無理だろうけどな。



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外出

中間試験が終わってから最初の休日、俺はショッピングモールの中心にある噴水前で携帯をいじっている。ふと携帯を操作してポイントを確認すると203295と表示されている。以前龍園から貰った報酬や賭けによる勝利、6月分の支給などがあり、俺のポイントはかなり潤っている。

 

6月分の支給については中間試験の結果が反映されてないから4万9千ポイントだったが、7月にはもっと貰えるだろうから楽しみで仕方ない。とりあえず30万を超えたらパソコンを買いたい。

 

「お待たせしました八幡君」

 

そんな事を考えていると横から声をかけられたので振り向くと待ち合わせをしている女子がやってきた。

 

 

「ようひより。今日はよろしくな」

 

「はいっ。よろしくお願いします」

 

ひよりが頷くので俺達は目的地の本屋に向かって歩き出す。中間試験以降最初の休日だからかショッピングモールには生徒が多い。知った顔もチラホラ見えるので、余計な邪推をされないように気をつけないといけない。

 

そうこうしている間にも本屋に着くので俺達は小説コーナーに向かうと新刊が出ている。テスト前は本屋に行けなかったのでどれも欲しい。

 

早速1番近くにある小説を取ろうとしたら……

 

「「あ……」」

 

ひよりも同じ本を取ろうとしたのか、俺とひよりの手が重なる。それにより俺の手には紙の感触ではなく、柔らかな感触がやってくる。

 

「わ、悪い……」

 

「気にしないでください」

 

俺は恥ずかしい気持ちで一杯だが、ひよりは全く気にしてないようなのでホッとしてしまう。

 

安堵の息を吐きながら違う本を取り、パラパラ捲る。勿論立ち読みするなら冒頭の部分だけだ。

 

お互いに違う本を無言で読むが特に気まずい空気にはならない。俺達は積極的に話をするタイプじゃないし、寧ろこうしている時間が静かで嫌いでない。

 

暫くの間、無言で読むがこの本は冒頭から中々面白いので購入することにした。本を閉じて次の本を取ろうとしたらひよりも同じタイミングで本を閉じて次の本を探している。

 

普段は無表情なひよりだが、本が関係すると凛々しくなるんだよなぁ……

 

そんなひよりに見惚れながらも俺も次の本を読み始めた。

 

 

15分後……

 

結局俺達は10冊くらい買う事を決めてレジに並んだ。休日だけあってレジもそれなりに混んでいた。

 

と、ここで新刊コーナーから愚痴が聞こえてきた。

 

「あーあ、今日新刊発売日なのに欲しい漫画全部買えないなー」

 

「これも全部由比ヶ浜さんのせいだよね。彼女が赤点なんか取ったから私達も払う羽目になったし。私、あの時助けるのに賛成したけど、それだってクラスの皆から冷たい女って思われたくなかったからだし」

 

「あ、それ私も。でなきゃ由比ヶ浜さんなんか助けないって。平田君や櫛田さんは優し過ぎるよね。Cクラスのリーダーが言ったように見捨てておけば足手纏いが1人減ったのに」

 

「しかも雪ノ下さん、ポイントがあるのに払わなかった幸村君とかに文句言ってたけど、幸村君別に悪くないよね?」

 

「4月から真面目に授業を受けてた幸村君からしたら由比ヶ浜さんは邪魔だからでしょ。後さ、雪ノ下さんって退学した場合のペナルティがどうこう言ってたけどさ、もし赤点取ったのが須藤君だったら見捨てていたよね?」

 

「私もそう思う。普段は上から目線なのに由比ヶ浜さんだけには甘いよね。真面目な話、今後も由比ヶ浜さんは足を引っ張るだろうし、ポイントの確保したいならペナルティを無視しても由比ヶ浜さんを切り捨てた方がいいでしょ」

 

Dクラスの女子と思える2人組が漫画コーナーの前で愚痴を吐きまくっていた。

 

女子怖え……見えない場所だからってボロクソに言い過ぎだろ。これ雪ノ下に聞かれたら絶対に面倒な事に「ふざけないで!」……なるな。早く会計したい。

 

チラ見すれば雪ノ下が肩を怒らせながら2人組に詰め寄っていて、本屋の入り口付近にはファッション誌を持った由比ヶ浜が泣きそうな表情を浮かべて3人を見ている。余りにもインパクトが強いからか俺の存在には気付いてないようだ。

 

 

「さっきから聞いていれば……私の友人を馬鹿にしないで。不愉快だわ」

 

雪ノ下の怒りの声に2人はビビるが、それも一瞬で直ぐに反撃する。

 

「事実を言っただけじゃん。彼女の1人の所為でクラスの皆に迷惑がかかったんだよ」

 

「そうそう。しかも他のクラスからもポイント借りて20万用意したけどさ、由比ヶ浜さんにその分の働きが出来るとは思えないんだけど。ポイントをドブに捨てたんだから愚痴りたくもなるよ」

 

「っ……!」

 

2人の言葉に由比ヶ浜は涙を流して走り去っていく。それを見た雪ノ下は2人に殺意を向けた眼差しを向ける。

 

「……覚えておきなさい。いつか貴女達に地獄を見せるわ」

 

そう言って雪ノ下は由比ヶ浜を追いかけるべく本屋から出て行く。その為、本屋の空気は重くなる。

 

と、ここで俺とひよりの番になったのでパパッと会計を済ませて本屋を出る。

 

「Dクラスの空気は相当悪いようですね」

 

「ま、クラスポイントが0の状態で大量のプライベートポイントが飛んだからな。しかもプライベートポイントについても由比ヶ浜がちゃんと勉強していたら失う事はなかったんだし」

 

本屋で揉めるなとは思ったが2人が言っている事については理解が出来る。今のDクラスの雰囲気は最悪だろうが、この雰囲気をなんとかするには由比ヶ浜自身が自分自身の有用性をDクラスに認めて貰う必要がある。最低でも20万……いや、龍園に渡した情報料も含めて30万ポイント以上の有用性をな。

 

「ま、俺達はCクラスだから関与する必要はない。それよりお前が言った公園に案内してくれ」

 

Cクラスである俺からしたらDクラスの結束力が弱い事はありがたいからな。

 

「あ、はい。わかりました」

 

ひよりが頷いて先導するのでそれに続く。ショッピングモールを出て真っ直ぐ歩き続ける。

 

暫く歩くと敷地の四隅に到着する。そこには芝生が広がっていてベンチやブランコがあり、謂わば憩いの場みたいな感じの場所だった。正直言ってこの学校にこんな場所があるとは思わなかった。

 

と、ここでひよりは持ってきた鞄のファスナーを開けたかと思えば、シートを取り出して芝の上に敷き、その上に座る。

 

「八幡君も座ってください。お茶やお菓子も用意しましたよ」

 

言いながらひよりは更に鞄から魔法瓶やバスケットを取り出す。芝の上にシートを敷いてバスケットや魔法瓶を出すことからピクニックに行っているような気分になるな。

 

「わざわざ用意したのか?言ってくれりゃ俺も準備したのに」

 

俺は特に何も用意してないので申し訳ない気分になってしまう。

 

「私から誘ったので気にしないでください」

 

笑顔でそう言われたら何も言えないな。俺は小さく礼をしてからシートに座り、先程購入した本を取り出すと椎名は俺の隣に座って同じように本を取り出す。

 

風が吹いて潮風の匂いを感じる。いつもひよりとは図書館で読書をするが緑に囲まれ、海が間近にある状態で本を読むのは悪くない。

 

暫くの間、互いに無言で本を読む時間が続くとクゥ〜、可愛らしい音が鳴るので本から顔を上げると、ひよりが恥ずかしそうに俺を見ていた。

 

「……すみません」

 

「別に謝る事じゃない。てか読書をして1時間経ってるし」

 

互いに一言も話さないまま1時間が経過しているが特に気まずい空気は存在しなかった。

 

「そうみたいですね。あ、八幡君も食べてください」

 

ひよりはバスケットからサンドイッチを取り出してくる。といってもハムやツナでは入ってなく、ブルーベリーやイチゴジャムなどお菓子に近いサンドイッチだった。

 

「「頂きます」」

 

挨拶をしてサンドイッチを口にする。同時に程よい甘みが口の中で広がってくる。

 

「美味いな」

 

「そう言って貰えて嬉しいです……八幡君」

 

ひよりは途端に神妙な表情になるので俺も気を引き締める。

 

「どうした?」

 

「今回の中間試験はあくまでテストとの戦いでしたが、今後は学校の特色からして他所のクラスとぶつかるでしょう」

 

「だろうな」

 

今回の中間試験でクラスポイントが貰えるのは知っているが、いずれは他クラスとポイントがかかった戦いをするだろう。でないとAクラスに上がるのは無理だろう。

 

「ですから今後は色々と警戒することも増え、精神的に疲れるでしょう。ですから……八幡君さえ良ければ月に一度くらい、ここで一息つきませんか?」

 

ひよりはそんな風に質問をしてくるが、俺の中で既に返答は決まっている。

 

「ああ。月の最初の日曜日に支給されたポイントで本を買ってここで読もう」

 

これからは色々と面倒事が増えるんだ。早いうちに心を休める日を確保するのは間違いない。

 

そう返しながらサンドイッチを食べ終えると不意に眠くなり欠伸をしてしまう。昨日の夜は緊張していて寝れなかったからな。

 

「眠いのですか?でしたら少し休んでください」

 

ひよりはそう言ったかと思えば俺を優しく引っ張り、気がつけば俺の頭はひよりの膝の上に乗っていた。

 

予想外の展開に驚きながら頭を起こそうとするが、その前にひよりか俺の頭を優しく撫でてくる。その撫で方はとても気持ちが良くて、睡魔の力が増してくる。

 

ダメだ……これは逆らえない。

 

 

「……すまんひより。少しだけ寝て良いか?」

 

「もちろんです。ゆっくり休んでください」

 

ひよりの言葉に俺はゆっくりと目を閉じて、眠りにつくまでひよりの撫で撫でを堪能するのだった。また来月もこうやって一緒に過ごしたいと思いながら。

 

 

 



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ハプニング

「いよいよ6月も最後ですね。明日、クラスポイントがどれだけ増えていると思いますか?」

 

「わからんが、クラス間の差はそこまで変わらないだろう」

 

6月最後の日の放課後の図書館、向かいに座る坂柳がそんな事を聞いてくるので、俺は質問に答える。

 

今日は坂柳の2人で放課後を過ごしているが、これは珍しいことだ。坂柳と過ごす事は珍しいわけではないが、その際は大抵ひよりや神室がいるし。しかし今日は2人とも部活なので坂柳と2人で理科の課題をやりながら雑談をしている。

 

「そうでしょうね。ポイントが動くとしたら夏、水泳が関係するであろう特別試験ですかね」

 

水泳?……ああ、そういや体育の先生が夏までに泳げるようにしてやるって張り切っていたが、やっぱり水泳が関係あるよな。

 

「もしそうならお前は参加できっ……あ!馬鹿した!」

 

そこまで話しながら俺は缶コーヒーを飲もうとしたが、余所見をしてしまい手からすっぽ抜けて理科の課題プリントを坂柳の物も含めて汚してしまった。

 

「済まん坂柳。巻き込んじまった」

 

「そんなに進んでないですから気にしないでください。とはいえ既に6時を回ってますので切り上げて新しいプリントを貰いに行きましょう」

 

坂柳はそう言って立ち上がる。今日は神室がいないので俺が荷物を持つ。

 

「わざわざありがとうございます」

 

「気にするな。というかプリントについてもお前の分も俺が取りに行くからお前は先に寮に帰って良いぞ」

 

坂柳は足が遅いので、多分坂柳が寮に帰る前に合流出来るだろう。

 

「いえ。もう少し比企谷君とお話をしたいので一緒に行きます」

 

まあ迷惑をかけた以上文句を言うつもりはないので、俺は頷き坂柳と同じ歩幅で歩き始め図書館を出る。

 

図書館を出た俺と坂柳は特別棟に向かう。特別棟は家庭科室や視聴覚室、理科室など頻繁に利用しない施設が揃っている校舎だ。授業が終わると人の気配がなくなり不気味だが理科の先生は特別棟に部屋を構えているので行くしかない。

 

「ところで比企谷君。龍園君についてですが、Dクラスを叩くという話を龍園君から聞いてますか?」

 

特別棟に入り階段を上ると坂柳がそんな話をしてくる。

 

「Dクラスを叩くってのは何度か聞いたな。ただ具体的な話は聞いてない」

 

「そうですか。では比企谷君。龍園君にDクラスを叩く時は私も力を貸すと伝えてくれませんか?」

 

「ん?龍園は停学や退学によるペナルティをDクラスを使って調べるつもりではあるが、お前も知りたいのか?」

 

つかDクラスを叩く為に龍園と坂柳が組むとか悪夢だろ?Dクラスの連中どころかBクラスも潰せる可能性がある。

 

「それもありますが、由比ヶ浜さんを追い詰めていきたいと思います」

 

由比ヶ浜だと?確かに由比ヶ浜は坂柳をdisりまくって坂柳に敵認定されたが……

 

「由比ヶ浜を挑発して暴力を振るわせるのか?」

 

「まさか。それでは面白くありません。暴力を誘発させるなら違う生徒にします。例えばDクラス1の不良と言われている須藤君とかですね」

 

まあ須藤の短気っぷりなら余裕で暴力を誘発出来るだろう。

 

「それはわかるが須藤を停学や退学に追い込んでも由比ヶ浜には影響無くね?」

 

「直接的には無いでしょう。しかしもしも須藤君を停学や退学に追い込んでクラスポイントが減ったら、Dクラスからは由比ヶ浜さんを恨む生徒が出るでしょう」

 

なるほどな。確かに由比ヶ浜は明確な攻略法がある中間試験で赤点を取って退学になりかけた。クラスメイトや他クラスからの協力を得て退学は免れたが由比ヶ浜に良い感情を抱いてないDクラスの生徒はそれなりにいる。

 

仮にもし須藤が停学になってクラスポイントを失ったら、Dクラスの大半は須藤に敵意を向けるだろう。しかし人間ってのは醜い生き物だから一部の生徒は絶対に「あーあ、あの時由比ヶ浜を助けなければ蓄えがあったのに」と思ったり愚痴ったりするだろう。

 

そうなった場合、悪意は蔓延して少しずつ鎮静している由比ヶ浜に対する敵意が活性化する可能性が高い。

 

坂柳のやり方は一気に叩き潰すやり方ではなく、真綿で首を絞めるやり方だ。速攻で由比ヶ浜を潰すのではなく、ヘイトを集めてから潰すのか……由比ヶ浜の奴、とんでもない相手を怒らせたな。ま、同情はしないが。

 

そう思いながらも俺達は4階に上がって理科準備室に入って、そこにいた先生から事情を話し新しいプリントを用意して貰った。

 

そして外に出て廊下を歩いていると怒号と物音が聞こえてくるので、思わず坂柳と顔を見合わせる。

 

「もしかして騒動か?」

 

「あり得ない話ではないですね。特別棟には監視カメラがありませんから」

 

そういやそうだったな。すっかり忘れてた。

 

「見に行きましょうか。誰が揉めるかは知りませんが、場合によっては今後の役に立つでしょう」

 

坂柳は好戦的な笑みを浮かべながら携帯を取り出して歩き出す。やっぱりコイツは生粋のドSだな。

 

呆れながらも俺達はひっそりと階段を降りると……

 

「おや、噂をすれば何とやら。須藤君でしたか」

 

坂柳の言うように3階ではDクラスの須藤がウチのクラスの石崎と小宮と近藤の3人を相手にしていた。

 

しかし須藤は3人を相手に容赦なく殴りまくっていた。床に倒れる近藤の顔面に拳を叩き込み、近藤を助けようとした小宮の顔面に肘打ちをぶちかまし、最後に石崎の鳩尾に蹴りを入れていた。

 

数分すると石崎達は床に倒れ伏し、須藤は何かを話しているが距離がそこそこあるので聞き取れない。

 

そしてそのまま須藤は階段を下り去って行く。一方の石崎達というと、石崎が体をよろめかせながら携帯を操作し始める。

 

「中々面白い光景が撮れました。さて比企谷君は今回の件についてどう考えますか?」

 

「龍園の策だな。アイツらはこの後学校に「須藤に特別棟に呼び出され暴力を受けた」って訴えるだろうな」

 

元々龍園はDクラス、そして須藤をおもちゃにするとか言っていたし。

 

「そうでしょうね。そしてそうなった場合、十中八九須藤君が罰を受けるでしょう」

 

だろうな。監視カメラがない以上、大怪我をした石崎達が圧倒的に有利だし。

 

そこまで考えていると石崎達はボロボロな体に鞭打って階段を下りる。

 

それが見えなくなると坂柳が話しかけてくる。

 

「比企谷君。今から龍園君に会わせて貰えませんか?」

 

「わかった。じゃあ龍園の部屋に連れてく」

 

言いながら俺達はゆっくりと階段を下り、特別棟を後にする。

 

「で?お前はどうすんだ?龍園を脅迫するのか?協力するのか?」

 

「協力というより依頼ですね。今回の件に協力する見返りを求めます」

 

「なるほどな。まあ何にせよお前が動く前に問題が起こって良かったな」

 

「全くです。こっちとしては下手に動くと葛城君が煩いので、Cクラスが動いてくれたおかげで大分楽になるでしょう」

 

坂柳は安心したように笑いながらそう言ってくる。葛城とは会った事はないが、クラス間同士で対立するなよ。

 

そう思いながらもゆっくりと歩き、寮に辿り着いたので俺と坂柳はエレベーターに乗って、龍園の部屋がある階に行く。

 

そして龍園の部屋の前に着いた俺はインターフォンを押す。するとドアが開き、龍園が出てきて眉をひそめる。

 

「坂柳がいるとはな。俺に何の用だ?」

 

「特別棟」

 

「なるほどな。入れよ」

 

「邪魔するぞ」

 

「お邪魔します」

 

その一言だけで龍園は納得したようになって、部屋に入るように促す。その反応から龍園が仕組んだのは丸分かりだ。

 

「で?わざわざ俺の所に来るって事は取引でもしたいのか?」

 

「ええ。今回の件についてですが、私と私の派閥は全面的に協力します。見返りとしては須藤君が処罰を受けた際にその詳細を隈なく教える事。そして夏に起こるであろう特別な試験で葛城派を叩く際に可能なら協力してください」

 

「前者については構わない。後者についてだが……どんな試験であっても、どんな結果になっても良いんだな?」

 

「ええ。葛城派を潰せるならBクラスに落ちても構いません」

 

龍園の鋭い眼差しと坂柳の鋭い眼差しがぶつかり合う。気のせいか空気が震えてるような……

 

互いに睨み合う中、龍園が息を吐く。

 

「……良いだろう。契約成立だ」

 

「ありがとうございます。ではこちらはCクラスの証人になる事、Dクラスの動向を探る事を約束します」

 

「比企谷。お前はDクラスを引っ掻き回せ」

 

「3万」

 

そう言うと龍園は携帯を操作し始める。

 

「払ったぞ」

 

言われて確認すると確かに3万増えていた。

 

「まいどあり。で?引っ掻き回すやり方は?」

 

「お前に任せる」

 

「了解。わかってると思うがお前は動くなよ?」

 

既にCクラスのボスが龍園である事は有名だ。龍園が動くと知られたらAクラスの葛城派やBクラスが警戒するだろう。龍園がそんなヘマをするとは思えないが念には念だ。

 

「そのつもりだ。石崎達にはお前らの名前は出さないが動かないように言っておく」

 

それが賢明だ。石崎達が動いたら偽装工作や証拠隠滅をしていると疑われるからな。

 

「ではよろしくお願いします。こちらも明日から動きます」

 

「俺も色々考えとく」

 

そう言って俺と坂柳は龍園の部屋を後にする。

 

「さて、入学して初めて遊ぶのですから楽しまないと損ですね」

 

そう言っているあたり坂柳の冷酷さがよくわかる。子供扱いしたら拗ねて普通に可愛いのに」

 

「煩いですよ比企谷君。私は子供じゃありません」

 

坂柳は杖で俺の足を突いてくる。どうやら口にしていたようだが、その仕草も可愛いだけだからな。

 

「はいはい。悪かったから暴力は止めようなー」

 

「なっ!子供扱いしないでくださいっ!」

 

軽い冗談のつもりで坂柳の頭をわしゃわしゃすると坂柳は真っ赤になって怒り出し、杖で脛を叩いてくる。って痛いわ!

 

と、その時だった。突如地震が起こった。まあ震度3か4なので避難する必要はない。

 

しかし身体が弱く、杖を地面につけていない坂柳にとっては大変みたいで……

 

「きゃっ」

 

そのまま俺の方に倒れてくる。その際、脛にダメージを受けていた俺は受け止めきれず……

 

「っと」

 

そのまま背中から床に倒れる。幸い床はそこそこ柔らかいので痛みはない。

 

しかし、予想外の事が起こった。

 

「っ…………!」

 

その際に坂柳の顔が俺の股の間ーーー正確に言うと俺の急所部分に埋められたのだ。ズボン越しとはいえ何つー状況だよ!

 

予想外の光景に顔が爆発的に熱くなる。多分第三者からしたら茹で蛸のように真っ赤なのだろう。

 

そんな中、坂柳は顔を上げる。同時に俺の顔とさっき自分の顔を埋めていた場所を見比べて、彼女の顔も茹で蛸のように真っ赤になる。

 

「……すみません。私が身体が弱い所為で……」

 

「……いや、元々俺がからかったのが悪いからな?マジで済まん」

 

「べ、別に怒ってないです。それより……お互いに忘れましょう」

 

「……だな」

 

俺が頷くと坂柳は壁を使ってゆっくりと起き上がるので杖を差し出す。そうすると坂柳は礼を言ってくるがマトモに顔は見なかった。

 

俺達はそのままエレベーターに乗って、気まずい空気全開のまま別れるのだった。

 

 

当然夜になりベットに入るが、当時のことを思い出してしまい一睡も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……比企谷君の馬鹿……比企谷君の所為で咥える夢を見たじゃないですか……!」



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寝不足

「ふぁぁぁぁぁ……眠い」

 

俺は大欠伸をしながらCクラスの教室に向かう。昨日は坂柳とのある一件の所為で一睡も出来ず、今はクソ眠くて仕方ない。

 

教室に入ると騒めきが聞こえてくる。大半が携帯を見ているが何があったんだ?

 

と、ここで隣の席のひよりが話しかけてくる。

 

「おはようございます八幡君。眠そうですが、眠れなかったんですか?」

 

「ん……まあな。というかクラスが騒々しいがなんかあったの?」

 

「八幡君、携帯を見てないんですか?ポイントが振り込まれてないんですよ。それも他所のクラスも」

 

ひよりにそう返される。そういや今日は7月1日だったな。言われて端末を見ると確かにポイントは昨日から変動してない。他所のクラスもって事はウチのクラスポイントが0になった訳ではないので、多分学校側にトラブルがあったからだろう。

 

 

そしてトラブルと言ったら昨日の一件以外思いつかない。恐らくトラブルが解消したら振り込まれるだろう。

 

と、ここで坂上先生は教室に入ってくる。

 

「諸君おはよう。朝のHRを始める」

 

「先生。ポイントが振り込まれてません。他のクラスも振り込まれてないみたいなんですが、4クラスともクラスポイントが0になったんですか?」

 

生徒の1人が恐ろしい事を言ってくる。4クラスが0ポイントとかマジで笑えないぞ。

 

 

「実はトラブルがあってポイントの支給が遅れているんだ。1年全クラスのポイント配布に遅れが出ているのでクラスポイントが0になった事はないから安心してくれ。とりあえず今月のクラスポイントを発表する」

 

言いながら坂上先生はホワイトボードに文字や数字を書き始める。

 

Aクラス 1004cp

Bクラス 745cp

Cクラス 586cp

Dクラス 80cp

 

先月のCクラスは490cpだったのでつまり96cpも上がっていたのだ。

 

Aクラスについては入学時のポイントよりも上回っているし、どのクラスも確実にポイントを増やしてきている。

 

 

「この1ヶ月よく頑張った。先月より96cpも増やしたが、伸びについては4クラスの中で1番だからね。ポイントについてはトラブルが解消次第支給される」

 

「えー、なんかお詫びとかないんですか?」

 

ある男子がそう言っているがないだろう。例のトラブルを引き起こした奴はウチのクラスにいるだろうし。

 

 

 

昼休み……

 

「済まんひより。今日は寝たいから図書館はパスする」

 

昼食を済ませた俺はひよりにそう口にする。昨日の一件の所為で一睡も出来なかったので昼休みは爆睡したい。授業中に寝たらクラスポイントが下がるので舌を噛んで何とかやり過ごしたが、ついに限界を迎えた。

 

「わかりました。もしよろしければ膝枕をしますよ」

 

ひよりはそう言ってくる。確かにひよりの柔らかな膝枕は最高だが……

 

「悪いが遠慮しとく。今日はガチで寝たいから枕だけじゃなく布団も欲しい」

 

「あ、そうなんですか。わかりました。もしも5時間目までに帰ってこなかったら放課後ノートを貸しますよ」

 

「サンキュー。んじゃまた後で」

 

ひよりに礼を言ってから教室を出て保健室に向かう。これでベッドがありませんとかだったら、龍園からアルベルトを借りてベッドを譲って貰おう。

 

そんな事を考えながら保健室の前に着いたのでドアを開けようとすると、同じタイミングでBクラス担任の星之宮先生が出てくる。

 

「あれ?保健室利用者?」

 

「1年Cクラス比企谷八幡です。実は寝不足なんでベッドを借りたいんですが」

 

言うなり星之宮先生は俺の顔を覗き込んで頷く。

 

「あ〜、君も眠そうだね。じゃあ真ん中のベッドを使って。私は今から職員室に行かないといけないんだけど、寝る前に机の上にある紙に記入事項を書いといて」

 

「わかりました」

 

星之宮先生に一礼してから保健室に入る。そしてクラスと名前、保健室に来た理由を書こうとするが……

 

(1年Aクラス坂柳有栖、寝不足って……まさかアイツも寝てんのか?)

 

俺が書こうとした欄の1つ上には坂柳の名前が書いてあった。寝てない理由は十中八九俺と同じだろう。

 

そう思いながらも名前を書いて真ん中のベッドに近寄ると……

 

「すぅ……すぅ……」

 

隣のベッドにて寝息を立てている坂柳が目に入る。どうやらぐっすり眠っているようだ。これなら気まずい雰囲気にならないで済む。

 

俺は靴を脱いでベッドに入り布団を掛ける。隣に坂柳はいるが、クソ強い睡魔には勝てず、直ぐに瞼を閉じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

ふとした瞬間、目を覚ます。そして窓を見ると夕焼けが目に入る。同時に俺は午後の授業を全て休んだ事を理解する。

 

やっちまった……これクラスポイントが下がる要因に……いや、授業中に寝たんじゃなくて先生から許可を得たから大丈夫か?

 

「しかし今は何時だ?」

 

「4時ですね」

 

「マジか……後でひよりにノート借りる……か?」

 

横から声が聞こえてきたので振り向くと……

 

「よく眠れましたか、比企谷君」

 

隣のベッドに坂柳がいた。そういや隣で俺より先に寝ていたな。

 

(しかし……思ったより恥ずかしくないな)

 

俺は暫くの間、マトモに話せないと思っていたがよく寝たからか、坂柳と向き合っても余り恥ずかしい気持ちが生まれない。

 

「……ぼちぼちだ。お前も起きたばかりか?」

 

「はい。お昼休みに寝始めたのですが、比企谷君もですか?」

 

「まあな。3時間ちょいだけだが体調はすこぶる良いな」

 

昨日一睡も出来なかったし当然といえば当然だ。

 

「私もです。比企谷君……改めて昨日の事を謝ります。不愉快な気分にさせてしまいごめんなさい」

 

坂柳はペコリと頭を下げてくる。対する俺も坂柳と向かい合って頭を下げる。

 

「いや、元々俺がお前をからかったのが原因だ。改めて謝罪する」

 

少なくとも坂柳によって不愉快な気分にはなってない。

 

「私は怒ってません。比企谷君が怒ってないならこの話は終わりにしませんか?」

 

「お前が怒ってないならこちらとしても願ってもない」

 

「なら良かったです。こんなつまらない件で仲違いするのは面白くないですから」

 

まあ仲違いしたら物凄い間抜けかもな。

 

「だな。とりあえず目が覚めたし、星之宮先生に報告へ行かないか?」

 

保健室にはいないがクラスポイントが関係しているかもしれないので報告はするべきだろう。

 

「そうですね。多分職員室にいると思いますから行きましょう」

 

言いながら坂柳は杖を利用してゆっくりとベッドから降りる。たったそれだけの事なのに30秒近く時間をかけている。ここまで身体が弱いとは予想外だが、日常生活は辛そうだ。

 

とはいえ同情はしない。健康体の俺が無闇に気遣っても坂柳からしたら「テメェ、馬鹿にしてんのか?!」と思われるかもしれないし。

 

俺もベッドから降りて靴を履いて坂柳の足に合わせてゆっくりと歩く。

 

そして職員室の前に着いたのでノックをしようとした時だった。

 

ガララ……ドンッ!

 

「きゃあっ!」

 

突如ドアが開いたかと思えば生徒が勢いよく出てきて坂柳を突き飛ばす。

 

俺が慌てて坂柳を抱きとめながら見上げると、昨日暴れた須藤はいた。職員室にいた事、物凄く苛々している事から察するに昨日の一件について問い詰められたのだろう。

 

「邪魔だ。ぼけっと突っ立ってんじゃねぇよ」

 

須藤は舌打ちをしながらそう言って肩を怒らせながら去って行く。そんな須藤の態度に思うことはあるが坂柳が優先だ。

 

「大丈夫か坂柳?」

 

そう尋ねるも坂柳は苦しそうなので俺は坂柳を抱き抱えて職員室近くにあるラウンジの椅子に座らせる。

 

「星之宮先生には俺が報告するからちょっと休め」

 

坂柳が返事をする前に職員室に入る。

 

「失礼します。星之宮先生はいますか?」

 

「あ、比企谷君。目が覚めたから報告に来たの?」

 

「はい。それと坂柳も起きて外に居ます」

 

「オッケー、じゃあ記録しとくね」

 

星之宮先生はそう言って職員室から出て行く。そして入れ替わるように坂上先生が話しかけてくる。

 

「おや比企谷君。体調はもう大丈夫かね?」

 

「ええ。ご迷惑をおかけしました。ちなみに聞きたいことがあるんですけど、さっき須藤が飛び出したのって例のトラブルですか?」

 

「詳しい事は明日話すが、ポイントの支給が遅れている理由はまさにそれだ。まあCクラスのポイントについては影響がないと思うから、来週の水曜日の朝には支払われるだろう」

 

その言葉からして坂上先生は勝ちを確信しているようだ。まあ俺も確信している。今朝石崎達の怪我の様子を見たか余りにも痛々しい。監視カメラがない場所で3対1でボロ負けしたのは多少不自然かもしれないが、暴力を振るった須藤に重い罰が与えられるのは明白だ。

 

「わかりました。ではまた明日」

 

そう一礼してから職員室を出る。同時にラウンジの椅子に座っている坂柳の下に向かうがやはり辛そうだ。

 

「大丈夫か坂柳?」

 

「ちょっと苦しいですね……」

 

「そうか……あの野郎、随分とふざけてやがるな」

 

自分から坂柳を突き飛ばしておきながら邪魔呼ばわりするとは……正直須藤を嵌める事について多少思う事はあったが、さっきの時点でそれは無くなった。遠慮なく潰す。

 

……いや、今は坂柳を優先だ。

 

「とりあえず帰るか。歩くのが辛いなら運ぶぞ?」

 

「お願いしても良いですか?」

 

「もちろんだ。乗れよ」

 

言いながら坂柳に背中を見せる。坂柳の体重が軽いのは知っているので「あの……」大丈夫とは思うが、ここで坂柳が話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

「可能なら抱き抱えて運んでくれませんか?以前された時、凄く安心したので……」

 

以前……ああ、由比ヶ浜から逃げる時か。

 

「まあ別に構わない」

 

恥ずかしい気持ちが無いわけじゃないが、坂柳が安心するというなら拒否するつもりはない。

 

「わかったよ。ほれ」

 

「あっ……」

 

俺が抱き抱えると坂柳は小さく吐息を漏らしてから、俺の腕の中で借りてきた猫のように縮こまり、ギュッてしてくる。

 

普段ならドキッとするかもしれないが、今の状況ではドキドキするのは不謹慎だからか特に恥ずかしい気持ちが沸く事なく、歩き始める。

 

校舎を出るとそれなりに注目を集めるが今更だ。

 

「そういや坂柳。さっき坂上先生が来週の水曜日の朝にはポイントが振り込まれるって言ってたし、火曜日の放課後あたりに処罰が決まるみたいだ」

 

「そうですか……ではそれまでにDクラスがどう動くかをしっかり把握しないといけないですね」

 

どうやら坂柳の中では由比ヶ浜だけでなく須藤も敵として認定されたようだ。まあ須藤の態度はクソだったし、同情しないけど。

 

そう思いながら俺は坂柳を抱き抱えたまま、寮に戻り坂柳の部屋がある階に到着する。

 

そして坂柳の案内の元、坂柳の部屋の前に着いたのでゆっくりと下ろして杖を渡す。

 

「わざわざありがとうございます。この恩は必ず返します」

 

「気にすんな。それよりもしもヤバくなったら直ぐに連絡しろ」

 

「わかりました。ではこちらをどうぞ」

 

言いながら坂柳は懐から何かを出すが……

 

「待てコラ。カードキーを渡すなよ。俺は男だぞ」

 

それは部屋のカードキーだった。懐から出した事から坂柳の部屋のそれに違いない。

 

俺も普段はポケットに入れて、予備を部屋の机の中と懐に入れているが、まさかカードキーを渡してくるとは思わなかった。

 

「問題ありません。比企谷君はいやらしいことをすると思えないですし、今後作戦会議をする時に電話やメールに記録を残すと危険な際は直接話す必要がありますから」

 

いや、だからって躊躇いなく自分の部屋の鍵を渡すか普通?

 

「では私は失礼します。今日は色々とお世話になりました」

 

坂柳はそう言って俺が声をかける前に部屋に入る。廊下には坂柳の部屋のカードキーを持った俺のみ。

 

 

「いや、マジでどうすんだ?」

 

手にあるカードキーを持ちながらそう呟くことしか出来なかった。



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調査

7月2日の朝のHRだった。

 

「今日は君達に報告がある。先日石崎君と小宮君と近藤君がDクラスの須藤君との間でトラブルが発生した」

 

坂上先生の一言によりクラスが騒めく。しかし坂上先生はそれを無視して、Dクラスの須藤と喧嘩をしたこと、場合によっては須藤が停学になる事などを淡々と告げる。

 

「先生、結論が出てないのは何故でしょうか?」

 

「石崎君達は須藤君に呼び出されて一方的に殴られたと訴えた。それに伴い昨日の放課後に須藤君に事情を聞いたところ、彼は石崎君達に呼び出されて喧嘩を売られたと言った。意見が食い違い真実がわからない為、結論が保留となっている。それと目撃者がいるなら挙手して貰いたい」

 

坂上先生がそう言ったので俺は手を挙げる。これは昨日の夜に龍園から指示を受けたからだ。審議が行われた場合に備えて戦う準備をしろってな。

 

それに伴い、Cクラスの生徒は一斉に俺を見てくる。当事者の石崎と小宮と近藤は驚きの表情を浮かべ、龍園は楽しそうに笑っている。

 

「比企谷君は見たようだが、それは本当かね?」

 

「はい。最初から見たわけではないのでどっちが喧嘩を売ったのかはわかりませんが、須藤が石崎達をボコして去って行くのは見ました」

 

「わかった。最終的な判断は来週の火曜日に下されるが、その際に行われる話し合いに参加してもらう事になるが大丈夫かね?」

 

「了解しました。時間や場所については?」

 

「それは月曜日か火曜日のHRで伝える。それではHRを終了する」

 

坂上先生はそう言って教室から出て行くと、隣に座るひよりが話しかけてくる。

 

「なんだか大変なことになりましたね」

 

「まあな。軽い悪口のぶつかり合いならスルーしていたが、須藤の暴力はやり過ぎだ」

 

ハッキリ言って須藤の暴力は石崎達が嵌める為の罠があったとわかっていてもやり過ぎだ。仮に石崎達が嵌めた事を見抜かれても須藤には重い処罰が与えられるだろう。

 

「お、おい比企谷。お前は本当に見たのか?」

 

ひよりに返事をすると当事者の1人である近藤が話しかけてくる。

 

「まあ一部だがな。一応証言はするが、余りアテにするな。俺がCクラスの生徒である以上、嘘の目撃者と疑われる可能性が高い」

 

「そ、そうだよな……」

 

近藤は俺の言葉に頷く。実際俺が見たと証言しても証拠を用意しなかったら信憑性は低いだろう。先生達はDクラスを貶める為の策と疑う可能性は充分にある。

 

しかし近藤がそんなに心配する必要はない。何せ目撃者は俺以外にもいるからな。それも他クラスで証拠の動画を持っている最強のカードだ。

 

しかしそれは言わないでおく。坂柳と通じていることがバレたら面倒だからな。

 

そう思いながら俺は1時間目の授業をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そんなわけでDクラスの生徒は目撃者探しをしてる。Bクラスに声をかけてたけど効果について無いみたい』

 

放課後、俺は自室で調べ物をしながら坂柳の配下の神室からDクラスの動向についての報告を受けている。

 

坂柳は目撃者としての役割があるので余り動いてないが、それについては不満はない。動きまくったらCクラスと坂柳派が組んでいる事を疑われるからな。

 

「わざわざ報告ありがとな。とりあえず進展があったら連絡をくれ。報酬が欲しいなら龍園に頼んで用意して貰う」

 

『じゃあ自由』

 

「……諦めろ」

 

神室の要望を一蹴する。こればかりは万引きした神室に非があるので俺にはどうすることも出来ない。

 

『冗談。あんたにそれを希望しても無理だから。じゃあまた進展あったら連絡する』

 

そう言われてから通話が切れるので携帯を閉じてパソコンに意識を戻す。調べる事は須藤の素性についてだ。須藤の性格的に中学時代も暴力事件などを起こしている可能性が高いからそこを調べる。

 

幸い入学早々にバスケ部でレギュラー候補となっているし、中学時代も相当なバスケット選手として名を馳せていたので所属していた中学については簡単に特定出来た。

 

よって俺はその学校や中学バスケ、学校周辺に関する掲示板や2ちゃんなどを調べる事にした。可能なら学校裏サイトも探すつもりだ。

 

状況的にCクラスが勝つ可能性が高いが絶対ではない。だから俺や坂柳あたりが可能な限り絶対に近づけないといけない。

 

これが普通の生徒なら俺もここまでしないが、須藤については俺自身が気に入らない存在だし、容赦はしない。

 

全力で叩き潰す。

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「とりあえずこの辺りにしとくか。しかしネットって情報が多いな……」

 

俺は携帯とパソコンの電源を切ってから、手元にあるメモ帳を見る。

 

そこにはネットに載っていた須藤の情報を記しているが、大半どころか全て須藤の悪評だった。

 

3日に一度は生徒と揉める、他校の生徒をボコしてバスケ名門校の推薦の取り消しを受ける、教師を殴り飛ばす、後輩から金を巻き上げている、先輩からは殴り屋として重宝されているなど、中学時代の須藤は碌でもない人間だったようだ。

 

勿論デマもあるだろう。中にはイケメンを半殺しにしてイケメンの彼女をレイプしたとか、激怒して人を殺したなんてのもあったが、これは絶対嘘だ。真実ならこの学校に入学出来ないし。

 

しかししょっちゅう生徒と揉めていた事と暴力事件を起こして推薦取り消しについてマジだろう。あらゆる掲示板などを見たがこの2つについてはどの掲示板にも載っていたし、学校での言動を考えても信憑性が高い。

 

情報収集についてはこれで良し。次は情報の信憑性を高める為に動かないとな。

 

そう判断した俺は学校のHPの掲示板に移動して須藤に関する情報提供を呼びかける。須藤の素性のみならず、これまで学校で須藤が起こした問題についても求める。

 

しかしこれだけでは足りないので有力な情報を提供した生徒にはポイントを払うとも書いた。こうすりゃ生徒も興味を持つだろう。

 

Dクラスの連中は他クラスに聞き込みをしてるようだが、他クラスの生徒からしたらメリットがないのだから報酬抜きだとマトモに取り合わないのは容易に想像出来る。俺としては早い内に情報についても差をつけておきたい。

 

「掲示板への書き込みも良し。んで次は龍園に必要経費の用意を頼んで、現場検証に行きますか」

 

俺は椅子から立ち上がり、部屋を出る。時刻は既に7時、部活が終わってる時間だから誰も特別棟には居ないだろうし、情報収集するなら今だ。

 

そう思いながら俺は龍園に報告と必要経費の準備のメールを送りながらエレベーターに乗る。そして寮を出たところで「ポイントが必要なら俺が出すから出し惜しみはするな」と何とも頼もしいメールが来た。

 

そのまま学校に入ろうとした時だった。

 

「こんな時間に学校に入るとは忘れ物か?比企谷」

 

正面からそんな声が聞こえてきたので顔を上げると堀北会長がいた。同時に俺は息を呑んでしまう。ただ話しかけられただけなのに緊張してしまう。

 

「いえ。例の事件の現場の見学に」

 

「馬鹿正直に答えるのだな」

 

「別に悪い事はしないですし」

 

というか嘘を吐いても見抜かれそうだし

 

「そういえばお前も目撃者の1人だったな」

 

「詳しいっすね。話し合いって会長も出るんですか?」

 

「今回のようなケースの場合、基本的にクラスの担任と当事者、そして生徒会との間で審議が行われる。まあ今回はお前と坂柳も参加するがな」

 

どうやら坂柳も目撃者として名乗りを上げたようだ。これで今の所順調だ。

 

「裁判のように弁護人とかはアリなんですか?」

 

「当事者、お前達Cクラスなら石崎、小宮、近藤の許可があれば2人まで許されている」

 

なら俺と龍園が弁護人に……いや、俺はともかく、龍園は既に危険人物として有名だから弁護人にしたら心証が悪くなりそうだな。

 

「そうですか。返答ありがとうございます」

 

「構わん。それよりもだ、お前は今回の審議はどうなると思う?」

 

こちらを見定めるように聞いてくるが……

 

「それは審議の内容ですか?それとも結果ですか?」

 

「両方だ」

 

「内容については泥仕合になるでしょうね。結果についてはどっちが嘘を吐いてたかはわかりませんが、須藤の暴力は過剰でしたから罰は避けれないでしょう」

 

これについては殆ど確実だ。石崎達は嘘を認めないだろうし、須藤は感情的だから泥仕合になるのは明白だ。そして須藤に対する罰は怪我をさせた時点で有罪は確実だ。

 

「だろうな。ちなみに比企谷。お前がDクラスの立場ならどう戦う?」

 

「完全無罪を勝ち取るなら馬鹿正直に審議では戦いません。どうにかして脅迫ネタを掴んで訴えを取り下げるように脅しますね。もしくは素直に負けを受け入れて、須藤に今後戒める為に罰を与えることを許容します」

 

問題を問題にしないのが1番だからな。

 

「ふっ……生徒会長を前にしてそんな大胆な発言をするとは思わなかったぞ」

 

会長は薄く笑うがひよりが浮かべる魅力的な笑みではなく、龍園や坂柳が浮かべる怖い笑みだった。

 

「この学校は完全な実力主義です。相手に訴えを取り下げさせるのも実力として問題ない筈です。ま、脅迫ネタを掴むのが難しいですけど」

 

事件が起こったばかりである以上、石崎達も警戒するだろうし。

 

「では俺はこれで失礼します。当日はよろしくお願いします」

 

小さく一礼してから特別棟に向かう。パパッと調べますか。

 

そう思いながら特別棟に入る。

 

 

 

そして調べた結果、事件現場の3階にて石崎達の血痕が残っていたので写真を撮っておく。

 

(しかし何故特別棟には監視カメラがないんだろうか?)

 

アレか?悪い事を企む時に使えって学校側の配慮……いや、しかしそれならわざわざ天井付近にコンセントを設置する事はない筈だ。

 

そう思いながらも俺は3階の写真を撮りまくるのだった。

 



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暗躍

「それで比企谷。進捗はどうだ?」

 

7月3日の夜、俺の部屋にて龍園がそう尋ねてくるので俺は机の中からメモ帳を、鞄の中からコピー用紙を取り出して龍園に渡す。

 

「メモ帳に書いてあるのが俺がネットで調べた須藤の情報、コピー用紙に書かれているのが校内掲示板で得た須藤の情報だ」

 

俺が龍園に渡したのは須藤に関する情報だ。前者については中学時代の須藤のネタが多く、後者については入学してから須藤が起こしたトラブルネタが多い。

 

「仕事が早いな。とりあえず暴力事件で推薦取り消しになったのは事実だな。このカードについては審議で使う」

 

龍園はそう言っている。須藤が中学時代に暴力事件を起こし推薦取り消しになったのは俺が作った掲示板にも書いてあったので事実だろう。

 

「他の情報については?」

 

「コピー用紙に書いてある情報については信憑性が高いからCクラスの連中に読ませてDクラスを挑発する。この場合、下手な嘘より事実を広めた方がいい」

 

龍園は早速攻撃的な作戦を口にする。本来なら無駄とわかっても諌めるかもしれないか、相手が須藤の時点でその気はない。

 

と、ここで俺の携帯が鳴り出す。画面を見ると神室からだった。

 

「出て良いか?」

 

「ああ」

 

龍園から許可を得たので電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『比企谷?進展があった』

 

進展だと?俺はてっきり、Dクラスは碌に準備も出来ない状態で参加すると思ったがな。

 

「何だ?新しい目撃者をDクラスが見つけたのか?」

 

『そうじゃないわ。BクラスがDクラスに協力することになった』

 

あ?BクラスがDクラスに協力だと?

 

「確かな情報か?」

 

『さっき特別棟から一之瀬がDクラスの生徒と話しながら一緒に出てきたし、可能性は高い』

 

一之瀬……確かに奴は目の前のトラブルを止めようとする性格だし、今回の件を見過ごせないと動いた可能性もある。

 

とりあえずBクラスとDクラスは同盟を組んだと考えておこう。

 

「もしかして俺達がお前らと組んでるのもバレた?」

 

『絶対とは言い切れないけどバレてはないと思う。事件以降、私達は直接会ってないし、私も電話するときは自室でしてるし』

 

「わかった。じゃあまた進展があったら頼む」

 

そう言ってから通話を切って龍園に話しかける。

 

「神室から報告、BクラスがDクラスに協力した可能性有りとのことだ」

 

「なるほどな。CクラスがBクラスに迫るのを危惧したからか、はたまた俺の仕業と一之瀬が勘付いたかのどっちかだな」

 

「で?Bクラスについても仕掛けるのか?」

 

「Bクラスについては放置で良い。出来るとしても精々目撃者の捜索くらいだろ」

 

「わかった。じゃあ話を戻すがDクラスに挑発するのは賛成しない。審議前の挑発は妨害行為と疑われるぞ?」

 

「安心しろ。挑発って言っても悪口じゃなくて、須藤に対して自首しろって懇願するだけだ」

 

いやそれある意味悪口よりもタチの悪い挑発だろ……ま、大将は龍園だからこれ以上反対するつもりはないが。

 

「好きにしろ。それと有力情報を提供した奴に対するポイントは1人あたり5千で大丈夫か?」

 

「情報提供者は11人……ま、そのくらいが妥当か。後でアドレスを俺の所に送れ」

 

「了解した。俺は引き続き情報収集に勤しむ」

 

さて、DクラスはBクラスと組んだようだが……まあ龍園みたいなエグい手段は使わないから大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

「それで今後目撃者について探すんだけど、学校のHPを使った方がいいかな」

 

同時刻、Bクラス代表の一之瀬帆波は今後の打ち合わせに関する事案としてDクラス主力の堀北鈴音にそう告げると、堀北は訝しげな表情となる。

 

「HP?」

 

「うん。学校のHPには掲示板があるの。既にCクラスは情報収集をしているから、情報量の差があるだろうから少しでも差を埋めた方がいいよ」

 

一之瀬はそう言って自分の携帯を操作して八幡が作ったページを見せる。そこには須藤に関する情報を求めている旨が記されていた。しかも生徒をやる気にさせる為か有力情報提供者にはポイントを渡す事も記されている。

 

「今回の件、十中八九Cクラスが仕掛けた罠だと思うけど、向こうは既に沢山の情報を持ってるから嘘を押し切られる可能性があるから気をつけた方がいいよ」

 

「言われるまでもないわ。それと一之瀬さん、Cクラスの龍園君について詳しい情報を知ってるかしら?」

 

予想外の名前が堀北の口から出て一之瀬が目を丸くする。

 

「もう龍園君と接触したの?」

 

「直接接触したわけじゃないけど……」

 

堀北はそう前置きして中間試験結果発表日の一件を話す。それを聞いた一之瀬は険しくなる。

 

「退学者が出かけたのは知ってたけと、土下座を強要してきたんだ……結論から言うと龍園君はCクラスのボスだね。自分の利益の為なら他を陥れる事を迷わないし、クラスメイトを駒としか見てない危険な人物。以前BクラスもCクラスと揉めたんだけど、その時に裏で糸を引いてた事もあるくらい。多分今回も一枚噛んでいると思う」

 

「そう……もう一つ聞きたいのだけど、比企谷八幡という男の情報は持っているかしら?」

 

堀北は過去に何度か会ったCクラス男子について質問すると一之瀬はキョトンとしてから口を開ける。

 

「比企谷君?比企谷君については謎が多いんだよねー。特に動いてる訳じゃないけど、Aクラスリーダーの坂柳さんと仲が良いし、龍園君にその事を咎められてないから只者じゃないと思う」

 

「そう……わかったわ」

 

堀北は一之瀬の言葉に頷きながら、中間試験結果発表日に見た2人の男子を思い出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「だからさ。頼むから自首してくれないかな?須藤君が嘘を吐いている所為で皆に迷惑がかかってるんだよ?」

 

「ふざけんじゃねぇよ!嵌めたのは小宮達なんだよ!」

 

朝、教室に向かおうとするとDクラスの教室前でCクラスの生徒数人が須藤に自首をするように頼んでいて、須藤がキレている。どうやら龍園の奴、早速作戦を開始したようだ。

 

「悪いけど信じられないな。須藤君って入学初日に上級生と揉めて、コンビニのゴミ箱を蹴り飛ばしてたし」

 

「あ、私もそれ見た。それと食堂で無理矢理割り込んで、注意した生徒に逆ギレしたよね?」

 

「それと図書館でウチのクラスの比企谷の胸倉を掴んでた事もあるし、信じろって方が無理だよ」

 

Cクラスの生徒は容赦なく須藤を責める。対する須藤は苛立ちを露わにしながらも手を出さない。何せ彼等が言っている事は全て事実であるし、審議前に殴ったら退学する危険性があると考えているから殴れないのだろう。

 

「小宮達に呼ばれたって言うのも、小宮達を嵌める為の嘘なんだよね?正直に認めてよ」

 

「くそがっ!」

 

須藤は怒りながら教室に入る。どうやら手を出させるのは失敗に終わったようだな。

 

しかし廊下を歩く他の学生からしたら、須藤にとって都合が悪くなったから逃げた、と考えるだろう。それによりDクラスは益々見下されるようになっていくのは明白だ。龍園の奴、本当に容赦ないな。

 

そう思いながらCクラスに入って自分の机に座るとひよりが話しかけてくる。

 

「八幡君。少し聞きたい事があるんですが、大丈夫ですか?」

 

「どうした?」

 

「えっと、八幡君も証人として来週の話し合いに参加するのですよね?」

 

「加えて龍園から弁護人として出るように頼まれている」

 

「その件なんですけど、日曜日も忙しいのですか?」

 

「?いや、割と余裕はあるな」

 

既に話し合いで武器として使うカードも、向こうが証人などを用意した対策も殆ど完成している。加えて坂柳もいるから作戦は殆ど完成しているので、休日返上して対策を考える程じゃない。

 

「でしたら以前約束したように公園に行きませんか?ポイントは支給されてないので新しい本は買うか決めてませんが……」

 

ああ、月に一度敷地内の隅にある公園に行くって約束していたな。ひよりもちゃんと覚えていてくれて嬉しいな。

 

「お前が望むなら行こうぜ。審議もクラスポイントが関係するから大切だが……」

 

ひよりと過ごす時間はもっと大切だ。

 

それはまだ言えない。恥ずかしい気持ちもあるが、正直言ってこれ以上彼女に歩み寄るのが怖いからな。

 

「だが?」

 

「何でもない。単に疲れを癒したいって思っただけだ」

 

そう返事をして1時間目の授業の準備を始める。これも嘘ではないから問題ない筈だ。

 

 

 

 

 

 

それから俺はいつものようにクラスポイントが減らないように真面目に授業を受けて、放課後になって情報収集と作戦の見直しをするのだった。



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気分転換

「……よし、完成だな。後はレタスの水を切れば……」

 

日曜日の早朝、俺は土曜の夜のうちに仕込んでおいた食材を調理して弁当箱に詰める。弁当箱にはおにぎりや唐揚げ、レタスやスパゲティなど定番料理が入っている。

 

今日はひよりと公園で過ごす日で、前回はひよりが弁当を作ったので今回は俺が作っている。専業主夫志望だからか基本的な料理なら問題なくこなせる。

 

しかし俺が他人、それも女子の為に飯を作るとは、入学前には考えられなかった。

 

 

 

ーーーただいま、貴方ーーー

 

ーーーおかえりひより。風呂と飯、どっちにする?ーーー

 

ーーー八幡君でーーー

 

ーーーやれやれ。甘えん坊だ……

 

 

(って!何を考えてんだ俺は?!痛々しいわ!)

 

俺は自分の痛々しい妄想にツッコミを入れてしまう。マジで俺の頭は何を考えてんだよ。アホ過ぎる……

 

頭を振って妄想を吹き飛ばした俺は弁当箱に具を詰め込み、魔法瓶に紅茶を入れて蓋をする。これで完成だが、ひよりの口に合ってくれると嬉しい。

 

弁当を作り終えた俺はキッチンを出てテーブルの上にある原稿をチェックする。審議の時に石崎達が話すべき内容だ。向こうがしてくる質問を予想してそれに合わせた答えを用意してある。

 

用意したのは龍園だがこれを改善して、更に俺が用意したカードを使うタイミングをチェックしないといけない。まあやり過ぎると、準備が良過ぎると疑われる可能性もあるので坂柳との連携も大切だ。

 

それと今日出掛ける時には色々と買いたい物があるからチェックもしないとな。デジカメとボイスレコーダー、可能ならペン型カメラも買っておきたい。まあペン型カメラはないと思うけど。

 

今回の件ではわかったが、今後は特別な試験以外にも審議などでぶつかる可能性が高い。その時に重要なのは証拠だ。よって証拠を集める為に必要な物は買い揃えておきたいからな。

 

(今月分のポイントは支給されてないが20万近くあるし問題ないな)

 

俺は最低でも10万は懐に残しておく方針をとっているが、それでも使えるポイントは9万近くあるし買えるだろう。買えないならポイントが支給されてから買えば良いだけだ。

 

そんな事を考えながら原稿をチェックする。原稿そのものは問題ないが、問題は質疑応答する石崎達にある。俺は感情的にならない自信はあるが、石崎達は割と感情的だからな。そこを突かれる可能性もあるし、事前に龍園に紹介してもらうか。

 

俺は審議の予定を考えながらも、ひよりと過ごす時間を心待ちにした。

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「おはようございます八幡君」

 

寮のエントランスで待機しているとエレベーターからひよりが降りてきて笑顔で挨拶をしてくる。相変わらずひよりの笑顔はオアシスだな。

 

「おはようひより。それじゃあ行こうか」

 

「はいっ」

 

ひよりが満足そうに頷いたのを確認した俺はエントランスを出てショッピングモールの方へ向かう。

 

「話し合いまで後2日ですが大丈夫ですか?」

 

「知らん。結局のところ、俺は思った事を話すだけだ。重要なのは石崎達と須藤のどちらかが嘘を吐いている事だ」

 

「そうですね。両者共に自分の言っている事は事実と言うでしょう。そうなると怪我の具合から判断しないといけないですね」

 

「まあな。そして怪我の具合で判断した場合、証拠を持っているこちらの勝ちは絶対だ」

 

つまりDクラスは石崎達が嘘を吐いているって事を証明しないと勝ち目は一切ないって事になる。その為には最初から事件を見ていた目撃者が必要だが、そんな奴はいないだろう。俺と坂柳ですら途中からしか見てないし。

 

「そうですか。まあ何にせよ、今回の事件を最後に揉め事は終わりになって欲しいですね」

 

ひよりはそう言っているが、ウチのクラスのリーダーがアレだからな。平穏な学校生活を送るのは殆ど不可能に近いだろう。

 

「それは厳しいだろうな……っと、済まんひより。ショッピングモールで買い物しても良いか?」

 

「本ですか?」

 

「いや、デジカメとボイスレコーダー、後あったらペン型カメラを買いたい」

 

「なるほど……私も買った方がいいですかね?」

 

「お前は他クラスから狙われないだろ。俺は既に龍園と割と強い繋がりを持ってるから用心として買うんだよ」

 

少なくともAクラスの坂柳と坂柳派の人間は俺の立場を知ってるだろうし、Bクラスの一之瀬あたりも薄々勘付いているだろう。他クラスの攻め方は知らないが備えあれば憂いなしだ。

 

「そうですか。とりあえず電気屋に行きましょうか」

 

ひよりから了承を得たので俺達は電気屋に入る。そして中を見渡すと……

 

(おいおい。ボイスレコーダーはともかく、ペン型カメラや監視カメラも売ってんのかよ?)

 

監視カメラというかネットワークカメラだけど。計測や記録、つまり勉強の為に売られているようだが、使い手によっては悪さに使える代物だ。コイツは完全に予想外だな。

 

(一応龍園には報告しとくか。場合によっては役立つかもしれないし)

 

そう思いながら俺は龍園にメールをしてから本来の目的であるボイスレコーダーとペン型カメラを取ってデジカメが売ってある場所に向かう。カメラについては予算オーバーだから今日は買わないでおく。

 

そしてレジでポイントを払って店を後にしようとしたが……

 

「あっ……」

 

ある事に気付き、俺は反射的にひよりを抱き寄せながら柱の影に隠れる。何故なら雪ノ下と由比ヶ浜がショッピングモールを歩いていたからだ。

 

以前坂柳と登校していただけで、由比ヶ浜は脅し云々言って喚いたのだ。休日にショッピングモールでひよりと歩いているのを見られたら絶対に面倒な事になるし。

 

物陰に隠れる中、2人の会話を耳にする。

 

「ゆきのん、今日は無料食品に肉が多くて良かったね」

 

「ええ。それにしても須藤君は本当に足手纏いね。退学になった方がDクラスの為になるわ」

 

「暴力を振るうなんてマジでキモいし」

 

「全くね。それにしてもなぜ彼程度の存在が入学出来たのかしら?」

 

「だよねー。ヒッキーも入学出来るし、ゆきのんがDクラス行きなんて試験官って頭悪過ぎだし」

 

「そうね。本当にこの学校は国主導の学校なのか不思議に思うわ。でも私が生徒会長になって学校を良い方向に変えてみせるわ」

 

「待って。確かにゆきのんなら出来ると思うけど、落とされたじゃん。どうするの?」

 

「落ち着いて由比ヶ浜さん。私が落ちたのは実力不足じゃなくて堀北会長が私を恐れていたからに決まってるわ。だから会長が引退したらもう一度希望して生徒会入りすれば良いだけの話よ」

 

「ゆきのん流石!アタシも生徒会に入って頑張るね!」

 

そんな会話が聞こえてきて、ため息を吐いてしまう。コイツらが生徒会?3日もしないで解散請求が求められるだろう。

 

というか堀北会長が誰かを恐れるとかあり得ないだろう。スペックなら陽乃さんクラスだろうし。相変わらず雪ノ下は自分が全て正しいと思っているようだが、実力不足にも程があるだろ?

 

そんな事を考えているとチョンチョンと肩を叩かれたので下を見ると……

 

「えっと……いきなりどうしんたですか?」

 

少しだけ頬を染めているひよりが俺の腕の中にいた。しまった、雪ノ下達に見られないよう、柱の影に隠れた際にひよりを抱き寄せてしまったようだ。

 

「す、済まん。余り関わりたくない奴がいたら隠れたんだ。いきなり抱き寄せて悪かった」

 

下手したらセクハラで訴えられてもおかしくない事をやっちまったよ。マジで反省しないと。

 

「いえ。驚きはしましたが、別に怒ってはないですよ?」

 

ひよりからは怒りの色は見えない。その事から本当に怒ってないのだろう。

 

「それよりも買い物が終わったのならそろそろ行きましょうか」

 

俺はそんなひよりの言葉に頷き、2人で公園に向かうのだった。

 

そして公園に着くとレジャーシートを広げて、靴を脱いでシートの上に座る。学校は海に囲まれていて、公園は学校の四隅にあるからか相変わらず潮の香りが強い。

 

潮の香りを感じながらも図書館で過ごす時のように無言で本を読み始める。

 

 

 

暫くの間、本を読んでいると風が吹き、何かが顔をくすぐってくる。予想外の感触に顔を上げると、その正体は俺の隣で本を読んでいるひよりの髪である事に気付く。

 

当のひよりは夢中になって本を読んでいる。その姿は美術品のように美しく、気がつけば手にある本ではなくひよりを見ていた。

 

同時に俺はひよりから目を逸らして本を読もうとしたが、同じタイミングでひよりの腹から可愛らしい音が鳴るので顔を上げると目が合う。

 

「……聞こえました?」

 

若干恥ずかしそうに聞いてくるので無言で頷く。同時に俺の腹からも音が鳴る。

 

「……飯にするか」

 

俺はひよりの返事を聞かずに弁当箱を取り出してレジャーシートの上に広げる。

 

「わぁ……美味しそうなお弁当ですね」

 

「美味いかはわからないから食べてみてくれ」

 

「はい……あっ、美味しいですよ」

 

ひよりは唐揚げを食べながら笑顔を見せてくる。

 

「なら良かった。ありがとな」

 

自分の作った飯が美味いって言われるのは存外悪くないな。

 

嬉しく思いながら食事を済ませると……

 

「「ふぁあ……」」

 

俺とひよりは同時に小さく欠伸をしてしまう。

 

「眠いのか?」

 

「実は今日を楽しみにしていたので余り眠れなかったんです。八幡君もですか?」

 

「まあな」

 

朝早くに弁当を作る為に起きたので結構眠い。

 

「でしたら今日は2人で寝ませんか?」

 

するとひよりはいつもの表情でそんな事を言ってくるが……

 

「言ってる意味わかってんのか?」

 

他の男子が聞いたら理性を吹っ飛ばしてるかもしれないぞ。

 

「?変な事を言いましたか?」

 

この天然め……自分が言ったことの恐ろしさを理解してないようだ。

 

「それに以前八幡君が寝た時は気持ち良さそうでしたから……ふぁ……やっぱり少し眠いので寝ませんか?」

 

「……わかったよ」

 

俺は止む無く了承する。ひよりが眠そうだから一蹴出来ないし。つか俺もマジで眠い。弁当を作る事も原因の一つだが、ひよりと過ごす時間を楽しみにしていてマトモに寝れなかったし。

 

「では空を見ながら寝ましょう」

 

ひよりはそう言って広いレジャーシートに寝転がるので俺も寝転がる。レジャーシートが広くて良かった。

 

ひより同様に空を眺めると雲がゆっくりと動いている。あ〜、雲のように自由気ままに生きてぇな……

 

そう思いながら雲を眺めていると眠気がやってくるので特に逆らうことなく、ゆっくりと目を閉じるのだった。良い夢を見れたな良、い……な……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目が覚めたのは太陽が傾き夕焼けが綺麗な頃であったが、その際にひよりに抱きついていて、即座に謝り倒した。



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審議前日の月曜日、学校の支度をしながら携帯を使って自分が立ち上げた掲示板の募集を確認した時だった。

 

「俺以外にも暴力事件の情報収集を呼び掛ける奴が出たか……」

 

掲示板には俺と同じように暴力事件について情報提供を呼びかけているコーナーがあった。これは間違いなくBクラスの仕業だな。

 

何故なら有力な情報提供者にはポイントを支払うって書かれているが、Dクラスに払えるとは思えない。0ポイント生活に加えて由比ヶ浜を退学から助ける際に龍園に10万、学校に20万のポイントを払ってDクラスはクソ貧乏だろうし。

 

(放っておいても問題ないがポイントは欲しいし……)

 

俺はフリーアドレスを利用して入学してから須藤が起こしたトラブルの1つを書いて掲示板に書かれたアドレスに送りつける。事実だからポイントを貰えるだろう。

 

「さて……学校に行きますか」

 

俺は鞄を持って部屋を後にする。そしてエレベーターを使って一階に降りて寮を出る。

 

今日も良い天気で気分が上がる。昨日も良い天気だったが、ひよりと昼寝して……これ以上考えるのはよそう。

 

俺は頭を振って昨日の事から逃げるように学校に向かい、下駄箱で上履きに履き替えている。

 

と、ここでBクラスリーダーの一之瀬と参謀の神崎、更には堀北会長と激戦を繰り広げた男の3人が階段近くにいるのを目にする。

 

何を話してるのか気になるがここで立ち止まるのは不自然だし、通り過ぎるしかない。

 

ため息を吐きながら廊下を歩き、3人に不自然に思われない程度の速さでゆっくりと近づく。

 

 

「訴えた1人の石崎くん、中学では相当なワルだったんだって。喧嘩も相当強いらしいよ」

 

「もしかしたらわざと須藤にやられたのかもしれないな。須藤だけが無傷なのは不自然だ」

 

「神崎君の言う通りだね。それでもう一件は……「須藤も石崎も態度は悪いが、入学初日から上級生3人と揉め事を起こした須藤が喧嘩をふっかけた可能性が高い」だって」

 

「それは事実だな。コンビニ前で揉めてるのを見た」

 

そんな会話が耳に入る。どうやら俺の情報はしっかり届いたようだ。

 

しかし石崎が元ワルである事を知られたか。別に知られても戦局はそこまで変化しないが、知られない方が事は進みやすかったんだがな。

 

ため息を吐きながらもCクラスの教室に入ると、いつものようにひよりが話しかけてくる。

 

「おはようございます八幡君」

 

「おはよう……昨日は悪かったな」

 

俺はそう返す。昨日俺はひよりと公園に行った。そんで昼飯を食ってから眠くなったので2人で寝たのだが、目が覚めた時に俺はひよりを抱きしめていたのだ。

 

その際にひよりに謝って、気にしてないと言って貰ったが申し訳ない気持ちは残っているので再度謝る。

 

「昨日も言いましたが私は怒ってないですから気にしないでください。八幡君に抱きしめられた際には温かくて気持ちよかったですから」

 

そう言って貰えるとありがたいが……

 

 

「おい聞いたか?今比企谷に抱きしめられたって言ったよな?」

 

「マジかよ?先週なんてAクラスの坂柳をお姫様抱っこして下校したのにかよ……」

 

「まさかの二股?リアルで見るのは初めてだわ」

 

「畜生……ぼっちの癖に……!」

 

 

TPOを考えて言って欲しい。クラスの連中が物凄い眼差しで見てるし。先週須藤に傷つけられた坂柳をお姫様抱っこした事もあって噂は止まらない。このままだと明日にはCクラスのみならず、AクラスとBクラスとDクラスにも広まっている可能性が高い。女子の噂話ほど恐ろしい拡散方法はないからな。

 

当のひよりは特に気にしてないようにぽわぽわした表情を浮かべている。畜生、可愛過ぎて文句を言えない。

 

そんな事を考えていると坂上先生が教室に入ってきてHRが始まる。その際は静かになったが、クラスの大半が興味深そうな目を俺に向けてくるのが腹立たしかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

尚、須藤の情報の報酬として5千ポイントの臨時収入が入った時は存外嬉しかった。

 

 

 

 

数時間後……

 

「比企谷、ちょっと付き合えよ」

 

昼休み、昼食を食べようとしたら龍園が話しかけてくる。背後には石崎、小宮、近藤の3人がいるから審議についての話だろう。

 

「わかった……済まんひより。ちょっと行ってくる」

 

「わかりました」

 

ひよりから了承を得ると龍園達が廊下に出るのでそれに続く。

 

「で?だいたい予想はつくが話ってなんだ?どこに行くんだ?」

 

「職員室だ。明日の審議についてお前には証人だけじゃなくて弁護人としても出て欲しいから坂上に許可を取りに行く」

 

そういや堀北会長は当事者、Cクラスなら石崎、小宮、近藤の許可があれば2人まで許されていると言っていたな。

 

「で?俺とお前が弁護人になるのか?」

 

「いや、俺は出ない」

 

「えっ?!龍園さん出ないんですか?!」

 

「馬鹿か石崎。俺が出たら生徒会から疑われるだろうが」

 

否定は出来ない。龍園は既に悪名高いからな。出ただけでDクラスや生徒会の目が厳しくなるだろう。

 

一方の俺は生徒会長と交流があるが、特に悪い事はしてないので悪い印象を持たれないだろう。

 

そこまで話してると龍園は教室に入るように職員室に入る。というか失礼しますくらい言えや。

 

そして坂上先生も元に行く。

 

「坂上、明日の審議だが、比企谷を目撃者としてのみならず弁護人として出せるか?」

 

「小宮君達が了承すれば2人までは可能だ。龍園と比企谷君の2人で良いのかね?」

 

「俺は出ねぇ。比企谷だけで充分だ」

 

「わかった。生徒会には報告しておく。比企谷君は明日の放課後、私や小宮君達と生徒会室に来てもらうよ」

 

「了解しました」

 

「邪魔したな」

 

話が済むと龍園は敬語を使わずに教室を出る。俺は失礼しますと一礼してから出る。

 

「さて石崎、小宮、近藤」

 

「「「は、はいっ!」」」

 

「今回についてはお前らは比企谷の命令には従え。不満を抱こうが逆らうな」

 

「あ、あの龍園さん。比企谷に従って大丈夫なんですか?」

 

石崎が質問するが当然だろう。俺が暗躍しているのを知ってるのは龍園と協力者の坂柳、諜報活動をしている神室くらいだから、それ以外の人間からしたら俺を疑うのは当然だ。

 

「あ?俺の判断に文句があるのか?」

 

「い、いえっ!ありません!」

 

石崎は即座に前言撤回する。相変わらず龍園は暴君をやってるんだな……

 

「最初からそう言え。比企谷にはアルベルトを貸すからコイツらが馬鹿やらかしたら制裁を与えてやれ」

 

「いらねぇよ。そもそも俺が審議中にコイツらにやって貰いたい事は……と……くらいだ」

 

俺の言葉に龍園は笑い、石崎達はポカンとした表情になる。

 

「?そんな簡単な事だけで良いのか?」

 

「相手が須藤に限定したらそれだけでも充分な武器になる。後は俺が須藤を仕留めるから何の問題もない。須藤を潰す策もDクラスに負けを認めさせる策も既に考えている」

 

Dクラスの弁護人に坂柳クラスの人間がいるならともかく、それ以外の人間なら完封出来る自信がある。

 

「それと比企谷。明日はボイスレコーダーを備えとけ。審議の内容について今後の参考にする為にしっかり把握しておきたい」

 

「それは構わないが、事前にボディチェックとかされて没収されたら諦めろよ」

 

「そこで諦めないほど馬鹿じゃねぇよ」

 

まあ多分大丈夫だろうけど。審議内容を記録するのは別におかしい事じゃないし。

 

「なら良い。話が終わりなら俺は失礼する」

 

そう言って俺は4人に背を向けて教室に戻り、椅子に座ってひよりと弁当を食べるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜……

 

「って感じだ。こっちの作戦については問題ない。証人の方は坂柳に任せるぞ」

 

『お任せください。いざという時に備えてこちらも色々と考えていますから』

 

「Aクラスには本当に助けられるな」

 

俺は自室で坂柳と電話を使って最後の打ち合わせをする。事実、坂柳が証人となる事でこちらの信憑性はグッと上がるだろうし、神室の諜報活動はこちらの作戦を練るのに役立った。

 

『気にしないでください。こちらとしても停学などのペナルティについて知りたかったですから』

 

「そう言ってくれるとこちらも助かる」

 

『世の中持ちつ持たれつですから。あ、それと万が一Dクラスが完全無罪を勝ち取ったとしても安心してください。そうなったら私が『須藤君に職員室前で突き飛ばされて悪意ある言葉を吐かれた』と須藤君を学校に訴えますから』

 

あー、なるほどね。確かにあの時の須藤の態度は問題だった。普通なら良くて厳重注意、悪くて停学だろう。

 

しかも坂柳は障害者であり、須藤はその前の日に起こった暴力事件の当事者だ。その事を考えると須藤を停学させる事は不可能じゃない。加えて須藤が坂柳を突き飛ばしたのは監視カメラがある職員室前だし。

 

とどのつまり、須藤は詰んでるって訳か。

 

「そうか。まあ何にせよ明日はよろしくな」

 

「はい。ところで比企谷君」

 

「どうした?」

 

俺が尋ねると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『比企谷君が私と椎名さん相手に二股をしているという噂がAクラスに流れているのですが……アレはどういう意味ですか?』

 

 

 

………あ

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺はしどろもどろになりながらも事情を説明したが、物凄く説明するのが大変だったのは言うまでもないだろう。



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審議当日

いよいよ審議当日の火曜日となった。

 

その日は審議当日だから1年全体の空気が重く、廊下を歩く際も緊張感に包まれていた。

 

それは時間が経つにつれて増していき、最後の授業が終わる頃には最高潮となっていた。

 

放課後を告げるチャイムが鳴ると同時に俺は立ち上がり、ひよりに話しかける。

 

「ちょっくら行ってくる。多分1時間くらいで終わると思うわ」

 

「わかりました。図書室で待っていますので頑張ってください」

 

「ああ。またな」

 

そう言ってから教室を出て廊下で待っていると石崎達3人が出てくる。

 

「なあ比企谷。本当に俺達はお前が言った事をやるだけでいいんだよな?」

 

小宮がそんな風に質問をしてくる。

 

「この審議はCクラスが圧倒的有利だが、絶対はこの世に存在しない。だが絶対に限りなく近付くのは可能だ。お前らは用意した回答と俺が言った事をこなせば問題ない」

 

何せ相手は小学生より短気であろう須藤だ。ぶっちゃけ負ける気はしない。

 

「ちなみに比企谷の中だと須藤にどれくらいの罰を与える予定だ?」

 

「さぁな。向こうが用意したカード次第だ」

 

俺個人としては退学処分にしてやりたいが、そう都合よく事が進むとは思えないからな。

 

言いながら俺達は職員室に向かうと職員室前の廊下で坂柳と坂上先生が待っていた。

 

「来たようだね。では生徒会室に行こうか」

 

「あの、先生。何故ここにAクラスの坂柳が?」

 

「坂柳は俺と同じ目撃者だ。俺達は2人で事件を見てたんだよ」

 

その言葉に3人は驚くが、坂柳はこっちの味方だから安心しろ。まあ壁に耳ありだからハッキリとは口に出来ないが。

 

「宜しくお願いします。では坂上先生、案内をお願いします」

 

坂柳がそう言うと坂上先生を先頭に歩き出す。と、同時に坂柳が話しかけてくる。

 

「いよいよですね。私、審議がどのようなものなのか楽しみです」

 

「審議を楽しみと言うのはお前くらいだろうな。ま、今後の参考にしとけ」

 

「もちろんです。あ、比企谷君さえ宜しければ週末2人で祝勝会をしませんか?比企谷君の部屋で」

 

「俺の部屋かよ?」

 

「私の部屋だと、比企谷君は夜8時までしか過ごせませんから」

 

寮は下層が男子エリアで上層が女子エリアとなっているが、「男子は夜8時以降、女子エリアに入る事を禁ずる」って校則がある。よって男女が夜遅くまで一緒に過ごすには男子エリアを拠点としないといけない。

 

「悪いがパスさせ「断るなら比企谷君の部屋の前にずっといます」……了解した」

 

「ありがとうございます。楽しみにしてますね」

 

俺は無力だ……

 

ため息を吐きながらも俺達は生徒会室に向かう。坂上先生が扉をノックした後に中へと足を踏み入れる。

 

「失礼します」

 

「「「失礼します」」」

 

一言そう言って中に入る。生徒会室の中には長机が置かれていてグルリと長方形を作っていた。1番奥には堀北会長と書記の橘先輩がいた。

 

「坂上先生とCクラスの生徒はこちらに座ってください。目撃者の坂柳さんは私達の向かい側に座ってください」

 

そう言われたので俺は1番手前にある椅子を引いて坂柳が座りやすいようにする。坂柳は椅子に座るのも一苦労だからな。

 

「ありがとうございます」

 

「気にするな」

 

そう返しながら俺は坂上先生と石崎に挟まれる形で椅子に座る。向かい側にも椅子はあるが、そっちにはDクラスの生徒が座るのだろう。

 

暫くの間、待機していると審議開始まで10分を切ったタイミングでドアがノックされて開く。そしてDクラス担任の茶柱先生が入ってきて、その後ろから3人の生徒が入ってくる。

 

1人は当事者の須藤で、残り2人は堀北、そして堀北会長と凄い戦闘をした男だった。どうやら2人が弁護人……ん?

 

そこまで考えていると坂柳の目が一瞬だけ鋭くなっているのが見えたが、何かあったのか?

 

目を擦って再度確認すると、いつもの表情になっていた。見間違いか?

 

「遅れました」

 

「時間にはまだ余裕があります。お気になさらず」

 

「C組のクラス担任、坂上先生だ。手前にいるのが目撃者の1人であるAクラスの坂柳。それから彼がこの学校の生徒会長だ。彼の横に立っている彼女は書記だな」

 

茶柱先生は須藤達に紹介をしながら席に座る。俺の真ん前には堀北が座るが……動揺しながら堀北会長をチラチラ見ている。

 

一方須藤は机の上に肘をついて苛立ちを露わにしているが、態度悪過ぎだろ?

 

呆れる中、審議が始まる。

 

 

「それではこれより、先日起こった『暴力事件』についての審議を執り行いたいと思います。進行は生徒会書記、橘が務めさせて頂きます」

 

「「よろしくお願いします」」

 

言いながら小さく頭を下げて橘先輩に一礼する。同じタイミングで坂柳も一礼する。

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

石崎達も一拍おいて一礼する。それに対して橘先輩は軽く目を見開くが直ぐに同じように一礼してくる。

 

「随分と礼儀正しいのだな」

 

「先輩が名乗ったら礼をするのは当然でしょう。寧ろ先輩主導の審議が始まるのに机に肘をついている事が問題では?」

 

「んだとテメェ?!」

 

薄い笑みを浮かべてくる茶柱先生にそう返すと須藤がブチ切れ、机を叩きながら立ち上がる。

 

「須藤君着席してください」

 

即座に橘先輩が注意すると須藤は舌打ちをしながら着席する。しかし肘は机の上についているので、会長を含め全員が須藤に対して冷たい目を向けている。

 

石崎達にアドバイスした事は2つあるが、1つは「礼儀正しくする」ことだ。

 

礼儀正しい態度を取る人間と悪い態度を取る人間を比べたら必然的に後者の意見は弱くなる。

 

勿論堀北会長は公平な判断をするだろうが、今の須藤の態度は須藤が暴力的な人間である事を示したので、こちらの意見は僅かながらに信憑性が上がるだろう。

 

橘先輩は審議を執り行うと言ったが、審議ってのは開始の言葉が出る前から始まっているんだよ。

 

ちなみに坂柳にはアドバイスしてないので、坂柳は元々礼儀正しいって事になるな。

 

 

「それにしてもこの程度の揉め事に生徒会長が足を運ぶとはな。いつもなら橘だけのはずだが?」

 

「日々多忙故、橘に任せてしまう機会が多いですが、原則私は立ち会う事を理想としてますよ」

 

「あくまでも偶然、ということか」

 

会話の内容はよくわからんが、要するに堀北が兄を苦手としているのだろう。明らかに動揺してるし。

 

ま、こちらとしてはありがたい話だけど。

 

そう思う中、橘先輩が事件の概要を説明するが今更な事だから流し聞きする。

 

「──以上のような経緯を踏まえ、双方の主張を客観的に聞き、どちらが正しいのかを見極めさせて頂きます」

 

ようやく開戦だな。

 

「小宮くんと近藤くんの二人は、同じバスケットボール部の須藤くんに呼び出され、放課後、特別棟に出向いた。そこで喧嘩を売られ、一方的に殴られたと主張しています。須藤くん、これは真実ですか?」

 

「そいつらの言ってることは嘘だ。俺が特別棟に呼び出されたんだよ」

 

「では須藤君。事実を教えて頂きますか?」

 

「俺はあの日、部活の練習を終えた後、小宮と近藤に呼び出されたから出向いてやったんだよ。そしたら石崎が待ってて、3人でバスケ部を辞めろって脅してきやがったんだよ。そんでそれを断ったら殴りかかってきたから、やられる前にやっただけだ」

 

コイツは馬鹿か?自分で自分の首を絞めてやがるよ。先輩の質問に対して肘をついたままで敬語も使わないどころか口も悪い。既に須藤に対する心証は最悪と言っていいだろう。

 

「須藤君はこう言っていますが小宮君と近藤君に反論はありますか?」

 

橘先輩は小宮と近藤に目を向ける。対する小宮は首を横に振る。

 

「はい。須藤君の言っている事は丸っきり嘘です。僕達が「ふざけんなよ小宮。嘘吐いてんじゃねぇよ!」……すみません須藤君。全て話させてください」

 

「っざけんな!」

 

小宮の言葉に須藤が怒鳴ると小宮は黙る。これも俺が教えたアドバイス、「相手が話しているときは絶対に口を挟まない。また自分が話しているときに口を挟まれたら穏やかに注意する」だ。

 

須藤の性格上、こっちが嘘をついたらキレて口を挟むのは明白だ。だから口を挟ませまくり、須藤の心証をとにかく悪くさせる。上手くいきゃ途中退場させることも不可能ではないだろう。

 

「少し落ち着いてください須藤君。今は小宮君に話を聞いています」

 

「ふざけんな。嘘を吐いて黙ってろってか?」

 

橘先輩の注意に対して須藤は食ってかかるが、コイツはマジで審議に勝ちたいと思ってるのか?

 

須藤の余りの態度に呆れ果てている時だった。

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしろ須藤。これ以上橘の警告を無視するなら、ここで審議を終了して本来お前に与える予定の処分を下す事も考えないといけない」

 

堀北会長が威厳ある態度でそう言ってくる。

 

おいおい……こっちは勝つ為に色々作戦を練ってきたが、マトモに審議をする前にこっちが勝っちまうんじゃね?

 




 
もしもガイルキャラが高度育成高等学校に入学したら?
 
高度育成高等学校学生データベース (4/6時点)
 
氏名 葉山隼人
 
クラス 1年A組
 
学籍番号 S01T004671
 
部活 サッカー部
 
誕生日 9月28日
 
評価
 
学力 A
 
知性 B
 
判断力 D
 
身体能力 A
 
協調性 A
 
 
面接官コメント
 
成績は小学校の頃から優秀で、中学ではサッカー部の部長を務めてリーダーシップを発揮する事からAクラス配属とする。クラスの大半と仲良く出来ているが多数の意見を最優先に、少数の意見を蔑ろにする傾向があるので改善を必要とする。


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証拠

「いい加減にしろ須藤。これ以上橘の警告を無視するなら、ここで審議を終了して本来お前に与える予定の処分を下す事も考えないといけない」

 

須藤のあんまりな言動に対し、遂に橘先輩に代わって堀北会長が威厳ある態度でそう言ってくる。

 

おいおい……こっちは勝つ為に色々作戦を練ってきたが、マトモに審議をする前にこっちが勝っちまうんじゃね?

 

これには坂柳も呆れ果てている。コイツがそんな表情をするのは予想外だが気持ちはよくわかる。

 

ま、俺としてはその方がありがたいけど。

 

「ちっ!」

 

須藤は舌打ちをしながら席に座る。後1回か2回キレたらチェックメイトだな。

 

「では小宮君。改めて説明をお願いします」

 

「はい。実際は僕達が須藤君に呼び出されて特別棟に行きました。そこで喧嘩を売られたので悪口を言ったら、真っ赤になって殴りかかってきました。咄嗟に反撃しようとしましたが、須藤君の力は強くなす術なく負傷してしまいました」

 

「双方共に呼び出されたと主張しており食い違っています。しかし共通することもあります。彼らの間に揉め事があったんですね?」

 

「揉め事というか……須藤くんが絡んで見下してくるんです」

 

「見下す?」

 

「はい。彼は一年の中では群を抜いてバスケが上手い。もちろん僕達も必死になって練習して追い付こうとしています。けどそんな僕たちを、須藤くんはバカにしてくるんです。そういう意味では揉めていたかもしれません」

 

まあ須藤ならあり得るだろう。ただし龍園みたいに悪意剥き出しではなく、ナチュラルに見下すって感じだと思うが。

 

「小宮の発言は全部嘘だ。こっちが練習してるときに邪魔してくんだよ」

 

「身に覚えがないです。僕達は須藤君に呼ばれて殴られました。これは事実です」

 

「嘘ついてんじゃねぇよ。お前らが先に仕掛けてきたんだ。正当防衛だっつの」

 

当然両者の意見は一致することはなく、相手が悪いとしか主張しない。

 

「両方の言い分がこれでは、今ある証拠ーーー目撃者である比企谷君と坂柳さんの意見などで判断していかざるを得ません」

 

橘先輩がそう言うと俺と坂柳以外の人間が一斉にこっちを見てくる。

 

「坂柳、俺から先に言って大丈夫か?」

 

「ええ」

 

坂柳から了承を得たので立ち上がる。

 

「事件当日の話です。俺と坂柳は図書館にいたのですが、その際に理科の課題に飲み物を溢して汚してしまいました。そこで俺達は特別棟4階にある理科準備室で新しいプリントを貰いに行きましたが、プリントを貰って理科準備室を出たら下の階から怒号が聞こえてきたので、上から見てみると須藤が小宮達3人をボコボコにしていました」

 

「証拠の動画もあるので確認をお願いします」

 

「なっ!」

 

須藤が叫ぶ中、坂柳はUSBを取り出すので俺が受け取り、堀北会長に渡す。

 

同時に堀北会長はUSBをパソコンに接続して、操作を始める。同時に橘先輩がスクリーンを設置する。

 

暫くすると動画が始まるが……

 

「これはこれは……」

 

スクリーンには須藤が3人を相手に容赦なく殴りまくっている映像が流れる。あの時見たように須藤は床に倒れる近藤の顔面に拳を叩き込み、近藤を助けようとした小宮の顔面に肘打ちをぶちかまし、最後に石崎の鳩尾に蹴りを入れている。

 

(改めて見るとヤバ過ぎだろ?仮に石崎達の嘘が見抜かれても過剰防衛で勝てる気がする)

 

そう思う中、スクリーンには暴行の動画が流れ、石崎達は床に倒れ伏し、階段を下り去って行った所で動画は終了した。この後石崎達は携帯を操作していたが、そこを録画してないのはファインプレーだな。

 

周りを見れば石崎達は勝ちを確信した笑みを浮かべ、須藤は真っ青になっている。

 

しかし、Dクラス側の弁護人の堀北は何をやっているんだ?弁護人が動画を見ないで俯いてるって……

 

「以上になります。私と比企谷君は途中からして見てないので、どちらが先に仕掛けてきたのはわかりませんが、須藤君の暴力行為は明らかに過剰過ぎます。これについて会長はどう思われますか?」

 

坂柳は堀北会長に質問をする。どうやらトドメを刺す気だな。

 

「坂柳と同意見だ。先に仕掛けたのはどちらかわからないが、須藤の暴力は過剰過ぎる」

 

「ま、待てよ!そいつらがグルに決まってるだろうが!図書館にいたとか言っておきながら実際は特別棟4階で待機して、都合の良い箇所だけ録画したんだろうが!」

 

須藤はあろうことか俺と坂柳がグルだと喚くが……

 

「でしたら会長。事件当日の図書館2階の監視カメラを確認してください。俺達は午後の授業が終わってから飲み物を溢すまで図書館にいましたから」

 

実際俺と坂柳は石崎達とグルになって須藤を嵌めてない。正確に言うと須藤達のトラブルを見てからグルになったんだ。

 

よってこの動画に関しては偶然から得た産物だ。

 

「後で確認しておく。しかしさっきも言ったが須藤の暴力が過剰である事、小宮達が一方的に殴られたのは明らかだ。よってそれを基準に答えを出すしかないだろう」

 

「そんなの納得いかねぇ!あいつらが雑魚だっただけだろ!」

 

馬鹿だコイツ。自分で自分の首を絞めてるよ。坂柳も一瞬だけ須藤に嘲笑を浮かべたし。

 

「力の差がある相手に対して正当防衛を主張するのか?」

 

「なっ……んなの、向こうは3人だぞ3人っ。危ないに決まってんだろうが!」

 

「だが、実際に怪我をしたのはCクラスの生徒だけだ」

 

「会長、発言「ひゃっ?!」……は?」

 

俺はトドメを刺すべく手を挙げようとしたら、以前会長とやりあっていた男が堀北の脇腹を掴んでいた。え?何やってんのアイツ?

 

「ちょっ……やっ、綾小路君、んっ……!」

 

俺が呆然とする中、綾小路は堀北の腰に手を当てたまま指を動かす。マジで何をやってんだ?

 

呆然としていると綾小路は堀北の腰から手を離す。対する堀北は半泣きになりながら綾小路を睨む。

 

「お前が戦わないならこのまま敗北だ」

 

「っ……」

 

その言葉に堀北はハッとした表情になって辺りを見回す。が、やがて会長の方を見る。

 

 

「……失礼しました。私からも質問、宜しいでしょうか」

 

「許可する。だが次からはもっと早く答えるように」

 

堀北は会長に黙礼してから立ち上がる。

 

「どちらが呼び出したのかはわからないですが、どうして石崎くんがこの事件に関わっていたのでしょうか。小宮くんと近藤くん二人だけならまだしもバスケット部に所属してない石崎くんが居るのは不自然だと思います」

 

そうなんだよなぁ。石崎がいたのはこちらのウィークポイントだろう。

 

「それは……用心のためです。須藤くんが暴力的である事は有名ですから」

 

「つまり須藤くんに暴力が振るわれる可能性があると想定していたのでしょうか?」

 

「そうです」

 

「なるほど。それで中学時代、喧嘩が強かった石崎くんを用心棒として連れて行ったんですね」

 

「自分の身を守る為ですよ。しかし石崎くんを連れてきたのは頼りになる友達だからで喧嘩が強いというのは知りませんでした」

 

 

 

「多少ではありますが、私には武術の心得があります。だからこそ分かるのですが、複数の敵と相対した場合の戦いは乗数的に厳しく難しくなります。喧嘩慣れしている石崎くんを含めたあなたたちが一方的に傷を負ったのは腑に落ちません」

 

「……それは僕たちに、戦う意志がなかったからですよ」

 

「喧嘩が起こる要因は自分と相手のエネルギーがぶつかり合い、その間合いを超えた時に発展すると見ています。相手に戦う意思がない場合、3人がそこまで怪我をする確率は非常に低いはずです」

 

堀北はルール、根拠に基づいた客観的な意見をぶつけ、小宮達は実際の証拠をぶつけて議論している。

 

この状況が続いてもこっちが有利には変わりないが、新しい一手を打つか。

 

「発言良いですか?」

 

「許可する」

 

「先程堀北は怪我をする確率は非常に低いと言いましたが、それは一般的な話で須藤については例外と断言します」

 

須藤が怒りを露わにしながら睨むが無視をする。

 

「先程の動画では3対1にもかかわらず、石崎達を圧倒して容赦ない暴力を振るっていましたし、須藤はこの学校に入る前から複数相手に暴力を振るって問題を起こしていた筈です」

 

後半部分については曖昧にして喋る。仕込みは完了。後は……

 

「はぁっ?!適当な嘘言ってんじゃねぇよ!」

 

須藤は真っ赤になって反論するが、若干の焦りが見える。もう奴は俺の罠に嵌ったようなものだ。

 

「須藤、嘘と言ったが複数相手に対して暴力を振るってないんだな?」

 

「当たり前だ!」

 

須藤は俺の質問にそう返すが……

 

 

 

 

 

 

 

「そうなのか?俺が調べたところ、バスケの名門校からスポーツ推薦を貰ったが、他校の生徒複数と喧嘩をして取り消しを食らったらしいが?」

 

審議中に俺を相手に嘘を吐いた事を後悔すると良い。

 



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目撃者

『っ!』

 

俺の発言に生徒会室に緊張が走る。まさか知られているとは思わなかったようで、須藤は今更ながら冷や汗を流し始める。

 

しかし俺は容赦しない。

 

「その反応からしてビンゴのようだな。しかし須藤、それはつまり暴力事件を起こしてないって嘘を吐いたって事だよな?」

 

俺の質問に須藤は無言となる。しかしこれは予想通りだ。

 

最初に俺は須藤に対して、この学校に入る以前から暴力事件を起こしたんだろと尋ねたら、須藤は嘘を吐くなとキレた。

 

次に須藤に暴力を振るってないんだなと答えたら、須藤は当たり前と答えた。

 

そんで最後に俺は具体的な例を出して、須藤は冷や汗を流して黙り込む。

 

これにより須藤は審議中にも嘘を吐いた事を証明出来たが、今回起こった暴力事件は嘘が一番の問題となっているので、須藤の嘘はDクラスからしたら致命的だろう。現に堀北は物凄い眼差しで須藤を睨んでるし。

 

そんな中、坂上先生はこれをチャンスと捉えたのか薄く笑いながら口を開ける。

 

「これは問題でしょう。CクラスかDクラスのどちらかが嘘を吐いているかわからない状況の中、こちらの問いかけに嘘を吐くのは如何なものか……須藤君、何故嘘を吐いたのですか?」

 

須藤は返答出来ないが答えは決まっている。自分にとって都合が悪いからだろう。過去に暴力事件を起こしたなんて知られたら不利になると考えたからであるのは容易に想像できる。

 

大方この学校に入る前の事だからだから嘘吐いても大丈夫と思ったようだが、須藤について徹底的に調べ上げた俺には通用しない。

 

「とりあえず話を戻しましょうか。動画や須藤の証言や経歴から察するに須藤は複数を同時に相手にしても怪我をせずに勝てると思います。加えて都合の悪い事に対して嘘を吐く事から、今回の件についても嘘の証言をしている可能性はあります。これについて会長はどのように思われますか?」

 

「比企谷の主張を認める」

 

よし、会長のお墨付きだ。これはつまり会長は今後Dクラス、特に須藤の意見を疑うだろう。

 

更にこっちが有利になったな。もう後2、3手で詰みか、

 

「会長。発言の許可をお願いします」

 

「許可する」

 

と、ここで堀北が手を挙げて会長に発言の許可を貰う。

 

 

「確かに須藤くんが彼らを殴り付けたのは事実ですし、嘘を吐いたのは問題行為です。しかし、今回の件において先に喧嘩を売ったのはCクラス側です。一部始終を目撃した生徒も居ます」

 

「目撃者?会長。俺と坂柳以外に目撃者として名乗り出た生徒がいるんですか?」

 

もしも居るならば、生徒会室にいて最初から審議に参加していた筈だ。

 

「いや。私が知る限り比企谷と坂柳だけだ」

 

「後から名乗り出てくれました」

 

堀北がそう答える。後から、ねぇ……何とも胡散臭い話だ。

 

「では、その生徒を入室させて下さい。」

 

すると生徒会室のドアが開き、眼鏡をかけた女子が入ってくる、緊張しているのは誰の目から見ても明らかで彼女の視線はあちらこちら見回している。

 

橘先輩が彼女に話しかける。

 

「所属クラス及び、名前を聞かせて下さい」

 

「……1年D組、佐倉愛里です」

 

「Dクラスの生徒でしたか」

 

坂上先生は眼鏡のレンズを拭きながら失笑した。

 

「何か問題でも?」

 

「いえいえ、全然ありませんよ」

 

「では証言をお願いします」

 

「は、はい……。わ、私は……」

 

しかし佐倉はそれ以上話せずに、顔を俯かせる。顔色は青くなっている。30秒経過しても話す様子はない。

 

……これ以上は時間の無駄だな

 

「彼女は証言をしないようですし、下がらせるべきでは?」

 

俺は彼女を下げるべきと告げる。嘘を話すならまだしも、全く喋らないのは論外だろう。

 

「確かにこれ以上は時間の無駄のようだな。下がって良いぞ佐倉」

 

意外にも俺の意見に賛成したのはDクラス担任の茶柱先生だった。賛成意見を貰えるとは思っていたが、てっきり会長から貰えると思っていた。

 

そんな茶柱先生の言葉に会長も止める気配を見せない。それに伴いDクラスの敗戦の色が充満していく。

 

と、その時だった。

 

「私は確かに見ました……!最初にCクラスの生徒が須藤君に殴りかかったんです。間違いありませんっ!」

 

予想外の展開が起こった。さっきまで俯いていた佐倉が顔を上げてハッキリした声で告げる。どうやら絶体絶命のピンチで覚醒したようだな。

 

しかし俺としては覚醒した人間を放置するわけにはいかない。

 

よって俺が手を挙げようとすると坂上先生が同じタイミングで手を挙げる。

 

「坂上先生からどうぞ」

 

「いや。比企谷君からどうぞ」

 

「ありがとうございます。会長、発言の許可をお願いします」

 

「許可する」

 

「ありがとうございます。佐倉といったか?何故目撃者として名乗りを上げるのが遅い?正直俺はDクラスがマイナス評価を受けるのを恐れて偽物の目撃者を用意した、と思ってる」

 

言い方は悪いかもしれないが俺の言葉は間違ってないだろう。本当に目撃者なら事件が発覚した初日に申し出るべきで、後から名乗り出られても怪しすぎる。

 

まして佐倉はDクラスの生徒だ。そんな彼女が都合良き同じクラスの生徒が人気のない特別棟にいて一部始終を目撃した、なんて言っても信じられない。余りにも出来過ぎだ。

 

「それは……その、巻き込まれなくなかったから、です……」

 

佐倉はしどろもどろになりながらもそう返す。なるほどな。まあ巻き込まれたくない気持ちはわかる。俺だって今回の事件において石崎達がクラスメイトじゃなかったら名乗り上げてなかったかもしれたいし。

 

 

「話はわかったが、お前の場合Dクラスの生徒、それも遅れて名乗り出た以上、言葉だけでは証拠になり得ない。もしもお前が須藤の無実を証明したいなら動画なり音声なりを提示しろ」

 

これについても間違っちゃいないだろう。言葉だけでは証拠にならない。まあ複数の目撃者がいれば話は別だが、俺と坂柳は途中からしか見てない。

 

「証拠なら……あります!」

 

同時に佐倉は机の上に何かを置く。アレは写真か?

 

疑問に思う中、橘先輩が手に取って会長に渡す。暫く写真を見た会長は机の上に並べて俺達にも見えるようにする。そこには今の佐倉とは似ても似つかない佐倉がいた。

 

てかこれ、アイドルの雫じゃね?まあ今は関係ないけど。

 

「あの日、自分を撮る為に人のいない場所を探してました。その時に撮った証拠として日付を入ってます」

 

確かに日付は事件当日の夕方だった。

 

「これは何で撮影したものかね?」

 

「デジタルカメラですけど……」

 

「デジカメは簡単に日付の変更が出来たはずでは?」

 

「しかし坂上先生。この写真は違うと思いますが?」

 

会長がある一枚の写真を見せてくる。そこには須藤が石崎を殴った写真があった。

 

これには坂上先生や石崎達も息を呑む。俺と坂柳も特別棟にいた時間だが、まさか俺達以外にも目撃者がいるとはな。

 

「これで……私がそこにいたことを信じて貰えたと思います」

 

「ありがとう佐倉さん」

 

堀北が礼を言うが、仕方ないだろう。普通なら圧倒的に不利だった状況から脱する事が出来るのだから。

 

しかし……

 

 

 

「会長。1つお願いがあります」

 

あくまで普通ならだ。佐倉に恨みはないが再度状況をこちらにとって有利にさせて貰う。

 

「何だ比企谷?」

 

「先程坂柳が渡した動画をもう一度見せていただけますか?」

 

「橘」

 

会長がそう言うと橘先輩は動画の再生準備に入る。証拠の確認は重要だから反対されないとは思っていたが、再度再生する事が決まった時点でこちらが有利となる。

 

そう思う中、再度動画が再生される。その際に佐倉も見る事になるが、俺としては佐倉にこの動画を見せたいのだ。

 

数分して須藤の暴行動画が終了するので俺は佐倉を見る。

 

「佐倉に質問をするが、今の動画に見覚えはあるか?」

 

「……はい」

 

よし、言質はとった。締めに入るか。

 

 

 

 

 

 

 

「ではもう1つ質問するが、YESかNOで答えてくれ。今の動画を見て須藤はやり過ぎと思ったか?」

 

「っ……!」

 

俺の質問に佐倉は目を見開き、堀北は俺の作戦を理解したようで焦りの表情を浮かべるがもう遅い。

 

佐倉の写真により佐倉が現場にいたのは認められた。しかしあの写真だけではどっちから仕掛けたものかはわからないし、佐倉が最初から現場にいた確証にもならない。

 

加えて最初から目撃者として名乗らなかった事や所属がDクラスって事もあり、証拠能力としては極めて弱い。

 

そして坂柳が提示した動画も途中からしか撮ってないので、佐倉の証拠よりは遥かにマシだが絶対的な証拠にはならない。

 

そうなると審議は証拠能力の低い証拠と当事者達の怪我の状態、審議参加者の意見によって左右される。

 

証拠能力の低い証拠は佐倉の写真と坂柳の動画。しかしこの2つは須藤が暴力を振るってる部分しかないのでこちらが有利。

 

当事者達の怪我の状態については言うまでもなくこちらが有利。

 

審議参加者の意見についてだが須藤の意見は嘘を吐いたから殆ど無価値で堀北の意見は正論だが力が弱い。

 

そこで俺はトドメを刺すべく目撃者である佐倉に須藤の暴力は過激かどうか意見を尋ねたのだ。

 

YESと答えたら須藤を過剰防衛と判断できるし、NOと答えたら会長を含め全員が嘘と言うだろう。実際会長もさっき過激と認めたし。

 

仮に第3の選択ーーー黙秘権を使ったら「過激とは思うが、YESと言ったら須藤の罪が重くなるから黙り込んだ」と誰もが考えるだろう。

 

つまりこの質問を佐倉にする事が俺の策で、佐倉がどう答えようとDクラスにダメージを与えられることを意味する。

 

 

要するにだ、佐倉はDクラスを助けに来たようだが、Cクラスの助けになったって訳だ。

 

目撃者がいるって聞いた時は若干焦ったが、寧ろこちらが有利になったからこちらとしてはありがたい。

 

さて、そろそろ答えを聞かないとな。



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泥仕合

「では佐倉。そろそろ答えてくれ。須藤の暴力は過激だと思うか?思わないか?」

 

「っ……そ、れは……」

 

俺の質問に佐倉は真っ青になってプルプルと震える。佐倉本人もわかってるのだろう。YESと答えたら須藤は過剰防衛と判断され、須藤を守る為にNOと答えても全員が嘘と言われるって事を。だから何も言えない。

 

しかし言えないって事は都合が悪いからだんまりしていると第三者は思うだろう。

 

「ふむ……彼女は質問に答えない。明らかに過剰にもかかわらずだ。これはつまり都合の悪い事実から逃げている事を意味する。須藤君の嘘といい、Dクラスは狡い手を好むみたいですね」

 

坂上先生は俺の考えを察したようで悪い笑みを浮かべながらそう口にする。それにより佐倉は更に震えだす。これ以上責めるのはアレだし、そろそろやめてやるか。

 

「会長、本人は返答する気がないですが、聞きたい事があります」

 

「何だ?」

 

「この状態で処分を下すならどのような処分になるのですか?」

 

「先週須藤に通達したが、Cクラスが喧嘩を仕掛けたことを証明出来ないならば夏休みまで停学、及びDクラスのクラスポイントも差し引かれる。そして証明が完了してない以上、今言った処分となるだろう」

 

その言葉に須藤は歯軋りするが、自分で自分の首を絞めた張本人がそんな顔をするなよ?

 

「そうですか。ではその処分について意見を宜しいですか?」

 

「許可する」

 

「ありがとうございます。須藤についてですが、彼は非常に問題があります。中学時代にも暴力事件を起こしたにもかかわらず、高校生になっても気に入らない事があれば直ぐに恫喝や暴力に走り、今回の件について自分は正しいと思い込んでいる、挙句に先輩に対する態度も最悪ですし、審議中に都合が悪くなったら嘘を吐く……人として完全に終わっています」

 

「テメェ!」

 

須藤がブチ切れるがシカトする。

 

「そんな問題しかない須藤に対する処分ですが、彼を停学にしたりクラスポイントを減らしても反省しないのは明白ですし、Dクラスの生徒が可哀想です。よって須藤に対する罰に停学やクラスポイントの没収は意味が無いでしょうから反対します」

 

俺の言葉に一瞬だけ沈黙するが……

 

「比企谷君?!何を言っているのかね?!」

 

坂上先生が焦ったようにそう言ってくる。石崎達も俺に対して焦りと怒りを宿した眼差しを向けてくる。

 

一方Dクラス側の須藤と佐倉はポカンとした表情を浮かべ、堀北と茶柱先生は訝しげな表情を浮かべ、綾小路は無表情でこちらを見てくる。

 

会長と坂柳については興味深そうに俺を見る。

 

「では須藤を無実にすると?」

 

「いえ。須藤が暴力を振るった事についてお咎め無しにするのは今後の為になりません。ですから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

須藤に対してバスケットボール部から永久退場する罰を与える事を提案します」

 

俺はそう告げる。それにより生徒会室に沈黙が生まれる。

 

しかしそれも一瞬で……

 

「ふざけんじゃねぇよ!何で俺がバスケ部を辞めなくちゃいけないんだよ!」

 

須藤はこれまで以上に真っ赤になって机を叩く。轟音が生徒会室に響き佐倉はビビリだす。

 

「簡単な話だ。お前の性格上、停学を受けたりクラスポイントが減らされても反省する可能性は極めて低い。だから1番大切なものを奪えば今後は反省して暴力を振るわなくなると思って提案しただけだ」

 

ついでに言うとただクラスポイントを奪うよりそっちの方がいいと思ったからだ。

 

この学校では部活で活躍した生徒にプライベートポイントが与えられるが、更に活躍すればクラスポイントにも影響が出る。

 

事前に須藤を調べたが、須藤は中学時代から高校級と評価されていた実力者だし、間違いなくクラスポイントに貢献出来るだろう。

 

ここで須藤を停学にさせればレギュラーには遠ざかるが暫くすれば再度レギュラーの話が来るだろう。そうなったらクラスポイントを稼げる可能性が出るので、早めに可能性を0にした方がいい。

 

そしてバスケットを失った須藤の価値は大きく下がりDクラスに足手纏いが1人増える事を意味する。

 

「調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

「Dクラスの茶柱先生に聞きます。自分の提案はどう思いますか?」

 

発言力のない須藤をスルーして茶柱先生に話しかける。

 

「決定権は私にはないが、1ヶ月以上の停学とクラスポイントの減少がないならDクラスからしたら破格の条件だから断る理由はないな」

 

茶柱先生はそう返す。クラスポイントが残っていればクラスも分裂しないで済むと考えたからだろう。

 

対する須藤は歯軋りをするが、そもそもの発端はお前の短気だからな?

 

そう思った時だった。

 

「堀北。比企谷の意見を受け入れるべきじゃないか?」

 

すると最初に堀北の脇腹を刺激して以降、何もしてない綾小路が口を開ける。

 

「須藤の無実を裏付ける証拠はない。これが教室やコンビニで起こった事件なら、大勢の生徒が見ていて確実な証拠があったかもしれないが、人もいない設備もない特別棟じゃどうしようもないってことだ」

 

……なんだ?随分と回りくどい言い方だな。

 

「話し合いをして分かっただろ。どれだけ訴えてもCクラスは嘘だと認めないし、須藤も嘘とは認めない。平行線だ、話し合いなんて最初からしなければ良かったくらいだ。そう思わないか?」

 

(っ!)

 

綾小路の言葉に俺の本能が危険と警告してくる。マズい、俺の予想が正しければ、綾小路は遠回しな言い方で逆転の一手を堀北に伝えている。

 

堀北が気付くかわからないが、気付く前に審議を終わらせるべきだ。

 

「会長。向こうも賛成のようですし、そろそろジャッジをお願いします」

 

「比企谷。気の所為か焦ってないか?」

 

この野郎……さっきまで無言だった癖に、このタイミングで暴れやがって……!ハッキリ言ってコイツは危険だ。

 

「焦ってはないが、大勢が決まったから早く終わって欲しいとは思っているな」

 

実際既に答えは出たようなものだ。

 

「発言、宜しいですか?」

 

と、ここで堀北が発言の許可を求める。マズい、綾小路の言葉の意図に気付いたか?

 

会長が許可を出す中、堀北は口を開ける。

 

「今回の事件について須藤君には大きな問題があると思います。比企谷君が言った須藤君の評価については思わず納得したくらいです」

 

「テメェ!」

 

「あなたのその態度が全ての元凶であることを理解しなさい」

 

これについてはごもっともだな。須藤の態度は問題があり過ぎる。

 

「彼は反省すべきです。ですが、それは今回の事件に対してではなく、過去の自分を見つめ直すという意味での反省です。今話し合われている事件に関しては……須藤君に何ら非はないと思っています。何故ならこの事件は偶然起きてしまった出来事ではなく、Cクラス側が仕組んだ意図的な事件と確信しているからです。このまま泣き寝入りするつもりはありません」

 

「つまり……どういうことだ?」

 

堀北会長が妹を見ると、妹は息を吸ってから……

 

「改めてお答えします。私達は須藤君の完全無罪を主張します。よって1日たりとも停学処分は受け入れられません」

 

ハッキリとそう告げる。

 

「はは……何を言うかと思えば意図的な事件?これはおかしな事を」

 

 

坂上先生は堀北を嘲笑うが俺は嫌な予感をヒシヒシと感じる。綾小路の言葉の真意を理解出来たなら、堀北は審議の延長を求めてくる筈だ。

 

それだけは断固阻止する。審議の延長をさせなければこっちの負けはあり得ないからな。

 

「佐倉さんの証言通り須藤君は被害者です。どうぞ間違いのない判断を」

 

させるか。ここでこっちが証拠の提示を求めれば、出せないんだしな。

 

そう思いながら反論を口にしようとした時だった。

 

「僕達は被害者です生徒会長!」

 

その前に小宮が叫び出す。ヤバい、このままだと……

 

「会長、発言許可を「ふざけんなよ!被害者は俺だ!」ちっ……」

 

発言許可を貰おうとするがその前に須藤が叫び出して俺の声をかき消す。

 

そしてそれを皮切りに石崎達と須藤が責任の擦り付け合いを始める。最悪だ……俺としては望まない展開だ。

 

「そこまでだ。これ以上この話し合いを続けても時間の無駄だ」

 

遂に堀北会長が止めに入る。こちらとしては良くない展開だ。

 

「今日の話し合いでわかったことは互いの言い分は真逆。どちらかか嘘をついているという事だ」

 

嘘を吐いてるのは石崎達だけどな。俺と坂柳は嘘をついてない。

 

「Cクラスに聞く。今日の話に嘘偽りない、そう言い切れるのだろうな?」

 

「もちろんです」

 

「ならばDクラスはどうだ?」

 

「俺は嘘なんてついてねぇ。全部本当のことだ」

 

「おや?先程比企谷君の質問に対して嘘をつきましたよね?」

 

ここで坂柳が爆弾を投下する。それに伴い空気が重くなる。しかし会長は特に動じる事なく口を開ける。

 

「改めて聞くが須藤、本当に嘘をついてないと言い切れるな?」

 

「ああ」

 

「では明日の4時にもう一度再審の場を設ける。それまでに相手の明確な嘘、あるいは自分達の申し出がない場合、出揃っている証拠で判断を下す。もちろん場合によっては退学という措置も視野に入れる必要がある、以上だ」

 

結論を下して堀北会長は審議を閉めた。やれやれ……今日の内にケリを付けたかったがな。

 

とりあえず龍園に報告しとくか。



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張り込み

「……ってわけで最後の最後で石崎達が須藤と泥仕合を始めた所為で審議は明日に延長されたって訳だ」

 

「ちっ、泥仕合にならなきゃこっちの勝ちだったのに。明日の審議が終わったらアルベルトに制裁させねぇとな」

 

夕方6時、俺は坂柳と一緒に龍園を俺の部屋に招き入れて今日の審議について説明する。対する龍園は途中までは笑っていたが、最後の部分を聴くと不機嫌そうに舌打ちをする。

 

「まあそれは審議が終わってからの話です。恐らくDクラス側はこちらに対して訴えを取り下げるように仕掛けてくるでしょう。審議で戦った場合、須藤君の完全無罪は勝ち取れないですから」

 

だろうな。間違ってない。石崎達が須藤を罠に嵌めたとはいえ、須藤は手を出しているので罰を受ける。そしてそれはDクラスからしたら敗北を意味するしな。

 

「しかし龍園君にお願いがあるのですが良いですか?」

 

「何だよ?」

 

「それはですね………」

 

言いながら坂柳は龍園にお願いを口にする。対する龍園は呆れた表情を浮かべる。

 

「俺がそれをするメリットは?ないなら当然却下だ」

 

「もちろんあります。それは………です」

 

「それは本当か?」

 

「本当です。ねぇ比企谷君?」

 

「事実だ」

 

「くはっ!良いぜ、なら俺はお前のお願いを聞いてやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

龍園は悪どい表情を浮かべ、坂柳も冷笑で応じる。やっぱりコイツらを敵にしたくはないな。

 

「とはいえそれだけじゃ面白くないな……おい比企谷。お前にやって欲しいことがある」

 

「……何だよ?」

 

「………をしろ」

 

「は?俺がかよ?断るに決まって「3千」……わかったよ」

 

ポイントには換えられないし、頑張ろう。

 

「1人では大変でしょうから真澄さんも貸しましょう」

 

「鬼か」

 

神室が不憫過ぎる。万引きしたアイツの自業自得とはいえ、坂柳のパシリは大変そうだな。

 

ともあれ坂柳の性格上、神室は逆らえないだろう。マジでドンマイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「「暑い……」」

 

俺と神室は汗を流しながら事故現場の特別棟3階にて待機している。しかも朝6時から授業をサボってだ。

 

特別棟は蒸し暑く汗がダラダラと流れ、既に制服はびしょ濡れだ。

 

何故俺がこんな事をしているとDクラスの連中が一発逆転の策を打ってくる場合、撮影する為だ。

 

須藤に罰を与えないのを目標としているが、須藤が石崎達を殴った以上審議で完全無罪を勝ち取るのは不可能だ。

 

そうなると向こうが勝つには石崎達に訴えを取り下げる以外の道はない。そしてその方法は偽物の監視カメラを現場に設置して脅すってやり方だ。

 

監視カメラを設置して石崎達を呼び出して「このまま審議を続けたら先に仕掛けたお前らは退学をくらうぞ」って脅したら、石崎達は従うだろう。監視カメラが本物かどうか判断するのは普通無理だし、向こうが審議直前に呼び出したら焦って判断力は鈍るだろう。

 

そして石崎達が訴えを取り消したら誰にもダメージが行かず、暴力を振るった須藤も無罪放免となるだろう。

 

よって俺と神室は龍園と坂柳の指示により特別棟3階にて張り込みをしているのだが、朝から授業をサボっての張り込みはキツい。

 

張り込みを始めて数時間。龍園からは「連中は授業をサボって設置するかもしれない。決定的瞬間を証拠にしたいから授業をサボって張り込め」と言われて引き受けたが、暑過ぎて死にそうだ。

 

しかし俺はポイントという報酬があるからまだマジだ。一緒に張り込みをしている神室は完全にとばっちりで、報酬もないし。

 

だから俺は放課後、龍園から貰った報酬で神室にスィーツでも奢るつもりだ。流石に不憫過ぎるからな。

 

そこまで考えている時だった。

 

キーンコーンカーンコーン

 

昼休みを告げるチャイムが鳴り出す。連中がカメラを仕掛ける可能性が高いのは朝と昼休み。朝には誰も来なかったのでそろそろ来るかもしれない。

 

「念の為そろそろ撮影の準備をした方がいいかもな……それとそろそろ水分補給をしとけ」

 

言いながら俺は神室は牛乳を渡す。張り込みに備えてあんぱんと牛乳はしっかり用意している。

 

「そうする。でもさ、本当に監視カメラを仕掛けられるの?監視カメラを調達するなんて無理なんじゃない?」

 

「知らないのか?電気屋では監視カメラそっくりのネットワークカメラが売られてんだぞ。それを設置すれば大抵の相手は欺ける」

 

値段は高いが、Bクラスと協力している以上、向こうも貸すだろうし。

 

「なるほど……っと、来たみたい」

 

言われて耳を澄ますと下から足音が聞こえてくるので俺達は監視カメラを設置できる場所から死角となる物陰に隠れて、携帯を取り出して録画モードにする。

 

しばらくするとBクラスの一之瀬と神崎が脚立と鞄を持ってコンセント付近にやってくる。

 

「じゃあ神崎君、お願いね」

 

「ああ」

 

一之瀬が脚立を支えると神崎は鞄から例のカメラを取り出して脚立に乗って、カメラを設置する。

 

「設置した。もう1つは廊下に仕掛ければいいんだな?」

 

「うん、そうそう」

 

マズい、1つかと思ったが2つ用意していたようだ。しかも廊下に来られたら俺達がいるのがバレてしまう。

 

そこまで考えていると神室が掃除用ロッカーを指差す。逃げ道はあそこしかないようだ。

 

そう判断した俺達は神崎が脚立から降りる隙にロッカーに入りドアを閉める。

 

と、ここで問題が起こった。

 

(ちょっと……お尻触らないでくれない?)

 

予想よりもロッカーは狭く、2人だとギリギリのスペースであり、ロッカーに入ってドアを閉めると自由がきかず、俺の右手が神室の尻にフィットしてしまったのだ。手には柔らかくもハリのある感触が伝わってくる。

 

(悪い……でも今動いたら2人にバレて社会的に死ぬから勘弁してくれ)

 

人が殆ど来ない特別棟のロッカーから出てくるのがバレたら、そういう事をしていると思われてしまう。

 

(……そうね。なら仕方ないけど、揉まないでね?)

 

(揉まねぇよ)

 

触れているのは事故だが、揉んだら完全にアウトだし。

 

そう思う中、ロッカーの外から足音が聞こえてきて、やがて脚立を展開する音が聞こえてくる。

 

その音を聞きながら俺は一刻も早く設置を済ませろと本気で願った。恐らくそれは神室も同意見だろう。

 

何故ならこのロッカーは狭く、俺が神室の尻に触れているのみならず、狙ってないとはいえ神室は俺に胸を当てて、脚を絡めてきているのだ。加えて汗をダラダラ流しているので凄くエロいのだ。

 

この状況が続けばどうにかなっちまいそうだ。よって俺は外から聞こえる音が早く消える事を強く願い続ける。

 

「設置完了だ。後は綾小路が放課後にCクラスの3人を呼び出せば作戦は成功だな。そういえば坂柳と比企谷については呼ばないのか?」

 

「堀北さんの話だと、2人は嘘を吐いている可能性は低いって言ってたよ」

 

当たりだ。俺も坂柳も「途中から見た」とは言ったが、「須藤から仕掛けた」と断言はしてないからな。

 

「つまり坂柳と比企谷は偶然事件と鉢合わせして、その後に龍園と組んでCクラスが有利になるように動いたということになるな」

 

「多分ね。まあ何にせよ坂柳さんなら監視カメラのフェイクに気付きそうだから呼ばない方がいいよ」

 

そんな会話が聞こえてくるが、早く去ってくれ……

 

そう強く願っているとやがて人の気配が遠ざかっていき、完全に消えた事を認識するとロッカーのドアを開けて、外に出る。

 

「はぁ、はぁ……さっき悪かったな……」

 

「……別に。私の方こそロッカーの中に入るって提案をして悪かったわ……」

 

互いに息絶え絶えになりながら謝罪をする。ロッカーの中は特別棟以上に蒸し暑く、床には俺達の汗が大量の落ちている。

 

「ダメだ……暑い」

 

限界なのでブレザーを脱いでワイシャツになる。この学校はブレザーの着用が義務づけられているが、流石に我慢の限界だ。

 

「私も限界……」

 

言いながら神室もブレザーを脱いでワイシャツ姿になるが、その際にワイシャツが透けて紫色のブラジャーが目に入るので慌てて目を逸らす。バレたらマジでヤバイからな。

 

「とりあえず任務は完了したし、出ようぜ。これ以上ここにいたらマジで脱水症状になりそうだ」

 

「そうね。ちなみに比企谷、アンタ今回の件で何ポイント龍園から貰うの」

 

「3000。審議が終わったら何か奢ってやるよ」

 

神室の場合、坂柳の命令だからな。俺1人で充分にもかかわらずタダ働きをさせられたんだし、奢るくらい文句はない。

 

「じゃあ今からアイス奢って」

 

「あいよ」

 

言いながら俺達はよろよろと特別棟を後にして学校のカフェテリアでアイスを食べた。

 

そして食べ終えてから龍園に任務完了の旨を記したメールを送るのだった。



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決着

任務を遂行した俺は午後からの授業には参加した。その際に隣の席のひよりに事情を聞かれた際は「朝は体調が悪かったが12時くらいに目が覚めた時は問題なかったから、登校した」と誤魔化した。

 

午後の授業については審議直前だからか重い空気のまま進み、遂に放課後となった。

 

「さて……おいお前ら。さっさと行くぞ」

 

帰りのHRが終わり坂上先生が教室から出て行ってから俺は石崎達に話しかけるが……

 

「あ、悪い比企谷。先に行っててくれないか?」

 

石崎達は妙に嬉しそうにそんな事を言ってくる。

 

「何か用事があるのか?」

 

「実はよ、俺達さっき櫛田ちゃんから呼び出しのメールを貰ったんだよ。だから会わないと、な?」

 

どうやら一之瀬が言っていたように石崎達だけを呼び出したようだ。しかし石崎達も馬鹿だろ。このタイミングでDクラスの生徒からの呼び出しなんて罠に決まってるだろうに。

 

ともあれ俺に止めるつもりはないし……

 

「わかった。ただし5分前には生徒会室に来い。遅刻したら心証が悪くなるからな?」

 

「わかってるって。じゃあまた後でな」

 

石崎達はそう言って教室から出て行く。それを見送った俺も一息吐いて教室を出て生徒会室に向かう。

 

そして到着してからノックをして中に入ると審議が20分前だからか橘先輩しかいなかった。

 

「失礼します。今日もよろしくお願いします」

 

「はい。よろしくお願いします。お一人ですか?」

 

「石崎達は後から来ます。そちらこそ会長はいないんですか?」

 

「会長は他の仕事があって職員室にいますよ」

 

おいおい。審議20分前にも他の仕事があんのかよ?

 

「生徒会長ってやっぱり忙しいんですね。となると権力とかも半端ないんですか?」

 

とりあえず橘先輩から学校の情報を聞き出そう。もしかしたら今後の役に立つかもしれない。

 

「いえ。生徒会そのものには力はありません。その役職に就いた人次第ですね」

 

マジか。つまり歴代の会長はそれぞれ手にした権力も違うって訳か。この学校は本当に実力主義だな。

 

「なるほど……やっぱ堀北会長は歴代会長の中でもぶっちぎりなんですか?」

 

「当然です!」

 

橘先輩は薄い胸を張って誇らしげに言ってくる。あ、この人会長のファンだな。

 

そんな事を考えているとドアが開くので、そっちに目を向けると堀北と須藤が入ってくる。しかし綾小路の姿は見えないが不参加か?

 

まあどうでもいいか。いてもいようが結果は決まっているし。

 

そう思っていると次に会長が入ってきて、少しして坂上先生と茶柱先生が入ってくる。

 

「おや比企谷君だけかね。石崎君達は?」

 

「遅れてくると言ってました。まあ4時までに来るでしょう」

 

坂上先生に返事をすると坂上先生は俺の隣に座る。向かい側では茶柱先生も堀北に綾小路の存在について尋ねていた。どうやら綾小路は来ないようだな。

 

暫く待機する中、遂に石崎達がやって来るが、汗がダクダクだった。まあ呼び出された場所が場所だからな。

 

「ではこれより昨日に引き続き審議の方を執り行いたいと思います。着席してください」

 

橘先輩はそう言うが3人は動く気配はない。

 

全員が訝しげに見る中、小宮が口を開ける。

 

「……坂上先生。この話し合い、無かったことにしていただけませんか?」

 

どうやらDクラスの作戦が成功したようだな。しかし演技をさせて貰うか。

 

 

「それはつまり、和解した、もしくは和解したいということか?」

 

しかしその前に会長が鋭い視線を浴びせる。

 

「今回の件、僕たちはどちらが悪いという話じゃないことに気付いたんです。だから訴えを取り下げたいんです」

 

「訴えを取り下げる、か」

 

茶柱先生は薄い笑みを浮かべる。

 

「何がおかしいんですか茶柱先生」

 

「いや、失礼。てっきり私は今回、どちらかが潰れるまで言い合いをすると読んでいましたので。それが訴えを取り下げるとは……」

 

「どういう事だ石崎。訳を説明しろ」

 

事情は知っているが知らないフリをして質問をする。その方が面白そう、というか龍園からの指示だし、

 

「悪い比企谷。お前には助けてもらったけど、もう訴えを取り下げるって決めたんだ」

 

小さく頭を下げるも。意志は固いようで強く訴えてくる。それを聞いた坂上先生は須藤に怒りの目を向ける。

 

「何をしたんですか?訴えを取り下げなければ暴力を振るうと脅しましたか?」

 

「は?俺は何もしてねえよ」

 

「坂上先生……僕たちはもう何があろうと訴えを取り下げます。考えは変えません」

 

それを聞いた坂上先生は頭を両手で抱える。

 

「訴えを取り下げると言うなら受理しよう。話し合いの最中に於いて、審議を取り消すケースは極稀にですが起こり得ますから。ただし規定に則り、諸経費として、プライベートポイントを納めて貰うが異論はないか?」

 

初耳だとばかりに顔を見合わせるが、三人は頷いた。何があっても彼らは意志を変えないだろう。

 

「待てよ。勝手に訴えて、勝手に取り下げるなんてわけわかんーーー」

 

「黙って」

 

須藤が不満をぶちまけそうになったが、その前に堀北が止めに入る。正しい判断だ。ここで須藤がキレたらDクラスに大ダメージだからな。

 

「では話し合いは終わりだ。これで審議を終わりにさせて貰おう」

 

会長はそう言って締めくくる。随分と呆気ない幕切れだ。ならばこれ以上ここにいる理由はない。

 

「失礼します」

 

最後に一礼して一足先に生徒会室を出る。そして早足で距離をとって、周りに誰もいない事を確認してから携帯を取り出して坂柳に電話をかける。

 

『もしもし。時間帯からして審議は終わりましたか?』

 

「ああ。予想通り石崎達が訴えを取り消した」

 

『それは何よりです。では私も動きますね』

 

「ああ」

 

そう言ってから通話を切る。そしてそのまま龍園に電話をかける。

 

「俺だ龍園。石崎達が訴えを取り消した事を坂柳に伝えた」

 

『わかった。じゃあ次だ。一之瀬に例の動画を見せる嫌がらせをしろ』

 

「悪趣味だなオイ。つか一之瀬がどこにいるわからない」

 

『別に今日じゃなくていい。明日の朝、寮のエントランスで待ち伏せするのも手だ。それに俺がお前よりも先に一之瀬を見かけたら俺がやる』

 

「へいへい。まあ何にせよ審議についてのミッションはコンプリートしたし、切るぞ」

 

『ご苦労だったな。また頼みたいことがあったら連絡する』

 

通話が終わったので携帯をポケットにしまう。とりあえずひと段落したし、ひよりに会いに……ダメだ。今日は茶道部があるんだったな。

 

仕方ない。ショッピングモールに遊びに行くか。

 

方針を決めた俺はそのまま昇降口に向かう。と、ここで坂柳が職員室に入って行くのが目に入った。どうやら早めに作戦を実行するようだ。

 

そんな坂柳を見ながら靴に履き替えて昇降口を出る。一緒に居るところを見られたら下らない邪推をされそうだし。

 

俺はそのまま学校を出てショッピングモールに向かう。ショッピングモールは7月上旬だからか人は結構いる。

 

ショッピングモールに着いた俺は最初にコンビニに向かう。細かいものが不足していたので補充しておきたいし。

 

しかしその時だった。コンビニがある方向からは監視カメラを設置した一之瀬と神崎が出てくる。

 

向こうもこちらに気付いたので、龍園からの指示をこなすべく話しかける。

 

「よう。石崎達は訴えを取り下げたぜ。Dクラスと同盟を組んでるBクラスからしたら良かったな」

 

「そうだね。不思議なこともあるんだね」

 

「全くだ。まさか偽の監視カメラを用意して脅すとは中々面白い手を使ったな」

 

その言葉に2人は一瞬だけど眉をひそめるが、一之瀬はいつもの笑顔で返事をする。

 

「いやいや。変な事を言わないでよ。この学校で監視カメラなんて用意出来ないよ」

 

ま、しらばっくれるよな。しかし……

 

「ほほう。じゃあこれは何だ?」

 

言いながら俺は携帯を操作して例の動画を再生待機状態にしてから携帯を一之瀬に投げ渡す。

 

対する一之瀬と神崎は訝しげに動画を再生するが、動画が始まると驚愕の表情を浮かべる。

 

「須藤に一切の罰を与えないためには、Cクラス側が訴えを取り下げる必要があるからな」

 

「……初めからわかっていた訳か。だが何故この動画を石崎達に見せなかった?石崎達に見せれば向こうは訴えを取り下げず、須藤を処罰を与えることも出来たはずだ」

 

「さあな?何でだろうな?ま、強いて言うなら……龍園からそんな指示を受けてないからだな」

 

「龍園君から指示を受けてなくてもCクラス側の利益になる事を放置したの?」

 

「まあな。俺は龍園の部下じゃなくて取引相手だ。龍園から審議で弁護をしろって依頼は受けたが、それ以外の依頼は受けてない。石崎達を守れって依頼を受けたら石崎達に動画を見せてお前らの罠について説明したな」

 

「その言い方だと龍園に対する忠誠心は全くないみたいだな」

 

神崎はそう言ってくる。龍園に対する忠誠心だと?

 

「あるわけないだろ。俺がアイツに協力するのは報酬が魅力だからだよ」

 

アイツの人間性は完全な屑だ。少なくとも敬意は払ってない。

 

「じゃあもしも龍園君が報酬を用意出来なくなったら?」

 

「良い言葉を教えてやる。金の切れ目が縁の切れ目だ」

 

そう返事をすると一之瀬に手にある俺の携帯が鳴り出す。同時に一之瀬が携帯を返してくる。

 

「坂柳さんから電話が来たよ」

 

「そうか……もしもし?」

 

『あ、比企谷君。須藤君を訴えましたが直ぐに通りましたよ』

 

「そうか。つかその際に先生達に「何でもっと早く訴えなかった?」って言われたか?」

 

『言われましたが、審議と被らせるのは問題と思ったからと返しました。結果、先生は須藤君を放送で呼び出して事情聴取をするらしいです』

 

「そうか。ま、何にせよ明日どうなるかだな」

 

『ええ。吉報が届く事を祈りましょう』

 

その言葉を最後に通話が終わったのでポケットに携帯をしまう。同時に神崎が話しかけてくる。

 

「今の電話は何だ?訴えるとか言っていたが?」

 

ま、普通気になるわな。しかしそれを教えるつもりはない。

 

「他人の電話の内容を聞くのはマナー違反じゃないか?まあ安心しろ、何があろうとBクラスには実害がないからな」

 

そう言って俺は2人の横を通り過ぎてコンビニに向かうのだった。

 

とりあえずミッションは完全にコンプリート出来たし、次に龍園から依頼が来るとしたら夏休みにあると思われる特別な試験を受ける時だろう。

 

その時までゆっくりと羽を伸ばしておかないとな。

 

 

 

 

 

 

ピンポンパンポン

 

『1年Dクラス須藤健君、至急職員室に来てください。繰り返します、1年Dクラス須藤健君、至急職員室に来てください』

 

「あ?何で呼ばれなきゃいけねーんだ。訴えは取り下げられた筈じゃねぇねか?」

 

「審議に関する報告があるんじゃないか?まあ無視するのはアレだし行ってこい」

 

「うっす……ったく、何なんだよ?」



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支給ポイント

石崎達が訴えを取り下げた日の翌日、俺は目を覚ますなり携帯を操作してポイントを確認する。

 

(ちゃんと58600ポイント振り込まれてるな。良かった良かった)

 

事件が解決したしポイントが振り込まれるのは当然だな。とりあえず今日はひよりと本を買いに行くか。

 

俺はそのままパジャマを脱いで制服に着替えて朝食を食べて部屋を出る。

 

そしてエレベーターを待っているとドアが開くので中に入ると、昨日審議をした堀北がいた。

 

「ねぇ比企谷君。聞いて良いかしら?」

 

「?何だ?」

 

「今朝、ポイントは振り込まれた?」

 

「振り込まれたがそれがどうかしたか?」

 

「何故か私の端末にはポイントが振り込まれてないのよ。事件の後始末が終わってないから学年全体に振り込まれてないと思ったけど違うようね」

 

ほほう。Dクラスは今月も0ポイント生活のようだな。

 

「もしかして須藤以外にもやらかした生徒がいるんじゃないか?」

 

「考えたくない事実ね……」

 

堀北はため息を吐くがやらかしたのは須藤だろう。

 

「ちなみにだがよ、昨日お前らはどうやって石崎達に訴えを取り下げさせたんだ?アイツら全く事情を教えてくれないんだよ」

 

まあ実際は全て知ってるけどな。

 

「さぁ?私も予想外だったから知らないわ」

 

見事のポーカーフェイスだ。これを見抜ける奴はそう居ないだろう。

 

「そうか」

 

そう返事をした所でエレベーターのドアが開いて寮のエントランスに着くので、俺は堀北と別れて自販機に行き無料のミネラルウォーターを購入する。ああ、MAXコーヒーが売られてないのが辛い……

 

ため息を吐きながら学校に向かおうとすると、最悪な事に由比ヶ浜と鉢合わせしてしまう。

 

面倒だから無視して学校に行こうとした時だった。

 

「待つし!ヒッキーDクラスに何をしたし!」

 

由比ヶ浜が喚くが、何を言ってんだ?

 

「何の話だよ?」

 

「とぼけんなし!昨日Cクラスが訴えるのをやめたのにポイントが入ってないし!ヒッキーが何かしたに決まってんじゃん!」

 

ウゼェ……やったのは俺じゃなくて坂柳だ。

 

無視したいのは山々だがこのまま喚き続けると面倒だし、嘘で誤魔化すか。

 

「生憎だが俺の端末にもポイントが入ってない」

 

「え?」

 

「だから俺の端末にも振り込まれてないって言ったんだよ。大方事件の後始末が完全に終わってないからだろ」

 

もちろん嘘だが、俺もポイントが振り込まれてないと言ったら、馬鹿な由比ヶ浜は信じるだろう。

 

「もう良いか。こっちは忙しいんだよ」

 

「あっ……待つし!まだ話は終わってないし!」

 

「何だよ……早く済ませろ」

 

「ゆきのんに謝るし!何でゆきのんに土下座しろって命令した奴を止めないし!ゆきのん可哀想じゃん!」

 

あー、その話ね。でもなぁ……

 

「論点をすり替えるな。アレはそもそもお前が赤点を取らなかったら起こらなかった問題だ。1番悪いのはお前が赤点を取った事だからな」

 

少なくとも1番悪いのは由比ヶ浜だ。過去問があるにもかかわらず赤点を取ったんだから。由比ヶ浜が赤点を取らなければ雪ノ下は土下座しないで済んだのは間違いない。

 

「それは……で、でも!あの時にヒッキーが止めてれば……!」

 

「生憎だが俺じゃ龍園を止めるのは無理だ。つか俺に文句を言ってる暇があるなら暗記の1つでもやったらどうだ?Dクラスの疫病神」

 

実際由比ヶ浜の所為でDクラスは30万ポイント、それも他クラスから借りて用意したポイントを失った。由比ヶ浜は須藤と並んでDクラスの疫病神だろう。

 

「っ!直ぐに謝れば許してあげようと思ったけど、もう許さないし!」

 

「だったらどうすんだ?」

 

「決まってるし!ヒッキーを退学させて後悔させてやるし!」

 

「はっ、やれるもんならやってみろ」

 

俺は自分を優秀な奴とは思ってないが、少なくとも由比ヶ浜に退学させられるほど雑魚とは思ってない。

 

「泣いて謝っても絶対に許さないから!」

 

由比ヶ浜はそう言って走り去っていくが……

 

「お前に何か出来るとは思えないな……」

 

「そうですね。それに比企谷君を潰せる人はそう居ないでしょう」

 

そんな声が聞こえてきたので振り向くと坂柳が寮から出てくる。

 

「おはようございます比企谷君。早速面倒な目に遭っていますね」

 

「言うな。それより朗報だ。Dクラスはポイントが振り込まれてない」

 

それを聞いた坂柳は薄っすら笑みを浮かべる。

 

「それは何よりです。それと比企谷君。こちらは約束通り手を貸したので夏休みはよろしくお願いしますね」

 

坂柳はそう言ってくるが、それは多分夏休みに行われるであろう特別な試験でAクラスの葛城派を叩けってことだろう。

 

「わかってる。でも試験の内容次第ではマトモに動けないからな?」

 

「それはわかってます。邪魔出来るなら邪魔をしてください」

 

「はいよ。そういやお前、以前由比ヶ浜を潰すとか言ってたがいつ頃潰す予定なんだ?」

 

「そうですね……今後退学がかかった特別な試験があったらDクラスに攻撃を仕掛けてみたいと思います。彼女の実力はDクラスでも低いでしょうから」

 

ま、そうだよな。今回の暴力事件で向こうも警戒してるし、今仕掛けるのは困難か、

 

「ま、いざとなったら協力する。んじゃそろそろ行こうぜ」

 

俺はともかく坂柳は登校するのに多大な時間を要するし、これ以上話していると遅刻してしまうだろう。

 

「そうですね。もし遅刻しそうになったら是非抱えてくださいね」

 

「良し、行くぞ」

 

俺は坂柳に行くように促す。既に第三者の目がある場所で坂柳を何度かお姫様抱っこしたが、だからといって更にやるのは恥ずかしい。最近になって漸く噂が消えかかっているのだ、再燃させる訳にはいかない。

 

そして俺は坂柳の歩幅に合わせてゆっくりと登校した。遅刻ギリギリではあったが、遅刻してないのでノープロブレムだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「席に着け。HRを始める」

 

Dクラスの教室にて、担任の茶柱が教室に入る。

 

「先生、昨日の審議はCクラス側が訴えを取り下げたのに何でポイントが振り込まれてないんですか?それに須藤君がいないんですか?」

 

と、同時に櫛田桔梗が質問をする。しかしそれも当然だ。ポイントは振り込まれておらず、須藤は学校に来てないのだから。昨日Cクラス側が訴えを取り下げたのはDクラスに知れ渡っているので不思議でしかなかった。

 

戸惑いの空気がDクラスに流れる中、茶柱は口を開ける。

 

「確かに昨日の審議においては須藤に罰は下されていない。しかし審議が終わった直後、Aクラスの坂柳が学校側に須藤に突き飛ばされて暴言を吐かれたと訴え出た。調査の結果、須藤に1週間の停学の罰が下されて、それに伴いクラスポイントも差し引かれた」

 

『はぁぁぁぁぁっ!?』

 

茶柱の言葉にDクラスからは驚愕の声が響いた。まさか審議を乗り越えたと思った矢先に須藤が停学を食らうなど、誰も予期してなかったからだ。

 

そんな中、堀北が手を挙げる。

 

「茶柱先生。確か坂柳さんは目撃者としてCクラスに有利になる動画を用意してました。その事から考えて須藤君に貶める為の罠である可能性はあるのですか?」

 

審議に参加した堀北からしたら、Dクラスを不利にする動画を提示した坂柳が須藤に突き飛ばされて暴言を吐かれたのは余りにも出来過ぎと考えている。

 

普通なら堀北の考えは正しいが……

 

「その可能性は低い。事件現場は職員室前、つまり監視カメラがある場所だ。私も記録映像を確認をしたが明らかに須藤に非があった」

 

茶柱に監視カメラがある場所と言われた堀北は黙り込む。Cクラスとの暴力事件は監視カメラがない事を利用して退けたが、監視カメラがある場所による愚行については対処の仕様がない事を理解したからだ。

 

「で、でもさ!ぶつかって暴言吐くのは悪いけど、停学は重過ぎじゃね?!」

 

池がそう叫ぶと茶柱は頷く。

 

「池の言う通りだ。普通なら厳重注意で終わっていた。しかし坂柳が杖無しではマトモに歩けない事、須藤がCクラスと問題を起こした事、須藤の審議中の言動に問題がある事から停学処分が下された」

 

その言葉によってDクラスに須藤に対する悪意が蔓延する。

 

「あーあ、須藤の所為で今月も0ポイント生活かよ……」

 

「人の迷惑を考えられないのかしら?」

 

「だよねーゆきのん。本当に最低だよねー」

 

由比ヶ浜が同意するとクラスの大半が一斉に由比ヶ浜を見る。それにより由比ヶ浜は戸惑う。

 

「え?な、何?」

 

「あのさ、由比ヶ浜さんが須藤君を悪く言えるの?中間試験で皆からプライベートポイントを貰って退学を免れた由比ヶ浜さんが」

 

「だよね。正直由比ヶ浜さんは悪く言える立場じゃないよね」

 

「もう須藤と由比ヶ浜は2人揃って退学すればいいのに」

 

その言葉に対して由比ヶ浜は怯えて、雪ノ下が庇う。

 

「それ以上由比ヶ浜さんを悪く言うのはやめなさい」

 

「事実を言っただけじゃん」

 

「そこまでにしろ。HR中だ」

 

茶柱がそう口にすると静かにはなるが悪意は蔓延したままだ。

 

「とりあえずポイントが振り込まれてない理由はこれで理解したようなのでHRを終了する。期末まで後2週間なのでしっかり勉強するように」

 

茶柱はそう言って教室から出て行く。それにより由比ヶ浜に悪意が向けられたのは言うまでもなく、由比ヶ浜はこの場に居らず悪意を向けられない須藤を恨むのだった。

 

 

 

 

 

クラスポイント

 

Aクラス 1004cp

Bクラス 745cp

Cクラス 586cp

Dクラス 0cp



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船上

期末テストも終わり、8月となった。

 

現在俺達1年生は以前から聞いていたバカンスに行くべく豪華客船に乗っている。

 

予定では最初の1週間は無人島に建てられたペンションで夏を満喫して、その後の1週間は客船内での宿泊という流れだが……

 

「俺の予感じゃ特別な試験が2つあると思う」

 

「私もそう思います。そして私が参加するとしたら無人島での試験は無理でしょうね」

 

この旅行は絶対に裏があるに決まっている。俺と坂柳の意見は同じだった。

 

現在俺達は船のデッキにあるプールにいる。一応俺も坂柳も水着を着ているが、坂柳は泳げないのでそれに付き合う形で足だけプールに突っ込んでいる。とはいえ足は冷たく、風も気持ちいいので悪くない。

 

「しかし意外だな。てっきりお前は今回の旅行に参加しないかと思ったぞ」

 

俺は隣にいる坂柳にそう告げる。坂柳は白いワンピースタイプの水着は着て儚い雰囲気を醸し出していて、美術品のようだ。

 

そんな坂柳は身体が弱いので旅行そのものに参加しないと思っていた。

 

「ええ。真嶋先生からは参加を渋られましたが、面白くなりそうな予感がしましたので」

 

「そうか。けど無理するなよ」

 

「ありがとうございます。ところで比企谷君にお願いがあるのですが良いですか?」

 

「何だよ?」

 

「少しだけプールの中を歩きたいのですが、エスコートしてくれませんか?」

 

なるほど。いくら水の中でも坂柳が1人で歩くのは厳しいかもしれないし、補助は必要だ。

 

「はいはい、杖になってやるよ」

 

正直恥ずかしい気持ちはないわけじゃないが、坂柳の体の弱さを考えると無碍には出来ん。

 

俺が手を差し出すと坂柳は俺の手を握り、ゆっくりと身体をプールに浸からせるので、俺もそれに続いてプールに入る。

 

「意外と気持ちいいですね。私、お風呂以外で身体を水に浸けた事がないので新鮮に感じます」

 

そりゃそうだろうな。

 

「気持ち良いなら何よりだ。しかしお前も大変だな」

 

「慣れてしまえばそうでもないですよ。ただ面白そうな事に参加出来ないと不満に思う事はありますが」

 

だろうな。というかコイツが人並みの肉体を持っていたらあらゆる場所で暴れ回り誰にも止められないだろう。

 

「そうか。ま、旅行中に困ったことがあるなら手を貸す」

 

「ええ。以前約束したように特別な試験では動いてくださいね」

 

坂柳の言っていることは、以前起こった暴力事件の時に協力した際の報酬の話だろう。あの時坂柳は坂柳派がCクラスをバックアップするのと引き換えに葛城派を叩けと要求した。

 

「もちろん全力は尽くすが……改めて確認するがAクラスがBクラスにクラスポイントを抜かされてもいいんだな?」

 

「ええ。寧ろそうしてください。そうすれば葛城君の指示は無価値になるでしょう」

 

自分の所属するクラスが落ちようと気にしないあたり、坂柳も龍園と同様にリミッターが外れているのだろうな。

 

そう思いながらも坂柳の手を引いてゆっくりとプールの中を歩いていると、ボールが坂柳のいる方に飛んでくるので、左手で坂柳を俺の後ろに抱き寄せながら、右手でボールを叩く。それによってボールは一回水の上でバウンドして俺の右手に収まる。

 

「ごめん。怪我してない?」

 

すると離れた場所からポニーテールの女子生徒がこっちに謝ってくる。女子の近くに一之瀬がいるからBクラスの生徒だろう。

 

「問題ない。ただ、他にも泳いでる奴もいるからあんまり強くボールを投げんな」

 

「わかった。ごめんね」

 

再度謝罪を受け取ったのでボールを投げ返す。坂柳に当たらなくて本当に「あの……」良かっ……た?

 

「もう大丈夫ですから……えっと……」

 

すると俺は坂柳を抱き寄せている事を改めて認識する。坂柳は少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて見上げてくる。同時に坂柳の柔らかな身体の感触が伝わってくる。

 

「わ、悪い……」

 

「……いえ。助けられたので怒ってはないですが、比企谷君って意外と大胆なんですね」

 

「そんなつもりはねぇよ。それより上がらないか?」

 

坂柳にそう提案するのは周りからは凄い視線が集まってるからだ。

 

不幸中の幸いなのは口煩い由比ヶ浜がこの場にいない事だろう。アイツがいたら「こんな場所でセクハラするなんてヒッキーマジキモい!」って喚きそうだし。

 

「そうですね。上がりましょうか」

 

坂柳が了承したので俺は坂柳の手を引っ張ってプールの端まで連れて行き、先にプールから上がり坂柳の杖を回収する。

 

そして坂柳の手を引っ張ってゆっくりプールから引き上げる。

 

「どうもありがとうございます」

 

「気にすんな。それにしても無人島到着まで後1時間ちょいか」

 

無人島に着くのは昼の1時近くで、今は12時前とそれなりに時間がある。

 

「でしたらご飯を食べましょう。今日から試験があるかもしれないですし」

 

「いや、1人で食べ「一緒に食べないなら泣きます」……了解した」

 

坂柳が泣いたら後ろ指を指されてしまうのは明白だし、従うのが賢明だ。

 

俺はため息を吐きながら更衣室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後着替え終わった俺は坂柳と合流してレストランに向かう。

 

「ここのレストランは魚料理が有名なんですよ」

 

坂柳はそう説明するが庶民の俺からしたら高級レストランより適当なカフェの方が合っている気がする。

 

まあ偶には高級な飯も良いかもしれない。そう判断してレストランに向かうと……

 

 

 

 

 

「何でヒッキーがここにいるし!ここはヒッキーみたいな人が来る店じゃないし!」

 

入口近くで由比ヶ浜と鉢合わせこっちを指差してくる。

 

「……すみません比企谷君。私がこの店を選んで所為で不愉快な気分にさせてしまいましたね」

 

坂柳が物凄く申し訳なさそうに謝ってくる。コイツがここまで申し訳なさそうな表情になるとは、坂柳自身も由比ヶ浜を面倒な存在と思っているのだろう。

 

「まあこういう事もあるさ。場所変えてデッキのカフェに行かないか?」

 

「そうしましょうか」

 

言いながら俺達はレストランに背を向けて立ち去ろうとする……が、ここで待ったをかけられる。

 

「待つし!謝罪もしないでどこに行くし!」

 

「どこって違う飯屋に決まってんだろうが。つか謝罪って何だよ?」

 

「決まってるじゃん!ゆきのんが土下座するのを止めなかった事!もうすぐゆきのんが来るから謝るし!後そっちのチビはあたし達のクラスポイントを奪ったんだから謝ってあたし達にポイントを渡してよ!」

 

そういやDクラスは未だにクラスポイントが0だったな。須藤が馬鹿した所為で。

 

一方チビ呼ばわりされた坂柳の額に青筋が浮かぶ。まあ気持ちはわからんでもない。チクったのは坂柳だが、そもそもの原因は須藤の言動だからな。

 

「謝る必要も渡す必要もありませんね。それに由比ヶ浜さん。レストランの入口で騒ぐと周りの迷惑になりますし、その格好はこの店に相応しくないですよ」

 

同感だな。由比ヶ浜の服は派手な服でドレスコードについて問題があるだろう。現にレストランの中にいる生徒は全員冷たい目を向けている。

 

「う、煩い!子供は素直に言うことを聞けし!」

 

「もうマジで面倒だな……坂柳、逃げるぞ」

 

以前のように坂柳を抱き抱える。対する坂柳は落ちないようにしっかりと俺に抱きつくので、早足でレストランを離れる。

 

「あ、ちょっと待つし!」

 

由比ヶ浜は喚くがそのまま早足で階段を上って逃げ切る。そして数階上ったところで坂柳を下ろす。

 

「助かりました」

 

「気にすんな。しっかし凄く疲れた」

 

「全くです。中学からあんな風だったんですか?」

 

「まあな」

 

雪ノ下を崇拝していて、俺が雪ノ下の意見とかに難色を示すと直ぐに喚くし、人の話は聞かずに直ぐにキモいキモい言ってくる。修学旅行以降はそれが顕著になったが、ハッキリ言ってイラってくる。

 

「とりあえず美味いものを食って気分転換するか」

 

「そうですね」

 

互いに頷き合ってからデッキに向かい、目につけたカフェでサンドイッチとコーヒーを注文して腹を膨らませる。

 

これから何があるかはわからないが頼むから平和に過ごしたい。

 

 

そう強く思いながら昼食を済ませて、暫くの間坂柳と雑談をしていると……

 

 

 

 

 

 

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』

 

そんなアナウンスが流れる。

 

やれやれ、嫌な予感しかしないなぁ……

 




原作と変えて坂柳も船に乗ってます。


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上陸

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』

 

そんなアナウンスが流れる。

 

やれやれ、嫌な予感しかしないなぁ……

 

「どう見る?」

 

「十中八九、存在するであろう試験に関する事だと思います。すみませんがデッキまで運んでくれませんか?」

 

「はいはい」

 

言いながら俺は席から立ち上がり、坂柳をお姫様抱っこする。既に何度も人前でやっから慣れちまったよ。

 

そしてそのままデッキの展望台に向かうと前方に島が見える。大きさは島として見れば狭いが、俺達が過ごす分には広すぎる。

 

そんな中、船は桟橋をスルーして島の周りを回り始めるが……

 

「妙ですね……スピードが速過ぎます」

 

坂柳の言う通りだ。意義ある景色と言っておきながら旋回速度が速い。少なくとも景色を楽しむ配慮はない。

 

「だろうな……というか坂柳。お前はいつまで抱っこされてんだよ?」

 

「すみません。船が速いのでこのままでお願いします」

 

いや船は速さを維持してはいるが速度は上がってないないからな?展望台に着いたんだから降りろや。周りからの視線が痛いわ。

 

そう思うが坂柳はギュッと抱きついているので、仕方なく抱きながら景色を見る。

 

「洞窟、開けた道、廃墟。色々な物があるがよ……ペンションが無いじゃねぇか」

 

思わずそう呟いてしまう。予定では今日から1週間ペンションで過ごすらしいが件のペンションが見当たらない。要するに……

 

「どうやら真っ赤な嘘で、実際は無人島生活をする可能性が高いですね」

 

つかそれ以外に考えられない。ただの旅行ではないとは思っていたが、まさかのサバイバル生活かよ……

 

ため息を吐いていると船は島の周りを一周して桟橋に向かい、やがて停止する。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸致します。生徒の皆様は三十分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合して下さい。またしばらく御手洗に行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいて下さい』

 

そんなアナウンスが流れる。同時に俺の腕の中にいる坂柳からメロディが流れるので、一旦坂柳をおろす。

 

「学校からメールが来てますね……上陸禁止のようです」

 

「って事はある程度体力を使う必要があるようだな」

 

「ええ。比企谷君とはここでお別れですが土産話を期待してますから」

 

そう言う坂柳の目には嗜虐の色が混じっている。これは葛城派を叩けって期待しているのだろう。

 

「へいへい。悪いが俺は準備しないといけないから先に行くぞ」

 

坂柳に会釈してから俺は船内にある自分が割り当てられた部屋に行き、中に入ると同じ部屋で寝泊まりする龍園とアルベルトと石崎は既に着替えをしていた。

 

「来たか。十中八九試験があると思うがお前には暴れて貰うからな」

 

「それに見合った報酬を出せよ」

 

俺が龍園に協力するのは報酬が魅力的だからだ。無かったら適当に流すだろう。

 

「お前はそれで良い」

 

龍園はそう言ってくる。俺は龍園に対して忠誠心は全くないが、龍園はポイントで俺から信用を買っている。俺と龍園の関係はポイントによって成り立っているのだ。

 

そして着替えた俺達は集合場所に移動すると既に大半の生徒が集まっていて、全員が集合場所に集まるとAクラス担任の真嶋先生が拡声器を持って話しかける。

 

「ではこれより、Aクラスの生徒から順番に降りて貰う。それから島に携帯端末の持ち込みは禁止だ。担任の先生に各自提出し、下船するように」

 

おいおい……携帯の持ち込みすら禁止って……相当面倒な予感しかしないな。

 

ため息を吐きながら待機していると遂にCクラスの番になったので船から降り始める。

 

その際に先生からボディチェックを受けたが警戒し過ぎだ。マジでどんな試験をやるんだか……

 

島に上陸した俺達は砂浜で点呼をするか暑くて仕方ない。

 

内心イライラする中、真嶋先生が口を開ける。

 

「今日、この場所に無事につけたことを、まずは嬉しく思う。しかし、1人の生徒は上陸できなかったことは非常に残念でならない」

 

それは坂柳だな。これについては仕方ないが。

 

すると作業着を着た大人が特設テントを設置し始める。中にはパソコンもあるが……

 

「ではこれより、本年度最初の特別試験を開始する」

 

うん。だいたい予想通りだな。

 

「と、特別試験?」

 

真嶋先生の言葉に戸惑いの感情が周囲から生まれていくが、戸惑ってない奴は馬鹿ではないだろう。

 

「期間はこれより一週間。8月7日の正午に終了となる。君達にはこれから1週間、この無人島で集団生活して貰う。また、これは実在する企業でも実践されている現実的、且つ実践的なものであることをはじめに告げておく」

 

「無人島で生活って……この島で、寝泊まりするってことですか?」

 

「その通りだ。その間君たちは寝泊まりする場所はもちろん、食料や飲料水に至るまで、全て自分たちで確保することが必要になる。試験実施中、正当な理由がない限り乗船は許されない。試験開始時点で、各クラスにテント2つ、懐中電灯2つ、マッチを一箱支給する。また、歯ブラシに関しては各生徒に1セットずつ、日焼け止め、女子生徒のみ生理用品は無制限で支給する。各クラスの担任に願い出るように。以上だ」

 

おいおい……予想以上にハードだな。

 

 

「は、はあ!?マジの無人島サバイバルなんて聞いたことないし!漫画の世界じゃないんだから!第一テント2つで全員寝られるわけないじゃん!マジあり得ないし!」

 

内心ため息を吐いていると由比ヶ浜が大きな声で喚くが、真嶋先生はその声に呆れたように返答した。

 

「君はあり得ないと言ったが、それは君が歩んできた人生が浅はかなものであったことにすぎない。はじめに説明しただろう。これは実際に企業研修でも取り行われているものだと」

 

「そ、そんなの特別に決まってるし!」

 

由比ヶ浜は尚喚くが、他クラスから侮蔑の視線で見られてるぞ。現に俺の隣にいる龍園なんて嘲笑を浮かべてるし。

 

「由比ヶ浜、これ以上みっともないマネはするな。真嶋先生が言ったのはほんの一部。これは、誰もが知る有名企業でも取り入れられていることだ」

 

茶柱先生は由比ヶ浜の言葉を一蹴すると由比ヶ浜は頬を膨らませて黙り込む。

 

「しかし先生、今は夏休みですし、この行事の名目は旅行のはずです。企業研修なら、こんな騙し討ちのような真似はしないと思いますが」

 

そうだな。ペンションが云々と説明を受けていたが、ペンションなんてないし、明らかに問題だ。ついでに言うならばテントなどの物資も明らかに不足しているし。40人で使うには足りない。

 

 

「なるほど、確かに不満が出るのも納得できる。だが特別試験と言っても深く考えなくていい。この1週間、君らは何をしようと自由だ。海で泳いだり、バーベキューをしたり。キャンプファイヤーで友と語り合うのもいいだろう。この試験のテーマは『自由』だ」

 

「んっ?え、試験なのに自由?ちょっと頭こんがらがってきた……」

 

生徒らは混乱し始める。

 

「この無人島における特別試験では、まず、試験専用のポイントを全クラスに300ポイント支給する。これを上手く使うことで、君らはこの試験を乗り切ることが可能だ。今からマニュアルを配布するが、マニュアルにはポイントで購入できるすべてのものがのリストが載っている。食料や水のみならず、バーベキュー用の機材や無数の遊び道具なども取り揃えている」

 

「つまりその300ポイントで欲しいものがなんでも買えるってことですか?」

 

「そうだ」

 

「で、でも試験っていうくらいだから、何か難しいのがあるんじゃ……」

 

「いや。2学期以降への悪影響は何もない。それは保障しよう」

 

真嶋先生は悪影響がないと言うが……

 

(良い影響があるって事だろう)

 

でなきゃ試験にする必要はないし。例えばポイントを一定以上残したらクラスポイントやプライベートポイントが支給されるとかな。

 

そんな中、真嶋先生が一度区切ってから……

 

「この特別試験終了時には、各クラスに残ったポイントをそのままクラスポイントに加算し、夏休み明け以降に反映する」

 

そう告げる。真嶋先生の言葉が風と共にビーチを吹き抜けて砂埃が舞い上がるが、やっぱり重要な試験じゃねぇか。

 

同時に生徒全員に衝撃が走る。

 

この試験は学力のみならず、忍耐力や環境への適応力なども問われる試験で、A〜Dクラスの間にあるハンディキャップを感じさせない仕組みだ。

 

「今からマニュアルを配布する。紛失の際は再発行も可能だが、ポイントを消費するので確実に保管しておくように。また、試験中に体調不良などでリタイアした生徒がいるクラスは30ポイントのペナルティを受ける。よって、Aクラスは270ポイントからのスタートとなる」

 

身体が弱い生徒でもペナルティがあるのかよ?

 

 

呆れる中、真嶋先生の話は終わり、残りは各クラス担任から説明を受けるよう指示される流れなのでクラスごとに分かれて集まり始めるが……

 

 

(絶対面倒な予感しかしねぇ……)

 

隣にいる龍園が獰猛な笑みを浮かべている事から、色々と働かされる予感しかしない……憂鬱だ。



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ルール確認

真嶋先生が大まかな説明をすませると解散宣言がされて、坂上先生が俺達の所にやって来る。

 

「今から君達全員に腕時計を配布する。試験中、この腕時計を許可なく外すことは認められていない。外したらペナルティが発生する。これには時刻の確認だけではなく、GPS機能、体温、脈拍など、様々な機能が搭載されている。非常事態に備えて、学校側にそれを伝える手段も用意されている。緊急時には迷わずそのボタンを押すように」

 

俺らに腕時計が配布される。GPSが付いて、非常ボタンもあるなんて危険な事もあるって事か?

 

「つけたまま海に入ってもいいんすか?」

 

「完全防水だから安心したまえ。万一故障した場合、直ちに担当者が代用品を持ってくることになっている」

 

やっぱり準備に抜かりはないか。

 

「先生、ポイントを使わない限り、私達は全て自分たちで何とかしなければならないということですか?」

 

「そうだ。解決方法を考えるのもこの試験で我々教員の関知するところではない。それでマニュアルの最後に目を通してくれ。特別試験において重要な事が書かれている」

 

 

坂上先生の指示に従ってマニュアルの最後を見ると……

 

著しく体調を崩したり、大怪我をしたりして続行不可能と判断された場合はマイナス30ポイントとなり、その者はリタイアとなる

 

環境を汚染する行為を発見したら、マイナス20ポイント

 

午前と午後8時の2回ある点呼に遅れた場合、1人につきマイナス5ポイント

 

他クラスへの暴力、略奪行為、器物破損を行なった場合、そのクラスは即失格、対象者のプライベートポイントを全て没収

 

4つのペナルティがある。要するに体調管理に気をつけて、遅刻と野糞と暴力略奪器物破損をしないようにすれば良いんだな。

 

しかし体調管理が重要ならある程度ポイントを使う必要があるだろう。ひよりみたいに身体が強くない生徒に0ポイント生活は厳し過ぎる。

 

「坂上、300ポイント全てを使い切ってからリタイアする生徒などが出たら、ポイントのマイナスはどうなるんだ?」

 

龍園が質問をするが敬語を使えや。

 

「その場合はリタイア者が増えるだけだ。ポイントがマイナスになることはない」

 

「なるほどな……」

 

龍園は小さく頷く。どうやら色々企んでいるのだろう。

 

ともあれ俺も質問をしとくか。

 

「坂上先生。点呼はどこでするんですか?今作業員が作ってるテント付近ですか?」

 

「クラスの担任は、自分のクラスのベースキャンプのそばに拠点を構えることになっている。ベースキャンプが決まったら私に報告をしてくれ。点呼はそこで行われる。また、一度決めたベースキャンプは正当な理由なく場所を変更できないから注意するように」

 

ベースキャンプの場所もしっかり考えないといけない。今いる砂浜のように日光が強い場所は論外だ。

 

「先生、トイレはないんですか?」

 

すると女子の1人が質問をする。そういやトイレがないな。

 

「トイレについては今から説明する。トイレは男女共用、クラスに1つ支給されるこれを使うように」

 

そう言って坂上先生が示したのは、段ボールだった。おい……まさかアレか?災害時に使うアレだよな?

 

「そ、そんな段ボール使うんですか!?」

 

女子が喚く中、坂上先生はスムーズにトイレを組み立てて、使い方の説明を始めるが女子は拒絶するような表情を浮かべている。俺も正直使いたくない。

 

そう思う中、坂上先生は話を続ける。

 

「それとこれより追加ルールを説明する。まもなく君達にはこの島を自由に移動する時間が与えられるが、島の各所にはスポットという場所が設けられている。そこには占有権が存在し、占有したクラスにのみそのスポットの使用権が与えられる」

 

「他クラスが占有している場所に侵入したらペナルティが発生するんですか?」

 

「それは最後に説明する。話を戻すと占有権の効力は8時間のみで、時間ごとに権利がリセットされる。つまり、その度に他クラスにも占有のチャンスがあるということだ。そして、一度占有するごとに1ポイントのボーナスポイントが与えられる。ただしこのポイントは試験中に使用できないので注意しろ。試験終了時にそのボーナスポイントは加算される」

 

つまり一箇所のスポットを1日占有すれば3ポイント手に入ることになる。1週間で21ポイント、これはかなりデカいな。

 

マニュアルによればスポットの近くには専用装置があるらしい。

 

更に詳しく読んでみると……

 

・スポットを占有するためには専用のキーカードが必要である。

 

・1度の占有につき1ポイントを得る。占有したスポットは自由に使用できる

 

・他クラスが占有しているスポットを許可なく使用した場合、50ポイントのペナルティを受ける。

 

・キーカードの使用権はリーダーのみにある

 

・正当な理由なくリーダーを変更することはできない。

 

大まかなルールはこんな感じだ。

 

更に最終日の点呼では各クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられ、他クラスのリーダーを1人当てるごとに50ポイントを得ることができる。

 

反対に、他クラスに言い当てられた場合や外してしまった場合は50ポイントずつ失いそれまでのボーナスポイントも剥奪される、学校側の性格が見え隠れするルールだ。

 

「リーダーは必ず1人決めてもらう。無理にスポット占有に走らなければ、見破られることもないだろう。リーダーが決まったら私に報告するように。その際にリーダーの名前が記されたキーカードを渡す。また、今日の点呼までに決まらなければこちらで勝手に決めることになる。以上だ」

 

リーダーの名前が刻印されるということは、盗み見られてもダメということか。

 

坂上先生はそう言って去って行く。その際に騒めきが生じるが……

 

「全員黙れ。早速だが方針を発表するぞ」

 

龍園がそう言うと一瞬で静まる。流石恐怖でクラスは支配しただけある。

 

「リーダーを誰にするかは後で決めるがぶっちゃけどうでも良い。結論を言うと俺達Cクラスは試験を放棄して夏のバカンスを思い切り楽しむぞ」

 

その言葉にクラスメイトからは再度騒めきが生じるが、今度は龍園も止めに入らない。

 

「あの龍園さん、試験を放棄するって……」

 

龍園の側近の石崎が恐る恐る質問をする。

 

「言葉通りだ。おそらく普通に試験を受けたら最終日の時点でポイントは100から200くらいだろう」

 

まあそうだな。マニュアルを見たが、1週間リタイヤなしで過ごすならある程度のポイントの消費は必要だし。

 

「俺からしたら真っ平御免だ。たかが100や200のポイントの為に1週間、暑さや虫、飢えなどに耐えるなんて馬鹿げた話だ」

 

その言葉に騒めきが大きくなるが龍園はそれを無視して説明を続ける。

 

「それならいっそポイントを全て遊びに使って、使い切ったら全員仮病でリタイヤする。そうすりゃ試験中、俺達は豪華客船で夏休みを満喫できる」

 

随分とぶっ飛んだ発想だな。まあこの試験の主旨は自由だから龍園の案も正解の一つだ。

 

そしてマイナス要素がない試験なら俺としても悪くない。

 

Dクラスは未だにクラスポイントが0だから抜かされる事はないだろう。

 

Bクラスは一之瀬の性格上、リーダー当てには挑戦しないだろうからポイントはそこまで増えないから、多少差が大きくなる程度でそこまで支障はない。

 

Aクラスについては坂柳がいないのでリーダーは保守派の葛城となる。坂柳なら積極的にリーダー当てには挑戦するだろうが、葛城なら一之瀬同様堅実に試験をこなすだろう。

 

結論を言うとクラスごとの序列は変わらないだろうし、龍園の考えも悪くはない。

 

「話は終わりだ。俺達もベースキャンプを探すが、場所は砂浜がある場所にするぞ」

 

 

言いながら龍園は歩き出す。普通に試験をこなすなら日差しが強い砂浜を選ぶのは悪手だが、龍園は本気でバカンスを楽しむようだ

 

一部のクラスメイトは龍園の提案に戸惑いながらもそれに続くがそんな中、俺は龍園に話しかける。

 

「龍園、ちょっと話がある」

 

「わかった……石崎、俺はちょっと比企谷と話をするから、他の連中連れてベースキャンプを探しに行け」

 

「は、はいっ!」

 

石崎は頷いてアルベルトと一緒にクラスメイトを率いて歩き出す。辺りを見ればAクラスとBクラスも行動を始めていて、Dクラスは大声で揉めている。その事からDクラスのリーダーは雑魚、もしくはリーダーがいないのかもしれない。

 

そんなDクラスを尻目に俺と龍園は森に入る。

 

「お前の事だ。バカンスをするのは事実だろうがそれだけじゃないだろ?」

 

「くくっ、やっぱりクラスで俺の企みを理解出来るのはお前くらいか」

 

「そりゃ俺もお前も性格が屑だからな」

 

屑同士考えがわかるのだろう。

 

「結論を言うと正解だ。バカンスをするのは本当だが、2、3日遊び倒したら俺は無人島に残って追加ルールでポイントを稼ぎに行く」

 

そ、そうきたか……確かに数日遊んでベースキャンプから撤収すれば、他のクラスの連中はCクラスの事を頭から除外するし、暗躍がやりやすいな。

 

「とはいえ坂柳との約束もあるからAクラスの葛城に取引を持ちかける」

 

葛城に取引を持ちかける言ったが、その前にに坂柳との約束って言ってる時点で裏切る気満々のようだ。まあ俺としても葛城派を叩けって頼まれてるし反対はしない。

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこでだ比企谷。俺は他クラスを引っ掻き回し、尚且つ葛城から大量のプライベートポイントを奪いに行くんだが、お前も島に残って俺の手伝いをしろ。報酬として儲けの半分くれてやる」

 

龍園がそんな提案をするのだった。



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契約書作成

「ここでどうですか?」

 

石崎が見つけたスポットは綺麗な砂浜だった。周囲には岩場などもあり、中々遊びが楽しめそうだ。

 

試験に使うには日光が強過ぎて最悪のスポットだが、バカンスを楽しむ場合には良いスポットだ。

 

「中々良い砂浜だな。ここをベースキャンプにするぞ」

 

「はい。それでリーダーについてはやっぱり龍園さんですか?」

 

「それは後で決める。お前らはテントの設置をしろ」

 

「は、はいっ!」

 

石崎はそう言って走り去っていく。それにより龍園は手元にある紙に文字を書くのを再開して、やがて書き終える。

 

「とりあえず契約内容だが、精査を任せる」

 

言われて龍園からAクラスの葛城に取引を持ちかける際に用意した契約書を受け取る。

 

契約内容

 

①CクラスはAクラスに対し、200ポイント相当の物資を購入して譲渡する。尚、購入する物資はAクラスが決める。

 

②CクラスはBクラスとDクラスのリーダーを探り、得た情報を全てAクラスに伝える。

 

③Cクラスが①と②を達成した後、Aクラスの生徒全員が龍園翔に毎月2万プライベートポイントを譲渡する。本契約は本校の卒業まで継続する。

 

④下記に署名した者は、本契約内容に同意したものとする。

 

 

 

 

って感じの内容の契約だった。中々大胆な作戦だ。成功したら龍園は坂柳を除いたAクラスの生徒39人から毎月2万、計78万ものプライベートポイントが貰えるのだからな。

 

しかしこの契約書には欠点がある。それは少々攻撃的過ぎる事だ。

 

「ちょっと契約内容を変えるぞ」

 

言いながら俺は内容を訂正して、龍園に見せる。

 

 

 

契約内容

 

 

①Aクラスの生徒全員が龍園翔に毎月1万プライベートポイントを譲渡する。本契約は本校の卒業まで継続する。

 

②CクラスはAクラスに対し、200ポイント相当の物資を購入して譲渡する。尚、購入する物資はAクラスが決める。

 

③CクラスはBクラスとDクラスのリーダーを探り、得た情報を全てAクラスに伝える。

 

④Cクラスが②と③を達成した場合、Aクラスの生徒全員が龍園翔に毎月2万プライベートポイントを譲渡する。本契約は本校の卒業まで継続する。

 

⑤下記に署名した者は、本契約内容に同意したものとする。

 

 

「こんな感じでどうだ?」

 

「なるほどな。リーダー情報が手に入らなくても最低39万ポイントが手に入るわけか」

 

俺は確実性を重視するからな。リーダー情報手に入らなくてプライベートポイントが貰えないとかマジで泣くわ。

 

そして葛城はこの契約を受けるだろう。葛城派は葛城が生徒会に落ちた事で勢いが弱まってるし、この試験で坂柳派を抑え込みたいだろうし。

 

加えてこの契約についてだが、葛城もリーダー当ての難しさを理解してるだろうから④が達成されるとは思ってないだろう。よって①と②だけを重視する事になるが、その場合向こうが得だ。

 

こっちが200ポイント分の物資を用意したら、Aクラスは本来持ってる270ポイントを1ポイントも消費しなくても1週間過ごせるだろう。それを考えるとAクラスが得をするのは明白だ。

 

まあそれはあくまで俺達Cクラスが契約外の場所で裏切らなかったらの話だけどな。俺と龍園は坂柳との約束もあるので容赦なく裏切るつもりだ。

 

閑話休題……

 

ともあれ、向こうからしたら良い取引だし多分上手くいくだろう。

 

「俺は確実性を重視するんだよ。ついでに言うなら契約書をもう一回見てみな。性格が屑なお前なら俺が張った罠に気付くぞ?」

 

「あん?……ああ、なるほどな。やっぱりお前も屑だな」

 

まあ否定はしない。少なくともお利口さんじゃないのは確かだし。

 

「ただ他クラスのリーダー情報はどうやって手に入れるんだ。俺達は目で見ただけでどうにかなるが、葛城は多分キーカードを要求してくるぞ?」

 

リーダーを見抜くのはまだしも、キーカードを盗むのはリスクがデカい。バレたら即失格だし。

 

「当然わかってる。だからCクラスの中から……そうだな、金田と伊吹に怪我をさせてからスパイとして送り込む」

 

う、うわぁ……コイツ息をするように怪我をさせるって言いやがった。俺も屑って自覚はあるが、龍園はそれ以上だな。

 

「止めろと言っても止めないだろうから何も言わないが、俺は殴らないからな」

 

流石に手を出す事に関しては抵抗が生まれてしまうから、やりたくないのが本音だ。

 

「そのくらいは俺がやる。んでリーダーについてだがお前なら誰にする?」

 

「誰にするも何も普通に考えて島に残る俺かお前か金田か伊吹だろ」

 

そんでキーカードを地面に埋めれば他クラスにはバレない……待てよ。

 

「良い考えが浮かんだ……するのはどうだ?」

 

「なるほどな。そいつは使えるし採用する。ミスっても俺達にダメージはないからな。リーダーはお前がやれ」

 

「了解した」

 

俺がリーダーか。ま、龍園の作戦を実行するなら島に残る連中は派手に動けないし、そこまで重要ではないだろう。

 

「とりあえず俺は契約書を葛城に見せてくるからお前は坂上の所に行ってリーダー申請をしろ。それと申請前に他の連中に向けて、俺が戻るまでポイントを使わないように厳命しとけ」

 

龍園はそう言ってから森の中に入っていくので、俺はクラスメイトが集まっている場所に向かうとスポットの機械があり、その近くで皆がマニュアルを見ていた。

 

「あ、比企谷。龍園さんは?」

 

「野暮用で席を外してる。それと龍園からの伝言だ。「俺が居ない間にポイントを消費して買い物をしたら二学期以降、買い物をした奴を虫けら以下の扱いにする」だ、そうだ」

 

石崎からの質問にそう返すとマニュアルを見ていた面々が震え上がる。これで勝手にポイントを使う馬鹿は現れないだろう。

 

「リーダーについては誰が?」

 

「龍園は俺にやれって命令してきた。だからちょっと報告に行ってくるが、1人で行くと逆の意味で目立つから何人か付いてきてくれ」

 

単独行動は危険だ。まして俺がリーダーをやるのだから。

 

「私は行きます」

 

そう言うとひよりが真っ先に手を挙げる。その際に一部の女子がニヤニヤ笑いを浮かべて苛立つが我慢する。

 

我慢しながら志願者を待っていると金田とアルベルトも同伴してくれる。アルベルトがいるなら襲撃は受けないだろう。

 

「そんな訳だからちょっと行ってくるが、石崎はクラスメイトを抑えとけよ」

 

「わかった」

 

石崎か頷いたのを確認すると俺達は皆に背を向けてスタート地点に戻るが途中である存在を発見する。

 

「おいおい……Dクラスはまだ方針すら決めてないのかよ?」

 

スタート地点の砂浜に近づくと騒ぎ声が聞こえてきたので俺達は手頃な岩陰に隠れる。岩の向こう側ではDクラスが揉めているようだが……

 

 

「どうやらトイレについて揉めているようですね」

 

ひよりの言う通り、耳を澄ませばトイレについて揉めているのがわかる。男子はポイントが勿体ないから支給された段ボールトイレで済ませると言って、女子はポイントを消費して仮設トイレを購入したいと反論している。

 

「馬鹿だろアイツら……」

 

「比企谷氏の言う通りですな。節約は大切ですが、多少は妥協しないと反乱が起きますね」

 

金田の言う通りだ。もしも男子が段ボールトイレで我慢しろと女子に強制しまくったら、女子が「だったらリタイヤしてやるよ!」って反乱を起こす可能性もある。

 

そうなったらボーナスポイントは0になる可能性があるので、Dクラス男子は多少女子の方に寄るべきだ。ま、Dクラスがどうなろうと知った事じゃないけど。

 

そう思いながら岩陰から様子を見ていると、Dクラスの連中はとりあえず日光を遮る森の中で話し合いをしようという事になり、森に入って行く。

 

しかし判断が遅過ぎる。既にDクラス以外のクラスは移動してる。ウチのクラスに至ってはAクラスと偽りの同盟を結びに行ってるし。

 

ともあれ誰も居なくなったので俺達は先生がいるテントに向かうと坂上先生がこっちにやって来る。

 

「坂上先生。リーダーが決まりました」

 

「わかった」

 

坂上先生はそう言って懐からカードを取り出してくる。定期券に似たような造りだ。

 

「それでリーダーは誰にしたんだね?」

 

「俺です」

 

坂上先生は頷くと俺にカードを渡してテントに戻る。すると暫くしてピロンと音が鳴り、表に「ヒキガヤハチマン」と表示される。

 

それを確認した俺達は長居は無用なのでこの場を後にして、ベースキャンプにするべく砂浜に戻る。

 

するとそこには龍園も戻っていた。

 

「来たか。これでやるべき事は終わったし……バカンスを楽しむぞ」

 

龍園はそう言ってマニュアルをクラスメイトに渡す。対するクラスメイトらは開き直って試験の事を忘れたのか楽しそうに買える物のリストを見ている。

 

そんな中、龍園は俺に近寄り……

 

 

「葛城は契約を結んだ。お前には3日目から働いて貰うし、今のうちに遊んどけ」

 

小さく耳打ちをするのだった。

 

ま、その方が合理的だし、2日目の夜まで思い切り羽目を外しますか。

 

そう判断した俺は皆同様にマニュアルをチェックするのだった。



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バカンス

夏の日差しはとても暑く、日の当たる場所にいれば直ぐに日焼けをしてしまうだろう。よって外にいるときは日陰に行くのを好む。

 

ましてや今は無人島で1週間のサバイバル試験だ。必要のない限り日陰に行くのが基本だ。

 

普通ならな。

 

「おっ、蟹がいるぞ」

 

「本当ですね。それにしても岩場には沢山の生き物がいますね」

 

現在俺は水着を着て、同じく水着姿のひよりと一緒に日光の下でベースキャンプから少し離れた岩場を散歩している。ひよりは水色のビキニを着ている。涼しげな色の水着はひよりの清楚さとマッチして良く似合っている。昼に見た白いワンピース水着を着た坂柳と良い勝負だ?

 

そんなひよりに見惚れながらも散歩を続けていると少し離れた場所ではボールで遊んでいる女子や水上スキーを楽しんでいる男子が目に入る。

 

龍園が試験を放棄して遊び倒すと提案してからクラスメイトは海で思い切り楽しんでいるのだ。

 

実際龍園は試験を放棄しないで、俺とスパイとなった金田と伊吹の4人で試験に挑むことになっている。

 

そして金田と伊吹は既に龍園に怪我をさせられてBクラスとDクラスに向かっている。

 

俺はクラスメイトの大半がリタイヤする2日目の夜まで思い切り羽目を外すつもりだ。3日目からはマジのサバイバルだからな。

 

そんなことを考えながらも岩場を散歩していると行き止まりにぶつかった。ここまでは歩けたが、ここから先は巨大な岩が道を塞いでいて先に進めない。

 

引き返そうと考えたが、少し暑くなってきたし海に入って引き返すか。

 

「ひより、暑いし海に入って引き返さないか?」

 

「良いですよ」

 

ひよりが頷いたので俺は岩場から海に入る。同時に身体がひんやりとして気持ちが良い。

 

少ししてからひよりも海に入るが、運動音痴だからか慌ててバチャバチャと水を跳ね上げている。

 

「落ち着け」

 

「あっ……」

 

昼前に坂柳にやったようにひよりの手を握るとひよりはゆっくりと落ち着きを取り戻す。

 

「す、すみません。予想よりも冷たくて焦ってしまい、みっともない所を見せてしまいた」

 

「気にするな。普段クールなお前が焦ってるのは可愛かったぞ?」

 

「もう……馬鹿」

 

俺をdisりながらもひよりは微笑んでいるので俺は頭につけたゴーグルを目にはめる。同時にひよりもゴーグルを装着するので、手を繋いだまま2人で海に顔をつける。

 

すると魚が泳いでいるのが鮮明に見える。しかも都会の海と違ってゴミなども全く見えず、海そのものも美しい。

 

暫くの間、海の中を見ていると少し息苦しくなったので顔を上げる。

 

「ぷはっ……凄く綺麗ですね」

 

「ああ。見たことない魚も沢山いたし、非常に興味深い」

 

「はい……あの、八幡君」

 

「何だよ?」

 

「八幡君はこれから色々大変だと思いますが……無茶はしないでくださいね?」

 

俺がやろうとしていることを知っているひよりは不安そうな表情を浮かべて俺を見ている。

 

「ま、何とか頑張る」

 

そう返しながら俺達はゆっくりと泳ぐ。と、ここで急に大きな波が現れて……

 

「うおっ!」

 

「きゃあっ!」

 

そのまま俺達を押して岩場に押し寄せる。このままだと2人まとめて岩場にぶつかってしまうので、俺はその前にひよりの後ろに回り……

 

「ぐえっ……!」

 

そのまま岩場とひよりにサンドイッチされる。それにより背中には痛みが発生するが、ひよりが無事なら安い買い物だ。

 

「大丈夫かひより?」

 

「あ、はい……でも八幡君は……」

 

「ちょっと痛いが気にするな」

 

「……ごめんなさい。私なんかを助けて」

 

「だから気にすんなって言っただろ。女子は肌が命なんだから大事にしろ」

 

「……ありがとうございます」

 

言いながら俺はひよりの手を引っ張ってベースキャンプの方へ向かう。対するひよりは礼を言ってから俺の手をギュッとさっきよりも強く握ってくる。

 

そしてそのまま砂浜に戻り、海から上がる。砂浜ではビーチバレーをする男女がいて活気があるが、俺はあんなリア充グループと関わるのは苦手だから離れた場所でのんびり過ごす。

 

「ひより、俺は少し疲れたから砂浜で寝るが、お前はどうすんだ?」

 

なんだかんだベースキャンプの捜索をしたり、船から降りてからも色々あって結構疲れたのは事実だからな。明日の夜からはガチのサバイバルとなるからそれまでに万全の状態にしておきたい。

 

「そうですね……私も騒がしいのは好きじゃないですからご一緒してもいいですか?」

 

「ああ。じゃあちょっとマットを2つ持ってくる」

 

言いながら俺はパラソルの下にいる龍園のところに向かう。

 

「龍園、今からひよりと昼寝するからマット2つ寄越せ」

 

「あん?マットはデカイの1つしかないから、それで我慢しろ」

 

「1つしかないのかよ。じゃあひよりに使わせるか……って、おい。無線機を堂々と出すな。幾らCクラスのベースキャンプ地だからって他クラスに見られたら警戒されるぞ」

 

言いながら俺はテーブルの上にある無線機を指差す。これは金田や伊吹、葛城と連絡を取るためのものだが、堂々と出すのは悪手だ。俺も無線機を渡されているが、ちゃんとテントの中にある自分の鞄に入れている。

 

「相変わらず警戒心剥き出しだな。まあ従っておく」

 

龍園は苦笑しながらも自分の鞄に通信機をしまう。これなら疑われるようなことはないだろう。

 

「で?龍園。俺は結局何をやればいいんだ?」

 

島に残れとは言われたが具体的な意見はまだ聞いてないので今のうちに聞いておきたい。

 

「金田と伊吹はBとDのリーダー探しで、俺は2人の補佐と葛城との連絡。お前にやって貰いたいのはAのリーダー探し、そしてBとDのリーダーが判明してからはソイツらがリタイヤするかの監視だ」

 

あー、なるほど。リーダーを見抜いても向こうがリタイヤしたらこっちにダメージが来るからな。

 

「了解した」

 

俺は小さく頷いてからデカイマットを持ってひよりの元に向かう。

 

「待たせたなひより。マットは1つしかないからお前が使ってくれ」

 

「?大きいですから一緒に使いませんか?」

 

ひよりは不思議そうに言ってくるが、男子からしたらその言葉は麻薬だぞ。

 

「……お前本気で言ってるのか?」

 

「何か変な事を言いましたか?」

 

この天然……男の理性をゴリゴリ削るの上手すぎだろ。いくら一緒に寝た事があるとはいえ、今は水着だぞ。

 

そう思っていると……

 

「ほら、日差しを浴びてゆったりしましょう」

 

ひよりはマットを砂の上に敷いたかと思えば、そのまま俺の手を引っ張ってマットの上に連れて行く。

 

(仕方ない、ひよりには勝てないし)

 

そう判断した俺はひよりに対する抵抗を放棄してそのままマットに倒れ込み、ひよりと手を繋いだまま空を見上げる。

 

無人島だからか空気は上手く潮風も悪くない。今までずっと都会の空気を吸っていたからだろう。

 

「八幡君」

 

「どうした?」

 

「正直に言うと本がない無人島は退屈だと思いました……ですが、こうして八幡君と岩場を散歩したり、海で泳いだり、砂浜で寝たりする事は凄く充実して、幸せです」

 

「……いきなりどうした?」

 

そんな風に言われた俺は恥ずかしさを誤魔化すようにひよりから目を逸らして質問を返す。

 

「いえ、こうして八幡君と過ごしていた時間を振り返ったらそう思っただけです。八幡君さえ良ければこれからも……卒業してからも仲良くしてください」

 

「……ああ。こっちこそ宜しく」

 

ひよりは高校に入って最初の友達だし、こちらとしても仲良くしたい。大学に入って友達が出来ないって事もあるからな。

 

ひよりの笑顔に見とれながらもそう返事をしてからギュッと手を握る。こうしているだけで凄く幸せになってく、るな……

 

そこまで考えていると眠気がやって来たので特に逆らうことなく、ゆっくりと目を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後……

 

「さて、そろそろバーベキューをするか。石崎、全員集めろ」

 

「は、はいっ」

 

夕焼けが砂浜を照らす中、龍園がそう命じると石崎は龍園の言葉に従ってクラスメイトを集め始める。

 

2、3分くらいすると大半の生徒が集まるが……

 

「比企谷と椎名がいません」

 

「あん……って、アイツらまだ寝てんのかよ」

 

石崎の言葉に龍園は訝しげな表情になるも、直ぐに離れた場所にいる2人を見つけ呆れ顔になる。

 

「起こしてこい。点呼も近いし、ベースキャンプにいるのに欠席とかアホ過ぎるからな」

 

龍園の指示に石崎が頷き2人に近付くが……

 

 

「ふふっ……八幡、君……」

 

「んんっ……ひより……」

 

抱き合いながら寝ている2人を見て絶句してしまった。しかも2人とも水着を着た状態で、終いには2人とも幸せそうにしていたのだ。

 

 

それに対して石崎は起こすのを躊躇ってしまう。しかし龍園からの命令を遂行しないといけないという思いとせめぎ合ってしまう。

 

(ちくしょう……このバカップルがぁ!)

 

石崎は内心で怒鳴る事しか出来なかった。

 

その後2人はふとした拍子で目覚め、クラスメイトに生温かい目で見られるのであった。



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誘い

「美味ぇー!この肉絶対にいい肉だろ!」

 

「ちょっと!その海老は私が狙ってたのに〜」

 

夜8時前、俺達Cクラスはバーベキューを楽しんでいる。とはいえ俺は騒ぐタイプではないし、龍園のように王様タイプでないので少し離れて食事をしている。

 

とはいえ不満はない。しっかり食べてるし、騒ぐのは好きじゃないし……

 

「八幡君、口元が汚れてますから拭きますね」

 

「おう。サンキューな」

 

隣には俺と同じように騒ぐタイプでなく、1番の友達のひよりがいるからな。

 

「いえ。それにしても私、バーベキューをするのは初めてですが美味しいですね」

 

「俺もバーベキューは初めてだな」

 

小学校や中学校の時に野外でカレーを作った事はあるけど。といっても碌な思い出はないけど。そういや、中学の時に千葉村で知り合った鶴見留美は元気だろうか。俺が人間関係をぶっ壊して以降は会ってないし。

 

そんな事を考えながらも肉を食べる。つかあの時に俺が動かなかったらどうなっていたんだがな……

 

「八幡君?」

 

「どうした?」

 

「何か難しそうな表情をしていましたよ?」

 

どうやら表情に出ていたようだ。

 

「いや悪い。ちょっと昔の事を思い出していただけだ」

 

嘘はついてない。ちょっとした事ではないと思うけど。

 

「そうですか。無理には聞きませんが、もしも辛いなら空を見てはどうでしょうか?」

 

ひよりがそう言うので空を見上げると星が凄く美しい。これも都会ではないが故に見れるのだろう。

 

そして星の中心にある月は一際目立っている。しかも満月であり、星が引き立て役と思えるほどに輝いている。

 

思わず見惚れていると……

 

「八幡君」

 

「どうした?」

 

「……月が綺麗ですね」

 

ひよりはそんな事を言ってくる。同時に俺の顔に熱がたまってくる。もちろんひよりは空に浮かぶ月が美しいと言いたいのだろう。

 

しかし文学少女のひよりがその言葉を使うと、文学的な意味で言っているんじゃね?、と思ってしまう。

 

これはどう答えたら正しいんだ……

 

頭の中に選択肢が現れる

 

①ああ、そうだな

 

②ひよりの方が綺麗だよ

 

③死んでも良い

 

選択肢①だな。それ以外の選択肢はない。②と③を選んだらドン引きされるのがオチだ。

 

そう判断した俺は息を吸って方針を決める。選択肢「肉美味ぇな。2日目も楽しみだぜ!」2日……②?

 

「ひよりの方が綺麗だよ」

 

いざ口を開こうとしたら石崎の声が耳に入り、反射的にか選択肢②を選んでしまった。

 

(しまった……石崎の野郎、2日目なんて言ってんじゃねぇよ馬鹿野郎!)

 

思わず石崎に八つ当たりをしながらひよりを見る。ヤバい、高校唯一の友人にドン引きされたらマジでショックだわ。

 

内心ヒヤヒヤしながらひよりを見るとひよりは目をパチクリするも、やがて頬を染める。

 

「八幡君の馬鹿……ありがとうございます」

 

馬鹿と言われてから礼を言われる。由比ヶ浜のようにキモいキモいって言われるとは思ってなかったが、礼を言われるとも思ってなかった。

 

「……怒ってないのか?」

 

「?何故私が怒っていると?」

 

「いや。俺なんかに綺麗って言われたし」

 

「恥ずかしいとは思いましたが怒ってはないですよ。寧ろ嬉しかったです……」

 

ひよりはそう言って俺の手をギュッと握ってくる。

 

「そ、そうか……」

 

そんなひよりに対して俺はそう返事をすることしか出来ず、ひよりの手を握り返しながら肉を食べるが、ひよりの言動の所為か肉の味を碌に堪能する事が出来なかった。

 

「八幡君……」

 

「何だよ?」

 

若干警戒しながらひよりの呼びかけに返事をする。この天然ならとんでもない爆弾を投下してきそうだしな。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

「八幡君はかっこいいですよ……」

 

俺の警戒を容易く粉砕してきた。もうマジでコイツには勝てる気がしねぇ……

 

そう思いながらも俺はひよりと手を繋いだまま無心で夕飯を済ませ、1日目が終わるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

無人島生活2日目

 

「比企谷。遊びに行く前にDクラスのベースキャンプに行ってこい」

 

朝から遊び全開の雰囲気の中、俺も海に行こうとしたら龍園に呼び止められる。

 

「何しにだよ?てか俺は多分Dクラスから敵視されてるぞ」

 

少なくとも雪ノ下と由比ヶ浜と須藤は殺意を抱いてるだろう。クラスポイントが0だから暴力行為はしてこないと思うが絶対に面倒なことになる筈だ。

 

「だからお前にすんだよ。どうせアイツらはケチケチした生活をしてんだし、「夏休みを満喫したいならウチのベースキャンプに来い」って伝えてこい。来た奴にはバーベキューでもご馳走してやるつもりだ」

 

なるほどな。贅沢を覚えさせてDクラスの財布の紐を緩めるつもりか。人間ってのは一度贅沢をすると我慢するのが難しいからな。

 

「わかったよ。ただ念の為に護衛を寄越せ」

 

須藤あたりは平気で暴力を振るってきそうだし、向こうに対する抑止力が欲しい。

 

「アルベルト」

 

「OK、Boss」

 

龍園の命令にアルベルトが頷いてから俺に会釈をする。アルベルトなら須藤よりも強いだろうし頼りになるな。

 

「んじゃ行ってくる」

 

「後これを持って、これ見よがしに飲め」

 

龍園はそう言ってコーラの缶を渡してくる。悪趣味だなぁと思いながらも命令に従ってアルベルトを連れて森の中を進む。情報によればDクラスは川をスポットにしているらしい。川の場所は島の中心あたりなのはわかってるので問題ない。

 

暫くすると騒ぎ声が聞こえてくるので前に進むと、案の定Dクラスのベースキャンプがあった。

 

と、同時に川の近くにいた由比ヶ浜が叫び出す。

 

「何でヒッキーがここにいるし!ここらDクラスのベースキャンプだからCクラスは帰れし!」

 

由比ヶ浜がそう叫ぶとDクラスの生徒は一斉にこっちを見る。同時にスパイとして潜り込んでいる伊吹は俺を一瞥すると木の陰に隠れる。

 

「いやいや。スポットの範囲には入ってないからお前らのベースキャンプには入ってないぞ」

 

境界ギリギリにはいるが中には入ってないから何の問題もない。

 

加えて他クラスが使用しているスポットを許可なく使用したらペナルティが発生するってルールはあるが、他クラスのスポット領域に入るだけではペナルティは発生しないだろう。

 

もしも入るだけでペナルティが発生するならスポットの占有は完全な早い者勝ちとなり、逆転の目がないし。

 

「う、煩いし!居たら邪魔だしさっさと帰れし!」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「はぁ?!マジキモ過ぎだから!」

 

由比ヶ浜がそう言って詰め寄ろうとすると、アルベルトが俺の前に立ち拳を鳴らす。暴力行為は禁止ではあるが、由比ヶ浜はビビリながら後ずさる。まあ気持ちはわかるがな。

 

「嫌だと言ったらという質問の返答がキモいか……相変わらず馬鹿みたいだな。アルベルト」

 

そう言ってから俺は龍園から貰ったコーラを飲み始めるとアルベルトも同じようにコーラを飲み始める。その際にDクラスの大半から睨まれるが気にしない。

 

「ぷはっ!さて、そろそろ本題に入るか。ウチの大将からの伝言だ。夏休みを満喫したいならベースキャンプに来いってさ」

 

「行くわけないじゃん!ヒッキーマジキモい!」

 

「お前1人に言ったわけじゃない。あくまでDクラスの皆に言ったんだ。じゃそういう事だから」

 

最後にそう言ってから背を向けてCクラスのベースキャンプに戻る。これが龍園直属の部下なら10分くらい嫌味を言ったりするが、俺は早くベースキャンプに戻りたい。アルベルトも龍園直属の部下であるが、龍園の命令がないと比較的大人しいし俺に続いてくる。

 

さて、ちゃっちゃと帰って遊びまくるか。今日の夜からはそんな余裕も無くなるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と余裕のある生活を送ってるみたいだな、Cクラスの連中は」

 

八幡とアルベルトがコーラを飲む中、綾小路清隆に昨日Dクラスのベースキャンプに招き入れた伊吹澪が話しかける。

 

「お前、龍園って知ってる?」

 

「Cクラスのボスだろ。Dクラスから退学者が出かけた時にDクラスに乗り込んで暴れたのは覚えてる」

 

「……何それ?」

 

訝しげに話しかける伊吹に対して、綾小路は中間試験での一件を口にする。

 

「Dクラスが退学者が出かけたのは知ってたけど、それにアイツが暴れたのは知らなかった」

 

「須藤の件もアイツが絡んでるのか?」

 

「直接聞いたわけじゃないけど、絶対絡んでる。アイツのやる事はメチャクチャだから」

 

伊吹はイライラしたように頬を撫でる。それを見た綾小路は伊吹の頬を殴ったのも龍園と確信した。

 

「あの2人も龍園の部下なのか?」

 

そう尋ねる綾小路だが、実際に興味を向けているのは八幡のみ。何度か会った事はあるが、綾小路の中ではDクラスの中でも優秀な堀北や平田より数段上だと思っている。

 

「アルベルト……黒人の方は龍園の忠臣。もう1人の方は比企谷っていうんだけど……傭兵というかビジネスパートナー?」

 

「Cクラスは独裁体制と聞いたが?」

 

「それは事実。けど比企谷だけは別。龍園は比企谷以外のクラスメイトには命令をしてるけど、比企谷にだけは依頼をしてる。加えて比企谷はAクラスのリーダーの坂柳と仲良くしてるけど、龍園は一切咎めてない。龍園が独裁者なら比企谷は正体不明」

 

伊吹の声を聞きながらも綾小路はDクラスのベースキャンプから去って行く八幡の背中を眺める。

 

問題だらけのDクラスをAクラスまで導けと脅された綾小路からしたら八幡の存在は大層厄介に見えた。

 

個人でぶつかったら負ける気はしないが、クラス同士でぶつかったら現時点では勝てる気が全くしないのは仕方ない事だろうと思いながら、綾小路はため息を吐くのだった。



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始動

「伝達はしてきたぞ。暑いから水寄越せ」

 

Cクラスのベースキャンプに戻った俺は空になったコーラの缶をビニールに入れて龍園にそう伝える。

 

「ご苦労だったな。石崎、水持ってこい」

 

「は、はい!」

 

石崎は頷いてクーラーボックスから水の入ったボトルを取り出して俺に渡すので一気飲みする。

 

「ぷはっ!んじゃ俺は遊ぶからな?」

 

今日の夜から地獄が始まるのだ。今くらい羽目を外してやる。

 

そう返すと、水上スキーに空きが出来たのでそちらに向かう。昨日は乗れなかったがアレ一回だけ乗ってみたかったんだよな。

 

俺は水着に着替えるべく男子のテントに入りパパッと着替えてテントを出る。と、同じタイミングでひよりも出てくる。水着を着ているのでひよりも海に行こうとしたのだろう。

 

「お帰りなさい八幡君。今日も散歩しませんか?」

 

「それは構わないがその前に水上スキーに乗っていいか?」

 

「もちろんです……あ、私も一緒に乗って良いですか?」

 

ひよりはそんな風に頼んでくるが、断る理由もないので頷く。

 

「ありがとうございます。では行きましょうか」

 

そう言って歩き出すひよりに続くが、俺は了承したことを即座に後悔した。

 

何故なら……

 

 

「んっ……」

 

(や、ヤバイ……む、胸がモロに……)

 

俺は操縦桿を握るとひよりは俺の後ろに回り、そのまま抱きついてくるがひよりの胸が俺の背中に当たっているのだ。それがまた柔らかくてヤバい。

 

とはいえ態度に出したらドン引きされそうだから我慢する。唯一の友達を失うのは惜しいからな。え?坂柳とは友達じゃないかって?坂柳は俺の事をおもちゃとしか見てないだろう。

 

そう思いながらも水上スキーを走らせるが背中に抱きついてるひよりの存在により楽しいって思いより恥ずかしい思いが上回ったのは言うまでもないだろう。

 

まあ折角の水上スキーだから楽しむとしよう。俺は操縦桿を握ってまま、Uターンしたりジグザグに動いたりする。

 

「きゃあっ!」

 

すると背後からひよりの声が聞こえてくる。しかし背中には抱きつかれた感触があるので落水はしてないだろう。多分水が跳ねて身体に当たったのだと思う。

 

しかし俺からしたらエロく聞こえてしまう。ひよりにその気がなくともこちらの理性はゴリゴリと削られる。

 

これ以上はマズイと判断した俺は水上スキーの進行方向を砂浜に向けて走らせて、砂浜に水上スキーを着ける。

 

同時にひよりの手が離れたので水上スキーから降りて砂浜に上陸する。

 

ひよりも水上スキーが止まったのを確認して俺から手を離し、水上スキーから降りようとしたが、足元が濡れているからか滑ってこっちに倒れこむ。

 

それを見た俺はひよりの前に移動してそのまま受け止める。対するひよりは反射的な行動か俺の背中に手を回してくる。

 

「あっ……ごめんなさい」

 

「気にすんな。怪我はないか?」

 

「私、いつも八幡君に迷惑をかけてますね」

 

ひよりは自嘲するが……

 

「この程度の事を迷惑とは思わない」

 

実際俺はひよりに対して思うことはない。ぶっちゃけ奉仕部にいた頃に迷惑をかけられまくったからか、耐性がついているのかもしれない。

 

それにひよりは迷惑をかけたと謝ってくるし、不満を抱くことは無い。

 

「それに……一応友達だから気にすんな。もしかしたら今後俺の方が迷惑をかけるかもしれないし、そんときに寛大な処置をしてくれ」

 

「はい……ありがとうございます」

 

ひよりはそう言って笑顔を見せてくる。それだけで胸がポカポカしてくる。

 

しかしそれもひよりと抱き合っている事に気づくまでであり、気付くと慌てて距離を取る。

 

「わ、悪い。そんなつもりはなかった」

 

「謝らないでください。元々私が転びかけたのが悪いですし……」

 

「ですし?」

 

「その……八幡君に抱きしめられると、何故か幸せな気分になるんです……」

 

っ……!だからそんな事をハッキリと言うな……!確かに俺もひよりを抱きしめると恥ずかしさのみならず幸せな気持ちも生まれてくるけど。

 

しかしどう返事をしたら良いのか分からん。このまま抱き合った方がいいのか?いやいや、それは恥ずかしいし……

 

どうしたものかと悩んでいると、視界の隅に映るパラソルの下でジャージを着た2人がいるのに気付く。

 

(あそこは確か龍園の特等席だったな。クラスメイトは全員水着を着てるし、他クラスの偵察か?)

 

疑問に思いながら俺はひよりの身体の柔らかさから現実逃避する形でパラソルを見ると、やがて2人は去って行く。去って行く方向からしてDクラスの人間だろう。

 

そう思っていると2人は見えなくなり、必然的に俺に抱きついているひよりに意識を戻してしまう。

 

「あの……ひより?そろそろ離してくれないか?」

 

「あっ……ごめんなさい」

 

ひよりはそう言って俺から離れる。その際ひよりは恥ずかしそうに、それでありながら妙に嬉しそうな表情を浮かべているのがまた可愛らしくドキドキしてしまう。

 

中学時代に戸塚と抱き合った事はある。戸塚の場合、男だから一応精神的に余裕があった。(それでも結構ギリギリだった時もあるが)

 

しかしひよりは女子だから精神的余裕が殆どない。加えてひより自身が、俺と抱き合う事に嫌悪してないどころか幸せって言ってるし。

 

この状態が続けば遠くない未来にはひよりに「結婚してくれ」って言っちまいそうだし、気をつけないと。以前にも味噌汁を作ってくれって言いかけたし。

 

やっぱひよりの存在ってある意味龍園よりも恐ろしい、そう思う俺は間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「じゃあ八幡君。そろそろ私もリタイヤしますね……」

 

夕方、俺は砂浜でひよりと向かい合っている。

 

遊びまくったCクラスの生徒らは体調不良と偽ってリタイヤした。島に残っているCクラスの生徒は俺と龍園とひより、BクラスとDクラスのベースキャンプに潜り込んだ金田と伊吹だけだ。

 

何故ひよりが残っているかというと最後に俺と話したいと言ってきたからだ。

 

「ああ。次に会うのは多分5日後だな」

 

「無茶はしないでくださいね?少しでも気分が悪くなったらリタイヤしてくださいね?」

 

「意外と心配性だな」

 

「1番大切な友達を心配するのは当たり前です」

 

からかうように心配性と言うと、ひよりは少しだけ怒ったようにそう言ってくる。

 

「わ、悪い」

 

「全くです。前から思ってましたが八幡君は自己評価が低過ぎます」

 

そう言われてもな。今まで嫌われまくりの人生だったし、自己評価を高くするのは中々難しい。

 

「……一応改善するよう努力する」

 

「約束ですよ?」

 

言いながらひよりは小指を立てて俺に突き出す。指切りを意味するとわかったのでやむなく指を出して絡めて頷く。

 

「では私はリタイヤします。無人島試験が終わったら、一緒に船の中で過ごしましょうね」

 

そう言ってからひよりは抱きついてくるのでこちらも優しく抱き返す。

 

「わかった。試験最終日にまた会おう」

 

「はいっ」

 

ひよりは頷いてからとても可愛らしい笑みを浮かべ、そのまま先生がいるテントの方へ行く。

 

そしてテントで何かを話したかと思えば、そのまま桟橋に向かって船に乗る。

 

ひよりが見えなくなるまで見送った俺は足元にある鞄を肩にかけてから船に背を向けて、龍園の元に向かう。

 

「待たせたな龍園」

 

「いや。どうせこれからは暇になるんだから気にするな」

 

まあそうだな。幾ら無人島に潜伏して色々動く予定とはいえ、動き過ぎるとバレてしまうので、一切動かない時間もあるだろう。

 

「改めて確認するぞ。お前はAクラスのリーダーの特定と他クラスがリタイヤする事の確認をやれ。まあ後者についてはこっちが他クラスのリーダー情報を手に入れるまでは余り意識を向けなくて良い」

 

「わかってる。それよりも仕事をこなしたら報酬を寄越せよ」

 

「当然だ。お前に報酬を渡さないと躊躇いなく裏切るだろ?」

 

否定はしない。金の切れ目が縁の切れ目だからな。

 

「否定はしない。んじゃ俺は洞窟の方に向かうから」

 

Aクラスのベースキャンプは洞窟で、占有しているスポットも洞窟の近くであり、離れた場所のスポットを占有してないのは既に知っている。

 

よってAクラスのリーダーを見抜くには必然的に洞窟の方に拠点を構えないといけない。

 

「ああ。俺は森に潜伏する。定時には報告しろ。それと例の作戦については4日目の夕方にやるから。その時はCクラスがベースキャンプに使ってた砂浜近くの岩場に集合だ」

 

「了解」

 

最後にそう言って俺と龍園は別れ、洞窟の方へ早足で向かう。

 

さぁて、俺達は今から試験を頑張りますか。



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潜伏

試験3日目

 

 

「あぁ。暇だ……」

 

俺はスポットがない洞窟の中でそう呟く。しかし時間の速さは変わらない。

 

俺は今Aクラスのベースキャンプの近くにある洞窟を拠点としている。普通ならAクラスのベースキャンプの近くに拠点を構えるのは危険と考えるだろう。

 

しかしこの洞窟は海に面していて歩くのは難しい場所であり、加えてスポットではないので、Aクラスの連中は初日に見つけただろうが、利用価値が無いと思ってるだろう。現に俺は2日目の夕方から潜伏しているが、3日目の昼まで人が近づく気配を一切感じてないし。

 

とはいえメチャクチャ暇なのだ。俺の仕事はAクラスのリーダーの特定だが、Aクラスのリーダーがスポットの更新をするまで仕事がない。

 

しかも暇潰しの娯楽は一切ない。一応Cクラスのベースキャンプには遊び道具があるが、水上スキーなんて使ったら俺の存在がバレるし使えない。

 

「ああ……マジで暇だ。っても後4日我慢すれば最低20万だし我慢だ」

 

既に何十回も口にした言葉を改めて口にする。龍園が葛城と交わした契約により、龍園は最低でも卒業までAクラスから毎月39万ポイント貰える。

 

そして龍園は利益の半分をやると言ったので後4日我慢すれば毎月20万近くのポイントが卒業まで龍園から貰えるのだ。

 

ならば我慢するしかない……が、マジで暇過ぎる。Aクラスのスポット更新まで後1時間近くあるし。

 

そう思いながらもため息を吐くが、吐いた所で時間は早まらないし……はぁ。

 

 

しかし時間は必ず進むのは事実であり、やがて動かないといけない。

 

暇潰しに瞑想という末期な事をしていると遂に1番近いスポットの更新まで10分を切ったので俺は服を全部脱いで、初日に用意した水着を着てそのまま海に入る。

 

バタ足などをしないで波を立てないように注意しながらスポットがある方向にひっそり移動する。道を使うよりは海を使った方がバレないと思ったからだ。

 

そしてスポットのある洞窟の近くにある岩陰に身を潜めるが、こうやって何かをするって充実感を感じるなぁ……

 

暫く感動していると足音が聞こえてくるのでこっそり覗き見るとAクラスの生徒数人がこっちにやってくる。そして1人を除いて洞窟の外で自分達が来た道を見張っている。

 

やっていることは正しい。このスポットに行くには基本的に彼らが使った箇所以外の道はないのだから。その道を見張れば余程のことがない限りリーダーの存在は知られないだろう。

 

しかし今回は余程のことだ。まさか連中も海の中から見張っているとは思ってないようで、俺がいる岩陰の方には視線を向けてすらいない。

 

安心しながら洞窟の中を見ると、緑髪の男がキーカードを取り出してスポットにタッチする。

 

「戸塚〜、スポット占有終わったか?」

 

「ああ、次行くぞ」

 

そう言ってAクラスの連中はこの場を後にする。Aクラスのリーダーが判明した。3日目でこれはラッキーだろう。

 

しかし1つ問題がある。

 

(下の名前がわからん……)

 

多分リーダーを指名する際はフルネームで答えないとダメだろう。実際キーカードにはフルネームが刻まれてるし。

 

しかし俺は戸塚の名前を知らない。これはかなりヤバい問題だ。

 

(龍園なら知ってるか?とりあえず定例報告の時に伝えとくが、もしも知らなかった場合はどうにかして神室と接触して聞き出すしかないな)

 

まあそのどうにかが難しいんだかな。神室は坂柳の部下だから葛城派は警戒してるだろうし、俺がBクラスとDクラスに知られたら伊吹と金田がスパイと疑われるだろうし面倒な事になる。

 

(とりあえず寒いから洞窟に戻るか)

 

いつまでも海にいたら身体が冷える。風邪ひいてリタイヤとかマジで笑えない。

 

俺はAクラスの連中が完全に居なくなるのを確認してから、それでもなお波を立てずに泳ぎ洞窟に戻り、タオルで身体を拭いてからジャージに着替える。

 

そしてそのまま寝袋の中に入ってゆっくりと目を閉じる。この寝袋は龍園が事前に購入してくれたものだ。大方俺が地べたで寝るのが嫌になってリタイヤされたら堪らないと判断したのだろうがこちらとしてはありがたい。

 

やる事がないと寝るしかないんだよなぁ。はぁ、豪華客船が恋しい……

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

『で?進捗はどうだ?』

 

夜になって報告の時間となったので龍園から通信が入る。よって俺は無線機を持って口を開ける。

 

「Aクラスのリーダーだが、一応判明した」

 

『仕事が早いな。誰だ?』

 

「済まんが苗字しか知らないが、戸塚って男だ」

 

『アイツか。フルネームは戸塚弥彦、葛城の側近という名前の腰巾着だ』

 

どうやら龍園は名前をしっているようだ。

 

「なら良かった。で?俺もお前と合流するか?」

 

『いや、それはまだいい。とりあえずAクラスのリーダー情報が絶対かを調べる。お前は明日もスポットを見張れ。俺は俺で坂柳派に接触する』

 

「了解した。じゃあ4日目は引き続きAクラスのリーダー情報を探り、夕方に例の作戦に移るぞ」

 

『ああ』

 

「なら良い。ちなみに金田と伊吹の調子はわかるか?」

 

『金田はBのリーダーを知った……が、ガードが固く写真の撮影やキーカードの強奪は厳しいらしい。伊吹については警戒心が強いからか中々見抜けずにいるようだ』

 

まあそうだろうな。仮に見抜けてもキーカードを手にするのは至難の技だ。

 

「どうするんだ?まさかとは思うが夜襲でもするのか?」

 

『まだ3日目だ。様子を見る。とりあえずまた明日この時間に連絡する』

 

そう言われると通信が切れるので無線機を地面に置いて再度寝袋に入る。とりあえず今はゆっくり休まないといけない。というか休み以外やる事が一切ないのが本音だ。

 

あぁ……船にいる坂柳とひよりが羨ましいなぁ。

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「さて……今頃比企谷君は野宿をしてるのでしょうが大丈夫ですかね」

 

「わかりませんが、リタイヤはしてないので何とかやっているんだと思います」

 

椎名ひよりと坂柳有栖は船にあるカフェで夜風に当たりながら紅茶を飲んでいた。洞窟で寝ている八幡からしたら天国と言って良い環境だろう。

 

「ちなみに坂柳さんはこの試験はどういう形で終わると思いますか?」

 

「そうですね……最下位はAクラスだと思います。1位については……現場の空気を理解出来てないので判断が難しいですね」

 

有栖は例の契約をひよりから聞かされている。そしてその契約はAクラスの生徒全員が対象であるので、有栖は自分の配下が龍園と八幡の支援をするという確信があった。

 

それも有栖は自分以外の生徒が下船する前に「特別な試験があったら葛城派に嫌がらせをしろ」と自分の配下に命じていたからである。

 

仮にキーカードの情報を龍園と八幡が葛城に渡せなくても、坂柳の配下がAクラスのリーダー情報を他クラスに売ればそれだけでAクラスは大ダメージとなる。

 

そして1位については予想が出来ない。ひよりからスポットやキーカードなどの基本的な情報は聞いてはいるが、Cクラスはバカンスを楽しんでいて、島の捜索をしてないので島の情報については聞けてない。

 

流石の有栖も情報が不足している状態では1位が何処かは判断しにくい。とはいえ各クラスの戦略についてはある程度予想はしている。

 

しかし……

 

「ちなみに椎名さんはCクラス以外はどんな戦略を取っていると思いますか?」

 

有栖はひよりに質問をする。理由としてはCクラスの生徒に関する情報を得るためだ。特にひよりは八幡同様に龍園に支配されてない生徒であるので興味はある。

 

「そうですね……Aクラスについては洞窟をスポットにしているらしいですけど葛城君の性格は慎重ですし、入り口に暗幕を展開して中に物資が見えないようにしてCクラスと組んでいることを隠すでしょうね」

 

「まあ葛城君ならそんな面白みのない戦略を取るでしょうね」

 

「葛城君の事はお嫌いなんですか?」

 

「誰かの下につくのは御免ですから。そういった意味だと比企谷君を雇っている龍園君が羨ましいですよ」

 

これについて本気でそう思っている。葛城も優秀ではあるが、自分と相反するやり方を説き敵対しているので駒としての価値は低い。

 

一方の八幡は自分に利益があるなら駒になる事、クライアントの方針に不満を持たないのは明白だ。

 

加えて優秀でもあるので有栖からしたら是非ともポイントで雇いたいと思っている。今はまだしも今後、2000万ポイントを用意して引き抜く事も視野に入れているくらいだ。

 

「まあ龍園君も八幡君を重宝してますね。次にBクラスは必要最低限のポイントを消費して節約生活、リーダー当てには挑戦しないでしょう。Dクラスについては……バラバラになってるかもしれないですね」

 

ひよりは船から無人島を見ながらそう呟くと有栖も同じように無人島を見る。

 

無人島は真っ暗でありながらも不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

(さてさて、どうなるやら……面白くなる事を祈ってますよ)

 

有栖は無人島を見ながら冷笑を浮かべるのだった。



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裏切り

試験4日目

 

 

(来た来た。待ちくたびれたぜ)

 

海に入ってスポットがある洞窟の近くに潜伏していた俺だが、漸くAクラスの生徒がこっちにやって来た。しかし今回は2人しかいない。

 

1人は昨日スポットを更新したと思われる戸塚弥彦だ。んでもう1人はAクラスのトップの1人の葛城だ。人数が少ないのは坂柳派が信用出来ないから多数で動きたくないからか?

 

そう考えると昨日の面子も葛城派の人間で、今日は別の仕事があるのかもしれない。

 

そう思っていると葛城は洞窟に入る直前に、ポケットからキーカードを取り出す。そして洞窟に入るとそれを戸塚に渡し、戸塚がスポットの更新をする。

 

(なるほどね。ああやってれば2人を尾行してる奴がいても、葛城がリーダーだと誤認出来るだろう)

 

単純ながら良い手だ。ただ俺は昨日の時点でリーダーを把握していた上、俺は道を使って尾行をしておらず海に入って待ち伏せしているのだからな。

 

そう思っていると2人は去って行く。これでAクラスのリーダーは間違いなく戸塚であることがわかった。今のところ順調だ。

 

これで伊吹と金田がBクラスとDクラスのリーダーを見つけられたら最大で150ポイントが入る。Aクラスに200ポイント渡して150ポイント稼げたなら最高の結果だろう。

 

とはいえ油断は禁物。もしかしたら向こうもリーダーリタイヤ作戦を取ってくるかもしれないし、伊吹と金田が見抜いたリーダーが実はリーダーじゃないって可能性もあるし、そもそもリーダーを見抜けないって可能性もある。

 

まあ何にせよ、無人島試験が終われば最低でも毎月20万近くのポイントが卒業まで龍園から支給されるので問題ない。つまり卒業までに600万近くのポイントが約束されているのだから、ある意味勝ち組になれる。

 

しかし可能なら作戦を成功したい。すればAクラスは更にポイントを龍園に払い、必然的に俺に対する小遣いも増えるからな。

 

そう思いながらもゆっくり泳いで洞窟に戻り、夕方まで眠るのだった。

 

 

 

 

 

翌日……

 

「んじゃ例の作戦を実行するが、その前に今日までの状況整理だ」

 

夕方、俺と龍園はCクラスがベースキャンプとして使っていた砂浜の近くにある岩場にいた。ここは他クラスのベースキャンプとは離れているし、Aクラス以外の生徒はCクラスは全員リタイヤしたと思っているから、人の気配は一切しない。

 

「といっても俺はAクラスしか知らないぞ」

 

一応深夜に偵察は行っているが拠点の近くにあるAクラスだけだ。

 

「BクラスとDクラスについては俺が偵察してるから問題ない」

 

龍園がそう言ってくるので説明を始める。

 

「Aクラスは洞窟の入り口に暗幕を展開してるが、入口付近にシャワー1つと簡易トイレを2つ展開して堅実な守備プレイだな。それでリーダーを戸塚にして洞窟付近のスポットを更新しまくってる。坂柳からしたら退屈なやり方だろうな」

 

「だろうな。あの女ならリーダー情報を求めて動き回るに決まってる」

 

龍園はそう言って自分の言葉を疑ってないが、これについては俺も同意見だ。坂柳が守りに入るなんて想像すら出来ない。

 

「まあスポットを何回更新しようがリーダーを当てたらボーナスポイントは無くなるんだしあからさまに妨害はしない方が良いだろ」

 

「ああ。で、Bクラスはスポットについて一切狙わないで食料の捜索しかしておらず、捜索の際にスポットを発見しても放置してるらしい」

 

「Aクラス以上の堅実な手か。もうBクラスのキーカードを狙うのはやめないか?葛城との契約はBクラスかDクラスのどちらかのキーカードを手に入れたら達成なんだし無理に奪うのは危険過ぎる」

 

もしも奪ったのがバレたらCクラスは失格となるからな。いくら攻撃的な龍園でもガードが固過ぎるBクラスを攻めないだろう。

 

「俺もそれは考えた。とりあえず金田に写真を撮りにいくのはやめさせ、あくまでリーダーの確認だけするように命じた」

 

「リーダーはわかってるならそれで良いだろ。俺達が当てたら50ポイント入るんだし」

 

「そうだな。で、次にDクラスだが、簡単に言うとBクラスの下位互換だ。節約を重視しているがBクラスより要領が悪いらしい。伊吹によれば女子は男子に内緒でフロアマットや枕、扇風機など20ポイント近く消費してるらしい。更に自由人で有名な高円寺がリタイヤした事もあって50ポイント近く無駄に消費している」

 

うわぁ……クラスポイントが0なのに無駄遣いとかしてんのかよ。しかも男子に内緒ってカスだな?

 

「まあ馬鹿どもは放っておいて次の作戦に移るぞ。その為に……」

 

言いながら俺は両手を広げて受け入れる構えとなる。それを見た龍園は小さく頷いてから拳を振り上げて……

 

「がはっ!」

 

そのまま俺の顔面を殴りつけてきた。

 

 

 

 

 

20分後……

 

「少し良いか?」

 

「ん……って!なんだその傷?!誰だよお前?!」

 

Aクラスのベースキャンプの入口付近にて、俺が見張りをしているAクラスのリーダーの戸塚弥彦に話しかけると、彼は目を見開いて叫ぶ。

 

しかしそれも仕方ないだろう。俺の顔には殴られた痕が複数あるのだから。

 

「Cクラスの比企谷だ。葛城に話があってきた」

 

「Cクラスだと?!ちょっと待ってろ」

 

戸塚はそう言って暗幕を展開してある洞窟に入っていく。反応からして取引について知っているな。

 

暫くすると戸塚は葛城を連れてやってきた。葛城は俺の顔を見て一瞬だけ眉をひそめる。

 

「葛城だな。無駄話は好きじゃないし、長居は危険だから手っ取り早く本題に入るがCクラスのリーダー情報を提供しにきた」

 

「……何だと?島に残っている以上、俺が龍園と組んでいるのを知っている筈だ」

 

「ああ。俺は俺でBクラスとDクラスのリーダー情報を調べるが、その上でCクラスのリーダー情報を提供しに来た。あの野郎、予想以上に唯我独尊野郎でもう我慢出来ねぇんだよ」

 

言いながら俺はわざと唾を地面に吐き捨てる。

 

「まずCクラスに何があった?」

 

「簡単に言うと次の試験について揉めたんだよ」

 

「次の試験?随分先の話で揉めてんのかよ?」

 

戸塚はそう言っているが……

 

「いや、次の試験は無人島試験が終わって、直ぐにあるだろう。この学校が1週間も舟の上で俺達を遊ばせるとは思えない。何せ半分騙し討ちをして無人島試験をやらせてくるんだからな」

 

これについてはマジでそう思う。1週間無人島生活を送ったら、1週間遊び放題?絶対にあり得ないな。

 

「だろうな。それで?」

 

葛城も俺と同意見のようで続きを促す。

 

「その際に俺は「無人島の作戦は博打要素が強いし、次の試験では堅実に行こう」って提案したんだが、龍園は「更に攻めるべき」って反対した。そんで俺が食い下がったら……」

 

「殴られた、と?」

 

頬を指差しながら葛城の問いに頷く。

 

「はっ、暴力でクラスを支配しようとしたら裏切りを受けるって間抜けだな」

 

俺の話を聞いた戸塚は龍園の事を嘲笑う。一方の葛城は険しい表情で俺に話しかける。

 

「それで?お前は俺に何を求めるのだ?プライベートポイントか?」

 

「別に何も?今回は龍園に対する仕返しだからお前らがCクラスのリーダーを指名すれば、それが報酬となる。強いて言うなら龍園に質問された時にしらを切ってくれ」

 

「……良いだろう。ただしお前の言葉だけでは信用出来ない」

 

葛城の言葉に対して俺はポケットからキーカードを取り出して葛城に投げつける。

 

「ほらよ、これで文句はないか?」

 

「……本物だな。情報感謝する」

 

「気にすんな。それと葛城、次回からは龍園と組むのはやめとけ。今回の試験では龍園は裏切るつもりはないが、それはあくまでお前から信用を得る為の策だ。ポイントが大量に入るライン……今回の契約が成立して以降は裏切る気満々だから」

 

「そのつもりだ。今回は必要だったから手を組んだが、奴は危険過ぎる」

 

葛城はそう言いながら俺にキーカードを返すので受け取る。

 

「それがわかってりゃ良い。じゃあ俺は帰る。長居は危険だからな」

 

そう言って俺は葛城と戸塚に会釈をしてAクラスのベースキャンプを後にするのだった。

 

口元に笑みを浮かべ、笑いを堪えながら。



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亀裂

Aクラスのベースキャンプから離れた俺は自分の拠点である洞窟に戻る。そして手元にある無線機を操作して龍園に繋げる。

 

『比企谷か。どうだった?』

 

「最初は警戒されてたが、キーカードを見せたら警戒心が消えたし多分成功だな」

 

龍園の問いかけにそう返事をする。

 

俺達の作戦はAクラスのリーダーを見抜くことだけではなく、Cクラスのキーカードを見せてからキーカードに名前が記されている俺が最終日にリタイヤする事もある。

 

リーダー指名に失敗した場合、マイナス50ポイントとかなりデカいマイナスだ。よってリーダー当てに挑戦するならキーカードそのものかキーカードの写真を確認するのは絶対だ。

 

そこで俺は敢えて龍園に殴られて『龍園のやり方には我慢出来ない。龍園を失脚させる為に情報をやる』とばかりに、自分の名前が記されたキーカードを葛城に見せた。現物を見た以上、葛城もCクラスのリーダーを指名するだろう。

 

しかし俺達は葛城を裏切るつもりだ。リーダーを指名するのは最終日の点呼、つまり最終日の朝8時だが俺は7時55分で体調不良でリタイヤしてリーダーを龍園に変える。リーダーについては正当な理由がないと変更は出来ないが体調不良は正当な理由だ。

 

葛城はリーダーを俺と誤認して俺の名前を指名するだろうが、実際のリーダーは龍園なのでこれでマイナス50ポイント。

 

更にAクラスのリーダーは戸塚とわかっているので俺達は戸塚を指名する。リーダー当てに成功したらリーダーを当てられたクラスはマイナス50ポイントに加えて、スポットのボーナスポイントが無効となる。

 

つまりこの時点でAクラスはマイナス100ポイントに加えてスポットのボーナスポイントの無効が殆ど確定している。

 

 

無人島生活初日、俺達は学校から300ポイント貰ったが、Aクラスは坂柳の欠席により270ポイントのスタートだ。

 

しかし龍園から200ポイント分の物資を貰ったから、多分1ポイントも使っておらず最終日まで変わらないだろう。

 

このまま最終日を迎えた場合、Aクラスのポイントは……

 

270ー50(Cクラスにリーダーを指名される)ー50(Cクラスのリーダー当てに失敗)=170

 

………って所だろう。スポットボーナスはリーダーを指名された時点で無効となる。

 

まあこれはあくまで今の状況が続けばだ。龍園がBとDのキーカード、もしくはキーカードの写真をAクラスに提出すればポイントは増えるだろう。

 

残念な点があるとしたら葛城に渡したキーカードを俺に返した事だろう。葛城が預かれば、俺が学校側に「葛城にキーカードを強奪された」って訴えてAクラスを失格に出来たのに。

 

無人島生活である以上、向こうはボイスレコーダーなどを持ってないだろうから十中八九潰せたと思う。

 

まあこれについては仕方ないと割り切ろう。

 

「ともあれ葛城にはキーカードを見せたし、次の作戦に備えて俺は夜まで寝る」

 

次の俺の仕事は学校側のテントの近くで他クラスのリーダーがリタイヤを確認することだ。

 

仮に戸塚がリタイヤしたのを発見したら龍園に報告して、最終日のリーダー当ての際に指名しないようにする。

 

そしてリーダーがリタイヤする場合、それが他クラスにバレないように夜中にリタイヤする筈だ。よって俺は今日から最終日まで昼は寝て夜は起きる、昼夜逆転の生活をする。

 

『ああ。ゆっくり休め』

 

龍園からそう言われたので俺は寝袋に入りゆっくりと眠りにつく。早く試験が終わってひよりや坂柳と遊びたいと強く願いながら。

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「ぅぁ〜。暇だ、暇過ぎる」

 

俺は思わずぼやいてしまう。5日目の早朝、まだ日が昇ってない中、俺は無人島にある自然の高台に位置どり、船の桟橋や教師のテント周辺を見張っている。

 

現在俺がやっているのはリタイヤする生徒の見張りをしている。もしも他クラスのリーダーがリタイヤした事に気付かなかったら、こちらに大ダメージが来るし、リタイヤする生徒の確認は重要だ。

 

他クラスのリーダーがリタイヤしたらどのクラスかは調べて龍園に報告するのが俺の仕事だが、メチャクチャ暇だ。

 

洞窟を拠点にした時はAクラスのリーダーを探るべく多少は動いたが、今回は完全に張り込み、それも来るかわからない生徒の張り込みだからマジで退屈なのだ。

 

加えて桟橋には豪華客船が見えてリタイヤしたい気持ちが湧いてくるのだ。今頃坂柳やCクラスの生徒はふかふかのベッドで熟睡してるのだろう。

 

(いかん、想像しただけでイラってきた)

 

いくらポイントの為に自分の意思で無人島で残ったとはいえ、豪華客船にいる連中が妬ましく思ってしまうのは仕方ないだろう。

 

何せ俺は2日目の夜からは洞窟で野宿して島にある野菜や果物で飢えを凌いでいるのに対し、船にいる連中はふかふかのベッドで寝て、朝昼晩には分厚いステーキや新鮮な魚料理などのご馳走を食べている……妬ましく思うのは当然だかもしれない。

 

(我慢だ。あと2日我慢すれば、俺もご馳走やベッドを堪能出来て、更に毎月最低20万ポイントが約束されるんだから)

 

そう思いながら頬を叩いて視線を桟橋とテントに向ける。とりあえず朝8時まで見張りをしたら夕方まで眠ってまた朝8時まで見張りで問題ないだろう。

 

そう思いながら退屈な気持ちを抑えながら見張りをしていること数時間……

 

 

 

 

 

 

『〜〜〜っ!』

 

『〜〜〜っ!?』

 

日が昇って少しした頃に少し離れた場所から騒ぎ声が聞こえてくる。あの方向は確かDクラスのベースキャンプがある方向だな。

 

そう判断した俺は双眼鏡を鞄から取り出してDクラスのベースキャンプの方向を見ると、ハッキリとは見えないが男子と女子が向かい合っているように見える。

 

(何をやってんだ?もしかして昨日報告にあった女子によるポイントの勝手な使用が男子にバレたのか?)

 

だとしたら好都合だ。元々Dクラスはクラスポイントが0だ。本来ならどのクラスよりも熱心に試験に挑まないといけないが、そのDクラスが仲間割れするなんて愚の骨頂だ。

 

このボーナス試験でポイントを確保出来なかったらDクラスはAクラスの座を賭けた争いから脱落するだろう。マイナス要素がない試験は何度もある筈ないし、稼げる所で稼げないなら先には絶望しかない。

 

ま、それならそれでありがたい。俺はDクラスには馬鹿が多いとは思っているが、全員が馬鹿とは思ってない。一部の生徒については油断出来ない奴がいるのは認めている。

 

しかしこの学校ではクラス単位、つまり団体戦だ。いくら強い駒が揃っていても、ボーナス試験で足を引っ張るような馬鹿が沢山いれば上に上がるのは無理だろう。

 

俺としては救いようのない馬鹿がDクラスに潜む優秀な生徒の足を引っ張って、上に上がるチャンスをガンガン潰して欲しい。そうすりゃAクラスとBクラスに集中出来るしな。

 

そう思いながらも俺は8時まで見張りをして、夕方まで寝るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試験6日目

 

いよいよ明日の正午には無人島生活は終わる。よって俺は最終日の点呼直前にリタイヤするまで一睡もしないで見張りをしようと思う。

 

何故なら5日目の夜から6日目の朝にかけて雨が降っていたからだ。今は降ってないがどんよりとした雲が空に広がっていて、雨が降りそうだ。

 

雨の中で寝るのは無理だし、雨に乗じて他クラスのリーダーがリタイヤする可能性は充分にあるので、今から俺は寝るつもりはない。

 

そう判断しながらも俺は高台にて見張りを続ける。尚、風邪をひかないよう念には念を入れて学校側から無料で支給されたビニール袋を繋ぎ合わせて巨大なマントのようにして身体に纏わせている。

 

(しかし龍園は大丈夫か?)

 

無線で連絡は取り合っているが、アイツは風邪をひいてないよな。もしも俺がリタイヤする際に風邪をひいていたとか勘弁してくれよ……

 

内心ため息を吐きながらも俺は双眼鏡を使って砂浜にある学校のテントを見張るが、昨日から1人も来てない。これはリタイヤ作戦を考えてないのか、最終日ギリギリにリタイヤするか判断がつかない。

 

まあアイツが風邪をひくとは思えないけど。というか伊吹は上手くやってんのか?金田はBのリーダーの特定に成功したらしいが。

 

そんな事を考えながら何気なくDクラスのベースキャンプの方に双眼鏡を向けると……

 

「ぶっ!」

 

予想外の光景が目に入り吹き出してしまう。

 

何と堀北が川で下着姿になっていたのだ。大方汚れたから身を清める為だと思うが……

 

(エロ過ぎだろ……)

 

見てはダメと頭ではわかっているが、堀北のエロさと今日まで暇を持て余していた事が相まって双眼鏡の位置は固定されたままだ。

 

(これって覗きに……ならないな)

 

女子更衣室や女子トイレでこれをやったら犯罪かもしれないが、堀北は川、自然の中で水浴びをしているのだし。

 

(バレたらど変態の扱い……ん?)

 

と、ここで更に予想外の光景が目に入る。双眼鏡のレンズの隅にて伊吹が身を屈めて何かを漁っている。状況から察するに堀北の服を漁っているのかもしれない。

 

まさかキーカードがある、とか?

 

だとしたら一気に試験が動くかもしれない。場合によっては俺も助けに行った方がいいかもな。

 

そう判断した俺は双眼鏡を下ろして、動く準備を始める。

 

ここで上手くいけば、龍園からデカい報酬があるから頑張らないとな。



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奇襲

「龍園、今大丈夫か?」

 

『何だ比企谷?誰かリタイヤしたのか?』

 

「違う。さっきDクラスのベースキャンプ近くの川で堀北が身体を洗ってたんだが、その際に伊吹が服を漁ってるのが見えた」

 

『なるほど。つまりリーダーは鈴音の可能性があるな。それはわかったが何故連絡した?』

 

「念には念って奴だ。情報の共有は大事だし、暇過ぎるから少しでも仕事をしたいんだよ」

 

『まあそうだろうな。それと坂柳派と接触したが、やっぱりAクラスのリーダーは戸塚だ』

 

どうやら坂柳は本気でこの試験で葛城派を潰すようだ。ま、俺からしたらどうでもいい。俺は遊べるポイントを確保して、最終的にAクラスに上がる事を最優先としている。生徒の大半がどうなろうと知った事じゃない。

 

「良かったな。とりあえず後1日耐えねぇと」

 

『報酬はちゃんと払うから安心しろ』

 

それで良い。払わないなら俺は今後Cクラスを裏切り続けるつもりだ。

 

「楽しみにしてる」

 

そう言ってから通信を切って、もう一度川の方を見ると既に伊吹は居なくなっていて、身体を洗っていた堀北は下着姿のまま、自分のジャージを触っている。

 

(あの反応からしてキーカードが無くなって焦ってるのか?)

 

可能性は高いが腑に落ちない点がある。確か龍園は金田と伊吹にデジカメを渡していたはずだ。

 

堀北の動きからして伊吹がキーカードを盗んだと思うが、わざわざキーカードを盗む必要性は感じない。写真さえ手に入ればこっちの勝ちだ。寧ろ盗んだのがバレたらこっちが危険だ。

 

伊吹は馬鹿じゃないしキーカードを盗む危険性を理解している筈だ。なのに何故だ?

 

内心不審に思いながらも俺は本来の見張りをしながらDクラスのベースキャンプを調査する。そして10分くらいした所でDクラスのベースキャンプで動きがあった。

 

何と火が上がったのだ。夜に焚き木を起こすならまだしも今は昼だから、火事が起こった可能性がある。

 

(まさか伊吹の奴、放火したのか?)

 

Dクラスの連中は今火を使う必要がないだろうし、ここは無人島だから電気などによる発火もあり得ないので伊吹がやったってのが1番可能性が高い。

 

だとしたら伊吹が捕まったらこれまでの苦労が水の泡となる。既に毎月20万ポイントは約束されているがそれだけは避けないといけない。

 

そう判断した俺は即座に立ち上がり雨が激しく降り始める中、移動を開始する。持ち場を離れるのはアレだが、伊吹が原因でクラスそのものを失格から守る方が遥かに重要だ。

 

高台を離れてDクラスのベースキャンプの方に向かう。と言ってもDクラスのベースキャンプから100メートル以内には近寄らない。100メートル以内に入ったら俺の存在がバレるかもしれないからな。

 

雨が降る中、気配を殺して進むと鈍い音がベースキャンプがある方向とは別の方向から聞こえてくる。まさかとは思うが戦闘音か?

 

嫌な予感を感じながらも音のする方に向かうと、案の定堀北と伊吹がやり合っていた。堀北は伊吹の胸倉を掴んで地面に叩きつけようとするが、伊吹はその前に後ろに下がってから掌底を堀北に放つ。

 

が、堀北は何かの武道をやっているようで伊吹の掌底を受け流して即座に反撃する。

 

暫くの間、攻防が続くと伊吹がニヤリと笑う。

 

「ここまで頑張ったご褒美に教えてやるよ。カードを盗んだのは私だ」

 

言いながら伊吹はキーカードを見せつける。盗んだって事はやっぱりデジカメを紛失したのだろう。

 

「……ここに来てあっさり認めるのね」

 

「認めても認めなくても関係ないところまで来たからな」

 

伊吹の言葉は間違ってない。ここで伊吹が堀北を倒した場合、堀北が学校に訴えても言い逃れが出来る。仮に両成敗となったとしても損をするのはDクラスだ。Dクラスはクラスポイントを持ってないし。

 

となると伊吹が堀北に負けて拘束されるのだけは絶対に避けたい事だ。キーカードには伊吹の指紋がついているから、堀北が伊吹を倒したらこっちが負けとなる。

 

(仕方ない。俺も参戦するか。伊吹が捕まるのだけは避けないといけないからな)

 

そう判断した俺は近くにある泥を手に取る。流石に女相手に殴る蹴るはしたくないからな。

 

そしてそのまま2人に近づき、近くの木の陰に隠れながら堀北に狙いを定める。幸い雨が強い上に堀北は伊吹に集中しているのでこっちには気付いてない。

 

そして堀北が伊吹に詰め寄ろうとして、伊吹も拳を構え突撃した瞬間、俺は堀北の顔面に泥を投げる。

 

すると堀北は咄嗟に手を挙げて泥を防ぐ。その反射神経は見事だが……

 

「ぐっ……!」

 

伊吹からしたら隙だらけであり、伊吹の拳が堀北の鳩尾に叩き込まれ堀北はそのまま地面に倒れこむ。起き上がる気配はしないので気絶したのだろう。

 

「……そこにいるのは誰?」

 

案の定伊吹は不信感たっぷりの声で俺がいる方向に話しかけてくるので両手を挙げて木の陰から出る。

 

「……比企谷。龍園と一緒に島に残っているとは思ってたけど、何でここに?」

 

「Dクラスのベースキャンプから火が出てたから様子を見に来た。そしたら堀北とやり合ってたし、デジカメを紛失したのか?」

 

「そう。だからキーカードを盗んだ。ついでに言うと火事を起こしたのは私じゃないから」

 

?そうなのか?確かにこの状況で嘘を吐くとは思えないが……

 

「わかった。じゃあ後始末は俺がやっとく。お前は先にリタイヤしろ」

 

伊吹を疑ってるわけではないが、俺自身がやった方が信じられるからな。

 

「……わかった。任せる」

 

伊吹は俺を訝しげな表情で見ながらも俺にキーカードを渡して桟橋の方へ向かう。

 

それを見送った俺は念の為、ポケットから自分のデジカメを使ってキーカードを撮影する。そしてキーカードについてある指紋をしっかり拭き取ってから近くにある木の下に埋めて、無線機を使って葛城を呼び出す。

 

「俺だ葛城。Dクラスのキーカード情報が手に入ったから会いたい」

 

『……わかった。では島の中央にある古びた小屋に10分後に集合だ』

 

「了解」

 

通信を切って、今度は龍園を呼び出す。

 

「俺だ龍園。Dクラスのキーカード情報が手に入った」

 

『あ?何でお前が情報を持ってんだよ』

 

龍園にそう言われたのでこれまでの経緯を説明すると、無線機から龍園が息を吐く。

 

『なるほどな。まあ伊吹よりお前に任せる方がいいか。で?集合場所は?』

 

「10分後に島の中央にある古小屋だってよ」

 

『わかった』

 

龍園はそう言うと通信を切るので、俺は堀北を一瞥してから去って行く。恨むなら伊吹を恨んでくれ。

 

 

そのまま古小屋に向かうとドアが開いていたので中に入ると既に葛城と龍園はいた。

 

「ほらよ。証拠の写真だ」

 

言いながら俺は葛城にデジカメを渡すと、葛城はデジカメを操作するが暫くすると頷く。

 

「本物のようだな」

 

「当たり前だ。無人島で合成写真なんて無理だからな?」

 

そう返すと葛城は息を吐きながらデジカメを返す。

 

「良いだろう。契約は完全に成立だ」

 

良し、これで俺の懐は更に温かくなるな。ありがたいありがたい。

 

「Bのリーダーも聞いとくか?こっちはガードが固くて証拠はないが」

 

「確実な証拠がないなら結構だ。長居はリスクを生むから俺はもう行く」

 

そう言って葛城は一足先に小屋を出て行き、残されたのは俺と龍園となる。その際に龍園は邪悪な笑みを浮かべていたが、俺も似たような表情をしているのだろう。何せ契約が完全に成立したって事は俺も大量のポイントを手に入るのだから。

 

「じゃあ龍園。また明日」

 

「ああ。また明日」

 

龍園は邪悪な笑みを浮かべたまま挨拶を返す。それを見送った俺は雨を浴びながら獣道を歩く。昨日までシャワーを浴びてないから自然のシャワーを浴びるのは悪くない。

 

そう思いながら歩いていると、あることに気付いた。

 

「堀北がいない、だと?」

 

先程堀北が倒れた場所に堀北がいないのだ。場所を間違えたかと思ったが、キーカードを埋めた木に近寄って土を掘り返すとキーカードはあった。

 

つまり堀北が目覚めた、もしくは誰かが堀北を発見して……!

 

そこまで考えた俺は早足で桟橋がある方向に向かう。もしかしたら誰かがリタイヤさせているかもしれない。

 

早足で進むと……桟橋付近ではスタッフらしき人達が担架を使っている。双眼鏡で確認すると案の定堀北が担架に乗せられていた。

 

それを認識した俺は即座に双眼鏡を持ったまま辺りを見回す。多分堀北を運んだ奴が新しいリーダーだろうから。

 

しかし残念なことに発見する事は出来なかった。一応人影が見えたが特定は出来なかった。

 

残念……ま、堀北がリタイヤしたことがわかったし、良しとしよう。

 

そう判断した俺は無線機を使って龍園にその旨を伝えながら見張りを始める。

 

あと1日。あと1日我慢すれば天国が俺を待っているんだから……



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最終日

試験最終日……

 

「龍園、最後に確認をするぞ」

 

7時50分。点呼10分前にて俺は船の桟橋近くの森に身を潜めながら無線機で龍園と連絡をしている。

 

「Aのリーダーが戸塚弥彦でBのリーダーは白波千尋、Dについては不明で良いんだな?」

 

『ああ。そんでAクラスはお前がリーダーって知ってるから後8分したらリタイヤしろ』

 

「ああ。金田が夜中にリタイヤしたのを確認したし、それ以外の人はリタイヤしてない。よってウチのクラスは最大で100ポイントって所だな」

 

『ま、0だろうと葛城との契約は上手くいったし大した問題じゃない』

 

「だな。じゃあそろそろ切るが健闘を祈る」

 

そう言ってから通信を切って辺りを見回す。しかし辺りから物音が聞こえてこないのでリタイヤする人間はいないのだろう。

 

と、ここで7時58分、点呼とリーダー当ての時間まで2分を切ったので俺は森から出て、早足で教員用のテントに向かい坂上先生に話しかける。

 

「坂上先生。体調不良でリタイヤします」

 

「わかった。リタイヤのペナルティは30ポイントだが、構わないかね?」

 

「はい」

 

言いながらキーカードを渡す。リーダーは最低1人は必要なので必然的に龍園がリーダーとなる。

 

「んじゃ失礼します」

 

一礼してから俺は豪華客船に乗船する。とりあえず部屋のシャワーを使って汚れを落とそう。

 

俺は人気のない廊下を歩き、やがて自分の部屋に着いたので中に入る。すると部屋ではパジャマ姿の石崎とアルベルトがいて、俺を見て目を見開く。

 

「比企谷?!何でここに……?」

 

「それよりシャワー使うから」

 

そう言って俺はシャワールームに行き、パパッと服を脱いでシャワーを浴びる。

 

「あー……気持ちいい……」

 

5日ぶりのシャワーは最高の一言だ。何というか身の汚れがどんどん落ちているのがわかる。

 

俺はそのままシャンプーとボディーソープをふんだんに使ってとにかく身体を洗いまくる。身体を洗い終えたら飯を食いに行こう。無人島生活においては初日と2日目以外の食事はガチで質素だったからな。

 

 

 

 

 

30分後……

 

「ふぅ……生き返った」

 

身体を徹底的に洗い終えて、髭を剃った俺は風呂場から出て制服に着替える。そして汚れたジャージを洗濯機に入れて回す。

 

そして脱衣所から出ると石崎が話しかけてくる。

 

「何でお前がいるんだよ?龍園さんはどうしたんだよ?」

 

「作戦の1つだ。俺は体調不良ってことにしてリタイヤ。今のリーダーは龍園がやってる」

 

「作戦って……龍園さんは何を考えてるんだ?」

 

「今俺が教えても良いが、試験の結果はまだ出てないから後にしとけ」

 

言いながら俺はそのまま部屋を出てレストランに向かう。腹がペコペコだし、分厚いステーキを食べに「おや、比企谷君ではないですか?」……懐かしい声だ。

 

後ろを振り向くと杖をついている女子ーーー坂柳有栖が微笑みを浮かべて俺を見ていた。

 

「久しぶりだな」

 

「はい。1週間ぶりですね。無人島生活はどうでしたか?」

 

「もう二度とやりたくない」

 

初日と2日目は天国だったが、以降は地獄だった。来年もあるなら俺はバカンスを楽しむ側に行くと思う。

 

「そうでしょうね。ちなみにAクラスに攻撃を仕掛けましたか?」

 

「約束だからな。Aクラスはウチから200ポイント分の物資を貰ったから、最終日の点呼の時には270ポイントがそのまま残ってるだろうな」

 

「でしょうね。試験の概要は知ってますが150ポイントあれば1週間過ごすのは不可能ではないです。加えてスポットのボーナスも加えた場合、Aクラスは普通なら500ポイント以上となるでしょう。普通ならですが」

 

坂柳は意味深な笑みを浮かべてそう言ってくるので俺も頷く。

 

「普通ならな。ま、続きは試験の結果を見てからだな。それより俺は腹が減ったし飯を食いに行くんだが、お前は?」

 

「私も朝食を食べに行くところでしたのて一緒に行きます」

 

坂柳が頷いたので俺は坂柳の歩幅に合わせてレストランに向かい、到着するなりステーキを注文する。一方の坂柳はサンドイッチと紅茶を頼む。

 

「朝からステーキを頼むなんて余程お腹が空いていたんですね」

 

「ああ。船に戻ったら肉を食うと決めてた」

 

暫くするとステーキが運ばれてきたので口に入れると肉汁が口の中で広がり、バクバクと食い始める。もう我慢する必要がない以上、遠慮する気は全然なかった。

 

「さて、もうすぐ結果発表ですが楽しみですね」

 

坂柳は楽しそうに笑っているがAクラスの勝利については望んでないのは丸分かりだ。

 

「そうだな。船に降りて確認しに行くのか?」

 

「いえ。私は専用の部屋を与えられていますが、そこにあるテレビで見れますから一緒に見ましょう」

 

普通に言っているが男子を簡単に自分の部屋に誘うなよ?アレか?俺の事を玩具として見ているから大丈夫だと思ってんのか?」

 

そこまで考えていると坂柳が不満そうな表情になって俺を見ている。

 

「比企谷君は酷いです」

 

「い、いきなりどうした?」

 

「私が比企谷君をおもちゃとして見ているなんて……」

 

どうやら口に出していたようだ。しかし以前玩具扱いされていた以上、俺がそう考えても仕方ないだろう。

 

そう思っていると坂柳が口を開ける。

 

「確かに知り合った当初は良いおもちゃになると思ってました」

 

思ってたのかよ。予想はしていたがハッキリ言われるのは予想外だわ。

 

「しかし時間が経つにつれてそのような気持ちは無くなり友達と思うようになりました。大体おもちゃと思ってる人に対して抱っこされたりはしません」

 

ま、まあそうだな。確かに坂柳が俺を玩具として見てるなら肌を晒したり、俺に抱っこされたりせずパシリ扱いしているはずだ。

 

「あー、済まない。考えが甘かった」

 

「いえ。元はと言えば先におもちゃなんて言った私が悪いですから比企谷君は謝る必要はないです。ですが今の私は比企谷君を友達と思っている事は覚えていてください」

 

坂柳はそう言ってくる。その返事にどう返したらいいのか悩んでいると坂柳は口を開ける。

 

「話を戻しましょう。試験の結果については私の部屋で一緒に見ましょう……もちろん八幡君が嫌なら無理強いはしませんが……」

 

坂柳は不安そうな表情になりながら上目遣いで見てくる。普段の坂柳の性格からして演技であるのは丸わかりだが……

 

「わかったよ。飯食ったら案内してくれ」

 

逆らえん。演技とわかっていても罪悪感が湧いてくる。というか坂柳の奴、いつのまに俺の事を名前呼びしてるし。

 

俺が了承すると坂柳は途端に笑顔になる。

 

「はいっ。宜しくお願いします」

 

畜生、騙されたとわかっても可愛過ぎて文句が言えないな。

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「いよいよ試験結果の発表ですね」

 

「だな」

 

朝食を済ませた俺は有栖によって、有栖の部屋に案内されて現在はソファーに座ってテレビを見て結果を待っている。(尚、有栖を名前呼びしてるのは有栖がそう呼べと何度もお願いしたからだ)

 

「しかし葛城君は龍園君に詰め寄ってますが何をしたんでしょうね」

 

有栖がコロコロと笑う。モニターを見ると生徒の様子が映っていて、葛城が龍園に詰め寄っているのも見える。撮影カメラが葛城達から離れているので音声は聞こえないが十中八九俺がリタイヤした件だろう。

 

 

『それではこれより、特別試験の結果を発表したいと思う』

 

モニターから真嶋先生の言葉が聞こえ、モニターに映る生徒に一気に緊張感が走る。

 

『なお結果に関する質問は一切受け付けていない。自分たちで結果を受け止め、分析し次の試験へと活かしてもらいたい』

 

そうは言っているが中には分析できないこともあるだろう。

 

緊張が走る中、遂に結果が発表される。

 

『ではこれより特別試験の結果を発表する。最下位は―――――Aクラスの70ポイント』

 

真嶋先生の言葉により、Aクラスを中心に騒めきが起こる。

 

「あらあら……」

 

有栖は楽しそうに笑うがこれは予想外だ。俺はAクラスは120ポイントで3位と思っていたんだが……どうやらBかDがリーダーを当てたのだろう。

 

『3位はCクラスの100ポイント』

 

これAとBのリーダーを指名したからだろう。もしも俺が昨日堀北がリタイヤしているのを発見しなかったら50ポイントになっていたはずだ。

 

『2位はBクラスの140ポイント』

 

2位がBって事はAのリーダーを当てたのはDだろうな。そして予想以上に少ないのは龍園がリーダーを当てたからだろう。

 

『そして1位はDクラスの175ポイント。以上をもって結果発表を終了する』

 

真嶋先生の言葉によって試験が終わる中、モニターを見ればDクラスの生徒ははしゃいでいて、龍園はニヤニヤ笑いながら船に戻っていて、Bクラスの生徒は皆で話し合っていて、Aクラスの生徒は葛城に詰め寄っていた。

 

「ふふっ、これで葛城派は大きく勢力を落とすでしょう。ご協力ありがとうございます」

 

「いやいや。こっちこそAクラスとは良い契約を結べたし、礼を言うのは俺だ」

 

有栖が微笑みながら礼を言ってくるので俺も返事をする。何せ契約が完全に成立した時点で俺は勝ち組になったようなものだからな。

 

モニターにて今もなおクラスメイトに詰め寄られている葛城を見て、俺は笑みを我慢するのは無理だったのは言うまでもなかった。

 



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詳細

「さて……では私は葛城君に事情を尋ねに行くので失礼してもよろしいでしょうか?」

 

結果発表が終わり、暫くすると有栖がそんな事を言ってくるが、事情を尋ねるんじゃなくて、真綿で首を絞めに行くの間違いじゃないのか?

 

とはいえこれはAクラスの問題だから俺がどうこう言う権利はないし、気にしないでおく。

 

「そうだな。俺も龍園と合流したいしな」

 

「では一旦別れましょうか」

 

「わかった。じゃあまたな」

 

 

俺は了承してから有栖に一礼して部屋を後にする。時間的に考えて龍園は今頃部屋でシャワーを浴びているだろうし、ゆっくり歩けば良いタイミングだろう。

 

エレベーターに乗るべくボタンを押す。すると暫くしてドアが開き……

 

「「あ……」」

 

エレベーターに乗っていたひよりと鉢合わせする。何という偶然だろうか。

 

「お久しぶりです八幡君。試験、お疲れ様でした」

 

ひよりは俺を見るや否やにっこりと笑ってくる。それだけで胸が熱くなり幸せな気分になる。

 

「ああ。久しぶりだな」

 

「その様子だと風邪は引いてないみたいですね。良かったです」

 

ひよりはそう言ってギュッとしてくるのでポンポンと背中を叩く。無人島にはこんな温もりもなかったからな。

 

「ありがとな。ところでお前は何をしてたんだ?」

 

「先程の試験結果について聞こうと八幡君と龍園君の部屋に行こうとしてたんです」

 

「そうか。俺も部屋に行くつもりだったから一緒に行こうな」

 

「……はい」

 

ひよりは頷くと俺から離れ、そのまま手を繋いでエレベーターに引っ張るのでそれに逆らわずにエレベーターに乗り、目的の階層に向かう。

 

そして自分の部屋に入ると、ソファーには石崎とアルベルトに加えて伊吹もいて、ドアを閉めたタイミングで脱衣所から龍園が出てくる。

 

「よう比企谷。今回の試験は成功だ。お前の手腕がデカかったし次もよろしくな」

 

「それは報酬次第だな」

 

報酬をくれるなら余程ヤバい事じゃない限りなんでもやるつもりだ。

 

言いながら俺達はソファーに座ると伊吹が口を開ける。

 

「じゃあ説明して。ウチのクラスが100ポイントなのはわかるけど、何でAクラスが最下位でDクラスが1位なの?」

 

「くくっ、伊吹。お前Cクラスが100ポイントを取った理由を本当にわかってんのか?」

 

伊吹の問いかけに龍園は笑いながらそう返す。

 

「BとDのリーダーを指名したからでしょ?」

 

「違うな。俺が指名したのはAとBだ。Dのリーダーは指名してない?」

 

「はぁ?何でよ?もしかして比企谷が報告を怠ったの?」

 

伊吹がそう言って俺を見てくる。まあ伊吹の立場からしたら俺を疑うのは当然だ。

 

「それについては今から説明する。まずこれを見ろ」

 

言うなり龍園は1枚の紙を近くにいる石崎に渡す。

 

「えっ?!こんな契約をしてたんですか?!」

 

「ああ。俺にとって本命はこの契約だ。読み終わったら次に回せ」

 

龍園がそう言うと石崎はアルベルトに回し、そこから伊吹、ひよりと続くが、俺から契約を聞いたひより以外は驚きを露わにしている。

 

「全員読んだな。じゃあまずはAクラスから教えるぞ。契約書にあるように俺はAクラスに200ポイント分の物資を支給した。そんだけの物資があれば本来Aクラスに与えられたポイントを使わなくても1週間やり過ごせる」

 

「……そうね。無人島には水や食料が十分にあったし、150ポイントあれば1週間過ごすのは不可能じゃないわ」

 

Dクラスに滞在していた伊吹は小さく頷く。

 

「ああ。だからAクラスは今日の点呼直前には間違いなく270ポイントを丸々残していただろうな」

 

「じゃあ何で200ポイントも減ってるんですか?」

 

「簡単な話だ。Aクラスは攻撃を2回して失敗して、2回攻撃を受けたからだ」

 

龍園はそう答える。やはりそうだろうな。

 

「Aクラスが攻撃したのはCとDだ。で、両方とも失敗した」

 

「え?!ウチとAクラスは同盟を結んでいるんじゃないですか?!」

 

「それにDクラスに対する攻撃が失敗ってどういう事?」

 

石崎と伊吹が説明を促すと龍園は笑いながら口を開ける。

 

「石崎の質問だが契約書を見ろ。『AクラスはCクラスを、CクラスはAクラスを攻撃してはいけない』なんて書いてないから問題ない」

 

「いや……でも暗黙の了解が「俺がそんな事を気にすると思うのか?」思いませんね」

 

だろうな。龍園が暗黙の了解なんて気にするわけない。

 

「それで伊吹の質問のDクラスに対する攻撃が失敗については当事者の比企谷が説明する」

 

「俺か……まあ良い。伊吹がリタイヤした後、俺は龍園と葛城と会ってキーカードの写真を見せ、それによって契約を完全に成立させたが、帰り道で堀北がいない事を確認した。それにより俺は堀北がリーダーを交代する作戦を使うと判断した」

 

「……どういう事?リーダーは変更出来ないんじゃないの?」

 

「違うな。リーダーの変更は正当な理由がないと出来ないだけだ。体調不良は正当な理由だ」

 

「そうですね。私や石崎君達は体調不良と言って2日目にリタイヤしましたね」

 

俺の言葉にひよりが納得したように頷く。

 

「俺は船の近くにて堀北が担架に乗せられているのを発見して、リーダーが変わったのを理解した。そんで次のリーダーを突き止めようとしたが暗闇だったから次のリーダーが誰かはわからなかった」

 

俺の言葉に伊吹は納得したように頷く。

 

「だから龍園はDクラスを攻撃しなかったのね」

 

「そう。俺は龍園にDクラスに攻撃するなと警告して、逆に葛城にはDクラスのリーダーが変わった事を教えなかった。これがAクラスがDクラスに対する攻撃を失敗した理由だ」

 

「なるほど……もしかしてAクラスがCクラスに攻撃して失敗したのも似た理由ですか?」

 

やはりひよりは頭の回転が早いな。

 

「そうだ。試験4日目に俺は比企谷を殴ってAクラスに接触させた。理由は伊吹と金田と同じで他クラスから信用を得る為にな」

 

「俺は葛城に対して龍園と仲違いしたと言って、俺の名前が記されたキーカードを葛城に見せた。そんで試験最終日の点呼直前にリタイヤしてリーダーを龍園に変えた。それがAクラスはCクラスに向けた攻撃は失敗した理由だ」

 

Aクラスは2回攻撃して両方とも失敗したのでマイナス100ポイントとなる。

 

「次にAクラスを攻撃したクラスだが、ウチとポイントから察するにDクラスだろう。Dクラスについてはわからんが、Cクラスについては比企谷がリーダーを見抜き、更に俺が坂柳派と接触してリーダーを教えて貰ったから名前を書いた」

 

Dクラスがどうやって見抜いたかは知らないが、Aクラスのポイントを見る限り確実な証拠があった可能性が高い。坂柳派の人間がAクラスのリーダーを教えた可能性もあるけどな。

 

「いやいや。いくら坂柳派が葛城派を嫌っていても、普通リーダーをバラしますか?」

 

「坂柳は普通じゃないからな。俺は試験前に坂柳からAクラスをボコせと頼まれた」

 

「何?つまりアンタは無人島試験の前から坂柳と組んでたの?」

 

「須藤の件の時からな。あの時に坂柳はCクラスを援護するから、機会があったら葛城派を叩けって頼んできた」

 

そんで今回俺と龍園は葛城派を集中して叩いたのだ。坂柳と組んだ結果、須藤を停学にさせることに成功して、葛城派にも大ダメージを与えた。Cクラスからしても坂柳からしてもwin-winとなったのだ。

 

「とりあえずこれでAクラスが70ポイントしか手に入らなかった理由がわかっただろ」

 

「その上Aクラスは毎月アンタに2万ポイントを払うんだから悲惨ね」

 

伊吹はそう言っているが違う点がある。

 

「2万じゃねぇ。3万だ」

 

「え?2万じゃないんですか?」

 

「よく見てみろ」

 

石崎の疑問に対して龍園は契約書をテーブルの上に置く。

 

 

 

契約内容

 

 

①Aクラスの生徒全員が龍園翔に毎月1万プライベートポイントを譲渡する。本契約は本校の卒業まで継続する。

 

②CクラスはAクラスに対し、200ポイント相当の物資を購入して譲渡する。尚、購入する物資はAクラスが決める。

 

③CクラスはBクラスとDクラスのリーダーを探り、得た情報を全てAクラスに伝える。

 

④Cクラスが②と③を達成した場合、Aクラスの生徒全員が龍園翔に毎月2万プライベートポイントを譲渡する。本契約は本校の卒業まで継続する。

 

⑤下記に署名した者は、本契約内容に同意したものとする。

 

 

 

「良いか。リーダーの情報を教えなかったら①だけだが、リーダーの情報を教えたから④も追加されるが、④には①で払うポイントが2万になるなんて書いてないだろ?」

 

「あっ!」

 

伊吹と石崎はハッとした表情になり、アルベルトは「Oh」と小さく呟く。

 

龍園の言う通りだ。契約書には①で払うポイントが2万になるなんて一言も書いておらず、①と④は繋がってない。

 

よってAクラスが龍園に払うのは1万+2万で3万だ。そんで有栖を除いた39人が署名したので……

 

「つまりAクラスは龍園君に卒業まで毎月117万ポイント払うという事ですね」

 

ひよりは感心したように頷く。

 

「そして俺は事前に龍園と試験で得る利益の半分を貰う約束をしたので、俺は龍園から卒業まで毎月58万5千ポイント貰えることになる」

 

そんで卒業まで今月を含めて32ヶ月あるので……

 

58万5千×32=1872万ポイント手に入る事になるのだ。

 

しかもこれからも龍園から仕事を受けてポイントを稼げば個人でAクラスへ上がる為の2000万は余裕で手に入る。

 

クラスでAクラスに上がれなくても勝ち組になれる可能性は充分ある。

 

「つまり試験の結果を纏めると……

 

Aクラスは200ポイント分の物資を貰っておきながら70ポイントしか稼げなかった挙句毎月117万ポイントを俺に渡す結果となり……

 

Bクラスは堅実に頑張ったがスパイによって余り稼げない結果となり……

 

俺達Cクラスは俺と比企谷は1週間頑張って卒業まで毎月60万ポイント近くAクラスから貰え、俺と比企谷以外の連中は1週間夏休みを満喫しただけで100クラスポイントを得て……

 

Dクラスは団結力は低かったがリタイヤ作戦をした挙句にAクラスのリーダーを当てて1位となった……って感じだな」

 

龍園が試験の結果について纏め上げる。それに対して伊吹は不満そうな表情になる。

 

「話はわかったけど、私と金田は只働きって訳?」

 

まあそうだろうな。俺と龍園は毎月60万のポイントが約束されて、金田と伊吹以外の生徒は2日間バカンスをした後に豪華客船で遊びまくった。

 

一方金田と伊吹は初日に龍園に殴られてからずっとスパイ活動をしていたのだ。不満を抱くのは当然だ。

 

その言葉に龍園は息を吐くと携帯を取り出して操作する。

 

「お前と金田の携帯に20万ずつ送金した。20万じゃ足りないか?」

 

ポイントの値からして、既にAクラスから今月分ポイントが振り込まれているようだ。

 

「ふんっ……」

 

伊吹は鼻を鳴らすが文句を言う気はないらしい。

 

「ま、無人島試験についてはこんなもんだ。そんでこれから直ぐに次の試験があるだろう。正直言ってこの学校が1週間も遊ばせるとは思えない」

 

だろうな。この辺りは各クラスのリーダー格も同じ意見だ。

 

「そろそろ俺も本格的にゲームに参加するか。比企谷も動いて貰うぜ」

 

龍園はそう言って再度携帯を操作すると俺の携帯に通知が来るので確認すると58万5千ポイントが振り込まれていた。

 

「へいへい。適当に頑張りますよ。つか俺は眠いから寝る」

 

徹夜をして眠くて仕方ないからな。今日はゆっくり休もう。

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、じゃあ久しぶりに一緒に寝ませんか?」

 

ひよりの爆弾発言によりずっこけてしまった。お前は人前で堂々と言うな馬鹿。

 

 

 

 

その後龍園はニヤニヤ笑いを浮かべ、伊吹と石崎とアルベルトは俺を気遣いながらも部屋を出て行き、結果的にひよりと一緒に寝てしまった。

 

最初は恥ずかしかったが、試験の疲れが想像以上であったのですぐに眠ってしまったのであった。



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番外編 報告書

高度育成高等学校の現状

 

1年Aクラス

 

クラスポイント(無人島試験終了時点)

1074ポイント

 

総評

 

入学して直ぐにSポイントの存在を認知して授業態度を改めた結果、5月1日の時点のクラスポイントは940と歴代最高の数値を叩き出した。

 

普段の授業態度も模範的で、中間試験と期末試験でも高い平均点を記録している。

 

問題点があるとすればクラスの中心人物である坂柳有栖と葛城康平が対立している点である。現状他クラスとのクラスポイントの差は充分にあるが、早急な改善を望む。

 

 

 

 

 

1年Bクラス

 

クラスポイント(無人島試験終了時点)

885ポイント

 

総評

 

一之瀬帆波を中心として皆が団結して定期考査や特別試験に挑んでいて、生徒間で大きな問題が生じてない。Bクラスの団結力は歴代の高度育成高等学校のクラスでも類を見ない程である。

 

Bクラスの皆が一之瀬帆波を信頼していて、この関係は崩れないだろうから、今後Bクラスは人間関係による失態はないと思われる。

 

 

 

 

 

1年Cクラス

 

クラスポイント(無人島試験終了時点)

686ポイント

 

総評

 

団結しているBクラスとは対称的に龍園翔による独裁体制が敷かれていてCクラスの生徒の大半は龍園翔に従っている。

 

当の龍園翔は無人島試験でCクラスの生徒の大半をリタイヤさせるなど他クラスの生徒とは一線を画するやり方を好む。

 

博打的な色は強いが、龍園翔の作戦の欠点は比企谷八幡によってフォローされているので結果を残している。

 

また他クラスとの揉め事が多いので注意が必要である。

 

 

 

 

1年Dクラス

 

クラスポイント(無人島試験終了時点)

175ポイント

 

総評

 

4月における授業態度は最悪の一言で5月1日の時点のクラスポイントは歴代最低の0ポイントであった。

 

その後も中間試験で高い成績を出したが、由比ヶ浜結衣の赤点問題や須藤健の停学などの問題もあり、無人島試験開始の時点でのクラスポイントは0でDクラスの生徒が所有するプライベートポイントも僅かである。

 

しかし無人島試験では見事1位となったので、これを機に各人が成長することを望む。

 

また今のDクラスには他クラスにいる絶対的なリーダーがいない事、団結力が大きく欠けている事など問題が多々あるので、社会人になってから慌てないよう早急な改善が必要とされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

八幡の対人関係

 

(比企谷八幡→椎名ひより) 友達

 

(比企谷八幡→坂柳有栖) 友達

 

(比企谷八幡→龍園翔) 金づる

 

(比企谷八幡→神室真澄)苦労人仲間

 

(比企谷八幡→雪ノ下雪乃)忌避

 

(比企谷八幡→由比ヶ浜結衣)忌避

 

(比企谷八幡→綾小路清隆)警戒

 

 

 

 

(比企谷八幡←椎名ひより) 大切

 

(比企谷八幡←坂柳有栖)お気に入り

 

(比企谷八幡←龍園翔)ビジネスパートナー

 

(比企谷八幡←神室真澄)苦労人仲間

 

(比企谷八幡←雪ノ下雪乃)敵意、格下

 

(比企谷八幡←由比ヶ浜結衣)敵意、格下

 

(比企谷八幡←葛城康平)警戒

 

(比企谷八幡←一之瀬帆波)警戒

 

(比企谷八幡←神崎隆二)警戒

 

(比企谷八幡←堀北鈴音)警戒

 

(比企谷八幡←須藤健)敵意

 

(比企谷八幡←綾小路清隆)障害

 

 



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スパ

無人島での特別試験が終わってから3日、生徒らは無人島生活で溜まったストレスを発散するべく様々な施設を利用して楽しく過ごしている。

 

かくいう俺も無人島ではマトモな飯を食べれなかった反動かつい食べ過ぎてしまって体重が2キロも太ってしまった。旅行が終わったらダイエットしよう。

 

俺は水着片手に船内を歩く。俺は今から船内にあるスパ施設に行く予定だ。そこで海を見ながらジャグジーを楽しみたい。デッキのプールも悪くないが、あそこは人が多いからな。

 

そう思いながらスパ施設がある階層に向かうべくエレベーターに乗ると……

 

「「あ」」

 

エレベーターには有栖が乗っていた。しかも手には水着がある。つまり……

 

「お前もスパに行くのか?」

 

「ええ。気分転換に」

 

そう言う有栖の表情には珍しく苛立ちがあった。コイツがこんな表情を浮かべるなんて珍しいな。

 

「お前に何があったんだ?誰かからセクハラをされたのか?」

 

「セクハラより悪いです。さっきDクラスの雪ノ下さんと由比ヶ浜さんと鉢合わせしたのですが、Dクラスが無人島試験で1位だった事を高らかに自慢してきたのです」

 

なるほどな。由比ヶ浜に散々喧嘩を売られた有栖からしたら苛々するだろうな。つか、参加してない有栖に自慢してもなぁ……

 

「あー……どんまい」

 

「しかもこちらが陽乃さんの出涸らしと返したら由比ヶ浜さんは犬のように吠えますし……疲れました」

 

あー、由比ヶ浜の性格的にありえるな。つか由比ヶ浜って出涸らしの意味を知ってたんだ。ぶっちゃけ驚いた。

 

そう思っているとエレベーターは目的の階層に着いたので、俺達はエレベーターを出てスパ施設に到着する。

 

「ではまた後で」

 

「ああ」

 

そう言ってから俺は男子更衣室に行き、パパッと全裸になってから水着に着替えて、更衣室を後にする。すると施設には巨大な温泉やサウナ、岩盤浴やジャグジーがある。

 

暫くの間、入り口付近で待機していると女子更衣室の出口から以前着た白いワンピースタイプの水着を着た有栖が出てくる。

 

「お待たせしました。最初はどこに行きますか?」

 

「ジャグジーでどうだ?1番海の景色を見れるし」

 

「そうですね」

 

俺の意見に有栖は頷き、ゆっくりと歩き出すのてそれに続く。そしてジャグジーの前に着くと俺は一足先に入って有栖に向けて手を差し伸べる。

 

すると有栖は近くに杖を置いてから俺の手を掴んでゆっくりとジャグジーに入る。ジャグジーからは大量の泡が吹き出していて気持ちいい。

 

「あー、気持ちいい。このまま平和に1週間が終わればなぁ……」

 

「残念ながらそれはないでしょう。この学校が私達を1週間も遊ばせるとは思えません」

 

「だな。無人島試験が終わってから3日経過してるし、今日の夕方あたりに試験の説明があるかもな」

 

「私もそう思います。ですから最後の気分転換としてデッキのプールに行こうとしたんですが……」

 

そこで有栖は口を閉ざすが、由比ヶ浜と雪ノ下の所為で苛々したのだろう。

 

「とりあえずここで気分転換しとけ。この施設は夜には人気があるが、昼過ぎには人が来ないし」

 

現に今の時間帯には俺と有栖しかいないが、一昨日の夜に来たら人が何十人もいたからな。

 

「そうですね……では気分転換をするとしましょう」

 

そう言うと有栖はそのまま俺の方を向いて、あろうことか俺の膝の上に座ってくる。

 

「ちょっ?!あ、有栖?!」

 

「ふふっ……気分転換に付き合ってくださいね」

 

こ、コイツ……気分転換に俺をからかうつもりかよ?!

 

戦慄する中、有栖は右手を俺の背中に手を回し、左手で俺の胸を撫でてくる。手つきは優しいが凄くくすぐったい。

 

「あ、有栖……頼むからやめてくれ」

 

恥ずかしい気持ちがあるのもそうだが……

 

「そんな恥ずかしがらなくても良いじゃないですか……可愛いですよ?」

 

有栖はそう言ってくるが、可愛いと呼ばれても嬉しくないからな。

 

すると……

 

「ふぅ……」

 

「っあ!」

 

有栖が俺の耳に息を吹きかけてくる。それによって思わず変な声を出してしまう。

 

同時に快感が溢れでてしまい……

 

「あっ……」

 

思わず生理現象が生じてしまう。しかしメチャクチャ可愛い女子に抱きつかれたり、擽られたり、耳に息を吹きかけたりしたら仕方ないだろう。

 

当然俺の膝の上に座っている有栖もそれを理解したようで……

 

「……っ」

 

顔を少しずつ赤くしていく。予想外の事だったのか俺の上で固まってしまっている。

 

しかしそれも一瞬で身体の弱い有栖はよろめき、そのまま後ろに倒れそうになる。

 

それを見た俺は反射的に有栖の背中に手を回し、有栖の後頭部がお湯にぶつかる直前に抱き寄せる。

 

「あっ……」

 

「大丈夫か?お湯を飲んでないか?」

 

「……大丈夫です。ありがとうございます」

 

「なら良かった」

 

身体の弱い有栖が噎せたりしたら大変かもしれないからな。

 

そこまで考えていると俺は有栖と抱き合っている事を認識する。さっきまでは有栖に抱きつかれてはいたが、俺は抱き返してなかった、

 

つまり初めて有栖と抱き合っている事を意味する。

 

「……椎名さんの言った通りですね」

 

「ん?ひよりかどうかしたか?」

 

「前に椎名さんが言っていたんです。八幡君に抱きしめられると胸が熱くなり、気分が良くなると」

 

アイツ、そんな事を言っていたのか。というかひよりの言った通りって事は……

 

「お前なぁ……そういう事は口にしないでくれよ」

 

つまり有栖も俺に抱きしめられて気分が良くなっているのだろう。面と向かって言われると結構恥ずかしいな。

 

「以後気をつけます。それより……もう少し強く抱きしめてくれませんか?」

 

そんな風にお願いしてくる有栖の目はひよりと同じ目をしている。

 

「……わかったよ」

 

よって俺に拒否する選択肢などなく、今よりも強く抱きしめる。

 

「あっ……」

 

有栖は吐息を漏らすと、俺の背中に回している手の力を少しだけ強めてくる。同時に有栖の温もりが伝わってきて俺を包み込んでくる。

 

(ひよりから感じる温もりとはまた別だな。ただ、気持ちいいことには変わりない……)

 

幸せな気分になりながらお互いに抱き合っている時だった。

 

 

『生徒のみなさんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合には、近くの教員に申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れがないようにご注意ください。繰り返します―――――――――』

 

いきなり船内にアナウンスが流れ出す。それもかなり重要な事を言っていたな。

 

俺に抱きついている有栖もハッとした表情に変わる。

 

「不思議なアナウンスですが、全ての生徒にメールをしたなら確認しないといけないですね」

 

だろうな。アナウンスでは確認漏れがないようにと言っていたし。

 

「やれやれ……もう少しジャグジーを堪能したかったが仕方ない。上がるか。降りれるか?」

 

「八幡君さえ良ければ女子更衣室の出口まで運んでくれませんか?」

 

つまりお姫様抱っこしろってか?まあ別にいいけどさ……

 

「はいよ」

 

了承した俺は右手を有栖の背中に回したまま、左手を有栖の脚に移してそのまま抱き抱える。

 

「んっ……」

 

すると有栖は胸の中でギュッと縮こまるが、普段の態度とはギャップがあって可愛らしい。

 

俺はそのまま有栖を抱えたままジャグジーを出て、立てかけた杖を有栖を抱えたまま掴み、女子更衣室の出口まで運ぶ。

 

「どうもありがとうございます。メールを見終わったら連絡します」

 

「ああ」

 

そう返事をして俺は男子更衣室に入り、自分のズボンのポケットから携帯を取り出して確認をする。

 

『間もなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋に、指定された時間に集合してください。10分以上遅刻した者にはペナルティを科す場合があります。本日20時40分までに203号室に集合してください。所要時間は20分ほどですので、お手洗いなどを済ませ、携帯をマナーモードか電源をオフにしてお越し下さい』

 

妙なメールだ。集合時間は中途半端な時間だし、集合場所も客室と試験を行う場所にしては不適切な場所だし、所要時間も短過ぎる。

 

疑問に思っていると有栖からも電話がかかってくる。

 

「メール見たか?」

 

『はい。20時40分に201号室に集合と書いてありました』

 

「俺は同じ時間に203号室だな。とはいえ客室に40人が入らないし、生徒全員に一斉に説明するんじゃなくて……」

 

『少しの生徒に何度も説明するのでしょう』

 

「だな。とはいえ俺の集合時間まではまだあるし、もう一度ジャグジーに入るわ」

 

『あら?八幡君より先に説明を受ける生徒がいるかもしれないですが、作戦会議はしないのですか?』

 

「この学校の説明については裏がありまくりだから、他人を介して聞くよりも最初に自分の耳で聞きたい。お前も同じ意見だろ?」

 

この学校は遠回しな説明が多いからな。他人から聞くよりも、直接先生に聞いた方が合理的だ。というか少しゆったりしたい。

 

『そうですね。1番信じられるのは自分の耳ですから。クラスメイトと話すのは全員が聞き終わってからの方が良いでしょう。ですから私も同伴して良いですか?』

 

「好きにしろ」

 

そう返事をして俺はポケット男子更衣室を出てスパ施設に戻り、合流した有栖と抱き合いながら施設を満喫するのだった。



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鉢合わせ

メールが来てから数時間、俺は夕飯を済ませてから集合場所に行くべく、エレベーターを待っているとドアが開く。

 

「あ?比企谷じゃねぇか。もしかしてお前も20時40分集合か?」

 

エレベーターには龍園がいた。

 

「そうだ。お前もか?」

 

「ああ」

 

龍園が頷きながらエレベーターの閉ボタンを押すとエレベーターは動き出す。

 

「それにしてもどんな試験だか今から楽しみだぜ」

 

龍園はそう言っているが……

 

「お前も試験についてクラスメイトから聞いてないんだな?」

 

「こういうのは自分の耳が1番信用出来るからな。まあ他クラスとグループを組むってのは耳に入ったな」

 

その辺りは俺も知っている。飯を食ってる時もレストランでグループを組むだの優待者云々って聞こえたし。試験の内容は聞いてないが他クラスとグループを組んで優待者をどうこうする試験だろう。

 

「それは俺も聞いた。多分同じ時間に説明を聞く生徒同士が組むんだろうが、その場合有栖がいるぞ」

 

それを聞いた龍園は楽しそうに笑う。

 

「それは面白そうだな。ま、まだ坂柳に挑むのは早いか」

 

それについては同感だ。今有栖に挑んでもCクラスは負けるだろう。龍園が有栖に劣っているとは思わないが、駒の質は向こうの方が遥かに高いのは間違いない。

 

一方の有栖も葛城派を完全に屈服させた訳ではないので、余り派手な事はしないだろうし、争うとしても小競り合いレベルの規模の争いで終わる可能性が高い。

 

そう思っていると目的の階層の2つ上の階層でエレベーターが止まりドアが開く。

 

「おや?もしかして八幡君と龍園君も20時40分集合ですか?」

 

そう言ってくるのは数時間前に俺と一緒にスパ施設で過ごした有栖だった。

 

「ああ。その通りさ。ま、宜しくな」

 

「ええ。私はまだ試験の内容は知りませんが、場合によっては宜しくお願いします」

 

「葛城を屈服させるって意味なら構わないぜ。正直あの雑魚を倒しても面白くないからな」

 

「その辺りはご自由に。それにしても私も八幡君のような人材が欲しいです。八幡君と葛城君を交換出来たらどんなに嬉しいやら……」

 

「俺が大損じゃねぇか。言っとくが俺は比企谷の実力は認めてるが、信用はしてないし側近とは思ってないぞ」

 

「もちろんわかってます。私も八幡君がAクラスにいるなら側近にするよりビジネスパートナーにしますよ」

 

ま、そうだろうな。俺は自分の利益になる事を最優先にするんで誰かに対する忠誠心は持ち合わせてない。そんな人間は側近にするよりオブザーバー的な立場にするべきだ。

 

そんな事を考えていると目的の階層に着いてドアが開くのでエレベーターを後にする。俺は有栖の歩幅に合わせるが、龍園はそれを気にせず先に行く。

 

「八幡君、他のグループとの話し合いもあるかもしれないので置いていかれる訳にもいきません。ですから抱っこしてください」

 

おいおい……言ってる事は間違っちゃいないが堂々と頼むか?幾ら俺が有栖をお姫様抱っこしてる写真や動画が流出しているとはいえ、人前に出ろと?

 

「いやいや、流石にそれは「断るなら泣きます」……了解した」

 

俺に拒否する選択肢はなく、有栖の背中と足に手を当ててそのまま抱えて龍園のあとを追う。

 

同時に龍園もこちらに気付き楽しそうに笑う。

 

「おいおい、随分と仲が良いじゃねぇか」

 

「ええ。八幡君の腕の中は気持ちいいですよ。龍園君もどうですか?」

 

「やめろ」

 

龍園は嫌そうに拒否するが俺だって嫌だわ。つか龍園を抱える力なんてねぇよ。

 

内心毒づきながらも廊下を歩いていると前方にて人が集まっているのを発見する。

 

Aクラスの葛城、Bクラスの神崎、Dクラスの堀北、平田、櫛田、雪ノ下。雪ノ下以外は各クラスのリーダー格だな。

 

それを認識すると俺は有栖を地面に下ろす。この距離なら遅れをとる事はないだろうからな。

 

「クク。随分と雑魚が群れてるじゃねぇか。俺も見学させてくれよ」

 

龍園がそう言うと前方にいる全員が一斉にこっちに険しい表情を向けてくる。

 

「……龍園に比企谷、それに坂柳。なるほどな。やはり無人島試験ではお前達は組んでいたのか」

 

葛城は険しい表情を浮かべながら話しかけてくる。対して俺の腕の中にいる有栖はニッコリ笑う。

 

「ええ。旅行が決まった時からAクラスを負かすように龍園君と八幡君に頼みました。Cクラスは私に対して須藤君を停学にさせたという借りがあったので」

 

その言葉に対して神崎や堀北も険しい表情になる。

 

「つまり坂柳もあの暴力事件は最初から関与していたのか?」

 

神崎はそう尋ねるが、有栖は首を横に振る。

 

「いえ。事件を目撃したのは偶然です。しかし動画が手に入ったので、停学になったらどんなペナルティか発生するのか知りたくなったのでCクラスに協力しただけです」

 

「……やはりお前のやり方は人を不幸にする」

 

葛城はそう言っているが……

 

「何言ってんだ?誰のやり方だろうがな、最終的にはAクラス以外の生徒120人は学校の恩恵を受けれず不幸になるからな?」

 

Aクラスにならないなら不幸になる。葛城はAクラスが勝つ為に動いたが、それはつまりB〜Dクラスの生徒を不幸にしようとするって事だ。

 

「八幡君の言う通りですね。結局どのクラスが勝ち上がろうと、不幸になる人は絶対に出ます。その際に生じる不幸の大きさはさして重要な問題ではありません」

 

「俺はモラルの話をしている。誰かを意図的に貶めるやり方なぞ絶対に間違っている」

 

「でしたら私を倒してそれを証明してください。この世において正義は勝者にあるのですから」

 

「ま、無人島試験で俺と比企谷の罠にまんまと嵌まったお前じゃ無理だろうがな」

 

一触即発の空気が有栖と葛城の間に龍園がヘラヘラ笑いを浮かべながら入る。

 

「しっかし、中々面白い組み合わせだな。お前と鈴音で美女と野獣って見世物を出せば人気が出そうだな」

 

龍園は堀北と葛城を見比べながらそう口にする。その際に有栖はクスリと笑う。

 

「なるほど。この組は学力が高い生徒が集められていると思っていたが、お前と比企谷を見る限りそうではないかもしれないな」

 

ま、否定はしない。

 

「学力だ?くだらねーな。そんなものには何の価値もない」

 

「それこそ残念な発言だ。学業の出来不出来は将来を左右する最も大切な要素だ。日本が学歴社会であることを知らないのか?」

 

「まあ間違っちゃいないな。しかし葛城、学力がある=頭が良いって式は成り立たないな。事実、成績優秀のお前は龍園と組むっていう頭の悪い行動を取ったしな」

 

俺からしたら馬鹿極まりない。俺は自分のクラスだからまだしも、競い合いをする他クラスの人間が龍園と組むなんて馬鹿としか思えない。

 

「そうですね。マトモな思考回路を持っているなら龍園君と組むなんてあり得ませんね」

 

「くくっ、随分と言ってくれるな。ま、否定はしないが」

 

俺と有栖の罵倒とも言える言葉に葛城は険しさを増し、龍園は楽しそうに笑っている。

 

「……俺はお前達の非道さを許すつもりはない」

 

「あ?非道さ?身に覚えがねーなあ。具体的に教えてくれよ」

 

「お前の場合、身に覚えがあり過ぎてわかんないだけじゃねぇのか?」

 

寧ろそっちの方が納得するわ。

 

「いやいや。本当に覚えがねぇな」

 

「あっそ。ま、俺も身に覚えがないな。俺は体調不良でリタイヤしただけだし」

 

「……まあいい。今回同じグループになったとしたら、ゆっくり話す時間もあるだろう」

 

そうは言うが葛城については脅威に感じない。寧ろ隣で微笑んでいる有栖の方が脅威に感じる。

 

「ではそろそろ各々の部屋に行きましょうか。それと八幡君。説明が終わったらデッキで星を見に行きませんか?」

 

有栖の言葉に葛城達の警戒心が増すが、有栖の目を見る限り企みの色はないので、試験云々は関係ないだろう。

 

「別に構わない。それよりそろそろ行く」

 

言いながら俺と龍園は指定された部屋に向かおうとするが、途中で雪ノ下が睨みながら口を開ける。

 

「見てなさい。今回の試験で貴方達を負かしてみせるわ」

 

「「お前(テメェ)じゃ無理だ」」

 

雪ノ下の言葉に俺と龍園は同時に返す。単純なペーパーテストなら勝てないが、この学校においては負ける気はしない。何故なら雪ノ下は傲慢だし、お利口さんだからな。

 

そう思っていると雪ノ下は睨んでくるがそれを無視して指定された部屋に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見てなさい。今回の試験で貴方達を負かしてみせるわ」

 

「「お前(テメェ)じゃ無理だ」」

 

雪ノ下の言葉に八幡と龍園はそう返し、指定された部屋に入ると一連の流れを見ていた有栖は小さく吹き出す。

 

すると部屋のドアを睨みつけていた雪ノ下は有栖を睨む。

 

「何がおかしいのかしら?」

 

「別に何でもありませんよ。さて、私達もそろそろ行った方がいいでしょう」

 

有栖はそう言ってから杖をついてAクラスが指定された部屋に入る。

 

それを皮切りに廊下にいる生徒らも動き出すが先程の一件により空気は酷く重かった。



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説明

指定された部屋に入ると……

 

「おや、八幡君に龍園君もですか」

 

部屋にいたのはひよりとDクラス担任の茶柱先生だった。ひよりは同じグループで、茶柱先生は試験の説明担当だろう。

 

「早く席につけ」

 

茶柱先生にそう言われたので俺と龍園も席につく。同時に茶柱先生はプリントを片手に口を開ける。

 

「Cクラスの椎名、比企谷、龍園の3人だな。ではこれより特別試験の説明を行う。今回の試験では、一年生全員を干支になぞらえたグループに分けて行う。そして試験の目的はシンキング能力を問うものとなっている」

 

シンキング……考える力だよな。

 

「社会人に求められるものだが基本的には大きく三つに分けられる。アクション、シンキング、チームワークだ。この前の無人島生活では、チームワークに比重が置かれていたが、今回は思考力が必須となる試験だ。ここまでで質問はあるか?」

 

茶柱先生はそう言うが、今のところはないな。

 

全員が質問しないと茶柱先生は再度口を開ける。

 

「ここに居る3人は同じグループとなる。そして今この瞬間、別の部屋でもお前達と同じグループとなる生徒たちに同じ説明がされている」

 

やはりか。雪ノ下が同じグループとかマジで勘弁だな。まあ煩い由比ヶ浜がいないだけ良しとするか。

 

「つまり各クラスから3人から5人ずつ、計13人から15人程度のグループが12個出来るという事ですか?」

 

「そうだ。そしてお前達の配属されるグループは『辰』。ここにそのメンバーリストがある。これは退室時に返却させるので必要性を感じるのであればこの場で覚えておくように」

 

渡されたハガキサイズの紙。そこにはグループ名と合計14人の名前が記載されていた。

 

Aクラス:葛城康平 坂柳有栖 丸井智也

Bクラス:安藤紗代 烏丸塔矢 神崎隆二 津辺仁美

Cクラス:椎名ひより 比企谷八幡 龍園翔

Dクラス:櫛田桔梗 平田洋介 堀北鈴音 雪ノ下雪乃

 

 

ふむ……各クラスの主力が最低1人いるな。しかし一之瀬が居ないのか?Bクラスのリーダーがいないのは違和感を感じる。

 

「最初に言っておく。今回の試験では、大前提としてAクラスからDクラスまでの関係性を一度無視しろ。そうすることが試験をクリアするための近道だ」

 

その言葉に龍園の目が細まる。多分今のアドバイスは重要だと思う。

 

「今からお前達はCクラスとしてでなく、竜グループとして行動をすることになる。そして試験の結果の合否はグループ毎に設定されている」

 

竜ねぇ……ドラゴングループかぁ。

 

「特別試験の各グループにおける結果は4通りのみ。例外は存在せず必ず4つのどれかの結果になるように作られている。分かりやすく理解してもらうために結果を記したプリントも用意してある。ただし、このプリントに関しても、持ち出しや撮影は禁止されているからこの場でしっかり確認するように」

 

3人分用意された紙は少しくしゃくしゃになっていたが、前のグループが読んだからだろう。

 

書かれてある基本ルールは以下の通りだった。

 

『夏季グループ別特別試験説明』

 

本試験では各グループに割り当てられた『優待者』を基点とした課題となる。定められた方法で学校に解答することで、4つの結果のうち1つを必ず得ることになる。

 

 

 

○試験開始当日午前8時に全員にメールを送信し、「優待者」に選ばれた者にはその事実を伝える。

 

○試験の日程は明日から4日後の午後九時まで行う(1日の完全自由日を挟む)。

 

○1日に2度、グループごとに所定の時間と部屋に集まり1時間の話し合いを行うこと。

 

○話し合いの内容はグループの自主性に全てを委ねる。

 

○試験終了後、午後9時半~午後10時の間のみ、優待者が誰であったかの答えを受け付ける。なお、解答は1人1回までとする。

 

○解答は自分の携帯電話を使って所定のアドレスに送信すること。

 

○『優待者』はメールにて解答する権利はない。

 

○自身が属するグループ以外の解答は無効とする

 

○試験結果の詳細は最終日の午後11時に全生徒にメールにて伝える。

 

これが基本ルールで、その次には結果が書いてある。

 

 

○結果1:グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合、グループ全員にプライベートポイントを支給する。優待者は100万プライベートポイント、優待者以外の者は50万プライベートポイントが支給される。

 

 

○結果2:優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合、優待者には50万プライベートポイントを支給する。

 

 

 

結果1と2を見る限り優待者がメチャクチャ有利だな。とはいえ余りに優待者が得すぎるので裏があるはずだ。

 

「ここまでわからない点はあるか?問題ないなら裏をめくれ」

 

茶柱先生にそう言われたので裏をめくると結果3と4が記されていた。

 

 

 

 

○結果3:優待者以外の者が試験終了を待たずして答えを学校に告げ正解した場合、答えた生徒の所属するクラスのクラスポイントに50ポイントを得ると同時に、正解者には50万プライベートポイントが支給される。

 

また優待者を見抜かれたクラスはマイナス50クラスポイントのペナルティを受け、グループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが正解した場合、解答を無効とし試験は続行される。

 

 

○結果4:優待者以外の者が試験終了を待たずして答えを学校に告げ不正解だった場合、答えを間違えた生徒の所属するクラスは-50クラスポイントのペナルティを受け、優待者は50万プライベートポイントが支給されると同時に、優待者の所属クラスは50クラスポイントを得る。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。

 

なお優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、解答を無効とし試験は続行される。

 

 

 

つまり優待者がわかればグループで協力しないで裏切っても良いって訳か。優待者がどのクラスにいるかはわからないが龍園と有栖は裏切りを考えているだろう。

 

 

 

「今回学校側は匿名性についても考慮している。試験終了時には各グループの結果とクラス単位でのポイント増減のみ発表する。つまり優待者や解答者の名前は公表しない。またお前達が望めばポイントを振り込んだ仮IDを一時的に発行することや分割して受け取ることも可能だ。本人さえ黙っていれば試験後に発覚する恐れはない。もちろん隠す必要がなければ堂々とポイントを受け取っても構わん」

 

まあ公開したらカツアゲとかが起こる可能性があるからな。妥当な判断だ。

 

「3つ目、4つ目の結果は他の2つとは異なるものだ。よって裏面に記載した。これにて今回の試験の説明は完了する。質問はあるか?」

 

「優待者ってのはどうやって決めてんだ?ランダムなのか?」

 

「優待者は学校側が公平性を期して、厳正に調整している。それと禁止事項についてもよく目を通しておくように」

 

言われて確認すると、他人の携帯を盗んだり、他人の携帯を使ってメールしたりなど色々あるが、破ったら退学なのは重過ぎる。これならルールを破る奴は居ないだろう。

 

「お前達は明日から、午後1時、午後8時に指示された部屋に向かえ。当日は部屋の前にそれぞれグループ名の書かれたプレートがかけられている。また初顔合わせの際には室内で必ず自己紹介を行うように。室内に入ってから試験時間内の退室は基本的に認められていないのでトイレ等は事前に済ませていくように。万が一我慢できなかったり体調不良の場合にはすぐに担任に連絡し申し出るように」

 

茶柱先生はそう言って話を締めくくる。リストの名前は全部覚えたし、ここにいる理由はもうない。

 

俺が立ち上がると2人も立ち上がり部屋を出る。すると同じタイミングで離れた場所にある部屋のドアが開き、有栖達Aクラスの生徒が出てくる。

 

向こうも俺達に気付いて話しかけてくる。

 

「そちらも終わりましたか。それと龍園君。今から八幡君と星を見る約束をしてましたが、龍園君もどうですか?」

 

その言葉に龍園は笑みを浮かべる。

 

「良いぜ。見に行こうか」

 

「待て坂柳。龍園と何を話すつもりだ」

 

龍園によって痛い目を見た葛城は険しい表情で有栖に話しかけるが、当の本人は涼しい表情だ。

 

「話すのではなく、星を見に行くだけですよ」

 

「この状況でそんな嘘が通じるとでも?」

 

「嘘ではありません。それに嘘だろうと葛城君には関係無いです。葛城君も龍園君と試験中にお話しましたよね?」

 

まあ怪しいと思っても葛城に有栖の行動を制限する権利はない。有栖がどう動こうと有栖の自由だからな。

 

「面倒だしほっといて行こうぜ。お前は精々無い知恵を絞り出してろ」

 

龍園はそう言って一足先に歩き出す。

 

「八幡君、行きましょうか」

 

「はいよ。ひよりも来るか?」

 

「いえ。3人で話す事もあるでしょうから。ですから明日以降に付き合ってくれませんか?」

 

「わかった。じゃあまたな」

 

そう言ってから俺と有栖は龍園に続き廊下を歩いてからエレベーターに乗る。

 

そして目的の階層に到着したのでエレベーターを出て、真っ直ぐ歩きデッキに出る。

 

同時に満点の星空が広がっていて凄く美しい。東京じゃ絶対に見れないだろう。

 

「で?俺を誘った理由は?まさか星を見る為だけに誘ったわけじゃないだろ?」

 

「やれやれ……無粋ですね。まあ良いでしょう」

 

有栖はため息を吐いてから龍園と向き合い……

 

「試験についてですが………」



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優待者

「じゃあ話は終わったし俺はもう行く」

 

「ええ。こちらのお願いを聞いてくれて感謝します」

 

龍園は有栖と言葉を交わしてデッキから去る。よって必然的に有栖と2人きりになる。

 

「しかし中々良い作戦だな。こうすれば作戦が失敗してもCクラスにもダメージが与えられるし」

 

「万が一もありますし、龍園君が私より先に優待者の法則を見抜いた際の保険です。向こうも私が先に優待者の法則を見抜くことを危惧したから受けたのでしょう」

 

「なるほどな。で?他のグループについては?」

 

「一之瀬さんを始め、一部の生徒の作戦は気になるので直ぐに仕掛けはしません。しかし正規の解答時間が来る前に裏切るつもりです」

 

ま、それが妥当だろうな。とはいえ葛城派とBクラスは裏切らないだろうし、Dクラスは大半が雑魚だから安易に裏切りはしないだろうから問題ない。

 

「明日からは同じグループとしてよろしくお願いしますね」

 

「ああ。といってもマトモに話す事は少ないだろうな」

 

葛城がどんな作戦で来るかは容易に想像出来るが、グループ内で話すのは余りないと思う。

 

「否定は出来ません。まあ詳しくは明日になってからです。それよりも本来の目的である星を見てのんびりしましょう」

 

そう言って有栖は近くのベンチに座ったかと思えば手招きしてくる。こっちに来いって事だろう。

 

そう判断した俺は特に逆らわずに有栖が座っている場所から少し離れて座る。が、同時に有栖はススっと距離を詰めてきて俺の手を握ってくる。それにより有栖の温もりが伝わってきて心地よい。

 

反射的に握り返すと有栖はクスリと笑って、握る力を強める。

 

「八幡君の手、柔らかくて温かいです」

 

「そりゃどうも……しかしこうやって平穏な時間を卒業まで過ごしたいもんだ」

 

「それは無理でしょうね。この学校は生徒に絶え間なく試練を与えるでしょうから。ところで八幡君は何故この学校を希望したんですか?」

 

「諸々理由はあるな。高い就職率や進学率の恩恵に預かりたい、3年間外部とのこと接触を断つルールを利用して家族や雪ノ下達と離れたかったとかな。ま、後者については失敗だ。まさか2人もこの学校に入学するとは予想外だった」

 

不幸中の幸いなのは葉山が入学しなかった事だろう。奴もいたら更に面倒な事になるだろうし、自主退学も視野に入れていたと思う。

 

「そうなんですか。本当に彼女達とは何があったんですか?」

 

有栖は質問してくるか俺としては余り話したくな……っ!

 

そこまで考えていると嫌な予感がしたので、俺は口を閉じて指を口元付近で立て、有栖に静かにするように促す。

 

当の有栖は不思議そうに見ているが……

 

「ゆきのん星が綺麗だよっ!」

 

聞き覚えのある声が聞こえると納得したように頷き、そのまま気配を殺す。俺も同じように気配を殺す。真っ暗だから向こうが近づかない限り気付かれないだろう。

 

「そうね。まるで私達の勝利を一足先に祝福してくれているようだわ」

 

「だよね。ゆきのんは誰よりも優秀だからヒッキーやチビやヤンキーなんかコテンパンに出来るよ」

 

由比ヶ浜の言葉に有栖の額に青筋が浮かぶ。有栖って子供扱いされたら怒るんだよなぁ。

 

「当然よ。それに堀北さんにも格の違いを教えてあげないといけないわ」

 

「だよねー。Dクラスで1番優秀なのはゆきのんなのに出しゃばりまくって……本当あり得ないし!」

 

どうやら雪ノ下と由比ヶ浜は堀北が実績を出す事が気に入らないようだ。昔から変わらないな。雪ノ下は依頼を受けてる時も自分が優秀だから何でも出来ると思い込んでいたし。

 

ま、雪ノ下がどう動こうが関係ない。雪ノ下にしろ堀北にしろ2人とも俺と同じグループだから容赦なく叩き潰せばいいだけだ。

 

「まあゆきのん。明日から頑張ろうね」

 

「ええ。そして私が屑3人にDクラスにいる理由は手違いである事を証明してみせるわ」

 

屑3人とは俺と龍園と有栖だろうな。有栖の頭には更に青筋が浮かぶ。冷静沈着な有栖に対してハッキリと怒らせるなんて、ある意味凄いな。

 

「ゆきのんなら出来るよ。ゆきのんがDクラスなら他の人は入学なんて出来ないに決まってるし!」

 

「ありがとう由比ヶ浜さん。由比ヶ浜さんも明日から頑張って」

 

「うん!プライベートポイントを手に入れたいからね。須藤君の所為でクラスポイントが入らなくて遊べないし」

 

いやいや、先ずは借金を返せよ。聞いた話じゃDクラスは由比ヶ浜を救う為に凄く貧乏状態らしいし。

 

「全くね。本当にあの屑3人は余計な事をしてくれたわね」

 

「本当だし!ちょっと突き飛ばされたくらいでチクるなんてマジあり得ない!」

 

いやいや。俺はあの件の目撃者だが、障害者である有栖に対してアレはないと思う。ぶつかって謝るならまだしも邪魔扱いしたからな。

 

まあ審議が終わった直後に訴えたのはDクラスに対する嫌がらせだけど。

 

そう思う間にも2人は話を続けるが、大半が俺と龍園と有栖の悪口ばかりだった。もしくは雪ノ下が自分を優秀と言って由比ヶ浜がそれを褒める感じだ。

 

暫くすると2人はデッキから去って行く。それを確認すると有栖は満面の笑みを浮かべているに気付く。

 

但し額には大量の青筋が浮かんでいて、口元を引攣らせていた。相当キレてやがるな……

 

「決めました。今回の試験についてですがDクラスを潰します」

 

「お、おう……龍園には俺が報告しておく」

 

「お願いします。それとストレスを発散したいので抱きしめてください。八幡君に抱きしめられると安心するのはスパでの一件でわかりましたから」

 

言いながら有栖は俺の返事を聞く前に抱きついてくる。有栖の性格的に俺が抱き返すまで離れないだろう。

 

ため息を吐きながら俺は有栖をそっと抱きしめる。すると有栖は小さく吐息を漏らしながらも抱きしめる力を強めてくる。

 

「あっ……凄く、温かいです。ストレスが無くなっていくのがわかります……」

 

どんだけ俺の身体は凄いんだよ?正直言って信じられないんだが?

 

そう思いながらも俺は有栖を抱きしめる。有栖の身体はひよりの身体よりもほっそりしているので壊れないよう丁重に扱う感じで抱きしめる。

 

「八幡君、もう少し強くお願いします……」

 

「ああ……」

 

こうして俺は有栖の気が済むまで抱きしめてやるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「そろそろ時間か……」

 

8時少し前、俺は船のデッキにして携帯を片手にメールが来るのを待っている。デッキには他の生徒もいるが全員が携帯を持って、尚且つ第三者に見られないように距離を置いている。

 

そして……

 

pipipi……

 

デッキのあらゆる箇所から着信音が鳴り出す。俺もメールをチェックする。

 

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んでください。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。竜グループの方は2階竜部屋に集合して下さい』

 

どうやら俺は優待者じゃないようだ。

 

俺は即座に龍園とひよりに優待者ではない事をメールすると、送信し終わったタイミングで2人からメールが来る。それによれば2人とも優待者ではないらしい。

 

となると俺達竜グループにいるCクラスの人間は優待者を外す以外にデメリットはないってことになる。まあ龍園の性格上、裏切りに行くだろうから優待者を見抜く必要があるが、中々面倒だろう。

 

(とりあえず様子見だな。龍園も最初の話し合いが終わるまでは様子を見るって言っていた)

 

そしてそれは有栖もだろう。有栖も攻撃的ではあるが、実際に話し合いに参加して他クラスを伺うくらいの用心はあるし。

 

とはいえ様子見をしながらも優待者の法則を考える必要はある。メールには厳正なる調整と書いてあるが、普通厳正なる審査の結果と書くだろう。こんな回りくどい言い方を学校がしてきた以上、絶対に裏がある。

 

とはいえ今は出来ることもないし、1回目の話し合いが終わったら龍園と話した方がいいかもな。

 

そう判断した俺は自室に戻る。とりあえず試験開始まで眠って英気を養って「あ、八幡君」おこうとしたらひよりと鉢合わせする。

 

「ひよりか。1時から一緒に頑張ろうな」

 

「はいっ。八幡君はどちらへ?」

 

「部屋に戻って寝て英気を養っておく」

 

「あ、じゃあ私も同伴して良いですか?」

 

それはつまり一緒に寝るって意味だよな?一緒に寝るのに慣れているから今更どうこう言わないが少々大胆過ぎじゃね?

 

「……石崎達が居なかったらな」

 

 

そう返事をしてから船内に戻るがその5分後、俺は自分のベッドの上でひよりと抱き合っているのであった。



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グループディスカッション

12時58分。

 

1時から始まる試験が開始される2分前だが……

 

「はぁ、はぁ……済まんひより」

 

「いえ。私も気持ち良く思い、時間を忘れてました」

 

俺はひよりと船内の廊下を走っている。

 

何故こうしているのかというと、学校から優待者に関するメールが来た後に英気を養うべく、ひよりと一緒に寝たのだが目覚ましのセッティングを忘れ、目が覚めた時には試験開始5分前だったのだ。

 

ひよりは俺よりも早く起きていたらしいが、俺はひよりを強く抱きしめた上に起きる気配が全く無かったらしい。マジで申し訳ない事をしてしまった。

 

そう思っていると視界に俺達竜グループが使う部屋が見えてきたので、足を早める。

 

そしてひよりが一拍遅れて到着したのでドアを開けて中に入ると……

 

『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』

 

ドアを閉めるタイミングでアナウンスが流れる。ギリギリセーフだな。

 

「ギリギリでしたね。お2人が遅刻するなんて何かあったのですか?」

 

有栖は不思議そうに聞いてくる。部屋にいる大半の生徒も訝しげな表情を浮かべている。例外は敵意を剥き出しにする雪ノ下とニヤニヤ笑いを浮かべている龍園だ。

 

前者はともかく、後者は遅刻の理由を理解しているだろう。つか起こせや。

 

「何って……ナニだろ?」

 

「黙れ龍園。殺すぞ」

 

「くくっ、怖ぇよ」

 

龍園は笑っているか一歩間違えればセクハラだからな?まあひよりを始めこの部屋にいる全員はわかってないようだが。

 

「……よくわからないけど、これで全員揃ったし先ずは自己紹介をしない?」

 

Dクラスの平田が戸惑いながらもそんな提案をしてくる。

 

「平田に賛成だな。この部屋に音声を拾うマイクがセッティングされてる可能性もある。自己紹介をしなかったらペナルティがあるかもしれないし自己紹介はしておいた方がいいと思う」

 

Bクラスの神崎は平田に賛成する。まあ自己紹介くらいはやっても不利にならないだろう。

 

これについて全員同じ考えのようで、全員で自己紹介をする。まあ名前だけしか言わない寂しい自己紹介だが。

 

「では学校からの言いつけも聞きましたし、話し合いを始めましょうか。八幡君はこの試験についてどう思いますか?」

 

「……何故俺に聞く?」

 

「私がこのグループで危険と見ているのは龍園君と八幡君です。しかし龍園君の場合、話したい時に話す人間ですから」

 

その言葉に不穏な気配を感じたので、気配のした方向を見れば雪ノ下が有栖を睨んでいた。大方有栖に遠回しに「お前は眼中にない」発言されて気に入らないのだろう。

 

ともあれ無視しよう。

 

「そうだな……普通に考えたら結果1、全員で協力して優待者を当てるのが理想的だが、現実的じゃないな」

 

「まあそうですね。Dクラスの4人も裏切る可能性がありますね」

 

「だな。何せ由比ヶ浜や須藤みたいなゴミ屑がいて貧乏だしな」

 

有栖と龍園はそう言っているが、俺からしたらお前らの方が裏切るのは明白だ。

 

「その口を閉じなさい。由比ヶ浜さんの侮辱は万死に値するわ」

 

龍園の煽りに雪ノ下がキレるが龍園は鼻で笑う。

 

「俺は事実を言っただけだ。なぁ鈴音、本気で上に上がりたいなら由比ヶ浜は切り捨てた方がいいと思うぜ?」

 

「気安く名前で呼ばないで。でも今のままだと切り捨てるまでもなく、由比ヶ浜さんが退学になる可能性は充分にあるわね」

 

堀北は淡々と返事をする。堀北は庇ってる様子はないし、本気でそう思っているのだろう。

 

「そんな事絶対にさせないわ」

 

「だったら由比ヶ浜さんを甘やかさないで。実際期末試験でも由比ヶ浜さんは全教科赤点スレスレな上、下から二番目の須藤君より全教科10点も劣っているのは問題よ」

 

馬鹿過ぎだろ由比ヶ浜。あんなもん授業をちゃんと聞いてれば50点は取れるだろうに。

 

しかし……

 

「大体由比ヶ浜さんには「おーい堀北。話が脱線してるからその辺にしろ」……こほんっ。ごめんなさい、話を戻して頂戴」

 

由比ヶ浜への説教はグループワークが終わってからにして欲しい。AクラスとBクラスの大半は戸惑ってるし。

 

「ああ。話を戻すが、結果1は実質不可能だから結果2〜4になるだろう」

 

「それについてだが発言しても良いか?」

 

「好きにしろ」

 

俺は有栖に勧められたから進行役をやっているが、誰かの発言許可について反対するつもりはない。

 

「俺は余計な話し合いをせず試験を終えることが最善だと思っている」

 

葛城が堂々と言う。それだけで奴の狙いがわかった。その際に大半の人間がポカンとした表情を浮かべる。

 

例外なのは有栖と龍園と堀北だ。有栖はつまらなそうにため息を吐き、龍園は嘲笑を浮かべ、堀北は鋭い目で葛城を見る。

 

俺を含めた4人は葛城の発案した作戦の意図、そしてその作戦における欠点を見抜いているな。

 

「どういう事かな?つまり優待者に勝ち逃げをさせるって事かな?」

 

平田はそう質問をする。

 

「この試験で絶対に避けたい結果は、裏切り者を生み出すことだ。裏切り者が正解しようと失敗しようと、どちらにせよ敗北だ。だがそれ以外の答えの場合はどうなる?」

 

葛城は雪ノ下に質問をする。

 

「……マイナス要素がないわね」

 

「そうだ。結果1と2にはデメリットがない。クラスポイントが詰まることも開くこともない。そのうえ大量のプライベートポイントが手に入る。しかしさっき比企谷が言ったように結果1は現実的ではない」

 

ま、それについては否定しない。結果1を出すのはある意味優待者を見抜くより難しいだろう。何せこのグループにいるメンバーの中には裏切る奴が最低3人はいるからな。

 

「下手に話し合い、周囲の面々を優待者と疑い、過ちを犯す方がよほど危険だと思わないか?」

 

そうは言っているが……

 

 

「はっ。そんな風に言っているが単純にAクラスと他のクラスとの差が縮まる事にチキってるだけだろうが」

 

葛城の提案を龍園は鼻で笑う。しかし言っていることは間違いではない。葛城の作戦は全クラスがプライベートポイントを得する事は出来るが、クラスポイントが増えるわけではない。

 

プライベートポイントも重要ではあるが、1番重要なのはクラスポイントだ。

 

そのクラスポイントを増やしやすい特別試験を放棄するようなやり方はB〜Dクラスの人からしたら受け入れられないだろう。

 

卒業までに、特別試験が何回あるかわからないが、こんな作戦を続けたら最終的なクラスの位置も変わらない。

 

「そうね。チャンスを棒に振るわけにはいかないわ」

 

「堀北に賛成だ。Aクラスに勝ち逃げをさせるつもりはない」

 

堀北や神崎も賛成する。多分他のグループでも反対してる奴はいるだろう。

 

「なるほど、先に言っておくが俺は話し合いに応じるつもりはないし、他のグループにも話し合いに応じないように命じている」

 

葛城はそう言って連れの丸井と一緒に壁際に向かう。

 

 

「はっ、前回の試験で惨敗してビビっちまったのか?」

 

「そう捉えてもらって構わない」

 

「その癖偉そうに命じてんのかよ?坂柳はどう考えてんだ?」

 

龍園はAクラスのリーダーの片割れの有栖に質問をする。

 

「葛城君がどんな行動をとろうが葛城君の自由です。しかし葛城君。行動には責任が伴う事をお忘れなく」

 

有栖からしたら勝とうが負けようが損はしない。勝てばクラスポイントが手に入って自分を支持する人間が増え、負けても作戦を立てた葛城が責任を負うからな。

 

「何でも良いが葛城。仮にこの試験で大敗して責任を取る事になっても退学だけは止めろ。お前が消えたら俺の資金源が無くなるからな」

 

例の契約書は葛城が責任者としてサインしているが、葛城が退学したら無効となるだろう。

 

「資金源?何の話をしている?」

 

神崎は訝しげな表情を浮かべている。と、ここで堀北が口を開ける。

 

「無人島試験でのAクラスとCクラスが結んだ契約の話ね。一体どんな契約を結んだの?」

 

「おや、堀北さんはどうやって契約を知ったのですか?」

 

有栖も興味を持ったようで堀北に話しかける。

 

「怪しいと思ったのはAクラスのベースキャンプに偵察に行った時に入り口付近にある2つのトイレを見たときね。BクラスもCクラスもDクラスも1つしか買ってないのに対して、保守派の葛城君が2つもトイレを買うなんて不自然と思ったのよ」

 

「洞窟の外にトイレを2つ設置したのですか?」

 

有栖は葛城に対して呆れた目で見るが俺も同意見だ。大方薄暗い洞窟の中にトイレを設置するのが嫌だったのだろうが、詰めが甘過ぎる。

 

「確信を得たのは6日目。比企谷君が葛城君と連絡しているのを聞いたのよ」

 

そういや俺は堀北が気絶したかと思って、その場で葛城と連絡を取っていたな。

 

「正解だ。結論を言うとCクラスはAクラスに物資とクラスリーダーの情報を与えて、Aクラスは俺と龍園にプライベートポイントを与えた。ま、Aクラスはリーダー指名の際に誤字があったようで失敗して大幅にペナルティを食らっていたがな」

 

その言うと葛城はギロリと睨んでくるがスルーする。偶然って怖いよなぁ。

 

「そうなると金田もスパイだったという訳か。頬を腫らしていたのも嘘を信じやすくする為だな?」

 

「殴ったのは龍園だがな。というかさっきから話が脱線し過ぎだろ」

 

本来の話し合いについては碌にやってないぞ。

 

「そうですね。あ、私は話し合いに参加するので」

 

有栖は守りに入るなんて大嫌いだからな。

 

「じゃあ有栖を除いたAクラス抜きで話し合いをするが、この試験で重要なのは優待者でない人間をより多く把握することだ。それを踏まえて言わせて貰うが……」

 

 

一息……

 

 

「俺は優待者じゃないからな」

 



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公開

「戯言を吐かないで」

 

俺が自分が優待者じゃないと言うと、間髪いれずに口を開けるのは雪ノ下だ。

 

「貴方のような屑の事だからグループを揺らがすつもりでしょう?」

 

「酷い言われようだな比企谷」

 

雪ノ下の言葉に龍園は楽しそうに笑うが、特に怒りは抱かない。

 

「ま、屑なのは否定しないな。とはいえ優待者じゃないのは事実だし信じて貰うように動くしかないな」

 

「信じて貰うように動く?屑を信じるなんて無理に決まってるじゃない」

 

雪ノ下は好き勝手言ってくる。別に悪口を言われても気にしないが、話の最中に一々割って入られたら面倒だし、黙らせるか。

 

「人が話してる最中に話をするのはマナー違反だってわかんないのか?陽乃さんの出涸らし」

 

「なっ!ふざけないで!」

 

「事実を言っただけで喚くなよ。有栖だってそう思うだろ?」

 

「そうですね。陽乃さんと比べると全てが劣ってますね」

 

「っ!」

 

有栖の援護射撃に雪ノ下は射殺すような眼差しで睨む。

 

「おいおい。お前らが言うハルノってどんな奴なんだ?」

 

龍園がそんな風に聞いてくる。陽乃さんがどんな奴かだと?

 

そうだな……

 

「一言で言うなら運動神経抜群の有栖だな」

 

俺の中で陽乃さんのイメージはそんな感じだ。頭の良さにおいて有栖と陽乃さんはそこまで差はないと思うが、陽乃さんは運動神経も抜群だから総合力については有栖よりも数段上だろう。

 

「くはっ!そんな優秀な奴の妹がコレかよ?!完全に出涸らしじゃねぇか!」

 

龍園は楽しそうにケラケラ笑いながら雪ノ下を指差す。対する雪ノ下は龍園を睨むが、相変わらず睨む事しか出来ないようだ。

 

ともあれ黙ったので良しとしよう。

 

「話を戻すが、優待者でない事をお前らには信じて貰う」

 

「……どうやって?」

 

堀北が訝しげに尋ねる中、俺は携帯を取り出して操作してから堀北に投げ渡す。

 

対する堀北は携帯を受け取ると目を見開く。

 

「どうだ?優待者ではないだろ?嘘だと思うなら違うメールも見てもいいぞ。納得したらBのリーダー格の神崎に渡せ」

 

「……本当に優待者じゃないわね」

 

堀北は驚きながらも俺の指示に従って神崎に渡す。

 

言葉だけでは信じられないのは当然だが実際にメールを見せれば信じる……否、信じざるを得ないだろう。

 

この試験、優待者でない人間からしたら裏切って失敗する以外マイナス要素はないし優待者でない俺が見せても問題ない。

 

それに疑われている状態だと相手を探るのは難しいが、優待者でないとわかれば多少はマシになるだろう。

 

「では私もお見せしましょう。どうぞ確認してください」

 

「俺のも見せてやるよ」

 

有栖と龍園も同じように携帯をDのリーダー格の堀北に渡す。それに対して堀北は訝しげな表情で質問をする。

 

「それで?貴方達が見せたからこちらも見せろと?」

 

「いえ。あくまで自分が優待者でない事を証明するために見せただけで、そちら側に強要しません。それ以前にそのような行為はルールの琴線に触れる可能性があります」

 

まあそうだな。脅したりして他クラスの携帯を見るのは御法度だ。

 

「ともあれこれで優待者は後11人ですね。これから少しずつ数を減らして優待者を炙り出していきましょう」

 

有栖が薄い笑みを浮かべながらそう言うと部屋にはプレッシャーが生まれる。

 

そんな中、俺は部屋にいるメンバーの顔をさり気なく伺う。優待者は有栖の発したプレッシャーの中にいるが、もしかしたら僅かながらに挙動不審になるかもしれないからな。

 

そう思いながら他のメンバーを観察すると何人かが挙動不審となっているが、そいつらは優待者、もしくは裏切り者になる気満々な奴である可能性が高い。もちろん絶対ではないので全員に対して警戒をするがな。

 

俺は息を吐きながら観察を続けるが、誰が優待者か当てるのは結構難しいと思うのであった。

 

 

 

 

1時間後……

 

『1回目のグループディスカッションを終了します』

 

話し合いをしているとそんなアナウンスが流れ出す。同時に終始無言だった葛城は真っ先に部屋から出て行く。

 

「んじゃ出るか。またな」

 

言いながら俺も部屋を出る。とりあえずスパで休むか。話し合いの時に雪ノ下が偶に罵倒して苛々したし。

 

そう判断した俺は善は急げとばかりに早足で水着を借りてスパ施設に入る。グループディスカッションが終わったばかりだから誰もいないだろうし、ゆっくり出来るはずだ。

 

そしてそのままパパッと着替えて脱衣所を出て温泉に入る。あぁ……やっぱ温泉は最高だな……

 

海を眺めながら暫く入っているとガラガラと音が聞こえてくる。どうやら俺と同じ事を考えている奴がいたようだ。

 

チラッと後ろを見ると……

 

「……比企谷」

 

そこにいたのは伊吹だった。競泳水着を着ているが俺を見ると目を細める。目には警戒の色があるが、俺なんかやったか?

 

疑問符を浮かべていると伊吹も温泉に入る。といっても俺とは数メートル離れてるが。

 

「ねぇ」

 

「……何だよ?」

 

「龍園は何を考えてるの?」

 

「……いきなりどうした?」

 

「ついさっき龍園の奴が4時になったらアンタや龍園が泊まる部屋に来いってメールをしてきたの。それも私だけじゃなくて同じグループの真鍋達にも」

 

つまり一斉メールか。そんで俺には来てなかったが……

 

「多分アレだな。クラスメイトを集めて携帯のメールを確認するんだと思う。そんで優待者が誰でどのグループに所属してるのかを突き止めて、優待者の法則を見抜く腹だろ」

 

俺にメールが来てないのは俺は既に龍園に携帯を見せたからであり、多分ひよりにもメールを送ってないだろう。

 

「……なるほどね。禁則事項に接触しそうだけど、アイツならどうにでもなるね」

 

伊吹の言う通りだ。他クラスの生徒を脅したりして携帯を見るのは反則だが、同じクラスなら問題ない。誰も訴えさせないようにすればいいだけの話だ。そしてそれは龍園の十八番だ。

 

「で?行くのか?」

 

「……面倒だけどね」

 

伊吹は龍園を嫌ってはいるが龍園を王と認めているし、本人も優秀なのでCクラスではそれなりに地位がある。

 

「ま、頑張れ。そういやお前って何処のグループなんだ?」

 

「兎。一之瀬がいた」

 

へぇ。一之瀬は兎グループみたいだが、やはり腑に落ちないな。竜グループにはどのクラスからも最低1人はリーダー格が出ていたが、Bのトップの一之瀬はいなかったし。

 

「ちなみにAクラスは全員だんまりか?」

 

「葛城が提案した案を実行してる」

 

おいおい。無人島試験で葛城にダメージを与えたつもりなんだが、まだ影響力が残ってるみたいだな。

 

ま、その影響力も今回の試験で殆ど失うだろうけど。

 

「こっちも質問して良い?」

 

「答えられる事なら」

 

「じゃあ聞くけど、比企谷は今回の試験で龍園に雇われたの?」

 

「意外だな。お前がそんな質問をすると思わなかった」

 

「言っとくけどCクラスの大半はアンタの事を不気味に思ってるからね」

 

だろうな。俺は基本的にひよりと龍園、龍園の側近以外からは避けられてるし。

 

とりあえず質問には答えるか。

 

「結論を言うと今回は雇われてない。龍園と同じグループじゃなかったら仕事が来たかもしれないがな」

 

「……そ」

 

伊吹はそう言うとため息を吐いてから俺から意識を逸らす。

 

実際のところ、俺が動くようなことはないだろう。動くとしたら俺ではなく龍園と有栖だ。

 

何せアイツらの行動次第で試験は今日の深夜に終了する可能性があるからな。

 

上手く決まればあらゆる方向に攻撃が出来て龍園と有栖からしたら大儲けであり、最終決戦のフィールドを作り上げるキッカケになる。

 

俺としても最終決戦はより良いフィールドで行いたいので、反対はしてない。

 

ついでに言うと作戦を遂行した後に見てみたいものもあるからな。

 

そう思いながら俺は肩まで浸かって身体がポカポカになるまでリラックスをするのであった。




今回の話でストックが切れてしまいました。

よってストックが溜まるまで更新をお休みさせていただきます。

可能なら今年中に再開したいと思います


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一斉攻撃

夕方4時過ぎ、スパ施設を後にした俺がカフェで一杯やっている時だった。

 

pipipi……

 

ポケットにある端末が鳴り出すので、ポケットから取り出して確認すると龍園からメールが来ていた。

 

それによればCクラスの優待者の名前と所属グループが判明して、優待者の法則を調べたいから来てくれと書かれていた。どうやら本当に全員の携帯を見たようだ。

 

俺は了解と返事を送ってからカップにある紅茶を流し込んでカフェを後にする。そしてそのまま自分の部屋に戻ると、龍園がひよりと一緒にテーブルを囲んでいた。

 

テーブルには3枚の紙が散らばっているが、その紙にはCクラスの優待者が所属するグループのメンバーの名前が書かれているに違いない。

 

「比企谷も来たか。早速だがお前も協力しろ。俺より先に優待者の法則を見抜いたら5万やる」

 

 

そう言われながらも俺は一番近くにあるリストを見てみる。

 

虎グループ

 

Aクラス 赤山深夜 志村義人 真山涼子

Bクラス 大筒木カグヤ 高畑哲二 羽柴京子 横山深夏

Cクラス 香山雄二(優) 徳川洋二 湊加奈 山田アルベルト

Dクラス 篠原さつき 松下千秋 三宅明人

 

蛇グループ

 

Aクラス 赤坂智也 江原海斗 戸倉綾女 氷川夕子

Bクラス 神谷弘毅 坂上龍弥 米倉悟

Cクラス 石崎大地 九鬼正治(優) 富岡マサル 米谷翔子

Dクラス 小野寺かや乃 長谷部波瑠加 王美雨

 

羊グループ

 

Aクラス 青山絵里 佐藤恵美 吉岡拓

Bクラス 乾雅彦 越前織 三輪佳恵

Cクラス 金田悟 須山夏実(優) 時田剛健 松平賢二

Dクラス 井の頭心 うちはミツミ 夏山仁 松原留姫

 

 

こんな感じで優待者のマークがついてある。これから法則を発見しないといけない。

 

無人島試験でも公平さは保たれていたから優待者の法則についても全クラス共通だろう。でなきゃ裏切り制度を試験に持ち込むわけないからな。

 

(さて、どうやって法則を発見するかだな)

 

俺も龍園達と同じように紙に目を通す。優待者の3人はクラスでもそこまで目立ってない人間で成績も悪くはないが優秀でもない。

 

その事から優待者は成績などで決めているわけではない。もし成績で決めるなら竜グループの優待者は有栖であるが、有栖の携帯は確認済みだ。

 

学校は優待者について厳正な調整で決めたとメールを送り、茶柱先生は試験をクリアするための近道としてAクラスからDクラスまでの関係性を一度無視しろと言った。

 

しかし関係性を無視しろと言っても、そう簡単に割り切るのは無理だ。何せ無人島ではCクラスが各クラスを引っ掻き回したから。

 

それは当然教師もわかっているはずだ。にもかかわらず関係性を無視しろと言うって事は関係性を無視して協力するって意味ではないだろう。

 

(リストは……クラスごとで名前順。この中にカギとかがあるのか?)

 

その時だった。

 

「あ、わかりました」

 

ひよりがそう呟く。同時に顔を上げると龍園がひよりに話しかける。

 

「わかったのか?」

 

「はい。茶柱先生は関係性を無視するように言ってましたが、アレは協力するという意味ではなく、リストに書かれたクラスを無視するという意味です」

 

言いながらひよりは虎グループの紙を持ってテーブルの中心に置く。

 

虎グループ

 

Aクラス 赤山深夜 志村義人 真山涼子

Bクラス 大筒木カグヤ 高畑哲二 羽柴京子 横山深夏

Cクラス 香山雄二(優) 徳川洋二 湊加奈 山田アルベルト

Dクラス 篠原さつき 松下千秋 三宅明人

 

「これについて、クラスが書かれた部分を消すと……」

 

ひよりはクラスに関する部分を消しゴムで消す。

 

すると……

 

虎グループ

 

赤山深夜 志村義人 真山涼子

大筒木カグヤ 高畑哲二 羽柴京子 横山深夏

香山雄二(優) 徳川洋二 湊加奈 山田アルベルト

篠原さつき 松下千秋 三宅明人

 

こうなった。同時に俺はひよりの言いたい事を理解した。

 

これを名前順にすると……

 

赤山深夜、大筒木カグヤ、香山雄二、篠原さつき、志村義人、高畑哲二、徳川洋二、羽柴京子、松下千秋、真山涼子、三宅明人、湊加奈、山田アルベルト、横山実夏の順になる。

 

そんで虎は干支で3番目だから優待者は名前順で3番目の香山雄二となる。

 

同じように蛇グループと羊グループも調べてみると見事にマッチした。どうやらひよりが見抜いた優待者の法則は合っているだろう。

 

「良くやったひより。約束通り報酬は渡す」

 

言いながら龍園は携帯を操作するが、ひよりにポイントを送金しているのだろう。

 

「どうもありがとうございます」

 

「気にすんな。ただ俺としてはお前も比企谷みたいに俺の為に動いて欲しいがな」

 

「Cクラスの一員として最低限は協力します」

 

ひよりはそう返す。俺はポイントが欲しいから龍園に協力しているが、ひよりは俺ほど欲がないし、積極的でないので予想通りの返事だ。

 

「……まあ良い。とりあえず例の約束は果たせそうだし、今夜12時に動くぞ」

 

「了解。さて、どうなるんだか……」

 

俺は今後の事を想像するが、とりあえず試験最終日に有栖が由比ヶ浜を潰すのは間違いないと思うのだった。

 

それから数時間後、2回目のグループディスカッションが行われたが、特に実りのない話をして終了した。

 

 

 

 

数時間後……

 

「良し、そろそろ時間だ」

 

もうすぐ深夜0時になるあたりで龍園が部屋を出るので俺もそれに続く。そしてエレベーターに乗って下層へ向かう。当然例の作戦を実行するためだ。

 

その時だった。いきなり俺と龍園のポケットから音が流れ出す。咄嗟に携帯を取り出すと……

 

『猿グループの試験が終了致しました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

そんなメールが来ていた。猿グループは確かBクラスの生徒が優待者だったな。

 

「どのクラスだ?」

 

「DかAの葛城派だな。猿グループはBクラスの生徒が優待者だったからBは違う。Cクラスについては俺が指示してないし、坂柳派なら猿グループのみならず一斉にメールが来るはずだ」

 

まあそうだろうな。ともあれ猿グループの試験が終わった時点で俺達にはどうしようもないし放置しよう。

 

そう思っていると目的の階層に到着してドアが開く。と、同時にクラスメイト8人がいる。

 

「全員いるな。じゃあ行くぞ」

 

龍園がそう言って真っ直ぐ進むので俺達もそれに続き、あるドアの前で立ち止まる。

 

ドアには竜と書かれているが、現在俺達は竜グループがグループディスカッションをする部屋の前にいる。

 

中に入ると有栖が椅子に座っていてその背後にはAクラスの生徒8人がいた。つまりこの部屋には俺を含め19人いるって事になる。

 

「お待たせしました。それでは予定通り優待者を攻撃しましょう」

 

AクラスとCクラスの生徒が向かい合う中、有栖がそう言う。

 

今回俺達が集まった理由は有栖が言ったようにCクラスと坂柳派が優待者を攻撃する為である。

 

何故同盟を結んで優待者を攻撃するのかというと保険の為である。幾ら優待者の法則を発見してもそれが正しいとは限らない。仮に優待者の法則を間違えた事を気付かずに裏切りまくって、大量のクラスポイントを失ったら大惨事だ。

 

しかし有栖らAクラスと組めば、成功した場合に得るポイントは減る代わりに失敗した場合に失うポイントも減るので最悪の事態は避けれる。

 

「その前に確認しておきたいのですが、猿グループの試験を終了させたのは貴方方ではないですよね?」

 

「信じてもらえるかはわからないがな」

 

「あくまで確認をしただけで疑ってはいませんよ。まあ猿グループはおいておきましょう。優待者の法則はわかってますか?」

 

「クラスの部分を取っ払ってからグループメンバー全員を名前順にして、干支の順番と照らし合わせるんだろ」

 

「安心しました。どうやら私と同じ考えみたいですね。では攻撃を始めたいと思いますが龍園君にお願いがあります」

 

「何だ?」

 

「はい。兎グループについてですが、攻撃するのは後日にしませんか?」

 

兎グループ……一之瀬がいるグループだな。有栖は多分一之瀬の動向を調べたいのだろう。

 

そして龍園は了承するだろう。他クラスのリーダーの情報は重要だしな。

 

「良いぜ。ちなみに竜グループも叩くか?」

 

「そうですね……明日のグループディスカッションが終わってから叩きましょう。葛城君達の反応を見たいですから」

 

やっぱりコイツ、生粋のドSだな。

 

「わかった。そうなると兎グループ竜グループと猿グループを除き9グループあるが、どう攻撃する?」

 

まあそうなるな。優待者1人当てたら50クラスポイントだし、どっちが攻撃するかは重要だ。猿グループから裏切りが出なかったら6グループずつ攻撃出来たんだがなぁ……

 

「兎グループはこちらが攻撃します。竜グループについては明日のグループディスカッションの最中にコイントスやサイコロで決めるのはどうでしょうか?」

 

「ま、妥当だな。じゃあどのグループを攻撃するか決めるぞ」

 

まあ大体予想はつく。互いに5グループずつ攻撃する以上……

 

CクラスはAクラスの優待者3人とBクラスの優待者1人とDクラスの優待者1人を叩き……

 

AクラスはCクラスの優待者3人とBクラスの優待者1人とDクラスの優待者1人を叩く流れになるだろう。

 

「とりあえず虎、蛇、羊、犬グループはAクラスが攻撃します。Cクラスは鼠、牛、馬、鳥、猪グループを攻撃してください」

 

有栖は自分達が攻撃するグループの中にCクラスが優待者となっているグループを入れているので優待者の法則を理解しているようだが、当然か。

 

有栖の提案に龍園は頷く。

 

「良いぜ。じゃあ攻撃を開始するぞ」

 

同時に龍園の背後から5人の生徒が前に出て、有栖の背後から4人の生徒が出る。

 

そして一斉に携帯を操作して……

 

 

 

『鼠グループの試験が終了致しました。鼠グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『牛グループの試験が終了致しました。牛グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『虎グループの試験が終了致しました。虎グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『蛇グループの試験が終了致しました。蛇グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『馬グループの試験が終了致しました。馬グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『羊グループの試験が終了致しました。羊グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『鳥グループの試験が終了致しました。鳥グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『犬グループの試験が終了致しました。犬グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『猪グループの試験が終了致しました。猪グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

 

一気に9グループの試験が終了するのだった。

 

 

 

残り、2グループ




年末は忙しいのでとりあえず1話投稿しましたが、今年の投稿は今回で最後にします。

また来年よろしくお願いします


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二回目のグループディスカッション

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします


試験2日目の朝、俺は朝飯を食うべく船内を歩くが、どこもかしこも騒動に包まれていた。

 

まあ当然といえば当然だろう。12あるグループの内、10グループが試験を終わらせたのだから。しかも9グループについては殆ど同時だし。

 

試験結果が発表されたらもっと騒ぎになるだろう。龍園と有栖は他クラスの反応が楽しみだと笑っていた。大方龍園は堀北を、有栖は由比ヶ浜をこき下ろすつもりだろう。当の龍園は部屋で惰眠を貪っている。

 

俺はそのままエレベーターに乗って最上階に上り、そのままデッキに出てカフェに向かう。

 

そしてモーニングとしてサンドイッチとコーヒーを飲みながら辺りを見回すと相変わらず海しか見えない。島とか見えれば景色を見る意義もあるんだがなぁ。

 

そこまで考えているとポケットにある携帯が鳴り出す。まさかとは思うが、誰かが早まって裏切ったのか?

 

ポケットから携帯を取り出して確認すると、メールは学校からではなく有栖からだった。

 

内容を見ようとしたタイミングでもう一度携帯が鳴る。今度こそ学校からのメールと思いきや、ひよりからだった。

 

内心焦りながらも2人からのメールを確認すると、有栖からは……

 

『おはようございます。朝食を済ませたら一緒にプールに行きませんか?』

 

というメールが来て、ひよりからは……

 

『おはようございます。朝食を済ませたら一緒に過ごしませんか?』

 

殆ど同じ内容のメールだった。え?マジでどうしよう?タイミングからして2人ともグルなのか?しかし返事をすれば良いんだ?

 

 

悩んだ結果、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……冷たくて気持ちいいですね」

 

「そうですね。では八幡君はエスコートをお願いします」

 

「へいへい」

 

俺は息を吐きながら有栖の手を取ると、ひよりは反対の手を握ってくる。ひよりを見ると微笑みを浮かべ俺をドキッとさせてくる。

 

結局、俺は2人とプールで過ごす選択をした。どっちかを切り捨てるのは残念だから無理だった。

 

そして俺は今、白いワンピース水着を着た有栖と薄水色のビキニを着たひよりに挟まれながらゆっくりとプールの中を歩いて2人をエスコートしている。

 

しかし周りの男子からの視線がマジで痛いが、仕方ないだろう。ひよりも有栖もベクトルは違うが銀髪美女で、ルックスも1年女子の中では10本の指に入るのは絶対だ。

 

そんな2人が水着を着た状態で俺と手を繋いでいるのだ。男子陣が俺を睨むのは仕方ないのかもしれない。

 

まあ睨まれる程度なら気にしない。中学時代は睨まれ、嘲られ、陰口を叩かれていたからな。それにこの学校は暴力やイジメに厳しいし迂闊に手を出す馬鹿はいないだろう。

 

そう思いながらも水の中を歩くが、ひよりと有栖の手の温もりだけはハッキリと伝わって胸が熱くなる。この温もりは高校に入ってから知ったが、とても気持ちが良く手放したくない温もりだ。

 

「そういえば坂柳さんに聞きたいことがあるんですが、良いですか?」

 

と、ここでひよりが小声で俺と有栖に話しかけてくる。小声って事は余り第三者に聞かせたくない事なのだろう。

 

「何ですか?」

 

一方の有栖も小声で話しかける。

 

「昨日、坂柳さんは龍園君と一斉攻撃しましたが、二学期以降はどう動くのですか?」

 

「それは龍園君から聞くように頼まれたんですか?」

 

「いえ。単なる好奇心です。龍園君から指示は受けてないです」

 

まあ受けてるなら馬鹿正直に質問なんてしないよな。

 

「そうですね。クラス単位で言うならCクラス以外はそこまで楽しめそうにないのでBクラスとDクラスを叩きますね」

 

前者はまだしも後者については由比ヶ浜がいるからだろうな。多分有栖は由比ヶ浜をとことん攻める腹のようだ。

 

「今までCクラスとは同盟を結んでいましたが、BクラスとDクラスを立て直せないくらい叩いたら同盟を破棄する流れですか?」

 

「そうなるでしょう。とりあえずCクラスがDクラスを叩くなら惜しみなく援助します」

 

どんだけ由比ヶ浜を叩きたいんだよ……まあ気持ちはよくわかるけどさ。

 

そう思いながらも俺は2人の手を引いていると、プールサイドにてニヤニヤ笑う龍園が目に入る。プールから出た後に揶揄うのかと思いきや……

 

「石崎、アルベルト。飛び込め」

 

そんな指示を出す。野郎、身体の弱い有栖の近くで水飛沫を飛ばすのは洒落にならないだろうが。ひよりも運動神経が最悪だから万が一のこともあるかもしれない。

 

そう思う中、石崎とアルベルトが膝を曲げて飛び込み体勢に入るので……

 

「きゃっ……」

 

「あっ」

 

俺は反射的に有栖を抱き寄せて、ひよりの近くに動かし石崎達に背を向け、2人を守るような体勢となる。これなら俺が水を浴びるだけで済む。

 

そう思っていると……

 

パシャリ!

 

シャッター音が聞こえてくるので見てみれば、龍園は携帯をこちらに向けていて、石崎とアルベルトは膝を曲げているだけで飛び込む気配を見せない。

 

同時に俺は理解した。飛び込みによる攻撃はフェイクで本命は2人を守ろうとする俺の写真を撮ることだろう。

 

現に俺は2人を抱き寄せている。第三者からしたら中々ネタになる写真に見えるだろう。

 

(あの野郎……やってくれたな)

 

俺はニヤニヤ笑いを浮かべながら去って行く龍園に毒づいてしまう。いつかぶっ飛ばしてやる。

 

そこまで考えていると俺は有栖とひよりが俺の腕の中にいることを認識する。

 

「わ、悪い……」

 

同時に2人の身体の柔らかさも伝わってきて、俺は顔を熱くしながら2人から離れる。

 

「いえ。私は気にしてないですから謝らないで大丈夫です」

 

「……そうですね。驚きはしましたが、私達を守ろうとしてくれたんですから寧ろ嬉しいです」

 

ひよりはニッコリ笑いながら、有栖は若干恥ずかしそうにそう言ってくる。とりあえず2人から拒絶されないで本当に良かった。

 

「なら良かった……しかし、少々目立ち過ぎたな」

 

見ればデッキにいる人の大半が俺達を見ている。そんで男子は殺意を、女子は興味を向けていて居心地は良くない。

 

「そうですね。騒がしいのは好きじゃないですから出ましょうか」

 

言いながら有栖は自身の腕を俺の腕に絡めてくる。それにより歓声が上がる。

 

「……何故腕を絡める」

 

「レディをエスコートするのは紳士の務めですよ?」

 

有栖はニッコリ笑いながらそう言ってくる。言っても振りほどけないだろうし、諦め「椎名さんもどうですか?八幡君にエスコートされましょう」待てコラ。

 

内心有栖にツッコミを入れているとひよりが話しかけてくる。

 

「八幡君。私も良いですか?」

 

「……ああ」

 

期待の混じった目で見てくるひよりのお願いに対して拒否する選択はなく、俺は銀髪美女2人と腕を絡め合いながらプールから上がるのだった。

 

 

 

 

 

数時間後……

 

 

「よう比企谷。これからの話し合いも頑張「黙れ、死ね」くくっ、悪かったよ」

 

12時55分、俺は試験に参加するべく竜グループの部屋に向かうとその途中で龍園と会った。会うなり龍園は笑いながら挨拶をしてくるが、俺はプールの件について不満がある。

 

おかげでもう学年中で二股と思われてるし……

 

「はぁ」

 

ため息を吐きながらも竜グループの部屋に到着するので中に入ると既に全員揃っていた。

 

『グループディスカッションを開始します』

 

ドアを閉めると同時にアナウンスが流れる。すると最初に口を開けたのは葛城だった。

 

「比企谷に龍園。昨日の大量の裏切りはお前達の仕業か?」

 

やはりその質問が来たか。

 

「覚えがないな。普通に考えて有栖じゃないのか?」

 

まあ覚えがないのは嘘だけど。実際は龍園と有栖が協力して裏切ったんだ。

 

「私も違います。案外葛城君かもしれないですよ。無人島試験の汚名返上をする為に攻めている可能性はあります」

 

有栖はしれっとした表情で葛城に押し付ける。

 

「俺はリスクの大きい事はしない」

 

「そうですか。ならDクラスですか?クラスポイントを稼ぐべく攻めに出ることも不思議ではないですから」

 

「ありえるな。しかもプライベートポイントもどっかのビッチの所為で枯渇してるからな」

 

龍園の言葉に雪ノ下がギロリと睨むが龍園は我関せずだ。

 

「というか龍園。別に裏切る事はルール違反じゃないし、終わったグループに対する干渉は無理だから放っておこうぜ」

 

「ま、そうだな。それよりもこのグループの優待者を見抜かないとな」

 

龍園はしれっと嘘を吐くが、既にこのグループの優待者も把握している。Dクラスの櫛田桔梗だ。

 

既に俺と龍園と有栖とひよりはDクラスを殺すギロチンの紐を持っていて、後は手を離すだけで優待者を仕留められる。

 

「といっても葛城君は黙っているでしょうから話を進ませるのは難しいでしょう」

 

だろうな。1人が明確な意思で拒絶していると話を進めるのはやり辛いし。

 

結果的にグループ内には沈黙が生じる時間が流れる。BクラスとDクラスは話すが、それが広がるようなことにならない。

 

「やれやれ……沈黙が生まれてしまいましたね。龍園君、暇ですからコインで遊びませんか?」

 

要するに有栖がこの状況に飽きたので締めに入るようだ。

 

「ふざけるのも良い加減にしなさい。試験中にコイントスなんて馬鹿にしているのかしら?」

 

食ってかかるのは雪ノ下だが、有栖は意に介すことはない。

 

「別に問題はないはずです。試験の説明では部屋を出ない限り生徒の自主性に任せると言われました」

 

「ルールが認めても常識を知らないのかしら?貴女本当にAクラス?」

 

「それを言うなら常識どころかマナーも知らず、学力もない由比ヶ浜さんは本当に高校生なんですか?」

 

「ぷっ……」

 

俺は思わず吹き出してしまう。確かに由比ヶ浜の頭や精神は高校生としては論外だろう。

 

それにより雪ノ下は睨みつけるが、睨むことしか出来ない雪ノ下は怖くない。

 

「まあ私の行動に不満があるなら止めても構いません。しかし力づくなら即座に学校に訴えます」

 

言いながら有栖はコインを取り出して龍園に見せる。

 

「さて龍園君。花がある面を表、星がある面を裏としたらどっちにしますか?」

 

「裏で」

 

龍園がそう言うと有栖はコインを上に投げる。コインはクルクルと回りながら上に上るが、やがて重力に従って落下する。

 

そして有栖が腕を使ってキャッチするかと思えば、スルーしたのでコインは地面にぶつかって跳ねる。同時に俺はイカサマと疑われないようにと有栖が配慮したのだと理解する。

 

結果、コインは星が書かれた面を見せてくる。つまり裏である。

 

「あら。残念ながら私の負けですね。おめでとうございます」

 

「良かったな龍園」

 

「おめでとうございます」

 

有栖が珍しく残念そうに呟き、俺とひよりが拍手するが当然だろう。当たればこちらが50クラスポイントを得て、外したらAクラスが50クラスポイントを得るのだから。

 

「ふんっ。コイントスの勝利程度で喜ぶなんて器が知れてるわね。貴方達がDクラスに居ないのも何かズルをしたに決まってるわ」

 

事情を知らない雪ノ下は嘲笑を浮かべている。他の連中はというと葛城や神崎や堀北は俺達やコインを見比べて警戒丸出しだ。

 

その言葉により有栖の頭に青筋が浮かぶ。有栖って普段から雪ノ下と由比ヶ浜に喧嘩を売られているからか、2人に限定して沸点が低いんだよなぁ。

 

同時に有栖は俺にアイコンタクトをしてくる。トドメを刺せ、と。

 

それを確認した俺は龍園に裏切って良いかとアイコンタクトをすると龍園は頷く。どうやら裏切って良いみたいだな。

 

「はぁ……今回含めて後4回もグループディスカッションをするって事はそれだけ長く雪ノ下の戯言を聞かないといけないのか。面倒だなぁ」

 

正直雪ノ下の言動にはイラっとくるので挑発をする。

 

「私は間違った事は言ってないわ。貴方達がDクラスにいないなんてあり得ないし、試験をマトモに考えないで遊んでるのは事実じゃない」

 

「はっ。嘘つきを見つける簡単なクイズをマトモに取り組む必要はないな」

 

言いながら俺は携帯を取り出して学校に対して櫛田桔梗と書いたメールを送る。

 

その直後、部屋にいる全員のポケットから音楽が流れ出す。

 

「あなた、まさか……!」

 

堀北が驚きながらポケットから携帯を取り出し、他の面々も携帯を取り出す。

 

『竜グループの試験が終了致しました。竜グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

俺の携帯にもこんなメールがやってくる。これで残りは兎グループのみだ。

 

「おや、八幡君が裏切ったようですね」

 

「ふんっ。貴方みたいな屑が指名しても外れるに決まってるわ」

 

「何とでも言え。ともあれ終わったし、部屋を出ようぜ」

 

俺がそう言って退出を促すと優待者の法則を知っているメンバーは立ち上がる。

 

「待って。参考までに誰の名前を打ったのか教えてくれないかしら?」

 

堀北がそんな質問をしてくる。答えようか悩んだが、残りの兎グループの優待者はDクラスの生徒だから裏切るのは無理と判断して答えることにした。

 

俺は堀北に近寄り、彼女の耳に顔を寄せて……

 

「櫛田桔梗」

 

堀北以外には聞こえないくらい小さな声で呟いた。

 

「っ……!」

 

俺の言葉に堀北は目を見開いて驚きを露わにする。どうやらビンゴのようだ。

 

その反応を見て嬉しく思いながら俺は部屋を後にするのだった。



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今後の方針



お待たせしました。

仕事やコロナ影響が重なって投稿が遅れてしまいました。

今後は週一を目標に頑張ります。


「これで残りは兎グループのみですが……早く結果発表の時間になってほしいです」

 

竜グループの部屋を後にして部屋に戻ろうとする中有栖は薄い笑みを浮かべながらそう呟くが、彼女は2日後にある結果発表を待ち望んでいるようだ。そして本格的にDクラス、というより雪ノ下と由比ヶ浜を叩きに行くのだろう。

 

しかし俺はどうこう言うつもりはない。雪ノ下にしろ由比ヶ浜にしろ、有栖に対する暴言は酷過ぎるからな。

 

「で?甚振るだけ甚振って退学がかかった試験になったら潰す腹か?」

 

「そのつもりです。雪ノ下さんは成績が優秀ですから難しいかもしれないですが、由比ヶ浜さんから簡単に消せるでしょう」

 

龍園の問いに有栖が小さく頷く。というか由比ヶ浜が退学したら雪ノ下はどんな理由でも俺に突っかかってきそうだな。

 

ため息を吐きながらも俺達はエレベーターに乗って宿泊する階層に向かう。

 

そして女子が寝泊まりする階層に到着すると有栖とひよりがエレベーターから降りて、エレベーターでは必然的に龍園と2人きりになる。

 

「さて、比企谷。今回の試験はウチとAクラスの勝ちは決まったが、今後お前はどうするべきと考える?」

 

「一応考えは2つある。Aクラスと正式に同盟を結んでBクラスとDクラスに宣言するべきだな」

 

俺は即答する。それがウチのクラスにとって最善だ。

 

「今回の試験……優待者の法則がわかれば大量のポイントが約束されるから、独り占めする為に他クラスと協力するのは極めて難しい」

 

「が、坂柳のDクラス、正確にはお前と同中の2人に対する恨みの強さが協力に漕ぎ着けた。その事から長期にわたる同盟を結ぶのは可能だな」

 

「ああ。だから今はこの関係を維持してDクラスを徹底的に叩く。そんで浮上が出来ないくらい叩き潰したらAクラスと協力して一之瀬を叩く」

 

「で、Bクラスも浮上が出来ないくらいダメージを受けたらAクラスと同盟を破棄して一騎打ちにする、と?」

 

龍園の問いに頷く。もちろん他にも理由がある。今のCクラスはどう足掻いてもAクラスには勝てない。

 

龍園が有栖よりも弱いとは思ってないが、兵の質が違い過ぎる。大将の質が互角なら勝敗を決めるのは兵力だ。

 

だからAクラスと同盟を結んでから同盟を破棄するまでの時間をCクラスの兵の質を上げる事に使いたい。

 

「同盟については俺も戦術の1つに入れている。坂柳は由比ヶ浜と雪ノ下を恨んでるし、俺もDクラスをオモチャにしたいからな。で?もう1つは?」

 

龍園は改めてそう尋ねるが言ったら龍園は絶対に笑うだろう。コイツは面白いことを望むからな。

 

そう思いながらも俺は口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう1つは……2千万ポイントを用意して有栖をウチのクラスに引き入れる」

 

瞬間、龍園の顔はポカンとする。しかしそれも一瞬で……

 

「ははっ!なるほどなるほど!ソイツは傑作だな!」

 

案の定楽しそうに笑う。

 

実際のところ、龍園と有栖が同じクラスに入ったら最強のドSクラスが誕生して、ウチのクラスの勝ちは殆ど確定するだろう。

 

龍園と葛城を比べると、総合力ならまだしも大将の質は葛城が遥かに劣っている。

 

仮に有栖がこの学校に通ってなかったら、十中八九Aクラスはウチのクラスに負けるだろう。葛城の戦術は龍園のそれとは相性が最悪で、兵の質で埋めれるとは思えない。

 

そんなCクラスに有栖を引き入れたらウチのクラスはAクラスの地位は確実だろう。

 

もちろん有栖がわざわざ下位のクラスに行く事を望むかはわからないが、有栖はAクラスの地位よりも刺激的な日々を望んでいるのは知ってるし、「面白そうですね」と乗ってくるかもしれない。

 

「発想は面白いな。だが上手くいくのか?俺も坂柳も誰かの下につくのを望まないし、下手したら坂柳派と葛城派の争いよりも激しい争いが起こるぞ?」

 

「争えばな。だから争わなきゃ良いだけだ」

 

「あん?」

 

「有栖を引き入れたら、お前と有栖は不干渉でお互いにやりたいようにやる。んで他クラスに嫌がらせをする時だけ、今回の試験のように2人で協力して、「相手をどれだけ苦しめるか」を話し合って実行すれば良い話だ」

 

有栖は龍園と性格が似てるし、葛城以上にぶつかり合う可能性はあるのは否定しない。

 

ならば両者と関係が深い俺が、2人の緩衝材となる。日々の日常では2人が相互不干渉の状態になるようにして、特別試験などが始まったら2人が協力出来るように動けば良い。

 

難しいかもしれないが成功すれば大量のポイントが入ってAクラスで卒業する事も不可能じゃない。

 

そしてこれと同じ戦術を有栖が使う事は出来ない。

 

俺と龍園は無人島試験で葛城を嵌めて、Aクラスは大ダメージを受けて、大半が俺と龍園と葛城を憎んでるだろう。

 

結果的に坂柳派が強くなったが、坂柳派リーダーの有栖が龍園をAクラスに引き入れた場合、生徒の不満が爆発して葛城派が巻き返す可能性が高く暴動が起こる可能性が高い。

 

逆に有栖がウチのクラスに来て場合、警戒はあるだろうが暴動はないだろう。

 

「なるほどな……面白い話だが、上手く実行出来るかわからないし、とりあえず保留だ」

 

まあそうだろうな。言うは易し行うは難しだ。

 

「どの道今はAクラスと争うつもりはないし、橋渡しを頼むぞ」

 

「了解した。同盟の件は試験最終日までに話を済ませて、結んだら試験結果が発表された直後にBとDに宣言する感じか?」

 

「そんな流れで問題ない。残るグループは兎グループだけ、それも裏切るのはAクラスだから俺達の仕事は終わりだ。ゆっくり休め。まあもしひよりと一夜を過ごしたいなら、俺と石崎とアルベルトは違う部屋で寝てやるよ」

 

「アホか。一夜を明かしたら一線を越えちまいそうだからな?」

 

ただでさえひよりと昼寝をすると、ドキドキを通り越してムラムラするのだ。夜一緒に寝たら理性を吹っ飛ばす自信がある。

 

「それはそれで面白そうだがな……あ、お前らの体液の臭いが充満したら堪らないから、ヤるなら帰ってから自室でヤれ」

 

「お前マジでぶっ殺すぞ」

 

そんな生々しい話をすんじゃねぇよ。おかげで次にひよりと一緒に寝る事になったらマジで理性を吹っ飛ばしそうだし。

 

「悪い悪い」

 

 

俺の文句に龍園はヘラヘラ笑いながら謝罪する。殴りたい、あの笑顔。

 

内心ため息を吐きながらも俺はエレベーターから降りる。そして自室に行き、以前借りた水着を持ってビニールに入れる。

 

「何だ?プールに行くのか?」

 

「スパ温泉の方だ。この時間帯は人が殆ど居ないから休むには最適だ」

 

自室でも休めるが、今はなんとなく1人になりたいし、ベッドを見るとひよりの事を考えてしまいそうだからな。

 

そのまま部屋を出てスパ施設に向かう。前は有栖や伊吹もいたが、今回もいそうな気がする。

 

そう思いながら男子更衣室に入り、パパッと水着に着替えて温泉に繋がっている扉を開ける。

 

そして扉を閉めると同時に隣のドアが開き……

 

「比企谷?奇遇ね」

 

そこから出て来たのは有栖の側近且つパシリである神室だった。

 

「神室か。一応聞いとくが偶然か?」

 

Cクラスでそれなりに地位が高い俺とAクラスリーダーの側近の神室が同じタイミングで温泉に入るのは些か出来過ぎかもしれないし、もしかしたら有栖が俺に関する事で神室に命令しているのかもしれない。

 

「偶然。最近の坂柳はアンタに夢中になってるから自由時間が増えてるの。だからリラックスとしてスパ施設に行ったらアンタがいたの」

 

そういや最近は有栖と過ごす時間が多いな。まあ一緒に過ごす相手が少ないってのもあるけど。

 

(しかし神室のスタイル、抜群だな)

 

神室は紫色のシンプルなビキニを着ているが、出るところは出ていて、引き締まっているところは引き締まっていて、手足もスラっとしていて理想的なスタイルだ。

 

ひよりや有栖は小柄故に可愛らしさがあるが、神室は綺麗さがある。

 

とはいえガン見したら神室に悪いし目を逸らす。

 

「そうか。それと神室。俺達Cクラスは有栖がリーダーとなったらAクラスと同盟を組みたいから、温泉から出たら有栖に伝えてくれないか?」

 

「わかった。坂柳も同盟を考えてるみたいだしね」

 

そんな風に会話をしながらも俺はジャグジーに入る。既に何度も足を運んでいるが、ジャグジーに入りながら外を見るのは疲れが癒されるんだよなぁ。

 

対する神室も同じ考えのようで俺に続く形でジャグジーに入ろうとするが……途中で足を滑らせてこっちに倒れる。

 

だから俺は急いで身体を起こして神室を受け止める。同時に重みを感じ神室の手が俺の背中に回される。

 

「大丈夫か?足を攣ったりしてないか?」

 

「ん……大丈夫。アンタこそ怪我してない?」

 

「俺は大丈夫だ。それよりも大丈夫なら離れてくれないか?」

 

咄嗟のことだから仕方ないが、現在俺は神室と抱き合った状態となっている。

 

ひよりや有栖とはよく抱き合っているから多少は慣れたが、神室とは特別棟で1回だけしか抱き合ってないので妙にドキドキしてしまう。

 

これを有栖に見られたら、からかわれるのはめいは「おや、中々面白い光景ですね」……oh

 

 

 

後ろを振り向けばワンピース水着を着た有栖がクスクスと笑っていた。



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抱擁

「まさか私や椎名さんだけではなく、真澄さんも抱きしめるとは思いませんでしたよ」

 

有栖は杖をつきながらゆっくりとこちらに歩いてくる。同時に神室はため息を吐きながらも俺から離れて口を開ける。

 

「意図的に抱き合った訳じゃないから。私が転びそうになったところを助けて貰っただけだから」

 

「まあそうでしょうね。からかってすみませんでした」

 

そう言ってから有栖もジャグジーに入る。今更だが見た目が幼い有栖とジャグジーに入ってるって犯罪臭がするな……

 

「ところで八幡君にお願いがあります。私を抱きしめてください」

 

「いきなりだな。なんかあったのか?」

 

「はい。八幡君や龍園君と別れた後に部屋に戻ろうとしましたが、途中で由比ヶ浜さんに会ってしまい……まあ後は察してください」

 

「オーケー、察した」

 

大体予想はついた。大方由比ヶ浜が昨日の一斉裏切りについてギャーギャー騒いで、その際にまた有栖をガキ呼ばわりしたのだろう。

 

そんでストレス発散をするべく温泉に向かったら俺達と鉢合わせしたわけだ。

 

「ですから抱きしめてストレスを発散させてください」

 

「いや神室がいるんだけど?」

 

神室はどうでも良さそうに俺達を眺めている。興味がなさそうだが、だからといってここで抱き合うのは結構恥ずかしい。

 

「私は気にしませんよ?」

 

「俺が気にするんだよ」

 

「わかりました。では恥じらいを持たないで済むよう、もう一度真澄さんを抱きしめてください」

 

いやそっちに行くのかよ。普通神室を立ち退かせる選択肢を選ぶんじゃね?

 

「別に私が出て行けば良いだけじゃないの?」

 

「それでは面白くありませんから」

 

うん、絶対にコイツはそう言うと思った。有栖は堅実な勝利には興味がなく、ただ面白い事を優先するからな。

 

対する神室はため息を吐いてから俺に近寄る。どうやら俺に抱きしめられる選択をしたようだ。

 

「本気か?」

 

「逃げたら後で絶対に面倒な事になるから」

 

ですよねー。

 

「ふふっ。私の事をよく理解してますね」

 

「あんたを詳しく知ってる人なら誰でも理解出来る。それより……」

 

神室はその言葉を最後に俺の正面に立つ。それを見た俺は息を吐いてからそっと神室を抱きしめる。

 

「……ぁ」

 

すると神室はクールな表情に似つかわしくない吐息を漏らす。そんな神室を抱きしめるとドキドキしてしまう。

 

「どうですか真澄さん。気持ちいいですか?」

 

「別に……まあ何となく落ち着くわ」

 

神室はそう口にするが、俺の抱擁ってそんなに良いのか?実際ひよりや有栖は抱きしめられる事を望んでいるから良いのかもしれないが未だに半信半疑だ。

 

「では真澄さんも八幡君の背中に手を回して、八幡君の肩に顎を乗せてください」

 

と、ここで有栖はとんでもない事を言ってくる。抱きつくだけでドキドキしているのに抱き合えと言ってきたのだ。

 

これはマズイんじゃね?、と思ったが……

 

「はいはい」

 

神室はため息を吐いてから俺の背中に手を回し、俺の肩に顎を乗せてさっきよりも密着体勢となる。

 

ヤバい……物凄くドキドキしてしまう。有栖の奴、恥ずかしがっている俺を見たいのは容易に想像できるがドS過ぎだろ?

 

「んっ……」

 

思わず腕に力を込めると、神室は身を捩り、結果密着度が上がる。

 

理性の壁にヒビが入っているのを自覚しながらも暫く抱き合っていると……

 

「そろそろ離れて良いですよ」

 

遂に有栖がそう言ったので神室の背中に回していた手を下ろすと、神室も同じ仕草をして俺から離れる。当の本人は気恥ずかしそうにチラチラとこっちを見ていて、ドキドキが止まらない。

 

「真澄さんも満足したようですし、次は私を抱きしめてください」

 

そう言って有栖は俺に近寄ってくるので、俺は有栖を引いてそのまま抱きしめる。

 

「あっ……もう少し強くお願いします」

 

腕の中にスッポリ収まった有栖は吐息を漏らしながらそう願うので少しだけ抱きしめる力を上げる。

 

「あんっ……凄く気持ちいいです。さっきまで溜まっていたストレスが無くなっていくのがわかります……」

 

有栖はそう言って抱きしめる力を強めて、自分の頬を俺の頬に当ててスリスリしてくる。

 

その際に神室がゴミを見る眼差しで見ているが、側から見たら俺はロリコン扱いされても仕方ないので甘んじて受け入れる。

 

「それにしても八幡君は凄いですね」

 

「何がだよ?」

 

「メンタルの強さがですよ。私は由比ヶ浜さんや雪ノ下さんと1分関わっただけでストレスが溜まって仕方ないのに、中学時代にずっとあの2人と関わっていた八幡君は凄いと思います」

 

「あ、それは同意。あの2人と何年も関わってられる比企谷のメンタルは坂柳や龍園より遥かに強いんじゃない?」

 

「否定はしない。つか今は大分マシだからな。中学時代にはあの2人に加えて、更に3人がギャーギャー騒いでたんだよ」

 

小町と独神と葉虫の3人がな。つまり今は当時の4割程度だから大分マシになっている。

 

「それは大変ですね。しかし八幡君は何をやったのですか?噂では文化祭で実行委員長に暴言を吐いたり、修学旅行で告白の邪魔をしたと言われてますが、事実なんですか?」

 

「事実だな。まあ全部あの2人の尻拭いでやっただけだ」

 

そう前置きして文化祭と修学旅行で会った事を全て説明する。もちろん私情は一切挟んでない。

 

全てを聞いた有栖と神室は意外そうに俺を見てくる。

 

「意外ですね。八幡くんが受ける必要のない依頼を受けるなんて」

 

「というかアンタもそんな無茶苦茶依頼を何度も引き受けるって馬鹿じゃないの?」

 

「そうだな。それに関しちゃ否定は出来ない」

 

中学時代の俺は本当に馬鹿だった。何でどうでも良い奴等の為に身を粉にして働いていたのだろうか?

 

「しかし1番の愚か者は間違いなく由比ヶ浜さんでしょう。文化祭では雪ノ下さんが受けた依頼に八幡君を巻き込み、修学旅行では率先して依頼を受けたのに何もしなかったにもかかわらず、尻拭いをした八幡君を悪く言うのですから」

 

だよな。確かに俺にも悪い点はあるが、由比ヶ浜に比べたら遥かにマシだろう。

 

またそれを差し引いてもアイツは俺を常日頃からキモいキモい言うし、有栖の事をdisるしな。

 

「不愉快になる話をして悪かったな」

 

「私が頼んだのですから気にしないでください……とはいえ、こちらとしても再度苛立ちが生まれてきました。ですから八幡君にお願いがあります」

 

「何だ?」

 

「今から私は八幡君に背を向けて膝の上に乗りますから、後ろからあすなろ抱きをしてください」

 

待てコラ。どうしてそうなった?

 

そう突っ込もうとするが有栖の方が一歩早かった。俺の背中に回した手を下ろし、そのまま回れ右をして俺に背を向けてくる。

 

「ではお願いします」

 

どうやら引く気は無いようだし、こっちが折れるしかないようだ。

 

そう判断した俺はそのまま有栖の背中にくっつき、そっと首に手を回す。

 

「っあ……温かいです」

 

背後から俺に抱きしめられた有栖は小さく動き、俺をくすぐってくるが、俺も有栖の温もりを心地良く思っている。

 

「やっぱり八幡君の抱きしめ方はクセになりますね……気持ちいいです」

 

「そりゃどうも。ところで有栖。後で話があるんだが、良いか?」

 

「Cクラスとの同盟の話ですか?」

 

「話が早いな」

 

「私も温泉から出たら話をしようと思いました。私としては同盟に賛成です」

 

「わかった。じゃあ今度改めて話し合いの場を作ろうな」

 

「はい……ですが、今は私を抱きしめる事だけに集中してください」

 

「はいはい」

 

そう言ってから俺は有栖を抱きしめる力を強めてお互いの温もりを感じ合うのだった。

 

その後、神室にロリコン呼ばわりされたが、それについては客観的に見たら否定出来ないので甘んじて受け入れるのであった。



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試験終了

試験最終日。

 

無人島の時とは違い、船の中は娯楽だらけだからか進む時間は早い。

 

まして兎グループ以外のグループは試験を終了しているからな。

 

そんな中、俺はカラオケボックスにいた。隣には龍園がいて向かい側には有栖と神室が座っている。

 

壁にある時計を見れば時刻は8時丁度。つまり兎グループは今から最後のグループディスカッションをするのだ。

 

「いよいよ最後の話し合いだが、いつ裏切らせるんだ?」

 

龍園が向かい側に座る有栖に話しかける。兎グループを叩くのはAクラスと決めている。

 

「一之瀬さんが作戦を提示したら即座に裏切るように指示しています。ずっとトランプをしているようですが、なんらかの作戦を考えているでしょうから」

 

「ま、負けは決まってるがな。それより例の件については?」

 

龍園がそう言って有栖を見ると有栖は頷く。

 

「はい。私達AクラスはCクラスと長期的な同盟を結びます」

 

そう言う事でAクラスとの同盟が成立する。

 

「決まりだな。期間はBクラスとDクラスが再起不能レベルになるまでで、Dクラスについては再起不能になっても手を休めずに攻撃するんで良いんだな?」

 

「はい。龍園君達がDクラスを叩くというなら惜しみなく支援します」

 

「はっ。お前よっぽど由比ヶ浜が嫌いなんだな」

 

「ええ。大嫌いです」

 

だろうな。散々チビチビ言われガキ扱いされているんだ。これで有栖が由比ヶ浜を嫌ってないならドMとしか思えない。

 

そこまで考えていると携帯が鳴る音が聞こえてくる。同時に有栖はポケットから携帯を取り出す。

 

「おや、兎グループにいる森重くんからですね」

 

言うなり有栖はテーブルに携帯を置きスピーカーモードにして電話に出る。どうやら会話の内容を聞かせてくれるようだ。

 

「もしもし。どうしましたか森重君?」

 

『Bクラスが携帯を見せ合う作戦を提示しましたが、裏切ってもいいですよね?』

 

まあそんな作戦を提示したら裏切るしかないな。

 

その際に電話の向こう側から騒ぎ声が聞こえてくるが有栖はそれを無視する。

 

「お願いします。優待者はわかってますね」

 

確か兎グループの優待者はDクラスの軽井沢だったな。

 

『大丈夫です。では失礼します』

 

通話が切れる。それから直ぐに部屋にいる全員の携帯が鳴る。見るまでもなく、兎グループの試験の終了に関するメールだろう。

 

「これで全ての試験が終了しました。今回はご協力ありがとうございます」

 

「俺としてもメリットがあったから問題ない。それと坂柳、同盟についてはいつ発表するんだよ?」

 

普通同盟は秘密裏に結ぶのが得策だ。堂々と発表したら向こうも警戒するだろうから。

 

しかしそれはあくまで普通ならの話であり、今回は普通じゃないから龍園はそんな提案をする。

 

「試験結果が発表される際ですね。それまでに掲示板にメッセージを残します。そうですね……船のデッキ中央にて1年生全員で結果を見る……という感じで大丈夫ですか?」

 

「問題ないな。その際にBとDの悔しそうなツラ見て、その後に重大発表でお前の大嫌いな由比ヶ浜にプレゼントをする流れだな?」

 

「ええ。最高のプレゼントをあげる予定です」

 

有栖の顔には愉悦の色がある。由比ヶ浜は怒らせてはいけない人間を本気で怒らせてしまったようだ。南無

 

 

内心由比ヶ浜に合掌しながら俺は今後の予定を話す龍園と有栖を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「いよいよだが……俺の立ち位置変えてくれないか?」

 

俺は龍園にそう呟く。

 

現在は試験の結果発表5分前で、俺達Cクラス全員は掲示板に書かれたメッセージに従ってデッキ中央に向かっている。

 

それだけなら問題ないが俺の立ち位置は龍園の真後ろ、そんで俺の後ろには石崎やアルベルト、伊吹や金田にひよりなどCクラスの主力が並んでいる。

 

これだと俺が他クラスから龍園の右腕と思われて目立ってしまう。

 

「諦めろ。大体お前は他クラスの雑兵ならともかく、主力からは脅威と見られてるんだから今更だ」

 

「へいへい」

 

ため息を吐きながらもデッキ中央に向かう。そこには既に他クラスの生徒が揃っていた。

 

「Cクラスも来ましたか。招待に応じていただきありがとうございます」

 

有栖はあたかも打ち合わせをしてないかのように振る舞う。

 

「Aクラスのリーダー様からの招待だからな。随分と自信があるようで」

 

「どうでしょうね。ただこの集合が良い時間になる事を祈っています」

 

そう言って有栖は意味深な笑みをBクラスとDクラスの方に向ける。それに伴う形でBクラスとDクラスの生徒は身構える。

 

「結局坂柳さん達は何をしたのかな?最後の話し合いで森重君が裏切りの許可に関する電話をしたってことは、やっぱり初日の深夜の一斉メールは坂柳さんの仕業なの?」

 

兎グループに所属する一之瀬は落ち着いた表情で有栖に尋ねる。実際はAクラスとCクラスが合同で裏切ったが、そう判断してもおかしくない。

 

「ふふっ……結果を見れば自ずとわかりますよ」

 

有栖は優しい微笑みを浮かべる。

 

同時に遂に午後11時を迎え、俺達の携帯に一斉にメールが着信されるので見てみる。

 

そこには……

 

鼠―――裏切り者の正解により結果3とする

牛―――裏切り者の正解により結果3とする

虎―――裏切り者の正解により結果3とする

兎―――裏切り者の正解により結果3とする

竜―――裏切り者の正解により結果3とする

蛇―――裏切り者の正解により結果3とする

馬―――裏切り者の正解により結果3とする

羊―――裏切り者の正解により結果3とする

猿―――裏切り者の正解により結果3とする

鳥―――裏切り者の正解により結果3とする

犬―――裏切り者の正解により結果3とする

猪―――裏切り者の正解により結果3とする

 

以上の結果から本試験におけるクラス及びプライベートポイントの増減は以下とする。

 

cl、prという単位がポイントの後ろについてあるが、これはそれぞれクラスポイントとプライベートポイントの略称である。

 

Aクラス……プラス100cl プラス250万pr

Bクラス……マイナス150cl 変動無し

Cクラス……プラス150cl プラス300万pr

Dクラス……マイナス100cl プラス50万pr

 

 

 

結果が出てBクラスとDクラス、Aクラスの葛城派らしき生徒からは騒めきが生じる。

 

これを見れば馬鹿でもAクラスとCクラスが足並みを揃えて協力し合ったのがわかるからな。

 

この試験は優待者の法則を見抜けたら独り勝ち出来るにもかかわらず、協力し合ったのが信じられないのだろう。

 

 

ともあれクラスポイントは大きく動いた。

 

無人島試験が終わった時点の各クラスのポイントは……

 

Aクラス 1074ポイント

Bクラス 884ポイント

Cクラス 686ポイント

Dクラス 175ポイント

 

だが、今回の優待者当て試験により……

 

Aクラス 1174ポイント

Bクラス 734ポイント

Cクラス 836ポイント

Dクラス 75ポイント

 

となる。それにより俺達CクラスはBクラスに上がり、一之瀬のクラスはCクラスに落ちる。

 

「それにしても猿グループの裏切り者はDクラスの生徒ですか。これは油断が出来ませんね」

 

結果を見た有栖はそう言う。猿グループの裏切り者が誰かは知らないが、誰よりも早く裏切ったのだから警戒するのは必然だ。

 

「……結果を見るにAクラスとCクラスは手を結んだようね。でもどうして手を組んだのかしら?どっちが法則を見抜いたのかは知らないけど、独り勝ちする事も出来たはずよ」

 

堀北がそう口にする。まあ普通に考えたらな。

 

「確かに独り勝ちは出来たかもしれないが、単純にBクラスとDクラスに嫌がらせをしたかっただけだ」

 

堀北の問いに龍園が即答する。まあ有栖は違う理由だがな。

 

と、ここでギャーギャー叫ぶ奴がいた。

 

「ふざけんなし!アンタ達の所為でポイントが減ったじゃん!マジキモい!」

 

由比ヶ浜だった。怒りを露わにしてガキみたいにギャーギャー騒ぐ。

 

同時に有栖は冷笑を浮かべる。

 

「ふふっ。全ての元凶がよく騒ぎますね」

 

「はぁ?!わけわかんないこと言うなしチビ!」

 

由比ヶ浜の罵倒に有栖の額に青筋が浮かぶ。しかし有栖は声を荒げることなく、口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

「ならば改めて宣言しましょう。私達Aクラスは由比ヶ浜さんを攻める為にCクラスと長期的な同盟を結びました」

 

 



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方針

「ならば改めて宣言しましょう。私達Aクラスは由比ヶ浜さんを攻める為にCクラスと長期的な同盟を結びました」

 

有栖の宣言に対してデッキには沈黙が生まれるが、それも一瞬ですぐに騒めきに変わる。

 

そんな中、当事者である由比ヶ浜は真っ赤になって叫び出す。

 

「どういう意味だし?!私別に悪い事なんかしてないじゃん!」

 

その言葉に有栖の額に青筋が更に浮かび、龍園は高笑いする。

 

「くははっ!マジで言ってんのかよ!お前の頭はどんだけおめでたいんだよ?!最高だ……ゴホッゴホッ!」

 

龍園は笑い過ぎて噎せてしまっている。まあ気持ちはわからんでもない。

 

「ほう……散々私を子供扱いしたり、八幡くんを罵倒しておきながら悪くないと?」

 

「ヒッキーがキモいのは事実じゃん!アンタだって須藤君に突き飛ばされただけで学校にチクるなんてガキなの?!」

 

その言葉に対して有栖の額には更に青筋が浮かび、龍園は笑い転げ、それ以外の生徒の大半は信じられないような眼差しで由比ヶ浜を見る。

 

「ええ。私は子供ですから学校に報告しましたし、子供ですから貴女に馬鹿にされた仕返しをする為にCクラスと同盟を結びました」

 

「そういうことだ。しっかしDクラスの大半は不憫だなぁ。由比ヶ浜の言動の所為でこれからずっと俺のC……いや、Bクラスと坂柳のAクラスから攻撃を受け続けるんだからよ」

 

「ちょっ……由比ヶ浜はともかく俺達は無関係だろ!」

 

Dクラスの生徒はとばっちりを受けたくないとばかりに叫び出す。然しその程度の意見で有栖や龍園が止まるわけがない?

 

「残念ですが由比ヶ浜さんを叩くとなればDクラスそのものを叩くのが一番効率的ですから諦めてください」

 

「恨むんだったらAクラスのリーダーと俺が持つ最強の駒をdisりまくった由比ヶ浜を恨むんだな」

 

瞬間……

 

「ふざけんなよ由比ヶ浜!」

 

「あんたの所為で今後が地獄じゃない!」

 

「中間試験の時といい、疫病神だな!」

 

「今すぐ退学しろ!」

 

Dクラスの生徒の大半は由比ヶ浜を怒鳴る。中学時代は人気者であった由比ヶ浜からしたら悪意に晒されるのは耐えられないだろう。

 

それに対して雪ノ下や平田が由比ヶ浜を庇うように立つが多勢に無勢だ。

 

「それとB……っと、Cに落ちたんだったな。Cクラスについても由比ヶ浜がいるDクラスと同盟を結んでるし、徹底的に叩いてやるよ」

 

龍園の言葉に元BクラスのCクラスの生徒の大半も、Dクラスに怒鳴られている由比ヶ浜を睨む。あからさまに怒鳴ってはないが敵意は充分にある。

 

「ふふっ。二学期を楽しみにしてください。では私達はこれで失礼します。呼び出しに応じていただきありがとうございます」

 

有栖はそう言ってから一礼してから、配下を引き連れてゆったりとした足取りでデッキを後にする。

 

「俺達も行くぞ。今後について話をする……じゃあな、雑魚ども。二学期を楽しみにしてな」

 

龍園は一之瀬率いるCクラスの連中にそう言ってから歩き出すので、それに続く。

 

その際に顔を覆って蹲っている由比ヶ浜が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

「責任取れよ疫病神!」

 

「アンタの所為でクラスポイントが減ったんじゃない!」

 

「お前なんかの為にポイントを払うんじゃなかったぜ!」

 

坂柳のグループと龍園のグループが去ってからもDクラスの生徒の大半は由比ヶ浜を罵倒する。

 

「落ち着いて!これ以上揉めても何も変わらないよ!」

 

「由比ヶ浜さんを悪く言わないで!」

 

「流石にこれ以上は言い過ぎだから落ち着いて」

 

平田と雪ノ下に加え、一之瀬も止めに入るが罵倒は止まらない。

 

元々由比ヶ浜は中間試験での一件でクラスで嫌われていたが、人気者の平田や櫛田が何とか場を収めていた。

 

しかし今回Aクラスと元Cクラスが同盟を結んだ理由が、由比ヶ浜という事もあり怒りが爆発したのだ。

 

由比ヶ浜が罵倒される光景を綾小路清隆は離れた場所からいつもの無表情で眺めている。

 

そんな綾小路の近くにDクラス担任茶柱がやってくる。

 

「激しい騒ぎ声が聞こえてきたから来てみたが、何があった?」

 

「Aクラスと元Cクラスが同盟を結びました。理由は由比ヶ浜と由比ヶ浜が所属するDクラスを叩く為にですね」

 

「……何?」

 

Aクラスに未練がある茶柱は目を細める。そんな茶柱に対して綾小路は口を開ける。

 

「茶柱先生。例の件ですが俺を解放してください。それが無理ならせめて由比ヶ浜が退学するまで結果を出せなくても文句を言わないでください」

 

今回の試験で今後に備えて軽井沢恵という駒を手に入れた綾小路は茶柱に頼み込む。

 

「お前でも無理か?」

 

「無理ですね。由比ヶ浜が在籍している限りDクラスは今後浮上する事はありません」

 

茶柱の質問に綾小路は断言する。

 

茶柱からDクラスをAクラスまで上げるように脅されている綾小路だが、由比ヶ浜がDクラスにいる状態ではCクラスにすら上がれないと確信している。

 

今回の優待者当て試験において、クラスを越えた協力関係を築くのは不可能に近い。

 

優待者の法則を見抜いたら独り勝ちが確定する試験で他クラスと組むには揺るぎない信頼が必要だが、坂柳のクラスと龍園のクラスは由比ヶ浜に対する恨みを使って揺るぎない信頼を手に入れた。

 

優待者当て試験で協力し合えるなら、今後の特別試験も同じように足並みを揃えてDクラスを叩くことは朝飯前であるのは明白。

 

生徒一人一人のポテンシャルやクラスの統率力などにおいて、Dクラスを遥かに上回っている2クラスを同時に相手取るのは不可能。

 

実際綾小路は今後について色々策を講じているが、クラス内にある亀裂や2クラスの結束力により、策は全て押し潰されると確信していた。

 

同盟を結んだ理由は由比ヶ浜を叩く為であるので由比ヶ浜が退学したら同盟は破棄される、もしくは結束力が弱まる。

 

最低でも由比ヶ浜が退学しない限りDクラスに勝ち目は一切なく、仮に由比ヶ浜が退学しても退学した際に生まれるであろうペナルティにより勝ち目は紙のように薄い……というのが綾小路の考えだ。

 

少なくとも由比ヶ浜がいる状況で結果を出せと言われても無理としか言いようがない。

 

「そうだな……わかった。少なくとも由比ヶ浜が退学するまでは急かさないことを約束しよう」

 

茶柱は騒ぎを見ながら綾小路の頼みを受ける。茶柱から見ても由比ヶ浜の足の引っ張り具合は桁違いであり、仕方ないと割り切ってしまっている。

 

(とりあえず最悪の事態は回避出来たが……本当に詰んでるな)

 

普段負ける事を想像しない綾小路でも今の状況は最悪であった。このままだと今後ずっとポイントも貰えないのは目に見えている。

 

(いっそAクラスとBクラスにこっちの情報を売って早急に由比ヶ浜を退学させるか)

 

綾小路は坂柳と龍園の顔を浮かべながら、如何に早く由比ヶ浜を退学させるかを考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「さてお前ら。Aクラスと同盟を結んだが、今後の予定を話しておく」

 

船にあるカラオケボックス、そこに俺達は龍園の命令により集まっている。

 

「先ず優待者を当てることによって入るプライベートポイントは300万だが、これについては200万を貯金して残り100万をクラス全員で均等に分ける」

 

まあ貯金は大事だからな。

 

「裏切り者が望めば学校はポイントを振り込んだ仮IDを作ってくれる。だから比企谷、お前は後で仮IDを作るように学校に申請しろ。比企谷以外の裏切り者はポイントが振り込まれた全額比企谷に送金しろ」

 

「わかった。そんで仮IDに300万貯まったら、内100万を40等分してクラスメイトに渡せば良いんだな?」

 

つまり今回の試験で入るプライベートポイントは2万5千ということになる。

 

しかし俺は特に不満はない。俺1人で優待者の法則を見抜けない可能性が高いからな。

 

「ああ。それとだ、二学期からは税収制度を導入するつもりだ」

 

その言葉にカラオケボックスに騒めきが生じる。

 

「それはつまり今後に備えての貯金ということですな?」

 

クラスの参謀である金田が眼鏡をクイっと上げて質問する。

 

「ああ。クラスポイントも伸びたから、Aクラスと一騎打ちになった場合の備えをしておきたい」

 

なるほどな。まあ確かにこの状況が続けばAクラスと一騎打ちをする事は可能だが、勝てる可能性は低い。

 

だから様々な備えをするのは当然だが、プライベートポイントを貯めておくのは重要だろう。

 

「そうなると毎月3万くらいですか?」

 

「そうだな。毎月3万なら生活に支障はないだろうな」

 

金田の質問に龍園が頷く。つまり毎月120万ポイントを貯めていくのだな。

 

今回の試験でウチのクラスポイントは836ポイントとなった。つまり毎月8万3千6百のプライベートポイントが支給される。

 

そこから3万、税として徴収すると各人が使えるプライベートポイントは5万3千6百となる。

 

そしてこれは5月の時点で支給されたプライベートポイントよりも多いので、日常生活において不便になるようなことはないだろう。

 

「ポイントを預かるのは比企谷にする。お前らは来月からポイントが振り込まれたら、比企谷が後で発行する仮IDに振り込め」

 

「比企谷が私的にポイントを使う可能性は?」

 

一部の連中がそんな意見を口にすると、龍園は目を鋭くする。

 

「あ?俺の判断に文句あるのか?」

 

同時に龍園の隣にいるアルベルトが拳を鳴らし、反対者を黙らせる。

 

強引なやり方ではあるが、龍園が俺を選んだのには理由がある。

 

何故なら俺は無人島試験でAクラス、というか葛城を嵌めた功績により龍園から報酬として毎月60万近くのプライベートポイントが支給されるのだ。

 

それほどの大金を持つ奴が私的にポイントを使わないと龍園は判断したに違いない。

 

まあ龍園もAクラスから毎月60万近くのプライベートポイントが約束されてはいるが、龍園は優待者当て試験で裏切り者になっていないため仮IDを支給されないから、俺に白羽の矢が立ったのだろう。

 

要するに今後俺の仮IDはクラスの銀行的役割を担うことになるようだ。

 

「って訳だから比企谷はポイントの管理をしろ」

 

「へいへい……ま、不満が出るのは当然だし、ポイントを確認したくなったら俺に携帯を見せるように促せば良いだけだ」

 

実際俺はクラスの皆で集めたポイントに手を出すつもりはない。そんな事をしたら学校から罰を下される可能性があるからな。

 

「決まりだな。今日はもう解散とするが、Bクラスに上がったからって馬鹿やらかしてクラスポイントを減らすんじゃねぇぞ?」

 

龍園がドスの効いた声でそう命じるが、須藤を嵌めて学校全体を巻き込んだお前が言うのか?

 

龍園の言葉に内心呆れながらも俺はカラオケボックスを出る。そして部屋に戻ろうとすると……

 

「八幡君。もし時間があるなら一緒に星を見に行きませんか?」

 

ひよりがそんな提案をしてくる。

 

「別に構わないが」

 

俺は返事に迷ったが誘いに乗ることにした。もしかしたら今後における話をするのかもしれないからな。

 

「ありがとうございます。では行きましょう」

 

ひよりがそう言って歩き出すので俺もひよりに続きデッキに出る。すると満点の星空が美しく光り、俺達を迎える。

 

既にDクラスの生徒も撤収していて、辺りは静かである。

 

「綺麗ですね」

 

「そうだな。こんな静かなひと時が一番好きだ」

 

他の連中は試験が終わって休んでるのだろうが、誰もいない場所で星を見るのも悪くない。

 

「私もです。八幡君は2週間大変でしたね」

 

「そうだな。優待者当て試験はともかく、無人島試験はガチで辛かった」

 

何せ最初の2日以降はガチのサバイバルだったからな。幾ら報酬が莫大でも、2度とやりたくない。

 

「お疲れ様でした。私は無人島試験では2日目の夕方にリタイアしましたが、それまで過ごした時間は凄く楽しかったです」

 

ひよりはそう言って微笑みを浮かべる。その笑顔は魅力的でドキっとする。

 

「ですから八幡君が良ければ、卒業してから2人で海に行きませんか?また八幡君と岩場を散歩したり、水上スキーに乗ったり、砂浜で一緒に寝たいです」

 

ドキドキする中、ひよりはそんな誘いをしてくる。女子からの誘いは勘弁して欲しい。

 

しかし……

 

「あ、八幡君が私と過ごすのが嫌なら、無理強いはしません……」

 

ひよりは途中で不安に満ちた表情に変わる。そんな表情を見ると断るに断れない。

 

ひよりは雪ノ下と由比ヶ浜とまた同じ学校と知って絶望した俺に対して、楽しい時間を作ってくれた恩人だ。

 

女子からの誘いは苦手だが、そんな恩人を悲しませる程腐ってはない。

 

「……わかった。卒業したら海に行こうな」

 

するとひよりはこれまでで1番の笑みを浮かべて……

 

 

 

「はいっ」

 

小さく頷き、俺の手を握ってくる。

 

(ま、ひよりの不安な表情を消してこんな綺麗な笑みを見れたなら良しとするか)

 

俺はひよりの手を握りながら空を見上げる。その際、気の所為かもしれないが、さっきよりも星が輝いているように見える。

 

 

まるで何かを祝福するように

 

 

 

 

こうして俺の前半が最悪だった2週間の旅行は最後にひよりが見せた笑顔によって、プラス評価の状態で幕を下ろすのであった。



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平和

8月の最初から2週間かけて行われた旅行が終わって、1週間以上経過した。

 

後1週間もすれば夏休みも終わり、また学校が始まり面倒な戦いが始まるのだ。

 

そんな中、俺は自分の部屋でのんびりとネットサーフィンをしている。友達が少ない俺は必然的に自分の部屋で過ごすのが大半となっている。外に出たのなんて飲食物を買う時と新刊を買いに行ったくらいだ。

 

(まあ2学期が始まったら面倒事の嵐だろうし、問題ないだろう)

 

1学期は5月の最初以外は特にデカいイベントはなく、夏休みに大規模な特別試験をやった以上、2学期からは特別試験がそれなりに行われるだろう。

 

だから英気を養っておくのも戦術として間違ってはない。

 

そう思いながらもネットサーフィンをしていると、美味そうなラーメン特集が掲載されていたのでクリックしてアクセスする。

 

見れば見るだけで食欲を刺激するラーメンの画像が大量に出てくる。

 

(よし、夕飯はラーメンにしよう)

 

時計を見ると時刻は夕方5時半。今からケヤキモールに行けば6時くらいにラーメンを食べれるだろう。

 

そう判断した俺はパソコンの電源を切って外へ行く準備をしてから、外に出る。

 

部屋から出て、エレベーターで一階に降りて寮の外に出ると綺麗な夕焼けが目に入る。

 

そのままケヤキモールの方に向かうと、進行方向から買い物袋を持った女子数人が歩いてくるが、全員表情が暗い。

 

「あーあ。偶には外食がしたいなぁ」

 

「だよね。スーパーの無料食品はもうやだよ」

 

「一応来月には7500ポイント入るけど、夏休み中は0ポイントだしねー」

 

「本当最悪。由比ヶ浜さんの所為で2クラスから宣戦布告を受けるなんてさ。停学してポイントを0にした須藤くんより邪魔だよね」

 

「やっぱり中間試験の時に見捨てるべきだったよ。私あの時に1万ポイント払ったけど、心底後悔してる」

 

「無人島試験までは調子良かったのに……由比ヶ浜さんの所為でもうAクラスは無理でしょ」

 

そんな愚痴が聞こえてくる。会話の内容からして由比ヶ浜のクラスメイトだろう。要するにとばっちり組である。

 

しかしDクラスの生徒がAクラスを諦めても仕方ないだろう。

 

5月の時点でのクラスポイントは……

 

有栖のAクラス 940

一之瀬のBクラス 650

ウチのCクラス 490

由比ヶ浜と雪ノ下がいるDクラス 0

 

 

と、4位と3位の差は490だった。

 

しかし夏休みの旅行が終わった時点のクラスポイントは……

 

有栖のAクラス 1174

ウチのBクラス 836

一之瀬のクラス 734

由比ヶ浜と雪ノ下のクラス 75

 

と、4位と3位の差は659と圧倒的だ。加えてAクラスとBクラスが足並みをそろえてDクラスを叩きに向かっているのだ。Dクラスの大半は諦めていてもおかしくないだろう。

 

とはいえ同情はしない。何故なら俺達は別にルール違反をしてる訳じゃないからな。同盟を結んじゃいけないなんてルールはない。寧ろ四つ巴からタイマンに変えようとするのは戦略として正しい筈だ。

 

女子達の由比ヶ浜に対する愚痴を聞きながらもそのまますれ違い、そのままケヤキモールに行く。ケヤキモールは夏休みだけあって、賑わっている。中にはジャージを着ている集団もいて、そいつらは部活後の夕食を楽しもうとしているのだろう。

 

そして目的のラーメン屋に向かうが……

 

(うげっ、混んでるじゃねぇか)

 

いつもならそこまで混んでないがラーメン屋の前には行列が出来ていた。よく見ればウチのクラスの矢島、Dクラスの須藤や平田、Cクラスの柴田が上級生といる。

 

矢島が陸上部で須藤がバスケ部、平田と柴田はサッカー部だったが、どうやら運動部は今日ラーメンを所望しているようだ。

 

俺は回れ右をする。以前須藤を潰しにかかったし、見つかったら面倒な事になるのは明白。ラーメンはまた明日食べよう。

 

そのままスーパーに向かって歩いていると、スーパーから見覚えある女子が出てくる。

 

「あ、こんにちは八幡君。八幡君も買い物ですか?」

 

スーパーから出てきたのはひよりだった。両手に買い物袋を持っているし、夏休み最後の日までの食材を買い込んだな。

 

「ああ。ラーメン食いに来たんだが、混んでたからスーパーで適当に買おうとな」

 

「そうですか……あ、八幡君さえ良ければ夕食を一緒に食べませんか?麺も買いましたので」

 

予想外の誘いが来たな。確かにひよりの飯は美味いが……

 

と、ここで視線を感じるので顔を上げるとひよりがジーっと俺を見ている。何というか……見てると遠慮してはいけない気がしてくる。

 

結果……

 

「……じゃあ頼む」

 

ひよりの眼差しにより誘いを受けてしまう。

 

「ありがとうございます。私も八幡君と食事をしたかったです」

 

ひよりは笑顔で両手を叩く。その仕草がまた可愛いな。

 

「じゃあ行くか。半分持つ」

 

言いながらひよりが持つ買い物袋を半分持って歩き出すと、ひよりもそれに続く。

 

「今日は何してたんだ?」

 

「図書館にずっと居ました。八幡君は?」

 

「部屋に篭ってたな」

 

「そうでしたか。宜しかったら明日以降、一緒に図書館に行きませんか?」

 

「別に構わない」

 

ぶっちゃけ暇を持て余してるし、1学期の頃からひよりとは図書館で過ごしてたからな。

 

そんな会話をしながらも1年の寮に到着する。そしてエレベーターに乗るとひよりがエレベーターのボタンを押す。押したボタンは8階、俺の部屋は4階にあるのでひよりの部屋で飯を食べるようだ。

 

エレベーターのドアが開く。女子が住むエリアには基本的には行かないので妙に新鮮に感じるな。

 

廊下を歩き、ひよりが立ち止まるので俺も立ち止まる。そしてひよりがカードキーをかざすとドアが開く。

 

「入ってください」

 

「邪魔をする」

 

一言断ってから部屋に入り靴を脱ぐ。そしてひよりの後に続くと、本が大量に置かれた部屋を目の当たりにする。

 

俺もそれなりに本を持ってるがひよりはそれ以上だ。俺は本以外にゲームや飯などにポイントを注ぎ込んでいるが、ひよりは本のみに注ぎ込んでいるのだろう。

 

「では座って待っていてください」

 

「手伝うぞ?」

 

飯を作って貰うのだから手伝うのは当然のことである。

 

「大丈夫ですから、テレビか本を見ててください」

 

まあ部屋の主がそう言うなら座らせて貰うか。

 

俺は座ってキッチンに立つひよりを見る。と、ひよりは制服の上からエプロンを着て調理場に立つ。薄ピンク色のエプロンはとても可愛らしく、見ていて絵になる。

 

気が付けば俺はテレビや本を見ないでひよりを目で追っていた。何をやってんだ俺は?まるで変態じゃねぇか。

 

内心恥ずかしく思った俺はひよりから目を逸らし、顔を俯かせて飯が出来るのを待つことにした。

 

暫くするとこっちに近づいてくる足音が聞こえるので顔を上げると、丼を持ったひよりがこっちにやって来る。丼にはラーメンが入っていた。

 

「お待たせしました。八幡君の口に合うかわかりませんが、どうぞ」

 

そう言ってラーメンをテーブルの上に置いて俺の向かい側に座ると両手を合わせるので、俺も同じように両手を合わせて……

 

「「いただきます」」

 

挨拶をして食べ始める。ひよりが作ったラーメンはあっさり醤油ラーメンで、今日俺が食べる予定であったのは濃厚魚介ラーメンとは対極に位置するタイプのラーメンだが……

 

「美味いな」

 

箸が止まらない。

 

「ありがとうございます。八幡君にそう言って貰えると嬉しいです」

 

ひよりは微笑みながら礼を言ってくる。クラスの大半は不良っぽい生徒であるが、ひよりは清涼剤だな。

 

そう思いながらラーメンを食べているとひよりが口を開ける。

 

「そういえば八幡君。二学期から八幡君はどうするのですか?」

 

具体的な内容は言ってないが十中八九クラスの争いに関することだろう。

 

そしてクラスでも比較的特殊な立場である俺の動きも変わるのは間違いない。元々俺は龍園と有栖の橋渡しをしていたが、同盟を結んだし橋渡しをする必要も無くなった。

 

なら動かないって選択もあるが、俺はクラスで高い地位にいて、今後の学校生活に備えてその地位を手放すのは勿体ないので動くつもりだ。

 

「そうだな……スカウトとかを考えてる」

 

「スカウト、ですか?」

 

「ああ。優秀な人材を引き入れるのも戦略の1つだからな」

 

例えば以前龍園にも言ったが、有栖が最有力候補だ。有栖が居ないAクラスは脅威じゃないし、有栖も刺激的な日々を望んでるから交渉の余地はある。

 

他にもDクラスにいる高円寺六助。文武両道であり、情報によれば優待者当て試験にて猿グループの裏切り者らしい。誰の手を借りずに優待者を見抜いたなら奴の洞察力は桁違いであることを意味する。

 

自由人として有名ではあるが、奴が気紛れの行動で、優待者当て試験の時のようにDクラスが益が出るのは避けたいし、引き入れるのも悪くないと思っている。まあクラスに協力するかわからないから微妙だがな。

 

後は綾小路清隆。特に有名ってわけではないが、審議の時にはこっちの作戦の本質を見抜いて居たし、堀北会長とインファイトを繰り広げた男だ。引き入れる価値は充分にある。

 

「そうですか。私にも出来ることがあればお手伝いしますね」

 

「別に無理しなくてもいいぞ」

 

俺は自分自身のメリットのためにやるんで、ひよりが無理する必要はない。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理なんてしません。私はクラスの為に頑張る八幡君を隣で支えたいです」

 

微笑みを浮かべながらそう言ってくる。同時に俺の顔が熱くなり、心臓の音が響き出す。

 

(ダメだ。ひよりの笑顔には勝てる気がしないな)

 

 

その後俺はラーメンを食べ終えてひよりの部屋を後にしたが、寝るまでひよりの笑顔が頭から離れることはなかった。



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パフェ後にプリクラ

夏休みもあと少しで終わる。毎年思うが夏休みはもう2ヶ月くらいあっても良いと思う。

 

そんな事を考えながらも俺はケヤキモールを歩いている。暑いから冷たいパフェを食べたいのだ。

 

そして目的の店にて着いたので、中に入る。

 

「いらっしゃいませ。2名で宜しいでしょうか」

 

ウェイトレスが俺を迎えるが2名だと?

 

疑問に思っていると……

 

「はい。2名でお願いします」

 

背後からそんな声が聞こえてきたので振り向くと、白く涼しげなワンピースを着ている有栖がいて、俺と目が合いクスリと笑う。

 

「お席に案内します」

 

そんな俺を他所にウェイトレスが歩き出すので俺もそれに続く。

 

案内された席に座ると向かい側に有栖が座る。

 

「お久しぶりですね」

 

「そうだな。今日は神室はいないのか?」

 

「昨日付き合ってもらいましたから」

 

「なるほどな……あ、すみません。このストロベリーパフェお願いします」

 

話しているとウェイトレスが近くに来たので注文をする。

 

「では私はバナナパフェをお願いします」

 

有栖が同じように注目するとウェイトレスは一礼して去っていく。

 

「で?わざわざ俺と店に入ったって事は何か重要な話でもあるのか?」

 

Aクラスのリーダーの有栖がBクラスで高い地位にいる俺に話しかけるとしたら、クラス闘争に関する話である可能性が高い。

 

「いえ、デザートを食べようと店を探していたら、八幡君がカフェに向かおうとしているのを偶然見つけたので付いてきただけです」

 

……どうやら違ったようだ。まあまだ次の試験が発表されたわけじゃないし、様子見ってところだろう。

 

「夏休みは楽しんでいますか?」

 

「ぼちぼちだ。面倒な連中とも会わずに済むからな」

 

言うまでもなく由比ヶ浜と雪ノ下だ。学校があるときは教室が隣だったから偶然鉢合わせして騒がれることもあったが、夏休みだからか一度も会ってない。

 

「そうですか。まあ由比ヶ浜さんは引きこもっているかもしれないですから」

 

だろうな。舟の上でクラスメイトに責められまくったし、部屋から出るのを怖がっていてもおかしくないだろう。

 

「お前としても良かっただろ?」

 

「否定はしません。彼女の話を聞いていると頭が痛くなります」

 

まあ有栖は散々チビやガキって言われているからな。不愉快でしかないだろう。

 

そう思っているとウェイトレスがパフェを2つ持ってやってくる。

 

「お待たせしました。ストロベリーパフェとバナナパフェになります」

 

テーブルにパフェが置かれる。見るからに冷たそうであり、甘そうだ。

 

「「頂きます」」

 

そう言ってからパフェを口に入れると、ストロベリーの甘みが口に広がる。やっぱり甘い物は最高だな。

 

「八幡君。そちらのストロベリーパフェも一口貰っても良いですか?」

 

「別にいいぞ」

 

「ありがとうございます……んっ」

 

と、有栖は小さい口を開けて俺を見てくるが、これはアレか?あーんをしてるのか?

 

有栖は口を開けたまま俺を見てくる。有栖の性格上、譲る気は無さそうだ。

 

どうしたものかと悩んでいると周りから騒めき声が聞こえてくる。

 

「ねぇ、アレ見て……」

 

「女の子が待ってるのに……」

 

「男なら女を待たせるのはダメでしょ」

 

そんな声が聞こえてくる。どうやら俺は彼女を焦らす男と思われている……っ、有栖の奴、今一瞬ニヤリと笑ったが確信犯かよ?!

 

周りからの視線に耐え切れなくなった俺はスプーンにパフェをよそって有栖の口に運ぶ。すると有栖はパフェを口に入れて満面の笑みを浮かべる。

 

「美味しいです。ありがとうございます」

 

畜生、ムカつくが可愛くて文句が言えん。

 

すると有栖はスプーンで自分のパフェをよそったかと思えば……

 

「はい八幡君。あーん、です」

 

満面の笑みを浮かべたまま俺にスプーンを突きつけてくる。ちょっ、待て。食べさせるのも恥ずかしかったが、食べさせられるのも更に恥ずかしいんですけど。

 

「いや、流石にそれは「あーん」……いただきます」

 

結局逆らえずに口を開けるとバナナパフェが口に入るので咀嚼するとストロベリーとはまた違った甘みが広がってくる。

 

次に来るときはバナナパフェを「ところで八幡君」……嫌な予感がする。

 

 

内心警戒をしながら有栖を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「してしまいましたね……間接キス」

 

「ぐはっ!」

 

俺の警戒は意味をなさなかった。

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

「ありがとうございましたー」

 

ウェイトレスから挨拶を受けながら店を出る。隣を歩く有栖はそれはもう楽しそうに笑っていた。

 

「八幡君はこれからどうするんですか?」

 

「聞いてどうする?付いて行く気か?」

 

「はい。また可愛らしい八幡君を見たいですから」

 

本当にコイツは良い性格をしてるな。まあ理不尽に罵倒したりしないからそこまでムカつかないけど。

 

そう思いながら前方から騒ぎ声が聞こえてくるので、有栖から目を逸らして前を向く。

 

そこでは雪ノ下が女子2人組と向かい合って口論をしていた。2人組の方は中間試験の直後に本屋で愚痴っていた女子だ。

 

その事から察するに2人組が由比ヶ浜の悪口を言って、通りすがりの雪ノ下がそれを聞いてキレたのだろう。

 

見つかったら絶対に面倒な事になるのは明白だ。

 

「よし有栖。ゲーセンに入るぞ」

 

「わかりました」

 

俺の提案に有栖は即答して頷き、直ぐ近くにあるゲーセンに入る。中に入ると騒がしい音が耳に入る。

 

「これがゲームセンターですか。カラオケボックスとはまた違った雰囲気がありますね」

 

有栖はそう言うが、有栖は歌う為にカラオケに行っているのではないだろう。

 

この学校においてカラオケボックスで歌を歌うのはクラスにおける下っ端ぐらいで各クラスの主力は密会の為に利用していると思う。カラオケボックスは監視カメラがない数少ない場所だから、秘密の作戦を立てる際に便利だ。

 

龍園も悪巧みする時はカラオケボックスを利用するし、有栖も同じ用途で利用しているのは明白だ。

 

「早速ですが八幡君。私、プリクラに興味があるので付き合ってください」

 

プリクラか……中学時代に戸塚と撮ったことがあった。どうせなら戸塚もこの学校に入学してくれたらよかったのに。

 

とはいえ今は有栖だ。「付き合ってくれませんか?」ではなく「付き合ってください」と言った以上、俺が断ったらあの手この手で付き合わせようとしてくるのは明白。

 

ならば無駄な抵抗はしない。

 

「へいへい。さっさと行くぞ」

 

「ありがとうございます。では行きましょう」

 

言われてプリクラの筐体に入る。同時に有栖は学生証端末をかざしてポイントを支払う。

 

「操作は私がやっても良いですか?」

 

「別に構わないが出来るのか?」

 

「いえ。初めてですが、だからこそ興味を持ちました」

 

言いながら有栖は操作する。好奇心旺盛だな。

 

暫く操作していると……

 

『彼氏さんが後ろから彼女を抱きしめて〜』

 

そんな指示が流れる……って!待てやコラ!これ絶対カップルモードだろ?!

 

次いで有栖を見ると笑っている。コイツ、俺をからかうつもりだな。

 

「では八幡君、抱きしめてください」

 

「いやいや。流石にそれは「しないなら泣きます」……了解した」

 

俺は逆らうのをやめて、後ろからゆっくりと有栖を抱きしめる。幸い有栖を抱きしめるのは慣れてるからそこまで恥ずかしくない。

 

そして撮影が完了するので有栖から離れる。次は落書きか。

 

「八幡君。2回目は八幡君が自由にしていいので、最初の落書きは私がしても良いですか?」

 

「好きにしろ」

 

落書きなんてやった事ないし、有栖がやったのを見ておきたい。というか2回目もやるのね。

 

暫く有栖が落書きをしているのを眺めていると有栖がモニターから離れる。これで後はプリントアウトされるのを待つだけだ。

 

そう思いながら外の受取口に行き、写真を手に取るが……

 

(こ、コイツ本当に良い性格をしてやがる)

 

写真には有栖を後ろから抱きしめている俺が写っているが落書きが酷い。写真下部には花畑が、俺と有栖の身体はハートマークに囲まれている。

 

これだけならまだしも、俺の近くに有栖を指した矢印があり、矢印の周囲には大量のハートがあり、矢印の中には大好きって言葉が書かれていた。

 

これだけ見ると俺が有栖にベタ惚れしているように第三者は考えるだろう。見てるだけで恥ずかしい。

 

「ふふっ……後で真澄さんや龍園君に自慢を「や・め・ろ!」冗談です」

 

龍園に見せてみろ、卒業までずっとネタにされるに決まってるわ。

 

つかやられっぱなしは嫌だし反撃するか。幸い有栖はもう一回プリクラをやるようだし、そこでチキらせる。

 

「では2回目といきましょう。次は八幡君が操作してください」

 

言いながら有栖は筐体の中に入るので俺も入り、モニターを見る。それによればどうやら筐体そのものがカップル専用らしい。

 

俺はコースなどを見てみると指示についてレベルが決められている。

 

レベルは1から5まであり、本来なら間違いなくレベル1を選択しているだろう。

 

しかし今回は有栖に一泡吹かせたいのでレベル5を選択する。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼女が彼氏の唇にちゅーをして〜』

 

ふぁっ?!



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チキンレース

「なっ?!」

 

予想外の要求に有栖は珍しく目を見開いて俺を見る。ここまで驚く有栖を見たのは初めてだが、中々新鮮だ。

 

しかし俺も目を見開いているだろう。何せ指示の内容は「有栖が俺の唇にキスをする」だし。

 

「八幡君……貴方、レベル5を選択しましたね?」

 

「……まあな。ちなみにお前は?」

 

「私はレベル3ですが……どうやら八幡君は私に一泡吹かせたいようですね」

 

頬を染めながら睨みつけてくる。もうここまで来たら俺も反撃しよう。いくら有栖が強くてもキスとなればチキるだろうし。

 

「ああ、一泡吹かせたかったな。それよりも早くキスしてくれよ……あ、嫌なら無理強いはしないから安心しろ。そん時はチキンだって思うだけで文句やペナルティはないぞ」

 

その言葉に有栖は口元を痙攣らせる。

 

「……随分と強気ですね。良いでしょう、唇を突き出してください。それと身長差があるので少し膝を曲げてください」

 

「はっ?マジで言ってんのか?」

 

俺はチキると思っていたが有栖は全然そんな素振りを見せない。

 

「ええ……あ、八幡君が緊張するなら無理強いはしませんよ。その時は八幡君をヘタレと思うだけですから」

 

俺と同じ事を言ってきやがった。譲る気は無さそうだな。

 

「いや。全く問題ないな」

 

そう言いながら俺は膝を曲げて、有栖がキスを出来るような体勢となる。

 

「では……」

 

言うなり有栖は真っ赤になりながらも顔を近づけてくる。それにより有栖の瑞々しい唇が目に入ってしまう。

 

有栖の顔はゆっくりと近付いてきて、それに比例するかのように赤くなっている。どうやら恥ずかしい気持ちはあるが、負けず嫌いの性格が顔を動かしているのだろう。

 

そしてキスをする直前で俺が避けると考えている可能性が高い。

 

そうなるとチキンレース……有栖がチキってキスを止めるか、俺がチキって顔を逸らすかのどちらかだ。流石にお互いチキらずにキス……ってのはないだろう。

 

有栖から目を逸らさずに見つめ続ける。人形のように美しい有栖の顔が徐々に近づいて来る。唇同士の距離は20センチ。

 

(まだチキらないか。有栖の性格上、ギリギリまで頑張るはず。距離的に2、3センチあたりだな)

 

そう思っていると間にも有栖は止まらない。唇同士の距離は10センチ。

 

(早くチキれよ。もう真っ赤なんだし無理すんなや)

 

有栖の顔は最早茹で蛸のように真っ赤になっている。多分俺も真っ赤になっていると思うが今回は引く気は無い。唇同士の距離は5センチ。

 

もう有栖の口から出る吐息が俺の唇に当たって理性を刺激する。

 

そうこうしている間にも唇同士の距離は近付く。

 

3センチ……

 

2センチ……

 

1センチ……

 

(っ!もう無理だ!)

 

俺は咄嗟に唇を横にズラす。

 

しかし有栖も限界だったようで唇をズラし……

 

 

ちゅっ ちゅっ

 

お互いの唇が、お互いの唇から限りなく近い頬にぶつかり合う。少しでも横に動かしたらマウストゥマウスになってしまうくらい近い頬にキスをし合っている。

 

それを認識した俺はマウストゥマウスにならないように気をつけながら距離を取り有栖を見ると、有栖は真っ赤になりながらも俺を見上げている。

 

「……引き分けですね」

 

「……だな」

 

お互い静かに語り合う。しかし仕方ないだろう。唇同士ではないとはいえキス、唇に限りなく近い頬にしたのだからぶっちゃけ恥ずかしい。

 

「と、とりあえず落書きをするか」

 

「わかりました。受取口にいますから」

 

有栖が離れると俺は落書きに移るが手を止めてしまう。何故ならモニターには俺と有栖が写っているが、唇同士のキスをしているように見えているのだ。第三者が見たら絶対に唇同士と判断するのは間違いない。

 

俺は落書きする気が萎えたので、おまかせボタンを押す。ぶっちゃけカップルモードの筐体での落書きとか無理過ぎる。

 

そのまま有栖がいる場所に向かうと同じタイミングでプリントアウトされるので手に取ってみると……

 

「は、八幡君……貴方、随分と大胆ですね」

 

俺と有栖ハートや天使に囲まれながらキスをして、一番上に「私達、結婚します」と書かれている写真があったのだ。

 

「ま、待て有栖。お任せモードにしたんであり、俺が落書きしたわけじゃないからな」

 

俺は真っ赤になっている有栖に慌てて言い訳をする。ハッキリ言ってこんな落書きをするのは無理だからな。

 

「そ、そうでしたか。しかしもうプリクラはやめましょう」

 

同感だ。もう俺は二度とプリクラをする気はない。恥ずかしくて死にそうだ。

 

「というか写真はどうする?」

 

2種類の写真が出来たが、第三者から見たら俺と有栖がイチャイチャしているように見えるだろう。

 

「第三者には見せたくないですが、捨てるのは勿体ないので部屋の机にしまっておきます」

 

「それが懸命だな……なんか色々疲れたから帰るわ」

 

「……そうですね」

 

俺達はプリクラだけやってゲーセンを後にする。元々雪ノ下に見つからないようにゲーセンに入っただけだしな。

 

そして外に出ると既に雪ノ下はおらず、その事実に安堵しながら俺達は寮へと向かう。

 

その際に気がつくと有栖を見ていて、有栖と目が合うとお互いにそっぽを向いてしまう。さっきのチキンレースの結果は思った以上に頭に残っているようだ。まだ有栖の唇の感触が残っているし。

 

そう思いながら歩いていると寮まで500メートルくらいのところで雨が降り始める。

 

初めはポツポツとしか降ってなかったが、少しずつに強くなる。夏だから急な雨があってもおかしくない。

 

俺だけなら走って寮に行けるが、今は有栖がいるので置いてきぼりにするつもりはない。

 

そう判断した俺は寮までの道の途中にある四阿を発見する。あそこで雨宿りをするのがベストだな。

 

「有栖、あそこまで運ぶが大丈夫か?」

 

「あ、はい。私のためにわざわざすみません」

 

有栖は謝るが、身体の弱い事は仕方ないし文句はない。

 

「気にするな」

 

そう言ってから俺は有栖を抱き抱えて、そのまま早足で四阿に入り、有栖をベンチに座らせる。

 

「ありがとうございます。しかし急な雨には参ってしまいます」

 

「同感だな。ショッピングモールにいるときに雨が降ってればまだしも……」

 

ショッピングモールでは突然の雨に備えて傘の貸し出しが行われている。

 

しかし寮とショッピングモールの中間地点あたりにいる時に雨が降り出してしまったので、傘を借りれない。今からショッピングモールに戻って傘を借りたらずぶ濡れになってしまう。

 

まあ雨が降り始めて直ぐに四阿に入ったので服はそこまで濡れてない。これなら有栖も風邪を引かないだろう……っ!

 

そう思いながら有栖を見ていると有栖の服が透けている事に気づいてしまう。白いワンピースの下から水色が見えたので慌てて目を逸らそうとすると、有栖は頬を染めて俺を見てくる。

 

「やっぱり八幡君は変態さんなんですね」

 

「待て。やっぱりって何だよ?」

 

「そうでしょう?船の上でスパに行った時、私のような体型に興奮してましたし」

 

否定は出来ん。あの時に有栖と密着したら生理的反応をしてしまったし。

 

「……済まん」

 

「別に怒ってないですよ。確かに八幡君は変態さんですが、同時に凄く優しい人だと思ってますから」

 

「んなわけないだろ。俺は気に入らない相手に容赦しないし優しくはないだろう」

 

「それは誰でもです。誰彼構わずに優しくする人間なんてこの世には居ません。少なくとも私は八幡君から優しさを感じました」

 

まあそうかもな。一之瀬や櫛田あたりは誰彼構わずに優しいように見えるが本当がどうか怪しい。俺の見立てじゃあの2人はAクラスにいてもおかしくないのにAクラスにいない。となると中学時代に問題を起こしたり、裏の顔があるのだと思ってしまう。

 

「そりゃどうも。しっかし凄い雨だな」

 

雨はどんどん強くなっている。道を歩いている生徒はいるが大半はレンタルの傘を持っている。俺達は運が悪いとしか言いようがない。

 

「そうですね。予報では夕方から雨と出てますし、一時的なものではないでしょう」

 

「そうか。つかお前は神室に傘を持ってきて貰えばいいんじゃね?」

 

「それでもいいですが……」

 

「良いですが?」

 

「ゲームセンターで生まれた恥ずかしい気持ちも大分収まりましたし、ここで2人で雨が止むのを話でもしながら待ちませんか?」

 

そんな提案をしてくる。確かに突然の雨により恥ずかしい気持ちは大分無くなったのは事実だ。

 

「別に構わないが、俺に話術はないぞ?」

 

「大丈夫です。聞きたい事に答えてくれるならそれだけで充分ですよ」

 

まあそれくらいなら俺にも出来るな。

 

「わかったよ。じゃあ待つか」

 

「はい。では……」

 

言いながら有栖はベンチをポンポンと叩く。何をしているのかと思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隣に座ってください」

 

そんな誘いをかけてくる。俺は今までの経験上、断っても最終的に隣に座る事になるのは容易に想像出来るので、特に逆らう事なく有栖の横に座った。

 

 

雨はまだ当分止みそうにない。



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雑談からのおちょくり合い

四阿にあるベンチに腰を下ろしてから1時間。雨はまだ止まず道路には巨大な水たまりが幾つも生まれて、道を歩く生徒は傘を差したり雨合羽を着ている。

 

そんな光景を見ながら俺と有栖はのんびりと雑談をしている。話す内容はこの学校に入学してからの出来事のみならず、入学前の出来事についても話している。

 

今は俺が奉仕部であった出来事を話している。これについては有栖が気になったからだ。

 

「そんでよ、あの独神が妹を利用して、俺を連れ出すまで、俺はボランティアのボすら聞かされなかったんだぜ」

 

「八幡君の妹もそうですが、八幡君の知り合いって馬鹿が多過ぎませんか?」

 

「否定はしない。あの時はマジでふざけんなって思ったな。もしも戸塚が参加しなかったら帰っていたのは間違いない」

 

「八幡君、戸塚さんの話になると元気になりますが男の子なんですよね?」

 

「ああ。ってもアイツを見てると性別なんてどうでもよくなるんだよ」

 

俺がどんな境遇にいても変わらずに接してくれた戸塚だが、この学校を希望した際に誘えば良かった。

 

「それでボランティア先ではどんな問題があったのですか?」

 

「もう問題があるとわかるとはな」

 

「当然でしょう。船で聞いた文化祭や修学旅行、先程までの奉仕部の活動の話から察するに八幡君は不幸の星の下にいるようですから」

 

だろうな。中学時代の俺は間違いなく不幸な人間だったと思う。

 

「簡単に言うと1人の女子がハブられていて、その問題に取り組んだ」

 

「……それ、ボランティアの範疇を超えてませんか?」

 

ですよねー。あの時はやらなきゃいけない雰囲気に呑まれていたが、ボランティアの範疇を超えてたよな。普通中学生にやらせる仕事じゃねぇよ。しかも引率の独神は監視しないで寝たし。

 

「まあな。それがまた面倒でよ、場を作って話し合うだの、代わりに文句を言うだの碌でもない案しか出なかったんだよ」

 

まあ俺の案も碌でもないが、雪ノ下と葉山は自分の考えが正しいと思っているが世間知らずにも程がある。

 

「総武中はそれなりに名門校と聞きましたが、生徒の民度が低すぎませんか……まあそれはそれとして八幡君はどんな案を出したのですか?」

 

「肝試しの時に小学生を脅して人間関係をバラバラにしたな」

 

「なるほど……中々面白い案ですね」

 

有栖は楽しそうに笑っているが、たったこれだけでわかるとはやはり天才だろう。

 

「ちなみにお前ならどうアドバイスをする?」

 

「簡単です。無視についてはどうしようもないですが、虐めに変わった場合に備えてボイスレコーダーと小型カメラを与え、ネットにアップするやり方を教えます」

 

コイツはコイツでえげつないな。まあそうでなきゃ有栖じゃないけど。

 

「それにしても八幡君の不幸ぶりは異常ですね。お祓いをしてもらった方がいいのでは?」

 

「お祓いなら中3の時にやって貰った。ま、この学校に雪ノ下と由比ヶ浜が入学した時点で意味がなかったけど……あ、そういや聞きたかった事があるんだが、良いか?」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「確かお前の親父ってこの学校の理事長だよな?」

 

「そうですよ。もしかして身贔屓でAクラスに配属されたと思ってますか?」

 

「いや。仮にも政府から恩恵を受けてる学校の理事長が身贔屓したら問題だろ」

 

有栖の親父がどんな人間かは知らないが、普通に考えて身贔屓をするとは思えない。

 

「俺が気になってるのは入学する生徒についてだ。日本の将来を担う人間を生み出す為に様々な人間を受け入れる点については理解出来るが、一部に関しては入学基準に満たないだろ?」

 

俺や龍園のように中学時代に問題を起こした生徒、由比ヶ浜や須藤のように高校生にしては頭が悪過ぎる生徒などが日本屈指の高校に入れるとは普通思わない。

 

正直言ってこの学校の合格基準は前から気になっている。

 

「お答えできません」

 

有栖の返答はシンプルだった。

 

「それは教えられないって事か?それともわからないって事か?」

 

「半分半分です。この学校の合格基準について一部を知っているのは事実ですが、父からは口止めをされています」

 

そりゃ答えられないか。しかし娘の有栖ですら一部しか知らないとは……もしかしたらこの学校は俺達が知らないだけで、とんでもない事を考えているのかもな。

 

「そうか。なら聞かないでおく」

 

「ありがとうございます……それにしても全然雨が止む気配はないですね」

 

有栖の言うように雨は全然止まず、寧ろドンドン激しくなっている。四阿の下にいるから濡れはしないが、道には生徒の気配は感じない。

 

「だな。もしかして夜まで待つのか?」

 

「そうかもしれないですね……まあ1人で過ごすわけじゃないのが不幸中の幸いですね」

 

そう言いながら有栖は俺の手を握ってくる。しかも指を絡めてきやがった。

 

「っ!いきなりどうした?」

 

「ふふっ……可愛らしい反応ですね」

 

どうやらまたからかわれたようだ。ぶっちゃけ結構イラっときたしやり返すか。

 

「そうか?俺にキスをしようとしたお前の方が可愛かったぞ?」

 

実際あの時に見せた有栖の恥じらいはガチで可愛かった。

 

しかし有栖にとっては黒歴史みたいで頬を染めてジト目で見上げてくる。

 

「う、煩いです。八幡君の馬鹿……」

 

「悪かったよ。ちょっとからかい過ぎた」

 

「なら良いです。ただし余りその話で私をからかうなら、プリクラで撮った写真を広めますからね?」

 

「待てコラ」

 

そんな事をしたら卒業まで龍園に弄られるのは絶対だから、絶対に止めないといけない。

 

つか……

 

「広めたらお前にもダメージが来るんじゃね?」

 

「私の場合、クラス内で既に八幡君と交際していると噂されているのでそこまで気にしないです」

 

「あっそ……とりあえずからかわないでおく」

 

俺はそこまで達観してないからな、出来れば広めないで欲しい。

 

そう思いながら俺は有栖の手の柔らかさにドキドキしながらも雨が止むのを待つのだった。

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「漸く止みましたね。では帰りましょうか」

 

辺りが薄暗くなってから雨が止んだので、有栖はそう言って立ち上がるので俺もそれに続いて立ち上がる。

 

そして四阿を出て寮に向けて歩き出す。ケヤキモールの方を見れば、生徒が歩いているのを確認出来る。多分雨が止むのを待っていたのだろう。さっきまでの雨は傘を使っても結構濡れるくらいの強さだったし。

 

そして寮に着いた俺達はそのままエレベーターに乗り込み、お互いの部屋がある階のボタンを押す。

 

ドアが閉まるとエレベーターはゆっくりと上がって、やがて俺の部屋がある階に着いた。

 

「じゃあまたな」

 

「はい……あ、八幡君。髪にゴミが付いてますよ」

 

エレベーターから降りて閉のボタンを押そうとしたら有栖にそう言われたので、俺は頭を手で払う。

 

「取れたか?」

 

「取れてないですね。しゃがんで下さい」

 

「ああ」

 

俺は有栖に言われた通り少しだけしゃがみ、有栖の手が届くようにする。

 

すると有栖は手を伸ばしながらも顔を近づけて……

 

ちゅっ

 

そっと俺の頬にキスをしてくる。

 

それを理解すると同時に俺の顔に熱が生まれる。

 

「んなっ!」

 

「ふふっ……可愛らしい反応ですね」

 

「お、おまっ、いきなり何を……!」

 

「プリクラで私を恥ずかしい思いをさせたお礼です……ではまた」

 

俺が慌てている間に有栖はエレベーターに戻り、そのままドアが閉まる。

 

あの野郎、最後の最後に爆弾を落としやがって……この借りはいつか絶対に返してやる。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……」

 

1人でエレベーターに乗る坂柳有栖は笑みを浮かべていた。最後の最後に八幡を慌てさせた事を嬉しく思うが故に。

 

「やっぱり八幡君の反応は面白いですね。次はどんな風にからかってみましょうか……」

 

次に会う事を考えているとエレベーターが止まったので有栖は降りる……と、同じタイミングで有栖の友人(手下)である神室真澄が廊下を歩いていた。

 

「ご機嫌よう真澄さん。何処かにお出掛けですか?」

 

「飲み物を買いに自販機に行くだけ。そういうアンタはご機嫌だけど、なんか良いことあったの?」

 

「はい。実はさっきまで八幡君と遊んでいたのですが、別れ際に八幡君の頬にキスをしたら面白いくらい慌てたんですよ」

 

その言葉に真澄はポカンとした表情になる。まさかそこまでの関係になっているとは完全に予想外であったのだ。

 

「あ、そ。ま、ほどほどにしなさいよ」

 

「それは無理ですね。八幡君と過ごすとつい苛めたくしまいたくなるので」

 

有栖はそう言ってから真澄の横を通り過ぎて、自分の部屋に入る。そしてそのままベッドに上がって、今日撮ったプリクラを眺める。

 

「覚悟してくださいね。私を辱めた分、これからずっと恥ずかしい思いをさせてあげますから……」

 

有栖はニッコリと笑ってプリクラを大事そうに持ちながら眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

 

「比企谷が恥ずかしがるのを見るためにキスをする……アンタは好きな子を苛めたくなる小学生なの?」

 

真澄は有栖に対する呆れと八幡に対する同情を抱きながら有栖の部屋を見てため息を吐いていた。



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プール

「あぁ……怠い」

 

俺はメチャクチャテンションが低い状態だ。

 

テンションが低い理由は3つある。1つは夏休み最終日であるからだ。

 

いよいよ明日から学校が始まり、また他クラスとぶつかり合う事をと思うと怠くて仕方ない。まあAクラスと同盟を結んだから相対するクラスは2クラスで済むけどな。

 

2つ目、夏休み後半についてはひよりと有栖に振り回されまくったからだ。

 

ひよりは俺の部屋で一緒に読書をすると、休憩の際に持ち前の天然っぷりを発揮して一緒に昼寝をしようと普通に提案して、気がつけばベッドの上で抱き合っているなんてザラだ。

 

一方の有栖は確信犯である。夏休み中はひより同様に俺の部屋に遊びに来たが、俺の膝の上に乗ったり、俺に抱きついて頬にキスやスリスリをしてくるなど、とにかく俺を辱めてくるのだ。

 

3つ目の理由として昨日寝る直前にに突如エアコンが故障してしまった事にある。おかげで部屋は蒸し暑く昨日の夜はガチで地獄だったのは言うまでもない。

 

エアコンについては昨日の夜に壊れたので今日の朝、電気屋が開く時間に連絡をしたら修理は明日以降となった。

 

よって俺は熱い夜を明かして新学期を迎えないといけないが、ハッキリ言って苦痛でしかない。

 

そんな事がありながらも俺は更衣室で服を脱いでいる。余りの暑さにより部屋にいるのが嫌になって、俺は1人でプールに行っている。

 

他の連中は夏休み最終日だから友達と思い切り遊び倒すようだが、俺はただ水に浸かりたいだけだから、1人でも問題ない。

 

そう思いながらパパッと水着に着替えて、更衣室を後にする。

 

そしてプールに着くと沢山の生徒がいた。しかも隅には上級生が運営している売店もあり、ちょっとした祭りのようにも見える。

 

まあ俺としては流れるプールにてノンビリと流れる事が出来るなら文句ない。

 

そのままプールサイドをノンビリと歩き、流れるプールに入ろうとしたら、とある男子が更衣室から出てくるのが目に入る。

 

(綾小路……まさかこんなところで会えるとはな)

 

堀北会長と凄まじい格闘戦をして、審議では堀北を上手く動かした男……特に有名ではないが俺の勘が強いと言っている。

 

やり合うような真似はしない。俺は別に喧嘩が強いってわけじゃないからな。

 

とはいえ折角会ったのだから、少し探ってみるか。

 

「よう」

 

そう言って話しかけると綾小路は無表情のまま俺を見てくるが、コイツロボットかよ?感情の色が見えない。

 

「確か比企谷だったよな?」

 

「ああ。比企谷八幡だ。今1人か?」

 

「いや、もうすぐ堀北達が来る」

 

なるほどな。そうなると長引くと面倒だし、早めに済ませるか。

 

「そうか。じゃあ単刀直入に言うが、もし俺が2000万用意したらウチのクラスに来ないか?」

 

その言葉に綾小路は目を細める。

 

「どういった意図でそんな提案をしたのか知らないが、俺にそんな価値はない」

 

「お前に価値があるかどうかは、お前自身ではなく第三者が決める事だ。どの道俺としては戦力になりそうな奴をウチのクラスに引き入れたいからな」

 

Dクラスにはカスが多いのは事実だが、全員がカスとは思ってない。ウチ何人かは優秀なヤツもいるだろうし、チェックするのは当然だ。

 

「悪いが遠慮しておく。仮に俺を引き入れたら俺は間違いなく有名人となるが、目立つのは嫌いなんでな」

 

なるほどな。まあ一理ある。仮に2000万払って引き入れた場合、スカウトを受けた生徒は間違いなく目立つし、警戒対象となるだろう。

 

ならば……

 

「……わかった。ならスパイにならないか?今後Dクラスの情報を売ったらポイントをやるからさ」

 

これなら乗ってくるかもしれない。今のDクラスのクラスポイントは75だから、来月振り込まれるプライベートポイントは僅か7500だ。

 

1プライベートポイントは1円と同等だからDクラスの小遣いは月に7500円。無料の食事や道具があるから生活は出来るが、必要最低限の生活だし、色々な欲求が生まれるのは当然だ。

 

その言葉に綾小路は眉を寄せ、なにかを考える素振りを見せたかと思えば俺を見てくる。

 

「……条件次第ならその話を受けても良い」

 

「何だ?ポイントを大量に欲しいのか?」

 

「いや。ポイントについてはそこまで求めてない。由比ヶ浜についてだ」

 

まあそうだろうな。Dクラスの綾小路が出す条件となったらプライベートポイントか由比ヶ浜のどちらかが関係しているに決まっている。

 

そこまで考えていると女子更衣室から見覚えのある女子数人が出てくる。Dクラスからは堀北に櫛田、以前暴力事件の審議の時に俺達の味方になった佐倉がいる。

 

また俺達にBクラスの座を奪われた一之瀬もいる。その後ろにいる女子2人は一之瀬のクラスメイトだろう。

 

向こうも俺達に気付いたのか訝しげな表情を浮かべながらこっちに近付いてくる。

 

「続きは後だ。俺の部屋は503号室だから夜7時に来てくれ」

 

小声でそう言うと綾小路が頷く。それを確認すると同時に女子達がこっちに着くが会話の内容は聞かれてないだろう。

 

「わざわざ呼び止めて悪かったな綾小路。じゃあ俺はもう行く」

 

そう言って切り上げようとするが、進路上に女子達がやって来る。

 

「何だ?逆ナンなら他の男にやれ」

 

「そんなわけないでしょう。綾小路君となにを話したのかしら?」

 

堀北が尋ねてくるが、疑いの色が強い。

 

「別に俺が何を話そうとお前には関係ないと思うが?それに他クラスの人間と話すのがタブーだというなら、まずお前の隣にいる櫛田に文句を言え」

 

実際のところ他クラスと話しちゃいけないなんてルールはないし、仮に話しちゃいけないなら、他クラスに大量の友人を持つ櫛田もルール違反ということになる。

 

「そうね。普通なら気に留めないけど、話す相手が何を企んでるか不気味な貴方なら話は別よ」

 

「失礼な。俺は別に企んでないぞ。企みは龍園の仕事だ」

 

俺は進んで何かをするつもりはない。報酬が魅力的ならば、龍園の企みについてバックアップするだけだ。

 

「つか聞きたいんだったら綾小路に聞けばいいだろ……ま、プライベートな会話にしゃしゃりでるのは人としてどうかと思うがな」

 

言いながら俺はこの場から離れようとするが、ある事を忘れてた。

 

「あ、そうだ忘れてた。一之瀬に提案がある」

 

「提案?何かな?」

 

一之瀬は意外そうな表情で俺を見てくるので俺は口を開ける。

 

「単刀直入に言うが、ウチのクラスに来ないか?」

 

その言葉に騒めきが生まれる。当の一之瀬本人はキョトンとした表情に変わる。

 

「どういう意味かな?」

 

「言葉通りだ。有栖のクラスとタイマンになった場合に備えて戦力の補充は大切だからな」

 

一之瀬はリーダーとしての資質は龍園や有栖に劣っているが、参謀としての力は群を抜いている。龍園が暴れて一之瀬がサポートに徹する体制なら、ウチのクラスはかなり伸びるだろう。

 

まあ十中八九断られるだろうがな。

 

「それは無理な相談だね。私は私のクラスで戦いたいからね」

 

だろうな。少し揺さぶってみるか。

 

「仮にお前のクラスが0ポイント生活になってもか?」

 

「うん」

 

即答……まあダメ元だから特に気にしない。

 

「そうか。変な質問をして悪かった」

 

最後にそう言って俺はこの場を離れる。そろそろ流れるプールに入りたいからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで綾小路君。何を話していたか教えてくれないかしら?」

 

質問ではあるが強い圧力をぶつけてくる堀北に対して綾小路はため息を吐く。

 

「話していたというより質問を受けていたのが正確だ。Dクラスに優秀な奴はいるのか、いるなら誰だって質問をされたな」

 

綾小路は真顔で嘘を吐く。それに対して他の面々は特に疑う様子を見せない。

 

「そう……さっきの一之瀬さんへの誘いといい、優秀な人間を引き入れようとしているみたいね」

 

「でも引き入れるのには2000万ポイントもかかるし、難しいんじゃないかな?」

 

「無人島でAクラスと結んだ契約の正確な内容がわからないから何とも言えないね」

 

堀北達が会話する中、綾小路は去って行く八幡の背中を眺める。

 

(このタイミングで比企谷から接触をされたのは僥倖だな)

 

元々綾小路は自身の平穏の為にクラスを裏切る気であった。Aクラス又はBクラスに「今後行われる特別試験においてDクラスの情報を全部渡すから、由比ヶ浜を暫くは退学させないでくれ」と売り込む事を考えていた。

 

綾小路からしたら平穏な学園生活を送る事が最優先であり、茶柱に脅されている状況を好ましく思っていない。

 

しかし由比ヶ浜の足手纏いっぷりが尋常じゃないので、由比ヶ浜が在学している間は、茶柱に結果を求められる心配もない。

 

だから綾小路は、由比ヶ浜には出来るだけ長く、最低でも2年の中頃までは在学して欲しいと思っている。

 

2年の中頃まで由比ヶ浜が在学していたらDクラスは間違いなく逆転不可能レベルまで落ちぶれていると綾小路は確信している。

 

そしてそんな状態なら茶柱も脅すのをやめてくれる可能性は高い。

 

(そうなれば卒業まで平穏な生活は約束される。だから堀北。オレは今後Dクラスを裏切る)

 

未だに八幡の考えについて考察している堀北達を見ながら綾小路は内心にてそう呟く。

 

綾小路からしたらAクラスは微塵も興味ないのでDクラスがどれだけ落ちぶれようが気にしない。

 

寧ろ裏切る方が魅力的だ。ポイントを貰えたり、由比ヶ浜を長く在学させ尚且つDクラスを叩けば茶柱からの干渉も無くなり平穏な生活を送れるのだから。

 

罪悪感は一切ない。堀北についても櫛田についても、佐倉についても仲間だと思った事は一度もなく、綾小路からしたら道具でしかない。

 

それは比企谷や龍園や坂柳についても同じであり、便利な道具としか思ってない。

 

(恨むなら由比ヶ浜を恨め)

 

綾小路は内心にて最後にそう告げてから堀北達から目を逸らし、ほんやりとプールを眺めるのであった。

 



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予定

6月24日の俺→あー、早く明日になってよう実の2年生編の2巻読みてーな

今の俺→あー、早く3巻発売しねーかな

2巻買って読みました。まだ試験は始まってない導入編ですが、クソ面白かったです。マジで3巻早く出ろ

しかし刺客がアイツとは思いませんでした……


「あー……気持ちが良い〜」

 

綾小路と別れた後に俺は流れるプールに入って流れに身を任せる。ただこうやって流れているだけで疲れが取れていくのがハッキリとわかる。

 

まあ中学時代の夏休みに比べたら全然マシだがな。特に中2の時なんて家でゴロゴロしたい俺を千葉村とか花火大会に引き摺り出す連中がいたし。

 

そんな事を考えていると、ビーチパラソルの下に龍園がいるのが目に入る。加えて石崎やアルベルトなどの付き人もいる。

 

向こうも俺に気付き、ビーチパラソルから出るので俺もプールから上がる。

 

「よう比企谷。てっきり部屋に篭ってると思ったぜ」

 

「エアコンがぶっ壊れたからプールに涼みに来たんだよ。後今日の夜、お前の部屋に泊めてくれ」

 

「あん?ひよりか坂柳に頼めば良いだろうが」

 

「出来るか!」

 

恋人でない女子に泊めてくれなんて頼めるわけがないだろうが!確かにひよりとは抱き合いながら一緒に寝たし、有栖とも抱き合ったりキスをされたりしているが、同じ部屋で一夜を過ごすのは無理があるだろう。

 

すると龍園はいやらしく笑い出す。なんか物凄く嫌な予感がする。

 

「なるほどなぁ……よしわかった。石崎、俺の携帯を持ってこい」

 

「は、はいっ!」

 

石崎はそう言ってビーチパラソルの近くに置いてある鞄の中に手を入れる。あの野郎、まさか……!

 

俺は慌てて石崎から龍園の携帯をぶん取ろうとするが……

 

「アルベルト」

 

「OK、Boss」

 

その前にアルベルトが俺を拘束してくる。

 

「離せアルベルト!」

 

「Sorry」

 

アルベルトは謝るも離す気配を見せない。アルベルトの力は桁違いで、俺なんかじゃ振り解けない。

 

そうこうしている間に携帯は龍園の手に渡り、龍園は嬉々としながら電話をする。

 

「おうひよりか……ああ。お前に話があるんだよ」

 

「待てコラ!マジでやめんむっ!」

 

アルベルトが俺の口を塞いでくる。この野郎、龍園のフォローが上手いな。

 

「ああ。比企谷がよ、今日お前の部屋に泊まりたいらしいんだよ……何で俺が電話したって?比企谷が言うのが恥ずかしいらしくて俺に頼んできたんだよ」

 

この野郎……マジで何て事を言いやがる。これまでのひよりの行動を見れば多分OKを出してくるだろう。実際ひよりのベッドで昼寝をしたこともあるし。

 

つかひよりの部屋に泊まるのがバレたらヤバい。寮のルールとして夜8時以降、男子が女子のエリアに入るのは禁止である。

 

クラスメイトとAクラスの女子なら見逃してくれるだろうが、CクラスとDクラスの女子が俺を目撃したら問答無用で学校に訴えるのは明白だ。

 

ペナルティは退学ではないと思うが、重い可能性があるし出来れば避け「ペナルティ?気にすんな。俺としてもクラスのリーダーとしてペナルティの内容を知りたいからな」……野郎、本当に良い性格をしてやがるな。

 

「わかった……ああ、伝えとく。じゃあな」

 

そう言ってから龍園は電話を切る。同時にアルベルトが拘束を解き、満面の笑みを浮かべてくる。

 

「オーケーだとさ。8時前にひよりの部屋に行けよ」

 

マジか!ひよりの奴、オーケーしたのかよ?!いくら一緒に寝た経験があるとはいえ、泊まりを了承するとは予想外だわ!

 

現在俺の中では3つの気持ちが生まれている。

 

1つ目に男と同じ部屋で一夜を過ごす事に対して抵抗を持たないひよりの純真さに対して心配する気持ち

 

2つ目にひよりにそこまで信用されて嬉しい気持ち

 

3つ目に……

 

 

 

 

 

 

 

「死ね龍園」

 

龍園に対する怒りだ。俺は即座に龍園の腹に拳を振るおうとする。普段暴力を振るわない俺でも今回はイラっときた。

 

しかし龍園は笑いながら後ろに跳んで簡単に回避する。やっぱ喧嘩慣れしてる奴に拳を叩き込むのは無理か。

 

「良いじゃねぇか。女と泊まれて良い思いが出来るんだからよ」

 

良かねーよ。緊張でマトモに思考することすら出来ねーよ。

 

「……もういい。こうなったらひよりに気が変わったと連絡するだけだ」

 

「おいおい。ひよりは楽しみにしてんだぞ?」

 

すると龍園はニヤニヤ笑いながら携帯を突きつけながら操作する。

 

 

『もしもし?』

 

『おうひよりか……』

 

『龍園君?』

 

『ああ。お前に話があるんだよ』

 

『何でしょうか?』

 

『ああ。比企谷がよ、今日お前の部屋に泊まりたいらしいんだよ』

 

『八幡君がですか?しかし……』

 

『……何で俺が電話したって?比企谷が言うのが恥ずかしいらしくて俺に頼んできたんだよ』

 

『そうなんですか?ですが私の部屋に八幡君が泊まるとペナルティが発生するのでは?』

 

『ペナルティ?気にすんな。俺としてもクラスのリーダーとしてペナルティの内容を知りたいからな』

 

『そうですか……わかりました。では8時前に来るように八幡君に伝えてください』

 

『わかった』

 

『あ、もう一つ。八幡君に楽しみに待ってますともお願いします』

 

『……ああ、伝えとく。じゃあな』

 

どうやら龍園は通話を録音していたようだ。ニヤニヤ笑いを強める。

 

「そんなわけでひよりはお前を楽しみに待ってるらしいぞ。楽しみに待っているひよりを裏切るのか?いつもひよりと読書を楽しんでいるお前が?」

 

は、半端なくウゼェ……まあそれはさておき、ひよりが楽しみに待っているならドタキャンをし難い。しかも通話相手が俺でないって事は、ひよりは本気で楽しみにしている事になる。

 

「ペナルティを食らっても文句を言うなよ?」

 

「もちろんだ。クラスの奴らが反発しても直ぐに黙らせてやる」

 

「……はぁ。なら良い」

 

俺は結局龍園のイタズラに抵抗するのをやめて、ひよりの部屋に泊まる選択をする。これ以上抵抗しても疲れるだけだ。

 

「くくっ、土産話に期待するぜ」

 

「黙れ。つか精神的に疲れて腹減ったから飯奢れや」

 

「石崎。適当に買ってこい」

 

「は、はいっ!」

 

言うなり石崎は全力ダッシュで店の方に向かうので、俺は適当な席に座って息を吐く。

 

向かい側には龍園が座り、アルベルトは龍園の側に立ったままだ。

 

「ったく、夏休み最後なんだから精神を疲弊させんな」

 

「悪かった悪かった。ま、次のイベントは当分先だから問題ない」

 

「あん?なんか知ってんのか?」

 

龍園は確信したような口振りでそう言ってくる。

 

「概要は知らないが、二学期最初のイベントは10月にある体育祭らしい」

 

体育祭ねぇ……普通の学校なら練習したり、入場門の製作などがあるが、この学校の体育祭は絶対ただの体育祭じゃないだろう。多分他クラスと腹の探り合いをするかもしれない。

 

なんにせよ明日から直ぐに忙しくなるって事はないだろう。

 

「それとお前に頼みがある」

 

「テメェ、さっきまで散々俺をからかっておきながら頼み事をするとは良い度胸だな……まあ良い。で?」

 

「単刀直入に言うとDクラスの生徒の1人をスパイにする事が出来た」

 

どうやら龍園は龍園でスパイを作っていたようだ。

 

「奇遇だな。俺も今スパイを作ろうとしてるな」

 

「お前もか。ソイツの性別は?」

 

「男」

 

「なら別人か。丁度良い。スパイが2人いりゃ情報がより正確になるな」

 

だろうな。人数が多けりゃ良いわけではないが、1人だけだと情報が正確か判断出来ないし。

 

「で?頼みってのは何だ?」

 

「そう難しい話じゃねぇよ。スパイによりDクラスの情報が手に入っても、同盟相手の坂柳が信用するか微妙だから上手く橋渡しをしろってだけだ」

 

なんだ、そんな事なら問題ない。これまでも龍園と有栖の橋渡しをしてきたし、今までより綿密に打ち合わせをすれば良いだけだ。

 

「そのくらいなら構わないが、体育祭で闇討ちとかをするなよ?」

 

コイツの性格上、闇討ちをしてもおかしくないがバレたらペナルティがヤバいだろう。

 

「闇討ちは考えてない。寧ろ大々的に叩くことを考えてる。具体的にはな……」

 

そう前置きして龍園は戦術を俺に話すが、中々にエゲツない戦法だ。

 

「なるほどな。じゃあそれを確実に成功させるならDクラスの情報、更にはAクラスの協力が必要だな」

 

「ああ。特別試験は夏休みからで1学期には無かったが、今後はかなりあるだろうし働いて貰うぜ」

 

「構わないが報酬はちゃんと用意しろよ。お前は俺の王じゃなくて雇い主だからな」

 

利用価値があるから龍園に協力しているが、利用価値が無くなったら有栖に鞍替えする事も考えている。

 

「そのつもりだ……しかし石崎の野郎、遅ぇな」

 

言われてみれば石崎が戻ってくるのが遅い。もしかして店が想像以上に混雑してるのか?

 

そう思っていると石崎が走ってくるのが見え、やがて息を切らしてやって来る。

 

「遅え」

 

「す、すみません。店は混んでなかったんですが、途中で須藤達Dクラスの奴らに絡まれて……」

 

なるほどな。あの単細胞に絡まれたら仕方ないな。龍園もそれにより怒りを消す。

 

「なるほどな。そんなデカイ態度も2学期からは出来ないようにしてやるか」

 

龍園は悪どい笑みを浮かべながらそう呟き、石崎が持ってきたたこ焼きを食べ始める。

 

大方龍園は須藤を再度オモチャにするようだ。まあアイツは直ぐに熱くなりやすいから龍園からしたら最高のオモチャだろう。

 

そう思いながら俺も石崎が持ってきた焼きそばを手に持って食べ始めるが、精神的に疲れた俺には普段食べる焼きそばよりも美味く感じるのであった。



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交渉

「っあ〜、疲れた」

 

夕方6時。俺は自分の部屋に帰るや否やそのまま冷蔵庫にあるお茶を飲む。元々疲れを取るためにプールに行ったのに更に疲れてしまった。

 

理由は簡単、飯を食った後は龍園らと行動を共にしたのだが、途中でCとDの連中と鉢合わせしたからだ。

 

その際に龍園は堀北や一之瀬にセクハラに近い挑発をして、それにより須藤がキレ龍園が更に煽ったりしたからだ。

 

煽る事そのものを咎めるつもりはない。それも戦術の一つだからな。

 

ただ俺がいる時にはやめて欲しい。俺は喧嘩が強い訳じゃないし、八つ当たりを食らうのは嫌だしな。

 

ともあれお茶を飲んだら動かないといけない。7時に綾小路が来るし、8時前にはひよりの部屋に移動しないといけないからな。

 

俺はお茶を飲むとそのまま風呂場に行き、浴槽を洗ってからお湯を沸かす。ひよりの部屋に泊まるのは承諾したが、ひよりの部屋の風呂を使うのはマズイからな。

 

予定としては6時半までに風呂から上がって、7時までに晩飯を済ませて、7時に綾小路と話して、綾小路が帰ったらひよりの部屋に行く流れだ。

 

そう思いながらも俺は水着を洗濯機に入れ、パパッと服を脱いで風呂に入る。身体を洗っている間に風呂は沸くだろうしな。

 

しかし龍園の奴、マジでぶっ飛んだ誘い方をしやがって……俺が泊まりたいなんてどんなプレイボーイだよ?

 

身体を洗うと同じタイミングで風呂が沸くのでそのまま入る。それによって疲れが取れてくる。

 

このままずっとこうしているのも悪くないが、綾小路との話し合いやひよりとの泊まり会が……

 

『おやすみなさい……八幡君』

 

……や、ヤバい。頭の中で紫色の薄いネグリジェを着て俺に抱きつきながらお休みの挨拶をしてくるひよりが浮かんでしまった。

 

抱きつきながらお休みの挨拶をするのは百歩譲ってわかるが、ネグリジェ、それもエロ系は無いだろ!

 

俺は首を振りながら煩悩を振り払うべく、湯船から上がる。そして身体を拭いて着替えるもネグリジェを着たひよりが頭から離れる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

風呂から上がって20分ちょい、漸く煩悩が弱くなった頃に丁度同じタイミングでインターフォンが鳴る。

 

モニターでカメラを確認すると案の定、綾小路だったので玄関に向かってドアを開ける。

 

「わざわざ呼び出して悪かったな。とりあえず入ってくれ」

 

言いながら廊下を見回すが誰もいないので問題ない。

 

「邪魔をするぞ」

 

そう言って綾小路は中に入るので俺は先導して、クッションを出してから冷蔵庫にあるお茶を取り出しコップに注いでそれを渡す。

 

綾小路がそれを飲んだのを確認した俺は口を開ける。

 

「んじゃ単刀直入に聞くが、ウチのクラスに情報を渡す条件を話してくれ」

 

由比ヶ浜に関する事は知ってるが、詳しく聞く前に邪魔者が現れたから昼には聞けなかったんだよな。

 

「ああ。そっちが同盟を結んだ理由は由比ヶ浜を叩く為だが、暫く……2年の中頃まで由比ヶ浜を退学させないで欲しい」

 

これは予想外の頼みだな。由比ヶ浜がいる限りウチと有栖のクラスは足並みを揃えられるし、Dクラスの生徒からしたら一刻も早く由比ヶ浜が退学して欲しいはず。

 

にもかかわらず由比ヶ浜を直ぐに退学させないで欲しい……その事から察するに綾小路はAクラスについて微塵も興味を持ってない事を意味する。

 

(しかし何故だ?)

 

由比ヶ浜が苦しむ姿を長く見たいって理由ではないだろう。そんな理由なら態度や目に表れるが、綾小路の目には感情が乗ってないし。

 

まあ無茶な要求じゃないし俺としてはOKしても良いが……

 

「話はわかった……が、それを決めるのはあくまで龍園と有栖だから2人の返事次第だ」

 

俺はリーダーじゃないし、俺の一存で決めていい話でもない。

 

「ああ。2人には「由比ヶ浜が苦しむ姿を見たい」と言えば納得するだろうな。龍園は知らないが坂柳は間違いなく由比ヶ浜を恨んでいるし交渉の余地はある」

 

だろうな。有栖は由比ヶ浜に散々ガキ呼ばわりされてるし、嬲りたいと考えているだろう。

 

「わかった。とりあえず2人には話をしておくが、2人が了承した場合に備えて連絡先を交換したいが……」

 

「念には念を入れて適当なメールアカウントを作っておく」

 

俺の言葉を綾小路が引き継ぐ。他人に携帯を見せるつもりはなかろうが、細心の注意を払っておくのは当然だ。

 

俺達は適当なメールアカウントを作り、そのまま連絡先を交換する。

 

「今後は極力接点を持たないようにするが良いな?」

 

「ああ。BクラスのNo.2と話してるのを見られたら間違いなく面倒な事になる。もしもの時は事前に連絡して深夜に会わせてもらう」

 

ま、それが妥当だな。深夜に非常階段で話せば第三者に聞かれる事はないだろう。

 

「それと報酬についてだが、特別試験に関するDクラスの情報なら前金で3万、その情報が合っていて特別試験で有利を取れたら試験後に7万で良いか?」

 

「随分と羽振りがいいか」

 

「情報は立派な武器だからな」

 

それに高くはないだろう。もしも優待者当て試験のような試験が今後あれば、何百万のプライベートポイントを稼げる事も容易くなるかもしれないし。

 

「わかった。それで構わない」

 

「決まりだな。しかしお前、幾ら勝ち目が薄いから躊躇いなくクラスを売るなんて中々やるな」

 

「オレは外部との接触が制限されている事を理由に入学したからな」

 

なるほどな。俺も同じ理由だし、中学時代に色々あったのだろう。まあ俺の場合は雪ノ下と由比ヶ浜も同じ学校に入学して最悪だけど、

 

そこまで考えていると綾小路は立ち上がる。

 

「話はついたしオレは帰る」

 

「わかった……っと、バレたら面倒だから俺が先に行く」

 

そう言ってから俺も立ち上がり、玄関に向かう。そしてドアを開けて廊下を見るが人はいない。

 

同時に綾小路にアイコンタクトを送ると綾小路は頷き、俺の横を通って、非常階段の方へ向かう。

 

綾小路が見えなくなったのを確認した俺はドアを閉めて、ポケットから携帯を取り出して有栖に電話をかける。

 

『もしもし。どうしましたか八幡君』

 

「実は有栖に頼みがあるんだが、良いか?」

 

『はい。何でしょう』

 

「実はDクラスにいる生徒の1人をスパイに仕立て上げる事に成功したんだよ」

 

『そうでしたか。そうなるとDクラスの情報をAクラスにもくれるのですか?』

 

「渡しても良いんだが、そのスパイから『由比ヶ浜が苦しむ所を見たいから、すぐに退学させないで嬲ってくれ』って頼まれたんだよ」

 

まあ実際綾小路がそう思っているとは思わないが。アイツの目を見る限り全く興味なさそうだし。

 

『なるほど。まあ良いでしょう。私としても真綿で首を絞めるのも嫌いじゃないですから』

 

有栖はドSだから、やっぱり乗ってきたか。

 

「悪いな。じゃあまた明日から宜しく頼む」

 

『ええ。何でも二学期からは体育祭があるようなのでルールが判明次第、足並みをそろえていきましょう。失礼します』

 

有栖はそう言って通話を切る。それを確認した俺は携帯をポケットにしまい、リビングに戻り明日の準備をする。今日はひよりの部屋に泊まるので、明日はひよりの部屋で朝を迎える。

 

もしかしたら寝不足になる可能性があるので支度は今日のうちに済ませておきたい。

 

準備を済ませた俺は部屋を出てエレベーターではなく、非常階段を利用してひよりの部屋に向かう。万が一見られたりしたら絶対に面倒な事になるからな。

 

そう思いながらも階段を上り続けていると、上の方から微かに足音が聞こえてくる。まさか俺以外に非常階段を使う奴がいるとはな。

 

と、ここで俺は掃除具が入っているロッカーが目に入ったので中に入ってドアを閉める。誰が降りてくるかはわからないが、1年生寮である以上知った顔の可能性が高い。

 

息を殺して待機していると足音が大きくなり、それに連れて声も聞こえてくる。

 

「大丈夫よ由比ヶ浜さん。明日もしも由比ヶ浜さんを悪く言う人が出てきたら、学校に苛めについて報告すると脅すわ。苛めはクラスポイントに悪影響である以上、収まるはずよ」

 

「ありがとう……迷惑かけてごめんねゆきのん」

 

「貴女は私の親友だから当然よ。だから由比ヶ浜さんは早く立ち直って、あの屑3人を潰すのに協力して」

 

「もちろんだよ!あたしは何にも悪いことをしてないのに……絶対に許さないし!」

 

お前らかよ……

 

2人が通り過ぎるまで息を殺す。多分エレベーターを使ってクラスメイトと会った時に備えた雪ノ下の配慮だろう。

 

(しかし龍園や有栖を潰せると思うなんておめでたい頭をしてるな)

 

龍園や有栖がお前らが勝てる程度の実力ならDクラスはとっくの昔にAクラスに上がってるわ。

 

内心呆れながらも2人が離れるのを待ち、話し声が聞こえなくなったタイミングでロッカーから出て、再度階段を上る。

 

そしてひよりの部屋がある階層に着いたので、廊下に繋がるドアを開けて人がいない事を確認してから廊下に出る。

 

音を立てないように注意しながらも遂にひよりの部屋の前に到着したのでインターフォンを押す。

 

すると部屋からパタパタと足音が聞こえてきて……

 

 

 

 

「お待ちしてましたよ、八幡君」

 

ひよりが満面の笑みを浮かべて俺を迎えてくれた。



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お泊まり会(前編)

「さあ、入ってください」

 

「お邪魔する」

 

ひよりが入るように促すので、会釈をしてから玄関をくぐり、靴を脱ぎリビングに入る。ひよりの部屋には何度か入ったが、泊まる事は初めてだからかいつもよりも緊張してしまう。

 

「それにしても八幡君がお泊まりをしたいと考えているとは思いませんでした」

 

ひよりはそう言ってくるが、俺は元々ひよりの部屋に泊まるつもりはなかった。エアコンがぶっ壊れているので龍園の部屋に泊めて貰おうと思ったが、龍園が俺をからかう為、ひよりに「比企谷がひよりの部屋に泊まりたがっている」と言ったのでひよりの部屋に来ているのだ。

 

しかしその事を言うつもりはない。何故なら……

 

「私、お泊まり会は初めてですから楽しみです」

 

満面の笑みを浮かべるひよりを見ていると、水を差す気が失せてしまうからだ。過程はどうであれ、楽しそうにしているひよりの笑顔を壊すのは気がひける。

 

しかしどうしても気になる点については質問させて貰う。

 

「けどひより。男の俺が泊まって嫌じゃないのか?」

 

そう尋ねるとひよりは不思議そうに首を傾げる。

 

「そうですね……普通お泊まり会といえば男子同士、女子同士であり、異性同士というのは忌避感を抱きますよね」

 

ひよりの言葉に頷く。いくら仲が良くても同じ部屋で夜を過ごすのは女子からしたら忌避するものである可能性は高い。

 

「実際私も八幡君以外の男子の希望でしたら遠慮してました。しかし八幡君が来た時は嬉しく思いましたが、何故でしょう?」

 

ひよりは不思議そうに首を傾げるが、それって……

 

「あ、もしかして八幡君って実は女子なんですか?」

 

「違ぇよ!」

 

そう来るとは思わなかったわ!というか俺の見た目で女だったらソイツはある意味ヤバいと思うぞ。

 

「冗談です。ただ八幡君とお泊まり会をしたいというのは本当です」

 

ひよりはそう言ってくるが、ハッキリと言われるとこっちとしては恥ずかしい。

 

「……そりゃどうも。それにしても明日から二学期だな」

 

「はい……ですが、噂では二学期が始まって直ぐに体育祭があるみたいで憂鬱です」

 

ひよりは嫌そうにため息を吐く。確かにひよりの運動神経はクラスでもビリと言っても過言じゃないほど悪い。

 

「それは俺もだな」

 

俺も運動能力が高くない。ひよりほどではないが、クラスに貢献出来るかと聞かれたら首を横に振る。

 

「ま、避けては通れない道だし、一緒に頑張ろうぜ」

 

「そうですね……あ、もしも二人三脚のような競技があったら一緒に走りませんか?嫌な運動も仲の良い八幡君とやれば余り嫌な思いをしないで済むかもしれないです」

 

「それは龍園の采配次第だな」

 

まあ可能性はあるだろう。俺もひよりも運動神経は良くないし、相性が良ければ組める可能性はある。

 

「そうですね。体育祭の競技がわかったら龍園君に頼んでみます」

 

ひよりはそんな風に言ってくるが、そこまでして組みたいのだと理解するとむず痒いな……

 

「それと八幡君。明日ポイントが支給されるのでまた新刊を買いに行きませんか?」

 

ひよりは体育祭の話題から本の話題に変えてくる。俺とひよりは基本的にポイントが支給された日には必ず本屋に行くから、恒例行事のように誘ってくる。

 

「別に構わない。あ、それ以外にも電気屋によっても良いか?マッサージチェアを買いたくてな」

 

「もちろん大丈夫ですよ」

 

マッサージチェアは数十万するのもあるが、無人島試験での活躍によりAクラスは龍園に毎月117万のプライベートポイントを払い、龍園は俺に毎月58万5千ポイントの小遣いを払うことになっている。

 

ひよりが頷くとピロンと軽快なメロディが流れる。風呂が沸いた事を告げるメロディだ。

 

「すみません。お風呂を沸かしていました。八幡君は入りましたか?」

 

当たり前だ。ひよりの部屋の風呂に入ったら絶対にひよりの裸を想像してしまう自信がある。

 

「ああ。自分の部屋で入って来たし、俺に気を遣わないで入ってくれ」

 

「すみません。私がお風呂に入っている間、退屈でしたら棚にあるものを見ていてください」

 

そう言ってからひよりはクローゼットの方に向かい、引き出しから寝巻きや下着を取り出すので慌てて目を逸らす。コイツ、いくらなんでも警戒心無さすぎだろ?!

 

つーか紫って……ひよりって結構過激な下着を好むんだな。

 

さっきチラッと見えたひよりの下着により顔が熱くなるのを自覚する。

 

当の本人は全く気にしないで、風呂場に向かって行ってしまう。俺は顔に溜まった熱を発散するべく、息を吐きながら本棚を見る。

 

よく見ると読んだことがない本をあるので気を紛らわすべく手に取る。

 

そして本棚から引き抜こうとしたら、手に取った本の隣にあった手帳も一緒に本棚から出て床に落ちる。

 

だから俺は元の場所に戻そうとしたが手を止めてしまう。手帳は落ちた際に中が見えるように開いていた。

 

それだけなら手を止めないが、中身が予想外だったのだ。

 

 

 

6月19日 今日は八幡君の部屋にて八幡君と一緒に読書をしました。八幡君と読書をするのは日課ですが、日が経つにつれて八幡君の存在がどんどん大きくなっているのがわかります。

 

願うならお互いに退学する事なく卒業まで、そして卒業してからも八幡君と読書をしたいです。

 

 

そんな事が書かれていた。表紙を見ればdiaryと記されていた。やはりこれはひよりの日記だろう。

 

しかし内容が俺に関する事、それもかなり好意的な内容だ。顔に溜まった熱が更に増加してしまう。

 

普段からひよりと仲良くしているが中学時代の事もあり、俺は心の何処かで「ひよりは打算があって付き合っているのかもしれない」と思うことがあった。

 

が、こんな内容が書かれた日記を見れば、いくら俺でもそれが間違いである事は理解できる。自分の部屋というプライベート空間で書かれた内容だからな。

 

それを理解すると恥ずかしさと一緒に嬉しさも生まれてくる。こんな風に思われるなんて生まれて初めてだからな。

 

(しかしいつまでも他人の日記を見るのはマナー違反だから、棚に戻しておこう)

 

そう思いながら俺は日記を元の場所に戻そうとした時だった。

 

ピロン♪

 

「っ!」

 

風呂場に繋がるコントロールパネルから音が聞こえて、思わずひよりの日記を落としてしまう。コントロールパネルを見れば風呂場から呼び出しがあった。

 

「どうした?」

 

『あ、すみません。ボディーソープが空になったので持ってきて貰えないでしょうか?』

 

「何処にある?」

 

『冷蔵庫の近くにあるビニール袋の中にあります』

 

「わかった。風呂場の入り口に持っていく」

 

俺は通話を切ってから冷蔵庫の近くに向かい、洗剤やスポンジが入ったビニール袋から詰め替え用のボディーソープを取り出して脱衣所に向かう。

 

そして洗濯カゴを見ないようにして風呂場のドアの前に置く。

 

「ドアの前に置いとくぞ」

 

『ありがとうございます』

 

礼を言われた俺は脱衣所を出てドアを閉めると、ガラガラって音が聞こえる。つまり裸のひよりがボディーソープを……って!何を考えてんだ俺は?!

 

俺はまた顔が熱くなるのを自覚しながらもリビングに戻る。そしてさっき落としたひよりの日記を元の場所に戻そうとするが、再度動きを止めてしまう。

 

日記は落とした際に違うページになっていて、思わず見てしまったが……

 

 

 

 

 

8月30日 ここ最近八幡君の事ばかり考えていて、ふわふわした気持ちになっています。八幡君と話したいと思ったり、八幡君と会いたいと思ったり、八幡君に抱きしめられたい、と思っています。

 

恋愛小説を読むと、女子は好きな男子の事を考えるとドキドキしたり、幸せに思ったり、ふわふわした気持ちになる……といった表現があります。

 

高校に上がるまで異性と深い関わった事がないからわかりませんが、八幡君と恋人になった事を想像すると幸せな気分になりますし、八幡君に恋をしているのかもしれません。

 

八幡君が私にどんな気持ちを抱いているかわかりませんが、私と同じ気持ちだと嬉しいです。

 

 

 

 

さっき見たものより遥かに凄い内容が書かれているのだった。



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お泊まり会(後編)

俺はかつてないほどドキドキしてしまっている。顔が暑過ぎて倒れてしまいそうだ。

 

その原因は俺の手元にあるひよりの日記だ。

 

 

 

 

 

8月30日 ここ最近八幡君の事ばかり考えていて、ふわふわした気持ちになっています。八幡君と話したいと思ったり、八幡君と会いたいと思ったり、八幡君に抱きしめられたい、と思っています。

 

恋愛小説を読むと、女子は好きな男子の事を考えるとドキドキしたり、幸せに思ったり、ふわふわした気持ちになる……といった表現があります。

 

高校に上がるまで異性と深い関わった事がないからわかりませんが、八幡君と恋人になった事を想像すると幸せな気分になりますし、八幡君に恋をしているのかもしれません。

 

八幡君が私にどんな気持ちを抱いているかわかりませんが、私と同じ気持ちだと嬉しいです。

 

 

何度見ても書いてある事は変わらず、見直す度に恥ずかしくなってくる。

 

俺に対して恋しているかもしれないなんて書いてあるのを見たら誰だってそうなるだろう。

 

しかもひよりは見た目も性格も良い女子だ。見た目は良いが性格はブスな奴は中学時代に飽きるほどみたが、ひよりみたいな女子は滅多にいない。

 

(マジでどうしよう。ぶっちゃけひよりの顔をマトモに見れる気がしないんだが)

 

ひよりを見たら絶対に挙動不審になる自信がある。そんで日記を見た事を見られたら悶死する可能性もあるだろう。

 

そこまで考えているとガラガラって音が聞こえてくるので、俺は慌てて日記を元の場所に戻す。今の音は風呂場のドアが開いた音だから、後3分もしないでひよりが戻って来るだろう。

 

俺は日記を戻してから深呼吸をして顔に溜まった熱を少しずつ出していく。そうでもしないと熱で気絶してしまいそうだからな。

 

「お待たせしました」

 

暫く深呼吸をしていると足音が聞こえてきて、水色のパジャマを着たひよりが戻って来る。涼しげな格好は清楚なひよりに似合っている。

 

ひよりの寝間着姿に見惚れているとひよりは不思議そうに俺に近寄ってくる。

 

「ど、どうした?」

 

さっきひよりの日記を見たせいか挙動不審になってしまう。

 

「八幡君の顔が赤いですから気になりました」

 

お前の日記の所為でな。勝手に見た事については俺が悪いが、あんな内容を見て平常心を保つのは無理だ。

 

「大丈夫だ。夏だから熱が出たのかもな」

 

そう言うとひよりは不思議そうな表情のまま、俺に近寄り……

 

ピトッ

 

そのまま自分の額を俺の額に重ねてくる。

 

(っ!い、いきなり何をっ?!)

 

予想外の行動に加えて、間近にあるひよりの可愛らしい顔により、俺の顔はこれまでの比にならない程、熱が生まれる。

 

「どんどん熱くなってますね。エアコンの温度が高いからでしょうか?」

 

違います。ひよりの日記と言動が原因です。

 

まあ馬鹿正直に言うつもりはないので、小さく頷くとひよりはエアコンのリモコンを操作して温度を下げる。

 

「2度下げました。もしも体調が悪いなら薬の準備をしますから言ってください」

 

ひよりは俺に対して気遣いをしてくるが、この気遣いに打算がないのはわかったので凄く嬉しく思う。

 

「大丈夫だ。ありがとな」

 

「どういたしまして。それと本棚にある本で気に入った作品はありましたか?」

 

「それなんだが本人が了承したとはいえ、女子の棚に触るのは気が引けて見てないんだ」

 

「私は気にしないのに律儀ですね。ではこの本を勧めますよ」

 

ひよりはクスリと笑ってから、俺がまだ読んだ事のない本を紹介してくれるので、本の概要についてしっかり聞くのだった。

 

 

それからお互いに本について話し合うが、やがて11時を回った辺りでひよりがあくびをしてから俺を見てくる。

 

「すみません。眠くなってきたのでそろそろ眠りませんか?」

 

「別に構わない」

 

俺は基本日が変わってから寝るが、11時くらいに寝る事もあるし。

 

「ありがとうございます。では寝ましょうか」

 

ひよりは礼を言ってからベッドに入り、掛け布団を開いたまま俺を見てくる。

 

これはつまり一緒に寝るってことだろう。確かに俺はこれまでひよりと俺のベッドで寝た事があるし、ひよりの言動におかしな事はない。

 

しかしひよりの日記を見たからか、今の俺は恥ずかしさ故に忌避感がある。

 

(まあ頭の良いひよりなら、俺がここでいつもと違う態度を見せた結果、俺が日記を見たと察する可能性があるな)

 

結果、俺はひよりの誘いを拒否しない選択をして、そのままひよりのベッドに上がる。

 

それと同時にひよりは俺の背中に手を回して抱きついてくる。ひよりには何度も抱きつかれたが、今までよりも遥かに恥ずかしい。

 

「ふふっ。やっぱり八幡君の温もりは気持ちいいです」

 

ひよりはそう言って俺の胸元でスリスリをしてくる。ヤバい、メチャクチャ可愛い。こんな可愛い女子に想われているのかもしれないなんて……

 

もう心臓が破裂するんじゃないかと思っていると、ひよりはスリスリをやめて俺を見上げてくる。

 

「ところで八幡君。前から思っていましたが、私と過ごすのは楽しいですか?」

 

「いきなりどうした?」

 

「私は楽しいです。ここ最近はいつも八幡君の事ばかり考えていて、ふわふわした気持ちになって幸せなんです」

 

日記に書いてあった事に近い事を言ってくるひよりにドキドキする中、ひよりの話は止まらない。

 

「ですがこの気持ちは私だけで、八幡君は違うかもしれないと思ってしまうのです。八幡君はどうですか?」

 

ひよりは不安そうな眼差しで恐る恐る見上げてくる。俺の勘違いかもしれないが、ひよりの瞳は「私なんかと過ごして楽しいですか?」と言っているように感じた。

 

そんなひよりを見ていると胸が痛くなる。

 

「もし、もしも八幡君が嫌々私に付き合っているなら無理強いは「それ以上は言うな」あっ……」

 

俺は自己評価の低いひよりをこれ以上見ていられず、咄嗟にひよりを抱きしめていた。対するひよりは驚きながら俺を見てくる。

 

「俺もお前と同じ気持ちだ。お前と過ごす時間は穏やかで楽しいと思ってる。嫌々付き合った事はないし、嫌なら関わらない」

 

俺はそう言って抱きしめる力を強める。抱きしめるなら柄じゃないが、ひよりの不安そうな表情が無くなるなら何でもする。

 

ひよりを抱きしめると同時に確信する。

 

(……ああ、もう認めるしかない。俺、ひよりの事が好きだ)

 

俺は今まで恋愛をした事がないから、恋愛的な意味なのか親愛的な意味なのかはわからない。

 

しかしひよりが悲しそうな表情をすると嫌な気分になるし、ひよりの笑顔を見ると幸せな気分になる事から察するに、俺にとってひよりは大切な存在で、これからもずっと一緒にいたいというのは間違いない。

 

そこまで考えているとひよりを強い力で抱きしめている事を理解する。今までひよりを抱きしめた事は何回もあるが、今までに比べたらかなり強いのは間違いない。

 

だから俺はひよりに回した手を緩めようとするが、ひよりが強く抱きしめてくる。

 

「緩めないでください」

 

「いや、でもな「もっと……」もっと?」

 

「もっと八幡君の温もりを強く感じたいです……だから緩めないでください……」

 

ひよりは上目遣いで俺におねだりをしてくる。そんなひよりを見ていると拒否する事はできず、俺は抱きしめる力を強める。

 

「あっ……八幡君……八幡君の温もりが伝わって幸せです……」

 

ひよりは更に抱きしめる力を強める。普段非力なひよりからは想像出来ない力だ。

 

しかし痛みは感じない。ひよりの言ったように俺もひよりの温もりが伝わってきて幸せの方が痛みより上回っているからだ。

 

「ひより……」

 

「八幡君……八幡君……」

 

ひよりは俺を強く抱きしめたまま、何度も俺の名前を呼んで甘えてくる。

 

そんな甘えん坊全開のひよりに俺は抵抗をする事なく、眠りにつくまで抱きしめ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝……

 

「ふぁ〜……」

 

目を覚ましたひよりは伸びをする。同時に自分と向き合いながら眠っている八幡の存在に気づき、幸せな気分になる。

 

「おはようございます八幡君。朝食を作りますからゆっくり寝ていてください」

 

ひよりは微笑みを浮かべながらベッドから降りて、キッチンに向かおうとするが、本棚の前で動きを止める。

 

「そういえば昨日の分の日記はまだでしたね」

 

ひよりは本棚から日記を取り出して勉強机と向かい合って日記を書き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月31日。今日は夏休み最後の日で、八幡君が私の部屋に泊まりに来てくれました。

 

その際私は八幡君に私と過ごすのは楽しいかと質問しました。私が八幡君と過ごす事に楽しさを感じていても、八幡君が私と過ごす事に楽しみを感じているか不安だったからです。

 

それに対して八幡君は私に同じ気持ちであると伝え抱きしめてくれました。そんな八幡君に対して私はかつて感じた事のない幸せに包まれ、眠りにつくまで八幡君に甘えてしまいました。

 

それによって私は自分の気持ちをハッキリと理解しました。

 

 

 

 

 

私、椎名ひよりは比企谷八幡君に恋をしています。八幡君を気に入っているであろう坂柳さんには渡しません。

 



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リベンジマッチ

「ん、んんっ……」

 

良い匂いがしたので目が覚める。窓を見れば朝日が部屋を照らしている。

 

匂いがする方向を見れば……

 

「あ、おはようございます八幡君。朝食はもうすぐ出来ますよ」

 

エプロンを着たひよりが笑顔で挨拶をしてくる。そんなひよりに見惚れながらも俺は昨夜ひよりの部屋に泊まった事を思い出した。

 

同時に顔が熱くなる。俺は昨日、友人としてか異性としてかはわからないが、ひよりの事が好きである事を強く自覚したのだ。そんな彼女が朝から迎えてくれるとなれば恥ずかしい。

 

ともあれ挨拶をされた以上、こちらも挨拶を返さないといけない。

 

「おはようひより。わざわざありがとな」

 

「私は自炊をしてますから気にしないでください」

 

ひよりはそう言って皿に料理を盛り付けるので、俺は皿や食器をテーブルの上に運ぶ。

 

全ての料理を運び終えると、ひよりはエプロンを脱いで俺と向かい合う。

 

「では……頂きます」

 

「頂きます」

 

挨拶をして食べ始めるが凄く美味い。ひよりの作る飯は何度も食ったが全く飽きる気はしない。

 

「どうですか?お口に合いますか?」

 

「凄く美味い。ひよりは将来良い嫁になるだろうな」

 

見た目も性格も良く、料理の腕もあるし、ひよりの夫になる男はそれだけで人生の勝ち組になるだろう。

 

そう思っているとひよりは頬を染めて俺をチラチラ見てくる。そんなひよりらしからぬ行動に戸惑ってしまう。

 

「どうかしたか?」

 

「い、いえ。何でもありません」

 

ひよりはテンパりながらも何でもないと返してくる。何でもないって事はないだろうが、本人がそう言うならばこれ以上聞くのは無粋だな。

 

そう判断した俺は食事を再開するのだった。

 

 

 

 

 

(良いお嫁さん……八幡君のお嫁さんに……)

 

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

「じゃあひより。また学校で」

 

「はい。また学校で」

 

飯を食った俺はひよりと挨拶を交わしてひよりの部屋を出て、非常階段を使って階層を下る。

 

そして自分の部屋にある階層に到着したのでドアを開けると……

 

「「あ」」

 

何と廊下に有栖がいて鉢合わせしまった。予想外の邂逅に驚く中、有栖は楽しそうに笑いながら近寄ってくる。

 

「おはようございます八幡君。非常階段を使うとは珍しいですね。もしかして椎名さんの部屋に泊まっていましたか?」

 

え?何でわかったの?もしかしてひよりの部屋に出入りする所を見られたのか?

 

疑問に思っていると有栖はクスリと笑う。

 

「ふふっ。冗談で言いましたが、真実みたいですね」

 

ハッタリかよ?!畜生、的確だったら黙っちまったが、シラを切るのが正解だったようだ。

 

「頼む。黙っといてくれ」

 

夜8時以降、男子が女子エリアに行くのは校則違反だ。龍園は怒らないと言ったが、第三者に知られたく