彼の進む地平に闇はなく (閣下の信仰者)
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845年──100年間の平和を守っていた3重の壁、第1の壁ウォール・マリアの2層の壁の1つが突如現れた超大型巨人によって崩壊する、蹴り壊された外門の瓦礫で人が虫のように潰され、建造物が倒壊していく。
崩れた箇所より侵入してくる巨人達、皆がみな恐怖に顔を歪めながら逃げ惑うシナンシナ区の住民。しかし巨人から逃げれるわけもなく、捕らえられ喰われていく。
そう、今この場所でも若い一人の青年が・・・・・・。
「ひ、ヒィー!!、死にたくない!、死にたくないよ!、お願いしますたすけっギャァ!?」
10Mはあろう巨人に捕まれた青年は身体中の骨が砕かれ、激痛と恐怖で泣きながら暴れるもどうすることも出来ずに頭から喰い千切られた。
巨人は動かなくなったその喰い残しを棄てるとまた別の獲物へと向かっていった。
こういった光景がそこかしこで起こっており、誰も助からないのかと誰もが諦めかけたその時だった。
人を襲う巨人の後ろから空を駆ける者達が巨人のうなじを手に持つ剣で切りつけたのだ、そうすると巨人がまるでこと切れたように地面に倒れたのだ。
そう、人類は今までの犠牲の中で巨人の唯一の弱点が後頭部のうなじ付近を立て1m、横10cmを損傷させることで巨人を討伐可能であると知っていた。そこで色々試行錯誤した結果接近して切りつけるという結論に至った。
そこで開発されたのが立体起動装置である。
ワイヤーをガスで射出し巨人や高さのある障害物や建造物が存在する場所で空中機動を可能にした装置である。人が持つ二次元である縦の動きと横の動きに三次元の高さを入れることで巨人に接近戦を挑むことが出来るようになった。
接近戦で使用する剣は特殊で、ワイヤー等を操作する機能を剣の柄の部分に持たせている。その刃、超硬質化ブレードも巨人との接近戦を前提に設計されている。接近戦は装備の消耗が激しく、剣もすぐに巨人の血などで切れなくなってしまう。
そこで考案されたのは戦闘中であろうとすぐさま刃を交換可能にするために柄と刃を脱着式とし、予備の刃をボックス型の鞘に納めておき、折れたとしても素早く交換出来るようにしたのだ。
しかし立体起動装置の主な機能はブラックボックスと化していて技術者以外にはわからず、壊れてしまえばすぐさま直したりなどが出来ず捨ててしまう事もある。
この立体起動装置で人類は巨人に対抗する術を得たのだ。
そして巨人を殺した者達は人類が持つ盾である駐屯兵団の兵士達だった。巨人に対抗しえる力の1つだが、しかし──
一体の巨人を殺しただけで周りには・・・・・・。
「おいどうする、どうするんだよー!、ガスも刃も切れそうなんだぞ!」
「俺達はおしまいだ、死ぬんだ、ここで死ぬんだ・・・・・・」
駐屯兵達は今、建物の屋根で足を止められていた。ガスが切れ、刃も使い果してしまったのだ。それに加えて彼らのいる建物の周りには5体以上もの巨人がおり後退することができない、彼らは訪れるだろう絶望の未来に恐怖した。
だが、だが!、その中で諦めぬ人間も必ずどのような状況であろうとも存在する。
絶望から人を救うことができるの者は人を言葉や行動、態度で人を酔わせることができる者だけだ。
そう、この場にはそんな人物が居たのだ。
「何をしている!、立て!、戦え!、お前達は何のために此所にいる!!」
「そんなこと出来るかよ!、無理だ、できるはずがない!」
「皆ガスもブレイドも残り僅かだ!、ここを運良く突破出来たとしてどうする!、本部までの距離は遠すぎるだぞ!、途中でガスもブレイドも失って巨人どもに喰われるだけだ!」
「ではお前達はここで巨人に喰われるのを待っているだけなのか!」
「俺達に何が、何が出来るってんだよー!、お前は俺達に死ねって言っているのかよ!!」
「そうだ・・・・・俺達は死ぬ・・・・・だが!ここではない!、俺達が死ぬとしたらシナンシナ区の住民達のために死ぬ、俺達は守らなくてはならない!、俺達の友を家族を愛するものを!!」
「お前達はいいのか!、大切な者達が巨人どもの餌になることが!、許せるのかそんな未来が!、俺は一人でも戦う!何故ならまだ!まだ!!この心臓は動いているのだから!!」
「とうに俺はこの心臓を人類に捧げている!、ならば人類のためにこの命尽きるまで、俺は責任を果たそう!!」
この彼の言葉が絶望していた彼らの心に問いかけた。
その言葉を聞いた彼らは最後の力を脚に込め立ち上がる。
「俺も戦う!、俺は家族を、家族だけは守るんだ!」
「くそ!どうして俺がこんなめに逢わなくちゃならねんだ!、だけどよ・・・・・あいつらを見捨ててどうする!俺が守らなくてどうするんだよ!!」
「俺も戦う!」「俺もだ!」「俺も!」
意味がないかもしれない、何も守れないかもしれない、だが彼らは立ち上がり武器を取った。たとえ無駄だとしても彼らの意思は正しいのだ。愛する者達のために戦うのだどこに間違いがあるというのだ。
「巨人を一転突破して駐屯兵団本部まで一時後退する!、補給した後に住民の避難終了まで住民に巨人を一匹たりとも近づけるな!」
「総員突撃!、心臓を捧げよ!!」
先陣を行く男に全員が躊躇することなく続く、決意に心を染めて恐怖を振り切って続く、しかしこの世界は残酷だ。彼らの決意すらこの世界は容易く踏みにじるのだ。
どれだけ決意を持とうとも人間は簡単に死んでしまう。巨人の包囲を突破できた者は彼らの内およそ10名、そして本部までたどり着いた時にはその数を10名から2、3名まで減らしていた。
絶望の中で見た希望という光にすがり、命からがらその地獄を越えてみれば待っていたのは更なる地獄、まるでこの世界がお前は勝利したのだから次の戦いに行かねばならないとでも言うかのようにさらなる地獄が襲いかかる。
生き残った彼らを襲う地獄とは、本部に巨人が群れを成して雪崩れ込んで来たのだ。絶望だ、またも彼らに絶望が訪れる。生き残れない、彼らだけではないそれがその場にいた全員が共通した思いだった。
駐屯兵団、彼らは人類を守る壁を補強し都市の平和を守る盾となる者達だ。だがその彼らも百年の平和の中で腐敗していた。ゆえにこの場には兵士としての責任を果たすものは少なく、ある者は者は逃げ惑い、ある者は恐慌のあまり発狂する者などで溢れかえっていた。
「戦え!、何をしている戦うんだ!」
「死にたくないよ、死にたくないよ!、助けてお母さんー!、イヤーー!!」
「あれ、ぼくのあしがないあれどこにいったんだー?、ハハハハハ!」
「くそが!、動ける者は俺に続けっギャアー!!」
「兵士長ーー!!、くっ!総員後退する!、住民の避難を急がせろ!!」
「分隊長!、指令本部より伝令!、速やかに内門ないに撤退されたし、シナンシナ区を封鎖するとのことです!」
「了解した!、総員撤退ー!、撤退ー!!」
駐屯兵団本部で指揮を執っていた分隊長の男は撤退を報せる発光弾を打ち上げた。
彼らが民間人を守るために巨人を惹き付けて、犠牲を出しながらも巨人を撒いてシナンシナ区内門前までたどり着くと内門周辺の防衛を任されていた部隊が物々しく大砲を大通りに並べ、当たるとも思えない砲撃を繰り返していた。
「分隊長!、意味ありませんよこんな砲撃は!、こいつには巨人を狙う精度なんてあるわけありませんよ!」
「いいから撃て!、少しでも時間を稼げ!、まだ住民の避難は終わっていないんだぞ!」
「りょ、了解!、っ!なんだあいつは!」
「1体ものすごい速度で突っ込んできます!」
「撃て!、当てろー!!、近寄らせるな!」
駐屯兵の隊長の悲鳴のような命令に従い放たれた砲弾は内門に突っ込んで来ている見たこともないタイプの全身を鎧のような皮膚が覆う巨人に直撃した、しかし──。
「やったぞ!当たった!、っ!?──全然効いてないぞ!」
放たれた砲弾は偶然に巨人の頭に直撃したのだが、見たこともないその巨人は、普通の巨人であれば頭を吹き飛ばすほどの威力がある大砲の砲撃を受けても効いた様子も、ましてやのけ反りもせず速度を変えず突っ込んできた。
兵士達が逃げ出そうとしたときには内門が閉じていくのが見えた。そのため急ぎ撤退しようとしたが、突っ込んでくる巨人の方が速く、巨人の走る風圧で吹き飛ばされた。
だがその巨人はそれでも止まることなく内門目掛けて突進した。
恐るべきその膂力で内門を吹き飛ばした。内門を破られたということはこの突出区画であるシナンシナ区だけでなく完全にウォール・マリアが陥落したということでもあるのだ。
「終わりだ、人類はもう終わりだ・・・・・・」
そう、この日人類は思い出した。巨人に支配されていた恐怖を。鳥籠の中に囚われていた屈辱を。
ゆえにこれは当たり前の事実。人類が喰われ、巨人が喰らう。遥か昔から変わることのない真実。
この世界は残酷なのだから、この地獄から逃れることなど誰にも───
「──そこまでだ」
鳴り響くのは軍靴の音、まさしく鋼鉄が奏でる響きだった。
ここにようやく奇跡が舞い降りる。
「─────」
「あ、あなたは・・・・・・」
人類に刻み付けられた数々の人的損失、痛み、そして絶望。それらあまねく負の因子を一触で振り払う人類の守護神。物語にはつきものの逆転劇が、ついに災厄の渦へとその姿を現したのだった。
そう、もはや悲劇は幕を閉じた──涙の出番は二度とない。さあ刮目せよ、いざ讃えん。その姿に人類よ希望を見るがいい。ここから始まるは、男の紡ぎ出す新たな英雄譚。ただ姿を見せるだけで、
男は運命に挑むもの──覇者の冠を担う器。
そう、彼こそ──
「クリストファー・ヴァルゼライド、兵士長・・・・・・」
その名を口にするだけで舌が痺れ、熱い気概が呼び戻された。高潔な強者を前にした時、人は自然と畏敬の念を抱く。
兵士達は誰に命じられるでもなく、傷ついた体で這うように彼の背後へと下がる。階級の差や戦闘能力の有り無しなどという理由では断じてない。そうすることが真理だと、無意識の内に強く感じ取ったがための行動だった。
兵団に身を置いてこの男を知らない者など、1人もいない。
駐屯兵団改革派筆頭、法の守護者・・・・・・
兵士の理想、鋼の化身、断頭台、閃剣、光刀、人類最強・・・・・・
あらゆる呼び名で尊敬と畏怖を集めた男を前に、そう語られるようのなった理由を一目で悟った──
自分達のようなものとは、何もかもが隔絶していた。
そしてそう感じるのは、対峙する1体の巨人も同じである。彼を前にして視線を逸らすなどという愚を起こさないし、できやしない。
つまりは対等、発する圧力がつりあっている。
通常なら信じ難いが、それも仕方のないことだろう。何故なら彼はあらゆるものが輝いている、太陽のような男だから。
目に宿る光の密度、胸に秘めた情熱の
胸の高鳴りが止まらない。同時に、叫びたいほど恐ろしくなる。彼と同じ軍服に袖を通していることさえ誰かに自慢したくなり、忌まわしい呪いのように感じる錯覚。男が男に魅入られる瞬間とは、きっとこのようなことを言うのだろう。
そして対峙する鎧の巨人は殺意を込めた咆哮を発した。
「ウオオオォォ!!」
常人ならば聴いただけで脚がすくみ、恐怖で動けなくなるであろう巨人の叫びを聴いてなお、彼の心は小揺るぎもしない。
「黙れ──これだけの血を流し、血を貪り食らった後でまだ吼えるか、巨人ども。なるほど、余程死にたいと見える。ならば覚えておけ」
言葉は少なく、荘厳に。激烈な闘志の強さが鼓舞となって波を打つ。洗練されたその美しさは正しく破格、並ぶもの無し。
内に秘めた怒りを解き放たんと刃を二振り、引き抜いた。視線に籠る決意の火は、強く尊く眩しく熱く──
「──
威風堂々と言い放った瞬間、ヴァルゼライドは一迅の影となる。同時、動き出す鎧の巨人──英雄譚が始まった。
一合、彼らが激突する寸前にある兵士はまず、こう予想した。
兵士長は敗北する──この巨人に勝つことなど、人間では不可能なのだと。
ああ、確かに彼は破格の人物だろう。内に秘めた情熱ゆえか、佇まい1つとっても眩いほど輝いており、あの偉丈夫が凡人と一線を画しているのは語るに及ばず理解している。
実力に至っても通常の兵士を歯牙にもかけない域にあるのは、疑う方が馬鹿馬鹿しい。
何故なら──彼こそ人類最強の兵士。
人類にもたらした恩恵は数知れず。生きる伝説そのものであり、巨人にも勝るとも劣らない実力があるのは確信できた。
そこに希望を見いだしても仕方ないが・・・・・・
しかし人間らしいその道理、果たして人外の巨人にまで通じるかと論ずるならば、やはりそれは否だろう。
鎧の巨人の豪腕の一振りで木端微塵に砕ける大地。
抉れた岩盤をものともせず駆ける鎧の巨人は肉薄しつつ小屋ほどある瓦礫の1つを手に取った。巨大な残骸をその豪腕で軽々持ち上げ、鈍器のように叩きつける。
巨人は生まれ持った超越性をこれでもかと見せつけながら、暴虐の限りを尽くす。
優れた種族に、むしろ小技など必要ないのだ。生まれ持った性能を捻りなく、在るがままに発揮するだけで十分。己が己であるだけで如何な相手をも粉砕できる。
飛来する岩塊をヴァルゼライドは素早く立体装置を駆使し躱した──
理由は勿論、
間髪入れずに壊れた大砲を振るう鎧の巨人の追撃も当然躱した──
これも無論、
それはある意味当然の攻防劇だろう。ヴァルゼライドがどれだけ優れていたとしても、彼は所詮ただの人間である。殺し合いにおいて多勢を決する要素は常に出力、速度、防御力。すなわち純然たる能力値であり、大が小を圧倒するという子供でも分かる方程式が厳然と存在するのは、誰の目にも明らかだ。
・・・・・・鼠は猫に噛みつけたとして、獅子を前に死を悟る。
たとえ攻撃できたとしても、それは無駄な蛮勇だ。立ち向かったけど死にましたでは、それこそ無駄死にと変わらない。
弱者が強者に土を付ける展開は常に希少。現実ではまず起こらないから誰もが夢見憧れて、そして当然、十中八九かなわない。そもそも大穴に入れ込む感情自体が、人類特有の悪癖なのだろう。
判官贔屓、死の高尚さ──などというおかしな概念が動くのは人間だけだ。
自然界において小は小。弱者は餌。逆転など起こらない。
優れた者が順当に勝つことこそが基本であり、逆は不出来で歪な齟齬。そこに疑問は挟まれないし、闘争という極限状態でもその方程式は聖典として機能する。
兵士がヴァルゼライドの敗北を予見したのは、そういうこと。そして実際、ヴァルゼライドは敗北必至と言っていい。
小手先の技術など絶対的な強さを前にすれば小賢しい児戯だ。さらに彼を圧倒する巨人の他にも複数の巨人を相手取らなくてはいけないというこの状況、基礎能力の差を考慮すれば勝率など雲を掴むに等しいだろう。
どだい、気合や根性では出力の桁を誤魔化せるものか。
そう思っていた──ゆえに想像した未来図は、だが。
二合─三合─四合─五合、十合を越えても未だに訪れる気配はなく。それどころか、なんだこれは──どうなっている。
渡り合っていた。それも互角に、鮮烈に。
まるでこれが当たり前の
「ふッ───!」
鋭い剣閃が奔るたびに轟音を響かせては弾き合う鉄腕、鋼脚。火花がまるで華のように散っては咲き、咲いては散って彼らの舞踏を豪華絢爛に染め上げていた。
衝突するたびに大きく軋む刀身は
今にも折れてしまいそうな負荷がかかっているものの、しかし武器破壊を避けられているのは、すべて担い手の技量がゆえ。
いいや、攻撃、回避に反撃・・・・・・あらゆる場面において技量が生かされていない箇所など見当たらない。
余すことなく、すべてが絶技。
あらゆる不条理をねじ伏せる──
巧い──戦闘技能と状況判断が常軌を逸して凄まじすぎる。練達などという評価さえヴァルゼライドには侮辱にしかならないだろう、技の極みがそこにあった。
悪魔的に積み重ねた修練の量が一挙一動から伺える。あまりにの完成度はよく出来た円舞でも観劇している気分だった。
一眼、一足、一考、一刀に至るまで、悉くに意味があり、無駄な動きが微塵もない。
歯車のような正確さで暴力の風雨を捌くその姿。どれほどの血と汗を流してこの領域まで至ったのかと、そう思わずには、とてもとてもいられないのだ。
かと思えば、時に息を呑むほどの博打に打って出る──その豪胆さはどういうことか。
勝利の流れを嗅ぎ付け、そこに躊躇なく命を懸ける、不合理の中に生きる合理。
一見して破綻にさえ見える勝利への執着は、されど強者には必須ともいえる行動だった。正着を打つだけの機械には決して持てない、飽くなき未来への闘争心。
それがまたとない力となって、ヴァルゼライドを近づける──格上殺しの勝利へと。
王道に、邪道。
正統に、我流。
機械の持つ合理性と、生物の持つ可能性。
矛盾を孕む対の要素が、理想型で融合していた。
完璧すぎて目眩がする。想像を絶するという言葉さえ、彼を現すには生温く・・・・・・。
この人はどこかおかしい───そう呟かずにはいられなかった。
失礼だと分かっていても、だって仕方ないだろ。こんな光景はあり得ないんだから。
気合や根性で誤魔化せる出力差ではないというのに。
まさに、その
十が百を踏みにじる、猫が虎を噛み砕く。
奇跡という名の不整合、頭がおかしくなりそうだった。
鎧の巨人という見たことも聞いたこともない新種の巨人、砲弾を弾く鋼鉄のような皮膚はブレイドで傷つけることすら難しい。
そして、崩壊した内門から侵入しようとする群れをなした巨人達。
放たれる密度と圧力はまさに天災、大災害と呼ぶに相応しい理不尽さだった。
天井知らずに上昇していく危険度。蹂躙されていく景色。
もはや個人に向けて用いるような代物では断じてなく、破滅のカウントダウンが無慈悲に頂点めがけて駆けあがった。
だから後はもう、希望的観測を抱く余地すらないはず、なのに。
「─────」
──だからこそ、やはりこの人は
受けて立つと、逡巡なく前に出る姿は恐怖という感情が欠落しているとしか思えない──いや。
本当に、現実が分かっているのか?。
まさか理解した上でそうしているのなら、この男なら──
もしや、
咆哮と共に地を揺らしながら迫る巨人。かつてない暴力を前にヴァルゼライドは一度だけ、築かれた屍の山を見た。
瞑目し、哀悼を捧げること一瞬。
「・・・・・・すまん。そして誓おう、おまえ達の死は無駄にしない。無辜の民を弄んだその報い、魂魄まで刻んでくれる」
開眼した瞳の奥で揺れる炎。
誓言は、底冷えさせる嚇怒の念に燃えていた。
それは、まさしく光の波濤。
進行方向にいる巨人は、1体たりとも残さない。
無事ですむなど、絶対に不可能。光の刃はいとも容易切り裂いた。
悪への裁きであるかのように。鋼鉄の刃が、鎧の巨人に鉄槌を下す。
その間隙、攻撃と攻撃の合間に巨人達が駆けた。巨人の数は人を滅ぼす津波となりヴァルゼライドに襲いかかった。
その規模、先の三倍相当──
そして当然、それらに捕まえられれば、逃れることの出来るような軽い脅威では断じてなく。
ゆえに必殺、
だが、だが、そう──
「──小賢しい」
ヴァルゼライドにそんな攻撃は通用しない。逆側の腕に掴んだもう一刀が、日の光を反射しながら振るわれた。
両断される巨人。
鎧袖一触──地に降り注ぐ血の雨を振り払う、光輝の刃が巨人を斬り倒す。刃を照す光が、粒子となって力を彩る。
キラキラと、宇宙から舞う流れ星のように、強く優しく雄々しく熱く・・・・・・
輝いて希望を照す姿を前に、ああ、これ以外にどんな感想を抱けるという。
「───“英雄”だ」
怪物を斃せるのは、彼らと同じ怪物だけ。
そして人間でありながら怪物を斃すことができる者は、御伽噺の
その場に居合わせた者達は今、間違いなく、一人の男が伝説になる瞬間を目撃している。
だってほら、彼が携えるは光の剣。
何物にも屈さない不撓不屈の意志もある。
舞台は歴史に残る災禍の渦中。民間軍属を問わず出た数えきれないほどの死者を悼みながら、元凶たる巨人を討伐しているこの構図。
目にすれば誰もが納得するだろう。いや、疑いすらしないはず。
この瞬間は間違いなく後世に刻まれる。生存者は今、その語り部として絵物語に巻き込まれていた。
迫り来る巨人に向かい、悠然と歩みながら睥睨する。
「来い、この程度で終わりはしない。この地で死者が抱いた恐怖、苦痛、そして絶望。俺たちはそれを受け止めながら地獄の炎に焼かれるべきだ。そうでなければ帳尻が合わんだろう」
蒼い炎のような憤怒を宿し、更なる
大地を鳴動させながら激突する、暴力の嵐。
ヴァルゼライドと巨人の中心を爆心地として、世界を削る、蹂躙していく。
膨れ上がり続ける破壊の規模は周囲一角を更地に変えたが、依然変わらず戦闘は続行中。このまま死闘が続けば文字通り、ここは生命の消え失せた不毛の大地に変わるのではないだろうか。
拡張を続けながら鎬を削る、誰一人、何一つ、英雄と巨人を止められない。
やはり彼は正義の担い手にふさわしく、闇を切り裂く輝く希望であるだろう。
しかし、ヴァルゼライドには矛盾が存在する。
守る、守ると言いながらやっているのは破壊、成敗、殺戮に他ならないのだ。
彼は出会った者達からも言われていた──貴様は矛盾だらけだ──真に高潔な存在は武力など要らねえんだよ──と。
ヴァルゼライドはおのが矛盾を理解していた。
それこそ──ああ、何を今更。かつて親友に言った言葉を思い出す──
『知っているとも、俺に
『異論はない、俺は違わず塵屑だとも。己の咎を自覚しながら歪みを正しきれずにいる・・・・・・そんなどうしようもない
『分不相応な夢を見て、幾度も地を這わされてきた。己だけ血を流せばいいものを、共に歩んだお前や部下まで傷を負わせ、苦しめて。それでもしかし、次こそはと諦めきれず・・・・・・他者の夢を轢殺しながらここまで来た。罪深いと知りつつもだ。そんな男を邪悪以外にどう表せという』
だから、何も間違ってなどいない。すべて真っ向から受け止めよう。ヴァルゼライドは、自分自身を傑物などと思っていない。
むしろその逆、罪人だ。何一つ反論せず、認めた上で──
「だが──」
烈火のように激しく、水のように清廉な一撃を返しながら続けた。
「ならばこそ、立ち止まってはならんだろう。何故ならここで足を止めれば、踏み躙ってきた数多くの祈りに背を向けてしまうことになる。こんな俺のために尽力してきた者たちを、裏切ってしまうことになる。それだけは、何があっても看過できるものではない」
「俺は奪い、勝ち取ってきた。敵を踏みつけてここまで来た。しかしそれら戦ってきた夢の数々、無価値であったわけではなく、劣っていると見下すことなどいったいどうして出来ようか。そんな資格は誰にもないのだ。結果的にその願いを砕くことになったとしても・・・・・・」
理想と理想がぶつかった場合、どちらかが破れ、どちらかが生き残る。ゆえに勝利とは、裏を返せば相手を壊す罪業だ。
その残酷さを重く受け止めて、そして背負う。
「過ちは永劫、地獄で購おう。責も受ける、逃げもしなくば隠れもしない。しかし、その罪深さを前にして膝を屈し何になろう。泣き叫びすまなかったと許しを請えと? 器がないから、誰かに託して諦めろ? 嗤わせる。勝者の義務とは貫くこと──」
最後までやり通し、夢見た世界を形にするのが報いることだと、信じているから。
「涙を笑顔に変えんがため、男は大志を抱くのだ」
「
共に歩んだ仲間、家族、守り抜くべき無辜の民。
そして相対してきた敵の存在・・・・・・それさえ背にして、英雄は剣を振り抜き続ける。
──そう、血を流すたびに、どこまでも強くなるのだ。
「人々の幸福を、希望を未来を輝きを──守り抜かんと願う限り、俺は無敵だ。来るがいい! 明日の光は奪わせんッ!」
業頼のような二連、流れるように続けて三連。刃が折れるたびに、二本の
一切の無駄を削ぎ落とした動きは冴えわたる一方で、まさに魔を成敗する武神の如く。彼が動くたびにあらゆる巨人を斬り倒し、鎧の巨人も例外なく、そのうなじを削られるのみだった。
奇跡のような展開と物語のような美しさは、華々しく、幻想的で・・・・・・目が潰れそうなほど眩しく強い、格好いいものだった。
遠雷のように響く、戦場の不協和音。
苛烈さを今も増しながら、英雄は屍の山で命を賭けて戦っている。
誰かの命を守るために。
民の平和を守るために。
ずっと、ずっと、“勝利”をその手で掴むまで・・・・・・
設定がつたないですが、申し訳ありません
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