Re,member (道長(最近灯に目覚めた))
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雄英高校体育祭決勝トーナメント二回戦

 どうして自分はここにいるのだろう。一人になってしまった控室で、なぜかそんなことを考えてしまった。

 激励をしてくれたクラスの皆が去った部屋には、潮が引いた砂浜のような静けさが残っている。それに当てられたのか、久しぶりに寂しいという感覚を思い出してしまったことが原因だろう。

 思えば普通科とは言え、雄英高校に入れたことすら未だに現実感がない。孤児院に入った時には分数すら分からなかったのだから。当時の兄さん姉さん達、時には弟分妹分達に教えてもらっていたら、いつの間にやら教えることの方が多くなっていって、気がつけば雄英高校の合格圏内に入ってしまっていた。そして学費の安さと、進学率と就職率の高さから雄英を受験し、無事に入学できたという訳だ。

 ヒーロー科の人達のように、この体育祭でプロヒーローにアピールする気は更々なかった。普通科の大多数の女子達と同じく、一度くらいは真面目に参加しようとか、思い出作りの一環で参加しただけだった。

 それがたまたま一次予選の障害物走をクリアしてしまって、同じ普通科の心操くんと騎馬を組んだら心操くんの策が的中して本選に残ってしまった。そして本選であたった芦戸さんを何とか場外に出して一回戦を突破、次は常闇くんとの二回戦だ。

 本当に場違いなところにいると思う。この学校にいるのはヒーローになりたい、あるいはヒーローに関連する仕事に就きたい、そんな強い意志をもっている生徒ばかりで、自分のように為すべきことが分からない人間はいない。いるのかもしれないが、少なくとも私の周りにはいなかった。こんな自分が二回戦に出場して良いのか、だが棄権すれば、あんなに喜んでくれたクラスの皆、何より応援に来てくれた孤児院の子達が悲しんでしまう。そんなどっちつかずなスタンスをこんな所まで引きずる自分に嫌気がさす。

 そんなネガティブな思考にふけっている内に移動する時間となった。ひとまず気分を切り替えて控室を出る。通路を歩いていると心操くんがいた。右手を軽くあげてあいさつしてくれた。

「よう」

「心操くん。体は大丈夫? 相手は身体強化系の綠谷くんだったよね。どこか痛めたりしなかった?」

 私の言葉に、心操くんは「全然」と言いたげに肩をすくめて首を振ると、それよりと話しを続けてくる。

「これから二回戦だろ。普通科はもうお前だけなんだから頑張れよ」

「最善は尽くすよ。でもあんまり自信はないかな。芦戸さんに勝てたのは偶然だし」

 正直な気持ちを言うと、心操くんは困惑したように閉口して

「まてまて。自信ない? 偶然? それ本気か?」

 理解出来んと言いたげな顔をする。こっちは理解できない貴方が理解出来ないのだけれども。

「だって近接攻撃しか手が無いし、芦戸さんの個性的にあんまり長期戦は出来ないから、短期戦で場外にしようとしたらそれが上手くはまっただけ。そもそもここにいるのも心操くんのおかげだよ?」

 貴方の作戦がなければ二次予選で負けていた。自分にはあそこで勝ち残る力も意志もなかった。そう言うと、彼は頭を抱えて

「お前のその自信のなさはどこから来るんだ……。とにかく勝ってこいよ。皆応援してんだ。A組、B組に勝てば勝つだけ、普通科の奴らも盛り上がるからよ。……負けた俺に言える義理じゃないけどな」

 言いたかったのはそれだけだ。立ち去る背中に今度はこちらから声をかける。

「ありがとう。やっぱり心操くんてヒーロー向きだよ」

 何故かど派手にずっころげる心操くんが見えたので思わず駆け寄ろうとしたら「いいから行け」と突っぱねられた。見たところ怪我は無いし、大丈夫だろう。ただ遠目から見ても顔が赤かったので、熱はあるのかもしれない。

「ホント。ありがとう」

 少しだけ明るくなった気分で会場に入った。

 

 

 

 

 

「姉さんガンバレー!」

 院の子供たちの声が聞こえたのか、僅かに微笑みながらこちらに手を振ってくるあの子がいた。相変わらず中々表情を変えない子だが、入った当初に比べれば随分感情豊かになったものだ。孤児院の長である網山は、彼女の成長を静かに喜んだ。しばらくこちらを見回すと、背を向けてステージに上がる。

「こんにちは。こうして顔を合わせるのは彼女の入学の時以来ですね。網山院長」

「これはこれは根津校長……。気付かず申し訳ありません」

 席を立とうとする手で制する二足歩行のネズミ、雄英高校の校長の根津が網山の隣に来ていた。相変わらず表情は読みにくく、本音が分かりにくい。が、同じ教育者として幾分親しい相柄である2人は、自然と席を詰め、隣に座るという事をしていた。

「どうですか。あの子は」

「至って優等生ですよ。全校生徒の中でも成績は上位、授業態度も真面目、無口で無表情ですが、内面は温和で誠実。クラスの中心にいるわけではありませんが、決して無下にされているわけではありません」

「それを聞いて安心しました」

根津校長がおっしゃるのなら間違いない。そう里山が言うと、今度は根津が「ただ……」と。

「彼女に体術を教えたのは貴方ですか。院長」

 こちらを見る根津の目に剣呑とした雰囲気を感じ取ると、網山は周りの人間に聞こえないよう、身を屈めて小声で会話を続ける。

「いいえ。以前お話ししたとおりですよ。私は何も教えていない。あれは彼女が院に来た時には既に身につけていました」

 もっとも、それが分かったのは、来てから随分たった後でしたが。網山の返答に嘘はないと感じ取ったのか、根津は軽く頷く。

「まあ、貴方が現役の頃のものとは随分と違っていましたからねぇ。その線は薄いとは思っていました。一応聞かせていただいただけです。気分を害したのなら謝ります」

「いえ。そんなことはありませんよ。一回戦が終わった時点で覚悟はしていましたから」

 そしてこの時、二人の脳内の考えは一致していた。

「では、誰が教えたか、ですね。彼女に聞いたところ、恐らくは育ての親から教わったとのことです」

「多分……とは?」

 訝しげに尋ねる根津に、それはそうだと思いながら網山は言葉を返す。

「言ったでしょう。彼女、保護される直前の記憶がないって。実は昔の記憶も曖昧な様でして」

 微かに眉根を寄せる根津に、「彼女が憶えていたのは」と続けて

「黙って自分に稽古をつける小柄な男性と、その人が仏を掘っている背中だそうです」

 言い終えるとほぼ同時にプレゼントマイクの実況が響いた。

「そろそろ始まるようだね。とりあえず今は生徒の雄姿を見ようじゃないか」

網山は「もちろん」と同意して

「もし、このまま別室で詳しくと言われたら一生恨む所でしたよ」

と半ば本気で言う。すると

「そりゃ危なかった。回りにこんなに彼女を応援する子供たちがいなければ、もっと根掘り葉掘り聞かなきゃいけなかったからね」

 声を張り上げて応援する孤児院の子供たちを見ながら、おどける根津。網山は「苦労して座席を確保したかいがありました」と言うと、ステージ上に目を向け、実況に耳を傾けた。

「さて、片や普通科唯一の二回戦出場者、芦戸を一瞬で場外に運んで見せた体術は鮮やかの一言! 今大会のダークホース」

 一呼吸おいて言われるその名前を今か今かと待ち構える子供たちを見て、どうかこの光景が出来るだけ長く続きますようにと、願ってしまった。

芦名巴(あしなともえ)!」



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生徒指導室

「どうして自分がここにいるか分かるか。芦名」

「……正直なところ心当たりはありません。ですが退学だけは勘弁していただけないでしょうか……」

 生徒指導室で相澤とサシで話し合う事になった巴は、早速全面降伏を宣言した。

「あの。成績が悪かったのでしょうか? それとも授業態度が生意気とか……。あ。許可はいただいていましたが、やっぱりバイトがダメでしたか? それとそれと……」

「待て。少し落ち着け」

 一方的にまくし立て始めた巴に、相澤は面食らいながらも静止する。が、しかし、対面は止める素振りは見せない。

「許してください。なんでもしますから。でもアルバイトは勘弁してください。妹達へのご褒美があるので。ダメなら相澤先生個人で雇ってください。掃除洗濯炊事、下の世話までなんでもしますから」

「だから落ち着けと言っているだろうが、お前は俺を除籍処分にするつもりか」

 下手に出ているはずなのだが、そんなことをされたら処分されるのは相澤の方である。しかも、ここまでまくし立てておいて、巴本人はほとんど表情を変えていない。相澤は教員狙いの新手の脅迫かと思った。喉元にナイフを突きつけられて「殺してください」と言われても困惑しかない。

 笑って誤魔化す? それは状況的にも、相澤の性格的にも無理な話だ。相澤に出来るのは、ただ黙って、刃の方を持ってナイフを突っ返すだけである。いつも眠たげに下がっている眉尻が、水平以上につり上がっていると言えば、相澤の必死さが伝わるだろうか。

「そんなことはありません。ですから誠意を持った対応をと……」

「誠意の前に常識な? お前、孤児院でどうしてるんだ?」

 網山院長は何を教えているんだ。時間を無駄にすることを嫌う彼だが、彼女の私生活には、無視が出来ないほどの不安を覚えた。

「小さい子達とよくいますよ? 孤児院にいる兄さん姉さん達は受験で忙しくて、面倒を見られる最年長は私ですので」

「……大変なようだな。それであれだけの成績を残せるなら大したものだ」

 実を言うと相澤は別に彼女を数多の実績(じょせきしょぶん)の一人にするつもりでここによんだわけではない。むしろ逆に近い事をしようとしているわけだが、その実績が巴への最大級のプレッシャーになっていた。

「いえ。同室の鳴……。妹達の中でも一番仲の良い子がいるのですが、その子が引っ張ってくれてますから大層なことは……。この前も失敗してしまいましたし」

「孤児院のことは詳しく知らんが、何かあったのか」

 何故かカウンセリング染みたことしているに疑問符を浮かべた相澤だが、落ち込んでいる様に見える巴を見て、とりあえず棚上げした。あまりにまずい事なら今回の件も見送らなくてはいけないと思ったからだ。

「私、平日は小さい子をお風呂に入れることが多いんです。前からいたんですが、最近またお風呂に入らない男の子が増えちゃいまして……」

「風呂嫌いは一定数いるが……。水が怖いだとか、頭を洗うのが苦手な奴もいるだろうよ」

 どうやら大したことではない。とは言わないが、人間関係のもつれだとか、健康面での心配はないと相澤は判断した。故に早く本題にいこうと話を切り上げにかかる。

「そうでしょうか。別にそんな素振りは見せていなかったのですが」

「子供なんてそんなもんだ。物事を知る内に怖いって感覚を覚えるからな。逆上がりと同じだ」

 訳が分からない内に、仕込めるだけ仕込まないと出来ないことは多い。特に運動系は顕著だ。水と重力に対する恐怖は、小学校低学年位までに克服しないと、一生ついてまわる。幼児ぐらいなら、自我が目覚めてきているだろうから、恐怖心を自覚することは十分あり得る。

「本題に入「もう中学生なのに水が怖いのはまずいですね。早速、今日からはもっと強くいってみます」おい待て。今なんて言った?」

 寝耳に冷水を浴びせられた衝撃に、方向転換を余儀なくされた。相澤は自身の個性を行使するが如く、発言者を凝視してしまう。これに対して、巴は特に動揺する訳でも無く淡々と答える。

「はい。今日からお風呂強化週間です」

「違う。1個前」

「水を怖がる素振りを見せてなかったことですか。なるほど。単純に頭を洗うのが嫌なんですね。じゃあ。ますます強引にいかないと……」

「違う。そうじゃない」

 なぜこんなに話が脱線する。いや。原因は分かっているのだ。対面にいるはずの人間が、位相の違う空間にいるかのような錯覚を覚える。頭が痛くなってきた。

「突然、私とお風呂に入らないって言い始めたんです。しかも同じくらいの年頃の男の子ばかりで、早いと小学3年生くらいから嫌がり始めるんです。そして問い詰めると何故か逃げてしまって……。なんだか皆、腰を引かせた変な態勢なんですよ」

「とりあえず放っておいてやれ。むしろ俺からもお願いする。放っておいてやってくれ」

 その顔と何かとは言わないが、サイズがDetroitなsmash の破壊力は下らないものを見たら、そりゃあそうなる。

 俯いているせいで、机の上に乗っかってしまった巴のモノに、一瞬ドキリとした相澤は誤魔化すように窓を見た。

 妹さんも苦労してるんだろうと、顔も分からない鳴さんとやらに同情した。男どもは自分でなんとかしろ。特に院長は教えるもん教えろよ。このチェリー(推定)が。

 口には出していないとはいえ、珍しく悪態をつき始めた相澤。いくらAFO全盛の時代で、国のために戦った偉大な先輩とはいえ、教育機関に丸投げするのはやめろと。これでクレームをつけられたら立派なモンスターペアレントの完成である。

「あとは院長先生に相談しろ。とにかくお前を呼んだ理由を話す」

現場代表としてまだ言いたいことは山程あるが、いい加減本題に入りたい。姿勢を改めて話を切り出した。

「ヒーロー科編入の話が出てる。編入の意思はあるか?」

 本来ならたったこれだけの話である。何故こんなに時間がかかってしまったのか理解に苦しむ。通常は喜んで同意し、続いて編入試験の説明に移るのだが、どうやら眼前の生徒には当てはまらないらしい。

「おっしゃっている意味が分からないのですが、私、そんな優秀な生徒では無いと思います」

 巴はパチクリと瞬きすると、呆けたような表情で呟いた。

「体育祭ベスト3の人間が言う言葉ではないな。どうしてそう思う」

「爆豪くんに負けてますし。あとは初見殺しと相性の良さですよ? 芦戸さんはもちろん、常闇くんは完全に相性勝ち、塩崎さんも明らかに戸惑ってましたから」

 単に組み合わせが良かっただけです。と、さらりと言ってのける少女に相澤は一瞬、言葉を失う。あれだけ周りが騒いでも、当人は謙遜でもなんでもなく「運が良かった」の一言に集約させていた。

「仮に運が良かっただけとしよう、ではどうやってその運を引き寄せた? まず常闇に勝てた理由は?」

「個性に独立した意思があるようでしたから、単純に起こりに時間差が生じるなと。だからその時間差が致命傷になる接近戦は、常闇くんにとって鬼門です」

相澤黙って続きを促すが、その観察力に内心、舌を巻いていた。

「塩崎さんも似たようなものです。いくら茨が出てきても、近寄れば距離が無いのでパターンは限定されます。距離を取るために薙ぎ払うか、手数にものを言わせての乱撃か、死角……足元、背中から掴みにかかるか。初動が分かりやすい薙ぎ払いと、明らかに伏線がある死角からの攻撃は避ければいい。乱撃は加速距離とバリエーションが足りないので、致命打を選んで弾く、見切るのは容易です」

「爆豪に対するあれもか?」

「だって爆豪くん、腕より内側は爆破出来ませんよね? 専用装備もありませんし、手から数センチはほぼ安全地帯だと思ったんですが、最後は見誤りました」

両手を犠牲にしての爆破は読めませんでした。

最後は微かに眉間に皺を寄せて口をつぐんだ。それを見た相澤は目を閉じて、フッと息を吐いた。

「そうか。そこまで考えてやったのなら問題ない。お前のヒーロー科編入に俺も賛同だ。良かったな。最後の反対派がいなくなったぞ」

「はいぃ?」

 そして今度こそ心底驚いたらしい巴が、目を見開いた。

「お前がただがむしゃらにやり合った結果なら、どれだけ推薦があろうと首を縦には振れなかった。それはお前の言う通り、ただの噛み合わせだからな。だが、こうして話を聞く限り、かなり整然と戦力分析が出来ている。なら文句はない」

「ですが爆豪くんの最後の一手を見誤りました」

「そこはこれからの課題だ。普通はあと3年しかない、と言うところだが、お前に関して言うならあと3年もある、とだけ言っておこう」

 もうこちらから言うことはないと、相澤はそれっきり何も言わなくなった。

 しばらくの沈黙の後、2つ3つ巴が質問をすると「1日ください」と言って部屋を退出した。

 1人になった相澤は独りごちる。

「だからって爆豪のに突っ込める奴はそうはいないわな」

 言うは易し、行うは難し。突っ込んだ方が怪我が少ないと言って、あの爆発に向かっていける人間はプロでも多くはない。ましてや新入生でその決断が出来る人間は彼女しかいるまい。しかも記憶喪失で。

「黒ならいっそまとめてしまった方が管理しやすいか……」

 誰がどう見ても厄介事を抱えている生徒だ。どうせ狙われるなら、最初から問題が多いヒーロー科の方が警備しやすいと根津校長が判断した。決して間違ってはいないが、生徒を面倒事扱いするのはあまり気分の良いものではない。

 編入はあくまで本人の適性を見てからと言う理由で面談したが、結果的に相澤は、これ以上文句を言えなくなってしまった。あとは本人に任せるしかない。

 ただ今回の出来事はマイナス面だけではなかった。彼女のおかげでAクラス、いや1年全体に火がついたのも事実だ。この機会を上手く利用出来れば、学年全体の底上げが可能だろう。舵取りは難しいが、やりがいはある。

 どちらにせよ。明日まで待つしかない。

 

 

 そして翌日。

「相澤先生。ヒーロー科にお世話になります」




 戦闘シーンは仏パワーと見切りで終わり! 閉廷!
 ヒロアカに武術系強キャラいませんよね。設定的には個性社会で廃れたのと、メタ的にはネタ切れ時の最終手段感はありますが。
 
 以下ネタバレ。




 巴のヒーロースーツはメガミ○バイス朱羅忍者っぽい感じです。分からないなら弓兵と一緒に買えば良いと思います。後悔はさせません。ぶっちゃけミッドナイトとか八百万より、お茶子ちゃんやねじれちゃんのがエロい……エロくない?
 まあ一番は九郎様なんですけどね。


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