重原子力ミサイル巡洋艦 ザンクード、抜錨する! (Su-57 アクーラ機)
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プロローグ
この小説に立ち寄って下さり、ありがとうございます。
知識が至らなかったり、「?」と思われるような文章が見受けられる事があるかも知れませんが、それでも構わなければ、よろしくお願い致します。
2012年、大海を挟んで睨み合っていた『大和皇国』と、その国に対して挑発行為を繰り返す軍事国家『デスペラード連邦』との間に、とうとう決定的な亀裂が走った。
対話を望む皇国に対しての返事は何十発ものミサイルだったのだ。
軍事力で劣る皇国は直ちに同盟国である『エルメリア連邦共和国』に救援を要請。
戦争が始まった。
2019年 8月13日
大和皇国領海まで残り数海里の地点
《メーデーメーデーメーデー!こちらミサイル駆逐艦グムラク!艦内火災が拡大し、消火不能!艦長代理は総員離艦を決定!グムラクは総員離艦する!》
被弾し、至る箇所から炎を上げる駆逐艦からクルーが次々と海に飛び込んで行く。
「やられたか・・・!状況報告!」
「はっ!現在我が方の戦力はこのザンクードを入れて駆逐艦1の残り2隻。対する敵艦隊は戦艦1、駆逐艦1の2隻です!」
焦燥した顔付きの艦長の声に反応して、士官の1人が現在の状況を報告する。
「ドローか・・・」
「大和皇国のミサイル駆逐艦が、対艦ミサイルで敵駆逐艦を撃沈!ああ・・・!?クソがッ!相討ちです!」
艦長が目を細めて唸っていると、士官の1人が盛大に悪態をついた。
先程彼が言ったように、皇国のミサイル駆逐艦がデスペラードの駆逐艦を撃沈せしめたのだが、敵は最後の置き土産だと言わんばかりに対艦ミサイルを斉射。
複数のミサイルに対処が追い付かなかった皇国駆逐艦は炎を噴きながらゆっくりと傾斜を始め、とうとう両勢力とも1隻ずつとなってしまったのだ。
そんな時、レーダー士官が敵戦艦の突然の動きに気付く。
「艦長!敵戦艦、真っ直ぐに突っ込んで来ます!進路を変えよともしない・・・。損害を気にせず、強引に突破するつもりですっ!!」
随伴艦を全て沈められて自棄を起こしたのか、はたまた、たかが1隻ならば問題無しとでも判断したのか、敵戦艦は主砲を撃ち続けながら、こちらに向けて近付いて来ていた。
「・・・砲雷長、この艦の武装はどれが死んで、どれが生きている?」
「前甲板の兵装は35.5cm砲と130mm両用砲の1番砲を残し全損。魚雷、残弾無し。ヘリオスも同じく残弾無し。EMLは砲台の油圧とスーパーキャパシタを激しく損傷して使用不能です。
━━が、こちらに関してはスーパーキャパシタが蓄電状態でなかったのが不幸中の幸いでした」
「むぅ・・・」
砲術長の言葉に、艦長は苦虫を口一杯に噛み潰したような表情を浮かべる。
この数時間も前からの戦闘によって、使える武装のほとんどが弾切れもしくは破損していた。
「分かった。つまり、あとは昔ながらの砲撃戦で、と言う事か・・・。味方の増援は?」
「到着までは少なくとも30分は掛かるかと」
「それでは間に合わんな。情報が正しければ、あの戦艦には
「艦長、ご指示を」
副長が、俯く艦長に声を掛ける。
それに反応して周りを見渡すと、その場にいる前員が静かにこちらを見つめていた。
「スゥーー、ハァーー・・・。ぃよし!」
艦長は1度深呼吸をしたあと、CICの画面に映る敵戦艦を睨みつけながら、大きく口を開いた。
「艦首左30゜回頭!!ここから先は絶対に通すなっ!!」
「「「アイアイサー!!」」」
ザンクード、あと少しだけ頑張ってくれ・・・!
その思いに呼応するかのようにザンクードは機関音を響かせながら、敵戦艦に向かって前進して行く。
「敵主砲弾、艦上構造物に直撃!レーダーマストが倒壊しました!」
「まだだ!これしきの事でザンクードは沈まん!主砲、撃て!」
金属の破片を撒き散らし、近くにあった設備も巻き込みながら海面へと落ちて行く大型レーダーなど目もくれず、艦長は手近な物に掴まった姿勢で指示を続ける。
「お返しだっ!!」
35.5cmと130mmの砲弾が敵の
それは、まさに軍艦同士の殴り合いのようであった。
「とどめだ!砲手、側面のあの一番削れている箇所を狙え!」
「了解!」
「撃てっ!」
放たれた砲弾は相手のひしゃげた装甲を貫き、重要区画内の弾薬庫に直撃。敵戦艦は破片と黒煙を大きく撒き上げながら、真っ二つになって沈んで行った。
「敵戦艦撃沈!!」
「っしゃあ!!」
「ザマァ見やがれってんだ!!」
苛烈な砲撃戦の末に紙一重の所で敵戦艦の撃沈に成功したCICは歓喜に包まれる。
━━が、そんな明るい空気のCICとは一転、ダメージコントロールセンターから暗い一報が届いた。
《艦長・・・ザンクード大破。敵からの最後の1発が喫水線下部、それもかなり消耗していた箇所に直撃して浸水しています。最善を尽くしましたが・・・もう、これ以上は手の施しようがありません・・・》
「そう、か・・・。艦内全域に通達する。本艦は大破し、修復及び航行は不可能と判断。直ちに原子炉を閉鎖し、ザンクードクルーは総員離艦せよ」
「艦長、賢明なご判断です。さあ、この艦はじきに沈みます。急ぎ退艦を」
「ああ、分かっているよ副長。全員救命胴着を着けたら怪我人から順にボートに乗せて行け」
そう指示を出した艦長自身も救命胴着を身に付け、海に飛び込んでボートに乗り移る。
「艦長、ザンクードが沈んでいきます」
副長の指差す先には、夕日を背にゆっくりと海面にその巨体を横たえていく乗艦の姿があった。
クルー達が目尻に涙を浮かべてそれを見守る中、艦長がスゥッと息を吸い込む。
「総員!!散って行った勇敢な戦士達とザンクードにぃ・・・敬礼っ!!」
バババッと、一糸乱れぬ海軍式の敬礼。
「ありがとう、ザンクード。お前と共に戦えて光栄だったよ」
『━━こちらこそ、光栄だったよ』
「っ!!・・・ああ、安らかに眠ってくれ・・・」
先程まで僅かに顔を覗かせていたボロボロの艦上構造物もついに海中へと姿を消し、ザンクードはその生涯を終え━━
ザザァンと聞こえるのは波の音。
見上げると、一面に広がる蒼い空と大きな入道雲が浮かんでいる。
「・・・・・・どこだ?ここ」
1隻の戦闘艦が、大海原にポツンと立っていた。
重原子力ミサイル巡洋艦
ザンクード、抜錨する!
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設定集
『ザンクード』
正式名称『1164号計画型重原子力ミサイル巡洋艦 ザンクード』
○船籍:エルメリア連邦共和国海軍
━諸元━
満載排水量:46,805t
全長:312m
全幅:33m
○兵装
・35.5cm連装砲 前甲板1基
ザンクードに搭載された大口径の主砲。
専用のレーダーや光学照準器、高性能な自動装填装置を搭載したりと、高性能化が進んでいる。
・130mm連装両用砲 前甲板・後部構造上の計2基
ドームのような形状をした
仰角を最大で+85゜までとれる。
モデルはAK-130
・76mm単装高速射砲 前甲板1基
76mmの砲弾を毎分240発という高レートで発射する高速射砲。
ベルト給弾方式と言う、艦載砲では型破りな機構を持つ事から、マシンガンならぬ『マシンキャノン』の名で親しまれている。
(比較対象:ボフォース57mm砲Mk3が毎分220発。こちらはベルト給弾方式ではない)
・『スティングレイ』巡航ミサイル
亜音速で巡航するミサイル。比較的に安くて威力もそこそこの兵器。
前甲板に16セルのVLSを2基、計32発搭載。
・『ハンマーヘッド』長距離重対艦ミサイル
マッハ2.5で飛翔する大型の超音速対艦ミサイル。
750Kgもの炸薬を搭載したこのミサイルは、当たれば高確率で致命傷を被る上にミサイル本体の重量も7tあり、炸薬無しでも頑丈な装甲を容易く貫徹できる程の凶悪兵器である。
攻撃の際は、目標の各艦艇に対して複数発の同時発射を行うのが原則。
前甲板に28セルのVLSを2基、計56発搭載。
・『バゼラード』個艦防空ミサイル
ザンクードの防空を務める短距離対空ミサイル。
後甲板に34セルのVLSを2基、計68発搭載。
・『ガーゴイル』艦隊防空ミサイル
遠距離から近付く敵機やミサイルを撃墜する為の長距離防空ミサイル。
前甲板に27セルのVLSを2基、計54発搭載。
・
ザンクード前甲板に搭載された地対空ミサイルシステム。
普段は艦内に格納されている。
・12連装対潜ロケット発射機 3基
ロケット推進式対潜攻撃兵装。艦首と両舷甲板に搭載。誘導性能は持っておらず、射程距離延長の為にロケットを搭載した対潜迫撃砲と言う位置付け。発射弾を変更する事によって、対潜だけでなく対地攻撃にも対応。
発射機根元の甲板下には再装填用の弾頭が大量に眠っている。
・5連装533mm短魚雷 両舷2基
艦体中央部側面の装甲ハッチ内部に格納されている5連装の短魚雷及びその発射機。
・複合CIWS 8基
30mmガトリング砲2基と対空ミサイルを併せ持った複合タイプの近接防御火器システム。
対空ミサイルは、撃ちきるとその場で即座に自動装填を可能としている。
モデルはコールチク
・30mmCIWS 4基
30mmガトリンク砲1基のみのタイプの近接防御火器システム。
モデルはAK-630
・20mm連装自動対空砲 6基
対空牽制用に搭載されている。
敵機に当てると言うより、敵機の妨害をするのが主な目的の機関砲。
これは過去の戦艦に搭載されていた機銃の運用法と似通った思想を持つ。
・25mmチェーンガン 2基
主に高速戦闘艇や海賊のボートなどの小型艇に向けて使われる。
・チャフ フレア発射機
接近するミサイルの電子及び熱源誘導を妨害する為の兵装。
・煙幕発射機
ザンクードの巨体を覆い隠せる程の広範囲に濃密な煙幕を放つ兵装。
・広範囲炸裂式巡航ミサイル『ヘリオス』
後部VLSから発射される特殊ミサイル。
使い捨てのマーカードローンを目標へ飛ばして誘導し、目標地点にて広範囲に渡って気化した燃料をバラ撒いたあと、それらに点火して巨大な爆発を発生させる空間制圧兵器。
爆発時に起きる巨大な火球はさながら小さな太陽のようであり、ヘリオスの名に相応しい威力を有する。
4セルのVLSを2基、計8発。再装填の分も合わせると計16発搭載。
・61cm対艦対空両用磁気火薬複合加速方式半自動砲『EML』 後甲板1基
磁力と火薬のハイブリッド加速方式で61cmもの砲弾を射出する、ザンクードの後甲板に設置してある巨大レールガン。仰角を+90゜までとれるので、真上の敵に対しても有効。
装填→発射→砲身冷却及び蓄電→装填という手順の為、発射間隔は毎分3発が限界。
砲弾は3種類存在し、炸薬を持たない徹甲弾・命中率重視の榴散弾・対地対空両用の燃料気化弾を持つ。
使用しない場合はヘリの発着艦に干渉しないよう、真上を向いた状態で固定される。
・長距離捜索用3次元レーダー
ザンクードに搭載されているレーダー類の1つで、縦長と横長のパラボラアンテナが1面ずつ用いられている大型の可動式レーダー。
・艦首ソナー
艦首バウに搭載されているアクティブ・パッシブソナー。
○航空艤装
・『ブッシュマスター』攻撃ヘリコプター 2機
2つの半球状をしたコックピットキャノピーが特徴的な陸軍機を海軍用に改良した機体。
主に主回転翼とテール、スタブウィングを折り畳み可能に変更している。
30mmチェーンガンを固定兵装として装備し、スタブウィングには多様な兵器の搭載が可能。
更には装甲車顔負けの装甲に加え、兵員室に完全武装の兵士を最大で8人まで収容ができ、地上制圧後にそのまま歩兵を降ろして展開する事ができる。
まさに『空飛ぶ歩兵戦闘車』
輸送ヘリと攻撃ヘリの良いとこ取りを図った結果、輸送ヘリとしては微妙、攻撃ヘリとしては大きすぎると、中途半端な性能になってしまったが、巨大な機体を活かした攻撃力と搭載量はかなりのもの。
モデルはMi-24
※ブッシュマスター:クサリヘビ科の毒蛇。
・マーカードローン
白く塗装された、薄いブーメランのような形状が特徴の無人航空機。
ヘリオスの誘導を行うのが主な役目であるが、機種にカメラを搭載している為、偵察機としても活用できる。
本機には帰艦能力は求められておらず、機体の構成素材や電子機器は徹底的に低コスト化が図られ、降着装置も搭載されていない。
待機時は主翼を折り畳んだ状態でVLS内に格納され、必要に応じて8基あるVLSから個別に射出。
射出後、空になったVLSには新たな機体が格納され、次の射出を待つ。
各VLSに3機ずつ、計24機搭載。
○機関
・加圧水型原子炉 2基
燃料棒の取り換えを少なくする為、濃度の濃い核物質を使用。
(機関出力:2基で19万馬力)
・重油ボイラー 2缶
補助機関。原子炉が使えなくなった際の予備として使用。
(機関出力:2缶で3万7000馬力)
○主機
・蒸気タービン 4軸
○速力
・原子炉使用時:35ノット
5翔式スクリュープロペラ4軸と強力な原子炉によって、巨大な艦体に似合わぬ速力を叩き出す事に成功した。
・補助ボイラー使用時:15ノット
元は全長250m前後で収まる筈だったのだが、大型・高性能化で配備数の節約を目的に計画を見直した結果、航空母艦に匹敵する程の巨体と過剰とも言える兵装を手に入れた。
単独での作戦投入も視野に入れられており、高い継戦能力に加えて対水上は勿論の事、対空・対潜にも対応できるようになっている。
同型艦は1番艦のザンクードを除いて無し。
就役当時は特に大きな戦争があった訳でも無く、彼の敵は
『やむを得ず原子炉停止に陥っても行動不能にはならず、かつ最大でも15ノットは必要』と要求され、原子炉2基の他に大型の重油ボイラーを補助機関として2缶搭載している。
その為、艦橋直ぐ後ろにそびえるレーダーを備えたタワー状の構造物は大きな煙突と一体化しており、核動力艦には珍しい見た目となっている。
本級の設計にあたってはステルス性にも配慮しており、艦体各所に傾斜角を設けてレーダーに引っ掛かり易い垂直面をなるべく作らないようにしている他、電子妨害用のアンテナタワーも設けている。
ザンクードが試験航行を行った際、300mを越える船体にも関わらず、レーダーには小型の駆逐艦程度にしか映らなかったとも・・・。
また、本級は非常に分厚い複合装甲と大口径砲を備えており、『巡洋艦』ではなく『巡洋戦艦』に分類される事も多々ある。
なお、余談ではあるが、本級設計の際に重装甲を求めた海軍の強い要望によって、設計スタッフ達は既に失われつつあった装甲防御のノウハウを探し求めて奔走した結果、過去に建造された戦艦の設計図を引っ張り出すハメになったそうだ。
過剰装備が好きな自分には抑えられませんでした(笑) 艦名の元ネタ知ってる人いるかな・・・?
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第1話 異世界での初戦闘
「・・・・・・どこだ?ここ」
見渡す限り海、海、海。陸地は見えず、ずっと先まで水平線が続いている。
「おかしい。確か俺は喫水下部をやられて沈んだ筈なんだがなぁ・・・」
先程沈めた筈の敵戦艦の破片も見当たらない。
それに、沈んだ時刻は午後4時を回っていた筈なのに、西日が射すどころかまだ昼前のような空だった。
おまけに体が重い。怠さからくるものでは無く、物理的な重さだ。
原因を探る為、視線を下へと動かしてみる。
「これは・・・」
その先には見慣れない人の両腕。更に下を見ると両足が伸びており、海面に立っていた。
「身体・・・人の四肢・・・?」
次に俺が纏っている衣服を確認してみる。上下両方とも青色の迷彩柄をした長袖、長ズボンだ。
だが、この服装は今まで毎日のように目にしてきた服装だった。
「エルメリア海軍の戦闘服じゃないか・・・」
今度は頭に被っている帽子を確認する為、ヘッドセットを首に掛けて退かし、帽子を手に取って確認する。帽子の全体色は藍色で、額の部分には
エルメリア連邦船 ザンクード
原子力ミサイル巡洋艦 艦番号95
と、黒地の上に金色の刺繍が施されており、一目で
そして、先程から感じる重量感だが、全身を確認している際に何度も視界に映り込んでいた━━と言うより、右手にしっかりとソレが握られていた。
正体は76mm単装高速射砲。通称マシンキャノンだ。
加えて手首には艦首に設置されていた筈の12連装対潜ロケット発射機の筒がしっかりと固定されていた。
次に左腕だ。前腕辺りに35.5cm連装主砲が盾のように取り付けられているが、こちらはそこまで重いとは感じない。
両足には形は変わっているが、主機と思われるパーツが足を守るように外側に付いており、片舷から2軸ずつスクリュープロペラが顔を覗かせていた。
で、腰と背中辺りなんだが・・・恐らくこれらが重量感の大半の原因だ。
まず腰だが、艦体中央部から艦首の
無論、VLSもCIWSも魚雷格納ハッチも、全ての兵装が変わり無く設置されていた。
こうやって見てみると、俺ってかなりの重武装艦なんだなぁと、そう染々と思う。
最後に背中辺りのパーツだが、巨大過ぎる。
高くそびえる煙突と一体化したタワーのような構造物が、胴体を守る艦橋を模した装甲の背後にしっかりと固定されており、その頂上ではこれまた大きな3次元レーダーがグルグルと回転していた。
これだけでも充分重いのに、そのタワーとの固定パーツからは太いアームが延びており、そこには130mm連装両用砲が左右合わせて2基。
そして、タワーの後ろには電子妨害用のアンテナタワーと、真上を向いて静止する61cm
・・・重いしデカイし、何より過剰過ぎるわっ!何だよ俺!大都市を1つ消すつもりなのか?!
いや、別にそんな事する気は無いけどさあ!
と、馬鹿な自問自答は止めよう。どうやら、これが今俺の全身を覆っている物のようだ。
配置が少し変わっている箇所が幾つかあったが、武装の数も、特徴的なオレンジ色の甲板も、まんま軍艦の頃と同じだった。
「ハァ、何なんだいったい・・・。沈んだと思ったら見知らぬ海域に人間の姿で立ってるし。かと思ったら艦艇のパーツが身体中を覆ってるし。とにかくまだ浮いてるのなら母港に戻るか。GPSで位置情報を・・・繋がらねぇ・・・」
衛星かこっちの機器が故障したのか、GPSはうんともすんとも言わない。
冗談じゃない。こんなバカ広い海で目覚めて早々、ゴーストシップに艦種変更だなんて最悪だ。
「勘弁してくれ・・・」と呟きながらGPSをいじっていると、肩に妙な違和感を感じた。
何かが歩いているような感覚だ。俺はゆっくりとその感覚の発生源へと顔を向ける。
「どうも」
「」
そこには親指サイズで人型のナニカがいて、そいつと目が合い、挨拶までされた。
「」
「あのー、すいませーん。・・・聞こえてますかー?・・・聞こえてますかー!」
「ハッ!?あ、ああ、スマン。君は?」
「はい、申し遅れました。私はザンクード艤装妖精のギャリソンです!」
ビシッと海軍式の敬礼をしてくるギャリソンと名乗る生物もまた、エルメリア連邦海軍の戦闘服を着用していた。
「よ、妖精?」
「はい!何かお困り事があれば遠慮無く言って下さい!」
「ああ、それは助かる。それならさっそくなんだが、今の現在位置を知りたいが、如何せんGPSが逝ってるようでな。直せるか?」
「ちょっと失礼しますね。ふむ・・・ザンクードさん、どうやらこれは壊れている訳ではないようです」
「壊れてないだって?」
「はい、我が国の衛星との交信が途絶されているのですが、そもそも
「見当たらないって、まさか人工衛星が墜とされたのか?」
「いえ、破壊されたと言うより、もとより存在していない、の方が正しいのかもしれません。例えば、別世界に飛ばされた、とか・・・」
「別世界・・・」
正直、本来ならば「何を馬鹿な」と彼を鼻で嗤ってもおかしくない言葉だ。
だが、この状況下ではどのようにSFチックな事を言われても信じる他はない。
そもそもの話、この生身の身体がある事が何よりの証拠だろう。
俺はもともと全長300mを超える合金鋼の塊だったのだから。
「・・・とにかく何とかできるか?ここがあの世だろうが、別世界だろうが、これじゃあ行動できない」
「少しお待ちを」
そう言ってギャリソンが艦内に入って行った。
「む?おお!GPSが動いた!成程、俺のいた世界とは全く違うな・・・」
ギャリソンが艤装内に戻ってから小一時間程待っていると、ようやくGPSが動き始めた。
俺の知っている地形とは全く違う大陸や海洋が存在しているな。同じなのは海と陸の比率が7:3だと言う点と、どこへ行こうが海は一繋がりだと言う点だけか・・・。どうやら、本当に別世界に来てしまったらしい。
「上手くいきましたか?」
「ああ、ありがとう。自分の位置が手に取るように分かるよ。いったいどうやったんだ?」
「まあそれは、ちょっと仲間にこの世界の民間衛星のコンピューターにお邪魔してもらいまして・・・」
ふーん、成程な━━って、ちょっと待て。
「おい、それってハッキン━━」
「ザンクードさん、GPSはちゃんと動いたんだから良しとしましょう」
「いやでも、ハッ━━」
「ザンクードさん。・・・お口、チャックで」
「はぃ・・・」
ギャリソンの威圧的な笑みに圧し負けて、この話は無かった事にされた。
「さあ、ザンクードさん。こんな所でボーッとなんてしてられませんよ」
「そうだな、とにかく今は陸地を目指そう」
こうして、俺達はGPSを頼りに先よりの陸地━━日本列島へ向かって進み始めた。
「ん?レーダーに反応、数6つ。こっちに近付いて来ているな。
日本列島へ進路を向けて早4時間。先程まで静かだったレーダーに反応が出た。
「今の我々では相手が敵か味方か分かりません。━━が、この艦隊は明らかにこちらを目指しています。無線による確認をしてみては?」
ギャリソンがそう進言してくる。
「そうだな。・・・接近中の艦隊に告ぐ。こちらはエルメリア連邦共和国海軍である。貴艦らの所属と目的を述べられたし」
《━━━━━》
応答が無い・・・。おかしい、これは全周波数の筈だ。聞こえない筈は無い。言葉が通じないのか?だとしても反応くらいは返ってくるだろう。とすると、無線を持っていない・・・?いや、相手は船だ。それも軍艦クラスの。無線の1つや2つはある筈だ。
「繰り返す。こちらはエルメリア連邦共和国海軍である。貴艦らの所属と目的を━━」
「不明艦より発砲を確認!!」
ギャリソンや他の妖精達の声が聞こえたあと、付近に水柱が幾つも上がった。
砲弾が至近に着弾したのだ。
「クソッ、それが答えかよ!敵の艦種は?!」
「戦艦2、重巡2、軽巡1、駆逐1!」
「そこそこヘビーな艦隊だな・・・。総員、対水上戦闘用意!」
艦内警報が鳴り響き、妖精達が慌ただしく配置についていく。
「対水上戦闘用意よし!」
「まずは長射程の戦艦からだ!ハンマーヘッド1番から8番ランチ!」
「了解!ハンマーヘッド、ランチ!」
復唱せる妖精の声と共に大型の対艦ミサイル8発が空へと撃ち上げられ、その場で一気に角度を水平に傾けたあと、一気に加速して敵に向かって飛んで行った。
「・・・命中!敵戦艦、2隻とも撃沈です」
戦艦1隻に対して各4発ずつ命中する。
重装甲を誇る戦艦と言えど、ハンマーヘッドを4発も撃ち込まれてタダでは済まなかったようだ。
本ミサイルは戦艦・空母などの大型艦艇に対して特に効果を発揮する兵器だが、長射程を誇るが故に誘導方法は一風変わっており、複数のミサイルがチームを組んで誘導を補助し合うというものになっている。
「どうやら俺のいた世界と違って、連中はCIWSの類いを持ってないようだな。この際、慣れる為の練習とさせてもらおう。次、目標敵重巡!ハンマーヘッドではオーバーキルになるな。スティングレイ1番から4番ランチ!」
「スティングレイ、ランチ!」
今度はハンマーヘッドより中型の巡航ミサイルが敵に向かって放たれ、諸に2発ずつ直撃を受けた敵重巡は戦艦のあとを追うように沈んで行った。
「撃沈!残るは軽巡と駆逐1隻ずつ!」
「敵艦、進路反転。離脱するつもりのようです」
「逃がして仲間を呼ばれたら最悪だ。残るは砲で方を付ける!」
言うが早いか、ザンクードは左腕を持ち上げて35.5cm砲を発砲した。
「命中、軽巡撃破!流石、レーダーやら何やらでゴテゴテしてるだけの事はあるな。あとは・・・!」
ガショッ!と、マシンキャノンを構える。
その照準器の先には黒光りする鯨のような体に入れ歯を付けた姿の怪物がいた。
「何だこの生き物は・・・。こんな輩が公海をのさばってるのか?」
若干困惑しながらトリガーを引くと、タングステン製の弾芯を用いた76mmの砲弾が毎分240発のレートで撃ち出され、目の前の怪物をズタズタにしていく。
トリガーを戻すと、そこには大小問わない大量の破片とオイルらしき液体が浮かんでいた。
「よし、敵艦(そもそも艦なのか?)撃破。周囲に残敵無し。初戦闘でこれだけやれたら及第点だろう?」
マシンキャノンの弾帯が入った弾倉を再装填しながら、ギャリソンに今の感想を聞いてみる。
「そうですね。その身体になってからそう時間は経ってないのにお見事です!まさにS勝利ってところですね!」
こうして、異世界に転生したザンクードの初戦闘は大勝利に終わった。
もっと文才が欲しいと思う今日この頃・・・
因みに、私としてはマシンキャノンの見た目は『PKPペチェネグ』と言うロシアの軽機関銃を想像しております。
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第2話 救援と邂逅
敵の艦隊を全て沈めたザンクード達は、再び進路を日本列島へと戻して航行を再開していた━━のだが・・・。
「一発芸いっきまーす!ライザ○プ!」
回転する3次元レーダーの上によじ登り、戦闘服の腹を捲って「ブゥーチッブゥーチッ♪ブゥーチッブゥーチッ♪」と歌い始める妖精と、それを見て爆笑する妖精達。
━
「準備運動は万全だな?兄弟!」
「なぜ俺を兄弟と呼ぶ?お前は何者だ!」
「俺は貴様だ!貴様の影だ!」
「何?」
「詳しい事は貴様が殺した親父に訊け。・・・あの世でな!!」
態々このメタルでギアなソリッドのあのシーンを真似する為だけにコスプレして、攻撃ヘリコプターまで発艦させた妖精達。
何の変化も無い道中、もはや甲板上はパーティーと化していた。
「「「ウェーーイ!!」」」
「・・・・・」
多少はっちゃけるのは良いけど、遊びで攻撃ヘリを飛ばすのはやり過ぎだろ・・・。
30分後
「「「飽きたー」」」
「俺に言われても困る。それなら、なんか適当に歌でも歌ってろよ」
そう言って適当にあしらうと、妖精達は「はーい」と言って艤装の中に入っていく。
~~~♪♪
しばらくすると、艦内や艦外のスピーカーから聞き慣れた音楽が聞こえてきた。
「って!これウチの軍歌じゃねえかっ!!」
進水した日に初めて聞いたのがこの歌だったが、実はこの歌、歌詞の内容が物騒極まり無いってレベルであり、初めは軍艦である俺もドン引きした程だ。
この軍歌を生んだ俺の国だが、特に暴虐行為を働いていた訳でも無く、過去に色々あってそんな歌詞が出来たらしい。
「そうですよ?」
「それがどうかしましたか?」
妖精達が、え?何言ってんのこいつ。みたいな顔をしてこちらを見上げてくる。
その横では既に大声で歌い始めている妖精も数人おり、その中にはギャリソンの姿もあった。
ブルータス━━じゃなかった。ギャリソンよ、お前もか。て言うかお前ら選曲のセンス壊滅的だな・・・。
「ハァ、まあ良いか。俺も久しぶりに歌ってみようかな・・・。ん゛ん゛!~~~♪♪」
久しぶりにこの軍歌を口ずさみたくなり、俺も妖精達に混じって歌い始める。
内容は少しアレだが、不思議と力をくれるこの歌は嫌いではなかった。
「「「~~~♪♪」」」
いつの間にか艦内の妖精達も加わり、ザンクードの周りは軍歌の大合唱に包まれていた。
しばらく歌っていると、3次元レーダーが何かの反応を捉えた。
「ん?ギャリソン、またレーダーに反応が出たぞ。警戒態勢!総員、配置につけ!」
レーダーには2つのグループが映っていた。
1つは6隻からなるグループ、もう1つは━━
「おいおい・・・!ざっと見ても10隻以上はいるぞ・・・!」
大艦隊だった。
その上、レーダー上の配置からして戦闘中である事が窺え、加えて一際大きな反応も映っている。
「あまり穏やかな雰囲気じゃないな・・・。ギャリソン、今からヘリオス誘導用のドローンを飛ばす。あれなら小さいから偵察には向いているだろう。そのドローンからの情報を分析させてくれ」
「分かりました」
「よし、マーカードローン射出!」
ヘリオスVLSの直ぐ近くにあるハッチからドローンを2機発艦させた。
因みにこのドローンは使い捨てであり、帰艦能力は求められていない為、1機あたり性能の良い軽自動車1台くらいの値段と比較的低コストである。
そろそろドローンが目標上空に到達する時間だな。
「映像出ました。さっきの黒い入れ歯共です!あれは・・・なっ!?女の子6人が襲われてますッ!!ひでぇ、いたぶってやがる・・・ッ!!」
解析員から恐ろしい言葉が告げられた。
どうやら先程のバケモノ共に女の子達が襲われているらしい。
こんな海の真ん中で?いや、そんな事今はどうでも良い!
「他に何か分かった事は?!」
「はい!この一際大きな反応ですが、巨大な海坊主のようなバケモノです!戦艦主砲を搭載し、その直ぐ横に人影を確認。恐らく海坊主とグルです!それと、女の子達は全員が艦艇のような装備を身に纏っています!」
バケモノの件に関してはもう驚きはしないが、女の子達が艦艇のパーツを身に着けているという事には驚きを禁じ得なかった。
解析員の目がバカになった訳では無いだろう。とすると、俺と同じく人の姿をした艦艇か、もしくはこの世界の兵装だという事で間違いは無い。そして、俺達がすべき事は━━
「彼女達を助けるぞ!戦闘用意!あのデカブツから沈める!EML用意!弾種徹甲弾!退避警報鳴らせ!」
「了解!戦闘用意!各員自信を持って職務を果たせ!EML用意!弾種徹甲弾!警報鳴らせ!」
ギャリソンの言葉と共に空襲警報を2つ重ねたような大音量の警報が鳴り始め、背部に搭載された巨大レールガン━━61cm対艦対空両用磁気火薬複合加速方式半自動砲。通称EMLが、その砲口をゆっくりと目標に向ける。
「目標誤差修正。仰角-0.5゜、方位右0.3゜」
「この姿での初射撃だ。きっちり当てろよ・・・。EML撃てっ!!」
「ファイアァ!!」
ドズンッッ!!!
大気を震わす轟音と共に強烈なソニックブームを起こしながら、マッハ7の速度で61cm砲弾が射出された。
▽
「アラ、モウ逃ゲナイノカシラ?ツマラナイワネ」
「ハンッ!どの道逃がす気は無いんだろ?殺さない程度に
海坊主のような艤装を侍らせ、薄ら笑いを浮かべながら佇む異形の敵━━『戦艦棲姫』を相手に、セーラー服と帽子、右目に眼帯を着けた格好の女性がボロボロになりながらも、後ろの少女達を庇うように立ち塞がって対峙していた。
しかし、その周りを他の深海棲艦達が巨大な円を作るようにして取り囲んでおり、状況は絶望的だ。
「フーン、マア良イワ。ソロソロ追イカケッコモ飽キテキタシ」
言うや否や、戦艦棲姫の後ろに立っていた人型の艤装が主砲を向ける。
「タクサン
「「「木曾さんっ!!」」」
「くっ・・・!!」
「フフ、マズ1匹・・・」
ニヤァっと目の前で戦艦棲姫が嗤い、その巨大な艤装が━━
ヒュンッ、メキョッ!ゴ シ ャ ァ ァ ッ ・ ・ ・ ! !
頭部を盛大に吹き飛ばされ、ピクピクと
「ハ?」
「「「え?」」」
その場にいた全員が間抜けな声を漏らす。
それ程に一瞬で、そして、理解できない事が起きたのだ。
▽
「命中!海坊主を仕留めました!」
「よぉし、よくやった!もう1発同じ砲弾を撃ち込んで本体にとどめを刺せ!それと、ヘリオスを彼女達の周りに
「了解!砲身の冷却と次弾装填完了!第2射、ファイアァ!!」
「ヘリオスの全VLS開放!マーカードローン誘導開始!ヘリオス1番から8番ランチ!」
EMLがまたも徹甲弾を発射し、今度はそれにヘリオスミサイルも加わり飛翔して行く。
▽
「イ、イッタイ何ガ起コッテ━━ッ!!艦娘共ォ・・・!貴様ラノ差シ金カァァッ!!」
逆上した戦艦棲姫が木曾に襲い掛かろうとしたが、先程破壊された艤装と同じように吹き飛ばされ、完全に息の根を止められた。
「戦艦棲姫様ガヤラレタッ!?」
「クソッ!ドコカニ仲間ノ艦娘ガイル筈ダッ!」
目の前でボスがたった2発で沈められた事に混乱した深海棲艦達が慌てながら周囲を警戒する中、木曾達は近付いてくる何かの音に気付く。
「この音は・・・?」
ゴオオオオオ・・・
「ドコダッ!?沈メテヤルッ!」
「艦載機ヲ発艦サセテ探知範囲ヲ拡ゲロ!」
オオオオオオ・・・!
次の瞬間、6人を避けるように海面ギリギリ上空に轟音と凄まじい爆風が発生し、8つの太陽が深海棲艦達を瞬く間に沈めてしまった。
「救援・・・なのか?」
「木曾さん!大丈夫ですか?!」
「あ、ああ、オレは大丈夫だ。それより、お前達の方こそ無事か?」
「ええ、木曾さんが守ってくれたお蔭で沈んだ娘は誰もいないわ。それにしても、あれだけいた深海棲艦の大艦隊が全滅してる。いったい何があったの・・・?」
「オレにも分からん。・・・だが、それをやった本人は直ぐそこまで向かって来ているようだ。電探の反応からして・・・
「駆逐艦があんな火力を・・・?!」
「そ、それに、こっちに向かってるって・・・」
「殺す気なら既にやられてる筈だ。そいつがさっきの戦艦棲姫みたいに悪趣味な奴じゃなけりゃな」
そう誰にも聞こえない声でボソッと呟きながら、木曾は先の攻撃を行った艦がいるであろう方角を静かに見つめた。
▽
「敵艦隊、全て撃沈!防衛目標は健在!」
「っしゃあ!おらぁ!」
「入れ歯共!あとで化けて出てくるなよぉ!」
「エルメリア海軍ばんざーい!!」
艤装内から妖精達の歓声が聞こえてくる。
レーダーに映っていた敵影は全て消え去り、そこには6つの反応だけがきれいに残っていた。
兵器の性能によるところも大きいだろうが、それでも彼らは本当に良い腕をしているとつくづく実感する。
「よし、このまま警戒態勢を維持しつつ、彼女逹の元に急行するぞ」
「「「アイアイサー!!」」」
テンション爆上がりの妖精達から威勢の良い声が返ってきた。
「ザンクードさん、かなり遠方にですが影が見えました」
見張りの妖精から一報が入り、レーダーを確認すると、丁度発見位置と重なっていた。
「ああ、恐らくあの影だな。無線で予め連絡しておこう。コンタクトを取る前に無線で連絡をしておいた方が警戒心も多少和らぐだろうからな」
と言いながらも、内心では砲弾が飛んで来ないかビクビクしているザンクードは、無線機のスイッチを入れる。
「あーあー、テステス。こちらはエルメリア連邦共和国海軍所属、ザンクード。前方の艦隊へ、応答願う」
《━━こちらは日本国国防海軍、第八鎮守府所属の木曾だ。支援感謝する》
おお・・・!お互い言葉も解るようだし、砲弾も飛んで来ない!これなら話は通じそうだ!
「あいつらには俺も1度襲われたからな。気にしないでくれ」
《そうか。なあ、悪いがお前の艦種を教えてくれないか?電探には駆逐艦の反応が出てるんだが・・・》
「ああ、その事か。俺の艦種は重原子力ミサイル巡洋艦だ。俺はもともとステルス性も視野に入れて設計されたからな。レーダーに上手く映らないのはそれが理由だ」
《成程、合点がいった。それともう1つ、エルメリア連邦共和国ってのはどこの国だ?聞いた事が無いぞ?》
「あー、それなんだがな・・・、話すと色々と長くなるんだ。とにかく、今確実に言える事は俺に攻撃の意思は無いという事だけだ。俺の詳細もあとで答えるから、スマンがそちらの所属する基地に連れて行ってもらえないか?俺は陸に向かっているんだが、そのあとはどうしようも無くてな。羽を休められる所が欲しいんだ」
《・・・少し待ってくれ。お前の事を基地に連絡して指示を請う》
そう言い残して木曾との通信が1度途絶えた。(少し間があったのが心配でならないが・・・)
「ザンクードさん、彼女達は我々を信じてくれるでしょうか・・・?」
ギャリソンが心配そうに訊いてくる。
「さあな。今の俺達には吉報が返ってくるのを願う事しかできない」
彼にもどうなるかは分からない。今も、
《━━悪い、待たせた》
「ッ!!あ、ああ、さほど待ってはいないから大丈夫だ。それで、どうだった?」
突然無線から木曾の声が響き、思わずビクリと軽く飛び跳ねてしまうザンクード。
《提督が“その恩人をぜひウチに招待したい”とよ》
無線越しから、木曾の苦笑いと共に舞い上がる程嬉しい言葉が返ってきた。
「そうか・・・!それは良かった。直ぐにそちらに合流する。少しだけ待っててくれ」
《分かった、ここで待機する》
「了解した」
そう言って無線を切り、合流地点へ急いだ。
「お前がザンクードだな?オレが軽巡洋艦の木曾だ。改めて、さっきは本当に助かった」
緑がかったミドルロングの黒髪にセーラー服と斜めに被った帽子、右目の眼帯が特徴的な少女━━木曾が、改めて自己紹介をしてくる。
だいぶひしゃげてはいるが、ざっと見たところ口径14cmの旧式艦砲と魚雷(どちらもミニチュアサイズ)を携えており、確かに軽巡洋艦のようだ。
「私は駆逐艦の村雨よ。よろしくね!」
「・・・駆逐艦、満潮よ」
「響だよ。よろしく」
「電です。その・・・よ、よろしくお願いします・・・」
「駆逐艦の不知火です。先程はありがとうございました」
どうやら、軽巡の木曾を旗艦に駆逐艦を編成した部隊のようだ。
「「・・・・・」」
村雨や響、不知火は特になんとも無い。というか、興味深そうにこちらを見ているが、満潮は俺を警戒してるみたいだし、電は一目見て分かる程に怖がっていた。
理由は分かる。得体の知れない奴があんな派手な攻撃をして大艦隊をまるごと沈めた上に、やった本人である俺は巨大な戦闘艦だったのだから。
ハァ、俺ってそこまで威圧的な見た目をしてるのか?っと、挨拶をされたらこちらも返答するのが礼儀だよな。
「改めて、俺はエルメリア連邦共和国海軍、ザンクード級重原子力ミサイル巡洋艦のザンクードだ。よろしくな」
と言いながら、俺はビシリと海軍式の敬礼をする。
「ああ、よろしくな。よし、第八鎮守府へ帰投するぞ」
木曾の号令に駆逐艦達が各々返事をし、俺も機関出力を上げて第八鎮守府へと進路を取った。
EMLはエースコンバットに登場する巨大レールガン『ストーンヘンジ』を想像して頂くと分かり易いと思います。
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第3話 ザンクード着任
敵の大艦隊を全て沈め、木曾達の誘導に従って第八鎮守府へ向かい始めて数時間。
敵と遭遇する事も無く無事に鎮守府正面までやって来れた。
周囲にちらほらと小島が見え始め、正面には規模は小さいが港と思われる施設と白塗りの建物が建っているのが見える。
木曾が言うには、日本列島の辺境にある鎮守府らしい。
別に小さいからと馬鹿にしている訳じゃないが、こんな辺境の小さな鎮守府だなんて、まるでそこの司令官は左遷されたみたいだな・・・。
などと考えていると、いつの間にか基地の港に到着しており、そのまま港に隣接する広い
「おし、鎮守府に帰ってこれたな。それじゃあザンクード、わりぃが艤装は解除してくれ」
そう言って、俺に艤装を外すように促してくる木曾。
しかし━━
「えっと・・・。スマン、木曾。どうやって解除すれば良いんだ?」
ギャリソンに訊けば良いだろ。と思ってたのだが、彼曰く、「解除方法までは解りかねます」だそうだ。
「そ、そこからか・・・」
木曾から艤装解除のレクチャーを受けて、ようやく解除に成功したあと、彼女は「
「直ぐに木曾さんが戻ってくるから、ここで少し待っていなさい」
そう言って、満潮は部屋を出て行く。
・・・それにしても、入渠は理解できるんだが、バケツ?バケツってあのバケツだよな?何かのコードネームなのか?
そう考えながら、しばらく室内でうんうん唸っていると、部屋のドアがノックされてから木曾が入ってきた。先程のボロボロな格好とは違い、まるで何事も無かったかのように小さな傷が全て治っている。
もしかして、これがバケツとやらの力なのか?!す、スゲェ・・・!!
「待たせたな。さ、行くぞ。提督のいる場所に案内する」
「ああ、頼む」
部屋を出て木曾の後ろをついて歩いて行くと、1つの木製ドアの前で止まった。ドアの横には漢字で『執務室』と表記された札が掛けてある。
コンコンと木曾がドアをノックしてから、「提督、木曾だ。来客を連れて来たぜ」と中にいる人物に声を掛けた。
「お?来たか。入ってくれ」
中から随分と若々しい声が返ってくる。
ドアを開けて入って行く木曾に続いて俺も入室すると、目の前には白い軍服を着た若い男性と木曾を除いた先程の5人が立っていた。
「失礼いたします。ザンクード級重原子力ミサイル巡洋艦のネームシップ、ザンクードです。本日は当鎮守府への寄港許可を頂き、ありがとうございます」
そう言って、踵をカツンッと鳴らして敬礼する。
「自己紹介ありがとう。日本国国防海軍、第八鎮守府の提督を務める
そう言って答礼を返したあと、手を差し出して握手を求めてきた。
本人や木曾達の反応を見るに、どうやらこの基地の司令は人柄の良い人物のようだ。
俺はその手を握り返す。
「いえ、私はあの場でできる最大限の事をしたまでです。こちらこそ、お会い出来て光栄です。大佐殿」
「さて、早速ですまないが、君の事を教えてくれないか?この地球上にエルメリア連邦共和国と言う国家は存在しない。その上、男の艦娘なんてのも、これまでに確認された事例は無いんだ」
一通り挨拶が済んだところで、山本提督が話を切り出してきた。
成程、確かに山本提督と俺を除いて男が1人もいないな。さて、どこから説明したものか・・・。
「分かりました。まず私が生まれたのは━━」
これまでの経緯、俺の生まれた故郷、何をしてどう沈んだのか。そして、あのバケモノ共を瞬時に葬った兵器については要所を掻い摘まんで説明した。
「━━以上です」
「つまり、君のいた世界で起きた戦争で同盟国を助ける為に派遣され、その戦いで沈んだと・・・。そして目が覚めたら・・・」
「はい、どういう訳かこの世界に流れ着いており、陸地を目指している最中、あの黒い連中に彼女らが襲われているのを発見したので、介入させて頂きました」
「まさか、別世界が存在する上に戦艦棲姫をたった2発で沈め、周りにいた大艦隊まで沈めるなんて・・・にわかには信じられないような話ばかりだな・・・」
「ああ、確かに理解できないような話だ。だが、オレ達はこの目で奴の艤装の頭が1発で吹き飛ばされたのを見たぜ。あんなもん、この世界の代物じゃねえよ」
「そのあとに深海棲艦の艦隊を1隻残らず沈めた、あの兵器もね」
木曾と響が全て本当にあった事だと言わんばかりに、当時の事を提督に告げる。
響が言うあの兵器とは、ヘリオスの事で間違い無いだろう。あれは本来、接近する航空機群に対する広範囲防空兵器として考案されたのだが、その高い威力に目を付けた上層部によって艦艇や地上目標にも大打撃を与えられるように改良された空間制圧兵器だ。
「そうか・・・。じゃあ最後に1つだけ。現在、人類は君が倒したあの黒い怪物━━『深海棲艦』によって制海権を奪われ、奴らと戦争をしている真っ最中だ。勝手だが、我々にその力を貸してはくれないだろうか?」
「無理を承知で頼む」と、真剣な表情でこちらの目を見てそう言ってくる彼を、俺は静かに見据えてから口を開いた。
「先程申したように、私にはもう帰る国も港もありません。この基地に置いて頂けるのでしたら、微力ながらお力添えさせて頂きましょう」
「っ!!勿論だ!ようこそ、ザンクード。第八鎮守府は君を歓迎する!」
「はっ!重原子力ミサイル巡洋艦ザンクード、現時刻をもって第八鎮守府に着任いたします!」
艦長、安らかには眠るのはもう少しあとになりそうだよ。
こうして、俺はこの第八鎮守府の一員として共に戦う事となった。
「ああ、それとザンクード。別に無理に敬語を使わなくて良いぞ?こっちもその方が接しやすい」
緊張の糸がほぐれたのか、一気に態度が軟化した提督が俺に態度をもっと崩しても良いと告げてきた。
「・・・分かった。改めてよろしくな、提督」
「おう、よろしく」
随分とフランクな上官がいたもんだ。前世でもここでも、着任場所と上官に恵まれた俺は幸せ者だな。
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第4話 第八鎮守府案内
「さて、これからはザンクードもここに居住してもらう事になるから、各施設の説明が必要だな。木曾、ザンクードを案内してやってくれ」
「任せとけ。それじゃあザンクード、案内するからついてきてくれ」
「頼んだ。それじゃあ提督、ここらで一端失礼するぜ」
そう言いながら、俺達は執務室をあとにした。
「ここが寮だ。ウチはまだまだ小さくて人数も少ないし艦種も特に隔ては無いから、空いてる部屋を好きに使ってくれ」
「分かった。あとで適当に選ばせてもらうよ」
「よし、次行くぞ」
「ここは購買だな。妖精達が店員をしている」
「妖精って、あの親指サイズのが店番してるのか?」
「ああ。だが、ちゃんと店は営業してるからそこは心配すんな。この辺りは一通り説明し終えたな。次だ」
「この建物はさっき来た所だな」
「ここは工廠だ。建造、開発、入渠の設備、資材備蓄用の倉庫なんかもある。因みに艤装の修理やメンテナンスは全てここの妖精が受け持ってくれてる」
「ふむ、妖精ってのはつくづく不思議な存在なんだな」
と呟いていると、数人の妖精が俺の艤装に群がっているのが目に入った。
「こんな凄い艤装は初めてです!」
「色んな箇所に斜角がついていますね」
「中はいったいどうなってるんだろう?」
「後ろのデッカイ大砲が威圧的だなぁ」
「ヒャアァァ!もう我慢できねぇ!分解だ!」
1人の妖精が奇声と共にスパナを持って俺の艤装に飛び掛かったのを皮切りに多数の妖精達が艤装をいじろうとして、艤装内から出てきたギャリソン達と揉み合いを始めた。
「おいおい、何をしている。着任初日から喧嘩は無しだ」
これ以上騒ぎが大きくならない内に艤装の元に駆け寄り、両勢力に待ったを掛ける。
「ですがザンクードさん!こいつらザンクードさんの艤装をじっくりねっとり中まで調べ尽くすとか、ヤバい事を言ってるんですよ!?」
ハァ、妖精ってのはそんなに好奇心旺盛なのか?と思いながら、工廠妖精達をどう説得するかを考える。
あっ、そうだ。
「君達、『好奇心は猫を殺す』と言う言葉を知らないのか?こんな所で無闇矢鱈に艤装をいじってみろ。下手をすればここら一帯が吹っ飛ぶかもしれないぞ?」
真面目な顔をして工廠妖精達に脅しと言う名の説得をし、そのあと「提督に許可をもらって来れれば明日にでも性能試験で見せてやるから」と言うと、二つ返事で引き下がってくれた。
「やれやれ、物分かりが良くて助かったぜ」
「なあ」
腰に手を掛けて「ふぅ」と息をついていると、木曾が話し掛けてきた。
「ん?ああ、スマンな時間を取らせて」
「いや、そうじゃなくてだな。オレが戦艦棲姫にやられそうだった時、お前が撃って助けてくれたのはこの砲か?」
そう言って視線で指し示すのは艤装後部で物々しい雰囲気を醸し出しているEMLだ。
「ああ、あの深海棲艦を仕留めたのはこいつの徹甲弾だな」
「そうか・・・」
「何発も連続して撃てないのと、すばしっこく動き回る奴には上手く当てられないのがこいつの欠点だが、威力は絶大━━どうかしたか?」
自慢げに語るザンクードは横からの視線に気付き、話を中断して視線を感じる方角へと顔を向ける。
「っ!!いや、何でも無い。次は訓練所に行くぞ!」
「?お、おう」
わずかに顔を赤くしながら早歩きで次の場所へ向かう木曾を、俺は訳が分からないまま追いかけて行った。
「ここが訓練所だな。射撃、格闘、剣術、ある程度のもんは揃ってて、俺もよく利用している。好きな時に使えるから、お前も気が向いたらここに来いよ」
「そうだな、近い内に寄らせてもらうとするよ」
「よし、これでこの鎮守府の主要施設は一通り説明し終えたな」
「ああ、ありがとう。ん、そうだ。最後に1つだけ訊いておきたい事があるんだ」
「何だ?」
俺が木曾に訊いておきたい事。それは、あの海域で俺が初めて彼女達に会った時に感じた疑問だ。
「なんであの時、たった6人だけであんな大艦隊と戦っていたんだ?あの規模の艦隊を相手取るなら、それ相応の戦力が必要な筈だ」
「あー、それか・・・。実はな、オレ達の所属する第八鎮守府は嫌がらせを受けてるんだよ」
「は?嫌がらせだと?」
「ああ。正確に言うと、ウチの提督が対象にされててな。昔、艦娘は使い勝手の良いただの道具だと抜かす輩がいてな。提督はそいつが上官だろうと構わずに反論したんだが、その結果、目を付けられたあいつはその上官が手を回してここへ左遷。それに加えてここには
「もう慣れたが、今回のは冗談抜きにヤバかったな」と言って、頭をガシガシ掻きながら木曾は苦笑する。
どこの世界でもそういう奴はいるのか・・・。上官が部下に嫌がらせなんて幼稚な事をする上に、そんな野郎が国防を担っているなんて想像するだけでも腹立たしい。
出来る事なら、俺の艦長の下で4泊5日の更正合宿にでもぶち込んでやりたいぐらいだ。
「そいつの写真とか情報は見れるのか?」
「ああ、資料室のパソコンから見れる筈だ。ついて来てくれ」
そう言って案内された資料室のパソコンの電源を入れて、サイトからその上官の情報開示ページへと移る。
「・・・木曾、この
画面には、丸々と太ったいけ好かない顔の男が映っていた。
「ああ、そいつが例の上官だ」
「見るからに陰険そうな顔した野郎だな。性格が顔にしっかりと出てるじゃねえか」
「ははっ、違いねぇ。そいつからは黒い噂が絶たねえしな。それと、近い内にまた演習を仕掛けてくると思う」
ほぉ、そいつは楽しみだ。
「まあ、演習となったら俺も出させてもらうから大丈夫だ。相手に「そんな要求は無理だ」とは言わせん。その時は任せとけ」
俺は、ニヤッと不敵に笑いながらそう告げた。
▽
「チッ、第八の奴らめ・・・。どうやったかは知らんが上手く逃げおおせたようだな。おい!」
「はい、何でしょうか?提督」
「明後日に第八鎮守府へ行くぞ!準備しておけ!」
「分かりました・・・」
「ククク、生意気なクソガキめ・・・。もう1度惨めな気分を味わわせてやる」
豪華なカーペットや机が設置された部屋の中で、1人の男がその垂れ下がった顎の皺を歪めながら下劣な笑みを浮かべた。
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第5話 歓迎会
パパパーン!と、クラッカーの破裂音が食堂内に響き渡り、提督や艦娘達が俺に祝いの言葉を掛けてくる。
壁には【ようこそ!ザンクード】と書かれた横断幕と綺麗な紙飾り、机には色とりどりの料理が並んでいた。
「みんな、今日は祝いの席まで用意してくれてありがとう。改めて、これからよろしくな」
俺が挨拶をし終えると、提督がグラスを持って立ち上がった。
「よし、みんなグラスを持ってくれ。全員分あるな?それじゃ、新たな仲間ザンクードの着任を祝って・・・乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
そのあと、各々が料理に手を伸ばしたり仲間と話し始めたりと自由に動きだし、俺はこれから共に戦う仲間達の輪に溶け込む為、隙を見つけて話し掛けに行った。
邂逅当初、俺を警戒していた満潮は話をしている内にその警戒心を取り除けたし、同じく邂逅当初は俺を怖がっていた電も笑顔を見せてくれるようになった。
あの笑顔、守らねば・・・!!
「おう、ザンクード。こっち来いよ」
駆逐艦達の元を回り終えたあと、横から声を掛けられる。声のした方角に顔を向けると、提督、木曾、響の3人が酒を飲んでいるのが目に入った。
「ザンクード、お前酒は飲めるのか?」
木曾が酒の入ったグラスを片手にそんな事を訊いてくる。
「さあ、どうだろうな?飲んだ事があるのは進水日のボトルワイン1本だけだからな」
正確に言うと、『鼻先にぶち当てられた』と言うのが正しいが・・・。
「なら試しに少し飲んでみろよ。美味いかもしれないぞ?」
「どうぞ」
提督が俺に飲酒を勧め、響が酒を少量グラスに注いで渡してくる。
「そうだな。折角の機会だし頂こうか」
そう言って俺は差し出されたグラスを受け取り、クイッと仰いだ。
「・・・あっ、違った。これ度数50度のウォッカの方だ」
「なっ!?いきなりそんなきついのを飲んだら・・・!」
「ざ、ザンクード、大丈夫か?」
「・・・・・」
知らずに飲んでしまったザンクードは俯いたまま、ゆっくりと空になったグラスをテーブルに置き、その動作を一同は恐る恐る見守る。
「ふむ、少し度数がきつかったから驚きはしたが、案外飲めるもんだな。美味かったよ」
が、3人の心配は杞憂に終わった。少量とは言え、度数の高い酒を飲んだ本人はあっけらかんとしていたのだ。
そんなこんなで歓迎会は夜遅くまで続き、明日に支障が出ないようにとの事から、22:00にはお開きになった。
「ああそうだ。ザンクード、妖精達から言われたんだが、明日射撃とかの各種性能試験を行うから覚えといてくれ」
ああ・・・あの時に交わした約束か。
「分かった。けど、弾薬とかはどうするんだ?」
「それに関しては問題ない。妖精達にかかればある程度の物は複製できる」
さらりと答える提督に俺は驚いた。
彼が言うには、ミサイルや61cm砲弾も艦娘(艦息)の装備であれば複製が可能だそうだ。
さっそく、明日にでも妖精達に頼んで各種兵装の補充を依頼しておくか。にしても、妖精ってのはつくづく驚異的な存在だな。
「そう言う事なら気兼ねなく暴れられそうだ。楽しみにしててくれ」
「おう。あの戦艦棲姫を倒したEMLとやらの威力も見せてくれよな。それじゃ、お休み」
「ああ、お休み」
そう挨拶して、俺は寮の自室へ向けて歩いて行った。
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第6話 性能試験
翌日、妖精達に叩き起こされた俺は着替えたあとに朝食を口に掻き込まされると、今度は速攻で港に隣接する工廠へと引きずって行かれ、言われるままに艤装を装着してから埠頭へと連行された。
「さあ、あなたの力を見せて下さい!」
「こんな朝早くからかよ・・・」
「「「約束」」」
えぇ・・・、と言うような表情を浮かべる俺に、妖精達は拗ねた子供のような顔で、ボソッと痛い所を突いてくる。
「うっ・・・!分かった、降参だよ・・・。で、何から始めたら良いんだ?」
「そうですね・・・まずは航行性能のテストからお願いします!」
「見せてもらおうか、異世界の艦艇の性能とやらを!」
妖精達が俺に期待の眼差しを向けてくる中、外の様子に気付いた木曾、村雨、満潮、響、電、不知火、そして提督が埠頭に出てきた。
「第八鎮守府のメンバー全員集合か。これは良いところを見せないとな。な?ギャリソン」
「ええ、そうですね。かっこ良く決めてやりましょう!」
ギャリソンの声に、艤装内から気合いの入った声が聞こえてくる。
「よし、行くぞ!」
機関出力を上げて鎮守府正面を最大船速で大回りに1周してから元の場所に戻る。
「やっぱり小さくなってる分、抵抗も小さくなったから加速性が上がってるな。35ノットまで一瞬だったよ」
正直、こんな場所で全速なんて出せるのか?と思っていたが、この点は問題無いようだ。
「す」
「す?」
「凄いですよ!この大きさで35ノットだなんて!」
妖精の1人が目からレーザーでも出すんじゃないか?と思う程、目をキラキラさせる。
「お、おう、お気に召したようで何よりだ」
「「「はっやーい!!」」」
35ノットという速度を目の当たりにして固まる提督達と、妖精達のあまりの反応に若干たじろぐ俺を他所に、ギャリソン達は「チョロいもんさ」と言ってドヤ顔を作り、それを見て工廠妖精達は更に騒ぎ立てた。
「ふぅ、少し騒ぎ過ぎました。ザンクードさん、次はお待ちかねの射撃試験に入ります!」
「待て待て、こんな所で爆音を鳴らしたら不味いんじゃないのか?」
「ああ、それに関しては大丈夫だ。ここいら一帯に人は住んでいないからな。あるのはこの鎮守府だけさ」
俺の問いに提督から応答が返ってきた。
「そうか・・・。なんか悪い事を訊いたな」
「いやいや、気にするなよ。木曾から聞いたんだろ?俺は正しい事を言ったと思ってる」
そう言ったあと、「ここのみんなには苦労を掛けてるがな・・・」と、提督はバツが悪そうに後頭部をガシガシと掻きながら苦笑を浮かべる。
「・・・よし!今から取って置きを見せてやるから、腰を抜かすなよ!」
湿っぽい雰囲気を掻き消すように大声を出して、射撃試験の準備に取り掛かる。
「君達、1つ訊いておくが補充分の弾薬は本当に複製できるのか?」
「問題ありません。ギャリソンさん達に許可を頂き、各種弾薬を1発ずつ取り出させて頂きました。複製は可能です!と言うより、既に着手しています!」
優秀過ぎだろ・・・。これからは敬意を込めて『妖精さん』と呼ぶ事にしよう。
「助かる。総員、対水上戦闘用意!」
「了解!総員、対水上戦闘用意!急げ!グズグズするな!」
艤装内からアラートと共にギャリソンの喝と艤装妖精達の足音が聞こえる。
「全クルー、配置につきました」
「分かった。それで、何の武装から━━」
「「「後ろのデッカイ大砲からで!!」」」
工廠妖精さん達はEML発射をご所望のようだ。
おい、提督。何でお前まで子供みたいに目を輝かせながら妖精さん達に混じってるんだよ。
・・・まあ良いか。
「標的は?」
「あの無人島に向けて撃って下さい。あの島は射撃試験用に使用して良いと言われてますから」
「はいよ。EML射撃用意!弾種徹甲弾!」
耳をつんざく警報音と共に後部のEMLが低い動作音を上げながらゆっくりと島に向く。
▽
「凄いですね・・・あのような艦砲が存在するなんて・・・」
「ああ、あれが戦艦棲姫を殺った砲だそうだ」
不知火が無意識に呟き、木曾がそれに返答する。
木曾自身、ザンクードと初めて顔を合わせた際、彼の後ろで上を向いてそびえるEMLを見て、随分と大きなアンテナだな。と、そう思っていた。
しかし、それはアンテナなどでは無く、あの大和型の主砲すら余裕で上回る口径のバケモノだったのだ。
その事を知った時、彼女は内心で大きく驚き、そして改めて確信した。
やはり、あの海域で戦艦棲姫に殺されそうだった自分を助けてくれたのは
▽
「EMLの発射準備が整いました」
「よし、EML撃てっ!!」
体の芯に響くような轟音と共に砲弾が放たれ、無人島の岩壁に着弾する。
炸薬を持たない砲弾は爆ぜる事なく岩壁を抉り、削り、巨大な孔を形成した。
「命中確認、完璧だな。提督、妖精さん、これで満足したか?」
「「「」」」
自慢気な表情で振り返ると、その場にいた全員が「うっわぁ・・・」と言いそうな顔で島の岩壁を見つめていた。
「おーい、大丈夫か?」
「ハッ!?あ、ああ、大丈夫だ。それにしても恐ろしい威力だな」
固まっていた提督が再起動する。
「これでも撃ったのは徹甲弾だ。あと2種類残ってるし、俺の武装はなにもこいつだけじゃ無いぞ?」
「・・・お前が味方で本当に良かったよ・・・」
「さあ、残りの兵装試験も終わらせてしまいましょう!」
このあと、ヘリオスやハンマーヘッド、スティングレイなどの対空関連を除いたミサイルと、主砲、副砲、艦載ヘリなど、ここで披露できるだけの試験を行った。
対空兵装の試験に関してはウチには空母がおらず、標的用の機体も無いので無理らしい。
CIWSをフルオートで撃ちまくりたかったのに残念だ・・・。
因みに散々ミサイルや砲弾を撃ちまくった結果、島は坊主になるどころか絨毯爆撃以上の規模で破壊されており、俺は妖精さんや艦娘達から前世での戦いや搭載兵装に関して質問責めに。
提督は消費した資材の量を見て真っ白な灰になりながら、彼の初期艦である電に頭を撫でられていた。
レールガン妖精「まあ、正確に言うとEML撃ったのは俺なんですけどね━━うわ何する止め━━」
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第7話 開発と不穏な空気
性能試験の翌日 工廠
朝食を食べ終わったあと、提督に呼び出された俺は「工廠で5回ほど開発をしてきてくれ」と頼まれ、説明係として村雨が同行していた。
何か役に立つものができれば良いが、正直あまり自身が無い。
「資材を投入してっと。村雨、あとはこのボタンを押せば装備品がランダムで出てくるんだな?」
「そうですよ。何が出て来るか楽しみですね!」
ランダムで出てくるとか意味が分からん。そんな性能で大丈夫なのか?多分大丈夫じゃないと思う。この機械に投入した貴重な資材が粗大ゴミとなって出てきた時のショックは計り知れないものだろう。
「あまり期待はしないでくれよ?」
そう言って、ボタンを押す。
すると、機械の内部でガチャガチャと音が鳴ったあと、電子レンジのようなチャイムと共に扉が開いた。
煙が晴れ始め、中が見えるようになってくる。その中に鎮座していたのは━━
「「・・・・・」」
工廠内に沈黙が走る。
「あれ?これって魚雷・・・ですか?」
「ハァ・・・何でよりにもよってお前が出て来るんだよ・・・」
ガクッと肩を落とすザンクードを見て、村雨が魚雷とザンクードを交互に見てから口を開いた。
「え?でもこれって魚雷ですよね?そこまで落ち込む物なんですか?」
「村雨、お前はこいつの恐ろしさを知らないからそんな事が言えるんだ。こいつの正式名称は『ソナー・磁気探知機搭載自律誘導魚雷』名前だけなら単に長いだけで、何か高性能っぽい魚雷だと思うかも知れんが、こいつはれっきとした駄作兵器だ」
「えぇ・・・自律誘導が可能な魚雷なのにですか?」
村雨が、それなら凄い戦力になりますよね?
とでも言いたそうな顔をして魚雷を見つめる。
だが、彼女はザンクードの過去を知らない。ザンクードは魚雷を忌々しげに見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「・・・実はな、昔これの試験の任を受けて俺に搭載された事があるんだ。試験は簡単。敵艦を模した標的に向けて射出し、あとは経過観察をするだけだった・・・」
『魚雷の発射を確認。現在、標的に向けて順調に・・・ファッ!?』
『観測員、どうした?状況を報告せよ』
『ぎょ、ぎょぎょぎょっ!』
『ぎょぎょぎょ?まったく、どこの魚博士だ・・・。真面目にやれ』
『ぎょ、魚雷180゜回頭!真っ直ぐこちらに戻って来ています!!』
『は?・・・はあ!?も、戻って来てるだと!?あの魚雷には炸薬が・・・!迎撃用意!俯角をとれる両用砲で対処しろぉぉぉ!!』
「という事があってな。原因はソナーに加えて、何を思ったのか磁気探知機まで無理に纏めて押し込んだ事と、限度を知らない開発陣がこいつの中身をこれでもかといじり倒しやがったせいで逆にポンコツ化したかららしい。ついた渾名は皮肉を込めて『
ハァ、と大きく溜め息をつくザンクードを見て、村雨は「大変だったんですね・・・」と彼を労う事しか出来なかった。
あんな魚雷、例え高級将校クラスの人間に頼まれたって搭載してやるもんかっ!
そう思いながら、2回目の資材を投入してボタンを押す。
クレバーフィッシュ「待たせたな!」
「・・・気を取り直して次行くか」
「はい・・・」
3回目
クレバー(略)「べ、別にあんたの為に来た訳じゃ無いんだからねっ!」
「・・・次」
「は、はひ!」
4回目
クレ(略)「ドーモ。ザンクード=サン。クレバーフィッシュです」
「・・・・・」
「」
5回目
ク(略)「来ちゃった♡」
プチッ
「ふ、フフフ・・・フフフフフ。そうかぁ、そう言う事かぁ」
「ざ、ザンクードさん?」
突然、俯いたまま不気味な笑い声を上げるザンクードに村雨は恐る恐る声を掛ける。
その瞳はハイライトが総員退艦しており、口元は三日月のように歪んでいた。
「・・・・・・少し待っててくれ。35.5cm砲でこの
「え?!ちょちょちょ、それはダメですよぉ!!」
声と表情がまったく合っていないザンクードが艤装の元へと歩いて行こうとするのを村雨が必死に止めに入る。
「離せぇぇ!俺は何としてもこの
「だからダメですってば!!誰か!誰か助けてぇぇぇ!!」
こうして、彼の初開発は終わった。
「落ち着きましたか?」
「ああ、悪かったな。少し取り乱した」
え?少し?と村雨は思いながら、提督に報告を始める。
「えっと・・・ザンクードさんが行った開発の結果なんだけど、5回中全てが欠陥を持つ魚雷らしいの」
「Oh・・・ま、まあ気にするなザンクード。こういう事もあるもんさ。俺だって━━」
「提督!大変だッ!!」
提督が俺を励ましている最中、誰かが執務室の扉を勢い良く開け放つ。
そこには焦燥した顔付きの木曾が立っていた。
「そんなに慌ててどうしたんだ?木曾」
肩で息をする木曾を訝しみ、提督が声を掛ける。
「どうしたもこうしたもねぇ。来やがったんだよ。
━━肥太中将が・・・!!」
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第8話 挑発
「何ッ?!」
ガタッ!と音を立てて提督が椅子から立ち上がる。
「まずいな・・・、一応本部に報告はしているが、この状況でお前の事を奴が知ったら・・・」
「別に構わないだろ。どうせいつかはバレるんだ。もし訊かれたらその時はその時さ」
「だが、お前の能力を知ったら間違いなく寄越せと言ってくるぞ?」
「そ、そうですよ!どんな手を仕掛けて来るか分からないんですよ?」
「木曾と村雨の言う通りだ。奴はここに来る度に嫌味を撒き散らしたり難癖をつけてくるから、それに関しては対処できるが━━」
そう言ってまだ俺を止めようとする提督を手で制した。
「俺があんな陰険野郎の鎮守府に黙ってついて行くとでも?全力でお断りだ。件の話になったら俺に振ってくれ。喚くようなら何か条件付きの演習でも何でも好きにして黙らせりゃ良い。お前はいつものように対応すれば良いのさ」
そう言い終えると同時に執務室の扉が勢い良く開け放たれ、2人の影が入って来た。
「ふんっ!相変わらず何も無い鎮守府だな。それで?この鎮守府の者は貴様も含めて上官に対する出迎えすらできん無能共の集まりなのか?」
鼻を鳴らし、こちらに対する敵意を一切隠そうともせずに好き勝手言ってくる男と、その後ろで静かに佇む少女。
この顔は前に木曾に教えてもらった肥太とか言う将校で間違い無いな。それにしてもこいつ・・・
━━腹の周りになんつう
「・・・申し訳ありません。なにぶん突然の事でしたので」
提督は目の前の中将の言葉など意に介さず、敬礼をして弁明する。
「チッ、まあいい。で?以前この鎮守府に送った深海棲艦の情報は有意義に活用してくれたかね?」
「ええ、敵の艦隊を発見・撃破し、その中核であった戦艦棲姫も撃破しました」
「は?」
その情報が誤ったものである事を知って、態とらしくニヤニヤと嗤いながらそう訊いてくる目の前の贅肉の塊に、提督は嗤い返しながら答えた。
どうやらこう返されるとは思っていなかったらしく、中将が間抜けな声を上げる。
「そ、そのような艦隊をこんな弱小鎮守府が退けられる筈が無いだろう!ふざけた事を抜かすな!」
「いえいえ、事実ですよ。ただ、報告よりも
「ええい、黙れ黙れっ!!仮にそいつらを沈めたとして、どこにそんな火力を持った艦がいる!!」
「いますよ、中将殿の目の前に」
「何?・・・貴様、何者だ!」
成程、ウチの提督は毎回こんなやり取りをしているのか。さてと、ここからは俺の番だな。
「はっ!申し遅れました!私はザンクード級重原子力ミサイル巡洋艦1番艦のザンクードであります!」
そう名乗り、ビシリと敬礼する。
「ほう・・・原子力ミサイル巡洋艦だと?そのような艦種の艦娘は存在しない筈だ。それに貴様はどう見ても男のようだが?」
「はっ!私は男ですが、正真正銘の軍艦であります!」
「それを示す証拠は?」
「私にも提督や他の艦娘同様、妖精が見えております。これでは証拠にならないでしょうか」
「ふむ・・・」
近くにいた妖精を目で追って、妖精が見えるという事を肥太に示す。
何でも、提督の適性がある人間と艦娘には妖精が見えるらしい。前に木曾に教えてもらった事が役に立った。
肥太も俺の視線の先の妖精に気付いたらしく、俺が妖精を見る事ができるという事を理解したようだ。
「・・・新たな提督が配属されたと言うような情報は無い・・・どうやら本当のようだな。貴様、そいつが言っていた事は事実だろうな?」
「はっ!全て事実であります!」
「そうか。元帥の奴が言っていたのはこいつの事か・・・虚偽の報告ではなかったようだな。貴様、俺の鎮守府に来い。存分に役立たせてやろう。ありがたく思え」
早速来ました。陰険野郎の熱烈なラブコール。
こいつ、何様のつもりだよ。もう少しマシな言葉は無かったのか?
「申し訳ありません。そのお誘いは誠に魅力的ではありますが、ご遠慮させて頂きます」
「なぜだ?こんな辺境の鎮守府で弱小艦隊の旗艦やその司令官のような無能共に囲まれて朽ち果てるより、俺の鎮守府に来た方が幸せに決まっているだろう?」
この時、肥太を除く全員が、ザンクードの周りの温度が少しだけ下がったような錯覚にとらわれた。
・・・今、こいつは俺の仲間や提督を無能と言ったか?面白い冗談をどーもありがとー。お礼に、ここはガツンと言ってやろう。お前の頭でもよぉーく解るようにな。
「そうですね。1つ目の理由としましては、毎度毎度、誤った情報ばかり送ってくるそちらの鎮守府がまったく信用できるに値しない事ですね」
「なっ!?」
「そして、2つ目ですが、あなたの後ろに控えている彼女・・・そう、君だ」
俯いていた少女が俺の言葉に、ハッとして顔を上げる。
見た目は茶色いボブヘアーに胸元の赤いリボンと丈の短いセーラー服。そして、金色に輝く左目が特徴的な女の子だ。
だが、1つだけ気がかりな点がある。
彼女の首に着いている妙な首輪だ。ファッションにしては窮屈そうなそれは、金属の光沢を放っていた。
「彼女が見るからにボロボロなのが気になりますね。なぜこんな状態で放置されているのかを、きっちりと説明して頂きたい」
目の前で中将の階級章をきらつかせるクズを相手に、俺は堂々とした態度で問う。
「ふんっ!ただの道具を誰がどのように使おうと勝手だろう?」
「っ!?」
そう言いながら、このクズは偶然近くに立っていた木曾の方を向くと、「例えばこんな風にな」と言って突然彼女の胸を鷲掴みした。
「野郎・・・!!」
それを見た提督が肥太を殴りそうになったのを、彼の前に出るようにして制止した俺は肥太の腕を万力のように掴んで引き剥がし、
「なら、尚更ですね。道具の整備や管理、使い方がまったくなっていない鎮守府というのはいったいどのような環境なのでしょうか?そちらの元で働くよりもここの方が何万倍も良い環境かと。ご自身の鎮守府すらまともに運営できないとなりますと・・・ふむ、無能はどちらの方でしょう?」
と、肥太の発言を逆手に取って、完全に喧嘩腰の態度で言い返す。
すると、肥太は歯軋りをしながらこう言い放った。
「く、クソ生意気な船がぁ・・・!俺が誰か分かっての態度か!?」
「ええ、存じ上げておりますよ。肥太海軍中将殿」
「ッ!!くぅぅううっ!たかが船1隻風情が艦隊司令官に歯向かったらどうなるかを思い知らせてやる!!演習だッ!!」
別段、レールを引いた訳でもないのにこのアホときたら面白いくらいにノッてくれるな。いや、もとよりここに演習を申し込む予定もあったんだろう。
「俺の力を見せてやる!!2日後に俺の鎮守府に来いっ!!演習への参加は貴様1隻だけだ!!全ての艦隊で貴様を叩き潰してやる!!もし負けたら貴様は俺の鎮守府で死ぬまで使い潰してやる!!
・・・まさか、深海棲艦を艦隊規模で倒した貴様が、無理とは言わんよなぁ?」
なぁにが俺の力だ。そんなに怒って汗かいて、これで少しはその脂肪が落ちると良いな。て言うか寄るな、唾飛ばすな、そして少しは運動しろ。
「ええ、構いませんよ?何なら、そちらが勝った暁には俺の艤装をバラしてブラックマーケットにでも売りに出せば良い。きっと良い値で買い取ってもえますよ。それで?こちらが勝てばどうなりますか?」
「~~~!!貴様の好きな望みを叶えてやる!!勝てる事ができればなぁ!!」
「左様ですか。良いでしょう、その演習受けさせて頂きます。
楽しみにしていますよ。肥太
「グギギギッ!!!・・・気が変わった。貴様は即解体処分だ!!覚悟しておけッ!!」
そう言って中将は執務室のドアを強引に開けてズカズカと出て行き、後ろで待機していた少女も俺達に一礼してから出て行った。
「「「・・・・・」」」
嵐が去った執務室に静寂が訪れる。
「ぷっくくくく・・・」
最初に提督が吹き出し、それに釣られて木曾と村雨も肩を震わせ始めた。
「ざ、ザンクード、お前っ、実は加虐趣味でも持ち合わせてるんじゃないのか?ふっふふ」
「失礼な奴だな。今のは『クソ野郎の正しい対処法その2』だ」
「・・・その1は?」
「『相手よりも
ドヤ顔でそんな事を言い張る俺にとうとう我慢の限界を迎えた3人が笑いだし、一頻り笑ったあと、村雨が目元の涙を指で拭いながら口を開いた。
「でも、ザンクードさんが中将相手にあんな事を言うなんて、村雨ちょっと驚きました」
「驚くような要素なんてあったか?」
「だって・・・工廠での出来事、忘れてませんよね?何かこう、残念なキャラと言うか何と言うか」
村雨からの悪意の無い口撃がグサグサと容赦無く俺に突き刺さった。
「うぐっ!?あ、あれはだな・・・」
「村雨、あまりザンクードを弄ってやるな。こいつは俺達が馬鹿にされた時、怒ってくれたんだ」
「ああ、その通りだ。・・・にしてもスカッとしたなぁ!まさかあの野郎のあんな顔が見れる日が来るとは。ザンクード、ありがとな」
木曾が村雨の肩に手を置いて諭し、提督が実に良い笑顔で礼を言ってくる。
「礼を言われるような事はしてないさ。自分の仲間を馬鹿にされたから徹底交戦したまでだ。俺も散々言ってやったからスカッとしたよ」
案外、俺も
「そうか。まあ、その気持ちは嬉しいが、自分の命を賭け事に使うのはいただけないな。もう少し自分の事を大切にしてくれよ?」
「それもそうだな、あの時は頭に血が昇ってた。善処するよ」
「おう。それじゃあ早速演習に向けてザンクード用の模擬弾頭の開発を妖精達にお願いしに行くか!」
「そうだな、相手が出せるだけの艦隊を出してくるとなると、それなりの装備をしっかりしておかないと俺でもヤバい。ミサイルは必須品だぜ」
「なら、妖精達にお礼用の菓子を用意してから行くぞ!善は急げだ!」
「勿論、村雨も手伝うからね!」
そう言いながら提督と村雨は執務室から出て行き、俺もあとに続こうとするところで木曾に呼び止められた。
「どうした?」
「ああ、・・・その、さっきはありがとな」
少し赤くなりながらそう言ってくる木曾に、俺は不覚にもドキッとなりながら、「なんて事は無い。気にしないでくれ」と言って部屋をあとにした。
▽
「クソッ!あの忌々しい巡洋艦がっ!!」
豪奢な執務室の中で、肥太は悔しそうに机に拳をぶつけながら、ザンクードをどう痛め付けるかを考える。
このまま彼に第八鎮守府で存在し続けられると、自分の手柄を奪われるかもしれない。
本当ならば、役に立ちそうな彼は喉から手が出る程に欲しかったが、邪魔になりそうならば消すまでだ。
そして何より、たかが船1隻風情が自分に歯向かった事が肥太は気に食わなかった。
「・・・ああそうだ、良い方法があるじゃないかぁ」
気色の悪い笑みを浮かべながら、肥太は机に取り付けられた放送機のマイクを手に取る。
「今すぐに執務室へ来い。
━━古鷹」
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第9話 演習 VS肥太艦隊 前編
演習当日
肥太中将に演習を挑まれた俺達は妖精達に演習用の模擬弾を開発してもらい、今指定された会場である『第五鎮守府』に到着した━━のだが・・・。
「おお・・・!!これが61cm砲かね!?も、もっとよく見せてくれ!」
俺と提督はここで幼い少年のように瞳をキラキラさせているご老体━━もとい、元帥に捕まっていた。
因みに今回は俺と提督の2人だけで来ており、木曾達には第八鎮守府の留守番を頼んである。
「ほぉほぉ、大和型よりも巨大な艦でありながら排水量は下回り、快速かつ準戦艦並みの装甲を持っていると?」
「は、はい、複合装甲による軽量化を成功させながら、防御面も申し分無く、これらの点や大口径砲を搭載している事から、私は巡洋艦ではなく巡洋戦艦と言われる事もよくありました」
埠頭で待機している俺の艤装を興奮した様子でペタペタと触る元帥に戸惑いながらも訊かれた事を説明する。
なぜ彼がここにいるのかというと、ウチの提督が提出した報告書を読み、深海棲艦の大艦隊を沈めた人物に直に会いに行こうと思って提督に連絡を入れたところ、偶然この演習日と重なっていたそうだ。
「いや~満足満足!それにしても、まさか男だとは思わなんだ!あっはっはっはっはっ!っと、演習開始まであと少しだな。武運を祈っているよ」
元帥はそう言って快活に笑いながら、後ろにいた護衛を引き連れて歩いて行った。
それを見届けたあと、俺も現在時刻を確認してから機器のチェックを行う。
「ザンクード、今回の演習艦隊はお前が倒したあの大艦隊を上回る数だぞ」
提督から相手の事前情報が記載された書類を手渡された。
「うっわぁ・・・俺嫌われ過ぎだろ。こんな数、早速リンチなんてレベルじゃねえぞ?」
「まったく大人げない奴だ」と呟きながら、俺は文面に『肥太艦隊:24隻』と書かれた書類を再度確認して溜め息を溢す。
「それともう一度言っておくが、今回お前の装備している兵装には制約が掛かっているからな?」
「大丈夫だ。分かっているさ」
なぜ使用兵装に制限が設けられているのか。
理由は肥太が指定した日時に間に合わせて模擬弾頭を量産する事ができなかったからである。
殺傷性を持たせたままの場合はまだ簡単に生産できるが、今回行うのは戦争ではなく演習なのだ。
つまり非殺傷性にする必要があったのだが、そこで大きく苦戦して時間を食った結果、他の作業も将棋倒しに遅れていき、今のザンクードは対空・対艦ミサイルを合計しても数十発程度しか持っておらず、CIWSも2基が実弾のままという状態である。
そしてEMLだが、こちらは元の威力が高過ぎて単純な徹甲弾では模擬弾でも殺傷性がある事が危ぶまれたのだ。
では、残る2種類の砲弾はどうだ?と言う話もあったが、構造が複雑でミサイルと平行して開発していたら指定された日までには間に合わないという結論に至り、こちらは使用しない方向で決まった。
今後の妖精達の努力に一層期待である。
あの中将が俺達の移動時間云々も考えずに無茶を言った中(受けた俺も俺だが・・・)、各種ミサイルや主砲、副砲などの模擬弾を製造してくれた妖精さん達はよくやってくれたよ。4発だけとは言え、ヘリオスまで気合いで作ってくれたんだからな。これは意地でも勝って美味い菓子を手土産に帰らないと呪われそうだ。
「実弾の入ったVLSとCIWS、EMLには安全装置を掛けているから、余程の事が無い限りこれらが火を噴く事は無いさ」
「悪いな、こんな中途半端な装備で・・・」
「これだけあれば十分だ。それに、無茶な日程を飲んだ俺に非があるからな。必ずあの野郎に吠え面をかかせてやる」
「そうか。そろそろ演習開始だ、派手に暴れてやれ!!」
「任せとけ!ザンクード、抜錨する!」
提督の激励にサムズアップを返して、俺は演習海域へと向かって行った。
「ギャリソン、もう一度確認する。演習の開始時刻は
「はい、違いありません。開始まで残り5分です」
「分かった。それと、ブッシュマスターは?」
「問題ありません。対潜兵装を搭載した1番機、コールサイン“リキッド”が機器のチェックを終えました。2番機、コールサイン“ランナー”は格納庫内にて待機中。指示があれば発艦できます」
ここからでは背部の艤装で見えないが、ヘリ甲板からターボシャフトエンジンの音が聞こえるので、準備は万端のようだ。
使用する兵装が全て稼動状態にある事を確認し終えると、提督の声がヘッドセット越しに聞こえてきた。
《ザンクード、演習開始まで残り10秒を切った。行けるか?》
「ああ、いつでも行ける」
《オーケーだ。・・・開始まであと5秒、頑張れよ》
そう言い残して、プツッと無線が切れた。
「よし、現在時刻13:00!総員、対空・対潜・対水上戦闘用意!」
「対空・対潜・対水上戦闘用意、アイサー!」
けたたましく艦内アラートが鳴ったあと、索敵レーダーが回転を始める。
「リキッド、速やかに発艦し、対潜哨戒を開始せよ」
《リキッド、ラジャー。発艦後、直ちに対潜哨戒に就きます》
ヘリ甲板から大柄なヘリコプターが羽音を起てながら発艦して行った。
「レーダーコンタクト。空母が索敵機を発艦させたか・・・。見つかる前に減らせるだけ減らすぞ!ハンマーヘッド、スティングレイ用意!」
指定されたミサイルのVLSが機械音を発しながら、ゆっくりとハッチを開放する。
「発射準備完了」
「・・・ハンマーヘッド、ランチ!次、スティングレイを後続射!」
凄まじい轟音と共に噴射煙を
▽
《失敗は許さん。奴が疲弊したところを狙って確実に成功させろ。その為に態々貴様らに入渠までさせてやったんだ。分かったな?》
「はい・・・」
肥太提督とのプライベート無線で念を押された私はそう返事をしてから無線を切った。
「古鷹さん、そんなに気張らないで。私達ならきっと勝てるわ。・・・勝ったら提督にお願いして、その首輪を外してもらいましょう?」
装甲空母の大鳳さんがそう言って微笑みながら私を励ましてくれる。でも、素直に笑う事はできなかった。
この演習で、私は相手艦を事故に見せ掛けて手にかけろと言われているのだから。文字通り、身を呈してでも。
そして、肥太提督と私を除いて誰1人としてこの事を知らない。
「・・・そう、ですね。勝ったらみんなで何か食べに行きましょう!」
成功したらみんなの待遇を改善してやると肥太提督は言っていたが、もし失敗すれば・・・そこからは考えたくもない。
絶対に成功させないと。ザンクードさん、ごめんなさい・・・!
そんな考えを大鳳さんや他のみんなに悟られないよう、空元気で微笑み返した次の瞬間だった。
ズドォォォン!!
「「「ッ!?」」」
突然、戦艦娘の1人が大きな爆発に呑まれ、被弾した証拠である真っ赤なインクに彩られた。
その被弾を期に、周りにいた艦娘達が次々と赤く染め上げられていく。
「そ、そんな・・・!?」
まるで、向こうからは全て見えているかのように無力化されていく中、辛くも生き残った空母は攻撃のあった方角へと艦載機を飛ばし、自身の攻撃が届かない者は相手を射程内に収めるべく速度を上げて前進して行く。
無論、古鷹自身も例に漏れず、ザンクードのいるであろう方角へと全力で向かって行った。
━━彼を葬る為だけに与えられた、大量の炸薬を内蔵し、
▽
「発射したハンマーヘッドとスティングレイは全弾命中し、相手艦の2/3に撃沈判定が下りました。が、残った空母から艦載機が発艦。それに加えて多数の艦娘もこちらに向かっています」
「さっきの先制攻撃で俺達の位置が特定されたか・・・?」
「はい、恐らく。それと、飛行中の航空機群の中に一際速い反応を確認。ジェット機かと思われます」
ギャリソンの言う通り、レーダーには他のレシプロ戦闘機とは比べ物にならない程高速で飛ぶ機影が映っていた。彼の世界で飛んでいたジェット戦闘機よりは遅いが、それでも脅威である事には変わりない。
「ヘリオスを発射する!抜けてきた奴は
「了解、マーカードローン射出。ヘリオス、ランチ!」
後部VLSから広範囲炸裂弾頭を搭載したヘリオスが射出され、その鼻先を航空機群へと向けて飛んで行った。
「ヘリオス到達まで残り10秒。8、7、6、5、4、3、2、炸裂、今!!」
大きく爆ぜたヘリオスから大量のインクが撒き散らされ、直撃を受けた航空機に撃墜判定が下る。
「クソッ、何機か運の良い奴が抜けてきた・・・!ガーゴイル発射、サルヴォー!」
そして、それらを上手く避けてきた敵機にはガーゴイルの洗礼が待っていた。
「敵性航空機70機中、47機を撃墜。残り23機!」
敵機の軍勢を退けたザンクードだが、今の彼は先程の攻撃でヘリオスの在庫が切れ、ガーゴイルも片手で事足りる程しか残っていない。
「残る航空目標は
索敵レーダーから得た情報を頼りに照準を定めていると、対潜哨戒に出したヘリコプターから潜水艦発見との連絡が入り、空かさず12連装対潜ロケットを発射する。
数秒か数十秒か、少ししてから遠くで水飛沫が上がり、潜水艦に撃沈判定が出た。
「よし、水中からの脅威は排除した。このまま一気に畳み掛けるぞ!」
「「「イエッサー!!」」」
士気が高い艤装妖精達から、一糸乱れぬ力強い声が返ってくる。
「敵戦艦が我々を主砲の射程内に収めました!発砲を確認!」
「とうとう来たか。戦艦と空母には残ったミサイルを撃ち込み、それ以外は砲で対処する!」
戦艦の主砲弾を持ち前の機動力で回避したザンクードは残り少ないミサイルを全て発射し、砲の射線に入った巡洋艦や駆逐艦には片っ端から砲撃を加えて仕留めていく。
「・・・ミサイル命中!敵空母及び戦艦を全て無力化!残り、正面の駆逐艦1と巡洋艦1のみ!」
長射程を誇る艦娘は全て倒したが、これで対艦攻撃用のミサイルは実弾を除いて残弾が底をついた。残る使用可能な兵装は戦闘艦の象徴である艦砲のみだ。
「いける!この調子なら確実に勝利です!」
「ギャリソン、まだ終わった訳じゃないぞ。全員仕留めるまで気を緩めるな。こっちも2発喰らって━━」
ヒュンッ、ベショッ
「・・・訂正だ。3発目を喰らった」
被弾箇所を一瞥したあと、ザンクードは自身に砲弾を命中させた駆逐艦に向けて、お返しだと言わんばかりに130mm両用砲を撃ち返して撃沈判定を叩き出す。
「残るはあの娘だけだな」
こちらに向けて突撃してくる最後の艦娘に左腕の35.5cm連装砲を発射した。
放たれた砲弾は吸い込まれるように飛んで行き、諸に受けた艦娘は赤いインクに
最後の1人に撃沈判定が下り、無線から流れる演習終了の合図を聞いた俺は、ふぅ、と息を吐いて緊張を解いた。
「正直、ミサイルがいつもの半分も積めないとなった時は焦ったが、なんとか勝てたな」
「そうですね。それでも演習でこれだけを相手に戦えるようにしてくれた工廠妖精達には感謝です」
ミサイルばかりに頼っていたツケが今になって回ってきたかなぁ。と反省しながら埠頭に帰ろうと思ったその時、レーダーがこちらに接近する影を見つけた。影の正体は、以前に第八鎮守府で肥太の後ろにいた艦娘であり、つい先程撃沈判定を出した艦娘だ。
「あの娘は、さっきの・・・って、あんな速度で来られたらこっちと衝突するぞ?!」
「おいおい、止まる気が無いのか・・・?!」
「おい、演習は終わった筈だよな?!魚雷発射管を構えてるぞ!」
ザンクードと艤装妖精達は目を見開け、口々に驚愕の声を上げる。
無理も無いだろう。演習は既に決着がついた筈なのに、目の前の彼女は魚雷を構えたまま全速力でこちらに突っ込んできていたのだから。
「ザンクードさん、演習終了の合図はこちらも確認しています。それと、付近を旋回中のリキッドより通信。こ、これは・・・!?」
ギャリソンが血相を変えて、バッ!と顔を上げる。
「大変です!!“正面、巡洋艦の持つ魚雷に演習弾の記号無し。実弾の可能性大いにあり。加えて、推進器らしき物の確認はできない”ッ!!」
推進器の無い実弾魚雷だと?これじゃあまるで自爆━━まさかっ!肥太の奴、あの娘に特攻させて俺を沈めるつもりなのかっ?!そのあとの言い訳なんて“乱心を起こした艦娘による暴走”とでも言い訳をすれば良い!あの野郎、どこまで腐ってやがる・・・!!
「ごめんなさい・・・」
そんな声が聞こえた直後、海面に大きな水柱が上がった。
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第10話 演習 VS肥太艦隊 後編
ウチには着任してませんが・・・ ●| ̄|_
「ぐっ・・・!!なんて事を・・・!?」
古鷹の4連装魚雷が全て爆発し、俺は艤装の一部が変形する程のダメージを受けてしまった。
「ザンクードさん!大丈夫ですか?!」
「ああ、何とかな・・・。それよりギャリソン、損傷状態は?」
「直撃を受けた
咄嗟に体を右に捻って防御したので、多少抑える事はできたものの、それでもかなりの被害を被っているようだ。
「手痛い一撃だな・・・そうだ!あの娘は━━いた!」
突撃してきた艦娘は、俺から少し離れた所で海面に倒れていた。幸い、まだ沈んではいないようだ。
「おい!おい、しっかりしろ!」
ぼやける視界の中、ザンクードの声によって意識が戻った古鷹は声がする方向へゆっくりと首を動かす。
「良かった、意識はあるな!まったく、無茶苦茶な事をするな・・・」
そこには、装甲の一部が見るも無惨にひしゃげ、艤装の右舷側から火花を散らしたザンクードが血相を変えて
恐らく、大破寄りの中破と言ったところだ。
「見たところ轟沈寸前だが、当たり所が良かったようだな。待ってろ、直ぐにダメコンを送る」
そう言って、ザンクードはダメコン妖精や手の空いた妖精達に古鷹の応急処置を命じ、妖精達は敬礼をして作業に取り掛かる。
「どう、して・・・?」
私はあなたを殺そうとしたのに。
そう言いたそうな顔をして、古鷹はか細い声でそう訊いてきた。
「・・・・・・大方、奴に命令されてやったんだろ?言う通りにしないと君の仲間がどうなるか解ってるな?とか言われて」
図星だ。ザンクードが言う『奴』とは肥太提督の事だろうと理解した古鷹はゆっくりと弱々しく頷く。
あのクソ野郎、どうしてやろうか・・・!!ん?待てよ?・・・そうだ!この手があった!
「ザンクードさん、少しお話が・・・」
名案が頭に浮かぶと同時に、ダメコン妖精の1人が俺の肩に登って話し掛けてきた。
「どうした?」
「現在、古鷹さんの処置は順調に進行中です」
処置の具合を報告し終えると、ダメコン妖精は一区切りつけてから険しい顔をして「それと」と続ける。
「彼女の首輪から爆薬と信号受信機が発見されました」
「爆薬と受信機だって・・・?」
「はい、あれはリモート式の首輪型爆弾です。爆薬は起爆装置からの信号が無いと反応しませんが、首を吹き飛ばすには充分な威力の量でした。まったくふざけた話ですよっ・・・!」
「外せるのか?」
「勿論です。あんな首輪、お子さまランチに付いてくるショボい玩具みたいなもんですよ。ただ、解除中に信号を送られるとまずいですね」
「分かった、信号の妨害は俺がやる。直ぐ解除に当たってくれ」
「イエッサー」
ダメコン妖精が敬礼して去って行ったあと、俺は無線機と電子妨害装置を起動させ、旋回中のヘリコプターを全速で元帥達の元へ向かわせた。
「古鷹、今から肥太がしてきた事を全て白日の下に晒したい。そうなれば奴への刑罰は確実だ。だから奴の事を詳しく話してくれないか?勿論、その首輪は爆破されないようにこっちで妨害しているからそこは安心してくれ」
「助けて、くれるんですか・・・?」
「ああ、必ず」
古鷹の肩に手を置いて力強く頷くと、彼女は「分かりました」と言ってゆっくりと頷き返してきた。
丁度ヘリが着いたようだな。さあクソ野郎、今から公開処刑の時間だ。
「ありがとう。・・・まず、その首輪は爆弾で間違い無いんだな?」
「・・・はい、この首輪は私や他の艦娘が逆らわないようにする為の保険だと言われました。着けられているのは私だけです」
「そうか・・・それじゃあ━━」
1つずつ、肥太が巧みに隠し続けていた第五鎮守府の実態を聞き取っていく。
どれもこれも聞いてるだけで、はらわたが煮え繰り返りそうな内容ばかりだった。
上層部が査察に来た時や召集をかけられた時だけは、至って普通な風を装ったり、艦娘達を脅したりして隠していたらしい。
「━━以上、でずっ・・・」
「そうか、辛かったな・・・。話してくれてありがとう」
嗚咽を漏らしながら全てを話してくれた古鷹の頭をそっと撫でる。
「ごめんっ、なざい・・・。わだじは、あなだを・・・!」
「今はこうしてお互いに浮いているし、君と同じ立場なら俺だって何をしたか分からないよ」
「爆弾の解除・・・成功しました!」
ダメコン妖精の弾む声と共に、カチャッと音を立てて古鷹の首から首輪が外れる。
「今までよく頑張って耐えたな。もう大丈夫だ」
「う、ううっ・・・、うあああぁぁ!!」
長い間、自身の首を締め付けていた首輪が外れた事とザンクードの言葉を引き金に、古鷹はとうとう堪えきれず声を上げて泣き出してしまった。
▽
「クソッ!クソックソックソォォォ!!!」
司令室の中で、肥太は叫びながら手当たり次第の物にあたって暴れ回っていた。
「何でまだ浮いてるんだっ!?何でくたばってないんだッ!!?」
海面に大きな水柱を確認した彼は確実に勝利を確信していた。あとは適当に“何の前触れも無く気が触れた艦娘が起こした悲劇”とでも涙混じりに言うつもりだった。
それなのにザンクードの暗殺は失敗し、突如飛来したヘリコプターが空中でホバリングを始めたかと思ったら、スピーカーから今まで巧く隠し通してきた様々な秘密を暴露し始めたのだ。
これ以上、余計な事を言われる前に古鷹の首輪を爆破しようと起爆スイッチを押したのだが反応せず、結局全てを話されてしまった。
「こ、殺してやる・・・!!おい!今すぐ地対艦ミサイルを展開しろ!!」
自棄を起こした肥太は目を血走らせながら、自身が飼い慣らした私兵にそう命じる。
それなりの規模を持つこの第五鎮守府は一応の戦力として、移動式の地対艦ミサイルを保有している。万全状態で、艤装を装備した深海棲艦相手には効き目が薄いが、体力を削りに削った状態なら話は別だ。そして、それは艦娘も然り。
「地対艦ミサイルの燃料充填が完了しました」
「死ね、鉄屑共ッ!発射ぁ!!」
肥太の憎悪の籠った声と共に、埠頭に展開されたミサイルトラックから、2人を沈めんとする悪意が放たれた。
▽
「ッ!!方位2-1-0より接近する飛翔体を確認。数8つ!レーダーの一部が破損した影響で発見がかなり遅れました!」
しばらく古鷹を慰めていると、艤装妖精がレーダーに移る8つの光点を発見した。
「ザンクードさん、この方角は・・・」
「ああ、第五鎮守府からで間違い無い」
レーダーがイカれているとは言え、こんなに距離を詰められるまで気付けなかったという事は、相手は超低空による飛行。そして、態々そんな接近方法を取る飛翔体の正体は・・・
「対艦ミサイル・・・!」
古鷹が顔を青くして固まり、その絶望に染まった顔を見た俺は肥太に対して更に怒りが込み上がってくるのを感じる。
そうかそうか。肥太、お前はどうやっても俺達を沈めたいようだな。
・・・よし、いいだろう。
「そっちがその気ならこちらも
沸点の限界を迎えた俺は第五鎮守府の方角をギロリと睨み付けたあと、無線の周波数を提督の無線機に合わせた。
「提督、聞こえるか?俺だ」
《ザンクード!大丈夫なのか?!》
俺の呼び掛けに、提督は即座に反応を返してきた。
「ああ、ちゃんと浮いてるよ。それより、鎮守府の本棟には絶対に近付かず、誰も近付かせないでくれ。良いな?」
《は?お、おい、ザンク━━》
提督がまだ何か言おうとしていたが、「悪い」と言ってこちらから一方的に無線機を切る。
「ミサイルの進路が判明しました!重巡古鷹へ4発!本艦へ4発!」
ガーゴイルは・・・ダメだ、既にこちらの
バゼラードでは相手の高度が低すぎて誘導装置が役に立たないし、SAMも先程ギャリソンが言ったように機能が停止している。おまけに電子妨害も意味を成していないと来たか・・・。
あのミサイルは慣性誘導方式で、命中の数秒前でレーダー誘導に切り替えて突入するタイプだ。とすると━━
「・・・私はもう航行できません。ザンクードさんは早く逃げて下さい!」
「ノーだ。君を置いて逃げる気は無い」
仮に古鷹を置いて逃げる事にしたとしても、さっきの攻撃で右の推進器がやられてまともに動くのは難しい。
そんな選択肢は端から考えていないが、どちらにせよこの状況下において、時速860kmで突っ込んで来るミサイルを回避する手段は無いのだ。
・・・そう、
「で、でも、このままじゃあなたも━━」
「着弾まで、あと15秒!」
カウントダウンを開始する艤装妖精の声を横に、俺はある兵装を起動させる。それは順調に起動し、システムにも障害は見られない。
「5秒!」
チャンスは一瞬。あとはミサイルがこちらの射程に入るのを待つだけだ。
「3秒・・・!」
キラリと太陽光を反射させながら、8基のミサイルが水面上を恐ろしい速度で飛んで来る。
「着弾しますッ!」
古鷹が涙を流しながら、静かに両目を閉じた。
次の瞬間。
「CIWS、全弾叩き落とせ!!」
そんなザンクードの声のあと、ヴォオオオオ!!という凄まじい速度の発砲音と、耳鳴りが生じる程の爆発音が轟いた。
体の芯に響くような轟音は立て続けに鳴り響き、古鷹の鼓膜を震わせる。
そして、8回目の爆音を彼女の耳が捉えたその直後、焦げ臭い熱風が頬を撫でた。
「・・・?」
いつまで経ってもミサイルが自分に当たらず、辺りが静まり返った事を不思議に思った古鷹は恐る恐る瞼を開く。
開かれた両目の先には、自分の物より何倍も巨大な艤装を背負った巡洋艦が佇んでおり、その艤装に多数搭載されている機銃の内の2基が、砲口から薄く硝煙を上げながら静止していた。
「大丈夫か?ミサイルの破片とかで怪我はしてないか?」
「・・・え?は、はい」
「それなら良かった。悪いが、もう1回だけ大きな音が鳴るから気を付けてくれ」
ザンクードの声で我に返った古鷹だが、その直後に彼女は更なる光景を目の当たりにする。
「実弾ハンマーヘッド24番、25番ランチ!」
突如、ザンクードの艤装の甲板が火山の如く煙を吐き出したあと、2基の大型ミサイルが第五鎮守府へ向けて飛翔して行った。
▽
「発射したミサイルはどうなった?」
「確認中ですが、流石に奴らも海の藻屑・・・でしょ・・・う・・・ぁッ!?」
コンピューターの画面と睨めっこしながら答える私兵がこちらに顔を向けた瞬間、表情が一気に凍り付いた。肥太は何事かと思ってその私兵が見つめる先に首を動かす。
「な、なぁ・・・!?」
司令室の大きな窓から見えるのは鎮守府正面の海と蒼い空。
しかし、その空には2つのオレンジ色をした光が太く白い筋を描きながら超音速で接近してくるのが見えた。
・・・いや、見えてしまった。
ヴヴー!ヴヴー!という警報が鳴り響くと同時に室内は大混乱に陥り、我先にと押し寄せる人集りが出口を詰まらせる。
「クソッ、退け!うわっ!?」
肥太は私兵達を押し退けて出口を目指そうとするが、逆に押し飛ばされて尻餅をついてしまった。
その時、飛翔体の接近警報が更に激しく鳴り響き、ミサイルが直ぐそこまで迫っている事をその場の全員に報せる。
「き、貴様らぁ・・・!━━ハッ!?」
背筋が凍るようなナニカを感じた肥太は本能的に窓の外へと視線を移し、両目を目一杯に開いた。
「や・・・、や・・・!ヤメロォォォォォォォ!!!」
そんな悲鳴を上げる肥太を嘲笑うかのように、本来大型艦艇に向けて放たれる筈のミサイルはピンポイントで窓を突き破って侵入し、室内で炸裂。肥太やその私兵達を見る影も無く粉々に吹き飛ばし、司令室を瓦礫の山に変えた。
室内の電灯を鈍く反射する白い円錐と、ほんの一瞬だけ目に映った『HAMMER HEAD』という英文字。
それが、肥太が最後に見た光景だった。
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第11話 演習のあと。そして、期待を裏切らない○○○
波乱の演習から2週間後。
報復措置とは言え、海軍中将をミサイルで攻撃した俺は間違いなくお縄につくか即解体されると覚悟していたが、埠頭に帰った俺や古鷹達に待っていたのは元帥からの謝罪だった。やはり肥太は猫を被って周りを欺いていたようだ。
しかし、黒い噂もちらほらとは存在しており、近々抜き打ちで査察しようという提案もあったらしい。
もっとも、件の鎮守府は半壊し、そこを預かっていた司令官は汚職兵士諸共俺に吹き飛ばされたのだが・・・。
で、本題━━いや、結論から言うと、俺達第八鎮守府のメンバーは全員この第五鎮守府に異動する事になった。
何でやッ!と思う方もいるだろうが、理由は簡単。
“第五鎮守府を預かっていた司令官が死去した”
から。
まあ、生き死にに関わらず、古鷹達の証言も合わせて奴のこれまでの行いが明るみに出たので、どのみち司令官の任を降ろされて後任が来る予定だったが、元帥が直々にウチの提督をこの第五鎮守府の司令官に任命したのだ。
因みに第八鎮守府はあっても無くても支障の無い場所だったらしく、第五鎮守府でもカバー出来る範囲だとの事で、後日解体されるらしい。
戦果を上げさせない為か、嫌がらせがしやすいからか、それとも見張りやすいからか。どちらにしろ肥太がどれ程の奴か、たかが知れる。
この異動の話を留守番をしていたみんなに伝えると大層驚いていたが、全員の了解を得てここに引っ越したという訳だ。
はっきり言ってこっちの方が設備は良いし、おまけに間宮と明石と呼ばれる艦娘も着任させてくれるらしい。
そして何より良いのは、ここの艦娘逹が友好的になってくれた事だ。
着任当初、提督の挨拶の際は通夜か葬式のような雰囲気で、すすり泣く声や無言で彼を睨んでいる者もいた。
だが、俺達第八メンバーは勿論、提督本人の人となりに少しずつ触れたみんなの心は徐々に解けて行き、今では「バーニングラァァァヴ!」と言いながら強烈なタックルと抱擁をかましている艦娘もいる程までに成った。
その際、彼の初期艦である電が「ナノデス」と言いながらニッコニコしてたのが脳裏に焼き付いているが・・・。
そう言えば木曾と古鷹が自己紹介のあとにガシッと固く握手をしていたので、艦娘同士の仲も悪くは無さそうだ。何かお互いに通じ合うものでもあったのだろうか?
まあ、鎮守府自体も少しずつではあるが復興が進んでおり、ここに異動になった事に関して
「ったく、肥太の野郎は書類仕事すらまともにできない奴だったのか?」
肥太が残して逝った書類を始末しなければならないという事を除けば。
何で肥太の分の書類を提督では無いお前がやっている?と疑問に思うだろう。
実は現在提督は本部に召喚されて2日程不在であり、その間は代わりに俺が提督(仮)をしているという訳だ。
提督や俺逹が手を着けてるのに2週間経っても消えない書類とか、いったいどれだけ溜め込んでんだよ・・・。
「クソッ、ハンマーヘッドじゃなくてヘリオスを一斉射してやれば良かった・・・」
「んな事したら、この鎮守府がデッカイ広場になっちまうだろ。ただでさえここの牢屋みたいな寮を改装しながら、お前が破壊した箇所も修繕中だってのに」
そうツッコミを入れてくるのは、俺の横で執務の手伝いをしてくれている木曾だ。こういう時、人手があるのは本当に助かる。慣れない仕事をこなす時は尚更だ。
「冗談だよ。でも、この悪趣味な執務室諸共潰したら、そこに積まれてるクソ忌々しい紙の束も一緒に消えて一石二鳥だったかもな。っと、もうこんな時間か。木曾、悪いがちょっと開発してくる。デイリー任務・・・?だそうだ」
「分かった、書類は進めとく。ああそうだ、本日付けで間宮と明石が着任するからさっさと帰って来いよ?」
「成功失敗を問わず、1回やれば良いそうだから直ぐに終わるだろ。じゃ、頼んだ」
そう言って無駄に豪華な執務室を後にした俺は廊下を歩いて工廠へと向かった。
早めにあの執務室を何とかしないとな。目がチカチカするし、ここの艦娘達もあの部屋に良い思い入れは無いだろうし。・・・いっそ、提督に許可を貰って
と、非常に物騒な事を考えながら。
「「「・・・・・」」」
工廠では作業中の妖精達が奇怪なものを見るような目で、ある一転を凝視していた。
「なあ、俺達は絶対親友になれる気がするんだ。お前もそう思うだろ?」
「・・・・・」
その視線の先には、艦娘や妖精ならば誰しも見た事があるであろう何の変哲も無い開発機と、それに話し掛けるザンクードの姿があった。
「俺には分かる!きっと、開発機はみんながみんな、悪気があって資材を粗大ゴミに変えるような奴じゃないってな」
「・・・・・」
ザンクードは開発機と向き合って話し続けるが、当然、開発機は何も語らない。
「・・・ギャリソンさん、あの人がザンクードさんですよね?」
「ああ、本人だ。それがどうかしたのか?」
「いや、何で開発機に話し掛けてるのかなぁ?と思いまして」
「・・・色々あったんだよ、色々と。だろ?ディーレイ」
遠い目をするギャリソンが、偶然隣にいた攻撃ヘリコプターのパイロット。コールサイン、リキッドこと、ディーレイに話を振る。
「・・・ああ、第八鎮守府で少しな。あれはあまりに痛々しくて見てられなかったよ。なあ?ジャック」
「ボスの言う通りです。うっうっ、ザンクードさん、可哀想に・・・」
「開発は運にも左右されますからね・・・」
開発機と会話を(一方的に)し続けるザンクードを見て、工廠妖精や彼の艤装妖精逹はコソコソと会話する。
「開発機、俺はお前を信じているからな!」
そう言って、彼は資材を投入してボタンを押す。すると、開発機はガチャガチャと音を立てて動きだし、チーンというチャイムと共に扉が自動で開いた。
別に特別な訳でも無いが、ザンクードにはこのチャイム音が、まるで開発機自身が「任せなっ!」とでも言っているかのように感じた。
「さてさて、いったいどんな物が出てくるかなぁ♪」
ワクワクした表情で煙が晴れるのを待つ。その鉄製の扉の中には━━
クレバーフィッシュ「僕と契約して原子力重雷装巡洋艦になってよ!」
「」
「「「Oh・・・」」」
▽
「~~♪」
古鷹は鎮守府の廊下を歩いていた。行き先はザンクードがいるであろう執務室だ。
目的の部屋の前に到着した彼女は、コンコンと執務室のドアをノックする。
「開いてるぞ」
中から女性の声が聞こえ、ザンクードさんの他に誰かいるのかな?と思いながら、古鷹は「失礼します」と言ってドアを開ける。
その部屋の中には木曾が椅子に座って書類と対面していたが、ザンクードの姿はどこにも無かった。
「おはようございます、木曾さん。・・・ザンクードさんは・・・?」
「うん?古鷹か、おはよう。あいつなら今は工廠だ」
「工廠、ですか?」
「ああ、今はあいつが代理で提督をやってるからな。今しがたデイリー任務の消化で開発をしに行ったんだよ」
「成程、デイリー任務でしたか」
納得したように、ポンッと手で相槌を打つ古鷹を見て、木曾は「ただなぁ・・・」と続ける。
「どうかしたんですか?」
「いや、オレも村雨から聞いただけで実際に見たわけじゃないんだが、あいつ開発運が━━」
「ウ゛ェ゛ ア゛ア゛!!憎゛ラ゛シ゛ヤ゛ァ゛ァ゛!!」
木曾の声を遮るように謎の奇声が聞こえたあと、執務机に置かれた内線が騒がしく鳴り響いた。
「工廠からだ。どうも嫌な予感がする・・・。どうした?」
《どうもこうもありませんよ!ザンクードさんが━━》
《畜生!何でこいつばっか出るんだよッ!!》
工廠からの内線を開くと、妖精が悲鳴混じりの声で何かを言っていたが、ザンクードの声のせいでよく聞こえない。だが、木曾にはある程度の察しがついてしまった。
《は、早く止めに来て下さい!このまま暴れでもしたら━━》
《提督はそこそこ性能の良いレーダーを開発できたらしいのに!
因みに余談だが、そのレーダーは木曾の艤装に搭載してある。初
《いったい、俺が
プツン━━
木曾はそっと受話器を元に戻し、古鷹の方に顔を向けた。
「・・・取り敢えず、工廠行くか」
「あはは・・・ですね」
2人は苦笑いを浮かべながら、執務室をあとにする。
この5分後、ザンクードは無事2人によって鎮められ、工廠と憎き開発機は事無きを得た。
開発機「わけが分からないよ」
ザンクード「俺もだよッ!!」
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第12話 明石、間宮着任
なお、ザンクード氏は『まったく身に覚えが無い』、『記憶があやふや』と、これらを否認しています」
ザンクード「・・・おい、今のニュースキャスター連れて来い。あの野郎にエルメリアン魂を叩き込んでやる・・・!!」
工廠での一件のあと、執務室に戻って書類の処理作業を再開しようとすると、古鷹が自分も手伝うと言ってくれた。
当然、その厚意を無下にする訳でもなく、俺、木曾、古鷹の3人で書類を消化し始めたのだが、作業が進む進む。
慣れた手つきで瞬く間に積まれた紙が片付いていった。
それでも、まだまだたくさん残ってはいるが・・・。
頭すら隠れてしまう程積まれた書類を見て、「ハァ」と誰にも聞こえないように溜め息をついたその時、執務室のドアが小気味の良い音を立てて叩かれた。
「どうぞー」
張りの無い声で入室を許可するとドアが静かに開き、2人の女性が入ってきた。
1人は割烹着を着ており、もう1人はピンク色の髪が特徴的な女性だ。見た事が無い顔なので、恐らく木曾が言っていた今日着任する艦娘だろう。
「本日付けで着任した給糧艦の間宮です。腕によりをかけてお料理を作らせて頂きますね。よろしくお願いします」
「同じく本日付けで着任した、工作艦の明石です。艤装のメンテナンスなどがあれば、お任せください!」
「ああ、2人ともよろしく。俺はザンクードだ。今ここの提督は不在なんで、少しの間だけ代理を務めている」
「木曾だ。これからよろしくな」
「重巡古鷹です。よろしくお願いします」
そう自己紹介を終えると、途端に明石がこれでもかという程に目を輝かせ始めた。
「あなたがあのザンクードさんですかっ?!」
「お、おう、他に同名の艦はいないと聞いているから、多分君の言うザンクードは俺で間違い無いと思うぞ?」
彼女の凄まじいまでの食い付きに顔を引きつらせながら後退りした俺は━━
「艤装を分解して隅々まで調べさせて下さいっ!!」
「ダメだ」
いきなりとんでも無い事を訊かれた。
「少し!少しだけですから!」
「ダメだ。て言うか何が少しだ。スパナとドライバーを両手に持って言われても説得力皆無だぞ」
「・・・ダメ・・・ですか?」
ダメの一点張りの俺を見た明石はそれならばと、今度は上目遣いをして攻めてきた。
「くっ・・・!そ、そんな上目遣いをしてもダメだ!」
「そんな殺生な!?工作艦として、見た事の無い新たな艦艇の艤装を指を咥えて放置できるわけ無いじゃないですか!」
あぁ・・・第八鎮守府から連れてきた妖精さん達と気が合いそうな娘だな・・・。
「そもそも、分解するなんて言われて許可を出せるわけ無いだろ」
「分解と言っても、完全にバラさない限り艤装は大丈夫ですよ」
「むう・・・」
ギャリソン達に見張ってもらえば大丈夫だろうが、しかしなぁ・・・。
「少し!少しだけですから!」
「『はい』を選ぶまで同じ事を延々と繰り返すロープレのNPCかよ・・・」
またさっきの話に戻る明石にツッコミながら、俺は眉間に手を宛ててかぶりを振る。
このあと3回程ループした結果、分解はしない代わりに、ギャリソン達の監視付きで少しだけなら調べても良いという事で決着がついた。
「ぃやったー!」と叫んでガッツポーズをする明石を見て、これまた個性的な艦娘が着任したなぁっと思っていると、執務室のドアが勢い良く開け放たれて2人の少女が入ってきた。
「ザンクードさん、何か手伝える事は無いかしら!」
「お手伝いに来たわよ!」
この第五鎮守府の駆逐艦娘であり、新しくきた俺達にいち早くなついてくれた雷と暁だ。
因みにこの2人、響と電の姉妹艦だったりする。
「おお~2人とも、手伝いに来てくれたのか?それなら今日着任した2人の案内を頼めるか?」
「お安いご用よ、雷に任せといて!」
「ふふん、一人前のレディーである暁の出番ね!」
2人とも胸を張って、フンス!と効果音が鳴りそうな顔をしながら快く了承してくれた。
「そうか、ありがとな~」
そう言って、2人の頭を撫でる。
「えへへ、もっと私に頼って良いのよ?」
「もう、頭をナデナデしないでよ!・・・えへへ」
はっはっはっ、可愛い奴らめ。
そんな事を思いながら2人の頭を撫でるザンクードの後ろでは、「あいつ、駆逐艦にえらく人気があるな」と木曾が呟き、古鷹は自身の頭に手を置いて頬をほんのりと赤く染めていた。
「それじゃあ頼んだぞ」
一頻り撫でたあと、雷と暁は満足そうな顔をしながら明石と間宮を連れて執務室を出て行き、それを見送った俺達は再び書類作業に戻った。
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第13話 日本国国防海軍 正式加入
明石と間宮の着任から2日後。
「ふぅ~、やっと帰って来れた。ザンクード、2日間の提督代行お疲れさん」
「ああ・・・当分の間はデスクワークなんてごめん被りたいよ。木曾と古鷹がいなかったら書類の海で沈むところだった・・・」
うげぇ、っと顔をしかめながら、まだ机に積まれている書類に目線を移す。別に書類作業がまったくできないと言う訳では無いのだが、期日が近かった為に文字通り機械のようにひたすら処理をするハメになったのだ。
「ははは・・・悪かったな、書類仕事を頼んじまって。そんなザンクードにプレゼントだ」
「プレゼント?」
「ああ、元帥直々にお前の入籍証を手渡された」
「ほら、これだ」と言いながら、提督は制服の裏ポケットから丁寧に畳まれた上質な紙を広げて見せてくる。
そこには、俺を正式に迎え入れてくれる事と激励の言葉が綴られており、最後に赤い判子が押されていた。
「演習をしたあとに正式加入とは順番がおかしいような気もするが、これで俺も晴れて国防海軍か」
「おう、正規として入籍したから、これからは出撃も可能になるし、給金も出るぞ」
「そいつは楽しみだ。ヘリオスやEMLを雨霰のようにぶっ放してやる」
「待て待て、そんな事したら資材が溶けるどころか蒸発しちまう。有事の際以外の乱用は止してくれよ?」
ふふふ・・・と不敵な笑みを浮かべる俺に、提督は顔を引きつらせながら制止の声を掛ける。
以前に行った射撃試験での資材消費量が彼には軽いトラウマとなっているようだ。
「冗談だよ冗談。本当に必要な時に撃てなかったら洒落にならないからな」
「お前が言うと本気にしか聞こえないぜ・・・。っと、明石と間宮は無事着任したか?」
「ああ、間宮は食堂に就いてくれてはいるんだが、如何せん他の場所も改装中なんで食堂はまだまだボロッちい状態だ」
「そうだよなぁ・・・手を着けないといけない場所が多すぎる。食堂は急いだ方が良いな」
「艦娘達が集まる場所だからな。で、明石の方なんだが、あいつは工廠で鼻息を荒くしながら俺の艤装にベッタリだ」
「流石工作艦。三度の飯より機械いじり、ってか?」
「ああ、工廠に2日間籠りっきりでな」
「えぇ・・・」
▽
「これが深海棲艦の集団を瞬時に撃沈したミサイルとレールガンね・・・。レールガンに関してはほとんどコンデンサと冷却装置で埋め尽くされているようね」
「ええ、この砲であの戦艦棲姫を2発で仕留めたらしいです。射撃試験の時に見ましたが、こんなものを喰らえば一溜まりも無いでしょうね」
「成程。確かにそれだけの威力の砲弾を飛ばすには膨大な電力を蓄積する必要がありそうね。スペックは見たけど、ここまで過剰な兵装を持った艦は初めて見たわ。まさにバケモノ(誉め言葉)ねぇ。気が付いたら2徹よ。う、ウヘヘヘヘ・・・」
「我々もここまでじっくり見るのは初めてですよ。グフフヘヘ・・・」
工廠の艤装置き場では明石と妖精達が目を爛々とさせながらザンクードの艤装を囲んでおり、その光景を彼の艤装妖精であり、見張りを受け持っている2人の妖精が引いた目付きで見ていた。
「なあ、あれ放っておいて大丈夫なのか?」
「変な事はしないだろ。それに、一応俺達が交代で見張ってるんだし」
「そうじゃなくて、明石さんと第八から馴染みのある妖精達の目が完全にイッてるように見えるんだが?」
「・・・大丈夫だろ。多分、恐らく、メイビー」
「そこら中に転がってる大量のコーヒー缶を見てもそう言えるのか?ありゃあ、眠気を通り越して完全にハイになってる目だぜ」
そう言われ、ふと視線を下に移すと、高く積まれたり無造作に転がされたままの空き缶が放置されており、更には眠気に負けた妖精達が雑魚寝していた。
あまり見ないようにしていたのだが、ついつい目に入ってしまった彼は思わず顔をしかめる。
「ちゃんと飯食って風呂も入ってるけど一睡もしてないもんな。このままじゃ身体を壊しちまう。いっそ、雷さんを呼んで全員寝かし付けてもらうか?」
「そいつは名案だが、あまり頼り過ぎるのも彼女に悪いし━━」
「「「フヒ~ヒヒヒヒ・・・」」」
「━━やっぱり頼らせてもらおう。呼んできてくれるか?」
「あいよ。偵察用のバイクが2台だけあったよな?1台借りてくぞ」
ハァ、と溜め息をつきながら下へ降りて行き、格納庫からバイクを押し出した妖精は、雷を呼びに工廠を出て行った。
▽
「━━って事があってな。結局俺が押し負けて今に至るという訳だ」
「マジか。同じ艦娘でもそれぞれ違いがあるらしいが、ウチには随分と凄いのが来たみたいだな」
「ああ。何せ、会って数分もしない俺に向かって、“艤装を分解して隅々まで調べさせて下さいっ!!”だからな」
ザンクードと提督は2日前の執務室での出来事を話しながら、食堂へ続く廊下を歩いていた。
今は丁度昼時なので、食堂はさぞ賑わっている事だろう。
そうだ、艤装妖精達に食堂の改装工事を手伝ってもらうように掛け合ってみるか。あいつらも間宮の料理を気に入ってたから快諾してくれるだろ。
唐突にそんな事を思った時だった。
「「「キャアアアァァァ!!」」」
突然、食堂の方から悲鳴が上がった。
「な、何だ何だっ!?」
「声は食堂からしたぞ!急ごう!」
俺達は一目散に食堂へと向かい、両開きのドアを力一杯に開ける。
ドアの先に広がる広い室内には、間宮を含む複数人の艦娘の震える姿が。そして、彼女達の視線の先には━━
「マジかよ・・・」
「早めに手を打つべきだったかっ・・・!」
━━その視線の先には、昆虫網 節足動物門、最凶最悪の生命体『
「いやぁぁぁ!!来ないで!来ないでぇぇぇ!!」
「ちょっ、マジキモいんだけど!!」
「」
「た、多摩!こいつらを追い払うクマ!」
「多摩は猫じゃないニャッ!」
阿鼻叫喚。この言葉が似合う程、食堂は騒然となっていた。
「あ、ザンクードさん!悲鳴が聞こえましたが、どうしたんですか?!」
声のした方を見ると、バイクに跨がった妖精が慌てた様子でこちらを見上げていた。
「ん?ああ、実は食堂内にゴキブリが出たみたいでな」
「やっぱり食堂の方にも早いこと手を回さないとなぁ・・・」
「「「見てないで助けてぇぇぇ!!」」」
他人事のように話す俺と提督に気付いた艦娘達の何人かが涙目になりながら訴え掛けてくる。
「ザンクード、話はあとだ。殺虫剤とビニール袋はそこにあるから、さっさと片付けちまおう」
「そうだな。と言う訳で、説明はまたあとでな」
そう言って殺虫剤とビニール袋を手に取った俺達はゴキブリ達の前に立ち、直ぐ様殲滅を開始した。
「くそっ、逃がしたか!ザンクード、そっち行ったぞ!」
「目標捕捉、距離良し!ファイアァっ!」
「あいつ、どこに隠れやがった!?」
「いたぞぉぉ!いたぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「まったく、チョコチョコ動きやがって。海賊のボートみたいな奴らだな!」
「うわっ!?畜生、テーブルからジャンプしやがった」
あれから十数分間ゴキブリと格闘し続け、床を這い回っていた連中は1匹残らず駆除が完了した。
「よし、こっちは片付いた。ザンクード、そっちはどうだ?」
「周囲に残敵無し。こっちも今しがた狩り終わった」
彼らが入った袋をキツく結んでゴミ箱に捨て、這った所を消毒し、そのあとに手を念入りに洗う。これでようやくゴキブリ退治は終了だ。
「さて、お仕事も終わったし、改めて飯を━━」
「テートクー!怖かったデース!」
「ぐほぁっ!?」
手をパンパンと払う仕草をした提督目掛けて、1人の艦娘が強烈なタックルと抱擁をかました。
「ちょっ!止めろ金剛!お前のカチューシャの突起がゴリゴリと━━いだだだだ!?」
金剛。彼女は第五鎮守府に所属する、戦艦娘の1人だ。大型の戦艦でありながら速力にも優れ、高速戦艦と言われるらしい。因みに金剛には比叡、榛名、霧島と3人の妹がいる。
つまるところ、彼女はネームシップなのだ。
「やっぱりテートクは最高ネ!」
「はわわわ!金剛さん、司令官さんが困ってるのです!」
「バーニングラァァァヴ!!」
「痛い痛い!マジで頭に穴が開くって!」
「 金 剛 さ ん ? 」
「」
見てない!俺は何も見てないぞ!
提督に態と胸を押し付けるようにして抱き付く金剛を、電が黒い笑みを浮かべながら威嚇する光景なんて!
駆逐艦の表情を見て情け無く震える、重原子力ミサイル巡洋艦であった。
「・・・あっ、雷さんを呼んでくるの忘れてた」
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第14話 リトル・ウォーズ 前編
WARNING!!
今話『リトルウォーズ』は食事中等にご覧になる事をオススメしません!
草木も眠る丑三つ時。
1つの小さな戦いが幕を上げようとしていた。
工廠 ザンクード艤装内 居住区
「んぁ?ふぁ~ぁぁ。変な時間に目が覚めたな・・・」
そう言って自分のベッドから降りた妖精━━レッカーは、「眠れそうで眠れない・・・」と呟いたあと、何の気無しに艤装外へと続く鋼鉄製の扉を開いて外へと出る。
それと同時に、彼の体のサイズがスゥーっと大きくなっていった。
「毎度思うが、こいつはいったいどういう原理なんだ?」
レッカーは自身の体高が高くなるのを感じ取りながら、そう呟く。
艤装内に収めるには些か大き過ぎる妖精達の身体は、艤装の内外で大きさが米粒よりも小さなサイズから親指サイズにまで、まるで魔法のように変わるのだ。
「まるで、どっかの青い猫型ロボットが持ってる、
いや、待てよ?そう言や、ザンクードさんって全身青色(を基調とした迷彩服)だし、艤装は原子炉を搭載してる・・・。ハッ!?まさか、ザンクードさんは未来から来た猫型ロボットなのか?!
・・・想像したら中々にショッキングな絵面だけど。
とまあ、半分寝惚けた彼の残念な妄想は放って置くとして、これがどういったメカニズムかはまったく解らないが、皆そういうものとして、
「にしても、ここの工廠は本当に広いな。第八の倍以上はあるぞ」
艤装の甲板上に立ちながら、感嘆の声を漏らす。
視線を横にスライドすると、ザンクードの他にも、ここに在籍する艦娘達の艤装が保管されているのが目に入る。
ガサガサガサ・・・
「っ!?」
突如、天窓から月明かりが射す薄暗い工廠内で、レッカーの耳が妙な音を捉えた。
まるで、何かが高速で這い回るような不気味な音だ。
「おい、誰かいるのか?」
大き過ぎず小さ過ぎない声で呼び掛けるが、誰からの応答も返って来ない。
「ったく。おい、タチわりぃぞー。冗談も程々にしてくれ」
今度はカツカツカツッと鉄板の上を歩いているような音が近くで聞こえたので、仲間の誰かが直ぐ近くの物陰にでも隠れながら、ビクついている俺を嗤っているんだろう。と思って苛立たしげに音の発生源へと歩いて行く。
「おい━━」
あとに続く筈だった「いい加減にしろ」と言う一言が喉の途中で詰まった。
なぜなら━━
「ウソ、だろ・・・」
長い触覚と、感情が一切窺えない大きな一対の複眼。そして、モソモソと忙しなく動かす口らしき器官。
機動力に特化した6本の脚。
自分と同等かそれ以上に大きく、月明かりを妖しく反射する皺の入った茶色い楕円形の胴体。
「眠気も一瞬で覚めたよ、畜生っ・・・!」
「グルル……」
昼間、雷を呼びに行った道中に食堂内を騒がせていた生物━━ゴキブリがこちらをじっと見つめていたのだから。
「まだ残っていやがったのか。いったい何匹家族なんだ?お前ら」
頭をヒョコヒョコと動かす相手からなるべく目を逸らさないようにして、艦内に続く先よりの扉を探す。
・・・あった!ここからそう遠くはないな。タイミングを見計らって走れば行けるか?
そう思い、ゆっくりと後退りを始めると、またもやカツカツカツッと音を立てながら、2匹目が姿を現した。
「・・・ああ、デート中だったか。そいつは邪魔して悪かった、なっ!」
「「キシャァァァ!!」」
一心不乱の猛ダッシュで鋼鉄製の扉へと走り込み、間一髪のところで扉を閉じてロックを掛ける。
ゴキブリが扉に頭突きでもしているのか、扉をガンガンと叩く音が聞こえる。流石に入って来る事は無いだろうが、安堵している暇は無い。
レッカーは廊下を走って居住区へと戻り、眠っている仲間を無理矢理叩き起こした。
「おいレッカー、夜遅くにこんな所まで連れてきて何のつもりだ?まさかおふざけじゃないだろうな?」
「せっかく良い夢を見てたってのに・・・」
「眠いぜ・・・」
眠そうな眼を擦りながら、トーンの低い声で不満を口にする妖精達。
「そんな下らないイタズラするかよ。今日の昼間にあった事件をお前らに話したろ?」
「ああ、例の・・・」
「コードネーム『G』か・・・」
「それがどうしたんだ?連中なら、ザンクードさんと提督が片したろ?」
首を傾げながら、「?」と言う表情を浮かべる妖精達に、レッカーは1度深呼吸をしてから口を開いた。
「2匹出たんだよ、直ぐ外でな。危うく食われかけた。多分あれ以外にもまだまだ残ってると思うぞ」
「「「」」」
レッカーを除く3人が眉を八の字にして口をあんぐりと開けたまま固まる。
無理も無いだろう。彼が指差す小さな窓の先では、巨大な節足動物が動き回っていたのだから。
「クソッ!最悪の悪夢だ・・・」
「夢ならどれほど良かっただろうな?緊急事態だ。眠いのは分かるが、装備を整えろ」
「ハァ、了解」
「どの道、あんなの見ておいて今から眠れる気がしねぇ。やるか!」
「それに、俺達何もする事が無かったしな」
「よし、用意を全て終えたあと、30分後に格納庫に集合してくれ。ギャリソンには俺から伝えておく」
そうして、各々解散してから30分後の格納庫内。
「よし、全員集まったな」
レッカーが集合した仲間を見渡してから、ギャリソンの方に向き直る。
「先程レッカーから状況は聞いた。食堂を騒がせた奴らの生き残りが工廠に現れ、襲われた。とな」
ギャリソンが、ふぅ~、と大きく息を吐きながら腰に手を宛てて何かを考えるように俯くこと十数秒、静かに顔を上げた。
「連中は放って置けばいくらでも増殖する。根本から完全に叩く必要があるな・・・。一先ず、外のゴキブリを始末したあと、偵察バイクを使って食堂へ向かい、巣の大まかな位置を記録したら直ぐに帰って来るんだ。それと、なるべく静かに迅速にな。外で出待ちしてる連中を殺る時はサプレッサーを使え。艦娘寮までは距離があるが、この工廠には他の妖精達もいる。こんな時間に騒ぎを起こすと混乱を起こしかねない。眠っている妖精達には明日周知する。頼んだぞ」
「「「イエッサー」」」
4人がギャリソンに敬礼をし、彼からの答礼が返ってくると、直ぐ様バイクを押しながら格納庫から出て行った。
「よし、ゴキブリ共はまだそこにいるな。俺達が裏口から出た事に気付いては無さそうだ」
レッカーがサプレッサーを装着したアサルトカービンの照準を、未だザンクードの艤装に張り付くゴキブリの1匹に定める。
「お?レッカーは右か。なら、俺は左を殺らせてもらうぜ」
そう言って、少し体格の大きい妖精━━アイリッシュが、同じくサプレッサー着きのアサルトカービンをゴキブリの頭に向ける。
「アイリッシュ、同時に殺るぞ。3、2、1━━っ」
パシュッ、ピシュッ、という音と同時に2匹のゴキブリがボトリと床に落ち、裏返ったままジタバタともがき始めた。
「ヘッドショットだ。ゴキブリと言えど、保って数時間が良いところだろ」
双眼鏡を覗く妖精━━ダンが、冷静に敵の状態を確認する。
「周りに他の連中はいないな。早いこと任務を終わらせちまおう」
周囲を一通り確認したレッカー達は静かにバイクを走らせ、食堂を目指す。
道中、特に危なげ無く目的地に到着した彼らはバイクを降りて、徒歩による捜索を開始した。
普段は艦娘達の声で活気のある食堂も今は暗く、どこから敵が来るか分からない不気味な場所に感じる。
ハッキリ言って、ここの食堂を初めて見た時は不衛生の一言に尽きた。だが、第八鎮守府から引っ越したあと、提督や艦娘達が掃除を続けた結果、こびり付いていた油汚れなどはある程度除去ができた。
つまり、ゴキブリにとっての貴重な食糧が無くなった訳だ。そして、腹を空かせた連中はその強力な顎を使って共食いをするほど食欲旺盛であり、食べれるモノ、食べれそうなモノは何でも食べる。彼らは臆病なので、人間を襲う事はあり得ないだろうが、体の小さな妖精であるレッカーは、空腹に耐えかねたゴキブリにはさぞ美味そうに見えたのだろう。
「なあ、レッカー」
唐突に自分の後ろを歩いている妖精━━パックが声を掛けてきた。
「何だ?パック」
「ゴキブリってのは暖かい所を好む。冷蔵庫の下辺りは機械の排熱で温度が高いから、連中にとって絶好の住みかだと思うぞ」
「それもそうだな。調理場に行ってみよう」
パックの言う通り、4人は冷蔵庫のある調理場へと向かう。
「パック、お前の予想通りだよ」
業務用冷蔵庫の下の狭い狭い空間には彼の予想通り、奴らの巣があった。
「よし、さっそく記録を開始しよう。まだ結構残ってるな・・・。それに、殺虫剤が届かないように埃や何やらでバリケードを形成してる上に、人が気付かないようにカムフラージュまでしてやがる。中々賢いぞ」
「そう言えば、活発に動き回るのはオスだけだって聞いた事があるぞ。メスは基本的に巣の中で大人しくしてて、飯の時だけ動くそうだ。恐らく、ザンクードさん達が始末したのはオスだな。それも大量にいる内の一握りってところだ」
要塞のような巣を物陰からカメラに収めるレッカーの言葉に、ダンが巣を見据えながら静かにそう告げる。
「つまり、巣の奥にはレディー達がいて、それを何とかしないと更に増えるって訳か・・・」
「アイリッシュ、何なら1匹ナンパしてきても良いぜ?探したら美人━━いや、美虫がいるかも知れないぞ?」
レッカーがニヤリと笑いながらアイリッシュの背中をポンポンと叩き、それを見てパックとダンが、プッと吹き出す。
からかわれた本人であるアイリッシュは、苦笑いを浮かべながら「いんや、遠慮しとく」と、そう短く返した。
「オーケー、記録完了だ。
「「「了解」」」
メモ帳やカメラなど、記録用の道具を全てバッグに収納した4人は、静かにその場をあとにした。
「・・・まさか、そんな入り組んだ場所にコロニーを形成していたとはな」
「はい、放って置けば食糧への被害や、我々妖精への被害も危惧されます」
無事、ザンクードの艤装に帰還したレッカー達は、食堂の調理場で見た事をギャリソンに報告していた。
手渡されたカメラの映像とメモを見たギャリソンは机に両肘を立てた状態で指を組み、その上に額を乗せて俯く。
「分かった、ご苦労。巣に関しては早めに叩く必要があるな。レッカーの報告通りなら、直ぐにでも奴らを攻撃できるのは我々妖精だけかも知れん」
そう言ってギャリソンは一区切り付けてから、組んでいた指を解いてゆっくりと立ち上がった。
「先程君達に伝えたように、明日ここの妖精達に事態を周知する。工廠妖精達に協力を要請して、殺虫用の兵装を用意。バイク、
我々の安全と間宮さんの作る美味い飯を脅かそうとするゴキブリ共に、エルメリアン魂を見せてやるぞ!」
ギャリソンの言葉に、疲れていたレッカー達の瞳にギラギラとした闘志が一気に燃え上がった。
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第15話 リトル・ウォーズ 中編
翌日、ザンクード艤装内のブリーフィングルームには、ザンクードの艤装妖精や他の艦娘達の艤装妖精、工廠妖精達が部屋に入れるだけ集まっていた。
「みんな集まってくれてありがとう。今日君達をここに招いたのは、重大な知らせがあるからなんだ。照明を落としてくれ」
部屋の明かりが全て消えると同時に、プロジェクターから照らされた画像が大きなホワイトボードに投影される。
「今日、02:20時にレッカーが工廠内で2匹のゴキブリと遭遇し、襲われた。その報告を聞き、生き残りがまだいる事を睨んで偵察を行った結果、食堂の業務用冷蔵庫の下に奴らの巣を発見した」
そこに映された映像とギャリソンの言葉に、妖精達は絶句した。
「このままでは連中は増殖の一途を辿るだろう。そこで、ザンクード艤装妖精のみんなには君達より早めに周知したが、我々はあの巣とその奥にいるであろうメスの排除を決定した」
彼がそう言い終えると同時に部屋に白い光が戻り、お互いの顔がハッキリと分かる程に室内が明るくなる。
「はい」
1人の妖精が手を挙げた。
「どうぞ」
「もし、巣を放置した場合の被害はどの程度に?」
「まずは冷蔵庫外の食品への被害からだな。それに、ここに在籍する者達の精神的にも身体的にも衛生上よろしくないし、さっき言ったようにレッカーが1度襲われている。これだけでも十分問題なんだが、このまま行くと最悪の場合、しばらくの間は食堂が使えなくなり、間宮さんの料理に多大な影響を及ぼす可能性も予測される」
ガタガタガタン!!と席に座っていた妖精達が一斉に立ち上がる。その顔は、みんなが想像するようなとてもメルヘンチックな『妖精』からは遠くかけ離れた表情を浮かべていた。
「今夜、奴らを殲滅する為に出撃する予定だ。工廠妖精のみんなには頼みたい事がある。良いか?」
「勿論だ!」
「何でも言って下さい!」
工廠妖精達から、やる気に満ち溢れた声が返ってくる。
「ありがとう。次に作戦メンバーだが、今回はガンシップとトゥームストーン部隊を出動させる。しかし、彼らだけでは湧くように出てくる奴らを捌き切るのは難しいので、あと4名程部隊に同行する有志を募りたいんだが、誰か━━」
「「「はい!!」」」
ギャリソンが言葉を言い終える前に、室内が震える程の声と共に右手が一斉に高く挙げられた。
「よし、それじゃあ1人目は━━」
▽
ブリーフィングルームでの会議が終わったあと、妖精達は各々の準備や頼まれた仕事に奔走していた。
「あら、妖精さん達じゃない。そこで何しているの?」
「ああ、明石さん。今、奴らとの
この子達も、小さいながら必死に深海棲艦と戦ってるのね・・・。
「何かあれば言ってね。私も手伝うから」
「ありがとうございます」
━
「いいかよく聞け!!今この時からお前らは全員ゴキブリ以下だ!!この訓練を終えるまでは自分達がこの世で最も最低の存在である事を忘れるな!!分かったらその口からクソを垂れる前に“サー”を付けろ!!分からなくても“サー”
を付けろ!!分かったな!?」
「「「サーイエッサー!!」」」
「声が小さ━━」
「何バカな事をしているこのアホがぁぁ!!」
「グハァッ!?い、いきなり何をするんですかギャリソン!」
「あ゛ぁ゛?誰が
「ハァ、あそこで叱られているバカは気にしないでくれ。さっさと射撃の訓練に入ろうか」
「「「サーイエッサー!!」」」
「・・・・・」
━
「ボス、今回ヘリから鳴らすBGMどれにします?」
「何があるんだ?」
「そうですねぇ・・・お馴染み『ワルキ○ーレの騎行』、R○d Alert3の『ソビエ○マーチ』
・・・ああ!『イ○ペリアルマーチ』もありますよ!」
「イ○ペリアルマーチ?」
「ほら、ダー○ベイダーのテーマBGMですよ!」
「ふむ、どれも捨てがたいが、ここはワルキューレ一択だな」
「ラジャー!」
━
「・・・あの演習のあと、鎮守府復興の為、1ヶ月間出撃は無し」
「俺達1度も活躍の場がありませんでしたよね。演習の時もリキッドが大活躍でしたし」
「ふっ、ようやくだ・・・!ようやく俺達も暴れられるぜ!俺達のコールサイン、ランナーの名の通り、思いっきり駆け回ってやろうぜ!」
「派手にやってやりましょう!」
そうこうしている内に時は過ぎて行き、夜も更けて艦娘達や提督が寝息を立て始めてから数時間後。午前01:30時。
静まり返った第五鎮守府工廠の床上では妖精達が忙しなく動き回っていた。
「よし、おさらいだ。ガンシップは調理場の1km前の地点(妖精換算)で歩兵を展開。展開後、歩兵は巣を目指して前進。ガンシップは歩兵の援護を行え。ランナー機は当基地にて待機し、リキッド機と交代で継続的な火力支援を行え」
ギャリソンがホワイトボードに貼られた写真や図にマーカーペンで印を付けながら説明していく。
「それと、今回使用する兵装は全て殺虫用の特殊弾だ。通常の弾では室内に傷を付けたり、火災の恐れがあるからな。何か質問は?・・・無いな?よし、それなら各自ヘリコプターに搭乗してくれ」
彼がそう言ってパンッと手を叩き、視線をとある方角へと移す。そこには巨大なローターブレードをゆっくりと回転させている怪物のようなヘリコプターが1機、兵員室のハッチを上下に開放した状態で待機していた。
「よし、やるか!なぁに、ただの害虫駆除だ。駆逐してやれば良いのさ、文字通り1匹残らずな」
「害虫駆除?バカみたいにデカイゴキブリ共とのリアルファイトがか?」
「図体がデカくて数が多くても、所詮虫は虫だ。ただの案山子さ。帰ったら1杯やろうぜ?奢ってやるよ」
「おいパック、変なフラグを立てるな。あと、奢りの件は忘れるなよ?」
そんな軽口を交わしながら、レッカー達いつもの4人組みもヘリコプターに搭乗していく。
作戦メンバーのトゥームストーン部隊と有志の妖精達の合計8人が兵員室に乗り込むと、ハッチが自動で閉まり、軽く小刻みな振動と共にエンジンの出力が上がり始めた。
メインローターが本格的に回転を始めたのだ。
「よし、メインローター順調に回転中。ジャック、兵装の最終確認を」
「ラジャー、ボス」
そう返事をしたガンナーの妖精━━ジャックはコックピットの機器類を操作し、ヘルメットのバイザーを下ろした。
「30mmガン」
「チェック、問題ありません」
彼が操縦桿に取り付けられたスティックを左に倒すと、機首下部に取り付けられたターレットから伸びる30mmチェーンガンも同じく左に旋回し、右に倒すと機銃もまた、右を振り向く。
「よし、次はロケットポッドだ」
続いてジャックは、ヘリコプターの両スタブウィングに搭載された、多連装式の無誘導ロケットを確認する。
「チェック、安全装置もしっかり働いてます」
「オーケーだ。最後に対地ミサイルのチェックを」
「了解。・・・対地ミサイルクリア、全兵装オールグリーンです」
「ああ、こっちでも確認した。管制、こちらリキッド。離陸準備が完了した」
《こちら管制、了解した。リキッド機の離陸を許可する。グッドラック》
「リキッド了解。行くぞジャック」
「いつでもどうぞ、ディーレイ」
離陸準備の整ったヘリコプターはプロペラの回転数を更に上げていき、やがて太い着陸脚に取り付けられたタイヤが地面から離れる。
下方に猛烈なダウンウォッシュを起こしながら、トンボの如く器用にホバリングをする『空飛ぶ歩兵戦闘車』は着陸脚を格納し、その重鈍な見た目には似合わないような速度で食堂へ向けて飛翔して行った。
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第16話 リトル・ウォーズ 後編
ブッシュマスター 兵員室内
初めて乗るヘリコプターの不思議な浮遊感を感じながら、折り畳み式の簡易座席に座っている妖精達に向けて、レッカーが唐突に口を開いた。
「さて、こうやって面と向かって話をした事は訓練の時でもあまり無かったよな?改めて、俺はこのトゥームストーン隊の隊長を務めているレッカーだ。よろしくな」
食堂までの短いフライトの間を使って、これから行動を共にする仲間に自己紹介をしようという訳だ。
「で、俺の横に座ってる、さっきギャリソンに締め上げられてたこいつが━━」
「アイリッシュだ。わりぃな、悪乗りが過ぎた」
頬をポリポリと掻きながら、タハハとアイリッシュは苦笑いを浮かべ、昼間のやり取りを思い出した妖精達も同じく苦笑いを浮かべた。
「俺はパック、よろしくな!」
アイリッシュの横に座っていた妖精が元気良く挨拶をする。
「ダンだ、よろしくな。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
そう言って、レッカー達の自己紹介が終わると、今度は対面側に座っている妖精達が自己紹介を始めた。
「木曾艤装妖精のキィだ。こっちこそよろしくな、トゥームストーン!」
艤装の主と同じく、男勝りな口調の妖精が元気良く挨拶をする。
「古鷹艤装妖精のルカです。あの時はお世話になりました」
と、頭を下げてくるルカ。彼女が言う『あの時』とは、肥太との演習の事だ。あの日、轟沈寸前の古鷹に対してザンクードはダメコン妖精と共に手の空いている妖精も動員させたのだが、その中にトゥームストーン隊も混じっていたのだ。
なんだか照れ臭くなった4人は「困った時はお互い様さ。それに、俺達はほんの少し手伝っただけだ」と言って、謙遜する。
「大鳳艤装の航空機妖精、クウよ、よろしく。本職はパイロットだけど、みんなの足を引っ張らないように努めるわ」
ルカの隣に座っている、キリッとした目をする妖精が挨拶をした。
そして、最後の1人に視線が注がれる。
「鈴谷艤装妖精のリンよ!よろしく頼むわ!」
いかにも活発そうな妖精が八重歯を覗かせながら、笑顔でそう告げた。
「キィ、ルカ、クウ、リンだな?よろしく頼むぜ。っと、そろそろ食堂に差し掛かる頃だな」
そう言いながら、レッカーが兵員室の窓から外の光景を覗いた時だった。
~~~♪♪
「うん?この音楽・・・」
「はははっ!ディーレイめ、ワルキューレを鳴らしてやがる。ノリノリだなぁ!」
ダンが愉快そうに笑う。
ディーレイ達がヘリコプターの機外スピーカーから音楽を鳴らしているのだ。
「ワルキューレってなぁ・・・。あいつらキルゴア中佐の霊にでも取り憑かれてるんじゃないのか?騒々しいったらありゃしない」
「ま、景気付けには丁度良いんじゃないか?どうせ食堂から寮まではそこそこ離れてるし、俺達のサイズでドンパチしたって誰も気付かないだろ」
「食堂にナパーム弾でも落とす気か?」と呆れるように呟くパックと、銃の弾倉を確認するアイリッシュが会話をしていると、機外から音楽に混じって、ドドドドドッ!という音が聞こえてきた。
ヘリコプターの機首下部に搭載された機銃の発砲音だ。
《レッカー、あと数分で着陸地点に到着するぞ》
「了解だディーレイ。それと、下はどんな様子だ?」
レッカーが、自身が搭乗しているヘリコプターのパイロットとヘッドセット越しで会話する。
《
彼の声と機銃の発砲音だけでは無く、多連装ロケットの発射音まで聞こえるので、艦娘達が見たら卒倒するレベルの集団がいたようだ。やはり、夜中にやって正解だったかもしれない。
「分かった、着陸地点の制圧は任せたぞ」
《ああ、任された。と言うか、下にいたのは今殺ったので最後だな。降りる準備をしてくれ》
言うが早いかヘリコプターが降下して行き、レッカー達は銃の弾倉をチェックしてから椅子を立つ。
そして、機体が地面に着陸脚を着けると、兵員室のハッチが上下に開いた。
《残弾の許す限り、空からしっかりと見張っといてやる》
「よし、みんな行くぞ!」
8人は調理場に設置された業務用冷蔵庫の元へと向かって前進して行った。
「クソッタレ。1匹いれば何とやら、だな。倒しても切りが無いぜ」
アイリッシュが悪態をつきながら弾倉を交換する。
巣を目指して前進を始めてから数十分。行く手を阻むゴキブリ達を撃っては倒しながら歩いていたレッカー達だが、徐々に苦戦を強いられていた。
「それでも、だいぶ数が落ち着いてきているし、巣までの距離もあと少しだ。頑張ろう」
レッカーが額の汗を腕で拭う。
「だが、このままだとこっちの弾もその内尽きるぞ」
パックがポーチの中を確認して顔をしかめる。
「それに、援護してくれていたディーレイさん達も弾切れで帰還してしまいましたし・・・」
ルカの言う通り、上を飛んでいた攻撃ヘリコプターはいなくなっていた。
降下前の制圧と援護で弾が底を突きかけたディーレイ達は基地で待機しているランナーの出撃を要請し、できる限りその場で粘ったのだが、とうとう弾切れを起こして戻って行ったのだ。
せめてもの救いは、ディーレイ達が辺りにいたゴキブリを蹴散らしてくれたおかげで、短いが休息を取れた事だろう。
しかし、この時間もそう長くは続かない。いずれは見つかってしまう。
「取り敢えず、ランナーが来るまでの辛抱だ」
レッカーが物陰からソッと頭だけを出して、周辺を確認する。
「ッ!?畜生、奴らこっちに少しずつ近付いて来てやがる!」
しばらく辺りを見渡していた彼がゴキブリの1匹と目が合いそうになり、慌てて頭を引っ込めたその時だった。
「うわっ!?」
「何っ?!」
「眩しっ!」
突如、バシャンッ!と音が鳴ったあと、レッカー達はまるで舞台役者の如くサーチライトによって照らされ、そのあまりの眩しさに何人かの妖精が短く声を上げた。
耳を澄ませば頭上からは、バタバタと騒がしい羽音が聞こえる。
レッカーが何事かと思いながらその光源を見上げると、無線機が音を立てて、誰かが話し掛けてきている事を彼に知らせた。
「やっと来たか・・・」
無線機越しの相手が誰かを悟ったレッカーは溜め息混じりにそう愚痴を溢す。
《遅れてスマン。少し待ってろ》
正体はリキッドの要請で基地から飛び立ったランナーだ。
レッカー達にサーチライトを当てていたランナーは近付いて来るゴキブリの群れへと飛んで行くと、殺虫弾に換装した機銃弾を群れ目掛けて大量にバラ撒き、最後にミサイルを1発撃ち込んでそれらにとどめを刺した。
《イヤッハァーッ!やったぜ!》
「ド派手な登場だな、マイク」
《弾薬はたんまり持って来た。ここからは俺達、ランナーが援護するぜ!》
そんなテンションの高い声が無線機から響いたあと、攻撃ヘリコプターは次の獲物に対して発砲を始め、レッカー達は、脚を折り曲げてひっくり返るゴキブリが辺りに転がる調理場の床を走って行く。
「キィ、2時の方角から3匹来てるぞ!」
「分かった!あれか!」
ダンの声に反応したキィがアサルトカービンを発砲して、ゴキブリ達を仕留める。
「カサカサとすばしっこい奴め・・・!おい、そっちにゴキが1匹━━」
タタタァン!
「大丈夫よ、アイリッシュ。今始末したわ」
「━━ああ、ご臨終だ。クウ、お前良いセンスしてるなぁ」
アイリッシュでは対処が難しかったゴキブリに、クウがパイロットとしての反射力を駆使して即座に対応する。
「パックさん、弾倉を交換します!」
「了解だ!その間は俺がカバーしといてやる!」
弾切れを起こした銃の再装填を行うルカの前に出て、射撃を行うパック。
「なっ!?弾詰まり!?」
リンが撃っていたアサルトカービンの空薬莢が排莢口で引っ掛かり、次の弾が装填されなくなってしまう。
「ギシャァァァァ!」
「ぁ・・・」
リンからの銃撃が止んだ隙を狙ってゴキブリが彼女に襲い掛かろうとした刹那━━
「ぅおらぁぁぁッ!!」
「ギッ?!」
レッカーが助走をつけてゴキブリの頭に盛大な跳び膝蹴りを喰らわせた。
そのままゴキブリに無理矢理馬乗りになった彼は腰からピストルを引き抜き、頭部に3発の銃弾を叩き込んで敵を射殺する。
どうやら、今の1匹が付近をたむろしていたゴキブリの最後のようで、気付けば銃声は止んでいた。
「あぁ、畜生。体液が飛んで来やがったせいでベッタベタだ、バッチィ・・・。リン、大丈夫か?」
射殺したゴキブリから降りた彼は、手に着いた粘性の液体をズボンで拭いながら、呆然とするリンの元に歩み寄る。
「え、えぇ。ありがとう、助かったわ」
「そいつは良かった。ほら、銃を貸してみろ」
そう言ってリンからアサルトカービンを受け取った彼は、手動で詰まった空薬莢を手際良く排莢した。
戦闘服にも付着した体液をボタボタと滴らせながら作業をするレッカーをリンが妙に熱っぽい視線で見つめていたのだが、彼はそんな事には一切気付く様子も無く、淡々と次弾を薬室に装填する。
「レッカー、ここらは狩り尽くしたみたいだ。あとはお目当ての冷蔵庫下に真っ直ぐだぜ」
アイリッシュが目の前に佇む業務用冷蔵庫を指差した。
「ああ、さっきので最後だったみたいだな。よし、これでまた撃てる筈だ」
リンに銃を返した彼は無線機を手に取り、スイッチを押す。
「ランナー、冷蔵庫の近くまで来た。今から下に入り込む。外の残党は任せたぞ」
《了解だレッカー。奴らの巣穴に
ランナーはそう激励を送ったあと、まだ残っているであろうゴキブリの始末へと向かい、レッカー達は冷蔵庫の下へと入って行く。
埃の陰に隠れていたゴキブリ達を倒しながら奥へと進んで行くと、とうとう本作戦の最重要目標であるメスのゴキブリを10匹見つけた。
「あれがメスか・・・やっと見つけたぞ。全員構え」
8人が一斉に銃先を目の前の標的に合わせる。
「撃てッ!」
引き金が引かれ、今回の騒動の元凶たるゴキブリ達を瞬く間に物言わぬ屍へと変えていった。
▽
「ぃよーし!外を走り回っていた奴らもかなり減ったな!」
「ですね。あとは数匹走り回ってるぐらいです。にしても、下はまさに死屍累々と言ったところですかね?こいつは誰が見ても悲鳴を上げそうだ」
「確かに。食事処であってはならねぇ光景だな、こりゃあ」
マイクがヘリコプターのコックピットから下を見下ろしながら、「後始末がキツそうだ・・・」と呟く。
《ランナー、聞こえるか?》
「お?レッカーか。全員無事か?」
《ああ、1人も欠けてないぞ。それに、とうとうメスの始末に成功したぜ。作戦成功だ》
無線機から多少疲れ気味ではあるが、レッカーから明るいトーンの声が返って来た。
「はっはっはっ!ナイスだレッカー!やるじゃねえか!」
《あとは帰るだけだ。VIP待遇で頼むぜ?》
「任せな。残り数匹程度だから、狩り終えたらランディングゾーンまで迎えに行ってやる」
《分かった、それなら俺達は先に合流地点に向かっとくぞ》
そう言って、無線が切れる。
「さーて、残りを片付けてあいつらを迎えに行ってやるとするか!やるぞトレバー!」
「ラジャー!」
▽
「よし、ここを上れば直ぐにランディングゾーンだ」
レッカー達は予め指定されていたヘリコプターとの合流地点へと向かっていた。
そこに到着すれば、あとはヘリコプターが来るのを待つだけだ。
ふぅ、やっと帰って一息つけるぜ・・・。
そう思いながら、広く開けた場所に出るとそこには━━
「ギギギ…」
「キシャァ!」
「グルル…」
「ギシャァァァ!」
彼らを囲み込むようにして、ゴキブリ達が待ち伏せしていた。
「まずいぞレッカー。こいつら、相当お
アイリッシュの言う通り、ゴキブリ達の複眼は相も変わらず感情が一切窺えないが、それでも、彼らがかなり怒っている事だけは理解できる。
理由は勿論、散々暴れ回った挙げ句に巣まで壊滅させたからだろう。
「ああ、
気付けば後ろも包囲されており、逃げ場はどこにも無い。今度こそ襲撃者を追い詰めたゴキブリ達はゆっくりと円を縮めて行く。
せっかく作戦を成功させたってのに、ここまでかッ・・・!?
レッカーが歯を食い縛りながら銃を構えようとした次の瞬間━━
キィィィィイイイイイイインン!!!
ターボシャフトエンジン独特の甲高い音を轟かせながら、1機の怪物ヘリコプターがゆっくりと浮上してきた。
《伏せろ!!》
「ッ!!みんな、今直ぐ伏せるんだ!!」
無線からの指示を本能的に理解したレッカーが全員をその場に伏せさせると、ヘリコプターは搭載している機銃を正面を薙ぎ払うようにして発砲し、彼らを囲んでいたゴキブリを次々に仕留めていく。
ようやく発砲音が止み、レッカー達が恐る恐る頭を上げると、そこに動く者は1匹たりともいなくなっていた。
「2度も助けられたな、マイク。トレバーも相変わらず良い腕だな。助かったぜ」
《気にすんなレッカー!それより、風の噂でパックが奢ってくれるって聞いたぜ?》
無線から、マイクに代わってガンナー席に座っているトレバーの声が響く。
「奢りだとよ、パック」
「あぁ・・・財布がペランペランになっちまう・・・。よし、分かったよ。今回はここにいる全員分奢ってやる!」
胸を張ってそう言い切るパックだったが、目尻には若干涙が浮かんでおり、それを見たレッカー達がおかしそうに笑う。
《太っ腹だねぇ。ま、その話はあとだ。帰りのタクシーが出発するぜ?早く乗ってくれ》
ヘリコプターが兵員室のハッチを開いたまま降下してくる。
「よし、お仕事は終わりだ。おうちに帰るぞ!」
こうして、彼らの戦いは幕を閉じた。
▽
「今日は少し早めに目が覚めたけど、清々しい朝ね。朝日が眩しいわ」
艦娘達が起きる少し前の時刻。
上機嫌な声でそう呟きながら、間宮は食堂を目指して歩いていた。
食堂へと続く廊下を歩き、両開きの扉を前にしたその時、彼女はふと異変に気付く。
食堂の中から複数人の声と物音が聞こえたのだ。
・・・誰か先に来ているのかしら?
そう思いながら扉を開いた次の瞬間、目の前をヘリコプターが1機、羽音を立てながら横切って行った。
何でザンクードさんのヘリコプターがここに?と、疑問に思いながら、それを見つめていた彼女はピシリと凍り付く。
「」
彼女はそのヘリコプターの下に吊り下げられている、とある物体と、その先の床に散乱していたモノを見てしまったのだ。
その光景とは━━
「オーライ!オーライ!よし、そこだ!しっかりと繋いでおけよ。輸送中に落としたら面倒だからな」
ゆっくりと降下するヘリコプターの機体腹部から伸びる4本のワイヤーを、動かなくなったゴキブリに固定する妖精達。
━
「おーい、そこのゴキ共をこっちのビニールに詰めたいから、誰か応援を寄越してくれ!」
床に置かれたビニール袋の中に、バイクと人力でゴキブリを詰める作業を行う妖精達。
━
「奴らが這った所なんてどこか分からないな・・・。そうだ!空母艦娘達の艦上爆撃機から消毒液を散布してもらおう!」
「了解です、ギャリソン。直ぐ基地に要請を出します」
名案を思い付いたのか、両手をポンッと打ち合わせる妖精と無線機を耳に宛ててどこかと連絡を取る妖精。
「」
小さな妖精達が、チョコチョコ動き回りながら作業をするという、なんとも微笑ましい光景であった。
・・・そこらに転がるブツさえ無ければ。
「急げよお前らー。早くしないと間宮さんが━━あ、間宮さん。おはようございます!」
「「「おはようございます、間宮さん!!」」」
妖精達が額から汗を流しながら、清々しい笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
一方、挨拶をされた間宮は目の前の地獄絵図から目が離せないまま、震える唇をゆっくりと動かした。
「き・・・!」
「「「き?」」」
「き・・・!!」
「「「き?」」」
「キャァァァァァァ!!!」
朝日が眩しい食堂に、1人の女性の悲鳴が轟いた。
今回も他作品のパロネタを使用していますが、彼らのヘリコプターは安心と信頼の某会社製では無いので「マァァァイクッ!!」なシーンは無いです。
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第17話 金食い虫
《国防省長官のあなたに質問します。あなたはザンクード級の量産を計画していると申されていましたが、その費用がどれ程のものかをご存知なのですか?》
《はい、存じています》
これは・・・。
《では尚更、なぜそこまでしてあんな費用が掛かるような計画を進めようとされているのですか?!》
《それは以前にも申した通り、近年デスペラード連邦が軍拡を推し進めており、それに━━》
《その話は以前にも聞きました!私は、1隻でも莫大な費用が掛かるあのザンクード級をまだ増やしたいのはなぜかと訊いているんです!!》
ああ、あの時の・・・。
《資料によると、ザンクードは1隻で正規空母と高性能駆逐艦を1隻ずつ建造できる程の建造費が掛かるとされています。それに加えて維持費もただではありません。それをあなたはまだ増やしたいのですか?!》
《そうだそうだ!》
《あんな無駄な物を増やして何になる!》
《税金の無駄使いだ!》
「チッ、胸糞わりぃ放送だな。キャンキャン吠えやがって・・・。前にしでかした自分達の不祥事はそっちのけかよ」
ラジオから流れる問答に、クルーの1人が舌打ちしながらコーヒーを飲む。
《いえ、ですから、彼らは今もなお軍拡を進め続けているのです。もし我が国や同盟国が攻撃を受けた場合、対抗するには相応の力が必要になりますし、何より抑止力の意味も込めてザンクード級の量産を打診したのです。
「
タバコを咥えたクルーが忌々しそうに、そう呟く。
《にしても、アレをこれ以上増やす必要は無いでしょう!》
この先の言葉を、俺は知っている。
《あんな
━━金食い虫を!!》
金食い虫。
▽
「・・・・・・クソッ、朝から嫌なもん見ちまった・・・」
朝、過去の出来事を夢で見せられ、目が覚めた俺はのそりと起き上がったあと、身支度を整えて、朝食を摂る為に食堂へと向かった。
部屋へと通ずる扉は開け放たれており、中からほのかに食指をくすぐる香りがする。
「随分きれいになってるな・・・」
その扉をくぐった先の光景を前に、俺は目を丸くした。室内の壁や床に若干残っていた油汚れなどが落ちてきれいになっていたのだ。
真新しいと言う程では無いものの、かなり清潔感のある部屋になっている。
「いったいどんな魔法を使えば、たった1晩でこんな風に変わるんだ?」
美味しそうに朝食を食べる艦娘達を遠目に見ながら、俺も朝食を取りに間宮の元へと歩いて行った。
「おはよう、間宮」
「おはようございます、ザンクードさん。今ご飯をよそいますね」
手際良く料理を皿に盛りながら、間宮が笑顔で挨拶を返してくる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。ところで間宮」
朝食が載ったトレーを持ちながら、俺はふと疑問に思った事を間宮に訊こうと思った。
「はい?」
「食堂が一夜にしてきれいになってるんだが、何か知ってるか?」
そんな俺の問いに対して間宮は、ビクッと一瞬震えたあと、ひきつった笑顔を浮かべながら「さ、さあ?妖精さん達が詳しく知ってると思いますよ?というか、あの光景を思い出したくないです・・・」と答えた。
後半は聞き取れなかったが・・・。
「?そうか。それじゃ、朝食はありがたく頂くよ」
そう言って、俺は朝食を片手に近場の席を探して歩き始める。適当に空いてそうな場所を探していると、大量のご馳走をハムスターのように頬張る妖精達を見つけた。
あの制服・・・ギャリソン達か。それに、他の妖精達もいるな。
「おはよう、ギャリソン」
「ムグムグ・・・ムグ?
「「「ふぉはおーございまふ!ザン★±%@※さん!」」」
「ああ、みんなもおはよう。て言うか、ちゃんと飲み込んでから話せよ。喉詰まるぞ?」
今にも口に含んだ食い物が零れそうな状態で敬礼をする俺の艤装妖精達を見て、思わず苦笑を浮かべる。
「ところで、お前らは何で朝っぱらから豪華フルコース三昧なんてしてるんだ?」
「それはですね━━」
ギャリソン達は昨日の真夜中から今日の日の出前まで。そして、今朝の出来事を順を追って話し始めた。
「━━で、後始末の途中で間宮さんが入って来たんですが、悲鳴を上げたあと、立ったまま気絶してしまったんですよ・・・」
「マジか・・・」
「後始末を終えたあと、間宮さんを起こして経緯を説明したら、お礼にと言う事でフルコースを振る舞ってもらいました」
成程、これで間宮のあの反応がなぜなのか合点がいった。まさか、そんなに生き残りがいたとはな・・・。
「そいつは大変だったな、お疲れさん。ところで、ヘリコプターや艦爆まで使ったと言ってたが、燃料とかは・・・?」
「「「・・・・・」」」
「おい」
フイッと、全員がシンクロしたかのように一斉に顔を逸らした。
「ハァ、まあ、大した量じゃ無いだろうし、理由を説明すれば大丈夫だろ。それより、怪我人が無くて良かったよ。それじゃあしっかり楽しめよ」
そう言い残して、俺は空いている席に座って朝食に手をつけ始める。
やっぱり、日本料理ってのはどれもこれも本当に美味いな。何かに似ていると思ったら、俺の艦長が「食った事がある」って言って自慢していた、大和皇国の飯にそっくりだ。
「よぉ、ザンクード。隣良いか?」
そんな事を思いながら飯を食べていると、真横から誰かに声を掛けられた。
「うん?ああ、木曾か。どうぞ」
「よっと、失礼するぜ」
そう言って、木曾はドカリと隣の椅子に座って朝食を食べ始めた。
「何か考え事でもしてたのか?」
「ああ。世界が違っても、似てるものはあるんだなぁってな」
鮭の塩焼きを箸で器用に
「特にこの味噌汁なんて、俺のクルーがミソスープ、ミソスープってよく騒いでてなぁ」
「ミソスープって・・・何かあまり美味そうな響きじゃねぇな・・・」
木曾が椀に入った味噌汁を見て苦笑しながら、そう呟く。
「言い方はあれだが、一瞬で鍋がスッカラカンになる程には人気があったんだぜ?」
椀の中の味噌汁を飲み干した俺は「ほぅ」と一息ついて、また茶碗に盛られた白米に箸をつける。
食が進むし、健康にも良いらしいし、良い事尽くめだよなぁ。まさか、俺自身が飲める機会が来るとは思いにもよらなかったがな。
「━━そこの席、失礼するクマー」
「失礼するニャー」
唐突に、何とも変わった語尾と共に2人の艦娘が俺の目の前にトレーを置いて、席に座った。
「ん?球磨姉さんと多摩姉さんか。やっと起きたのか?」
「クマー、朝は苦手だクマ・・・」
今俺の目の前で眠そうに眼を擦っている、大きなアホ毛が特徴的な彼女は、球磨型軽巡洋艦1番艦の球磨だ。
「ニャー・・・zzz」
そして、木曾の前で今にもテーブルに突っ伏しそうなピンク髪の彼女は同じく球磨型軽巡洋艦2番艦の多摩。
先ほど木曾が「姉さん」と言っていたように、2人は木曾の姉妹艦らしい。因みに、ここには在籍していないが、大井と北上と言う姉妹もいるそうだ。
「まったく。どうせ夜更かししてたんだろ?」
「「ギクッ」」
「図星かよ・・・」
呆れたようにかぶりを振る木曾と、バツが悪そうに目を逸らす2人の姉。
これじゃあ、どっちが姉と妹か分かったもんじゃないな。いや、姉妹と言うより母子か?
兄弟姉妹がいない俺には目の前の光景がとても微笑ましく見えて、思わず顔を綻ばせる。しかし、それとは真逆に心の奥底では、口では説明できないような痛みが走っていた。
「・・・?何笑ってるんだ?」
「いや、ちょっとな。それじゃ、あとは姉妹水入らずで楽しんでくれ」
食事を食べ終えたザンクードは食器の上に箸を置き、そのままトレーを返しに行く。
「・・・金食い虫、か・・・」
去り際に小さく呟いた彼は、暗い表情を浮かべていた。
ダンッダンッダンッダンッダンッ!!と、テンポの良い小刻みな発砲音が射撃訓練所を支配する。
「ふぅ・・・」
音の主はザンクードが的に向けて構えている76mmマシンキャノンだ。
丸い的の内側は赤いインクがビッシリと付着していた。
「もう少しだけ下だな。少し腕が落ちてるのか・・・?」
そう呟きながら、新たな弾倉をマシンキャノンに装填する。
「・・・木曾、そんな所で何してるんだ?」
弾倉の装填が終わり、再度射撃を開始しようと思った矢先、誰かの気配を感じて振り向くと、木曾が腕を組んで壁に寄り掛かっていた。
「話がある」
いつになく真剣な声音の彼女を疑問に思いながら、俺は「何だ?」と言って、マシンキャノンに安全装置を掛ける。
「さっきの食堂での事だ」
「・・・?勿体振らずに早く言ってくれよ」
木曾の口からどんな言葉が出てくるかは予想がつかないが、俺は妙な好奇心から彼女に続きを促した。
「お前が席を発つ時に言っていた、『金食い虫』ってのはいったいどう言う意味だ?」
「ッ!?」
まさか、口に出てたのか?・・・まあ、隠した所でか・・・。
思いにもよらぬ質問に俺はほんの一瞬だけ動揺したが、直ぐに観念したように「ふぅ・・・」と溜め息を吐いてから口を開いた。
「・・・そのまんまの意味さ」
「・・・・・」
木曾が無言で、俺に次を話すよう催促してくる。
「俺が戦闘で沈んでここに来たのは言っただろ?その戦争は俺が進水してから約11年後に開戦したんだが、それまでの間、俺は野党や一部の国民から何て言われてたか知ってるか?」
答えなど知る
「存在する意味も無く、税金ばかりをかっ食らう『金食い虫』だ。他にも『金と兵器を無駄に詰め込んだ張り子の虎』、『国民の敵』等々、散々袋叩きにされたよ」
ザンクードの言葉を聞いて、木曾の目が大きく見開かれる。
「俺のあとに建造される筈の2番艦以降はみんな建造中止さ。本当はあと3隻建造予定だったらしいが、結局俺だけになっちまった・・・」
1度言い始めたら、もう止まらなかった。
「そのあともやる事と言ったら、遠洋の警備や海賊の対処。ただ自分が任された責務を果たしていただけなのに、やれ、『警備と言う名の挑発行為』だの、『金をどぶ川に捨ててる』だの、終いには誰が流したデマかは知らんが、『原子炉の爆発事故による核汚染』まであったなぁ・・・。まったくネタが尽きないものだったよ。ただ、連中は与党をどう叩くかで俺をダシにして、それを支持する人間に発破を掛けたんだろう」
「俺の原子炉は信頼性の高い型だってのに。失礼な話だよな?」と、取り繕うように彼は冗談を口にするが、木曾の耳にはほとんど届いておらず、彼に対するあまりの仕打ちに「酷過ぎる・・・」と、無意識に呟くだけだった。
「別にお前が悪い訳じゃない。ただ、今朝に夢で見ちまって気落ちしててな。姉妹の話になってつい思い出してしまったんだ。・・・悪かったな」
帽子を目深に被り直したザンクードはそのまま訓練所を出ようとしたところで木曾に呼び止められた。
「・・・まだ何か話が?」
「オレ達はお前をそんな風には見ない」
「・・・ここのみんなはお前や提督を含めて良い奴ばかりだからな。それに、俺の事を詳しく知らないのがほとんどだ」
「そうじゃねぇ!費用云々だとか、核がどうとか、誰もお前の事をそんな風には見ちゃいねぇって意味だ!」
「━━ッ!!ああ、今はな!!だが、この国はどうだ?!今でこそ核動力艦を少数保有しているらしいが、核に反対の人間なんざわんさといるだろう!!俺は核動力艦だ!!その内にまた、『原子炉爆発事故騒ぎ』が起き、それに連鎖して費用や何やらで難癖つけられて向こうと同じ事に━━」
「確かに、探せばお前を勝手に毛嫌いする奴もいるだろうさ!!それなら、ぐうの音も出ない程の戦果を出せば良い!!お前がいなけりゃ、深海棲艦にやられてたかもしれないって教えてやれば良い!!お前は大和皇国って国を護りきったんだろ!!その国の奴らには必要とされていなかったのか?!お前のクルーだって、お前を毛嫌いしてたのか?!」
「・・・っ!!」
その言葉を聞いた俺は、ハッと過去の出来事を思い出した。
戦争が始まってから少し経った2013年の半ば。
荒み気味だった俺はある日、出港の際に近くの埠頭で横断幕を広げて並ぶ数人の皇国人を見て、「どうせ反戦派か反核派が“帰って来るな”とでも叫んでいるんだろう」と思っていたが、よく目を凝らしてそれを見ると、その横断幕にはただ一言【ありがとう】と描かれていたのだ。
俺のクルーだって、散々叩かれている俺なんかに嫌な顔1つせず、誇らしげに乗り込んでくれていた。
「それに、オレ達がお前を汚いもんでも扱うように接すると、本気で思ってるのか?・・・見くびるな」
「そう、だよな・・・」
あぁ・・・俺は何でこんなに大切な事を忘れていたんだ?
「確かに、木曾の言う通りだな・・・。スマン、変な面倒掛けたな」
こんな風に俺を見てくれている奴がいたじゃないか・・・。向こうでも、ここでも。
「気にするな。オレとお前の仲じゃないか」
「・・・ありがとな」
「おう」
微笑みながら手を差し出すと、木曾は照れくさそうにその手を握り返してきた。
「さて、気が楽になったら何か食いたくなってきたな。間宮羊羮でもどうだ?奢るぞ?」
「お、そいつは良い。ご馳走になるとするか!」
そんな会話をしながら、2人は軽い足取りで訓練所を出て行った。
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第18話 出撃
射撃訓練所での、あの出来事から数日。
朝食を食べ終えた俺はこのあと何をするかを考えていると、食堂の天井に取り付けられたスピーカーから全体放送のチャイムが鳴った。
《あーー、マイクテス、マイクテス》
スピーカーからは男性の声が聞こえる。
この声は提督だな。何かの呼び出しか?と思いながら、スピーカーから流れる声に耳を傾けた。
《ザンクード、木曾、古鷹、青葉、朝潮、曙。以上の6名は09:00時に執務室に集合してくれ》
そう言い終えると、プツッという音のあとに再度チャイムが鳴り、スピーカーが沈黙する。
6名・・・丁度1艦隊分だな。そうか、今日からだったよな。出撃が始まるのは。
そう思いながら、食器の入ったトレーを返却口へ置きに行ったザンクードは、このあとに下るであろう出撃命令を心待ちにした表情を浮かべていた。
放送のあと、指定された時刻通りに執務室に着いた俺達に下されたのは鎮守府より少し離れた海域の警備であった。
どうも戦艦、空母を含む深海棲艦隊発見の報が入ったらしい。
そして、現在は目的の海域を航行中だ。
「「「━━我らがエルメリア連邦軍は懲罰する!祖国と友に仇なす全てを!♪」」」
聞こえるのは、艤装妖精達から発せられる軍歌の大合唱。
「「「北半球から赤道を越えたその先まで!例え神であろうと我らの行進は止められない!♪」」」
この歌を聞き、艦娘達の何とも言えない表情を見た上で、改めて内心で呟こう。
お前らの選曲のセンス・・・と。
ヘーイ、妖精達ィ。歌っても良いけどサー、時間と場所をわきまえなヨー。
などと、バカな事を考えて現実逃避に走っている間も、彼らの歌声が嫌でも耳に入ってくる。
「ハァ、勘弁してくれ・・・」
俺は額を手で音を立てるようにして叩き、大きな溜め息を吐く。
ようやく出た出撃命令に気分が高まって歌いたいのは分からんでもないが、周囲が無人ならばいざ知らず、俺の周りには艦娘があと5人いるのだ。
あぁ・・・止めろ、止めてくれ曙。俺をそんなヤバい奴を見るような目で見ないでくれ。俺は悪くないんだ。それと青葉、写真は別に構わんがそのボイスレコーダーはあとで俺に提出しろ。
「「「諸君らは勇敢に戦った!敵であろうと敬意を込めてお辞儀しよう!この最強の軍隊から!♪」」」
おい、今すぐにその歌を止めさせろギャリソ━━あぁ、お前もだったよな・・・。畜生、何が最強の軍隊だ。これじゃあ本当にただのヤバい集団じゃないかッ。こんな歌を作るウチは本当にまともな国家なのか・・・?
「おい、ザンクード」
「ん?」
ゲッソリとした表情をしていると、横から声を掛けられた。
「ああ、木曾か。どうした?」
もしかして、この大合唱に対する苦情か?ほんと、迷惑を掛けてスマンな。マジでそろそろこいつらに注意を━━
「前々から気になってたんだが、お前の艤装に塗装されてるその・・・鯨のエンブレムか?そりゃあいったい何だ?」
「ああ、それ私も気になっていたんです。潮ちゃんが12.7cm連装砲にシールを貼っていたので、それと同じかな?と」
木曾と古鷹が俺の背中のタワーのような艤装の側面に塗装されているものを見て質問を投げ掛けてきた。
「・・・鯨?」
予想外の質問に、俺は少し上擦ったような声を漏らす。
ふむ、鯨・・・塗装・・・ああ!
「この鯨は『白鯨』。船よりも巨大な、文字通り白色の鯨だ。俺がこの世界の艦艇じゃないってのは知ってるだろ?こいつは俺の国の軍艦旗だ。見ての通り、俺は上部構造物の密集度合いと武装の関係上、旗を掲げる場所があまり無くてな。だから、艦首側面と構造物の目立つ場所に塗装をして旗の代替としてるんだ」
この世界ではこんな旗章は何の役にも立たないが、艤装妖精達や俺としては、消すのは何と無く悪い気がして放置していたのだ。勿論、許可は取ってあるし、エルメリア連邦を知らない人間が見たぐらいなら、“変わったステッカー”程度のものだろう。
「そこで歌ってる軍歌といい、その白鯨の旗章といい、変わった国だな」
「分かる」
「お前が言うのか・・・」
そんな風に会話を交えていると、頭上のレーダーが敵影を発見した。
「おっと、敵艦隊捕捉。数は・・・9つか。反応からして、戦艦2、空母1、重巡2、軽巡2、それに駆逐が2だ。大きいぞ、報告のあった連中だな」
敵艦隊を発見した俺の声に反応して、他の面々の表情に緊張が走る。
「まずは戦艦と空母から片付ける。そのあとに随伴艦を仕留めよう」
そう言って俺は対水上戦闘を発令し、武器システムに
「ハンマーヘッド1番から12番、発射用意」
腰部艤装パーツの甲板上に並べられたハッチの内の12基がゆっくりと口を開き、重対艦ミサイルがその鼻先を露出する。
「ハンマーヘッド、ランチ!」
バシュゥゥゥゥ!!と、空に撃ち上げられたミサイルは小翼を展開後、目標に狙いを定めて飛翔して行った。
▽
「電探ニ6隻ノ反応ガ出タ。恐ラク、我々ヲ嗅ギ付ケタ警備ノ艦娘共ダ」
「フン、所詮ハ6隻ノ警備艦隊。コチラノ規模ト比較スレバ、結果ハ目ニ見エテイルワ」
「コノ海域ノ制圧ガ完了スレバ、本土侵攻ヘノルートニナル。邪魔ナ連中ハ全テ沈メルゾ」
戦艦ル級2隻と空母ヲ級が邪悪な笑みを浮かべながら、その禍々しい艤装を動かす。
「艦載機デ、一方的ニ蹂躙シテヤル・・・」
ヲ級の頭部にある帽子のような艤装が、ガパリと口を開けて艦載機を発艦させようとした次の瞬間、ザンクードから放たれたミサイルの内の4基が高速で艤装の口内に突っ込み、炸裂した。
「「「ッ!?」」」
発艦前の艦載機をボトボトと海に落としながら、瞬く間に沈んで行くヲ級を目の当たりにした艦隊は大混乱に陥る。
「狼狽エルナ!指揮ハ私ガ引キ継━━」
続いて対艦ミサイルの第2波が到着し、戦艦ル級が轟沈。残ったもう一方のル級にもミサイルが着弾し、何が起きたのかも分からないまま、爆炎の中に消えて行った。
▽
「敵大型艦艇、レーダーより消失。高火力の戦力を削ぎ落としました!」
「分かった。戦艦と空母は全て仕留めたから、あとは重巡2、軽巡2、駆逐2ずつだな」
ヘッドセットから状況報告を受けた俺は後ろを振り返りながらそう告げる。
しかし、そこには木曾と古鷹以外の全員が口を半開きにした状態で固まっている光景があった。
この光景、第八鎮守府での性能試験でも見たな・・・。
「青葉、あまりの事にシャッター押すのを忘れてました・・・」
と、カメラ片手の青葉。
「お、お見事です・・・」
「私達、こんなのと戦わされたのね・・・」
朝潮、曙と続く。
こ、『こんなの』呼ばわりか・・・。ま、まあ良い。
「もうじき砲の射程圏内だ。早く片付けて帰ろう」
そう檄を飛ばし、各種艦砲を駆動させ発砲する。
頭を潰されて混乱した艦隊を倒すのにそう時間は掛からず、深海棲艦は次々に沈められて行った。
「よぉし、索敵レーダーに反応無し。2人とも中々良いセンスしてるじゃないか」
周囲に敵が完全にいない事を確認した俺は、つい先程軽巡洋艦を仕留めた朝潮と曙の頭を撫でながら称賛の声を送る。
「あ、ありがとうございます・・・」
と、赤くなる朝潮。
「なっ、なっ、なっ、にゃにするのよっ!?」
曙も同じく顔が真っ赤だが、猫が威嚇するかのように髪を逆立てていた。
「お、おう、悪い悪い」
そう言って手を話すと「ぁ・・・」と、曙は小さく声を漏らしたあと、「わ、分かれば良いのよ!」と、腕を組んで顔を背ける。
「ザンクードさん、ザンクードさん」
「ん、何だ?青葉」
唐突に青葉がニヤニヤしながら話し掛けてきた。
「曙さん、口ではああ言ってはいますが、内心では嬉しがってますよ。司令官に頭を撫でられた時も、表情と言葉が逆でしたからね~」
「なっ!?」
曙の顔が更に紅潮していくのが分かる。
「そうなのか?」
「はい、俗に言うツンデレってやつですよ~」
「ふむ」
ほうほう、これがツンデレなるものか。サブカルにはまったクルーが熱烈に語っていたのを思い出すが、成程。
「ちょっ、ちょっと青葉!何バカな事言ってるのよ!あんたも納得すんな!このザンクソ!!」
「ざ、ザンクソ?!」
思いもよらない飛び火に加え、更に追撃を受けた俺は、ズーンと効果音がなりそうな表情を浮かべながら周辺をしばらく哨戒したあと、鎮守府への帰路に着いた。
お暇があれば、感想・誤字脱字報告、お願いいたします。
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第19話 ザンクード、あなた憑かれてるのよ
とある日の朝 食堂
いつも通りの時間に起床し、朝の身支度を整え終えたザンクードは食堂のテーブル席で朝食の入ったトレーと対面していた。
「いただきます」
そう言って手を合わせたあと、食事に手をつけ始める。まずはこの納豆からだ。
流石に納豆を作るのは大変なので、こちらは業者から卸しているらしく、小さなカップの最下層に納豆、その上に袋で小分けされたカラシと納豆ダレが付属されている。
相変わらず納豆と小袋を隔てるビニールを取るのは面倒な作業だな。納豆がへばり着いてくる事が多くて困る。
内心で愚痴りながら第1段階の作業を終えた彼はタレの袋を破って納豆に浴びせ、最後にカラシの袋に手をつけた。
「むっ、こいつはハズレか?」
ザンクードは眉を寄せて、そう呟く。
袋のカット線に沿って破こうとするのだが、どうやら処理が甘かったようで、中々破けないのだ。
もう少し力を込めてみるか。
彼は袋に掛けた両指に更に力を込める。
・・・それが、悲惨な結果を生むとも知らずに。
「ふっ・・・!」
プルプルと指を振るわせながら込める力を強くした次の瞬間、右目にペースト状の何かが付着したような、ヒンヤリとした感覚がした。
「うおっ!?な、何だ何だ・・・うん?」
慌てて目に付着したナニカを手で拭おうとした刹那、今度はそれが不快な違和感へと変わる。まるで、何か焼けつくような━━
「~~~~!?
目がぁッ!目がぁぁぁぁああッ!!」
サングラスが似合う悪役のような悲鳴を上げながら立ち上がったザンクードは、ドタドタと暴れるように水道を探して部屋を走り去って行った。
彼が袋を強く握りすぎたせいで、穴が開いた際にカラシが勢いよく飛び出たのだが、運悪くその先にあった右目に着弾したのだ。
朝から彼の奇行を目の当たりにした艦娘達は何があったのか分からず、ポカンとした表情で彼が去って行った方角を見つめ、彼の近くで食事をしていた者は「あぁ・・・」と言いたげな表情を浮かべていた。
「ハァ、酷い目にあった・・・」
あのあと、ひたすら目を洗い続けたザンクードは右目を真っ赤にしながら、冷めた朝食を食べるハメになった。
因みに今は腕が鈍らないように射撃訓練所で訓練をする為、艤装を取りに工廠へ向かっている途中だ。
「あ、ザンクードさん」
「ん?明石じゃないか」
工廠に入り、ギャリソン達と軽めの挨拶を交わしてから、艤装を装備しようと思ったその時、丁度工廠の奥から出て来た明石と
「その格好だと何か作ってたみたいだが、何か用か?」
何か作業をしていたようで、油汚れが付着したツナギを着ている彼女に質問をする。
「ええ!丁度ザンクードさんを呼ぼうと思っていたところなんです!」
「て事は俺に関する事なんだな?・・・艤装か?」
「ご名答!ですが、正確には艤装本体ではなく、あなたの兵装である76mm砲ですね」
「マシンキャノンがどうか━━・・・おい、まさかバラしたいなんて言わないだろうな?」
「バラしませんよ!確かに機構は気になりますが・・・」
「あれは単純なベルト式の給弾機構だ。艦体の頃は砲の真下に76mm弾が200発入った大型のドラム缶が対艦用と対空用に各3つずつ、計6つあってな。中身を撃ちきったり、弾種変更などの必要に応じてドラム缶が回転して、装填用のアームで弾帯を砲の薬室と接続したら撃つって寸法だったんだ」
まあ、ベルト式給弾機構の艦砲なんて型破りだろうし、今では装填は手動だけどな。
「へぇ、それであの発射速度を・・・って、話が若干逸れましたね。単刀直入に言うと、そのマシンキャノンの発射速度をもっと縮める事はできないか?と思ったんです」
「おいおい、発射速度を縮めるって、あれでもかなり速い方だろう。これ以上速くしたらどうなる事か━━」
「そこで!私はこの砲にスーパーラピッド機能を付与する装置を発明しました!」
「ねぇ、俺の話聴いて?」
嬉々とした表情で高々に掲げる彼女の左手の中には、かなり小さいが、随分とメカメカしい装置が電灯の光を反射していた。
「さあ!早速実験に移りましょう!」
「あっ!おいこら待て!引っ張るな!」
「善は急げ、ですよ!さあさあ、さあさあさあ!」
「善行では無いだろ!」
有無を言う暇すら与えられず、ザンクードはマシンキャノンを片手にズルズルと射撃訓練所へと引きずって行かれた。
「よし。ザンクードさん、この台にマシンキャノンをしっかりと固定して下さい」
「はいはい・・・」
もう、どうにでもなってくれ。今日が休日なのが幸いだな。
そう思いながら、頑丈そうな台座にマシンキャノンを固定し、「次はどうすれば良い?」と訊くと、明石は持っていた装置をマシンキャノンの機構の中に手際良く組み込む。
「はい、これで準備完了です!では実験を開始するので、一旦距離を置きましょう」
「りょーかい」
気だるげな返事をしながら明石と共にマシンキャノンから10m程離れた場所に立ち、腕を組んでそれを見守る。
「それじゃあ行きますよ~!発射!」
明石はノリノリの声で、発射機構から伸びるコードの先のスイッチを、カチッと押した。
スーパーラピッドねぇ、あれでも充分スーパーだと思うんだが━━
バララララララララララララララララァンン!!
「・・・は?」
ちょ、ちょっと待て。マシンキャノンの発射速度は毎分240発だから、精々もう60発程度上げるだけだと思ってたが・・・こ、これ、少なくとも1500発以上はあったぞ・・・!?
「お、おい明石お前・・・、あの装置って発射速度をどれぐらい上げる計算なんだ?」
横で「上出来ですね」と呟くドヤ顔の明石と、演習弾が200発入っていた筈の弾倉を数分足らずで空にしたマシンキャノンを交互に見ながら、震える声で訊いてみる。
「あれですか?あれはだいたい1800発程度にまで上げる計算ですね」
何事も無さそうに、シレッと答える明石にザンクードは戦慄した。
す、スーパーラピッドどころじゃねぇ!あれはどう見てもハイパークラスだろ!いったいどんなカラクリしてんだ?!
「さて、発射試験は無事成功しましたので、次は実際にザンクードさんに撃ってもらいます!」
「あ、あんなもんを俺に撃てってのか?」
「はい。やはり、持ち運んで運用できないと意味がありませんから。っとと、結構重いんですね、これ。どうぞ」
「分かったよ・・・」
半ば無理矢理マシンキャノンを渡された俺は弾倉を入れ換え、言われるがままに照準を的に向ける。
「ささっ!パーッと撃っちゃって下さい!」
マシンキャノンを構えた姿勢のまま、スッと目を細めて的を絞り、トリガーを引く。
「ぶへぁッ!?」
「ザンクードさん?!」
━━がしかし、発射速度を上げ過ぎた影響で反動が大きくなり、跳ね上がった砲身がザンクードの顔面を盛大に強打した。
強烈な一撃を受けて2~3歩後退ったあと、ガクッと膝から崩れ落ちた彼は、血相を変えて駆け寄って来る明石にゆっくりと顔を向ける。
「あ、明石・・・」
「何ですか?!」
「あの装置だけは、絶対に着けるな・・・。いいか?絶対に、だ━━」
脳震盪を起こした彼はそう言い残し、意識を手放した。
「んぁ?ここは・・・」
「あ、目が覚めましたか?」
ぼやける視界の中、ザンクードは声がする方へと顔を動かす。
そこには、数人の妖精がベッドの上に立っていた。壁が全て白塗りである事から、恐らく医務室であると予想した彼は、気を失う前の記憶をゆっくりと遡って行く。
・・・思い出した。確か俺はマシンキャノンの砲身で顔を打った筈だ。
「妖精さん、今は何時だ?」
「今は20:47時です」
「随分と長く寝てたな・・・。因みに、俺をここに運んだであろう、
「彼女なら、あなたをここに運んだあと、“まだまだ改良の余地ありですね!次は反動抑制装置の開発もしないと!”と言って部屋を出て行きましたよ」
ほぅ、明石の奴はまだあの実験を続けたいようだ。それなら、喜んで手を貸そうじゃないか。勿論、今度の的はあいつ自身だがなぁ。
「その様子ですと、異状はありませんね」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
ポケットから、小腹を満たす為にと保管していたチョコ菓子を取り出して妖精達の足元に置き、部屋をあとにする。
「お大事に~」
「ありがとう」
後ろでフリフリと手を振る妖精に再度礼を言って歩いて行くザンクードのにこやか表情はしかし、ドス黒いオーラを放っていた。
あいつには、いつかエルメリアン魂を叩き込んでやろう。徹ッッ底的にな・・・!
▽
「くしゅんっ!」
「明石さん、どうかしましたか?」
「風邪ですか?」
「え?ううん、何でも無いわ。ただ、何とな~く寒気がしたような、そうでないような・・・」
「「「?」」」
「ま、いっか。さあ、反動抑制装置の完成を急ぐわよ!」
▽
「ハァ、せっかくの休日だってのに、今日は踏んだり蹴ったりな日だ・・・」
この時間だと夕食時は過ぎているので、今から行っても間宮に負担を掛けるだけだろうと考え、購買で何か適当に買う為に廊下を歩いて行く。
「お姉さまーー!待って下さいよーー!」
「ひょっとして、何かに憑かれてるんじゃないか?」と呟きながら廊下を歩いていると、誰かの声が聞こえた。発生源は俺の正面の曲がり角からだ。
「比叡、せめて自分で食べてからにするネー!」
比叡?それに、この特徴的な話し方は金剛か。さては比叡の奴、また妙な物を作って逃げられてるな?
「愛するお姉さまには誰よりも先に、この比叡が気合いを入れて作ったカレーを口にしてほしいんです!」
「そのままなら美味しいのに、妙なトッピングなんてしたら台無しって事に気付いてヨ!」
ドタバタと音を立てながら正面の角を曲がって来たのは、俺の予想通り金剛と比叡だった。
「あ!ヘイ、ザンクード!道を空けて下サーイ!」
「ザンクードさん!金剛お姉さまを止めてくだ━━あっ」
「」
比叡が足を滑らせて態勢を崩し、持っていた山盛りの紫色をしたカレーが宙を舞う。
金剛は早めに危険を察知して身を低くし、ギリギリのところでカレーの直撃を避けた。
では、行き場を失い宙を舞う比叡カレーの向かう先はと言うと━━
「あぁ・・・ジーザス・・・」
重力に従って落下するカレーは、既に諦めた表情をしたザンクードの顔に向けてスピードを増して行き、そして、ベチョッという音と共に彼の顔は鮮やかな紫色に染め上げられた。
「ざ、ザンクードの顔が真紫になってるネ・・・」
「ひ、ひえ~~!?ご、ごめんなさい!!大丈夫ですか?!」
「き、気にする━━うぷっ!?な、何だこの臭い?!ひ、比叡、次からは気を付けろよ?」
そう言って、カレーからはする筈の無い生臭い臭いを消す為、購買への道を引き返したザンクードは自室で替えの服と入浴セットを持って男性用の浴場へと向かう。
「ハァ・・・ヘビーだなぁ・・・」
本当に何かに憑かれてるんじゃないか?と改めて思うと、無意識に大きな溜め息が零れた。
▽
しまった・・・。
水が抜かれた艦娘用の浴槽を前に、木曾は大きく肩を落とす。
現在時刻21:15。夕食後に軽めの運動をしていた木曾だが、今日は浴槽洗浄の為に水が抜かれる事が頭から抜け落ちていたのだ。
「あれ?木曾さん、どうしたんですか?」
妖精の1人が木曾に気付く。
「妖精さんか。実は風呂に入りそびれてな」
「成程・・・。男性用の浴場なら、まだ水を抜いていないので入れる筈ですよ。あそこを使うのは提督さんとザンクードさんだけですし、この時間帯ならもう入り終わってると思います」
「そうだな。それじゃ、さっと入ってくるかぁ」
妖精の言葉を聞いて、これで汗を流せると安堵した木曾はタオル1枚を体に巻いて男性用の浴場へと歩いて行った。
▽
「あ゛~。ホント、疲れた身体によく染みるな~」
無人の浴場で、肩まで湯に浸かった状態のザンクードは親父臭が漂うセリフを吐きながら、天井から灯る暖色の明かりを、ボーッと見つめる。
今日1日、不運の連続で参っていたが、そんな気持ちもどこかに吹っ飛んで行くようだ。こうやって風呂に浸かってると、比叡のカレーを被ったのも、それがどうした?って思えてくるなぁ。
心身共に疲れが癒えたザンクードが、「ま、不運が続けば、その内良い事もあるだろうさ」と呟いたその時、背後で戸がスライドする音を耳が捉えた。
彼は反射的に音がした方角を振り返り、目を見開いて凍り付く。
「なッ!?」
「ざ、ザンクード・・・?!」
浴槽から立ち上る濃霧のような湯気の中、彼の目の前にいたのは一糸纏わぬ姿の木曾だった。
特段大きな起伏がある訳では無いものの、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる、よく鍛えられていると分かる体。スラリと伸びた四肢。
幸か不幸か、この濃い湯気のお蔭で見えたらマズイ場所は隠れているが、1つだけ彼の視線を釘付けにする箇所があった。
「お前、その右目・・・」
彼女の右目は、緑色の左目とは違ってオレンジがかった金色をしているがしかし、ザンクードが言ったのはその瞳に対してでは無く・・・
「ああ、この
彼女の金色の右目を縦に走る一筋の切り傷だった。所謂、『スカーフェイス』と言うやつだろう。
恥ずかしさよりも、木曾の右目の傷痕を見て逆に頭が冷静になって来た事をその身に感じるザンクード。
だからだろうか。彼女が一瞬だけ憂いを帯びた表情を浮かべた事を見逃さなかった。
「・・・こんな所に突っ立ってたら風邪ひいちまうから失礼するぜ」
そう言って木曾は浴槽に入り、ザンクードから少し離れた場所に座る。
「訊かないのか?」
「本音を言うと気になるが、いきなり根掘り葉掘り訊くのもアレだしな」
「おいおい、そりゃあ前の射撃訓練所での嫌味かぁ?」
「え?いやいや、そう言うつもりじゃなかったんだ。あれには逆に感謝してるぐらいだよ」
ククク、と笑いを噛み殺すように冗談を言ってくる木曾に、彼は少し慌てるように否定を入れる。
「訊かれなかったら、あのまま溜め込んでたかも知れない。それに、お前のお蔭で大事な事も思い出せたしな」
「そうか」
しばしの間、浴場に沈黙が走る。
「っと、そろそろ逆上せそうだから先に上がらせてもらうぞ。・・・それと、溜め込み過ぎるのはあまり良くない。差し出がましいとは思うが、もし何か吐き出したい事があれば部屋にでも来てくれ」
「・・・・・」
そう言い残し、ザンクードは浴場をあとにした。
30分後 ザンクード自室
コンコン、と小気味の良い音を立ててドアが叩かれ、「邪魔するぜ」と言って木曾が入ってきた。
「来たか。まあ、そこの椅子にでも座ってくれ。コーヒーは?」
「頼む。ミルクと砂糖は多めで」
「はいよ。結構な甘党だな」
「別に良いだろ?」
ジト目を送ってくる木曾に、プッと小さく吹き出しながら、2人分のコーヒーを作る。
「お待ちどうさん」
「お、わりぃな。頂くぜ」
室内に、ズズズッと熱いコーヒーを啜る音が響き渡る。
「・・・・・・オレは、もともと第八鎮守府所属じゃなかったんだ」
コーヒーを飲んで一息ついた木曾が、ゆっくり重々しく口を開いた。
第八鎮守府所属じゃなかった?つまり、別の鎮守府から異動して来たって事か?
「第八の前の場所は最悪だった。そこの司令官は戦艦ばかりを並べりゃ良いって思考の奴でな。おまけに戦艦の連中も“戦艦様に対して
俺は無言で次の言葉を待つ。
「そんなある日の事だった。オレと駆逐艦娘5人では絶対に突破できない海域に行けと言われた。勿論、無謀だと言い返したが、“援護がある”の一点張りだ。結局、オレが旗艦になってそいつらを連れてその海域まで行く事になった」
『おい、提督!聞こえねぇのかッ?!こいつらはもう大破してる!撤退するぞ!』
《今の場所はどこだ?》
『ああ?!んなもん聞いてどうすんだッ?!援護はどうしたんだよッ!!』
《場所は?》
『チッ!D-7、方位1-5-0だッ!早くこいつらを安全な所へ━━』
《分かった》
「そう言って通信が切れたあと、少ししてから辺りが吹っ飛んだ。始めは何があったか分からなかったが、あとで理解したよ。オレ達は味方が撃った砲弾の着弾目標にされたってな。その時に飛んで来た何かの破片で切ったのがこれだ。これでも治った方だが、傷が深かった事に加えて長時間放置してたのも相まって、これが治癒の限界らしい」
そう言って木曾は、
「深海棲艦は全員沈んだが、限界だった駆逐艦達は1人残らず轟沈。運良く
「そう、だったのか・・・」
「沈んだあいつらはいつもオレの事を慕ってくれてた。なのにオレはあいつらを護ってやれなかったッ・・・!こんな傷なんざどうでも良い!オレはあいつらを殺した奴の片棒を担いだも同じなんだ!オレのせいでッ・・・!」
彼女は、血が出るのでは?と、心配になる程強く握り締めた拳を自身の膝に振り下ろす。
「なあ、木曾」
「・・・何だ?」
「俺がお前と初めて会った日の事を覚えてるよな?」
「ああ、覚えてる。それがどうしたんだ?」
木曾が俺の言葉に「?」と怪訝そうな表情をする。
「あの日、俺は深海棲艦に囲まれているお前達をドローンを通して見ていたが、確か戦艦棲姫とか言ったな?かなり強い奴らしいが、お前はそいつと電達の間を遮るように立っていた。もしあの時、お前がボロボロになってでもあの場所に立ってなかったら、あいつらはどうなってたと思う?」
一息ついてから、俺は再度口を開いた。
「俺が見つける前に全員沈められて、あいつらの笑い話の
その娘達が沈んだという過去を消す事はできないが、もう沈ませないっていう未来は作れるんじゃないか?何もお前1人で背負えって話じゃない。これは俺のクルーが言った言葉なんだがな。
『人も
目の前で、何かを堪えるように小さく震える木曾に手頃なタオルを見繕うと、彼女は「ははは、締まらねぇ奴だな」と言って受け取り、顔を拭う。
「それなら、早速頼らせてもらって良いか?」
「ああ、言ってみな」
「なに、簡単だ。少し胸を貸してくれるだけで・・・良い」
「・・・こんな包容力の欠片も無い胸なんかで良ければ幾らでも」
「助かる」
冗談めかしながら両腕を広げると、その中に、ポスッと木曾の頭が収まり、少ししてから小さな嗚咽が聞こえてきた。
普段は勇ましい木曾も、やはり1人の女の子なんだよな。と思いながら、彼女の嗚咽が止むまで頭を撫でる。
「わりぃ、見苦しいもん見せた」
「誰だってそういう時はある。それを見苦しいなんて言うバカは俺が黙らせてやるさ」
ニッと笑って見せると、目元や鼻が少し赤くなっている木曾の顔がほんの少しだけ赤みを増したような気がした。
「さてと、もうこんな時間だ。そろそろ部屋に戻って寝た方が良い」
「そうだな。ザンクード、今日はありがとな」
「おう、気にするな。お休み」
「お休み」
バタンと部屋のドアが閉まり、それを見届けた俺はベッドに寝転がる。
グゥ~・・・
「しまった、購買で食い物買ってくるの忘れた・・・」
ザンクードは空腹に耐えながら眠るハメになったのだが、それだけでは終わらない。
「・・・・・」
目元を赤くした木曾が彼の部屋から出てきたのを偶然目にした人物が1人いたのだ。
「クマぁぁ・・・」
その人物とは球磨型1番艦の球磨だ。
翌日、完全に語尾の『クマ』が消え去った球磨に呼び出されたザンクードは
「妹に何をしたぁ?あ゛ぁ゛ん゛?」
「く、球磨、話を聞いてくれっ・・・。絞まってる、首絞まってるぅぅ・・・!!」
「ね、姉さん?!ストップ!ストップだ!」
といったやり取りをする事になるのだが、これは余談として置いておこう。
今回、木曾に独自設定を入れさせてもらいました。
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第20話 空飛ぶ悪魔
今日も今日とて出撃し、仲間と共に担当海域の深海棲艦を倒した俺は、鎮守府が肉眼でもはっきりと視認できる距離にまで近付いていた。
「あ゛ぁ゛~、あっづぅ~。やっとここまで来れた~」
「鈴谷、はしたないですわよ?もっとシャキッとなさいな」
隣で航行している重巡洋艦の鈴谷が、うへぇ、とした顔をし、それを妹の熊野が注意する。
「だって仕方ないじゃん・・・。暑いものは暑いんだもん」
「もうっ!あなたにはもう少し乙女としての自覚を持って欲しいものですわ!」
「じゃあ熊野は暑くないの?」
「むぅ、確かに今日はいつもより気温と湿度が高いですが・・・」
腑に落ちないといった顔をしながら、パタパタと手で顔を扇ぐ熊野は辺りに視線を巡らす。
それぞれ個人差はあるものの、皆この暑さにはうんざりしているようだった。
「ね?鈴谷だけじゃないんだよ。ほら、目の前のザンクードだって同じだと思うよ~?」
そう言って鈴谷が指差す先のザンクードは・・・
《リキッドよりザンクード、哨戒任務終了。着艦許可を求める》
「ザンクードよりリキッドへ、着艦を許可する。いつも通り、レールガン砲身への接触には注意しろ」
《了解》
何事も無さそうな顔で艦載ヘリコプターの収容作業を行っていた。
「・・・ちょっとザンクード、そんな格好で暑くないの?」
「え?ああ、暑くはないな」
「うそ!?そんなダッサい長袖着てるのに?!やせ我慢じゃなくて?!」
本当に何事も無さそうな顔で答えるザンクードに、鈴谷は目を剥き、驚愕の声を上げる。
「むっ、ダサいとは失礼な奴だな。いいか?これは結構高性能な戦闘服なんだ。厳選された素材によって、速乾性・低磨耗性は完璧の一言。軽量でありながら非常に丈夫で長保ちする上、行動も阻害されない。ポケットもあるから小物の収納もできるし━━」
十数分後
「━━そして、幾つもの厳しいテストを乗り越えたこの服は俺が就役してから7年後に量産が決まった最新型なんだ。分かったか?」
「う、うん、分かった。長い・・・」
「まあ、暑くないのはこの服じゃなくて、エアコンのお陰なんだけどな。電力が実質無尽蔵ってのは良いもんだなぁ」
「「「・・・は?」」」
何の気無しに言ったザンクードの一言に、鈴谷達の声が重なった。
「・・・へぇ、ザンクードってばそんな物使ってたんだぁ。ふぅーん」
「あらあらまぁ・・・うふふっ」
「す、鈴谷?熊野もどうしたんだ?」
顔に影を落とす鈴谷と、口に手を宛がって上品に笑うが、目がまったく笑ってない熊野。
「・・・頭にきました」
「加賀まで?!」
真顔のまま、抑揚の無い静かな声でそう言う加賀。
「まあ、そうなるな」
「日向、どう言う意味だ?何でこいつらの顔が怖いのか教えてくれ」
「その答えは瑞雲のみぞ知る。だから、君も瑞雲を━━」
「何度も言うがなぁ、俺は瑞雲を搭載できないんだって!カタパルトが無いんだよ!」
「そのレールガンとやらを降ろして、代わりにカタパルトを載せたらどうだ?」
「嫌に決まってるだろ!」
理由を知っている素振りを見せるものの、相も変わらず瑞雲を俺に搭載する事を勧めてくる日向。
「ザンクード、随分とブルジョワだね。抜け駆けかい?」
「抜け駆け?・・・あっ、もしかしてエアコン・・・」
加賀と同じく静かな声の響が、ジーッとこちらを見つめてくる。
彼女の“抜け駆け”と言う発言を聞いたザンクードは、みんなの顔が怖い理由をここでようやく理解した。
「お、お前ら落ち着けよ。俺1人だけエアコン使ってた事は謝るから・・・うん?━━ッ!?」
引きつった表情を浮かべながら後退りするザンクードだが、レーダーが遠くに機影を発見したあと、彼の両目が大きく見開かれた。
「・・・ザンクード、どうかして?」
彼の表情が一気に変わった事を不審に思った加賀が眉をひそめながら問い掛けてくる。
「・・・全員陸に上がって頑丈な遮蔽物に身を隠せ。今直ぐにだ」
「いったいどうしたと言うの?」
「レーダーに航空機影を1つ確認。
デスペラード連邦空軍の戦略爆撃機だ・・・!ギャリソン、対空戦闘用意ッ!」
「アイサー!対空戦闘用意!」
「ちょ、ちょっと!デス・・・何ですって?」
「デスペラード連邦だ。少なくとも、俺の知っている連中はフレンドリーな奴らじゃない。まだ距離がある内に早く避難するんだ!」
反応から見るに妖精達が乗るようなサイズだが、もし向こうに敵意があった場合、いきなり攻撃を仕掛けてくる可能性だってある。
「え、ええ。でもあなたは?」
「無線勧告を行い、向こうの反応次第であれを落とす。提督には俺から伝えておく」
「分かったわ。みんな、彼の言う通りにしましょう」
加賀が残りの艦娘達を連れて陸に上がって行くのを見届け、俺は無線機を司令室にある無線に繋げた。
《ザンクード、どうした?》
「提督、緊急事態だ。レーダーがこっちに向かってくる機影を発見した」
《深海棲艦の艦載機か?》
「いや、もっとデカイ。腹の中に火薬をたらふく呑み込んだバケモノだ」
《爆撃機か!何機だ?!》
「1機のみだが、これが厄介だ。着任した日に俺の事を話しただろ?」
《敵の艦艇に沈められて・・・まさか!?》
「ああ、恐らく俺を沈めた方の国の機体だ。とにかく無線勧告のあと、敵対的な素振りを見せたら即撃墜で良いな?」
長距離対空ミサイル━━ガーゴイルの発射準備を行いながら、提督に確認を取る。
《そうだな。向こうに明確な攻撃の意志があるか分からない今は、まず無線で探りを入れた方が賢明だろう。偶然似ていた、という可能性もあり得る》
「了解。そちらでも会話内容が聞こえるように、無線は開けっ放しにしておく」
そう言い終えると、今度はこちらに接近しつつある航空機に対して無線を開いた。
「接近中の不明機に告ぐ。こちらは日本国国防海軍、第五鎮守府所属ザンクード。貴機の所属と目的を答えよ。応じなければ撃墜もやむ無し」
《━━デーメーデーメーデー!こち━━デ━━ラード連━━軍、有━━所属━━ヴァ━━ャー1!》
無線越しに、酷いノイズ音が混じった声が返って来た。
「不明機、ノイズが激しい。もう1度頼む」
《こちらはデスペラード連邦空軍、有志連合所属ヴァルチャー1!》
ザンクードの予想通り、不明機の正体はデスペラード連邦の軍用機だった。だが、彼は相手から発せられた『有志連合』と言うワードに引っ掛かりを覚える。
「ヴァルチャー1、貴機は現在日本国上空への進路を取っている。目的は何だ?」
《当機は現在被弾損傷によって推力が低下中!緊急着陸の為、着陸許可を求む!》
「何?被弾しているのか?」
《そうだ!あまり長くは保ちそうに━━》
ボンッ!!
「うっ!?」
《クソッ、とうとう第2エンジンまで死にやがった!パワーコントロール!第3エンジン噴かせ!》
無線から聞こえた大きな爆発音が鼓膜を殴り、一瞬だけ耳鳴りが生じる。
ここからでも目視できる距離にまで近付いて来ているその機体は、翼下のエンジンから黒煙を
「提督、聞こえたか?この基地に滑走路なんて無いぞ!?」
《ああ、先よりの空港でもここからそこそこ離れている・・・!》
クソッ、どうする・・・!?あんな不安定な機体じゃ不時着水は困難。だが、
良い解決案が浮かばず歯を食い縛っていたザンクードだが、チラリと横目に見えた埠頭に隣接された倉庫を見た瞬間、1つだけ策を閃いた。
「そうだ!まだ望みはあるぞ!」
《何か思い付いたのか?!》
「ああ!あの機体サイズは妖精達の規格だ!ここの埠頭ならなんとか着陸できる!」
《それだ!!》
約1ヶ月前に行った演習での、地対艦ミサイル攻撃を思い出す。
ミサイルトラックを何台も並べれた程の埠頭なら、例え戦略爆撃機と言えど妖精サイズの機体を着陸させるには充分だと考えたザンクードはヴァルチャー1との通話を再開した。
「ヴァルチャー1、聞こえるか?!滑走路じゃないが、着陸におあつらえ向けの埠頭がある!見えるか?!」
《目視で確認した!あそこに着陸して良いんだな?!》
「ああ!ただ、表面が少し粗いから注意しろ!」
《ソフトに降りてやるさ!》
黒い尾を引きながら大きく旋回した爆撃機は、フラフラとしながらも埠頭への着陸コースを取り、
4基の降着装置を展開する。
《よし、良いぞ。距離100・・・50・・・
独特なエンジン音を響かせ、タイヤと地面との接点から白煙を上げながら進んで行く爆撃機は尾部から着陸制動用のドラッグシュートを展開して一気に速度を落としていき、やがてその巨体を完全に停止させた。
「・・・やっぱりこの機体だったか」
陸に上がった俺は、埠頭で停止する巨大な機体を見つめながら静かにそう呟く。
彼自身、何度か襲われた事もあり、嬉しくない意味で馴染みのあるこの戦略爆撃機の名は━━
「B-56D フライング・デビル・・・」
2基で1セットのジェットエンジンを4セット。
計8発ものジェットエンジンを搭載。凄まじい兵器搭載量と長大な航続距離を誇り、空中給油を駆使すればどこへでも、どんな場所でも火の海に変える事ができる、まさに『空飛ぶ悪魔』だった。
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第21話
第五鎮守府の医務室には爆撃機の搭乗員と提督、そして、ザンクードと彼の艤装妖精達が数人集まっていた。
「軽い打ち身以外、特に外傷は見当たりません。全員健康状態は良好です」
爆撃機の搭乗員全員の診断を終えた医務室妖精が、ホッとした顔をしてこちらを振り返る。
しかし、室内の空気は重たく、ザンクード艤装妖精達は全員が緊張した表情で小銃を携えていた。
「・・・あの機首のシャークマウスと尾翼に描かれている、両足で爆弾を掴んだハゲワシのエンブレム。お前達、
「その通り。俺達はデスペラード連邦空軍、第44航空団隷下のヴァルチャー隊だ。・・・待てよ?さっきは事態に追われて気付かなかったが、ザンクードって言ったら、あんたまさかエルメリア海軍の巡洋艦か?まさか、ここに来て会う事になるとはな。俺は機長のツポレフだ」
唐突に口を開いたザンクードの話について行けず、室内の全員が「?」と言った視線を送るが、彼の言葉を理解した妖精━━ツポレフが、フッと笑ってそう告げる。
「『元』だがな。まあそれは今はいい事だ。ツポレフ、1つだけ訊きたい事がある。有志連合ってのはどう言う事だ?」
「・・・そう言えば、あんたは2019年の8月に沈んだもんな。知らないのは当然か」
納得したツポレフはゆっくりと3回頷くと、口を開いた。
「ウチの国内で2つの派閥が存在していたのは知ってるな?」
「ああ、好戦派と終戦派だな?」
「そうだ。そもそもの話、あの戦争も一部の好戦的な将校と政治屋達が始めたのが原因だ。当然、軍内部にも好戦派と終戦派が存在していたんだが、あの事件が完全に別れる切っ掛けになった」
そこで一度言葉を切った彼は、スゥっと息を吸う。
「2019年8月13日の海戦で侵攻艦隊が全滅したあの日だ。“多数の艦艇や航空機、人員、果ては核砲弾を持ち出してまで大和皇国を亡国にしたいのか?”っていう風に切れた終戦派の将校が秘密裏にエルメリア、大和皇国の両政府と結託。そして、デスペラード軍内部でかき集めた、終戦を望む将兵達とエルメリア連邦、大和皇国の3勢力で構成されたのが、有志連合だ」
「成程、俺が沈んだあとにそんな事が起きてたのか。じゃあ、お前達は・・・」
「俺達・・・いや、第44航空団はほとんどが終戦派だ。俺達ヴァルチャー隊は有志連合として作戦行動中に好戦派の航空機の襲撃を受けてな。何機か機銃で叩き落としてやったが結局撃ち落とされ、パイロット達は全員脱出。これで
「これが、今話せる全てだ。せめて、もう少し空を飛んでいたかったがな」と言って締め括ると、彼は静かに口を閉じ、再び室内に静寂が訪れる。
話を聞いていて思ったが、どうやら彼らも俺と同じように撃沈━━いや、撃墜されて、気が付けば別の世界に来ていた。という事のようだ。
「ザンクード、俺は向こうの世界の情勢は詳しく知らないが、彼らから悪意は感じない」
「ああ。こいつら、嘘は言っていないと思う」
先程まで黙って話を聞いていた提督が腕を組み、爆撃機の搭乗員達を静かに見つめながらそう言い、俺もその言葉に同意する。
「お、おいおい。俺が言うのもアレだが、そんな簡単に信じるのか?」
「お前達が嘘をつくのに命を懸けるような物好きじゃなけりゃな」
「嘘なんてつく気は元より無いが・・・」
軽口で言い返すと、どこか腑に落ちない。といった感じでツポレフは黙り込んだ。
「・・・なあ、ザンクード。1つ提案があるんだが」
「奇遇だな。俺もだ」
ザンクードと提督は、フッと笑いながら、ベッドの上で眉をひそめてこちらを見上げる爆撃機の妖精達に━━
「お前達が良ければだが、ここで俺達と一緒に戦わないか?」
そう言って、右手を差し出した。
「戦う?」
「ああ、実はこの世界は━━」
俺はツポレフ達にこの世界の情勢を説明する。聞いた事も無いような話に彼らは終始驚いた表情を浮かべていたが、俺が話し終えた頃、ツポレフ達は視線を下に落としたまま佇んでいた。
「・・・今でこそ有志連合を名乗ってはいるが、俺達は
「デスペラードはデスペラードでも、お前達は
間違っている事を正す為、国に背いてでも仲間と共に行動を起こした勇敢な
「ザンクードの言う通りだ。さっきも言ったように、君達を見ていても悪意は微塵も感じなかった。あとはそっちの意志次第だが、俺達は歓迎するぞ。勿論、どんな答えでも君達の意志は尊重する」
妖精達は一瞬呆けた顔をして固まるが、ハッと我に返って互いに頷き合ったあと、決心した表情で俺達に向き直り━━
「全員同じ思いだ。
俺達ヴァルチャーも一緒に戦わせてくれ。あんな無念を抱いたままで終わるのはごめんだ。俺達はまだまだ空を飛んでいたい!」
確固たる意志を持って、そう言い切った。
「おう。よろしく頼むぜ、ヴァルチャー」
「鎮守府の建物内から見ていたが、あの損傷状態での着陸は見事だった。これからよろしくな」
ザンクード、提督の順番でツポレフ達と握手を交わして行く。
「そうだ。ウチには滑走路が無いから、あの埠頭の一部を改造するように妖精達に頼まないとな」
提督が、ポンッと手で相槌を打つ。
「それなら、フライング・デビルの離陸距離とかの詳細も必要だな。説明書がコックピットにあった筈だ」
「それなら、1度機体の元に向かうか。弾薬の件も頼まないといけないしな。提督はどうするんだ?」
「俺はこの事を書類に纏めて上に報告しないといけないから、その件はお前達に任せても良いか?」
「分かった。よし、行くぞみんな」
「「「了解!」」」
そう言って、提督と別れたザンクードは艤装妖精達とツポレフ達を頭や肩に乗せた状態で医務室を退室し、爆撃機を保管してある工廠へ歩いて行った。
▽
工廠
「はぇ~、デッカイですねぇ・・・」
「こんな巨体で空を飛べるなんてなぁ。二式大艇の倍はあるぞ」
「エンジンを8基も搭載した航空機なんて、初めて見ましたよ」
「この機首の厳ついノーズアート、俺達の飛行機にも描けないか?」
「かっこいいッスよね~!」
「今にも私達に食い付いて来そうね・・・。あとでこの機体のパイロットに描き方訊いてみようかしら」
工廠の床上では、妖精達が爆撃機を見上げて感嘆の声を上げたり、機首のシャークマウスを興味津々な表情で眺めたりしていた。
そして、ここの主のような存在である明石はと言うと・・・
「お、おお・・・!何ですかこのジェットエンジンは!?旧式ジェット機とは比べ物にならない代物ですよ!」
「しかも整備が意外と楽!」
「この機体後方から延びてるのってガトリング砲じゃないか?!」
「機首下部や機体上面にも機銃搭がありますよ!」
工廠妖精達と共に、損傷していた機体本体やジェットエンジンを嬉々とした表情で修理していた。
「な、なあ、ザンクード。あいつらに修理任せても大丈夫なのか?」
工廠に到着して早々、ツポレフが口角の片方をヒクヒクとさせながら引いた目付きで明石達を見つめる。
無理も無いだろう。彼女達は機体の修理をしながら、時折機銃やジェットエンジンに頬擦りをしていたのだから。
・・・キラキラとしながら。
「ああ、うん。あれを除けば良い奴らだぞ」
「そ、そうか。取り敢えず、滑走路の件を伝えないと」
「分かった。お~い!明石、妖精さん達!」
ザンクードが両手を口元に宛がって明石達を呼ぶと、声に気付いた彼女達は集まって来た。
「はいはい、何ですか?ザンクードさん」
「いやなに。新しく爆撃機のパイロットが仲間に加わったんだが、飛ばす為の滑走路がウチには無いから埠頭の改修工事と、弾薬の量産も依頼したくてな」
「ふむ。滑走路に関しては、その爆撃機のスペックデータがあれば可能ですよ」
「それなら問題無い」
俺の頭の上に乗っているツポレフが口を開いた。
こいつ、中々渋い声してるよな。と思いながら、彼を掌に乗せて明石の方へ近付ける。
「あら、あなたがあの爆撃機のパイロット?」
「ああ、俺はツポレフ。あのフライング・デビルの機長を務めている。コックピット内に説明書を保管しているから、そこにデータは記載されている筈だ」
明石達に軽い自己紹介をしたツポレフが、クイッと顎で爆撃機を指した。
「成程、『空飛ぶ悪魔』と言う意味ね。オッケー!機体の修理と平行になるけど、元々大きいあの埠頭なら少し手を加えるだけだから楽勝よ!弾薬は1発ずつ取り出させてもらうわね」
こうして、鎮守府埠頭の改装工事と弾薬の量産は明石に快く了承された。
なお、余談ではあるが、爆撃機機首のノーズアートに興味津々だったパイロット妖精達がツポレフ達に「描き方を教えて!」と迫り、翌日、半数以上の艦戦、艦攻、艦爆、果てはジェット機にまでシャークマウスが塗られていた事に空母艦娘達は絶句。
その光景を見たツポレフ達は「ワーオ・・・」と呟いたそうだ。
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設定集2
フライング・デビルの設定集です。
今のところ、大きく活躍する予定はありませんが・・・。
『フライング・デビル』
正式名称『B-56D フライング・デビル』
○運用者:デスペラード連邦空軍
━諸元━
全長:53.66m
全幅:62.40m
最高速:1,028km/時
航続距離:17,347km
乗員:8名
機長、副操縦士、レーダーナビゲーター、兵装システム士官、電子戦オペレーター、各機銃手×3
○兵装
・35mm連装機関砲 機首下部・胴体上面の計2基
自走対空砲にも搭載されている機関砲を流用。
毎分550発のレートでの射撃を可能とし、襲来する敵機に対する迎撃は勿論、対地攻撃にもそれなりの効果が期待できる。
レーダー照準の他に、光学カメラによる目視での照準を可能としている。
・20mmガトリング砲 機体尾部1基
機体後方へと伸びる尾部の先に搭載された、口径20mmのガトリング砲。
後方レーダーによって索敵・照準する。
赤外線暗視装置も完備。
D型以前の機体では後方機銃手だけがコックピットから離れた銃座配置だったが、D型からは遠隔操作式となり、唯一仲間外れにされていた後方機銃手の席が移動した。
・チャフ発射機
主翼下面に搭載。
・フレア発射機
機体尾部側面に搭載。
○エンジン
・ターボファンエンジン 8基
燃費と推力向上型を8基も搭載した結果、凄まじい航続距離を手に入れ、更にはその巨体に似合わず亜音速での飛行を可能としている。
デスペラード連邦が誇る大型の戦略爆撃機。
全長よりも長い横幅を構成する要因である長大な後退翼と、2基で1セットに配置された双眼鏡のような見た目のジェットエンジンが特徴。
爆弾倉は2つあり、無誘導爆弾から地中貫通爆弾、果ては対艦ミサイルや巡航ミサイルまで搭載が可能。
これに加えて、主翼の付け根辺りに増設ハードポイントも取り付ける事ができる。
降着装置は機体下部に複列式の主脚を4基と翼端を支えるアウトリガー*1を備えている。
主脚は4基全てが可動式であり、機首を風上に向けた状態で主脚は進行方向に合わせる事で、横風が吹く中でも安定して着陸ができる仕組みになっている。
⇙⇙
進行方向⇧ ⇙⇙風向き
↗ ⇙⇙
機首方向
初期のA型では全ての機銃は口径12.7mmであったが、B型では尾部のみを20mmガトリング砲に換装。これにより、迎撃能力が飛躍的に向上した。
しかし、B型が登場した頃に「ミサイルで攻撃してくるのなら、機銃があっても意味が無い」と言う『機銃不要論』が出現し、次のC型では機銃は全て撤去され、代わりに高い電子戦能力を付与された。
━━が、電子戦能力を底上げしたC型に対し、今度は「逆にミサイルではなく、機銃による攻撃を受ける可能性が高まるのでは?」と言う声が上がる。
結局、電子兵装に頼りきり、自衛用の武器が1つも無いのは危険過ぎるという事から、最新のD型では高威力の機銃が搭載され、より凶悪性を増した状態で先祖返りを果たした。
なお、本機にはただ爆撃するだけでなく、爆弾倉に30mmガトリング砲、40mm砲、105mm砲を搭載したモジュールの開発にも着手されており、対地攻撃機として使用する計画があるらしい。
最後に余談だが、フライング・デビルにはその巨体を活かした極簡易的な兵員搭乗能力もあるのだが、実際に搭乗した兵士はゲッソリした顔で、
「旅客機のエコノミー席の方がマシだ・・・」
と語ったそうだ。
パッと見の外見はB-52がモデルです。
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第22話 パパラッチ・ハント
この第五鎮守府にヴァルチャーこと、ツポレフ達が着任してから1週間が経った。
埠頭の改修工事は順調に進んでおり、あと少しであの爆撃機がまともに離着陸できるようになるだろうが、妖精さん達の作業速度が色々とおかしいと思うのは気のせいだろうか?
一方、朝食を食べ終えたザンクードは提督に呼ばれ、執務室を訪れていた。
コンコンとドアをノックし、「どうぞ」と入室の許可をもらったザンクードはドアノブを捻って室内に歩を進める。
「お、来たか。ザンクードに頼みたい事があってな」
「俺にできる事なら別に構わないが、頼み事の内容は?」
「ああ、実は護衛任務の命令が来てな。それを頼みたいんだ」
椅子に座り、こちらを見上げる提督から告げられたのは護衛任務だった。
「成程。それで、その護衛対象は?」
「物品を満載したコンテナ船だ。制海権を取っているルートを航行する予定だが、前の事もある。念には念を、と言うだろ?今回は航続距離が長い巡洋艦娘達で艦隊を構成する」
彼の言う通り、念を入れておいて損は無いだろう。以前のように大型の艦隊が
「明日の05:00時に出港し、合流ポイントへ向かってくれ。同行する艦娘は俺が組んでおく」
「オーケーだ。護衛任務の件は任せてくれ」
そう言って敬礼をしたあと、俺は踵を返して執務室を退室した。
「あ、ザンクードさん!」
このあと特に用事も無かった俺は、このまま自室に帰るか訓練所に行くかを頭の中で迷っていると、不意に誰かから声を掛けられた。
「?」とした表情で声のした方角へ首を動かす。
そんな俺の視界には古鷹が小走りでこちらにやって来るのが映った。
「おお、古鷹か。おはよう」
「おはようございます。執務室の方から歩いて来られてたみたいですけど、どうしたんですか?」
「いやなに、提督からコンテナ船の護衛任務を任されてな。ついさっき執務室から出てきたところなんだよ」
「陸運や空輸と言った手段もありますけど、大量の物資を運ぶなら大きな船を浮かべた方が圧倒的に効率が良いですからね・・・」
と、2人で会話をしながら廊下を歩いて行く。
「━━それで、暁ちゃんが“一人前のレディーは冷静に対処するのよ!”って言った途端に大きな蛾が鼻に止まって大騒ぎしちゃって」
「はははっ、そんな事があったのか。確かに、いきなりそんな事が起きたら驚くのも無理ないな」
いつの間にか談笑に発展した会話を楽しんでいた
2人だが、この数秒後にとんでもないハプニングが起こるとは予想だにしていなかった。
「そう言えば、この前は━━キャッ!?」
また別の話題に移ろうとしていた古鷹が、短く悲鳴を上げる。
ザンクードの方を向きながら話していた彼女は木製の床にできた小さな凸面に爪先を引っ掛けて前のめりに倒れようとしていたのだ。
「おっと!」
遅れて反応したザンクードは古鷹を支えるように左腕を彼女の正面に差し出し、寸でのところで受け止める。
「おいおい、大丈夫か?前見て歩かないと危ないぞ」
「・・・へ?」
一方、受け止められた古鷹本人は間の抜けた声を漏らし、プルプルと震えながら耳まで赤くなっていた。
「古鷹?・・・おい、ふるた━━」
ムニュッ
「うん?」
左手に柔らかな感触を感じたザンクードは眉をひそめながら、自分の手が誰のどこを支えているかを確認する為に少しだけ首を動かし、そして氷のように固まった。
あろう事か、彼の左手は古鷹の胸部の膨らみに宛がわれていたのだ。
「」
し ま っ た ぁ ぁ ぁ ぁ ッ ! !
内心でそう叫ぶザンクードは誰かに見られてしまう前にこの腕をなんとか戻そうと、古鷹に話し掛ける。
「ふ、古鷹、取り敢えず腕を戻したいんだが、もう下げても━━」
「何をしているんだ?ザンクード・・・」
「「ッ!?」」
「構わないか?」と言おうとしたところで、第3者から底冷えするような低い声を掛けられた。
「き、木曾・・・」
彼は、ヒクヒクと口角の片方をひくつかせながら、声の主の名を口にする。
「・・・お前と古鷹の声が聞こえたから来てみたんだが、邪魔したかぁ?」
ひ、ひぃぃ・・・!冗談ぶってるが、目が全ッ然笑ってねぇ・・・!
「い、いや、やましい事は微塵もしてないぞ!?ただ、古鷹が転けそうだったのを支えたら偶然起きちまっただけだ!」
サッと手を引き、慌てて弁明するザンクードを、木曾は眼帯で覆っていない方の目を細めてジッと見つめたあと、まだ赤くなったままの古鷹へと視線を移す。
視線に気付いた古鷹は、彼の言い分を証明するようにコクコクと頷いた。
「・・・・・・そうか。疑って悪かったな」
「い、いや、咄嗟とは言え、俺の方にも非があったから━━」
ピピピッ、パシャッ!
突如、廊下の角からカメラのフラッシュ音が聞こえ、何事かと思ったザンクード、古鷹、木曾の3人が音の発生源に振り向く。
「「「あ」」」
「青葉、見ちゃいました!名付けて、『鎮守府廊下での修羅場!青葉は見た!』です!」
カメラを持った青葉が、角からこちらを撮影していた。
「よぉし、青葉ぁ。そいつをこっちに寄越せ。妙な真似はするなよぉ?」
3人の中でいち早くフリーズから復帰したザンクードは、ジリジリと青葉に詰め寄って行く。
「ふっふっふっ。こんな特ダネ、そう易々と渡しませんよっ!」
「あっ!待てやゴルァ!!」
そう言って、脱兎の如く逃げ出した青葉をザンクードは猛ダッシュで追い掛ける。
「ハッ!?い、行くぞ古鷹!青葉の奴、あの写真で変な記事を書くつもり━━ッ!?」
遅れて復帰した木曾が、青葉を追い掛ける為に古鷹のフリーズを解こうとして固まった。
「あぁおばぁぁぁぁ!!!」
彼女が鬼の形相を浮かべていたからだ。
▽
「ギャリソン、艤装の定期点検が終了しました。全設備に異常は見られません」
工廠のザンクード艤装内では、妖精の1人が定期点検の報告書を片手にギャリソンの前に立っていた。
「分かった、ご苦労だったな。休んでくれて構わないぞ」
「イエッサー」
そう言って敬礼した妖精は退室して行った。
「ふぅ。何と無く、今日は一仕事ありそうな気がする。面倒事が起きなければ良いんだが・・・」
室内でそんな事を呟くギャリソンだが、彼の予想は見事的中してしまう。
ドアがノックされたあと、先程の妖精がバツが悪そうな顔をして戻って来たのだ。
「・・・?どうした、報告漏れか?」
「いえ、その、ザンクードさんが緊急事態発生と・・・」
今ギャンブルでもしに行ったら、大儲けできるんじゃないか?と現実逃避に走りながら、ギャリソンは甲板へと駆けて行った。
「ザンクードさん、緊急事態との事ですがどうしました?」
「ギャリソン!青葉が俺と木曾、古鷹を題材に妙な記事を書こうとしている!」
「・・・はい?」
ギャリソンの口から半オクターブ高めの声が漏れた。
「すいません。理解が追い付かないので、もう少し具体的にご説明を願えますか?」
「そ、そうだったな、スマン。まずはだな━━」
焦燥した顔つきのザンクードは、古鷹の件は一部隠した状態で事の経緯を説明する。
「はぁ。つまり、青葉さんが盗撮した写真を使って、あらぬ記事を書こうとしているから、我々にも探すのを手伝ってほしいと・・・」
「そうだ。ったく、あのパパラッチめっ!青葉を捕縛できたら、俺が間宮の料理でも羊羮でも、好きなだけ奢ってやるから━━」
《総員、戦闘配置!リキッド、ランナー各機は速やかに発艦せよ!》
「「ッ!?」」
突如、艦内警報がけたたましく鳴り響き、ヘリ甲板の格納庫ハッチが開いて中から艦載ヘリコプターが姿を現した。
《管制、こちらリキッド。発艦準備完了》
《了解した。リキッド機の発艦を許可する。ランナー、リキッドが発艦したら次は君達だ。なんとしてでも彼女を発見してくれ》
《あいよ、任せな!砂浜に落ちたコンタクトレンズを探すよりかは楽勝だぜ!》
「ハァ、現金な奴らめ・・・」
ギャリソンが眉間に手を宛がい、かぶりを振る。どうやら、ザンクードの“間宮の料理でも羊羮でも、好きなだけ奢ってやる”と言う言葉に、艤装妖精達が反応したようだ。
「よ、よし、いいぞ・・・!!オペレーション
『パパラッチ・ハント』開始だッ!!」
▽
なんとかザンクードを振り切った青葉は先程激写した特ダネが入ったカメラを持って鎮守府庭内の茂みに隠れていた。
と言っても、最も肝心なシーンはギリギリ撮影を免れていたので、記事にされても誇張される程度なのだが、それを知らない3人は青葉を血眼になって探しており、捕まったら終わりの鬼ごっこを繰り広げていた。
彼女は辺りを警戒しながら、茂みからソローっと顔を出す。
「青葉ぁ!!今直ぐに出て来なさい!!」
姿は見えないものの、カンカンに怒った古鷹の声を青葉の耳が捉え、反射的に頭を引っ込めた。
「おっとっと。向こうには古鷹さんがいるようですね、危ない危ない・・・」
古鷹の怒りに満ちた声を聞いて軽く身震いする青葉は、どうやって彼女をやり過ごすかを思考する。
「ふむ、ここは明石さんに作ってもらった秘密の抜け道を使って回避しましょうかね」
「━━ほう、その秘密の抜け道とやらはどこに繋がってるんだ?」
「ふふん。それは勿論、誰も使っていない一室を改造した━━へ?」
ここでようやく異変に気付いた青葉は、ギギギッと油の切れたブリキ人形のように背後を振り返った。
「き、木曾さん。い、いつからそこに?」
「“おっとっと、向こうには古鷹さんがいるようですね、危ない危ない・・・”辺りからだ」
「ほとんど最初からじゃないですか!どうやって見つけたんですか?!」
その言葉に木曾は無言で空を指差す。
それに釣られて青葉が空を見上げると、上空にはザンクードの艤装から飛び立った2機のヘリコプターが旋回しており、加えて木曾が左手に持っている無線は「ターゲット発見!繰り返す!ターゲットを発見した!」と騒ぎ立てていた。
「ま、まさか空から見られていたんですか・・・?!こんな木と茂みの中で?!」
「
「はい?」
「まあ・・・頑張れ」
なぜか木曾から憐れみの籠った視線を送られ、「?」と言う表情で彼女を見つめる青葉だったが、突然背後から誰かに肩をトントンと叩かれ、何の気なしに振り返る。
「青葉、みーつけたっ♪」
「」
そこには満面の笑みを
「イィィィヤァァァァァァ!!!」
このあと、青葉がどうなったかは彼女の為に伏せておくが、遅れてやって来たザンクードはただ一言こう語った。
「怖かった」と。
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第23話 大規模改装
翌日 工廠
コンテナ船護衛任務の当日。
05:00時には出港する為、普段よりも幾時間か前に起床し、身支度を整え、朝食を終えたザンクードは艤装のチェックをしに工廠を訪れていた。
「おはようギャリソン。準備は万全か?」
「おはようございます。全クルー万全の状態です。定期点検も昨日の内に完了しており、問題箇所は見当たりません。ただ、補助ボイラーの定期点火試験は洋上で行った方がよろしいかと」
「フィルターで処理しているとは言え、排煙を出すのには変わり無いからな・・・。分かった、出港後に試験を実施しよう」
「イエッサー」
ザンクードには原子炉が2基搭載されているのだが、設計の段階で『やむを得ず原子炉停止に陥った際』の補助機関として、タンカー用の重油ボイラーも2缶搭載されている。
その為、ザンクードの上部構造は不自然な程巨大な煙突を持つ事になり、他の艦艇には見ない独特のシルエットとなった。
向こうの世界では使う事は特に無かったが、定期点火試験は月に1度の周期で行われており、今日がその日なのだ。
「それとなんだが・・・」
彼は、床に倒れ伏すピンク髪の誰かさんと妖精達をチラリと横目で見る。
「あいつらは何でここでぶっ倒れてるんだ?」
「あぁ・・・彼女達ですか。スーパーラピッド装置と反動抑制装置を1つに纏めてコンパクトにするとか何とかで悪戦苦闘した成れの果てです」
あの話まだ続いてたのかよ。て言うか、本気でやる気なのか?
「ハァ、進展は?」
「あと一息らしいです」
「マジかよ・・・」
などと会話を交えていると、工廠に2人の人影が入って来た。提督と木曾だ。
「おはようザンクード。随分と早いな」
「うん?ザンクードじゃねえか。おはよう」
提督、木曾の順に挨拶をしてくる。
「ああ、おはよう。そっちも随分と早いじゃないか」
「実は明石に呼ばれていてな。なんでも、艦娘の大規模改装の件らしい。で、その対象が・・・」
「オレって訳だ」
そう言って、木曾が1歩前に出てきた。
大規模改装。ある一定の基準まで力を付けた艦娘に施す事ができるらしく、艦娘によっては容姿や艦種が変わる者もいるそうだ。
第八の前の鎮守府から戦い続けてきた彼女なら、その基準を満たしているのも十分納得ができる。
「成程、それでこんな早い時間に工廠に来たのか。だが、生憎明石はそこで
後ろで「むにゃむにゃ」などと寝言を言う明石達を親指で指すザンクード。
「ったく、明石の奴め。参ったな、この状態の明石を起こすのは骨が折れるぞ」
「起こせば良いんだよな?」
「・・・?そうだが、さっき言ったようにこいつを起こすのは一筋縄じゃいかないんだよ」
「それなら良い方法があるぞ」
提督と木曾が怪訝そうな表情で見つめる中、ザンクードは「あの部屋は防音か?」と質問をする。
「その通りだが、それがどうした?」
「なに、こいつに清々しい朝をくれてやるのさ」
ニヤリと笑う彼は防音が施された部屋に明石を運び込み、そのあと空砲に入れ換えたマシンキャノンを持って部屋の内鍵を閉めた。
恐らく、ここでほとんどの方には察しが付いたことだろう。
「準備よしっと」
明石に、あまり役に立たない耳当てを宛てたザンクードは片手に持ったマシンキャノンを上に向け、そして━━
「起きる時間だぞ、明石」
容赦無くトリガーを引いた。
ドッガッガッガッガッガッガッガッガッガッ!!
「ッ!?なな、何ですか何ですか?!敵襲ですか?!」
冷たい水を掛けられたように、文字通り飛び起きた明石は辺りをグルングルンと見渡し、ザンクードを発見する。
「ざ、ザンクードさん・・・?まさか、今のって・・・」
「よう、明石。おはようさん。目が覚めたか?」
「び、ビックリするじゃないですか!もっとマシな起こし方して下さいよ!」
「でも1発で起きたじゃないか。木曾の改装を控えてるんだろ?」
「あっ。そ、そうでした!スーパーラピッドと反動抑制装置の複合化に手間取って━━ハッ!?」
「もうとっくにバレてるから隠しても意味無いぞ。それより、早く行ってやったらどうだ?」
そう言って、ドアの鍵を開けた。
「わ、分かりました!」
明石は、タタタッと木曾の元へと走って行き、彼女と共に改装用の部屋へと向かう。
「お前、随分とエグい起こし方するなぁ」
提督が苦笑いを浮かべながら歩み寄ってきた。
「あれぐらいの仕返しは良いだろ?こっちは前に休日を潰されたんだ。それに、耳当てはちゃんと着けてやったしな」
マシンキャノンから空砲の入った弾倉を取り外しながら、そう言い返す。
改装した木曾がいったいどんな風になってるのか、楽しみだな。
と思いながら、明石と木曾の後ろ姿を見つめるザンクードだった。
「よう、待たせたな。改装完了だ」
改装を終えた木曾が明石と共に戻って来る。
彼女は改装前と改装後とで容姿が変わっていた。何と言うか・・・こう、『キャプテン』と言う言葉が似合いそうな姿だ。
衣装はあのセーラー服の上から羽織った黒いマント、折り返しの付いたグローブとブーツ。
艤装には白黒の虎柄迷彩が施され、単装砲が背面右舷からその姿を覗かせており、加えて背面左舷に2基と両大腿に1基ずつ5連装魚雷発射管を装備。
右大腿の艤装には金文字で『弐』の文字が刻まれ、腰には弾帯を巻いている。
そして、以前は黒色だった眼帯は金の格子状の装飾が追加され、右手には軍刀を携えていた。
何か、かっこいいな・・・。
今の彼女に何か言われれば、無意識に「イエス・マム!」と言って敬礼をしてしまいそうだ。
「木曾さんは大規模改装を行い、軽巡洋艦から重雷装巡洋艦と言う艦種に変わりました」
と、明石が説明を始める。
なんでも、今の木曾は魚雷を山のように積めるらしく、それに加えて甲標的なる潜水艇を載せれば、敵に気付かれる前に雷撃を行えるらしい。
ただ、残念な事に甲標的は現在の第五鎮守府には無く、今後の開発に頼るしか無さそうだ。
まあ、提督の運があれば出せん事も無いだろう。
俺?・・・いやぁ、開発はちょっとなぁ・・・。
━━おいそこ。
今なら重対艦ミサイル4発で済ませてやる。
などと、誰に向かってのものか分からない言葉を内心で呟いていると、今度は4人の人影が工廠に入って来る。
今回の護衛任務のメンバーだ。
因みにメンバーはザンクード、木曾、球磨、多摩、川内、古鷹の6名である。
「全員揃ったな。もうそろそろ時間だ。艤装を装備して埠頭に向かってくれ」
腕時計と工廠の壁の時計を交互に見る提督がそう告げ、俺達は各自の艤装を装備して埠頭に出る。
「よし、現在時刻05:00時。全員、気を付けて行ってこいよ!」
「「「了解!」」」
提督の声を背に、俺達は第五鎮守府を出港した。
鎮守府を出港してから数時間。
「ザンクードさん、そろそろ」
ギャリソンが肩に登って、そう告げる。
「そうだな。機関部、これより補助機関の定期点火試験を開始する」
《アイサー、これより補助機関を始動します》
機関室からの応答があったあと、重油ボイラーが唸りを上げ、しばらくしてから背部の煙突が薄灰色の煙を吐き始めた。
《こちら機関部、補助機関は順調に作動中。異常ありません》
「分かった。このまま慣らしの為、しばらくの間はつけっ放しにしておいてくれ」
《アイサー》
ヘッドセットのスピーカーから、プツッという音がしたあと、内線が切れた。
「ザンクードさんは機関を2種類も載せてるんですか?」
古鷹が並走しながら、そんな質問をしてくる。
「まあな。原子炉だって無敵で万能って訳じゃない。いざって時でも対処できるよう、補助機関として1万8500馬力のボイラーを計2缶用意してるのさ」
「2缶・・・意外と少ないんですね」
「その分デカイんだよ。この姿じゃ縮小されてるが、元はビル3階くらいの高さがあったんだぞ?」
「随分と大きいですね・・・!?重巡なら4缶以上積んでいるのが普通だったので」
「まあ、古鷹達は主機関として搭載してたからな。俺のはあくまで行動不能になるのを防ぐ為の予備動力だよ」
ザンクードが自身の煙突から出る煙を横目で見つめていると、不意に横から誰かが躍り出てきた。
「ねえねえ!ザンクードは夜戦って得意なの?」
先程から夜戦夜戦と騒ぎ立てていた川内だ。
何を隠そう彼女は大の夜戦好きであり、鎮守府でも夜になったら騒ぎ始める程である。
因みに初めて会った時、開口一番に「夜戦好き?」と訊かれて戸惑ったのはここだけの話だ。
「うーん・・・。ハッキリ言って、昼も夜も大して変わらなかったな。俺にはお高いレーダーやら光学装備やらが満載されてるから、それを使えば夜でも昼のように見渡せたんだよ」
マシンキャノンや35.5cm連装砲などの上に装備されている光学照準器を指差しながら川内に説明をすると、彼女の目が更に輝きを増した。
無論、明石のように精密機器を前に興奮した訳では無い。
「実際、こいつを使って夜中に━━」
「見せて見せて!」
ちょっと得意気に語り始めようとした刹那、川内がキラキラとした目でザンクードを見つめながら、暗視装置搭載の光学照準器を指差した。
「・・・壊すなよ?」
ショボンとしたザンクードはマシンキャノンに取り付けられた光学照準器を取り外し、川内に手渡す。
「ありがとう!おぉ~、これがあれば夜戦で大暴れできるじゃん!」
照準器を手渡された彼女はそれを覗き込みながら、子供のようなはしゃぎ声を上げる。
これでしばらくは静かだろうと思い、「ふぅ」と息をついたザンクードが再び前に向き直ったところで、目の前で会話する球磨型姉妹が視界に入り込んだ。
クマやニャーの語尾と共に末っ子の改二を祝う声が聞こえる。
にしても、本当に変わった話し方をするな。
姉2人がクマだのニャーだの言ってるとすると、木曾の場合は・・・
そこで、ふと一瞬だけ脳を
「・・・木曾だキソー」
ボソリと呟く。
「っ!」
すると、ザンクードの小さな呟きを捉えた球磨がゆっくりとこちらを振り返り、そして目が合った。
あっ、しまった。
あの日━━木曾の過去を聴かされた日の翌日に、ちょっとした誤解から球磨に締め上げられた時の光景が思い起こされる。
「・・・ザンクード」
「は、はひっ!?」
顔を俯かせたままの球磨の呼び掛けに、ビクリと肩を震わせながら返事をするザンクードのなんと情けない事か。
だが、その反応をするのも仕方が無いだろう。
あの時の球磨は
敵の空母打撃群を前にゴムボートで向かわされた兵士のような表情を浮かべるザンクードの直ぐ目の前までやって来た球磨は━━
「やっぱりザンクードもそう思うクマ?」
そう言って、彼の肩に右手をポンッと置いた。
「・・・はっ?」
「いやぁ、まさかここに同志がいるとは思わなかったクマ!」
理解が追い付かず、呆けた表情を浮かべるザンクードの肩を球磨はバシバシと叩く。
「ほら、ザンクードもそう言ってるクマ!木曾もこれからは語尾に『キソー』を付けるクマ!」
「木曾も多摩達とお揃いニャ」
「嫌に決まってるだろ!ぜってぇ言わねぇからなっ!」
羞恥から顔を真っ赤にして叫ぶ木曾を見た艦隊は笑いの渦に包まれ、ザンクードは「?」の表情のまま固まっていた。
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第24話 一触即発
あれから更に数時間後、レーダーが大型商船クラスとその護衛と思わしき反応を捉えた。
合流ポイントとも重なっているので、今回護衛する対象と見て間違いは無いだろう。
その事を他の面々に伝え、反応の発生源に向かったザンクード達の前に浮かんでいたのは大型のコンテナ船1隻とその護衛として随伴している濃灰色をした中型艦艇1隻だった。
「初めまして、私は本船の船長を務める
「これはご丁寧に。貴船の護衛を引き継ぎました。日本国国防海軍、第五鎮守府所属のザンクードです。こちらこそよろしくお願い致します」
護衛艦艇から任務の引き継ぎを行ったあと、コンテナ船の船長と軽く挨拶を交わす。
今回は九州地方の港までの護衛任務であり、距離はそこそこと言ったところだ。
帰投して行く護衛の艦艇から発せられた、航海の安全を祈る通信に返礼したザンクード達はコンテナ船を取り囲むように布陣しながら目的地への航路につく。
そして、昼夜のシフトを回して辺りを厳重に監視し、稀に現れた
特に危なげも無く、無事にコンテナ船とそのクルー達を目的地まで送り届ける事ができた。
さて、無事到着できたし、そろそろ提督に連絡を入れる時間だな。
作業員達が忙しなく動いて作業行う様を横目にザンクードは、第五鎮守府で待つ提督に報告を行う為、無線のスイッチを入れた。
「提督、ザンクードだ。聞こえるか?」
《聞こえてるぞ。そっちはどうだ?》
「ああ。途中で
《そうか。何事も無くて良かったよ。引き続き、帰りの護衛も頼んだ》
「了解。それじゃあ」
そう言って無線を切り、港湾に設置された大型のクレーンがコンテナ船から積み荷を降ろす光景を眺める。
「ザンクード、何してるんだ?」
「うん?木曾か。ただ単にあれを眺めていただけだが、どうかしたか?」
「姉さん達が腹が減ったって駄々を捏ねてるんだ。そろそろ抑えきれない」
木曾が後頭部をガシガシと掻きながら、「お腹空いたクマ!」とか、「魚がたくさん載った海鮮丼を所望するニャ!」などと駄々を捏ねる2人の姉を見つめていた。
「あはは・・・、お前も大変だなぁ」
と言って苦笑を浮かべるザンクードは、木曾と共に球磨達の元へ歩いて行く。
軍が使用している倉庫に艤装を保管したあと、港町で手頃な飲食店(多摩の強い要望により海鮮系)を探して腹を満たした。
翌日 20:00時
港湾に立てられた電灯が辺りを照らす中、出港準備の整ったコンテナ船と共に、ザンクード達は港を出発する。
あとは来た道を戻り、彼らを母港まで無事に帰港させるだけだ。
しかし、『だけ』とは言ったものの、決して気を緩めている訳では無い。こんな
加えてレーダーが通用しない相手なので、今の俺はレーダーで水上を監視する一方、ソナーやヘリコプターを使って水中にも目を光らせていた。
「ッ!・・・ザンクードさん、ソナーが微弱な音波を拾いました。方位1-2-0、これは明らかに
「分かった。古鷹、ソナーが潜水艦らしき物音を捉えた。少し行ってくる」
「分かりました。気を付けて下さいね」
「ああ、ありがとう」
そう言い残してコンテナ船から離れた俺は、音を拾った地点へと向かった。
「
「ソナーを見張っておいて正解だったな。対象との距離を測定する。
「ピンガー、了解」
コォォン・・・、という高音が水中へと放たれ、音の反射から相手との距離を確認すると同時に、12連装対潜ロケットに発射座標と爆発深度を入力していく。
「ザンクードさん、敵に動きあり。・・・発射管の開放音!」
「今打ったピンガー音で自分達が発見された事に気付いたな」
「敵艦、魚雷発射!放射状に4基接近中!」
その声と共に、ヨ級から放たれた魚雷がこちらに向かって来る。
「クソッ、今のは少し危なかったな。だが、発射機の各種入力は完了した。吹っ飛ばしてやる・・・!」
1発だけスレスレを横切って行ったが、持ち前の機動力でなんとか全てを回避したザンクードが、3基ある対潜ロケット発射機の内1基をヨ級のいる方角へ向けた。
「対潜ロケット斉射!」
「アイサー!対潜ロケット斉射!」
妖精が復唱しながらボタンを押し、ボボボボン!と勢い良く音を立てながら対潜ロケット弾がヨ級へ向けて放たれる。
数秒後、敵が潜んでいる辺りの水面に幾つもの水柱が噴き上がった。
《海面に浮遊物多数。敵潜水艦ヨ級の撃沈を確認》
「分かった。引き続き、警戒態勢を敷いておこう」
《ラジャー》
ヘリコプターからの報告を聞いたザンクードは「ふぅ」と一息ついてからコンテナ船の元へと戻って行った。
そして、行きと同じく昼夜のシフトを回しながら護衛を続けて約2日後。
一同はコンテナ船の母港へと到着した。
「この度はありがとうございました。またご縁があればよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願い致します。それでは失礼します」
敬礼をしたのち、ザンクード達は第五鎮守府への帰路につく。
「ふぁ~ぁぁ。疲れた、眠い・・・」
「典型的な昼夜逆転だな。これからは夜に騒ぐのを止めたらどうだ?」
大きなあくびをする川内に、木曾が呆れたような表情を浮かべる。
「え~、そんなの私じゃないじゃん。夜って言ったら川内、川内って言ったら夜戦でしょ?」
そんな川内の反論に「ハァ、もう手がつけられねぇな」と溜め息を吐きながら困ったようにかぶりを降る木曾をザンクードが横目に見ていると、レーダーに6つの反応が現れた。
「レーダーに反応、数6つ。・・・大きいな、反応の6つ全てが戦艦クラスだ」
「深海棲艦クマ?」
「いや、艦娘だ。にしても、ヘビーな編成だな━━って、おいおい・・・」
球磨の問いに答えるザンクードだったが、その進行方向を確認するや否や顔をしかめる。
相手はこちらの進路に
勿論、強引に航行しようとしているのは相手側である。
「ったく、無茶な真似するなぁ。我道を行くってか?」
そう言いながら、ザンクードは無線機のスイッチを入れた。
「ん゛ん゛!方位0-3-0より接近する戦艦部隊へ告ぐ。こちらは日本国国防海軍、第五鎮守府所属艦隊である。貴艦らは現在こちらの進路を強引に航行しようとしている。航行規定に
ヘッドセットを耳に押し当て、それの左パーツから伸びるマイクを口元に寄せながら無線通告を行うが、このあと、予想外の言葉が返って来る事になる。
《こちらは第十一鎮守府所属艦隊。
目障りだ、貴様らが道を空けろ。
「・・・なに?」
相手はザンクードが持つステルス性の影響で彼を駆逐艦と誤認しているようだが、言われようの無い突然の罵倒を聞かされたザンクードは片眉をピクリと持ち上げた。
彼は、自分達の声がマイクに入らないように設定したあと、怪訝そうな表情で自分を見つめてくる球磨達にゆっくりと振り返る。
「ザンクード、どうしたクマ?」
「・・・無線越しにいきなり罵倒された。目障りだから俺達が道を空けろとさ」
「「「はあ!?」」」
ザンクードを除く一同が一斉に声を上げた。
当然だろう。規定を破っているのは向こうにも関わらず、その事を伝えた途端に罵倒が返って来たのだから。
「所属は第十一鎮守府だそうだ」
「ッ!!?」
ザンクードの言葉を聞いた途端、木曾の顔色がみるみる悪くなっていく。
「木曾、どうしたニャ?」
「だ、第・・・十一・・・だと・・・?」
彼女の反応を目にしたザンクードは、まさか・・・。と内心呟いた。
俺の予想が正しければ、第十一鎮守府は木曾が第八鎮守府に来る前の基地だ。つまり連中は━━
《聞こえなかったか?退けと言っている。貴様ら風情が、我ら戦艦に対して“
━━連中は、木曾とその仲間の駆逐艦娘を撃ったクソ共だッ・・・!!
第十一鎮守府の戦艦部隊が肉眼でも目視できる距離にまで近付いて来ている。どうやら、本気でザンクード達に道を譲らせるつもりのようだ。
木曾が語っていた事を思い出し、頭の中で血が煮立ってくるのを感じながら、無線のマイクをオンにする。
「随分と言いたい放題だな。戦艦様だろうが国家元首だろうが、決められたルールすら守れん相手に
《貴様ぁ・・・!》
相手の声が震えている。どうやら、怒らせてしまったようだ。しかし、ザンクードはそんな事はお構い無しに自艦隊の先頭に立ち、ギャリソンに「衝突警報を鳴らしておけ」と命令した。
艤装内から、ヴィー!ヴィー!という騒々しいブザーが鳴り響く。
《舐めるなよ!さっさと道を空けろと言っているのが聞こえんのかッ!!》
「さっきも言っただろうが。規定を破っているのはお前らだ。
と言う風な言い合いをしている内に、とうとう相手が直ぐそこにまで迫っていた。
《生意気な・・・!!今この場で沈めてやろうか・・・!!》
「やってみろ。その時は正当防衛で全員動けなくしてやる。勿論、このやりとりは全て記録してあるから、こっちは大手を振ってやれるぜ?」
そう言い残して無線をブチリと切ると、艤装内で鳴っている衝突警報の音が再度耳に入ってくる。
「ザンクード、お前何をするつもりだ?」
「・・・少しチキンレースをな」
まだ顔色が悪いままの木曾の問い掛けに、ザンクードはフッと笑いながら答えた。
「ザンクードさん、相手との相対距離が200mを切りました!」
「警笛を短く鳴らせ。どうせ意味は無いだろうが・・・」
機械によって合成された重低音が短く断続的に鳴り響き、衝突寸前である事を相手に
「残り50m!」
「ハンッ、やっぱりな。目ぇ見開いて驚いてやがる」
とうとう相対距離が50mを切ったところでザンクードが目を凝らすと、相手は心底驚いた表情を浮かべていた。
と言うのも、駆逐艦だと舐めていた奴が自分よりも巨大な戦闘艦だったなら、あの反応も頷ける。
そこからの展開は早かった。
「ッ!?艦隊、取り舵一杯!!」
そう艦隊の全員に命令を下す戦艦娘は、完全に焦りきった表情を浮かべていた。
あんな奴と衝突したら、タダでは済まない、と。
「覚えておけ・・・!!」
進路を変えた戦艦部隊はそんな捨て台詞を残しながら、ザンクード達とスレスレの距離を保った状態で横切って行った。
「こっちとしては、お前らの事なんざなるべく早めに忘れたいんだがな」
そう呟いたあと、木曾の元へ近付く。
「木曾・・・あいつらだな?」
「ああ、忘れもしねえよ・・・」
顔に影を落としながらそう呟く彼女と、事情を知っている俺と球磨。そして、何事かと慌てる古鷹、多磨、川内。
重苦しい空気のまま、一同は第五鎮守府へと向かった。
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第25話 テストフライト
護衛任務から帰還中の海域で起こったいざこざから3日後、執務室。
「司令部から連絡があった。先の件、第十一鎮守府には厳格な罰則を与えるとの事だ」
と、提督は静かな声でそう告げる。
あの戦艦部隊と遭遇したあとの事を順を追って説明するとこうだ。
第五鎮守府に帰還後、旗艦を務めていたザンクードは提督にあの出来事を報告し、艤装内に保管してあった記録も提出。
↓
報告を受け、記録を確認した提督は即座に司令部に向けて報告。
↓
そこから、俺と相手艦隊とのやりとりを念入りに確認し、第十一鎮守府にも確認を取ると相手は大人しくそれを認めた事で、一応の決着は付いた。
「だが・・・」
「・・・ああ」
しかし、俺も提督も重苦しい表情を浮かべていた。
理由は、今回の件がまだ可愛いと思える程の出来事━━木曾が第八鎮守府に流れ着く事になった要因に関してだ。
「あの鎮守府の司令官━━
「ふん、どうせ親の七光りか何かだろう。戦果はそこそこ上げてるようだが、親が裏から手を回してるんじゃないか?」
腕を組んだ姿勢のザンクードは目に見えて不機嫌そうな表情で鼻を鳴らしながら、執務室のパソコンで第十一鎮守府の司令官の情報開示ページを見据える。
「その親父ってのがまた曲者でな。肥太と同じ思考の奴なんだが、力がある分余計タチが悪い」
「不祥事の隠蔽なんて朝飯前ってか?で、その息子も親父の傘の下で
勝手な決め付けかも知れないが、木曾の件やその他諸々は
しかし、現段階で「こんな事があった!」と言っても「証拠は?」と言われれば、こちらに関しては物的証拠がまったく無い。そもそも、見られて困る物を放置してる訳も無いだろう。
それどころか、「難癖をつけられた!」と騒がれたら、面倒な事になる可能性もある。
「今の俺達じゃできる事なんてほとんど無い。だが、今回の件で少しは司令部にも動きがある筈だ。ずっと隠し続けるなんてのは無理があるさ」
「そうだな。・・・もし俺が奴を捕まえる事になったら、その時は力一杯殴り飛ばしてやる」
と、不敵な笑みを浮かべながら、ザンクードは物騒な事を呟く。
「ははっ、死なん程度にしてやれよ?」
「少し男前にしてやるだけさ。それに、そのお役が回って来ればの話だしな」
そんな会話をしていると、執務室のドアがコンコンとノックされ、明石が入ってきた。
「明石か。どうかしたか?」
「はい!以前に依頼された滑走路が遂に完成しました!」
明石が、フンス!と自慢気に胸を張る妖精達を肩に乗せた状態で、埠頭の改修工事が終了した事を告げる。
この時ザンクードが、妖精さん達の作業スピードは尋常じゃないだろ・・・。と心の中で呟いたのは置いておくとしよう。
「そうかそうか、ようやくでき上がったか」
「それを聞いたらツポレフ達は大喜びだろうな」
「それが、もう既にお話ししたんです。そしたら“飛ばせてくれ!”と言い始めまして・・・」
更に彼女の話を聴いていくと、ツポレフ達は既にフライトスーツを着込み、フライトヘルメットを脇に抱えた状態で待機しているらしい。
「ふむ・・・。ま、どのみちテストフライトは必要だしな。良いぞ、飛ばせてやってくれ」
提督は手を顎に宛てて少し考える素振りを見せたあと、あっさりと離陸の許可を出す。
「分かりました!早速伝えてきますね!」
そう言うと、明石はスキップしながら部屋をあとにした。どうやら、彼女も早く飛ばしたかったようだ。
「どうせだし、俺も見に行ってみようかな。ザンクードもどうだ?」
「そうだな。このあと特に用事がある訳でも無いし、俺も少し見に行ってみるとするかな」
2人は明石のあとを追って執務室を退室し、爆撃機を保管してある工廠へと歩いて行った。
▽
工廠
「キャプテン、離陸許可出ますかねぇ?」
「さあな。案外あっさりと出るかもしれないぞ?」
爆撃機フライング・デビルの主脚付近では、工廠から見える真新しい滑走路を眺めるツポレフ達の姿があった。
彼らは8人全員が深緑色をしたフライトスーツを着用し、灰色のフライトヘルメットを準備している。
あとは「オーケー」の一言を貰うだけだ。
「もし、ダメだと言われたらどうします?」
「・・・その時はやるしかないだろう」
「何を?」
「捨てられた仔犬みたいな目を向けてやるんだ」
「キャプテン、俺達は泣く子も黙る
「冗談に決まってるだろ。そんな真に受けるなよ・・・」
先程からツポレフと会話をしていた副操縦士の妖精━━ラミウスによる真顔のツッコミに、彼は思わず苦笑してしまう。
こんな時間がもうしばらく続くのかと思い、無意識に大きなあくびをした時だった。
「みんなーー!許可が出たわよーー!」
「「「!!」」」
工廠の入り口から小走りでやって来る明石の口から、確かに“許可が出た”と言う言葉が放たれ、それを爆撃機の搭乗員8名全員の耳が捉えた。
「性能テストを行うから、早速滑走路に出て頂戴」
「っしゃあ!全員マッハでコックピットに上がれ!」
「「「イエッサー!」」」
ヘルメットを装着した妖精達が機首の下側から伸びるハシゴを次々に昇って行き、コックピットの各席に座る。
「昇降ハッチの閉鎖を確認。エンジンを始動する」
コックピットの左席に座るツポレフは手際良く補助動力装置を起動し、8基のジェットエンジンが独特の甲高い音を奏で始めた。
「第1から第8までの全エンジンの始動を確認。異常ありません。明石さんと工廠妖精達の腕には感服ものですよ」
「ああ、あれだけ損傷していたのが全て嘘みたいだ。キャノピーもピカピカに磨きあげられてる。よし、滑走路にタキシングするぞ」
ラミウスが機器の操作を行いながら嬉しそうな声を上げ、それに答えるツポレフも口元を綻ばせたまま滑走路に向けて機体をゆっくりと動かして行く。
《ツポレフさん、聞こえる?》
離陸位置に着いたツポレフが方向舵などの動作チェックを行っていると、ヘルメットに内蔵された無線機から明石の声が響いた。
「明石さんか。感度良好だ。俺達の機体を修理してくれた事、感謝するぜ」
《気にしないで。こんな面白い機体をいじれたんだもの》
「はははっ!そうかい。そいつは良かった」
《まだ調べていない箇所もあるから、今度ゆっくりと見させてね。っと、ごめんなさい。話が逸れたわね。それじゃあ早速離陸して頂戴。そのあとに零戦が続いて離陸するから、そしたらテスト開始よ》
「ヴァルチャー了解。離陸する」
そう言ってヘルメットのバイザーを下ろし、酸素供給マスクを装着した彼は、8本もあるスラストレバーを纏めて奥に倒す。
滑走路の脇から明石や工廠妖精、提督、ザンクードや数人の艦娘達が見守る中、エンジンから耳障りな唸りを上げる巨大な爆撃機は、排熱によって後方に陽炎を作りながら滑走路を疾走して行き、飛翔して行った。
「Yeah!離陸成功!待ちに待った俺達の空だ!」
「ナイス離陸です、キャプテン!」
「空が青いぜ・・・!」
「やっぱり空飛ぶ悪魔は空にいないとなぁ!」
離陸に成功したフライング・デビルの機内は歓喜に満ちた搭乗員の声に包まれる。
ツポレフが操舵輪を微調整しながら巨大な機体を操縦していると、レーダーが2つの機影を捉えた。
「お?来たか。全員、ゼロファイターのお出ましだ!」
蜂の羽音のような音を立てながら横を飛ぶレシプロ戦闘機はフライング・デビルからすると小魚のような大きさであり、そのあまりに巨大な機影を2機の零戦のパイロット妖精達はただただ唖然としながら見つめる。
《無事に離陸できたようね。滑走路はどうだった?》
「完璧だったよ。今まで離着陸してきた、そのどれよりも良い」
《それなら頑張った甲斐があったわ。さてと、零戦も離陸した事だし、テストに入りましょ。まずは機体の運動性能からね》
「了解した」
ツポレフは操舵輪を右に回しながらゆっくり手前に引き、手始めに右旋回を開始した。
▽
「ふむふむ・・・。運動能力は大きさに見合った程度っと」
上空で旋回や上昇下降を行うフライング・デビルの評価を、明石はメモ帳に鉛筆で書き記していく。
その横ではザンクードが何とも言えない表情を浮かべていた。
「ザンクード、どうした?」
そんな彼に気付いた提督が声を掛ける。
「ああ、いや、向こうの世界で1度だけあれと同じ機種に酷い目に遭わされたのを思い出してな」
「その・・・、無理にとは言わんが、何が遭ったか訊いても?」
「・・・フライング・デビル4機編隊による、空対艦ミサイルの一斉攻撃だ。因みにフライング・デビルは空対艦ミサイルなら機内に14発、外付けも合わせたら18発まで積み込める」
「」
ザンクードの口から放たれた、想像以上の攻撃の規模に提督は絶句した。
「仲間と一緒に死に物狂いで迎撃したお蔭で、抜けて来た1発が非重要区画に命中した程度で済んだが、あの時は肝を冷やしたよ・・・」
と、ザンクードは遠い目をしながら、そう語る。
一方、ザンクードが青い顔をしながら自分達を見上げている事など露程も知らないツポレフ達は次の試験に移ろうとしていた。
「オッケー!次は搭載機銃の射撃テストに移りましょ。訓練用の標的機を飛ばすから、合図で全て撃ち落として頂戴」
明石が左手に持つ無線機を口元に宛がい、上空を飛行するフライング・デビルへ向けて次の指示を出す。
《ヴァルチャー了解》
酸素供給マスクによって少しくぐもったツポレフの声が無線越しに返って来たあと、滑走路から3機の標的機が離陸して行った。
▽
「ガンナー、仕事だ!射撃準備!」
コックピット正面の計器板に埋め込まれた画面に映る3つの光点を確認したツポレフが、機銃手の妖精達に声を掛ける。
「こちら
「
「
各機銃を担当している妖精から次々に射撃準備完了の声が上がった。
どうやら、彼らの気合いは十二分にあるようだ。
《━━撃ち方始めっ!》
「よし、ゴーサインが出たぞ!撃ち落とせ!」
ドドドドドドッ!という発砲音と共に標的機に対して機関砲弾が吐き出され、直撃を受けた標的機は瞬く間に粉々に砕かれた。
「な、なんて威力なの・・・!?」
零戦のパイロット━━クウは、孔が空くどころか瞬時に鉄片に変えられた標的機だった物が海に墜ちて行くのを呆然と見つめながら、そう呟く。
そもそも、彼女達の中で常識の範囲に当てはまる本格的な爆撃機と言えばB-29がその代表格であり、搭載機銃は12.7mmの口径だ。
だと言うのに、このフライング・デビルときたらその約2倍の巨体で空を悠々と飛び、加えて機首下部と機体上面に35mm連装機関砲、尾部に20mmガトリング砲を搭載。
これは爆撃機と呼ぶには早速無理がある、まさに『空の戦艦』とも言えるような怪物だったのだ。
《クウちゃん、どう?確認できた?》
零戦のコックピット内で軽いショックを受けていると、連絡用として機内に持ち込んだ無線機から明石が問い掛けてくる。
「え、ええ、全機撃墜を確認しました。特に、35mm機関砲で狙われた標的機は比喩も誇張も無く、完全に粉々です」
《やっぱりとんでもない威力ね。20mmならまだしも、35mmなんてのを撃ち込まれたら、そりゃあ粉々にもなるわよ・・・。あれを載せようなんて言った人は相当な
「ですね。あんな口径の機銃で狙われたら、1発かすっただけでも即墜落、なんて事になりますよ」
《ツポレフさんの話によると、あの機銃なら装甲車を地面ごと
「あれって本当に爆撃機なんですか?私は軍艦にしか見えなくなってきました・・・」
《私もクウちゃんと同意見ね。っと、テストはこれで終了よ。ツポレフさん達と一緒に鎮守府に戻って来て頂戴》
「了解です。それでは」
そう言ってクウは1度無線を切り、横で飛んでいる爆撃機のパイロットに繋げ直した。
「ヴァルチャー、聞こえる?」
《こちらヴァルチャー。感度良好だ》
「明石さんから、鎮守府に戻るよう言われたわ。帰りましょう」
《了解した。先に着陸してくれ》
「分かったわ」
ツポレフから先に着陸するよう言われたクウは無線機を切り、操縦桿を両手で握って旋回の準備に入る。
「・・・空飛ぶ悪魔、ね・・・」
クウはフライング・デビルの機首に描かれているシャークマウスを一瞥したあと、ゆっくりと左に舵を切った。
三管史なんて、もう完全に当て字ですね・・・(笑)
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第26話 新兵装
ツポレフが操縦するフライング・デビルが、テストフライトを終えて滑走路に向けて徐々に降下して来る。
離陸する時も思ったが、やはりここまで巨大な機体が滑走路を離着陸する様は実に圧巻だ。
キュッ!と音を立てて地に脚を着けたフライング・デビルは滑走路を走りながら失速していき、やがてその巨体が完全に静止する。
「中々やるなぁ・・・」
零戦の6倍近くある機体を全く危なげも無く地に降ろしたツポレフの腕前に、ザンクードは無意識に感嘆の声を上げた。
「どうやら、ウチにはとんでもない凄腕が着任したようだな」
ゆっくりと工廠の横に建てられた格納庫へ移動して行くフライング・デビルを遠目に眺めていると、同じく横で眺めていた提督が口を開く。
そんな彼の言葉に、ザンクードは「ああ、随分と頼もしい奴らが来たもんだ」と笑いながら返した。
「さてと。良いもん見れたし、そろそろ中に戻るとするかな」
そう言って、提督は白い軍帽を被り直し、鎮守府内に向けて歩を進める。
「あ、すみませんが、ザンクードさんはこのあと工廠に来て下さい」
俺も帰ろうと思い、右足を1歩踏み出したところで、後ろから明石に呼び止められた。
「何かあるのか?」
「はい、実は開発機の件で少し・・・」
明石から発せられた『開発機』のワードを聞いたザンクードは、露骨に嫌そうな顔をする。
「あーあー、止めとけ止めとけ。俺がやってもガラクタしか出ない」
「その件なんですが、開発機を少しだけいじってみたので、3回だけお願いします」
「・・・・・・分かったよ・・・」
折れたのはザンクードの方だ。
彼は「ハァ」と溜め息をついたあと、「3回だけだぞ?」と念を押して了承した。
「ありがとうございます!それじゃあ早速取り掛かりましょう!」
「ヘイヘイ・・・」
ドンヨリした雰囲気のザンクードは、トボトボと明石の後ろをついて行く。
「よし、各資材の投入完了っと。今回は3連続で開発します。それでは、こちらのボタンを押して下さい!」
必要な資材を投入口に入れた明石は、以前と大して変わったようには見えない、忌々しき開発機のボタンを指差した。
どうせ出てくるのはクレバーフィッシュに決まってる。あれが出るくらいなら、失敗ペンギンが出た方が開発資材が減らずに済むのになぁ。
と思いながら、俺はボタンに人差し指を宛がい、ゆっくりと力を込める。
カチッ
ボタンを押し込んだ際の小気味の良い音のあと、開発機がガチャガチャと音を立てて震え、少ししてからあのチャイム音が鳴り響いた。
でき上がった開発品が入っているであろう部屋に繋がる鉄製の扉がゆっくりと開いていく。
その中にあったのは━━
「・・・・・」
3つある開発品の内の1つを手に取ったザンクードは、ジーッとそれを見つめる。
「な、7.7mm機銃・・・?」
そう呟く明石はザンクードからの反応が全く無い事に気付き、恐る恐る彼の表情を確認する。
「ふ、フフフ・・・フフフフフッ」
彼は7.7mm機銃を
「ざ、ザンクードさん?」
そんなザンクードを訝しんだ明石が彼に声を掛ける。
「やっと・・・やっとクレバーフィッシュ以外が出たぞぉぉぉぉ!!」
「「「うおぉぉぉぉ!!」」」
ザンクードは両手に乗せた7.7mm機銃を高く持ち上げて叫び、いつの間にか集まっていた彼の艤装妖精達も互いに抱き合ったりガッツポーズをしたりと、歓喜に打ち震えていた。
「え!?」
あまりの結果にとうとう限界を迎えたのかと心配していた明石は、予想外の反応に面食らってしまう。
「どうせ出るのはクレバーフィッシュだと思っていたよ!あと2つの開発品は・・・おお!7.7mm機銃がもう1
「ザンクードさん!折角ですし、艤装の見張り所にでも取り付けましょうよ!」
「ああ、やっといてくれ!最後のもう1つは・・・マジか!?こいつは攻撃ヘリだ!」
最後の開発品は、まさかの攻撃ヘリコプターだった。
「ザンクードさん、こいつは最新型の攻撃ヘリ━━サベージですよ」
「ブッシュマスターよりちっこいくせに、攻撃力は差して変わらないって言う代物ですね」
艦載ヘリコプターであるブッシュマスターの1番機、コールサイン、リキッドのディーレイとジャックが、ヘリコプターをまじまじと見つめる。
「見たところ、こいつは海軍仕様に手が加えられてるタイプなので、ザンクードさんにも搭載できる筈です」
「そうか・・・。よし、リキッド。お前達がこいつに乗れ」
ザンクードは少し考える仕草をしたあと、手に持っていたヘリコプターをディーレイとジャックの元に置いた。
「イエッサー!ありがとうございます!」
「へへへっ、マイク達が妬きそうですね」
2人は新しい玩具を買って貰った子供のような表情を浮かべながら、でき立ての新型ヘリコプターに寄って行く。
「いやぁ、明石。疑って悪かったなぁ!」
「は、はい、別に気にしなくても良いですよ」
眩しい程にキラキラしているザンクードに明石は若干引いてしまうが、7.7mm機銃を持って歓喜の叫びを上げる重原子力ミサイル巡洋艦なんてものを見てしまったのだから、彼女の反応も頷ける。
開発運が悪いとは聞いていたけど、この人はいったい開発でどんな目にあったのかしら・・・?
嬉々とした表情で艤装の見張り所に7.7mm機銃を取り付ける妖精達と、間宮の羊羮を食べた艦娘のような状態のザンクードを交互に見ながら、そう思う明石であった。
「どうした?工廠がお祭り騒ぎじゃないか」
不意に後ろから発せられた誰かの声を耳が捉え、ザンクード達は声の発生源へと首を動かす。
「開発で何か良いもんでも出たのか?」
そこには、格納庫から帰ってきたツポレフ達が不思議そうな顔をしてこちらを見上げていた。
因みに搭乗員である8人全員が、背中にヴァルチャー隊のエンブレムが刺繍されたお揃いのフライトジャケットを着用している。
「おお、お前らか。ふふん、見ろよ。開発で7.7mm機銃と最新型のヘリが出てきたんだぜ?」
「そいつは良かったじゃねぇか。だが、変に運を使い果たすと後々怖いぜ?」
「えっ・・・」
ツポレフが、ザンクードをからかうように意地の悪い笑みを浮かべて冗談を口にした。
「あ、そうだ。ツポレフさんも開発を1回だけしてもらえないかしら?」
何かを思い付いた明石は、開発資材を持ってツポレフに話し掛ける。
「俺がか?理由を訊いても?」
「異世界の住人がこっちで開発をしたらどうなるのか気になるのよ。実際、ザンクードさんは向こうの世界の攻撃ヘリを出したばかりだし」
「成程。・・・まあ、あんたには世話になってるし、別にそれぐらい構わんさ」
「やたっ!それじゃあ、早速資材を投入するわね」
言うが早いか、明石は開発機の投入口に資材をドバドバと流し込み始めた。
「オッケー!ツポレフさん、その赤いボタンを押して頂戴」
「あいよ」
明石の指示に従ってツポレフが開発機のボタンを押し込むと、またガチャガチャと音を立てて開発が始まるが、今回は最後にゴトンッ!と鈍い音のあとにチャイムが鳴り、扉が開く。
「・・・何だこれ?」
「キャプテン、これってアレですよね?」
ザンクードは開発機から出てきた物を見て目を丸くし、副操縦士のラミウスは横でボソリと口を開く。
「ああ、こいつはたまげたな・・・」
中には、丁度フライング・デビルの爆弾倉2つ分のサイズのコンテナが入っていた。
「ツポレフさんはこれが何かを知ってるの?」
「多分だが、こいつはフライング・デビル専用に開発中だったモジュールだ」
明石の問いにツポレフは目の前のコンテナを見つめながら答える。
「俺の予想が正しければ・・・」
彼はコンテナ側面の、恐らく点検用であろうハッチを開けて内部を覗き込んだ。
「やっぱり。30mmガトリング砲と40mm砲、105mm砲が入ってる。エアストライク・モジュールで確定だな。こいつはその名のとおり、空から直接打撃を与える為に本国で開発中だった兵装だ」
まさかそんな物が出るとは予想だにしていなかったのか、ツポレフ自身も困惑したような感じで説明する。
「35mm機関砲でも十分おかしいって言うのに、飛行機になんてもん積み込ませようとしてるんだよ・・・」
ザンクードが、「うわぁ・・・」と言いそうな表情でそう呟き、明石も横で同じ表情を浮かべていた。
「そんなこたぁデスペラード軍の上層部に言ってくれ。まあ、取り付けは比較的簡単だし、必要な時には猛威を振るってくれる事間違い無しだ」
こうして、フライング・デビルに新たな(凶悪)兵装が加わったのだった。
・『サベージ』攻撃ヘリコプター
角張った細いコックピット部と、横に出っ張った形の平らな形状をした胴体下部が特徴の攻撃ヘリコプター。
メインローターは先端に後退角が付いた4枚のプロペラで、テールローターも同じく4枚羽だが、こちらは騒音低減の為にX字型の特殊な形をしている。
着陸脚は機首に2基、尾部先端に1基の計3基。
胴体にはスタブウィングが取り付けられており、ミサイルなどの各種兵装を搭載可能。
固定武装として、凹凸の少ない腹部に30mm機関砲が取り付けられている。
この30mm機関砲はパイロットのヘルメットの動きと連動しており、パイロットの見ている方角に旋回する。
なお、本機は小柄ながら非常に丈夫な装甲を施しており、『ブッシュマスター』と違って兵員搭乗能力は無いものの、純粋な攻撃ヘリコプターとして仕上がっている。
モデルはAH-64
※サベージ:“野蛮”、“残忍”と言う意味
・『エアストライク・モジュール』
爆撃機フライング・デビルへの搭載を想定して開発された対地砲撃モジュール。
本来は輸送機を改造した機体が担う仕事だが、爆撃機の搭載量に目を付けられた結果生まれた。
砲撃と言う特性上、比較的低空を持続的に飛行する為、ある程度の制空権を確保する必要があるものの、搭載する機体自体に強力な自衛火器があるので、敵機がレシプロ戦闘機程度の性能ならば、多少強引に攻撃を推し進める事もできる。
砲撃の際は爆弾倉のハッチを開くと機体内部から下に展開される仕組み。
各火器は左右に135゜の範囲で旋回できるので、対地目標に対する即座の対応が可能。
全ての火器による集中砲火を食らえば、鉄筋コンクリート製の頑丈な要塞とて無事では済まないだろう。
搭載に際してはフライング・デビルの爆弾倉を2つとも使い、前部爆弾倉と後部爆弾倉との隔たりを取り外して行う。
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第27話 異動?第十一鎮守府
???
「ああ、そうなんだよ。前にあった、第五鎮守府の艦隊とこっちの艦隊との間で起きたいざこざの時だ」
薄暗い執務室内。
大きな椅子の背もたれに倒れ込むようにしながら、机に両足を乗せている男は携帯電話を片手に誰かと会話をしていた。
「その時旗艦を任せてた奴がよ、見たって言ってたんだよ。何?見間違いじゃないかって?あいつは
男はニヤリと口角を吊り上げる。
「あの時はただのクソ生意気な軽巡風情だと思っていたが、中々お目にかかれねぇ雷巡になってるとはなぁ。ちったぁ使えるようになってたって訳だ。それに、あの第五鎮守府に在籍してるっつう・・・何だっけか?・・・ああそうだ、ザンクードって奴と、なんかスゲェ爆撃機も来たらしいじゃねえか」
男は1度言葉に区切りを付けてから、「そこでだな」と口を開く。
「何とかしてそいつらをセットでこっちに連れて来れねえか?いや、アレに関しては正確に言うと
━━木曾をな。それに、まだ生きてるってんなら、あんま野放しにして何かあったら面倒だろ?頼んだぜ、親父」
▽
数日後
「し、司令官さん!」
第五鎮守府の執務室に、突如電が大慌てで転がり込んで来た。
ガチャン!というドアの開放音を聞き、執務机と向き合って業務に当たっていた提督は、「?」とした表情で顔を上げる。
「どうした?電。そんなに慌てた顔をして・・・」
「げ、元帥がお越しになったのです!」
「・・・は?・・・はあ!?」
電の口から放たれた言葉に、提督は椅子を倒しながら盛大に立ち上がった。
元帥がこの鎮守府に来ると言う情報は一言も聞いてない。つまり、何の報告も無しに、いきなりここを訪ねて来たのだ。
「抜き打ち査察か何かか?いやでも、元帥直々に?と、とにかく電、元帥は今どこに?」
「応接間にお通ししたのです。それと・・・急用があるとかで、ザンクードさんと木曾さん、それとツポレフさんも呼んで欲しいと・・・」
「急用?ザンクードとツポレフ、木曾も呼べ?
・・・なぁんか穏やか雰囲気じゃない話のような気がするな。とにかく、俺は元帥の所に向かうから、電は3人を呼んで来てくれるか?」
「分かりました!」
言うが早いか、電は大急ぎで3人を呼びに向かい、提督は小走りで応接間へと向かって行った。
▽
「あ!ザンクードさん!」
「うん?おお、電じゃないか。そんなに慌ててどうした?」
「直ぐに応接間に向かって下さい!」
「・・・応接間だって?」
「はい。元帥がお越しになっていまして、ザンクードさんと木曾さん、ツポレフさんを呼んでほしいと言われたのです」
「・・・ただ世話話をしに来た訳じゃ無いみたいだな。分かった、直ぐ行く。電は?」
「電は木曾さんとツポレフさんを呼びに行くのです」
「そうか。木曾は分からんが、ツポレフなら工廠か、その横の格納庫にいるだろ」
「ありがとうございます!」
━
「あれ?キャプテン、あの娘って電の嬢ちゃんじゃないですか?」
「・・・?ああ、そうみたいだな。誰か探してんのか?」
「あ、こっちに気付きましたよ。よお、電の嬢ちゃん。どした?」
「こんにちは、ラミウスさん。実はツポレフさんに大至急応接間に向かってほしいのです!」
「はぁ、応接間。そこに何かあるのかい?どうします?キャプテン」
「急ぎなんだろ?悪いが、俺の足じゃトロいから連れてってくれねえか?」
「それじゃあ電の手に乗って下さい。あと、木曾さんも探してるので、少し遠回りになるのです」
「あいよ。それじゃラミウス。ちょっくら行ってくる」
「イエッサー!」
━
「うーん、木曾の姉ちゃんが中々見つからねえな」
「困りました・・・。あとは木曾さんだけなのですが・・・」
「オレがどうかしたか?」
「「ッ!?」」
「き、木曾さん・・・。ビックリしたのです・・・」
「わりぃわりぃ、突然名前を呼ばれたからな」
「だ、大丈夫なのです。それより、今元帥がお越しになっていて、ザンクードさんとツポレフさんと木曾さんを呼んでいるのです」
「オレとザンクードと、そこのツポレフも?」
「はい。ザンクードさんは先に行ったので、あとは木曾さんとツポレフさんだけなのです」
「分かった。緊急みたいだし、急ごう」
「なのです!」
「ちょっ!?電の嬢ちゃん、もう少し丁寧に走ってくれ!ふ、振り回されてるぅぅ~!」
▽
応接間
コンコンコンと小気味の良い音を立てて、暗色の木製ドアがノックされる。
「失礼致します」
入室してきたのは木曾とツポレフだった。
木曾は左手にツポレフを乗せた状態でビシリと敬礼し、彼女の手の上に立っているツポレフも少しゲッソリした顔ではあるものの、背筋を伸ばして敬礼をする。
「木曾及びツポレフ、ただいま参上致しました」
「ああ、そんなに畏まらなくて良い。楽にしてくれ」
そう言って、元帥は右手を上げながら、柔和な笑みを浮かべた。
「さて、全員揃ったようだな。今回私がここを訪ねたのは、勿論、ただ世話話をしに来た訳じゃない」
そう告げる元帥は、先程とは打って変わって真剣な表情を作る。
「単刀直入に言おう。君達が以前に
そこに異動してもらいたいんだ」
“第十一鎮守府に異動”
元帥から言い放たれたその言葉に、その場にいる全員が両目を目一杯に見開き、動揺した。
「ああ、待ってくれ。今のは少し語弊があった。これは恒久的なものじゃない。今からその理由も含めて話す」
元帥はゆっくり重々しく口を開き、ザンクード達が第十一鎮守府へ異動させられる理由を話し始める。
先日、あの第十一鎮守府の司令官の親父である
いや、正確に言うと、木曾に関しては「生きているのが確認できたから返せ」だそうだ。
当然「そんな事は無理だ」と突っぱねようとしたそうだが、大将のある種の脅しとも取れるような言葉に、この要求を本格的に検討せざるを得なくなったらしい。
この大将、いけ好かない事に戦果は凄まじいものだが、それは艦娘達を奴隷の如く使い潰しているからだ。
それに加えて自身の息が掛かった私兵も多数抱えているらしい。
で、その私兵と資金や資源などを第十一鎮守府に回してもらっている息子にも汚職の容疑が出ている(と言うより、ほとんど真っ黒)と言う訳だ。
そこで、大将の要求を逆手に取って、俺と木曾、ツポレフ達を第十一鎮守府に異動と言う名目で潜入させ、決定的な証拠を押さえたあと、本人及び加担する者も拘束する。と言う事らしい。
「いきなりそんな場所に行けと言うのも無茶な話なのは分かる。だが、どうか引き受けてはくれないか?」
そんな元帥の真剣な表情を見据えたあと、呼び出された3人は顔を見合わせ、互いに頷き合う。
そして、提督に俺達の意志が決まった事を目で伝えると、向こうからは静かな頷きが返って来た。
「元帥、全会一致です。第十一鎮守府への異動の件、謹んでお受け致します」
「そうか、受けてくれるか・・・!ありがとう。無事と成功を祈る」
元帥が椅子から立ち上がり、とても年配者には見えない程きれいな敬礼をする。
「「「はっ!」」」
そんな元帥の敬礼に対し、俺達は踵をカツンと鳴らしながら答礼した。
▽
「みんな」
「話がある」
応接間での一件のあと、ザンクードと木曾は自身の艤装妖精達に異動の件を伝える為、自身の艤装の元へ訪れていた。
「ザンクードさんと木曾さん?どうかしましたか?」
作業中だった艤装妖精達が「?」という表情でこちらを見つめ、その直ぐ隣に置かれている木曾の艤装の妖精達もこちらを振り向く。
「ああ、デカイ仕事を頼まれたんだ。それも元帥直々にな。詳しく説明するとだな━━」
応接間であった事を、俺はギャリソン達に説明する。
「━━と言う訳で、第十一鎮守府に行って確実な証拠を掴み、できればそこの汚職兵士と司令官も拘束してくるって訳だ」
「成程、そんな事が・・・了解です。やってやりましょう!」
もっと驚くと思っていたが、ギャリソンからは気合いの入った声が返って来た。
「クソッタレ共の尻尾を掴んでやろうぜ!」
「腕が鳴るなぁ!なあ、メリケンサックは持って行って良いと思うか?」
「構わん、持って行け。木曾さんの艤装妖精からは、あそこの戦艦の艤装妖精共はクソだと聞いてるからな」
「待て待て待て、メリケンサックは流石にヤバいだろ。て言うか、何でそんなもん持ってるんだよ」
「何かあれば、トゥームストーンにお任せを!」
「おう、またよろしく頼むぜ、トゥームストーン!」
「お?キィじゃねえか!任せときな!俺達はプロさ!」
「アイリッシュ、あまり調子に乗ってバカやらかすなよ?」
「うるせえ、余計なお世話だ。コヴィッ
「俺の名前はコヴィックだ。ア
「あ゛?」
「お゛?」
一部物騒な事を言っていたり、取っ組み合いが始まりそうであったりはするが、2人の艤装妖精達からは次々にやる気に満ち溢れた声が上がる。
「みんなありがとう。出発は4日後だそうだ。必ず連中に後悔させてやるぞ!」
「「「おおぉぉぉ!!」」」
「ふふっ、相っ変わらずお前の艤装妖精達はテンション高い奴らだな」
「だろ?でもな、間宮羊羮を見せたら更にスゲェ事になるんだぜ?」
「前の青葉探しの時みたくか?」
「ああ、あの時のあいつらは普段と気迫が違ってたよ」
「そうか。・・・ま、その話は置いといて、だ。やってやろうぜ、ザンクード」
「そうだな。必ずあの野郎の顔に1発かましてやる」
そう言って、ザンクードと木曾は互いの拳をコツッと軽くぶつけた。
▽
「キャプテン、お帰りなさい。どうでしたか?」
同じくツポレフも応接間での一件をフライング・デビルの搭乗員に伝えるべく、彼らの元へ歩いて行く。
「ああ、第十一鎮守府に行って連中の汚職の尻尾を掴んで引きずり出すんだとさ」
「マジですか?!ザンクードの艤装妖精から聞いた話だと、木曾の姉ちゃんを撃ったっていう奴らがいる基地じゃないですか!」
ラミウスが目を剥いて驚愕の声を上げた。
「大マジだ。決定的な証拠を掴んだら、連中をボコって大人しくさせて、
「おお~、そいつは良いですね」
「へっへへへっ、デスペラードスピリッツの見せ所って訳だ」
「奴らの顔が蒼くなるのが目に浮かぶぜ」
指をパキリポキリとクラッキングしたり、「ヒュ~」と口笛を吹く搭乗員の妖精達。
「と言う訳で、出発は4日後だ。だが、俺達はザンクードと木曾の姉ちゃんと同時に着くようにする為、遅れて離陸する。俺達だけで到着したら、向こうの連中に何されるか分かったもんじゃねえからな。それと、工廠妖精も数人連れて行くそうだ」
「お?クルー以外を乗せて飛ぶのは久しぶりですね」
「ああ、そうだな。さあ、お喋りは終わりだ。準備に掛かれ」
「「「イエッサー!」」」
「・・・さぁて、『乗り心地最悪』で有名なフライング・デビルの兵員搭乗席に座れる
格納庫内でツポレフが悪どい笑みを浮かべながらボソリと呟いたのと同時刻、工廠内にいた数人の妖精の背中に得も言われぬ悪寒が走った。
前書きの通りなので、「ふーん、第十一に行くんだー」程度と思って頂ければと思います。
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第28話 直ぐそこにある実態
4日後 第十一鎮守府方面の洋上
「あと2~3時間で到着だ」
GPSで現在地を確認しながら、直ぐ横にいる木曾に話し掛ける。
「・・・ああ」
そう短く返す木曾の表情には微かに不安の色が見て取れた。
それもそうだ。自分達が今から行くのは、仲間を平気で撃つような者がいる場所なのだから。
「・・・ギャリソン」
そんな彼女を見たザンクードは、小声でギャリソンを呼び出した。
「はい、何でしょうか?」
「ウチの軍歌を鳴らしてくれないか?」
ザンクードの言葉にほんの一瞬だけ呆けるギャリソンだったが、彼の意図を察するや否や、「了解です」と言って艤装内に戻って行く。
~~~♪
しばらくすると、艤装内外のスピーカーから打楽器や管楽器などで構成された迫力のある音楽が流れ始めた。
「我らがエルメリア連邦軍は懲罰する!祖国と友に仇なす全てを!♪」
イントロが終わった辺りから、ザンクードが腹から声を出すように歌い始める。
「ッ!?ざ、ザンクード、いったいどうしたんだ?」
突然歌い始めた彼に驚いた木曾は、先程まで浮かべていた暗い表情も忘れて、勢い良くこちらを振り向いた。
「どうしたも何も、ちょっとした景気付けさ。
北半球から赤道を越えたその先まで!例え神であろうと我らの行進は止められない!♪
お前もどうだ?湿っぽい気分なんざそこらの小魚にでも食わせとけよ」
歌というものは偉大だ。こうして歌っているだけで力が湧き、相手を萎縮させる事だってできる。
「・・・へへっ、そんな歌を歌ってりゃ、逆に魚が逃げちまうぜ」
そう言って軽口を飛ばす木曾の表情が先程よりも明るくなる。
「ま、確かに景気付けには丁度良いかもな」
「「「諸君らは勇敢に戦った!敵であろうと敬意を込めてお辞儀しよう!この最強の軍隊から!♪」」」
いつの間にか、2人の周りは妖精達も交えた軍歌の大合唱となっていた。
▽
ザンクード達が第十一鎮守府へ向けて航行中である一方、第五鎮守府の広大な滑走路では巨大な爆撃機が離陸の準備に入っていた。
「よし、フライング・デビルの全機器に異常無し。燃料と火薬もたらふく呑み込んだ」
ツポレフが頭上のスイッチを押したり捻ったりしながら、1つ1つ念入りにチェックしていく。
「さてと」
そう言うと、彼はおもむろに機内放送のスイッチを入れた。
「━━皆様、本日はヴァルチャー航空便、第十一鎮守府行きをご利用下さいまして、ありがとうございます」
態とらしく声に抑揚を付けて話す彼に、コックピットの妖精達が、プッと吹き出す。
因みにこのアナウンスは誰に向けてのものかと言うと・・・
「な、何だろう、この嫌な予感は・・・?」
「止めろ。お前の嫌な予感はだいたい的中する」
「機内食は何が出るんだ?」
「そんなもん爆撃機にある訳ないだろ」
「しまった、酔い止め飲むの忘れてた・・・。ん?何だ、この真っ黒なビニール袋は」
フライング・デビルの兵員搭乗席に座る事になった、哀れな工廠妖精達に向けてのものである。
「この便の機長を務めます、ツポレフです。当機は間も無く離陸致します。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締め下さい」
一頻り言い終えた彼はニヒルな笑みを浮かべながら機内放送のスイッチを切ると、バイザーを下ろして酸素供給マスクを装着した。
「さぁて、今日は生憎の曇りだ。乱気流も発生しまくってるらしい」
ツポレフがコックピットの窓から見える、空一面を覆う雲を眺めながら、ラミウスに話し掛ける。
「はははっ、そいつはとんだフライトになりそうですね。キャプテン」
「ああ、まったくだ。よし、そろそろ上がるぞ」
「ラジャー」
8本のスラストレバーを奥に倒すとエンジンが轟音を立てて機体を前へと押し進めて行き、機体が浮き上がる時のフワッとした独特の感覚を機内の全員が感じ取ったあと、爆撃機は第十一鎮守府に向けて飛翔して行った。
離陸からしばらく高度を上げ続け、目標高度に到達したフライング・デビルは乱気流の中を飛行していた。
「こ、こここっ、これ、大丈夫なんだよな?!」
ガタガタ、ギシギシと金属の軋む音を耳で捉えた工廠妖精の1人が心配そうな声を上げる。
「ああ!全く問題無いぜ!これは飛行中の飛行機が立てる正常な音だ!」
工廠妖精の声に、兵員搭乗席から最も近い席に座る機銃手の1人が返答した。
「墜ちたりしないよな?!な?!」
「はっはっはっ!ちょっとした荒れようだが、そんな事でいちいち墜ちてたら『空飛ぶ悪魔』は名乗れねぇよ!安心しな!」
機体が大きく振動を続ける事にも全く動じず、機銃手の妖精は快活に笑い飛ばしながら、「こんなのまだ軽いもんさ!」と続ける。
「こっちの世界に来る前の話なんだがな!もうクルー達がゲロの吐きっ放しさ!大和皇国の近くでバカデカイ嵐に巻き込まれたんだが、あいつら胃袋がすっからかんになってたよ!」
その言葉を聞いた工廠妖精は、直ぐ横で青い顔をしてエチケット袋を持つ同僚を横目に見やり、機銃手の妖精はポケットの中からチョコバーを取り出したかと思うと、袋を剥き始めた。
「パイロットは前の風防にゲロをぶち撒けやがるし、俺の席に座っていた奴は機銃のコントローラーにリバースさ!あの時は流石に参ったぜ!いやもう、あっちこっち大変だったんだよ!なんちゅうか、もうバッチくてなぁ!これ食うか?」
懐かしそうにそう語りながら、彼はチョコバーを工廠妖精に差し出す。
「い、いや、止めとく。俺もそのパイロット達みたいになりそう・・・うぷっ!?」
兵員搭乗席が阿鼻叫喚となる中、フライング・デビルは乱気流を突っ切り、目的地へ着々と近付いていた。
▽
「見えた。あれが第十一鎮守府か。木曾、行けるな?」
「愚問だな」
ザンクードの問いに、木曾は不敵な笑みを浮かべた。
「上等」
彼女の笑みに彼もニヤリと笑い返したあと、鎮守府の埠頭へと近付いて行く。
「よお、お前がザンクードか?」
埠頭には数人の戦艦娘を護衛に付けた、この基地の司令官━━
「はっ!本日付けで当鎮守府の着任となりました。ザンクード級重原子力ミサイル巡洋艦のザンクードであります!」
こんな奴に敬礼などしたくもないが、そこはグッと堪えて挨拶と共に敬礼をする。
「へぇー、お前がねぇ・・・。あんまパッとしねぇ奴だな」
「久しぶりだなぁ、木曾。元気にしてたかぁ?」
そう言って木曾を小バカにするように顔を歪めて嗤うと、側に立っている戦艦娘達もクスクスと嗤い始める。
正直、今直ぐにでもこいつらの顔に右ストレートを食らわせてやりたい気分だ。実行に移さなかっただけでも誉めてほしい。
「ああ、元気にしてたよ。この通りピンピンしてるさ」
━━がしかし、バカにされた木曾本人はどこ吹く風であった。
その返しが面白く無かったのか、
「チッ、釣れねぇ奴だな。・・・まあ、挨拶はこれぐらいで良いか。それより、爆撃機がまだ来てねえじゃねえか」
彼は顔を上げて曇り空を眺めながら、フライング・デビルの到着がまだである事に不満を漏らす。
「セットで来るって話の筈━━」
「だったろ?」と言おうとしたところで、彼は分厚い雲の中から姿を現した機影を発見した。
「おっと?ようやく到着したか」
「これで全部揃ったって訳だ。それじゃ、俺ぁやる事があるから失礼するぜ。案内はそいつに任せてるから、まあ精々仲良くやってくれや」
こちらに背を向け、建物内へと帰っていく
その背中に内心で中指を立てる俺は、案内を任せているという『そいつ』に顔を向ける。
見覚えのある顔だと思ったら、前のいざこざで旗艦を務めていた戦艦娘だった。
名前を覚える気にもなれないので、『戦艦A』とでも識別する事にする。
「ふん、まさかここで会う事になるとは思わなかったが、まあ言い。さっさと工廠で艤装を外してこい。屑鉄共」
ワーオ。随分とご挨拶なこった。
取り敢えず言われた通りに艤装を外し、ギャリソン達には俺と木曾の艤装及びフライング・デビルを厳戒態勢で見張るように命じたあと、戦艦Aの案内を受ける。
鎮守府内はボロっちい訳でも無く、むしろきれいな方であり、一見すると普通の鎮守府だ。
・・・ただ、活気の『か』の字さえも無く、他の艦娘達から怯えるような目を向けられさえしなければ。
「ここが貴様らの部屋だ。使わせてもらえるだけありがたく思え」
そう言い終えると、戦艦Aは不機嫌そうな足取りで去って行った。
ん?ちょっと待て。貴様『ら』?
ま、まさか・・・!?
「どうやら、オレとお前は同室みたいだな」
木曾が部屋のドアを開けて中を覗く。
やっぱりか。一応俺は男で、木曾は女なんだがなぁ・・・。
ザンクードは目元を左手で覆ってかぶりを振りながら、内心でそんな事を呟いた。
「ま、作戦会議はしやすくなるか」
そう言って自分を納得させ、自身も部屋の中を覗くが・・・何これ。
これで2人分か?と思う程狭い部屋の中には、低質な畳と薄い毛布、以上。
もう1度問おう。何これ。
「ハァ、まったく。これだけでも、ここがアウトである1つの証拠になるぞ」
あまりの待遇の悪さに、大きな溜め息を溢すザンクードだった。
▽
工廠
「よう。おたくらはここの戦艦娘さんの艤装妖精かい?」
フライング・デビルから降りたツポレフ達は談笑していた妖精達に話し掛ける。
しかし、相手からは全く反応が返って来ない。無視されているのだ。
「おーい、聞こえてるかぁ?・・・おーい」
「チッ、たかだか爆撃機のパイロット風情が俺達に話し掛けんじゃねえ。相手を見てからものを言いやがれ」
ようやく返って来た言葉は、まあ粗方予想していた通りの言葉だった。
「空飛ぶ鉄屑が」
「あ゛?」
相手から放たれた言葉にクルーの1人が前に出ようとする。
「抑えろ。ザンクードに言われたろ?俺達は無法者じゃあないんだ」
「ですが・・・!いえ、すいません」
「それで良い。いや、
未だ戦艦娘の艤装妖精達を睨み続けるクルーの肩に手を置いて、ツポレフ達はフライング・デビルの元へと戻って行く。
・・・ここの戦艦娘の艤装妖精も完璧にアウトだな。あとの会議でギャリソン達に報告しておくか。
内心でそう呟くツポレフであった。
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第29話 勘違い
宛がわれた生活部屋のあまりの酷さに呆れながら、ザンクード達は持ってきた個人用品を室内の隅に置いていく。
「ったく、何が楽しくてこんな狭い部屋に住まにゃいけねえんだか・・・」
一頻り作業を終えたザンクードが畳にドカリと座り込みながら、愚痴を溢した。
「これじゃあ刑務所と変わらんだろう。いや、刑務所の方が数倍マシじゃないのか?」
薄っぺらい毛布を摘まみながら顔をしかめ、そんなザンクードの声に木曾が小さな窓を見つめながら口を開く。
「だな。オレがいた頃より更に悪くなってやがる」
彼女の話によると、部屋は変わらないものの以前は敷き布団くらいは置いてあったそうだ。
どうせ経費削減とか、立場をハッキリさせるとか、そう言った目的あっての事だろう。
「当然、ここの戦艦様と司令官殿はスイートルームで生活してるんだろ?」
「ああ、昔1度だけ見えたんだが、1人につき1部屋宛がわれてて、中は高級ホテルみたいだったな」
「・・・クソッタレ共め。全部証拠として提出してやる」
精々儚い天下を楽しんでおけ。
必ず全員海軍刑務所に叩き込んでやる。
そう心の中で誓ったザンクードはおもむろに立ち上がり、靴を履き始める。
「早速行動開始か?」
「ああ、ほんとにちょっとした聴き込み程度だがな」
あまり大々的に聴いて回ると直ぐバレそうなので、世間話のような感覚でほんの少し聴く程度に留める。
「それならオレもついて行こう」
「そいつは助かる。あの戦艦、ほとんどまともな案内もせずに行きやがったからな」
そう言いながら、ドアを開けた。
▽
「おい、ギャリソン。こいつはどう見ても真っ黒を通り越してダークネスだぜ?」
工廠に保管してあるザンクード艤装のブリーフィングルームでは、ザンクード艤装妖精代表のギャリソン、同艤装妖精の精鋭であるトゥームストーン隊代表のレッカー、そしてフライング・デビルクルー代表であるツポレフの3人が集まっていた。
「ツポレフの言う通りですよギャリソン。ここの戦艦の艤装妖精は性根が腐ってやがる」
「そのようだな。それに、戦艦以外の艤装妖精の声が1つも聞こえない。みんな中に籠ってるようだ」
室内に静寂が訪れ、カチッカチッという時計の秒針が動く音だけが聞こえる。
「・・・取り敢えず今は要観察だ。いずれザンクードさんから何かしらの命令が下るだろう。その時は・・・」
ギャリソンがレッカーに視線を送る。
「トゥームストーンの出番だ。奴らの証拠を根こそぎ掴んでやれ」
「イエッサー。トゥームストーン隊にお任せを・・・!」
その言葉にレッカーは、右の拳を左の掌にパシッ!と音を立てて叩き付けながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
▽
「ハァ、まいったな・・・」
廊下を歩くザンクードは、後頭部をガシガシと掻きながら溜め息をつく。
なぜ彼が大きな溜め息をつく必要があるのか。
それは、そもそも艦娘が見つからず、運良く発見して話をしに行こうとしても、近付いた瞬間逃げられるからだ。
「話し掛けたら、“ひっ!?”とか言って逃げられた時は流石にショックだったな・・・」
「仕方ねえよ。会った事も無い奴にいきなり声を掛けられたんだ。お前を知らない奴らからすれば、
「むぅ・・・」
腑に落ちない、といった表情で低く唸るザンクード。
ドンッ!
「おっと・・・」
「キャッ!?」
T字型の廊下を曲がろうとしたところで、何者かとぶつかってしまった。
ザンクードは難無く踏み留まったが、ドサッと音がしたので、相手方を転ばせてしまったようだ。
「ああスマン。君、大丈夫かい?」
目の前で尻餅をついて「いたた・・・」と漏らす駆逐艦娘の少女に、ザンクードはしゃがんで目線を合わせながら謝罪する。
━━がしかし。
「あ、あ、あっ・・・!」
「お、おいおい・・・」
よく見たらかなり痩せているように見える少女は、両目に涙を湛えながら後退りを始めた。
「待て待て、何もしない。何もしないから、な?」
少女を落ち着かせながら、ザンクードは青い迷彩色をしたズボンのポケットから取り出したチョコ菓子の個包装を剥き、それを差し出す。
「ほら、取り敢えずこれでも食って落ち着いてくれ。本当に何もしないから」
相手にまだ若干の警戒は残っているものの、差し出したチョコ菓子を恐る恐る受け取った。
チョコレートから漂う甘い匂いに反応し、少女の腹がグゥー・・・と音を立てる。
「・・・貰っても良いんですか?」
「ああ、構わないよ。転ばせてしまったほんのお詫びだ。美味いから食べてみな」
微笑みながら勧めると、少女はチョコ菓子を一口パクついた。
「おい、しい・・・!」
どうやら口に合ったようで、一口、また一口と、どんどん菓子を食べ進めて行く。
「・・・ザンクード」
木曾が小声で話し掛けてきた。
「ああ、この反応は異常だな。これがここの実態なのか・・・」
どうやら、食事にまで厳しい制限を設けているようだ。いや、抜かれる日があると言われても不思議では無い。
たかがチョコ菓子を、鼻をすすり、大粒の涙をボロボロと落としながら頬張る姿なんて見せられたら、嫌でもここの現状が想像できてしまう。
「・・・ご馳走様でした」
そう言って律儀に手を合わせる駆逐艦娘の少女。
「悪いな、こんなチョコしか出せなくて」
「い、いえ!本当に、ありがとうございます!」
「はははっ、たかだかチョコ菓子1つだ。別に━━」
「━━てめぇ!!そいつに何してやがるッ!!」
ペコペコ頭を下げてくる少女に、ザンクードは苦笑しながら「気にするな」と言う意味を込めて片手を上げると、不意に横合いから怒号が飛んできた。
「?」
何事かと思いながら、荒々しい怒号を飛ばした人物の方へ首を動かすと、助走をつけて右脚を後ろに引き、キックの態勢を取っている女性が直ぐ正面に映る。
そして━━
「このっ!!」
「ア゜ッ!!?」
勢い良く振り上げられたその右脚は、ゴスッ!という音と共にザンクードの両脚の付け根にある
▽
場所は大きく変わり、エルメリア連邦共和国、某海軍基地にて
「む?副長」
「どうかしましたか?艦長」
「いやなに、昔クルー達と撮ったザンクードとの集合写真を額縁に入れて飾っていたんだがな。ガラスに大きなヒビが入っているんだ」
「・・・?あ、確かに。しかも、ザンクードが写っている箇所にピンポイントで亀裂が走ってますね。なんか不吉だなぁ」
「スマンが新しい額縁と交換しておいてくれないか?」
「分かりました、取り換えておきます」
▽
同じくエルメリア連邦共和国、市街地の某家庭にて
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「あなた、大声出してどうしたの?」
「お、俺の1/600スケール ザンクード級の模型があぁぁぁ!!」
「あら、真ん中からポッキリ折れてるわね。さっき子供があなたの部屋に入って行ったから、その時じゃない?」
「そ、そんな・・・。パーツ数が多くて作るの苦労したのに・・・」
「そんなオモチャぐらい、接着剤でくっ付けときなさいよ。それに、そんな物を無断で買ってきたバチが当たったのよ」
「これがオモチャだと!?お前にはロマンが分からないのか?!」
「 何 か 文 句 で も ? 」
「イエス・マム、接着剤で直させて頂きます」
▽
「お、おぅぅうぅ・・・!」
「お、おい!ザンクード!」
ザンクードは呻きを上げながら膝を着き、遅れて反応した木曾が大慌てで駆け寄って来る。
視界が明滅する中、彼はこの末恐ろしい攻撃を繰り出した張本人を見上げた。
「大丈━━?!━━されたり━━てないか?!」
「━━さん!こ━━は違う━━す!」
「何が違う━━?このク━━郎はお前の━━ひっぱたこうとして━━だぞ!」
「それは━━さんの勘違いで━━!」
「ザンクード!!しっかりしろ!!」
駆逐艦娘の少女がもう1人の女性と言い争い、木曾は今にも意識が飛びそうなザンクードに必死に呼び掛ける。
「お・・・」
額に脂汗を浮かべるザンクードが、震える唇をゆっくりと開いた。
「どうした?!」
「俺、何か悪い事、した、か・・・?」
その言葉を最後に、ザンクードはとうとう意識を手放した。
「う、ん・・・?ここは・・・」
ムクリと体を起こすと、無機質な色をした壁が目に映り込む。
どうやら、ここは自分と木曾に宛がわれている部屋のようだ。
「よう、起きたか」
「・・・?ああ、木曾か。お前がここに運んでくれたのか?」
「いや、オレだけじゃない」
そう短く返す木曾は、クイッと顎を動かした。
彼女の仕草が「後ろを向いてみろ」と言う意味である事を理解したザンクードは、上体と首を捻って背後を振り返る。
「」
そこには、先程彼を一撃でK.O.した女性がいた。
はっはっはっ。いや、そんなまさか。
目頭を指でギュッと抑え、2~3回まばたきをしたあと、もう1度視線を戻す。
「ッ!!木曾、下がってろ!」
バッ!と立ち上がったザンクードは木曾を庇うようにして目の前の女性と対峙し、臨戦態勢をとった。
「ま、待て待て!ザンクード、そいつは敵じゃない!」
「敵じゃない?!あの娘にチョコ菓子やっただけで、いきなり手を出して来たんだぞ?!」
「そこで勘違いしてんだよ!」
「勘違い?」
ザンクードは目の前の女性から目を離さないまま、木曾の次の言葉を待つ。
「そいつは勘違いから、お前を蹴ったんだ。だろ?」
木曾は、目の前でバツが悪そうに頬をポリポリと掻く女性に話を投げ掛けた。
「その・・・さっきは悪かったな。アタシは高雄型重巡洋艦3番艦の摩耶だ。木曾の言う通り、さっきのはアタシの完全な早とちりだ。実は━━」
摩耶は廊下で起きていた裏の出来事を話し始める。
彼女の話を纏めるとこうだ。
あのT字角で俺が駆逐艦娘にチョコあげたあと、礼を言われた時に「気にするな」と言う意味を込めて行っていたジェスチャーが、摩耶には俺が今にも手を振り下ろそうとしているかのように見えたらしい。
しかも、木曾は角に隠れて見えなかった為に俺を
因みに彼女は木曾がここを離れたあとに着任したそうで、今日が初対面らしい。
「成程な・・・」
腕を組んで頷くザンクードだが、内心で軽く身震いをする。
今は自室に帰っているそうだが、もしもあの駆逐艦の娘が摩耶の誤解を解いてくれなかったら・・・。いや、その先を想像するのは止めておこう。
「事情は分かった。態とじゃないなら怒る事でも無いさ。あの娘を心配しての事だろ?」
「あいつだけじゃない。あの戦艦共とクソ司令官の理不尽さに苦しめられてる奴らを見てられねぇんだ・・・!」
摩耶がグググッと拳を握り締め、それを見た俺と木曾は互いに頷き合った。
「摩耶。実はな、俺達はここの鎮守府を叩き潰しに来たんだ。いや、正確に言うとここの腐った戦艦と司令官の鼻っ柱をへし折りに、だな」
「つまり、お前達は・・・」
ポカンとする摩耶に、俺はニヤッと笑いながら、「まあ、言うなればスパイだな」と答える。
「今は少しでも
「・・・分かった。それならアタシも手を貸す。証拠を探してるんだったよな?それなら、前に執務室で変なもんを見た覚えがある」
「変なもん?」
「ああ、ここの執務室は向かって左側に趣味の悪い棚があるんだけどよ。なんか不自然なんだよ。その棚の脚下だけ何度も擦った跡って言うか、埃が無くてな」
「
「いや、配置が変わった所は見た事ねぇな。もしかしたら、なんか裏に隠してると思うんだよ」
「ふむ・・」
それって、まさか隠し扉か?それを仮定として話を進めれば・・・態々隠し扉の先に置くものは見られたくないナニカで辻褄が合うな!
そう結論付けたザンクードは、心の中でほくそ笑んだ。
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第30話 危機一髪
「ギャリソン、ザンクードさんから通信です」
ザンクード艤装当直の妖精がヘッドセットを両耳に押し当てながら、後ろでコーヒーを啜るギャリソンに振り返った。
時刻は、そろそろ21:00になろうかと言った頃である。
「分かった。繋いでくれ」
「アイサー」
そう言って頷く妖精は直ぐ様無線を操作し、「どうぞ」と告げる。
その合図を受けたギャリソンは青白く発光する画面や、赤、緑に光るボタンが並ぶコンソールの横に取り付けられた受話器を手に取り、耳に宛がった。
「はい、ギャリソンです」
《ああ、ギャリソン。お疲れさん。そっちはどうだ?》
「そうですね・・・。
ギャリソンは、「ハァ」と溜め息つきながら苦笑を浮かべる。
《やっぱり、そいつらもここの戦艦娘同様に染まってるのか?》
「はい、フライング・デビルのクルーが危うく掴み掛かろうとしてました。我々の中にも腹に据えかねている者は少なくないです」
《大変そうだな。苦労を掛けるよ・・・》
無線越しにザンクードの申し訳無さそうな声が返って来た。
「いえ、我々は自分の意志でこの鎮守府に来ましたので」
《そうか。っと、話が逸れたな。実は有益な情報が入ったんだが、今回はその件でな》
「・・・!了解しました。少々お待ちを」
ギャリソンは受話器を宛がったまま、近くにいた妖精に向けて指をパチン!と鳴らしたあと、「代わりにメモをとってくれ」とジェスチャーをする。
「っ!!」
指名された妖精は大急ぎで鉛筆とメモ用紙を用意し、ギャリソンに「準備完了」と合図した。
「お待たせしました。どうぞ」
ボタンを押し、受話器をスピーカーモードに切り替える。
《場所は
「分かりました。因みに実行日時は?」
《それはもう少しだけあとだ。だが、近い内に必ず行動を起こす》
「了解です。メンバーにはそのように伝えておきます」
《頼んだ》
プツリと音を立ててザンクードとの通信が切れ、ギャリソンは受話器を元に戻す。
「艦内放送でトゥームストーン隊と工兵のハーパーをブリーフィングルームに集めてくれ」
ザンクードの誇る精鋭に召集命令が下された。
▽
その翌日、早速出撃に駆り出されたザンクード達は目標の海域で任務に就いていた。
「クソッ、あそこまで弱っている艦娘達を駆り出すとは、やっぱりあの野郎は
ザンクードはレーダーを確認しながら、
今回の任務は駆逐と軽巡が先行するらしく、俺と木曾は『念の為』との事らしいが、そんな周りくどい事などせずにミサイルで方をつければ良い筈だ。それに・・・
かなり距離を取っているが、俺の更に後ろで戦艦が待機してやがる。督戦のつもりか何かは分からんが、どうも嫌な予感がするな。
そう思いながら後方を流し目で睨んでいると、離れた所で艦娘達が戦闘を開始した。
しかし、万全な状態でない上に相手の数が多い為、徐々に翻弄され始める。
「そら見ろ!あの野郎、こうなるのは分かってた筈だ!スティングレイ発射用意!」
ザンクードが巡航ミサイルが格納されたハッチを開放し、全ての深海棲艦への攻撃準備が完了した刹那、木曾が「ふざけるなッ!!」と怒鳴って無線機を海に投げ捨てたあと、交戦中の艦娘達の元へ全速力で駆けて行った。
「木曾、どうした?!おい、木曾!!」
彼女のあまりの豹変ぶりを見たザンクードの脳裏に、
「ッ、まさか・・・!」
全身から嫌な汗を噴き出しながら、大急ぎで無線機の周波をいじる。
《━━今のあなた達の座標を言いなさい。
戦艦娘の声がスピーカーから流れた。
「機関部!!原子炉の出力を110%に引き上げろッ!!今直ぐにッ!!」
叫ぶように命令するや否や、機関が唸りを上げる。
原子炉に負荷を掛けてまで彼が急ぐ理由。
それは今まさに、木曾が体験した惨劇が目前で繰り返されようとしていたからだ。
「ザンクードさん!あいつ、主砲を発射しました!」
「やりやがったッ!対空戦闘!索敵レーダーは最低限のものを残して全て最重要目標に回せ!」
▽
「ああぁぁぁ!!」
ザンクードを置いて一足先に駆逐艦娘達の元へ到着した木曾は、大腿部の発射管から魚雷を射出。
直撃した重巡リ級を撃沈し、直ぐ側にいた駆逐イ級も巻き添えにする。
「グオォォォ!!」
「ぐっ!」
仲間を沈められて激昂したもう1頭のイ級と軽巡ハ級が砲門を木曾に向けて発砲し、その内の1発によって背部左舷の魚雷発射管が2基ともゴッソリと持っていかれた。
「邪魔だッ!!」
しかし、木曾がお返しと言わんばかりに放った単装砲の砲弾がイ級の口内に直撃し、魚雷などを含む弾薬に引火。
イ級は空気を入れ過ぎた風船のように破裂し、最後にハ級を軍刀で斬り捨てる。
「お前達、早く逃げろ!もう直ぐここは砲撃━━」
「あ・・・!?う、後ろッ!」
駆逐艦娘の1人が指を指す方角には深海棲艦の艦載機とそれを運用する軽母ヌ級の姿があり、既に攻撃のコースに入っていた。
「しまっ━━」
あと少しで爆撃されると思った次の瞬間。
ブォォォォォォォ!!
耳元で大型の昆虫が飛び回るような音と共に横合いから飛んで来た、無数のオレンジ色をした火の玉によって深海棲艦の艦載機は瞬く間にズタズタにされ、空中に大輪の花を咲かせた。
遅れて、ズドォンッ!という爆発音が轟き、遠くでヌ級が海中に没して行く姿と、それに向かって伸びる二筋の白煙を発見する。
彼女は、この攻撃と、それを行える者を知っていた。
「おい!大丈夫か?!」
血相を変えたザンクードが、とても大型艦とは思えぬ速度でこちらに近付いて来ていた。
▽
「スマン、助かった・・・」
「本当なら“危ないだろ!”って言ってやりたいが、話はあとだ」
ザンクードは空を睨み付けながら、
「ガーゴイル、ランチ!」
艤装前部のVLSから勢い良く射出された対空ミサイルは、ザンクードに搭載されたレーダーの誘導に従って飛翔して行った。
「いいか?全員俺の後ろで頭を抱え、姿勢を低くしているんだ。確実に成功するとは言いきれない」
本職のイージス艦には敵わない。だが、正面から迎撃すれば俺でもギリギリ防げると信じたい。砲弾の迎撃なんざ可能か知らんが、頼むぞ・・・!
「ガーゴイル、目標到達まで5秒!3、2、1・・・」
遠くで一瞬だけ爆発閃光を放ったあと、レーダーから光点がパタリと消える。
「全目標撃墜!全目標撃墜!」
「っしゃあ!」
「はっはぁっ!ザマァ見さらせクソッタレめ!」
「やりましたねぇ!ザンクードさん!」
艤装妖精達が歓声を上げ、その声を横に、レーダー上の光点が確実に全て消え去った事を確認した俺は、ふぅぅぅ・・・と深く息をついた。
「まさに危機一髪だったな。状態は?」
「ああ、全員無事だ」
目の前で起きた事に理解が追い付かず、ポカンと口を開けて立ち竦む艦娘達には傷が散見されるものの、致命傷は負っていないようで、ザンクードはホッと胸を撫で下ろす。
「何があったの?」と訊いてくる者もいたが、ただでさえ虐げられている彼女達に「君達は仲間に沈められかけた」など、口が裂けても言えない。
「デカイ爆弾を持った艦爆を落とした」と嘘をついて隠すザンクードは、話を逸らす為にポケットから取り出したチョコ菓子を手渡し、帰路に着いた。
━━がしかし、それを面白くないと思ったのが戦艦娘だ。
「ちょっと、今のはどういうつもりかしら?」
不機嫌さMAXと言った声で問い掛けてくる戦艦B。
「どういうつもりも何も、ただの援護だ。それ以外に何が?」
顔も合わせず淡々と答えていると、駆逐艦娘の1人が小さな悲鳴を上げた。
その見開かれた瞳はザンクードの後ろ、戦艦Bに向けられており、それに気付いた他の艦娘達も怯えた表情を浮かべる。
「・・・おいおい、主砲が向いちゃいけない方を向いてるぞ。安全装置は掛けてるんだろうな?」
ザンクードの態度が気に食わなかった戦艦Bが、顔を歪めながら彼に主砲を向けていたのだ。
こいつの主砲、新型に換装してやがる・・・。
どうせ、新しい
「あんたはあの時から気に食わなかったのよ。たかだか巡洋艦風情が私達の道を塞ぎ、今度は
「作戦、ねぇ・・・。まあ、
今回の作戦の本当の主役は戦艦であり、駆逐艦や巡洋艦は敵を集め、そして主砲の着弾目標にすると言うものだったのだ。
そして、ザンクードと木曾は『
「言わせておけば・・・!何が深海棲艦を艦隊規模で沈めた巨大戦闘艦よ!こんなのが来たところで、鬱陶しいだけじゃないッ!」
戦艦Bはワナワナと震えながらヒステリーを起こし始めた。
「何でウチの司令はこんな奴を欲しがったのかしら!しかも、今まで散々っぱら
ピクリと、ザンクードの片眉が僅かに持ち上がる。
「雷巡が珍しいからか何なのか知らないけど、こんなのさっさと解体処分にでも━━」
ドズンッッ!!!
突如、ザンクードに搭載された
戦艦Bの極至近を通過した砲弾は少ししてから後方で炸裂し、空中に巨大な火球を造る。
EMLに3種存在する砲弾の内の1種である、燃料気化弾によるものだ。
「・・・へ?・・・は?」
ギギギッとぎこちない動きで振り返る戦艦Bは、今まさに
「な、なに、を・・・?」
「
そう短く返すザンクードは、火球から海面へとボチャボチャ落ちて行く何かの破片を指差す。
「さっきのヌ級が沈む前に発艦を敢行した奴らだろう。喚き散らす暇があるなら、空も警戒したらどうだ?」
スッと目を細めるザンクードと、低い動作音を上げながら元の位置へ戻っていくEMLが醸し出す物々しい雰囲気に気圧された戦艦Bは完全に黙り込んでしまった。
「さ、早く帰ろう。ここにいても時間と燃料の無駄だろ?」
さっきの雰囲気とは打って変わったザンクードは、他の艦娘達に優しく促す。
「・・・ほら、任務は達成したんだ。みんな、行くぞ」
木曾のフォローでようやく我に返った艦娘達は、静かに第十一鎮守府へと戻って行った。
帰投後、ザンクード、木曾、そして戦艦Bは執務室に集められた。
「ほぉう、独断による攻撃及び妨害行為、ねぇ。何か申し開きはあるか?」
報告書片手の
「はい、あの状況では彼女の砲撃より確実に、迅速に、そして低い損害で対応できると確信したので、独断による攻撃を行いました。砲弾に関しては、ただ単純に巻き込まれそうになったので、咄嗟の判断で撃墜したまでです」
「ハッ、成程。けどなぁ、損害っつったって、駆逐と巡洋艦が少し沈む程度だろ?」
鼻で嗤う
「お前だって、マーカードローンとか言う使い捨てのやつで誘導する兵器を持ってるじゃねえか。それと何が違うんだ?」
あれは誰も乗っていないから使い捨てにできるんだよ・・・ッ!
「アレらも同じく使い捨てなんだよ。デカイ砲は積めない、装甲は薄い。貧弱でまったく役に立たない連中が唯一役に立つ方法さ。それに、そろそろ数を少し減らしたいと思ってたところだったんだ」
木曾が握り締めている拳をプルプルと震わせる。
「ま、今回は飯抜きぐらいで見逃してやる」
「ちょ、ちょっと!こんな奴をそんな罰だけで見逃すって言うの?!」
戦艦Bが抗議の声を上げる。
「まあ待てよ。その代わり、これからしっかり役に立ってもらうからな」
今回の一件を見逃すと言う彼の判断は、新しく買って貰った玩具を大事にする子供と同じ思考だ。
事実、絶大な戦力を持ち、なおかつ保有しているだけでも一目置かれるような存在を2つも手に入れた
「期待してるぞ?深海棲艦を艦隊規模で沈めた戦闘艦さんよ」
「イエッサー!」
近い内、そのツラを殴り飛ばしてやる。
とにかく、執務室内部の状況も把握できたし、レッカー達に頼む任務の実行日時は決まったな。
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第31話 トゥームストーン隊、潜入せよ
翌日、まだ日の出前の午前01:00時。
ザンクード艤装の格納庫内には、6人の妖精が集まっていた。
「ザンクードさんから、作戦を実行してくれとのお達しが来た」
ギャリソンは、自身の正面に立つ5人の妖精━━レッカー、アイリッシュ、パック、ダン。そして、今回特別に随伴するハーパーを見渡しながら静かに口を開く。
「目標は
「武装した妖精が室内に?そいつは怪しいですね」
茶色いミリタリー帽子にサングラスと砂漠迷彩の戦闘服という格好の妖精━━ハーパーが、戦闘服のベルトをキツく締め直しながら眉間に皺を寄せた。
因みにハーパーは工兵である。
工作関係は勿論、ロケットランチャーなどの火器はレッカー達よりも巧く扱えるので、
「その通りだ。巡回する私兵の他にも態々執務室の中にまで歩哨を立たせるという事は、それだけのモノがある証拠だろう」
「成程。お目当てのブツがあるのは、ほぼ確定って訳ですね」
レッカーがニヤリと笑いながら、ガチャリとアサルトカービンに弾倉をハメ込む。
「俺達にかかれば、奴らの尻尾を掴むなんざ軽いもんだぜ」
「捜し物は得意だ」
「1度で良いから、こんな感じの事をしてみたかったんだよ」
アイリッシュ、パック、ダンと続く。
「よし、最後に何か質問は無いか?・・・無いな?それでは現時刻をもって、作戦を開始する!」
「「「イエッサー!」」」
工廠にたむろしている戦艦娘の艤装妖精達にバレないよう、静かに工廠から出たレッカー達はダクトに侵入し、執務室へと向かって行った。
執務室へ向けて移動を開始してからしばらく経った頃。
「やっぱり、ヘリやバイクが使えないってのは不便だな・・・」
パックが額の汗を拭いながら、ボソリと呟く。
「仕方ないさ。そんなので移動してたら、直ぐ見つかっちまう。証拠を押さえるまではバレないのが前提だからな」
そう説くレッカーも戦闘服の胸元を少し緩めて外気を取り入れるようにパタパタと扇いでおり、暑そうにしていた。
「通気ダクトを通って執務室へってのはバレずに進めるから良い考えだけど、迷路みたいになってるから道を間違えると面倒だな」
ダンが見取り図を広げながら、ポリポリと人差し指で額を掻く。
「そう考えると、ネズミってスゲェよな。外に繋がる道を簡単に察知できる訳だし」
「あ」
アイリッシュが腕を巻くりながらそんな事を呟いたその時、見取り図片手のダンがギリギリ聞こえるか聞こえないかの声を上げた。
「ダン、どうしたんだ?」
ハーパーがダンの方を振り向くと、それに釣られて他の者も一斉に「?」と言った表情を浮かべながら、ダンに視線を移す。
「・・・怒るなよ?・・・その・・・曲がる角を1つ間違えた。しかも、結構後ろの方だ」
「「「」」」
執務室まで、まだ半分以上も距離がある地点での出来事である。
▽
一方、工廠では1つの事件が起きようとしていた。
「ギャリソン!大変です!」
1人の妖精が血相を変えて部屋に転がり込み、ギャリソンは思わずビクッと小さく跳び跳ねてしまう。
「い、いきなりどうした・・・」
バクバクと煩く鳴る心臓を鎮めようと深く呼吸するギャリソンは、ノックもせず盛大に部屋に入って来た妖精を恨みがましそうに見つめながら問い掛けた。
「そ、それが・・・!」
焦燥した顔つきの妖精は、肩でゼェハァと息をつきながら説明を始める。
「昨日の任務中にあの戦艦との間に起きた一悶着の件です」
「ああ、あれか。それが何か━━いや待て。そこから先は言わなくて良い」
彼が何を言わんとしているかを察してしまったギャリソンは額に手を宛がい、「ハァァ・・・」と大きく深い溜め息をついた。
「勘弁してくれ・・・。それで、今どんな状況なんだ?」
「外で言い合ってます。あいつら、他の戦艦娘の艤装妖精も呼びやがったようで・・・」
「分かった。急ごう」
「こちらです」
妖精に案内されるギャリソンは艤装内の廊下を走り、外へと通ずる鉄製の扉を開いて下を見渡す。
「あれか・・・」
彼の視線の先ではザンクードの艤装妖精を筆頭とする第五鎮守府所属の妖精達と第十一鎮守府に所属する戦艦娘の艤装妖精達が睨み合っていた。
「よぉ、ギャリソン。随分と面倒な事になっちまってるぜ?」
タラップを駆け降りて現場へ向かうと横合いから誰かに声を掛けられ、彼は足を止めて声の主に振り返る。
「ツポレフか。いつからだ?」
「本当についさっきだ。突然向こうから絡んで来やがった。俺は偶然居合わせただけだ」
ツポレフは流し目で戦艦娘の艤装妖精達を見ながら、クイッと親指で指し示した。
「てめぇら、あん時は舐めた真似してくれたじゃねえか。えぇ?」
「ハンッ!五月蝿いのがなんか騒いでやがる。おい、誰か翻訳してくれ!」
ゴングを慣らせば、直ぐにでも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気である。
「ケッ!なぁにが、作戦の邪魔だ。てめぇらの方が邪魔だよ」
「あ゛ぁ゛!?」
「んだよ」
「━━お互いにストップだ」
お互いが掴み掛かろうとした寸でのところで、ギャリソンが間に割って入った。
「ギャリソン、止めないで下さい。こいつらふざけた事を・・・!」
「気持ちは分かる。だが、1度冷静に━━」
「おいおい。誰かと思ったら、あの巡洋艦の艤装妖精を束ねてる野郎じゃねえか」
ギャリソンの顔を見るや否や、相手はニヤニヤと嗤い始める。
「飼い犬の
同意を得るようにその妖精が後ろの仲間に問い掛けると、ゲラゲラと大笑いが返って来た。
「そこの雷巡の艤装妖精共も、さっさと魚雷でも磨いて来たらどうだ?お前らにはそっちの方がお似合いだぜ」
ブ チ ッ
互いの仲間を侮辱されたザンクードと木曾の艤装妖精の頭の中で、盛大に何かが切れる音がした。
「この野ろ━━」
「待て」
1人が飛び掛かろうとしたところで、ギャリソンがそれを制止する。
「ですがッ!」
「いいから。
静かにそう告げたギャリソンは、ツカツカと相手の元へと歩いて行き、手を少し伸ばせば届くような距離で足を止めた。
「彼らは、君達のような奴らを相手に本当によく耐えたと思う」
「何だよ。なんか文句でも━━」
「ザンクードさんと木曾さん両名の艤装妖精を代表して、君達に一言だけこの言葉を贈ろう」
「あん?」
スゥと息を吸うギャリソンに、相手は眉を潜める。
そして━━
「━━
ギャリソンの口からは、確かにこの言葉が放たれた。
「なっ!?」
「こ、この野郎・・・!!」
プルプルと震えながら、顔を真っ赤にしてゆく戦艦娘の艤装妖精達。
「っし!」
「ナイス、ギャリソン」
「まさか、ギャリソンの口からそんな言葉が出るとはな・・・」
相手が怒りのボルテージを上げていくのに対し、ギャリソンの後ろにいた妖精達は小さくガッツポーズをしたり、フッと笑いながら彼を称賛したり、意外な姿に驚いたりと様々な反応を見せる。
「ワーオ。ギャリソンの奴、言うじゃねえか」
「そりゃああんだけ言われたら切れもしますよ」
「俺だって、初日の事は忘れてないですからね」
少なからず戦艦娘の艤装妖精達からバカにされていたツポレフ達も、その光景を満足そうな笑みを浮かべて見ていた。
「こりゃあ明日は槍の雨が降るな」
「なあ、コヴィッ
木曾の艤装妖精が、やれやれと首を横に振りながら苦笑を浮かべる妖精に問い掛ける。
「まあな。彼は基本的にその手の暴言は吐かん。それと、俺の名前はコヴィックだ」
「え?違ったのか?アイリッシュからはそう聞いてたんだが・・・」
「あの野郎、あとで締め上げてやる・・・!なら、しっかり覚え直すんだな」
そうこうしている内に相手の怒りが頂点を迎えた。
「こ、こいつら全員絞めちまえぇぇぇぇ!!!」
1人が目を血走らせながらそう叫ぶと、他の妖精達が雄叫びを上げながら突っ込んで来る。
「向こうから先に仕掛けて来たんだ!総員、あのクソッタレ共に後悔させてやれ!!」
「「「おおぉぉぉ!!」」」
▽
「なあ、レッカー」
アイリッシュが引きつった表情で正面を見つめたまま、隣で呆然と立ち尽くすレッカーに声を掛ける。
「・・・何だ?アイリッシュ」
「俺達は夢でも見てんのか?・・・さ、さっきっから、バカデカイ夢の国の住人がこっちを見てるように見えるんだ・・・」
震えながら生唾をゴクリと飲み込む彼の視界には、通気ダクトの中で狭そうに身を屈めて二足立ちをするネズミが映っていた。
「夢は夢でも、1歩間違えりゃあ悪夢だぞ」
ヒクヒクと何かの匂いを嗅ぐように鼻を動かしながらゆっくりとこちらに近付いてくるネズミに、やむを得ないか?と思いながらレッカーはアサルトカービンを構えようとしたが、ネズミは彼を素通りし、ハーパーの元へ向かって行く。
「ハーパー!危ないから伏せてろ!」
彼を除く全員がネズミに銃口を向けるが、当の本人は「いや、待ってくれ」と言って、ポケットをゴソゴソと漁り始めた。
「お?あったあった」
そう言って笑みを浮かべる彼の手にはチョコバーが握られており、それの個包装を向いてネズミの眼前でチラつかせる。
「ほーら、美味そうだろー。欲しいか?食わせてやるからなー」
与えられたチョコバーをムシャムシャと食べるネズミを撫でるハーパーと、それに全く動じず、されるがままのネズミを見たレッカー達は心の中でこう呟いた。
た、ターザン・・・。
そんな彼らの心の声など露程も知らないハーパーは、完全に手懐けたネズミの上に跨がる。
「お、おい、ハーパー!何をしている?!変な事したらそいつを怒らせるだけだぞ?!」
レッカーが慌ててハーパーを止めようとするが、ハーパーは「大丈夫だって」と言って彼に手を差し出した。
「こいつは俺達を襲ったりしねえよ。ほら、お前らも乗れよ。執務室まではこいつに運んでもらおうぜ?」
「だが・・・」
「レッカー、ここはハーパーの言う通り乗せてもらおう。執務室まではかなり距離がある」
渋るレッカーの肩に手を置くダンが、持っていた見取り図を広げて見せる。
「・・・そうだな。ここは新しい仲間の手を借りよう」
少し考える素振り見せたあと、持っていたアサルトカービンを肩に掛け直したレッカーはハーパーの手を取り、ネズミの背中に跨がった。
「そう言やぁ、こいつの名前を決めてなかった」
全員がネズミの背中に乗り終えたところで、ハーパーが口を開く。
「名前だぁ?ふむ・・・ミッキ━━」
「アイリッシュ、悪い事は言わないから、命が惜しかったらそれ以上は止めておけ」
アイリッシュが全てを言いきる直前、パックが真顔でそれを制止した。
「お、おう・・・」
パックの気迫に気圧されたアイリッシュは何が何だか分からないまま、口をつぐむ。
「そうだな・・・。ジェリーなんてどうだ?」
「ジェリーか。良いんじゃねえか?よし!お前の名前はジェリーだ!よろしく頼むぞ!」
ダンが思い付いた名前がしっくり来たのか、ハーパーは上機嫌な表情で、自身に懐いたネズミの名前を呼んだ。
「さて、そろそろ任務に戻るとしよう。あまり油を売っている訳にもいかんからな」
「オーケーだレッカー。それじゃあそろそろ出発するかぁ!」
一同はジェリーの体毛にしっかりと掴まる。
「走れジェリー!風のように!ヒーハー!」
5人を乗せたジェリーは執務室へ通ずるダクトをタタタッと駆けて行き、あっという間に執務室に到着した。
「おーおー、職務熱心な事だ」
双眼鏡を取り出したレッカーは、異物混入を防ぐ為の網の隙間から室内を確認し、銃を携えた2人の妖精を発見する。
「他には・・・どうやらいないみたいだな。報告通りだ。ハーパー、どんな感じだ?」
双眼鏡から目を離したレッカーは、ダクトの網をヒートカッターで切断しているハーパーに話し掛けた。
「もうちょいで切れるから、見張っといてくれ。切断時の火花を相手に見られると面倒だ」
ジュゥゥゥ・・・!と音を立てるヒートカッターが徐々に鉄製の網を切り進めて行く。
「うっし、切れたぞ。あとは・・・」
四角く熱切断された網の一部を引き抜いた。
「完了だ」
サムズアップするハーパーの声を合図に、トゥームストーンの4人組が室内に侵入し、続いてハーパーとジェリーが踏み入る。
「侵入には成功したな。次は邪魔物の無力化だ」
「じゃあレッカーは右の奴を頼んだ。俺は左の奴をおねんねさせる」
レッカーとダンは、こちらに全く気付いていない2人の見張り妖精に背後から近付き・・・
「ヴェッ!?」
「ヴァッ!?」
せーので首筋を銃床で殴り付け、彼らの意識を瞬時に刈り取った。
「クリア。みんな、もう来ても大丈夫だ。あとはあの棚の裏を確認するだけだな」
「ささっとやる事やって帰ろうぜ」
見張りを縄で簀巻きにし終えたレッカー達は本命である棚の脚下まで歩いて行き、ビルのように大きなそれを見上げる。
「趣味わりぃ・・・」
「肥太と良い勝負だぜ、こりゃあ」
顔をしかめるアイリッシュとパックを他所に、ハーパーは棚裏の壁をコンコンとノックするや否や、「ビンゴっ!」と嬉しそうに呟いた。
「この音の響き具合だと、裏に部屋があるのは間違い無しだぜ」
彼はいそいそとバックパックから工具を出し、作業に取り掛かる。
「オープンセサミ♪」
巧妙に隠されていた配電盤の中をいじるハーパーがそんな事を言いながら配線を繋げ直すと、小さなモーター音と共に棚が横にスライドを始め、人間が1人入れる程度の入り口が現れた。
「ナイスだハーパー。それじゃあ今から中を探索してくる。行くぞアイリッシュ。ハーパーも一緒について来てくれ。パックとダンはジェリーと一緒に見張りを頼む」
レッカー達3人は銃に取り付けられたフラッシュライトで辺りを照らしながら、室内の奥へと前進して行く。
しばらくすると、隠し部屋の奥に金属製の引き出しを見付けた。
なんとか引き出しの上まで登った3人は頂上から1段目を開けて書類を取り出す。
「やっぱりな。こんなカラクリを施してまで隠すには、大抵それなりの理由があるもんだぜ」
書類を一通り確認したレッカーはポケットからカメラを取り出し、撮影を開始した。
「しかも、結構最近のやつだ。処分されちまう前で良かったな」
「こんな証拠を入手したんだ。これであの野郎はお終いだな」
アイリッシュが「ヒュ~」と口笛を吹きながら、足元に置かれた書類を見下ろし、ハーパーはニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「オーケー。撮影はこんなもんで良いだろう。書類を元に戻してズラかるぞ」
「「了解」」
書類を元の位置に戻し、引き出しを閉じた3人は隠し部屋の外で待たせている2人と1匹の元へ戻って行った。
「待たせたな。目当てのモノはしっかりと押さえた。あとは艤装に帰って画像の解像度処理を行うだけだ」
「分かった。それと、そこで寝てる見張りはどうする?」
尻を上に突き出したような姿勢で気を失う2人の見張り妖精を、ダンは残念な奴を見るような目で見つめる。
「証拠を消す為に始末するって訳にもいかんだろ。簀巻きのままジェリーに括り付けて連れて帰ろう」
「了解だ。パック、手伝ってくれ」
「分かった。念の為にガムテープで口は防いでおくぞ」
手際良く簀巻きの2人をジェリーに括り付けていくダンとパック。
「一丁上がり!」
そう言って、ダンが手をパンパンとはたく仕草をしたところで、気を失っていた2人が目を覚ました。
「ムッ!?ム~~!!ムグ~~!!?」
全身をグルグル巻きにされた上に口をガムテープで塞がれた妖精は腕1本動かせない状態で、体を必死に揺さぶって抵抗する。
「おはよう、目が覚めたか?目覚めて早々悪いが、しばらくそのままで我慢しろよ?なに、捕って食おうって訳じゃない。少し俺達の艤装に招待してやるだけさ」
ニコニコした表情を浮かべるレッカーは「だが」と続けたあと、ピストルを腰のホルスターから引き抜いた。
「妙な真似をしたら・・・その先は分かるな?」
黒光りするピストルの弾倉を取り外し、中身をこれ見よがしに見せつける。
「ムッ!ムッ!」
口を塞がれて何を言っているのかは解らないが、相手が必死に頷いている事を確認したレッカーはピストルをホルスターに戻す。
「物分かりが良くて助かる。さあ、みんな。任務は終了だ。おうちに帰るとしよう」
▽
「お、覚えてろよ!!」
数では勝っていた筈が、瞬く間に返り討ちに遭った戦艦娘の艤装妖精達はそんな捨てゼリフを残して逃げて行く。
「クソッタレ。あの野郎、今度会ったら蹴っ飛ばしてやる・・・!」
仲間達が歓声を上げる中、ツポレフは、ペッ!と血の混じった唾を吐き捨てながら悪態をついた。
「派手にやられましたねぇ、キャプテン」
副操縦士のラミウスが苦笑いを浮かべながら話し掛けてくる。
そんな彼も、顔に青アザを作っていた。
「うるせぇ。3人ボコってやったんだ。それでもまだ気が収まらんがな」
第十一鎮守府到着の初日、戦艦娘の艤装妖精から放たれた言葉にクルーの1人が掴み掛かろうとしていたのを止めたツポレフだが、自分だけでなく仲間までバカにされて何も思わない筈は無い。
ツポレフ自身も心の中で怒りを抑えていたのだ。
そして、今日の大乱闘である。
「確かに。あの時のキャプテンは獰猛な笑みを浮かべていましたからねぇ」
「まさに鎖から解き放たれた猛獣って感じでしたよ」
同じくボロボロの姿のクルー達が笑いながら冗談を口にする。
「いつつ・・・!おい、ラミウス。俺の鼻もげてねえか?」
「ちゃーんとくっついてますよ。それよか、ぷっ、前より男前になったんじゃないですか?ぶふぉッ、クククッ」
顔の半分だけパンダのようになったツポレフを見て、我慢の限界を迎えたラミウスは吹き出した。
「━━おいおい、何があったんだ?こりゃあ」
後ろから、誰かの困惑した声が聞こえる。
振り返るとそこには任務に向かったレッカー達と、なぜかネズミがいた。
「おお、レッカーか。仕事の方は終わったのか?」
「ああ、バッチリだ。それより、いったいどうしたんだ?」
レッカーはツポレフ達の顔を見て眉を潜める。
「奴らに分からせてやったのさ。俺達を舐めてたら痛い目に遭うってな」
その言葉である程度何があったのかを察したレッカーは「あぁ・・・」と言って小さく3回頷いた。
「それより、お前そのネズミはどうした?」
「こいつか?こいつは任務中に
「はぁ。まあ良い。ギャリソンなら艤装の医務室だから、報告してこいよ」
「おう。そうしてくる」
レッカー達はザンクードの艤装へと歩いて行く。
「ラミウス」
「はい、キャプテン」
「この鎮守府を制圧する日は近いだろうぜ?」
「そうですね。証拠を手に入れた今、ジッとしている必要はありませんからね」
「その通りだ。エアストライク・モジュールの点検をするから、工廠妖精を呼んでくれ。それと、ジェットエンジンに
「イエッサー!」
無駄になっがい話になってしまいました。
それと、ツポレフが言っていた「今度会ったら蹴っ飛ばしてやる」はフラグです。
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第32話 作戦開始の秒読み
《ザンクードさん、ギャリソンです。証拠を押さえました。漏れはありません》
午前06:00時。
予め伝えておいた時間に合わせて、音を絞った無線機のスピーカーからギャリソンの声が響いた。
「解像度の処理は?」
《完了済みです。これを突き出せば流石に言い逃れはできないでしょう。いつつ・・・!》
「そうか。よくやってくれた。レッカー達にもそう伝えておいてくれ」
横で固唾を飲んで見守る木曾にサムズアップして「成功した」と伝えると、静かな頷きが返ってくる。
《分かりました》
「最後にここの制圧の件だが、今日の出撃の帰還後を狙って実行だ。ツポレフ達には追ってゴーサインを出す」
《了解です。そう、フライング・デビルのクルーに周知しておきます》
「頼んだ。・・・あー、それとギャリソン。お前、何かあったか?」
打ち合わせを終えたザンクードは、先程から訊こうか訊くまいか悩んでいた事を意を決して口にする事にした。
《何がです?》
「いや、なんか喋り
《・・・少し口の中を切りまして》
「口を切った?何かあったのか?」
《そのぉ・・・》
ギャリソンはバツが悪そうにポツリポツリと理由を説明していく。
《━━それで、相手からの殴打が諸に左頬に当たりまして・・・》
彼が口内を切ったのは今日の日の出前に起きた工廠での大乱闘が原因だそうだ。
予想だにしていなかった出来事を聞かされたザンクードと木曾は口を半開きにしたまま固まってしまった。
「マジか・・・。他のみんなは?」
我に返ったザンクードは他の艤装妖精達の安否を確認する。
《軽い内出血や擦り傷以外はありません。勝手な行動をしてすいませんでした・・・》
無線機からは、表情を見なくても分かる程に申し訳無さそうな彼の声が響いた。
「まあ、客観的に見たら叱責ものだろうが、俺個人として言わせれば、特に咎める事はない。その気持ちは俺にもよく分かる」
「それに」と続けるザンクードは、ニヤッとした笑みを浮かべる。
「どの道、本性を現すのが少し早まっただけの話だろ?」
《ぷっ。確かに》
彼の冗談を聞いて少し気が楽になったのか、ギャリソンから小さな笑い声が聞こえた。
「ま、悪かったと思うんなら今日はしっかり仕事を頼むぞ?それで帳消しだ」
《イエッサー!》
彼の威勢の良い返事を聞いて満足そうに顔を綻ばせたザンクードは「またあとでな」と言って無線機の電源を切る。
「・・・まさか工廠でそんな事が起きてたなんざ思いもしなかったな」
両手にグローブを装着し終えた木曾は最後に帽子を被りながら、あはは・・・。と苦笑いを浮かべていた。
「妙だと思って訊いてみたら、乱闘中に殴られて口を切りました。だもんな」
無線機をポケットに直しながら返答するザンクードも同じく苦笑いを浮かべる。
「まあ、その話は一旦置いておくとしてだ。必要な証拠は完全に押さえた。あとは連中を拘束するだけだ」
「それは分かったが、それ以外の艦娘達はどうする?」
彼女の言わんとしている事は分かる。
━━巻き添え。
連中を拘束するにしても、「お前達を刑務所にぶち込むから大人しくしろ」などと言って相手が素直に応じる筈が無いだろう。
どうしても戦闘は避けられないだろうが、その際に彼女達が巻き込まれてしまうのはほぼ確定だ。
「あの状態じゃあ自分の身を守るだけで精一杯どころか、それすら怪しい奴もいる」
「それに関してはあとで摩耶に伝えるんだが、彼女達には近くの岩陰か小島にでも待避してもらうつもりだ」
メモを取り出し、事前に軽く調べて記録しておいた情報を確認する。
「戦艦娘は全員で6人。練度はそれなりに高く、武装は性能の良い主砲とレーダー。そして、持ち前の重装甲。それを相手に、衰弱している彼女達も一緒に戦わせるのは自殺行為だからな。隙を見てここを脱出してもらうって寸法さ」
「成程。それなら一先ずあいつらは安全か。あとは残った連中を無力化して拘束するって訳だな」
納得したように頷く木曾。
「そう言う事だ。っと、早い内に行っとくか」
「摩耶の所か?」
「ああ。このあと直ぐに出撃だろ?今ぐらいしかゆっくり説明する時間は無いからな」
立ち上がったザンクード達は、いそいそと靴を履いて外に出る支度を始めた。
▽
「キャプテン」
「んぁ?」
「先程ギャリソンから無線で連絡がありました」
格納庫に駐機してあるフライング・デビルの兵員搭乗室にてツポレフが椅子を後ろに倒して仮眠をとっていると、ラミウスがコックピットの方から早歩きでやって来た。
「来たか。それで何だって?」
「作戦は今日実行するそうで、ゴーサインが出たら速やかに離陸。離陸後は航空支援に当たってくれと」
その報告を聞いたツポレフは「ようやくか」と呟いたあと、勢い良く体を起こして立ち上がる。
「よし、最終点検だ。起爆カートリッジに余念が無いかチェックしておくぞ」
「了解です」
ツポレフとラミウスはコックピット後ろのハシゴを伝って下へ降りて行き、エンジンにセットされているカートリッジ式スターターの確認を始めた。
通常、フライング・デビルの離陸準備には長い時間を要するのだが、その時間を短縮する為の緊急用として開発されたのが、このカートリッジ式スターターだ。
これはエンジンに小型の起爆装置をセットし、その爆発によってエンジンが一気に点火される仕組みである。
このカートリッジ式スターターを用いる事によって、離陸に要する時間が10分程度にまで短縮できるのだ。
便利ではあるものの、無理矢理エンジンを点火させているので緊急時以外での多用は禁物だが・・・。
「オーケー。スターターに問題は無いようだな。おい、ちょっと来てくれ」
一通り点検を終えたツポレフは、近くで機体の見張りとしてついている3人のザンクード艤装妖精を呼び寄せた。
「どうした?」
駆け寄ってくる妖精達に、彼は親指で機体を指差しながら口を開く。
「お前ら、テレビゲームの類いは得意か?頼みたい仕事がある。ついて来てくれ」
「はぁ?分かった。俺達にできる事ならな」
「なに、簡単な話だ」
フライング・デビルの展開された爆弾倉によじ登りながら、ツポレフはその中にある巨大なコンテナのハッチを開いた。
「お前らには
「おいおい。こんな代物、俺達で使いこなせるのか?」
「大丈夫だ。カメラからの画像を見ながら手元のコントローラーで照準を合わせ、引き金を引く。単純だろ?」
「成程、それなら少し練習するだけでもやれるか・・・?まあ、物は試しだ。やるだけやってみよう」
「よし、それじゃあ諸々を教えてやるから、しっかり頭に叩き込んでくれよ?」
「ああ、頼んだ」
ツポレフ達はコンテナの中にある管制席に移動し、各種兵装の説明を開始した。
「いいか?こいつらは全て左右に135゜ずつの範囲で旋回ができ、下方には85゜まで俯角をとれる」
「つまり、下はほとんど死角が無いって訳だな?」
「そうだ。砲自体に旋回機構があるから、照準は楽だ。まずはこの
管制席のコンソール左端に取り付けられた赤色のスイッチを指差す。
「マスターアームが『ARM』になってたら射撃可能だ。手元の操作桿で旋回・射撃。カメラ画像の拡大と縮小はこの絞りで調節してくれ」
「オーケーだ。今のでだいたいの要領は掴めた」
「飲み込みが早くて助かる。あとは実戦あるのみだ。途中で迎撃機が上がって来るだろうが、精々飛んで来たとしても零式観測機ぐらいだろう。お前達は支援砲撃に集中してくれ」
「迎撃は俺達に任せときな。プロの仕事を見せてやるぜ」
機銃手の1人が自信ありげな笑みを作りながら、胸を張ってそう言い切った。
「分かった。便りにしてるぜ」
「おうとも!」
2人が拳と拳を軽くぶつける仕草をする。
「よぉし!いつゴーサインが出ても動けるようにチェックは念入りにしておけよ!」
「「「イエッサー!」」」
と、フライング・デビルのクルー達。
「「「了解だ!」」」
と、ザンクードのクルー達。
気合い十二分の彼らは忙しそうに各々の作業に取り組み始めた。
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第33話 制圧作戦開始
ギャリソンからの報告を聞き、この鎮守府の制圧を決定した俺は木曾と共に摩耶の自室に向かう。
「ここだな」
部屋番号を確認した俺は、コンコンとドアをノックする。
すると、少ししてからガチャリとドアが開かれ、中からは摩耶ではない別の艦娘が顔を覗かせた。
「あ。あなたは昨日の・・・」
出て来たのは昨日の出撃を共にした巡洋艦娘だ。
「やあ、おはよう。摩耶はいるかな?少し話したい事があるんだ」
そう説明をすると、彼女は「?」と言った表情で室内にいる摩耶を呼びに、一旦部屋に戻って行く。
「おぅ、ザンクードか。なんかアタシに話があるって聞いたけど、何だ?」
先程の巡洋艦娘と入れ代わりで出て来た摩耶。
身支度の途中で急いでやって来た雰囲気の彼女は左手に水の入ったコップ、右手に歯ブラシを握り、まだパジャマ姿だった。
「スマン、タイミングが悪かったみたいだな。今日訪ねたのは作戦の最終段階。ここの制圧に関してだ」
真剣な顔で静かにそう告げる俺に、自然と摩耶も緊張した表情となる。
「いいか?まず始めに、今日も俺と木曾は出撃させられる。今回は戦艦2隻と俺、木曾だけの編成だ。まあ、奴の事だから、手に入れたばかりの俺と木曾を使い回したいって感じなんだろうが、これは好都合だ」
1度言葉を切った俺は左右に視線を動かして木曾と摩耶以外に誰もいない事を確認したのち、再度摩耶に視線を戻してから口を開いた。
「帰還中を狙って俺と木曾で戦艦2隻を無力化する。そのあと、フライング・デビル・・・あぁ、悪い。新しく来た爆撃機で俺達の仲間なんだが、そいつにゴーサインを出す。しばらくしたら外が騒がしくなって、“反乱を起こした爆撃機を墜とせ”って全員に命令が出るだろうから、それに乗じて艤装を装着後に近くの無人島へ避難してくれ。誘導は俺の航空艤装に担当させる。そのあとは任せてくれ」
作戦内容を伝え終えた俺が「いいな?」と言おうとした所で、摩耶が「ちょ、ちょっと待てよ」と遮る。
「お前と木曾、それと爆撃機だけ?!戦艦を2隻減らしたとしても、あと4隻いるんだぞ?!艤装を着けてりゃあの野郎の私兵は気にする必要ねえけど、戦艦は全員が高練度だ!」
彼女はあくまで辺りに響かないよう注意しながら、ザンクードに対して声を上げた。
「アタシも一緒に行く。他にも戦える奴が数人は━━」
「いや、それは無しだ。ボロボロの状態で高練度の戦艦とまともにやり合えるのか?」
「アタシはそこまで弱っては・・・!」
摩耶はなおも食い下がろうとする。
「だからこそだ。お前にはみんなを護ってほしい」
「・・・護る?」
「ああ。離れた所に待避するとはいえ、何が起きるか分からないんだ。そんな時、まともに戦える奴がいなかったら一巻の終わりだろ?」
「・・・・・・分かった」
渋々ながらも了承してくれた事に俺は内心ホッとするが、摩耶は「ただし!」と続けてこちらを睨み付けてきた。
「お前ら2人共、絶対に死ぬなよ!」
一瞬ポカンと口を開ける俺と木曾。
2人はその表情のまま互いに顔を見合せたあと━━
「「勿論だ」」
不敵な笑みを浮かべた。
あれから数時間後。
随伴としてついて来た戦艦2隻から「なんでこんな奴らと!」などとギャーギャー文句を言われてうんざりしながらも出撃任務を終わらせた俺達は鎮守府への帰路についていた。
「ザンクード」
第十一鎮守府が肉眼でくっきりと見え始めた所で、木曾が小声で話し掛けてくる。
「そろそろ始めよう」と言う合図だ。
「━━そう言えばあんた達。艤装妖精から聞いたわよ?随分とやってくれたそうじゃない」
木曾の合図に小さな頷きを返したところで唐突に戦艦Cが口を開いた。
“艤装妖精から聞いた”とあるので、恐らく工廠で起きた大乱闘の件についてだろう。
「ああ、その事か。俺の艤装妖精からも聞いたよ」
「怪我人も出たそうだけど、どう落とし前をつけてくれるのかしら?」
「おいおい、おたくの艤装妖精達から絡んで来たんだろうが。ま、速攻で返り討ちにしたらしいがな」
鼻で嗤いながら、戦艦Cの艤装に流し目を送る。
「いちいち
「あんたらと仲良くしたいなんざこれっぽっちも思わないからな」
そう言いながら俺は艤装側面のハッチをゆっくりと展開し始めた。
「チッ!司令のお気に入りじゃなかったら、この場で沈めてやってたのに・・・!」
「へぇ、そいつは残念だな」
剣呑な雰囲気を孕んだ会話を続けている間にも、厚いハッチは上向きにゆっくりと開いていき、内部の5連装単魚雷発射管が側面を向く。
「・・・?ちょっと、あんたどういうつもりよ!魚雷がこっちを向いてるじゃない!」
俺の艤装に動きがあった事に気付き、何をしているんだ!?と言う表情でこちらを睨み付ける戦艦C。
「当たり前だろう?
━━今からお前らを
「なっ!?」
次の瞬間、左側面の魚雷が5本射出され、その全てが直撃した戦艦Cを瞬時に戦闘不能に陥らせた。
相手からの抵抗がなく、完全に
どうやらあちらも無力化に成功したようで、木曾が放った魚雷を全て受けた戦艦Dは目を白黒させて固まっていた。
「よし、目標1・2共にクリア。ナイス木曾」
「そっちもな。あとは鎮守府にいる連中を大人しくさせるだけか」
「ああ、今しがたツポレフ達に合図を送ったところだ。もうじき騒がしくなるだろうさ」
と言って第十一鎮守府の建物を見つめていると、ハッと我に返った戦艦Dが悔しそうに歯を剥きながら睨み付けてきた。
「あんた達・・・!こんな事しといてどうなるか分かってるんでしょうねッ!?」
「お前達は全員が海軍刑務所に叩き込まれるってのは俺でも分かるぞ?」
「スパイだったのね・・・!!不意討ちなんて卑怯よッ!!」
「自分達よりも力で劣る他の艦娘達を鉄屑と称して虐げるよりかは幾分マシだ」
淡々と言葉を返しながら、俺はマシンキャノンの照準を戦艦Dに向ける。
「ひっ!?」
そのまま、短く悲鳴を上げる戦艦Dを無視して引き金を引いた。
ドッガッガッガッガッガッガッガッガッガッ!!
吐き出された砲弾は戦艦D━━その艤装の艦砲と主機を使えなくする程度に破壊していき、それを戦艦Cにも同じく行う。
これで抵抗する事も逃げる事もできないだろう。
「リキッド、速やかに発艦して第十一鎮守府に向かえ。待避する彼女らの誘導を頼む」
《リキッド了解。発艦後は第十一鎮守府に向かい、誘導を行います》
自身の航空艤装に命令を下すと、格納庫から攻撃ヘリコプターを載せたエレベーターが上昇してくる。
メインローターとスタブウィンクの展開・固定を終えた攻撃ヘリコプター━━サベージは静かな羽音を立てながら浮き上がり、俺達より一足先に第十一鎮守府へ向かって飛んで行った。
▽
「キャプテン!ゴーサインが出ました!」
ツポレフが車輪止めを外して準備を行っていると、パイロットスーツ姿のラミウスが慌てた様子でコックピットから降りてきた。
「よぉし!全員持ち場につけ!ラミウス!エンジン点火だ!」
「イエッサー!」
言うが早いか、ラミウスは機体から伸びる細長いコードを引っ張り、カートリッジ式スターターの点火スイッチをオンにする。
プシュゥゥゥゥ!!と甲高い音を立てるジェットエンジンは排気口から真っ黒な煙と時折炎を噴きながら、火薬の力で一気にタービンを回転させ始めた。
「よし、完璧だ。俺も早くコックピットに━━うん?げっ!?やっべ!」
エンジンが順調に始動した事を確認したラミウスは点火用コードを元に戻してコックピットに戻ろうとしたところで、こちらに向かってくる1台の4輪駆動車を発見した。
「キャプテン、ヤバいですよ!どうやら連中に気付かれたようです!4駆が1台こっちに来てます!」
大急ぎでコックピットの副座についた彼はパイロットヘルメットの酸素供給マスクを片手で装着しながら早口で説明する。
「あんだけ派手に排煙を出したんだ。こっから近い工廠なら気付かれてもしょうがねえさ。よし、さっさと離陸するぞ」
ヘルメットのバイザーを下ろしたツポレフがスラストレバーを奥に倒すと、フライング・デビルはまだ硝煙臭い煙が充満している格納庫からゆっくりと移動を開始した。
「あ!あの車両です!」
滑走路にて離陸の準備に入っていた彼らの視界に、小型の4輪駆動車に乗った妖精達が映る。
「4駆なんて乗り回しやがって。贅沢だなぁおい。
・・・おっと?前に俺の顔に1発お見舞いしてくれた野郎も乗ってるじゃねえか」
へへへっと不気味に笑うツポレフは口角を吊り上げながら、
ゴオォォォォォォォ!!
最大出力のフライング・デビルは轟音と共に滑走路を凄まじい速度で疾走して行く。
「B-56D フライング・デビル 対 軍用4輪駆動車。世紀の対決だぜ」
「キャプテン、離陸速度には既に達しています。機首の引き起こしを行わないのですか?」
「昨日言ったろ?“あの野郎、今度会ったら蹴っ飛ばしてやる”ってなぁ」
ラミウスの問いに対し、そう答えるツポレフはマスク越しに凶悪な笑みを浮かべる。
一方、巨大な爆撃機が
「バックだ!もっと速度を上げろぉぉ!」
「これで全力だ!」
「あ、あいつらイカれてやがる!俺達を
そうしている間にもフライング・デビルが目と鼻の先にまで迫って来る。
「
操舵輪を握るツポレフが腕にグッと力を込めながら口を開いた。
「
4輪駆動車に乗る妖精達は叫びながら、なおも必死に逃げようとする。
「
とうとうフライング・デビルが、機首に描かれたシャークマウスの歯の本数までハッキリと分かる程の距離にまで追い付いてくる。
「「「う、うわぁぁ!?来るなぁぁぁ!!」」」
「
バキリッ!ガシャァァン!!
ここでようやく機首を持ち上げたフライング・デビルは、バック走行で逃げる4輪駆動車のボンネットとフロントガラス、そしてルーフを
ツポレフの操縦技術あっての芸当である。
「ひ、ひぃぃ・・・」
グシャグシャに潰された車の中で妖精達はあまりの事にカタカタと情けなく震える。
そんな彼らの後ろでは、フライング・デビルがまるで「ザマァ見やがれ」とでも言っているかのように8発のジェットエンジンから独特の甲高い音を上げながら飛翔していた。
今のネタ知ってる人いるかな・・・?
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第34話
第十一鎮守府 執務室
「さぁてさてさてっと、今日ザンクードと木曾をメインとして出撃させたんだから・・・やっぱ明日はあの爆撃機を試しに出してみるかぁ」
明日が待ち遠しいと言った表情の
「まったく。俺が海軍のトップになるのも近いってかぁ?」
自身の未来像を頭に思い浮かべながら悦に浸っていたその時。
「ッ!?な、何だ!?」
突如、基地内の随所に設置されたスピーカーから空襲を知らせる警報がけたたましく鳴り響いた。
━━全身を濃灰色の機体色で包み、身の毛もよだつ怪物の咆哮のような不気味な音を立てる1機の爆撃機が空を飛んでいた。
「な・・・!?許可なんざ出した覚えはねえぞ!?」
両目を目一杯に見開けながらフライング・デビルを見上げていると、執務机に取り付けられた内線のベルが鳴る。
「おい!どういう事だ!?なんで爆撃機が勝手に飛んでやがる!」
《た、たた大変ですッ!!爆撃機が反乱を起こしました!!》
内線の受話器を引っ掴むようにして手に取った彼がそれに向かって怒鳴りつけると、妖精の焦燥した声が返ってきた。
「反乱だと?!」
《反乱機は現在上空を旋回中━━》
ガチャンッ!!
「畜生、ふざけやがってッ!!」
途中で受話器を叩き付けるようにして内線を切った。
爆撃機1機だけが反乱なんてありえねえ。絶対仲間がいやがる筈だッ。
・・・まさか、同じ鎮守府から越して来た
「全艦娘に通達する!今直ぐ反乱機を撃墜しろ!それと、ザンクードと木曾だ!あいつらは見つけ次第拘束しろ!どれ程痛め付けても構わねえ!」
彼は全体放送のスイッチを押すや否や放送用マイクを鷲掴みにして強引に引き寄せ、口角から泡を飛ばしながらそう叫び散らした。
▽
「おーおー、下はお祭り騒ぎだな」
フライング・デビルの機首カメラを通して基地を見下ろすツポレフは満足そうな表情を浮かべていた。
と言うのも、先程機体の降着装置で蹴り潰した車から妖精達が大慌てで出て来るのをしかと目に焼き付けたからである。
「近くに
仕返しを済ませて気が晴れ晴れした彼にラミウスは、はははっと笑いながら問い掛ける。
「いや、そいつはもう少しだけあとだな。もう直ぐリキッドから連絡が来る筈だ」
操舵輪で機体を微調整するツポレフが「その時が来たら下を月面みたいにしてやれ」と言うと同時に、開けっ放しにしておいた無線から聞き慣れた声が響いた。
《ヴァルチャー、聞こえるか?こちらリキッド》
ザンクードから飛び立った攻撃ヘリコプターに乗る2人のパイロット妖精の内の1人━━ディーレイの声だ。
「こちらヴァルチャー、感度良好。着いたのか?」
《着いたぞ。みんな予定通り艤装を装着中だ。
・・・戦艦も含めてな》
「分かった。今からもう少し下を騒がしくさせるから、それに乗じて避難させてくれ。連中は足止めしてやる」
《了解。頼んだ》
リキッドとの無線が切れる。
「聞いたな、お前ら。ショータイムだ!異動初日に空飛ぶ鉄屑だとバカにされたが、その鉄屑が悪魔に化ける事を教えてやれ!」
「「「イエッサー!」」」
フライング・デビルの機体腹部が縦に割れ、内部から3基の砲が姿を現した。
展開された30mmガトリング砲、40mm砲、105mm砲のそれぞれは俯角をとって照準を定める。
目標は、さっきから掠りもしない機銃をバラバラと撃ってくる戦艦だ。
「エアストライク・モジュールの展開を確認。地上攻撃レーダーの作動・・・オーケーです」
ラミウスが正面の計器を確認し、兵装システム士官の妖精とサムズアップを交わす。
「さぁて、おっ始めるかぁ!派手にかましてやれ!」
フライング・デビルの腹部から顔を覗かせる3基の砲が一斉に火を噴いた。
▽
一方、戦艦CとDを無力化したザンクード達は、発砲音や空襲警報で騒々しい状態の鎮守府にたどり着いた。
「ツポレフ達が上手くやってくれているようだな」
「ああ、摩耶達も無事に避難できたみたいだ」
彼らの視線の先には、空に向かって必死に対空砲火を放つ戦艦が3隻。
「ん?1人足りないな。・・・戦艦Aか」
「あいつはこの鎮守府の中でも特に高練度だ。恐らく
眉を寄せるザンクードに木曾は顔をしかめながら答える。
「成程。倒すのに骨が折れそうだ・・・」
そう言って溜め息をつくザンクードだが、既に電子妨害装置は起動させており、マシンキャノンの弾倉も換装済み。
しっかり臨戦態勢をとっていた。
「言っても始まらねえだろ?」
「それもそうだ。とにかくあいつらをやろう」
ザンクードは未だこちらに気付いていない戦艦に主砲とマシンキャノンを、木曾が大腿部の酸素魚雷発射管を向ける。
そして、2人が同時に攻撃を仕掛けようとした次の瞬間だった。
ズドォォン!!
ザンクードの近くで━━いや、彼の左膝辺りで爆発音。
「ぐぁっ・・・!?」
「なっ!?ザンクード!!?」
直後に激痛が走り、思わずガクンと片膝をついた。
砲撃だと!?レーダーにはあの3隻しか映っていなかった筈だ・・・!
いったいどこから・・・?!
物資やコンテナが点在する鎮守府の埠頭へと視線を這わす。
「ふん、無様だな」
近くのコンテナの陰からは嘲笑を浮かべる戦艦Aがゆっくりと姿を現し、その後ろには
「そんな所に隠れてやがったか・・・」
どれ程強力なレーダーを搭載していても、大きな遮蔽物に息を潜められたら探しようが無い。
故に、ザンクードは相手の攻撃を許してしまったのだ。
「司令から直々に貴様らを拘束しろと言われたのだ。多少痛め付けても構わんともな。これで気兼ねなく貴様らを
笑みを更に深くする戦艦Aは「特に」と続けてザンクードに視線を移す。
「貴様だけは徹底的にな」
「チッ・・・」
気付けば、先の爆音に気付いたのか戦艦BとEが周りを囲んでいた。
残った戦艦Fはフライング・デビルの撃墜に専念すると言う事なのだろうか、対空砲とロケット弾をしつこく放っている。
3隻の戦艦に囲まれてしまったザンクードと木曾。
いつ集中砲火を浴びてもおかしくない状況であるが、ザンクードにはまだ隠し球があった。
前世では全くと言って良い程使った事が無くて、これを載せる意味はあるのか?とまで思っていた兵装がここにきて役に立つとはな。
思わずフッと笑ってしまう。
「・・・何がおかしい」
眉を寄せる戦艦A。
そんな彼女にザンクードは「いやなに」と口を開いた。
「━━持ってて良かったなってな」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべる彼は艤装の至る箇所から空へ向けて何かを撃ち出す。
放たれたそれらが空中でポンッ!と音を立てたあと、辺りが一寸先も見えない程の濃煙に包み込まれた。
ザンクードに搭載された煙幕発射機から射出された物だ。
「な、何!?煙幕!?」
「くっ!小賢しいッ!」
「ちょっと、どうなってるのよ!?」
「お、お前ら何してやがる!早くそいつらを撃て!」
視界を塞がれた戦艦娘と
「こっちだ!」
戦艦Eを倒して強引に退路を開いたザンクードは、突然の視界不良に戸惑う木曾の腕を掴んで煙幕の中から脱出し、陸地へ上がった。
「けほっけほっ。お前、煙幕まで持ってたのかよ」
「まあな。俺もこいつを使う日が来るとは思わなかったが・・・」
咳き込む木曾に苦笑を浮かべながら、彼は背後を確認する。
少しずつ煙幕が晴れてきており、その中では仲間をやられた戦艦AとBが鬼の形相を浮かべていた。
「こっわ。完全にぶち切れてるぞ、ありゃあ。マジ切れした艦長と良い勝負だ」
身震いしながら走るザンクードはそんな冗談を口にするが、左足を若干引きずっている事に木曾は気付く。
「お前、その足・・・!」
「・・・?ああ、さっき砲弾を諸に受けたからな。主機の片方が吹っ飛んじまった。これじゃあ海ではまともに戦えないな・・・」
そう告げるザンクードの青い迷彩ズボンの左裾は少なくない量の血が滲み、赤黒く変色していた。
「主機じゃなくてお前の『足』の話だ!」
「少し痛い事を除けば大丈夫だ。それよりお前の方こそ━━」
「ちょっとこっち来いっ!」
「うわっ!?」
苛立たしそうな声の木曾は鎮守府の建物の陰にザンクードを引っ張る。
「いきなり何すんだよ・・・」
ザンクードは抗議するが、木曾は聞く耳持たずと言った風で、おもむろに自身のマントの端をビリッと破き始めた。
「お前何やってんだ?」
「ほら、ズボンの裾を捲れ」
完全にこちらの言葉を無視する彼女は細長く千切られた黒い布を両手に持ったまま、ザンクードにそう言う。
「は?」
「いいから早くしろ。巻けねえだろ」
「・・・そう言う事か。分かった」
地面に座り込んだ状態の彼は木曾が何をしようとしているかを察して、言われるがままにズボンの左裾をたくし上げた。
「っつ・・・!」
血塗れた足が外気に晒される鋭い痛みに、ザンクードは思わず顔を歪める。
「こんなもんで良いか?」
「ああ、そのままジッとしてろよ?」
言うが早いか彼女はその左足に布を宛がい、包帯の要領で巻き始めた。
「いだだだっ!・・・悪いな、助かる」
「どういたしまして、だ。よし、こんなもんか。どうだ?」
「ああ、さっきよりは楽になったよ。ありがとう」
捲っていた裾を降ろしたザンクードは、しっかりと地に足を着けて立ち上がる。
「クソッ!どこに行ったッ!!出て来い屑鉄共ッ!!」
近くで戦艦Aの凄まじい怒声が聞こえた。
「おっと、もう来たのか・・・」
ガショッガショッという重量感のある足音が近付いてくる。
「戦艦はツポレフ達が相手をしている奴を除けばあと2隻。かなりの手練れだが、オレ達なら絶対に勝てる。やってやろうぜ」
「ああ、奴らに吠え面をかかせてやろう。
━━ペイバックタイムだ!」
ガゴンッ!と音を立てて、35.5cm連装砲が次弾を装填した。
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第35話 ペイバックタイム
「どこにいったァ・・・!!」
戦艦Aが般若も青くなって逃げ出す程の恐ろしい表情で辺りを見回す。
「逃げ足の早い奴らね・・・!」
「チッ!」
一通り辺りを探したあと、ここにもいない!と苛立ちを更に募らせながら移動を開始しようとしたその時。
「「「ッ!?」」」
近くでボボボボン!という音がしたあと、太陽光を鈍く反射しながら飛翔して来た無数のナニカが足元で爆発した。
それは小型のロケット弾のようだったが、そんな代物を積んだ艦はいなかった筈だ。
イレギュラーである、
「そこかぁッ!!」
自身の位置から攻撃が来た場所を特定した戦艦AとBは主砲を一斉射。
放たれた主砲弾は鉄の雨のようにまんべんなく降り注ぎ、近くにあった建物や木々を爆風で吹き飛ばした。
「ふっ、ふふふ・・・。これだけを受けては保つまい」
「おい、拘束しろって言っただろ。殺してどうすんだよ」
「どうせ拘束したところで性懲りも無く反乱を起こすのは目に見えている。置いておくだけ却って面倒だ。それなら、いっそここで消した方が良い」
そう言って、
「あぁあ、ここの再建費がバカにならなくなるぞ」
爆炎の中から、立ち上る煙を手で払う仕草をするザンクードが姿を現した。
「なっ!?貴様、主砲の一斉射を耐えたのか?!バカな・・・!」
「本職の戦艦には敵わなくても、俺だって並み以上の装甲は持ってるんだぜ?それに、あんな命中率を捨てた数撃ちゃ当たる理論の砲撃なら大した事でも無いしな」
そう言って不敵な笑みを浮かべるザンクードに戦艦Aが「ゴキブリが・・・!」と歯噛みしていると、背後からガキンッ!と金属と金属のぶつかり合う音が聞こえた。
本能的に振り返った彼女の両目には、木曾が戦艦Bに軍刀で斬り掛かっている光景と
「さて」
唐突にザンクードが口を開いた。
「どうせ言うだけ無駄かもしれんが、大人しく投降する気は?」
投降、
「ふざけるよ・・・!この私が貴様らごときに降伏だと!?」
「・・・無いんだな?」
彼の最後の問いに対する彼女の答えは無言の発砲だった。
殺意を孕んだ砲弾はザンクード目掛けて真っ直ぐ飛んで行くが、彼は寸でのところでそれを回避する。
ヒュンッと、鋭い風切り音と共に砲弾が数cm横を通過して行った。
「あ、あっぶねぇ・・・」
ただでさえ左足に1発受けてるってのに、これ以上喰らったら流石にヤバイよな・・・。
と、鳥肌を立てるザンクードは相手の射線から逃れるように動きながら牽制射を行う。
「クソッ、やっぱり当てられるのが前提の戦艦は装甲の丈夫さが桁違いだな」
「バカめ!そんな申し訳程度に載せた艦砲などぬるいわ!」
「それが
マシンキャノンの照準をややズラして装甲の薄い副砲に対して引き金を引く。
比重が重く、硬度も高いタングステンの弾芯を用いた76mm弾は吸い込まれるように飛んで行き、戦艦Aの副砲に幾つもの孔を開けた。
「チッ、副砲を狙うか!」
黒煙を上げる副砲を一瞥しながら舌打ちする彼女だが、まだ致命傷にはなっていないようで、主砲の乱れ撃ちを続けてくる。
本当にかったいな・・・!あいつ絶対に増加装甲も着けてやがる。仕方ない。それなら、少し危険だがアレをやるしか無いか。
先程まで撃ち合いを続けていたザンクードの艤装から見た事も無い白色の機体が1機飛び出した。
「艦載機だと?・・・ふっ、そんなものを1機飛ばしただけでなんになる」
戦艦Aは最初こそ驚いたものの、その薄っぺらいブーメランのような弱々しい形状を見て安堵したのか、小バカにしたように白い機体を見つめる。
━━このあと、この機体がとんでもない物を
「バカバカしい。その程度でどうにかなると思うとは、おめでたい奴だ」
そう言いながら視線を白い機体からザンクードに戻すと、彼がこちらに背を向けた状態で遠退いて行くのが目に入った。
「ど、どこまでも私を愚弄するか・・・!!」
握り締めた拳をミチミチと鳴らす彼女は額に青筋を立てながらザンクードを追い掛けて行く。
「このッ!逃げるなぁ!」
「うわっとと!?射撃の腕に自信はあるが、近接での戦闘はそこまで得意じゃないんだよ!・・・でもまあ、これだけ離れればもう良いか」
後方をチラリと確認したザンクードは地面を抉りながら急ブレーキをかけ、勢い良く振り返った。
「ようやく足を止めたか。諦めがついたのか?」
「その逆だよ。これで木曾を巻き込まなくて済むからな」
そう言ってニヤリと笑うザンクードに対して眉を寄せている戦艦Aの顔に一瞬だけ影が差す。
ハッとして上を見上げると、先程ザンクードから発艦した白い艦載機がこちらに突っ込んで来ていた。
「まさか、カミカゼ━━」
その機体はザンクードによって破壊された副砲にバキンッ!と音を立てて突き刺さる。
しかし、爆弾を搭載せず、自重も軽い機体は敵に大したダメージを負わせる事も無く、ただ機首が潰れる程度で留まった。
「爆発無し、か。残念だったなぁ。折角のカミカゼもタダの無駄死にだったようだ」
「無駄死にも何も、そいつにはパイロットなんて乗っていないぞ?」
「・・・無人機か。だからと言って失敗には変わらん。死ぬ前に言い残す事はあるか?」
勝利を確信した戦艦Aは搭載主砲の全てをザンクードの眉間に向ける。
「いや、死ぬ気は無いんだが。そうだな・・・
━━ヘリオス、ランチ」
後部艤装のハッチが開いたかと思うと、凄まじい噴射炎と轟音を上げながら、広域殲滅用の特殊ミサイルが真上に発射された。
「どこを狙っている。上には誰もいないぞ?気でも狂ったか?」
眉間に向けられている主砲が、ガゴンッと音を立てて次弾を装填する。
「この状況で、俺が態々ミサイルを使ってカモメを撃ち落としてるように見えるか?」
「ふんっ、私には下らん悪足掻きにしか見えんがな」
「ああそうかい。そうだ、1つ忠告してやろう」
「忠告だと?良いだろう。殺す前の情けとして、その戯れ言を聴いてやる」
「優しすぎて涙が出てくるね。で、忠告ってのはな。お前の副砲に刺さってるその無人機、さっさと引っこ抜いた方が良いぞ?あと10秒だ」
「貴様、何を言って━━」
ゴオォォォォォ・・・
「何の音だ・・・?」
戦艦Aは音のした方へゆっくりと首を動かし、そして、氷のように固まった。
先程ザンクードが放ったミサイルがこちらに戻って来ていたのだ。
それも、彼女に向かって真っ直ぐに。
「まさか、この無人機は・・・!?」
「ああ、そいつは特殊ミサイルの誘導を行う為の機体でな。ミサイルはそいつの誘導に従って飛翔するって訳だ」
副砲にめり込んでいるドローンを指差しながら答える彼は「それと」と続けた。
「時間切れだ。ヘリオスはドローンとお前を着弾目標にして飛んで来るぞ」
最後にそう告げたザンクードは急いで
「~~~!!貴ッ様ぁぁぁ!!」
次の瞬間、戦艦Aは巨大な火球に包まれた。
▽
「ハァ、ハァ、ハァ。ちょこまかと・・・!」
軽巡の運動能力と木曾自身の高い格闘能力によって
「おい!なにやってんだよ!早くそいつを━━」
「うるっさいわね!あなたはそこで見てるだけでしょ!?」
「んだと!?そもそも、お前らがあそこでヘマしなきゃこんなに手こずる事も━━」
「ハッ、さっきからオレそっち退けで騒いでるが、無能っぷりは健在だな。
鼻で嗤いながら、
「!?」
「クズだクズだと見下してきておいて、いざこうなると物陰に隠れて喚き散らすだけかよ」
「こ、このアマ、調子付きやがって・・・!おい!さっさとこいつをスクラップにしちまえ!」
「何でっ、当たらっ、ないのよっ!」
「当たり前だろう。戦艦の主砲は近距離でバカスカ撃ちまくって当たるようなもんじゃねえだろうが」
掠めはするものの、直撃弾には至らない事に苛立ちを覚える彼女は一心不乱に砲撃を続けるが、木曾は相手の砲撃の合間を縫って一気に肉薄する。
「この!」
木曾の腹部目掛けて戦艦Bから鋭いパンチが繰り出される。
しかし、寸でのところで身を捻ってかわされた事によって彼女の渾身の拳は敢えなく空振ってしまい、それどころか大きな隙を作ってしまった。
「ふっ!」
降って湧いた好機を逃さなかった木曾は細身の軍刀を逆手持ちにして、主砲の砲口内に捩じ込む。
「主砲が!?」
異物が侵入し、砲身内で砲弾が炸裂した事によって戦艦Bの主砲が1基大破した。
与えられた新型主砲の無惨な姿を見て動揺する彼女だったが、木曾の攻撃はまだ終わっていない。
「主砲の心配なんかしてる場合か?」
その言葉にハッとして視線を戻すと、目と鼻の直ぐ先には黒光りする5連装酸素魚雷を発射しようとしている木曾の姿があった。
「しまっ━━」
「これで終いだ!」
バシュッという圧縮された空気の排出音がしたあと、5本の酸素魚雷が発射管から勢い良く押し出される。
ザンクードと戦艦Aが走って行った方角から聞こえた爆音にも負けず劣らずの轟音が辺りに響き渡った。
▽
「おい、そっちに2機行ったぞ!」
「了解!後方機銃、右舷から1機!下からもう1機来るぞ!」
戦艦Fを相手取るツポレフ達の周りには4機の零式観測機が飛び回っており、それらを落とそうとフライング・デビルに3基搭載された機関砲が火を噴いていた。
━━が、腐っても主力戦艦が搭載している機体と言う事だろうか。当たる前に回避されてしまう。
「こいつ、機銃は3基だけのクセに的確に狙ってきやがるな」
零式観測機のパイロットは隙を見計らって攻撃するチャンスを待つ。
「チッ!小回りが利く分、ジェット戦闘機とは違う意味で面倒な奴だぜ・・・!」
35mm機関砲で敵機を狙う妖精が盛大に舌打ちした。
「ん?あれは・・・」
飛んで来る35mmや20mmの砲弾を回避する零式観測機のパイロットは近くの小島に太陽光の不自然な反射を発見する。
よく目を凝らして見ると、それはフライング・デビルの迎撃中に突然姿を消した艦娘達だった。
「成程、いないと思ったらそんな所に隠れてやがったか。ひとまずこいつの事は後回しだな」
ニヤリと笑うパイロット妖精は仲間にハンドサインを送ったあと、フライング・デビルから離れて自身の主の元へ戻って行く。
「キャプテン、敵機がこちらから遠ざかって行きます。何なんだ・・・?」
眉を寄せる機銃手の妖精の声を他所に、ツポレフは得も言われぬ気色悪さを感じていた。
「何を狙ってやがる・・・━━ッ!!」
相変わらず戦艦Fからの対空機銃やロケットの攻撃は続いているが、彼女が
「ヤバいぞ・・・!あの野郎、避難している艦娘達の場所をチクりやがったんだ!」
「なっ!?それじゃあ・・・」
「ラミウスの思ってる通りだ。あんな状態でまともにやり合えるとは思えん・・・!」
「あっ!きゃ、キャプテン!小島から人影が!」
「何!?あれは・・・確か摩耶って名前の嬢ちゃんだ!」
小島の陰から姿を現したのは摩耶だった。
彼女が戦艦Fの行く手を阻むようにして立っていたのだ。
「撃ち合いを始めました!」
「クソッ!仕方ない、ちょっと強引に行くぞ!!」
ツポレフが機体を急旋回させ、そんな彼らに零式観測機の4機編隊が再度襲い掛かって来る。
「嬢ちゃん、聞こえるか?」
周りをブンブン飛び回る敵機を鬱陶しく思いながらも、ツポレフは機体を操縦しながら、下で戦っている摩耶に無線を繋いだ。
《嬢ちゃんってアタシの事か?!》
無線からは砲撃の音と共に摩耶の声が響く。
「ああ、そうだ。俺達が空から援護してやるから、嬢ちゃんは魚雷でそいつの足を止めてくれ。無理に当てる必要はねぇ」
《分かった!で、魚雷で足止めしたあとはどうすりゃ良い?!》
「そいつの主砲の1基が少し破損してるのが見えるか?」
《・・・?あれか。内部が若干露出してるぞ!》
「そうだ。それは俺達が集中的に攻撃を当て続けたからだ。そいつの足が止まったら、俺達と嬢ちゃんでその箇所に集中砲火を浴びせるって寸法だ。できるな?」
《ったりめえだろ!アタシは摩耶様だぜ?》
「よし、それじゃあ頼んだぞ」
《おう!任せときな!》
その言葉を聞き届けたツポレフが摩耶との交信を切ったところで、ガスガスガスッ!と音を立てて、敵機の7.7mm機銃弾が垂直尾翼に幾つもの孔を空けた。
「垂直尾翼に被弾しました!」
「この程度なら問題無い。まだ飛べる!ラミウス、邪魔だから警報を切っておけ!」
「了解!」
コックピットの計器板で赤く点滅していたランプが消え、うるさかった警告音もピタリと止む。
「やったぜ!所詮は図体ばかりデカイだけの動く的だな」
初めてフライング・デビルに命中弾を叩き出した零式観測機のパイロット妖精は小さくガッツポーズをとっていた。
━━がしかし。
「そんな豆鉄砲が効くかよ!こちとら30mm機関砲の雨に晒された事だって1度や2度じゃねえんだ!」
バランスを崩した機体は海面へ落下して行った。
「バカな!隊長機が喰われただと!?」
この光景を目にした敵は動揺し、それを期に一気に圧され始める。
「毎分6,000発を喰らいやがれぇぇぇ!」
機体後方を飛んでいた2機に向けて、20mmガトリング砲が砲身を回転させながら火を噴き、1機目のエンジンを孔だらけに。逃げようとしていた2機目の尾部を一瞬にして喰い千切る。
「畜生、味方が・・・!まさか、残ったのは俺だけ?!おい、だれか援護を━━」
「墜ちやがれ、クソッタレ!!」
最後の1機は機首下部の35mm機関砲によって主翼が根元からもぎ取られ、片翼を失ったまま墜落して行った。
「敵機の全機撃墜を確認!」
「精々パラシュートに揺られときやがれってんだ!」
「こっちがデカイだけの薄ノロだと思うなよ!」
戦艦Fから発艦した全ての零式観測機を撃墜した機銃手の妖精達が口々に歓声を上げる。
「ガンナー、良くやった!だが、俺達の仕事はまだ終っちゃいねえぞ?」
そう告げるツポレフの視線は機首カメラの映像に向けられており、今まさに摩耶が放った魚雷によって戦艦Fの動きが封じられたところであった。
「よぉし!ぶちかませ!!」
彼の号令と共に摩耶の20.3cm連装砲とフライング・デビルの105mm砲、40mm砲、30mmガトリング砲、そして機首下部の迎撃用35mm連装機関砲も加わり、一点だけを狙って苛烈な砲撃を開始する。
破壊され、砲塔内部が露出した箇所を狙われた戦艦Fの主砲は爆炎を上げた。
「嬢ちゃん、こっちから爆発閃光を視認したが、どうだ?」
《ちょっと待ってくれ。今、ザンクードの航空艤装が確認してくれてる》
どうやら、摩耶達の避難誘導を行ったリキッドが彼女の代わりに確認しに行ってくれているようだ。
その言葉を聞いたツポレフ達は生唾をゴクリと飲み込んで報告を待つ。
《何?・・・そうか、分かった。ありがとな》
「どうだ?まだ動いてやがったか?」
《いや、艤装は半壊。本人は白目剥いて気絶してやがったらしい》
「そうか・・・!お前ら、戦艦Fは白目剥いてぶっ倒れてたらしいぞ!」
「ぃよっしゃあぁぁぁ!」
「はっはぁ!フライング・デビルの恐ろしさが分かったか!」
「ヒャッハァー!!」
「帰ったら間宮パーティーだぜ!」
フライング・デビルの機内はクルー達の歓声に包まれ、その下では、つけっ放しの無線から流れる音声に摩耶が苦笑を浮かべていた。
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第36話 怒りの拳
ヘリオスが炸裂した事による凄まじい爆風で舞い上がった土埃が徐々に晴れてくる。
「ぐっ・・・う・・・」
空中を舞う土埃がまだ若干残ってはいるものの、着弾地点の中心では戦艦Aが片膝をついて呻きを上げているのが確認できた。
艤装はボロボロ。増加装甲のお蔭で辛うじて原型を留めている箇所が数点見られるものの、もう先程のような撃ち合いをするのは不可能だろう。
俺はマシンキャノンを構えた状態でゆっくりと歩み寄る。
「その状態では、もう満足には戦えないだろう。大人しく降参するんだ」
「ま、だだ・・・!貴様などに━━」
「いいや、もう終わりだ。かなり前にだが、救難信号を発信させてもらった。ここの汚職の証拠もしっかり押さえたし、そのコピーもある」
戦艦Aが、やってくれたな。とでも言いたそうな表情でこちらを睨んできた。
「仮にここで俺を殺れたとして、そのあとにやって来る艦隊を相手にお前は戦えるか?その状態で。無理だろう?」
マシンキャノンの照準を合わせた状態で、淡々と諭すように事実を突きつけていく。
「どん詰まりだ。諦めて降参しろ」
「ぐぅ・・・!クソッ!・・・分かった、降参するっ・・・!」
そう言って悔しそうな表情のまま両手を上げて降参の姿勢を行う戦艦Aを見て、俺はマシンキャノンの照準は相変わらず向けた状態だが、ホッと胸を撫で下ろした。
━━だが、マシンキャノンの照準先
ドスッ・・・
突然、腹部に衝撃が走った。
「・・・?」
俺は何が起きたのか分からず、その衝撃があった腹へとゆっくり視線を這わす。
・・・ナ、イフ・・・?
胴を守る装甲の隙間を狙って刃渡り20cm近いナイフが深々と刺さっており、迷彩服はじんわりと湿り気を帯びていた。
次にそのナイフの刃先とは真逆の柄の先を見る。
「くっ、ふふふ・・・!」
企み事が上手くいったように口角を吊り上げて笑う戦艦Aがいた。
畜生。ドジ踏んだか・・・!
マシンキャノンの引き金を引こうとしたところで、彼女は俺の右腕を掴んで射線をズラし、腹部に刺しているナイフを思い切り捻る。
「ぐっ、あああ・・・!?」
グチャリと音を立てて傷口を抉られ、凄まじい激痛が走った。
痛みによって視界がチカチカと明滅する中、なんとか反撃しようと思って130mm連装両用砲を駆動させようとすると、今度は地面に叩きつけられる。
「ああ、降参はしてやろう。ただし、貴様を殺してから、なぁ!」
横腹に強い衝撃。
足蹴りを喰らった。
「貴様のような屑鉄風情がッ!」
バギンッ!と背中で金属の破砕音。
見えないが、どうやらEMLを思い切り踏まれたようだ。
「この私に歯向かいッ!」
今度は右腕を踏みつけらた。
彼女が足へ更に力を込めると、ミシミシと骨が軋み始める。
「愚弄しておいてッ!」
ミシミシという音がメキメキという音に変わり、鈍い痛みが脳に伝達される。
「タダで済むと━━」
戦艦Aが俺の右腕を踏みつけていた片足をゆっくりと持ち上げ・・・
「思うなぁぁぁッ!!」
直後、思い切り降ろされた彼女の足は、ボキッ!という音と共にザンクードの右腕の骨をへし折った。
「ッ~~~~~~!!?」
声にならない悲鳴を上げて悶絶するザンクードの顔を蹴り上げた戦艦Aは彼を引っ掴み、ズルズルと
▽
「さて、そいつはしばらく起きないぞ。
横で完全にのびてしまった戦艦Bを顎でクイッと指し示す木曾は、青い顔をして震える
「ま、待てよっ!は、話せば分かる!な?!そ、そうだ!お前ん所の鎮守府に資金と資材を大量に贈ってやるよ!」
後退りしながら必死に木曾を懐柔しようと試みる
「おい、こっちで爆発音が聞こえたぞ!」
「急げ急げ!」
建物の陰から別の誰かの声が聞こえる。
・・・こいつの私兵か。
「あ!いたぞ!
「お、おい、その横のあれって・・・!?」
「嘘だろ・・・!?この基地の主力艦娘がやられてるじゃねえか!」
出て来たのは、彼女の予想通り
「い、良いところに来たな!お前ら、こいつを何とかしろ!」
それに気付いた
「そ、そんな!?」
「相手は艤装着けた艦娘ですよ!?」
「無茶苦茶だ!」
そんな彼の命令に私兵達は当然の反応を示した。
「だ、誰の金で良い飯食ってやがる!いいから早くしろッ!」
口々に文句を飛ばす私兵に
その金はテメェの親父から流してもらったもんだろうが・・・。
と、内心で呆れる木曾が
「?」
彼女の耳が、微かに金属を地面に擦りながら引っ張るような音を拾った。
音源のする方角はザンクードと戦艦Aが走って行った向きだ。
「ま、さか・・・!?」
木曾は両目を目一杯に見開いたまま凍り付く。
視線が動かせない。
開きっ放しの口を閉じる事ができず、それどころかまともに声を発する事すらも叶わない。
あいつが・・・ザンクードが・・・!?
彼女の左目には、ボロ雑巾のようにされたザンクードと、彼が引きずって来られた跡に重なるようにして伸びる血痕だけが映っていた。
「ふんっ、面倒を掛けさせてくれるっ」
そう吐き捨てるように呟く戦艦Aはザンクードを無造作に地面に棄てる。
「お、おおぉ!そいつをやったのか?!大手柄だな!」
木曾の横を大急ぎで通り過ぎ、戦艦Aの元へ駆け寄る
「手を焼かされたがな」
「やっぱりお前に優先的に装備を回しておいて正解だったぜ」
先程までの怯えっぷりはどこへ行ったのか?と言いたくなる程変わり身の早い
だが、彼女の足がザンクードの頭を踏みにじる光景を目にした刹那、木曾の頭の中で何かが音を立てて切れた。
「・・・せ」
「あん?」
木曾の小さな声を耳で捉えた
「そいつから、その薄汚ねぇ足降ろせっつったんだよ・・・!!」
そう言うや否や、木曾は背中の単装砲を戦艦Aに対して旋回させた。
━━がしかし。
「おっと、動くなよ?」
戦艦Aは辛うじて1基だけ生き残っていた主砲を真下のザンクードに向けた。
「こいつを殺されたくなければ、貴様の艤装を解除してもらおうか。命令を守れば殺すのは考えてやる」
「何だと・・・!?」
彼女はザンクードの右腕に砲身を押しつけながら、木曾に艤装解除を迫る。
「早くしろ」
渋りを見せる木曾に戦艦Aが苛立ちを込めてザンクードの折れた右腕をグイィッと押すと、痛みに耐える呻き声が漏れた。
「・・・分かったッ・・・!」
大人しく相手の条件を飲んだ木曾は艤装を地面に降ろし、空かさず飛んで来た私兵達が無防備となった彼女を拘束する。
「司令、そう言えばこいつが言っていたが、色々と見られては困る物を証拠に私達を拘束するつもりだったようだ。既に増援もこちらに向かってるらしい」
「な、何だと!?チッ、余計な事してくれやがって!」
「まあ、良いか。ここでこいつらを消せば、あとはどうとでもなるしよ。もう構わねえから殺っちまえ」
「喜んで」
「なっ!?テメェッ!!」
私兵に拘束されて身動きが取れない木曾に対して、ニヤァっと笑みを浮かべる戦艦Aは「私は考えてやるとしか言ってないぞ」と言ってザンクードのこめかみに砲口を押しつける。
「この状況で貴様らを生かしておくと思うか?」
爆風にまきこまれないよう、
「貴様はあの時と何も変わりはしない!あの日、あの駆逐艦共と出撃した時とな!」
「━━ッ!!」
その言葉で、あの日、自分以外の全員が沈んだ惨劇が思い起こされた。
「分かったか?貴様は誰も守れはしない!自分の身さえな!今度は目の前でこいつが死ぬ様を見せてやる!」
「や・・・やめ・・・」
「━━さっきから好き勝手に言いやがって」
「ん?」
ガシッと、戦艦Aの砲身を誰かが凄まじい力で握る。声の発信源は、今まさにその砲身を突きつけられている人物からのものだった。
「俺が木曾と初めて会った日だ」
掴まれた砲身が金属の悲鳴を上げる。
「木曾はボロッボロの状態で戦艦棲姫と正面切って立っていた。傷だらけの仲間を庇いながら、だ」
砲身が掴まれた手の形状に沿って歪み始めた。
「その戦艦棲姫はお前みたいな性格のクソッタレだったなぁ」
砲身を握ったままの彼はゆっくりと片膝をつきながら立ち上がる。
「遅れて俺が割って入ったんだが、轟沈者はゼロだったぞ」
ベキンッ!と音を立てて砲身が折れ曲がった。
「ほ、砲身が・・・!?」
「しっかり仲間を守りきったんだよ・・・!」
砲身を掴んだ左手の力を一切緩めず、彼は━━
「そのクソッタレからなぁぁ!!」
「そんなっ、バカなぁぁぁ!?」
自身の原子炉から生み出された凄まじい馬力を以て、戦艦Aを左回転で振り回して空中へと放り投げた。
「EML撃てッ!!」
ズタズタのEMLから放たれた61cm砲弾は空中で自由落下を始める彼女の艤装を半分吹き飛ばす。
今の射撃でとうとう限界を迎えたEMLの巨大な砲身は、金属の軋む音を立てながらゆっくりと崩れ落ちるように首を下ろしていき、狙撃された戦艦Aが地面に叩き付けられたのと時を同じくして、完全に機能を停止した。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
荒い息をつきながら落ちていたマシンキャノンを拾い上げたザンクードは、弾倉を通常の物から【対空弾】と表記された物へと交換しながら
ググググ・・・ベキッ!!メギョッ!!
主砲の上面装甲がみるみるへこんでいき、やがて重みに耐えられなくなったそれはザンクードの足の形に踏み抜かれ、大きく空いた穴から爆炎が噴き上げた。
目の前で踏み潰され、スクラップとなった主砲。
それを唖然と見つめていた戦艦Aは破壊した張本人であるザンクードを怒りの籠った目で見上げた。
「屑鉄風情がぁ・・・!」
歯を剥き出しにする彼女に、ザンクードはなんとかして右手に握らせたマシンキャノンの砲口を突きつける。
「この私を見下ろすなぁぁぁ!!」
1発の砲声。
直後、カシュッカランッカラランッと音を立てて、排出された空薬莢が地面を跳ねる。
「・・・そいつは死なないように弾を弱いやつに換装しておいた。だが、お前らを
次に、木曾を拘束したまま硬直している私兵達の方へ振り向き、マシンキャノンをこれ見よがしに見せつけるザンクード。
「 今 直 ぐ 腹 這 い に な れ 」
戦闘時による興奮作用で瞳孔が開いた状態の双瞳から、ギラリとした視線を送った。
「は、はぃぃぃ」
「」
「あ、あぁぁ・・・」
彼の底冷えする声と一睨みを受けた私兵達は真っ青になりながら頷いたり、既に腹這いになっていたり、失禁したりと多様な反応を見せる。
「う、嘘だろ・・・!あいつの練度は並みじゃないんだぞ・・・!?」
私兵達が木曾の拘束を解いて腹這いなったのを見届けたザンクードは、続いて直ぐそこで携帯電話のように震えている
「ひ、ひぃ!?」
「・・・覚悟はいいな?」
「や、止めろ!悪かった!俺が悪かったから、頼む!許してくれ!」
「・・・・・」
マシンキャノンを投棄。
「は、話が早くて助か━━」
「そう言うのはなぁ」
手ぶらになった右手を握り締める。
不思議な事に、今だけは鈍痛が治まっていた。
「へ?」
「お前が散々侮辱してきた奴らに・・・!」
左足を肩幅に広げ、少し前に出す。
「お、おい、待てよ・・・」
「クソ下らん理由で沈められた奴らに・・・!」
右腕を後ろに引く。
「心身両方、一生消えん傷をつけられた木曾に・・・!」
「や、止めろ!離せ!クソッ・・・!!」
暴れる
「言うもんだろうがぁぁぁぁ!!」
「ぶごぉぉっ!?」
ザンクードから放たれた右ストレートは
「へっ、ザマァ見やがれ。きれいに整ったお顔が台無しだぜ・・・」
「ザンクードッ!!」
前のめりに倒れ始める彼に、艤装を装着し直した木曾が駆け寄り、抱き留める。ズシッとした重量感が腕の中に収まった。
「木曾」
彼女の腕の中に収まっているザンクードが不意に口を開き、若干朦朧とはしているが、彼の意識がある事に安堵した木曾は「どうした?」と言って視線を自身の胸元に移す。
「前にも言ったがな。あの日、駆逐艦の娘達が沈んだと言う事実はどうやっても消せない。だが、お前が守り抜いた奴らがいるのもまた、1つの事実なんだ。お前は・・・無力なんかじゃないんだ・・・」
ここでとうとう意識の限界を迎えた彼は、ゆっくりと脱力していった。
「あぁ・・・ありがとう・・・」
腕の中で静かに眠るザンクードに向けられた言葉は、埠頭から聞こえた警笛によって掻き消された。
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第37話 病室にて・・・
眠気眼で何の気なしに久しく小説情報を見たら、1発で目が覚めました(笑)
第十一鎮守府にてザンクードが
突然だが、皆さんは女性からの『はい、あーん』とやらを体験した事はあるだろうか?
勿論、家族内での話を除外して、だ。
俺が人の体を持つ前。艦体だった頃に数人のクルー達がひょんな事から『はい、あーん』についての語り合いを始め、最後にはその全員が両手両膝をついて血涙を流すといった出来事があった。
当時は自分には関係無い話だと思って、血涙を流すクルー達に心の中で合掌を送っていたのだが・・・
「ほ、ほら、早く口開けろ・・・」
まさか、自分がその場面に直面するとは思いもしなかった。
話は数十分程前に遡る。
「ハァ、利き腕が使えないだけで、こうも不便かな・・・」
朝食として出された食事を摂る為、左手で先割れスプーンを掴んで食べていたザンクードは思わず溜め息を零した。
彼が消毒液の臭いが漂う病室で目を覚ましたのは、昨日の事である。
畜生、散々やってくれやがって。
ザンクードは心の中でそう愚痴りながら、煮豆料理に手をつける。
現在彼の右腕は接骨の為に包帯と
バケツの使用によって刺傷や裂傷などは消えたのだが、これはあくまでも外傷に作用する物なので、病気や骨折には対応できないそうだ。(それでも、かなり早いペースで治癒するらしいが・・・)
「クソッ、反抗的な大豆め・・・!」
せっかく掬った煮豆がコロリと滑り落ちた事に苛立ちを覚える彼がそんな事を呟いたその時、病室のドアがコンコンとノックされたあと、誰かが入室してきた。
「?」
食事を掬う手を止めたザンクードは先割れスプーンを皿の上に置いて、入室者の方へと顔を向ける。
「よぉ、ザンクード。調子はどうだ?」
「おはようございます、ザンクードさん」
入ってきたのは木曾と古鷹の2人だった。
「ああ、おはよう2人共。調子はすこぶる良いぞ。利き腕をカッチカチに固められたせいで飯が食い辛い事を除けばな」
そう言って苦笑いを浮かべながら、食事が盛られている一枚皿に流し目を送るザンクード。
その仕草に釣られるようにして木曾と古鷹がテーブルの上に視線を這わすと、確かに食事に手をつけた形跡はあるものの、大して減っている様子は無かった。
「ご飯も冷めかかってますね。やっぱり利き腕が使えないから・・・」
「・・・お前の右腕、結構ひでぇ折れ方してるんだろ?」
心配そうな表情を浮かべる2人。
「まあ、思い切り踏み潰されたからなぁ。目が覚めて早々に自分の右腕を見た時は戸惑ったもんだよ。こんな経験した事が無かったからな」
包帯と石膏によって2倍近くに膨れ上がっている自身の右腕を見つめるザンクードが「自分が骨折するなんて、艦体だった頃は考えた事すらなかったよ」と言って苦笑いを浮かべていると、また病室のドアがノックされる。
「失礼するよ」
「失礼致します」
今度は年配の男性と、長髪を頭の後ろで1つに結った女性が入室してきた。
「「「っ!!」」」
入室者の顔を見るや否や、丸椅子から勢い良く立ち上がって敬礼する木曾と古鷹。そして、同じく敬礼をしようとしたは良いものの、ちょっとしたハンマーのようになった右腕で額を打ったザンクード。
ザンクードにとって女性の方は見覚えの無い顔だが、男性の方は見知った顔であった。
「ああ、楽にしてくれ」
日本国国防海軍の元帥だ。
彼の答礼と共に告げられた言葉に、敬礼を解除するザンクードと木曾と古鷹。
「ザンクード君、そんな腕の状態で無理に敬礼せんでも良いよ」
髭はきれいに剃り落とされ、若干小皺が浮かんでいる顔を苦笑の色に染める元帥は、ザンクードと木曾の前へ歩み寄る。
「まずは先の件、本当にありがとう。君達のお蔭で第十一鎮守府の司令官━━
そう言って微笑む元帥は「ただ・・・」と続けた。
「
彼はザンクードに、もしかして?と言いたげな視線を送る。
「はい、彼の顔を右手で殴りました」
「そうか・・・。まあ、鼻の骨は時間が経てばいずれは治る。奴はそれ以上の事をしてきたのだからな。捕まった際に本人は全力で容疑を否定していたらしいが、君達が掴んでくれた証拠やあそこの艦娘達の証言もある。幾ら言い逃れをしようとも無駄に体力を使うだけで終わるだろう。
そして第十一鎮守府だが、あそこは修復したあとに信頼できる者を着任させる。残った艦娘達に関しては1度司令部で引き取る事になった。あとは任せてくれ」
その言葉にザンクードと木曾は頬を緩め、安堵の表情を浮かべた。
「おっと、そう言えば紹介が遅れたね」
元帥は、自身のやや後ろで控えていた女性に視線を移す。
すると、彼女はゆっくりと前に出て来て、微笑みながら口を開いた。
「初めまして。大和型超弩級戦艦1番艦、大和です」
「大和・・・」
ザンクードは目の前の彼女を見上げながら、言われた名前を反復する。
今の彼の頭の中には彼女と同じ名を持つ国家━━大和皇国の情景が浮かんでいた。
今、あの国はどうなっているんだろうか・・・。
俺の故郷は、俺の艦長は、クルー達は今どうしているんだろうか・・・。
少しだけ、しんみりとした気分になってくる。
「・・・さん」
そもそも、俺のクルーも
「・・・さん」
最後まで見届ける事ができなかったから━━
「ザンクードさん!」
「へ?うわっ!?」
何者かの声に意識を無理矢理戻されたザンクードの双眸には、心配そうな表情で自身の顔を覗き込む大和が映り込んだ。
「大丈夫ですか?・・・まさか、後遺症か何かが・・・」
「ああ、いやいや、すみません。少し考え事に耽ってしまったもので」
冗談抜きでザンクードの心配を始める大和に、彼は慌てて弁明する。
「そうですか・・・。それなら良かったです」
「お気遣い、どうも・・・」
ホッと胸を撫で下ろして柔和な笑みを浮かべる大和に、思わず魅入ってしまうザンクード。
「さてと、そろそろ行かんとな。ザンクード君、あの爆撃機の妖精達がいるのは格納庫かね?」
「はい、彼らならそこにいるかと思います」
「そうか、分かった。改めて、この度は本当にありがとう。そして、これからもよろしく頼むよ」
「お任せ下さい」
そう言って力強く頷くザンクードに同じく頷き返す元帥だが、彼はチラリと木曾と古鷹を一瞥したあと、ニヤッと笑ってから踵を返す。
「いやぁ、失礼したね。行こうか、大和」
「はい♪」
大和もニコニコと笑いながら元帥のあとを付き従って行った。
ガラガラガラ・・・パタン
横スライド式のドアが閉まり、室内はザンクード、木曾、古鷹の3人だけになる。
しばらくドアを見つめていたザンクードだが、自身の横合いから何やら視線を送ってくる2人の方へ顔を動かすや否や、顔を引きつらせた。
「「・・・・・」」
木曾と古鷹が、ジトーッとした目つきでザンクードを見つめていたのだ。
「お、おいおい、2人共どうしたんだよ」
「・・・大和さん」
ザンクードの問いに、ムスッとした表情の古鷹が口を開く。
「?」
「きれいな方でしたね」
「・・・へ?」
彼女の言葉の真義を理解できなかったザンクードは間抜けな声を上げた。
「お前は・・・」
「木曾?」
「お前は、ああ言った感じのが好みなのか?」
普段とは違い、妙にしおらしい態度の木曾。
彼女と古鷹の発言に何か繋がりあるのでは?と考えたザンクードは、2人の言葉を頭の中でリピートさせる。
“大和さん、きれいな方でしたね”と“お前はああ言った感じのが好みなのか?”か・・・。え?もしかして俺、
「いやいや、確かに一瞬見惚れてしまったが、別に彼女を
彼女達の誤解を解く為にザンクードが慌てて否定の言葉を述べていると、彼の胃袋が「早く飯を寄越せ」と抗議するように、グゥ~と大きな音を立ててそれを遮った。
「おっと・・・」
2人の目の前で突然腹の虫が鳴った事に、ザンクードは気恥ずかしさを覚える。
「・・・悪いな。俺の胃袋は『待て』ができないみたいだ」
「いや、タイミングが悪かったしな。オレ達の事は構わねぇから食っちまえよ」
尋問室のようであった空気はすっかり消え去り、木曾は笑いながら彼に食事を優先するよう勧める。
「そうか?なら、そうさせてもらうよ」
そう言って、ザンクードが先割れスプーンを左手で掴もうとしたその時。
「ま、待って下さい!」
突然古鷹が身を乗り出す程の勢いでザンクードの行動を制止した。
「ふ、古鷹?」
「どうしたんだ?」
ザンクードと木曾は、頬を若干朱色に染めている古鷹を驚いた様子で見つめる。
すると、古鷹は木曾の耳元に口を寄せ、何やら吹き込み始めた。
「なっ!?~~~!」
途端に顔を、カーッと羞恥の色に染め上げながらプルプルと震えだす木曾。
「ど、どうした?」
「な、何でも無い!おい、古鷹!本気で言ってんのか?!」
「だって今のザンクードさん、片腕で凄く食べ辛そうですし・・・」
木曾と古鷹は、ザンクードに聞こえないように声量を絞って会話する。
「そう、だよな・・・。片腕じゃあ食器も固定できねぇだろうし・・・・・・よ、よし!」
何かを決心した顔つきの木曾は古鷹と共にザンクードに向き直るや否や、彼の前に置かれていた皿と先割れスプーンを引っ掴んだ。
「あ。おい、それ俺の飯━━」
「く、食い辛いだろうから、オレと古鷹が手伝ってやるよっ」
料理を先割れスプーンで掬い、ザンクードの口元へ近付ける木曾と、その横でソワソワしながら待機している古鷹。
「・・・はい?」
半開きのザンクードの口から、半オクターブ高めの声が漏れた。
「ほ、ほら、早く口開けろ・・・」
そして今に至る。
「いやいや、別に飯ぐらい1人でも食えるから、そんな事までしてくれなくても良いぞ。て言うか、そんなの俺が恥ずかしくてしょうがない・・・」
「でもザンクードさん、左手だけじゃご飯が食べ辛そうです。まだそんなに残ってるのに・・・」
と、眉を八の字にする古鷹。
「大丈夫大丈夫。別に飯は逃げたりしないんだから━━」
「ザンクード」
彼の言葉は木曾によって遮られる。
「前に言ってくれたよな?“キツい時はみんなや俺を頼ってくれ”って。その言葉をそっくりそのまま返してやる。怪我人なんだから、こう言う時ぐらい甘えろよ」
そう言ってスプーンを差し出す彼女は、不敵な笑みでも、快活な笑みでもなく、目を細めて優しげな笑みを浮かべていた。
「・・・・・・分かった、降参だよ」
ザンクードは自身の胸の鼓動が早くなるのを感じながら、観念したように両手を上に挙げる仕草をする。
「ふふっ。ほれ、口開けろ」
食事を乗せたスプーンが口に入って来る。
冷えてしまっていたからか、はたまた別の理由なのか。正直、料理の味は分からなかった。
▽
工廠
「あぁあ、こいつはひでぇ状態だな・・・」
現在修理の真っ最中であるザンクード艤装の後部甲板では、彼の艤装妖精達が大破した61cm対艦対空両用磁気火薬複合加速方式半自動砲。通称EMLを見上げていた。
「見ろよ。こっからちょこっとだけ見えるけど、スーパーキャパシタがバーベキューみたいになってやがる」
「あれだけ痛め付けられた状態で無理矢理発砲したからなぁ」
油圧装置が破壊され、冷却装置が吹き飛び、スーパーキャパシタが黒焦げになった今のEMLは、大きいだけのオブジェと言われても仕方無い状態である。
「ま、俺は文句ねぇぞ?何たって、あのクソッタレの艤装を吹っ飛ばしてやったんだからな!はっはっはっ!」
と言って豪快に笑っているのは、このEMLの射手を務める妖精━━バレットだ。
「俺だって文句は1つも無いさ。だが、こいつの修理にゃ少し時間が掛かりそうだぜ」
「直るんなら良いだろ?それに・・・」
バレットは自身の後ろを流し目で見る。
そこには、目をキラキラさせた工廠妖精達とピンク髪の工作艦が、自分達の出番を今か今かと待っていた。
「明石さん達に頼んだら、直ぐに終わる話だぜ?」
「それもそうだ」
▽
「はい、ザンクードさん。あーん」
「あ、あーー、んぐ」
恥ずかしさを必死に圧し殺しながら、ザンクードは差し出されたスプーンを咥える。
対する古鷹も頬を朱色に染めているものの、どこか楽しそうな表情で次を掬っていた。
因みに木曾と古鷹で半分ずつの分担である。
「次行きますね?あーん」
「あ、あーー━━」
ザンクードがエサを待つ雛鳥のように口を開けた次の瞬間。
「ザンクードさん!EMLの件で少しお話が・・・あれ?」
妖精用の出入口から、艤装妖精のバレットが病室に入って来た。
「「「」」」
「え、えぇっと・・・」
絶句する3人と、困惑する1人。
「お、お邪魔しました!どうぞごゆっくり!」
何かを察したバレットは、ビシリと海軍式の敬礼をしたあと、そそくさと退室しようとする。
「ちょっ!バレット!?」
「急ぎの用件ではありませんので、また
「おい、待てバレット!ストップ!ウェイト!」
「グッドラック!」
そう言って親指を立てた彼は、静かに、そして迅速にドアを閉じて出て行った。
「グッドラックって何の事だよぉぉぉぉ!!?」
まだ昼前の病室に、巨大水上戦闘艦の叫び声が轟いた。
━━おまけ━━
元ザンクードクルーA「ハッ!?」
B「どうした?そんな顔して・・・」
C「見たかった番組の録画ミスでもしたか?」
A「・・・いや、違う」
B&C「?」
A「今どこかで、俺の仲間もしくは知り合いがめっちゃ可愛い娘から『はい、あーん』をされている気配を感じた・・・!」
B「な、何ぃ!?」
C「マジかよ!」
A&B&C「ちっくしょぉぉぉ!誰かは分からねぇが羨ましいなぁ、おい!」ダンッ! ●| ̄|_
海兵(何やってんだ、あいつら・・・)
因みに余談ですが、ザンクードのクルーは多数の重軽傷者を出したものの、全員生きて故郷の土を踏んでいます。
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第38話 艦内紛争 自由が欲しくば武器を取れ 前編
ザンクード達が第五鎮守府に帰り着いてから約2週間が経った。
帰還当初は右腕の骨を踏み折られ、左足の骨にはヒビが入っていたザンクードも、今は順調に完治の方向へ向かっている。
これも艦娘━━いや、艦息である恩恵であろうか。あと少しで復帰できる事だろう。
▽
工廠 ザンクード艤装内ブリーフィングルーム
長机が全て部屋の片隅に退けられた状態のブリーフィングルームには、十数人のザンクード艤装妖精が集まっていた。
室内灯は消されており、部屋を照らしているのは正面のスクリーンからの光だけである。
では、そんな薄暗い室内で妖精達は何をしているのかと言うと・・・
《お前は最後に殺すと約束したな》
《そ、そうだ大佐っ!た、助け━━》
《 あ れ は 嘘 だ 》
《ウワァァァァァァァ・・・》
映画観賞である。
「ワーオ、あんな所から落とされた一溜りもねぇな」
「だよな~。紐無しバンジーなんざ俺はごめんだぜ」
もう1度言おう。映画鑑賞である。
このブリーフィングルームは室内が広く、プロジェクターやスピーカーもあるので、使用されない時は非番のクルー達がそれを使って映画やアニメ、ドラマなどを見たり、その他自由な事をしたりする
そして、ここを利用する者には暗黙のルールが存在する。
1.ギャリソンとコヴィックには絶対に漏らすな。
2.風紀にうるさい者は誘うな。
3.もし、この部屋が会議などで使われると分かった時は他の非番の者達と協力して、速やかに証拠を隠滅せよ。
4.映画の時は騒がない。
と、この4つである。
「いやぁ、この映画は何度見ても良いもんだぜ」
そう呟くのは、最前席に座ってかぶり付きで映画を鑑賞しているレッカーだ。
「ああ、全くだ。この主人公の揺るがない無敵感は見てて惚れ惚れするぜ」
と、アイリッシュ。
「俺は、あの迫真の顔芸も好きだなぁ」
「それにセリフもな。この映画は笑えるセリフが多い」
パック、ダンと続く。
彼らトゥームストーン隊もこの部屋をこっそり使用している者達の一員であり、暇潰しの為にここを訪れていたのだ。
《怖いか、クソッタレ。当然だぜ。元グリーンベレーの俺に━━》
プツンッ━━
「「「ッ!?」」」
突如スクリーンに照らされていた映像とスピーカーから流れていた音声が途切れた。
「おぉい、誰だよ・・・。コードに足でも引っ掛けたのかぁ?」
「良いところだってのに・・・」
そう文句を飛ばす妖精達は、電源の切れたプロジェクターの元に集まる。
「ハァ、これじゃあ暗くてコードを直せん。誰か、明かりをつけてくれ」
1人がそう言って、仲間に室内灯の電源を入れるように頼んだ瞬間、部屋中が白い光に照らされた。
誰かが室内灯の電源を入れたのだ。
「ああ、助かる。これでコードを直せるよ」
「━━それは良かった。どう致しまして、と言っておこうか?」
「ん?この声・・・」
1人が室内灯の電源スイッチの元へ首を動かしたのを皮切りに、他のクルー達もそちらに視線を移す。
「「「」」」
そして、そこに立っていた人物達を見て、全員が顔を真っ青にして凍り付いた。
なぜなら、この部屋の秘密を漏らしてはいけない者━━ギャリソンとコヴィック。それと、彼と同じ一派と思われる妖精達が立っていたのだから。
「ぎ、ギャリソン、なぜここに・・・?」
「トゥームストーン隊を探していたんだ。そしたら、規則違反の
ニコニコとした笑みを絶やさないギャリソンを見て、一様に引きつった笑みを浮かべるクルーの妖精達。
「そ、それでは、自分はこれで失礼致しま~す」
不運にもギャリソンの直ぐ目の前にいた妖精が、その場の雰囲気に耐えきれず、一刻も早く部屋を出ようと思って彼の隣を横切る。
━━がしかし
「どこへ行くんだぁ?」
ギャリソンがどこかで聞いたようなセリフをドスの効いた声で発しながら、その妖精の肩をガシッと掴んだ。
「い、今から、航空艤装の整備にぃ!」
クルーの肩を掴むギャリソンは、その力を一切緩めずに視線を案内板に移す。
そのクルーの行き先には『居住区画→』と表示されていた。
「・・・ヘリの整備を居住区画でかぁ?」
「ひ、ひぃ!?」
「おい、こいつを頼む」
「イエッサー」
ギャリソンは一緒にいたコヴィックに、逃げようとしていた妖精を引き渡す。
「さてと」
未だ青い顔をしながらガタガタと震えているクルー達に向き直った彼は、目が全く笑っていない笑みのまま口を開いた。
「諸君、何か言い残す事があれば聞いてやろう」
「に」
「に?」
「逃げろぉぉぉぉぉぉ!!!」
「「「う、うわぁぁぁぁ!!」」」
レッカーのその言葉で、その場にいた妖精達は一斉にギャリソン達のいない方角の扉へと走り出す。
「1人たりとも逃がすなっ!追えぇぇ!!」
「鬼ごっこか?面白い・・・」
「「「うおぉぉぉぉ!!」」」
ギャリソンの声に動きだしたコヴィックとギャリソン派の妖精達も逃亡者達を捕獲する為、一斉に駆け出した。
「まず1人目ぇ!」
「うわぁ!?」
追っ手のギャリソン派の妖精に捕まった妖精が、上にのし掛かられて身動きを封じられた。
「ブラザー!」
「お、俺に構うな!早く逃げろ!・・・幸運を祈る!」
捕獲された妖精は仲間に敬礼を送りながら、ギャリソン派の妖精達に引きずって行かれる。
「~~~!クソゥッ!」
仲間を1人失った妖精は涙を流しながら艦内廊下を駆けて行った。
「ヤベェぞレッカー!このままじゃいずれ全滅しちまう!」
自身の前を走っていたレッカーに追い付いた彼は後ろをチラリと確認しながら、「どうする!?」と問い掛ける。
「どうするも何も、銃を使う訳にも・・・いや、待てよ?」
廊下を走りながら何かを思い出しそうな素振り見せるレッカー。
「そうだ!あれがあるじゃないか!」
「何か思い付いたのか?!」
「ああ!取り敢えず第一武器庫に行くぞ!」
「オーケーだ!みんな聞こえたな?!第一武器庫だ!」
「「「了解!」」」
なんとか追っ手を撒いたレッカー達は艦内武器庫に到着し、扉を開けて中に保管してある武器の中から『訓練用』と記載された武器のみを次々に取り出していった。
「よし!全員武器は持ったな?!」
レッカーが辺りを見渡しながら口を開く。
「「「おう!」」」
威勢良く返事をする彼らの手の中ではピストル、アサルトカービン、ショットガンが黒光りしており、果てはロケットランチャーまで担いでいる者もいた。
「俺達のすべき事は何だ?!」
「「「ギャリソン派の兵士を倒し、自由を勝ち取る事!」」」
「そうだ!これより、作戦を開始する!」
「「「サーイエッサー!!!」」」
▽
一方、ギャリソン達は姿を眩ました逃亡者達を探すべく、艤装内を隅々まで探索していた。
「まったく、どこに行った?あいつらめ、捕まえたら当分の間は間宮さんの飯をお預けにしてやる・・・!」
ギャリソンは、彼らが聞けば発狂するような事を口にしながら、数ある部屋を確認する。
「にしても、あいつらの顔マジだったよな」
「そりゃあギャリソンとコヴィックに追い詰められたらあんな顔もするだろうさ」
「あのトゥームストーンでさえ『逃げる』を選択した程だもんな・・・」
などと、ギャリソン派の妖精達が駄弁りながら捜索を続けていると、突然目の前の扉が開き、アルミ缶サイズのナニカが投げ込まれた。
ポンッ、プシュゥゥゥ
「
足元に転がるスモークグレネードにコヴィックが眉を寄せた次の瞬間━━
タタタタタタタッ!
扉の奥から複数の銃声が連続で鳴り響いた。
「なっ!?や、やられた!」
「訓練用の銃だ!奴ら武装してる!」
行方を眩ませていたレッカー達逃亡者組が今度は武装して攻撃してきたのだ。
「遮蔽物に身を隠せ!格好の的だぞ!」
大急ぎで近くの物陰に隠れるギャリソン達。
「反撃だ!撃ちまくれぇ!」
「「「うおぉぉぉぉ!!」」」
開け放たれた鉄製の扉の向こうからは、逃亡者組が訓練用の銃をこれでもかと撃ってくる。
「クソッ、これじゃあ分が悪い。ギャリソン、ここは1度撤退し、我々も武装するべきです!」
訓練用のゴム弾が頭上を掠める中、コヴィックは自身の隣で身を屈めているギャリソンに、自分達も武器を取ってくるべきだと、そう進言した。
「そうだな。第二武器庫に行くぞ!ここからなら近い筈だ!」
ギャリソン達は反撃に必要な武器を調達する為、頭を低くした状態で第二武器庫へ走って行く。
「つ、着いた・・・!」
「畜生、あいつらバカスカと撃ちまくりやがって・・・!」
艦内廊下を必死に走る彼らは、やっとの事で第二武器庫に到着した。
「よし、鍵を開けるぞ」
扉に掛けられていた鍵を外して武器庫を開放すると、中に保管されていた大量の武器が姿を現す。
「しっかり目当ての物は保管されているな。これで連中とまともにやり合える」
「奴らには少し灸を据えてやらんといかんようだな」
銃の安全装置を解除しながらニヤリと口角を吊り上げるコヴィックと、ピストルのスライドレバーをカチャンッと引くギャリソン。
「行くぞ!!」
「「「イエッサー!!」」」
訓練用の銃で武装した彼らは、レッカー達の背後に回り込むようにして別のルートを歩いて行った。
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第39話 艦内紛争 自由が欲しくば武器を取れ 後編
「逃げられたか・・・」
先程までギャリソン達が隠れていた物陰や廊下の角を念入りに捜索したものの、そこに誰も残っていなかった事にレッカーは残念そうな声で呟く。
「レッカー、彼らがここから姿を消したとなれば、逃げ道は2つだけだ」
そう言って、アサルトカービン片手のダンが歩み寄って来た。
「ああ。だが、その1つは俺達の射線を横切る必要がある。となれば・・・」
レッカーはダンと共に、残るもう1本の廊下の先を見据える。
「・・・みんな、ここにギャリソン達はいない。いつまでもここで油を売ってる訳にもいかん。移動するぞ」
「「「了解」」」
この場での捜索を打ち切ったレッカーは別エリアへの移動を始め、彼に従う逃亡者組の妖精もそれに
━━そんな彼らの背後や真横から接近する、複数の影に気付きもせず。
ピンッ、カラカランッ
「ん?この音は・・・」
突如廊下の床で何か軽い金属が跳ねる音を耳で捉えたレッカー。
次に、ゴトッと何か重みのある物体が放り投げられた音。
「━━ッ!?みんな、伏せろ!!」
いきなり大声を張り上げながら
そう、この音の正体とは━━
「グレネードだぁッ!!」
手榴弾を使用する際の一連の音だ。
ボンッ!
床上で炸裂した、訓練用の手榴弾。
これに巻き込まれた数人の妖精達は瞬時に意識を刈り取られ、更に追い討ちを掛けるように2方向からの同時射撃に晒される。
「クソッ!エネミーコンタクトッ!!」
レッカーはそう叫びながら、物陰に隠れて小銃による牽制射を開始する。
「ギャリソン派の連中も武装を━━ぐわっ!?」
「メディック!1人やられた!」
「助けてくれ!敵に釘付けにされてる!」
「これ以上奴らの好きにさせてたまるか━━うぐっ!?」
「仲間がやられた!手を貸せ!」
「もっと弾ジャンジャン持って来い!」
「頭を下げろ!グレネード弾をお見舞いしてやるぜ!」
「撃ち返せぇ!」
あっという間も無く、狭いザンクード艤装の廊下は2つの勢力が苛烈な銃撃戦を行う激戦区と化してしまった。
▽
「クソッ、味方の本隊とはぐれちまったか」
「まんまと嵌められたな」
奇襲を受けて、レッカー達率いる反風紀体制組からはぐれてしまった3人の妖精達は廊下を
「とにかく、急いで味方と合流しねぇと・・・」
辺りをキョロキョロと見回して警戒しながら呟く妖精A。
「だな。弾もそろそろ心許ない。おい、無線は通じるか?」
妖精Bが、ポケットの中に収納してある弾倉の残数を見て顔をしかめながら、妖精Cに問い掛ける。
「ダメだ。向こうも戦闘中みたいで、繋がる気配がない・・・」
「そうか。・・・どうする?」
「取り敢えず、1度どこかに身を隠してから態勢を立て直すか」
そう言って、Aが次の角を曲がろうとしたその時。
「いたぞぉ!」
ギャリソン派の妖精に見つかってしまい、おまけにアサルトカービンを向けられた。
「うおっ!?やっべぇ・・・!お前ら走れ!」
背後からの、タタタタッ!というアサルトカービンの軽快な銃声をBGMに廊下を右へ左へと駆け回った3人は、偶然見かけた扉から文字通り室内に転がり込んだ。
「おいおい、お前らいきなりどうしたんだ?」
部屋の奥から誰かに声を掛けられる。
その声に反応して一同が首を動かすと、そこには工兵のハーパーが目を丸くして立っていた。
その直ぐ側のテーブルには、まだ手付かずの間宮羊羹が鎮座しており、今から間食でもしようとしていたようだ。
「ちょっ、ちょっと匿ってくれ!」
「・・・?そう言やぁ、外が騒がしいな。なんかしでかしたのか?」
「話はあとだ!適当に隠れさせてもらうぞ!」
「お、おう?それなら、そこの部屋にでも隠れてろよ」
「助かる!」
そう言って、隣接されている別室に身を潜める妖精A、B、Cの3人組。その数十秒後、部屋の扉が勢い良く蹴破られた。
「制圧射撃ぃ!!」
バラララララララ!グシャァ・・・!
部屋の中にありったけのゴム弾をぶちまけたあと、ギャリソン派の妖精達が入って来る。
「おい、ハーパー。ここに逃亡者共が来なかったか?」
「」
逃げた妖精A達の行方を訊いてくるギャリソン派の妖精。しかし、ハーパーは口を半開きにしたまま、ある一転を見つめて固まっていた。
そんな彼の視線の先には、さっきの制圧射撃で吹き飛ばされ、見るも無惨に変わり果てた間宮羊羹だった物。
「ハーパー、聞いてるか?ここに3人程逃げ込んで来なかったか?」
ハーパーの異変に気付く様子も無く、彼は再度質問を投げ掛ける。
「・・・・・」
俯いたまま一言も話さないハーパーは、スックと立ち上がったあと、その足で逃亡者達が隠れている別室の方へと歩いて行った。
「おい、そのアサルトカービンは訓練用か?」
「あ、ああ、そうだが・・・」
「よし、寄越せ」
部屋の隅に隠れていた妖精Bの持つアサルトカービンを指差すハーパーの謎の迫力に、彼は無言でそれを差し出す。
「ああ、それと━━
そのロケットランチャーも貸せ」
ニヤァっと口角を吊り上げながら、携行式対戦車
少ししてから、奥の部屋から帰ってきたハーパーを見たギャリソン派の妖精達は酷く困惑した。
何でそんなに武装してるんだ?と。
何でそんなに禍々しいオーラを放っているんだ?と。
「お前ら・・・ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
━━何で自分達は、ハーパーに銃口を向けられているんだ?と。
「間宮羊羹の仇ぃぃぃぃ!!!」
そう叫びながら、アサルトカービンのフルオート射撃を開始するハーパー。
「は、ハーパー!?止めろ!何をするんだ!う、うわぁぁぁ!!」
「お、おい!ハーパーの様子がおかしいぞ!今直ぐ逃げ━━ア゛ーーーッ!!」
「ど、どうしたって言うんだ━━ひでぶぅ!?」
ゴム弾を受けて次々と床に倒れ伏すギャリソン派の妖精達。
「あれはなぁ、楽しみに取っておいた代物なんだぞぉぉぉ!!」
気絶したギャリソン派の妖精から奪い取ったアサルトカービンをもう片方の手にも握らせたハーパーは、2
「た、退避!退避ぃぃ!!」
「
「ひぃぃぃ!?」
死に物狂いの表情で、涙を浮かべながら逃げて行くギャリソン派の妖精達。
「「「うわぁ、何て言うか、うわぁ・・・」」」
その惨劇を物陰から見ていた逃亡者組の妖精3人は、ハーパーを怒らせるのはマジで止めておこうと心に決めたのであった。
「フゥー!フゥー!フゥー!・・・おい、もう出て来ても良いぞ」
肩で息をするハーパーの声に、隠れていた3人組がビクビクしながら姿を現す。
「た、助かったぜハーパー。で、このあとどうするんだ?」
「俺も混ざる。連中には間宮羊羹の代償を払わせてやるぜ・・・!ふ、フヒヒッ」
瞳のハイライトが仕事を放棄した状態のハーパーは不気味な笑い声を上げながら、逃げたギャリソン派の妖精達のあとを追って行く。
その様は、いつものハーパーでは無い。まるで別人のようであった。
▽
一方、どこから持ってきたのか分からない資材などでバリケードを作って身を隠しながら銃撃戦を行っていた反風紀体制組の本隊とギャリソン派の本隊は、お互い膠着状態にあった。
「うひぃ!?お、おい、このままじゃあ埒が明かねぇぞ!」
ゴム弾が鼻先を通過し、ギョッとしながら頭を引っ込めるアイリッシュ。
「そうは言っても、どうしようも無いぞ!向こうもバリケードを作ってやがる!」
投げ込まれた手榴弾を拾って相手側に投げ返すパックが、それに答えた。
「おぉい!レッカー!」
「?」
不意に自身の名を呼ばれとレッカーが反応すると、横の通路からは、本隊とはぐれてしまっていた3人の妖精が手を振りながら走って来ていた。
「おお・・・!3人共無事だったか!」
「ああ、なんとかな。っと、それよりレッカー。相手のバリケードに突入しよう!」
「無理だ。弾が残り少ないし、あのバリケードは頑丈だ」
「大丈夫だ。俺達には心強い味方ができたからな」
「味方?」
怪訝な表情を浮かべるレッカー。
「まあ、見ておけって。もう少ししたら向こうが騒がしくなる」
ふふん、と不敵な笑みを浮かべる妖精に、レッカーは頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、敵のバリケードに視線を移す。
━
「クソッ、これじゃあ弾と時間の無駄だ!」
対するギャリソン派のバリケードの奥では、コヴィックが悪態をつきながら弾倉を交換していた。
「なんとか、この状況を打開しなければ・・・」
「た、大変です!ギャリソン!」
ギャリソンが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていると、別働隊として動かしていた妖精が何度か転けそうになりながら戻ってきた。
「どうした?」
「は、ハーパーが・・・!」
「ハーパーが?」
ギャリソンは眉を寄せながらおうむ返しするが、次に放たれた言葉に一同は驚愕する事になる。
「ハーパーが、ランボーの真似事みたいにアサルトカービンとロケットランチャーをガン積みしてこっちに向かっています!自分以外、全員やられました!」
「はあ!?いったいどういう事だ!?」
「それに、やられたって・・・お前を含めて6人いた筈だぞ?!全部ハーパーがやったと言うのか?!」
「そんなバカな・・・!」
口々に驚愕の言葉を口にする妖精達をギャリソンは右手で制する。
「・・・何でハーパーがこちらに敵対するか、何か心当たりはあるか?」
「そ、それが、自分にもよく分からないのです。確か、“間宮羊羹の仇”とか言ってた気が・・・」
「間宮羊羹の仇だと?・・・いったい何をしでかした。一から説明しろ」
「は、はひ!」
コヴィックが声のトーンを低くして詳しい説明を要求すると、ビクリと肩を跳ねさせる妖精。
「ま、まず、廊下にて逃亡者組3人を発見。追跡したのですが、途中で見失いました。
━━が、逃亡者達が逃げ込んだと思われる部屋を発見。制圧射撃を行ったあと、室内に突入しました」
敬礼しながら順を追って説明する妖精だが、ギャリソン達は瞬時に察した。
いやお前、その制圧射撃でハーパーの間宮羊羹吹っ飛ばしたんじゃねえの?と。
「と、とにかく、ハーパーは現在こちらに向かって接近しつつ━━」
「汚物は消毒だぁぁ!!」
どこかで聞いたようなセリフを耳で捉えたギャリソン達は、ギギギッとぎこちない動きで声の発信源へと顔を動かし、そしてピシリと凍り付く。
「「「」」」
彼らの視界にはロケットランチャーを構えたハーパーの姿が映っており、その人差し指はしっかりと引き金に掛けられていた。
「お前らもあの間宮羊羹と同じように吹っ飛ばしてやらぁぁ!」
「「「ちょっ!?待て待て待てぇ!!」」」
バシュゥゥゥゥ!
ギャリソン達の制止の声も虚しく、獰猛な笑みを浮かべるハーパーから放たれた訓練用対戦車弾は彼らの元へ飛翔して行く。
「RPGぃぃ!!」
柄にもなく大慌てで叫ぶコヴィックに触発された妖精達は一斉に床に伏せてロケットを回避する。
着弾目標を失った対戦車弾はそのままどこかへ飛んで行ってしまった。
「チッ、かわされたか・・・」
完全に人が変わってしまったハーパーは舌打ちをしながら、ランチャーの次弾装填作業に入る。
その隙を狙ってハーパーを無力化しようとするコヴィックが彼に銃口を向けた刹那、騒ぎに便乗するようにレッカー率いる反風紀体制組がバリケードを破ってきた。
「突撃っ!!」
「GO!GO!GO!GO!」
バリケードを踏み潰しながら、反風紀体制組が雪崩れ込んでくる。
「しまった、抜けられた・・・!」
襲い来る敵兵をピストルで倒しながら、すっかり意味を成さなくなったバリケードを見て歯噛みするギャリソン。その近くではコヴィックが敵兵に近接格闘術を叩き込んでいたり、敵味方が入り乱れて銃撃戦や白兵戦を行っていたりと、『彼らが対立していた本来の理由』が霞んで見える程のカオスと化していた。
「装填完了!今度こそぶち当ててやる!」
再装填が完了したハーパーが、ガショッとロケットランチャーを肩に担いで構える。
「間宮羊羹の恨みを思い知れぇぇぇ!!」
そう叫びながら、ハーパーがロケットランチャーの引き金を引こうとしたその時。
「━━お取り込み中のところ悪いんだけど、ちょっと良いかしら?」
突如女性の声が静かに響き渡った。
「「「?」」」
その声に、戦いの手を止めた一同は振り返る。
そこには、組んだ腕の上で指をトントンと動かしている、ザンクード艤装の女性妖精━━ハンナが立っていた。
「何だよハンナ。今はそれどころじゃねぇんだ。急用か?」
不満気な雰囲気を隠そうともしないハーパーが、ぶっきらぼうに問い掛ける。
「忙しいところご免なさいね?用件は直ぐ終わるわ」
「まったく・・・。手短に頼むぜ?」
「ええ、ありがとう。勿論手早く済ませるつもりよ。で、その用件なんだけど・・・
━━こんな廊下のど真ん中でロケットランチャーをぶっ放して、買って来たばかりの間宮パフェを消してくれた
そう言って前に突き出された彼女の左手には、ボタボタと生クリームを垂らす、大穴が空いた白い箱が握られていた。
「ねぇ?こんな廊下でロケットランチャーを持っているハーパーぁ?」
ニコォっと黒い微笑を浮かべるハンナに、怒りで我を忘れていたハーパーの頭が瞬時に冷静になる。
今までの出来事を振り返って見ると、思い当たる節はある。と言うか、まるっきり自分が犯人であった。
「」
先程ギャリソン達に向けて撃った対戦車弾の1発目。あれは誰にも当たる事なくどこかへ飛んで行ってしまったのだが、どうやらその先に不運にも彼女がいたようだ。
「何か言ったらどうなのかしらぁ」
カツン、コツンと音を立てながらゆっくり歩み寄って来るハンナ。
「い、今の内にここを離れるぞ」
「「「りょ、了解・・・」」」
「もうじき、ここには血の雨が降る。彼女に消されたくなければ、離れた方が良さそうだ」
「触らぬ神に祟り無し、だな。総員、撤退開始」
「「「イエッサー」」」
冷や汗を流しながら硬直しているハーパーを他所に、他の妖精達は自分達に飛び火する前にその場をあとにしようと、こっそり移動を開始した。
トゥームストーン隊は勿論、ギャリソンまで顔を青くしながら後退りしており、コヴィックに至っては彼女と目が合わないように視線を逸らしながら撤退を始める始末である。
修羅ですら裸足で逃げ出すレベル。と表現すれば良いのだろうか。それ程までに、今のハンナの迫力は凄まじいものだった。
カツン、コツン━━
足音が、ハーパーの直ぐ目の前で停止する。
「ねぇ、ハーパー。覚悟はできてるわよねぇ?」
名前を呼ばれたハーパーは、ガタガタと震えながら視線をゆっくり上へ這わして行く。
そこには暗黒微笑を湛えるハンナの姿が。そして、彼女の後ろでは既に退避を終えた敵味方全ての妖精達が彼に敬礼を送っていた。
どうやら、助け船は来ないようだ。諦めた彼は震える唇を必死に動かす。
「に、ニコッ☆」
精一杯のスマイル。
「・・・・・」ニコォ★
ハンナから返って来た笑みを見て、ハーパーは確信した。
━━あっ、俺終わった。
後に、クルーの妖精達はこう語る。
※プライバシー保護の観点から、映像と音声は加工してあります。
・「あの時は、もう2度とハーパーと一緒に間宮に行けないのかと思ったよ」
・「恐ろしい近接格闘術の連続だったな。あいつもあいつだったが、同情はしてやろう」
・「正直、ハンナがいればトゥームストーン隊は要らないんじゃないかな?って・・・」
・「あのあと、俺達が戦っていた理由がどれ程ちっぽけなものだったかを思い知らされたよ。和平交渉も順調だ」
・「私も頭が堅すぎたのかもしれない。これからは定時制ではあるが、ブリーフィングルームでの自由時間を許可しようと思う」
・「前までハーパーを怒らせたらヤバいと思ってたが、ハンナの方が断然ヤバかったぜ」
・「彼は、我々の良き友人であり、また優しき兄であり、立派な兵士であり・・・あと、何て彫れば良いんだ?・・・あいつの墓」
━━工兵ハーパー、
ハーパー「ひでぇ、31話で活躍したのに・・・」
ホントにちょっとしたネタ程度で書いてみたのですが、どうだったでしょうか?
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第40話 異世界の艦隊との邂逅
コラボのお誘い、誠にありがとうございます!
私自身コラボの経験が本当に少ないので、上手くできるか心配ですが、どうぞよろしくお願い致します。
???
太陽の光が届かず、一寸先も見渡せない深海。
適応できた一部の生物でなければ水圧で押し潰されてしまう程の場所に、ソレはいた。
━━ここはどこだ・・・?
ソレの疑問に答える者はいない。
━━自分は誰だ・・・?
思い出したくても、濃い
ただ唯一分かっているのは、自身に課せられた任務が1つあったと言う事だけであった。
「グルルル・・・」
思い出す事を止め、頭の中で残響している『任務』に従うソレは、
━━任務、職務、使命、・・・了解。本艦はこれより作戦行動に移行する。
━━祖国デスペラード連邦に、恒久ナる栄光あラんコトを。
水棲生物の如く体をくねらせて推進するソレはゆっくりと、しかし、確実に目的地へと向かっていた。
・・・その黒く禍々しい装甲の内部に隠された、強大な兵器と共に。
▽
「ふぃ~、終わった終わったぁ・・・」
病室生活から解放されて早数ヶ月。通常勤務に復帰していたザンクードは担当海域の哨戒任務を終え、帰路につこうとしていた。
因みに今回は制圧海域の哨戒である為、ザンクード単艦での任務だ。勿論、武装はやり過ぎレベルで満載しているが・・・。
「ザンクードさん、仕事やりきった感が凄いですけど、帰ったら休憩後に訓練が控えてるのを忘れてませんか?」
肩を解すように回しているザンクードに、艤装の中から出て来たレッカーがニヤッと笑いながら話し掛けてくる。
「うっ・・・!分かってるよ・・・」
彼の言葉によって一瞬で現実へ引き戻され、顔をしかめるザンクード。
「今日は相手に凶器を向けられた際の対処術その3です」
なぜザンクードがレッカーからそのような訓練を受けていたのか。それは、以前の第十一鎮守府での一件にまで遡る。
自身の不注意も大きな要因であったが、敵の不意討ちに対処できずに腹をナイフで刺され、そこから1度形勢を覆された経験から『せめて最低限の対処はできるようにしておこう』と思い立ったザンクードは、その道のプロであるレッカーに教えを請うていたのだ。
「イエッサー。よろしくお願いしますよ、レッカー教官殿」
態とらしく背筋を伸ばして敬礼するザンクード。
「ふふん、きっちり近接戦闘のイロハを叩き込んであげますよ」
もっとも、今のレッカーの雰囲気では『最低限』だけで留まりそうに無いが・・・。
「はは・・・お手柔らかにな」
苦笑いを浮かべながら、ザンクードがそう言った時だった。
「ん?レーダーにいきなりノイズが・・・」
先程まで調子良く稼働していた筈のレーダーが、何の前触れも無く激しいノイズに見舞われた。
「ギャリソン、レーダーの様子がおかしい。故障か?」
「少々お待ちを。どうだ?・・・なに?分かった、ご苦労。・・・確認しましたが、故障部位は見当たらないそうです」
故障じゃないのか・・・?
「・・・電子妨害の可能性は?」
「それは極めて低いかと。ここまで強烈なノイズを引き起こす程なら、近距離まで接近するか、それなりの規模の機器が必要です」
「だよな。ましてやここはだだっ広い海だ。何か見えたら見張り員が気付く筈だしな・・・」
艤装外で双眼鏡を持って見張りを行っている妖精に視線を移し、彼らが一様に首を横に振っている事を確認したザンクードは溜め息をつきながら機器をいじる。
「定期点検は昨日終わらせて、問題が無い事をチェックしたんだが・・・。取り敢えずレーダーが使えない以上、目に頼るしか無い。奇襲を掛けられないよう、厳戒態勢で帰路を急ぐとしよう」
「イエッサー。他のクルーにも伝えておきます」
眉を寄せながらそう告げる彼に、ギャリソンは敬礼をしてから艤装内に戻って行った。
「クソッ、さっきからずっとこの調子だな」
あれから少し経ったが、未だノイズが走り続けるレーダーにザンクードが小さく悪態をつく。
「ギャリソン、そっちはどんな感じだ?」
「ダメですね。原因が全く分かりません」
「そうか・・・」
「エルメリア製のレーダーは信頼性が高い事で定評があったんですけどねぇ・・・」
困ったような表情で腕を組んで「ふぅ」と息をつくギャリソン。
「・・・いっその事、この機会にレーダーを日本製に切り換えるか?」
と、ザンクードが冗談半分で頭上の3次元レーダーを指差した。
「彼らは精密機器に手慣れてますからね。原因不明とは言え、不調が続くようなら明石さんや工廠妖精達に頼むべきかもしれません」
「レーダーに依存気味の我々なら尚更です」と付け加えながら3次元レーダーを見上げるギャリソンに、ザンクードも「だよな」と同意する。
「だが、おかしな話だ。故障部位は見当たらず、電子妨害の可能性も低い。なのに、レーダーはこの有り様だ」
「磁気嵐と言う可能性は?」
「う~ん・・・いやぁ、そんな情報は無かった筈だが━━」
彼は左手を顎に宛がって今朝テレビで見たニュースを思い出すように一頻り唸ったあと、やはりそんな注意報は出ていなかったと、ギャリソンに告げている途中で口を半開きにして固まった。
「ザンクードさん?」
固まったままの彼を不審に思ったギャリソンが、彼に声を掛ける。
「レーダーが」
そんな彼に対して、呆けた表情のザンクードが口を開いた。
「?」
「レーダーが、直った・・・。まるで、始めから
その言葉に、同じくギャリソンも口を半開きにした状態で固まる。しかし、これだけは終わらなかった。
「それと・・・」
ザンクードは更に言葉を続ける。
「レーダーに反応あり。数は6隻だが、これがまた妙だな。
スッと目を細めながら、反応のあった方角を睨むザンクード。
「よし、こういった時の常套手段だ。無線で確認を取ってみるか。ギャリソン、念の為に対水上戦闘は発令しておけ」
「イエッサー!総員、対水上戦闘用意!」
ギャリソンが無線機に指示を飛ばすや否や、けたたましい艦内警報が鳴り響き、クルーの妖精達が慌ただしく艤装内を駆け回る。
「対水上戦闘用意よし!ザンクードさん、自分も中に戻らせて頂きます」
「分かった」
敬礼をしてから、自身の肩を伝って艤装内に戻って行くギャリソンを見送ったあと、ザンクードはヘッドセットから伸びるマイクを口元に引き寄せた。
「方位2-7-0を航行中の艦隊へ。こちらは日本国国防海軍、第五鎮守府所属ザンクード。貴艦らの所属と航行目的を述べられたし」
しばしの沈黙。
《━━こちらは大東亜帝国海軍所属、鳳翔型航空母艦 信濃。当艦隊は現在哨戒任務中》
返って来たのは、聞いた事も無いような国名と艦名であった。
大東亜帝国?それに、鳳翔型航空母艦の信濃だと?そんな艦艇いたか・・・?
ザンクードは眉を寄せながら口を開く。
「・・・失礼だが、大東亜帝国なる国家は聞いた事が無く、貴艦の名称も初耳だ」
《・・・?おかしいな。そんな筈は・・・》
相手もこの状況に酷く困惑しているようだが、ここでザンクードの脳裏に1つだけ浮かんだ光景があった。
俺がこの世界に来て、初めて木曾達とコンタクトを取った日に少し似てるな・・・。まさかとは思うが、相手も俺と同じように別世界から・・・?
あまりに突拍子も無い考えだが、経験した事のあるザンクードだからこそ考え着いた仮説だ。
「質問を重ねるようで失礼だが、ザンクードと言う艦艇に聞き覚えは?」
《いや、無いな。さっき聞いたのが初めてだ》
「・・・日本国と言う国家は?」
《ああ!それならある!》
「最後に1つ。『深海棲艦』と言う単語は?」
《知っているも何も、あの黒い連中だな?それなら、何度か交戦した事があったよ》
オーケー。これで大体は把握できた。
「・・・信濃、落ち着いて聞いてくれ。俺の頭がおかしくなった訳でも、君達をバカにしている訳でも無い。恐らくだが、
《・・・成程。だとしたら辻褄が合うな》
信濃から返って来たのは、意外にも落ち着き払った声だった。
《まさか、
無線機からは苦笑いを浮かべる信濃の声が響く。
「『また』?」
《ああ。実を言うと、僕達は既に1回飛ばされた事があるんだ。で、その飛ばされた世界から、今度はこっちに飛ばされたってところかな》
「それも、哨戒任務中にね」と続ける信濃に、ザンクードは、ワーオと内心で呟いた。
《突然全員のレーダーとGPSが狂い始めて、ようやく直ったと思った直後に君をレーダーで捉えたんだが、こっちから声を掛けようとした矢先に君から無線が来たって訳さ》
レーダーがおかしくなったのは信濃達も同じようで、恐らく何らかの強力な力が働いた結果、レーダーに干渉してしまったと言ったところだろうか。
「成程。それで、妙に話が噛み合わないと思ったら、ここは別世界だったと。とすると、君達が所属していた基地は、こっちの世界では別物になっているだろう。行く宛は?」
《無いな。行ったところで、所属不明艦隊の無断侵入と言う事で大騒ぎになりそうだ》
「ふむ・・・少し待っててくれ」
そう言って、ザンクードは信濃との無線を1度切り、第五鎮守府への無線に切り替える。
「提督、ザンクードだ。聞こえるか?」
《バッチリだ。どした?何か問題でも起きたか?》
「あー・・・、問題っちゃあ問題だな。それもイレギュラーの」
頭をガシガシと掻きながら、どう説明しようか悩むザンクード。
《?》
「実はな━━」
恐らく鎮守府の室内で小首を傾げているであろう提督に、先程の信濃との会話内容を説明する。
ザンクードの話を聞いた提督は、終始驚きっ放しだった。
《異世界から来た艦隊・・・。お前と似たような感じか》
「ああ。で、向こうは行く宛が無いらしい。ここは一旦、第五鎮守府に連れて帰るってのはどうだ?」
《う~~ん・・・。相手に敵対意思が無いのは確かなのか?》
「確実とは言い切れないが、相手は6隻だ。それに向こうから『GPS』の単語も出てきた。なら、ミサイルを持っていてもおかしくはない。俺1人ぐらい殺ろうと思えば、律儀に応答なんかせずにその場で殺れただろう」
《・・・・・・よし、分かった。第五鎮守府への入港を許可しよう。こっちからも艦娘を何人か送る》
「助かる。それじゃあ」
そう言って第五鎮守府との交信を終えたザンクードは、信濃に対して再度無線を繋げた。
「さっき俺が所属する基地に連絡したんだが、行く宛が無いんだったらウチに来ないか?」
《それは嬉しい申し出だが、良いのかい?そっちからすれば、僕達は敵味方不明の艦隊だろう?》
「勿論、君達には悪いが、こっちの武装はいつでも使える状態にさせてもらう。だがまあ、真っ先にそんな言葉が出て来る時点で、君達が悪党だって言う線は薄いと思うがな」
《そうか・・・。分かった。その申し出に乗らせてもらおう。こっちはどうすれば良い?》
「こっちから迎えに行く。そこで待機しててくれ」
《了解した》
プツッと音を立てて、無線の交信が切れる。
「さぁて、それじゃあ行くとするか」
「とんだ展開になりましたね」
と言って、はははっ、と笑うギャリソン。そんな彼に対して「何があるか分からないもんだなぁ」と笑い返すザンクードは右手に持つマシンキャノンを握り直し、信濃達の元へと向かって行った。
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第41話 水底に潜む巨影
恐らく、少しの間はこう言った事が続くと思います。
あと凄く今更ですが、この小説に登場する人名・組織・国や町などは、現実とは一切関係はありません。
信濃達との合流ポイントに到着した俺は、自身の存在をアピールするように左手を軽く上に挙げながら、ゆっくりと彼らの元へ近付いて行った。
「スマン、待たせた」
「いやいや、僕達が予想していた時刻よりも早くて驚いたぐらいだよ」
「そう言ってくれるとありがたい。改めて、日本国国防海軍、第五鎮守府所属のザンクードだ」
マシンキャノンを兵装ラックに収め、この艦隊の旗艦と思われる白い短髪と左腕に飛行甲板を着けた男性に対して敬礼する。
「大東亜帝国海軍、鳳翔型航空母艦の信濃だ。よろしく」
そう言いながら答礼してくる信濃から、右手が差し出された。
「こちらこそ」
差し出されたその手を前に、俺も同じく右手を差し出し、握手を交わす。
「後ろにいる5人が、さっき言ってた君の仲間と言う事で合ってるか?」
「ああ、その通りだ。紹介するよ。まず、僕の左に立っているのが・・・」
「大東亜帝国海軍、金剛型巡洋艦の愛宕だ。よろしくな」
1歩前に出てくる、細身の体躯に黒髪の男性。そんな彼の艤装には、俺の世界でも見覚えのあるような近代兵装が所狭しと並んでいた。
「同じく大東亜帝国海軍の敷島型巡洋戦艦、敷島だよ。よろしく」
と、黒い短髪に黒縁眼鏡、ネイビーカラーの海軍服を纏った男性。
「・・・大隅型強襲揚陸艦、大隈だ」
銀色の短髪に水色の瞳。ブーニーハットと迷彩服を着用し、警戒した目つきでこちらを見据えながら、自身の側にいる少女を護るように立つ男性。
「おおすみ型輸送艦のおおすみです。よろしくお願い致します」
黒のショートカットと、その髪色と同色の瞳。そして白い服を着ている少女が、大隅の横に並ぶようにして前に出てきた。
「ゆきなみ型護衛艦、みらいと言います」
最後に、耳元まで伸びる白い髪と、恐らく向こうの世界での軍服であろう白い制服を身に纏う少女。
信濃、愛宕、敷島、大隅、おおすみ、みらい、か。よし、覚えた。同名がいるが、まあ大丈夫だろう。
「ああ、よろしく。さてと、ここで立ち話もなんだ。第五鎮守府に向かうとしよう。・・・おっと?」
信濃達に向けてそう告げると同時に、レーダーに光点が1つ出現した。
「レーダー上に不明機1機を確認。まさか敵機か・・・?」
どうやら信濃達もそれを感知したようで、いつでも対空戦闘を行えるように急いで準備に取り掛かる。
だが、この中で唯一その機体の正体を知っていた俺は一言「大丈夫だ」と言って、それを制止した。
と言うのも、この機体が飛んで来たのは第五鎮守府からの方角であり、そして、このレーダー波に該当する機種が何であるかを俺は知っていたのだ。
《━━ヴァルチャーよりザンクードへ。お前さんの後ろにいるのが例の艦隊か?》
無線から響くのは、聞き覚えのある声とコールサイン。
「やっぱりツポレフか。当たりだ。ちょうど今から帰還しようと思っていたところでな」
《そうか。俺達の後ろから足の速い艦娘がそっちに向かってるから、そのまま直進して合流しろ。それまでの間のエスコートは俺達に任せな》
そう言いながら、フライング・デビルは俺達の頭上を通過して行く。
「随分と巨大な機体だな・・・。戦略爆撃機クラスかい?」
上空を悠々と飛行するフライング・デビルを目で追いながら問い掛けてくる信濃。
「ああ、今通った機体はフライング・デビル。俺の仲間だ。しばらくの間、エスコートしてくれるそうだ」
信濃の問いに返答した俺は現在時刻を確認する。時間は14:30時。このあとの事も考えると、少し急いだ方が良い頃合いだろう。
「向こうから別の仲間も来ているらしいから、そろそろ行くとしよう」
「それもそうだね。このままじゃ、時間と燃料を浪費するだけだ。すまないが、案内を頼むよ」
「オーケーだ。ヴァルチャー、移動を開始する」
《了解》
上空を飛ぶフライング・デビルに見守られる中、俺達は第五鎮守府への帰路に着いた。
▽
同時刻 アメリカ領海内 太平洋方面
「な、何なんだよ、こいつは・・・!?」
「ひでぇ・・・」
「いったい何があったんだ?」
ゴムボートの外に広がる光景に、アメリカ沿岸警備隊の兵士達は口々に言葉を漏らす。
遡ること数時間前。付近を巡回中であった巡視船に突如救難信号が舞い込んで来た。
これを受けた巡視船は直ぐ様現場へと急行し、救助の為にゴムボートを発進させたのだが、それに搭乗する兵士達の眼前には、元は美しく白塗りされていたであろう小型の船体が無惨にも半分にへし折られ、幾つもの破片を波間に漂わせる姿があった。
「クソッ、何て事だ・・・!」
兵士の内の1人━━カーターがゴムボートのハンドルを強く殴る。
「まるでナニカに叩き割られたみたいだな。それも、飛んでもない力で。深海棲艦共か・・・?」
眉間にシワを寄せ、無惨な姿の小型船を見据えながら呟くフィリップス。
「とにかく、急いで要救助者をさが━━」
「誰か!誰かいないの?!」
マイルズが言葉を発した刹那、どこからか微かに声が聞こえた。
「ッ!?そっちの船室から聞こえたぞ!ボートを横付けしろ!」
「急げカーター!あれはいつ沈んでもおかしくない!むしろ、真っ二つにされてよく保った方だ!」
「分かってる!お前らは乗り移る準備しとけ!」
カーターがボートのスロットルを上げて素早い動きで小型船に横付けすると、フィリップスとマイルズが飛び移る。
「あぁ、神様。お願いします・・・」
やはり要救助者の声だ。どうやら、船室と外を繋ぐ扉のフレームが歪み、開かなくなってしまったようだ。
「沿岸警備隊です!救助に来ました!今からこの扉を開けますので、下がっていて下さい!」
「き、来てくれたのね!?ちょっと待って、直ぐに退くわ!」
扉の向こう側からバタバタと音が鳴ったあと、「良いわ!」と声が掛けられた。
「開けよっ!このっ!・・・クソ扉がッ!!」
フィリップスが開かなくなった扉を蹴りつけ、やがて、バキッ!と音を立てて
すっかり意味を成さなくなったそれをくぐった先にいたのは、老夫婦だった。
「お待たせしました。お怪我はありませんか?」
「私は少し壁に腕をぶつけた程度よ。それより、夫が頭をぶつけて血が出ているの・・・!」
この女性の言う通り、彼女自身は少し打撲痕が見られるだけで健康そうだ。しかし、男性の方は頭から血を流した状態で倒れていた。
「脈はしっかりある。この船の乗員は2人だけですか?」
「ええ、私と夫の2人だけよ」
「分かりました。取り敢えず、ここは危険ですので離れましょう。マイルズ、彼女を頼む。俺は彼を背負って行く」
「分かった。さ、こちらへ。足下に気を付けて下さいね」
マイルズが女性と共に船室を出て行く。
「よし、俺もこの人を背負ってっと・・・ん?」
男性を背中に乗せて立ち上がろうとしたその時、フィリップスは床に転がっている携帯電話を発見した。
カメラモードになったままで放置されていたようだが、次の瞬間、彼はその画面に写っていた画像を見て驚愕する事になる。
「これは・・・!?」
多少ブレがあるものの、そこには海中より延びる巨大な腕の様なナニカと、その先から更に延びている3本の角張った
「まさか、こいつが船をやった張本人なのか?こんな深海棲艦は見た事がないぞ・・・」
ただ事では無いと感じ取ったフィリップスはその携帯電話を拾うと、男性を背負ったまま大急ぎでゴムボートの元へ戻って行く。
「この2人で全員だ。カーター、ボートを出せ」
老夫婦に毛布を宛がいながら、ボートを発進させるように命じるフィリップス。
「了解」
5人を乗せたゴムボートが軽快なエンジン音を上げながら、接舷していた小型船から離れること数秒後、辛うじて浮いていたそれはとうとう浮力を失い、ゆっくりと海中に没し始めた。
「間一髪だったな」
白波の中に消えて行く残骸を見つめながら、カーターがホッと胸を撫で下ろす。
「・・・?フィリップス、そんな怖い顔してどうした?」
先程からフィリップスが険しい表情を浮かべている事に気付き、彼に声を掛けるマイルズ。
「恐らくだが、この事件は並みの深海棲艦の仕業じゃねえ」
「並みの奴の仕業じゃないって・・・まさか鬼か姫クラスか?」
「いや、それじゃあ大きさが釣り合わん。少なくとも、2倍近い図体だ」
そう言ってフィリップスが差し出す携帯電話の画面を見たマイルズは絶句した。
「これは奴の腕と見て良いだろう。つまり、海中には本体が潜んでいるって訳だ」
「う、腕だけでも2~3m以上あるじゃねえか!?」
「ああ。それに、こんな腕の深海棲艦は書類でも見た事がねぇ。新種か、あるいは別のナニカ・・・と見て間違い無いだろうな」
「だとしたらかなりヤバイぞ。直ぐ上に報告するべきだな」
「その通りだ。あと、この男性が目を覚まし次第バケモンについて聴取する必要があるな。女性の方は船室の中にずっと居たらしいから、外で何があったのか知らんそうだ」
「成程、道理でそこまで酷い恐慌状態に陥ってなかった訳だ。あんなのがいきなり出て来たら、普通はパニクっちまう」
毛布に
「とにかく、巡視船に戻ったら2人共医務室に連れて行くとしよう。俺は無線で2人の保護を報告するから、お前は周辺警戒を頼む」
「分かった」
マイルズがライフルを構えながらゴムボートの周囲の警戒を始め、フィリップスは無線機のスイッチを入れて口元に宛がう。
一方その頃、ハワイ諸島と北アメリカ大陸の中間、深度600mの海中を巨大な影が航行していた。
その影の、恐らく肩と思われる部位から延びるのは、水の抵抗を軽減する為に短く縮められて格納されている合金製の腕。そしてその腕の先には、角張った巨大な
この巨大な影は、まるで爬虫類を彷彿とさせる鼻先を目的地の方角に合わせ、ひたすら真っ直ぐ進み続ける。
ソレの鼻先にあるのは・・・
日本国47都道府県の内の1つ。沖縄だ。
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第42話
信濃達と共に移動を開始してからしばらく。
迎えとしてやって来た他の艦娘達と合流した俺達は、道中何事も無く第五鎮守府へ帰り着いた。
「さ、着いたぞ。ここが第五鎮守府だ。君達には1度ウチの司令に会ってもらいたい」
夕日に染まる美しい白塗りの建物を一瞥したあと、俺は信濃達へ振り返りながらそう告げる。
「取り敢えず工廠で艤装を外して、それから執務室へ行こう」
向こうの世界には無かった基地だからだろうか、物珍しそうに辺りに視線を送る彼らに、俺は「こっちだ。ついて来てくれ」と言って工廠へ誘導する。
「外からも見えてたけど、広いな・・・」
工廠の入り口をくぐり、開口一番にそう呟く信濃。
「俺も初めて見た時は驚いたもんさ。さて、君達の艤装を置けそうな場所は・・・っと」
工廠内が広いとは言え、無造作に艤装を置く訳にもいかないので、俺は周囲を見渡し、自分と同等の艤装を置けそうな箇所を探す。
「ザンクードさん、あそこはどうでしょうか?十分なスペースだと思いますが」
迎えとして来てくれた艦娘の内の1人である不知火が、艤装保管スペースの1番置くに空いた箇所を指差した。
俺の位置からでは他の艦娘の艤装や機材などの陰に隠れ気味で気付けなかったが、信濃達の艤装を纏めて保管するには十分だ。
「おっ、ホントだ。気付かなかったな。サンキュー不知火」
「いえ」
静かに、そして短く返す不知火。素っ気ない返事だが、単に彼女が口下手なだけである。
話が逸れるが、何をしでかしたのか顔を青くしながら猛ダッシュする青葉と、それを「徹底的に追い詰めてやるわ」と言ってドス黒いオーラを放ちながら追い掛ける不知火をつい最近見掛けたばかりだ。
因みに、青葉は程無くして不知火に捕縛され、ズルズルと演習場へ引きずって行かれていた。
・・・思い出したら寒気が・・・。っと、ここで油を売ってる暇は無いな。
以前の出来事を思い出して軽く身震いをする俺は、頭を軽く降って思考を引き戻した。
「さてと。それじゃ、6人とも艤装を解除してくれ」
艤装を解除するように告げる俺に「分かった。少し待ってくれ」と返す信濃は、自身の僚艦達にテキパキと指示を送る。
「あっ、ザンクードさん、帰って来てたんですね」
俺も艤装を降ろすとするか、と思いながら動き始めたところで、不意に横合いから声を掛けらた。
「ああ、ついさっき帰って来たばかりだ。今から彼らを提督の所に連れて行こうと思ってな」
部屋の中から出て来た人物━━明石に首だけを巡らせながら答える。
「話は聞いていましたが、あれが例の・・・?」
「ああ、別世界の艦隊だ」
「おぉ・・・!!」
途端に両目を輝かせ始める明石から艤装の保管場所へ歩いて行く信濃達へと視線を戻した俺は、次に彼女から発せられるであろう言葉を先読みして
「ちょっと内部を━━」
「言っておくが、勝手にいじるなよ?」
ジロリと明石を睨みながら、彼女が言葉を言い終える前に釘を刺す。
「・・・分かりました」
渋々と言った表情を浮かべる明石。
「やけに
俺と初めて会った日とは正反対に大人しく引き下がった彼女に懐疑の視線を送る。
「そりゃあ私だって自制する時はしますよ・・・」
「そうか。
━━明石、ちょっと手ぇ見せてみろ」
「!!?」
そんな俺の言葉に、ビクッ!と肩を跳ねさせた明石は、ダラダラと冷や汗を流し始めた。
「どうした?何か
いかにも態とらしい声音で質問を投げ掛ける。
「い、いいい、いえっ!そんなっ、まっさかぁ~!あ、アハハハ・・・」
分り易く動揺している明石は、恐る恐る左手を差し出した。
「ふむ、特に何かある訳でも無さそうだな」
「ホッ」
安堵して胸を撫で下ろす彼女だが、左手だけで終わりなどと誰が言っただろうか?
「はい次、右手」
「ゑ?」
明石の顔から色が抜け落ちてゆく。
「右手も出してくれ。ああ、勿論左手は出したままだぞ?」
「お、仰っている意味が解らないです・・・」
「何も難しい事は無い。右手を、出してくれ。OK?」
態と
「・・・拒否権は?」
「あると思うか?」
有無を言わさぬ俺の言葉に明石は観念したように「はぃ・・・」と言って、背中で隠していた右手を差し出した。
「プラスとマイナス両方のドライバーにレンチ、スパナ、etc・・・。それと甘味?」
その手には握れるだけ握られた数種類の工具と、なぜか甘味が。工具に関しては言わずもがな、なぜ甘味?と疑問に思ったが、ふと自身が装備する艤装の甲板上にいた妖精が口から滝のように涎を垂らしているのが目に入った。
「・・・・・」
自身の艤装妖精、向こうで艤装を降ろしている真っ最中の信濃達、そして明石の持つ甘味の順番で視線を巡らせた俺は、1つの結論に辿り着く。
「まさか
「ギクッ!?」
図星である。
これは、信濃達の艤装妖精達に「これあげるから艤装見~せて触らせて♪」と言うつもりで予め明石が自腹で買って来た物なのだ。
つまるところ、ザンクードにダメ押しされようが、されまいが、実行する気満々だったのである。
そんなもんに引っ掛かる程チョロくないと思うんだが。こんなの俺の艤装妖精達でも食い付かないぞ・・・。
「はぁーい没収ー」
ヒョイッヒョイッと次々に明石の手中から奪われてゆく工具と甘味。
「あー!何で甘味まで没収なんですか!?それ自腹で買ったんですよ!?」
「嘘ついた罰だ。なぁにが、“私だって自制する時はしますよ”だ。こんな賄賂まで用意しやがって。しばらく反省するんだな」
「鬼!悪魔!重原子力ミサイル
ほぅ、言ってくれるじゃないか・・・。
「・・・艦内全域に通達する」
ヘッドセットのマイクを摘まんで口元に引き寄せ、艤装内に通ずる内線のスイッチを入れる。
「喜べ、明石がお前ら全員に甘味を奢ってくれるそうだ」
「・・・はい?」
先程まで騒ぎ立てていた明石の目が点になった。
「「「明石さん、ゴチになりまーす!!」」」
「え・・・?ちょっ、ちょちょちょ!?そんな事一言も言ってませんよ!?ザンクードさん、今の訂正して下さい!ザンクードさぁぁぁん!」
「さあ、執務室はこっちだ。行こう」
自身の艤装を解除し終えた俺は背中越しに浴びる明石の悲痛な叫びを無視して、信濃達を執務室へ連れて行こうとする。
「なあ、あれ放っておいて大丈夫なのか?」
両手両膝を床についてシクシクと泣く明石と、どこかの先住民よろしく彼女を取り囲んで「甘味♪甘味♪」と歌うクルーの妖精達を見て、愛宕が口を開いた。
「少し灸を据えてやるだけさ。まったく、油断も隙もありゃしない」
「・・・でも、絶望した表情を浮かべてるぞ?」
「あとでちゃんと没収品は返すよ」
そう愛宕に返答し、最後に「財布の中身の方は知らんがな」と付け加える。
「うぅ・・・こんなのあんまりです。ザンクードさん、あなたの血は何色なんですか!?」
「数ヶ月前に自分のを嫌って程に見たばかりだが、ちゃんと赤い色をしてたぞ」
明石の言葉に自虐を混ぜた軽口を返した俺は壁に掛けてある時計を確認して「おっと・・・」と呟いたあと、信濃達を連れて足早に工廠を出た。
「「「甘味♪甘味♪甘味♪」」」
「くぅ・・・ま、まあ、ザンクードさんの艤装妖精だけなら━━」
「おい、どうせならツポレフ達も呼ぼうぜ!」
「そいつは良い!いっそ、ここの妖精達全員誘おうぜ!!」
「明石さん、良いですか?!」
妖精達がまぶしい笑顔で、そう問うてくる。
そんな表情の彼ら彼女らに『ノー』と言って断る事など明石には到底できなかった。
「・・・・・・ど、どうぞ・・・」
「「「Fooooo!!!」」」
「あぁ・・・(財布の中身が)終わった・・・」
ガックリと
彼女が抱いた小さな好奇心への代償は、あまりに大き過ぎたのであった。
執務室の前までやって来た俺は、コンコンコンッ、と木製のドアをノックし、「提督、客人を連れて来たぞ」と室内にいる人物へ告げる。
「おっ、来たな?入ってくれ」
室内から、こちらに入室を促す声が返ってきたあと、暗色の木製ドアがゆっくり開かれた。
「ザンクードさん、お疲れ様なのです」
ドアの直ぐ側には、提督の秘書艦である電が立っていた。どうやら彼女が開けてくれたようだ。
「ああ、ありがとう。電も秘書艦業務お疲れさん」
そう言いながら俺は室内に踏み入り、更にその後ろから信濃達がついてくる。
「哨戒任務終了。あの海域は静かなもんだったよ。それと、彼らが件の大東亜帝国の艦隊だ」
「そうか。哨戒任務と客人の引率、ご苦労さん」
簡易報告を済ませる俺に労いの言葉を掛ける提督は、次に執務机の前で横一列に並んでいる信濃達に向き直った。
「そして、ようこそ第五鎮守府へ。ここの司令官を務める、山本 隆成だ」
「大東亜帝国海軍、鳳翔型航空母艦、信濃です。本日は当鎮守府への寄港の許可を頂き、誠にありがとうございます」
「ああ、ザンクードから報告は受けているよ。君が艦隊旗艦の信濃か。会えて光栄だ」
「こちらこそお会いできて光栄です」
微笑みながら右手を差し出す提督に、信濃も笑みを浮かべながら差し出された手を握り返す。
「さて、挨拶はここらで1度切って・・・早速で悪いが、君達の事を教えてくれないか?一応上に報告する必要があるんだ。だが、君達を悪いようにするつもりは無いから、そこは安心してくれ」
部屋の隅で小さなテーブルを挟んで向かい合わせるように設置してあるソファを指差しながら話を持ち出す提督。
「分かりました。お話し致します」
信濃からの了解を得た俺達は談話用のソファの元へ向かい、彼の言葉に耳を傾ける。
「━━以上です」
説明を終えた信濃が口を閉じる。しかし提督や電、ザンクードは大して驚く素振りを見せなかった。
予めザンクードから軽く報告を受けていたと言う点があげられるが、何より・・・
「ふむ・・・ザンクードやツポレフ達と同じと言う訳か・・・」
前例があるからだろう。
「失礼ですが、『同じ』と言うのは・・・」
口元に手を宛てがう提督に敷島が、もしかして・・・?と言いたげな表情で俺の顔に視線を巡らす。
「ああ、俺とさっきの爆撃機は
「と言う事はつまり、アンタは・・・」
察しがついた大隅が静かに口を開いた。
「俺の元の所属はエルメリア連邦共和国海軍。あの爆撃機はデスペラード連邦空軍。どっちも聞いた事無いだろ?俺も大東亜帝国海軍・自衛隊なんて聞いた事が無い」
そこまで言ってから、俺は「つまり、
因みに大東亜帝国の海軍戦力は、主に攻撃を担う『海軍』と、防衛を担う『自衛隊』に分けて運用されているそうだ。
この中では信濃、愛宕、敷島、大隅が海軍に。おおすみ、みらいが自衛隊に振り分けられているらしい。
「まあ、こうして会えたのも何かの縁だろう」
そう言って、提督がソファから立ち上がった。
「行く宛が無く、現時点で帰る方法も分からないのなら、今はここに泊まれば良いさ」
「ありがとうございます。艦隊を代表して、お礼を申し上げます」
信濃達はソファからスッと起立し、踵を合わせ、一糸乱れぬ敬礼をする。
「・・・なんかむず痒いな。やっぱり堅苦しいのは止そう」
そんな提督の発言に一瞬呆けた表情を浮かべる大東亜帝国海軍の一同を見て、俺は込み上げる笑いを圧し殺しながら口を開いた。
「ウチの提督は基本的にこんな感じなんだ」
「そうなのかい?」
「ああ、俺の時も同じ風だったよ。なあ?」
自信の横に立つ提督に話を振るザンクード。
「まあな。確かにある程度の上下関係は大切かもしれんが、あんまり堅すぎるのは得意じゃないんだ」
肩を竦めながら答える提督は、一区切りつけてから「と言う訳で」と続ける。
「改めて、よろしくな」
「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」
と言って信濃は、先程の緊張を孕んだ表情から一転、自然な笑みを浮かべる。
こうして、異世界から来た大東亜帝国海軍の艦隊一同は、この第五鎮守府に身を置く事となった。
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