ねごしえーたー! (社畜のきなこ餅)
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01.悪魔が来りて嘲笑う

もっちもっちと練り込んでいたオリジナルファンタジー(どこかで見たような事あるかもしれない世界)TSモノという、茨道を始めました。
宜しければ、今しばらくお付き合い下さいませ。


 

 コンピュータゲームにTRPG、システムにもよるがボードゲームやカードゲーム。

 『自分自身』とは違う別の誰かになれる遊戯と言えば、幾つもこの世には溢れている。

 口さがない人物はやれ現実逃避だの、そんなものに浸る暇あったら己を磨けなどと言うだろう。

 

 だがしかし、だがしかしである。

 そんな事知った事じゃねぇのだ、少なくとも僕は楽しさにあふれているソレらにどっぷりとのめり込んでいた。

 しかしソレは、当然だが自身の命に直結しない娯楽であるからの楽しみであり、僕自身がそんな状況に放り込まれる事はまっぴらごめんなのである。

 

 

「一生懸命主張しているところ悪いけどね、もう決定事項だから何言っても無駄だよ」

 

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 蛍火のような光源が飛び交う空間で、磨き抜かれた黒曜石のようなテーブルを挟んだ対面に座るダンディな髭を生やした紳士が情け容赦なく口にしたその言葉。

 どう言う事なのかと言えば話は長くなるが、平たく言うと……。

 

 

「まぁ私は紳士的な悪魔だからね、理解したがらない君の為にもう一度説明してあげようじゃないか」

 

 

 くるんとカールのかかった髭を指先でつまみながら、クツクツと愉快そうに喉を鳴らして嗤う悪魔を自称する紳士。

 正直奇声を上げながら殴りかかってやりたいところだが、『朧げな輪郭』しか持たない僕にはソレすらも最早叶わない。

 

 

「死因はまぁどうでもいい、死んでしまった君を特別にその意識を保ったまま違う世界へ送ってやろうと言っているのだよ。私のささやかな趣味である娯楽のためにね」

 

「神は死んだぁぁぁぁ!!」

 

 

 ガッデムと咆哮する僕、そんな僕を悪魔は愉快そうに嗤いながら眺めている。畜生。

 

 

「まぁ落ち着き給え少年だった魂よ、何も無手で全裸な状態で送り出すワケじゃないさ。君達の大好きなチートとやらも与えてあげようとも」

 

「……本当に?」

 

 

 疑いの目を向けてみれば、本当だともなどと宣いながらヒゲを指先で摘まんでいる悪魔。

 正直胡散臭い事この上ないというか、胡散臭さしか感じないが有難いのが正直な所である。

 

 

「但し望むがままに与えるというのは面白くない、そうは思わないかね」

 

「思いません」

 

「そうだろうそうだろう、だからこのような催しを考えてみたのだよ」

 

 

 畜生この悪魔、人の話を聞いちゃいねぇ!!

 朧げな頭を抱える僕を心底愉快そうに眺めているその様子から、その催しとやらを取りやめる気も毛頭なさそうだ。重ねて畜生。

 

 

「何……簡単な催しだよ、ここに君が生前嗜んでいた色々な遊戯で使っていた分身。その中からランダムチョイスと行こうじゃないか」

 

「……ちょっと待って、その前に聞きたいんだけどさ。送られる先はどんな世界なのさ?」

 

「おっと私とした事が大事なことを言い忘れていたね、なぁにそんな物騒な世界じゃないさ。様々な種族が日々を過ごし、多少の危険というスパイスがある剣と魔法の世界だよ」

 

 

 物騒じゃないという文言と多少の危険があるという、物凄い矛盾が聞こえた気がする。

 だがしかし、放射能とモヒカンが主要生産物な世界ではないだけ有難く思うべきかもしれない……いやそんな事もないか、いっそ平和な世界に送ってほしい。

 

 

「平和で安定した世界に送ってほしそうな様子だがね、そんな世界に送った魂を観察しても私が楽しくないじゃないか」

 

 

 君は何を愚かな事を言っているのかね、などと言いたげに肩を竦めてこれみよがしに溜息を吐く悪魔。どこに出しても恥ずかしくないぐうの音も出ない畜生である。

 状況は圧倒的に不利、こちらが拒否を示せば示すほどこの悪魔はきっとノリにノって色々とやらかしてくるだろう。

 今この場において不本意極まりないが、この場の支配権は目の前の悪魔にある。なれば僕がすべきことは……。

 

 

「……わかったよ、嫌だけど。心の底から嫌だけど貴方の思惑に乗らせてもらう、どのキャラクタを選ぶのかも貴方に一任するよ」

 

「物分かりが良い子は好きだよ」

 

「ただし! 送られる先でも有効な能力を持っているキャラクタを選んでほしい、『貴方から見て、間違いなく送還先で生きていける』と判断できるキャラを」

 

 

 僕の諦観に満ちた降参宣言に若干物足りなさそうにしながらも、愉悦を隠すことなくその瞳に浮かべる悪魔。

 そして、その瞳の愉悦は僕が要求を突き付けた事で更に深くなる。

 

 賭けでしかない要求だった、けども悪魔の瞳に宿る愉悦の様子から僕は賭けに勝ったことを半ば確信している。

 有無を言わさず異世界とやらに放り込んで右往左往する様を見るのではなく、こうやって場を設けたと言う事は悪魔にも思惑は間違いなくあるのだ。

 もしかするとソレすらも、目の前で愉快そうに喉を鳴らして笑っている悪魔の掌の上かも知れないけども……そこまでいかれたらもうお手上げなのだから。

 

 

「いいだろう、君のその無謀さとこの場で一歩踏み出した君の狂気に敬意を払い。間違いなく送った先でも活躍できるキャラクタを選出しよう」

 

 

 そして、どうやら僕の要求は悪魔の眼鏡に適ったらしい。

 コレで少なくとも、剣と魔法の世界で搭乗するロボットがいないパイロット、などと言う悲惨な境遇は避けられた……筈だ、多分。きっと。恐らく。

 

 

「狼狽えるばかりと思いきや中々やるじゃないか、色々と語らい合いたいところだが……」

 

「……勘弁してほしい、こっちは生きた心地がしないんだよ」

 

「もう死んでる癖に何を今更、ところで君の死因が何か知りたくないかね?」

 

「貴方自身がどうでも良いと切って捨てたんだろうが、知っても碌でもない事だろうし遠慮しておくよ」

 

 

 飄々と宣ってくる悪魔にノーを突きつければ、賢明な判断だねなどと嘯く悪魔である。どうやら聞かなくて正解だったらしい。

 気持ちジト目で目の前の悪魔を睨む僕であるが、急に視界が白くボヤケテいく。

 

 

「次に君が意識を取り戻した時、その時は新たな世界へ降り立った時だ。私の娯楽の為にも精々面白く生きてくれたまえよ?」

 

 

 徹頭徹尾紳士的に人を玩具としか思ってない目の前の悪魔が、転生先でも観察してくると思うと正直気が滅入るどころの騒ぎじゃない。そう返事を返そうとするも。

 最早、僕が声を発する事も叶う事……悪魔の言葉を最後に、僕の意識はまるでどこかへ吸い込まれるような……。

 

 もしくは空間に拡散していくような、不思議な感覚と共に消失していった。

 

 

 

 

 

 

 そして、ぼんやりとした意識と思考の中。

 何者かがボクに語り掛けてくる声と共に、体を激しく揺すられるのを感じる。

 

 

「──おい──おい! お嬢ちゃん!」

 

「……ふぁ……?」

 

 

 揺すられると共に、胸辺りについた重い何かがたぷんたぷんと揺れる違和感、そして聞こえる音が頭の左右ではなくその少し上から大きめに感じる感覚。

 それらの違和感が絡まり合った不思議な感覚と、まるで意識と神経が急速に馴染んでいくような錯覚を感じながら、妙に重く感じる瞼を開く。

 

 

「おう、生きてたか! こんなところで寝てるとか不用心極まりねぇぞ?」

 

 

 お尻の辺りに感じる、尾骶骨辺りから伸びてる何かを圧し潰してるような何とも言えない感覚にボクが戸惑っている中。

 どうやら先ほどからボクを揺り起こそうとしていた、顔中髭まみれのずんぐりむっくりとした体型のおじさんが、目を開いたボクの様子にホッとした様子を見せてくる。

 

 失礼ながらビヤ樽のような体型ながらも、その佇まいは汚らしく感じるというような事はなく。

 首に下げている白銀色に輝いている何かのシンボルらしきものの印象も相まって、どこかしら清廉な印象を与えている。

 

 

「え、あ……ありがとう、ございます?」

 

「随分と変わったおべべ着てるけど家出か? 悪いことぁ言わねぇから、早くお家に帰るんだぞ」

 

 

 ぐい、とゴツゴツとした手で白く華奢なボクの手を掴み、おじさんがボクを助け起こす。

 ……待って、白く、華奢な手?

 

 おじさんに起こされながら、もう片方の手で顔の横をペタペタ触れるも。そこにあるのはさらっとした髪の感触のみで。

 嫌な予感を感じながら、その手を頭の上の方へ動かしてみれば……ふさふさとした毛におおわれていると思われる、大きな耳が生えていた。

 

 怪訝そうな様子でボクを見るおじさんに構う事無く、今度はお尻へ手を当ててみれば……そこにあったのはふかふかな尻尾で、掴んで前へ持ってくればソレはまるで黒い狐のような大きな尻尾でした。

 ついでにその際の視点移動で、ボクの視点がかなり低くなっている事と……。

 

 とても大きなお胸が、着物のような衣服の胸元を内側から押し上げているのも確認できました。

 

 

「お、おいお嬢ちゃん! お嬢ちゃーーーん!?」

 

 

 そのままフラーっと意識が遠のいていくボクを案じていると思われるおじさんの叫びを他所に、ボクの目の前は真っ暗になっていくのであった。

 あの悪魔、やりやがった。やらかしやがった。

 ああ認めるよ、確かにこのキャラクタはどこに行っても生きていけるしやっていけるという自負もあるよ。

 

 

 

 

 だけども、初見の異世界で魅力特化交渉特化のキャラクタ、それも男だったボクに女性キャラクタ宛がうとかバッカじゃねぇの!?

 

 




『TIPS.悪魔さん』
人間のサブカルチャーかぶれであり、己の権能を濫用して適当に目についた人間を異世界へ放り込んでは……。
コーラとポップコーンを手に、被害者が奮闘する姿を見てゲラゲラ笑う事が趣味というぐう畜。
この悪魔のタチの悪いところは、送り込む先の世界の神様への心付けを欠かさないという所にある為。
悪魔さんは趣味でにっこり、送られた先の神様も世界に新たな風が吹いてにっこり。
送られた転生者だけゲッソリという構図を作り出しているところである。

見た目は紳士風なカール髭ダンディ、なおこの姿は擬態であり真名も真の姿も不明。


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02.狐っ娘大地に立つ

まさかの、一話の時点で評価を幾つも頂けるとは……。
皆さんの応援を糧に頑張って参ります、これからもTS転生者くんちゃんの奮闘を応援ください。


 

 皆さんこんにちは、人によってはこんばんはでしょうか。

 悪魔の姦計によってTS転生させられたクソ哀れな転生者でございます。

 

 今ボクがどんな状況かと言えば……。

 

 

「気が付いたらここに居て、正直何が何やらで……」

 

「ふむ、嘘は吐いておらんようだな。難儀だなぁ、お嬢ちゃん」

 

 

 140cmぐらいのボクと同じぐらいの背丈で、しかしがっしりとしたおじさんが腕を組み指先でヒゲを弄りながら唸る。

 首元にぶら下がっているシンボルが特徴的だったけども、よく見るとその恰好はまるで神官を思わせるような意匠です。

 

 

「それでどうする。帰り道はわかるか?」

 

「……いえ、正直見当もつかないです」

 

 

 そして多分帰れないです、とはさすがに言えない。なんせ元々違う世界なのだから。

 そう考えると無性に泣けてくる、と言うか視界がぼやけてくる。

 

 

「こらこら泣くな、しかしそうなるとなぁ……まぁここで立ち話をしていても埒が明かんし場所を変えるぞ」

 

 

 めそめそし始めたボクの背中を、そのゴツゴツした手で優しくあやす様に叩くおじさん。

 ボクはおじさんのその言葉に頷くと、おじさんに連れられて歩き始める。

 

 鼻を啜りながら、少しでも状況を把握しようと周囲を確認すればそこは、木漏れ日が差し込む林の中だった。

 時折吹き抜ける風と、ボクの体を包む華美だけれどもヒラヒラした着物じみた衣服では若干肌寒く感じる。

 

 

「あ、あの。少し冷えるんですけども、今の季節は秋か何かですか?」

 

「む? 何を言っておる、今は夏だぞ」

 

 

 しょうがねぇなぁ、なんて言いながら清潔な印象の上着を脱ぐとぶっきらぼうにボクにおじさんがかけてくる。

 身体の変化によるものか、土と鉄の匂いを強く感じるが不快さは感じなかった。

 

 

「そんなヒラヒラしたおべべに、お前さんの耳の大きさやその様子からすると。南の暖かい方出身か?」

 

「えっと、高温多湿だったのは事実です」

 

 

 なるほどなぁ、それなら納得だ。なんて言いながらボクを先導するようにおじさんは歩き続ける。

 やがて、森を抜けるとそこは小高い丘の上で……視界には吹き抜ける風にたなびく、麦のような作物が一面に生えている広大な畑が広がっていた。

 

 

「その様子だとこの手の光景が珍しいのか? お嬢ちゃん」

 

「え?ええ、はい。ここまで大きな耕作地を実際に見たのは初めてです」

 

 

 ワクワクしているボクの気持ちを隠そうとしない尻尾がパタパタと動くのを感じながらも、目の前の景色に圧倒されているボクをおじさんは微笑ましそうに眺めつつ。

 歩きながら、ボクが次々とぶつける目新しいモノに対する質問に答えてくれた。

 

 

「ハビットも角豚も、ましてやメリジェの実すら知らないたぁな。こりゃ結構なお嬢様だな」

 

「? どうしたの、おじさん」

 

「いやなんでもねぇ。それと俺はおじさんじゃねぇ、まだ56なんだよ俺は」

 

 

 時折すれ違う荷車を牽いていた全長2~3mほどのもこもこした大きな兎ことハビットや、柵の内側で呑気に昼寝していた大きな角が生えた角豚。

 それに、玉蜀黍のような生え方をしていたトマトと桃の合いの子みたいな果実メリジェなどなど、ボクが僕だった頃にいた世界とは大きく違うものに目を輝かせるボクの様子に。

 おじさんは顎髭を扱きながら、何やら小さく呟いたので何事か聞いてみれば……56歳なのにおじさんじゃない宣言。思わず首を傾げるボクである。

 

 

「……その様子だとお嬢ちゃん、もしかして俺の事ヒュームだと思ってたのか?」

 

 

 え、マジかよ。と言わんばかりの表情を浮かべるおじさん(仮)。

 少し整理しよう、目の前のおじさん(仮)は自分を56だと称した上でまだおじさんではないと主張している。

 さらに今の言葉、察するにヒュームというのは人間を差す単語だと推測できる。

 

 そして、今のボクの体となっているキャラクタの身長設定は140cmほどにしていた。そんなボクと同じぐらいの背丈でかつ上着を脱いだことで分かりやすくなったがっしりとしている体格から察するに……。

 

 

「ごめんなさい、そう思ってました……」

 

「まぁ良いけどよ。俺はドワーフだよ、その様子だとドワーフを見た事も初めてなのか?」

 

「うん」

 

 

 マジかよ、マジかよ……と足を止めて頭を抱えるおじさん(仮)。

 まさか、知らない内にとんでもないタブーを踏み抜いてしまったのだろうか。

 

 

「あ、あの。何かとんでもない失礼なことをしちゃいましたか……?」

 

「いや、違うんだそうじゃない。お嬢ちゃんは安心するといい……おぉい!そこな兄ちゃんや!」

 

 

 震えた声で問いかけるボクの声を、おじさん(仮)は勢いよく首を振って否定すると……目についたこちらに背を向けて農作業している、農夫のお兄さんめがけて声を張り上げた。

 呼びかけられたお兄さんはこちらへ振り向きボクへ視線を向けると、その動きを硬直させたかのように止めて……慌てた様子でこちらへ駆けてくる。

 

 

「あ、あ、あのギグさん。こちらのとても美しいお嬢さんは、一体?」

 

「おぅジョン坊じゃねぇか、ちょっと訳ありのお嬢様でな。良く熟れたメリジェの実二つほどもらえるか?」

 

 

 健康的な日焼けをした肌を惜しむことなく曝け出している、ボクよりも頭一つ分ほど背丈が高いお兄さんがどぎまぎした様子でおじさん(仮)……じゃなくてギグさんに質問している。

 さすが魅力特化で仕上げたキャラクタだけある、と言える状態だけど正直ボク的には物凄く複雑なのは内緒なのです。さすがに表情には出さないけどね!

 

 

「はい、選りすぐりの奴持ってきます。少々お待ちを美しいお嬢さん!」

 

「あ、おーい。代金……あいつ行っちまいやがった」

 

 

 銅で出来ていると思われる貨幣を渡そうとしたギグさんを他所に、わき目も振らず走っていったジョンさんとやらの様子に思わず笑ってしまうボクでしたが。

 そんなボクに気付くと、ギグさんは髭面の顔にホっとした様子を滲ませて口を開く。

 

 

「ずっと張りつめてた様子だから心配してたが、少しは気持ちも楽になったか?」

 

「え、あ……なんだかごめんなさい」

 

「謝るなって、俺も配慮が足らなんだわ。すまん」

 

 

 ぼりぼりと後頭部をかきながら気まずそうに謝るギグさん、口調はぶっきらぼうだけどこの人……ならぬドワーフさん、凄く良い人です。

 そして、大事なことを伝えていなかったと口を開こうとしたその時。

 

 

「お待たせしましたぁ!今が旬のメリジェの実お二つです!」

 

「おう、あんがとよ。お前代金受け取らずに走ってくなよ」

 

 

 粗く息を吐きながら、近くで見てみると大体ボクの握り拳と同じかちょっと大きいぐらいのごろっとした実が、ジョンさんから差し出される。

 ギグさんが銅貨2枚支払ってるのを見て、受け取って良いのかと思わず視線をギグさんへ向ければ遠慮すんな、なんて言われたので受け取る。

 

 受け取ったソレは林檎のような質感で、水分もたっぷり含んでいるのかずっしりとした重量をボクの手に伝えてくる。

 

 

「あんがとよジョン坊、仕事の邪魔して悪かったな」

 

「あ、あのそちらのお嬢さんのご紹介は……」

 

「悪いが後にしてくれ、案内せんといかん場所がある」

 

 

 そんなー、と悲しそうに肩を落としつつお仕事に戻るジョンさんを眺め、良いのかとギグさんへ聞いてみれば……。

 

 

「アイツは別嬪さんを見ると誰でもあんな調子だよ、何度もアレで痛い目見てるっつぅのによ」

 

 

 どうしようもない弟分を語るかのような厳しくも、どこか暖かい物言いに思わずボクの口元が綻ぶ。

 そして、手に持ったメリジェの実に大口を開けて齧り付き始めたので、ボクもまたギグさんを見習って手に持った実に齧り付く。

 

 何これ凄く甘い、だけど瑞々しい果汁が甘さを洗い流すように口の中を抜けてく。

 思わず口の端から垂らしてしまいそうになった果汁を、お行儀が悪くも手で拭いつつハムハムと食していく。

 あ、種もある……けど、ザクロの実みたいにプチプチと口の中で弾けるように噛み潰せる。ちょっとの苦みがあるけど果肉の甘みと相まっていつまでも味わっていたくなる味だ。

 

 

「はふ……凄く美味しいです」

 

「かっかっか!そうだろそうだろ、このセントへレア自慢の作物だからな」

 

 

 歩きながら夢中で尻尾をバタバタ振りながら食べ切ったボクの言葉に、ギグさんは豪快かつ愉快そうに笑って教えてくれた。

 そうしている内に農地エリアを抜け、ボク達の目の前にそこそこの高さの防壁と扉が見えてくる。

 開いたままの扉の向こうにはそこそこ広い通りに、露店が立ち並び賑やかな街並みが見えており……その奥には遠目に見てわかるほどに、大きな神殿が建っていた。

 

 

「ギグさんですか、お通りを……ところでそちらのお嬢さんは?」

 

「ああ、こっちの嬢ちゃんの名前は………………」

 

 

 防御力重視というより、動き易さを重視したかのような装備に身を包み腰に短剣を下げ手には長槍を持っている衛兵さんがギグさんに声をかけ。

 続けざまに、ボクについてギグさんに問いかけ……ボクの名前を言おうとして、ぴたりとギグさんの動きが止まる。

 

 うん、とんでもないうっかりしてた……さっき言いかけて止めちゃったボクが一番悪いんだけどさ。

 

 

「今更だけどよ嬢ちゃん、名前は何だ?」

 

「あのー、ギグさん。さすがの我々もそれは如何なものかと思うのですが」

 

「えぇい、俺も悪いと思ってるわ!」

 

 

 顔馴染みらしき二人がやいのやいの言っているのを見て、その様子がなんだかおかしくて思わずクスクス笑ってしまう。

 そんなボクの様子に、二人は気まずそうにしつつ……衛兵さんは頬を赤らめつつ、コホンと小さく咳ばらいをした。

 

 ボクが僕だった頃の名前は思い出せない、ならばボクが名乗るべき名前はたった一つだ。

 

 

「ボクの名前は……コクヨウと言います。正直なんでこの地に来たのか今でもわかっていないのですけども、ギグさんの助けでこちらまでやってきました」

 

 

 この体、キャラクタの名前であるコクヨウ。

 今、しっかりと名乗った事で……ふわふわとした気分が、ようやくしっかりとしてきた気がする。 

 




『TIPS.ドワーフ』
エルフが森の民ならば、ドワーフは鉄の民である。
彼らは山間部に洞穴を掘って集落を築き、山の恵みと地熱で生育される作物で日々の糧を得ている。
また、種族的な特徴としては熱や温度を視覚として捉える事が出来、その性質によって光源が不十分とされる洞穴や鉱山の中でも不自由なく活動する事が出来る。
その背丈は大柄とされるものでも150cmに届かないが、膂力と頑健さは特筆するに値するものを誇っている。

種族が総職人と言える気質を持つ彼らは優れた武具を作る事、持つことを最大の名誉と考えている。
その性質が仇となり、名剣や宝剣に魅入られてその身を滅ぼしたドワーフの逸話にもまた事欠かないのは内緒である。
ちなみにその辺りの種族的失敗談を、酒場でドワーフに持ちかけた際は大喧嘩の元となる為注意が必要である。
彼らは頑固者で義理堅く、忠誠心と友情に溢れているが同時に喧嘩っ早いのだ。

余談であるが、男性は少年と呼ばれる時期から髭が生え始め、青年となる頃には髭まみれとなる。
一方女性は、体形こそ男性と同じずんぐりむっく……小柄で頑健な体型だが、髭は生えていない。

種族的寿命はおおよそ200前後、30歳で成人扱いとなる。


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03.セントへレア神殿へようこそ!

段々と文字数が増える不思議。
皆さんの評価、感想本当に有難いです。これからも頑張ります。


 

 ギグさんからの保証により、街へ踏み入れてまず最初に感じた事は……色んな種族の人が居るというものでした。

 今のボクみたいに頭から猫耳が生えている女性に、全身ふかふかの毛皮に覆われた兎獣人。中には全身を鱗に覆われた大柄の翼が生えた竜人と思しき人までいます。

 

 

「コクヨウ嬢、目新しいのに気を取られるのはわかるが。まずはあの神殿まで向かうぞ」

 

「あ、はい」

 

 

 ほぇー、などと呆けた言葉を口から漏らしながら耳をピコピコと動かして色んな音を拾いつつ、きょときょとと見回していたら。

 苦笑いしたギグさんに声をかけられ、ハッと我を取り戻す事になりました。うう、恥ずかしい。

 

 お上りさん全開なボクの様子が愉快なのか、通行人の人達にもじろじろと見られてしまったので気持ち身を縮こまらせながらギグさんに先導されて進む事にしよう。

 ……時折聞こえる美しいという声やら聞こえたり、ギグさんから借りた上着でも隠しきれてない大きな胸に視線がじろじろ来てるのを感じてるけども、気にしないのだ……!

 

 そんなこんなで、ボクの精神をがりがりと削られながらも神殿に到着。

 耳に届く水の流れる音の様子から、どうやらこの大きな神殿は河を跨ぐように建造されたらしい。

 

 そして、ふとボクの目に違和感を与えるモノが見えてくる。

 

 

「……シンボルマークが、二つ?」

 

 

 一つはギグさんが首元から提げている、さっき食べたメリジェの実を象ってるようなマークなんだけども。

 もう一つは、輪っか状になった蛇が自分の尻尾を飲み込もうとしてるようなマークが掲げられていた。

 

 

「ああ、この神殿は俺が信奉する大地母神ファーメリジェ様と。河川の守護女神であるヘレアルディーネ様の二柱を奉っている神殿だからな」

 

 

 でかい街だと神様ごとに神殿あるんだけどな、などとギグさんはぼやく。

 今の口ぶりと様子から、この世界……もしかするとこの地域だけかもしれないけども、信仰が生活に強く根差しているようだ。

 

 

「なるほど……揉めたりはしなかったんですか?」

 

「俺の爺様辺りの頃は多少あったらしいけど、まぁ方向性近いし今は仲良くやってるよ」

 

 

 ギグさんのお爺さんの頃、一体具体的にどのぐらい昔なのか少し気になるけども今仲良しなら変な諍いに巻き込まれる事もない筈。

 気持ちホっとしながら、ギグさんに案内されて神殿の中を進んでいたら。

 

 

「農地や放牧地から出る汚水ですけどぉ、何とかして頂けませんかねぇ?」

 

「そうは言いますがね、こちらも取り決め通り農夫達には生活圏から離れた下流に流れるよう指示しておりますし。そこまで言うなら水路整備をもっと熱心にやられては如何ですかな?」

 

 

 間延びした口調の、人でいう耳の所に水かきのようなものが生えた……身体の線が浮き出るような法衣に身を包んだお姉さんが、目だけ笑ってない笑顔で人間の神官さんへ言い募っている現場に遭遇しました。

 言い募られた人間の年配な神官さんといえば、女性の言葉に対して理路整然と返した上で……こちらも目だけ笑ってない笑顔でチクリと言い返しております。

 

 女性の方が下げているシンボルには河川の女神のマークが、男性の提げているシンボルには大地母神のマークが刻まれてました。

 どう見ても、諍い事です。本当にありがとうございました。

 

 

「あの……仲良くやってるんじゃ……」

 

「……まぁ、殺し合いにまでは至ってないし程々なところでいつも落ち着いてるから大丈夫だろ」

 

 

 ボクのジト目からギグさんは目を逸らし、気まずそうに言い訳を口にする。

 何だかこう、この手の諍いには心底辟易している様子が垣間見えます。

 

 

「あらぁギグさんではないですかぁ、貴方からも言って下さりますぅ? この石頭さんは中々理解して下さらなくてぇ」

 

「おお!神官ギグではないですか、丁度よいところに……この水に流されるしか能のない女にガツンと言ってやって下さい」

 

 

 そんな事をボク達でひそひそやってたら、言い争っていた二人がボク達に気付いたのかギグさんに話を向けてくる。

 向けられたギグさんはと言えば、勘弁してくれと言う感情を隠す気もないようで心底げんなりした様子を見せている。 

 

 

「あー、悪い。少しばかり人を案内せにゃならんのでな、また今度にしてくれ」

 

「むぅ、そちらのお嬢さんについてですかな? おっと失礼しました、私はヴァーヴルグと申します。こちらの神殿で大地母神様を信奉する者達を取り纏めている者です、以後お見知りおきを」

 

「ほったらかしにしてごめんなさいねぇ。私はアクセリアよぉ……ここで河川の守護女神様を奉っている子達の纏め役でぇ、神殿長様の右腕でもあるわぁ。よろしくねぇ」

 

 

 先ほどまで喧々囂々とやりあってたとは思えない、目も笑っている笑顔でボクへ挨拶をしてくれるお二人さん。

 その目には若干ボクを探る様子も見えるけど、それでも害意は見えない様子からそんなに悪い人ではなさそうである。

 

 

「ボクはコクヨウと申します。ギグさんに助けてもらい、案内してもらってました」

 

「なるほどねぇ……何か困った事あったら相談しなさいねぇ? お姉さん頑張っちゃうからぁ」

 

「うむ、そこな生臭い女に同意するのは業腹でありますが。迷い悩む若人を導くのもまた大地母神様の教え、いくらでもお力になりますぞ」

 

 

 ボクの自己紹介に暖かい言葉を返してくれるお二人、そしてヴァーヴルグさんの発言に笑顔で青筋浮かび上がらせたアクセリアさんが頭の薄い人はデリカシーも薄いのかしらぁ、なんて言い出して。

 売り言葉に買い言葉な言い争いがまた始まった、この二人実は仲良しさんじゃなかろうか。

 

 

「お二人はいつもこんなんだよ、神殿長が待っている。行くぞ」

 

「あ、はい」

 

 

 お二人の言い争いにオロオロしてたボクの腕を掴み、若干足早にボクをこの場から引きずっていくギグさん。

 どうやら、お二人の口喧嘩に何時も巻き込まれているらしく、心底辟易しているらしい。気の毒な。

 

 そうやって神殿を進み、時折若い神官見習いと思われる男の子が足を止めては顔を赤くしてボクを見詰めてくる様子に、なんだかこう気まずい思いをしつつ。

 ギグさんの案内で辿り着いたその奥は、清らかな水が流れている中に祭壇がある広間でした。

 そして、その祭壇には薄い羽衣のような……一歩間違うとチラリしちゃうような、大胆な布を身に纏った美しい女性が居ました。

 ただ、その女性の特徴的な様子はそんなものじゃなく、その女性の下半身は長く太い蛇のような形状をしていた。

 

 

「神官ギグ、神託による命の遂行を感謝致します」

 

「有難きお言葉です、神殿長」

 

 

 女性……神殿長の労いの言葉にギグさんは片膝をつき、深く頭を垂れる。

 これは、ボクも同じように倣うべきだろうか、などと考えていると。

 

 

「寄る辺を失くした迷い子よ、楽にして下さい……貴方の名前をお聞かせ願えますか?」

 

「は、はい。ボクはコクヨウと言います!」

 

「素晴らしい名ですね、私は神殿長のスェラルリーネと申します。以後よしなに」

 

 

 片膝をつこうとしたボクを、そっとジェスチャーで止めるように神殿長さんは止めると優しい声で語り掛けてくる。

 しかし、優しくも嘘偽りを許さないという空気を微かに感じたボクは、ボクの名前をしっかりと今一度神殿長さんの目を見据えて応える。

 

 でも、寄る辺を失くした迷い子って……それにさっきギグさんに話してた神託。

 なんだかこう、ここに来た時点で厄介事に巻き込まれている気がするのは気のせいだろうか。

 

 

「まだ日が昇る前の頃、朝の祈りを捧げている私に守護女神へレアルディーネ様からの神託が授けられました」

 

 

 訥々と、しかし透き通るようなよく通る声で告げながら、祭壇からゆっくりとボクめがけて進み寄ってくる神殿長様。

 その際の動きで羽衣がチラリズムしそうになってハラハラするも、不思議な素材なのかチラリズムはしていない。

 

 

「神託は、外れの森に落とされた迷い子を導き……試練を授けよというものでした」

 

 

 その神託の内容に、思わず膝から崩れ落ちかけるボクである。

 あ、あの似非紳士の悪魔野郎!どうやったかまではわからないけど、ボクがひっそりと隠れ潜むのを先手打って潰してきやがったな!!

 

 

「お、お言葉ですが宜しいでしょうか!」

 

「ええ、どうぞ」

 

「その、ボクは貧弱極まりなく闘いは不得手でございます!」

 

 

 進むも死、断るも宗教的権威を敵に回す事で緩やかな死。そんな地獄の二者択一の中、せめてもの活路を掴もうと神殿長へ申し上げる。

 隣で片膝ついたままのギグさんが、お前マジかよと言わんばかりの雰囲気を出すのも敢えて無視しての進言であったが、神殿長はににりと笑みを浮かべた。

 

 

「ええ、存じております。神託でもそのような事はハッキリと仰られてました、その上で……迷い子は弁舌に長けているとも」

 

 

 ド畜生ぉぉぉ!?逃げ道全力でふさがれてるぅぅぅぅぅ!!

 

 

「無論、ただ試練に挑めなどと無碍な事を言うつもりは私もありません。貴方には相応の立場をご用意しましょう」

 

「……例えばどのようなモノですか?」

 

「生活に困らない糧に安全に眠れる部屋、そして……セントへレア神殿の神殿長である私が貴方の後ろ盾となりましょう」 

 

 

 神殿長、スェラルリーネさんの言葉に隣のギグさんが息を呑む気配を感じる。

 ギグさんの様子に外から見た神殿の様子、そしてさっきの二人の言い争いの内容から……この地の宗教が持つ権力は強く範囲も広いように感じ取れる。

 そんな宗教の、街の神殿とはいえトップが後ろ盾になると明確に言葉にするというのは、冗談では済まされないものの筈だ。

 

 逆に、意地でもここで断った場合どうなるか?

 最悪のパターンはここで殺される事……ではない、何もなしで放り出されるという状況だ。

 自慢じゃないけど今のボクが稼げる手法なんて殆どない、あっても体を売るとかそんな話であるだろうし……そんなのはまっぴらごめんなのだ。

 交渉だけで渡り歩けるかと言えば……この世界、この地の文化やタブーも真っ白なボクが旨く立ち回れるなんて保証はどこにも存在しない。

 

 要するにどういうことかって?

 

 

「……微力ではありますが、全力を尽くして与えられる試練に挑みたいと思います」

 

 

 この話を受ける事が現状で考えられるモアベターな選択肢なんだよ!

 そんなわけで、胃がきりきりと痛くなるような状況は終了し……。

 まだ日は高いけども、今日はゆっくり体と心を休めてから、明日試練を申し渡すと神殿長から言われました。タノシミダナー。

 

 

 

 そんなこんなで、神殿で豪華ではないが過剰に質素過ぎない。しかし調理にはしっかりと美味しく食べれるよう工夫された食事を御馳走になりました。新鮮な搾りたてのメリジェジュース美味しかったです。

 身を清める、という段になってこの地の衛生観念はどうなってるのだろう。なんて考えていたら。

 

 

「あらぁコクヨウちゃん、ここにいたのねぇ。早くお風呂いかないとぉ、冷めちゃうわよぉ?」

 

 

 思考整理の為にぽけーっと椅子に座ってたボクを見つけたアクセリアさんが、ボクを湯あみの場所へ連れて行ってくれました。

 

 

「大丈夫コクヨウちゃん、一人で体洗えるかしらぁ?」

 

「あ、はい。だ、大丈夫です」

 

 

 湯上りなのか、若干髪の毛をしっとりふんわりさせてるアクセリアさんに心配されつつ、脱衣場へボクは足をそそくさと運ぶ。

 どこで湯を沸かしているのか地味に凄く気になるので、明日にでもギグさんに聞いてみよう。ともあれ、目下の問題は。

 

 この着物っぽいのをどうやって脱ぐか、なんて考えていたけどまるで体が覚えているかのようにするすると脱ぐことが出来ました。

 あ、ちなみにギグさんに借りてた上着は神殿長との話が終わった後お返ししました、さすがに借りっぱなしはしていないのです。

 

 

「……大きい、なぁ」

 

 

 するする、ぱさ、と衣服を脱いで籠へ入れ。

 一糸纏わぬ姿になってみれば、眼下に広がるのは大きな大山脈で。その先端にはピンク色の突起。

 色々と考えると思考がごちゃごちゃになっちゃうので、気を取り直して半ば無心でお風呂に入る事にする。

 

 

 諸事情あってお風呂の内容は省かせてもらうけども。

 意外と耳と尻尾あらうのってそんなに手間じゃなかったです。

 大事な場所を洗った感想は、墓の下まで持っていかせて頂きます。




悪魔さん「へレアちゃーん、ちょっとそっちに魂送り込んで観察していいー?」
ヘレアルディ―ネ「えーー、河汚したりしない?」
悪魔さん「大丈夫大丈夫、なんなら神託でちょちょいと信徒動かして働かせていいからさ」
ヘレアルディーネ「わーい、それならいいよー!」

こんな感じのやり取りがあったかもしれないし、なかったかもしれない。

『TIPS.メリジェの実』
地上から60cmほどの高さの茎を持ち、がっしりとした茎の先端部に握り拳大の果実を実らせる。
その地下茎は長く、また頑丈である為地表が多少乾燥していても水分を吸い上げて生育する逞しさを持つ。
特徴としては……不毛とされる地でも実り周囲の栄養を過剰に奪わないところにあるが、土壌の豊かさが果実の甘さに直結する特性を持っている。
その為、市場に流通するメリジェの実を見分けるのに最も重要なのはどこで生産されたか、とされている。

富むモノも貧しきモノも等しくその恵みを受け取れる果実として、大地母神ファーメリジェのシンボルとされており……。
大地母神ファーメリジェの神話の中の一つに、荒野を旅する聖人が飢えと渇きで倒れた際。女神が慈悲で生やしたメリジェの実によって、聖人が餓死を免れたとされるエピソードが存在する。


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04.あちらを立ててこちらも立てよう

本格的に題名通りなムーブをし始めるTS転生者ちゃんことコクヨウ。
そんな第四話です、宜しければお付き合い下さいませ。


 

 

 異世界転生二日目、初日からハイパー濃厚でしたが二日目もハードなスタートです。

 なんせ、この街の神殿を取り仕切ってる神殿長直々のご対面な上……。

 

 

「遠き地からの迷い子コクヨウよ、貴方に試練を申し渡します」

 

 

 荘厳な空気が可視化してるかのような、重たい空気の中で下半身が蛇のように長くうねっている神殿長から試練を申し渡されてるのですから。

 せめてもの救いは、この場にいるのがボクと神殿長のみならず。ギグさんも居てくれてる事でしょうか、別名地獄への道連れとも言います。

 

 

「悲しき事に今、この地で二つの信仰を携えている者達が諍いを起こしております。その諍いを収めて見せなさい」

 

 

 隣で一緒に片膝ついてるギグさんからマジかよ、と言わんばかりの雰囲気を感じます。

 この諍いってどう考えても、この神殿へ足を踏み入れて案内してもらってる時に見かけた……ヴァーヴルグさんとアクセリアさんのアレだと思うんだけども。

 念の為確認だ、目標を明確に確認しないと確実に事故る。

 

 

「幾つか質問しても、宜しいですか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 

 伏せていた頭を上げ、気合を入れるべく耳をピコピコと動かしつつ。

 しっかりと神殿長さんこと、スェラルリーネさんを見据えて口を開く。

 

 

「諍いと言うのは、大地母神様を信じる一派と河川の守護女神様を信じる一派の意見のぶつかり合い。と言う認識であっておりますか?」

 

「ええ、その通りです。私の不徳により……この地にて農作物や家畜を育て日々の糧としてる者達の側に立つ者達と、河川の恵みを受け日々の生活を営む方を補助する者達とで意見がぶつかり合っております」

 

 

 ボクの確認の言葉に、スェラルリーネさんが悲しそうに目を伏せて簡単な事情を教えてくれる。

 今の言葉に昨日のあの二人の言い争いの様子、情報は断片的でしかないけども多少なりとも状況が見えてくる。

 

 

「河川の守護女神様の一派の方のお仕事は、日々の営みで生まれる汚水の処理。ないし処理をする施設の管理といったところですか?」

 

「ええ、河川の守護女神様を奉る者達の仕事の一つとして。下水に流れ込んだ汚水を母なる河へ流す前に、処理層で浄化する仕事をしてもらっております」

 

 

 言ってみれば生活インフラの大事なところを担当している人たちか、だからこその神殿の立派な入浴施設だったんだなぁと納得する。

 臭いや汚れはどうしてもつくから、それらを除去する職につく者達への福利厚生でもあったんだね。

 

 

「汚水の処理手法はどのような手順で、負担はいかほどのものでしょうか?」

 

「洗浄衣……ああ、汚れを落とし易い専用の法衣を纏った者達が処理層のある地下階層へ赴き、河川女神様の助力を頂いている浄化の魔術で処理をしております」

 

 

 割とマンパワーでぶん回してた、しかしこの街は外から見ても結構大きかったし……日々生じる汚水等も馬鹿にならない筈だ。

 心身の負担も馬鹿にならない筈、そりゃアクセリアさんのヴァーヴルグさんへの刺々しい態度にも納得がいくというモノである。

 ともあれ、取り急ぎ河川の守護女神様一派について確認したい事は聞けたと思うので、次は別方向から質問をしよう。

 

 

「ありがとうございます。続けて……大地母神様の一派についての質問よろしいですか?」

 

「ええ、勿論ですとも」

 

 

 早朝とはいえ、スェラルリーネさんにも抱えてる仕事があるだろうから、簡潔かつ重要な質問を選択していかないといけないなぁ。

 ともあれ、軽く深呼吸して今度は大地母神様派の人達について確認をしてみるのだ。

 

 

「大地母神様の一派の方のお仕事は、農地や牧場の管理であっていますか?」

 

「はい、日々流入する農夫の方々の登録に収穫される作物や畜産物の買い上げをし、悪意のある商人の方々に買い叩かれないよう仲介もしてもらっております」

 

 

 めちゃくちゃ重要な仕事じゃないか!こっちはこっちで絶対死ぬほど忙しいよ!?

 識字率とかはまた足で調べないといけないけど、流入するって言い方から計算や読み書きに不得手な人達のフォローもしてるって考えると……うわぁ、地獄業務だぁ。

 

 

「あ、あの……仲介『も』と言う事は、他にも……?」

 

「……ええ、農場を荒らし農夫の方には対処が難しい害獣や魔物の駆除。疲弊した大地への祈祷を捧げて頂く事による、農地の回復も担っております」

 

 

 やっぱり地獄業務じゃないかー!!

 そりゃヴァーヴルグさんはヴァーヴルグさんで、生活用水や汚水処理を担当してる人達にチクりと言いたくもなるよ!

 いやまぁ、じゃぁどうすれば良かったって言うのを解決するのがボクの仕事なんだけどさ……。

 そんなボクの苦悩を感じ取ったのか、スェラルリーネさんは申し訳なさそうに目を伏せて口を開く。

 

 

「私からも幾度か双方には矛を収めるようお願いをしたのですけども、その時しか収まらない上に……どうしても、河川の守護女神様の一派へ肩入れしてしまうのです」

 

 

 スェラルリーネさんの心から申し訳なさそうな言葉に、ボクも尻尾をしょんもりさせて項垂れるしかなくなる。

 彼女の首から提げられているシンボルは河川の守護女神であるヘレアルディーネ様のマーク、この地における宗教の一派のトップとしてはある意味当然の行為と言えるのだ。

 むしろ、隣で今も片膝ついているギグさんが申し訳なさそうにしてる辺り、大地母神様派への配慮も欠かしていないんだろうと推測できる。

 

 でも同時に、拗れかけている今ならまだ早く動けば手立てはありそうです。

 コレがもっと時代を下って、対立が決定的になってしまったら本格的に血を見ないと止まらなくなっていた恐れもあるからね。

 

 

「ありがとうございます、後は色々と現地で話を聞いたり状況を確認したいのですが。よろしいですか?」

 

「ええ、こちらからお願いしたいくらいです……そうですね、貴方にこちらを預けたく思います」

 

 

 片膝をついたまま礼をし、現場調査のお伺いを立ててみればスェラルリーネさんは微笑みと共に了承してくれた上に。

 首から提げていた自身のシンボルマークを、ボクへ貸し出してくれた。

 

 チャリ、という音と共に受け取ったソレはズシリとした質感をボクの手に伝え……。

 よく見ると、アクセリアさんの提げていたシンボルマークに幾つかの装飾を加えたようなデザインとなっている。

 

 

「し、神殿長!よろしいのですか?!」

 

「構いませんよ神官ギグ。彼女は私の不徳で陥ったこの事態を打破する為に動いてくれるのです、このぐらいせねば道理が通りませぬよ」

 

 

 スェラルリーネさんの行動にギグさんが驚愕の余り思わず叫ぶ勢いで問いかけ、そんなギグさんの剣幕にも彼女はたおやかに微笑んで……掌の上のシンボルマークを見詰めるボクの手に、その柔らかな手を重ねてくる。

 その手はボクよりも少しひんやりとしていたが、見た目以上に何かしらの労働を積み重ねてきたのか小さな傷があるのをボクの手に感触で伝えてきた。

 

 

「そのシンボルを見せれば、情報開示に躊躇する者も色々と教えてくれるでしょう。どうか、どうかお願い致します」

 

「……承りました」

 

 

 参ったなぁ、正直しんどいにもほどがある状況だけどもさ。

 こんな風に筋を通されて、懇願されたら断れないじゃないか。

 

 大体聞きたい事、確認事項も今の所はなくなったので場をギグさんと共に辞して、広間の外にて意見交換を行う。

 

 

「まさか神殿長が聖印まで預けるとはなぁ……よっぽど心を痛めてたのか」

 

「みたいですねぇ……ギグさん、街の歴史がまとめられた書庫を見たり。昔の事で詳しい人に話を聞く際のアテはありますか?」

 

「ん?ああ、書庫ならこっちだ案内するぜ。詳しい人物はなぁ……隠居してる爺様がこの街に住んでるから、後で案内するぜ」

 

 

 似たような背丈同士で神殿の中を進み、水気から少し離れた部屋まで案内されて扉を開いてみると。

 ぼんやりとした灯りに照らされた、書物を読むのに不自由しない程度の明るさに包まれている本棚が並ぶ部屋へと通された。

 

 

「歴史となるとこの辺りだな」

 

「ありがとうございます、少々拝見しますね」

 

 

 何冊かの分厚い、外装からして年季の入っている書物を重ねてもってきたギグさんにお礼を言い、部屋の中にある椅子に腰かけて書物を開く。

 感触から外装は皮張り、中のコレは……分厚くて頑丈な紙か。どうやら製紙技術もこの世界そこそこ発達してるらしい。

 そして問題の中身は、見た事もない文章なのに苦も無く読み取る事が出来た。恐らくぐう畜悪魔のおかげだろう、感謝するのは業腹だが今は有難い。

 

 

「……なぁ、コクヨウ嬢。そのままの姿勢でいいんだけどよぉ」

 

「? 何、ギグさん」

 

 

 街の興りから、どのようなトラブルが起きては解決していったのか。若干著者の主観も入り混じっている書籍を読み解きつつギグさんの言葉に返答する。

 

 

「今回の件、解決策ってあるのか……?」

 

「んー……幾つかはあるよ、今すぐ実行できそうな案もあるといえばあるね」

 

「本当か?!」

 

 

 ボクの言葉に机を勢いよく叩きながらギグさんが、そのずんぐりむっくりした体を乗り出す。

 思わず大きな声に耳をピコーンと立ててびっくりしながら、ボクは本から視線を上げてギグさんへ向きあうのだ。

 

 

「今日から三日間ほど、大地母神様の一派の人達と河川の守護女神の一派の人達の仕事を。強制的に停止すればいい」

 

「ば、バッカ野郎!お前そんな事したらエライ事になるぞ!?」

 

「うん、間違いなくなるし互いの仕事にも大きな爪痕を残すよ。だけども互いの仕事の重要性を再認識出来るから、小競り合いは表向きは減ると思う」

 

 

 ボクの言葉に目を見開き、凄い剣幕で怒鳴るギグさん。

 この街を愛しており自分の仕事に誇りを持っているからこその怒りだから、凄くよくわかる。

 だけども、今回の件は恐らく。恐らくだけども、長い間上手い事やれてきた事による相互理解の欠如が根底にあると思うんだ。

 

 

「だけどもコレは下策中の下策で最後の手段だよ、こんな事やったら信じて託してくれたスェラルリーネさんにも申し訳ないからね」

 

「……じゃあ、どうすんだよ」

 

「ソレを今から探すんだよ、草案はあるけどもまだ材料が足りないからね」

 

 

 ボクの言葉に、そうか。とだけ呟いて椅子に乱暴に座り直すギグさん、ちょっと悪い事したかなぁ。

 そんな風に若干気まずい思いを抱きつつ本を読み進める事しばし、2冊目の歴史書へ手を伸ばした時にギグさんが声をかけてくる。

 

 

「なぁコクヨウ嬢、結構手慣れた様子だが……この手の事は経験あるのか?」

 

「え?あ、うん。故郷にいる時にちょっと色々と揉め事仲裁したり、色々してたよ」

 

 

 コクヨウというキャラクタを使ったセッションで、幾度も仲裁したり人をやりくりしたりして解決したのは事実だから嘘は言ってないのだ。

 まぁともあれ、幸いにして情報を集める権限はもらえたしがっつり動くには更に材料を揃えないといけない。

 目指すは双方が納得できる落としどころと、諍いの着地点の設定に仲裁。目的がはっきりしてる分やりようはいくらでもあるからね。

 

 

 ここでしっかりとお仕事をこなせば、安全安心のお風呂付でご飯も美味しい場所を確保できるのだ。頑張らないとね!




ギグ「(この娘、世間知らずな割に妙に交渉事になれてやがるし情報の整理が上手い。やっぱ結構な上流階級の出で……間違いねぇな)」

そんな事をギグさんが思ったかどうかは不明。


『TIPS.獣人種の体格と地域の関連性』
一般的に、寒冷気候の出身の獣人種は男女問わず大柄に育ち耳は小さくなる傾向にある。
一方、温暖な気候の出身である獣人種は体格は小柄になり、耳は大きくなる。
その影響による感知能力の差は若干あるが、それでもヒューム(人間)よりかは段違いで優れている為、それほど彼らは気にしていないのが実情である。

また、全身の被毛についても出身地域の影響が色濃く出る事が特徴で、寒冷地帯の獣人達は全体的に毛深く、中には両親祖先の影響か全身毛むくじゃらとなるモノもいる。
だがそもそも獣人種は色々な区分をひっくるめて獣人と総称されているため、明確な区切りを行うことが不毛ではないかとの議論も根強い、被毛の話題だけに。


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05.フェイスの調査フェイズ!

少しずつ本格的にお仕事を始めるコクヨウちゃん。
ゲーム的にいうと、チュートリアルクエスト的な状態かもしれない。


 

 

 アレからも黙々と書籍を読み漁り、大体の歴史や事件の把握は出来たと思われます。

 また、この街が穀倉地帯として付近の地域一帯の食糧事情にも大きく貢献しており、農産物の売買が大事な産業として成り立ってるという面も読み取れました。

 大地母神様一派の人達が、生活インフラの管理維持に注力してる事を愚痴るような記述もあったから、うん……昔から微妙に燻ってたと言えば燻っていたっぽいね、コレ。

 

 そんな具合に思った以上に根深い事に思わずため息を吐いたところで、大きな鐘の音がボクの大きな耳に届いてきました。

 

 

「お、飯の時間だな。そっちも区切りがついたみたいだし行くぞ」

 

「あ、わかりました。そう言えば御飯の時間ってお昼前と夜の二回なんですか?」

 

「おう。神殿で保護されてるガキや病人には朝に軽食与える事もあるけどな」

 

 

 書物を元の場所へ戻して書庫から足を踏み出せば、窓から差し込む日差しは朝見た時より高い所から降り注いでる様子で、気になってた疑問をギグさんへぶつけてみればそんな回答。

 なるほどなー、なんて思いつつお腹も割と空いてきてた事に気付き、尻尾をパタパタ振りながら今日も御飯に期待を膨らませるのです。

 

 昨晩のご飯の様子からも間違いなく美味しいに決まってます、そりゃ鼻歌交じりのルンルン気分にもなるってものです。

 ごめんなさい嘘です、無自覚に鼻歌唄ってたらギグさんにはしたないぞ、なんて言われて初めて気が付いた有様です。恥ずかしい……!

 

 そんなこんなで昨晩のお食事を頂いた広い食堂へ足を踏み入れれば、既に皆さん集まって思い思いに食事を摂ってました。

 朝の職務で多忙な神官さんも多い為、夜みたいに全員揃って……ではなく思い思いに祈りを捧げてから食事している状態らしいです。ギグさん曰く。

 

 それなら、昨晩は配膳されていたのに今回はバイキング……と言うより給食みたいな感じで皆さんが器を持って並んでる光景にも納得がいきます。

 しかしこうやってみてみると、昨晩は気付かなかったけども河川の守護女神派の人達と大地母神派の人達で割と分かれてるのに気付いちゃうね、中には一緒に食事してるグループも見えるけど。

 

 

「ど、どうぞ!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 神官見習いと思しき男の子が、ボクが差し出した木の器を受け取ってシチューを注ぐと、頬を赤らめながら手渡してくれました。

 ちなみに今のボクの服装は、この世界に来た時の着物っぽい服装です。この格好楽なんですけど、その……胸元がちょっと開いてるんですよね。

 今の目の前の子の視線がボクの胸元にチラチラと注がれてるのを感じますが、気にしないのです。気にしないのです!

 

 余談ですが、神官の人達の法衣って割と宗派によってがっつり違うみたいです。

 ギグさんやヴァーヴルグさんに代表される大地母神派の人達は、羽織るタイプの頑丈な法衣の下に作業着めいた革服を着用していて……。

 アクセリアさんやスェラルリーネさんに代表される河川の守護女神派の人達は、ひらひらした着脱が容易そうな法衣を纏ってます。その下も薄着です。

 

 

「ギグさん、あそこに座ろうよ」

 

「ん?お、おう」

 

 

 シチューと思しき汁物に何かの肉のソテー、それに浅漬けっぽい何かの加工がされたお野菜が盛られた器を載せたトレーを両手で持ったまま、尻尾で空いてる席を示す。

 そこは丁度、双方の宗派が集まってる席の中間地点で。まるでこう何かの緩衝地点じみた場所でした、見てみるとその辺りに双方の宗派が入り混じって座ってるグループも集まってます。

 

 大地母神派のギグさんには申し訳ないけども、今も注目を集めまくってるボクが今後動くためにもその場所に座るのはある意味必須事項なのだ。

 どちらにも肩入れしない、そういう立ち位置を明確にするという意味でね……もう一個のプランではギグさんを伴って、河川の守護女神派の人が集まってる場所に座るという脳内プランもあったけどさ。

 さすがにそれは、色々と世話を焼いてくれてるギグさんに申し訳ないので無しにしたのです。

 

 

「ん、今日も美味しい……神殿の食事って誰が用意してるの?」

 

「ああ、浄化の職務が割り当てられてない。非番の河川の守護女神の一派の神官達だな、そいつらが見習いに指導しながら用意してくれてるぞ」

 

 

 更に病人や怪我人も診てくれてるな、なんて呟きながらギグさんは器に直接口を付け、ズゾゾゾと音を立ててシチューを啜ってる。

 周囲の様子から、割とギグさんの食べ方はマナー違反らしい。遠目にチラと見えたヴァーヴルグさんの目付きが鋭くなったの、見逃さなかったぞ。

 いやまぁ、美味しくて尻尾を振ってるボクが行儀良いかって言われたら甚だ疑問なんだけどね、だってしょうがないじゃない。敏感になってる感覚が全力で美味だって伝えてくるんだもん。

 

 若干持ち手が歪んでる、しかし綺麗に磨かれた鉄製の先割れスプーンでシチューの中に浸かっていた芋っぽいモノを掬い、口に運んでみればホロホロと口の中で蕩けていく。

 色んな旨味が凝縮されたシチューの汁を芳醇に含んだそれは、ボクの体に喜びの味覚を齎して……いや待てさすがにおかしいぞ。間違いなく美味しいんだけどここまで、なんでボクの体悦んでるの。

 

 この体、というかキャラクタは近未来サイバーパンクな世界で変異した結果耳尻尾が生えて、なんやかんやあって交渉人としての道を歩き始めたってキャラだった……ん?

 そういえばあの世界って食事事情が、よっぽどの大富豪じゃない限り合成食品オンリーだったような……あー、なるほどなるほど。この体の味覚もソレ基準になってるんだ。

 そりゃ、天然100%素材なシチューで大悦びですわ、お口の中悦んじゃうのぉぉぉぉ。とかはしないけど、味覚がアヘ顔Wピースになるのも納得です。

 

 

「……昨日も思ったが、美味しそうに食うなぁコクヨウ嬢は」

 

「だって美味しいからね!」

 

 

 がっつかないように自制しつつ、しかし尻尾は最早自重を忘れてブンブン振りながらも御飯を堪能するボクなのである、あぁこのソテーも美味しいのぉぉぉ。

 使い込まれてるっぽいテーブルナイフを手に取って刃を入れれば、簡単に切り分けられるソテーは幸せの味でした。

 多分仄かに感じる甘みはこれメリジェのソースか何か使ってる、それで下味つけて焼き上げてるからかお肉もジューシーで幸せぇぇぇ。

 

 

「コクヨウ嬢、コクヨウ嬢。さすがに顔がだらしないぞ」

 

「はっ!」

 

 

 耳もぺたんと倒して幸せを噛み締めてたら届いたギグさんの言葉に、思わず周囲を見回してみれば。

 微笑ましそうな、一心不乱にモグモグする小動物を見るかのような目でボクへ視線を向けてた神官の人達が、一斉に顔を背けた。ぬわぁぁぁ恥ずかしぃぃぃぃ!?

 

 と、ともあれ完食なのです。割と量あった気がするけど綺麗に平らげました。

 食事中は多幸感全開だったけども、満腹になってくると今の食事だけでも色々と見えてくる。

 

 朝読んだ書籍からでも色々と、味と収穫量を上げる努力がこの街でされてきたのは読み解けていたんだけどもさ。

 知識として持ってる前世の中世のお野菜はもっとえぐみがあったらしいし、芋も芋臭さ的なものが強かったそうだけども……思考が違和感を感じる事なく美味しく平らげる事が出来た。

 コレがどう言う事かというと、この世界……もしかするとこの地だけかもしれないけども、それでもこの地の品種改良は前世における中世の遥か先をいく品種改良がされているんだ。

 

 ソレに合わせて、感覚が鋭敏なのに合成食品に慣れてたっぽい貧乏舌へのこの衝撃。そりゃぁみっともない姿を晒してもしょうがないよね、はい論破ぁ!

 

 

「なぁコクヨウ嬢、お前さん故郷でどんなもの食ってたんだ?」

 

「え? えーっと……お豆を粉状にしたのを固めて、色んな味をつけたモノとか食べてたよ。色んな味付けされてたんだー」

 

「そうか、そうか……たんと食えよ」

 

 

 ギグさんの問いかけに、この体が送って来たであろう食生活を話してみれば、不思議な事にギグさんは手で目頭を覆いそんな言葉をかけてきました。

 もうお腹一杯だと言えば心配そうにされたけど、ボクの二倍ぐらいありそうな大きな器でシチュー平らげたギグさんから見たら小食なだけだと思います。

 

 

「この後ギグさんのお爺さんかヴァーヴルグさんに話を聞きたいんだけど、どっちの方が今の時間都合が良いかな?」

 

「あ、ああ、そうだな……爺様は夕方まで鍛冶場の監督やってるから、今の時間ならヴァーヴルグ殿の方が良いだろうよ」

 

 

 使い終わった食器を返しつつギグさんに確認を取り、この後の行動スケジュールを立てていく。

 しかしなんだろう、気のせいか神官さん達の目線が凄い優しかった気がするんだけど、なんでだろうね?

 

 

 

 

 

「おお、コクヨウ殿に神官ギグではないですか。どうされました?」

 

「ご多忙な所申し訳ありませんヴァーヴルグ様、少しお尋ねしたい事がありまして……」

 

「ええ構いませんよ、急ぎの仕事は朝の内に終わらせてありますからね」

 

 

 そんなこんなでやってきたのは、ヴァーヴルグさんのお部屋。

 色々な資料と思しき紙束や書籍が綺麗に整理整頓されており、掃除も行き届いている様子から彼の几帳面さと真面目さが垣間見えます。

 

 

「実は神殿長から、双方の諍いについての対策を取る事を神託からの試練で授かりまして、その関係で大地母神様の一派の方達のお仕事を聞きたいのです」

 

「なるほど……神殿長には普段からご心労をかけておりますからな、申し訳なくは思っておるのですが……ええ、構いませんよ」

 

 

 ボクが真正面から切り込んだ様子に、隣で控えてるギグさんが声に出すことなく驚いてる様子を感じます。

 昨日の言い争いの様子にこのお部屋の状況、それらからの推測ですがこの手の人は変に隠し立てするより真正面から当たったほうが良さそうだと思ったのです。失敗したらその時はその時です。

 しかし、ヴァーヴルグさんもまた諍いが神殿長を悩ませてると言う事には気付いてはいた様子、それでも止められない事に問題の根深さを感じます。

 

 

「まず我々、大地母神様を信奉する者達は夜明けと共に。武力に長けた者達を中心に編成した部隊で農地を見回っております」

 

「害獣等を駆除してるとはお聞きしましたが、今のお言葉から察するに不届き者への牽制も兼ねた警備も兼ねてでしょうか?」

 

「ええ、その通りです。貧しさや際限のない欲から賊へと身を堕とした者達に対する備えでもあります」

 

 

 自警団兼猟友会と言った感じみたいです。

 更に、夜の内に何か問題がなかったかの相談事にも乗ったりしてるとか……コレ、使命に燃えた人達じゃないと辛くない?

 

 

「それだけでもかなりのご負担かと思うのですが……領主から派遣されてる衛兵さん達での対処は難しいのですか?」

 

「勿論彼らにも協力は頂いておりますよ、ただ。彼らは決して数が多いとは言えない上に街の方の秩序を守ってくれておりますから、我々が出来る事は我々がしないといけません」

 

 

 ボクの問いかけに、若干言い淀みつつも応えてくれるヴァーヴルグさん。

 彼の言葉に嘘はなさそうだけども、同時に指揮系統の違いからの混乱も嫌ってるように見えます。

 

 そう言えば、歴史書の中に派遣された衛兵が守る代わりに不当に利益を農夫達から巻き上げていた事が処罰された記述があったような……。

 ……あ、コレ。言葉には出さないけども、そっちへの不信感もあるんだ。

 

 

「なるほど……疲弊した農地への祈りを捧げるのは、巡回神官さん達とは別の部隊ですか?」

 

「はい、勿論巡回部隊で余力があるものが居た時は彼らも行っておりますが、熱意のある見習い達にも手伝ってもらって何とか回しております」

 

 

 もうこの時点で、割と大地母神派の人達がいっぱいいっぱいなのが見て取れるのですが……。

 見習い神官は書籍からの情報と神殿内での様子から、言ってみれば軍隊で言う訓練兵なわけだから。

 訓練も兼ねているとはいえ、それらを全力で回さないと職務が回らないという現実が見えてきます。

 

 

「人手を増やしても解決するという問題ではない、何故なら相応に訓練を積まないといけないから……ですね?」

 

「仰る通りです、神の奇跡を行使できる人員にも限りがありますからな。無論我々の中で手が空いてる者を動員し、農地や牧場の汚水を処理できる水路の工事は行っておるのですけどもね」

 

 

 警備兵+農地回復+土木工事、うーん並べるだけで地獄が垣間見えるこの状況。

 ともあれ、聞きたい事は大体……いや、聞かないといけない事があったや。

 

 

「最後の質問なのですが、河川の守護女神の一派の方達への正直なお気持ちをお聞かせください」

 

「ソレは……いえ、神殿長の聖印の下に告解しましょう。我々はこの街の食と安全、そして産業に貢献しているという自負があります。故にこそ彼らには街の中の職務だけではなく、こちらにも理解を示してくれれば……などとは思ってしまいますな」

 

 

 私もまだまだ修行が足りないようです、などと少し薄い頭をかきながら苦笑いを浮かべるヴァーヴルグさん。

 彼もまた彼なりに職務に誇りをもっており、だからこその姿勢となっているのだと思います。

 ましてこの人は大地母神の一派のまとめ役とも言えるポジション、下からも色々と言われているのかもしれません。

 

 

「そうですか……率直なお言葉、ありがとうございます。それでは」

 

「いえいえ、また何かあれば気軽に。そうだコクヨウ殿、こちらをどうぞ」

 

 

 一礼をし、退室しようとするボクへ声をかけてくるヴァーヴルグさん。

 なんぞ、と思い振り返ってみればリボンで口が縛られた布袋が差し出されました。

 

 

「色々とご苦労されておったようですな、簡単な焼き菓子ですが宜しければご賞味下さい」

 

 

 受け取った感触から袋の中身はクッキー的なお菓子のようです。

 ボクにコレを渡してくれたヴァーヴルグさんの顔には善意しかなく、一体彼の中でボクはどんな存在になってるのか疑問なのですが満面の笑みでお礼を言うのです。

 

 

 後でコレをお茶請けにして休憩しよっと!

 




ヴァーヴルグ「(……昨晩の夕食の様子から、彼女の食生活は酷いモノだったのだろうな)」
ヴァーヴルグ「(そうだ、農夫の親方殿の奥方が焼いた焼き菓子があったな。私も少し摘まんだが実に美味だった、彼女に与えてあげよう)」
ヴァーヴルグ「……子供が食に事欠き泣くなどという光景は、もう二度と見たくないからな」


『TIPS.ヴァーヴルグ』
セントへレア神殿の大地母神派まとめ役の大柄な壮年男性。種族はヒューム(人間)
立場としては神の奇跡を行使する神官達の上役であり、大神官と呼ばれる事もある。
幼き頃はこの地方とは異なる村に貧農の子として産まれ、食料が足りず飢え死にする知り合いや弟妹を何度も見送ってきた。
その原風景から餓えて苦しむ者を一人でも減らしたいという強い使命感を持っており、その一心で己の心身を鍛え上げた男。
農地を荒らす者には悪鬼羅刹のごとき態度を見せるが、改心し大地を耕すようになったものには聖人のごとき態度を見せる人物でもある。
闘いのスタイルは、己の肉体に神の奇跡による強化を施した拳闘がメインで、時には己よりも遥かに大きい魔物の顔面を、飛び膝蹴りで爆砕した逸話を持っている。

なお伴侶は居らず、その身は清らかである。


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06.お水の仕事(いかがわしい意味ではない)

引き続きのコクヨウちゃんの情報収集フェイズ!
果たして彼女が得られる情報とは、いかに。


 

 

 ヴァーヴルグさんからの聞き取り調査を終えて退室したものの、ギグさんのお爺さんが都合の良い時間にはまだほど遠いそんな時間。

 折角なのでさっき頂いたおやつを、穏やかに流れる河が見える中庭のような場所で頂く事にするのだ。

 

 

「干しメリジェの実入りクッキーみてーだな」

 

「凄い美味しそうだ、頂きまーす! うん、美味しい」

 

 

 ちょっと硬めに焼かれてるクッキーは形は少し不揃いだけども、そんな事気にならないぐらいカリカリで美味しいのです。

 小麦の素朴な甘みと、干した事で酸味が生まれてるメリジェの実がアクセントが素晴らしくマッチしていて、いくらでも食べられそうです。

 

 

「……コクヨウ嬢、おめーまるでリスみてーだな」

 

「むい?」

 

 

 無心で両手でクッキーを持ち、サクサクポリポリ齧ってたらそんな事をギグさんから言われてしまった。解せぬ。

 そういうギグさんも、クッキーを一枚口に放り込んでポリポリしてるのです。こうなるとお茶が欲しくなるなぁ。

 

 そんな事考えてたら、後ろの方から足音が聞こえたのでクッキーを咥えたまま振り向いてみたところ。

 

 

「焼き菓子だけだと喉が渇いちゃうわよぉ? それに、お行儀が悪いわよぉコクヨウちゃん」

 

 

 振り向いた先には左手に一つ、右手で二つのコップを持ったアクセリアさんがクスクスと微笑みながら立っていました。

 お風呂上りなのか、昨晩ボクも使わせてもらった石鹸の仄かに甘い香りを漂わせ、髪の毛は少し湿り気を帯びてる感じです。

 ともあれ、ボクは口に咥えてたクッキーをポリポリと口の中へ運び幸せを感じながら咀嚼して飲み込むと、アクセリアさんが差し出してくれたコップをギグさんと共に受け取るのだ。

 

 

「ありがとうございます、アクセリアさん」

 

「あの石頭からぁ、コクヨウちゃん達におやつをあげたって聞いたからねぇ。ここにいるかなって思ったのよぉ」

 

 

 ここはギグさんもお気に入りの場所だしねぇ?なんて言いながらクスクスと優しく微笑むアクセリアさんです。

 石頭って昨日の言い争いの様子からヴァーヴルグさんの事だろうなぁ、でも言葉の割にそんな嫌悪感を感じない不思議。

 そんなボクの内心を知ってか知らずか、アクセリアさんは笑顔のままおひとつ頂くわねぇ。との言葉と共に袋からクッキーを一枚摘まむと、上品な所作で口へ運んでます。

 

 

「石頭がねぇ、わざわざお風呂上りの私に教えに来たのよぉ。コクヨウちゃんが、私達の諍いを止める為に情報を集めてるってねぇ」

 

「……ヴァーヴルグ殿が?」

 

「ええ、あの石頭がねぇ? ウフフ、アレはアレで真面目過ぎると思うけどねぇ」

 

 

 ギグさんも信じられないのか茫然と問いかければ、アクセリアさんはウィンクをしながら手に持ったコップへ口を付ける。

 んーーー、なんだろうこのアクセリアさんの様子。ヴァーヴルグさんへの態度に何とも言えない感情を感じる、いやぁ言葉にするのは簡単なんだよ。矛盾してるけど。

 この街に入る前にジョンさんに対してギグさんがボヤいてた時に近い、けどもそこに母性と言うかお姉さん的な感覚を混ぜたような……でも、お二人の見た目的に明らかにおかしいんだよなぁ。

 

 

「この街に来たばかりの頃は初々しい青年だったというのにぃ、時の流れは河の流れと同様止めようがないしぃ……残酷なものよねぇ」

 

「そういえば、アクセリア殿はこの神殿が出来た頃からの……」

 

「ギグさぁん? 乙女の齢に繋がる情報の漏洩はぁ、ご法度よぉ?」

 

 

 コップから口を話し、しみじみと感慨深そうに呟くアクセリアさんの言葉に。ギグさんが思わずと言った調子で口をはさんだ次の瞬間。

 目も顔も、美しいとすら感じるほどに微笑んでいるのに空間が軋むような圧力を感じた。

 ギグさんも己が大失言やらかしたと悟ったのか、顔面蒼白になり慌てて謝罪した事でその圧力は雲散霧消したけど……。

 

 ……あれ?ヴァーヴルグさん、見た目的に40かそのぐらいの見た目してたよね。

 そんな人が青年だった頃、少なく見積もっても20年かそこらは経ってるはず。そうなると……。

 

 そこまで考えたところで、アクセリアさんの笑顔がこちらを向いた。

 ゴメンナサイ、ボクガワルカッタデス。

 

 

「まったくもぉ、失礼しちゃうわねぇ」

 

 

 コップを持ってない方の手で、淡い水色の髪の後ろ髪を掻き上げるアクセリアさん。

 なんだかこう、プロポーションと体の線が浮き出るような法衣のせいで凄く煽情的に見える仕草だけども……。

 前の僕なら喜んだかもしれないば今のボクには絵になる人だなー、という感想しか出ない悲しみ。

 

 

「え、えっとアクセリアさん。こんなところで何ですけども、河川の守護女神の一派の方のお仕事について色々お聞きしてもよろしいですか?」

 

「ええ、構わないわぁ。その為に来たのだものぉ」

 

 

 コップの中身を一口飲み込み……あ、これメリジェの搾り汁と何かを混ぜた飲み物だ、爽やかな甘さが舌と喉を通り過ぎて行って美味しい。

 ……じゃない!そんなボクの様子にアクセリアさんは微笑ましそうな視線を向けてくるけど、気を取り直して質問を始めるのだ。

 

 

「河川の守護女神の一派の方のお仕事は生活用水の整備とは聞いていたのですけども、お料理を作られてた神官の方々も街に出られてる様子からして……他にもお仕事があるんですよね?」

 

「ええ、そうよぉ。家族の手を借りないと治療を受けられない方へ治療を施しに行ったりぃ、新たな家族を築いた方達への祝福やぁ……生を終えられた方の弔いをしているわぁ」

 

 

 なるほど、河川の守護女神派の人達はシフト制で生活用水の浄化をしたり、お医者さん的立ち位置を兼ねつつ冠婚葬祭を取り仕切っていると……。

 街と言う存在を一つの境界線とするなら大地母神派の人達は外向きの活動を担当し、河川の守護女神派の人達は内向きの活動を担当しているわけだね。

 

 

「かなり忙しそうですね……」

 

「ええ、私が忙しいだけならまだ良いのだけどもぉ。若い子達も苦労するとなるとちょっとねぇ、街の皆さんから聞いた困り事を酒場に斡旋したりもしないといけないのよぉ」

 

 

 頬に手を当て、間延びした口調ながらに苦労を滲ませるアクセリアさん。

 今の話を聞く限りでも、双方のキャパシティが限界ぎりぎりか超え始めてる様子が垣間見えるのだけども、気になった事があるので確認させてもらうのだ。

 

 

「酒場への斡旋、ですか?」

 

「ええ、疎遠になった遠方の家族に手紙を送りたいとかぁ。貴重な素材が欲しいというお話を受けたらぁ、冒険者の方が集まる酒場にお話を持っていってるのよぉ」

 

 

 お、おう。今ボクの中で河川の守護女神派の人達のキャパシティがレッドゾーン振り切れたのを感じたぞ。

 そういう意味では、農地の事ぐらいは何とか大地母神派の人達で対応してもらわないと、もう手が回らないというのも納得するしかない、コレ……。

 

 

「……コレは答え辛かったら答えて頂かなくてもよい話なんですけど」

 

「だめよコクヨウちゃん、貴方は神殿長の代理人なのよ? その聖印を預けられたからには、解決の糸口になる事は全て集めるぐらいの気持ちで臨みなさい?」

 

 

 迷いながらも口を開いたボクの言葉に、先ほどまでの間延びした口調とは打って変わってピシャリとした口調と厳しい表情でボクを叱るアクセリアさん。

 ハっと目を見開くボクの様子に、アクセリアさんは先ほどまでの穏やかな笑顔を浮かべる。

 

 

「失礼しました。かつてこの街であった、二つの宗派の諍いの切っ掛けと結末を教えて頂けますか?」

 

「……アレはねぇ、始まりは農地の汚水が河の本流に大量に流れ込んだのがぁ、切っ掛けだったのよぉ」

 

 

 ボクの視線を真正面から受け止めたアクセリアさんは、ゆっくりと口を開き始める。

 気が付けば今この場にはボクとギグさん、そしてアクセリアさんしかいない。もしかすると彼女が足を踏み入れたタイミングで人払いがされたのかもしれないね。

 

 

「あの時は隣国であった戦争が終わった時期でねぇ?たくさんの人がこの街にやってきてぇ……皆とても、とても頑張ったのだけどもぉ。手が後一歩足りなかったのぉ」

 

「そこからはもうねぇ?濁流に小舟が飲み込まれるようにあっという間だったわぁ、疑心が疑心を呼んでぇ。神殿の中ですらも怪我人が出ちゃうほどだったわぁ」

 

「流れた水はもう戻らないのにねぇ? 今でも後悔が離れないわぁ、争いを恐れずに意見をぶつけてぇ。皆で立ち向かえばもっと良い未来を迎えられたんじゃないか、なんてねぇ」

 

 

 かつての光景をまるで昨日あった事のように、悔恨に満ちた声でアクセリアさんは語る。

 ああ、だからアクセリアさんは真正面からヴァーヴルグさんに言葉をぶつけていたんだ。昔の過ちをもう二度と繰り返さない為に。

 

 

「……辛いのに、答えてありがとうございます」

 

「気にしないでぇ、ねぇ。コクヨウちゃん?」

 

 

 椅子から立ち上がり、お礼と共に深く頭を下げるボクの頭にアクセリアさんの手が優しく置かれ……慈しむようにボクの頭を撫でてくる。

 

 

「ずぅっと続いてる問題なのぉ、コクヨウちゃんだけが重荷を背負わなくてもぉ。まだきっと大丈夫よぉ、その為にも石頭にしっかりと言い聞かせてるのだからぁ」

 

 

 どこか諦観を感じる、それでも必死に何とか頑張ろうとしている人が優しく語り掛けてくれる。

 アクセリアさんも本当は誰かに頼りたいし縋りたい筈だ、だからこそボクが言い淀んだ時に厳しく叱ってくれたのだから。

 その後、アクセリアさんは次の職務があるとの事で中庭から出ていき、ボクとギグさんだけが残された。

 

 

「……この街のタブーとも言える話題だったからな、俺も詳しくは聞いていなかったが。まさかこんな話だったとはな」

 

 

 重い溜息を吐きながら、ガシガシと頭を掻きむしるギグさん。

 もっと真正面からこの問題に俺も向き合うべきだった、と悔悟の念を滲ませる彼の呟きを聞きながらボクは口を開く。

 

 

「うん、そうだね。でも……」

 

 ……うん、突破口は見えてきた。

 ボク一人だけが言い出しても多分誰も耳を傾けないかもしれないけども、神殿長のスェラルリーネさんにヴァーヴルグさん、それにアクセリアさんもボクを後押ししてくれている。

 

 

「どうするコクヨウ嬢。うちの爺様に聞きたかったであろう話も、アクセリア殿から聞けちまったが」

 

「そうだね、だからさ。この問題を解決するための手段の最後の欠片を、探しに行こうよ」

 

 

 どこにだ?と夕焼けに照らされるギグさんの様子に、ボクは笑みを浮かべて応えるのだ。

 ギグさんのお爺さんのところに、とね。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、色々とあったけどもすっ飛ばして二日目の夜の入浴タイムです。

 ギグさんのお爺さん……この街の職人達のまとめ役でもあったドグさんは中々に偏屈な頑固者だったけど、真正面からぶち当たって話し合った結果最高の成果を出す事が出来ました。

 その結果時間がかなりかかり、晩御飯の時間ギリギリの帰着になったけども、しょうがないよね。うん。

 

 

「はふー……疲れがお湯に溶けていくぅ……」

 

 

 搾りかす状態なメリジェの実が浮かべられた湯船につかり、お風呂の中で体を伸ばしてみれば湯船に浮いていた大きなお胸の二つがふるんと揺れ、ぱちゃんと水音を立てる。

 昨日は気付かなかったけど、お風呂のこの良い匂いってメリジェの実の匂いだったんだなぁ。食料におやつに生活必需品にと、出来過ぎと言えるぐらい便利な作物だよねぇ。

 

 

「ああ、だからこその。大地母神様の授け物、か」

 

 

 そりゃ聖印にも採用されるよねー、などと取り留めのない思考が頭を通り過ぎていく。

 ともあれ、お湯に浸かり過ぎてものぼせちゃうので程よい所で湯船から上がり、洗い場にある椅子に座って石鹸で体を洗い始めるのだ。

 普段はふわふわふかふかな尻尾も今は水分を含んでしんなりしてるし若干重いけど、気にしないのだ。 何だかこうずぶ濡れになったふかふかだったワンコみたいな哀愁漂ってるけど。

 

 

「ふん、ふんふふん♪」

 

 

 石鹸で体を洗い、時折敏感な肌や……指先が胸の先端を洗った際に走る刺激に声が上ずりそうになるが、その内慣れるその内慣れると己に言い聞かせて綺麗にしていく。

 今現時点で考えられる事は一通り準備したとは言い難いから、明日もいろんなところへの働きかけは必要だし万事うまくいく保証も正直ない。

 大事な場所も、時折体をはねさせながら洗い終え尻尾を洗いながら……色々と考えが頭を通り過ぎていく。

 

 だがそれでも、やらねばならぬのだ。

 ここにきてまだ二日目だけども、良くしてくれてる人達にボクはもう結構感情移入しているし、故にあの人たちが悲しむのは見たくない。

 

 ならば、ボクはボクに出来る手を尽くして……全力でぶち当たっていくしかないのだ。

 

 

 とりあえず、その為にも心と体をしっかりリフレッシュして明日に挑もう。そうしよう。

 




悪魔さん「ギグ君のお爺様との会談がすっ飛ばされている?」
悪魔さん「それはそうとも、私の方で少しばかり細工させてもらったのだよ」
悪魔さん「劇的な切り札は……クライマックスに出すからこそ美しい。そうは思わないかね?」

次回、クライマックスフェイズに突入します。

『TIPS.アクセリア』
セントへレア神殿の河川の守護女神派まとめ役の、見た目は妙齢の美女。
種族については本人はマーフォーク(人魚種)と申告しているが……。
記録と照合した際に種族的な寿命と食い違いがある為一部では疑問視されている、なお調査した人間は数日間うわごとのように彼女の美しさを称えるだけの存在になってしまうらしい。
本人は荒事を避ける傾向が強い為その戦闘能力は不明だが、浄化を含め治癒等の奇跡を行使する技術は一級品とされている。
また、汚水の処理を行う際に若い神官達が悪臭に悩まされ忌避されない為に、今や神殿のみならず街でも広く使われている石鹸等の衛生用品を作り上げた才女でもある。

彼女がヴァーヴルグを見る目線は、聞き分けのない弟分を見るようなモノであり。
時折、どこか手の届かない懐かしい思い出を噛み締めるようなモノである。


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07.足りないならば、他から持ってこよう

交渉特化、魅力特化が火を噴くかもしれない7話。お待たせしました。
果たしてコクヨウが用意したプランや、いかに。

それと、今現在(2019年11月6日23時時点)……。
作者のツィッターにて、見たいコクヨウちゃんのサービスシーンのアンケートを行っております。
宜しければ、投票してみてくださいませ。



 

 今回の二つの宗派の諍いの原因、そしてかつて街であった諍いの原因。

 原因こそ違えども、乱暴に括ってしまえば両方とも神殿に属する人達のリソース不足が全ての発端と言える。

 ならば、どうすればソレを解消できるのか……。

 

 

「皆さん、今日は貴重なお時間を割いて頂き誠にありがとうございます」

 

 

 試練を神殿長より受けてから七日間、この世界にボクが降りたってから八日間が過ぎた日である今日。

 神殿の広間で、神殿長ことスェラルリーネさんを筆頭に、ヴァーヴルグさんとアクセリアさん、それに大きい紙のロールを抱えたギグさんにギグさんのお爺さんであるドグさんの前でボクは深く頭を下げる。

 

 ちなみに諸事情あり、今日のボクはいつもの着物っぽい服ではなく……。

 河川の守護女神様派の人達が纏う体にフィットする衣を纏い、その上から大地母神様派の人が纏っている上着状の法衣を羽織っている。

 意図せずして双方の中間地点に居る事を主張しているような恰好になったけども、まぁ問題はないのだ。

 

 

「諍いを止める案が用意できたそうですね」

 

「はい、勿論コレが決定案に出来るとはボクも思ってはおりませんけども。それでもそれなり以上の形には出来たと思っております」

 

「頼りに、させて頂きますよ」

 

 

 ボクの言葉にスェラルリーネさんはふわりと微笑む。

 ここ数日間の間に、法衣を借りて纏い出した事について何かを察していたスェラルリーネさんだけども、今はまだ詳しくは聞こうとしていないみたいです。ヴァーヴルグさん達も含めて、ね。

 

 

「まず、双方の諍いの根本原因は互いの職務に対する意識の食い違いだとボクは判断しました。そしてそうなっている原因は双方が多忙な事で、同じ神殿の中に居るのに溝が生まれていたんです」

 

「失礼、コクヨウ殿。それは両方とも同じ意味ではないのですかな?」

 

「いえ、コレは全く別の問題です。だからこそ別々に解決していかないと……絶対にどこかで破綻します、そうですよね? アクセリアさんにドグさん」

 

 

 ボクの言葉に同意を示しつつも、自身の中でしっくり来ないのかヴァーヴルグさんが首を傾げながらボクへ問いかける。

 コレを最初にギグさんに話した時も同じ反応をしていたけど、これは決して一緒くたにしちゃいけないんだ。

 

 大地母神様派の人達は、街の中にばかり目を向けている河川の守護女神派の人達が楽をしていると思っている。

 そして河川の守護女神派の人達は、街の外の事ばかりにかまけている大地母神派の人達の配慮が欠けていると思っている。

 まず、この間の意識のギャップを少しでも埋めないとこの問題はまた絶対、どこかで遅効性の毒がごとく双方の心を澱ませていってしまう。

 

 

「ええ、そうねぇ……私はかつてもぉ、そして今もぉ互いが出来る事を何とかすれば解決できるってぇ、思っていたわぁ」

 

「……そうさな、昔は結果的にわだかまりが解けて溝が埋まったが。結局今もまた同じような事になり始めてやがるワケだしな」

 

 

 ボクの問いかけにアクセリアさんは頬に手を当てて嘆息しながら同意を示し、ドグさんもまた同意を示してくれた。

 かつての諍いで出た唯一の死者、その人のおかげで当時は皆が目を覚まし今日に至るまで何とか職務を回してこれた。

 だけれども、根本的な負担も多忙さも変わっていないから、互いの職務が見事なまでに別々な事も関係して溝がまた生まれ……深くなっていってしまっている、それが現状だ。

 

 わだかまりをまずは解さないといけない、だけれどもそうする為には互いの心に余裕を取り戻すべく職務の改善をしなければならない。

 今まで神官の人達と努力と根性、有り体に言ってマンパワーでゴリ押しをしてきた結果が今日の結果なんだと思う。

 

 

「なるほど……確かにコクヨウさんの仰る通りです、なればどのようにすれば良いのかもまた。考えておられるんですね?」

 

「はい、短期的なプランと長期的なプランの併用が最適だと判断しました。ギグさん、お願いします」

 

「おうよ」

 

 

 スェラルリーネさんが深く頷くと、ボクへ試すような……頼るような視線を向けてきたので、打ち合わせ通りギグさんに抱えていた大きな紙のロールを広げ上端を持っていてもらう。

 ドグさんが孫息子の様子に若干複雑そうな視線を向けている、ごめんねギグさん。何だか助手のような真似をしてもらって……!

 

 

「まず、奇跡の行使が不得手な双方の宗派の人達を集めて、商人の人達への対応や神殿の運営を中心に行う部署を立ち上げます」

 

「なるほどぉ、最初はギクシャクすれども一緒に集まって仕事をすればぁ。連帯感はそれなりに産まれるものねぇ」

 

「はい、勿論初めての試みになるので別の問題の呼び水になる事も懸念されますが、奇跡の行使を得意とする人達が抱える職務が少しでも軽くなれば……」

 

「ええ、少なくとも私達の浄化や治療もかなり楽になるわぁ。だけどぉ、大地母神派の人達はどうかしらぁ?」

 

 

 ギグさんが広げた紙のプランを記述した個所を指差して説明するボクに、アクセリアさんの質問がぶつけられる。

 ソレに対して淀みなく回答すれば、若干含みを持たせた事をアクセリアさんは言うと共に、ヴァーヴルグさんの方へチラリと視線を向けた。

 向けられたヴァーヴルグさんはと言えば、まさに質問をしようとした矢先に言おうとしたことを先に言われたのか、むぅと唸り口を真一文字に結ぶ。

 

 

「見回りや農夫の人への直接的な聞き取りを行う人は確かに、商人の人への対応を優先的にやる人が出来ても……率直に言えば人が減る形になるので負担は増えると思います」

 

「そうでしょうな……全体が上手く回るのならそれもやむなしと言えますが、若い信徒には少々酷と言えましょう」

 

「はい、なので。冒険者の人達に恒常的な依頼を各酒場へ出して見回りや対応が楽な害獣への対応を彼らにしてもらい、今まで害獣駆除に当たっていた人達を緊急時に動かす為の予備戦力として編成します」

 

 

 ギグさんが掲げて広げたままの紙の一部を指差し、ヴァーヴルグさんへ説明を行う。

 農地や放牧地の範囲は広大で、それを見回りするだけでも結構な労力を大地母神派の人達は強いられている、ならばそこを職務から外してしまう事で余力を作ろうというのがこの案の目的だ。

 

 

「しかし、冒険者の方達を蔑む意図はないのですが。果たして彼らに見回りや農夫の方々への応対に親身になって行動できるものでしょうか?」

 

「その疑問はヴァーヴルグさんの仰る通りだと思います、なので彼らには農夫の人達が困っている事を聞き取ってもらいその内容を新たに作る部署へ報告……最悪、どこの農地で問題が起きているかだけでも聞き取りさせるつもりです」

 

「ふむ、なるほど……とても魅力的ではあります。ですが我々……いえ、神殿にそれだけの依頼を出して報酬を払う余裕があるとは言えませぬ。我々は農夫の方が奉納して下さる作物や、寄付金で生活をしておる身ですから」

 

 

 ヴァーヴルグさんは渋い顔をしつつも同意を示し、しかし現実的な支出の話に踏み込んでくる。

 正直、これだけの職務を日々こなしてるんだからもっと寄付金とか集めても許されるんじゃないかなぁ、なんて思わないでもないけど……さすがにそこまではボクが口にしてよい話でもない。

 だがしかし、コレについては既に次善策を用意してあるのだ。

 

 

「その辺りについても……ドグさん、お願い致します」

 

「ほいさ。まず、今まで俺達職人組合は言うに及ばず、この街で商い全般を取り仕切ってる商人組合の銭ゲバ連中も冒険者の連中へ支払う報酬について金額を負担する用意がある」

 

「……宜しいのですか? 職人組合の重役でもある貴方への非難も少なくなかったでしょうに」

 

 

 ボクの言葉に、静かに話し合いを静観していたドグさんが一歩踏み出し。懐から今回の案件についての職人組合と商人組合で連名の署名が為された羊皮紙を取り出して告げる。

 その発言の重みを理解したのかヴァーヴルグさんとアクセリアさんは目を見開いて驚愕し、スェラルリーネさんもまた驚きを隠すことなくドグさんへ問いかける。

 

 

「まぁ無かったとは言わねぇよ。けどこの街の中心は良くも悪くもこの神殿だ、そこがまたぶっ壊れそうだってのに何もしねぇってのは筋が通らねぇし、職人連中は皆納得してるよ」

 

 

 この街全体の問題でもあるしな、などと言いながら豪快にガハハとドグさんは笑い飛ばす。

 

 

「ソレにこの街の作物は他の街や地方には結構な値段で売れてるそうだぜ? 俺も付き添ったけどよぉ、商人の連中がこんなちまこい嬢ちゃんに真正面から口で負かされたのを見た時ゃ胸がスッとしたわ!」

 

 

 その時のことを思いだしたのか、広間中に響くような大声でドグさんは笑い始める。

 いや、あのね。違うんだよ。この街の商人組合の人達ってね、確かに大地母神派の人達の努力で農夫の人達から買い叩いたりはしてなかったんだよ、本当だよ?

 だけどね、そこにブランドイメージを見事なまでに乗せてね。領主さんに収める税金を差っ引いても結構な儲けを叩き出してたの、だからそこから少しは今後も素敵に儲ける為に利益を守る為に投資しない?って持ち掛けただけなんだよ?

 

 何度もね、ドグさんにはソレを説明したんだけどもこの人根っからの頑固職人親父だから、いけ好かない商人連中からボクが銭を引き出したっていう風にしか理解してくれないの。不思議だね!

 

 

「……なるほど」

 

「ソレにこの嬢ちゃんは大事な一張羅を担保にまでしたんだ、そこまでされたら応えてやらにゃ男が廃るわい」

 

「えぇ?! コクヨウちゃん、ソレほんとぉ?!」

 

 

 そして、隠そうと思ってたワケじゃないけど相手に気遣わせるのは何となく嫌だったから言わなかった事まで、ドグさんバラしちゃいました。

 

 

「コクヨウ殿、ソレは一体?」

 

「い、いやあのね。ボクが着ていた服や下着ってさ、結構独特かつ売り物になりそうな技術の塊らしくてさ。皆さんにお金出してもらうんだったら、ソレを担保に出来ないかなぁ。なんて」

 

「コクヨウちゃん、貴方って子はぁ……」

 

「あ、大丈夫だよ! ちゃんと洗濯してから渡してるから!」

 

 

 着物もどきの服の縫い方や生地の使い方に、ドグさんの所に行ったときに職人の人達が凄い興味を示してさ。

 コレ差し出したら、お金を引き出せる信頼を得る為の担保にならないかなぁ、って思って提案したらこれが大当たりしたのです。

 ちなみに合わせて……お胸を下から支えるタイプのチューブトップ状のブラと尻尾があっても履きやすいローライズのパンティについてもデザインや構造について情報を渡してます。

 さすがに下着そのものは、渡してないけどね!

 

 

「コクヨウ殿……本当に申し訳ありません、貴方にそこまでの負担を強いてしまうとは……」

 

「え、え? なんで皆そんなに沈痛そうなの!? 完全に権利売り飛ばしたワケじゃないし、新しく作られる服から生じる利益はボクにも少しは入るし!」

 

 

 スェラルリーネさん、ヴァーヴルグさん、アクセリアさん一同が沈痛そうな表情で俯いて広間がお通夜ムードなのです。

 ドグさんに助け舟を求めて顔を向けてみれば、この嬢ちゃんまさか何も考えてないんじゃなかろうか。とまで言いたげな顔をされました、解せぬ。

 

 ボクとしては、一張羅ではあったけど似たような服が手に入るチャンスだったし、不労所得が得られる機会だったから今回の件と合わせて全力でノっただけなんだけどなぁ。

 

 

「……こほん!少し話が脇道に逸れちゃいましたけども、続けてもよろしいですか?」

 

「……ええ、お願いします」

 

 

 何故か少しダメージを食らってる様子のスェラルリーネさんに先を促されるボクである。

 もしかして、故郷から遠く離れた地で……故郷との繋がりである服すらも売って問題を解決しようとしてるように見られてる? そんなわけ、ないよね、うん。

 

 

「今回の案で、双方に余裕は出来る事が期待できるので。今はバラバラに摂っている昼食を、出来る限り夕食と同じように皆で揃って食べれたらいいな、と思ってます」

 

 

 同じ釜の飯を食うってのは、やっぱり大事だと思うんだ。

 今までは夕食だけ一緒だったけど、それがあったから今まで何とか繋ぎとめれたんだろうしね。

 

 

「ここまでが、双方の宗派の負担を減らす事を優先する中期的なプランです。溝埋めは副次的効果と言えますね」

 

「コレで中期間ですか、正直これだけでも何とか改善できそうな気もするのですがな」

 

 

 さっきまで大きな手で目元を覆っていたヴァーヴルグさんが再起動したのか、ボクの言葉に若干ボヤくような様子で反応を示してくれた。

 アクセリアさんとスェラルリーネさんへ視線を向けてみれば、お二人もまた同意を示してくれている。

 

 

「そして、長期的プランですが……これは今先ほど挙げたプランを遂行した上で行う活動になるんですけども」

 

 

 スゥ、と息を吸い。気合を入れ直す。

 この街では日々の生活でいっぱいいっぱい、なんて事は無い。餓える人は早々いないし街の人にも活気がある。

 だけども、街の歴史を紐解いても……街や神殿が一丸になって当たる大きな共同作業って無かったんだ、小さなお祭り程度ならあってもね。

 

 だから、ボクはここぞとばかりに提案するのだ。

 

 

 

 

「神殿の皆さんで、職人や商人の人達も巻き込んだ大きなお祭りを開きましょう!」

 

「日々の幸せを喜び合い、明日も良い日が来ることを願って神様達に感謝をささげる楽しいお祭りを!」

 

 

 




コクヨウ「商人組合の親方さぁん♪ちょっと儲け話と、日々の儲けを守れるお話持ってきましたぁ♪」

大体こんなノリで、ドグさんを連れて切り込んでいったロリ巨乳狐耳尻尾美少女がいたらしい。


『TIPS.コクヨウ』
近未来的なサイバーパンク世界で、『僕』が動かしていた黒髪の狐耳尻尾のロリ巨乳美少女。外見は『僕』の趣味全開である。
スペックとしては経済知識や交渉能力、そして交渉を円滑に進め相手の懐に潜り込む為の魅力関係に特化している。
問題はリソースを全てそっち方面に注ぎこんでしまっている為、その世界観特有の強力なサイバーパーツは『一切』搭載しておらず、戦闘系技能やそれに関わる能力値を一切強化していない所にある。
その為、TRPGでキャラクタとして動かしていた際は、護衛できる戦闘系PCと必ず一緒に動いていたらしい。
なお狐耳尻尾が生えた理由は、その世界における遺伝子異常の『変異』によるものである。
作中世界ではランダムで変異が進む事もあるが、悪魔の優しさか悪戯か。これ以上の変異は起きる事はなく、彼女の遺伝子は安定している。
そう、今彼女がいる世界でも健康な子を産むことが出来る程度に。

なお天敵は「うるせぇ死ね!」と問答無用で襲い掛かってくるタイプの人種である。


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08.より良い明日を願い、目指して

ある意味チュートリアルミッションであると共に、コクヨウの足場づくり的な一章のエピローグとなります。
今回はコクヨウ視点ではなく、違う人物視点的な三人称でお届けいたします。

それと今回の話とは無関係なのですが、現在コクヨウのイラストを絵師さんに依頼中です。
早ければ今月末ごろには披露できると思われます。
そちらのイラストが仕上がってきたら、前回ツィッターでアンケートを取った美味しい御飯で目を輝かせるコクヨウ的なイラストの依頼を出す予定です。

……まさか、メスの顔的なサービスシーンよりメシの顔を求められるTS転生者になるとは予想外でした。


 

 

 一羽の巨大兎こと……ハビットに牽かれた荷馬車ならぬ荷兎車が、朝日を浴びながらガタガタゴトゴトと音を立てながら街道を進む。

 御者台には男が一人、時折吹き抜ける秋の暮れを告げてるかのような肌寒い風に身を震わせながら、座っている。

 

 

「今回は北方の山脈に住んでる連中に、作物を結構な値段で売りさばけたな。相棒」

 

 

 もこもこした毛皮に覆われ、大きな耳を揺らしながら荷兎車を牽くハビットへ男は言葉をかけ、声をかけられた巨大兎は面倒そうにその耳だけを男へ向けて傾ける。

 不愛想極まりない反応であるが男にとっては慣れたもので、むしろ今現在も荷兎車のスペースを大量に占拠している荷物が齎してくれる儲けに今から笑いが止まらないまである状態だ。

 

 

「しこたま酒宴に付き合う羽目になったけど、おかげで高品質な炭金もたっぷりだ。こりゃしばらく豪遊できるぜ!」

 

 

 笑いが止まらないどころか、一人御者台で高笑いをし始める男。

 そんな主人に構う事無く巨大兎は荷兎車を牽き続ける……と思いきや、のそのそとその歩みを止めた。

 

 なお炭金というのは、雪が降りやまない北方山脈地帯から掘り出される上質な石炭を、その地に居を構えている巨人族の職人が秘伝の製法を施す事で作り出される燃料の事である。

 掌大の炭金でも高い燃料効率を誇り極端に長持ちするソレは、地域や情勢……そして売り方によっては同重量の黄金並みの利益を叩き出す事で知られている。

 しかし重量もまた黄金並みの為、運搬には相応の手間と労力を要する難点も抱えていた。

 

 

「お、おおお、おい!悪かったよ相棒!セントへレアについたらナッツたっぷりの上等な干し草をくれてやるさ!」

 

 

 臍を曲げた相棒の様子に冷や汗を流しながら、御馳走で機嫌を取ろうとする……が、ダメ!

 巨大兎は街道の真ん中で足を折り畳み、ぼふっと音を立てながら勢いよく座り込んでしまう。 

 

 

「わかった相棒!メリジェの実を桶一杯だ!」

 

 

 同じようにやらかした際に相棒を説得出来た切り札を男は切るも、巨大兎は動く事なく少しだけ顔を動かしてジト目を男へ向ける。

 何故なら巨大兎は覚えているのだ、この前同じように言われて喜んでいたのに出されたメリジェの実があまり甘くない、質の悪いモノだったことを。

 

 

「そうか相棒、生じゃなくて干したのが良いんだな!そっちのが高いけど甘くて美味しいもんな!」

 

 

 干し、という単語に耳をぴくりと浮き上がらせ若干立ち上がりかけるも、巨大兎はもう一声を言わんばかりに不機嫌そうに後ろ足を地面へ叩きつけてダンダンと音を鳴らす。

 ただでさえ、碌に草も食めない万年雪が降り積もっている地方にまで荷物を運ばせられた上に今も重い物を大量に運んでいるのだ、とびっきりの御馳走でないと割が合わないとすら彼女は考えていた。

 

 

「だぁぁぁ、わかった。俺が悪かった相棒!ちゃんとセントへレアの旬採り干しメリジェを桶一杯食わせてやるよ!」

 

 

 観念した様子で男が叫んだ内容を巨大兎は大きな耳を立ててしっかり聞き取ると、ようやく体を起こしその足を進め始める。

 先ほどまでに比べ、気持ち速度が上がっているのは巨大兎がご機嫌になった証であった。

 

 旬である夏を過ぎてもメリジェはそこそこ栽培されているが、やはり旬の時期のモノに比べ甘みが落ちる。

 だからこそ夏に収穫されたメリジェを干したモノに大きな需要が生まれるワケだが、数に限りがある上需要が大きい以上値段が張るのもまた道理なわけで……。

 

 

「とほほ……どれだけ儲けが残る事やら……ああ、安心しろ相棒約束は果たすからよぉ!」

 

 

 男の呟きに不穏な気配を感じた巨大兎が耳だけ反応させた事に、男が慌てふためいてご機嫌を取りながら手綱を握る。

 行商人として独り立ちした頃からの付き合いで幾数年、ある意味でこれが彼らの日常風景なのであった。

 

 

 そんなこんなで一人と一羽で進む事数時間、太陽も頂点へ差し掛かり始めた頃にようやくセントへレアの街へ到着……したのだが。

 いつもはそんなに並ぶ事無く荷兎車ごと通れる門から中へ入れていたのだが、その日は妙に並んでいる同業者が多い事に男は首を傾げる。

 

 

「なんだ一体……おぉい!これは一体なんの騒ぎだ?」

 

「おう、今この街では大きな祭をやっててな。王都の職人御手製の装飾品や衣類を売りに来たのさ」

 

 

 自分より前に並んでいる行商人の同輩へ、男が問いかけてみれば返って来たのはそんな言葉。その内容に男は首を傾げる。

 何か特別な行事か吉事でもあったか、いやしかし夏の初旬ごろに旅立った時はそんな兆候はなかったよな、などと男は一人呟く。

 

 

「なんでぇお前さん知らねぇのか? この街の神殿で大規模な改革があったらしくてな、その絡みで今まで祭らしい祭が無かった事もあっておっぱじめたらしいぜ」

 

「最近まで俺は北方山脈にいたもんでなぁ、でもなんで祭なんてやったんだ?」

 

 

 そんなのは俺も知らねぇよ、と同業者から言われ男はそれもそうだよななどと頷いて言葉を返し……そうやって話し込んでいる間に列も進み、男の順番が巡ってくる。

 セントへレアの街を拠点にしている行商人でもある男は、胸元から商人組合の一員である事を示す印を衛兵へ見せて簡単な荷物検査を受けてから、門を潜った。

 

 

「ヒュゥ、こりゃまた確かに商人が集まってくるワケだ」

 

 

 御者台に座ったままの男の目の前に広がっていたのは、色とりどりの飾り付けがなされた街の光景と、臨時で出されたものと思われる屋台が立ち並んでいる光景であった。

 時折目につく変わった意匠の服を着てる女性達の様子に……男は商人としての観が疼くのをこらえながら、商人組合の傘下にある交易所へと荷兎車を向ける。

 

 

「ああお前さんか、丁度よい所に帰って来たな。荷物は……よくもまぁコレだけの炭金を仕入れてきたもんだな」

 

「おかげで道中で相棒に臍曲げられて御馳走の約束する羽目になったがな、アイツには旬採り干しメリジェを桶一杯食わせてやってくれ」

 

 

 交易所の顔馴染みである受付の商人と雑談しながら、男は肩を竦めつつ飼料代として財布から金貨を数枚受付へ手渡す。

 

 

「アイツは特に力持ちだが食い意地が張っているからな、ああ飼料代の代金はこれだけでいいぜ」

 

「随分と気前がいいじゃないか、いつもならもっと高かっただろ?」

 

 

 渡された金貨の半分ほどを受け付けは摘まんで台帳へ記述すると、残りの金貨を男へ返却する。

 返却された男は驚きを隠すことなく受付へ軽口を叩く、駆け出し時代に相棒へ御馳走として同様のモノを与えようとした時は余りの金額に目玉が飛び出るかのような想いをしたのだから無理もない。

 

 

「ああ、今年は大地へ祈りを捧げる大地母神宗派の神官達に結構な余裕が出来た上に作物全体への被害も少なくてな。その影響で値下がりしてるのさ」

 

「なるほどなぁ、で。祭ってのは一体全体どういう祭なんだよ」

 

 

 豊作でかつ、それらの被害も大幅に激減したという内容に値段の安さに男は納得し……相棒へのご褒美が思った以上に懐への打撃を与えずに済んだことに安堵の溜息を漏らす。

 そして、気を取り直して街全体を包み込む浮かれた空気について問いかけてみた。

 

 

「あー、ほら。この街の神官って宗派間で若干諍いがあっただろ?」

 

「ああ、あったなぁ。他の国や地方の宗教争いに比べたら平和なもんだから、余り気にしてなかったが」

 

 

 対立一歩手前であったが、互いの仕事について足を引っ張り合うまではいっていなかった神官達の様子を思い返しながら男は受付からの言葉に頷きながら言葉を返す。

 

 

「ソレについてのわだかまりを捨てて、二柱の女神様へ日々の感謝を捧げて未来の幸せを祈ろうっていう祭を神殿が主導して始めたのさ」

 

 

 いやー、夏の中旬辺りから準備始めたけど忙しかったんだぜ?なんて肩を竦めてボヤきながら受付は苦笑いを浮かべる。

 

 

「一体どんな魔法を使ったのかね、神官様方は」

 

「いやー、アレはどちらかと言うと神官様って言うより……おっと悪い、次の荷が来ちまった」

 

 

 河川の守護女神派の大神官と言える女傑に代表される神殿の神官達が手を尽くしていたのは男も知っていたが、ここまで劇的な手を打った手腕と人物へ男は興味が出るも。

 詳細を知っていそうな受付は次の仕事に取り掛からないといけない様子の為、男はこれ以上の質問を諦めて交易所から外へと出る。

 

 

「さてどうしたもんか、思った以上に懐も温かいままだしなぁ」

 

 

 一人と一羽な行商人生活が長い弊害なのか、男は腕を組んで独り言を呟きながら気の向くままに足を運び露店や屋台を色々と眺めていく中。

 時折懐の貨幣を入れた袋の手ごたえを確認し、適当に視線を巡らせる男の視界で一人の少女が目に留まる。

 

 小柄ながらご立派なモノを持っている、大きな黒く艶やかな狐の耳と尻尾を持つ長髪の美しい少女であった。

 男は若干呆けながら少女を見詰めていると、視線の先で少女は護衛なのか隣に控えていたドワーフの大地母神派の神官を伴いながら一つの屋台へ足を運び、屋台の店主である男性と和やかに話しながら代金を支払って料理を受け取る。

 屋台を見てみれば、焼き立ての角豚の腸詰を薄く広げ焼いたパン生地で包んだもの……まぁ珍しくも何ともない手軽な料理を売っている屋台だったのだが。

 

 男の視線の先にいる少女は、目を輝かせながらソレに齧り付き。大きな耳と尻尾を幸せそうに動かし揺らしながらその料理を堪能していた。

 人ごみの中でも目立つ美しさのその少女は、持て余している時は目のやり場に困る河川の守護女神派の女神官が良く身に纏っている法衣と……大地母神派の神官が纏う頑丈さと動き易さを重視した法衣の中間に位置するようで、街で時折目に入る変わった意匠の衣服のようでもある一際変わった法衣を身に纏っていた。

 

 

「あんな子が嫁さんだと、色々と捗るだろうなぁ」

 

 

 思わずそんな事を呟いてしまえば、ふと肩に手が置かれたので男は振り向くと……そこには屈強な体格を誇る、大地母神派の神官が2人ほど輝かんばかりの目が笑っていない笑顔で立っていた。

 その瞬間、男の脳裏を生き残る為の方策が駆け巡り、不信感を与えないよう素直に神官達にあの少女が美しくて思わず見詰めてしまったと白状。神官達はお気持ちは分かりますなどと優しく頷いた後。

 くれぐれも、短慮な真似はしませんように。などと釘を差して人混みの中へと消えていった。

 

 

「……ありゃ間違いなく、どこかの貴族令嬢だな。家の都合か何かで神殿に預けられてるに違いない」

 

 

 男が神官達に詰問されてる間に料理を食べ終わったのか、こちらに背を向けてドワーフの神官と共に人波の向こうへ行こうとしている少女を見ながら男は呟く。

 男の視線の先にいる少女が身に纏っている法衣の背中には、河川の守護女神派のシンボルである尾を飲み込もうとする水龍の輪の中心に大地母神派のシンボルであるメリジェの実が刻印されていた。

 

 

 

 

 

 そして、男が自らも空腹を満たそうと先ほどの少女が料理を買っていた屋台へ足を運び始めた頃。

 セントへレア神殿の祭壇がある広間では、神殿長が賓客の応対をしていた。

 

 

「いやはや、こちらの手が届ききらず神殿長に負担を強いていた事。心から申し訳なく思います」

 

「その謝罪、謹んで御受け致しますわ。 領主様」

 

 

 傍らにメイド服を着込んだ女性を二人、一人は美しいエルフの少女で……もう一人は少し大柄な狼耳と尻尾を生やした獣人の美しい女性。

 そんな二人を侍らせている、小太りながら仕立ての良い衣服に身を包んだ中年男性が神殿長へ軽く頭を下げる。

 

 一方下げられた神殿長は、たおやかな笑みを浮かべながらその謝罪を受け取る。

 貴族である領主が軽くとはいえ頭を下げた以上、その謝罪を受け取らないという選択肢はないのである。

 

 

「しかし、今回の問題を鮮やかに解決してみせたコクヨウという少女。是非一度お会いしてみたいものですな」

 

「……お戯れを、領主様」

 

 

 弛んだ顎を摩りながら、領主と呼ばれた男は深い笑みを浮かべながら呟き……目の前の領主の好色さを知る神殿長は、言葉少なく非礼にならない程度に釘を刺す。

 しかし、そう言葉を向けられた領主は気分を害することなく、また笑みを浮かべたまま言葉を紡ぐ。

 

 

「何、とって食おうというつもりはありませんよ。ただね、どのような知啓を持っているのか純粋に知りたいだけですとも」

 

 

 クフフ、と特徴的な笑い声を上げながら答える領主の様子に。

 神殿長、スェラルリーネは……遠き地からの迷い子であり神殿の救世主であるコクヨウが、目の前の男に捕捉されてしまっている事を悟るのであった。

 




神殿長「(コクヨウ殿は、私の進退にかけても。守護らないと……!!)」

コクヨウ「あ、あれも美味しそう!おじさーん!一つくださーい!」
ギグ「コクヨウ嬢、あんまり食べ過ぎると夕食はいらなくなるぞ」


『TIPS.ハビット(巨大兎)』
寒冷地帯が原産の、温厚かつ従順で臆病な性質を持つ全長2~3mにまで成長する巨大兎。
温暖地帯で生育されている馬に比べて最高速度は劣るが、スタミナと膂力はこちらに軍配が上がり。多少の寒さにはビクともしない為セントへレア周辺ではこちらに荷車を牽かせる事が主流となっている。
食性は草食で甘い果実等を喜んで食すため、調教する際にはそれらを餌にして調教する事が多い。
ハビットに牽かせる荷車は通称荷兎車と呼ばれるが、構造上の違いはそんなにない為単純に牽いている動物の違いを指し示すモノでしかない。

被捕食者である小動物の兎と同じルーツを持つのに対し、こちらが何故このような成長を遂げ一つの種族となったのか。
これらについて学者たちが熱い論議を日夜繰り広げているが、神学者からは単純に創造神が兎が好きだったからではないか、と身も蓋もない意見が投げかけられている。
余談であるが、創造神を信奉する一派の聖印は兎を象ったモノである。


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09.アクセリア先生の魔法教室

諍いを収め、お祭りを成功に導いたコクヨウ。
そんな彼女は今どんな具合かと言うと……。


 

 

 夏の時期にボクはこの世界へ降り立ち、色々な問題が絡み合った諍いを秋のお祭りである程度解決できました。

 勿論そこに至るまでに、新たに農地見回りを依頼でお願いする形になった冒険者の人達との連携不足や、発足したばかりの新規部署では足並みがそろわない事も正直あった。

 だけども、それらを乗り越えて、今では最初に感じた双方の宗派の間にあった溝も埋まってきていると感じます。

 

 そんなこんなでお祭りも終わった秋の下旬。

 冬の足音も聞こえてきた今も、最初に交わした神殿長ことスェラルリーネさんとの約束に則ってボクは今も神殿にお世話になっておるのですが……。

 

 

「巫女殿、こちらの処理はどのように致しましょうか?」

 

「そだねー、こちらの冒険者さんには厳重注意の後それでも依頼遂行の態度に問題があるようなら。心を入れ替えるまでは神殿からの依頼受注禁止だね」

 

「巫女さまー!流民の人の名簿仕上がりましたー!」

 

「ありがとう、お疲れ様。どれどれ……うん、前に報告で聞いた人数性別と一致してるね。不自由ないように差配してあげて」

 

「コクヨウ様!また商人組合から、宴への出席のお願いが来ております。商人組合の重役の名前ですけど筆跡からその人本人ではなさそうです」

 

「申し訳ないけど断っておいてー、どうせ重役の人の息子さんがお父さんの名義でボクを呼び出そうとしてるだけだろうし」

 

 

 ボクの案で発足した、双方の宗派でそれぞれやってた折衝事や取引を一括して対応する総務的部署のまとめ役を任じられた結果、神殿の部屋の一つを事務室にしてお仕事をしております。

 いやね、案を出して動き出したのは良かったけどもね、ヴァーヴルグさんもアクセリアさんも大神官のお仕事があるから、お願いするのは難しかったんです。

 それならば、双方に顔が利くギグさんを宛がえば……と思ったものの、彼はその手の事務仕事をやるより現場で動き回りたい派なので謹んで断られるという、想定外の事態が発生。

 じゃあ誰がやるのか、って話になった結果。言い出しっぺの法則というのか、ボクが部署の長として着任する事となりました。

 

 なお、巫女というのは神殿内でのボクの役職的なものです。

 神託を受けて問題を解決した乙女、と言う事からスェラルリーネさんから授けられました。なんかこそばゆい呼ばれ方です。

 

 

「あの人も困ったモノだよ……ソレに、色んな人からお誘い来るしさぁ」

 

「コクヨウ様は麗しい御姿ですから、殿方も吸い寄せられるというものですわ」

 

 

 トイレや少しの休憩に席を立ったことを除けば、朝からずっと座りっぱなしだったのもあってコった体をぐぐーっと伸ばしながら、ボヤくボクである。

 その際にふるんっと、法衣に包まれたボクの大きなお胸が揺れてるけども、ボク自身がソレに慣れたのかもう何も感じない状態です。

 

 ちなみに今ボクが着ている法衣は、職人さん達の会心の出来という謳い文句と共にボクへ無料で提供されたモノで……大地母神様派の法衣と河川の守護女神様派の法衣を混ぜて、そこにボクが着ていた着物っぽい意匠が施されたデザインになってます。

 コレがまた暖かい上に着やすいのでお気に入りの一品になってます、法衣の背中に刻印された二柱の女神の聖印がこう、ボクが背負っていいものか若干悩む事がないとは言わないけどね。

 

 

「街の経済や神殿の状況が良くなるなら出ても良いけどさ、その手の話を全部抜きに口説かれ続けるのって結構しんどいよ?」

 

 

 仕事が一段落しちゃったのもあり、休憩モードな気分になりながらも心は晴れません。

 心からげんなりし、耳をぺたんと倒し尻尾もだらんと垂れ下らせながらボヤくボクの姿に部署の一同苦笑いです。

 あの人ら、スケベな視線隠そうとしない上にべたべた触れてくるんだもん、さすがにそう言うのはちょっと遠慮したいなぁ……なんて思っていたら、お昼の時間を告げる鐘がなりました。

 

 とりあえず御飯にしよう、そうしよう。お腹が減ってるから気が滅入ってきちゃうのだ。

 気持ちスキップ気味に、耳をピコピコ尻尾をパタパタ振りながら食堂へと軽やかな足取りで向かうボクを、皆が微笑ましそうに見てくるのはきっと気のせいに違いない。

 

 

「さてさて、今日のご飯は……お芋入りスープにパイの包み焼きかな? 凄い美味しそう!」

 

「コクヨウ嬢、お前どんなメニューでも美味しそうって言ってねぇか?」

 

「あ、ギグさんお疲れ様。農地の水路敷設の進捗はどう?」

 

 

 香ばしい匂いが満ちた食堂の、ボクの席に着いてみれば配膳済みのホカホカと湯気を立てるお料理にボクのテンションは跳ね上がります。尻尾はブンブン振られてます。

 そんなボクに呆れたように声をかけてきたのは、少し遅れて入ってきて席に着いたギグさんです。しょうがないじゃない美味しそうだもの。

 ともあれ、そんなボクの内心を誤魔化すわけじゃないですが、ギグさんが現在担当している工事の進捗を尋ねてみます。

 

 

「とりあえず順調だな、商人組合からも冒険者に依頼を出してくれたおかげで暇してる連中が人足としてやってきてるからな」

 

 

 楽じゃねぇ仕事だけどやり甲斐もあるぜ、と豪快に笑うギグさんの言葉に相槌を打ち……そうしてる間にスェラルリーネさんも食堂へ現れ。

 食堂全体を見回した後、全員が揃っている事ににっこりと笑みを浮かべ、糧を頂く前の祈りの言葉を口にするとともに祈り始め。

 彼女に続くように、ボクも含めて食堂に居る人全員が祈りを捧げる。

 

 祈りを捧げる対象は二柱の女神様に、食料を奉納してくれる農夫の方や漁師の人達、そして糧となった動植物達なのです。

 平たく言っちゃえば、前世でいう『いただきます』を凄く厳粛にやってる感じだね。

 

 やがて祈りの時間は終わり、食事の時間が始まるのです。

 

 ボクは逸る気持ちを抑えながら、先割れスプーンの先端をパイにそっと通してみれば……サク、パリという音と共にパイ生地が割れて中からは香ばしい匂いと共に湯気が立ち上ります。

 な、なんという事だ。コレはパイの包み焼きじゃない、クリーム煮をパイで包み焼き上げたお料理だ!中には白くどろりとしたクリームに、鮭と思しきお魚のゴロっとした切り身が入っている。

 生唾を飲み込みつつ、先ほど割ったパイをクリームへ浸し……鮭の切り身を先割れスプーンで掬うように割ると、ソレとパイの欠片にクリームを掬い取って口へと運ぶ。

 

 

「うん、おいしぃ」

 

 

 じっくりコトコトと煮込まれたであろうクリームを巣込んだパイ、そして鮭はボクの口の中で混ざり合って蕩け、気が付けばあっという間に喉を通り過ぎてしまう。

 今までは神殿の食事担当の人が持ち回りで忙しい中やってたんだけども、組織改革の影響で食事の準備や掃除洗濯に専念出来てるおかげか……最近色々と技巧を凝らした料理が出てくるようになって、ボクとても幸せです。

 

 

「次はこのスープを……ん、美味しいなぁ」

 

 

 尻尾をパタパタ振りながら食事を続け、スプーンでスープを掬い口に含んでみればじんわりと体が暖まると共に、野菜の旨味が溶け出した味が舌を悦ばせてくれます。

 あ、振り過ぎて後ろの背中合わせに座ってる人に尻尾当たっちゃった、ごめんなさい……え?ありがとうございます?え、ええとこちらこそどうも。

 

 気のせいかもしれないんだけど、ボクの背中側の席の人ってちょくちょく変わってる気がするんだよねぇ。なんでだろ?

 

 まぁいいや、今は御飯だ御飯。 

 

 

 

 

 

「ほふー、美味しかったぁ」

 

 

 そんなこんなで今日も綺麗に完食です。

 いつもなら食休みの後はまたお仕事なのですが、部屋に戻ってみんなに確認してみたところ……今日のお仕事はお昼前に大体片付いちゃったのでどうしたものかな状態です。

 

 

「あらぁ、コクヨウちゃんどうしたのぉ?」

 

「あ、アクセリアさん。いやぁ、実は今日の分のお仕事大体片付いちゃって」

 

 

 中庭で休憩するにもさすがに寒いしなぁ、なんて思いながら書庫へ足を運ぼうとぶらぶら歩いていたら、ばったりアクセリアさんと遭遇です。

 ともあれ、のんびりと話してみればアクセリアさんは何か考え込んだ後、良い事を閃いたとばかりに手を打ちました。

 

 

「それならぁ、コクヨウちゃん。奇跡のお勉強とかぁ、してみない?」

 

「奇跡、ですか……願ったり叶ったりですけど。いいのですか?」

 

「ええ、私も今日はぁ時間あるのよねぇ」

 

 

 そして出てきた奇跡、神殿の人達が日常や職務で行使している……言ってみれば魔法のお勉強のお誘いです。

 正直凄く興味があったのは事実なので、一も二もなく飛びつくのだ。

 

 というわけで、アクセリアさんと二人で書庫へ向かう事になりました。

 途中話を聞いてみると、アクセリアさんは神官見習いの子への教育も時々やってるそうで……さすがというか何というか、と言った感じです。

 

 

「じゃあ早速だけどぉ、コクヨウちゃんは奇跡ってどんなモノだと思ってるぅ?」

 

「そうですね、神様への祈りと信仰を捧げる事で与えられる神様からの恩寵。でしょうか」

 

「あらぁ、見習いの子への教育用の教典通りねぇ。もしかしてぇ、コクヨウちゃん自習とかしてたのかしらぁ?」

 

 

 書庫の片隅で、互いに椅子に座りながら始まった個人授業。

 そこで問いかけられたアクセリアさんの言葉に答えてみたら、クスクス微笑まれながらそんな事言われました。仰る通りです。

 やはり自分でも使ってみたかったので、書庫にある経典とかを時間がある時にちょくちょく読んでいたりします。

 

 

「はい、その……凄く興味深かったので」

 

「とても良い事だわぁ。でもね、コクヨウちゃんだからぁ教えちゃうんだけどねぇ? お祈りとぉ、信仰心だけじゃぁ奇跡は使えないのよぉ」

 

「え? そうなんですか?」

 

「そうよぉ? 奇跡を願うにはその二つは必須事項なんだけどぉ、神様によってぇ得手不得手な事があるわぁ」

 

 

 自習していたボクの頭を、大きな狐耳ごとよしよしとアクセリアさんが撫で……彼女のほっそりとした指が、ボクの耳をコチョコチョと弄るくすぐったい感触をこらえつつ。

 彼女の発言に驚きを返すと、アクセリアさんが含みのある言い方で教えてくれた。

 

 神様によって得手不得手……あ、なるほど。そう言う事か。

 

 

「大地母神様に周囲を明るく照らす奇跡を願ったり、河川の守護女神様に暖かい火を熾す奇跡を願っても。願った結果にならないと言う事ですね?」

 

「ええ、その通りよぉ。強く強く願えば神様も応えては下さるけどぉ、それでもぉ限度があるしぃ、それに神様の加護が無い場所に行けば行くほどぉ奇跡の力も弱くなっちゃうのよぉ」

 

 

 この世界では神がどこに居るかはともかく実在し、そして人々を見守っている。

 だけども、それぞれの権能が及ぶ範囲には限度があるって事だね…………あ。

 

 

「もしかしてですけど、神様の事を識る事。ソレが一番大事なのですか?」

 

 

 ボクの言葉に、微笑んでいたアクセリアさんのにっこり笑顔が深くなる。

 神様への信仰と祈りは重要、しかしただ盲信するのではなく神様の領分をしっかり把握した上で、その領分で願いたい事を願う事で奇跡は成立すると言う事だね。

 

 

「神様達を信じるのも大事だけどぉ、何でも神様に頼ったら神様も困っちゃうしねぇ?」

 

「確かに、その通りですね」

 

 

 ボクを撫でてた手を離し、クスクスと口元へ手を当てて微笑むアクセリアさんにつられるようにボクもまた微笑む。

 正に、天は自ら助くる者を助く。そんな世界なんだなぁ……。

 

 

 自己で研鑽し、己を律し、それでも手が届かない。己では成し遂げられない事を信じる神へ願う、だからこそ神様は手助けしてくれるのかもしれないね。

 

 




河川の守護女神ことヘレアルディーネ「あ、この子凄い困ってる!頑張ったのにどうにもならないなんて大変だし、お手伝いするよ!」
大地母神ことファーメリジェ「あらあら、こんなに土地がやせては可愛い子供達が餓えてしまうわ。力を貸してあげましょう」

大体こんな感じの女神様達です、頑張る子供が大好きな善良系女神様。
なお、とにかく厳しく試練を与えまくってそれでも乗り越える勇者や英雄が大好きな、ドS系戦神もいる世界です。


『TIPS.魔法とは①』
この世界では、一般的な魔法は大きく三つに分けられる。
個人の意思と力のある言葉で事象を起こし、変化を与える『魔術』
信仰と祈りを捧げ、神へ力の行使を願う『奇跡』
万象に宿る精霊へ語り掛け、助力を願う『精霊術』
無論他にも、種族独自の魔法は複数存在するが……知識体系として区分されているのはこれらが代表的なものとされている。

それぞれに一長一短があり、また使用可能となる為の研鑽もある為どれが最も優れている、と言う事は甲乙つけ難いのが実情であるも。


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10.新たな問題、悔恨との再会

本格的に第二章、新たな試練の始まりです。
本来はこの章の内容が一章だったのですが、色々と考えた結果神殿編が最初に来ることになったという。

なお、それに伴いコクヨウを取り巻く状況にもアップデートがかかったため、彼女の身の危険や難易度も上がっております。
これには鑑賞している悪魔さんもにっこりです。

後半、コクヨウとは違う人物の視点が入ります。


 

 日々、神殿の総務的お仕事をしつつ美味しい御飯に舌鼓を打ち、交渉とかで頑張りながら時々アクセリアさんやヴァーヴルグさんに魔法のお勉強を過ごしている内に……。

 秋も通りすぎてしまい、雪が降り始めて本格的に寒くなってきました今日この頃です。

 

 

「今の所問題等はないか、良かった良かった」

 

「人員の負担も減りましたし薬の備蓄もありますからね、よほどの大怪我をしない限りは何とか出来ると思います」

 

 

 なんか凄い製法で作られたらしい炭金……を加工した際に出る粉や欠片を練り練りして作られる、豆炭金を燃料として熱量を放つストーブに当たりながら雑談する診療所の神官さんとボクなのです。

 炭金そのものだと熱量が上がり過ぎるのと単価が結構な金額しちゃうらしいので、ご家庭での運用やちょっとした普段使い用に職人さん達が作っては売って小遣い稼ぎしてるそうな。

 

 ドグさんから聞いた話によると、窯の温度を自身が作った豆炭金で保つ事が見習い職人さんの試験の一つにあるんだとか……いやぁ、職人社会も大変そうです。

 事件が起きたのは……互いに暖かいお茶を啜り、次の部署の様子を見に行こうとボクが椅子から立ち上がったその時でした。

 

 

「悪い!急患だ!」

 

 

 ドタドタという慌ただしい足音と共に診療所の扉を乱暴に、蹴り破りかねない勢いで開けたのはギグさん。

 彼の両腕の中に抱かれていたのは、まだ少年と言える風貌のボロボロになったけど真新しい様相を見せる革鎧を身に纏った男の子でした。

 

 何故新品のようなのにボロボロになっているのか、その原因は火を見るより明らかです。

 ギグさんの体すらも鮮血に染めるほどの血が、彼の体にべったりと張りついてしまっていました。

 

 

「治療の初期対応は?!」

 

「俺が出来る限り治癒の奇跡は使った、だけど血が圧倒的に足りねぇ!」

 

「なるほど……コクヨウ殿! 大至急休憩中の神官達を呼んできて、今すぐ!」

 

 

 怒鳴り合う勢いで先ほどまでボクと歓談していた神官さんが、ギグさんと一緒に彼に抱き抱えられていた男の子を清潔なベッドへと寝かす。

 白いシーツに包まれていたベッドはすぐに、彼の体にこびりついた血で紅く染まっていくも……ギグさんが治療を施したという言葉に嘘偽りはないのか、彼の体から血が染み出流れ出る様子は見えない。

 

 茫然とその光景を見ているだけだったボクに、神官さんから激が飛ばされ。ハっとしたボクは肯定の返事を吐き出すと。

 お昼の食事を終えて少し経った今の時間帯なら、急いで休憩中の神官さんが集まっているであろう食堂へ駆けだす。

 

 その後はあっという間でした、食堂へ駆け込むと同時に大怪我をした人が担ぎ込まれたとボクが叫ぶや否や、談笑していた神官さん達は表情を引き締めて席を立って一斉に駆け出して診療所へ向かい。

 皆さんの尽力で、幸いにもあの冒険者の男の子は一命をとりとめる事が出来ました。

 

 血塗れになった法衣を脱ぎ、軽く身を清めて着替えたギグさんに話を聞いたところ。

 

 

「あの坊主の怪我の原因か? ハビット牧場を襲いに来た害獣を駆除していた時に、横から大熊が突っ込んできやがってな……」

 

 

 その時に、不幸にも一番大熊に近い位置にいた冒険者のあの男の子が、振るわれた鉤爪を咄嗟に避けたモノの避けきれず胴を思いきり切り裂かれてしまったそうだ。

 内臓への損傷は言うに及ばず、外傷も酷い有様に陥ったけど……不幸中の幸いで、近くを自発的に見回りしていたヴァーヴルグさんが駆け付けて緊急治療を奇跡で行い、ぎりぎりで命を繋いだ彼をギグさんが出来る限りの治療を施して全速力で診療所へと運び込んだらしいです。

 

 ちなみに彼が大怪我をする原因となった大熊は、後ろ足で立つと二階建ての建物にすら届くような巨大なモノだったそうですけど……。

 ヴァーヴルグさん怒りの真空飛び膝蹴りで、脳天ごとその命を散らしたそうです。

 

 

「あの男の子、ボクと同じというよりもっと若く見えたんですけど、あのぐらいで冒険者になるというのは当たり前なんですか?」

 

「この街の農家出身ってならそんなに多くねぇけど、少し離れた小さな農村とかだとありえない話じゃねぇな」

 

 

 閉鎖的な村で一生を終える事を嫌った次男坊三男坊が、僅かなお金を握りしめて家を飛び出して近隣で一番大きなこの街で一旗揚げようとする。そんな事は珍しい話じゃないらしい。

 そして、今回のようなケースや不意の事故で命を落とす冒険者の人の大半が、そういう人達だそうだ。

 

 

「今回のアイツは磨けば光りそうだし実際大熊の攻撃にも反応して見せたから、生き残って研鑽すれば一端の実力者になれそうなもんだが……」

 

 

 遣る瀬無さそうにギグさんは溜息を漏らす。

 いっそこの街のでかい農家に働きに出てくれれば、食うには困らねぇのによぉ。と呟く辺りからしても、お世辞にも荒事等に向いてない人達も多いらしい。

 

 

「仮に向いてないにしても、他に手段を知らないからそこから這い上がりようがない。かぁ」

 

「読み書きが出来ないヤツも多い、それに農村で暮らすのが嫌だから飛び出したのにまた農家に働きに出ると言う事を拒否する若いのが多いからなぁ」

 

 

 その結果、意固地になって無理をして命を散らす若者が増える……と。

 最近は神殿から定期的に出される見回りのお仕事や、農地の用水工事のお仕事の関係で生活の為に無謀な依頼を受けては散っていくなんていう人も減ってきてるらしいけど……。

 

 

「落伍者が路地裏で固まって悪さする原因にもなってるから、何とかしたい問題ではあるけどな」

 

 

 中々うまくいかんもんだよ、と嘆息を残してギグさんは席を立つと仕事へと向かっていく。

 何かしら出来ないモノかなぁ、命を落とす人達を減らしてかつ健全な活動に向かわせられればソレだけ神殿の人達も楽になるし……。

 

 

「おお、コクヨウ殿。こちらにいらっしゃいましたか」

 

「あ、ヴァーヴルグさん。お疲れ様です」

 

 

 耳をペタンと倒し、腕を組んで地味に重たいお胸を腕で支えて楽をしつつ考え込んでいると、背後から声をかけられたので振り返れば其処に居たのはヴァーヴルグさん。

 彼もいつもの重り兼装甲を担っている鉄板入り法衣ではなく、別の法衣を身に纏っている様子からいつもの法衣は返り血塗れになった様子です。

 

 

「神殿長が呼んでおられます、こちらへ」

 

「わかりました」

 

 

 ヴァーヴルグさんに先導され、神殿長が待っているらしい広間へと向かえばそこに待っていたのは神殿長ともう一人、アクセリアさんでした。

 どうやら、何かしらの重たい話がある雰囲気です。

 

 

「巫女であるコクヨウ殿、突然呼び立ててしまい申し訳ありません」

 

「いえ、気になさらないで下さい神殿長。 ……新たな、試練ですね?」

 

 

 申し訳なさそうに目を伏せ告げられた神殿長の言葉に、薄々察していた質問をぶつけてみればゆっくりと首肯を返されました。

 

 

「大地母神ファーメリジェ様より神託が下されました。鬱屈とした日々を打破しようともがき、そして散っていく子達が明日を願い生きれるよう手助けをしてほしい……というモノです」

 

 

 前回は河川の守護女神であるヘレアルディーネ様からの神託で、今回は大地母神様からの神託のようです。

 内容的にも、この二柱は教典にも載ってるように慈悲深い神様のようだ……修羅の国出身と思える戦神とかの信仰が強い街にお世話にならずに済んで正直ほっとしてるのは内緒です。

 

 

「その命、拝領致します。出来る限り尽力する所存です」

 

「また頼りにするようで申し訳ないのですが、どうかお願いします。勿論我々も貴方の動きを全面的に支援させて頂きますから……」

 

 

 深くボクへ頭を下げるスェラルリーネさん、ちなみにこの前の神託の時に預かった神殿長の聖印は既に返却済みです。

 巫女として立場を得た事と、双方に顔が利くお仕事をやってる関係で神殿では重宝されてる状態なのだ……ただこう、たまにお菓子を渡されるのはなんでだろう。

 

 ともあれ、広間を辞してまず動くのは冒険者の人が集まるあちこちの酒場、ではなくまずはボク達の仕事場であるお部屋なのです。

 改めて冒険者の人達の仕事状況やお仕事で生じた負傷等を軽く洗い出して、特に冒険者の人の負担が大きい酒場にまずは様子を聞きに行くのだ。

 

 そんな事を考えつつ、ボクはいつもの部屋の扉を開けて中でお仕事をしていた神官さん達に声をかける。

 おっといけないいけない、扉は忘れず締めないとね。暖かい空気が逃げちゃうや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 10年程前に人攫いに攫われた彼女を探し救い出す為に飛び出した故郷、セントへレアの街の門を潜り中へと足を運ぶ。

 衛兵からは、祭とやらが終わった今の時期になんでまたなどと訝しがられたが、里帰りだと言えば素直に通してくれたな。

 

 

「様変わりしてるようで、してないものだね。どこもかしこも」

 

 

 白い吐息と共に呟きながら足を向けるのは実家である錬金術師の店……ではなく、昔よく通った屋台のある通りだ。

 故郷を飛び出す時には衝動のままに二度と帰る気はないと啖呵を切ったし、俺自身が実家に対して未練が無い事を内心で驚きながら……雪が降る街中をのんびりと道を歩く。

 

 

 結論から言えば……飛び出してそんなに時間をかける事無く彼女……否。瞳から光を喪い無惨な姿で動かなくなった……彼女だったモノを見つけ出す事は出来た。

 だけれども、救い出す事は叶わなかった。

 

 

 彼女を攫い売り飛ばした連中には末端に至るまで全てその罪を命で贖ってもらったし、彼女を買い上げた末に弄んでいたぶり死へ至らしめた貴族にもまた応報を受けてもらった。

 そこまで至るのに随分と色々と回り道をしたものだが、達成の瞬間こそ高揚したものだが……完全に終えてしまうと、何をしたら良いのかわからないものだな。

 

 

「……しかしあの親父さんの屋台、まさかまだ残っていたとはねぇ」

 

 

 目的の屋台を見つけて思わず呟いたのがそんな一言だから我ながら酷い話であるが、記憶の中に残る親父さんと比べて年月を感じさせる老い方はしていたものの、客へ威勢よく声を張り上げて串焼きを売り込んでいる姿は変わっていなかった。

 今も、代金を支払い串焼きが焼きあがるのを尻尾を振りながら待っている、南方出身とみられる大きな狐耳の少女と談笑している様子は……彼女と一緒に屋台で串焼きを買っていた頃を思い返させる。

 

 

「あの背中の刻印、あんなものを背負っているとは神殿にとって重要な人物なのは間違いないんだろうな……ん?」

 

 

 傍らに護衛と思しき神官を控えさせているあの少女に、人混みの中から足音を忍ばせて忍び寄ろうとしている連中が何人かいるな。

 神官連中もそれなりに訓練は積んでるようだが、それ以上にアイツらの方が上手らしく気付いてる様子もない。

 

 仇共に近づくために、仕事とはいえ何人も手にかけたのだから、義憤などあるわけないのだが……。

 何故か、あの少女があの日攫われた彼女と重なって見えた。

 

 

 そう感じた瞬間、考えるよりも先に。体が動いていた。

 空気中に漂う精霊達に念じて口に出す事なく……空気中に漂う本来は無害な微量の物質を精霊の力で毒へと変じて生成して、袖の内側に仕込んでいた針の先へ纏わせると共に。

 少女達に迫ろうとしていた連中の一人の首を、相手に気付かれる前に針で突き刺した。

 

 この毒は精霊術で本来作ろうとしたら詠唱やら何やらを必要とする面倒な代物だし、錬金術の設備で作ろうとしても同様。

 しかし、物質を作り出す設計図と言うべきか、それを精霊の力で少し変えてしまえば簡単に作り出せる便利な毒だ……一歩間違うと薬になるモノだが、数えるのも馬鹿らしいぐらいやってきた事だ。

 瞬きする間に作る事など、最早造作もない。

 

 

「なっ、おい。何やっている……!?」

 

 

 ぐるんと瞳を回転させ、膝から崩れ落ちて石畳へ倒れ込む。

 効果が短い代わりに即効性で検出もし辛い毒、ましてや一刺ししただけだから倒れた男の仲間は気付いている様子もない。

 

 

「お、おっとと。兄さん危ないな、大丈夫かい?」

 

「チッ、こんな大事な時に……おい、どけ!」

 

 

 何食わぬ顔で倒れた男の傍にしゃがみ、呼びかけながら白目を向いて痙攣している男の頬を叩きつつ同僚と思しき男へ声をかける。

 まぁ早々起き上がれるワケもないのだが、呑気に男へ声をかけている俺を仲間と思しき男が突き飛ばし、倒れた仲間を担ぎ上げて野次馬へ怒鳴りながら人混みの中へと消えていった。

 

 やーれやれ、ありゃ使い捨ての下っ端か。はたまた端金で雇ったチンピラか何かかな。

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「ん? ああ突き飛ばされただけだからな、大した怪我もしてないよ」

 

 

 敢えて抵抗することなく突き飛ばされ、尻もちをついていた俺をさっきまで串焼きを買っていた狐耳の少女が心配そうにのぞき込んでくる。

 見れば見るほど彼女には似ていない、なのに何故俺はこの少女に彼女を重ねたんだろうな。

 

 

「シナバーじゃねぇか、久しぶりだな……目的は果たせたか?」

 

「ああ親父さん、半分達成の半分失敗といったところだよ」

 

 

 注目を集める形になった俺に気付いた串焼き屋台の親父さんが、俺の顔を見て驚きの声を上げた後……故郷を飛び出した経緯を知ってる当時の人間からか、問いかけてくる。

 その言葉に俺は立ち上がりながら、歪にならないよう意識しながら苦笑いを浮かべ肩を竦めて見せれば。親父さんは沈痛そうに俯き、無言で串焼きを一本差し出してきた。

 

 

「俺の奢りだ、食え」

 

「……ありがとよ、親父さん」

 

 

 串焼きを受け取り齧り付いてみれば、適当に切り分けて塩を振っただけの焼いた肉の味が舌に広がる。

 もう彼女と共に食べた時の味は思い出せないが、こんな味だったような気がする。

 

 そんな事を考えながら、ついさっきまで地味に危機一髪な状況下にあった狐耳のお嬢ちゃん一行へ視線を向けてみれば。

 何やら冒険者の酒場への情報収集だとか何とか聞こえてきた、その割に買い食いしてたようだが……どうやら随分と食い意地の張ったお嬢様らしい。

 

 

「なぁシナバー、あの娘っ子の手伝いしてやれるか?」

 

「なんだよ藪から棒に、今はもうやる事もないし暇だから構わないけどさ」

 

 

 串焼きを食べ終えた俺に、親父さんが神妙な顔して話し掛けてくるから何かと思えば、面識も何もないお嬢ちゃんへの助力要請と来たから驚きだ。

 しかし、まぁ、あの様子だと似たような状況に巻き込まれるのは想像に難くないし……彼女と一瞬とはいえ重なった少女を、一度助けたから後は知らんと放り出すのもまた忍びない。

 

 

 

 はてさて、不審がられない程度に自然に話を持ち掛けるとしようかね。

 

 




悪魔さん「おや、あの人間の男は……くくく、随分と血と怨嗟に身を浸してきたようだな」
悪魔さん「はてさて、どのような展開を呼び込むか。楽しみでしょうがないよ全く」

ポップコーンを貪り食いながら、そんな事を悪魔さんはほざいてたようです。


『TIPS.魔法とは② 精霊術』
魔法の大系の一つであり、奇跡とよく似た形式で発動するが発動手順としては魔術と奇跡の中間に位置している。
どこにでも居り、どこにも居ない精霊に助力を願うという関係上、物質と精霊の繋がりを把握する必要がある魔法である。
火種や焚火があれば、熱線を放つ精霊術は容易に発動できるが。火も何もない状況では熱線の精霊術は発動できない。
しかし、火を熾す原理を術者が把握しており、その動作を含めて精霊へ働きかければ火が無くても熱線の精霊術は発動できるのだ。

中には感覚と伝承だけで精霊への働きかけを十全に使いこなすエルフと言う種族もいるが、彼らはその身自体が精霊との親和性が高い為出来る芸当である。


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11.諦観と悪意の絡む先

今までは、ある意味清廉潔白な空間にいたコクヨウ。
そんな彼女が本格的に挑むシティアドベンチャーの行方やいかに。


 

 

 冒険者の人達の事情や状況を聞き取りすべく、多忙なギグさんに代わり腕に自信のある神官さんを伴ってお出かけしたボク達なのですが。

 香ばしい匂いを上げながらお肉を焼いてた串焼き屋さんに思わず釣られてしまい、ほくほくの湯気を立てる焼き立てのジューシィな美味しい串焼きを頬張っていたところ。

 

 突然、通行人のチョイ悪っぽい男の人が膝から崩れ落ちるように地面へと倒れ込んでしまい、偶然隣に居た優しそうな糸目のお兄さんがしゃがみ込んで倒れた人に呼びかけています。

 ボク達も駆け寄るべきか、と迷っている内に少し離れた場所に居た、倒れた人の知り合いと思しき人が乱暴に糸目のお兄さんを突き飛ばして倒れた男の人を担ぎ上げると、どこかへ走り去っていきました。

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「ん? ああ突き飛ばされただけだからな、大した怪我もしてないよ」

 

 

 突然の展開にボクも神官さん達もあっけに取られていたけど、気を取り直して尻餅をついたままの姿勢な糸目のお兄さんへ駆け寄り手を差し出すのです。

 糸目のお兄さんは表情を崩すことなくのほほんとした様子だったけど、ボクの顔を見て不思議そうな気配を滲ませたけどすぐにその気配も霧散して。

 

 ボクの手を掴み立ち上がるのです。あれ、何だか全然重さを感じなかったけどなんでだろう?

 

 そんなボクの疑問を残して糸目のお兄さんはボクに礼を言うと、屋台の方へ足を向け……顔見知りらしい串焼き屋のおじさんと何か話し合った後に、串焼きを一本受け取っていました。

 

 

「巫女様、どうしましょうか?」

 

「あ、うんそうだね。とりあえず近くの冒険者の人達が集まる酒場へ行こうか、そこに駆け出しの人が集まってるから店主さんから色々聞けると思うし」

 

 

 手に持ったままの食べ終わった串を、屋台の近くにあった屑籠へしっかりと捨てて、神官さん達を伴って酒場へ向かおうとしたその時でした。

 

 

「あーお嬢さん方、何かお困りのようだが手助けは必要かい?」

 

 

 さっきまで串焼き屋のおじさんと話しながら串焼きを齧っていた、糸目のお兄さんが助力を申し出てくれました。

 タイミング的に怪しい事この上ないけども、言葉の様子や態度に悪意は見えてこないので、思惑があるとしてもこちらへの害意はない……と見られます。

 

 コレがどこかの組織の調査や裏取りなら、相手方の組織からの監視役だと思えるのですけど……。

 冒険者の人達ってギルド的なものがなく、酒場を中心とした寄り合い所帯なんですよね。探られて困る事や隠し金庫的なモノもない筈だから、その可能性は殆どないと思われます。

 

 そんな事を考えていたら、護衛の神官さんの内一人がやんわりと断ろうとボクを庇うように前に出、糸目のお兄さんへ話をしたのですが。

 ボクの耳でも聞き取れない声でお兄さんが神官さん達へ何かを囁くと、ボクから見て後ろ姿しか見えない神官が明らかに驚愕し動揺した気配を感じます。

 

 一体どんなことを囁いたのか物凄く気になるのですが、囁かれた神官の人は慌てた様子で周囲を見回した後、神妙な顔でボクへと振り返りました。

 

 

「巫女様、この男にも助力を頼むべきです」

 

 

 冷や汗を流しながらこちらに進言してくれる神官さんの様子に、一体何を言われたのだろうと気になる事この上ないのですが。

 護衛の人が必要と判断したと言う事は相応の理由があると言う事なので、ボクにその進言を断る理由はないのです。

 

 

「わかりました……ボクの名前はコクヨウと云います。神殿長から神託を授かり物事に当たっているものです」

 

「ご丁寧にどうも、俺はシナバーというモノだ。この街には久しぶりに帰って来たものだが、違う街で少しばかり後ろ暗い事に携わってた。よろしくな」

 

 

 ぺこりと頭を下げ、気合を入れるべく耳をピンと立てて糸目のお兄さんへ挨拶をすれば、糸目のお兄さん……シナバーさんも飄々とした調子で応じてくれました。

 改めて彼を観察してみると、身長としては180cmあるかないかぐらいの長身。ひょろっとした印象ですが厚着気味に着込んでいるその恰好は暖かそうです。

 

 しかし後ろ暗い事を少しばかり……ですか。

 

 

「歩きながらで失礼しますけども、後ろ暗い事というのは?」

 

「ああ、ちょっとばかり他所様の噂話を集めては情報を売ったり、古代の遺跡で鍵開けやったりとかしてたのさ」

 

 

 こう、ちょちょいとね。なんて軽い調子で鍵開けのジェスチャーを見せてくれるシナバーさん。

 いわゆる、シーフ的な職務についていたっぽい人です。神官さんの目もあるので言葉にしていませんが、盗み等もきっとやっていたのでしょう。

 その手の事に明るい人が助力を申し出てくれるというのは有難い話です、問題はなんでそんな人が手助けしてくれるかという所ですが……。

 

 

「そう警戒しなさんな、故郷で問題が起きてるようだから。暇だったしちょっと手助けしようと思っただけさ」

 

 

 ボクの警戒する様子に気付いたのか、シナバーさんは糸目を崩さないまま肩を竦めてそんな事をのたまいます。

 なんかこう、胡散臭いんだけど……まぁいいか、うん、きっと大丈夫だよね。

 

 そんなこんなで話してる内に目的の酒場に到着、扉を開けてみれば若干据えたような臭いがボクの鼻を突くと共に賑やかな喧騒がピコピコ動くボクの耳に入ってきます。

 法衣を着込んだボクや神官さん達に、冒険者の視線が一瞬集まります、何だか注目されているようです。

 

 

「そりゃ、コクヨウちゃん綺麗だからねぇ。女っ気のない連中には少々刺激が強いってもんさ」

 

 

 思わず立ち止まったボクの肩を軽く叩きつつ、シナバーさんはそんなことを言いながら慣れた様子で酒場の中へ足を踏み入れていくので、遅れないようにと慌てて神官さん達と一緒に後を追いかけるのです。

 時折スケベな視線を向けた酔っ払いさんがボクへ手を伸ばそうとしてますが、何だか周囲への警戒を密にしている神官の人達に牽制されておずおずと手を引っ込めてたのが印象的です。

 

 

「おおコレは神殿の巫女様ではないですか、貴方方のおかげで食いっぱぐれが減って感謝感激ですぜ」

 

「お世辞はいいよ店主さん、見たところ盛況な様子だけどさ。駆け出しの子達の様子はどう?」

 

 

 少し高めのカウンターの椅子によじ登るようにして座りつつ、頭頂部が薄くなっている店主のおじさんと話を始めるのだ。

 しかし、ボクの質問に対して店主さんの態度がいまいち煮え切らない。

 

 

「あー、そうだなぁ。可もなく不可もなくと言ったところか、無駄におっ死ぬガキが減ったのは事実だがなぁ」

 

「店主、俺のおごりだ。こちらのお嬢さんと神官さんらへ酒精の入ってない飲み物出してやってくれ」

 

 

 奥歯にものが挟んだかのような物言いの店主さんに、どうしたものかと考えていたら横からシナバーさんの助け舟。

 彼が銀貨を2枚ほど店主さんへ弾いて渡せば、満面の笑みを浮かべた店主さんがソレを慣れた様子で受け取ってすぐにボク達へ飲み物を出してくれる。

 

 

「情報というのは金になるもので酒場の店主は業突く張りばかりだ、ただ訊くだけじゃ世間話程度にしか教えてくれないぞ」

 

「おう兄さん、これも商売なんだよ。そんなに厳しい事は言わないでくれ」

 

 

 木で作られたと思われるジョッキを傾け、何かを飲みながらボク達に教授してくれたシナバーさんの言葉に店主さんが肩を竦めながら反論している。

 しかし、なるほど……考えてみたら酒場とのやり取りを直接やるのは初めてだし、違う領域には違うルールがあるんだなぁ。あ、このジュース薄くて水っぽいけど甘くて美味しい。

 

 

「まぁ注文してくれたなら教えるけどよ。神殿の方々が依頼を定期的に出してくれるようになって、食えない冒険者が減ったのは事実なんだが……」

 

「危険な仕事をこなせるほど技量はない、しかし駆け出しというには齢を食った連中が駆け出し向けの仕事を奪ってしまっててなぁ」

 

 

 余りにも酷い連中はこっちから依頼受けさせてねぇけどよ、とボヤく店主さん。

 

 

「冒険者ってのは仕事の奪い合いだからな、割が良かったり安定した依頼を受けるのに手段を選ばないヤツも結構いるもんだ」

 

「実入りはそんなに多くないけど暫く食ってける程度の金は、農地の見回りの依頼で出るからな。まぁ仕事をこなせないアホが受けて、受注禁止の処分食らったヤツも何人かいたけどよ」

 

 

 ほへー、などと言いながら耳をピコピコ動かして店主さんの話を聞いていたボクに補足するように、いつの間にか頼んでいたっぽいナッツを齧りながらシナバーさんが解説してくれました。

 そして、シナバーさんの言葉に更につぎ足すように店主さんの説明が入ります。そう言えば最近も評判が悪い冒険者さんへの、見回り依頼受注禁止の沙汰を下した覚えがあります。

 

 

「あの、よろしいでしょうか? 食うに困るのならば、大地を耕す仕事に就けばこの街ならば生きていくのにそうそう困らぬと思うのですが……」

 

「神官さんらしい言い方だな、だが冒険者になろうって連中は根本的にコツコツ働くのが嫌いな連中の行きつく果てなんだよ」

 

 

 護衛の大地母神派の神官の人が戸惑いながら店主さんへ質問してみれば、返ってきた言葉は身も蓋もない言葉でした。

 お金は欲しい、だけどコツコツは働けない、縛られるのも嫌い……渡世人って言うとカッコよいけど、なんかこう違う気もする。

 

 

「書籍で読んだのですが、魔物退治や古代の遺跡の発掘で大成功を収める人ってどのぐらいいるんですか?」

 

「空を自由に飛び回るハビットの数程度には、いるんじゃねぇかな」

 

 

 神殿の書庫にあった冒険譚とかから得た知識から聞いてみれば、これまた身も蓋もない回答。

 鳥みたいに空を飛ぶ巨大兎が出る程度の確率、要するに殆どどころか全くいないて言う事だ。

 

 

「そもそもアレ、奇跡的大成功を収めた冒険者が法螺ふきまくって書いた自伝が大当たりしたもんが大半なんだよな」

 

「おうよ、しかも笑えないのがそれを心から信じて……夢にお目目輝かせたガキが、毎年出てくるという現実だな」

 

 

 ポリポリとナッツを齧りながら、ぼそりと呟いたシナバーさんの言葉に店主さんも頷きながら同意を示す。

 ナッツの入ったお皿をじー、と見詰めながら二人の会話に耳を傾けてたら、苦笑いしたシナバーさんがボクの手が届くところにお皿を滑らせてくれたので、お礼を言いながらポリポリナッツを齧るのです。

 

 

「……もしも、ですけど」

 

「うん?」

 

 

 もっきゅもっきゅと、ナッツを頬張って飲み込みジュースで口の中を洗ってから。

 重い溜息を吐いていた、店主さんを真正面から見据えながらボクは口を開く。

 

 

「冒険者の人達に札をつけ、適正依頼を受けれるよう調整し冒険者の人達の仕事内容を評価して報酬を渡す。そんな組織を作るとしたら笑いますか?」

 

「おうそうだな、怒り狂ったドラゴンに棒きれ一本で挑むバカを見た時みたいに指差して笑ってやる」

 

 

 気合を入れたボクの言葉への容赦のない言葉に、おもわずむぎゅぅ。と言わされてしまう。

 だけども。店主さんはさらに言葉を続けた。

 

 

 

「だが棒きれ一本でドラゴンに立ち向かうっていう勇気は本物だし、成し遂げられたのならばそいつは間違いなく英雄だ」

 

 




悪魔さん「冒険者ギルド?この世界にはないねぇ、なんせ冒険者という輩がありったけの夢を搔き集めて探し物を探しに行くような夢見がちボーイか」
悪魔さん「はたまた、鬱屈した日常を嫌って飛び出したような連中が大半だ。そんな連中に首輪をかけようと思うモノも居なかったみたいだよ」
悪魔さん「まぁ、入る銭とかかる手間が明らかに釣り合ってないだろうしね。今のままやろうとしたら」


『TIPS.魔法とは③魔術』
魔法の大系の一つであり、かかる手間と負担は大系化されている魔法の中でも最も大きい種別である。
例えば火を放つ《発火》の魔術を発動しようとした場合……
《発火》を発動する地点に狙いを定め、集中し余分な思考を省き、そこから火を放つコマンドワードを唱える必要がある。
さらに、爆発し周囲を燃焼させる《爆裂火球》になると手間は更に跳ね上がる。
まず火球を一時的に保持しておく地点を定め、集中して余分な思考を省き、コマンドワードで発生させた火球を保持、そこから火球を大きくするコマンドワードを唱えてから爆裂し延焼するワードを付与。そこまで準備を終えてからようやく発射する。
熟練者になれば幾つかの手間をスキップしたり、一つのワードで複数のワードを混ぜる事が出来る為発動時間が短縮可能となるが、待っているのは膨大な知識の蓄積と実践の繰り返しである。
これらの複雑さや煩雑さから、自然と学者肌の人間が魔術の研鑽を積む傾向が強い。

余談であるが、誰が唱えても正しい手順を踏めば効果を発動するという特性から、魔法の道具と言われる様々なモノに付与されている魔法の大半は、魔術が付与されている。
そこまで技術を積めば富には困らない為、夢見がちな学者がよく挑んでは先が見えない研鑽に発狂するというのが最早風物詩扱いされている。


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12.さぁここから始めよう

色々と知り合いに相談しながら書いてたら、気付いたら12話が出来上がっていた。
俺自身何を言ってるかさっぱりわからねーが、催眠術や超スピードとも違う……凄味というモノを感じたぜ……!


 

 

 酒場の店主さんに、応援されつつも親切からくる忠告を受けたりしつつ。

 ボク達は酒場から退出したのですが、神官の人達の顔は暗いです。

 

 ちなみに店主さんからの忠告は、いきなり酒場の客である冒険者を掻っ攫うような真似をすると強い反発があるだろうな、というモノでした。ですよねー。

 

 

「まぁそりゃそうだよね、自分達の御飯の種でもあるわけだし」

 

「だろうな、それでお前さんはどう動くつもりだい?」

 

 

 若干尻尾をしんなりさせつつ溜息を吐いて空を見上げればまだ夕方には早い時刻、もう少し色々と話を聞いて回れそうです。

 そんなボクを見下ろしながら、シナバーさんは試すように問いかけてきます。

 

 

「パイを奪う形になるのが危険だと再認識できたし、他の酒場でも聞き込みをしてふわふわした状態の案を固めるつもりだよ」

 

「へぇ、随分と楽しそうな悪だくみを考えてそうな顔してるじゃないか」

 

「うん、だから暫く付き合ってもらってもいいですか?」

 

 

 耳をピコピコしながら、頭の中で練り練り出来てきた案について軽く示唆してみれば、シナバーさんは糸目のまま楽しそうに笑みを浮かべる。

 そして続けたボクの発言にその笑みを苦笑いへ変えた。うん、申し訳ないんだけどもボク達だけじゃ必要な情報集められる自信ないからね!

 

 

「困ったお嬢様だ、しょうがない。お付き合いさせて頂きますよっと」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 にっこり笑顔で尻尾をぶんぶん振りながら、承諾してくれたシナバーさんの手をとってぶんぶんと振るのです。

 最初は胡散臭いなんて思って申し訳ないぐらいです、是非とも頼りにさせてもらわないとね!

 

 

 

 

 そんなこんなで、神官さん達とシナバーさんを伴って街にあるめぼしいところの酒場を見て回ったのですが、聞けた情報に殆ど違いはありませんでした。

 ただ、ついでに酒場の仕入れとかをそれとなーく聞き出せたので、交渉の切り札に出来そうです。

 

 

「というワケで、初日はそんなに進展なかったよ」

 

「ふーん、しかしそのシナバーとやらは。随分と変わり者だな」

 

「そんな事言ったら失礼だよギグさん、シナバーさんは今日回り切れなかった酒場で情報集めて明日教えてくれるって言ってくれたんだからさ」

 

 

 神殿にて夕食を摂りながら、ギグさんと情報交換を現在しております。

 ちなみに今日のお夕食は、ハビットのお乳から作られたらしいバターでこんがり焼きあげられた鮭のソテーと、砕かれたナッツが練り込まれた硬めのパン、それにお野菜入りのスープです。

 

 兎のお乳から作られたと聞くとなんだか不思議な感覚ですけど、ナイフで切り分けた鮭の身をフォークに突き刺して口へ運んでみれば、淡泊な味わいながら鮭の味を程よく引き立てる味となっています。

 畑を踏み荒らしちゃうから農作業には不向きらしいですけども、運搬や毛の供給等も含めてこの街にとって無くてはならない経済動物だよね、ハビット。

 

 

「あ、そうだギグさん。お酒を造って酒場とかに卸売してる業者さんと繋ぎを取る事って出来る?」

 

「酒造所かぁ? 俺にゃ伝手ねぇけど、ヴァーヴルグ殿と爺様ならあるぜ」

 

 

 相変わらずだらしなく振りっぱなしな尻尾の事はもう諦めつつ、鮭の切り身を飲み込んでギグさんに次の一手の為の顔つなぎをお願いし。

 食後にでもヴァーヴルグさんに相談する事を心に誓いつつ、野菜がほくほくになるまで煮込まれたスープをスプーンで掬って味わっちゃうのだ。

 

 

「今日聞いて回った酒場だけの話になるけどね、酒場の人達ってお酒や食材の仕入れわりと適当っぽいんだよね。在庫の管理とか含めてさ」

 

「むしろコクヨウ嬢から見て、きっかりやってるところの方がすくねーと思うけどな」

 

 

 ギグさんの中でボクは一体どんな存在になっているのか少し気になるけども、今は関係ないからスルーするのだ。

 あ、このパンとナッツ凄い相性いい。香ばしさがグレードアップした上に鮭のソテーとの相性抜群だ。

 

 

「ただな、少しばかり外から入って来た破落戸共が目立っている。注意しとけよ?」

 

「もー、わかってるって。ホイホイ一人で変な所行ったりはしないよー」

 

 

 ボクの抗議に対してギグさんは、どうだかな。なんて言いながらスープの器に口をつけてずぞぞと啜り始める。

 失礼しちゃうなー、食道楽になってる自覚はあるけどお菓子とかでホイホイついていったりはしないさ、いくらボクとはいえ。

 

 そうやってお話してる間に至福のご飯タイムは終了、器を返してからヴァーヴルグさんのお部屋へ向かうのです。

 

 

「おやコクヨウ殿、どうされましたかな?」

 

「大地母神様から受けた神託の件でご相談があり、こんな時間に申し訳なく思ったのですがお邪魔させて頂きました」

 

 

 扉をノックし入室の許可が下りたので入ったところ、書類をまとめていたヴァーヴルグさんに不思議そうな顔をされたので……。

 作法に則って頭を下げつつお話したら、そこまで堅苦しくしなくても結構ですよと微笑まれつつ椅子を勧められました。

 

 

「ふむ、どのような内容でしょうか?」

 

「はい、ギグさんからヴァーヴルグさんが酒造所への伝手があると聞きましたので、そちらへ面会するための紹介をお願いしたくて……」

 

 

 酒造所への伝手?と不思議そうな顔をするヴァーヴルグさんでしたが、すぐに構いませんとも。と色好い御返事が居ただけました。

 ボクが何をしようとしているか、ソレは単純に言ってしまえば酒場間の連携強化と……組合とまではいかなくても、酒場の人達の寄り合いを作って冒険者の人達を管理するための土壌を作る事です。

 

 言葉で言うには簡単で行うには難しく、色んな利権とかが絡んでるだろうから勿論簡単にはいかない話だ。

 だから、まずは色んな酒場がバラバラに手配している食材やお酒を共同仕入れの形で、ボクが今統括している部署で引き受ける。

 業務分担のおかげもあって今の所余裕があるのと、神殿が引き受けるという看板が騙したりちょろまかしたりしないという信用にもなるからね。

 

 

「冒険者の人達の無駄死にや怪我を防ぐ為には、まずは誰がどんな状態か。どのぐらいの力量があるかという情報を共有し管理する組合……とまでいかなくても、寄り合いは必要だと思うんです」

 

「でしょうな、そしてその仕事を引き受け易くさせる為の準備というワケですか。しかしコクヨウ殿、大きな問題を忘れておりませんかな?」

 

 

 ボクの案に頷いて同意を示してくれるも、渋い顔を浮かべたヴァーヴルグさんが口を開く。

 何だろう、何か見落としていたっけ……?

 

 

「……いえ、これは我々の落ち度ですかな。酒の販売仕入れや酒場の職務にまで大きく関わり、かつ大金が動くという話になると税の問題が出てきます」

 

「……あー……」

 

 

 そうか、神殿の業務改善だとボク達が動く範囲ではお金のそんなに動かない話だし、現在冒険者の人達に出してる依頼の報酬も職人組合や商人組合の人の寄付で成り立っているけど。

 明らかな経済活動にまで乗り出すとなると、さすがに税を取る側から待ったがかかっちゃうのか。

 

 

「……しまった、全く考えていなかったです。一から考え直さないとなぁ」

 

「お力になれず申し訳ありません、まずは神殿長にも一度お話を聞いてみると何か良い案がでるかもしれませんよ」

 

 

 ヴァーヴルグさんに頭を下げ、もう一度案が固まってから顔つなぎを改めてお願いする事を話して耳をペタンと倒し尻尾もだらんと垂らして椅子から立ち上がるのです。

 そして、色々考えながらお風呂場へ向かったところ、今から入ろうとしていたっぽいアクセリアさんと鉢合わせしました。

 

 

「あらぁコクヨウちゃんじゃなぁい、そんなにしょぼくれてどうしたのぉ?」

 

「アクセリアさん……うん、ちょっと良い考えだと思ってたのが一から考え直さないといけなくなっちゃって……」

 

 

 ほっそりとしたアクセリアさんの両手で、ぺたんと倒したままの狐耳を優しく掴まれふにふにされながら、大丈夫かと聞かれたので正直にお答えするのです。

 

 

「あららぁ、結構深刻な様子ねぇ」

 

 

 脱衣所に二人出入り、衣擦れの音を立てながら衣服と下着を脱いで籠へ入れ……二人で浴場へと足を踏み入れる。

 アクセリアさんは身長としてみると170cmほど、シナバーさんより少し低いぐらいで女性にしては長身で、身体のプロポーションもバランスが取れた体型をしています。

 

 昔ならいざ知らず、何度もこの体で女性神官の人やアクセリアさんとお風呂で鉢合わせた今となっては、女性の裸でドギマギする事もないだけどね。

 男性にドキドキする事もないけど、うん。これはこれで何だか凄く複雑な気持ちがあるのは内緒です。

 

 そんなアホな事考えながら体をお湯で軽く洗い、大き目の暖かなお湯が張られた湯船へと体を沈める。

 ちなみにお風呂のお湯を沸かす燃料は、奉納された炭金を使っているそうです。それも領主様資本による奉納だとか。

 

 

「ふぁぁぁぁ……」

 

「うふふぅ、コクヨウちゃんてぇ。ご飯でもそうだけどなんでもぉ、幸せそうに受け止めるわよねぇ」

 

 

 耳をピンと立てて震わせながら、体の芯から温まっていくような感覚に幸せの吐息を漏らし。

 そんなボクの様子に、アクセリアさんがクスクスと上品そうに微笑んでおりました。なんだか恥ずかしい。

 

 

「ふふふぅ、それでぇ。コクヨウちゃんはどんな事に困っていたのぉ?」

 

「あ、はい……えっと……」

 

 

 大地母神様からの神託を受けて色々と情報を集め、これならいけそうだと思っていたのだけども。

 その為の一手として、酒造所への顔つなぎをお願いした際にヴァーヴルグさんから、税の問題について指摘を受けてその辺りの解決方法を全く考慮してなかったことを話すのです。

 

 正直凄く恥ずかしいけども、今抱えてるだけじゃどうにもならないからね。しょうがないね。

 

 

「まったくもぉ、あの石頭ったらぁ。言い方ってぇのがぁ、あるのにねぇ」

 

「ヴァーヴルグさんは悪くないです、ボクがうっかり見落としてたわけですし」

 

「まぁあの石頭だからぁ、我々にも落ち度がありましたが。なんてぇ、しかめっ面しながらぁ言っていたのが目に浮かぶわぁ」

 

 

 湯船の中で体を伸ばしながら、アクセリアさんが苦笑いを浮かべて呟いたので慌ててヴァーヴルグさんに非は無い事を話したところ。

 アクセリアさんがヴァーヴルグさんのモノと思われる顔真似をしながら口にした言葉が、まさにそのままそっくりだったので思わず吹き出してしまいました。

 

 

「でもぉ、確かに厄介な話よねぇ……あぁ、そうだわぁ。私の方でぇ、徴税官に話をしておくぅ?」

 

「え?宜しいのですか?」

 

「えぇ、勿論よぉ。徴税官の方々ともぉ、色々とお話する事が多いしねぇ」

 

 

 アクセリアさんの呟きに耳をピンとたてて、思わずボクは聞き返す。

 聞き返されたアクセリアさんは、間延びしたいつもの口調で頼もしい笑みを浮かべて応えてくれました。

 

 もし徴税官の人と話が出来、税の問題について確認できれば状況によっては神殿の業務だから税の免除を……いや、違う。ボクが動くべきなのはそうじゃない。

 そも、現時点で酒場が依頼人と冒険者の間を仲介しているのも、言ってみれば酒場の人の好意によるものが大半な現状、これ以上税収が減りかねない動きを頷いてくれるとは思えない。

 

 …………ん?

 …………………んんん?

 

 

「そう言えばアクセリアさん、凄く。すごーーーく今更な質問なんですけど」

 

「なんだか百面相してたみたいだけどぉ……どうしたのぉ、コクヨウちゃん?」

 

「何で、神殿から出してる冒険者の人への報酬って税金かかってないんですか?」

 

 

 前回整えた農地に関する依頼や、今も現場でやってくれてる農地の用水路整備の依頼にしてもそうだけど。

 現状かかる費用を計算し、実際かかった費用を職人組合と商人組合が共同でプールし管理している共同費から出してるワケなんだけども。

 ここのお金も、税金が入ってない。書類を一通り目を通してるけど、税に関する話一切やってないよ。

 

 

「……神殿はぁ、基本的にぃ税金とかは免除してもらってるのよぉ」

 

 

 …………あ。

 そうか、その分無償無休に近い状態で街の職務に関わっていたのね、だからこそ大金が動く件で万が一を考えてヴァーヴルグさんは苦言をしてくれたわけで……。

 

 

「今日、聞いてきた中の話なんですけど……冒険者の酒場の報酬って、税金かかってないんですね」

 

「ええ、そうねぇ。徴税官達も何とかしたいけど困っている、そんな調子だったわぁ」

 

 

 突破口、見えたかもしれない。

 その分徴税官の人達とかが忙しくなるかもしれないけど、その時はその時だ。

 

 

「ありがとうございますアクセリアさん、何とか出来る。かもしれません」

 

「なら良かったわぁ、だけど前見たいにぃ。お洋服売るようなぁ、身を削るような真似しちゃダメよぉ?」

 

 

 湯船から手でお湯を掬い、顔を軽く洗って気合を入れ直してアクセリアさんへお礼を述べるのだ。

 

 

 

 その際帰って来たアクセリアさんからの言葉に、思わず目を逸らしたら笑顔でほっぺを引っ張られたけどね!

 

 

 




悪魔さん「惜しいなぁ、大事なところでファンブルして涙目になる彼女が見れそうだったというのに」

コーラを啜りながら観戦してた悪魔さんの一言。


『TIPS.魔法とは④奇跡』
魔法の大系の一つで、最も種族による習得制限のない魔法である。
発動に必要なのは雑念を排しどのような状況下でも祈る事が出来る精神力、そして信奉する神への強い信仰心、そして己が信奉する神への理解である。
しかし、信奉し祈りを捧げれば誰にでも使えるという特性上、直接的な他者を傷付けるような奇跡は一部の神を除けば、大半が不得手とされている。
また発動結果を第三者である神へ委ねるという特性上、祈りの強さや神への理解によって効力が大きく異なる為、最も使用者によって消耗や効果に差がある魔法である。

一般的に奇跡を行使できるのは神官とされているが、年配の敬虔な信者等は意識せず奇跡を行使したりすることがある。


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13.悪意の発露、そして蒸発

風邪引いて寝込んだので、早い段階でお届けできました。
寝すぎると頭痛がするから、暖かい格好でボケーッと過ごしてたら創作意欲が降りてきちゃったからね。しょうがないね。

ちなみにあとがきにて、セントへレアの税についてざっくりふんわり記述してみました。
暗黒中世よりはるかにやさしいけど、厳しいだけの世界より遥かにいいよな!


 

 

 アクセリアさんとのお風呂でほっぺを引っ張られた翌日、ボクは現状で出来る下準備と情報収集に取り掛かる。

 ボクが引き受けているお仕事でボクの決済が必要な書類の処理に、暫く別の仕事に専念するにあたっての引継ぎがメインだけどね!

 

 これだけで午前中が丸っと潰れてしまったけども、これが終わりなのではなく始まりの第一歩なのだ。

 

 そんなワケで、この前ヴァーヴルグさんが倒した大熊のお肉の処理が終わった事で得られたお肉を用いたさくさくジューシィなお昼ご飯のミートパイをぺろりと平らげ。

 神殿長との対談に挑むのです。 しかしあのお肉美味しかったなぁ、臭みもほとんど感じなかったし噛めば噛むほど味が沁み出てきて濃厚な味だったよ。

 

 

「巫女であるコクヨウ殿、神官ヴァーヴルグや神官アクセリアからも話は聞いております。私に話があるというのは領主様への紹介ですね?」

 

「はい、その通りです。神殿長」

 

 

 いつもの身内モードと違い、シャキっとした空気が広間を包む中ボクは膝をつく。

 あの御二方からもそれなりに話がいっていたのか、スェラルリーネさんも既に事情はある程度把握しているっぽいね。

 話が早くて何よりだけど、スェラルリーネさんに何だか葛藤というか悩みが見えるのは何でだろう。

 

 

「領主様は身分の割には気さくで温厚な方です、知啓にも富んでおられる為多少の無礼は笑って許して下さるかと思います」

 

「……あの、その割に神殿長。何だか物凄く悩んでおられませんか?」

 

 

 透き通るような声音で、ボクがまだ出会った事のない領主の事を教えてくれるスェラルリーネさん。

 言葉だけ並べると理想的な領主に思えるんだけど、その割に彼女の表情が物凄い苦虫を噛み潰してるかのように見える上に……長い蛇のような下半身の先端もまた、ゆらゆらと揺れております。

 

 

「……ですが、あの方は飛びぬけて好色な御仁です。果たしてそんな方に巫女コクヨウと引き会わせて良いモノかと、とても悩んでおります」

 

「お、おおう……ご参考までに、どのぐらいの好色な人か教えて頂いても……?」

 

 

 笑顔で間延びした口調のままさらりと毒を吐くアクセリアさんと違い、普段はいい淀む事もなく人の好い所だけを誉めて悪い所は穏やかに窘める。そんなスェラルリーネさんが見せる初めての様子に。

 聞かなきゃよい事かもしれないけども、抑えきれぬ好奇心からボクは問いかけてしまう。 問いかけてしまった。

 

 

「……あの方はヒュームなのですが、ありとあらゆる異種族の女性。私も名前しか知らないような種族も含めて全てを妾にし、侍女として侍らせております」

 

「…………え、ええと。ボクやアクセリアさんみたいな、大半が人間に近い種族以外もですか?」

 

「………………むしろ、そちらの方が多いやも知れませんね。 それと、私の妹もまた領主様の侍女として仕えております」

 

 

 ボクは頭から生えている大きな狐耳に、お尻から生えているふかふか尻尾以外の大半の見た目は人間だ。お胸は体格の割に立派だけど。

 そしてアクセリアさんは人魚系種族マーフォークらしいけども、耳が魚のヒレみたいになっている以外は人間に見えます。ちなみに多少時間はかかるけど任意で下半身を魚みたいにできるそうです。

 

 そんなボク達みたいな見た目より、人から離れた見た目の異種族ってなると……。

 

 

「たまに見かける人馬族や、蜥蜴人族とか……?」

 

「……ええ、しかし誤解のないように言えば……妹から聞いた話によると、彼女達は心から愛されている事に幸せを感じており。主人の寵愛の順番が中々来ない事ぐらいしか不満を持っておりません」

 

 

 すげぇな領主様。

 ちなみに人馬族さん達は俗にいうケンタウロス的な人達で、蜥蜴人族は全身鱗に包まれた直立する蜥蜴的なリザードマン的な人達だよ。

 男女で見た目の差が大きいらしい竜人賊と違い、蜥蜴人族の人はその……一見男女の違いがわからないのだ、慣れたらわかるかもしれないけど。

 

 

「でもそうなると、人間の美醜観念とは離れてそうだからボクが会っても大丈夫な気もするのですが……」

 

「あの方を甘く見てはなりませんよ巫女コクヨウ。領主様が侍らせている女性の方々は、その種族の中での選りすぐりの美女達ですから」

 

「お、おおう……」

 

 

 すげぇな領主様。

 これがどういう事かと言えば……種族的、言ってみれば民族的な知識に秀でており相手の美しい所を理解した上で、女性達に愛されるほどに自らもその相手を愛しているという事だ。

 どれだけの観察眼と知識を持っているのか、今の話だけでその片鱗が見えてくる。色んな意味で化け物過ぎてるな!

 

 

「巫女コクヨウ、貴方はとても美しくそして可憐な少女です。そんな貴方を領主様が放っておくとは、到底思えません……故に私は迷っておるのです」

 

「な、なんだかその。ご苦労をかけて申し訳ありません……」

 

 

 一瞬、最悪侍らせられる一員に加えられたら目的が早く達成できるのでは?などという考えが浮かぶが速攻で廃棄する。

 男性にスケベな視線を向けられるのは、不本意ながら慣れてきちゃったけども、その手の行為はノーサンキューなのだ!

 

 だけど……。

 

 

「……それでも、領主様への面会の手続きをお願いできますでしょうか? 領主の許可が下りれば、一気に進められるんです」

 

「……承知しました。文をすぐに出しておきます、遅くても七日後には面会の約束を取り付けられるでしょう」

 

 

 ですが、くれぐれも自身を身売りするような真似は控えるように、と釘を刺されちゃった。解せぬ。

 付き添いしてもらう人にはもう当たりはつけてあるのだ、神殿の人達だと万が一の際に迷惑がかかるからシナバーさんにお願いしようと思っている。

 勿論断られる可能性は高いし、あの人の好意に付け込むようでアレだけどもね。

 

 そんなワケで、シナバーさんとの待ち合わせの時間も近づいてきたので、神殿長へ時間を割いてくれたお礼を告げて退出。

 もう既に待機してくれていた、神官の人達を伴って待ち合わせの場所へと急ぐのだ。

 

 

「ごめんなさい、お待たせしました」

 

「ん?ああ構わんよ、暇してる身だしね」

 

 

 そして待ち合わせの場所……昨日シナバーさんと出会った串焼き屋さんの前に着いてみれば既にシナバーさんがそこに居ました。

 待たせてしまったお詫びを口にするも、手をひらひら振って気にするなと言った調子です。

 

 

「まぁ立ち話も何だし内容が内容だ、そこの酒場で詳しく話すよ」

 

 

 昨日の最初に入った酒場を親指で指し示されたので、こくりと頷いてシナバーさんに付いていく。

 そう言えばあの酒場ってなんて名前なんだろう、何々? 『居眠り狐亭』……変わった名前だなぁ。

 

 呑気にそんな事を考えながらシナバーさんに続いて酒場へ足を踏み入れ、昨日と変わらない様子の酒場の中を見ていると、何やらシナバーさんが銀貨を数枚店主さんに渡してました。

 

 

「奥の小部屋を借りれた、少しばかり厄介な話をするにはうってつけだぞ」

 

 

 ついでに適当な食事と飲み物も頼んであるとボクに告げると、今度はカウンターの脇にある細い通路をずんずん歩いていく。

 物凄い手慣れた調子だなぁ、きっとベテランなんだろうなぁ。ヴァーヴルグさんやギグさんみたいな強さ的空気は感じないけど、きっと密偵的な事のプロなんだね。

 

 そんなこんなで通された部屋は、6人ぐらいがかけれそうな丸机を中心に幾つかの椅子が置いてあり。天井からつるされたランプの灯りだけが光源として内側を照らしている小部屋でした。

 見てみると窓もないので、外側からの覗き込みや盗聴にも気を遣っているっぽいね。

 

 ちなみに席順は最も入口に近いところにボクが神官さん達に座らせられ、その両脇に神官さんが座ってがっちりガードの姿勢だね。

 傍目から見ても警戒していますよ、という態度なのにシナバーさんは気にした様子は欠片もなく、丁度ボクの対面になる位置へ座っている。

 

 

「まぁ、何から話せばと言った調子だがまず最初に一つ」

 

「はい」

 

「コクヨウ、お前さん警戒心無さ過ぎ」

 

「はい?」

 

 

 真面目な空気を醸し出したシナバーさんが、何を言い出すかと思えばそんな事を言い出した。

 何を失礼な、なんて思う前にボクの両脇に座っている神官さん達が深く深く頷いてる。なんてこった。

 

 

「どうせお前さんの事だから、昨日から見返りもなく動いてるし害する気配もないから。と言った程度の俺の態度で判断したんだろうがな……」

 

「う゛っ」

 

 

 溜息を吐きながら、ボクの心の内を言い当ててきたシナバーさんの言葉にぐうの音も出ない。

 

 

「お前さん、昨日の行動で信用を得た上でこの部屋に仲間を待機させた上で……神官諸共お前さんを捕獲に動かれたらどうするつもりだ」

 

「う゛ぅ゛っ」

 

 

 ずばずばっと容赦なく指摘してくるシナバーさんの言葉に、言葉が矢となって突き刺さってきているのを感じる。

 ボクの耳と尻尾も力を失くし、ペタンと倒れしゅんと萎びてる状態だ。なんか昨日からダメ出し多い気がする。

 

 だけども、ボクのそんな凹んだ気持ちは次にシナバーさんから告げられた言葉で色んな意味で吹き飛ばされた。

 

 

「なんでこんな事言うかと言えばな、昨日別れた後俺が情報集めに行った酒場……まぁ特にタチの悪い連中が集まるところで、お前さんを誘拐する話が出てたからだぞ」

 

「ふぇっ?!」

 

「な、そ、それは真ですか?!」

 

 

 事も投げに言い放ち、所々汚れた紙束をばさっとシナバーさんが放り出す。

 耳と尻尾をピンと立て驚愕に慄くボクに、目を見開いてそんな馬鹿なと叫ぶ神官さんだけど……紙の内容を急いで確認してみると、そこには。

 

 依頼人の名前無しの、ボクを無傷で誘拐し……指定の場所へ連れてきたら金貨20枚与えるという旨の依頼書が、何枚もありました。

 

 

「な、ななな、なんて罰当たりな!神殿のみならずこの街の問題解決に奔走した巫女様を誘拐しようなどとは!!」

 

 

 余りの内容に呆けるボクを他所に、怒り心頭とばかりに怒気をまき散らす神官さん。

 街の皆の為なんて言うつもりなかったけど、それでもあんまりにもあんまりな依頼書にボクの視界が滲んでいく。

 

 

「まぁ落ち着きな。言っただろ? タチの悪い連中が集まる酒場で出ていたって、使い捨てのごく潰しでもなければこんな依頼受けるヤツ居ないって事だ。お前さんを排除しようって話じゃないさ」

 

「し、しかしですな! そもそも人を攫い利益を得ようなど邪悪の極み!」

 

「おうそうだ、だから既に衛兵連中にはタレこんである。昔のとある事件からな、衛兵らは人攫いの摘発には褒章が出るんだ……今頃あいつら全員愉快な目に遭ってるぜ?」

 

 

 なんせこの目で確認してから、待ち合わせにきたからな。なんて言いながらシナバーさんは愉快そうにケタケタ笑っている。

 何だろう、人攫いに関わる人達に対してのどす黒い感情が滲み出ていたような気がする、けどそれも一瞬で霧散したから確認しようがない。

 

 

「ついでにコクヨウ、お前さんの評判もついてに耳にしたが……街の連中はお前さんに感謝している、クズ共からの評価なんて気にするだけ損だぞ」

 

「グスッ……ありがとう、ございます」

 

 

 鼻を啜り、滲んだ涙を拭って椅子に座ったまま頭を下げれば、シナバーさんは気にするなと言って苦笑いを浮かべる。

 そうしていると、タイミングを見計らったかのように店主さんが大きなトレイに載せた飲み物入りのジョッキと、チーズと燻製肉らしきものがのったクッキーらしきものが入ったお皿を持ってきました。

 

 

「おうシナバー、巫女様を泣かせるとはなかなかふてぇ野郎だな。家出したままの実家に通報するぞ?」

 

「何もしてねぇよ、というかもう調べてやがったか」

 

 

 それがメシの種だからな、などとゲラゲラ笑いながら店主さんは小部屋の扉を閉めて立ち去っていく。

 神官さん達は、家族は大事にせねばなりませんよ。などと微笑みながらジョッキを手に取り中身を確認後ボクの前に置き、シナバーさんはうるせぇと苦笑いしながらジョッキを手に取る。

 

 

「シナバーさん、家出してたのですか?」

 

「あー色々あってな、まぁその辺りはノータッチで頼む」

 

 

 よく見るとボクの分だけ中身が違うようで、シナバーさんに問いかけながら……湯気を立てているジョッキの中身を一口、口に含んでみれば、昨日飲んだモノとはまた違う爽やかな甘みと苦みが喉を通り抜けていく。

 何かに似てるような……あ、この甘さは麦芽糖か。それに何かのスパイスを混ぜてるんだ……身体が温まる渋い美味しさだね。

 

 

「後はまぁ、酒場の連中は割と仕入れはバラバラだな。その時安く仕入れられるモノを適当に調達しては冒険者や客に提供している……これはこの街に限った話じゃねぇけどな」

 

 

 シナバーさんは別の紙束を取り出し、どさりと音を立ててテーブルの上へ乗せる。

 一声かけて中身を検めると、冒険者の人の様子から酒場の仕入れ状況まで如実に、丁寧にまとめられていた。

 うん、これ凄い読み易い。一部確証得られない事は主観抜きで明記しつつ、状況からの推測を補足で付け足してある。

 

 この人欲しいなぁ、今さっきみたいに厳しい事言える人だし色んな事情に明るい、その上書類仕事に強い。

 凄い欲しいなぁ、しかしまずは企んでいた試みに付き合ってもらえるか、お願いするのだ。

 

 飲み物をもう2,3口飲んで喉を潤し、ついでにお肉やチーズの乗ったクッキーを食む……あ、コレ塩味きついけどどんどん食べたくなる味だ。

 ともあれ、今はコレを堪能している場合じゃないので、手に持ったジョッキをテーブルに下ろしてシナバーさんを真正面から見据える。

 

 

「シナバーさん、伏してのお願いがございます」

 

「なんだよ、急に改まって」

 

「未だ日は定まっていないのですが、とある案件について領主様と会談を控えています。その時に傍に居て補助をして頂けるでしょうか?」

 

 

 ボクの言葉にジョッキを傾け喉に流し込んでいたシナバーさんの糸目が見開かれ、噴き出しそうになった瞬間彼は顔を横に向けて口の中身を噴き出した。

 その後物凄い勢いで咽ている様子から、心底驚かせてしまったようだね……ごめんなさい、反省してます。

 

 

「巫女様、本当ですか?!」

 

 

 ついでに神官の人達も仰天した様子でボクに詰め寄ってくる。

 うん、もう少しタイミングを見るべきだった。心から反省しております。

 

 

 

 

 その後咽たシナバーさんが持ち直したり、詰め寄ってくる神官さん達を宥めたりするのに時間を要しつつ。

 予め用意しておいた、一つの書類をテーブルへ載せるのだ。

 

 

「……なるほどなぁ、確かにこのやり方が上手くいけば冒険者連中には首輪をかけられるし。適性が無い連中への再就職もうまくいくだろうな」

 

 

 時折咳き込みながら、書類の中身を確認したシナバーさんが感心した様子で呟く。

 しかし、神官さん達はいまだ不本意そうだ。

 

 

「しかし、先ほどの誘拐の依頼の件もあります。万が一にも領主様が関わっていた場合は……」

 

「その可能性はまぁ、無いとは言わないが限りなく低いだろう。なんせあの領主は、花売りしていた孤児の少女を見初めて射止めた時も……自ら足を運んで口説き落としたって前例があるからな」

 

「え、何その話。凄くワクワクするんですけど」

 

 

 口の中に塩辛いおつまみクッキーを放り込み、噛み砕きながら呟いたシナバーさんの言葉に思わず耳を立てて反応するボク。

 いやね、他人のその手の色恋沙汰が最近、楽しく感じるようになったんだよ。これは野次馬根性では断じてないし、交渉相手の人となりを知る重要な手がかりだからボクは悪くない。

 

 

「まぁ大した話でもないさ、それに……仕事柄あの人とは多少面識がある。口説く前から致そうと動くってのは無いとみて良いぞ」

 

 

 面倒そうに手をヒラヒラ振ってボクの好奇心を打ち落とすシナバーさん、残念だ。

 だけども、予想外の方向で心強い情報が手に入った。

 

 

 

 

 

 

「それで、その……お手伝い、頂けますでしょうか? ボクで出来る事は、何でもしますから」

 

「……あのなぁコクヨウ。どれだけ切羽詰まってもそんな事言うモノじゃねぇぞ……ともあれ、放っておくのも寝覚めが悪いから死なない程度に付き合ってやるさ」

 

 




とある日のとある街のとある路地裏にて

領主「そこな麗しき鱗の乙女よ、そなたは美しい。どうかその美しさを我が手の中でのみ咲かせておくれ」
蜥蜴人乙女「え、アタシ。ですか……?」

いわゆる特殊な性癖持ちぐらいしか顧客が居らず困窮していた、蜥蜴人の花売り(意味深)乙女を真正面から口説き落としたらしいよ。


『TIPS.税金について』
地方や国によって大きく異なる為、税の収集方法はコレだというフォーマットは存在していない。
商人組合が全ての運営を牛耳っている都市国家なれば、商人組合への上納金と……売買される商品に上乗せされている税金が主な税収となる。
セントへレアの街では、神殿が中心となって住民の名簿や出入りを管理しており……。
そこから人頭税として、一定割合の農作物を商人組合へ販売、そこから得られた代価を領主へと収め……引き換えとなる形で、領主が一括で買い付けた燃料や生活必需品を供給している。
その為流入者が増えるだけ増えて農夫の割合が減ると、割と大変になってくる。

そのほかの税収は、各組合からの上納金が中心となっており、農作物の収穫がこの街の税収にダイレクトに直結しているのが現状である。
冒険者達には現在の所、明確な税金はかかっていない。


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14.根回し&領主との会談

根回し下準備、そして……な回です。
何とか毎日更新に間に合わせる事が出来ました。

それと、活動報告にてコクヨウに食べさせたい御飯ネタを募集するスレを作成しました。
宜しければ、ネタをお恵み下さい……御飯ネタって割と枯渇が早いのですじゃ……。

あ、質問スレも作りましたので質問ありましたらそちらもどうぞ。


 

 シナバーさんという心強い味方に改めて協力を要請し、了承をもらったボクが領主との会談までに行った事。

 幾つかあるのだけれども、まずにしたのが徴税官との話し合いだ。

 

 どんな具合に話し合いをしたかと言うと……。

 

 

 

 

「確かに我々としては、人頭税を……言ってみれば農夫の方々に負担をさせるのみの冒険者について、歯噛みした事が無いとは言いません。ですが……」

 

「直接冒険者達に徴税をするには人手が足りず、また血の気が多い人物も多いから徴税官の人達の身の危険もある。そういう事ですよね」

 

「ええ、お恥ずかしながら……」

 

 

 アクセリアさんから教えてもらった、徴税官の人が贔屓にしてるというちょっとお洒落なお食事処。

 そんなお店で、ボクはシナバーさんに隣で控えておいてもらいつつ、アクセリアさんから紹介された徴税官の人と冒険者からの収税についての現状の再確認と……収税を担当している人からの意見を確認する。

 更に、徴税官の人は声を潜めて情報を教えてくれた。

 

 

「正直に言えば町の住民の方の冒険者への印象はそれほど良くありません、無論依頼という形で誠実にこなしているモノが居るにはいるのですが。それ以上に日々を気ままに過ごしているだけの破落戸への、住民の視線は厳しいモノです」

 

「……犯罪者一歩手前、スラムに住み着く状態になった冒険者の扱いはどこの街も難儀しているからな」

 

 

 収税者という視点からの冒険者という存在への意見だから、偏ったモノの見方であるにはあるんだろうけども。

 それでも、真面目に税を納めている人たちを見ている徴税官だからこそ、厳しい物言いになるのかもしれない。

 しみじみと呟いたシナバーさんの言葉に、深く頷いて同意を示してるしね。

 

 しかし、うーん。こうやって話している感じ、それに態度から見ても。

 前世の中世における徴税官は、言ってみれば汚職横領をやろうと思えば出来るからそんな気配がするのかと思いきや、そんな様子が見て取れないんだよね。

 尻尾をゆらゆらさせながら考え込んでいるボクの気配を察したのか、シナバーさんが口を開く。

 

 

「しかし、失礼を承知で言わせてもらうが……随分と清廉潔白だな? こう言っては何だが、他の領地の徴税官は高圧的な上に常に賄賂を要求してきたもんだが」

 

「はっはっは、はっきりと仰られる御仁ですな。そんなのは簡単ですよ、不当に税を取られた市民や農夫はまず誰に相談しますかな?」

 

「この街ならば神殿……ああなるほどな、ましてやここの神官達に袖の下渡そうモノなら説教されかねないしな」

 

 

 そういう事ですよ、などと笑みを浮かべて肩をすくめる徴税官。

 この街の歴史を書庫にある本から読んだ際にも、まずは神殿が建てられてそこから拡がる形で街が作られていったってあったから、この街の生活の中心は言葉通りセントへレア神殿なんだなぁ。

 

 

「こほん、まぁともあれ。冒険者達から楽に税を徴収できるのならそれに越した事はない、というのが私……いえ。我々の総意と思って頂いて差支えありません」

 

「わかりました、貴重なお時間を割いて頂き。誠にありがとうございます」

 

「構いませんとも。おお、話し込んでいる内に料理も来たみたいですな、ここの山鳥のローストは絶品ですぞ」

 

 

 貴重な話をしてくれた徴税官さんへ笑顔でお礼を述べれば、徴税官さんはボクの手を握りながら笑みを浮かべております。

 さわさわと擦られて尻尾が総毛だってしまったけど我慢です、シナバーさんから圧力を一瞬感じたと思ったら名残惜しそうにしながら離してくれたしね。

 

 あ、ローストは言うだけあって最高でした。ぱりぱりに焼き上げられた皮の下にはジューシィなお肉、さらに香草と一緒に焼き上げられた事でスパイシーな美味しさ抜群だったよ。

 

 

 

 こんな具合に、割と円満に話し合いする事が出来た。

 TRPGをやっていた時は冒険者の視点だったから税の徴収とかはふざけんな案件だったけども、こうやって色々と見てみるとむしろ恵まれているのだなぁ。って思う。

 そうやって考えてしまうあたりに、自分が汚れてしまった感を感じるけども。それでも迷いは一端横に置いて前に進むのだ。

 

 そんなこんなで、徴税官の人との話し合いが終わったら、次は酒造所……ではなくドグさんとの打ち合わせなのだ。

 酒造所については、むしろ領主との話し合いを成功させた段階で行くべきだと改めて判断したのだ、空手形発行してダメでした。では色々と問題あるしね。

 というわけで臨んだ、ドグさんとの打ち合わせだけども……。

 

 

 

 

「おう嬢ちゃんじゃねぇか、ギグから聞いたがまたなんぞ始めるんだって?」

 

「はい、その件で色々と顔が広いドグさんのお力を借りたくて……」

 

「構わねぇぞ、なんたってお嬢ちゃんの持ち込んだ服のおかげで職人皆大忙しで懐ホカホカだからな!」

 

 

 居眠り狐亭の奥の小部屋にて、度数のキツそうなお酒が入ったジョッキの中身をぐびぐび飲みながらドグさんは上機嫌にガハハと笑っている。

 ちなみにボクの飲み物は相変わらずジュースです、お酒にも興味が無いとは言わないけども……それほど飲みたいとは思わないのだ。

 

 

「実は、冒険者が集まる酒場の店主さん達をまとめる組合……と言わないまでも、寄合の設立を考えていまして」

 

「随分とでかい話じゃねぇか、目的は冒険者共に首輪をつけるってところか?」

 

「目的はソレに近いです、やはりそちらでも冒険者の人達の行動は問題になっていますか?」

 

 

 ジュースを一口喉へ流し込み、ポリポリとナッツを齧りながらドグさんの様子を窺う。

 ドグさんの気配には、冒険者達にいら立っていると言うよりも、顧客として扱う職人としての態度と無理をする子供への心配が入り混じっているような様子だ。

 

 

「そう言うわけじゃねぇな、むしろアイツらは俺達が作った武具や道具を購入するお得意様だ。まぁ中には支払い踏み倒そうとするふてぇ野郎もいるが……」

 

「そんな人もいるんですね……」

 

「おうよ、だけどそんなのは一握りだしそう言うのはすぐに依頼も受けれなくなってスラム行きだ」

 

 

 アレはアレで問題事の種火だし、衛兵の手が回らなくなる原因だから困ったもんだけどよ。とぼやいてジョッキの中身を飲み干し。

 既にキープしていた二杯目のジョッキに、ドグさんは手を付け始める。

 

 

「どちらかと言えば、碌に剣を振ったこともねぇガキが目ぇキラキラさせて冒険に飛び出て。そのまま帰って来ねぇことの方が堪えるなぁ」

 

 

 しんみりと、豪放磊落という言葉を絵にかいた人物のようなドグさんが遣る瀬無さそうに呟く。

 この様子だと少なくない数の若者を見送ってきたんだと推測できるけども、その事を問う勇気はボクにはなかった。

 

 

「ボクが作ろうとしている寄合の目的は、冒険者の人達の実力や情報を管理する場所の作成です」

 

「……詳しく聞こうか、嬢ちゃん。いや……巫女殿」

 

 

 ボクが放った言葉にドグさんが纏う雰囲気が変わり、世間知らずの小娘という扱いから神殿からの任を受けて動いているコクヨウを見る目に変わる。

 ソレだけで、ドグさんが本気になったという証明である事がわかるね。

 

 

「今はあちこちの酒場でしか冒険者の人の実力を把握していない状態で、店主さん達の好意で依頼の割り当てや無謀な仕事の差し止めをしてもらっています」

 

「そうだな、この酒場はまぁそこそこ駆け出しのヒヨッコが無茶やろうとしたら、あの親父が仕事受けるのを認めていないが……店によってはそのまま任せたりしているしな」

 

「はい、基準の制定とかは厳密な審査が必要ですけども。真面目に依頼を達成する冒険者への明確な立場の保証や、時に剥奪などを行い。依頼を集めて各酒場へ振り分ける寄合があれば……」

 

「……少なくとも無茶な仕事で死ぬガキは減るな、それに。冒険者に向かない連中の割り出しも出来る」

 

 

 現状での酒場と冒険者の関係、それについての認識をドグさんと再確認しあった上で。

 作ろうとしている寄合の目的の一つを告げれば、どこか遠くを見るような顔で帰ってこなかったであろう駆け出し冒険者を思い出す様子を見せながら、ボクの言葉に頷いて見せる。

 

 

「だがよ、そんな寄合を作るだけじゃ酒場の店主は手伝おうとしねぇぜ? ソレについての酒場への甘い汁の用意はあるのか?」

 

「……数日後、領主と今回の行動について話し合ったうえで許可をもらえれば。作る予定の寄合に参加している酒場へ、格安で食材とお酒を卸してもらいます」

 

「待て、口で言うのは簡単だが……おい、まさか」

 

「はい、寄合で一括購入する事で安く調達すれば仕入れ値をかなり下げれます。そして、その一括購入の信用を神殿で担保します」

 

 

 ボクの言葉に、ドグさんが口をパクパクと開き絶句する。

 そして、手に持ったジョッキを一気に傾けて飲み干して机へ叩きつける。

 

 

「コクヨウ、おめぇ実は獣人の皮被ったドワーフだろ? そこまで頑固一徹に目標の為にがむしゃらになるヤツなんて早々いねーぞ」

 

「ダメ、でしょうか?……寄合の責任者を張れる人を、ドグさんの伝手でお願いしたいところなのですが」

 

「ダメなものか、むしろ気に入った!とびっきりのタフなヤツを探しておいてやる!」

 

 

 お前がドワーフだったら孫息子の嫁に来てもらったんだがよぉ!などと上機嫌にゲラゲラ笑うドグさん。

 

 

「問題は大金が動く話なので、領主の許可が要る上に空約束するわけにもいけないので、酒造所とかにはまだ話していません」

 

「……まぁ、わかるけどよぉ。ともあれ任せておけ、お前が領主と話を付けられたらこっちは最大限手伝ってやる」

 

 

 

 

 こんな具合にまとめる事が出来た。

 面倒なやり取りを嫌う人だからこそ、真正面からぶち当たったんだけどどうやら大成功な様子だね。

 

 ここまでが、領主と会談するまでの前段階。

 そして……。

 

 

「領主様からの使いで参りました、セントへレア神殿巫女のコクヨウ様ですね……そちらの御方は?」

 

「はい、よろしくお願いします。こちらは護衛でありボクの補助をしてくれているシナバーさんです」

 

「なるほど、お話は聞いております。こちらへどうぞ」

 

 

 徴税官さんとドグさんとの話し合いを終えて暫く経ったある日、神殿長が出してくれた文からの返事にあった会談の日の事。

 神殿の前にある広場にて、紋章入りの立派な馬車……ならぬ兎車が待機していました。

 

 領主の使いの方の……清潔かつ清楚な印象を与える侍女服に身を包んだ、エルフの美女がボクを確認し……。

 続いて隣に立っているシナバーさんへ視線を向けて誰何の声を上げたので答えたところ、神殿長が文で伝達済みだったのか同行を拒否する事なく兎車へと案内される。

 そしてガタガタゴトゴトと、馬車の中にあった上等な椅子に座って揺られる事しばしの後、セントへレアの街の近くにある小高い丘の上にあるお屋敷へと到着する。

 

 

「き、緊張してきた……」

 

「なぁに、なるようになるさ」

 

 

 この世界において、神殿長とは別の意味での権力者との初の対面が待ち受けている事実に、今更ボクの心臓はドキドキと音を立て始め。

 耳はピコピコ、尻尾はふらふらと忙しなく揺れ始めるも、隣に控えているシナバーさんが呑気な声をかけてくれる事で、少しは落ち着きを取り戻す。

 

 

「到着しました、さぁこちらへどうぞ」

 

 

 兎車の御者もやっていたエルフの侍女さんが兎車の扉を開け、ボク達に降車を促してくる。

 まずはシナバーさんが先に降り、ボクへ手を差し伸べて降りるのを手助けしてくれた。 ボク体格が小柄だから乗り降りするのも難儀するんだよね。

 

 エルフの侍女さんはボク達が降りたのを確認すると、洗練された歩き方でボク達を屋敷へ案内し始める。

 ちなみに兎車の方は、また別の侍女の人……侍女服を着込んだメリハリのある体型をした人馬族の人が、厩舎まで引っ張っていってた。本当にいるんだ……。

 

 

「こちらの部屋で、今しばらくお待ち下さい」

 

 

 時折すれ違う色んな種族の侍女の人に驚きつつ、広い応接間のような部屋にシナバーさんと一緒に案内され……ふかふかのソファに座って領主がやってくるのを待つ。

 

 そう言えば……案内される途中、広く作られた屋敷の構造に簡単しつつも、貴族のお屋敷のイメージと比べると思った以上に調度品は多くない屋敷内を観察してたんだけどさ。

 改めて考えてみると、ふと目につく場所には見事な調度品や絵画が飾ってあって、通路である廊下とかは動線を妨げない配置がされていたんだよね。

 コレ多分だけど、色んな種族がいる事から考えられた配置だよね……ある意味凄いな、領主。

 

 

「コクヨウ、今の内に伝えておく」

 

「? なぁに、シナバーさん」

 

 

 いつもの糸目の表情のまま、シナバーさんがボクへ話し掛けてきた。

 

 

「あの領主……アルベルト卿との話し合いのコツだが、卑猥な冗談や口説き文句だけに決して耳を取られるな」

 

「???」

 

 

 言うべきか言わないべきか、しかし言っておいた方がまだマシと判断したかのような奥歯にものが挟まったかのようなシナバーさんの物言いに。

 ボクは片耳をペタンを倒し、首をかしげるのみであった。

 

 そんな事を話していると、先ほどのエルフの侍女さんがノックをするとともに扉を開き……。

 

 

「やぁやぁやぁ、良くぞ来てくれたね麗しき少女よ!野暮な話は抜きにして愛を語らい合いところであるが……ああ怯えなくてもよい。私は無理な求愛はしない主義だからね!」

 

 

 侍女さんを何人も引き連れた、小太り気味の仕立ての良い衣服に身を包んだ男性が賑やかな歓迎の言葉と共に部屋へと入って来た。

 言葉だけ聞くと確かに良心的に感じるし、いきなりの発言に面食らったボクの様子を察して態度は変えずに言葉と雰囲気を柔和なモノへ変えた、どこかぶっ飛んだ人物にしか見えない。

 

 だけれども、ボクの直感とも言える何かがピリピリとひりつくような警告をボク自身へ送っている。

 そしてボクはその直感を素直に信じる事にした、何故ならば。

 

 

 

 テーブルをはさんで対面のソファに座った領主の目は、好色な色の中に……ボクを見定め観察しようとする、鋭く冷徹な光を微かに感じ取れる切っ掛けになったのだから。

 

 

 




シナバー「……あの人の一番怖い所はな」
シナバー「自分の悪評を巻き餌にして明確な弱点のように偽装しつつ、ソレを全力で楽しんでるところなんだよ」


『TIPS.ギグ』
セントへレア神殿に所属している、大地母神派の神官。
諍いがあった頃も宗派に関わらず双方と交流していた為、揉め事には関与しない方針でいたがその方針もあって双方からの信頼はそこそこ厚かった。
なお今はコクヨウが立ち上げた部署のNo.2的な役割をなし崩し的に任命されており、主にコクヨウからの指示で現場仕事で奮闘している。
戦闘スタイルは奇跡による肉体強化や、重装甲に身を包んだ上で周囲への治療の奇跡を飛ばしまくる装甲系ヒーラー。
愛用武器は重量級の戦槌と、大盾を構えた鈍足重装甲系である。

最近の悩みは、祖父であるドグが事あるごとにドワーフ美女との見合いを勧めてくるところ。
当人自身は、まだまだ独身貴族を満喫したいようである。


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15.狸と狐の化かし合い?

本格的に始まる領主との会談、果たしてその結果やいかに。
そして、最後の方にシナバーさん視点を少しだけ盛り込んでお届けします。


 

 

 結構な衝撃を与える発言と共に参上し、ソファへと着席した領主さん。

 彼はボクのたわわなお胸への視線を遠慮なく向けつつ、にこやかな笑みを浮かべている。

 

 

「この度は貴重な時間を割いて頂き誠にありがとうございます、セントへレア神殿にて過分な扱いながら巫女として職務についているコクヨウと申します」

 

 

 ソファから立ち上がり、礼儀に則った深い礼をすると。ボクのたゆんと揺れたお胸に領主様の視線が吸い寄せられたのを如実に感じた。

 この人まごうこと無きただの助平じゃなかろうか……?

 

 しかし、ボクのそんな懸念は次の瞬間に打ち砕かれる事となる。

 

 ボクの礼を受け取った領主様は軽やかに、しかし確かな教養を感じさせる所作でソファから立ち上がると……。

 次の瞬間格式ばった姿を取り払い、にぃっと白い歯をむき出しにしてまるで町民の人みたいな人懐っこい笑みを浮かべて。

 

 

「やぁ麗しくも可憐なお嬢さん! 私の事はアルとでも呼んでくれたまえ! アルおじ様やご主人様でも構わんぞ!」

 

 

 そう自己紹介すると共に、右手をボクへと差し出してきたのだ。

 思わず呆気にとられるボク、ふと視線を傍へ控えていたエルフの侍女さんへ向けてみると……まるで悪い癖が出てる、と言わんばかりの表情をしていた。

 

 あ、この人本気で油断できない人だ。

 ボクの肩書も関係のない、真正面からの話し合いに持ち込まれた上に……侍女さんの態度にも罰したりしようとする様子が欠片も無い事から、これが彼の交渉術として当たり前という事で。

 その態度を変えてきていないという事は、言ってみればこれが領主様の普段からの交渉戦術なんだ。

 

 

 しかしともあれ、だ。差し出された手を握り返さないのは実際失礼なのは事実なので。

 にこやかな笑顔を浮かべながら、領主様の手を握り返す。

 

 

「うむ、見た目通り可憐な手だ。肌も滑らかで君というお嬢さんらしいものだな!」

 

「はひゃぅっ!?」

 

 

 徴税官さんとの話し合いの際に握られた時とは比べ物にならないぐらい、ボクの手を優しくねちっこく撫で回してくる。

 思わず耳と尻尾をピンと立て、素っ頓狂な叫び声を上げてしまえば。ボクの隣に控えていたシナバーさんがわざとらしく咳払いをしてくれた事で、何とか解放してもらうことができた。

 

 

「アルベルト卿、麗しいお嬢さんを目の前にしていつも通りなのは結構だが。少々遊びが過ぎるんじゃないのか?」

 

「おやシナバー君、君と私の仲なのにずっと静かだったからよく似た見た目の置物だと思ってしまったじゃないか」

 

 

 げんなりした様子を隠す事のないシナバーさんの物言いに、わざとらしく肩を竦めながらソファへと身を沈めるように座る領主さん。

 そんな領主さんの言葉に、本当に変わらない人だ。などと呟きつつシナバーさんもソファへと腰を下ろしたのでボクも慌ててソファへと座り直す。

 

 

「まぁ何であれ、だ。簡単な内容はスェラルリーネ殿から聞いておるが、何でも冒険者達の状況改善に奔走しているとか?」

 

「あ……はい、その通りでございます」

 

 

 先ほどの騒ぎとは打って変わり…慣れた様子でソファに身を沈めながら、深い笑みを浮かべてボクを見詰めてくる領主さん。

 主な視線の行き先は、清々しいまでにボクのお胸だ。

 

 

「その程度の働きに目くじらを立てるほど狭量ではないつもりだ、存分にやるといい……と言いたい所だが、それだけではないのだろう?」

 

「はい、ただ与えるだけでは彼らの為にならないどころか、街の方々の負担になるだけですから」

 

「だろうねぇ、むしろ君のその体や愛を求める者すら出るであろう。むしろ私が君のたわわな果実を弄びたいぐらいだがな」

 

 

 愉快そうにボクの言葉に同意を示しながら、油断なくボクへ視線を送る領主。

 そんな彼に、こちらもまた微笑みを浮かべて応じ……ナチュラルに放たれた発言に、ぎりぎりのところで笑みをこわばらせない事に成功した。

 

 

「領主様から許可を頂きたい内容というのは、食材や酒を一括購入で仕入れ……街へ複数存在する酒場へ安く卸し売りをする寄合の設立の許可です」

 

「……なるほど、確かに結構な財貨の動く話だ。だがそれだけではあるまい?」

 

「はい、その寄合で冒険者へ依頼する内容……今神殿から出している依頼も含めて出来る限りのモノをまとめ、各酒場へ分配させる予定です」

 

 

 気合を入れて耳をピンと立て、真正面から領主様を見据えて言葉を告げる。

 領主様は腕を組み、ボクの言葉に対して腕を指でトントンと叩きながら僅かな時間考え込むと。

 

 

「徴税官からも報告は上がっているが、依頼をまとめる事で冒険者へも税を課そうというのだな?」

 

「その通りでございます」

 

 

 決定事項を確認するかのような口調でボクへ問いかけ、肯定の言葉を返せば……フム、と頷いて弛みかけている顎へ領主様は手をつけて考え込み。

 悪戯を思いついたかのような顔でボクへ言葉を投げかけてくる。

 

 

「なるほど確かに合理的だ、安く仕入れられるというのなら酒場もそう文句は言うまい。しかし寄合に参加しようとしない酒場はどうする?」

 

「ソレを望むのなら、やむを得ないでしょう。今まで通りの営業を続けてもらう形になります」

 

「美しく可愛らしいお嬢さんが言うには少々苛烈だと思うがね、それは巫女と呼ばれ親しまれている君に少なからず傷となる」

 

 

 いっそ私の妻の一人になれば、いくらでも強権を振るわせてあげられるぞ?と下心丸出しとしか思えない表情で提案してくるが、無言の笑顔で拒否する。

 その上で、大きく息を吸い込み。尻尾をゆらゆらと揺らしながら微笑みを浮かべるのだ。

 

 

「己の意思で荒野へ踏み出し、急流へ漕ぎ出したモノを称賛すれども……荒野を実り豊かな地に変え、急流を穏やかなせせらぎへ変える事は理に反しております故」

 

「厳しい環境を望むなら好きにしろと言う事か、母性豊かな見た目とは裏腹に厳しいところもあるのだな」

 

 

 ボクの言葉に鷹揚に頷いて見せながら、流れるかのような勢いでセクハラ発言である。

 ああ、会談に臨む前にシナバーさんが重い口調で忠告をしてくれたのは、この事だったんだね……。

 

 ともあれ、だ。このままペースを握られっぱなしなのはとても宜しくない気がする。

 

 

「仰る通りです、その為並行して。寄合の名義で前科のない駆け出しの冒険者への資金の貸し付けを行います、返済は報酬からの天引きで賄う予定です」

 

「……ほう?」

 

 

 笑顔のまま告げたボクの言葉に、領主さんの瞳の奥の計算高い光が一瞬強くなる。

 

 

「無論踏み倒される可能性もありますが、その場合は神殿が主導して実施する奉仕活動や。土木工事の人手として体で払ってもらいます」

 

 

 ボクの言葉に、応接間に沈黙が降りる。

 この案は最後まで入れるかどうか迷ったし、神殿の人達やドグさん、商人組合の人にまで意見を仰いで盛り込んだ内容だ。

 最終的に貸し付けたお金である程度の装備を駆け出しの人達が揃えられれば、それだけ人的損害は減らせるという見込みの下ゴーサインが出たんだよね。

 

 

「随分と面白い試みだね、確かに素晴らしい。厳しいながらも実に愛に満ちた内容だ、だがその愛すらも拒絶する者達にはどう対応する?」

 

「その時は、とても厳しい神官さん。ヴァーヴルグ殿に性根を徹底的に叩き直してもらいます」

 

「ああ、彼ならば喜んで請け負うだろうね……」

 

 

 試すかのような領主さんの問いかけに、ボクはニッコリ笑顔で返すのである。

 

 神殿には時折、街の住民さんが手に焼く悪童とかが預けられるんだけど……ヴァーヴルグさんを筆頭にした、悪行を為す暇があったら体を鍛えて奉仕せよ!的な人達がそれはもう見事な新人訓練……否。

 軍隊の新兵訓練かと言わんばかりの厳しい叩き直しをやった結果、お目目がキラキラ輝く大地への感謝を捧げる信徒へと変貌させてる姿を何度か見たんだよね。

 お祭りの後預けられたやんちゃな子、すれ違いざまにボクへ助平な意思の元触れようとしたような子が……一週間で、凄い真面目な子へと変わったのを見た時は心底驚いたよ、本当にさ。

 

 そんな厳しい内容を知っているのか、領主さんの笑顔が若干引きつった。しょうがないよね。

 

 

「ふむ……まぁともあれだ、その試みを禁止する道理はない。私の名前と権限の下に正式な許可を出そうじゃないか」

 

「ありがとうございます!」

 

「お礼などいらないとも、ああ個人的にベッドの中でお礼を言いたいというなら大歓迎だがね?」

 

 

 ソレはお断りします、と笑顔のまま拒否すれば領主さんは残念だと大笑いしながら肩を竦めた。

 とりあえず、とりあえず何とかなったぞーーー!!

 

 

「さて、仕事の話は終わった事だし。もっと楽しい話をしようじゃないか……などと言いたいところだが、そろそろ昼食の時間だ」

 

 

 そんな言葉と共に領主さんがちらりと壁にかかった時計を、この世界で初めてみた時計へ視線を向けて告げた言葉に今の時刻を知る。

 朝に出発してそれほど時間がかからず到着して、気付けばお昼になっていたという事は思った以上に長い時間話し込んでいたみたいだ。

 

 折角だから昼食を食べていくといいと、嬉しい提案を領主さんがすると傍へ控えさせていたエルフの侍女さんがボクを食堂まで案内してくれる事となった。

 

 

「ああ、私は後から行くよ。久しぶりの友人と少しばかり話したい事もあるからね」

 

 

 席を立って案内される、という段階でシナバーさんも着席したままということに不思議そうに首を貸し上げてみれば、領主さんはにこやかな笑顔でそう告げてきた。

 剣呑な気配は二人の間に感じないから、まぁきっと大丈夫だよね。うん。

 あ、だけど護衛のシナバーさん抜きで本当に大丈夫だろうか……?

 

 

「そんな心配そうな顔するな、この屋敷の中ならそうそう酷い事にはならないさ。一番の危険人物は俺の目の前にいるからな」

 

「ひどい事いうね君も!」

 

 

 肩を竦め苦笑いするシナバーさんの言葉に、腹を抱えて大笑いする領主さん。

 うん、大丈夫みたいだね。

 

 そんな、謎の安心感を感じてボクはエルフの侍女さんへ案内されるがままに、応接間から退出する。

 ふと、背後で閉まった応接間の扉の音が、とても大きく感じた。

 

 

 

 

 

 

 今、俺の目の前には付近一帯を治める領主であると共に、俺が知る中で最も有能で。そして最も良心的な貴族が座っている。

 傍についていた侍女達も今は一人としてこの場には居らず、応接間に居るのは俺と領主の二人だけだ。

 

 

「本当に久しぶりだねシナバー君、五年前の事件の時は本当に助かったよ。今でも感謝してし足りないぐらいだ」

 

「止めてくれアルベルト卿、俺にも相応の下心はあって動いた結果だ」

 

「それでもだよ、君のおかげで私は愛する妻の一人と……妻の胎の中の子を失わずに済んだのだからね」

 

 

 先ほどまでコクヨウへ向けていたのと同じような笑顔で、しかし確かな柔和な気配を滲ませながらアルベルト卿はソファに座ったまま俺に深く頭を下げる。

 何故今このような事を言われているのか、何てことはない。

 

 こことは違う街で活動をしていた時に、アルベルト卿を狙った毒殺騒ぎがあり……その毒が狙われた張本人ではなく、身籠っていた卿の妻の一人に当たったのを切っ掛けに。

 自身の目的の為に味方が欲しかった俺は、持っている知識と精霊術で卿の妻が侵された毒を解毒して、あわやというところを救っただけなのだから。

 

 そこから交流が始まり、似たような原点を持つ俺達は身分違いにもほどがある、不可思議な交流を続けている。ただそれだけの話だ。

 

 

「……遠い地方の伯爵が、『汚水』を騙った暗殺者に毒殺されたと聞いた時はまさかと思ったけどね。  実際は君が成し遂げたのだろう?」

 

「……ああ」

 

「貴族としてこのような事は本当は言ってはならんのだろうけども、それでも私は言おう。よくぞ、成し遂げたと」

 

 

 『汚水』、まぁ俺の事だ。

 中々に酷い二つ名だとは思うが、狙った対象が須く苦悶の表情を浮かべ大小便を垂れ流して絶命する、などと言った結果からつけられたのだからまぁ妥当とも言えるだろう。

 今回はその名前を最大限に有効活用し、手頃なところに居たその名前を騙った人攫いを生業としてる小悪党に罪を被ってもらい、死体のまま処罰を受けてもらっただけの話だしな。

 

 

「不思議な事にあの伯爵が今までやってた悪行が盛大にばら撒かれ……唯一の跡取りだった彼の愛娘も行方不明になった結果、自慢の由緒正しい家は無惨にも取り潰しになったそうだよ」

 

「そりゃまた気の毒にな、ああそう言えば。その愛娘とやらだが案外生きてるんじゃないのか? 名前を捨てて惚れた男と一緒になったりしてな」

 

「……君の友人の一人としては、危険な河はわたってほしくなかったのだがね」

 

「さぁて、何のことかな?」

 

 

 俺の憎悪と行動原理を知っている、今となっては数少ない人物の嘆息に俺は肩をすくめてとぼける。

 この男、アルベルト卿は良くも悪くも情が深い男だ、故にこそ顔を会わせるたびに人払いをした上で俺に無茶だけはするなと言ってきてくれたものである。

 

 

「……全てを終えた君は、これからどうするつもりだ?」

 

「そうだな、今はまだぼんやりと川の流れに身を任せるままだが……とりあえず今の所は」

 

 

 

 

 あの、失くした彼女の面影が何故か離れない、食いしん坊の娘を傍で見守ってみるさ。

 

 

 




ヴァーヴルグさん「なるほど随分な悪童のようですな、さぁ体を鍛えましょうぞ!」
悪ガキ「な、なんだよ離せよオッサン!!」

ヴァーヴルグさん「さぁ、今日も農地を見回りますぞ!」
鍛えられた悪ガキ「くっそ、わかったよオッサン!逃げねぇから離せっての!」

ヴァーヴルグさん「愛を知らないならば愛しなさい、愛が足りなかったという貴方ならば愛されない苦痛もまた知っておりましょうぞ」
白くなってきた少年「俺は、俺は寂しかった。親父もおふくろも、ただ家を継げって……俺がやりたい事全部遠ざけて……!」

ヴァーヴルグさん「良くぞ頑張りました、今の貴方ならば愛を求め暴力を振りまくのではなく。人を愛し、また人の苦痛に寄り添える事でしょう」
漂白された子供「はい!今までありがとうございました!」
コクヨウ「何これ怖い」

大体こんなノリの、ヴァーヴルグブートキャンプ。


『TIPS.シナバー①』
セントへレアの街の、錬金術師の家に生まれた男。年齢は28で種族はヒューム。
10年ほど前までは、実家を継ぐべく錬金術や薬剤調合の技術を伸ばし、憎からず思っていた幼馴染の少女と日々を過ごしていた。
しかしある日、彼女へ想いを告げようとしたその日、いつもの待ち合わせの場所に彼女が現れる事は無かった。
必死に街を走り回り情報を集め、彼女が人攫いに攫われた事を知った時は既に遅く、家を継ぐことが秒読み段階となっていた男は親子喧嘩の果てに家を、そして街を飛び出し。

そして、漸く見つけたのは、汚辱された跡と傷に塗れた彼女の骸だった。


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16.雪解けと共に

少し短くなってしまいましたが、冒険者騒動のエピローグとなります。
ある程度の下準備に根回し、方針はもう決まっているので、大胆に時間ジャンプしました。

なお、今回も視点はコクヨウ視点ではなく第三者視点の三人称モードでお届けいたします。


次回からは少しネタ充電の為、一話完結のネタを出す予定です。


 

 街道に降り積もり通行の妨げとなっていた積雪が、冬が過ぎ去り春の訪れと共に疎らとなっていく。

 交通の便が良くなれば人通りが増え、人通りが増えればまた物の行き来が盛んとなる。

 

 そして今日もまた、時折吹き抜ける冷たい風を感じつつも……一台の荷兎車が街道を進む。

 御者の男は呑気に欠伸をしながらも、のっしのっしと元気に道を往く相棒であるハビットの手綱を適当に握っており。

 

 その荷兎車を囲み、護衛する4人の少年少女達もまた力強い足取りでぬかるんだ道を進んでいた。

 

 

「いやぁ、今の時期はどうしても腹を空かせた野盗やら獣やらが出てくるから、お前さん達を雇えて助かったぜ」

 

「まだまだ駆け出しだけど、全力で護衛するぜ商人さん。なぁ皆!」

 

 

 4人の中でも、一際大きな体格の髪の毛を逆立てたヤンチャそうな印象を与える少年が仲間達へ同意を求め、同意を求められた仲間達もまた思い思いに元気な返事を返す。

 本来ならば駆け出し冒険者と言うのは、装備がばらばらで統一感がないものなのだが、彼らに関して言えばその常識から外れていた。

 

 4人全員が裾の長く、身体の要所要所を守るかのように鉄板が打ち付けられているコートを見に纏っているのである。

 その中でも、リーダーらしき髪の毛を逆立てた少年の鎧服の背中には、大地母神の聖印が刻まれていた。

 

 

「元気で何よりだなぁ、しかしお前ら全員変わった鎧を着けてるけど。それが噂の巫女様肝入りの鎧服か?」

 

「ええ、神殿から貸し出して頂いてるんです。私達を含め……何人もの仲間達がこの鎧服に命を助けてもらっています」

 

 

 河川の守護女神の聖印が刻まれた錫杖を手に持っている、神官の少女が商人からの問いかけに微笑みながら答える。

 通常の鎧は、着用する人物の体型に合わせて仕立てる必要がある為、時間も資金もかかる金食い虫なのだが……。

 

 神殿に所属しているとある大地母神派の大神官が愛用している法衣を下に、様々な改革を打ち出している巫女が提案し生産が始まったこの鎧服は金欠に喘ぐ駆け出し冒険者にとっては福音と呼べるものであった。

 無論、それでもなお買い取るとなれば相応に金額は要するし……駆け出し冒険者に貸し付けられる支度金だけでは到底届かない。

 

 故に始まったのが、神殿が管理している鎧服の駆け出し冒険者への貸し出しなのだ。

 多少の破損程度ならば、神殿から職人見習いへ修行兼小遣い稼ぎとして修理に出され、冒険者への資金負担を要求する事はなく。

 損壊してしまった場合も、状況と報告によっては何割かの弁済費で赦している。

 

 

「冒険者を管理するなんて話を聞いた時はどんな与太話かと思ったが、蓋を開けてみれば至れり尽くせりな話だな」

 

「その分報酬は前よりも安くなってるらしいし、税金分差っ引かれてるから中々お金溜まらないけどねー」

 

「馬鹿言うんじゃねぇ!こんだけ良くしてもらってる上に腹減ってたら神殿で訓練受ければいい話じゃねぇか!」

 

 

 冒険者達からの話、そして同業者から聞こえてくる話に……一体話題の巫女様はどんな魔法を使ったのやら、などと商人は呟くと。

 その呟きを小さな狼のような耳で拾った、小柄な獣人の少年が嘆くようにぼやき。彼のボヤキに対して髪の毛を逆立てている少年が語気を荒げて叱咤する。

 

 

「わかってる、わかってるよリーダーそんなに怒らないでよー」

 

「……ったく、お前はやっぱりヴァーヴルグ大神官に性根を叩き直してもらうべきだな」

 

「勘弁してってばぁ!あんな血も涙もないしごきを喜んで受けるのリーダーくらいだよー!!」

 

 

 ひぃぃ、と情けない声を上げて尻尾を丸めながら少年は……世間話に興じてる間ものっしのっしと歩き続けるハビットにしがみつくようにして隠れる。

 しがみつかれたハビットは、面倒くさそうに少年へ目だけ向けるも。振り落とすのも面倒だとばかりに歩みを止める事は無い。

 

 

「リーダーにとっては件の巫女様は憧れですからなー、それもまた青春青春」

 

「な、ななな、何を言ってやがる!」

 

「語るに落ちてるよリーダー……あれ、副リーダーなんでそんなに不機嫌なの?」

 

「知りません!」

 

 

 北方山脈出身らしい、大柄な直立するドラゴンが如き種族……鈍器と見紛うような大剣を背負った竜人の青年がからからと笑いながらリーダーと呼ばれた少年をからかい。

 からかわれた少年は、顔を真っ赤にしてその発言を否定するも。ハビットにしがみついたままの獣人の少年に容赦なく突っ込みをうけ、そんなリーダーを頬を膨れさせながら見つめていた副リーダーが獣人の少年の言葉にプイと横を向いた。

 

 護衛対象である商人は、そんな緊張感が無いともとれる冒険者たちのやり取りを、若さって良いなぁという中年に片足を踏み込んだ感想と共にただ空を見上げるのみであった。

 

 しかし、長閑な時間は唐突に終わりを告げる。

 

 

「みんな!狼の群れが近づいてくるよ!」

 

 

 ハビットにしがみついたままだった獣人の少年が、小柄な体格相応な身軽さで飛び降りると尻尾を逆立てながら大声で全員へ警戒するよう呼びかける。

 呼びかけられた冒険者たちは、駆け出しであれども。荷兎車を中心に陣形を組み、獣人の少年が呼びかけた直後に姿が見え始めた狼の群れへ冷や汗を浮かべながらも、手に持った武器を強く握りしめた。

 

 

「後ろから挟み撃ちはきてるか!?」

 

「来てないよ、見たところ前から来てる連中だけだよ!」

 

「商人さん、俺達が対処するから。安全な場所まで逃げてくれ!」

 

「バカ言ってんじゃねぇよ、むしろこの状況だと一人逃げる方が悪手だ。覚えておけヒヨッコ!」

 

 

 護衛から不慮の事故で引き離され、単独行動となった行商人が逃げた先でまた襲われて死ぬ。行商人にとってはありふれた死に方だ。

 そんな事も知らないのか、と商人は考え舌打ちを打ちそうになるが……そもそも駆け出しに言うのは酷かよクソッタレ。と一人悪態をついて荷台から弓と矢を取り出して構える。

 

 

「覚えておけ駆け出し!護衛を頼んだからには行商人も、護衛と一蓮托生する覚悟キメてるってよ!」

 

 

 くたびれ始めた弓に矢を番え、集団とはわかれて側面へ回り込もうとする狼めがけて射撃。狙っていた頭部からは逸れたが狼の胴体に矢が深く突き刺さり、苦痛に悲鳴を上げながら一匹の狼が転がるように倒れる。

 その光景に、護衛対象にばかり頼ってはいけないと若き冒険者達は奮起し、狼の群れとの闘いに身を投じた。

 

 

 

 結果から言えば、あわやという場面こそあれども冒険者たちは誰一人命を落とすことなく、狼の群れの撃退に成功した。

 冒険者として初めて直面した命の危機、それを乗り越え……成し遂げたという事実に、冒険者たちは互いに抱き合いながら勝利を喜ぶ。

 

 

「おーいお前らー、嬉しいのは解るけどすぐにここから離れるぞ。血の臭いで御代わりがきたら敵わんからな」

 

 

 商人が苦笑いと共に告げた言葉に、少年たちは我に返ると気恥しそうに商人へ謝罪し奇跡による治療を施すと。

 足早に戦いの場から離れ……その後は特に襲撃を受ける事もなく、無事に目的地へと到着する事が出来た。

 

 

「お疲れさん若いの、お前達のおかげで無事に目的地に着く事が出来た。ありがとな」

 

「いえ、色々と勉強になりました。こちらこそありがとうございました!」

 

 

 目的地である街の入口の前で、あちこちボロボロになりながらもしっかりと両の足で立っている若い冒険者達へ商人は礼を告げ。

 礼を言われた少年達は、通り過ぎていく別の冒険者や商人たちに、揃いの鎧服を不思議そうに見られながらも商人へ頭を下げる。

 

 そんな清々しい少年の様子を見て商人はどこか暖かい気持ちになりながら……。

 依頼達成の証として、寄合から仕事が無事終わったら冒険者に渡してほしい。そう言われていた割符を冒険者のリーダーである少年へ渡したその時。

 ふと、らしくもないがこの若者達に何か特別な報酬を渡してやりたいと思った。

 

 

「折角だ、こいつをやるよ。北方山脈で酒宴に招かれた時に、巨人の細工師からもらった魔除けだ。 何でも悪いモノから身を守ってくれるらしいぜ?」

 

「え、でも。こんな高そうなもの受け取れねぇよ!」

 

「投資だよ投資、また何かあったらお前さんらに依頼出すからよ。それまでくたばっちまうんじゃねぇぞ」

 

 

 商人から強引に押し付けられるように渡された、魔除けの刻印が彫られた……コイン程度の大きさのメダリオンを手にもったまま、リーダーの少年は茫然とした表情を浮かべ。

 次の瞬間、自分達の仕事が認められた喜びに顔をくしゃくしゃに歪めて嗚咽を漏らしながら、商人へと深く頭を下げた。

 

 商人は自分らしくない気障な真似に、妙に恥ずかしくなる逃げるように振り返ることなく手をひらひらふりながら。相棒へ手綱から合図を送って目的地である街の交易所まで荷兎車を勧める。

 

 

 

 あのピカピカはお気に入りだったはずなのに、良いの?と言わんばかりに自身へ視線を向けてくる相棒に商人は気付くと、頬をぽりぽりかきながら言い訳をするかのように口を開く。

 

 

「いいんだよ、それにアイツらが将来有名になったら。語られる冒険譚の主役になれるかもしれねぇだろ?」

 

 

 柄にもない事を言い訳のように口にする商人の様子に、相棒であるハビットはぷぅ。と鼻を鳴らしながらのっしのっしと道を進む。

 

 

 

 

 数年後、新進気鋭の高い実力を持つ冒険者のパーティが一つの偉業を成し遂げるのだが。

 そのパーティのリーダーである、逆立てた髪が特徴的な大地母神の聖印を背負った青年の胸には、魔除けの刻印が彫られたメダリオンが輝いていたそうだ。




商人「……しかし、あのリーダーの少年。明らかに副リーダーの娘に懸想されてたよな」
商人「駆け出し冒険者ですら恋愛してると言うのに、何故俺には嫁どころか連れ合いすらいないのだろう」
商人「教えてくれ相棒、金貨は俺に何も答えてはくれない……!」
相棒(ハビット)「(なんかまたアホな事言ってる)」

というわけで、一章のエピローグに続き。商人さんでシメでした。
これからもエピローグでは、便利な視点主として活躍してくれる事でしょう。


『TIPS.獣人の発情期』
獣人種は種族差、及び個人差こそあるが発情期が存在する。
発情の度合いもまた人それぞれであるが、酷い症状になると恋人と籠り切りになったり、夜な夜な娼館へ通いつめたりする有様となる。
活動にも支障が出る事が多い為、錬金術師が商いをしている店では、それらの症状を緩和するポーションが常に売り出されており、そして常に一定数の売り上げを上げている。

なお、獣人種に分類されるコクヨウにも発情期は存在する。
しかし彼女の場合は、少々通常の獣人種とは発情の規則や度合いが異なるらしい。


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17.冬の合間の一時

前回のエピローグから少し時間を遡り。
春になる前、コクヨウが色々と奔走していた時の冬の一時です。


 

 

 領主さんからの許可も出、本格的に動き始めた冬の最中。

 利益の調整に根回しにと、神殿の巫女とか呼ばれてるボクことコクヨウが奔走してた時期。

 

 これは、そんな時期に働き過ぎだから少しは休めと、神殿の人達や組合の人達から申し渡された日の事である。

 

 

「そんなワケでさシナバーさん、街の人って暇なときって主に何してるの?」

 

「相談したい事があるなんて言われたから何事かと思ったら、そんな事か」

 

 

 ボク達がいつも情報交換や計画について話し合う事に使用しており……半ばボク達の専用個室化している、居眠り狐亭の個室にて。

 尻尾と耳をぴこぴこと揺らしながら首をかしげて尋ねるボクに、いつもの糸目なシナバーさんが溜息と共に言葉を吐き出す。

 ちなみに、色々と相談したり傍についてもらったりしてる間に、気が付いたらシナバーさんへの敬語がなくなってたりする。

 前まではため口になる度にごめんなさいしてたけど、むしろそっちの方がこっちも楽だとシナバーさんに言われてからはこんな感じなんだよね。

 

 ちなみに今は護衛の神官さんはついてきておりません。

 待ち合わせが神殿の入口になった事と、神官さん達もシナバーさんなら大丈夫だろうと監視じみた護衛がなくなったのだ。

 

 

「いやだってさぁ、本当に暇なんだよ。日向ぼっこしたりするにしても寒いしさ」

 

「お前さんは隠居したばかりの仕事一筋な職人か何かかね」

 

 

 二人か三人で密談する為なのか、いつも使用している狭い部屋に置かれたテーブルもまた相応に小さく。

 そんなテーブルに突っ伏し、むにゅりとお胸がつぶれ変形するのも構わず耳と尻尾をぺたんと倒してぐでーんとなるボクである。

 

 

「しかしなぁ、俺も言うほど遊んでねぇしなぁ。暇なときにやる遊びと言えば博打だが、そんなに詳しくもないしな」

 

「いやさすがに博打なんてやらないけどさー、何か卓上でやったりする平和的な遊びとか知らない?」

 

 

 テーブルに突っ伏し耳をペタンと倒した姿勢のまま、顔だけシナバーさんへ向けて期待を込めて尻尾をふりふりしながら聞いてみる。

 だがしかし、現実は無常なもので。

 

 

「アルベルト卿のような貴族にもなれば、駒を使った遊びとかはやってるだろうが。そんな洒落たモノやってるのなんて早々いないぞ? 強いて言えば出まわってる冒険譚とか読むぐらいだろうな」

 

「そんなー……じゃあ皆、碌に出歩けもしない冬に何してるのさー」

 

「……さぁ、何してんだろうな」

 

 

 書庫の本は大体読んじゃったし、見直すにしても書庫にいたらついつい職務の事に思考や行動がずれていっちゃうから、神殿の人達に止められてるんだよぉ。

 ……だけど、今のシナバーさんの様子に何か引っかかりを感じる、何だかこう。知ってるけどはぐらかしてる、そんな気がする。

 

 

「何か隠してない?」

 

「隠してないぞ」

 

「本当に本当?」

 

「本当だぞ」

 

 

 テーブルに両手をつき、ずいっと身を乗り出してシナバーさんの糸目から真意を探ろうと至近距離で見つめる。

 しかしシナバーさんは中々手ごわく、糸目のまますっとぼける。

 今のボクは暇で暇でしょうがないのだ、故にこそ黙秘は許さないのだ。

 そんな決意を込めて見つめ続けるも、シナバーさんは認めな……あ、今冷や汗流した!

 

 

「嘘、ついたね?」

 

「……やり難いったらありゃしないな、本当に」

 

 

 ボクの指摘にシナバーさんの口元が引きつる、どうやら大当たりしたらしい。

 シナバーさんは大きく溜息をつくと、至近距離にあったボクの顔から離れるようにのけぞりつつ。軽く両手を上げて降参の意を示した。

 

 

「……家に籠って出歩けないなら、夫婦や恋人同士は仲良くよろしくやるし。独り者は娼館へ行く、そんだけだよ」

 

「え、あ……あ、そういう、事なんだね」

 

 

 夫婦や恋人同士、とどめに娼館とくれば流石のボクでも気付く。

 特にこう、感受性が高くなったと感じる今のボクには何故かそれが凄く刺激的な事に聞こえて、頬が猛烈に熱くなるのを感じながらいそいそと席に座り直す。

 

 口の中が妙に乾き、部屋に入ってから一口もつけていなかった飲み物に口をつけ。シナバーさんと言えばどこか座りが悪い様子で、無言でナッツを噛み砕いている。

 き、きまずい……!

 

 

「あー……コクヨウ、お前さんの故郷ではどんな遊びが流行っていたんだ?」

 

「え?え、ええとね……絵と文字が一つのコマに並んだ架空の物語を記した読み物や、色んな卓上遊戯があったよ」

 

 

 そんな気まずい空気を何とか打破しようとしたのか、シナバーさんから話題が提供されたので。

 身も蓋もない言い方をすればマンガの事や、かつてハマり倒していた卓上遊戯についてボクは語る。

 

 

「絵本のようなものか? しかし卓上遊戯ねぇ、どんなモノがあったんだ?」

 

「うん、物語を取り仕切る語り手さんがいて。その人が構成した物語を、冒険者とかになり切って遊んだりしてたんだ」

 

 

 好きな趣味の事には饒舌になる人種である自覚を持つボクな為、なるべく専門用語とかを使わないよう配慮しつつ……シナバーさんの疑問に答えていく。

 

 

「随分と変わった遊びだな……しかし、冒険者になり切って遊ぶにしても。言ったもの勝ちになるだろうに」

 

「うん、まぁそう言う作りをしていたものもあったけど。大体は鍵開けやふった剣が相手に当たったかをダイスを振って、それで決めてたよ」

 

「なるほどなぁ。ダイスと言えば博打の道具だがそういう使い方もあるんだな」

 

 

 ボクの説明にシナバーさんは合点がいったような様子で相槌を打ち、彼の様子にどうやらこの手の遊び……TRPG的なモノは無さそうだということにボクは気付く。

 これはもしかして、もしかすると何かの交渉事に使えるんじゃなかろうか?

 

 

「おーいコクヨウ、職務の事考えてるだろ?」

 

「はっ、そんな事ないよ? ルールとかしっかり作って本にまとめたら売れそうだなー、とか考えてないよ?」

 

「語るに落ちてるじゃねぇか」

 

 

 し、しまった!

 しかし、ボクのうっかりにシナバーさんはしょうのない娘だと言わんばかりに苦笑いを浮かべると席を立ち、ボクに手を差し出してくる。

 

 

「まぁお前さんが気に入るかどうかは知らんが、俺が子供だった頃の知り合いが気に入ってた場所に案内してやるさ」

 

 

 一瞬、何かを懐かしむかのような気配をシナバーさんは滲ませていたが、暇で暇でしょうがないボクがその申し出を断る道理もないわけで。

 素直に彼の手を握り返し、個室から出るのだ。

 

 手を握ったまま個室から出たところを店主さんに見られ、からかわれたりしたけど別に恥ずかしくなんてないのだ。ないったらないのだ。

 

 

 

 

 そんなこんなで、多少のハプニングはあれども雪が降り積もる中案内されたのは……。

 街の中央を流れる河の南側、門を抜けた先にある牧場なのであった。

 

 

「やっぱり雪が凄いねー」

 

「まぁどうしてもこの時期はな、しかしこの時期ならではの見れるモノもあるものさ」

 

 

 そう言って、慣れた様子で雪をかき分けて進むシナバーさんに遅れないようちょこちょこと小走りで追いかけ。

 彼が立ち止まったのは、牧場の管理小屋と思しき小屋の前。そこで彼は扉を叩いて中へ呼びかけてみれば、中から出てきたのは厚着したおじさんでした。

 

 

「おんやぁ、こんな雪が降る中に。どうしたのかね?」

 

「突然申し訳ない、厩舎の中で休んでいるハビット達を見せてもらいたいのだが……良いかね?」

 

「んん? ああ、なるほどなぁ。あいつらを脅かしたりしないのなら構わんよ、鍵も今開けるさ」

 

 

 ハビット、ていうとあのでかい兎達だよね。という事はここはハビットの牧場なのかな?

 そんな風に考えつつ、時折尻尾につく雪をばさばさと尻尾を振る事で払いのけつつ、ボクはシナバーさんの後をとことことついていく。

 

 そして、案内された厩舎の中は……。

 

 

「ふわぁ…………」

 

 

 兎さん天国でした。

 

 

 うわ何あの子達、お母さんと思われるハビットによりそってもこもこしてるし。あっちの子はお腹を丸出しにするように横倒しになりながら、足を投げ出してだらしなく寝てる。

 決して暖かいとは言えないんだけども、それでも風が吹き抜ける事はない厩舎の中は、きっとふかふか毛皮のハビットにとっては何てことの無いのんびり過ごせるお部屋なんだね……。

 厩舎とかで感じる独特な臭いももちろんあるんだけども、綺麗にお手入れされているのか不快に感じるほどじゃないのも関係してるかもしれない。

 

 

「お嬢ちゃん、目をキラキラさせて尻尾ばたばた振ってもうて。まぁ」

 

「すれ違うハビットに視線が釘付けになってたから気に入るとは思っていたが、ここまで気に入るとはな……」

 

 

 管理人のおじさんとシナバーさんの声を、ボクのお耳が拾うけど気にならないのだ。

 むしろ、鼻をぴすぴす鳴らしながら垂れ耳気味の子ハビットが一羽、のそのそとボクへ近寄ってきてくれてる事の方が大事なのだ。

 

 

「随分と警戒心が無いが、大丈夫なのか?」

 

「ああ、あいつは誰にでもあんな風なんでさぁ。見慣れない物があるとホイホイ近づいちまうもんだから心配でなぁ」

 

 

 厩舎の中の、飛び越えようと思えば飛び越えられそうな高さの柵に、子ハビットが後ろ足で立ち上がり……前足をかけた姿勢で、ぢぃっとそのつぶらなお目目をボクへ向けてくる。

 撫でたい、凄く撫でたい。もふもふわしゃわしゃしたい。

 

 

「こっちと子ハビットをこれでもかというぐらい、忙しなく見てるな。アレ撫でたくて仕方なさそうだ……」

 

「だなぁ、おぉい嬢ちゃん。撫でてやっても構わねーけど口の前には手ぇ出すなよぅ、噛まれて泣いても知らねぇかんなー」

 

 

 腕を組み、糸目のまま微笑ましそうにボクを眺めるシナバーさんの視線にこそばゆさを感じながらも。

 おじさんからの嬉しい許可に、ボクは軽く深呼吸すると。尻尾を制御不能なぐらいばさばさ振りながら、ぢーと見詰めてくる子ハビットの頭をそっと撫でる。

 

 

「ふわぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 さらさらふかふかもこもこ、さらさらふかふかもこもこだ!

 撫でられた子は、もっともっとと言わんばかりにぐいぐいとその頭をボクの手へ押し付けてくるので、これでもかというぐらいに両手を使って子ハビットの頭やほっぽを撫で回し……。

 そっとその長いお耳に触れても嫌がらなかったので、不快に思わせないよう注意しながら頭やほっぺとはまた少し違う質感の、長いお耳を毛を透くようにしながら優しく撫でる。

 

 可愛いよう、凄く可愛いよう。

 その後ボクは、シナバーさんから声をかけられるまで、ひたすら子ハビットを撫で回す事を堪能するのであった。

 何が一番幸せだったって、おじさんが人懐こい子ハビットを抱えて柵から出してくれて……。

 

 ボクの目の前でごろんと寝転がった子ハビットの、もちもちしながらもしっかり発達してるふかふかお腹も堪能させてもらえたことだね!

 

 

 

「シナバーさん」

 

「おう?」

 

「今のボクならきっと、どんな無理難題も解決できると思う」

 

「お、おう」




シナバー「(まさかここまで気に入るのはさすがに予想外だった)」
シナバー「……そう言えば彼女も、ハビット牧場がお気に入りだったな」
シナバー「(……我ながら、女々しいにも程がある感傷か)」

そんな事を帰路で考え呟いてたシナバーさん、一方コクヨウはもふり倒した喜びで気付いてなかったそうです。

『TIPS.ハビット牧場』
セントへレアの街を含め、寒冷地帯ではそこそこ多くみられる牧場である。
主な生産物は、長毛種のハビットから刈り取られる毛に、乳製品。そして荷駄動物としてのハビットの出荷となる。
また、食肉用動物として生産され、出荷されるハビットももちろん存在する。

生きる事、糧を得るという事は過酷なのだ。


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プチ設定集という名のTIPS集合体

毎日更新はしたい、だがしかし体力と喉がヤバイ。
そうだ、あとがきのTIPSをまとめてプチ設定集にしよう、そんなノリで仕上がりました。
申し訳ない……明日はちゃんとしたお話をお出しします。


【地域情報】

 

『獣人種の体格と地域の関連性』

一般的に、寒冷気候の出身の獣人種は男女問わず大柄に育ち耳は小さくなる傾向にある。

一方、温暖な気候の出身である獣人種は体格は小柄になり、耳は大きくなる。

その影響による感知能力の差は若干あるが、それでもヒューム(人間)よりかは段違いで優れている為、それほど彼らは気にしていないのが実情である。

 

また、全身の被毛についても出身地域の影響が色濃く出る事が特徴で、寒冷地帯の獣人達は全体的に毛深く、中には両親祖先の影響か全身毛むくじゃらとなるモノもいる。

だがそもそも獣人種は色々な区分をひっくるめて獣人と総称されているため、明確な区切りを行うことが不毛ではないかとの議論も根強い、被毛の話題だけに。

 

 

『ハビット牧場』

セントへレアの街を含め、寒冷地帯ではそこそこ多くみられる牧場である。

主な生産物は、長毛種のハビットから刈り取られる毛に、乳製品。そして荷駄動物としてのハビットの出荷となる。

また、食肉用動物として生産され、出荷されるハビットももちろん存在する。

 

生きる事、糧を得るという事は過酷なのだ。

 

 

 

【種族】

 

『ドワーフ』

エルフが森の民ならば、ドワーフは鉄の民である。

彼らは山間部に洞穴を掘って集落を築き、山の恵みと地熱で生育される作物で日々の糧を得ている。

また、種族的な特徴としては熱や温度を視覚として捉える事が出来、その性質によって光源が不十分とされる洞穴や鉱山の中でも不自由なく活動する事が出来る。

その背丈は大柄とされるものでも150cmに届かないが、膂力と頑健さは特筆するに値するものを誇っている。

 

種族が総職人と言える気質を持つ彼らは優れた武具を作る事、持つことを最大の名誉と考えている。

その性質が仇となり、名剣や宝剣に魅入られてその身を滅ぼしたドワーフの逸話にもまた事欠かないのは内緒である。

ちなみにその辺りの種族的失敗談を、酒場でドワーフに持ちかけた際は大喧嘩の元となる為注意が必要である。

彼らは頑固者で義理堅く、忠誠心と友情に溢れているが同時に喧嘩っ早いのだ。

 

余談であるが、男性は少年と呼ばれる時期から髭が生え始め、青年となる頃には髭まみれとなる。

一方女性は、体形こそ男性と同じずんぐりむっく……小柄で頑健な体型だが、髭は生えていない。

 

種族的寿命はおおよそ200前後、30歳で成人扱いとなる。

 

 

【人物】

 

『悪魔さん』

人間のサブカルチャーかぶれであり、己の権能を濫用して適当に目についた人間を異世界へ放り込んでは……。

コーラとポップコーンを手に、被害者が奮闘する姿を見てゲラゲラ笑う事が趣味というぐう畜。

この悪魔のタチの悪いところは、送り込む先の世界の神様への心付けを欠かさないという所にある為。

悪魔さんは趣味でにっこり、送られた先の神様も世界に新たな風が吹いてにっこり。

送られた転生者だけゲッソリという構図を作り出しているところである。

 

見た目は紳士風なカール髭ダンディ、なおこの姿は擬態であり真名も真の姿も不明。

 

 

『ヴァーヴルグ』

セントへレア神殿の大地母神派まとめ役の大柄な壮年男性。種族はヒューム(人間)

立場としては神の奇跡を行使する神官達の上役であり、大神官と呼ばれる事もある。

幼き頃はこの地方とは異なる村に貧農の子として産まれ、食料が足りず飢え死にする知り合いや弟妹を何度も見送ってきた。

その原風景から餓えて苦しむ者を一人でも減らしたいという強い使命感を持っており、その一心で己の心身を鍛え上げた男。

農地を荒らす者には悪鬼羅刹のごとき態度を見せるが、改心し大地を耕すようになったものには聖人のごとき態度を見せる人物でもある。

闘いのスタイルは、己の肉体に神の奇跡による強化を施した拳闘がメインで、時には己よりも遥かに大きい魔物の顔面を、飛び膝蹴りで爆砕した逸話を持っている。

 

なお伴侶は居らず、その身は清らかである。

 

 

『アクセリア』

セントへレア神殿の河川の守護女神派まとめ役の、見た目は妙齢の美女。

種族については本人はマーフォーク(人魚種)と申告しているが……。

記録と照合した際に種族的な寿命と食い違いがある為一部では疑問視されている、なお調査した人間は数日間うわごとのように彼女の美しさを称えるだけの存在になってしまうらしい。

本人は荒事を避ける傾向が強い為その戦闘能力は不明だが、浄化を含め治癒等の奇跡を行使する技術は一級品とされている。

また、汚水の処理を行う際に若い神官達が悪臭に悩まされ忌避されない為に、今や神殿のみならず街でも広く使われている石鹸等の衛生用品を作り上げた才女でもある。

 

彼女がヴァーヴルグを見る目線は、聞き分けのない弟分を見るようなモノであり。

時折、どこか手の届かない懐かしい思い出を噛み締めるようなモノである。

 

 

『TIPS.コクヨウ』

近未来的なサイバーパンク世界で、『僕』が動かしていた黒髪の狐耳尻尾のロリ巨乳美少女。外見は『僕』の趣味全開である。

スペックとしては経済知識や交渉能力、そして交渉を円滑に進め相手の懐に潜り込む為の魅力関係に特化している。

問題はリソースを全てそっち方面に注ぎこんでしまっている為、その世界観特有の強力なサイバーパーツは『一切』搭載しておらず、戦闘系技能やそれに関わる能力値を一切強化していない所にある。

その為、TRPGでキャラクタとして動かしていた際は、護衛できる戦闘系PCと必ず一緒に動いていたらしい。

なお狐耳尻尾が生えた理由は、その世界における遺伝子異常の『変異』によるものである。

作中世界ではランダムで変異が進む事もあるが、悪魔の優しさか悪戯か。これ以上の変異は起きる事はなく、彼女の遺伝子は安定している。

そう、今彼女がいる世界でも健康な子を産むことが出来る程度に。

 

なお天敵は「うるせぇ死ね!」と問答無用で襲い掛かってくるタイプの人種である。

 

 

『ギグ』

セントへレア神殿に所属している、大地母神派の神官。

諍いがあった頃も宗派に関わらず双方と交流していた為、揉め事には関与しない方針でいたがその方針もあって双方からの信頼はそこそこ厚かった。

なお今はコクヨウが立ち上げた部署のNo.2的な役割をなし崩し的に任命されており、主にコクヨウからの指示で現場仕事で奮闘している。

戦闘スタイルは奇跡による肉体強化や、重装甲に身を包んだ上で周囲への治療の奇跡を飛ばしまくる装甲系ヒーラー。

愛用武器は重量級の戦槌と、大盾を構えた鈍足重装甲系である。

 

最近の悩みは、祖父であるドグが事あるごとにドワーフ美女との見合いを勧めてくるところ。

当人自身は、まだまだ独身貴族を満喫したいようである。

 

 

『シナバー①』

セントへレアの街の、錬金術師の家に生まれた男。年齢は28で種族はヒューム。

10年ほど前までは、実家を継ぐべく錬金術や薬剤調合の技術を伸ばし、憎からず思っていた幼馴染の少女と日々を過ごしていた。

しかしある日、彼女へ想いを告げようとしたその日、いつもの待ち合わせの場所に彼女が現れる事は無かった。

必死に街を走り回り情報を集め、彼女が人攫いに攫われた事を知った時は既に遅く、家を継ぐことが秒読み段階となっていた男は親子喧嘩の果てに家を、そして街を飛び出し。

 

そして、漸く見つけたのは、汚辱された跡と傷に塗れた彼女の骸だった。

 

 

 

 

【動物】

 

『ハビット(巨大兎)』

寒冷地帯が原産の、温厚かつ従順で臆病な性質を持つ全長2~3mにまで成長する巨大兎。

温暖地帯で生育されている馬に比べて最高速度は劣るが、スタミナと膂力はこちらに軍配が上がり。多少の寒さにはビクともしない為セントへレア周辺ではこちらに荷車を牽かせる事が主流となっている。

食性は草食で甘い果実等を喜んで食すため、調教する際にはそれらを餌にして調教する事が多い。

ハビットに牽かせる荷車は通称荷兎車と呼ばれるが、構造上の違いはそんなにない為単純に牽いている動物の違いを指し示すモノでしかない。

 

被捕食者である小動物の兎と同じルーツを持つのに対し、こちらが何故このような成長を遂げ一つの種族となったのか。

これらについて学者たちが熱い論議を日夜繰り広げているが、神学者からは単純に創造神が兎が好きだったからではないか、と身も蓋もない意見が投げかけられている。

余談であるが、創造神を信奉する一派の聖印は兎を象ったモノである。

 

 

 

【魔法】

 

『魔法とは①』

この世界では、一般的な魔法は大きく三つに分けられる。

個人の意思と力のある言葉で事象を起こし、変化を与える『魔術』

信仰と祈りを捧げ、神へ力の行使を願う『奇跡』

万象に宿る精霊へ語り掛け、助力を願う『精霊術』

無論他にも、種族独自の魔法は複数存在するが……知識体系として区分されているのはこれらが代表的なものとされている。

 

それぞれに一長一短があり、また使用可能となる為の研鑽もある為どれが最も優れている、と言う事は甲乙つけ難いのが実情であるも。

 

 

『魔法とは② 精霊術』

魔法の大系の一つであり、奇跡とよく似た形式で発動するが発動手順としては魔術と奇跡の中間に位置している。

どこにでも居り、どこにも居ない精霊に助力を願うという関係上、物質と精霊の繋がりを把握する必要がある魔法である。

火種や焚火があれば、熱線を放つ精霊術は容易に発動できるが。火も何もない状況では熱線の精霊術は発動できない。

しかし、火を熾す原理を術者が把握しており、その動作を含めて精霊へ働きかければ火が無くても熱線の精霊術は発動できるのだ。

 

中には感覚と伝承だけで精霊への働きかけを十全に使いこなすエルフと言う種族もいるが、彼らはその身自体が精霊との親和性が高い為出来る芸当である。

 

 

『魔法とは③ 魔術』

魔法の大系の一つであり、かかる手間と負担は大系化されている魔法の中でも最も大きい種別である。

例えば火を放つ《発火》の魔術を発動しようとした場合……

《発火》を発動する地点に狙いを定め、集中し余分な思考を省き、そこから火を放つコマンドワードを唱える必要がある。

さらに、爆発し周囲を燃焼させる《爆裂火球》になると手間は更に跳ね上がる。

まず火球を一時的に保持しておく地点を定め、集中して余分な思考を省き、コマンドワードで発生させた火球を保持、そこから火球を大きくするコマンドワードを唱えてから爆裂し延焼するワードを付与。そこまで準備を終えてからようやく発射する。

熟練者になれば幾つかの手間をスキップしたり、一つのワードで複数のワードを混ぜる事が出来る為発動時間が短縮可能となるが、待っているのは膨大な知識の蓄積と実践の繰り返しである。

これらの複雑さや煩雑さから、自然と学者肌の人間が魔術の研鑽を積む傾向が強い。

 

余談であるが、誰が唱えても正しい手順を踏めば効果を発動するという特性から、魔法の道具と言われる様々なモノに付与されている魔法の大半は、魔術が付与されている。

そこまで技術を積めば富には困らない為、夢見がちな学者がよく挑んでは先が見えない研鑽に発狂するというのが最早風物詩扱いされている。

 

 

『魔法とは④ 奇跡』

魔法の大系の一つで、最も種族による習得制限のない魔法である。

発動に必要なのは雑念を排しどのような状況下でも祈る事が出来る精神力、そして信奉する神への強い信仰心、そして己が信奉する神への理解である。

しかし、信奉し祈りを捧げれば誰にでも使えるという特性上、直接的な他者を傷付けるような奇跡は一部の神を除けば、大半が不得手とされている。

また発動結果を第三者である神へ委ねるという特性上、祈りの強さや神への理解によって効力が大きく異なる為、最も使用者によって消耗や効果に差がある魔法である。

 

一般的に奇跡を行使できるのは神官とされているが、年配の敬虔な信者等は意識せず奇跡を行使したりすることがある。

 

 

 

【文化、食物】

 

『メリジェの実』

地上から60cmほどの高さの茎を持ち、がっしりとした茎の先端部に握り拳大の果実を実らせる。

その地下茎は長く、また頑丈である為地表が多少乾燥していても水分を吸い上げて生育する逞しさを持つ。

特徴としては……不毛とされる地でも実り周囲の栄養を過剰に奪わないところにあるが、土壌の豊かさが果実の甘さに直結する特性を持っている。

その為、市場に流通するメリジェの実を見分けるのに最も重要なのはどこで生産されたか、とされている。

 

富むモノも貧しきモノも等しくその恵みを受け取れる果実として、大地母神ファーメリジェのシンボルとされており……。

大地母神ファーメリジェの神話の中の一つに、荒野を旅する聖人が飢えと渇きで倒れた際。女神が慈悲で生やしたメリジェの実によって、聖人が餓死を免れたとされるエピソードが存在する。

 

 

『税金について』

地方や国によって大きく異なる為、税の収集方法はコレだというフォーマットは存在していない。

商人組合が全ての運営を牛耳っている都市国家なれば、商人組合への上納金と……売買される商品に上乗せされている税金が主な税収となる。

セントへレアの街では、神殿が中心となって住民の名簿や出入りを管理しており……。

そこから人頭税として、一定割合の農作物を商人組合へ販売、そこから得られた代価を領主へと収め……引き換えとなる形で、領主が一括で買い付けた燃料や生活必需品を供給している。

その為流入者が増えるだけ増えて農夫の割合が減ると、割と大変になってくる。

 

そのほかの税収は、各組合からの上納金が中心となっており、農作物の収穫がこの街の税収にダイレクトに直結しているのが現状である。

冒険者達には現在の所、明確な税金はかかっていない。

 

 

『獣人の発情期』

獣人種は種族差、及び個人差こそあるが発情期が存在する。

発情の度合いもまた人それぞれであるが、酷い症状になると恋人と籠り切りになったり、夜な夜な娼館へ通いつめたりする有様となる。

活動にも支障が出る事が多い為、錬金術師が商いをしている店では、それらの症状を緩和するポーションが常に売り出されており、そして常に一定数の売り上げを上げている。

 

なお、獣人種に分類されるコクヨウにも発情期は存在する。

しかし彼女の場合は、少々通常の獣人種とは発情の規則や度合いが異なるらしい。




悪魔さん「良い子の諸君、体調管理は大事にね!」



『TIPS.今日はお休みです』
(太陽系第三惑星地球の日本語と、とある異世界の言語で『きょうはお休みです』と書かれた札がぶら下がっている)


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18.季節は廻り春が来る

二週間近くの更新休止、大変申し訳ありませんでした。
またしばらくは毎日更新を続けられる予定ですので、宜しければお付き合い頂けると幸いです。


 

 

 

 この世界に降りて初めての、長かった冬も終わり……。

 麗らかな陽気が降り注ぐことで雪解けも始まり、ようやく春めいてきた今日この頃。

 

 

「ほふー……お日様が気持ちいいなぁ」

 

 

 午前の仕事を終えてお昼ご飯も食べ終わり、日向ぼっこをしながらのんびりとお茶を啜る。

 本格的に始まった冒険者への支援と装備貸与も今の所問題なし、少しばかり調達費用が足りなくなりかけたりもしたけども。

 ボクが着てきた衣服の意匠を取り込んだ洋服が、去年のお祭りによって口コミから注文殺到。そこからキックバックで入って来たお金で何とか賄う事も出来て一安心だね。

 

 まぁその結果職人さんが忙しくなりすぎて、貸与用装備の製造をお願いした職人さん達が若干大変になってたみたいだけど……見習いさんとか総動員で乗り切る事も出来たので結果オーライなのだ。

 そんな具合に尻尾をパタパタ振りながらお茶を味わい、のんびりとしていたところ……。

 

 何かが激しくぶつかり合うような衝撃音が響き渡り、思わず大きな耳をビクンと立てて反応してしまう。

 音のした方向からして、ヴァーヴルグさんが指導している訓練場の辺りからしたっぽいので、好奇心の赴くまま足を向けてみるのだ。

 

 

「あ、巫女様も気になったんですね、凄い音だったもんなぁ」

 

「うん、一体全体何が起きたの?」

 

 

 神殿の二階へ上がり、訓練場を見下ろせる場所へ移動して見たらそこには既に結構な数の人だかりがあり、ボクに気付いた神官さんが声をかけてくる。

 神官の彼の言葉に頷いて同意を示しながら、隙間から顔を出して覗き込みつつボクより先に来てたっぽい彼に、話を聞いてみるのだ。

 

 

「ああ、ヴァーヴルグ殿の旧友である竜人の武人が訪ねてこられて、久しぶりに手合わせしようかという話になったそうですよ」

 

「ほへー、なるほどなぁ」

 

 

 訓練場を見下ろしてみれば、既に何度か肉体をぶつけあったようでその地面は大きく荒れており。

 いつもの装甲法衣に身を包み、肩幅程に広げた両足でしっかりと大地を踏みしめたヴァーヴルグさんが、右手の掌を相手へ向けるように構えており。

 彼と対峙している竜人の……屈強で大柄なヴァーヴルグさん以上に大柄な人は、その鱗に包まれた尻尾を大きく揺らしながらも両腕を腰だめに抱えるような、独特な構えを取っている。

 

 

「あの竜人の方は確か、北方山脈でも名が売れてる武人だったよな?」

 

「ああ、称号と二つ名持ちですね。確か『不滅』の『貪竜』……名前は」

 

 

 バトル系作品の解説みたいなことをしている神官さん達の会話を大きな耳で聞いている中、訓練場で互いににらみ合ってた二人が動き始める。

 ヴァーヴルグさんが訓練場の地面に大きな足跡を残しながら踏み込み、爆発的な加速と共に竜人さんへ接近。

 正直ボクだと反応なんて論外な速度の踏み込みに対し、竜人さんは前へ踏み出しながらその右腕を振るうが……次の瞬間ヴァーヴルグさんが、薄い頭頂部に陽光を反射させながら飛翔して。

 

 空中で前転をしながら全体重と膂力を込めてるであろう踵落としを、竜人さんの脳天へ叩き込み激しい衝突音と共に竜人さんの体が少し沈んで土煙が巻き起こり……二人の姿を覆い隠す。

 

 

「アレは決まったな!」

 

「いえ、まだです!」

 

 

 観客状態の神官さん達が盛り上がる中、二人を隠していた土煙が晴れると同時に……左腕でヴァーヴルグさんの足を掴んでいた竜人さんが、訓練場の地面めがけてその大柄な肉体を叩きつけようとする。

 しかし、為す術もなく叩きつけられると思って思わずボクは目を瞑ってしまったんだけども、ヴァーヴルグさんが地面へ叩きつけられる音が何時までたっても聞こえてこないので目を開けば……。

 互いにボロボロになりながらも、距離を取り互いににらみ合っている状態に戻っていた。どういうことなの。

 

 

「え?今の一瞬に何があったの……?」

 

「ああ、叩きつけられる瞬間にヴァーヴルグ殿が『不滅』の腕にもう片方の足で全力で蹴撃を入れて、拘束が緩んだ瞬間に脱出したんだ」

 

「さすが、我らの神殿が誇る最高戦力……!」

 

 

 茫然としたボクの呟きに、子供みたいにはしゃぎながら解説をしてくれる神官さん達。ノリ良いなオイ。

 でも、こんな激しい戦い見たのは初めてだからボクも正直ワクワクしてるし、他人の事言えないな!

 

 

「またヴァーヴルグ殿が仕掛けるぞ!」

 

「しかし。『不滅』のと言えば……後の先の達人、果たしてどうなるかわかりませんね」

 

 

 踏み込むと共に振りの小さい、しかしこちらまで音が届くと錯覚させるほどの速度でヴァーヴルグさんの拳が竜人さんめがけて振りぬかれる、だがその動きを読んでいたのか竜人さんは左腕でその拳を払うようにいなすと。

 体幹が流れる事で無防備な姿を一瞬晒したヴァーヴルグさんの胴体めがけ、肘撃ちを叩き込んで彼の大柄な体格を吹き飛ばす。

 

 

「ああ!思いきり入った!?」

 

「いえ、ヴァーヴルグ殿は咄嗟に左手で肘を受け止めてました!」

 

 

 ボクが目で追えなかった攻防を事細かに解説してくれる神官さん二人がとても有難いね!

 でも正直この二人、実況と解説で食べていけるんじゃなかろうか。なんて思うのは内緒だ。

 

 

「おお、ヴァーヴルグ殿が法衣を脱がれるぞ!奇跡も行使しているな!」

 

「ここから本気の本気と言った様相ですね、しかし『不滅』の方も竜語魔術による肉体強化を始めました。ここからは瞬きも惜しいですね……!」

 

 

 二人の解説通りに、ヴァーヴルグさんが愛用の装甲法衣を脱ぎ去ると同時に何か祈りを捧げ、その体を発光させ……。

 竜人さんの方もニヤリと口角を上げて好戦的な笑みを浮かべると、激しい咆哮と共にその肉体を刺々しく重厚な姿へ変えていく。

 

 あれ?手合わせって話だったのに、なんかかなりガチ目なノリになってない?

 思わず呟くボクであるも、激しい攻防を見物している神官さん達は止める様子はなく、当然ヴァーヴルグさんと竜人さんもまた同様な感じで……。

 

 

「往くぞぉぉ!」

 

「こぉぉぉい!」

 

 

 二人の肉体が激しくぶつかり合う、と思った瞬間。

 屈強な男性二人の肉体が、水で作られた網で雁字搦めになりました。どういう事なの?

 

 ……あ、アクセリアさんが縛られた二人に近付いて行ってる。ボクから見ると表情が見えないんだけど……後ろ姿から見るにかなりご立腹っぽいね。

 

 

「あ、ヴァーヴルグ殿がアクセリア殿に蹴られた」

 

「その姿見て大笑いした『不滅』も全力で蹴られてますね」

 

 

 ヴァーヴルグさんと竜人さんの様子を見るに何やら弁明をしてるっぽいけど、アクセリアさんの蹴りが止まる様子はない。

 しかしあの屈強な二人を即座に拘束して、その上今も碌に抵抗できないぐらいに縛り上げてるとか……。

 

 

「もしかして、アクセリアさんが一番この神殿で強い?」

 

「肉体的な強さを除くと、多分一番敵に回しちゃいけないお人だな」

 

「ですね」

 

 

 解散解散とばかりに散っていく神官さん達、それでいいのか君達。

 しかし、お昼休憩を大幅に過ぎちゃってるのに見物してたボクも人の事言えないので、大急ぎで仕事に戻るのだ。

 

 

 

 そんなわけでお仕事に戻ったワケなんだけども。

 基本的に急ぎのお仕事は午前の部で片付けちゃうから、のんびり話しつつ時折入ってくる案件を片付けてるのが今の現状なんだよね。

 ……冒険者組合ならぬ、冒険者寄合立ち上げまではとんでもなく忙しかったけどさ。

 

 

「そう言えばさ、気になったんだけども……」

 

「? どうされました、巫女様」

 

 

 神官の子が淹れてくれたお茶を啜り、部屋にて一息吐きながらふとした疑問を呟けば……羊皮紙の束をまとめていた子がこちらの発言に反応してくれた。

 この子も今の部署立ち上げてからの付き合いだけど、凄い頼りになるんだよね。

 

 

「竜人の冒険者の人ってチラホラ登録されてるけど、男性ばっかりなんだよね。女性はいないの?」

 

「ああ、そう言えば巫女様は世情に疎かったですものね。竜人の方達は圧倒的に男性が多いんですよ」

 

 

 さり気なく世間知らずだからしょうがないと納得された不具合、いや事実だし悪く言う意思は感じないから気にしないけどさ!

 

 

「そうなの?」

 

「はい、悪く言うつもりは無いのですが……少々独特な文化を彼らは持ってますし」

 

 

 何か微妙に言い辛そうにしてる神官の子に首を傾げつつ、丁度手元にあった竜人種の新人冒険者達の簡単な資料へ目を落とす。

 冒険者になった切っ掛けや動機についての項目に、大体共通しているのが名を上げたいって書かれてるんだけど……。

 

 あ、よく見ると詳細が書かれてる新人がいる、どれどれ…………っ!?

 

 

「……え?」

 

「あー、見ちゃいましたか。じゃあ正直に言いますけど、彼ら竜人種は番って概念が一部の変わり者除けば殆どないんですよ」

 

 

 目を通して固まった内容、そこに何が書かれていたかというと……。

 『名を上げて功績を立てて凱旋し、女王と子作り出来る英雄になりたい』と赤裸々に書かれていたんだよ!予想の斜め上にもほどあるわ!!

 

 

「え、えーっと……どんな感じの文化なの?」

 

「そうですねぇ、まず基本的に一族の政治や内政に関わる事は産まれた時から英才教育を施された女性が務め、その中のトップが女王として手綱を握ってます」

 

「まさかの女性上位社会」

 

「そして男性は戦士、ないし職人や労働者として切磋琢磨。そして特別な功績を上げて称号や二つ名を得た者だけが子孫を残せるそうです」

 

 

 まぁ長年の忠勤が認められれば、女王の配下である侍女達との子づくりが認められるそうですけどねー。などと補足までしてくれる神官さん。

 しかし、聞けば聞くほど不思議な社会体制だなぁ。

 

 

「その、正直思ったけど変わってるんだね……」

 

「まぁ実際そうですからねぇ、名誉の為なら命すら投げ捨てる所あったり。細工物や作り出す武具にしても変な所にこだわり見せる種族ですしね」

 

 

 まぁ色んな文化や考え方あるし、特別酷いってわけでもないからいいか。

 北方山脈まで足を運ぶとかいう事情でもない限り、ボクはそんなに関わる事ないだろうしね。

 

 

 

 

 

 今思えば、この考えがフラグそのものだったのかもしれない。

 




アクセリア「…………」(ただ無言で笑みだけ浮かべている)
不滅「お、おいヴァーヴルグ。何とか宥めろよ」
ヴァーヴルグ「そもそも、貴様が殴り込み同然に手合わせ願ってきたのが原因だろうが……!」
アクセリア「……反省が足りないのかしらぁ?」
二人「「ヒェッ」」

大体こんな感じで鎮圧された模様。


『TIPS.竜人』
高く険しい山々がそびえたつ北方山脈原産の種族。
彼らの特徴として、男性と女性の極端なまでな性差が挙げられる。
出産直後は男女とも差はそれほど大きくないが、男性は成長を遂げるにつれ……。
全身に鱗が生え、二次性徴と共にその頭部もまた竜のような貌へ変貌すると共に大きな角が生える。
一方女性は成長しても体の一部と尻尾ぐらいにしか鱗が生えず、大人になってもヒュームの女性とさほど違いのない外見となる。
更に男女の体格差も顕著であり、成人男性は平均的に2.4mほどに対し女性は平均1.5mほどと大きな差が生じる。
また、女性が極端に少ない事と過酷な地で文化をはぐくんできた影響か、男性には女性は護るモノという意識が非常に強く。
数少ない女性を振り向かせるために、その心身を燃やし尽くすかのような生き方をする者が非常に多い。

なお、ごく稀に他種族の女性と結ばれる竜人族の男性もいる。


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19.いざ往かん北方山脈(イラスト追加)

そんなわけで、新たな試練の始まりハジマリなお話。
果たしてコクヨウに課せられる試練とは……

絵師のモロ蔵先生(https://twitter.com/morozoub)に依頼していたコクヨウ絵が仕上がりました!

【挿絵表示】

この世界にやってきてすぐの状態ですね、間違いなく。
ブラっぽいのが見えないのは、きっとつけてない状態なのです。


 

 皆さんこんにちは、いかがお過ごしでしょうか?

 ただいまボクことコクヨウは……。

 

 

「この速度なら、まぁ五日間ほどで到着できるであるな」

 

「んだな、天候が崩れたらどうなるかわからんけどな」

 

 

 二羽のハビットに牽かれた馬車ならぬ、兎車にてセントへレアの街から遠く離れた北にある北方山脈へ向かっております。

 道中の護衛は神殿からはギグさんに、この前ヴァーヴルグさんと激闘を繰り広げていた《不滅》の《貪竜》ドゥールさん。それに……

 

 

「神妙な顔して頼み込んでくるから何事かと思ったら、護衛の頼みとはねぇ」

 

 

 御者台で巧みに二羽のハビットを操りながら、糸目のまま呑気に欠伸をしているシナバーさんにお願いしております。

 いやね、他意はないんだよ。ただ神殿のベテラン神官の人達もあまり遠出出来ない、そんな中で経験豊富で相談に乗ってくれそうな人ってのが彼しかいなかっただけなのだ。

 

 

「なんで、こうなっちゃったのかなぁ」

 

 

 思わず兎車の中で遠い目をしながら、天井を見上げるボクである。

 事の発端はそう、今も外でギグさんと談笑しているドゥールさんが、訓練場にてヴァーヴルグさんと激闘を繰り広げた日の夜にまで遡るのだ。

 

 

 

 

 

 あの日もボクは、神殿で出された夕食に舌鼓を打ち……さぁお風呂に入ろうかとしていた時。

 何だか凄く苦虫を噛み潰したような表情をしたアクセリアさんに、神殿長が呼んでいるとの事で祭壇のある広間まで呼び出されたんだけども……。

 

 

「急に呼び出して誠に申し訳ありません、巫女コクヨウ」

 

「いえ、気になさらないで下さい。何か問題でも起きたのですか?」

 

 

 憂いを隠すことなく溜息を零していたスェラルリーネさんが、アクセリアさんに伴われて広間へ立ち入ったボクへ頭を下げてお詫びを口にした瞬間、ボクは確信した。

 なんかとんでもない厄介事が起きようとしていると。

 

 

「問題……というのには、聊か不明瞭なのですけれども。河川の守護女神ヘレアルディーネ様より。祈りを捧げていなかった私に直接、神託が下されました」

 

「……中々の緊急案件っぽいですね」

 

 

 何か女神様達からの指示や神託があっても、原則朝一番のスェラルリーネさんがお祈りを捧げているタイミングで来ているのがいつものパターンなのだ。

 それなのに、そのタイミングを待たずに女神様から指示が降りてくるというのは、言ってみれば緊急の案件がメールや直電で来るようなモノっぽいわけで……。

 

 うん、控えめに言っても中々に大変そうだね!

 

 

「信託の内容は、巫女コクヨウを北方山脈へ赴かせ……問題の解決に当たらせよ、というモノでした」

 

「どのような問題、でしょうか……?」

 

「ヘレアルディーネ様も他の神からの忠告を下に神託を下したようでして……しかし、心当たりは幾つかあります」

 

 

 広間の中を通っている清流の流れる音が響くぐらい、静かで重苦しい沈黙が満ちる中神殿長が言葉を続ける。

 

 

「少し前辺りから、北方山脈の方から食料品の買い付けに来る商人が増えており……職人の方からの話によりますと、炭金の搬入量が例年に比べて減っているとの事です」

 

「なるほど……もしかしてお昼ごろにヴァーヴルグさんと組み手をしていた竜人の方も、その案件で来られていたのでしょうか?」

 

「恐らくは」

 

 

 難しそうな表情を浮かべ、ボクの問いかけに対して首肯を返すスェラルリーネさん。

 内容が内容だけに、ボクに行ってこいとも言い辛そうな雰囲気です。だけども何だかそれ以外の問題もあって、神殿長は試練を下すのに迷っている気がする。

 

 

「……巫女コクヨウ、炭金がどのような事に使われているのかは。ご存じですね?」

 

「はい、生活用の燃料から鍛冶に欠かせない燃料……あ」

 

「気付きましたか。単純に生産量が落ちているだけ、それならばまだ良いのです……しかし、もし万が一にでも大量に購入している所があるとしたら」

 

「直近で大量の武具を生産している、という事ですか……」

 

 

 スェラルリーネさんからの問いかけに答え、自身が発した言葉で今の状況が齎している最悪の事態に思い当たる。

 冒険者の人達への貸与用装備の生産とかは確かにボクもお願いしたけども、だからといって供給が減らされる程の消費ではない事は書類で確認済みなのだ。

 そうなると、大量に炭金を仕入れて消費している所がある事になり。生活必需品等への使用ならまぁ良いにしても。

 

 ソレの使用用途が、武具の大増産だった場合。何かしらの戦争、ないし紛争の準備をしている所がある事になってしまうんだ。

 

 

「無論、領主様にも神殿の方から……巫女コクヨウが普段から仲良くしているシナバーさんを通じて、これらの懸念は伝えてあります」

 

「なるほど……ボクがやる事は、北方山脈で何が起きているか。そして可能ならば弁舌による鎮静化、と」

 

 

 スェラルリーネさんが微妙に聞き捨てならない事を言ったような気がするけども、今はそれどころじゃない。

 大事なのは、ここ十年近くは戦争と言えるものは近隣では起きてないそうだけど……だからこの先もずっと無いとは言い切れないのだ。

 勿論、ボク達の取り越し苦労で終わる可能性も十分にあるし、むしろそっちの方が嬉しいぐらいだ。

 だけども、万が一の最悪の想定が当たった場合……炭金を供給している北方山脈と、普段から取引しているこの街が巻き込まれない保証もまたないんだよね……。

 

 故に、ボクは神殿長から下された。北方山脈で起きている問題の調査と可能な限りの解決という、多分今までで最も難易度が高いであろう試練を受諾したのだ。

 

 

 

 

 そんなこんなで、普段からよくしてもらってる商人組合の人に長旅に必要なモノと兎車を用意してもらい。

 万が一の際にすぐに逃げられるよう、最低限の人員……ボクとシナバーさん、それにギグさん。そして道先案内人の竜人さん事、《不滅》の《貪竜》ドゥールさんで北方山脈へ向かう事となったのだ。

 

 

「しかし、炭金の供給が減らされてたってのは我輩、正直驚きなのである」

 

「なんで称号持ちのてめぇが知らねぇんだよ……」

 

「我輩の本分は敵を砕く事、政はさっぱりぷーなのであるよ」

 

 

 箱型兎車の中の、クッションが置かれた椅子に座ったまま耳をピコピコと動かしてギグさんとドゥールさんの会話に文字通り耳を傾ける。

 意外も意外だったのは、ドゥールさん割と愉快というか、何というかな人だったってところだよね……ヴァーヴルグさんと真正面からやり合ってた姿からは想像できないよ、正直な話。

 

 窓から見える外の景色は、ちらほらと雪が残っており入り込む隙間風は結構冷たい。

 なので、大きい自身のモフモフ尻尾を抱えるようにして暖を取るのだ……旅路の途中で無ければ、ハビットに抱き着くモノを……。

 

 

「道中は何度か野宿を挟むのかな?」

 

「いや、この街道はそこそこ往来が多いからな。それなりに宿はあるから野宿の必要はない筈だぞ」

 

「そっかー……」

 

「そこで安堵するならともかく、残念そうにされるのはさすがに予想外だぞ」

 

 

 いやだってさぁ、野宿ならあのハビットのお腹に埋もれながらすやすやできるんだよ?

 しかも二羽いるんだよ、二羽の間に挟まって寝れたらきっと極楽だよ?! ああでも、独り占めはさすがにマナー違反だよね……。

 

 

「顔は見えてないが、またアホな事考えてそうだな。この娘」

 

「まぁいつもの事だからなぁ、御守お疲れさん」

 

 

 こちらに視線を向ける事無く、御者をしているシナバーさんから容赦のない突っ込みが刺さると共に、ギグさんもフォローなしであった。解せぬ。

 そんな具合に、特に襲撃があるとかそういう事もなく旅路は順調に進み……やがて今日泊まる宿へと到着。ちなみに宿代は神殿長から預かったお金で支払うのだ。

 

 兎車を厩舎に預けて、シナバーさんについて宿の扉をくぐってみれば、その中は結構な賑わいであちこちのテーブルで杯を酌み交わしてる商人と思しき人がいるね。

 ともあれ、まずは部屋を……。

 

 

「申し訳ありません、ただいまお部屋が埋まっておりまして……二人部屋なら二つなんとかご用意できるのですが」

 

「あ、そうなの? じゃあそれで」

 

「待てぃ」

 

 

 店主さんに代金を支払おうとしたら、シナバーさんに止められた。解せぬ。

 

 

「そこで既にお酒飲み始めてるギグさんとドゥールさんで一部屋、ボクとシナバーさんと一部屋で問題ないんじゃないの?」

 

「心の底からお前がそう思ってるという現状に、俺は今一番驚いてるよ……」

 

 

 だって、片方に男3人詰め込むわけにもいかないし。二人部屋二つに分かれるなら効率的だよね。

 そう首を傾げて問いかけてみれば、シナバーさんは無言で頭を抱え何か諦めたような笑みを浮かべて、それでいいと返事をくれました。

 

 

「大胆でありますなー、巫女殿は」

 

「ふぇ?」

 

 

 体格に見合った大きな杯を片手に、度数の強そうなお酒をぐいぐい飲んでたドゥールさんの呟きが耳に届く。

 大胆って、何が?

 

 シナバーさんは頼りになる人だし信頼できる男の人で、そんな人と一晩同じ部屋で寝るのぐらい……。

 …………一晩、同じ部屋で寝るのぐらい……?

 

 

「あ、固まった」

 

「言われて気付くとは、初心な女子であるなー」

 

 

 ギグさんとドゥールさんの会話が凄く遠く聞こえる中、気まずそうにシナバーさんへ視線を向けてみれば。

 今更気づいたかと言わんばかりの顔をしながらも、どこか気まずそうに目を逸らされました。

 

 

 

 

 

 

 まぁ結論から言えば夜に何かがあったかと言えば何もなかったんだけどさ。

 何だろう、これはこれでとても複雑な気がする……い、いや、そういう事をやりたいとかそんなんじゃないんだけどね!

 




何となく道先案内人としてついてきたノリの竜人さんことドゥールさんですが……。
彼は彼なりに使命を受けてセントへレアの街へ赴き、そして今回の旅路についてきております。
その辺りは次回判明するかもしれない。



『TIPS.旅人の宿』
街道沿いに点在する、行商人や旅人を顧客としてあてこんだ宿泊施設。
規模や内容は店によってピンキリあるものの、それなりに安全な夜と暖かい食事を提供してくれる旅人たちにとっては必須とも言える施設である。
支払いは貨幣から、様々な荷物による現物払いまで色々な支払いにも対応している店が多いのが特徴。

ついでに言えば、ひっそりとあいびきしたい関係を秘密にしたい恋人や貴族が、一夜のロマンスを交わすのにも使ったり使わなかったりするらしい。


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20.異文化交流とは何ぞや

最近、気付いたことがあります。
もしかすると社畜の考えるロリ巨乳は、世間的にはロリ爆乳やロリ魔乳なのではないんじゃなかろうかと……。

でも、可愛い子にでっかいお胸ついてるのが好きだからね。しょうがないね。


 

 

 えっちらおっちら、兎車に揺られたり道中の宿で一夜を明かしたりを繰り返す事数日間。

 特に何事もなく、ボク達は北方山脈にようやく立ち入る事が出来たのだ。出来たんだけど……。

 

 

「あれ?洞窟に入るの? なんだか凄い間口が広い洞窟だけど……」

 

「ああ、コクヨウ嬢は初めて来たんだもんな。そこの竜人みたいに飛べる連中以外は、基本的にここから足を踏み入れるのさ」

 

 

 窓から顔を出して眺めてみれば、結構な高さに幅のある洞窟がその大口を広げていて。

 それでも壁面や天井から吊るされた灯りから、進む事に不自由しない程度の明るさが確保されていて、少し驚きの光景だね。

 

 

「巫女殿の街辺りを治めてた十代前の領主が、当時の女王や巨人達と盟約を交わし、互いの交易を滞りなく進める為に掘ったのであるよ」

 

「うちの家に残ってた古文書にも載ってたなぁ。何でも、死者が当たり前のように出る大工事だったらしいな」

 

 

 ほへー、と見回していると、疎らにだけども行商人さんと思しき荷兎車もちらほらと見える。

 どうやらこのトンネルは、生活や交易に欠かせない要衝のようだ。

 

 

「我輩達の里はこっからまだまだ先なのであるよー。まぁ、山脈を脚や翼で行くことを思えば全然楽なのであるけどなー」

 

 

 ついてくるのであるよー、と呑気な口調で先導を始めるドゥールさんについていくように、シナバーさんが兎車を進ませる。

 何だろう、シナバーさんが洞窟に入ってから凄い気を張りつめさせている気がする。

 

 そんな事を考えていたら、シナバーさんが無言でボクに自分の背中に隠れるようジェスチャーすると、口を開き始めた。

 

 

「あードゥールさんや、お前さんに何かしら思惑があるのは理解しているが……そこな暗がりから、敵意と殺意をこっちへ向けている連中もお前さんの思惑によるものかい?」

 

「少しばかり問題があってな、外からの客人には色々と神経質になっているのであるよ。しかし不作法なのも事実であるな」

 

 

 え、マジで?と言わんばかりに周囲をきょろきょろと見回しているギグさんを他所に、ドゥールさんは軽く一声咆哮を上げると。

 シナバーさんの背中越しに状況を見守っていたボクの視界の端で、トンネルの影から染み出てきたかのように数人の竜人さんが姿を現した。

 

 

「『不滅』様、今はネズミの子すらも警戒すべき状況である事は重々承知なのでは?」

 

「承知しているのである、その上で頼むであるよ。彼ら……いや、彼女は女王が招いた客人であるしな」

 

 

 え、そうなの?ボクはむしろ神託に導かれるまま、問題解決の為にやってきたっていう意識が強かったんだけど。

 

 

「そこの、ヒュームの後ろに隠れている獣人の娘が?」

 

「不躾な視線を送るものではないのである。彼女は我輩らが食料を買っている街の重要人物なのであるよ」

 

 

 影から現れた竜人の内、代表者と思われる人が剣呑な視線と敵意を向けてきたので……シナバーさんの背中から出してた顔を引っ込めるボク。

 いや、うん。明らかな敵意を向けられるのはちょっとさすがに怖いのだ、自慢じゃないがボクは煩い死ね!って襲われたら儚く散る程度のナマモノなのだ。

 

 

「……わかりました。しかし、監視は続けさせて頂きます」

 

「うむ、まぁ妥協点であるなー。スマンのであるよ『影爪』」

 

 

 申し訳ないと思うのならば少しは話を通して下さい、と影爪と呼ばれた竜人さんはドゥールさんへ苦情を告げると、現れた時の逆回しを見させられるかのように影へと消えていった。

 直接向けられていた敵意のようなモノが消えてホッとするボク、そしてふと気付く。

 

 しがみつくようにシナバーさんの背中に隠れてたせいで、思いきりボクの大きなお胸をシナバーさんの背中に押し付けてました。

 何だか凄く気恥しくなったので、耳をペタンと倒してそそくさと兎車の室内に戻るのです。これは緊急事態のなんやかんやによるコラテラルなダメージなのだ。

 

 

「いやー、シナバー殿苦労されておるようですなー」

 

「誰のせいだと思っている……」

 

「我輩、竜人であるからなー。ヒュームの色恋事情さっぱりなのであるよー」

 

「いやお前さん、ぜってぇわかって言ってるよな?」

 

 

 兎車の外から聞こえてくる会話に、自らの手で耳を塞ぐ。

 あーあー、聞こえないったら聞こえない。聞こえないのだ!

 

 

 

 そんな具合に多少のハプニング、うん、多少なのだ。多少と言ったら多少なのだ。

 ガタゴトと、言葉も少なくトンネルを進んでいくと。大きく兎車が揺れると同時に何かに乗り上げたような感覚を受けた。

 

 気になって、窓から少しだけ顔を出してみてみると。さっきまで歩いていた洞窟とは少しばかり情景が変わっており。

 今ボクが乗っている兎車を後3台ぐらいは並べられそうな、大きな縦穴に出たようです。

 

 

「……アレは、歯車に鎖?」

 

「おお、コクヨウ嬢も気付いたか。アレはドワーフと巨人、それに竜人の技術の結晶とも言えるもんだ。まぁ見てな」

 

 

 今もどこかから聞こえてくる蒸気の音と、大きな歯車が回り鎖が巻き上げられる音に耳をピコピコ動かしながら疑問の声を上げてみれば。

 ギグさんがワクワクした様子を隠すことなくボクに説明し、その言葉と同時にガツンとくる振動を感じたと思った次の瞬間。

 ゆっくりと、今ボクが乗っている兎車が上に……否、今ボク達が乗っている足場ごと上昇を始めた。

 

 

「手入れが大変そうな機構だねぇ」

 

「うむ。里の職人や北方山脈のあちこちに住んでるドワーフ達によって、定期的に整備してもらってるのであるよ」

 

 

 シナバーさんも少しばかり驚いたのか、若干世知辛い呟きを漏らせばドゥールさんが彼の言葉に頷きながら解説してくれる。

 何でもこの昇降機によって、北方山脈地下の大坑道を中心に住処を広げているドワーフ達や、上層部に住んでる竜人達がこのトンネルの中を行き来しているらしい。

 

 

「あれ?そうなると巨人の人達はどのあたりに住んでるの?」

 

「あー、彼らは更なる奥地、北方山脈の山間に居を構えているのであるよ。炭金の素材の搬入や出来上がったモノの搬出もあるから、道は繋がっているのであるけどなー」

 

「巨人の人達は個体差あるけど、人によってはあのトンネルですら窮屈になるぐらいでかいからねぇ」

 

 

 どうやらこのトンネルや昇降機は、基本的に竜人やドワーフ、それに出入りする商人や旅人相手の為のモノらしい。

 あれ?でもそう言えばこのトンネルに足を踏み入れた時、空を飛べる竜人はそんなに使わないみたいなことギグさんが言ってたような……。

 

 

「竜人の人もこの昇降機を活用してるんですか?」

 

「ああ、天候が酷い時や……肉体に自信のないモノにモノグサな連中も良く使うであるな」

 

 

 なるほど、まぁ言われてみれば確かに納得な話だよね。

 でも何だろう、気のせいか酷い吹雪の時に空を飛んで迷子になった竜人もいるんじゃないかって気がする、いやそんな事聞いて本当にいたら気まずいってモノじゃないから聞かないけどさ。

 

 

「まー、毎年命知らずが吹雪の時に飛んで里まで行こうとしては何人か遭難しているのであるけどな」

 

「それ、笑い話で済ませていいのかい?」

 

「自身の実力も限界も見極められずに無茶をする輩は、遅かれ早かれ屍になるものであるからなー」

 

 

 自分から豪快に笑いながら言いやがったよこの竜人、そして修羅すぎるよ竜人族。

 シナバーさんが小声で、文化が違い過ぎると呟いたのをボクの耳は聞き逃さない。そしてその言葉に果てしなく同意なのだ。

 

 思わず兎車の中で頷いてたら、金属の擦れる激しい音が響くと共にお尻から突き上げられるかのような大きな衝撃を感じた。

 クッション越しでも感じた衝撃に、思わずお尻を摩りながら外を見てみれば……明るく照らされた大きなトンネルの先に、竜を象った見事な細工が施された大扉が見える。

 

 ついでに、兎車を牽いてくれてる二羽のハビットは呑気に毛繕いしてました。この子達タフすぎる……!

 

 

「さて、楽しく話をしてる間に里の入口である上層部に到着なのであるよー」

 

 

 ドゥールさんがボク達へ声をかけると共に歩き始め、大扉の前に控えていた門番と思しき竜人の人達に声をかけるとその扉が開かれ始め……。

 大扉が開き斬ったその先には、日差しが差し込む白銀に輝く山々が見えており。

 山へ寄り添うように建造されたであろう、大小様々な建物がその姿を見せつけていた。

 

 

「うわぁ……凄い」

 

「初めてくる人物は皆、そんな感じの反応なのであるよー」

 

 

 ガタゴトと進み始めた兎車の窓から外を眺めてみれば……。

 見てみると、建物から建物へ飛び移っているであろう竜人と思しき人影がちらほらと空に見えており、この大扉から伸びる道が大通りに当たるのか道沿いには様々なお店が並んでいた。

 

 窓から見える感じお店の種類は雑多にある感じだけども、お店の店員さんも道行く竜人達も皆男性と思しき特徴の人達ばかりのようだね。

 勿論体格の大小や、角に顔付きの違いなどに差はあるんだけど……竜人の女性は一人も出歩いていない。

 

 

「久しぶりに来たけども、セントへレアの大通りとはまた違うよなぁ」

 

「我輩に言わせてもらうと、あの街の大通りは賑やかすぎるのであるよ。後、美味い物の誘惑が強すぎるのである」

 

 

 それが自慢だからな、とドゥールさんの抗議をゲラゲラ笑って笑い飛ばすギグさんである。この人あの街大好きだよね、ボクも大好きだけど。

 

 

「ドゥールさん、この辺りでオススメのご飯ってどんなのがあるの?」

 

「コクヨウ、ステイ」

 

「わっはっは、道中もそうであったか中々の食道楽であるな! やはり自慢と言えば火吹き鍋であるよ、器一杯平らげれば吹雪の中全裸で飛び出してもへっちゃらなのである」

 

 

 時折吹き抜ける冷たすぎる風に身を震わせながら、窓からドゥールさんへ問いかけると。シナバーさんがこめかみを抑えながらまるでワンコを抑えるかのような事を言ってくる、酷くない?

 しかしそんなボク達の様子に、ドゥールさんは心から愉快そうに笑いながらオススメグルメを紹介してくれた。この人良い人だ!

 

 

「まぁ、今日はまずは女王への謁見が先なのである」

 

「それが目的だからなぁ、コクヨウ嬢。俺だって酒我慢してるんだからお前さんも少しは堪えろ」

 

「……はい」

 

 

 しかしお仕事優先だと言わんばかりに、ドゥールさんは告げ……ギグさんも溜息を吐きながらボクに我慢するよう告げてくる。

 

 

 

 

 うん、そうだよね……でも正直、女王様への謁見とかちょっと心の準備が……ほらやっぱり、お腹一杯になってからにしない? え、ダメ? そんなー。

 

 




ドゥール「若い竜人の間では、火吹き鍋を平らげた後全裸で吹雪の中に飛び出し。どのぐらい耐えられるかを競う遊びが流行ってるらしいのである」
シナバー&ギグ「「そんな遊び今すぐ駆逐してしまえ」」




『TIPS.竜人達の食文化』
寒さの厳しい山脈地帯である北方山脈では、生育できる作物が大きく限られている。
その中で主に収穫される作物の一つが、洞窟で栽培できる『淑女の椅子』とも呼ばれる大型の茸である。
芳醇な香りと独特な味を持つその茸は、北方山脈地帯では広く愛されている食材であり主食に近い扱いを受けている。
また、山間では様々なベリーに寒冷地帯でのみ成長する香辛料など、穀倉地帯とはまた違った独特な食文化が形成されているのが特徴である。

その中で、竜人のソウルフードと呼ばれるモノが。ふんだんに穀物や芋、茸と肉を放り込み……香辛料をこれでもかとぶち込んで煮込む事で作られる、『火吹き鍋』である。
余りの辛さに慣れない人物には敬遠されがちであるが、竜人はコレを平気な顔をして平らげるらしい。


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21.相手の事情が流れ弾

コクヨウの胸サイズは作者の考えではあのぐらい。
しかし、三者三様なコクヨウっぱいがあってもいい。自由とはそういうものだ……。


 

 

 というワケで、《不滅》の《貪竜》ことドゥールさんに案内されてやってきたのは、里の中でも一際大きい宮殿のような建物。

 山壁をくり抜くように、そして形を崩す事なく白く磨かれた建材で建てられたソレは、女王が住まうのに相応しい威容を誇っている。

 

 

「女王は寛大な御方であるからなー、意図的に侮辱したりしない限りは怒らないから安心するであるよー」

 

「むしろこの局面で侮辱するのが居たら、それはよほどの命知らずかただのアホだと思うんだ」

 

 

 兎車から下りたボクは、傍らでシナバーさんに控えてもらいながらドゥールさん先導の下宮殿の中を進む。

 宮殿の中の装飾は、セントへレア神殿やアルベルトさんのお屋敷ともまた違う意匠の彫刻があちこちに彫られており、優美さよりも豪胆さと力強さを訴えかけてくる。

 そして、その中に幾つか気になるモノが目に入って来た。

 

 

「ドゥールさん、この両脇に並んでる竜人さんの彫刻は一体?」

 

「あー?これなー、歴代の称号持ちを象った彫刻なのであるよ」

 

 

 言われてみれば、それぞれの彫刻の竜人が思い思いのポーズをとっており、台座には竜人の言葉であろう文字で何かが刻み込まれている。

 やはり多いのは武具を手に持った武人っぽい竜人達の彫刻なんだけど、その中にも幾つかノミとコテを持った竜人や竪琴を持った竜人の彫刻もあるのが目を引く。

 ……ところで、あのねじり鉢巻きらしきものを頭に巻いて釣り竿持ってる竜人は一体どんな功績を上げたんだろう、ものすごく気になる。

 

 正直、それぞれの歴史や逸話と一緒に色々と教えてもらいたくなる素材ばっかりで、堪え切れない好奇心を代弁するかのようにボクの尻尾が大きく揺れる。

 

 

「とんでもねぇ出来だな、今にも動き出しそうだぜ」

 

「当代の最高の腕を持つ彫刻師が作る作品であるからなー、更に言えば称号持ちの彫像を掘る事は彫刻師にとって最高の名誉なのであるよ」

 

 

 そうやって話してる間に、全身に甲冑を着用し盾と槍を携えた竜人が歩哨をしている立派な扉の前にまで辿り着く。

 彼らはボク達へ視線を向けた後ドゥールさんへ視線を向け、ドゥールさんが言葉もなく頷くとゆっくりと扉を開き始めた。

 

 ゆっくりと通された扉の先は、とても広い空間になっており。床は照明として灯されている揺らめく炎を反射するほどに磨き抜かれた大理石が敷き詰められている。

 そして、一段高くなっている広間の奥には、豪奢な玉座に座り冠を被った……背に生えている大きな翼に玉座から床へ垂らされている尻尾、冠の合間から見える角から竜人と思われる女性が座っていた。

 

 玉座の両脇には、広間の入口に控えていたのと同じような重装備に身を固めた屈強な竜人がそれぞれ控えている。

 敵意は感じないけれども、それでも油断も慢心もなくボク達を見据えているのが逆に怖いくらいだ。

 

 

「愛しき我が子である《不滅》の《貪竜》よ、そちらの女子がセントへレアの街の難題を解決したという巫女で間違いないかの?」

 

「はっ、その通りであります。我らが女王よ」

 

 

 女王と思しき竜人の女性からの問いかけに、ドゥールさんが傅き先ほどまでの飄々とした物言いからは想像できないほどにハッキリとした物言いで応じる。

 その女性は、宝石があしらわれた生地の薄いドレスに身を包んでおり、ボクを見詰める切れ長の目には見定めようとするかのような雰囲気を感じる。

 

 ともあれ、案内人であるドゥールさんが傅いたのでボクも倣って傅こうとしたんだけど……。

 

 

「楽にするが良い、呼び立てしたのは妾であるしの」

 

 

 傅こうとしたボクを止めるかのように、女王は微笑みを浮かべて軽く手を振って来た。

 何だろう、女王の様子から何かしらの悩み事の雰囲気は感じるんだけど、それが何か現時点で検討もつかない。

 

 道中ドゥールさんにも尋ねたんだけども、口止めされているから言えないの一点張りだったしなぁ。

 

 

「此度は遠路遥々足を運んでくれた事を、《女王》ディーヴァより感謝するのじゃよ」

 

「感謝の言葉、謹んで受け取らせて頂きます。ボクはコクヨウ……若輩ながらセントへレア神殿にて巫女の任を請けております」

 

 

 玉座に腰かけたまま微笑む女王の言葉に、軽く頭を下げてボクはその言葉を受け取り……名乗りを返す。

 実際彼女の臣下でもないボクであるけども、竜人の里の最高権力者がこちらを明確に歓迎する意思があるというのはとても有難い。

 

 

「今回お主に来てもらった理由なのじゃがな、妾の末娘である姫の癇癪と我儘を収める知恵を貸してもらいんじゃよ」

 

「……はい? っ、失礼。仔細をお聞かせ頂いてもよろしいですか?」

 

 

 失礼ながら、思わず耳をペタンと倒し間抜けな反応を返してしまった。

 しかし口に出したモノは取り戻せないので、即座に失言をお詫びした上で女王様へ問い返す。

 反応は……愉快そうに笑みを浮かべているだけ、とりあえずセーフなのだろうか?

 

 

「うむ。じゃが、事態を話すにはまずは妾らのしきたりを教える必要があるのじゃよ。 巫女コクヨウや、竜人の男子が名誉を求める理由は知っておるかの?」

 

「はい、功績を立て。その……子を、残す権利を得る為と聞いております」

 

「その通りじゃ。更に言えば、切っ掛けはどのようなものであれ、女子の方から求められるという事は最上位の栄誉とされておる」

 

 

 妖艶に微笑みながら、女王ディーヴァさんはボクの回答に補足を入れてくれた。

 どうやら、思った以上に自由恋愛という概念からは遠く離れていたけども、それでも女子から男子を見初めるという事もあるにはあるらしい。

 

 

「もし、名誉を上げ称号を得た男性が権利を得たとした場合……想い人がいる女性が別の男性にだ、抱かれるという事はあるのですか?」

 

「大半は妾を求めてくるが……無論そういう事もある、じゃがそれが仕来りじゃから女子は受け入れておるの」

 

 

 なるほど、文化が違う!だけどもその中でも功績を上げれる程の、言ってみれば優秀な男性の子供を遺すようにする事で種族としての強さを保っているのかもしれない。

 そうなると血の濃さの問題とか出てくるだろうし、近親的な問題もあると思うんだけど……さすがにそこまで突っ込んで聞くのは失礼かもしれない、必要そうなら改めて聞くとしよう。

 

 

「まぁ、件の末娘に関して言えば例外という状態になっておるんじゃがの……」

 

 

 大きく女王が溜息を吐き、切れ長な目で傅いたままのドゥールさんへ視線を送る。

 つられてボクもそちらを見てみれば、豪放磊落という言葉が似合うドゥールさんが非常に気まずい雰囲気を醸し出していた。

 

 ちなみに今も話しているこの時も、ギグさんとシナバーさんは傍で控えているけども、状況が状況だけに口出しできないようだ。

 

 

「……まぁソレはまた後で話すとしての。末娘は何を血迷ったのか、外からやってきたヒュームの行商人に惚れ込んでしまってのう」

 

「は、はぁ……」

 

「幼きが故に甘やかした妾の落ち度でもあるが、まだ男を知らぬが故かその行商人に自らの鱗を……わざわざ巨人の細工師に頼んでまで加工させたお守りを渡してしもうてのう」

 

 

 その美貌を苦々しげに歪めながら、重苦しい溜息を吐く女王。

 何だかこう、ものすごい厄介事の雰囲気を感じる。

 

 

「……コクヨウ嬢、竜人の女性にとって己の角や鱗を使った細工を異性に送るってのはな。相手の子を産みたいって言う最上級の愛の告白なんだよ」

 

 

 嫌な予感を感じていたボクに、ぼそぼそと詳細を教えてくれるギグさん。

 うん、控えめに言っても中々な大事だよね!?

 

 

「な、なるほど……女王としては、反対なのですか?」

 

「可愛い娘の頼みじゃ、親としては認めてやりたくもあるがのう。しかし、ヒューム達と妾らは男女の睦事に対して意識が違い過ぎる。不幸にしかならない愛は憎まれてでも止めてやるべきだと思っておる」

 

 

 ギグさんの補足と女王の様子から問いかけてみれば、返って来たのは母親としてのディーヴァさんとしての回答と女王としての回答、その両方が返ってくる。

 女王は女王なりに娘さんである幼姫を気にかけているけども、しかし同時にヒュームの下へただ嫁に出すという事だけは断固として認められない様子だ。

 

 かといって、竜人族の文化仕様で考えて……仮にその行商人の人との愛を認めて更にその人が愛を受け入れたとしても……。

 他の男性に、愛を受け入れた相手が抱かれるという状況を快く思えるかと言えば、まぁ特殊な性癖持ってない限りは良い気はしないよねぇ……。

 その辺りを含めての、女王からの不幸にしかならない愛という言葉になるんだろうね。

 

 

「あの、もしかしてですけども。炭金の出荷が減っているというのは……?」

 

「……また炭金の仕入れに行商人が来るかもしれないから、という末娘の嘆願によるモノじゃよ。遠くない内に元に戻す予定であったが、内容が内容故に伝えられんでのう」

 

 

 嫌な予感を感じながら問いかけてみれば、目を伏せた女王から飛び出てきたとんでも回答。

 いや、うん。なんとなく察していたけども、竜人族というのは究極的に自分達に直接かかわらない事は、大雑把なんだね。

 

 その中でも、不審に感じる程度の……それでも生活や産業に支障をきたさない程度にバランスを取れたのはむしろ女王の能力によるものだろうね。

 まさか戦争の危機か、なんて右往左往していたボク達の苦悩と混乱を返してくれコンチクショー!と叫びたい気持ちもあるけど、我慢の子だ。

 

 

「ボクも女です、末姫様のお気持ちも理解できないとは言いません。ですが……突然の事でありましたのも事実、せめて一言ぐらいは伝えていただければ……」

 

「お主の言葉も、また道理じゃ。セントへレアの街は大事な取引相手でもあるしの、相応の迷惑料は出させてもらおうぞ」

 

 

 よし言質とった!まぁ何を出してもらうかとか、そういうのは神殿長と領主のアルベルトさんに丸投げしちゃおう。

 だけども、炭金の問題が解決したと言えばしたとは言え。そもそもボクがドゥールさん経由で呼ばれた問題の解決には一切なってない悲しみ。

 

 

「失礼しました、問題が解決していないというのにこちらの事情ばかり優先してしまい……」

 

「構わぬ、許す。元をただせばこちらの不始末が事の発端じゃからの」

 

 

 気を取り直して深く頭を下げて非礼をお詫びすれば、女王さんは苦笑しながら許してくれた。

 しかし、苦笑いにしても今も時折足を組み替えたりしてるけど、それらの動きが絵になる人だなぁ……。

 

 

「今のお話だけでは、力不足ではありますが解決策を見出せません。不都合なければ、末姫様とお話させて頂いてもよろしいですか?」

 

 

 ボクの言葉に、一瞬身じろぎして反応を見せる女王の傍に控えていた護衛さん二人。

 思わず耳をビクゥっと動かしちゃったけども、真正面から女王様の顔を見るのだ。

 

 

「ふむ…………」

 

 

 ボクの言葉に、瞑目し指先で腕をトントンと叩きながら女王さんは長考する。

 女王さんにしてみたら、これ以上娘の思考や思想をかき回しかねない外の人物に会わせるのは悩ましい、そんな所だろう。

 だけれども、今までの会話の流れから決して愚鈍ではない……情に甘すぎる所はあるかもしれないけども、それでも頭は切れる方の人だと思う。

 

 

「……良いじゃろう。但し、そちらの護衛も抜きで。巫女コクヨウ、お主だけならば許可しようぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 長考の果てに女王さんは目を開くと、両手を叩いて人を呼びつけ。

 ボクを末姫さんがいる場所へと案内されるべく移動しようとした瞬間、傅いたままのドゥールさんがひっそりとボクにだけ聞こえる声で囁いてきた。

 

 

「苦労をかけて本当にすまないのである。どうか、我輩の娘をよろしく頼むのであるよ」

 

 

 言葉の内容に思わずドゥールさんへ振り返るも、素知らぬ顔で傅いていた。

 しかしまぁ、ドゥールさんがボク達を案内する為の人員としてやってきた理由がようやく判明したので、何となく腑に落ちた感じだね。

 竜人族にとっての侍女服なのであろう独特な衣服に身を包んだ女性に案内されるボクを、シナバーさんが心配そうに見ていたので、目配せと尻尾ふりふりで大丈夫だと伝えてボクは往くのだ。

 

 

 そして、辿り着いた末姫様のお部屋でまっていた娘はどんな娘だったかというと。

 

 

「貴方は……誰……?」

 

 

 人間で言うと6~7歳かと思われる、中々にロリィで儚い印象の竜人族のお姫様でした。

 

 

 

 待って、さすがにコレは想定外。

 




悪魔さん「いやぁ、一体全体どこの炭金を大量に仕入れられた行商人君なのだろうね?お姫様に見初められた幸運な行商人とは」
悪魔さん「そう言えば彼、何も考えずに善意で渡しちゃってたが……まぁ、あんな言い方で渡されたらしょうがない気もするかな? 嫁が欲しいという割に自分でフラグへし折ってる様は見てて痛快だけど」
悪魔さん「彼が何て言い方で渡されたかって? それは次のお話までのお楽しみってヤツだよ」


『TIPS.竜人族の貞操観念』
竜人族の貞操観念は、番が基準となる他種族からは大きく離れたモノとなっている。
まず、彼らに夫婦という概念そのものが存在しない。
親や実の子と言った存在への敬意や愛情は間違いなく存在するのだが、そもそもが大半が兄弟と言える環境の為兄弟=ライバルであったりもする。
その関係から、女性からとある男性へ贈り物をして愛を捧げ……互いに子づくりをしたとしても。
ソレはソレ、これはコレと言わんばかりにその女性が別の男性と子作りする事もままある社会なのだ。
そんな事をされた男性がどんあ気持ちかと言えば、面白くない感情を持つのは事実だとは言えソレを理由に相手の男性や女性を断崖するという事もない。
それが、彼らにとって当たり前なのだ。

一方、他種族と婚姻する変わり者の竜人はその辺りの独占感情が強い事が特徴として挙げられる。


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22.幼き竜姫の恋

先日は更新できず申し訳ありません、何とか22話お届けできました。
しかし、今回は物凄い難産でした……。



 

 

 竜人の侍女さんに案内してもらい、やってきたのは問題の渦中にいらっしゃる幼姫様のお部屋。

 その中にいらっしゃった幼姫様は、幼いという言葉に違わずロリでしたとさ。 どないしょ。

 

 ともあれ、見慣れない人物であるボクを首を傾げながら眺めてくる幼姫さんに、案内してくれた侍女さんがボクを紹介してくれたので、軽く頭を下げながら自己紹介するのだ。

 

 

「セントへレアの街の神殿にて、巫女をやっているコクヨウと申します」

 

「ん、私はメルルゥ。《女王》ディーヴァの末娘、よろしく」

 

 

 ボクの自己紹介に対して、口数少なく応じられる。警戒されてるのだろうかと思うも、漂う雰囲気やその手の様子は感じられないので、多分こういう娘さんなんだろうね。

 しかし、そうなると何でこんな儚げな幼姫が行商人を見初めたのか、凄い気になる。

 

 だけども、言葉は慎重に選ぶ必要がありそうだ。

 恋心の力になると言う? 叶えられない可能性が高い空手形を切るのは危険すぎる、ダメだ。

 恋煩いについて聞かせてほしい? 恋煩いと言う概念があるかも怪しい竜人族で、しかも彼らの恋という概念を把握できてない内に踏み込むのは危ない。これもダメだ。

 

 そうなると、現時点で聞けることは自ずと限られてくる。まずは……。

 

 

「よろしくお願い致します。 メルルゥ様、貴方様が贈り物をした相手について教えて頂いてもよろしいですか?」

 

「ん……恥ずかしいけど、セントへレアの人ならいいかな。炭金の仕入れできた人だった、ヒュームなのに私達の酒宴に混ざっても平気な顔をしていた」

 

 

 お、おおう。見た目の割に中々な目の付け所の様子。

 だけども、今の言葉から幾つか見えてきた所もあるね。

 

 恐らくだけど、切っ掛けは本当に些細な事で好奇心旺盛な姫が、本当に偶然か何かで外から来た行商人さんを目に入れちゃったんだと思う。

 

 

「そこに惹かれたのですか?」

 

「ん、違う。だけど、私に良い所を見せようとする飲み比べに初めて参加したヒュームだから、興味がでてお話した」

 

 

 何やってんの行商人さん。

 こんなロリロリしいお姫様に良い所見せる為の酒宴に外から来た人なのに参加とか、言い逃れできない性癖だよ。

 

 

「そ、それでその行商人の人はなんと?」

 

「ただの宴だと思って参加したって言ってた、けど。お話が楽しかったから、母様に頼んで逗留してもらって色々とお話を聞いてたら、胸とお腹がポカポカしてきた」

 

 

 信じてたよ行商人さん。

 だけど行商人さん、貴方思いきりフラグ立ててるよ!外からの稀人に貴人が惹かれる黄金パターンやらかしてるよ!

 

 

「だから、私の鱗を巨人の細工師に綺麗にしてもらったのを、あげた」

 

 

 さっき、女王様から聞いた話がここで出てくるんだね。

 

 

「……そして、その鱗を受け取ったんですね」

 

「うん。だけど最初は受け取ってくれなかった。自分にはその資格がないとか言われた」

 

 

 あれ、少し雲行きが変わって来た?

 当初の予測だと、竜人族のしきたりを知らないが故に何も考えずに行商人さんが受け取ったというケースを想定してたんだけど。

 

 

「でも、その時私はまだ子供作れなかったから。子供からの贈呈は友好の証だって、言ったの」

 

 

 お、おう。

 

 

「そうしたら受け取ってくれて。今年に入ってすぐに私は子供を作れるようになった、だから彼の子供を産みたい」

 

 

 何言ってんのこのお姫様ぁぁぁぁぁ?!

 

 

「え? そ、そのソレは……失礼を承知で申し上げると、渡した時の状況から求愛と言うのは少々厳しくないでしょうか?」

 

「なんで? 10年も経ってるならともかく、数ヶ月程度、私達からすると誤差」

 

 

 恋心から贈り物をして、その時は子供だから行商人さんは受け取った。

 だけども、お姫様基準だと渡してすぐに子供を産めるようになった……おそらく竜人族の女性では大人という感覚であると仮定して、更に彼らの感覚だと数ヶ月は誤差の範囲……と。

 

 

「え、ええと。しかしメルルゥ様はまだ幼いですし、行商人の人も困るかもしれませんよ?」

 

「私はもう70を超えてる、母様や姉様みたいに大きくないけど。子供を産めるなら立派な大人」

 

 

 ……ああ、そうか。このお姫様は根本的に、当たり前だけども感覚は竜人基準なんだ。

 ヒューム的な基準で考えると、見た目6歳か7歳にしか見えない少女は恋愛基準としては見づらい……いやもしかすると、いるかもしれないけど例外だからよけておくとして。

 

 だけども、かと言って今の70を超えてるって発言からすると。お姫様が大人バディになる頃にはその行商人さんは間違いなく墓の下だよねぇ……。

 ここはせめて、可能な限りここで解いておける認識の相違を解きほぐさないと、問題解決なんて無理っぽい。

 

 

「メルルゥ様、確かに竜人族では数ヶ月程度の誤差かもしれませぬが。ヒュームにとっては誤差とは言い難い時間です……贈り物を受け取ったから、恋慕を受け入れたと考えるのは危険です」

 

「ん……そう、なの?」

 

「はい。贈り物を受け取ったという事実だけで相手へ迫っても、メルルゥ様が悲しむ結果に終わると思います」

 

 

 ボクの言葉に、女王に比べて小さい尻尾を力なく垂らしながら俯くお姫様。

 罪悪感が半端ないけども、ここはハッキリとしておくべきだ。ずっと控えている侍女さんはお姫様の恋心に反対してたのか知らないけど、ボクを応援している雰囲気を背後から感じる。

 

 

「それと、もう一つ大事な確認しておかないといけないことがあるのですが……」

 

「……なに?」

 

 

 部屋の中に満ちる重い空気に耐えながらもボクは口を開く。

 ここが正念場だ、頑張れボク。

 

 

「行商人さんがメルルゥ様の想いを改めて受け入れたとして、彼の子だけを産めますか?」

 

 

 ボクの言葉に、お姫様は俯いて考え込み……無言でゆっくりと首を横に振る。

 そうだろうなぁ、とは思っていたけども。やっぱりそうなるよね、だけどボクは自分が子供を孕んだり産んだりしてないのに何でこんな事話してるんだろう。

 

 

「地域にもよるかとは思いますが、ヒュームは基本的に番となった相手とだけ子作りをします。今のままでは件の行商人の人が想いを受け入れる事は、ほとんど無いかと……」

 

 

 行商人さんがそう言うの好きな性癖持ってたら別だけども、そんなのは例外中の例外だから除外する。

 いやうん、愛の形を否定するのは良くないし。ついでに文化を否定するのも良い事だとは決して言えないけど……。

 今のままだと、さっきの女王様の言葉通り不幸にしかならないと思うから。

 

 そもそも、お姫様の見た目的に行商人の人が想いを受け入れるかどうかも怪しいって話だけど、そこも除外する。

 仮定に例外を重ねても、それはもはや捕らぬ狸の何とやらでしかない。

 

 

「……しばらく、一人にしてほしい」

 

 

 ショックを受けた様子のお姫様はボクにそう告げると、寝台へと足を向けて力なく倒れ込んだ。

 酷い事を言ったかなぁ、という罪悪感に猛烈に襲われるものの、ボクは侍女さんに案内されるままにお姫様のお部屋から辞する事となり……。

 

 シナバーさん達がのんびりと待っていた、客間のようなお部屋へと案内された。

 

 

「おうコクヨウ嬢、首尾はどうだった?」

 

「……異文化交流の難しさを痛感したよ」

 

 

 大理石を削り出したかのような椅子に座っていたギグさんが、耳をペタンと倒し尻尾をしんなりさせたボクに姫様との話し合いの結果を問いかけ。

 ボクの力ない回答に、そうだよなぁ。とヒゲをしごきながら言葉を返す。

 

 ある程度の話し合いをしたいから、お姫様との話の内容を情報共有して良いか案内してくれた侍女さんへ問いかけてみると、野放図に言いふらさないのであればと釘を差した上で了承を返してくれた。

 そんなわけで、状況をかいつまんで話をしたわけだけど……。

 

 

「巫女殿、苦労をかけて本当に申し訳ないのである」

 

 

 お姫様の部屋に行く直前に、お姫様の父親だということを明かしたドゥールさんが深く頭を下げてくる。

 彼もある程度の事情は把握していたけど、ここまでだとは思っていなかったらしい。

 

 

「異文化の壁に、恋愛意識の違い。ついでに言えば、ここにいない人間の将来も絡む案件。ここまでくると、お茶を濁して撤退するか……女王から姫に言い含めてもらうしかないと思うがねぇ」

 

 

 頬杖をつきながら、溜息を吐いて呟くのはシナバーさんである。

 正直、話を持ち掛けられた第三者と言う立場だけでいうならば、もはや手に負える案件ではないレベルの話だ。

 

 だけど、それでもだ。

 あの時、悩んだ末にゆっくりと首を横に振ったメルルゥ様の様子を思い出すと……なぁ。

 

 

「でも今回の問題は、遅かれ早かれ出てきた問題だと思う。内向きだった文化と思想の方向性が外からの商人の流入による刺激で変化した、と言うのが事の発端のように思うんだ」

 

「……それもまた事実であるな。事実、商人との交流によって外の世界に飛び出す若い竜人の男は、段々と増えているであるからな」

 

 

 シナバーさんの隣に腰かけつつ、侍女さんが出してくれたピリッとしつつも甘い不思議なお茶で喉を潤しつつ、女王様とお姫様双方と話した結果感じた事を話す。

 真っ先に反応を返してくれたドゥールさんはボクの言葉に同意を示し、彼から見た最近の事情を補足してくれた。

 

 

「10代前の領主ってのと、うちにあった古文書からして……500年ぐらい前か?トンネルやら昇降機が出来たのは」

 

「そうであるな。我輩がまだ鱗の生えてないガキンチョだった頃の話である」

 

 

 どーしたもんかなぁ、と呟きながらヒゲをしごいてたギグさんが天井を見上げ思い出しながら呟いたっぽい言葉に、ドゥールさんが首を頷いて応える。

 竜人の人達って実際どのぐらい生きるのか、かなり気になるけど今は横に置いておこう。

 

 

「ヒューム達には信じられないかもしれんであるけども、我輩らから見たらここ数百年の間にめまぐるしい変化してるのであるよ?」

 

「お前さんらのめまぐるしい変化と言っても、50年単位だろうが。俺らから見たらのんびりしてるにも程あるわ」

 

「いやぁ、ドワーフのお前さんらも俺から見たら中々に頑固で変化してないからな?」

 

 

 長命種であるドゥールさんとギグさんの話に、シナバーさんがぼそりと突っ込みを入れる。正直その気持ちはわかるかもしれない。

 結構手詰まり感はある、けども今のドゥールさんの発言で一つだけ。お姫様……メルルゥ様の想いを手伝えるかもしれない案は浮かんだ。

 

 後はこの案が受け入れてもらえるかどうかだけど、それはもう出たとこ勝負だよねぇ。

 ともあれ、今日はもうお腹が減ったので美味しくて暖かい御鍋とか食べたい。 

 

 

 

 

 行商人さんの気持ちはどうかって? そこはもう、女王の説得が成功した後のお姫様の努力次第じゃないかなぁ。 




冒険者竜人「……そういえば行商人殿、そのメダリオン。気のせいか竜人の鱗に見えるのだが」
行商人「ん?おう、ちっこい竜人族の姫様から貰った。最初は女性からの贈り物は求愛だって言うの聞いてたから断ったんだが……」
行商人「子供の産めない幼い女性からの贈り物は友好の印だって言われてな、それならって事で」
冒険者竜人「……い、いやソレを渡すのは。行商人殿にとってかなりマズイのでは?」
行商人「まぁヤベーな、だけどまぁ……いいんだよ」
行商人「(何でか知らんけど、アレを着けて娼館行こうとすると尋常じゃない殺意感じるんだよ。ついでに常時監視されてる気がして、なんか落ち着かねーんだよな)」

ヒント
幼姫メルルゥ:清姫
行商人:安珍


『TIPS.竜人族の寿命』
北方山脈に住む竜人族であるが、彼らの寿命は文献で確認されている中で1000年ほどとされている。
大半の竜人族は寿命の前に戦いで命を落とすが、それでもその寿命の長さから彼らの時間に関しての概念は非常に大雑把である。
彼らにとって、数か月や数年間は少し前やちょっと前程度でしかないのだ。
他種族とのハーフになると、純血の竜人に比べて寿命は短くなる。


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23.想いの行く先

日を跨いだけれども、寝る前に更新出来たからセーフの可能性が微レ存。



 

 

 まぁなんであれ、今日出来る事はやったし女王様に話を持ち掛けるにしても……あの人も政務やら何やらで忙しいのか、また後日の会談となってしまった。

 じゃあ少し逗留する場所へ向かって食事でも摂るか、という話になったわけなんだけども。

 

 

「《女王》様より、お客様方を歓迎する宴へ案内するよう仰せつかっております。こちらへどうぞ」

 

 

 はらぺこなお腹を押さえつつ、何を食べようかなーなんて考えてたらお部屋に控えてた侍女さんからそんな言葉が飛び出し。

 とりあえず断るのも失礼なので案内されてみたら……。

 

 中々に広い、前世で言う囲炉裏のような感じで蓋がされたお鍋があちこちにあるお部屋に通される。

 部屋の中では、既にそのお鍋の周りにある座椅子に様々な恰好、体格の竜人さん達が待っていました。

 

 

「……あー、ここにいる連中。皆何かしらの称号持ちであるな。《女王》も中々に巫女殿を歓迎する気に溢れてるみたいである」

 

 

 お部屋に通されたボク達に、一斉に向けられる竜人さん達の視線に思わず気圧されたボクに、小声で教えてくれるドゥールさん。

 同じ飯を食う、人数的に厳しいならば同じ部屋で食事を楽しみ歓迎して友好を深めるのである。とも情報を付け足してくれた。

 

 とりあえず、案内されるままに少し高くなってる場所へ立ち、部屋に集まっていた竜人さんの視線がボクに集中する。

 視線や雰囲気から感じるのは、警戒し探っているような様子を感じる。

 

 ならば……。

 

 

「この度は皆さまの宴にお招き頂きありがとうございます、噂に名高い竜人族の料理。心から楽しませて頂きたいと思います」

 

 

 笑みを浮かべながら、しっかりと述べて頭を下げると、波を引くように警戒の視線が和らぎ好意的な視線を感じるようになる。

 自分達の食文化を心から楽しみにされ、お礼を述べてくる相手を悪しざまに言わないであろうという、今までの情報から組み立てた推測だけども合っていたようだ。

 

 もしかすると、実際に楽しみでぶんぶん振ってしまっている尻尾に、暖かい視線を向けられているのかもしれないけどそこは気にしないのだ。

 そんなわけで、改めてペコリと頭を下げた後ボク達に宛がわれた鍋の周りにある座椅子で、シナバーさんの隣に座る。

 

 蓋がされている大きな鍋からは、ぐつぐつと煮立っている音がボクの耳に届いており……。

 部屋の中に充満している、香辛料の匂いからするに火吹き鍋っぽい。匂いの時点で辛さがなんとなく察しが付く案件だ。

 

 

「おお、中々に上等な材料使ってるであるな」

 

 

 侍女さんが蓋を開ければ、湯気と共に現れたのは紅い色に染まった茸や肉、更に何かの葉物でした。

 その中身を一目見たドゥールさんが、若干弾んだ口調で感想を述べる、どうやら上等なお鍋らしい。

 

 

「……この茸とか、セントへレアまで持っていったら結構な高級食材だぞ」

 

「日持ちしないであるからなー。成長も早ければ採れる量も多いし、むしろ食べ飽きるぐらいである」

 

 

 シナバーさんの呟きを耳にしながら、侍女さんが盛ってくれた器を受け取ると、ピンセットを大きくしたような、食材を挟んで持ち上げるタイプの食器で味が沁み込んでいるっぽい茸を摘まむ。

 元が結構な大きさであろう茸をスライスしたであろうソレを、軽くふーふーしてから口へ放り込んでみた。

 

 まず最初に感じたのは熱さ。その次に感じたのは辛さでした。

 

 

「~~~~~~~!?」

 

「ああ、やっぱり巫女殿には辛かったであるか」

 

 

 か、からっ!からいっ!?

 けど、後からやってくる美味しさがずるい!汗を大量にかきながら、今度は何かの肉を摘まんで口へ放り込み……口の中で解れていくほどに煮込まれたお肉を味わう。けども、辛い!

 

 

「か、からひ……!」

 

「大丈夫か?コクヨウ」

 

 

 糸目のまま、しかし汗をかきながら器の中身を食していたシナバーさんが心配そうに見てくる。

 舌がヒリヒリする。汗も止まらない。だけど美味しいからもっと食べたい……!

 

 欲望と舌の状況の板挟みにあっていると、侍女さんが何か白いものが入っている器を差し出してきた。

 

 

「巫女殿、山羊の乳のチーズである。ソレを入れると辛さが落ち着くであるよー」

 

「この辛さがいいんだけどなぁ」

 

 

 ドゥールさんのアドバイスのまま、白い山羊チーズを摘まんで手持ちの器へ移し、ぐるぐるとかき混ぜて口へ運ぶ。

 あ、辛さがかなり落ち着いた上にまろやかになってる、凄い美味しい。

 

 ギグさん、多分貴方酒飲みだから平気なんだと思います、ボクの隣のシナバーさんもさりげなくチーズ入れてるし。

 

 

「ほふほふ……これは病みつきになるね」

 

「気に入ってもらえて何よりなのであるよ」

 

 

 既に3杯目に突入しているドゥールさんが笑みを浮かべている。

 いやほんとに、具材から沁み出ている味と味付けに使用している香辛料の味が、凄い良い味を出している。

 毎日食べ続けると慣れそうだけど、でも毎日食べるには胃袋と舌がきつそうだけどね。

 

 そんな具合で、和気藹々と談笑をしながらお食事が進む事暫く。

 途中、余りにも良い飲みっぷりからギグさんが他の竜人のグループに拉致られていったけども、今も元気に飲み比べやってるから問題なさそう。

 

 

「ああそうだ巫女殿、鍋のシメはどっちがいいであるか?」

 

「シメ?」

 

「うむ。鍋に残った汁を最後まで食すにあたって、卵か蒸した穀物入れて食べるのが通例なのであるよ」

 

 

 何それ、どっちも絶対美味しいヤツじゃん。

 この辛くて癖になる鍋の残り汁に、卵を落としてつつっと平らげるのもよさそうだし……お汁を吸った穀物で〆るのも良さそう。

 

 

「客人、卵がオススメです」

 

 

 耳をピコピコ、尻尾パタパタと動かし悩むボクにそっと囁くのは、いつのまにか至近距離に着ていた……ええっと、影爪って呼ばれていたトンネル入り口で出会った竜人さん。

 

 

「いやいや、最後まで辛さを味わえる穀物が至高じゃぞ。客人」

 

 

 一方、ついさっきまでギグさんと肩を組みながら酒盛りしていた立派な髭を顎から垂らしている竜人さんが、当然だと言わんばかりにアドバイスをしてくる。

 思わず、ドゥールさんへ視線で助けを求めてみれば。

 

 

「我輩のオススメは卵と穀物両方入れるヤツであるな、腹が膨れてなおかつ美味なのである」

 

 

 これが一番なのである、と言い切ったドゥールさんに影爪さんと年配の竜人さんが声を揃えて、この異端者め!とか言い出す。

 どうやら、竜人の中で卵〆派と穀物〆派がいるらしい。

 

 ギグさんへ視線を向ける、気まずそうに目を逸らされる。

 シナバーさんへ視線を向ける、苦笑いを返される。

 

 どうしよう、うーーーーん……。

 

 

「全パターン試させてもらってもいいですか?」

 

 

 悩んだのなら全部試してみよう、お腹一杯気味だけどもう少しならイケるしね!

 何だろう、隣のシナバーさんから呆れてるような気配を感じる。

 

 結論から先に言うと、ボクの好みとして辛さと旨味のバランスが丁度よい感じの卵〆が良い感じでした。

 ちなみにシナバーさんも同じ意見みたい、辛いのちょっと苦手みたいだしね。だけどちょっと嬉しい。

 

 

「いやぁ、小さいながらに中々の健啖家じゃのぅ。客人」

 

「美味しいからついつい食べ過ぎちゃいました」

 

 

 食後の談話時間に、長いあごひげをゴツゴツした手でしごきながら穀物派の年配竜人さんが話し掛けてきたので、少し照れながら応じる。

 けども食べ過ぎ気味でちょっと苦しいので、シナバーさんに寄りかからせてもらっているのだ。

 

 

「外から来た客人は最初の一杯のみで満足する人物が多いが、気に入ってもらえて嬉しいのう。ところで……」

 

 

 年配竜人さんの言葉に、少し照れ尻尾をぱたぱたと振ってしまう。寄りかかってるシナバーさんがくすぐったそうに身じろぎしてるのが、若干申し訳ないかも。

 

 

「お主等は番か何かなのかの?」

 

「にゃっ?!」

 

 

 首を傾げ、興味深そうにボクとシナバーさんへ視線を向けて問いかけてきた年配竜人さんの言葉に耳をピンと立ててしまう。

 

 

「な、なんで、そう思ったんですか?」

 

「いやじゃってのう、お主等時折互いに器へよそったりよそわれたりしておったじゃろ」

 

 

 何を言っておるんじゃこの娘っ子は、と言わんばかりの年配竜人さんの様子。

 い、いや確かにしたけども。それはボク以上の健啖家なドゥールさんやギグさんのお代わりに侍女さんが手一杯な様子だったから、他に呼びつけるのも悪いしそれぞれでやってただけなんだけどもさ!

 そんな気持ちは欠片もないんだけども、そう言われると、なんだかこう、もやもやする!

 

 

「いやご老人、言葉を遮って申し訳ないが違うぞ」

 

「むぅそうじゃったか。その割にはそちらの客人の娘は随分と甲斐甲斐しかったがのう」

 

 

 儂の勘違いじゃったか、すまんのう。などと呑気に言いながら年配竜人さんはのっしのっしと離れていく。

 え、ええと、いや違うんだよ?辛いの苦手そうなシナバーさんに、そんなに辛く感じなかった具材とかを考えてよそったりはしたけどもそんな気持ちはないわけであるわけで。

 

 少し互いにきまずいというか、妙に意識しちゃったりしつつその後は流れで解散になったんだけど、ギグさんとドゥールさんはそのまま酒盛りに突入していた。

 ボクとシナバーさんは、宮殿の中の客間に通されたんだけども。

 

 

「…………ベッドが、一つしかないね」

 

「そうだな。しかも妙に大きいな」

 

 

 ごゆっくり、なんて侍女さんに言われつつ退室されて、ボクとシナバーさん二人きりな部屋の中。思わず二人でベッドの前で立ちすくむ。

 い、いかん。さっきの年配竜人さんの発言もあって、なんだか妙にきまずい……!

 

 と、とりあえず部屋の中を少し見て回ってみよう。そうすればその内、このきまずい不思議な空気もうやむやになるはず!

 

 

「兎車の中の、俺達の荷物は運びこまれてるようだな」

 

「そ、そうみたいだね……あ、凄い。部屋の中にお風呂場あるよ、シナバーさん」

 

 

 さり気なく運び込まれてた荷物をシナバーさんが確認してる中、通された部屋の中にあった引き戸をあけてみると……。

 脱衣場のような部屋があり、その奥にはさらに引き戸が見えたのでそちらも開いて確認したところ。

 

 湯気が扉の隙間からもうもうと漏れ、中を確認するとそこは竜人の男性でも不自由なく入れそうな湯船がありました

 何かの獣の頭部を象ったらしき、見事な彫刻が施された物の口からは湯気を立てるお湯が湯船へと注ぎこまれている。

 注がれっぱなしになっているお湯は湯船から絶えず溢れ出ており、それが排水溝へと流し込まれていた。

 

 湯気の臭いから感じる微かな刺激臭からすると、どうやらこれは温泉らしい。

 しかし、客間に誂えられたお風呂場に温泉を引くとか……地味に凄い贅沢な事やってる気がするのは、気のせいだろうか。

 

 

「……至れり尽くせり、だなぁ」

 

「まぁ、それだけコクヨウに女王が期待しているという事だろうな。もしくは、家庭の事情に巻き込み呼びつけた詫びも含んでいるのか」

 

 

 ふと、さっきの食事で結構汗をかいちゃったのもあり、自分の臭いが妙に気になりだす。

 いやうん、ここまでくる旅路の間で宿ではお風呂に入れなかったんだけども、それでも体はしっかりと拭いていたしそんなに臭くは無いとは思うんだけどさ!

 

 

「お、お風呂入るね!」

 

 

 荷物の確認とかをしているシナバーさんの返事を待つことなく、部屋へ戻って自分の荷物から着替えを取り出すとそそくさと脱衣場へ飛び込む。

 何故だろう、顔が熱い。いや違う、これはさっきの鍋のせいだそうにちがいない。

 

 衣擦れの音を立てながら、法衣を脱ぎその下に纏っていた下着も外す。

 最近はセントへレアの街の縫製職人さん達も技術が上がっているのか、良い感じのブラとパンツも手に入るようになって……いや違うそうじゃない。

 ともあれ、たゆゆんと揺れるお胸を左手で押さえながら、お風呂場へと足を踏み入れる。

 

 なんでだろう、神殿のお風呂に入る時は何も気にすることなくお風呂を楽しんでいるんだけど。

 今はこう、何だか不思議な気分だ。いや違うきっと気のせいだそうに違いない。

 

 お風呂に備え付けられていた桶で軽く体にお湯をかけ、底が深めな湯船へと体全体を浸からせる。

 中で座るとボクの目元ぐらいまで水面がくるので、少し浅く座るようにして大きなお胸をプカリと湯船に浮かべながら、お湯の暖かさが全身にしみ込んでいくのを堪能する。

 

 

「……シナバーさんは、ボクをどんな目で見てるんだろ?」

 

 

 お風呂に浸かりながらぽつりと呟く……いや待てボクは何を言っている?!

 コレはそう言うのじゃないから!ただこう頼りになるお兄さん的な存在で、共犯者な人からの評価が気になってるだけだから!!

 

 でも……時々だけど、シナバーさんはボクを通じて違う誰かを見ているのを感じるんだよね……。

 その人は一体どんな人なんだろう?シナバーさんの大事な人なのかな?

 

 恋人とか、そういう人の代わりだから面倒を見ているのかなぁ……。

 何故かわからないけども、胸の奥がチクリとした。

 

 

「……なんだか、やだな。ソレ……」

 

 

 口元を湯船につけ、お行儀が悪いけどぶくぶくと泡を立てながら呟く。

 言葉にできないんだけど何だかもやもやする。

 嫌われてるって事は多分ないと思う。いや、ないと思いたい。

 

 そのまましばらく湯船の中で考え込み、のぼせそうになったのでお風呂から上がって体を備え付けの石鹸で洗い、髪の毛と耳尻尾も綺麗に洗って。

 脱衣場で水気をしっかりとってから、荷物から取り出しておいた綺麗な下着を身に着け……寝巻に袖を通す。

 

 

「シナバーさん、お風呂あがったよー」

 

「ん?ああ、わかった」

 

 

 もやもやしつつも、なるべく表に出さないよう努力しながらシナバーさんに声をかけ、ボクと入れ替わりになる形でシナバーさんが脱衣場へと入っていく。

 その背中を見送って、ふとお風呂に入る前はなかった床に広げられた寝袋にボクは気付く。

 

 そう言えば、さっきまでここでシナバーさん何か広げたりしてたような……。

 そのままもやもやと考えながら、ベッドの上に座って髪や尻尾を櫛で梳く事暫し。

 

 ボクの耳と尻尾がふんわりと乾いた頃、シナバーさんが脱衣場から出てきた。

 

 

「まだ起きてたのか、俺は床で寝るから気にせずベッドを使えばいいよ」

 

「でも床結構硬いし、寝袋だと寝づらくない?」

 

 

 ボクの言葉に、野営よりはマシさと手をヒラヒラ振りながら返してくるシナバーさん。

 彼のその様子に、ボクは普段は決して絶対言わないであろう言葉を、無意識レベルで呟いていた。

 

 

「一緒にベッドで寝ようよ。大きいんだし」

 

「……お前さんは本当に、警戒心と言うモノが無さすぎるぞ」

 

 

 ボクの言葉に大きく溜息を吐きながら、いつもの調子で返事をしてくるシナバーさん。

 うん、貴方ならそう言うよね。

 

 

「シナバーさんなら変な事しないでしょ? だったら大丈夫だよ」

 

「…………わかった、わかったよ。まったく……」

 

 

 のそのそとベッドにもぐりこむボクに背を向けるように、ベッドへ入るシナバーさん。

 こう見ると、背中が大きいのを感じる。ここに来た時に隠れた時も感じたけどさ。

 

 

 

 

 その夜は特に何事もなく、翌朝を迎えた。

 何だろう、凄い、もやもやする。恋愛感情とかない筈なんだけど、凄いもやもやする。

 

 




悪魔さん「いやぁ、中々に心と体の不整合に悩んでくれて。実に愉悦愉悦」
悪魔さん「女への意識の変化が早い?大丈夫、こっちは何もしていないよ、本当さ」
悪魔さん「まぁ何のかんの言って一年に満たないけども、彼女がこの世界に降りて。仕事抜きでの遊び歩きや相談込みで付き合いの長い異性になるからねぇ」
悪魔さん「いやぁ、どうなるか今から楽しみだよ。ククク」

ギグさんはどちらかと言うと、保護者枠的な扱いです。コクヨウの中では。
ついでにギグさんも、コクヨウは親戚の姪とかそんな感じです。彼はドワーフ体型じゃないと恋愛対象にならないのだ。


『TIPS.セントへレア神殿巫女に恋人誕生疑惑』
旅人の宿にて、二人部屋に巫女と協力者として良く一緒に歩いていた男性が泊まったという情報は、瞬く間に旅人からセントへレアの街に噂として齎された。
その噂を聞いた街の独り身の男性陣、一部の既婚者男性陣は恋人疑惑が立ち上がった男への憎しみに咆哮を上げたらしい。
中にはアクセリア神官に、巫女が男と付き合ってよいのかと聞いた猛者もいたらしいが……。
あの子が幸せなら私は何も言わないわぁ、不幸にしたら後悔させるけどぉ。とニコニコ笑顔で回答したそうな。


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24.変わりゆくモノ、変わらないモノ

2019/12/17追記
今回のコクヨウのマッハ堕ちについて、活動報告にネタバレ置きました。
明かすかどうか悩んだのですが、読者さんへの誠意を通すべきかと思いご案内させて頂くことにしました。


今まで果たして、転生者がコクヨウだけだったのか。という事もチラリと判明します(本題にはあまり関係ない)

世界転移直後コクヨウ絵も仕上がったので、セントへレア神殿巫女仕様コクヨウの絵師さんに依頼を出しました。
一か月後ぐらいにはお披露目できるかもしれません。

そして、昨日は更新できず申し訳ありませんでした、ものすごい難産につき四苦八苦しておりました……。



 心のもやもやが赴くままに、シナバーさんと一緒のベッドで夜を明かした夜の……翌朝。

 部屋の窓から差し込む明かりに刺激され、目を開けてみれば既にシナバーさんは何やら装備の点検をしていた。

 

 ボクは何故か残念だと思う気持ちを押し殺し、ベッドの中に潜り込み……。

 

 

 声を押し殺して悶え苦しんだ、何やってんのさボクはぁぁぁぁ?!

 何、バカなの?アホなの!?明らかに男誘ってるようなもんじゃん!

 

 

「何だかドタバタしてるようだが、随分変わった寝起きだなぁ」

 

 

 ベッドの外からシナバーさんのいつも通りな声が聞こえてきたので、耳と目元だけベッドから出してシナバーさんと目を合わせる。

 視線の先にいる彼はいつもの糸目なのんびり笑顔で、生暖かい目をボクへ注いでいた。

 

 

「まったく、ベッドの中で暴れるから髪の毛がくしゃくしゃだぞ、こっちに来なさいな」

 

 

 櫛を借りるぞ、と言いながらボクへ手招きするシナバーさんに、ボクは気まずい想いを抱えながらとことこと歩み寄り。

 シナバーさんの指示のまま、ちょこんと座る。

 

 

「まぁなんだコクヨウ、お前さんが何に怯えてるのか知らんが……とりあえず今の所お守は続けてやるからな」

 

「……うん」

 

 

 どこか、手慣れた様子で櫛でボクの長い髪を梳き整えながら、シナバーさんがボクへ優しく語り掛ける。

 聞き分けの無い子供へ語り掛けるかのような話し方に、なんかこう、恥ずかしさが限界突破するのを感じる。

 

 

「ほれ、終わったぞ。尻尾は自分でやれるか?」

 

「うん……」

 

 

 シナバーさんから櫛を受け取り、ベッドの中で悶えた影響かぼさぼさ気味になってる尻尾に櫛を通していく。

 もやもやしながら、互いに言葉もなく思い思いの作業を続ける中、部屋の扉がノックされどうぞと声をかけると侍女さんが扉を開く。

 

 なんでも、女王様が朝食を相席しないかとお誘いをかけてくれたようだ。

 女王様は結構多忙らしいので、コレを逃すとかなり後になりそうという話も侍女さんが伝えてくれたので、喜んでお誘いに招かれるとしよう。

 

 

 

 そんなこんなで、ドゥールさんやギグさんとも合流しつつ案内されたのは昨晩火吹き鍋を食べた広間ではなく、少しこじんまりとしたほどよく温い小部屋で。

 既に女王様が一番奥の席に、優雅に座っておりました。

 

 

「この度はお招き頂き、誠にありがとうございます」

 

「そう畏まらずとも良い。何かしらの手立てを浮かんでいる様子だったと、昨日あの後侍女から聞いてのう。居てもたってもいられなかったのじゃよ」

 

 

 クフフ、と妖艶に笑いながらボク達に着席を促してくれたので、お言葉に甘えて席に座る。

 今日もシナバーさんの隣だ。いやこれはボクの感情に基づいたものではなく彼がいざ動くというときに傍に居た方が負担が少ないかもという想いがあったりなかったりするわけで。

 

 いけない、思考を落ち着かせよう。今はそれよりも優先する事がある。

 

 

「はい。かなり荒療治になるかとは思ったのですが……」

 

「構わん、許す。しかしまずは朝餉でも摂るとしようぞ」

 

 

 女王様は柔らかく微笑むと、侍女さんへ目配せし……。

 程なくして、何人もの侍女さんが料理を載せたお盆を運んでくる。

 

 初めて見る料理が幾つかあるんだけども、気になった料理が一つある。

 見事な彫刻が施されたお椀状の、蓋が被せられたモノが女王様やボク達の前に一つずつ置かれるんだけども。器自体が結構な熱を持っており、サイズは前世のモノで例えるならばお茶碗を少し大きくしたような感じだ。

 

 じー、と見詰めるボクの前で手袋をした侍女さんが器の蓋を開けると、中から大きく湯気が上がると共に黄色いぷるんっとしたモノが現れる。

 ともあれ、食事の前に女神様へのお祈りを軽く捧げて、女王様が食事を始めたのを確認した上で小さめの匙でソレを掬い、口へ運んでみると。

 

 程よくしょっぱい、しかし色んな具材から抽出した出汁による味付けがなされた味がボクの舌に広がっていく。

 これ、アレだ。竜人族風茶碗蒸しだ……あ、昨日の鍋にも入ってた茸を小さく刻んだのが入ってる。

 

 はふはふと、がっつかないよう留意しつつ口の中を火傷しないように味わい、大きな器から侍女さんがそれぞれに取り分けたどろりとした餡状のスープに浸かったお団子っぽいものに今度は取り掛かる。

 こうやって見ると、朝はスムーズに食べれるというか気持ち胃腸に優しい感じの料理が多いんだね。夕餉にとことん辛い物をがっつり食べる食生活から来てるのかな?

 ……あ、このお団子。何かの根っこをすり潰して団子状に練り上げたやつだ。独特な風味だけども、餡と絡めると凄い美味しい。

 

 

「……話には聞いておったが、本当に幸せそうに食を堪能する娘っ子じゃのう」

 

「はっ?!」

 

 

 初遭遇な美味しいモノに夢中になりすぎてたぁ!

 

 

「も、申し訳ありません!」

 

「良い良い、気にするでない。妾らには最早見慣れたモノじゃが、お主にとっては目新しいものじゃろうしな」

 

 

 それに客人の舌を喜ばせたとあれば、調理をしている竜人の調理師の名誉にもなるわい。と愉快そうに笑って告げる女王様である。

 若干恥ずかしい思いをしつつ、その後は特に何事もなく食時は進んだ。結構な量があったけど、無事完食できた。

 

 驚きなのは、食べ終わるまでどころか食べ終わった今でも仄かに温かいままの、料理が入っていた器だよ。

 基本的に寒さが厳しい地方だから、料理が冷めないよう何かしらの工夫が施されてるのかな?

 

 

「さて、腹も満たされた事じゃし、話を始めたいと思うのじゃが……良いかの?」

 

「はい。おおまかに分けて、三つほどの案があります」

 

 

 食後の、口の中がすっとする味が特徴的なお茶を啜りながら、女王様からの問いかけにボクは応える。

 女王様はボクの三つ、という言葉にほぉ。と楽しそうに笑みをうかべながら、先を促してきた。

 

 

「まず一つは、メルルゥ様に想いを諦めて頂き、初恋を綺麗な思い出で終わらせてしまうというモノです」

 

「まぁ、妥当じゃろうな。妾もその方向を検討しておったし」

 

 

 指を一本立てて告げれば、女王は腕を組みながら頷き……若干面白くなさそうにしながらも同意を示す。

 

 

「この案の良い所は、竜人族の社会規範に則ったモノだから混乱もなく、言ってみれば今まで通りの生活が続くというものです、しかし……」

 

「末娘に、妾らの業とも言える文化を背負わせる事でもあるのう」

 

 

 目を伏せて呟く女王様の言葉に、小さく頷いて言葉を返す。

 食事中は談笑していたドゥールさんやギグさんにシナバーさんも、ボクと女王様の会話を見守っている状態だ。

 

 

「続けて二つ目ですが、こちらは逆に件の行商人の人を里へ呼び出し、その人が肯定的な回答を示したならば、他の竜人の男性と同じく何かしらの功績を立てさせ……メルルゥ様と結ばせるというものです」

 

「ふむ、なるほどのう……」

 

 

 あれ、思いっきり否定的な反応が出ると思ったら、思った以上に反応が悪くない。

 思わず不思議そうにしてしまったのを女王様に感づかれたのか、ボクの様子に女王様は妖艶に微笑むと口を開く。

 

 

「200年前程かの、そこにいる《不滅》の《貪竜》や称号持ちの竜人と共に、お気に入りの眷属を屠った報復として……この里に襲い掛かって来た外なる邪神を撃退したヒュームの英雄がおったのじゃよ」

 

 

 え、何それ怖い。

 思わずその時の参加者だったらしいドゥールさんに視線を向ければ、懐かしそうな顔で部屋の天井を仰ぎ見ていた。

 

 そも、外なる邪神って何……?

 

 

「……たまにな、己の力を分け与えた眷属を送り込み、世界を混乱に陥れようとする外なる神がいるのさ。一纏めに邪神って呼んだりしているけどな」

 

 

 不思議そうな顔をしているボクに、そっと耳打ちして知識の補足をシナバーさんがしてくれた。

 神殿の書庫にもない知識だし、神殿長のスェラルリーネさんからも聞かなかった話だから面食らったけども、そんなのもいるのか……。

 

 

「確かあの時は《女王》のみならず、姫様方にあの無様な眷属が粉かけようとしてたのであるよ」

 

「ち、ちなみにどんな具合に、ですか?」

 

「ふむ、思い出すのも腹立たしいがの……他者の心に干渉し己の行いを全肯定させる、忌々しいマヤカシを使ってきおったわ。彼奴を追い続けていたヒュームの英雄の助力が無ければ、妾らも危うかったやもしれぬ」

 

 

 う、うわーお……あの飄々としたドゥールさんが吐き捨てるように言い放ったのも中々にレアいけど。

 ソレ以上に口に出すのも汚らわしいと呟く女王様の怒気がヤバイ。どうやら中々の危険な眷属だったらしいです。

 

 しかし、他者の心に干渉。外なる神の眷属……それ、もしかしなくても転生者じゃなかろうか。

 あれ、そうなるとボクも身の上がバレるとかなり厄介な事になる気が……。

 

 

「ああ、怯えなくとも良いぞ巫女よ。外なる神の全てが邪神とは限らぬからの」

 

 

 ボクの様子を見て、全てを見通すかのような目をしながらも優しく微笑む女王様の言葉にドキっとしながらも、肯定的に捉えられている現状にとりあえず安心する。

 まぁ、そりゃボクだけじゃないよねぇ。案外この世界のどこかに、ボクと似たような感じで放り込まれた人いるかもしれない。

 

 しかし、今はソレは重要な話じゃない。気になるけどもコレは帰ってから調べよう。

 

 

「ともあれ、じゃ。その英雄を何とか口説き落としての、一夜の契りを交わした末に妾も一人の混血の男子を産んでおるからのう。巫女の二つ目の提案もまぁ、なきにしもあらずと言った所なのじゃよ」

 

 

 さらっととんでもない事言いやがったよこの女王様。

 きっと、その英雄って呼ばれてる人も凄い苦労したんだろうなぁ……。

 

 

「ちなみに、その人は……?」

 

「百年ほど前に、遠い所へ旅立っての……」

 

 

 寂しそうに呟く女王様、ああそうか。混血だから純血の竜人よりも寿命が……。

 

 

「《女王》、その言い方だと天に還ったと誤解されるかと」

 

「む、確かにそうじゃの。しかし100年間も旅立ちっぱなしと言うのは、少々親不孝じゃと思わぬか?」

 

 

 ドゥールさんの言葉に、口を尖らせて文句を言う女王の言葉に思わずボクは椅子から滑り落ちそうになり、シナバーさんに支えられてソレを危うく逃れる。

 生きてるんかい!!

 

 

「あ、あの。ご健在なのですか?」

 

「うむ。たまに旅先で得た土産物と一緒に便りが届くが、元気にしておるようじゃ。父親の故郷が見たいと言って旅立ったのなら、そのまま帰ってくれば良いと思うのじゃがのう」

 

 

 この女王様、割とイイ性格してやがる……!

 いかん、相手のペースに呑まれてはいけない。まだ本命の案を伝えていないから落ち着かないと。

 

 

「こほん、正直現実的でないという理由で却下されると思ったから驚きましたが……本命は三つ目です」

 

「ふむ、聞かせてもらおうかの」

 

 

 小さく咳払いし、お茶で喉を潤してから真正面から女王様を見据える。

 雰囲気が変わったボクの様子に、女王は目を細めて微笑んでいる。

 

 

「メルルゥ様を、セントへレア神殿でお預かりし…竜人の里ともまた違う、新たな価値観を学習頂くというものです」

 

「……詳しく聞かせてもらおうかのぅ?」

 

 

 先ほどまでの和気藹々とした空気が急速に塗り替えられ、《女王》の称号に相応しい風格が滲み出る。

 ああやっぱり、先ほどまでのは遊び半分だったんだね。

 

 

「今回の騒動も言ってみれば、互いの価値観と文化の相違が齎したモノです。そして外との交易を続ける以上、この相違は時間が経つにつれ大きくなると予測されます」

 

 

 ボクの言葉に、思い当たる節があるのか視界の隅でドゥールさんが確かに……などと呟いてる様子を見つつ。

 女王様もまた同様に、道理じゃのぅ。と呟いている。

 

 

「ならばいっそ、この度の騒動を機会にこちらも補助し易い神殿でしばらく過ごして頂き、そこで外の価値観を学んでもらいながら改めて想いを告げるか、秘めて頂くかを姫様に選んでいただくのはいかがかなと思いまして」

 

「クフフ、随分と踏み込んだ提案じゃのう?」

 

 

 愉快そうに微笑みながら、女王様は手を口元にあてて暫し考え込み……。

 そして、何かを決めたのか柔らかな微笑みと共に口を開いた。

 

 

「良かろう。巫女殿の三つ目の提案に乗らせてもらうとしようぞ。護衛と幾人かの傍仕えはこちらで用意しよう」

 

 

 後は末娘にこの話を告げてからかのう、と楽しそうにこの後の予定を侍女さんと話し始める女王様。

 とりあえず、一つのヤマは越えたとみて良さそうだ。

 

 

 

 

 一番大事な問題は、あのお姫様が問題の行商人さんと再会した時にどんな行動をとるかだけども。

 うん。とりあえず、セントへレアの街で大惨事になりそうなら全力でフォローしてあげよう。それが多分、この話を切り出したボクの責任だもんね……。

 

 




悪魔さん「この世界の土着神とは違う発生源を持つ私も、この世界においては外なる神扱いになるんだよね」
悪魔さん「で、私は双方ハッピーな転生者放り込み遊びを心掛けてるけども。そうじゃない連中もいるということさ」
悪魔さん「え?やりたい放題転生者放り込んだりしてたんじゃないかって? うん、してたよ」
悪魔さん「けども、それは神が見捨てた世界とかその辺り限定さ。じゃないと出禁になって遊び場減っちゃうからね」

悪魔さんは節度を守って遊ぶぐう畜の鑑です。


『TIPS.竜人の里の《英雄》』
200年ほど前に、各地で猛威を振るった邪神の眷属を屠ったヒュームの男性剣士であるが……。
邪神の眷属の暗躍を次々と各地で阻止した功績から、様々な伝承が各地で残っている。
その中でも最も人気なのが、英雄の全てを奪い去った怨敵である眷属を屠った、北方山脈の闘いとされている。
竜人族の女王や姫達を毒牙にかけようとしていた眷属であるが、英雄の活躍によってその行為はすんでのところで英雄と仲間の竜人達が阻止し。
そして、眷属が持っていた力を徹底的に封じた末に、その身を八つ裂きにしたと伝承には遺されている。

英雄が屠った怨敵である眷属は、特に好色であったらしく様々な子を為していたらしいが。
眷属が遺した血族、そしてその名前すらも根絶されもはやどこにも記録として遺されてはいない。


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25.日溜まりと暗闇の狭間

お待たせして大変申し訳ありません。
北方山脈騒動のエピローグ、ようやく仕上がりました。

それと、ツィッターでアンケートを取ったところ。
『ぴっちりレオタ衣装』と『姫騎士風コクヨウ』の二つが同率首位でした。
なので、神殿巫女仕様コクヨウを依頼してる絵師さんとは別の方に、この二つを依頼しました。
ふへへ、絵師さんに貢の楽しいんじゃぁぁぁ。


 

 ガタゴトと、一羽のハビットに牽かれた荷兎車が街道を進む。

 空には小鳥が飛び交い、時折吹き抜ける風は麗らかな陽気を含んでいた。

 

 

「いやぁ、手頃な護衛が見つからなくて困ってたけど。助かったぜ旦那」

 

「僕も丁度そっち方面に用事があったからね、丁度よかったのさ」

 

 

 荷台に座った行商人が和気藹々と語り掛けているのは、ヒュームにしては少し大柄な体格をした青年。

 しかしその青年がヒュームと違うのは、背中から外套の隙間から飛び出すように大きな翼が生えており……上着で隠すようにしている臀部からは、大きな鱗に包まれた尻尾が生えていた。

 

 

「しかし旦那みたいな竜人の男も珍しいな。普通はもっとごっついよな」

 

「僕は片親がヒュームだったからね。おかげで、里だと何時まで経っても半人前扱いだったよ」

 

 

 酷い話だよねと、青年はケタケタ笑いながらも、足早に荷兎車を牽くハビットに遅れる事無く、その歩みを進める。

 話しながら歩いている間も青年の体幹がブレる様子はなく、緊急時には動き出せるようにしており、青年が旅慣れている事を如実に示していた。

 

 

「なるほどなぁ。そう言えば竜人と言えば……ちょっと聞いてもらいたい話あるんだが、いいか?」

 

「勿論。無言で歩き続けるより遥かに有意義だからね。構わないよ」

 

 

 行商人達の様子を茂みから窺っていた狼に、視線だけで青年は圧をかけて追い払いつつ。

 青年は行商人の言葉に耳を傾ける。

 

 

「実はさ、ヒュームでいうと5歳か6歳ぐらいにしか見えないお姫様から求愛受けたんだけどよ……どうしたらいいかね?」

 

「あーー……竜人としての意見と、旅人としての意見どっちがいい?」

 

 

 若干、行商人は言い淀みつつ、気まずそうに話を切り出す。なお彼の相棒たるハビットは我関せずとばかりに歩みを進めていた。

 竜人的には割と重い話を振られた青年の方はと言えば、考え込んだ後に指を二本立てつつ言葉を返すと、行商人は両方の意見を求めた。

 

 

「そうだねぇ。竜人としては名誉この上ない事だから、素直に受けておけとしか言いようないけども。まぁ世間を見てきた身からすると、お茶を濁して相手の頭が冷えるまで顔を合わせないのが一番だと思うなぁ」

 

「だよなぁ……それにさ、お姫様の鱗を加工したメダリオンまで貰ったんだけどよ、その……四六時中監視されてる気がしてならなくてな。手放したんだよ」

 

「中々に豪快な事するね、貴方も。操を立ててる相手でもいるのかい?」

 

「いや、特にいねぇけどよ。さすがにあんな幼い娘と夜を共にする趣味はねぇよ」

 

 

 俺はもっとボインバインな女の子が好きなんだよ。などと、続けてそう豪語する行商人の言葉に、青年は鱗に包まれた尻尾をゆらゆらと揺らしながら、苦笑いを浮かべて言葉を飲み込む。

 よほど強く情念と想いをつぎ込んだとしたら、ある程度所持している人物の状況を『察する』呪具にもなりうるから、まぁ気持ちはわからんでもないかなぁ。などと思考する。

 なお青年はそこまで教える気も無いようだ。既に手放している状況で脅かすようなことを言う必要もないと思ったからである。

 

 

「まぁ、うん。強く生きるといいよ」

 

「待って、なんでそんなに慈しむような目で見てくるの?」

 

 

 しかしまぁ、この依頼人は十中八九、大変な目に遭うだろうなぁ、という感情もまた青年にはあるわけで。

 自然と、青年が行商人を見る目にそこはかとない慈悲の感情が溢れ出るのは、ご愛敬と言ったところだろうか。

 

 

「まぁまぁ、生きてりゃその内なんとかなるさ。それに目的地も近づいてきたみたいだよ」

 

「だから、不安になるような事言うなよ……おいおい相棒、急ぐな急ぐな。慌てなくても今回もたんまりご褒美やるからよ」

 

 

 気が付けば荷兎車は広大な穀倉地帯へと差し掛かっており、畑には様々な種族がせっせと農作業に勤しむ姿が見える。

 そう、ソレはセントへレアの街が近づいてきた証である。

 

 

「街についたら報酬支払うぜ、旦那。 それにこの街だと最近冒険者への色んな便宜図るようになってるから、酒場覗いてみるといいぞ」

 

「へぇ、それは楽しみだ。早速酒場覗いてみるよ」

 

 

 数十年前に行ったっきりのあの酒場、まだあるかなぁ。などと呑気に呟く青年の言葉に行商人は、やっぱり竜人の時間概念は独特だわと内心溜息を吐く。

 

 

「だけどもまずは、メリジェたっぷりのパイを食べたいなぁ。あちらこちら行ったけど、セントへレアで食べたのが一番美味しいと思ったからね」

 

「ここのメリジェは絶品だからな。まぁ他の作物も美味いけど」

 

 

 二人は呑気に談笑しながら、門の列に並ぶ。

 そして待つ事暫し、中々列は前に進まない。

 

 

「随分と手間取ってんな。また祭か何かやってんのか?」

 

「そんな平和な空気じゃなさそうだけどね。そこな商人さんや、一体何が起きてるんだい?」

 

 

 多少門番が手間取ってるにしては列の進みが遅いどころか、全く進まない事に行商人は苛立ちを感じつつぼやくも、明らかに平和的じゃない空気が漂ってる事に青年は気付く。

 そこで、自分達よりも先に列に並んでいた商人へ、詳細を確認し始める。

 

 

「あー……中央から行楽に来たお貴族様がゴネ倒してるのさ」

 

「ゴネるって言っても通行料とかねーだろ、貴族様は」

 

「そんなんじゃなくて、神殿の巫女様に出迎えさせろって言ってんだよ。あの威張り腐った貴族様は」

 

 

 同じ色ボケでも領主様見習えってんだよクソが、と門から遠いのを良い事に青年が話を聞いた商人は吐き捨てるように悪態を吐く。

 そんな事情を聞かされた行商人と青年は、隠すことなくげんなりとした表情を浮かべた。

 

 

「ちらりと風の噂で、件の巫女様の有能さと美貌は聞いていたけど。だからと言って中央から足を延ばすなんてねぇ」

 

「そいつの領民が哀れだなぁ。ここの領主様もスケベだけど、仕事はきっちりやるしな」

 

 

 二人そろって重い溜息を吐き、暫くの間無為の時間を過ごしてからようやく列は動き始める。

 どうやら、とりあえず解決したみたいだねぇ。と呑気に青年は呟き、行商人もまたうんざりとした顔で頷く。

 荷兎車を牽いているハビットはご褒美が無駄にお預けされた事実に、頻繁にスタンピングをする事で苛立ちを表明していた。

 

 ゆっくりと列は進み、やがて二人の順番が来れば滞りなく門を通る事が許可され……。

 門を潜った瞬間、青年と行商人は二人合わせて目を見開く羽目となった。

 

 

「おーーーー、久しいな。元気であったかー?」

 

「……お待ちしておりました、この時を」

 

 

 一際目立つ大柄な体躯の竜人が、いつも通りの呑気な口調で青年へ大きく手を振りながら声をかけてきた。

 手を振る竜人を含めた数人の竜人に護衛されていると思しき、幼いながらも儚い美貌を持つ角と翼……そして尻尾を持つ幼女が、花開いたかのような笑顔で行商人へと語りかけてきたのだから。

 

 

 その後色々と一悶着の一騒動があったが、とりあえず行商人と幼い竜姫の関係はお友達から始めるということろに一旦着地したようだ。

 幼い竜姫曰く、巫女の方から押してダメなら引いてみろという、スバラシイ教えを受けましたから……との事らしい。

 

 

 

 

 

 

 光があれば影がある。そして、影があればそこに蠢く闇がある。

 セントへレアの街に幾つも存在する宿の中でも、特に懐が豊かな客人向けの宿の一等客室には、まさに暗き影と呼ぶべき闇が広がっていた。

 

 

「それで、貴様に便宜を図っていた件のささやかなお返しとやらは、進んでいない。と?」

 

「は、はい。申し訳ございません……!」

 

 

 気怠そうに椅子の手すりに肘をついて頬杖をつきながら、ランプの光によってその偉丈夫と言うべき顔を照らされた男は、不機嫌そうに視線の先に立つ若い男を見据える。

 見据えられた男は、普段は商人組合主催の夜会でも婦人の引く手数多な顔を恐怖に歪めながら、震える声で床に手を突く勢いで目の前に立つ男に謝罪をする。

 

 男は人望に溢れ、今もこの街の商人組合の代表者を務め、人格者と呼ばれている父に深く昏い劣等感を抱いていた。

 自分ならばもっと稼げる、もっと販路を広げられる、信頼など金を稼げば後からついてくる。そう考えて父に訴えかけるも彼の父はただ我が子である男の訴えを却下し、まるで幼子に言い聞かせるように諭すのみだった。

 其の事が男の高いプライドを著しく傷つけ燻っていた時、目の前に立つ偉丈夫からの申し出を受けて、自分だけの販路と人脈を築いてきた。

 故にこそ、偉丈夫からの指示であれば男は領主が厳しく禁じている人身売買に手を出してでも、女を差し出して機嫌を取る事に終始していた。

 

 

「私は愚図は嫌いだ。このままでは貴様を見限らざるを得ないんだがな?」

 

「申し訳ございません!あの娘も警戒心が強く、中々呼び出せなくて……!」

 

 

 金をチラつかせて甘い言葉を囁けば、すぐに靡いて体を委ねてくる女達。それは、男の高いプライドを歪めるには、十分すぎる毒であった。

 自身の誘いを頑なに拒否し続ける神殿の巫女、コクヨウに昏い感情を抱かせる程に。

 

 

「弁解は罪悪と知れ。貴様がやるべき事はただ一つだ。理解出来たのならばさっさと動け」

 

「は、はい!失礼します!」

 

 

 話は終わりだと言わんばかりに、偉丈夫は男を追い払うように手を振れば……叱責を受けていた男は弾かれるように部屋から飛び出し、宿の一室から離れていく。

 

 

「さて、あの愚図もそろそろ切り捨て時か」

 

「わざわざアナタ様が来る必要ありましたかね?リスクとリターンが釣り合ってないように見えますが」

 

 

 ふん、と先ほどまで話していた男を切り捨てる算段を偉丈夫が立てていた所に、何もなかった筈の部屋の隅から声が響く。

 偉丈夫が声をかけることなく目だけをそちらへ向けると、全身を毛皮に包まれた直立する狼のような獣人がそこに立っていた。

 

 

「勿論あったとも。ただ美しいだけならば、愛でられそうならば手を出す程度であったが……あの娘はこんな片田舎に置いておくには勿体ない逸材だ」

 

「はて、そんな大層な娘には見えませんでしたがねぇ」

 

 

 無理矢理引きずり出すべく、名を落とす事を引き換えに門に噂の巫女……コクヨウと呼ばれる少女を呼び出した偉丈夫はその時の事と、彼女と言葉を交わした時のことを目を細めて思い出す。

 

 

「アレの愛らしさも男を誘うかのような体も、その全てが相手の懐に潜り込み油断させた上で……己の要求を通す事に特化している。あの娘を作り出した一族はよほどの良い趣味をしているぞ」

 

「へぇ…………」

 

 

 故にこそ、偉丈夫は渇望した。この娘を我が物とし、己の色に染め上げた上で己自身の栄光の為にその力を使わせたいと。

 本拠地から遠く離れたこの街では取れる手管は限られているが……偉丈夫は己の欲望と野望を諦める気は微塵もなかった。

 

 

「あの愚図が短絡的手段に出たら、それに乗じろ。不可能そうなら己の裁量で動け……ああ、私が手を出す前にあの娘を穢すような無粋な真似はするなよ?」

 

「了解しましたよっと、いつも通りですな。わかってますぜ」

 

 

 決して楽に確保する事は叶わないだろうと、偉丈夫は思考する。

 しかし、だからこそ偉丈夫はこうも考えていた。

 

 

 

 障害を越えて花を手折る事にこそ、その意義があると。




コクヨウ「…………あの人、凄い。怖かった」

領主よりも高い地位の貴族の為、誰にも言えず一人自室に戻った時に呟き怯えたように呟くコクヨウがいたらしい。


『TIPS.中央貴族』
セントへレアの街がある地方は、かの街がある国の外れにあたるのだが……。
中央の方まで行けば、また規模の違う都市が幾つも点在している。
そして、その近隣を治める貴族は必然的に、王室に近い地位と権力を持つ事となる。

ある意味で貴族の蟲毒とも言える領域に至っては、もはや魔境の様相を呈している。


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26.姿を現す異変

更新が遅くなり大変申し訳ありません。
年末の仕事も終わり、執筆に専念できるようになったため更新再開させて頂きます!

TIPSで今回物価的なネタを入れましたが、地味に若干修正される可能性が今後も微レ存です。

それと今話の注意点として、以下の二つがあります。
1.試しにフォント弄りを試してみました。
2.後半の別人物視点では、残酷な描写要注意です。

追記 今回出るごろつきは、使い捨て下っ端で前回出てきた影の人とは別の悪党です。


 

 どうも皆さんこんにちはなこんばんは、コクヨウです。

 何だかこう、最近頭がぼーっとするというか熱っぽいというか、しかし不調でもなければだるくもない。

 そんな不思議な気持ちを抱えながら、今日も今日とてお仕事に励んでおります。

 

 

「巫女様、巫女様ー」

 

「んぁー?」

 

 

 お昼ご飯も終え、麗らかな陽気が窓から差し込む時間帯。

 黙々と積み上げられたお仕事に没頭してたら、何時の間にやら近くに寄っていた神官の娘さんに耳元で声をかけられていた。

 どうも何度も呼びかけてたらしいけど、ボクの反応がとことんなかったらしく至近距離までやって来たらしい。

 

 

「どこか調子が思わしくないのなら、お休みになられては……?」

 

「んー、体は絶好調なんだよね。むしろ動かしてないと落ち着かないぐらい」

 

 

 ボクの言葉に、溜息を吐く神官の娘さん。うん、苦労かけてごめんなさい。

 北方山脈から戻って少し過ぎたぐらいの……昨日、門で何やらもめてた貴族の人の対応をした後あたりから何だか調子がおかしい。

 ねっとりとした視線を向けられた悪寒は確かにあったけど、さすがに変な魔法はかけられてないってのはシナバーさんも言ってくれてたし、ないと思うんだよねぇ。

 

 そう言えばシナバーさん、今何してるんだろ。あの後ボクを神殿まで送り届けた後、少し調べ物してくるって言って、そのまま別れたっきりなんだよね。

 なんか無性にあいたい。会ってお話したい。

 

 

「あのー、巫女様ー」

 

「んい、なーにー?」

 

「アクセリア殿に見てもらいましょう、今すぐ」

 

 

 耳をピコピコ尻尾をパタパタ動かしながら、ボクの肩をがっしと掴んだ神官の子にそんな事を言われた。

 別に体調悪くないしお仕事あるから大丈夫だよと返すも、問答無用とばかりに引きずられてしまう。この娘割と力強い!

 

 そんなこんなで、神官娘さんに引っ張られて優雅にお茶を啜っていたアクセリアさんの前に引き出されたボクなのであったんだけども。

 

 

「コクヨウちゃん、貴方発情してるわねぇ」

 

「ふぇっ?!」

 

 

 ボクの顔、様子を見るなりアクセリアさん溜息と共にそんな事をのたまいました。

 

 

「そ、そんな発情なんてしてないですよ!」

 

「ほんとぉ? ちなみに、今まで発情期の経験はあるかしらぁ?」

 

「え、えっと……ないです」

 

 

 そもそも、こうなる前は発情期なんてあってなきがごとしだったし……いやまぁ万年発情期と言える生態だったかもしれないけど!

 そんなしょうもない事が頭を駆け巡るなか、アクセリアさんはたおやかに微笑んでそのほっそりとした指をボクの額へ当てる。

 

 

「守護女神様……今しばらく、この娘の発情を鎮めて下さいな」

 

 

 言葉短くアクセリアさんが祈りの言葉を捧げ、その指先が暖かく光ったかと思えば。

 その光が彼女の指からボクの頭に、頭から光が広がるようにボクの体全体を包み込んでいき……その光が消えた頃には、ボクの全身を包んでいた高揚感と熱っぽい頭が落ち着きを見せていた。

 

 うん、落ち着いた。

 そして、北方山脈へ行く途中や北方山脈で過ごした夜、今の今まで頭を占めていたシナバーさんへ会いたいという思考と感情を持っていたという事実だけが、ボクの中に残った。

 

 

「にゃ」

 

 

 顔が急速に熱くなり、声にならない声が喉をついて出てくる。

 ボクの声にアクセリアさんが苦笑いしている。

 

 

「こゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 思わず両手で自らの頬を抑えながら、耳と尻尾をピンと立てて蹲る。

 何やってんの?ボク何やっちゃってんの!? あんなの男誘うってレベルじゃないぐらいの痴態と言うかみっともないにもほどがあるというか、そもそもボクは元々男なのであって。

 いやシナバーさん嫌いじゃないよ? むしろ頼りになる兄貴分的なソレやアレで、だけどもそれは遊び友達であり困った時に手助けしてくれるステキなお兄さん的なサムシングなのであって!

 違う違うそうじゃないそうじゃない!ボク何やってた?!あの人の背中にお胸押し付けるは腕に抱き着くはベッドで一緒に寝る事おねだりするとかもうそういう風に見てるとしか思われないじゃん!?

 

 

「おちつきなさい?」

 

「はふん」

 

 

 慌ただしくピコピコと動く狐耳ごと、ぺふんとアクセリアさんに頭を押さえられ、優しく撫でられる。

 マーフォーク故か、ひんやりとしたアクセリアさんのおててがきもちいいです。

 

 

「風の噂でぇ、コクヨウちゃんがあの男の人と同室で夜を明かしたって聞いた時は驚いたけどもぉ、初めての発情じゃぁしょうがないわよぉ」

 

「ごゃ゛っ?!」

 

 

 アクセリアさんに撫でられながら告げられた噂になってたという事実に、落ち着き始めた尻尾がビクンと立ち上がりぶわっと毛が逆立つ。

 そうだよあそこに旅人さんたくさんいたじゃん!そんでもって声潜めたりも特にしてなかったらそりゃ話の種にされちゃうじゃん!

 考えてみたらあの時は気付いてなかったけど街の人達なんだか生暖かい目向けてきてたじゃん!もうそういう関係とかそんなのとしか見られてないじゃん!

 はっ!ここでしっかりと何もなかったと言えばある程度はリカバリーが効くはずきっとそのはず!

 

 

「な、なにもなかったですよ!シナバーさんベッドに誘ったけどあの人はボクに何もしませんでした!」

 

「うーん、そういう事じゃぁないんだけどねぇ……コクヨウちゃん、そこまで大胆な事しちゃってたのねぇ」

 

 

 はぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!

 ダメだー!もう何を言ってもダメだー!自分でも理解できるくらいの大混乱だよーーーー!!

 

 

「まぁ、おちつきなさい? 神職でもぉ、伴侶を得たり子供を作っても神様は咎めたりしないわよぉ」

 

「は、伴侶とか!子供とか!そういう関係じゃないですからぁぁぁ!」

 

 

 こゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!と言語化に難儀する鳴き声じみた声を上げながら、必死にアクセリアさんへ主張するボクであれども。

 アクセリアさんはと言うと、全部わかってると言わんばかりの慈愛に満ちた微笑みのまま、ボクの頭を撫でるのみである。

 

 この時ボクはいっぱいいっぱい極まりない状態で、とにかく誤解というかなんというかを解こうと必死だった。

 だから、アクセリアさんがぼそりと呟いた言葉を耳にしながらも、だから違うと主張するしかなかったんだ。

 

 

「でもね、一度よく考えてねコクヨウちゃん? 本当に大事だった人は、気が付いたら掌から零れちゃうから……」

 

 

 この時の言葉を、ボクはもっとしっかりと考えて受け止めるべきだった。

 

 

 

 

 

 

 

 春の陽気がゆっくりと冷え込んでいく夜の帳に満ちた街の中、一人で夜闇に紛れながら進み目当ての廃屋へ音を立てる事なく踏み入る。

 持ち主が居ない筈の……周囲に居住者もいない廃屋、その奥の部屋から僅かな灯りと声が漏れ出ており、周囲への警戒を怠ることなく戸の陰に身を潜めて中の話を盗み聞きを始める。

 

 

「例の乳がでかい巫女狐の仕事だが、なんでも依頼人が報酬を更に上乗せしてきたぞ」

 

「マジかよ、しかしアイツの警護は厳重だぜ。何か手はあるのか?」

 

 

 どうやら部屋の中に居る連中の目的は、あの呑気で無防備にも程がある娘の拉致らしい。

 あの時に、背後関係を綿密に洗っておけば今の手間は省けたな、などと今更考えてもしょうがない事を考えながら、話へと耳を傾ける。

 

 

「ああ、あの巫女狐のお気に入りの優男がいるだろ? あいつを拉致って餌にしちまえば簡単に呼び出せるさ」

 

「なるほど違いねぇ、なんせ一緒の部屋に泊まるぐらいの関係だ。アイツみてぇなお優しい巫女様はほいほい出てくるだろうよ」

 

 

 どうやら男達の目的は、餌としての自分らしい。

 あの娘の足枷になるつもりは更々ないが、しかし攻撃の起点にされると言うのはさすがにマズイ。

 そう考えながら、懐にある薬瓶の蓋をいくつか開け、その中にある薬剤を媒体に……精霊へ声を出す事なく眠り薬を作らせた、その時。

 

 部屋の中の連中は、ゲラゲラと愉快そうに笑いながら聞き捨てならない事をほざいた。

 

 

「しかし勿体ねぇなぁ、依頼人は無傷で持ってこいってんだろ?」

 

「なぁにバレやしねぇよ、抵抗が激しかったからやむなくって言えば。三日間ぐらい楽しんでも何とも言われやしねぇさ」

 

「うへへ、たまんねぇなぁ。あのでかくて柔らかそうな乳房に吸い付きてぇ」

 

「俺は徹底的に犯してやりてぇな、あの呑気な顔が名前も知らない男のガキ孕ませられるって理解した時の顔を想うと、たまんねぇぜ」

 

 

 今、こいつらは、何と言った?

 この街を愛し、人を愛し、碌に縁もない連中にすら手を差し伸べたあの娘の事を……何と言った?

 

 脳裏に蘇るのは、変わり果て物言わぬ姿となっていた救えなかった彼女の姿。

 その彼女の姿、顔が、コクヨウに重なった時。

 俺は精霊に調合させていた薬剤をキャンセル。憎悪を滾らせながら意識を残したまま動けなくするための麻痺毒を調合し、戸の隙間から部屋の中へ散布する。

 

 この毒は臭いがキツいから暗殺には不向きだし、証言を残されると面倒だから使い勝手が悪い事この上ないが。

 

 

 拷問して口を割らせた上で皆殺しにするのならば、最も効果的な毒だ。

 

 

「うぇ、なんだぁこのにお……っ!?」

 

「おいおい、だらしね……な、なんだよこれ!」

 

 

 中で複数人が倒れ込み、元気に喚くだけになったのを確認した上で、ゆっくりと戸を開けて中へと踏み込む。

 居たのは4人ほど。全員が全員、野盗とそう遜色のない薄汚れた格好で、コクヨウの手伝い途中で見かけた、問題を起こして除名処分された連中と人相や背丈が一致している。

 なるほど。逆恨みと金目的の両方を都合よくしようとしていたワケか。

 

 

「お、おいてめぇ!薬もってたら寄越せ!」

 

「その前に一つ聞きたいんだがね、お前さんがこの集まりの代表かね?」

 

「ああそうだよ!だから……っ?!」

 

 

 呻き声をあげて転がる男達の中で、俺の姿を視認し喚きたてる男を一瞥し情報収集のために重要な問いかけをしてみれば、自信満々にまともに動けないのにほざく有様だ。

 随分と滑稽な男だ、などと思いながら俺は。男の目の前で転がり呻き声を上げていた男の頭を踏み砕き、砕けた頭蓋と脳漿を周辺へとぶちまける。

 

 

「お、おまえ、何してんだよ!? おい、なんなんだ………ぅひっ?!」

 

「いやだって、先ほどまでの様子だと質問してもまともに答えてくれなさそうだったからね。一人二人間引けば、お前さんも気持ちよく囀る事が出来るだろう?」

 

 

 そのまま、呻き声を上げながらも必死に命乞いしてくるごろつきの頭を、鼻歌交じりに踏み潰していく。

 どうせ皆殺しにするんだから、拷問せずとも尋問で口を割ってもらう為の材料になってもらうとしよう。こいつらには有意義過ぎる死に方だ。

 

 

「な、なんだよお前……何者、だよ……!」

 

「さてね、それに答える義理はないさ」

 

 

 さて、じゃあ尋問を始めるとするか。

 

 

 

「……で、依頼人は商人組合のお偉いさんのバカ息子、と?」

 

「ぞ、ぞう、です……」

 

 

 誠意溢れる尋問の末、片手の指五本と片目を喪うだけで済んだ、ごろつきの代表者が最も聞きたかった事をようやく口にしてくれた。

 全く、面倒極まりない話だよ。

 

 

「ほんじゃお疲れさん」

 

「ま、まで!はなしが、はなしがちが!!」

 

 

 代表者を蹴り転がし、命乞いを無視してその頭蓋を踏み砕く。

 ブーツと脚が汚れるが、まぁいつも通り精霊に頼んで浄化してもらっておけば問題はないだろう、後は証拠隠滅だが……。

 

 お、丁度よい所に火種があるな、それにここ周辺は住民もいない事だし。

 精霊に頼んで丸ごと焼き尽くしておこう。

 

 

 

 

 さて、件の依頼人とやらはどう始末してやったもんかねぇ。

 




悪魔さん「ん?シナバー君がまっとうな人間だと思っていたのかね?」
悪魔さん「ヤダなぁ、彼はとっくの昔に破綻者だよ。そうでも無ければ本来は手の出ない貴族相手に、恋人だった町娘の敵討ちの為に報復したりしないって」




『TIPS.物価①』
この世界の物価は基本的に変動相場制である。
その中で、ある程度の指標があるとするならば……・

交換レート
金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10000枚
※但し両替商の手間賃抜きの為、場所や店によってはこの限りではない

酒場や食事処で頼む一食:銅貨10~20枚
安酒:一杯銅貨5枚
そこそこ良い酒:一杯銅貨10枚
簡単な干し菓子:銅貨1枚
安宿(セキュリティ劣悪、大部屋、素泊まり):一泊銅貨20枚
宿(1人部屋、素泊まり):一泊銀貨1~2枚
メリジェの実(旬採れ)1個:店売り銅貨5枚、直売3枚(世話になってる相手の場合は割引もある)

一般庶民の生活では、大きな買い物でも使って銀貨である。
金貨を使うのは大規模な商取引をする商人や高額な装備を購入する冒険者、それと貴族ぐらいである。
裕福な庶民ならば、いざという時の隠し金として金貨を1枚2枚持っている事もあるが、大多数の庶民は金貨を使う事失く一章を終える。

なお、上のメリジェは大量に収穫できる時期だからこそであり、上等なメリジェを干したモノ……それも樽一杯となると、時期によってはとんでもない金額へと値上がりする。
そうなる理由として、それらを欲するのが主に貴族や豪商等である為で、とある行商人は相棒のハビットへのご褒美でいつも、財布が酷い目に遭っている。


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27.親の心子知らず

今年最後の更新となります。
パソコンは持って帰るので執筆は可能ですが、多分色々バタつくと思うのでこちらの更新は年明けになりそうです。

それでは皆様、良いお年を!


 

 

 アクセリアさんの施術によって、一時的らしいけど発情期が落ち着いたボクは改めてお仕事に戻っていた。

 そう、ボクはしょうきに もどった!

 

 なんだか物凄い勢いでフラグ立てた気がするけど気のせいなのだ。

 

 

「とりあえず、書類とかは今の所不備がないのが救いだなぁ」

 

「正直、初めての発情期で仕事をきちんとやれてたのが驚きなんですけど」

 

 

 現場に出っぱなしなギグさんの代わりとばかりに、副官的な立ち位置がしっくりくるぐらいに付き合いが長い神官さんとそんな事を話しながらお仕事を進めていく。

 冒険者寄合に加盟している酒場からの追加発注についての書類を捌き、農家の人からの依頼によって負傷した冒険者の人への治療についての書類を捌いた。

 そして、またかとばかりに商人組合の人の名前で話があるから、ボクに来てほしいという要請の書類が出てきた。

 

 

「また来てるよぉ、ここ最近来てなかったのになぁ」

 

 

 思わずうんざりとした声と共に尻尾がしんなりする。

 あの商人組合の偉い人の息子さん。顔立ちは整ってるけど、視線と態度がいやらしすぎて、正直好きじゃないんだよなぁ。

 

 

「もういっそ、直接出向いて断るべきかなぁ?」

 

「でも巫女様、それで相手が逆上されたら危険ですよ。とりあえず従来通り断りの返事だけにしておきましょう」

 

「……それもそうだね」

 

 

 頬杖を突きながら要請の書類をぴらぴら振って呟いてみれば、万が一があるからと神官さんにやんわりと止められるボクである。

 うん。まぁ正直、戦闘能力どころか自衛能力すらまともにないこの身で、護衛のシナバーさんや神官の人達に負担かけるだけだから、現実的じゃないんだけどさ。

 

 

「あ、でも巫女様。この書類少し筆跡違いますよ、内容もよく見れば宴席とかじゃないそうです」

 

「え、ほんと? ……本当だ、この人の名前で何度も来てたから見落としちゃってたや」

 

 

 ボクから書類を受け取った神官さんが中身を確認すると、少し驚いたような声と共にボクへ書類を返してくる。

 受け取り見直してみれば……いつも父親の名前で美辞麗句並べた末に宴席への招待を出してきていた文章と違い、神官さんの言うように其の書類の文章内容はいつもとは違う内容だった。

 名前だけでうんざりしちゃってたや、コレは同じことやらかさないよう注意しないとなぁ……。

 

 改めて、中身をしっかり読み解いていくと、自分の名前を使った息子の道理を弁えない呼び出しについて直接謝罪がしたいというモノだった。

 ソレと合わせて、少しボクの耳に入れておきたい話もあるらしい。

 

 

「うーーーーーーーーん…………」

 

 

 書類を机の上に置き、腕を組んで重たいお胸を下から持ち上げながら天井を見上げる。

 一瞬、同室で仕事していた神官見習いの男の子の視線がこっち向いた気がするけど、多分気のせいだ。気のせいに違いない。

 

 そんな事はともかく、父親の名前でボクを呼び出して宴席でひたすら口説いてきた息子の方はともかく、父親の方はとても実直な人なんだよね。

 最初の試練でやったお祭りの時も、商人組合の中で率先して協力してくれた人だし、そんな人からの話ってなるといつも通りバッサリ断るのは少々神殿的には都合が悪そう。

 まぁ最初はそんな人の名前で呼び出されたからホイホイ行っちゃって騙されたんだけどさ、いやちょっと話が逸れた。

 

 多分アクセリアさんとかに相談すれば、なんとでもしてくれそうだけど……あの人も忙しい人だしなぁ。

 

 

「悩ましいなぁ」

 

「どうします?巫女様」

 

「そうだねぇ……」

 

 

 いつもの状況なら、シナバーさんとギグさんを筆頭に複数の神官さんにお願いしてついてきてもらって、その上で会いに行くんだけども。

 この前、ボクを舐め回すように観察していたあの貴族の人の存在が引っ掛かる。色々と美辞麗句並べてボクを引き抜こうとしてきた割に、アレから一度も行動に移されてないのが逆に怖いんだよなぁ。

 

 もしもだけども、あの貴族の人がボクを無理やりなんとかしようとしたらどう動く?

 

 

「ちょっと考える、少し待って」

 

 

 まずボクの現状の立ち位置から整理すると、この街の神殿に身分保証された外向けの交渉折衝役と言った形に収まっている。

 普段の居留地はこの神殿の部屋はアクセリアさんやスェラルリーネさんに近く、その結果自然と警備もそれなりに厳重になってるから、忍び込まれてもどうこうといった事はない。

 仕事は基本的に神殿の中で行っており、外に出る時はシナバーさんと……場所によっては護衛の神官さんが付いてくる。

 

 ボクが、ボクのような相手を無理やり何とかするなら、シナバーさんと二人きりのところを突く。

 そう考えると神官さんを護衛に連れていけるこの呼び出しに、横槍を入れるのは今までの動きからしてあの貴族の人はやってこない可能性が高いね。

 なんせ、いるかもしれない手駒を動かしてってやると真っ先に疑われるのがあの貴族の人だ。あちこちの領地に食糧を供給してるこの街の神殿の怒りに触れる事はしたがらない……筈。

 

 

「話し合いの場所は……あ、神殿近くのちょっとお高いお店だね。山鳥の丸焼きが美味しいお店だ」

 

「良くご存じですね。噂の糸目の方とデートにでも行かれたのですか?」

 

「こゃっ!? ち、違うよ!冒険者寄合の件で徴税官の人と話し合う時に行ったの!」

 

 

 あの山鳥の丸焼きは絶品だったなぁ、なんて考えつつ呟いたら神官さんからの突っ込み。

 見習い神官君の方からガタッ、という音が聞こえたけどそれよりも誤解を解くべく慌てて否定するのだ。

 そう、ボクとシナバーさんはそういう関係じゃないのだ。ただの仲良しさんな遊び友達なのだそうに違いないのだ。

 

 ……それに、うん。シナバーさんはボクじゃない、ボクを通して誰かを見ているからね。

 発情期状態で半ば舞い上がっていた時と違い、アクセリアさんのおかげで落ち着いた今なら解る。

 だけども、それはそれで何だかモヤモヤするが……今は関係ないから横に置こう。

 

 

「こほん。ともあれ、今回は会ってみようと思う。勿論、警戒はするけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 と、言うわけで返事を出した翌日の朝にはすぐに返事が届いた。

 何だか少し張りつめた様子のシナバーさんに、いつも通りのギグさん。それと、今回は念の為と言う事でヴァーヴルグさんにもついてきてもらっている。

 逆に普段ついてもらってる護衛神官さんは二人ほどしか連れてきていない。ただでさえ過剰気味なのに、更に増やしたらソレはそれで相手の気分害しかねないからね。

 

 まぁそんな事は横に置き、山鳥の美味しいお店についたボク達は……店員さんに案内されるがまま、お店の二階の奥にある個室へと案内され。

 入口以外は奥にある窓ぐらいしか出入りできる場所のない個室の中には、冒険者寄合やお祭りについて何度か話し合って協力してくれた、商人組合の重鎮である年配の男性が一人で待っていた。

 

 まさか相手は護衛無しとは、さすがのボクも予想外。

 

 

「突然の会談のお願い、誠に申し訳ありません……ですが、巫女殿の耳に早急に入れないといけない問題がございまして」

 

「気にしないで下さい」

 

 

 席から立ち上がり頭を下げる年配の男性、何だかこの前会った時よりも遥かに老け込んだように見える。

 互いに頭を下げている間に、料理が店員さんによって運び込まれ……木箱から新品のグラスが二つ取り出されたと思ったら、驚くボクの目の前で店員さんがグラスへドリンクを注いでいく。

 一瞬だけど見えたあの木箱の刻印は確か、別の工芸が盛んな街の工房で作られた高級品の証の刻印。わざわざそのグラスの新品を使うという事は、目の前の男性が全力で応対しようとしている証と言える。

 

 だってあのグラス、確かそれなりの工房のブツでも金貨2枚はした筈だよ……?

 遠い街の工房製、それも新品を使ったという事はよほど疑ってかからない限りは、グラスに細工をしてないという証明である。

 更に、今先ほど、店員さんが注いだドリンクをボクに見えるようにわざわざ一口飲んで見せたという事は、毒も何も入れてないという証を立てている。

 

 こんな行動、それこそ貴族とかそんなの相手じゃないとやらないと思うんだけど。むしろ何でボクなんぞにやってるのか物凄い疑問。というか、どんな話なのか物凄い怖いんだけど!?

 

 

「早速ですが本題に入りたいと思います。その、今回の話と言うのは巫女殿に迷惑をかけていた愚息についてなのですが……」

 

 

 薄く透き通る、酒精の匂いがしないグラスの中身をちびちび飲みつつ、男性の話に耳をピコピコ動かしながら傾ける。

 いやまぁ確かに迷惑かけられてたっちゃかけられたけども、ここまでお詫びフルスクラッチ攻勢される程じゃないんだけど……もしやこの人、中々の親バカさんなの?息子の不始末に全力で飛び出て謝る系のお父さんなの?

 

 

「……愚息はごろつきを雇い、巫女殿を拉致しようとしておりました」

 

「ごふっ?!」

 

 

 ちびちび飲んでたジュースが気管に入り、全力で咽るボクである。

 そっとシナバーさんが背中をさすってくれる大きな手が有難い。少しシナバーさんから漂う気配が怖いけど。

 

 ……いや、今の話でシナバーさんだけじゃない、ギグさんやヴァーヴルグさんから隠し切れない怒りを感じるね。

 

 

「横から失礼、その愚息とやらはどちらへ?」

 

 

 謝るのならば、当人が来るのがスジだろう。と言外に意志を込めたヴァーヴルグさんが言葉少なく男性へ問い詰める。

 この街だと人攫いや人身売買は基本原則禁止だからね。罪を犯して労役する犯罪者の人が労役奴隷っぽい程度だし。

 

 ……あ、このお肉の薄焼き美味しい。葉物と一緒に食べると程よいマイルド感。

 

 

「昨晩呼び出して詰問したところ、癇癪を立てて怒鳴り返してきた上、制止も聞かず飛び出してそのままとなっております……」

 

 

 妻を早くに喪い、不自由させまいと何でも与えてやってきた事が、仇となりました……と男性は深く項垂れている。

 うーん、まさに親の心子知らず、そして子供は親が思った以上に愚かである的な状況だなぁ。 あ、この一口サイズのパイ包み焼き、中にエビの練り物入っててサクプリッて感じだ。

 

 

「各々の家庭事情に口を挟む気はありませぬが、捕縛次第、厳重に再教育が必要ですな」

 

 

 ヴァーヴルグさんが重苦しい口調で呟く。ちなみに、本来の人攫いは問答無用で犯罪者として取り押さえられ、お裁きを受ける。

 けれども、目の前の人は神殿への寄付金も多ければ色んな活動に協力してくれた御仁でもあるわけで。今回の話だけで言えば、未遂の範疇だからこそのヴァーヴルグさんの発言なんだろうね。

 

 この人は口調も態度も訓練も厳しいけど、その根っこには人の善性を信じたがるお人好しな所あるし。

 ただ、気のせいかほんの僅かなんだけども、シナバーさんから若干不穏な気配感じたんだよね。

 それがどんな気配だったのか言葉にするのは難しいし、今の状況で問いかけるワケにもいかないから何とも言えないけどさ。

 

 

「んぐっ……ボク個人としては、正直びっくりしたというのが本音ですけども。今現時点で問題はないのでこの件について、何も言う事はありません」

 

「ありがとうございます、ありがとうございます……」

 

 

 口の中のモノを飲み込み、ドリンクで口を湿らせつつ、商人組合重鎮の男性へと語り掛ける。

 平たく言えば話は受け取ったけども、この件でボクから何か裁きをかけるように働きかけたりはしないし、悪評をばら撒く気もないという意思表示だ。

 

 何のかんの言ってお世話になった人ではあるし、バカな息子のせいで何もかも失うってのは気の毒過ぎるからねー……。

 

 

 

 そんな風に考えていた時、ふとボクの耳に何かが割れる音と悲鳴がお店の入口の方から聞こえてきた。

 思わず振り返ると、すでにシナバーさんを筆頭に皆臨戦態勢を整えており、複数人の乱暴な足音が今ボク達がいる部屋へと近寄ってくる。

 

 

「シナバー、コクヨウ嬢と共に窓の方に行っておけ」

 

「言われなくても、そっちは任せたよ」

 

 

 ひょい、とシナバーさんに小脇に抱えられたかと思えば部屋の奥の方へと移動されるボクである。

 まだ混乱から立ち直っていないボクであったが、そんなボクの目の前で個室の扉が乱暴に蹴り開けられた。

 

 

「父上、こそこそ動いてると思ったら大層な事をしてくれましたね」

 

「カイン……貴様、そんな破落戸を従えて何のつもりだ!」

 

 

 扉を蹴り開けて現れたのは、鎧を見に纏い武器を手に持った破落戸を従えた、多少整った外見の男の人。

 商人組合の重鎮の人が名前を叫び、ようやく思い出す。そうだ、カインって人だ。

 

 

「簡単な話ですよ。そこの娘を差し出せば王都のみならず、様々な街や国への物流を一任してもらえるという話ですよ」

 

「それだけの為に、この街の為に動いて下さった巫女殿を売るというのか。この愚息が!」

 

 

 ヴァーヴルグさんとギグさん、神官さんが何時でも動けるように構えてる中、勝利を確信してるかのように小脇に抱えられてるボクへ粘着質な視線を送ってくる。

 

 

「元はと言えば身元もはっきりしてない娘でしょう。何を躊躇う事があるのです?」

 

 

 その目には隠し切れない侮蔑と憎悪があった。

 何だろう、その……振られたからってここまで短絡的に動く人に下に見られてもあんまり苦痛じゃないのが、ちょっと愉快だね。

 

 

「まぁ良い。急遽手配する羽目になりましたが、王都でも有名な冒険者だ。そこの土臭い神官諸共、父上には不慮の事故に遭ってもらいましょう」

 

「カイン、貴様……そこまで愚かだったとは、私は死んだ妻に何と詫びれば良いのだ……」

 

 

 勝ち誇ったように言い放つカインとやらの言葉に、顔を手で覆い泣き崩れる商人組合の重鎮さん。

 ……うん、ボクにはまだ子供いないけども、こんな具合に育ったら立ち直れないと思う。

 

 

「あ、あの……さすがにあそこまでねじ曲がって育つのは誰も想定できませんよ、貴方は悪くないと思います……!」

 

「おお、おお……巫女殿、このような男にそのような温かいお言葉を……」

 

「わ、私を無視するなぁ!!」

 

 

 シナバーさんの小脇に抱えられたまま、思わずそんな言葉で年配の人を慰めてしまうボクである。

 だが、ボクの言葉に商人組合の重鎮さん大号泣、なんか、こう。ごめんなさい。

 

 ついでに何か喚いてる人いるけども、相手にする価値はないと思う。

 ボクを狙ったりはまだ良い……いや良くはないけども、ちらりと見える相手が率いている冒険者の得物に血がついてるから、乱暴に押し入った事は間違いないんだ。

 

 そんな事をする連中を平気で率いる男なんか、名前すら憶えてやるもんか。

 

 

「コクヨウ、尻尾を逆立てて怒るのは良いが、脱出するぞ」

 

「おうシナバー、こいつらぶちのめしたら合流すらぁ!」

 

「うむ。犯した罪をその身で贖ってもらいましょうぞ」

 

 

 ご機嫌に男が話してる中、シナバーさんが小脇に抱えているボクを片腕で抱きかかえす。

 

 

 

 

「舌を噛まないようにしてろよ」

 

 

 

 

 ヴァーヴルグさんが押し入って来た冒険者の顔面に鉄拳をめり込ませたタイミングで、シナバーさんがボクを抱きかかえたまま踏み込む。

 そのまま勢いよく、建物の二階の窓から外へと飛び出した。 




悪魔さん「あくまで前の話でシナバー君が殲滅してたのは、簡単に集まったごろつきだからねぇ」
悪魔さん「でもま、そこから得た情報を秘密裏に件の年配男性に情報を流し、その結果激発した息子殿があんな動きをしたわけだね」
悪魔さん「息子殿がなんか妙に考えなしというか破滅的? 逆に考えてみよう」
悪魔さん「顔と小賢しい知恵程度しか取り柄の無い人間が、幼少期からチヤホヤされて真っ当に育つと思うかね?」


『TIPS.暦』
この世界において天文学は未だ発達段階の学問である。
では、何をもって四季と年月を正確に把握し、大規模農業をやってるかと言えば。
時を司る神に仕える神官達が、神託を受けその情報を必死に広めて回っているからである。
ある意味において全てに対して公平である時の神は、大規模な約束事を取り交わす上での重要な宣誓相手でもあり。
必然と、時の神を信奉する神官は職務の公平性から、裁判や調停を行う立場となっている。

平たく言うと、時の神の信奉者はこの世界における過労死枠である。
その代わり、神の加護として長く仕えられるよう不老という、誰もが望むモノを与えられる、だがしかし。
不老の加護を受けた物は、男女問わず子を為せなくなる上、一度加護を取り消したら二度と受けられなくなる。
その結果、結婚イコール神官引退でもある為、長年時の神を信奉している女神官は色んな意味で危険物らしい。


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28.運命の歯車

あけましておめでとうございます(遅)
改めて、本作の更新再開させていただきます!

遅くなって申し訳ありません(震え声)


 

 

 セントヘレア神殿からほど近い場所にある、様々な飲食品を扱い提供する店が集まっている通りは、この街近辺で採れた新鮮かつ上等な作物を用いた料理を提供する事から街の住人のみならず。

 遠く離れた街からやってきた旅人や、商人達、更には冒険者に至るまで幅広く人々が訪れる、この街の名所とも言える場所であった。

 

 街の象徴である神殿が近い事も相まって、暴力とは無縁である筈のその場所、しかし今は。

 最近、不自然なほどに街の外からやってきていたごろつき同然の冒険者達と、街の衛兵と冒険者が入り乱れての大乱戦を繰り広げていた。

 

 

「てめぇら、やりたい放題やりやがって!」

 

「はっ、田舎者のヒヨッコが生意気な!」

 

 

 髪の毛を逆立てた……未だ少年と言える風貌の背中に大地母神の刻印が刻まれたコートを羽織った冒険者が、暴れ回るごろつきめがけて踏み込みと共に敬愛する歴戦の神官に教え込まれた拳を叩き込む。

 しかし、顔に傷のある男は体捌きだけで少年冒険者の突進じみた拳をいなし、手に持った片手斧を少年へと躊躇う事無く叩きつける。

 

 カウンターじみたその攻撃に、少年冒険者は辛うじて体を逸らして頭を叩き割られる事だけは避けるも、その肩口に男の斧が深く刺さり、少年冒険者が苦悶の叫びを上げる……。

 男は鮮血に塗れた片手斧を乱暴に引き抜くと、トドメとばかりに大きく振りかぶった。

 

 少年冒険者の仲間である神官の少女が悲鳴を上げ、仲間の竜人戦士は救援に入ろうと動くも他のごろつきに阻まれ、斥候の獣人少年が焦りながら放った矢は男に刺さる事なく、別のごろつきに刺さる。

 万事休す。少年の頭部が情け容赦なく叩き割られると思われた、次の瞬間。

 

 別動隊のごろつき達が舌なめずりしながら踏み込んだ、とある飲食店の二階の窓が内側から、けたたましい音を立てて破られる。

 

 

「ちょっと失礼」

 

「ぐぎゃっ!?」

 

 

 その音と共に、両腕で狐耳尻尾の麗しい少女を抱き抱えた糸目の青年が、今まさに少年冒険者の脳天を斧で砕こうとしていた、顔に傷のある男をまるで足場にするかのように踏み砕く。

 そのままの勢いで、風を纏いながら通りを挟んだ反対側の二階建ての建物の屋根へと飛び移っていく。

 

 突然の光景に、水を打ったように鎮まった。大混戦だった通りの戦いが一瞬静まり、ごろつき達が目の色が欲望に染まった。

 ごろつき達は一様に、その顔を醜悪に歪めながら……あの娘を手に入れれば一生遊んで暮らせるぞ、などと騒ぎだす。

 

 こんな輩に自分達の街が騒動に巻き込まれていると理解した衛兵と冒険者達は怒りを目に宿し、少女を抱き抱えた青年へ追い縋ろうと動き始めたごろつき達へ、激しく攻撃を加え始める。

 混迷を極めるセントヘレアの街、そのような状況下において、今の状況を愉悦を持って眺める一団が存在した。

 

 

「クハハハ!見てみろ、あの愚図は道化の才能に溢れていたようだぞ!」

 

「こっちからしてみたら、予定していた動きを全部台無しにしてくれたから……生きたまま八つ裂きにしても物足りないぐらいですがね」

 

 

 街の中でも高所に位置する、上流階級向けの宿の窓からオペラグラスで騒動を覗いていた偉丈夫が、心の底から楽しそうに喝采を上げる。

 一方で、傍に控えている狼の獣人は吐き捨てるかのように、今も偉丈夫が言う愚図がいるであろう飲食店を睨みつけていた。

 

 

「で、どうですダンナ? 新しく拵えた遠見の魔道具の具合は」

 

「素晴らしいの一言に尽きるな、お前の望む褒美を与えよう……おお、娘を抱えたままあの男。乱れ飛んでくる矢や火球をくぐりぬけているぞ」

 

「アイツら、あの娘に傷付けたらどうなるかわかってる筈なんですがねぇ。やっぱりごろつき同然の冒険者はダメですわ」

 

 

 偉丈夫が覗くオペラグラスの先では、糸目を開いた青年が少女を横抱きで抱えたまま、速度を落とす事なく屋根の上を一直線に神殿めがけて疾走している。

 彼らを屋根から落とすべく、ごろつき達が好き放題に矢や魔術を放っては、青年たちを傷付ける事無く屋根に着弾していく。

 

 

「どうだ、お前ならあの男を仕留められるか?」

 

「どうですかねぇ。今アイツが出してるのが全てなら確実に殺れますが……見た所俺と同類っぽいし、正直わかんねーですわ」

 

「ふむ、まぁあの愚図とは別に出してた草も根こそぎ刈り取られてたようだしな」

 

「しかも、死体まで念入りに始末してましたわ。下手に草に情報渡してたら多分こっち仕留めにきてましたね」

 

 

 今も、飛びかかって来た翼人の女戦士の突進をかわし、すれ違いざまに女戦士の首を刎ねた青年を眺める偉丈夫と狼の獣人。

 はっきりと見える狐耳尻尾の少女の目が固く閉じられてる様子から、偉丈夫は青年が少女に何かしら声をかけたのだろうと推察する。

 

 

「ふむ、血飛沫が不自然に逸れてるな。魔術の形跡は見えるか?」

 

「いや、ないですね。恐らく精霊術ですね……あの一瞬で使ったとすると、練度も相当かと」

 

「なるほどな。しかし、随分とあの男は巫女に執心してるらしい。いじらしい程に巫女を最優先にしているぞ?」

 

「時折やり辛そうな動き見えますからね。あいつの本業は間違いなく殺しでしょうよ」

 

 

 偉丈夫は青年の大立ち回りを眺めながら、あそこまで精霊術に長けた腕利きの暗殺者がいただろうか、などと思考を巡らせる。

 ふと、傍に控えている狼の獣人が報告してきた、一つの言葉を思い出す。

 

 

「そう言えば、草が始末された現場で刺激臭を微かに感じたとか言っていたな?」

 

「ええ、殆ど消えてましたけどね。アレは体の自由を奪う麻痺毒の匂いでしたわ」

 

「なるほどな……ククク、やはり生きていたか。『汚水』」

 

 

 偉丈夫の中で幾つかの単語が重なり、一つの答えに辿り着く。

 同業者どころか上位貴族ですらその顔を知るモノは居らず、しかしソレらの間で知らぬものは誰一人居なかった毒を専門に扱う暗殺者。

 その暗殺者は男か女かも判らない上に依頼を選ぶ暗殺者でもあったが……。

 一度受諾した依頼は完遂する事から半ば伝説と化していたソレを目の当たりにした愉悦に、偉丈夫は喉を鳴らして愉悦に浸る。

 

 

「少々飛躍しすぎじゃないですかね、旦那?」

 

「あの毒を知り扱えるモノなど、神医と呼ばれる医者くらいだぞ? そんなものを扱えるモノなど、それこそ『汚水』でもなければあり得んのさ」

 

「そんな大層な代物なんですなぁ」

 

「お前も殺しを生業にするなら、少しは勉学に励むが良い」

 

 

 俺は魔術と付与術式の専門なもんで、などと悪びれる事なく言い放つ傍仕えに偉丈夫は苦笑いを浮かべ、青年の立ち回りを観続ける。

 ある日突然、『汚水』を名乗る暗殺者の死体が見つかったと聞かされた時は驚いたものだが、やはり死んでいなかったかと偉丈夫は一人呟く。

 

 

「しかし、旦那の言い分が当たってたとして実は生きてた『汚水』が、なんでまたあの娘を護るのに躍起になってるんでしょうな」

 

「さてな、当人に直接聞いてみるのも楽しそうだ」

 

「勘弁して下さい旦那。『汚水』が相手だとしたら、護衛が何人いても毒で皆殺しにされますぜ」

 

 

 それもそうだな、と狼の獣人の言葉に偉丈夫は同意を示すと共に、少女を抱えた青年が神殿へ飛び込んだところでオペラグラスを下ろす。

 

 

「もう見物はよろしいので?」

 

「神殿に居る竜姫の護衛についてた『貪竜』が出てきていたしな。あの程度の連中では、相手にもならんだろう」

 

「あー……アイツ、修行の旅とか称してあっちこっちで逸話作ってましたもんね」

 

 

 己が治める領地に出てきた凶悪な魔獣を退治してくれただけに、その実力を識っている偉丈夫はこの後の顛末など見る価値もないとばかりに、今も続いている騒動から視線を外した。

 

 

「さて、あの娘はこの混乱をどう治めるだろうかね」

 

「どうですかねー。ところで旦那……今回は一旦見逃す方針で?」

 

「ここの領主は無駄に善良だが厄介だからな。神殿に籠った娘を引きずり出すには準備も足りん」

 

 

 まぁ、怯えて閉じこもるだけの娘なら愛でる価値こそあれども、少々物足りないがななどとうそぶく偉丈夫に。

 狼の獣人は、旦那も性格が悪いなどと苦笑いを浮かべ、肩を竦めるのみであった。

 

 

 

 

 

 しかし翌日、『汚水』と神官を絶えず傍に控えさせながらも、自身が精力的に動く事で街と冒険者たちの混乱を収めて見せた巫女の活躍に、偉丈夫は口角を吊り上げて獰猛に笑う事となる。

 守られるしかない身でありながらも、しかし己の身の安全を躊躇う事無く掛け金にして見せた巫女。その活動の方に偉丈夫は呟く。

 

 

「存外、あの娘は久しぶりにベッドの外でも遊べる女になるかもしれんな?」

 

「まーた、旦那の悪い癖が出てますぜ」

 

 




Q.シナバーさんって本気出すと目が開くの?
A.開きます、切れ長の鋭い目付きです。


『TIPS.暗殺者『汚水』』
貌も年齢も種族も、そして性別すらも不明の暗殺者。
地下深くに隠れようと、百人の護衛に守られようと、魔術を用いた結界を活用していようとも狙われたターゲットは、須くその命を尊厳諸共刈り取られている。
特徴として、護衛や目撃者は一瞬のうちにその意識を喪失し、目覚めた時にはターゲットだった人物は汚水を垂れ流し恐怖の表情で絶命している所にある。
老若何女、貴族であろうと悪党であろうと等しく情けも容赦もなく始末する殺し方、そして手腕から……。
畏怖と嫌悪を込めて『汚水』と呼ばれていた。
だが同時に扱いにくい暗殺者としても有名であり、酷く依頼を選ぶ人物としても有名であった。

ある日突然、『汚水』とされる人物の死体が見つかり、その死体が『汚水』である証拠を幾つも持っていた事から、一般的には死亡したとされている。


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29.勿忘草

ワスレナグサの花言葉って、『真実の愛』と『私を忘れないで』って意味らしいですね。


 

 

 商人組合の重鎮の人と会談し、そこで彼の息子が嗾けてきたごろつき達との大立ち回りを繰り広げたんだけども、まぁ当然街は大混乱になるわけで。

 神殿におとなしく籠っているべきだと懇々と説いてくるシナバーさんに頼み込み、神殿の勢力や冒険者寄合や商人組合にも協力してもらい、混乱自体はなんとか収められた。

 

 あのごろつきや、重鎮の人の息子の口ぶりからするに彼らの目的はボクの身柄だったのは、まぁ想像に難くないんだよね。

 申し訳なさから、神殿長スェラルリーネさんにも謝りに来たんだけどもさ。

 

 

「巫女コクヨウ、この度の騒動は確かに貴方が起因とされるやもしれませぬが、その責任を貴方が感じる必要はないのですよ?」

 

「ありがとう、ございます……」

 

 

 あの騒動で、お店の奥へ踏み込もうとしたごろつきを止めようとした店員さんが、ごろつきに害されて命を落としてしまっている。

 冒険者の人達の協力もあって、捕縛できたごろつきから衛兵の人達が聞き出した話によると、ボクを攫えば後先かんがえる必要がなくなる程度の金貨が手に入る、という話だった。

 

 問題は、彼らを雇いこの街へ誘い込んだ重鎮さんの息子が……衛兵達に監視されていた筈なのに、目を離した一瞬の間に牢屋の中で息絶えていたと言うところだ。

 

 

「今回の騒動では貴方の尽力で、被害は最小限に抑えられたと思います……今はゆっくりとお休みなさい」

 

「はい、失礼します……」

 

 

 怪しい、と思える心当たりは何というか一人だけいる、だけども決定打と言える証拠がない。

 更に言えば、あの門でゴネ倒してた貴族は侯爵らしいとくれば、多少証拠があっても対応されてそこで終了だろう。

 

 身も蓋もない事を言ってしまえば、ここでボクが凹んでいても意味はないし、現状で対抗できる手段なんて……。

 ……いや、うん、あるにはあるんだよ。

 

 

 

 ボクが領主のアルベルトさんの愛人になり、ここら一帯の権力者であるあの人からの庇護を強く受ける身になってしまえばいい。

 

 

 

「……だけど、それはヤダなぁ」

 

 

 この体とボクの見た目を駆使するという意味では、恐らく最適解に近いのかもしれないんだけども。

 それだけは、したくない。

 

 だけどもこの『したくない』という感情は、自分自身でもうまく定義できていないのが現状だから片手落ちだよね。

 この世界に『コクヨウ』として降りて、もう少しで一年が過ぎる身だけども、気が付けばアクセリアさんとかを筆頭とした美女と一緒にお風呂入っても動じなくなっていて。

 

 自身が男だったという自意識など、とうに無くなっているに等しい状態。そんなボクが男性に対してなりふり構わないアプローチをかけたのが、この前の発情期によるシナバーさんへのアプローチだった。

 あの時は大混乱で叫ぶだけだったけども、ボク自身の体はもう女性そのものであり、アクセリアさんからの話によると発情期が……言ってみれば獣人の女子が母になれる合図だと言われれば。

 もう、心身共に女子へと変わって言っているのだと、露骨に突きつけられてるも同然なのだ。

 

 

「ああいけない、思考がまとまらないなぁ」

 

 

 神殿の中庭のベンチに腰掛け、空を仰ぎながらぼんやりと呟く。

 思考を、整理しよう。

 

 今回は凌げたけども根本的解決に至れてはいないから、また同じようにボクを狙った騒動が起きるのは想像に難くない。

 冒険者寄合や衛兵の人達も、外から入り込む人間への警戒を強めてくれると言っていたけども、恐らく相手は同じ手は早々打ってこないと思う。

 もしも、神殿の人達や領主さんでも庇い切れない方向性で来られたら、その時が真の『詰み』だ。

 

 

「だからこそ、ボクは味方を増やす必要が、ある」

 

 

 そして、その為の一番楽で堅実な手が、領主さんの愛人になる事……だけど、ボクはその手は取りたくない。

 元男性だから同じ男性に身を委ねる嫌悪感がある? 無いとは言わないけども違う。むしろ発情期でアレだけやらかしといて何を今更だと我ながら思う。

 ともあれ、この案は使えないとなると……。

 

 

「随分と悩んでるようだが、大丈夫か?」

 

「あ、シナバーさん」

 

 

 尻尾をへたれさせ、頭を抱えてるボクに声をかけてきたのはこの前の騒動でも、八面六臂の活躍を見せてくれたシナバーさんだった。

 口と目を閉じていろ、と言われたと思ったらお姫様抱っこされた時はビックリしたけども……その時の逞しい腕と感じた熱を思い出し、ボクの頬が熱くなるのを感じて慌てて顔をブンブンと振る。

 アクセリアさんに今日も発情期を抑える奇跡をかけてもらったのに、顔が暑い、気のせいだ気のせいに違いない。

 

 

「だ、大丈夫だよ!」

 

「……本当に大丈夫か?」

 

 

 いつもの糸目のまま苦笑いを浮かべてボクを観つつ、ちょっと失礼などと言いながらボクの隣に腰かけてきた。

 半人分ほどの隙間を空けて座ってるのが少し物足りな……くない!

 

 

「うん、だ、大丈夫だよ」

 

「それならいいけどなぁ」

 

 

 軽く深呼吸し、笑みを浮かべてボクは大丈夫だと答える。

 そんなボクの様子に、シナバーさんは頬を掻いて苦笑いを浮かべ。

 

 

「しかし、まぁ、お前さんアレからいつも通り俺に接してるワケだが、警戒や恐怖はないのか?」

 

「なんで? だってシナバーさんはボクを害したりしないでしょ?」

 

 

 ボクを腕に抱きながら神殿へと駆け抜けてくれた時も、誰かの断末魔の声がボクの耳には届いていた。

 そして、混乱を収める為にシナバーさんに付き添ってもらいながら街に出た時も、シナバーさんが初めて聞くような声を出しながらごろつきを何人か叩きのめした所も見た。

 

 だけれども、ボクは目の前に居る男の人がボクを害するとは何故か思えなくて、そして害する事のない人を怖がる必要もないと思っているだけなのだ。

 顔を知ってる店員さんが命を落としたと聞いた時は落ち込んだけども、悪さをする人が死んだと聞かされても何とも思わなくなってるんだよね……我ながらちょっと冷酷だと思う。

 

 

「……お前さんは本当に、警戒心というモノがだなぁ」

 

「シナバーさんがその分警戒してくれるでしょ?」

 

「俺に丸投げする気かよこの巫女様」

 

 

 重い溜息を吐いたシナバーさんをからかうようにそんな事を宣ってみれば、彼は苦笑いしながらボクの頭を若干乱暴な手つきで優しく撫でてくる。

 気持ちよくて目を細め、耳がピコピコ動いちゃうけどもコレはしょうがないよね。

 

 

「で、なんぞ悩んでたようだが、それはこっちで手伝える事か?」

 

「んー……」

 

 

 そんな事を言いながらも、特に見返りを求める事無くボクへの助力を申し出てくれるシナバーさん。

 その声や表情からボクを心配してくれているのは間違いないと思う、だけども……やっぱりどこか違う誰かを見ているようにも思える。

 

 

「今回の騒動ってさ、根本的解決をしようとしたら何が必要だと思う?」

 

「随分とざっくりとした問いかけだが、そうだな……ほとぼりが冷めるまで、どこかでおとなしくするというのも手だと思うがな」

 

 

 思った以上に消極的な意見、だけれども対抗する事ばかり考えていたボクには新しい発想だ。

 ……なんでボク、真正面から立ち向かう事考えてたんだろうね。

 

 

「その手があったか……」

 

「ちなみに、お前さんはどんな案で悩んでたんだ?」

 

「んー……何とか味方を増やして、今回の黒幕を牽制できるようにしないとなぁって悩んでた、ボクこの街が好きだし」

 

 

 さっき思考で破棄した、領主さんの愛人になるっていうプランは言わない事にした。

 何となくだけど、根拠のない勘何だけど……これだけは言っちゃいけない気がした。

 

 

「そうか、だがお前さんはまだ若いし無理に背負う必要はないんだぞ?」

 

「子ども扱いしないでよ!」

 

「何でも背負おうとするのが子供だって言ってるのさ」

 

 

 優しく撫で続けるシナバーさんの手を止めようとボクの手を添えたその時。

 一瞬、ほんの一瞬だけどシナバーさんの目に隠し切れない悔恨と懺悔の色が見えた。

 

 

「むぅ……でも、なんでシナバーさんはボクにここまで手助けしてくれるの?」

 

「放っておくのも寝覚めが悪いだけさ」

 

「シナバーさんは、誰かを守れなかったの?」

 

 

 ボクの問いかけをいつもの笑みではぐらかそうとする彼に、ボクはずっと抱いていた疑問をぶつけ。

 そして、その行為を次の瞬間心の底から後悔する。

 

 彼の笑顔は凍り付き、その糸目が見開かれて見えた瞳には、深く昏い感情が見えた。

 ボクはその瞳から見える感情、そして彼が守れなかったのであろう誰かに対して抱えている愛情と悔恨を、己が持つ能力全てで理解してしまう。

 

 まるで他者の情事を覗き見るかのような不作法な行為で、だけどもシナバーさんの心の奥底がやっと見れた事に。

 自身でも目を逸らしていた、ボクの本能が悦びを感じてしまう

 

 あまりにも恥知らずなその感情をボクは押し殺し、踏み込むべきじゃなかったかもしれないと思いながらも。

 ボクは、彼の瞳を見詰めてボク自身の気持ちを彼へぶつける。

 

 

「……ごめんなさい。だけども、誰かの代わりにボクを守るなんてしないで。それで傷付いてくシナバーさんをボクは見たくない」

 

「違う、違うんだコクヨウ、俺は決してそんなつもりじゃ……」

 

「じゃあなんで、シナバーさんは泣きそうな顔をしているの?」

 

 

 ボクの言葉に、撫でていた手を放して自身の手で顔を覆うように掴み、いつもの笑顔の仮面がはがれた表情をシナバーさんは戻そうとする。

 もしかしなくても、シナバーさんの心はとっくの昔に限界を迎えていたのかもしれない、そして崩れ落ちるきっかけを作ってしまったボクは……。

 ベンチから立ち上がり、震えるシナバーさんに頭を抱き抱えるように抱き締める。

 

 ボクは今、とても酷い事をしているんだと思う。

 シナバーさんがずっと、心の底に押し込めて……ボクを守る事で満たしていたであろう、守れなかった誰かへの想いを上書きするかのような行為をしている。

 

 

「ごめんなさい、シナバーさん。ボクはずっと……貴方の優しさに甘えていたんだね」

 

「違う、そうじゃない、俺は、僕は……」

 

 

 いつも、彼がボクにしてくれているように、震えるシナバーさんの頭を小さなボクの手で撫でる。

 頼りになる、いつも守ってくれている人、そして……認めよう、ボクの大好きな人。

 シナバーさんがどんな道を辿った末にここに居るのか、ボクは知らないし、知ろうとしなさ過ぎた。

 

 今こうしてる間もボクを取り巻く問題は解決してないし、早く手を打たないといけないかもしれない。

 でも、それでも、ボクはボクと言う異物を受け入れてくれたこの街と神殿が大好きで、そして出会ってから今まで傍で守ってくれてきていたシナバーさんから離れたくない。

 ……ああ、そうか。だから領主さんの愛人になるというのが、嫌だと感じたんだね、ボク。

 

 

 

 だから、ボクは貴方の事が知りたい。

 そして、貴方と一緒に歩いていきたい。

 

 そう思ったこの瞬間、僕は心の奥底から理解した。

 ボクの体と心は漸く、綺麗に収まった。収まってしまったような気がした。

 

 




悪魔さん、血のように紅いワインを注いだグラスを片手に満面の愉悦スマイル。



『TIPS.重要参考人獄死についての報告書抜粋』
昨日、セントヘレア神殿所属の巫女コクヨウを攫う為にごろつきを街へ誘い込み、騒動を起こした重要参考人が牢の中で獄死した。
捕縛され老へ収監されるまでは、己の財力を誇示して投獄を逃れようとしていた男だが……。
投獄された直後から、狂乱状態へ陥り言動が支離滅裂なモノへと変化。
その後、体内からはじけ飛ぶかのようにその肉体が四散した。

後の調査から、何かしらの条件で発動する付与魔術が施されていた事が判明するも、術式の損壊が激しく調査は難航。
領主様からの、深入りは危険だという忠告もあり、重要参考人獄死についての調査は打ち切りとなった。


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30.想いの果て

前回から引き続きの展開です。
少し残酷な描写が入るので、ご注意下さいませ。


 

 

 セントヘレア神殿の中庭を一陣の風が吹き抜け、二人の男女の髪を優しく揺らす。

 少女は大きな尻尾を緩やかにふりながら、慈しむように抱き抱えた青年の頭を優しく撫で続ける。

 青年は、肩を震わせながらもまるで己にその資格はないと言いたいがかのように振り解こうとするも、その動きは途中で止まった事から激しい葛藤が垣間見える。

 

 

「ねえ、シナバーさん。貴方はどんな苦しみを抱いてきたの?」

 

 

 鈴を転がしたかのような透明感のある可憐な声で、少女は頑なな青年の心を解きほぐすかのように問いかけた。

 語り掛けられた青年は、己の頭を抱き締めてくる少女の腕の中で苦渋に満ちた貌を浮かべる。

 

 青年の心に蘇るのは、己が血塗れの道を歩く理由となった……青年の原点とも言える、憎悪と絶望の記憶で。

 余りにも血生臭すぎるソレを、己を便ってくれる『彼女』の面影を持つ少女に見せたくない、そう思っていた。

 

 

「離してくれ」

 

「嫌だよ、だって逃げちゃうでしょ?」

 

 

 青年は今も己を抱き締めてくれる少女に、暖かな陽だまりで笑っていてほしいと願っていた。

 例えその想いが、かつて護れなかった事への代償行為だとしても。

 

 そして、故にこそ今のこの状況は己が受けてはいけない、そう思い込むと共に。

 だから、青年は己が嫌悪されてでも、少女が自身から離れてくれるのならばそれで良いと思考する。

 

 

「逃げないし、話すから、離してくれないか?」

 

 

 少女の暖かさと柔らかさ、そして全身で訴え伝えてくる少女の愛が、青年には辛かった。

 そして、今も胸に残っている『彼女』への想いを、少女への想いにすり替えてしまいそうな己が赦せなかった。

 

 青年の言葉に少女は逡巡し、一際強く抱きしめた後に残り香を残して離れ、青年の隣へ腰掛ける。

 その位置は、まるで青年を許すかのように柔らかい体温を感じる位置だった

 

 

「何から、話したものか……」

 

 

 深くベンチに腰掛け、青年は記憶の糸を辿り始める。

 

 

「俺はこの街で、互いに思い合っていた幼馴染の女と一緒になり、そして外に出る事なくこの街で生を終えると思っていた。無邪気にそれが当然のように叶うって信じていた」

 

 

 記憶を辿り、かつての想いを青年は反芻する。

 考えてみれば『彼女』もまた、青年の都合は二の次にして振り回すタイプの快活な女性で、そして。

 この街を愛し、困っている人は放っておけない、そんな女性だった。

 

 

「だけどな、あの時はアルベルト卿の父親が亡くなったばかりなのもあって、この街に色んな連中が入り込み……そいつらが治安を悪くしていたんだ」

 

 

 中央の政治事情からは距離が離れている事もあり殆ど関係が無いとは言え、一大穀倉地帯な上に重要な燃料物資でもある炭金を北方山脈から仕入れる為の窓口。

 強欲な人間の欲を刺激するには、十分すぎる餌だった。

 

 

「なぁコクヨウ。外から入ってくる根無し草連中の小遣い稼ぎの種が何か知っているか?」

 

「うんん、知らない……けど、ボクが狙われた事にも関係あるんだよね、きっと」

 

「ああ、平たく言えばな、人攫いが根無し草連中のちょっとした小遣い稼ぎとして、当時は成立してしまっていたのさ」

 

 

 青年がまだ、少年だった頃。

 『彼女』が家に帰ってこない。そう聞かされた青年は街中を駆けずり回り、時にごろつきに小突き回されたりしながら攫われたという事実を掴んだ時には。

 もう、全てが遅すぎた。

 

 

「アルベルト卿が動いたりしたおかげで今は法律で禁止されてるが、当時はやりたい放題でな……何のことはない。俺の想い人もまたクソみたいな連中の小遣い稼ぎの為に攫われ、売り飛ばされたのさ」

 

 

 青年は、ふと己の両手へと視線を落とす。

 何一つ汚れが着いていない筈なのに、その手は今も血と汚泥に塗れ吐き気を催す臭いを放っている気がした。

 

 少女は悲しそうな瞳で青年を見守りながら、そっと手を重ねた

 ただ、それでも口を挟もうとはせず、視線も逸らさずに視線で青年の言葉の先をねだる。

 

 

「その後は、研鑽を積み、精霊の力すら借りて『彼女』を攫った連中を突き留めて……徹底的に拷問して情報を聞き出して殺したモノだ」

 

 

 脳裏に蘇るのは、『彼女』を攫い売り飛ばした金で真っ当に生きようとしていたごろつき達。

 その時は憎悪の炎に焼かれるまま、拷問した末に情報を聞き出し、一人残らずあの世へと送ってやった。

 

 結果から言えばそこで漸く、『彼女』が売られた先を聞き出せたのだから青年に後悔はなかった。

 だが同時に、憎い敵であったとはいえ……あの幸せを己に壊す権利があったのか、ソレだけは未だに結論を出せていない。

 

 

「そうして漸くとある貴族に買われたという情報を得て向かって、そこで見つけたのは…………」

 

 

 右腕で己の胸元を強く握り、今でも消えない激情と憎悪を堪えながら、青年は言葉を吐き出す。

 

 

「屋敷のゴミ捨て場に放り出された、両手両足を失い汚濁に塗れた、『彼女』の亡骸だった」

 

 

 青年はあの瞬間、確かに聞こえた気がした。辛うじて踏み止まっていた自身……僕という人格が、音を立てて砕け散った音を。

 そこから、『彼女』の無念を晴らす為に、己の憎悪と憤怒を晴らす為に取り繕い、ただ怨敵達を討ち滅ぼす為に生きる事を誓ったのだ。

 

 もし、また同じような光景を見た時己は耐えられない。そう本能で理解していたからこそ、代償行為と知りながらも面影のある少女……コクヨウを守って来たのだ。

 思考し瞑目する青年の、膝の上に置かれたままの左手にそっと温かく、優しいぬくもりに触れらていることに気が付く。

 

 少女の優しさに縋る己の醜悪さに、青年は溜息を吐き、懺悔にも似た独白を締めくくるべく言葉を紡いだ。

 

 

「後は、無駄に位が高くて陰謀が得意なその貴族を殺す為に動き、そして仇を討った。それだけの話さ」

 

 

 だから、お前さんは俺の事を気にする必要なんてないんだ、そう言葉を続けようとして青年は少女の顔を見ると。

 少女……コクヨウはその瞳から、ほろほろと涙を流していた。

 

 

「すまない、辛気臭くて怖い話を聞かせたな」

 

「違う、違うの、そうじゃない」

 

 

 嗚咽をこらえつつ、鼻声交じりで少女は言葉を続ける。

 

 

 

「殺しは罪だ、だけど、だけど、それじゃぁそれじゃぁ」

 

 

 色んな揉め事に立ち会い、相談に乗り、対応してきた矜持があるからこそ少女は。

 神殿の巫女として、これだけは譲れないでも、でもと自問自答しながら。

 

 

「彼女と、シナバーさんが……救われないじゃない」

 

 

 悪徳を放置せず、奪われた命への想いの為に行動を為した青年へ、少女は想いを伝えようと。

 青年の左手に重ねられていた少女の手が、しっかりと強く握りしめられる。

 

 

「どう取り繕っても、俺は自分の怒りで惨たらしく殺してきたし、その後も目的の為に殺し続けてきた男だぞ」

 

「大事な人を奪われて、取り戻す為に頑張って、それで救われない、なんてあっちゃいけないよ!」

 

 

 少女の嗚咽交りの声に、青年の動きが止まる。

 なんでそんな酷い事をとか、人殺しなどと罵倒される事は想定していた、しかし……。

 ここまで、己の為した行動を肯定される事は、青年は想定していなかったのだ。

 

 

「そう、か……」

 

 

 否定される為に、懺悔じみた過去を告白したのに肯定され。

 しかし、思惑と外れた状況であるというのに青年の心は、どこか救われたような気がした。

 

 自身の手を優しく握り嗚咽を漏らし続ける少女へ、青年は強迫観念じみた義務感とも違う確かな想いを感じていた。

 

 

「なぁ、コクヨウ」

 

「ぐすっ……何?」

 

 

 青年は、少女の手を振り解くことなく、己の手を重ねる。

 

 

「暗殺者として、『汚水』と呼ばれるほどに汚れ切った俺は、救われても……いいのか?」

 

 

 

 縋るように、問いかけられた青年の言葉。

 その言葉に、優しく青年の手を握っていた少女はそっと指を解き、青年の前に立つと涙を目に浮かべながら両手を広げ。

 先ほどよりも強く、少女は想いの丈をぶつけるかのように青年の頭を抱き締めた。

 

 

「……救われてください、ボクを助けてください。ボクのために救われてください」

 

 

 少女の行動、そして言葉に青年は目を見開く。

 

 

「そうか、そう、か……」

 

 

 少女の言葉に青年は、張り詰めてきた糸が緩やかに解けたような錯覚を感じると共に。

 先ほどまで己の胸元を握りしめていた手をほどき、ゆっくりと両手を少女の背中へ回して、懺悔するかのように縋りついて声にならない嗚咽を漏らし始める。

 

 

 

 青年の両目からは『彼女』を喪ったあの日から、一度たりとも零していなかった涙がとめどなく零れ落ちていた。

 まるで、今まで抱えていた悲しみと後悔を全て、洗い流すかのように。 

 

 




ヴァーヴルグ「ん? むぅ、中庭であの二人は何を……」
アクセリア「しー、離れて見てなさい」

次回エピローグ&二人の弄られ回、お楽しみに。
シナバーさんは割といっぱいいっぱい状態だったので、周囲への警戒がルーズになってたそうです。



『TIPS.領主代替わり騒動』
王都から離れた地の領主が不慮の事故で他界、急遽息子が跡を継いだのは良い物の。
政治的な根回しで先手を打たれた事もあり、膝元であるセントヘレアの街が荒らされかけた騒動の事を指す。
この事件で攫われた市民も存在し、それらの反省から衛兵や街の治安は大幅に改善された。

それなりの時間が経過した事もあり、余所者に対しての態度も軟化していたが……最近の事件によって、また警戒が強くなりつつある。



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31.古狸VS若狸

今回の話のエピローグ、という名の行商人さんパートです。
重い話が続いた反動が出てしまった……!


 

 作られてからそれなりに年数が経っている社会や組合に組織と言うのは、自然とお偉方の席数が決まってくるものだ。

 そして決まっている席数以上にその席を欲しがる輩が出てきたらどうなるか? そんなもの、熾烈な蹴落とし合いに奪い合いに決まっている。

 

 そんな代物が、ふとした拍子に転がり込んできた件。

 

 

「君は結構な利益を上げているし、長年の実績もある。どうだ……空いた席に座ってみないかね?」

 

「あ、結構です」

 

 

 だが断る、というかお断りに決まっている!

 コレがまぁ穏当で俺が所帯でも持とうかって時なら別だが、今の状況で座るとか自殺行為にもほどあるわ!!

 

 好々爺然とした笑みを浮かべたまま、腕を組みながら俺を見詰めてくる。

 この爺というか組合長、例の巫女様と会うたびに茶菓子を土産に持たせるような孫を甘やかす爺のフリしてるけど、どこまでが擬態か良くわからんから苦手なんだよ!

 

 

「そう遠慮する事はないぞ? 何せ君は北方山脈の、幼い竜姫様とも仲が良いからな……どうだ、姫の番が根無し草に近い行商人では聞こえが悪かろう?」

 

「いやあの、俺の女の趣味ツルンでペタンじゃなくて、たゆんでボインなんですわ」

 

 

 俺の視線と爺の視線が、テーブルを挟んでぶつかり合う。

 というかこの爺、俺に風俗通い叩き込んできたくせに何を今更言ってやがる。

 

 

「不幸な、本当に不幸な事故により重鎮が一人隠居してしまってなぁ。そこを空席のままにしておくのは現状、都合が悪すぎるのだよ」

 

「ですな。そう言えば取引所の受付のおっさんなんてどうです? あのおっさんこそ、年齢的にも適任でしょうが」

 

「馬鹿め、ヤツは真っ先に逃げおったわ」

 

「クソが」

 

 

 互いに被っていた仮面を投げ捨て、どちらともなく口汚い言葉が出始める。

 そもそも俺達のお行儀のよさは取引相手と高貴な相手、それと逆らったらいけない相手限定だ。同業者相手にはあんまりいらんと言うね!

 

 まぁ正直、褒められたもんじゃない態度でもあるんだけどな。

 

 

「というかのう、儂組合長じゃぞ? 偉いんじゃぞ? それなのにまぁ、相変わらずじゃのう」

 

「ハッ、損を押し付けてくる相手に敬意は払うなって俺を鍛えたのは爺だろうがよ」

 

 

 バカ息子がやらかした問題の責任と、引き起こされた問題の規模に多大なショックを受けた重鎮のおっさんが隠居した。

 その結果、空いた椅子に俺を座らせたいと言うのが、俺の目の前にいる爺の魂胆なのだろうが……。

 

 

「ほう、損しかないと?」

 

「利益が無いとは言わねぇよ。ただなぁ……この状況で俺みたいな若造が席に座る事の方が問題だろうよ」

 

「とか何とか偉そうに言うとるが、お主はしがらみの少ない行商人生活満喫したいだけじゃろうが」

 

「バレてたか」

 

 

 バレないと思うてか、と爺は愉快そうに声を上げて哂った後。

 鋭い眼光を目に宿して、真顔で俺へと言葉を投げかけてくる。

 

 やべぇ、爺が本気だ。

 

 

「既に組合の連中の大半は、お主が席に座る事について同意しておる」

 

「……爺、もしかして」

 

「元々アヤツは、道を踏み外しがちであった息子への教育の為に隠居したいと、早々から儂へ打診しておったんじゃよ」

 

 

 後一歩、遅かった結果、何もかもが遅かったがのう。と爺は嘆息しながらやるせなさそうに言葉を吐き出す。

 爺にとっては今の組合の重鎮連中は皆、息子や娘みたいなモノだ。それがあんな事になったのだから、その気持ちもしょうがないだろうとは理解できる。

 

 だけど、それと俺を席に据え付けるの関係なくね?

 

 

「まぁ正直お主に組合の堅い仕事やらせる気もないからの。いつも通りしておればええ」

 

「とか何とか云いやがって、どうせ面倒ごと押し付ける気じゃねぇの?」

 

「儂、組合長じゃからの。組合員……それも役職持ちはしっかり働かせるべきじゃと思って居るからのー」

 

 

 このクソ爺。

 しかし、アレだな……爺がここまで軽妙に語るってのは、大体が気を紛らわせるためのお喋りだからな。

 間違いなく、爺完全にブチギレてるわ。

 

 ブチギレてるのはまぁ、今回の騒動を裏で糸引いた連中だろうなぁ間違いなく。

 

 

「なぁ爺、仮に俺がその席に座ったらどうなる?」

 

「まー、暫くはこの街で色々と下積みしてもらう事になるのう」

 

「大体どのぐらい?」

 

「まぁざっと、10年ぐらいかの」

 

 

 ヤバイ。

 何がヤバイって、それだけの間あの竜姫様の猛攻をかわし続ける自信が……ない!

 あの姫様、俺が娼館に行こうとするときに限って現れるんだよ!マジでどこからともなくやってくるんだよ!今も行商から帰ってきてからイケてないの!!

 

 

「勘弁してくれ爺。俺にだって顧客はあるし、挨拶回りもあるぜ?」

 

「そこはまぁ、お主の後釜に任せればよかろう、販路を手放す分の補填は出してやるぞ」

 

「爺、培った客との信頼は積み上げた炭金よりも大事だって……俺に教えたのはアンタだぜ?」

 

 

 内心の焦りを押し殺しながら、爺から口酸っぱく叩きこまれた教えを出す事で爺の猛攻を逸らす。

 爺もまたそこには思い至ってたようで、ぐぬぅなどと言いながらたじろいだ、攻めるなら今だ……!

 

 

「じゃが、席を空けたままにしておるというのは、聊かのう……」

 

「無論、俺も嫌だ嫌だってだけで通るなんて思わねえ。席には就く……だが今じゃないってだけだ」

 

「ふむ……わかった。ならばこうしようじゃないか」

 

 

 よし、風向きが変わった……!

 このまま、有耶無耶にしつつ俺は自由を目指す!

 

 

「まぁ実はのう、何を言ってもお主は行商から離れんじゃろうなぁとも思っておってな。いつもの販路も回って引継ぎをしてもらいつつ、辺境周回を頼む重役が欲しかったんじゃよ」

 

「だったら最初からソレを言えよ爺」

 

「いやー危険じゃしー? じゃがそこまで誇りを持ってるのなら、任せられるなと再認識しただけじゃよー」

 

 

 こ、このクソ爺……!

 だが、当面の危機は脱した。それに今までの販路に辺境周回を合わせれば、この街に帰ってくる事は殆ど無くなるはずだ。

 結果的にあのお姫様も、ほとんど顔を合わせなくなる俺への想いも、まぁ時間と共に風化してくれるだろう。

 

 きっと、おそらく、多分。

 

 

「それでじゃのう。まぁ今回の問題もある……当然、お主を襲う危険は今までの比じゃなかろう」

 

「まー、相手方が何やってくるかによるけども、道理だわな」

 

 

 あーやだやだ、冒険者への護衛代が嵩みそうだわ。

 ただでさえ相棒の飯代でたまにエライ事になるってのになぁ。信頼できる護衛探すってのも面倒なんだよな。

 

 

「それで、じゃ」

 

 

 にぃぃぃ、と爺がものすごくいやらしい笑みを浮かべてきた。

 何だろう、ものすごく嫌な予感がする。

 具体的に言うと、今すぐこの部屋の窓から全速力で脱出すべきな程度に、嫌な予感が……!

 

 

「お主の旅路についていきたいという、竜人の護衛が名乗り出てきておってのう……その御方はさる高貴な方なのじゃが、腕は確かじゃし何よりも信頼がおける」

 

 

 やめろ、爺、やめろぉ?!

 椅子を蹴倒して全速力で逃げ出そうとする俺を、部屋の陰からにじみ出るように現れた黒い鱗の竜人が羽交い絞めしてきた。

 こ、こいつ!?あのお姫様の護衛の影じゃねぇかぁ!!

 

 

「何故逃げようとする? 行商人を続けたいと言ったのは、お主じゃぞ?」

 

「そうは言いながら全力で楽しんでるじゃねぇか、このクソ爺ぃぃぃぃ!?」

 

「うん。儂、今とっても楽しい」

 

 

 クソ爺が!!

 

 

「暴れないで下さい婿殿。これはとても光栄な事ですぞ?」

 

「お前ら竜人基準を俺に嵌め込もうとするんじゃないよ!いつもいつもぉ!」

 

 

 ここまでくると俺でも気付く。逃げ道なんてないし、暴れるだけ無駄だと言う事は。

 だが……今あの扉から話題の人物が現れた瞬間、俺は詰みだということも、俺は魂で理解していた。

 

 しかし、世は無常なもので。 

 

 

「ともあれじゃ、その護衛が……こちらの方じゃ」

 

「……不束者ですが、よろしくお願いします」

 

「あ、護衛に関してはご安心を……メルルゥ様は女王様の近衛兵並にはお強いですぞ、竜語魔術にも長けておられます」

 

 

 扉を開けて現れたのは、動き易さ重視の甲冑に身を包み背中に身の丈ほどの大剣を背負ったお姫様であったとさ。

 うん、そうだね。裏切る心配はないし腕っぷしも問題ないね、だけども。

 俺の自由もあんまりないよね!

 

 

 

 

 

「いやーー、思い通りに動いてくれて儂大満足じゃわ」

 

「謀ったな爺ぃぃぃぃ?!」

 

「馬鹿め。お主が謀り事で儂に勝とうなんざ、百年早いわ」

 




狼と香辛料(狼抜き、兎とドラゴン増し)



『TIPS.セントヘレア商人組合 組合長』
一見好々爺とした、日向ぼっこの似合うご老体。
しかしなれども、その体は老いてなお精悍で時折野良仕事に精を出す程度には元気な老人である。
普段は組合員の意見を取りまとめ、方向性を導く程度しか働かないが外敵要因による利益の損失が発生すると、本気を出す古狸でもある。
彼にとって組合員は家族同然であり、薫陶を授けた重役たちは子供同然であるが故に、今回の騒動で強い怒りを感じている人物の一人。

行商人の両親が事故死したのを切っ掛けに、当時幼かった行商人の親代わりとなり養育し……。
己の技術や知識を念入りに仕込んだ人物だったりもする。


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32.恋せよ乙女共

コクヨウ雌堕ちから始まる新章のプロローグです。


 

 中庭で想いをぶつけ、シナバーさんの苦しみを少しでも和らげられたと思いたいあの日から少し時間が経ち、春も過ぎようとしてる中。

 シナバーさんがボクの外部協力者と言う位置づけから、功績やボクの安全の為も含め神殿に住むところを移したりする中。

 

 

「はい、診断終わりよぉ。コクヨウちゃん」

 

「ありがとうございます、アクセリアさん」

 

 

 ボクはアクセリアさんから、彼女の部屋で診断を受けてたりしてる。

 何故そんな事になったかと言うと……。

 

 

「うん、やっぱりコクヨウちゃんの発情期はぁ、他の獣人の子達とはちょっと違うみたいよぉ」

 

「あー……周囲の獣人系の人達のふわふわ加減が落ち着いてるのに、ボクは一向に収まらないから変だと思ったんですよね」

 

 

 そう、ボクの発情期が未だに終わる気配がない。

 ちょっとこれは何かおかしいんじゃないかと思い、奇跡のみならず医術にも通じているアクセリアさんにこっそり相談、その後診断を受けていたわけなんだけどもさ。

 思った通りのドンピシャだった、シナバーさんに心配かけたくないなぁ……。

 

 

「あ~、そんなに深刻そうにしなくても大丈夫よぉ? コクヨウちゃんの場合はねぇ、身体ありきの発情期じゃなくてぇ心ありきの発情期だっただけよぉ」

 

「と、言いますと?」

 

 

 アクセリアさんの物言いがいまいちピンとこず、耳を動かしつつ首を傾げる。

 

 

「簡単に言えばぁ、コクヨウちゃんが大事にしたい、傍に居たいって思った人が出来た事が切っ掛けになったのよぉ」

 

 

 微笑ましそうにクスクスと笑うアクセリアさん。

 ああ、シナバーさんを憎からず思ってた気持ちがきっかけに、この体に慣れてないボクの心と体が誤動作したのが始まりだったのか。

 だけども、うん、正直今は悪くないと思えちゃうから不思議だね。

 

 

「獣人の子だと珍しいけどぉ、前例がないワケじゃないから安心して良いわよぉ」

 

 

 既にお馴染みになってきた感のある、発情期を鎮める奇跡をアクセリアさんにかけてもらい。

 シナバーさんを想うたびに高鳴っていた鼓動と、下腹部の仄かな疼きが収まっていくのを感じる。

 

 

「いつもありがとうございます、アクセリアさん」

 

「気にしないでぇ、ところでぇ……アレからどこまで進んだのぉ?」

 

「こゃっ?!」

 

 

 ぺこりと頭を下げればアクセリアさんは優しく微笑んでいつものように振る舞い。

 いつもと違い、若干意地悪な笑みを浮かべて、ボクにそっと耳打ちしてきた。

 思わず耳と尻尾をピンと立てちゃったけども、しょうがないと思う!

 

 

「し、しし、進展……え、ええと……」

 

「その様子だと停滞しちゃってるみたいねぇ、恋心を留めたら澱んじゃうから要注意よぉ?」

 

 

 急速に熱くなる顔の温度を自覚しながら、思わずアクセリアさんから目を逸らしつつ両手の人差し指を突き合わせる。

 まぁ実際アクセリアさんの言う通り、まだあの騒動の記憶も新しいから二人で出かけるなんて出来ないし、自然と神殿の中庭でのんびりお喋りしたりするぐらいだけどもさ!

 

 

「でも、その……ボクはシナバーさんの隣に居れるだけで、その、幸せというか……」

 

「だめよぉコクヨウちゃん! それはダメ!」

 

 

 女の子初心者なので、出来ればシナバーさんにリードしてもらうと嬉しいなぁなどと言う下心は隠しつつ、わっさわっさ尻尾を揺らしながらもじもじと呟く。

 しかし、ボクの言葉にアクセリアさんは鬼気迫る表情を浮かべると、ボクの肩をぐわしっと掴んできた。

 

 

「あ、アクセリア、さん?」

 

「あの手の男はねぇ、当たり前のように傍に居てくれる癖にぃ、肝心なところで受け身だから延々とお預け食らっちゃうわよぉ!」

 

 

 いつもののほほん美人さんはどこへやら、まるで己の目で見て来たかのような切羽詰まった声音でボクへと訴えかけてくるアクセリアさん。

 一体彼女に何があったのだろう……?

 

 

「あの人もあの石頭もぉ、大事な時や大変な時はそっと手助けしてくれる癖にぃ、何でこっちのアプローチには一切気付かないのよぉ……」

 

「え、アクセリアさんもしかして、ヴァーヴルグさんの事が……?」

 

「ぴっ?! や、やややややや、やーねぇコクヨウちゃん! そんな事あるわけないじゃないのぉ!」

 

 

 アクセリアさん、残念ですが語るに落ちてます。

 ヒレのようなお耳が、ものすごい勢いでピコピコ動いてます。

 

 

「ま、ままま、まぁ私の事はいいのよぉ、それよりもぉ」

 

「あの、アクセリアさん」

 

 

 だがしかし、だがしかしだ。

 先のアクセリアさんの言葉通り、何となくだけどもシナバーさんは……ボクが構ってアピールしたら構ってくれるけども、その先には進んでくれない気がする。

 だがしかしボクは一人ではどう動いたら良いかわからない、そして目の前には人生経験豊富なお姉さんがいる。

 

 ならばボクがとる行動はただ一つだ。

 

 

「な、なあにぃ?」

 

「恋愛同盟組みましょう、ボクはアクセリアさんにヴァーヴルグさんからさり気なく聞き出したりする代わりに……」

 

「……私はぁ、コクヨウちゃんに乙女の作法を教える、と言ったところかしらぁ?」

 

 

 ボクの言葉にアクセリアさんはたじろぎつつも、ボクの意図を察したのかいつもの笑みを浮かべたアクセリアさんが呟いた言葉に。

 満面の笑みを浮かべて頷きながら、ボクは応える。

 

 

「……私も前に進む時かしらね、コクヨウちゃんよろしくね」

 

「こちらこそよろしくお願いします、アクセリアさん」

 

 

 がっしと、二人しかいない部屋で固い握手を交わすボクとアクセリアさん。

 

 

「それで、何時頃からヴァーヴルグさんの事気になってたんですか?」

 

「……笑わない?」

 

「笑いませんよ」

 

 

 握手したままふとした疑問を口にしてみれば、アクセリアさんは涼し気な笑顔を浮かべながらも頬を赤らめて目を逸らし。

 ボクの返答に、ぼそぼそと言葉を紡いだ。

 

 

「…………もう、二十年は前からよぉ」

 

「あの、その割にボクが初めてここに来た時は、割とバチバチやってましたよね?」

 

「あんなのじゃれ合いよぉ、最近はやってないけどねぇ……何よぉ、その目はぁ」

 

「いえなにも」

 

 

 割とアクセリアさん、面倒なツンデレ拗らせてた模様。

 でもヴァーヴルグさんがアクセリアさん嫌ってる様子もないどころか、丁々発止でやり返してるとこ見るとそんなに悪く見てないというか、お似合いにしか見えなくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、セントヘレア神殿の鍛錬場にて。

 

 

「へぇっくしょぉぉん!!」

 

「うわバッチィ?!」

 

 

 半ば日課になった組手をしていたヴァーヴルグが、ドゥールの前で豪快なくしゃみをしていた。

 

 

「そういえばヴァーヴルグや、あの女神官長……アクセリアとはどうであるか?」

 

「ずび……どうと言われても、前は多少のわだかまりはありましたが今は落ち着きましたしな、尊敬できる仲間でありますとも」

 

「…………あの娘も気の毒であるなー」

 




悪魔さん「私はふと思ったのだがね、拗れた喪女ツンデレと乙女初心者ポンコツ娘が恋愛同盟を組んだとして」
悪魔さん「まともな方向性に行くわけがないと思うんだが、諸君はどう思う?」

悪魔さんはポップコーンとコーラ完備の構えな模様。


『TIPS.ウォルスエイル王国』
王都に住まう王と、領地を持つ有力貴族達によって政治を進めている君主制の王国である。
広い国土を持ち領土的野心も乏しい国であるが、隣国のきな臭い火の粉が飛びかかってくる事もある為、軍備もそれなりに充実している。
しかし、同時に広い国土は魔獣や野盗などの駆除にも難儀する温床となっており、冒険者と呼ばれる人種の活躍の場は広い。
大半の貴族は長い歴史を持つ己の家の力を振りかざし、無能な家は王家から罰せられた結果衰退し、狡猾な家は隠れて己の欲望を満たしているそうだ。

なお、セントヘレアの街が最も近い北方山脈の竜人達とは、同盟関係にある。
その為、王国の端にある領地であるが……欲深い貴族にとってセントヘレアの街がある領地は狙われがちであったりもする。
しかし、領主が代替わりしてからは現領主と街の重鎮達の働きで、その手の謀略の手は押し留められているらしい。


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33.知識をは活用せねば意味がない

発足!恋愛(ぽんこつ)同盟!
果たして彼女達の活動や如何に。


 アクセリアさんと恋愛同盟を組んだボク達はまず何をすべく動いたかと言うと……。

 現在、神殿の厨房にお手伝いしてくれる神官の人達と一緒におります。

 

 お昼ご飯終わった後の時間とはいえ、今度は夕ご飯の準備等もあるので邪魔にならないよう隅っこの方のスペースを借りているのだ。

 

 

「今日は、ボクの故郷のお菓子を作ってみたいと思います」

 

「メリジェの実の種を分けてもらってきたけどぉ、コレどんなものが作れるのかしらぁ?」

 

 

 アクセリアさん経由で調達してもらったのは、メリジェの実がたっぷり入った目の細かい笊です。

 新鮮な果肉に包まれて良く熟れたメリジェの実の種は、簡単にプチプチと噛み潰せるぐらい柔らかいのですが……。

 

 干しメリジェを作る過程として除去されたその種は既に水分を失っており、結構な硬さとなっている。

 話を聞いたところ、丸ごと食べる分にはそのまま食べちゃう種だけども、干し加工する場合は丸ごと食べる際に邪魔なので取り除くらしい。

 除去したてのモノは噛み潰せるので、農家の人のオヤツになるらしいけども、それでも処理しきれない事が多いらしく、大半が飼料行きになってるそうな。

 

 ワンチャン、コレでペクチン抽出できないかな?なんて思ったのだ。

 

 

「出来るかどうかはやってみないと分からないですけども、こいつをまず煮立てます」

 

「ふむふむぅ」

 

 

 水をたっぷり入れたお鍋に笊ごとメリジェの種を入れ、竈の火にかける。

 そしてぐらぐらとお湯が沸騰したら笊ごと種を引き揚げ、お鍋の中にあるお湯を排水スペースで流した後、お鍋に再度お水を注ぎいれる。

 また笊ごとメリジェの種をお鍋に入れて竈の火にかけるのだ。この作業……茹でこぼしを合計3回繰り返してみるのだ。

 

 時々調理場にいる神官の人達が、ボク達がやってる事を見て不思議そうに首を傾げてる様子から、多分茹でこぼしという調理法自体が未確立なのだろうか?

 

 

「この作業に意味はあるのかしらぁ?」

 

「はい。茹でこぼしって言うやり方で、素材の渋みを取ったり、臭みの強いお肉の臭いを抑えたり出来るようになるそうです」

 

 

 まぁ偉そうに言ってるけどボク自身、知識としてしか知らないやり方だから詳しくは説明できないんだけどね!

 そんな事話してる間に、二回目……そして三回目の茹でこぼしが終わったので、笊ごと種を引き揚げる。

 

 そして、試しに一粒種を齧って見れば苦みは殆どなくなっていたので、綺麗な布へ種を広げてから笊へ入れ直し。

 お湯を捨てた鍋の上で、柔らかくなった種を木匙でぐりぐりと潰していく。

 

 おお、濁ったお汁が一杯出てくる。

 

 

「その布で絞ったらダメなのかしらぁ?」

 

「苦みが強くなっちゃうらしいです、ボクもメリジェの種だとどうなるか読めないんですよね」

 

 

 なるほどねぇ、とアクセリアさんがのんびり呟くのを尻目に、粗方潰して濾し終わったのでくたびれた手をぷらぷら振った後、笊を脇に避ける。

 鍋の中にはそれなりの、ペクチン液になってくれると良いなぁ的な液体が溜まっている。

 

 

「ここで、商人組合の組合長さんにおねだりして売ってもらった砂糖を入れます」

 

「お砂糖、高いわよねぇ……こっちでも作れれば良いんだけどぉ」

 

「砂糖が取れる作物は確か南の方で栽培されてますもんね。故郷にもあった、寒冷地で育てられるアレが見つかれば、この近辺でも作れるとは思うんですけど」

 

 

 ボクの言葉に、アクセリアさんがぎょっとした顔をしてるのを横目に見つつ、瓶に詰まった砂糖を様子見しながら鍋に入れる。

 アクセリアさんに竈の火を調整してもらい、中火でかき混ぜながら液を煮詰めていく。

 

 しかし、ありそうだと思ったけどこの近辺に甜菜だっけ?あれは無いのかなぁ。

 まぁ見つかっても精製方法までは知らないから、あんまり力になれそうにないんだけどね。

 

 

「あ、トロっとしてきたわねぇ」

 

「ですね。後はもうちょっと煮詰めれば……あ、空き瓶とかあります?」

 

「ちょっと待っててぇ」

 

 

 良い具合にとろみがついてきた液体を焦げ付かせない為にも木匙でかき混ぜながら、出来上がったモノを入れる瓶がない事に気付く。

 慌ててアクセリアさんにお願いすれば、さすが勝手知ったる何とやらというヤツか、すぐに煮詰めた液体を全部入れれそうな綺麗な空き瓶を探してきてくれた。

 

 

「コレを後は1時間から2時間ほど冷やせば、作ろうとしてるお菓子の材料の試作は完了です」

 

「結構手間なのねぇ。ちなみにコレでどんなのが作れるのぉ?」

 

「そうですねぇ……プルプルしたゼリーってお菓子の材料になったり、更に手間のかかるケーキの材料にしたりできます」

 

「ケーキっていうとぉ、王都の貴族が時折食べてるっていうふわふわのお菓子よねぇ。でも、砂糖結構使っちゃうけど大丈夫なのぉ?」

 

 

 まだ熱々な瓶を布巾で包みながらしっかりと蓋をしつつ、アクセリアさんとお喋りに興じるボク。

 ケーキという概念は既にこの世界あるんだね。ただ……話を聞く感じブリオッシュとかそっち系かな? 現物見ないと断言できないと思うけど。

 

 

「問題はコレをどこで冷やすかですけど……」

 

「祭壇の広間の清流にこっそり漬けちゃいましょぉ。神殿長様も苦笑いしながら大目に見てくれるわぁ」

 

「あ、苦笑いはされるんですね」

 

 

 使い終わった調理器具を洗い後片付けをアクセリアさんとしながら、ガールズトークに興じる。

 既にゼリーやババロア的なお菓子がない事はリサーチ済みで、そこにこの新食感な手作りお菓子をデートの時に差し出して、ボク達は一歩踏み出すのだ……!

 

 その後、アクセリアさんの言葉通り神殿長にお願いした結果、苦笑いと共に了承を頂けました。マジか。

 女神様への感謝とお詫びを忘れないようにしてくださいねと、お小言(?)ももらったのでそこは本当に申し訳ないと思う。だけどボク達は止まらない……!

 

 

「へぇ、冷えたらこんなのになるのねぇ」

 

「はい。後は絞った果汁にこのペクチンを様子を見ながら適量を混ぜて、冷やせばゼリーになる、筈です」

 

「でもぉ、そこを失敗しちゃったとしてもねぇ。有り余った結果、飼料にするしか無かったモノを再利用できるってのは大きいわよぉ」

 

 

 前半の作業で割とくたくたなので、アクセリアさんに新鮮なメリジェを搾ってもらい、メリジェ100%果汁を用意してもらった。

 その後、出来上がった試作のメリジェペクチンを木匙で掬って入れて、お鍋で混ぜながら弱火で熱していく。

 

 

「あ、どろっとしてきたわねぇ」

 

「そんなに入れてないんですけどね……なんか、入れ過ぎた時みたいになってる」

 

 

 追加で少しお砂糖を入れたりしつつ、ドロッとした液体の入ったお鍋を竈から離し、蓋をしてさぁ冷やそうと思ったところで、コレをどうやって冷やそうかという問題に気付く。

 さすがにお鍋まるごと祭壇の広間の清流に入れるのは、気まずいよね。

 

 

「どうしましょう……? アクセリアさん、どうしました?」

 

 

 頼りになる恋愛同盟の仲間であり相棒であるアクセリアさんへ視線を向けてみると、瞑目して何やらお祈りを捧げるかのように腕を組んでいた。

 そう思ったら目を開き、ふわりと微笑んで口を開く。

 

 

「コクヨウちゃん、今ねぇ……ヘレアルディーネ様から冷却するのに使えそうな奇跡を教えて頂いたわぁ」

 

「マジですか」

 

「ええぇ、出来たお菓子を少しだけ捧げてほしい、とも仰られてたけどねぇ」

 

 

 まさかのお供物認定。

 女神様と言うだけあって、スイーツには目がないのだろうか?

 

 

「これならぁ、神殿長様に苦笑いされなくて済むわよぉ」

 

「わーい!」

 

 

 ともあれ、女神様からもGOサインを出てるのなら躊躇う理由はないのだ。

 

 

 

 その後、しばらく冷やした後に夕飯後試作品を河川の守護女神であるヘレアルディーネ様に盛り付けて捧げ、ボクとアクセリアさんで食したんだけども。

 メリジェの芳醇な香りと優しい甘さを生かした、初めてにしては中々の出来のゼリーに仕上がったのであった。

 少し固まり過ぎたけども、そこは程よい塩梅をトライアンドエラーで見つけていくしかないだろうね。

 

 

 

 

 そして、翌日。

 

 

「ね、ねぇシナバーさん」 

 

「ん、どうした? コクヨウ」

 

 

 尻尾を忙しなく動かし、鼓動を煩いほどに高鳴らす。

 お昼ご飯後のゆったりとした時間、中庭のベンチでぼんやりしていたシナバーさんへとバスケットを片手に提げながら声をかける。

 

 

「お菓子作ってみたんだけど、どう……かな?」

 

「あ、ああ……有難くもらうよ」

 

 

 シナバーさんの体温を感じられるぐらい近い隣に座り、耳をパタパタと動かしながら頬擦りするボクの様子に、シナバーさんは声を若干上ずらせながら了承の意を返してくれた。

 大丈夫、きっと大丈夫だとボクは自分に言い聞かせ、お膝の上にバスケットを載せて蓋を開き……新たに作ったメリジェのゼリーが入った器を、シナバーさんへ手渡す。

 

 昨日作ったゼリーは、ボクとアクセリアさんと……スェラルリーネさんで美味しく平らげてしまったのだ。

 なので、新たに早起きしてアクセリアさんに手伝ってもらいながら作り直し、そして仕上がったモノが今手渡したゼリーなのである。

 

 

「コレは……なんだ?」

 

「ゼリーって言うの。ボクの故郷では一般的なお菓子なんだ」

 

 

 受け取った際にプルン、と揺れた半透明の物体に不思議そうにしてるシナバーさんへ説明しつつ、木匙を渡す。

 自分の分もバスケットから取り出し、空になったバスケットを横へ置いて……木匙で一口分掬い、口へ運んだシナバーさんの感想をドキドキしながら待ち望む。

 

 

「うん、不思議な食感だが……好きな味だ。美味しいよ、コクヨウ」

 

「そ、そう? ……えへへ」

 

「この前、北方山脈の朝食で食べた卵の料理みたいな食感だな。あっちはしょっぱかったが、こっちは甘くて美味しい」

 

 

 この前の旅路で出た料理を例に出しつつ、その間も木匙を止める事無くゼリーを平らげていくシナバーさん。

 火吹き鍋の時、辛い物が苦手そうな様子見せてたから、甘いものは好きだと良いなぁという希望的観測を大いに含んだ動きだったけど、どうやらばっちり大成功らしい。

 

 

「そう言ってもらえると、うん、ボクも嬉しいよ」

 

 

 シナバーさんの様子を見ながら、ボクも自分の分のゼリーを一口……口へ運ぶ。

 その味は甘くて爽やかで、素敵な恋の味をしているような、そんな気がした。

 




ヘレアルディーネ様「もっきゅもっきゅ……うん、コレ凄い美味しい!
ヘレアルディーネ様「そうだ、今度からあの神殿からのお供物全部コレにしてもらおー!」

河川の守護女神様は、濁流の残酷と緩い清流の優しさを持つ無邪気系ロリ女神様です。


『TIPS.神職の婚姻について』
この世界でも、一部の宗派では処女性が重要視され、それらの信奉者たちは男女問わず清らかな身である事を要求される。
しかし一方で、大地母神や河川の守護女神の信者にはその手の縛りは特に存在しない。

所帯を持った神官らは、家族丸ごと信者ならばそのまま神殿の世話になるケースも存在するが。
大体は、所属している神殿の近くに居を構え、そこから神官が神殿へ赴くという形になる事が多い。


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34.必要は発明の母である

恋愛ポンコツ同盟による二人三脚と、若干の内政チートを織り交ぜてお届けしております。


 

 

 アクセリアさんと同盟を組み、活動を始めたボク達であったけども。

 ボクの方は、まぁアクセリアさんの協力もあってじんわり少しずつ進んでる、ような気がする。

 だけども……。

 

 

「あのねぇ石頭ぁ、農地用の水路の工事をやってくれるのは有難いんだけど……下水路へ無造作に繋げないでくれるかしらぁ?」

 

「そう仰りますがな、こちらとてそちらが指定した通りに繋いだまでですぞ」

 

「あれだけの汚水を流すほどの規模ならぁ、もっと前に分かったでしょぉ?」

 

 

 今日も今日とて、にこやかに言葉の応酬をかわしているアクセリアさんとヴァーヴルグさんに進展はみられておりません。

 ちなみにアクセリアさんの発言に副音声を加えると、多分こんな感じになる。

 

『農地用の水路工事ありがとう、だけども下水路の繋ぎ方にちょっと問題がありますよ?』

『あれだけの大工事をする程に規模が大きいのなら予め言って下さい、こちらの排水計画にも支障が出てしまいます』

 

 と言った感じと思われる、いやぁ言い方って大事だね!

 

 

「まーたお二方はいつもの調子か」

 

「あ、ギグさんお疲れ様……何かあったの?」

 

「ああ、ちょっと若いのが排水路工事でやらかしちまってな」

 

 

 にこやか喧々囂々な言い争いを二人して眺めてると、何となく気まずくなったのか互いに示し合わせたかのように顔を背け、各々反対方向へと歩いていく。

 アクセリアさん、普段はお仕事ばりばりこなす出来る女の人なのに、こうやって見ると恋愛関係が酷くポンコツすぎる……。

 

 ふと、天啓が如きひらめきを得たボクは、ギグさんに断りを入れてからアクセリアさんを追いかけ。

 通路を曲がった先で蹲り、頭を抱えていたアクセリアさんへと声をかける。

 

 

「アクセリアさん、ボクの方からヴァーヴルグさんに話してみます」

 

「うぅぅ……な、何をかしらぁ?」

 

「アクセリアさんが、とても素晴らしい女性だということを!」

 

 

 素直になれない私のばかぁ……と声にならない声で呻いていたアクセリアさんが、ボクの言葉にぎょっとした顔で振り返る。

 当事者が素直になれないのならば、ボクの方から同盟相手を彼女の想い人へ売り込めばいい!!

 

 ……と言うのは建前だ。

 あの二人のやり取りをアレから何度か見てるし、今日のやり取りを見てもヴァーヴルグさんにアクセリアさんを忌避するような気配は見受けられない。

 勿論、この感覚には根拠が存在する。

 

 ボクが初めてこの神殿に来た当初、ヴァーヴルグさんはアクセリアさんを指す際に『生臭い女』とか言っていたんだけど、あの言葉はあの時しか聞いていないのだ。

 あの時のあの言葉には良く思っていない気配を感じたし、それ以外でもヴァーヴルグさんの言葉の端々には棘があったんだけども……。

 その刺々しさが、今は全く感じられないのだ。

 

 この根拠に、今まで一年近くこの神殿で過ごした知識と情報を総合して考え得た結論、それはね。

 ヴァーヴルグさん、十中八九アクセリアさんを女性として見ていない。

 

 

「ま、待ってコクヨウちゃん!」

 

「でも考えてみてくださいアクセリアさん、あのヴァーヴルグさんですよ? 今の調子でいっても堕ちる事は川の流れがある日逆流でもしない限りは、あり得ないですって」

 

「う、うぅ、そうだけどぉ……気まずくなってもぉ、辛いというかぁ」

 

 

 ボクにしがみつき、駆け出そうとするボクを必死に押しとどめるアクセリアさんである。

 しかしここまでは想定通り、ボクはアクセリアさんを諭すように状況を動かす事の必要性を説き、アクセリアさんはボクの言葉にたじろぎつつももじもじして消え入りそうな声で呟く。

 

 

「ちなみに、この前作ったゼリーはどうでした?」

 

「そ、そのぉ……石頭にだけ渡すの恥ずかしくてぇ、鍛錬場にいた子とまとめてあげちゃったのぉ」

 

「思った以上にポンコツじゃないですか」

 

 

 コクヨウちゃん酷い?!とかアクセリアさんが言うけども、思った以上にポンコツだよ!

 いやでも、ヴァーヴルグさんってお菓子とか手に入れても神殿に預けられた子供や病人に、率先して配っちゃうような人だからむしろ食べさせたいならアリかも。

 だが、それとこれは話が別なのである。

 

 

「じゃあこうしましょうアクセリアさん、ボクがヴァーヴルグさんからアクセリアさんをどう思っているか聞き出します。アクセリアさんは扉の外でこっそり聞き耳を……」

 

「ダメ、それはダメなのよぉ……あの石頭、耳も良ければ気配察知も抜群なのよぉ」

 

「なんと……」

 

 

 ここにきてプランがいきなり大崩壊だ、どうしよう。

 いっそ通信機的なモノがあれば………………んん?

 

 

「アクセリアさん、ちなみに聞いてみるんですけども」

 

「なぁにぃ?」

 

「直接触れていない水の波紋や振動から、音を聞いたり声を聞き取ったりできますか?」

 

「ええ、簡単よぉ」

 

 

 ふむ、ふむふむ。

 

 

「例えば、なんですけど……遠く離れた場所の、誰かの懐の中にある瓶の水の振動とかは聞き取れますか?」

 

「そんな事不可能よぉ、聞き取れるのはあくまで近くにある水の波紋ぐらいだわぁ」

 

 

 うーーん、無理かぁ。

 遠く離れた水の波紋も聞き取れるとかだと、盗聴器もどきでイケると思ったんだけども。

 

 そんな具合に二人、神殿の通路で頭を抱えていたところ。

 

 

「二人そろってどうしたのかね?」

 

 

 ひょっこり現れたのは、頼りになる愛しい人ことシナバーさんでした。

 そうだ、シナバーさんは街の外やあちこちの街で活動してたから、何か知恵が出るかもしれない。

 

 

「シナバーさんシナバーさん、遠く離れた内緒話を聞く方法とか心当たりないですか?」

 

「あるよ」

 

「あるんだ……」

 

 

 ボクの問いかけに、けろっとした様子で応えてくれるシナバーさん。

 まるで当たり前の技術みたいな調子だ。

 

 

「まぁ、こんなところで立ち話でやる事でもないから、少し場所を変えようか」

 

 

 飄々としたいつもの糸目笑顔でそんな事を言いつつ、シナバーさんが歩を進め始める。

 そして、とてとてと彼について辿り着いたのは、いつもの中庭で。

 

 いつもの定位置と化したベンチにシナバーさんが腰掛け、ボクもまた彼の体温が感じられる隣に座り。

 何となく仲間外れ感を感じたような顔をしたアクセリアさんが、少し離れて座った。

 

 

「んで、さっきの話だけど……大まかに分けて二つある」

 

「はい、お願いします」

 

「まぁ一つ目は音を届ける術式を魔術付与で刻んだ物品を使う方法だ、ただしこっちは術式が複雑な上に壊れ易いから王宮や厳重な監獄ぐらいでしか使われてない」

 

 

 指を一本立て、解説を始めてくれるシナバーさん。

 魔術付与でそんな事も出来るんだね……原理とかどうなってるんだろう。

 

 

「で、もう一つは精霊術で風の精霊に音を届けてもらうやり方があるな、こっちはそこそこ精霊術に通じてれば出来るやり方になる」

 

 

 こっちはこっちで、常に維持し続けないと声が途切れ途切れになるから疲れるし、離れすぎると使えない問題があるけどな。と続けてシナバーさんは言葉を締めくくる。

 早々便利で楽な話はないかぁ、まぁあればとっくに実用化されてるもんねぇ……。

 

 ん、待てよ。音を届けてもらうって事は……。

 

 

「さっき水の波紋とか振動って聞こえたが、今の話と関係があるのか?」

 

「え?うん、音ってさ。振動なんだよね」

 

「振動?」

 

「うん、今ボク達がこうやって話してる声って、耳の奥にある鼓膜って器官が声で発生した振動を受け取って、それを声として認識してるんだって」

 

 

 ちなみに大きな音は骨も揺らすから聞こえ方が違ったりするんだよ、と言葉を続け……前世の知識を思い出しながら、ボク自身の狐耳をピコピコ動かして説明する。 

 そして、ボクの言葉に考え込むシナバーさんとアクセリアさんである。

 

 

「音がそうやって聞こえるとなると、精霊が届けるという事は……そうか空気の振動を、だからあの時は……」

 

「奇跡でも治せない、耳が聞こえない人にももしかすると鼓膜が……でも振動が、骨が……もしかすると音を伝える方法が」

 

 

 どうしよう、二人そろって凄い考え込んでる。

 そして、先に顔を上げたのはシナバーさんの方だった。

 

 

「実験は必要だが、もしかするとやれるかもしれん」

 

「手伝うわぁ、私の目的にも沿ってるしぃ、それにもしかするとぉ……難聴の人の希望になるかもだからぁ」

 

 

 

 

 もしかするとボク、何らかの技術のブレイクスルーの切っ掛けしちゃったかもしれない。

 ま、まぁ良いか、アクセリアさんの恋路も進むからね!




悪魔さん「この世界ではまだ、明確に通信機と呼べる概念は存在してないんだよね」
悪魔さん「まぁもしかすると、一部の魔術師が秘匿技術として使ってるかもしれないけども、基本的には受信オンリーの考えが主流だよ」



『TIPS.お菓子と甘味』
この世界にも砂糖は存在するが、温暖な地域で栽培される植物からの抽出が一般的である為。
生産地帯である南方から離れれば離れるほど、砂糖の価格は高騰する傾向にある。
寒冷地帯に属するセントヘレアもまた例外に漏れず、砂糖を購入しようとするとかなりの金額になるが、庶民たちは言うほど甘味に餓えていない。
理由としては二つ。
一つは特産品であるメリジェを含む果糖が充実している事と、栽培収穫される麦から作られるエールの原料の麦芽糖が存在する為である。
その為、デザートや手の込んだお菓子は試行錯誤段階であるものの、甘味自体はそれほど珍しくもない実情が存在する。

なお南方の人達にとっては、北方で摂れた瑞々しい甘さのメリジェが最高級品である。
どの世界何時の時代も、遠く離れたモノほど有難いものなのだ。


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35.これもまたデートかもしれない(挿絵追加しました)

絵師さんの、どぷり先生(https://twitter.com/amino_tiger)と二ノ前先生(@kaz1_ninomae)にコクヨウの絵を描いて頂きました。
今回の話の挿絵として使用させて頂いております。

もうね、うちの子描いてもらう快楽ほんとヤバいですわ(語彙消失)
なお元絵はサイズオーバーの為、サイズ変更せざるを得なかった……。

2020/1/27 イラストを追加しました。それに伴い若干改稿しました。
       結構えっちぃけど、直接的じゃないからR-15の範囲だと作者は信じてる。


 何やらシナバーさんとアクセリアさんの創作意欲と情熱を刺激してしまってから数日後。

 ボクはモヤモヤした気持ちを抱えたまま、いつもの部屋でいつもの仕事をしておりました。

 

 

「あの、大丈夫ですか? 巫女様」

 

「んい? あー、大丈夫だよ。ゴメンね、心配かけて」

 

 

 ばさこん、ばさこんと若干苛立ちを込めて尻尾を振りながらお仕事を進めていたのだけども。

 神官さんに、こんな具合に心配される始末だよ!

 

 なんでボクがこんなにモヤモヤしてるかと言うと……。

 

 

「だけどさ、酷いと思わない? 最近シナバーさんは上の空だし、もっとボクに構ってもいいと思うんだ」

 

「うーん、この見事なまでな恋する乙女っぷり。もはや隠そうともしてませんね」

 

「ま、まぁ、うん。だって大好きなのは事実だしね!」

 

 

 モヤモヤしつつも、こうやって口にすると恥ずかしいなんて思いながらも、一息つくと共に口を突いて出てくるのはちょっとした不満。

 そんなボクの様子に神官さんは苦笑いしながら突っ込んでくるけども、もはや否定するのも野暮だから全面的に肯定するのだ。

 

 あれ、あの見習い神官くん力尽きたかのように机に突っ伏したけど、大丈夫かな?

 

 

「あの子大丈夫? 仕事量いっぱいになってるようなら割り振りし直すけど」

 

「いえ、大丈夫ですよ。ただちょっと、認めたくなかった事実を突きつけられただけですから」

 

「?」

 

 

 耳をピコ、と動かしつつ神官さんの言葉に首を傾げるボクであった。

 何かお仕事でしんどい事でもあったんだろうか、それなら困り事について聞いてあげようかと思って席を立とうとするも。

 神官さんからはこれ以上死体蹴りはしないであげて下さいとか言われた、解せぬ。

 

 まぁ、うん。何か事情があってボクが動くと都合悪いそうだから、見守るだけにしておこう。

 

 

「どうしようかなぁ。だけども無理や我儘いって嫌われたくないんだよぅ」

 

「お得意の人物観察や分析をやってみられては?」

 

「やってこれなんだよう」

 

 

 シナバーさん自体が結構複雑な人間性をしてるから、ふとした拍子に見せてくれる心理や弱音ぐらいしか、分析材料ないんだよう。

 ボクの事を好意的に見てくれてるとは思うんだけどさ。それでもこう、やっぱり口に出して安心させてほしいというか。

 

 …………ん? あ、この職人さん達からのお願い、なんか変わってる。

 

 

「なんぞこれ? 令嬢用鎧の試着のお願い?」

 

「ああ、何でも貴族の令嬢向けに売り込む機能性と防御力を両立させた鎧の試着を、巫女様にお願いしたいそうですよ」

 

「鎧ってそんな簡単に作れるモノだったっけ……? あ、いつもボクの神官服をお願いしてるところの工房だ」

 

 

 コレ、手頃かつ分り易い広告塔としてボクを使うために、ボクのサイズに合わせた鎧を作ってるっぽいね、書類の内容を見る限り。

 だけどなぁ、まともに着こなせるとは思えないし、自慢じゃないが身体能力へっぽこのボクが着用しても広告塔になるようなモノなのだろうか。

 

 いや、待てよ。

 

 

「……コレさ、今日の午後から話を受けに行けるよう返事してもらう事ってできる?」

 

「何か思いついたようですね、ええと……大丈夫だと思いますよ」

 

 

 ボクが思いついたモノ、それは……お仕事にかこつけたデートなのだ!

 ぶらりと二人で歩いて見て回るというのは、まだちょっと安全上の問題から良い顔されないので難儀していたんだけども、職人街の方なら顔役でありギグさんのお爺さんであるドグさんの庭だから安心だし。

 いつもと違うボクをシナバーさんに見てもらい、ギャップ的な萌えを提供するのだ……!

 

 そうと決まれば仕事に専念だとばかりに、モヤモヤ気分を棚に上げてご機嫌に尻尾を振りながら仕事へと取り組む。

 あ、隠居しちゃった重鎮さんの後釜としてあの行商人さんが着任したんだ。そして今までの得意先へのあいさつ回りにちょっと長い旅に出るんだ……あ。

 メルルゥ様が護衛についてくって書いてある、それに秘密裏に《影爪》さんもついていくって書いてある。

 コレって要するに、逃げ場所を塞いでそこで姫様勝負を決める気じゃ……うむ、恋する乙女として恋路を応援しよう。何のかんの言って、行商人さんも姫様を憎からず思ってたのは伝わってきてたし。

 

 

 そんな具合に仕事に専念して少しの時間が経つと、連絡に行ってくれた神官さんが戻ってきて先方が今日の午後で了承してくれたという。朗報を告げてくれたと共に、お昼時を告げる鐘が鳴った。

 よし。

 頑張って、シナバーさんをお昼ご飯の時に誘うぞ……!

 

 むんっ、と胸を張り気合を入れ、たゆんと揺れたお胸を気にすることなく食堂へと向かう。

 そして食堂へと足を踏み入れ、いつもの定位置に座っていたシナバーさんの隣に座る。

 

 

「おお、お疲れさん……何か気合入ってるけど、どうかしたのかね?」

 

「え?え、ええとね、後で話すよ」

 

 

 シナバーさんが食べるのに邪魔にならないよう留意しつつ、それでもなるべく寄り添えるように座って見れば。

 ボクの様子から何かを感じたのか、シナバーさんはいつもの糸目笑顔でそんな事を問いかけてきた。

 思わず耳を立て、尻尾をバサバサ振ってしまうボクであるが、何とか取り繕う事に成功するのだ、したのだ多分。

 

 いけない、胸がドキドキして思考がまとまらない、ついでに尻尾の動きが止まらない。

 チラリと隣のシナバーさんを見上げてみると、丁度目が合ってしまいどちらともなく、目を逸らしてしまう。

 

 そんな事している間に配膳が終わり、お祈りが始まったので慌てて二柱の女神様へ感謝のお祈りを捧げ。

 まずは気を落ち着かせるべく、目の前の食事に集中する。うん、そうしよう。

 

 今日の料理は、平べったいぶつ切りされたパスタに……ハビット乳から作られたチーズがかけられてるマカロニチーズ的な料理みたいだね。

 先割れスプーンで軽く掻きわけてみると、中にはスライスされて良い具合に炒められたタマネギに、薄くスライスされた炒めたお肉が入っている。

 

 軽くそれらを絡め、口へ運んでみれば……お肉の塩味にシャキっと口の中を風味が抜けていくタマネギの味を感じられ、それらをパスタとこってりとした味わいのハビットチーズが優しく包み込んでくる。

 うん、今日も美味しい!

 

 

「ほんと、いつも幸せそうに食べるよなぁ……お前さん」

 

「こゃっ、え、ええと……だって、美味しいんだもん」

 

 

 のんびりと料理を口に運びながら、ボクの食事風景を隣から見ていたシナバーさんにそんな事を言われてしまい、思わず耳をピンと立ててしまうも。

 耳をペタンと倒し、顔を真っ赤にしながら素直に感想を述べるのだ。だって美味しいからしょうがないじゃない。

 

 ボクの返答に軽く笑うシナバーさんの気配を感じながら、ボクは続けて隣にある器に入ったスープを一口味わう。

 いつもと若干味付けが違うけど……ああそうだ、そう言えばこの前骨から出汁を取る方法について、アクセリアさんや料理を良く担当する神官さんに話したっけ。

 この味付けは多分アレだ、鶏がらをベースにしたスープだね。スープの中を泳いでいる溶き卵がまた良い感じだ。

 

 

「このスープ、少し変わった味だが……悪くないな」

 

「ふふん、そうでしょー? ボクの故郷の料理方法を教えたんだー」

 

 

 作ったのはボクじゃないけども、どこか誇らしげになり思わずドヤってしまうボクである。

 これぞまさに虎の威を借る狐であろうか。まぁうん、知識は活用しないと意味がないからね。しょうがないね!

 

 ちなみに出汁という概念自体はあったんだけども、どちらかというと野菜くずを煮込んで作るコンソメ系ベースだったんだよね。

 なので、一部の獣人さん達のオヤツにする以外は廃棄するしかなかった、角豚の骨や鶏の骨を有効活用する手段として教えたのだ。

 

 なお、どうしても出てしまうキツい臭いとかは……下水の浄化に使う奇跡を流用してるらしいです。いやぁ神様の奇跡ってほんと凄いや。

 

 

「ほふー、ごちそうさま」

 

 

 そして今日も綺麗に完食、お腹一杯なのだ。

 ちなみに配膳分を平らげても足りない人とかは、器を持って厨房の方まで行く形になっています。

 ついでに言うと、大体はギグさんがいます。あの人、ドワーフって事差し引いても結構な大食らいな気がする。

 

 

「ねぇシナバーさん、お昼から時間あるかな?」

 

「ん? ああ、アクセリア神官長との共同開発も大体は落ち着いたからな。大丈夫だぞ」

 

 

 内心凄いドキドキしながら、上目遣いにシナバーさんへ問いかけてみれば返事は良好。ボクは内心でガッツポーズ。

 

 

「そ、それならさ、ちょっと職人街の方にお仕事で行くことになったからさ、護衛頼んでもいいかな?」

 

「いいぞ。それにあそこなら万が一があってもやりようがあるしな」

 

 

 神殿の外へ出るという言葉に一瞬何かをシナバーさんは考え込むが、あの場所なら大丈夫だろうと了承してくれた。

 ……よし!

 

 

「じゃあさ、少し食休みした後早速行こうよ、待たせても先方に悪いしさ!」

 

「あ、ああ……」

 

 

 ぐい、と勢い余ってシナバーさんの腕に抱き着き、その腕を胸元に抱き込みながら勢いに任せて誘う。

 突然のボクの行動と変化に、シナバーさんは驚きつつも……ぎゅぅと腕に抱き着いたことで伝わってるであろう柔らかい感触に、若干ドギマギした様子を見せている。

 

 なんかこうとても大胆な事してるような気がするけども、気のせいだよね気のせい!

 

 

 

 

 そんなこんなで。

 

 

 

 

 あの後、アクセリアさんに手伝ってもらいながら少しだけおめかししたボクは、シナバーさんと共に依頼を出してきた工房までやって来たのだ。

 まぁおめかしと言っても、アクセリアさん監修品なメリジェの皮から作られた香料を軽く振りかけたのと、髪の毛を梳いてもらいつつ軽く整えてもらったぐらいなんだけどね!

 ……この手の女性の美容関係とかリサーチすれば、また何か良い手法が見つかるかな? いやいや、今はこのデート最優先だ!

 

 

「おお来たか嬢ちゃん、甲冑一式は既に用意してあるぜ。おおい!この娘さんにアレ着けてやってくれい!」

 

 

 工房の中へ入って出迎えてくれたのは、この工房の元親方のドグさんで。

 奥へ声を張り上げれば、ボクの神官服を作ったりしてくれてる女性のドワーフ職人さんが、ボクを工房の奥まで案内してくれた。

 

 

「ふむ、じゃあ俺は適当に店の中でも見させてもらうとするかね」

 

「いやいや、お前さんにゃここでしっかりと待っててもらわないといかんぞ、この色男め」

 

「一体何のことだ……?」

 

 

 工房の中を安全の為にチェックするかね、なんて言いながら歩を進めようとしたシナバーさんがドグさんに押し留められてるのを後ろ目に見つつ。

 ボクは、深呼吸しながら工房の奥へと案内され……件の甲冑を女性ドワーフの皆さんに手伝ってもらいながら、身に着けていく。

 

 

「何だか、下鎧とは思えないぐらい可愛い意匠だね。それに動き易いし肌触りもいいや」

 

「巫女ちゃんの一張羅や下着に着想を得てねぇ、色々と素材から見直して作った一品だよ」

 

 

 ぴっちりとした薄い生地の、まるでレオタードじみた上下一体型のインナーへ足や袖を通していくが、ここで一つ問題が発生。

 その、ボク自身の大きなお胸のせいで生地が引っ張られて、その……股間部に布が食い込んで、まるでハイレグみたいな格好に……!

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「あちゃぁ、ちょっと生地が足りなかったかぁ、これで補助するしかないねぇ」

 

「ありがとうございます……」

 

 

 気を取り直し、レオタ状のスーツの上からスパッツみたいな下衣を履き、上にはインナースーツみたいな下鎧を着用していく。

 うん、ちょっとハプニングがありはしたけども……派手に動いても胸が暴れ回らないからいいね、コレ。運動着としてお願いしようかなぁ。

 

 そ、それにこのインナーになってるレオタ状のスーツも、その、ちょっと欲しいかも。

 ち、違うからね!誘惑用にとかそんなんじゃなくて、着心地が凄い良いからってだけだからね!

 

 

「そして、コレが件の甲冑だよ。見た目以上に軽いから、巫女ちゃんでもそんなにきつくない筈さね」

 

「え、結構重そうなんだけど……あ、ほんとだ。重いと言えば重いけど、そんなに重くないや」

 

「内部での固定に色々と秘密があってね。そんなに鍛えてない令嬢様とかでも着れるように工夫してあるのさ」

 

 

 そんな具合に色々と着込んでいき、ボクの体半分を隠せるような盾まで装備して準備完了!

 この盾も凄い軽いなぁ、ドワーフの技術力ってほんと凄い。

 

 

「でもほんとなんでこんなに軽いの? 金属なのは間違いないと思うんだけどさ」

 

「軽銀をベースに、特別な比率でかつ炭金で熱した炉で鉄とかを混ぜて……丹念に鍛えてるからね。その分手間もかかれば元手もかかるけど、、品質は保証するさね」

 

 

 ボクの疑問に、待ってましたとばかりに丸顔の女ドワーフ職人さんが、えっへんと胸を張りながら解説してくれた。

 ドワーフの技術力ってホント、凄い。いやマジで。

 

 

「さっ、準備完了だよ。愛しの彼氏さんに見せに行かなきゃね」

 

「こゃっ?! か、かか、彼氏だなんて、そんな……」

 

 

 耳と尻尾をピンと立て、顔を真っ赤にするボクを見て女ドワーフ職人さんは微笑ましそうにみながら、ボクの背中をぐいぐいと押してシナバーさんが待つ工房のお店スペースまで押し出していく。

 ちょ、ちょっとまって心の準備が……やだこの人、さすがドワーフってばかりに力が強い!

 

 

「おお、やっとこ準備終わったか。女の支度ってのは長くていけねぇや」

 

「ご隠居ー、そんな事ばかり言ってるから何度も奥さんに殴られてるじゃないですか」

 

 

 女ドワーフ職人さんの言葉に、ドグさんがうるせぇ!なんて言い返してるけども、ボクの耳は割とお二人のやり取りが耳に入っていなかった。

 何故なら、ボクの姿を見てシナバーさんが糸目を見開き、呆けてこちらを見ていたのだから。

 

 

「え、えっと……変じゃ、ないかな?」

 

 

 右手に持っていた盾の先端を床に付け、その上部に手をかけて支えながら。

 左手を腰に携える形になってる細剣の柄へ手をかけて、笑みを浮かべながらポーズをとってみる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「……可愛い」

 

「……え? も、もう一回言ってシナバーさん!」

 

「な、なんでもない!」

 

 

 ぼそり、と呟いたシナバーさんの言葉にボクの耳と尻尾がピンと立ち。

 ぐいぐいとシナバーさんで詰め寄りながら、目を輝かせてリピートをおねだりする、が……ダメ!

 シナバーさん、顔を真っ赤にして目を逸らしちゃった。

 

 

「いやぁ、甘酸っぱいことこの上ないさねぇ、ご隠居」

 

「あの娘がドワーフなら、ギグに宛がいたかったなぁ」

 

「まだ言ってんですか、ご隠居」

 

 

 

 

 

 後ろの方で何やら話してるけども、ボクにはもう聞こえていなかった。

 何故なら……ぴょんぴょんと刎ね、シナバーさんの視界に入るよう頑張りながら、もう一回『可愛い』とて言ってもらうのに忙しかったのだから、しょうがないよね!




悪魔さん「ちなみにあの鎧だけどね、わーりとあの娘が持つには宝の持ち腐れこの上ない性能だよ」
悪魔さん「軽くて硬いってのもあるんだけどもね、開き直った作り方してるみたいで……硬いけど一定の衝撃で砕けるようにしてるんだよねアレ」
悪魔さん「こういうと伝わり易いかな? いわゆる反応装甲じみた事やってるんだよ、アレ」
悪魔さん「令嬢方に売り込むってあのドワーフ言ってたけどさ、どれだけの値段になるか絶対考えてないよアレ。作ってみたいから作ってみたってのが絶対先にあるって」


『TIPS.軽銀』
平たく言うとアルミニウムである。
通常の炉では当然融解できないが、炭金が齎す火力がその問題をクリアーしてしまった結果。
この世界では加工の手間がかかる有能な鉱物として扱われている。
但しそのまま軽銀だけで武具を作ってもすぐに破損や性能低下が起きる為……。
現場鍛冶屋(主にドワーフ辺り)が、色々とやらかしては合金を作り出しているようだ。


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プチ設定集という名のTIPS集合体 Take2

TIPSが結構溜まって来たので、整理もかねてまとめて出しつつ、更新のお茶濁しをする創作者の屑です。
少しだけ文面や表記の修正と、どの話のあとがきTIPSだったかを入れてみました。

この辺りの設定も、設定集て形で一つにまとめた方が良いですかねぇ。
個人的に、プロローグの前に設定資料集がドン!と置いてあるのって、皆さんに敬遠されちゃうんじゃないかなって言う心配があるのです。


【地域情報】

 

『旅人の宿』19話TIPS

街道沿いに点在する、行商人や旅人を顧客としてあてこんだ宿泊施設。

規模や内容は店によってピンキリあるものの、それなりに安全な夜と暖かい食事を提供してくれる旅人たちにとっては必須とも言える施設である。

支払いは貨幣から、様々な荷物による現物払いまで色々な支払いにも対応している店が多いのが特徴。

 

ついでに言えば、ひっそりとあいびきしたい関係を秘密にしたい恋人や貴族が、一夜のロマンスを交わすのにも使ったり使わなかったりするらしい。

 

 

『中央貴族』25話TIPS

セントへレアの街がある地方は、かの街がある国の外れにあたるのだが……。

中央の方まで行けば、また規模の違う都市が幾つも点在している。

そして、その近隣を治める貴族は必然的に、王室に近い地位と権力を持つ事となる。

 

ある意味で貴族の蟲毒とも言える領域に至っては、もはや魔境の様相を呈している。

 

 

『ウォルスエイル王国』32話TIPS

王都に住まう王と、領地を持つ有力貴族達によって政治を進めている君主制の王国である。

広い国土を持ち領土的野心も乏しい国であるが、隣国のきな臭い火の粉が飛びかかってくる事もある為、軍備もそれなりに充実している。

しかし、同時に広い国土は魔獣や野盗などの駆除にも難儀する温床となっており、冒険者と呼ばれる人種の活躍の場は広い。

大半の貴族は長い歴史を持つ己の家の力を振りかざし、無能な家は王家から罰せられた結果衰退し、狡猾な家は隠れて己の欲望を満たしているそうだ。

 

なお、セントヘレアの街が最も近い北方山脈の竜人達とは、同盟関係にある。

その為、王国の端にある領地であるが……欲深い貴族にとってセントヘレアの街がある領地は狙われがちであったりもする。

しかし、領主が代替わりしてからは現領主と街の重鎮達の働きで、その手の謀略の手は押し留められているらしい。

 

 

 

【種族】

 

『竜人』18話TIPS

高く険しい山々がそびえたつ北方山脈原産の種族。

彼らの特徴として、男性と女性の極端なまでな性差が挙げられる。

出産直後は男女とも差はそれほど大きくないが、男性は成長を遂げるにつれ……。

全身に鱗が生え、二次性徴と共にその頭部もまた竜のような貌へ変貌すると共に大きな角が生える。

一方女性は成長しても体の一部と尻尾ぐらいにしか鱗が生えず、大人になってもヒュームの女性とさほど違いのない外見となる。

更に男女の体格差も顕著であり、成人男性は平均的に2.4mほどに対し女性は平均1.5mほどと大きな差が生じる。

また、女性が極端に少ない事と過酷な地で文化をはぐくんできた影響か、男性には女性は護るモノという意識が非常に強く。

数少ない女性を振り向かせるために、その心身を燃やし尽くすかのような生き方をする者が非常に多い。

 

なお、ごく稀に他種族の女性と結ばれる竜人族の男性もいる。

 

 

 

【人物】

 

『竜人の里の《英雄》』24話TIPS

200年ほど前に、各地で猛威を振るった邪神の眷属を屠ったヒュームの男性剣士であるが……。

邪神の眷属の暗躍を次々と各地で阻止した功績から、様々な伝承が各地で残っている。

その中でも最も人気なのが、英雄の全てを奪い去った怨敵である眷属を屠った、北方山脈の闘いとされている。

竜人族の女王や姫達を毒牙にかけようとしていた眷属であるが、英雄の活躍によってその行為はすんでのところで英雄と仲間の竜人達が阻止し。

そして、眷属が持っていた力を徹底的に封じた末に、その身を八つ裂きにしたと伝承には遺されている。

 

英雄が屠った怨敵である眷属は、特に好色であったらしく様々な子を為していたらしいが。

眷属が遺した血族、そしてその名前すらも根絶されもはやどこにも記録として遺されてはいない。

 

 

『暗殺者《汚水》』28話TIPS

貌も年齢も種族も、そして性別すらも不明の暗殺者。

地下深くに隠れようと、百人の護衛に守られようと、魔術を用いた結界を活用していようとも狙われたターゲットは、須くその命を尊厳諸共刈り取られている。

特徴として、護衛や目撃者は一瞬のうちにその意識を喪失し、目覚めた時にはターゲットだった人物は汚水を垂れ流し恐怖の表情で絶命している所にある。

老若男女、貴族であろうと悪党であろうと等しく情けも容赦もなく始末する殺し方、そして手腕から……。

畏怖と嫌悪を込めて《汚水》と呼ばれていた。

だが同時に扱いにくい暗殺者としても有名であり、酷く依頼を選ぶ人物としても有名であった。

 

ある日突然、《汚水》とされる人物の死体が見つかり、その死体が『汚水』である証拠を幾つも持っていた事から、一般的には死亡したとされている。

 

 

『セントヘレア商人組合 組合長』31話TIPS

一見好々爺とした、日向ぼっこの似合うご老体。

しかしなれども、その体は老いてなお精悍で時折野良仕事に精を出す程度には元気な老人である。

普段は組合員の意見を取りまとめ、方向性を導く程度しか働かないが外敵要因による利益の損失が発生すると、本気を出す古狸でもある。

彼にとって組合員は家族同然であり、薫陶を授けた重役たちは子供同然であるが故に、今回の騒動で強い怒りを感じている人物の一人。

 

行商人の両親が事故死したのを切っ掛けに、当時幼かった行商人の親代わりとなり養育し……。

己の技術や知識を念入りに仕込んだ人物だったりもする。

 

 

 

【文化、食物】

 

『竜人達の食文化』20話TIPS

寒さの厳しい山脈地帯である北方山脈では、生育できる作物が大きく限られている。

その中で主に収穫される作物の一つが、洞窟で栽培できる『淑女の椅子』とも呼ばれる大型の茸である。

芳醇な香りと独特な味を持つその茸は、北方山脈地帯では広く愛されている食材であり主食に近い扱いを受けている。

また、山間では様々なベリーに寒冷地帯でのみ成長する香辛料など、穀倉地帯とはまた違った独特な食文化が形成されているのが特徴である。

 

その中で、竜人のソウルフードと呼ばれるモノが。ふんだんに穀物や芋、茸と肉を放り込み……香辛料をこれでもかとぶち込んで煮込む事で作られる、『火吹き鍋』である。

余りの辛さに慣れない人物には敬遠されがちであるが、竜人はコレを平気な顔をして平らげるらしい。

 

 

『竜人族の貞操観念』21話TIPS

竜人族の貞操観念は、番が基準となる他種族からは大きく離れたモノとなっている。

まず、彼らに夫婦という概念そのものが存在しない。

親や実の子と言った存在への敬意や愛情は間違いなく存在するのだが、そもそもが大半が兄弟と言える環境の為兄弟=ライバルであったりもする。

その関係から、女性からとある男性へ贈り物をして愛を捧げ……互いに子づくりをしたとしても。

ソレはソレ、これはコレと言わんばかりにその女性が別の男性と子作りする事もままある社会なのだ。

そんな事をされた男性がどんな気持ちかと言えば、面白くない感情を持つのは事実だとは言えソレを理由に相手の男性や女性を弾劾するという事もない。

それが、彼らにとって当たり前なのだ。

 

一方、他種族と婚姻する変わり者の竜人はその辺りの独占感情が強い事が特徴として挙げられる。

 

 

『竜人族の寿命』22話TIPS

北方山脈に住む竜人族であるが、彼らの寿命は文献で確認されている中で1000年ほどとされている。

大半の竜人族は寿命の前に戦いで命を落とすが、それでもその寿命の長さから彼らの時間に関しての概念は非常に大雑把である。

彼らにとって、数か月や数年間は少し前やちょっと前程度でしかないのだ。

他種族とのハーフになると、純血の竜人に比べて寿命は短くなる。

 

 

『物価①』26話TIPS

この世界の物価は基本的に変動相場制である。

その中で、ある程度の指標があるとするならば……・

 

交換レート

金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10000枚

※但し両替商の手間賃抜きの為、場所や店によってはこの限りではない

 

酒場や食事処で頼む一食:銅貨10~20枚

安酒:一杯銅貨5枚

そこそこ良い酒:一杯銅貨10枚

簡単な干し菓子:銅貨1枚

安宿(セキュリティ劣悪、大部屋、素泊まり):一泊銅貨20枚

宿(1人部屋、素泊まり):一泊銀貨1~2枚

メリジェの実(旬採れ)1個:店売り銅貨5枚、直売3枚(世話になってる相手の場合は割引もある)

 

一般庶民の生活では、大きな買い物でも使って銀貨である。

金貨を使うのは大規模な商取引をする商人や高額な装備を購入する冒険者、それと貴族ぐらいである。

裕福な庶民ならば、いざという時の隠し金として金貨を1枚2枚持っている事もあるが、大多数の庶民は金貨を使う事失く一生を終える。

 

なお、上のメリジェは大量に収穫できる時期だからこそであり、上等なメリジェを干したモノ……それも樽一杯となると、時期によってはとんでもない金額へと値上がりする。

そうなる理由として、それらを欲するのが主に貴族や豪商等である為で、とある行商人は相棒のハビットへのご褒美でいつも、財布が酷い目に遭っている。

 

 

『暦』27話TIPS

この世界において天文学は未だ発達段階の学問である。

では、何をもって四季と年月を正確に把握し、大規模農業をやってるかと言えば。

時を司る神に仕える神官達が、神託を受けその情報を必死に広めて回っているからである。

ある意味において全てに対して公平である時の神は、大規模な約束事を取り交わす上での重要な宣誓相手でもあり。

必然と、時の神を信奉する神官は職務の公平性から、裁判や調停を行う立場となっている。

 

平たく言うと、時の神の信奉者はこの世界における過労死枠である。

その代わり、神の加護として長く仕えられるよう不老という、誰もが望むモノを与えられる、だがしかし。

不老の加護を受けた物は、男女問わず子を為せなくなる上、一度加護を取り消したら二度と受けられなくなる。

その結果、結婚イコール神官引退でもある為、長年時の神を信奉している女神官は色んな意味で危険物らしい。

 

 

『神職の婚姻について』33話TIPS

この世界でも、一部の宗派では処女性が重要視され、それらの信奉者たちは男女問わず清らかな身である事を要求される。

しかし一方で、大地母神や河川の守護女神の信者にはその手の縛りは特に存在しない。

 

所帯を持った神官らは、家族丸ごと信者ならばそのまま神殿の世話になるケースも存在するが。

大体は、所属している神殿の近くに居を構え、そこから神官が神殿へ赴くという形になる事が多い。

 

 

『お菓子と甘味』34話TIPS

この世界にも砂糖は存在するが、温暖な地域で栽培される植物からの抽出が一般的である為。

生産地帯である南方から離れれば離れるほど、砂糖の価格は高騰する傾向にある。

寒冷地帯に属するセントヘレアもまた例外に漏れず、砂糖を購入しようとするとかなりの金額になるが、庶民たちは言うほど甘味に餓えていない。

理由としては二つ。

一つは特産品であるメリジェを含む果糖が充実している事と、栽培収穫される麦から作られるエールの原料の麦芽糖が存在する為である。

その為、デザートや手の込んだお菓子は試行錯誤段階であるものの、甘味自体はそれほど珍しくもない実情が存在する。

 

なお南方の人達にとっては、北方で摂れた瑞々しい甘さのメリジェが最高級品である。

どの世界何時の時代も、遠く離れたモノほど有難いものなのだ。

 

 

 

【軍事、及び技術】

 

『軽銀』35話TIPS

平たく言うとアルミニウムである。

通常の炉では当然融解できないが、炭金が齎す火力がその問題をクリアーしてしまった結果。

この世界では加工の手間がかかる有能な鉱物として扱われている。

但しそのまま軽銀だけで武具を作ってもすぐに破損や性能低下が起きる為……。

現場鍛冶屋(主にドワーフ辺り)が、色々とやらかしては合金を作り出しているようだ。

 

 

 

【作中ゴシップ】

 

『セントへレア神殿巫女に恋人誕生疑惑』23話TIPS

旅人の宿にて、二人部屋に巫女と協力者として良く一緒に歩いていた男性が泊まったという情報は、瞬く間に旅人からセントへレアの街に噂として齎された。

その噂を聞いた街の独り身の男性陣、一部の既婚者男性陣は恋人疑惑が立ち上がった男への憎しみに咆哮を上げたらしい。

中にはアクセリア神官に、巫女が男と付き合ってよいのかと聞いた猛者もいたらしいが……。

あの子が幸せなら私は何も言わないわぁ、不幸にしたら後悔させるけどぉ。とニコニコ笑顔で回答したそうな。

 

 

『重要参考人獄死についての報告書抜粋』29話TIPS

昨日、セントヘレア神殿所属の巫女コクヨウを攫う為にごろつきを街へ誘い込み、騒動を起こした重要参考人が牢の中で獄死した。

捕縛され牢へ収監されるまでは、己の財力を誇示して投獄を逃れようとしていた男だが……。

投獄された直後から、狂乱状態へ陥り言動が支離滅裂なモノへと変化。

その後、体内からはじけ飛ぶかのようにその肉体が四散した。

 

後の調査から、何かしらの条件で発動する付与魔術が施されていた事が判明するも、術式の損壊が激しく調査は難航。

領主様からの、深入りは危険だという忠告もあり、重要参考人獄死についての調査は打ち切りとなった。

 

 

『領主代替わり騒動』30話TIPS

王都から離れた地の領主が不慮の事故で他界、急遽好色漢として有名な息子が跡を継いだのは良い物の。

政治的な根回しで先手を打たれた事もあり、膝元であるセントヘレアの街が荒らされかけた騒動の事を指す。

この事件で攫われた市民も存在し、それらの反省から衛兵や街の治安は大幅に改善された。

 

それなりの時間が経過した事もあり、余所者に対しての態度も軟化していたが……最近の事件によって、また警戒が強くなりつつある。




悪魔さん「ついでにちょっとしたアンケートをここで摂らせてもらうとしようか」
悪魔さん「彼女の運命に影響のあるようなモノじゃないから気軽に参加してくれたまえ」
悪魔さん「内容は……前回、愛しの彼にコクヨウが鎧姿披露していただろう?」
悪魔さん「まぁ、この後もあの娘はちょくちょく衣装を変えたりする予定なのだが、その衣装の布地の方向性について、ちょっとばかり意見を募りたいのだよ」



『TIPS.今日もお休みです』
(太陽系第三惑星地球の日本語と、とある異世界の言語で『きょうはお休みです』と書かれた札がぶら下がっている)
(よく見ると、札のすみっこに拙い文字でゼリー美味しいと落書きされているようだ)


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36.貴方の隣

充電期間を頂いておりましたが、ぼちぼち更新再開したいと思います。

そして、地味に35話を改訂しつつイラストを追加したのですが、そのイラストがこちらになります。

【挿絵表示】

絵師の二ノ前先生に依頼して描いて頂いたレオタ仕様コクヨウです。
前話で出した鎧の一番下にコレを着てました。


更に、アンケートを取っていた内容のイラストも仕上げてもらったので続けて、こちらです。

【挿絵表示】

現代風衣装+布地少な目と言う事で、童貞を殺すセーター着用コクヨウです。


 

 

 ドグさん達の工房で依頼と言う名のプチファッションショー的なのを楽しんだボク達。

 この後は、何もやる事もないので……名残惜しいけどもこのまま神殿へ戻ろうとしたんだけどもさ。

 

 

「折角神殿の外へ出たんだ、少し小物を見て回ろうか。 職人街の中なら幾らでもやりようがあるしな」

 

 

 さっきまで身に纏っていた甲冑を工房の奥で外し、いつもの神官服に着替えて出てきたボクにシナバーさんがそう言ってくれた。

 こ、これはまさか、シナバーさんの方も割と乗り気なのかな?

 

 

「え、えっと、それって……?」

 

「……あの騒動から殆ど神殿からお前さん出れてないだろ? 気分転換も必要だと思ってな」

 

 

 シナバーさんはそう言うと、そっぽを向いて頬を掻いた。

 もしかしなくても照れてるよねコレ、うわ、なんだろう、ボクまで顔が熱くなってきた。

 

 

「え、えっと、職人街ならやりようあるってどういうこと?」

 

 

 いけない、ボクまで何だか恥ずかしくなってきた。

 耳と尻尾を忙しなく動かしながら、話題を転換すべく先ほどシナバーさんが零した言葉の意味を問うてみるのだ。

 

 

「ああ、お前さんはこの街に来てすぐ問題を解決したろ?」

 

「うん、二つの宗派のちょっとした対立問題を解決……というか相互理解の切っ掛けを作っただけだけどね」

 

「事も無げに言ってるが、それを為せるのはそうそう居ないさ」

 

 

 そんでもって、その事を職人達の代表と言えるドグさんが深く恩に感じてるのが答えだよ、とシナバーさんは言葉を続けた。

 

 

「?」

 

「ドワーフって言うのは頑固で偏屈でその上我が強いんだけどな、受けた恩は死ぬまで忘れない種族なんだよ。そしてここで働いてる職人の大多数がドワーフだ」

 

 

 一緒に職人街の中を歩きながらシナバーさんがのんびりとした口調で教えてくれる。

 言われてみれば、今も動き回ったり色々作業をしている職人の人達は、ほとんどがドワーフだ。

 

 

「そう言えば北方山脈の方でもドワーフさん達が住んでるって話だったよね、もしかしてそこからやってきた人達なの?」

 

「ご名答、勿論そこ以外から来て根付いたドワーフも居るが……ルーツを辿れば殆どが北方山脈の方に行き着くらしい」

 

 

 なるほどなぁ……。

 しかしこう、よくよく考えてみるとこの街って所属している国の中では辺境の方らしいけどさ。

 戦略物資と言える炭金の搬入口で、先人たちの努力も重なった肥沃な穀倉地帯で……水源も山脈の方から流れてくる清らかな河まである。

 そして、生産を支える優秀な職人達に熱心かつ敬虔な神官達もいる、何この黄金立地。

 

 少し思考が脱線したけれども、ドワーフが恩を忘れないと言うのがいまいちボクの安全とイコールで繋がらないのだ。

 

 

 

「でも、それがなんで安全に繋がるの?」

 

「お前さん、人心に敏いけど自分への好意には割と疎いんだな……まぁ平たく言うと、ここにいるドワーフ全員が警戒の目になるし何かあれば即座に手助けしてくれるのさ」

 

 

 無論俺も警戒は欠かしていないがな、と言葉を続けるとシナバーさんはお店の前に商品を並べているドワーフさんの前で立ち止まったので、ボクも立ち止まる。

 シナバーさんが足を止めたのは……色んな形状のブラシや櫛が適当に並べられた、工房の前に出されている露店の前だった。

 

 こう、髪を梳くのに使うような櫛から、毛先がかなり堅いブラシまで色々と並べられてるけど……日用雑貨の露店なのかな?

 ……あ、違う。よく見ると乱雑に並べられてるように見えてしっかりと整理されてるし、蜥蜴人向けとか人間向けとか注意書きもされてる。

 

 

「もしかして、色んな種族用のお手入れグッズ?」

 

「おぅ正解だぜ巫女様、ウチのとこの見習いの作品だ。儂が作るよりも未熟だが良いモノ揃えてるぜ」

 

 

 店頭に座り煙管を吹かしていたドワーフのおじさんが、ボクの独り言に近い疑問に答えてくれた。

 

 

「そう言いながら、見習いへの試験も兼ねてんじゃないのかい?」

 

「当たり前じゃろがい、客がふらっと見て欲しいって思えるモノ作れんと話にならんわ」

 

 

 シナバーさんの言葉に豪快に笑いながら、割と見習いさんに容赦のない事を話すおじさん。

 うーん、まさに職人社会。

 

 

「見習いの人達は苦労してそうだねぇ……あ、このブラシと櫛包んでもらえるかね?」

 

「おう毎度あり!」

 

 

 ほへー、と思いながら陳列物を眺めていたところ、シナバーさんが少しお洒落な意匠が施された櫛とブラシを指差してそんな事を話し。

 おじさんに代金を渡して小奇麗な袋に入れられた二つの品を受け取ると……。

 

 

「ほいコクヨウ」

 

「こゃっ?!」

 

 

 軽い調子で袋をボクへ手渡してきた。

 余りにも自然な流れだったから流してたけど、これ、これって要するに……。

 

 

「おうおう見せつけてくれるじゃねぇか色男」

 

「囃し立てるのは良い趣味とは言えないと思うよ」

 

 

 ゲラゲラ笑いながら紫煙を吐き出すおじさんへ、シナバーさんは苦笑いをしながら答えるとボクの手を引いて歩き始める。

 

 

「え、えと、シナバーさん、これって……」

 

「まぁ、なんだ、あー……気にするな」

 

 

 シナバーさんと繋いでない方の手でしっかりと、さっき渡されたばかりの袋を胸元へ抱きつつ彼の横顔を見上げれば。

 彼はもごもごと煮え切らない言葉を紡ぎながら、何かを言おうとしてはぐらかした。

 

 

「……ありがとう、大事にするね」

 

「お、おう」

 

 

 尻尾をはしたないぐらいにブンブン振りながら、シナバーさんと繋いだ手を強く握りながら素直な気持ちを伝える。

 シナバーさんはと言えば、ボクと目を合わせずにあいまいな返事をするだけで。

 

 だけども、繋いだ手を強く……そして優しく握り返してくれた。

 

 その後は、特に何事もなく神殿へと戻り……。

 

 

「おやお二方、随分と仲睦まじい様子であるな。幸せそうで何よりなのであるよ」

 

 

 神殿の入口で偶然鉢合わせたドゥールさんに、手を繋いだままだったボクとシナバーさんを目撃され、互いに少し気恥しい想いをしたりしつつ。

 ボク達の初デート的な活動は、無事終わりを告げるのであった。

 

 もしかすると、デートだってはしゃいでたのはボクだけだったかもしれないけどね……!

 

 

 

 

 

 

 そんな感じにふわふわ気分のままシナバーさんと別れ、残ってたお仕事を片付けて夕ご飯とお風呂も終え。

 今ボクは……宛がわれた部屋で、シナバーさんが買ってくれた櫛とブラシを見て……暖かい気持ちがこみ上げるのを、感じている。

 

 

「……でもシナバーさんは可愛いって言ってくれたし、うん、進展はある!」

 

 

 机の上に置かれた櫛に、指先を滑らせながら半分自分に言い聞かせるように力強く呟く。

 ボクはシナバーさんが好きだ、そしてあの人の苦悩を晴らしてあげて……彼の隣で生きていきたい。

 だけども、多分だけども……シナバーさんはボクがありのまま想いを告げても、想いを受け入れてくれない……何となくだけど、予感めいた確信がある。

 

 あの時ボクはシナバーさんの苦悩と後悔を受け止めた、それが少なからず彼の気持ちを楽に出来た自信はある。

 だけども……いや、ここにはボクしかいないんだ、正直な気持ちを自覚しよう。

 

 

「ボクは、シナバーさんが守れなかった誰かの代わりじゃなく……彼が愛してくれる女になりたい」

 

 

 尻尾をゆらり、と振りながら一人呟いた言葉はストンとボクの胸の中に落ちてくる。

 彼の守れなかった女性の代品として愛されようとするのなら、『ボク』が持つ全てを駆使すればそんなに難しくないと思う。

 だけども、それは嫌なんだ。

 

 酷い感情だと思うし、醜い考えだと言う事は理解している。

 勿論、シナバーさんの過去の想い人を否定する気はない、そんな事出来るワケがない。

 

 

 

 シナバーさんが買ってくれたブラシを手に取り、今のボクの気持ちを代弁してるかのようにゆらゆらと揺れる尻尾を前に持って来てブラッシングをしながら思考する。

 ごめんなさい、名前も知らないシナバーさんが愛していた人。

 そしてお願いします……貴方の場所だった、シナバーさんの隣をボクに下さい。

  




悪魔さん「いやー、己のエゴを隠そうとしなくなってきたね。彼女は」
悪魔さん「彼女が厄介な所は、ソレを自覚しつつそれすらも己の目的に活用するところだよ」
悪魔さん「何?代品扱いなら難しくないって言っていた理由? そんなの簡単さ、彼のトラウマを刺激しつつ己に依存させてしまえば良い」
悪魔さん「細かい微調整は現地で必要になるだろうけどね、ソレが出来る程度には目的を選ばなくなれば本来の彼女の能力なら造作もないのさ」


『TIPS.塩の流通』
この世界において塩の調達手段は、大きく分けて三つに分類される。
そのうちの二つは、海水から塩を抽出する方法に、岩塩の掘削となる。
それでは三つ目は何かというと、一部の地域で自生している植物型魔獣からの採取である。
この魔獣の特性として、地中の栄養や殺害し食料とした得物から吸い上げた塩分を体内で結晶化させ、定期的に吐き出すというモノがある。
そうやって排出された塩の塊は不純物が無く雑味も少ない為需要が大きいのだが、採取は命がけとなる為市場ではそこそこの金額で取引されている。


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