比企谷八幡、古典部に赴く(仮) (通りすがりの魔術師)
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ひとまず比企谷八幡はその脚を進める。

最近、氷菓にハマったので安易に俺ガイルとクロスさせました。
お試し品なので人気というか他の皆様に需要がなければ消します。よろしくお願いします。


比企谷 八幡殿

 

前略

貴方がこれを読んでいる頃には私は会社にいます。貴方が怠惰な入院生活を送っている間もせっせとお金を稼いでは、貴方や小町が将来立派な人間になれるようにと貯金しています。でも、そろそろお風呂をリフォームしたいので小町と相談しているところです。お父さんの意見は聞いていません。そもそもあの人、シャワーばかりだから関係ないと思うのです。

 

本題です。高校入学と退院おめでとう。前者は口で言ったけど、後者はお父さんに任せてちゃんと言えてなかったね。

実はこの手紙は入学式の次の日に渡したかったんだけど、あんなことになって渡すに渡せませんでした。けれども、こうして寝る間も惜しんで息子のために手紙を書く私ってポイント高いと思います。

私もお父さんも、小町も貴方のことは大切に思っています。だから、誰かのためだからと自分の身を投げ出さないでください。例え、友達が居なくても、恋人が居なくても、高校生活は1度きりだから貴方なりに楽しんでくれることを祈っています。

 

けれども、こんなこと言ってもお父さんに似て人付き合いの苦手な貴方には難しいでしょう。だから、私から学校生活を円滑にする方法を伝授します。

 

 

部活に入りなさい。

 

 

なんでもいいけど、運動部は貴方には合いません。絶対に。できれば、人数が少なくて廃部寸前くらいの文化部がいいと思います。

総武高校は古来より部活が多いと聞きます。そして、その中でも一際歴史があるのが古典部だそうです。これは私の知り合いから聞いた話なので、真偽は私には分かりません。けど、その人の話を要約すると近年入部希望者が減っていて、嫌味な上司や、態度の悪い後輩はいないとの事なので個人的にはオススメしたいです。どうせ、やりたいことも目標もないんだから。

とりあえず、見学してきて良さそうなら入部届けを出してみてください。それだけで貴方の学校生活は変わると思います。

それとリハビリにはしっかり通うこと。勉強はかなり遅れてると思うけど、中間テストで数学以外の欠点は許しません。

では、母はこれから6時間寝てから出勤です。お互いに頑張りましょう。

 

 

貴方の母より

 

 

 

###

 

 

ゴールデンウィークが開けた朝方。松葉杖をついて周囲の奇異なものを見る目線に耐えながらも学校に辿り着いた俺のカバンから出てきたのは、棚の奥にでも仕舞われていたのだろう。少し色褪せた花柄の封筒には母ちゃんからの手紙が入っており、そこには俺のために貯めたという貯蓄で風呂をリフォームし、俺を励ましたいのか貶したいのか分からない内容であった。だが、1番言いたいのは何か部活に入れということなのだろう。そして、母ちゃんは古典部というのをオススメしてきた。

口下手で不器用で家の中でも俺の次に人権のない親父は友好関係が狭い。休日はゴルフやパチンコに行かず、寝て過ごして起きてきたと思えばトイレに行くくらいとアレが俺の未来の姿かと思うと泣けてくる休日だ。昔は俺や小町と公園でよく遊んだが、今は身体を休めることに時間を割いている。

……どうやら、本題に入る前に道草を食うのは母に似たらしい。何が言いたいのか。おそらく、母ちゃんはそんな親父の交友関係の無さから1日家にいられるのは困ると言いたいのだろう。1番稼ぎのある親父がそんなに邪険に扱われるのは仕方の無い。父親はどの家でも嫌悪されないにしろ、煩わしいと思われるのかもしれない。友達がいないから他の家の事情など知らないが。

 

しかし、部活か。中学の時は強制じゃなかったから入らなかったし、高校も入院中に見た学生証に書かれていた校則によればこちらも強制ではない。だから、入る気などサラサラないのだが、母ちゃんには足の骨折の件で少なからず心配をかけている。入れとは言われていない。せめて、見に行けと書かれている。手紙通りの話であれば、古典部とやらは部員がいるかいないかの状態で廃部寸前。俺の予想通りならば俺が入部すれば部員は1人で、部室は俺のプライベートスペースとなる。

入学ぼっちが確定し、昼食の場所に困っている俺にとっては得難い自由な空間だ。

とりあえず、放課後の予定が確定したところで俺は自分の席を探す。しかし、どうやら既に出席番号順ではないらしく、自分の席が分からずウロウロしていた俺に心優しいジャージを着た女子が俺の席を教えてくれる。陽光に照らされた淡く白いショートヘアが眩しくて直視出来なかったが、会釈して感謝を伝える。これがコミュ障コミュニケーション。言葉を発せずに気持ちを表す。マジで社会不適合者。こんなんじゃ社会に出れないぞ!プンプン!

と、人に優しくされて自分の小ささを知った俺は、引き出しに入っている入院中に溜め込まれたプリントを見る。その中に部活動紹介の紙を見つけ、古典部の教室を探したのだが。

 

 

「4階かよ……」

 

 

プライベートスペースにするには松葉杖が無くなってからだなとため息をついた。

 

 

###

 

 

高校初授業は教科書を読んで、世界の破壊者並の理解力でだいたいわかったと諦めた俺は人の波の落ち着いた廊下を歩く。我が総武高校は部活が盛んらしく、グラウンドを見れば運動部諸君がランニングや準備体操に取り組んでいる。俺の脚では一流のラガーマンやストライカーにはなれないから、俺の分まで頑張ってくれ。まぁ、脚が良くても目指さないが。

時既に部活動見学に体験入部の期間は終わっているらしく、本来なら本入部という形を取られねばならないのだが、怪我で入院していた俺には見学をする権利が与えられた。これにより、古典部が母ちゃんから聞いていた実態と違っていても俺は言葉巧みに逃げることが出来、良い方に転んでも、悪い方に転んでも大丈夫ということになった。

 

コツンコツンと松葉杖を鳴らして階段を上がりきると地学準備室と書かれたプレートの教室を見る。どうやら古典部の活動はこちらで行われているらしいのだが、窓の縁に溜まったホコリを見るに、あまり掃除がなされていない。これが意味をするのは掃除が行き届いていないという小姑的発想ではなく、単に掃除をする人間がいないのだろうと想像できる。つまり、現在古典部には部員がおらず、今なら俺の個人的スペースとして確保できるということだ。

部活なんて腹の足しにも金にもならないくだらないモノと思っていたが、こうして自室以外に自分だけの部屋を持てるというのは素晴らしいことだ。きっと、一国一城の主となった過去の侍達もこのような気持ちだったのだろう。

 

あらかじめ、職員室から借りてきた鍵を戸についた鍵穴に刺して回す。ドアが開く音がし、ガタガタと年季が入って開けにくくなっているその戸を開く。準備室というから地図や地球儀、地理に関する資料で散らかってると思ったが、そうでもなくて地図やら地球儀は隅っこにかためられ、資料はきちんと整頓されている。そして、教室の中央には椅子が4つとテーブルが1つ。まさに吹奏楽や芸術のような特別な道具や器材を必要としないThe 文化部って感じのシンプルな部屋である。

 

ただし、ある一点を除いては。窓から一陣の風が吹き、ほとんど散っているはずの桜の花びらが舞い込んでくる。そして、その風の飛び込んできた開かれた窓の傍には、えらい美人がそこにいた。




感想とか待ってます。


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千反田えるは瞳を輝かせる。

お待たせっ!


 

誰もいないと聞かされていたその部屋には女がいた。女と言っても教師でもなければ部外者でもない。黒いブレザーに膝まで伸びたスカートは間違いなくうちの生徒のものだろう。

肩の下まで伸びた美しく長い黒髪に制服を着こなすその佇まいに俺は思わず立ちすくむ。そして、女生徒はそんな俺の存在に気付くと、ゾンビのような目に足に包帯を巻かれて一足先にハロウィンを満喫しているような格好の俺に怯えることも無く笑顔を綻ばせてこちらを見た。

 

 

「こんにちは比企谷八幡さん」

 

 

後ろ姿だけでは清楚だとか清潔、純白みたいな言葉が似合いそうだと思っていたがその顔を見れば大きく好奇心を滲ませた子供のような瞳にその印象を変えられる。しかし、言葉遣いや所作からは、礼儀正しいお嬢様のような部分も感じ取れる。

 

 

「……えっと、どちら様?」

 

 

だが俺はこの女を知らない。リボンの色から見て同級生なのはわかるのだが、それ以外は全くわからない。そもそも俺は今日が登校初日で仕方ない部分が大きいのだが。

いくら俺が他人の顔や名前を覚えるのが億劫に感じていても、こんな美少女の顔は易々と忘れない。どこかで会ったか? いや会ったとしても俺は名を名乗らない。名乗っても覚えてもらった試しがない。とすると、同じ小学校、中学校だった可能性もある。いや、それもないな。俺が総武を受けたのはウチの中学からの進学者がいなかったからだ。つまるところ、俺はこいつを知らない。

 

 

「千反田です。千反田えるです。」

 

 

ふむ、やはり知らない。そんな珍しい苗字や名前なら顔とセットで直ぐに覚えるはずだ。

 

 

「すまん、俺は今日来たばかりであんたの事は知らないんだ」

 

 

「ええ存じております」

 

 

それも知っているのか。ほんとに分からないな。俺は降参だと手を広げて教えを乞うことにした。

 

 

「どうして知ってるんだ?」

 

 

「だって同じクラスで隣の席ですから」

 

 

「……え?」

 

 

もしかすると俺は地雷を踏んだのかもしれない。焦る俺に千反田は構わずそのまま話を続けた。

 

 

「入学式の日からずっと空いてる席があったので、気になって先生に確認したところ比企谷さんという話だったので」

 

 

その人がまさか席替えで隣になるなんてびっくりしました!と手を合わせて言う千反田に俺もその通りだなと心の中で頷いてしまう。しかし、わざわざいないやつのことを気にするとは千反田は品行方正、清く正しくを貫くクラス委員にでもなったのだろうか。

 

 

「教室で声をかけようかと悩んだのですが、プリントの整理や教科書を熟読していて忙しそうだったので明日にしようかと思っていたんですが……」

 

 

どうやらそうでは無いらしく、単に登校初日で困っている俺に話しかけようとしてくれた女神だったらしい。チタンダエルって女神いそう。いそうじゃない?

そんな考えを過ぎらせる俺に対して申し訳なさそうに話す千反田に俺は返す言葉がない。プリントは簡単に目を通して重要そうなのはファイリングしたが、教科書は中学の復習が終わって高校の範囲に入り始めていたのを知って諦めたし熟読しているように見えたのは千反田の空見だろう。

 

 

「いや、いい。その心遣いに感謝しよう」

 

 

自己紹介(俺はしてない)も終わったところで本題に入るとしよう。

 

 

「それで千反田はどうしてここに?」

 

 

「入部したんです。古典部に」

 

 

ですよねー。この部屋にいるってことはそういうことですよね。そんな気はしていました。これで比企谷八幡のプライペートルーム計画は完結です!比企谷八幡先生の次回作にご期待ください!

 

 

「比企谷さんはどうしたんですか?」

 

 

「え?あぁ、俺は見学」

 

 

登校初日という事情を知っている千反田なら見学期間が過ぎていても俺のこの理屈は通じるはずだ。それを証拠に「そうだったんですか」と納得している。だが心做しか嬉しそうに聞こえるのは何故だろう。その疑問はすぐに明らかとなった。

 

 

「私以外に部員の方がいなかったので助かりました」

 

 

あぁ、やっぱりね。知ってたよ。別に俺に運命とか感じないよね。労働力来たぜよっしゃ!って感じなんだろう。

しかし残念ながら俺がこの部に入る意義は数分前に消失した。あとは来るか分からない新入部員が来るまで心を強く持って欲しい。

だが、千反田はどうしてこんな廃部寸前の古典部に来たのだろうか。

 

 

「…千反田はどうして古典部に入ったんだ?」

 

 

「言えません。一身上の都合です」

 

 

なるほど禁則事項か。ならば仕方ない。しかし、これで千反田が部活に入った理由を予測するのは難しくなったわけだが、もはやどうでもいい事だ。

 

 

「じゃあ俺はここで」

 

 

「こらぁ!お前ら何してる!!」

 

 

サッと立ち去ろうとしたその時、ドアが勢いよく開け放たれ怒号が飛び込んでくる。あまりの大きさに俺と千反田はビクッと肩を震わせ、その声の主を見た。登校初日で担任の顔ですら未だに朧気な俺には目の前の男が教師だとわかっても、何の担当なのかまでは判断できない。

 

 

「こんにちは厚木先生」

 

 

当惑する俺を他所に、千反田は驚いた顔を正し穏やかな微笑を浮かべて会釈した。頭を下げる速さと言い角度といい、完璧な所作で行われた会釈。俺でも感服してしまう。出鼻をくじかれた厚木という教師は言葉に詰まった様子だったが、直ぐに声の調子を取り戻した。

 

 

「鍵が開いてるからどうしたのかと思えば、どうして空き教室に生徒がいるんだ?」

 

 

厚木と名乗る教師の言い方には何らかの誤解があった。確かに思春期の男子と女子が二人きり。怪しむのも分からなくもない。

クラスと名前を尋ねられ、俺が自分の名前を言うと厚木は首を傾げた。

 

 

「比企谷…?…あぁ、今日からだったのか」

 

 

見たところジャージ姿でその上からがっしりとした身体付きがわかる。声の張り方からして厚木の担当は体育で間違いない。千反田さんが厚木を知っていることから1年の担当であることは予想できる。体育ならクラス問わずに顔を合わせるから、初めて見る俺という存在に首を傾げるのもおかしくは無い。

納得し、声が若干柔らかになった厚木に俺はここが古典部の部室であること。そして、見学に来た俺に千反田と自己紹介をし合っていたことを話す。

 

 

「古典部?」

 

 

再度首を傾げた厚木は千反田を見た。そして「そういえば今年は入部希望者がいたんだったか」と思い出したように呟くと背を向けた。

 

 

「ならいい。鍵は下校時に返すこと」

 

 

そう言って荒々しく戸を閉めた厚木に俺はふぅと肩をなでおろした。千反田も戸の音に驚いたようだが、あちらも身をすくませていたが穏やかに笑った。

 

 

「声の大きい先生でしたね」

 

 

「まぁ体育の先生なんてそんなもんだろ」

 

 

俺がそう言うと千反田はきょとんとした目を向けてくる。

 

 

「どうして分かったんですか?」

 

 

「何が」

 

 

「厚木先生が体育の先生だって」

 

 

「そんなの見ればわかる」

 

 

前述した仮説から自然と導き出された答えであることをそのまま千反田に伝えると彼女は「なるほど」と感心したような声を漏らす。

 

 

「比企谷さんって人間観察がお得意なんですね」

 

 

「…まぁな」

 

 

皮肉にも取れる言葉だが、千反田の純粋な声からはそのような悪意は感じ取れない。おそらく本心だろう。しかし、この程度のことなど視線に気を遣い、相手に悟られない技術を見につければ誰でも出来る。

 

 

「では、私はどう見えますか?」

 

 

「は?…え?」

 

 

唐突に聞かれ声がどもる。人は他人にどう見られているのか気にする生物であることは様々な科学者が提唱しているが、初めて会った相手にその所感を求めることは少ない。これは科学者の研究結果ではなく俺の持論であるが、間違いないはずだ。

 

 

「…ちょっとお嬢様っぽい普通の女の子」

 

 

なるべく言葉を選んで千反田の第一印象を伝えると、千反田はぱちくりとまばた気を繰り返すと「ふふっ」と口に手を当てて笑った。

 

 

「あ、すみません、当たらずも遠からずだったので」

 

 

「いいよ気にしないから」

 

 

そう全然気にしない。人に笑われたり蔑まれたりするのは慣れている。それがたとえ悪意のない笑いでもだ。

けれど、何故だろう。千反田にはその悪意というのが感じられない。まるで存在しないかのようだが、そんな人間はいない。誰しも嫉妬や嘲笑、反感や劣等感といった負の感情を少なからず抱えているはずなのだ。千反田えるという人物を深く知れば知るほどそういう面と出会うだろう。だが、その前に、千反田には良い印象を持ったまま別れようと思った。何故ならば……女子と二人きりで部活とか無理。死ぬ。

 

 

「じゃ、俺はこれで」

 

 

「え?部活動はしていかないんですか?」

 

 

「日も暮れてきたし今日はいいだろ」

 

 

というか俺は見学に来ただけで部活をしに来たんじゃない。その旨を伝えると千反田はあからさまに肩を落とした。餌を横取りされた小動物のような千反田に僅かに罪悪感を覚える。誰もいなければ入部届けを出して即受理してもらったんだがな。

しかし、千反田にそう言うわけにもいかず俺は頭をかくとさして荷物の入っていないショルダーバッグを担ぎ直した。

 

 

「戸締りよろしく」

 

 

「え」

 

 

呆気に取られたような千反田に背を向けた俺が教室を出ようとした時、背中に声がかかる。

 

 

「待ってください」

 

 

振り返ると千反田は「私戸締りできません」と訳の分からないことを言い出した。

 

 

「なんで」

 

 

「私鍵もってませんから」

 

 

あぁなるほど。鍵は俺が持っているんだった。「ほらよ」と鍵を渡してやると、そこでふとある疑問が生じた。

 

 

「千反田はどうやってこの教室に入ったんだ?」

 

 

「え?」

 

 

「いや、鍵を持ってなかったならどうやって入ったんだ」

 

 

至極真っ当な疑問だ。俺じゃなくても思いつく。東西の名探偵でも真っ先にこの疑問に至るくらいにな。

 

 

「いえ来た時には開いていて誰かがあけてくれたのかと」

 

 

それにと千反田は付け足すように言った。

 

 

「中に誰かいるかもと鍵を持ってこなかったんです」

 

 

「ん?じゃあ千反田も今日初めてきたのか?」

 

 

「はい」

 

 

本入部は今日からだったのでと言葉を聞いて俺は天井を仰いだ。古典部に部員がいなかったのは周知の事実ではなかったのか。そうでなくても仮入部や見学期間に彼女がこの教室を訪れていれば分かったはずだが。入学時から入部することを決めていたのなら、まぁ来ない理由としては納得できなくもない。

いや、それよりも先に片付けなければならないのは鍵の話だろう。

 

 

「比企谷さんが来た時には戸は…」

 

 

「閉まってたな」

 

 

確かにガチャりと開く音がしたし、妙に開けにくかった。

俺が言うと、カツンと千反田が何故か1歩足を踏み出していた。

 

 

「ということは、私は閉じ込められていた、ってことですね」

 

 

「…まぁそういうことになるな」

 

 

開いた窓から運動部の掛け声が聞こえてくる。空も夕焼け色に染まり、いい子はでんでんデンぐり返しでバイバイな頃合だ。

ちらりと千反田に目を向けると、真っ直ぐな瞳が俺を見つめていた。まるで、自分が閉じ込められていた訳を知りたいと言わんばかりに。

 

 

「まぁあれだ、自分で閉めたんだろ。不審者が入ってこないように」

 

 

「閉めてません」

 

 

キッパリと言い放たれ、俺はぐっと言葉に詰まる。けれども、鍵は俺が持っている。

 

 

「それにこの教室は内から鍵がかけれません」

 

 

驚愕の事実に俺は戸に目を向ける。ふむ、確かにないな。けれども、出れるのだからもはや問題ではない。もし俺が来なければ千反田は明日までここに閉じ込められたままだったので、俺に感謝して咽び泣いて養って欲しいものだ。

まぁそんな冗談は置いておいて、今回の件は千反田がドアをすり抜けた。そんなところでいいだろう。非科学的だが俺にとってはそんな結論で片付けられるくらいどうでもいいのだ。

 

 

「待ってください」

 

 

再び身を翻して帰ろうとする俺に、千反田はいつの間にやら近づいて俺のブレザーの裾を握る。

 

 

「な、なに」

 

 

「私気になります」

 

 

近い近い近い。なんだかめちゃくちゃいい匂いがする。というか一言発する度に進むのやめてね。足が動かせない俺は背骨を曲げるしか避ける手段ないから。

 

 

「どうして私が閉じ込められたのか。もし、閉じ込められたのならどうして私はこの部屋に入ることが出来たのでしょう」

 

 

輝く瞳が俺に訴えかけてくる。この謎を解けと。

 

 

「千反田はドアを開けたんじゃなくて、すり抜けた…とか」

 

 

適当に言ってみると千反田は裾から手を離して、ドアへと歩いていく。そして、手を伸ばしドアの表面に触れた。

 

 

「すり抜けません!」

 

 

「だろうな」

 

 

「嘘だったんですか!?」

 

 

騙された!と頬を赤くして怒る千反田に俺はまあまあと宥めた。

 

 

「でもまぁこれで可能性が1つ消えたじゃないか」

 

 

「…元から無いですよ」

 

 

つんと顔を背けた千反田に俺は苦笑する。そんなの確かめなくても分かりそうなものだが、どうやらお嬢様は純粋すぎるようだ。

 

 

「そんなに気になるのか」

 

 

「はい、気になります!」

 

 

「うおっ」

 

 

またも前のめりにこちらに迫ってくる千反田から身を避ける際に変な声が出てしまう。しかし千反田はあまり気にしてないらしく、こちらとの距離をより詰めようとする。

 

 

「分かった。分かったから離れてくれ」

 

 

「本当ですか?」

 

 

「もちろんだ」

 

 

俺の誠実な態度に千反田は渋々といった様子で俺から離れる。ふぅ、あともう少しで人生辞めるとこだったわ。さてと、じゃあ考えてやるとしましょうか。といっても答えはほとんど出ているのだが。

 

 

「マスターキーだな」

 

 

「え?」

 

 

「いや、ほら教頭か用務員さん当たりが持ってるだろ」

 

 

小中学校で最後の戸締りを確認する役目は確か教頭か用務員さんのはずだ。前者は朝早くに来て教室を開けることもあるし、後者は電球が切れたり、ガラスの修復などで色んな教室に入る。その際にいちいち職員室に鍵を取りに行っていてはいささか面倒だ。ならば、全ての教室を開けるのに使えるマスターキーがあってもおかしくは無い。

 

 

「あ、そういえば用務員の人がキーホルダーに色んな鍵をつけていました 」

 

 

思い出したように千反田が言うと俺は仮説を真実に変えるべく一つ千反田に質問を投げかけた。

 

「千反田がこの教室に来たのはいつ頃だ?」

 

 

「えっと、16:20です」

 

 

そして俺が来たのは17時前。つまりその間に用務員、または教頭が訪れた可能性がある。だが、俺が職員室に行った時教頭は一番前の真ん中の席に鎮座していたはずだ。ならば、今千反田の見た通り用務員さんがマスターキーを使って教室を締めに回っているのだろう。

 

 

「結論が出た」

 

 

「本当ですか!?」

 

 

「うおっぉ」

 

 

だから近いんだってば。なんなのこの子、パーソナルスペースってのがないの? 松葉杖をついて少し距離をとった俺はコホンと咳払いをする。

 

 

「まず千反田がこの教室に入れた理由は分からん。そこは6限目で使った先生がそのまま開けっ放しにしたから、ってのが妥当だろう」

 

 

教師陣は用務員さんが締めに来ると分かっているはずだ。だから、わざわざ締める必要も無い。

 

 

「次に何故閉じ込められたか、だが」

 

 

これはきっとただの偶然だ。地学教室が開け放たれている間に千反田が来て、その後に用務員さんが鍵を締めに来た。そして、そのあとに俺が来た。事実はこれ以上でもそれ以下でもないだろう。そう話すと千反田は眉をしかめた。

 

 

「それだけ、ですか」

 

 

「これ以外にあるなら俺が知りたい」

 

 

ずっと立っているのも疲れたので椅子に座る。俺の言ったことは適当にすぎない。誰にでも思いつきそうなことを少し誇張しているだけだ。誇張にもなってない気はするが、それで千反田の気が晴れるなら些細なことだ。

 

 

「では、どうして私は用務員さんが鍵を締めたのに気づかなかったんでしょうか……」

 

 

「それはお前が景色に魅入ってたからなんじゃねぇの?」

 

 

「え?」

 

 

「俺が鍵開けた時も気付いてなかっただろ」

 

 

つまり今回の話、悪いのは誰でもない。強いて言うならば、窓から見える景色が音を消すほど素晴らしかったから。これでいいんじゃないだろうか。

 

 

「そう、ですね。そういうことにしておきましょうか」

 

 

俺の言い分に千反田はふふふと笑った。夕焼けを背にしてこちらに顔を向けてくるその姿はとても絵になっており、本当に可愛らしく見えたのは俺だけの秘密だ。

 

 

 

###

 

 

「それで比企谷さん。どうするんですか?」

 

 

鍵を返し下駄箱で靴を履き替えていると、既にローファーを履き終えた千反田がこちらを覗くようにして尋ねてきた。

 

 

「どうって……あぁ入部かどうかか」

 

 

「はい」

 

 

俺だけのプライベートスペース計画は頓挫した。それも目の前にいる彼女のおかげでだ。しかし元々そんな計画は酔狂なもので、俺以外の遅刻者や来年に入ってくる新入生が来てしまえば一瞬で瓦解するものだったのだ。

顔を上げると純粋無垢な煌めいた瞳が俺を見つめている。……まぁ、プライベートスペースが無かろうとも、母ちゃんの願いである学校生活の円滑化を図るにはどこかの部活にはいらねばならんのだ。

 

 

「分かったよ」

 

 

靴を履いてのろりと立ち上がった俺は千反田と目を合わせた。

 

 

「入るよ。古典部」

 

 

「……はい!」

 

 

こうして俺の美少女と過ごす放課後が決定した。気分は決して悪くなく、むしろ高校デビューを失敗した俺がまさかの再チャンスで掴めたことには神の存在を信じたくなった。いや、神は目の前にいたのだ。そう、チタンダエル。これから平日は毎日拝むとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────── 一方違う部室では。

 

 

 

「それで先生。そのボーっとした人は?」

 

 

「あぁ彼は折木奉太郎。入部希望者だ」

 

 

 

「は?」

 

 

 

……To be continued?





次回

「ちょっと入部希望者ってなんですか」

「何が灰色の青春だ。まだ始まったばかりだろう」

「ホータローが人に奉仕だなんて明日は針が降るね」

「はぁ……騒がしい」


次回『奉仕部の誕生』


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平塚静からの招集

予告詐欺は基本。


 

放課後というのは学生たちが学業という檻から解き放たれ、思い思いの時間を過ごす。部活動をやってる者は部活動に勤しみ、やっていない者は居残ってクラスメイトや友人と会話を楽しんだり、教師から出された課題に取り組んだりと様々だ。

そして、俺はと言うと。

 

 

「折木、この作文についてなにか弁明はあるか?」

 

 

職員室に呼び出され、教師から叱責を受けていた。

 

 

「弁明も何も俺は課題通りに書きましたよ」

 

 

「それがどうしてこんな悲痛な作文になるんだ」

 

 

俺を呼び出していきなり、入学してまもなくに出された作文課題『中学校生活を振り返って』を読み上げた平塚先生は呆れたという表情で紙束を叩く。

黒く長い髪にシャツの上に黒チョッキ、さらには白衣を着ている。国語の教師であるはずだが、彼女はスタイルがよくサマになっており、誰も咎めないし気にもとめない。本人が着たいのだからそうさせておこうという考えなのかもしれない。

 

 

「事実ですから」

 

 

「事実?」

 

 

書いたのは出されて一週間後、期限があと数日と迫ったところで、友人である里志に促されたからだ。だから、自分で何を書いたのかは今でも割と覚えていたので、平塚先生が読み上げる必要はなかった。平塚先生は俺の言葉に考える所作をとる。

 

 

「まぁ君の言う通り、部活動に入っている者や恋人や友達が居る者の学校生活が充実していて色付いているのは否定はしない」

 

 

しかし、と彼女は脚を組むと俺の目を見据える。

 

 

「それがわかっていて君が福部以外と友人を作らない理由や部活動に入らないワケが分からないんだが?」

 

 

「俺は不必要なエネルギーを使いたくないんですよ」

 

 

やるべき事は最小限のパーフォーマンスで、やらなくていいことはやらない。それが俺のモットーだ。友達は多いに越したことはないというが、人との付き合いが増えればトラブルが増える。校則上、部活動への入部義務がないのならば、わざわざ無駄なエネルギーを使う必要もあるまい。それに部活動に入ると否が応でも人間関係が広がってしまう。

 

 

「人間関係を構築することが無駄だと?」

 

 

「そうは言いません。けど、不必要にやることはないって話です」

 

 

「なるほどな…」

 

 

平塚先生はあまり納得いっていないようだが仕方ないと言った感じで言葉を漏らした。

 

 

「…恋人とかはいるのか?」

 

 

「いませんよ」

 

 

「やはりそうか」

 

 

なんでちょっと嬉しそうなんだ。まぁいい。

 

 

「それで話ってのはこれの書き直しってことでいいですか?」

 

 

「あぁそれもある」

 

 

意味深な言い方に俺は首を傾げた。そして、何故か嫌な予感がした。

 

 

「君の灰色の青春を私が色付けてやろう」

 

 

「頼んでないんですが…」

 

 

「いいからいいから」

 

 

平塚先生はこの程度気にするなと上機嫌だが、俺からすればいい迷惑だ。椅子から立ち上がった平塚先生は「ついてきたまえ」と職員室の戸を開く。

面倒だな。これはアレだ。生徒に手を差し伸べる私っていい教師みたいな自己陶酔によるお節介だ。この手のやつは嫌がっても本人が満足しなければ終わらない。おそらく、無限ループになる。

こちらも仕方ないと後ろに続こうとすると、反対側の扉が開く。目を向けて見ると、目が特徴的な男子生徒が松葉杖をついているのが見えた。その生徒は近くの先生に声をかけ、指をさされた鍵のかかっているボックスに向かう。そして、手早く鍵を取ると無言で頭を下げて退室していった。この時間帯だと部活動だろうか。足に怪我を負っているのにその姿には敬意を評したい。

 

 

「折木、何をしている。いくぞ」

 

 

「あぁ、はい」

 

 

平塚先生に急かされ、俺も職員室を出た。

 

 

###

 

 

平塚先生の後に続き、廊下を歩く。窓からは体育会系の部活動に励む者たちがグラウンドで汗水垂らしているのが見える。体験期間や見学期間も終わって、1年生も部活動に参加しておりチラホラと名前は覚えていないクラスメイトが見える。

 

 

「それでこれからどこに向かうんです?」

 

 

外の景色も見るのが飽きたので、平塚先生に尋ねてみる。しかし返ってきた答えは「着いたらわかる」と要領を得ないものだ。歩いていくと文化部の部室が集まる特別棟へとやってきた。4階に上がり、しばらく進むと平塚先生が立ち止まる。他の文化部の部室から離れた位置にあるその教室は特に変わり映えしない。ただ上を見ると、プレートに何も書かれていない。これは妙だ。普通教室には何かしら名称がある。教室、準備室、教官室、音楽室とか。けれどここにはそれがない。

 

 

「あの、ここは一体」

 

 

尋ねようとしたところで平塚先生はその教室の扉を勢いよく開いた。

 

 

「先生、入る時はノックをしてください」

 

 

そいつは教室の窓際で本を読んでいた。平塚先生が入ってきて本をパタリと閉じたその少女の長いまつ毛が揺れた。俺はそいつを見た瞬間、目を見開き人知れずため息を吐いた。

 

 

これは嫌な予感がするな、と。

 




閲覧者の数の把握とこれからの展開の参考までに1話、2話、3話でアンケート開始しました。ぜひご回答ください。



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ようこそ、奉仕部へ

俺ガイル完結andアンソロ、短編集刊行予定発表おめでとう


俺はこのときまで、楚々とか清楚とかいった語彙のイメージをどうにもつかめないでいたが、この女を形容するような言葉だと理解した。背まで伸びた黒髪に、着崩していないブレザー姿がよく似合っていた。椅子に座っていても分かる程に足は長く、女子の方でも女子の中では大きい方だろう。

俺はこの女を知っている。だが、こいつは俺を知らない。はずだ。

 

 

「ノックしても君は返事をした試しがないじゃないか」

 

 

「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ」

 

 

平塚先生の言葉に、彼女は不満げな視線を送る。そしてその視線は一気に冷め、俺の方に向けられた。

 

 

「それで、そのぬぼーっとした人は?」

 

 

雪ノ下雪乃。入学式に代表で話をしていたから覚えているというわけでもなく、そんな挨拶は聞き流していた。しかし、俺の友人、福部里志からの情報では彼女はかなり有名らしい。父親は県議会議員で、姉はここの卒業生。しかも姉は去年の文化祭で過去最高の盛り上げを見せるよう尽力したと里志が話していた。そしてその妹が俺に対して冷めた瞳を向ける雪ノ下雪乃。代表挨拶をしたということは成績優秀なのは間違いなく、更には容姿にも優れている。そんな彼女が一体ここで何をという疑問が過った。

 

 

「彼は折木。入部希望者だ」

 

 

平塚先生に促されて会釈するが待てとすぐに顔を上げた。

 

 

「ちょっと入部希望者ってなんですか」

 

 

「君にはペナルティとしてここでの部活動を命じる」

 

 

異論反論抗議質問口応えは認めないと抗弁の余地を許さず、怒涛の勢いで俺に判決を申し渡す。

 

 

「というわけで、彼はどうやら省エネ主義らしくてな。だから交友関係を広げてやって欲しい。そのためにこき使っても構わない」

 

 

反論も何もかも許されないため俺は口をつぐみ粛々とこれからの学校生活が地獄に変わるのを想像した。

 

 

「そうですか……そういうことなら」

 

 

雪ノ下は仕方ないといった様子で言うと、平塚先生は満足気に微笑んだ。

 

 

「そうか。なら、後のことは頼む」

 

 

それだけ言うと、先生はさっさと教室から出ていってしまった。ぽつんと取り残された俺は居場所に困った。このまま棒立ちしていても仕方ない。

 

 

「座ってもいいか?」

 

 

「ええ、どうぞ」

 

 

彼女の許しがいるのかは知らないが、一応聞いておくと許可が出たのでその辺にあった椅子を引く。それきり、というか平塚先生が出て以降、雪ノ下は俺に興味を示さない。いつの間に開いていた文庫本を読んでページを繰る音と時計の秒針の音のみが耳に届く。

で、俺はこの美少女様と何をすればいいのか。教室には積まれた椅子と、真横にある長机に彼女が持ってきたのであろうティーセットがある。それ以外は無機質なただの部屋だ。

 

 

「何かしら」

 

 

キョロキョロと教室を見渡していたのが視界に入ったのか、雪ノ下は不快気に眉根を寄せてこちらを睨む。

 

 

「いや、ここは何をする場所なのかと思ってな」

 

 

俺がそう言うと、雪ノ下は本をぱたんと閉じた。

 

 

「そうね、ではゲームをしましょう」

 

 

「ゲーム?」

 

 

「そう。ここが何部か当てるゲーム。さて、ここは何部でしょう」

 

 

なるほどここは部活だったのか。その事に驚きを隠せないが、そう言えば俺は入部希望者だと言われた。つまり、ここは何かしらの活動をするための部活なのだろう。

 

 

「他に部員は?」

 

 

「いないわ」

 

 

雪ノ下1人だけでこの教室を? 確かに本を読むだけなら暇を持て余しはしないだろうが、それなら家で読むだろう。本を読むことを目的とはしていない。それにあのティーセットも洋風だ。床も畳ではないから茶道部ではない。

あとはなんだ。この教室でも活動が成立する。机に対して多い椅子の量。予備にしては多すぎる。ただの物置にしては使用用途が偏っている。誰かを待っている?

 

 

「ボランティア部、またはそれに近しい部活か」

 

 

「…へぇ、その心は?」

 

 

雪ノ下はいくらか関心を持ったという目で問い返してくる。

 

 

「特殊な環境や機器を必要とせず、雪ノ下さんだけで成立する部活となるとそれくらいしか浮かばない」

 

 

ボランティアに必要なのは人で多ければ多いほどいい。さらに言えばいないよりは1人いた方がいいという理屈とも噛み合う。雪ノ下1人でも掃除や悩み相談を聞くくらいはできる。学校にはスクールカウンセラーなんてのもいるが、そういうのに相談しにくい人がここに来る。という感じだろうか。

 

 

「80点ね」

 

 

どうやら惜しかったらしい。当てる気はなかったがそう言われてると悔しく感じる。

 

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。途上国にはOADを、ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話を」

 

 

けれど、と雪ノ下はいつの間にか立ち上がり、自然と視線は俺を見下ろしていた。

 

 

「私は魚を取るわけじゃないの。取り方を教える。それがこの部活、奉仕部の理念よ」

 

 

歓迎するわと言われたがとても歓迎されているとは思えない。

 

 

「平塚先生曰く、優れた人間は憐れな者を救う義務がある、のだそうよ。頼まれた以上、責任は果たすわ。あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」

 

 

貴族の務め、ノブレス・オブリージュというやつか。腕を組んだ彼女はまさに貴族。しかし、俺は憐れまれるほどヤワな人生を送っていない。

 

 

「別に俺は問題にはしていない。それに人と関わることはトラブルの元だ。俺からすればこっちの方が問題だ」

 

 

「けれど、社会に出れば否が応でも人と関わることになるわよ」

 

 

「その時はその時だ。関わらないといけないやつとだけ関わるさ」

 

 

関わらないといけないやつ、というと家族や友人が該当する。クラスメイトや教師は環境が変われば、接することも無くなるから無理に話したりする必要は無い。それは社会も同じだ。人との関わりはあった方がいいが、面倒なのとはすぐに手を切った方がいい下手するとずっと足を引っ張られることになる。

 

 

「なるほど、どうやら平塚先生が問題にしてるのは貴方の人嫌いかしら」

 

 

「人は嫌いじゃない。ただトラブルに巻き込んで欲しくないだけだ」

 

 

トラブルとは時間と労力の無駄だ。被害者でも傍観者でも時間を搾取され、気力は削られる。

 

 

「それは、分からなくもないけれど」

 

 

ここへきて初めて同意を得られた。若しかすると、俺と同じく省エネ人間の世界へと引っ張れるかもしれない。そう思って俺の持論を展開しようとした矢先、ドアを荒々しく引く無遠慮な音が響いた。

 

 

「雪ノ下。邪魔するぞ」

 

 

「ノックを.......」

 

 

「悪い悪い。まあ気にせず続けてくれ。様子を見に寄っただけなのでな」

 

 

ため息混じりの雪ノ下に鷹揚に微笑みかけると、平塚先生は教室の壁に寄りかかった。これでは俺の持論を言ったら最後、本当にこの部活に永久就職になる。それだけは避けようと黙りコケていると「そうだ」と平塚先生が口を開く。

 

 

「折木にお客さんだ」

 

 

俺に? 首を傾げ振り向けば、ドアが微妙に開いてその隙間から誰かの視線がばっちり衝突する。いつだって笑ってるような、ブラウンがかったその目には見覚えがある。

 

 

「里志......」

 

 

「あら、知り合いなの?」

 

 

なんだその知り合いいたの。みたいなニュアンスの問いかけは。ドアが開かれ、そこに居たのは予想に違わず福部里志だ。

 

 

「やあやあ、ホータロー。さっき以来だね」

 

 

「あぁ、そうだな。それでいつから居た?」

 

 

「平塚先生が1回出ていった辺りからかな」

 

 

何を言っているのか分からないな。

 

 

「お前、帰ったんじゃないのか」

 

 

「そのつもりだったんだけどさ、ホータローが呼び出されるなんてレアじゃないか。そしたら、女の子と二人きりで密会してたってわけさ」

 

 

「密会はしてないのだけれど、福部里志くん?」

 

 

里志と飄々とした物言いが不愉快だったのか、雪ノ下は目が合えば凍てつくような視線を里志に向けた。しかし、里志のメンタルは強靭で相も変わらずというか、むしろテンションが上がったように見えた。

 

 

「へぇ、嬉しいな。あの雪ノ下さんに覚えられてるなんて」

 

 

心底そう思ってるのか、あるいは嘘なのか。俺のジャッジは半分半分だ。

 

 

「.......それで用がないのなら早く帰ってはどう?」

 

 

「おやや、手厳しいな。名は体を表すとはまさにこの事だね。ねぇ、ホータロー?」

 

 

「俺に振るな」

 

 

些か失礼な物言いだが、雪ノ下には悪いが里志の意見に賛成だ。雪ノ下はどうにも人に対して冷たい。内弁慶なら慣れて内輪に入れれば本性、ズバリ今とは違う性格が表れるのだろうがどうにも彼女の素は雪のように冷たく儚いものではないかと思えてしまう。俺より彼女の方が問題なのではと思うくらいだ。

 

 

「まぁ、3人仲が良さそうでなによりだ」

 

 

壁にもたれ静観していた先生は満足そうに頷く。どうやったらそう見えるのか分からない。

 

 

「それでは雪ノ下、折木。その調子でこれからよろしく頼むぞ」

 

 

そう言い捨て再び戸を閉めた平塚先生の足音が聞こえなくなると、俺と雪ノ下はため息を吐いた。雪ノ下は眉間に皺を寄せ、俺と里志を交互に見やる。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いえ、別に......」

 

 

きょとんと返した里志に雪ノ下は諦めたようにして閉じていた文庫本を開いた。さて、俺は帰ろうかと思案していると里志が「で」と話を切り出してきた。

 

 

「それでここはどういう部活なんだい?」

 

 

「聞いていたんだろ。だったら説明しなくてもいいだろ」

 

 

「いやドア越しだとよく聞こえなくてさ」

 

 

じゃあこいつドアの前で聞き耳立てて、何も聞けてなかったのか。呆れた俺に里志は「それで?」と答えを急かしてくる。

 

 

「奉仕部。魚を取ってあげるんじゃなくて、取り方を教える部活らしい」

 

 

「それってつまり人助けの部活ってことかい?」

 

 

頷くと里志は意外そうに俺の顔を見てはくすくすと笑った。

 

 

「ホータローが人に奉仕だなんて、明日は針が降るね」

 

 

「降らねぇよ」

 

 

里志の冗談もここまで大袈裟だと付き合うのも馬鹿らしくなる。けれど、悪くないと思えるのはこいつの憎めなさだからだろうか。下校時間になるまで楽しくも、他人が聞けば笑えないであろう話をしていると、俺たちの対面上で文庫本を読んでいた彼女だけが不機嫌そうに「はぁ.......騒がしい」と呟いていた。




アンケートの結果、古典部メインで話を進めつつ、俺ガイルと古典部シリーズの話を混ぜることになりました。


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相変わらず、比企谷八幡は振り回されている。

 

 

古典部という得体の知れない部活に入ったものの、不自由な足で部室棟の4階に赴くのは辛いものがある。なので、俺は少しずつフェードアウトしていくプランを取ろうと考えていた。俺が行かなくても部活熱心な千反田がいる。千反田というプロバガンダがいれば彼女目当ての下心のある男や女が集まってくるだろう。まあ、それは俺のお望みの展開ではないのだが、俺が行かなくてよくなるならそれに越したことはない。

それに俺は対人スキルが残念ながら不足している。千反田はファーストコンタクトに失敗がなかったから今も会話ができている。俺は彼女の家柄とかは全く詳しくないが、ホントにどこかのお嬢様なのではないかと疑うほどにできた人間だ。

 

 

「比企谷さん。部活に行きましょう」

 

 

しかし、お嬢様はゾンビが好きなのかこんな俺にも平気で手を差し伸べてくる。ホントは変なことを考えてそれを千反田に察せられたのかと疑問視したがそうでもないらしい。

結局、俺の部活フェードアウト作戦は失敗した。よく良く考えれば千反田は俺の隣の席であり、逃げようにも松葉杖がなければ歩けない俺が逃げることなんてできるわけが無い。あの純粋で眩い瞳を向けられ、更には制服の裾を握られていては俺に後退の余地はない。

 

 

「いや、けど荷物が.......」

 

 

「私が持ちますよ」

 

 

くそぉぅ!優しいなおい!俺からひょいと大して荷物の入ってないカバンを奪い取ると「さぁ」と俺に立ち上がるように促してくる。仕方ない。俺の足が治るまでの辛抱だ。

次の席替えを待つよりは俺の足が治る方が早い。仙豆やデンデがいればこの程度の怪我造作もなければ、死の淵から蘇ったサイヤ人は強くなれる。けれども、俺は地球育ちの地球人なので大して変わらない。

女子にカバンを持ってもらうのは情けない話だが、これも足を理由に逃げようとした罰だ。今度からはもっと建設的な嘘をついて逃げよう。そう誓った。

 

 

「足が治って良かったですね。さぁ、部活です。比企谷さん」

 

 

と思ってたんですがね。

足の包帯やらギプスやらが取れて俺の足もある程度身軽になっても、俺の隣で澄ましたように真っ直ぐに輝かせた瞳を向ける女は俺に手を伸ばしてきた。

 

 

「さぁ、比企谷さん。部室に行きましょう」

 

 

どうやら俺は千反田に大層気に入られてしまったらしい。彼女は気付いてないかもしれないが、千反田えるという女子高生には華がある。それも美しく崖の上にポツリと咲いた高嶺の花だ。そんなのと一緒にいるのはイケメン爽やかスポーツマンではなく、冴えない目の腐った陰湿な足に包帯を巻いたミイラマンだ。近頃、廊下で行き交う生徒たちは俺と千反田がいるのを見て動揺したり、恐れたり、慄いたりしている。主に俺の方を見てだが。千反田に手を引かれて廊下を歩くのはかなり精神がすり減るのだ。おかげで目が俺の中で6倍くらい腐っている感覚がある。

そんな男と歩く美少女は傍から見れば、弱みを握って脅されてるのではとか言われてたりするが、明らかに手を引かれてるのは俺であり、被害者は俺であるべきなのだ。なのに、一概に俺が悪いという噂話が蔓延っていることに自分の容姿の醜さに両親を恨むが、妹は可愛いので両親のせいではないのだろう。俺に大金があれば、世界一の藪医者に事情を話さずに整形手術して貰えるんだがな。

 

 

「比企谷さん、聞いてますか?」

 

 

「…ん?あぁ、今日もいい天気だな」

 

 

「今日は雨です」

 

 

ムッと怒ったように言う千反田に俺は直視出来ず目を逸らしてしまう。これがギャップ萌えというのかな。軽く怒ってるのは分かるんだが、パッチリとした目に整った鼻、清廉な口元、そして誰もが羨む綺麗な美肌。普段朗らかな彼女が多少怒ったところでそこまで恐怖を感じないどころか、むしろそれが可愛く見える。

しかし、そんな彼女だからファンというか「ワンチャンいける」とか思ってる男子も多いわけで。同じ部活だからと話しかけられる俺は彼らからすれば邪魔どころか殺してやりたいくらいなのだろう。今も、千反田と話しているだけで嫉妬の目線をジリジリと感じる。

 

 

「なぁ、千反田」

 

 

「なんですか?」

 

 

きょとんと首を傾げた千反田はやはり何も分かっていないのだろう。放課後になって残っている生徒の中には俺たちの会話に耳を傾けている人間もいる。俺はそいつらに聞こえるように口を開いた。

 

 

「もう足も治ったし、部室には別々に行かないか?」

 

 

最近こいつの隣にいて分かったことがある。千反田は賢い。俺が休んでいた間のノートを見せてくれたのだが、そのまとめ方は丁寧で誰が見ても分かりやすいものだった。数学アレルギーの俺でも「なるほどな」と唸れるものであった。

そんな千反田だが、この手の学内ヒエラルキーやピラミッドの序列には疎い。俺といるせいで千反田のイメージが落ちるのは申し訳ない。かと言って俺が古典部を去っても俺と千反田が隣である限り、このやり取りは続くだろう。

 

 

「そうですね」

 

 

無理に一緒に行く必要もありませんし、と千反田が付け足す。すると、周りの目線は俺達から一時的に外れる。そして、彼ら彼女らの迷惑な思慮を晴らすべく俺は席から立つ。

 

 

「今まで荷物持ってくれてありがとな」

 

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

 

フィニッシュだ。これで俺と千反田が邪な関係でないことが学内に伝わればいいと思う。一応、周りからは「千反田さんって優しいよねー」みたいな会話が聞こえる。

 

 

「じゃ、ちょっと俺は自販機行ってから行くから」

 

 

「では、鍵は私が取っておきますね」

 

 

そう言って互いに別の方向へと向かう。出来ればこのまま家に帰りたいところではあるが、そうするとまた明日が面倒になる。千反田のにこりと笑った大きな目が不機嫌に歪むのが目に浮かぶ。

それはそれでいいな。なんて思いながら俺は自販機のボタンを押した。

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

思い返せば古典部という部室で何をするのが正解なのか。それを知る生徒はこの学校にいるわけもなく、教師に聞くほど俺は興味が無い。

古典部での活動は部活というよりは昼休みの昼食後の憩いの時間のようだ。部室である地学講義室はプライベートスペースとならずとも、学内に居場所がない俺にとっては安らぎの場所となっている。

好奇心旺盛な千反田も喋らなければ清楚で可憐な美少女でしかない。そんな彼女と二人きりでいるのは俺にとって耐え難い苦痛と考えていたのだが、そうでも無い。

千反田は無理やり連れていくものの、話を強要したりすることは無い。基本的にお互いに無言で本を読み、たまにお菓子を食べながら雑談をしたりと。部活というより倶楽部だな。

そして、千反田は話していて気を遣わない。中学時代の女子と違って俺を貶さないしバカにしないし蔑まない。ホントに人間かと疑ったこともあったが、お嬢様気質の彼女の事だ。そのような差別や偏見を知らないのかもしれない。やはり天使か女神の血を引く末裔なのではと、横目で千反田を見ていると彼女は読んでいた本を閉じた。

 

 

「不毛です」

 

 

俺が見ているのに気づいたわけでなく、ただの独り言のようであった。しかし、独り言にしては大きすぎる。だが、唐突に言われた言葉に俺は返答に困った。

 

 

「親父の話か?」

 

 

「いえ、父の髪は健在です」

 

 

どうやら違うらしい。不毛、というとこの時間のことだろうか。生産性もなければ、時間を有効に活用できてるわけでもない。

 

 

「まぁ部活としては意味が無いわな」

 

 

それで何がしたいんだと暗に聞いてみると千反田は頷きを返した。

 

 

「はい。なので、10月の文化祭に文集を出します」

 

 

なんだろう。生徒や先生のスキャンダルでも暴露するのだろうか。俺としては面白そうだが。ってこれは文春ですね。と自らツッコミを入れる。

 

 

「文集か」

 

 

「はい」

 

 

千反田は胸ポケットから几帳面に四つ折りになった紙を出し、俺にみせてくる。仄かに残る温かみに唾を飲み、俺は紙を開く。すると、今年度の古典部の予算と大きく打たれた紙には雀の涙帝都であるが予算が出ていた。名目は「文集制作費」であった。

 

 

「顧問の大出先生からも作ってくれと頼まれてます。古典部の文集は三十年以上の伝統があるのであまり途絶えさせたくないそうです」

 

 

「ほーん.......」

 

 

知らねぇよそんなの。自然と眉根が寄ってしまう。面倒事はなるべく避けたいのだが、彼女は易々と折れる人間ではないことは初対面の時によく理解した。

 

 

「わかったやろう」

 

 

文集を作るのと千反田を説得するのどちらが面倒かは考えなくても分かる。

 

 

「それで、文集ってどんなやつなんだ?」

 

 

「どんな、ってどういうことですか」

 

 

「言い方が悪かった。内容の話だ」

 

 

例えば、古典部にちなんで紫式部や清少納言の書いた作品の考察とか、もしくは現代語訳をさらに煮詰めた今風源氏物語を書くだとか。そんなのを書くのならこちらとしても安請け合いはできない。駄文は書けても、伝統を重んじるような堅苦しい文章は俺の苦手とすることだ。

 

 

「さあ、分かりません。どうだったんでしょうね」

 

 

「知らねぇのかよ」

 

 

なのに作りたいとはどういうことなのだろうか。聞こうにも恐らく彼女はこう答えるはずだ。

 

 

「一身上の都合です」

 

 

「.......いや、何も聞いてねぇんだけど」

 

 

「目が言ってました」

 

 

目は口ほどに物を言う。千反田ほどの博識ならこれくらい知ってて当然だろう。俺は目を逸らすと咳払いをした。

 

 

「それじゃあ、どうするんだ?」

 

 

「バックナンバーを探しましょう」

 

 

いい提案だ。しかし。

 

 

「どこにあるんだ?」

 

 

「部室、とか」

 

 

「ここどこ」

 

 

「...あ、ここが部室でしたね」

 

 

「ま、部活してる感じではなかったからな」

 

 

万年帰宅部の俺でも「これって部活なの?」と不安になるくらいには部活してなかった。けれども、アニメとか漫画の部活動でもスポコンではなかったから割と俺たちに近しい部分はある。SKETDANCEとか、依頼者が来なかったら3人でアホなことしてるだけだしな。愉快ではあるが、俺と千反田には向いてない。

 

 

「保存してないんでしょうか、文集」

 

 

「歴史と伝統を重んじてるならあるだろ」

 

 

「図書室とかでしょうか」

 

 

無くはないだろう。頷くと、千反田は自分の手提げカバンを手に立ち上がった。

 

 

「行ってみましょう」

 

 

俺の返事を待たずにドアを開けて出ていくあたり行動力の化身だな。しかし、俺の足がちゃんと機能するとなればこうほっぽり出されるものなのか。悲しきかな。チタンダエルの加護は骨の再生と共に去ったということだろう。

 

 



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