キス、愛しの母 (尾花)
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1話

 なんでこうなったんだろう。

 

 アストリッドに裏切られ、マロ指揮官によって壊滅の危機になった。

 だが、生き延びて、皇帝の暗殺も成功させた。ドーンスターの聖域に移動して、シセロも戻ってきた。新人も増え、闇の一党の権威も復活した。

 

 これからだった。これからだったのに。

 

 

 

 

 その日はいつも通りの日だった。黒き聖餐も行われなかったのか、夜母も語りかけてはこなかった。シセロは夜母の体を拭き、ナジルは新人の訓練をしている。私はバベットと並んで本を読んでいた。『四聖勇者の波との戦い』という冒険活劇だ。なぜここにあるのかは一党の誰もわからないが、誰かが暗殺のついでに持ってきたものだろう。

 

 奥の部屋につながれている奴隷たちのうめき声を聞きながらページを進めていると、ふと馬の嘶きが外から聞こえてきた。

 

「シャドウメアの声?」

 

 バベットが小首をかしげながら不思議そうに呟く。その間もシャドウメアの嘶きは聞こえてくる。

 

「ああ、シセロが見に行くよ。聞こえし者はいざというとき、哀れな道化師の声を聞き逃さないようにしてくれたまえ!」

 

 道化師の様な服を着たシセロは、夜母の棺を丁寧に閉めると、鼻歌を口ずさみながら外に出ていく。

 訓練をしていたナジルたちにも騒ぎが聞こえたのか、奥からやって来た。その手にはすでにシミターが握られていた。

 

「何があった?」

「シャドウメアが騒いでいた。今シセロが確認しに行った」

「あのイカれ野郎がか? 大丈夫なのか?」

「シセロは腕が立つし、問題ないと思う」

「確かに腕は立つがな、それ以外が不安になる。それに、嫌な予感もする」

 

 フン、と鼻を鳴らしながら、ナジルは油断なく聖域の入り口をにらみつける。シャドウメアの嘶きはもう聞こえなかった。

 

「聞こえるかい、聞こえし者よ! 襲撃だ! トカゲ殺しのドラゴンボーンだ! 聞こえし者のお馬さんも虚無に入ってしまった!」

 

 シセロの声が聖域内に響き渡る。いつものおちゃらけた様子ではなく酷く焦っている声だ。ナジルが他のメンバーに支持を出すのを聞きながら、私は聖域の外へと走った。

 

 私が外に飛び出ると、そこにはドラゴンの骨で作られたのであろう鎧に身を包んだ男が、右手に持った剣でシセロを切り伏せたところだった。

 

「シセロ!」

 

 柄にもなく叫んだが、シセロの体は何も答えることなく崩れ落ちて行った。

 鎧の男は、ドラゴンの骨の剣を一振りし血を払うと、こちらに顔を向けた。

 

「お前が聞こえし者だな」

 

 私はその声に答えることなく、鎧の男に肉薄し、右手に握った悲痛の短剣を振るう。だが、鎧の男は何でもないかのように盾で防いだ。

 鎧の男の武器は片手剣だ。小柄な私の武器は短剣。私の間合いでやりあえば、奴はやりにくいはずだ。私の顔をめがけて振るわれた盾を、上体を反らしてやりすごす。その隙を逃さぬとばかりに振り下ろされる剣を、無理やりに体を捻って躱し、そのままくるりと一回転し、遠心力をつけながら鎧の男の首目掛けて短剣を走らせる。鎧の男はなんてこともないように、頭を少し動かすと、兜で私の短剣を受けた。

 

「Fus Ro Dar!」

 

 鎧の男がそう叫ぶと、私の体は吹き飛ばされ、聖域の岩肌に叩きつけられた。かは、と肺の中の空気が押し出される。

 無理に私の短剣を防ぎ痛めたのか、首を摩っている男を睨みつける。

 

「なんのつもり? ドラゴンボーン」

「今さら聞く事か? 私はスカイリムに安寧をもたらしたい。お前たちはそれを脅かしている」

 

 だから殺す。

 

 そう続ける男に、私は舌打ちをする。

 一人では勝てない。愛すべき道化師も、名付け親から受け継いだ愛馬もぴくりとも動かない。

 開けた場所では勝てない。奴はドラゴン殺しだ。広い空間での戦いなどお手の物だろう。奴の土俵で戦ってはいけない。

 聖域内に誘い込む。ナジルたちもそれを想定して準備しているだろう。私は聖域の扉を開けた。

 

 聖域の中からは、何かの燃える音と、剣戟の音が聞こえてきた。

 

「え……!?」

 

 聖域の中に気を取られた一瞬の内に、ドラゴンボーンが距離を詰めていた。寸でのところで反応できたが、かわし切れず、左の太ももに痛みが走る。

 

「お前の相手は私だ。気を反らしている場合か?」

 

 この機を逃さぬとばかりに、ドラゴンボーンは剣を走らせる。必死に応戦するが、ただでさえ力量差があるのに加え、軸足の負傷のせいで対応しきれず、傷が増えていく。

 

「チッ」

 

 私は舌打ちすると、いったん距離を取るために、聖域へと転がるように飛び込んだ。

 

「Yol Toor Shul!」

 

 ドラゴンボーン吐くファイアブレスに身を焼かれながら、聖域に転がり込む。そこは、ファルクリースの聖域のようなありさまだった。

 あちらこちらから火の手があがり、ソリチュードとドーンスターの衛兵が暴虐を振るっている。私の大切な仲間が倒れている。ナジルはまだ持ちこたえているが、私に負けず劣らずの負傷具合だ。時間の問題だろう。

 

 私は奥歯を噛みしめながら、回復薬を頭から被る。バベット特製の回復薬が私の傷を癒すが、当然ながら完全回復とは言えない。だが、戦える程度には回復してくれた。

 

「俺はいい! それより夜母を!」

 

 ナジルの救援に向かおうとしたが、そのナジルからの叫びに、私ははっとし、夜母の棺に目を向けた。

 

 ソリチュードの衛兵が、棺に剣を突き立て、無理やりに暴こうとしていた。私の頭は一瞬で熱くなった。

 

「汚い手で夜母に触れるな!」

 

 私はそう叫ぶと、夜母の棺に手をかけている衛兵たちを切り伏せた。

 

 そこから先はあまり覚えていない。夜母の前に立ちはだかり、近寄る衛兵たちを切って、刺して、殺した。ナジルがドラゴンボーンの足止めをしてくれていたが、ナジルの首が飛ぶのを見た。ドラゴンボーンがこちらに合流してからは、私も幾ばくかの時間稼ぎしかできなかった。

 

「お前たちには、アーケイへの祈りは必要ないのだったな」

 

 倒れた私に止めを刺すために、ドラゴンボーンが近づいてくる。夜母の棺が暴かれるのが視界の端で見えた。

 私も虚無に招かれるだろう。もうまともに体は動かない。右足の感覚もない。もはや痛みさえ感じない。それでも、右腕は悲痛の短剣をしっかりと握りしめていた。私は、私たちはここで虚無に入る。夜母の遺体も守れなかった。だが、せめてドラゴンボーンだけでも虚無に送る。奴だって人間だ。喉を貫けば死ぬだろう。

 

 ドラゴンボーンが近づいてくる。まだ遠い。

衛兵が夜母の体に剣を突き立てる。耐えろ。

ドラゴンボーンが剣を振りかぶる。あと少し。

振りかぶられた剣が振り下ろされる。いまだ!

 

 私は残されたすべての力を使い跳ね起き、ドラゴンボーンの喉目がせて右腕を伸ばす。ドラゴンボーンの剣が私の体を両断せんとばかりに食い込むが、奴の喉を貫く事に私のすべてを費やす。

 

「……流石に驚いた」

 

 だが届かなかった。私の短剣は、ドラゴンボーンの喉の皮までしか届かなかった。ごぽ、と音を立てて、私の口から血があふれる。私は兜の隙間から見えるドラゴンボーンの目を見ながら、色々な感情を混ぜ込んで笑った。

 

「シシス、万歳」

 

 私は虚無に送られた。

 

 

 

 

「おお、勇者様方! どうかこの世界をお救いください!」

「「「はい?」」」

 

 虚無に送られたはずだった。だが、これはどういうことだろう。実は生きていて、捕らえられたのだろうか。いや、あの傷で助かるはずがないし、奴らが助ける道理もない。

 ふと自分の体を見回すと、あの襲撃で負った傷は無く、防具も破れていなかった。私が愛用している悲痛の短剣は無く、代わりに短めの片手剣を持っている。質は良くなく、安物の数打ち品にも見える。

 

「こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ? 話によっちゃ俺たちが世界の敵に回るかもしれないから覚悟しておけよ」

「ま、まずは王様と謁見してして頂きたい。報奨の相談はその場でお願いします」

 

 私が現状の確認をしていると、ローブの男と、見慣れない格好の三人の男が話し終え、移動を始める。

 

「剣の勇者様も、謁見の間にご移動願います」

 

 動かない私を見て、そばにいた別の男が話しかけてきた。

 

「剣の勇者? 私の事?」

「さようでございます」

 

 何が起きているのかさっぱりわからないが、一つだけはっきりしたことがある。

 ここは、虚無ではない。

 



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2話

 謁見の間に移動すると、この国の王という男が事情を説明し始める。

 世界を破滅に導く波が訪れている。その災厄を阻止する為に勇者を召喚した。それが私たち四人だそうだ。

 

 世界を救ったドラゴンボーンに殺された私に、世界を救えというのはなんという皮肉だろう。そんなことを考えているうちに、報奨がどうのと言う話は終わり、各々の自己紹介が始まった。

 

「俺の名前は北村元康、年齢は21歳、大学生だ」

 

 槍の勇者らしい男は、長い金髪をポニーテールにしている。なんとなく、簡単に色仕掛けにかかりそうだなと思った。

 

「次は僕ですね。僕の名前は川澄樹。年齢は17歳、高校生ですね」

 

 弓の勇者らしい男は、軽くうねっている短髪だ。簡単に財布をすられそうだなと思った。

 

 黒い髪をした、盾の勇者らしい男がこちらを見るが、私は軽く顎をしゃくり、先にしろと訴える。男はやや苦笑しながらも自己紹介を始めた。

 

「俺の名前は岩谷尚文。年齢は20歳、大学生だ」

 

 人のよさそうな笑みを浮かべる男に、長生きできなさそうだと思った。

 

 私以外の自己紹介が全員終わり、私に視線が集まる。仕方なく口を開こうとしたとき、王のそばにいる男が先に話し出した。

 

「先ほどから思っていましたが、王の前で顔を隠すなど、いくら勇者様とはいえいささか無礼では?」

 

 そう言われ、私はマスクとフードをしたままだと気づいた。素顔を晒すのはすこし抵抗があったが、ここで頑なに嫌がるのもどうかと思い、私はフードを脱ぎ、マスクを下げる。

 一瞬周りがざわつくが、私は特に気にせず口を開いた。

 

「イーナ。年齢は知らない」

 

 他の三人の自己紹介から、この程度でいいだろう。流石に暗殺者してますとは言えないし、言わない方がいいだろう。

 

「イーナ殿、年齢を知らないとはどういうことだ? それにその火傷は……?」

「どうも何も、そのままの意味。私は私がいつ生まれたのか知らない。気づいた時には奴隷で、それがどれくらいの期間だったのか知らない。だから自分の年はわからない。左頬の火傷は、以前住居を焼き払われたことがあって、その時に負った物」

 

 私にとって一番古い記憶は、とある死霊術死の奴隷だった時だ。何らかの方法で洗脳されていて、当時の記憶はあやふやだ。だから自分の年なんて知らないし、そもそも興味もない。

 左頬の火傷はファルクリースの聖域が焼き払われた時に負った物だ。バベットはどうにか消せないか頑張っていたが、それは叶わなかった。

 

「ふ、ふむ、そうか。フードもマスクも付けていいぞ。イーナにモトヤスにイツキだな」

「王様、俺を忘れてる」

「おおすまんな。ナオフミ殿」

「いや、まあ、しょうがないとも思うけど……」

 

 そう言って頬を掻くナオフミを横目に、私はフードとマスクを付けなおす。仕事柄、あまり素顔は見られたくない。

 

 その後話は進み、言われたとおりにステータスを確認する。

 

 イーナ

 職業 剣の勇者 Lv1

 装備 スモールソード(伝説武器)

    太古の暗殺者装備

 スキル 弓術上昇(中) 毒耐性(極大) 不意打ちダメージ2倍 消音(極大)

 魔法  無し

 

 さらっと目を通すが、よくわからない。スキルとは符呪の事だろうか。他の人が話しているのを聞くと、戦ってレベルを上げて、伝説の武器を鍛えて強くなっていくらしい。ヘルプと出ているので、そこに意識を向けてみると、何やら色々説明が出てきた。すべてに目を通すのには時間がかかりそうだ。

 

「となると仲間を募集した方が良いのかな?」

「ワシが仲間を用意しておくとしよう。なにぶん、今日は日も傾いておる。勇者殿、今日はゆっくりと休み、明日旅立つのが良いであろう。明日までに仲間になりそうな逸材を集めて置く」

 

 そう言われ、私たちは来客室へと案内され、そこで休むことになった。

 

 

 

 

 来客室の豪華なベッドに腰かけながら、私はヘルプを読み進める。しかし、読み進めてもいまいち理解できない。スキルだのウェポンブックだのわからない単語が出てくるたびに、新しいヘルプが出てくる。いつか読み終えることができるのだろうか。

 とりあえずわかるとこは、ここはタムリエルではないだろうという事だ。下手すればムンダスですらない。メルロマルク王国なんて聞いたことが無いし、こんな不可思議な武器もステータス魔法とやらも聞いたことが無い。

 そこでふと、ドーンスターの聖域で読んでいた本を思い出した。『四聖勇者の波との戦い』という本だ。今の状況と似ている。ここは本の中の世界? とすれば、あの本はデイドラの王がもたらしたアーティファクトなのだろうか。そしてオブリビオンのどこかにあるこの地に呼び出された? 仮にデイドラの王が関わっているのなら、訳が分からないのも理解できる。あれらは私たち定命の者が理解できるものではない。

 

「ねえ、イーナちゃんはこの世界はなんて名前のゲームだと思う?」

 

 答えの出ない疑問に頭を捻っていると、モトヤスが話しかけてきた。

 

「そもそも、ゲームってなに?」

「え? ゲーム知らないの?」

 

 三人にテレビだのネットだの説明されるが、さっぱりわからない。少なくともスカイリムにそんなものはなかった。

 

「そもそもイーナさんはどこの国の方ですか? 金の髪に青い目ですし、ヨーロッパあたりかと思いますが……」

「タムリエル大陸のスカイリム」

「どこだよそれ……」

 

 イツキの質問に答えると、尚文が唖然とした顔で呟いた。

 

「……聞いたことが無い大陸ですし、少なくとも地球ではなさそうですね」

「地球?」

「僕たちの住む世界……えっと、惑星の事です」

「タムリエル大陸は惑星ニルンにある」

「惑星ニルンも知らねえな……」

「私も地球なんて知らない。それはムンダスにあるの?」

「ムンダスってなんだよ……」

「ムンダスは私たち人間やエルフが住む次元のこと。ニルンはムンダスに浮かぶ惑星」

「え!? イーナちゃんのところにはエルフっ娘がいるの!? もしかしてイーナちゃんもエルフだったりする!?」

 

 突然モトヤスが叫びだした。イツキとナオフミも目を輝かせてこちらを見ている。なんなんだろうか。

 

「……私はノルド。エルフではないわ」

「エルフじゃないのか…… ノルドってどんな種族?」

「どんなと言われても……」

「元康、それくらいにしておけ。イーナが困ってる」

 

 ナオフミがそうやってモトヤスを諫める。ナオフミ自身も気になっていそうだが、一先ず収めてくれるらしい。

 

「とりあえず、少なくともイーナは異世界の人間らしい。こうなると俺たちも同じ地球じゃないんじゃないのか?」

「そんなまさか……」

「試しに常識をすり合わせてみますか? 今の首相の名前とかで」

「そうだな。せーの、で一斉に言うぞ? せーの!」

 

 三人の口から出たのは、別の名前だった。その後いろいろ話し合っていたが、同じ地球でも別の地球から来たらしい。よくわからないがそうなのだろう。

 

 その後、情報の共有は必要だとナオフミが言い、この世界に来た理由を話すことになった。

 モトヤスは男女の縺れで刺殺され、イツキはダンプカーとやらに轢かれて死んだらしい。

 

「イーナはどうなんだ?」

 

 何やら焦った様子のナオフミに話を振られる。

 

「……戦って、負けて、死んだ。それだけ」

 

 一から説明するのはどうかと思い、簡潔に告げる。

 

「……えっと、戦ったって、通り魔みたいな人に襲われたってことですか?」

 

 なぜか部屋の中が静まり返り、変な空気になったが、イツキが何とか言葉を紡いだ。

 

「おい、樹。何聞いてるんだよ」

「そ、そうですよね。すみません、イーナさん。忘れてください」

「別に構わない。スカイリムではよくあること」

「襲われて殺されるのがよくあるってどんな世界だよ……」

 

 そんなにおかしなことだろうか。私のような暗殺者や山賊、吸血鬼にドラゴン。殺し合いなんてそこかしこで起きていた。

 

「それで、尚文はどうなんだ? この流れだと聞くのもあれかもしれないが……」

「あー、うん。俺は図書館で見覚えのない本を読んでいて、気が付いたらって感じだ…… なんか、ごめん」

 

 なぜかイツキとモトヤスがナオフミに冷たい視線を送る。

 

「ナオフミは死んでないの?」

「うん、ごめん。死んでない」

「なんで謝るの?」

「なんか俺だけ不幸な身の上になっていないから後ろめたくって……」

「そんなことで? 別に、いい事じゃない」

 

 みんな死んでいたのなら、ここはソブンガルデとかの死後の世界と言うのもありえたが、ナオフミが生きているのなら違うだろう。もっとも、生者が本当に行けないのかどうかもわからないが。

 

「本を読んでたって言ったけど、この世界について書かれた本? それなら私も読んでた。まだ途中だったけど、『四聖勇者の波との戦い』って本」

「え? 本当? 俺もこの世界の本を読んでた。俺は『四聖武器書』ってタイトルだった」

 

 タイトルは違うが、同じような本を読んでいたようだ。やはりデイドラの王のような何かが関わっているのだろうか。

 

「じゃあ、樹と元康はこの世界のルールっていうかシステムは割と熟知しているのか?」

「やりこんでたぜ」

「それなりにですが」

「な、なあ。これからこの世界で戦うために色々教えてくれないか? 俺の世界には似たゲームは無かったんだよ。イーナもそうみたいだし」

「よし、元康お兄さんがある程度、常識の範囲内で教えてあげよう」

 

 そういうと、三人があれやこれや話しだした。私はそれを聞きながら、扉の外に人の気配があるのを感じる。部屋に入ってくるのでもなく、立ち去るのでもなく、ただじっとしている。まるで部屋の中の様子を伺うように。

 私は少し悩んだが、この距離で、扉を挟んでいるのに気配を読みとれる程度の相手だ、と判断し、放置することにした。

 

 少し経つと、外の気配が一人増え、最初にいた気配が遠ざかる。

 

「勇者様、お食事の用意が出来ました」

 

 扉の外からそう声をかけられ、私たちは食堂に案内された。一瞬毒物の危険性も考えたが、防具の符呪効果で毒無効だと思い、そのまま食べた。仮に毒が盛られていれば、他の誰かが倒れるだろう。それから逃げ出せばいい。

 そんな心配はよそに、何事もなく食事は終わった。

 



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3話

 食事が終わると、客室に案内された。私一人女だということで、一人部屋だ。見張られている感じもしない。自由に動ける。少し迷ったが、少しでも情報を集めるために部屋から出た。

 静まり返った城の中を息を殺して歩く。客室にあった適当な金属飾りを雑に加工して作ったピックで、適当な部屋を開錠してみる。多少手間取ったが、何とか開けることに成功する。わずかに開けた隙間に体を滑り込ませると、音を立てないように扉をそっと閉めた。

 照明は消えているが、窓から月明かりが差し込み、私の目には十分に部屋の様子が見て取れる。どうやら何かの仕事部屋らしく、多くの書類が積まれていた。手近な書類を手に取ってみるが、まったく知らない言語で書かれていて読むことができなかった。

 

 言葉が通じるから、文字が違うなど気づかなかった。私は軽く頭を掻いた。きっとナジルやバベットにため息を吐かれてしまうだろう。考えが足りないと。その様子を思い、知らず笑みが零れた。

 文字が読めないなら、誰かに話を聞くしかない。誰かさらって聞き出すか? 誰をさらう? どこに連れてく? 何を聞く? 私は何を知りたい? そう自問するが、答えは出ない。私は何も知らない。何を知るべきかもわからない。

 

 頭脳労働は私の役割じゃない。私は夜母の声を伝え、仲間からの情報を元に殺しに行くだけ。けど、もう仲間はいない。一人でしなければいけない。みんな虚無に招かれた。夜母の遺体も冒涜者に犯された。そんなはずはない。

 夜母の遺体は失われた。頭が痛い。シセロがいる。一党のみんながいる。頭が痛い。私が負けても、愛すべき兄弟たちが夜母を守ってくれたはずだ。耳鳴りがする。この世界で、私は夜母の声を聞くことができるのだろうか。そんなぞっとする考えが脳裏によぎる。私は頭を振ってその考えを払うと、部屋の外に出た。

 

 

 

 

「ふむ。やはり盾の悪魔は無能か」

 

 どこを目指すでもなく、ただ城の中をふらふらしていると、とある部屋の中から王の声が聞こえてきた。

 

「はい。イワタニ・ナオフミはこの世界のことを知らないそうです」

「ふん、勇者ならば当然知っている事さえ知らないとは。やはり盾はこの国に災いをもたらす存在だな」

「消しますか?」

「いや、それはまだ短絡的に過ぎる。忌まわしき亜人共が騒ぎ立てれば面倒だ。どうせすぐに本性を現すだろう。波の戦いで死ぬまでこき使う。せいぜいこの国の為に死んでもらおう」

 

 扉に耳を当て話を聞くと、不穏な話が聞こえてきた。

 盾の悪魔? ナオフミは勇者ではなく悪魔なのか?

 

「女王陛下はいつお戻りになられるのですか?」

「はっきりとはわからないが、まだしばらくかかるだろう」

「……お戻りになられれば、激怒なされるのでは?」

「妻の考えとワシの考えは同じだ! たとえ違ったとしてもわかってくれる!」

「……おっしゃる通りでございます。それと、セーアエットの娘はどうされますか?」

「亜人優和派の娘か。地下牢に繋いでいるのだろう? そのまま繋いでおけ」

 

 確かに女王陛下と言った。普通なら陛下と付けられるのはただ一人。国の王だけだ。この国のトップは王ではなく女王なのだろうか。だとすれば、これは玉座の簒奪では? それとも、ここでは陛下と呼ばれる人間は複数人いるのか? この国のトップが誰なのか、ナオフミは勇者なのか。それさえもわからなくなった。

 私は地下牢に向かうことにした。セーアエットの娘と言うものに聞いてみよう。牢に入れられているのならば、仮に獄中死しても大きな問題にならないだろう。

 

 

 

 

 少し迷ったが、地下牢にたどりついた。やる気のない門番なのか、居眠りをしていたので楽に侵入できた。

 牢の中の囚人は、みすぼらしい者もいれば、身なりの良い者もいる。どれがセーアエットだろうか。女の囚人もそれなりにいて、誰なのかわからない。とりあえず適当に声をかけようか、そう思った時、手枷を付けられ吊るされている娘を見つけた。ストロベリーブロンドの髪は汚れていて、衣服も汚れているが、仕立て自体は良さそうだ。何より他の囚人より扱いが悪そうなこの娘に声をかけてみることにした。

 適当な瓦礫を拾い、娘の足元に転がす。2つほど転がしたところで、娘はこちらに気づいた。

 

「……ん? なんだ?」

 

 それなりに衰弱しているだろうに、意思の強そうな目でこちらを見る。私は口元に指を一本立て、静かにしろと指示を出す。

 

「あなたがセーアエットの娘?」

「確かに私はセーアエットだ。お前は誰だ? メルロマルクの兵ではなさそうだが」

「私は……剣の勇者らしい。今日召喚された」

「は? お前がか? そうは見えない。どう見ても勇者というなりではないだろう」

 

 太古の暗殺者の防具に身を包んだ私は、確かに勇者という柄ではないだろう。

 

「あなたに聞きたい事がある」

「お前のような素性の知れない者に話すことはない」

「なぜ盾の勇者は盾の悪魔と呼ばれている? どちらが正しい?」

「盾の悪魔だと!?」

 

 がしゃりと、セーアエットを吊るしている鎖が音を鳴らす。私はもう一度口元に指を当て、静かにしろと指示を出す。地下牢の入り口を見るが、何も変化はない。どうやら気づかれなかったそうだ。

 

「……事実はどうあれ、この国に住むものなら、なぜそう呼ばれるかは知っているはずだ。貴様、どこの者だ?」

「スカイリム。さっきも言った通り、剣の勇者として召喚されたけど、この世界の事もこの国の事も知らないから、調べていた。その時、王が言っていた。盾は勇者でなく悪魔で、この国に災いをもたらすと」

「……あの王なら言いそうなことだ。なぜ私に聞きに来た?」

「亜人優和派のセーアエットの娘は繋いだままにしておけと王が言っていた。亜人とは何? 女王陛下と言っていた。この国は女王制? ならあの王は何? 王位を争っている?」

 

 口封じが簡単そうだから、とは言わず、手当たり次第聞きたい事を聞いてみる。

 

「そんなことさえ知らないのか……? まさか本当に召喚された勇者だというのか?」

「そういっている。私の質問の答えは?」

「お前が何者かと言うのが先だ。例え身分を剥奪されても、私はエクレール・セーアエットだ。この国の敵かもしれない者に渡す情報は何もない」

 

 私は一つため息を吐く。この手の相手は中々口を割らない。痛めつけたところで頑なになるだけだろう。

 

「逆に聞きたい。どうすれば私が剣の勇者だと信じる?」

「勇者なら伝説の武器を持っているはずだ」

「この剣?」

 

 私はなぜか私の体から離れない剣を抜く。何か宝石がはめ込まれている以外は何の変哲もない剣にしか見えない。

 

「それが伝説の剣ならば、他の剣の姿に変えられるはずだ」

「今日召喚されたばかりと言った。まだ育って?ない。他には?」

「……伝説の武具なら、所有者の体から離せないはずだ」

「ああ、確かに離せない。ほら」

 

 そう言って私は、手のひらを下にして開くが、剣は落ちることなくぴったりと手のひらにくっついている。そのまま手を振っても、落ちることは無い。

 

「これって、剣を抱えたまま寝たりなんだりしなくちゃいけないの?」

 

 手の届かないところに武器を置くつもりはないが、これはあまりに不便だ。

 

「まさか、本当に勇者なのか……?」

「他にも必要?」

「……いや、とりあえず信じよう。召喚されたと言っていたな。召喚されたのは剣の勇者だけか?」

「剣と弓と槍と盾の四人。私の質問には答えてくれないの?」

「四人ともだと!? どういうことだ!?」

 

 私は一つ舌打ちすると、三度指を立てて静かにしろと訴える。地下牢の入り口が開き、門番が入ってくるのが見えた。私は近くの物陰にさっと身を隠す。

 

「くそ、誰だよ、煩くしてやがるのは」

 

 門番はぶつぶつ言いながら辺りを見回した。セーアエットもうつむき、何もなかったかのようにふるまっている。

 特に何も見つけられなかったのか、門番はそのまま出て行った。扉が閉まると、また地下牢は静かになる。

 

「あなたに脳はあるの?」

「す、すまない…… だが、そこまで言わなくても……」

 

 私は少しイラつきながら、セーアエットに悪態を吐く。周囲の様子を伺うが、何人かの囚人が目を覚ましているようだ。これ以上長居するのは危険だろう。

 

「これ以上はまずい。また来る」

「……盾の勇者は」

 

 そう言って離れようとしたが、セーアエットが何かつぶやく。私はセーアエットに顔を向ける。

 

「盾の勇者は、確かに勇者だ。もし、悪魔と蔑まれるのなら、力になってあげて欲しい」

 

 そうつぶやく言葉に、嘘は無いように思えた。

 

「覚えておく」

 

 何とか門番をやり過ごして客室に戻ると、どっと疲れがやってきた。体から離れない剣を抱えながら横になり、目をつぶると、今日あったことが思い出される。ドラゴンボーンの襲撃、闇の一党の壊滅。何のことだろう。そしてよくわからない場所への召喚。

 目先の目標に向かって動いているときは良いのだが、こうして落ち着くと不安になる。私はどうすればいいのだろう。夜母は声を聞かせてくれるのだろうか。ここで私が死んでも、ちゃんとシシスの元へ行けるのだろうか。

 そんな不安を抱えながら、私は眠りに落ちた。

 



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4話

 翌日、朝食を終えてしばらくすると、王からの呼び出しを受けた。

 謁見の間には、様々な服装の男女が12人並んでいる。これらが私たちの仲間になるらしい。

 仲間。私にとって仲間とは、虚無に入った家族のことだ。闇の兄弟たちのことだ。決してこのように与えられた人材の事ではない。それに、この国も昨日召喚されたばかりの私たちのことを信用してはいないだろう。なら、こいつらは私たちの監視の役割もあるだろう。

 

「さあ、未来の英雄たちよ、仕えたい勇者と供に旅立つのだ」

 

 王がそういうと、12人がバラバラに分かれて、私たちの元に集まってきた。私の前には5人、モトヤスのところに4人、イツキのところに3人、そしてナオフミのところには誰もいなかった。

 

「ちょっと王様!」

「う、うぬ。流石にワシもこのような事態が起こるとは思いもせんかった」

「人望がありませんな」

 

 嘲るように男は言う。昨日むりやり召喚されて、人望も何もないだろう。セーアエットが言っていた通り、盾の勇者は蔑まれるものらしい。でも、監視をつけないのだろうか? 私の考えすぎで、そもそも監視なんかではないのか? ただのサポート役?

 

「イーナ、お前5人もいるならわけてくれよ!」

「いいよ。いらないから全部あげる」

 

 あれこれ考えていたら、突然話を振られ、思わず本音が零れた。わけてくれと言われたナオフミも、他の者も、ポカンと口を開けている。

 

「いや、わけてくれって言った俺が言うのもなんだけど、全員っていうのはさすがに…… 均等に3人ずつとか……」

「そうだよイーナちゃん。全員だとイーナちゃんが1人になっちゃうじゃん」

「ですが尚文さん1人だけというのも…… 無理やりでは士気に関わりそうですが」

「……信用していない人に近くに居られても落ち着かない。それならいない方が良い」

 

 本音を口に出してしまった以上、さらに本音を重ねてみる。間違いなく通らないだろうが、何をするにもいない方が絶対に動きやすい。

 

「えっと、私、盾の勇者様の下へ行っても良いですよ」

 

 モトヤスのところにいた赤毛の女が片手をあげながら発言する。

 

「他にナオフミ殿の下に行っても良いというものは…… いないようだな。しょうがあるまい。ナオフミ殿はこれから自身で気に入った仲間をスカウトして人員を補充せよ。月々の援助金を配布するが、代価として他の勇者よりも今回の援助金を増やすとしよう。イーナ殿もそれでよいな?」

「は、はい!」

 

 そう答えるナオフミに続いて、私は軽くうなずいた。

 

 

 

 

 支度金として銀貨600枚を受け取り、謁見の間を出ると、先頭にいた鎧の男が自己紹介してきた。

 

「はじめまして、イーナ様。私はマルドと言います。これからよろしくお願いします」

 

 マルドに続き、他の者も次々と自己紹介する。

 

「イーナ。よろしく」

 

 簡単に挨拶すると、私はそのまま城から出る。歩きながら、なぜか私の一番近くを譲ろうとしないマルドに声をかける。

 

「銀貨600枚ってどの程度の価値? この国では宿一泊いくら?」

「宿にもよりますが、一泊一人銅貨30枚程度です。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨一枚になります」

 

 むりやりつけられた仲間の分の宿代も払うのなら、バカにならない出費だ。どうにか一人で行動出来ないものか。

 

「……とりあえず武器が欲しい。武器屋? 鍛冶屋?はどこ?」

「ではご案内します」

 

 マルドはさっと前に出て先導する。私はそれに従いながら街並みを見渡す。スカイリムでいうなら、ソリチュードやホワイトランのように整った街並みだ。ふと大きな建物が目に留まる。おそらく、この町で城の次に大きな建物だろう。

 

「あの建物は何?」

「あれは教会です」

 

 なるほど、教会ならば大きいのも納得である。

 

「どんな神をあがめているの?」

「……そのような些末事、勇者様が気になさる必要はございません」

 

 それ以上は尋ねるな、とばかりに私の問いは跳ねのけられた。聞かれるとまずいのだろうか。何か不都合があるのだろうか。セーアエットに尋ねることが増えた。

 

 

 

 

 しばらく歩くと、おすすめらしい武器屋についた。ひと際大きな剣の看板を掲げた店だった。

 

「いらっしゃい」

 

 山賊の群れに紛れていても違和感のなさそうな店主が元気に挨拶してきた。

 

「短剣が欲しい」

「欲しいって、嬢ちゃんが使うのか?」

「そう」

 

 店主は訝しげに訪ねてきた。

 

「おい、店主。この方をどなただと思っている。剣の勇者様であらせられるイーナ様だぞ」

「剣の勇者? 嬢ちゃんがか?」

「そうらしい」

「らしいって…… あんまり勇者っぽく見えねえな」

「私もそう思う」

 

 マルドが何やら騒いでいるが、私も店主もシカトする。

 

「まあなんにしろ客っていうならいいんだけどよ。短剣でいいのか? どんなのがいい? 予算は?」

 

 そういえば、仲間とやらの装備も私がまかなうのだろうか。

 

「あなたたちの装備は?」

「私たちは自前の装備があるので今は必要ありません」

 

 マルドではない誰かが答えた。私はそれに軽くうなずく。今はという事は、そのうち必要になるのだろうか。それを私が払うのだろうか。

 

「じゃあ…… 高くても銀貨100枚程度の短剣を見せて」

「そうだなあ。じゃあこういうのはどうだ?」

 

 ごとり、と一本の短剣がカウンターに置かれる。少し黄色がかった緑色の刀身。柄の先端が刃の方向に少し湾曲している。

 

「月長石の短剣だ。あまり市場に出回らない鉱石だが、切れ味も良い」

「……エルフのダガー?」

 

 間違いない。スカイリムでは普通に流通していたエルフのダガーだ。手に取ってみると、ビリッと軽い振動のようなものが走り、思わず手から放してしまった。エルフのダガーがカウンターの上に転がる。

 

「うお、嬢ちゃん、取り扱いには気をつけてくれ」

 

 突然武器を手放した私に軽く文句をつける店主を無視する。

 ウェポンコピーが発動しました、という文章が視界に浮かぶ。ヘルプによると、ウェポンコピーした武器に伝説の武器は変形させることができるらしい。試してみると、確かに私の手にはエルフのダガーが握られていた。

 

「あん? なんで嬢ちゃんの手に月長石の短剣があるんだ?」

 

 カウンターの上にある短剣と、私の手にある短剣を交互に見ながら、困惑する店主にウェポンコピーの説明をする。

 

「はあー、伝説の武器ってのはすげえな…… ん? 手に取るだけでコピーてのが出来るって事か?」

「私も初めてだけど、多分」

「……嬢ちゃん、ちょっとこれ持ってくれねえか?」

 

 店主が差し出してきた鉄の短剣を手に取ると、問題なくコピ-できた。鉄の短剣に変化させて見せる。

 

「おいおい、まじかよ。そうか、それで槍と弓のあんちゃんは触るだけ触って帰って行ったのか…… あんにゃろうめ……」

「モトヤスとイツキ? ナオフミは?」

「ナオフミ? 盾のあんちゃんか?」

「そう」

「盾のあんちゃんは武器を持てなかったし、防具だけ買っていったな。盾には触ってもいないはずだ」

「なら知らないのかも。次来たら教えてあげて」

「構わねえけど、嬢ちゃんは月長石の短剣の代金払ってくれるんだろうな?」

 

 ぎろりと睨んでくる店主に私は軽くうなずく。商品がなくなったわけでは無いのだし、別にいいのでは?とも思ったが、変にもめて衛兵を呼ばれるのも都合が悪い。ただでさえ動きにくいのに、これ以上人の目はいらない。私は銀貨をじゃらりとカウンターに出す。

 

「……嬢ちゃん、払ってくれるのはありがたいが、こういう時は多少交渉ってのをするもんだぞ」

「交渉は苦手。それでいい」

 

 そう言い切る私に、店主は頭を抱えてため息を吐いた。

 

「3、いや、4割引きでいい。商品が実際なくなったわけじゃないしな」

「……商人としてそれでいいの?」

「言うな、俺もそう思ってんだから…… それで、防具はどうすんだ? 見たところ嬢ちゃんの防具はサイズがあってねえけど」

 

 私の防具、太古の暗殺者装備は、過去の偉人のおさがりだ。成人した男だったその暗殺者と比べ、小柄な女である私には当然ぶかぶかである。装備の符呪が壊れない程度に多少手直ししたが、それでもやはり大きい。

 

「必要ない」

「つってもよう。せめて手直しぐらいはしないか?」

「そうです、イーナ様。せめてそのお顔を隠されているフードくらいは……」

 

 唐突に会話に入ってきたマルドを当然のようにシカトし、私は手袋を外し、店主に見てみろと差し出す。

 

「ん……? なんだこれ、どうなってんだ? 下手にいじると手袋についてるスキルが壊れそうだな…… 嬢ちゃんの装備全部こうなってんのか?」

「そう」

「サイズ合わせるだけでも難しいな。わりい、嬢ちゃん」

「構わない」

 

 やはり店主にも難しいようだ。返してもらった手袋をはめなおし、私は店の外へと向かう。

 

「邪魔をした」

「おう、気をつけてな。また来い」

 

 

 

 

 街の外に出てモンスターと戦った。驚くほど弱いモンスター相手に、適度に手を抜きながら戦うも、マルドたちがやんややんやと煩い。肉体よりも精神的に疲労したままその日は街に戻った。

 

 宿でもマルドがなんやかんやと主人に文句をつけているのにうんざりしながら、宿の食堂に行くと、ナオフミが食事していた。こちらに気づいたナオフミは、軽く手を挙げて合図を送ってきた。

 

「よ、イーナ。武器屋のおっちゃんから聞いたよ。ありがとう」

「そう。お金は払った?」

「払ったよ。それと、樹と元康に渡せって請求書も持たされた」

「イーナ様! お席の準備が出来ました! どうぞこちらに!」

 

 ナオフミと話していると、マルドが少し焦りながら声を上げた。

 

「あー、イーナの仲間だよね?」

「うるさくてうざい」

「その評価はあんまりじゃ……」

 

 マルドが用意した席に向かう前に、ナオフミの耳元で一言だけ呟く。

 

「あまりこの国を信用しない方がいいかも」

「え?」

 

 ぽかんとしているナオフミを置いて、私も食事を取りに行った。

 

 

 

 

 宿の部屋は一人部屋だった。私はベッドに横になると。周囲の気配を探る。繁盛している宿なだけあって、人が多い。セーアエットのところに行くのは控えた方がよさそうだ。

 おそらく見張りの役目もあるだろうマルドたちをどうにかしなければ、なかなかどうして動きづらい。

 いっそ殺してしまおうか。いや、さすがに目立ちすぎるだろう。夜母に言われたのならそれでもいいのだが、夜母は私に声を届けてくれない。

私はエルフのダガーを抱きしめるように、丸くなって眠った。

 



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5話

 翌朝、宿の外からがたがたと騒がしい音がした。窓から外を伺うと、複数の馬車が止まっており、衛兵が馬車から降りてきていた。どたどたという足音が近づいてくると、扉がけたたましくたたかれた。

 

「なに?」

 

 短剣を構えながら訪ねると、城の兵士だという。事件が起こったから至急城まで来てほしいと。

 私はとりあえず指示に従い、馬車に乗って城まで向かった。

 

 通されたのは謁見の間で、すでにモトヤスとイツキがいた。とても不機嫌そうだ。

 

「何があったの?」

 

 私が尋ねると、二人は不機嫌そうな顔のまま、言いにくそうに口を開いた。

 

「尚文さんが、えっと、犯罪を犯しまして……」

「樹、イーナちゃんの耳に入れるような話じゃない」

「僕もそう思いますけど、自衛のためにもイーナさんにも伝えた方がいいのでは……?」

 

 二人が何やら話しているのを聞きながら、モトヤスに寄り添っている女に目をやる。確かナオフミの仲間だったはず。

 

「マイン!」

 

 あれこれと考えていると、衛兵に槍を突き付けられたナオフミがやってきた。周囲がナオフミに向ける目は厳しい。

 

「な、なんだよ。その態度」

「本当に身に覚えがないのか?」

「身に覚えってなんだよ……って、あー! お前が枕荒らしだったのか!」

 

 やんやと言いあっているが、どうやらナオフミが仲間の女を強姦したらしい。その女は命からがらモトヤスに助けを求めたらしい。

 本当にナオフミがやったのだろうか? それともセーアエットの言っていたとおり、盾の勇者は蔑まれる存在で、そうしたい者たちの罠だろうか? だとすれば、なぜ蔑まれるのだろうか。やはり情報が全然足りていない。

 

「異世界に来てまで仲間にそんな事をするなんてクズだな」

「そうですね。僕も同情の余地は無いと思います」

「くそ! イーナ! 俺はやっていない! 信じてくれ!」

 

 傍観していたら、私にも話を振られた。どうしたものか。正直犯しただのなんだのは、どうでもいい。セーアエットの話を信用すれば、おそらく国ぐるみで盾の勇者を敵視している現状、ナオフミに味方してもなんの意味もないだろう。ここで国相手に敵対してまで

ナオフミを救いたいとも思えない。だが、ここで見捨てるのもどうかと思う。

 

「なんで殺さなかったの?」

「え?」

 

 赤毛の女に、とりあえず思ったことを話す。

 

「あなたの力量は知らないけれど、今まで冒険者としてやって来たのでしょう? なら、昨日初めて実戦をしたナオフミぐらいは簡単に殺せると思う」

 

 シン、と周りが静まり返る。

 

「そ、それは怖くて……」

「犯されるのが? 殺すのが? 殺されるのが? いずれにしろ、それが怖いのなら冒険者なんか辞めて、町の中で暮らすべき」

「まってくれ、イーナちゃん。マインは世界の為に立ち上がったんだ。勇者を手にかけるなんてできないだろう」

「そ、そうです! 世界の為にもそんなことできません!」

「世界の為に命を懸けるのであれば、貞操なんてどうでもいいのでは?」

 

 そこまで話して、召喚された日に王が言っていた言葉を思い出す。ああ、罪を被せて使いつぶすつもりか。今私たちにつけられている仲間は、王が用意した人材で、私たちに選択の余地はなかった。なら、この状況も簡単に作り出せるだろう。

 

「そもそも俺はやっていないんだって!」

「……仮にナオフミが聖人君子だったとしても、周囲全てが極悪非道だと断定するなら、事実なんて関係ない」

 

 この仮説が正しければ、この場が長引いたところで何も変わらないだろう。なら、時間の無駄だ。早く終わらせてなんらかの行動に移るべきだろう。

 私の言葉に愕然とした様子のナオフミは、激しい怒りを滲ませながら口を開いた。

 

「いいぜ、もうどうでもいい。さっさと俺を元の世界に返せばいいだろ?」

「こんな事をする勇者など即刻送還したいところだが、方法が無い。再召喚するにはすべての勇者が死亡した時のみだと研究者は語っておる」

 

 王の言葉に、ナオフミたちはうろたえる。私はどうだろうか。家族が、仲間が殺された世界に帰りたいのだろうか。頭が痛む。殺されたのは私だけだ。みんなは夜母を守り抜いた。そのはずだ。もしこの世界がムンダスにあり、シシスの愛が届くのならば、この世界でも構わない。どうせどちらの世界でも一人だ。シシスさえ、夜母の声さえ聞こえれば……

 

「ホラよ! これが欲しかったんだろ!」

 

 ナオフミがモトヤスに銀貨を投げつけ、謁見の間から出ていくのをぼんやりと見送る。黒き聖餐を捧げれば、夜母は私に声をかけてくれるだろうか。そんなことを考えながら、私も城を出た。

 

 

 

 

 外の空気を吸うと、少し気持ちが戻ってきた。この国とナオフミ、どちらが正しいのか。盾は勇者なのか悪魔なのか。私はどうすればいいのか。

 情報を集めよう。そのために、まずは見張りを撒く。適当に街角を何度か曲がり、物陰に身を隠すと、簡単に撒けた。適当な店に入り、フードのついている特徴のない量産品のローブを一着盗むと、それに身を包んだ。

 

 情報の聞き出せそうな相手は誰だろう。一番はセーアエットだが、まだ日は高い。他の囚人も起きているだろう。それに他の人からも話を聞いて、情報をすり合わせたい。

 武器屋の店主はどうだろうか。少し話してみた感じだと、人は良さそうだった。だが、あの店はマルドの紹介だ。信用しきれないし、口封じも事が大きくなりそうだ。

 なら、口封じがしやすい相手だ。幸い、今の私が知りたいことは恐らく一般常識の範疇だろう。私は路地の奥へと足を進めた。

 

 日当たりの悪い貧困街に出た。獣の耳や尾が生えているカジートのような人間が多い。私は人の気配のしない場所に辺りをつけた。ここに誘い込む。標的はカジートじゃない男。種族が離れれば好みから大きく外れるかもしれない。

 しばらく人が行きかうのを眺めていると、良さそうな男が通りかかった。まだ日が高いのに酒に酔っているのか、顔を赤らめて足取りもおぼつかない。仮に戦闘になっても問題なく殺せるだろう。私は女だとわかるように、フードを下ろして髪を出す。顔の傷は敬遠されるかもしれないので、マスクはしたままだ。

 

「おじさん、私と遊ばない?」

 

 意識して少し高い声を出しながら、男の腕に絡みつく。

 

「んあ? あー、金ならねえぞ? 他を当たりな」

 

 断られるも、まんざらではなさそうだ。いける。私はぐいと体を押し付けた。

 

「お金ならいらないわ。私も、遊びたいだけなの。私じゃだめ?」

 

 そっと男の股間を撫でると、すでに少し反応していた。

 

「ね? いいでしょ? あっちに人通りが少ないところがあるの。そこでいっぱい気持ちよくなりましょう?」

 

 そっと腕を引くと、下卑た笑みを浮かべながら男はついてきた。久しぶりにこの手を使ったが、なんとかなるものだ。

 

 目を付けていた場所に着くと、男は待ちきれないとばかりにズボンを下ろした。

 

「お、お前がなんのつもりかは知らないが、もう辛抱できねえ! 泣き叫んでもやめねえからな!」

 

 そんな決意表明をする男の股間を蹴り上げる。加減はしたし、気を失ったりはしないはずだ。これでしばらくは大きな声も出せないだろう。

 

「うご……! な、なにを……」

 

 うずくまり何やらうめいている男の頭をつかみ、顔を無理やりあげると、鉄のダガーに変えた剣を喉元に突き立てる。

 

「いくつか聞きたいことがある。正直に話せば殺さない」

「くそが…… 話すと思うの…… グッ!」

 

 挨拶代わりに爪を剥がす。なれたものだ。

 

「まずは爪。次は指を落とす。ああ、それともアッチの方がいい?」

 

 視線を男の下半身に向けながら言うと、男はギリっと音を立てて歯を食いしばったが、その顔は青ざめていた。

 

「最初の質問。この国のトップって誰?」

「は? なんだってそんなこと……!」

 

 もう一枚爪を剥がす。意地か何かか、男は声を上げるのを堪えた。なんにしろ、騒がれないのは都合が良い。

 

「あなたは何も考えずに、聞かれたことに答えればいい。そうすれば、痛くしない」

「……女王だ。名前は知らない。俺みたいな奴らにゃ誰だろうと変わらねえし興味もねえ」

「この国は女王制?」

「ああ」

 

 ならばあの王は女王の夫という事だろう。女王のいない間に簒奪したのか、それともすでに女王は弑されたのか。いずれにしろ、この男に聞いても知らないだろう。

 

「次の質問。盾の悪魔って何?」

「この国の宗教は知ってるか?」

「知らない」

 

 顔を青くした男が説明する。この国は剣・槍・弓の勇者を崇めており、盾の勇者は宗教上の敵とされているらしい。さらに、この国は亜人嫌いで、亜人が崇めている盾の勇者も嫌いだろうとのこと。宗教上、政治上の敵ということか。

 

「亜人っていうのは獣の耳や尾がある人間の事?」

「そうだ。この国じゃ立場が弱く、奴隷にもされている」

 

 種族の違いによる不仲、蔑視。スカイリムでもあったことだ。場所が変わっても人間は変わらないらしい。

 

「これで最後。ムンダス、オブリビオン、エセリウス。これらに聞き覚えは?」

「し、知らねえ。嘘じゃない、本当だ」

「……エイドラやデイドラは?」

「それも知らねえ…… な、なあ、もう行ってもいいだろ……」

 

 返り血を浴びないように注意しながら男の首を切る。男が死ぬと同時に、視界にレベルアップと出てきた。あとはセーアエットに同じことを聞いて、男の話と一致すれば一先ず十分だろう。簡単に金目の物をあさってみるが、銅貨が数枚出てきただけだった。ズボンを上げてあげるかどうか少し悩んだが、結局そのまま死体を放置し、シシスに祈りを捧げ、通りに戻ることにした。

 

 

 

 

 適当な空き家に侵入し仮眠をとると、日が暮れていた。屋台で適当に食事を取り、聞こえてくる会話に耳をそばだてる。どうやら、ナオフミの強姦は広く知れ渡り、町中から非難されているようだ。かわりに、モトヤスがもてはやされている。自然に広まったにしては、明らかに早すぎる。やはり誰かが故意的に広めたのだろう。

 

 夜も深まったので、セーアエットの下に向かう。さすがに城門は閉ざされていたが、使用人が出入りしているであろう扉から簡単に侵入できた。

 

「……本当に来たのか」

 

 多少時間がかかったが、セーアエットのところにたどり着いた。眠っていなかったのか、少し音を立てただけでこちらに気づいた。私は伝説の武器を取り出すと、何度か変化させてみせる。

 

「まさか、本当に剣の勇者とはな……」

「私の質問に答えてくれる?」

「ああ、あくまで答えられる範囲ならばだが……」

「そう。なら今日のあなたには脳があることを期待するわ」

 

 そう言って私は口元に指を立てる。セーアエットは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

 昼間の男に尋ねたのと同じ問をすると、同じような答えがより詳細に帰ってきた。女王の名前はミレリア=Q=メルロマルクで、現在外交中。女王不在の間に波が起きて、セーアエットの父親が治めていた地が壊滅的な被害を負い、領民である亜人を目的とした奴隷狩りが起きた。セーアエットは亜人の領民を守るために剣を取り、同国の兵士に立ち向かったが捕らえられ、今に至るらしい。

 

「四聖勇者が召喚され、盾の勇者が迫害されているだと…… 王はこの国をどうしたいのだ……」

 

 セーアエットからの問いに答えると、彼女はうつむき、吐き出すように言葉を紡いだ。再び顔を上げると、強い意志を感じる目で私を見つめてくる。

 

「……剣の勇者殿、名前を教えてくれないか?」

「イーナ」

「そうか、では、イーナ殿。私をここから出してくれないか? ここまで侵入できるのなら私一人逃がすくらいたやすいだろう?」

 

 私は牢の鍵穴を見てみる。それ程労せず開錠できそうだ。

 

「ここから出てどうするの? 逃げる場所はあるの? 罪を重ねて、指名手配されて、次は捕らえられず殺されるだけでは?」

「たとえそうでも、私には守らなければならない民と領地…… なにより、父の言葉と規律がある。その果てに待っているのが斬首であっても、私は自分を曲げることはできない」

 

 私はその言葉に、目を閉じて考えた。父の言葉と規律が最優先で、それに身を捧げる。それは、シシスに忠誠を誓う私の生き方に少し似ているように思えた。

 

「……明日また来る。何かごまかせる手段が無いか考えておく。あなたも、逃げ込む先を考えて置いて」

「……ああ、頼んだ」

 

 簡単に別れを告げ、私は城から出る。街を歩きながら、宿を取っていなかった事に気づいた。

 今から探すのも面倒だ。昼間利用した空き家に再び忍び込むと、壁に背を預け、眠りに落ちた。

 今日も夜母の声は聞こえなかった。

 



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6話

 行き交う人を眺めながら、私は屋台で買った簡単な食事を取っていた。今日もナオフミへの批判で人々は賑わっている。貧困街の男の死体も、一日姿を消していた剣の勇者の話も人々の口から上がることは無かった。

 

 今夜、セーアエットを脱獄させる。城の警備から考えても、脱獄させるのは簡単だ。だが、どうすればバレずに終わらせることが出来るか。牢の中が空では、脱獄されたことがすぐにバレるだろう。ならどうすればよいか。

 身代わりを用意する。これが一番だろう。だが、誰を身代わりにするか。私は街人を観察する。セーアエットと同じ髪色の女はそれなりにいる。おそらく、探せば貧困街にもいるだろう。だが、貧困街の女では肉付きが悪く、育ちの良さそうなセーアエットの代わりにはならないだろう。それに、セーアエットがその手段を良しとするとは思えなかった。

 あれこれと考えたが、他に良い方法も思いつかなかった。結局、良さそうな身代わりがいればセーアエットをごまかしてそれを使い、なければそのまま脱獄させることにした。

 

 道行く人を見ていると、良さそうな女を見つけた。セーアエットと同じストロベリーブロンドの髪色をした冒険者の女だ。少し細いが、顔をわからないぐらいに潰しておけば問題無いだろう。4人でパーティを組んでいるらしく、街から出て行ったので私は後を着けた。

 しかし、平原で狩りをするらしく、目立たずに殺して運ぶのは無理だった。森にでも入ってくれればどうにでもできたのだが。仕方なく、適当に動物を狩って、バルーンの切れ端を袋状にしたものに血液を集めることにした。

 

 

 

 

 夜も十分に更け、セーアエットのところに行く。

 

「おまたせ」

「ああ、やっと来たか。来なかったらどうしようかと不安になったよ」

 

 セーアエットの軽口を聞き流しながら、私は以前作ったピックで牢の鍵を開けた。もう少し上等なピックが欲しい。

 

「……ずいぶんと手馴れているな。本当に勇者なのか?」

「私の世界では必須技能」

「どんな世界だ」

 

 そんな会話をしながら、手枷も開錠した。セーアエットは自由になった手首をさすりながらほっと一息ついたようだ。何日も吊るされたままだったのなら、相当な負担だったろう。あらかじめ盗んであったローブを渡し、セーアエットに着させると、バルーンの切れ端で作った血袋を取り出す。

 

「なんだ、それは」

「気休めだけど偽装する。少し離れて」

 

 セーアエットが離れたのを確認すると、先ほどまでセーアエットの体があった壁に血袋をぶつけた。パシャっと音を立てて血が飛び散る。なるべく自然に見えるように血を追加すると、牢の外に向けて引きずられたような跡を作る。

 

「セーアエットはここで殺され、遺体は何者かに引きずられ持ち去られた。そう見える?」

「……本当に手馴れているな。私はお前を信用してもいいのか?」

「それはあなたが判断すること」

 

 セーアエットが訝しむ目を向けているのを感じながら、私は零れたバルーンの切れ端を拾う。

 少なくとも私はセーアエットを信用しているわけではないし、邪魔になれば殺せばいいとも思っている。

 

「一応聞くが、これは何の血だ?」

「兎とか、街の外の草原にいた動物」

「何もやましいことはしていないと、伝説の武器と勇者の名に誓えるか?」

「誓える」

 

 私が侵入した痕跡が残っていないか注意深く確認しながら、適当に答えた。そんなわけのわからない者への誓いなど破ったところでシシスはお怒りにならないだろう。

 

「……わかった。信じよう」

「それで、逃げる場所は決めた?」

「ああ、ヴァン・ライヒノット殿を頼ろうと思う。父と志を同じにしていた方だ。きっと力になってくれる」

 

 セーアエットの隠密は下手くそで、地下牢の門番を絞めす羽目になったが、なんとかバレずに街の外に出ることができた。

 

 

 

 

 ヴァン・ライヒノットの町に着くまでに一週間以上かかった。人目を避けるために徒歩での移動だったのもあるが、やはりセーアエットは衰弱していたようで、途中休憩を余儀なくされたのだ。だが、その間セーアエットからこの世界や国について色々話を聞く事が出来た。それだけでも十分元が取れるであろう。

 セーアエットの人となりについても少しわかった。騎士らしい騎士というか、嘘や隠し事、いわゆる腹芸が苦手なようだ。弱っている体に衝撃を受け、剣を振りたがっていた。おそらく、頭の中には筋肉でも詰まっているのだろう。

 

 ライヒノットとの面会も滞りなく済み、セーアエットの保護を約束してくれた。無駄に追われることにならなくて、少しほっとした。

 

「剣の勇者様、少しよろしいでしょうか」

 

 食事を終え、用意された部屋にいると、ライヒノットとセーアエットが部屋を訪ねてきた。なんでも隣町の領主が亜人奴隷の拷問が趣味で、セーアエットの領民を奴隷商から購入していたらしい。

 

「イーナ殿、私は私の領民を救いたい。どうかお力を貸してくれないだろうか」

 

 そう言ってセーアエットは頭を下げた。

 

「攫って来いっていうの? 問題になるんじゃない?」

「女王陛下がお戻りになられれば、この現状はまともになるはずだ。私たちはそれまでの間、少しでも多くの者を救うと決めた」

「私は政治はわからないけど、正面から文句言うのじゃダメなの?」

「ごまかされるだけです。それに、今玉座についている王は極度の亜人排斥派です。私たち亜人友好派の言葉を聞くとは思えません。現に主だった亜人友好派は排斥されました」

 

 ライヒノットはそう言ってちらりとセーアエットに視線をやった。この国のセーアエットに対する扱いを見るに、その言葉は信じてもよさそうだ。

 

「お願いだ、イーナ殿! 自分でも情けない事を言っているのはわかっている! だが、私では救えないんだ! どうか、力を貸してくれ……」

 

 湿り気を帯びた声を出しながら、セーアエットは必死に頭を下げて懇願する。私は大きくため息をついた。

 

「奴隷がいるのはそこだけじゃないんじゃないの?」

「……そうだ」

「それを全部私が攫ってくるの?」

「……」

「よしんばそうしたとして、また新たな奴隷が飼われるだけじゃないの?」

「……だが」

「攫ってきた奴隷はどうするの? 受け入れ先はあるの?」

「そういった問題は、すべて私が請け負います」

 

 ライヒノットが口をはさんできた。

 

「前回の波から捕らえられているのなら、生きていてもかなり衰弱していると思う。奴隷が何人いるのかわからないけど、私一人では運べない」

「信頼できる人足を用意します」

「奴隷がいなくなったのはすぐにバレる。騒ぎは大きくなる」

「私が抑えます」

「……途中、何人か殺すことになるかもしれない」

「可能な限り私の方で対処しますが、最小限にしていただけると助かります」

「……攫う奴隷を見捨てる時もあるかもしれない」

「それは…… 痛ましいですが、仕方のないことかと」

「なぜそこまでできるのに、今まで動かなかったの?」

 

 私の問いに、ライヒノットは少し目を開き、息をのんだ。

 

「面倒ごとは背負いこむ、殺人も飲み込む、見殺しも厭わない。なのに、なぜ今まで動かなかった?」

「……あの波が起き、セーアエット嬢が捕らえられ、私は静観することにしました。女王陛下がお戻りになられるまでの辛抱だと。ですが、こうして勇者様の手を借りて、セーアエット嬢がやってきた。今こそ立ち上がる時だ。そう思ったまでです」

「わが身可愛さにじっとしていたたけじゃないの?」

「そう思われても仕方ありません」

 

 私とライヒノットはしばらく目を合わせ、腹を探りあう。セーアエットがハラハラとした面持ちで私とライヒノットの顔を見る。

 こういった交渉は苦手だ。おそらく、侵入も誘拐も出来なくはないだろう。それに伴う面倒ごとに私は関与しないで良いと言質は取った。後は、私がやるかやらないか。

 私はライヒノットから視線を切ると、一つ息を吐いた。ここで恩を売っておくのもいいだろう。

 

「鍵開け用のピックが欲しい」

「用意しましょう」

「その領主の家の見取り図はある?」

「細部はわかりませんが、大まかな見取り図なら用意できます」

 

 私は窓の外に目を向ける。まだ日が沈んでそれほど経っていない。

 

「すぐに準備して。用意出来次第向かう」

「今からですか!? さすがに人足は時間かかりますが……」

「それは後でいい、明日にでも寄こして。私はとりあえず下見しにいく」

 

 ピックと見取り図が用意されるまで、私たちは細部の打ち合わせをした。

 

 

 

 隣町の領主の館は、門が固く閉ざされ、高い塀で囲まれていた。だが、使いやすい勝手口とはどこにでもあるものだ。多少の見張りはいたが、侵入に成功する。ライヒノットから貰った見取り図と見比べながら塀に沿って移動し、大きな差異がないことを確認する。半周ほどしたところで、地下への階段がぽっかりと空いているのを見つけた。あからさまに怪しいが、特に隠蔽もされていない。周囲に気を付けながら降りていくと、特に見張りもなく、地下牢へとたどり着いた。

 

「この、忌々しき亜人共が!」

 

 扉を開けて中に入ると、甲高い鞭の音と、男の怒声、それに悲鳴が響き渡っていた。入り口からそれほど遠くない場所のようだ。私は少し逡巡すると、それを無視して奥へと進むことにした。

 牢を覗き込みながら、奴隷がいるかどうかを確認する。生きているものも数名いるが、死体の方が多かった。生きている奴隷が入っている場所を記憶しながら、さらに奥へと進んでいく。

 

 ぐったりと横たわる子供がいた。死体かと思ったが、微かに胸が動いている。もう長くはないだろう。

 先ほど鞭を振るっていた男は、すでに外に出ている。私はその牢を開け、少女に近づいた。念のために、この世界の回復薬を口に注いでみるが、飲み込む力が無いようだ。包帯に回復薬を染み込ませ口元に当てると、わずかだが吸っているようにも思える。

 どうすべきか。このまま置いて行けば、明日にはもう死んでいるだろう。だが、連れ帰ったところで助かる保証はない。連れ出したのが見つかれば警備も増えるだろうし、再侵入も攫うのも難しくなるだろう。私は考えた。生きていた奴隷の数、ここまでのルート、侵入した時の時間、見張りの数。

 多分、行ける。今晩中に全員を連れ出す。おそらく、何の警戒もされていない今が一番安全だろう。なら、この子の他にもう一人連れ出し、私が再度侵入している間、この子の様子を見させよう。他の奴隷の面々を思い出し、最初に鞭で打たれていた奴に決めた。

 

 片手を吊るされた子供が、小さくうめき声をあげていた。鞭に打たれた痛みで眠れないのだろう。牢の扉を開けると、酷く怯えた目でこちらを見てきた。私は口元に指を立て、静かにしろと指示を出す。

 

「だ……誰だ? また俺を痛めつけるのか……?」

「違う。ここから連れ出す」

「助けて、くれるのか……?」

「そうなる」

 

 ライヒノット次第だが、それを言う必要は無いだろう。私は少年の手枷を外し、回復薬を渡す。

 

「飲んでおいて」

 

 きょとんとした目で、少年は私の顔と薬を交互に見る。

 

「回復薬。毒じゃない。殺すつもりならもう殺している」

「そ、そうじゃねえ…… 飲んでいいのか?」

「早く。時間が無い」

 

 少年は回復薬をぐいと飲み干す。効果が出たのか、少し顔色が良くなった。私は寝かせていた少女を抱き上げると、少年はその少女の顔を見て、せっかくよくなった顔色を青くした。

 

「リファナちゃん!」

「知り合い?」

「ああ、友達だ…… リファナちゃんは大丈夫なのか……?」

「だから急いでいる。いい? ここを出るまでの間、お前は決して身動きせず、決して声を出さず、ただ私に運ばれて。この屋敷の人間に見つかった場合、お前もこの子も捨てて逃げる。屋敷を出た後は、どこか身を隠せる場所に連れていく。私は他の奴隷を連れ出しにここに戻ってくるけど、その間この子の様子を見ていて。わかった?」

「う、うん……」

 

 有無を言わさず了承させる。私はどうやって運ぼうか考える。両手が塞がるのはあまりよくないだろう。

 

「……仕方ない。お前は私の背に乗って、そのままこの子の口にこの布を軽く当てて。回復薬を染み込ませている。妙な真似をしたら、この子から先に殺す。友達が死ぬところを見たくないでしょ?」

「顔は見えないけど、声からして姉ちゃんだよな……? 姉ちゃんは良いやつなのか? 悪いやつなのか?」

「善悪など個人の価値観でしかない。目が見えているのならその目で見て、耳が聞こえるのならその耳で聞いて、脳があるのなら頭で考えて、自分で判断して」

「……わかった。とりあえず信じる。リファナちゃんを救うためだ」

 

 そう言って少年は背中に乗った。私は少女を左手で抱え、少し動いて動作に支障がないか確認する。右手は自由に動かせるが、まともな戦闘は無理だろう。

 

「あまり強く布を押し付けない。最悪窒息死する」

「ええ、怖いよ、姉ちゃん……」

「唇を軽く潤す感覚でいい。それぐらいでなければこの子は自力で飲むことも出来ない…… 行く、準備はいい?」

「うん」

 

 少年の返事を聞いて、私は地下牢から外に出た。

 

 来た時よりも慎重に、時間をかけて屋敷から抜け出した。人目を避けながら、人の気配の無い路地まで移動すると、少年を背中から降ろす。屋敷を出た後から、誰かがつけてきている。私は短剣を構えた。

 

「ね、姉ちゃん……?」

「静かに」

 

 すると、一人の男が現れた。男が取り出した短剣の刃には、白いリボンが結ばれている。ライヒノットが決めた符丁だ。

 

「剣の勇者様ですね。ライヒノット様の命でご助力に参りました」

「ふざけた符丁だと思わないか?」

「そうですか? かわいらしい剣の勇者様にはお似合いだと思います」

 

 このやり取りまでが符丁だ。正直、煽られている気がしてならない。

 増員は明日になるとの話だったが、急いで準備できた数人が先にやって来たらしい。

 

「それで、何人来た?」

「私を含めて2人です。もう1人は今拠点の準備をしています。今日は偵察だけのはずでは?」

「状況が変わった。今晩中に全員連れ出す。この2人を連れて行って」

 

 私はリファナを男に渡そうとしたが、少年が私のローブを掴んで動きを止めた。

 

「なあ、姉ちゃん。この人は信用できるのか?」

「この男の雇い主に言われて、私は動いている。もし騙されているのなら、どちらにしろお前たちは死ぬ。正面切って戦ってまで、お前たちを助ける義理もない」

 

 私の言葉に少年は唖然とした顔をして、男は苦笑していた。

 

「いえ、騙してなどいませんよ。剣の勇者様と、ライヒノット様の名。それに盾の勇者様に誓いましょう」

「だそうだけど?」

 

 少年は少し考えた後、キッと顔を上げ、私の目を見つめてきた。

 

「わかった。信じる。でも、もし裏切られていたら、俺は死ぬまで姉ちゃんを恨むからな」

「好きにして。恨まれるのは慣れている」

 

 そう言い残し、私は再度館へと向かった。

 



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7話

 二度ほど屋敷に忍び込み、奴隷を全員連れ出すことに成功した。ライヒノットが寄こした人材はそれなりに優秀で、十分に使えた。

 

「しかし、私も腕に自信はありましたが、剣の勇者様はそれ以上ですね」

 

 拠点として用意された空き家で、男が私に話しかけてくる。笑みを浮かべてはいるが、その顔には悔しさがありありと見て取れた。

 

「できなければ死ぬだけだったから。それで、これからどうする?」

「……本来なら、用意していた馬車で帰る予定でしたが、まだありませんからね……」

 

 もともとの予定では、連れ出した奴隷を馬車に乗せ、夜のうちに戻るはずだった。だが、馬車も追加の人員も明日にならないとやってこない。奴隷6人に、私を含めてその他3人。なんとも手厳しい。

 

「朝になれば、奴隷がいないことにも気づかれるでしょうし、最低でもこの町は離れるべきだとは思います」

 

 私もそう思うが、奴隷は衰弱している。自力で歩ける者もいるが、隠密行動は難しいだろう。私は頭を掻く。考えなしに動きすぎた。

 

「今奴隷を抱えて町を出るのと、一晩休ませて、歩かせて町を出るのとだとどちらがいい?」

「警戒が強くなれば、ただ町を出入りするだけでも難しくなるかもしれません。やはり、今動くべきでしょう」

「そう。なら、今動く。町を出て、どこかに身を隠し、馬車が来るのを待つ」

「それが一番でしょう。問題は、どうやって町から出るかですが……」

 

 当然、町を囲むように防御用の壁がある。出入り口には見張りもいるだろう。

 

「少し様子を見てくる。奴隷たちの手当てを頼む」

「お気をつけて」

 

 拠点代わりの空き家を出ると、私は町の出入り口を見に行く。やはりそれなりに見張りがいて、奴隷を連れながら出入りするのは難しいだろう。私は少し考えると、貧困街へと足を向けた。

 

 メルロマルクの城下町よりも、この町の貧困街は酷い有様だった。あちこちから嗅ぎなれた酷い匂いがするし、路上で寝ている人間も多い。建物もボロボロで、町の囲いも汚れが酷い。

 囲いを注意深く見ていくと、案の定壊れている個所を見つけた。人一人くらいなら簡単に出入りできる穴だ。町を出入りする税の払えない貧民や違法な物を持ち込みたい者が、出入りする為に開けた穴だろう。

 私は拠点に戻り、全員を連れてその穴から町の外に出た。

 

 

 

 

 街道傍の森の中に身を隠し、私たちは馬車が来るのを待った。森の中での野営に奴隷たちは怯えていたが、適当に食事を取らせると、寝入ってしまった。

 

「しかし、よくあんな抜け道を見つけましたね」

「ああいったものはどこの町にでもある。貧困街なんてものがあるのなら猶更」

 

 その中でも、あれは偽装も何もされていなかった。領主は町を守るつもりがあるのだろうか。

 

「……剣の勇者様は、元の世界でどのような生活をなされていたのですか?」

 

 その男の問いに、私は視線だけを向ける。

 

「剣の勇者様の隠密スキルは、私などよりもはるかに高い。私もライヒノット様の影として、修練を積んできたつもりです。それなりに自負もありましたが……」

「話すつもりはない。自らを影と言うのなら、わかるでしょ?」

「……そうですね。困らせる質問をしてしまいました」

 

 私もこの男も、闇に生きている。素性を明かさない理由なんてそれだけで十分だ。何しろ私たちは、自分の名前さえ明かしていないのだから。

 

 

 

 

 迎えの馬車に無事乗り込み、ライヒノットの町に戻ると、セーアエットに甚く感謝された。ライヒノットからもそれなりの銀貨を受け取り、私は同じようなことを何度か繰り返した。

 

「ライヒノット、聞きたいことがある」

「はい、何でしょうか?」

 

 ライヒノットは書類から顔を上げると、こちらを伺うように見てくる。

 

「この近くに山賊の拠点とかない?」

「……討伐されるおつもりですか?」

 

 ライヒノットの下で生活しているが、セーアエットを脱獄させてから人を殺していない。私にとってそれは、なんともおさまりの悪いことだった。

 

「……近くの山に、盗賊のねぐらがあるそうです。規模も小さく、被害も軽微なので、兵を動かすほどではなかったのですが……」

「それでいい。場所は?」

「殺すのですか?」

 

 その問いには答えず、私はじっとライヒノットを見つめる。私が闇に生きて、そういう生活をしていたことにはとっくに気づいているだろう。しばらく見つめあった後、ライヒノットは小さくため息をついた。

 

「私も領主です。綺麗ごとだけではやっていけないというのはわかっていますが……」

 

 盗賊といえど、殺すというのは抵抗があるようだ。それとも、私にやらせるのに抵抗があるのか。

 

「……他の生き方は出来ないのですか?」

「ありえない」

 

 シシスへの忠誠は決して捨てられない。たとえ夜母の声が聞こえなくても、ひとりぼっちでも、この生き方だけは変えられない。

 私は不安なのだ。夜母の声が聞こえない状況が。シシスの意思が感じられないのが。今の私を支えているのはシシスの教えだけ。殺しを楽しみ、殺しに真摯であること。なのに、あまり殺せていない。

 

「……わかりました。何名か補佐をつけます。道案内と横領品の回収をする人手も必要でしょう」

「ありがとう」

 

 簡潔に礼を言うと、私は部屋を出た。

 

 用意された人材は、奴隷を攫う際にもつけられていた男だった。男の先導に従い、盗賊のねぐらにたどり着く。どうやら自然にできた洞穴を利用しているようだ。

 

「一人ですが、見張りがいますね。どうされますか?」

「私がすべて殺る。あなたたちは周囲の警戒と、荷運びだけすればいい」

 

 そう告げると、私は顔を晒し、堂々と見張りへと近づいていく。

 

「ん? なんだ、嬢ちゃん。俺たちの仲間にでもなりたいのか?」

 

 へらへらと笑いながら、見張りの男が話しかけてくる。対して警戒もされていないようだ。

 

「ええ、顔の傷のせいで仕事がなくなっちゃって…… ここでは仕事があるかしら?」

 

 少し高く声を出しながら、そっと左頬の火傷に触れる。男は値踏みするように、私の顔と体をじろじろと見てくる。

 

「そうだなあ…… とりあえず、色々確認しないとなあ!」

 

 そう言って男は、下心を隠すこともなく私を抱き寄せ、尻に手を回してきた。私は男ににこりと微笑むと、男の首に短剣を突き刺した。

 

「が……!」

 

 刺した短剣を力任せに捻り、引く抜く。首から血が噴出し、男は私にもたれかかりながら絶命した。私は適当に男の死体をどかすと、顔を隠し、隠れていた男たちを手招きして呼び寄せる。

 

「……なんと言えばいいのか」

「品もやる気も力量もない奴で楽だった」

「……少し声色を変えるだけで、ずいぶんと変わりますね。女性不振になりそうです」

 

 ライヒノットが言っていた通り、人数は少なかったが、私は久しぶりに殺せて機嫌がよくなった。ライヒノットの部下があれこれと漁っている間、私はシシスに祈りを捧げる。

 

 シシスよ! 見てくれただろうか! 私はあなたの教えを破ったりはしない! 例え生きる場所が変わっても、夜母の声が聞こえなくても! 私はあなたの忠実な信徒だ! だから、どうか、どうか! 私を見捨てないでくれ! 私が死した時、どうか虚無へと招いてくれ!

 

 

 

 

 それからの生活も、大きく変わりはしない。亜人の奴隷を誘拐し、盗賊を殺し、腕が鈍らないように鍛錬をする。伝説の武器には熟練度とかいうよくわからないシステムがあり、強くすることができるらしい。よくわからないが、私はエルフのダガーにつぎ込んで鍛えている。

 

「そういえば、波っていつ起きるの? どこで起こるの?」

「え?」

 

 やはりこの世界の文字が読めないのは不便だと思い、セーアエットに教わっている。その勉強中にふと気になったので、尋ねてみた。

 

「城下町の広場に、龍刻の砂時計というのがある。その砂が落ち着る時、勇者は仲間と供に波が起きた場所に送られるらしいが…… 聞いていないのか?」

「しらない」

 

 私の返答に、セーアエットは頭を抱えた。

 

「……そうだ。そもそもイーナ殿の仲間はどこだ?」

「……ああ、王につけられた監視? 邪魔だったから撒いた。その後どうしているかはしらない」

「まさか、一人で波に立ち向かうつもりか?」

 

 特に考えてもいなかったが、そうなるだろう。私は軽く頷いておいた。

 

「私もついていく」

「は?」

「イーナ殿を一人で行かせるわけにはいかない! 私も共に戦う!」

 

 脱獄した時は酷く衰弱していたが、すっかり元気になったセーアエットは、バンと机をたたくと立ち上がってそう叫んだ。

 

「脱獄囚が何を言っているの?」

「う……」

「あなたと一緒にいると、私まで疑われるんだけど」

 

 あれから王都には行っていないので、どうなっているのか知らない。ライヒノットの話では特に噂にはなっていないようだが、うまく騙せているにしろバレているにしろ、セーアエットを連れ歩いていい事なんてないだろう。この話は終わりとばかりに、私は書き取りを続ける。

 

「……少し待っていてくれ」

 

 そう言ってセーアエットは部屋を出て行ったが、少しすると戻ってくる。どうやらライヒノットを連れてきたようだ。

 

「セーアエット嬢から聞きましたが、こちらで人足を用意いたしましょうか?」

「必要ない。集団での戦闘は慣れていない」

 

 にべもなく断ると、ライヒノットは困ったような顔をした。

 

「そうは言われましても、こちらとしても剣の勇者様お一人で向かわせるのは不安です。どうか人をつけさせていただけませんか?」

「そうだ、イーナ殿。それに、もし次の波も町の近くで起きたなら、人手は絶対に必要だ」

 

 そんな二人の言葉に、私はうんざりした表情になる。だが、セーアエットのいう事はもっともだ。私は人を殺すのは好きだし、どこで誰が死のうが興味もない。だが、別にみんな死んでしまえばいいと思っているわけでもない。気分次第で、知らない人の命を救うこともある。

 

「奴隷誘拐のせいで、ライヒノットは王からの風当たりが強いんじゃないの? あまり戦力を出すのも問題だと思う」

「参考までに聞きたいのですが、波には何名まで連れていけるとかわかりませんか?」

 

 知らない、と答えようとした時、視界にヘルプが浮かんできた。開いてみると、編隊についての説明がずらずらと並んでいる。

 

「……編隊と言う機能があるらしい。私が分隊長に指名した人がいるパーティも波に参加できるとか書いてある。上限は知らない」

「なるほど…… では、剣の勇者様の供のほかに、2パーティ分の人員を用意します」

「あまり大人数で行くと、王への謀反と取られたりしない?」

「私の手勢だとバレなければ問題無いでしょう。旅の途中で知り合った仲間としておいてください」

「……そんな適当な言い訳で、通用する?」

「剣の勇者様のお言葉なら、王も強くは言えないでしょう。では、人員の選別をしておきます」

 

 そういってライヒノットは部屋から出て行った。どうやら人を連れて行くのは決定らしい。満足そうに頷いているセーアエットをじろりと睨む。

 

「面倒なことになった」

「まあそういうな。仲間を連れて行くのがそんなに嫌なのか?」

 

 嫌だと私の口から出る前に、大きな音を立てて扉が開かれた。言葉の代わりに、私の口からため息が漏れた。

 

「剣の姉ちゃん! 俺も連れて行ってくれ!」

 

 最初に攫った奴隷の少年がそこに立っていた。

 

「友達の様子はどう?」

「あ、リファナちゃんはずいぶん良くなった。もう一人で歩けるよ! ありがとう!」

「そう」

「……て、そうじゃない! 俺も波と戦う!」

「落ち着け、キール。いきなり何を言い出すんだ?」

 

 セーアエットが少年を諫める。どうやらこの少年はキールと言うらしい。

 

「領主の姉ちゃん…… 俺の村は前の波でなくなった」

「そうだ…… 私の力が足りずすまない」

「いや、姉ちゃんは悪くねえ。俺にはよくわからないけど、姉ちゃんも頑張ったんだろ? なら、悪くねえ」

 

 そう言って、キールはぎゅっとこぶしを握る。

 

「俺は波と戦いたい! もう、俺たちの村みたいなことが起こるのは嫌だ! だから剣の姉ちゃん、俺を連れて行ってくれ!」

 

 ばっと頭を下げて頼み込む。私はキールの体を見るが、戦い慣れしているようには見えない。どう考えても足手まといだろう。セーアエットを見るも、何やら難しい顔でうつむいている。キールが参加するのは反対だが、その気持ちは痛いほどわかる、と言うところだろうか。

 

「無理。足手まといはいらない」

 

 私はばっさりと切り捨てた。

 

「な、なんでだよ! 俺、ちゃんと頑張るから!」

「イーナ殿、流石に言葉が……」

「キール、武器を持ったことはある?」

 

 わちゃわちゃと言っている二人の言葉を無視して、キールに尋ねる。

 

「な、ないけど……」

「生き物を殺したことは?」

「……魚とかなら……」

「足手まといは連れて行かない」

 

 再度切り捨てると、キールはうつむいた。そのこぶしは固く握られている。セーアエットも非難するような目を私に向けてくる。

 

「……今は足手まといだが、強くなればいい」

「え?」

 

 私は大きくため息を吐く。私は何をやっているのだろうか。

 

「セーアエットも邪魔だから置いていく。鍛えてもらえ。強くなったところで、私は連れて行かないだろうが、他の勇者はどうかわからない」

「う、うん! 俺、強くなる! 次の波には絶対参加するからな! 覚えてろよ剣の姉ちゃん! いくぞ、領主の姉ちゃん!」

「な、今からか!? それに私は邪魔など…… くそ! 覚えてろよイーナ殿! 私も強くなって見返してやる!」

 

 別にセーアエットが邪魔なのは、強さとか関係無いところなんだけど、と思いながら、私はやっと静かになった部屋で、文字の勉強を再開した。

 



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8話

 5人パーティが3つ、総勢15人で王都へと向かう。馬車も三台だ。とても目立つ。私たちは馬車の中で設定を煮詰める。全員が冒険者で、旅の途中でなんやかんやがあって、波との戦いに力を貸してくれるという設定だ。

 

「と、いうわけでよろしいですか? イーナ殿」

「問題ない」

 

 私のパーティは、いつもの男1人と、何度か一緒に行動したことがある男が2人、そして女が1人だ。

 

「イーナ様ぁ、少しよろしいですかぁ!?」

「……何?」

「物陰に身を収めた後ぉ、襲撃する方法なのですがぁ……」

 

 目をらんらんとさせ、暗殺方法を訪ねてくる。ふわふわとした明るい茶色の髪をしたこのソフィと言う娘は、何度か盗賊の襲撃にも参加していたが、今まではあまり話しかけては来なかった。私の行動をじっとみて、自分に取り入れようとしていただけだった。私はじろりといつもの男を睨む。

 

「いやはや、姪がご迷惑をおかけします……」

「自分の姪をこんな道に引きずり込むだなんて、正気を疑うわ。ダフィール」

 

 そう、私はいつもの男の名前を知ったのだ。とは言っても、別に調べたわけでも無い。仲間として行動するのに、流石に名前も知らないのはおかしいだろう、ということで教えられた。

 

「返す言葉もありません。最初はかくれんぼのコツのようなものを教えていただけなのですが、気づけばこのようなことに…… せめて力の向かう方向性だけでもどうにかしようとしているのですが……」

 

 はっきり言って快楽殺人者にしか見えない。ボエシアやサングイン、シェオゴラスあたりに心酔しているのだろうか。そう思ったところで、愛すべき道化師をはじめとした、虚無に入った家族を思い出す。私たちもそう変わらないな、と苦笑した。

 

「いい? ソフィ。人殺しが悪いことだとも、やめろとも言わない。でも、殺しを楽しむこと、そして殺しに真摯であることだけは忘れてはだめ。私たちは暗殺者であって、殺戮者でも略奪者でもないの。もちろん結果的にそれと変わらない行動になるかもしれないけど、それだけは決して忘れてはだめよ?」

「はぃ! わかりましたぁ!」

「その間延びしたバカみたいなしゃべり方はいいわね。顔も良いし、脳が下半身にあるような男は簡単に騙せそう」

「ありがとうございますぅ!」

「イーナ殿、あまり姪の悪影響になるようなことは……」

 

 ダフィールはそういうが、鼻歌交じりに短剣の手入れをしだすソフィを見るに、手遅れだと思う。

 

 

 

 

 その後、他のパーティメンバーも含めて、こんな仕事をしたことがあるぜ自慢をしていると、王都に着いた。私はダフィールとソフィを連れて龍刻の砂時計へと向かう。他の者は宿屋の手配や情報収集に向かった。

 

「私としたことが、あんな話に夢中になってしまうとは……」

「おじさんも楽しんでたねぇ」

 

 最初は渋っていたダフィールだったが、周りの自慢を聞いていると我慢が出来なくなったのか、話に乗ってきた。ライヒノットの影たちは暗殺が主な仕事と言うわけではないが、あまり大っぴらに出来ない仕事ではある。だからこそ、自慢できる場所では自慢したくなるのだ。

 

「イーナ様の話は最高でしたわぁ」

「ズボンは上げてあげるべきかどうかいつも悩む」

 

 私はこちらの世界に来て初めて殺した路地裏の男の話をした。色仕掛けにひっかかり、ズボンを下ろしたところで股間を蹴り上げたと話したら、ソフィには大うけだったが、他の男たちは顔を引きつらせていた。

 

「ダフィールはどう? ズボンはあげた方がいい?」

「できれば上げてください」

 

 なんとも言えない顔をして、ダフィールは答えた。

 

「イーナか……?」

 

 そんな話をしていると後ろから声をかけられた。振り向くと、緑のマントを着けたナオフミがいた。なんか人相が悪くなっている。

 

「久しぶり」

「ああ……」

「ナオフミも時間の確認?」

「悪いか?」

 

 何か機嫌が悪そうだ。ナオフミの仲間らしい亜人の女もきょとんとしている。

 

「盾の勇者様は、冤罪をかけられた後、大変暮らしづらい思いをしていたので……」

 

 ダフィールが私に聞こえるくらいの小さな声で呟く。なるほど、私が王都を離れた時のことを考えれば、納得できる。

 

「私が王都を離れた時に、一緒に連れ出せばよかったね」

 

 いや、セーアエットがいたからそれも難しかったか。少なくともあの時の私は更にナオフミを連れて行こうとは思わなかっただろう。

 

「は? イーナは、俺がやってないと思っているのか……?」

「うん。そう思えるだけの情報を集めて、信用できないから王につけられた仲間を撒いて、ここから離れた。それ以上を話すなら、時間を確認してから、場所を変えて話さない?」

 

 暗に人目を避けようとナオフミに告げる。ダフィールたちも周囲を警戒しているが、ここは人通りが多い。ナオフミは少し考えた後、一つ頷いた。

 

「そうだな」

「じゃあ、砂時計?を見に行こう」

 

 そう言って、ナオフミたちと合流し、広場へと向かった。

 

 広場にある時計台に近づくと、受付のような女に案内され、龍刻の砂時計にたどり着いた。大きな砂時計を眺めていると、剣から音が聞こえ、何やら一本の光が出てきて砂時計の真ん中にある宝石を照らす。ナオフミを見ると、私と同じように盾から光が出ていた。

 すると、私の視界の隅に数字が現れた。どうやらあと20時間ほどで波が起こるらしい。

 

「ん? そこにいるのは尚文じゃねえか? お前も波に備えてきたのか?」

 

 モトヤスの声が奥から聞こえてきた。ぞろぞろと連れている仲間は全員女らしい。最初からそうだったか思い出そうとしたが、モトヤスの最初の仲間とかまったく思い出せなかった。

 

「……て、横にいるのはイーナちゃんじゃないか!? 仲間とはぐれて行方不明になったって聞いてたけど、無事だったんだ! よかった! ケガはない!?」

 

 そう言ってモトヤスは私の肩を掴んで軽く揺さぶった後、体をペタペタと触ってくる。女日照りと言うわけでもなさそうだが、どことなくいやらしさを感じる。

 

「なんで尚文なんかと一緒に…… まさか尚文! お前イーナちゃんにまで酷い事を……!」

「うるさい、モトヤス。離して」

 

 モトヤスの手を払いのけると、モトヤスはそのままナオフミを睨みつけた。

 

「ナオフミ様? こちらの方は……?」

 

 すると、今まで黙っていたナオフミの仲間が、モトヤスたちを指さす。モトヤスはじっとナオフミの仲間を見つめる。

 

「あの……」

「誰だその子。すっごく可愛いな」

 

 モトヤスはキザったらしく自己紹介をする。ラフタリアというらしいナオフミの仲間もどうすればいいのか困惑しながらも、名前を告げた。ナオフミがどんどん不機嫌になっていく。私はちらりとソフィに目を向けると、ソフィは小さく頷き、モトヤスの下に向かう。

 

「殺しちゃだめよ?」

「わかってますぅ」

 

 ソフィが私の横を通る時、小さくやり取りをする。そのままソフィはニコニコと笑いながらモトヤスの腕に絡みつく。

 

「わぁ、槍の勇者様なんですかぁ? すごいですぅ。ぜひお話を聞かせてくださぃ!」

「うわ、この子も可愛いな…… はじめまして、お嬢さん。ぜひお名前を教えてくれないかな?」

「ソフィって言いますぅ。イーナ様と共に旅をしていますぅ」

 

 モトヤスはあっさりとソフィの色仕掛けに引っかかった。自分の姪が男にくっついているのを見て、ダフィールは苦々しい顔をしている。

 

「ナオフミ、今のうちに出よう」

「は? あれお前の仲間だろ? いいのか?」

「問題ない」

 

 モトヤスやその仲間の振る舞いからしても、たとえ戦闘になったとしてもソフィなら十分逃げ切れるだろう。

 広場から出る時にイツキのパーティとすれ違ったが、軽く挨拶をするだけにとどめた。イツキの仲間が私に何やら言っていたが、これ以上時間を取られるのも嫌だったので、シカトした。

 

 

 

 

 行き先をナオフミに任せて歩いていると、召喚された次の日に利用した武器屋に着いた。

 

「ここでいいの?」

「他に思いつかなかったんだよ……」

 

 苦々しそうに呟きながら、ナオフミは店に入って行った。

 

「なんだ、アンちゃん。また来たのか…… って剣の嬢ちゃんじゃねえか! 久しぶりだな!」

「久しぶり。イツキとモトヤスはお金払いに来た?」

「いや、来ねえな。勇者の窃盗は国に言えばいいのかねぇ」

 

 挨拶ついでに気になったことを話すが、結局払っていないようだ。

 

「それで、なんのようだ? 武器の新調か?」

「いや、少し込み入った話がしたくてな。親父、場所貸してくれ」

「ああん? 何言ってんだアンちゃん?」

 

 しばらくナオフミと店主が言い合うが、結局店主が折れた。ラフタリアは申し訳なさそうにしており、ダフィールも居心地が悪そうだ。

 

「それで、説明してくれるんだろ? イーナ」

 

 私は頷いて、ナオフミに説明する。召喚された日の夜に聞いた王の会話、三勇教のこと、この国のこと。セーアエットの脱獄については言わなかった。

 

「あんなに偉そうなのに、あの王は入り婿なのかよ!?」

「じゃあ、俺は政治的にも宗教的にもこの国の敵だってことか!?」

 

 私の話に、ナオフミはいちいち憤慨した。店主は聞きたくない話だったのだろう、頭を抱えている。

 ある程度怒りを吐き出して落ち着いたのか、ナオフミは頭をガシガシと掻いた。

 

「俺はこの国を出た方がよさそうだな」

「女王が戻ってくれば、王の独裁も終わるらしい」

「いつだよ、それ」

「知らない」

 

 私の言葉に、ナオフミは大きくため息を吐いた。

 

「樹たちは今の話知っているのか?」

「私は話してないけど、頭の中に脳があるのなら多少は調べてるんじゃない?」

「期待できねえな」

 

 ナオフミが天を仰ぎ見ると同時に店の扉が開き、ソフィが戻ってきた。

 

「ただいま戻りましたぁ。なんでこんなところにいるんですかぁ?」

「こんなところで悪かったな」

 

 ソフィの言葉に店主が悪態を吐く。ラフタリアは更に申し訳なさそうにし、ダフィールはそっと目を反らした。

 

「おかえり。どうだった?」

「疲れましたぁ。1を聞けば10返ってくるのに、そのうちの8から9はただの自慢でしたしぃ、すぐに何でもかんでも買い与えようとしてくるしぃ、体触ろうとしてくるしぃ、あれ本当に勇者様ですかぁ?」

 

 ろくな情報も持ってなさそうでしたぁ、と疲れ切った声を上げた。ナオフミは何か気に入らないのか、しかめ面をしながらソフィを見ている。

 

「あ、でもぉ、一つだけぇ。そばにいた赤髪の女の人はマルティ第一王女ですぅ。間違いありません」

「やはりそうか」

「はあ!?」

 

 ソフィがもたらした情報にダフィールは頷き、ナオフミは驚愕の声を上げた。

 

「モトヤスは王に取り込まれたと考えて問題なさそう。イツキは?」

「弓の勇者様に関しては目下調査中ですぅ。仲間の鎧の男がうるさくて近づきにくいとぼやいてましたぁ」

「樹のところにいた鎧って、確かイーナの仲間じゃなかったか?」

「ああ、あのうるさいの」

「ああ、あいつか」

 

 私が思い出すのと同時に、店主も思い出したらしい。うんざりした顔をしている。

 

「親父も知ってるのか?」

「剣の嬢ちゃんが買い物に来た時にな。うるさかったぞ」

「うるさかった」

 

 私も同意する。ラフタリアだけはわからないのか、所在なさげに縮こまっていた。

 

「しかし、この国を出るにしてもどこの国に行くかだな」

「他の国は私もあまり知らない。ただ、盾の勇者を崇める盾教を国教としている国はあるらしい」

「なんだよそれ、最高じゃねえか」

「一概にそうとは言い切れません」

 

 ダフィールが口をはさむ。

 

「周辺国で盾教を国教としているのは、シルトヴェルトとシルトフリーデンです。シルトフリーデンはその浅い歴史がすべて血で塗られています。シルトヴェルトはこの国の亜人と人間の立場がそっくり入れ替わったような国で、盾の勇者様を神聖視しています。最近王都では、ナオフミ様に対して明確な危害を加えた者が殺されていますが、シルトヴェルトの者によるのではと考えられていると耳に入ってきています」

「まともな国はねえのかよ……」

 

 頬杖を突き、うんざりしたように尚文は吐き出した。

 

「いずれにせよ、この波が終わった後の話。ナオフミも自分で調べてみるといい」

「そうする」

 

 その後少し互いの行動を報告しあい、解散した。

 



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9話

 後数分で波が始まる。龍刻の砂時計のある広場には、勇者パーティだけでなく、多くの冒険者や騎士たちが集まっていた。皆それぞれで話し合いをしている。周りを見渡すと、遠くの方にナオフミがいるのが見えた。

 

「イーナ殿、最終確認をします」

 

 ダフィールの言葉に、私は一つ頷いた。

 

「基本的には各パーティごとでの行動になります。波の近くに村や町がなかった場合は、それぞれで波への対処にあたります。村や町が近くにあった場合は、私たちイーナ殿のパーティは波への対処にあたり、その他の者は町の護衛にあたります…… まあこれだけの人数がいれば、大きな問題もなく守れるでしょう」

「そうですねぇ。前回の波のようなことにはならないと思いますぅ」

 

 二人の言葉に、私も頷いて返す。少し心配だったが、あの王も自らの国と民の為に行動するんだな、と変な安堵を覚えた。

 

 私はライヒノットから預けられた人員を見る。私のパーティメンバーは皆闇の世界に生きるものだ。特に顔色を変える事もなく、自らの装備を確認し、体をほぐしている。残りの2パ―ティの人たちは影ではないが、それなりに場数を踏んでいる人員のようで、がちがちになったりもせず、気負いすぎたりもせず、いい意味で力が抜けているように見える。

 

「無事に帰ったら、また自慢話でもしましょう。スカイリムでの自慢話を聞かせてあげる」

「ほう、それは楽しみですな」

 

 笑い声をあげるみんなを見ながら、どの話にしようかと考えていると、ビキン!と世界に響くような大きな音がしたあと、景色が一瞬で変わった。

 

 

 

 

 私たちは転移したと同時に武器を抜き、周囲の確認をした。空がひび割れ、真っ赤に染まっている。モトヤスとイツキのパーティが駆け出したのを見ながら、周りの人間が明らかに少ない事に気づいた。

 

「なぜこれしかいない?」

「広場にいた奴らはどこに行った?」

 

 ライヒノットから預かった人員がざわついている。私は小さく舌打ちをした。

 

「リユート村近辺です!」

 

 ラフタリアが叫んでいるのが聞こえる。空の亀裂から出てくる魔物は膨大な数で、村が耐えられるとは思えなかった。ラフタリアが指示した方角に魔物たちが向かっているように見える。

 

「おい、イーナ! 村が危ない! 行くぞ!」

 

 そう言うや否や、ナオフミとラフタリアは村の方角に走って行った。私は少し逡巡する。村を守るか、亀裂に向かうか。当初の想定よりも敵の数が多く、味方の数が少なすぎる。

 

「全員で村の防衛に当たる。防衛の目途が付き次第、当初の予定通り、私たちは波に向かう」

 

 私は返事を待たずにナオフミの後を追って駆け出した。

 

 村に着くと、既に魔物は到着しており、村の者たちと戦っていた。逃げ惑う村人の姿も見える。

 

「タングのパーティは村人の避難を誘導! 残りは魔物を殺せ!」

 

 私が出そうと思った指示を、ダフィールが出してくれた。これ幸いとばかりに、私は手近な魔物を切り捨てる。一体一体は弱いが、数が多くて面倒だ。私はエルフのダガーから大剣へと武器を変化させる。ライヒノットの所で一応コピーしておいたものだ。鍛えていないし、そもそも大剣の扱い方など知らないが、当たれば殺せる程度の敵しかいないので、問題なく殲滅速度があがった。

 

 大剣を振り回していると、見覚えのある魔物がいた。炎でできた人間の女のような見た目。火の玉を飛ばす戦い方。間違いない。炎の精霊だ。

 

「なぜアトロナックがここに……?」

 

 アトロナックは下級のデイドラで、オブリビオンに生息している。それがなぜここにいるのだろうか。やはりこの世界はムンダスにあるのだろうか。ならシシスも見ているのだろうか。なぜ夜母は語りかけてはくれないのか……

 そんな思考に囚われながら大剣を振り回していると、ソフィが炎の精霊を倒したのが見えた。

 

「ソフィ、離れて! 爆発する!」

 

 私がそう叫ぶと、ソフィはすぐさま距離を取った。数瞬後、炎の精霊は爆発し燃え上がった。それを見た周りの者も、炎の精霊にうまく対応していく。

 

「イーナ! 騎士団が到着した! 亀裂の方に行ってくれ!」

 

 ナオフミがそう叫ぶが、敵の数が多い。私が離れればここから崩れそうだ。そのまま少し耐えていると、ダフィールが近づいてきた。

 

「イーナ殿、済まないが人員は割けそうにない! いくらなんでも敵の数が多すぎる!」

 

 セーアエットをはじめとした前回の波の生き残りから聞いていたよりも、遥かに敵の数が多い。前回の波でもアトロナックが出てきたのだろうか。

 

「私が離れて、ここは大丈夫!?」

「何とかするしかないだろう! これだけ殺しているのに数が減らないってことは、あっちをどうにかしなければ終わらないってことでしょう!」

 

 確かに、魔物の数が減っている気がしない。私は小さく舌打ちをすると、ソフィもこちらにやって来た。

 

「イーナ様ぁ! 避難誘導にあたっていたパーティが戻って来ましたぁ! 私もご一緒しますぅ!」

 

 見れば、ソフィの傍に二人増えていた。その二人とダフィールでここは抑えられるだろう。そう思いダフィールを見れば、大きく頷いた。

 

「わかった! ここは任せる!」

「飛び切りの自慢話聞かせてくださいよ!」

 

 ダフィールの軽口に返事することなく、私とソフィは飛び出した。足を止めず、道を塞ぐ魔物だけを切り捨てていく。

 波の亀裂にたどり着くと、モトヤスたちが次元のキメラという魔物と戦っていた。こちらも敵が多いが、村に比べると少ないように感じる。代わりに少し手ごわいか。私は武器をエルフのダガーに変えると、挨拶代わりにキメラを背後から切り裂いた。

 

「イーナさん! 遅いですよ!」

「無事だったか、イーナちゃん! 心配したよ!」

 

 イツキとモトヤスが戦いながら声をかけてくる。キメラを倒そうとしているようだが、他の魔物に邪魔をされてうまく戦えていないようだ。特にイツキは、射線上に他の魔物が割込み、キメラまで攻撃が届いていない。二人の仲間は懸命に周囲の魔物の数を減らし、二人が戦いやすいようにしているようだが、明らかに手が足りていない。乱戦のような状態になっているので、魔法を主体にしている者はただの足手まといになっている。

 

「ソフィ! イツキの射線を確保して!」

「私はイーナ様の仲間なのにぃ!」

 

 文句を言いながらも、ソフィは指示に従ってくれた。イツキの攻撃も通るようになり、みるみるキメラが傷ついていく。

 

「これで終わりだあ!」

 

 モトヤスが何やら叫びながらスキルを放つと、キメラは断末魔を上げ絶命した。それと同時に亀裂は塞がり、空の色が青に戻っていく。

 

「やっと終わりましたね。元康さん、最後に美味しいところ取りましたね」

「はっはっは! ああいうのはタイミングだろう? それより素材の山分けしようぜ……ってイーナちゃん? ソフィちゃん? どこ行くのさ?」

 

 2人は何やら話していたが、私とソフィは駆け出していた。

 魔物の湧きは収まったが、湧いた魔物はそのまま残っている。なら、村はまだ危ない。私たちは急いでダフィールたちの下に戻ると、魔物の殲滅を続けた。

 

 

 

 

 村人の避難誘導をしていたパーティから、一人死者が出た。運悪く炎の精霊と遭遇したらしい。私たちとは村をはさんで反対側にいたせいで、対処法が分からず、爆発に巻き込まれたらしい。まともに話をしたことはないが、ライヒノットに預けられた人員だ。申し訳ない気持ちになる。

 シシスの信徒でも、闇の一党の標的でもなかった彼は、アーケイの下に行ったのだろう。私はアーケイに祈りを捧げた。他の人も各々祈りを捧げている。

 

「イーナちゃーん! キメラの素材だけど、どうするー!? 俺は獅子の頭で、樹は山羊の頭がいいんだけどー!」

「元康さん、やっぱり僕たちは先に取ってもいいんじゃないですか? イーナさんは遅れて来ましたし、尚文さんに至っては来てさえいないですし」

「ばっかだなー。いいか、樹。女の子に優しくしないとモテないぞ?」

 

 私たちが死者を悼んでいると、そんな能天気な声が響いた。モトヤスたちが悠々とやってきた。村人にも数名だが死者が出ている。当然2人に向けられる視線は冷たい。

 

「元康、樹。言うに事を欠いて、よりにもよってそれか?」

 

 ナオフミが2人から村人を守るように前に出る。モトヤスもイツキも、むっとした表情でナオフミを睨む。

 

「なんだよ、尚文。戦いに来なかったのに、分け前だけは一丁前に貰おうっていうのか?」

「そんなことじゃねえよ! お前たちは周りが見えないのか!?」

「村にも被害が出たようですね。ですが、村の防衛は騎士団の仕事では? 僕たち勇者は波を止めるのが第一でしょう」

「まあ盾の尚文はこっちに来てもすることはなかっただろうけどな!」

 

 一瞬で空気がひりついた。流石に2人も何かおかしいと思ったのか、戸惑っている。

 

「ふざけてんじゃねえぞ! イーナの仲間が……」

「ナオフミ、いい」

 

 怒り狂っているナオフミを止める。まだまだ言い足りないようだが、ラフタリアもナオフミを諫めてくれている。

 

「キメラの素材は余ったところでいい。だから帰って」

「「え?」」

「1から10まで全部言わないとわからない? その目はちゃんと見えているの? だから……」

「よくやった勇者諸君、今回の波を乗り越えた勇者一行に王様は宴の準備が出来ているとのことだ。報酬も与えるので来てほしい」

 

 故意か偶然かわからないが、話の途中で偉そうな騎士が割り込んできた。磨き立てのように綺麗な鎧に身を包んだ騎士の言葉に、モトヤスとイツキは喜んでついて行った。私は行く気がしなかったが、ナオフミは複雑な表情をしていた。

 

「ナオフミ、行きたいなら行っても良いよ」

「心の底から行きたくはないけど、報奨はな…… 俺にとって銀貨500枚は大きい」

「なら、行った方がいい。お金は必要。ここは私が残る」

「あ、あの……」

 

 村人たちが話しかけてきた。

 

「ありがとうございました。あなた方がいなかったら、みんな助かってなかったと思います」

 

 事実だ。私たちがいなければ文字通り全滅していただろう。ナオフミもさすがに言いにくそうにしている。

 

「本当に、ありがとうございます。あとは私たち村の者でします。どうか勇者様方は、宴の方に出席してください」

「……ああ、わかった」

 

 ナオフミは折れたようだ。ふと視線を感じ振り向くと、ライヒノットから預かった人員がこちらを見ていた。

 

「剣の勇者様も行ってください」

「俺たちはここに残るのと、ライヒノット様への報告に行くのとで二手にわかれます」

「なので、剣の勇者様たちは宴に行ってください」

「行きたくない」

 

 正直に答えると、みんな苦笑いをした。

 

「ダメですよぉ、イーナ様ぁ。食べて、飲んで、笑ってぇ。みんなを送り出すのが、生き残った者のすべきことですよぉ」

「そうです、イーナ殿。イーナ殿の世界では違いましたか?」

 

 どうだったろうか。思い返してみると、そんな余裕はなかった。私が参加してから闇の一党に欠員が出たのは、マロ指揮官がファルクリースの聖域を襲撃した時が初めてだ。闇の兄弟たちの死を悼んでいる余裕はなかった。

 

「わかった。行く。行くよ」

 

 だが、それも悪くないような気がした。結局私も折れて、ナオフミたちと城に向かうことになった。

 



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10話

 宴はとても大規模なものだった。消費しきれないほどの御馳走が並び、楽団が演奏している。

 

「イーナ様ぁ、これもおいしいですぅ」

 

 ソフィはあれやこれやを食べ、おいしいと思った物を私の皿に乗せる。毒見も兼ねているらしいが、立食形式で毒を盛られる可能性は低いだろう。

 ふと周りを見てみると、ダフィールが誰かと話していた。この機に城の情報を集めるのだと張り切っていたので、その関係だろう。他の2人は城の中を探るらしく、すでにこの場にはいなかった。

 

「決闘だ!」

 

 ソフィによって皿に盛られた料理を処理していると、モトヤスの大声が響いてきた。

 

「聞いたぞ! お前と一緒にいるラフタリアちゃんは奴隷なんだってな!」

 

 何やらモトヤスが激怒している。この国では亜人の立場は低く、亜人奴隷は合法だ。ラフタリアが奴隷だとして、何か問題なのだろうか?

 

「ソフィ、何か問題あるの?」

「特に無いですねぇ。虐待していたりとかだと問題ですけどぉ、そういう様子もないですしぃ」

 

 問題はないようだ。確かに私は奴隷の誘拐をしているが、少なくとも今のところは酷く虐げられている奴隷だけだ。ナオフミがラフタリアをどのように扱っているのか知らないが、ライヒノットからは何も言われていない。ライヒノットが盾の勇者の奴隷について把握していないとも思えないので、すぐにどうこうしなければいけないわけではないだろう。

 モトヤスは何やらナオフミに言っているが、奴隷に反対なら、個人ではなく国に対して言べきだ。私は興味を無くし、ワインを口に運ぶ。渋い。

 

「はちみつ酒ってないの?」

「ありますよぉ。取ってきますかぁ?」

「いやいや、イーナさん! 何飲んでいるんですか!? 駄目ですよ!」

 

 近くに寄って来ていたイツキが、私の手からグラスを取り上げた。

 

「いいですか、イーナさん! お酒は成人するまで飲んじゃ駄目なんです!」

「そうなの?」

「そういうのは特にありませんねぇ。ただ、子供の飲酒はあまり良く見られないですけどぉ」

「そう。なら問題ない」

 

 先ほどの話が聞こえていたのか、給仕が持って来たはちみつ酒を受け取る。代わりに銀貨を一枚握らせると、ほくほく顔で帰って行った。

 

「わぁ、イーナ様ぁ、豪勢ですぅ」

「銅貨を何枚も握らせるなんて、どうかと思う」

「あははぁ、お上手ですぅ!」

 

 お酒が回って少しご機嫌な私たちはくすくすと笑うが、イツキはむっとしたような顔をしながら口を開いた。

 

「この世界ではよくても、僕たちの世界では違法なんです!」

「私の世界では合法だった…… それで、何の用?」

 

 面倒くさいのを隠さずグラスを傾ける私に、イツキは不満気な目を向ける。

 

「元康さんと尚文さんの決闘ですよ。行きましょう」

「ああ、本当にするんだ」

「盾の勇者様とラフタリアさんに槍の勇者様たちが勝てるとは思いませんけどぉ」

「いえ、一対一の決闘です」

「なんだ、公開処刑か」

「正々堂々とした決闘です」

 

 イツキはむっとしながら訂正する。グラスを傾けると、既に空になっていた。

 

「ナオフミから攻撃手段を奪っておいて、正々堂々も何もない。どう考えてもナオフミが一方的に攻撃されるだけ。それが公開処刑じゃなくてなんなの?」

「ですが、奴隷なんて許されないことです! それに攻撃手段なんて物みたいな言い方どうかと思います!」

 

 自分の意見を変えたくないのか、イツキは喚きたてる。

 

「まあ、酒の肴ぐらいにはなるかな」

 

 私は新しいはちみつ酒を手に取ると、決闘場所らしい城の庭に向かった。なぜか2階のテラス席に案内され、そこから眺めると、モトヤスがバルーンに噛まれていた。

 

「な! なんて卑怯な手を!?」

「どうやらぁ、盾の勇者様がマントの下に隠し持っていたみたいですぅ」

「だとしたら、城の警備は無能ね」

 

 イツキは何やら憤慨しているが、城の警備は何をしていたのだろう。そういえば私も特に調べられず素通りだった。勇者とはいえ、それでいいのだろうか。伝説の武器は外せないから、武器の持ち込みを認めるしかなく、そのままなんの検査もされないのだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、気づけばナオフミが馬乗りになり、モトヤスに攻撃を続けている。特にダメージは無さそうだが、モトヤスはかなり厳しい状況だ。

 

「あー、槍の勇者様は立て直せなさそうですねぇ」

「だとすれば、そろそろ横やりでも入るかな…… ほら」

 

 ナオフミの背後から風の魔法が飛んできて、ナオフミに当たる。魔法が飛んできた方角を見ると、赤髪の王女がいた。イツキも目にしたらしく、愕然としている。ナオフミがよろめいた隙にモトヤスが槍を突き付け、勝ち誇っている。当然ナオフミは文句を言うが、王が出てきて黙らせていた。

 この状況で、盾の勇者が槍の勇者より強いのでは、と周囲に思わせるのは避けたいのだろう。なら、どうにかしてモトヤスがナオフミに勝つという形を作らなければならない。かなり強引な手ではあるが、ナオフミは警戒しなければいけなかった事だ。

 

「イーナさん、なぜ横やりが入るとわかったんですか?」

 

 イツキがポツリと呟く。私はラフタリアの奴隷紋が消されるのを見ながら、はちみつ酒を口に運ぶ。

 

「正々堂々の一騎打ちだったはずなのに、なぜわかったんですか?」

 

 答えない私に、イツキは再度尋ねる。ラフタリアがモトヤスの頬を叩くのを見ながら、私は口を開く。

 

「あなたは、その目で何を見て、その耳で何を聞いて、その頭で何を考えていたの? 自分にとって都合の良い物しか見えなかった? 聞こえなかった? 信じなかった? だとすれば、あなたの首から上は必要ないから捨ててきたら?」

「な……!?」

 

 あんまりな私の物言いに、イツキは目を見開きこちらを見た。

 

「きっと、何も考えずに、耳障りの良い言葉だけを信じるのは、スクゥーマのように気持ちいいんでしょうね」

 

 私はそれだけ言うと、モトヤスの不正を告げに決闘場に向かう。私の言葉に効果があるかは知らないが、何もしないよりはいいだろう。

 私が赤髪の王女の介入を告げると、後からついて来ていたイツキもそれに同意した。正直イツキは、バルーンを持ち込んだ時点で一対一ではないから無効、とか言うものだと思っていた。モトヤスも王も赤髪の女王も不満そうだったが、この場は引くらしく、何やら言いながら去って行った。

 

 

 

 

 城に用意された客室で、私は横になった。一人になると、波でのことが思い出される。なぜ炎の精霊が、アトロナックがいたのか。この一か月、こちらの世界ではスカイリムの生き物もデイドラも見なかった。こちらの人は誰もデイドラやエイドラさえも知らなかった。ムンダスでさえない別の場所にある世界なのか、とも思いもした。

 でも、デイドラが出てきた。やはりこの世界はムンダスにあるのだろうか。この空に輝く星のどれかがニルンなのだろうか。だが、そう考えると、デイドラの王はこの世界に対して不干渉すぎる気がする。エイドラに守られているのだとしたら、九大神の信仰のようなものがあってもいいと思う。わからない。

 

 波とはなんなのか。次元が裂け、その亀裂から大量の魔物が湧き出す災害だと言われた。デイドラの王はそこまで直接的に干渉してくるだろうか? ないとは言えない。200年前のオブリビオンの動乱は、デイドラの王の一柱メエルーンズ・デイゴンが大きく関わっている。過去に前例がある以上、起こりうることだろう。

 

「オブリビオンの動乱……?」

 

 オブリビオンの動乱は、メエルーンズ・デイゴンが私たちの住む大陸タムリエルに、デイドラが住むオブリビオンへと繋がる門を発生させたことで起きた。そこから溢れてきたデイドラと人間の戦争だったらしい。それは、波と同じではないか?

 波がオブリビオンの門であり、亀裂の向こうがオブリビオンであるのなら、アトロナックが現れたのもわかる。アトロナックはオブリビオンに住んでいる。波から出てきた魔物は、私が知らないだけで、オブリビオンに住まう者なのだろうか。今この世界では、200年前と同じことが起きている? わからない。

 

 もし、この世界とオブリビオンが繋がっているならば、ムンダスとも、エセリウスとも繋がっているはずだ。なら、シシスにも見守られているのだろう。なのになぜ、夜母は私に語り掛けてくれないのか? 一言。一言で良い。それだけで、私の不安は解消される。私の他に聞こえし者が現れたのならそれでいい。それでも、私はシシスに仕える。私はどうすれば良いのだろうか? 誰を殺せばいいのだろうか? シシスに救いを求めている人はどこにいるのだろうか? アストリッドもシセロも、こんな気持ちだったのだろうか?

 

「イーナ様ぁ、少しよろしいでしょうかぁ?」

 

 こんこん、とノックの音が聞こえて来た。ノックされるまで、ソフィが近づいてきていることに気づけなかった。私は一度大きく深呼吸すると、ソフィを迎え入れる。

 

「大丈夫ですかぁ?」

「……なにが?」

「イーナ様ぁ、波が終わってからぁ、いえ、あの爆発する人型の魔物が出てきてからぁ、少し様子がおかしく見えたのでぇ」

 

 まさか誰かに気づかれているとは思わなかった。フードとマスクで目元しか見えていないのに、なぜ気づかれたのだろうか。

 

「気のせいじゃない?」

「イーナ様がライヒノット様のお屋敷に来られてからぁ、私はずっとイーナ様を見てきましたぁ。付き合いは短いですけれどぉ、流石にわかりますぅ」

「なに? 告白?」

「もぅ、茶化さないでくださぃ!」

 

 ソフィはぷりぷりと怒り出す。

 

「私も何度か盗賊の討伐にご一緒させていただきましたぁ。イーナ様はその度にお祈りしてましたけどぉ、今回の波の被害者に捧げていたお祈りは少し違うように思えましたぁ」

「それは…… 彼らは虚無に入ったわけではないから……」

 

 シシスに祈っても、困らせるだけだろう。だからアーケイに祈りを捧げた。そう考えてゾッとした。私がアーケイに祈りを捧げた? シシス以外の神に?

 

「それにぃ、今日の宴ではぁ、ずいぶんと飲まれてましたねぇ。イーナ様は普段ならそこまで飲まれませんよねぇ? 少なくともぉ、周囲の騒ぎがどうなったのか気にしない程お酒をお飲みになるとは思えないですぅ」

 

 モトヤスとナオフミの諍い。私はそれを知るよりも、酒を飲むことを優先した。目の前で何が起きてるのかを調べず、酒に逃げた。

 

「最初はぁ、ただの興味本位でしたぁ。勇者様ってぇ、どんな方なのかなぁ、てぇ」

 

 一度息を吐くと、ソフィは語りだした。

 

「イーナ様を見てるとぉ、どことなく既視感を覚えたんですぅ。少ししてわかりましたぁ。足運びに身の動かし型ぁ。私の理想とする姿でしたぁ。それでぇ、わかったんですぅ。イーナ様もぉ、私と同じなんだってぇ」

「ソフィと同じ?」

「はぃ。おじさんたちみたいにぃ、仕事としてしてるんじゃあなくてぇ、それ自体が生きる目的になってるんだなぁ、てぇ」

 

 生きる目的。私はシシスに忠誠を誓った。シシスにすべてを捧げ、夜母の声を伝え、殺し、シシスに魂を捧げる。絶望し、復讐に燃えている人々の嘆願を聞き、シシスの愛を知らしめる。

 

「殺しを楽しみぃ、殺しに真摯であるぅ。良い言葉だと思いますぅ。きっとぉ、これからの私の指針になりますぅ」

 

 それは、私の指針。私が私であるために大切な事。殺すのは楽しい。心が躍る。殺した者の魂はシシスの下に送られる。あの死霊術師の穴倉から這い出た後、ただ生きるために殺し、奪っていた頃には得られなかった充足感を得られる。だから、真摯に取り組む。

 私にとって、生きることは殺すことで、殺すことはシシスへの忠誠の証だ。なら、殺すために生きていると言っても間違いではないだろう。

 

「イーナ様ぁ、何をお悩みなのかぁ、私には話せませんかぁ? 私ではイーナ様のお仲間になれませんかぁ? なれないのであればぁ、何が足りないのですかぁ?」

 

 仲間。私にとって仲間とは、闇の一党のメンバーの事で、家族同様の存在で、シシスに仕える闇の兄弟だ。新人の勧誘はしたことがない。入党の条件はなんだろう。私の場合は、アストリッドの指示通りに殺しただけだ。あれは何を試されていた? 指示に従うかどうか? 人殺しに拒否感を覚えるかどうか? 他のメンバーはどうやって入党した? わからない。けど、私にとって、何よりも大切なことは決まっている。

 

「……シシスに、忠誠を誓う事。虚無に献身すること」

「シシスとはぁ、どなたですかぁ?」

「……常闇の父。説明するのは難しい。空間の冷たさとか、真夜中の恐怖とかについて話すようなもので、そのすべて。シシスは虚無よ」

「どうすればぁ、忠誠を誓った証拠になりますかぁ?」

「……シシスの声を唯一聞く事が出来る夜母が聞き、夜母が私に、聞こえし者と呼ばれる夜母の声が唯一聞こえる者に伝える。私たちは夜母の言う通りに殺し、その魂を虚無に送る。シシスの意思にそって、夜母に従う」

 

 ソフィの質問に答えていく。私は闇の一党の秘密を漏らしているだろうか? いや、タムリエルに住まうものなら知っている内容だ。シシスもお怒りになられないだろう。いや、それならそれでも構わない。虚無を感じられるのなら、それでもいい。

 

「ではぁ、私に教えてくださぃ。シシスのお声ぉ、夜母のご指示ぉ。それに従ぃ、忠誠を証明しますぅ」

 

 私の心臓が大きく鼓動した。吐き気がする。息がしづらい。聞かれたく無かった事だ。口にしたく無かった事だ。

 

「……ぃんだ」

「え?」

「聞こえないんだ! 夜母の声が! この世界に来てから! 一度も! 聞こえし者は私しかいないのに! 私しか聞こえないのに! 夜母の声を伝えられない! なぜ!? なぜ聞こえないの!?」

 

 堰を切ったように私は叫んだ。不思議なもので、一度口にすると止めどなく溢れてきた。突然叫びだした私に、ソフィは目を丸くしている。

 

「私は何か間違えたの!? シシスに見放されたの!? 私は確かにあの時死んだ! なのになぜここにいるの!? シシスの下に、虚無に招かれることもなく! わけの分からないこの世界で、なぜ生きているの!? 私には、私の魂にはシシスの裁きを受ける事さえできないの!?」

「イーナ様ぁ……」

 

 私はソフィに縋り付き、慟哭する。ボタボタと涙が零れ、ソフィの服を濡らしていく。

 

「もしこの状況がシシスの望んだ事だとすれば! 私は何をすればいいの!? シシスは私に何を求めているの!? 勇者とか言うわけの分からない者として、波と戦えばいいの!? 世界を救えと言うの!? 私には、シシスがそれを望んでいるとは思えない! 私はあの時死んだんだ! シシスの下に向かうはずだったのに! 虚無に、入るはずだったのに……」

 

 なのに、私はこうして生きている。シシスが望んだ事かも知れないと、ただただ状況に流され生きている。もう一度死んだとき、私は次こそ虚無に入ることが出来るのだろうか。私の献身は、シシスに認められているのだろうか。

 アルコールが入っている中急に叫んだせいか、頭がくらくらとしてきた。私はそのままソフィの胸にもたれかかる。

 

「誰か、教えてよ…… シシスに見放されたら、私はどうすれば良いの……? 夜母の声が聞こえないの…… 闇の一党は、どうなってしまうの……? 絶望し、復讐に燃え、シシスと夜母に縋っている人々はどうなるの……? 何も、何もわからないの……」

 

 そのまま私は、意識を手放した。

 



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11話

 夢を見た。ドーンスターの聖域に移る前の夢だ。私は皇帝暗殺のため、ソリチュードにあるドール城に侵入した。首尾よく皇帝の食事に毒を混ぜ込み、暗殺に成功した。しかし、殺した皇帝は影武者だった。私たち闇の一党を一掃するためにマロ指揮官が仕組んだ罠だったのだ。

 ソリチュードの衛兵に囲まれた私は、命からがら逃げだした。ファルクリースの聖域にやっとの思いでたどり着くと、ソリチュードの衛兵が攻め込んでいた。急いで聖域に入った私が見たのは、燃え落ちる我が家と、仲間たちの死体。私は手当たり次第に敵を殺し、辛うじて生き残っていたナジルとバベットを助け出した。

 二人は脱出できたが、私は遅れた。炎に焼かれ、聖域が崩壊し始める。そんな私を救ったのは夜母だった。夜母に言われるままに夜母の棺に入り、夜母を抱擁し、私は保護された。

 

―――あなたの命がある限り、闇の一党は絶えることは無いでしょう。

 

 夜母はそう仰った。

 私は今生きている。でも、どうすれば良いのかわからない。あなたの声が聞こえない。シシスが私に何を望まれているのかわからない。

 

 夜母よ。教えてください。私はどうすればよいのでしょうか? 黒き聖餐は、絶望している人々や復讐に燃えている人々の嘆願は、あなたに届いているのでしょうか? 私以外の誰かに、それを伝えているのでしょうか? 私がいるこの世界で、あなたへと祈りを捧げている者がいるのでしょうか?

 

 シシスよ。教えてください。私はどうすればよいのでしょうか。虚無に入らずにこの世界で生きていることは、あなたの意思なのでしょうか? それとも、私への罰なのでしょうか? 私が罪を犯し、その罰が今の状況であるならば、私はそれを受け入れましょう。

 

 ですが、どうか一度だけ。一言だけでもいいので、声を聞かせていただけませんか?

 

 

 

 

「……ナさ…… イーナ様ぁ!」

 

 すぐそばで誰かの声が聞こえる。肩を揺さぶられ、私は飛び起きた。その誰かをベッドに引き倒すと、馬乗りになり相手の自由を奪い片手で首を絞め、逆の手で短剣を抜く。

 失敗した。いくら眠っていたとは言え、ありえない失態だ。これほどまで接近されて気づけないなんて。

 殺す前に顔ぐらい見てやろうと思い、顔を見やる。ソフィが苦しそうに喘いでいた。

 

「ソ、フィ……?」

 

 私はソフィの首を絞めていた手を緩めた。ソフィは苦しそうに咳き込む。

 

「……ごめん、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶですぅ……」

 

 そう言って咳き込むソフィの首には、クッキリと私の手形がついていた。

 

「ずいぶんとうなされてましたがぁ、大丈夫ですかぁ?」

 

 そっと伸びてきたソフィの指が、私の目元を拭った。私が涙を流していたことに、そこで初めて気づいた。

 

「……うん。大丈夫」

「……わかりましたぁ」

 

 ソフィは寂しそうに笑った。首についた手形が痛々しい。

 

「イーナ様ぁ。昨夜話したことは私の本心ですぅ。今はまだ信用できなくてもぉ、いつかぁ、私を信用できたその時にはぁ、私をお仲間に入れてくださいねぇ?」

 

 信用していない訳では無い。ただ、私にとって仲間と言うのは、やはり闇の一党のメンバーだ。私の一存で決めていいのかわからない。そもそも、夜母の声が聞こえなくなった私は、今も闇の一党のメンバーなのだろうか。

 

「それでぇ、報奨金を配るので謁見の間まで来てほしいそうですぅ」

「……わかった」

 

 行きたくはないが、行かなければいけないのだろう。私はなぜこんなことに付き合っているのかな、と自嘲気味に笑う。

 

「……行きたくなければぁ、行かなくてもいいと思いますよぉ? おじさんに丸投げしますかぁ?」

「……いや、行く。ライヒノットに迷惑がかかるかもしれない」

 

 ライヒノットには世話になった。つけられた人員にも損害が出た。これ以上弱みを作るのもどうかと思う。そんな風に言い訳し、私は現状に流されていく。

 

 

 

 

 与えられた銀貨の半分ほどを、リユート村に押し付けてきた。なぜそうしたのだろうか。多分、この国よりもナオフミの方が好感が持てるから、ナオフミの行動をなぞっただけだろう。

 残りの半分はライヒノットに押し付けた。波で死んだ人への弔慰金だとか言えば渋々受け取った。

 

「波で現れた魔物の中に、私の世界にも居た物がいた。どういうこと?」

 

 私はライヒノットに尋ねた。今私が聞ける中で、波について一番詳しいのはライヒノットだろう。

 

「剣の勇者様の世界の魔物ですか?」

 

 私は炎の精霊について話すとともに、デイドラやオブリビオンの動乱のことも話した。

 

「……確かに、剣の勇者様の言うオブリビオンの動乱と波には類似点が見られます。こちらでも波について詳しく調べてみましょう。剣の勇者様はどうされるのですか?」

「古い遺跡や祠の情報はない? この世界にデイドラの王が干渉しているのなら、存在していてもおかしくない」

「デイドラの王…… 剣の勇者様のお話では、神のような存在に聞こえますが……」

「教義によって変わると思うけど、その認識で間違いない。それに、デイドラ信者と思える人間は複数いる」

 

 王や王女はボエシアの信徒でもおかしくはなさそうだし、モトヤスがサングインに唆されている可能性も考えられる。この世界の、戦うことが義務付けられているようなシステムは、ハーシーンや、それこそメエルーンズ・デイゴンが関わっていてもおかしくない。

 

「古い遺跡や祠ならいくつか心当たりがありますが、私が知っている範囲ですと、すべてそれなりに調査されています。あとは実在も定かではない伝承になりますね。有名なのはフィロリアルの聖域ですが……」

「一応、全部教えて。行ってみる」

「わかりました。紙に記してお渡ししましょう」

 

 私は一つ頷いた。セーアエットたちに教えて貰ったため、完全にではないがある程度なら読み書きが出来るようになっている。

 

「では、戻ってきたばかりですし、剣の勇者様はゆっくりとお休みください。以前と同じ部屋を用意しています」

「わかった。ありがとう」

 

 私は部屋に戻ったが、キールとリファナが部屋にやって来た。リファナももう動けるようになり、キールと一緒に鍛錬しているらしい。私は二人に聞かれるままに、波での戦いや他の勇者たち、特に盾の勇者であるナオフミのことについて話すことになった。

 

 

 

 

 私はライヒノットに渡された資料を手あたり次第に回って行った。どこの遺跡も国や領主にきちんと管理されていて、スカイリムのように山賊の住処になっていることはなく、たまに魔物がいるくらいだった。

 

「特に手掛かりみたいなものは見つかりませんねぇ」

 

 当然のようについて来ているソフィがため息交じりに呟いた。いくつかの遺跡を巡ったが、デイドラの王が関与していそうなものはなかった。

 

「そもそもデイドラの王がこの世界に干渉しているのかわからないから、仕方ないとも思う」

 

 そう言いながら、私は壁に松明を向け、壁画を見る。武器を持った人が戦っている絵だ。このような壁画はよくあったが、戦っている相手がデイドラだとは断定できない。私の知っているデイドラでも描かれていればとも思うが、今のところその様子はない。

 

「ここはこれ以上何もなさそう。別の場所に向かおう」

「わかりましたぁ」

 

 遺跡を出てしばらく歩くと、どこからか視線を感じた。

 

「また視線を感じる」

「またですかぁ? それにしてもぉ、イーナ様はよく気づきますねぇ。私にはわからないですぅ」

 

 波が終わってから、何者かに監視されているのか、よく視線を感じる。何度か追ってみたものの、捕らえることは出来なかった。それ以来、気づき次第撒くことにしている。

私たちは手近な森に入ると、そのまま追っ手を撒いた。相手も深追いはしないのか、無理に近づいて来ることは無かった。

 

「でもぉ、これだけつけられてるとぉ、移動するのも一苦労ですねぇ」

「いっそ襲ってきてくれれば対処もしやすいのに」

 

 次の目的地まで真っすぐ向かえないので、どうしても時間がかかってしまう。誰が何の目的で尾行しているのかわからない以上、対処が難しい。

 

「そういえばぁ、波の時間は大丈夫ですかぁ?」

「……あと一週間くらい」

 

 ソフィに言われ確認してみると、あまり時間はなかった。私たちは何の手がかりもないまま、波の準備をするために王都へ向かうことにした。

 

 

 

 

 王都に向かう途中、山賊のねぐらを見つけた。ちょうど日も傾いてきていたので、ソフィと二人で殲滅した。

 

「殺すよりもぉ、殺した後始末の方が大変ですぅ」

 

 近くの川まで死体を捨てに行っていたソフィが泣き言をいう。

 

「放っておけばいいのに」

「流石に死体の横で寝たくないですぅ。匂いとかしたら嫌じゃないですかぁ?」

「吸血鬼の住処とか、もっと酷い」

「吸血鬼ですかぁ。モラグ・バルの信徒でしたっけぇ?」

「そう」

 

 正確には信徒だけでなく、それらによってサングイネア吸血症に感染し、治療できなかった者もいるのだが、大した違いは無いだろう。

 ソフィにはスカイリムの事を色々と説明している。聞かれた事に答えているだけと言うのもあるが、私の仲間になりたいと言ったソフィには、色々と説明した方が良いだろうと思ったのだ。

 

「私たちにとってぇ、神は四聖勇者様や七聖勇者様なのでぇ、とても興味深いですぅ」

「私からすればそっちの方がわからない。勝手に押し付けられた役職の人間を神聖視するとか、正気じゃない」

「正確にはぁ、伝説の武器を神聖視しているんですぅ。そしてぇ、伝説の武器が選んだ人なら間違いないと敬うんですぅ。多分、聞こえし者も同じ理由だと思いますよぉ?」

 

 そう言われるとぐうの音も出ない。夜母が選んだ聞こえし者と、伝説の武器が選んだ勇者。案外私たちの信仰は似ているのかもしれない。

 

「……でも、信仰するのはシシス。決して聞こえし者ではない。聞こえし者は夜母の言葉を伝えるだけ。それが出来なければ、なんの意味も……」

 

 そう。聞こえし者はただ聞くだけだ。シシスの言葉を聞いた夜母の言葉を、他の者に伝えるのが役目。他の誰にも出来ない、最も大切な任務。夜母の遺体の次に、闇の一党にとって大切な者。でも、今の私はそれが出来ていない。夜母は何も語らない。もう私は、その名誉に預かれないのだろうか? 闇の兄弟たちは、こんな私をどう思うのだろうか?

 

 ソフィが私の手に、彼女の手を重ねた。知らず握りしめていた私の手を、そっと解きほぐす。

 

「なんの意味も無いなんてぇ、そんなことは無いですよぉ。イーナ様がここでこうしているのもぉ、きっと何か理由がありますぅ。もしかしたらぁ、イーナ様を手元に置くのはまだ早いとお思いになられたぁ、シシスのご意思かもしれませぇん」

 

 そうなのだろうか。そうだったら良いな。これがシシスの試練なら、私は耐えられる。耐えて見せる。そう心の中で嘯くと、少しだけ頑張れるような気がしてきた。

 



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12話

 王都には十分余裕をもってたどり着けた。王都にはすでにダフィールが来ており、次の波にも参加すると伝えられた。私とソフィも入れて総勢20人になるらしい。

 

「前より多い。なんで?」

「回を重ねるほど、波は強力になるそうです。なので人員の増加は妥当かと」

「次は他の勇者も城の兵士とか連れて行くんじゃない?」

「それはそれで、政治的にあれこれあるんです。ライヒノット様は、王とは亜人の関係で敵対している派閥ですし」

 

 ダフィールはそういうと、軽くこめかみを揉んだ。私には政治はわからないけど、色々と大変らしい。

 

「イーナ殿は波に備えて何か必要な物とかありますか?」

「……特にない」

 

 腰に着けているポーチを軽く漁ってみるが、これと言って補給が必要とは思えなかった。

 

「王都では何か問題がありましたかぁ?」

「槍の勇者様が起こした問題を盾の勇者様が解決したと言う話を聞いた」

「何をなさっているのですかぁ?」

 

 なんでもモトヤスはドラゴン退治したり飢餓に襲われた村を救ったりしていたそうだが、その後それ以上の問題が起き、ナオフミが解決したそうだ。

 イツキは隠れて動いているのか、あまり情報が入ってこないらしい。それでも私よりマシだそうだが。

 

「あと気になることがあります」

「なに?」

「王都の兵が波に向けて準備しているのですが、馬車も相当数準備されているのです」

「帰りの足なのでわぁ?」

「それならいいのだが…… そもそも、馬車も一緒に転移出来るものなのですか?」

「知らない。出来たとして、波の間馬車も守るの?」

「でもぉ、また波がどこかの村の近くで起きてぇ、軍が帰るまでその村に留まると大迷惑になるのでわぁ?」

 

 どこで起きるのかわからないのだから、村も準備の仕様がないだろう。多少兵や冒険者を増やすぐらいはどこの村もしているかもしれないが、100人規模で来られでもすれば、各々の村では対応しきれないだろう。なら、予め王都の方で準備しておく必要はある。

 なんにしろ、私が考えることではないな、と思ったが。ダフィールはどうにも気になっているらしい。ふと遠くの方にナオフミが見えた。そういえば、他の勇者たちとは前回の宴以来関わってない。何かデイドラの王が関わっている物に遭遇してないか情報を集めるのも良いだろう。そのついでに、王都の兵の動向について聞いてみるのもいいかもしれない。そうダフィールに告げ、私たちはナオフミが入って行った建物に向かった。

 

 

 

 

 ナオフミが入って行ったのは食堂らしく、ちらほらと食事をしている人がいた。少し見渡すと、隅の方でナオフミとイツキとモトヤスがいた。何やら言い争いをしているが、全員いるのは都合が良い。私は三人の下へと足を進めた。

 

「聞きたいことがある」

「イーナさん! イーナさんも尚文さんに言ってやってくださいよ!」

「イーナちゃんも尚文に何かされたのか!? てめえ尚文い!」

 

 何やら激昂している二人と、うんざりしているナオフミとその仲間たち。何やら羽の生えた少女が増えている。

 

「その羽、本物?」

「ん-? 本物だよ?」

 

 ほら、と少女は大きな鳥の魔物に姿を変えた。私はとっさに短剣を構え、距離を取った。少し遅れてソフィが、ダフィールが同じく距離を取る。

 

「こら、フィーロ! お店の中で変身しないって約束したでしょ!」

「はーい」

 

 フィーロと呼ばれた鳥の魔物は、元の少女の姿に戻った。

 

「驚かせて悪いな、イーナ。フィーロはこういう生き物だ」

「……一つ聞きたい。お前は、ハーシーンの加護を受けたのか?」

 

 フィーロに向かって問いかける。デイドラの王の一柱ハーシーンが作り出した病、人狼病。狼や熊の姿に変異し戦闘能力が向上する祝福であり、人によっては理性まで獣に落ちる呪いでもある。

 

「んー? ハーシーンって誰?」

 

 もし、この少女がハーシーンの加護を受けたのであれば、それはデイドラの王が関与している証拠になる。そう思って聞いたが、嘘をついているようにも、理性を失っているようにも見えない。だが、理性があるからと言って、ハーシーンの加護を受けていない証拠にはならない。

 

「それで、イーナの聞きたい事ってそれか?」

 

 フィーロを観察していると、ナオフミが口を挟んできた。正直、脱線しかけていたので助かった。

 

「違う。デイドラの王と波の話」

「は?」

 

 私がナオフミと同じテーブルに着くと、ソフィが私の後ろに立ち、ダフィールがイツキとモトヤスとの間に割って入れる位置に落ち着いた。どうやら他の勇者たちから私を守れる位置取りを選んでいるようだ。

 私はナオフミたちにこの一月考えていた事を話した。デイドラの王の話。タムリエルで200年前に起こったオブリビオンの動乱のこと。波と呼ばれている現象がオブリビオンの動乱に似ていること。前回の波で現れたアトロナックのこと。

 

「それで、デイドラの王が関与してそうな物を見なかった?」

「それってどんな物だよ」

「人智が及ばないような物や、頭のイカれた信者たちが集まっている祠とか」

「俺からすればこの世界は全部そんなのだよ…… お前らはどうだ?」

 

 ナオフミは渋々話を聞いていたイツキとモトヤスに問いかける。モトヤスが嫌そうに眉をひそめた。

 

「は? なんで尚文に答えなきゃいけないんだよ」

「そういうのはいい。後でやって。二人は見てない?」

「まあまあ、元康さん。元々はイーナさんの質問ですし、ここは大目に見てあげましょう。僕は当然ですが、ディメンションウェーブであったこと以外は見ていませんね。ちなみに信者というのはどういったことをする人たちですか?」

「どのデイドラの王を信仰しているかで変わる。わかりやすいのは食人を行うナミラの信徒や、モラグ・バルの信徒である吸血鬼。後は獣の姿に変わるハーシーンの加護を受けた信徒」

 

 そう言って私はフィーロをちらりと見やる。

 

「……それでフィーロを警戒しているのか。フィーロは獣になる人じゃなくて、人になる獣だ。卵から孵したし間違いない。ハーシーンとやらの信者じゃない」

「……わかった。ひとまず信じる。それで、二人は何か見てない?」

「俺も知らないなあ。エメラルドオンラインにもなかった設定だし、関係ないんじゃない?」

「僕も同じ意見です…… 食人って、人が人を食べるんですか?」

「食べる」

 

 イツキは顔を青くして口元を抑えた。ナオフミとモトヤスもぎょっとした顔でこちらを見てくる。

 

「食人って、噂とかじゃなくてマジで食べるのかよ!?」

「イーナのいた世界はどうなってるんだよ!?」

「そんなの、絶対に正義じゃありません……!」

「私に言われても困る」

 

 唖然としている三人を軽くなだめてると、王都に来た時にダフィールに言われた情報を思い出した。

 

「そういえば、モトヤスはドラゴンを倒したって聞いた」

「ん? ああ、倒したぞ! イーナちゃんにも俺の雄姿を見せたかったな…… て、そうだ、尚文! お前俺の依頼横取りしやがって!」

「だから、それは私の話が終わってから、話し合いでも殺し合いでもして」

 

 私は少しイライラしながらモトヤスの言葉を遮り、話を続ける。

 

「タムリエルでは、ドラゴンはアカトシュが生み出した存在。言葉を力に変える魔法、ドラゴンシャウトを操り、魂を滅ぼさない限りは何度でも復活する存在。こちらではどうだった?」

「ドラゴンシャウトっていうのはわからないけど、ドラゴンは間違いなく退治したから安心してくれ! それに、もしイーナちゃんやソフィちゃんが襲われたら俺が助けに行くよ!」

 

 何を考えているのか、モトヤスはこちらにウインクをしてきた。ソフィが小さく「うわぁ……」と呟いたのが聞こえた。

 

「死骸を処理せず疫病をばらまいて、死人を何人も出しておいてよく言えるな。そのうえ死骸はドラゴンゾンビなんてものになってたし」

「はあ? 何わけわかんねー事言ってんだ?」

「そうですよ、尚文さん。さては適当な事を言って、僕たちの依頼を横取りした件を煙に巻こうとしてますね?」

 

 三人はまたギャーギャー騒ぎだした。私はそれを尻目に、ナオフミの話について考える。

 モトヤスが倒したドラゴンはゾンビになったらしい。ドラゴンがアンデッドになるのだろうか。アンデッド自体はスカイリムにも多くいた。スケルトン、ドラウグル、ゴースト。だが、ドラゴンのアンデッドは聞いたことがない。

確かにドラゴンは不死の存在である。だが、復活するにはドラゴンの王であるアルドゥインの力が必要だ。死霊術などの手段で、ドラゴンをアンデッド化させることができるのだろうか。恐らく無理だろう。もし可能なら、スカイリムでもそれらが見られたはずだ。

 

 なら、アルドゥインがこの世界にいて、そのモトヤスが倒したドラゴンを復活させたのだろうか。いや、それはないだろう。アルドゥインはあの忌々しいドラゴンボーンが殺したはずだ。ドラゴンボーンはドラゴンの魂を吸収する。魂が無いなら復活出来ないはずだ。

ドラゴンの王であるアルドゥインの魂はドラゴンボーンに吸収されず、この世界にやって来たというのはどうだろうか。そして、モトヤスが倒したドラゴンをアンデッドとして復活させた。いや、仮定に仮定を重ねすぎだ。そんなのまで考慮していられない。

 

「とりあえずこの件は保留にしておきますね」

「そうしておけ、俺は犯人じゃない」

 

 私があれこれ思考を飛ばしているうちに、解散する流れになったようだ。私も席を立つと、コホンとダフィールが咳払いをした。

 

「……ああ、そうだ。王都の兵だけど、誰が波に連れて行くの? 馬車とか持っていけるの?」

「え? 何の話ですか?」

「それは騎士団とかが考える事じゃないのか?」

「……そういえば、前の波の時、イーナは結構な人数連れていたよな」

「編成っていうのがヘルプにあった。それを使ったんだけど、誰も知らないの?」

「ゲームの時はそんなの無かったな」

 

 そう言ってモトヤスたちはヘルプに目を通しだしたようだ。モトヤスとイツキは興味深そうにしているが、ナオフミは興味なさげだ。

 

「それで、大人数を波に連れていける。モトヤスとイツキで手分けして連れて行って」

「それは構いませんが、イーナさんと尚文さんはどうするんですか?」

「私は自前の人員がいる」

「尚文は無理だろ。なんて言ったって犯罪者だからな!」

 

 またもや騒ぎ出した三人に、私はため息を吐く。

 

「じゃあ、後はよろしく」

 

 そう言い残して、私は食堂を後にした。

 



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13話

 後数分で波が始まる。私たちは前回のように、龍刻の砂時計のある広場に行ったが、他の勇者の姿はなかった。兵士の姿もなく、ちらほらと冒険者らしき人がいるだけだ。

 

「他の人がいませんねぇ」

「集合場所が違うのでは? イーナ殿は何か聞いてますか?」

「知らない。最終的に同じ場所に転移するのなら、どこにいてもいいんじゃない?」

「えぇー? ちょっと協調性がなさすぎませんかぁ? 私たちみたいのが一番周りの事考えてるって正直どうなんですかぁ?」

「もともと話し合っていたわけでもないし、仕方ない」

 

 できれば軽く打ち合わせみたいな事をしておきたくて、早い時間からここで待っていたのだが、来ないのなら仕方ない。前に会った時にしておけば良かった、と軽くため息を吐く。

 

「昨日のうちにでも、どうにか連絡を取っておけば良かったですね。申し訳ありません」

「前回もこんな感じだったし、この国の危機対応がこの程度ってことでしょう? 私たちだけやきもきしても仕方ない」

「少なくとも頭数はいるでしょうしぃ、私たちは波に向かえばいいのではないですかぁ?」

「そうだな。準備していた兵の数からして、近くの村や町の防備は任せても良いと私も思う。ただ、他の者たちの動きを見てからの判断も必要だが…… イーナ殿はどう思いますか?」

「それでいいと思う。ちゃんと兵が来ればだけれど」

「……次回からは、ちゃんと波の前に打ち合わせをしましょう」

 

 スカイリムにいたころは、基本的に単独で任務に当たっていたし、他の兄弟たちが私に合わせてくれていた。本来なら殺しの仕事に当たらない聞こえし者が、こういった細かい事をするべきだったのかもしれないが、ナジルたちに任せっきりだった弊害だろうか。いまいちしゃっきりしないまま大きなため息を吐くと、ビキン!と大きな音が鳴り、私たちは転移した。

 

 

 

 

 前回同様、すぐさま武器を構え周囲を見渡すと、他の勇者たちと多くの兵がいた。ちゃんと人数がいることに少しほっとすると、やはり前回同様にモトヤスとイツキが波に向かって走り出した。

 

「槍の勇者様と弓の勇者様に続けえ!!」

 

 おおー!と鬨の声を上げ、全体の6割ほどの兵が波の亀裂へと向かっていった。残りは周辺の村の防備につくようだ。

 

「ダフィール、近くに村はある? 防備の手は足りそう? 波の方に向かった人数のほうが多いけど」

「村はあります。足りるかどうかは魔物の数と質次第かと」

 

 なら一度、村の防備を確認してから亀裂に向かった方が良いかもしれない。そう考えたが、ナオフミに声をかけられた。

 

「イーナ! 俺が村の方に行くから、お前は波を止めに行ってくれ!」

 

 そう叫ぶや否や、ナオフミは真っすぐ走って行った。どこに村があるのかちゃんと把握しているらしい。

 

「ナオフミに任せよう。ナオフミより他の二人の方が信用できない」

「……まぁ、亀裂の方に向かいましょう」

 

 亀裂の方に向かって走っていると、先に向かっていた兵たちがごちゃごちゃと戦っていた。はっきり言って、前に出るのに邪魔である。

 

「剣の勇者のお通りだぁ、とか叫んでみますかぁ?」

「絶対にやめて」

 

 軽口を叩きながら大きく迂回する。兵が戦っている魔物を見ると、炎の精霊だけでなく、氷の精霊まで出現していた。やはりアトロナックが混じっている。亀裂の向こうはオブリビオンなのか。そう思い空を見上げると、大きな船が飛んでいた。

 

「あれが親玉とかじゃぁないですよねぇ?」

「弓の勇者様が攻撃しているな」

 

 ダフィールの視線の先を見ると、イツキが船に向かって弓を引いていた。モトヤスはどこにいるのだろうか。

 

「とりあえず、イツキの所に行って情報を聞く」

 

 高台から攻撃しているイツキの下に着くと、数名で矢を射かけていた。空を飛んでる船に矢を射かけて効果があるのだろうか。

 

「あれが親玉?」

「イーナさん…… いえ、あの幽霊船の船首にある像を壊すと、ソウルイーターが出現します。それがボスです。なのに元康さんは船に勝手に乗り込むし…… イーナさんも像に攻撃してください」

「ここから剣でどうしろと?」

「スキルとか魔法とかあるでしょう」

「そんなのは武器で戦えない卑怯者の使う物。私は嫌」

「何バカな事を言ってるんですか……」

 

 なんにしろ、私はここからじゃ像に攻撃が届かない。なら、届く所まで近づくしかない。

 

「私たちも乗り込む」

「それは構いませんがぁ、どうやってですかぁ? ジャンプしても届きませんよ?」

「イツキ、あの船からうじゃうじゃ生えてる蛇みたいのはここまで首を伸ばしてくる?」

「元康さんがタゲ取っているので頻繁にではないですが、伸ばしてきますけど……」

「イーナ殿、まさかとは思いますが、伸びてきた首を伝って乗り込むとか仰らないですよね?」

 

 ダフィールが嫌そうな顔をして訪ねてくる。

 

「それが嫌なら、飛んでいる魔物に飛び乗って、ぴょんぴょんと船まで行く」

「そっちの方が無理ですよぉ」

 

 そう言いながらも、ソフィは軽く手首と足首を伸ばしている。ライヒノットからつけられた人員の多くは不安を顔に浮かべていた。

 

「落ちても助けられないし、少しでも自信がないならやめておいた方がいい。幸い、地上にも倒す敵は一杯いる」

 

 結局挑戦するのは私たちを含めて5名になった。地上に残って戦う者にダフィールが指示を出している。

 

「イーナさん、本当にやるつもりですか? 正直無茶だと思いますが……」

「結構太いし、何とかなると思う」

「……イーナさんたちが渡っている間は、何とか援護してみます」

「お願い」

 

 私も軽く体をほぐしていると、蛇の部分に動きがあった。明らかにこちらに狙いを定めている。一度ぐっと溜めるような動作をした後、口を開けながら突っ込んでくる。何匹か襲ってきたが、私は一番手近な蛇の鼻先に手をかけ、そのまま頭を飛び越え、胴体部分に着地する。幸い体表がぬるぬるしていることもなく、何とか渡り切れそうだ。

 

「イーナ様ぁ! この子凄く動きますぅ!」

「耐えて」

 

 当然と言えば当然だが、上に乗った私たちを振り落とそうと蛇は動き回る。試しとばかりに剣を刺して、それを支えに耐えれないかと思ったが、痛みでさらに激しく動き回るだけだった。仕方なく近くの蛇に飛び移ると、すぐそばにいたダフィールが何をしているんだと言う目で見てきた。

 

「落とされる前に渡った方がよさそう」

「当たり前です! 変な事しないでください!」

 

 何とか渡り切り、船底に空いていた大きな穴に飛び込む。少し遅れて他の人もやって来た。欠員はいないようだ。

 

「……こんな事、二度としたくありません」

「一度できたことは次も出来る」

「出来るからってぇ、したくはないですよぅ」

 

 ついてきた者の不満を聞き流していると、上の方から剣戟が聞こえてきた。どうやらモトヤスは甲板で戦っているらしい。ちらほらと船内にいるアンデッドを倒しながら上に向かっていると、見覚えのある姿が目に入った。黒い外骨殻に覆われた、人の身長程もある細長い体に大きな顎。尾の先が鋏のように分かれている。

 

「気持ち悪い虫ですねぇ」

「……シャウラス」

 

 間違いない。オブリビオンでもエセリウスでもない、スカイリムの生き物だ。なぜシャウラスがここにいる? 亀裂の向こうはオブリビオンではなくスカイリムなのか? それとも、この世界にもシャウラスはいるのか? 似ているだけで、まったく別の生き物なのか?

 

「イーナ様ぁ? どうされましたかぁ?」

 

 ふと気が付くと、すでにシャウラスは倒されていた。シャウラスが飛ばしてくる毒液は強力だが、負傷した者はいないようだ。

 

「スカイリムの生き物だった」

「今の虫がですかぁ?」

「そう」

「イーナ殿、色々お考えになるのもわかりますが、今は戦闘に集中してください」

 

 ダフィールの言うとおりである。私は軽く頭を振って、思考を切り替えた。

 

 甲板に出ると、予想通りモトヤスたちが戦っていた。ざっと見渡してみると、誰も船首の像を攻撃していないようだ。

 

「イーナちゃん! よく来てくれた! まずはこのクラーケンから倒すんだ! そうすればボスのソウルイーターが出てくる!」

 

 どうしたものかと思案していると、モトヤスから声をかけられた。私たちが渡ってきた蛇を先に倒すのだと言っている。

 

「イツキは船首の像を先に壊せと言っていた」

「はあ!? あいつ適当言いやがって! クラーケン倒してからのソウルイーターが正解なのに!」

 

 手近な敵を倒しながら会話をするが、イツキの話とどうも違う。確か二人は、この世界の情報をあらかじめ持っていたはずだ。なぜその二人で攻略方が違うのだろうか。

 

「どちらかが間違っているのでしょうか?」

「どちらも違うというのもぉ、ありそうですねぇ」

 

 近くで話を聞いていたダフィールたちも首を傾げる。

 

「考えたってわからない。だから、どっちもやる。こっちは私とソフィが残る。ダフィールたちは像の方お願い」

「像の方ですか…… どうやって攻撃しましょう……」

「船内に戻って、壁を壊せば届くんじゃない?」

「びっくりするくらい力技ですねぇ」

「はあ、まぁやってみます。では、イーナ殿、ソフィを頼みます」

「ん。そっちも気を付けて」

 

 少し呆れた様子のダフィールを送り出し、私とソフィは蛇に対峙する。

 

「え? イーナちゃんの仲間どこ行ったの?」

「イツキとモトヤスで言ってることが違ったから、イツキの言う事をやって貰いに行った」

「イツキのデマ情報に流されないでよ! 俺より樹の方を信じるのか!?」

「どちらが正しいかなんて考えてもわからない。強いて言うならどちらも信じてないから、どちらの言い分も試すだけ」

「な!?」

 

 何やらモトヤスの仲間も憤慨しだしたが、それほど変な事を言っただろうか。不敬だのなんだのと騒いでいるが、特に返事をする必要を感じなかったため、黙々と蛇を切り続ける。

 しばらく蛇を切っていると、船内からバキバキと破壊音が聞こえてきた。

 

「うわぁ、おじさんたちぃ、本当に穴開けたんですねぇ」

「これで像を壊してくれれば助かる。こいつ死ぬ気がしない」

「キリがないですよねぇ。これは違うんじゃないですかぁ?」

「いや、これであってるんだ! 俺を信じて!」

 

 実際、何頭も頭をつぶしたが、次から次へと新しい頭が湧いて出てくる。合間に近寄ってくる船長みたいなアンデッドも倒しているが、そいつもすぐに復活する。こうなるとイツキの情報が正しいのだろうか。それとも、他に何か仕掛けがあるのだろうか。

 

「イーナ様ぁ、もう船を壊しちゃいませんかぁ? おじさんたちが壁を壊せたのならぁ、船その物も壊せると思うんですよねぇ」

「ああ、いいかも」

「え? それ真面目な話?」

「この不毛な作業を続けても仕様がない。この船に何かあるのは確かだろうから、全部壊しすのもあり。ソフィ、ダフィールたちを呼んできて」

「いぇ、どうやら戻ってきたみたいですぅ」

 

 そう言われ視線を向けると、確かにダフィールたちが戻ってきた。何とも微妙そうな顔をしている。恐らく駄目だったのだろう。

 

「どうだった?」

「攻撃しても意味がない感じでした。ダメージは通っているのですが、すぐに修復されます。どうにもなりそうに無かったので戻ってきたのですが…… こちらはどうですか?」

 

 ダフィールはちらりと蛇に視線を向けて訪ねてくる。私は軽く肩をすくめた。

 

「こっちも同じ。埒が明かないから、船自体を壊そうかと思ったところ」

「酷い力技ですね……」

「他に意見があれば前向きに考える」

「もう面倒ですしぃ、片っ端から壊してみましょうよぉ」

「いやいやいや、いくら何でもそんな攻略は無いでしょ! クラーケンを倒せばソウルイーターが出るんだって!」

「そう言ってもう1時間は経ってる。どれだけ頭を潰しても減っている気がしない」

 

 どこから壊そうかと周囲を見渡すと、丁度ナオフミとイツキが船に飛び乗ってきた。

 

「遅いぞ! 何をやっている!」

「元康さん、イーナさん! なぜ船首の像を攻撃しないんですか! あれを壊さなきゃボスが出てこないのに!」

「何言ってるんだよ! クラーケンが先だろう!」

「どちらも試したけど効果が無い。きっと他の手段がある。けどそれが何かわからないから、この船を壊そうとしてる」

「はあ!?」

 

 言い争いを始めた二人を尻目に、ナオフミに状況を説明する。人手が増えれば船を壊すのも楽になるだろう。

 

「足場がなくなると不便だから、上から下へと壊していくか、下から上に壊していくか。どっちがいい?」

「降りる事を考えれば、下を残した方が降りやすそうですが……」

「おじさん、この高さなら大差ないと思いますぅ」

「いやいやいや! まだ打つべき手はあるだろう! 樹! 元康! お前らも言い争ってないで少しは連携しろ! 負ければお前たちも村人もみんな死ぬんだぞ! いい加減ゲーム感覚は捨てろ!」

「お前に言われなくてもわかってるんだよ! だからクラーケンを倒して!」

「像が先だって言ってるじゃないですか!」

「こいつら……」

 

 言い争いを続ける二人に、ナオフミは苛立ちを見せる。私は近くに寄って来ていた船長みたいはアンデッドの首を刎ねるが、やはりすぐに復活する。それを指さしながらナオフミに視線を向ける。

 

「こんな感じで、倒しても意味がない。何かあるとは思うけど、それが何かわからないから、全部壊した方が早いと思う」

「いや、今何か影が…… ラフタリア! 光の魔法だ!」

「え、あ! はい!」

 

 ナオフミの指示に従って、ラフタリアが光の魔法で辺りを照らすと、周囲のアンデッドの影がゆらりと動き、形を変えた。

 

「足元の影を攻撃しろ!」

 

 言われるがままに手近の影を攻撃すると、紫色の靄のような物が出てきた。他の影からも出ているようで、その靄が一か所に集まると、一匹のモンスターになった。

 

「やっと出てきたか! ライトニング……スピアー!」

「サンダーアロー!」

 

 モトヤスとイツキは、何やらスキルを使って攻撃しているが、これは困った。

 

「イーナ! どうした! お前も攻撃しろ!」

「届かない」

「は?」

 

 現れたソウルイーターは、上空に漂っている。私の短剣では届くはずも無かった。

 

「剣じゃ届かない。せめて弓が欲しい」

「いや、スキルとか魔法とかあるだろう!」

「そんなのは武器で戦えない卑怯者の使う技術」

「そんなこと言っている場合じゃないだろう!」

 

 確かに、モトヤスとイツキの攻撃はあまり効いている気はしなく、このまま眺めていても時間がかかるだけだ。私は少し逡巡した後、静索を駆け上り、マストの上部に登った。

 

「イーナ殿! 無茶です!」

 

 ダフィールの声を無視して、私はソウルイーターに向かって飛び降りた。落ちていく勢いそのまま、ソウルイーターの背中に短剣を突き刺す。悲鳴を上げながらのたうつソウルイーターから振り落とされまいと、さらに短剣をねじ込んでいくが、見た目ほどダメージが入っている様子がない。剣は効きにくいのだろうか。

 

「急げ! 早くしないと強力なスキルを使うぞ!」

 

 モトヤスが叫ぶと同時に、他の人もソウルイーターに攻撃を加える。ソウルイーターは更に激しく動き回り、流石に乗ったままいるのは難しくなってきた。

 

「ファスト・トルネード!」

 

 フィーロが風の魔法を使ったらしく、下から突風が吹きあがってきた。私はこれ幸いと、ソウルイーターからその魔法に向かって飛び降りる。魔法によるダメージはあるが、あの高さから落ちるよりはマシだろう。

 

「イーナ様ぁ! ご無事ですかぁ!」

「問題ない」

「あまり無茶をなさらないでくださぃ!」

「とりあえず、ナオフミの後ろに移動する」

 

 ソウルイーターの口に何やら光が集まっている。恐らくその光を飛ばしてくるのだろう。どれだけの威力かはわからないが、馬鹿正直に食らう必要もないだろう。

 私たちがナオフミの後ろに隠れると同時に、ソウルイーターが光を飛ばしてきた。それなりの威力ではあったらしく、モトヤスたちが吹き飛ばされている。

 

「すげえ自然に俺を盾にしたな」

「むしろ、避けも防ぎもしないで攻撃受けた他の人がわからない。強力なスキル使うって言ってたのモトヤスだよね?」

「馬鹿が何考えてるのか何て知らねえよ…… フィーロ!」

「うん! はいくいっくー!」

 

 ナオフミはさしてダメージを負ったようには見えず、フィーロに指示を出す。飛び上がったフィーロは、ソウルイーターを翻弄しながら攻撃を与えているが、火力が足りず、倒しきるには時間がかかりそうだ。

 

「イーナ、何か良い手段は無いか?」

「地面に降りてくれれば、殺せない道理はない。時間はかかるけど」

「そうか…… ラフタリア! 憤怒の盾を使う!」

 

 何やらパーティー内で話し合った後、ナオフミの盾が変わった。炎を纏った黒い盾だ。

 

「ああー! うああー!」

 

 目が赤く染まったナオフミは、何かに抗うかのように叫び出した。フィーロも何かに取りつかれた様にソウルイーターに攻撃をしかける。

 

「うああ! うう! ぬわあー!」

 

 まるで人が変わったかのように、ナオフミはソウルイーターに向かっていった。二人が攻撃しているのを見る限り、近寄っても出来ることが無さそうなので、回復薬を飲みながら思考を巡らす。

 二人はシェオゴラスの狂気にでも飲まれたのだろうか。いや、ナオフミは憤怒の盾と言っていた。ナオフミが怒りを覚えたものは何か。考えるまでもなく、この国と人々だろう。騙され、拒絶され、排除された。ならマラキャスに目を付けられたのかもしれない。

 

「まるでケダモノ…… あんなの勇者の戦い方ではありませんわ」

 

 赤髪の王女がナオフミに文句を言ったところで、丁度ソウルイーターが甲板に落とされたので、私も攻撃に向かう。ナオフミが抑えてくれているので楽に攻撃できるが、やはりあまりダメージが通っている気はしない。大剣を振り回した方がいいかな、と思ったタイミングで、モトヤスたちも攻撃に参加してきて、そんなスペースもなくなった。

 

「シールドプリズン!」

 

 他に手段も思い当たらなかったので、仕方なく短剣で切り刻んでいると、正気に戻ったナオフミのスキルで、ソウルイーターが鎖のついた球体に囚われた。

 

「その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は鉄の処女の抱擁による全身を貫かれる一撃也。叫びすらも抱かれ、苦痛に悶絶するがいい! アイアンメイデン!」

 

 ナオフミがそう詠唱すると、内側に棘の付いた棺が現れ、ソウルイーターを覆う球体ごと飲み込み、消えて行った。

 

「終わった……か……」

 

 力を使い果たしたのか、ナオフミは膝をついた。

 

「盾の力が…… あんなものだなんて……」

「次はこうはいかないぞ!」

「それってぇ、負け惜しみー?」

 

 戦闘が終わって気が抜けたのか、また軽口が始まる。いや、戦闘中もしていたか。

 

「イーナ様ぁ。とりあえず今回も終わりましたねぇ」

 

 ソフィが寄ってきたが、何か嫌な予感がしたので、軽く手で制す。

 

「どうされましたかぁ…… え?」

 

 じっと甲板を睨んでいると、そこから二体目のソウルイーターが湧いて出てきた。

 

「二体目だと!? こんなのゲームになかったぞ!」

 

 ソウルイーターの再度の出現に、私はうんざりしながらため息を吐いた。これもまた何か仕掛けがあるのだろうか。

 仕方ないので取り合えず攻撃しようと思った時、上空から落ちてくる人陰が見えた。その姿が見えた時、私は一瞬呼吸することさえ忘れた。

 

「フッ!」

 

 まるで着地する片手間のように、その手に握ったドラゴンの骨で出来た片手剣で、ソウルイーターを一太刀で屠る姿を、愕然と見つめた。

 

「星霜の書に示された通りに来たが…… ここはどこだ?」

 

 私を殺したドラゴンボーンが、そこにいた。

 



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