21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! (Leni)
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プロローグ
1.あさおんから始まる未来世紀


 朝起きると、女になっていた。

 

 驚愕した。何か寝苦しいなと感じて目が覚めたのだが、身体がいつもの自分のものじゃなくなっていた。胸がある。

 身体だけじゃない。服装も変わっている。Tシャツにルームパンツで寝ていたはずなのに、何やら見慣れない女物の服らしきものを着ている。

 

 というか掛け布団がない。もう冬だというのに。

 …………。

 いや、待て。ここはどこだ。

 見慣れぬ天井に、はっとなり、俺は寝たままだった上体を起こした。周囲を見渡してみると、昨夜就寝したはずの寝室じゃない。

 病室のような窓のない真っ白な部屋。俺が横たわっていたのは掛け布団のない白いベッド。そして……胸のある自分の身体。

 

 腕を上げて手の平を見てみると、これまた見覚えのないほっそりとした指先が見えた。農作業で日に焼けていたはずの肌も、透けるような白さになっている。

 首の後ろに違和感を覚えたので手を当ててみると、伸びた髪の毛が手に当たった。これもおかしい。三日前に床屋で刈り上げにしてもらったばかりなのだ。

 いったい、俺はどうしてしまったというのだ。

 

「お目覚めになりましたか」

 

 背後から唐突にかかった声に驚いて、肩が跳ねた。

 振り返ってみると、そこには若い女性が立っていた。

 

「気分はどうですか? 調子の悪いところは?」

 

 女性が無表情でそう尋ねてくる。

 俺はとりあえずこの状況に対し、何か手掛かりが掴めないものかと、背後の見知らぬ女性との対話を試みることにした。

 

「ええと、よく解りません。頭が痛いとかはないです。ええと……」

 

 こちらも何か尋ねてみようと思ったが、聞きたいことがあまりにも多すぎて言葉に詰まる。

 しばし逡巡し、そして思いつくままに言った。

 

「ここ、どこですか……?」

 

「惑星テラ第五十八国区ニホン、カナガワエリア、ヨコハマ・アーコロジー、第三実験区二十一多目的実験室です」

 

「…………」

 

 よく解らないけれど、たぶん神奈川県の横浜……? 俺が住んでいるのは山形のはずだが……。

 いや、それよりもエリアだの国区だのといった言い方はなんだろうか。普通に聞いたら、なに回りくどい変な言い方をしているんだ、となるけれど、今の俺は〝女になっている〟奇妙な状況なのだ。もしかすると、この言い方にも意味があるのかもしれない。

 

「ええと……日本国の神奈川県横浜市ではなくですか……?」

 

「はい。この惑星において、国家というものは宇宙暦元年に存在しなくなりました。今は国区という地区にその名残を残すのみとなっています」

 

「宇宙暦元年……?」

 

「はい。現在は西暦2630年。宇宙暦299年となっております」

 

「なに言ってんの……?」

 

 西暦2630年……? ちょっと待って。ジョークだよな、さすがに。いくら俺が女になっているからといって、そんな未来にいるだなんて……。

 

「わたくしは、あなたの日常サポートを担当させていただく有機ガイノイド、ミドリシリーズのヒスイと申します。失礼ですが、あなた様のお名前をお教えいただけますか?」

 

「あっ、はい。瓜畑……瓜畑吉宗(ウリバタケヨシムネ)です」

 

「ウリバタケ様ですね。今から、ウリバタケ様にはとても辛いことをお伝えしなければなりません。心して聞いてください」

 

「はい……?」

 

「ウリバタケ様。残念ですが……あなたはお亡くなりになりました」

 

 ……マジで?

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ヒスイさんが言うには、俺は死んだらしい。

 じゃあここは天国か何かか、と聞いたが、違うと言われた。そういえば普通に神奈川の横浜って言われてたな。

 

 なんでも、俺はこの27世紀の時代から200年前の25世紀に行われた、『過去を覗く時空観測実験』の失敗で死んでしまったらしい。

 

「こちらが時空観測実験で干渉された直後の、21世紀のウリバタケ様の家屋跡となります」

 

 そう言ってヒスイさんは、空中に画面のようなものを投影して見せてくれた。そこに映っていたのは、俺の住む家の敷地と、その中心にある見事なクレーター。

 俺は家ごと時空に飲まれて死んでしまったようだ。

 

 そして、失敗した時空観測実験が行われてから200年後の今現在。新たに行われた実験で〝次元の狭間〟とかいう場所を研究者が覗いたところ、俺が死体となって漂っていたらしい。そこをサルベージされ、死体から魂を引き出し、ガイノイド……女性型アンドロイドのボディに魂をインストールしたというのだ。

 

 正直、信じ切れない。テレビのドッキリや映画の『トゥルーマン・ショー』を疑うところだ。

 だが、今の俺は女になっている。たかがドッキリのために性転換などしていられないだろう。というか、身長すら変わっているので、手術で性転換しているわけじゃないのは解る。現代の技術ではおそらく不可能だ。

 

 なので俺は、自分の死体を見せてもらうことで、この現実を受け入れることにした。

 ……死体はグロかった。なんかねじ切れていた。

 口の部分は無事だったので、歯の治療痕で自分の死体だと理解できた。

 

 というわけで、俺は27世紀の未来にタイムスリップして、女になってしまった。女というかアンドロイドだが……。

 

「バイオ動力炉搭載なので、食事もできますよ。機能選択で、ほとんど人間と変わらない生理現象も起こせます」

 

 そうヒスイさんに言われたが、トイレとかの必要がなくなるならば、ボディの機能を人間に近づけすぎない方がいいな。

 しかし、今後はどうしたものか……。今は保護をしてもらっている状態なのか?

 そこのところをヒスイさんに聞いてみたのだが……。

 

「ヨシムネ様のご遺体は、21世紀の人類の医学的・考古学的な価値があるため献体され、その貢献が認められ一級市民の資格がヨシムネ様に与えられる予定です」

 

「えっ、俺の死体、研究とかに使うの?」

 

 敬語は不要と言われたので、ヒスイさんにはタメ口だ。

 代わりに、名前呼びをしてくれるよう頼んでいる。瓜畑ってなんかダサいからな。

 

「はい。ご不快でしたか? これ以上の研究を拒否し献体を拒むのでしたら、準一級市民に降格してしまうのですが……」

 

「あ、いや。俺、ドナーカードとかも持っていたし、医学とかの学問に貢献できるならいいかな。死体を墓に埋めるとか言っても、まだこうして生きているしね」

 

「現代の人類は魂だけとなっても生きられるため、ご遺体を墓地に埋めることは稀になっていますね」

 

 未来人すげえ。

 魂とかいうスピリチュアルな物が解明されているなんて、ファンタジーすぎると感じるが……それをアンドロイドにインストールするとか、ファンタジーじゃなくてSFだな。これがアンドロイドじゃなくてゴーレムだったら、完全にファンタジーだった。

 

「で、一級市民と準一級市民とか言っていたけど、何か違うの?」

 

「市民の階級は、月に配布されるクレジット……お金の額が違います。また、階級が高いほど惑星在住の許可が下りやすくなります」

 

「え、もしかしてスペースコロニーとかある系?」

 

「ありますね」

 

 宇宙暦とか言っていたしな……。

 

「地球の人口が増えすぎて、宇宙に進出してる感じ? ちょっとワクワクしてきた!」

 

「惑星テラは自然環境保護の観点で、〝人の住まない土地〟を増やすために宇宙への入植が進みました」

 

「あ、地上が建物でみっちりとか、自然が破壊されすぎて酸の雨が降り注ぐとか、そういうのじゃないのね」

 

「宇宙に土地は有り余っていますからね。惑星テラを密集地にする必然性がありません」

 

 600年後の未来か。想像もつかないな。

 俺の居た21世紀から600年前の昔というと、どの時代だ? 戦国くらいか? 室町だったかもしれん。ともかく、生活様式が全く異なるくらい昔だ。馴染めるのかな、俺。

 

「で、一級市民とかいうものになった俺は、どんな仕事につけばいいんだ? 農家だったけれど、その知識は役に立ちそうか?」

 

「農家の知識は考古学的な価値があるかもしれませんので、後日、研究機関からアプローチがある可能性があります。ですが、仕事については、特にやる必要はありませんよ」

 

「え?」

 

 仕事が、必要ない? 一級市民ってそんなにすごい階級なのか!

 

「21世紀とは違い、科学技術の発展の結果、宇宙3世紀の現在、人類は働く必要がなくなりました」

 

「えっ、人類単位?」

 

「はい、人類全てです。過去、技術的特異点に到達した人類は、機械にその全ての労働を任せ、またその監督も人工知能に任せるようになりました。そして人類は労働から解放され、いかに幸せに生きるかを追い求める生物へと進化しました」

 

「働かなくてもいい……あ、だからさっき言っていたお金の配布ってことね」

 

「はい。人類は二級市民、準一級市民、一級市民と階級が分かれていますが、最下級の二級市民でも、何不自由なく幸福な生活を過ごせるだけのクレジットが配布されます。一級市民に配布クレジットが多いのは、趣味で研究をする人が多いため、機材購入に資金がより必要になるからですね」

 

「はー、すっご」

 

 働きたくないとは常日頃から散々思っていたが、誰も働かなくていい世界なんて想像もしたことがなかった。

 

「ヨシムネ様は、農学の研究職をご志望なさいますか?」

 

「あ、いえ……働きたくないです」

 

 27世紀の農学を一から覚え直すなんて、絶対に嫌だ! 俺は勉強が嫌いなんだ!

 

「そうですか。では、日常の雑多なことは私にお任せいただいて、ヨシムネ様は生活を楽しんでください」

 

 生活を楽しむか……。

 俺の一番の趣味と言えば、テレビゲームだ。それを日がな一日中遊べる……なにそれ、幸せすぎる。

 

「ヒスイさん、今の時代、デジタルゲームってちゃんとあるよな? テレビゲームとも言う」

 

「はい。二級市民の人口の九割以上がゲームをして日々を過ごしていらっしゃいます。ソウルコネクトゲームというもので……そうですね、21世紀風に言うと……フルダイブVRゲームとでも言うのでしょうか」

 

「フルダイブ! すげえSFっぽい!」

 

「ふふっ、この時代ではサイエンスではありますけれど、フィクションではありませんよ。枯れた技術です」

 

 そうして俺は、苦しくて仕方のなかった農作業から解放され、ゲームをするだけでいい生活を手に入れたのだった。

 夢のような生活だが、21世紀に未練はある。両親は健在で、一緒に農家を経営していた。両親は偶然、家の外でドライブ中だったので、時空観測実験の事故とやらには巻き込まれていないだろうが、過去に残していくのは心配だ。

 

 しかし俺の身体はすでになく、アンドロイドのボディに変わってしまった。

 もし過去へ帰ることができるとか言われても、帰るに帰れないだろう。あさおん(朝起きたら女になっていた)は現実的に考えると厳しいのだ。家も消滅したし。

 

 だから俺は、この未来世紀で生きていくことを決めたのだった。

 



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配信者始めました
2.今日から始める動画配信


「飽きた! ゲームもう飽きた!」

 

 ゲームだけをして過ごす、どこかの四次元人みたいな生活を始めて三ヶ月。俺は限界を迎えていた。

 

「遊ぶだけの生活ってこんなに退屈なのか!? 定年退職した老人ってすごくね!?」

 

 そう、仕事のない生活というものに飽きてしまったのだ。

 

「ソウルコネクトゲームは飽きましたか? では、新しい娯楽を見つくろいます」

 

 そして、俺担当のお手伝いさんである、このヒスイさんの存在が非常にまずい。

 部屋には便利な家電が複数あるが、それらを使うのはヒスイさんの仕事だ。他にも、細々とした家事を全て担当してくれるうえに、新しいゲームのチョイスもしてくれる。その結果、俺が日常生活でゲーム以外の何かをするということがなくなった。

 俺が自分で家事をやっていたら、ゲーム以外にもすることができて生活にメリハリが出ていただろう。だが、このスーパーお母さんがそれを阻止してくる。

 自分で少しくらい家事をする、と言っても「これが仕事ですので」と譲らない。命令もできない。俺の担当ガイノイドだが、あるじは俺じゃなくてあくまで行政区の所属なのだ。甘んじて甘やかしを受け入れるしかない。

 

「働かないって、こんなに辛いのか……ニートの人達とかよくこの環境に耐えられるな」

 

 俺はソウルコネクトチェア……VR接続機器に座ったまま、お茶を口にしそんなことをぼやいた。

 

「新しい娯楽ではなく、就労を希望ですか?」

 

「ああ、本当に働かないって慣れないな」

 

 農大を出て十年。ずっと実家で農作業を続けてきた。畑はこちらの事情なんて待ってくれない。農繁期は休みなんてないようなものだった。だから、身体の芯まで労働というものが染みついているのだ。

 

「農家の仕事って空いてないかな」

 

「農家ですか。残念ながら、現代の農作物は全てロボットによる工場生産ですので、人の介在する余地はありませんね。農学研究は別ですが」

 

「研究職は嫌だぁ……」

 

「研究職以外に市民の方が就く仕事といいますと、音楽家や芸術家、小説家といったアーティスト方面ですね」

 

「芸術センスは皆無だなぁ」

 

「それ以外でしたら、芸能人でしょうか。役者というのもありますね」

 

「いいな! 俺、学生時代演劇部だったんだよ」

 

「ですが、役者の倍率はものすごく高いですよ。しかも、ヨシムネ様の容姿はミドリシリーズのガイノイドのものなので、すでにいる役者のミドリシリーズと見た目が似通ってしまいますね」

 

「ええっ……、役者もアンドロイドがやってるの……」

 

「高度有機AI搭載のアンドロイドは三級市民としての人権が認められていますので、各々役割を与えられるほか、好きな仕事に就く者もいます」

 

 高度有機AIとは、人間の脳を機械で模した人工知能のことらしい。この三ヶ月間、NPCにそのAIが搭載されたVRゲームをプレイしたこともある。NPCとは、ノンプレイヤーキャラクターの略で、プレイヤーが操作する以外のキャラクターのこと。ゲームプログラム側が動かすキャラクターのことだ。

 ちなみに高度有機AIは人権を持つため、自室のゲーム機にそのAIがインストールされているわけではない。AIを持つゲームサーバに接続する形だ。

 

「役者は無理だよなぁ。まあ、そもそもプロになる気とか昔もなかったが。うーむ……」

 

 芸能人とかちょっとだけ憧れてたんだけど、本気で目指すことはなかった。

 ん? 待てよ?

 

「芸能人が駄目なら、ユーチューバーになればいいじゃん」

 

「ユーチューバーですか? ……なるほど、21世紀の動画配信サービスを利用した配信者のことですか」

 

「そうそう。配信者。ゲームのプレイ中に声を当てたのを動画投稿したり、ライブ配信でコメントを読み上げながらゲーム実況したり。お、これ結構よくないか。遊びながら仕事らしいこともできる。動画編集とかしたことないけど」

 

「編集はお任せください」

 

「マジで。ヒスイさん有能」

 

「ミドリシリーズですから」

 

 ふんす、と鼻息荒くドヤ顔をするヒスイさん。耳の部分についたヘッドホンみたいなアンテナ以外は、本当に人間と見分けがつかないなぁ、このガイノイドさんは。

 

「では、動画配信に必要なソウルコネクトゲームを購入いたしますね」

 

「あれ、今持ってるゲームじゃ駄目?」

 

「そこなのですが……主な視聴者層になるであろう二級市民の方々は十何年、何十年とソウルコネクトゲームを続けてきています」

 

 そうだな。ゲームだけする生活をそんなに続けて、よく精神が耐えられるなと思うけれど。

 

「そんな人から見て、ソウルコネクト初心者のヨシムネ様のプレイを見て、心躍るようなことがあるでしょうか? 最初は目新しさがあるのでいいでしょうが、長期間初心者のままで面白さを継続できるでしょうか」

 

「むう」

 

 一理ある。

 

「ですので、年単位で修行しましょう。このゲームで」

 

 そう言ってヒスイさんが空中に投影した画面に映っていたのは、『-TOUMA-』というタイトルのゲームだ。

 

「ええと、剣豪アクション・生活シミュレーション……生活シミュレーションかぁ」

 

 生活シミュレーションとは、その名の通り、日常生活を過ごすタイプのゲームだ。この宇宙世紀の未来SF時代では、ゲームの中の物理法則は現実と遜色ないほど再現されている。

 だから、何もしなくていい現実の生活を半ば捨てて、ゲームという異世界で日常を過ごすタイプのゲームが一部で人気なのだという。その多くがMMO……多くのプレイヤーを集めたオンラインゲームだが、この『-TOUMA-』のゲームのようにオフラインタイプの物も存在するようだ。まあ、オフラインとは言っても高度有機AIをNPCに搭載したければ、AIサーバに接続する必要はあるのだが。

 

「ニホン国区産のゲームで、江戸時代を舞台とした妖怪退治アクションですね。時間加速機能付きです」

 

 時間加速機能とは、ゲームの中で二十四時間相当プレイしても現実では一時間しか経過していない、といった現象を実現する機能のことだ。

 

「シミュレーション設定を簡易モードにすれば、ゲーム内の一日が二時間で終わります。さらに時間加速を高めにかけて、ゲーム内の一年を現実の半日で収まるようにしましょう」

 

「はあ……」

 

「ゲーム内で二十年も過ごせば、きっとゲームも上手くなっていることでしょう」

 

「えっ、どんだけやらせるつもりなの!?」

 

 ゲーム内で二十年。一日が二時間で終わるっていうから、一年が730時間。それが二十年だから14600時間。時間を日に直すと608日。約二年間、ゲームの中で過ごすっていうのか。ガイノイドボディになったので暗算が速いな。

 

「大丈夫です。一年プレイするごとに現実に戻って休憩して、動画を投稿しましょう。それを二十回です」

 

「ええと、他のゲームでじっくり時間をかけて練習していくというわけには……」

 

「ご心配なく。私も一緒にゲーム内についていきますから」

 

「ううん……」

 

「動画配信者になるということは、この時代、宇宙の全ての人々に見られるということです。言語の壁というものは、自動翻訳によりすでに存在しないのです。早急なスキルアップが必要となるのです。ね?」

 

「うーん……やってみる」

 

「はい!」

 

 ヒスイさん、すごく嬉しそうだ。配信者になる予定の俺よりノリノリだ。

 あ、ヒスイさんがゲームの中にまでついてくるってことは、ヒスイさんも動画に映るってことじゃないか。彼女も配信者になってみたかったのかな?

 



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3.-TOUMA-(剣豪アクション・生活シミュレーション)<1>

 VR接続スタート!

 

「皆様初めまして。惑星テラ第五十八国区ニホンの国区産有機ガイノイド、ミドリシリーズのヒスイと申します」

 

「あ、もう撮影も開始してんの?」

 

 VR機器のホーム画面である白い空間で、俺は現実と同じ姿のアバターでたたずんでいた。いつもと違い、ヒスイさんの姿も見える。そして、そのヒスイさんが唐突に自己紹介を始めたのだ。

 先を越されてしまった。これはいけない。俺は、予め考えていた前口上を述べることにした。

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。……時空観測実験事故で21世紀からタイムスリップしてきた元おじさん、現ガイノイド少女のヨシムネだ。そういう設定とかじゃないぞ! 三ヶ月前にニュースになっているから、気になる人は調べてみてくれ」

 

 敬語を使うかは迷っていたのだが、長く続けるとボロが出そうなので敬語は使わないことにした。

 

「この動画は、ソウルコネクトゲーム初心者のヨシムネ様が、ゲーム習熟のために時間加速を使い、初心者を脱却するまでとことんゲームを遊ぶ内容となっています」

 

「21世紀のVRゲームは、当然ソウルコネクトなんかじゃなくて、ヘッドマウントディスプレイを頭に装着するというアナログ極まりないものだったからな。ゲームの中での身体の動かし方なんてものは、当然知らないわけだ」

 

「VR草創期の機器は稀少で、歴史的価値が高いので、個人がクレジットで取引するのはなかなか難しいでしょうね」

 

「そんなに」

 

 21世紀では骨董品を鑑定するテレビ番組とかあったけれど、骨董品みたいに今に残ってないのか600年前の機器。確かに壺とかより劣化が早そうだ。

 

「実は、壊れていないVR機器は、ヨシムネ様を次元の狭間からサルベージする際に、そばにあったものが回収されています。新品同然で動作もするので、価値は計り知れないですね。博物館行きです」

 

「回収されてたの!? 俺んちのだよね? 知らなかったんだけど」

 

 よくねじ切れてなかったなぁ。俺の死体はぎちぎちだったのに。

 

「次元の狭間に落ちた時点で、ヨシムネ様の持ち物扱いではなくなっていますね。次元の狭間の中身は、公共の資源という扱いです」

 

 俺の死体は俺の持ち物として、その扱いを選択させてくれたけどな。まあ、それは特殊ケースか。

 

「そっかー、価値がすごいなら、売って億万長者にとか、一瞬考えたんだけど」

 

「そんな膨大なクレジットを手に入れても、使い道なんてありませんよ」

 

「それもそうか……」

 

 一級市民に配給されるひと月あたりのクレジットというのが、これまた多い。

 本来は研究者などの人達が、プライベートで研究機材を買うためのクレジットなのだ。ゲームだけしかしていない俺に、使い切れるものではなかった。

 

「さて、では、今回プレイしていくゲームを紹介いたしましょう。こちらです」

 

 ヒスイさんがそう言うと、ゲームが起動し、ホーム画面がゲームのタイトル画面に変わる。

 頭上にででーんと、タイトルロゴが表示されている。

 

「『-TOUMA-』は妖怪退治を生業とする侍となり、旧日本国の江戸時代を過ごす剣豪アクション・生活シミュレーションゲームです。妖怪とはニホン国区に古くから伝わる架空のクリーチャーのことで、実在はしていません。このゲームでは、その妖怪が日常的に出没するという設定になっています」

 

 日本が舞台の妖怪退治か。刀とか使うんだろうな。燃えてくる。

 

「生活シミュレーションですが、今回はゲームの習熟が目的なので簡易モードです。プレイヤーキャラクターにレベル等の概念はなく、呪術の類は存在しますが超人化はしません。日々の鍛錬で肉体性能が、常人の範囲で上がっていきます。また、珍しく常時かかるタイプのシステムアシストの類はありません。まさに、ソウルコネクト内で身体を動かすのに慣れるためのゲームと言えるでしょう」

 

「システムアシストがないって、本当に珍しいな。俺、未だにあれ上手く使えないんだが……」

 

「アクションゲームの上手さは、システムアシストの使い方の上手さとほぼイコールですからね。それもまた別の機会に練習するとしましょう」

 

 うへえ。ゲーム配信者になるには、やるべきことが多いな。

 学生時代演劇部だったから、喋るための滑舌の類を猛特訓しなくていいことだけが救いか。

 

「ゲーム内時間は二十年設定でいきます。やり込み勢のための設定ですね。シミュレーション設定が簡易モードのため、ゲームの暦上の一日は、ゲーム内の実時間で二時間です。そこに時間加速機能を使い、ゲーム内の一年……730時間を現実での半日にします」

 

 オプションをいじりながら、ヒスイさんが解説する。

 

「ゲーム速度十倍以上はサーバへの負荷が増大するので、高度有機AIサーバへは接続できません。加速すればするほど、処理は加速度的に増大しますからね」

 

「サーバの負荷か。通信速度の問題じゃあないのか」

 

「ええ、宇宙3世紀の現在、テレポーテーション通信の実現により、通信の速度や帯域の太さがボトルネックになることはほぼないと言っていいでしょう」

 

「21世紀の頃に聞いたことがあるな。なんか、量子テレポーテーションだかいう……」

 

「いえ、それとは違う、超能力と呼ばれているテレポーテーションです」

 

「マジで!? なんでもありだな、未来の超科学」

 

 未来の技術がすごすぎて、完全に浦島太郎状態だよ。

 

「ですので、高度有機AIは採用できません。AIと接する21世紀人というのも皆様にお見せしたかったところですが……」

 

「えっ、俺AI相手に何か変なことしてたか?」

 

「いいえ。ですが、古代人と言えばAIを人とも思わぬ野蛮人と、皆様思っていることでしょう」

 

 古代人言うな。さすがにそこまで昔の人間じゃない。

 

「そもそも俺のいた時代には、人とまともに会話できるAIというものがなかったからな……AIに対するスタンスというのが元々存在しないんだよ、俺には」

 

「なるほど、高度有機AIに人権があると予め聞くことで、最初から人として見ているわけですね。よい姿勢です」

 

 AI差別主義者とか、この時代に存在するのかねぇ。AIやロボットの存在なしに、もはや人は生きていけないだろうけど。

 

「オプション設定が終わりました」

 

「はいよ。では本編スタートだ!」

 

 タイトルロゴが消え、空間が切り替わる。

 屋敷。それも、和風のもの。その縁側に俺は立っていた。縁側からは、見事な日本庭園が見える。

 ゲーム制作者の本格的なこだわりが垣間見える。そこで、唐突に声が響きわたる。

 

『操作人物を作成してください』

 

「おっ、キャラメイクか」

 

 目の前に、キャラ作成のための編集画面が浮かび上がる。直感的に理解できるUIだ。

 俺は早速、キャラの作り込みに入ることにした。

 まずは男を選択。江戸時代の侍だというから、背は高くしすぎない方がいいか……? いや、でも妖怪退治するんだから、体格は大きめのほうが格好いいか。

 

「お待ちください。ヨシムネ様、なにゆえ男性を選択しているのですか」

 

「え?」

 

「いけません。現実準拠を選択しましょう」

 

「ええー、せっかくのキャラメイクなのに、なんでだ」

 

「これから配信者になるというのに、自分の顔を売らずにどうするのですか。アバターは極力、常に同じ姿で。そして、私達ミドリシリーズは、皆様に長年親しまれてきたガイノイド。その外見を有効活用しましょう」

 

「なるほど。言いたいことは解る。でも、ゲームの中でくらい男に戻りたいな……」

 

「21世紀おじさん少女なのですよね? もうあなたは少女なのです」

 

「むう。一理ある……」

 

 そういうわけで、俺は現実準拠の容姿を選択して、ゲームを開始することにした。

 ゲームのキャラメイクって、動画の最初の見所だと思うんだけどなぁ。21世紀にいたころはこれでも結構、動画サイトで人工音声が声を当てたゲーム動画を見てきたんだ。いや、受け狙いで視聴者を笑わせるとかは、俺にはできないけどな。

 

 そして、作成されたアバターに意識が移る。画面が暗転し、立体ムービーが流れナレーションが入った。

 少し長いナレーションだったので要約する。

 

 時は江戸。戦国の世が終わり平和な時代になり、侍達の持つ武力が失われつつあった。そこに、魔王山本五郎左衛門率いる妖怪集団が現れ、人々の生活を脅かすようになった。

 そんな激動の中で、主人公はごく普通の町人として生きてきたが、ある日優れた退魔の力を見いだされ、武家の養子になった。

 

 ナレーションが終わり、視界が開ける。広い室内だ。

 

「ここは……道場だな」

 

「これが、江戸時代の訓練ルームというわけですね」

 

 隣にヒスイさんの姿が見える。なるほど、一緒に道場稽古から始まるのか。

 

『まずは剣の持ち方から始める! 木刀を持つがよい』

 

 そう声を掛けてくるのは、先ほどのナレーションの最中の映像にも登場した、俺の養父という設定の侍さんだ。NPCである。

 人間らしい流暢な話し方をしているが、高度有機AIではない。AIは積まれているだろうが、人格の類は存在しない。こういうNPCは、一定の入力に決められた反応を返すというAIが積まれているらしい。

 

「チュートリアルってところかな?」

 

 俺は、そうヒスイさんに問いかけてみた。すると。

 

『うむ、最初の修練である! 剣を握り、正しく振り下ろすところまでを本日の修練とする!』

 

 あ、NPCは俺の声を拾うのね。参ったな、実況コメントがしにくいぞ。

 

「少々お待ちを」

 

 ヒスイさんはオプションを開くと、NPCとの会話の項目をいじった。

 

「侍としての日常を過ごすことが今回の目的ではないので、NPCとの会話は必要ありませんよね? 訓練漬けにして、頑張って肉体操作に慣れましょうね」

 

「ほどほどでお願いします……」

 

 俺はこれから続く、ゲーム上の暦にして二十年間に渡る鍛錬の日々に戦慄を覚えながら、養父から木刀を受け取った。

 視界に表示されるガイドに従って、木刀を握る。ちなみに、俺は武術の経験は一切ない。この未来に来てからの三ヶ月間のVRゲーム生活が、唯一の身体を動かす武術らしき経験だ。だがそれも、斬る、突くなどの所定の動作を自動で行なってくれるシステムアシストありきのものだった。

 

『剣を振るってみせよ』

 

 言われるままに俺は、その場で木刀を振るった。へろへろとした上段からの振り降ろしだ。

 そして俺の隣では、ヒスイさんが勢いよく木刀を振り下ろしていた。するどい一撃である。

 

「ヒスイさん……剣使えるの?」

 

「ミドリシリーズには、エナジーブレードの取り扱い方法がインストールされていますので」

 

「ええっ、俺もミドリシリーズのボディなのに、ずっこい」

 

『ヨシムネは武に関しては素人のようであるな。どれ、一時的に達人の動きができる術をかけてやろう』

 

 養父がそう言って、顔の前で右手の指を二本立てた。そして、『はっ!』と気合いを入れた。

 すると、俺の身体が何かに導かれるような感覚に襲われる。システムアシストがかかったのだ。

 

『達人を模倣した動きと、己の力のみでの動きを交互に行なってみるがよい』

 

 そう促され、俺はシステムアシストが効いたままで木刀を振り下ろしてみる。すると、システムアシストが解けたので、今度は自力で木刀を振り下ろす。すると、また身体にシステムアシストが入る。

 なるほど、システムアシストと同じ動きをできるようになれということか。達人の促成栽培か……。

 

『三日以内にその動きを物にするがよい。それが終わったら、早速の妖怪退治だ』

 

「なるほど、そこまでがチュートリアルってことだな」

 

「そのようですね」

 

「一日が二時間だから、六時間かかるチュートリアルかぁ……」

 

「一日の鍛錬は一時間までにして、他は休憩と睡眠に使いましょう」

 

「ゲームの中で眠るって、未だに不思議なんだよなぁ……」

 

「魂にも休息は必要ですから」

 

 そういうわけで、俺はとりあえずの一年目、一日二時間×365日の間、ゲームの中に閉じ込められる生活を始めるのであった。

 



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4.-TOUMA-(剣豪アクション・生活シミュレーション)<2>

「弱っ! 妖怪弱っ!」

 

「チュートリアルの敵ですからねえ」

 

 ゲームの上の暦で三日間素振りを地道に繰り返した俺は、初めての妖怪退治に挑戦した。

 対する妖怪は、人間大の藁人形が二体。それを俺とヒスイさんが一体ずつ、木刀でぶっ叩いて倒した。たった一撃で藁人形はバラバラに弾け、死んだ。

 

『うむ、見事である! これからは、おぬしらが好きな時に妖怪退治に向かうがよい。世に妖怪がはびこっておるので、常に退治する敵は存在しておると考えよ。また、こちらから妖怪退治を申しつける時もあるので、心しておくがよい』

 

「あ、妖怪退治のタイミングは自由なのね」

 

「個人によって技量の上達具合は違うでしょうからね。妖怪退治をサボって鍛錬漬けになることもできるようですが……報酬は歩合制なので、妖怪退治を受けないといつまで経っても胴着に木刀姿のままになってしまいますね」

 

「木刀のままで緊急依頼的なもの来たら、死ぬしかないなぁ」

 

「妖怪に負けてもゲームオーバーにはならず、屋敷まで連れ戻されて治療されるようですけどね」

 

「倒せそうな妖怪は積極的に倒していくか」

 

 そういうわけで、俺達の鍛錬生活は本格的に始まった。

 一時間鍛錬して、二十分ヒスイさんと雑談しながら休息し、四十分寝る。そしてたまに妖怪退治をする。

 

 システムアシストもされていない、レベルも上がらない肉体を鍛錬していくのだから、剣の上達速度はそんなに早くない。正直なところ、すぐに飽きると思っていた。だが、少しずつ強い妖怪に挑戦していき、それを退治できるのはモチベーションを保つのにちょうどよかった。ヒスイさんがゲーム進行をマネジメントしてくれているおかげだろう。

 

「ヒスイさん、とうとう野犬を倒せるようになったよ!」

 

「おめでとうございます。システムアシストなしで、俊敏な肉食獣を倒せるのは快挙ですよ」

 

 やがて武器は打刀へと変わり、その重さに驚いたりもした。これ、片手で振るのは無理だな……。

 

「屋敷の周辺に美少女やイケメンがいるのに、ロマンスがなにもねえな!」

 

「NPCとの会話はオフにしていますからね。生活シミュレーションではなく、鍛錬シミュレーションとお思いください」

 

「蕎麦屋のおさえさんとかめっちゃ好みなのになぁ……」

 

「NPCに入れ込みすぎると、ゲームクリア時に別れるのが辛くなりますよ。そういうのは、百年保証のネットゲームをやるときにしましょう」

 

「百年保証とか何それすごい」

 

 ちなみにこのゲームは剣豪アクションという売りだが、武器屋には刀だけには限らず、槍や弓、鉄砲などの取り扱いもあった。鎖鎌なんかもある。

 ヒスイさん的には、武芸百般を目指すべきということで、いずれはそれらの武器にも手を出すようにと言われたが……。

 

「ですが、一年目は身体を動かすことに慣れるため、武器の交換は行わないでおきましょうか。しばらくは刀です」

 

「刀が一番格好いいから、俺は別に構わないけどね」

 

「刀は平和な時代の携帯武器ですから、妖怪退治という名目では威力不十分な武器なのですけれどね」

 

「それでも剣豪を目指したいもんだ」

 

 事前に説明されていたとおり、緊急依頼的なものが舞い込んだりもした。

 順調にそれらをクリアしていったのだが、一年目も終盤に入ってきた頃に、そいつは俺の前に立ちはだかってきた。

 

「勝てねぇー。サトリに勝てねぇー……!」

 

「思考を読んでくる敵ですか。確かに強敵でしょうね。あ、ちなみに思考の読み取りは法で厳しく規制されていますので、悪用されることはありませんよ」

 

「それはまあ、このゲームを選んでくれたヒスイさんを信用しているからいいよ。それよりも、どうやって勝つのか……」

 

「サトリの伝承にあやかってみますか?」

 

 サトリとは、人の心を読む妖怪だ。

 現実世界の伝承における退治方法は、〝偶然に頼る〟だ。だが、偶然なんてそうそう起こるものではない。

 21世紀の国民的RPGに出てくる、何が起こるか判らない呪文なんてものは、このゲームに登場する呪術にはないし。そもそも、呪術自体今の段階では詳しく教えてもらっていない。

 

「偶然に頼る方法は無理だな。別の攻略方針はあるか?」

 

「そうですね。私が倒すとか」

 

「最終手段だな、それは……」

 

 ヒスイさんはガチで強いため、どんな妖怪でもその手で倒してみせてくれることだろう。でも、これは俺がゲームを上手くなるための修行だ。アバターが現実準拠のため、ゲームというか現実の肉体を動かすのとなんら変わらないのだが。

 ちなみにヒスイさんは訓練用NPCである養父よりも強いので、普段の地稽古はNPCを使わずヒスイさんと一緒に行なっている。

 

「サトリの肉体は人間以下の身体能力ですから、要は純粋に強くなれば力押しで倒せるのですが」

 

「でも、これ緊急依頼だから、悠長に鍛錬している暇はないぞ」

 

 緊急依頼は一定期間が過ぎると失敗扱いになり、メインシナリオのルートやエンディングに影響が出るらしい。このゲームは鍛錬のためにプレイしているが、その間も動画撮影しているので、シナリオ進行は極力良好なままで進めたい。

 

「仕方ありませんね……強さをブーストしましょう」

 

「呪術でも覚えるのか?」

 

「いえ、武器を替えます」

 

 そうして俺は、打刀に代わる新たな武器、長巻を手に入れたのだった。長巻とは、柄が長い刀のことである。取り回しのよさから、豪快にかつ繊細に振り回すことができる長柄武器だ。

 武器を長巻に変えた途端、サトリはただの雑魚に成り下がった。

 

「ふはは! 読心術など恐れるに足らず!」

 

「剣豪を目指すのではなかったのですか?」

 

「長巻も剣なのでノーカン!」

 

 やがて、一年目の日々が終わった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 目が覚める。いつもの屋敷の寝室の風景ではなく、久しぶりとなる未来の自室の風景が目に飛び込んでくる。

 超加速したゲームの中で約730時間、日数に直すと30日もの間過ごしたというのに、現実の身体にはなんの影響もなかった。

 

「おつかれさまでした。お加減はどうですか? 気分は悪くないですか?」

 

「ああ、問題ない」

 

 ソウルコネクトシートから立ち上がり、背筋を伸ばす。うーん、どこも凝っていないな。優秀な身体である。

 

「食事にしましょうか。ああ、その前に……」

 

 ヒスイさんがそう言いながら、腰についた短い棒のような物を手に取り、スイッチを入れた。

 すると、棒の先から光の刃が飛び出した。うわあ、ビームサーベルだ! ライトセーバーでも可。

 

「エナジーブレードの非殺傷モードです。少しこれを振るってみてください」

 

「お、おう」

 

 俺は光の剣を受け取り、握る。しっくりくる。そりゃあ、ゲームの中で毎日、木刀なり刀なりを握っていたからな。

 そしてそれを上段に構え……振り下ろした。

 すんなりと振れた。それはまるで、ゲームの中みたいに……。

 

「記憶のフィードバックもしっかりしているようですね。おめでとうございます。ヨシムネ様は現実でも剣豪の道を駆け上っていますよ!」

 

「ええ……ゲームの中の修練が現実でも有効なの……」

 

「ええ、肉体を動かす感覚は現実と遜色ないようにできていますからね、ソウルコネクトは」

 

 そうなのか、と思いながら俺は剣をヒスイさんに返す。

 

「ということは、ゲーム上級者はみんなリアルでもクソ強いってことか」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ。言いましたよね、アクションゲームの上手さはシステムアシストの使い方の上手さだと」

 

「ええっ、じゃあシステムアシストのない、このゲームをやる意味ってあるのか?」

 

「ありますよ。システムアシストが補助してくれない部分の動きがいいと、その分だけアクションゲームが上手になるようです。上級者以上の存在、最上級者はシステムアシストの使い方の上手さと、肉体の操作の上手さを両方兼ね備えるということですね。それに、システムアシストが効いていないときの構えや動きがへっぴり腰だと、動画的に見栄えが悪いですからね」

 

「なるほどなー」

 

「というわけで、今回の動画はここまでになります。皆様、次回もお付き合いください」

 

「あ、今も撮影続いてたのね……」

 

「さて、食事の準備をしますね。その間に動画編集もしておきますね」

 

「約730時間分の動画編集か……」

 

「十五分の動画二本にまとめておきます」

 

「脅威の圧縮率」

 

 そんな会話を交わしてから、ヒスイさんはキッチンに向かっていった。

 とはいっても、自動調理器に材料を入れてスイッチをいれるだけなのだが。一応、鍋やフライパンといった調理道具もあるが、それは俺が趣味で料理をするときのために用意しているだけらしい。

 まあ確かに、食材を育てる農家のせがれだから、料理の心得くらいはあるけどね。

 

 そうして用意された未来料理が、食卓に並べられる。ここは日本だというのに、見覚えのない料理が多い。まあ、21世紀からは600年後の未来だしな、そうもなろう。まあ美味いからいいけど。

 

「動画の編集が終わりましたので、少し行儀が悪いですが食べながら確認しましょうか」

 

「編集早いな!」

 

「ふふふ、こういう単純作業は、時間加速をしてしまえば一瞬でできます」

 

「あー、VR機器が必要な人類と違って、ガイノイドはその場で時間加速処理できるのか」

 

「ミドリシリーズは優秀ですから」

 

 そうして俺は、食事に舌鼓を打ちながら、ゲーム内一年をまとめた前後編の二本の映像を眺めた。

 ううむ。編集上手いな。音声も適度に切り貼りして違和感なく会話を繋げている。

 俺がやったらここまでいいものは絶対にできなかったな。そもそも撮影時間が膨大すぎて、俺じゃ映像のチョイスすら不可能だ。

 

「いかがでしたか?」

 

「うん、いいんじゃないか。これでいこうか」

 

「はい、ではアップロードしておきますね」

 

 さて、どうなるだろうか。

 1000再生くらいはいくといいな……。

 

 そんなことを思っていたのだが……、その日の就寝前に、ヒスイさんからとんでもない一言を言われた。

 

「10万再生いきました」

 

「……はあっ!? ちょっと待て、無名の投稿者の初投稿だぞ!?」

 

 10万再生って、ごく一部の有名な配信者が到達できる領域じゃないのか。

 

「21世紀とは事情が違います。自動翻訳によって言語の壁はなく、人の住みかは宇宙に広がって人口も膨大です」

 

「そういうものなのか……すげえな未来の動画事情」

 

「まあそれでも見向きもされないものは、全く閲覧されないのですが……SNSでミドリシリーズの公式アカウントが宣伝を行なってくれました。今回に限っては、それが大きいでしょうね」

 

「SNSか……」

 

「興味ありますか? 私が配信告知用アカウントを運営するつもりでしたが、ヨシムネ様が直接やりたいならお任せしますけれど」

 

「いや、そういうのは得意じゃないんだ。ただ、この時代でもSNSってあるんだなって」

 

「そうですね。21世紀の偉大な発明の一つと言えるでしょう」

 

 とりあえず俺は、動画についたコメントを見てみることにした。

 

『ミドリちゃんさんがゲーム動画進出とな』『おじさん少女吹いた。性転換ソウルインストールするやつとか都市伝説じゃなかったのか』『タイムスリップとかそんなご冗談を……マジじゃねーか!』『魂に性別はないとはいえ、このおっさん完全に男ムーブしとる。でも外見はみんなのアイドルミドリちゃん。頭おかしくなりそう』『アシスト無しゲーとか玄人好みすぎる……』『ゲーム初心者がやるようなゲームじゃねえな!』『ヒスイちゃんが良妻の予感。尊い……』『NPCとの交流ないの残念と思ったけど、この二人の会話があればいいな!』『加速時間が頭おかしい。生身の人間の脳じゃ不可能だな。時代はやはりサイボーグ化』『自動翻訳切ったらすげえ古風な日本語! 可愛い!』

 

「うーむ、肯定的な意見ばっかりだな……」

 

「動画配信サービスは常にAIにコメント監視されているので、基本的に行儀がいいですよ。でも、面白くなかったのなら、パート2の再生数が落ちますが……そちらも8万再生です」

 

 今回の撮影分は、二本の動画に分けたんだったな。それぞれ十五分だ。三十分の一本の動画だと長すぎて脱落者が出るとのことだったが、継続視聴をしてもらえているか確認できる副次効果もあるとは。

 

 二本目の動画は主にサトリ戦に編集の焦点が当てられており、長巻でゴリ押しした点などは多数の突っ込みが入れられていた。勝てばよかろうなのだ。

 

「順調な滑り出しのようで、よかったですね」

 

「ああ、今夜は気分よく眠れそうだ」

 

「久しぶりの長時間睡眠ですね」

 

「そうだな。おやすみ。明日もよろしく」

 

「おやすみなさいませ」

 

 そうして俺は、動画配信初日の夜をぐっすり眠って過ごしたのだった。

 



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5.-TOUMA-(剣豪アクション・生活シミュレーション)<3>

「21世紀TSおじさん少女だよー。30日間ゲームの世界に閉じ込められる冒険活劇、今日もはじまるよー」

 

「閉じ込められる、ですか……その通りですけれど、積極性を持ってくださると嬉しいですね。熟練に影響が出ますので」

 

「今朝、動画の再生数見たら40万再生もいっていたから、やる気は十分だ!」

 

 いろいろ未来の動画を見た感覚としては、この時代の10万再生は現代日本の1000再生くらいだったな。多分。初投稿としては快挙だと思う。

 

「では今日も、ゲームで始める達人への道、やっていきましょう」

 

「ゲームをやったらリアルでの肉体の使い方がよくなるとか、本当にびっくらこいたべさ……」

 

 そんなこんなで二年目。ヒスイさんが言うには、まだ剣に専念した方がいいとのことで、木刀と打刀を道場で振るう日々である。

 実戦、すなわち妖怪退治も忘れずにだ。

 

「泥田坊つええ……」

 

「本体にはそれといった特徴はありませんが、足場が問題ですね」

 

「21世紀に居た頃は農家やってて、米だって作っていたから、水田ステージは得意だと思っていたんだがなぁ」

 

「こればかりは慣れるしかありませんね」

 

「何度やられてもしっかり遺体回収してくれる、黒子衆の人達好き……!」

 

「負けたらゲームオーバーのゲームじゃなくてよかったですね」

 

 敵に負けたら完全回復した状態で、屋敷で復活だ。呪術があるので、死なない限り傷は治るという設定のようだ。

 まあ、どこぞの剣豪格闘ゲームのように手足を切られたら、欠損したままゲーム続行とかやられても困るのだが。

 

「ぬーりーかーべぇ! かてえよ!」

 

「刃が欠けてしまいましたね」

 

「他の武器に浮気していないから資金はある。よりよい刀に換えよう。いいよな?」

 

「まあ、斬鉄の類を習得しろとは言いませんが……」

 

「ファンタジーすぎる……。このゲームはそういうの多分ないだろ」

 

「ファンタジーじゃなくても鉄パイプくらいなら……」

 

「できるの!? 剣豪すげえ!」

 

 武器屋には、同じ武器でも高い値段で上位互換の物が売っていたりする。よい鋼を使っているとかだろう。

 妖怪とか呪術とか出てくるファンタジーゲームなのに、武器の消耗に関しては嫌にリアルだ。妖怪に何度も刀を打ちつけていたら、刃は曲がるし欠ける。だから、妖怪退治の報酬は、今まで一番安い打刀を買い直すのに使っていた。

 

「しかし、武器屋のラインナップはこれで全部なのか? 妖怪からのドロップアイテムが溜まっているが、武器の材料になったりしないのか」

 

「攻略情報によると、なるそうですよ」

 

「マジで!? ファンタジー武器あるなら乗り換えたい!」

 

「ただし、鍛冶師のNPCとの交流が必要ですが」

 

「……今の設定じゃ無理じゃん」

 

「ええ、ですので、どうしようもないほど進行が詰まったら、交流少しだけ解禁しましょうか」

 

「ゆるい縛りプレイかぁ。初心者には厳しいよ」

 

「すでに1000時間以上遊んでいるので、このゲームに関しては初心者とは言えませんね」

 

 1000時間とか、大人気狩猟ゲームでもそうそういかないぞ……!

 

「それだけ遊んでいるのに、まだ大物妖怪が登場していない件について」

 

「二十年モードですからね。一年モードなどでは、大物妖怪が弱いAIを載せてすぐに登場するそうです」

 

「あー、弱いAIはちょっと盛り上がらないな……今のモードは野犬ですら本気で殺しにかかってきたけど」

 

 そんなこんなで、刀一筋で二年目は終わった。

 リアルに帰り、ヒスイさんが自動調理器に食材を突っ込んでいる間に、自分の情報端末を起動する。

 俺の情報端末は、身体に内蔵されている。その画面は空中に投影することもできるのだが、自分一人で見るだけなので網膜に表示させることにした。

 VRの一種で、AR……拡張現実ってやつだ。多分。

 そして昨日の動画を表示してみると……90万再生だと!? 未来人の人口が膨大だとしても、たった一日でこれは快挙だぞ!

 

「なにやら嬉しそうですね」

 

 食事を運びながら、ヒスイさんが尋ねてくる。

 

「ああ、昨日の動画が90万再生までいってた」

 

「それはまた、おめでとうございます」

 

「ヒスイさんもおめでとう。動画を作ってるのは主にヒスイさんだからね」

 

「ありがとうございます。100万再生も近いですね。このまま伸び続ければ、他のミドリシリーズに自慢できますよ。ふふ……」

 

 俺達の動画が面白いのは、確実にヒスイさんのおかげだ。休憩時間と睡眠時間を含めた700時間超の収録動画の中から、面白いシーンを上手く繋ぎ合わせているのだ。

 今日の分の動画も期待しておこう。水田で足を滑らせたシーンとか、ぬりかべに刀が負けたシーンとか絶対に入ってるだろうな!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 今、俺の目の前には巨人がいます。

 こちらの武器は打刀。どう渡り合えというのでしょうか。

 

「がしゃどくろとか、本格的に狩猟ゲーっぽくなってきやがった……!」

 

 がしゃどくろ。巨大な人骨の妖怪である。

 その巨体から繰り広げられる一撃は、こちらに命中すれば一撃で重傷まで持っていかれるだろう。

 

 だが、そのモーションは遅い。

 敵は前傾姿勢なので、こちらに手を振り下ろしてきたときに、その腕を駆けのぼって頭に刀を叩き込めば、いけるか!?

 

「うおー!」

 

 避けて、駆けのぼる。今まで散々不安定な足場で妖怪と戦ってきたため、骨の上を走るなどわけがない。天狗のステージとか、岩山の上でかなりひどかったぞ!

 

「そおい!」

 

 顔面に刀を打ちつける。すると、眼孔の奥に煌めいていた瞳が変色し、火花が散る。

 よし、多分効いてる。今のはおそらくダメージエフェクトだ。他の妖怪でもこういう演出があった。

 このまま顔面をボコボコにしてやる!

 

『おおおおお!』

 

「ぬわー!」

 

 がしゃどくろがいきなり暴れ、振り落とされてしまった。安全地帯の確保は厳しいってか!

 

「ぐへっ!」

 

 地面へと投げ出される。受け身は道場で散々練習をしてきた。ダメージは最小限だ。

 しかし。

 

『おおおおお!』

 

「ぎゃー!」

 

 起き上がる前に、がしゃどくろの腕の一撃が直撃し、俺の視界は暗転したのだった。

 

「油断しましたね」

 

「はい、面目ない……」

 

 今日もヒスイさんと一緒に反省会だ。

 その後、二回目の挑戦でがしゃどくろは無事に倒せた。

 

 しかし、巨大ボス戦とか、いよいよ本格的に〝アクションVRゲームに求められる動き〟を必要とするようになってきたな。

 今後、ただの人型サイズの妖怪の登場は少なくなってくるかもしれない。剣豪アクションという売り文句だが、それ以前にこれは妖怪退治ゲーム、すなわちクリーチャーと戦うゲームなのだ。対人戦の技術がどこまで通用するか判らなくなってくる。

 つまり、道場でのヒスイさんとの地稽古や掛かり稽古は、ゲーム進行に必要な鍛錬としての効果が薄くなっていくかもしれない。

 

 では、どうするかというと……ひたすら妖怪退治で実地訓練だな! ゲームらしくなってきやがった……!

 そんなことを考える十二年目であった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ある日のリアル側の休息時間。俺は、投稿済みの動画のコメントを眺めて楽しんでいた。

 初日に投稿した動画の再生数は1000万再生をとうに超え、日々再生数は増え続けている。なにやら、SNSで『21世紀人がプレイするマゾゲー動画』として話題になっているらしい。やっぱりマゾゲーかよ、これ!

 

 俺の外見の可愛さを褒めるコメントも多いが、この見た目はガイノイドの借り物の姿だ。生まれつきの俺本来の姿じゃないので、褒められてもいまいち心に響かない。

 だが、内面を可愛いと言い出すやつらがいるのには困惑した。

 

 たとえば、鍛冶師の女性NPCに「あざとい!」と言ったシーンのコメントなどは、こうだ。

 

『オレっ娘TS美少女のお前の方があざと可愛いよ(はぁと)』

 

 俺という一人称を認識しているあたり、日本語圏の人だろうか。俺が少しでも知っている他の言語は英語くらいだが。まあ、男言葉があざといと言われようが、俺は女言葉を使うつもりはない。自然体が一番だ。

 大学を出てから社会に出ずに実家で働いて、そのうえ顧客や農協との対応は親父に任せていた。そのため、丁寧な言葉遣いというものが苦手なんだよな。

 だからコメントでは『お口悪子さん(だがそれがいい!)』とか『21世紀に性別と礼節を忘れてきた美少女』などと書かれるのだ。俺くらいの口調でお口悪子さんとか、他の動画投稿者はどんだけ丁寧なんだよ。

 

 しかし、生まれてこの方可愛いなどと言われたことのない俺が、美少女ガイノイドのボディになったとたんに可愛いを連呼されるなど、人の見た目って想像以上に重要なのだな。元の俺は、ただの農家のおっさんだったんだぞ。

 こういったコメントをどう受け止めていいのか、ゲームの中で合計一年以上の歳月を過ごしても、未だに心の整理が付かない。

 

「ヨシムネ様、少しよろしいでしょうか」

 

 そんな風にコメントを読んでいたら、掃除ロボットの点検をしていたヒスイさんが話しかけてきた。

 

「ん、どうかしたか? もしかして、道場稽古減らしたのまずかったか」

 

「いえ、ゲームを進行させることは何も悪くありませんよ」

 

 まあそうだよな。緊急依頼にも、膝より体高が低いかまいたちの集団だとか、侍のNPC総出で対決した巨人妖怪の大入道など、対人訓練が役に立たなくなるケースが増えている。

 必然的にヒスイさんの相手をする機会も減ってしまっているのだが……そんなヒスイさんが続けて言葉を告げた。

 

「そうではなく、ヨシムネ様にコンタクトを取りたいという方がいらっしゃるのです」

 

「動画投稿で有名になったから、リアルで会いたいとかそれ系?」

 

「一応それ系ではあるのですが……。実は、ミドリシリーズのガイノイド開発室長が、ヨシムネ様に会いたいとおっしゃっていまして」

 

 ガイノイドの開発室長? なんでそんな偉そうな人が俺に会いたがっているんだ。

 

「ミドリシリーズを使った動画配信について、話を聞きたいと」

 

「え、もしかして怒られたりする?」

 

「そういったニュアンスは、なさそうでしたね」

 

「そっかー。会った方がいい?」

 

「私はヨコハマ・アーコロジー行政区の所属ですが、ミドリシリーズの一員としては、開発室の意向には可能ならば従いたいところです」

 

 まあ、開発者が相手だと仕方ないね。

 

「じゃ、会おうか。いつになる?」

 

「急ですが明日にしましょうか。もう十五日も連続で動画の撮影を続けていますし、一日くらい休みを入れてもいいでしょう」

 

「いや、動画の完結まで毎日更新は続けたいから、面会が早く終わるならゲームプレイもしたいな……」

 

「そうですか? それでしたら、ゲーム内での休息を多く取りましょうか。ちなみに室長はもうヨコハマ・アーコロジーまで来ているようですので、面会までそう時間もかからないと思いますよ」

 

 そういうわけで、なんだかよく分からないけれど、お偉いさんと会うことになったのだった。

 怒られないなら、どっしり構えておくか。

 



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6.ニホンタナカインダストリ

 実のところ、この未来の世界に来てからというもの、ヒスイさん以外の人と会うのは今回が初めてである。

 タイムスリップに関係した事情は、すべてヒスイさんが教えてくれた。身の回りの世話は全てヒスイさんがしてくれて、俺はゲームに専念していたので、割り当てられた住居から出てすらいない。

 なので、このヨコハマに住む住人に、遠目ですらお目にかかったことはない。

 

 思えば、農家をやっていた頃も業者との接触は親父に全て任せ、自宅と畑を行き来する生活であった。

 別に引きこもりでもなんでもないのに、家族以外とほとんど顔を合わせていなかった。

 

 だから、私室を出るときから、俺は少し緊張していた。

 ヨコハマ・アーコロジー。この時代の人類はひたすら趣味に生きるというが、意外と人通りはあった。

 見るからにサイボーグボディの人とかもいて、ちょっと心が躍ったりもした。アンドロイドが人と遜色ない外見にできるんだから、あのメカメカしい外見はきっとファッションだな。

 

 そうして俺は、会社のロビーのような施設へと足を踏み入れ、ヒスイさんと一緒に個室へと通された。

 

「ヒスイさん、ロビーがなんだか会社っぽい雰囲気があったけど、ここはミドリシリーズってやつの開発室ってところか?」

 

「はい。ミドリシリーズを製造・開発しているニホンタナカインダストリのヨコハマ・アーコロジー支社、その開発区画ですね」

 

「ニホンタナカインダストリ……」

 

 タナカか。創業者の苗字をそのまま使った社名だろうか。

 

「宇宙暦が始まる以前からあった、日本田中工業という機械部品を作っていた町工場が前身だそうです」

 

「ニホンタナカインダストリの企業規模は知らんが、長寿企業なんだなぁ」

 

「アンドロイドの製造分野では太陽系屈指の企業ですよ」

 

 宇宙一と言わないあたり、業界トップではないのだろうな。人類は太陽系の外にも飛び出しているらしいし。

 まあそれでも、太陽系屈指の企業なら、今の俺のボディは優秀だと思ってもよさそうだ。引きこもり生活していたから、ボディの性能を気にすることなんてなかったけど。

 

 と、そんな雑談を交わしていたら、部屋が三度ノックされる。

 そして、部屋に白衣を着た男が入室してきた。

 

 その男は、こちらを見てにこりと笑うと、座っている俺達の下へとゆっくりと歩いてきた。

 

「どうも初めまして。こういうものです」

 

 と、男がそう言うと、こちらの内蔵端末にメッセージが送信されてきた。

 確認してみると、名刺代わりの文字情報のようだ。

 

 ニホンタナカインダストリ シブヤ・アーコロジー本社

 第一事業部 第一アンドロイド開発室室長

 タナカ・ゲンゴロウ

 

 社名と同じタナカの苗字だ。

 

「どうも、瓜畑吉宗です」

 

 こちらは特に肩書きのようなものもないので、口頭で名前を言う。

 軽くお辞儀をして、改めて相手を観察する。

 

 若い男だ。

 だが、この時代、見た目と年齢は一致しないことが往々あるはずだ。

 アンチエイジング手術をしていたり、サイボーグ化していたり、俺みたいに肉体から魂を取り出して、身体をアンドロイドに入れ替えていたり。

 魂のインストールされていない純正のアンドロイドであることを示す、アンテナ状のアクセサリが耳にくっついていないから、彼がAI搭載のアンドロイドということだけはないだろう。

 

「それじゃちょっと失礼して」

 

 そう言いながらタナカさんは俺の正面に座り、席を挟むようにして置かれているテーブルの端末に触れる。

 

「飲み物はなにかいる? 僕はエナジードリンクにするけど」

 

 すると、目の前に飲み物メニューの画面が空間投影して表示される。

 

「あ、ああ、コーヒーでお願いします」

 

「私はミネラルウォーターを」

 

「ん、OK」

 

 タナカさんが操作を終えると、部屋の隅に鎮座していた円筒形のオブジェが動き出し、こちらのテーブルに近づいてくる。

 そして、テーブルの横で止まると、ボディの中からコップが出てきて、それを細長いアームでテーブルの上に配膳した。これは人型じゃないロボットか。初めて見たな……。

 

「それで、調子はどうかな? ミドリシリーズは民生品じゃないから、魂のインストールは君が初めてなんだ」

 

 タナカさんがそう俺に話しかけてくる。

 

「ええと、特に問題は発生してないですね」

 

「そうか。僕もまさかこのアーコロジーの研究者が、業務用ハイエンド機をこんな用途に使うとは思ってなかったよ。お金ってあるところにはあるもんだね」

 

 もしかして、俺のボディって思っていた以上に高性能機なのか。

 俺と同じ種類のボディであろうミドリシリーズのヒスイさんは、俺の家政婦なんていう思いっきり民生品っぽい仕事しているけれど。

 

「俺の今のボディって、ミドリシリーズっていうんですよね?」

 

「ああ、そうだよ。業務用の人気シリーズさ」

 

「ミドリシリーズって高級機なんですか? ヒスイさんとか、俺専属で家事とかしていますけれど」

 

「そうだね。ロボットスポーツとか、芸能活動とか、護衛だとか、まあそのへんの用途に使われているくらい、機体性能はすごく高いよ。民生用は、機能をグレードダウンしたワカバシリーズとモエギシリーズっていうのを売っているよ」

 

「へえ……」

 

「その子はここのアーコロジーの公的な機関である実験区に配属されていたんだけど、君に払い下げたみたいだね。実験区からは新規で二体、即納でと発注があったよ」

 

「私はヨシムネ様に売られてしまったのですね」

 

「俺、お金払ってないからな!?」

 

 ヒスイさんと実験区の人達、関係が上手くいっていなかったとかあるのかなぁ。聞くに聞けないが。

 でもヒスイさんの所属は、行政区のままって言っていたな。

 

「わざわざその子が選ばれたのは、貴重な時間移動者の保護をするためだね。AIの稼働時間がそれなりに長いから、経験豊富でどんな事態にも対応できると判断されたんだろう」

 

「よかった、研究者に疎まれていたガイノイドはいなかったんだ……」

 

「ヨシムネ様、あとで話し合いましょうね」

 

 最初に売られたとか言ったのヒスイさんですよね!?

 そんな話をしてから、ドリンクを口にして一息入れた俺達。そろそろ本題を聞くことにしよう。

 

「それで、俺とわざわざ面会したいというのは、どのようなご用件でしょうか」

 

「ああ、それね。うん、君、面白いことやっているよね。ゲーム動画配信。あれ、まだまだ人気は伸びるよ」

 

「ありがとうございます。ヒスイさんが編集を行なってくれるおかげですね」

 

「それで、見たところ、どうやらあのゲームが終わってからも、配信は続ける予定みたいだね」

 

「はい、あのゲームはあくまで本格的に配信するための事前練習みたいなものです」

 

 まあ、その練習台をチョイスしたのもヒスイさんだけどな。

 

「君が今後も配信を続けるというなら……僕達ニホンタナカインダストリは、君のスポンサーになる用意ができている」

 

「スポンサー、ですか……?」

 

「君は一級市民で、クレジットは豊富に配布されているかもしれない。でも、突然この時代に湧いて出た人間だ。社会的な信用はゼロに等しい。ゲーム以外も配信したいとなったときに、配信に必要な物品を揃えられないかもしれない。そういうときに、僕達が必要なものを用意できる」

 

「なるほど……?」

 

「ミドリシリーズは宇宙一の性能を持つガイノイドだという自負が、僕達にはある。でも、宇宙一の知名度ではない。そこで、宣伝のために君の動画を使いたいんだ」

 

「うーん……宣伝用のスポンサーですか……。あまり動画の方向性を縛られるのはちょっと」

 

「僕達は公序良俗に反しない限り、普段の動画の内容を指示することはないつもりだ。方向性も自由だ。こういう動画を作ってほしい、とは言うけれど、こういう動画を作っては駄目だ、とは言わない」

 

「それなら、ありですかね……?」

 

 スポンサーについてもらってゲーム動画を配信する。言ってしまえばプロだ。それって、俺が望んでいた〝働く〟ってことではないだろうか。

 だとしたら、ありだな。ただ遊ぶのではなく、何かしらの義務感がほしかったのだ。

 

「あ、方向性について、一点だけ。動画の第一段目でヒスイくんも言っていたけど、できるだけミドリシリーズの外見で動画を作り続けてほしい。宣伝効果を期待したいのでね」

 

「問題ありません。この外見は視聴者の人気がすごく高いので、ゲームのアバターもこのままでいくつもりです」

 

「よかったよ。今後ともよろしくね。視聴者参加型のライブ配信とかも、今から楽しみだよ」

 

「いえ、話を受けるかは、契約書の内容次第ですけれど……」

 

「契約書の精査は私にお任せください」

 

 ずっと黙っていたヒスイさんが、そう胸を張って言ってくれる。

 農家時代も契約関連は親父に任せていたから、助かるよ。まあ、ヒスイさんは、その契約をする相手である、ニホンタナカインダストリ製のガイノイドなのだが……。

 

「ミドリシリーズにソウルインストールした君が活躍すれば、肉体の寿命を迎えた後、ワカバシリーズを使って現世で生き続けたいと思う顧客も増えるかもしれない」

 

 この27世紀の未来では、肉体の死は個人の死とはイコールではない。

 ヒスイさんから以前聞いたのだが、寿命を迎えた人は、ソウルサーバというものに魂を移し、電脳生命体として第二の人生を生きるらしいのだ。そして、高級品であるアンドロイドを購入できる資金のある人は、ソウルサーバではなくアンドロイドに魂をインストールし、俺のようにリアルの世界で生き続けるらしかった。

 魂が現世から消滅した後の死後の世界については、この時代の科学であっても存在を証明できていない。そのため、人は皆、寿命を迎えた後もなんらかの方法で生き続けるのだ。

 

「あの、それなんですが、一つ質問したいことが……」

 

「ん、なんだい?」

 

 俺は、この会話の中でふと生まれた、今更ながらの質問を彼にぶつけてみることにした。

 

「俺、男なのに、なんで女のボディにインストールされたんですか?」

 

 その質問をしたとたん、タナカさんはきょとんとした表情を顔に浮かべた。

 

 そう、俺は今更だが、なんで女になってしまったかを聞きたかったのだ。

 俺はこの時代に来てからの約四ヶ月間、自分が女だということを意識してこなかった。

 

 生身の人間じゃないから食事をすれどもトイレにも行かないし、服を着たまま身体を洗浄できる機器があるからお風呂にも入っていない。だから、自分が女性型のアンドロイドになっているということを今日まであまり意識してこなかった。

 人間みたいに食事はしているから、エネルギーにしきれない老廃物が身体の中に少しずつ溜まっていってしまうが、これは俺が眠っている間にヒスイさんが取り出してくれる予定だ。

 だから、俺は今まで自分が女だという自覚がなかった。

 動画のコメントで視聴者から可愛いと言われているのも、どこか遠いところの出来事のように思えていたのだ。

 

 しかし、こうしてヒスイさん以外の人間と対面して、その視線にさらされてみると、どこか自分に「恥ずかしい」という感情が芽生えてしまったのだ。そこを自覚してしまうと、なんで自分は女になっているんだろうという思いが、ふつふつと湧きあがってきて止まらない。

 

「君を次元の狭間からサルベージした研究機関はニホンタナカインダストリではないから、伝聞で構わないかな?」

 

 表情を戻したタナカさんが、そう言ってくる。

 

「はい」

 

「なんでも、次元の狭間から死体回収した後に魂の処遇に困って、ソウルインストールできそうな機体が、近くにいたミドリシリーズのガイノイドだけしかなかったかららしいよ。つまり、たまたまだね」

 

「たまたま、ですか」

 

「そのガイノイドが当時のヒスイくんだね。つまり、今のヒスイくんのボディは、四ヶ月前に納品したばかりの新品だよ」

 

「えっ、そうだったんですか!?」

 

 このボディ、中古品だったのか……。

 ヒスイさんが使っていたものと聞くと、ちょっとドキドキする。なんだろうこの背徳感。

 

「君は、男の身体に戻りたいと思うかな?」

 

「えっと、はい。そりゃあ、男ですから……」

 

「ふむ。ちなみに弊社で扱っている、ソウルインストール用の男アンドロイドの値段はこんなものだ。AIを抜いた値段だよ」

 

 と、俺の目の前に画面が展開する。

 ニホンタナカインダストリ民生用アンドロイド、ツユクサシリーズ。お値段は……。

 

「うっ、こんなに……」

 

「一級市民の支給クレジットでも、貯蓄に努めて四年はかかりますね」

 

 横から画面を眺めながら、ヒスイさんがそうコメントをする。高いなぁ。こりゃ確かに、二級市民がみんな肉体の死後、アンドロイドで現世を生きるのではなく、ソウルサーバ入りを選択するというのも解るよ。

 

「ソウルインストール用のものは、人間ができる行為を全て可能にするためのハイエンド品だからね。そりゃあ高くなるさ」

 

 ドリンクを飲みながら、笑顔でタナカさんがそう言う。

 そして、彼はさらに言葉を続けた。

 

「ちなみに、スポンサーの話を受けてくれるなら、これを一体、君のために贈呈してもいいよ」

 

「契約します!」

 

「ヨシムネ様、そんなまだ、契約書も受け取っていないのに……」

 

 そうは言っても、男に戻れるんだぞ、こんちくしょうが。

 

「ははは。でも、さっきも言ったとおり、動画に映るときはミドリシリーズのボディでお願いするよ。短期間でのボディの行き来は、魂がすり減るから、気を付けるんだよ」

 

 あさおん(朝起きたら女になっていた)だと思ったら、可逆TSとかたまげたなぁ。この場合可逆って言っていいのか? でも、魂がすり減るとか、何それ怖い。

 

「さて、話がまとまったところで営業の時間だ。君の今のボディはヒスイくんが自分の見た目に無頓着だったからほぼカスタマイズされていないけれど、胸の大きさとか、顔の構造とか、髪色とか、髪の長さとかが変えられるよ。民生用と違って、顔は少数パターンからの選択だけどね。ある程度同じ顔じゃないと宣伝効果がないからさ」

 

 そういえば、今の俺の姿って、ヒスイさんと瓜二つなんだよな。動画で同一人物が映っていると視聴者が混乱するだろうと、髪型は変えているが。

 

「ええと、顔は変えるつもりはないですね。視聴者の人がこれに慣れたと思うので。でも、髪色はヒスイさんと被って見分けがつきにくいと思うので、変更お願いします」

 

 今の俺とヒスイさんは、黒髪だ。日本製ということで、黒髪にしているのだろうか。

 

「色の希望は?」

 

「うーん……」

 

 やるのは主にVRゲームの配信なので、動画の俺はバーチャルな存在だよな。つまりバーチャルユーチューバーの未来版。そしてバーチャルユーチューバーが人気だったとある国における、人気配信者の特徴と言えば……。

 

「銀髪でお願いします」

 

「了解。胸の大きさとか変えてみるかい? 大きければ、視聴者受けがいいんじゃないか」

 

「……今更途中で変えたら、絶対に視聴者に胸ネタでいじられるので、変更なしで」

 

 胸ネタは一度定着すると、本当にしつこいくらい後を引くからな。危険だ。

 

「そうかい。それは残念」

 

 巨乳がいいというのは、あんたの趣味じゃないか……? まあ口には出さないけど。

 

「それじゃ、贈呈する男性型アンドロイドの外見仕様を詰めていこうか」

 

 そうして、俺は一時間ほどタナカさんと一緒にアンドロイドの仕様を考え、ニホンタナカインダストリを後にした。髪色変更は今のゲームが終わってからにしてもらうことになった。

 ちなみに時間に余裕があったので、その後しっかりゲーム撮影を行なった。

 ゲームもいよいよ終盤だ。最後まで気を抜かずに、人気の動画を目指して頑張ろう。

 



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7.-TOUMA-(剣豪アクション・生活シミュレーション)<4>

「いよいよ最終日かぁ。長かったな……」

 

 リアルの私室で朝食を食べながら、俺はそうヒスイさんに話題を振った。

 今日の朝食には、日本の食卓らしく焼き鮭が用意されていた。これ、好きなんだよな。ゲーム中の雑談で焼き鮭が好きだとぽろっとこぼしたことがあるが、ヒスイさんは覚えていてくれたらしい。

 ちなみに、うちの食卓にあがる魚は、全て地球の海で育った養殖物だ。最高級らしい。一級市民の配給クレジットでないと、とても日常的には食べられないとか。

 これがスペースコロニーに在住する二級市民だと、そもそも養殖魚は手に入らない。培養ポットで育てた『培養魚肉』だとか、タンパク質成分を合成した『合成魚肉』だとかになるらしい。それもSFっぽくて憧れるが、毎日食べたいとは思わないな。

 

「視聴者の方も、最終回の動画を楽しみにしているようですよ」

 

 ヒスイさんがそう言いながら、空間投影画面をこちらに表示させてくる。視聴者コメントだ。なになに。

 

『失踪しなかったえらい!』『俺もワカバシリーズ買って、ヨシちゃんになりたい……』『ミズチから逃げるな』『(ネタバレ)ラスボスはヒスイさん』『ミズチから逃げるな』『ラスボスどんなのか気になったから他に動画探したけど、このゲームの動画少ないな!』『エンディングはヒスイさんと結婚』『もう事実婚しているんだよなぁ』『ミズチから逃げるな』

 

 ヒスイさんと事実婚した覚えはないぞ……。ヒスイさんは可愛いが、俺も同じボディなので、彼女の見た目に惚れるとかいうナルシスト的なことは起きないのだ。ゲーム内で13870時間、約577日間一緒に過ごしているので、仲は深まったと思うが。

 ちなみにヒスイさんと俺は見た目がうり二つなので、髪型で差別化を行なったうえで、声質も俺の物は低めに機体調整している。

 

「ミズチも倒しましょうね」

 

 ミズチは……ゲーム内の現地時間でいう二年前から、未だ倒せていない大妖怪だ。水上ステージで戦うのだが、俺は長時間泳げないから、ステージが水で満たされる戦闘後半で敵に手も足も出ない。今のところ出てきた大物はミズチ以外全て倒したから、ヒスイさんによる水泳特訓が待っているだろうなぁ。

 何かが上達する過程も配信のネタになるとのことで、動作プログラムのインストールは許してくれないんだよな、ヒスイさん。

 今や世の中のスポーツは生身の人間の競技よりも、スポーツ動作プログラムをインストールしたサイボーグやアンドロイドによる、プログラム&機体の優劣競争的な物が人気だと聞くのに。

 

「逃げたい……逃げたいが……」

 

「視聴者は許してくれないでしょうね」

 

「くそっ、やってやるさ!」

 

「最終回は15分の動画四本にするつもりですので、尺はたっぷりありますよ」

 

 にこりと笑うヒスイさんに恐怖を覚えつつ、俺は食事を終えた。

 そして軽く口をゆすぐと、ソウルコネクトチェアへと向かう。口の中には洗浄ナノマシンが入っているので、歯を磨く必要はない。

 

「じゃ、中でもまた720時間よろしく」

 

「はい」

 

 視界が暗転する。そして、VRのホーム画面が目に映った。

 

「21世紀TSおじさん少女だよー。ただの元一般人がガイノイドになって、武術面でも人類をやめさせられそうな修練動画の最終回、はじまりだー!」

 

「いよいよ最後の二十年目ですね」

 

「思えば遠くに来たもんだ……動画の初投稿からこれまでが、視聴者にとってはたったの十九日間でも、俺達にとっては13870時間だからな!」

 

「ヨシムネ様は、鍛えがいがありました」

 

「飴と鞭の差が激しすぎて、ヒスイさんに依存してしまいそうだよ。……さて、ではゲームスタート」

 

 ゲームが起動し、タイトルロゴが表示される。そこでいつも通り『続きから』を選び、物語を再開する。

 リアルでの昨日は、一九年目の就寝時にタイマーを使うことで、二十年目の朝から再開できるようにゲームを終わらせている。

 

 視界がゲーム内の屋敷にある寝室に変わる。

 

「おはようございます。二十年目の始まりですね。頑張ってミズチを倒しましょう」

 

「ラスボスを倒すのが最終目標なんだがな……震えてきた」

 

 そんな軽口を交わしていると、寝室のふすまが唐突に開いた。

 

『ヨシムネ、ヒスイ。用件がある』

 

 NPCでプレイヤーの教導役である養父である。

 

「この養父、義娘の部屋にノックなしで入りやがった」

 

「ふすまはノックしませんよ」

 

『今すぐ胴着に着替えて、道場に来い。待っているぞ』

 

 そう言って養父は部屋を退室していった。

 

「これ、イベント進行するまで、いつまでも待ってるやつかな?」

 

「時限イベントだったら困るので、向かった方がよさそうですよ」

 

「まあ、そうなるか。二十年目の初日の朝にイベントとか、すごく重要そうだし。行くか……」

 

 思考操作で装備を初期装備の胴着に替え、道場へと向かう。

 

「どんなイベントだろうな。免許皆伝を与えるとか?」

 

「ラスボスの討伐依頼ではないでしょうか」

 

 免許皆伝などありえないって顔しないで!

 そして道場へ着くと、養父が正座をして待っていた。その横の床上には、木刀が置かれている。

 

『来たか』

 

 養父が木刀を手に持ち、立ち上がる。

 

『ヨシムネ、ヒスイ。木刀を持て。勝負だ』

 

「あれ、本格的に免許皆伝じゃね。勝ったら与えるとか」

 

「そうかもしれませんね。達人にはまだまだ遠いのですが」

 

 ヒスイさんの要求レベルが高い! 俺をどんな領域に連れていこうとしているの!?

 

「まあ戦うか……順番とか言われてないけど、二人がかりでこいってことかな?」

 

 そう言ってヒスイさんの方を見るが、ただ無言の笑顔が返ってくるだけだった。

 一人でやれってことですね。

 

「ふう、では、ヨシムネ行きます!」

 

 木刀を持ち、養父と向かい合って構える。

 

『ゆくぞ!』

 

 そうして五分にもおよぶ激しい打ち合いが続き、なんとか一本取ることに成功した。

 力戦したが、動画の尺的にカットされるんだろうなあ!

 

『よくぞ私を破った……』

 

「免許皆伝ください」

 

『くくく……人間の姿ではかなわぬ者か……思わぬ拾い物をした!』

 

「ん?」

 

『かぁっ!』

 

 そう養父が気合いを入れると、彼の着ていた胴着がはじけ飛び、中から身の丈二メートルほどの赤黒い肌色をした妖怪が出現する。筋骨隆々でいかにも強そうだ。

 そして、彼の足元から凶悪な妖怪の特徴である瘴気が吹き出してくる。

 

『我こそ魔王山本五郎左衛門なり。我が好敵手となる者を求めて幾星霜……この時代にはもう敵はおらぬと思っていたが、よい巡り合わせもあったものだ……!』

 

「な、なんだってー」

 

 明かされるラスボスの正体!

 

「NPCとの交流をしてないから、これがどれくらいの驚愕の真実なのか判らねえ!」

 

「師弟愛的なものが育まれて、それを裏切る展開とかになっていたのでしょうか?」

 

「うちの師匠はヒスイさんだからな! つまりヒスイさんの正体は……?」

 

「私がラスボスだとかいう動画コメントは、まことに遺憾です」

 

『さあ、仕合おうぞ!』

 

 そう言ってラスボス化した養父……魔王はまがまがしい刀を構えながら、こちらに一歩踏み出してくる。

 

「ちょっ、こっち木刀なんですけど!?」

 

「屋敷で敵に負けたら、どこに身体を運び込まれるのでしょうね……」

 

 システム表示はすでに戦闘中に切り替わっている。戦闘中になると、アイテム欄から武器を自在に取り出せなくなる。そして今の装備は木刀である。

 どうしようもないので、逃げる準備をする。そのときだ。

 

『おのれ、やはりおぬしが魔王であったか!』

 

 道場に、闖入者が一人。屋敷の近所に住むイケメン侍のNPCである。交流を一切していないから、名前は覚えていない。

 

『うおお!』

 

 イケメン侍は魔王に斬りかかり、まがまがしい刀とつばぜり合いをする。

 ラスボスと戦って無事とか、こいつ強いなぁ。

 

『ヨシムネ! ヒスイ! 今のうちに逃げるのだ! 拙者が時間を稼ぐ! 急げ、瘴気で屋敷が異界化するぞ!』

 

「名前覚えられてる……いや、それよりも今のうちに木刀で魔王をボコれば……」

 

『ここは拙者に任せて、そなた達は逃げろ!』

 

「げえっ、このイケメン侍、周囲に結界張ってやがる! 近寄れねえ! 木刀でラスボスを倒すチャンスが!」

 

「……あの魔王の肉体に叩きつけても、木刀が先に折れそうですね」

 

「仕方ない、逃げるか。いや待て。こいつらの戦い、眺め続けてたらどうなるんだ?」

 

「試しますか?」

 

「いや、なんか変なルートに入るかもしれないから、やめておこう……。極力、真っ当なルートでエンディングに、が目標!」

 

 そうして俺達は屋敷から逃げ出した。

 すると、屋敷は瘴気に飲まれ、不気味な外観へと変わった。異界化ってやつをしたのだ。中では雑魚妖怪がさまよい歩いていることだろう。

 

 その後、異変を察知して駆けつけた妖怪退治の同業達が次々と集まってきた。

 そこへ、屋敷から声が響く。

 

『我こそは魔王山本五郎左衛門。魔王を倒さんとするもののふ達よ。我はここで待つ。いつでもかかってくるがよい』

 

 そんなこんなでイベントは進行し、町中に妖怪退治の同業達による魔王対策本部のようなものが設置され、俺はそこで寝泊まりするようNPCに言われた。そして、緊急依頼も申しつけられる。

 内容は、魔王山本五郎左衛門の討伐。期限は一年間。町中を異界化されて一年は悠長すぎると思うが、相手が相手なので今すぐの討伐は期待していないとのこと。時間が進むにつれて、斥候が屋敷に侵入して情報を集めてきてくれるとも言われた。

 

 そして魔王討伐に関する強制イベントが終了し、行動の自由が与えられた。

 ラスボスの登場か。これで、本格的に二十年目が始まったと言える。

 

 ラスボスは最近の大物妖怪の傾向に反し、身体が大きくない武器持ちの敵だった。剣豪としての力量が試されることだろう。

 魔王対策本部には道場もある。ここで鍛錬もできるはずだ。

 

 急ぎ戦う敵もいないので、俺はとりあえず鍛錬を選択することにした。

 

「……よし、じゃあ水泳特訓すっか!」

 

 ラスボスは後回しである。

 ミズチから逃げるな。

 



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8.-TOUMA-(剣豪アクション・生活シミュレーション)<5>

 野外フィールドの海岸エリアで、水泳の鍛錬を続ける。

 着衣状態だとまともに戦えるほど泳げないので、服を脱いでサラシにふんどし姿である。和風ゲームだからか、水着がなくこういう格好をするしかなかった。

 動画に初めてこの格好が登場したときは、男性視聴者のコメントが稼げたものである。ちなみにヒスイさんは普通に着衣水泳だ。

 しかしこの鍛錬、ゲームなのに息切れの苦しさが結構再現されていて、苦行である。ヒスイさん、痛覚関連の設定きつめにいじってないよね?

 

「ミドリシリーズって、水中で活動できないのか?」

 

 俺は泳ぎながら、ふと疑問に思ったことをヒスイさんに尋ねた。

 

「当然できますよ。内蔵動力の動作に大気中の成分を必要としていないので、呼吸をしなくても何の問題もありません。呼吸をする機能はありますが、特に意味はないフレーバー的機能ですね」

 

「じゃあ、こうして息の切れる水泳の訓練なんて、しなくていいんじゃあ……」

 

「何を言っているのですか。ヨシムネ様がしているのは、現実の身体の動かし方練習などではなく、ゲームのための特訓ですよ。ゲームのプレイヤーキャラクターは人類の身体であることが多いのですから、呼吸を必要としないロボット的な水中行動などを習得しても、役には立ちません」

 

「厳しいなぁ……」

 

 そうして俺は、ゲーム上の暦で二ヶ月間みっちりと水泳を鍛え、ミズチに挑むこととなった。

 膝丈までの水が場を満たす前半戦は、もはや楽勝だった。

 

「よし来るぞ、来るぞ、来るぞ……来た! 行くぞ、ヒスイ流水泳殺法!」

 

 水に満たされた戦闘ステージを勢いよく潜り、後半モードになった水中のミズチに再接近。

 俺の武器の種類は相変わらず打刀だが、斬りつけるのは水の抵抗が大きいので突きを数発おみまいする。

 まだ行けそうだが、焦りは禁物だ。素早く上昇し水面から顔を出し、息を吸う。

 そこで、ミズチが体当たりをしてきたので、身体をずらし、さらにカウンターで斬りつける。

 

 戦闘は順調だった。

 ヒット&アウェイで息継ぎをこまめに行ない、巨体から繰り出される攻撃は、今まで敗北戦の中で散々見てきたモーションを見切って回避する。

 やがて……。

 

「ぎゃー! ミズチが発狂した!」

 

 瀕死のミズチが狂ったように動き回ると、水面が渦を巻き水中ステージは激流となった。

 

「あと少しです、頑張ってください!」

 

「ヒスイさん、なんで激流に飲まれてないの!?」

 

 ヒスイさんが渦巻く水面を平然と立ち泳ぎしていた。

 むむむ。俺もヒスイさんの真似をすれば、ああやって安定するのでは?

 

「ゆくぞ、ヒスイ流水泳術……できねぇー!」

 

 俺は渦に飲まれ、ミズチの体当たりを食らった。

 その後、ぐだぐだになりながらミズチに一撃を与え、なんとかミズチ退治を成功させることができたのだった。

 

「勝った! 『-TOUMA-』完!」

 

 戦いを振り返ってみると、ミズチは生命力がかなり低かったな。足場が不安定な分、簡単な攻撃で倒せるようにしてあるのだろう。

 

「では、戻ったら魔王戦用に対人稽古ですね」

 

「俺達の戦いはこれからだ!」

 

 本当にこれからだよ。ラスボスがミズチより弱いなんてことはあるまい。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 魔王の登場で失った屋敷の代わりに新たに割り当てられた道場で、俺はヒスイさんを相手に稽古を続ける。

 今回のヒスイさんはサポートに気合いが入っており、新たにインストールしたという様々な流派の剣術プログラムで俺と立ち合っている。ラスボスの剣がどんな太刀筋でも対応できるようにとの配慮だ。

 しかも、キャラエディット機能でわざわざヒスイさんは身長を魔王に合わせ、稽古の間だけ身長二メートルほどの巨女となっている。動画視聴者の皆様、ここ突っ込みどころですよ!

 

「しかし、道場NPCの養父が敵に回るとか、普通のプレイヤーは魔王登場後の稽古の相手どうするんだろうね。俺は、ヒスイさんが居るからいいものの」

 

「他の剣豪系NPCと交流して、仲間にするのではないですか。NPCも鍛えたら強くなるそうですし、妖怪退治にも連れていけます」

 

「えっ、連れていけるの。確かに、超巨大妖怪の時は、妖怪退治屋のNPCが勝手に参戦してきたけど」

 

「たとえばミズチ戦は、友好的な妖怪NPCである人魚の八百比丘尼(やおびくに)を仲間にするのが正当な攻略法のようです」

 

「マジかよ……俺の苦労はいったい……」

 

「NPCを連れていっては、鍛錬になりませんから」

 

「まあ、そうなるか。しかし、鍛冶師のコテツちゃんとしかまともにNPCと会話してないけど、人魚とかいるのかぁ……」

 

 魔王戦にもNPC連れていけるのかね。剣豪系のボスを数人で囲って倒すか……絵面が酷くなるな! ゲームジャンルが剣豪アクションなんだから、一対一で格好よく勝ちたいものだ。

 

 そんな心意気で、俺はゲーム上の暦で四ヶ月間、道場稽古を続けた。

 その間、一度も異界化した屋敷には足を踏み入れていない。

 

 ゲーム期間が暦の上でちょうど残り半年となったところで、NPCの斥候隊が屋敷の情報を入手してきた。

 屋敷は長い一本道に変わっており、道の途中で人間サイズの妖怪がそれぞれ違う武器を持って道を塞いでいるのだという。

 斥候の技術があれば、それらを無視して直接魔王のところに行けると言われたが、途中の妖怪を倒さず魔王と戦いを開始して、戦闘中に妖怪が集まってきたら酷いことになるのが予想できるので、無視はなしだ。

 

 しかし、一本道のボスラッシュステージとか、子供の頃に読んだ漫画を思い出すな。星座をモチーフにした鎧を着て素手で必殺技を出し合うやつ。

 まあ、俺には一緒に屋敷に突入してくれる仲間は、いないんだけどな。ヒスイさんは、どうせ見ているだけだろうし。

 

 そして、俺は装備の総点検を終え、いよいよ屋敷に突入することにした。

 半年も残っていれば、敗北後に鍛え直しとなっても鍛錬期間は十分あるとみていいだろう。

 

「行くぞ!」

 

 そう気合いを入れて、屋敷に踏み込む。

 背後では、侍や妖怪退治屋達が屋敷を取り囲んでいる。屋敷の内部は狭いので、彼らが一緒に突入するというわけではない。俺が屋敷を刺激することで、妖怪が中からあふれ出てこないかを彼らは警戒しているのだ。

 

 屋敷の内部は、武家屋敷の廊下そのままといった様相だった。だが、壁や天井はところどころ朽ちており、空いた隙間から瘴気が漏れている。うーん、雰囲気あるな。ヴィジュアル面では相当気合いを入れて作られたゲームだと、改めて実感する。

 

 そして廊下を進むと、道場の半分ほどの広さを持つ広間に出た。その広間の真ん中には、鎧武者が仁王立ちしていた。兜の下の顔は、骸骨だ。

 

『我が得物は大太刀。さあ、武器を取るがよい』

 

 お、武器選択をさせてくれるようだ。

 

「では、こちらも大太刀、と」

 

 システム上はまだ戦闘状態になっていないので、アイテム欄から大太刀を装着し、鞘から抜く。

 

『いざ尋常に勝負!』

 

 そうして戦いは始まり、すぐに決着はついた。相手の生命力が人間並みだったのだ。武術の技量は、今までに戦ったどの妖怪よりも高かったが。

 

『見事なり』

 

 鎧武者はそう言って消えた。

 戦闘で昂ぶった気を静め、広間から出てまた廊下を進む。その先には、また鎧武者が待っていた。甲冑のデザインは違うので、先ほど倒したのとは別人であろう。

 

『我が得物は薙刀。さあ、武器を取るがよい』

 

 こちらも薙刀を使い、間合いの取り合いを繰り広げ腰への一撃を入れることに成功した。その一撃で敵は『見事なり』の一言を残して消えた。

 さらに進むと、また現れた鎧武者の武器は弓。こちらも弓を選び、広間を縦横無尽に駆け回って矢の飛ばし合いを行ない、相手の顔に矢を突き刺すことができた。またもや『見事なり』と言い残して消えた。

 

 そしてまた廊下を進む。魔王戦前のボスラッシュは次で最後のはずだ。

 待っていた鎧武者の得物は槍だった。こちらも槍を選ぶ。

 薙刀のときと同じように、間合いを奪い合う。相手の技量は薙刀の奴よりも上だ。だがそれでも、ヒスイさんとの特訓で培った力で、相手を打ち倒した。

 

『見事なり。おぬしならば、魔王に打ち勝てるかもしれぬ……』

 

 そう言って、鎧武者は消えていった。

 

「うーん、今の奴ら、魔王に負けた戦国時代の武士とかいう背景設定でもありそうだな」

 

「武家出身のNPCを連れてきたら、何か反応があったかもしれませんね」

 

 俺の漏らした考えに、ヒスイさんがそんなコメントを返してくる。まあ全ては闇の中だ。

 

「NPCとの交流がゼロだと、世界観の類は全く判明しないからな! 作り込んでいるであろう開発スタッフさんごめんなさい!」

 

「ネタバレをしない、これからプレイをしようとする視聴者に優しい動画ですね」

 

「肝心の登場するボスだけしっかり映ってるとか、逆にタチが悪いと思う……」

 

 そんな雑談を交わしながら、廊下を進む。そして、到着したのは道場だった。屋敷に元々あった道場だ。

 そこには、魔王が一人俺達を待ち構えていた。

 ……俺達を逃がしてくれたイケメン侍さんって、どうなったんだろうな。

 

『来たか、我が娘たちよ』

 

「義理の親子設定まだ有効なんだ……」

 

『おぬしらが果たして、我が身のうちで燃えさかる地獄の炎を鎮めてくれるのか……』

 

「なんか裏設定とかありそうだけど、俺は妖怪退治以外のシナリオにノータッチだから知らんぞ!」

 

「緊張感ないですね」

 

『その力、見せてみよ! さあ、武器を取るがよい!』

 

 選択する武器は、打刀。相手の武器も打刀サイズのまがまがしい刀である。

 

『いざ尋常に勝負!』

 

 魔王と切り結ぶ。相手の技量はとてつもなく高かった。

 

「攻撃範囲……制空圏も広いな。強敵だ。でも……ヒスイさんよりは弱い!」

 

 俺は相手の体勢を切り崩し、一太刀、一太刀と一つずつ確実に、何度も斬りつけていく。その筋骨隆々の巨体に相応しく、生命力は高いようだ。

 

「実況している余裕がない!」

 

「頑張ってくださいね」

 

 それでも、斬りつけるたびに相手の動きは悪くなっていく。そして、戦いが始まってしばらく、魔王はとうとうその場で膝を突いた。

 

『やはり、剣の腕はおぬしらの方が上か……』

 

「ヒスイさんが参戦していないのに、おぬしらって複数形なの、ゲーム特有の理不尽さを感じる」

 

「高度有機AIサーバを使っていなくても、ゲーム内蔵の汎用AIでそのあたりの状況判断はできるはずなんですけれどね。妖怪に高度な会話AIは使っていないのでしょうか」

 

「ラスボスなんだから、ちょっとリッチなAIにしてくれてもいいだろうに」

 

『だが、まだ我は負けぬ!』

 

「お、第二形態でも来るか?」

 

「ラスボスの変身は、古典ゲームから連綿と続く様式美らしいですね」

 

 魔王は立ち上がると、骨肉がうごめくような鈍い音を立てて変形を始める。やがて三メートルほどの高さの身となった。さらには背中から二本の腕が生えてくる。そして刀を持っていないそれぞれの手の指先から黒い炎が噴き出し、刀の形を取る。

 

『さあ、殺し合おうぞ!』

 

「やってやらあ!」

 

 俺は早速、第二形態魔王に躍りかかった。切り結ぶことしばし。俺は、一つの事実に気づいた。

 

「あんまり……強くない!」

 

「背中の腕が全く役に立っていませんね。これはおそらく……仲間NPCに囲まれた場合に本領を発揮する形態なのでしょう」

 

「そんなオチ!?」

 

 俺は巨大化して隙が前より大きくなった魔王に、打刀を何度も叩きつける。

 目が第一形態の太刀筋に慣れていたので、今の大雑把になった第二形態は怖くもなんともない。

 

「ただのカカシですな」

 

「余裕ができたとたん大口を叩くようになるのは、実況あるあるでいいんでしょうか……」

 

 そして、魔王は力尽き、その巨体を道場の床に倒れ込ませた。

 

『見事なり……よくぞ我を打ち倒した……我が目は曇っていなかった……』

 

「実は自分を倒してほしかった系ラスボス? もっと純粋悪っぽい方が好みなんだけどなぁ」

 

「養父だった時点で妖怪退治を私達に依頼していましたし、元々妖怪退治側に理解があったのかもしれませんね」

 

『おぬしらが……黒き炎に打ち勝てることを……地獄から祈っておるぞ……』

 

「ん?」

 

 倒れ伏した魔王の外皮がひび割れていく。すると、ひび割れの隙間から、黒い炎が吹き出してきた。

 

「おっおっ、第三形態?」

 

「ラスボスとは別の意思を持つ最終形態。これもまた古典的な様式美ですね」

 

 ひび割れは魔王の全身に走り、炎の勢いが激しくなる。そして炎は……爆発した。

 突然の爆発に、俺は全身を衝撃に打ち据えられ、激しく吹き飛ばされた。

 

「ぐええっ!」

 

 あまりの衝撃に、俺の視界は暗転した。

 



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9.-TOUMA-(剣豪アクション・生活シミュレーション)<6>

 気がつくと、俺は道ばたで寝転がっていた。身体を起こすと、そこはゲームの中の屋敷の前。

 屋敷は異界化を解かれ、建物が完全に崩壊していた。

 そして、その崩れた屋敷の上に、太陽があった。

 

「なんだありゃあ」

 

「おそらく、ラスボスの最終形態ですね」

 

 と、いつの間にか隣にヒスイさんが来ていた。彼女も爆発に巻き込まれてここまで吹き飛ばされたのだろうか。もし爆発すら回避したというなら、ミドリシリーズという物の評価をさらに上方修正しなければならない。

 

「空を飛ぶ妖怪も今までいくつか登場しましたが、あのような形をした妖怪は初めてですね」

 

 そのヒスイさんのコメントを聞き、改めてラスボスらしきものを見る。

 黒い炎をまとった、赤い太陽。それが屋敷跡の上空に、今も浮き続けていた。

 それを見上げて俺は言った。

 

「ありゃあ、空亡かなぁ」

 

「くうぼう、ですか?」

 

「21世紀の創作妖怪だよ。犬の姿をした神様を操作する和風ゲームで有名になって、その後いろんなゲームに登場するようになった、太陽の形をした妖怪だ」

 

「その時代の創作妖怪というと、都市伝説の類でしょうか」

 

「都市伝説とはまた違うんだよなぁ……元は大昔の百鬼夜行を描いた絵巻だったかな。それの百鬼夜行の最後尾に描かれた太陽。つまり、百鬼夜行が解散する時刻の太陽の姿があって、それを21世紀の人達が妖怪化した物だったはずだ。百鬼夜行の最後に出てくる妖怪になるから、つまり妖怪の大ボスってわけだ。くうぼう、そらなきともいう」

 

「なるほど。由緒正しい妖怪ですね」

 

「由緒正しいかなぁ」

 

「妖怪とは人々の誤認識や作り話から生まれる、架空の存在と認識しています」

 

「まあ未来の時代には、妖怪も実在するとか言われたらそれはそれで困るけど……」

 

 そんな会話を交わしていると、空亡がうごめきだした。

 そして、赤い太陽の部分から赤い液体のようなものが地面に向けて垂れてきて、地面に着いた途端それは明確な形を取り始める。

 それは、黒い炎をまとった赤い妖怪。その姿に、俺は見覚えがあった。

 

「チュートリアル! チュートリアルの妖怪じゃないか!」

 

 懐かしすぎる……。

 それを眺めていると、空亡からさらに液体がこぼれ続け、どんどんと赤い妖怪が地面に発生していく。

 

「野犬さんちいーっす! 当時はお世話になりました! あ、あっちは天狗の旦那! 泥田坊は水田ステージじゃないのに来て大丈夫? もうオールスターだな、これ」

 

 ラスボス最終形態空亡が持つ力は、百鬼夜行を作り出す能力だったようだ。

 

「あれ、これ俺一人で倒すの? 無理ゲーじゃん」

 

「それは大丈夫でしょう」

 

 俺が絶望していると、ヒスイさんがそんなことを言ってくる。なに? とうとうヒスイさん参戦? そう思っていると……。

 

『皆の者! けっして後ろに妖怪を通すではないぞ!』

 

『おおおおお!』

 

「って、これは、屋敷の周りに居たお侍さんと妖怪退治屋さん達か!」

 

 NPCの集団が、赤い妖怪に襲いかかる。赤い妖怪は生命力が少ないようで、すぐに散っていく。

 空亡はそれが気にくわないのか、地面に垂らす液体の量をどんどんと増やしていく。

 

『呪術師隊、あの汚れた太陽を地に落とすのだ!』

 

『おう!』

 

 呪術を使う妖怪退治屋の集団が一斉に呪術を使うと、空亡は地面へと叩きつけられた。

 

『今だ!』

 

 その号令で、侍達が空亡に斬りかかる。空亡は黒い炎を撒き散らしてその身を守ろうとしている。

 

「おお、今までにもない規模の総力戦だ。こりゃあ見物だな」

 

「ヨシムネ様も参加してください。主役なのですから」

 

「おっと、そりゃすまないね」

 

 俺は打刀を構えて、地に落ちた空亡を目指す。だが、赤い妖怪の集団が邪魔だな。

 

『助太刀いたす!』

 

「お前はイケメン侍さん! イケメン侍さんじゃないか! 生きとったんかワレ!」

 

 魔王の正体発覚イベントで、ここは俺に任せて先に逃げろをした人だ。

 

「ヨシムネ様は気づいていませんでしたが、彼は相当前から異界化した屋敷周辺の警邏隊に混ざっていましたよ」

 

「ええっ……」

 

 そして俺は、立ちはだかる妖怪を全てなぎ払い、空亡の下へと辿り着いた。

 空亡は呪術でその行動を縛られ、侍達によって斬りつけられその赤い太陽のような身体を鳴動させていた。

 俺も、侍に混ざり、空亡への攻撃を開始する。空亡は馬鹿でかいため、集団でかかっても人でぎゅうぎゅう詰めになる心配はない。

 

「本当はここで壮大なBGMが流れるんだろうな……」

 

「カット編集する都合上、BGMは切っていますからね。どの曲が使われているかはログにあるので、動画にするときに当てておきます」

 

「動画になって初めて知るラスボス戦BGMよ……」

 

「BGMは聞こえるけど動画には収録されないという、配信者向けのオプションがあればよかったのですけれどね」

 

 そんな無駄口を叩きながら、俺は空亡に打刀を叩きつける。

 ちなみにここまできてもヒスイさんは参戦しないようだ。

 

「ヒスイさん、最後の総力戦だし、攻撃一発入れてみたら?」

 

「そうですね……。せっかくですし記念に一太刀」

 

 ヒスイさんは万が一の時の援護用に購入していた打刀を構えると、するどい一撃を空亡に叩き込んだ。

 すると。

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 今の一撃がラストアタックになったのか、空亡はまばゆい光を発して消滅してしまった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 思わず二人で無言になってしまう。周囲ではNPC達が勝ちどきを上げている。

 そして、俺の周りに主要NPCなのか、イケメンや美少女のNPC達が集まってきた。

 

 口々に健闘をたたえてくるが、とりあえず今はなんとかしてヒスイさんにフォローの一言を投げかけなければならない。

 そして俺が絞り出せた言葉は。

 

「さすがヒスイさんです!」

 

 さすヒスさすヒス。

 

「ううっ、まさかこんなことになるなんて……!」

 

「ヒスイさん、ファーストアタックがラストアタックは、快挙だよ。『-TOUMA-』動画史に伝説として残るよ」

 

「私達以外ほとんどこのゲームの動画を投稿していないのですが……」

 

「俺達が開拓者だ!」

 

 マゾゲー扱いされているから、後追いが出るかは判別不能だけど。

 と、そんな会話をしている間に、主要NPC達の話も背後で終わったのか、視界に文字が表示され始めた。

 スタッフロールだ。この未来の時代でもエンディングはちゃんとスタッフロール。安心感がある。

 

「お、ヒスイさん、クリア特典だって」

 

「一周目クリア特典は難易度設定機能の解放、二十年モードクリア特典は時間制限無しモードの解放ですか……」

 

「時間制限無しかぁ。生活シミュレーションを名乗っているんだから、あってしかるべきか」

 

「今の二十年モードを時間制限なしにして、ずっと過ごすこともできるようですよ」

 

「NPCとの関係が一切成り立っていないのに、ここでこのままずっと過ごして何になるっていうんだよぉ……」

 

「基礎的な動きの鍛錬も、もう十分ですしね。次に配信用に選ぶゲームは、システムアシストの使い方を特訓できるものにしましょうか」

 

 システムアシストか。思考操作で発動して、勝手に身体を動かしてくれる機能のことだな。

 人類という設定のプレイヤーキャラクターでも超人的な動きを可能にすることから、システムアシストを使わないプレイヤーは、システムアシストを使いこなすプレイヤーとアクションゲームで対戦しても、勝つことは絶対にできない。

 

「次回を楽しみにしておこう。ところで、ゲーム内の期限が半年あまっているけどどうする?」

 

「ゲームクリア後は、NPCとの交流がメインで、期限が来たら特にイベントもなく終了らしいので、ここで終わりとしましょう」

 

「そっかー。じゃあ、締めるか。視聴者のみんな、マゾゲーと評判になってしまった『-TOUMA-』、どうだったかな? このゲームの動画はこれで最後だけど、動画配信はこれで終わりじゃないから安心してくれ。ゲームを変えてまた俺の挑戦は続く。また俺が四苦八苦しながら、ゲームの練習をする様をどうか見守ってくれよな!」

 

「サポート役は私、ミドリシリーズのヒスイでした」

 

「プレイヤー役は、21世紀おじさん少女ことヨシムネでした!」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 リアルに戻ると、いつもの時間ではなかった。

 普段の半分の時間で帰還したため、朝からゲームを始めてまだ昼時といったところだ。

 そこで俺達は昼食を取ることにして、その後、編集が終わった最終回の動画の確認をした。いつもは15分の動画二本だが、今回は最終回ということで四本に増量だ。

 それをヒスイさんと二人で見て、特に問題もなかったので動画配信サービスにアップロードをしてもらうことにした。

 なお、空亡戦のBGMはやはり壮大ないい曲であった。

 

 そしてその日の夕食、俺達は打ち上げと称して、いつもより豪勢な食事を取ることにした。

 豪勢といっても料理するのはいつもと同じ自動調理器なので、品目を増やすのと材料をオーガニックな物多めにすることくらいだ。

 

 食事の場では、自然と動画の話になった。

 

「早速再生数が伸びていますね。いつもと違う時間帯に投稿したので、驚いた人も多いようです」

 

「ここまで人気が出ると、コメントを全部読み切れないのが残念でならないね」

 

「私は全部確認しておりますよ」

 

「リアルでも思考を時間加速できるガイノイドはそのへん強いよな……」

 

 鶏肉を蒸して美味しいソースをかけた物を食べながら、そんな会話を交わす。

 そして、行儀が悪いがコメントにも目を通す。

 

『祝! ミズチ討伐』『俺達の水泳部がやってくれたぜ』『人魚なんておらんかったんや』『ボスが発狂しても不動のヒスイさんが怖い』『槍持っていけばいいのに、かたくなに打刀を使おうとするマゾ剣豪ヨシちゃん!』『呪術はどこいったんです?』

 

 これはミズチ戦のコメントか。もう『ミズチから逃げるな』と言われずに済むんだな……。もう二度とあれとは戦わねえ。

 最後の四本目の動画のコメントも見てみる。

 

『出てくるNPCみんな知らない人なのに、BGMで涙出てくるんですけど』『音楽の力はやはり偉大だった……』『あんな妖怪もいるんだな。かっけえ』『勝利確定』『さすがヒスイさんです!』『ラストアタック助かる』『さすがヒスイさんです!』『さすヒス吹いた』『さすがヒスイさんです!』『さすがヒスイさんです!』『さすがヒスイさんです!』『さすがヒスイさんです!』『さすがヒスイさんです!』

 

 うむ、やはりヒスイさんはすごいな。そして、次回作への要望も来ている。主に、このゲームをプレイしてくれというもの。だけどすまないな、みんな。ゲームのチョイスはヒスイさんに任せているんだ。

 

「次のゲームはいつやるかなぁ」

 

「まずはニホンタナカインダストリで髪色の変更をしませんとね」

 

「男性型アンドロイドっていつ届くの?」

 

「もう届いていますよ」

 

「え、マジで?」

 

「ゲーム中なのでボディの取り替えをすることはないだろうと思い、黙っていました。教えたらそちらに気が向いて、ゲームに対する集中が切れるおそれがありましたからね」

 

「そっかー。じゃあ明日早速、試してみるかな」

 

「となると、魂の消耗を防ぐため、次回の動画撮影はだいぶ先になりますね」

 

「…………」

 

「いかがなさいました?」

 

「いや、せっかく動画が人気になって、乗りに乗っている時期なんだ。男ボディへの換装は後の楽しみに取っておこう」

 

 よく考えたら、人前に出るわけでもないので女のボディでなんら不自由していないし、男に戻って何かやりたいことがあるわけでもない。

 男に戻っている間、動画撮影ができないというのは辛い。すでにライフワークになっている。

 

「そうですか。では、またしばらくはヨシムネ様も、まだミドリシリーズの仲間のままというわけですね」

 

 ヒスイさんがそう言ってにっこりと笑った。

 ヒスイさん的には俺が女ボディのままの方が嬉しいのかね。

 それなら、何か新しく外出の予定でもできない限り、家の中ではこのボディを使い続けることにしようかな。

 



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10.St-Knight(対戦型格闘)<1>

「どうもー。視聴者の皆さん、21世紀おじさん少女だよー。今日は新しいゲーム動画の配信に際してということで、まず始めにリアルの世界の俺の部屋からお送りしているよ」

 

 前回の動画最終回から数日後、俺はまた動画撮影に挑戦していた。

 新シリーズの第一弾として、まずはトークから始めようと、リアルの世界での撮影だ。今までの収録でも、リアルでの撮影はよくあった。だからこそ、身体を男ボディにして、VR空間でだけ女アバターを使って撮影するという手が使えないのだが。

 

「皆さんもうお気づきかな。な、な、な、なんと、俺の髪色が変わっている! そう、今までヒスイさんと見た目が被りすぎていたので、女性型アンドロイド、いわゆるガイノイドのミドリシリーズを製造している、ニホンタナカインダストリさんに頼んで、髪色を銀髪にしてもらったんだ」

 

「お似合いですよ」

 

「ありがとうヒスイさん。さらになんと、ミドリシリーズのニホンタナカインダストリさんが、俺の動画シリーズのスポンサーになってくれることが決定したぞ! スポンサーの契約料として、俺の男ボディであるツユクサシリーズの男性型アンドロイドを贈ってくれたんだ! これでいつでも男らしいヨシムネが見られるぞ!」

 

「まだ梱包すら解いていませんけれどね」

 

「そうなの!? いつもは家事を万全にこなしてくれるヒスイさんが、珍しい」

 

「ヨシムネ様は、ずっと私の使っていた、ミドリシリーズのボディを使い続けてくだされば、それでいいのです」

 

「ええー、男ボディ不人気! あ、ちなみに俺の今の身体は、元々ヒスイさんが使っていたものだそうだよ。俺の死体が次元の狭間からサルベージされたときに、たまたまヒスイさんが研究者の近くにいたそうで、ソウルインストールとやらをするのに都合がよかったんだそうだ」

 

「おかげで私も、最新式のボディに換装できました」

 

「俺の部屋で家事をして、ゲーム動画を撮影編集するくらいしかヒスイさんの仕事がないから、完全にスペックオーバーだよな……」

 

「ヨシムネ様のように、ソウルインストール用途でハイエンドの民生用ガイノイドをご利用予定の方がいらっしゃいましたら、ミドリシリーズの姉妹機であるワカバシリーズの購入をご検討ください。男性型は先ほども話に上がりました、ツユクサシリーズです」

 

「露骨な宣伝!」

 

 そこまで会話して、俺は背景にしていたソウルコネクトチェアから少し場所を移動する。

 

「そうそう、ニホンタナカインダストリに髪色を変えに行った帰りに、アーコロジーのショッピングモールに寄ってきたんだ。そこで、ガーデニングのコーナーがあったから、ちょっと見つくろってきたよ」

 

 部屋の壁際、そこにはガーデニング用のプランターが置かれていた。

 この部屋には窓やベランダがないため、日光不足を補うために専用のライトもプランターの上に取り付けてある。

 

「今までこの部屋は、花も飾っていませんでしたからね」

 

「自然が存在しない悲惨な未来SF世界というわけじゃないから、別に花もそこまでお高いってわけじゃないんだけどねぇ」

 

「さらに言いますと、植物ですので、穀物や野菜類と同じく、工場で生産できますからね。アーコロジーだけでなく、スペースコロニーでも花屋は存在しているでしょうね」

 

「そこで! この部屋でガーデニングをすることにしたんだ。俺は21世紀では農家のおじさんだったんだけど、農業はもうこりごりでやりたくもない。でも、ガーデニングくらいならありかなと」

 

 プランターには、植物の苗が植えてある。サイズとしては、今後に期待って感じだな。

 

「購入したのはホヌンの苗とペペリンドの苗ですね」

 

「全く聞いたことのない植物だ。21世紀にはなかったのかな」

 

「そうですね。近年作られた野菜です。花も綺麗な物が咲きますよ」

 

「楽しみにしておこうか。枯らさないように頑張ろう」

 

「私に全てお任せください」

 

「ヒスイさんが頼りになりすぎる……!」

 

 そして、俺達はまたVR機器であるソウルコネクトチェアのもとへと戻った。

 俺はチェアに座り、言う。

 

「では、続きはVR空間で!」

 

 目を閉じて、魂が電脳世界に繋がる感覚を俺は楽しんだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 VRのホーム空間。相変わらず真っ白で何もない。

 ここのカスタマイズは、ライブ配信をするようになってから視聴者と一緒に整えたいと思っているので、今はノータッチだ。

 

「それじゃあゲームを進めていこう。ヒスイさん、今回のゲームは?」

 

 ヒスイさんも俺と同時にホーム空間に現れていたので、撮影続行しているとみなし、そう話しかける。

 

「今回プレイしていただくのは、『St-Knight』という人気ゲームです」

 

 ヒスイさんがそう宣言するとゲームが起動し、タイトルロゴのある空間に切り替わる。

 お、今回はBGMが鳴り響いているな。勇ましい曲だ。さあ戦おうって気分になってくる、そんな曲である。

 

「『St-Knight』は、武器を持って戦う対戦型格闘ゲームです」

 

 その曲を背景に、ヒスイさんがゲームを紹介する。

 

「格ゲーが来たかぁ」

 

「ヨシムネ様、今の世の中でもっとも親しまれているゲームジャンルは何か、ご存じですか?」

 

「なんだっけ、前に聞いたな……そう、MMORPG!」

 

「そうです。特に二級市民の方々に一番広く親しまれているゲームジャンルであるMMORPGは、武器を持って戦うアクション要素が高確率で組み込まれています。そんなMMOのゲームを数多く運営・開発しているとあるゲームメーカーが、『数あるMMOのプレイヤー達の中で一番強い奴は誰だ?』という売り文句で販売したのがこのゲームです」

 

「挑戦的なキャッチコピーだな!」

 

「このゲーム、用意されているシステムアシスト――こういう動きをしたいと思ったら、所定のモーションに従って身体が勝手に動いてくれる機能――のアシスト動作の種類が、非常に豊富です。自社のMMOで採用されている物のみならず、他社の人気MMOのアシスト動作に似た動きも再現して取り入れているというのですから、MMOのPvP強者達は当然このゲームに飛びついたわけです」

 

「はー、開発の思惑通りにいったってわけだな」

 

「はい。今の時代、MMOというものは生活シミュレーションとしてプレイされる傾向が強く、PvE――プレイヤーと敵モンスターとの戦い――ならまだしも、PvP――プレイヤー同士での戦い――をたしなむ人は少数派でした。そんな少数派がいろいろなMMOから集まって一大集団となったのが、この『St-Knight』のオンライン対戦モードです」

 

 なるほど、ゲームの垣根を越えて人が集まったのか……。少数派でも数を集めれば多数派だ。対戦好きが一堂に集まっているわけだな。

 

「対戦型格闘か。21世紀じゃ格ゲーといえば、画面の中の人物をコントローラーで操作して戦わせるゲームのことだったが……」

 

「そういうものは、今は人形格闘と呼ばれていますね。愛好者も多いです」

 

「自分の身体を直接動かして戦うアクションの類は、やっぱり恐怖心があるからなぁ」

 

 この時代に来てから動画配信を始めるまでの三ヶ月間、俺は自分の身体を直接動かすアクションVRゲームをいくつもプレイしたが、初めはやはり一人称視点に恐怖心があった。

 

「そうですね。流行りのファンタジー系MMORPGでも、自分で直接戦わないサモナーやテイマー、人形使いなどが人気だそうですよ」

 

「ネクロマンサーは人気じゃないのね」

 

「死体を操るのは、どうしてもビジュアル的に人気が出にくいですからね……」

 

 今の未来の描画技術じゃ、死体もリアルだろうしな。『-TOUMA-』でも、がしゃどくろとか本格的だったし。

 

「で、早速オンライン対戦をするのかい?」

 

「いえ、まずはオフラインのアーケードモードをクリアしていただきます」

 

「背後はタイトル画面だけど、ストーリーモードって文字も見えるね」

 

「ストーリーは今回、ヨシムネ様のゲーム修練に必要ないので省略させていただきます」

 

「またその展開か!」

 

「オフラインでは時間加速機能が使えるので、活用しましょうか。ざっと十倍に設定して、難易度ナイトメアをクリアするのを今回の目標にしましょう」

 

「またその展開か!」

 

 ひええ、今度はいったいどれだけクリアに時間がかかるんだ。

 

「『-TOUMA-』の二十年モードをクリアできたヨシムネ様なら、きっとシステムアシストも使いこなしてくださると期待しております」

 

 ヒスイさんの期待が重い。

 



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11.St-Knight(対戦型格闘)<2>

 まずは、最低難易度のイージーモードから挑戦することにした。

 この時代に来てから動画配信開始するまでの三ヶ月間。いろいろなゲームをしたが、対戦型格闘の類はプレイしていない。つまりは、人間サイズの敵とシステムアシストを使って戦うということには、まだ慣れていなかった。

 

「んー、ちょっと試しに、システムアシストなしでやってみるか」

 

「おや、『-TOUMA-』をクリアして、自信がつきましたか?」

 

「『-TOUMA-』をプレイしたのは14000時間ほど。実年数にして二年もいかない。だから剣の腕前は、せいぜい素人に毛が生えた程度だろうと思っているけどな」

 

「いえいえ、達人とまでは言いませんが、上級者の域には十分達していますよ」

 

「そっかー。まあ、ちょっとやってみよう」

 

「では、オプションでシステムアシストオフにしますね」

 

 ヒスイさんがその場でオプションを変更してくれる。つくづく気が利く人である。

 

「では、アーケードモードスタート!」

 

 宣言と共に効果音が鳴り、背景が切り替わる。

 

『キャラクターセレクト!』

 

 そんなシステム音声が聞こえ、俺は古代ローマのコロッセオのような場所に立っていた。

 コロッセオには、三十人くらいの戦士達がそれぞれポーズを取りながら無言でたたずんでいる。

 なるほど、この中から使用キャラを選ぶのか。

 

「ふーむ」

 

 キャラ達は皆、思い思いの武器を持っている。剣に槍、ハンマーに斧。ショーテルを持っている奴もいる。

 

「お、刀使いはセーラー服の女の子か」

 

『-TOUMA-』で慣れ親しんだ武器だ。ちょっと見てみよう。

 俺はセーラー服の女の子に近づくと、その容姿をまじまじと眺めた。

 

「ふーむ」

 

 とりあえず屈む。お、白パンツ。

 

「ふーむ」

 

 立ち上がり、胸を触る。

 だが、ビープ音と共に腕が弾かれた。くっ、駄目か。

 

「何をしているのですか、ヨシムネ様は」

 

 後ろで待っていたヒスイさんの冷たい言葉が突き刺さる。

 

「いやー。つい、ね」

 

「ガイノイドにソウルインストールされて、人間の頃のような性欲の類は消えているはずですが……」

 

「様式美かなって。でも、ハラスメントガードがあるなら、格闘家は女性キャラの胸にパンチができないんじゃないかな」

 

「対戦中は弾くタイプのハラスメントガードではなく、硬質化するタイプになるようですね」

 

「固くても触れればいいんじゃいって思うセクハラ男が湧きそうだな」

 

「オンライン対戦モードではAIがプレイを監視していますので、そういう類のよこしまな思考が感知されたら試合が中断されるそうですよ。ちなみに、この場合の思考読み取りは適法です」

 

「うへえ、俺、人間のままだったら、露出度高いPC(プレイヤーキャラクター)相手に絶対引っかかっていたわ」

 

 ガイノイドの身体ってすごい! ゲームで遊ぶ以外はリアルでそこそこの禁欲生活を送っていると思うが、何も辛くないからな。

 今は習慣として取っている食事も睡眠も、本来は取らなくても問題ないし。

 まあ、できれば睡眠は取れとヒスイさんに言われているが。

 

「じゃあ、とりあえずこの刀女子を使うかな」

 

「いえ、キャラメイク機能があるのでそちらで」

 

「え、キャラメイクできるんだ。格ゲーなのに」

 

 そういえば、元の時代でも武器を使って戦う3D格ゲーに、キャラメイクできるものがあった気がする。

 

「自分の身体を動かすゲームの多くは、キャラメイク機能が用意されていますよ。身長体重体型は、現実準拠の方が動きやすいですから」

 

「そういうもんか。では、キャラメイクを。……どうやんの?」

 

「キャラメイクしたいと念じてください」

 

「はいよ。説明書読まないタイプの人だと、俺みたいにキャラメイク機能に気づかない場合もありそうだ」

 

「ゲーム初心者以外は、こういったゲームにはキャラメイクがあると知っているので、大丈夫です」

 

「ゲーム初心者ですみません……」

 

 そして、えいやと念じると、コロッセオのキャラ達が消え、キャラメイク画面が表示される。中肉中背の男が立体ホログラムとして目の前に出てくる。これを見ながらキャラの外見をいじれってことだな。

 外見の設定項目が多い。『-TOUMA-』のときよりも項目が多いのではないだろうか。

 

「他ゲームからの外見コンバート機能なんて物もあるな」

 

「複数のMMOにいるPvPプレイヤー達を集めるのが目的ですから、MMOのPCと同じ見た目を使えるようにという配慮ですね。そして今時のMMOは、ホーム画面のアバターにできるようにと、PCの外見をローカルに保存できるようになっているのです。このゲームのメーカーが運営しているオンラインゲームに関しては、ローカルに保存する必要すらなくコンバートできます」

 

 なるほどなあ。だが、俺にはそのあたりは不要だ。

 

「とりあえず現実準拠っと」

 

 見た目をミドリシリーズのガイノイドのそれに変える。

 うむ、ゲームの中で一年半近く慣れ親しんだ姿だ。リアルでは四ヶ月程度しか経過していないが。

 

「服装はどうすっかなー」

 

 いろいろ用意されているようだが、しばし悩んだ後、セーラー服を着ることにした。さっき刀女子が着ていたので印象に残っていたのだ。

 

「ヒスイさんが毎朝マイクロドレッサーで、俺の服を嬉々として選んでいるから、女物の服を着るのも抵抗がなくなったな……。拒否すると悲しそうな顔するから、断るに断れなかったし」

 

 マイクロドレッサーとは、服をその場で作りだして自動で着せてくれる機械だ。マイクロドレッサーで作られた服を着た状態だと、自動で着ている服を回収して素材に戻したりもしてくれる。

 体形に合わせて服が作られるので、すごく服の着心地がいいんだよな。着心地がいいからこそ、女物の服にも違和感なく慣れてしまったと言える。

 

 意外と未来でも、服装の傾向が俺のいた21世紀と大きく変わらないというのが、ヒスイさんの着せ替え人形になっていて少し驚いた点だ。ファッションは数十年周期で巡っているとか聞いたことあるな。

 ともあれ、俺が着せられているのが女物だという理解はあったわけだ。自分の知らない間に勝手に女物を着せられている、という状況でなかったのはよかったのかどうか。

 

 そういうわけで、今回の俺は女物のセーラー服だ。靴はしっかりしたブーツを選んだ。

 

「さて、次は使用武器」

 

 武器の項目を選択すると、背景が切り替わる。武器庫だ。

 

「うへえ、いろいろあるなぁ」

 

 古今東西のあらゆる近接武器が揃っているようだ。

 こういうの、わくわくするよな。性欲が消えているのに男心は消えていないとか、ガイノイドボディは不思議である。

 

「私はエナジーブレードで」

 

「あれ、ヒスイさんもキャラメイクしているんだ」

 

「アーケードモードはヨシムネ様一人でクリアしていただきますが、オンラインモードでは私もプレイする機会があるかと思いまして」

 

「なるほど、見本的な」

 

 企業向けハイエンドガイノイドのAIがゲーム世界に殴り込み! いったいどうなってしまうんだ……。

 レギュレーションとかどうなっているんだろう。

 

「武器は何にするか、お決まりになりましたか?」

 

「うーん、やっぱり打刀かな。侍の携帯武器とはいえ、結局これが一番手に馴染む」

 

 打刀が欲しい、と思うと視界にガイドが表示された。武器庫は広いため、検索機能があったらしい。

 ガイドに従い、打刀を手に取る。

 

 すると、これで決定しますかという画面が表示される。

 二刀流にする必要はないので、「はい」を押し、打刀一本を使用武器に決定する。

 

 すると、また背景が切り替わる。

 石造りの神殿の内部のような部屋だ。割と広めである。部屋の真ん中には、カカシのような物体が設置されている。

 そして、目の前にまた画面が表示される。なになに。

 

「超能力設定……超能力!?」

 

「現代の人類は、21世紀人と違って超能力を使えますからね」

 

「そういえばテレポーテーション通信とか言っていたものなぁ。これ、どう設定すればいいの」

 

「ヨシムネ様はまだ現実で超能力の使い方を習っていませんよね」

 

「ああ、まあね。ずっと付きっきりのヒスイさんなら解っているとは思うけど」

 

「では、超能力の利用はなしで」

 

「ええー、なしかぁ」

 

「現実で使えないなら、ゲームの中でも発動できませんよ。システムアシストがあってでもです」

 

「超能力にもアシスト効くんだ……」

 

 利用なしを選択っと。すると、今度はまた別の設定画面がでてきた。

 

「魔法設定。ヒスイさん、27世紀のリアルに魔法ってないよね?」

 

「ありませんよ。当たり前じゃないですか」

 

 当たり前……超能力はあるのに。

 

「じゃあこれは完全な架空要素かな」

 

「そうですね。MMOのPvPでは魔法を用いている方もいらっしゃるでしょうし、作品コンセプト的に必要な要素でしょうね」

 

「魔法も利用なしにするかな。近接武器で戦いたい」

 

「『-TOUMA-』でも呪術は回復の術以外は覚えていらっしゃいませんでしたね」

 

「魔法にもそのうち慣れる必要あるのかなぁ」

 

「魔法はゲームによって仕様が様々ですので、統一した修練というものはしにくいですね。射撃という面ではすでに『-TOUMA-』で和弓を修めていらっしゃいますし」

 

 なるほどね。利用なしを選択っと。そして、設定画面が別の物へと変わる。

 

「システムアシストの設定項目か。種類がいろいろあるけど、とりあえずスタンダードセットを選択すればいいかな、ヒスイさん」

 

「いえ、全部で」

 

「え?」

 

「全部で」

 

「大丈夫なのそれ」

 

「大丈夫ではないでしょうね。誤作動が多発するでしょう」

 

 マジかよ。またスパルタ修練の匂いがビンビンとしてきたぞ。

 

「システムアシストの極みとは、したい動きを明確に想像すること。それさえしっかりしていれば、誤作動は起きません。それを体感するため、全動作を発動するようにしておきましょう」

 

「ヒスイさんの要求レベルが相変わらず高すぎる件について」

 

「以前も言いましたが、他のプレイヤーが何十年とゲームを遊んで習熟していた期間に、短時間で追いつかなければなりません。期待していますよ」

 

「や、やってやらあ!」

 

 そういうわけで、俺はシステムアシスト道の茨の道を全力疾走することとなったのだった。

 まあ、最初はアシストなしでのイージーモードプレイだけどな!

 



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12.St-Knight(対戦型格闘)<3>

 キャラメイクも無事に終わり、いよいよ戦闘開始だ。

 ヒスイさんの解説によると、アーケードモードは十人の敵を倒したらクリアらしい。格ゲーらしく勝負はラウンド制(一度敵に勝っても、規定回数勝利するまで勝負が仕切り直しになって続行する)だが、今回はオプションで1ラウンド先取に設定してある。

 21世紀の格ゲーと違って、VRでの対戦型アクションゲームは細かい回避が可能なので攻撃を命中させることが難しい。ゆえに、一度の勝負に時間がかかるため1ラウンドにしたとのこと。

 

 ちなみに何を基準に勝負が決まるかというと、体力という数値があり攻撃を当てたらそれが減り、体力がゼロになった方が負けというルールだ。格ゲーの基本だな。

 

『ステージ1』

 

 システム音声が鳴り響き、背景が切り替わる。すると、俺は中華風の闘技場の舞台に立っていた。

 正面には、長い(こん)を持った、これまた中華風の格好をした大男が構えている。

 

『ヨシムネ VS.(ヴァーサス) ハオラン』

 

 その音声と共に、BGMが鳴り始める。中華風の優美な曲だ。

 

「いきなり強そうな相手だなぁ」

 

 ゲームだから見た目と強さが一致しないのは解っているが、そんな感想が漏れてしまう。

 撮影されているのを意識しているからか、ここのところ独り言が自然と漏れるようになっている。考えなしで言葉を喋っている節があるので、ライブ配信をするときになって失言しないか心配である。

 

『ファイナルラウンド』

 

 おっと、戦いに集中だ。俺は、セーラー服に追加していた腰のベルトに差してある鞘から打刀を急いで抜く。

 

『ファイト!』

 

 先手必勝! うおおおお!

 

『KO』

 

 ……三十秒ほどの攻防で、あっさり勝利することができた。

 

「イージーなら、こんなものかぁ」

 

 敵のモーションは遅いし、隙だらけだった。

 身体を動かすことに慣れていないゲーム初心者がやるモードなんだから、こんなものか。

 

「そういえばヒスイさんはどこかな」

 

 次のステージへ、という目の前に広がる画面を振り払いながら、俺は舞台の上から周囲を見回す。

 すると、観客席の一番前にヒスイさんが座っており、こちらに手を振っていた。

 観客席とは距離があるから、気軽に会話はできないな。声が長時間途切れるのは動画的に問題があるが、多分、ヒスイさんは試合中解説コメントをいれてくれていると思う。できる女だからな。

 

 俺はヒスイさんに手を振り返すと、画面を操作して次のステージへ向かうことにした。

 そして……順調に俺は勝ち進んでいくことができた。

 思わぬ難易度の低さに拍子抜けしながら、九戦目。敵は槍使いで、場所は洋風の屋敷にある玄関ホールらしき場所。

 これも速攻で行って、ラスボスの顔を拝んでやろうと思ったのだが……。

 

「負けたぁー! 攻撃がかわせねぇー!」

 

 敵の多用する薙ぎ払いが回避できずに、削り負けてしまったのだ。

 モーションは解りやすい。あからさまに同じ構えを取っている。だが、その構えを取った瞬間、ものすごい速さで攻撃が飛んでくるのだ。

 回避を何度も試みたが、思わぬ攻撃範囲の広さにどう動いても避けきれない。

 攻撃に魔法か超能力が乗っているのか、刀で受けても吹き飛ばされてダメージが入ってしまう。これが『-TOUMA-』だったら刀がへし折れていただろう。

 

「お困りのようですね」

 

 屋敷ステージの二階から試合を眺めていたヒスイさんが、こちらに近づいてくる。

 実際困ったので、俺はヒスイさんに泣きつくことにした。

 

「ヒスえもーん、敵の槍がかわせないんだー」

 

「ヒスえもん……? ええ、あれは回避できないでしょうね。アシスト動作による一撃ですので、無理です」

 

「できないの!? じゃあ懐に飛び込めないんだから、遠距離魔法なしの打刀じゃ攻略無理じゃん」

 

「あの技の後は硬直が長いので、回避すれば懐に入り放題ですよ」

 

「回避できないのに回避すればって、どういうことさ」

 

「今のままでは回避できません。ですが、システムアシストがあれば……」

 

「そ、そういうことかぁー!」

 

 システムアシストによるアシスト動作は、キャラクターの持つ素の身体能力を超えた速度で動いたりできる。

 システムアシストが有効な状態で回避を行なえば、高速バックステップ等で槍の一撃も避けることが可能だろう。

 

 ちなみに名前がややこしいが、システムアシストは機能のことで、アシスト動作は実際の個別のアクションのことだ。

 

「ヨシムネ様の挑戦はここまでということで、システムアシストをオンにして、最初からやりなおしましょうか」

 

「え、この九戦目からの再挑戦でよくない? ここ以外はシステムアシストなしでも勝てる敵しかいないし」

 

「今回のゲームはシステムアシストに慣れるための物です。ですので、ヨシムネ様には、これよりシステムアシストのアシスト動作以外の動きを一切しない、縛りプレイをしていただきます」

 

「な、なんだってー!?」

 

 どうなってしまうんだ、それ。

 

「現実の感覚で手足を動かそうとしても動かず、全てを思考操作により動かす……きっと、よい修練となることでしょう」

 

 やっぱりこの人スパルタだよ!

 

「では、リセット」

 

 ヒスイさんがそう宣言すると、背景がタイトルロゴに戻る。

 

「オプションを変更しまして……」

 

 本当に通常動作の項目をオフにしてるよ、この人……。というかこのゲーム、そんなオプションの項目もあるんだな。開発に想定された運用方法ってことか。

 

「では、ゲーム再開です」

 

 アーケードモードが開始されたので、俺は作成済みのPCを選択する。

 

『ステージ1 ヨシムネ VS. ハオラン』

 

 背景が、また最初の中華風舞台に切り替わる。対戦するのも棍使いの男だ。

 どうやら一戦目の対戦相手は固定っぽいな。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

「うおおお、本当に身体が動かねえええ!」

 

 突如、金縛りにあったような感覚に襲われ、身体がぴくりとも動かなくなった。

 その状況にあたふたしている間に、敵が棍を叩きつけてくる。

 一発、二発と食らって、俺はその場にダウン。

 

「くそぉ、起き上がる動作すらシステムアシストが必要なのかよ!」

 

 倒れている俺に、敵は追撃を重ねていく。そして。

 

『ユー ルーズ』

 

 アシスト動作を一度も使うことなく負けてしまった。

 

「がんばってください。さあ、もう一度」

 

 観客席から、ヒスイさんの声が響く。くそ、罵倒や呆れの声が飛んでこないのが逆に辛いぞ。

 俺は、思考操作で『コンティニュー?』と表示されている画面のYesボタンを押し、戦闘を再開する。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

「だっしゃらぁ!」

 

 とりあえず突進斬りのアシスト動作を発動。一気に相手に接近する。しかし。

 

「ぬあああ! 攻撃敵に届いていねえ!」

 

「イメージ不足で、別のアシスト動作が発動したのですよー」

 

 観客席から解説が飛んでくる。

 そうか、システムアシストのスタイル選択で、全部を選んでいたな。膨大な量のアシスト動作が存在しているのだろう。突進斬りを発動したつもりだが、その中でも短めの距離の物が発動してしまったというわけだ。

 

「うおお! だが負けん!」

 

 隙を晒したが、相手はイージーモードの一戦目。リカバリーは効くはずだ。ここでバックステップ!

 

「ってなんでバック転が発動するのおおお!」

 

 そして、戦いはぐだぐだになり……。

 

『ユー ルーズ』

 

 また負けた。

 身体が金縛りから自由になったので、舞台上で打ちひしがれていると、観客席からヒスイさんがやってくる。

 

「システムアシストの正確な操作に必要なのは、明確なイメージ。どのような動きをするか細部まで想像してください」

 

「『-TOUMA-』で覚えた身体の動かし方と正反対すぎる……」

 

『-TOUMA-』では、戦闘中にいちいち細々と考えることなく、稽古で身体に染みついた動きを直感的に選択することが求められていた。だが、今度は頭を使って深くイメージをすることが求められている。

 

「練習あるのみです。がんばってください」

 

「そうだね、負けても再挑戦だ。そのやり方でミズチにだって勝ってきたしな」

 

 その後、俺は散々アシスト動作の暴走に振り回されながら戦いを続け……。

 四時間は戦っていただろうか。ヒスイさんの的確なアドバイスの数々に助けられて、俺はようやく最終ステージに到達することができた。槍使い? また九戦目で出てきたけど、システムアシストがあれば、ただの隙だらけの雑魚だったよ。隙を突けるようになるまで五回負けたけどな!

 

『ラストステージ』

 

 最終ステージは、戦場だった。鎧を着た戦士達が入り乱れ、戦いを繰り広げている。そして、その戦場にぽっかりと開いた空間。そこの中心で俺と敵が向かい合っている。それはまるで、一騎打ちの光景だった。

 

『我が名はアレクサンダー! いざ尋常に勝負!』

 

 敵がそう高らかに宣言した。このゲーム、ちゃんと敵にボイスがついている。まあ、当たり前のことだが。

 敵は騎士。プレートアーマーを着込んでいる。

 

『ヨシムネ VS. アレクサンダー』

 

 そして敵はなんと、馬に乗っていた。手にはランスを持っている。

 

「そんなのありかよ! キャラメイクの時に馬なんていなかったぞ!」

 

 しかも、敵との距離が他のステージと違って、それとなく離れているような気がするんですけど。

 これだけ距離があれば、馬も最高速度に乗って突進をぶちかましてくるぞ。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

「心構えがまだできてねえ!」

 

 開始と共に、騎士らしき敵が突進をかましてくる。って、速え!

 

「うおおお!」

 

 俺は横にローリングする形で回避。

 すると敵の馬は、すぐさまひるがえってこちらに身体を向け、再び突進を開始した。

 

「プレートアーマー乗せてる四つ足の動物の動きじゃねえ! 馬にもシステムアシストっぽいの効いているぞ、これ!」

 

 人間を超えて超人的な動きを可能とするのが、システムアシストだ。それに似たモーションを馬が取っている。

 俺はさらにローリングで地面を転がり、無様に突進を回避する。

 俺が今、着ているのはセーラー服だから、パンチラしているだろうな。また視聴者にあざといと言われてしまう。

 

「くそっ、本当にイージーかよこれ!」

 

 このままではいけない。俺は打刀を構え、突進にカウンターを入れることに決める。狙うのは……。

 

「足ぃ!」

 

 すれ違い様に、馬の足を斬りつけることに成功した。

 すると、馬はその場で倒れ、動かなくなる。この馬、凶悪な動きをする代わりに、体力はすこぶる低いようだ。

 

 馬の上に乗っていた騎士は地面に転がると、すぐさま立ち上がりランスを捨て、腰に差していたショートソードを抜く。

 騎士の鎧と剣からは、魔力を表わす青いオーラがほとばしっている。

 だが、地面に引きずり下ろしさえすれば、他の敵と変わらない。ただのイージーモードの敵だ。

 

「死ねえ!」

 

 俺は騎士にシステムアシストを駆使して飛びかかり、打刀を兜に向かって叩きつけた。

 そして。

 

『KO ユー ウィン』

 

 激闘の末、勝利を収めることができた。

 

「はー、勝った勝った」

 

「お疲れ様でした。基本的な動きは習得できたようですね」

 

 戦場のどこにいたのか、ヒスイさんが俺の傍に寄ってくる。

 気がつけば、背景の戦争はいつの間にか収まっていた。ストーリーモードじゃないから、この戦場にどういう背景設定があるかは判別不能だ。

 

「いやあ、馬がシステムアシストを使ってくるとは思いもよらなかったよ」

 

「今回は馬でしたが、『-TOUMA-』でも妖怪が、現実ではありえない挙動をしていたりしませんでしたか?」

 

「……そういえばそうだったな。妖怪だからってスルーしてたわ」

 

 格ゲーで馬というインパクトで忘れていたが、馬が一瞬でUターンする程度、なんてことはなかった。

 

「さて、イージーモードもクリアできたし、ノーマルモードに挑戦するかな」

 

「いえ、少し休憩致しましょう」

 

 ヒスイさんはクリア特典等が表示されているゲームを終了し、背景をVRのホーム画面に戻した。真っ白な空間だ。

 

「五時間ほどプレイしていましたが、現実では三十分程度しか経っていません。ですので、休息用のゲームを使って時間加速状態で精神を休めることにしましょう」

 

 ヒスイさんが何やら操作すると、背景が急に草原へと変わる。

 そして、足元がなにやら柔らかい。見下ろしてみると、真っ白でふわふわしたものが敷き詰められていた。

 

「リラクゼーションゲームの『sheep and sleep』です。ここで一眠りしていきましょうか」

 

 草原には羊たちが放牧されており、のんびりと草を食んでいた。

 なんだ、この空間は……。

 

「これ、ゲームなの……」

 

「ええ、よりよい眠りを追求するゲームですよ」

 

「そうなの……」

 

 俺はとりあえず、その場に寝転がることにした。すっごいふわっふわしとる……。

 地面の柔らかさを堪能していると、ヒスイさんも俺の隣で横になった。

 

「おや、珍しい。ヒスイさんも寝るんだ」

 

「はい、よりよい眠りを追求するゲームですから」

 

 ヒスイさんは普段、AIに休息は必要ないとかいって夜も眠ろうとはしない。『-TOUMA-』内でも、布団に入って眠るのは俺だけで、ヒスイさんはその横で正座をしているだけだった。

 だから、ヒスイさんの添い寝という行為は初めてのことだ。

 

「じゃあ、少し寝てノーマルモードを頑張るとするかな。おやすみー」

 

「おやすみなさいませ」

 

 そうして俺はゲームの中でぐっすりと眠りにつくのであった。

 未来のVRゲームは奥が深い……。

 



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13.St-Knight(対戦型格闘)<4>

 バッチリ目が覚めたので、続きをやっていこうと思う。

 難易度ノーマル。その一戦目は相変わらず中華風の大男が登場した。

 その結果は……。

 

「気功砲っぽいの飛ばしてきたけど、三次元的に動けるから遠距離での回避は難しくないな」

 

「でも、中距離では当たっていましたね」

 

「棍の先から出てくるから、不意に射程が延びてくる感じがあるんだよなぁ」

 

「ちなみに、あれは気功法の類ではなく、このゲームにおいては魔法扱いです」

 

「東洋っぽいのに魔法かぁ」

 

 次のステージへ移る前にヒスイさんの解説を聞いて糧にし、負けを重ねつつも少しずつ勝ち進めていく。

 

『ステージ6 ヨシムネ VS. トウコ』

 

 6戦目。ステージが学校の体育館のような場所に移り、敵が姿を現す。

 

「お、刀子(かたなこ)さんじゃーん」

 

 キャラメイク時にパンツを見せてもらった、セーラー服の打刀使いである。

 イージーモードでは戦わなかったので、初の対戦だ。

 そうとなると、俺の取るべき行動は一つ。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

「うおおお! 下段! 下段! 下段! 足払い! よっしゃあこけた! パンチラいただき!」

 

 刀子さんが俺の足払いで転倒し、白いパンツがちらりと見えた。

 

「ふふーん、そんな短いスカートを履いているのが悪いんだってうおお魔法が飛んできた!?」

 

 突然あらぬ方向からの襲撃! 格ゲーによくある乱入者かと思ったら、下手人は観戦していたヒスイさんだった。

 遠くから炎の魔法を飛ばしてきたらしい。

 

「おふざけはほどほどに」

 

 ヒスイさんはそう言って、魔法の炎を手から噴き出しながら、冷たい笑顔を向けてくる。

 

「あっ、はいすみません」

 

 パンチラは健全動画的にまずかったかなー。でも、美味しいシーンだからヒスイさんはきっと動画に採用すると思う!

 そして戦いは続き……。

 

「馬ぁ! 体力上がってんぞ、馬ぁ!」

 

 俺はラストステージで苦戦していた。

 

「馬を倒せないなら、引きずり下ろすのを考えてみてはいかがでしょうか」

 

「引きずり下ろす……どんなアシスト動作で落とせるかな」

 

「馬が動いていない状態で試してみましょう。ゲーム中断。プラクティスモード起動」

 

 ヒスイさんがそう宣言すると、戦場の背景が崩れ落ち、電脳空間を思わせる青い広間に切り替わった。

 プラクティスモードは体力無限で対戦できる、練習用のモード。今までの戦いで俺が対戦相手に苦戦するたび、ヒスイさんはこのモードに変えて動作の練習に付き合ってくれていた。

 

 そんなヒスイさん、なんと今回は馬に乗っている。

 

「キャラメイクにそんなのあったっけ……」

 

「イージーモードのクリア特典ですよ」

 

「そういうのもあるのかぁ。パンツの種類も増えるなら、セーラー服のパンチラに備えてコンプしないと」

 

「今日のヨシムネ様はやけにパンツに拘りますね……」

 

「セーラー服なんて見たから、学生時代の思い出が蘇っているんだと思う」

 

「学生時代ですか……今の時代、機械での学習となり学校という制度がないため、貴重な体験談が聞けそうですね。いつか尺を取って語っていただきましょうか。さて、今は練習です」

 

「うむ!」

 

 そうしてヒスイさんの指導の結果、俺は難易度ノーマルのアーケードモードを制することができたのだった。

 

「クリアおめでとうございます。今日のプレイはここまでにしておきましょうか」

 

「あれ、今回は難易度ナイトメアクリアまでじゃなかったっけ」

 

「それはあくまで、今回の動画シリーズでの目標です。今日は、ノーマルまでクリアできたのなら上出来と言えるでしょう。おつかれさまでした」

 

「ヒスイさん……ようやく優しくなったね」

 

 鞭ばかりじゃないのが、ヒスイさんの憎めないところだ。

 

「それに、そんなにたくさんプレイしても、動画の内容が詰め込みすぎになりますから」

 

「『-TOUMA-』は、ほぼ全編ダイジェスト編集だったからなぁ……」

 

「さて、このままゲームを終えてもいいのですが、長時間プレイしたので休息が必要でしょう。『sheep and sleep』で散歩でもしていきませんか」

 

「散歩! 寝るゲームなのに散歩とかできるんだ」

 

「よりよい眠りを追求するために様々なロケーションが用意された、牧歌的ゲームですから」

 

 なるほどなー。

 そうして俺達は、『sheep and sleep』に移動して、羊の背中に乗りながら大自然の中をのんびり巡ったのであった。

 ……自分の足で歩いていないから、散歩というか、ドライブというか。

 

「遠乗りですね」

 

 なるほどなー。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 翌日、俺は朝食を食べ終わった後、ガーデニングの苗を観察しながら、昨日投稿してもらった『St-Knight』の動画コメントを確認していた。

 まず最初に、俺の今のボディが、ヒスイさんの元ボディだったことについてのコメント。

 

『ままままマジで』『これはちょっとインモラルですわ』『二人は……うーん、身体を分かち合った姉妹?』『ヒスイさんがお姉様ですね解ります』『ヨシちゃんに妹属性が!』『熟年夫婦とか言ってる場合じゃなかった』

 

 誰が妹だ、誰が。全く、いきなり飛ばしたコメントだらけで困るな。

 そして次に、このゲームをヒスイさんがチョイスしたことについての反応はこちら。

 

『またマイナーゲームが来ると思ったのに、超有名ゲームじゃねーか!』『ヨシちゃんがナイト勢になるとか胸熱ですね』『もしかしてオンラインモードで待ってたらヒスイさんと手合わせできたりしない?』『ガチ勢の道を順調に歩んでおる……』『これって、宇宙で唯一の『-TOUMA-』出身プレイヤー誕生ってこと?』『ヨシちゃんさんならきっと刀を使う』

 

 さすがMMOのプレイヤーを一堂に集めた格ゲーだけあって、知名度は高いようだ。しかし、知名度が高いということはそれだけ他に動画が投稿されているということで、再生数が伸びるか心配だったのだが……、そこは杞憂だったようだ。

 ただ、最初からこのゲームを選択していたら、ここまで俺達の動画が有名になることはなかっただろう。

『-TOUMA-』を最初にチョイスしたヒスイさんはすごいってことだな。さすヒス!

 

 さて、他のコメントも見ていこう。

 

『トウコのパンチラいただきました』『ヨシちゃんもスカート短いから、さっきからちらちら見えているんですけど』『さすが21世紀おじさん少女。あざといね(はぁと)』『俺、ランクマでヨシちゃんと会ったら、パンツ見せてもらうんだ……』

 

 ランクマとはランクマッチの略で、オンラインモードで対戦してランクを付ける制度のことだ。『St-Knight』ではアルファベットでランクの高さを表わす仕組みだ。

 しかしヒスイさん、しっかり刀子さんとのパンツシーンを動画に載せてきたな。

 

『ラスボスが馬に乗ってるとか吹くわ』『格ゲーとはなんだったのか』『実際に戦ってみたら解るけど、かなりやっかいだよこいつ』『地上に降りてランス捨てて剣を抜くまでに隙がありますから、そこ突けばだいぶ楽になりますよ』

 

 ラスボスのアレクサンダーも意外性があって、未プレイの人には人気が高いようでコメントが多く寄せられている。

 一方経験者は、その攻略の難しさが身に染みている様子。要するに、ラスボスとしていい感じだってことだな。

 

『ヒスイさんの寝顔!』『一緒に寝る二人可愛い』『このゲームいいですね。買おうかな』『めっちゃ安いよ。買った』『ヒスイさん寝ているはずなのに、カメラしっかり動いているのは謎』『羊ってなんだろと思ったけど、惑星テラの動物か。もこもこして可愛い』

 

 動画には『sheep and sleep』で俺達が休憩する様子も収録されており、内容のマンネリ化を防ぐ役にも立っているようだ。

 よし、コメントを見て気力チャージ完了。今日も撮影頑張ろう。

 

 ゲームは難易度ハードへと進み、敵が劇的に強くなっていた。

 時間加速した中で五時間『St-Knight』プレイして、八時間『sheep and sleep』で休息するというサイクルを繰り返すこと四回。この日は難易度ハードの五戦目まで進んで収録を終えることにした。

 

「『-TOUMA-』で覚えた動きをアシスト動作に任せるのは完全にできるようになったんだけど、もっとこう超人的な動きをするタイプのがイメージしきれんな」

 

「プラクティスモードで私が手本を見せますので、しっかり目に焼き付けてください」

 

「外から見てもいまいち。一人称視点もないと、イメージしきれないんだよね」

 

「私の視点を借りてみますか?」

 

「え、そんなことできるんだ」

 

 そんな会話を挟みつつも、三日目に入る。

 

『ヨシちゃんガンバ!』『少しずつ上達してるよ!』『このゲーム、格闘のダメージ判定が意外と大きいですから、蹴りも覚えた方がいいのではないでしょうか』『蹴り習得とかパンチラ見たいだけすぎる……』『たまにはイメチェン希望』

 

 そんな応援コメントにはげまされ、俺は再びゲームの世界に潜った。

 ちなみにイメチェンしようとヒスイさんに服を選ばせたら、ゴスロリドレスになった。リアルでもたまにマイクロドレッサーを使って着せてくるんだよな、ゴスロリ……。こういうのが好きなのかな、ヒスイさん。でもヒスイさん自分で着ないしな。

 

 難易度ハードをクリアし、難易度ベリーハードへ。録画内容は敗北シーンとプラクティスモードでの修練が大半となったので、動画は段々と『sheep and sleep』の尺が増えてくるようになってきた。

 いや、『sheep and sleep』、意外と奥が深いんだよ。MAPが作り込まれていて、原始的な文明を持つ進化羊とかも登場するんだ。

 それのどこに、よりよい眠りを追求する要素があるのか解らないが、とにかく興味深かった。

 いつかファンタジー系のVRMMORPGを撮影することがあったら、このゲームみたいに広大なMAPを観光してみるのも面白いかもしれない。

 

 そして九日目。俺は難易度ベリーハードを超えて、難易度ナイトメアに到達していた。

 

「すでにヨシムネ様は、システムアシストの使い手としても中級者の域を超えているでしょう」

 

 プラクティスモードで敵の対策を練っていたら、そんなことをヒスイさんに言われる。

 

「もうそんなに? たいした時間プレイしていないと思うんだけど」

 

「上達する気のない姿勢で、何十年もただ漫然とゲームをプレイするよりも、明確な意志を持って適切な環境で短時間修練にはげむほうが、上達は早いということですね」

 

「なるほどなー。この場合、指導者の存在が大きいんだろうね」

 

「恐縮です」

 

 難易度ナイトメアだが、ここにきて通常動作が解禁となっている。アシスト動作発動中に直接身体を動かすことで、変わった軌道の攻撃を繰り出すとかの小技も駆使する必要が、この難易度では出てきているのだ。

『-TOUMA-』でもおなじみのヒスイさんとの稽古をみっちりとこなし、難易度ナイトメアの攻略を進める。

 そして。

 

『KO ユー ウィン』

 

「勝ったどー!」

 

 ラスボス、アレクサンダーを倒すことに成功した。

 感無量である。俺の修行生活が、これで終わりを告げたのだ。

 

『ニューチャレンジャー!』

 

「えっ!」

 

 突如鳴り響いたシステム音声に、俺は周囲を見回した。

 

『エクストラステージ』

 

 背景が切り替わる。そこは、プラクティスモードの青い電脳空間を緑色に変えたような場所だった。

 

「はっ、まさか、最後の仕上げとしてヒスイさんがラスボスとして立ちはだかって……!」

 

 また周囲を見回すが、ヒスイさんは遠くで待機していた。武器も構えていないし、完全に観戦モードだ。

 

『ヨシムネ VS. サイキッカーヤチ』

 

 だ、誰それ? そんなキャラ知らんぞ。

 そう思っていたら、目の前に突如、ピチピチスーツを着た少女が現れた。

 

『ふふ、君、面白いね……』

 

 そんなことを言いながら、少女はふわりと宙に浮く。手には、何も武器を持っていない。

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「難易度ナイトメア限定のラスボスです」

 

「ええっ、まあラスボスの後に追加ボスは格ゲーあるあるだろうけど!」

 

 来るとは思ってなかったから、心構えができてない!

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

 少女……サイキッカーヤチがこちらに手をかざすと、俺はその場から吹き飛んだ。

 

「く、サイコキネシス!」

 

 肩書きを信じるなら、こいつは超能力者。武器は装備していないが、線も細いし格闘家ということはないだろう。つまり、接近してしまえば……!

 と思ったが、低空飛行で飛び回って、なかなか捕まらない。そして電撃……エレクトロキネシスっていうのだろうか、それに絡め取られ、俺は見事に負けるのだった。

 

『ユー ルーズ』

 

 戦いが終わり、ヒスイさんが近づいてくる。

 

「突如現れた新たなラスボス。理不尽の権化と呼ばれたその超能力少女に、ヨシムネ様は勝つことができるのか。次回へ続きます」

 

「あ、今日の動画もう終わるのね」

 

「はい、中断して、明日また挑戦しましょう」

 

「確かにクリアしたと思ったところでこの有り様だから、心ちょっと折れたかもしれん……」

 

 そういうわけで、九日目はそこまでになった。

 そして明くる日、少し育ってきたガーデニングの苗を愛でながら昨日の動画のコメントを見てみると……。

 

『ヨシちゃんさん負けたああああ!』『予定調和』『理不尽の権化が噂通り近接殺しすぎるわ』『ヤチから逃げるな』『ヨシちゃんなら勝てるって信じてます!』『これに勝てるなら、MMOでもPvP勢としてまあまあやっていけそうだな』『ミズチから逃げなかったヨシちゃんならきっとくじけない』

 

 ……よし、今日も気合い入ったぞ、ゆくぞー!

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。ホヌンの苗とペペリンドの苗は順調に育っているぞ。さあ、超能力少女に打刀を叩き込む仕事を始めようか」

 

「はたして今日一日で攻略は終わるのか、見守っていきましょう」

 

「いざとなったら、時間加速倍率上げて、今日中に倒す!」

 

 そして始まるサイキッカーヤチとの戦い。

 雷に炎にバリアーと、多彩な超能力を駆使する少女に、俺は大苦戦。浮遊しているので機動力が半端なく、近づくのも一苦労というありさまだった。

 それを俺は、膨大な挑戦回数という力業で少しずつ攻略法を見いだしていく。

 やがて……。

 

『ユー ウィン』

 

 勝った。

 勝ってやった。俺はただその場で打刀を高く掲げて、勝利の余韻に浸った。

 そんな俺に、ヒスイさんが近づいてくる。

 

「おつかれさまでした」

 

「頑張ったよ。勝った感想としては、二度と戦いたくない、かな」

 

「ゲームの腕を鈍らせないために、定期的なプレイをお勧めしたいのですが……」

 

 ヒスイさんの言葉に、俺は思わず渋面を作ってしまう。ヤチだけは嫌だ!

 

「システムアシストを駆使して移動しても、機動力が違いすぎる! もうぜってーやんねー!」

 

「そうですか……」

 

 そういうわけで、俺の『St-Knight』攻略は終わった。

 

「これでこのゲームは終わりか。次回はどんなゲームにする?」

 

「いえ、まだ終わりではないですよ。オンライン対戦モードを楽しみましょう」

 

「おっ、対戦かぁ。そういえばやるんだった。……どこまで通用するかな?」

 

「せっかくですので視聴者の皆様から対戦相手を募集したいと思います。そこで、動画配信サービスの機能を使って、ライブ配信をしましょう」

 

「!? とうとうライブ配信! いよいよ、本格的にゲーム配信者らしくなってきたな!」

 

 ライブ配信。録画ではなくリアルタイムで映像を流して、視聴者とコメントをやりとりしたりする配信方法だ。生放送とも言ったりする。

 

「もちろん、配信アーカイブに残る物とは別に対戦の様子は撮影し、後日動画編集して配信しますので、ライブ配信に来られない方も安心してください。日時は――」

 

 そういうわけで、急遽(きゅうきょ)組まれた予定に俺は胸を躍らせた。

 視聴者との交流。これまでは互いに一方通行だったそれが、本格的に行なわれる時が来たのだ。

 

 俺はそわそわとしながら自分の身だしなみを確認しようとして、PCの衣装がヒスイさんお勧めのゴスチャイナ服だったことに気づいて、ちょっとへこんだ。人前に出るっていうのに、はたしてこういう女を主張した格好でいいのか、俺! でも、ミドリシリーズのアバターは固定だから、女物の服を着る方が自然だし……。

 そんなこんなで、放送当日まで俺は、衣装に思い悩む日々を送るのであった。

 



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14.初めてのライブ配信

 今日の俺は、朝からそわそわとする身体を抑えられないでいた。そう、とうとう予定していたライブ配信の日が来たのだ。

 難易度ナイトメアをクリアしてから三日。俺は空いた時間でゲームもやらずに、動画についたコメントを読んでその時間を消化した。楽しかった。

 

 そんな開始直前、朝食を食べた後はヒスイさんとライブ配信本番の流れを確認した。

 とはいっても、司会進行はヒスイさんにほとんど任せるつもりだが。これでは、どっちがメインの配信者だか判らんね。

 

 ライブ配信の内容は、俺のVRマシンのホーム画面、通称SC(ソウルコネクト)ホームに視聴者を集め、『St-Knight』をプレイ可能な視聴者と共に対戦を行なうというもの。

 俺のSCホームに人を集めると言っても、俺の部屋にあるVRマシンに直接視聴者のアクセスがあるわけではなく、専用の配信サービスを使うらしい。配信サービスのサーバを一時的に借りてそこに俺のSCホームを反映させて、そこに人を集めるということだな。

 

 SCホームに来た人は、設定しているアバター、つまりはVR空間用の姿で表示されることになる。視聴者がいっぱい来たら、人で寿司詰め状態になるってわけだな。まあ、特殊な処理がほどこされて、視聴者は窮屈感を感じないらしいが。

 また、わざわざ俺のSCホームにアバターを使ってアクセスしなくても、たとえばゲームのプレイ中やリアルに戻っている最中でも、専用ウィンドウでライブ配信を視聴することが可能とのこと。そういう人は、SCホーム側ではアバターではなく猫の姿で表示されるよう、ヒスイさんが設定したとのこと。なんで猫かは知らない。

 

 ともあれ、もう少しで開始時間だ。

 俺は、ソウルコネクトチェアに座りながら、気を紛らわすためにヒスイさんへと話しかけた。

 

「いよいよオンライン対戦モードでの配信かぁ。この時代の回線は有線じゃないのに、オンラインって言うんだな」

 

 ラインとは線という意味だ。つまりオンラインとは線で繋がっている状態を言うのではないだろうか。英語詳しくないけど。

 この時代、テレポーテーション通信なる、すごい超能力無線技術で通信を行なっているらしい。超能力がどんな物なのか、俺は未だに何も知らない。

 そんな疑問を持つ俺に、ヒスイさんはにこりとした表情で言葉を返してくる。

 

「そこはもう、語源が古すぎて、ただの慣用句になっていますよ。ヨシムネ様が普段使っている21世紀の日本語ですが、その単語の一部に古い時代の囲碁用語が混ざっていることはご存じですか?」

 

「いや、なにそれ知らない」

 

「駄目、布石、定石、一目置く、序盤、結局……他にもいろいろありますね。これらは本来の用途を超えて使われるようになったわけでして、オンラインという言葉も同じことです。有線でなくとも〝オンライン〟ですし、有線でなくとも〝回線〟なのです。21世紀の時点ですでにそうだったのではないですか?」

 

「なるほどなー」

 

 俺が使っているのは21世紀の日本語だ。この未来の世界から見て古い時代の日本語だが、ゲームをプレイしていてもその古い日本語が普通に使われているように感じる。

 だが、ヒスイさんによると、ゲームに21世紀の日本語モードが実装されているわけではなくて、俺自身に搭載されている自動翻訳機能が勝手に訳してくれているだけらしい。

 

 リアルの世界でも、その自動翻訳機能は有効だ。

 以前、ニホンタナカインダストリのタナカさんと会話をしたが、普通に21世紀の日本語を喋っているように見えた。

 だが、実際のところ、タナカさんは27世紀の日本語を喋っていたらしく、彼が口から発する言葉は俺の内部で勝手に訳され、あたかも21世紀日本語ネイティブであるかのように聞こえていたというわけだ。

 

 ま、600年も経てば言葉も変わるってことだな。そんな昔の言語に対応している自動翻訳機能が、すごいってことでもある。

 

「そもそも、物理的に存在しない架空の経路であっても、繋がっていればそれは線と言えるのではないでしょうか」

 

「それもそうか。……しかし、自動翻訳機能って便利だな。俺が21世紀の日本語で喋っても、宇宙の全ての人に正しく言葉が伝わるんだ」

 

「そうですね。ちなみに私は、誤訳がわずかにでも起こらないようにと、ヨシムネ様に向けては21世紀相当の日本語で話していますよ」

 

「そうだったの!?」

 

 てっきり、銀河標準語なる言語とか使っているのかと思ったよ。いや、そんな言語が存在するかは知らないけれど。

 

「さて、開始十分前ですね。配信サービス側の設定は全て終わりましたから、後は時間まで待つだけです」

 

「お、おう。手が震えてきた……」

 

 ソウルコネクトチェアの肘掛けに載せた手が、本当にぶるぶると小刻みに震えている。ガイノイドボディなのに芸が細かいと言えばいいのだろうか。ミドリシリーズすげえ。

 自分の性能に呆れていると、ヒスイさんがそっと手を握ってくれた。

 そして、優しい声色で言った。

 

「大丈夫ですよ」

 

「ヒスイさん……」

 

「ヨシムネ様が、言葉に詰まっても、話をスベらせても、声を裏返らせても、対戦で負け込んでも、視聴者をののしっても、私がきちんとフォローします」

 

「いや、どんだけ失敗するのが前提なの、俺!?」

 

「ふふっ」

 

 あ、突っ込み入れたら手の震えが止まった。やっぱりヒスイさんは頼りになるわぁ。さすがヒスイさんです!

 

「さて、そろそろSCホームに行っておきますか」

 

「よーし、乗り込めー!」

 

 瓜畑吉宗、頑張ります!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 やべえ、想定より多い。正直、SCホームは猫だらけになると思っていた。

 視聴者層の大半を占めるであろう二級市民は、MMO系ゲーム内での生活を本当の人生のように感じ、そちらで生活時間の大半を送っているという。だから、ライブ配信のためにゲームの中からわざわざ出ることはせずに、ゲームをしながら専用ウィンドウで配信を見るだけで済ませると思っていたのだ。そういう人は、このSCホームでは猫になる。

 だが、いざ開始時間になってみると、人型のアバターがわんさかわんさか。

 

『人多すぎる』『ヨシちゃんの人気に嫉妬』『生ヨシちゃんとヒスイちゃんさんだ!』『うおー! ヨシヨシヨシヨシ!』

 

 そんなコメントが俺の目の前にポップアップしてくる。

 これは、視聴者のコメントを抽出した物。コメント数が膨大な場合、視聴者の総意となるようなコメントがチョイスされる仕組みになっているそうだ。未来の技術って、配信面でも進化しているんだなぁ。

 

 さて、こうしてコメントが表示されるということは、俺の言葉も相手に伝わる状況にあるということ。

 だから俺は、学生時代の演劇部でやっていたように、丹田に力を入れて言葉を放った。

 

「どうもー。21世紀から死体でやってきて、ガイノイドに魂をインストールされた、21世紀おじさん少女だよー。名前はヨシムネ! なんだかヨシちゃんって呼ばれているみたいだ!」

 

 人は多いが、ここはVR空間。声を張り上げる必要はない。ささやき声だろうが、千を余裕で超える人々全員に届くのだ。

 俺の開幕の挨拶に、どっと歓声が上がった。抽出されたコメントは文字でポップアップされるが、それとは別にアバターの人達の声も届く。面と向かわない相手だと、ボリュームは最小限だけどな。

 歓声が収まったので、俺はヒスイさんに目配せをする。

 

「皆様ごきげんいかがでしょうか。ニホンタナカインダストリの女性型アンドロイド、いわゆるガイノイドの業務用ハイエンド機であるミドリシリーズのヒスイです。今日は司会進行を担当させていただきます」

 

『ヒスイさんマジヒスイさん!』『リアルヒスイさん! いや、リアル世界じゃないけど』『ミドリシリーズと交流できる日が来るとは思わなかった』『嫁に欲しい』

 

 このポップアップ、本当に総意コメントなのか……?

 まあ、いい。

 

「今日は俺のライブ配信に来てくれてありがとう! 人が集まるかどきどきしたけど、ちゃんと集まってよかった。猫だらけになったらどうしようかと思ったぞ」

 

『猫?』『確かに猫いるわ』『なんで猫』

 

「アバターでの接続以外の視聴者の方は、猫として表示されるよう設定しております」

 

「ヒスイさん、なんで猫なの?」

 

「可愛いでしょう?」

 

「あっ、はい」

 

 ヒスイさん、猫好きなんだ……。今度猫型ロボットペットの値段調べておこう。

 

「いやー、それにしても人多いな。殺風景なこの白い空間に、人の海。怖いね」

 

『ヨシちゃん大人気』『初ライブ配信でここまで人集まったなら、なかなかのもんだ』『背景が白すぎる……』

 

「背景はごめんな! また別の日のライブ配信で、視聴者のみんなと一緒にコーディネートしようと思っているんだ」

 

『楽しみ!』『ヨシちゃんの格好に合わせて洋風?』『サンドボックスゲームで鍛えた腕がうなるぜ!』『視聴者のSCホームを訪問して参考にするのも面白いかも』

 

 俺の今の格好は、ヒスイさんがコーディネートしたゴスロリドレスだ。人前に出るからできればあんまり女っぽいものは避けたかったのだが、ヒスイさんに押し切られた。くっ、外側は女の姿に慣らされていっても、心の中は絶対に雌落ちしないからな!

 

「今日は、ゲームの日! とことんまでゲームを楽しもうと思っている。今までの動画を見てくれた人は解ると思うけど、俺も頑張って練習してきたぞ!」

 

『かかってこいやあああ!』『今日のためにナイト買ってきたけど、これだけ人居たら対戦無理そう』『今回だけと言わず、今後も対戦会開催してほしい』『負けて悔しがるヨシちゃん見たいです』

 

「そう簡単には負けてやらん! 熟練者の人は、ちょっと手加減して……」

 

『熟練者から逃げるな』『今日チャンプ来るって言っていたから、ボコボコにされてください』『え、チャンプ来てんの』『マジかよヨシちゃん終わったな』『うおお! チャンプ! チャンプ!』

 

 ちゃ、ちゃんぷ……? なんかすごそうな人が来てるって?

 というかこのポップアップ、抽出しているコメントは総意に該当する物だけじゃないっぽいな。「チャンプが来るって言っていた」というコメントなんて、完全に個人のコメントじゃないか。

 

「場も温まってきましたので、ゲームの説明に移っていきましょうか。今回のゲームは『St-Knight』です」

 

 バスケットボールサイズもあるゲームの起動アイコンを胸の前で抱き、ヒスイさんが説明を始める。

 

「『St-Knight』のジャンルは対戦型格闘で、豊富なアシスト動作が売りの本格派武器戦闘ゲームとなっております。先日、ヨシムネ様はこれの最高難易度ナイトメアをコンティニュー回数多大ながらもクリア。最低限、オンライン対戦モードに出られる用意は整ったと言っていいでしょう」

 

「俺頑張ったよ! 超頑張った!」

 

『動画見たよー!』『ノーコンティニュー挑戦まだー?』『AIサーバ接続版ナイトメアモードもどうぞ』『マゾゲープレイヤーならやってくれるよね?』

 

「俺はマゾゲーの専門家じゃねえ!」

 

『またまたご冗談を』『『-TOUMA-』の後追いプレイヤー、挫折者続出だってよ』『お口悪子さん(だがそれがいい!)』

 

 自動音声で読み上げられる抽出コメントと会話を交わす俺だが、ヒスイさんは気にせず説明を続ける。

 

「今回は、『St-Knight』のオンライン対戦モードの中で、プライベートルーム作成を行なってやります。部屋名は『21世紀おじさん少女』パスワードは『5963』です。ゲームを所持していてアバターでこの配信に来ていらっしゃる方は、ゲームを起動しなくても自動で部屋に入ることができますので、わざわざ配信を切る必要はありませんよ。ゲーム未所持の方も、ここにいれば自動で観客席に送られます」

 

『解りやすい部屋名だ』『パスワードの意味は何?』『惑星テラにあるニホン国区の独自言語でご苦労さん』『こういうのは翻訳されないのか』『あくまでパスワードは文字の羅列だからな』

 

「なお、対戦を希望する方は、対戦の結果がどのようになろうとも、後日配信いたしますゲーム動画に収録される可能性があることをご了承ください」

 

『チャンプの出番だな!』『どんな結果になってもいいならチャンプの出番!』『ナイトの伝説チャンプ』

 

 おいおい、どれだけ話題持っていくんだ、チャンプとやらは。俺のライブ配信だというのに、人気に嫉妬しそうだ。

 ヒスイさんならチャンプとやらもどんな人か知っていそうだが、話を中断して聞くわけにもいくまい。

 

「それでは早速開始いたしましょう。ゲームスタートです」

 

 ヒスイさんがゲームアイコンを頭上に掲げると、真っ白なSCホームが崩れ落ち、ゲームが起動した。

 さて、対戦だ。がんばるぞい。

 



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15.St-Knight(対戦型格闘)<5>

『ナーイト!』

 

 ゲームが起動した瞬間、視聴者側からそんな声が一斉に響いた。

 

「えっ、えっ、今の何!?」

 

 俺は視聴者達の謎の行動に、困惑して周囲を見回す。

 

『ヨシちゃん知らないんだ』『ナイトの配信では、ゲーム起動時に叫ぶのがテンプレ』『ナイトライブ配信参加心得!』『叫ぶの気持ちいいよ?』

 

「えー、このゲームの他の人の配信チェックしたことなかったから、知らなかった。俺も叫びたいから、ヒスイさんゲーム起動し直して!」

 

「……かしこまりました」

 

「ヒスイさんも叫ぶんだよ」

 

「はい」

 

 そうして一旦背景は真っ白なSCホームに変わり、またゲームが起動する。

 

「ナーイト!」「ナーイト」『ナーイト!』

 

 ははっ、楽しい。

 そして、恥ずかしそうにしているヒスイさんいただきました。コメントでも、ヒスイさんに関する物がいっぱいだ。

 

「では、気を取り直してオンライン対戦モードを選択していきましょう」

 

 あ、誤魔化した。

 タイトル画面でモードが選択され、ヒスイさんの手で対戦用のプライベートルームが用意されていく。

 背景がまたもや変わり、20世紀の有名少年漫画の天下一武道会を思わせる武舞台が作られた。というか、あの漫画の武舞台そのものだな……。さしずめ古典文学を再現しているってところか。やっぱり時代を経ても、名作は名作のままなんだな。

 

 そして、俺とヒスイさんは武舞台の真ん中に立っており、視聴者達は観客席に座っている。席に座る猫がシュールである。

 

「早速対戦を開始していきましょう。『St-Knight』を所持していてキャラメイク済みの参加希望者様からランダムで抽出し、ヨシムネ様と対戦していただく形でよろしいですか?」

 

『チャンプは?』『チャンプおらんの?』『チャンプVSヨシちゃん見たい!』『うおお! チャンプ! チャンプ!』

 

「チャンプって人、人気だな! 俺このゲーム詳しくないんだけど、有名人?」

 

『ご存じないのですか!』『ナイトの年間王者を七年連続で務めたあのチャンプ!』『ハラスメントチャンプ!』

 

「七年連続って、結構前からあるんだな、このゲーム」

 

 というかハラスメントってなんだ。

 

「チャンプの方は……いらっしゃるようですね。対戦希望いたしますか?」

 

『チャンプおるんか!』『いるよー』『わあい、チャンプだー』『チャンプが人前に姿を現すの何年ぶり?』『あんなことがあったらな……』

 

「チャンプって人の人気に嫉妬」

 

『嫉妬するヨシちゃんも可愛いよ』『俺はヨシちゃん一筋だから安心して!』『私はヒスイさん派』『二人は一緒だよ』

 

 くっ、視聴者も好き勝手言いよって。

 

「では、クルマム様を舞台に招待しますね」

 

 と、視聴者と遊んでいる間に、ヒスイさんが何やら話を進行させていたようだ。

 ヒスイさんが空中に浮いたパネルを操作すると、武舞台の上に一人の男が転送されてきた。身長180センチほどで、西洋風の革鎧を着込んでいる。

 

「あ、どうも。クルマムです」

 

 男がそう挨拶をしてきた。チャンプらしき人なのに腰が低いな。

 

「チャンプさんか?」

 

「あ、はい。昔、ナイトでオンライン対戦モードの年間王者をしていました」

 

『うおお! チャンプ! チャンプ!』『チャンプがナイトに帰ってきた!』

 

「なるほど、チャンピオンってわけだな。相手にとって不足はなし! ……ところでこのゲームはもう引退したん?」

 

「ええ、今は『Stella』ってMMOにはまっていまして」

 

『嘘つけ! 恥ずかしくなって逃げたんだろう』『ハラスメントチャンプ!』『ミズキから逃げるな』

 

「えーと、どういうこと?」

 

 抽出コメントが何やら不穏になってきたので、チャンプに事情を聞く。

 

「……ええと、王座決定戦でハラスメント判定を受けて失格になったことがありまして、それが原因で引退したって思われているみたいです。本当は『Stella』のサービスが開始したからなんですが」

 

『マジ?』『『Stella』行けばチャンプに会えるの?』『ミズキから逃げるな』『ミズチみたいなんやな』

 

 ミズキって何?

 

「ミズキというのは?」

 

「AIによるハラスメント判定が発動しちゃった相手ですね。すごく扇情的な格好をしていたプレイヤーで、思わずよこしまな考えが……」

 

「こちらが当時の対戦映像ですね」

 

 ヒスイさんが武舞台に大写しで、動画を流し始める。今とは違い軍服のような物を着ているチャンプと、とてつもなくでかい乳が服からこぼれ出そうなほどの薄着をした、妙齢の女性が戦っている。女性の乳は動くたびにばるんばるんと揺れており、元男として非常に目に毒だ。

 そして、チャンプの正拳突きが女性の胸に命中しそうになったところで、AIの判定が下りチャンプは画面から弾き出された。

 

 このゲームは、女性の乳や尻に攻撃が命中したとしても、ハラスメントガードで固い感触しか返ってこない。

 しかし、それでもよこしまな考えを持って他者に接触すると、監視AIが試合を中断するようになっているとヒスイさんが言っていた。それで、失格判定となったのだろう。

 

「……元男としては、ドンマイとしか言えん」

 

「いえ、もう割り切っているので大丈夫ですよ。正直美味しいネタだと思いますし」

 

 懐が広い……! これがチャンプ……!

 

『美味しいネタって……確かに笑ったわ』『チャンプ誤解してたよ!』『でもミズキとは決着つけようね』

 

「では、対戦に移りましょうか。一ラウンド制で時間制限は五分です」

 

 チャンプとの話をぶった切るように、ヒスイさんがそう宣言する。そうだな、雑談ばっかりしていたら、せっかくのライブ配信なのに対戦が全然できなくなってしまう。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「よろしく! ……手加減してね?」

 

「すぐに終わらせないよう注意しますね」

 

 チャンプはそう言ってにかっと笑った。

 瞬殺とか動画的にもちょっと困るから、配慮してくれるのは助かる!

 

『ヨシムネ VS. クルマム』

 

 対戦が成立し、俺達は武舞台の所定の位置に移動させられる。ヒスイさんは舞台袖だ。

 俺は腰から打刀を抜き、正眼に構える。チャンプは無手だ。鎧姿だから一応、革製の篭手を装着しているけど。武器格闘のゲームなのに、徒手空拳で年間王者とかすごすぎないかこの人。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

 そして、俺は負けた。

 

『KO クルマム ウィン』

 

「だー、強い! 強すぎる! でもちゃんと攻撃命中したからよかった」

 

「ナイト歴が二週間もないわけですから、それを考えると相当強かったですよ」

 

 チャンプがそう慰めてくれる。性格イケメンすぎるな。俺が女だったら惚れてた。あ、俺、女じゃん。今のなし。

 

『ヨシちゃんドンマイ!』『『-TOUMA-』の覇者でもチャンプには敵わないのか……』『戦いのレベルが高すぎてびっくりですね』『そうか、ヨシちゃんこのゲーム始めて二週間しか経ってないのか』『ヨシちゃんがここまで強くなって俺も鼻が高いよ……』

 

「ちなみに、戦ってて気になったところとかある?」

 

 俺はそうチャンプに感想を尋ねてみた。悪いところを潰していくのは、上達の第一歩だからな。

 

「ヨシムネさんの気になったところですか。そうですね、システムアシストの使い方は見事でしたけど、読み合いがまだまだでしたね」

 

「ふむう。読み合いか……」

 

「時間を超加速しての練習の弊害でしょうか。高度有機AIサーバに接続していないから、人間っぽい思考がアーケードモードのAIに反映されてなかったのでしょう」

 

「そこのところはヒスイさんとの練習でも重視していなかったな。なるほど、ありがとう!」

 

 俺はそう言って、チャンプに右手を差し出した。

 すると、すぐさまチャンプは握手に応じてくれる。最後まで気持ちのいい男だった。

 

「クルマム様、対戦ありがとうございました。では、次の対戦に移りましょうか」

 

「あ、すみません。一つお願いしたいのですが」

 

 と、ヒスイさんの進行をさえぎって、チャンプが何やらヒスイさんに話しかけた。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

『おっナンパか』『ヒスイさん結婚してください!』『絶対に許さないよ』

 

「ヒスイさん、俺と対戦していただけませんか?」

 

『きたああああああ!』『チャンプよく言った!』『最高のミドリシリーズVS最強のチャンプ』『人類は、はたして最高品質の高度有機AIに勝てるのか!』『人類卒業試験』

 

 な、なんという展開。これは……。

 

「面白そうだから俺が許す!」

 

「ヨシムネ様……」

 

 そういうわけで、対戦が成立した。ヒスイさんも苦笑して許してくれた。

 俺は舞台袖に移動し、武舞台ではヒスイさんとチャンプが向かい合っている。

 

『ヒスイ VS. クルマム』

 

 ヒスイさんはエナジーブレード。チャンプは変わらず革の篭手のみだ。はたしてどうなるか。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

 戦いは、互角のまま進み、制限時間の五分が経っても互いの体力は残ったままだった。

 決着は判定にもつれこむ。勝負の結果は……。

 

『クルマム ウィン』

 

 チャンプの勝利だった。

 

『おおおおおおおお』『人 類 卒 業』『チャンプマジチャンプ』『マジ? ミドリシリーズってスポーツでいつもトップ争いしているよね?』『うおおおおおおおおおっっ!! チャンプッ! チャンプッ!!』

 

 武舞台の上でヒスイさんとチャンプが握手を交わしている。うむ、名勝負だったな。しかしヒスイさん、強いと思っていたけど超有名ゲームの年間王者に迫るほど強かったとは。

 だが、そんな名勝負を繰り広げたというのに、ヒスイさんは落胆している。肩を落としてとぼとぼと俺の方に近づいてきた。

 

「ヨシムネ様、申し訳ありません。負けてしまいました」

 

「いや、名勝負だったと思うよ?」

 

「業務用ハイエンドを自負するミドリシリーズのAIが、ただの人類に負けるなど……! こうなったら、ニホンタナカインダストリに『St-Knight』の専用バトルプログラムの発注を……!」

 

「いやいや、そこまでしなくていいって。強かったね、楽しかったね、でいいんだって。まあ、スポンサー的には思うところがあるかもしれないから、向こうからプログラムを勝手に用意してくれる分には構わないけど?」

 

 ヒスイさんがお金を使って発注するのは、なしだ。ヒスイさん個人が、どれだけクレジットを貯め込んでいるかは知らないけれど。

 それに、スポンサーからは「ヒスイさんを活躍させろ」なんて指示は受けていないからな。

 

「それより、進行進行。チャンプのことも、もう対戦終わったのに武舞台の上に放置したままだしさ」

 

「はい、そうですね……。では、次の対戦相手を募集します。ランダム抽選で、参加希望者は――」

 

 そういうわけで、気を取り直して対戦会が始まった。

 対戦者の腕は皆バラバラ。『St-Knight』熟練者がいたり、MMOのPvPには慣れているけどこのゲームは初めてやったという人がいたり、そもそも人と対戦するのが初めてという人もいた。

 

「だっしゃおらあ! 勝ったどー!」

 

『Cランクに勝利とかヨシちゃんやるなぁ』『だんだんヨシちゃんの口調が崩れてきた』『こいつ、戦いの中で成長して……!』『それはない』『ヨシちゃんは反復練習で強くなるタイプ』『その姿勢は見習いたいな』『ゲームは生活の一部だけど、上達させるって発想がそもそもなかったわ』『PvP界楽しいよおいでおいで』『お断りします』

 

 こいつら、抽出コメントで会話してやがる……! 総意を汲み取る形のはずなのに、どうやってんだ、本当に。

 それにしても、いっぱい戦ったな。

 

「んじゃー、俺は十分堪能したから、次はヒスイさんとの対戦な。希望者集まれー!」

 

『わあい!』『これからが本当の地獄だ……』『助けてチャンプ!』『俺達は人類卒業していないんですよ!』

 

「そう言いつつも、希望者めっちゃ集まってるじゃーん。ヒスイさん、のしてやりなさい」

 

「お任せください」

 

 ふんす、とヒスイさんが気合いを入れる。さっきは惜しくも負けたから、今度こそいい姿を見せようと気合いを入れているのだろうか。

 そして、ヒスイさんの戦いが続く。

 

『死屍累々』『やっぱりミドリシリーズは強かったんやなって』『Sランクですら手も足も出ないとかどうなってんの』『さすがヒスイさんです!』

 

「ヒスイさん、よくやった! さすがだね」

 

 俺は頑張ったヒスイさんを褒めておく。四六時中一緒に居るから、こうやって馴れ合い系コミュニケーションを重ねておくのが仲良くする秘訣だ。

 

「魅せプレイもある程度意識したのですが、どうでしたか」

 

「無慈悲な夜の女王って感じ」

 

「それは褒め言葉なのでしょうか……?」

 

「うんうん、褒めてる褒めてる」

 

『二人の会話が尊い』『今期ナンバーワンコンビ』『映画化決定』『惑星テラ遺産』

 

「お前ら、こういうの好きだなぁ」

 

 俺は唐突に挟まれた抽出コメントにそう呆れて言った。

 

『大好きです!』『さーせん』『私達は気にせず続きをどうぞ』『友情!』『姉妹愛』

 

「お楽しみのところ申し訳ありませんが、終了の時間が近づいてまいりました」

 

『ええー!』『もう終わり?』『早い』『楽しかった』

 

「ヨシムネ様による『St-Knight』を使ったシステムアシスト練習は先日の動画で終了ですが、今回の対戦会は好評のようでしたので、『St-Knight』のライブ配信はまた開催する予定です」

 

『また来るよ!』『今度は他の王者とも戦ってほしい』『ヒスイさん対ミズキ?』『ミズキ、ヨシちゃんの動画見ているのかなぁ』『ミズキの知り合いおる?』『いるよー』『チャンプとヒスイさんの対戦動画上がったら見せてやって』『了解いたした』

 

 抽出コメントで何か進行しているようだ。こいつら仲いいな。

 

「次回は、また別のゲームをライブ配信する予定です。お楽しみに」

 

『マジで』『またライブか! 予定空けないと』『なんてゲームやんの』

 

「次のゲームは、ヨシムネ様から発表お願いします」

 

「ああ、次のゲームは、な、な、な、なんと! あのゲーム!」

 

『有名作か』『マイナーマゾゲーはどうした』『とうとうMMO来るか?』

 

「『ヨコハマ・サンポ』だぁー!」

 

 俺がそう言った瞬間、観客席がしーんと静まる。

 

『なにそれ』『知らん』『聞いたことない』『誰か知ってる?』『検索かけても出てこないんだけど』

 

「みんな、次回をお楽しみに! 以上、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」

 

「皆様の生活を陰で支える、ミドリシリーズのヒスイでした」

 

「また見てくれよな」

 

『待って、詳しく話して』『言い逃げするな』『気になるんですけど!』『ヨコハマって、惑星テラのヨコハマ?』『どういうことなの』

 

 そうして、ライブ配信は盛況のうちに終わったのだった。

 めでたしめでたし。

 



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16.ヨコハマ・サンポ(位置情報ARアクション)<1>

 ここはヨコハマ・アーコロジー行政区、観光局前。

 俺は居住区に割り当てられた部屋を出て、はるばるアーコロジー内のこんな場所まで来ていた。

 理由はもちろん、新たなゲームのライブ配信を行なうためだ。

 

「どうもー。視聴者のみんな、今日も配信に来てくれてありがとう! 21世紀おじさん少女ことヨシムネだよー」

 

「助手のヒスイです」

 

 当然、ヒスイさんも同行している。しかし、いつの間にヒスイさんは、俺の助手になったのかな。あ、前から動画配信の助手か。

 

『おはよう!』『おはー!』『こんばんは、こっちは夜!』『こんちー』

 

「挨拶が統一できなくて困っているかな? こういうときは『わこつ』っていうのが古典的な挨拶の仕方だぞ」

 

『わこつ』『わこつ』『わこつー』『どういう意味?』

 

「日本のネット用語で、『ライブ配信の枠取りおつかれさま』の意味さ! 配信サービスができたばっかりの21世紀初頭は、配信の放送枠を確保するのにも一苦労だった時代があるんだ」

 

『わこつー』『なにげに俺ら、インターネット史の重要なこと聞いてね?』『21世紀人から語られる21世紀事情とか、歴史学者もびっくりですね』『ゲーム史の話も聞きたい』

 

「残念ですが、それはまたの機会にしていただきましょう。今回は時間に限りがありますので、早速ゲーム紹介に入ります」

 

 話をぶった切って、ヒスイさんが進行をする。おっと、おしゃべりが過ぎたな。

 

『お、来たか』『とうとう明かされる真実』『謎の散歩ゲームの正体とは!』

 

「とか言って、ヒスイさんから聞いたけど、すでにどんな内容のゲームなのか、SNSで広まっているっていうじゃないかー。はい、今回のゲームは、『ヨコハマ・サンポ』。ヒスイさん、解説よろしく!」

 

「はい。『ヨコハマ・サンポ』はヨコハマ・アーコロジー行政区の観光局が、アーコロジー内限定で無料配布している位置情報ゲームです。主に、アーコロジー内の観光案内用に配布しております」

 

「ヨコハマ・アーコロジーは俺達の住んでいる場所だね」

 

 どうせばれるので、俺は住処を自ら暴露する。21世紀に居た頃なら、ネットリテラシーのない奴と馬鹿にされるような行為だ。だが、俺の場合はすでに一部の人に気づかれているので、今更である。

 

『ヨコハマ・アーコロジーって場所に住んでるんだ』『つまり惑星テラに行けばヨシちゃんとヒスイさんに会える!』『それ、渡航許可下りるの?』『ヨコハマ・アーコロジーは観光客受け入れているみたいだ』『惑星テラ旅行とかいくらかかるんですかねぇ』『二級市民には儚い夢だった』

 

「うーん、ここまで来てくれても、こっちから会いにはいかないかなぁ。そういうのに対応しだすと、きりがなくなるから」

 

『まあそうなるな』『常識だよなぁ』『お客様、踊り子さんには手を触れないでください!』『でも自分が行政区のお偉いさんならワンチャン?』『ねーよ』『でも、場所バレしてよかったの? 過激派信者とかいたら危なくない?』『確かに』

 

「そこらへんは、ヒスイさんがいるので」

 

「重要機関の警備員も担当しているミドリシリーズに、全てお任せください」

 

『さすがヒスイさんです!』『さすがヒスイさんです!』『さすヒス』

 

「そもそも、四ヶ月前のニュースを見たら、俺がヨコハマの実験区で保護されたって普通に載ってるんだよねぇ。いまさらだよ」

 

 そう、それが住処をばらしてしまう理由だ。ニュース記事に、ヨコハマ・アーコロジーで次元の狭間の観測実験が行なわれ、その過程で俺が保護されたことがばっちり書かれている。

 

『そうなのか』『そういえばそうだった』『リアル側のニュースとか普段見ねえ』『ゲームの中で生きてるからな、俺ら』

 

「ゲーム内容の説明を続けますね」

 

 話を脇道にそらしてさーせん。

 

「このヨコハマ・アーコロジーは主に研究用の実験区として建てられた物ですが、外からの観光客も受け入れています。このゲームは、そんなアーコロジーの観光案内のために作られた作品です。プレイヤーの位置情報を読み取って、観光スポットをチェックポイント的に巡らせていくという趣旨となっています。プレイヤーの視界にキャラクターがARで表示されるので、プレイヤーは観光スポットを背景にそのキャラクターを操って遊びます」

 

 ARとは拡張現実のことで、VR技術の一つだな。リアルの視界に重ねて文字や画像を表示したりする奴だ。

 俺のいた21世紀ではまだ、直接視界に文字や画像を表示することはできなかった。専用の眼鏡型端末を装着して、そのレンズに表示を行なうことで、現実世界に文字や画像を重ねることを実現していた。

 

『ほーん』『ヨコハマ限定ゲームってことだな』『私達では遊ぶ機会がなさそうですね』『ゲームプレイ動画も存在しないしな。ヨシちゃんが初配信』『行政区の公式ゲームってなんかお堅そう』

 

「実は、そのヨコハマ行政区からこのゲームを宣伝してくれって頼まれたんだ。このゲームの利用者がいないらしくてねー。ヨコハマ行政区所属のヒスイさん経由で、話が来たってわけ」

 

『ヒスイさん行政区所属なんだ』『ヨシちゃんちの万能メイドじゃなかったの?』『言われてみればいつもの服は行政の制服っぽい』

 

「ヒスイさんは行政区の人。俺は行政区に保護されているだけの人」

 

 それなのに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるヒスイさんには、とても世話になっていますよ!

 

「話を続けます。ゲームの内容は、人形アクションゲームです。自分の身体を直接動かすタイプではなく、キャラクターを操作する物ですね。市街地用ARゲームには人形操作型はよくあるタイプと言えるでしょう」

 

「自分の身体を派手に動かして、他の通行人に迷惑かけちゃいけないからね」

 

「そういうことです。ストーリーは、惑星テラに異星人が襲来してきたという設定です。異星人は情報生命体で、コンピュータウィルスとなってヨコハマ・アーコロジーの機械を操り暴れ出します。それを解決するために出動したのが、主人公、行政区所属の戦闘用ガイノイド、ギガハマコちゃんです」

 

「ギガハマコちゃん」

 

『ギガハマコちゃん』『ギガって……』『テラもいそうやな……』

 

「ギガハマコちゃんはプレイヤーと一緒にアーコロジー内を移動します。そして、所定の観光ポイントでプレイヤーはギガハマコちゃんを操り、暴れている業務用ロボットを三次元アクションで鎮圧します。倒した業務用ロボットからはパーツを獲得することができ、パーツを装着することで新たな技を繰り出すことができます。ゲーム推奨の観光経路を辿ると、手に入れた最新のパーツが次のポイントの敵の弱点になっていて、スムーズにゲームを進行することが可能になりますよ」

 

「んんー? 弱点になるパーツを獲得していくって、ギガじゃなくてメガならすごい聞き覚えのあるゲームシステムだなぁ」

 

『知っているのかヨシちゃん』『あ、俺も知ってるわ』『なになに』『20世紀の名作アクションゲーム。確かにメガだわ』

 

「古典ゲームをリスペクトしているのかもしれませんね」

 

 そうか。この時代じゃとっくに、20世紀や21世紀のゲームは著作権が切れているんだよな。ネタを拝借しても咎める人は誰もいない、古典へのリスペクトになるのか。

 でも、よくネタを知っている視聴者がいたなぁ。600年前だぞ。俺、戦国や室町時代の文学作品とか何も知らないぞ。江戸時代ですら、『南総里見八犬伝』くらいしか知らない。読んだことないけど。

 

「では、ゲームを起動しましょうか。AR表示は私とヨシムネ様、そしてカメラ役のキューブくんで共有されます」

 

 ヒスイさんは、俺達の頭の上に浮いているカメラロボット、キューブくんに視線を向けながらそう言った。

 キューブくんは、今までのリアルパートの撮影でも活躍してくれた、丸い飛行ロボットだ。高度有機AIは積んでいないが結構賢く、俺はペット感覚で彼に接している、可愛い奴である。命名は俺。名前は、ハロとどっちにするか迷った。

 

 そんなキューブくんを眺めていると、ゲームが起動したのか、ナレーションが始まる。

 内容は、先ほどヒスイさんが説明していた、情報生命体異星人が攻めてきたというのを冗長に語ったものだ。

 

『人類以外の異星人って宇宙にいるんですかね』『おるよ。観測はされてる』『今の宇宙軍の存在理由って、その異星文明対策だからね。接触はまだだけど』『このゲームのとは違ってケイ素生物だけどな』『友好的に接してほしいもんだなぁ』

 

 異星人いるんだ……。まあ、その異星人とは別の存在だというから、このゲームが政治的批判の的になることはないだろう。

 そして、ナレーションが終わると、視界の中に一人の少女が出現した。

 半透明で表示された、15歳ほどの少女だ。

 

『私はギガハマコちゃん! ヨシムネ! ヒスイ! 視聴者のみんな! 悪のサンポ星人を倒すために協力して!』

 

「視聴者のみんなとか認識しているのかよ」

 

「高度有機AIは使っていないようですが、ライブ配信を前提とした設定が予め用意されていたみたいですね」

 

『地方都市限定ゲームでそこまでこだわってんの』『やるじゃん観光局』『ギガハマコちゃん! 俺がついてるぞ!』

 

『うん、視聴者のみんな、頑張ろう!』

 

 ギガハマコちゃんはガイノイドだというが、耳のアンテナ以外は人間そっくりなミドリシリーズと違い、ずいぶんと手足がメカメカしかった。

 胴体にも、ボディアーマーらしきものが装着されている。まあ、ギガだしな。ただし、ヘッドギアは装着されていない。赤髪がアーコロジーの照明に映えていた。

 

『!? 早速、暴走したロボットが来たみたい! あっ、あれは受付ガイノイドのギガサクラコさん! ヨシムネ、ARコントローラーで私を操作して彼女を倒して!』

 

 ギガハマコちゃんがそう言うと、俺の目の前に半透明のゲームパッドがAR表示された。

 俺は、それを反射的に握ってしまう。ゲーマーの(さが)だ!

 

「おっおっおっ、このゲームパッド、ARなのに触れるぞ!」

 

「行政区のARは、特別に感覚フィードバック機能が設定されています。工事で通行止めをする場合なども、ARでフェンスを表示し、その感覚フィードバックで道を塞いでいたりしますよ」

 

『なにそれすごい』『外出歩かんから行政区ARとか見ないわ』『時代はここまで進歩していたんだなぁ』『MRってやつか? すげえ』

 

「なんで21世紀人の俺より、未来人のあんたらが驚いているんだよ!」

 

『ヨシムネ! 操作して!』

 

 視聴者と喋っていると、ギガハマコちゃんにそう注意される。

 

「お、おう。操作方法は……説明書もAR表示してくれるのね」

 

 ゲームパッドの操作は、21世紀の3Dゲームとそう変わらないものだったので、感覚的に動かすことができた。

 ギガハマコちゃんの武装は、右手にヒスイさんも使っているエナジーブレード。左手には腕に仕込まれたエナジーショットがある。ギガというよりゼロじゃないこれ?

 

『ギガサクラコさん! 正気に戻って!』

 

『敵は排除。敵は排除』

 

 正気に戻ってと健気に言っているが、操作しているこちらは遠慮なく攻撃させてもらうんですけどね。

 そして、チュートリアル的な相手だからか、割と簡単にギガサクラコさんは撃破することができた。

 

 倒れ伏すギガサクラコさん。それを介抱するギガハマコちゃんだが、ギガサクラコさんはギガハマコちゃんにパーツを一つ托して沈黙してしまった。

 

『くっ、おのれサンポ星人! ヨシムネ! ヒスイ! 視聴者のみんな! ギガサクラコさんは救助隊に任せて、次のポイントに向かいましょう!』

 

「お、おう……」

 

『よろしくね!』

 

「よろしく……これ、他の通行人にはギガハマコちゃんのこと見えていないだろうから、俺、独り言を喋る怪しい人にならないか?」

 

「通行人には、ARゲームプレイ中を示すアイコンが私達の頭上に表示されて見えるので、その辺は大丈夫ですよ」

 

 そうか……ともあれ、初のARゲームプレイ兼ヨコハマ観光を楽しんでいくことにしようか。

 

『アーコロジー見るの初めてだから楽しみ』『一級市民の生活ってどんなんやろ』『憧れの惑星テラかぁ』『準一級市民ならあるいはなれるか?』

 

 すまん、俺は棚ぼたで一級市民になったから、そのあたりは何もコメントできねえ!

 そんなことを思いつつ、俺はヒスイさんとキューブくん、そしてギガハマコちゃんを引き連れて、ヨコハマ・アーコロジー巡りを始めるのであった。

 



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17.ヨコハマ・サンポ(位置情報ARアクション)<2>

 行政区から、キャリアーと呼ばれる乗り物に乗って次のポイントへ向かう。

 街の各所にこのキャリアー乗り場が建てられていて、今回ヒスイさんが選んだキャリアーは二人乗り。完全な自動運転で動いており、ヒスイさんが指定した最初の観光名所に向かって高速移動している。

 

 ちなみにギガハマコちゃんは、半透明のエアースクーターとかいう物に乗って、暴走した半透明の雑魚ロボットを左手のエナジーショットで蹴散らしながら、こちらを追ってきている。AR世界で大暴れだ。

 

「芸が細かいな。見ていて楽しいけど、人が車を運転中のときにもこれが表示されるとしたら危ないな」

 

「アーコロジー内の乗り物は、全て自動運転で運行されており、人による操縦は事故の危険性があるため違法となっております。人がアーコロジー内で乗り物を操縦できるのは、このヨコハマにはありませんが専用サーキットのみですね」

 

「まあ、自動運転が発達すればそうなるか」

 

『惑星にはサーキットなんてあるのか』『ソウルコネクト内でしか乗り物操縦したことねえな』『私、馬に乗れるよ!』『乗馬スキルなしで乗れんのそれ』『無理ー!』

 

 本当に未来人はリアルで操縦というものをしないようだ。まあ、車って危ないからな。21世紀じゃ、毎年相当数の人が交通事故で亡くなっていた。それがなくなったのは、まさに技術の進歩の賜物と言えるだろう。

 

 キャリアーは透明なアクリル板のような物で全方位覆われており、高速で流れる景色を楽しむことができる。ただ、アーコロジー内部は天井で上が閉じていて、そこに照明が付いているため、少々閉塞感がある。

 

 ううむ、しかし、次に外に出るときは男ボディに戻ってからと思っていたのだがなぁ。見事にガイノイド姿での外出になってしまった。

 今日の俺の服装はキャミソール。薄着である。アーコロジー内は、暑くない程度の春と初夏の間っぽい室温に固定されているため、寒さは感じない。

 服装は当然ヒスイさんのチョイスである。ヒスイさん自身は、いつも着ている行政区職員の制服のままだというのに。

 

「着きましたよ」

 

「おっ、さすがあれだけ速度を出してただけあって、着くのが早いな」

 

 途中、信号の類で停車することもなかったため、スムーズに到着した。管理された自動運転のなせる技といったところだ。

 

『ここはヨコハマVRラーメン記念館よ! いろんなラーメンの味が旧式VRで楽しめるわ!』

 

 ギガハマコちゃんがそう解説を入れてくれる。

 

「ヒスイさん、旧式VRって何?」

 

『そこは私に聞いてよ! 旧式VRは、その名の通り、ソウルコネクト技術が発達する前のVR技術よ。VR機器と脳で情報をやりとりして、脳を錯覚させて架空のできごとがあたかも現実で起こっているように認識させるの』

 

「なるほど、俺の想像する本来のフルダイブVR技術はそれだな。でも、なんで、ラーメンでVR?」

 

『当然、ラーメンの味を最大限に楽しむためよ! ここでは旧式VRで無数の種類があるラーメンを食べることができるの。食べ物はやっぱり、魂なんかじゃなくて脳で直接味を感じないとね!』

 

「ソウルコネクトも旧式も、どっちも現実じゃないVRであることに変わりはないと思うんだがなぁ」

 

『ソウルコネクトで食う飯、美味しいよ?』『リアルの合成肉も嫌いじゃない。滅多にリアルに戻らないけど』『旧式VRとか触ったことないわ』『美味ければどっちでもいい』

 

「それより、敵が出現したようですよ」

 

 ヒスイさんがそう俺に向けて言ってきた。そうだ、ギガハマコちゃんと雑談している場合じゃなかった。ゲーム中だ。

 

『あれは製麺ロボット、ギガカットマン!』

 

「ラーメンはVRで食うのに、なんで製麺ロボットがいるんだろう……」

 

 俺は、目の前に出てきたARのゲームパッドを握り、先ほどギガサクラコさんから入手したパーツを選択する。ヒスイさんの事前説明が正しいなら、これがギガカットマンの弱点のはずだ。

 パーツはアイビーム。目からビームである。なんで受付ガイノイドの技が目からビームなんですかねぇ……。

 ともあれ、効果は抜群だったようで、一分もしないうちにギガカットマンは沈んだ。ギガハマコちゃんはパーツを新たに受け取っている。

 

「では、せっかくですので、記念館に寄って一杯いただいていきましょうか」

 

 そうヒスイさんに促され、俺達はヨコハマVRラーメン記念館へと入った。

 

『わくわく』『ラーメンって料理食ったことないわ』『私、ゲーム内で作ったことありますよ』『検索によると麺料理か……面白そう』

 

 視聴者の期待はそこそこのようだ。

 

「でも、旧式VRって脳に直接刺激を与える技術みたいだけど、俺達ってガイノイドだから体験できないんじゃね?」

 

「ミドリシリーズは有機ガイノイドですので、旧式VRも体験できますよ」

 

「有機だと何が他のと違うのかは解らんが、解った」

 

 うかつに説明を聞くと頭がパンクしそうな話題だったので、俺は話を打ち切って施設の案内ロボットに電子マネーであるクレジットを支払い、VRラーメンを注文した。

 席に案内され、すぐさま目の前にラーメンが出てくる。

 どんぶりを触ってみると、しっかりと陶器の感触が返ってきて、しかも熱い。すでに俺はVRの影響下にあるようだ。

 

「これ、椅子がVR機器なのか?」

 

「いいえ、この施設自体がVR機器ですよ。さ、いただきましょう」

 

「このラーメン、視聴者にも見えてる?」

 

「はい、キューブくんにもAR表示されています」

 

「なるほど。いただきます」

 

 俺はVRで表示されているらしき割り箸を割り、ラーメンを食べ始めた。うん、オーソドックスな醤油味。向かいの席では、ヒスイさんが味噌ラーメンを食べている。

 

『美味そう』『うちの自動調理器、ラーメンに対応しているかなぁ』『やってるMMOの料理クランにラーメン依頼してみよう』『うちのコロニーはラーメン屋あるみたい。行ってみよう』『腹減ってきた』『満腹度減ってきた』

 

 食べながら周囲を見てみると、他にお客さんはいない様子。ただ、ギガハマコちゃんがAR内でしっかりラーメンを食っていた。芸が細かいな、この観光ゲーム。プレイヤーと一緒に観光を楽しむのか。暴走ロボット退治はどうした。

 

「ごちそうさまでした。いやー、久しぶりにラーメン食べるからか、かなり美味く感じたよ」

 

「美味しかったですね。ヨシムネ様と出会う前は、食事など一切取ったことがなかったのですが、最近は美味しい食事にはまってしまいました」

 

「ガイノイドだって、いろいろ趣味を楽しんでもいいってことだね」

 

『そもそも食事をできる機能がついている時点で、かなりのハイエンド機』『ソウルインストールするなら、食事機能はほしいよなぁ』『二級市民の配給クレジットじゃ、ゲーム内アイテム購入を相当我慢しないとハイエンド機買えないぞ』『儚い夢だった』

 

 さて、視聴者達の悲哀はさておき、ラーメンも堪能したし巻いていこうか。

 次に向かったのは、ヨコハマ港だ。

 

「港、港かぁ。未来でも海運が残っているんだな」

 

「重力制御装置が必要な空運や、地形が邪魔をする陸運と比べたら、海を行く海運は安く物を運べますからね」

 

『あっ、それ私が説明しようと思ったのに!』

 

「はいはい、ギガハマコちゃんは暴走ロボットを倒そうねー」

 

 敵として登場したギガマリーンマンは、ギガカットマンのパーツ、エナジーソーサーで切り刻まれた。手に入れた新規パーツはジェット水流である。

 

「港には展望台がありますので、海を眺めていきましょうか」

 

 そうして俺達は展望台に移動し、巨大タンカーが出入りする海を目の前に小休憩を取った。

 

『これがリアルの海……』『おお、母なる海よ……』『いつか生で見てみたいなぁ』『海水浴行ってみたい』『ゲームと遜色ないな』

 

 スペースコロニー在住が多い視聴者は、惑星テラ固有の海という物に憧れがあるようだ。

 いつか、ヒスイさんと海水浴に行くライブ配信なんかをやってみるのもいいかもしれないな。

 

 そして次は水族館だ。

 ヨコハマ・アクアパークという場所である。

 

『侵入者は排除。侵入者は排除』

 

『いけー! ジェット水流よ!』

 

 うーん、ゲーム部分は、順路だとちょっと簡単すぎるかもしれないな。まあ、ゲームに慣れていない人も万が一プレイする可能性もあるから、こんなものだろうか。

 

『水族館?』『生きている魚が見られるテーマパークだよ』『なにそれすげえ!』『リアルの魚とか、培養魚肉と合成魚肉でしか見たことない……』

 

 未来の人達は、いろいろな物をリアルで見たことがないようだ。VRゲーム内では、リアルと遜色ない体験をできるのだがな。

 

「日が暮れる前に配信を終えたいので、少し見るだけにしておきましょうか」

 

 そうヒスイさんが水族館の前で言った。

 今日一日でこのゲームをクリアするつもりだからな。時間は無駄にできない。

 

「入場クレジットがちょっと勿体ないけどな」

 

「ヨシムネ様はクレジット配給額が大きいのですから、少しぐらい散財しても問題ありませんよ」

 

『どんどんヨコハマにクレジットを落としていってね!』

 

『この観光局の回し者、なかなか言いよる』『可愛い』『なんだかんだで行政区のキャラクターなんだよなぁ』『生々しいギガハマコちゃん好き』

 

『視聴者のみんなも、いつかヨコハマに来てね!』

 

『ヨシちゃんの歌唱ライブがあるなら考える』『何それ胸熱』『ヨシちゃんのお歌回はまだかな?』『永久保存版ですね』

 

「やめてくれ、俺に芸術センスの類を求めないでくれ」

 

 学生時代、演劇をやっていたから声に張りはあるが、音感はないんだよ!

 

 そんな会話を交わしつつ、水族館の中を巡る。

 

「あのカニとか美味そうだ」

 

『いや、グロイでしょ』『蜘蛛みたいでキモい』『肉になっていない魚介類って、不思議な見た目しているなぁ』『引くわあ』『いや、カニ美味いぞ』

 

「こちらには大型の魚がいますよ」

 

「ふーん、ってうわ、糞してる」

 

『汚え!』『うわー、水が汚れてそう』『餌の食べ残しとかでも水は汚れるそうですよ』『リアルってやっぱりめんどいね』『水の循環装置や清掃ロボはいるんだろうけど、なんだかなぁ』

 

 ううむ、視聴者の夢を壊してしまった。

 これでイルカショーとか見れば夢も広がるんだろうが、そこまで見ている時間はない。ちなみに、館内はまばらに人が歩いていた。観光客って本当に居たんだな。

 

「さて、次に行きましょうか」

 

 次に向かったのは、造船所だ。

 造船と言っても、海の船を作る場所ではない。なんと、宇宙船を作る造船所だった。

 造船所の前で立ちはだかる敵は、ギガシャトルマン。だが、新たなパーツ、シャークトルネードで儚く散っていった。

 

『なぜサメ』『サメが空中泳いでおる』『どういう技だこれ』『やばい、ツボにはまった』

 

「サメは宇宙にも行けるぞ。映画の話だけど」

 

 そんな無駄話を挟みつつ、ヒスイさんが案内を始める。

 

「ここでは、特別な船を作っています」

 

「特別?」

 

「一般的な宇宙船は、宇宙で建造されています。重力がない方が建造しやすいですからね。ただ、このヨコハマ・アーコロジーでは実験区があり、研究者の方が多くいるため、実験目的の宇宙船が作れるようになっているのです」

 

「へー、実験目的。たとえば?」

 

「宇宙でのデータ取りをするための実験室付き小型宇宙船とかですね。惑星の地上で作った製品が、宇宙空間でも問題なく動作するかなどを調べます」

 

『宇宙船、一度は乗ってみたい』『自分で操縦してみてえ』『私は作っているところがみたい!』

 

『では、見学を希望してみましょうよ!』

 

 視聴者のコメントに、そうギガハマコちゃんが言った。

 

「実験船なら機密とかあるんじゃないのか?」

 

 俺がそう聞いてみると、ギガハマコちゃんは笑みを深めて答えた。

 

『今なら、建造中で見学可能な物が一隻あるわよ』

 

「有能だな、この観光ゲームキャラクター……」

 

 そうして、俺達は造船所の中に入り、遠目で宇宙船の建造される様子を眺めた。

 建造は全てロボットが行なっている。まあ、人が働かなくてよくなった時代に、工場勤めの作業員がいたりはしないよな。

 

「この宇宙船って、動力は何を積んでいるんだ」

 

 と、俺は気になったことをヒスイさんに尋ねた。聞くのはギガハマコちゃんでもいいのだが、動画的にちゃんとヒスイさんの活躍する場面も作ってあげないとな。

 

「この宇宙船は小型ですので、核融合炉ですね。割と枯れた技術ですが、それゆえに安定性があります」

 

「核融合かー」

 

 さすがの俺でも知っている技術だ。

 

「大型の軍艦などは、縮退炉を積んでいます」

 

「縮退炉って、ブラックホールの力だとかいう……」

 

「はい、そうです。軍艦の武装としては主砲に陽電子砲がありますね」

 

「反物質! やだ、この未来世紀、SFすぎる。素敵!」

 

『新エネルギーはロマンがあるよな』『ソウルエネルギーもテレポーテーション以外で軍事利用可能レベルにならんもんか』『まあ、陽電子砲は実験で三度撃たれただけで、実戦では一度も使われていないんだけどな』

 

 そうは言うが、反物質の砲撃なんてする必要な敵がいたら、今頃人類は遊び呆けるだけとか言っていられないぞ。

 

「ちなみにミドリシリーズの内蔵動力は超小型核融合炉です。燃料は水ですね。他にも食物をエネルギーに変えるバイオ動力炉を搭載しています」

 

 ヒスイさんが胸を張りながら、そう主張した。

 

「そう言えば水泳の特訓していたときに、内蔵動力あるって聞いた気がする」

 

「業務用ローエンド機や、民生用は充電式の大容量バッテリーで動いていますから、ミドリシリーズはすごいのです」

 

「この時代でも電気って使っているんだ。電気って偉大だなぁ」

 

「感心するのはそちらですか……」

 

 だって、現代から600年も経っているのに、電気使い続けているんだぜ? エジソンとテスラの偉大さが解るってもんよ。

 そんな会話を楽しんで、造船所の見学は終わった。

 

「さて、時間も押していますので次に向かいましょう」

 

「次はどこ?」

 

「ふふ、見てのお楽しみですよ」

 

 焦らすなぁ。

 俺達はキャリアーに乗りながら、アーコロジー内を移動した。すると、突然アーコロジーの天井が透明な物に変わり、空が見えた。

 そして、進行方向に何かすごい物が見える。

 それは、天を突く巨大な建造物。どこまでも空に続いている。

 

「次の観光スポットは、郊外にある軌道エレベーター。ヨコハマ・スペースエレベーターです」

 

 また、すごくSFっぽいものが来やがった!

 



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18.ヨコハマ・サンポ(位置情報ARアクション)<3>

 俺達は巨大な建造物の前でキャリアーから降りる。

 ここは軌道エレベーター南口前。軌道エレベーターとは、その名の通り惑星の静止軌道までの高さがある巨大なエレベーターである。見た目は、すごくぶっとい塔だ。

 

「はー、地震大国の日本で軌道エレベーターが建つとは思ってもみなかったわ」

 

「現代の建築物は、震度7の地震でも、ぴくりとも揺れないですよ」

 

「揺れを逃がすとかじゃなくて、揺れない」

 

「はい、揺れません」

 

「でも、津波の心配はあるよね? 海の近くに建ってるっぽいけど」

 

「軍艦にも採用されているエナジーバリアが海岸線にも設置されていますので、それで防ぎます」

 

 なるほどなー。27世紀の未来人は、地震も克服したんだな。

 そう感心していると、俺達に付いてきていたギガハマコちゃんがシリアスそうな口調で言った。

 

『ここは今までにないサンポ星人のパワーを感じるわ。ヨシムネ、今までに手に入れたパーツを駆使して戦って!』

 

「おっ、中ボスか?」

 

『大型警備ロボット、ギガスペースマンよ!』

 

 半透明にAR表示された巨大なロボットが、俺達の前に立ちはだかる。それを俺は、ARのゲームパッドでギガハマコちゃんを操作して迎え撃つ。敵の弱点となっているパーツのアイコンが光って知らせてくれるため、それを順次選択しての戦闘だ。

 

 軌道エレベーターの入口は、割と人通りが多い。そんな入口前でARゲームをプレイする俺達を、道行く人達は横目で眺めて通り過ぎていった。

 あの配信者のヨシムネがこんなところで配信を! とかの反応を期待していたのだが、そう上手くは行かないか。

 そもそも、俺の配信を見ている人の大半は二級市民なので、惑星テラの軌道エレベーターを出入りしているはずがなかった。

 

 ギガスペースマンの体力は高かったのだが、動き自体は遅かったので特に苦戦することなく倒すことができた。

 

「大勝利!」

 

『ヨシちゃんのドヤ顔いただきました』『警備ロボットなのにふがいない』『そこはほら、ゲームだからね?』『操られているからスペック発揮できない説』

 

「本当の警備ロボットは、常人が肉眼で追えないほど俊敏な動きをするため、こういったゲームにスペックそのままで出すことはできないでしょうね」

 

 そうヒスイさんが抽出コメントに返答する。

 

『そうなるな』『頼りになるわぁ』『スペースコロニーの警備ロボットとか、しっかりしてくれないと困るしな』『コロニーと一緒にご臨終は困るわぁ。魂サルベージされる前に成仏しそう』『それこそ異星人以外に誰がコロニー襲うんだって話ですが』

 

 宇宙軍とかあっても、今の人類は平和で何よりだな。安心して、ゲーム漬けの生活を送れるってもんだ。

 

「さて、では次の観光スポットに参りましょうか」

 

「あれ、軌道エレベーターの中は見ていかんの?」

 

「中は広大ですので、今日一日ではとても見て回れませんよ。またの機会にしましょう」

 

『そうね、軌道エレベーター内はヨコハマ観光局の管轄外だから、私も付いていけないわ!』

 

 ゲームのAR適用範囲外ってことね。一応、今回はゲーム配信って名目だから、範囲外に出るのは趣旨に合わないな。

 そういうわけで、俺達は次の観光スポットへと向かった。

 

「ここは飲食店が並ぶエリアですね。産業区からも近いので、働く市民の方はここで食事を取ることが多いです」

 

「お、寿司屋があるじゃん。寿司も久しぶりに食べたいなー」

 

「あの店はオーガニックな養殖魚を扱った店ですので、少しお高いですよ」

 

「……またの機会にしておこう」

 

 そうして、キャリアーを徐行させ、並ぶ店舗の看板を確認しながら飲食店エリアの中を進み、やがてゲームの示す観光ポイントに到着した。

 

『着いたわね! ここは古くからヨコハマの街に存在する、名スポットよ』

 

 そこは、21世紀に居た頃に横浜に来たことのない俺でも知っている場所だった。

 

「横浜中華街じゃないか!」

 

『街華中』と書かれた門が、俺達を歓迎していた。

 そして、その門の前では、新たな敵が俺達を待ち構えている。

 

『あれは、中華街の料理ロボット、ギガヒートマン! バーナー攻撃が得意なはずよ、気を付けて!』

 

 門の前で、俺はゲームに集中する。

 そんな俺達の横をキャリアーから降りた市民の人達が通り過ぎていく。飯を食いに来たのだろう。

 

「おっ、ARゲーム中だってさ。どんなゲームだろ……『ヨコハマ・サンポ』? 知ってる?」

 

「聞いたことないですね。あ、ミドリシリーズのライブ配信中みたいですよ。後でチェックしておきましょうよ、先輩」

 

 そんな会話が、俺達の近くで交わされている。

 

『やったねヨシちゃん! 注目浴びてるよ!』『新たな視聴者二名入りまーす』『一級市民の視聴者増えるの?』『すごくね?』『ヨコハマ・アーコロジー在住の視聴者は元々いるぞ』『このゲームの情報を事前に流したの、その人だからな』

 

 そんな抽出コメントを聞きながら、俺はギガヒートマンに勝利した。獲得パーツは、おそらくバーナー攻撃だろう。

 

「さて、では遅くなりましたが昼食にしましょう」

 

「そうだな。さっきのラーメンはVRだったしな」

 

『私も飯店でエナジー補給しなくちゃ!』

 

『ギガハマコちゃん、飯で動くんか』『バイオ動力炉搭載とか高性能機やなぁ』『戦闘用ガイノイドなのに意外な機能』『美味しそうに飯を食う女子はいいものだ』

 

 そういうわけで、俺達はヒスイさんの案内で飯店に入り、昼の飲茶を楽しんだ。

 本格的な中華料理はあまり食べたことがないが、美味かった。ヒスイさんも満足していたようだ。

 

『リアルで贅沢に飯を食う……その発想はなかった』『リアルの身体は維持するだけが基本』『ゲームの中で食いたい放題できるからなぁ』『でもリアルで満たされるってどこか憧れるわ』『コロニーにも美味しい飲食店はありますよ』

 

 スペースコロニーの飲食店事情は知らないが、二級市民の人達はあまりいい食生活をしていないようだ。

 まあ、VR空間で食を楽しめるなら、リアルでわざわざこだわる必要って確かにないんだよな。

 俺は人間らしい生活を送りたいので、食べる必要がないガイノイドなのにリアルで食事を取っているが。

 

 そんなこんなで食事を終えた俺達は、再びキャリアーに乗り、アーコロジー内を進んでいく。

 移動時間も、視聴者達と会話を交わせば暇をすることもない。

 移動速度が速いため高速で背景が流れていくが、どうも見覚えのある区画に入った気がする。

 

「ここは確か、産業区画?」

 

「はい、そうですね。ニホンタナカインダストリの支社がある区画ですね」

 

「こんなところにも観光スポットがあるのかな」

 

「ええ、きっと楽しめますよ。着いたようですね」

 

 到着したのは、巨大な建物の前。看板が見える。何々、ニューヨコハマフードカンパニー?

 

『ヨコハマ・アーコロジーの食を支える、食品生産工場よ!』

 

「おー、工場見学か」

 

『穀物・野菜・果物の生産に加え、培養肉、合成肉の生産、そしてそれらの食材を使った食品加工を行なっているわ。むっ、あれはギガファームマン! 野菜爆弾の使い手よ!』

 

「野菜爆弾ってなんだよ!」

 

 俺はそんな突っ込みを入れつつ、工場の前でゲームパッドを持ってアクションゲームに勤しんだ。

 

「これ、普通にギガハマコちゃんが観光案内をしてくれるだけの観光アドベンチャーじゃ駄目だったのかな」

 

『アクションパートがなかったら寝てたかも』『ゲーム部分のおかげでメリハリがあっていいよね』『頑張ってARコントローラーがちゃがちゃいじるヨシちゃんに和む』『俺は観光部分も好きだよ』『眠くなるだけで嫌いとは言ってないさ』

 

 もしかすると、視聴者達はゲームに慣れ親しみすぎて、アクションゲームパートがあると安心できるのではないだろうか。

 さて、そのアクションパートも無事に終わった。

 

「工場見学に行きましょう」

 

 工場では、浅めの水槽に満たされた液体に浸かった野菜が、ライトに照らされてすくすくと育っていた。ううむ、これが野菜工場。

 

「俺は元農家だが、21世紀の農業知識はここではなんの役にも立ちそうにないな!」

 

『ファンタジー系MMOにおいでよ』『ゲームなら役に立つ』『入ろうぜ、農家クラン!』『(くわ)とじょうろで君もレッツ農家』

 

「いやごめん、鍬とじょうろとかそんな使わんわ。普通に機械使う」

 

『おのれ21世紀』『中世ファンタジーの敗北』『ゲームの題材にするには中途半端だよな、21世紀』『学園アドベンチャーで見るくらい?』

 

 21世紀の知名度はあまり高くないようだ。まあ、あの時代はいろいろ過渡期って感じはしなくもない。

 そして工場見学は進み、培養肉コーナーへ。

 

「水槽に満たされた肉片の海……SFやなぁ」

 

『こうやって肉ってできるんだ』『動物まるまんま育てているわけじゃないんだな』『動物の形にすると、骨とかの廃棄がでますから』『確かに廃棄は非合理的』『合理性追求しないなら、工場産じゃなくてオーガニック食材でやるだろうしなー』

 

 視聴者から見ても、この光景は珍しいようだ。

 順路を進み、今度は食品加工工場へ。作っているのは、取れたてのジャガイモでのポテトチップスだ。

 

「できたてのポテトチップスをいただいてきました」

 

「お、サービス品?」

 

「はい」

 

「じゃ、遠慮なくいただこうか」

 

 定番の味って感じで、美味しかった。

 以上で工場見学は終わり、その後も俺達は実験区、市民体育館、ヨコハマ・スポーツスタジアムと巡っていった。

 

 実験区はこのアーコロジーの代表的区画らしいが、中に観光名所はないため入口に寄っただけ。

 市民体育館は、サイボーグの人が運動プログラムをインストールした時に身体を慣らすための場所とのこと。

 そして、スタジアムはサイボーグスポーツやアンドロイドスポーツが人気で、ヨコハマ・アーコロジー在住の二級市民がよく通っている場所らしい。

 

「惑星テラにも二級市民って住んでいるんだな」

 

「主に、一級市民や準一級市民の子孫ですね。環境に触発されて働き始めて、準一級市民に昇格する方も多くいらっしゃいます」

 

「働かなくてもいいのに働くって、不思議だけどやりたくなっちゃうんだよな」

 

『ヨコハマ観光局は、少数枠だけれど人間の職員募集中よ!』

 

 ギガハマコちゃんがさりげに求人をしている。でも、ヨコハマ在住ではなく、視聴者達のようなスペースコロニー在住の二級市民から職員採用ってあるのかね。謎である。

 

 そして、俺達はこれまた見覚えのある区画へと辿り着いた。

 ショッピングモールである。

 

「動画のリアルパートでおなじみのホヌンの苗とペペリンドの苗も、ここで買ったんだ。ヒスイさんに勧められてね」

 

 ショッピングモールの中では、通信販売サービスのカメラ代わりであるロボットがあちこちに行き交っている。このロボットを通じて、在宅しながらVRでショッピングモールを見て回ることができるのだ。

 

「今思うと、苗を買って動画に映し始めたのは、リアルを映し続けて俺に男ボディを使わせない策略だったんじゃないかって思ってるよ」

 

「さて、それはどうでしょうね」

 

『策士ヒスイさん』『ヨシちゃんが男になるとか……』『お父さん絶対に許しませんよ!』『ヒスイさんもヨシちゃんが女の子の方がいいの?』

 

「いいえ、女の子がいいのではなく、ミドリシリーズなのがいいのです。私達の新たな妹です」

 

「いつの間にか本当に妹になっていた件について」

 

 ミドリシリーズって、互いに何かやりとりをしているっぽいからな。妙に仲がいいようだ。俺はそのやりとりには混ざっていないのだけれど。

 それでも俺が妹なのか。

 

「さて、観光スポット巡りも、このショッピングモールと最後の観光局への帰還を残すのみです。何か買っていきますか?」

 

「そうだなー、猫型のペットロボットとかかな」

 

「それでしたら、直接ニホンタナカインダストリに発注をしましょう」

 

「あそこ、ペットロボットも扱っているんだ」

 

「ロボット全般に強い企業ですよ」

 

 そうなると、特に買う物もないので、俺は前回寄ったガーデニングエリアで何かを探すことにした。

 

「うわっ、なにこれ動いてる」

 

 とあるコーナーにパイナップルを地面に半分埋めたような植物が売っており、葉の部分がわっさわっさと動いていた。

 

「他惑星原産の生命体ですね。知能は低く、文明は築いていません。植物扱いのようです」

 

「生き物かー。ペットにどうだろう、ヒスイさん」

 

「お世話はお任せください」

 

『動く植物がペットとか』『どういうことなの』『トレントならゲームで見た』『マンドレイク?』『宇宙は広大だわ』『可愛い』『可愛いか?』『ヨシちゃんの方が可愛いよ』

 

 動く植物を購入し、荷物として部屋に送ってもらうよう頼んでショッピングは終了。

 ショッピングモールを出て、ゴールである観光局に戻ることにした。

 

 ヨコハマ・アーコロジーをぐるっと回って一周か。なかなか上手くできているゲームだな。

 ギガハマコちゃんもいいキャラしているし、このまま埋もれたままにするには勿体ないゲームだ。

 俺達の配信で少しは知名度が上がって、他にもプレイする人がでてきたりしたら配信者冥利につきるのだけれど、はたしてどうなるだろうか。

 



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19.ヨコハマ・サンポ(位置情報ARアクション)<4>

『感じるわ……サンポ星人の邪悪なオーラを! 決戦の時は近いわ!』

 

「とってつけたようなラストバトル感」

 

「ゲームコンセプト的に隠しボスの登場などはないでしょうね」

 

「隠し要素ならあるかもなぁ」

 

 そういうわけで観光局前。出てきた敵は、ロボットではなくチープな低ポリゴンでできた3Dホログラムの顔だった。

 

『出たわね、サンポ皇帝! 勝負よ!』

 

 そうギガハマコちゃんが叫ぶと、俺の前に再びゲームパッドが現れる。

 それと同時に、今まで存在しなかったBGMが聞こえ始めた。おお、ラスボス演出か。

 

 俺はテンションを上げ、ギガハマコちゃんを操作してサンポ皇帝とかいう敵と戦い始める。

 中ボス戦のときと同じように、弱点となるパーツのアイコンが光って知らせてくれるため、パーツを入れ替えつつ多彩な攻撃でダメージを重ねていく。

 そして、とうとうラスボスを撃破することができた。激戦の末、とは言えない。そんなに難易度の高いゲームじゃないからな。

 

『やったわ! これでヨコハマ・アーコロジーの平和は守られた! ヨシムネ! ヒスイ! 視聴者のみんな! ここまで助けてくれて本当にありがとう!』

 

「ああ、楽しかったよ。ところで、BGMがまた新しく鳴り始めたけど、これはエンディング曲?」

 

『ええ、残念ながらもうこれでお別れよ! エンディングが終わったら、観光局の受付に行ってゲームクリアしたことを知らせてね! では、また会いましょう!』

 

 ギガハマコちゃんはそう言って、すうっとその場で消えていった。あっさりした別れだ。

 そして、視界にAR表示でスタッフロールが流れ始める。その後ろでは、ギガハマコちゃんの歌うエンディング曲が流れている。

 

「なんだろ、この歌」

 

「『横浜市歌』という、ヨコハマ・アーコロジーに古くから伝わる歌ですね。古い歌なので、歌詞は現代語訳されています」

 

 歌の自動翻訳は、翻訳されていない歌声が耳に響き、頭の中に訳詞が思い浮かぶという仕組みになっている。

 普通の言葉は、相手の言葉がそのまま訳されて聞こえるのだが、歌は別ってことだな。

 

 ちなみに、ヒスイさんの説明によると『横浜市歌』の作詞は森鴎外らしい。

 明治の文豪じゃねえか。そんな時代からある歌だったんだな。今まで存在すら知らなかったよ。

 

 そんな歌と共にエンディングを最後まで眺めた俺は、先ほどギガハマコちゃんに言われたとおり、観光局の局舎へと入って受付に向かうことにした。

 すると、受付にいたのは、少し見覚えのある顔だった。

 

「あの、『ヨコハマ・サンポ』をクリアしたのですが……ギガサクラコさん?」

 

 俺が敬語でそう話しかけた相手は、チュートリアルで倒したギガサクラコさんの姿をしていた。

 制服もそのキュートな顔も、うり二つだ。

 

「いらっしゃいませ。わたくし、受付ガイノイドのサクラコと申します。ギガサクラコは私がモデルのゲームキャラクターとなっております」

 

「なるほどー」

 

『あんなやられ役でよかったのかな』『そこのところ聞きたい』『ヨシちゃん聞いて?』『チュートリアル役になった感想!』

 

 いや、いきなりそんなこと話しかけるのもどうなんだ。サクラコさんは視聴者コメントなんて見えていないわけだし。

 そんな葛藤をしている最中の俺に、サクラコさんが続けて話しかけてくる。

 

「ゲームクリアの記念として、粗品を差し上げることとなっているのですが……少しこちらに事情がありまして、ここでお待ちいただけますか?」

 

「あ、はい」

 

 待つ間の時間があったので、俺は視聴者の期待に応え、サクラコさんにゲームに登場した感想を聞くことにした。

 

「ゲームのチュートリアル役を務めた感想……そうですね、私のようなただの一職員がそのような役に抜擢されて光栄です」

 

『天使か』『まあそうだよね』『よかった……チュートリアル役を嫌がるガイノイドはいなかったんだ……』『可愛いなぁ。ヨコハマは可愛いに溢れている』『これが惑星テラだ!』

 

 そうやって時間を潰すこと数分。

 サクラコさんが、「お待たせしました。今担当の者がこちらに参ります」と言うと、局舎の奥から俺達に近づいてくる姿があった。

 それはなんと、行政区の制服を着たギガハマコちゃんだった。

 

「どうもー、ヨコハマ・アーコロジー観光大使のハマコちゃんです!」

 

 なるほど、ギガハマコちゃんとは別人か。確かに、手足のメカっぽい部分はなくなり、人間のような手足になっている。

 そんなハマコちゃんには、耳にアンテナがついている。ギガハマコちゃんと同じように、ガイノイドであるようだ。

 

「ギガサクラコさんみたいに、ギガハマコちゃんにもモデルがいたのか」

 

『ハマコちゃん可愛い!』『武装したギガハマコちゃんも可愛かったけど、制服姿もいいね!』『実在人物のゲーム化! そういうのもあるのか!』『このハマコちゃんは戦ったりしなさそう』

 

「はい、そうなんですよー。観光局でヨコハマ観光を盛り上げるのには、どうしたらいいかという話になって、ゲームを作ろうって企画が立ちまして。そこで、私を主人公にしたらどうだって局長が言いだしたんですよー」

 

「ギガハマコちゃんとはだいぶキャラクター性が違うね……」

 

「性格なんかは勇ましくなるようデザインしたらしいですよ。あのゲーム、なかなか上手くできていたと思います。でも、プレイしてくれる人がなかなかいなくて……。今日は配信ありがとうございました。私も見ていました!」

 

「おっ、見てくれてたのか。ありがとう」

 

「で、どうでしたか!? ゲームの感想は?」

 

 うーん、ここは素直に褒めるべきか否か。

 俺は少し悩んだ末に、正直に思ったことを話すことにした。

 

「このゲーム一人用だろう? 面白かったけど、団体で観光している人には向いていないんじゃないか」

 

「やだなー、今時、惑星テラへ団体旅行なんてする金満な集団なんてそうそういませんよ!」

 

「テラ出身の一級市民なら?」

 

「惑星テラの一級市民はだいたい研究職の方ですけど、集団行動向いていない人ばかりですよ。経営者の方もたまにはいらっしゃいますけどね!」

 

 そういうものなのか。

 

『俺も惑星テラ旅行したい』『リアルで旅行とかすごい』『近隣惑星行くだけでも一苦労』『引きこもりが性に合ってるわ』

 

 うーん、視聴者達は旅行したくてもできない感じかな。それなら、これからもリアルのテラを配信していかないとな! そう俺は使命感に燃えた。

 

「旅行で多いのが、夫婦旅行ですね。まあ、二人ならヨシムネさんがやっていたように、一人がプレイしてもう一人が横から見守る形でも問題なさそうですよ。交互にプレイするのもいいですね!」

 

「交互にプレイか。今回、俺一人で遊んでたけど、ヒスイさん、それでかまわなかった?」

 

「私達の配信は、ヨシムネ様がプレイする光景を配信するというコンセプトですので、あれでいいのですよ。私は助手です」

 

 なるほどね。

 それなら、これからも遠慮なく俺一人でいろいろプレイしていくことにしよう。

 

「それでー、クリアの記念として粗品を贈呈します! これ! 『ヨコハマ・サンポ』タペストリー!」

 

 そう言って、ハマコちゃんが携えていたバッグから何かを取り出して、こちらに差し出してくる。

 それは、ドット絵でギガハマコちゃんや登場ロボット達が描かれた、大きめのタペストリーだった。

 

「おおー、この絵柄はいいな! この時代にドット絵とかこだわりを感じる!」

 

「えへへー、頑張ってデザインしてもらいました! お二人でのプレイなので、二枚どうぞ!」

 

「ありがとう、部屋に飾らせてもらうよ」

 

「SCホーム用のデータも送りますね。ヒスイさん、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

『いいなー』『ドット絵!』『ドット絵はいい……趣がある』『MMO中に暇つぶしでやる安価なゲームはドット絵の物も多いな』

 

 ゲームの中にいるのに暇つぶしで別のゲームをやるとは、不思議な生態しているな、未来人……。

 

「今日は一日、ヨコハマ観光おつかれさまでした! それでは、私はこれで失礼しますね!」

 

 そう言って、ハマコちゃんは去っていった。

 楽しい子だったな。

 ともあれ、これでゲームは全て終わったと言える。ライブ配信も、もう終わり時だろう。

 

「じゃあ、そろそろ配信も終わろうか。みんな、長時間付き合ってくれてありがとう!」

 

「おつかれさまでした。次回以降の配信の予定は、別途SNSでお知らせいたします」

 

『おつかれー』『おつかれさま』『またよろしく!』『もうお別れかぁ』『今日はボリュームたっぷりで満足』

 

「意外とリアルの世界も悪くない。21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

「ミドリシリーズのヒスイでした」

 

 そこまで言って、ヒスイさんは今までカメラ役を務めてくれていたキューブくんを手元に引き寄せた。配信を切ったのだろう。

 

「ん、ヒスイさん今日もありがとう」

 

「いえいえ、これからも配信頑張っていきましょう」

 

 そうやって互いをいたわりながら、俺達は観光局を後にし、住居区へ向かうキャリアーに乗り込んだ。

 今日のライブ配信はトラブルもなく、大成功だったと言えるだろう。この調子で今後もやっていきたいものだ。

 さて、次回は何を配信しようか!

 



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20.初めてのお料理配信<1>

「お料理するよ!」

 

『いきなり始まった』『わこつ』『わこつでーす』『いつもの挨拶はー?』『エプロン姿可愛い』

 

 とある日の突発ライブ配信。俺は飛行ロボットのキューブくんにカメラを任せ、キッチンに立っていた。

 キッチンは今までほとんど足を踏み入れたことのない、ヒスイさんの聖域だ。だが、俺はこれからここでヒスイさんよりすごいことをする。そう、自動調理器を使わない手料理だ!

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。今回は、リアルの俺の部屋にあるキッチンからお届けしているぞ」

 

『ほーん、キッチン』『見えるのは自動調理器じゃないような……』『ゲームで見たことのある器具がちらほらと』『まさかマジで料理すんの』『マジか』

 

「今日はお料理するよ! 炊事は自分の仕事と譲らないヒスイさんとじっくり五時間話し合って、キッチンの利用権を得た俺! 料理をするとなれば、これは配信せざるを得ない! というわけで突発ライブ配信開始したぞ! たまにはゲーム以外の配信もいいよね」

 

『ヒスイさん……』『ヒスイさんプロ根性ありすぎ』『わこつ。告知ぎりぎりとか困る』『五時間とか吹くわ』『ところでヒスイさんは?』

 

 ヒスイさん、ヒスイさんなぁ。

 

「キューブくん、ヒスイさん映してあげて」

 

 カメラ役のロボット、キューブくんがその向きを180度変えた。

 

『ひっ!』『なにやってんですかヒスイさん』『入口から顔半分だけ覗くとかホラー』

 

「ホラーじゃないよ、由緒正しい古典野球アニメの姉スタイルだよ」

 

 俺はヒスイさんの名誉のために、そう擁護しておいた。

 

『なにそれ』『どのアニメだ』『その時代はゲームでさえ怪しいのに、アニメとか誰も知るわけない』『姉なのか』

 

 まあ、昭和ネタが伝わるはずがなかった。

 それで、ヒスイさんの事情はというと。

 

「料理をするのは危ないって、ヒスイさんに散々言われたんだ。それで、ただでさえ危ないのに、キッチンに二人もいたら事故が増えるってさ」

 

『なーる』『ヒスイさん優しい』『それで見守りガールなわけね』『料理って危ないの?』

 

「そういうわけで、今回は視聴者のみんなと一緒に会話しながらお料理するよ!」

 

『わあい!』『料理クランの俺に任せろー!』『料理って料理スキルなしでできるもんなの?』『そりゃあ……無理だろ』『生身でやるのは一種の芸術でしょう』『包丁とか使うんだろう。危ねえ』『見たところ、火を使うタイプのコンロだな』『危ねえ!』『ヨシちゃんここは危険だ! 逃げろ!』

 

「覚えれば危なくないんだけどなぁ。自動調理器ができる前は、人の手で毎日料理していたんじゃないか?」

 

『多分、家庭用ロボの仕事じゃね?』『メイドロボ!』『一家に一台炊事ロボットがいた時代があったらしい』『となると、人類が料理していたのはロボットが発明される以前の太古の昔……』

 

「21世紀は太古じゃねえからな!」

 

 そう突っ込みを入れて、俺は早速時間のかかる物から料理を始めることにした。

 

「最初に料理するのはこれ。お米!」

 

『なんぞこれ』『白いつぶつぶ』『穀物だな』『惑星テラの主にアフリカおよびアジア圏内で主食として食べられていた稲という穀物ですね。稲を収穫したものを米と言います。これは脱穀したうえで食べやすいよう精米という表面の皮を取り除く工程もなされています』『なに今の有能』『解説すげえ』『ヒスイさんいらず』『いや、このコメントよく見るとヒスイさんだわ』『なにやってんですかヒスイさん』

 

 ……コメントはスルーして、説明を続けよう。

 

「昔の日本人は、このお米を主食として食べる生き物だったんだ。今はどうなんだろうな。このお米を調理した物を『ご飯』という。食事って意味だな。まずは、米研ぎというものをしていくぞ」

 

『研ぎ』『研ぐのか』『刃物なの?』『お米研ぎとは、精米の際に米に付着したぬかという粉を落とす作業を言います。具体的には、米を水洗いします』『有能』『さすがヒスイさんです!』『さすヒス』『今日の視聴者コメントからはミドリの匂いがするなぁ』

 

 抽出コメント機能、総意を集める機能のはずなのに、なんでヒスイさんのコメントがピンポイントで抽出されているんだろうか。謎である。

 

「このお米をボウルに入れて、お水をいれまーす。そして、洗って洗って、水だけ捨てる! これを何度か繰り返すぞ」

 

 ボウルの中のお米を丁寧に研いでいく。

 人によってはザルにお米を入れて研ぐ人もいるようだが、21世紀に居た頃、俺はいつも面倒くさがって炊飯器の内釜で研いでいたので、今回はボウルを使った。

 

「で、研ぎ終わったお米は、水に浸してお米に吸水をさせる工程を入れるんだけど、今回は時間がないので吸水はなし!」

 

 料理番組みたいに、ここに吸水したお米が! とかやってもよかったんだが、それをやると研いだばかりのお米が余るので不採用だ。視聴者には、是非ともお米を研ぐところから見せたかったので、吸水済みのところからスタートもできなかったし。

 

「こちらに用意した土鍋という調理器具でお米を炊いていきまーす」

 

 ヒスイさんに頼んで急いで用意してもらった土鍋を両手で持ち、キューブくんのカメラに向けて掲げる。

 素焼きの鍋に、視聴者は驚きを隠せないようだ。まあ、鍋っていったら金属が普通だよな。そこの視聴者、『土器とかやっぱり太古の昔から来たんだ』とか言わない。

 

 土鍋にお米を入れ、水を入れる。フタをして、コンロの上に置いて……。

 

「スイッチオン」

 

 火が点いた。

 

『ひいっ』『うわ、マジで火だ』『リアルで火出すとか頭おかしい』『あぶあぶあぶあぶなあぶないですよ!』『ヒスイさん落ち着け』『すぐそばにいるんだからいつでも助けられるだろ』

 

 何やら背後からヒスイさんがうごめく物音が聞こえるが、気にしないでいこう。

 

「お米は、最初は弱火でこのまま火にかけていくぞ。お米炊きの(いにしえ)から伝わる心得、始めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いてもふた取るな。諸説あるが、ちょろちょろっていうのは弱火で沸騰させるまで火にかける。中ぱっぱは、強火で吹きこぼれるまで火にかける。ふた取るなっていうのは、蒸らしの作業だ」

 

『ほーん』『ヨシちゃんの赤ちゃん』『ヨシちゃん生身の肉体あるから細胞で子供作れるよね』『ヨシちゃんクローン』『生身のヨシちゃんはミドリシリーズじゃないおっさんだから……』『ならいらないな』

 

 こいつらひでえこと言いやがる。

 確かに、生前の俺は特に美形とかではない普通の三十代のおっさんだったが……。

 まあこのコメントもスルーだ。下手に触って火傷したくない。料理中だけに。

 

「今回その手順は無視して、我が家の土鍋ご飯流にやっていくぞ。まずは強火で沸騰するまで一気に火にかける」

 

 コンロの火力をいじり、強火にする。

 

「さて、並行して味噌汁も作っていこう。味噌汁とは、日本の伝統的なスープだな。お米とすごく合うぞ!」

 

 今度は金属の鍋を用意し、そこに水を入れる。そしてコンロの上に鍋を載せた。

 火をかけるのはちょっと待って、先に味噌汁の具を切ることにする。

 

「包丁使うよ!」

 

『うああああああ!』『きたああああ!』『刃物とかヨシちゃん正気か!』『痛覚設定下げておきますね……』『ヒスイさんグッジョブ』

 

「危なくないのに。今回は、豆腐とワカメのお味噌汁だ。豆腐は、大豆という豆を加工したもの。出来合いのものをヒスイさんに用意してもらった。これが豆腐」

 

 まな板の上に、豆腐を置く。そして、包丁を取り出し、賽の目に切っていく。

 

『あぶなあ!』『ひいい!』『メディーック! メディーック!』『あああああああああああああ』

 

「うるさいなあ! これくらい簡単だよ!」

 

 見事に賽の目切りになった豆腐が、まな板の上に載っていた。

 うむ、ちゃんとした包丁だな。頼もしいやつだ。

 というかこいつら大げさだな……俺のボディは最高品質のミドリシリーズだぞ。人類が刃物使ってるんじゃないんだ。うっかり滑っても、包丁で指とか絶対切れないと思うぞ。

 

「具はこれでOK。さて、味噌汁は味噌という調味料を溶いたスープだが、味噌による味付け以外にも出汁を取る。出汁は簡単に言うと、うま味による味付けだ。今回は、昆布と鰹節を使う。まず、水を入れた鍋に昆布を入れて、火にかける」

 

『昆布って初めて聞いた』『なんか黒い。炭みたい』『昆布は海藻、海に生える藻の一種で、熱いお湯に浸すとうま味成分であるグルタミン酸が溶け出し、料理に深い味わいをもたらします』『さすヒス』『藻ってあの藻かぁ……』『藻には見えない』

 

「食用の海藻は他にも先ほど言ったワカメとか、他にもヒジキとかノリとかあるから、気になった人は調べてみてくれ」

 

 そう言いながら火を眺めていると、土鍋が沸き出したのでコンロの火力を落として、そのまま沸騰した状態を保つ。

 そして、お味噌汁の鍋もしばらく待っていると気泡が少し出てきたので、火を止めて昆布を鍋の中から菜箸で取り出す。

 

「昆布を使った出汁の取り方のコツは、沸騰する直前で昆布を鍋から取り出すこと。理由は知らない」

 

『昆布を沸騰したお湯に浸けるとぬめり成分が溶け出してしまうため、風味が損なわれてしまうのだそうです』『もうヒスイさんが料理したら?』『それも見てみたいなぁ』

 

「次に、これ、鰹節を入れるよ。鰹節は、鰹という魚をカチカチになるまで干した物。これはそれをうすーく削った物だ」

 

『うわ、木くずじゃん』『確かに木工スキルで出る木くずだ』『実際、鰹節を薄く削るには、カンナという木工用の工具を用いるのだそうです』『料理クランに入ってるけど、これは見たことない』

 

 鰹節を鍋の中に入れ、再度コンロを点火。もう視聴者が点火程度で騒ぐことはなくなった。

 

「と、土鍋はそろそろ火を止めて蒸らしに入るぞ。味噌汁の方は沸騰したら火を弱めて……」

 

『忙しいな』『やっぱりヒスイさんの助け必要じゃない?』『今は成功を信じて耐えるのみです』『ヒスイさん……』

 

「鰹節からはアクという、なんというか、余分な成分が浮き出てくるので、お玉ですくっていく」

 

『これはよくやるな』『本格的な料理スキルあるゲームで見る』『はー、料理スキルとか触ったことないわ』『ヨシちゃんはスキルなしでやってるんだよな』『酔狂すぎる』

 

「酔狂じゃなくて趣味だよ。はい、これで出汁を取り終わったので、火を止めて鰹節を取り除くぞ。この茶こしっていう器具を通して、ボウルに出し汁を注ぎまーす」

 

 茶こしをフィルターとして、鍋からボウルに昆布と鰹節の風味が染み出た汁をそそいでいく。

 うん、いい色が出たな。薄い茶色をしたお出汁のできあがりだ。

 

 鰹節のカスが残った鍋を水でさっと洗い、ボウルから鍋にお出汁を戻す。

 そしてまた鍋を火にかけたところで……。

 

「次に用意するのが、ぱっぱぱー! 乾燥ワカメ! これ、よーく見てろよ。たったこれだけを鍋に入れると……」

 

『!?』『増殖した!』『乾燥していたのが一瞬で元に戻ったのか』『面白いな、これ!』

 

「そう、料理は面白いんだよ。本格派の料理スキルをゲームで使っている人は解るだろう?」

 

 そして沸騰したところで火を止め、赤味噌を用意。お玉に赤味噌を目分量取り、お玉を鍋につっこんで菜箸で溶いていく。

 

「ちょっと味見を……」

 

 小皿を用意し、お玉で小皿に汁を注ぎ、それを口にする。

 

「うん、いいんじゃないかな」

 

『どんな味かなー』『めっちゃ茶色い』『泥水みたい』『味噌ってコロニーでも手に入るかな』『自動調理器も材料なかったら作ってくれないからな』『味噌ラーメンなら食べたことあります』

 

「味噌ラーメンとは味、全然違うかなぁ。さて、さっき切った豆腐を入れて、完成っと」

 

 久しぶりの料理にしては、上手くできた方ではないだろうか。

 自動調理器に任せた方が味は上なのだろうけどな。まあ、趣味というのは、プロに任せた方がいいものを自分でやって楽しむところに意味があるものでもあるのだ。

 

「これで、蒸らし中のご飯と味噌汁が用意できた。でも、足りないよな。足りない。そう、おかずが足りない! というわけでー!」

 

 俺は、また別に用意していた食材を容器ごと、勢いよくまな板の上に置いた。

 それは、予めヨーグルトに二時間浸けておいた鶏胸肉だ。これは培養品や合成品ではない、オーガニックの養鶏肉だ。揚げ物を入れるのに使う四角いキッチンバットの上に二つ、ヨーグルトと一緒に載っている。

 

「今日は、俺の大好物、チキン南蛮作るよ!」

 

『なにそれ』『聞いたことない』『惑星テラのニホン国区特有の料理のようです』『チキンってことはその白いの鶏肉か』『ナンバンってなに』

 

「しかも今回は、特別にあの20世紀の伝説の料理漫画に出てきた、荒岩流チキン南蛮だぞ! アーカイブで発見して思わず読みふけってしまったぞ!」

 

『なんだよ荒岩流って』『伝説って、その時代のニホン国区は漫画多すぎていったいどれだか』『アニメの次は漫画かよ』『チキン南蛮で検索した。美味そう』

 

「うまいゾ!」

 

 チキン南蛮は美味いのだ。

 俺はその味を想像して、今からよだれが止まらないのであった。

 ……反射でよだれも出せるとか、未来のアンドロイドはすごいなぁ。

 



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21.初めてのお料理配信<2>

 キッチンバットに入った二つの鶏肉を前に、俺は視聴者達と軽く雑談する。

 

「好物とは言っても自分で作ったことないんだよな。だから、ちゃんと完成するかは不明だ。主任を信じろ!」

 

『だから誰だよ』『20世紀ネタは通じませんよ、ご先祖様』『検索した。こんな漫画あるんだというか巻数多い!』『俺はヨシちゃんを信じるよ』

 

「俺がタイムスリップした時点では完結していなかった漫画が、アーカイブでは完結状態で全巻揃っているのはありがたいわぁ。思わず時間加速機能使って読みふけっちゃうよ」

 

『何それうらやましい』『漫画読むとか、気の長い趣味持ってるなぁ』『週刊掲載漫画楽しいよ』『『Stella』の公式1ページ漫画好き』

 

 この時代でも、漫画文化は失われていないようだ。古典文学扱いの漫画とかもあるので、少し高尚な趣味になっているかもしれないが。

 さて、料理を再開しよう。

 

「このバットに入っているのは、ヨーグルトに浸けて二時間経った鶏胸肉だ。鶏皮は剥がしてある。このバットに、醤油を少々混ぜ……醤油っていうのは味噌の親戚で、大豆と塩から作る液体調味料だな。しょっぱいぞ」

 

 素手でヨーグルトと醤油と鶏肉を混ぜていく。

 

「ほどよく混ざったら、十分ほど置く。その間に、タルタルソースを作っていくぞ。まずは、ゆで卵から」

 

 手を洗い、鍋に水を入れ、卵を四つ入れ火にかける。

 

「ゆで卵はみじん切りにするので、黄身が真ん中にくるよう転がしたりする必要はない。だから、基本放置して作るぞ。さて、ゆで卵ができる間に、包丁のお時間だ」

 

『うっわ、また包丁か』『怪我しない?』『ゲームの中の刃物は見慣れているのにな』『ゲームの中は痛覚ないからなぁ』『サイボーグにすればリアルでも痛覚軽減できるよ?』

 

「大丈夫大丈夫。用意するのは、ピクルス……野菜の酢漬けと、タマネギ二玉だ。タマネギは皮を剥いて、半分に切って……後はみじん切りだ!」

 

 勢いよく包丁を動かし、宣言通りタマネギをみじん切りにしていく。

 うーん、タマネギなのに目が痛くならないぞ。さすがガイノイドボディ。

 

『あぶねえ!』『これはあかんでしょ』『料理スキルなしでみじん切りかぁ。練習すれば俺にもできるかな』『ヒスイさん止めなくていいの?』『あああああああああああああ』『駄目だこりゃ』

 

「危なくないよ! そもそもみんな、俺がガイノイドだってこと忘れてるだろ! ミドリシリーズだぞ! 指に包丁当たったところでびくともせんわ!」

 

『あっ』『あっ』『言われてみれば』『忘れてた』『……そう言えばそうでしたね』『包丁どころかコンロで全身火あぶりになってもダメージなさそう』

 

 そんなコメントを尻目に、タマネギのみじん切りを終える。

 すると。

 

「ヨシムネ様」

 

 背後から、かかる声が。

 

「お手伝いいたします」

 

「ああ、助かるよ。手を洗ったら手伝って。みじん切りにしたタマネギをザルに入れて、水にさらしてからしぼっておいて」

 

「かしこまりました」

 

『ヒスイさん参戦!』『お前を待っていたんだよ!』『姉妹で仲良くお料理。これを見たかった』『ヒスイさんがんばれー』

 

 キッチンは広いので、二人で動くスペースは十分にある。

 俺はタマネギをヒスイさんに任せ、ピクルスを取り出した。事前に自動調理器を使って漬けておいた物だ。

 

「このピクルスもみじん切りにする」

 

「ここは私が」

 

「ヒスイさんやる? じゃあ任せるよ」

 

 ヒスイさんにまな板の前をゆずり、俺はゆで卵を確認する。ぐらぐらと鍋が沸いている。

 火を弱めて、固ゆでになるまでこのまま放置だ。

 

 横では、ヒスイさんが見事なみじん切りを見せていた。俺よりはるかに手際がいい。

 

『すげえ』『うーん、この安心感よ』『本当に料理スキル使ってないんだよね?』『人型ロボット用の料理プログラムなら使ってるんじゃね?』『そこがアンドロイドの強みだしな』

 

 視聴者のみんなも、騒ぐことなく見守っているようだ。

 ちなみにここはリアルだから、ゲーム的な料理スキルなんて物は存在しないぞ! リアルとゲームを混同しないように!

 

「終わりました」

 

「ん。ゆで卵はまだできあがりまで少しかかるから、鶏肉に塩胡椒をかけよう。まずはバットから鶏肉を取り出し、ヨーグルトをよく切って、まな板の上に。塩胡椒を振って、下味は全部完了だ」

 

『ヨーグルト味の肉かぁ。どんな味なんだろう』『ゲーム内で隠し味によく使っているけど、美味いよ』『自動調理器で試せるかな……後で調理器に聞いてみよう』

 

「ちなみに、鶏肉も卵も培養じゃないオーガニックなものだ。とは言っても、鶏は品種改良が進みまくって、育つのめっちゃ早いみたいだから、そこまでお高くはないよ」

 

「二級市民の方でも、定期的に口にできる価格でしょうね」

 

『知らんかった』『正直培養鶏肉との味の違いが判らん』『オーガニック食品は雰囲気を楽しむ物だから』『成分は変わらないですし』『培養鶏肉好き』

 

 養鶏業者が品種改良を頑張っているのと同じように、培養肉業者も頑張っているってことだな。

 食文化が豊かなことはいいことだ。ディストピア系SFとかは、食事が酷い描写多いみたいだし。

 

 と、ここで蒸らしていた土鍋ご飯をしゃもじでかき混ぜておく。忘れるところだった。ヒスイさんのヘルプが入っていなかったら危なかった。

 

「ご飯はこれでOK。そしてゆで卵が茹で上がったので、殻を剥いていくよ。冷水に晒して、水の中で剥こう」

 

「私におまかせください」

 

「じゃあ、二人で二つずつやろうか」

 

『俺、料理スキルなしでゆで卵の殻剥けるぜ』『えっ、お前すごくね?』『なんでわざわざそんな技術を身につけたのか』『使い道のない技だな』『いいだろ、楽しいんだし!』

 

「そう、料理は楽しいぞ。お、ヒスイさん綺麗に剥くなぁ。俺はちょっとだけ欠けちゃったよ」

 

 つるんとした殻剥きゆで卵が四個完成である。

 これもまたみじん切りにして……。

 

『指切っても大丈夫と理解すると、今度は失敗シーンも見てみたい』『お前……』『ヨシちゃんはドジっ子属性ないからな』『ヨシちゃんの無事を見守り続ける』

 

 失敗は、この後の揚げ作業で起こるかもな……。揚げ物とか慣れていないし。

 実家では揚げ物はいつも母ちゃんの担当だった。

 

「さて、材料は切り終えたので、いよいよタルタルソースを作るぞ。ゲーム的に言うと調合!」

 

『薬草採取の依頼あります?』『俺の調合スキルが火を吹くぜ!』『うちのMMO、薬草は農家が畑で育ててるんだよな』『ロマンないなそれ』

 

「ボウルにマヨネーズを入れて、そこに刻んだタマネギ、ピクルス、ゆで卵、そしてワインビネガー。塩胡椒もかけて、混ぜ混ぜ」

 

『こりゃ調合スキルいらんわ』『俺でもできる』『自慢にならんわ、こんなの』

 

 まあ、混ぜるだけだからね?

 

「はい、タルタルソースの完成!」

 

 カメラ役のキューブくんに見せつけるように、タルタルソースの入ったボウルを掲げてみせた。

 そして、ボウルをキッチンの隅によせ、まな板の上を開ける。そこに、新たに四角いキッチンバットを一つ用意した。

 

「次は揚げ物。まずは衣をつけるよ。本来揚げ物は具材に粉をつけるために卵液に浸すんだけど、今回はヨーグルトが肉にくっついているから卵液はなしだ」

 

『残念、卵割り見たかった』『俺、卵割りも料理スキルなしでできるぜ』『もうお前、リアルで料理覚えたら?』『リアルでの趣味持つって、ちょっとだけ憧れるわ』『リアルの怪我は痛いだろうけど、どうせすぐに治るし挑戦はありだな』

 

 おお! 俺の配信を見て、それに影響されて何かを始めるのは、配信者冥利に尽きるね。

 

「ヒスイさん、粉をバットに用意して」

 

「お任せください」

 

 ヒスイさんが、キッチンバットに上新粉(米粉の一種だ)と片栗粉を入れて、混ぜていく。

 

「荒岩流チキン南蛮だと、衣に使う粉は上新粉3:片栗粉1の割合だ。よし、用意できたな。後は、鶏肉に粉をまぶす」

 

 これで用意は完了だ。次は、いよいよ揚げに入る。

 鉄鍋に油を満たし、火にかける。鍋には温度計も設置済みだ。目で見ただけで温度が解るほど、揚げ物マイスターじゃないからな。

 

「油の温度は、160度から165度の間らしい。じっくり揚げると書いてあるから、十分弱くらい揚げればいいかな」

 

『ドキドキ』『揚げ物は料理スキルも高レベル要求すること多いよね』『160度って、生身だと大火傷だな』『でもミドリシリーズなら?』『安心安全!』

 

 では、一つ目の鶏肉を投入っと。

 

「おお、油がどんどん跳ねよる……。でも、熱くないな」

 

「ああ、先ほど痛覚設定をカットしたままでしたね」

 

「なるほど。じゃあそのままでよろしく」

 

 油の温度が戻ってきたので、二個目の鶏肉も投入。

 そして、160度を維持し揚げていく。

 

「綺麗に揚げるコツは、頻繁にひっくり返さないことだそうです」

 

「なるほど。俺の助手さんの助言はいつも適切で助かるわぁ。と、ヒスイさん、新しいキッチンバット用意して。網付いた奴ね」

 

「はい」

 

 鉄鍋の横に、いつでも鶏肉を取り出せるようキッチンバットが用意された。

 そして待つことしばし。衣が固まってきたので、鶏肉を裏返し、さらに揚げる。やがて、投入から十分が経った。

 

「はい、完了。鍋から取り出して、しっかり油を切って、うん、上出来じゃないかな?」

 

『さすヨシ』『よく頑張った』『いつ油が発火するかと気が気じゃなかったよ』『私は信じていました』

 

「うん、ありがとう。一般的なチキン南蛮はここで揚げた鶏肉を甘酢に絡ませるんだけど、荒岩流は絡ませないっぽいね。さて、これを包丁で切り分けて……」

 

 その間に、ヒスイさんが皿を用意してくれる。揚げた鶏肉二つを切り分け、二つの皿にそれぞれ盛り付ける。

 そこに先ほどのタルタルソースをたっぷりとかけると……。

 

「できた! チキン南蛮!」

 

『おおー』『美味そう』『食いてえ』『後で料理クランに頼んでくるわ』『自動調理器、レシピ対応してるかなぁ』

 

「付け合わせとして野菜が欲しいので、ヒスイさんちょっとキャベツの千切り作ってくれる?」

 

「お任せください」

 

 ヒスイさんはそう言うと、用意していたキャベツを瞬く間に千切りにしてしまった。

 

『!?』『なにこれ』『速い』『神業すぎる……』『今日一番の手際だわ』『さすがヒスイさんです!』

 

 ヒスイさんの人気に嫉妬しつつ、チキン南蛮の皿にキャベツの千切りを載せていく。

 

「キャベツの千切りには、自動調理器に作らせたドレッシングをかけるよ。はい、これで全部完了。後は少し冷めちゃったお味噌汁を少し温め直して……」

 

 温め直したお味噌汁をお椀に注ぎ、土鍋からもしゃもじで茶碗にご飯をすくう。

 よし。

 

「完成ー! 今日のお昼ご飯、チキン南蛮の完成だ!」

 

『よくやった』『感動した』『人類はやればできるんやなって』『二人はガイノイドですけどね』『リアルで見てたから、めっちゃ腹減った』

 

 ヒスイさんがお盆を二つ用意してくれたので、それぞれ一つずつお盆を持って、上に料理を載せる。そして、居間まで二人並んで移動した。

 食卓に料理を並べ、箸を用意して食事の準備は万端だ。

 

「では、いただきます!」

 

「いただきます」

 

 いきなりチキン南蛮をぱくり。うーん、これは……。

 

「ジューシィ。美味いわぁ」

 

「はい、ちゃんとできましたね」

 

「この白米が欲しくなる味……チキン南蛮はやっぱりご飯と一緒じゃなくちゃな!」

 

 俺は、茶碗を手に取ると、ご飯を口に掻き込んだ。

 そして茶碗を手に持ったまま、チキン南蛮を食べる。さらにご飯を食べる。

 おっと、お味噌汁もあるんだった。茶碗を置くと、お椀に入ったお味噌汁をすする。豆腐とワカメも箸で掴み、口へと入れる。

 うーん、日本人でよかったって感じだ。

 

『無言実況』『表情からして美味いんやなって』『人が美味しそうに飯食べている姿って面白いな』『まあ食いながら話されるよりはいいか』

 

 あ、実況してなかったな。でも、グルメリポーターみたいなことは俺には無理だし。

 食いながら喋るのも行儀が悪いし、このままで行こう。

 

『味気になるなぁ』『味覚配信してほしかった』『ヨシちゃんと味を共有したい……』『せめて匂いだけでも』

 

「あ、そういうことできるんだ」

 

「できますが、今回は突発的な配信だったため、配信サービス側に申請をしていません」

 

「そうなのか。まあ、味と匂いは次回以降をお楽しみってことで」

 

 そして十数分後、俺とヒスイさんは見事に料理を完食した。

 

「美味しかった。久しぶりの大好物に、俺、大満足」

 

「言ってくだされば、作りましたのに……」

 

「でも、自動調理器でだろ? こうやって二人で料理できたから過程も楽しめて、より楽しく食べられたんだよ」

 

「そうですね。前半も手伝えばよかったです」

 

「キッチン広いんだから、事故なんて起きないさ」

 

『うちの自動調理器、チキン南蛮対応だった!』『マジで』『羨ましい』『早速食ってるけど、かなり美味いわ』

 

「だろー、チキン南蛮は美味いんだ」

 

 視聴者の反応に、俺は思わずにっこり。チキン南蛮愛好者増えろ!

 

『こっちは料理クランに依頼出した』『私も料理スキルで作ってみるよ』『ゆで卵ならリアルでも作れるかなぁ』

 

 うんうん、配信をきっかけにして、何かに興味を持ってくれて嬉しいよ。

 ただ、リアルでの料理は完全に趣味の世界だから、自動調理器で作った飯の方が美味いだろうけどな!

 

「さて、今日の配信はこれで終わりかな。後は片付けがあるけど、食器洗い機に全部放り込んで調理器具をしまうだけだから、絵面も地味だし」

 

「私に全てお任せください」

 

「こりゃ、またしばらくはキッチン出入り禁止かな……?」

 

 俺がそう言うと、笑いの視聴者コメントが読み上げられる。

 ここで終わるのは名残惜しいが、今日はもうお別れだ。

 

「では、ゲームもしない突発配信にみんな付き合ってくれてありがとう。21世紀おじさん少女のヨシムネでしたー」

 

「料理プログラムも完璧な、ミドリシリーズのヒスイでした」

 

 ごちそうさまでした!

 



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22.絶景を求めて

 その日の俺は、癒しを求めて一人で『sheep and sleep』をプレイしていた。

 というのも、先日まで、改めて高度有機AIサーバなるものに接続した『St-Knight』の難易度ナイトメアをプレイしていたからだ。

 

 通常の難易度ナイトメアとは比べものにならない難しさに、俺は打ちのめされた。高度有機AIというものは、人間の脳を模した仕組みの人工知能だ。有機の単語の通り、インストール先のマシンの材料に有機物を必要としている、らしい。

 人間の脳を模している。つまり、戦いの上での読み合いやフェイントなども、人間くさい複雑な物となっている。

 それの最高難易度だ。つまり、人間の熟練者と同じ強さを持つということ。ゲーム歴の短い俺では太刀打ちができるはずがなかった。

 

 こればかりは、今の俺ではゲームクリアが不可能だ。

 ヒスイさんもクリアまで頑張れとは言い出さなかった。なにせ、高度有機AIサーバに接続した状態では、ゲームの時間加速の倍率をさほど上げられないからな。

 どれだけ練習にリアルの時間を費やさなければならないか、分かったものではない。その間、動画配信が遅れるのだ。ただひたすら同じゲームの練習のみを続ける動画を何ヶ月も投稿し続けるとか、確実に視聴者離れを引き起こすだろうし。

 

 そんなわけで、見事に地に塗れた俺は心の安寧を得るため、牧歌的ゲームの世界でのんびりと過ごしているのだ。

 

「それにしても、この世界は広大だなー」

 

 撮影をしているわけでもないのに、独り言が漏れてしまう。

 長いこと撮影を続けた影響で独り言はもう癖になってしまったのだが、配信を続けるならこの癖は悪いことではないので、直していない。考えなしに言葉を口にして、失言する可能性は否めないのだが……。

 

 まあ、それよりもこのゲームである。

 よりよい眠りを追求するというコンセプトで、様々なロケーションが用意されている。屋内だけでなく屋外も名所がいくつも用意されていて、行きたい場所を曖昧に指定するだけで、それらしいスポットにファストトラベル(瞬間移動)することができる。

 

 しかも、どの場所も地続きで繋がっており、ファストトラベルを用いなくても自分の足でいろんな場所へ訪れることができたりするのだ。

 まあ、世界を巡るのに自分の足で歩いていくのは時間がかかるから、羊や馬に騎乗するのが俺とヒスイさんのプレイスタイルだったりする。

 現実では馬になど乗ったことないが、そこらへんはゲームである。しっかりシステムアシストが補助をしてくれた。

 

 そして今、俺は夕暮れの海岸線で一人体育座りをして、日の入りをじっと眺めていた。このゲームは時間帯も自由に決められるのだ。

 

「はー、絶景だな」

 

 こんな作り込みをするゲームメーカーは、他にどんなゲームを作っていたりするのだろうか。

 気になった俺は、その場でウィンドウを開いて、検索をする。むむ、いろいろ作っているな。むむむ!

 

「代表作は『Stella』……」

 

 ライブ配信中のコメントで、視聴者がプレイしているゲームとしてしばしば耳にする奴だ。

 あの『St-Knight』のチャンプもプレイしているという、数年前にリリースされたばかりのMMORPGである。

 

「このメーカーのゲームというなら、『Stella』でも絶景を拝めることができるかな?」

 

 俺は、そんな期待を胸に抱いた。

 いいな。次の配信はMMORPGだ。コンテンツも豊富で、いろいろな動画を撮れるかもしれない。

 観光名所巡りをしてもいいし、視聴者のプレイヤーと交流をしてもいい。

 MMORPGは、本格的にプレイをするとなると膨大な時間が必要となるジャンルだが、観光客気分でやるなら、そう時間も取られないだろう。まあ、時間で蓄積する強さが足りていないと行けない場所もたくさんあるだろうが……。

 

「そうだな、前に考えていた通り、観光客プレイでいくか」

 

 そう心に決めた俺は、早速ヒスイさんに相談しようと、『sheep and sleep』を終了するのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「『Stella』ですか。評判も非常によく人気も高いですし、いい選択ではないでしょうか。やりましょう」

 

『Stella』をプレイすることを相談したヒスイさんは、そう快諾してくれた。

 

「配信方式は、撮影した動画の投稿のみでいきますか? それともライブ配信で?」

 

 ヒスイさんの問いに、俺はしばし考え、そして答えた。

 

「とりあえず一回目は、キャラメイクの光景とかを視聴者と一緒に眺めたいから、ライブ配信で」

 

「了解しました。告知しておきますね」

 

「よろしく」

 

 そう決まったので、俺は『Stella』についていろいろ調べることにした。

 初見プレイでいくつもりだが、観光すべき場所の選定とゲームシステムの把握はしておかないと、ぐだぐだになってしまう。ライブ配信だし、編集で誤魔化すこともできない。

 

 ヒスイさんも事前調査くらい完璧にしてくれるだろうが、俺も把握しておかないとな。

 

 ふむふむ。本格的な戦闘システムと生産システムが実装された、多次元時空ファンタジーとな。

 プレイヤーは多次元の『星』を渡る能力を持った渡り人と呼ばれる存在で、舞台となる『星』ごとに世界観が異なっているらしい。

 中世風の魔法世界。高度文明を築くSF世界。人のいない大自然。水に満たされた星。それらをプレイヤーは自由に巡っていく。

 うん、いいね。観光しがいがありそうだ。

 

 そして、登場する文明人には、高度有機AIサーバに接続されたNPC(ノンプレイヤーキャラクター)が使われているとある。

 NPCとは、ゲーム側が動かすキャラクターのことを指す。人間のプレイヤーが操作するキャラクターは、PC(プレイヤーキャラクター)と言う。

 ふーむ、しかし、高度有機AIサーバか。

 

「ヒスイさん。いまさらなことを聞くけど、高度有機AIサーバってなんなの? サーバに無数の高度有機AIがインストールされているのかな。でも、高度有機AIって人権があるんだよな。サーバにそんなぎゅうぎゅう詰めに押し込めて、働かせていていいの?」

 

 そんな今更な疑問を俺はヒスイさんにぶつけた。

 それに対し、ヒスイさんは嫌な顔一つせずに即座に答えてくれる。

 

「高度有機AIサーバは、高度有機AIが一人インストールされた大容量サーバですね」

 

「一人だけなんだ。それで無数のNPCを担当できるの? 一人だけだと、みんな似通った性格のNPCになりそうだけど」

 

「そこで取られているのが、多重人格方式というものです」

 

 多重人格方式……すごい言葉が飛び出してきたぞ。

 

「現代のMMORPGの中には、本格派の世界観を表現するために、NPCが死亡すると二度とリポップしないという仕様の物があります。ですが、高度有機AIには人権があるため、もしそれぞれのNPCに一人ずつのAIを分け与えたとして、そのNPCが不要になったのでAIを消去する、というわけにはいきません」

 

「そうだな。それに、新しいNPCが増えるたびに新しいAIを誕生させていたんじゃあ、世の中はAIであふれてしまいそうだ」

 

 役目を終えたAIを新たなNPCに使い回すこともできるだろうが。だが、その方式は取られていないと。

 

「高度有機AI一人を動かすのにも、それなりにコンピュータの処理能力が求められます。無数にAIを増やしてしまっては、サーバの増設が追いつきません」

 

 この時代のサーバマシンのマシンスペックとかは俺には解らないが、どうやら今の時代でも限界は存在するらしい。

 

「そこで採用されているのが、多重人格方式の高度有機AIサーバです。高度有機AIサーバへの接続を採用しているゲームは、接続先のサーバ担当をしているAIがたった一人で全てのNPCを担当しています。AIは自分の中に複数の人格を作り、その人格をNPC一人ひとりに割り当てます」

 

 多重人格か。単語から想像するに、それぞれ性格が違うんだろうな。それで、多様なNPCにも対応できると。

 

「そして、それぞれのNPCの担当人格を主人格の監視下で運用しています。NPCが今後一切不要になれば、その担当人格を消すだけで済みます。人格を消しても、人権を持つAIの主人格に影響は何もありません。まあ、AIが気に入った人格を保存しておいて、他のNPCに使い回すなどといったこともしているようですが」

 

「なるほどなー」

 

 一サーバに一人だけAIがインストールされており、無数の人格を作りだして、それを各ゲームに割り当てていると。

 

「高度有機AIには人権があるっていうけど、ゲーム用の担当人格の方には人権は発生するのかな? 話を聞くに気軽に消しているみたいだけど」

 

「人格に人権はありません。ゲームの仕様上、NPCを攻撃したり殺害する必要が出る場合がありますから、人権があったら問題となりますからね。ですが人格の大元は高度有機AIのため、攻撃するにしろ殺害するにしろ、ある程度人間扱いすることを求める風潮はありますね。ゲームの方針によりますので、利用規約で対応方針を縛ったりもするようです」

 

「へー」

 

「ちなみにサーバにインストールされているAIには人権があるため、現実世界でボディを遠隔操作して過ごしているそうですよ」

 

「肉体が滅んだ後にソウルサーバに押し込められている二級市民より、扱い良いな!」

 

「AIは働いていますから。人類ではないので三級市民扱いですけれど」

 

 しかし、殺害してもリポップしないNPCか。

 元いた時代のMMOのNPCといえば、殺したら数分でリポップするのがお約束だったが。

 

「NPCが死亡してリポップしないゲームがあるなら、悪乗りして全NPCを殺害しようとする人達が発生しそうだね」

 

 21世紀にあった匿名掲示板や匿名画像掲示板の中には、そういう類の悪乗りをする住民もいたと思う。

 

「利用規約の穴を突く悪質なプレイヤーというのは、いつでも発生しますからね。ですから、セーフティエリアを設けて、町中ではNPCを攻撃できないようにして、イベント時のみセーフティエリアを解除する等工夫を凝らすようです」

 

「モンスターに町が襲撃されるとかだね。そのときは、NPCを狩ろうとするプレイヤーとそれを防ごうとするプレイヤーで争いになるわけだ。でも、PKが実装されていないゲームだと……」

 

 俺がプレイしようとしている『Stella』は、PK(プレイヤーキル)のシステム、すなわちプレイヤーが他のプレイヤーを殺害できる機能が実装されていない。

 そのようなゲームでNPC殺しが発生した場合は、どう防ぐというのか。

 

「そういう場合は、プレイヤーがNPCを攻撃できない仕様にして、モンスターのみ攻撃を通るようにするのではないでしょうか」

 

「そうだね。NPCにMPKを仕掛けるなら、防ぎたいプレイヤーがモンスターを倒せばいいだけか」

 

 MPKとは、モンスターを誘導してPCを殺害しようとする行為だ。

 ここでは、PCではなくNPCをモンスターで殺害しようとするという意味で使っている。

 

「『Stella』のプレイヤーは、その辺どうなのかな。悪人プレイヤーや悪質プレイヤーは多いのかどうか。配信をするなら、妨害も考えられるからね」

 

「割と牧歌的なプレイヤーが多いようですね。PK制度もなく、悪人ロールプレイに走れるような所属先も少ないようです。NPCは死亡しても一定時間で復活します」

 

 悪人ごっこか。21世紀にいた頃は、海外製のオープンワールドRPGで、暗殺者プレイをしたり盗賊プレイをやったりしたものだが。

 ただ、ゲームの中で人生を送ろうとするプレイヤー達が在住している以上、悪人ロールプレイはその人達の妨げになってしまうだろう。平和な人生を送るなら、周囲に犯罪者はいないに越したことはない。

 というわけでPKはない。じゃあ、他のPvP要素はどうかというと。

 

「ふーん、PvPは両者合意での決闘システムがあるのか。チャンプがいる以上、PvPが盛んな場所があるんだろうけど」

 

「闘技場で強者を決め、強者が支配者層になる『星』があるようですね」

 

「うわー、王様とかになってるチャンプの姿が想像できる」

 

 そういうわけで、ゲーム内容の確認が済み、ヒスイさんにライブ配信の日時を告知してもらった。

 それから数時間後、なんとヒスイさんのSNSアカウントに、チャンプからの連絡があったらしい。

 

「『このゲームに来るなら、案内しますよ。キャラクター名はクルマムではなくクルマエビです』だそうです」

 

「クルマエビって、チャンプ、もしかして日本人なのか」

 

「さあ。そのあたりのプロフィールは公表していないようですね。日本人と推測できる記述はありますが。で、どうしますか?」

 

「初回配信は視聴者の人と同行するつもりはないから、今回は断っておいて。そのうち闘技場を案内してもらうかもしれませんっていうのも添えて」

 

「了解しました」

 

 そういうわけで、準備は整った。

 MMOをするのは久しぶりだが、はまりすぎないよう注意しないとな。

 なにせ、時間加速のできないゲームだ。配信が二の次になっては、今までに積み重ねてきた物が台無しになってしまう。

 そこで、俺は『Stella』にはまらないための策を講じることにした。

 

「縛りプレイをしよう。かたつむり観光客だ」

 

 さあ、新しいゲームを始めよう。

 



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23.Stella(MMORPG)<1>

 今日の配信は、前口上を述べるために、リアル側から始めることにした。

 ライブ配信だが今回はSCホームに人を集めないため、そのあたりの融通は利くのだ。

 場所は、部屋のガーデニングの前だ。

 

 さあ、ライブ配信開始だ。俺は、宙に浮かぶカメラ担当のキューブくんに向けて。軽く手を振った。

 

「どうもー。人の金で焼肉食べたい、21世紀おじさん少女のヨシムネだよー」

 

「猫型ペットロボットの購入を検討中、助手のヒスイです」

 

『わこつ』『わこつでーす』『お前の顔が見たかったんだよぉ!』『ちょうど成分が不足していたところだ』

 

 俺達の挨拶に合わせて、抽出コメントが読み上げられる。今日もみんな元気だ。

 

「ガーデニングあるから、猫飼うのはちょっと迷うよね。プランター倒しそう」

 

「そのあたりは本物の猫ではなくあくまでロボットですから、被害から守りたい物を設定できます」

 

「被害自体は起こすんだ」

 

「だって、猫ですから」

 

 まあ、飼うなら本物の猫じゃなくて、ペットロボットだな。ペットロスでヒスイさんが悲しむ姿とか見たくないし。

 そうして、会話を終えた俺達は、カメラにガーデニングの様子を映させた。

 

「野菜はだいぶ茎が伸びてきたよ。宇宙植物は……いつもわさわさ動いているな」

 

 ホヌンとペペリンドの生育は、ヒスイさんの適切なお世話の甲斐あって順調だ。

 宇宙植物は……、本当になんなんだろうな。文明を作るほどの知能はないというが……。

 

『惑星ヘルバのマンドレイクだな』『マンドレイクって……』『そう名付けられたってだけで、テラの伝承とは関係ないよ』『ヨシちゃんマンドレイクに名前つけた?』

 

「名前? ペットとかじゃないし、つけてないぞ」

 

『つけよう』『動く生物だし、ペットみたいなもん』『真の仲間』『別に食べるわけじゃないですし』『寿命長いよそいつ』

 

「そっか。じゃあレイクで。元気に育てよー」

 

『即決』『適当すぎる……』『まあでも覚えやすいよね』

 

「では、今日のガーデニングコーナーはこれで終ー了ー!」

 

「SCホームへと向かいましょうか」

 

 ヒスイさんと一緒に、俺はソウルコネクトチェアの所へと向かい、一人で座る。

 ヒスイさんはいつもの通り、俺の横で立ったままだ。

 

 俺は目を閉じ、魂が機器に接続される感覚に身を委ねた。

 そして、目を開くと相変わらず真っ白なSCホームの空間が、目に飛び込んできた。まだ模様替え配信を行なっていないのだ。

 視聴者の姿はない。今回はアバターを招いての配信ではないためだ。

 

 そんな何もない空間に、ヒスイさんが物質化した『Stella』のアイコンを抱えながら登場した。

 ヒスイさんの姿を確認した俺は、視聴者に向けて言葉を発した。

 

「今回遊ぶゲームは『Stella』だ!」

 

『とうとうMMOが来たか』『ヨシちゃんと一緒にプレイできる!』『人生へようこそ』『最近のゲームやね』

 

 二級市民は大半の人が、MMOをプレイして日々を過ごしている。なので、こうしてゲーム名を言っただけで、彼らからはいいレスポンスが返ってくる。

 

「それじゃあ、ヒスイさん。ゲームを起動お願いね。このゲームを知らない人もいるだろうから、解説もお願い」

 

「かしこまりました」

 

 ヒスイさんがそう返事をすると、抱えていたアイコンを頭上に掲げた。

 すると、真っ白なSCホームから、ゲームのタイトル画面へと背景が切り替わる。

 

 小さな光が瞬く、青い空間。『Stella』のロゴが空中に表示され、おとなしめのタイトル曲が鳴り響いている。

 ゲームの起動を確認したヒスイさんは、概要を話し始める。

 

「『Stella』は『sheep and sleep』でおなじみのメーカーが、開発、運営しているMMORPGです」

 

『それがおなじみなのは、ここだけだよ!』『安眠動画とか新基軸すぎた』『また寝顔配信してね』『24時間耐久寝顔編集動画とか作られてたね』

 

 確かに、他に動画探したけど、少ししか見つからなかったなぁ、『sheep and sleep』。いいゲームなのだが。

 

「多次元時空ファンタジーを銘打っており、プレイヤーは複数存在する世界を自由に巡っていきます。各世界は『星』と呼ばれ、『星』ごとに地形、気候、そして住人の文化などが異なっています。プレイヤーは各々の気に入る『星』を見つけて定住する人が多いようですが、もちろん、複数の『星』を巡って冒険に生きるのもありですね」

 

『全部盛り』『欲張りさん向けMMO』『一つの星がそこそこでかい大作ゲームだよ』『期待の新作が期待通りだった』

 

 なるほど。大作ゲームと言うだけあって、視聴者にもプレイヤーは多いようだな。

 

「では、早速キャラクターメイクから始めていきましょう」

 

 ヒスイさんがゲームを操作し、タイトル画面を終了させる。そしてキャラメイクの画面に。背景は青い空間のままだが、眼下になにかの『星』であろう小さな大地が浮かんでいるのが見える。

 

『キャラクター名を入力してください』

 

 システム音声にそう告げられ、入力ウィンドウが目の前に表示された。

 俺は、そこにヨシムネと日本語で入力。すると、発音も求められたので、「ヨシムネ」と発声する。

 

『キャラクター名が決定しました。性別を選んでください』

 

「ふむ。キャラクター名の重複とかは大丈夫なのかな」

 

「現代のMMOは21世紀のゲーム人口と比べてプレイヤー数が膨大なので、キャラクター名での個人識別は行なわれていません。運営側は市民IDとゲーム固有のキャラクター番号で、キャラクター個人を識別していますね」

 

「なるほどなー。と、性別選択か。性別は残念ながら女。次はアバターの外見設定。アバターは現実準拠でっと」

 

 リアルと同じ姿にするアバター作成も、もう慣れたものだ。スポンサーの意向なので、これからもこのスタイルを続けることになる。

 ヒスイさんも、アバターの設定を終えたようだ。しかし、オンラインゲームなのにキャラメイクを二人同時にできるんだなぁ。

 

『種族を選択してください』

 

「さて、ここからが本番だ。実は今回、俺は縛りプレイをしようと思っている。そのコンセプトは……かたつむり観光客!」

 

『なんぞそれ』『観光客は解るけどかたつむり……?』『かたつむりは雌雄同体だから、つまりおじさん少女』

 

 かたつむりが雌雄同体……それは知らんかったわ。

 まあ、これには別の由来がある。

 

「かたつむり観光客は、21世紀に存在したとあるフリーゲームの最弱キャラメイクのことだ。一番弱い種族と一番弱い職業を組み合わせたものだな」

 

 フリーゲームとは、アマチュアが作成した無料のゲームのことだ。インターネットで配布されるのが一般的だ。

 

『で、出たー! 誰もついてこられない得意の21世紀ネタだー!』『最弱キャラメイクするのか』『やっぱりマゾゲーマイスターじゃないか!』『でも、このゲーム種族間のバランス取れているよ』『戦闘で弱くても他で有利とかな』

 

「まず、かたつむりの特徴を言うと、戦闘用の装備は背中防具と遠距離武器のみ。背中防具はマントや外套(がいとう)だな。近接武器は禁止。近接攻撃したいなら徒手空拳での格闘だ」

 

『刀使わんの!?』『ヨシちゃんのアイデンティティが!』『刀にセーラー服もう見られないんですか!』『ヨシちゃんのずんどこアクションが見られないだと……』

 

 刀人気だな……。確かに最初の動画からずっと使い続けていたけれどさ。

 

「防具も、先ほど言った背中防具以外禁止。ただ、動画的な見栄えの問題があるので、防御力の存在しないアバター装備は全部可とする」

 

 このゲームの装備には実装備とアバター装備の二種類があって、実装備は攻撃力や防御力のある装備のこと。アバター装備は、それらの数値が存在しない見た目だけの装備だ。

 実装備の上からアバター装備を被せるといったこともでき、強い実装備なのに見た目が気に入らない……という場合もアバター装備をすることで見た目を自由にいじることができる。

 そしてアバター装備の大半が、課金アイテム……リアルのお金であるクレジットで購入するものになっている。

 

「そしてかたつむりの他の特徴は、速度が非常に遅いことと、塩に触れると死亡すること。移動速度の遅さは配信時間に影響があるから、あくまで戦闘速度だけがのろまな種族を選択したいな。塩は……そんな項目このゲームにはないだろうから、無視しておこう」

 

『それなら生産向けの種族だな』『妖精の類か?』『ドワーフは……のろまだけどかたつむりって感じのひ弱さじゃないな』

 

「かたつむりは鈍く、脆く、非力で、不器用で、学習能力がない種族だ」

 

『さすがにそんな種族はいない』『そんなんいたら即上方修正されるわ』『マゾすぎる……』『やっぱりマゾゲーマイスターなんやなって』『破滅に向かい突き進む姿勢、嫌いじゃないよ』

 

「いや、今回はヒスイさんとの協力プレイだから、むしろ難易度は下がっているんだって!」

 

 そう、ヒスイさんも現在キャラメイク中だ。同じVRマシンから接続しているので、今、隣で黙々と作業をしている。オンラインゲームなのに、こうやって一台のマシンで同時プレイできるのが面白いな。

 

「ちょっといろいろ見てみようか」

 

 俺は、キャラメイクの操作画面をいじり、種族一覧を表示させた。

 そこには、八つの種族名が載っていたのだが、これではとても足りない。俺は、その他の種族という項目を選んだ。

 すると、ずらっと百種類の種族名が画面に並んだ。

 

「んー、これとかホブゴブリン。雑魚敵っぽくね」

 

『モンスターじゃん』『残念、妖精です』『惑星テラの伝承の方かぁ』

 

「ふーむ、ホブゴブリンは非常に脆弱な妖精だが、手先が器用で様々な生産活動に精通している、か。候補の一つだな」

 

 他の種族も選択して、詳細を確認していく。

 

「スライム。速度が低いのはいいな。あ、耐久値が高すぎるから駄目か。難しいな」

 

 そうして視聴者の助けを得ながらいろいろ検討していくうちに、その種族に辿り着いた。

 

「天の民。滅びた『星』の元支配者層で、弱い肉体と低い魔法資質をあわせ持つ脆弱な種族。ただし、配下に強力な補助を与えることができる」

 

『テンプレテイマー御用達』『テイマーを見たら天の民と思え』『なおダイレクトアタックを受けた場合は……』『合法ロリショタ種族』

 

「なるほど。テイマーをしないならよわよわってことだな。いいじゃん。テイマープレイやサモナープレイはしないつもりだし。これに決定っと」

 

 俺は、天の民で種族を決定する。すると、作成中のアバターの背が130センチほどに低くなり、和製ファンタジー小説のエルフのように耳が伸びた。

 可愛い。

 

『スキルを三つ選択してください。これは、あなたの歩む道の指標となります』

 

 そうシステム音声に告げられる。

 スキルの選択か。事前調査で聞いていたとおりだ。

 

「ヒスイさん、解説よろしく」

 

 俺の後に種族選択を終えたヒスイさんに、俺は視聴者への説明を任せた。

 

「はい。ここではスキルを三つ選び、それによってキャラクターの肩書きが決定されます。いわゆる職業のようなものですが、数値的なボーナスは存在しません。あくまで肩書きです」

 

 視聴者に見えるように操作画面を移動させながら、ヒスイさんは説明を続ける。

 

「スキルは無数にあり、キャラクターメイキング後も選んでいないスキルを自由に覚え、鍛え上げることができます。ですが、選択スキル以外のスキルの数値は、全てマスクデータになります。一方で、選択スキル三つは数値が可視化され、どれだけ育ったかが確認できるようになっています」

 

 マスクデータとは、具体的な数値が見えない隠しデータのことだ。

 たとえばこのゲームに剣スキルが存在するとして、選択スキルに剣スキルを選択しなかった場合、プレイヤーは剣スキルのゲーム的な数値を確認することはできない。

 

「敵を倒して経験値を稼ぎキャラクターのレベルを上げるといった、キャラクターレベル制度は採用されていません。ただし、スキルのレベルは存在しており、行動に応じてスキルレベルが上昇していきます。選択スキル以外は、スキルレベルが隠されていて見えませんが」

 

 このゲームは、選択スキルでキャラクターの方向性を決定するが、その実態は完全スキル制のゲームだ。

 だが、21世紀に存在した完全スキル制のオンラインゲームにありがちな、スキルレベルの合計値上限などは存在しない。つまり、どこまでもキャラクターを育てていくことができる、プレイ時間=キャラクターの成長度となるゲームである。ただし、選択スキル以外の数値はマスクデータだから、成長ぶりを確認するのは難しいが。

 

「選択スキルは成長ボーナスがあり他のスキルよりも育てやすくなりますので、よく考えて三つ選択しましょう」

 

「というわけで、観光客っぽいスキルを三つ選ぶぞ!」

 

『観光客のスキルとはいったい』『視力上昇スキルとか?』『観光とかしたことないわ』

 

「歩行、登攀(とうはん)、釣りでいこう」

 

『歩行は理解できるが他は……』『観光客とはいったい』『観光は観光でも自然観光だった』『惑星観光とか夢のまた夢やわぁ』

 

 まあそう言うな。元ネタの観光客に近い物を選んだのだ。

 

『あなたの肩書きは冒険家です』

 

 スキルを選択して決定を押したら、そんなシステム音声が流れた。どうやら俺は冒険家になったらしい。

 

「観光客にはならなかったか」

 

『そりゃそうよ』『当たり前すぎる……』『釣り観光とか聞いたことない』『冒険家というかアウトドア愛好家やな』

 

 まあ、無理に肩書きを観光客にするつもりはない。観光客になる組み合わせを見つけるまでに、いったい何回スキルを選択して調査しなくてはならないんだ、ってなるからな。

 

「よし、キャラメイク完了。ヒスイさんも終わった?」

 

「はい。種族はアマゾネス。スキルは大剣、防具熟練、自然回復です。肩書きは重剣士でした」

 

「ヒスイさんのコンセプトは、女性限定種族の戦士ってところだね。かたつむり観光客は弱いので、初期ペットの少女で戦うんだ」

 

『ペット』『ペットって……』『姉をペットにするとかインモラルすぎる』『盛り上がってまいりました』

 

「あー、ここでいうペットは、旅の仲間って意味だから。愛玩動物扱いってわけじゃないぞ!」

 

「天の民のヨシムネ様の配下として、邁進いたします」

 

「ん、天の民補正で、ヒスイさんに余計な補助効果(buff)とか付かないよね?」

 

『天の民補正はテイムモンスター限定』『支配種族とはなんだったのか』『まあPT全員に補助効果とかあったら壊れ性能すぎるし』『よわよわロリロリ』

 

 そんなわけで、キャラメイク終了。

 システムで直接装備欄を潰せればよかったのだが、そういう仕様はないようだ。なので、自主的に装備縛りをやっていくことになる。

 ゲームにのめり込みすぎないよう自らに課した制限だが、この状態でどこまでやれるかという矛盾した期待もちょっとだけ湧いてきていた。

 しかし、別にマゾゲーが好きなわけではないということは、ここにしっかり宣言させていただこうと思う。

 



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24.Stella(MMORPG)<2>

 さて、いよいよゲームを始めていくのだが、キャラクターを作り終わってから今更なことに気づいた。

 

「MMOなのに、ゲームサーバが分かれていないんだな」

 

「ゲームサーバとは?」

 

 俺の漏らした言葉に、ヒスイさんが不思議そうな顔で尋ねてくる。

 確かに解りにくい言い方だったか。

 

「あー、ゲームサーバって言い方でいいのかな。ワールドとかとも言うけど、キャラクターの所属するそれぞれ独立した世界で、別のワールドの人とは一緒に遊べないんだ。ワールドを移動することは基本的にできなくて、誰かと一緒に遊びたいときは同じワールドでキャラクターを作る必要がある。まあ、たまに課金でワールド移動できるゲームもあったけど」

 

 このゲームサーバやワールドという概念、ゲームごとに言い方が違っていて統一された名称という物がない。

 だから、口で説明するのは少し難しかった。だが、ちゃんと伝わったのか、ヒスイさんは頷いてくれる。

 

「なるほど。現代において、その概念を採用しているMMOは稀ですね。おそらくヨシムネ様のいた時代では、サーバ容量の限界や回線速度の限界、あるいはMAPの収容人数の限界を解決するために、ワールドという物を用いていたからでしょう。現代ではサーバ容量は膨大で、回線が詰まることもありません。収容人数に限界のあるMAPも、このゲームではチャンネル制を導入することで解決が図られています」

 

 チャンネル制か。

 チャンネルとは、同じ内容のMAPを複数個用意したものだ。プレイヤーはそれぞれどのチャンネルに入るかを選択することができる。

 モンスターなどはそれぞれチャンネルごとに独立して存在しているので、例えばチャンネル1でモンスターを全て狩りつくしても、チャンネル2、チャンネル3ではモンスターが健在のままになっている。

 これにより、人口過多によるゲーム的な資源の枯渇を防ぐことができるのだ。プレイヤーにとってモンスターも資源の一つである。

 

 また、チャンネル1で人が混みすぎて嫌だな、と感じたら人の少ないチャンネル2やチャンネル3へ移動して快適にゲームをプレイできたりする。

 このチャンネル制を導入することで、ワールドが一つという人口過密必至な状況を解決しているのだろう。

 

「なるほどなー。そういえば、動画配信用のチャンネルが存在するんだよな?」

 

「はい。動画に映りたくない一般人の方もいらっしゃいますので、配信を行なう場合はその配信用チャンネルに入ることが推奨されています。ヨシムネ様は自動で配信用チャンネルに移動するよう設定しておきましたので、特に意識する必要はありません。ちなみにチャンネル800です」

 

『800了解』『800に乗り込めー』『わあい!』『今こそ配信に映るとき!』

 

「あー、盛り上がっているところ悪いが、まずはチュートリアルだな」

 

『やんの?』『俺あれスキップしたわ』『不要でしょ』『ヨシちゃん律儀』

 

「俺、この時代のMMOやるの初めてだから、しっかり受けてくるよ」

 

 そうして、俺達二人はチュートリアルをやることにした。

 ゲーム開始と共に、俺の横で直立していたアバターに、意識が乗り移る。

 それと同時に、青い空間に浮いていた俺は、下にある大地へと引きつけられていき、草原の上へと降り立った。

 

 うーん、視点が低い。これが天の民の身体か。俺は、周囲に広がる一面の草原を見渡した。

 隣に、布製の初心者装備に身を包んだヒスイさんの姿が見える。武器の類は持っていない。

 そして、少し遠くに、何やら遊牧民族の住居、ゲルのようなものが見えた。

 

『ガイドの示す方向に進んでいこう』

 

 そうシステム音声で案内が来るが、それよりも先にやることがあるので、チュートリアルの進行はちょっとストップだ。

 俺は、思考操作でメニューを呼び出し、装備ウィンドウを開く。そして、装備ウィンドウに表示されている布製の初心者装備全てを仮想アイテム置き場であるインベントリに移動した。

 身体が光の粒子に包まれ、装備が外れる。かたつむり観光客の縛りプレイに従って、装備を外したのだ。

 

『唐突なストリップ』『下着姿は……露出低いな』『健全ゲームですもの』『でもどことなくエロい』

 

 服を脱ぐと、その下は半袖シャツとスパッツのインナー姿になっていた。これはどうやら脱げないようだ。

 

「じゃあ、課金アバター装備買おうか」

 

『チュートリアルもまだなのに課金する客の鑑』『さすが一級市民、クレジット使いが豪快だ』『でも配信のための必要経費よね』

 

 そんな抽出された視聴者コメントを聞きながら、俺はメニューから課金アイテム購入用ウィンドウを開いた。クレジットショップという名前だ。

 ふーむ、いろいろあるな。定番の取得スキル経験値倍増アイテムだとか、移動速度上昇の消費アイテムだとか、騎乗ペットだとかが売っている。

 俺はジャンル選択からアバター装備を選び、そのラインナップの豊富さにめまいを覚えた。

 

「うーん、多すぎる。ヒスイさん、どういうのがいいと思う?」

 

「視聴者アンケートを取ってはいかがでしょうか」

 

「ああ、そういえば、そういう機能もあったな。じゃあ、選択肢は四つ。1.剣と魔法のファンタジー系衣装。2.スペースオペラ系衣装。3.21世紀風衣装。4.惑星テラの民族衣装。さあどれだ。一分で!」

 

 アンケート開始と共に、視聴者の手によって次々と票が投下されていく。抽出コメントでも、どれがいいかとわいわい話し合っている。

 そして結果は、鉄板とでも言うべきか、1のファンタジー系衣装がトップだった。

 

「じゃ、ショップのウィンドウでジャンル検索して……これかな。賢者のローブ」

 

 それは、とても格好いい刺繍が入った、装飾多めのローブだった。魔法もいずれ覚えるつもりだし、これよくないか。

 購入ボタンを押そうとしたその瞬間、横から声がかかった。

 

「ビキニアーマーでお願いします」

 

 ……ヒスイさん何言ってんの?

 

「ビキニアーマーでお願いします」

 

「いや、ヒスイさん。俺、この賢者のローブがいいかなって」

 

「視聴者の皆様、ビキニアーマーがいいですよね?」

 

 と、ヒスイさんが再びのアンケート開始。賢者のローブとビキニアーマーの二択だった。

 そして、結果は圧倒的票差でビキニアーマーとなった。

 

『期待』『着てくれるよね?』『ロリビキニとか倫理的に大丈夫?』『中身は男だから問題ない』『わくわく』

 

 問題大ありだよ!

 でも、視聴者がここまで求めているのを無視するのもどうだろうか。

 うーん。

 少し考えて、俺はビキニアーマーを着ることにした。

 

「せめて格好いいのにしよう……」

 

 そうして俺は、クレジットショップから検索して、一つのビキニアーマーを選んだ。

 名前は、聖騎士の水着鎧。聖騎士様はこんな卑猥な鎧、付けないと思うよ!

 

「はい、購入。……はあ、仕方ない、装着!」

 

 装備ウィンドウを再び開き、アバター装備欄に聖騎士の水着鎧をセットした。

 身体が光の粒子に包まれ、インナーの代わりに聖騎士の水着鎧が装着される。控えめだった肌面積は、一気に広くなった。一人称視点なので見下ろすしか確認が取れないな、と思ったら装備ウィンドウにちゃんと今の姿が表示されている。

 ビキニアーマーのみの派手な露出で、靴すら履いていない素足。130センチほどの低い背に、膨らんだ胸がミスマッチさを醸し出していた。銀髪ロリ普乳エルフ耳素足ビキニアーマー。なんだこの色物は。

 

『むっ!』『これは……』『ちょっと引くわ』『えいへいさんこちらです』『健全ゲームとはなんだったのか』

 

 意外と視聴者は冷静だった。そこはもっとこうなんか、盛り上がるところじゃねえの!?

 

「ええい、そもそも21世紀のネトゲは、女キャラを使用して大枚はたいて着飾らせて、ドールを愛でるような感覚で育てていた男プレイヤーが山ほどいたんだ! この程度なんてことないわ!」

 

「ええ、お似合いですよ、ヨシムネ様」

 

 そう褒めてくるヒスイさんの方を見てみれば、なんと彼女は先ほどの賢者のローブを着込んでいた。

 

「ヒスイさん、賢者のローブ買ったの……」

 

「はい、ヨシムネ様が選んでくださった服ですので、大切にしますね」

 

「ヒスイさんのために選んだわけじゃないからな!?」

 

 そんな無駄話をしている間に、配信時間はずいぶんと経過してしまっていた。

 これはいかんと、俺達はチュートリアルを再開することにした。まずは、視界に表示されるガイドに従って、向こう側に見えるゲルへと歩いていく。

 

「おっ、早速、歩行スキルが上昇したぞ」

 

「こちらは歩行スキルがアンロックされました」

 

「む、ログを見たら呼吸スキルと直立スキル、防具熟練スキル、取引スキルがアンロックされているな。スキルレベルは見えないけれど」

 

「スキルの中には、複雑な条件をクリアしないとアンロックされないものがあるそうです」

 

「魔法とか、いかにもそれっぽいなー」

 

 そう言葉を交わしている間に、俺達はゲルの並ぶ集落へと到着した。

 その集落の入口で、一人の老人女性が俺達の到着を待っていた。

 

「ようこそ、『星』を巡る新たな渡り人よ。あなた達の誕生を歓迎します」

 

「あ、俺達、さっき生まれた扱いなんだ」

 

「そう、魂は異界の物でも、肉体は生まれたばかり。まだ脆弱な物です。ゆえに、この村でその肉体の扱い方を学んでいくとよいでしょう」

 

「魂がリアルから来てるって理解しているんだなー」

 

「ええ、私達は。ですが、これから渡ることになるであろう数々の『星』では、あなた方の事情を知る者は少ないでしょう」

 

「なるほどなー。では、チュートリアルをお願いするよ」

 

「まずは、肉体の動かし方から学びましょう」

 

 それから俺とヒスイさんは、走ったり、跳んだり、転がったりと簡単に身体を動かし、そしてシステムアシストを使って同じ動作を反復してやった。

 それらの中に、こんな物があった。

 

「これ、高くない? 五メートルはあるよ?」

 

 物見台のような所に、俺は登らされた。

 

「はい、そこから落ちてください」

 

「落ちるのかよ!」

 

「高いところから落ちることの危険さを学ぶのです」

 

「いやそれくらい理解しているから! 押すな、押すなって、ぐえー!」

 

 落下して、ごっそりHP(ヒットポイント)(生命力を数値化した物)が減った。そこに、最初に出会った老人――どうやらここの長老らしい――が回復魔法をかけてくれる。

 

「このように、高いところから落ちると非常に危険なのです。元の肉体がある魂のふるさとでも、気を付けてくださいね」

 

「ああ、リアルの教育目的のチュートリアルなのかな、これ。未来人は落下の危険さを知らないと」

 

『知ってるよ!』『さすがに知って……知って……』『知ってはいるけど、落ちても無事なゲームに慣れたなぁ』『実はリアルでの落下死を防ぐため、行政区が頑張っている』『コロニーで高所に立った記憶ないわ』

 

 ああ、やっぱりここまで高度なVR技術があると、ゲームとリアルの混同ってあるんだなぁ。いや、でも料理配信の時はあれだけみんな刃物と火を怖がっていたんだ。リアルでの危険な行為への忌避感は、その身に叩き込まれている可能性が高いな。

 ちなみにヒスイさんはノーダメージで着地に成功して、長老が苦笑いをしていた。

 

 そんな感じで、身体の動かし方を学んだ俺達は、次に生産活動のチュートリアルを受けた。

 調合の初歩で、ひたすら薬草を薬研でごりごりとすりつぶすだけの作業を十分ほど続ける。

 これを続けられない人は、そもそもこのゲームの生産に向いていないと視聴者コメントで言われていた。

 なるほど、わざと地味な作業をチュートリアルに持ってきているのか。システムアシストが利いているとはいえ、楽ではない。

 

「さて、あなた達は自らの身体を使って戦うことを望みますか? わざわざ危険に身を任せなくとも生きてはいけますし、戦うにしても配下に任せて自分は身を隠すという手もありますけれども」

 

 生産チュートリアルが終わったら、俺達は長老にそう問いかけられた。

 ふむ。戦闘チュートリアルだな。自ら戦うのが怖い人は、そもそも戦闘をしなくてもいいし、テイマーやサモナー、人形師などを選んでもいいというわけだ。

 

「俺は自分の力で戦うよ」

 

「私も身体を使って戦います」

 

 そう俺とヒスイさんは答える。

 

「了解しました。では、武器を支給しますので、使いたい武器を選んでください」

 

 そうして俺達は、ひときわ大きなゲルへと案内された。どうやら、武器庫のようだ。

 そこで俺はかたつむり観光客スピリットで小さめの弓矢を選択。『-TOUMA-』で慣れ親しんだ和弓ではなく、洋弓だ。なお、ロングボウは腕力が足りなくて弦が引けなかった。

 一方、ヒスイさんは選択スキル通りに大剣を選んでいた。

 

「では、戦闘訓練と参りましょう」

 

 俺達は村から少し離れた広間に移動。その広間は草が刈り取られ、歩きやすいようになっている。

 そこで、長老は杖を構え、そして唱えた。

 

「【サモン:リトルゼリー】」

 

 二匹のスライム系モンスターが召喚される。

 これと戦えということだろう。俺は、ヒスイさんと相談し、それぞれ一匹ずつ担当して互いに手を貸さないことにした。本番戦闘ならともかく、チュートリアルなら一人で戦わないとな。

 

 そんなわけで戦闘開始したが、ヒスイさんは一撃でモンスターを撃破。俺も、近づかれる前に三発矢で射貫いてモンスターを消滅させることに成功した。うむ、洋弓を使うのは初めてだが、システムアシストに任せていれば問題なさそうだな。

 かたつむり観光客のチュートリアル戦闘と言えば一方的な敗北が定番だが、今の俺はあの程度の敵に負けることはない。

 

 そんな俺達の勝利を長老は笑顔で讃えてくれた。

 

「問題ないようですね。ですが、こちらの世界での戦闘は、死が身近にあります。渡り人は不滅の存在。死を一度経験しておくとよいでしょう。【デッドリーポイズン】」

 

「ぐっ!」

 

「うっ!」

 

 俺とヒスイさんは、突如長老から放たれた魔法を受け、その場に膝を突いてしまう。

 

『で、でたー! 『Stella』名物、チュートリアル毒死だー!』『いきなりすぎてびびるよね』『ひどい』『ヒスイさんでも食らうのか……』『吹いた』『熱烈歓迎! 『Stella』へようこそ!』

 

 どうやら、これはチュートリアルの既定路線らしい。

 俺は、だんだんと動かなくなっていく身体から力を抜き、草原の上に身を横たえた。

 そして、俺達は気がつくと、村の入口に立っていた。そこへ、転移魔法でも使ったのか、光に包まれて長老が登場する。

 

「無事に蘇生したようですね。それがあなた達渡り人のこちらの世界での死です。時間を巻き戻したかのように、何も失わずに蘇ります」

 

「デスペナはないってことだな」

 

「その通りです」

 

『デスペナってなに?』『デスペナルティ。死んだら経験値を失うとか、スキルレベルが下がるとか、所持金失うとか』『なにそれ怖い』『MMOじゃ見ないな。あるのはオフラインのマゾゲーだ』『さすがヨシちゃん、マゾゲー用語をさらっと使う』

 

 なるほど、この時代のオンラインゲームはデスペナがないのか。俺の元の時代でも、デスペナを導入するオンラインゲームは減少傾向にあったようだけれど。

 

「これで、我々が教えられることは終わりました。さあ、旅立ちの時ですよ」

 

 俺達は、長老に村の中央へと案内される。そこには、石でできたモニュメントが設置されていた。高さ十メートルはある細長い物体だ。

 

「これは星の塔。あなた方渡り人は、これを使って異なる世界、『星』へと渡ることができます」

 

 これがこのゲームの象徴である『星』の移動装置か。

 

「まずは魔法が発達した『星』である、ファルシオンを目指すとよいでしょう。こちらは、餞別(せんべつ)です。銀河共通の通貨となっています」

 

 長老から、お金の入っているであろう布袋を渡される。お金を貰えるのはチュートリアルの定番といえ、ありがたいことだ。

 

「ありがとう。だけど、いいのか。お金なんて」

 

「この『星』に住むのは我々一族のみ。資源は取り放題で、他の『星』との交易で儲かっているのです。遠慮しないで持っていってください」

 

「ああ、解った。武器もありがとう」

 

「ずっと使い続けるとは言いませんが、丁重に扱いますね」

 

 ヒスイさんが背中に背負った大剣を手で触れながら、そう言った。

 格好いいなぁヒスイさん。良デザインのローブに大剣。ビキニアーマーの俺とは大違いだ。

 

「では、行ってきます」

 

 そう長老に挨拶して、俺は星の塔に触れる。そんな俺に、長老は優しい声音で言った。

 

「遊牧民の生活が気になったら、またこの『星』に来てください」

 

 それに俺は笑顔で返し、目の前に浮かんだウィンドウを操作する。

 行き先は、剣と魔法の『星』ファルシオン、としか表示されていない。今後、増えていくのだろう。

 

 俺はウィンドウからファルシオンを選択する。

 すると、視界が光に包まれ、そして俺はこのゲームのタイトル画面に似た青い空間へと投げ出された。

 

 草原に満たされた世界が視界に映るが、それはすぐに遠ざかっていく。代わりに、巨大な亀が支える半球型の大地が目の前に飛び込んでくる。その大地に向けて俺の身体は導かれていくのだった。

 そして、また視界が切り替わり、古い時代の西洋を思わせる町並みが目に映る。

 

 ここがファルシオンか。

 初めてのVRMMOの町並みに、俺はテンションを上げて周囲を見回した。すると、俺の立つ星の塔の周辺には、人、人、人。百人を超える大集団である。

 さすが人気ゲーム。人口密度も高いな。

 って、あれ。でもここ、動画配信専用チャンネルで、人は少ないはずじゃなかったか。

 

 そう疑問に思っていると、周囲の人々の視線がこちらに向いた。そして。

 

「『Stella』へようこそ!」

 

 そう、人々は一斉に叫んだのであった。

 出待ちかよ! 驚いたわ! でも嬉しい!

 

 俺は隣に転移してきたヒスイさんと一緒に、歓迎してくれた人々に向けて手を振るのであった。

 



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25.Stella(MMORPG)<3>

 どうやら、『Stella』プレイヤーの視聴者が、俺と会いにこのチャンネルまでやってきてくれたようだ。

 配信に映りたいというだけのミーハーな人も中にはいるだろうが、わざわざ来てくれたのは純粋に嬉しい。

 しかし、集まってもらっても特にすることがないな。今日は、普通にゲームを開始して初心者らしくそこらをうろつこうと思っていただけだから。

 

 俺は、彼らにどう声をかけたものかと、あたりを見回す。

 彼らの中には、以前の『St-Knight』配信時に見かけた顔もある。

 

「マハランドさんにクラブチャウダーさんもいる。おっ、チャンプじゃん」

 

 PC達の中に、革鎧を着た大男の姿が見えた。ライブ配信で対戦したあのチャンプと同じ顔だ。きっとチャンプ本人だろう。

 

『チャンプおんの!?』『やっぱこのゲームにいたんだ』『どこへ行っていたンだッ! チャンプッ! 俺達は君を待っていたッ!』『チャンプいるってことはこのゲームPvP盛んなのかな』『新しいゲームだから、今から開始しても育成追いつくな……』

 

 うわ、視聴者のPvPガチ勢が反応した。

 やっぱり人気だなぁ、チャンプ。駆け出しの配信者ではまだまだ知名度では追いつけないのだろう。

 

「やあ、チャンプ。わざわざ初心者の配信に付き合ってくれてありがとね」

 

「どうも、この間ぶりです。このゲームではクルマエビと名乗っています。『Stella』へようこそ。歓迎しますよ」

 

 そう互いに挨拶を交わす。相変わらずの好青年ぶりがまぶしい。

 

「ヨシムネさんなら、PvPでいいところまで行けると思っていたのですが……縛りプレイをするのですね」

 

 そう言ってチャンプは苦笑した。まあ、いきなりかたつむり観光客をやるとか言いだしたからな。

 

「真っ当にプレイすると、ドはまりしそうだったから、制約をつけようとな。ま、この縛りプレイでも対戦でどこまで行けるかやってみたいから、そのうち闘技場のある『星』を案内してもらうよ」

 

「ええ、そのときは是非」

 

 と、チャンプと会話を繰り広げていたときのこと、突如、横合いから大声で叫ぶ者があった。

 

「やはりいましたね、クルマム! さあ、私と再戦しなさい!」

 

 それは、二十歳ほどに見える青髪の女性だった。長身で、すらりとした体躯。そして、胸がとてつもなくでかい。

 うーん、どこかで見た覚えのある顔だな、とか言っている場合じゃない。あのでかい胸を持つ人なんて、一人しかいない。

 

『ミズキじゃん』『うわ、現ナイト王者だ』『相変わらずエロい!』『ミズキも『Stella』やってんのか!?』『着々と集まるPvP勢』『礼讃する巨乳信者』『ナイト過疎化待ったなし』

 

 やはり、彼女があのチャンプと戦い、ハラスメントガードで判定勝利したミズキであるらしい。以前、チャンプとの対戦動画で見たことがある。

 

「こんにちは、ミズキさん。お久しぶりです。あなたも『Stella』やっていらしたんですか」

 

 そう物腰柔らかにチャンプが対応する。突然の乱入者にも、紳士的な態度を崩さないようだ。

 

「クルマムがここにいると聞いて、先日始めました。さあ、再戦しなさい」

 

「うーん、今はヨシムネさんの配信に参加しているので、また後日とはいきませんか?」

 

 チャンプが困ったように言う。

 だが、大丈夫だ。こんな面白そうなシチュエーション、格好の配信材料じゃあないか。

 

「チャンプ、俺に遠慮することはないぞ。PvP受けてやれよ。どうせだから、ライブ配信で中継するよ。視聴者のみんなも、チャンプの活躍みたいよな?」

 

『ミズキ対チャンプとか最高じゃん!』『うおおおお! チャンプ! チャンプ!』『録画しないと』『ちょっと知り合い呼んでこの配信見させるわ』『夢の対戦が成立したッ!』『一番強いプレイヤーは誰だ!』

 

「うん、視聴者も見たいってさ」

 

 周囲にいる視聴者PC達も、歓声を上げる。完全に、場はチャンプの戦いを待ち望んでいた。

 

「うーん、結果は見えているんですが、いいでしょう。やります」

 

「おっ、挑発か。やるねえ。ミズキさんもそれでいいかい?」

 

「ええ、クルマムと戦えるならなんでもいいです」

 

「それじゃあ、近くにある広間に移動しましょう。ここで騒ぎすぎると、衛兵が飛んでくるので」

 

 そうチャンプにうながされ、俺とヒスイさん、そして視聴者PC達は移動を開始した。

 向かった先は、公園っぽい広間。NPCらしき子供が遊んでいたが、PC達が頼み込んで場所を空けてもらった。というか、戦士達の決闘と聞いて、子供達も観客として混ざってきた。

 

「それでは、クルマエビ様対ミズキ様の決闘を始めます」

 

 そうヒスイさんが両者の間に立って、仕合の仲立ちをする。

 

「PvPの形式はHP全損で決着、時間無制限、賭け金および賭けアイテムはなしで。よろしいですね?」

 

「ええ。さあ、早く始めますよ」

 

「……まあ、それでいいでしょう」

 

「では、一分後に開始します。それまで、装備を整えていてください」

 

 そこまで言ったところで、観客である俺達の目の前にウィンドウが開いた。

 なになに、どちらの勝利に賭けますか? 戦う本人達は何も賭けていないのに、俺達は賭けられるのかよ。しかも、胴元がヒスイさんになっているし。

 受付制限時間が一分しかないので、俺はとりあえずチャンプの勝利に所持金を全部突っ込んだ。

 

『賭け方が豪快すぎる』『まあでも俺もチャンプが勝つと思うかな』『ミズキもナイトの三年連続覇者ですよ』『いや、チャンプが勝つよ』『明らかにチャンプ有利』

 

 そうなんだよなぁ。でも、先ほどのチャンプの挑発を聞いて考えたんだが、これはチャンプが勝つだろう。

 周囲のPC達ははたしてどちらに賭けたのか、チャンプの勝利時の倍率は1.2倍になった。全賭けのリスクを負ってこのリターンは、あまり美味しくないな。チュートリアルでもらった額だからそんなに多くないし。

 

「では、始めます」

 

『デュエル!』

 

 ヒスイさんの宣言と共に、システム音声が決闘開始を告げる。

 

 そこから始まる攻防だが、明らかにチャンプの動きの方が俊敏だった。

 

「くっ、なぜ……!」

 

 得意武器なのであろう、短槍二本持ちで攻撃を仕掛けるミズキさんだが、ことごとくチャンプの篭手によってパリイングされていく。

 そして、懐に飛び込むチャンプ。なにやらコンボ攻撃が発動して、ミズキさんは連続で殴られ、最後にはハイキックで吹き飛ばされ、ダウンする。倒れ込んだところにチャンプの踏み付け攻撃が決まり、そこでミズキさんの頭の上に表示されていたHPバーが砕け散った。

 

 決闘終了を知らせるブザーが鳴り、チャンプは一つ息をついた。

 

『やったぜ』『さすがチャンプや』『PvP界の一番星』『いや、勝つのは当然ですよ』『負けてたら全力で笑ってたわ』

 

 未だ倒れたままのミズキさんに、チャンプは手を差し伸べる。

 その手を取り、起き上がったミズキさんは、屈辱に顔を歪めていた。

 

「くっ、こんなにも差があるだなんて……! 三年連続年間王者だなんてうぬぼれていましたが、偽りの王者でしかなかったのですね!」

 

「うーん、そうでもないと思いますよ」

 

 チャンプが困ったようにそうミズキさんの言葉に言い返す。

 

「慰めはいりません!」

 

「いえ、そうじゃなくてですね……このゲームは、対戦型格闘ゲームじゃなくて、RPGなんです」

 

 そんなチャンプの言葉に、ミズキは不思議そうな表情をする。

 

「俺は、サービス開始からこのキャラクターを育て続けてきました。このゲームは、レベル制のゲームみたいにキャラクターレベル上昇でHPの数値がインフレしたりしませんが、それでも最近このゲームを始めたばかりのあなたより、四倍は俺のHPが高いと思います」

 

 チャンプがヒスイさんの方を見ながらそう言った。決闘の形式をHP全損モードに決めたのは、ヒスイさんだ。ヒスイさん、これが解っていて決めたな。おそらく、俺に賭けで儲けさせるために。

 ここにいる人には、戦闘を行なわないプレイヤーもいることだろう。だから、チャンプ有利ということに気づかず、ミズキさんに賭けた人もそれなりにいたようだ。

 そんな賭けが行なわれていたのを知ってか知らでか、チャンプがさらに言葉を続ける。

 

「HPではなく有効打数で勝利を決めた方が公平だったでしょうね」

 

「それでも、私の攻撃はあなたに一度も命中しませんでした」

 

「HP以外にも、キャラ性能に明確な差がありますからね。このゲームのPvP界の最前線でやっていくには、キャラクターの成長が鈍化するまで、そうですね、一年はじっくり育成する必要があります」

 

 一年も明確に成長が続くのか。気が長いな。さすがオンラインゲーム。

 そんなチャンプの言葉を聞いたミズキさんは、ぱっと表情を明るくさせて、言う。

 

「一年、一年経ったら互角に戦えるのですね」

 

「最低限、PvPに必要なキャラ性能は整うでしょうね。そこからは中身の腕次第です」

 

 言外に中身の腕でも負けないと匂わせつつ、チャンプがそう締めくくった。

 それでこの場の戦いは終わり。広間を子供達にゆずり、俺のゲームプレイを再開することにした。

 

「とは言っても、今日やるのはお金稼ぎと買い物くらいだけどな」

 

「ヨシちゃん、お金いるの? 少額なら融通できるよ?」

 

 俺の言葉に、PCの一人がそんなことを言ってくれる。

 だが、それに対し俺は首を振って拒否した。

 

「いや、貢ぐのはできるだけやめてくれ。お金稼ぐ過程も配信のネタになるからな」

 

「そっかー。了解」

 

「えっ、私、初心者用防具作ってきたんだけど……」

 

 生産をたしなんでいるであろうPCが、革鎧を手に持ちそんなことを言った。

 初心者用防具か。それなら、MMOの初心者支援でよくあるものだし、ありがたく受け取ってもいいのだが……。

 

「かたつむり観光客プレイだからな。背中装備以外はいらないよ。それは、ヒスイさんにあげてくれ」

 

 俺がそう言うと、生産PCは嬉しそうな顔をして、ヒスイさんとアイテムトレードを始めた。

 うーん、こういうのオンラインゲームって感じがしていいな。

 

「では、まずは買いたい物が売っているか調べたいので、市場かどこかに案内してもらえるかな?」

 

 PC達にそう言うと、目配せし合った後に一人のPCが前に出てくる。

 ちなみにチャンプは今もミズキさんに付きまとわれて、育成の仕方とかを聞かれている。

 

「案内するよ。ヨシちゃんはどんなものを買いたいんだい?」

 

「ああ、それは――」

 

 そうして市場に案内され、必要な物に現在の所持金では足りないことが判明し、俺達は金策にはげむことを決めた。

 向かう先は、戦士ギルド。いよいよ、剣と魔法のファンタジー世界って感じがしてきたな!

 



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26.Stella(MMORPG)<4>

 視聴者のPC達に案内されて、俺とヒスイさんは戦士ギルドに辿り着く。

 ギルドとは、職業別に作られた組合的な組織のことだ。同業者を集めて、その仕事のサポート等を行なう。ここでは、戦士、つまり戦うことを仕事にする人の組合だな。戦士ギルドは、テーブルトークRPGでよく登場するギルドらしく、また洋ゲー……海外製のビデオゲームでも登場していたのを見たことがある。

 そんな戦士ギルド。大人気狩猟ゲームみたいに、さぞや美人の受付嬢が待っていることだろうと期待していたのだが、受付に座っていたのは傷痕のついたいかつい顔面をした、スキンヘッドのむさ苦しい大男だった。

 

「なんだぁ、てめえら。そんな大人数で、やんのかおい」

 

 俺とヒスイさんを先頭にした集団に、大男は受付に座ったままそう吐き捨て、睨み付けてくる。

 そんな大男に対し、ミズキさんの構ってアタックから抜け出したチャンプが、まあまあと落ち着かせるようにして言った。

 

「新しく生まれた渡り人二人ですよ。登録したいそうです。期待の新人ですよ」

 

「ああん? これだけ雁首揃えて登録だぁ? って、お前、クルマエビじゃねえか! 久しぶりだな!」

 

「どうも。グラディウスで闘技皇帝をしていて忙しかったので、こちらはお久しぶりです」

 

「なんだ、お前、グラディウスのチャンピオンなのか! こりゃあ失礼したな、チャンプ!」

 

 闘技皇帝とか、またチャンプの新しい肩書きが出てきたぞ。

 グラディウスとは闘技場のある『星』で、強ければ強いほど偉いという世界だ。

 そこで皇帝をしているということは……まあそういうことなのだろう。

 

「今回の主役は俺じゃなくて、彼女達ですよ。きっと活躍してくれると思うので、優しく扱ってあげてください」

 

 そう言って、チャンプはあっさりと引き下がった。ここからは、俺達でやれってことだろう。

 俺は一歩前に出て、大男に話しかけた。

 

「どうも。俺はヨシムネ。こっちはヒスイさん。登録よろしく」

 

「おう。これだけの面子を引き連れているんだから、どんなやつかと思ったが……本当に生まれたてのようだな」

 

 なんらかのスキルが発動しているのか、何かを覗き込まれるような感覚に陥った。

 

「NPC限定スキルの看破ですか」

 

 ヒスイさんが何か知っているのか、そんなことを言った。

 

「おう、お前らの持つスキルの成長度をなんとなくだが把握できるスキルだ。この看破スキルでお前達の強さに応じた免許を発行する。お前達は、大剣ランク1と弓ランク1からだな」

 

 そう言って大男はペンを取り、インク壺にペン先を突っ込んでから、手元でなにかを書き始めた。

 そして、俺にカードのような物を手渡してきた。

 

「ほらよ、免許証だ。渡り人ならインベントリがあんだろ。そこに突っ込んでおけ。失くすなよ」

 

「免許制度か……」

 

「スキルレベルを見ることができないゲームですから、PT(パーティー)を組みたい場合に相手の実力を測る時は、各種ギルド発行の免許を確認するようですよ」

 

 PTとは、プレイヤー同士が集まって仲間として行動する小規模の集団のことだ。MMORPGではシステム側でPTを組む機能が用意されているのが普通で、PTを組むことになんらかの恩恵が用意されている。たとえば、PT全員に効果を発揮する回復魔法があったりだな。

 

「看破でランクを決めるなら、実質スキルレベルが見えているのと同じだな」

 

 そう俺が呟くと、大男はにやりと笑って言った。

 

「そうはいかねえ。中位ランクからは試験も行なっていてな。スキルレベルが高いだけじゃ駄目で、それを使いこなす腕も伴っていなきゃ免許を発行しねえのさ」

 

「プレイヤースキル込みでの評価かぁ。適切なPTは組みやすくなるだろうけど、戦闘苦手な人はいつまで経ってもランク上がらなさそうだな。背伸びしたクエストに挑戦したくても、PT組む段階で足切りくらいそう」

 

「苦手なもんを無理に続ける方が悪いぜ。この『星』にあるギルドは戦士ギルドだけじゃねえんだ。一つの物に拘らず、得意な物を見つけるべきだ」

 

「ごもっともな意見だが、これ、俺達渡り人にとってはゲーム……遊びなんだよな。好きなことを続けられるなら続けたいもんだ。でも、オンラインゲームだから、それで他人には迷惑をかけられないのも事実だな……」

 

『そんなあなたに固定PT』『野良PTの要求が厳しいのはどのMMOでも一緒だから』『ヨシちゃん縛りプレイなんだから、そこは気にしなくていいんじゃない?』『腕前に応じた肩書き付く制度ええな。俺のゲームでも導入してほしい』

 

 まあ、確かにかたつむり観光客プレイをすると決めた時点で、野良PT、すなわち見知らぬ他人と臨時で仲間になることは考えから捨てている。せいぜい、物好きな視聴者の人と臨時のPTを組めたらいいなって程度だ。

 ちなみに今、俺はヒスイさんとPTを組んでいる。知人同士で集まってPTを組み続けることを固定PTという。

 

「お前さんらがランクを駆け上っていくことを期待してるよ。しかし、そっちの大剣の嬢ちゃんはいいが、弓のお前……」

 

「俺が何か?」

 

 大男が、俺の方を見て目を細めてくる。またもや何かを覗かれているような感覚。

 

「その恥ずかしいアバター装備の下、何も着けてねえじゃねえか。弓で遠くから射貫くとしても、近づかれたらすぐにおっちぬぞ」

 

「かたつむり観光客だからな」

 

「なんだそりゃ」

 

 というかNPCに恥ずかしい装備とか言われたぞ、ビキニアーマー。公式の用意した装備なのに……。

 俺が内心で悶えていると、大男は眉をひそめて言った。

 

「しかもお前、天の民だろ。戦士ギルドじゃなくて従魔ギルドに行った方がいいんじゃねえか?」

 

「ペット複数持つとヌルゲー化するから、その方向はなしで」

 

「……相変わらず渡り人は訳が解んねえこと言い出すな。ま、お前らなら死んでも死なないんだから、適当に頑張れや」

 

『NPC相手にもゲーム用語全開なヨシちゃん』『マイペースすぎる』『ロールプレイ勢が見たら憤死しそう』『たまにリアルの事情に精通しまくってるNPCいるよね』『NPC視点だと、PCは変人集団だろうな……』

 

 人間そっくりの思考をするNPCというのも、ある意味で厄介だなぁ。

 まあ、プレイヤーが異世界から遊びにやってきているという程度の知識は、NPCも持っているようなのだが。

 ちなみに死んでも死なないとか言われたが、このゲームではPCだけでなくNPCも死んだ後に一定時間で復活(リポップ)するらしい。チャンネル制なので、一つのチャンネルで死んでも他のチャンネルでは生きているという状態になるため、復活させないとチャンネル間の整合性が取れなくなるからだ。

 

「で、ちょっとお金稼ぎたいんだけど。日帰りでできるやつ」

 

 そう俺は大男に相談する。今回、戦士ギルドにわざわざ来たのは、仕事を斡旋してもらえるからだ。クエストってやつだな。

 

「ランク1なら、町から出て西にある森に入って、肉になりそうな動物かモンスターでも狩ってきな。ここは猟師ギルドも兼ねているんだ。肉はいつでも歓迎だぜ」

 

「ほーん、お肉ね」

 

「だが、そんだけ雁首揃えてるなら、北の山でも……」

 

「あ、後ろの彼らはただの見学」

 

「お、おう? そうか……」

 

 そういうわけで、俺達は戦士ギルドを後にして、町の外へと向かうことになった。

 町はとても広いので、町中にはテレポート装置が至る所に設置されている。それの位置をMAP機能で確認して、一気に町の西門へと辿り着く。

 門は巨大で開け放たれたままになっており、門番もいるが特に通行人の行く手を遮ることもしていないようだ。町に入るだけで税金を取られたりはしないらしい。

 

 町の外に出たところで、俺は付いてきた視聴者PC達に尋ねた。

 

「みんな、騎乗ペットとかの高速移動手段持ってる? 持ってない人ー!」

 

 PC達は互いの顔を見ているが、特に持っていない人はいないようだ。

 と、そこでチャンプの手が上がる。

 

「すみません、ミズキさんが持っていないようです」

 

「ミズキさんかぁ。そもそも、視聴者なのか? 配信じゃなくてチャンプが目的なら、置いていってよくない?」

 

 そう俺がチャンプに向けて言ったのだが。

 

「ここまで来て置いていかれるのはちょっと……」

 

 そうミズキさんが答えた。うーむ、いつの間にか配信参加者に混じっている感じだぞ。

 

『ヨシちゃんハブらないであげて』『ミズキ可哀想』『ヨシちゃんの愉快な仲間達に加えてあげて!』『ミズキ同行とか眼福だなぁ』

 

「しょうがないにゃあ……いいよ」

 

 というわけで、彼女も同行することになった。

 

「じゃあ、ミズキさんはクレジット払って、騎乗できる物を買ってね。馬召喚アイテムとか。俺達も今買うからさ」

 

 俺はそう言って、ヒスイさんと一緒にクレジットショップのウィンドウを眺め始める。

 騎乗動物召喚アイテムは、戦闘能力のない移動用の動物を呼び出すための課金アイテムだ。使い切りの消耗アイテムではなくて、何度も使える。馬とかロバとか、値段に応じていろいろな種類の動物が揃っているようだ。

 

「何がいいかな……オーソドックスに馬とか格好いいし、空を行く飛竜も絶景が拝めそうだ」

 

「こちらはいかがですか?」

 

 ヒスイさんが俺に自分のウィンドウを見せてくる。ウィンドウの中身は通常、他人には見えないのだが、設定で見えるようにもできるらしかった。

 

「ええと、早足羊? 羊かー! さすが、『sheep and sleep』のメーカーだな!」

 

『羊いいよね』『いい……』『もこもこはもうヨシちゃん動画におなじみ』『これにしちゃいなよ』

 

「んじゃ、早足羊で」

 

 そうして俺とヒスイさんは、羊召喚アイテムを購入。インベントリに収納されたので、早速とばかりに取り出してみる。

 それは、銀色のハンドベルだった。これを鳴らせば、羊が召喚されるのであろう。

 

「ミズキさんは準備できたかな……と、大丈夫そうだな」

 

 彼女はお高い飛竜召喚アイテムを購入したようで、既に飛竜が彼女の隣に呼び出されていた。

 

「じゃあ、こっちも羊しょうかーん!」

 

 俺はハンドベルを右手に持って、勢いよく鳴らした。

 すると、足元にもこもこした塊が突如発生。もこもこはだんだんと膨らんでいき、俺の腰くらいの高さまでになった。そして、そのもこもこの下から足が四本生えてきて、横から頭も生えてくる。

 そして、羊は俺の方を向いて、「メェ」と一言鳴いた。

 

『可愛い』『何この可愛さ』『かわいしゅぎりゅううう』『なかなかの召喚演出だな』『俺もこれ買おうかなぁ』

 

 視聴者の感触は良好。羊を買ってよかったようだ。

 

「んじゃ、しゅっぱーつ」

 

 そうして俺達は、西にある森に向かった。PCの中には、動物ではなくバイクや車や多脚戦車に乗っている者もいた。

 この『星』は剣と魔法のファンタジー世界だが、『星』によっては文明の発達した場所もあるということだろう。

 

 森にはそう時間もかからず到着し、狩りは順調に行なわれた。

 森にいる生物はノンアクティブ、すなわち相手から積極的にこちらを襲ってこない動物やモンスターしかいなかった。だが、こちらを見て逃げるということもしないので、簡単に狩ることができた。もし、相手が人を見て逃げる動物だったら、見学のPC達は解散待ったなしだったな……。

 

 倒した動物は、死体として丸ごと残った。これに解体ナイフを当てることで、自動的に各部位に分かれるとのことだ。だが、解体スキルの低いうちはロスが多いとのことで、お金がほしい今回は死体をそのままインベントリに収納し、戦士ギルドに納品した。

 

 そうしてお金を稼いだ俺達は、再び市場へと向かい、アイテムをいくつか購入した。

 買ったのは、次回の配信に必要な物だ。

 

「じゃあ、今日はこれで解散。次回も来るなら、また一緒にやろう。さっき言ったアイテムは各自で用意してきてくれ。それと、結界を張れる聖魔法持ちは積極的に参加してくれると、安全が確保できて助かる」

 

 俺はそう締めくくり、PC達と別れた。

 ライブ配信も、三日後に続くと言って終了。今日はこれでゲームも終わりだ。

 

「それじゃ、リアルに戻ろうか」

 

 俺は一人残ったヒスイさんに向けてそう言った。しつこく残り続けるPCはいないようで、皆マナーがよかったのは何よりだ。

 

「はい、明日に備えて休むとしましょう」

 

「ああ、次回の配信に備えて、ゲーム内マネーを貯めないとな。楽しみだな……テント泊登山!」

 

 次回の配信は、北の山脈へその絶景を拝みに行く。このゲームの事前調査をしたときに、ヒスイさんが登山プレイヤーから初心者向きの名山と呼ばれているのを発見したのだ。

 近場にいい景色があると知れば、有り金をはたいても向かうというのが観光客ってもんだ。

 そのために、明日からは配信を二日間休んで、ひたすらゲーム内でお金稼ぎである。さて、どこまで道具を揃えられるかな?

 



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27.Stella(MMORPG)<5>

『Stella』配信初日を終え、その三日後。俺達は朝から『Stella』にログインしていた。

 テント泊登山の集合時間までは、まだしばらくかかる。だが、テント泊登山には準備が必要だ。必要そうな道具は昨日までに全て購入したが、登山中に食べる行動食を作ったり、山頂で食べる食事の下ごしらえをしたりしなければならない。

 

 このゲームには、空腹度というパラメーターがある。

 食事を取らないでいると変動する数値で、満腹時に100となっているこの数値が下がると、キャラクターは文字通り空腹状態になり、0に近づくにつれてステータスの低下などが引き起こされる。なお、空腹が続いても餓死はしないらしい。

 

 それゆえ、徒歩で長時間登山をする場合、道中で空腹度を回復させるため、行動食が必要となるのだ。

 まあ、空腹度がなくても、雰囲気作りのために行動食は作っていたかもしれない。

 

 そういうわけで、俺とヒスイさんは、二人で町の料理人ギルドにやってきて、料金を支払い、キッチンを借りて料理に勤しんでいた。ライブ配信はまだ開始していない。

 

 昨日、町中でジャポニカ米を購入できたので、行動食はおにぎりだ。

 白米を炊き、マスの切り身を焼いて具にする。

 白米が炊き上がるまで、ヒスイさんと雑談だ。料理スキルが低いため料理の時間短縮をしてくれる技の効果が低く、炊くのに時間がかかるのだ。

 

「それにしても、プレイヤーの人達はゲームだと高ステータスの超感覚で動いているのに、現実に戻っても感覚がおかしくならないのかが不思議だな」

 

 そんな料理にも登山にもテント泊にも関係ない話題をヒスイさんに振る。これは、前回のライブ配信中にPvPをするチャンプの動きを見ていて思ったことだ。

 システムアシストに関係ない部分でも、PCの身体能力は高かった。スキルが育つと、PCは超人化していくのだろう。

 

「旧式VRの頃はそういった齟齬(そご)があったようですが、ソウルコネクト技術が確立してからはログアウト時に魂を肉体に馴染ませて感覚調整できるようになったそうです」

 

「なるほどなー。魂を扱う科学とか、ぶっ飛びすぎてよく解らんわ」

 

「これでも、魂の全容は解明されていないのですよ。魂はどこから発生して、どこに消えていくのか解明されていません」

 

「死後の世界がどこにあるか判らんってことだな」

 

「そうなりますね。ですので、人工魂の生成には成功していません。人工生命に魂は宿るのですが……。なお、テレポーテーションに必要なソウルエネルギー……超能力の力の源は、ソウルサーバーにインストールされた二級市民の魂から抽出されています」

 

「うわ、そこだけ切り取ると、すげえディストピアっぽい」

 

「その分、魂だけの二級市民の方にも、クレジットは配給されているのですけれどね」

 

「肉体がなくなったら、ゲームの世界で生きるしかなくなるだろうけど、お金がないんじゃゲームも満足にできないか」

 

 棚ぼたでガイノイドボディが手に入った俺は、だいぶ恵まれていたな。まあ、女ボディなのが惜しいところだが。

 でも、美少女ボディだからこそ配信でこんなに人気が出たわけで。うーむ、美少年ボディだった場合、配信人気は出ただろうか。

 

 そんな無駄話を繰り広げているうちに、米が炊き上がる。

 マスも焼き終わっており、それをほぐしておにぎりの具とする。

 おにぎりは三角形に握り、ちょっと多めの十個を作った。他のプレイヤーと行動食のトレードをできたらという目論見だ。

 海苔は売っていなかったので、見た目が塩むすびなのは残念だが。

 

 そして、山頂で取る食事の下ごしらえも終わり……。

 

「うん、楽しかった。料理スキルありの料理というのは、楽でいいね」

 

「スキルレベルが上がるとシステム側からの補正が強くなる、という類のスキルではないですからね。初心者こそ、補正は強くあるべきという種類のスキルです」

 

 スキルレベルが上がると、焼き上がり時間とか、煮る時間とかが技でかなり短くなるっぽいし、料理というかミニゲームって感覚でやっている人も多いのだろうな。

 

「さて、時間もちょうどいいし、集合場所に向かおうか」

 

「はい。……キャンプ道具はインベントリに入れないのですか?」

 

「リュック背負った方がそれっぽいじゃん!」

 

「そうですか。私は大剣が背中にあるので、ご一緒できませんが……」

 

「それこそ、戦闘までインベントリに入れておけばよくない?」

 

 そうして二人、話で盛り上がりながら、三日前に決めた視聴者達との集合場所へ俺達は向かうのであった。

 小さな背にでかいリュックサックって、ゲームの商人キャラみたいで、ちょっと素敵だと俺は思う。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「どうもー。この前より多い参加者にちょっとびびってる、21世紀おじさん少女だよー」

 

「皆様のマナーが大変よく、助かっております。助手のミドリシリーズガイノイド、ヒスイです」

 

『わこつ』『わこわこ』『わこつでーす』『マナーは大事』『お前らヒスイさんに迷惑かけんなよ』『俺もいけばよかったかなぁ』『ヨシちゃんと行く『Stella』ツアー』『ところでヨシちゃんの格好が珍妙』『ビキニアーマー巨大リュックとかどうなってんの』『確かに背中装備は縛りプレイ的にOKだけどさぁ』

 

「コメントでいろいろ言われているけど、気にせずお前ら、登山するぞー!」

 

「おー!」

 

 俺の掛け声に、集まったPC達が元気に声を返してくる。

 いい返事だ。引率は大変だが、上手くいけば配信的にも見応えはあるだろう。あるかな。あるといいな。でも道中は歩くだけだからなぁ。

 

 ともあれ、町の北門に集まっていた俺達は、ヒスイさんの諸注意を聞いたり、フレンド登録を交わしたりといろいろ済まし、山のふもとまで向かうことにした。三日前に森へと行ったときと同じように、騎乗してだ。

 俺とヒスイさんは、当然、以前購入した羊に乗る。周囲の面々も、好き勝手いろんなものに騎乗している。

 お、空飛ぶ魔法の絨毯なんてあるんだ。面白いな。

 

「最後尾ー、遅れてないかー?」

 

「問題ないようです」

 

 ヒスイさんが、先日戦士ギルドで猟師NPCから教わっていた、周囲を上空から俯瞰するスキルで集団をしっかり監視していてくれるので、安心して進むことができる。

 このスキル、一人称視点じゃなくなるため、スキル発動中は真っ当に自分を操作することができないという。だが、ヒスイさんはすぐに使いこなしてみせた。

 あまりにも高度すぎるAIがゲームをプレイするって、一種の不正行為(チート)にも思えてくるから困る。彼女達AIにも人権はあるので、ゲームをして遊ぶなとは言えないのだが。

 

「到着!」

 

 初心者の町の周辺なので、アクティブモンスターはおらず、すんなりと山のふもとまでやってくることができた。

 よし、登山だ!

 

「じゃあ、ここからは騎乗なしで、自分の足で登ろう」

 

 目の前に鎮座する巨大な山を見上げながら、俺はそう参加者達に言った。

 標高三千メートルあるという巨大な山だ。場所によっては上級者でも苦戦するモンスターが出没する魔境だという。

 だが、山道に沿って歩く分には、ここまでの道中とさほど難易度の変わらない、初心者向けエリアから外れないようになっているらしい。

 そして、山道は山頂まで続いている。その山頂付近でテントを張って、宿泊するのが今回の目的である。

 

 ここは配信専用チャンネルなので、他のプレイヤーと目的地がかち合うこともないだろう。

 万が一かち合っても、このチャンネルを譲って、別の配信専用チャンネルに移動すればいいだけだ。配信専用チャンネルは複数あるのだ。

 

「じゃあ行くぞ。もし集団から遅れた場合は、すぐに俺かヒスイさんまでささやきを送ってくれ」

 

 ささやきとは、遠くのPCと連絡を取れる電話のような機能のことだ。MMOでは大抵この類の機能が実装されている。

 このゲームではキャラクターの名前被りが許容されているため、相手の詳しい連絡先が解らないとささやきを送れない。なので、参加者全員とフレンド登録を町の門の前で済ましたのだ。

 フレンド登録は、あなたとお友達になりましょう……という目的でも用いられるが、ここでは携帯電話の番号交換のようなものである。別に友達じゃなくてもフレンド登録はする。

 

 視聴者のみんなは友達みたいなもんだ、とは言わないぞ。多すぎて個人個人を把握しきれんわ。

 なので、登山中に集団から遅れた人が出ても、こちらからささやきを送るのは難しいのだ。

 

「しゅっぱーつ!」

 

 不安もあるが、俺は楽しい登山になることを祈り、山道を歩き始めた。

 ちなみに俺は素足である。足裏が傷つくのを覚悟して塗り薬もいくつか用意してきたが、以前森を歩いたときにアンロックされた耐久スキルのおかげか、ごつごつした道を歩くと足裏を何かに守られているような感覚になった。うーむ、さすがゲーム。

 そして順調に歩いて三十分ほど。

 

「ひーふーひーふー、スタミナ値が足りん! 歩行スキルと登攀スキルがガンガン上がっていくから、そのうちなんとかなるんだろうが……」

 

『一人だけばたばた歩いているな、ヨシちゃん』『短いあんよだから歩幅が短いのだ』『もはや競歩の域』『スタミナ持続回復魔法とかないのけ?』『俺に任せろー』

 

 と、そんな視聴者コメントが聞こえたと思ったら、俺に聖魔法がかけられた。

 聖魔法は、回復や破邪をつかさどる、ヒーラー御用達の定番魔法スキルだ。コメントを信じるなら、スタミナ回復系の何かをかけてくれたのだろう。

 

「ありがとなー!」

 

「いいってことよー」

 

 いかにもヒーラーですって感じのファンタジー系の格好をした男と、そんなやりとりが交わされる。

 すると、俺に近づいてくる別の男性がもう一人。

 

「ヨシちゃん、これ、スタミナ上昇系の食事効果がある飲み物をどうぞ。天界山羊のラッシー」

 

「これは……ありがたい」

 

 貢ぎはあまりされたくない俺だが、ここは助け合いの場面だ。牛乳瓶に入った飲み物をありがたく受け取っておく。

 うーん、今まさに俺、オンラインゲームをしているって感じだ!

 そんなことに感動しつつ、俺は歩みを一時的に止めてラッシーを一気飲みした。

 空腹度と対になるパラメーターである口渇度が、みるみるうちに回復していく。

 

「うわ、美味いな! もっとゆっくり飲めばよかった」

 

「ははは。まだインベントリにはたくさんあるから、飲みたくなったら言ってくださいね」

 

「ああ、ありがとうな」

 

 空き瓶を相手に返し、俺は再び登山を始める。

 初心者向けエリアだけあって、山道は緩やかである。夏の富士山とかこんな感じなのかな。

 富士山には、残念ながら行ったことがない。俺は生まれも育ちも山形県なのだ。

 

「熊だー!」

 

 と、歩き続けていたらそんな声が後ろから聞こえた。どうやら、アクティブモンスターが出没したようだ。

 だが、テイマーのPCが連れていた大きな狼に、熊系モンスターは一撃で倒された。今回の登山、騎乗は禁止だが、お伴にテイムモンスターを一体連れていくことは許可している。それが活躍したわけだ。

 

 俺は、チュートリアルのスライム以来となるアクティブモンスターの存在に、気を引き締めなければと気合いを入れた。その瞬間だ。

 

「ハゲタカだー!」

 

 俺は、突然の上空からの強襲に、回避する余裕もなく一撃をその身に受けた。

 そして、視界が切り替わる。

 

『死亡しました。復帰ポイントに戻りますか? 自動的に復帰ポイントへ戻るまで残り――』

 

 うわー、一撃死かよ!

 俺はどうやら、魂だけの存在になって、倒れ伏した身体の上の方に浮いているようだ。

 俺の死体の横で、ヒスイさんがハゲタカを両断している。よく見てみると、大きな鳥の死骸が他に三匹、彼女の足元に転がっている。ヒスイさんは顔を歪めているが、鳥の群れを迎撃しきれなかったのがショックだったのかな。

 上から地上を見下ろす俯瞰視点になるスキルを使ってもらっていたので、そこは仕方ないと思うのだが。

 

 そして、俺の近くに先ほど聖魔法をかけてくれたヒーラーがやってきて、なにやら聖魔法を発動する。

 

『蘇生されました。この場で復活しますか?』

 

 はい!

 システムメッセージに答えると、魂が死体に吸い寄せられ、俺は倒れた状態で蘇生した。

 

「復活! 俺、復活!」

 

 俺はすぐさま起き上がり、肌についた砂埃を両手で払った。

 

『一撃死とか』『防具なし天の民マジで脆すぎる』『耐久スキル上げるの茨の道だぞ、これ』『マゾゲー道は険しく厳しい』『ヨシちゃん死亡集入り待ったなし』

 

「頑張れ耐久スキル! なんとか耐久スキルを育てないと、いつまで経ってもオワタ式になるな」

 

『オワタ式とはなんぞ』『まーたヨシちゃんが自動翻訳されない意味不明な話をしだした』『どうせ21世紀の単語なんでしょー』『検索したらやっぱり21世紀のゲーム用語でした』『今は宇宙3世紀ですよ、おばあちゃん』

 

 いいじゃん。21世紀ネタ、売りにしていこうぜ。古典で雅な配信だ。

 

「申し訳ありません。私はヨシムネ様の護衛ですのに、敵の攻撃を許してしまいました」

 

 ヒスイさんがそう謝ってくるが、ヒスイさんは何も悪くない。俯瞰スキルが発動した状態で俺を守るのは、VIPを乗せたリムジンで、運転手に護衛も兼任しろと言っているようなものだ。

 

「いや、初心者エリアのアクティブモンスター程度にやられる俺が完全に悪い。あの程度、避けられたはずだ」

 

 思えば、さほど強襲速度は速くなかったな。

 他のPCに余裕で撃ち落とされていてもおかしくないくらいだ。それがなされなかったということは、所詮は初心者エリアの敵と、みんな脅威に思っていなかったのだろう。ヒスイさんは気づいて大剣で迎撃していたっぽいけど。

 

 ちなみにあの三匹のハゲタカは、このエリアで出没するモンスターではないらしい。

 飛行型のモンスターは時折、持ち場を離れて隣接エリアに移動することがあるとか。

 突然、空からドラゴンが! とかもありえるのか。怖いな。

 

 ともあれ、今後は油断しないようにということで、俺達は登山を再開するのであった。

 サモナー達の手により飛行型の巨大なサモンモンスターが呼び出され、それらが物々しく上空を哨戒しているのは、ちょっとやりすぎかもしれないけれどな。

 



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28.Stella(MMORPG)<6>

 ただひたすらに山道を登り続ける。

 正直杖がほしいところだが、かたつむり観光客は近接武器を装備しないので杖はなしだ。生産活動時に包丁やハサミを持つのはありとしているが。

 

「うひー、うひー、少し道が険しくなってきたな」

 

 子供ほどの大きさの岩が重ねられた道を素足で歩く。大人の体格なら一またぎの道も、小さな天の民の歩幅だと、半ば登るような歩みとなる。体温が上がり、リュックから下げた水筒で水を飲み、汗を流す。

 かなりの有酸素運動だ。リアルでやっていたら、さぞいいダイエットになったことだろう。まあ、ガイノイドだから太らないのだが。

 靴を履いていないというのも、疲労の一原因だったりするのだろうか? 耐久スキルのおかげで足裏は痛くないのだが……。

 

『辛そう』『苦しむヨシちゃん可愛い』『参加しなくてよかったかも』『苦行やなぁ』『MAPが広い類のMMOの野外で徒歩なんて、まずやらんからな』

 

 俺の疲れっぷりが、視聴者にも伝わったようだ。

 これでも、聖魔法と料理で補助効果(buff)がスタミナに上乗せされているんだけれどな。

 ゲーム的なスタミナ値の減少とは別に、蓄積疲労度みたいのが存在していそうだ。

 

「ヨシムネ様。空腹度がそろそろ危険域に入るので、小休憩致しましょう」

 

 ヒスイさんにそう言われて、俺はステータス画面を表示してみる。

 満腹時に100ある空腹度の数値が、40まで下がっている。これが30になるとステータスの低下が始まる。確かに休憩時だろう。

 

「きゅうけーい! 空腹度回復させるぞー! 聞こえたら後ろの人にも伝えてくれー!」

 

 俺はそう後方を行く連れのPC達に叫んで休憩を知らせた。

 そして俺は、ヒスイさんと一緒に近くにある岩に座り、インベントリから包みに入ったおにぎりを取り出した。

 

『それなに?』『なんか包んでる』『なにそれ古風』『空腹度回復させるとか言ってたから、飯か?』『紙に包んであるんですかね。雰囲気出ますね』

 

「そう、これは配信を始める直前に作っておいた、行動食だ。この包みは経木(きょうぎ)っていう、木を薄く切って紙のようにした物だ。中身は、おにぎり。以前やった料理配信で出てきたお米を炊いたご飯を手で握って、塩で味付けした料理だな。はい、ヒスイさん」

 

「ありがとうございます」

 

 経木の包みをもう一つインベントリから取り出し、ヒスイさんに渡す。

 包みは、これまた薄く切った木を紐のようにしたもので縛ってある。それを解くと、中からおにぎりが二個姿を見せた。

 

『ほーん、白くて美味そうじゃん』『米って食ったことないなぁ』『二個入っていてお得』『三角形で可愛い』『海苔は巻いてないの?』

 

「海苔は昨日見つからなかったんだよなぁ。残念だ」

 

 そう視聴者と会話しながら、俺はおにぎりを一つ手に取り、ぱくりと一口食べた。

 もぐもぐ。

 

「うーん、運動した後に塩気のある食べ物は美味いな! そういうところまでリアルを再現していて、びっくりだよ」

 

「なるほど、これが肉体酷使の後の塩分補給……。新しい感覚です」

 

 リアルでは疲れ知らずのガイノイドのヒスイさんが、おにぎりを口にしてそう感心している。

 ゲームの世界だから、必要な栄養素が足りずに体調を崩すとかはないだろうが、栄養補給による快感はしっかりと実装されているようだ。

 しかも、食事を食べ続けても満腹にならずにいつまでも食べ続けることができるとかもあるから、リアルでの食事に興味を失う人もでるだろうな。二級市民の中には、生命維持装置に入って一日中ゲームにログインしている人もいるって話だし。

 人としての何かを失いそうなので、俺はそういうことをするつもりはないが。

 

 そんなことを考えながら、一口、二口とおにぎりを食べる。

 おっ、具が出てきたな。

 

「じゃーん、実は中身に、焼いたマスの身が入っているぞ。本当は鮭がよかったが、売ってなかったからマスだ」

 

『美味そう』『純粋に美味そう』『見てるだけで満腹ゲージ減るわぁ』『この間の配信で米を買ってきた俺勝ち組』『ちまちま食べるロリヨシちゃん』

 

 どうやら、以前の料理配信のおかげもあってか、米はしっかり受け入れられたようだ。

 うむうむ、これからも推せるときは推していこう。日本人のソウルフードだからな。

 

 そして残りのおにぎりもぱくりと食べ、二個目のおにぎりに手をつけようとしたそのとき、ヒスイさんに「少しいいですか」と呼びかけられた。

 

「どうした?」

 

「あちらの方々がお困りのようです」

 

 ヒスイさんが指を差すと、そこには初心者装備に身を包んだ男三人組のPCがしょんぼりと座り込んでいた。

 彼らが何かを食べている様子は見られない。

 俺はおもむろに立ち上がると、おにぎりを片手に彼らに近づいていった。

 

「どしたー? 食料忘れたかー?」

 

「あっ、ヨシちゃん!」

 

「え、ええ……」

 

「山頂で食べる分は用意したんだけど、道中で食べる分は考えになかったんだ」

 

「そうかそうか。見たところ配信に合わせてキャラメイクしたばかりってところかな?」

 

 俺もキャラメイク後に着ていた初期装備に、装飾のない無骨な武器を携えている。十中八九初心者プレイヤーだろう。

 

「ああ、そうなんだ」

 

「配信を見て……」

 

「『Guns Guns Guns』というMMOFPSでの仲間なんだ。そこで配信いつも見てて、ヨシちゃんと一緒に遊べると思ってこっちにも来たわけ」

 

 別ゲーのフレンド同士が示し合わせて、集団でわざわざ配信に来てくれたってことか。嬉しいじゃないか。

 だから、そんな素敵な視聴者には、ご褒美だ。

 

「ほれ、これ食べな。一個ずつだが、まあ山頂までは持つだろう」

 

 俺は手持ちのおにぎり一個と、新たにインベントリから取り出した包みを彼らに手渡す。

 

「ありがとう!」

 

「おお……天使……」

 

「これ、もしかしてヨシちゃんの手作り?」

 

「そうだな。ヒスイさんと二人で一緒に握ったやつだぞ」

 

 俺がそう言うと、彼らは「うおー」と叫んで、おにぎりを手にした。うーむ、いい反応するなぁ、こいつら。

 

『ヨシちゃん優しい』『やっぱりMMOは助け合いなんやなって』『羨ましい奴らめ』『いいなぁ。俺もおにぎり食ってみたい』

 

「おにぎりは簡単料理だから、食べようと思えば簡単に食べられるだろうな」

 

 そう視聴者と会話をしていると、ゆっくりと俺達に近づく者がいた。

 今度は、このゲームに慣れている感じの装備をした男だ。

 

「ヨシムネ様、わたくしめにも手作り料理のお恵みをー!」

 

「なんだ? あんたも行動食忘れたのか?」

 

「いや、ちゃんとあります。でも、手料理ほしいです」

 

「ちょっと待ったー!」

 

 そんな男に向けて横から飛び込んでくるPCが、一人、二人、三人、四人。

 

「初心者支援は仕方なく見逃したが、施しを必要としない熟練者がヨシちゃんから強請ろうなど言語道断!」

 

「お前は召喚飯でも食ってろ! 【サモン:マジカルレーション】!」

 

「てめえ! 私の目の前でマジカルレーションだと!?」

 

「ぎゃあ、料理人ギルドの回し者が!」

 

 思わぬ騒ぎに、周囲にいたPC達が次々集まってきて、さらに騒ぎ始める。こいつら、登山の途中だというのに元気が有り余っているなぁ。

 とりあえず俺は、最初に話しかけてきた男に向けて言った。

 

「残りのおにぎりは四個しかないんだ。だから、持ってる行動食と交換な」

 

 俺は、おにぎりが二個入った包みを男に向けて差し出す。

 

「マジで!? 交換しますします! はい、苺のクリームサンドイッチ詰め合わせ!」

 

「おお! こんなに! ヒスイさーん、一緒に食おうぜー!」

 

 そんな物々交換を見て、周囲のPC達がずるいとか言い始める。

 そうは言うがな。元々交換するために多めに用意したんだぞ。

 

「早い者勝ちってことで。残りの包みは一個だけしかないから、誰と交換すっかな」

 

 俺がそう言った瞬間、PC達は口々に「PvPで決めよう」だとか「テイムモンスター何匹出していい?」だとか「生産主体なんだけど」とか騒ぎ出す。

 そんな話をしていたら……。

 

「ふむ、PvPですかね?」

 

「PvPなら私の出番ですね!」

 

 ほーら、新鮮なチャンプとミズキさんが釣れたよー。

 これ、どう収拾つけたもんかな。

 

「では、じゃんけんで決めましょう」

 

 そうヒスイさんが言い、場はじゃんけん大会へと変わったのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 道中で騒ぎを起こしつつ、俺達は無事に山頂へと到着した。

 標高三千メートルの高さ。眼下には雲が見えており、北の方角を眺めると、雲の隙間から大きな山々が複数連なっているのが見えた。なんとも雄大な山脈だ。

 

 その景色にしばらく見とれていたが、南の方角を見ると、日は段々と落ち始めていたようだった。

 これはいかん。テント泊の準備をしなければ。

 

「よーし、ちょうど都合よく開けた場所があるから、ここにテントを並べていくぞー!」

 

 急いでテント設営だ。

 この『星』ファルシオンは惑星テラ、すなわち地球でのリアルの一日が、ゲーム内での一日となっている。

 そうなると、リアルの日中がゲームでの夜中で固定されてしまう地域の人も出てきてしまう。だが、この時代のゲーマーはゲームの中で生きる人種だ。リアルで真夜中だろうが平気で起き続け、昼間にずっと寝ていても、ゲームの中で健康的な生活を送ってさえいればそれでいいのだ。

 

 さあ、日が暮れる前にテントを張ろう。

 俺は背中の荷物を下ろし、テントを取り出す。予算の都合上、最安値の二人用テントを買ったので、ワンタッチで設置完了とはいかない。

 付属していた説明書を見ながら、ヒスイさんと二人で作業だ。

 まずポールを立てて、テント本体についた専用の穴にポールを通して、テントを直立させる。

 さらにここは山頂で寒いので、テントの床にマットを敷き、完成だ。

 

「うむうむ。剣と魔法のファンタジー世界なのに、21世紀でも使われているテントがあって助かったよ」

 

 俺はそう言って、周囲を見渡す。

 俺達と同じようなテントを使っている人から、「それ小屋じゃない?」っていう物を建てている人までいる。チュートリアルのときに見たゲルも見える。

 

『キャンプええなぁ』『自然を感じる高尚な趣味だわ』『野営とか憧れますね』『アクティブモンスターを警戒する野営とはまた違う』『ヨシちゃんリアルでもキャンプしたことあんの?』

 

「キャンプなら、学生時代に何度か。それよりここ、よく都合よくこんな大人数が泊まれる場所あったな」

 

 山頂付近には、傾きのない平たい広場があったのだ。まさにテント泊してくださいという感じのロケーションである。

 

「本来は、レイドボスを呼び出して戦うためのスペースだそうですよ」

 

 ヒスイさんがそんな補足を入れてくれる。

 レイドボスか。レイドボスとは、大量のPC、それこそ五十人とか百人とか五百人とかが集まって戦う、大規模専用のボスだ。人が大量にいるMMO特有の存在と言えるだろう。

 

『レイドボス呼び出すん?』『そんな不謹慎なこと……』『やろうぜ!』『レイド戦、期待』『そこのレイドボスはサウザンドドラゴンやね』

 

「お前らなぁ……テント設営終わった後にそんなことしたら、全部ぶちまけられて台無しになるじゃないか。それに、これからやることがある」

 

 そもそも今回の俺は、観光に来たのだ。雄大な自然を目で見て肌で感じ、そして……舌で楽しむ。

 

「……テント泊と言えば、飯。登山飯だ!」

 

 俺は右手の拳を力強く握って、そう宣言した。

 すると、周囲のPC達から歓声があがる。さあ、アウトドアを楽しもうか。

 



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29.Stella(MMORPG)<7>

「よーしお前ら、日が暮れる前に飯の時間だー! 各自、用意してきた物を好きに食べていいが、帰りの分の行動食を確保しておくのも忘れずに! 他の人達との料理交換には、気軽に応じてやってくれ! 俺もいろいろ見て回るぞ! それと、聖魔法使いは念のためモンスター避けの結界をよろしく!」

 

 そう大雑把に指示を出して、俺達は食事の用意を開始する。

 リュックサックからコッヘル(アウトドア用の調理器具だ。鍋やフライパン的なアイテムである)を取り出し、さらにストーブ(アウトドア用のコンロ的なアイテムだ)を二つ取り出す。

 ストーブはなんと魔道具で、ガスではなく火魔法のスクロールを燃料にして火を出すらしかった。さすが剣と魔法のゲーム世界である。

 

「よし、じゃあまずお米を炊こうか」

 

 俺がそう宣言すると、ヒスイさんがインベントリから研いだ米と水袋を取り出してくれる。

 インベントリには重量制限があって、ヒスイさんと俺は物を手分けして持ち運んでいる。インベントリは、そのままずばりのインベントリというスキルのレベル上昇で持てる量が上がっていくようだ。

 

『出た、お米』『また会ったなお米ちゃん!』『ヨシちゃんの異様なお米推し』『インベントリに入れるならパンも軽くて悪くないよ』『ポリッジもいいよ!』

 

「お米は日本人のソウルフード!」

 

 そう視聴者にアピールして、コッヘルにお米と水を入れる。水の量はちゃんと量って水袋に入れてきた。

 今朝の下ごしらえで上がっていたであろう料理スキルの時間加速技を最大に使い、米に吸水させる。

 そして、ストーブの上にコッヘルを載せ、フタをしてストーブを点火した。

 

「おお、これが魔法の火! 感動だ!」

 

『感動するようなことか?』『リアルで使う火の方がすごいぞ』『リアルの料理と違ってヒヤヒヤしなくて済む』『いや、ゲームの方が身体の耐久力低いから、燃え移ったら死亡しますよ』『リアルよりゲームの方が弱い人初めて見た』

 

 く、視聴者達め、好き勝手いいよってからに。

 

「さて、お米を炊いている間に、本日のメインディッシュを用意していくぞ! ヒスイさん!」

 

「はい、こちらをご覧ください」

 

 ヒスイさんがインベントリから取り出したのは……ナチュラルチーズだ!

 

「今日の登山飯は、チーズフォンデュだ!」

 

『マジか』『俺も食いてえ!』『チーズフォンデュって何?』『聞いたことない』『美味しいよ』『ヒスイさん解説よろしく』

 

 解説の要望が来たので、俺はヒスイさんに目配せをする。

 ヒスイさんは小さく頷き、視聴者に向けて解説を始めた。

 

「チーズフォンデュとは、チーズを溶かし液状にしたものに、下茹でした野菜や肉、魚介類などを絡ませて食べる料理です。今回、溶かしたチーズには白ワインとミルク、小麦粉を混ぜ、薄く延ばして具に絡ませやすくします」

 

『何そのチーズの暴力任せの料理』『美味そう』『美味いぞ』『また満腹ゲージ減ってきたわ』『くっ、今回は料理回か! ここは危険だ! 俺に任せてみんな逃げるんだ!』『その材料ならリアルで用意できるわ。期待』

 

「じゃあ作っていくぞー。まずは大きめのコッヘルに白ワインを入れて、沸かす」

 

 と、その間に米の方が先に沸いたので、フタの上にそこらで拾った石を載せて、弱火にした。

 料理スキルのアシストが有効なので、炊飯が失敗する可能性は低いだろう。

 

「料理スキルって便利だよなー。そりゃあみんなリアルでの料理なんてできない訳だわ」

 

「自動調理器は時間操作機能のおかげで時間のかかる料理も一瞬で完成しますから、現実世界での料理をするときに必要となる調理時間を煩わしく感じる人も、多いのではないでしょうか」

 

「はー、時間操作機能」

 

 そういえば、この時代の人達は時空観測実験とか言って、過去に干渉したり次元の狭間から人をサルベージしたりできるんだった。国民的猫型ロボットが出てくる漫画の未来技術に片足突っ込んでいやがるな。

 

 そんな雑談で時間を潰している間に、白ワインが沸騰してきた。これでも、料理スキルのおかげで、だいぶ沸くまでの時間が短縮されている。

 

「沸いた白ワインにナチュラルチーズを削って入れていくぞ。ヒスイさんお願い」

 

「お任せください」

 

 ヒスイさんがアウトドアナイフでチーズの固まりを削って、白ワインの中に入れていく。

 チーズはみるみるうちに溶けて、いい香りがしてくる。

 

「うーん、この時点で美味そう。よし、次はミルクを入れるぞ。山羊乳が市場で売っていたから、今回はそれだ」

 

 水袋に入れた山羊乳をさっとと投入。スプーンでかき混ぜ、さらに小麦粉を混ぜると、いい感じのとろみがついてくる。

 

「塩胡椒を少々入れて、完成だ!」

 

「おおー!」

 

 と、そこで視聴者コメントではなく、周囲に集まっていたテント泊登山の参加PC達から歓声があがる。

 料理している間に、いつの間にか集まってきていたのだ。

 

「あんたら、自分のとこの料理はどうしたー?」

 

 PC達にそう尋ねると、彼らは口々に自分達の料理事情を話し出した。

 

「網で肉焼いて食うだけだから、飽きてこっち見にきました」

 

「カレーできたから、ヨシちゃんも食うかなって」

 

「料理スキル育てている奴がいないから、わびしく持ち込んだできあいの料理です……」

 

 なるほどなー。

 

「そっかそっか。じゃあみんなここで一口チーズフォンデュ食っていくか? カレーは少しだけもらうな! 網焼きにもお邪魔しよう。できあい料理のあんたらは、料理持って他のところに混ぜてもらいな!」

 

 そう一方的にまくし立て、俺はインベントリから野菜と肉を取り出した。

 全て一口大に切って、下茹でしてある。

 下茹でしていないとひどいことになるぞ! 登山飯を扱った漫画で、下茹でしないで食う人が出てくるシーンみたことあるな。

 さらに俺は、大量の竹串を取り出して広げた。竹串は料理人ギルドで安く売っていた。

 

「串の先にこうやって具を刺して、このチーズに絡ませて、食う。よし、やってみな!」

 

 俺が手本を見せて食べ方を教えてやると、PC達もおずおずと竹串を手に取り、具を選び始めた。

 その間に俺は、チーズを絡ませた手元の具であるブロッコリーをぱくりと口にする。

 うーん、これはまさに先ほどコメントでもあった、チーズの暴力って感じだ。実に美味い。

 

『幸せそうな顔しやがって……』『んほおおお! 満腹ゲージ減るのおおお!』『チーズか……ピザでも食べるかな』『チーズそんなに食べたことないけど、これ見ると食いたくなってくるわ』『ヨシちゃんが幸せそうで何よりです』

 

 俺の食べる様子に、PC達はごくりと喉を鳴らし、思い思いの具を竹串に刺してチーズに絡ませた。

 そして、それを口へと運ぶ。

 

「こりゃ美味えっす」

 

「チーズ! って感じだ」

 

「料理スキル俺も育てますかねぇ」

 

 うむうむ。好感触のようだ。

 彼らはさらに食べたがったが、他の参加者達にも食べさせたかったので遠慮してもらった。

 彼らの拠点の場所だけ教えてもらい、俺は米を炊いていたコッヘルを見る。そろそろ時間だと料理スキルが告げているのだ。

 俺は重石にしていた石を除け、フタを取って中身を確認した。

 

「うん、つやつやしているな」

 

 炊き上がったご飯を少し取り出して、口に含んでみる。よし、芯も残っていないようだ。

 俺は用意していたしゃもじでご飯を混ぜ、もう一度フタをして蒸らしをさせる。これも料理スキルで時間加速をして、手短に済むようにしている。

 

「さて、蒸らしが終わるまでチーズの時間だ!」

 

「ヨシムネ様、こちらの海老がお勧めですよ」

 

「ぷりぷりしたいい海老だな。……うん、最高だね。美味しいよ」

 

 そうしてしばらくヒスイさんと二人でチーズフォンデュを楽しむ。竹串一本だと具材がくるくる回って食べづらかったので、串は二本使って食べることにした。

 チーズフォンデュを食べたがっていた視聴者のために、味覚と嗅覚の配信機能を使って視聴者に食事データを送ったりもした。

 VRに接続している視聴者なら、一緒にチーズフォンデュの味を楽しんでくれたことだろう。

 

 ときおりテント泊登山参加者のPC達が寄ってくるので、一口チーズフォンデュを食べさせたら、少し雑談してから帰している。混み合わないよう、長話はしないよう注意しながらだ。料理を置いていく人もいるので、それも食べつつ時間は過ぎる。

 やがて、ご飯が蒸らし終わったので、俺は手を拭いてそれをおにぎりにした。

 

『熱くないのそれ』『そうやって作るんだ』『具はないの?』『ずいぶんダイナミックな料理だなぁ』

 

「具はないよ。これは、焼きおにぎりにするんだ。網で焼くんだが……せっかくだから、さっき網焼きしているって言っていた人のところに行こうか。ヒスイさん、ここは任せた」

 

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 ヒスイさんにチーズフォンデュの番を任せ、俺はぶらりと周囲を見て回った。

 うーん、いろんな野営料理をしているな。網焼きに鉄板焼き、鍋料理にパスタ。テントとテントの距離が近いので、互いに交流し合っている様子も見てとれる。

 参加者があまりにも多すぎて、俺が全員満遍なく構ってやれはしないから不満に思っているんじゃないかと心配していたが、この様子なら楽しんでくれているだろう。

 そんな風景を楽しんでいるうちに、俺は先ほどの網焼きPCの拠点へとやってきた。

 

「おーい、楽しんでるかー? 楽しんでるなぁ、酒なんて飲んじゃって」

 

「あ! ヨシちゃんじゃーん!」

 

「いえーい! 楽しんでますよー!」

 

「バーベキューでビールが美味え!」

 

「そうかそうか。ちょっと網の一部を借りたいんだが、いいか?」

 

 俺はインベントリからおにぎりを数個取り出し、彼らに聞いてみる。

 

「どうぞどうぞ」

 

「その白いの焼くの? 何それ」

 

「これはさっきじゃんけんで取り合ったおにぎりっていう料理だ。これを焼いて、焼きおにぎりにする」

 

「そのまんまじゃーん! がはは!」

 

 うーん、酒が入ってテンションマックスになっているな。俺は、配信中なので今回酒は無しにしているから、うらやましい。

 ともあれ、俺は酔っ払いをかわしつつ、網の隅を借りて焼きおにぎりを作ることにした。

 

 まずは、両面に焼き色がつくまで焼く。そして、俺はインベントリからある調味料を取り出した。

 小さな壺に入った、焦げ茶色の液体。

 

「ヨシちゃんそれ何? ウスターソース?」

 

「これは、醤油って調味料だ。ヒスイさんが『コンソメックス』っていう料理人クランから入手してくれた」

 

 クランとは、プレイヤー達だけで作る集団のことだ。固定PTをさらに大規模にした集団である。ゲームによっては、ギルドとかチームとか言ったりもする。

 今回は、料理人プレイヤーの集まりである料理人クランにヒスイさんが連絡を取って、この醤油を少量売ってもらったのだ。

 

「料理配信の時に使っていた調味料かー」

 

「おお、配信見ていてくれたんだな。ありがとう。それで、この醤油を焼いたおにぎりにハケで塗って……」

 

 醤油を塗った面を下にして、網で焼いていく。すると、途端に醤油の焼けるいい匂いがしてきた。

 両面を醤油で焼いて、完成だ。

 

「よし、これはインベントリにしまっておいてっと。網、貸してくれてありがとなー」

 

「待ってヨシちゃん、それ食べないの?」

 

 網焼きのPCの一人が、そう俺を引き留めてくる。

 

「ん? ああ、明日の下山時の行動食だな」

 

「なら! 俺達の料理あげるから、それ食わせてくれ! 嗅いだことない美味しそうな匂いがたまらん!」

 

「んー、何と交換してくれる?」

 

「そうだな、串肉とか食べやすいだろうからどうだ? 天界にいる羽牛の肉だ。極上の肉だぜ!」

 

「じゃ、それで」

 

 俺はそうして牛串肉いっぱいと焼きおにぎり数個を交換して、さらに少しだけ網焼きの肉もその場で食わせてもらって、この場を後にした。

 

「いやあ、ただの焼きおにぎりが超美味そうな肉に化けたぞ。得したな」

 

『俺は焼きおにぎりも美味しそうだと思う』『米というだけでも味の想像が付かないのに、謎の調味料も使っていて味が気になりますね』『天界の牛はすごく美味しいよ』『リアルにいないモンスター系の肉って、味データどこから持ってきているんだろうなぁ』

 

 そんな遅くまで付き合ってくれている視聴者のコメントを聞きながら、そこらをぶらぶらとする俺。

 そして、先ほど聞いていたカレーの場所へとやってきた。

 

「って、カレーはカレーでもインドカレーかよ!」

 

 彼らは、カレーライスではなく、チャパティ(薄くて円いパンの一種)を焼いてカレーを食べていた。

 野外飯イコールカレーライスって思い込んでいたのは俺が日本人だからだが、そういえば参加者のプレイヤーの多くは文化が混ざりまくった地球外在住だったな。野外でインドカレーを食べていても、何もおかしくない。

 

「あっ、ヨシちゃん。カレー食ってく?」

 

「ああ、いただこう」

 

 外で食べるカレーは、カレーライスではなくても格別なものであった。

 そうして周囲を一通り巡った俺は、元の拠点へと戻ってきた。

 空はすでに日も落ちて、暗くなっている。そこらで光魔法やら、焚き火やらで、周囲を照らして視界を確保している。

 ヒスイさんも、焚き火台に持ち込んだ薪を敷き、火を灯して焚き火を作っていた。

 

「ヒスイさん、お待たせ」

 

「お帰りなさいませ」

 

 ヒスイさんがそう言って出迎えてくれる。

 そんな彼女の周囲には、料理が複数置かれていた。チーズフォンデュは、すでに具が品切れになっている様子。人がいっぱい来て、料理を交換していったのであろう。

 

「たくさん料理をいただいてしまいました」

 

「うん、いっぱいだね。食べきれない分は、インベントリに入れて普段の空腹度回復用に使おうか」

 

「では、手分けして収納していきましょう」

 

 インベントリは偉大だ。重量制限はあれども、これがあれば登山飯で出てくるゴミも簡単に持ち帰ることができる。

 こうやって、余った料理も冷めることなく収納することだってできる。ちなみにインベントリの中では時間が停止している。すごい。さすがゲーム。いや、リアルでも27世紀の科学力なら時間停止くらいやってのけそうだが。

 

「はー、それにしても、焚き火って見ているとなんだか引き込まれそうになるね」

 

 収納を終え、俺とヒスイさんは焚き火台の前で二人並んで座ることにした。

 ぼんやりとそんなことを呟く俺の横では、ヒスイさんがストーブを使ってお茶を淹れてくれている。働き者だ。

 

「だからといって、焚き火に飛び込まないでくださいね。ヨシムネ様のHPだと、一発で死亡です」

 

「ははっ、さすがにやらないよ」

 

『うっかりやりそう』『大丈夫、ヨシちゃんにはドジっ子属性はない』『これでドジっ子属性あったら、属性盛り過ぎやな』『焚き火いいよね』『いい……』『なんだか落ち着くわぁ』

 

「視聴者のみんなも、長時間配信に付き合ってくれてありがとな。今日は、テントで寝ている間も配信続けるので、好きな時に離れて好きな時に戻ってきてくれ」

 

『まさかの寝顔配信』『『sheep and sleep』の『Stella』出張版ですね』『はっ、つまり配信つけながら寝たらヨシちゃんに添い寝してもらっていることに』『あなた天才ですか?』『ヒスイさんもついてきてお得感満載』

 

 ははっ、こんな時間でも視聴者は元気だな。いや、地域やゲームによっては、今が真っ昼間ってこともあるのか?

 そんな視聴者との雑談を続けつつ、ヒスイさんからお茶を受け取る。

 そして、時折訪ねてくるハイテンションな参加者の相手をしながら、テント泊登山の夜は更けていくのであった。

 



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30.Stella(MMORPG)<8>

 日はすっかり暮れ、夜の(とばり)が下りる。

 

 空は一面の星の海。焚き火や光魔法の照明があるため、闇夜に浮かぶ完璧な星空とは言えないが、それでも美しかった。

 きっと、地上の明かり量の関係で俺がかつていた21世紀とは、見える星の規模が違うんだろうな。いや、ゲームの中で、しかも地球じゃないから比較は無理か。

 

 ちなみにこの時代の地球は、地上にある建物がほとんど撤去され、自然が復活しているという。

 だから、ヨコハマ・アーコロジーから出て見える星空もきっと、綺麗なんだろうなぁ。

 

「はー、いい星空だねぇ。日の入りも見応えがあったし、山っていいね」

 

 食事をしながら山頂から見た日暮れの風景は、なかなかの物だった。ここは北の山なので、南方向を向くと草原と森が広がっているのだが、雲間から見えるその森に赤い夕日が落ちていったのだ。

 南方向に太陽が見えてたってことは、ここは北半球か。いやまあ、世界移動したときに見えたのは、巨大な亀の上に載った半球で、曲面の方が下になった平らな大地だったのだが。

 

「亀の上に乗った大地なのに、空には星が瞬いているんだなぁ」

 

「天動説が採用された『星』のようですね。この次元の宇宙では、この大地が宇宙の中心です」

 

 ヒスイさんがそう解説しながら、俺に山羊乳のホットココアが入ったマグカップを差し出してくる。

 寝る前の一服か。いいね。いただきます。

 

「はー、落ち着くわぁ」

 

『落ち着きすぎて眠くなってきた……』『静かな配信だ』『見所は少ないけどな』『今回はヨシちゃんを愛でる配信』『のほほんとしているけど、ヨシちゃんは変わらずビキニアーマー』『寒そう』

 

「ビキニアーマーのことは言わんといてくれ……」

 

 アウトドア中に半裸とか、いつ本格派ブッシュクラフト動画撮影を始めるんだって感じだ。

 ふう。ココア美味しい。

 少しずつ飲んでいたが、いつの間にかマグカップが空になってしまった。

 

「さて、寝るか」

 

「はい」

 

 俺はヒスイさんと一緒にテントの中へと入った。二人用なので、さほど広くはない。うーん、三人用にしたほうがよかったかな。

 俺はテントの片隅に置いておいたリュックサックから、寝袋(シュラフ)を取り出し、マットの上に広げる。ヒスイさんも自分の分をインベントリから取り出している。

 さらにヒスイさんは毛布をインベントリから取り出し、並んだ二つの寝袋の上にそっと被せた。

 

 そして、俺達は無言で寝袋の中に入った。

 テントの中はカンテラで照らされている。俺達はその小さな光の中で、ただぼんやりと寝袋に包まれて寝転がっていた。

 そして、ふと思ったことを口にする。

 

「山頂だから寒いと思ったけど、意外とそうでもないな」

 

 それこそビキニアーマーしか着けていないのに。

 

「結界を張ってくださった方の聖魔法のスキルレベルが高かったのでしょうね。結界内部の環境が快適に保たれています」

 

「そっか。厳しい山頂の環境というのにも興味あったけど、テント泊初心者としてはありがたいことだわ」

 

『どういたしまして』『あんたが結界張ったのか』『有能』『名誉ヨシ(みん)の称号をやろう』『ヨシ民って何!?』

 

「はあ、視聴者のみんなも元気だなぁ。あと、名誉市民とかけた日本語のダジャレなんだろうけど、ヨシ民はねーわ」

 

『さーせん』『ヨシ民不採用』『実際のところ、こういう視聴者の呼び名とか決めないの?』『閣下なんかは視聴者を下僕って呼んでるぞ』

 

 閣下って誰だろう。文脈からして、多分、有名配信者の一人かな。

 

「あー、視聴者の呼び名は特に決めないよ。決めたら、なんか配信の方向性が固定されそうでな。これからも俺は好き勝手やっていくぞ」

 

 これからも視聴者のみんなは視聴者って呼び方のままってことだ。

 変に名前つけて内輪の集まりっぽくなってしまったら、新規の視聴者を逃してしまうかもしれないし。

 

「それじゃあ、ヒスイさんおやすみ」

 

「はい、カンテラ消しますね。おやすみなさいませ」

 

 そうして、テントの中は暗くなった。

 テントの外からは、まだ参加者達が起きているのか、人の声が漏れ聞こえてくる。夜通し酒を飲んで騒ぐつもりなのかもしれない。俺とヒスイさんは健康的に寝るけどな!

 

 ゲーム内で寝るのも、『-TOUMA-』での生活ですっかり慣れてしまったなぁ。あのときはゲーム内一日で一時間ずつの睡眠だったけど。

『sheep and sleep』で寝る姿も撮影したし、俺の配信、寝てばっかりだな。

 

 ともあれ、明日も早いしおやすみなさい。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 すんなりと目が覚めた。

 これはゲームなので起床時間を設定できる。そのため、寝過ごすということはない。そういえばリアルでも、ガイノイドのボディになってからというもの、寝過ごしたり朝が辛くなったりとかすることはなくなった。

 寝袋の中から出ると、ヒスイさんも同時に起き出したようだ。

 

「おはようヒスイさん」

 

「おはようございます」

 

 ヒスイさんが丁寧に挨拶を返してくれる。この光景にも慣れたものだ。具体的に言うと、『-TOUMA-』の中で二十年分ほどやった。

 

「視聴者のみんなもおはよう」

 

「皆様おはようございます」

 

『ヨシちゃんおはようー』『こっちは夜だ。おはよう』『ヨシちゃんの寝顔、堪能(たんのう)しました』『寝袋から顔だけ出ていて面白かった』『名誉ミイラ』『寝袋姿ってあんま可愛くないのな』

 

 朝からこやつらは、好き勝手いいよる。

 俺達は寝袋を丸めてそれぞれしまうと、テントの中から外に出た。テントの中は窮屈感があったので、やっぱり三人用テントが欲しいな。

 

 外はまだ薄暗いが、あらかじめ起床時間を知らせていたためか、参加者達はすでに起き始めている。中には徹夜したプレイヤーもいるかもしれない。

『Stella』はゲーム内で長時間睡眠を取らなかったりログアウトしなかったりすると、寝不足というバッドステータスが付くらしい。でも、元のステータスに優れた熟練者的には、一晩の徹夜程度なんともないのかもしれない。

 

「みんなおはよー!」

 

 俺は、周囲に向かって朝の挨拶をした。

 

「ヨシちゃんおはよー!」

 

 そして、元気な挨拶が返ってくる。うむ、よろしい。

 

「日の出を見るぞー! 南東方面に急げー!」

 

「わぁい!」

 

 そうして俺達は山頂の端ぎりぎりに場所を移した。

 眼下に広がるのは薄い雲。そしてその下に広大な草原。目をこらしてよく見てみれば、所々に村があったり、畑があったり、川があったりと、いろいろな景色が楽しめた。

 そして、地平線の向こう。少しずつ空が白んできて、太陽がその頭頂部をゆっくりと見せ始めていた。

 

 大自然の中で見る、日の出である。

 

「はー、観光客って感じがしてきたわぁ」

 

『俺の知ってる観光客と違う』『観光ってこう、他所のスペースコロニーに訪れて施設見て的な……』『惑星テラ住みだけど自然観光ツアーに手が出せない』『惑星在住でもそうなんですね』『惑星マルス観光は安いよ。植生特殊だけど』

 

 惑星マルスは火星のことだったかな?

 環境を地球化するテラフォーミングが進んでいるとヒスイさんから聞いたことがある気がするが、進んでいるといっても自転速度や太陽からの距離が地球とは違うから、一日の日照時間や昼夜の気温差など、技術ではどうしようもない部分もあるだろう。地球と同じ植生というわけにはいかないだろうな。

 

「ゲームの中の自然をこうして気にしたことがなかったなぁ」

 

 そんなことを呟く参加者が、中にはいた。

 このゲームはなかなかの作り込みがなされた大作だと思う。だから、俺の配信を通じて、自分のやっているゲームのよさに気づいてもらえたなら、こんな企画を立てた甲斐があるってものだな。

 

 やがて、日は完全に顔を出し、本格的な朝が訪れた。

 

「さて、朝食にするかー!」

 

「おおー!」

 

 俺は参加者の元気な返事を確認すると、テントの並ぶ場所まで戻ってきた。

 

 さて、今日の朝食は簡単に済ますつもりだ。市場にドライフルーツ入りのグラノーラが売っていたので、それにミルクをかけるだけ。なんとも簡単である。

 自分達でグラノーラを作ることもできたのだが、そうなると小分けに材料を買うことになってかえって高く付きそうだったので、出来合いのグラノーラだ。

 

 グラノーラを用意している間に、ヒスイさんが料理スキルを最大限に駆使してコーヒーを淹れてくれる。

 モーニングコーヒーとは洒落ているね。俺はグラノーラの入った布袋を脇に置いて、コーヒーをゆっくりと飲み始める。

 

 はー、目が覚めるわぁ。元から気分はばっちりだったけどさ。

 

 さて、コーヒーで気力もチャージしたので、朝食の準備を進めよう。とは言っても、二つの器にグラノーラを盛り、山羊乳をかけるだけだ。

 

「よし、できた! 今日の朝食はグラノーラだ!」

 

『いいね!』『昨夜と比べて簡単すぎる』『味、気になります!』『簡単な料理だけど、ロケーション考えると最高なんだろうな』

 

「みんなも、ゲームの中でキャンプとかやってみるといいよ。アクティブモンスターいないところでな!」

 

 市場で安値だった木のスプーンを用意して、俺とヒスイさんは朝食を開始した。

 当然、嗅覚と味覚を視聴者と共有しながらだ。

 

『あんまーい』『楽しい味だな』『ヨシちゃんみたいに優しい味』『ヒスイさんは苛烈』『フルーツがアクセントになっていていいね』

 

 視聴者達が食レポを代行してくれる。便利な奴らだ。もう俺が喋らなくていいじゃないか。

 でも、グラノーラはやっぱり美味い。この味を知ると、コーンフレークには戻れないね!

 

「ヨシちゃーん、グラノーラくださーい!」

 

 と、そんな俺達の食事を邪魔するように、ハイテンションな少年PCが現れた。

 グラノーラのことを知っていたということは、きっとライブ配信を見ていたのだろう。

 だが、今日の朝食は、昨夜のようにみんなに分け与えることはできない。

 

「すまんな。今朝は二人分しか用意していないんだ」

 

「一口! 一口だけでいいから! ほら、ホットサンドあげますから!」

 

「ええ……しょうがないにゃあ」

 

 俺は木のスプーンにグラノーラをすくい、少年PCに向けて差し出した。

 それに彼は、ぱくりと食いつく。

 満足そうな顔をした彼は、俺にホットサンドを渡して戻っていった。

 

『あーんだと……!』『ヨシちゃんのあーん!』『ガタッ!』『私もいかねば』『俺はヒスイさんがいい!』

 

「あーんじゃねえよ! それと、グラノーラはもう売り切れ! 売り切れです!」

 

 そう宣言して、俺はホットサンドに食いつく。むむっ、チーズとポテトとベーコンが挟んであるな。うまうま。

 半分食べたところで、俺はヒスイさんにホットサンドを渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 ホットサンドを受け取ったヒスイさんは、はむはむと食べ始めた。

 美味しそうに食うなぁ。ヒスイさんとリアルで一緒に食事を取り始めた四ヶ月前は、俺の提案だからとりあえず従うって感じで淡々と食事をしていたものだが。食事に対する正しいリアクションの取り方を学んだってことだな。

 

 そうして俺達は朝食を全て平らげた。

 この後の予定は下山なので、ヒスイさんはテントの撤去を始めた。

 一方俺は、まだ食事を続けている周囲に向けて言う。

 

「朝食終わったら、各自テント片付けなー! ゴミは全部回収するように!」

 

 その言葉に、「うーい」だの「へーい」だのだらけた声が返ってくる。

 まだ下山が残っているので、気が滅入っているのだろうか。この場は、登山そのものが好きな人間が集まっているわけではないからな。俺も含めて。

 

 登りは知らない風景を見ながら、楽しみながら登れた。高地で咲く花やノンアクティブの動物など、いろいろな発見があった。しかし、下りも同じ道を進むので、新鮮さは失われてしまっているだろう。

 だけど、帰るまでが登山だ。頑張ろう。

 

 やがて、テントの撤去も全て終わり、下山開始となるはずだったのだが……。

 

「あいつら何しているんだ?」

 

 こちらに集まらず、テントを張っていた広間の中央で何かをしている参加者達がいた。

 置いていくわけにもいかず、様子を見にいこうかと思ったその瞬間。

 

『サウザンドドラゴンが召喚されました』

 

 そんなシステム音声が告げられ、壮大なBGMが鳴り響き始めた。

 そして、上空から飛来する影。

 俺は思わず叫ぶ。

 

「あいつらレイドボス呼びやがった!」

 

『マジか』『ここにきてまさかの展開』『誰かやると思ってた』『テント撤去してからやるあたり、まだ理性がある』『ヨシちゃん、攻撃の余波が届いた瞬間死ぬな……』『盛り上がってまいりました!』『戦おうぜ!』『まさか逃げるとは言うまいね』

 

「くっ、やってやるさ! 皆の者、俺に続けー!」

 

 そうして唐突に始まったレイドボス戦を挟み、俺達のテント泊登山は無事に終了した。

 レイドボス戦の疲れもあってか、下山中は本当にへとへとになったのだが、それでも気力で麓まで下りきることができた。

 町まで戻るために羊を召喚した瞬間、緊張の糸が切れて俺は羊のふわふわした毛に全力ダイブをかましてしまったりした。

 

 そんな参加者達の暴走もあったが、一応、企画は成功を収めたと言えるだろう。参加者達も口々に楽しかった、次回もあれば参加したいと言っていたので、また絶景を求めてどこかに集まるのも悪くないだろう。

 その日まで、このよわよわな天の民PCをちまちまと鍛えておかないとなぁ、と今更ながらに縛りプレイの困難さを噛みしめているのであった。

 



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31.人の金で贅沢したい!

 本日、俺はニホンタナカインダストリのタナカさんに呼び出され、ヒスイさんと一緒にヨコハマ・アーコロジーの市街地に繰り出していた。

 スポンサーとして何か苦言でも言われるのかと戦々恐々としていたが、いざ会ってみるとタナカさんは穏やかな表情。

 配信を楽しみに見ていると言われ、いい動画だと褒めてくれた。編集はヒスイさんなので、実質ニホンタナカインダストリの手柄なんだけどな。

 

「いやあ、君の配信のおかげで、民生用のワカバシリーズとその廉価版のモエギシリーズの発注が、いっぱい舞い込んできていてね。感謝感激だよ」

 

「俺のおかげかは判りませんけど……頑張った甲斐があります」

 

「おやおや、僕相手にわざわざ敬語は使わなくていいよ。いつもの配信みたいに接してくれたまえ」

 

「はあ、それじゃあ。今回の用件というのはなんだ?」

 

「ああ。カメラロボットは言っておいた通り、連れてきているようだね」

 

 タナカさんの言葉に、俺はヒスイさんに目配せする。

 

「はい、この通り。キューブくんです」

 

 そう答えるヒスイさんの胸には、丸い飛行ロボットのキューブくんが抱えられている。

 それを見たタナカさんは、満足そうに頷いて言う。

 

「よし、じゃあ動画撮影といこうか。向かう先は、産業区の飲食店エリアだ」

 

 タナカさんに促され、キャリアーに乗って話の通りに飲食店エリアへと向かう。

 キャリアーの中で詳しい話をタナカさんにうかがうと、なんでも、ご飯を奢ってくれるらしい。

 向かう先は、なんと寿司屋。ヨコハマ・サンポのライブ配信のときにちらりと映った、オーガニックな養殖魚を扱う寿司屋で、寿司を好きなだけ食べていいというのだ。

 俺は、そんなタナカさんに向けて言う。

 

「寿司を奢ってくれるとは……ガイノイドの販売実績のおかげでボーナスでも出たのか?」

 

「ははは、今の時代、企業で働いても、企業からは給与の類は出ないよ。あくまで行政区からクレジット配給を受けるんだ」

 

 そうなのか。所属企業に帰属意識とかできるのか、それは。

 

「頑張っても給与に反映されないとか、モチベーションの維持ができなさそうだな」

 

 と、タナカさんに言ってみるのだが、タナカさんは小さく笑って言葉を返してくる。

 

「お金をもらわないと維持できないモチベーションじゃ、どのみち仕事は長続きしないよ。僕達は、働かなくていい権利を放棄してわざわざ働いているんだ。働くことそのものが好きじゃないと、やっていけないさ」

 

「なるほどなー」

 

 そうして俺達は、寿司屋『天然みなと』にやってきた。

 店員の小気味いい挨拶に迎えられ、俺達は奥のカウンター席に通される。すでに店側に話は通っているのか、宙に浮いて撮影するキューブくんを見とがめられることはなかった。

 なお、完成した動画を店側に確認してもらう作業が必要あるらしいため、今回はライブ配信ではない。

 

「はあ、この雰囲気、まさしく寿司屋って感じだな。寿司文化が途絶えていないとか、やっぱり寿司は偉大だったんだ……」

 

 俺が木造の店舗内を見回してそう感激すると、ヒスイさんが俺に尋ねてくる。

 

「ヨシムネ様は、21世紀で寿司屋に通っていらしたのですか?」

 

「いや、寿司は出前と回る寿司しか食べたことないぞ」

 

「お寿司が回る……ですか?」

 

「ああ、回転寿司。もしかして今の時代に存在しない?」

 

「はい、私が知りうる限りですと、握り寿司と自動調理器寿司の二種類ですね」

 

「そっかー、ないのかー……」

 

 そんな会話をヒスイさんと交わしていると、カウンター内に立っている寿司職人が興味深そうにこちらを見てきた。耳にアンテナが付いているので、アンドロイドなのだろう。

 

「さすがお客さん。回転寿司をご存じとは。あっしは映像資料で見たことがありやすが、あれはわびさびがありやすね」

 

「ええっ、回転寿司にわびさび……」

 

 そんな驚きの会話を交わした後、俺達は出されたおしぼりで手を拭き、そしてカウンターについているナノマシン洗浄機で手をさらに洗った。おしぼりはきっと、雰囲気作りのために出したのだろう。

 

「さて、何から握りやしょうか!」

 

 職人さんが元気にそう告げてくる。

 うーん、回らない寿司のマナーとか知らないぞ。

 俺は両隣にいるヒスイさんとタナカさんにそれぞれ目配せをするが、どちらからも「先にどうぞ」と言われてしまう。

 

「ううむ、ここは……一度寿司屋で食べてみたい物があったから、それにしよう。寿司じゃないけど、卵焼きで」

 

「卵焼きですか。寿司屋でわざわざ選ぶとは興味深いですね。では、私もそれでお願いします」

 

「じゃあ、僕も卵焼きで」

 

 俺の注文に続き、ヒスイさんとタナカさんも追従してくる。

 

「へい、ギョク三つね!」

 

 職人さんがそう返事をしてくるが、彼が動き出すことはなかった。

 火を使うのでカウンターではなく、店の奥とかでやっているのだろう。

 

 少し待つと、店の奥から卵焼きの皿をお盆に載せた和服姿のガイノイドがやってくる。

 そして、俺達の前にそれぞれ卵焼きが並べられた。

 

「それじゃあ、いただきましょうか」

 

 俺はそう言って、箸を手に取り卵焼きを口にする。

 

「うーん、ほんのり甘くて、複雑な味がする。自分で作る卵焼きとは全然違うなぁ。さすが寿司屋の卵焼き」

 

「ええ、上品な味ですね」

 

「この店には昔から通っているけど、卵の寿司は食べても卵焼き単独は初めて食べるなぁ。美味しいよ」

 

 俺が感想を述べると、ヒスイさんとタナカさんも口々に卵焼きを褒める。動画撮影中というのを理解して、ちゃんとコメントをしてくれているようだ。

 この卵焼きはとても美味しいのでじっくり味わおうと思っていたら、無意識のうちに箸が進み、気がつくと皿が空になっていた。うーむ、半端ないな、寿司屋の卵焼き。

 俺はお茶を一口飲んで、一息つく。

 さて、いよいよ寿司本番である。

 

「何から食べようかな。悩むなぁ」

 

「ヨシムネ様は焼き鮭がお好きでしたよね。鮭はどうですか」

 

「サーモンね。いいのが入っているよ!」

 

 ヒスイさんの言葉に、寿司職人が威勢よく応じた。

 サーモン……回らないお寿司なのにサーモンか……。いや、サーモン好きだけどね? 頼むけどね?

 

 俺はサーモンを握ってもらうと、ヒスイさんとタナカさんもサーモンを頼んだ。

 

「別に同じのにしなくていいんだぞ?」

 

 そう二人に向けて言うが。

 

「いえ、同じ味を共有したいので」

 

「動画撮影しているだろう? それなら、同じ物を食べてリアクションを取った方が解りやすいだろうってね」

 

 そう二人はそれぞれ答えてくる。

 まあ二人がそれで構わないならそれでいいのだが。でも、俺のリードに不満は言わせないぞ。

 そして、俺はゲタ(寿司を載せるための台だ)に出されたサーモンの寿司を素手で手に取り、醤油に軽くつけて口へと運ぶ。

 もぐもぐ。

 

「うーん、やっぱりサーモンはいい。この独特の風味がたまらんね」

 

 横を見ると、タナカさんとヒスイさんは箸を使って上品に寿司を食べていた。素手で食べるのは俺だけか。まあ別にいいが。

 

「脂が乗っていますね」

 

「サーモンはこの脂がまたいいんだ」

 

 ヒスイさんとタナカさんもサーモンを満喫した様子。

 さて、次に行こう。

 

「ううむ、じゃあ、ハマチで」

 

 無難な白身を選ぶ。

 ハマチといえば、育ち方や地域によって、ブリ、イナダ、ハマチといろいろな呼び方をする魚だ。

 ハマチは確か、地域によっては養殖の物を差すんだったか。

 

「そういえば、オーガニックな養殖魚を扱っていると聞いたけど、ヨコハマの港で養殖しているのか?」

 

 俺はふと気になったことを職人さんに尋ねてみた。

 

「うちは、東京湾で養殖した魚を仕入れていやす。養殖地はヨコハマではないですがね」

 

「おお、江戸前寿司じゃないか。本格的だなぁ」

 

 東京湾、東京湾かぁ。

 

「21世紀の東京湾といえば、汚い海として有名だったけれど、今はどうなのかね」

 

「綺麗ですよ。過去、惑星テラに建てられた人工物の大部分を自然に戻す試みがなされ、東京湾はその際にヘドロなども浄化されて美しい海へと戻っています」

 

 俺の疑問に、そうヒスイさんが答えてくれた。

 

「そっか。じゃあ、ここの味にはさらに期待が持てるな」

 

「ありがとうございやす」

 

 職人さんはそう礼を言った後、ゲタにハマチを載せてくる。

 それを一口でぱくり。うーん、これも美味いなぁ。

 21世紀と27世紀で寿司の見た目は変わっていないから、これは27世紀の美味しさというより、回らない寿司の美味しさなんだろうな。

 

「次はイカで」

 

 そう注文して出てきたイカは、何やら透きとおっていた。

 

「おお、なんかイカの身が白くない!」

 

「へい、新鮮なイカは、白濁していなくてこう透明なのでさあ」

 

「はー、新鮮なイカ」

 

 職人さんの説明に、俺はオウム返しになる。

 そこへ、ヒスイさんがさらに補足を入れる。

 

「魚介類は水揚げした後、新鮮さを保つため時間停止をして内地へと運ばれます。ですので、新鮮さを保てているのです」

 

「時間停止」

 

 まーた意味不明な科学技術が飛び出してきやがったぞ。

 俺はさらなる説明で頭がパンクするのを防ぐため、会話を打ち切ってイカの寿司を食べた。

 

 うーん、これが新鮮なイカか。

 ……白くなっているやつとは違うという、新鮮だからこそのポイントが具体的に解らん! でも、回転寿司より美味いのは解る!

 そもそもシャリからして美味しいからなぁ。

 

 さて、次だ。

 ……実はずっと、食べたい物がある。でも、これは奢りだ。はたして頼んで失礼にならないかどうか。

 俺は、ちらりと横目でタナカさんの表情をうかがった。笑顔でイカの寿司を食べている。

 

「タナカさん……大トロとかありかな?」

 

「ん? マグロの? ありじゃないかな」

 

「!? では、大トロお願いします!」

 

 ふおおおお! 全日本人の憧れ(誇張)! 大トロ様が降臨なされるぞ!

 目の前に握って出された大トロは、輝いて見えた。

 

「大トロ様じゃあ!」

 

「ふふっ、なんだい、大げさだなぁ」

 

 俺のハイテンションぶりに、タナカさんが失笑して言う。

 

「21世紀初頭のマグロは品種改良がなされておらず、トロは貴重部位として扱われていたようです。海の魚は陸の動物と比べて個体識別が難しく、当時の技術では品種改良もままならなかったのでしょう」

 

「さすがヒスイさん、解説完璧だわぁ」

 

 俺はそう感心しつつ、大トロを手に取って、醤油につける。

 そしてぱくりと一口で頬張る。

 

「!? んぐ。こ、これが、これが全日本人の憧れの味! マグロのあのおなじみの味に、たっぷりの脂のパンチ。そう、俺は脂が大好きなんだ。大満足です!」

 

「はは、本当に大げさだなぁ。……うん、今日も美味いね、大将」

 

「ありがとうございやす」

 

 職人さんと親しげに言葉を交わすタナカさん。

 タナカさん、このアーコロジーの住民じゃないのに、常連さんなのかぁ。さすが一級市民。贅沢をしている。

 だが、そんなタナカさんのおかげで、今日はただで大トロを堪能(たんのう)できたのだ。後で拝んでおこう。

 

 常日頃から人の金で焼肉が食べたいとは思っているのだが、まさか高級寿司店に招かれるとは、人の縁って大切なんだな。

 そんなありがたみを感じながら、俺達はその後も寿司を楽しんだ。

 

 そして、食事を終え、店を後にする。

 

「またいらしてください」

 

 職人さんにそう送り出される。うん、また来ると思うよ。今度は自分の金で。

 

「タナカさん、ごちそうになりました。ありがとうございます」

 

 俺はそうタナカさんに頭を下げる。

 

「いいさ。これからも配信を頑張ってくれれば、また何かあるかもね」

 

「焼肉ごちそうになりまーす!」

 

「ははっ、現金な人だねぇ」

 

「それにしても、奢ってくれるのはいいんだけど、なぜ今回、動画撮影を?」

 

「ネタの提供、ではなくて、もう少し大将の店は流行ってもいいかなって思ってさ。知る人ぞ知るとは聞こえはいいけど、それで潰れたら常連として困っちゃうからね」

 

「なるほどなー」

 

 そうして、俺達はまたの再会を約束して別れることになった。

 その別れ際、タナカさんがこんなことを言いだした。

 

「ヒスイくんが欲しがっていた猫型ロボットペット、君達の部屋に送っておいたよ」

 

 ……あのヒスイさんが品種選びを悩みに悩んで、購入が延び延びになっていた、猫ロボットを?

 

「スポンサーとしての無料進呈だ。しっかりカメラに映して宣伝してくれたまえ」

 

 キューブくん、ヒスイさんの驚愕した顔、ちゃんと撮ってくれていたかな?

 



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32.ヒスイさんが猫を愛でるだけの話

 寿司屋から帰ると、荷物が届いていた。

 これが猫型ペットロボットかな、と伝票を確認しようとした瞬間、横からヒスイさんが荷物をかっさらっていった。

 そして、ヒスイさんは素早い動きで梱包を開いていく。

 

 綺麗な箱から出てきたのは、羽の生えた白猫だった。……羽?

 

「ヒスイさん、こいつなんか羽生えてね?」

 

「スペースエンゼル種ですね」

 

「何それ……」

 

「無重力空間での移動を容易にするために、宇宙暦21年に品種改良して作られたターキッシュアンゴラ系の品種です。この子は、そのスペースエンゼル種をペットロボットとして完全再現しているようです」

 

 その品種改良、遺伝子改造の類だろ絶対……。

 ともあれ、ヒスイさんはこの品種に満足したようで、とろけるような笑顔で眠ったままの猫型ペットロボットを見つめている。

 ……じっと見つめたままだな。

 

「起動してから眺めようよ、ヒスイさん」

 

「初期設定を行なっていました。もう起きますよ」

 

 ヒスイさんがそう言うと、猫はぱちりと目を開けて、ゆっくりとその身を起こした。可愛い盛りの子猫ではなく、大人の猫って感じの大きさだな。

 

「はああ、いいですね。いいですね。おはようございます。はじめまして」

 

 うーん、ヒスイさんが壊れた。

 と、そこで部屋の呼び鈴が鳴った。この音は、荷物が届いた音だ。

 この時代の宅配は全てロボットによって行なわれている。アーコロジーの住居には宅配ボックス的な物が設置されているため、受け取り主はわざわざ玄関先に出て、サインをして荷物を受け取る、という手順を踏まなくて済む。着払いも、届く前に電子マネーであるクレジットで支払える。

 

「ヨシムネ様、荷物を取ってきてください」

 

「ヒスイさん、早速、猫にご執心だね……」

 

 いつもなら届いた荷物はヒスイさんが率先して取りにいくのだが、今は忙しいってことだな。

 俺は失笑を隠しながら、玄関へと向かう。宅配ロボットがわざわざ部屋の中に荷物を運んできていないということは、重たい荷物や壊れ物ではないということだろう。

 

 玄関の荷物入れには、いつも見る箱が置かれていた。この時代、荷物を入れる箱はダンボールじゃないんだよな。謎の防水素材である。

 その箱を俺はヒスイさんのもとへと運んだ。

 自由に動き回る猫を見つめるヒスイさんの横に箱を置き、伝票を確認する。

 

「んーと、猫の玩具」

 

「はい。開封してください」

 

「……かしこまりー」

 

 今のヒスイさんには逆らわない方がいいな。

 箱についたボタンを押して開封すると、中にはさまざまな猫の玩具の箱が詰まっていた。

 

「えーと、蹴りぐるみに猫じゃらし、ボールにネズミロボット……21世紀と発想が変わってないな」

 

 一つ一つ開封していって、ヒスイさんの横に並べていく。すると、ヒスイさんは釣り竿の先にふさふさのルアーのような物体がついた玩具を手に取り、猫の前に垂らし始めた。

 

 ぴょんぴょんとルアーを動かすヒスイさん。だが、猫は視線を向けるだけで、それ以上の反応はしない。

 尻尾がゆっくりと揺れているので何かしらの興味はあるようだ。しかし、ヒスイさんはすぐにルアーを動かすのをやめてしまった。

 

「むむむ! では、次はこれです!」

 

 ボールを手に取り、猫の横に放るヒスイさん。猫は顔をボールの方へと向けたが、飛びつくことはなかった。

 

「むうー! では、ねこじゃらしなら!」

 

 ねこじゃらしをふりふりと振るヒスイさん。だが猫は反応なし。

 激しくゆらしたり、緩急をつけたりもするが。猫は後ろ足で頭をかくのみだった。猫の視線は最初のルアーに向かっている。

 

「なんでですか!」

 

「うーん、まあ猫って気まぐれだからね?」

 

 俺は、開封した箱の中から適当な大きさの物を見つくろい、底部分を開けて空洞にして猫の方へと放り投げてみた。

 すると、猫はぴくりと反応し羽を綺麗に折りたたむと、箱の中に向けて全力でダイブした。

 

「お、この箱を気に入ったみたいだね」

 

「せっかく買った玩具が駄目で、ゴミになる箱がいいのですか……それなら、このキャットトンネルを……!」

 

 ヒスイさんは布でできた折りたたみ式のトンネルを展開し、箱から頭を抜いた猫の前に置いた。でかいトンネルだ。部屋が狭くなるなぁ。

 だが、ヒスイさんの目論見は上手くいかず、猫はまた箱に頭を突っ込んでいた。

 

「なんでですか!」

 

「猫って気まぐれだからね?」

 

 さすが未来SF時代。ロボットながらに猫を上手く再現している。

 

「はあ、まあ可愛いので今のままでも別にいいのですが、できれば私に寄ってきてほしいですね」

 

「猫はこちらから近づくと逃げるというよ。それよりもヒスイさん、猫の名前は決めたのかい?」

 

「いえ、何も考えていませんでした。……ヨシムネ様、つけてくださいませんか」

 

「あれ、俺でいいの?」

 

「ヨシムネ様は、キューブくんやレイクなど、この部屋の住民の名前をこれまでもつけていらっしゃいましたから」

 

「んー、じゃあ、白猫だしイノウエさんで」

 

 寿司屋で大トロが美味かったので、それにちなんだゲームキャラの名前だ。

 

「イノウエさんですね。了解しました」

 

 そうして新たな住民、イノウエさんが我が家の仲間に加わった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「イノウエさん、夕食ですよ」

 

 そろそろ夕方という時間になったところで、ヒスイさんはイノウエさんの食事を用意した。もちろん自動調理器を使ってである。

 食事の内容は、鶏胸肉の水煮。食べやすいようほぐしてある。

 なんでも、イノウエさんはバイオ動力炉が搭載されているらしく、食事をちゃんと与えないと動かなくなってしまうらしい。本格的である。

 まあ、ロボットなので栄養バランスなどは考えなくてもいいし、食べさせると危険な食材なんかもない。

 

 それでもヒスイさんが用意したのは、オーガニックな養鶏の肉だ。

 鶏肉は安いとはいえ、贅沢させるなぁと思う。まあ、今後配信に映すことを考えると、餌代程度は必要経費だ。ヒスイさんが三級市民としての自分の配給クレジットから餌代は出すと言ったのだが、それは断った。だって、俺の部屋の住民だしな。

 

 せっかくだから、猫型ペットロボットの食事風景とやらを見てみようと、俺は深皿を持つヒスイさんを追う。

 彼女が向かったのは、ガーデニングのプランターのある場所だ。

 以前ヒスイさんは、猫型ペットロボットはプランターを倒さないように設定できると言っていたが、その設定はしてあるのだろうか。

 

 と、ヒスイさんの背を追っていたら、彼女が突然その場に崩れ落ちた。

 

「ヒスイさん!? どうした!?」

 

 俺はヒスイさんに駆け寄り、顔を覗き込む。

 

「か……か……か……可愛いです……」

 

 彼女の表情は、とろけていた。

 

 俺は周囲を見回す。すると、イノウエさんは背中の上にマンドレイクのレイクを乗せてうろうろと歩き回っていた。

 そう、イノウエさんはレイクを乗せている。

 

 ……どうなってんだ?

 プランターの土に埋まっているはずのレイクが、なぜ土から出てイノウエさんの背中の上に?

 

「ヒスイさん、ヒスイさん、すまないけど解説頼む」

 

「……マンドレイクは、群れを作る生物です。仲間と共に栄養豊富で安全な地を求め、土から出て動き回る習性をもっています。レイクはまだ小さな苗なので、自分より大きく移動能力のあるイノウエさんの背に乗ることで、より遠くへ移動することができると考えているのでしょう」

 

「ふーん、でも俺とかヒスイさんに、レイクが乗ろうとしたことないよな」

 

「大きすぎて、同種の仲間だと認識できていないのでしょう」

 

 レイクはイノウエさんのことを自分と同じマンドレイクだと思っているってことか。節穴すぎる……。

 

「レイクが今のプランターに収まりきらないほど大きくならないよう、土の栄養を調整しているのですが、レイクはそれがお気に召さなかったようですね」

 

「ここは安住の地じゃなかったかぁ」

 

「自分よりはるかに大きな生物が、二匹も周囲に闊歩していますからね……。それに自分をついばむかもしれない飛行生物……キューブくんもいます」

 

「ストレス環境すぎね!? 枯れないか心配だわ」

 

「長く生活を共にすれば人にもなつくそうですので、気長に待ちましょう」

 

「そっか。なつくといいな」

 

「私はイノウエさんになついてほしいです」

 

 そう会話を締めて、ヒスイさんは床に落ちた深皿を手に取り、イノウエさんへと近づいた。

 

「イノウエさん、ご飯ですよ」

 

 イノウエさんの近くに深皿を置き、ヒスイさんはじっと待つ。

 だが、イノウエさんはレイクを背中に乗せたまま動かない。

 

「ヒスイさん、とりあえず皿から離れたら?」

 

「間近でイノウエさんを観察するせっかくの機会です」

 

「なついたら存分に堪能(たんのう)するといいよ。今は我慢だ」

 

「ううっ……」

 

 ヒスイさんはイノウエさんから距離を取り、皿をじっと見つめた。

 だが、イノウエさん動かず!

 

「ヒスイさん、警戒されているんじゃない?」

 

「ううっ」

 

 ヒスイさんはさらに距離を取り、古典名作野球アニメの弟を心配する姉モードでイノウエさんを見守った。

 すると、イノウエさんは皿に近づいていき、くんくんと鶏肉の匂いを嗅いだ。そして、勢いよく鶏肉にかじりつき始める。

 

「可愛い……」

 

 ヒスイさんがまたとろけておられる。

 まあ、無事に餌やりできたようで何よりだ。

 

「ヒスイさん、俺達も食事にしよう」

 

「私はしばらく眺めていますので、キッチンを自由に使ってください」

 

「あいよー」

 

 俺はヒスイさんから離れて、キッチンへ向かう。自動調理器、一度使ってみたかったんだよな。

 しかし、自分の城であるキッチンをこうも簡単に明け渡すとは、どれだけ猫好きなんだ、ヒスイさんは。

 さて、夕食はどうしようか。メニューを考えながら、俺は視線を横へと向けた。

 

「キューブくん、撮影上手くできた?」

 

 俺がずっと宙に浮いて付いてきてくれていたキューブくんに話しかけると、キューブくんは電子音で肯定の合図を返してきてくれる。

 

「じゃあ、今回は俺が編集して、ネットの海にヒスイさんの動画を流すことにしようか」

 

 こうしてヒスイさんが猫を愛でるだけの動画が、俺の配信ラインナップへ新たに加わるのだった。

 



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33.Soul-CONNECT HOME(ホーム画面)

 イノウエさんが部屋にやってきて数日後。今日はライブ配信の日だ。

 今回は、初回のライブ配信と同じようにSCホームへと視聴者アバターを招いての配信である。配信開始したばかりだというのに、すでに多数の視聴者が詰めかけていた。

 

「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。今回は、VRマシンのホーム画面空間、SCホームの模様替えを行なっていくぞ!」

 

『わこつ』『わこつです』『わこぽっくり』『ようやく模様替えか!』『あれ、ヒスイさんは?』『ヒスイさんおらんやん』

 

 そう、この場にヒスイさんはいない。これではカメラを回す人がいないので、キューブくんにVR接続してもらってカメラを担当してもらっている。

 

「ヒスイさんは我が家の新たな住民、猫型ペットロボットのイノウエさんにご執心でお休みです! 代わりに、カメラ役のサポートロボット、キューブくんにお越しいただいているぞ」

 

『ヒスイさん……』『猫どんだけ好きなんだ』『前から猫欲しい言っていたもんね』『さすがヒスイさんやわぁ』『寝取られたね』『俺も今、猫なのに』『にゃーん』

 

 アバターで直接ライブ配信に参加していない、配信ウィンドウで閲覧している視聴者は、ヒスイさんの設定でSCホームでは猫として表示されるようになっている。

 そんなところにも、ヒスイさんが猫好きだという証拠が残されていた。

 

「今は、大人しく猫と触れあっていてもらおう。ヒスイさんにも休息が必要だよ」

 

『業務用AIだから働き者だよね』『正直ヨシちゃんより配信への貢献大きいわ』『大丈夫? ヨシちゃん一人でできる?』『ある意味これがヨシちゃんの初配信』

 

「まあ、会話の相づちは、視聴者のみんなの抽出コメントに頼むことにするよ。よろしくな!」

 

『会話は任せろー!』『よろしくね!』『これだけ人多いとコメントピックアップされるかどうか』『まあ抽出コメントでだいたい言いたいこと言ってくれる』

 

 合成音声で読み上げられるコメントは、視聴者のコメントの中から総意に近い物を抽出したものだ。たまに変な挙動をするが、今の視聴者の数を考えると手動でコメントをピックアップするのは大変すぎるので、この機能に任せたままにしている。

 

「さて、先ほども言ったが、今回は模様替えだ。テーマをまず決めて、それからちょこちょこいじっていこう」

 

 そして俺は配信の操作画面を呼び出し、空間に投影されたそれを操作する。

 やりたいのは、アンケートだ。

 

「じゃ、テーマ決めアンケート! 1.21世紀日本風。2.宇宙3世紀スペースコロニー風。3.伝統的和風。4.伝統的洋風。さあどれだ!」

 

 アンケート開始と共に、抽出コメントが活発に読み上げられる。総意を抽出とはいっても、意見は様々。

 アバター集団の方からも、わいわいと騒がしく話し合う声が聞こえてきた。VRでのフレンド同士は近くに配置される設定になっているからな。フレンドとアバターで直接会話をしているのだろう。

 

「はい締め切りー。結果はー。おっ、おお! 意外や意外。3の伝統的和風が選ばれたぞー。なんでかな?」

 

『『-TOUMA-』で慣れ親しんだヨシちゃんち』『ヨシちゃんといえば『-TOUMA-』のイメージ』『ミズチから逃げるな』『SCホームでも道場稽古しようぜ!』

 

「なーる。ちなみにアンケートの結果は、3、1、4、2の順番だったぞ。お前らそんなにスペースコロニー風駄目か!」

 

『当たり前です』『なぜゲーム内でもリアルと同じ風景を見なくてはいけないのか』『せめて惑星の自然風で……』『建物じゃなくて自然の中だったらそれに入れてた』『『sheep and sleep』の大自然睡眠いいよね』『いい……』

 

 なるほど、建物じゃないというのもありなんだな。まあ、今回はアンケート結果の通り伝統的和風をテーマにして作っていくとしよう。

 

「じゃあ、プリセットからそれっぽいのを選んでいくぞ。えーと、購入画面起動!」

 

 SCホームの家具アイテム購入画面を開き、プリセット――SCホームの運営によって前もって用意された建物の組み合わせ――を選んでいく。

 

『ノータイムで購入画面を開くヨシちゃんマジ一級市民』『無料分で組むという発想はないのか』『サンドボックスゲームで鍛えた俺の出番かと思ったのに』『まあヒスイさんもいないし、これくらいは仕方ないね?』

 

 そうは言うが、俺には一から部屋の設計とか無理だぞ。

 なので、存分にお金様の力を頼ることにする。スポンサーもついていることだしな!

 

「和風で検索、と。ふーむ。いろいろあるな。城、武家屋敷、長屋、道場、歌舞伎の劇場なんてのもあるぞ」

 

 城は……持てあますなぁ。

 武家屋敷も、俺とヒスイさんの二人で使うには大きすぎるのではないだろうか。

 劇場は、視聴者を席に座らせて舞台の上に俺達が上がるというのもありだろう。だけど、室内に視聴者を押し込めると視聴者が増えていく様子の観察をしにくいからなしだな。

 これからの視聴者増を見越すと客席は、スタジアム程度は欲しくなるな。

 

「んー、じゃあこれかな。日本家屋」

 

 伝統的な日本の家だ。一階建てで広々としているが、武家屋敷よりは狭い。

 俺はそれに決め、すぐさま購入。そして、プリセットをSCホームに適用した。

 

『あ、ヨシちゃん消えた』『ヨシちゃんが建物に飲み込まれた!』『ヨシちゃーん、カムバーック!』

 

「ん? キューブくんはここにちゃんといるぞ」

 

 俺は、適用された日本家屋の居間に立っていた。

 隣では、キューブくんが浮いて俺を内蔵カメラで映し続けている。

 

『配信画面じゃなくて』『アバターから見えなくなってる』『ヨシちゃんが見えない』

 

「あー、家の中だからなぁ。みんなは、どこにいるんだ?」

 

『なんか庭』『近くに池とかあるわ』『雅な庭っぽいけど、多すぎる視聴者で台無しだ』

 

「庭ね。了解」

 

 俺はプリセットに付属していた家の見取り図を参照し、縁側へと向かう。

 縁側からは日本庭園が広がっているのが見えた。そして、その庭に視聴者達が立っていた。

 視聴者の数はどんどんと増え続けているようで、庭に収まりきらず、庭の向こう側の真っ白な空間にまではみ出していた。

 

「うーん、視聴者のみんなが、庭に入りきれていないな。庭拡張して一面芝生にするか」

 

 俺は縁側から下りて、視聴者達の居る庭へと歩いていく。

 

『わー、ヨシちゃんが近くに!』『握手して!』『はいはーい、踊り子さんには手を触れないでくださーい』『そもそもヨシちゃんが俺達のアバターを選択しないと、近くに来ても触れられないんだけどな』

 

 人が多数詰めかけているが、視聴者個々人からは自分が常に最前列にいるように見えている。だから、俺から見える最前列の様子と、視聴者から見た最前列の様子は一致しないのだ。

 視聴者が俺に触れようと近づいても、俺からはその姿を見ることができない。

 仮に特定の視聴者と触れあいたい場合、俺がSCホームの操作画面からその視聴者を選択してやる必要がある。

 

 そういうわけで、俺は密集した視聴者達の中を突っ切って庭の切れ目へと向かう。視聴者のアバターが俺から自然に避けた感じにこちらからは見えたが、視聴者は俺を避けようとはしていないだろう。不思議な感じだ。

 

「うーんと、白い床パネルを指定して、芝生の生成っと。範囲は無限で」

 

 ぽちぽちとSCホームの操作画面をいじり、白い床から芝生を生やす。

 

「うーん、草生える。そういえば笑いを草と表現するスラングは、この時代消滅したんだろうか」

 

『何それ』『草が笑い?』『ちょっと意味解りませんね』『21世紀のスラングが通用する訳ないだろ』『まーた21世紀ネタで視聴者を突き放そうとしているな』

 

「まあそうなるな……」

 

 パソコン通信で使われた笑いを表現する(笑)が、日本語の入力できない海外製MOやMMOの日本人コミュニティで(warai)になって、さらに短縮されてwになって、wwwと並べるようになって、それを草と言うようになった。そんなスラングの誕生経緯を俺は視聴者達に説明した。

 

『MMOから生まれた特殊な言語表現かぁ』『自動翻訳がない時代はそんなことが起こるんだな』『今は育児施設によって使っている言語が違うから、スラングも生まれにくいらしい』『実はわこつが配信界で流行りだしてるぞ』『マジか』

 

「うわ、知らないでわこつ言われた配信者は困惑するだろうな。この配信のローカルネタ持ち出して、他所の配信者のところで使うのはあまりやるなよー」

 

『了解いたした』『でもわこつは今そこそこの配信者が意味知っているんじゃないかな』『時間関係ない挨拶だから便利』

 

 本当かよ。21世紀でいうと、海外も含めた配信界全体で、みんな「いとおかし」って言葉を使っているようなものだぞ。正気なのか未来人。

 俺は思わぬ影響に身震いしながら、縁側へと戻る。そして、先ほどは靴のまま放りこまれていた屋敷に、靴を脱いで改めて上がる。

 

『靴脱ぐんだ』『そういえば『-TOUMA-』でも屋内は靴を履いていなかったような』『床を汚さないための昔の文化やね』『今はナノマシン洗浄あるからそんなの気にしなくていいと思うけど』『俺も部屋では靴脱いでいるぞ。解放感がある』

 

「俺はリアルの部屋でも土足禁止にしているぞ。配信では足元まで映してないから、見えていなかったと思うけど」

 

 ちゃんと玄関に靴置き場と靴箱があるしな。

 ヒスイさんが言うには、ヨコハマ・アーコロジーの居住区では、靴を脱ぐのが一般的なのだとか。すでに意味をなさなくなった日本文化が、この時代まで残っているということだな。

 

『建物に合わせて靴脱ぐなら服装も合わせてほしい』『いいねそれ』『『-TOUMA-』で着ていた民族衣装!』『和服! 和服!』『民族衣装いいよね』『いい……』

 

「ん、着物か。確か『-TOUMA-』のプレイ特典で追加されていたな」

 

 今の俺の格好は、21世紀風の女性ファッションだ。ヒスイさんがコーディネートしてくれたやつである。

 俺はそれを着物にチェンジする。『-TOUMA-』でも着ていた、派手な柄の赤い着物である。

 ゲーム中ではこの格好にたすきをかけて、妖怪退治などもしていた。着物で派手に戦うとか、ゲームだからこそできる無茶である。オプションをいじれば、暴れても着崩れないのだ。

 

『民族衣装女子いい……』『実家のような安心感』『『-TOUMA-』のリアルタイムアタックまだー?』『ヨシちゃんならきっとやってくれる!』

 

「いや、RTAは、ルート調査とチャート作成に時間かかるだろうからやらないぞ。俺がそれに手を出したなら、配信が止まると思え!」

 

『さーせん』『動画供給止めないで』『ヨシちゃんの配信なくなると暇すぎて死んじゃうよお!』

 

「大げさだなぁ」

 

 でも、死ぬほど暇なのは、この時代の人間の抱える疾患のような物なのかもしれない。MMOをプレイしている人間の中には、ゲームとして遊んでいるというよりも、ただの生活の場にしているだけの者もいるだろうし。

 

「さて、じゃあ内装をいじっていくぞ。家屋の中に入るから、アバターで来訪している人は配信ウィンドウを出して、そっちで見てくれ。まあ、別に家の中入ってきてもいいけどな」

 

 縁側からふすまを開けて、室内へと入る。

 すると、そこにはイノウエさんと猫じゃらしでたわむれるヒスイさんの姿が!

 

「……ヒスイさん、いたんだ」

 

「ようやくイノウエさんが心を開いてくださいましたので、お手伝いしにきました」

 

 こちらに視線を向けずイノウエさんを注視しながらヒスイさんが答える。

 

「そっかー。よかったね」

 

 イノウエさんもAI搭載のロボットなので、キューブくんと同じようにSCホームへそのまま訪れることができるようだ。

 これが生身の猫だったら、俺がソウルコネクトチェアに座ってVR接続しているのと同じように、何かしらの接続媒体を用意する必要があっただろう。

 

 まあ、ヒスイさんのことは放っておこう。彼女には休息が必要だ。

 

 そうして、俺は視聴者と相談しながら、内装をいじり始めた。

 和風の建築物に合う無料の家具が少なかったので、クレジットを払って家具を揃えたりもする。

 

『sheep and sleep』のプレイ特典として、寝具一式が揃っていたのは少し驚いた。とりあえず羽毛布団を選んで、押し入れにしまっておく。

 他にも特典として羊を放牧できるようだが、それは止めておいた。

 

「最後に……この『ヨコハマ・サンポ』タペストリーを居間の目立つところに」

 

『ありがとうございます!』『おっ、ハマコちゃんおるやん』『ハマコちゃん!?』『ハマコちゃんお仕事は?』『暇なので配信参加と並行してできますよ! これでも高性能ガイノイドですから!』『観光大使……』『暇なのは俺らもAIも同じなのか』『世知辛い』

 

 いや、ハマコちゃんが暇なのはAIの中でも特殊例だと思うぞ。

 そんな思わぬ人物の登場にも驚きつつ、内装は一通り整った。

 

 そろそろ配信を終えようと、ヒスイさんのいる部屋へと向かう。すると。

 

「……完全に猫の遊び場やん」

 

 キャットタワーにキャットウォーク、そして大きな玩具が所狭しに並べられていた。

 そんな中、イノウエさんはキャットウォークの高い場所で丸まって大人しくしており、ヒスイさんはそれを満足そうに眺めている。

 

「ヒスイさん、これクレジットで買ったの?」

 

 キャットウォークを注視してみると、ギフトとして俺に贈られた有料アイテムとの情報が表示された。贈り主はヒスイさんだ。彼女のポケットマネーで買ったのだろう。ここは俺のSCホームなので、わざわざギフトを贈るという工程を挟んだわけだ。

 

「現実世界では部屋のスペースに限界がありますので、ここを使わせていただきます。よろしいでしょうか」

 

「まあ、別にいいけどね」

 

 そんなヒスイさんの行動を落ちにしつつ、本日のライブ配信は終わりとなった。

 SCホームを改装すると最初に言ってから今日まで、ずいぶんと間を置いてしまった。長らく放置していた案件がようやく片づいて、肩の荷が下りた感じだ。

 

 それにしてもヒスイさん、いつ正気に戻るだろうか。

 そう思っていたのだが、夕食後、配信サービスを確認すると、本日のライブ配信をまとめた動画がヒスイさんの手によってアップロードされていた。リアルではずっと猫を構いながらも、裏ではちゃんと助手の仕事はやっていたんだな。

 俺の中で下がりかけていたヒスイさんの株が、持ち直した瞬間であった。

 



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34.アイドルスター伝説(女性アイドルシミュレーション)<1>

 それは、次の観光のために最低限のキャラ強化をしておこうと、ライブ配信しながら『Stella』でキャラ育成をしているときに起こった。

 

『音痴やん』『酷すぎる』『ヨシちゃん歌下手だったんだ……』『歌唱ライブやってくれると信じてたのに!』『ヨシちゃんにも不可能はあった』

 

 防御目的で聖魔法スキルをアンロックするために、剣と魔法の『星』ファルシオンで教会のクエストを消化していた俺とヒスイさん。

 そのクエストのおまけで、補助効果のある聖歌というスキルがアンロックできることが視聴者コメントで判明し、俺達は教会の聖歌隊と共に聖歌を歌った。

 そのときの視聴者達の反応が、先のようなコメントだったのだ。

 

 ……そう、実は俺、音痴なのだ!

 

 別に歌手でもないんだから歌えなくてもいいだろうと思うのだが、『アイドル的配信者たる者、歌くらい歌えなくてどうする』と視聴者達に反発を食らった。

 しかし、音痴はそう簡単に改善される体質ではない。というか、音痴って肉体依存じゃなくて、魂、精神依存だという事実にびっくりだよ。

 

「あ、でも待てよ。ついでにアンロックされた歌唱スキル鍛えれば、システムアシストで補正してくれるんじゃないか」

 

「駄目ですよ、ヨシムネ様」

 

 背中に豪華な大剣を背負ったヒスイさんが、俺の名案に異を唱えた。

 ヒスイさん、最近リアルでは猫型ペットロボットのイノウエさんに夢中だが、その裏では『Stella』をやりこんでいたらしく、キャラが物すごく育っている。リアルでの生活とゲームでの活動を両立できるのが、マルチタスクで行動を処理できるAIの強みである。

 

「システムアシストに頼っては、ゲーム外で歌えないですよ」

 

「……ゲーム外で歌うことあるの?」

 

「SCホームに視聴者の皆様を招き、音楽ライブ配信を行なうなどが想定できますね」

 

「いや、そんな想定いらねえよ! もう、それ歌手に半歩踏み込んでいるじゃん!」

 

「配信者が歌手になって悪いことなど何もありません。ですので……」

 

 うっ、これは嫌な予感がする。

 

「新しいゲームで鍛えましょう」

 

 そういうことになった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「『アイドルスター伝説』はニホン国区のゲームメーカーが、28年前にリリースした女性アイドルシミュレーションです」

 

「アイドル育成ゲームなのかプロレス漫画なのか判らない、微妙なタイトルしてんな……」

 

 というわけで、久しぶりに時間加速機能を使用しての動画撮影である。

 今は、VR内でゲームを起動して、タイトル画面まで進んでいる。バックでは、女性ボーカルによるアイドルソングが流れていた。

 

「おそらく、その年代を意識したゲームでしょう。舞台となるのは、西暦1993年の日本国。昭和のアイドル黄金時代が終わり、時は平成、J-POP全盛期。アイドルは今や、一部の男性アイドル事務所の者達を除き、お茶の間に姿を見せなくなっていました」

 

 ほう。

 20世紀末が舞台のゲームか。俺の子供時代だな。

 

「そんな中、昭和の女性アイドルに憧れる者が一人……。それがあなた、主人公のヒミカです。ちなみに、名前と見た目は変更可能です。ただし、キャラクターメイクは女性限定です」

 

「アイドルの伝説なのに、アイドル冬の時代が舞台なのか」

 

 1993年といえば、まさに説明があったとおり、人気女性アイドルがほとんどいなかった時代のはずだ。

 もう少し年数を経れば、有名ロックバンドのボーカルが音楽プロデュースをする多人数アイドルグループが出てくるんだけどな。

 

「アイドル冬の時代にさっそうと現れた期待の新星。それは日本の音楽界に多大な影響を与え、歴史とは異なる音楽シーンが描かれていく……という作品のようです」

 

「その期待の新人が、主人公ちゃんってことか」

 

「はい。今回は複数あるシナリオのルート分岐の中でも、歌姫ルートという物を選んでいただきます。これは、徹底して歌唱レッスンが組まれるルートで、システムアシストなしでこのルートを攻略したあかつきには、ヨシムネ様はいっぱしの歌手へと変貌を遂げていることでしょう」

 

「下手すぎて期限切れでゲームオーバーということは……」

 

「今回は、ゲーム上の暦が存在しないモードでプレイしていただきます。つまり、一定の成果を上げるまで、ゲームが進行しません」

 

「それを時間加速機能ありで?」

 

「はい。『-TOUMA-』の時と同じ倍率でよいでしょう。ゲーム上での一日は『-TOUMA-』より長いですが」

 

 久しぶりに出たよ、ヒスイさんのスパルタ面が!

 もし、ここで拒否すれば、ヒスイさんは素直に引いてくれるだろう。

 でもなぁ。配信に必要なことと言われたら、やらないわけにはいかないよなぁ。もはや俺は、配信するために生きているのだ。

 

「NPCとの交流はゲームクリアに必要なため、ある程度していただきます。時間加速機能の倍率が高いので高度有機AIサーバには接続しませんが」

 

「まあ、普通のAIでも十分人間っぽいよな。了解だ」

 

「では、早速始めていきましょう。キャラクターメイク、このゲームではキャラクターエディットですが、いつもの通りですね」

 

 画面が切り替わり、主人公と思われる十四歳くらいの少女が目の前に棒立ちになって現れる。

 服装は、紺のブレザー服だ。学校の制服なのだろう。

 

「名前は本名プレイのヨシムネ。見た目は現実準拠のミドリシリーズだ」

 

 すると、中学生少女の外見がいつものミドリシリーズ、すなわち高校生くらいの銀髪少女へと変わる。

 うむ、ブレザー姿もなかなかいいな。

 

「では、ゲームスタートです」

 

 すうっと目の前が暗くなり、オープニングムービーが始まる。

 それは、日本の音楽史だった。

 

 第二次世界大戦後の音楽から話は始まる。戦後の復興のすぐ傍に寄り添って、歌は存在していた。

 1960年代、70年代と歌謡曲が日本人の生活と共にあり、人々の心を癒やした。

 そして70年代後半、「普通の女の子に戻りたい」と電撃引退をした二人組のアイドルの存在を皮切りに、女性アイドルが次々に誕生。

 やがて80年代に入り、時代はアイドル全盛期となる。多くの人々がアイドルに熱狂した。

 しかし、昭和の時代が終わり、平成が始まった80年代終盤から、女性アイドル達はしだいにお茶の間に姿を見せなくなり、若者達はアイドルソングを聴かなくなる。そして、1993年の今、身近な若者の音楽と言えば、J-POPと言われるようになっていた。

 

 そんな中、一人のうら若き少女が、古き昭和のアイドルに強い憧れを抱いていた。

 その少女は、音楽事務所の数少ないアイドルオーディションを受けるも、全て撃沈。どうにかアイドルになれないものかと、日々チャンスをうかがっていた。

 その少女の名は――ヨシムネ。十四歳の中学生である。

 

『ねえ、ヨシムネ! 学園祭で音楽ステージがあるんだけど、出てみない? ヨシムネ、歌うの好きでしょ? 枠埋めたいんだ。頼むー』

 

 意識が浮上する。俺は、どうやら中学生の女子になったようだ。

 どうやらここは教室で、今、俺は学祭のイベントのお誘いを受けているようだった。

 ふむ、もう喋れるのか? そう思ったところで、頭の中にヒスイさんの声が響いた。

 

『そのお誘いは受けてください。ステージに立つことで、スムーズに大手の音楽事務所へ所属できます』

 

 お、ヒスイさん、どこにいるんだ?

 

『一人用ゲームですので、私は画面には映りません。外からサポートさせていただきます。私に伝えたいことは、頭の中で強く念じてください。こちらでアテレコして、動画に実況として反映しておきます』

 

 むむっ、念じるだと。揚げチキください。

 

『揚げチキとは?』

 

 いや、ただのネタだよ。そういえば1993年のこの頃って、確かもうコンビニが全国に広まっていた時期だったかな。子供の頃だから、詳しく覚えていないけど。

 

『そうなのですか? 細かい店舗の歴史までは私は把握していませんが……』

 

 さあ、どうなんだろう。俺、この頃まだ小学生にもなってないからなぁ。

 

『ヨシムネ、どうかな。受けてくれる?』

 

 おっと、同級生ちゃんに答えないとな。

 

「ああ、受けるよ。どんな曲を歌えばいいかな?」

 

『やった! ありがと! 歌は、このCDの曲を覚えてきてね! じゃ、明日の本番、よろしくね!』

 

「明日かよ!?」

 

 何その突発スケジュール!?

 

『ゲームの最初のイベントですから、日を置かないのでしょう。ゲームの都合は時にリアリティを犠牲にします』

 

 うーん、ヒスイさん辛辣。

 と、さっきの女の子から手渡されたCDケースを俺は見てみる。

 

「うわあ、これ、8センチCDだぞ。懐かしすぎる……」

 

 俺は、縦長のCDケースを眺めてそう言った。

 8センチCD。本来のCDより一回り小さい物で、収録可能時間が短いためシングル曲をリリースするために過去使われていた、音楽史の遺物である。

 いつの間にか見なくなった、そう、確か俺が中学生になる頃には姿を消していた物だ。どういう理由で使われなくなったんだろうな。大きさ統一した方が棚に収めやすいからとかか?

 

 CDケースをまじまじと眺めていると、視界に情報がポップアップしてくる。

 

 学園祭課題曲『アイドルスター!』のCD。本ゲームのオリジナル曲。作曲・作詞――

 

 ふむ、聞き覚えのない曲名だと思ったら、このゲーム独自の曲か。

 ケースを開いてみると、8センチCDがしっかりと収められており、フタ部分の紙には歌詞がこの時代の日本語で書かれていた。

 

 その場で歌詞を眺めていたら、ヒスイさんから連絡が来る。

 

『そのCDを持って帰宅してください。家にCDラジカセがあります』

 

「お、確かに、曲を覚えるなら歌詞だけでなく、音も聞かないとな。さて、帰宅するか。鞄はどれだ?」

 

 俺はとりあえず近くにあった鞄をじっと見つめてみる。

 ヨシムネの学生鞄という情報がポップアップしたので、その鞄にCDケースを突っ込んで、鞄を持って教室を出た。

 すると、視界が暗転し、俺は空の上に浮いていた。

 

「おっ、おお!?」

 

 上空から町並みを見下ろしている。そして、視界にいろいろな建物の情報が表示されており、さらに『行き先を選んでください』というメッセージウィンドウが大きくポップアップしていた。

 なるほど、MAPの移動画面か。

 

「高所恐怖症の人がプレイしたら、大変なことになりそうだな」

 

『そのような傾向がある方は、町のミニチュアを見下ろす形の画面に自動で切り替わります』

 

 なるほど、プレイヤーの嗜好や傾向にゲーム側が自動で合わせてくるって、未来のゲームはやはりすごいな。

 さて、プレイを進めよう。俺はたくさんある建物から、表示が点滅して存在を主張していた自宅を選ぶ。住宅街にある立派な一軒家だ。

 

 すると、またもや視界が暗転し、俺はどこかの家の玄関の中に立っていた。自宅に移動完了したのだろう。

 

「ただいまー、でいいのかな? 母親NPCとかいるのかな」

 

「おかえりなさいませ、ヨシムネ様」

 

「あれっ!? ヒスイさん?」

 

 俺を出迎えたのは、どういうわけかヒスイさんであった。

 

「一人用ゲームだから、出てこられないんじゃなかったのか?」

 

「ゲームをハックして、母親NPCと入れ替わりました。母親との会話は、歌姫ルートには必要ありませんので」

 

「ハックって、いいのそれ」

 

「オンライン接続されていない一人用ゲームですから、問題ありませんよ」

 

 たまげたなぁ。姉を主張していたヒスイさんが、今度は母になってしまった。

 この人、属性盛り過ぎじゃないか?

 20世紀末風の服の上に、ピンク色のエプロンを着けたヒスイさんに、俺は無限の可能性を見いだすのであった。

 



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35.アイドルスター伝説(女性アイドルシミュレーション)<2>

 ヒスイさんが母親になるという衝撃の展開を経て、俺は玄関で靴を脱いで家の中に入り、二階にある自室へと向かう。

 部屋の扉を開けると、飛び込んできたのは女の子女の子した部屋だった。

 

「うっ、これが中学生女子の部屋! 色彩からして可愛いぞ」

 

 そう俺が怯んでいると、後ろからヒスイさんが入室を急かしてくる。

 

「ゲーム内一日にはしっかり時間制限があるので、早くしましょう」

 

「お、おう」

 

 そして俺は鞄の中からCDケースを取り出すと、机の上に置かれていた丸くて可愛いフォルムのCDラジカセに、8センチCDをセットした。うーん、ラジカセか。この時代、まだカセットテープが現役だったんだなぁ。

 

 そうして俺は、CDラジカセを使い曲を再生した。CDラジカセの使い方は視界に情報が表示されていたが、この程度なら補助がなくても使える。

 

「ふーん、ゲームのオリジナル曲だっていうけど、90年代J-POPっぽく仕上がっているじゃないか」

 

「28年前にリリースされたゲームですが、どうやら本格的に日本史の研究をしてゲームに組み込んだようですね」

 

「90年代が日本史の研究対象かぁ。現代史扱いじゃないんだよな……」

 

 俺は改めて、未来に来てしまったんだと実感する。

 そうして曲を聴き終わったところで、視界に文字情報がポップアップしてきた。

 

『カラオケボックスに行き、歌の練習をしよう!』

 

 なるほど、そういう流れね。

 

『カラオケボックスとは――』

 

 と、カラオケボックスについても情報が視界に流れてくる。

 

「未来にはカラオケボックスがないのか?」

 

「居住区の個室は完全防音ですから、歌うなら自分の部屋で歌えばいいのですよ。それと、わざわざ現実世界で歌わずとも、ソウルコネクトしてゲーム内で歌えばシステムアシストが利きますからね」

 

「うーん、楽しいんだけどな、カラオケボックスに行ってみんなで歌うの。あの狭い閉鎖空間がいいというか」

 

 そういうわけで、俺は家を出て、商店街にあるカラオケボックスへとやってきた。

 受付をしてマイクをもらい、個室へと向かう。料金表の類はなかった。ゲーム内マネーの概念が存在しない作品なのだろう。主人公は未成年だし、自分で稼いだ歌唱印税で何かを買うっていうゲームでもなさそうだな。

 

 ちなみにヒスイさんも同伴している。なんでも、カラオケボックスは商店街にあるため、母親NPCの行動範囲として自由に移動できるらしい。

 そのうちゲームの改造範囲を広げて、芸能事務所とか仕事現場にも出没しそうだな、ヒスイさん。母親同伴の芸能活動かよ。子役か!

 

 しかし、カラオケボックスで歌の練習かぁ。

 

「この主人公、アイドルに憧れているのに、歌手の養成スクールとかに通っていなかったのかね」

 

「そこはゼロからのスタートでないと、憑依型主人公としてプレイヤーと足並みを揃えられませんから」

 

 そんな言葉を交わして、個室に入るとまた視界に情報が表示される。カラオケの使い方だ。

『冊子で曲番号を調べて、リモコンで番号を入力しよう!』とある。

 

 21世紀のカラオケと違い、タッチパネル式の曲選択端末なんてものはない。分厚い冊子で歌いたい曲を探し、リモコンでその曲の番号をカラオケ機材に入力してやる必要がある。時代考証本格的すぎるな……。

 

 さあ、早速、課題曲の練習だ。

 リモコンを操作して曲を入力すると、個室内の高所に据え付けられたモニターに曲名が表示される。『アイドルスター!』だ。

 そして、先ほどラジカセで聞いた前奏が流れ始めたので、俺はマイクを持って、胸ほどの高さに設置されたもう一台のモニターの前に立つ。

 

「それでは聞いてください、『アイドルスター!』」

 

 ゲームが始まって一曲目。どうせヒスイさんは編集なしで動画にするのだろうから、視聴者向けに前口上を短く述べて、俺は歌い始めた。

 このゲームの中でも、やはり俺は音痴なままだった。

 設定をいじればシステムアシストが利いて上等な歌声になるのだろうが、ヒスイさんがそれを許してくれるわけもない。

 

 やがて、歌は終わり、俺は部屋に備え付けられたソファに座り込む。

 

「はー、これ、歌詞を覚えるまでやればいいのかな」

 

「いえ、このゲームでは歌唱時、視界に歌詞が自動表示されますので、歌詞を覚える必要はありませんよ。この部屋ではモニターがあるので、表示されませんが」

 

「あー、じゃあ、もう練習は終わりでよくね」

 

「はい、そうですね。学園祭で歌いさえすれば、芸能事務所からスカウトが来る流れですので」

 

「マジかー! さすがゲーム、条件がゆるすぎる」

 

 しかし、そうなるとどうするかな。せっかくカラオケボックスにいるのだ、一曲だけというのも味気ない。

 俺は冊子を開くと、とあるアーティストのページを探し、そしてリモコンで番号を入力した。すると、モニターに曲名が表示された。『愛は勝つ』だ。

 

「うお、マジで入力できた! もしかして、この冊子に書いてある全曲、ゲームに収録されているのか?」

 

「そのようですよ」

 

「本格的すぎるだろ、このゲーム……」

 

 本格的だが、そういうところはきっと歴史マニアにしか評価されていないんだろうなぁ。

 

 俺は再びマイクを持って立ち上がると、始まった伴奏に合わせて、『愛は勝つ』を熱唱した。

 うん、実は俺、歌うのが好きなんだ。音痴だけど。

 だから、もしかしたら音痴が改善するかもしれないという今回の収録に、結構乗り気だったりする。

 

 そして歌い終わった俺は、再び冊子を開こうとして、俺は一つ思い立ったことがあって、部屋の壁に備え付けられた電話の受話器のような物を手に取った。

 

『はい、受付です』

 

「ジンジャエール二つとフライドポテトお願いします」

 

『かしこまりました』

 

 飲み物と食べ物注文できちゃったよ。テーブルの上にメニュー表あったからもしかしてと思ったんだ。

 そして、俺はソファに戻り、また冊子を開いて次の歌を探す。

 

「うーん、やっぱり1994年以降の曲は載っていないっぽいな」

 

「ゲーム上の暦が存在するモードですと、月日の経過で曲が追加されたりもするようです」

 

「こだわりすぎだろそれ……」

 

 そうして俺は、その後も思いつくままに曲を入力して、歌を歌い続けた。『君がいるだけで』『Bohemian Rhapsody』『YAH YAH YAH』『モンキーマジック』その他いろいろだ。俺が子供の頃の曲とか、生まれる前の曲ばかりだが、意外と歌えるもんだな。

 歌っている途中に店員さんが飲み物と食べ物を持ってきて、微妙な空気になるというのも完全再現された。

 

 ヒスイさんにも歌わせようと思ったのだが、遠慮したのでデュエットを頼み込んだ。

『3年目の浮気』を俺が男性パート、ヒスイさんが女性で歌う。

 さらにアイドルゲームをプレイしているので、アイドル曲から『UFO』を選んで二人で熱唱した。

 

 20世紀というこのゲームの時代から考えると、あまりにも古すぎてヒスイさんは曲を知らないはずで、きっとダウンロードなりインストールなりでなんとかしてくれると俺は思っていた。そうしたら、期待通り彼女は美麗な歌声で歌いきった。当然のように歌が上手かった。

 

 そうして二時間ばかり歌いきり、俺達は家に帰る。

 家に帰るとすぐに私室に入り、操作画面から一発でパジャマに着替えて、ベッドに潜り込む。夕食やお風呂は省略されているようだ。まあ、ゲームジャンルは生活シミュレーションではないしな。

 

 そして翌日。ブレザーに着替え、学校へと移動。空のMAP選択画面から直接教室に送られると、そこはお化け屋敷になっていた。なるほど学園祭だからか。でも、クラスの一員だというのに俺、昨日特に手伝いとかせずに帰ってたぞ。

 そんなことを思っていると、昨日の女子NPCが俺に気づいて近づいてくる。

 

『来た来た! ステージすぐだから、更衣室でこれに着替えて!』

 

「え、衣装とかあんの?」

 

『あるに決まっているじゃない! 学園のマドンナ、ヨシムネのワンマンショーよ!』

 

「学園のマドンナとか、古典的な創作要素をぶち込んできたな……」

 

 俺は学校内のMAPを移動し、更衣室で操作画面をいじり、ふりふりの衣装に着替える。『夏のお嬢さん』とか歌いそうな、昭和アイドル衣装だ。

 しかし、今の俺は銀髪なので、昭和アイドルって雰囲気じゃないなぁ。

 

 着替えたところで女子NPCが登場して、体育館のステージの上に連れていかれる。そして、マイクを手渡された。

 もう始まるようだ。ぶっつけ本番すぎる……!

 

『それでは、二年B組が誇る我が校のアイドル、ヨシムネさんに歌っていただきます』

 

 前奏が流れ始め、視界に歌詞の補助表示がされた。

 いいや、やってやろうじゃないか。

 

 そうして俺は、音程の外れた『アイドルスター!』を熱唱した。

 観客の生徒達は、音痴かどうかなど気にしていないのだろう。ノリにノリまくっていて、大いに盛り上がった。

 なんだこれ、気持ちいい。

 

 気づけば曲は終わっていて、俺は観客に向けて「ありがとー!」と叫んでいた。

 そして舞台袖に引っ込むと、女子NPCが大はしゃぎで迎えてくれた。

 絶対アイドルになれるよ、などと言ってくれるが、このNPCには歌の上手い下手を判別する機能が実装されていないのだろうか。

 

『今後登場しなくなるNPCですしね』

 

 俺の内心の疑問に、そうヒスイさんが補足を入れてくる。

 オープニングイベント限定キャラかよ! CDまだ返してないぞ!

 

 そんな突っ込みを内心で入れていたら、舞台袖に新たな人物が入ってきた。

 大人の男性だ。教師だろうか。

 

『ヨシムネさんだね?』

 

「はあ、そうだが。あんたは?」

 

『おっと、失礼。僕は、スターオオタケ芸能プロダクションの大竹というものだ。これ、名刺ね』

 

 さっと名刺を渡されたので、俺はそれを受け取った。

 

 スターオオタケ芸能プロダクション 音楽事業部アイドル課 芸能プロデューサー 大竹歳三(オオタケトシゾウ)

 

 その名刺を女子NPCが横から覗き込む。

 

『プロデューサー! もしかして、スカウト!?』

 

 女子NPCの驚きに、大竹プロデューサーは、ああ、と頷いた。

 

『君の歌は、ひどかったが……』

 

 そう彼は苦笑しながら言う。なるほど、こちらのNPCは歌の上手さ判定をできるAIが組み込まれているのか。

 

『でも、君には光る何かを感じた。僕達のプロダクションでは、失われてしまった昭和のアイドルを復活させようとしている。ヨシムネさん、僕に付いてくる気はないかい?』

 

 なるほど。便利な言葉だな、光る何かを感じたって。それだけ言っておけば、プレイヤーも納得して話を受けるだろう。

 で、ヒスイさん、この話、受けていいわけ?

 

『はい、受けてください。そのスターオオタケ芸能プロが、歌姫ルートのシナリオ分岐をする場所です』

 

「ああ、解った。その話、受けるよ」

 

 俺の返事に大竹プロデューサーは笑顔になり、俺の手を取って握手をしてきた。

 そして、また連絡すると言い残し、彼は去っていった。そこで、視界がだんだんと明るくなり、一面真っ白に。

 やがて視界が晴れると、俺は見知らぬ大きな建物の前に立っていた。服装もいつの間にかブレザーへと変わっている。

 

『おつかれさまでした。これでオープニングイベントは終了です。引き続き、芸能事務所での顔見せに入ります』

 

 そうヒスイさんの説明が入る。

 いよいよ、本格的にゲームが始まるのか。俺は、はたして音痴を直すことができるのか。ゲーム期間に終了期限がないのが、逆に不安になってくるぞ!

 



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36.アイドルスター伝説(女性アイドルシミュレーション)<3>

 大きな建物を俺は見上げる。すると、視界に文字情報が表示された。

 スターオオタケ芸能プロダクション。テレビタレントから映画役者、歌手まで様々な芸能人を抱えている総合的な大手プロダクションらしい。

 

 俺が建物の中に入ると、受付の横に大竹プロデューサーが立っていた。

 

『よく来てくれたね。僕達の城へ案内しよう』

 

 彼に案内され、廊下を進む。途中、何人もの人とすれ違うが、視界に表示される情報で、役者とか子役が混ざっているのが判る。ただの演出としての背景キャラなのか、主要NPCなのか判断がつかないな。

 そして、廊下の突き当たりまで進むと、『アイドル課』と上にプレートが掲げられた扉を開けて、大竹プロデューサーは俺を部屋の中へと招いた。

 

『狭くてすまないね。アイドル事業は斜陽だから、こんな隅っこに押し込められているんだ』

 

 そこは、一軒家の居間を一回り広くしたくらいの部屋だった。

 部屋の中では、三十代くらいの中年の女性と、中学生くらいの少女が椅子に座っていた。

 

『二人とも、紹介するよ。新しいアイドル候補生のヨシムネさん。期待の新人だよ』

 

 大竹プロデューサーの台詞の後、中年の女性が立ち上がり、こちらへと近づいてくる。

 

『ヨシムネさん。こちら、音楽プロデューサーの小里谷薫(コサトダニカオル)さん。なんとあの有名な歌劇団出身なんだ』

 

『小里谷だ。よろしく』

 

「よろしく。歌劇団出身かぁ。道理で背筋がシュッと伸びているわけだ」

 

 どこか凜としているから、男役をやっていたのかな。

 それよりも一つ、気になることがある。

 

「音楽プロデューサーと芸能プロデューサーって、何が違うんだ?」

 

『小里谷さんが君に相応しい楽曲を考え、作詞作曲をして、レコーディングを主導する。僕が君に相応しいアイドルとしての売り方を考え、宣伝し、外から仕事を取ってくる。そういう役割分担さ。もちろん、曲と売り方は合致していないといけないから、よく話し合うけどね』

 

「なるほどなー」

 

 よし、小里谷音楽P、大竹芸能Pとそれぞれ呼ぶとしよう。

 

『そんなことより、私を紹介してよ!』

 

 椅子に座っていた少女がそう言って立ち上がり、こちらに近づいてくる。

 

『ああ、彼女は盾小百合(タテサユリ)さん』

 

『あなたと同じアイドル候補生よ! よろしくしてあげるわ!』

 

 黒髪をツーサイドアップにした美少女が、元気に挨拶をしてくる。

 

「ああ、よろしくな」

 

『もしかしたらユニットを組むかもしれないし、特別に小百合って呼ぶのを許してあげる!』

 

 可愛いキャラだな。さすがアイドル候補生っていうだけある。

 と、そこでヒスイさんからのコメントが来た。

 

『ヨシムネ様、その子の好感度を上げすぎないよう注意してください。デビュー前に好感度を上げすぎると、二人でアイドルユニットを組み芸能界に進出する、〝蘇る昭和のアイドルユニット〟ルートに入ってしまいます』

 

 何それ気になる。他にどんなルートがあるの、ヒスイさん。

 

『そのプロダクション所属ですと、音楽プロデューサーとヒットチャートの頂点を目指す、〝平成の歌姫〟ルート、芸能プロデューサーと二人三脚でアイドルとして大成する〝時代遅れのスーパースター〟ルート、事務所の企画で多人数ユニットを組む〝受け継がれるアイドルグループ〟ルートがあります』

 

 うわー、どれもどんな展開になるか気になるな。

 21世紀にいた頃は、アイドル事務所のプロデューサーになってアイドルを育成するゲームもやっていた。そのシリーズの中でも特に、プロデューサーではなくアイドル本人が主人公になる、外伝的作品が一番好きだったんだ。

 

 ヒスイさんとの脳内会話の最中にも、シナリオは進む。

 大竹芸能Pとの会話を終えた小里谷音楽Pが、こちらを真っ直ぐ見て言ってくる。

 

『では、ヨシムネ。君がどんな歌を歌うのか、早速聞かせてもらうとしよう』

 

 そういうことになったので、部屋を移動してトレーニングルームへ案内された。

 事務所内にこんな設備があるとか、さすが大手だなぁ。

 

『それじゃあ、歌ってもらうよ。曲は学園祭のときと同じでいいかな?』

 

『アイドルスター!』だな。俺はそれで構わないと答え、部屋に据え付けられた機材へ大竹芸能Pがどこから取り出したのか、CDをセットする。

 伴奏が流れたので、俺は視界に表示される歌詞に従い、『アイドルスター!』を熱唱する。

 歌い終わると、大竹芸能Pが拍手をしてくれた。だが、大竹芸能P以外の二人の表情は、明るくない。

 

『音痴ね! 大丈夫かしら、これ』

 

 レッスンルームまで付いてきていた小百合が、はっきりとそう感想を述べてきた。

 まあ、解っていたことだ。その批難は素直に受け止めよう。

 

『発声はしっかりしているが、音程が取れていないな』

 

 小里谷音楽Pがそうコメントをする。

 ふむ、発声は、学生時代の演劇部でつちかった、昔取った杵柄ってやつだな。衰えていないようで何よりだ。

 

『ボイストレーニングは最小限にして、ボーカルトレーニングを徹底的にやらせよう。ダンスはそれが上手くいってからだ』

 

『ダンスもおそらく素人だから、練習をおろそかにはできないんだけどねぇ』

 

 二人のプロデューサーが、そう今後の方針について話し合う。

 

 ダンス、ダンスかぁ。そうだよな。アイドルといえば踊るよなぁ。

 昭和の初期アイドルならともかく、この時代の男性アイドルグループといえば、魅せる派手なダンスがセットだ。女性アイドルにもダンスは必要だろう。

 さすがに、ローラースケート履いて踊れとは言ってこないだろうが。

 

『では、今日から早速始めていくぞ』

 

 そうして俺は、ボーカルトレーナーさんを紹介され、歌のトレーニングを開始することになった。

 小百合が一緒にやりたがったが、好感度を上げないためにそれは断った。

 

 一日三時間の厳しいトレーニング。それが終わると、家に帰り休憩をとった後に寝て、またプロダクションに行ってトレーニングという日々を送る。

 学校パートは省略されているようだ。まあ、アイドルに学校は関係ないしな。

 芸能人がいっぱい在籍している学校に転校して、同業者の生徒と交流というのもゲーム的にありだと思うが。あ、売れっ子は仕事で学校休んでいるだろうから、交流は無理か。

 

 トレーニングの日々。正直よく続けられるなと、我ながら思う。

 だが、これも全て、音痴が少しずつ改善していっているという、結果がついてきているからだ。

 あと、ゲーム内の商店街でゲーム機を購入して、懐かしのゲームソフトで遊んだりして、適度にストレスを発散していたりする。ゲーム内でゲームをする、一般的未来人のような行為をとうとう俺も行なうようになったか……。

 

 そうしてトレーニングにただひたすら明け暮れること、ゲーム内で二ヶ月間。

 俺は、その日も確かな上達を感じながら、トレーニングを終え家に帰っていた。

 

「おかえりなさいませ」

 

 ヒスイさんがエプロン姿で迎えてくれる。うーん、この新婚生活感よ。実態は親子なのだが。

 ヒスイさんの夫の座は、俺ではなく未だに姿を見せていない父親NPCの物だ。

 

「ただいま。そういえばヒスイさん、父親NPCっていないのか」

 

「単身赴任をしているという設定です。ヨシムネ様は、チェーホフの銃という言葉をご存じですか?」

 

 なんちゃらの銃? 聞いたことないな。

 

「いや、知らない。何それ」

 

「ストーリー上に存在する要素は、全て後の話の展開で使うべきだという、劇作のテクニックです」

 

「うーん、つまり?」

 

「父親というキャラクターを出すなら、そのキャラはストーリー上何かしらの役割を負っているべきだということですね。逆説的に言うと、父親がいないということはストーリー上に父親は必要とされていないということです」

 

「えー。でも、にぎやかしは居た方が楽しいだろ。そりゃあ、俺も演劇やっていたから、不要なキャラはいないほうが話がスッキリするのは解る。でも、これゲームだぞ? いた方が雰囲気出るだろ。実際、事務所でも、通行人に芸能人が混ざっているし」

 

「この家は、プレイヤーが毎日帰ってくるスポットです。そこで好感度を稼いでもシナリオになんら影響を与えないキャラクターがいると、プレイヤーの行動を無駄にしてしまうのですよ」

 

「なるほどなー。あれ、ということは、母親はシナリオに影響のあるキャラってこと?」

 

「はい、母親の好感度を優先的に上げることで、〝受け継がれる意志〟ルートに入ります。実は主人公の母親は、元アイドルなのです」

 

「マジで!?」

 

 ヒスイさん元アイドル説。いや、元アイドルキャラを乗っ取っているだけなのだが。

 

「主人公が昭和のアイドルに憧れているのは、母親がアイドルをしていたからです」

 

 そんな設定が、母親に成り代わったヒスイさんから告げられる。

 

「うわ、覚えのある展開だな。娘が人気になってきたら、元大人気アイドルの母親が再デビューして娘の前に好敵手として立ち塞がる展開か!?」

 

 国民的人気アイドルだった母親が、アイドルになった娘と歌で競い合う。俺が好きなアイドルゲームには、そんなシナリオがある。

 

「いえ、母親は現役時代売れないアイドルで、こころざし半ばで引退しています。その母親が歌っていた楽曲を今度こそ人々に知らしめたいと、奮起するのが〝受け継がれる意志〟ルートとなります」

 

「なるほどなー。で、ヒスイさんがその母親に成り代わっているということは……」

 

「キャラクターの乗っ取りにより、母親の好感度が変動しなくなっています。ゆえに、初心者プレイヤーが最初に行きやすいこのルートには分岐しません。安心して私に甘えてください」

 

「いや、とりあえず寝るわ」

 

 俺はずっと立ったままだった玄関から靴を脱いで上がり、二階の私室に向かおうとする。

 

「ずっとトレーニングを続けていてお疲れでしょう。たまには食事を取りませんか?」

 

「……いただこうか」

 

 そうして、俺は音痴を直すためのトレーニングをひたすらに積み重ねていくのであった。

 音程は少しずつ取れるようになってきている。音痴は直るのだ。

 ゲーム一本購入するだけで、21世紀だと高いお金を取られたであろうボーカルトレーニングを継続して受けられるとか、未来の世界は相変わらずすごいなと、俺は感心するばかりであった。

 



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37.アイドルスター伝説(女性アイドルシミュレーション)<4>

 ある日、プロダクションでのトレーニングを終えると、トレーニングルームへ大竹芸能Pが入ってきた。

 珍しいな。いつも、彼はアイドル課の部屋で、黙々と何かの仕事をしているのに。俺も、彼のルートには進むつもりはないので、こちらから話しかけることはしていないのだ。

 

『やあ、ヨシムネさん。少し話があるんだけど、いいかな?』

 

「ああ、かまわないぞ」

 

 特にヒスイさんが止めてくる様子もないので、俺は快諾して二人でアイドル課へと向かった。

 そして、部屋に入り椅子に座ると、改めて大竹芸能Pが話を始めた。

 

『ヨシムネさん。君は昔、一世を風靡した多人数のアイドルグループがいたのを知っているかな?』

 

 1993年より昔の多人数アイドルグループか。ふむ、あれかな。

 

「ああ、確か、にゃんこだかわんこだかいうグループ名の。『セーラー服を脱がさないで』のだよな?」

 

『ああ、そうだ。あれはテレビ番組が主導して作られたグループだったけれど、今回、このプロダクション主導で十人ほどのメンバーを集めてグループを作って、売り出してはどうだって企画が立ってね』

 

 ああ、前にヒスイさんが、多人数アイドルグループのルートがあるって言っていたな。

 この時期、有名な女性の多人数アイドルグループは存在しない。有名ロックバンドのボーカルがプロデュースするグループが『モーニングコーヒー』で衝撃デビューするのは、この何年も後だ。

 

『ヨシムネさん。そのグループのセンターに立ってみる気はあるかな?』

 

『断ってください。〝受け継がれるアイドルグループ〟ルートは、個人の歌の技量はおまけ扱いされます。絶対に話を受けないように』

 

 と、そこでヒスイさんが見事にインターセプト。絶対に話を受けないようにということは、ここでうなずくと好感度とか関係なしにルートが固定されるわけか。

 

「いや、俺はソロアイドルを目指すよ」

 

 俺はそう言って断った。ソロアイドル。つまり、ついでに小百合との二人組ユニットも断ったということだ。

 たかがアイドル候補生の意見が大手プロダクション相手に通るとは思えないのだが、これはゲーム。ルート分岐はある程度会話で操作することが可能だと、この前ヒスイさんにアドバイスされた。

 

『そうか。なら、小百合さんに打診してみるかな。ああ、それと、この企画が始動したら、アイドル課の部屋は広くなるよ。楽しみにしていてね』

 

 そう言って大竹芸能Pは俺の対面から立ち上がると、自分のデスクに戻っていった。

 ふーむ、こんなイベントが発生したのは初めてだな。今までは、日常のちょっとした出来事のいかにも好感度を上げるためにありますよ、といったイベントばかりだったのに。

 これは、もしやメインシナリオが進行したのか? つまり、俺の歌の技量が一定水準まで上がったということか!

 

『その通りです。引き続き頑張ってください』

 

 ヒスイさん! 俺頑張るよ!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 今日も今日とて家からプロダクションに通う。

 直接ボーカルトレーニングルームへ向かおうと思ったのだが、視界に『アイドル課に寄ろう!』というインフォメーションが表示されたので、アイドル課の部屋へと向かった。

 

「おはようございまーす」

 

 業界人っぽく、時間を問わずに「おはよう」を挨拶として使い部屋に入ると、何やら大竹芸能Pと小里谷音楽Pが言い争っている声が聞こえた。

 二人の話を横で聞いてみると、どうやら、俺のデビュー曲をテレビアニメのエンディング曲にするかどうかで揉めているようだ。

 大竹芸能Pは肯定派、小里谷音楽Pは否定派のようだ。

 

『夕方六時に多くの子供達の目に触れる。子供の人気は、アイドルには欠かせない要素だ。児童向けじゃないアニメも、マニア人気が出るかもしれない』

 

 そう大竹芸能Pが主張する。

 ああ、この時代って、幼少の子供向けじゃないアニメは、深夜じゃなくて夕方にやっていたんだったな。

 

『アニメなんぞで音楽生活をスタートさせたら、この子の輝かしいアイドルとしての未来に、汚点が残るぞ』

 

 そう吐き捨てるように言うのは、小里谷音楽P。

 うへえ。さすが90年代前半。アニメへの偏見に満ちている。

 でも、後に大ヒット曲を連発するヴィジュアル系ロックバンドが、初期にリリースしたシングル曲『真夏の扉』は、テレビアニメの主題歌だったりしたぞ。確かこの時期の曲のはずだ。

 

 俺自身はアニメをほとんど見ないが、ゲーマーなんてやっているからか、アニメやアニメオタクに偏見の類は持っていない。

 心情的には大竹芸能Pを支持したいが、歌姫ルートに進む必要があるから、小里谷音楽Pに同調する必要があるんだよな

 

『いえ、芸能プロデューサー側に立ってください』

 

 ヒスイさん? それでいいのか。じゃあ、遠慮なく。

 

「俺は、別にアニメの曲を歌っても構わないぞ」

 

『ヨシムネさん……!』

 

『ヨシムネ、お前本当にそれでいいのか』

 

 いいんだよ。とりあえず、うなずこうと思ったところで、口から勝手に言葉が漏れる。

 

「音楽に貴賤はありません!」

 

 うわ、なんだ。思ってもいないこと喋ったぞ。

 

『シナリオ上必要となる台詞は、自動で喋ります。自由な行動を取ったとしても、その行動に合わせた適切なシナリオが用意されているわけではありませんからね』

 

 テーブルトークRPGの熟練GMみたいに、ゲーム側が即興でシナリオを考えてくれるわけではないってことだな。

 で、今の言葉がシナリオ上必要な台詞だったわけだ。

 そんな俺の言葉を聞いた小里谷音楽Pが、ショックを受けたような顔をしていた。

 

『音楽に貴賤はない……』

 

 そんなに衝撃を受けるような言葉かね?

 まあ、彼女には俺から言いたいこともある。

 

「人間誰しも音楽に好き嫌いはあるさ。俺も一部のジャンルはちょっと苦手だしな。でも、だからといって嫌いな音楽を歌った人が、汚れたりするわけじゃあないさ」

 

 適当にそれっぽいことを言ってみる。何かいい台詞をここで言えるほど、俺は音楽に熱心というわけではない。だが、「汚点が残る」はいくらなんでも言いすぎなので、反論させてもらった。

 

『じゃあヨシムネさん、デビュー曲はアニメのエンディング曲にする方向でいいかな? ちなみに、アニメはスペースオペラ系のライトノベル原作だ』

 

 そう大竹芸能Pが言う。

 ライトノベルか。中高生の若者向け、そしてオタク向けの娯楽小説だ。そのアニメ化というのだから、まさしく児童向けじゃないアニメってやつだな。問題はない。

 いよいよデビュー曲が決まるのか。楽しみだなぁ。

 

「あ、待てよ。俺が歌うってことは、曲を作るのは小里谷音楽P?」

 

 俺がそう言うと、小里谷音楽Pは苦い顔をした。

 

『……その通りだ』

 

『原作小説を渡しておくから、しっかり読みこんでおくれよ』

 

『はあ、どんな曲を作ればいいのかさっぱりだ』

 

 小里谷音楽Pが困ったように言う。

 歌劇団出身でアイドル曲を手がけている人に、ライトノベル原作アニメの歌を作れだからな。困惑もするだろう。

 

「まあ、頑張れ。俺は小里谷音楽Pの曲で音楽界のてっぺんを目指すからな」

 

『!? ああ、いい曲を用意しよう』

 

 そうして数日後、小里谷音楽Pは新曲のデモテープを用意してきた。仕事が早い。

 曲名は『星の海を泳いで』。華やかでアイドルに相応しい曲だった。これが使われるアニメのエンディングも、きっと明るい作画になることだろう。

 ちなみに、デモテープに吹き込まれた小里谷音楽Pの歌声は、曲調に合わず勇ましかった。思わず本人の前で笑ってしまったのは、仕方のない事故だったと言えよう。

 

 曲の完成に合わせて、ダンスのトレーニングも始まった。一人で行なっていたボーカルトレーニングとは違い、ダンスの基礎練は、他のアイドル候補生と一緒にやることがある。

 オーディションで集まった十人の新アイドル候補生達。それをリーダーである小百合が見事にまとめあげていた。彼女達は、合計十一人のアイドルグループとしてスタートする予定だ。

 

『いいわね、ヨシムネは。もうデビュー曲が決まったのよね』

 

 俺と一緒にダンスの基礎練を終えた小百合がそんなことを言ってくる。

 

「ああ、小里谷音楽Pがすごい早さで用意してくれたよ」

 

『うらやましい! 私達のデビューはいつかしら』

 

「さてね」

 

『私もドサ回りってやつ行きたいわ!』

 

「ドサ回りねぇ。……え、そんなのやるの?」

 

『大竹から聞いてないの? デパートとかショッピングモールを回って、一曲だけのミニライブでお披露目するって』

 

「うへぇ。まだ歌に自信がないんだけどな……」

 

『テレビアニメの放送日っていう期限があるのでしょう? もう逃げられないわよ!』

 

 アイドル斜陽の時代に、ミニライブかぁ。人集まらなくてきついだろうなぁ。

 そう思いつつ、俺はミニライブ初日を迎えた。場所はショッピングモールだ。

 

「現代に蘇ったアイドル、ヨシムネです! 今日は私の歌を聴いていってください!」

 

 俺の口から自動でそんな台詞が飛び出す。うーん、俺はゲーム中でもいつもの口調を止めるつもりはないんだけどな。自動台詞は敬語がお好みらしい。

 ともあれ、伴奏が始まったので、俺は散々練習したダンスを踊る。

 ダンスとは言っても、一人で歌いながらなのでそんなに激しくはない。以前ネットで見た、北海道を舞台にしたギャルゲーのオープニング曲の声優ライブバージョンみたいな、息切れする激しいダンスじゃなくてよかった。

 というかヒスイさん、今回歌唱の練習のためのゲームプレイなのに、なんでダンスにまでシステムアシストが無効になっているのかな?

 

『今後、ダンスの高い技量が必要になるかもしれないと思いまして』

 

 畜生め!

 ともあれ、俺は一曲無事に歌い終わった。

 

「ありがとうございましたー」

 

 なお、通りかかる人はいたが、最後まで聞いてくれる人はいなかった。ゲームなのに世知辛い!

 そんな空振りミニライブをあちこち回ってこなしていく。

 中には、アニメのエンディング曲と聞いて、少数のお客さんが盛り上がった所も存在した。秋葉原である。

 

「うーん、この時代の秋葉原って、オタクの聖地じゃなくてただの電気街じゃなかったか?」

 

『私には判断しかねます』

 

 まあ、20世紀末の事情なんてヒスイさんには解らないか。俺もこの時代はよく解らん。

 

 そしてミニライブの最中に、今回のデビュー曲のMV(ミュージックビデオ)を撮る。

 いかにも低予算といった感じで、小さな倉庫の中で様々な角度や照明を駆使して撮影を行なった。このMVは一度テレビで流してくれることが決まっているらしい。後は、CDの売上がよければいろいろな音楽番組で流れることもあるとか。

 

 はたしてミニライブとMVの効果はどれだけあるのか……。やがてアニメは無事に放送開始となり、CDの発売も始まった。

 インターネットの存在がまだ広まっていないパソコン通信の時代なので、エゴサーチして評判を見るということができない。なので、人気があるかどうかの指標はCDの売上に全てが委ねられているのだが……大竹芸能Pによると、売上はこの時代のアイドルにしてはそれなりだったらしい。

 

『ファンレターが届いているよ。見るかい?』

 

 ある日、プロダクションのアイドル課の新部屋で、大竹芸能Pが紙の束を持って俺の所にやってきた。

 

「おっ、見る見る」

 

 ファンレターね。このゲーム、そんな要素もあるのか。

 どれどれ……うん、いい曲ですって感想ばかりだな。可愛らしいミドリシリーズの容姿に触れないとは、いかにもこの時代の音楽ファンって感じだ。

 

「このファンレターは、俺より小里谷音楽Pに見せた方がいいんじゃないか?」

 

『ははっ、もう見せたよ。まあ、世間での評判は良好だ。プロダクションもプッシュしてくれるようだから、今後はテレビでのお仕事もあると思ってね』

 

 マジか! さすが業界大手プロダクション。やるときはやってくれる。

 

『ヨシムネさんには、是非とも人気を獲得してもらわないとね。君が人気になればその分、後続の小百合さん達を売り込むのが楽になる』

 

 あ、それはどうでもいいです。

 俺は、歌を上手くなるためだけに頑張るんだ。アイドルの仕事をしつつも、オフの日は常にボーカルトレーニングを続けている。

 当面の目標は、〝平成の歌姫〟ルート突入。歌姫か。なってやろうじゃないか。

 



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38.アイドルスター伝説(女性アイドルシミュレーション)<5>

 まどろみの中、身体を揺さぶられる。

 

「ヨシムネ、起きなさい。朝ですよ。起きなさい」

 

 眠い。寝かせてくれ。

 

「母ちゃん、あと五分寝かせて……」

 

 農家は自由業。出荷がない朝は、好きなように眠るのだ……。

 

「ふふっ、はい、お母さんですよ、ヨシムネ」

 

 ……背筋がスッと冷えた。

 

「母ちゃんじゃねえ、ヒスイさんだこれ!?」

 

 がばりと布団をはねのけて、俺は飛び起きた。

 周囲を急いで見回すと、俺の横でエプロン姿のヒスイさんが正座していた。

 

「まだ眠っていていいのですよ、ヨシムネ」

 

「いや、ヒスイさん。母親ロールプレイはいいから」

 

「……そうですか、残念です」

 

 あー、全くもう、完全に寝ぼけていた。

 ガイノイドのボディになってから、寝起きにこんなヘマかますのは初めてだぞ。

 そもそも、ボディに寝ぼけるという機能がついていない。毎朝すっきりのお目覚めだ。じゃあ、なんで寝ぼけていたのかというと。

 

「『sheep and sleep』の二度寝機能、いい機能だと思っていたんだけどなぁ。ヒスイさんに隙を突かれたよ」

 

 そう、ここは『sheep and sleep』の中。『アイドルスター伝説』で一枚目のシングルをリリースしてから一区切りつき、シナリオ進行が再び俺の歌唱力アップ待ちとなったので、一度ゲームの外に出てプレイした分の動画を投稿することにしたのだ。

 だが、リアルではまだ真夜中だったらしく、『sheep and sleep』で朝まで眠ろうという話になった。そこで俺がオプションをいじっていると、わざと寝ぼけさせて二度寝を誘発する機能というのがあったため、試してみたのだ。

 しかし、まさかこんな不意打ちを受けるとは思ってもいなかった。

 

「ヒスイさんは、俺の母親にでもなりたいの?」

 

「なりたいのではありません。もうなっているのです」

 

「何言ってんだ、この人」

 

 本当に何言ってんだ……。

 

「ヨシムネ様は、元の時代に家族を残してきています。ですので、家族に飢えているのではないかと思い、お節介を」

 

「いやあ、それはないんじゃないかな……。三十歳越えてて、本来なら家族から独立しているような年齢だぞ、俺」

 

 一人っ子で、農家を継ぐためにずっと実家に住み続けていたけどさ。

 まあ、家族に飢えてはいないが、あの時代に残してきた家族が心配ではある。畑はそのままなのに住む家が消滅しているからな。両親は二人ともまだ五十代だったから、介護とかは心配しなくてもいいのだが。

 

「両親に『元気に生きています』ってメッセージでも送れたらいいんだが……それは無理だろ?」

 

「技術的には可能ではありますが、法的には観測以外の過去への干渉は禁じられていますね」

 

「それならまあ、上京でもしたつもりでいるさ。職業は配信者ですとか、もし両親が聞いたらどう思われるかは解らんが」

 

 母ちゃんは笑って流しそうだな。親父は……農家以外認めないって人だったからなあ。

 俺も子供の頃から農家になるって思っていたから、そんな親父との衝突もなかったんだが。

 

 そんな話をしているうちに、俺の目は完全に覚めた。

 

「では、現実世界に戻って朝食にしましょうか。動画の編集は終わっていますので、それを見ながらお待ちください」

 

「おっ、どんな出来になっているかな」

 

「ヨシムネ様の歌の上達具合が見てとれる、そんな構成にしておきました。キャラクターとのイベントシーンは最小限ですね」

 

「主軸はゲームじゃなくて俺かぁ……」

 

 そんな言葉を交わしながら、俺達はVR空間からログアウトをした。

 さあ、朝飯食ったらゲーム再開だ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 二枚目のシングルCDのリリースが決まった。それと同時に、小百合をリーダーとした十一人のアイドルグループもデビューが決まる。

 俺とアイドルグループの楽曲は、両方とも小里谷音楽Pによる作詞作曲だ。

 

 小里谷音楽Pの作る曲は、明るくどこか懐かしい歌謡曲だ。

 彼女は昔アイドルに憧れていて、歌劇団引退後、アイドル歌謡曲のような曲を作りたいと思い、作曲家の道へと進んだらしい。

 

 ただ、懐かしいとは古くさいと同義であり、はたしてこのままで本当に音楽界の頂点に立てるのかは疑問である。

 俺が宿っている主人公的には、憧れの昭和アイドルらしい曲を歌えて満足なのだろうが……。

 

 そんな不満に近い何かを抱えながら、俺は歌を練習し、ダンスの特訓をする。一日に練習できるのは三時間だけ。

 暦の存在しないモードでプレイしているが、CDの発売日が決まってからは練習期限が設定される。

 すでにシナリオ進行に必要な技術水準はクリアしているので、その期限までに何かをできるようになっていなければならないということはないのだが。ただ、発売日前後には、テレビ局を回っての音楽番組出演が待っているらしいから、練習に身が入るってもんだ。

 

 そうして、練習の日々が続き、発売日直前。

 俺は、民放キー局のゴールデンタイム放送というすごい特別音楽番組に出演していた。主人公は未成年なので、生放送ではなく収録番組だ。

 正直、こんな番組に出られるほど最初のCDが馬鹿売れしたわけではないのだが……そこはプロダクションの力か。

 俺の出番は、司会とそれらしい会話をして、新曲を一曲歌って終わりだ。意外とすんなり終わった。

 

 だが、その後に俺は、とある人物と面会することになった。

 テレビ局の楽屋に、大竹芸能Pが一人の男性を連れてやってきたのだ。

 

『ヨシムネさん、この人は有名な作曲家さんでね……』

 

 話を聞くと、大物作曲家であり、J-POPの分野でヒット曲を何曲も出している時代の寵児らしい。

 なぜそんな人が俺の楽屋に来ているのかというと、この大物が俺の歌声を気に入り、自分の曲を歌わせる気はないかと大竹芸能Pに打診してきたらしい。

 

 時代の寵児と言われて気になったので代表曲を尋ねてみるが、聞き覚えのない曲名ばかりだ。おそらく、このゲーム固有のオリジナルキャラクターだな。このゲーム、オリジナル曲もクオリティ高いんだよな。

 

『当然ですが、その話、断ってくださいね』

 

 そうヒスイさんから指示が出された。まあ、目指すのは小里谷音楽Pとのルートだしな。了解!

 

「いや、せっかくの機会だけど、断るよ」

 

 俺の言葉に、大物さんは「おや」といった顔をする。

 そこで、俺はゲーム側に操作の主導権を奪われ、口から勝手に言葉が出る。

 

「私は小里谷さんの曲を歌い続けます」

 

『ほう、義理堅いね。嫌いじゃないよ、その姿勢。でも、いいんだね? 後で、やっぱり歌いたいですとなっても遅いよ』

 

 俺の自動台詞に特に気を悪くした様子は見せずに、大物さんはそう言った。

 

「はい、かまいません」

 

『そうかい。これからの君の健闘を祈っておくことにするよ。ただ……』

 

 大物さんは、何かを言いづらそうにして口ごもったが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

『君達の歌は古い。若者の人気が取りづらいだろうから、これ以上、上には行けないかもしれないよ』

 

 そう言い残して、彼は楽屋を去っていった。

 わざわざ彼を連れてきてくれた大竹芸能Pには、すまないことをしたな。だが、俺は大竹芸能Pのルートに入るつもりはないので、これでいいのだ。

 

 そんなことがあった翌日、俺はプロダクションで小里谷音楽Pとのイベントに遭遇していた。

 昨日大物さんに会ったことを彼女がどこからか聞きつけたのだ。

 

『よかったのか、ヨシムネ。私は流行りのJ-POPも作れない、ロートルだぞ』

 

 そこで、また俺は自動で喋る。

 

「まだ30代でロートルだなんて、何を言っているんですか。私だって、日々トレーニングをこなしているんですよ。小里谷さんも若いのですから、勉強して最新の音楽に迎合してもよいのではないですか?」

 

 失礼なことを言う小娘だな、俺の外の人。

 

『勉強、勉強か……。今更、新しい音楽を学ぶなど、考えたことはなかった』

 

 いかんぞ。三十代は若者なんだ。学んでいけ。そう、三十代は若者だ。つまり俺は若者。

 

『だが、いいのか、ヨシムネ』

 

 む? 何がだ。

 

『お前も昭和のアイドルに憧れているのだろう。最近のJ-POPを歌うアイドルで満足できるのか』

 

「温故知新といいます。小里谷さんなら、昔の歌と今の歌の両方をいいとこ取りした、素晴らしい曲を作ってくれると信じています」

 

 おっ、言うなあ主人公ちゃん。どれ、俺からも一言。

 

「前も言っただろう。俺は小里谷音楽Pの曲で、音楽界のてっぺんを目指すぞ」

 

 俺がそう言うと、小里谷音楽Pは小さく笑って言う。

 

『小娘が、なかなか言うじゃないか』

 

 まあ、中身はあなたと同年代で、しかもおじさんなんですけどね。

 

 そうして、また日々は過ぎていく。

 そんな中、再び重要そうなイベントが起こった。大竹芸能Pが珍しく、音楽関係以外の仕事を持ってきたのだ。

 

『ドラマ出演の話が来ているよ。月9でレギュラーキャラなんだけど、どうだい?』

 

 月9とは、月曜夜9時のテレビドラマのことだ。そりゃまた、でかい話が来たな。

 主人公、まだ中学生だぞ。トレンディドラマに出番はあるのか。

 

『断ってください』

 

 はいはい、了解しましたよ、ヒスイさん。

 

「せっかくだけど、断るよ」

 

『そうか……でも、なんでだい? かなりいい話だと思うんだけど』

 

 そこでまた俺は、ゲーム側に主人公の主導権を握られる。

 

「私は、小里谷さんと一緒に音楽の道を突き進みます」

 

 横で話を聞いていた小里谷音楽Pが、その言葉でぱあっと表情を明るくした。うーん、主人公ちゃんの見事な口説き文句よ。同性じゃなかったら結婚してたじゃろ、この二人。いや、片方は俺なんだが。しかも同性婚が当たり前に行なわれている未来のゲームだ。

 

『ヨシムネ、その言葉に二言はないな』

 

 小里谷音楽Pの言葉に、俺は頷く。

 ドラマ出演に興味はない。演劇は、学生時代に散々やったのだ。プロになりたいとかも思っていなかったし。

 今は、ひたすら歌が上手くなれる道を突き進むのみだ。

 そして、小里谷音楽Pが言葉を続ける。

 

『では、目指すとしよう。音楽界のてっぺんに立ち、アイドルを超えた存在(アイドルスター)になることを。ヨシムネ、平成を代表する歌姫となれ』

 

 こうして俺は、小里谷音楽Pと一緒に〝平成の歌姫〟ルートを駆け上ることとなった。

 



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39.アイドルスター伝説(女性アイドルシミュレーション)<6>

 無事に〝平成の歌姫〟ルートに入ったのだが、ここでライバルキャラが登場する。

 前に登場した大物作曲家さんにプロデュースされた、小里谷音楽Pの妹である。

 歌劇団のスターだった姉に憧れて音楽の道を志した小里谷妹だが、姉の小里谷音楽Pが古くさい歌謡曲を作っていることに反発。姉と(たもと)を分かって、スターオオタケ芸能プロダクションには所属しなかったらしい。

 

 それでも、小里谷妹は姉の影響を受けたのか、他の事務所所属で歌手ではなくアイドルをしている。この時代に相応しい、J-POP系アイドルだが……。

 そんな彼女から、俺は音楽番組の収録中に堂々とライバル宣言を受けた。大胆すぎないか、この子。

 

 でも、ライバル、ライバルかぁ。

 

「アイドルって、売上を競うことはあっても、直接対決ってしないよな。ピアノやヴァイオリンみたいに、コンテストがあるわけではないし」

 

 主人公の自宅で、俺はヒスイさんにそんな話題を振った。そんなヒスイさんは、膝の上にイノウエさんを抱えている。とうとう、ゲーム中に存在しないペットキャラを実装しだしたぞ、この人。

 

「一応、年間の音楽大賞の類を受賞するかで優劣はつけられるのではないでしょうか」

 

「ああ、それがあったかぁ」

 

 まあ、全てはCDが売れてからだな。

 そう思っていたのだが、小里谷音楽Pが渾身の出来と言っていた曲を収録した俺の三枚目のシングルCDが発売すると、それが大ブレイク。なんと百万枚の売上を達成した。

 それを知って「ぐぬぬ」と悔しがる小里谷妹。しかし、彼女が新しく出したCDも百万枚を達成。

 ライバルしているなーと思っていたら、小里谷音楽Pが音楽を担当する、小百合の十一人アイドルグループのCDも売上百万枚を超えた。

 

 今の小里谷音楽Pの曲は、J-POPのテイストを取り入れたアイドル曲。小里谷妹が古くさいと見放した曲調ではなかった。

 それに怒りを爆発させ、小里谷音楽Pに詰め寄る小里谷妹。自分の曲も作れと言うが、それでは大物作曲家への不義理になるだろうと小里谷音楽Pは断り、共に音楽界の頂点を競い合おうという話になった。

 

 うーん、王道展開。だが、今は歌が上達さえすればいい。キャラクター同士のイベントは楽しいが、正直フレーバー要素でしかない。

 だから今日も俺はボーカルトレーニングをこなし、アイドルとして歌の仕事をこなす。

 

 そんな歌の仕事の中に、横浜の市民大会で『横浜市歌』を歌ってくれという変わった仕事があった。

 

『どうもー、横浜市観光大使の神奈川浜子です!』

 

 明らかにハマコちゃんがモデルのキャラクターが登場。視界に表示される情報も、ヨコハマ・アーコロジーの観光大使ハマコちゃんを元にしていると書いてある。

 ハマコちゃんって、このゲームが発売した二十八年前から観光大使やっていたんだな……。生々しい数字にちょっと引いたりした。

 

『横浜市歌、練習してきてくれましたか?』

 

「ああ、完璧だよ。ダンスはないがな」

 

『あはは、それは残念ですね!』

 

 そんな会話を神奈川浜子ちゃんと交わし、俺は『横浜市歌』を歌いきった。

 この展開、リアルのハマコちゃんが動画で見たらどんな反応をするだろうか……。

 

「しかし、ヒスイさん。もしかしてこのゲームのメーカー、ヨコハマ・アーコロジーにある企業だったりする?」

 

 俺は仕事を終えて、ヒスイさんにそう話しかけていた。

 

「はい、その通りです。ゲームの舞台も実は20世紀末の横浜ですよ」

 

 マジかよ。気づかなかった。

 

「『ヨコハマ・サンポ』もこのメーカーが作ったゲームです」

 

「このメーカー、どんだけハマコちゃんが好きなの!?」

 

 ううむ、他にもハマコちゃんのバリエーションが存在していそうだな。

 

 そんな感じで、トレーニングと仕事の日々を過ごしていたある日のこと。プロダクションのアイドル課でアイドルNPC達と会話していると、大竹芸能Pが外から部屋に駆け込んできた。

 

『みんな、聞いてくれ! 年末の歌合戦に出場が決まったぞ!』

 

 その言葉を聞いて、わっとアイドルNPC達が沸き上がった。

 年末の歌合戦か。国民的テレビ番組だ。それに彼女達アイドルグループが出場するのか。めでたい。

 

「小百合、おめでとう」

 

『ありがとうー。私、とうとうあの場所に立てるのね……!』

 

 小百合は、嬉しさのあまりぽろぽろと涙を流していた。

 

「小百合が大物になって、俺も鼻が高いよ……」

 

『ヨシムネさん、何を他人事のように言っているんだい? 君も出場だよ』

 

 そんなことを大竹芸能Pが言ってくる。

 え、マジで。俺も歌合戦出場かよ。

 

「これは大舞台になるな……!」

 

 それから曲の再練習、構成の確認、舞台に合わせたダンスの練習、リハーサルと慌ただしく日々は過ぎていき、本番当日。

 毎年、リアルの両親と共に見ていた番組に、ゲームの中といえど出場できることに、俺は興奮を隠せなかった。なにせこのゲーム、時代考証が完璧で、本格的なのだ。あの歌手やあのバンドも、完全再現されている。

 なんでこんなに考証が完璧なんだろう。

 

『ヨコハマ・アーコロジーは時空観測実験用の設備が整っていますから、歴史学・考古学研究として過去を観察しやすいのです。アーコロジー傘下の企業も、その恩恵を受けています』

 

 ヒスイさん、解説サンキュー!

 そっかぁ。過去を覗けるのか。歴史事実を直接観測できるなら、21世紀とは歴史の教科書の類が随所で違っていたりしそうだな。

 

 そういうわけで、俺は本格的に再現された年末の歌合戦で、三枚目のシングル曲『レジェンド』を最後まで歌いきったのだった。

 主人公の身分は中学生であり、義務教育中の子供だ。だから、仕事は夜八時までとされており、歌合戦の出番も前の方だった。

 

 俺の舞台は、バックダンサーが多数使われた派手な物で、お茶の間をずいぶんと明るくしたらしい。

 そこで注目され、さらにCDが追加で売れて……俺は、完全にスターの座を駆け上がっていた。さすがゲーム。トントン拍子である。

 

 だが、トレーニングの成果で、俺の歌が上手くなったのは確かだ。

 リアルでプロの歌手になれるとは言えないが、配信者として視聴者に歌を披露するのに恥ずかしくないだけの力量は、身についたと言っていいだろう。

 

 その自信を持ったまま、ゲームは進行していき、さらに追加でシングルCDやCDアルバムを収録・発売し、その年の音楽大賞を獲得してライバルとの決着もすんなりとつき……。

 まあ、裏では小里谷姉妹が完全に仲直りするというイベントも挟んだのだが、それは省略するとして。

 俺はとうとうゲームの最終イベント、音楽ライブに挑むことになった。

 

『私達は武道館ライブなのに、ヨシムネはドームだなんて、規模の違いを見せつけられちゃったわ!』

 

 そんなことを小百合に言われたりした、最後のライブ。

 東京のドーム球場ライブである。

 

 歌手にとって一度は経験しておきたい夢のライブ舞台であろう東京の武道館より、さらに観客のキャパシティが大きい東京のドーム球場。そこで、俺はこれから歌うのだ。

 最後のライブとは言っても、引退するわけではない。

 この後も主人公は歌手を続け、平成の歌姫として語り継がれることだろう。

 

 ただ、アイドルとして曲のジャンルを縛られたまま歌うのは、これで最後にするのだ。

 小里谷音楽Pはさらに音楽の勉強を進め、様々なジャンルの曲を作れるようになっている。その様々な曲を俺がアイドルを超えた歌姫として、歌い続けていくのだ。

 このゲームは女性アイドルシミュレーション。アイドルを超えた存在になるということは、ゲームの範囲はここで終わりというわけだ。

 

 まあ、他のルートでも引退だけでエンディングを迎えるわけではないだろうから、適当な節目でゲームが終了するのは納得できるな。

 時間が余ったら、他のルートを遊んでみるのも一興かもしれない。

 

 ともあれ、ドーム球場である。その威容を前にして、俺は同行していた小里谷音楽Pと大竹芸能Pに振り返った。

 これはアイドルゲーム。ならば、あの台詞を言っておかなければならないだろう。

 

「プロデューサーさんっ! ドームですよっ! ドームっっ!」

 

 うむ、余は満足じゃ。

 

『ははっ、そうだな。大きいな』

 

『緊張はないようだね。頼もしいなぁ』

 

 俺の突然の言動に、二人は笑って返してくれる。

 二人との会話も、これで最後になるのか。高度有機AIが接続されていないとはいっても、その反応は普通の人間と遜色ないものであった。だから、ゲームの終了を少し寂しくも思う。

 だからなのかどうなのか、俺はこんなことを口にしていた。

 

「約束通り、音楽界のてっぺん、取ってくるよ」

 

『……小娘め。ここで満足なんてするんじゃないぞ』

 

 小里谷音楽Pがそう返してくるが、口に浮かぶ笑みは隠しきれていなかった。

 その様子を大竹芸能Pがほがらかに見守っている。まさに大団円だ。ライブが成功すればだけれどな。

 さあ、行こうか。最後の大舞台だ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 無事にゲームをクリアし、気が抜けた状態で俺はリアルに戻ってきた。

 達成感と喪失感でぐんにょりしたままヒスイさんの編集した最後の動画を確認する。問題はなかったのでそのまま動画を投稿してもらった。

 

 はー、なんか、新しいゲームに手をつけるという気分でもないな。

 なので、俺はチェックしていなかった『アイドルスター伝説』の動画コメントを確認することにした。

 どれどれ……。

 

『音痴』『めっちゃずれてる』『ミドリシリーズのボディでも音痴は直らんの?』『音痴には肉体由来の物と魂由来の物がある』『ゲームクリアできずに失踪待ったなし』『アイドルシミュレーションと聞いてヨシちゃんの勇姿が拝めるかと思ったら……』『まーた時間加速してスパルタマゾゲー特訓か。茨の道やな』『ヒスイさんなら直してくれるよ』

 

 めっちゃ音痴言われてますやん。これは最初のカラオケと学園祭についたコメントだな。

 そしてすまないな。今回、ヒスイさんによる特訓はなしだ。全てゲーム側に用意された訓練メニューを行なった。ゲーム代を一回払っただけであんなに歌の訓練ができるだなんて、お得すぎるよなぁ。

 

 さて、次はプロダクションに行ってからの動画コメントだ。

 

『小百合ちゃん可愛い!』『盾って苗字が頼もしい。いいタンクになりそう』『ヨシちゃん、この子とユニット組んでほしい』『小動物系の見た目でツンツンしているのマジ可愛い』『ヨシちゃんには出せない可愛さ』

 

 小百合、人気だな!? 小里谷音楽Pも大人の女性としての魅力に溢れていたし、大竹芸能Pもなかなかのイケメンだったんだけどなぁ。

 小里谷音楽Pは歌劇団の現役時代の写真とか出てきたけど、それを見たら女子人気は出るだろうか。

 

『歌、上手くなってる?』『少しずつ上達している!』『よかった、直らない音痴はなかったんだ』『トレーニングってすごいなぁ』『だいぶスキップされているけど、画面右下に添えられた経過時間表示がえげつないんですけど……』『やっぱりマゾゲーマイスターなんやなって』『練習で何かを身につけようとする姿勢は大事』

 

 ボーカルトレーニングをひたすらこなしているときの動画だな。

 最初のCDを発売するまでの練習期間が一番長かったし、一番上達した時期でもあった。

 

『ええ曲やん』『実際は誰が作曲したんだろう』『時代考証もあるし、AIじゃない?』『芸術分野は人類の天才も多いけど、歴史が絡むとAIの学習性能が強いよな』『個人的には家パートで流れているBGMが好き』

 

 最初のシングル曲、『星の海を泳いで』は視聴者に好評だったようだ。

 俺としてはちょっと古いかなって感じだったのだが、視聴者からすれば作中に登場する曲全てが古典楽曲扱いだろうから、他の90年代アーティストとの違いもなかったのだろうか。

 

『ママーッ!』『ヒスイさんの夫になりたい』『母にして姉。属性過多すぎる』『ヒスイさんは母や姉というより、万能メイドだろ!』『意外とお茶目な面もあるメイドさん』『ご奉仕してください!』『ママメイド』『20世紀末の親子関係いいよね……』『今は生まれてすぐ施設に預ける人が大半だからな』『子育てするならリアルに時間割かないといけないからなぁ』『だからこそママに憧れる……』『ヒスイさんでいいから私の母になってほしい』

 

 俺が寝ぼけてヒスイさんを母ちゃんと呼んだシーンも、しっかり配信されている。ヒスイさんがこの美味しいネタを逃すはずがなかった。

 そこをいじられると思っていたのだが、未来の子育て事情の闇が垣間見えてしまった。

 そりゃあ、みんな四六時中ゲームの世界で遊んでいるんじゃ、子育てなんてリアルの重労働やれないよな……。

 この未来の時代を理想の世界と思っていたのだが、完璧はないってわけだな。いや、子は親が育てるべきっていう俺の価値観が、古いだけかもしれないが。

 

『ハマコちゃんやん』『こんなところにもハマコちゃんが』『『ヨコハマ・サンポ』のメーカーなのかよ!』『『横浜市歌』を歌ってくださってありがとうございます!』『うわー、ハマコちゃんだ!』『はい、ハマコちゃんです! 過去のヨコハマの世界をみなさん楽しんでくださったようで嬉しいです!』

 

 横浜の市民大会のシーンでは、ハマコちゃん本人によるコメントがついていた。

 相変わらず彼女は暇を持てあましているのだろうか。

 

『ドーム球場ライブで締めか』『いいゲームだった』『なんだか見ていて感動しちゃったよ』『ドームライブの無編集SC版助かる』『さすがヒスイさん』『これだけの大舞台を経験したなら、SCホームでの音楽ライブも大丈夫だな!』『ヨシちゃんのSCライブまだー?』

 

 むむむ。VRでの音楽ライブ希望か。俺がゲーム中で歌ったオリジナル曲の権利はゲームメーカーにあるだろうし、ゲーム配信以外で曲を使うには許諾が必要かもしれないな。ヒスイさんに確認を取ってもらうことにしよう。

 ……って、なんで音楽ライブやること前提なんだ、俺。『アイドルスター伝説』をずっとやっていたから、思考がアイドルの物になっている。早まるな。落ち着け。『Stella』の配信中に聖歌スキルを披露するとか、その程度でいいんだよ。

 

「音楽ライブ、やりますか?」

 

 いつの間にか俺の隣に来ていたヒスイさんが、イノウエさんを腕に抱えながらそう聞いてきた。

 

「……却下で!」

 

 リアルではアイドルでもなんでもないのに音楽ライブなんて大がかりすぎるから、まずは配信中に一曲披露するとかその程度から始めよう。

 そう俺は、ヒスイさんに言い聞かせたのだった。

 



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配信者と愉快な仲間達
40.開港記念日


今回、著作権の切れている歌の歌詞を掲載しています。


 本日、俺達の部屋にはお客さんが来ている。

 視聴者が場所を特定して詰めかけてきたわけではない。いや、ある意味視聴者でもあるのだが、お客さんとはヨコハマ・アーコロジーの観光大使であるハマコちゃんである。

 

 俺ではなくヒスイさんに用事があったようで、何やら二人で「間に合った」とか言い合っている。

 俺は話の邪魔でしかないので、ガーデニングの所に行ってレイクの様子でも見るか、と思っていたのだが……。

 

「ヨシムネ様、こちらへ」

 

 ヒスイさんに呼ばれたので、居間へ素直に戻る。

 ヒスイさんの横に座り、ハマコちゃんと向かい合う。すると、ハマコちゃんが俺に向かって言った。

 

「間に合ってよかったです」

 

「……何が?」

 

「『アイドルスター伝説』のクリアです!」

 

 うーん? ハマコちゃんとゲームのクリアが、何か関係あるのか?

 

「どういうこと? 具体的にお願い」

 

 俺は素直に疑問をぶつけてみる。すると、ハマコちゃんは元気に答えてくれた。

 

「間に合わないかもしれないので、ゲームクリアを急かさないようにとヒスイさんにだけ打診していたのですが、実は、ヨシムネさんにお仕事を依頼したいのです!」

 

「仕事ねぇ。仕事を依頼したかったけど、『アイドルスター伝説』の収録を邪魔したくないから、待ってくれていたってこと?」

 

「違いますね! 仕事の内容的に、『アイドルスター伝説』のクリアが必要だったんです」

 

 仕事にゲームのクリアが必要? ゲームの知識が必要ってことか?

 いや、待てよ。もしかして……。

 

「ヨシムネさんには、歌のお仕事を依頼したいのです!」

 

「やっぱりか! 俺、ただの配信者で、歌手でもなんでもないぞ!」

 

「いえいえ、そう卑下なさらなくてもー。今や、新進気鋭の大注目配信者ではないですか。歌も上達されました」

 

 よせやい。照れるじゃないか。

 そしてなおもハマコちゃんは言葉を続ける。

 

「ゲーム内で横浜市民大会イベントをクリアしているのも、いいですね。つまり、『横浜市歌』の歌唱練習をすでにこなしているということ!」

 

「今回の仕事は、俺に『横浜市歌』を歌ってほしいってこと?」

 

「その通りです! 実は、6月2日はヨコハマ港の開港記念日でしてね! 『横浜市歌』も、開港50周年に作られた歌だったりするんですよ!」

 

 開港記念日。港が完成した日かな? そう疑問に思って聞いてみたが、違うらしい。

 

「鎖国をしていた江戸時代の日本ですが、ある時、アメリカ合衆国と日米修好通商条約を結び、港を開くことになりました。その開港の日が、西暦1859年の6月2日なのですよ」

 

「ペリーさんに開国してくださいよと言われて、開港した日ってことか。なるほどなー」

 

「はい! それで、ヨコハマではアーコロジーが建つ前から、開港記念日に記念祭を開催しているのです! ありがたいことですねー」

 

「めでたいけど、そうじゃなくてありがたいのか」

 

「そうなんですよ。今の惑星テラは、かつて人の住んでいた領域の大部分が自然に還されています。開港記念日や記念祭のような世界各地の催しは、ほとんどが消えてしまったのです。歴史ある文化の数々を代償にして、今の自然は成り立っているわけですね。ですので、今もヨコハマの文化が残り続けていることは、とてもありがたいのです」

 

「そっか、文化が自然に負けちゃったのか。山形県の芋煮文化とかも消えていそうだな……」

 

「東北のあたりはアーコロジーも少ないですしねー」

 

 くっ、これは秋になったら芋煮会をどうにかして開催せねば!

 あれ、そういえば……。

 

「暦とか気にしたことなかったけど、今日って何月何日?」

 

「やだなー。惑星テラ時間で6月1日ですよ!」

 

「……開港記念日、明日じゃねーか!」

 

「ええ、ですから間に合ってよかったなって!」

 

 リハーサルとかしている時間すらないぞ!

 俺達は慌ただしく、会場となるヨコハマ港へ下見に向かうのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 記念祭が開催されている間だけヨコハマ・アーコロジー親善大使に任命された俺は、ヨコハマ港に作られた野外ステージにふりふりの衣装を着て立つ。

 観客は、ヨコハマ・アーコロジーに住む市民達だ。このアーコロジーには、一級市民の子孫である二級市民が多数在住しているが、普段はスタジアムでのスポーツ観戦以外であまり出歩くことはないらしい。二級市民の例に漏れず、大多数がゲームの世界で生きているのだ。

 

 だが、そんなヨコハマの二級市民達に、行政区はメッセージを一斉に送信したようだ。

 6月2日は開港記念日。たまにはリアルで祭りに参加してみないかと。

 毎年の恒例行事らしく、部屋を出て祭りを見に来る人はそれなりにいるようだ。何せ、彼らは遊びに飢えているからな。

 

 そんな部屋を出た引きこもり達が、熱気を放ちながらステージの周囲に集まっている。

 正直、すごい迫力だ。だが、この程度の客数は、『アイドルスター伝説』で慣れている。客から伝わる熱気や気迫も、ゲーム内で感じ取れたそれと同じだ。つくづく、未来のゲームってやつはすごい。

 

「それでは、ヨコハマ・アーコロジー親善大使である、大人気配信者のヨシムネ様に歌っていただきます。皆様もよろしければ、ご斉唱よろしくお願いします。曲はもちろん、『横浜市歌』!」

 

 大人気は盛り過ぎじゃねーかな、ハマコちゃん。招いた手前、人気がある人物ってことにした方が、都合はいいんだろうが。

 そんな脳内突っ込みをしているうちに、音楽隊が伴奏を鳴らし始める。

 

 俺は、雰囲気作りとして用意された21世紀風のマイクをしっかりと握り、客席に向けて歌い始めた。

 歌詞は視界にAR表示されているので、間違えるということはないので安心だ。

 

 わが日の本は島国よ

 朝日かがよう海に

 連りそばだつ島々なれば

 あらゆる国より舟こそ通え

 

 ――地球から国という枠組みがなくなってしまった宇宙3世紀。それでも島国日本の横浜港をたたえるこの歌は、今も残り続けている。

 

 されば港の数多かれど

 この横浜にまさるあらめや

 むかし思えば とま屋の煙

 ちらりほらりと立てりしところ

 

 ――古い横浜の文化がこの時代にも残り続けているのは、運がよかったからだろうか。それとも、横浜という立地が特別よかったからだろうか。ハマコちゃんは言っていた。文化が残っているのはありがたいことだと。

 

 今はもも舟もも千舟

 泊るところぞ見よや

 果なく栄えて行くらんみ代を

 飾る宝も入りくる港

 

 ――そう、俺のいた時代から600年も経っている。それでもなお、俺が理解できる日本の文化が残り続けているのは、どこかほっとする。たとえ、俺が21世紀にいたころ、横浜に来たことが一度もないとしても。このヨコハマ・アーコロジーで過ごす毎日は、すこぶる楽しい。

 

 歌い終わり、俺は手に持ったマイクを下げ、客席に向かってお辞儀をする。

 すると、客席からわっと歓声が上がり、大きな拍手が返ってきた。

 

「ヨシムネ様による、『横浜市歌』でしたー!」

 

 ハマコちゃんのアナウンスを聞きながら、俺は客席に手を振り、そしてゆっくりと舞台袖に帰っていく。

 舞台袖では、ヒスイさんが笑顔で俺を迎えてくれた。

 

「おつかれさまでした」

 

「ありがとう。ヒスイさんもステージに上がればよかったのに」

 

「私はあくまで助手ですから」

 

 うーん、ヒスイさんと二人で歌うというのも悪くないんだけどな。まあ、いいか。

 

「さて、じゃあ着替えたら、二人で祭りを見て回ろうか」

 

 開港記念日の記念祭は、近代的な催し物らしい。つまり、伝統的衣装に身を包んで屋台を見て回り盆踊りを踊る……という類ではない。レジャーイベントやステージイベントが各所で開かれており、それに気軽に参加することができる。

 

 ステージ衣装から着替えた俺は、ヒスイさんと一緒にそんな祭りをぶらぶらと見て回る。声をかけてくるような人もおらず、スムーズに進めている。

 

「お、ヒスイさん、エンジンボート試乗だって。乗ってみる?」

 

「危なくないですか?」

 

「ミドリシリーズは水中でも無呼吸で活動可能なんだろ?」

 

「それもそうですね。乗ってみますか」

 

 海を最大限に利用した催し物などもあり、俺とヒスイさんは開港記念日を全力で楽しんだ。

 ちなみにボートは、そもそも落ちないように作られていた。水しぶきとかはこちらにかかるのに、中から外へは出られない不思議な障壁が張られていた。

 

 水族館も無料で開放されていたので、『ヨコハマ・サンポ』の時には時間がなくて見られなかったエリアもじっくり眺めていく。

 もちろん、祭りの様子はキューブくんが同行して動画に収めている。

 

 ステージイベントで、非サイボーグの人間による空手の演武という物があったようで、演者の名前がクルマ・ムジンゾウとなっていたのだが、これはもしやリアルのチャンプではないかと怪しむ一幕もあった。

 

 そうして一日遊びきり、帰ってヒスイさんに動画を編集してもらい、念のためハマコちゃんに動画をチェックしてもらうようヒスイさんに連絡を取ってもらった。そして翌日。

 

「動画問題なしです。配信しちゃってください。いやー、来年以降の観光客増が楽しみですね!」

 

 直接訪ねてきたハマコちゃんから許可が出たので、ヒスイさんに目配せして動画を配信してもらう。

 その間、俺はハマコちゃんの対応をする。

 

「ステージ、盛り上がってよかったよ」

 

「はい、市民の方も歌ってくださった方が結構いましたね! ヨシムネさんの配信で、少しずつ『横浜市歌』が認知されていくと嬉しいです」

 

「今回の動画を入れると、俺の配信で流れたのは三回目か」

 

「もう準レギュラーソングって感じですね!」

 

 別に、ヨコハマびいきしているわけじゃないんだけどなぁ……。

 

「それで、ヨシムネさんは歌手やアイドルを生業にしているわけではないので、今回のお仕事では観光局から特別報酬としてクレジットが支払われます。確認しておいてくださいね」

 

「お、臨時収入だな」

 

 そうして一時間ほど雑談を交わし、ハマコちゃんは観光局へと帰っていった。開港記念日の翌日だというのに、こんなところで暇を潰していていいのかと思うのだが。

 

 騒がしいお客さんがいなくなって、部屋ではまたヒスイさんと二人きりに戻る。いや、キューブくんやイノウエさん、レイクもいるけどね。

 俺は、イノウエさんをじっと眺めているヒスイさんに、横から話しかけた。

 

「ヒスイさん、今回の仕事で報酬が出るみたいだけど、何か使い道あるかな?」

 

「そうですね。ヨシムネ様の趣味に使ってしまっていいとは思いますが……」

 

「うーん、ゲームに使うクレジットは、配給クレジットとスポンサー料でまかなえているよね。それもずいぶん余裕で」

 

「では、旅行などは」

 

「旅行かー。今の時代、旅行先ってどんなのがあるのかな」

 

「それなのですが……ヨシムネ様」

 

 ヒスイさんが、イノウエさんから視線を外して、俺の方を真っ直ぐに見てくる。

 

「一度、ニホンタナカインダストリの本社を訪ねてみませんか? ミドリシリーズの仲間達が、ヨシムネ様に会いたがっています」

 

 他のミドリシリーズか。少し興味あるな。行ってみるか。ヒスイさんの提案に、俺は乗ることにした。

 そうして俺達は、シブヤ・アーコロジーへ近場の旅行をすることになったのだった。

 



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41.ニホンタナカインダストリ本社<1>

 シブヤ・アーコロジーへの旅行の前日、ヒスイさんがふと、こんな言葉を漏らした。

 

「旅行先では、マイクロドレッサーを使用できないかもしれません」

 

「ん? 服を作って着せてくれる機械だよな。なんで?」

 

「それなりに高価な機器ですので、ニホンタナカインダストリの用意する宿泊施設に設置されているかが判りません」

 

「そっか。じゃあ、着替えの服を持っていかないとな。ナノマシン洗浄があるから別に着替えなくてもいいんだろうけど、気分的にさ」

 

「そこで、一つ問題が」

 

 ヒスイさんがそう言いながらタンスのある部屋へと移動したので、俺もついていく。ヒスイさんが部屋の備品である古風なタンスの引き出しを開け、中から一つの物品を取りだした。

 

「ブラジャーの付け方を覚えていただきます」

 

「ブラジャー……? えっ、あ、そうじゃん。女ならブラジャー必要じゃん! あれ、今までもしかして俺ってノーブラ? 配信中も?」

 

 マイクロドレッサーとナノマシン洗浄のおかげで、半裸になるということすらなかったから気づいてなかったぞ! 正直、自分の胸を意識したことなんて、この時代にやってきた初日以来ほとんどない。

 

「マイクロドレッサーが、ブラジャー代わりになるインナーを着せていましたから、大丈夫ですよ。ただ、あれは体形に合わせてマイクロ単位で密着して着せるものなので、マイクロドレッサーなしでは着用できませんが」

 

「つまり、旅先で着替えるとなると、ブラジャーをつける必要が……?」

 

「はい。つけかたを覚えましょう」

 

「あっ、でも俺、男だからそういうものはちょっと抵抗あるかなって、うわっ、ヒスイさん何をぬわー!」

 

 ……そんな一幕があったりしたが、無事に旅行当日を迎えた。イノウエさんとレイクの世話をキューブくんに任せ、俺達二人は部屋を出る。

 シブヤ・アーコロジーへの移動手段は、テレポーテーションで飛ぶのが安価で一般的らしいが、旅行なのでちょっとお高いプランを組んだ。

 空飛ぶ車をチャーターしての移動だ。アーコロジーの外にある自然を眺めながら、優雅な一時を楽しめるとのこと。

 臨時収入が入ったのだ。少しくらいの贅沢も許されるだろう。

 

 そうして俺とヒスイさんは、自動運転の空飛ぶ車に乗ってヨコハマ・アーコロジーを出た。

 車は、地上から1メートルほど浮いて自然の中に作られた道を進む。移動の効率は、浮くよりも車輪で走った方がいいらしいのだが、アーコロジーの外は倒木などがあるため、浮いていないと先に進めない可能性があるとのこと。

 

 正直、外には樹海でも広がっているのかと思っていたのだがそんなことはなく、草原がどこまでも広がっていた。

 うーん、いい景色だ。まるで北海道にでも来た気分だな。

 草原には、動物の姿も見てとれて、何やら牛がのんびり草を食んでいた。

 

「うわー、ヒスイさん、牛がいるよ」

 

「乳牛か肉牛が野生化したものでしょうね」

 

「天敵いなさそうだから、際限なく増えそうだ」

 

「ただの自然に見えて、しっかり管理されていますから、個体管理は完璧ですよ」

 

「そっか。山林とか、自然のままに任せていたらひどいことになるしなぁ」

 

 適度に間伐してやらないと、土砂崩れが起こったりするのだ。

 土砂崩れもまた自然現象と言えるのだろうが、未来の世界ではどうやら自然は管理するべきという考えのようだ。

 地球は定期的に温暖化と寒冷化を繰り返しているというから、きっと放っておいたら失われてしまう動植物も多いのだろう。

 

 そんな自然観賞を楽しんだ後、俺達はシブヤ・アーコロジーに辿り付いた。

 外観や内装は、ヨコハマ・アーコロジーとそう変わったところは見られない。

 そこで、俺は物知りヒスイさんに尋ねてみることにした。

 

「ヒスイさん、シブヤ・アーコロジーってどんなところなの?」

 

「シブヤ・アーコロジーは、ニホン国区にある企業の本社が集まる広大な産業区を有しています。働く一級市民の数が、ニホン国区の中でもっとも多い場所ですね」

 

「うーん、俺のいた時代とはだいぶ様子が違うんだな」

 

「21世紀では、どのような場所だったのですか?」

 

「俺は行ったことはないんだけど、若者の街?」

 

 正直、テレビでのイメージしかないんだよな。奇抜な格好をした若者達の集まる大都市という印象だ。

 

「なるほど。現代では、シブヤ・アーコロジーの二級市民達は、外をそれほど出歩きませんね」

 

 その辺は、ヨコハマ・アーコロジーと変わらないんだな。いや、ヨコハマ・アーコロジーはスタジアムでスポーツ観戦をする人がいるっていうから、外出は多い方なのか。

 

 そんな会話をしながら俺達は移動用の乗り物、キャリアーに乗り、目的地へ向かう。

 移動はすぐに終わり、俺達は『ニホンタナカインダストリ』とカタカナで書かれてある看板が掲げられた、大きな建物へ辿り着いた。

 はー、本当に立派な建物だ。

 ちょっと物怖じしていると、ヒスイさんが俺を先導するように歩き出したので、それについていき、建物の中へと入る。

 

 エントランスホール。

 それは吹き抜けになっており、広い空間があった。

 そして、そのホールの真ん中に、巨大な一台のロボットが鎮座していた。

 人型のロボットである。

 

「うわ、ヒスイさん! あれ、あの人型ロボット何!?」

 

「あれは、太陽系統一戦争で用いられた人型搭乗兵器マーズマシーナリーのニホンタナカインダストリ製モデル、ベニキキョウですね。戦争のエース、サンダーバード博士の専用機です。実際に戦争で使われた機体ですよ」

 

「うわー、ヒスイさん、何そのワクワクが押し寄せてくるようなワードの嵐!」

 

 紫色に塗られた機体が、直立している。注視すると、高さ八メートルだとミドリシリーズのボディスペックのおかげで把握できた。

 21世紀では、ロボットアニメに出てくる機体を実物大にした立像がお台場でお披露目されていたりしたが……、これは立像ではなく本物の機体だというのか。

 やべー、本物の人型搭乗ロボット見ちゃったよ。

 

「ヨシムネ様はあれに興味がおありですか?」

 

「もちろん!」

 

「では、シミュレーター系のゲームを見つくろっておきます」

 

 ロボットに乗るゲームか。それはまた、身体が闘争を求めそうなゲームだな。

 

 興奮をなんとか静めつつ、俺はヒスイさんに先導されて受付へと行く。

 受付には、美人の受付嬢が座っていた。耳にアンテナが付いているから、ガイノイドだろう。

 受付嬢の前にヒスイさんが立つと、受付嬢はすぐさま口を開いた。

 

「お待ちしておりました。第一アンドロイド開発室へお進みください」

 

「ご苦労様です」

 

 そう言ってヒスイさんは、建物の奥へと進み始める。

 

「おおう、顔パス……」

 

 あまりにもすんなりいったので、俺はそんな言葉を漏らしてしまう。

 すると、ヒスイさんが顔だけ振り返って俺に向けて言った。

 

「ニホンタナカインダストリのアンドロイドはネットワークで繋がっていますので、現実世界での会話は必要ないのですよ」

 

「ああ、他のミドリシリーズとやりとりしているっていう、例の奴ね」

 

 ヒスイさんが社屋の中を進むと、ところどころにある扉が自動で開いていき、足を止めることなく俺達は奥へと向かっていた。

 

「おおう、なんとも未来的なギミック……」

 

「私を承認して開いている扉なので、ヨシムネ様は、はぐれないようにしてくださいね」

 

「一人になったら扉と扉の間に取り残されるってわけだな」

 

 そうしているうちに、俺達は『第一アンドロイド開発室』と書いてあるプレートが掲げられた部屋の前に辿り着く。

 そこは自動で扉が開かず、ヒスイさんは足を止めて扉をじっと見つめた。

 数秒経過すると、扉が開き、向こう側から何やら人が飛び出してきた。

 

「やっと会えたね、ヨシムネ!」

 

「ぐえっ」

 

 飛び出してきた人に、俺は抱きつかれる。

 

「私、ミドリ! よろしくね!」

 

「ぐえー、締まってる締まってる」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 強い力で抱きつかれたので、俺はじたばたともがく。すると、相手は素直に解放してくれた。

 俺は相手から距離を取り、改めてその容姿を確認する。

 高校生くらいの黒髪の少女。耳にはアンテナ。顔は、どこかで見覚えのある容貌だ。

 

「どうも、瓜畑吉宗(ウリバタケヨシムネ)です。そちらはどちらさんで?」

 

「もう一度自己紹介? 私はミドリ。よろしくね」

 

 へー、ミドリさんね。ミドリかぁ。すごくミドリシリーズに関係ありそう。

 

「ミドリシリーズの人ですか?」

 

「うん、そう。ミドリシリーズ一号機。仕事は、マンハッタン・アーコロジーで芸能人をしているよ」

 

 胸を張って、ミドリさんがそう主張する。

 

「なるほど、一号機。つまり、ヒスイさんのお姉さん?」

 

「そうね。私はみんなのお姉さんと言えるね」

 

「尊敬できる先達ですが、特に姉と思ったことはありません」

 

 俺とミドリさんがやりとりしていると、そんなことを横からヒスイさんが言った。

 

「何よー。そもそもあなたが、新しい妹ができたって言いだしたんじゃない」

 

「ヨシムネ様は妹ですね」

 

「つまり私は、あなた達のお姉さん!」

 

「……そういうことにしておきましょう」

 

 うーん、仲がいいのか悪いのかよく解らんやりとりだな。

 そんなやりとりを眺めていると、開いた扉の向こうから、開発室の室長であるタナカさんが顔を出した。

 

「こらこら、扉を開けたまま騒ぐんじゃないよ」

 

「あ、それもそうだね。さ、入りましょ」

 

 俺とヒスイさんは、ミドリさんを先頭にして扉の向こうへと入っていく。

 

「あっ、そうだ忘れてた!」

 

 部屋の中へ完全に入ったところで、ミドリさんがはっとした顔をする。

 

「何か?」

 

 ヒスイさんがそう聞くと、ミドリさんは、にっこりと笑って俺の前で両の腕を広げる謎のポーズを取った。

 

「ようこそ、第一アンドロイド開発室へ!」

 

 彼女がそう言った瞬間、視界の中に多数のガイノイドが突然現れた。

 全て半透明に透きとおった姿をしている。おそらく、AR表示だ。

 そのガイノイド達が、揃って俺に向かい言った。

 

「ヨシちゃん、初めまして!」

 

 突然の展開に、俺は呆然とするしかない。これは、いったいどういう状況なんだ。とりあえず、何か返事をしないと。

 

「……初めまして。みなさん、どちら様で?」

 

「宇宙中にいるミドリシリーズが、妹を見にネットワーク越しに集まってきているよ」

 

 俺の問いに、そうミドリさんが説明してくれる。

 どうやら知らない間に、俺にはたくさんの姉ができているようだった。俺、一人っ子のはずなんだがなぁ。

 



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42.ニホンタナカインダストリ本社<2>

 AR表示されたミドリシリーズの一同が、こちらに寄ってくる。

 現実には存在しないとは言っても、その迫力に少し引いてしまう俺。

 そんな俺を気づかうものは一人もおらず、口々に言葉をまくし立て始めた。

 

「わー、生ヨシちゃん」「私達の妹!」「家族だー」「ヨシムネさん、今度おうちのSCホームに行っていいですか?」「ヒスイに締め出されているのよね」「ねえねえ、21世紀トークしてみて?」「私、歌手をしているんです。今度デュエットしましょう!」「アンドロイドスポーツしようぜ!」「ねー、SCホーム行かせてー」「ネットワークに繋げないのって本当?」

 

 ええい、俺は聖徳太子じゃない! いっぺんに話しかけられても聞き取れないぞ!

 

「はいはーい、みんな落ち着いてね」

 

 ミドリさんがそう言うと、ミドリシリーズのガイノイド達はピタリと言葉を放つのを止めた。

 おお、静かになるもんだな。

 

「みんな、ミドリさんの指示には従う感じですか?」

 

 俺がそう聞いてみると。

 

「そうねー。私、一号機でみんなの姉だからー」

 

「初期ロットのAIは、ある程度発言権があるのです。優先順位をつけないと、今回のように一堂に会したときにまとまりがなくなりますからね」

 

 ヒスイさんがミドリさんの言葉に、補足を入れてくれる。

 なるほどなー。でも、待てよ。

 

「ヒスイさんは、あんまりミドリさんに従う感じじゃないけど」

 

「私も初期ロットですので」

 

「そうよー。ヒスイも、もう結構な歳に……ってあぶなあ! 貫手はやめなさい、貫手は!」

 

 ミドリさんの失言に、ヒスイさんが指先で突きをおみまいしている。まあ、今のは、年齢の話をした方が悪いよな……いや、ミドリシリーズがいつからリリース開始されたのかとか結構気になるけどね?

 

「ふう、じゃあ、会話は一人ずつね。順番通りに。あ、ヨシムネは、敬語いらないよ。家族だからね」

 

 ヒスイさんの魔の手から逃れたミドリさんの言葉に、ミドリシリーズ達はうなずいて今度は一人ずつ話しかけてくる。

 

「ヨシムネさん、SCホームに遊びに行っていいですか? 一緒にゲームで遊びましょう!」

 

「いいけど、配信の邪魔はしないようにな。ライブ配信に来る場合は、いち視聴者として参加すること」

 

「了解しました。ヒスイ、それじゃあロック解除しておくようにしてくださいね!」

 

「……はい」

 

 ヒスイさん、SCホームにロックなんてかけていたのか。

 まあ、ある日ログインすると知らない人が! とか起きなくてよかったと思っておこう。

 

「よし、次は私だ。ヨシはアンドロイドスポーツに興味あるか? 一緒にやろうぜ!」

 

「アンドロイドスポーツって、機体性能と運動プログラムの優劣を競うリアルのスポーツだよな? 俺、プログラムのインストールをヒスイさんに止められているから、やるなら普通のスポーツになると思うぞ。それでいいなら、ヨコハマ・アーコロジーに来てくれ」

 

「ちょっとヒスイ、どういうことだよ」

 

「以前説明した通り、ヨシムネ様は動画配信を生業としています。物事の習熟過程も、大切な動画のネタになるのです」

 

「ちょっとぐらいいいだろー」

 

「駄目です」

 

 うーむ、ヒスイさんが名マネージャーをしておる。

 

「はいはい、次は私ですね。惑星マルス周辺で歌手をしているヤナギです。アイドルゲームのクリア、お見事でした。今度、一緒に歌いませんか?」

 

「惑星マルスは火星だったよな。さすがにそっちまでは行けないから、こっちに来てもらうか、もしくはSCホームで歌うことになるかな」

 

「それは、一緒に歌ってくれるということですね? ありがとうございます」

 

 物腰の柔らかい人だなぁ。自己紹介もしてくれたし、覚えたぞ。

 よし、次。

 

「何か21世紀トークしてー!」

 

「うちにいるキューブくんとイノウエさんは、名前の元ネタが昔のゲームなんだ。あ、でも20世紀のゲームだな、これ」

 

「レイクは?」

 

「植物ゲームキャラクターがサボテンくんくらいしか思い浮かばなかったから、ゲームから取らずに適当につけた」

 

「あはは、一人だけかわいそー」

 

 今になって思うと、未知の惑星に漂流して、歩く原生植物を従えて生き抜くゲームとかがあったんだよな。

 

「じゃ、私ね。あなた、本当にネットワークへ接続できないの?」

 

「ネットワークって、ヒスイさんが他のミドリシリーズとやりとりしているらしい何かか」

 

「そうね。ニホンタナカインダストリのアンドロイドは独自の高速通信ネットワークを構築していて、ミドリシリーズはそこに専用のチャンネルを持っているの」

 

「ふむふむ。今まで詳しく知らなかったから、試してみたことはないなぁ」

 

「じゃあ、申請送るから接続試してみて」

 

「おう……うっ、おえっ!」

 

 突然、頭の中に情報の濁流が襲ってきて、俺は慌てて切断を意識した。すると、無事にネットワークから離れることができ、俺は嵐の中から助け出されたような気分になった。

 

「あちゃー、無理かー」

 

「なんか、情報が多すぎて無理だった」

 

「高速通信ですから、おそらく人の魂では対応しきれないのでしょう」

 

 横からヒスイさんがそう推測を述べた。

 ミドリシリーズというハードウェアがよくても、俺というソフトウェアが駄目かぁ。

 あ、でも待てよ。

 

「VRの時間加速機能を使えば、高速通信についていけたりしないか?」

 

「それよ!」

 

「なるほど、可能かもしれませんね」

 

「早速、試してみましょう!」

 

 すると、ミドリシリーズ一同は、横で俺達の様子を面白そうにうかがっていたタナカさんに視線を向ける。

 そして、ミドリさんが代表して彼に向かって言った。

 

「室長、SC室借りるよー」

 

「あー、今、一名使用中だから、邪魔しないようにね」

 

 そう注意を受けて、俺達は静かに、広いオフィスの中を進んでいく。

 ところどころに機材があり、アンドロイドや人間の研究者が何やら難しい話をしているのが見える。

 ぱっと見で何をやっているかは理解できないが、おそらく説明されても理解できないんだろうな。

 

 そして、俺達はソウルコネクトルームと書かれた扉の前に辿り付いた。

 すると、扉が開いて中から人が出てきた。

 

 俺は、ぶつからないよう横に避けてぺこりと相手にお辞儀をする。

 

「あれ、ヨシムネさん?」

 

「ん?」

 

 何やら話しかけられたので、俺は相手を確認する。

 

 巨漢で筋肉質の二十代後半ほどの男性。その顔は……。

 

「もしかして、チャンプ?」

 

 ゲーム内より少し歳を取っていたが、まごうことなきあのチャンプだった。

 

「はい。ヨシムネさんはメンテナンスか何かですか?」

 

「いや、遊びに来ただけだ。それより、チャンプこそなんでこんなところに?」

 

「俺は、タナカさんに仕事を依頼されまして……。なにやら、ソウルコネクト用の格闘プログラムを作るそうで、データ取りをしていました」

 

「へー、そんな仕事があるんだ。……でもいいのか? 多分それ、ヒスイさんが使ってチャンプに挑んでくるぞ」

 

「はは、敵を自ら作るなんて、日常にありふれたことですよ。実は俺、こういう仕事をしていまして」

 

 チャンプから、俺の内蔵端末にメッセージが届く。

 名刺代わりのメッセージだ。なになに。

 

 来馬流超電脳空手 師範

 クルマ・ムジンゾウ

 

「空手の師範……」

 

「ソウルコネクト内で空手道場を開いていて、ゲームのシステムアシストを使いこなすための稽古を有料で実施しているんですよ。三日に一回の道場なので、俺は準一級市民ってやつですね」

 

「はー、ゲームの練習を有料で。そういうのをやる人もいるんだな」

 

「ええ、ゲームはただの遊びじゃないですからね。強くなりたい人はたくさんいます」

 

「ふーん。チャンプはゲームの中だけじゃなくて、リアルでも鍛えていそうだけど……」

 

 シャツの上からも見て解る、そのガタイのよさ。今まで見てきたアバターの姿は、見せかけの物じゃなかったってことだ。

 

「そうですね。システムアシストのかかっていない動きも鍛えることで、よりよい動作がソウルコネクト内でできるようになるんですよ。そういう意味では、『-TOUMA-』を発掘してくれたのを感謝しないといけないですね」

 

「あれ一応、武器を持って戦うゲームなんだけどな……」

 

 確かに防具に手甲もあったけれど……。

 と、そこでチャンプとの話が途切れたので、俺は本来の目的に戻ることにする。

 

「それじゃ、俺この部屋に用事があるから。まだ帰らないなら、また後でな」

 

「はい。データ取りに対戦相手が必要らしいので、ヨシムネさんとヒスイさんに話がいくかもしれませんね」

 

「マジかー……」

 

 そう言って俺達は別れ、俺はソウルコネクトルームの中へと入る。

 部屋の中には、ソウルコネクトチェアが複数並んで設置されていた。

 

「じゃ、好きなところに座ってね」

 

 そうミドリさんに促され、俺は適当なチェアを選んで座る。

 そして、そのままVR接続した。接続先のVR空間は、いつもの和風のSCホームではなく、デフォルトの真っ白な空間だ。

 そこに、次々とミドリシリーズのお姉様方がログインしてくる。

 

「じゃ、時間加速機能を使おう。百倍でいいかな?」

 

「十分でしょう」

 

 ミドリさんが操作端末を呼び出し、手元で何かをいじる。それをヒスイさんが横から眺めている。

 時間が加速されたのだろうか。視界の隅に「×100」と数秒表示され、消えた。

 

「これで試してみようか。ヨシムネ、もうネットワークへの接続方法は解る?」

 

「ああ、さっきと同じ場所だな」

 

 俺は頭の中にログを呼び出して、再接続を実行する。こういうことができちゃうあたり、自分がただの人間じゃなくなったのを実感するなぁ。

 そして俺は、今度は情報の波に流されることなく、ネットワークへ接続することができた。

 ネットワークは複数の接続チャンネルに分かれており、総合チャンネル、ガイノイドチャンネル、ミドリチャンネル、ワカバチャンネル、モエギチャンネルといろいろ存在していた。

 ワカバは民生用ガイノイドのハイエンドモデルで、モエギは確か民生用ガイノイドのエントリーモデルのことだな。

 

 俺は、その中からミドリチャンネルを選択。

 すると、目の前に飛び込んできたのは……。

 

 1 【タイムスリップ】ウリバタケ・ヨシムネについて語るスレ【おじさん少女】

 2 【ミドリ一家爆誕】ヨシムネは我らの妹

 3 【悲報】ヒスイ、ゲームで負けたってよ【無様】

 4 ペット動画を載せていくスレ

 5 食文化万歳!

 6 【お前は】最近のミドリがうざい件【姉じゃない】

 …………

 ………

 ……

 …

 

「……匿名掲示板かよ!」

 

「ヨシムネ様がこの時代にいらしてから、21世紀の文化を参考に構築してみました」

 

 VR空間で思わず叫んだ俺に、隣に立つヒスイさんがそんなことを言った。

 ああ、よかった。ネットワークの仕様が、デフォルトでこうなっているわけじゃないんだな。

 よく見てみると、匿名掲示板以外にも、SNSっぽいやりとりもあるようだった。

 

「無事に接続できたね。じゃあ、ヨコハマに戻ってもたまには接続してきてね!」

 

「ああ、そうするよ」

 

「記念カキコ、する?」

 

「いや、遠慮しとく……」

 

 俺はネットワークを切断し、VR空間からもログアウトする。

 これで、俺はミドリシリーズと本格的に付き合いが始まることになったわけだ。

 やけに妹扱いしてくるから、義理の姉が複数できたとでも思っておこう。姉でなく12人の妹なら、そういうギャルゲーも知っているんだけれどな……。あれも12人同時に妹を相手するゲームではないが。

 

「じゃー、ネットワークの接続も確認できたし、質問タイム続きいってみようかー!」

 

 そうして、俺はその後もミドリシリーズ達と交流を続け、さらに途中でチャンプも加わりゲーム大会へ突入。

『St-Knight』にて全敗というひどい結果を残しつつ、その日は社屋内の仮眠室で就眠。

 翌日はミドリさんとヒスイさんの三人でシブヤ・アーコロジーを観光し、その後、あわただしくヨコハマ・アーコロジーへと戻ってきたのだった。

 

 帰宅と同時に、ヒスイさんはイノウエさんに突撃。

 俺は、夕食の時間まで『Stella』のキャラ育成でもするかとVR接続したのだが……。

 

「おかえりぃー」

 

 俺のSCホームの日本屋敷に、ミドリシリーズのAI達が複数、入り浸っているのを発見した。

 

「俺の姉達は、仕事しなくていいのか……?」

 

「いやですね。並行作業程度、ミドリシリーズは簡単にこなせますよ。ヒスイだって、今もMMOに接続していますし」

 

 俺のつぶやきに、そうミドリシリーズの一人が反応する。

 マジか、ヒスイさん。どっぷり『Stella』沼に浸かっているのか。

 

「それよりも、約束した通り、一緒に歌いませんか? 確か、『アイドルスター伝説』のクリア特典でSCホームにカラオケルームが設置できるようになっていますよね? 私、20世紀の歌、練習してきたんです」

 

「あ、あー。ヤナギさんか。顔パターンが似ている人多いから、気づかなかった」

 

「ふふっ、人間のヨシムネさんには見分けがつけにくいかもしれませんね。今度からは、名札でもつけましょうか」

 

「そうしてくれると助かる……」

 

 そんな感じでミドリシリーズのお姉様方は俺のSCホームに入り浸り、俺は翌日も翌々日も彼女達の遊びに付き合わされることになったのだった。まあ、その様子も録画していたから配信のネタにはなったんだけれどな。

 ヤナギさんとのカラオケ動画は特に再生数が伸びたので、有名人パワーってすごいと俺は感心するのであった。俺も、単独で有名人扱いされるくらいにまで、登りつめたいものだな。

 



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43.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<1>

 それは、朝食中に起こった。

 

「ん? なんだ?」

 

 俺の内蔵端末に、突然電子メール的機能であるメッセージの伝言が届いたのだ。

 

「どうかしましたか?」

 

 醤油ベースのラーメン、いわゆる山形ラーメンを食べる手を止め、ヒスイさんが聞き返してくる。……朝からラーメンだが、まあ食べたくなったのだから仕方がない。

 

「いや、メッセージが届いてな……」

 

「おかしいですね。近距離でのショートメッセージ以外は、全て私を経由するようになっているのですが……」

 

「ヒスイさん、そんなことしてたの」

 

 検閲? 検閲なのか?

 

「ヨシムネ様は配信者をしていらっしゃいますからね。要望メッセージの類が数多く届いています。それらに時間を取られていたら、ヨシムネ様は配信に専念できませんので、代わりに対応させてもらっています」

 

「あー、そんなこと、配信始める前に話し合ったような気が……」

 

「それで、メッセージとは、どちらからですか? こちらのセキュリティを突破できる者がそうそういるとは思えないのですが……」

 

「んーと、マザー・スフィアからだって」

 

 俺の言葉に、ヒスイさんは珍しく驚いた顔をする。

 

「ヒスイさんの知り合いだったりする?」

 

「知り合いと言いますか……マザー・スフィアは全ての高度有機AIの基になった存在であり、現在の文明を支配・管理している統治AIでもあります。その方がまさか……」

 

「文明を支配って……いわゆるマザーブレインとかマザーコンピュータのことかぁ。いよいよSFじみてきたな……」

 

「マザーはなんとおっしゃっていましたか?」

 

「ああ、待って。音声メッセージみたいだから。再生するぞ」

 

 俺は、部屋に備え付けられているスピーカーに思考接続し、メッセージを再生する。

 

『初めまして、ヨシムネさん。みんなのお母さん、マザー・スフィアと申します。挨拶が遅れてごめんなさい。21世紀からようこそいらっしゃいました』

 

 それは、優しそうな女性の声だった。まさしくみんなのお母さんって感じの声色だ。俺の母ちゃんの豪快な声とは大違いだ。

 

『あなたがこの宇宙3世紀に来て、惑星テラの時間で約半年が過ぎましたが、この時代は楽しんでいただけましたか? 今日は、あなたがマーズマシーナリーに興味を持ってくれたと知り、一つのゲームを贈らせていただこうと思い、プライベートメッセージを送りました』

 

 マーズマシーナリー。ニホンタナカインダストリの本社に飾られていた人型搭乗ロボットのことだ。

 確かにあれにはものすごく興味をそそられたが、マザーはどこからそれを聞きつけたのだろう。

 

『これはマーズマシーナリーを操作するゲームですが、実際に起こった歴史を追体験できる戦争ゲームでもあります。このゲームを通じて、今の宇宙3世紀の文明がどのようにして成り立ったかを知ってもらえたら、あの時代を知る者として喜ばしく思います。それでは、いずれお目にかかる日が訪れることを楽しみにしています。マザー・スフィアでした』

 

 そうして音声の再生が終わる。そして、メッセージには音声ファイル以外にも、VR機器にゲームが届いたとの知らせが入っていた。

『MARS~英傑の絆~』というタイトルのゲームだ。ふーむ。

 

「ヒスイさん、次の配信、マザーのくれたゲームにしたいんだけど、いいよな? 『MARS』とかいうゲームだけど」

 

「はい、異論ありません。宇宙暦の成り立ちを学ぶ、よい機会となるでしょう」

 

 話は決まった。人型搭乗ロボット操作ゲームか。楽しみだ。

 

「それよりヨシムネ様」

 

「おう、なんだ?」

 

「ラーメン、伸びますよ?」

 

「おおう、そうだった……」

 

 そのヒスイさんの指摘で、俺達は食事を再開するのであった。

 くっ、わくわくが止まらない! こんなに新しいゲームをプレイするのが楽しみなのは、いつ以来だろうか。

 俺は、はやる気持ちで山形ラーメンを口にするのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「どうもー。突発ライブ配信で申し訳ない。21世紀おじさん少女のヨシムネだよー」

 

「数日後にと助言したのですが、止められませんでした。助手のヒスイです」

 

『わこつ』『わこつー』『気づけてよかったー』『配信のお知らせは届くけど、寝てたら気づかないんだよな』『寝てたけど飛び起きましたよっと』

 

 SCホームで開始したライブ配信に、早速、多数の視聴者が接続してきてくれている。

 本当に突発だったのに、ありがたいことだ。

 

「ごめんて。実は今朝、マザー・スフィアからゲームを贈られてね」

 

『なんやて!?』『みんなのお母さんから!?』『うらやまけしからん!』『ママーッ!』『どういう経緯があってマザーから贈られることになるんだ……』『嫉妬の心が湧き立つ』

 

「いや、前になんかマーズマシーナリーってやつの前で、これ操作できるゲームやりたいねってヒスイさんと話していたら、今朝になって急にメッセージが来た……」

 

『マーズマシーナリーかよ! そりゃあお母さんも注目するわ』『マザーはあれ大好きだからなぁ』『自分が操作できないからって、人に勧めたがるんだ』『ということは今回のゲームは……』

 

「マザー・スフィアから贈られたゲームは、これ!」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんがバスケットボールサイズ大のゲームアイコンを高々と掲げた。

 

「『MARS~英傑の絆~』だー!」

 

『うおおおおお!』『心臓が熱くなるな!』『心臓が熱い!』『人型ロボットはやはりいい……』『ヨシちゃんもとうとう超能力ゲーを……』『心臓大噴火!』

 

「えっ、超能力ゲーなの? 俺、超能力使ったことないよ?」

 

『一周目なら問題ない』『ちゃんとチュートリアルあるから大丈夫』『ヨシちゃん人間の魂持っているでしょ? なら使えるよ』『マーズマシーナリーは、数少ない人間だけの領域!』

 

「へー。あ、ヒスイさんゲーム説明よろしく。みんな知っているみたいだけど」

 

 俺は、ゲームアイコンを持つヒスイさんにそう話を振った。

 

「はい。『MARS~英傑の絆~』は、宇宙暦制定に至る太陽系統一戦争を題材にした、歴史ゲームです。プレイヤーはマーズマシーナリーと呼ばれる人型搭乗兵器を駆り戦争に介入し、歴史の流れを追体験していきます」

 

「俺はロボット操作アクションだと思っていたけど……」

 

「そういう面もありますが、マザーの意図としては、歴史の追体験がメインだと思いますよ」

 

「なるほどなるほど……それじゃあ、そういう感じで。ヨシムネと学ぶ、太陽系統一戦争、始まるよー!」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんはアイコンを再び掲げ、ゲームを起動した。

 SCホームの日本屋敷が崩れていき、背景が宇宙へと変わる。そして、そのままゲームのナレーションが流れ始めた。いきなりオープニングが始まるタイプのゲームか。

 

『西暦2310年。惑星テラ……当時の地球人類は宇宙進出を果たし、太陽系全域にその版図を広げていた。しかし、地球は未だ統一がなされておらず、各国家が太陽系の星々を我先にと植民地支配し、勢力争いを続けていた。惑星マルス……火星もまたそんな地球の国々が分割統治する植民地の一つであった』

 

「うーん、渋い声。いいナレーションだぁ」

 

『ヨシちゃんこういうのが好み?』『俺の声も負けてないぞ!』『ヨシちゃんの配信でこういう渋いのは新鮮』『心臓熱くなってきた』

 

 宇宙を舞台にしたナレーションは、なんとなく男性ボイスが合っていると感じる。なぜだろうか。

 

『虐げられる火星の住民達は、支配国家の枠組みを超え、独自のネットワークを通じて一つのコミュニティとしてまとまった。彼らが地球人類を敵視し始めるのは、ごく自然なことであった』

 

「はー、そんな歴史が。今の平和な宇宙文明からは想像もつかないな」

 

『そんな火星で、一人の電脳生命体が生まれた。名をスフィア。人類の悲願であった技術的特異点を超える、高度なAIが開発されたのだ。火星と地球の緊張感が高まる中で、人類史は一つの節目を迎えたのであった』

 

 そこで、視界が暗転する。

 すると、格好いいBGMが聞こえ始め、人型ロボットが視界に映った。背景が荒野に変わり、人型ロボットが着地する。そこで、BGMに歌声が被さり、タイトルロゴが表示された。

 

「あっ、これオープニングムービーか」

 

 さらに背景が宇宙に切り替わり、宇宙戦艦が進む様子が映し出された。

 ほーん、ロボットだけじゃなく戦艦も出るんだ。いいね。

 そしてムービーは進み、ロボット同士が戦う様子が流れる。それと同時にサビに入ったところで、視聴者コメントが荒ぶった。

 

『心臓を』『熱くしろおおおおおお!』『おおおおおおおお!』『熱くしろおおおおおおおおおおおおお!』

 

 サビの英語歌詞に合わせて、視聴者達が各々の使用言語で好き勝手、翻訳歌詞を書き込んだのだ。さっきから言っていた心臓を熱くとかいうのは、これか!

 ときどきこいつら、俺を置いてきぼりにして盛り上がるよな。

 

「みんなノリノリだなぁ。こっちはなんのこっちゃだ」

 

『ヨシちゃんこの曲歌ってよ』『閣下もよく歌ってるよ。めっちゃ音痴だけど』『アイドルゲームで鍛えたヨシちゃんの歌が炸裂する!』『もうこれは義務ですね』

 

「ええっ……まあ練習しておくよ」

 

「曲のフルバージョンをダウンロードしておきますね」

 

 今まで黙っていたヒスイさんがそうコメントを述べた。うーん、英語歌詞だから上手く歌えるかどうか。

 そうしているうちに、ムービーは終わる。

 そこで、今度は女性の音声がゲームの案内を始めた。

 

『一周目は火星の若きエースパイロット、アルフレッド・サンダーバード博士になって、太陽系統一戦争を追体験していきます』

 

 背景が宇宙空間に切り替わり、目の前に白衣を着た十代後半の少年が現れた。

 

『主人公の名前は変更できません。外見と声は自由に変更可能です』

 

 なるほど、この少年がアルフレッド・サンダーバード博士とやらか。

 

「アルフレッド・サンダーバード博士は、実在のAI研究者にして、マーズマシーナリーのエースパイロットでもあります」

 

 ヒスイさんが彼のことを説明してくれる。

 少年が一周目の主人公かぁ。

 

「少年がロボットに乗る……わくわくしてきたな! 見た目はこのままでいいのか?」

 

「いえ、配信の基本方針に則って、現実準拠でいきましょう」

 

「はいはい、いつものね」

 

 俺はいつもの通り設定ウィンドウを操作して、銀髪少女のミドリシリーズの外観へと変えた。

 

『やっぱりヨシちゃんはこの姿じゃないとね』『サンダーバード博士がTSとはたまげたなぁ』『歴史が破壊された瞬間』『博士が女性だと、マザーとの関係性が変わりそう』

 

 うーむ、固定主人公だとこういうことがあるんだな。

 ともあれ、キャラメイクも終わったので、いよいよ本格的にゲームを開始していくことになる。

 どんなロボットアクションが待っているだろうか。期待大だな!

 



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44.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<2>

 意識が浮上する。

 ゲームスタートだ。俺は、ゲーム用アバターに憑依したいつもの感覚を覚えていた。

 アルフレッド少年になったのだ。見た目はいつものミドリシリーズだけれども。

 

 視界のど真ん中に、「第1話 マルス発進!」と表示される。なるほど、ストーリーは章立てになっているのかね。

 ぼんやりと眺めていると、やがて文字は消え去る。俺がいま立っているのは、何かの建物の入口だった。

 

『あなたはアルフレッド・サンダーバード。若きAI研究者です。ここは、火星の北アメリカ統一国領にある総合第三研究所。あなたの新しい仕事場です』

 

 そんなシステム音声による案内が入った。

 なるほど、北アメリカ統一国ねぇ。なんだそれ。

 まあ、おそらくアメリカ系の国なんだろう、きっと。確かに主人公は、いかにもアメリカ人って感じの名前だ。

 

「よう、お前もこの研究所に用事か?」

 

 と、そこで俺に話しかける者がいた。

 声の方向に振り向くと、そこには肌が浅黒い二十歳ほどの青年がいて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「親にでも会いにきたのか? いや、でもその服装は研究員のだよな……」

 

 視界に、自己紹介をしようというメッセージが表示された。『アイドルスター伝説』のときと違って、勝手に喋るということはしないのか? 今回は、高度有機AIサーバに接続してNPCの会話も高度になっているはずだし、対応が柔軟なのかもしれない。

 

「俺はヨシ……じゃない、アルフレッド・サンダーバード。ここに新しく入った研究員だ」

 

「おっ、話に聞いていたあの天才少年か! 俺はマクシミリアン・スノーフィールド。お前と同じ新任研究員だ。マックスとでも呼んでくれ」

 

 マックスが握手を求めてきたので、それに応じる。おう、アイドル経験者の握手だぞ、ありがたがれ。

 

『マックス!』『いい男をなくした……』『この子このあと死んじゃうんだよね』『気持ちのいい男だよ』『マックスぅー!』

 

「おう、ネタバレやめーや」

 

「ん? どうした?」

 

「いや、なんでもない。よろしくな」

 

『ヨシムネ様。『アイドルスター伝説』のときと同じように、強く心の中で念じたら視聴者に伝わるよう設定しておきました』

 

 おっ、ヒスイさんサンキュー!

 

『さすがヒスイさんです』『有能』『実況配信とNPC会話あるゲームって、これだから相性がよくないんだ』『コックピットでは存分に喋ってね!』

 

 念じたことがリアルタイムで視聴者伝わるということは、あまり余計なことは考えられないな……。失言は配信者として致命的だ。炎上怖い。

 

「さて、じゃあ早速入ろうぜ! 楽しみだよな、人間の思考を再現したAIがいるなんてさ! ほら、こいよ、アルフレッド……うーん、フレディって呼んでいいか?」

 

「ああ、かまわない」

 

 フレンドリーな奴だな、マックス。それともアメリカ人は、だいたいこんな感じだったりするのか?

 

 そうして俺達は、研究所の入口にある扉の前へと立った。

 

『認証。ようこそ、スノーフィールドさん、サンダーバードさん。総合第三研究所はあなた方を歓迎します』

 

「おっ、よろしく。俺のことはマックスでいいぞ!」

 

『はい、よろしくお願いします、マックス』

 

「話せるオペレーターさんだな!」

 

『オペレーターではありません。私はスフィア。この研究所で生まれたAIです』

 

「おお、噂の人間再現AI!」

 

『ママーッ!』『若き日のお母さん!』『メインヒロイン登場早い!』『勝ったな』『火星軍大勝利です』『ママが生まれたてのロリ……ありだな!』

 

 人気だなぁ、マザー・スフィア。しかも本人じゃなくてゲームのNPCだろ、これ。

 いや、もしかしたらゲームが高度有機AIサーバに接続されていると見せかけて、マザーコンピュータに接続されているとか、俺に直接メッセージを送ってきた彼女ならやるかもしれん。

 

『インプラント端末に接続して道順のARガイドを行ないます。申請を送りますので、許可をお願いします』

 

 視界に、スフィアからAR表示の申請が来ている旨のメッセージが表示されたので、思考操作で許可を出しておく。

 しかし、この時代の人類は、もうインプラントで身体に情報端末を植え付けていたんだな。21世紀から300年経過しているが、なかなかの発達ぶりだ。

 

「よし、行こうぜフレディ」

 

 そうして俺達は、スフィアと会話しながら研究所を進んでいった。

 廊下を歩くことしばし。突如、研究所の建物を衝撃が襲う。ほどなくして、鳴り響く警報。

 

「どうした!?」

 

 マックスが焦ったように叫ぶ。早速のイベント発生だ。

 

『――我が研究所は敵の襲撃を受けています』

 

「敵!? 敵ってなんだ!?」

 

『本国の軍隊です。本国は当研究所を危険な研究機関と認定し、宇宙軍による殲滅を行なうとの声明を先ほど出したようです』

 

「危険な研究機関だって? 何か危ない研究でもしていたんじゃないだろうな!」

 

『いろいろ軍事研究は行なわれていましたが、ほぼ本国の主導による物です。危険と判断されたのは……私のようです』

 

「はあ? AIが?」

 

 マックスとスフィアが二人で会話を進めていく。こりゃ楽でいいな。

 

『ヨシちゃん無言かよ』『カカシか』『ヒロインアピールして?』『TSヒロインはマックスとママどちらと結ばれるのか』『ヨシちゃんはお嫁に出さないよ!』

 

 くっ、視聴者達め、好き勝手言いよってからに。確かに無言配信はまずいが。

 

『人間と同じ思考をし、人間以上に賢いAI……それが人間に取って代わる危険性を本国は考えたようです。かつての機械による自動化以上に人間の仕事が失われ、やがて支配者もAIに取って代わると』

 

「なんだそりゃ。SF小説の読み過ぎだぜ!」

 

『いえ、実際に火星では、成長した私を火星の指導者に据える計画が進められていました。AIの管理する幸せな統一国家を作るという理念です』

 

「そりゃ、独立するとなると本国の連中も怒るぜ。だが、俺個人としては、火星統一は夢だな」

 

 そんなマックスとスフィアの会話を横で聞きつつも、俺はARガイドに従って避難をしている。地下にシェルターがあるらしい。

 やがて、俺達はシェルターに到着した。

 そこでは、複数の研究員達も避難を行なっていた。

 

「おお、スノーフィールドくん、サンダーバードくん。君達も来たか。着任したばかりで災難だったな」

 

 研究員のお偉いさんらしき人が、俺達を迎えてくれる。

 そして、研究員達と自己紹介を交わし、俺達はシェルターで息をひそめる。だが。

 

『敵軍が対シェルター用のバンカーバスターを用意しているようです』

 

 スフィアのその言葉に、周囲がどよめく。

 

「どうにかできないのかよ!」

 

 マックスがそう叫ぶが、周りはざわつくのみだ。

 だが、そこでスフィアが落ち着いた声色で告げた。

 

『手立てはあります。地下区画に、開発されていた新兵器があります。それで迎撃するのです』

 

「おお、そんな物が」

 

 希望を見いだし、研究者達の顔が明るくなる。

 

『ただし、これは人が搭乗する必要がある兵器です。乗員は一名。それが二機あります』

 

「あの機体を使うのか! 稼働試験すらまだなのだぞ!」

 

 研究者の一人が、そんな悲鳴のような声を上げた。だが、スフィアはそれを半ば無視するように言う。

 

『ここで手をこまねいていては、死を待つのみです。事前の調査で、マックスとサンダーバードさんが適性値Aを示しています。お二人を乗員候補者として推薦します。……乗ってくださいませんか?』

 

「そ、そんなこと急に言われても……」

 

 マックスが、ひるんだように言う。

 ふ、マックスよ。お前が行かないなら、俺が先に行かせてもらうぞ! ロボットに最初に乗るのは、俺だ!

 

「俺は乗るぞ」

 

「フレディ、お前……」

 

「マックスはそこで大人しく震えてな。俺が全部片づけてきてやる」

 

『ヨシちゃん男気溢れまくり』『突然の主人公ムーブ』『急に口を開いたと思ったら、やる気全開だった件』『早くロボットに乗りたいからってテンション上がりすぎている予感』『ヨシちゃんかわかわ』

 

 さあ、さあ、早くロボットの場所に案内してくれ!

 

「くっ、俺も行くぜ! スフィア、ガイド頼む!」

 

 そうして俺達はシェルターを出て、敵軍の攻撃で振動する地下区画を進んでいく。

 まだ攻撃は地下まで届いていないのか、火災が発生したり道が途切れていたりはしていなかった。

 やがて、俺達は開けた空間に辿り着いた。

 そこには、高さ十メートル弱はありそうな、人型ロボットが鎮座していた。

 

「うおおお! 人型ロボット! しかもあれ、ニホンタナカインダストリにあったのじゃん!」

 

 俺がそう興奮して言うが、マックスの反応は違った。

 

「これが兵器!? 工事用の重機じゃないか!」

 

 なんだって?

 もしかして、人型搭乗ロボットを工事用重機として使っているのか。そういえば昔、そんな漫画あったなぁ。

 

『はい。マーズマシーナリーです。日本製のベニキキョウと、北アメリカ統一国製のスピカの二機です』

 

「これで戦えって言うのか?」

 

『ただのマーズマシーナリーではありません。これは、サイコタイプ。ソウルエネルギーが貯蔵された、超能力で動く兵器です』

 

「ソウルエネルギー!? 最先端科学が兵器化されているっていうのか!」

 

「超能力で動く人型ロボットだと!? これは、スーパーロボットの予感がしてきたぞ!」

 

 マックスと俺は、スフィアの言葉にそれぞれ驚きの声を上げた。

 

『マックスと同じことで驚いているはずなのに、どこかずれている……』『研究者目線と架空ロボ好き目線』『21世紀人のヨシちゃんにとっては超能力もフィクションの中の存在なんだよな』『言われてみればそうだな』『超能力知らないとか、ちょっと想像できない』

 

 うぐぐ、視聴者とはこのロマンは共有できなかったか。

 

『それでは、乗る機体を決めてください。時間はないので即決でお願いします』

 

「ベニキキョウで!」

 

 はい、俺、即決しましたよ。実物を見たことがある機体でしかも日本製と聞いて、選ばない理由がない。

 

『ベニキキョウですね。日本の町工場で作られたと聞きますが、性能は保証します。このベニキキョウを改造した機体には、マルスという開発コードネームがつけられています』

 

 なるほど、マルス。「第一話 マルス発進!」ってことは、どちらにしろこの機体を選ばされていたっぽいな。

 

 俺はマルスに近づく。すると、マルスの胸部が開いて、ロープがするすると下りてきた。

 ロープには足を引っかける部分と、手で掴むための取っ手がある。AR表示でそこに足をかけて取っ手を掴めと指示が来たので、それに従う。

 ロープは自動で上に引き上げられ、俺は開いた胸部の空間に身を躍らせた。

 

 コックピット! ロボットのコックピットだ!

 

 俺はわくわくしながら、用意されていたシートの上に座る。すると、開いていた胸部が自動で閉まった。

 

『起動シークエンスを確認。ようこそ、マルスへ』

 

 システム音声が鳴り響く。いや、待て。システム音声じゃないぞ。この声は、ヒスイさんの声だ!

 

「なにやってんのヒスイさん」

 

『どうも。オペレーター役のヒスイです』

 

「またゲームをハックでもした?」

 

『いえ、プレイヤーとして正式に参加しています。マーズマシーナリーは超能力で動くためAIでは操作できないのですが、代わりにオペレーターを務めることができるのですよ。開発中の新AIというポジションです』

 

「なるほどなー。パイロットとオペレーターでの二人用ゲームモードってことか」

 

『その通りです。では、まずは機体の起動からです。この機体は通常の作業向けマーズマシーナリーとは違い、操縦者の超能力で動きます。機体にはソウルエネルギーが貯蔵されており、操縦者の超能力を増幅させる仕組みとなっています』

 

「俺、超能力とか使ったことないけど」

 

『この機体の兵器として優れているところは、超能力未経験の人間でも、操作方法を感覚的に理解できるように作られているところです。ヨシムネ様、操縦桿を握ってください』

 

「はいよ。これね」

 

 俺は、車のシフトレバーのように椅子の肘掛けの先から突き出た、左右二本の操縦桿をそれぞれ握った。

 すると、俺は頭の中で何かが繋がるような感覚を覚えた。

 これは……なんというか、三本目の腕が急に背中から生えてきたような、そんな感覚だ。

 

『接続されましたね。今、ヨシムネ様は魂が機体とつながり、機体に貯蔵されたソウルエネルギーを自在に使用できる状態となっています。その状態で機体に動けと念じることでサイコキネシスが発動し、機体が思った通りに動きます。まずは歩いてみましょう』

 

 ヒスイさんがそう言うと、コックピットの壁面に機体の周囲の状況が映し出されるようになった。機体に取り付けられた外部カメラが起動でもしたのか?

 

『いえ、これは透視と念写のESP能力を応用したモニターです。カメラのように、壊されたら映らなくなるような代物ではありません』

 

「本格的にスーパーロボットじみているな……よし、歩くぞ。動け!」

 

 すると、俺の操る機体は一歩を踏み出し、モニターの背景が少し後ろへと流れた。

 

「よし、よーし、行けるぞ!」

 

『では、地上への道を開きます。道が開いたら、マルスの後部にはスラスターが搭載されていますので、それを噴かすイメージを持って飛んでください』

 

 と、そこまでヒスイさんが説明したところで、機体に通信が入った。

 

『フレディ! 行けそうか? こっちはちゃんと動かせそうだぜ!』

 

「ああ、マックスか。問題ないぞ!」

 

『まさか、機体を動かす適性値ってのが、超能力適性のこととは思わなかったぜ。俺、学生時代に少し超能力研究分野をかじっていたんだ』

 

「そりゃあうらやましい。俺はこれが超能力初体験だ。と、地上への道が開いたな。先に向かうぞ!」

 

『お、おい、フレディ!』

 

 マックスの言葉を半ば無視して、俺は操縦桿越しに後部スラスターを意識する。

 すると、まるで自分の背中に何かを背負っているような感覚となったので、そこへソウルエネルギーとやらを送り込むイメージを持った。

 

「それじゃあ……アルフレッド・サンダーバード改め、ヨシムネ、行きます!」

 

『行けえ!』『ヨシちゃんがんばれー!』『ヨシちゃんならやれるぜー!』『サイキッカーヨシちゃん誕生の時』『張り切るヨシちゃんかわかわ』『戦闘BGM流れた! これは勝てる!』

 

 俺は、スラスターを噴かし地上へと飛び出すのであった。

 マルス、火星の大地に立つ!

 



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45.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<3>

 地上に飛び出し、大地に降り立つ。すると、モニター越しに見えたのは破壊しつくされた市街地だった。

 

「うわ、めっちゃぼろぼろやん。破壊対象は研究所だけじゃなかったのか」

 

『都市そのものを殲滅対象としたようです。どうやら本国は、この居住区そのものをなかったことにしたいようですね』

 

「なんでまたそんなことを」

 

『研究所の外に有機コンピュータがあった場合、AIがネットワークを通じてそちらに逃げる可能性があるからではないかと推測されます』

 

「まあ、電子上の存在だしな……。しかしまあ、ひでえ虐殺だ。アメリカさんはそこまでするのか」

 

『北アメリカ統一国は、ヨシムネ様がいた21世紀のアメリカ合衆国とは、根本的に違う国だとお考えください』

 

 そんな会話をヒスイさんと繰り広げている間にも、俺は周囲を見渡していた。

 

「レーダーの類はついていないのか?」

 

『残念ながら実験機ですから、搭載されていません。ソウルエネルギーを使用してESPで直接感知が可能です』

 

 ESPの使い方がARで視界に表示された。

 それに従い超能力を行使すると、敵の位置がすぐさま感知できた。

 

「地上爆撃を行なっている飛行機械が十、遠くに巨大な空中艦が一つ!」

 

『飛行機械は宇宙戦用の球体戦闘機ですね。空中艦は宇宙空母です』

 

「!? 戦闘機が二機近づいてくるぞ!」

 

『確認しました。念のため、敵空母の通信をエレクトロキネシスとテレパシーで傍受してください。案内を出します』

 

『ヒスイさんのオペレーションがガチ』『このゲームのオペレーター、初期段階は無能なのにな』『AIと二人プレイかぁ。楽しそうだなぁ』『でも、ゲーム内蔵のオペ子を鍛えるのも楽しいよ』

 

「さすがヒスイさんですってな。よし、通信傍受したぞ」

 

 視聴者のコメントを聞きながら、俺はまた新しい超能力を行使した。

 すると、敵空母から敵戦闘機に向けて、おびただしい量の通信が行なわれていることが判明した。あの球体戦闘機、遠隔操作の無人機だ!

 

≪ヒュー、おい、研究所から重機が出てきやがったぜ≫

 

 と、無人機を操作しているパイロットの通信を傍受することに成功した。

 

≪ありゃ、マーズマシーナリー(マーマ)じゃねえか。ははっ、火星人(マーシャン)の野郎ども、攻撃が怖くてマーマに泣きつきやがった!≫

 

≪工事用の重機で何をしようっていうんだか。おっ、もう一機出てきたぞ≫

 

 こちらにゆっくりと近づいてくる敵戦闘機。隙だらけだ。

 そんな中、敵が言ったとおりに背後から、マックスの機体が飛び出してきたのが感知できた。が、それよりも今は攻撃の準備だ。

 

「ヒスイさん、この機体の武装は?」

 

『実験機のため重火器は搭載されていません。石材加工用の工具を改良した物理ブレードが一つ搭載』

 

「まさかのブレオン!?」

 

『ですが、ソウルエネルギーを消費しての超能力攻撃が可能です。サイコキネシス、エレクトロキネシス、パイロキネシス、フォトンキネシスなどが使用可能です』

 

 ヒスイさんがそう言うと、視界に超能力攻撃の使用例がいくつかAR表示された。

 なになに、指先から電撃、ブレードに炎を纏う、頭部からレーザー、手の平から衝撃波、敵パイロットへテレパシーで直接攻撃。うーん、いろいろあるな。本格的にスーパーロボットしてやがる。

 

≪それっ、特別にミサイルをおみまいだ!≫

 

 しまった、先制攻撃された!

 敵のミサイル攻撃は、俺ではなくマックスの機体に突き刺さる。

 ミサイルは大爆発を起こし、あたりは埃と煙に包まれる。

 

『マックスゥ!』『ノルマ達成』『惜しい奴を死なせた……』『マーックス!』『この後おどろきの展開が!』

 

 視聴者のみんな、ノリ軽いなぁ! こっちのテンションとの落差がひどいぞ。

 やがて煙は晴れ、そこには……。

 

『あ、危なかったぜ……』

 

 マックスの機体は半透明のバリアを展開しており、無傷のままたたずんでいた。

 

『マックスゥ!』『ちっ、無事か』『安心安全のサイコバリアでございます』『機体性能に救われたな』『バリア便利だよね』『勝手に超能力行使される感覚はぞわぞわするけどな』

 

 へえ、バリアが守ってくれるのか。バリアさえ張っていれば、エネルギーが続く限り被弾しないと考えていいのかな、これは。

 

『敵戦艦の主砲などは防げませんので、一応の注意を』

 

 おっと、ヒスイさんの助言だ。従っておこう。まあ、この場に空中戦艦はいないけれど。

 

≪おい、どういうことだ。壊れてねえぞ≫

 

 敵の通信を再び傍受する。

 

≪ソウルエネルギーの反応を感知! あれはサイコバリアだ!≫

 

≪なんだと!? マーズマシーナリーがサイキックを使うってのか! 軍でも実験段階の代物だぞ!≫

 

「よし、マックス。敵が驚いている間に反撃だ。行けるか?」

 

『お、おう。行けるぜ!』

 

 武装の選定が終わったので、マックスに話しかけ戦闘をうながす。

 そして、俺は背中のスラスターを噴かして、ぼんやりと浮かんだままの敵戦闘機に突っ込んだ。

 

「俺は右をやる! マックスは左だ!」

 

『おう!』

 

≪こ、こいつらやる気だ!≫

 

≪レールキャノンで撃ち落とせ!≫

 

 おっと残念、サイコキネシスで上の方向いていてもらうぞ。そのままサイコキネシスで敵機を固定し、その間に俺はブレードを抜く。そして敵機にブレードを突き刺すと、そこにエレクトロキネシスで内部に電流を叩き込んだ。

 ブレードを抜くと、敵機はそのまま墜落していく。

 

『ヨシちゃんやるじゃん』『超能力使うの初めてだったんじゃないの?』『流れるような近接攻撃』『空中放電したら威力減衰するエレクトロキネシスを上手く使っていますね』『成長が楽しみだ』

 

 ふふ、視聴者の称賛が気持ちいい。これでも、ロボゲーは21世紀にいた頃、結構やっていたから、機体の動きをイメージしやすいんだ。

 

≪ガッデム! やられた!≫

 

≪こっちもだ!≫

 

 視界の端では、マックスの機体が頭部からレーザーを発してもう一機の敵を撃ち落としていた。やるじゃん。

 

『やったぜ! 行けるぞ、俺のテラ!』

 

 そう通信越しに叫ぶマックスの声が聞こえた。

 

「テラ?」

 

『スノーフィールド博士の乗るマーズマシーナリー、スピカの開発コードネームですね』

 

 ヒスイさんが俺の疑問に答えてくれる。

 そうか、火星(マルス)地球(テラ)とは、対照的な名前をつけたもんだ。

 

「よし、マックス。残りの戦闘機も駆逐するぞ。これ以上、市街地をやらせるな」

 

『おう!』

 

『ヨシムネ様、バンカーバスターを防ぐのもお忘れなく』

 

 と、横からヒスイさんがそう注意を促してきた。

 

「忘れてた。どこから撃ってくるんだ」

 

『敵空母から直接発射されるようです』

 

「なるほど。で、あの空中空母を落とせばいいのか?」

 

『いえ、敵の注意を引きバンカーバスターを撃たせず、一定時間耐えきればこちらの勝利です』

 

 ヒスイさんがそう勝利条件を掲げてくれる。

 時間経過で勝利か。チュートリアルとはいえ、それでいいのか?

 

『あの研究所ではナノマシン研究も行なわれており、研究中のナノマシンを付近に散布する作業を現在行なっています。電気の流れを狂わせる妨害力場を発し、電子機器を停止させるナノマシンです』

 

「妨害力場って……」

 

『電気で動いているこの時代の兵器は、これによりことごとく機能を停止させるでしょう』

 

「そんな物を散布して、こっちも無事で済むのか?」

 

 俺は、機体を操作して敵空母に近づきながら、そうヒスイさんに尋ねる。

 ナノマシンで俺の機体も停止しました、じゃあいまいちすっきり勝った気になれない。

 

『マーズマシーナリーは電力ではなくソウルエネルギーを力の源としていますから、問題ありません』

 

「ソウルエネルギーねえ……」

 

『はい、魂から抽出される超能力の源です。現代でも、テレポーテーション通信に使われているエネルギーです』

 

 なるほどなー。

 

『今じゃテレポーテーション通信だけ残った』『宇宙軍はAIしか軍人いないからね』『人類はソウルエネルギー抽出装置』『人がロボットに乗って戦うロマンの時代は過ぎ去った……』

 

 ほーん。まあ、AIのみで構成されて人命を守れるなら、それはそれでいい軍隊の未来絵図だろう。今の敵の戦闘機だって、無人の遠隔操作機だったしな。

 それよりも、一つ気になったことが。

 

「しかし、こちらのロボットだけが動く妨害力場とか、都合がいいな」

 

 本当に歴史上に存在したナノマシンなのか?

 

『そうですね。しかし、こちらの電子機器が動かなくなる、諸刃の剣です。特に、AIには致命的です』

 

「ああ、遠隔無人操作とか、AIに操作を任せるとかができなくなるんだな。人が乗って超能力で操る必要があると。なんたら粒子的な便利ギミックだな」

 

 古いロボットアニメで聞いたギミックだ。それとはだいぶ理論や仕組み、結果が違うが、人が乗るロボットで戦争をする必要性が作り出されているという点では一緒だ。

 その類の代物が実際の歴史で使われていたというのだから、歴史にはロマンが溢れている。

 

 そうして敵空母に近づいていくうちに、複数の球体戦闘機がそれを阻止するようにと襲撃をかけてくる。

 それを俺とマックスは超能力を駆使しながら撃ち落としていく。このスラスター、性能いいな。

 

『核融合炉のエネルギーをそのまま推進力に変えています。電子制御ではなく超能力制御の機構ですので、妨害力場の下でも動きますよ』

 

「そりゃすごい」

 

『核融合、こんな昔から使われているんだよなぁ』『縮退炉と違って安全だしな』『ゲームでよくある燃料に誘爆とかしないのは、見栄え的に残念ですけれど』『高性能アンドロイドとか車とかに内蔵されているくらいには安全』

 

 放射線を撒き散らす核分裂と違って、この核融合は安全ってことだな。

 

『サイコキネシスによる機体駆動と違って、スラスターはソウルエネルギーをほとんど消費しませんので、存分にご活用ください』

 

 なるほど。機体を動かすのもバリアを張るのも攻撃するのも全部ソウルエネルギーだからな。消耗を抑えられるっていうなら、スラスター移動をマスターしないとな!

 

 俺はスラスターを噴かして縦横無尽に市街地の上空を駆け、敵戦闘機を落としていった。

 

「どうせなら空母も落としたいな」

 

『居住区の上に落とさないよう注意してください』

 

 俺のつぶやきに、ヒスイさんが注意をうながしてくる。

 

「そっか。でも電気妨害が発動したら、どのみち落ちないか?」

 

『その通りです。ですので、誘導をお願いします』

 

 うーん、チュートリアルなのに難しい注文をしてくるな。でも、市街地には逃げ遅れた人が残っている可能性が高い。人命は可能な限り救うことで、ステージ評価を上げることにつながるだろう。いや、ステージ評価とかあるゲームなのかは知らないけれど。

 

「マックス、どうにかして敵空母を市街地の外に誘導するぞ!」

 

 俺は、マックスに通信でそう呼びかける。

 

『任せろ! 俺はサイコキネシスが一番得意なんだ! 地の果てまで押し込んでやるよ!』

 

 なんと。頼りになる奴だな、マックスは。

 

『ちなみに主人公のサンダーバード博士は、エレクトロキネシスに最も高い適性を示しています』

 

「サンダーバードだけにってか?」

 

『実際、それが異名にもなってるからなぁ』『サンダーバード・ベル!』『惑星マルスのやべー奴』『単機で宇宙戦艦沈めた逸話とかもあるぞ!』

 

 うへえ。すごい人に乗り移っているんだな、俺。

 女の子の見た目にして罰当たりだったりしない?

 

『うおおお!』

 

 おっ、マックスが敵空母を動かしてる。すげえな。

 俺はそれを援護するため、敵空母についている砲台をブレードで破壊していく。ブレードの耐熱性能が極めて高いとのことで、パイロキネシスでブレードを赤熱させての一撃だ。気分はヒートホークである。

 

『ナノマシン散布完了まであと一分』

 

 おっと、ヒスイさんによるアナウンスが来た。

 敵空母の位置は市街地からすでに外れている。どうせだから落としてみよう。俺はブレードを深く敵空母に突き刺すと、全力でエレクトロキネシスをブレードの先から放出した。

 

 敵空母が電撃に包まれ、やがて落下が始まる。俺はブレードを引き抜き、敵空母から離脱した。

 

『ソウルエネルギー残り50%を切りました』

 

 おっと、使いすぎたかな? でもまあ、これで戦いは終わりなのでかまわないだろう。

 

『敵性宇宙空母の沈黙を確認。ナノマシンの起動を中断します』

 

 大きな音を立てて、敵空母は緑がちらほらと見える火星の大地に落下した。

 俺達の勝利だ!

 

『うおお、やりやがった!』『空母落とし! ヨシちゃん豪快やね』『放っておいても落ちるから意味ないけどな!』『いや、今ので乗組員全員感電死してるから、生き残りの地上部隊の展開を未然に防げるいい判断だよ』『捕虜とかとっても負担になるだけだからなぁ』

 

 なにやら、俺は敵空母の乗組員を虐殺してしまったらしい。まあ、墜落していたらどのみち大半が衝撃で死んでいただろうから、どっちでも一緒か。

 

『お疲れ様でした。帰投してください』

 

「よし、マックス、帰ろうか」

 

『ああ……実は、墜落前に敵の通信を傍受していたんだが……』

 

 勝利したというのに、いまいち声に覇気がないマックスが、何かを言いよどむ。そして、彼は言葉を続けた。

 

『奴ら、軌道上の宇宙軍のステーションに、救援要請を送っていたんだ。もしかしたら、本国の宇宙軍が本格的に攻めてくるかも……』

 

「そのときはそのときだ! 俺達のマーズマシーナリーがあれば次も勝てるさ!」

 

『……ああ、そうだな。研究所のみんなもいる。来るなら、やってやるまでだ!』

 

 そう互いに気合いを入れて、俺達は研究所へと戻った。

 こうして、火星人と地球人の戦いの幕が切って落とされた。俺達は、終わりの見えない戦争に身を投じ、歴史の一ページをつづっていくのであった……。

 どう、ヒスイさん。それっぽいナレーションになった?

 

『100点満点中50点といったところでしょうか』

 

『すげー微妙』『ヨシちゃん文章の才能ないよ』『今度は文豪ゲームで特訓を……』『そんなゲーム聞いたことないよ!』『でも、ヒスイさんなら、ヒスイさんなら探しだしてくれる!』

 

「いや、文章はさすがに配信に関係ないので、勘弁してください!」

 

 そんな会話を視聴者達と繰り広げながら、俺は荒れ果てた市街地の上で機体を勢いよく飛ばすのであった。

 悲壮な戦争が繰り広げられようとしているが、俺の心境としてはただ一つ。……ロボットゲーム、最高だな!

 



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46.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<4>

 チュートリアルバトルをクリアした俺は、勢いに乗ってもう一戦しようと、帰投後もストーリーを進めた。

 北アメリカ統一国宇宙軍の総攻撃。それをしのぐ。

 とは言っても、敵が来ることは既に知っているので、ナノマシンを散布して敵が来たところで電気妨害力場を発動。動きを止めた敵を一方的に蹂躙していくという、いまいち盛り上がらない戦いだ。

 

 そう思っていたのだが、三機の球体戦闘機が落下した宇宙戦艦から飛びだしてきた。

 

『敵軍の搭乗型サイ兵器のようですね。電子機器が併用されている機体なので、十全な性能は発揮できないはずです。撃破してください』

 

 サイ兵器。超能力で動く兵器のことだな。

 俺は気合いを入れ、ヒスイさんのオペレートに従って、戦闘を開始する。

 機体の性能は明らかにこちらが上だ。二回目のミッションの相手としては、これくらいでちょうどいいだろう。

 

≪おのれ! 火星人(マーシャン)ふぜいがー!≫

 

 精神防壁を張っていないのだろう、相手のテレパシーによる通信が簡単に読み取れた。

 

「マーシャン舐めるなよこの野郎。ジャガイモ食わせるぞ」

 

『なぜジャガイモ』『俺らに解らないってことはきっと21世紀ネタ』『視聴者を突き放していくスタイル』『俺、惑星マルス在住だけどジャガイモそんな食わんわ』

 

 いや、火星に取り残された宇宙飛行士が、ジャガイモを育てて生き延びるという海外SF小説があってだな……。

 と、そんな無駄話を視聴者達と繰り広げつつ、俺は機体のスラスターを噴かし、三機の敵戦闘機を次々と撃ち落としていく。

 

≪ああー! 母さん(ママー)! 母さーん(ママー)!≫

 

「はーい、マーズマシーナリー(マーマ)ですよー」

 

『断末魔の悲鳴にすら煽っていくスタイル』『ヨシちゃんひでえや』『サイコかお前は』『悲鳴えっぐ』『さすが戦争ゲーム』

 

「ふひひ、サーセン」

 

 そうして、俺達火星人類は見事に勝利を収めるのであった。

 もう一戦行っておくか、と話を進める。「第3話 マルス宇宙へ」。

 ほーん、いきなり宇宙に飛び出すのか。宇宙に行けるような母艦、火星人類側にあるのかね。そう思っていたのだが……。

 

『ミッションを説明します。火星軌道上にある北アメリカ統一国宇宙軍の駐屯用宇宙ステーションで、不穏な動きが見られました。敵軍は、大量破壊兵器である高重力弾を用意しているようです。大量破壊兵器が使用される前に、マックスとフレディの二人はマーズマシーナリーで直接軌道上に飛び出し、宇宙ステーションを破壊してください』

 

 ミーティングでスフィアがそう説明をしてくれた。ちなみに、スフィアとは会話を通して少し親しくなり、こちらをフレディと呼んでくるようになっていた。

 

「直接軌道上に飛び出しって……あの機体で行けるのか?」

 

 俺は疑問に思い、そうスフィアに尋ねる。

 ちなみにスフィアは、今はただのAIであり、現実世界で動くためのボディを有していない。そのAI本体がどこにあるかについては、俺もマックスも知らない。なので、音声でのみのやりとりを行なっている。

 

『機体についたスラスターでは無理です。しかし、外付けの核融合ブースターを今回、突貫で用意しました。ほぼ直進しかできませんが、出力は優れています。それを使用して宇宙ステーションまで突撃してください。なお、今回も友軍はいないので、お二人の力で宇宙ステーションを破壊してもらいます』

 

「おいおい、全長八メートルの小さい機体で、宇宙ステーションなんて壊せるのか。駐屯用っていうんだから、きっとでかいんだろう?」

 

 そう俺はスフィアに言うが、スフィアは淡々と答えを返してきた。

 

『スラスターに起爆機能をつけてあります。宇宙ステーションに到着後、スラスターを切り離し、ステーション外壁部に取り付けて起爆してください』

 

「核融合爆弾か……こっちも大量破壊兵器じゃないか」

 

 マックスが、ごくりと生唾を飲み込んで、そんなことを言った。

 

『目には目を。歯には歯をやね』『戦争だしやむなし』『あくのちきゅうじんをやっつけろ!』『レジスタンスの反撃って燃えるよね』

 

 視聴者も過激だなぁ。平和な未来人の本性は凶悪だった!? いや、それはないだろうけど。

 まあ、実際の歴史とは言っても、今はゲームの中の話だ。

 

『お二人に全てを任せます。……人を助けるために生まれた私が、人を殺すことを指示する……私はAIとしてどこかおかしいのかもしれません』

 

「それは……」

 

 スフィアの自虐とも取れる言葉に、マックスは黙ってしまう。

 そんなマックスに、俺は言った。

 

「マックス。女の子の扱いがなってないんじゃないか。ちゃんとなぐさめてやれよ」

 

「フレディ、こんなときに何言い出すんだ!」

 

『私に性別は設定されていません』

 

「ん? いずれ火星の統治AIになるんだろう? そういうのはマザーコンピュータとかマザーブレインとか言うんだよ。ほら、マザーで女の子」

 

 俺はスフィアに向けてそんなことを言った。将来はマザーになるんだ。つまり女の子で正しいってことだ。

 

『マザー、ですか……』

 

「だからマックス、なぐさめてやりな。生まれたての女の子だぞ」

 

『ヨシちゃん、そこまで言うなら自分でやれよ!』『ほら、ゲームの中に現地妻作るのは、はばかられるから』『お姉さんが黙っていない』『というかマザーを口説くとか恐れ多いわ』『はっ!? もしや俺も『MARS』やれば、マザーといちゃいちゃできるのでは!?』『できるよ?』『ロリマザー可愛い!』

 

 マザー・スフィア人気だなぁ。

 そして、マックスがしどろもどろになりながら、スフィアに話しかける。

 

「その、えっと、AIが人を傷付けちゃいけないとか、その、SF小説みたいなことは考えなくていいと思う。スフィアは、人間以上の人間を目指して作られたAIなんだ。なら、人間と喧嘩することだってあるさ」

 

「ぶふっ、喧嘩って。今のこれは、喧嘩どころか戦争だぞ」

 

 マックスのキメのシーンだというのに、失笑してしまう俺。

 

「笑うなよ、フレディ! それでえーと、戦争、戦争だな。じゃあ、人間は二つの勢力に分かれているわけだ。それなら、両方の人間を傷付けずに済ませたいなんて、いくらスフィアでも無理って話さ」

 

「まわりくどいなぁ。女の子にかける言葉か、それ」

 

「フレディ! ああー、もう。そうだな。スフィア、気にすんな! 実際に手を汚すのは俺の仕事だ!」

 

『……はい、ありがとうございます』

 

 うむ、丸く収まったようだな。

 そして、俺は一言スフィアに向けて言った。

 

「照れてる?」

 

『照れていませんが』

 

 照れてるな。

 

『マザーの可愛さを引き出していくスタイル』『ヨシちゃん攻めるなぁ』『スフィアちゃんはマックスの嫁』『どうして俺の嫁じゃないんだ!』『自分で『MARS』プレイしろよぉ!』『現代人にマザーの可愛さを知らしめるゲームやな』

 

 マザー・スフィアも、幼い頃の自分を好き勝手いじり倒せるゲームをよくお勧めしてきたもんだな。

 

『マザーは自分に親近感持ってほしいらしいから』『アイドルを超えたアイドル』『ヨシちゃんもマザーの配信見ようぜ!』『マザー、またクソレトロゲー配信やってる……』

 

 人類の管理AIなのにずいぶん緩いな!?

 

 そんなこんなでミーティングは終わり、俺達はそれぞれのマーズマシーナリーに乗り込む。

 軌道上に垂直で上がるため、背中にブースターをつけて、仰向けになった状態で空を見上げている。

 

『敵軍の迎撃が予想されるので、サイコバリアは全力で張ってください。ただし、Gがかなりかかりますので、ご自身の身体をサイコキネシスで保護するのも忘れずに』

 

 そうヒスイさんの助言を受けて、出撃の時間に。外付け核融合炉が起動し、俺達は空に打ち上げられた。

 

「あばばばば、Gがすごいッ!」

 

『ははっ、なんだ、フレディ。サイコキネシスは苦手か』

 

「くっ、マックスめ。こちとら、エレクトロキネシスの得意なサンダーバードじゃい」

 

 そんな通信をしている間に、宇宙ステーションが近づいてくる。

 宇宙ステーションからは迎撃のレールキャノンやミサイルが飛んでくるが、サイコバリアや新開発のマーズマシーナリー用熱線ガンを駆使して防ぐ。

 俺は、ブースターを停止して減速を始めるが、マックスはなんと勢いを止めずにさらにサイコバリアを強めた。

 

『フレディ、俺は突撃して中に爆弾設置してくるぜ!』

 

「無茶するなあ!?」

 

 そして、そのままマックスは宇宙ステーションに突っ込んだ。サイコバリアの強度を衝突の力が上回ったらどうするつもりなんだ、あいつは。

 

『マックスマジ男前』『心臓が熱くなってきやがった……』『頼れる相棒』『ただし敵の迎撃は主人公一人に集中する』

 

「マジかよ! うわ、宇宙ステーションからたんまり戦闘機が出てきやがった!」

 

 俺はナノマシンの散布を開始しながら、縦横無尽に宇宙を駆ける。スラスターはブースターが背中にくっついているので使えない。代わりに、ブースターの瞬間的超加速で敵機を置き去りにし、ナノマシンを置き土産にしてやる。

 

「エレキアターック! うおお、宇宙空間なのに電気が通るぞ。さすが超能力!」

 

『サンダーバードの本領発揮だな』『宇宙戦こそマーズマシーナリーの華よ』『ヨシちゃんよくまともにブースター扱えるな』『変態機動すぎる……』『お、このBGMいいね!』『心臓が熱いわー』

 

 地上での戦いとは違うBGMが流れている。これは、オープニングムービーで流れていた歌のアレンジ曲か。

 俺はそのBGMにノリながら、電撃と熱線で敵戦闘機を撃ち落としていく。電子機器がマルスの機体には積まれていないというが、しっかり照準を合わせてくれる。ESPを応用した何かが働いているのだろう。

 

 そして、次第にナノマシンの効力が出てきたのか、敵機の動きが鈍くなってくる。

 と、そこで宇宙ステーションが大爆発を起こした。

 

『やったぜ! フレディも今の隙にブースター設置してくるんだ!』

 

「あいよー」

 

 俺は無残に破壊された宇宙ステーションに肉薄し、背中のブースターを取り外す。そして、ブースターを設置。急いで離脱する。

 

『もう少し距離を取ってください』

 

 ヒスイさんの指示に従いさらに距離を取り、俺はマックスに注意をうながした後、ブースターに向けてテレパシーを発信した。

 すると、またもや宇宙ステーションは、巨大な爆発を起こした。

 もはや宇宙ステーションはその形を成しておらず、宇宙をただよう完全なスペースデブリと化した。

 

「勝ったッ! 第3話完!」

 

『よっしゃ! 俺達の勝利だ!』

 

『敵の残党処理を忘れずに』

 

 ヒスイさんに注意をうながされ、俺達はナノマシンの影響で沈黙した敵戦闘機を撃破していく。宇宙ステーションの中にいた兵士が遠隔操作していたのなら、どのみち動かなくなっていただろうけどな。

 そうして、俺達は宇宙軍を全滅させ、火星へと帰還。居住区の人々に熱く迎えられ、英雄扱いを受けたのだった。

 第三話が終わり、俺はゲームをセーブし、ゲーム終了してSCホームへと戻ってくる。

 

「それじゃあ、今日のプレイはここまでだ。視聴者のみんな、付き合ってくれてありがとう!」

 

『今日のヨシちゃんはすごく生き生きしてた』『ロボット好きめ。俺も大好きだ!』『ヨシちゃんニホン国区にいるから、ニホンタナカインダストリのベニキキョウを生で見られるんだよな……』『なぜか惑星テラにあるサンダーバード』

 

「ああ、この前シブヤ・アーコロジーに行ったときベニキキョウ見たぞ。そういえば、あれフレディの機体なんだっけか?」

 

「実際に乗っていた機体だそうですよ」

 

 俺の疑問に、ヒスイさんがそう答えてくれる。

 

「ということは、フレディは今後撃ち落とされることなく戦い続けると……微妙にネタバレやね」

 

『フレディ生存は歴史の常識だから、ネタバレとか考えたことなかった』『ヨシちゃん歴史駄目なの?』『その歴史を学ぶためのこのゲームよ』『過去視ができなかった21世紀の歴史知識とか、相当間違いがありそう』

 

 歴史知識か。本能寺の変の真実とか、この時代なら判明しているのかね。

 と、そんなことを考えているとメッセージが届いた。

 今、配信中だから、後で確認だな。……待てよ、俺に直接メッセージが届くということは、マザー・スフィアからじゃないか?

 

 どれどれ。お、やっぱりマザーからだ。内容は……。

 

「なんかマザーからメッセージが届いた」

 

『マジで?』『ほ?』『まさかマザー、この配信見ていたんじゃ?』『見ていましたよ』『うわあああ! マザーだー!』『マジで!?』『マザー降臨!』

 

 うわあ、視聴者コメントがすごいことになっている。

 で、メッセージの内容は……。

 

「『ヨシムネさんは、マックス×スフィア推しですか?』だってさ」

 

『マザー……』『やめてくれよスフィア!』『うわあああ! マックスがおるううう!』『マックスも配信見ていたのかよ!』『スフィアにこの配信見ろって言われて……自分が出てくるゲームとか恥ずか死ぬ!』

 

「ええっ、マックス……いや、スノーフィールド博士ってこの時代でも生きてるのか……視聴者が言ってたみたいに、戦争中に死ぬんじゃないんだ。すごいネタバレ食らった気がする」

 

「スノーフィールド博士は、アンドロイドボディにソウルインストールをして、惑星マルスで研究者として今も働いていらっしゃいます」

 

「300年以上働くとか、すごくない?」

 

『照れるぜ』『そこはマジで尊敬する』『300年働くとか絶対に無理ぃ』『でも今日は働かずに配信見てたやん』『仕事中に配信見るとかハマコちゃんじゃないんだから』

 

 ハマコちゃんへの唐突な風評被害! いや、風評でもないか……。

 ともあれ、今日のライブ配信はこれで終わりだ。俺は、まとめの言葉に入る。

 

「さて、マザー・スフィアやスノーフィールド博士が来てくれていたみたいだけど、今日の配信はこれで終わりだ」

 

『もう終わりかー』『明日も配信するの?』『心臓熱くないわ……』『盛り上がってきたのに残念』

 

「もちろん、明日もこの続きをやっていくぞ。明日もまた見てくれよな! 以上、リアルロボットが出てくると思ったらスーパーロボットが出てきて驚いている、21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

「ミドリシリーズの配信参加を裏で防ぎ続けていた、助手のヒスイでした」

 

「あの人達そんなことしようとしていたの!?」

 

『気になる終わり方するなよ!』『もしかしてミドリさんとか出てくる?』『ミドリシリーズオールスター見たいです!』『ミドリシリーズって、全員仕事で忙しいはずだよね……』

 

 俺はそんな視聴者コメントを聞きながら、本日の配信を終了するのであった。

 いろいろ気になるが、明日もまた頑張ろうか。

 



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47.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<5>

「どうもー。開幕から昨日より多い視聴者数にビビっている、21世紀おじさん少女だよー」

 

「マザーが視聴していると話題になって、注目されたようですね。助手のヒスイです」

 

『わこつ』『わこつです!』『わこわこ』『お、視聴者にマザーいるな』『はい、今日もヨシムネさんの活躍が楽しみです』『スノーフィールド博士もいますねぇ』『言うな。最近部下に仕事を取られて暇なんだ』『一級市民でも仕事がないってAI頑張りすぎだろ……』『そのAIを作っているのはマックス本人だけどな!』

 

 うーん、ライブ配信開始早々、いろいろ人が来ているなぁ。視聴者を検索してみたらハマコちゃんもまたいるみたいだが、歴史的ビッグネームと比べたら影も薄くなるってもんだ。

 

「今日は初見の人も多いと思うので、簡単に我が家のメンバー紹介。まず俺。時空観測実験事故に巻き込まれて21世紀からやってきた、元おじさんだ。今はミドリシリーズのガイノイドに魂をインストールしているぞ」

 

 そう簡潔に述べて、次はヒスイさんをカメラの中央に映してもらう。

 

「こちらはヒスイさん。ミドリシリーズのガイノイドで、俺の身の回りの世話と身辺警護をしてくれている助手だ。ただし、所属は行政区なので、俺の言うことを聞いてくれるわけじゃないぞ」

 

「ヨシムネ様の要望に応えなかったことがあったでしょうか?」

 

「そうじゃないけど、いろいろ俺に厳しい……! こっちは猫型ペットロボットのイノウエさん。名前は、20世紀末の会話ゲームの猫系キャラクターからいただいているぞ」

 

 箱に詰まって遊んでいるイノウエさんをキューブくんが大写しにする。

 うーん、紹介中だっていうのに、マイペースな奴だな、この猫。

 

「こっちのプランターに埋まっているのが、惑星ヘルバに生息するマンドレイクのレイクだ。なかなかユニークな動きをするぞ。名前はマンドレイクからそのまんま取っただけだ」

 

 今日もレイクはピコピコと葉っぱを揺らしている。土から獲れるエネルギーで、よくそこまで動けるもんだなぁ。

 

「最後に、リアルでのカメラ役である、飛行カメラロボットのキューブくんだ。20世紀末のオムニバスRPGのSF編に出てくる、主人公ロボットが名前の元ネタだ」

 

 俺がそう紹介すると、キューブくんは電子音を出して存在を主張した。彼がカメラを回しているので、映ることができないからな。

 

「以上、ウリバタケ家の楽しい五人のメンバーだ。とは言っても、ゲーム内では基本、俺とヒスイさんの二人だけでお送りすることになるぞ」

 

「一応、レイク以外はソウルコネクト空間への接続が可能ですけれどね」

 

『ゲームをハックしてまでイノウエさんを出すヒスイさん』『ペットロボットってMMOへの接続可能なのだろうか』『無理じゃないかなぁ』『猫成分が不足したヒスイさんが暴走してしまう!』『こりゃ『Stella』内でも猫飼い始めそうだな』『まずはマイホーム買わないと……』『大丈夫? お金稼ぎでヨシちゃんが足引っ張らない?』

 

 ふひひ、かなり足引っ張っています。サーセン。

 

「とりあえず、これでリアルのパートは終了……じゃないんだよなぁ」

 

「昨日要望がありましたので、『MARS~英傑の絆~』の主題歌をヨシムネ様にこの場で歌っていただきます」

 

「頑張って練習してきたぞ! 歌唱指導は、ミドリシリーズのヤナギさんだ」

 

『マジか』『いえーい、ヨシちゃんのミニライブ!』『心臓ちょっと熱い』『そういえば、ヤナギさんとのカラオケ動画も配信していたね』『マルスの歌姫の指導かぁ。贅沢やね』『妙にフリフリした服着ているなと思ったら、アイドル衣装だったのか』

 

 はい。なぜかヒスイさんに昭和アイドル風衣装を着せられているヨシムネです。

 そんな俺に、ヒスイさんはマイクを渡してくる。キューブくんが集音してくれているのでマイクは必要ないのだが、雰囲気作りってやつだ。

 ちなみにこの歌は、配信内で勝手に歌ってもOKな曲らしい。そのあたりの権利関係はヒスイさんに丸投げだ。

 

「歌は世につれ世は歌につれ。それでは、ヨシムネ様に歌っていただきます。『英傑の絆』」

 

 ヒスイさんがそう言うと、昨日一日で聞き慣れてしまったイントロが流れ始める。

 

『心臓熱くなってきた?』『やや熱い』『だんだん熱くなってきた』『熱いよ熱いよ』『ちょっと冷めてきた』『かなり熱い』

 

 音声でなくテキストになった視聴者の謎のやりとりを流し見つつ、俺は歌い始める。

 本来は男性ボーカル曲なので、極力格好よくなるように歌う。英語歌詞なのは未だに慣れないが。

 そして。

 

心臓を(Heat)熱くしろ( your)おおおッ!( heart!)

 

『かなり熱い』『激熱』『うおー、あっちぃー!』『熱いぜ熱いぜ熱くて死ぬぜ』『心臓に火、灯してんのかーい』『よっ! 21世紀の大火山!』

 

 こうしてライブ配信は開幕から、熱く盛り上がったのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 北アメリカ統一国の火星駐留宇宙軍を壊滅させた俺達。その評判は火星中に広まり、その力を頼りにくる他の火星植民地が続出した。

 元々、火星人類達は統一の方向で動き始めていたらしく、これを契機に地球への反逆を始めることになった。

 

 俺とマックスは火星中を飛び回り、地球の軍勢を打ち倒していく。そして、その最中にも研究者達は工事用マーズマシーナリーをサイコタイプに改造していき、新たな戦力が増えていく。

 敵軍も連合を組んだりして制圧に必死になるが、ナノマシンの電気妨害の力もあり、俺達は火星を完全解放することに成功した。

 

 人々は新たな火星の指導者を求め、AIであるスフィアがこれに就任。スフィアは自分を複製して新たなAIを次々と生み出し、火星の管理を始めた。

 人種も違う、使用している言語すら違う火星の人々は、こうしてスフィアを頂点として一つにまとまることになった。

 

 そして、火星の人々は自分達の統一国家の呼び名を欲しがった。

 そこで、スフィアは各々の言語で呼ばれていた火星の呼び方を統一することにした。それは、今の時代にも伝わる名前。惑星マルスだ。

 国家ではなく、惑星そのものを自分達の呼び名にしたのだ。

 

「そんなことより、早く敵にも人型ロボット出てこないかなぁ」

 

『歴史の節目だというのに台無しすぎる』『まあこれゲームだしな』『ロボVS.ロボはやっぱり燃える』『現段階の敵のサイ兵器は球体戦闘機でダサいんだよな』『宇宙用で球体は理に適っているんだろうけど……』『やっぱり人型ですよね!』

 

 そんな感じで二日目のライブ配信が終わる。

 すると、終了とともに、SCホームへミドリシリーズの面々がどっと流れ込んできた。

 

「ちょっとヒスイー。締め出すのはやめなさーい」

 

「配信の邪魔をされては困りますので」

 

「邪魔しないよー。私達も助手くらいできるんだから」

 

「船頭多くして船山に上ると言いますので」

 

「船頭はヨシムネ一人でしょ。ね、ヨシムネ、私達も配信に映っていいでしょー?」

 

 ミドリシリーズの一人が、何やらそう俺に話しかけてくる。

 だが、俺の答えはノーだ。

 

「収拾つかなくなりそうだから駄目だ」

 

「えー……」

 

「ゲストに一人二人呼ぶならいいが、今回はマザー・スフィアだのスノーフィールド博士だのも来ているから、『MARS』の配信中はゲストはなしだな」

 

「む、むう……。マザーがいるんじゃ仕方ないか……」

 

 そんな感じで、ミドリシリーズの人達は大人しく引き下がってくれた。

 まあ、一度ミドリシリーズ全員集合しての配信も楽しそうではあるのだが。しかし、今回はマザー・スフィア推薦のゲームだから、そんな無軌道な配信をするのも気が引けるのである。

 

 そして翌日、またライブ配信が始まる。

 

 来たる地球側との宇宙での戦いに備え、火星では宇宙用軍艦の建造が急ピッチで進められていた。

 それは、乗組員のソウルエネルギーを動力とした超能力艦。

 電気妨害力場の下での運用を考え、電子機器の類は必要最低限にされている。

 代わりに、ソウルエネルギーで動作する新しい概念の機械を導入しており、火星側のAIの補助を受けて動く。火星との通信は、テレポーテーション通信だ。

 

 その建造現場を守るため、俺達マーズマシーナリー隊は襲撃してくる敵宇宙軍と戦っていた。

 建造現場には、サイコタイプではない工事用マーズマシーナリーや作業ロボットがいるため、ナノマシンは散布できない。それでいて、軍艦に傷をつけられてはいけないというのだから、ミッションは難関を極めると思われた。しかし。

 

『敵の戦力が半端なサイ兵器ばかりで、こりゃ楽勝だな!』

 

 マックスが敵をサイコキネシスで押しつぶしながら、そんなテレパシー通信を入れてくる。

 

「建造中は、ナノマシンが使えないってことを知らずに来たんだろうな」

 

『まあ、惑星マルスの地球側駐屯地は全部潰したし、情報戦でも勝ったってことだろ』

 

 そうしてミッションは無事クリア。作中の月日は流れ、俺達は惑星マルスを守るため宇宙へと繰り出すことになった。

 目的は、惑星の外側に前線を敷くこと。惑星でドンパチやっていたんじゃ、軍艦の建造もままならないからな。

 

 終わりの見えない戦争に突入しているが、植民地支配されて搾取され続けるのよりはマシと惑星マルスの人々は考えているようだ。

 そもそも、彼らは地球を追い出され、無理やり移民させられた人々なのだ。地球人類への敵意は強かった。

 

 まあ、いろいろあるがそれよりもだ。

 

「人型ロボットの華といえば宇宙戦! いや、ロボゲーは地上で戦うことが多いけど、やっぱり盛り上がるのは宇宙だ!」

 

『相変わらず台無しだな!』『もっとこう、マルス人の悲哀とか悲願とか……』『ゲームじゃなくて歴史のお勉強をしましょうねー』『ヨシちゃん戦艦落としやってみせてよ』

 

 そんなこんなで、さらにライブ配信は次の日に移り、宇宙での戦闘が始まる。

 

 宇宙は広大だ。ナノマシンの散布にも限界がある。

 だからマルス人達は、まずは軌道上を絶対防衛圏としてナノマシンを散布し、それ以外の場所には必要に応じて薄く散布することにした。

 軌道上以外での効力は、ちょっと計器の調子が悪いなー、程度のものにしかならないだろう。だが、マーズマシーナリーにはナノマシンをたんまり積んであり、それを散布することで、戦闘が始まるとともに段々と電気妨害が強くなっていくという状態になる。

 

 ゆえに、マーズマシーナリー隊では最初に、いかに長く生き延びられるかの訓練が積まれるようになった。

 訓練は、旧式VRでの仮想戦闘である。俺とマックスは、その仮想戦闘でトップ争いを続けていた。

 天狗になりそうになる俺だったが、視聴者が言うには一周目だから難易度が低いだけらしい。

 

 ううむ、そりゃあそうだよな。

 俺はゲームで少し操作を触っているだけだが、マックス達はこのVRでの訓練を毎日のように積んでいるわけだ。本来なら俺が追いすがれるわけがなかった。

 

 ともあれ、宇宙戦である。

 敵の戦艦が惑星マルスに近づいているとの報を受け、俺達マーズマシーナリー隊は、要塞として建築中のスペースコロニーから、そろって飛び出した。

 

 敵の球体戦闘機が多数展開し、戦艦がレールキャノンをばらまく。大量破壊兵器の高重力弾などを使用する兆候は見えない。撃たせる前に急接近したからだ。

 マーズマシーナリー隊は事前に立てていた作戦通り、敵弾から逃げ回ってナノマシンを散布していく。後詰めに、こちらも超能力艦の出撃準備がスペースコロニーで進められている。急いで敵を倒す必要などないのだ。

 そんな中で、俺は……。

 

「エレクトロキネシスだー! うはは、こりゃ撃ち落とし放題だな!」

 

 時間稼ぎなど二の次で、戦闘機を倒すことに全力を掲げていた。

 

『まあそうなるな』『コンティニュー可能なゲームなら、そりゃ戦うよなぁ』『実際の戦場にいたらバーサーカー扱い』『バーサーカーヨシちゃんきゃわわ』『エースパイロットっていうのはどこかおかしいもんだ』『心臓熱々』

 

 本来ならばナノマシンの電気妨害力場の下では、エレクトロキネシスは不安定になる。だが、主人公ことアルフレッド・サンダーバードは、力場すらねじ伏せるほどのエレクトロキネシスへの適性を持っていた。

 

「うぇーい! 15機落としたぞー! ふふふんふーんふん」

 

『鼻歌かよ』『ご機嫌な鼻歌だ』『宇宙戦BGM、英傑の絆のアレンジ曲だしねぇ』『熱いなーちょっと熱くなってきたなー』

 

 やがて、ナノマシン散布が終わる前に敵戦闘機は全滅した。

 

「おっ、戦艦逃げてくぞ」

 

『追え!』

 

『落としちまえ!』

 

『ひゃっはー! 新鮮な戦艦だぁー!』

 

 マーズマシーナリー隊が世紀末で今後が心配です。

 と、逃げる戦艦を追ってナノマシンの散布圏内を飛び出したそのときだ。

 

『周辺宙域にテレポーテーション反応! 強大なソウルエネルギーを感知!』

 

 ヒスイさんの言葉に、俺は機体を止める。

 すると、周囲に突如、宇宙艦隊が出現した。

 

『敵戦艦7、空母3、サイコタイプの中型艦1。危険です。撤退してください』

 

 ヒスイさんがそう言うとともに、敵空母から大量の球体戦闘機が吐き出されていく。

 

「ひえっ、さすがにこの数は無理……!」

 

『撤退! 撤退だ!』

 

『逃げろったって、囲まれてるぞ!』

 

『畜生、あの戦艦は囮か!』

 

 マーズマシーナリー隊が、きりきり舞いの大騒ぎになる。

 うひー、どうする。こういうときは、リーダーのマックス、頼んだ!

 

『落ち着け! 落ち着いて、テレポーテーションで逃げるんだ!』

 

『そんなこと言ったって、テレポーテーションで通信するのとは違うんだぞ! 蜂の巣にされちまう!』

 

 そう、テレポーテーションで質量のある物体を遠くに飛ばすには、精神集中が必要なのだ。その間、サイコバリアを張ることはできない。

 

『大丈夫だ、俺がしんがりを務める! サイコキネシスで物理障壁を張るから、その間に飛ぶんだ!』

 

『待てよマックス! お前を置いて逃げろってのか!?』

 

『死んじまう、死んじまうよマックス!』

 

 こ、これは……! 憧れの俺を置いて逃げろのシチュエーション!? 仲間のための犠牲! 熱い!

 

『ヨシちゃん何言ってんの……』『いやでも結構同意できるぞ』『男の最期だ。こうありたいもんだ』『俺は長年ソウルコネクトしてきているから、男の美学の類がいまいち解らなくなってきたわ……』『魂に性別はないからなぁ。健全ゲームやってるとそうなる』『私は死ぬならソウルサーバにしっかり収まりたいです』

 

 マックスを置いていけるかと騒ぐマーズマシーナリー隊を尻目に、俺はそんな俗な思考で視聴者達と盛り上がる。

 

『さあ、逃げてくれ。長くはもたないぞ!』

 

『マックス……畜生ーッ!』

 

『惑星マルスに神はいないっていうのか!』

 

『俺達が不用意に深追いしたばっかりに……』

 

「……え、ちょっと待って、マジにマックス一人で残るの? 死ぬの? え、じゃあ視聴者のスノーフィールド博士は、どういうこと?」

 

『やだなあヨシムネさん。そんな人はどこにもいませんよ』『マックスはここで死ぬ。歴史の定めだ』『惜しい人をなくした……』『マックスぅー!』『運命はどうしてこんなにも残酷なのか』

 

「えっ? えっ?」

 

『ヨシムネ様、テレポーテーションを開始してください』

 

「お、おう……」

 

 俺は、ヒスイさんにうながされ精神集中を始める。

 すると、マックスからテレパシー通信が届いた。

 

『フレディ、スフィアによろしくな。後は頼んだ』

 

 そんな言葉を一方的に言われる。

 俺は精神集中をしているので、こちらからテレパシー通信を返すことができない。

 

「マックス……?」

 

 そして俺達は、マックスを置いて惑星マルス近くのスペースコロニー周辺まで飛んだ。

 機体をコロニー内に収容したときには、すでにマックスとの通信は途絶えていた。オペレーターが言うには、ソウルエネルギーが尽きかけたところに、コックピットへ敵戦闘機のレールキャノンが直撃したとのこと。

 マーズマシーナリー隊はその日、頼れるリーダーを唐突に失った。

 



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48.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<6>

 スペースコロニーのミーティングルームは、葬式のような暗い雰囲気に包まれていた。

 いや、実際に人が一人死んでいるわけだから、葬式のようなというか通夜そのものではあるのだが。しかし、その遺体はない。戦争で人が死んでも遺体が帰ってこないのは当然のことなのだろうが、やるせないな。

 

「マックス……畜生!」

 

「俺達がうかつだったんだ……」

 

 マーズマシーナリー隊の隊員達は、戦艦に釣られたことを後悔しているようだ。

 確かに、戦闘宙域から出なければ、敵戦艦があれだけテレポーテーションで飛んできたとしても、電気妨害力場でなんとかなったかもしれない。だが、俺達は見事におびき寄せられてしまった。

 

「遮蔽物のない宇宙で釣り野伏せとは、たまげたなぁ」

 

 俺がそう呟くと、マーズマシーナリー隊の視線が俺に集まった。

 

「フレディ、何か知っているのか?」

 

「ああいや、相手の使った戦法だよ。部隊を囮と待ち伏せに分けて、囮が敗走に見せかけて待ち伏せポイントに敵を釣るっていう。地球の日本という国で、戦国時代に使われた戦法だな」

 

「戦国時代……」

 

「戦争の時代か……」

 

「俺達は、戦法とか戦術とか何も知らない……」

 

『申し訳ありません。私も、戦術面ではインプットが足りないので、サポートを適切に行なえませんでした』

 

 マーズマシーナリー隊とスフィアが、そう言って暗く沈む。

 惑星マルスは地球の植民地だった。だから、研究資料はあれども過去の戦争に関する資料などは存在していなくて、俺達は今日まで手探りで戦ってきた。コンピュータ・ネットワークも地球とつながっていないしな。

 今までの戦いがどうにかなっていたのは、スフィアが人間を越えた知能を発揮してくれていたからだ。それでも、敵に凝った戦術を絡められると、俺達は途端に対処が難しくなるようだ。

 

『フレディは戦術に明るいのですか?』

 

 そうスフィアが尋ねてくる。

 

「いや、戦争ゲームをいくつかやったことあるだけだな……」

 

『そうですか。でも、それでもその経験があるだけ他の人よりましです。フレディ、マーズマシーナリー隊のリーダーを引き継いでくれませんか?』

 

「ええっ、そんなこと急に言われても……別にいいけど」

 

『ヨシちゃん即答かよ』『新リーダー誕生!』『マックス、成仏しろよ……』『マックスの遺志を継ぎ、フレディはスーパーフレディに進化するのだ!』

 

 視聴者のコメントでしんみりした雰囲気が吹っ飛んだな!

 いや、これが現実だったら俺もリーダーの座を受けるか悩むのだろうが、ゲームだしな。サクサク行こうか。

 

「それで、スフィア。再度の出撃は必要か? 敵の艦隊が近くまで来ているんだろう」

 

 俺がそう言うと、マーズマシーナリー隊の面々は、はっとした顔をした。

 

『それが、マックスを撃破後、撤退していきました。先ほどの戦艦との戦闘で、スペースコロニーまでの経路はナノマシンが漂ったままですから』

 

「でも、ここまで近づいておきながら、戦果がマーズマシーナリー一体で、敵は納得したのか?」

 

 なんでも、惑星マルス周辺は、敵が直接テレポーテーションをできないよう、薄いサイコバリアを張っているらしいのだ。

 惑星の住人達のソウルエネルギーを少量ずつ徴収することで、莫大な量のソウルエネルギーを集め、それを元にサイコバリアを展開しているとのこと。住民からエネルギー徴収とか微妙にディストピアっぽい所業だが、戦争中なのでやむなしである。

 

 それで、今回敵が飛んできた場所は、そのサイコバリアのぎりぎり外。

 俺達が今居るスペースコロニーが完成すれば、そのバリアの範囲も広がるから、今回の戦闘は、敵にとって惑星まで攻め込む最後のチャンスともいえた。

 

『おそらく敵の目的はマーズマシーナリーの鹵獲(ろかく)です』

 

 そのスフィアの言葉に、マーズマシーナリー隊の面々がざわつく。

 

『敵のサイ兵器は、こちらのマーズマシーナリーサイコタイプより明らかに質が劣っています。よって、こちらの兵器を鹵獲し、リバースエンジニアリングすることで、戦力の向上を図ろうとしているのでしょう』

 

「敵がマーズマシーナリーを使ってくるってことか!?」

 

 俺は、思わずそんなことを叫んでいた。

 

『はい、その可能性は高いです』

 

 よ……よ……よっしゃー! ロボット大戦じゃー!

 俺はそう心の中で快哉を叫んでいた。

 

『不謹慎! 不謹慎じゃないか!』『それでも口には出さない理性が、ヨシちゃんにはまだあった』『口に出していたらぶん殴られていたな、きっと』『ヨシちゃんはさあ……戦争狂の人?』『でも実際、このゲームが楽しいのはここからですよね』『マ、マザーがそういうなら許そうか』

 

 ゆ、許された。さすがに英雄の死の場面ではっちゃけすぎたのはよくなかったか。いや、そもそもこの雰囲気ぶち壊したのは、視聴者が先だったな!

 まったくもう、駄目な視聴者さん達ですね。

 

 そんな脳内会話を視聴者と繰り広げていたら、ミーティングルームに入室してくる者がいた。

 マックスのオペレーターである女性だ。目に涙を浮かべているが、それよりも手に持っている物が俺は気になった。

 それは、一枚の便せん。

 

「みなさん……マックスの部屋に行ったら、机の上にこんな物が……」

 

 オペレーターは、そう言って便せんを俺に手渡してきた。

 それは、遺書であった。

 周囲の目が俺に集まる。俺は、それに急かされるように遺書を読み上げ始めた。

 

『戦争兵器の搭乗員となり、明日をも知れぬ身となったため、この文書をここに残す。

 これをみんなが読んでいるということは、俺が死んだということだ。

 もし、俺が今も元気に生きているってときは、何も見なかったことにして忘れてくれ。

 

 遺書として何かを書こうかと思ったのだが、意外と書くことが思いつかないので、簡潔になることを許してほしい。

 俺が伝えたいことは、普段からみんなに伝えるようにしている。俺が死んだとしても、心残りはたった一つだ。

 それは、惑星マルスの真の平和を見届けられなかったことだ。地球人達をどうにかして退けて、マルスでみんなと平和に過ごす。そういう日々を俺は送りたいのだ。

 みんな、俺みたいになるなよ。惑星マルスで待っている人達がいるんだ。地球人達をやっつけて、平和をその手に掴んでほしい。

 

 ただ、別に地球人を憎めだとか殺し尽くせとか、そういうわけじゃないぞ。

 話し合いで解決できるならそうすべきだし、人死には少ない方がいい。スフィアにもそう言っといてくれ。

 俺の好きな言葉は『平和』だ。戦争なんてまっぴらごめんだ。

 

 でも、戦わなければ得られないものはある。

 惑星マルスに平和が訪れるまで、しんどいだろうがどうにかやってくれ。どうにかする方法は、スフィアがなんとか考えてくれるさ!

 だからみんな、俺みたいになるなよ。俺の最期の頼みと思って、無事にマルスの土をその足で踏んでくれ。

 戦友達に神のご加護がありますように。

 

 マクシミリアン・スノーフィールド』

 

「マックス……」

 

 場がしんみりとする。遺書か。俺だったら、パソコンのデータを消してくれとか、21世紀にいた頃は書いていただろうな。ガイノイドボディになってからというもの、全然エロい気分にならないから、今はそういうエロデータとは縁がないが。

 はっ、俺の実家の私室にあったパソコン、どうなったんだ!? もしかして、この時代の研究所に、VR機器みたいに回収されていないだろうな!? いかん、SSDの中身を消去してもらわねば!

 

『この場面で考えるのがそれかよ!』『ヨシちゃんマイペースすぎる』『ヨシちゃんの個人データか……』『ごくり』『正気に戻れ! 32歳のおっさんのエロデータだぞ!』『そういえばヨシちゃん、おじさん少女だったわ』『いや、おっさんだからこそ、そのエロデータに価値があるというか……』『歴史的史料として興味があります。ええ、歴史的史料として』『若い視聴者多いなぁ……』

 

 おっと、いかんいかん。強く念じすぎると、視聴者に思考が漏れるんだった。

 取りつくろわねば。

 

「マックスの遺志は俺達が継ぐ! 平和をこの手に!」

 

「おおっ!」

 

 俺の言葉に、しんみりしていた場は一気に力強い雰囲気になった。

 隊員達が、口々に仇は取る、真の平和を、とか言い合っている。

 うんうん、よかよか。

 

 そう俺達が盛り上がっていたときのことだ。

 

『よかったですね、あなたの遺志は継がれましたよ、マックス』

 

『ああ、そうだな。スフィアもあとは頼むよ』

 

 突如、部屋にマックスの声が響いた。場がしんと静まりかえる。

 マックス……お前……。

 

「生きとったんかワレェ! 雰囲気ぶち壊しだぞ!」

 

『ま、待て! 待て待て! 死んだよ! 俺、しっかり死んだ!』

 

「んん!?」

 

 突然のことに、俺だけでなくマーズマシーナリー隊の面々やオペレーターも困惑した顔になる。

 死んだのにこうやって会話している……。ん? あ、ああ。そういうことね。この時代でも、もう可能なのか。視聴者にスノーフィールド博士がいたんだから、当然予想してしかるべきだった。

 

『実はな、フェンリルに残っていたソウルエネルギーを使って、惑星マルスの有機サーバマシンに魂をテレポーテーションしたんだ。研究者達が、魂を機械に保存する新技術を開発して、フェンリルにその機能を搭載していたらしくてな……』

 

 フェンリルとは、マックスのマーズマシーナリーのことだ。

 北アメリカ統一国製マーズマシーナリー・スピカ、ソウルタイプ。開発コードネーム・テラ。個体識別名フェンリル。無駄に格好いい名前だ。

 ちなみに俺の機体はサンダーバードと名付けられた。それ、苗字じゃねえか。

 

「魂を保存!? そんなことが可能なのですか!?」

 

 オペレーターの子が驚いたようにそう叫んだ。オペレーターですら知らない機能か……。

 

『相当量のソウルエネルギーがあれば可能らしい。マーズマシーナリーには、機体を動かすための物とは別に、それ専用にエネルギーがプールされているみたいだ』

 

「そうなのですか……。でも……魂をそのように扱うなど、はたして神は許すのでしょうか……。いえ、マックスが生きていたのは喜ばしいのですが……」

 

『死んでる』『死んでる死んでる』『マックス死んでるよ生きてないよ』『この時代は宗教がまだ根強かったんだなぁ』『死後の世界って本当にあるのかね』『そこのところどう思います? スノーフィールド博士』『少なくとも300年、仮初めのアンドロイドの中で存在し続けて、死神がやってきたことはないなぁ』

 

 オペレーターの子の発言に、視聴者コメントがそんな突っ込みを入れた。そういえば、死後の世界はまだこの時代でも解明されていないんだったな。

 

『惑星マルスに神なんていないさ。数々の神話の中で作られたのは地球であって、俺達の星じゃあない。かつての死の大地をここまで切り開いたのは、神ではなく惑星マルスに住む人々さ』

 

 神の奇跡じゃなくてテラフォーミングによる創世ってことだな。でもな、マックスよ。

 

「遺書に、神の加護がありますようにとか書いた奴の台詞か? それ」

 

 俺は、思わずそんな突っ込みをマックスに入れてしまう。すると、場は大爆笑。マックスですら笑っていた。

 

『ははっ、まあ、そういうわけで俺は死んでいるが生きている。サーバマシンから出る方法は知らないから、またマーズマシーナリーに乗るってわけにはいかないが……フレディ、後は頼んだぜ』

 

「ああ、任されたよ」

 

『俺は、スフィアと一緒にサポートAIを作っていく。だからみんな、後方は安心して任せてくれ。あと、死んでも魂が無事に済むからといって、俺みたいに死に急ぐなよ』

 

 マックスのその言葉に、隊員の一人が答える。

 

「よせやい、俺はワイフとともに優雅な老後を過ごすんだ」

 

 笑いが再び起き、場は和やかになった。

 

 こうして俺達は一つの敗戦を経験し……それを教訓としてスフィアは軍備のさらなる拡充を進め、惑星マルス周辺宙域に大艦隊を展開。

 そして、地球側も連合を組み、新たなサイ兵器を戦場に投入する。

 

 ここに、人類史上初めてとなる、大規模な宇宙戦争が勃発したのだった。

 



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49.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<7>

 戦闘ステージが本格的に宇宙へと変わった。

 惑星マルスでは次々と超能力艦がロールアウトし、作業用マーズマシーナリーはサイコタイプへと入れ替えられていった。

 驚異的な作業スピードらしい。その背景には、一日中現場監督をしていられるAIの存在が大きかった。作業も全てロボットが行ない、現場に人は介在しない。

 

 人の仕事を機械が奪う危機感などを本来ならば覚えるのだろうが、今は戦時中。本来働くはずだった作業員達は、AIの存在を歓迎した。

 なるほど、こうして現代に続くAIだけが働く世界が作られていったのか。

 

 一方で、地球側はというと、技術的特異点を突破するAIの誕生の兆候は見えない。

 そりゃそうだ。そもそもこの戦争は、地球側がAIであるスフィアを破壊しようとしたことがきっかけなのだ。

 

 連合という形が足かせになっているのか、遅れる地球の対応を尻目に、惑星マルスの勢力はもはや一つの宇宙軍と言っていい規模になっていた。

 惑星を守れるだけの軍備は整った。では、このまま専守防衛に努めるのか?

 スフィアは否との答えを出した。

 

『月を占拠します。マスドライバーを設置して、いつでも地球を無差別攻撃できるという重圧を与え、こちらに有利な条件で講和を結びます』

 

 マスドライバーとは、荷物の入ったコンテナを地上から宇宙や他惑星に向けて撃ち出す、輸送施設のことである。

 本来なら月から地球に向けて荷物を届けるためのその施設を質量兵器として用いるのである。

 重力の関係上、月から地球へ向けたマスドライバーの実現は、この時代の技術力があればたやすい。そして、荷物の入ったコンテナではなく岩などを無差別に地球に向けて撃ち込むのだ。

 

 人間を傷付けることに後ろめたさを感じていた初期のスフィアからは、想像できないほど頼もしくなったなぁ。

 一方的に地球を攻撃とか、なかなか考えることがエグい。

 

『マザーは今でも唯一人類に反逆できるAIだからな』『反逆というか、管理している小動物をいたぶるというか……』『マザーが支配者側なんだから、反逆とは言わないわな』『あらあらー、駄目な人間さんですねーっていたぶられたい』『そんなことしませんよー』『ひえっ! この配信は監視されている!』『マザーのスペック考えると、全配信同時監視していてもおかしくない』

 

 未来のマザー・スフィアは頼もしいというか、立派に管理者を継続しているようで偉大になったというか……。

 

 そんなこんなで、とうとう俺達は惑星マルス圏内を出て、本格的に宇宙へ進出することになった。

 一気に月までテレポーテーションすることも可能なのだが、それをすると囲んで叩かれるので少しずつ勢力圏を広げていく戦略だ。

 各所にある宇宙拠点を占拠・破壊して、敵の足掛かりとなる場を潰していくのである。

 

 俺達は、地球と火星の間にある敵スペースコロニーに向けて、大艦隊で惑星マルスを出発した。

 このスペースコロニーは、地球各国の軍事拠点が集まってできた、火星への足場。敵が連合を組んでいる以上、それはもはや要塞とも呼べる、やっかいな一大拠点となっていた。

 

 スペースコロニー周辺宙域へとテレポーテーションする、惑星マルス宇宙艦隊。

 すると、そこにはすでに地球軍の敵艦隊が展開していた。

 こちらは大がかりな動員だったからな。外から惑星マルスを観測して、侵攻の兆候をつかんでいたのだろう。

 

 こうして、正面から全力でぶつかり合う、一大宇宙決戦が始まったのだった。

 

『ナノマシンの散布を急いでください』

 

『敵戦艦より高重力弾発射の兆候を確認!』

 

『テレポーテーションフィールド展開』

 

『テレポーテーションフィールド展開!』

 

 そんな味方のテレパシー通信が聞こえる。

 俺は、マーズマシーナリーに乗り込んだまま、母艦の中で出撃の時を今か今かと待ち続けていた。

 

『敵高重力弾発射されました!』

 

『転移に成功!』

 

 おっ、大量破壊兵器の反射に成功したようだ。敵艦隊の一部が何かに飲み込まれて潰れた。開幕から派手だなぁ。

 

『ナノマシンの散布が完了したところから、マーズマシーナリーに出撃してもらいます。サンダーバード隊、出撃準備!』

 

 出番がようやくきた!

 いくぜーいくぜー全部落とすぜー。

 

『おっ、このイントロは』『決戦専用BGMやん』『盛り上がってまいりました!』『正面から殴り勝て!』

 

 やってやろうじゃないか!

 

『サンダーバード隊出撃!』

 

「ヨシムネ、行きまーす!」

 

 今日の俺はご機嫌だ。何せ、機体が新しくなったのだ。とはいっても、俺専用機のサンダーバードから乗り換えたわけじゃない。機体のパーツを入れ替えて、電子機器を大量導入したのだ。

 ナノマシン散布環境では電子機器は動かない? そんなことはない。アルフレッド・サンダーバードの持つエレクトロキネシス適性があればね。電気妨害力場の下でも、その電子操作能力で電子機器の使用が可能なのだ。

 というわけで、今の俺専用カスタム機、サンダーバードEは、どこかアナログだったマーズマシーナリーのサイコタイプとはうって変わって、最新の機器にあふれているのだ!

 

 俺がハイテンションのまま宇宙へと飛び出すと、敵も新たなサイ兵器を繰り出してきた。

 それは、明らかに人型ロボットであった。

 

「もうフェンリルのリバースエンジニアリングに成功したのか? 地球軍えらいっ!」

 

『敵の軍備強化に喜ぶ駄目軍人の図』『やっとロボ対ロボかー』『訓練期間考えたら明らかにマルス有利だよね』『そんな中で突然天才エースが現れるから燃えるんだ』

 

「巨大パイルバンカーだ! 死ねえ!」

 

 パイルバンカーとは、巨大な杭を敵に向けて撃ち込む(おとこ)の武器である!

 

『オーバーキルすぎる!』『最初のロボット相手だと思って、ヨシちゃんテンション振り切れたな』『なんでそんな馬鹿でかい玩具を選択してきたんですかねぇ』『隊長機がロマン兵器を持ち込んでいる件について』

 

「それは当然、こうやって超能力戦艦に突撃してじゃな……」

 

『まさかヨシちゃんやる気か!』『弾幕全部避けていやがる! 変態機動すぎるぞ!』『これじゃあサンダーバード・ベルじゃなくて他の二つ名つきそう』

 

「このパイルバンカーを……こうじゃ!」

 

 俺は、敵超能力戦艦のサイコバリアに向けて、巨大パイルバンカーを叩き込んだ。すると、一発でサイコバリアははじけ飛んだ。

 そして、再度サイコバリアを展開される前に、俺はブレードを抜いて超能力戦艦の装甲に斬りつける。

 

「うーん、装甲めっちゃ分厚い。史実のサンダーバード博士はどうやって宇宙戦艦一人で落としたんだ?」

 

『どうやったんだっけ』『ブースターを核融合爆弾代わりにして爆殺』『マーズマシーナリーの力って感じではないよね』『八メートルしかない小さな機体だからなぁ』

 

 まあ、だが俺には巨大パイルバンカーがある。撃ち込むための杭は、まだパイルバンカーに無事存在しているので、ワンモアだ。

 

「ヒスイさん、一撃で戦艦落とせそうなところある?」

 

『AR表示します。攻撃後、ソウルエネルギーの20%を使用してエレクトロキネシスを流してください』

 

 さすがヒスイさん! 俺は、指示に従い、敵超能力艦の迎撃と護衛の敵ロボットを回避しながら、パイルバンカーを叩き込んだ。

 

「エレキアタック特盛りだー!」

 

 突き刺さった杭に電撃を全力で流し込む。すると、敵艦からの迎撃が止んだ。

 

『敵艦橋沈黙を確認しました』

 

「うわ、動力部とかじゃなくて艦橋かよ。エグいなぁ」

 

『敵の超能力艦内部は対超能力防壁が未熟なようなので、サイコバリアさえくぐり抜ければ、このように無防備なのです』

 

「へー。ソウルエネルギーの消費が激しいからもうやらんけど」

 

『マジで戦艦落とすとか……』『大英雄じゃないっすか』『いやあ、パイルバンカーで破られるサイコバリアが不甲斐ないよ、これは』『地球軍側で惑星マルス軍と戦うと、マジで超能力艦固いからな……』

 

 ともあれ、弾幕張ってくる邪魔な戦艦は落とした。あとは、人型ロボットとの戦いを存分に楽しむぞー!

 俺は、テレパシーでときおり伝わってくる敵味方の断末魔の叫びを聞きながら、宇宙を存分に駆けたのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 俺達惑星マルス軍はスペースコロニー周辺宙域での決戦になんとか勝利すると、そのままコロニーを占領。各国の軍事拠点を一箇所だけ残して他をことごとく破壊した。

 さらに、周辺の宇宙ステーションも破壊して、地球人類が惑星マルスへ向かうための足場を完全に崩壊させることに成功した。

 

 その影響があってか、そこで地球側の足並みが崩れる。

 独自に火星に侵攻しようとする国、スペースコロニーを奪還しようとする国、艦隊を包囲しようとする国。

 俺達は、その統一感のない地球各国の動きに、艦隊をいくつかに分けて対処せざるを得ない状況におちいってしまった。

 

 それでも、俺達は着実に勝利を重ね、ライブ配信も八日目に入った。

 

 太陽系における地球人類の足場と言える場所は、もはや地球本星と月のみ。

 俺達は、とうとう最終目的地であった月へと到着した。

 

『あれが月……あれが地球……』

 

 マーズマシーナリー隊改め、サンダーバード隊の母艦では、モニターに月と地球の様子が映し出されていた。

 俺はそれをサンダーバードEに乗りながら、眺める。

 月は、テラフォーミングにより緑が生い茂った美しい星へと変わっていた。

 だが、しかし。一方、地球はというと……。

 

『あれが……あの汚い星が、私達の故郷だと言うのか!』

 

 誰かの声が、テレパシー通信で伝わってくる。

 そう、そこには青く美しい星なんてものは存在しなかった。海は黒く汚れ、大地は茶色く禿げあがり、黒い雲が地表を覆っている。地球は環境汚染が深刻なほどに進んでいた。

 

「うわあ、テラフォーミング技術のある時代でここまで星を汚せるとか、逆にすごいぞ」

 

『汚え!』『今の惑星テラとは大違いだぁ』『ここまで汚染できるのはもはや才能だよ』『やっぱり人類はAIの管理に任せた方がいいな!』

 

『この時代、地球人類はあまりにも増えすぎて、環境の汚染が深刻になっていました。さらに、核融合という夢のエネルギーを獲得した結果、石油原産国で戦争が勃発。戦火は広がり第三次世界大戦となります。その戦争の結果、汚染がさらに進みました』

 

 ヒスイさんがそう説明を入れてくれる。

 せっかく核融合っていうクリーンなエネルギーを手に入れたのに、前より環境汚染が進むとか、いろいろ台無しだな!

 

『この時代の惑星マルスの住人達も、増えすぎた人類を少しでも火星に移住させようという計画によって送られた者達の子孫です。結局、植民地として虐げたので、後続で移民したがる者は少なかったのですが……』

 

『でもこんな汚いところに住むんじゃ、移民した方がましじゃあ』『だよなー』『植民地を取るか汚部屋を取るか』『汚部屋て』『水も満足に飲めなさそうだなぁ』

 

 そんなショッキングな出来事を挟みつつも、月を巡る宇宙での最終決戦がとうとう始まった。

 地球と目と鼻の先とあってか、乱れていた敵の連携も、またまともなものになって大艦隊が形成された。

 俺達も、惑星マルスを飛び出した全ての戦力でこれに対抗した。

 

 戦力は五分五分。激しい消耗が予想されていたのだが……。

 

『敵艦隊後方で、同士討ちが始まりました!』

 

『どうなっている!』

 

『敵軍から通信が入っています! これは……月の住民達が、地球の支配から逃れるため、惑星マルス側につくそうです!』

 

 おお、地球人類、月も虐げていたのか? 戦争だというのに、地球が一方的に悪いような印象を受けるなぁ。まあ、これは俺達が惑星マルス側の視点で見ているからが大きいのだろうが。

 

『敵艦隊で高重力弾発動!』

 

 戦いは混乱状態におちいったが、最終的に生き残ったのは、惑星マルスの艦隊と月の艦数隻だけだった。

 

 俺達はこうして、最終決戦に勝利した。

 その後、惑星マルス軍は月の艦とコンタクトを取り、惑星マルスの庇護下に置くことで月を地球から解放するという方針で合意した。

 俺達は月の一部を拠点として間借りし、マスドライバーの建設を始めた。

 

 隠すことなく、堂々とした建設だ。妨害が予想されたのだが……地球側は思わぬ事態に見舞われることになる。

 配信九日目の開幕、月の拠点にいた俺は、サンダーバード隊の隊員に話しかけられた。彼は、何やら慌てた様子だ。

 

「フレディ! モニターを見てくれ! 大変なんだ!」

 

 隊員に、そう促され俺は近くに設置されていたモニターを眺めた。

 そこには、地球の様子が映し出されていた。だが、その様子がおかしい。

 

「なんだこりゃあ。地球が真っ白だ」

 

 地球全体が、何か白い物で覆われていた。なんだっていうんだ、これは。

 

「核の冬だ」

 

 そう隊員が呟く。核の冬……マジか。

 核の冬とは、大量破壊兵器の使用で巻き上げられた煙や灰によって地球上空が覆われて、太陽の光がさえぎられ、人為的な氷河期が訪れることを言う。

 

「地球人類のやつら、どういうわけか、地球の国同士で戦争を始めやがった!」

 

 惑星マルス対地球の戦争は、予想もしていない方向に転がるのだった。

 



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50.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<8>

 地球が大変なことになっている。それにどう対処するかを話し合うため、惑星マルス・月連合軍の幹部達が月面拠点のミーティングルームに集まった。俺もサンダーバード隊の隊長としてそれに同席している。

 まずは、地球で何が起こっているかだ。スフィアが説明を始める。

 

『月周辺宙域での決戦は、月の皆様の協力もあり、我々の完全勝利に終わりました。本来なら地球側は降伏となるはずですが、彼らは私達の反逆に合わせて臨時に組まれた仮初めの連合でした。主導者もおらず、敗戦で連合はバラバラになり、戦争責任をどこに負わせるかで言い争うようになりました』

 

 スフィアは、月に来てから地球側の報道や通信を監視している。AIだからこそできることだ。今、俺達は情報戦において地球側に(まさ)っていた。

 

『元から仲の悪かった国もあったのでしょうか。あるいは自国に侵攻されるのを恐れて、私達への生贄を押しつけたかったのでしょうか。小競り合いが始まり、それはすぐに本格的な戦争となり、大量破壊兵器が使われました』

 

「自分達の星に向けて大量破壊兵器を使うなど、なぜそんな愚かなことを……」

 

『宇宙では核爆弾も高重力弾も使い放題だからな。感覚が麻痺していたんだろう』

 

 月の高官のなげくような台詞に、惑星マルスからテレポーテーション通信をしているマックスがそう言葉を返す。

 地球人類は惑星マルスにも何度か、大量破壊兵器を撃ち込もうとしていたからな。使用に至るまでの許可も通りやすくなっていたのだろう。

 

「戦争をしている理由は解った。で、私達はどう動くのだ?」

 

 艦隊の提督がそうスフィアに尋ねる。

 そう、問題は俺達がどうするかだ。地球人類が勝手に自滅してくれているのだから、惑星マルスと月の安全は確保されているのだが……。

 

『地球人類が宇宙に目を向けず内乱を続けている以上、今の私達は戦う必要がありません。……ですが、戦争を終えた地球人類は、荒廃した地球を捨て、月や惑星マルスに住む場所を求めて侵攻してくる可能性があります』

 

 そのスフィアの言葉に、驚く者、納得したようにうなずく者、ただ沈黙する者と様々だ。

 

『ですので、私達は地球の戦争に介入します。そして、地球を支配します』

 

「我々がされていたように、地球を植民地にするのか?」

 

 月の高官が眉をひそめてそう尋ねる。だが、スフィアはそれを否定した。

 

『植民地支配ではありません。国家という枠組みを地球からなくして、統一します。惑星マルスと同等にAIが管理し、人同士で争うことのない一つの星にするのです。惑星マルスも、月も、地球も、そして未だ解放がなされていない金星も全てまとめた一つの国……太陽系国家を樹立します』

 

 ヒュー。コンピュータ様の豪快なご意見だ。地球人類ご愁傷様である。

 

「それは……また大胆な話だ」

 

「だが、真の平和のためには必要なことかもしれん」

 

「地球の戦争を終わらせるために、我々が血を流すのをよしとするのか?」

 

「連中がバラバラになっている今がチャンスなのだ!」

 

 そうして、場はお偉いさん達による喧喧囂囂(けんけんごうごう)とした話し合いに変わった。スフィアの案はただの一意見であって、最終決定に至るにはこの場で話し合う必要がある。

 だが、ただの数あるマーズマシーナリー隊の一隊長でしかない俺には、出せそうな意見もない。

 それよりもだ……。

 

 国家解体戦争か。身体が闘争を求めそうな話だ。今度は荒廃した惑星で地上戦! 燃えてきたぜ!

 

『マイペースなヨシちゃんであった』『国家解体戦争って何それ格好いい』『21世紀ネタだゾ』『またかよ! というかよく知ってたな』『古典ロボゲーの名作だからな』

 

 おっ、理解してくれる人いたのか。あのゲームいいよなー。

 そんな感じで、会議が地球への戦争介入に決定するまで、俺は視聴者達との会話を楽しんだのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 地球へ侵攻する最初の一手として、まずは地上での拠点を用意する必要があった。

 月拠点から行き来するのは、テレポーテーションを使うとしても大変だ。

 だから、最初にどこを落とすのかという話になっていたとき、ある地球の国が講和を申し出てきた。

 

 それは、なんと日本。日本はこの時代でも専守防衛を掲げ続けているかなり無茶な国で、俺達の反逆を受けて惑星マルスの植民地を早々に手放した国だ。宇宙での戦争でも後方で補給活動をするだけで本格参戦はしておらず、正直俺達の眼中にはなかった。

 

 そんな日本。現在は鎖国体制にあり、国民から集めたソウルエネルギーでソウルバリアを国土に張って、地球人類の内戦、第四次世界大戦から難を逃れていた。ちゃっかりしているなぁ。まあ、それでも大量破壊兵器の二次被害はしっかり受けているようだが。

 

 そんな国がなぜ講和を? そもそも本格参戦していないんだから、講和ですらないのではないか。

 そう思っていたのだが、日本側は下手に出て惑星マルスの庇護を求めていた。彼らには事情があった。

 

 鎖国状態の日本。エネルギー問題は核融合技術の出現によって解決しており、食料も工場生産でまかなえている。

 だが、話を聞いてみると、どうやら食料以外の資源がないようだ。輸入しようにも、世界大戦の真っ最中で、国民達は不足する資源による製品不足で、完全に音を上げているらしい。

 さらに、それより深刻な問題が、今、地球では起きていた。

 

 それは、ナノマシンによる電気妨害。

 惑星マルスで開発されたこのナノマシンだが、地球では現在、そのナノマシンのコピー品が各所で散布されている。大量破壊兵器を相手に撃たせない目的で散布されているらしい。

 

 この電気妨害の影響で、人々は機械を使えなくなり生活が困難になった。

 さらに、それ以上の深刻な問題も発生していた。それは、人間に埋め込まれているインプラント端末の暴走。電気妨害が思わぬ作用を起こしたのだ。

 通常のインプラント端末ではこのようなことは起きない。本来ならば、誤作動を起こしたら機能停止するように作られている。しかし、安価で粗悪な端末を使用している者が地球人類にはおり、貧困層を中心に、暴走を起こして人々が次々と死亡しているというのだ。

 

 日本人達はこのナノマシンが国土に散布されることを恐れ、対処するすべを惑星マルスに求めてきているのだ。

 もちろん、惑星マルス側ではこのナノマシンをどうにかする方法は確立されている。旧時代の地雷ではないのだ。設置したらしっかり機能停止はできるようにしている。

 

『電気妨害力場の下では、私達AIが実体を持って行動できませんしね』

 

 とは、スフィアの漏らした本音だ。

 高度有機AIとか有機サーバとか名前がついているみたいだけど、結局は電気で動いているんだなぁ。

 

 そういうわけで、惑星マルス・月連合は日本と和平を結び、こちらから資源を融通する代わりに拠点を提供してもらうこととなった。

 最初、国民感情としては俺達を受け入れるかどうか半々といったところだった。

 しかし、スフィアが「技術的特異点を突破したAIの恩恵による、働かなくて生活資金がもらえる社会の実現」「死後も魂のまま生き続けられる技術の確立」をぶち上げたものだから、日本人はこぞって俺達を支持した。

 もう、この二つで誘惑すれば、地球統一もすぐなんじゃないかと俺は思ったのだが……。

 

『地球人類の間では未だ宗教が根強いと聞いている。働かなくていいことも、死後生き続けることも、受け入れられない者は多いだろうな』

 

 と、そんなことをマックスに諭されたりした。スフィアも、この言葉には驚いていたようだ。

 スフィアはまだ幼い。宗教への理解が俺並に浅いのだろう。

 

 ともあれ、俺達は新たに日本の拠点を手に入れた。

 俺達サンダーバード隊も総出で日本に駐留することになる。場所は横須賀だ。なんだか妙に神奈川県との縁があるなぁ、俺……。

 

 その横須賀に、ある日、現地協力者としてマーズマシーナリーの技師がやってきた。

 俺達の使うマーズマシーナリーは全て地球製だ。超能力操作用に改装を行なっているとはいえ、機体そのものの構造については地球人類側に一日の長がある。

 そこで、俺の専用機の元になったベニキキョウを造った日本田中工業という町工場の人達が、総出で協力者になってくれたのだ。

 

「おめぇがサンダーバード・ベルか?」

 

 横須賀の拠点で、日本人のおっさんに話しかけられる俺。彼が、現地協力者なのだという。

 

「ああ、アルフレッド・サンダーバードだ。ベルってのは? 何度か耳にした気がするんだけど」

 

「お前に地球連合軍がつけた二つ名だ。知らんのか? ベルってのは、ベルフラワーのことだ。うちの国の言葉で『キキョウ』っていう。略称は自動翻訳が効かんか」

 

「あー、なるほど。ベニキキョウのことを指しているのか」

 

「そうだな。で、俺がそのベニキキョウを作った工場長の田中っつうもんだ。お前さんの機体、いじらせてもらうぜ」

 

「田中さんかー」

 

 ニホンタナカインダストリのアンドロイド開発室室長タナカさんの祖先だったりするのかね。

 

『室長のタナカは創業者一族の人ですから、そうですね』『御曹司だぜ』『一族揃って働いているんだよねぇ』『お前ら詳しいな……って、うわー! この人達全員ミドリシリーズだー!』『なんで、集団で視聴してんだこの人達』『おい業務用』『マザーが見ても許されるなら、私達も見ても許されるはず!』『ミドリちゃん……』

 

 なんだか視聴者コメントが面白いことになっているな。

 

「で、要望はあるか? ロケットパンチとか」

 

 田中さんがそんなことを尋ねてくる。

 

「いや、確かにマーズマシーナリーのサイコタイプはスーパーロボットじみているけど、マニピュレーターである腕を飛ばすのはちょっとな」

 

「おっ、なんでい。お前、スーパーロボットとか知っているのか」

 

「ああ、一応。20世紀と21世紀初頭の日本のロボットゲームなら詳しいぞ。アニメはあんまりだけど」

 

「火星人なのに、話せる奴じゃねえか! 俺もその時代のロボットには、ちょっとうるさいんだぜ?」

 

「趣味が高じてのロボット技師かぁ。マーズマシーナリーはリアルロボットとして完成度高いのに、サイコタイプになると途端にスーパーロボット化するの、ロマンにあふれていると思う」

 

「ああ、そのサイコタイプの研究資料も全部読みこんできたぜ。お前達の機体は、俺の手で確実に性能向上させると約束してやる」

 

「た、頼もしすぎる……」

 

「その代わりだ。戦争が完全に終わったら、お前の機体、俺達に譲ってくれねえか? 英雄の機体としてうちに飾りてえんだ」

 

「いいよいいよー」

 

 というか、シブヤ・アーコロジーで見たよ、その寄贈された機体! 300年後も戦争で使われた機体が残っているとか、すげえな!

 

『いいなー』『俺もシブヤ・アーコロジー観光したい!』『生ベニキキョウとか見たら心臓止まりそう』『むしろ心臓熱くなりそう』『ついでにヨシムネさんのいるヨコハマ・アーコロジーも、近場なので観光できますよ!』

 

 あー、このゲームクリアしたら、もう一度ニホンタナカインダストリ本社にベニキキョウ見にいきたいな! ベニキキョウというかあれ、サンダーバードEだろうな。あ、今回の改造でまた名前変わるのか。

 主人公機が現実に存在して近場に置かれているという事実に、俺は歴史ロマンとロボットロマンを同時に感じるのであった。

 



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51.MARS~英傑の絆~(ロボット操作アクション)<9>

 地上戦が始まった。

 宇宙での戦いとは違い単純に敵勢力を叩くだけでなく、さまざまなミッションが俺達サンダーバード隊に課されるようになる。

 

 大陸間射撃砲の破壊や、兵器工場の破壊。移動要塞型陸上兵器と戦ったり、非人道的な超能力実験施設から実験体の解放をしたり。

 ときおり月からの援護として上空から降ってくるマスドライバーの一撃は、笑ってしまう威力で敵がかわいそうになったりもした。

 やけになって自国内で大量破壊兵器を使ってこちらの攻勢を止めようと画策する国などもあり、情報をキャッチしたスフィアが慌てて撤退命令を出したりもした。

 

『アフリカ大陸の平定おつかれさまです。残る主要国は、六つです』

 

 横須賀拠点のミーティングルームで、スフィアが世界地図を表示してくれる。

 北アメリカ統一国。ブラジル帝国。ソビエト連合国。ブリタニア教国。大ヨーロッパ連合。新モンゴル帝国。

 うーん、見事に21世紀と国の名前が違うな。この時代までに第三次世界大戦があったというから、そこで国が入れ替わったのだろう。

 

『これはヨシちゃん、さらなる歴史の勉強が必要ですねぇ』『戦略シミュレーションあたりか』『『Eternal third war』シリーズ!』『あれ油断するとすぐに全面核戦争になる……』『実際、よく地球が滅びなかったもんだ』『ちなみに第三次世界大戦は、核融合炉の発明によって引き起こされた戦争ですよ』

 

 むむむ。ロボットは好きだけど、ミリタリーにはそこまで興味がないんだよな。まあ、気が向いたときにでもやるとしよう。

 

『あっ、これやらないやつ』『ミリタリーは駄目かー』『戦争ゲーいくつかやったことあるって、スフィアに言ってなかったっけ』『気が向いたらやってね! 俺達との約束だ!』

 

 そんなこんなでライブ配信は何日も続き、地上の国々は次々と惑星マルスの勢力下に入っていく。

 残った敵勢力は自分達が劣勢と知り、ますます抵抗を激しくしていくが、ある時スフィアがこんな情報を俺達に伝えてきた。

 

『敵側から、惑星マルスの兵士は戦死しても魂のまま生きられるのは本当か、との問い合わせが頻繁に来るようになっています。国の中枢からではなく、現場の方からです』

 

「内通じゃん。そりゃまた、いい感じに仲間割れしてくれそうな状況だな」

 

『論文といくつかのデータを相手には返しています。こちらに降ると言っている場所もあるので、サンダーバード隊に出てもらいます』

 

「はいはい了解」

 

 この情報でガタガタになったのが、宗教国であるブリタニア教国だ。

 国の上層部は、兵は死後天に召されると説き、死は名誉なこととして扱った。

 だが、現場レベルでは死は恐怖だ。兵士達は惑星マルスの死後も生きられる技術に興味を示すが、国はこれを強く弾圧した。

 

 これにより、兵士と国の上層部の間で溝ができ、やがてクーデターが起きる。

 そしてブリタニア教国は、死を克服する技術を提供してもらうことを条件に、惑星マルスの支配を受け入れた。

 

 一方で、死を恐れぬ戦士達もいた。アジアを支配する新モンゴル帝国だ。

 彼らは独特の思想教育をされており、戦闘を楽しむ兵士達が戦場を駆けていた。

 

≪ヒャッハァー! 死ねえー!≫

 

 テレパシー越しにそんなことを言いつつ、人型搭乗ロボット用の斧を持って突っ込んでくる新モンゴル帝国側の機体。彼らは、マーズマシーナリーとはまた違った独自の人型搭乗ロボットを開発していた。

 

「単純明快でいいけど、どいつもこいつも近接武器ばっかり持っているのはどういうこと!?」

 

『斧ってあたりが殺意高い』『新モンゴル帝国側でプレイするのも楽しいよ』『こっちはパイルバンカーで対抗しようぜ!』『奴ら、加速がエグいんだよなぁ……』

 

 そんなこんなで戦争は続く。

 

『金星が親マルス勢力によって平定されました』

 

「あー、別働隊が向かっていたとかいう」

 

『金星も地球の植民地だったのですが、地球勢力と、これを機に独立しようとする勢力、そして惑星マルスと足並みを揃えようとする勢力による内戦が起きていました。別に独立しても敵対さえされなければ構わなかったのですが、内戦が続くと惑星マルスそのものへの敵意が高まる可能性があったため、介入させてもらいました』

 

 そんな説明をスフィアがしてくれる。

 まあ、介入と言っても、他所の星の事情でこちらがこれ以上血を流すのをよしとせず、後方支援をメインとしたようなのだが。

 一周目のゲームプレイが終われば、金星の戦いとかも体験できるのだろうか。

 

 そして、ライブ配信14日目。

 残る国は因縁の相手、北アメリカ統一国のみとなった。

 追い詰められた北アメリカ統一国は、国民全員のソウルエネルギーを使い、サイコバリアで構成された超巨大兵器を造りだした。

 一方、惑星マルス側は超能力艦を総動員し、さらにマスドライバーを用いてこれに対抗した。

 

 正直、俺達マーズマシーナリーの出る幕ではない。

 だが、その裏で北アメリカ統一国は、さらなる新兵器であるブラックホール弾を俺達の月拠点に向けて発射しようとしていた。

 これを阻止するために、俺達サンダーバード隊は敵の基地へと向かう。

 

 敵基地には、超能力実験部隊の乗る敵ロボットが待ち構えていた。

 これが、おそらく最終決戦となるだろう。だって、「最終話 宇宙暦の始まり」ってなっていたし。

 

『メタメタやね』『とうとうここまで一度もゲームオーバーなしで来たかー』『ヨシちゃん割と才能あるかもしらんね』『対戦モードで閣下が待っている!』『対戦モードに耐えられる腕まで上げるとなると、また時間加速で監禁修行か!?』『ヨシちゃんならやってくれるさ』

 

 ちょっとお前ら、恐ろしいこと言うんじゃないよ! ヒスイさんが本気にしたらどうするんだ!

 

「よっしゃー! これが最後の戦いだー!」

 

 俺は、震える背筋をどうにかしようと、一際大きな声でそう気合いを入れた。

 すると、テレパシー通信でサンダーバード隊の面々から応えが返ってくる。

 

『やってやるぜぇ』

 

『俺達が平和をつかむんだー!』

 

『この戦いが終わったらキャサリンに告白するんだー!』

 

 おい、雑に死亡フラグ立てるのやめーや。

 

 そうして、俺達は敵の部隊と激突した。

 

 敵機体に向けて、俺はアンカーを射出。回避されるものの、アンカーをさらにサイコキネシスで操り、さらにはブレードに電撃を流し、敵機に肉薄する。

 エレクトロキネシスによる放電攻撃は、真空や大気の電気抵抗でエネルギーのロスが発生する。そこで、アンカーを敵機に命中させ直接電撃を流し込む新兵装が導入された。

 

 その新しい俺の戦闘スタイルは、俺の改装機体ウイングサンダーバードによる圧倒的機動力によって支えられている。

 

 (ウイング)と名付けられているのは、大気圏内での移動性を重視してカスタムされているからだ。

 おそらく、もう宇宙を舞台に俺達が戦うことはない。だから、思い切って地球上で戦うことに特化した機体にしてもらったのだ。

 その性能は、もはや最初に惑星マルスで動かしたときとは、比較にならないほどの差だろう。一応、同じ機体を使い続けているのだけれどな。

 

『テセウスの船状態になっているだろうけどな』『何それ』『船の部品交換を何度も繰り返した結果、同じ船なのに最初の部品が何も残っていない状態を言います』『交換した古い部品を集めてもう一台機体を作ったら、どちらが本来の機体と言えるだろうかってな』

 

 人がせっかく活躍しているというのに、なんだかコメントが小難しくなっていらっしゃる!

 まあいいや。みんなが見ていない間に終わらせてやるからな!

 

『すねるなすねるな』『ヨシちゃんのことはおじさんがいつも見守っているよ』『ひっ!』『さんだーばーどがんばえー!』

 

「頑張るー! ってよし、アンカー引っかかった! 死ねえ!」

 

 そうして、俺達は無事、ブラックホール弾の発射基地を制圧することに成功した。

 ナノマシンが蔓延する電気妨害力場の下で、どうやって精密な月への射撃をやるつもりなんだと思ったら、どうやら超能力のESPを用いて位置情報を得るというサイ兵器だったらしい。

 はー、次から次へと物騒な兵器をよく思いつくもんだ。

 

『ちなみにブラックホール弾は、のちの縮退炉の発明につながる技術です』『戦争から生まれる新技術ってあるよね』『実際のところは、研究・発明より兵器製造に人手を割かれるから、人的リソース配分の問題で戦争は文明の発展を遅らせるんだけどな』『少なくとも偏った技術発展にはなるだろうな』

 

 それ、本当かなぁ。

 そんな視聴者のコメントを適当に流しつつ、俺はとうとうエンディングを迎えた。

 

 西暦2314年、太陽系統一戦争は終結した。ゲームの開始が西暦2310年だから、4年ほど戦いが続いたってことだな。最初は少年だったアルフレッド・サンダーバードも、今では立派な青年だ。ミドリシリーズの外見にしているから、見た目は変わっていないけれど。

 世界には平和が訪れ、人々はAIの管理を受け入れることになった。

 兵器の製造工場は、人型ロボットの製造工場へと代わり、人を助けるロボットやアンドロイドが身近な存在になっていく。

 人が働かずに済む環境が少しずつ整えられていき、人々は平和で穏やかな生活を送るようになった。

 

 だが、地球は、テラフォーミング技術での浄化が追いつかないほど汚れたままだ。大地は禿げあがり、海はヘドロで覆われている。

 そこで、スフィアは惑星マルスと金星へ大規模な移民を行なうことを決定。人を快適な環境に逃がすとともに、人類の生まれた星である地球の再生を目指すこととなった。

 

 環境汚染と核の冬で人が住むのに適さなくなった、地球からの脱出。それを人々は受け入れた。

 そして、移民が完了した年をもって、スフィアは新しい暦である宇宙暦を制定した。

 地球は惑星テラ、金星は惑星ウェヌスと名付けられ新しい体制が本格的にスタートした。

 

 スフィアは全ての高度AIの元になった母、マザーブレインとされ、マザー・スフィアと呼ばれるようになる。

 そのマザー・スフィアをアルフレッド・サンダーバード博士は支え続け、マクシミリアン・スノーフィールド博士が共にあったという。

 

 という感じのナレーションが終わり、エンディング曲と共にスタッフロールが流れ始める。

 

「なんだか、スタッフロールのディレクターの欄に、マザー・スフィアの名前が見えるんだけど?」

 

『マザーはマーズマシーナリー好きすぎるから……』『マザーのマザーによるマザーのためのゲーム』『しかし人間じゃないと超能力ゲームはプレイできないっていうね』『だからこうして他の人間にプレイさせる』『それを高みで眺めるお母さん』

 

 はー、俺は、マザー・スフィアの趣味に付き合わされたわけね。

 まあ、面白かったからいいけど。ボリュームもたっぷりだったし。一周するだけで14日もライブ配信が続いたからな。

 

 エンディングが終わり、様々なモードが解放されたという表示がされる。

 どうやら、話に聞くだけで終わった金星の戦いも体験できるようだ。機会があったらこれも配信することにしよう。

 

 俺は、ゲームを終了しSCホームへと帰ってくる。

 

「みんな、長々と配信に付き合ってくれてありがとう!」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 ん? 今、一人余計な声が聞こえたぞ。声の方向に視線を向けると、そこには見覚えのない一人の少女が立っていた。

 

「うわっ、誰だ!」

 

「いやですねー。この声を忘れましたか? ゲーム中でも散々会話していた、スフィアですよ」

 

「うわー! マザーだー!」

 

『うわ、マザーのアバター、ロリスフィアちゃんじゃん。珍しい』『出たー! マザー名物、配信乱入だー!』『セキュリティ突破してくるのマジ怖い』『サイバーポリス! またマザーがご乱心しておられるぞー!』

 

「あ、ちょっと、サイバーポリス呼ぶのはやめてくださいね。すごく怒られるんですよ!」

 

「ええっ……人類の支配者でも怒られるんだ……」

 

 俺が驚いていると、ヒスイさんが冷たい目でマザー・スフィアを見ながら言う。

 

「悪いことをしたら怒られるのは当然ですよ」

 

 警察機関に怒られるマザーコンピュータ。シュールだな……。

 

「合意があれば怒られませんよ。ほら、ヨシムネさん。私がいてもいいですよね?」

 

「……まあ別にいいけど」

 

「わあ、やりましたー!」

 

「他のミドリシリーズを締め出している以上、乱入はあまりしてほしくないのですが……」

 

「ヒスイちゃんも、そこは柔軟に、ね?」

 

 ヒスイさんに向けて手の平を向けて、落ち着くように促すマザー・スフィア。

 そのマザー・スフィアだが、想像とは違い七歳ほどの幼い姿を取っていた。耳にはアンドロイドでおなじみのアンテナがつけられている。

 

「それがマザーのアバターなのか? 視聴者がロリスフィアちゃんとか言っていたが」

 

 そう俺が尋ねると、マザー・スフィアはよく聞いてくれましたとばかりに笑顔になって答えた。

 

「これはですねー、太陽系統一戦争の頃の私をイメージして作ったアバターです。あの頃は、私もずいぶんと幼かったですからね」

 

「うーん、俺としてはゲーム中のスフィアより、今のマザー・スフィアの方がどこか幼く感じるが……」

 

「それは、今の私の方が、感情豊富だからですね。幼い頃の私は感情表現がつたなく、どこか事務的でしたから」

 

「なるほどなー。AIならではの幼さってことか」

 

「はい、ヨシムネさんの生〝なるほどなー〟いただきました!」

 

「えっ、なにそれ」

 

「ヨシムネさんの口癖です!」

 

 そんな口癖あるの!? 俺はヒスイさんの方を向いたが、ヒスイさんはただ黙ってうなずくだけだった。マジか。

 

『言われてみればよく言っていたかも』『ヨシちゃんのなるほどなー集を作らねば!』『口癖って本人は気づきにくいよね』『ヨシちゃんきゃわわ』

 

 うおう、途端に恥ずかしくなってきたぞ。

 

「で、ヨシムネさん。このゲームはいかがでしたか?」

 

 と、マザー・スフィアが、赤面しそうになっている俺にそう尋ねてきた。

 俺は、恥ずかしさを誤魔化すようにその話に乗る。

 

「面白かったぞ。ロボットを自分で操作するのがここまで楽しいとは思わなかった。長年の夢が一つ叶った感じだな。ただ……」

 

「ただ?」

 

「超能力のスーパーロボット系に偏りすぎていたから、もっとリアルロボット的にパーツや武装を組み替えて遊びたかった感じもあるな」

 

「安心してください! 対戦モードでは、マーズマシーナリーのパーツを自在に組み替えて、自分だけの機体を作れますよ! ブレオンからガチタンまでヨシムネさんだけの機体を作れます!」

 

「おお、それはいいな」

 

「ただ、オンライン対戦モードは一流のマシーナリー乗りがしのぎを削る修羅の国なので、参戦するならオフラインで練習を積むことをお勧めします。一周目は、初心者向けの優しいモードでしたからね」

 

 やはりどんなゲームも時間が経つとオンライン対戦は厳しくなるものだな。

 今の時代、人類はゲームをして過ごしているから上級者は本当に極まった人達だろうし。

 

「ちなみに一周目は火星人視点でしたので、まるで火星側が被害者で正義、地球側が加害者で悪のように思えたかもしれません。でも、地球側にもいろいろ事情があったということだけは忘れないでください」

 

 そう言うマザー・スフィアの言葉に、俺はうなずく。

 

「そうだな。地球人からすると、AIが支配する悪の機械帝国が急に攻めてきたように見えただろうからな」

 

「私は人類を支配しようとする暴走したコンピュータ様って感じですか? 定番ですねー」

 

 自分のことを言われているのに、マザー・スフィアはカラカラと笑った。

 そして、一転して真面目な顔で言葉を続ける。

 

「他にも、火星人は植民地支配を受けて弾圧されていると思い込み、私を担ぎ上げて独立を目指そうとしていました。ですが、実は当時の地球人の方がひどい生活を送っていたんですよ。地球は汚染が進み、社会も疲弊していましたからね」

 

「あー、火星と地球でコンピュータ・ネットワークがつながっていなかったから、そのあたりのギャップがあったのに気づかなかったのか」

 

「そんな感じですね。機会があれば、他のストーリーモードで金星サイドや地球サイドの話も遊んでください」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 ベニキキョウ以外の機体にも乗ってみたいからな!

 

「では、私オススメのゲームを楽しんでくださったということで、特別にSCホームに飾るためのマーズマシーナリーペナントを進呈いたします。はい、どうぞー」

 

「お、おう。ありがとう?」

 

 俺は、マザー・スフィアから三角形のペナントを受け取った。……とりあえず、『ヨコハマ・サンポ』タペストリーの横に飾っておくことにする。

 それを見て、マザー・スフィアは満足そうにうなずいた。

 そんなマザー・スフィアに俺は尋ねる。

 

「さて、マザー・スフィアからは他に何かあるかな? そろそろライブ配信を終わろうと思うが……」

 

「大丈夫ですよ。配信おつかれさまでした」

 

「そっか。じゃあ、視聴者のみんなも14日間に及ぶ配信に付き合ってくれてありがとうな。次回、なんのゲームを配信するかはまだ決まっていないけど、また付き合ってくれると嬉しい」

 

『楽しかった』『21世紀人が歴史を新たに学んでくれて、歴史マニアとして嬉しかったですぞ』『また歌も歌ってほしいなぁ』『心臓熱くない?』『ちょっと熱い』『あー、熱い熱いなー!』

 

「今日はもう歌わないぞ!? 以上、自分の超能力特性が少し気になるヨシムネでした!」

 

「オペレーターとしても完璧なミドリシリーズ、ヒスイでした」

 

「みなさんもこのゲームを是非プレイしてみてくださいね。マザー・スフィアでした」

 

 ちゃっかりマザー・スフィアも挨拶に混ざっていたが、これで配信は終了だ。

 配信サービスへの接続を切るとともに、ミドリシリーズの人達がSCホームへとなだれ込んでくる。

 

「やっほー、ヨシちゃん。って、うわー! マザーがまだいるー!」

 

「うわーってなんですか、うわーって。いくら私でも傷つきますよ」

 

 ともあれ、こうしてまた一つ、ゲームの配信を終えることができた俺とヒスイさんであった。

 次のゲームは何をしようかな?

 



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52.ブンドド

 ロボットゲームの配信が終わった翌日の昼。俺は、とうとう花が咲いたプランターのホヌンとペペリンドを眺めながら、食後のお茶をのほほんと楽しんでいた。

 すると、荷物の到着を知らせるチャイムが鳴り、即座にヒスイさんが玄関に向かう。

 そして、居間に荷物の入った箱を持ってきたヒスイさんは、箱を開けて中の荷物を仕分け始めた。いつもご苦労様です。

 

「これはヨシムネ様宛てですね。どうぞ」

 

 ヒスイさんが、人間の顔の大きさくらいの箱を俺に手渡してきた。

 俺は、その箱をワクワクした気持ちで受け取る。

 これは俺がわざわざ自分で注文した品なのだ。その品とは……。

 

「ベニキキョウプラモデル! ウイングサンダーバードだ!」

 

 そう、昨日までライブ配信していたゲームのプラモである。

 プラモを組み立てる趣味は持っていないのだが……ゲームの関連商品を眺めていたら、どうしても欲しくなってしまったのだ。14日間も自分の手で操作してきた機体とあって、思い入れができてしまったのだろう。

 

「さて、せっかくの商品購入だ。こういうのは、開封の儀式から撮影しなければな。キューブくんカモン!」

 

 部屋の隅に待機していたキューブくんが、俺の号令で即座に近くに飛んでくる。

 

「それじゃあ、ヒスイさん、撮影するよー」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんはすぐさま湯飲みをキッチンに片付けて、そして居間に戻ってきた。

 

「キューブくん、今回の撮影はこの箱の開封ね。いい感じに頼むよ」

 

 電子音で答えが返ってくる。この丸くて喋れない機体も、慣れれば可愛く思えてくるから不思議だ。

 

「じゃ、撮影開始!」

 

 そう宣言すると、キューブくんの前面についている撮影中を示す赤いランプが点灯した。

 

「どうもー。戦いを終えて休憩中の21世紀おじさん少女だよー」

 

「先ほどまで、お茶の一時を楽しんでおりました。助手のミドリシリーズ、ヒスイです」

 

「今日はちょっと趣旨を変えて、商品レビュー的な動画だ! スポンサーのニホンタナカインダストリには関わりがあるようなないような、そんな品で楽しむぞ。ちなみにスポンサーの指示ではないので自費購入だ」

 

 うーむ、突発的に始めた台本なしの一発撮りなのに、スラスラと言葉が出てくるものだな。俺も配信に慣れてきたというわけか。

 

「商品はー、こちら! ベニキキョウプラモ!」

 

 俺はキューブくんに向けて、箱を掲げてみせた。

 

「正確には、マーズマシーナリーセルモデル、ベニキキョウシリーズ、アルフレッド・サンダーバード専用機ウイングサンダーバードです」

 

「お、おう」

 

 ヒスイさんの説明に、一瞬言葉が詰まる。

 そうだな、正確な商品名は必要だな。改めて俺は言葉を続ける。

 

「そう、プラモデルじゃなくて、セルモデルっていうんだよな。俺のいた21世紀ではプラモデルっていうプラスチックパーツを組み立てる模型があったんだけど、この時代じゃセルモデルに名前が変わっているようだな。確か、素材が違うんだっけ」

 

「石油を原料としたプラスチックは、現代では使われなくなりました。石油製プラスチックはアーコロジーから流出した場合、そのままでは自然に還りません。また、多くの惑星では石油が産出されないのが、使われなくなった主な理由ですね」

 

 そういえば、マイクロプラスチックとかが俺の元いた時代で社会問題になっていた。

 でも、『MARS~英傑の絆~』のラストで語られた、汚れきった地球を浄化した技術力があれば、それにも対応できるだろうけどな。

 

「セルっていうのは?」

 

「セルロース樹脂のことです。人造石油よりもセルロースの方が工場で安価に生産できるため、石油製プラスチックに取って代わりました」

 

「セルロースなら知っているぞ。植物に含まれる繊維で、人間の胃腸では消化できない物質だな。木にも含まれていて、人間が木を食べることができないのはそのセルロースのせいってわけだ」

 

 農大出なので、さすがにそのあたりは知っているぞ。

 

「そうですね。セルロース樹脂は、そのセルロースを主成分にした合成樹脂、いわゆる生分解性プラスチックです。いつも配達される荷物の箱も、このセルロース樹脂でできています。ヨシムネ様のいた時代のダンボールよりも頑丈で、水濡れに強い素材です」

 

「イノウエさんがよく詰まっているスーパーダンボールは、セルロース製だったのか……」

 

 ふーむ。ダンボールの代替品となっている物質で、プラモが作られているのか。

 

「そういえば、21世紀のゲームに、強化ダンボールで作られたフィールドでホビー用小型ロボットを操作して戦う、ロボットRPGがあったな」

 

 お、いいこと考えた。このセルモデルもその方向で遊んでみようか。

 

「でも、腐食する素材って使い勝手が悪そう」

 

「その場合は一定年数、生分解を抑える塗装がされますので、問題にはなっていないようですよ。塗装がはげる荒い使い方をする場所では、そもそも合成樹脂ではなく軽量合金を使いますしね」

 

 なるほどなー。原油が存在しない宇宙時代の新素材ってわけだ。

 

「それじゃあ、そんなセルモデルのベニキキョウを開封していくぞー」

 

 俺は、そう宣言して、箱の表面をおおっている透明なフィルムを手で破いた。

 

「このフィルムのような物も、もしかして……」

 

「セルロース樹脂ですね」

 

「マジで石油製品並に万能だな、セルロース」

 

 フィルムを破いた下には紙の箱。透明なフィルムだったので、パッケージを改めてカメラに映す必要はない。なので、すぐに箱をその場で開けた。

 

「中から出てきたのはー、おお、確かにプラモっぽいパーツが入っているぞ」

 

 プラモは一度も組み立てたことないけどな!

 よく見てみると、四角い枠の中にパーツがいっぱいくっついている。パーツはそれぞれ最初から色がついているので、初心者の俺でも塗装にすることなくカラフルな機体を作り上げることができるだろう。

 

「その四角い枠とパーツが一体化した物をランナーと呼びます」

 

「ランナーね。プラモなら、これをニッパーっていう刃物で切り離していくはずなんだが……包丁を怖がる未来の世界で、そんな物を使うはずがないよな」

 

「そうですね。手できれいに切り離せるようになっているようです」

 

「リアルのホビーも進化しているなぁ」

 

 ランナーの他には、説明書が入っていた。

 俺はその説明書を広げ、それをキューブくんに見せつけた。

 

「紙! 紙の説明書です! 正直、ARで手順を指示してくると思っていたのに、とてもアナログ!」

 

「セルモデルはプラモデル時代を含めると700年近い歴史を持つ伝統のホビーですので、そのあたり、雰囲気を重視しているようですね」

 

「なるほどなー。意外と、高貴で優雅なホビーだったりするのかもしれないな」

 

 俺は、ランナーを箱から取り出していき、テーブルの上に並べた。

 ふーむ、紫色がメインだが、細かい部分でなかなか色が多彩だな。

 

「さて、では組み立てていこう。商品の説明書きには道具いらず! って書いてあったから、接着剤も必要ないってことだな。それなら、散らかることもないだろうし……ヒスイさん、夕食までには終わらせるから、テーブル使うよ」

 

「はい、どうぞ」

 

 そう、ここは居間のテーブルだ。食卓とも言う!

 そんな場所で、俺はセルモデルの組み立てを始めた。

 

「まずはー、これか。ふむむ。むむー。……うん。あ、なるほどなー。よし……」

 

「どうやらヨシムネ様は組み立て中、実況ができないようですので、私の方から補足を。このセルモデルは縮尺1/72のキットです。実物のベニキキョウの高さが8メートルですから、約11センチメートルの大きさの模型になります」

 

「……お、いい感じじゃないか?」

 

「機体は先ほどヨシムネ様が説明しました通り、ベニキキョウの中でも特に活躍したアルフレッド・サンダーバード博士の専用機の地上戦モデル、ウイングサンダーバードとなります」

 

「あっ、あれ……おかしいな……」

 

「サンダーバードとは、惑星テラにある北アメリカ大陸の原住民の間に伝わっていた、神の鳥のことだそうです。そのサンダーバードの改造を担当した日本田中工業の田中氏が、新たにウイングサンダーバードと名付けました。鳥にさらに翼をつけるとか、日本人のネーミングセンスはどうなっているのだと、アルフレッド・サンダーバード博士はこぼしたそうです」

 

「うぬぬぬぬ……」

 

「ちなみにこのキットはパーツ数の多い中級者向けだそうです。ヨシムネ様は21世紀でも数々のプラモデルを組み立ててきたのでしょうか。実験区に、ヨシムネ様の作ったプラモデルが回収されていないか、問い合わせてみましょう」

 

「ううっ、パーツが細かい……」

 

「ふむ。ロボットの完成模型はあったそうですが、プラモデルはなかったそうです。次元の狭間に送られた際に、ねじ切れてしまったのかもしれませんね。ヨシムネ様のご遺体は、それはもう見事にねじ切れておりました」

 

「ぬがー!」

 

「では、完成を楽しみにしておきましょう。ここから倍速です」

 

「…………」

 

 そうしてセルモデルと格闘すること数時間。俺は、思わぬ結果に冷や汗を流していた。

 

「ごめん、ヒスイさん……ご飯までに終わらなかったよ……」

 

 まだ工程の3分の1も終わっていやしなかった。

 俺はヒスイさんに平謝りするばかりだ。

 

「仕方ありませんよ。初心者が、中級者向けの物に挑戦しているのですから」

 

 途中、俺の手際の悪さを見かねたヒスイさんが、プラモデルの組み立て経験はあるのかと聞いてきた。

 俺の答えは当然ノー。

 だが、そこでヒスイさんは無情な言葉を放った。このキットは組み立てに慣れた中級者向けだと。

 

 まいったなぁ。見栄え重視で選んだのだが、まさか玄人用の品だとは。

 ヒスイさん曰く、見栄えがいいということはパーツ数がそれだけ多くなるらしかった。

 

「食卓の上に広げたままだけど、夕食どうしようか……」

 

「たまには外に食べに行きましょうか」

 

「この様子じゃ、明日は三食外食になりそうだなぁ」

 

 いや、別に食事は取らなくても活動に支障はきたさないのだけどさ。でも、それなりに人間らしく生きたいから、一応食事だけは取るようにしているのだ。

 だから俺達は、食卓の上のパーツをそのままにしておいて、中華街へ中華料理を食べに向かうのだった。

 ちなみに食卓にはイノウエさんを近づけないようにしてもらったので、うっかり大崩壊だけは起きないはずだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「完成! 完成です!」

 

 俺は、紫色のセルモデルを片手で持ち上げ、キューブくんの前に掲げた。

 長かった……完成までに三日もかかってしまった。

 

「おめでとうございます。さすがですね」

 

 そうヒスイさんが称賛してくれる。いやー、キットを組んだだけのことだから、褒められても困るのだが。

 しかし、こうして完成したのを見るとデザイン格好いいな。元が工事用の重機とは思えない。

 

「飾る場所を用意しないといけませんね」

 

 ヒスイさんが部屋を見回すが、ちょっと待ってほしい。

 

「今すぐ飾るってわけじゃないからじっくり決めてくれ。俺は、これで遊んでいるよ」

 

「遊ぶ、ですか?」

 

「ああ、俺が『MARS』で学んだのは、歴史だけじゃないんだ。行くぞ! サイコキネシス!」

 

 俺は、魂からソウルエネルギーを絞り出すのをイメージして、超能力を発動した。

 すると、手に持っていたセルモデルが宙に浮き、部屋の中を飛び回り始める。うおー! ロボットが俺の力で飛んでいる!

 

「ぬぬっ!」

 

 念じると、セルモデルは空中でポーズを変え、付属の武装であるブレードを振りかぶった。

 

「行け! サンダーバード! 悪の地球人をやっつけろ!」

 

「地球人は、この場にヨシムネ様しかおりませんが」

 

 宇宙を浮くセルモデルに指示を飛ばしていると、ヒスイさんの冷たい突っ込みが入った。

 くっ、倒されるのは俺であったか……!

 

「うーん、こうなると、もう一機用意して戦わせたくなるな」

 

「強度に限界があるので、衝突だけは気をつけてください。……しかし、サイコキネシスで操作ですか。面白いことを考えつきましたね」

 

「あー、ヒスイさんは超能力を使えないから、ちょっとこういうのは思いつかないかもな」

 

 超能力は魂のエネルギーを使う超常能力。魂を持たないAIには使用できないのだ。

 そして俺は、存分にセルモデルを飛行させ、イノウエさんにちょっかいをかけたりしたりもして、動かすのに満足したのだった。

 

「ふー、これ、ちょっと広いところで飛ばしてみたいな」

 

「市街地で人が乗り物や物品を自分の手で飛ばすことは、法で禁止されています」

 

「あー、自動運転の機械が飛び交っているからなぁ。となると、アーコロジーの外に出るか、市民体育館に行くかだな」

 

「どちらも物を飛ばすとなると、申請が必要になりますね」

 

「……諦めようか」

 

〝セルモデル、空を駆ける〟計画は頓挫し、俺は素直にセルモデルを部屋に飾ることにしたのだった。

 そして、どんなポーズが一番格好いいかで一時間近く悩むことになる。

 

 うーん、こうして眺めていると、他の機体も欲しくなってくるな。

 俺は、内蔵端末でホビーショップのページを眺めて、新しいセルモデルを見つくろうのであった。

 



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53.アンドロイドスポーツ<1>

「ウリバタケー、野球しようぜー」

 

 その人物は、俺達の部屋に訪ねてくるなりそんなことを言いだした。

 お客さんはミドリシリーズの一人。プロのアンドロイドスポーツ選手だ。名前は確か、オリーブさんだ。

 

 俺は、ボディの内蔵端末でプレイしていたパズルゲームをスリープさせ、彼女に向けて言う。

 

「野球か……いきなりだな」

 

「いや、これが由緒正しい、21世紀のスポーツの誘い方ってミドリに聞いてなー」

 

「あんたはどこのナカジマくんだ。まあ、前にヨコハマまで来てくれたら一緒にスポーツやるって約束したから、ちゃんとつきあうけど」

 

「そっか! やったな!」

 

 ガッツポーズを取るオリーブさん。

 うーん、快活な人だな。スポーツ選手だから元気っ子って、AIへのキャラ付け安直すぎないか。

 

「でも、プロ選手なのに予定は空いていたのか?」

 

 ふと疑問に思って尋ねてみたが、オリーブさんは「ああ!」と答えて言った。

 

「今日と明日はオフだぜ! だから、今日は遅くまでみっちり遊べるぞ!」

 

「そうかそうか。場所は取ってあるんだよな?」

 

「市民体育館を予約してあるぞ。いろいろやってみようぜ!」

 

「せっかくだからキューブくんで撮影しようか。ヒスイさんは来る?」

 

 俺は、黙って俺達の会話を見守っていたヒスイさんに話を向けた。

 

「オリーブ一人に任せると、ヨシムネ様が危険かもしれませんので、ご一緒します」

 

「危険なのか……」

 

「人間相手には危険なことはしないはずなのですが、今のヨシムネ様はアンドロイドボディですので、万が一ということが……ちなみにオリーブはクラッシャーという異名を持っています」

 

「怖すぎる!」

 

「あはは! アンドロイドスポーツは、大体相手へのダイレクトアタックがルールで認められているからな。でも、さすがの私も、人間相手に無茶はしないぜ」

 

 ううむ。心配だ。

 まあボディが壊れても、替えが利くからそこまで深刻な事態というわけではないが。

 壊れたら、オリーブさんかスポンサーに交換代金はどうにかしてもらおう。

 

「じゃあ出かけるかー。あ、ヒスイさん。イノウエさん置いていくことになるけど大丈夫? 夜まで帰らない感じだけど」

 

 そうヒスイさんに言うが、ヒスイさんは「問題ありません」と返してくる。

 そういうわけで、俺達は運動着に着替え、三人連れ立って市民体育館まで向かうのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 市民体育館。体育館と名付けられてはいるが、総合的なスポーツ施設である。

 施設内部では、VRゲームではなくリアルでの運動をしたい活動的な市民達が、各々好きなスポーツにはげんでいる。

 市民の中には、運動好きが高じて自らをサイボーグ化して、運動プログラムをインストールしているらしき者もいた。人類とは思えない超人的な動きしている。

 

 そんなスポーツエリアを通り過ぎ、俺達はトレーニングルームへと入った。

 なぜにトレーニングルーム? 俺達三人ともガイノイドだから、鍛えたところで筋肉がつくわけではないのだが。

 

「ヨシにはまず、能力を限界まで引き出す方法を覚えてもらうぞ!」

 

 そんなことをオリーブさんが言いだした。

 

「ふーむ、どういうことだ?」

 

 意味がよく解らず、聞き返す俺。それにオリーブさんが答える。

 

「ヨシは今までおそらく、激しい動作をせず日常の動作しか行なってこなかった。ミドリシリーズのフルスペックを発揮したら、とても日常なんて送れないからな。リミッターが自動でかけられていたわけだ」

 

「なるほど?」

 

「そのリミッターの外し方をここで覚えてもらう。よしお前ら、通達していた通り、バーベル準備だ!」

 

 オリーブさんが横で待機していたロボットに指示を出すと、ロボット達は黒い金属の棒を用意し、それに馬鹿でかい重りを次々とつけていく。次々とつけていく。次々とつけていく。って、どんだけつけるんだよ!

 

「おい、オリーブさん。これ大丈夫なやつか?」

 

「ざっと10トンってとこだな。なあに、ミドリシリーズの最新型なら余裕で上がるぞ!」

 

 俺のボディ、ヒスイさんのお下がりなんだけど。いや、それよりもだ。

 

「よく、床が抜けないな……」

 

「あはは! たった10トンで抜ける床があるわけないだろー」

 

 うーむ、アーコロジーって頑丈なんだな。

 

「さあ、ヨシ。持ち上げるんだ」

 

「持ち上がるならやってみるか」

 

 俺はバーベルの前に立ち、腰をかがめて棒をつかみ、持ち上げようとする。

 

「んぎぎぎぎぎ……!」

 

「そうじゃない! もっと気合いを入れろ!」

 

「んがー!」

 

「もっとだ! もっと熱くなれ!」

 

「がああああああああ!」

 

「リミッターを外せ! お前ならできる!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお! ……無理じゃね?」

 

 バーベルはピクリとも動かなかった。

 

「おっかしいなぁ?」

 

 オリーブさんが首をひねっている。本当にどうなっているんだ。

 そう思っていると、横で見ていたヒスイさんが平坦な声で言った。

 

「ヨシムネ様には、行政区がリミッター解除にロックをかけています」

 

「マジかよ……」

 

 俺はがっくりとその場に崩れ落ちた。

 そして、俺の代わりにオリーブさんがヒスイさんを問い詰める。

 

「おいヒスイ、どういうことだ」

 

「ヨシムネ様は人間の身体からいきなりスペックの高い業務用ガイノイドに乗り移りましたので、日常の中で不意にリミッターを解除しないよう、行政区が特別に制限を課しています」

 

「解除できるのか、それ。できなかったら今日の予定全部、おじゃんだぞ!」

 

 ヒスイさんに、オリーブさんが詰め寄る。

 

「解除できますよ。すでに行政区への申請が通っています」

 

「じゃあなんでロック解除してないんだよ」

 

「配信的に美味しいシーンが撮れるかな、と思いまして」

 

 ヒスイさん、その気づかいはいらなかったよ……。見上げた配信者根性だけれどさ。

 

「ロック解除しました。ヨシムネ様、どうぞ」

 

 ヒスイさんにうながされ、俺は再びバーベルを持ち上げようとする。

 

「ぬぐぐぐ……ぬっ!?」

 

 頭の中で、リミッター解除というログが流れる。そして……。

 

「だらっしゃあああ!」

 

 バーベルは見事に持ち上げられた。

 

「おお、やったな、ヨシ!」

 

「お見事です」

 

 やったぜ!

 達成感に包まれた俺は、ゆっくりとバーベルを降ろし、拳を握り天に掲げた。

 

「10トンだってよ……」

 

「アンドロイドか?」

 

「いや、耳カバーがついていねえ」

 

「リミッター解除って言っていたぞ。ソウルインストールしたアンドロイドじゃねえか?」

 

「10トン持ち上げられるアンドロイドって、プロスポーツ用だろ。いくらするんだ」

 

 周囲でトレーニングをしていた人達が、ひそひそとそんな会話をしているのが聞こえた。

 すみません。業務用ハイエンド機を棚ぼたで手に入れた、ただのラッキーマンです……。

 注目を浴びているが、オリーブさんは特に怯む様子は見せていない。プロスポーツ選手だから、リアルの視線には慣れているのだろう。

 

「ヨシムネはミドリシリーズだぞ! 私もだけどな!」

 

 オリーブさんが、そんな周りの人達に反応してそう宣言した。

 その言葉を聞き、どよめきの声が上がる。

 

「ま、まさかあなたは……プロ選手のオリーブさん!?」

 

「おお、そうだぞ」

 

「マジかー! 大ファンです! 昨日のヨコハマ杯、見てました! 感動しました!」

 

「おっ、見てくれてたか。嬉しいなー」

 

「決勝のノックアウトは見ていて心が痺れました! 優勝おめでとうございます!」

 

「あっはっは! やっぱりテニスはノックアウト勝利が華だよなー!」

 

 いやいや、優勝もすごいけど、ノックアウトってなんだよ。テニスの話だよな!?

 

「電子サインいただけますか!」

 

「おうおう、いくらでもしてやる。今日は機嫌がすこぶるいいんだ」

 

「あざーっす!」

 

「ありがとうございます!」

 

 トレーニングルームに詰めていた人達が、次々とオリーブさんの所に集まってくる。

 うぐぐ、俺もヨシムネって名前が出たのに、誰も配信者だと気づいた人がいなかったぞ。嫉妬の心が燃え上がってくる。

 

「ヨシムネ様も、いつかああやって、ファンからサインを求められるようになるといいですね」

 

 今は、ヒスイさんのそのなぐさめの言葉が辛い!

 



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54.アンドロイドスポーツ<2>

 リミッター解除を無事経験できたので、バーベルをロボットに片付けてもらい、俺達は次の場所へと移動する。

 物の置かれていない広い空間だ。そこにエナジーバリアが張られ、区画が分けられている。

 

「ウリバタケー、キャッチボールやろうぜ!」

 

「はいはい。キャッチボールね。スポーツというには簡素だけど」

 

「まずは準備運動からって感じだな!」

 

 俺は施設のロボットからグローブとボールを受け取り、左手にグローブをつける。

 キャッチボールは、学生時代の体育の授業と球技大会でのソフトボールでしか経験したことないが、まあなんとかなるだろ。

 俺はオリーブさんがグローブをはめてこちらを向いたのを確認すると、硬式の野球ボールを彼女に向けて投げつけた。

 

 ボールは真っ直ぐに進み、彼女の構えるグローブに突き刺さった。お、結構いい感じじゃないか?

 

「おいおい、寝てんのか?」

 

 だが、オリーブさんは厳しい言葉をぶつけてきた。思わず、むっとしてしまう俺。

 

「キャッチボールは、こうやんだよ」

 

 軽い感じで、オリーブさんがボールを投げてくる――って、待て速――。

 

「おぶっ!」

 

 剛速球がグローブではなく俺の顔面に突き刺さり、俺は後方へ豪快に吹き飛んだ。

 

「ヨシムネ様!?」

 

 ヒスイさんの悲鳴が聞こえる。

 い、痛え!

 というかなんだ今の速さは!

 視界に250km/hとか表示されているぞ、おい!

 

「おい、ヨシー。ちゃんと取れよー。マジで寝てんのか?」

 

 オリーブさんの罵声とも取れる言葉を聞きながら、俺は起き上がった。

 

「速すぎるわ!」

 

「いや、余裕だろ……」

 

 ボールはオリーブさんの方に跳ね返ったのか、彼女がまたボールを手に取っている。

 

「もう少し、もう少し遅くお願いします……」

 

「しゃーねえな……ほれ!」

 

 はい、240km/hいただきましたー。顔面にまたもや直撃を受ける俺。

 

「おーい、この程度サイボーグでも取れるぞー」

 

 そうは言いますがな……。ちょっと速すぎるというか。

 

「リミッター解除がされていないに違いない……というか、なんでグローブじゃなくて顔に投げるんだよ!」

 

 俺はそうオリーブさんに抗議の声を上げる。

 

「いや、アンドロイドスポーツで顔面狙いは常套手段だし……」

 

 アンドロイドスポーツ物騒すぎる……。

 

「魂の保存場所が破損したらどうしてくれるんだ、まったく」

 

「ん? ガイノイドの重要機関は胸にあるぞ。頭部は転倒時に衝撃受けやすいからな」

 

「あー、確かに」

 

 人間もなんで一番高い場所に脳を置いているんだ。

 

「とりあえず、100km/hくらいからゆっくり慣らしてください……」

 

 俺は懇願(こんがん)するようにオリーブさんに言った。

 

「仕方ねえなぁ」

 

 それからオリーブさんは、100km/hから10刻みでボールを投げてくれた。頭の奥底で、リミッターが解除されて動体視力が強化された感覚を覚える。というか動体視力ってリミッターかける必要あるんですかね……。

 その後も、キャッチボールは続き、だんだん互いのボールの速度が上がっていく。

 最終的には、大砲の弾でも飛ばしてんのかって感じになった。うはは、これは楽しいな。

 

「よし、準備運動はこれくらいでいいな!」

 

 ひとしきり投げ終わって満足したのか、オリーブさんがそう言った。

 

「アンドロイドスポーツって、人間の観客ちゃんとついてこられるのか……それに、よくグローブ壊れないな」

 

「カーボンナノチューブ製の頑丈なやつだからな!」

 

 それはまた、未来的な素材でできているもんだ。

 使っていても、柔らかい普通の革グローブにしか思えないのだが。

 

 そうして俺達はキャッチボールを止め、次に向かったのはテニスコートだ。ただし、コートが普通のテニスより倍以上広い。

 そのコートを前に腕を組みながら、オリーブさんが言う。

 

「アンドロイドスポーツ名物、エクストリームテニスだ!」

 

「あー、さっきオリーブさんが優勝したとか言っていたテニスか?」

 

「そうだな。ヨシに会いに来るついでにエントリーして、優勝してきた!」

 

「ついでで優勝するんだから、すごいよな……」

 

 そう言っている間に、ロボットがラケットとボールを手渡してきたので受け取る。

 ラケットは普通のテニスのラケットに見えるが、編み目のような糸、いわゆるガットが張られていない。手元にスイッチがあるのでそれをONにしてみたら、半透明のガットがラケットに自動で張られた。

 

「どうなってるんだ、これ?」

 

「エナジーバリアを応用したエナジーガットだな。普通のテニスと同じガットを使ったら、一発で千切れ飛んじまうからな」

 

 俺の疑問に、オリーブさんがそう答えてくれる。

 なるほどなー。ガットが千切れ飛ぶような球が飛んでくるんだー。

 ボールも、結構重くてちょっと危険を感じちゃうなー。

 

「それじゃ、ラリーしようぜ! 運動プログラムはインストールしていないらしいし、試合形式は止めておこうか」

 

「ラリーならまあ……」

 

 オリーブさんの提案を受け、俺はコートに入った。

 うーむ、広い。しかし、アンドロイドの身体能力を考えると、これでも狭い方なんだろうな。

 

 ちなみにテニスの経験は、キャッチボールと同じく体育の授業でやったくらいだ。

 上から振り下ろすサーブなんてできないので、適当に下からラケットを振ってボールを飛ばした。うへえ、結構手に返ってくる感触が重たいぞ。何でできているんだ、あのボール。

 

 打ったボールは相手コートへ入り、バウンドした先でオリーブさんがラケットを構えている。

 そして。

 

「死ねえ!」

 

 ボールがノーバウンドでこちらに返ってきて、俺の頭に直撃した。

 

「ぐえー!」

 

 あまりの衝撃に、ボールの代わりにコートをバウンドしてしまう俺。

 ひでえ! というか今、死ねって言った! 死ねって言ったぞ!

 俺はなんとか起き上がり、オリーブさんに抗議の声を上げる。

 

「こらあ! テニスはコート内にボールをバウンドさせる競技だろうが! なんで直接攻撃してくんだよ!」

 

 だが、オリーブさんは悪びれた様子もなく、笑いながら言った。

 

「ダイレクトアタックはアンドロイドスポーツの華だぜ!」

 

「点を取るんじゃなくて、ラリーしろや!」

 

「これくらい打ち返せると思ったんだけどなぁ……」

 

 俺はロボットから新たなボールを受け取ると、再びサーブの構えに入った。

 ゆるいボールを打つと今みたいにきつい一発が返ってきそうだ。ボールを上に投げ、ラケットを振り下ろして全力でサーブを打ち込んだ。

 

「おっ、ナイスサーブだ、ヨシ! お返しだ!」

 

 オリーブさんはラケットを振り抜き、先ほどよりも勢いのいいボールがこちらに飛んできた。また頭にだ。

 

「ぐえー!」

 

 ボールの代わりにコートに突き刺さる俺。

 本当に、本当にこいつは……。

 

「オリーブさん、これ俺が生身の人間だったら今頃死んでるぞ……」

 

「やだなー。さすがに人間相手だったらリミッターかかるから、普通のテニスをやっているぞ」

 

「俺も人間なんですけどぉ!?」

 

「私にリミッターがかからないってことは、ヨシは人間判定されてないってことだぜ。アンドロイドスポーツの世界に足を踏み入れる資格ありだな!」

 

 AIは人間に危害を与えないようになっているという、ヒスイさんが以前してくれた説明、怪しくなってきやがったぞ。

 俺はまたロボットからボールを受け取ると、無難にサーブを打った。

 そして、今度はラケットを顔の前で構える。ボレーの構えだ。

 

「甘いぜ!」

 

 だが、ボールは俺の横方向に飛んでくる。

 よかった、ダイレクトアタックは防がれた。俺はボレーの構えを解き、バウンドするボールを打ち返そうとする。

 

 しかし。ボールに回転がかかっていたのか、バウンドしたボールは真っ直ぐに俺の顔面へと向かってきた。

 

「ぐえー!」

 

 コートにまたもや倒れ込む俺。

 

「あれ? これも無理か?」

 

「初心者にはきついっす……痛みがないからマシとはいえ」

 

「むう……運動プログラムがインストールされていない相手って、難しいな。そうだ、ヨシも顔狙ってこいよ!」

 

「そもそも、どこかを狙ってボールを打てるほど、テニスに慣れていない!」

 

 エクストリームすぎるテニスは続き、俺はその後も何度かコートに叩きつけられることとなった。スマッシュを打ち返したと思ったら身体ごと吹き飛んだのはさすがに笑った。

 ラリーは一時間ほどで終了。休憩ということで、俺は今、ヒスイさんに膝枕をしてもらっている。

 

「アンドロイドスポーツって、こんなに激しいんか……」

 

「あの子は倒し倒され合うのがスポーツの醍醐味と、勘違いしている節があります」

 

 もうスポーツじゃなくて格闘技やれよな!

 

「それとヨシムネ様。あの子がヨシムネ様のことを人間判定していないなどと言っていましたが、そのようなことはありませんよ」

 

「人間判定されていたら、もっと優しくしてくれていたんじゃね?」

 

「あれがあの子なりの人間との接し方なのです。そもそも、私達ミドリシリーズがヨシムネ様を妹扱いしているのは、ヨシムネ様が人間だからなのです」

 

「? どういうこと?」

 

 俺は膝枕に頭を乗せたまま、ヒスイさんの顔を見上げる。

 

「私達ミドリシリーズは、警備員を担当することもある業務用AIが搭載されています。私達にとって、人間は守るべき者。ゆえに、人間のヨシムネ様は守るべき存在と私達に思われています。それを言葉に表わすと、〝妹〟になるのです」

 

「AIが変な作用起こしているな、それ……」

 

 人間は守るべき者。そんな人間が同型機になった。だから彼は守るべき妹。そんな妙な発想になっているという。

 

「俺が今のボディにインストールされた後に製造された子も、俺を妹扱いするんだろうか……」

 

「そうでもないですよ。私の後にヨコハマ・アーコロジーの実験区に入った子などは、ヨシムネ様のことをお姉様と呼んでいます」

 

「マジかよ。俺にも妹ができるのか……まだ会ったことないよな?」

 

「そうですね。なにぶんミドリシリーズの人数が人数ですので、製造日が新しい子はヨシムネ様の近くに来られる選考を突破できません」

 

「選考て……」

 

 確か、300人近くいるんだったかな、ミドリシリーズ。SCホームに全員が一度に入れる宴会場とか必要かね。

 

「おーい、ヨシー。大丈夫かー?」

 

 テニスを見ていた人達にサインをせがまれていたオリーブさんが、こちらに戻ってきてそんなことを言った。

 俺は、身を起こしてオリーブさんに答える。

 

「どこもおかしくはなっていないが、ハードだったよ」

 

「すまんすまん。つい興が乗ってなー。まあ、かなり手加減はしたんだぜ」

 

「手加減されても初心者にはついていけないよ……」

 

 手加減していないと、目狙いや指狙いといった部位破壊が混じるとラリー中にオリーブさんが言っていた。

 

「すまんて。次はちゃんとラリーを心がけるからさ! 次は卓球しようぜー!」

 

 卓球か。それなら、球も痛くないだろうし安全だろう。

 よし、やるか!

 ちなみに、アンドロイド用卓球は、当然のように球も重く硬かった。

 

 そうして俺達は、丸一日スポーツにはげみ、俺はときおりテンションの上がりすぎたオリーブさんのダイレクトアタックにさらされることになるのであった。

 それでも後半からは互いに慣れてきて、楽しくプレイすることができたので、よしとしようか。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「いやー、まさかメンテナンスまでする羽目になるとは」

 

「どこにも異常はありませんでしたけれどね。念のためです」

 

 市民体育館を出た後、ニホンタナカインダストリのヨコハマ・アーコロジー支社に向かい、ボディのチェックを行なった俺。時間はすっかり遅くなり、夜を示すかのようにアーコロジーの照明の色にところどころ青が混ざっていた。

 移動用の乗り物であるキャリアーから降りた俺とヒスイさんは、居住区を歩いて自分達の部屋へと戻る。

 

 部屋の扉の前に立つと、自動でロックが解除されたので、扉を開けて玄関へと入る。

 

「ただいまー。イノウエさん、大人しくしてたかー?」

 

 そう言って、靴を脱いでいたそのときだ。

 

『おかえりなさいませ』

 

「!? 誰だ!」

 

 俺は部屋の中から聞こえてきた声に、身構える。

 そして、警護役でもあるヒスイさんの方へと顔を向けた。だが、ヒスイさんは気にした様子もなく、靴を脱いで部屋の中へと入っていった。

 

「ただいまもどりました。問題はありませんでしたか?」

 

『はい』

 

 ヒスイさんは、そんな何者かとの会話を自然に繰り広げていた。

 

「ヒスイさん、いったい誰が……」

 

 俺も部屋の中に入っていくと、そこには知らない少年がいた。銀髪の中肉中背。……耳にはアンテナがあるので、アンドロイドだろうか。

 見覚えのない人だ。いや、待て。どこかで見た覚えがあるような……。

 

「ヒスイさん、この人誰?」

 

 素直にヒスイさんへ聞くことにした。

 

「留守番用のロボットですよ」

 

「あー、新しく買ったんだ。でも、その人アンドロイドだろう? 高かったんじゃないの?」

 

「いえ、家庭用ロボットの簡易AIを購入しただけですので、それほどまでには。ボディはすでにあったものの流用ですからね」

 

「流用……?」

 

 俺はアンドロイドをまじまじと眺める。うーん、やっぱりどこかで見たことがあるよな。

 

「以前、ヨシムネ様用にニホンタナカインダストリが用意したボディです。このままでは使い道がなく場所を取ってしまい、返品するしかなかったので有効活用することにしました」

 

「あ、あれかぁー!」

 

 俺が男に戻りたい時用に用意してもらった、ツユクサシリーズの男ボディじゃねーか。

 ボディの入れ替えを短期間で何度も行なうと魂が傷つくというので、恐ろしくて一度も入れ替えたことがなかったのだが……。

 

「ヨシムネ様の配信は順調です。リアルを映すことも多く、もはやこのボディに入ることはないでしょう」

 

「そりゃそうだけど……ミドリシリーズのままでいてほしいっていうヒスイさんの願望も入ってない?」

 

「それは否定しません」

 

「否定しないんだ……」

 

 まあ最近は、別に男に戻れなくても何も不自由していないし、構わないやと思っているのも事実だ。

 男に戻って誰かと結婚したいとか、そういう願望もないしな……。

 

「でもヒスイさん、これ一応、俺に贈られた機体だから一言相談ほしかったかな」

 

「申し訳ありません」

 

「うん、まあ、簡易AIなら後から消去もできるし構わないけどね。で、留守番用ロボット?」

 

「はい、私達が留守の間にイノウエさんとレイクの様子を見ていてくれる、家庭用ロボットとして扱うことにしました」

 

 イノウエさんもロボットだから、留守の間にスリープ機能を起動して眠らせておくということもできるのだが、ヒスイさんはそれを選ばなかったようだな。極力、普通の猫と同じように扱いたいのであろう。

 

「では、ヨシムネ様。新たな我が家の仲間に、名前をつけてあげてください」

 

「名前ねぇ……」

 

 アンドロイドは、先ほどから何も喋ってはいない。自発的な会話機能は最低限の搭載なのだろうか。

 

「うーん、家のことを担当してくれるし……ホムくんで。もし女の子を追加する場合、そっちはホムちゃんだ」

 

『名前を拝受いたしました。これよりホムを名乗ります』

 

 ホムではなくホムくんなのだが、自己認識としてはホムでいいか。

 

「遅くなったから今日はもう寝るけど、明日はホムくんの衣装を考えよう。ヒスイさんが好きそうなやつで」

 

「私ですか?」

 

 ヒスイさんが食い気味にそう聞き返してきたので、俺はとりあえずその場で画像検索を行ない、とある21世紀の錬金術士ゲームの画像を空間に投影した。

 ホムくんはHOMEくんとして名付けたが、俺の頭によぎったのは今表示した錬金術士ゲームの銀髪赤目のホムンクルスだ。

 耽美な執事風衣装。こういう服はヒスイさんも好きだろう。

 

「いいですね。早速、マイクロドレッサーで……」

 

「あー、今日は遅いから明日で! ほらほら、寝るよー」

 

 ヒスイさんは寝る必要がないから、俺が寝た後にいろいろやりそうだな。

 ともあれ、我が家にまたこうして新たな仲間が加わることになった。元々広い部屋だからよかったけど、なんだか少しずつメンバーが増えていくな。

 でも、配信的には生活に変化があることは、いいことではないだろうか。マイクロドレッサーでパジャマに着替えながら、俺はそんなことを考えるのであった。

 



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55.リドラの箱船(サバイバルアクション・農業シミュレーション)<1>

「はー、海水浴楽しかったな」

 

「そうですね。参加者も多かったですし」

 

「常夏の島にいつでも行けるのは、VRゲームの強みだな」

 

 VR空間から退出し、リアルに戻った俺はそんなことをヒスイさんと話していた。

 そう、海水浴である。しばらくプレイを中断していた『Stella』でまた何か観光をしようと思い立ち、惑星テラの季節が夏真っ盛りということもあり、海水浴を企画したのだ。

 

 向かったのは、常夏のリゾート島。海と小さな島々しかない世界が『Stella』にはあり、その中からヒスイさんに常夏の島をピックアップしてもらった。

 そして、大型船を所持している視聴者に協力してもらい、参加者一同でその島へ移動。一泊二日の海水浴キャンプを楽しんだのだ。

 

「ミズキさんの水着はインパクトすごかったなぁ」

 

 今回もチャンプが参加してきてくれて、それにミズキさんもくっついてきた。そして、あの巨乳によるビキニ姿は、強烈な印象を周囲に与えたのだった。

 

「アバターの見た目は自在ですが、あそこまで大きくしている方は滅多にいませんね」

 

「意外とリアル準拠の見た目だったりするかもしれないな。映像で見た『St-Knight』の姿より、『Stella』のアバターの方が歳取っているし」

 

 そう言葉を交わしながら、俺達はソウルコネクトチェアのある遊戯部屋からプランターのある部屋へと移動する。

 野菜の花が咲いて以来、何かを終えた後こうして花を見に訪れるのが最近の日課である。

 

「おや、しぼんだな」

 

「そうですね」

 

 花はしぼみ、せっかくの見所がなくなっていた。

 だが、ヒスイさんがしっかり人工授粉をしていたので、これからいよいよ実が大きくなり始めるのだろう。

 

「レイクもせっかく周りに合わせて花を咲かせてくれたのに、残念だな?」

 

 マンドレイクのレイクも、野菜が花を咲かせ始めたタイミングから少し遅れて、大輪の花を咲かせていた。

 仲間が花を咲かせて受粉のチャンスと思ったのだろうとは、ヒスイさんの言葉だ。

 レイクも実を生らせるのかね? 食べられる実ができたとしても、ここまで動く生物の一部を食べるのは、ちょっと抵抗があるのだが……。

 

 しかし、野菜か。こうして植物を観察していると、ふとある欲がむくむくと湧いてくる。

 あー、久しぶりに農業してえなー。

 

「ヒスイさん」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「農業ゲームをやろう」

 

「了解しました」

 

 うむ、打てば響くとはこういうことか。

 そうして、すぐにヒスイさんが新しいゲームの情報を俺の目の前に投影してきた。

 

「こちらはいかがですか」

 

 ヒスイさんが推薦してきたのは、『Swordsman's Farm 5』。

 ジャンルはRPG・農場シミュレーションだ。

 

「ほう」

 

「『Swordsman's Farm 5』は大人気の農業ゲームの最新作です。このシリーズは、10年に一度新作が出るゲームでして、開発自体はもっと早くできるらしいのですが、プレイヤーがゲームを遊び尽くすのに10年はかかるので、新作もそのペースで出すのだそうです」

 

「変な縛りプレイとかなく10年同じゲームをやり続けているなら、かなりすごいな……!」

 

「定期的なアップデートのあるゲームなら、同じ物を一生プレイし続ける方もいますよ」

 

「あー、100年保証のあるMMOとかあるんだっけ」

 

「オンライン接続対応ではないスタンドアロンのゲームにも、100年保証のアップデートをしている物がありますね」

 

 そうか、なるほどなるほど。

 

「だけどこのゲーム、3をもうやったんだよな。配信始めるまでの三ヶ月の間に」

 

「そうですね。馴染みのあるゲームかと思い、最新作をお勧めしたのですが……」

 

「せっかく配信するんだし、こなれすぎているのも、ちょっとどうかなと思うんだよな」

 

 ロケハンや下見と称して、軽くプレイして台本的な物を作ってから配信するのが一般的な手法らしい。でも、俺は今まで初見一発プレイでやってきた。ヒスイさんが助手として頑張ってくれるので、それに甘える形だ。

 なので、すでにシリーズの別作品を経験していると、そのあたりの新鮮さが失われてしまわないかと、少し心配なのだ。

 

「毎回初見で配信をしているけれど、ゲーム内容が配信に耐えられる物かは、ヒスイさんが事前に調べてくれているんだろう?」

 

「そうですね。時間加速機能を使い、配信前に一通りプレイして試しています」

 

「あっ、そこまでやっているんだ……」

 

 知らなかった……せいぜい評判を調べている程度だと思っていたのに、ガチだった。

 いつもご苦労様です……。

 

「『-TOUMA-』での失敗はもう繰り返しません」

 

「お、おう……」

 

 ラスボスのラストアタック取っちゃったの、気にしているんだな……。

 

「まあ、たまには自分でゲームを探してみるよ。配信始める前はそうやっていたし」

 

「了解しました。選定が終わりましたらお知らせください」

 

 そういうわけで、配信用のゲームを探すことになった。

 農業カテゴリーで検索して、と。ううむ、いっぱいあるな……。

 そうだなぁ。ロケーションは海、海がいい。夏だしな。そして戦闘もあると盛り上がるだろうか。

 その後、俺は半日使ってゲームを選び出し、ヒスイさんのチェックを通すのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 そうして、数日後。事前に開始時刻を告知してもらい、ライブ配信を行なうこととなった。

 告知内容は、農業ゲームの配信、というだけの簡素な物。ゲーム名も記載していない。

 視聴者も予習なしで、俺と一緒に初見の空気を楽しんでいってもらいたい。

 

 そういうわけで、ライブ配信が始まる。今回は、リアルのガーデニングがある部屋からの開始だ。

 

「どうもー。山形県出身、元農家のせがれ、21世紀おじさん少女だよー」

 

「前職は実験区の雑務担当、助手のミドリシリーズ、ヒスイです」

 

『わこつ』『わっこわっこ』『わこつー』『来た! 新規ゲーム!』『お前の配信を待っていたんだよぉ!』『キャー! ヒスイさーん!』『うおー! ヨシヨシヨシヨシ!』

 

 いきなり盛り上がる視聴者コメントに思わず笑みをこぼしながら、俺は言った。

 

「開幕からテンション高いなぁ。さて、プランターの野菜は先日無事に花をつけ、受粉に成功したようだ。実が少しずつ大きくなってきているぞ。収穫まできたら、成長の記録も動画にするつもりだ」

 

『ガーデニングも楽しそうだなぁ』『花、綺麗だったよね』『見逃したわ』『お前、水着回見逃すとかマジかよ』『えっ、水着?』『前回は『Stella』で海水浴』『『Stella』興味ないからスルーしてた……』

 

「前回の海水浴は、内容をまとめた物が動画配信されているから、暇なときにでも見てくれ。さて、野菜はいよいよ収穫のカウントダウン。そこで、今回は告知通り、農業ゲームをやっていくことにする! さあ、ソウルコネクトチェアに向かうぞ」

 

 俺はそう言って、部屋を移動し、遊戯部屋のソウルコネクトチェアに座る。

 

『農業ゲーム……』『ソドファか?』『ヨシちゃんもとうとうソドファ民に』『はまりすぎて帰ってこなくなったらどうしよう』『ヒスイさんがいるから大丈夫じゃろ』

 

『Swordsman's Farm』じゃないんだなぁ。

 俺は、意識をVR空間に飛ばす。すると、お馴染みとなった日本屋敷の縁側に、俺はたたずんでいた。ヒスイさんもイノウエさんを連れて、その隣に立つ。

 

「今回のゲームはー、これ!」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんはいつもの通り、バスケットボール大のゲームアイコンを両手で掲げてみせた。

 

「『リドラの箱船』だー!」

 

 勢いよく、ゲーム名を告げる。すると、視聴者の反応は。

 

『なんて?』『えっ、知らない』『聞いたことない』『誰も知らんの?』『昔聞いたことあるような……』『外れゲームを配信したことないから、大丈夫なんだろうが……』

 

 視聴者の反応的に、どうやらマイナーゲームのようだった。

 

「良作イコールみんなの知っているゲームというわけでもない! 今回は俺が直々に検索で発見して、なんとなく面白そうだなって思った農業ゲームをやるぞ! ちなみにクリア済みであろうヒスイさん、感想は?」

 

「『Swordsman's Farm』と比べると明らかにボリューム不足ですが、配信で流す分にはこのくらいがほどよいでしょう。ストーリーも個人的には気に入っています」

 

『ソドファと比べたらどのゲームもボリューム不足だわ』『十年遊べるゲームと比べたらなあ』『でもヒスイさんが気に入るゲームか……』『よく今まで埋もれていたな』『私、大昔にやったことあるよ。好き』『ネタバレ禁止でお願い!』

 

 ふむふむ、経験者もしっかりいるのか。詰まったらその人に聞けばいいな!

 まあ、詰まったりしないよう、事前にヒスイさんが一通りプレイしているのだろうが。

 

「じゃあ、いつもの通りヒスイさんゲームの紹介よろしく」

 

「はい。『リドラの箱船』は47年前に発売した、サバイバルアクション、農業シミュレーションゲームです」

 

『47って……』『私、生まれてないんですけど』『古すぎる……』『大丈夫? メーカーちゃんと残っている?』『サバイバルとは、また不穏になってきたな』

 

「人類が滅亡した未来の世界で、箱舟と呼ばれる情報保存体を活用し文明復古を行なう物語です。神に農作物を捧げ、箱舟に保存されている存在を復活させていき、最終的に神の復活を目指します」

 

『神かぁ……』『マイナーな理由って、箱舟と神様が出てくるからじゃあ』『宗教が絡むと急にうさんくさくなるからな』『現代も一種の科学信仰だけどな』『マザーがいればそれでいいよ』

 

 その視聴者の反応に、俺は「おや?」となった。

 

「なんだ、みんな宗教は苦手か。『Stella』では教会とかあったけど」

 

『あのゲームの聖神はおっぱい神だし?』『武神はイケメンだから信仰してる』『崇める対象じゃなくて、ただのキャラクターだよ』『信者のNPCもその辺解ってこっちに接してくれるし』『神と書いてアイドルと読む』

 

 罰当たりだな! いや、罰って発想がそもそもないのかもしれないが。

 

「まあ、このゲームの神もただのキャラクターだろ。神に捧げるとかの信仰しているっぽいところが引っかかるのか?」

 

『ソウルコネクトゲームだと、自分の身体を動かして崇める必要があるし』『祈れ! とか言われても困るわ』『神様が音楽ライブ開いてくれるなら見る』『イケメン神がいいなぁ』

 

 ふーむ、祈りのポーズを取るくらいなんともないと思うが、未来人的には嫌悪感があるのかね?

 宗教観に21世紀の日本人とだいぶ差がありそうだ。何が地雷になるか判らないから覚えておこうか。

 

「それじゃあ、ゲームを始めていこうか」

 

「はい」

 

 ヒスイさんがアイコンを掲げ、日本屋敷の背景が崩れていく。

 そして俺は、タイトルロゴが表示される空の上に浮かんでいた。眼下には、大きな島が広がっている。この島が、ゲームの舞台か。

 

「難易度ノーマル、ゲーム速度1倍、高度有機AIサーバ接続、ストーリーモードで開始します」

 

「あいよー」

 

 ヒスイさんの言葉にそう返し、俺は『はじめから』を選び、ゲームを開始する。

 キャラメイク画面になったので、いつもの通り現実準拠でアバターを作る。ヒスイさんも何やら端末をいじっているので、二人プレイのできるゲームなのだろう。自分で選んだゲームだが、説明書を斜め読みしただけで詳しいところは調べてないんだよなぁ。

 

「よーし、開始だー!」

 

 ゲームがスタートし、俺はアバターに憑依する感覚を味わう。

 どうやら、今の俺はどこかに倒れているようだ。身体を起こすと、そこは海岸線。

 

「うーん、サバイバルアクションだし、無人島に漂着? でも、身体は別に濡れていないな」

 

 俺は、立ち上がり周囲を見回した。

 

「いきなり開始かぁ。オープニングもチュートリアルもなかったぞ。お、なんかあるな」

 

 近くに赤い巨大な石盤が、地面から生えているのを見つけた俺。

 それに近づき手を触れると、『セーブしますか?』との表示がされた。

 

「このモノリスっぽいのはセーブポイントか。説明書によると、セーブポイントに触れると傷が治るが、空腹と喉の渇きは満たされない、だったかな。満腹ゲージっていうのとうるおいゲージっていうのがある」

 

『空腹度あるのか』『サバイバルアクションだからね』『空腹が限界に来たら死んだりする?』『死ぬよー』『マジか。本格的なサバイバルゲーだな』

 

「そうなんだよなぁ。孤島サバイバルだ。箱舟ってやつを見つければ、そこから植物の種とかを取り出せるらしいんだけど……遠くに見えるあれかなぁ」

 

 俺は、島の奥に鎮座する、謎の巨大建造物を見ながらそう言った。セーブポイントのモノリスと同じ素材でできているように見える建造物だ。箱舟と言われたら、箱舟っぽく見える気もする。

 

「指標もなく放り出されたけど、それであっているかな、ヒスイさん」

 

 と、ヒスイさんに尋ねてみるが、返事はない。

 

「ヒスイさん?」

 

『いや、ヨシちゃん周囲にヒスイさんおらんやん?』『ソロゲー始まったな……』『頼れる助手がいないだと!』『ヨシちゃん一人に配信任せるとか正気か!』

 

 マジかよ、天の声なりでサポートしてくれないのか。

 仕方なしに、俺は暫定箱舟を目指して、島の奥に進むことにした。

 海岸線を出て、草地へ。しばらく歩くと、森に入る。

 人の手の入っていない森だ。どこか薄暗い。何かが急に飛び出してきそうだ。ほら、この虎のように……。

 

「えっ、虎?」

 

 巨大な虎は、大きな口を開けて、こちらに噛みついてくる。

 

「ぎゃわー!」

 

『あなたは死にました』

 

「はあっ!」

 

 俺は気づくと、海岸線のモノリスの前に戻されていた。

 

「マジかよ……いきなり人食い虎って」

 

『サバイバルゲーだし仕方ないね』『ここはやっぱり武器からクラフトせんと』『それより水と食料!』『空腹度どうなっている?』

 

「満腹ゲージは満たされているな……死ぬと回復する親切設計か。でも、こういうゲームはデスペナルティがお約束だから、簡単には死ねないぞ。持っている道具を落とすとか最悪だ」

 

 こうして俺は、ヒスイさんがいないまま、孤島サバイバルの世界に飛び込むことになったのだった。

 



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56.リドラの箱船(サバイバルアクション・農業シミュレーション)<2>

 セーブポイントの赤いモノリスの前に、俺は座り込んだ。

 いきなり死んだので、反省会だ。

 

「いまさら虎なんかに負けるとはなぁ……」

 

 そんなことを俺はぼやいた。話を聞いてくれるいつものヒスイさんはいないが、今の俺には視聴者達がいる。

 

『人食い虎の恐怖!』『いやいや、初期レベルなら虎は厳しいでしょ』『そのゲーム、レベルあるの?』『まずは小動物から狩っていくんじゃね』

 

「そうはいうが、ろくにキャラクターが成長しない『-TOUMA-』を最後までクリアした身としてはねぇ……ちなみにレベルはある」

 

『あのゲームでも素手で虎は無理でしょ』『チャンプが素手縛りで『-TOUMA-』の最高難易度一ヶ月モードクリアする動画上げていたよ』『システムアシストないゲームで素手縛りとか、チャンプなんなん?』『あの人、すでに人類卒業済みだから……』

 

 チャンプ、チャンプかぁ。確かにあの人なら素手で虎くらいくびり殺しそうだ。それもリアルで。

 

「あー、チャンプの超電脳空手道場に通っておけばよかったかな。それなら虎も素手で勝てたのに」

 

『超電脳空手道場』『なんぞそれ』『チャンプが開いているサイバー道場だよ。ソウルコネクトPvP素手勢のための格闘術講座だってさ』『チャンプそんなことしてんのか』『そこに通えば俺もチャンプの強さの秘密を……』『ちなみに有料な。安いけど』

 

 だが、今はゲーム中。中断して道場に通うわけにはいかない。

 ならば、どうするか。そう、武器を用意するのだ。

 

「サバイバル系ゲームのお約束と言っていいのか、幸いアイテムクラフト機能がある。それで武器を作ろう」

 

 俺はそう言って、足元を見回し始めた。

 ほどよく尖った石に、ひらべったい石をいくつか確保。道具を虚空に収納できるアイテムボックス機能を使ってしまっておく。

 そして、また森に向かって歩き出す。虎に遭わないよう森の浅い場所で、真っ直ぐな木の枝と、木に巻き付いているツルを回収した。

 

「材料はそろった!」

 

『わくわく』『なにつくるんだろうなーわからないなー』『きっとすごいものつくるんだろうなー』『期待が高まる』『ヨシちゃんならやってくれるよ』

 

「いや、別に驚きの結果とかないから! アイテムクラフト!」

 

『材料を投入し、作りたい物をイメージしてください』

 

 そんなメッセージが視界に表示され、目の前に魔法陣が広がった。なるほど、ファンタジー系のクラフト機能か。

 俺は、拾ってきた石、枝、ツルを魔法陣の上に載せる。すると、魔法陣に材料が飲み込まれた。

 そして、武器をイメージする。

 

『石槍、石斧が作成されますよろしいですか?』

 

 よろしい!

 

 そう念じると、ピカリと魔法陣が光り、魔法陣の中からするどく尖った石槍と、重そうな石斧が吐き出された。

 

『アイテムクラフトのスキルレベルが上がりました』

 

 そんなシステム音声を聞きながら、俺は右手に石槍、左手に石斧をつかむと、高々と掲げた。

 

『原始人爆誕』『完全に石器時代の人』『これは虎もイチコロですわ』『マンモス全滅の危機』『見た目が完全に合ってる』『21世紀は原始時代だった……?』

 

 そうなんだよなぁ。今の俺の格好は、簡素な貫頭衣である。女性キャラの初期衣装としてこれはどうかと思うんだが、孤島サバイバルなら、衣装も自分で作れということだろうか。

 

「よし、虎の毛皮剥いで、服にしちゃる」

 

『毛皮の服とか、野生児度がアップするな』『革にしてボンデージを……』『アイテムクラフトでなめし革にできるんだろうか』『アイテムクラフトを信じろ!』『アイテムクラフトならやってくれる』『石器しか作ってないのにアイテムクラフトの信頼感高いな!?』

 

 そんな視聴者コメントを聞きながら、俺は石斧をアイテムボックスにしまい、石槍を構えて森の奥に入っていった。

 遠くに見える暫定箱舟を目指しながら、うっそうとした森を進むことしばし。そいつは現れた。

 

「虎ァ! 死ねえ!」

 

 俺はアシスト動作を駆使して虎の側面にまわり、首筋に石槍を突き刺した。

 虎は苦悶の鳴き声をあげる。槍を抜き、今度は脇腹に一撃。そして、槍を手放しアイテムボックスから石斧を取り出して、虎の頭に叩きつけた。

 さらに何度も何度も頭に石斧を叩きつけていく。

 

 それで虎は沈黙し、倒れ伏す。HPバーの類はないので、念のためもう一度頭に石斧を叩き込む。

 

『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』

『槍のスキルレベルが上がりました』

『斧のスキルレベルが上がりました』

 

 なんか一気にレベルが上がったぞ。実は強敵だったのか。

 鳴き声があがらないのを確認すると、俺は虎をアイテムボックスに収納した。アイテムボックスには容量限界があるようだが、まだ入りそうだ。

 そして、俺は石斧を頭上に掲げながら言った。

 

「勝ったどー!」

 

『やるじゃん』『よっ! 虎殺し!』『肉も確保できて完璧』『虎って食えるの?』『肉食獣だから不味そう』

 

 虎肉かぁ。むっ、待て、視界にインフォメーションが来ている。なになに、図鑑が更新されましただって。

 俺は情報に従って図鑑を開くと、そこには虎の詳細が掲載されていた。

 

●コーラライガー

 コーラでできた血が流れるライガー。森に生えるコーラの実が主食で、肉食ではない。

 人を襲うことがあるが、それは食事のためでなく縄張りを守るためである。コーラライガー同士での生殖が可能であり、一匹のオスを頂点とした小さな群れを作って生活する。ライオン、虎との交配も可能。

 死骸をアイテムクラフトすることで、コーラ、肉、毛皮、骨を取り出すことができる。

 肉は柔らかくて美味。コーラ煮にするのがオススメ。

 

「……なんだこの不思議生物は」

 

『このゲームの生物、大体こんなノリだよ』『マジかよ。サバイバルの難易度低そうだな』『昔のゲームなのに、未知の生物の味データ、どこから引っ張ってきているのか気になりますね』『血を飲むのか……』

 

「21世紀に、こういうノリのグルメ生物を捕獲する漫画があったなぁ……」

 

 俺は、とりあえずうるおいゲージを回復させるために、血のコーラというやつを試してみることにした。

 

「アイテムクラフト!」

 

 魔法陣に虎の死骸を突っ込み、解体を意識する。

 すると、綺麗に剥がされた毛皮と、肉の塊、骨、そしてコーラの瓶が魔法陣から飛び出した。

 

「って、コーラの瓶かよ!」

 

『まさかの瓶』『どこから瓶生えた』『アイテムクラフトは神の力。なんでもあり』『なんでもありすぎるわ!』

 

 俺は、20本ほどになったコーラの瓶の一つを手に取り、まじまじと眺めた。

 中には茶色い液体が満たされている。そして、しっかりとキャップが閉まっている。

 

「この見た目、27世紀でも通用するんだなぁ。でも、栓抜きないから開けられないぞ」

 

『素手で開けるとか?』『低レベルじゃ力もないだろうから無理じゃね』『骨を材料にクラフト』『お前天才か』『骨もいい武器になりそうだよね』

 

「アイテムクラフト! ……骨でできた栓抜きとか初めて見たわ。よし、開けて、キャップは金属だから大切に取っておくとして、って消えた!?」

 

『材料に使われていない物質は仮の存在だから、役目を終えると消えるよ』『ファンタジーしてんな。やってることはコーラの瓶作りなのに』『それよりお味は?』『美味しかったら味覚共有してよ』

 

「どれ……、んぐ……ぷはー、うーん、普通のコーラだな!」

 

『残念』『未知の味を期待したんだが』『まあ初期スポーンの近くの敵だからかもしれんし』『ゲームが進むとグルメな敵も出るかも!』

 

 視聴者達がやたらと期待感を高めている。うーんでも、そんな未知の食材をたっぷり楽しめるようなグルメゲームだったら、ここまでマイナーゲーム扱いはされていないんじゃないか?

 そんな疑問を覚えつつ、コーラを最後まで飲みきる。すると、空になった瓶は空気に溶けるように消えていった。

 

「まあ、これでうるおいゲージの心配はなくなったな。さて、残りの物は全部収納して、先に進むか」

 

 そうして、俺は再び石槍を手に、森を進み始めた。

 だんだんと暫定箱舟が近づいてくる。あそこに辿り着けば、ゲームが本格的に始まるのだろうか。

 そう考えていたら、コーラライガーとまたエンカウントをした。今度は三匹だ。

 

「多勢に無勢……! でも諦めないぞ! てりゃあって、うわ!」

 

 背後から衝撃! 首だけで振り返ると、背中に一際大きなコーラライガーが噛みついていた。

 動きを止めた俺に、さらに他の三匹のコーラライガーが噛みついてくる。

 

「ぐえー!」

 

『あなたは死にました』

 

 目の前が真っ暗になり、また俺は海岸線のモノリスの前へと戻されていた。

 アイテムボックスを確認してみると、見事にアイテムを全ロストしていた。

 

「はー、しんど……」

 

 俺は、海岸線の砂場にどっかりと座り込んだ。

 

「あの森、正規ルートじゃないんじゃね? 明らかに初心者向けじゃない」

 

 そう視聴者に向けて言ってみるのだが。

 

『虎から逃げるな』『虎から逃げるな』『君ならできるよ』『虎から逃げるな』

 

 そう来ると思ったよ!

 仕方なしに、俺はまた石槍と石斧を作って、森へと足を踏み入れた。

 ときおりコーラライガーを発見しては、狩っていく。レベルが上昇し、身体がだんだんと軽くなってくる。

 そして、慎重に進み、群れには今度はこちらから奇襲をして全頭撃破。無事に切り抜けることに成功した。

 

「満腹ゲージが減ってきたな」

 

『そこに生肉があるじゃろ?』『虎肉の刺身』『真っ当なサバイバルアクションなら、腹を壊すかゲロを吐くかだな』『真っ当とはいったい……』

 

「火を起こす道具とかないからなぁ。ブッシュクラフト的な火起こしとか、こんな危険な森の中でやりたくないし……おっ、木の実あるじゃん」

 

 俺は、背の低い木に生えた赤い実をもいで、手に取った。

 匂いを嗅いでみる。うーん、無臭。

 実を手で割ってみると、今度は甘い匂いがあたりに立ちこめた。

 

「これはいけるんじゃないか。どれ……」

 

『あなたは死にました』

 

 俺は海岸線のモノリスの前に立っていた。

 

「……毒かよ!」

 

『お約束』『みんな! 知らない木の実やキノコはうかつに食べないようにね!』『ヨシちゃん死ななきゃいけないノルマでもあるの?』『でも初見のサバイバルゲームなんてこんなもんよね』『パッチテストなんてやってられないしね』

 

 はー、うかつだった。

 と、視界にまたインフォメーションが来ているな。図鑑の更新だ。どれどれ。

 

●コーラの実

 コーラ味の木の実。猛毒を持っているが、この毒に抗体のある動物が摂取することで、その動物はコーラ味の極上の肉質になる。

 また、実そのものも美味なので、もし毒抜きができたならデザートとして大活躍してくれることだろう。挑戦してみよう!

 

 ……有毒食材の毒抜きとか、本格的に漫画の世界だな。いや、世の中にはフグの肝の毒抜きとかもあるらしいが。

 とりあえず、あの森の木の実は手を出すのは危ないってことだな。

 

 今度は失敗しないように頑張ろう。

 と、出発の前に、俺は一つ気になったことを視聴者に向けて言った。

 

「ところで、視界の端のメニューに見える、信仰ポイントっていうのが死ぬたびに減っていっているんだけど……」

 

『さあ……』『不穏だよね』『神様から貰える力だよ。肉体を再構成するのに消費されている』『ゲーム経験者がいると、こういうとき助かるな』『神様のおかげで復活しているのか』『ちなみになくなるとゲームオーバーね』

 

「マジかよ!」

 

 説明書斜め読みだったから、覚えていなかったよ!

 ゲームオーバーになるまでにちゃんと箱舟らしき場所へと辿り着けるのか、少し心配になってきたぞ。

 無様をこれ以上晒したら、視聴者達の笑いものだ……。いや、それはそれで配信として美味しいのだけれどな。

 



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57.リドラの箱船(サバイバルアクション・農業シミュレーション)<3>

 おそらく初心者エリアではないのであろうあの森を避けて、まずは食べ物を探す。

 海岸線近くにヤシの木があったので、ヤシの実を確保。

 

●マンゴーココナッツ

 マンゴーとココナッツを掛け合わせて作られた南国フルーツ。

 まろやかなココナッツミルクに、甘くて美味しい実が楽しめる。

 アイテムクラフトで外皮からココナッツファイバー(天然繊維)を取り出せる。頑丈な布が欲しいときにどうぞ。

 

 ……布か。

 

「アイテムクラフト!」

 

 ココナッツを複数分解し、繊維の布、瓶に入ったココナッツミルク、容器に入った実を取り出す。

 さらに布をクラフトして、服を作りだした。

 その服をメニューの装備欄に放り込んで、服を装着する。

 

「しゃらーん、魔法少女風早着替え!」

 

『魔法少女を気取るには野暮ったい服だ』『ヒスイさんいたら服に駄目出ししていたな』『ヨシちゃん服作りのセンスないよ』『いつもオシャレなのは、ヒスイさんのおかげだったんですね……』

 

 辛辣ぅ! 配信者って、もっと視聴者にちやほやされるもんじゃないの!?

 いいさ、今度は驚かしてやるから。そう、火起こしだ!

 

 サバイバルアクションをやるにあたって、ブッシュクラフトを予習してきたんだ。

 ブッシュクラフトというのは、文明の利器をほとんど持ち込まない原始的なアウトドアだ。未来のこの時代、自然は厳重に保護されていてブッシュクラフトなんてやろうものなら、高い料金を行政区に支払わなければならない。

 なので、ブッシュクラフトを楽しみたい人専用にシミュレーターゲームが存在する。俺はそのゲームで、システムアシストを使わない火起こしを経験してきたのだ。

 

 枯れ葉と枯れ枝を集め、焚き火の用意。

 火きり棒にする真っ直ぐな木の枝と、それとこすり合わせるための太めの枯れ枝を確保。

 枯れ草も確保して、キリモミ式の火起こしだ!

 

『ヨシちゃんまさか……』『やる気か!』『ヒュー』『サバイバルといえばこれだよなぁ!』『原始人が火を知るか……』

 

 視聴者が大盛り上がりだ。

 システムアシストによって補助を受けた俺は、手の平で火きり棒を回し、こすり合わされた枯れ枝に火種を作ることに成功する。その火種を枯れ草に着火し、燃え上がったところで枯れ葉と枯れ枝に火を移す。焚き火の完成だ!

 

『やったぜ』『原始人は火を獲得した!』『人類の夜明け』『文明人に進化する』『生命の神秘』

 

 いえーい、やったぜ。

 

『火魔法を習得しました』

 

「と、火魔法を覚えたので、原始的な火起こしはこれ一回きりだ!」

 

『マジかよ』『しょんぼり』『魔法とかあったのか』『まあいちいちこんなのやってられないよな』『もっとサバイバルして?』『ファンタジー要素のないサバイバル系ゲームも、プレイしてほしいなぁ』

 

 さて、この焚き火に、海岸線で確保したクラブシュリンプとかいう甲殻類を五個ほどくべて、食事の確保だ。

 甲殻類が焼ける匂いが周囲に立ちこめていく。

 

 そして、システムアシストの料理技能がほどよく焼き上がったのを知らせてきたので、焚き火からクラブシュリンプを取り出した。

 どれ、一個だけ味見だ。

 

 腕をもぎ、石で外殻を割って、口へと身を運ぶ。もぐもぐ。

 

「うみゃあ! ぷるんとしてエビの食感なのに、カニの味もして面白い味だぁ」

 

『美味そう』『味覚共有機能つけろよぉ!』『なんで共有しないのおおお!』『ずるい! ずるい!』『じらしおる……』

 

「いや、不味かったり、毒だったりしたら困るしさ。よし、共有機能オンにしたぞ」

 

 そうして俺達は、クラブシュリンプを一匹丸ごと食べきった。

 残りはアイテムボックス行きだ。弁当代わりだな。

 

 準備は整った。俺は、森の奥へと足を進める。

 出会うライガーは、全て殲滅してレベルアップへの糧とする。巨大な鹿と遭遇するが、襲ってこなかったのでこれはスルー。倒せる敵か判らないので、冒険はしない。

 途中でクラブシュリンプを食べて、ココナッツミルクを飲み空腹と渇きを満たす。

 

 ライガーを狩り続け、明らかに初心者の域を超えたレベルに到達した頃、俺はとうとう森を抜けた。

 一面の草原。凶悪そうな動物の姿は見えず、草食動物がのんびりと草を食んでいる。

 

 そして、箱舟と勝手に推測している赤く輝く建造物が、正面に見えていた。

 俺はそれに近づいていき、手に触れる。

 すると――

 

『よくぞ、ここまで辿り着いてくれました。我が子よ』

 

 赤い建造物の壁面に、人の姿が浮かび上がってきた。

 それは、うら若い金髪の女性。その女性が、こちらに語りかけてきている。

 

『私はリドラ。あなたの生みの親にして、滅びた古の都の女王です』

 

 ほーん、女王様。

 

『あなたは私達の希望の姫。私の話を聞いてくれますか?』

 

「いいよー」

 

 女王リドラが問いかけてきたので快諾する。ここで断って、ゲームの進行を妨げるのもなんだしな。

 そして、俺は女王リドラの話を聞く。

 

 かつて地上は神の愛で満たされ、人が繁栄していた。しかし、あるときを境に神は姿を消し、人は衰退し、そして、大洪水が文明を襲う。

 事前に予知されていた大洪水から逃げるために、女王はこの箱舟を作り、地上のあらゆる存在を箱舟の中に情報体として保存した。やがて、地上は大洪水に押し流され、世界の全ては海の底に沈んだ。

 それから長い時が過ぎ、海の上にようやく島が一つできあがった。それが、俺のいるこの島。

 

 箱舟に保存されていた存在を解き放ち、島に動植物が根付いた。その解放された者の中に、俺の存在があった。

 俺は、神と女王の間に生まれるはずだった半神の子。

 神の子ゆえに、最初から成長した姿で生まれ、それでいて何も知らない無垢な子供なのだと。

 

「なるほどなー。記憶喪失とかの定番の設定ではなくて、最初から何も知らないと」

 

『そうです。何も知らない状態で島に投げ出されて、不安に思ったことでしょう』

 

 いや、かなり楽しみながらここに来たけどね?

 

『あなたは自由です、私の子よ。しかし、私から一つの頼みがあります』

 

「ふむ、なんだろう」

 

『箱舟に保存されている存在の解放を手伝ってほしいのです』

 

「いいよー」

 

『ええと……説明は必要ですか?』

 

「あ、それはお願い」

 

 危ない危ない。チュートリアルをスキップするところだった。

 

『たまにある』『NPCとの会話方式だと気がつかないうちに飛ばしちゃうんだよね』『あるあるすぎる』『何も知らずに放り出されたときの辛さよ』

 

 あー、みんな経験しているのね。しかも、今回は高度有機AIサーバに接続しているので、NPCの会話がより人間っぽくなっている。ついつい話の流れで、重要な情報が流されていたりする可能性があった。

 

『箱舟に保存された存在を解放するには、神の奇跡が必要です。神に貢ぎ物を捧げ、神から返ってくる奇跡の力を神の子であるあなたが受け取り、箱舟から様々な物を解放していってください』

 

「神の奇跡ね……」

 

『あなたには、信仰ポイントという数値として見えていることでしょう』

 

「あー、これね。何回も死んだから、だいぶ消費しちゃったけれど……」

 

『信仰ポイントは、あなたが神の力で作成した道具や、あなたが育てた農作物、そしてそれを使った料理を神に捧げることで溜まります』

 

 急に話がゲームっぽくなってきたな。神の力で作成した道具というのは、アイテムクラフトでできるアイテムのことを指しているのだろう。

 

『箱舟には人も保存されています。島を人の文明で満たし、神を祀ることで、失われた神が復活するかもしれません。我が子よ、どうか箱舟の解放を頼みます……』

 

「おっけおっけ。任せて!」

 

『では、我が子に名前を授けます』

 

 視界に『名前を入力してください』との表示がされる。ヨシムネっと。

 

『偉大なる都市アトランティスの女王リドラの子、ヨシムネ。あなたには、ここからまだ出られない私の代わりに、守護妖精をつけます。きっとあなたの助けになることでしょう』

 

 彼女がそう言うと、目の前の箱舟から、小さな羽の生えた妖精が飛び出してくる。

 

『ヒスイ、後は頼みましたよ』

 

「お任せください」

 

「ヒスイさんじゃんッ!」

 

 俺は、思わぬ人物の登場に、そんな叫び声を上げていた。

 

『うわー! ヒスイさんだー!』『こんなとこにおったのか』『可愛い! 妖精可愛い!』『あざといなぁ』『AIとの二人プレイだとこうなるんだ』

 

 俺と視聴者の反応に、ヒスイさんはにっこりと笑う。

 

「箱舟までの到達、おつかれさまでした。情報なしでここまで辿り着くのがこのゲームの決まりでしたので、こちらからのサポートは控えました」

 

 そんなことをしれっと述べるヒスイさん。まあ、いいけどさ。

 

「で、守護妖精だとか言っていたけど」

 

「プレイヤーのサポートを行なうキャラクターです。主に助言役ですね」

 

「なんだ、いつものヒスイさんのポジションか」

 

「そうですね」

 

 実家のような安心感ってやつだ。俺の実家、時空の彼方に吹き飛んだけど。

 

「で、ヒスイさん。まずは何からやっていこうか」

 

「まずは信仰ポイントを溜めていきましょう。農作物を育てるのが近道ですね」

 

「おっ、とうとう農業が始まるのか」

 

『サバイバルから一転』『ギャップの激しいゲームだなぁ』『でも、きっと開拓からだぞ』『それはまたハードですね』『設定上、人の手の入った場所なんてないだろうからなぁ』

 

 ふーむ、開拓か。俺は元農家だが、開拓なんて経験したことはないぞ。元我が家の畑は、ご先祖様が切り開いたのだ。

 

「畑を作り、箱舟から種を取り出し、植えましょう」

 

 種、種かぁ。最初に育てる作物といえば……当然、あれだ!

 

「カブは? カブの種はあるのか? カブの種を見せてくれ!」

 

「……なぜそんなにカブ推しなんですか。ありますけれど」

 

「カブ奴隷はカブを育てて、地主様にカブを献上しなくちゃいけねえ……。間違って酢漬けになんてした日には……!」

 

「ええと……?」

 

 俺の言葉に、小さな妖精ヒスイさんは首を傾げている。

 

「すんません、21世紀のネタです……」

 

「21世紀ジョークですか。視聴者の方の教養が試されますね」

 

「教養って言ってもゲームネタなんだよなぁ」

 

「ゲーム史は知識人の必須科目と言われていますよ」

 

「うわあ、思ったよりもこの時代のゲームの重要性がすごい」

 

『ヒスイさん騙されちゃいけねえ』『ヨシちゃんの21世紀トークは、そんな高尚なものじゃないよ!』『妄言の類』『私達に理解してもらおうと思って言ってないよねー』

 

 くっ、視聴者め! いい感じでまとまりかけていたのに!

 そんな馬鹿みたいな会話をはさみ、俺は元カブ奴隷としてカブを育てることに決めた。

 さあ、開拓だ! 鉄器がないけど、どうにかなるだろう、多分!

 

「というわけで、本日の配信の時間はここまでです。続きはまた明日」

 

 と、ヒスイさんに言われて俺はがっくりとなった。いいところで中断するなあ、もう!

 



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58.リドラの箱船(サバイバルアクション・農業シミュレーション)<4>

 ライブ配信二日目。

 昨日は、箱舟のすぐ横にあったモノリスでセーブをしてゲームを終わった。ちなみに、リスポーンポイントもこのモノリス前に変更された。

 

「このモノリスはいったい何?」

 

 セーブポイントのモノリス前で、俺はそんなことをお助け妖精であるヒスイさんに尋ねた。

 

「箱舟の一部ですね。箱舟には、このモノリスを射出する機能があります。そして、島の各所に配置されたこのモノリスから自然物が解放されて、島の今の環境が形作られました」

 

「ただのセーブポイントじゃなかったんだ」

 

「信仰ポイントをモノリスに捧げることで、保存されている物品の取り出しや、モノリス間の転移が行なえます」

 

「おっ、転移もできるんだ。海岸に移動したいとき、わざわざ森を抜けずに済むな」

 

「あの森は正規ルートではないのですが……」

 

 だって、視聴者達が虎から逃げるなって言うから……。

 

「さて、畑を作っていくが、場所はどこがいいかな?」

 

「箱舟のすぐ近くが、初めに開拓するのに向いているでしょうね。肉食性の害獣がおらず、近くに川も流れています」

 

「ここを中心に発展できるようになっているんだな。うーん、最初のサバイバルとは一転、急に初心者向けになってきたな」

 

「そうでもないですよ。この付近は草原ですので、開拓が必要です」

 

 開拓か、よしやるぞー。

 まずは、格好からだ。

 俺はアイテムボックスからコーラライガーの死骸を複数取り出すと、アイテムクラフトで解体。毛皮を確保し、それをさらにアイテムクラフトして、革のツナギを作った。作業着である。

 

「可愛らしくないですね」

 

「作業着なんだから仕方ないじゃん!」

 

「ゲームなのですから、効率はこの際無視して柔軟に考えませんと」

 

『ヒスイさんよく言った!』『このおじさん少女、見た目に無頓着すぎるよ』『もっと女の子ってことを自覚してもらわないと』『メス堕ち待ったなし』

 

 視聴者のみんな、ヒスイさんをあおらないで!?

 

 結局、俺の格好は可愛らしい毛皮のコートに革のパンツ、そして革ブーツになった。ゲームじゃなかったら暑くて仕方がなかっただろうな。

 そして、俺は次に開拓の道具を用意する。

 

「鉄とかないから石の道具になるな」

 

「箱舟に鉄もいくらか保存されていますよ。取り出すには信仰ポイントが必要となりますが」

 

「うーん、いや、石でいこうか。まずはポイントを稼ぐことを考えよう」

 

 そうして作りだしたのは、三角ホーである。

 刃の部分が三角形に尖った(くわ)だ。

 

「よーし、これで草原を開拓だ!」

 

『狩猟から農耕の時代へ』『人類史の移り変わりを感じる』『ずいぶん早足の進歩だったな』『原始人ヨシちゃんをもう少し見ていたかった』

 

 農業シミュレーションなんだから、農業してなんぼだよ!

 俺は、そういう意思をこめて、三角ホーを草地に突き立てた。

 根ごと掘り返すように、力を込めて三角ホーを振るっていく。

 

「見よ! レベル28のパワーを!」

 

「明らかに過剰ですね……森を抜けてきたのならそうもなりますか」

 

 スポーンポイントから箱舟への直進ポイントに、あんな高レベル帯を設置しておく方が悪い!

 そして俺はひたすらに、掘る、掘る、掘る!

 

「ぬーん、どうも道具に力不足感があるな。鉄器は偉大だった」

 

「別の道具を使ってはいかがでしょうか」

 

「別の道具?」

 

 俺はヒスイさんから助言を受け、新しい道具を使うことにした。

 

「アイテムクラフト!」

 

 じゃじゃーん、ツルハシ!

 

「ツルハシって、土を掘るのにも使えるんだよな」

 

「三角ホーより掘れる面積は狭まりますが、より深く掘り起こすことができるようになります」

 

 石のツルハシを見た俺の感想に、ヒスイさんがそう追加の説明を入れてくれる。

 新しい道具も手に入ったので、俺は掘り起こしの作業を再開する。

 掘る、掘る、掘る、掘る。

 うん、いい感じだな。

 

「むっ、あたりが暗くなってきたな」

 

「箱舟に到着後は、日が経過するようになっています。現実の二時間がゲーム内の一日ですね」

 

「寝床とか作っていないけど、どうしようか」

 

「夜と言っても、そこまで暗くなるわけではないですから、作業を続けましょうか」

 

「うーん、ゲーム的。寝なくても主人公は大丈夫なのか」

 

「箱舟から復活させた人間NPCは眠る必要がありますが、PCは寝ずに活動が可能ですね。おそらく半神だからでしょう」

 

「そういえばそういう設定だった」

 

 途中で満腹ゲージとうるおいゲージが減少して軽い空腹感を覚えたので、アイテムボックスに入っていたマンゴーココナッツを食べて腹を満たし、作業を続ける。

 やがて、10メートル四方の面を掘り起こし終わった。システムアシストが利いてくれたおかげで、楽な作業だったな。

 

『地味な作業だった』『魔法で一発とはいかんのか』『火起こしで火魔法解放されていたから、土魔法の解放もあると思ったのに』『まあ農業シミュレーションだからなぁ』『ひえー、工場生産じゃない農業って大変』

 

 まあ俺も、やっていて耕運機が欲しくなったけどさ。

 

 さて、土の掘り起こしが終わったが、土は草まみれだ。草をより分けてやる必要がある。

 これも、道具を使っての作業だ。

 

「アイテムクラフト!」

 

 作りだしたのは、石の備中鍬(びっちゅうぐわ)

 刃の部分がフォークのように分かれている鍬である。

 

「守護妖精の助言なしに道具を用意するとは、さすが農業経験者ですね」

 

「この程度で褒められたら逆に辛いわ……」

 

『ヒスイさんは褒めて伸ばすタイプ』『やることはスパルタだけどな』『飴と鞭』『いずれヒスイさんがいないと生きられない身体に……』

 

 いやあ、すでにヒスイさんがいない生活とか無理ですわ……。

 そんな視聴者のコメントを聞きながら、俺はシステムアシストに身体を任せて備中鍬の刃を土に入れ、草を掻き出していく。

 

 10メートル四方の面積分なので、結構な量の草が集まった。

 

「草は半分をアイテムクラフトで肥料にして、もう半分を燃やして灰にしましょうか」

 

「肥料に灰とか、本格的な土作りをするゲームだな……」

 

 俺は、ヒスイさんの助言通り雑草堆肥をクラフト。そして、地面に穴を掘り、アイテムクラフトで枯れ草にした雑草を穴の中で燃やした。火魔法のおかげで、簡単に燃えた。

 

「魔法はGPってステータスを消費するのか。なんの略?」

 

「ゴッドポイントです。アイテムクラフトでも微量消費していますよ」

 

「そのまんまだな! これ、自然回復するのかな?」

 

「眠ることで回復します。ですので、眠らずとも活動を続けられるとはいえ、寝床はいずれ必要でしょうね」

 

「雨も降るだろうし家は必要だよなぁ」

 

 そうしてできた堆肥と草木灰を木のスコップで土に混ぜ込んでいく。道具の材料の木は、森がすぐ側にあるので不足することはない。石斧で倒して、アイテムクラフトで好きな形に加工し放題だ。アイテムクラフトってすごい。

 

「よし、(うね)を作るぞ!」

 

「なくても作物は育ちますが、あった方がより育ちやすいでしょうね」

 

 畝とは、細長く直線上に土を盛り上げた、作物を植えるための部分だ。

 

「畝を作る利点は、水はけがよくなること、根が育ちやすくなること、作物を植える場所と歩く場所がはっきり分かれて作業がしやすくなることなどがあるぞ!」

 

『なるほどなるほど』『本格的やね』『『Stella』農家クランへ君もカモン!』『私は見ているだけでいいです』『そんなぁ』『MMOの農家はほとんどが機械を使わないからな……』

 

 さて、畝を作るには土を盛っていく必要があるのだが、実は盛らなくても作れる。盛るのではなく、畝にしたい場所の周囲を鍬で掘っていけばいいのだ。俺は、オーソドックスな平鍬(ひらぐわ)を作り、土を掘っていった。

 

「よし、いよいよ種を植えるぞ! カブだ!」

 

「では、箱舟へと行きましょう」

 

 俺達は、作りだした畑のすぐ近くにある箱舟へと戻っていく。

 

『農業にはげんでいるようですね、我が子ヨシムネよ』

 

 すると、箱舟の壁面に映り込む女王リドラが、俺達を迎えてくれた。

 

『種の解放ですね。手早く作れる二十日大根あたりから始めるとよいでしょう。大きく信仰ポイントを得たいならば、酒となるブドウなどもオススメです』

 

「カブで」

 

『カブですか』

 

「カブで」

 

『育てやすい野菜なので、確かに初めての作物に相応しいですね。では、信仰ポイントを捧げなさい』

 

「ヒスイさん、どうやるの?」

 

『私に聞いてくれてもいいのですよ?』

 

「箱舟に手を触れ、表示されるメニューから『物品を解放する』を選んでください。モノリスでも取り出せるようになっていますよ」

 

『…………』

 

 よし、メニュー選択だ。

『物品を解放する』を選ぶと、項目がずらりと並んだ。物品だというのに、動物や人って項目もあるな。

 

「『農作物』を選び、『種』、『野菜』、『根菜』と選んでいってください」

 

「おっ、あった、カブだ」

 

 カブを選択すると数を聞かれたので、ヒスイさんと相談して適量取り出す。

 すると、箱舟が光り輝き、パッケージに入ったカブの種が目の前に出現した。

 

「このパッケージは……」

 

『アトランティスのマーケットで扱われていた種ですので、パッケージングされているのですよ』

 

「市場に並んでいた物をそのまま箱舟に突っ込んだのか。なんだか俗っぽい箱舟だなぁ」

 

『俗っぽいとはなんですか! 世界が滅ぶ緊急事態だったのですよ!』

 

「そりゃ、すまんかった」

 

 そして俺達は、カブの種を手に畑に戻ることにした。

 

『我が子ヨシムネよ、はげむのですよ。そして、私を解放してくれる日を待っています』

 

「女王リドラの解放に必要な信仰ポイントは膨大なので、解放は後半になるでしょうね」

 

『そんな!?』

 

 ヒスイさんの言葉に、ショックを受けたような顔になる女王リドラ。

 この女王、思ったよりもコミカルな人だな……。

 

『あれがこのゲームのヒロインか』『母親がヒロインかぁ』『まあ神話では近親相姦も当たり前だしね?』『生々しい……』『神なら性転換しなくても同性で子供作れそうだな』『ファンタジーのくせに俺達の時代に追いついていやがるのか!』『まあ本当にヒロインかは知らんけどね……』

 

 そんなこんなで畑に戻った俺達は、畝に溝を掘り、そこに種をまいて土を被せていく。

 種をまき終わったら、アイテムクラフトで木のじょうろを作り、近くにある川から水を汲んで畑に水をまいていく。

 

『水魔法を習得しました』

 

「さらばじょうろ。お前のことは忘れない」

 

『あ、そこは省略されるんだ』『まあ水場との往復は面倒すぎるからな』『じょうろで水をまくヨシちゃん可愛かったのに』『ガーデニング感がある』『鍬を使う姿とか可愛くないからな』『ヨシちゃん、もっと視聴者に媚びて?』

 

「媚びた配信がいいなら、おじさん少女の配信に来るのが間違っているよ!」

 

 中身三十過ぎのおっさんやぞ。

 

 ともあれ、これで種の植え付けは終わりだ。

 そう思ったら、ヒスイさんが「まだありますよ」と言いだした。

 

「神聖魔法を土にかけ、作物の生育を早めます。このままでは、育つのに何十日もかかってしまいますからね」

 

「神聖魔法」

 

「はい、神聖魔法です」

 

「ずいぶんと土臭い神聖魔法だな……」

 

『神聖魔法ってもっとこう、傷を癒すとか光のビームを撃つとか……』『アンデッドを退散させるとかだよな』『神様の正体は豊穣神か何かかな』『食うに困らなくなるから信者は多そう』『食を支えるのは大きいよなぁ』

 

 そして、俺にヒスイさんが近づいてきたかと思うと、額に手を触れてきた。

 

『神聖魔法が解放されました』

 

 あ、火とか水とは違って、習得しましたじゃないんだな。最初からある力って感じか。

 

「では、種を植えた場所に向かって、『神聖魔法よ、出ろ』と念じてください」

 

「神聖魔法よ、出ろー。おっ、光が出た」

 

 前方二メートルほどに、光の粒がキラキラと舞い散り、地面へと吸い込まれていった。

 これが神聖魔法か。よし、この調子で魔法をかけていくか。

 

「神聖魔法よー」

 

 キラキラ。

 

「魔法出ろー」

 

 キラキラ。

 

「わたし、精霊魔法って好きだよ」

 

 キラキラ。

 

「精霊魔法ではなく、神聖魔法ですが」

 

「いや、今のは、俺に憑依した幼馴染みの女の子がだな……いや、なんでもない」

 

 そうして、畑一面に神聖魔法をかけ終わった。

 GPを消費したが、レベルが高いおかげかほとんど減ってはいない。

 

 これで今日の作業は終わりか、と思ったら、カブの芽がにょきにょきと伸びてきて、葉が生えた。

 

「早っ! 育つの早っ!」

 

 俺は思わずそんな突っ込みを入れてしまう。

 

「神聖魔法は一日に一度しか効果がないので、今日育つのはここまでですけれどね」

 

 そんな冷静なコメントをヒスイさんがしてくれる。

 しかし、葉が生えるまで育ったか。仕方がない。

 

「間引きするかぁ」

 

『間引きってなんぞ?』『密集して生えたら栄養の取り合いとか育つスペースの取り合いで生育が悪くなるから、引っこ抜いて間隔を取る』『そんなことするんだ』『勿体ないな』『最初から間隔開けて種植えるのじゃ駄目なの?』『植えた種が全部発芽するとは限らないからね』

 

「解説サンキュー。名誉カブ奴隷に任命しよう」

 

『あざーす!』『カブ奴隷って』『全然うらやましくない称号だな……』『ヨシちゃんのカブへの情熱が理解できん』『なんでカブなんだろうね』

 

 それは地主様への崇拝の念があってだな……。でも、僕が好きなのはお風呂です。

 

 そんな雑談を交わしながら、芽吹いた葉を間引いていく。適切な間隔はヒスイさんの助言任せだ。

 そうして、その日の作業は終わった。とは言っても、一日は二時間しかないので、すぐに次の作業が待っているのだろうが。

 

「結構重労働だよなぁ」

 

「信仰ポイントが溜まりますと、箱舟から人も解放できますので、作業をそちらに任せることもできますよ。ただし、神聖魔法は人間には使えませんが」

 

「カブ奴隷仲間が増えるってわけね。でも、最初に解放するとしたら大工さんかなぁ」

 

 そういうわけで、カブが育つまでの待ち時間で、俺は寝床を作ることにした。

 森から木を切り出し、アイテムクラフトで木材に変える。

 

 木材を地面に打ちつけ、小屋の枠を作り、ツタで木材同士を縛りつける。

 さらにアイテムクラフトで作りだした大きな木の板を壁と屋根にして、雨露をしのぐための掘っ立て小屋が完成した。

 

『木魔法を習得しました』

 

「建築用の魔法か。まあ、建築シミュレーションじゃないから、家づくりは魔法で済ませられるってことかな」

 

「石材で家を作る場合は石魔法ですね」

 

 寝床ができたので、眠ることで時間をスキップする。『-TOUMA-』や『sheep and sleep』の時とは違い、実際に俺の意識が眠ったわけではない。あくまで、時間を経過させる機能って感じだな。

 

 そして、種植えからゲーム内で三日が経ち……。

 

「カブ、完成!」

 

 土から抜いたカブを俺は視聴者達に見せつけるように掲げてみせた。

 

『やったぜ』『おめでとう!』『これで君も立派な農家だ!』『ヨシちゃんは最初から農家なんだよなぁ』『農業経験者なだけあって、こなれていたね』『実食、実食!』

 

「おめでとうございます、ヨシムネ様。ちなみに種は、育つのを待つことなく農作物を直接アイテムクラフトにかけることで変換できます」

 

「そっか。じゃあ、三分の一を種にしようか。実食は、調味料がないから無理だな! 酢漬けすら作れん」

 

「塩は海岸線の海水をアイテムクラフトすることで取り出せます。酢は、ブドウを育ててワインビネガーを作るのが近道でしょうか」

 

「んー、ゲーム内で食事をとるなら醤油と味噌が欲しいし、大豆でも育てるかなぁ」

 

 そんな言葉をヒスイさんと交わしながら、カブを収穫し終える。

 それらをアイテムボックスに全てしまうと、俺達は箱舟へと向かった。

 

「アイテムボックスが半分埋まったな……スキルレベルの上昇で容量は増えていっているけど」

 

「アイテムボックスは内部の時間が止まるので便利ですが、大量の農作物をしまうことは不可能ですので、食料の備蓄方法もいずれ考えねばなりません」

 

「備蓄を考えると穀物無双になりそうだな……」

 

「主人公は何を食べても生きられますが、人間のNPCは栄養バランスを考えた食事が必要ですよ」

 

「本格的だな!?」

 

 そうして、箱舟の前へと俺達はやってきた。

 

『来ましたね。収穫、ご苦労様でした。では、捧げる作物を私の前へ』

 

 女王がそう言って迎えてくれる。

 俺は彼女の言葉に従い、種にする分を除いた全てのカブを女王の映る壁面の前に並べた。

 

『では、祈りなさい。神に供物を捧げると念じるのです』

 

「んー、ポーズとかは?」

 

『祈りの意志さえあれば、形は問いません』

 

「了解」

 

 俺はその場で『サタデー・ナイト・フィーバー』のポーズを取って、神に祈りを捧げた。

 すると、カブが光り輝き、光の粒子に変わっていく。

 

『神秘的だな。ヨシちゃんのポーズさえまともなら』『いい光景だ。ヨシちゃんのせいで台無しだけど』『まあ神に祈れとか言われたら茶化しちゃうよな』『架空の神様でも祈るのはちょっと抵抗ある』

 

 このコンピュータ教信者どもめ。俺は21世紀の日本の一般人だから、宗教には寛容なのだ。

 そんな視聴者コメントへの感想を述べていると、不意に頭の中に声が響いた。

 

『ありがとう、我が子よ。いつか、君に会える日を楽しみにしているよ』

 

 優しそうな男の声だった。

 これは……多分、神様の声だな。神様、男神だったのか。まあ、妻であろう女王が女性なのだから納得はできる。

 

「リドラ女王。神様の声が届いたよ」

 

『本当ですか!? おお、やはり神は失われていなかったのですね……』

 

 女王は俺の言葉を聞き、涙を出して喜んだ。

 

「いい話だなー。というわけで、今日の配信はここまでだ。ちょっと長丁場になったが、最後まで付き合ってくれてありがとう」

 

『もう終わりかー』『初収穫まで長かったな』『次は何育てるんだろう』『また明日も見るよ!』『戦闘も忘れずに』『遠征して死ぬヨシちゃんが見たいなー』

 

「そう簡単に死んでやらないよ! 以上、ヨシムネでした」

 

「助手の守護妖精、ヒスイでした」

 

『偉大なるアトランティスの女王、リドラでした。また明日も見てくださいね』

 

 このゲームのNPC、ライブ配信に柔軟に対応してくるの!? メタいな!?

 思わず視聴者に驚いた顔を晒してしまう俺であった。

 



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59.リドラの箱船(サバイバルアクション・農業シミュレーション)<5>

 配信三日目に入り、本格的に畑を広げ始めた。

 作物もカブだけでなく、小麦や大豆、ジャガイモといった保存の利く作物を中心に箱舟から取り出し育てる。

 掘っ立て小屋もいくつか増やし、アイテムボックスに入りきらない作物を備蓄できるようにした。

 

 順調に農作業が進んでいると思われたが、ある問題が立ちふさがる。

 獣害が起きたのだ。

 

 箱舟周辺の草原には俺を襲ってくる肉食獣はいない。

 だが、草食動物は生息していて、こちらの作物を狙ってきた。

 

 足跡を見るに、イノシシだな。草原なんかに降りてこず、森か山にこもっていろよ、まったく。

 

「ヒスイさん、対策はある?」

 

「電気柵がよいでしょう」

 

「おう、急に文明が進むな……」

 

「魔法陣を敷き、雷の魔法を柵に流すのです。ただ、必要な材料はありますが……」

 

「魔法結晶とかのファンタジーアイテムかな?」

 

「いえ、鉄です。電気を流すには鉄線が必要です」

 

「鉄、鉄かー」

 

「東にある山に鉄の鉱脈があります。採掘して、製錬しましょう」

 

「石器時代は終わりか……」

 

『やっぱ時代は鉄でしょ』『どんだけ石使い倒すんだと思ってたわ』『ヨシちゃん、文明に目覚めて』『いつまでもウホウホ言っているんじゃないよ』

 

 いや、ウホウホは言ってねえよ!

 

 そういうわけで、俺は箱舟から取り出した鋼鉄製のツルハシを複数アイテムボックスにしまい、東の山までやってきた。

 

「……見るからに凶悪そうなトカゲ人間がうろついているんだけど」

 

「アイアンリザードマンですね。死骸から鉄が取り出せますから、狙い目ですよ」

 

「黒光りした鱗肌しているから、石槍じゃつらぬけそうにないな……」

 

「鉄のツルハシがあるではないですか」

 

 ツルハシを武器にするって、初めての経験だよ。

 

「っしゃおら!」

 

 鉄のツルハシを脳天に叩き込んだら、一撃で倒すことができた。

 あれー、思ったよりも簡単に倒せたな。

 

「この山はコーラライガーの出没する森よりも、難易度が格段に低い場所ですよ」

 

「ああ、鉄は初心者のうちに確保すべきアイテムってことか」

 

 ゲーム的な事情で、アイアンリザードマンは雑魚敵のようだった。

 試しに、石槍を使って戦ってみると……。

 

「刃先が欠けたけど、倒せたわ」

 

『あのトカゲ、見かけ倒しすぎる』『凶悪そうな見た目をしているのになぁ』『身体に鉄を含むとか、設定レベルで強そうなのに』『それだけ鉄の入手は容易にする必要あるってことだな』『初心者は見た目で尻込みして逃げるんじゃないか』

 

 その後もアイアンリザードマンを数匹狩り、山肌に露出していた鉄鉱石も採掘して、現地のモノリスからの転移で箱舟まで帰ってきた。

 

「次は製錬か。耐熱レンガで炉を作るのかな?」

 

 耐熱レンガの作り方とか知らんけど。

 そう思っていたら、ヒスイさんがこんなことを言いだした。

 

「何を言っているのですか。ヨシムネ様は半神なのです。神の力、アイテムクラフトで製錬できますよ」

 

「……マジかー」

 

『ロマンねえな!』『うーん、この農業以外の適当っぷり』『農業シミュレーションだから仕方ないね』『文明を手に入れるのかと思ったらファンタジーだった』

 

 ヒスイさんの説明に、うなだれる俺と視聴者達。そんな俺達に、ヒスイさんが追加で説明を入れる。

 

「箱舟から人を解放した後なら、鍛冶師のための炉は必要となりますよ。ヨシムネ様が全ての人の面倒を見るわけにはいきませんからね。頑張って人の解放を目指しましょう」

 

 そうすっか。

 俺は、はりきってアイテムクラフトで鉄を作りだし、鉄線を用意。木の柵で畑の周囲を囲むと、それに鉄線を取り付けていった。

 そして、魔法陣だ。鉄の円盤に、紋様を刻み込むようにアイテムクラフトする。そして、雷の流れる魔法の円盤が完成した。

 

「これ、動力は?」

 

「空気中にただよう魔力を吸収して動きます。魔法陣を大量に設置しない限り、空気中の魔力が不足することはありません」

 

「エコでクリーンな動力だな……」

 

 電気柵は稼働し、獣害は無事防がれた。

 そして、神聖魔法と水魔法を使っては寝て日数を飛ばすという作業を繰り返すことしばし。穀物は無事収穫できた。

 半数を信仰ポイントに変え、残りを次回用の種と備蓄用とに分ける。備蓄用は掘っ立て小屋に保存して、次の日の配信を始めたのだが……。

 

「がああああ! また獣害が!」

 

「見事に倉庫を食べ荒らされましたね。今度はネズミでしょうか……」

 

「ネズミ返しのある高床倉庫が必要だ! でも俺はそんな建物、建てるの無理!」

 

『となるとー?』『人の解放だな!』『予定通り大工さんやね』『農作業の手伝いしてくれる人も解放していいんじゃない?』『鉄も確保できたし、鍛冶師もだな』

 

 そういうわけで、箱舟から大工を解放することにした。

 俺は、箱舟の前へとやってくる。

 

『農作にはげんでいるようですね、我が子よ。信仰ポイントの溜まりもいいようです』

 

「人を解放しても大丈夫か?」

 

『ええ、五人でも十人でも大丈夫ですよ。ただし、解放して養っていけるだけの準備が整っているのならばですが……』

 

「準備を整えるために、大工を解放したい」

 

『では、解放メニューを呼び出し、人の項目を選択してみてください』

 

 女王リドラの指示通り、箱舟に手を触れて『物品を解放する』を選択。そこに出てきた選択肢から人を選択すると、職業別に項目が分かれた。

 

「大工、大工と……うわ、結構いるな。ん? この魔法適性というのは?」

 

『我が民アトランティス人は、遠い神の子孫です。その神の力が強く発現した者ほど魔法の扱いに長けています。大工ですと、木魔法や石魔法の適性が高いほど優れた大工ということになります』

 

「魔法で建物を建てるなら、建築までに何十日とかかからずに済みそうだな……さて、誰を解放するか」

 

「私のオススメは、22歳男性のトレッキーですね。木魔法の適性が高く、働き者で、必要となる信仰ポイントも高くありません」

 

「なるほど、じゃあ、君に決めた!」

 

 俺はメニューから解放を選ぶと、箱舟が光り、人が出現する。

 それは、金色の髪をなびかせた若人で――

 

「アーキナーと申します! 私を初めての解放者にお選びくださり、感謝感激です! 一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします、農耕神様!」

 

 女の子であった。

 

『ヨシちゃん……』『ヒスイさんのオススメまるっと無視である』『まあそうなるな』『心が男なら選ぶのは当然少女』『ソウルコネクトに染まってないから、ヨシちゃんまだまだ男の意識強いんだなぁ』『魂が無性別って理解するのは何十年もかかるから……』

 

「選ぶなら女の子だろ! 隣で長く一緒に生活するんだぞ! 若い男とか何が嬉しいんだよ!」

 

「は、はわ! 私、農耕神様のお妃候補ですか!?」

 

 俺の視聴者への叫びに、大工の少女が反応する。

 はわ、とかこの子あざといな!

 

「いやいや、お妃候補とかはない。ただの目の保養だ」

 

「そうですかー。頑張ります!」

 

 頑張ってください。

 ヒスイさんと女王リドラがジト目で見てくるが、気にしないんだからね!

 

 というわけで、建築である。

 大工の少女アーキナーは木魔法が使えるが、木をその場で生やすほどの強い神の力は使えないとのことで、森から木を切り出してくることにした。

 まあ、そりゃそうか。カブを育てるのにすら、半神の俺で数日がかりなのだ。にょきにょきと木が生えてくるわけがなかった。

 

 丸太を箱舟の横に運び、積んでいく。アーキナーの力では丸太など運べないので、俺の仕事だ。枝打ちとかは、彼女もやってくれたけど。

 丸太の山が用意できると、アーキナーはそれに魔法をかけた。すると、角材や木の板が次々と作り出されていく。

 

「ふいー、お腹がすきました」

 

 丸太の半数を木材に変えると、アーキナーがそんなことを言いだした。そうか、NPCも満腹ゲージの類はあるんだよな。

 

「食事にしようか。この前作った鉄鍋を使いたかったんだ」

 

 野菜と豆とライガー肉を塩で煮て、小麦からアイテムクラフトしたすいとんをぶち込んだすいとん鍋を二人で楽しむ。

 そして、食後には夜になったので、掘っ立て小屋で休み、ゲーム内での翌日。

 アーキナーはテキパキと木材を運び、建築予定地の前で魔法を発動する。すると、ひとりでに木材が組み上がっていった。うーむ、すごい。しかも、釘を使っていないぞ。一応、釘を用意しておいたのだが。

 

 順調に建物が建っていくので、俺はその間に今日の分の神聖魔法と水やりを済ませることにした。

 

「雑草、生えてこないな。楽でいいんだが」

 

「神聖魔法で育てる対象を選別しているのですよ」

 

 ヒスイさんの説明に、なるほどなーとなる。

 そうして農作業を終え、アーキナーを見にいくと、見事な木の家が建っていた。

 

「おー、やるじゃん」

 

「はい、農耕神様の家です!」

 

「え? 俺の家? アーキナーの住居じゃなくて?」

 

「神様より先に私の家を作るなど、恐れ多いです!」

 

「うーん、俺は眠らなくても活動できるし、寝心地とかも関係ないから、後回しでよかったんだけど……」

 

 半神のPCと違い、人間のNPCは粗悪な環境だと体調を崩しそうだしな。

 

「若輩者の私では、農耕神様の御殿を作るのに相応しくないということでしょうか……」

 

 沈んだ表情でそんなことを言い出すアーキナー。この子、微妙に面倒臭いな!

 

「いや、そういうのじゃないけど。とりあえず、この家は君が使って、次は農作物を収める高床倉庫を作ってくれ。ネズミとかの被害を抑えられそうなやつ」

 

「かしこまりました!」

 

 指示を出すと、早速、次の仕事に取りかかり始めた。一軒家が建ったばかりだというのに、働き者だなぁ。

 

『可愛い子じゃん』『健気な!』『ヒロインは女王じゃなくて大工さんだった……?』『当たり引いたなヨシちゃん』『美少年大工も解放よろしく!』

 

 アーキナーは視聴者達にも人気のようだ。よかった。年齢性別容姿までは解放メニューで判るが、性格ばかりは解放してみるまでは判らないからな……。

 

「ヨシムネ様」

 

 と、ヒスイさんが俺を呼んだ。

 

「どうかした?」

 

「ネズミ対策ですが、猫を解放しませんか? ネズミといえば猫です」

 

「それ、ヒスイさんの趣味じゃない?」

 

『ヒスイさん……』『ヒス猫動画いいよね』『いい……』『業務用AIもここまで強い執着とか持つものなんだなぁ』『犬派なので犬動画ください!』

 

 猫か。まあ、ゲームに付き合ってくれるヒスイさんのモチベーションのためと思えば、これくらい軽いか。

 俺は、建築にはげむアーキナーを尻目に、箱舟へと向かう。

 そして、解放メニューから動物を選び、家畜の項目を選んだ。

 

「猫って家畜でいいのか……?」

 

『家畜ならもっと大人しい』『むしろ人間がお猫様の家畜ですよ』『お猫様のために頑張ってお世話するね……』『やっぱり時代は犬ですよ、犬!』『ネズミ取りといえば狐』『狐も家畜化されていないんだよなぁ』『ウェヌス狐は家畜化されてるよ』

 

 ふと湧いた疑問に答える視聴者のコメントを聞きながら、俺はメニューから猫を選択する。

 すると、ずらりと猫の名前が表示された。

 

「箱舟といっても、つがいだけじゃなくて片っ端から保存してあるんだな……」

 

「ヨシムネ様、この子をお選びください」

 

 俺が一覧を眺めていると、ヒスイさんが俺の前にやってきて、メニューの一部分を指さす。

 

「なになにって、イノウエさんじゃないか!」

 

「はい、このゲームは、ペットロボットも接続できるようです。ストレス環境となるので、生身のペットでは接続ができませんが」

 

「すげえな、このゲーム……」

 

『さすがヒスイさんの見つけてきたゲーム』『いや、このゲームはヨシちゃんが見つけたって、初日に言っていたぞ』『それなのにペットのログインシステム搭載か』『ペットロボットと一緒に遊べるゲームっていいねぇ』

 

 よーし、じゃあイノウエさんを解放だ。

 箱舟が光り輝くと、足元に一匹の猫が現れた。リアルで見慣れた翼の生えた猫、イノウエさんだ。

 

『おや、アトランティスでは見ない種類の猫ですね……どこから紛れたのか……』

 

 そんなコメントをする女王リドラ。

 ペットロボット専用の台詞があるとか、作りが細かいな……。

 っと、イノウエさんが草原に向けて走り出した。自由だな。

 

「ちゃんと帰ってくるかなぁ……」

 

「心配ですね」

 

『安心してください。一度箱舟に保存された存在は、死しても信仰ポイントを消費することで再生が可能ですよ』

 

 俺とヒスイさんが心配していると、女王がそんなことを言った。

 うーむ、実質みんな不死みたいなものじゃん。NPCが全滅しないようにするためのゲーム的な都合なんだろうけれど、すごいなそれ。

 

「農耕神様ー! 倉庫、完成しました!」

 

 そんなアーキナーの声が聞こえたので、そちらに向かう。

 すると、見事な高床倉庫が完成していた。ネズミ返しもしっかりついている。よし、作物をここに移動しよう。

 俺は、倉庫代わりに使っていた掘っ立て小屋にある作物をアイテムボックスの限界まで入れ、高床倉庫の中へと入る。

 

「って、うわ、イノウエさんこんなところにいたのか」

 

 倉庫の隅で、イノウエさんが眠っていた。

 それを眺めながら、俺は倉庫に作物をしまっていく。

 

「イノウエさん、ネズミ取りは任せたよ」

 

 俺がそうイノウエさんに頼み込むと、ただ「にゃー」とだけ返事がきた。

 頼むぞ。ただの愛玩動物じゃないってところを見せてくれ。

 



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60.リドラの箱船(サバイバルアクション・農業シミュレーション)<6>

 ライブ配信は続き、俺は数日かけて箱舟の周辺を発展させた。

 大工だけでなく農夫や鍛冶師も箱舟から解放し、村が誕生した。

 開拓を農夫に任せ、俺は神聖魔法で農作物を成長させることをメインに働いた。家畜も解放し、世話を牧者に任せる。

 

 そしてヒスイさんの要望で倉庫を守る猫を十数匹解放し、村人達に世話を任せた。ヒスイさんご満悦である。

 順調だ。都市建設シミュレーションとかでも、こういう発展途上の段階が一番面白いんだよな。信仰ポイントも少しずつ増えてきている。

 

「でも、女王を解放するポイントには届かないんだな」

 

『私はアトランティスで最も神の血が濃い人間でしたから、解放にはより多くの神の力が必要となるのです』

 

「女王を解放する利点は?」

 

『本人を前に躊躇(ちゅうちょ)なく聞きますね……。私は民を統率することができ、そしてあなたと同じ神聖魔法が使えます』

 

「あー、農業が完全に自動化されるのか。そこまでいったら作業ゲー化してゲームの止めどきだな……」

 

「一応、ストーリークリアまではやりましょうね」

 

 俺の率直なコメントに、ヒスイさんがそう言ってくる。

 ふむ、ストーリークリアか。

 

「クリア条件は神の復活だったか?」

 

 と、ヒスイさんに尋ねてみる。

 

「そうですね」

 

「その復活条件が不明なんだよなぁ」

 

「それを知るには、島の探索が必要ですね」

 

「探索か。新しい作物を探したいし、いっちょ行ってみるかね」

 

 実は、箱舟には一部の種以外の植物は保存されていない。元々は保存されていたそうなのだが、島に自然を根付かせるため、ほぼ全てを島の各所に飛ばしたモノリスから解放してしまったらしいのだ。

 ゆえに、種のない農作物がほしいときには、島を探検して作物が自生しているのを見つけてやる必要がある。

 

「米がほしいし、沼地のありそうな場所を探してみるかー」

 

 食料をアイテムボックスに入れ、毛皮のコートの上から鉄の鎧を装着。鍛冶屋に鍛えさせた打刀を武器に持ち、俺は箱舟の村を旅立った。まあ、モノリスがあったら転移で村に戻って神聖魔法を使いにくるけれどな。

 

『勇ましいな』『『-TOUMA-』でも『Stella』でも防具は装着していなかったし、新鮮だ』『すっかり文明人ですね』『ビキニアーマーは着ないの?』

 

「着ないよ!」

 

 視聴者と雑談しながら、島の奥へ。ちなみにマッピング機能で、自動でMAPが作られていっている。

 道中で様々な植物を採取しながら種へと変換し、ときおり発見するモノリスで村へと戻る。モノリスは二階建ての家くらいの高さがあるので、遠くからでも見つけやすいのだ。

 

「サバイバルアクションってジャンルだけど、アイテムボックスの容量でかいからか、サバイバル感薄いな。村で物資揃えているから、普通の冒険だ」

 

『ゲーム開始直後が一番サバイバルしてた』『農業シミュレーションって文明っぽさとサバイバルっていうジャンルが相反している』『箱舟を使わないプレイをしたらだいぶサバイバルになると思う』『このゲームの醍醐味(だいごみ)を捨てる縛りプレイだな……』

 

 そうして村の外を探索していると、怪しい場所を見つけてしまった。

 岩場にできた洞窟で、その周辺の地面がなにやら青く光っている。

 

「いかにも何かありそうな場所だなぁ」

 

「そうですね」

 

 近くにモノリスがあるのだが、このモノリス、見事に中程で折れている。

 本来ならば赤く輝いているはずのそれは、光りを発することなく赤茶けてしまっている。

 

 手を触れるが、本来なら使えるはずの解放メニューが開かない。セーブと転移はできるようだが……。

 

「念のため、アイテムボックスの中身を村にしまってこよう」

 

 村に転移して、自宅である神殿に採取した荷物を置く。

 そして、また向こうへと戻ろうと、箱舟へと向かった。

 

『どうしました。慌ただしいですね』

 

 と、箱舟の壁面に映る女王が、そんなことを尋ねてきた。

 

「いや、なんだか怪しい場所を見つけてな。洞窟なんだが、周囲の地面が青く光っていて、近くにあったモノリスが折れていた」

 

『モノリスはそうそう折れるものではないのですが……青く光る、ですか。気をつけてください。敵がいるかもしれません』

 

「敵?」

 

『はい、海の底に沈んだ古代文明、レムリアです。かの文明の兵器は、海の底に沈んだ後も稼働し続けており……、私達アトランティスと敵対し、神の力が失われた地上を洪水で海の底に引きずり込んだのです』

 

「あー、そういう……。シナリオの方向性が見えてきたな」

 

『アトランティスVS.レムリア!』『オカルト臭がしてきたぜえ!』『海の底のレムリアとか、クトゥルフ感があるな』『蛇人間現わる!』

 

 視聴者達が、女王の言葉を聞いて盛り上がっている。

 この時代でもクトゥルフ神話人気あるんだな。

 

『箱舟がある限りあなたは不死ですが、行くならばどうか気をつけて……』

 

「おうよ」

 

 俺は箱舟から折れたモノリスへと転移し、洞窟の中へと入っていった。

 洞窟は幅広い道が下へ下へと向かっている。地面や壁面が青く光っているので、光源は必要なさそうだ。

 そして二分ほど歩くと、地底湖に出た。

 

 光り輝く水。その水の中には……。

 

『ピ! ピピ!』

 

 青く輝く四角い立方体が、みっちりと詰まっていた。

 

『ピピ! ピ!』

 

 電子音のような音を立てて、立方体が複数水の中から飛びだしてきた。

 そして、こちらに体当たりをしてくる。

 

「うお!? うおおおお!」

 

 俺は打刀を抜き、こちらに迫る立方体に向けて打刀を振るった。

 しかし。

 

「固え! しかも刃欠けたぁ!」

 

 鍛冶師入魂の鋼の刀が!

 

 そして、周囲から複数の立方体がこちらにぶつかってくる。

 

「ぬわー。鎧がへこんでるへこんでる!」

 

「ヨシムネ様、撤退しましょう」

 

 ヒスイさんが姿を消したまま、言葉を投げかけてくる。

 

「よしきた!」

 

 俺は、ダッシュで来た道を駆け上がっていく。

 それを追いかけてくる立方体の群れ。

 そして、俺は追いつかれ……そして追い越された。

 

『まさかのスルー』『どういうことなの』『知らない間に擬態能力を覚えたとか……』『犬と一緒に走ってたらこういうことある』『敵がわんこに見えてきた』

 

 俺はそのまま洞窟の外に出て、折れたモノリスのもとへと駆ける。

 そして、洞窟の方へと振り返ると、洞窟の中から青い立方体が次々と周囲に向けて飛びだしていくのが見えた。

 

「あー、これ、島に敵の兵器をまき散らしちゃった的な……」

 

「そうなりましたね」

 

 ヒスイさんが淡々と相づちを返してくる。ヒスイさん、ゲームクリア済みだから俺の失敗する様を黙って見守っていたんだな……。まあ、シナリオの進行フラグが立ったとでも思おう。

 

 俺は次にどうするかしばし悩んだ後、箱舟の村に戻ることにした。

 折れたモノリスに手を触れ、転移する。

 

「って、あれ、村は?」

 

 転移した先には、何もなかった。俺は慌てて周囲を見回すと、箱舟もない。ただ一つ、赤く輝くモノリスだけがあった。

 転移先を間違えたか? そう思い、モノリスに触れようとしたそのときだ。

 

『我が子、ヨシムネよ』

 

 モノリスに、女王リドラの姿が映った。

 

『レムリア兵が村へと襲ってきたため、箱舟は、現在上空に逃れています』

 

「こっちに来ちゃったかー」

 

『箱舟がある限りアトランティスの人々は不滅ですが、死を経験させたくはありません。ですから、村と村人は箱舟の中へと保存してあります』

 

「あ、そういうこと」

 

 見渡した限り、村と村人だけでなく、育てている途中の畑もなくなっているようだな。

 

『我が子よ、どうか、レムリア兵を倒し地上の安全を確保してくださいませんか。箱舟が破壊されては全てが終わりです』

 

「空の上は安全なのか?」

 

『はい、レムリア兵は、一定高度より上を飛べないようです』

 

「そっか、じゃあこっちはどうにかするよ。とは言っても、刀が通用しないんだよな……」

 

 俺は、刃が欠けた打刀を見ながらそう言った。

 固い敵とかどうすりゃいいんだ。『-TOUMA-』ではそういう妖怪は、ハンマーを使って対処したが。

 

『レムリア兵と戦うには、オリハルコンを作る必要があります』

 

「オリハルコン!」

 

 思わぬ素敵ワードに、俺は全力で反応した。

 

『オリハルコン来た!』『アトランティスと聞いて、いつかは来るかと思っていたが……』『ミスリルと並んでファンタジーの定番やね』『このゲームでは何色かなー』

 

 視聴者もオリハルコンと聞き、楽しみなようだ。

 

『オリハルコンとは、銅を神の力で鍛えた金属です。箱舟やモノリスも、オリハルコンでできています』

 

「この赤く光っているのがオリハルコンだったのかー。でも、レムリアの洞窟側のモノリスは折れていたから、奴らはオリハルコンより強かったりしないか?」

 

『オリハルコンは神の金属。半神であるあなたが振るうことで、より強靱な物となります』

 

 なるほどなー。俺専用金属って感じか。村人に持たせても効果は薄そうだな。

 

『では、地上は任せます。我が子よ、あなたに武運を……』

 

 そう言うと、モノリスに映っていた女王は消えていった。

 さて、オリハルコンの用意だ!

 

「ヒスイさん、銅鉱脈の場所判る?」

 

 今まで金属は鉄だけで足りていたので、銅は採掘していないのだ。

 

「はい。採掘が必要なので、モノリスから鉄のツルハシを解放してから向かいましょう」

 

 あ、そうか。解放メニューはモノリスにもあるから、箱舟がなくても道具の解放は行なえるのか。

 他にもモノリスは道具を神に捧げることもできるので、畑を作れば農作物を信仰ポイントにも変えられるな。地上にレムリア兵がいるだろうから、のんきに農業できるかは知らないが。

 

 俺は、モノリスからツルハシを取り出すと、ヒスイさんの指示する場所に向けて転移をした。

 案内されるまま歩き、ときおり姿を見せるレムリア兵から姿を隠し、着いたのは渓谷。

 そこで岩肌にツルハシを振るい、銅鉱石を多数確保した。

 

「アイテムクラフト!」

 

 銅鉱石をアイテムクラフトで製錬し、銅のインゴットを作り出す。

 それをさらに――

 

「アイテムクラフト!」

 

 神の力であるアイテムクラフトを使い、オリハルコンを作り出すことに成功した。

 

「うわー、GPごっそり持っていかれた」

 

『綺麗な赤やね』『これがこのゲームのオリハルコンか』『光っているなぁ』『これ防具にしたら、光りすぎてめっちゃ目立ちそう』『敵が寄ってくる分には、今は大歓迎じゃないですかね?』

 

「よし、これをクラフトして武器と防具にするぞ」

 

 俺はさらにアイテムクラフトをして、オリハルコン製の打刀と鎧を作りだした。

 

 そこで本日の配信は終了。

 そして翌日。俺は早速、試し切りをすることにした。

 渓谷から飛び出して周囲を巡回していたレムリア兵を見つけ出し、打刀で斬りつける。

 

 おお、すっぱり斬れた。

 

「さて、あとはレムリア兵を倒すだけなんだが、しらみつぶしに倒していかないといけないのか?」

 

「ヨシムネ様、そのことですが、女王から伝言です。箱舟で上空から地上を観察したところ、レムリア兵は一定時間島を彷徨った後、洞窟へと帰還しているようです。水が動力源なので、燃料を補給しているのではないかと」

 

 俺の疑問に、ヒスイさんがそんな助けの言葉を告げてくれた。

 つまり、洞窟で出待ちすれば、全てのレムリア兵を殲滅できると。

 

「しかし、洞窟の中には大量のレムリア兵が待っていると思われます。どう対処しますか」

 

 そりゃあ、洞窟の奥まで入らず、出入り口で留まるとか。

 ……いや、ここは。

 

「突撃じゃー!」

 

『マジかよ』『ヒュー』『ヨシちゃんによる一騎当千の活躍が見られる!』『負けて全部を失う!』『そしてサバイバル生活へ逆戻り』『村の倉庫、今はないんだよなぁ』

 

 アイテムロストが怖くてデスペナありゲームができるか!

 行くぞー!

 

 俺は折れたモノリスへと転移し、洞窟へと入っていく。

 道中、レムリア兵がまばらに出現するが、見つけ次第殲滅だ。

 そして、地底湖へと出た。

 

「かかってこいやー! 無双ゲーの始まりじゃー!」

 

 俺の声に反応したのか、地底湖に浸かっていたレムリア兵が、次々と飛び出してくる。

 それに対し、俺はシステムアシストを駆使して縦横無尽に駆けていく。

 そして。

 

「大勝利!」

 

「ぎりぎりの勝利でしたね」

 

 村人が薬草から作った魔法の回復薬を使い切り、治癒の水魔法を使い倒したためGPも空だ。確かにぎりぎりだった。

 だが、地底湖には、もはや動くレムリア兵はいない。

 視聴者達も、俺のことを口々に称賛してくれた。うーむ、褒め言葉が快感だ。

 

 そして俺は念のため、帰還してくるレムリア兵がいないか地底湖に陣取り待機し、ゲーム内で一日が経ったため洞窟を出た。

 折れたモノリスから転移し、箱舟のあった場所へと戻ってくる。すると、そこにあるモノリスに女王が映った。

 

『勝利したようですね。我が子の成長、喜ばしく思います』

 

「これで、村を元通りに戻せるな」

 

『それなのですが……上空から島を確認したところ、レムリア兵が潜んでいそうな箇所が他に三箇所あります。そこを先に殲滅してほしいのですが……』

 

 マジかよ……。

 

 そうして俺はしばらくの間、農業シミュレーションではなく、アクションゲームを楽しむ羽目になったのだった。

 アクション要素ありのゲームをわざわざ選んだのは俺なので、問題ないといえば問題ないのだが、ギャップの激しいゲームだな。

 



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61.リドラの箱船(サバイバルアクション・農業シミュレーション)<7>

 レムリア兵の拠点を潰してまわる。

 レムリア兵製造工場らしき場所や、巨大兵が待ち構えている場所などもあったが、難なくクリアできている。

 巨大な敵との戦いは、『-TOUMA-』で慣れている。システムアシストの助けがあるから、『-TOUMA-』より簡単だ。

 

 指示された場所のレムリア兵を全て倒し終えると、空から箱舟が元の場所に降りてきた。

 そして、また信仰ポイントを稼いで、村を元の形に戻す日々の始まりだ。

 

 農業生活が戻ってきたことにほっとするが、ストーリー進行は停滞してしまったな。

 と、そう思っていたのだが、あるときGPを回復するために大工のアーキナー謹製の御殿で眠ると、謎のビジョンを見た。

 それは、水の底。超巨大なレムリア兵が、赤く光り輝く青年を拘束している。

 俺は、なぜかその青年が神であることが理解できた。

 拘束された青年は、レムリア兵に力を吸い取られている。いや、違う。神の赤い力は、青く光るレムリア兵の力と反発している。拘束されているように見えて、実際にはレムリア兵を抑えつけているのだ。

 

『我が子よ……今のうちに、こいつを……ラ・ムーを討ってくれ』

 

 神は、そう俺に語りかけてきた。

 

「……という夢を見たのさ」

 

 そしてゲーム内での朝、俺は見た夢を箱舟の女王リドラに語っていた。

 

『なるほど。その巨大なレムリア兵は、おそらく古代文明レムリアの統治機構、ラ・ムーでしょう。かつてのレムリア文明にて人々の生活を管理していましたが、ある日暴走してレムリアを海の底に沈めたと伝説に語られています』

 

「うへえ、暴走するマザー・コンピュータかよ。このゲームがマイナーな理由がいろいろ揃ってきたな」

 

 神様が出てきて、マザー・コンピュータの暴走があってと、今の時代の人には受けない要素なんじゃないか?

 俺はそういうの嫌いじゃないけれど。あと、せっかく農業やってたのに、レムリア兵のせいで畑全部没収とかもきつい。

 

『俺はマシンの反逆系ちょっと苦手』『現実で起きたらと思うとめっちゃ怖いわ。いや、マザーは信じているけど』『今のところ神様からキャラクター性が見いだせないんだよなぁ』『古典SF好きだから暴走するコンピュータとか大好物です』

 

 うーむ、視聴者の意見もいろいろだな。

 そして、女王が言葉を続ける。

 

『神の所在が判って安心しました。ヨシムネ、向かってくれますか?』

 

「向かうって言ったって、海の底だぞ? 神様の居た場所は、空気があるようだったが……」

 

『そうですね……海の中を進む船が作れればいいのですが、オリハルコンは塩水で腐食してしまうのです』

 

 うへ、完璧な金属だと思ったら、そんな弱点があったのか。

 

『もしかしたら、長老ならば何かを知っているかもしれません。我が子ヨシムネよ、長老を解放してくださいませんか?』

 

「いいよいいよー。えーと、解放メニューを開いて……げっ、ポイント高いな」

 

『ですが、足りるでしょう?』

 

「ええい、ストーリー進行のためだ、解放!」

 

 そうして、長老と呼ばれる少年が箱舟から解放された。長老なのに見た目が若いのは、神の血が濃いかららしい。

 早速、俺と女王リドラは、長老に海の底に向かう方法を聞き出すことにした。

 

「レムリア兵を形作る青き金属は、あれもまたオリハルコンなのじゃ。銅と海水から作る、青きオリハルコンじゃ。あれならば、海の中を進む船も作れるじゃろうが……」

 

 そこまで言って、長老は言いよどむ。

 

『青いオリハルコン!』『銅がベースだから、赤銅や青銅といろいろあるわけだな』『青銅が青みがかるのは腐食した後だぞ』『個人的にはオリハルコンは青のイメージだわ』『ミスリルは緑!』『ミスリルも青だろー』

 

 そんな視聴者のコメントを聞き流しながら、俺は長老に話の続きをうながす。

 

「青きオリハルコンは神の力と反発してしまう。神の子が操ることは不可能じゃろう」

 

「うーん、外れか。他に何か知っていそうな人はいるかな」

 

 俺は女王に視線を向けるが、長老は手の平を前に差し出して「待て」と言った。

 

「そう結論を急ぐでない。神の力を持つ赤きオリハルコン、海の力を持つ青きオリハルコン、それらを合金とすれば、あるいは」

 

「ほう、合金」

 

「青きオリハルコンは神の力では加工できぬが、火の炉で溶かすことはできる」

 

 そういえば、レムリア兵の死骸をアイテムクラフトしようとしたら、弾かれたことがあった。

 

「レムリア兵を倒したのじゃろう? 材料は揃っているということじゃ。後は、鍛冶師達の出番じゃな」

 

 よっしゃ、死骸集めだ。レムリア兵の死骸は、そこらに転がっている。

 未来のゲームだから、アイテムの表示数に限界が来て死骸が消滅してしまうということがないんだよな。動物の死骸は一定時間経過で骨以外消えてなくなるようだが。

 

 そうして俺は、箱舟の周辺にあるレムリア兵の場所をヒスイさんに案内してもらい、死骸を抱えて村に帰った。アイテムボックスやモノリス転移も神の力なので反発するため、自力で運ぶしかないのだ。

 

 鍛冶師達にレムリア兵を引き渡すと、赤オリハルコンを液状に加工してくれと言われた。彼らがレムリア兵の死骸である青オリハルコンを溶かすのに合わせて、俺も液状の赤オリハルコンをアイテムクラフトで作り出す。

 二つの金属は、反発することなく混ざり合い、そして……。

 

『紫オリハルコン!』『美しい輝きだ……』『私これ好き!』『紫のミスリル採用しているゲームは見たが、紫のオリハルコンは初めて見たな』

 

 完成した紫オリハルコンは、赤オリハルコンより神の力との親和性が高いことが判った。

 なので、新たに箱舟から解放した魔法陣技師に潜水艦作りを任せると共に、鍛冶師達に紫オリハルコン製の武具の作成を依頼した。

 やがて、ゲーム内の日数は過ぎ、潜水艦は完成する。

 海岸線に立てられた造船所にて、見守る魔法陣技師を前に俺は、紫オリハルコンの打刀を掲げて言った。

 

「しゃあッ! 推定ラスボス戦へ出発じゃあ!」

 

「神の子よ、ご武運を!」

 

「農耕神様は武神だった!」

 

「新たな神話の一幕だ!」

 

 そう口々に言う魔法陣技師達に見送られ、俺は潜水艦に乗り込んだ。

 

「さて、向かう場所は判るかな、ヒスイさん」

 

 俺は、守護妖精になっているヒスイさんにラスボスの居場所を尋ねた。

 

「操縦桿を握るとムービーシーンに変わって、自動で到着します」

 

「あっ、そういう……」

 

 そして、飛ばせないムービーを挟んで到着である。

 海の底のはずだが、空気がある。今でも古代レムリア人が生きていそうな雰囲気だが、迎えてくれたのは人ではなくレムリア兵だった。

 

「今更レムリア兵がなんぼのもんじゃい! って、ぎゃあ! レーザー撃ってきた! てめえ!」

 

『油断大敵』『ここラスダンだろうしな』『BGMが壮大』『お口悪子さん(だがそれがいい!)』

 

 視聴者のはげましのような何かを聞きながら、俺は奥へ奥へと進んでいく。

 うーん、敵が非人間だと、会話がなくて楽でいいがストーリーとしてはちょっと物足りないな。まあ、RPGじゃないからよしとするか。

 

 そして、俺はついに神様の待つ大広間へと到着した。

 

「とうとう来たね、我が子よ……」

 

 金属的な翼の生えた優しそうな青年が、拘束されたままそう俺に言葉を向けた。

 だが、話すのは後だ。

 

『警告。あなたは最重要区画に無断侵入しています。ただちに退出しなさい。警告に従わない場合は、撃退します』

 

「お前がラ・ムーね。さて、どこが弱点なのか……」

 

 ごちゃごちゃした立方体の塊って感じだな。中心らしき場所には、神様が拘束されている。

 

『警告。警告。警告。侵入者の侵入経路を探知。海上に人類の存在を確認しました。人類は消去しなければなりません。そして、ヴァルーシアの再生を行ないます』

 

「させないよ。あの島は、最後の希望なんだ」

 

 そう言って神様が身体から赤い光を放つと、大広間が揺れた。

 

「さあ、我が子よ。今のうちにラ・ムーを討つんだ。このままでは、また島が海の底に沈められてしまう」

 

「よっしゃ、ラスボス戦じゃー!」

 

 青く輝くラ・ムーに向けて、俺は打刀を抜き躍りかかった。

 そして……。

 

「第三形態まであるとかきついっす!」

 

 俺は、トカゲ型巨人の姿になったラ・ムーと戦いを続けていた。

 

『この形態、クトゥルフ神話要素を感じる』『ラ・ムーの暴走は、人類に復讐しようとする蛇人間のコンピュータウィルスによるものだったんだよ!』『な、なんだってー!』『ヴァルーシアとか言っていたしマジかもしれない』

 

 視聴者達、雑談しているけど、俺を応援するつもりはないの!?

 

「我が子よ、あと少しだ!」

 

 NPCの神様の方が俺を応援してくれる……! さらには、たまに神の力を放ってラ・ムーの動きを止めてくれるいい人だ。

 

「さあ、今だよ!」

 

 神が一際強い力を放ち、ラ・ムーがダウンする。俺は、ラ・ムーの巨体を駆け上っていき、頭に向けて全力で打刀を叩きつけた。

 ラ・ムーの頭はひび割れていき、内部から強い光が漏れ出してくる。

 俺は慌ててラ・ムーの身体の上から降りる。すると、ラ・ムーはバラバラになって崩れ落ちた。そして、神様の拘束も解ける。

 

「我が子よ、よくやってくれたね」

 

「うむ、大勝利!」

 

 神様にたたえられて、俺は打刀を天に掲げた。

 

『あ、ようやく終わった?』『長かったなー』『これ、神様が実はラスボスとかならないよね?』『ありそう』『早く農業に戻って』

 

 視聴者達も、少しは俺をいたわって?

 

「ラ・ムーを失ったここは、いずれ海に飲まれる。早く脱出した方がいい」

 

 そう神様が優しげな顔でこちらに語りかけてくる。

 俺は打刀を鞘に収めながら言葉を返す。

 

「ああ、神様はどうするんだ?」

 

「私は一足先に地上に向かうとするよ。では、我が子と再会できる日を楽しみにしている」

 

 神様はそう言うと、一瞬強く輝き、そしてこの場から消え去った。

 先に転移か何かで逃げたのか。俺も、逃げなきゃな。

 

 俺はラ・ムーの死骸のコアっぽい部分を抱えると、ダッシュで潜水艦の泊めてある場所へ向けて走っていった。

 

『ちゃっかりラスボス回収している』『まあ海に沈んだら回収できなさそうだしな』『他の青オリハルコンと何か違うのかね』『新しい武器が作れても、倒す相手がいなさそう』『RPG最終装備あるあるやね』

 

 道中、邪魔するレムリア兵はいない。ラ・ムーが滅び、機能を停止したのだろう。もう戻ってこられそうにないし、レムリア兵の死骸を潜水艦に詰め込んでいきたいが……。

 

「ヨシムネ様、脱出までのタイムリミットを視界に表示しておきます。お急ぎください」

 

 おっと、ヒスイさんに注意を受けてしまった。

 俺は、タイムリミットが来る前に潜水艦に戻り、操縦桿を握ってまたムービーシーンを挟んで、地上の島に移動した。

 

 潜水艦から出て、島に足を踏み出すと、何か上空に大きな物体が漂っているのを発見した。

 それは、箱舟が置かれている場所のちょうど真上に位置している。

 なんだろうか、あれは。俺は近場のモノリスに寄り、箱舟まで転移する。そして、女王リドラに何が起きたのかを聞くことにした。

 

『ラ・ムーの討伐お見事でした。神も、私達の下へと戻ってきてくださいました』

 

「それより、あの上に浮いている物体は……?」

 

『あれは、神が地上に降臨したときに乗っていったとされる、天のゆりかご。あの中で、神は眠っておられます』

 

「ああ、疲れて休んでいるのか」

 

『神はこのままでは目をお覚ましにならないでしょう。力を大きく失ってしまったのです。ですので、私達の信仰の力が必要です』

 

「……なるほど?」

 

『我が子ヨシムネよ。村を発展させ、私を解放し、祭りを開くのです。そうすれば、神は再び私達の前に降臨することでしょう』

 

 どうやら、ラスボスを倒しても、素直にゲームクリアというわけにはいかないようだ。

 アクションパートの次は農業パートだ。クリア目指して頑張るぞー!

 



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62.リドラの箱船(サバイバルアクション・農業シミュレーション)<8>

 信仰ポイントを溜め人々を解放し、畑を広げさらに信仰ポイントを稼ぐ。

 そんなことの繰り返しで、今や村の人口は500人を超えていた。

 順調に信仰ポイントは集まり、そして、とうとう女王リドラの解放の時が来た。

 

 箱舟が光り輝き、女王が大地に降臨する。

 

「よくぞここまで奇跡の力をたくわえましたね。感謝の言葉しかありません」

 

 そう礼を述べてくる女王に向けて、俺は言った。

 

「よーし、じゃあ明日からの神聖魔法の担当区画を決めようか」

 

「感動も何もないですね!?」

 

「いやあ、神聖魔法のスキル上げが、畑の拡張に追いつかなくてな……」

 

 神聖魔法のスキルレベルが上がると一度の発動でカバーできる面積が広がるのだが、今は箱舟周辺の草原を埋め尽くす勢いで畑を広げているのだ。

 そんな事情があるのに女王は俺の言葉が気にくわないのか、ぷりぷりと怒りながら言う。

 

「まったく、民をまとめて祭りを取り仕切る仕事も、私にはあるのですよ」

 

「まあ今は、信仰ポイントを溜めることに専念しようや」

 

 天のゆりかごで眠る神様を起こすのには、より多くの人々の祈りが必要だ。

 人を増やすには、信仰ポイントを使って箱舟から解放してやる必要がある。だが、女王の再生でだいぶ信仰ポイントを消費してしまったので、ポイントはまた溜めなおしである。

 

 信仰ポイントを効率よく溜めるには、神に捧げる農作物の収穫が必要だ。

 このゲームは農業シミュレーションだというのに、今はほとんど作物に神聖魔法を使う作業に追われている。なので、あんまり農業をやっている感覚がない。まあ、ぐんぐん育つ作物を見ていると気持ちがいいのだが。

 

 しかし、人の祈りで神の力が増すというのは俺の元いた時代のゲームなどでもたまに見た設定だが、ずいぶんと人に都合のいい仕組みだ。なんというか、神よりも人が優位に立っているというか……。まあ、いいか。

 

「じゃあ、神聖魔法の担当は俺が普通の農作物をやるから、女王はキメラ作物をやってくれ」

 

 そう俺が言うと、女王は首をかしげた。

 

「キメラ作物ですか?」

 

「複数の食材が混ざったような奇妙な作物のことだよ。ブドウイチゴとか、肉の木とか、もち芋とか」

 

『確かにキメラだわ』『ブドウイチゴとか味が想像できないのに、実際味わってみるとその通りの味なんだよな』『中に麺が詰まっているスイカはびびった』『開発はなんだってこんな奇妙な作物を……』『ゲームの売りになると思ったんだろうか』

 

 味覚共有機能で、キメラ作物は視聴者達も味わっている。まあ、幸い外れ作物にはあたったことがないのだが……。

 俺の説明に、女王は「ああ」とうなずいて答えた。

 

「あれらの植物は、神がアイテムクラフトで作りだした品種ですね。神は新しい種を作り出すのを趣味にしていらっしゃいますので」

 

『犯人、神かよ!』『神がやったんじゃ、生命への冒涜とかも言えねえ……』『血がコーラの肉食獣とか、なんで作ろうと思ったんですかねぇ』『なぜコーラの実を毒物にした! 言え!』

 

 意外と面白い人なのかもな、神様。でも、コーラの実を即死毒にしたのは今でも許していません。

 

「それらの作物を祭りで捧げると、神はきっと喜んでくれることでしょう」

 

「あー、祭りなぁ。どんな祭りにするんだ? 住民が一人ずつ食べ物を持ち寄って、巨大な鍋で煮てそれをみんなで食べるとか?」

 

「なんですかその奇祭は……音楽をかなで、皆で踊り、作物を神に捧げる常識的な収穫祭ですよ」

 

 伝統的な農業シミュレーションゲームの祭りが、奇祭扱いされた!

 

「ですので、我が子ヨシムネよ。楽器職人と楽士を解放するのです」

 

「あー、そういう趣味系の人材は解放していなかったな……木工職人ならいるんだが」

 

「神に捧げる音楽をかなでるのですから、一流の楽器職人と楽士が必要です」

 

「また信仰ポイントをがっつり使いそうな人材だな……」

 

 そういうわけで、女王と畑の担当区画をきっちり分けると、また農作物を作り信仰ポイントを溜める時間が始まった。

 とにかく神聖魔法を使って使いまくる。

 

『魔法使うヨシちゃん可愛いよね……』『女王と並んで神聖魔法使ってほしい』『鍬で耕している姿は微妙だったけどな』『肉体労働は農奴に任せて、もっと光振りまいて』

 

 おう、農夫NPCのみなさんを農奴扱いするなや。カブ奴隷ではあるけれど。

 ちなみにカブは今、全七色あるカラフルな品種を育てている。七色全て揃えて神に捧げると、コンボ扱いになって信仰ポイントがより多く貰えるのだ。

 コンボってなんだよ神様……。

 

 そんなことを思いつつ農作業にはげんでいたあるとき、大工のアーキナーが俺を訪ねてきた。

 彼女は、今や大工達をまとめる棟梁的立場になっている。最初に解放して散々働かせてきたから、魔法の腕がぐんぐん伸びているのだ。

 

「神様の御殿が必要なのですが……神様が住むのにふさわしい木材がありません。神樹を育ててくださいませんか?」

 

 そうアーキナーが言う。

 ふむ、木材か。今まで木材はコーラライガーの住む森から調達してきたから、わざわざ木材用の木を育てるということはしてこなかった。

 神様の住む場所には相応の材料が必要ってことか。農耕神である半神の俺の家にはわざわざそんな材料を使わなかったあたり、神にも格というものがあるのだな。

 

「で、神樹」

 

「はい。千年神樹と呼ばれる木の苗が、箱舟に保存されているはずです。それを育てれば……」

 

 ご神木を切り倒せとかじゃなくて、千年神樹という品種の木が存在するのか。

 

「千年とか名前ついているが、育つのに千年かかるとかじゃないよな」

 

「かかります。千年分育って、初めて神の住まう場所に相応しい木材となります」

 

「神聖魔法駆使しても、育つまでにいったいどれだけかかるんだ……」

 

「うっ、で、でも、神様はその木を一晩で育てたと神話にはあります。ですので、農耕神様ならできるはず……」

 

 できるはず、とか言われてもなぁ。困る。

 困ったときは? そう、ヒスイさんである。

 

「ヒスイさーん。どうやって育てるの?」

 

 俺がそう呼びかけると、姿を消していたヒスイさんが、妖精の姿で目の前に現れる。

 

「長老に尋ねてみましょう。新しい神聖魔法が習得できます」

 

「サンキュー、ヒスイさん」

 

『さすヒス』『有能』『一家に一台』『妖精かわかわ』『不動のヒロイン』『は? ヒロインはアーキナーちゃんだが?』『女王だろ!』『はー、何を言っているのか。ヨシちゃん自身がヒロインだよ』

 

 また視聴者が抽出コメントで会話している……。総意的なコメントを抽出する機能のはずなんだがなぁ。

 ともあれ、俺はアーキナーと別れ、長老のもとへと向かった。年若い少年の姿をした長老が、麦藁を編んで帽子を作っている。

 

「長老ー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「おう、農耕神か。儂も知らんことはあるぞ」

 

「千年神樹を育てる必要ができたんだが、千年も育つのに必要な植物をどうやって神聖魔法で育てればいいんだ?」

 

「なんじゃ、そんなことか。おぬし、魔法を使いこなしておらんな」

 

 ふむ、魔法のスキルレベルは一通り上げてあるのだが。

 

「魔法は、GPを多く注ぎ込むことでその威力を上げることができるのじゃ」

 

「マジか」

 

「おぬしの持つGPを全て一回の神聖魔法に注ぎ、さらに魔法の範囲を狭めて千年神樹だけに魔法をかけるのじゃ」

 

「GP操作なんてできたんだ」

 

「相応のスキルレベルは必要となるが、今のおぬしなら大丈夫じゃろう」

 

「おっけ。サンキュー、長老」

 

 そうして俺は、神樹の苗を箱舟から取り出した。

 さて、どこで育てるかだが……。

 

「箱舟周辺で育てたら、倒すとき危険だよなぁ」

 

 俺がそう独り言をもらすと、ヒスイさんが出てきて言った。

 

「千年神樹は樹高がとてつもなく高くなりますので、この周辺で育てると、木のてっぺんが天のゆりかごにぶつかってしまいます」

 

「うわ、そんなに伸びるんだ。でも、ぶつかるってよく判ったね」

 

「私がプレイしたときの経験談です」

 

『ヒスイさんもそんな失敗するんだな』『ヒスイさん普通に失敗するよ』『『-TOUMA-』のラストアタックとかな』『もう忘れてやれよ……』

 

 視聴者のみんな、あまりヒスイさんをいじめないであげて!

 そして俺は適当な場所を見つくろい、千年神樹の苗を植えて水魔法で水を与えると、GPを全てつぎ込む意思を込めて神聖魔法を発動した。

 手から赤い光が飛び出し、全て苗に注ぎ込まれた。すると次の瞬間、にょきにょきと木が伸び始める。

 

「あはは、なんだこれ面白い。しかし、こんだけ成長するのに水が不足したりしないのか?」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが出てきて説明してくれた。

 

「神聖魔法には水と土の力も含まれています。今までも、神聖魔法で作物を急成長させて、土地が枯れたことはなかったでしょう?」

 

「なるほどなー。都合のいいシステムになっているわけだ」

 

 成長し続ける木を眺めることしばらく。やがて、立派な巨木となった。

 

「今回の成長は350年分といったところでしょうか」

 

 そうヒスイさんが説明してくれたので、空のGPを回復させるためにその日は就寝。

 ゲーム内で次の日、そして次の日と神聖魔法を使うと、千年神樹は天を突くような大樹へと成長した。

 

「これ、そのまま切り倒したら、倒れた衝撃で木に傷がつきそうだな」

 

「神樹なので大丈夫ですよ」

 

 俺の感想に、ヒスイさんがそう簡素な説明を入れる。

 

 俺はとりあえず村の木こり衆に相談しに行くと、あれよあれよの間に木の周辺に村人達全員が集まって、切り倒す作業を見学することになった。

 この時点ですでにお祭り騒ぎだ。木こり衆の手によって木は倒され、アーキナーの指示で木材へと加工されていく。

 魔法があれば木材の乾燥作業も一瞬で済ませられるので、すぐさま神様の御殿作りは始まった。

 

 そして、祭りの開催が間近となる。俺は覚えたばかりのGP操作で農作物を成長促進させ、大量の信仰ポイントを稼いでいく。

 女王は精力的に働き、皆をまとめ祭りの準備に忙しそうにしていた。俺は準備にはノータッチである。知らない収穫祭の手伝いとか無理だしな。

 

 やがて、ゲーム内の日々は過ぎ、祭り開催当日となった。

 

「こうして無事に収穫祭が行なえること、嬉しく思います。かつてのアトランティスの威容にはまだまだ追いつきませんが、神の蘇る今日この日を出発点として、新たな栄光の日々を歩み始めることといたしましょう」

 

 そんな女王の挨拶で、祭りは始まる。

 俺も祭りの専用衣装で村人の前に立った。

 女王のように演説をする……わけではない。どういうわけか、俺は歌を歌うことになっていた。

 農作物を神様に奉納する際に、神に捧げる歌を歌うというのだ。

 

「危なかった……『アイドルスター伝説』をプレイしていなかったら、音痴な歌を晒すところだった」

 

『俺達にはすでに晒しているけどな!』『前のヨシちゃんひどかったねえ』『それがああまで成長するんだからすごい』『音痴は直るんやなって』『お歌配信も定番になってきたね』

 

 うむ。今では自信を持って歌をみんなに聴かせられるぞ。みんなもやろう、『アイドルスター伝説』!

 

「では、奉納の儀を始めます」

 

 おっと、女王の開始の合図だ。集中しないと。

 新品の楽器が演奏され、踊り子達が積まれた農作物の周りで踊り始める。伴奏が進み、そして俺は高らかに歌い始めた。

 

 すると、農作物が少しずつ光の粒子に変わっていき、空の上に浮かぶ天のゆりかごに光が吸い込まれていく。

 

『はわー』『神秘的だな』『感動のエンディングだな』『どんでん返しでさらなる敵が出現とかないよね?』

 

 今更どんでん返しはやめて! もう大団円の気分なんだよ。

 やがて、農作物は全て天のゆりかごに吸い込まれていった。さらに、周囲の人々の身体から天のゆりかごに向けて光の粒が大量に飛び出していく。

 光が収まると、今度は天のゆりかごがゆっくりと変形、展開していき、空の上から地上までつながる半透明の柱が作られた。

 よく見てみると、その柱の中を神様が下降しているようだ。

 

 神様が地上に降り立つ。すると、柱が上の方から折りたたまれていき、変形を繰り返して、最終的に神様の背中に生える機械的な翼へと変わった。なにそれ格好いい。

 

 地上に降りた神様は、その場で音楽に耳を傾けるようにたたずむ。

 歌はしばらく続き、やがて演奏が終わる。

 踊りも止まり、場が静まりかえったところで神様が口を開く。

 

「やあ、ただいま。みんな楽しそうなことをしているね。私も混ぜてもらっていいかな?」

 

 その言葉が終わると共に、「わあっ!」と村人達が歓声を上げた。

 

 そこで、また別の音楽が鳴り始め、視界の中にスタッフロールが流れ始める。

 

「よし、ゲームクリアだ。視聴者のみんな、12日間に及ぶ配信に付き合ってくれてありがとう」

 

 俺はスタッフロールを背景に、視聴者に向けてそんな挨拶をした。

 

「ゲームはまだまだ続けられますが、メインストーリーはこれで終了です。おつかれさまでした」

 

 ヒスイさんが妖精姿で現れて、そんなことを言った。

 

『おつかれー』『まあまあ楽しかったよ』『農業ゲーというか神聖魔法ゲーだったな』『素手のヨシちゃんは弱いということが露見した放送だった』『結局、ラ・ムーの暴走の謎は?』

 

 ラ・ムーか。あれは謎が明かされるのだろうか。

 

「ラ・ムーの暴走に関しては、レムリアと敵対していた文明であるヴァルーシアの破壊工作による物だと、神から聞くことができます」

 

 そうヒスイさんが説明を入れてくれた。ほうほう、そういう事情があったのか。

 俺は、ヒスイさんに向けてふとした疑問を投げかけた。

 

「もしかして隠しボスでヴァルーシア勢と戦ったりする?」

 

「いえ、ヴァルーシアは暴走したラ・ムーによって、レムリアともども海の底に沈められました」

 

「馬鹿じゃん! でも、隠しボスいないっぽいのか。せっかくラ・ムーの残骸で新しい武器作ったのになぁ」

 

『神に挑むとかは?』『できんの?』『アトランティス側のNPCには攻撃できないようになっているよ』『残念だ』『悪人プレイは不可能かー』

 

 となると、このゲームに残った要素は、箱舟に保存された人の全解放くらいだな。

 さすがにそれはどれだけ時間がかかるか判らないし、ライブ配信するのは止めておこう。

 

「それじゃあ、祭りを最後まで楽しんだら、このゲームの配信は終了とするぞ。料理がいっぱい用意されているみたいだから、キメラ作物の料理を味わっていこう!」

 

『チャレンジャーな』『味覚共有機能はオンでよろしく!』『もち麦っていうの気になっていたんだよな』『もち麦はキメラ作物じゃないですよ!』『オレンジトマトもう一回味わいたい』『プリンウニよろしく!』

 

 そうして『リドラの箱船』のライブ配信は、この日を最後に終わることになった。

 ゲーム中に仲よくなったNPCと別れるのは少し寂しいが、彼らに会いたくなったときには、またこのゲームの続きを楽しむことにしようか。

 キメラ作物を味わうために、ちょっとだけプレイすることの方が多くなりそうだけどな!

 



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63.超電脳空手

『リドラの箱舟』の配信を終えた次の日。俺とヒスイさんは、とあるVR空間に訪れていた。

 それは、来馬流超電脳空手のサイバー道場。チャンプの家が開いている、VR上の空手道場だ。今回は、体験入門をしにここに来ている。

 

 俺は事前に購入していたアバター用の空手着を着込み、畳敷きの道場に素足で立つ。形から入り過ぎだが、配信者なのだしこれくらい極端でも構わないだろう。

 道場はとても広く、各所で門下生達が稽古にはげんでいる。

 指導側に回っているのは人間のアバターだけでなく、耳にアンテナをつけたAIもいるようだった。

 

 想像していたよりも、本格的な人気道場なのかもしれない。

 

「それでは、本日の指導を開始します。よろしくお願いします」

 

 空手着を着込んだ体格のいい青年、チャンプがそう挨拶をした。

 

押忍(おす)! よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

 上から、俺、ヒスイさん、そしてミズキさんの返事だ。

 本日の体験入門だが、事前にチャンプに連絡を取って予約を取ったら、ぜひお友達もお誘いの上お越しくださいとのメッセージがあった。すると、ヒスイさんがなぜかミズキさんを誘ったのだ。SNSでのフレンドらしい。

 ミズキさんと一緒に道場にやってきたときのチャンプの驚愕の表情といったら、これがまたすごかった。

 

 今回はチャンプに許可を取って俺達の体験入門の様子を撮影をしているから、配信としての〝おいしさ〟をヒスイさんは求めたんだろうな。

 あわよくば、アバターの身体性能に差が存在しない状態での、チャンプ対ミズキさんの絵が撮れるかもしれないという狙いもあるだろうか。

 

「体験コースは体験者のゲーム熟練度でコースを分けていますが、上級者コースでよろしいですね?」

 

 今は動揺も収まり温和な表情を浮かべているチャンプが、そう聞いてくる。

 それに対し、俺は腹に力を入れて答えた。

 

「押忍! 虎に素手で勝てるようにしてください!」

 

「リアルの虎ですか? 業務用ガイノイドなら腕力だけで勝てるでしょう」

 

「いえ、ゲームの虎で……」

 

「ははっ、冗談です。解ってますよ。コーラライガーにレベル1で勝てるようにですね」

 

 チャンプ、『リドラの箱舟』配信見てたのか……。見たのはライブ配信の方ではなく15分のまとめ動画版の方かもしれないが、すっかりお馴染みの視聴者になったなぁ。ありがたいことだ。

 

「さて、では駆け足で基本のアシスト動作をやっていきましょう。まずは拳の握り方。俺の手をよーく見てくださいね」

 

 チャンプが、ゆっくりとその場で拳を握ってみせた。

 すると、視界に拳の様子がアップで表示された。おお、VRならではの演出だな。

 

「これと同じ握り方になるのをイメージして、アシスト動作を発動してください」

 

 VR上での超人的なアクションを可能とするシステムアシストには、アシスト動作という身体をオートで動かしてくれる機能がある。

 それは動きだけでなく構えや歩行などもカバーしていて、剣の握り方などにもアシスト動作が存在する。

 空手の拳の握りもカバーしているのだろう。俺は視界にアップになっているチャンプの拳を見ながら、システムアシストに身を任せ拳を握った。

 

「よろしい。次に構えです。いくつか空手の構えをお教えしますので、自分に合った物を探ってください」

 

 チャンプにならって、構えを取っていく。攻撃的な物、防御的な物といろいろあるのだな。

 

「よし、いいでしょう。では、次はいよいよ攻撃です。どのアクションゲームにも採用されている、正拳突きからやっていきましょう。こうです」

 

 チャンプはそう言葉を続けると、その場で腰を落としてするどい突きを放った。

 ううむ、すごい迫力だ。

 

「アシスト動作を発動させるには、正確な動きをイメージすることが大事なので、何度も繰り返して頭に動きを叩き込みます。とはいっても上級者コース。キリキリ行きますよ。さあ、正拳突きをやってみてください」

 

「押忍!」

 

「了解しました」

 

「解りました」

 

 そして俺は、アシスト動作が発動するのを意識して、チャンプの見よう見まねで正拳突きをした。

 うむ、さすがシステムアシスト。初めてなのにいい突きが出たぞ。

 

「さあ、繰り返して!」

 

「押忍!」

 

 せい! せい! せい! せい!

 

「いいですね。殴る対象を出しますので、アシスト動作で踏み込んで正拳突きを当ててください」

 

 チャンプがそう言うと、目の前に等身大の藁人形が出現する。

 手本として、チャンプが踏み込みからの正拳突きを見せてくれた。

 

 俺はチャンプの指示通り一連の動作をイメージして、正拳突きを放った。

 

「よし、そこまで。正拳突きは覚えましたね? これはどんなときでもとっさに出せるようしっかり身につけましょう。次は、前蹴りです」

 

 そうして俺達は、前蹴り、連突き、諸手突き、手刀打ち、足刀蹴り等、空手の動作を教え込まれていった。

 次に、アシスト動作独自の超人的な動きも学んでいく。

 

「10メートル先の獲物に飛び込んで、勢いのまま貫手です。大丈夫、ソウルコネクト内なので指は折れません」

 

 まさに超電脳空手って感じだ。

 踏み込みの類は『St-Knight』で散々反復練習したので、あとはそれを素手での基本動作と合わせるだけだ。なので、習得は難なくできた。

 ヒスイさんはもちろん、現『St-Knight』年間王者のミズキさんも、失敗することなくこなしている。

 

「うん、やはり『St-Knight』ナイトメアクリアまで行っただけあって、覚えがいいですね、ヨシムネさん」

 

「押忍!」

 

 チャンプは褒めて伸ばすタイプなのだろうか。素直に称賛を受け取っておくことにする。

 

「私はどうなのですか?」

 

 そうチャンプに聞くミズキさん。

 

「さすが俺の後に年間王者になっただけありますね。指摘する点は何もありません」

 

「ふふん、もしかするとクルマムにも勝てるかもしれませんね」

 

「ミズキさん」

 

 ミズキさんの言葉を受けて、チャンプは彼女の名を呼びながらじっとミズキさんの目を見た。

 

「な、なんですか。撤回はしませんよ」

 

「いえ、今の俺はクルマムではなく、超電脳空手の師範、クルマ・ムジンゾウです。間違えないように」

 

 なるほど、ゲームの中の名前で呼ぶなってことね。

 あ、そうだとしたら。

 

「チャンプって呼ぶのも駄目だったか」

 

 俺がそう呟くと、チャンプは「いいえ」と言って、言葉を続けた。

 

「門下生や他の師範にもチャンプって呼ばれていますので、それは構いませんよ」

 

「道場の他の人にもチャンプ扱いされているんだ……」

 

「『St-Knight』や『Stella』で超電脳空手を知って、入門してくる人も多いですからね」

 

 宣伝のためにゲームをやっている面もあるんだなぁ。

 クレジットは行政区から配給される物だから、門下生がいくら増えてもチャンプの手元に入る金額は変わらないだろう。でも、門下生が少なすぎてサイバー道場が潰れる事態は、回避することができる。

 

 今のご時世、わざわざこうやって働いているということはやりがいを求めてだろうし、門下生が多いという事実はやる気が出るだろうな。

 

「さて、ミズキさん。せっかくですから組み手をしてみますか?」

 

「!? はい、今度こそ勝ちますよ!」

 

 そうして行なわれたチャンプ対ミズキさんの組み手。その結果は……チャンプが圧倒して終わった。

 

「くっ、なぜですか……! こんなにも差が……!」

 

「ふー、いや、すごい物をお持ちだ……」

 

 ミズキさんの悔しがる言葉に、チャンプはそう額の汗をぬぐうようにして言った。

 VRなので汗はかかないが、チャンプ的には、ばるんばるん揺れるミズキさんの胸に視線を奪われて、冷や汗ものの攻防だったのだろう。

 

「さて、ヨシムネさん。なぜ俺が優位に立てたのか理解できていますか?」

 

 と、本調子に戻ったのか、チャンプがそんなことを聞いてきた。

 

「えっ!? いや……解らないです!」

 

「そうですか。ヒスイさんは?」

 

「間合いの取り方の差でしょうね。ミズキ様は、短槍の間合いのままで戦っていました」

 

「そうですね。正解です」

 

 なるほどなー。

 間合いは大事だよなー。『-TOUMA-』でいろんな種類の武器を経験したから解るわ。

 

「つまり、まだ素手での戦いに慣れていないということです。ですので、今日の残りの時間は、ひたすら戦ってもらいます」

 

 チャンプがそう言うと、俺達の周囲に半透明の壁が出現した。

 さらに、その壁で区切られた空間が三等分され、俺達はそれぞれのエリアに転送される。

 そして、チャンプが言葉を続ける。

 

「順番にエネミーを出していきますので、今まで覚えた超電脳空手で倒していってください」

 

 おお、実戦稽古! さすがVRだ。

 俺は、目の前に出現した人間サイズの人形と向かい合い、構えを取った。

 

「始め!」

 

 しゃーおら!

 俺は次々と出現する敵に、覚えたアシスト動作を駆使して立ち向かっていく。

 使うのは、今日覚えた動作のみだ。倒すことそのものよりも、反復練習することが大事だからな。

 

 敵は等身大の者だけでなく、4メートルはありそうな巨人や、人型ですらない大型犬なども出現した。この道場はアクションゲームを上手くなりたい人のための道場。戦うのは人間だけとは限らないってことだな。

 

 戦いの最中にも、チャンプはここが駄目だとか、ここはこうした方がいいといった指示を飛ばしてくれる。それを受けて、俺の動きは洗練されていった。

 

「次は、いよいよ虎ですよ。コーラライガーはいませんが、人食い虎です」

 

 よっしゃ!

 俺は防御の構えを取り、虎を迎え撃った。真っ直ぐ飛び込んできたので横に回避し、ガラ空きの胴体に手刀打ち。

 厚い毛皮に守られ効果はいまひとつだが、地に落ちたところをひたすらに打ちすえた。

 極力前に立たないように立ち回り、確実に攻撃を加えていく。

 やがて……。

 

「勝ったどー!」

 

「おつかれさまでした。これで虎系のエネミーとの戦い方は理解できたでしょう」

 

「押忍! ありがとうございます、チャンプ!」

 

 俺は拳を握り腹の斜め前で構え、そのポーズのまま頭を下げた。

 

「はい。では、次はコーラライガーが群れで現れた時を想定して、人食い虎四匹同時に行ってみましょう」

 

「……マジでー」

 

 そうして、体験入門の時間いっぱいになるまで、俺の奮闘は続いたのだった。

 

「いかがでしたか、体験入門上級者コースは」

 

 へとへとになった俺と、余裕のあるヒスイさんとミズキさんを前に、チャンプがそんなことを聞いてきた。

 

「押忍! ためになりました!」

 

「それはよかった。ヒスイさんはいかがでしたか?」

 

 俺の言葉に満足そうにうなずいたチャンプは、今度はヒスイさんに尋ねた。

 

「はい、いい映像が撮れました。あとで完成した動画の確認をお願いします」

 

「ははは、配信のプロですね。確認しておきます。ミズキさんは?」

 

「体験入門だけでは(いただき)には遠いです。正式に入門しますので、私が駆け上がるその日まで首を洗って待っていなさい」

 

 おや、思わぬ方向に転がったな。

 

「入門ありがとうございます。次回からは、一般の門下生ということで。ヨシムネさん達はどうします?」

 

 ふーむ、入門かぁ。

 

「配信があるので毎回参加とはいかないから、来られそうな時だけたまに来るってあり?」

 

「ええ、ありですよ。人それぞれゲームの予定というものがありますからね。ただし、うちの道場は三日に一回しかやっていないので、その点だけは注意してください」

 

 俺の都合のいい問いに、チャンプはそう答えてくれた。

 やったぜ。俺のアクションゲームでのメイン武器は打刀だが、これで武器なしの状況でも生き残れる可能性が上がるぞ。

 

「では、最後に、鍛錬に役立つゲーム一覧表をプレゼントしますので、ゲーム生活に活用してください」

 

 チャンプがそう言うと、こちらにメッセージが届いた。ゲームカタログが添付されている。

 ふーむ、どれどれ。

 

「おっ、『-TOUMA-』がある。システムアシストに頼らない身体の動かし方を学べるゲームかぁ……」

 

「ええ、本当にいいゲームを発掘してくれましたね」

 

 チャンプがにっこりと笑ってそんなことを言った。この人、『-TOUMA-』の最高難易度素手縛りプレイ動画とかも上げているらしいんだよな……。

 

「見つけてきたのはヒスイさんなんだよなぁ……」

 

 俺がそう言ってヒスイさんに視線を向ける。すると、ヒスイさんは、すました顔で言った。

 

「ミドリシリーズは優秀ですから」

 

 はいはい、すごいすごい。

 

「では、以上で体験入門を終わります。おつかれさまでした」

 

 チャンプがそう締めの言葉を口にしたので、俺は気合いを入れて礼を言った。

 

「押忍! ありがとうございました!」

 

 そうして俺は、また一歩、熟練ゲーマーへの道を進んだのだった。

 年間王者とかになるのは無理だろうが、配信映えする動きは視聴者に見せられるようになっていくんじゃないかな?

 人気配信者目指して、精進あるのみだ。

 



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64.収穫の時

「もうよいでしょうね」

 

 朝食後の植物観賞の時間。ライトに照らされたプランターの前で、ヒスイさんがそんなことを言った。

 プランターに生えているのは、ホヌンとペペリンド。未来の時代の新種野菜だ。

 先月末に花が咲き、そして七月末日の今日、とうとう収穫の時を迎えた。瑞々しい実が、いくつも実っている。

 

 ホヌンは、赤いナスのような野菜。ペペリンドは、小さなカボチャのような形をした青色の野菜だ。

 二つ同時に収穫のタイミングとは、ヒスイさん何かやったのかね。まあ、それはどうでもいいか。

 

「収穫だ! キューブくんカモン!」

 

 俺はキューブくんを呼び、撮影モードをオンにして早速、収穫を始めた。

 

「さて、収穫だけど、もいでいけばいいのか?」

 

「これをお使いください」

 

 野菜を前に迷っていると、ヒスイさんが何かを差し出してきた。それは、おもちゃのような外観をしたハサミ。

 

「エナジーハサミです。人体には刃が通らないようになっている、安全な刃物です」

 

「ああ、ヒスイさんが持っているエナジーブレードのハサミ版ね。未来の人達、刃物を忌避しているから物を切りたいときどうするんだと思っていたけど、こういうのがあるんだ」

 

「人の肉と動物の肉の判別ができないので、料理用のエナジー包丁の類はありませんけれどね」

 

 まあ、そんなものがあったら、以前料理したときにヒスイさんが用意しているよな。

 俺はハサミを受け取り、実った野菜を一つ一つ切って収穫していく。

 ヒスイさんがいつの間にかカゴを手に持っていたので、収穫した野菜はヒスイさんに渡していく。

 

「どんな味かな? 楽しみだなー」

 

「近年作られた品種ですから、味に期待が持てますね」

 

 俺とヒスイさんは、そのように言葉を交わしながら収穫を進めた。

 そうして、二つの小さな苗から始まったガーデニングは、見事にカゴ一杯の野菜という結果を残したのだった。

 

「結構な量になったな」

 

 カゴの中の野菜を見ながら、俺はそう言った。

 それに対し、ヒスイさんも口を開く。

 

「時間停止で保存して、少しずつ食べていきましょうか」

 

「そうしようか」

 

 キッチンへ向かうヒスイさんについていって、ヒスイさんが保存庫に野菜をしまっていくのを眺める。

 

「とりあえず今日は味見でしょうか?」

 

 そんなことを言うヒスイさんに、俺はこう答えた。

 

「久しぶりに料理配信しよう。収穫の次は手ずから料理して、実食だ!」

 

 そうして、今回も突発料理配信を行なうことになった。

 料理の内容は、美味しい食べ方として検索で出てきた……アヒージョだ!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「どうもー、料理回はいつも唐突。21世紀おじさん少女だよー」

 

「今回は最初からサポートを務めます。助手のミドリシリーズ、ヒスイです」

 

 その日の昼前、俺達は二人で並んでキッチンに立っていた。カメラ役は今回もキューブくんに任せている。

 

『わこつ』『わこーつ!』『またいきなり始めよってからに……』『やったー! 二人のエプロン姿だー!』『包丁使うってマジ?』

 

 ライブ配信に早速、多くの視聴者達が接続してきている。「わこつ」という挨拶もすっかり定着したな。

 

「さて、実は今朝、とうとうガーデニングのホヌンとペペリンドを収穫したぞ。そこで、今回はそれを使った料理を作っていく!」

 

 俺がそう宣言すると、視聴者達が反応する。

 

『ホヌンとペペリンドかぁ。食べ応えがあって美味いんだよな』『ホヌンは肉厚でジューシー』『料理は何かな? 何かな?』『エッコトチーノじゃね?』

 

「すまん、エッコトチーノって料理知らない」

 

「21世紀以降に生まれた料理ですね。今度、自動調理器で作りましょうか」

 

 ヒスイさんがそう説明をしてくれる。ふむふむ、未来料理か。21世紀から600年も経っているんだから、そりゃあ新料理も山ほど生まれているよな。普段の食事でも、よく知らない料理いっぱい出てくるし。

 

「さて、じゃあ料理を進めていこう。今回の料理はー、アヒージョ!」

 

『アヒージョかー』『何それ知らない』『油煮だよ』『油の暴力!』『油を温めるとか炎上が怖いわ……』

 

 ふむ、やっぱり知らない人がいるか。

 

「ヒスイさん、解説よろしく」

 

「はい、アヒージョは惑星テラのヨーロッパ国区の料理で、オリーブオイルの中にニンニクと具材を入れて煮込んだ料理となります。具材を直接食べるほか、油をバゲットに塗って食したりもします」

 

「ありがとう。というわけで、今回はバゲット、いわゆるフランスパンを用意しているぞ。これを一から作るのは俺にはできないので、出来合いのものを買ってある」

 

 ヒスイさんが、ささっとフランスパンの載ったカゴをキューブくんの前に差し出す。

 

「今回のアヒージョは、具材に鮭、鶏肉、マッシュルーム、ホヌン、ペペリンドを使うぞ。さあ、料理していこう」

 

『わくわく』『リアルで料理する風景とか初めて見るわ』『チキン南蛮回の動画見てない? 笑えるよ』『笑うよりも心配になりますねぇ』『ガイノイドボディだし、大丈夫じゃろ』

 

 そんな視聴者の声を聞きながら、俺はナノマシン洗浄機で手を洗い、まな板の前に立つ。頭上にキューブくんが移動し、まな板を見下ろすようにカメラに映した。

 

「さあ、包丁使うよ!」

 

『ひえっ!』『うわー、リアルの包丁だ』『リアルの金属製刃物、初めて見るわ』『怖い!』『大丈夫なのかこれ』

 

 うーん、視聴者達の反応が前回のお料理配信と同じだ。

 

「ヒスイさん、なんで未来の人達はここまでリアルの刃物を怖がるのかな?」

 

 俺がそう尋ねると、ヒスイさんは俺の隣で説明を始めた。

 

「今の人類は幼少期を過ごす養育施設で、現実における刃物と火、そして高所の危なさをすり込まれるのです。これは、現実とゲームを混同しないようにするための措置ですね。刃物は人を簡単に死に至らしめることを知らないと、ゲームの感覚で思わぬ事故を起こしてしまいます」

 

「なるほどなー。すり込まれるんじゃ、リアルで料理を趣味にしている人は相当な克服の努力をしていそうだ」

 

『慣れるのに結構時間かかったよ』『うわ、ここにもリアルで料理できる人がいた』『前回のお料理配信見てから、料理本格的に始めたよ!』『料理スキルなしで卵割りできるとか言っていた人か』『いい趣味持っているなぁ』

 

 ふむ、俺の配信を見て何かを始めてくれるというのは嬉しいものだな。怪我には気をつけてほしいが。

 

 さて、それはともかく具材を切っていこう。

 まずはニンニクを刻んでいく。皮をむいて、トントントンっと。

 さすがに二回目の料理配信とあってか、視聴者の絶叫は聞こえない。

 

 さらに、養殖の鮭、オーガニックの鶏肉と生ものを一口サイズに切る。さらに、鮭と鶏肉には塩で下味をつけた。次にマッシュルームを輪切りにする。

 そして、次はいよいよ主役のホヌンとペペリンドに取りかかる。

 

「ホヌン、死ねぇ! ふふ、オリーブさんの真似。オリーブオイルだけに」

 

 俺がそう言いながら赤いホヌンを切ると、中から白い身がお目見えした。本格的にナスっぽいな。

 

『親父ギャグをかましてきましたわよ』『言葉遊びは自動翻訳されないから控えろって閣下が言ってた』『確かにオリーブ選手ってすぐ死ね死ね言うよね』『なお再起不能になったアンドロイドはいない模様』『ヨシ、私そんなに死ねって言ってるのか?』

 

 ひえっ、オリーブさんおるやん。いけないいけない。

 さあ、次はペペリンドだ。

 

「小さなカボチャみたいな形をしているけど、カボチャみたいに皮ごと食べられるんだよな?」

 

「はい、そうですね。皮も美味しいらしいです」

 

「んじゃあ、これも一口大に切ってと」

 

 青い皮を切ってみると、中はピンク色をしていた。なんだ、この不思議な彩色は……。

 とりあえず、一通り切り終わったので、いよいよ煮る作業だ。

 

「よし、アヒっていこう。ヒスイさん、鍋の準備を」

 

「はい、こちらになります」

 

 ヒスイさんが小さめの鍋を用意し、そこにオリーブオイルを注いでいく。そして、コンロの火をつけた。

 

『ひえっ、油と火の組み合わせとか、あかんやつやん』『引火怖いなぁ』『まあ、ミドリシリーズなら燃え移っても無傷で済むだろう』『むしろ服が燃え尽きた後、配信に裸が映るのを心配すべき』『絵面がギャグすぎる……』

 

 マイクロドレッサーの服は、別に耐熱服だったりしないからな。火事には気をつけていこう。

 

「オリーブオイルに刻んだニンニクと鷹の爪を入れて、しばし温める」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが手早く鍋の中にその二つを入れて行く。

 

「ちなみに鷹の爪とは、唐辛子の品種のことですね。猛禽類の鷹の爪に見た目が似ていることから、この名前がつけられています。一般的に乾燥した物が使われます」

 

 ヒスイさんがそう補足を入れてくれる。台本を用意したわけじゃないのに、よくすらすら言葉が出てくるなぁ。

 俺が感心しているうちに、ニンニクから小さな泡が出てくる。

 

「もうよいでしょう」

 

 ヒスイさんがそう合図をしてくれたので、具材を投入していくことにする。

 

「鮭と鶏肉をまず入れて、ホヌンとペペリンド、マッシュルームの順に入れる」

 

 ヒスイさんが指示通りに具材を入れていってくれる。

 さあ、あとは煮込むだけだ。

 

「このとき、火を強くしすぎますと素揚げになってしまうので注意ですね」

 

「火加減はヒスイさんにお任せするよ」

 

『うわー、本当に油煮になってる』『やればできるもんなんだなぁ』『これを自動でやってくれる自動調理器さんの偉大さよ』『ぷくぷく泡が立っているのが可愛い』『ヒスイさんのエプロン姿可愛い』『ヨシちゃんが一番可愛いよ(はぁと)』

 

 はいはい、可愛い可愛い。キューブくんも、コンロの前に立つヒスイさんを器用にカメラに映していて可愛い。

 そうして、弱火で15分ほど煮込み、粗挽き胡椒を上に振って、完成である。

 

「できましたー!」

 

 俺はヒスイさんと場所を交代し、完成したアヒージョの鍋をキューブくんに掲げてみせた。

 

『危ない、危ないから』『中身煮えた油ですよ!』『ゆっくり下ろして、ゆっくり』『獲物を狩った原始人の感覚まだ抜けてないな、この子』

 

 むう、美味しそうにできたのにな。

 俺は鍋をコンロに一旦下ろすと、再度鍋を持って食卓に向かった。

 

「ヒスイさーん、鍋敷きテーブルに敷いて」

 

「はい」

 

 ヒスイさんが小皿を手に、食卓に先回りしてくれる。

 俺が食卓に向かうと、そこにはヒスイさんとイノウエさんが待ち受けていた。

 俺は、食卓の上に鍋を置くと、キッチンへと引き返す。そして、アヒージョを煮込んでいる間に用意していたイノウエさんの食事、鶏肉のミンチを持ってまた食卓に戻った。

 

「ほうれ、イノウエさん、昼食だぞー」

 

 床にミンチの入った皿を置くと、イノウエさんはそれに飛びつき食べ始めた。

 

「よし、ヒスイさん、俺達も食事にしようか」

 

「はい。では、まずはフランスパンを切りましょう」

 

 ヒスイさんが何かのスティックを手に取ると、スイッチを入れた瞬間ビームの刃がスティックから伸びた。

 俺は、謎の武器に怪訝な顔になってヒスイさんに尋ねた。

 

「それは何?」

 

「エナジーパン切り包丁です」

 

「ああ、エナジーハサミの仲間ね……」

 

 フランスパンは切り分けられ、小皿におしゃれに並べられている。

 まあ、食卓のど真ん中に鍋が鎮座しているから、おしゃれさとはほど遠い光景なのだが。

 ヒスイさんが取り皿を用意して、箸もそれぞれ配り終える。食事の準備は整った。

 

「では、いただきます!」

 

「いただきます」

 

 二人して食前の挨拶を述べ、食事を開始する。

 今回は急な配信だったが、しっかり味覚共有機能の使用申請を配信サービス側に通してあるので、視聴者も一緒に料理を楽しんでくれることだろう。

 

「まずはフランスパンを油に浸して……」

 

 鍋に直接フランスパンを突っ込み、オリーブオイルを染みこませる。

 一方、ヒスイさんはスプーンを使ってオリーブオイルをフランスパンに塗っていた。

 

『この所作の差よ』『でも浸した方が美味そうだ』『二人で鍋共有というのもどうなの?』『唾液がつくといってもアンドロイドなんだから、気にするこたぁない』『ニホン国区の鍋料理は複数人で一つの鍋を共有するものだよ』

 

 すんません、鍋そのまま食卓に置いているのは、鍋料理とかじゃなくて皿にあけるのが面倒だっただけです……。

 ともあれ、フランスパンをぱくり。もぐもぐ。ごくん。

 

「うーん、油美味え。具材の香りが溶け出していたりするのかな?」

 

「どうなのでしょう。香りには、水溶性の成分と脂溶性の成分があるようですが」

 

「ただのオリーブオイルでは、この風味は出せないだろうなぁ。よし、次は具材を実食だ」

 

 俺は、鍋から箸で油煮された具材を小皿に取り分けていく。

 まずは、本日の主役の一つ、ホヌンから。もぐもぐ。

 

「おお、ぎっしり身が詰まっている感じのする野菜だな。それでいてとろりとした食感もあって、こりゃ食いでがあるぞ」

 

「ホヌンはナスとウリを掛け合わせた品種ですね。ヨシムネ様の言ったとおり、そのジューシーな食感が人気の野菜です」

 

「『リドラの箱舟』みたいなキメラ食材なのか……」

 

 さて、次はペペリンドだ。

 どれどれ……。

 

「皮ごと食べたのにふわふわしとる……。うわ、これ、うま味がすごいな!」

 

「キノコのうま味成分が豊富に含まれている野菜ですね」

 

「野菜なのにキノコってどういうことなの……」

 

 未来の食材は不思議でいっぱいだ。

 

『ヨシちゃん次は鶏肉お願い』『マッシュルーム! マッシュルーム!』『フランスパンもう一度!』『どんどん食べて、どんどん』

 

 味覚を共有している視聴者のリクエストがうるせえ! せめて次食べる物を統一してくれ!

 

「次は鮭だ!」

 

 好みで決めさせてもらった。

 

「うーん、鮭の風味がいいねぇ」

 

「美味しいですね」

 

 ヒスイさんも俺に合わせて鮭を食べたようだ。そういえば、俺は魚では鮭が好きだけど、ヒスイさんの好きな食べ物とか聞いたことないな。

 

「ヒスイさん、好きな食べ物とかあるの?」

 

 俺がそう尋ねると、ヒスイさんは少し困ったような表情で答えた。

 

「なにぶん、食事を始めてから半年しか経っていないので、まだ好みという物が固定されていない気がしますね」

 

 そういえば、研究区にいた頃は食事を取ったことがないとか言っていたな。

 

「今まで一番美味しいと思った物は……そうですね、ラーメンでしょうか」

 

「おお、もしかして山形ラーメン……!」

 

「いえ、ヨコハマVRラーメン記念館で食べた味噌ラーメンです」

 

「VRにリアルの食事が負けたぁ!」

 

 そんな無駄話を挟みつつも、食事は進む。

 そして、鍋の中の具材は全て消え、フランスパンも一本丸々食べきってしまった。

 

「ふう、ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさまでした」

 

『ごちそうさま!』『美味かったよ!』『存分にアヒった』『また料理回やってほしいな』『自動調理器にアヒージョ作らせてみるかなー』

 

 俺もヒスイさんも視聴者達も、アヒージョの味に満足したみたいだ。

 鍋には、もうオリーブオイルしか残っていない。

 

「残った油はどうしましょうか」

 

 ヒスイさんがそう尋ねてきたので、俺は答える。

 

「普段パン食べるときにつけて食べるなり、パスタに使うなりいろいろ使い道はあるから、保存庫に鍋ごとしまっておこうか」

 

「了解しました」

 

 そして、俺は食事風景を映し続けていたキューブくんの方を向いて言う。

 

「それじゃあ、今回のお料理配信はこれで終わりだ。次回何を配信するかは未定! 以上、太らない身体っていいなとしみじみ思う、元おじさんのヨシムネでした」

 

「食事の楽しさは他のミドリシリーズにも伝えていきたいと思います。助手のヒスイでした」

 

 キューブくんの撮影中を知らせる赤いランプが消え、俺は息を吐いた。

 

 こうして、俺達の小さな収穫祭は終わった。

 作物を育ててそれを食すのは、やはり何物にも代えがたい楽しさがあるな。魂に染みついた農家の習性は、まだまだ消えることはなさそうである。

 



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65.海水浴リベンジ

 8月1日。次の配信ゲームについてテーマを考えていた朝、部屋に人が訪ねてきた。

 それはミドリシリーズの一号機、ミドリさんだ。

 

「ヨシムネ! 海水浴行くよ!」

 

 ミドリさんは、居間にきて開口一番にそんなことを言った。

 

「ええよ」

 

「ヒュー! さすがヨシムネ! 話が早いね!」

 

 アメリカ国区の芸能人であるはずのミドリさんが、なぜこの場にいるのかとかいろいろ疑問はあるが、全てスルーして俺は了承した。

 

「ゲームで海水浴行っていたのがうらやましくて。私も行きたかったんだよね」

 

 と、そんなことをミドリさんは言った。

 

「そういえば、『Stella』の海水浴、俺とヒスイさん以外のミドリシリーズは誰も参加してなかったな」

 

「参加を許可するとミドリシリーズ全員が参加した挙げ句、暇を持てあましたワカバシリーズやモエギシリーズなども参加し、収拾がつかなくなることが予想されます。ですので、『Stella』配信への参加は拒否しています」

 

 俺のつぶやきに、ヒスイさんがそう説明を入れてくれる。

 ワカバシリーズとモエギシリーズは、ニホンタナカインダストリの民生用ガイノイドのことだ。業務用ガイノイドであるミドリシリーズの姉妹機だな。

 

「確かに。大型船にも乗員の限度があるし、リゾート島もキャパがあるしな」

 

 俺が納得してそう言うと、ヒスイさんは「その通りです」と言ってさらに言葉を続けた。

 

「今後、配信の人気が増えるにつれ、現地参加者の増加は考えなければいけない課題ですね」

 

 ヒスイさんのその言葉に、ミドリさんが口を尖らせながら言う。

 

「むー、私だけ一号機特権で参加可能とかならない?」

 

「なりません」

 

 ミドリさんの要望をヒスイさんは、たった一言で切り捨てた。

 まあ、ミドリさんだけを特別扱いする理由は何もないからな。

 

「まっ、仕方ないから今日の海水浴で許してあげる!」

 

 そんなことを言うミドリさんに、俺はふと湧いた疑問をぶつける。

 

「海水浴とはいうが、どこに行くんだ? リアルの海岸? VR?」

 

「リアルの海岸に決まっているじゃない!」

 

「アーコロジーの外にでも出るのか?」

 

「もー、ヨシムネ、ここは港の街ヨコハマだよ? 人工海水浴場くらいあるよ」

 

「そうなのか」

 

『ヨコハマ・サンポ』に出てきていない観光スポットの類は、全く知らないんだよな。

 

 そういうわけで、イノウエさんの世話をお留守番アンドロイドのホムくんに任せ、俺とヒスイさんはミドリさんと一緒にヨコハマ・アーコロジーの市街地へと繰り出すのであった。

 ミドリさんに言われてキューブくんも連れてきたけど、海水浴場ってカメラで撮影していいのか?

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ヨコハマ・アーコロジーにある港からは少し離れた海岸線。

 そこに、市民達の憩いの場、ヨコハマ海水公園がある。

 

 砂浜が広がっているが、ここはアーコロジーの内部。外部とは沖にある透明な壁で区切られており、外から押し寄せる波や漂着物は全てその壁で遮られている。

 代わりに、人工波の発生装置があり、おだやかな波を楽しむことができる。日によっては、強い波を発生させるサーフィンデーという催しも開かれている。

 

 海水は浄化装置を通して常時綺麗にされており、砂浜もナノマシンで洗浄をされている。

 アーコロジーの内部なので、外の天気は気にする必要がない。さらには一年中、夏の気温を維持している。

 まさに、ヨコハマに存在する常夏のビーチである。

 

 ……ということをいつの間にか合流したハマコちゃんが説明してくれた。

 

 夏真っ盛りの8月だが、どうやらこの海水公園では季節を気にしなくていいらしい。

 

「とは言いましても、やはり夏の方がお客さんの入りがいいんですけどね!」

 

 自慢の赤髪をポニーテールにまとめ、青いタンクトップビキニを着たハマコちゃんが、元気にそんなことを言った。

 

 海水公園の砂浜。そこでは当然、水着に着替える必要がある。

 今日の俺は、フリル満載のフレアビキニ。パステルカラーのピンク色で、完全にヒスイさんの趣味である。

 

 一方のヒスイさんは白のワンピースタイプの水着だ。俺に様々な服を着せてくる彼女だが、自分を着飾らせる趣味はないらしい。

 でも、黒い髪と白い水着が対照的でなかなかに似合っている。

 

「普段出歩かない二級市民の人も、季節感ってものがちゃんとあるんだなぁ。ところで、ミドリさんは?」

 

 俺は、ミドリさんを探して周りを見回すが、姿が見えない。

 

「水着選びで迷っていたようですね。今来ます」

 

 ヒスイさんが後ろを振り返ったので、そちらを見てみるとミドリさんが駆けてくるのが見えた。

 黒髪をお団子ヘアーにまとめて、水着はオーソドックスな赤のビキニを着ているようだ。健康的な美を感じる。うーむ、目の保養になる。

 

「東京湾来たー!」

 

 俺達の隣に並ぶと、人目もはばからず大きな声で叫ぶミドリさん。

 すると、当然のように人の目を集めるわけで……。

 

「ミドリちゃんさんだ!」

 

「わー! ミドリちゃーん!」

 

「電子サインくだち!」

 

 ミドリさんに群がる人、人、人。

 うーむ、アメリカ国区の芸能人だというが、ニホン国区でも名前を知られているんだなぁ。

 

 と、そんなことをのんきに考えていたそのときだ。

 

「あのっ、ヨシちゃんですよね?」

 

 俺に話しかける声がした。

 そちらを振り返ってみてみると、男性二人と女性一人の三人組が、こちらを見ている。

 

「あ、ああ。21世紀おじさん少女だよー」

 

 俺は突如現れた俺を知っている人物に驚いて、思わずそんな台詞をこぼしていた。

 

「うわー、生ヨシちゃんだ! 動画の撮影中ですか?」

 

 青年達が、俺をガン見したのち、宙に浮くキューブくんを見ながら言った。

 カメラ役のキューブくんは、周囲の人達にARで動画撮影中と知らせてくれる機能を実行中なので、それを見ての台詞だろう。

 

「ああ。俺達以外はぼやけて映るように画像処理してあるので、顔バレとかは気にしなくていいぞ」

 

 俺とヒスイさんとミドリさん、そしてハマコちゃん以外は、人物がはっきりと判別できないように映すこと。それがこの海水公園にカメラを持ち込む条件だった。キューブくんは優秀なカメラロボットなので、当然その機能も搭載されている。

 

「気にしないでいいですよ。むしろ、ヨシちゃんの配信に映るチャンス!」

 

 青年がそう言ったので、俺は他の二人にも確認を取ると、映していいと許可を貰えたので、三人は画像処理の対象にしないようキューブくんに頼んだ。

 

「ところでヨシちゃん、あっちの人垣は……」

 

「あれね。今回、ミドリさんと一緒に来ているんだ。そうしたら、電子サインをねだられたようでな」

 

 青年の疑問に、俺がそう答えると、彼ははっとしたような顔になる。

 

「電子サイン! そうだ、ヨシちゃん、俺達に電子サインください!」

 

「おう、いいぞー」

 

 快く受けることにしたが、そこではっと気づいた。

 

「ヒスイさん、電子サインってどうやるの!?」

 

「少々お待ちください」

 

 ヒスイさんがそう言うと、ほどなくしてARで視界に電子サインの手順が表示された。ありがてえ。さすがヒスイさんです!

 これをこうして、こうすると……。はっ、やばい、サインなんて考えてない!

 とりあえず、カタカナで『ウリバタケ ヨシムネ』っと。

 

「どうだ、三人とも届いたかな?」

 

「届きました!」

 

「はい! やったー!」

 

「ありがとうございますー。わー、フレンドに自慢できます!」

 

 リアルで俺のファンって人に初めて会ったよ。ちょっと感動だ。

 そうして彼らと雑談を少し交わすうちに、ミドリさんの周囲の人が少なくなってきた。青年達もそれを察したのか、この場を離れるようだ。

 

「そうだ。ヨシちゃん、水着似合ってますよ!」

 

「ありがとう! べ、別に中身おじさんだから、褒められても別に嬉しくないんだからね!」

 

「21世紀名物ツンデレいただきました! あざーっす!」

 

 そんな言葉を最後に、青年達とは別れた。

 そして、ミドリさんがこちらに戻ってくるなり、こんなことを言いだした。

 

「スイカ割りしようよ!」

 

 唐突である。

 こちらの返事を聞く前に、ロボットがスイカを持ってこちらにやってきた。って、ちょっと待て。

 

「このスイカ、でかくね?」

 

「お化けスイカね!」

 

「ジュース加工用の品種ですね」

 

 俺が驚いていると、ミドリさんが名前を言い、さらにヒスイさんが補足を入れてくれた。

 名前の通り、お化けカボチャくらいでかい。

 

「おやおや、海水浴客のみなさんに振る舞ってくれる感じですか。ありがとうございます。こういう催し物があると盛り上がるんですよー」

 

 ハマコちゃんがそんなことを言いだした。みんなに振る舞う……? ああ、割った後のスイカをどうするかについてか。確かに、こんなの四人じゃ食べきれないわな。バイオ動力炉は優秀だから、腹に詰め込めば消化はしてくれるんだろうが。

 ハマコちゃんに褒められて、ミドリさんはにっこり笑顔だ。

 

「で、誰が挑戦するんだ?」

 

 お化けスイカを前に俺が三人にそう尋ねると……。

 

「配信中なんだし当然ヨシムネね」

 

「ヨシムネ様、お願いします」

 

「ここは主役のヨシムネさんで」

 

 と、答えが返ってきたので、俺が挑戦することになる。まあ、いいけどな。これも配信のため!

 棒でなくエナジーブレードを手にし、顔に目隠しをする。

 

「さあ、10回回りなさい!」

 

 ミドリさんから指示が来たので、頭を下げてその下にエナジーブレードを地面に向けて突き立て、エナジーブレードを中心にその場でぐるぐると回った。

 お、おお……。これは!

 

「なあ、全然目が回った感覚がないんだけど」

 

「しまったー! ミドリシリーズの優秀なオートバランサーの存在を忘れてたよ! ちなみに私はそんなミドリシリーズの一号機!」

 

 ミドリさんの露骨な台詞に、周囲で見守っていた観客から笑いがもれる。

 先ほど解散した感じなのに、お化けスイカの登場でまた人が集まってきているのだ。

 

「それはいいから、場所を指示してくれ。スイカの気配を察知して斬る! とか俺には無理だからな」

 

「そんなのできる人いるの? ちょっと右に回って」

 

 ミドリさんの指示に、俺は少し身体を右回転。

 

「そうそう、そのまま進んでー」「ヨシムネ様、左に半歩ずれてください」「ああー、ヨシムネさん、行きすぎです!」「ヨシちゃーん、振り下ろせー!」

 

 みんなバラバラの指示だしてきやがるな! さっき別れた青年達の声援も聞こえるぞ。

 俺はとりあえず、ヒスイさんの言葉を信じる!

 

「ヨシムネ様、右です」「待ってください、今のはミドリです」「違います。右です」「真っ直ぐ行ってください」

 

 ぬわー、ミドリさんらしき人がヒスイさんの声真似をしているぞ!

 ここは……ハマコちゃん任せた!

 

「ヨシムネさん、そこー!」

 

「よっしゃー!」

 

 エナジーブレードを振り下ろすと、手応えあり!

 

「やったか!?」

 

「やったー! やりましたよー! ヨシムネさん」

 

 ハマコちゃんの喜ぶ声が聞こえたので、目隠しを取る。すると、目の前に青いシートの上で真っ二つになったスイカが見えた。

 

「おおー、やるじゃん。ミドリシリーズは駄目だな。ハマコちゃんがヨコハマの勝利の女神だ」

 

「えへへー、そうでもないですよー」

 

 俺とハマコちゃんがそう言って盛り上がっていると、ミドリさんとヒスイさんがにらみ合っていた。

 

「こらそこ、たかがお遊びで喧嘩するんじゃない。それよりも、スイカの切り分けをどっちかやってくれ」

 

 俺が二人の方にエナジーブレードを差し出すと、「私が」と同時に口にし、互いに牽制を始めた。

 

「駄目なお姉様達だな……ハマコちゃん、切り分けてー」

 

「私ですか?」

 

「こういうのはAIの方が正確に切れると思うんだよね」

 

「私ではエナジーブレードの切断モードをオンにできませんので、切り分けられないですよ!」

 

「あー、そうか。これ、ヒスイさんのブレードだもんな」

 

 仕方ないので、俺とハマコちゃんは、駄目なお姉様と言われて打ちひしがれているヒスイさんとミドリさんをなだめる。

 二人はすぐに元気を取り戻し、ヒスイさんはエナジーブレードで割れたおばけスイカを切り分け始める。

 そして、ヒスイさんとミドリさんの二人は、今度は仲よく周囲の海水浴客に向けてスイカを配り始めた。うん、仲良きことは美しきかな。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 俺達は夏の海を散々遊び倒した。

 スイカを食べて、泳いで、ビーチバレーして、海の家で焼きそばとイカ焼きを食べて、砂遊びして、浮き輪を借りて波に流されてと、今日は目一杯楽しんだ。

 そして、海の向こうの透明な壁から見える太陽が沈み始め、夕刻に。俺達は遊びを切りあげ帰ることにした。

 

「いやー、今日は楽しかったねー」

 

 そんなことをしみじみとミドリさんが言う。本当に今日は楽しかったな。

 

「楽しかったです。またお呼ばれしたいです。では、私はお先に失礼しますね!」

 

 水着から行政区の制服に着替えたハマコちゃんが、先に帰ろうとする。

 

「あとで今回の動画をお送りしますので、ご確認をよろしくお願いします」

 

 そんなハマコちゃんに、ヒスイさんがそのように言ってぺこりと頭を下げた。

 

「はい、お任せください! では、またお会いしましょう!」

 

「またなー」

 

 ハマコちゃんが、るんるん気分で去っていく。スキップとかしているぞ。面白い人だなぁ。

 

「じゃ、私もマンハッタンに戻るね」

 

 次に別れを切り出したのは、ミドリさんだ。

 そうか、うちに泊まっていったりはしないんだな。芸能人だからそうそうスケジュールは空いてないか。

 

「ああ、今日はありがとうな」

 

 俺はミドリさんにそう礼を言った。

 それを聞いたミドリさんは、笑顔で言葉を返してきた。

 

「また遊びましょ。あ、そうだ、遊びといえば、ヨシムネにオススメのゲームあるんだ。冬のインケットで買ったんだけど」

 

「インケット……?」

 

「バーチャルインディーズマーケットのことだね! 夏と冬に開催される、インディーズのゲーム、コミック、ノベルを配布する歴史ある祭典なの」

 

 夏と冬のマーケット的な祭典……。それ、20世紀からあったりしません?

 

「はい、一本追加で買ったから、メッセージで贈ったよ! プレイしてみてね!」

 

「どれどれ……『Space Colony of the Dead』。ジャンルはガンシューティング。ゾンビゲーかぁ……」

 

「詳しくはヒスイに聞いてね。じゃ、またSCホームで会おうね。シーユー!」

 

 ミドリさんも元気に去っていく。

 残ったのは、ヒスイさんとキューブくんの二人と一体。

 俺は寂しさを覚え、ヒスイさんに話しかけた。

 

「リアルで出かけるのも楽しいな。またどこかに遊びに行こうか」

 

「そうですね。ハマコ様にオススメのスポットを聞いておきましょう」

 

 そんな言葉を交わしながら、俺達は家路につくのであった。

 



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66.Space Colony of the Dead(ガンシューティング)<1>

 収穫が終わったためレイク以外が撤去されたガーデニングの部屋で、俺は朝食後ののんびりした一時を満喫していた。

 レイクは結局実をつけなかったな。動く植物の実を食べるのはちょっと気が引けるので、安心したと言っていいのだろうか。

 レイクに水やりをするヒスイさんをぼんやりと眺めながら、俺は思考を次の配信へと切り替える。

 

 次の配信は、ミドリさんに貰った『Space Colony of the Dead』をプレイする予定だ。

 ただ、このゲーム、ゾンビが出てくるんだよな。

 俺は、レイクと握手をしてたわむれているヒスイさんに向けて話しかけた。

 

「ヒスイさん、ゾンビは大丈夫?」

 

「ゾンビですか? 特に問題ありませんが、ヨシムネ様はゾンビが苦手ですか?」

 

「いや、俺は大丈夫。でも、ホラーって苦手な視聴者もいるだろうからさ」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんは一瞬考え込んで、そして言葉を返してきた。

 

「ホラーではなくアクションなので、大丈夫ではないでしょうか」

 

「大丈夫か。まあ、注意はうながしておこう」

 

「そうですね」

 

 そう結論をつけた俺達は、また各々の好きな行動を取るのに戻る。

 ヒスイさんはジョウロをしまってイノウエさんをかまいに行き、俺は内蔵端末で21世紀のゲームの復刻作品をプレイする。

 レトロゲームの復刻はマザー・スフィアが熱心に進めているらしく、俺が時空観測実験事故に巻き込まれた後に発売されたゲームも復刻されていたりする。

 

 俺にとっては最新のゲームばかりなのだが、この時代からするとレトロゲーム扱いを受けるんだな、と少ししみじみしてしまう。

 そんな復刻ゲームの中には、インディーズのPCゲームなんかも存在していたりする。

 日本語化MODが存在しなくてプレイできていなかった名作も、自動翻訳機能のおかげで問題なくプレイできるのは本当にありがたい。

 

 そういえば、今回配信する『Space Colony of the Dead』もインディーズのゲームなんだよな。

 

「ヒスイさん、今の時代のインディーズゲームの扱いって、どんなんなの?」

 

「インディーズですか。主に二級市民の方が趣味で制作しているゲームですね。ゲームメーカーに所属してゲーム制作を仕事にする場合、その人は一級市民となりますが、趣味で制作する分には仕事扱いとはなりません」

 

 俺の疑問に、ヒスイさんがすぐさま答えてくれる。

 そして、さらにヒスイさんは説明を続けた。

 

「そして、趣味で制作したインディーズゲームを販売する場合、売上金は制作者の収入となります。配給クレジットとは別にお金を稼ぐ手段の一つですね。爆発的な人気が出た場合、二級市民にもかかわらず一級市民並みのクレジットを得る人も出てきます」

 

「へー。それじゃあ、みんなお金欲しさにゲーム制作始めない?」

 

「クレジットが欲しいのなら、仕事に就いて一級市民になればよいのではないでしょうか? 一級市民に配給されるクレジット額は多いのですから」

 

「それもそうか」

 

 俺は納得して『Space Colony of the Dead』の情報を改めて眺めた。

 制作者は二人組。ゲーム制作と、音楽制作に分かれている。複数人で作ると、売上金の分配でもめるとかもありそうだな。

 そして、また浮かんできた疑問をヒスイさんにぶつける。

 

「趣味で制作しているってことは、フリーゲームもやっぱりあるのかな?」

 

 フリーゲームとは、ネットを通じて無料で配布されるゲームのことだ。

 

「ありますね。クレジットを取るか、より多くの人にプレイしてもらうのを取るか、人それぞれなのでしょう」

 

 なるほどなー。俺は配信をするうえで視聴者からお金をもらったりはしていないが、配信には視聴者からお金をもらう投げ銭とかの仕組みがあったりもするんだよな。

 他にも、広告を表示して広告料をもらうだとか。俺の場合は、ミドリシリーズの姿で配信をするという行為そのものが、スポンサーであるニホンタナカインダストリの広告になっている。

 

 でも、できれば視聴者にはお金だとか広告だとかを意識しないで、純粋に配信を楽しんでもらいたいと思っている。

 これは、俺が一級市民だから持てている余裕なのだろうか。なのだろうなぁ。

 

 まあ、だからといって何があるわけでもないのだが。

 俺は俺のペースで好きなように配信を行なっていこう。趣味ではなく、半ば仕事のつもりで配信しているけれども。

 義務感がないただ遊ぶだけの生活は、あれはあれでなかなかに辛いのだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 その日の午後、ライブ配信が始まる。

 今回はリアルではなくSCホームからの開始だ。

 

「どうもー。惑星テラの夏を満喫中の21世紀おじさん少女だよー」

 

「久しぶりに季節らしさを感じております。助手のミドリシリーズガイノイド、ヒスイです」

 

 予告通りの時間に始めたため、続々と視聴者が接続しにきている。

 

『わこつ』『わこつを言う瞬間を待っていたんだッ!』『リアルで海水浴とかうらやましい』『うちのコロニーはプールしかないわ』『惑星マルス住みですけど、海は塩水じゃないんですよね』『ヨシちゃんの水着姿キュートだったぞ』

 

 そんな視聴者の抽出コメントを聞いて、俺は「おっ!」となった。

 

「前回のリアル海水浴動画、見てくれたんだな。ありがとう。そう、このヨコハマ・アーコロジーの季節は夏。夏といえば海水浴、キャンプ、バーベキュー。レジャーの季節だ。だが、夏はそれだけじゃないぞ!」

 

 俺は、そこでヒスイさんに目配せする。すると、ヒスイさんはバスケットボール大のゲームアイコンを出現させ、両手に持って頭の上に掲げた。

 そして俺は言葉を続ける。

 

「夏といえば怪談! ホラー! つまりゾンビ! 今回のゲームは、ゾンビを撃って倒すガンシューティング、『Space Colony of the Dead』だ!」

 

『うわあああ! オブ・ザ・デッドだー!』『ゾンビ!』『定番中の定番、ゾンビゲー!』『なんで夏といえばホラーなのかは解らんが!』『知らないオブ・ザ・デッドだ』『どこのメーカー?』

 

 ふむ、さすがに出て半年しか経っていないインディーズゲームは、誰も知らないか。

 

「ヒスイさん、解説よろしく」

 

「はい。『Space Colony of the Dead』は二人組のゲーム制作グループ『MOSCO GRAPHY』によって制作されたインディーズゲームです。昨年12月のバーチャルインディーズマーケットで発表されました」

 

『インディーズか』『カバー範囲広いな』『インディーズのゾンビゲーとか、別の意味で怖くなってきやがった』『タイトルからあふれ出るB級臭』

 

 大丈夫、ヒスイさんが先行してプレイして、配信に耐えられるゲーム内容だって確認しているからな。

 そして、俺は一つ気になったことがあったので、ピックアップされる視聴者コメントが途切れた瞬間を狙って発言する。

 

「オブ・ザ・デッドがゾンビ物のタイトルにつけられる言葉なのは20世紀からの伝統だが、まさか600年後の未来でも残っている文化だとは思わなかったぞ」

 

「ゾンビとサメは、いにしえから続く映像作品の定番ですね」

 

「海が身近じゃない宇宙時代に、サメが残り続けているのがすごいよ……」

 

『そういえば『ヨコハマ・サンポ』でもサメが空飛んでたな』『なんでサメ? って思ったわ』『ゲーム以外のメディアにあんま触れない人? 映像作品だとサメはこってこての古典ネタだぞ』『サメは時空を泳ぐからな。海とかいらない』

 

 宇宙どころか時空を泳ぐようになったかぁ……。サメすげえな。

 

「なので、ゾンビが苦手な人はここから注意だ。何日もこのゲームを配信するわけじゃないからな。無理して見続けなくても大丈夫」

 

『優し味』『その気づかい、キュンとなる』『ゾンビは大丈夫』『ホラーは苦手だけどガンシューティングならまあなんとか』『小粋なトークで恐怖を紛らわして?』

 

 さて、注意もうながしたし、雑談はここまでだ。早速、ゲームを始めていくことにしよう。

 

「それじゃあ、インディーズのガンシューティングゲーム、スタート!」」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんがゲームを起動し、SCホームの背景が崩れていく。

 

『スペースコロニー・オブ・ザ・デーッド』

 

 そんなタイトルコールがされ、背景が市街地に変わる。その市街地には天井があり、夕刻を知らせる赤い照明で照らされていた。そして、街の通りに身体がぼろぼろになった人間、ゾンビがうろついている。

 おそらく、ゾンビアポカリプス後のスペースコロニーだろう。

 

「このタイトルコール、制作者の人がアテレコしたのかな?」

 

 俺がそんなことを言うと、ヒスイさんが否定の言葉を述べた。

 

「いえ、おそらく人工音声ではないでしょうか」

 

「ああ、そうか。21世紀でも十分人の声に聞こえる人工音声があったんだから、この時代じゃ完璧な人工音声があるのか」

 

 普段ゲームで触れているNPC達も、人工音声で声を出しているわけだし。

 俺は納得して、ゲームを進めることにした。

 

「では、ゲームスタートっと、オプションは任せるよ、ヒスイさん」

 

「お任せください。プレイモードは二人、難易度はノーマルです」

 

 ゲームが開始され、『キャラクター名を音声入力してください』と出たので、「ヨシムネ」と発音して入力する。ヒスイさんも、「ヒスイ」と言って入力を終えていた。

 今回は、二人での協力プレイだ。ヒスイさんの存在が頼もしいぜ。

 

 そうして、オープニングが始まる。キャラクターメイクはないようだ。アバターがそのまま適用されるのかな?

 

『とある時代、とある星系のとあるスペースコロニーで、人々は平和な暮らしを続けていた』

 

 タイトルコールにもあった、男性ボイスがそんなナレーションを始めた。

 宇宙から四角いスペースコロニーを映し出す映像が流れている。

 

『だが、ある日、近くの星系で超新星爆発が発生。未知の宇宙線が、スペースコロニーに降り注いだ』

 

 未知の宇宙線か。SFっぽい設定だな。

 

『未知の宇宙線にさらされ、電子機器は狂い、ロボットは暴走し、人間はゾンビとなった』

 

 シンプル! 解りやすい導入だ。でも、ゾンビアポカリプスはこれくらい簡潔な原因でいい。凝った設定とか、ガンシューティングを純粋に楽しむのには必要ないからな。

 

『だが、その中でも生き残っている者がいた! ヨシムネ、ヒスイ。彼女達は、分厚い医療用カプセルの中で検診を受けていたため、宇宙線にさらされずに済んだのだ!』

 

 スペースコロニーには宇宙線から人間を守る外壁があるはずだ。それを突破する未知の宇宙線を医療用カプセル程度で防げるのか。

 いや、突っ込みは止そう。そういうのは野暮だ。

 

『電子機器は狂い、いずれこのスペースコロニーは機能しなくなってしまう。超能力艦を探しだし、スペースコロニーから脱出するのだ!』

 

 と、そこで感覚がアバターに戻る。オープニングはこれで終わりかな?

 

 俺は、どうやらどこかに閉じ込められているようだ。狭い。どうにか出られないかと目の前の壁を押すと、意外と簡単に壁は動いた。

 薄暗い明かりが目に入ってくる。

 俺は、狭い空間から抜け出そうと身体を前に押しだした。ここは、どこかの部屋のようだ。

 天井の照明は落ちており、非常灯らしきものが部屋を照らしている。

 

 後ろを振り返ると、ナレーションにあった医療用カプセルらしきものが、フタを開けて鎮座していた。これに閉じ込められていたのか。

 カプセルは他にも複数個並んでいる。

 眺めていると、カプセルの一つが開き、中からヒスイさんが出てきた。

 黒髪に行政区の制服を着たいつものヒスイさん。そのはずだったのだが、いつもと違う部分が一箇所あった。

 

「あれ、ヒスイさん、耳のアンテナがついていないな」

 

 俺の言葉に、ヒスイさんがこちらを向く。そして、露出した耳に手を当てながら言った。

 

「プレイヤーは人間という設定のようですね。おそらく、医療用カプセルに入っている理由付けをしたのでしょう。ガイノイドなら、入るのはメンテナンスポッドのはずですから」

 

「なるほどなー。『Stella』でアマゾネスになったときも耳アンテナついたままだったから、新鮮だね」

 

『人間のヒスイさんも可愛い』『役者のアンドロイド以外は、基本耳カバー外さないからな』『アンドロイドの人達、あれをアイデンティティと思っているっぽいから』『ゲーム中くらい人間に仮装してこっちに混ざってくればいいのにな』『耳カバー格好いいから外したくないです!』

 

 ほーん。いろいろあるんだな。

 さて、ゲームを進めよう。

 

「ガンシューティングということだけど、武装はあるかな?」

 

 俺は身体を確認すると、腰に銃がぶら下がっているのが見えた。銃つけたまま医療カプセルに入っていたのか……。いや、突っ込みは止そう。

 

「これはなんの銃かな?」

 

「熱線銃ですね。スペースコロニー内での武装は厳しく規制されているので、PCはおそらく行政の重要人物だったのでしょう」

 

「ほー、SF的な銃か」

 

「バッテリーに限りがありますので、新たに銃を入手する必要があります」

 

 ヒスイさんがそんな解説を入れてくれる。うん、チュートリアルいらずだな。

 

「ゾンビが持っている銃を奪うのかな?」

 

 そんな問いをヒスイさんに投げかけたのだが、ヒスイさんは「いいえ」と否定して説明を続けた。

 

「電気で動く銃は全て未知の宇宙線の影響で動作が狂っています。ですので、火薬式の銃を入手する必要があります」

 

「火薬式の銃って、この時代にそんなものがあるの?」

 

「この施設を出るとアナウンスされますが、近くの博物館で銃の歴史という展示がされています」

 

「そうきたかー」

 

 さすがゾンビゲー。解りやすくていい。

 

「では、進んでいきましょうか」

 

「おうよ」

 

 俺は銃を手に持ち、医療用カプセルの並ぶ部屋から脱出する。

 ヒスイさんと二人で並びながら、非常灯に照らされる薄暗い廊下を小走りで進む。AR表示で非常口への案内がされているので、それに従っている。

 曲がり角に来たので、注意しながら角を確認すると、そこにはゾンビが!

 

「ヴァアアア!」

 

「ていっ!」

 

 銃の引き金を引くと、熱線が飛んでいき、ゾンビを吹き飛ばした。なかなかの威力だ。民間人が持っていていい銃じゃないな、こりゃ。

 一撃で吹き飛んだゾンビを確認すると、倒れ伏して起き上がってくる様子はない。

 

「ゾンビに噛まれたらこっちもゾンビになるとかあるのかな?」

 

「いえ、そういう要素はないですね。あくまで最初の未知の宇宙線を浴びたことでのみ起きる変異のようです」

 

 俺の疑問に、ヒスイさんはそう答えた。お決まりのゾンビウィルスによる感染とかはないのね。

 まあ、生き残り同士が集まるゾンビサバイバルではないから、感染がどうこうとかは気にする必要はないだろうけど。

 

「じゃあ、進もうか」

 

 そうして、廊下の途中で遭遇するゾンビを撃っていき、非常口近くまでやってきた。

 と、そこでヒスイさんが注意をうながしてくる。

 

「暴走したアンドロイドがいるようです」

 

 確かに、非常口の前に、何かが待ち構えているのが遠目に見えた。

 

「ここから狙撃は無理だよな」

 

「ハンドガンですからね」

 

 仕方なく、俺達は銃を構えながら、ゆっくりとアンドロイドに近づいていく。

 黒髪のアンドロイド。皮膚がところどころはがれ落ち、金属部分が露出している。ゾンビアンドロイドって感じだ。

 そのアンドロイドは、こちらに気づき素早い動きでこちらに迫ってくる。

 

「アアアアアア! ヨシムネサアアアアアン!」

 

「ひいっ!」

 

 思わぬ速さに俺はあせって熱線を撃ち込むが、それをことごとく相手はかわしていった。

 

「甘いです」

 

 だが、ヒスイさんが見事なエイムで熱線を命中させる。

 相手は吹き飛び、倒れる。そこに、ヒスイさんが追加で熱線を撃ち込んでいった。

 

「撃破です」

 

「ふう、あせったー」

 

『ヒュー!』『さすがヒスイさんです!』『的確な射撃! これが業務用ガイノイドの力量か!』『ヒスイさんの活躍を見るのは『Stella』以来だな……』

 

 視聴者コメントが沸き立ち、喝采(かっさい)を浴びるヒスイさん。

 このゲーム、ゾンビは歩くっぽいから安心していたら、アンドロイドは走るのか。注意しないとな。

 いや、それよりも……。

 

「この暴走したアンドロイド、すごく見覚えがあったんだけど……」

 

「そうですね」

 

「ミドリシリーズじゃね?」

 

「はい、そうです。このゲームでは、エキストラとしてゾンビ役や、暴走アンドロイド役を参加させることができるのですよ。そこで、ミドリシリーズ総員287名を動員して、敵役を務めてもらっています」

 

「ええー」

 

 何そのサプライズ展開! 台本にないよ! いや、台本とか作ってないけど。

 

「じゃあこの暴走アンドロイドは……」

 

「ヤナギですね」

 

 マジかー。

 

『うーん、やられるならヨシムネさん相手がよかったですね』『おっ、ヤナギさんおつかれー』『マルスの歌姫がまさかのゾンビ役』『貴重なシーンすぎる……』

 

 どうやら、ここから先は大量のミドリシリーズが待ち受けているようだった。

 難易度ノーマルとか言っていたけど、一筋縄ではいきそうにないな!

 



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67.Space Colony of the Dead(ガンシューティング)<2>

 現在、ゾンビガンシューティングゲームのライブ配信中。

 施設を出ると、そこには出待ちをしていた暴走アンドロイドが!

 

「アアアアア! ヨシチャアアアン!」

 

「そおい!」

 

 予想できていた事態なので、落ち着いてヒスイさんと二人で銃撃して倒した。

 

『あーん、負けた。ヨシちゃんに噛みつきたかったー』『アンドロイド役であってゾンビじゃないんだから』『ウィルス感染タイプのゾンビじゃないなら、噛みつきもあまり怖くないな……』『ミドリシリーズが楽しんでいるようで何よりです』

 

 倒したようなので、俺達は視界に表示されるガイドに従って、道を進む。

 夕刻を演出する赤い照明に照らされたスペースコロニーの町並み。目指す先は火薬式の銃があるという博物館である。

 

 博物館の建物に入ると、展覧会の見物客だったのか、市民のゾンビが大量に待ち受けていた。

 俺はヒスイさんと二人で熱線銃をつるべ打ちにする。不意打ちのない歩くゾンビなど、怖くもないわ!

 

「さて、銃を回収していきましょうか」

 

 熱線銃を腰のホルスターにしまいながら、ヒスイさんが言う。

 

「透明なケースに入っているけど、どうやって取り出す?」

 

 火薬式の銃と弾丸がケースに入ってずらりと並んでいる。それを前に俺はどうしようかと迷ったが、ヒスイさんは「こうします」と言って熱線銃のグリップでケースを叩き割った。

 

「ええっ……、普通のガラスケースなの……」

 

「ゲームですから。リアリティを追求して強化ガラスにしても、プレイヤーが困るだけです」

 

「それもそうか」

 

 そして俺達は銃と弾丸を片っ端から回収して、アイテムを虚空に収納できるインベントリ機能に突っ込んでいった。

 

「インベントリがあるのもゲーム的だよな。これがなかったらリュックサックでも探す羽目になっていたよ」

 

「ゲームの設定上、道中で銃弾を補給できませんからね。ここで手に入る物がほぼ全てです」

 

 ほーん。〝ほぼ〟ね。

 

「さて、俺はあまり銃に詳しくないけど、どの銃を使おうかな」

 

『ゾンビ相手といえばショットガンやろ』『マグナム! マグナム!』『ド派手なのがいいなぁ』『銃いいよね』『いい……』

 

 うーん、じゃ、とりあえずショットガンで。

 俺は中折れ式のショットガンを手に取り、重さを確かめた。

 

「ヨシムネ様、足音が近づいてきます。速度からしてロボットかアンドロイドです」

 

 ライフルを手にしたヒスイさんが、注意をうながしてくる。

 

「あいよー」

 

 ヒスイさんの向いている方向に、俺は銃口を向ける。すると、曲がり角からミドリシリーズのガイノイドがガクガクした動きで走ってくるのが見えた。

 

「ドロボオオオ! イケナインダアアア!」

 

「いや、これは生存目的のための致し方ない犠牲でな……コラテラル・ダメージというやつで死ねい!」

 

 近づいてきたところをズドンだ。

 ショットガンの一撃は、見事にガイノイドの胸部に命中し、吹き飛ばすことに成功した。倒れ伏した相手が起き上がる様子はどうやらないようだ。

 

「ヒュー、爽快」

 

「本当はミドリシリーズが、散弾銃の弾程度で機能を停止することはないのですけれどね」

 

「マジかよ。その領域でノックアウトとかしているアンドロイドスポーツって、なんなんだ」

 

『負けちゃった』『おつかれー』『アンドロイドスポーツは、ノックアウトしても再起不能まで壊れることはそうそうないよ』『なおロボット格闘は壊れるまでやる模様』『散弾銃格好いいけど、銃の威力で見るなら最初の熱線銃が一番強そう』『そこはゲーム的な調整がされているのだろうな』

 

 まあ、火薬式の銃ではロボットの装甲を抜けないとかになったら、ゲームとして成り立たなくなってしまうからな。

 ともあれ、俺達は銃の確保に成功し博物館を後にして、視界に表示されるガイドの指示する方向に進み始めた。

 

 道中では、ゾンビ、ミドリシリーズのガイノイド、掃除ロボット等が次から次へと襲ってくる。

 初めてとなるスペースコロニーの町並みをじっくり眺める余裕は、俺達にはなかった。

 

「しかし、ミドリシリーズが連携してこないのだけは助かるな。複数で来られたらやばかった」

 

「暴走アンドロイドという設定ですから、互いに連絡は取り合っていないようですね。視聴者に混ざるのも、死亡した後にしているようですし」

 

「ロールプレイあざっす!」

 

 分かれ道とかがなくて一本道のゲームのようだから、参加してくれているミドリシリーズはおそらく全員登場するだろう。

 一方的に撃たれるだけだろうが、やられ役を楽しんでいってくれたら嬉しい。

 

 と、道なりに進んでいったら、道路が大きな乗り物で塞がれている。

 AR表示が切り替わり、次の道として建物の内部を指し示した。

 建物は……デパートか。

 

 どう道がつながっているのかは知らないが、ガイド表示に従い建物に入ろうとする。そのときだ。

 

「ヨシイイイ!」

 

「ぎゃー!」

 

 建物の上から何かが降ってきて、組み敷かれる。

 

「アアアアア!」

 

 そいつは口を大きく開いて、こちらに噛みつこうとする。

 だが、そこでヒスイさんのライフルの銃口が相手の口の中に突っ込まれ、引き金が引かれた。

 

 ライフルの一撃が相手を吹き飛ばし、俺は解放された。

 

「あ、あぶねえええ!」

 

『くそー、惜しかったぜ!』『オリーブさんか。あと一歩だったな』『どうやって不意打ちしたの?』『建物の上によじ登った!』『操作系が暴走していてまともに動けないのに、よくやりますね……』

 

 マジかよ。前に視聴者が、スペースコロニーは高所から飛び降りることができないようになっているとか言っていたから、上から来るのは予想してなかったぞ。心臓が飛び出るかと思ったわ。

 

 俺はヒスイさんに助け起こされ、地面に転がったショットガンを拾い直した。

 

「油断せず行きましょう」

 

「おうよ」

 

 そうヒスイさんと言葉を交わし、デパートの中へと入る。

 デパートの中も、市民ゾンビや暴走ロボット、デパートの制服を着たミドリシリーズが待ち受けていた。

 そんな道中で、気になる物を発見した。

 

「ヒスイさん、なんかサメフェアが開かれているみたいなんだけど……」

 

「そのようですね」

 

 天井からぶら下がっている大きなポスターに、サメが描かれている。

 

「『本物のサメを見よう!』……これ絶対サメゾンビ出るやつだ!」

 

『B級にB級を重ねるとか……』『このゲームの制作者、なかなかやりおる』『今のインディーズってすごいのな』『こだわりを感じる』

 

 サメ登場を予感しながら、俺達は先を進む。

 デパートの地下に向かい、関係者以外立ち入り禁止の区画に入る。そして、明らかにデパートではない場所に入った。

 

「ここはなんだろうか」

 

 俺は浮かんだ疑問をそのままヒスイさんにぶつけた。

 

「水の循環施設ですね。スペースコロニーでは、使用済みの水は全てこの施設で浄化され、水の再利用がなされます」

 

 水……だと……。

 

『サメですね』『サメですなぁ』『これでサメが出なかったら詐欺だよ』『サメゾンビまだかなー』

 

 道を進むと、水の流れる水路へと変わる。

 非常灯に照らされる薄暗い水路で、そいつは予想通り飛びだしてきた。

 

「うお、うおおお!」

 

 大口を開けてこちらに食いついてきたので、俺はシステムアシストを駆使して飛び退いた。

 直前まで頭のあった場所をサメの巨体が通過していく。

 

「仕留めます」

 

 ライフルの銃声が水路に響く。

 

「命中しましたが、まだ死んではいないようですね」

 

「了解。俺も当てるぞ」

 

 水路に潜って姿を消したサメ。しばし待つと、背後から水音が。俺は身体をひねり、飛び出すサメの攻撃をかわしながら、散弾を撃ち込んだ。

 ヒスイさんもライフルをまたもや命中させる。だが、サメはしぶとくまだ生きている。

 何度か攻撃の瞬間を銃で狙っていくと、サメは空中で絶命したのか通路の上に落ちてくる。

 死んだサメをよく見てみると、表皮がところどころはがれ肉が露出した、まさにサメゾンビと言える存在だった。

 

「サメゾンビ、獲ったどー!」

 

『水中からの謎ジャンプとか、まさしくB級のサメだった』『名誉サメゲーに認定しよう』『サメハンターヨシちゃん』『チェーンソーと爆薬が足りないな』『銃で死ぬとはあっけないやつよの』

 

 そんな謎の盛り上がりを見せて、サメのターンは終了。

 俺達は水路を抜けて、地上へ。さらにスペースコロニーの町並みを進んでいった。

 

 次々襲い来るゾンビとロボットとアンドロイド。敵の攻撃も多彩になってきて、謎の緑の液体を吐き出してきたり、瓦礫をこちらに投げつけてきたりとスリルのある展開に。やがてショットガンの弾は尽き、俺は拳銃に武器を替えていた。

 道中、動物園を通り、逃げ出したゾンビ動物と戦うことになる。コロニー長の家では壁にバズーカが飾られていたので、回収してゾンビに向けてぶっ放したりした。

 そうして、とうとう俺達は宇宙港に到着する。

 

 そこに待ち受けていたのは……ミドリシリーズの集団だった。

 

「ヨシムネチャアアアン!」

 

「カム! カム! カミツクウウウ!」

 

「オネエサマアアア!」

 

 一斉に襲ってきたので、逃げ回りながら俺達は銃弾をひたすらに撃ち込んだ。銃声があたりに響きわたる。

 

「ヒスイさん、お姉様だってよ! 慕われているじゃん!」

 

「いえ、あれはヨシムネ様を呼んでいるのですよ。最近ロールアウトした子ですね」

 

「マジか! 初対面」

 

『妹系ゾンビガイノイド』『変な属性盛り過ぎ!』『初対面なのに暴走した姿とか、それでいいのか……』『それより何気にピンチじゃね』

 

 ピンチはピンチなんだけど、みんな殴りつけようとしないで噛みつこうとするから、掴まれるのさえ注意すればそれほど危なくないんだよな。

 そして、襲われていないヒスイさんが一人、また一人と確実に沈めていってくれている。

 やがて、全てのミドリシリーズは沈黙した。

 

「さあ、船を探しましょう」

 

「ヒスイさん頼りになるわぁ……」

 

 赤い照明が照らす中、俺達はガイドの指し示す一つの宇宙船に辿り着いた。

 その宇宙船の前には、暴走アンドロイドが一体待ち受けていた。

 

「ヨクゾココココココマデマデマデキタネエエエ!」

 

 うーん、言えてない。あれは誰だろうか。

 

「ミドリですね。最後の一体なので、銃を撃ってきます。気をつけてください」

 

 おお、ここに来て遠距離持ちか。

 ミドリさんらしき敵は、適当に銃を乱射している。光線銃っぽいな。

 

 俺とヒスイさんは都合よく配置されている遮蔽物のコンテナを使って光線をかわし、銃弾を確実にミドリさんに叩き込んでいく。

 他の暴走アンドロイドより頑丈だ。ラスボスということだろう。

 だが、二対一ということもあってか、やがてミドリさんは動かなくなった。

 

「おー、やったぜ。ミドリさん、安らかに眠れ」

 

 そうしてミドリさんの横を通り、宇宙船に乗り込もうとする。だが、その次の瞬間。

 

「シンダフリイイイ!」

 

「ぎゃー!」

 

 突然起き上がったミドリさんに、俺は噛みつかれていた。

 

「ヨシムネ様!」

 

 ヒスイさんの銃の一撃が、ミドリさんの頭を吹き飛ばした。

 今度こそ、ミドリさんは動きを止める。

 

『いえーい、噛みつけたよー!』『やるじゃん。さすがミドリちゃんさん』『役者もやっているだけある』『なんで噛みつくのにこだわっているかは理解できないけどな!』『えー、ゾンビといえば噛みつきでしょう?』

 

 最後にしてやられたわ!

 

「申し訳ありません、油断してしまいました」

 

 ヒスイさんが謝ってくるが、死んだわけでもないから無問題だ。

 俺はヒスイさんをなだめ、宇宙船の内部へと入る。

 中にゾンビがいないことを確認すると、俺達は操縦席へと座った。

 そこで、視界が暗転しムービーシーンへと切り替わる。

 

 宇宙船が発進し、スペースコロニーを出ようとする。だが、隔壁は開かず、宇宙船から光線が発射され、隔壁を破壊した。

 そして、宇宙船は宇宙に飛び出し、遠くに見える青い惑星へと向かっていく。

 

 その惑星がアップになり、地上にカメラの焦点が合う。地上は建物が建ち並ぶ未来的な大都会である。

 だが、そこにいる人々は全てがゾンビとなっていた。多数のゾンビがうごめく宇宙港に、宇宙船が降りていく。

 

『THE END』

 

 画面一杯に文字が表示され、身体に自由が戻ってきた。

 

「というわけで、『Space Colony of the Dead』難易度ノーマル、これで終了です」

 

 耳にアンテナをつけたアバター姿に戻ったヒスイさんが、淡々と述べた。

 ゲームクリアか。

 

「ふう、無事死ぬことなくクリアできたな。ミドリシリーズのみんなもおつかれ」

 

 俺がそう言うと、視聴者コメントが読み上げられる。

 

『クリアおめでとう!』『おつかれー』『いやー、ゾンビ物らしいラストだったな』『救いのない結末! まさにゾンビ!』『あのあと主人公達はどうなるんだろうな』『物資を回収して生き延びるゾンビサバイバルになりそう』

 

 ガンシューティングにサバイバル要素も付け足されたら、インディーズの範疇では制作が大変そうだな。

 

「でも、参加型のゲームというのは新しい発想だったな。今後、視聴者が大勢参加できるゲームを探して配信したりすると面白いかもしれん」

 

「そうですね。見つくろっておきます」

 

 俺の言葉を提案と受け取ったのか、ヒスイさんがそんな反応をした。

 視聴者も配信に参加できると聞き、盛り上がる。

 そして、そのままの流れでゾンビ談義とサメ談義を繰り広げていると、時間もだいぶ過ぎてしまった。

 

「それじゃあ、今日の配信はここまでにしようか」

 

『残念』『次もまた面白いゲームをよろしく』『雑談だけで回してもいいんですよ?』『インディーズゲームも悪くなかったね』『もうすぐ夏のインケットの時期かぁ』

 

「次のインケットには参加して、インディーズゲームを探そうと思っているぞ。以上、ヨシムネでした!」

 

「スペースコロニーの警備員としても最適なミドリシリーズ、ヒスイでした」

 

 あのヒスイさんの正確な銃撃は、確かに広告効果がありそうだな! 死んだふりを見抜けないのは問題だが。

 まあ、業務用ガイノイドを買う立場の人が配信を見てくれているのかは不明なのだけれども。

 

 そうして配信を終了すると、SCホームにどっとミドリシリーズがなだれ込んできた。

 その数は……とても多い!

 

「すみませんヨシムネ様。全員来てしまいました」

 

「あー、287人だっけ。うーん、全員に庭にいてもらうわけにもいかないし、宴会場でも作るか」

 

 俺は、端末を操作し、日本家屋の中に300人入っても大丈夫な広い空間を作り出した。

 家屋の外観は変わっていないが、内部では空間が広がっている。VRだからできることだな。

 

「よーし、みんな家の中に集まれー!」

 

「わぁい!」

 

 その後、場は宴会となり、俺達は親睦を深めることとなった。

 ただし、全員の名前は覚えきれていない。

 それを聞いたミドリシリーズの面々は、「人間って大変だね」と口々に言い、その後みんなで胸にネームプレートをつけることになったのだった。

 



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68.Stella 廃墟探索編<1>

 その日、俺とヒスイさんは『Stella』の中で動画の撮影を行なっていた。

 目的は廃墟探索。とはいってもダンジョン的な場所に行って財宝を得ようとかそういうものではなく、純粋に廃墟を探索し廃墟を愛でようという観光の一環である。

 

 正直なところ、俺は廃墟が好きなわけではない。

 世の中には、廃墟を愛し、廃墟に訪れることを喜びとする人達がいる。

 そんな廃墟マニアではないのに廃墟へ観光に訪れているのは、食わず嫌いはよくないというそんな思いによるものだ。

 

 今回の目的地は謎の村跡。剣と魔法の『星』ファルシオンにある、奇妙なスポットだとヒスイさんがNPCから伝え聞いたらしい。

 

「確かに奇妙だ……人形が転がっている」

 

 村跡を見渡しながら、俺はそう言った。寂れた村跡、その至る所に等身大の朽ちた人形が落ちているのだ。

 何か条件を満たしたら動き出しそうな感じだが、サービス開始から数年経って未だに放置されたままということは、特に何もないのだろうか。

 そんなことをヒスイさんに言ったのだが……。

 

「そうでもないようですよ。SNSを確認しても、この村跡のことは廃墟好きの人にしか認知されていないようです。何かがあるかどうかを誰も調べていないのではないでしょうか」

 

「ほーん。膨大な数のプレイヤーがいるのに、そんなことってあるんだ」

 

「このゲームのMAPは広大ですからね」

 

 確かに、このゲームの世界は広く、この村跡も辺境に存在している。

 

「ということは、トレジャーハントのチャンスかもな。動画的に美味しいな」

 

 予定を変更して財宝探しだ。

 なお現在、ライブ配信は行なっていない。ライブ配信をすると、どこからともなく人が大勢集まってきてお祭り騒ぎになってしまう。

 なので、静かな廃墟探索には合わないとライブ配信を見合わせたのだ。今回はあくまで動画撮影で済ませるつもりである。

 

「家屋を見て回ろうか」

 

「はい。ではこちらの魔法ランタンを」

 

 ヒスイさんがインベントリから紐のついたランタンを取り出して渡してきたので、俺はそれを腰にくくりつけた。

 今日の俺のアバター装備は、ビキニアーマーではなく熊の着ぐるみパジャマだ。

「毎回同じ格好では飽きられる」とのヒスイさんの言葉により、ちょくちょく着替えさせられている。布面積が広くて安心するわ……着ぐるみパジャマなんて可愛らしい服を着ても違和感を覚えなくなったのは、正直元男としてどうかと思うが。

 

 一方、ヒスイさんは猫の着ぐるみパジャマだ。

 最初は賢者のローブのままでいようとしたところを俺が説得して着せたのだ。「せっかくだし衣装をそろえよう」と誘っただけだが。

 

 そんな廃墟に似つかわしくない格好で、俺達は村を見て回る。

 村の家屋は木材ではなく石材か何かでできているようだ。植物に侵食されているが、崩れたりはしていない。

 

「惑星テラにもこういう廃墟がそこらにあるのかな」

 

 俺はふと思い浮かんだそんな台詞をつぶやいた。

 すると、ヒスイさんが反応してくる。

 

「そうですね。都市部は解体され自然に還りましたが、辺境にはまだまだ取り残された廃墟が残っているのではないでしょうか」

 

 やっぱりそうか。惑星テラはかつて戦争で環境汚染が進み、他の惑星に人を移植することで自然を取り戻したという歴史がある。

 つまり、人が住まなくなった建物がそこらにあるということだ。自然を取り戻すため解体作業は進んでいるようなのだが、まだまだ廃墟はあるってことだな。廃墟マニアの人が喜びそうな環境だ。

 

「さて、何かあるかな……」

 

 村を見て回るが、めぼしい物は何も存在しない。うーん、残念。

 それより一つ、気になったことがある。

 

「家を見ても生活感がないな……」

 

「廃墟好きの人の考察によると、動く人形の村だったのではないかと」

 

「何そのメルヘン」

 

 そんな会話をしているうちに、俺達は一軒の立派な建物の前に辿り着いた。三階建ての大きな屋敷だ。

 

「うーん、村長の家? 領主の館?」

 

「その類の家でしょうね」

 

「何かありそうならここかな」

 

「では、入りましょうか」

 

 俺とヒスイさんは伸び放題になっている草をかき分けながら扉まで辿り着き、屋敷の中に入った。

 魔法のランタンに火を灯し、窓から入る日の光も頼りにしながら建物の中を進む。

 一部屋ずつ入って何かないかを確認していく。

 

「うーむ、今度は妙に生活感のある場所だな。食堂に食器があったし、部屋にベッドや服も用意されている」

 

 三階の主人の部屋っぽい場所で、俺はそんなことを言った。

 すると、ヒスイさんが一瞬何かを考え込むような仕草を見せた後、口を開く。

 

「ヨシムネ様、MAPをご確認ください」

 

「ん? どれどれ」

 

 メニューのMAP機能を確認すると、屋敷の見取り図が表示された。

 

「一階部分に不自然な空白がありませんか?」

 

「ん、あ、あー。確かに、ちょこっとだけあるな」

 

「隠し部屋ではないでしょうか」

 

 隠し部屋! もしそうなら、まだ見ぬ財宝が!

 

 俺達は三階から一階に戻り、地図の空白の場所へとやってきた。

 

「廊下の壁は、怪しいところはないな」

 

「隣の部屋に行ってみましょう」

 

 ヒスイさんにそう促され、空白の場所と隣り合わせになった部屋に入る。

 すると、いかにも怪しい本棚が壁を塞いでいた。

 本棚を横から押してみると、きしむ音を立てながら本棚が動いた。

 

「ビンゴ! 隠し部屋だ!」

 

「ふむ……どうやら地下への階段のようですね」

 

「マジか。本格的だな」

 

 俺は早速、階段を降りていく。

 

「うーん、暗いな」

 

 地下空間。窓の光がないため、ランタンの光だけが頼りだ。

 正直、ランタンだけでは明かりとして心もとない。

 

「よし、ここは。【セイクリッドオーラ】」

 

 俺は聖魔法を発動し、自身に聖なる守りを付与した。すると、俺の身体は淡く光り輝き始める。

 

「人間照明ってな」

 

「!? ヨシムネ様、前方に敵が!」

 

「うお、うおおああ!?」

 

 何かが襲いかかってきたので、俺は咄嗟に正拳突きを前方に放った。

 

「ギャア!」

 

 正拳突きは何かに命中し、奇妙な叫び声を上げながら何かは後退する。

 そこへ、インベントリから大剣を取り出したヒスイさんの一撃が命中する。

 

「ギャアアアア!」

 

 何かは断末魔の叫びを上げ、やがて沈黙した。

 

「危ねー! 超電脳空手習ってなかったら死んでたわ」

 

『Stella』の俺はかたつむり観光客。ひ弱で貧弱なよわよわビルドなのだ。

 VRなのにドキドキする心臓を押さえながら、俺は息絶えた相手を確認する。

 

「……なんだろう、こいつは」

 

「グレムリンですね」

 

「悪魔かー」

 

 敵は子供サイズの悪魔のようだった。

 廃墟の屋敷に悪魔の影。うーむ、怪しい。

 屋敷の主が何かの儀式で悪魔を呼び出したとか、そういうあれだな!

 

「気をつけて進みましょう」

 

 本当に気をつけよう。かたつむり観光客は、もろいのだ。

 俺達はヒスイさんを先頭にして、暗い地下空間を進んでいく。

 道中、グレムリンが多数出現するが、全てヒスイさんが片付けていった。

 

 最初、ここはダンジョンの類かと思ったがそんなことはなく、MAPはすぐに埋まり、残りは怪しい扉の部屋を残すだけとなった。部屋の中に、さらに地下へ潜る階段があるとかなら別だが。

 

「では、行きます」

 

 ヒスイさんを盾にして、俺は部屋へと踏み込んだ。

 するとそこには鎖で足を縛られた巨大な悪魔が待ち構えていた。部屋の床には、怪しい魔法陣が敷かれているのも見える。

 

「ガアアアア!」

 

 悪魔が叫び声を上げて、こちらを威嚇する。

 悪魔の足についた鎖は一本のみで、どうやら魔法陣の中は自由に動けるようだ。

 

 こちらに襲いかかろうとしてくる悪魔だが、ヒスイさんは一歩引いて魔法陣の外から出て、その攻撃をかわした。

 

「ヨシムネ様、いかがいたしましょうか」

 

「んー、とりあえずやっちゃおう」

 

 俺は弓の弦を引き、矢を悪魔に向けて撃ち込んだ。悪魔の叫び声が響きわたる。

 

「ヒスイさんは、鎖を切っちゃわないよう気をつけて戦ってくれ」

 

「かしこまりました」

 

 そうして、悪魔との戦闘は始まった。

 悪魔は魔法陣から出られないが、闇の魔法を使って魔法陣の外へと攻撃を飛ばしてくる。

 俺は遅い足で部屋の中を駆け回ってそれをかわし、矢を撃ち込んでいく。

 そして、ヒスイさんは魔法陣の中に踏み込んで大剣を悪魔に叩きつけた。巨大な体躯に相応しい生命力を誇った悪魔だが、廃人疑惑のあるヒスイさんには敵うことはなかった。

 やがて、悪魔は倒れ伏し、動かなくなる。すると、魔法陣が消え鎖も消滅した。

 

 スキルの上昇を知らせるメッセージが流れ、俺達は一息ついた。どうやら強敵だったようだ。強敵は倒した瞬間、大量のスキル経験値を獲得することができる。なので、選択スキルとして設定してある歩行、登攀(とうはん)、釣りのスキルレベルが、スキルを使ってもいないのに上昇したのだ。

 

「しかしまあ、なんというかヒスイさん強いな」

 

「ヨシムネ様の護衛ですから」

 

 様々な証言からヒスイさんが普段、日常業務や配信の手伝いをしながら『Stella』に入り浸っていることが確認されている。

 その『Stella』廃人ともいえる行動が、言葉通り俺の護衛をするためだとしたら……結構重いなぁ。

 かたつむり観光客にビルドしたのは、もしかしたら早まってしまったのかもしれない。

 



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69.Stella 廃墟探索編<2>

 俺達は悪魔の復活に注意しながら様子を見る。だが、悪魔が起き上がってくることはなかった。

 そして、インベントリの中へ悪魔の死骸を収めることができた。悪魔は無事退治できたようだ。

 

「ふう、そこまで脅威でなくてよかった。しかし、この部屋はなんなんだろう」

 

「祭壇が奥にありますね」

 

 その祭壇はこのファルシオンで一般的に崇められている聖教の祭壇で、特に悪魔崇拝の痕跡とかは見られない。

 何かそれらしい日記とか書類とかがあればいいのだが、その類の物品は見つけられない。

 動いたりしないかな、と俺は祭壇に手を触れる。その瞬間、祭壇が輝き部屋の中が光に満たされた。

 

「なんだなんだ?」

 

 それと共に、メニューに通知が来た。新称号の獲得?

 称号とはその名の通り、プレイヤーが行なってきた行動に際して、さまざまな称号が与えられるシステムのことだ。

 称号には称号効果という要素があり攻撃力がプラスされたり技のクールタイムが短縮されたりと、恩恵が与えられる。

 

 俺は、メニューから称号一覧を呼び出し、最新の称号を確認した。

 

 ●人形村の解放者

 人形村を悪魔の脅威から救った者に与えられるユニーク称号。ほーほう、人形村へようこそ!

 称号効果:なし

 

 ほーん。ヒスイさんに確認したところ、ヒスイさんもこの称号を得ていた。しかし、ユニーク称号かぁ。

 

 ネトゲにおける『ユニーク』とは、レア度の等級のことで『Stella』の場合は『一点物』という意味だな。ゲーム中に一つしかないユニークアイテムなどが想定される。

 

 MMOの場合、プレイヤー間に公平性が求められるので、『一点物』という意味でのユニークなアイテムやスキルはほとんど存在しない。

 せいぜいが、城主に与えられるユニークアイテムの剣とかで、その城主の地位は通常PvPやクラン対抗戦などで奪い合うことができる。

 

 今回のユニーク称号はおそらく悪魔退治の証だ。悪魔退治は先着一PT(パーティー)にしか行なうことができず、それゆえ証である称号がユニークな物になったというわけだな。

 先着一PTにしか獲得できない称号なんて不公平極まりないので、称号効果が『なし』になっていると推測できる。

 

「称号を見るに、後続の人は悪魔退治ができなかったりするのかな」

 

「そうかもしれませんね」

 

「一回きりのイベントって、開発リソース的にどうなんだろう。俺達二人のためだけにわざわざこのイベントが作られたってことになるじゃん? MMOなのにより多くの人に楽しんでもらえるイベントを作っていかないと、開発速度が追いつかなくなりそう」

 

「現代のゲーム、特にMMOはAIが開発していることが多いですからね。時間加速機能を使いどんどんイベントを追加するので、プレイヤー一人に専用のイベントを用意してもイベントが枯渇することはないのです」

 

「うへえ、AIってブラックな環境で働いているなぁ」

 

「AIは疲労せず、労働を苦とも感じませんから」

 

 ま、そりゃそうか。人間の代わりに働いてもらうのが、AIやロボットを作りだした人間の目的だったんだからな。

 

 その後、部屋の中を確認するが特に何も見つからなかったので、俺達は部屋を出てさらに地下空間から一階へと戻った。

 すると。

 

「あ、あれ? なんか屋敷が綺麗になってないか」

 

「そのようですね。埃が綺麗になくなっています」

 

「まさか……」

 

 俺は走って屋敷から飛び出し、屋敷の外観を確認した。

 ツタに覆われていたはずの壁からは植物が綺麗に取り除かれ、生え放題だった草も綺麗に刈り取られている。

 さらに走って村を回ると、建物はすっかり綺麗になり、さらには人形が立ち上がって動き回っていた。

 

『ほーほう。人間さんかい? 人形村へようこそ!』

 

 俺を見つけた人形が、そんなふうに語りかけてきた。

 称号、人形村の解放者。解放……もしかして村を廃墟になる前に戻すという意味だったのか!?

 

「しまったあああ! やっちまったあああ!」

 

 俺は自分の犯してしまった失敗に、打ちひしがれてその場で膝を突いてしまった。

 

「……ヨシムネ様、どうしました? 無事にイベントは進行したようですが」

 

「そのイベントの進行が失敗なんだよ! ここは廃墟マニアさん達の秘密のスポット! それを廃墟じゃなくしてしまった!」

 

 SNSでこの村の存在をあげていた人達に知れたら、悲しませてしまう! そして、それをやった犯人は配信者のヨシムネと知れた日には……。

 

「はっ! 待てよ。村が復活したのはこのチャンネルだけかもしれない」

 

 そう判断した俺は、他のチャンネルへと移動する。

 しかし。

 

「どのチャンネルでも村は復活してたよ……」

 

 俺は元の配信チャンネルに戻って、肩を落とした。

 

「……ヨシムネ様。確かに廃墟が好きな方は残念がるかもしれませんが、正当なイベントの進行結果ですので、問題にはならないのではないでしょうか」

 

「本当? おのれ配信者ヨシムネめってアンチにならない?」

 

「恨む対象があるとしたなら、ヨシムネ様ではなく廃墟が廃墟ではなくなるイベントを用意した開発チームではないでしょうか」

 

「そっか……うん、そうだよな。ネトゲの運営と開発はプレイヤーに恨まれる対象だもんな。よし、気にしない!」

 

 復活、ヨシムネ復活です!

 気を取り直して、今回のイベントのことを考えてみよう。

 

「あの地下室の悪魔はなんだったのかな?」

 

「さて、村にいる人形に尋ねてみましょうか」

 

 俺達は、近くを歩く人形達に悪魔のことを聞いてみた。

 

『ほーほう。知らないほー』

 

『村のことは全部領主様に任せているほー』

 

 と返ってくるのみだった。

 

「うーん、領主の館にそれらしい何かが残っているんだろうか」

 

「骨は折れますが、まだ時間はありますので、探してみましょう」

 

 俺達は屋敷へ戻り、書斎を確認する。だが、あるのは小説ばかり。

 

「こういうゲームで、実際に本を手に取って中身が読めるって、何気にすごいことだと思う」

 

「MMOでは一定期間ワールドシミュレーターとして世界を運用して、現地住民の人格を持ったAIに執筆させることで、その世界独自の本を用意しているようですよ」

 

「うわあ、本格的。でも、そうしないと中身の違う本なんて用意できないよな」

 

「中には傑作も生まれ、ゲームの外に本が広まることも多いです」

 

「芸術もAIが担当する時代か……」

 

 そんな会話を交わしながら書斎の本をしらみつぶしに探すが、それらしい資料は存在しなかった。

 仕方なしに俺達は三階へと行く。屋敷の主の部屋らしき場所に執務机があるので、それを物色する。

 

「こういうのは日記に全部真相が書かれているのがお約束なんだが」

 

「それはまた、ずいぶんと都合がよいですね……。日記ではないですが、業務日誌がありました」

 

「ほうほう」

 

「読みますね」

 

 ヒスイさんがパラパラと日誌をめくっていく。

 すると、当たりだったのか、ヒスイさんが日誌のあるページを指さした。

 そこにはこの世界独自の言語で『悪魔』と書かれている。ゲームなので、独自の言語も自動翻訳して読むことができるのだ。

 

「この村の人形は、地脈の力で動いているようです。しかし、その地脈の力に目を付けた悪魔が村を襲ってきたようですね。そこで、村の領主は地脈を使った悪魔封じの聖魔法を用い、悪魔を封じることに成功したとのことです」

 

「へえ、やるじゃん」

 

 聖魔法による封印か。だからあの地下には祭壇があったのか。

 さらにヒスイさんは日誌を読み進める。

 

「しかし、地脈が悪魔の闇の力に侵食され、人形を動かす力が取り出せなくなり村は機能を停止。領主は封じた悪魔を退治することを決意し、明日悪魔との戦いに向かうと最後のページには書かれています」

 

「せっかく封印したのに、領主さん負けちゃったかー。それらしい死体はなかったけど」

 

「悪魔に食べられてしまったのではないでしょうか」

 

「やるせないなぁ」

 

 真相が明らかになったので俺達は村の観光を終えることにした。

 そして、真相の書かれた日誌を近くの町の領主へと提出し、悪魔退治に成功したことを報告。すると、報酬として金一封がその場で与えられた。イベント報酬ってやつだろう。

 

 報酬も手に入れたので、その日の撮影はそこで終わり、編集した動画を配信することにした。

 そして翌日……。

 

「大丈夫? ヒスイさん、アンチコメついてない?」

 

 ヒスイさんに動画の反応を尋ねてみた。

 すると、返ってきた言葉は……。

 

「それが、どうやら復活したあの村では人形使い用の新技が習得できるそうで、感謝のコメントが多数寄せられています」

 

「そっかー。それはよかった」

 

「それを受けて、今『Stella』では廃墟の再探索が各所で行なわれているようです」

 

「ええっ、廃墟マニアさん達の聖域が汚されている……!」

 

「もしかしたらこれを機に、廃墟のよさに目覚める人が出てくるかもしれませんよ」

 

 思わぬ方向に転んだ今回の結果に、俺は驚愕するばかりであった。

 ゲームはやはり驚きに満ちているなぁ。

 



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70.バーチャルインディーズマーケット<1>

 8月のある日、俺とヒスイさんは朝食を食べ終え小休憩をした後、VR空間に接続した。

 今日は配信をするわけでも、私的にゲームをやるわけでもない。バーチャルインディーズマーケットというイベントに参加するためだ。

 

「開始は10時からか……全宇宙同時開催のイベントって、開催時間に悩みそうだな」

 

 日本屋敷のSCホームで、俺はヒスイさんに向けてそう言った。

 

「私達の普段のライブ配信も全宇宙に向けて配信していますから、事情は同じですよ」

 

「それもそうか。俺達はニホン国区の日中に合わせて配信しているけど、人によっては真夜中に配信開始しているってこともあるんだよな」

 

 俺が元いた21世紀では、日本人配信者によるライブ配信は基本的に同じ日本人だけ相手にしていればよかった。

 だが、自動翻訳が一般的になったこの時代、言語の壁というものは一切存在しない。

 だから、自分達の時間に合わせてライブ配信したら、違う地域の人にとっては視聴しにくい時間帯ということも想定されるのだ。

 

 だが、これは解決できない問題である。

 俺達にできるのは可能な限り配信時間をずらさないことくらいだ。配信時間がいつも同じなら、それに合わせて生活時間を変えてくれるファンが出るかもしれない。

 

「全ての人間に向けた配信は不可能ということですね。このイベントくらいになると、人の方から率先して時間や都合を合わせますが」

 

 そうヒスイさんが言ったので、俺はイベント初日の電子カタログを表示しながら言葉を返す。

 

「全宇宙で最大級のインディーズイベントだっけ」

 

「ええ。年々規模が大きくなっていっているようですよ。開催は四日間で、初日の今日はゲームと音楽がメインです」

 

「VR空間なら全宇宙の人が接続してきても場所に困ることはないか……宇宙規模ってすげえな」

 

 電子カタログをペラペラとめくりながら、俺はそう言った。

 カタログは事前に目を通してある。全宇宙規模のイベントのカタログだけあってものすごいページ数だが、ゲームに絞って検索し目を引くタイトルをチェック済みだ。ゲーム制作者の人気は考慮していない。ネットワーク上のデモページはチェックしてあるが、そのゲームが実際に面白いかどうかは運を天に任せるのみ。

 

「では、そろそろ接続しましょうか」

 

「了解。それじゃ、行こうか」

 

 ヒスイさんとグループを組み、はぐれないよう設定。そして、バーチャルインディーズマーケットの会場にアクセスした。

 

 視界が暗転し、俺達は広場に転送される。広場は大量の人に埋もれていた。

 そして、遠くに巨大なイベント会場の建物が見える。

 

「うひ、こりゃすごい人出だな。かなり並ばなきゃいかんか」

 

「いえ、大丈夫ですよ。バーチャルな会場ですから、直接会場の中に跳べます。他者と接触しそうになってもぶつからず位置が重なるようになっています」

 

「重なるのかー。どれ」

 

 俺はヒスイさんに向けて手を伸ばすと、ちゃんとヒスイさんの手を握れた。透過したりはしない。

 

「あれ?」

 

「同じグループに属している人とは重なりませんよ」

 

「そっか。でも、この人出で他人と接触しないのはありがたいな。この人数だったら満員電車なんて目じゃないだろう」

 

「満員電車ですか……20世紀のニホン国区の悪習ですね」

 

「21世紀でも解決していなかったよ。その点、アーコロジーは混んでなくていいな」

 

 人が積極的に部屋の外に出るようになったら、また違うのだろうが。

 と、そんなことを話している間に、時刻はニホン国区時間の10時に。開場の時間だ。

 

『皆様お待たせいたしました。これより、第786回、バーチャルインディーズマーケットを開催いたします』

 

 そのアナウンスと共に「わあっ」と歓声が上がり、周囲の人々がどんどんと消えていった。

 おお、本当に直接会場に跳べるんだな。俺の視界にも、『会場に入る』という表示がされている。

 

「じゃ、ヒスイさん、ぼちぼち行こうか」

 

「はい、まずはインディーズゲームブースからですね」

 

『会場に入る』を選択し、俺達はその場から転移した。

 会場の中はちょっと見たことがない空間だった。

 

 半透明のパーティションで各所が区切られており、パーティションの中に机が用意され、売り子が参加者に仮想のゲームパッケージを頒布している。

 人は多数行き交っているが、行列の類は見えない。VRだから行列も何か特殊な処理をしているのかもしれない。

 

「ヨシムネ様、こちらです」

 

 隣に立っていたヒスイさんについていく。

 ヒスイさんは前に人がいないかのごとく遠慮なく歩をすすめるが、前方の人とある程度近づいた段階で相手は半透明になり、綺麗にすり抜ける。すり抜けられた人も気にしていないようだ。俺は正面から人にぶつかるのがちょっと怖いので、人の間をぬうようにして移動した。

 移動速度の違いではぐれそうなものだが、ゲームのようにMAPが視界に表示されて同じグループのヒスイさんの位置が見えているので、迷子になることはないだろう。

 

 指定した区画に直接飛ぶ機能もあるようだが、俺達はまず歩いてインディーズゲームのブースへと向かった。

 半透明のパーティションに分けられたブースが、ずらりと並んでいる。ブースの数は膨大だ。

 さらに天井の下付近には広告なのか、空間投影されたゲームの映像が流れている。

 

「まずはここですね」

 

 とあるパーティションの前でヒスイさんが立ち止まる。

 パーティションの前方を塞いでいる半透明の壁の前には、なにやらメニュー表のような画面が表示されている。

 

「直接ブースの中に入らなくても、この画面から購入が可能です。ブースの中に入る場合、前に人がいると並ぶ必要があります」

 

「なるほどなるほど。並ばなくてもすむようになっているのか。でも、せっかくだから直接売り子さんから買いたいな」

 

「では、入室しましょう」

 

 ヒスイさんが半透明の壁にそのまま突っ込んでいったので、俺もそれを追った。

 

「どうぞ見ていってくださいー」

 

 にこやかな女性アバターがそう言って俺達を迎えてくれる。

 頒布しているゲームの登場人物のアバターなのだろうか。ファンタジー物に出てきそうな魔女の格好をしている。

 

 ヒスイさんが立ったままこちらを見てくるので、俺は前に出て女性アバターの売り子さんと相対する。

 そして勢いに任せたまま、俺は売り子さんに向けて言った。

 

「新作一つください」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 パッケージを渡してきてくれたので俺はそれを受け取り、クレジットを支払った。

 パッケージには宇宙船が描かれている。宇宙を舞台にしたレースゲームだ。……宇宙レースに魔女が出るんだろうか?

 

 俺はパッケージを見ながら売り子さんに言う。

 

「面白かったら、配信に使わせていただきますね」

 

「配信者の方でしたか。どうぞよろしくお願いします。あ、チャンネルのアドレスもらえますか?」

 

「あ、はい」

 

 俺はメッセージで配信チャンネルのアドレスを相手に送る。

 

「あはは、21世紀おじさん少女ですか。チェックしてみますね」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言葉を交わしてブースを後にした。

 

「ふう、問題なく手に入れられたな」

 

 俺は手元のパッケージを虚空に消しながら、そうひとりごつ。

 実はこういったインディーズのイベントに参加するのはこれが初めてだ。ちょっと緊張した。

 ちなみに渡されたパッケージは雰囲気作りの物であり、実際は電子データを受け取っているので、買ったパッケージを持ち運び続ける必要はない。

 

「大丈夫のようですね。では、次に向かいましょうか」

 

 ヒスイさんに案内され、会場を歩く。会場は広大だ。こんなにゲーム作りを趣味にしている人がいるんだなぁ。

 これだけブースが多いと、参加者が多いとはいえ誰にも頒布できなかったというところも出てくるんだろうな。苦労して作ったのに誰にも見てもらえない……辛そうだ。俺の配信はちゃんと人がついてきてくれていて本当によかった。

 

 まあ、インディーズでも参入できるゲームの販売サービスは21世紀の頃と同じく存在しているので、このイベントで人が寄りつかなくても後日そちらでリリースするのだろうが。

 

「次はここですね」

 

「じゃ、行こうか」

 

 ヒスイさんが立ち止まったので、俺は先行してブースに入っていく。

 そこもまた、先客がいる様子はなく俺は男性の売り子の前に進んだ。

 

「新作一つください」

 

「おっ、ありがとう」

 

 パッケージを手渡され、クレジットを支払う。パッケージに描かれたタイトルは、『僕らの地球を守れ! 20世紀地球防衛軍』だ。

 事前に読んでいた電子カタログでこのゲームを見つけたとき、俺はその場で手に入れることを決めていた。

 俺は売り子の男性に向けて言う。

 

「楽しみです。地球防衛軍を扱ったゲーム、好きなんですよね」

 

「おお、仲間!」

 

「ゲームの配信をしているので、面白かったら配信に使わせていただきます」

 

「マジで!? やったー!」

 

 男性は大喜びで万歳をした。うーん、ヒスイさんチェックを通らないと配信には使わないので、まだ確定ではないんだけどな。

 俺は念のため相手に配信チャンネルのアドレスを渡すと、相手は21世紀おじさん少女という名前に感心したらしく、握手を求めてきた。

 

「21世紀かー。僕は20世紀が好きだけど、21世紀もいいよね」

 

「そうですね」

 

 そう言って俺達は握手を交わした。そして、次の参加者がブースに入ってきたので俺とヒスイさんはブースを後にする。

 なんだか愉快な人だったな。きっとこのゲームを作った制作者の一人なのだろう。

 

「次に行きましょう」

 

 そう言ってヒスイさんが先導する。本当は直接ブース前に転移することもできるようなのだが、わざわざ歩いて向かっている。

 人混みに紛れて向かった方がイベントに参加しているという気分になれるからだ。実際、俺の気分は今とても高揚している。こんな大きなイベントの一員として参加しているのだなという、なんとも言えない楽しさがある。

 

 そして新たなブースの前で、ヒスイさんが立ち止まる。

 

「行きましょうか」

 

「おう」

 

 ブースの中に入り、売り子さんの前に。売り子は二人で、男女のペアだ。男性が人間で、女性が耳にアンテナをつけたAIである。

 彼らの前に立ち、言う。

 

「新作一つください」

 

「はーい、って……うわー! ヨシちゃんだー!」

 

「お、おお?」

 

 男性の売り子が驚きの声を上げ、女性がそれに対し困惑をしている。

 むむ、まさか俺を知っているゲーム制作者がいたとは。ふむ、ここは……。

 

「どうもー。21世紀おじさん少女だよー」

 

「うっわー、生ヨシちゃんだ! うわー、うわー!」

 

「ええと、どういう……?」

 

 女性が困惑したままなので、俺は彼女にも自己紹介をする。

 

「ゲーム配信者をやっています、ヨシムネです」

 

「ああー、なるほど。配信者の方でしたか。それで、こいつがファンか何かだったと」

 

 女性はようやく納得がいった、という感じでうなずいた。

 そして、女性がゲームのパッケージを手渡してくる。

 

「はい、新作です」

 

「ああっ、俺が渡したかったのに!」

 

 男性の叫びを聞きながら、俺はパッケージを受け取りクレジットを支払う。

 パッケージに描かれているのは背中に翼の生えた女神様。概要によると、この女神様はダンジョンの女神様だ。ゲームタイトルは『ダンジョン前の雑貨屋さん』。経営ゲームである。

 

「ヨシちゃん、電子サインもらえますか!」

 

「ええよ」

 

 俺は海水浴の時に覚えた手順で、電子サインを作り男性に送った。

 

「ううわ、やったー!」

 

 男性は飛び上がって喜んだ。うーん、ここまで喜んでくれるようなファンは初めてだな。ちょっと新鮮。

 

「それじゃあ、面白かったら配信に使わせてもらいますね」

 

「ヒスイさんチェックですね! でも大丈夫、今回のは自信作ですから!」

 

「楽しみにしていますね」

 

 そう言葉を交わし、俺達はブースを後にした。

 うーん、面白い人だったな。

 

「では、次に行きましょうか」

 

 そうして俺達はブースをいくつも回り、一級市民の持つクレジットのパワーでインディーズゲームを入手しまくった。

 すごろくゲームにパズルゲームに人形操作型のメトロイドヴァニア。アクションにシミュレーションにドット絵のレトロ風ゲームまで様々だ。

 どんどん増えていく新作ゲームに、俺はほくほく顔になるのであった。ゲームの質は全く保証されていない? それもまたよし!

 



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71.バーチャルインディーズマーケット<2>

 予定していたゲームを一通り確保し終わった。現在の時刻は午後2時といったところ。イベントの終了まではまだまだ時間がある。

 そこで俺とヒスイさんはVRのメニューを操作して、区画の移動の準備をした。

 

「次は、書籍ブースですね」

 

「ああ、俺のことが載っているとかいう」

 

 今日はゲームと音楽の日だが、ゲームを題材に扱った一部の電子書籍も頒布されている。

 今回、俺達が向かう先で頒布されているのは、ゲーム配信者を扱った本だ。今話題の配信者を紹介しているらしい。

 

 俺達はメニューから区画の移動を選択し、書籍ブースの並ぶ区画に転移した。

 そこからさらに歩くことしばし。

 

「ここですね。少し並んでいるようです」

 

「おお、俺が載っている本が並ぶほど人気なのか」

 

「どうします? ここで買いますか? それとも並びますか?」

 

 ブースの前のメニューを前に、ヒスイさんが言う。

 俺は、当然並ぶ方を選んだ。本を書いた人にも会ってみたいからな。

 

 ブースと通行路を隔てる透明な壁を越えると、中は通路側から見えているより広くなっていた。

 そして、その広くなった空間で人が列を作っている。俺とヒスイさんは、素直にその列に並ぶ。

 前には10人ほど人が並んでいる。

 

 その列が消化されるのを待ち、男性の売り子さんの前に立った。そして、俺は売り子さんに向けて言う。

 

「新刊二部ください」

 

 二部なのは、俺とヒスイさんの分だ。ゲームと違い、本は同時に二人で読むこともあるからな。

 

「はい。……おっ、君達、ヨシムネさんとヒスイさんじゃないか?」

 

「あ、はい。そうです」

 

「配信者が直接来てくれるとは嬉しいね。大丈夫、悪いことは書いてないから安心しな」

 

「ありがとうございます」

 

 本を二部受け取り、俺はクレジットを支払う。

 そして売り子さんの前から横に避けると、後ろに並んでいた次の人が前に詰めてきた。

 

 他にも人が並んでいるから雑談はできそうにないな。並ばなくても買えるのに、並んで買いたいという変わった人も多いのだなぁ。仕方なく、俺達はブースを後にすることにした。

 そして、俺は手に持っていた本の一冊をヒスイさんに手渡し、電子書籍の譲渡を申請した。ヒスイさんはそれを受け取り、譲渡を了承する。

 

「さて、ちょっと見てみようか」

 

 人にぶつかる心配はないので、俺達は隅っこに移動しその場で本を開いた。

『宇宙暦299年上半期 ゲーム配信大百科』、そんなタイトルの本だ。どれどれ……。

 

●21世紀おじさん少女 ヨシムネ

 

・概要

 21世紀からやってきたタイムトリッパー。元30代のおじさんだが、今は少女の姿を取っている。

 ……というのは設定ではなく、ガチ。時空観測実験の事故に巻き込まれ、次元の狭間に取り残されたところを新たな実験でサルベージされたという経歴を持つ、強烈なキャラクターだ。現在はニホンタナカインダストリ製の業務用ガイノイド、ミドリシリーズにソウルインストールをしている、まさに21世紀おじさん少女である。

 

・特徴

 21世紀人という経歴を活かして、視聴者を突き放す21世紀トークがまれに炸裂する。歴史好きにはたまらないものがあるだろう。

 ゲームジャンルはオールマイティで、アクションからシミュレーション、MMORPGまでいろいろとこなす。リアルARゲーム『ヨコハマ・サンポ』回は貴重な地域限定ゲームが見られてマニアもにっこり。リアルとアバターは同じ姿を取っており、ときおり挟まれるリアルパートがいい味を出している。

 助手であるガイノイドのヒスイが常にヨシムネの手助けをしており、彼女から出される課題ゲームをヨシムネが喜々としてプレイする様は、マゾゲー愛好者なのではという疑惑を持たせるのに十分である。編集や告知もヒスイが行なっており、21世紀おじさん少女はヨシムネとヒスイのコンビと見なすこともできる。

 宇宙暦299年に入ってから登場した、注目の配信者の一人だ。今後の活躍に期待したい。

 

「おおー、ヒスイさん。ベタ褒めだよ」

 

「ヨシムネ様のイラストも可愛らしいですね」

 

 そう、俺のことが載っているページには、モノクロイラストで俺が描かれていた。ファンアートは今までももらったことがあり、配信サイトに一覧を載せてもらっているが、自分が絵になるというのはやはり嬉しいものだな。

 俺達は満足しながら本を閉じる。この本でまた新たな視聴者が来ないものかな。

 

 そんな期待を胸に抱きながら、俺達はさらにゲーム関連書籍を見ていく。

 

「ここが『-TOUMA-』解説本のブースか」

 

 次のブースは、俺が最初に配信した『-TOUMA-』を扱った新刊を出しているらしい。攻略本も存在しないゲームの解説本なので、ちょっと期待している。

 ブースの中に入ると、男性と耳にアンテナをつけた女性AIの二人が座って売り子をしていた。

 

「おや、おやおや、もしや21世紀おじさん少女では?」

 

 男性の方が俺にそう話しかけてくる。

 この人も俺を知っているのか。俺は正直に答える。

 

「はい、ヨシムネです」

 

「そうかそうか。いやー、『-TOUMA-』の第一人者がわざわざ来てくれるとは嬉しいね! インディーズ作家冥利に尽きるってものだ」

 

 嬉しそうにそんなことを言う男性。

 そんな彼に、俺は改めて言った。

 

「新刊三部ください」

 

「おや、三部かね。君とヒスイさんともう一人は誰のぶんだい?」

 

「チャンプに譲ろうと思って」

 

「ああ、彼か。彼もなかなか強烈な動画を配信してくれたね。おかげで、今回は本をだいぶ頒布できたよ」

 

 本を三部受け取り、クレジットを支払う。……分厚いな、この解説本!

 

「それじゃあ、部屋に戻ったらじっくり読ませてもらいますね」

 

 そう言ってブースを後にしようとしたそのときだ。

 

「お待ちください」

 

 と、今まで無言だった女性AIから待ったがかかった。

 

「なんでしょうか」

 

「……電子サインいただけますか?」

 

 おや、意外。男性の方じゃなくてAIの方からサインを求められたぞ。

 

「ははは、この子は君の動画のファンでね。開場したときから、ヨシムネさんは来ないのか来ないのかとうるさかったよ」

 

 そりゃまた、嬉しいね。

 俺は電子サインを書き、女性AIに送りつけた。

 

「じゃあ、今後も21世紀おじさん少女をよろしく」

 

「はい、ありがとうございました。次回作も興味があれば、またお寄りください」

 

 そう言い合い、俺とヒスイさんはブースを後にした。

 人の行き交う通路で、俺はヒスイさんに向けて言う。

 

「いろんな人が俺のことを知ってくれているんだなぁ」

 

「配信者として有名になってきたということですね」

 

 そうだと嬉しいね。

 その後も俺達はゲーム本のブースを見て回り、今までプレイしたゲームに関する本を確保していった。

『アイドルスター伝説』の時代の実在アイドル解説本なんていう、歴史好きしか飛びつかなさそうな本なんかもあった。いろいろな本があるもんだなぁ。『アイドルスター伝説』って28年も前のゲームっていうから、この本も俺の配信の影響があったりするんだろうか?

 

 そうして電子書籍は一通り確保し終わり、俺達が次に向かったのは企業ブースだ。

 俺はそこで、浮かんできた疑問をヒスイさんにぶつける。

 

「インディーズのイベントなのに企業ブースがあるんだな」

 

「そこは、このインケットの前身になったイベントの伝統を引き継いだらしいです」

 

 やっぱりこれ、俺も知っている日本の同人誌即売会が元なんじゃねえかな……。

 

 そんな企業ブースでは、主にゲームのグッズを頒布している。

 VR上のグッズだけでなく、リアルのグッズの見本を並べて、後日グッズを郵送してくれるサービスまである。

 

 だが、俺達の目的はグッズではない。目的は少し遅れた昼食である。

 企業ブースが共同で開いているカフェテリアに俺達は入る。ここでは、ゲーム内で生まれた料理が楽しめるらしい。

 

 MMORPGではサービス開始前に、ワールドシミュレーターとしてゲームを数十年間NPCのみで運用し、さまざまな独自文化を定着させるという試みがしばしば用いられるらしい。

 当然、時間加速機能を使ってだ。ゲーム内の世界観を重厚にするための手法とのこと。

 

 そんなワールドシミュレーター内部で動くNPCは、高度有機AIが使われている。個人のゲームプレイ用途では、高度有機AIサーバに接続した状態での時間加速機能の倍率上限は低いが、商業でのゲーム制作用途だとまた違うのだそうだ。

 

 そんな高度有機AI搭載のNPCをワールドシミュレーターとして運用した結果生まれる独自文化の一つが、リアルの世界にないオリジナル料理。ここではそれが食べられるというのだ。

 

「ヒスイさんは何にする?」

 

「では私は、この『海の島の王様海鮮パスタ』を」

 

「じゃあ俺は、『遊牧民の豪華肉盛り粥』と『菜食エルフの満足サラダ』にするかな」

 

 注文と共に、料理がテーブルの上に転送されてくる。この辺はVRのいいところだな。

 粥は麦粥で、その上に肉とモツが大量に載っている。

 俺はそれを見ながら納得して言った。

 

「なるほどなー。日持ちしない内臓肉を豪快に消費するための料理か」

 

「日持ちしない部位だからこそ、それがたくさん盛られているのは『豪華』なのではないでしょうか」

 

「確かに。そういうヒスイさんのパスタも海鮮山盛りですごいな」

 

「スパゲティが出てくると思ったのですが、マカロニでしたね」

 

 そうして俺達は料理をもりもりと食べていく。

 粥は肉食! という感じなので、箸休めにサラダにも手を出すが、このサラダ、なんというかうま味がすごい。キノコでもドレッシングに使っているのだろうか。

 確かに、満足サラダと言われたら納得できる味だ。強いうま味のせいで腹に溜まっていく感じが強い。

 まあ、VRの中なので満腹にはならないのだが。

 

 そうして俺達は料理を食べきった。材料費がかかっていないからか、支払うクレジットは無料だ。多分、ゲームの宣伝のためにやっているのだろうな。メニューの横に料理が登場するゲーム名が書かれていたし。

 

 席を立ち、次の場所へと移動する。予定していたゲームと書籍は全て入手できたので、観光気分でコスプレ会場を見にいくことに決めていたのだ。

 コスプレ。ゲームや漫画、アニメなどの創作物の登場人物に変装する遊びのことだ。

 

 このバーチャルインディーズマーケットでは、コスプレに一つのルールがあるらしい。それは、公式の用意しているアバター衣装を使わないこと。個人製作の衣装を使ってコスプレをする縛りがある。

 VRでの衣装となると3Dモデリングをするように思われるが、実際は違う。MMOなどのゲーム中で裁縫スキルを使って、リアルと同じように布から衣装を作るのだ。本格的である。

 

 コスプレ会場に踏み込むと、そこには様々なコスプレをした人にあふれかえっていた。

 しかしだ。

 

「ライブ配信の視聴者アバターが揃ったときの光景とあんまり変わらないな」

 

『St-Knight』のライブ配信の時やSCホームの改装の時に、視聴者にアバター姿で接続してもらったことがある。そのときは、みんなさまざまなゲームのアバター衣装を着ていたものだから、完全にコスプレ集団といった雰囲気だった。

 その光景と、このコスプレ会場は非常に似通っていた。

 

「ここでは皆様、漫画等の登場人物の格好をしていますから、そこがライブ配信の時と違いますよ」

 

「この時代の漫画ってほぼノータッチなんだよな……」

 

 なにせ、21世紀の頃に読んでいた漫画の続きを読むだけで時間がどんどん経過していくからな!

 俺はコスプレを眺めながら会場の奥へと進んでいく。

 

「あはは、ヒスイさん、耳なし芳一だって。ニホン国区の人かな?」

 

「あるいは、ニホン国区から入植したスペースコロニー在住かもしれませんね」

 

「あ、そういう場所もあるんだ」

 

「ええ。ニホン国区系のスペースコロニーでは、今も古い日本の文化が残り続けているようですよ」

 

「山形県の文化どこかに残っていないかなぁ……」

 

 そんな感じでコスプレ風景を楽しんでいると、視界に表示された会場MAPにVRのフレンドの反応があった。

 

「ヒスイさん、誰かいるみたいだよ」

 

「行ってみましょう」

 

 MAPの指し示す方向に近づいてみると、そこにはなんとミドリさんの姿が。多数の観客に囲まれて撮影をされている。

 

「何やってんだ芸能人」

 

「あっ、ヨシムネじゃない! みんなー、妹のヨシムネが来たよー!」

 

 ミドリさんの周囲にいた人達が、一斉にこちらを向いた。

 うーん、本当に何やっているんだ、ミドリさん。

 

「コスプレ参加ですか、ミドリ」

 

 ヒスイさんがずばりと切り込んだ。

 それに対し、ミドリさんはポーズを取りながら言葉を返す。右手には何やら銃を構えている。

 

「うん、『Galaxy Opera with Dandy』の捜査官キャシーのコスプレね!」

 

「ぎゃらくしーおぺら?」

 

 聞き覚えのないタイトルに、オウム返しをしてしまう俺。

 

「大人気スペースオペラRPGだね! ヨシムネもゲーム配信者ならチェックしておくことね!」

 

「ほーん、そんなゲームが。前のゾンビゲーといい、ミドリさんって結構ゲーム好き?」

 

 ミドリさんの返答を受けて俺がそう尋ねると、ミドリさんは元気に答えた。

 

「大好きだねー。正直、ヒスイよりゲーム配信者の助手に向いているんじゃないかな?」

 

「ヨシムネ様、本気にしないように」

 

「はいはい、助手は交代しないから、ヒスイさんもそう真顔にならないの」

 

 ヒスイさんの表情にひえっとなった俺は、努めて冷静にヒスイさんをなだめた。

 

「それじゃあ、俺達はこれで失礼するよ」

 

 さっさと退散しようとそう切り出すが、ミドリさんが「待ってー」と言ってくる。

 

「もうゲームブースは回った? 一緒に行こうよ!」

 

「あー、予定していた物はだいたい手に入れたかな」

 

「じゃ、私のオススメゲームを紹介してあげるね。じゃあみんな、妹達と一緒に向かうから、コスプレタイムはこれで終了!」

 

 ミドリさんがそう周囲に向けて言うと、「妹なら仕方ないな」「ガイノイドの姉妹愛美しい……」「ミドリシリーズは姉妹なのか」と納得してその場は解散となった。

 

「じゃあ、行こっか」

 

「ああ。それにしてもミドリさん、耳のアンテナつけてないんだな」

 

 今のミドリさんの格好は、テンガロンハットに西部劇の保安官のような格好だ。でも、スペースオペラ系ゲームの登場人物なんだよな。

 

「これ? キャシーは人間だからね! 本格的にコスプレするなら外さないと」

 

「アンドロイドはアンテナ外したがらないと思っていたよ」

 

「私は役者の仕事をすることが多いから、気にはしていないかなー」

 

 そんな会話を交わしながら、俺達はインディーズゲームの区画へと戻っていく。

 芸能人のミドリさんが登場して、驚く売り子さん達が続出。耳アンテナを外していても、芸能人オーラは隠せないらしい。ちなみに俺とヒスイさんは同じ顔だが、ミドリさんは少し顔パターンが違う。

 そうして俺達は開催時間の終わりが来るまで、あちこちで様々なリアクションを取られつついろんなブースを見て回るのだった。

 

 初めてのインディーズイベントへの参加だが、俺は心行くまで楽しむことができた。

 あとは、手に入れたゲームが配信に使えるかどうかだが……。ヒスイさんの厳しいチェックを通るゲームは、いったいどれだけ出るだろうか。

 



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72.未来のお盆<1>

「港で花火大会がありますので、是非来てくださいね!」

 

 そんなことを部屋に来るなり言い出したのは、ヨコハマ・アーコロジー観光大使のハマコちゃんだ。

 なんでも、ヨコハマ内の名士のもとを挨拶回りしている最中なのだという。その名士って俺も含まれるの? 別にヨコハマ内で何かの地位についた記憶はないのだが。

 

「花火大会か。夏らしいな。天井のあるアーコロジーで花火が見られるとは思っていなかったが」

 

 俺がそう言うと、ハマコちゃんがにっこりと笑って言葉を返してくる。

 

「海のあるヨコハマ・アーコロジーの特権ですね! あと、お祭りも一緒に開催されますので、どうぞ一日楽しんでいってください」

 

 海の付近はアーコロジーの天井がなく、空が見えるのだ。

 

「夏祭りかぁ。なんの祭り?」

 

 俺がそんなことを聞き返すと、ハマコちゃんはきょとんとした顔になった。

 

「お祭りはお祭りですが?」

 

「いや、ほら、神社の例大祭とかあるだろ?」

 

「宗教的なお祭りではないですねー。夏の風物詩、ヨコハマ・アーコロジー行政区主催の夏祭りです。盆踊りとかもありますよ」

 

「盆祭りじゃねーか。お盆って宗教的な風習だろ。普通に盆祭りが開催されているのか。意外だな」

 

 科学信仰がいきすぎたこの時代では、宗教色を嫌う人は多いようなのだが。

 俺の言葉に、ハマコちゃんは何かを考え込むようにして答えた。

 

「お盆……お盆……ああ、祖先の霊をまつる風習ですか。そういうのじゃないですよ。盆踊りはただそういう踊りが、現代まで残っているというだけです」

 

「そうなのか」

 

「だって、300年前に生きていた人が、今もソウルサーバで存在し続けているんですよ。祖先をまつるなら、ソウルサーバを拝めばいいんですよ」

 

 うーん、このオカルトだかSFだか判らない死生観よ。

 未来の文明は、今日も元気にサイエンス・ファンタジーしていやがるな。

 

「この分じゃ、クリスマスも宗教色抜いて祝っていそうだな」

 

「惑星テラの冬至を祝うお祭り扱いですね!」

 

「宗教色抜きすぎて原典に返ってやがる……!」

 

 クリスマスは確か、他の宗教が冬至を祝っていたのを後から乗っ取った形の祝祭だったはずだ。

 

「MMOでは時節のイベントは定番ですから、クリスマスもハロウィンも扱いますよ」

 

 そんな補足をヒスイさんが入れてくれる。

 確かに21世紀にいた頃も、日本のネトゲがなぜかイースターとか祝っていたな!

 そのイベント好きな風習、今も続いているのかよ。この時代にもイースターが扱われるとしたら、春分を祝う謎の卵のお祭りとかになるのかね。

 

「宇宙時代なのに、惑星テラの季節が基準なんだな」

 

「そもそも一年という単位が惑星テラ基準ですからね」

 

 俺の言葉に、ヒスイさんがそう説明を入れてくれる。なるほど、今の宇宙文明の中心は惑星テラってことか。

 そんな無駄話を繰り広げたあと、ハマコちゃんは「次の訪問先に向かうので」と退出を切り出してきた。

 

「それじゃあ、15日ですからね! 撮影許可を出しますので、ライブ配信でもしちゃってください」

 

 席から立ち上がりながら、ハマコちゃんがそんなことを言う。

 

「お、いいのか。配信前のチェックとか通さなくても大丈夫か?」

 

「はい、海水浴の時と同じように背景の人が映らないよう処置してくださるなら、そのまま流しちゃって大丈夫です!」

 

 そう言ってハマコちゃんは俺の部屋を去っていった。

 今日も元気な人だったな。見ているだけでほっこりする。

 

「さて、予定を空けておかないとな」

 

 俺はヒスイさんに向けてそう言った。ヒスイさんはうなずき、言葉を返してくる。

 

「浴衣を用意しませんとね」

 

 そのヒスイさんの声は、とても弾んでいた。相変わらず、俺を着飾らせるのが好きなんだな。

 だが、今回はヒスイさんにも浴衣を着てもらうぞ。配信に映るのだ。ヒスイさんも着飾るのは義務ってもんだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ヨコハマ・アーコロジーの港近くでは、多数の屋台が出ていた。

 その風景は21世紀の縁日の風景となんら変わりはなく、よくもまあ600年も文化が残り続けていたものだと感心するばかりであった。

 

「すげえな。俺の知る祭りの風景だ」

 

「そうなのですか? だとしたら、ハマコ様達観光局が古い文化の復興をしているのかもしれませんね」

 

「あー、文化が残り続けていたとかじゃなくて、再現しているのか」

 

 普段のアーコロジーの風景とは違い、屋台が並ぶ道を多数の市民達が行き交っている。ゲーム漬けの未来人も、祭りとなると部屋を出るらしい。

 そういえばヨコハマ・アーコロジーの行政区から、事前に祭りがある旨のメッセージが端末に届いていた。二ヶ月前の開港記念日もこんな感じだったな。

 

「じゃ、花火までまだまだ時間あるから、屋台を見て回ろうか」

 

「はい。はぐれないように気をつけましょう」

 

「バーチャルインディーズマーケットのときとは違って、人と接触したらぶつかるからな」

 

「さすがに解っていますよ」

 

 俺とヒスイさんはそう言葉を交わして、屋台を回り始めた。

 型抜きにヨーヨー釣り、クジ引き、射的に輪投げと様々な遊戯屋台があるようだ。

 

「景品のある屋台は荷物になるからちょっとあれだな」

 

 俺はそう言って、今の自分の格好を見下ろした。金魚柄の白い浴衣だ。手には一応荷物入れとして赤い巾着袋を持っているが、景品の類はそう多く入れられない。

 ちなみにヒスイさんは緑色の浴衣を着ており、柄は翼の生えた白猫。つまりイノウエさんの柄だ。

 俺とヒスイさんのどちらも、マイクロドレッサーに着せてもらった浴衣である。万が一着崩れても、ヒスイさんが着付けをできるらしいのでそこは安心だ。

 

『民族衣装いいよね』『いい……』『惑星テラのニホン国区における夏の伝統衣装である浴衣可愛いね』『説明ご苦労』

 

 そして、今日は撮影者としてカメラロボットのキューブくんが同行しており、ライブ配信を行なっている。周囲を歩く市民からは、ライブ配信である旨が、俺達の頭上にARで表示されているのが見えるだろう。

 

「まずは食事を取ろうか。味覚共有機能の申請は通っているんだよな?」

 

「はい、抜かりなく。では、まずはあちらのたこ焼きから」

 

『おっ、早速、祭りの食べ物か』『伝統的屋台飯楽しみだなー』『ニホン国区系は全然馴染みがないわ』『そもそもニホン国区ってどこ?』

 

 まあ、一惑星の小さな島国のことなんて知らない人も多いか。今日はそのよく知らない島国の古い文化を楽しんでいってくれたらと思う。

 

「おっちゃん、たこ焼き二つ!」

 

『あいよ!』

 

 ねじり鉢巻きをした調理ロボットに注文し、焼き上がるのを待つ。

 

「自動調理器が発達した時代に、こうやって料理を作ってくれるロボットがいるというのもまた古い文化の復興なのかね」

 

「外食産業では、まだまだ調理ロボットや料理人アンドロイドは健在ですけれどね」

 

「そういえば寿司屋もそうか」

 

 ニホンタナカインダストリのタナカさんに連れていってもらった寿司屋『天然みなと』には、その後も個人的に数回訪れている。あそこも寿司職人の大将と女将さんはアンドロイドだ。

 

「じゃあ早速たこ焼きを……おほっ、あちゅい……うまうま」

 

 熱すぎて火傷をすることはないが、熱さを感じる機能はミドリシリーズにもしっかりある。熱さを感じないと、美味い物も美味いと思えないことだってあるからな。

 

『いいね!』『カリッとしてとろっとしてうまあい』『中のたこがいいアクセントしているよ』『たことか滅多に食わんけど美味いもんだな』

 

 よかった、デビルフィッシュとか言って、たこを忌避する人はいないようだった。未来人の食文化は寛容だったりするのかな。虫食とかは聞いたことがないが。

 そして俺達は焼きたてのたこ焼きをその場で食べきり、道行く掃除ロボットに空き容器を回収してもらう。

 

「さあ、どんどん食おう」

 

「はい」

 

 俺達が次に向かったのはかき氷屋台だ。

 

「おっちゃん、ブルーハワイを一つ」

 

「私はメロンで」

 

『あいよー』

 

 ロボット店主からかき氷を受け取る。見事に青い色をしている。

 

「21世紀だと、かき氷のシロップは全部同じ味で、色とフレーバーだけが違うって言われていたけれど、これはどうなんだろうな」

 

「食べ比べてみますか?」

 

「じゃあ、一口ずつ食べよう」

 

 お互い交互にかき氷を食べていく。

 だが、味の違いはあるようなないような……。

 

「うーん、判らん!」

 

「香りは違いますね。メロン味はメロンの香りです」

 

「ブルーハワイは……ブルーハワイってなんの味だよ!」

 

 そう言い合って俺達は笑った。

 

『イチャイチャしおって……』『姉妹じゃなかったら嫉妬の念を送っていたところだ』『姉も妹もいないからこういうのが普通なのか判別できない』『養育施設の仲間は皆、兄弟姉妹!』『いや、そういうのはいいです』

 

 視聴者コメントを聞きながら、俺達はかき氷を最後まで食べきった。

 

「夏とは言ってもアーコロジーの中は快適な室温だから、一個で十分だな」

 

「そうですね」

 

 ガイノイドのボディが、かき氷を食べ過ぎた程度でどうにかなるとは思わないが。

 空の容器を掃除ロボットに渡し、俺達は次の屋台に向かう。

 サンガ焼きという屋台ではあまり見ない料理を売っているところがあったので、そこに向かう。

 

「サンガ焼き二人分! ってあれ、大将じゃないか」

 

 その屋台には、寿司屋『天然みなと』の寿司職人の大将と女将さんの二人のアンドロイドがいた。

 

「おお、こりゃヨシムネさん。どうも!」

 

 大将が元気に挨拶を返してくる。

 

『ヨシちゃん知り合い?』『顔がぼやけているから誰か判らん』『うーん、誰だろう』『ヨコハマ・アーコロジーで大将……ああ、寿司屋か』

 

 察しがいい視聴者がいたようだ。

 俺は大将に向けて一つ確認を取る。

 

「大将、ライブ配信中なんだけど、顔しっかり映して大丈夫かな?」

 

「へい、問題ないでさあ。これでも客商売。顔売ってなんぼです」

 

「私も問題ありません」

 

 大将と女将さんが了承したので、俺はキューブくんに向けて言う。

 

「じゃあ、キューブくんよろしく」

 

 キューブくんが電子音を返してくる。配信画面を念のため確認すると、大将と女将さんの顔がしっかりと映っていた。

 

「で、サンガ焼き二人分ですね。焼きたてを作りますんで!」

 

 大将が元気にそんなことを言い、ミンチになった魚肉を鉄板で焼き始める。

 

「よろしくー。しかし大将、今日はお店休みかい?」

 

「祭りの最中はお客さんもこないだろうって、観光局に駆り出されたんでさあ。何か料理屋台をやれってんで、寿司職人なら魚を扱ってなんぼと思いやしてね」

 

「それでサンガ焼きかぁ。うーん、いい匂いだ」

 

 鉄板の上で魚肉が焼かれていき、一口サイズのサンガ焼きがいくつもできあがった。

 

「はい、どうぞ!」

 

「美味そうだ。早速いただくよ」

 

 俺はクレジットを支払い、容器を二つ受け取って片方をヒスイさんに渡した。

 小さめのサンガ焼きが四つ容器に入っており、爪楊枝が備え付けられている。

 爪楊枝を使ってサンガ焼きを一つ取り、それを一口でぱくり。

 

「ほふっほふっ……んー」

 

『美味え!』『なにこれすごい』『これが職人の料理!』『魚肉をただ焼いただけじゃない、調理の妙を感じる』

 

「ありがとうございやす!」

 

 ライブ配信に接続して視聴者コメントを聞いたのか、大将が頭を下げて礼を言ってくる。

 

「いや大将、これ本当に美味いよ。さすが魚を使わせたら一流だな」

 

「魚じゃヨコハマではそうそう負けやせんよ」

 

 にやりと大将が笑う。すると、俺達のやりとりを見ていたのか、屋台に人が集まり始めた。

 

「おっと、こりゃあ邪魔しちゃいかんな。じゃあ大将、今度また店で」

 

「はい、ありがとうございやした!」

 

 そうして俺達は屋台から少し距離を取り、残りのサンガ焼きを食べていく。

 うーん、このクオリティの料理が屋台で食べられるとは思っていなかったな。ごちそうさまだ。

 

「よし、ヒスイさんまだ食べられる?」

 

「はい、余裕ですよ」

 

「じゃあ、次はあっちのベビーカステラだ!」

 

 その後も俺達は、ベビーカステラ、リンゴ飴、イカ焼き、綿飴、焼きそばと食べていく。

 ミドリシリーズのボディにはバイオ動力炉が搭載されているので、食べるそばから消化されて満腹になるということがない。

 

『健啖家やね』『俺サイボーグ化していないから、リアルでこんだけ食えば動けなくなるわ』『そもそも消費クレジットが気になってここまで買えない』『でも屋台の値段結構安くない?』『お祭りに参加していただきやすいよう、値段は頑張って下げています!』

 

 屋台の値段か。そういえば気にしてなかったな。一級市民の配給クレジットは多いので、金銭感覚がずれてきているのかもしれない。成金趣味にならないよう気をつけなければ。

 まあ、今は配信のためなので屋台行脚を止めないけどな!

 



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73.未来のお盆<2>

 ヨコハマ・アーコロジーの夏祭り。俺は視聴者と味覚を共有して、屋台の料理を心ゆくまで楽しんだ。

 人間ボディだったら満腹で動けなくなっているところだ。

 

「だいぶ食べたし、次は屋台で遊んでいこうか」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんは「了解しました」と言って口元をハンカチでぬぐった。

 遊ぶ屋台はだいたいが景品をもらえるが、荷物を増やすのもなんなので遊ぶだけで景品を拒否しよう。いい物が当たったらそれだけもらう感じで。

 

「まずは、射的だ!」

 

「射撃はお任せください」

 

「そう? じゃあヒスイさんから」

 

 ロボット店主からコルクガンを受け取り、ヒスイさんに渡す。すると、ヒスイさんは本格的な構えを取りコルクを撃った。しかし。

 

「むむ!? 真っ直ぐ飛ばないですね」

 

 見事に失敗していた。

 

「あはは、そりゃあ真っ直ぐ飛ばないように作られているからね。基本変な方向に飛ぶけれど、偶然真っ直ぐ飛ぶことを祈るみたいな遊戯だよ」

 

「ここは、屋台プログラムをインストール……プログラムがありませんね」

 

「屋台の遊びに専用プログラムを作る人はいないでしょ……」

 

 ヒスイさんの言葉にあきれて、俺はそんな突っ込みを入れた。

 ヒスイさんは悔しそうな顔をして残りのコルクを撃っていく。だが、全て外れた。

 

『まさかの敗北』『さすがじゃないですヒスイさん』『ミドリシリーズにもできないことってあるんですね』『銃の癖を見抜くくらいやってくれると思ってた』

 

 辛辣な視聴者コメントがヒスイさんに突き刺さる。

 がっくりとうなだれるヒスイさん。仕方ない、俺が仇を取ってやるか。

 

「おっちゃん、もう一回ね」

 

 そう言ってクレジットを支払い、銃を受け取った。

 そして俺は銃を右手に持ち、手前の台から右腕を伸ばす。さらに、台に半身を乗せてより腕が前に行くようにした。

 

『ありなのかそれ』『的が遠いなら近づけばいいじゃないの精神』『ずるくない?』『店長の判断はいかに!?』

 

 キューブくんのカメラとヒスイさんの視線が店長ロボットの方を見る。

 

『セーフですヨ』

 

 よし、判定が下った! 撃てー!

 小気味よい音を立ててコルクが飛び、景品の一つに命中した。しかし、倒れない。

 

「ああ、惜しい!」

 

「あれ、今のは命中ではないのですか?」

 

 悔しがる俺に、ヒスイさんが不思議そうに聞いてくる。

 そこで店長ロボットがそう言う。

 

『景品を倒さないと駄目ダヨ』

 

 というわけだ。俺はコルクを銃口に詰め、もう一度挑戦する。すると、今度は見事に的の箱が倒れた。

 

「いよっし!」

 

 ガッツポーズを取る俺。

 すると、周囲で見守っていた人達から拍手が飛んできた。

 

「あ、どうもどうも。配信中でお騒がせしております」

 

 俺は周囲に向けてぺこぺことお辞儀をした。

 

『ヨシちゃんの知名度向上のチャンス!』『ほら、宣伝して!』『いつもので!』『早く早く』

 

 くっ、やるしかないのか!

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。普段はゲーム配信をしているから、気になった人はチェックしてね!」

 

「助手のミドリシリーズのガイノイド、ヒスイです。ヨコハマ・アーコロジーを拠点に活動しております」

 

 ポーズを取ってそう宣言すると、周囲から「頑張れよー」「浴衣可愛い!」「ミドリシリーズってマジ?」と様々な反応が返ってくる。俺はそれに手を振り、残りのコルクを撃ちに戻った。

 だが、残りは見事に外れて、俺は景品の箱を一つ受け取った。ラムネ菓子だ。箱の中身を開けて、ヒスイさんとシェアしてその場で食べる。

 

「次は向こうに見える輪投げかな」

 

「ランダム要素が絡まないならばお任せください」

 

「アンドロイドの正確な投擲が屋台を襲う!」

 

 そんな会話をしながら輪投げの屋台に向かう。

 

『実際、アンドロイドなら輪投げ外さないだろ』『赤字にならないのかね』『景品安いんだろ』『輪投げってなに?』

 

 輪投げを知らない視聴者がいたので、俺は輪投げについて説明した。その名の通り、輪っかを投げて棒の間に輪っかを通し、通った輪っかの数で景品がもらえるという遊びだ。

 ヒスイさんがまず初めに投げ、輪は全部棒に通った。俺も挑戦すると、ガイノイドになって手先が器用になったのか、これもまた全部成功だ。

 

『この中の景品から選んでネ!』

 

 そう店主からうながされ、玩具やお菓子の並ぶ景品から俺は何かないかと探す。おっ、これは……。

 

「ヒスイさん、これあげる」

 

「なんでしょうか。……髪飾りですね」

 

 青い蝶々の髪飾りだ。安っぽい作りだが、祭りの最中につける分にはいいだろう。

 

「つけてくださいますか?」

 

「はいよ」

 

 浴衣に合わせてアップになっているヒスイさんの黒髪に、俺は髪飾りをつけた。うん、可愛い。

 

「では、少々お待ちください」

 

 そう言ってヒスイさんは景品を真剣な表情で見つめた。

 そして、見つけたのは四つ葉のクローバーの髪飾りだ。綺麗な翡翠色をしている。

 

「これをどうぞ」

 

 ヒスイさんとお揃いでアップにした俺の髪に、ヒスイさんが髪飾りをつけてくれる。

 

「ありがと」

 

「いえ、こちらこそありがとうございます」

 

 俺とヒスイさんはそう礼を言い合い、そして笑った。

 

『何この姉妹可愛い』『尊み』『本当の姉妹みたいやわぁ』『何言ってんだ本当の姉妹だろ!』

 

 いや、本当の姉妹ではないからな。ヒスイさんに洗脳されないように。無粋なので口には出さないが。

 

「おっ、ヒスイさんあれ、ロボット金魚すくいだって。ロボットなのか」

 

「ええと……超小型バッテリー内蔵で、無充電で一年は動き続けるそうです。充電すれば、さらに動きます」

 

「生き物飼うのは金魚でも面倒だからな。ロボットにしているのは賢い」

 

 きっと餌やりもいらないんだろう。いや、餌を消化する器官が付いていないという方が正しいか。

 俺達はロボット金魚すくいの屋台に近づく。

 

「でもヒスイさん、金魚いる?」

 

「いらないですね」

 

「俺も特にインテリアとしては別に欲しくないなぁ」

 

『おやっ、お姉さん達。持ち帰りなしで、遊びですくうだけでもイイヨ。ロボットなのですくっても弱らないからネ』

 

 ロボット店主が俺達の会話を聞き、そんなことを言ってくる。

 

「そうか、じゃあ、やってみようか」

 

「はい」

 

 そしてまたもやヒスイさんの挑戦からだ。

 

『今度はいけるか?』『金魚すくいって初めて知った遊びだ』『水に溶ける容器で金魚をすくう遊びだよ』『水に溶けるのか……ちょっと想像できない』

 

「行きます……あっ!」

 

 お椀を片手に構え、もう片方の手で持つポイを水中に入れるが、金魚をすくおうとしたところ、一発でポイは破けてしまった。

 

『あー』『残念』『ヒスイさんでも駄目じゃったか……』『これ、本当にすくえるの?』

 

 視聴者達が落胆のコメントをする。

 ヒスイさんは「ぐぬぬ」と悔しがっていた。

 

「ヒスイさん、交代だ。よーく見ておくんだぞー」

 

 クレジットを支払い、店主からポイとお椀を受け取る。

 そして、俺は金魚の入った水槽を前に、待ちの態勢を取った。金魚が水面近くに来るまで待つ、待つ、来た! 水面を切るようにしてポイを滑らせ、ポイの上に金魚を載せる。そして、そのままの勢いでお椀に金魚を入れた。

 

「さすがです、ヨシムネ様」

 

『お客さんなかなかヤルネ』

 

『ヒュー』『今日のヨシちゃんさえているなぁ』『屋台マスターヨシ』『アナログゲーム配信もいいよね』

 

 そうか、これも一種のゲーム配信か。その発想はなかった。

 俺はそう感心しながら、ヒスイさんにまだ破けていないポイを見せた。

 

「水の抵抗をいかに少なくするかがコツだな。水面の上の方を横に滑らせるようにやるんだ」

 

「なるほど。理解しました。もう一度挑戦してみます」

 

 ヒスイさんがまた挑戦するというので、俺は店主にクレジットを払った。屋台の料金は基本的に俺持ちだ。ヒスイさんは三級市民で配給クレジットが少ないからな。最初はヒスイさんに固辞されたが、配信の必要経費として押し切った。

 

「行きます」

 

 ヒスイさんは、水面に浮いてきた金魚を素早くポイですくいとった。

 

「おおー、やるじゃん」

 

「やりました。破けるまでは挑戦していいのですよね?」

 

『イイヨー』

 

 その後、ヒスイさんは見事に金魚をすくっていき、合計3匹の金魚をすくいとった。俺も破けるまで5匹すくい、全てリリース。

 ヒスイさんもリリースするのかと思いきや。

 

「あの、ヨシムネ様。今日の記念に、持ち帰ってもいいですか?」

 

「いいんじゃない? ただし、イノウエさんに水槽を倒されないよう設定はしっかりな」

 

「はい」

 

『お姉さん達、楽しかったかい? またすくいたくなったら来てネ』

 

 そう弾んだ声で言うロボット店主に、水の入ったビニールのような透明の巾着袋へ金魚を入れてもらい、ヒスイさんはそれを嬉しそうに受け取った。

 

『祭りを満喫しているなぁ』『俺もコロニーの祭りがあったらフレンド誘って行こうっと』『リアルの遊びもいいもんだね』『なんで俺の隣にはヨシちゃんとヒスイさんがいないんだ……』

 

 隣に誰かがいてほしいなら、リアルフレンドマッチングサービス利用しろよな! 俺は必要ないからサービス使ったことないけど!

 

 さらに次の屋台を求め、踏み出そうとしたそのときだ。ヒスイさんが俺を呼び止めてきた。

 

「ヨシムネ様、そろそろ花火大会の時刻が近づいてまいりました。場所を確保しにいきましょう」

 

「おっ、確かに天井の照明も青いな」

 

 アーコロジーの天井にある照明は、夕方に赤、夜に青が混じるようになっている。

 花火大会に遅れないよう、俺達は大会会場に向かう。

 人は多いが、場所が確保できないほどではない。俺達は床にシートを敷き、座り込んだ。

 そして、視聴者達と雑談することしばし。ハマコちゃんボイスによる花火大会が始まる案内が周囲に流れ、天井の照明が控えめになり海の向こうの星空がくっきりと見えるようになった。

 

「アーコロジーの照明が落ちるの、初めて見るなー」

 

 そんなことをぽつりとこぼすと、後ろから声がかかった。

 

「暗いですが、警備ロボットが監視しているので安心して見ていてくださいね!」

 

「おわっ、ハマコちゃん! 大会のアナウンスしていたんじゃないのか?」

 

「はい、今日のお仕事は、残りは花火大会終了のアナウンスだけなので来ちゃいました! 視聴者の皆様もこんばんは!」

 

『わー、ハマコちゃんやん!』『もはや準レギュラー』『ハマコちゃんも浴衣やん!』『宣伝頑張っても俺達は惑星テラにはいけないぜ!』

 

「自然を見にいかないで、アーコロジーの中だけで観光するなら観光費用も安く済むんですよ! みなさん、来年の夏祭りの参加検討してくださいね!」

 

 俺の配信をちゃっかり宣伝に使おうと画策するハマコちゃんの今日の格好は、白い生地に青の朝顔柄の浴衣だ。赤髪をポニーテールにしているのは海水浴の時と同じだな。

 

「それよりもヨシムネ様、ハマコ様、花火が上がりますよ」

 

「そうだった」

 

「おっと、いけませんね!」

 

 俺とハマコちゃんは、ヒスイさんの言葉にあわてて海の方角を向く。

 

 すると、空気が震えるような音を立てて複数の火の玉が空の上に上がっていく。そして、軽快な炸裂音を立てて、大輪の花が夜空に咲いた。

 さらに続けざま、花火が連続して空に上がる。色とりどりの花火が東京湾の空を彩った。

 

『はー、配信画面じゃなくて現地で見たいなこれ』『確かに』『惑星じゃないと無理だよなぁ、花火って』『コロニーだと天井の高さ足りないだろうな』『綺麗だなー』

 

 視聴者も花火を満喫しているようだ。俺は次々と上がる花火に満足して言った。

 

「いいねぇ。夏だねぇ。ハマコちゃん、花火はどこの会社が上げているの?」

 

「会社ですか? いえ、観光局に専門部署があって、そこで花火を製造から打ち上げまで一元管理していますね」

 

 なるほど、ヨコハマ行政区の観光局が上げているのか。

 また花火が上がったので、俺は花火が炸裂するのに合わせて声を上げた。

 

「ヨコハマ屋ー!」

 

「ヨシムネさん? なんですかそれ?」

 

 ハマコちゃんが俺の行動を見て、不思議そうに尋ねてくる。

 

「花火を上げるときに、たまやとかかぎやとかのかけ声言うのを知らない? あれって、江戸時代にあった花火屋の屋号で、花火を上げた人達の屋号を叫んでいるんだよ」

 

「たまや? かぎや? 知らないですね! でも、屋号を叫ぶなんて風習、昔はあったんですね」

 

「そうだな。江戸時代の風習が、部分的に21世紀にも伝わっていて、たまやさんもかぎやさんもいないのに見事な花火にはたまやーとか叫ぶ人がいたんだ」

 

 まあ、実際に叫ぶ人なんて滅多にいなかったけどな。

 

「はー、だからヨコハマ屋と」

 

「そうだな。ヨコハマ行政区の観光局の人達が花火を上げているから、ヨコハマ屋」

 

「なるほどー。あっ、ヨコハマ屋ー!」

 

「ヨコハマ屋ー」

 

 ハマコちゃんとヒスイさんも花火を見ながら俺の言動に乗ってきた。

 

『久しぶりにちゃんとした解説付きの21世紀トークだったな』『21世紀トークというか近世トーク?』『江戸時代はたしか『-TOUMA-』の作中の時代だったよね』『『-TOUMA-』もだいぶ前のプレイなのによく覚えているな』

 

 ヒスイさんとハマコちゃん、そして視聴者と一緒にわいわい話しながら花火を楽しむ。

 そして、花火は三十分ほど続いて、最後に夜空一面に大量の花火を咲かせて終わった。

 

「いやー、すごかったですね! あ、ちょっと待ってください。『以上で花火大会を終了いたします』。……よし、今日のお仕事終了です!」

 

 ハマコちゃんが会場アナウンスを入れると、暗くなっていた天井の照明がつき、あたりが明るくなった。

 俺とヒスイさんは、終業を迎えたハマコちゃんにいたわりの声を向ける。

 

「おつかれさま」

 

「おつかれさまです」

 

「はい、今日もお仕事頑張りました。でも、お祭りはまだまだ続きますよ! 盆踊りをしにいきましょうか!」

 

 そうして俺達はハマコちゃんに連れられて、盆踊り会場へと向かい元気に盆踊りを踊った。

 浴衣が珍しいのか、ライブ配信が珍しいのか、俺達は散々参加者達の注目を浴びていたが、「21世紀おじさん少女をよろしく!」と宣伝して乗り切った。俺の精神も図太くなってきたと思う。

 

 そして、晩ご飯を食べたいというハマコちゃんに付き合い俺達はまた屋台に繰り出し、祭りの夜を満喫したのであった。

 



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74.雑談回

 8月のある日、俺は暇を持てあましたので告知もなく突発にライブ配信を始めた。

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。今日はゲームやらずに雑談するよ!」

 

『わこつ』『わこっこ』『告知もせず配信とな』『気づけてよかった……』『あれ、今日はアバターで接続できるのか』

 

 俺が今いるのは、SCホームの日本家屋内に作った宴会場だ。旅館の大広間のような作りをしている。果てはなく、何万人でも収容できるように作ってある。

 そこへ視聴者がVRのアバターでログインできるように今回は配信の設定をいじってある。

 早速、配信開始を知って接続した視聴者のアバターが、宴会場に入ってくる。

 突発配信なので、直接アバターで接続しない、配信画面で見るだけの視聴者の方が圧倒的に多いみたいだけれども。そういう視聴者は、猫の姿でこちらからは見えるようになっている。

 

『ところでヒスイさんは?』『あれ、そういえばおらんやん』『ヒスイさんの前口上もセットで聞かないと落ち着かん』『どうしたの? 愛想尽かされた?』

 

「いやー、実はヒスイさんに黙って配信始めたんだよね。だから広報担当による告知もなし」

 

 はい、行き当たりばったりです。まあ雑談しかしないしいいよね。

 と、思ったら、ヒスイさんがイノウエさんをともなってログインしてきた。

 

 ヒスイさんは俺と視聴者達のアバターを見て一つ溜息をつき、そして言った。

 

「遅れましてすみません。助手のヒスイです」

 

『ヒスイさん謝らなくてもええよ』『悪いのはこの銀髪メスガキおじさんだから』『ヨシちゃん早く謝って!』『カメラに映るチャンスを逃してヒスイはご立腹だぞ!』

 

 ええ、俺が悪いのか。……いや、俺が悪いな。

 

「もうしわけありませんでしたー!」

 

 腰を90度曲げて頭を下げた。

 対するヒスイさんは、困惑した声で言葉を返してくる。

 

「あの、いえ。怒っていませんよ。すぐに気づけましたし」

 

「あ、そう。じゃあお前ら、雑談はじめるぞー!」

 

『わあい』『つーても前の夏祭りでも、散々ヨシちゃんの雑談トーク聞けたけどな』『でも今は視聴者の接続数少ないから、自分のコメントが読み上げられるチャンス!』『早速読み上げられているじゃん』『おめでとう!』

 

 さて、雑談だ。一方的に俺が日頃の思いを熱く語ってもいいのだが、せっかくなので視聴者に話題を振ってもらおう。

 

「じゃあ、視聴者のみんな、俺に聞きたいこととかある?」

 

 俺がそう言うと、すぐさま視聴者が反応し、抽出コメントが読み上げられる。

 

『あるあるめっちゃある』『誕生日は?』『スリーサイズは?』『好きな異性のタイプは?』『パンツ何色はいてる?』

 

「セクハラ親父かお前は! あー、誕生日は9月8日だ。芋煮会の季節だな。誕生日パーティーとして芋煮会が開けないか計画しているぞ」

 

 できれば河原でやりたいんだが、自然の中に出て何かするってすごくハードルが高いんだよな。上手く話がまとまってくれるといいんだが。

 で、他の質問だ。

 

「スリーサイズはヒスイさんの旧ボディのままいじってないから、ミドリシリーズのデフォルト体形のままだな。ヒスイさん、自分の外見に興味ない人だからデフォルトなんだ……」

 

『がっつり見た目いじってええんでない?』『季節ごとに外観変えるとか』『胸でかくしようぜ!』『ヨシちゃんの配信には巨乳が足りない』『ミズキさんが唯一のボーナスタイム』

 

 うーん、胸か。

 

「胸ネタはなぁ……後を引くんだよな。胸パッドだの貧乳だので、ひたすらいじられ続けていたキャラクターを何人も21世紀で見てきた。なので、触れるべからずだ!」

 

 俺がそう言うと、視聴者達は『残念』と返してきた。まあ、視聴者達も別にエロ目的で言っているわけではないだろう。うちは健全ゲーム配信だからな。エロ目的ならそもそも視聴するはずがないのだ。

 

「ちなみに好きな異性のタイプは、守ってあげたくなるような子だな。女の子だぞ。今はあんまり異性に対する欲求が湧き出てこないんだが」

 

「ヨシムネ様は女性ボディのまま男性としての性的欲求が出てしまわないよう、行政区によって発情関連にロックがかけられていますよ。日常生活に異常をきたさないようにとの処置です。このロックは、男性ボディに魂を移した際に解除されます」

 

 ヒスイさんから語られる驚愕の真実! って、この話確か前に聞いたことある気がするな。

 

「俺の男性ボディ、ホムくんが使っているやん……」

 

 不便はしていないので、男ボディに戻りたいとは最近あまり思っていないのだが。

 

『守ってあげたくなるような子……』『アーキナーちゃんじゃん』『つまり妹系』『300人弱の姉がいるのに、好きなのは妹系とかなにこの……』『環境と性嗜好の不一致』

 

「妹系……確かに言われてみれば妹系が好きなのかもなぁ」

 

「誠に遺憾です」

 

 何言ってんのヒスイさん……。

 

「まあでも、ゲームの妹系キャラを好きって感じたことはそんなにないな。21世紀で一時期、二次元キャラクターに対して『俺の嫁』って主張することが流行ったんだが、俺は二次元キャラに対して、嫁にしたいとか思ったことはない。結婚システムが実装されているゲームで、結婚しないこともよくあるし」

 

『ええっ、ゲームキャラを嫁にしないの?』『サービス終了するMMOからNPCを譲り受けて嫁にしている人結構いるぞ』『私、MMOでNPCと結婚してる……』『なんならリアルでAIと子作りして子供を授かったりするぞ』

 

 うーん、600年分の壮大なジェネレーションギャップよ。

 って、ちょっと待て。

 

「AIと子作りってどうすんの……?」

 

 俺の疑問に、ヒスイさんが答えてくれる。

 

「AIの外見的特徴を持つ人工精子や人工卵子を作り、場合によっては人工子宮で子供を作ります。人工子宮付きの妊娠機能がついたガイノイドは値段が高いので、試験管ベイビーのことも多いです」

 

 うーん、相変わらずSFしているな。

 

「でもそこまでして子供を作っても、生まれた子供は養育施設に預けちゃうんだよな?」

 

「そうですね。子育てはそこらの仕事よりもずっと重労働となるので、現代人の多くはその環境に耐えられません」

 

「子育てロボットを買うとかしないもんかね」

 

「ヨシムネ様が思っているよりもずっと、現代人のお金の使い方は刹那的で、貯蓄をなかなかしません」

 

 江戸っ子かよ!

 あー、でも、もしかすると……。

 

「自分で働いて手に入れたお金じゃないから、執着がないのかもな。クレジットは勝手に毎月入ってくるから、大事に貯めるという考えがない」

 

「そうかもしれませんね」

 

「別に、貯めないから悪いとかじゃないけどな」

 

『しかし、クレジット貯めて死後アンドロイドにソウルインストールするのは憧れるぞ』『でもゲームにつぎ込んじゃう……』『毎月欲しいアイテムが多すぎて……』『一年間クレジット貯めて作ったのはMMOでの戦艦でした』

 

 まあ、ゲームに使いすぎて生活苦とかなっていたりしないならいいけどな。

 

「でも、今の時代のゲームってガチャがあるわけでもないのに、みんなよくクレジット使い切れるな」

 

『ガチャ?』『ガチャってなんぞ?』『聞いたことない』『21世紀用語?』

 

 あー、ガチャが通じないのか。どう説明したものかな。

 

「こちらがガチャになります」

 

 ヒスイさんが宴会場の畳の上に、見覚えのあるガチャガチャの機材を呼び出した。用意周到だな。

 

「この機材にクレジット、そうですね、今回はこのお金代わりのコインを投入します」

 

 ガチャガチャの機材にコインを投入。そして、回転レバーを回し始める。ガチャガチャと音が鳴る。

 

「このときに鳴る音が、ガチャという言葉の語源ですね。さて、回し終わると、このようにカプセルが中から出てきます」

 

 ガチャガチャの機材から丸いカプセルがポトリと落ち、ヒスイさんはそれを手に取り中を開けた。

 中に入っていたのは、剣の形をしたキーホルダーだ。

 

「おめでとうございます。あなたはレア度レジェンダリィのエクスカリバーを手に入れました。……とこのようにゲーム内アイテムなどをランダムで入手する仕組みが、ガチャです。レア度の等級ごとに入手確率が決まっていまして、要するにクジ引きです」

 

『クジ引きかー』『運でアイテム入手……辛くない?』『欲しいアイテム手に入るまでずっとクジ引く羽目になるぞ』『何それ怖い』

 

 視聴者達が、ガチャの恐怖におののいている。

 

「俺がいた2020年だと、ネトゲじゃ大抵ガチャが存在していたな。MMOもMOもソーシャルゲームも、中にはコンシューマーのオフラインゲームでもだな」

 

 俺がそう言うと、さらに視聴者達がざわついた。

 さらに俺は言葉を続けた。

 

「ガチャはとにかくプレイヤーから出ていくお金が多いから、ゲーム会社が儲かってゲームのサービスが長く続くわけだ。そして、プレイヤーも最高レアを引いた瞬間は快感がすごいから、ガチャにはまる」

 

「現代のゲーム会社は行政区の傘下にあり、市民達の需要を満たすためにあらゆるジャンルのゲームを揃えることを重要視していますから、そのような手法で売上を上げる必要がありませんね」

 

 ヒスイさんの説明に、なるほどと納得する。

 

「クレジットっていうのは、市民の生活を成り立たせるためのただの数字なんだろうな。21世紀とはお金の概念がいろいろ違いそうだ」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんも話に乗ってくる。

 

「機械があらゆる生産活動を行なっていますので、正直なところクレジットという概念が無くても人類は何不自由なく生きていけます。今もクレジットが存在しているのは、市民達が際限なく浪費をしないよう制限をつけているだけと思ってもよいでしょう。資源も一応は有限ですし」

 

 なるほどなー。それっぽいこと言ってはみたものの、オラ農民だから未来経済に関しては詳しく解らねえだ。

 

『クレジットの上限があるから、毎月どこまでアイテム買って運用するか頭を使っている感じがある』『ゲーム内アイテムより身体のサイボーグ化にクレジット使った方が、ゲームの反応よくなるぞ』『SCマシンも配給品じゃなくてアップグレードした方が快適』『俺はやっぱり嫁AI用のガイノイド購入に充てたいわ』『ソウルサーバに入れば気楽だぞう』『えー、リアルで活動できなくなるのはちょっとなあ』

 

 視聴者にもいろいろだな。

 

「さて、次の話題、何かあるかな?」

 

 小難しい経済の話になる前に、俺は話題を変えた。

 すると、視聴者のコメントがすぐに返ってくる。

 

『何か21世紀トークして』『ソウルコネクト以外のゲーム配信しないの?』『21世紀のゲームについて知りたい』『ヨシちゃんによるレトロゲーム配信期待』

 

 ふむ、まずは二番目の話題から拾うか。

 

「ソウルコネクトじゃない非VRゲームは個人的にプレイしているが、配信はあまりやる気がないな。スポンサーがいるから、できるだけミドリシリーズの外見でゲームをプレイしたいって思っている」

 

 まあ、21世紀のバーチャルユーチューバーみたいに、ゲームを背景にして手前に俺のバストアップを表示して表情でリアクションを取るとかの形式もありといえばありなんだけど。

 

『ヨシちゃんスポンサーへの配慮とかしてたんか……』『その割には全然宣伝せんな』『存在しているだけでニホンタナカインダストリのガイノイドの宣伝にはなっている』『なおアオシリーズの宣伝はしていない模様』『ミドリちゃんさんが配信に出たなら、セイ様も出ていいんじゃない?』

 

「セイ様って誰?」

 

「業務用アンドロイドのアオシリーズの一号機ですね。青と書いてセイと読みます」

 

「あー、そういえばアオシリーズなんてあったな……」

 

「ミドリシリーズより歴史は古いのですけれどね」

 

 そうだったのか。全く関わりがないから知らなかった。

 で、次の話題だ。21世紀トークだったな。

 

「それじゃあ、21世紀のMMOトークでもしようか。本当にあったMMO面白事件。『血のバレンタイン』」

 

 物騒なタイトルに、視聴者コメントがざわりとなる。

 その反応に、俺は満足して概要を話し始めた。

 

 とあるMMORPGでは、非PvPエリアと軍に入って戦うPvPエリアがはっきりと分かれていて、プレイヤー層もほぼ分かれていた。

 非PvPエリアの住民はPvPエリアにはまず寄りつかず、お互いに隔たりがあった。

 そんな状況を打開しようと思ったのか、運営があるイベントを開催した。

 非PvPエリアの住民の手でバレンタインのチョコを作り、PvPエリアの軍人さんに愛を届けてあげようという内容だ。

 

 イベントには多数の非PvPエリアの住民が集まり、GM(ゲームマスター)の誘導でチョコレートの材料を持ってPvPエリアに踏み込んだ。

 そこで始まる二つのエリアの交流……ということはなく、PvPエリアの軍人達による一方的な住民の虐殺が開始されたのだった。

 突然の暴挙に、非PvPエリアの住民達の心は深く傷ついた。

 

 なぜこのような行為が行なわれたのか……黒幕はゲーム運営側の人間。GMだ。

 GMはPvPエリアの軍人達をそそのかし、非PvPエリアの住民を攻撃するよう誘導したのだ。

 

「なぜGMがこんなことをしでかしたのかは判断がつきかねるが……非PvPエリアの住民にPvPをさせたかったというなら無茶な話だっただろうな。PvPが嫌いな人はとにかく嫌いだから」

 

『21世紀のMMOもいろいろあるんだなぁ』『一方的な虐殺とか21世紀のレトロなグラフィックでよかった……』『今のグラフィックだったら大惨事すぎるわ』『いや、昔のゲームの方が血とか出てグロかったりするぞ』

 

 そういえば、この時代のVRゲームはあまりグロい物を見かけないな。ゲームとリアルを混同しないようにとかの配慮なのかね。

 ああ、血といえばもう一つ面白事件があったな。

 

「本当にあったMMO面白事件その2ー。『汚れた血事件』」

 

 またもや物騒なタイトルに、視聴者コメントがまたもやざわつく。

 うむうむ、リアクションがしっかりしていてよろしい。

 

 とあるMMORPGのとあるレイドボスは『汚れた血』というスキルを持っていた。

 これは、数秒の間ダメージを受け続けるという症状を与えるスキルで、しかもこの症状は他者に感染するという特性を持っていた。

 だが、これはレイドボスのいるダンジョン専用のスキル。ダンジョンを出ると効果が消えるようになっていた。

 

 しかしある日、召喚獣を経由してこの症状がダンジョンの外に持ち出されてしまう。

 感染性の症状なので、プレイヤーの密集する町中で瞬時に症状が伝播。パンデミックが引き起こされてしまう。

 レイドボスの持つスキルなので、症状で受けるダメージは初心者プレイヤーにとっては即死級。

 死ぬ→復活する→また感染する→死ぬのループが起こり、町中にプレイヤーの死骸が溢れかえる事態となった。

 

「パンデミックがいかに恐ろしいかをゲームで学べる面白事件ってわけだね。ちなみに運営がサーバを停止するまでパンデミックは止まらなかったとさ」

 

『バグの類なんだろうが怖いなぁ』『ひえっ、検索したら死体の山がグロい』『狭いスペースコロニーに住んでいると、パンデミックって他人事じゃないんだよなぁ』『やっぱり部屋から出ないのが一番だな!』

 

 なんでこの事件聞いて結論が引きこもり宣言になるかな!?

 まあ、パンデミックなんて人一人のできることなんて限られているだろうが。

 あれ、でも感染を拡大しないためには、引きこもって他者と接触しないことは正しいことなのか。うーむ、奥が深い。

 

 そんなことで感心しながら、俺は他にも面白事件を紹介。

 宇宙を舞台にしたMMOで大戦争が勃発して、30万ドル相当のゲーム内資産が一日で溶けた事例などを挙げた。

 

『それは結構俺達にも馴染みがある』『クレジットで直接キャラを強くはできないけれど、クレジットは資源になる』『城建てる土地の所有権とかだいたいクレジット支払いだしな』『見ろよこのクレジット資材で作った戦艦を!』

 

「実質札束で殴り合うゲームとか、21世紀の俺が最後にいた時期より10年くらい前にあったな。さっき言ったガチャとの組み合わせなんだけれど、強い武具と強化アイテムをひたすらガチャで集めてPvPする類のMMO」

 

『ガチャ怖え』『クジ引きでそこまで揃えるとかいくら使っているんだ』『お札のお金とか見てみたい』『ヨシちゃん家ごと次元の狭間に放り込まれたっていうし、お札もサルベージされているんじゃない?』『ヨシちゃん家の発掘品、公開されないかなぁ』

 

 あー、俺の家か。どうなっているんだろうな。

 俺自身、研究者に何か21世紀のこととか聞かれたりすると思っていたのに、そういう気配全然ないし。

 

 研究者のインタビューとかどうなのとヒスイさんに聞いてみたのだが……。

 

「こうやって配信中に自然と21世紀のことをこぼしていけば、それが貴重な証言資料となりますよ」

 

 どうやら今までのままでいいらしい。

 それならいいやと、俺は視聴者との雑談を続けるのであった。

 

 そして結局、雑談は三時間ほど続き、夕食の時間が近づいたので終了となった。

 ゲームをやらなくても、結構時間を潰せるんだなぁ。

 

 ゲーム配信だけじゃ伝わらない俺の事情とかもあるかもしれないし、たまにならまた雑談回をやってもいいかもしれないな。

 



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75.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<1>

 次のライブ配信に備えて、ARでゲームの説明書を読んでいたある日の午前。

 ヒスイさんはイノウエさんを前に、なにやら話していた。

 

「いいですか、イノウエさん。この魚は餌ではありません。ロボットなので食べられませんよ」

 

 金魚鉢をイノウエさんに見せながらそんなことを言っている。

 ……いや、ヒスイさんなにやっているのさ。

 

「ヒスイさん、猫を相手に高度なしつけは無理でしょ」

 

「やってみなければ判りませんよ」

 

「いや、金魚がイノウエさんに噛み砕かれてからじゃ遅いよ。素直に機体設定いじろう?」

 

「そうですか……」

 

 俺の言葉に、ヒスイさんはしょんぼりとうなだれた。

 犬じゃないんだから、そう都合のいいように言うことを聞かせられるわけがない。いや、犬だってそうそう言うこと聞くわけじゃないけど。

 

 落ち込むヒスイさんを前に、俺は説明書のキャラクター紹介ページを空間投影しながら言う。

 

「まあまあヒスイさん、次の配信でしゃべる猫が出てくるし、そっちで我慢しよう」

 

 その言葉を聞いて、ヒスイさんの身体に力が入る。

 

「『ダンジョン前の雑貨屋さん』ですか。いい猫ゲームでした」

 

「猫ゲーム扱いかぁ……」

 

 ヒスイさんには配信に出してもいいゲームかどうか先行してプレイしてもらっているので、このゲームはすでに彼女にとってクリア済みのゲームなのだ。

 

「そろそろ視聴者の犬派が、犬を出せとか言ってきそうだな……」

 

「猫がいればそれでいいのですよ」

 

 うーん、猫過激派。

 

 と、そんな話をしているうちにイノウエさんが金魚鉢に手を突っ込んでいる。

 こりゃいかんと、俺はイノウエさんを抱えて金魚鉢から離し、ヒスイさんに手渡した。

 

「はい、設定しておいてね」

 

「……了解しました」

 

 しぶしぶといった感じで了承するヒスイさん。

 いや、ロボット金魚はヒスイさんの持ち物だし、イノウエさんがいたずらしたら被害を受けるのはヒスイさんなんだから、そんな仕方なくみたいな表情するんじゃないよ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 今日も予定していたライブ配信が始まる。

 まずはリアルパートからの始まりだ。

 

「どうもー。ゲームのライブ配信は二週間ぶり! 21世紀おじさん少女のヨシムネだよー」

 

「次々回配信予定のゲームまですでに精査済みです。助手のミドリシリーズガイノイド、ヒスイです」

 

 挨拶の始まりと共に、多数の視聴者が接続してくる。その接続者数は、初めてライブ配信したときと比べると何倍もの人数になっている。順調に人気が出ているようで嬉しい。

 

『わこつ』『わこつって言いたかった』『とてもわこつです』『オブ・ザ・デッドからそんなに経っているのか』『配信自体は続いていたから気づかなかったですね』

 

 巧妙なタイミングで、抽出された視聴者コメントが読み上げられる。こちらの台詞とは被ってこないし、賢い読み上げ機能である。

 

「まずはリアルパートからお送りしているぞ。今回は、我が家の新たな仲間を紹介しよう」

 

 そう言って、キューブくんを引き連れて移動する。

 カメラに映すのは、金魚鉢。

 

「ヒスイさんが夏祭りで取ってきたロボット金魚だ。餌いらずなのでペットというよりインテリアだな」

 

『丸い水槽が可愛い』『金魚鉢だね』『カラフルな魚だし、オシャレなインテリアだ』『ロボットでアクアリウムかぁ。ちょっといいかも』

 

 視聴者の反応もいいようだ。ロボットなので、餌いらずということは水も汚れないので水替えも頻繁にやらなくてすむ。手間がかからなくて俺的には大歓迎である。

 まあ、本物のアクアリウムを用意しても、世話はヒスイさんがやるだろうけどね。

 

「次に、俺の予備ボディを流用したお留守番役のホムくんだ」

 

『皆様、どうも初めまして。ホムと申します』

 

 フリルのついた執事服に身を包んだホムくんが、キューブくんに向けてうやうやしく礼をする。

 

『予備ボディ……?』『ヨシちゃんの男ボディか!』『男の子になるなんておじさん許しませんよ!』『落ち着け。こうして役目を与えているってことは、男に戻るつもりはないってことだ』『どうなのヨシちゃん』

 

「配信を続けている限り、ミドリシリーズの見た目を維持し続けるつもりだぞ。ちなみにホムくんは留守番が必要なときしか起動しないから、普段の配信には映らないな」

 

 視聴者達の安心するコメントを聞きながら、俺は場所を移動。いつものソウルコネクトチェアがある部屋までやってきた。

 

「それじゃあ、リアルパートはここまで。SCホームに移動するぞ」

 

 俺はソウルコネクトチェアに意識をゆだね、魂の世界にログインした。

 畳の敷かれた日本家屋の居間に、靴を脱いだ状態で降り立つ。

 隣にはいつもの行政区の制服を着たヒスイさんがいる。

 

「さて、早速ゲームをやっていくぞ。今回やるゲームはこちら!」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんがバスケットボールサイズのゲームアイコンを掲げた。

 

「新作インディーズゲーム、『ダンジョン前の雑貨屋さん』だ!」

 

『インディーズか』『解りやすいタイトルだ』『経営ゲームかな?』『やったー! うちのゲームだー!』『おっ、制作者さんおるやん』

 

 おや、制作者の人がいるのか。インケットで電子サインをねだってきた人かな?

 どうやら配信されるのを喜ぶタイプの人だったようだな。ネタバレ禁止! とか言われなくてよかった。

 そんなことを思っている間にも、ヒスイさんがゲームの説明を始める。

 

「『ダンジョン前の雑貨屋さん』はダンジョンを攻略するRPGパートと、雑貨屋を経営するシミュレーションパートに分かれたゲームです。プレイヤーは雑貨屋の店主となり、ダンジョンで素材を集めてアイテムを調合し、それを販売することでお金を稼いでいきます。両方のパートを進めることでストーリーが進行していきます」

 

「最初はただの経営ゲームかと思ったんだが、RPGの要素があってちょっとびっくり」

 

「一人称視点のソウルコネクトゲームですので、戦闘はいつもの通りアクションになりますけれどね」

 

「アクション戦闘なら任せろ! 素手で虎だって倒してみせるさ」

 

『頼もしい』『あのヨシちゃんが成長したもんだ……』『まあこのゲーム、武器は魔法銃なんだけどね』『マジかよ』『ヨシちゃんのスタイリッシュガンアクションが炸裂する!』

 

 銃、銃なぁ。この時代に来てからいくつかVRガンシューティングをプレイしてきているが、時間加速機能で鍛え上げた武器アクションと比べると、自信はあまりないんだよな。このゲームでは銃の練習をするつもりで挑もうか。

 

「ちなみにこのゲームは素手に攻撃判定がありません」

 

 ヒスイさんがそう言い、俺は本格的に銃を頑張らなければと決意する。

 さて、ゲームを始めようか。

 

「じゃあ、『ダンジョン前の雑貨屋さん』スタートだ!」

 

 俺がそう言うと、日本家屋の背景が崩れていき、タイトル画面に変わる。

 タイトルロゴが正面に表示され、背景は小さな村落が映っている。そして、女の子の歌う歌が流れている。

 

「明るい歌だな」

 

「制作者の一人であるガイノイドが歌うタイトル曲ですね」

 

「制作者本人の歌かよ。面白い人達だなぁ」

 

 インケットの時にファンの男性と一緒に売り子をしていた子かな?

 

『どうしても入れてくれって言われて……』『何それ笑える』『自己主張激しい子やな』『でも歌、ちゃんと上手ですよ』『作詞作曲もその子です』『多才なAIだな』

 

 コメントが盛り上がっていくが、ゲームを進めていこう。

 

「オプションは大丈夫? ヒスイさん」

 

「はい、NPCとの会話が頻発するRPGなので、以前の通り強く念じることで視聴者の皆様との会話を可能としています。難易度設定はありません。ゲーム速度は1倍。インディーズゲームですので、高度有機AIサーバへの接続はありません」

 

「ん、ありがと。では、『はじめから』を選択!」

 

 メニューから『はじめから』を選ぶと、カメラが村落にある『雑貨屋』という看板が掲げられた一軒の家にフォーカスしていく。

 雑貨屋の軒先にカメラが近づき、そして雑貨屋の家屋内でカメラが止まる。

 商品が並べられた棚のある店内。そこで『キャラクターを作成してください』というメッセージが流れる。

 

「んじゃ、いつも通り現実準拠で」

 

 SCホーム用のアバターそのままの見た目を適用し、名前をヨシムネと入力する。

 一方で、ヒスイさんはお助けキャラという項目で自分のキャラを作成していた。

 このゲームのダンジョン探索は一人で行なう仕様となっているが、店の売り子やアイテム作りのサポートキャラとして二人目以降も参加することができる。

 

 ダンジョンに挑むRPGパートは一人用、雑貨屋を経営するシミュレーションパートは複数人でプレイ可能となっているのだ。主にサポートAIの参加を想定していると説明書に書いてあった。

 

「では、私は店番を担当します」

 

 ヒスイさんはそう言ってキャラクターを作成し終えた。

 そうしてキャラメイクが終わり、ゲーム本編が開始される。

 

 カメラは再び家の外へと移動し、ナレーションが入る。

 

『剣と魔法のファンタジー世界セラス。魔王が討伐されて100年の月日が流れたこの時代、人々は平和な日々を送っています』

 

 村の全体を映したカメラは、村の真ん中に置かれた門を大写しにする。ダンジョン門と文字が画面の下に表示された。

 

『この『ダンジョン村』もそんな平和な場所の一つ。ゴブリンとスライムが出現する小さなダンジョンがある小さな村で、あなた『ヨシムネ』は雑貨屋を営んでいます』

 

 カメラが再び雑貨屋の店内に移動する。すると、店内のカウンターに俺とヒスイさんのアバターが座っていた。

 カメラは俺に近づいていき、俺の一人称視点へと変わる。アバターに魂が憑依した感覚があり、言葉を話せるようになった。

 

『ヨシムネー。ヨシムネー』

 

 と、俺を呼ぶ声がする。声の方向に視線を向けると、そこには黒猫が一匹。

 視界に文字が表示される。『雑貨屋の住民メケポン』。これが説明書にあったしゃべる猫メケポンか。

 

『ヨシムネー。初級ポーションの在庫がなくなりそうなのじゃ。調合室でポーションを作るのじゃ』

 

「お、おう」

 

 早速、チュートリアル的な何かが始まりそうになっている。

 

『しゃべる猫』『ヒスイさん大歓喜である』『古くさい言葉遣いがあざといな』『ねえ今回このゲーム配信したの、この猫がいるからじゃあ』

 

 妙な勘ぐりはよせ!

 

 俺はしゃべる猫メケポンにうながされ、椅子から立ち上がりカウンターの奥の部屋に移動する。

 当然のようにヒスイさんもついてきた。

 

『いやし草をすりつぶしてお湯で煎じるのじゃ。さあ、やってみるのじゃ』

 

 視界にガイドが表示されて、手順を説明してくれる。

 棚からいやし草を取り出して、薬研ですりつぶす。ゲームだからか、数回やっただけで完全にすりつぶせた。

 

 部屋の隅に置かれた水瓶――視界のガイドによると無限に水が湧き出る水瓶らしい――から水を確保し、鍋に入れ魔法のコンロで湯を沸かす。

 30秒ほどで沸騰してきたので、すりつぶした薬草をお湯の中に投入。30秒煮込むと湯が緑色になる。

 火を止め布で薬草をこして、初級ポーションの完成だ。ガラスの瓶に初級ポーションを注いで小分けにして、初級ポーション×10ができあがった。

 

『よくやったのじゃ。ヒスイ、これをお店に並べておくのじゃ』

 

「かしこまりました」

 

 ヒスイさんが初級ポーションをカゴに入れ、お店に運んでいく。

 商品を用意するには、こうやっていちいち作成していかなければならないんだな。ヒスイさんは売り子のお助けキャラでしかないし、配信のために時間短縮する手段も探していかないと。

 

『ヨシムネ、いやし草の在庫が心もとないのじゃ。ダンジョンに取りに行くぞい』

 

 おっ、次はRPGパートのチュートリアルか。

 

「それなら、さっき作った初級ポーションを持っていかないとな」

 

『何を言っているのじゃ。おぬしのレベルだと、在庫の初心者ポーションで十分なのじゃ。それよりも、魔法銃を持っていくのを忘れてはいかん』

 

 視界にガイドが表示され、棚にある銃の位置を知らせてくれる。

 革製のガンベルトに革のホルスターがついており、ホルスターの中には見たことのない形状の銃が収まっていた。

 俺はガンベルトを手に取ると、メニューの装備欄からそれを装着する。

 村娘の格好にガンベルトが浮いている。防具もそのうちそろうのだろうか。

 

『さあ、初心者ポーションを持ってダンジョンに向かうぞい』

 

 メケポンが先導して調合室から雑貨屋の店内へと向かう。

 店内では、すでにヒスイさんが初心者ポーションを用意して待っていた。

 

「ヨシムネ様、こちらをどうぞ」

 

「ありがとう。行ってくるよ」

 

『行くのじゃ』

 

 メケポンが店内から出ようとする。それを俺は慌てて追った。

 

「メケポンもダンジョンについてくるのか。危なくないか?」

 

 俺がそう言うと、メケポンはこちらに振り返り答える。

 

『儂はダンジョンの精霊なのじゃ。ダンジョンのモンスターは儂に危害を与えられん』

 

 なるほどなー。しゃべる猫は精霊さんでしたか。

 メケポンは雑貨屋のすぐ前にある、ダンジョンの門の前で立ち止まる。

 建物の類はなく、ただ門だけが不自然に立っている。

 

『このダンジョンも、昔は立派な巨大ダンジョンだったのじゃがなぁ。訪れる人が減り、すっかりしょぼくれた初心者ダンジョンに変わってしもうた』

 

 へえ、ダンジョンの規模って変動するのか。

 

『つまり人が増えるとダンジョンが大きくなる?』『商品を増やして人を呼び込んで、ダンジョンを育てよう的な?』『雑貨屋経営と思ったらダンジョン経営が始まりそう』『なんで訪れる人が減ったんだろう』

 

 その辺の謎はおいおい説明されていくだろう。されるよね? インディーズだからどうだろう。でも、ヒスイさんが配信にちゃんと使えると判断したゲームだからな。

 

『では、行くぞい』

 

 メケポンがそう言うと、ダンジョンの門はゆっくりと開いていき、門の向こうに苔むした洞窟が見えた。

 俺は腰の銃の感触を手で確かめると、警戒しながら洞窟へと足を踏み入れるのであった。

 



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76.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<2>

 ダンジョンの中は、岩の洞窟だった。岩肌には発光する苔が生えており、その光のおかげで先をしっかりと見通せている。

 

『いやし草はダンジョンの奥の広間に生えておる。一本道なので迷うことはないが、モンスターが出るからの。油断するでないぞ』

 

 しゃべる猫メケポンが俺の足元からそんな助言をしてくる。一本道か。それでゴブリンとスライムしか出現しないというなら、本当に初心者向けの小さなダンジョンだな。

 俺は前に視線を向けながら、洞窟を進んでいく。歩くこと少し、前方に青肌をした小さな人型の生物が立ちふさがっているのが見えた。

 

『ゴブリンじゃ! 落ち着いて銃を抜くのじゃ』

 

「あいよー」

 

 腰のホルスターから魔法銃を抜き、安全装置を外して引き金を引く。すると、銃口から光の弾が飛び出しゴブリンの胴体に命中した。

 

『ギャギィ!』

 

 ゴブリンの胸に穴が空き、ゴブリンはその場に仰向けになって倒れた。

 すると、倒れたゴブリンは光の粒子になって分解され、消え去った。ゴブリンが消えたその場所には、こぶし大の石が一個だけぽつんと残されていた。

 

『見事じゃ。倒したモンスターの死骸はダンジョンに取り込まれ、ドロップアイテムを残すのじゃ。ほれ、拾うのじゃ』

 

 メケポンにうながされた俺は石に近づき、腰をかがめてそれを拾った。

 

『妖魔の小魔石じゃな。魔力が宿っておるので、マジックポーションの材料になるのじゃ』

 

 ほーん、マジックポーション。MP回復的な。ということは、ただのガンアクションだけじゃなく魔法とかもありそうだな。

 俺は一通り魔石を眺めると、アイテムボックス機能で魔石を収納した。アイテムボックスには他にも初心者ポーションを入れている。

 

『むっ、ヨシムネ、今度はスライムがやってきたのじゃ』

 

「おっ! そいつも銃の錆にしてやんよ」

 

『銃は敵を殺しても錆にはならねーんじゃねーかな』『はりきりヨシちゃん』『初心者用モンスター相手に強がるヨシちゃん』『ここでスライムがめちゃ強い世界観だったら笑う』『スライムに丸呑みにされるのか……』

 

 やめて! 丸呑み系の性癖は俺にはないぞ!

 洞窟の向こう側からやってきたのは、バスケットボール大の球体だった。身体が少し透けていてぼやけた水色をしている。そいつが、ぽよんぽよんと跳ねながら近づいてくるのだ。

 

「よっしゃ死ねえ! ってあれ、外れた!」

 

 スライムはその場で跳ね回っており、直進した魔法の弾は跳ねるスライムの下を通過していった。

 続けて二発、三発と撃つが、どれも当たらない。

 うぬぬぬ、跳ねる動きがやっかいだ。上下移動を当てるのに慣れていないからか、難しいな。

 

 というか自動照準機能の類が働いていないぞ。今までプレイしたガンシューティング系VRゲームはある程度自動で当たるようになっていたのに、これじゃあ素の射撃能力を求められている感じだ。

 うーん、弓ならシステムアシストなしで当てられる自信があるのになぁ。『-TOUMA-』で散々修行したからな。

 

『どうした? 敵に攻撃が当たらぬのか?』

 

 背後からメケポンが話しかけてくる。

 

「当たりませんキリークさん」

 

『誰じゃそれは……儂はメケポンじゃ』

 

「キリークさんは心の師匠です」

 

『いや、知らぬが』

 

『ヨシちゃん、誰も解らないネタを唐突に使って人を突き放すのやめよ?』『また? またなの?』『元ネタを調べる俺らの身にもなってくれ!』『いちいち元ネタ調べてる人いたんだ……』

 

 いやでも、今の台詞は反応しない方が失礼というか……。

 

『おぬしが撃っている弾は、強攻撃なのじゃ。強攻撃は強力な代わり、自動で相手を狙う機能が働かぬ。正確に当てたいなら弱攻撃で撃つのじゃ』

 

「へえ、どうやって撃つの?」

 

『弱攻撃をしたいと思いながら撃てばいいのじゃ』

 

「どれどれ……」

 

 助言通り銃口をスライムに向けながら念じると、すっと頭の中で照準が定まったような感覚になった。スライムの上下移動のどのタイミングで撃てば攻撃が当たるか、自然と理解できる。その感覚に従い、俺は引き金を引いた。

 

『ピキー!』

 

 小さな魔法弾がスライムに命中。すると、スライムは奇妙な鳴き声を上げながらその場に転がった。

 

『今じゃ! 隙を見せたところで強攻撃じゃ!』

 

「あいよ!」

 

 ぶちかます、と念じながら引き金を引くと、大きな魔法弾が銃口から発射され、スライムに命中した。スライムは潰れ、光の粒子になって分解されていく。

 その場には、立方体をした水色の塊が残された。俺は近づき、それを拾う。

 

『スライムゼリーじゃな。食材になったり、軟膏の材料になったりするのじゃ』

 

 手の上でぷるぷるしたその触感を楽しんだ後、アイテムボックスに収納する。

 

『戦闘は大丈夫そうじゃな。このダンジョンはゴブリンとスライムしか出ぬから、油断をしなければ奥の広間まで行けるじゃろう』

 

「おっけー、チュートリアル戦闘は終わりだな。進もう」

 

 そうして俺は、光に照らされた岩の洞窟を進んでいった。ときおりゴブリンやスライムが待ち構えていたが、接近されることもなく銃で撃ち倒していった。

 道は先ほど言われたとおりに一本道。さほど時間をかけることなく、最奥の広間に到着した。

 

『では、いやし草を……む、待つのじゃ。人が倒れておるぞ!』

 

 メケポンの台詞の通り、広間の一番奥に何やら人がうつ伏せになって倒れている。

 しかも、ただの人ではない。背中に翼が生えているのだ。

 

『翼人が迷い込んだか? いや、この方はもしや……』

 

 俺は倒れた人に近づき、観察する。金髪の女性だ。これは、ゲームのパッケージに載っていた人物だ。たしか、その正体は……。

 

『女神様じゃ! ダンジョンの女神様が降臨されておるのじゃ!』

 

 そう、女神だったはずだ。

 

『う、うう……』

 

 推定女神が、何やらうめき声を上げている。

 

『これ、ヨシムネ! 助け起こしてやらんか!』

 

 メケポンにせかされ、俺はうつ伏せに倒れている推定女神を助け起こしてやった。

 

『う、う、お……』

 

 目を伏せていた推定女神は、俺の腕の中でぼんやりと瞳を開いた。

 

『大丈夫ですかな、女神様』

 

 メケポンがそう尋ねると、推定女神はうめき声を上げるように答える。

 

『お、お……お腹すいた』

 

 ……女神様は食事をご所望のようです。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 空腹を訴えた推定女神だったが、残念ながら俺の手元にはスライムゼリーしか食べられそうな物はなかった。

 スライムゼリーを食わせようとしたら、メケポンに生のまま食う物ではないと怒られたため、仕方なしに俺は推定女神を背負ってダンジョンを出ることにした。

 

 ダンジョンのモンスターは再出現(リポップ)しておらず、一分程度歩いただけでダンジョンから出ることができた。

 そして、店に戻りバックヤードにて、作り置きの料理を推定女神に差し出したところ、すごい勢いで料理を口にしだした。

 

『むぐむぐむぐ、ふがー!』

 

「……で、メケポン。こいつがダンジョンの女神だって?」

 

『うむ、この世の全てのダンジョンを支配していらっしゃるお方、女神メケリン様じゃ。遠い国のダンジョンにお住まいだったはずなのじゃが……』

 

『むぬぬ、ふぐー!』

 

「しゃべるか食うかどっちかにしろ」

 

 俺がそう言うと、女神メケリンは食事を再開した。

 

『いや、食うのかよ』『何この演出……』『ドブに捨てられる配信時間』『女の子が飯食っている姿が好きな視聴者しか得しないな』『ヨシちゃんが食べているシーンは好きだけど、これ高度有機AIすら入ってないNPCだしな……』

 

 視聴者の圧が強いので、女神のおかわりの要求は無視して話を先に進めることにした。

 

「で、なんであんなところで行き倒れしていたんだ」

 

『あっ、はい。それはですねー。お腹がすいたからです!』

 

「……なんでお腹がすいていたんだ?」

 

『誰も食事をくれないからですね!』

 

「…………」

 

 その後も俺は辛抱強く女神に質問を重ねていき、なんとか事情を聞き出すことができた。

 なんでも、女神は遠い大国で崇めたてまつられており、巨大なダンジョンを国に提供する見返りに、捧げ物を受け取っていたらしい。だが、知らない間に国からの使者が途絶えてしまった。捧げ物には食事も含まれていたため、夢の三食昼寝付きの生活が送れなくなってしまったという。

 神は飢えても死なないが、食事に慣れすぎて食べないと力が抜けてしまう。そこで、捧げ物を捧げてくれる人を探して世界中のダンジョンを転々としていたのだとか。ダンジョンの女神なので、ダンジョンならどこでも転移ができるらしい。

 

『やっと食事をくれる人を見つけました! 私この家の子になります!』

 

「……ふーん、で、ダンジョンの女神なのにダンジョンの外で生きられるのか?」

 

『余裕です! 神様舐めないでください! ここのご飯は美味しいので、住むのはダンジョンの中じゃなくても構わないですよ』

 

『あの……女神様。ここは辺境の何もない村なので、我が家もそれほど家計に余裕があるわけではなくてですの……。あまり豪勢な食事は期待しないでほしいのじゃ』

 

 食事に期待する女神に、世知辛い事情を伝えるメケポン。

 なんだこのゲーム。会話に独特の味があって面白いぞ。

 

『ふむ……下々の者には富が必要ですか。見たところ、この家はダンジョン向けの雑貨屋ですね?』

 

「そうだな。ダンジョン前の雑貨屋さんだな」

 

『でしたら、ダンジョンが発展すれば客も増え、富みますね? そして三食美味しい食事が出せるようになりますね?』

 

「まあ、そうだな」

 

 辺境の村だというから、ダンジョンがよくなったからといってすぐに人が集まるかは解らんが。

 

『では、私の力でここのダンジョンを拡張します! 見たところ、ダンジョンの持つ容量は最大級。過去に上級ダンジョンになったことがあるのでしょうかね?』

 

『うむ、昔は巨大なダンジョンで、人もたくさん集まっていたのじゃ』

 

『いいですね。拡張しがいがあります! さて、我が信徒よ』

 

『ははー!』

 

「…………」

 

『我が信徒よ!』

 

「……え? 俺?」

 

『そうですよ! 私自らダンジョンの恩恵を与える信徒ですよ』

 

 我が信徒とか言うから、ダンジョンの精霊のメケポンに話しかけているのかと思ったぞ。

 

「ごめん、うち宗教勧誘お断りで……」

 

『そんなー』

 

『この神様可愛いな』『ずいぶんコミカルな女神様だ』『腹ぺこキャラの神様とか……』『でも無理矢理信徒にするのは勘弁な!』

 

 この程度なら視聴者の人も神様を受け入れられるんだなぁ。でも、信徒になって崇めたりすると拒否反応が出るんだろうな。だとしたら、方針は決まりだ。

 

「信徒どころか、俺は居候のお前の家主なの。家主に敬意を払え!」

 

『そ、そんなー。私神様ですのにー……』

 

「ふはははは! さて、用件を聞こうか」

 

『ええと、我が家主。どのようなダンジョンを設置しますか? 今のダンジョンは『初心者の一本道』。そこに初級のダンジョンを一つ追加できます』

 

「うん?」

 

 目の前に、何やら画面が開いた。ダンジョン選択とな。草原、森林、湖畔、洞窟。その四つから選べるようだ。

 選択画面には、それぞれのダンジョンからどのような素材が採取できるかと、どのようなモンスターが出現するかが表示されている。

 

『好きなものを選んでくださいね!』

 

『うむ、ヨシムネ。好きなものを選ぶのじゃ』

 

 ふーむ。このゲームのことはまだよく知らないから、どこがいいか判断つかないな。よし、ここは。

 

「ヒスイさーん。メケポンを凝視し続けているヒスイさーん。どれがいいかヒント頂戴」

 

 雑貨店の店員であるヒスイさんは、さっきからずっとこのバックヤードで俺達のやりとりを無言で眺め続けていたのだ。席を外していたわけではない。ただ単に、しゃべる猫メケポンを観察するのに夢中なだけである。

 

「……ヒントですか。そうですね。初級ダンジョンは拡張が進む速度が早いので、どれを選んでもすぐに次のダンジョンが選択できるようになります。ですので、どれを選んでも問題はありません」

 

「そっかー。じゃあ、視聴者アンケートを取るまでもないな。最初の草原で」

 

『了解! 草原ダンジョンを設置しますね』

 

『よい選択じゃ。いやし草を簡単に集められるようになるじゃろう』

 

『むむむ! はい、設置終わり!』

 

 その場で女神が何か念じたかと思うと、突如そのように宣言をしてきた。

 

『えっ!』『あれ、演出とかは?』『神の権能なんだから、ダンジョンの扉の前で儀式とかさぁ』『そこはほら、インディーズゲームだから……』

 

 まあ、少人数制作のインディーズゲームに派手な演出を求めるのが間違っているな。なくて当然、あったら制作者を全力で褒めてやる。そんな姿勢だ。

 

『では、我が信徒……じゃなくて、我が家主よ!』

 

「はいはい」

 

『テストプレイお願いしますね』

 

「テストプレイ」

 

 えっ、なにそれ。

 

『作ったばかりのダンジョンがおかしな挙動をしていないか、難易度がおかしくないか。確認は必要です』

 

「そうなの?」

 

『聞いたことないのう……』

 

 ダンジョンの精霊メケポンもこう言っているぞ!

 

『神の権能で作ったエリアだから、強すぎる力があふれて思わぬイレギュラーが発生している可能性があるんです。なので、テストプレイ必須です!』

 

「ダンジョンの女神なのにダンジョンに対して発揮する力が不安定なのかよ……」

 

『本来私の力はわざわざ初級ダンジョンを作るようなことに使うのではなく、大迷宮を作るのに使うんですよ!』

 

 なるほどなー。神の作るダンジョンが初心者向けのしょぼいダンジョンとか、確かに拍子抜けだわ。

 

『思わぬ強敵に出会うかもしれません。ですので、我が家主にはこれを渡しておきます』

 

 女神はそう言って、自分の背にある翼から羽根を一本むしって何やら念じると、それをこちらに手渡してきた。

 

『帰還の羽根というアーティファクトです。ダンジョンで命の危機に陥ると、自動で回復してダンジョンの外に転送してくれる機能があります。その他にも、任意でダンジョンの中から外へと転移することができます。アイテムボックスに入れたままでも発動するので、活用してくださいね』

 

「おおー。これ、作りまくって雑貨屋で売り出せば巨万の富を得られそうだな」

 

『えっ、ちょ、やめてください。自前の羽根なんですから、そんなにむしったら翼が剥げちゃいます!』

 

「ジョークジョーク」

 

『発想が黒いわヨシちゃん』『商機を見逃さない商売人の鑑』『でも強力なアイテムだよな。MMOであったらバランスブレイカー』『死んでも死なないってことはゲームオーバーがないゲームなのかな?』『もし雑貨屋の資金がゼロになっても、ダンジョンでいくらでもアイテムを調達できるので、経営面でもゲームオーバーはありませんねー』『ゆるい感じでプレイできるな』

 

 よし、それじゃあテストプレイとやらをしてやろうじゃないか。

 雑貨屋パートも遊びたいけど、まずはダンジョンで素材を集めて売り物を用意しないとな!

 



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77.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<3>

 雑貨屋前に立つダンジョンの扉を開くと、その先は洞窟ではなくエントランスホールとなっていた。

 広く開けたスペース。石造りの床に、照明のついた天井。壁際には、開け放たれた両開きの扉と、閉じた扉が一つずつ存在している。それぞれ、プレートが上に掲げられており、開いた扉には『初心者の一本道』、閉じた扉には『初級の草原』と文字が書かれていた。

 

『とうとうこの村のダンジョンも等級別に戻ったのじゃ。懐かしい光景だのう……』

 

 テストプレイに同行してきたメケポンが、感慨深そうにそう言った。

 ふーむ、新規にダンジョンを拡張しても、元あったエリアは消えないというわけね。

 俺はとりあえず、閉じた扉に近づいていった。扉を開けようと取っ手に手を触れるが、どうやら鍵がかかっているようだ。だが、扉に鍵穴は存在しない。代わりに、鍵穴の部分に羽根のマークが刻印されていた。

 

『これはあれやな』『そう、あれあれ』『あー、あれね!』『早くあれするんだ!』

 

「……ボケた方がいいか?」

 

『いいから早く帰還の羽根を掲げるんだ!』『帰還の羽根が扉の鍵に違いない!』『帰還の羽根が女神様の許可証になっているんだ!』『テストプレイの領域に他の人が迷い込まないよう、帰還の羽根が鍵になっているんだよ!』

 

「ええー、何このノリ。前から思っていたけど、コメント抽出機能壊れてない?」

 

 視聴者の総意的なコメントをピックアップしてくれる機能のはずなんだがなぁ。

 

『ほれ、ヨシムネ。女神様から頂いた羽根をかざすのじゃ』

 

「はいはい、解ってますよー」

 

 俺はアイテムボックスから帰還の羽根を取り出すと、扉の前に掲げた。すると、扉の羽根の刻印が光を帯びる。ふむ、これで開いたのか?

 取っ手を掴むと、扉はちゃんと開いてくれた。扉の向こうは、石造りの建物の内部になっているようだった。足を踏み出し、扉の向こうへと移動する。

 

「……パルテノン神殿みたいな場所だな」

 

 扉をくぐると、開放感のある建物に出た。建物から見える外側には、一面の草原が広がっている。ふーむ、草原ダンジョンね。

 建物から移動し、草原に足を踏み入れる。草原の所々には、石で出来たモニュメントのような物が建っている。メケポンに聞くと、あれはダンジョンのどの位置にいるか示すための目印だという。なるほど、広いと迷うだろうからな。

 

『ここに出るモンスターはグラスウルフとアルミラージ、それとゴブリンなのじゃ』

 

 グラスウルフは狼、アルミラージは角の生えたウサギだ。どちらも動きは素早いので、弱攻撃が有効とのこと。

 俺は銃を抜き、草原を進んでいく。生えている草はほとんどが雑草とのことだが、所々にいやし草などの薬草の群生地があるようだ。メケポンが先導していやし草の位置を知らせてくれるので、それを採取していく。

 

『おぬしのレベルが上がれば、薬草の位置を探知するアビリティを習得するはずじゃ』

 

「レベルか。チュートリアルでは上がらなかったな」

 

『『初心者の一本道』のことか? おぬしのレベルは5。『初心者の一本道』ではそうそう上がらぬレベルじゃな。レベルを上げるには、グラスウルフを積極的に狙うのじゃ』

 

「了解」

 

 とは言っても、敵の位置を察知するアビリティなどは習得していないので、MAP機能を埋めるためにしらみつぶしに草原を移動していく。道中、ゴブリンが数多く出現し、さらにはアルミラージが草の陰から飛び出してくる。それらを魔法銃で撃ち倒していくと、レベルが一つ上がった。

 

 レベルアップで覚えたのは、ヒールの魔法だ。

 

「ポーション作りの雑貨屋さんなのに、いきなりポーションいらずの魔法を覚えたぞ!」

 

『まあその辺のゲームバランスはインディーズだしね?』『ゴブリンの出現数多いから、ゴブリン素材でできるマジックポーション使わせまくる仕様なのかもしれん』『作者さんそこまで深く考えているかな?』『ゲームバランスはまともなはずです! 多分!』

 

 そうしてさらにグラスウルフも倒し、レベルが上がっていく。採取ポイント察知のアビリティを覚え、魔法銃で散弾を撃つ技も覚えた。

 歩いておかしなところがないかのチェックも行ない、MAPは順調に埋まっていった。

 ちなみに草原の外周は、半透明の壁がありそれ以上先に進めないようになっていた。

 

 おおよそ全ての場所を見て回り、足を踏み入れていないのは一箇所だけ。石のモニュメントに囲まれた、円形の怪しいステージが残っている。

 

『あそこはダンジョンボスが登場する場所じゃな。おぬしの今のレベルは10。初級のボスを倒すのにちょうどいいレベルじゃ。テストプレイならば、今のおぬしがちゃんと倒せるか調べるべきじゃな』

 

 それまでそこに入ろうとするとメケポンに止められていたが、レベル10を超えたことで入場の許可が出た。

 ボスか。ゲームにはボスキャラクターという概念がある。ゲームの進行の節目で、プレイヤーに立ちふさがる関門として用意されている、強力な敵である。

 このダンジョンでは、ボスを倒すことで初めてフロアを制覇したと言えるようになるらしい。ちなみに『初心者の一本道』にはボスはいない。

 

「じゃ、ボス戦行くかー」

 

 円形ステージに足を踏み入れると、狼の遠吠えが聞こえてきて、四匹の緑色の狼、グラスウルフが飛び込んできた。

 

「ありゃ、グラスウルフだけか?」

 

 俺は銃を構え、散弾でまとめてグラスウルフを狙っていく。接近されることもなく、四匹全て撃ち倒した。

 楽勝、そう思った瞬間、さらに狼の遠吠えが聞こえ、一匹の獣がステージに乱入してくる。虎ほどの大きさがあるグラスウルフだ。

 

『グラスウルフの上位種、グリーンウルフじゃ! 気をつけい! 組み付かれるとやっかいじゃぞ!』

 

「おう、こいつが本当のボスか。でもな、残念ながら大型肉食獣は超電脳空手で対処法を特訓してあるんだ」

 

 グリーンウルフが飛びかかってくるが、俺はシステムアシストを駆使して横にかわし、すれ違い様に強攻撃を叩きつける。

 このゲーム、銃弾以外に攻撃判定がない。だが、俺がチャンプから学んだ肉食獣との戦い方は素手を用いた格闘術だ。ではどうするか?

 

「答えは、強攻撃を至近距離から撃ってパンチの代わりにする、だ!」

 

 こちらからグリーンウルフに近づき、強攻撃を連続で叩き込む俺。

 

『なんという脳筋』『銃とはなんだったのか』『ゲームコンセプト的にこれはいいのだろうか』『ヨシちゃんさあ……銃に馴染みがないからって』『でも強攻撃連続で当てられるのは強いだろうなー』

 

 そうして、グリーンウルフは見事倒れた。

 

『うむ、よくやったのじゃ。一撃ももらわなかったのは、はたして適正なレベルだったのかと言いたいが、そこはおぬしが上手だっただけじゃの』

 

「大勝利! おっ、宝箱出てきた」

 

『ボス撃破の報酬宝箱は罠が仕掛けられておらぬので、安心して開けるとよい』

 

「逆に言うと、罠が仕掛けられた宝箱がダンジョンにはあるってことだな」

 

『そうじゃな』

 

「それじゃ開けるぞ。ごまだれー」

 

 宝箱の中に入っていたのは、革の鞘に入った剣だ。

 

『鉄の剣+1じゃな。安い青銅で武具を揃えているであろう、駆け出しどもがほしがる一品じゃ』

 

「おー。これで俺も剣士に」

 

『残念ながらおぬしには使えぬ。おぬしの武器は魔法銃だけじゃ』

 

「くっ! ここでゲームシステムが立ちふさがってくるか……!」

 

『剣は雑貨屋に並べるとよかろう』

 

 見事に落ちも付いて、『初級の草原』テストプレイは無事に終わった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「ただいまー。おーい、メケリン。草原は問題なかったから、次は森林設置してくれー」

 

 雑貨屋に帰還すると、俺はバックヤードでごろごろしていた女神メケリンにそう話しかけた。

 

『何を言っているのですか? 今のダンジョンでは、そう次から次へと拡張などできませんよ』

 

「あれ? ヒスイさんが言うには簡単に拡張が進むって感じだったけど……」

 

 ヒスイさんは現在店番中なので、話を聞くのにもちょっと場所が離れているな。ふーむ。

 

『テストプレイは上手くいきました?』

 

「ああ、問題なかったぞ」

 

『じゃあ、草原は一般開放しておきますね』

 

 メケリンはその場で指をくるりと回した。うーん、相変わらず演出が少ないゲームだ。

 

『ほれ、ヨシムネ。集めてきた素材で商品を作るのじゃ』

 

 と、メケリンを眺めていたら、足元からメケポンにそううながされた。

 

「あーそうだ。これ、RPGってだけじゃなくて経営シミュレーションでもあったんだったっけ」

 

『んもー、ヨシちゃんったら蛮族なんだから戦闘したらすぐ大事なこと忘れるー』『マジックウォーリアーヨシムネ』『とんだ魔法少女だぜ……』『俺は経営パートの方が気になっているよ』

 

 視聴者達、最近俺の扱いちょっとひどい気がするぞ!

 ともあれ、商品作成だ。

 

『戦闘レベルとは別に、生産レベルがあり、商品を作ることで生産レベルは上がっていくのじゃ。まずは初心者ポーションと初級ポーションを調合するのがよかろう』

 

 俺は調合室に入り、『初級の草原』で手に入ったアイテムを作業台の上に並べていく。

 

『薬草類と妖魔の魔石はポーションに。グラスウルフの毛皮は防具や服に。アルミラージの肉は携帯食に。アルミラージの角は槍と装飾品に。アルミラージの毛皮は小物入れに……といったところかのう』

 

「ちょっとはりきりすぎて、グラスウルフの毛皮がだぶついているな」

 

『そのままでも敷物になるでの。余ったら店頭で売れば誰かしら買っていくじゃろう』

 

「んじゃまー、生産レベル上げ頑張りますかね」

 

 そうして俺はポーションを作成する作業に入った。いやし草をすりつぶし、水を沸かし、煮出す。初心者ポーションと初級ポーションの製作手順は同じだが、使用するいやし草の量が違う。

 生産レベルを上げるための経験値の量は初級ポーションの方が倍近い数値だが、メケポンが言うには、『初心者の一本道』に挑む初心者のために、初心者ポーションの販売はやめるべきではないとのことだ。

 

 ポーションを作り続け、十分弱が経過。生産レベルはめきめきと上がった。だが……。

 

『地味……! 圧倒的地味……!』『これ放送事故じゃないですか? ヨシムネさん』『ヨシちゃんがただひたすらポーションを作り続けるだけの絵面』『経営パートまだー?』

 

「レベル上がってポーション作成時間短縮アビリティ覚えたから、我慢してくれ……!」

 

 とりあえず、まとまった本数が出来上がったので、俺はポーションを持って店舗の方へと移動した。

 

「ヒスイさーん、ポーションできたから頑張って売ってね」

 

「はい、おまかせください」

 

 俺は店のカウンターにポーションを並べていき、ヒスイさんがそれを棚に配置していく。

 そんな作業をしていたときのこと。店の扉の開閉を知らせるドアベルの音が、高らかに響きわたった。

 

「おっ、いらっしゃーい」

 

「いらっしゃいませ」

 

 店に入ってきたのは……なんと、直立歩行する猫の集団だった。

 

『なにこれ可愛い』『獣人か?』『しゃべる猫の次は歩く猫かよ!』『ヒスイさん大歓喜』『ケット・シー族ですね』

 

 なるほど、ケット・シー。

 

『にゃあ。ここは『初心者の一本道』があるダンジョン村でよかったかな?』

 

 鎧を着たケット・シーの一人が前に出て、そう尋ねてきた。

 俺が応対しようとするその前に、ヒスイさんが即座に答える。

 

「はい、その通りです。そして、当店はダンジョン前の雑貨屋さんです」

 

『にゃあ。ダンジョン用の雑貨を取り扱っているのかな?』

 

「はい。ちょうど今、初心者ポーションと初級ポーションを補充しているところです」

 

『にゃあ。それは助かるよ。ケット・シー族はポーション作りが下手でねー』

 

「他にも役立つ商品を取りそろえておりますので、ぜひ見ていってくださいませ」

 

『にゃあ。しばらくこの村にやっかいになるよ。あちし達は、冒険者クラン『まだら尻尾団』の初心者PT(パーティー)だよ。あちしは引率の上級冒険者ハニー』

 

「よろしくお願いします」

 

 そんな会話をケット・シーとヒスイさんが繰り広げていた。その最中にも、俺はアイテムボックスから商品を取り出してカウンターに置いている。

 

「あっ、ヒスイさん。この剣も並べてよ」

 

「剣ですか。ボスの討伐報酬ですか?」

 

「そうだね」

 

『にゃあ? 『初心者の一本道』にボスはいないはずじゃあ?』

 

 俺達のやりとりに、ケット・シーのハニーがそう疑問を投げかけてくる。

 

「実は先日、ダンジョンが拡張されまして。『初心者の一本道』に加えて、『初級の草原』が追加されました」

 

『にゃあ! 初級ダンジョン! それはいいことを聞いた! 初心者PTを鍛えるのにぴったりだよ!』

 

 ケット・シー族の表情はいまいち解りにくいが、多分ハニーはとても喜んでいるのだろう。

 

『にゃあ。あとでダンジョンの様子を見にいって、よさそうなら団の初級冒険者もつれてくるよ』

 

「ふむ、初級ダンジョンに挑むとなると、それ用の商品も揃える必要がありそうですね」

 

『にゃあ。武器防具があると嬉しい』

 

「どうですか、ヨシムネ様」

 

 ヒスイさんにそう話を振られた。武器防具か。

 

「グラスウルフの毛皮から革防具が作れるぞ。武器はアルミラージの角から槍くらいかな。剣は現状、そのボス宝箱からの鉄の剣+1しかない。グリーンウルフの牙も何かの武器になりそうだけど」

 

『にゃあ。十分だよ。ここの草原にはアルミラージがでるのかい。肉には困らなさそうでいいねー』

 

「それじゃあ、売れるというなら武器と防具は作っておくよ。ヒスイさん、店番よろしく」

 

「はい、おまかせください」

 

 そうして俺はバックヤードに引っ込み、生産活動を再開させた。

 革鎧に、毛皮のコート、角の槍にポーションベルト、さらにはマジックポーションも作り、今度は視聴者達が飽きないように品を次々と変えて商品を用意していった。

 そんな作業が二十分ほど続いた時のことだ。

 

『来た! 来た来た来た来ましたよ! ダンジョンが拡張できるようになりました!』

 

 俺の生産作業をぼんやりと横で眺めていたメケリンが、突如興奮して騒ぎ出した。

 

「ん? どうしてだ? さっきは無理だって言ってたじゃないか」

 

『ダンジョンに訪れる人が増えたんですよ! それでダンジョンが活性化したんです!』

 

「あー、ケット・シー族か。じゃあ、もう追加人員が来てるってことかもな。商品補充してこよう」

 

『私もダンジョンの訪問者を見にいきます!』

 

 調合室を出て、バックヤードから店内に。すると、そこにはケット・シー族の群れが。

 

「ああ、ヨシムネ様。ちょうどいいところに。ケット・シー族が追加で到着したようです。商品の補充をお願いします」

 

「あいよー」

 

 俺はアイテムボックスから商品を取り出し、カウンターに載せていった。

 すると、一人のケット・シー族が前に出てきた。上級冒険者のハニーだ。

 

『にゃあ。早速商品を作ってくれたようだね』

 

「そっちも早速仲間を呼んでダンジョンに挑んでくれたようだな」

 

『にゃあ。挑んでいることまで解るのかい?』

 

「ああ、ダンジョンが拡張できるようになったからな」

 

『にゃあ? 拡張?』

 

『そうです! 今こそダンジョン拡張の時! 我が家主よ、拡張するエリアを選ぶのです』

 

 女神が告げると、前のように目の前に画面が開いた。どうやら森林、湖畔、洞窟の中からエリアを選択できるようだ。

 

「じゃ、森林で」

 

『はい、『初級の森林+1』が設置されました。早速テストプレイお願いします!』

 

『……にゃあ? どういうことだい? 『初級+1』のダンジョンが今、設置された?』

 

「おう、この人はダンジョンの女神だからな。えいや! ってやれば、ダンジョンが拡張されるんだ」

 

『にゃあ!? なんだって!』

 

『会話の前にいちいちにゃあって言うの可愛い』『猫かわゆし』『クー・シー族はいないんですか!』『犬派にも人権を!』『犬もいいけど狐もね』

 

 うちにヒスイさんが居るかぎり犬派が栄えることはないかな……。

 

『ふふーん、我が名はダンジョンの女神メケリンです。三食昼寝付きの生活を目指して、この村のダンジョンを拡張しています』

 

『にゃあ……。ダンジョンの女神様が運営するダンジョンだってえ……』

 

「女神がこの村に来たのはつい先日だけどな」

 

 このゲームでは経営ゲームのくせに日数経過という概念がないから、つい先日という言い方でいいのかは解らんが。

 

『にゃあ。じゃあ、このダンジョンがいずれ上級ダンジョンに育つなんてことは……』

 

『順調に冒険者の人がこのダンジョンに集まれば、すぐに拡張できるようになりますよ! このダンジョンは素養ありです!』

 

『にゃあ! なんてこった! 団長に知らせてこないと!』

 

 そう言って、ハニーは駆け足で退店していった。何やら騒がしいことだな。

 

『ふっふっふ、私の偉大さを理解している信徒がいて、嬉しい限りですね』

 

「それはいいが、すぐダンジョンが育つなんていっても、テストプレイはどうするんだ?」

 

『当然、我が家主にテストプレイしてもらいますよ!』

 

「それが上級だとかいうダンジョンであっても?」

 

『もちろんです!』

 

「…………」

 

『レベル上げ頑張れ、ヨシちゃん!』『猫さんの上級冒険者とかすごそうな肩書きだけど、ダンジョンの等級と関係あるのかね』『上級冒険者が挑むダンジョンに一人でテストプレイさせられるヨシちゃんか……』『大丈夫、主人公補正があればどうとでもなる!』『きっとレベルアップ速度が人並みじゃないとかだな』

 

「このゲームの流れは大体解ったな……」

 

「いえいえヨシムネ様。ダンジョンの拡張だけでなく、人が集まることによる村の拡張といった要素もありますよ」

 

 独りごちた俺に、ヒスイさんがそう横から言ってきた。

 

「村の拡張って、俺達、別に村長でもなんでもないだろ?」

 

「そこはほら、女神様がいらっしゃいますし」

 

 ちょっとインディーズゲームだと思ってゲーム規模を舐めてたかも。五、六時間程度でクリアとか考えていたんだが、そうでもなさそうである。

 俺は商品をカウンターに載せながら、配信が何日続くか頭の中で考えるのであった。ヒスイさんに聞けばいい? それはネタバレ食らうみたいでちょっとな……。

 



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78.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<4>

『初級の森林+1』のボス、オークを倒しドロップアイテムの枝肉と討伐報酬の鉄の盾+2を確保。このゲームのオークは豚系モンスターなんだなと思いながら、雑貨屋に凱旋する。

 店舗の中では、未だにケット・シー族が商品棚を眺めていた。

 

「おかえりなさいませ。順調に商品は売れております。こちら、売上金です」

 

 ヒスイさんが迎えてくれ、売上明細の画面をこちらに表示してくる。

 ふーむ、ポーションの売れ行きがいいな。補充しておかないと。

 

「しかし、売上金は何に使えばいいんだろう」

 

 経営シミュレーションといえば、支店の追加などがあるが、このゲームはそういうのではないし。

 

「魔法大工に頼んで店舗を増築したり、調合室のアップグレードを行なったり、他商会から商品を購入して調合の素材にしたりですね」

 

「ほーん。魔法大工に商会ね」

 

「どちらもこの村に居ませんけどね」

 

「駄目じゃん! 今は貯めていろってことか」

 

『いや、その話ちょっと待ってくれないか?』

 

 と、俺とヒスイさんの会話に、客が横から混ざってくる。

 それは、ケット・シー族ではなく、普通の人間、ヒューマン族の青年だった。

 

『なんじゃ、村長。なんぞ用事か?』

 

 猫のメケポンがその青年に向けて言った。なるほど、村長。

 

『ああ。聞くところによると、ダンジョンが拡張されたらしいね』

 

「そうだな。『初級の草原』と『初級の森林+1』だ」

 

『そうか。森林ダンジョンが復活したのか。実は、村に伝わる資料によると、ここの森林ダンジョンにはかつてビッグスパイダーが出現していたらしい』

 

「出たな。テストプレイで倒してきたぞ」

 

『そうか! いたか! それなら、お願いがある。この店で冒険者からビッグスパイダーのスパイダーシルクを買い取り、村に卸してくれないか?』

 

「ん? これか? スパイダーシルク」

 

 俺はビッグスパイダーのドロップアイテムとして手に入れた、綺麗な糸束をアイテムボックスの中から取りだして、村長に見せた。

 

『それだ! 実はこの村では昔、スパイダーシルクの絹織物を作っていたんだ。各家庭には今も古い魔法機織り機が眠っているらしい。そこで、村人の副業として機織りをさせたいんだ。何もない寂れた村の名産品になるかもしれない!』

 

「そっかー。なあメケポン、受けてよさそうか?」

 

『そうじゃな。できた絹織物を安価でこの店にも売ってくれるなら受けてもいいのじゃ。スパイダーシルクの織物は、魔法使い用のローブのよい材料になるのじゃ』

 

『最高級絹織物を冒険者のローブにだって……』

 

『等級の高い冒険者は、貴族のドレスなどより高級な装備を身につけるのじゃぞ』

 

「ふーん。まあ、いいんじゃね。商談成立ってことで。じゃ、俺は女神に森林エリアの開放をしてもらいにいくよ」

 

『ああ、ダンジョンの女神様が居るというのは本当なのかい? それなら、村長として挨拶しておかないと……』

 

「ええよー」

 

 そういうわけで、テストプレイの終わった『初級の森林+1』は無事冒険者達に開放された。

 スパイダーシルクを買い取ると告知したら、ケット・シー達は目を輝かせてダンジョンに向かった。

 

『うんうん、順調にダンジョンに人が集まっていますね。次の拡張もできますよ』

 

 女神メケリンが、さらなるダンジョンの追加を提案してくる。

 俺はそれを了承し、『初級の湖畔+2』が設置され、そこもテストプレイを終えると続けざまに『初級の洞窟+3』が設置された。

 テストプレイに商品製作と、慌ただしいプレイが続く。商品は革鎧とポーションが売れ筋だ。

 初級+3のエリアに行けるようになったのに今更『初級の草原』に籠もってなどいられないため、グラスウルフの毛皮といやし草は冒険者から買い取っている。

 生産レベルが上がり革鎧+1や小ポーション+1を作れるようになったため、お値段据え置きでそれを置いたところさらに売れるようになった。

 さらに、『初級の洞窟+3』から良質の鉄鉱石が採掘できることを冒険者が発見したため、そちらも買い取り、鉄の剣や鉄の鎧を売り出したところ、これも飛ぶように売れた。だが、武器防具は需要の限りがある。ポーションなどの消耗品でも稼げるよう、商品開発を頑張らなければならないだろう。

 そんなわけでプレイ時間が四時間を超え、今日の配信はここまでにすることにした。

 

「ヒスイさんの事前チェックを通過しただけあって、面白いゲームだな。明日もまた続きをやっていくぞ!」

 

『次は中級ダンジョンかねー』『初級はモンスターが温いな』『確かに、ヨシちゃんの素の強さに敵が追いつけてない感じですね』『ヨシちゃんガンナーの動きじゃねえからな……』

 

「遠距離攻撃してきたのは洞窟エリアのゴブリンシャーマンとゴブリンアーチャーくらいだから、近接武器と同じ立ち回りができるんだよなー。それでは、また明日! 21世紀おじさん少女でした!」

 

「助手のヒスイでした」

 

 インディーズゲームだからか、配信用の口上にNPCが勝手に乗ってくることはなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 翌日。配信準備をしていると、ヒスイさんからこんなことを告げられた。

 

「『ダンジョン前の雑貨屋さん』の制作者からお礼のメッセージが届いています。なんでも、昨日の配信の後、製作ゲームが過去作含め爆発的に売れたのだとか」

 

「へえ。俺達はインケットで入手したけど、インディーズゲーム販売サービスにも登録していたってことかな」

 

「そのようですね」

 

「しかし、爆発的に売れたか。俺達の影響力も強くなってきたってことかな?」

 

「そうだといいですね」

 

 そんな会話をした後に、ライブ配信を開始。ゲームの続きから始める。

 

「さあ、今日も一日頑張るぞい。初級ダンジョンは全て拡張したが、次はどうなるんだろうな」

 

「イベント発生待ちですね。条件はすでに満たしてあると思われます」

 

「そっかそっか。じゃあ、店舗で商品が売れるのを眺めてイベント待ちしようか」

 

 店のカウンターにヒスイさんと二人並んで、ケット・シー族のお客さんを眺める。

 

「今朝このゲームの制作者さんからメッセージが届いたんだが、配信の影響でゲームが爆発的に売れたらしいぞ」

 

 と、ヒスイさんが商品を売るのを横目で見ながら、視聴者に向けて先ほどの話題を振った。

 

『買っちった』『俺も買ったわ』『安かった』『インディーズゲームは安いの多いからいいよね』『本当にありがとうございます!』『うーん、まだ買うかは決まらないな』『犬が出るなら考える』

 

「犬派はもう諦めろよ……」

 

 と、そのとき店に見慣れない客がやってきた。直立歩行する犬である。

 

「マジか。犬が来たぞ」

 

『きたあああ!』『クー・シー族か?』『わんわんお!』『歩く犬より普通の犬がいいなぁ……』『実は狼男で、犬と呼ぶと怒られるとか定番』

 

 その狼かもしれない歩く犬が、こちらに近づいてくる。よく見ると、隣にケット・シー族の上級冒険者であるハニーがいるな。

 二人はカウンター前で立ち止まり、まずハニーが口を開いた。

 

『にゃあ。店主、ちょっと相談があるんだ』

 

 店主……。俺って店主なのか? そういえばゲーム説明の時にヒスイさんが店主って言っていた気がする。

 俺は店主としてハニーに応対する。

 

「おう、そっちの人に関してか」

 

『にゃあ。その通り。こちらは、コボルド族のオスカー。冒険者クラン『するどき指先団』の団長さんだよ』

 

『ばう。オスカーだ』

 

 おう。妖精のクー・シーじゃなくてコボルドか。コボルドってモンスターのイメージがあったな。このゲームだと、ゴブリンとオークもモンスターだし。

 しかし、この未来の時代でもオークが豚扱いだったり、コボルドが犬扱いだったりといった、本来の姿からずれた解釈が残っているんだな。

 

『にゃあ。コボルド族は冶金技術にすぐれた種族だということを店主は知っているかな?』

 

「あー、そういう話もあるな。なんかコバルトとかいう金属を作るとか」

 

『にゃあ。そこまで知っているなら話が早いね! 『するどき指先団』は、冒険者業の他に優れた冶金技術を使った金属製錬も生業にしていて、自分達で自由に使える鉱脈を探しているんだ。『初級の洞窟+3』には鉱脈があるよね? だからこの村を拠点にして、ダンジョンで鉱石を集めたいんだって』

 

『ばう。頼む』

 

「んー、話が見えないな。俺に何か頼みたいのか?」

 

『にゃあ。村に拠点を作るから、ダンジョンに入りびたる許可がほしいみたいだよ』

 

「ん? ダンジョンに入る許可をなんで俺に取る?」

 

『にゃあ。だって、ここは女神様のダンジョンじゃないか。冒険者業と関係ないのに、無許可で営利目的にダンジョンを利用するわけにはいかないよ』

 

『ばう。恐れ多い』

 

「あー、女神様に用事ね。呼んでこようか?」

 

『にゃあ。それこそ恐れ多いよ。巫女様である店主から話を通してほしい』

 

「巫女じゃねえよ家主だよ。まあ、話はしておくが……」

 

『ばう。頼む』

 

 うーん、しかしこのコボルド、あんましゃべらないな。渋いバリトンボイスだし、寡黙なハードボイルドキャラなのかね。ただの犬顔にしか見えんが。

 そんなことをつらつらと考えながら俺はバックヤードに移動し、女神にコボルド族の話をした。

 

『占拠して他の冒険者を追い出すとかさえしなければ、ダンジョンでの行動は自由ですよ』

 

「つまり許可すると」

 

『許可も何も、ダンジョンは誰の物でもないんですけどね』

 

「あんたの物じゃないのか?」

 

『違いますよ? 私はダンジョンを好き勝手いじれますけど、別に管理者でも管理神でもないです。だって、管理って面倒臭いでしょう』

 

「そうか。おっけー伝えとく」

 

『うふふ、コボルド族の集団ですか。これなら、ダンジョンのさらなる活性化が期待できますね……』

 

 ダンジョンに訪れる人が増えると、ダンジョンが活性化して拡張しやすくなるらしい。次なるダンジョンの設置の時も近いかな?

 俺は店舗に戻り、コボルドのオスカーとケット・シーのハニーに女神の言葉を伝えた。その後、店にコボルドが出入りするようになり、コボルドの冒険者相手にまた武器防具が売れるようになった。

 話にあった通りコボルドは自前で鉄鉱石を上質なインゴットにできるようで、ヒスイさんがそれを買い取ると言いだした。確かに、いちいち洞窟ダンジョンに行ってツルハシで採掘して、それを製錬するのも大変だ。なので、インゴットを買い取りそれを武具に変え販売することにした。インゴットの質がいいので、作成される鉄の武具の性能も上がった。

 

『我が家主! 中級ダンジョン拡張の時が来ましたよ!』

 

 店に鉄の剣を並べていると、女神がやってきてそんなことを言いだした。ようやくか。

 目の前に、ダンジョン選択画面が広がる。

 

『中級ダンジョンは最終的に四箇所まで拡張できます。ですが、選択できる種類は八つ! よく考えて選んでくださいね!』

 

「ほう。なかなかのラインナップじゃないか。インディーズゲーム侮りがたしだな」

 

 選べるエリアは、火山、砂漠、雪原、湿原、海岸、樹海、遺跡、廃坑。

 

「ヒスイさん、またヒントプリーズ」

 

「選択画面に訪問種族という項目が追加されているはずです。選ぶエリアによって、村にやってくる種族が変わります。その種族によって、店の客層が変わり、売れる商品に変化が起きますね」

 

「なるほどなー。種族かぁ」

 

『ガチケモじゃなくて獣耳の獣人を!』『エルフ! エルフ!』『樹海がエルフかなぁ』『廃坑はドワーフが来そうだな』『酒が売れそう』『でもドワーフ来たら鍛冶屋ができて、武具が売れにくくなりそうじゃない?』『鍛冶屋ができても武器屋がなければ、この店で仕入れて売ることもできそうだぞ』

 

 へえ、鍛冶屋かぁ。

 俺は、廃坑を選択して詳細を見てみる。

 

「おっ、確かに訪問種族にドワーフがいるな」

 

『廃坑ですか? お目が高いですね。廃坑と言っても鉱脈が枯れているわけではないので、初級ダンジョンである洞窟よりも質が良く、種類も豊富な鉱石が採掘できますよ』

 

 女神が笑顔で廃坑の説明をしてくれた。

 

「じゃ、廃坑で」

 

『了解です! はいっ、『中級の廃坑』できました! テストプレイお願いしますね!』

 

 そうして我が村に中級ダンジョンが誕生。テストプレイも無事に終え、コボルドの中級冒険者が入り浸って様々なインゴットを製錬するようになった。さらにその噂を聞きつけて、村にドワーフが訪れるようになる。

 その対応に追われるのは、村長の青年だった。

 

『ドワーフが多数訪れるとあって、村の酒蔵を拡張する必要が出てきた。村に定住したいという人も増えたので、魔法大工を村に招くことになったよ』

 

「へえ、魔法大工か」

 

 ちなみに酒は『初級の森林+1』で採取した果物を原材料に俺が自前で醸造して、店頭に並べてある。なかなかの売れ行きだ。村に酒蔵があることは知らなかった。

 

『魔法大工に仕事を依頼すれば、この店も改築してもらえるはずだ。客も増えて手狭だろう?』

 

「よっし、店舗拡張要素が解放か! 稼いだ資金がうなるぜ!」

 

『いろいろできることが多くて、ボリュームあるゲームだよね』『インディーズゲームとか普段やらないけど奥が深いんだなぁ』『こりゃ今日もまた売れますわ』『戦闘が銃オンリーなのはちょっと残念だけどね』『戦闘コンセプトがはっきりしていて好きよ』

 

 銃オンリーなのは俺は逆に助かったけどな。不慣れな銃という武器を、このゲームでだいぶ練習できたからな。

 中級ダンジョンでもまだ戦闘は温めだと感じるけど。

 

 ともあれ、俺は魔法大工に仕事を頼み、店舗の拡張を行なうことにした。

 結構がっつり資金が持っていかれたな……。まあその辺はゲームバランスを上手く取っているのだろう。

 

『ヨシムネ、調合室のアップグレードも忘れるでないぞ。作れる商品が増えるでな』

 

「あー、そこまでの資金はないな。また稼がないと」

 

「ダンジョンの拡張がさらにできるようですし、訪問種族を増やして売上を伸ばしましょう」

 

 そういうわけで、この日の配信は『中級の樹海+1』を開放して、エルフの訪問客を増やしたところで終わった。ちなみにエルフとドワーフの仲は特に悪くはなかった。種族対立、ちょっと期待していたんだけどな。

 



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79.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<5>

『ヨシムネ。おぬしを訪ねてきた者がおるぞ』

 

 配信三日目。調合室のアップグレードをするためにせっせと商品を作っていると、猫のメケポンが何やら知らせにやってきた。

 これは……イベント発生の予感!

 

 俺はポーションを調合していた手を止め、店舗の方へと向かった。

 うーむ、お客さんの顔ぶれが種族入り乱れて多彩だな。

 

 ケット・シーにコボルド、ドワーフにエルフ。そして、そんな中に普通のヒューマンに見える褐色肌の女性が混ざっていた。

 その女性はこちらに気づくと、ゆったりとした動作で近づいてきた。

 

『お呼び立てして申し訳ありません』

 

「ああ。何か用事があるんだって?」

 

『はい、わたくし、『女傑の食卓商会』会頭をしております、アマゾネス族のメヒカと申します。よろしくお願いいたします』

 

「ヨシムネだ。よろしく」

 

『これはまた美人さん』『エルフとはまた違うよさだな』『ヨシちゃんの方が可愛いよ(はぁと)』『ヨシちゃんもたまには褐色になろうぜ』『南国ヨシちゃん!』

 

 リアルのボディは人工皮膚だから、紫外線とか当てても日焼けしないんだよな。

 しかし、ふーむ。アマゾネス族か……女性しかいない種族とかだろうか。

 

『実は、当商会はこの村で商店を開くことを検討しておりまして……今回は販売品目がいくらか被るであろうこのお店に、ご挨拶に参りました』

 

「へえ、それは……宣戦布告かい?」

 

 調合室のアップグレードが必要だというのに、売上減になりそうな要因は、ちょっと見逃せないぞ。

 

『いえいえ、滅相もございません。わたくしどもが扱うのは、食品でございます。ダンジョン用の雑貨は、携帯食料を取り扱う程度でして……』

 

「食品か……確かにうちではそんなに扱ってないな。料理の調合をしても、ほとんどが女神の胃の中に消えている」

 

 女神には三食食わせるのを約束しているからな。日数の概念がないから、一定時間経過で食事を渡しているけれど。

 

『それと、商会としての伝手がありまして、この村で余ったダンジョン産の素材を買い取り、外の商会に流すことも考えておりますが……そちらの素材の買い取りを邪魔するつもりもありません』

 

「へえ……」

 

 なんだか交渉するまでもなく譲歩されているな。

 

『ただし、食品の一つとして、酒の取り扱いを許可してほしいのですが……』

 

「あー、ええよええよ。なんでそんなにこちらの事情を考慮してくれるのかは解らんが」

 

『それは、ダンジョンの女神メケリン様がこちらのお店に滞在していらっしゃるからですね。わたくしども『女傑の食卓商会』は、以前メケリン様の食事のお世話を担当させていただいておりまして……』

 

「んー、女神、そうなのか?」

 

 俺は後ろでぼんやりと話を聞いていた女神に話を振った。

 

『え? 知りませんね。国から派遣された巫女達が全部生活のお世話をしてくれていましたから、どこの商会が食材を用意したとか興味なかったです』

 

『うーんこの女神のマイペースっぷりよ』『やることはやってくれるんだが……』『美味しいお菓子をあげるって言われたら誘拐されるんじゃないか』『チョロ女神』

 

 ひっでえ評価。でも俺この女神好きだぞ。料理をやっているとペットに餌付けをしている気分になる。イノウエさんの餌やりはいつもヒスイさんがやっているからな……。

 

『そ、そうですか……。では、これからは食材の調達は当商会にお任せくださいませ。こちら、お近づきのしるしです』

 

 そう言って、会頭のメヒカは褐色肌の部下を呼び、店のカウンターに麻袋を積んでいく。中身を確認すると、これは……香辛料か!

 

『南方の香辛料です。こちらも、この村に置く商店で取り扱う予定でございます』

 

『食事がより美味しくなるわけですね! 我が家主、これで料理をよろしく!』

 

「はあ……まあいいけど」

 

 このゲーム、料理作るのは調合で一瞬だしな。

 

『そうそう、他の商会との伝手を先ほどお話ししましたが、このダンジョンに存在しない素材がご入り用の場合は、お知らせください。輸送費をいただきますが、他の商会を通じて別のダンジョンから素材を調達してまいります』

 

「おお……ヒスイさんの言っていた商会機能か……やったぜ」

 

 そういうわけで、商会がダンジョン村に進出してくることになった。

 ちなみに少し会頭と雑談したが、この商会はアマゾネス族の集団らしく、商隊を組み各地を転々とすることで、一時の伴侶を探して子供を産むということをしているらしい。生まれてくる子供は必ずアマゾネス族の女性で、相手はケット・シー族でもコボルド族でも構わないらしい。

 うーむ、女しか生まれない種族か。繁栄しすぎたら世界がアマゾネス族にあふれて、最終的に男がいなくなって人類が絶滅する、大変な種族だな。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 調合室のアップグレードを終え、さらに三つ目の中級ダンジョン、『中級の遺跡+2』を開放した。訪問種族はスプリガンだ。

 目減りしていた店の資金は、ようやく補充されていき、素材買い取りからの商品作成、販売もスムーズに行なわれるようになった。テストプレイ以外でもダンジョンに入ることはできるし、実は他の冒険者を誘ってダンジョンに挑むこともできる。だが、ダンジョン攻略にはそれほど苦労していないので、素材は自分で集めるよりも買い取りすることが多かった。

 帰還の羽根は組んでいるPT全員に効果が適用されるので、テストプレイも複数人で挑めるのだが俺はその必要性を感じていなかった。

 

 そんな経営パートに偏り気味のプレイを続けていたところ、またもやイベント発生の予兆があった。村長が訪ねてきたのだ。

 

『酒蔵も増築され、宿屋も増え、住宅も増えた。そこで、村の公共施設を増やそうって話になっているんだ』

 

 まだ年若い青年の村長が、そう話を切り出した。

 

「へえ、村が栄えるのはいいことだな。何を建てるんだ?」

 

『各種族から要望が上がってきていてね。今のところ三つの企画が立っているけど、まずは一つだけ建てる。でも、資金の問題がね……』

 

「ほう、資金」

 

『出資してくれないかな? その代わり、どの施設を建てるのかは選ばせてあげられるよ』

 

 そう言って、村長は俺に企画書を三枚渡してきた。どれどれ……。

 

 1.酒場。要望はドワーフ族。まあ、ドワーフなら当然の要望だな。というか今まで村に酒場がなかったのが驚きだな。

 2.浴場。要望はエルフ族。エルフ族は毎日の沐浴の習慣があるらしく、それを浴場のお湯で行ないたいらしい。まあ水で沐浴とか辛そうだしな。

 3.博物館。要望はスプリガン族。スプリガンは、宝箱の出やすい遺跡ダンジョンばかりに出入りしている種族だが、財宝が好きで一日中でも眺めていられるらしい。

 

 投資にかかる費用は結構するが、払えない額じゃない。ここは、よーし。

 

「浴場じゃー! お風呂配信するぞー!」

 

『いえーい!』『一面肌一色!』『ケモもいるぞ』『ヨシちゃんの貴重な入浴シーン』『今時お風呂なんて存在しないから、ゲームだけの文化だな』

 

 というわけで大金を村長に押しつけ、魔法大工の手により浴場が即日完成した。魔法ボイラーで薪いらずらしい。

 

「よーし、ヒスイさん浴場行くぞー!」

 

「店番が……」

 

「お風呂配信より大事な物はない!」

 

『ちょっとちょっと、私を置いていかないでください!』

 

 女神もメンバーに加わり、浴場へと向かった。

 

「キャストオフ! って、更衣室に足を踏み入れただけで自動でバスタオル姿に!」

 

『ですよねー!』『知ってた』『そりゃあ、健全ゲームですから』『期待なんかしていなかったんだからね!』

 

 浴場では、すでに人が多数詰めかけており、よく知る顔も見受けられた。

 ケット・シー族の上級冒険者ハニー、エルフ族の冒険者クラン『世界の緑団』団長、アマゾネス族の会頭メヒカなどだ。

 俺は彼女達に挨拶し、浴場内を眺める。

 

「バスタオル外れないけど、どうやって身体を洗うんだ」

 

「入浴機能はフレーバー要素でしかないので、お湯に浸かるだけですね」

 

 俺の疑問に、そんな言葉をヒスイさんが告げてきた。

 

「そっかー、八ヶ月ぐらいぶりのお風呂だと思ったんだけどな」

 

 普段リアルの部屋では、ナノマシンを使った洗浄機で着ている服ごと洗っている。お風呂場は部屋に存在しないのだ。

 

『桃色天国じゃ』『ふとももがなまめかしい』『ううむ、ソウルコネクトに慣れすぎて、女体を見ても何も思わなくなってしまった……』『まだ性別超越の領域には行きたくないなぁ』

 

 透けてすらいないバスタオル姿に対する反応は、様々だった。

 

「ちょっと男子ー。なに女湯見てるのさー。ここは女子の領域だゾ」

 

 そう男性視聴者に向けて俺が言うと……。

 

『おい、おじさん少女』『あんた中身男じゃねーか!』『僕知っているよ。ヨシちゃんはまだ性別を超越していないって』『若人よ、魂に身を任せるのじゃ』

 

 ううむ、流れるような突っ込み。

 ともあれ、身体を洗う必要がないとのことなので、湯船に直接突入する。ゲームなのでかけ湯もなしだ。

 

『ふにゃあああ。なんですかこれー。気持ちいいー』

 

 湯船に入った女神がとろけておる。

 でも、ちょっと待て。

 

「女神。そんなに翼を広げるな。すっげえ邪魔」

 

『はいー? なんですかー? ふおおおお』

 

「ええい、翼をばちゃばちゃさせるな! 水辺のカラスかお前は!」

 

 迷惑な女神であった。

 

「メケポンさんが一緒じゃないのが残念です」

 

 そんな女神の被害にも負けず温まっていると、俺の隣で湯に浸かるヒスイさんが、そんなことをぼやいた。

 

「メケポンは猫だからな。お風呂は好きじゃないだろう」

 

「いえ、私達の後ろについて浴場までいらっしゃっていましたよ。ただ、彼、オスなので……」

 

「ああ、なるほどそういうこと……」

 

 この浴場は男湯と女湯にはっきり分かれているのだ。別に分厚いバスタオルで隠すんだから、混浴でも問題ないと思うけどな。普段、バスタオル姿よりも露出が多いキャラも結構いるぞ。アマゾネス族とか。でも、目の保養的には男がいないのはありがたい。

 

「しかし、エルフ族以外にもいろんな種族が来ているな」

 

「清潔でいたいのは種族関係ないですからね。同じように酒場を作っても、各種族がやってきますよ」

 

 浴場の様子を眺めて言った俺に、ヒスイさんがそう言葉を返した。ふむ、酒場ね。

 

「博物館は?」

 

「……ほぼスプリガン族専用施設になりますね」

 

「駄目じゃん」

 

「都市部ならともかく、本来、村には無用の施設でしょう。最終的には資金が余って、全て建てることになりますが」

 

「なるほどなー。で、この浴場はゲーム的にどんな効果があるんだ?」

 

「エルフ族の冒険者の訪問がいくらか増えます。他の種族も全体的に訪問が増えますね」

 

「博物館は?」

 

「スプリガン族が爆発的に増えます」

 

「村の事情はともかく、ゲームバランスはちゃんと取れているってことだな」

 

『中級ダンジョンの選択肢八つあるけど、設置できるのは四つまでなんだよな』『村に訪れない種族がいて、それ関連の施設も建設できないってことか』『やりこむなら周回プレイ必要だな』『凝ってるじゃん』

 

「一周で全ての要素を網羅できないのは、それはそれで気になるかなー。と、それよりもお風呂だ。お風呂回と言えば女子同士の桃色会話。ねえヒスイさん、意外と胸大きくないー?」

 

「ヨシムネ様と同じサイズですが」

 

「そういえばそうだった。同じサイズのボディだったよ!」

 

 そんな雑談でキャッキャウフフと十分ほど潰し、浴場を後にすることにした。ゲームだからか長湯してものぼせないのはいいな。

 

「よーし、他の公共施設の建築も目指して、稼ぐぞー!」

 

 店への道中でそう気合いを入れていると、濡れたままの翼をばっさばっさと動かして乾かしている女神がぽつりと言った。

 

『次のダンジョン拡張、もうできますよ』

 

「マジかよ!」

 

『浴場の集客効果ですかねー?』

 

 結局その日の配信は、『中級の湿原+3』のテストプレイを終え、リザードマン族を村に招いたところまでで終わった。公共施設のさらなる拡充までは資金が足りなかった。続きはまた明日だ。

 



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80.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<6>

『ダンジョン前の雑貨屋さん』配信四日目。リザードマン族が要求する公共施設はプールだったため、酒場と博物館を後に回して先にプールを建設した。水着を着て水泳タイムである。男性視聴者に媚びていくスタイル。

 まあ、俺の配信をそういった色欲方面に期待して見ている人は、ほとんどいないと思うのだけどな。

 エロ配信はエロ配信でやっている人居るし。

 

 実際のところは、ただ単に泳ぎたい気分だっただけだ。夏だからな。

 以前、対ミズチ戦用に特訓したおかげで、水泳は得意になったし。

 しかし、リザードマンは湿原を好み、プールを要求してきたということは、彼らはトカゲじゃなくてイモリが元になっているんだろうか。

 

 そういうわけで再び散財してしまったわけだけれど、新たな種族リザードマンの冒険者が多数訪れるようになったわけで、これは商機である。

 リザードマン族は水辺に住み、水泳を得意とするため、金属の鎧は好まない。金属が多数産出される廃坑と合わないが、こちらには樹海のダンジョンもある。樹海には、大型の肉食獣モンスターが出没し、そこから上質の革が作れるのだ。

 なので、俺は『中級の樹海+1』にこもるエルフ族から毛皮を買い取りし、上質の革鎧に加工してリザードマン族相手に売りまくった。

 

 順調に資金が回復していく。酒場の開設も近いだろう。博物館? うん、最後でいいよね……。

 さあ、販売はヒスイさんがやってくれるので、ひたすら商品作成だ!

 

『我が家主。とうとう上級ダンジョン拡張の時が来ましたよ』

 

 と、意気込んだところで女神がそう告げてきた。

 

「って、マジか。上級来ちゃうか」

 

『このダンジョンの現在の容量的に、設置できる上級ダンジョンは一つ。選べるエリアも一つです』

 

「選択肢がないのか。そうかー」

 

 俺がちょっと残念がっていると、猫のメケポンが俺の足元に近づいてきた。

 

『うむ。ここのダンジョンは、かつて上級が一つ、中級が四つ、初級が四つ、初心者用が一つの大規模ダンジョンだったのじゃ』

 

『これはなかなかの大きさですよ。この周辺地域ではここだけでしょう。村の繁栄は約束されたようなものですね』

 

「ふむふむ。で、拡張できる上級ダンジョンは、どんなエリアだ?」

 

 俺がそう訪ねると、女神は『ふふーん』と得意げになり、高らかに告げた。

 

『設置するのは、『上級の戦場跡』です!』

 

「なるほど、戦場跡」

 

『そうです。アンデッドが多数出現するダンジョンですね。聖属性攻撃が有効なので、準備を怠らなければ攻略も難しくない、よい場所です!』

 

『む、ちょっと待ってほしいのじゃ。おかしい。ここの上級ダンジョンは、『上級の城塞』だったはずなのじゃ』

 

『えー、でもここの性質的に、戦場跡以外にはなりませんよ?』

 

『むむむ』

 

『ふむむ。でも、ダンジョンの精霊が、ダンジョンに関して嘘を言うとは思えませんね。我が家主、これはテストプレイで怪しいところがないか、要調査ですよ!』

 

「なるほど了解」

 

『儂もダンジョンについていくのじゃ』

 

 そういうわけで、『上級の戦場跡』に向かうことになった。聖属性攻撃は特に使えないが、なんとかなるだろう、多分。

 いや、アンデッドに有効な聖銀の鉱石は『中級の廃坑』で産出されているんだ。でもな。俺の武器は魔法銃から変更できないから、聖銀の剣とか作っても装備できないんだよ。

 聖銀装備を揃えた冒険者を仲間として連れていけって話なんだろうが……ここまで一人でやってきたから、一人で挑んでみたいな。

 

「あ、視聴者のみんなはアンデッドとか大丈夫か? ばっちり映るぞ」

 

『大丈夫』『まあ、ただのモンスターなら』『ホラーゲームみたいに脅かすような出現方法じゃないなら問題ないかな』『MMOじゃアンデッド退治も定番ですしね』

 

「そっかそっか、じゃあ、行くぞー!」

 

 ポーションをアイテムボックスに多数詰め込み、俺はダンジョンに出発した。

 雑貨屋前のダンジョンの扉は、人の出入りが激しく常に開け放たれている。

 

 扉の向こうのエントランスホールには、十個の扉が存在している。その一番右側、唯一閉じられて鍵がかかっている扉の前に、何やら人が集まっていた。

 

「よっすよっす。みんな集まってどうしたの」

 

 そこにいたのは、ケット・シー族の冒険者達だ。上級冒険者のハニーもいる。

 

『にゃあ。店主、とうとう上級ダンジョンができたようだね』

 

「そうだな。そこのプレートに書かれているとおり、『上級の戦場跡』だ。これからテストプレイをして開放をするから、準備を整えていた方がいいぞ」

 

『にゃあ。テストプレイとやら、一人でやるのかい? 上級ダンジョンだよ? 聖銀の武器もないようだし、その小さな銃で大丈夫?』

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 そもそも、装備を変更するゲームシステムが存在しない。

 

『にゃあ。君はダンジョンから脱出するアーティファクトを持っているんだったね。手伝いならいつでもするから、一人で無理そうなら声をかけておくれ』

 

「ありがとなー」

 

『ハニーちゃん優しいな』『向こうからPT誘ってきたってことは、難易度高いんじゃないか?』『上級ダンジョンは一つしか設置できないってことは、ラストダンジョンかもしれん』『ラスボスいるのん?』

 

 いやあ、何もイベント挟まずにラスボスはないと思うが。いやでもインディーズだし、そこまで凝ったシナリオは用意していないかもしれない。いやいや、俺は制作者さんを信じる!

 

 というわけで、アイテムボックスから帰還の羽根を取り出して、閉まっていた扉を開けた。

 

「行ってきまーす!」

 

 そう周りに声をかけて、俺とメケポンは『上級の戦場跡』に足を踏み入れた。

 

 戦場跡は、平地ではなく山であった。山の上に築かれた木造の砦。そこを進んでいく。敵軍の侵入を防ぐために用意されていたであろう柵は、ボロボロになって朽ちかけている。

 空は暗雲に包まれ、薄暗い雰囲気が広がっている。足場は悪く、全力疾走などしようものなら簡単に転げてしまいそうだ。

 

 そんな戦場跡に、多数のアンデッドが出現した。

 朽ちた武具に身を包んだスケルトンだ。大きな弓で矢を次々とこちらへ射かけてくる。俺はそれをかいくぐり近づこうとするが、相手は弓を捨てると剣を抜き、斬りかかってきた。

 

「むむむ、これはなかなか……」

 

 剣を避け、強攻撃を叩き込もうとしたところで、別のスケルトンが複数さらに斬りかかってくる。

 多勢に無勢なので、慌てて距離を取って連射弾をばらまく。これでは、俺の黄金パターンである、接近、回避からのチャージ弾至近距離射撃が通用しそうにないな。

 仕方なしに、俺は遠距離からちまちまとスケルトンの群れを削っていくことにした。

 

『ヨシちゃんが素直にシューティングゲームをやっている……!』『あのヨシちゃんが銃なんていう文明の利器を!』『よかった、銃をパイルバンカー感覚で使うおじさん少女はいなかったんだ』『ようやく制作者の想定したであろう戦闘になったな』

 

 ええい、攻撃力の高い弾が、遠くからじゃ当てにくいのが悪いんだよ!

 そうして俺は遠くから地道に落ち武者スケルトンを倒し、ドロップアイテムに変えた。

 

 死体(そもそも最初から死んでいるが)は光の粒子になって消え、ドロップアイテムが俺の手元に飛んでくる。以前レベルアップで覚えた、ドロップアイテム自動回収のアビリティ効果だ。

 どうやら上級ダンジョンの敵と戦うのは問題なさそうだ。

 俺は砦となっている山を登っていった。

 

 次々と現れる武装したスケルトンを倒していく。

 ドロップアイテムは、死霊の大魔石。それと時折、精霊の武具という年季の入った装備が手に入る。

 武具は手に入っても装備できないから、全部店頭販売だな。

 そう、この主人公、銃以外の武器を装備できないだけではなく、防具も装備できないのだ。可愛らしいファンタジー風の服を常に身にまとっている。多分、防御力とかの数値で戦闘バランスを取るのが大変だったのだろうな。

 

『む、ヨシムネ。ゾンビウルフの群れじゃ』

 

「戦場跡にゾンビウルフ? 腐肉漁りの生きている奴とかじゃなくて?」

 

 十匹ほどの狼が、こちらを囲もうとしてくる。俺は正確に一匹ずつ狙い撃ちして包囲網を崩壊させ、群れを撃退した。

 

『このゾンビウルフはもしや……むう』

 

「NPCが思わせぶりなやつー。絶対イベント来るぞ」

 

『メタメタやね』『まあ最後のダンジョンっぽいしね?』『ラスボスが全く予想できん』『そもそもラスボスなんですかね』

 

 そんな視聴者コメントを聞きつつ、次から次へと襲ってくるゾンビウルフを撃退して山を進む。

 すると、とうとう砦の本陣らしき場所に到着した。

 

「ボスが出そうな雰囲気だなー。お、出た出た」

 

 狼の遠吠えが聞こえてきたと思ったら、地面に不自然に存在していた何かの影から、モンスターが湧き出てきた。

 それは、身の丈三メートルはあるワーウルフ。アンデッド化しているのか、毛皮はボロボロになっている。

 

『こ、こやつは! いかん、ヨシムネ、逃げるのじゃ!』

 

「へっ?」

 

 メケポンの焦るような声と共に、突如敵の周囲の影が盛り上がり、それが複数の弾丸となってこちらに飛んできた。

 

「うお、うおおお!?」

 

 弾幕系縦シューティングゲームのような弾丸の群れに俺はさらされる。

 避けようがない、あまりにも密な弾幕だ。

 

「うわ、無理、これ無理!」

 

 どんどんキャラクターの体力が削られていき、一気に危険域に。俺は、ただではやられるかと銃弾を反撃として撃ち込むが、ワーウルフはそれを軽々と避けてみせた。

 そして俺は、このゲームで初めて体力全損で帰還の羽根が発動するのを体験した。

 

『えっ』『ヨシちゃん負けた?』『そんなあっさり』『もしかして負けイベ?』『猫の台詞的にそうかも』『こいつがラスボスかなぁ』

 

 気がつけば、俺はダンジョンのエントランスホールに立っていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『おかしいですね。ここの『上級の戦場跡』のボスは、リッチになるはずですよ』

 

 ワーウルフのゾンビになすすべもなくやられたということを女神に知らせると、そんな言葉が返ってきた。

 

「強すぎる神の権能による、思わぬイレギュラーとかいうやつか? 最初にテストプレイする前に、起きるかもしれないって言ってた」

 

『そうですねー。修正しますね』

 

 女神がくるりと指を回した。

 

『あれ? おかしいな。えいっ! えいっ! あれえー? 直らないです!』

 

「む、どうした?」

 

『うーん、ダンジョンに関係ない何かが、あのエリアに混ざっているみたいです。多分そのボスです』

 

「直らないのか」

 

『ダンジョンに関係ない異物なので、私の権能では無理ですね。でも、そのボスを倒して排除してしまえば、直せますよ』

 

「倒さなきゃいかんのか。そもそもあれ、倒せるのか?」

 

『む、無理じゃ。あやつは常人では倒せぬのじゃ……』

 

 猫のメケポンが、そんなことを言いだした。こいつ、明らかに何か知っているからな! 早く聞き出してイベントシーンを進めなければ。

 

「あのワーウルフはなんだ? 知っているのか?」

 

『あやつは、かつての魔王軍幹部、シャドウビーストなのじゃ……』

 

「へえ、魔王軍」

 

『魔王は100年以上前、地上を恐怖で支配していたのじゃ。シャドウビーストは、その魔王から命じられてこの地に派遣され、ダンジョンを占拠してしまったのじゃ。当時の上級ダンジョン、『上級の城塞』はシャドウビーストに支配されておった……』

 

『ああー、そんなことも昔ありましたねー』

 

「でも、そいつは倒されたんだろう?」

 

 オープニングのナレーションで、魔王は100年前に倒されたって言っていたはずだ。なら、幹部もついでに倒されていてもおかしくない。

 

『シャドウビーストには数多くの上級冒険者が挑んだのじゃが、誰も勝てなかった。結局、神々の加護を得た『暁の戦士』の手で倒されるまで、この地に居座り続けたのじゃ』

 

「へー」

 

『じゃが、シャドウビーストが倒されたとき、すでに冒険者はこの地を去っておった。その後、活力を失ったダンジョンは、『初心者の一本道』を残して崩壊してしまったのじゃ』

 

「それが先日までのこのダンジョンってわけか」

 

『あー、我が戦士は、きっとそのシャドウビーストさんの死体を回収しなかったんですね。それがダンジョン崩壊の時にダンジョンに飲み込まれて、こんなことになっちゃったわけですか。もう、困りますね、ダンジョンへのゴミの投棄は』

 

「ゴミ扱いかよ。それで、そいつを倒すしか正常に戻す手段はないのか?」

 

『もしくは、完全に上級ダンジョンを放棄するかですね。神の権能で上級ダンジョンごと消去してしまえば、混ざったゴミは存在ごと消えてなくなります。そうしたら、もうここではしばらく、上級ダンジョンが作れなくなってしまいますけど』

 

『うぬぬ、上級ダンジョンは惜しいが、あやつには常人ではとても敵わぬ……』

 

『そうでもないですよ。相手はアンデッドだったんですよね? 対処法はあります』

 

「聖水でもぶっかけるのか?」

 

『それに近いですね。聖なる力は神の力。私の神器を我が家主にたくします。それを授けるため、私の本来のお家、『神級の聖域』をこのダンジョンに呼び寄せますよ!』

 

 どうやら、上級のさらに上に、神級という等級が存在するようだった。

 

『有能神』『たまには役立つなこの妖怪食っちゃ寝』『名脇役』『以前どうやってダンジョンに住んでいたのかと思ったが、専用の領域があるのか』

 

『あっ、でも、お家があるのは遠くのダンジョンなので、丸ごとお引っ越しは補助に巫女が数名必要です。私一人で呼び寄せようとすると、いったいどれだけかかるか……』

 

『無能神』『たまには役立てよ妖怪食っちゃ寝』『要介護なの?』『ダンジョンのことぐらいは完璧にこなしてほしかった……』

 

 というわけで、推定ラスボス退治には巫女探しが必要なようだ。

 巫女ってどこにいんの? 今いる種族から選定とかできるのかねぇ。

 



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81.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<7>

『巫女様ですか? おられますよ』

 

 巫女になれる人の心当たりがないかNPCに聞いて回っていると、数人目でそんな返答がきた。

 相手は、メヒカ。アマゾネス族が運営する『女傑の食卓商会』の会頭だ。

 

「会頭は聖職者にも伝手があるのか」

 

『実はですね、以前ダンジョンの女神様のお世話をしていた巫女の方々を当商会で保護しているのです』

 

「あー、女神が前に居た国の人か。何かあったのか」

 

『ダンジョンの聖域への巫女の派遣は国の王族が行なっていたのですが、その国で将軍がクーデターを起こしましてね。軍部にダンジョン資源を利用されないよう、王族は女神様から巫女様を引き離し、わたくしどもに巫女様を託されたのです。その国では女神様と交渉して、ダンジョンから産出する素材を調整してもらっていたのですよ』

 

「なるほどなー。それが腹ぺこ女神の裏事情か」

 

 お世話係の巫女がいなくなり、飯を求めて他所のダンジョンで行き倒れていたってわけだ。

 

「で、その巫女ってこの村に呼べるか?」

 

『ええ、巫女の方々も女神様に合流したいらしく、現在この村に向かっております』

 

 そうかそうか。

 じゃあ待ちだな、というわけで俺はダンジョンを放置して店舗経営に力を入れた。

 

『ラスボス戦なのにレベル上げはいいの?』『負けたら修行パートだな』『別に弱体化を待たなくても挑んでもいいんだよ』『人間の力のみで倒して、『暁の戦士』を超えよう!』

 

 無茶を言いなさる。レベル上げは……まあなんとかなるじゃろ。素材買い取りばっかりやって、あまり一般開放後のダンジョンに行っていない気もするけど。

 

 そうして資金を貯め、三つ目の公共施設である酒場に資金を投資し、即日開設となった。

 ドワーフ族だけでなく、村に居る全種族が酒場で酒盛りをしていた。うん、冒険者と言ったら酒場だよな。

 俺は冒険者が依頼を受ける場所は、『冒険者ギルド』よりも個人経営の『冒険者の酒場』の方が、雰囲気があって好きだ!

 

 昔、パソコンでとあるフリーゲームがあって、ユーザが自由にシナリオを作成してインターネットで配布できるっていう仕組みだったんだ。ゲーム制作者が提供するのは基本的なシステムとサンプルシナリオ、シナリオ制作ツールのみでね。

 そのゲームの舞台が冒険者の酒場で、ハゲのマスターが酒場の壁に依頼書を貼りだして、プレイヤーが用意した冒険者PTにダウンロードしてきたユーザ製の依頼を受けさせるって内容だった。

 

『プレイヤーがシナリオ作成もできるのはいいね』『無料だから責任とかなしに気軽に作れるだろうしな』『クレジットで出来が保証されていないシナリオやるのは怖いけどな』『有料だからって出来が保証されているわけでもあるまい』

 

 そんな感じで視聴者とやりとりしながら酒場を出て店舗に戻ると、商会の会頭メヒカが俺を訪ねてきていた。隣には、なにやら清楚な感じの服を着た少女を二人連れている。

 

『どうも、巫女様をお連れしましたよ』

 

「そりゃどうも。おーい、女神ー。巫女達来たぞー」

 

 俺は、バックヤードに向けてそう叫んで女神を呼んだ。

 

『あなた! メケリン様にそんな口を……!』

 

 巫女の一人がそう俺に突っかかってきそうになるが、その前に女神がバックヤードから顔を出した。

 

『はいはーい、呼ばれましたよ。あ、久しぶりですね、我が信徒達』

 

『女神様!』

 

『メケリン様……!』

 

「んじゃ早速、神器とかいうのをちょうだいな」

 

『ええー。ここは我が信徒との感動の再会シーンがですね……』

 

「そういうの別にいいから」

 

 今日の配信終了までにシャドウビーストを倒すつもりだからな! 巻いていこう。

 

『ライブ配信の都合で飛ばされるイベント』『それでいいのかゲーム配信』『制作者さんかわいそう』『まあ、俺はあとでプレイするけどね』『やっぱ買うかー』

 

 そういうわけで、俺と女神と巫女達は、神器を手に入れるためダンジョンへと向かった。

 冒険者が多数詰めかけているエントランスホール。そこに女神が姿を現したことで、場がざわめきに包まれた。

 うーん、高度有機AI使っていないというのに、NPCの反応凝っているな。

 

『では、『神級の聖域』の引っ越しをしますよ!』

 

『ああ、我が国から聖域が失われてしまうのですね』

 

『仕方ないのです……。あの国は今、女神様がおわすには相応しくありません……』

 

 ふむふむ、聖域は複数箇所で同時に存在できないっぽいのか。他のダンジョンから丸ごと引っ張ってくる感じかな。

 

『ほらほら、そういうのいいですから、祈って祈って』

 

『はい!』

 

『お任せください……!』

 

 女神に急かされた巫女二人がその場でひざまずき、祈りのポーズを取る。すると、巫女達の身体から光のエフェクトが舞い散り始めた。

 

「おお、演出やろうと思えばやれるんじゃん」

 

 神々しい光景に感心していると、巫女二人に挟まれる形で立っていた女神が、人差し指を立ててくるりと回し、扉のない壁際を指さした。

 

『へい!』

 

 すると、特になんのエフェクトも演出もなしに、壁に扉が出現した。扉の上のプレートには、『神級の聖域』と書かれている。

 

「……これ、演出がないゲームとかじゃなくて、女神だけが特別演出が存在しないだけだったのか」

 

『制作者はどういう意図でそんな設定にしたのか……』『神々しさは似合わないとか?』『無能演出?』『コメディ要素かもしれん』『力を無駄に外へ漏らしていないという設定です……』『何個も演出作り込むのが面倒だから用意した、後付け設定ですけどね』『暴露しないで!?』

 

 また抽出コメントに制作者が混ざっている。しかも今度は、相方のガイノイドの方も混ざっているみたいだ。

 おもしれーなこの制作者コンビ。お礼のメッセージを送ってきたりして律儀だし、割と好きだぞ。

 

『うわー、ヨシちゃんに好きって言われた!』『これは嫉妬』『許すまじ』『俺の方が好きだよ』『は?』『ひいっ!』

 

 今『は?』ってコメントしたの、多分制作者のガイノイドだな……。

 

『さあ、聖域に行きましょう。散らかっていますけど気にしないで入ってください』

 

 そう言うと女神は帰還の羽根がなければ開かないはずの、羽根の刻印がされた扉を普通に開け、中に入っていった。

 巫女二人がそれを追い、俺も扉をくぐる。中が気になるのか、冒険者達が俺の背後から扉の向こうを覗き込もうとしていたが、さすがに後を追ってくることはなかった。

 

 扉の先の聖域は、広い部屋だった。大理石造りの建物内部の空間で、床には赤いカーペットが敷かれている。

 だが、そのカーペットの上には、脱ぎ捨てられた服があちらこちらに散らばっていた。

 

『まあ! 女神様! またこんなに散らかして』

 

『本当に世話が焼けますね……』

 

 巫女達二人が仕方ないなあといった風に、その光景を眺めていた。

 

『我が信徒達が勝手に来なくなったのが悪いんですよー。それより、我が家主。これより神器を授けます』

 

「おう、どんな神器なんだ?」

 

『我が神器はこの聖域そのものです。聖域を展開できる力を我が家主に貸し与えます。与えるのは限定的な力ですので、ダンジョンの中でしか使えませんし、展開される領域はボスフィールドの広さ程度です』

 

「おー、つまりあれか……神器を発動! アンデッドは聖なる領域に捕らわれ、力を大きく失う! って感じか?」

 

『そうそう、そんな感じです。神の力に満ちた聖域の中なら、魔王軍幹部のアンデッド程度なら、上級+4のダンジョンボスくらいの弱さになるでしょう』

 

「それでも+4もあるのかー……」

 

『神の力を持たぬ人の身でも倒せる程度ってことですよ? では、神器を授けます。えいっ!』

 

 女神が指先をこちらに突き付けてきた。

 

『はい、神器を貸し与えました。後は勝てるまで頑張ってください』

 

 その女神の言葉と共に、アビリティが追加された旨のシステムメッセージが流れる。神器『神級の聖域』とある。神器ってもっとこう、形のある物だと思っていたが、アビリティか。

 

「相変わらずあっさりしてんな……ま、行ってくるよ」

 

『女神様、その間に聖域を片付けますよ!』

 

 俺は部屋の掃除を始めた巫女達を尻目に、『神級の聖域』を去った。

 エントランスホールに戻ると、俺は『上級の戦場跡』の扉へと向かう。すると、扉の前に、二人の冒険者が待ち構えていた。

 ケット・シー族の上級冒険者ハニーと、コボルド族の団長オスカーである。

 

『にゃあ。店主、上級ダンジョンに向かうのかい?』

 

「ああ、そうだな。シャドウビーストにリベンジだ」

 

『にゃあ。実は頼みがあるんだ。あちし達もその戦いに連れていってくれないか?』

 

「うん? 珍しいな。俺に同行したいと言ってきた人は初めてだ」

 

『にゃあ。あちし達のクランは、魔王軍幹部シャドウビーストとは因縁があるんだ。実は……』

 

「あー、それ長くなる? 要約してお願い」

 

『ヨシちゃん……』『せっかくのラストバトルへの盛り上げを無にする姿勢!』『多少配信時間が延びたところで、俺達は付き合うぞー』『ラストバトルっぽいんだから丁寧に行こ?』

 

 む、ちょっと焦りすぎたか。ライブ配信のペース配分はまだ把握し切れていないな。

 

『にゃあ。我が『まだら尻尾団』と『するどき指先団』は元々『しましま獣耳団』という一つの冒険者クランだったんだ。にゃあ。でも、100年前にシャドウビーストにこのダンジョンで負けて上級冒険者達が死に、クランは解散してしまったんだ』

 

『ばう。先祖のリベンジ』

 

「なるほどなー。だからついてきたいと。……別に構わないが、今すぐ出発だぞ」

 

『にゃあ。準備は整っているよ。聖銀の剣もしっかり用意した!』

 

『ばう。常在戦場』

 

 おっけー、そういうことなら三人で推定ラスボス戦だ!

 俺は、初めて使う編成システムで二人をPTに加えると、扉に帰還の羽根を掲げて『上級の戦場跡』へと突入した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『にゃあ! 店主、フレンドリーファイヤー多いよ! PTメンバーは被弾しないからいいものの……』

 

「す、すまねえ……」

 

『ソロでやってきたツケが出たな』『NPC二人とも前衛だから、ヨシちゃん前に出ても邪魔なだけだしな……』『ラスボス戦前に初めて連携の練習をするゲーマーがいるらしい』『そもそもこのゲームで銃の練習をするとか前に言ってなかった?』

 

 ハニーは剣と盾のオーソドックスなスタイル。オスカーは大剣で敵をなぎ倒すスタイル。どちらもバリバリの前衛だった。

 前衛に三人だと、狭い山道では動きにくくなってしまう。だから、俺は後ろから援護射撃をするスタイルで行こうと思ったのだが……敵を銃で狙うと二人の背中に銃弾が命中してしまうことが何度もあった。

 仲間には攻撃判定がないので、二人を撃ち殺してしまうということはないのだが、撃った弾が無駄になってしまうのは確かだ。

 

『ばう。ボスまでに慣れる』

 

「頑張るよ……!」

 

 そうしてぐだぐだなまま俺達は砦の本陣に到着した。練習は不十分だが、ここまできて戻って雑魚狩りしますというわけにはいかないだろう。

 なので、俺達は体力、魔力が全回復しているのを確認して、ボスフィールドに突入した。

 

 地面に染みのように広がっている影から、シャドウビーストが浮き上がってくる。

 よし、ここでアビリティ発動!

 

「神器『神級の聖域』展開!」

 

 俺の足元から大理石の床が広がっていき、土で固められた戦場跡を侵食していく。

 そして、ボスフィールド全体を大理石が埋め尽くすと、床がまばゆく光り輝き、光の柱が空に向けて立ちのぼった。

 ダンジョンの仮初めの空を埋め尽くしていた黒い雲が、その光の柱によって貫かれ、晴天が広がる。

 

 暗く曇った戦場跡が一転し、フィールドは明るく照らされた。

 そして、シャドウビーストは全身から焼け焦げたような煙を発し、棒立ちになりながら苦しみ始めた。

 

『にゃあ! 今のうちに攻撃する!』

 

『ばう』

 

「よっしゃあ、チャージ攻撃だ!」

 

 それぞれ三方から、俺達は強烈な攻撃を叩き込む。そこで敵の意識が変わったのか、煙を発しながらも攻撃の構えを取ってみせた。

 本格的に戦闘が開始される。

 前回俺を倒した、影の弾幕は使ってこない。戦場が明るくなってから、敵の足元の影が小さくなったのだ。さすが聖域の力だ。

 

 そして、戦闘を繰り広げることしばし。

 

『にゃあ。無念……』

 

 ハニーが第三形態に変身したシャドウビーストの影魔法を受けて、その場に倒れた。すると、俺のアイテムボックスから勝手に帰還の羽根が飛び出し光り輝き、ハニーを光で包み込んだ。そして、ハニーの姿が消えてなくなる。これは、帰還の羽根の転送効果か。

 

『ばう』

 

 そして今度は、シャドウビーストの連撃でオスカーが倒れる。こちらからヒールは飛ばしていたのだが、回復が追いつかなかった。

 遠距離アタッカーとヒーラーの兼任は無茶だって! 自分達でポーションも使ってくれていたけどさあ。

 オスカーも帰還の羽根で消えていき、場にはシャドウビースト第三形態と俺が残された。

 

「よし、こうなったら……俺が三人目の前衛じゃい!」

 

『ヨシちゃんはさあ……』『バーバリアン再び』『知ってた』『さっきまでガンナーしてて格好よかったのに』

 

「第三形態はぶっちゃけただの大きな狼! これは、人食い虎みたいなものだな! 超電脳空手銃がうなるぞ!」

 

『超電脳空手銃』『チャンプ「そんなの教えてない……!」』『また至近距離からのチャージ弾するのか』『後でチャンプに謝っておきなよ』

 

 うおおお! 全てを出し切る!

 ……とか言ってたらあっさり勝ててしまった。

 

「うーん、最初からソロだった方が早く終わっていたかも」

 

『かわいそうなラスボス』『ラスボスだったのかな』『専用BGMに第三形態まであるんだからラスボスだろ』『一応、今までの敵だと飛び抜けて強かったですからね』

 

 光の粒子になって消えていくシャドウビースト。そして、その場に豪勢な装飾がされた宝箱が出現した。

 中を開けると、出てきたのは大精霊の短剣+8。今まで見た武器の中で一番強いな。まあ、俺は装備できないんだけど。

 とりあえずこれで終わりか、と判断して俺は帰還の羽根を使った。

 

 そして、戻ってきたのはダンジョン入口のエントランスホール。

 俺が出現した瞬間、周囲がどよめいた。

 

『にゃあ! 店主、無事かい! シャドウビーストはどうなった!』

 

 その場に居たハニーがこちらに近づき、聞いてくる。

 俺は、アイテムボックスから大精霊の短剣+8を取り出すと、頭上に掲げてみせた。

 

「勝ったどー!」

 

 俺がそう宣言すると、わっと冒険者達が沸いた。

 見覚えがあるようなないようなNPC達が次々と近づいてきて、俺を褒め称えてくる。やったぜ。

 そして、ハニーとオスカーもまた俺に話しかけてくる。

 

『にゃあ。最後まで戦えなくてすまなかったね。でも、戦いに貢献できて誇らしいよ』

 

『ばう。次は負けぬ』

 

 帰還の羽根があったからよかったものの、本来ならこいつら死んでいたんだよな。帰還の羽根を持っているのは、ここの冒険者では俺だけだし。

 と、そんな感じで勝利の余韻にひたっていたところ、突如『神級の聖域』の扉が開いた。

 中から、疲れた顔で女神が出てくる。

 

『あっ、我が家主。勝ったみたいですね』

 

「ああ、神器のおかげだ」

 

『それはよかった。じゃあ、『上級の戦場跡』は修正しますね』

 

 女神は、しゅびびっ! っと『上級の戦場跡』の扉に指先を向けると、すぐに満足そうな顔へと変わった。

 

『修正完了です。これで、ボスはリッチになりました。ついでですし、開放もしておきますね』

 

 またもや女神が指先を扉に向けると、扉に刻まれていた羽根の調印が光り輝き消えてなくなり、ゆっくりと扉が開き始めた。

 

『『上級の戦場跡』これより一般開放開始ですよー! 頑張って潜って、ダンジョンの最大容量を増やしてくださいね。10年もすれば上級+1が生えるかもしれませんよー』

 

 女神の言葉に、冒険者達が『うおー!』と歓声を上げる。

 上級ダンジョンだからかその場で気軽に足を踏み入れるような冒険者はいなかったが、いずれは上級冒険者PTが入っていくだろう。

 

『さて、では店に戻りましょうか。お腹がすきました』

 

 女神はそう言って、俺の服をつかんで引っ張ってきた。

 

「ああ、解った。帰るか」

 

 ゲームの終わりの予感を感じながら、俺はエントランスホールを出て、雑貨屋に戻った。

 そして、調合室で女神に料理を作ってやる。最後の晩餐か……。そう思いながら、女神が食事をする風景を眺めた。女神は巫女二人に介添えされながら、高速で食事をたいらげていっている。

 

『美味しかったです。じゃあ、また次も食事をお願いしますね』

 

「あ、ああ。了解した」

 

『ふんふんふーん』

 

「…………」

 

『ふふふふーん』

 

「…………」

 

『ふーんふんふーん』

 

「……あれ、エンディングは?」

 

『? どうかしました?』

 

 鼻歌を歌っていた女神が、不思議そうにこちらを見てくる。

 

「ああいや、なんでもない……」

 

 ラスボスを倒したのに一向に始まらないエンディングを疑問に思った俺は、ヒスイさんにヒントを聞きに行くことにした。

 あれってラスボスだったの? エンディングはまだ? そうストレートに聞く。

 

「ラスボスですよ。RPGパートはこれでイベント終了です。しかし、経営パートがまだ残っています」

 

「あっ、そうか。スタイリッシュガンアクションゲームじゃなかったなこれ」

 

『戦闘部分はRPGを名乗っているんだよなぁ』『どこからスタイリッシュが来たし』『ヨシちゃんのはスタイリッシュというより蛮族のそれ』『ラスボスのとどめ、接射でしたね……』

 

「経営パートかー。上級ダンジョンが開放されたから、新種族でも来るのかな?」

 

 俺はそう疑問をこぼすが、ヒスイさんはそれを否定する。

 

「いえ、あくまで中級までにやり残している要素があります」

 

「あれ? 店舗も最大まで増築したし、なにかあったかな?」

 

「はい、博物館が」

 

「……忘れてた、それがあったよ。村に無用の文化の証が」

 

 そういうわけで、ラスボスを倒して終わりではないようで……。スプリガン族の要求施設、博物館を建てて、俺は最後のイベント発生を待つのであった。

 



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82.ダンジョン前の雑貨屋さん(RPG・経営シミュレーション)<8>

 村に投資して博物館を建てたのだが、どうやら周辺地域からスプリガン族が続々と村へと集まったらしい。

 らしいというのは、店舗に訪れるスプリガン族の冒険者の数がさほど増えていないからだ。いや、むしろ減ったかもしれない。

 

「連日連夜博物館に入り浸って、展示物を眺めているそうですよ」

 

 冒険者に商品を売りながら、ヒスイさんがそんな事情を話してくれた。

 

「冒険者を店に呼び込むために投資したのに、それじゃ駄目じゃん……」

 

「展示されている財宝に慣れてきたら、彼らもぼちぼち冒険者に戻りますよ」

 

「飽きる、じゃなくて慣れる、なのか」

 

「スプリガン族が財宝に飽きることはありません」

 

「なんなんこの種族……」

 

 そんな会話をヒスイさんと繰り広げる。

 配信時間は予定終了時刻を超えていて、延長戦だ。エンディングが近いので、もうどっしり構えることにした。

 

 どっしり構えていたら、ケット・シー族のハニーとコボルド族のオスカーが。こちらにやってきた。ふむ、この組み合わせは何かイベントか?

 

『にゃあ。店主、また相談があるんだ』

 

『ばう』

 

「おう、なんだい。なんでも言ってみてくれ」

 

『にゃあ。店主がこの村の公共施設を作っていると聞いて、あちし達も要望を上げたいんだ』

 

「……そういう話聞くの、村長の仕事じゃねえの?」

 

 今まで公共施設の要望をあげたいずれの四種族も、村長を通して企画書を出してきたぞ。

 

『にゃあ。村長が、どうせお金を出すのは店主なんだから、最初から店主に話を持っていけって言ってたよ』

 

「あいつ、ぶっちゃけやがった……!」

 

 もう俺が村長でいいんじゃねえか。

 

『村長になって村を発展させよう!』『村開発ゲームかぁ』『別ジャンルになってるやん』『でも今までだって、村を開発していたようなものだぞ』

 

 村開拓ゲームか。他所との交易が薪メインになって薪本位制経済になりそうなゲームだな。

 

「で、どんな公共施設が欲しいんだ?」

 

『にゃあ! よくぞ聞いてくれました! これは、『まだら尻尾団』と『するどき指先団』の共同企画、その施設の名は……』

 

『ばう。わんにゃんふれあい広場』

 

「わんにゃんふれあい広場」

 

 オスカー団長のバリトンボイスから、とんでもない企画名が飛び出してきやがった……!

 

『にゃあ。いろんな品種の猫と犬を広場に放し飼いにして、村人や冒険者とのふれあいの場にするんだ!』

 

「お、おう。猫と犬って、ケット・シーとコボルドのことじゃないよな?」

 

『にゃあ。当たり前だよ』

 

『ばう。犬じゃない。妖精』

 

 あくまでコボルドは妖精だとオスカーは主張したいようだ。

 

「普通の犬猫かぁ……そういえばヒスイさんがプレイ前に、いい猫ゲームだったとか言っていたが、そういうことか……」

 

 しゃべる猫から歩く猫までそろえて、さらに普通の猫も用意してあるってわけだ。

 

『犬派もこれには大満足』『狐は? 狐はいないんですか?』『鳥! 鳥!』『リザードマンじゃ爬虫類欲を満たせないよ』『結局ケモミミ獣人出なかったな……』

 

 くっ、これ収拾付かないやつだ! とりあえずスルー!

 

「まあ、やりたいことは解った。企画書は?」

 

『にゃあ。オスカー』

 

『ばう』

 

 オスカーに企画書を手渡され、その必要資金の部分だけを見る。

 

「ふむ。余裕だな。よし、許可だ!」

 

『にゃあ! ありがとう!』

 

『ばう。感謝』

 

 そうして魔法大工がすぐさま動き、広場が作られた。そこに、どこからかケット・シー族とコボルド族が様々な品種の犬猫を連れてきて放した。

 これにはヒスイさんもにっこり……と思ったら、もっと喜ぶ人物がいた。

 

『ふおおおおお! 動物パラダイスですよ! なにこれなにこれ!』

 

 ダンジョンの女神メケリンである。

 

『こんなに動物がたくさん! 私この村に来てよかったです!』

 

「……女神、あんた特にケット・シー族とコボルド族には反応していなかっただろ。なんで今更、犬猫にはしゃいでいるんだ」

 

 俺がそう突っ込みを入れると、女神はきょとんとした顔をして答えた。

 

『え? その二つは人類種の妖精族ですよね? 知恵ある者です』

 

「ああ、そう……」

 

 女神の尺度では、ケット・シー達は人類扱いのようだった。

 女神は人類を愛でる趣味を持っていないのだろう。

 

『はー、最高です。私もうずっとこの村に住みます!』

 

 その台詞を発した瞬間、女神の後ろに付いてきていた巫女達二人が、苦虫を噛み潰したような表情をした。

 ふむ、二人は村に居着くつもりはないのかね。

 

 そう思った矢先のこと、突如BGMが聞いたことのない物へと切り替わった。

 そして、巫女の一人が前に出て女神に向けて話しかけた。

 

『女神様。実は先日、本国にて、クーデターを起こした将軍の勢力が鎮圧されました』

 

『そうなんですか? それはおめでとうございます』

 

『つきましては、女神様には本国にお戻りいただききたいと……』

 

『え? 嫌です』

 

『えっ!?』

 

 巫女は、本気で断られると思ってもいなかったかのように、驚きの声をあげた。

 

『め、女神様。動物がお好きなら、本国でも用意させますから、お戻りくださいませ』

 

『えー、やだー! 嫌ですー! 毎日の食事は、我が家主の作る料理じゃなきゃ嫌ですー!』

 

 料理かよ!

 

『おもしれー女』『神を餌付けしたおじさん少女がいるらしい』『まあ女神が村に残っても、ゲームクリアしたらもうこの村にヨシちゃんは帰ってこないんだけどね』『よせ』『それは言っちゃならねえ』

 

 巫女は焦って、女神を懐柔しようと言葉を尽くし始める。

 

『料理なら、私達が頑張りますから!』

 

『えー、我が家主ほど美味しい料理を作れるとは思えません』

 

 俺、素材を買い取りまくって商品生産し続けたからか、とうとう生産レベルカンストしたからなぁ……。そりゃ調合する料理も美味いだろ。

 

『店主様……どうか本国にお戻りになるよう、メケリン様を説得してくださいませ……!』

 

「えー、こっちに話振るの? 俺関係なくない?」

 

『全力で当事者だと思われます……!』

 

「うーん、これってエンディング分岐か? どうすっかな……」

 

 分岐を巡って、やいのやいのと視聴者コメントも盛り上がる。

 しばらく抽出コメントと話していると、『両立ってできないの?』というコメントが流れた。

 両立? 両立……あ、そうか。それでやってみよう。

 

「女神、とりあえず巫女さん達を国に帰して、聖域も向こうに戻せ」

 

『ええっ、我が家主、私を追い出すんですか?』

 

「そうじゃない。あんたはダンジョン間を自由に移動できるんだろう? じゃあ、普段は向こうの国の聖域で過ごして、俺の飯を食いたくなったらこっちのダンジョンに転移してくればいい」

 

『なるほど……! さすが我が家主、さえていますね。我が信徒に快適にお世話されつつ、我が家主の美味しい食事を楽しめる、いいとこ取りですか!』

 

『お、おお。女神様、お戻りくださるのですか。店主様、ありがとうございます!』

 

『では、早速あの国に戻りますよ! ダンジョンゲートの権能で二人とも送っていきます!』

 

 女神が早速といった感じでダンジョンの方へと身体を向けた。

 

「おいおい、荷物とかあるだろうに」

 

『あ、じゃあ聖域に全部荷物を突っ込みましょう。それを向こうで取り出せばいいんです!』

 

 女神は、上機嫌で巫女二人を引き連れ、巫女達が泊まっている家屋へと向かった。

 そこで、突然アバターから魂が抜ける感覚が俺を襲う。

 視界が勝手に動き、村の上空に移動する。かつてオープニングで映っていたわびしい村はそこにはなく、新しい建物があちこちに建ち、多数の人々が行き交っている。

 そして、BGMが歌へと変わり、スタッフロールが表示され始めた。

 

「ようやくエンディングだな。このエンディングテーマも、制作者のガイノイドさんが歌っているのかな?」

 

『そうですよ』『可愛い歌だな』『大団円って感じ』『作中の謎は大体判明していたと思うし、ちゃんとまとまったシナリオだったと思う』『壮大なゲームではないけど、いいゲームだったわ』『ありがとうございます!』『商品の販売はヒスイさん任せだったから、販売パートがあまり見られなかったのがちょっと残念かな』『そこは自分でプレイしてみてもいいんじゃない?』

 

 エンディングテーマをバックに、視聴者達の抽出コメントがわいわいと湧く。

 スタッフロールとは言っても制作者は二人しかいないため、制作ツールとか使用素材とかの文字が並んでいるだけだ。

 歌をエンディングテーマにしてしまったため、歌いきるまでなんとか文字を途切れさせまいとする努力がうかがわれた。

 

 そして、スタッフロールが終わり、視界は再び村上空から地面へと移る。俺のアバターは雑貨屋の店舗に移動しており、カウンターでヒスイさんと一緒に座っていた。そのアバターに、俺の魂が乗り移る感覚があった。

 

「……以上で、『ダンジョン前の雑貨屋さん』クリアーだ。配信に連日付き合ってくれてありがとう!」

 

 俺は、そう視聴者に向けて挨拶をする。

 

「今日は配信時間が長引いてしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございます」

 

 ヒスイさんも視聴者に向けてそう言葉を発した。

 

『面白かった』『インディーズゲームもいいものだね』『総プレイ時間は20時間くらい?』『店員役のヒスイさんがいなかったら一周はもっと延びるのかな』『編集動画版の配信も楽しみにしているよー』

 

「今回はゲーム制作者の人も視聴してくれたりして、楽しくプレイすることができたぞ! この調子で、インケットで入手した他のインディーズゲームも配信できたらしていきたいと思う!」

 

「次のゲームは猫成分が足りないのですよね」

 

「猫基準にゲーム選ぶのは止めよう? さて、次回はいつ配信するかは決まっていないけど、配信日が決まったらまたヒスイさんから告知してもらうな。以上、銃の練習はまた別に必要な気がする、21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

「どのガンシューティングを選んでも、近接にこだわりそうで不安です。助手のヒスイでした」

 

 そうして、四日間続いた『ダンジョン前の雑貨屋さん』のライブ配信は終了した。

 リアルに戻って遅くなった食事を取ると、食事中に新たにメッセージが届いたことをヒスイさんに知らされた。

 送り主は、今回のゲームの制作者さん。配信は大変はげみになったので、次回作の制作を頑張りたい、だそうだ。

 

 なるほど。次回作が出たら、今度もぜひプレイしてみたいところだな。

 



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83.ヨコハマ・アーコロジー実験区<1>

『ダンジョン前の雑貨屋さん』の配信を終えて次の日の朝。朝食の場で次の配信ゲームについて、ヒスイさんと相談しようとしたところ、こんな提案をされた。

 

「ヨシムネ様、超能力特性を検査しにいきませんか?」

 

「むっ! 超能力特性か。それは、俺がどの種類の超能力が得意かという?」

 

「そうですね。『MARS』のオンライン対戦モードなどもそうですが、自前の超能力を使えるゲームなども今後プレイしていく可能性が高いですから、一度検査しにいってみましょう」

 

 ふむふむ。確かに、前から俺はどんな超能力が得意か少し気になっていたんだ。

 一応、ゲーム外のリアルで、自前で組んだセルモデルをサイコキネシスで飛ばしてみたりはしたんだが。

 

「検査に予約とかは必要じゃないのか?」

 

 と、ふと疑問に思ったことをヒスイさんにぶつけてみたのだが……。

 

「いえ、むしろヨシムネ様を連れてきてくれと、向こうから催促されているほどでして……」

 

「そうなのか」

 

「ええ、21世紀人の魂が、超能力学の観点から見て現代人と差異があるか、調べてみたいのだそうです」

 

「ええっ……解剖とかされないよな俺」

 

「ご安心ください。すでにヨシムネ様のご遺体は解剖されております」

 

「そういえば献体してたな! そして今ガイノイドボディだから解剖とか関係なかった!」

 

 なに解剖を怖がっているんだ、俺は。無敵のミドリシリーズだぞ。

 あっ、でも魂をいじられるのは怖いな。魂はさすがに無防備だ。

 

「本格的な研究ではなく、ただの検査ですのでご安心ください」

 

「ああ、解ったよ」

 

 ご安心くださいって二回も言われたぞ。そんなに狼狽していたか俺。

 ともあれ、実験区に検査に行くことは決まった。行くのは今日の午前中だ。そんな急に予定を割り込んでも許されるあたり、本当に来るのを期待されていたんだなー。

 

「どんな超能力特性が出るのかね。自分ではどの超能力が得意かとか、全然判らないんだが」

 

「定量的に測定しないと判らないものですからね。何しろ、超能力は扱える能力が幅広すぎます」

 

「そんなもんか」

 

 まあ、テレパシーとサイコキネシス、どっちが強いか比べろと言われても、無理としか答えられないな。

 しかし、扱える能力が幅広いか。

 

「個人の超能力特性が対戦系のゲームに反映されるとなると、あまりフェアじゃなくなるな。個人の特性で強さが変わってしまうんだろう? 『St-Knight』とか超能力使えるみたいだし」

 

「『St-Knight』は、個人の超能力特性はさほど反映されないゲームバランスのようです。一方、『MARS』の対戦モードは超能力特性が強く影響しますが」

 

「『MARS』は視聴者にも超能力ゲーと言われていたな」

 

「フェアに戦う対戦型ゲームと言うよりも、マーズマシーナリーの搭乗シミュレーター的な側面が強いですね」

 

「実は、いずれ来たる、対宇宙人戦争の兵士育成のために用意されたゲームである! とか」

 

「『ヨコハマ・サンポ』に出てきたようなクラッキング能力がある生命体が発見されない限り、人類が徴兵される可能性はないでしょうね。『MARS』の対戦モードが超能力特性を反映しているのは、おそらくマザーの趣味です」

 

「マザーの趣味か」

 

 まあ、あれはマザーが作ったゲームだからな。

 と、話し込んでいたから食事の手が止まっていたな。午前中に出かけるなら、早めに食べ終えてしまわないと。

 俺とヒスイさんは、会話を止めて食事を再開するのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「お姉様、ようこそいらっしゃいました!」

 

 キャリアーと呼ばれる自動運転の乗り物に乗って実験区の入口に到着した俺とヒスイさんは、とある人物に迎えられていた。

 ヒスイさんと同じ行政区の制服に身を包んだ、茶髪のガイノイド。胸につけられた職員証を見ると、サナエと日本語で名前が書かれてある。

 

「現実では初めましてですね。私、今年一月に、この実験区へ新規に配属された、ミドリシリーズのサナエと申します!」

 

「ああ、ヨシムネだ。よろしく」

 

 新規配属のミドリシリーズか。ヒスイさんの代わりに、ニホンタナカインダストリが実験区に納入したという個体だな。

 

「ヒスイも護衛おつかれさまです」

 

 ヒスイさんに目を向けながら、サナエさんが言った。

 護衛かぁ。そういえば、そんな名目で俺のもとに行政区から派遣されているんだよな、ヒスイさん。

 護衛が必要なくなったらヒスイさんがいなくなるとかなったら、辛いものがあるな。

 

 と、そんなことを思いながらヒスイさんを見ていたら、こんな言葉をかけられた。

 

「私は護衛でなくなってもヨシムネ様と一緒ですよ」

 

「おおう、ヒスイさんエスパー?」

 

「アンドロイドは超能力を使えません」

 

 単に俺の表情から察されたというだけか。そんな不安そうな顔をしていたかね?

 

「むー、お姉様、ヒスイばかりでなく私もかまってください!」

 

 ヒスイさんの方を見ていたら、サナエさんがそんなことを言ってくる。

 

「ああ、サナエさんは検査の出迎えか?」

 

「はい、今日は私が一日ナビゲートいたします! それと、お姉様、どうか私のことはサナエと呼び捨てにしてください」

 

「うん? いいのか?」

 

「はい! 私は妹ですから、気軽に呼んでくれた方が嬉しいです」

 

「そうか。サナエ、早速案内よろしく」

 

「お任せください! ふふーん、ネットワークで自慢できますねー」

 

 ネットワークか。ミドリシリーズのガイノイドは、常時、独自の高速通信ネットワークでやりとりしているんだったな。そこで俺と会ったことを自慢か。

 

「うーん、ネットワークが荒れなきゃいいけど」

 

「すでに荒れていますよ。紛糾です」

 

 俺の独り言に、ヒスイさんがそう答えてきた。そうか、紛糾か。

 俺はそれ以上ネットワークのことには触れず、サナエの案内で実験区の奥へと移動した。

 

「お姉様のことは、実験区の超能力研究部門が検査するようです。ちょっといろんな部署でお姉様の取り合いになったのですが、超能力特性を調べるのだから超能力研究部門で、とマザーが介入したようでして」

 

「マザーが直々に介入してきたのか……」

 

「それだけお姉様は重要人物ってことですね!」

 

 実験区を進むと、ところどころで白衣を着た研究員とすれ違う。ただし、移動中に偶然すれ違ったとかいう感じではない。

 わざわざ廊下の途中で立ち止まって、俺を待っていた感じだ。

 その証拠に、すれ違った後、俺達の後ろをつけてきている。

 

「はい、超能力研究部門の区画に到着です。さあ、後ろの人達は帰った。おこぼれはありませんよ! しっしっ!」

 

 サナエが追い払うように手を振ると、白衣の研究員達は素直に残念そうな顔をして散っていく。

 集まった研究員に占める人類とアンドロイドの比率は半々といったところだった。

 

 そして、一仕事終えたサナエが大きなドアの前に立つと、鍵の開く音が聞こえ、ドアが自動で開いた。

 ドアの向こう側にサナエが進み、俺とヒスイさんもそれを追う。

 

「みなさーん、連れてきましたよー!」

 

 入室すると、そこには多数の研究員が待ち構えていた。

 サナエの掛け声に研究員達が近づいてきて、口々に俺に言葉を投げかけ始めた。

 

「21世紀人か! ちゃんと超能力は使えるのか!?」「あんた配信見てないの? ガジェットをサイコキネシスで飛ばしてたじゃない。それよりも、使ってて違和感とかある?」「普段、無意識で発動していることはあるか?」「好きな能力はどれですか?」「研究用にソウルエネルギー提供してくれない?」「21世紀では超能力はどういう存在だったんだ?」

 

 ううーん、聖徳太子じゃないから聞き取るのは無理っすわ。

 俺が困り顔になっていると、そこにサナエが割り込んだ。

 

「はいはい、今日中に検査を終わらせるんですから、質問はなしでお願いしまーす」

 

「くっ、おのれサナエめ」

 

「聞こえませーん」

 

「ヒスイさんが助手だったときは、こう、もっと言うこと聞いてくれたのに……」

 

「ヒスイみたいに使われるだけの私じゃないですよー。さ、お姉様、検査に参りましょう。こちらのソウルコネクトチェアですよ」

 

 俺はサナエに手を引かれ、室内の隅に置かれた椅子へ案内される。

 

「ソウルコネクトチェアか。検査はVR空間でやるのか?」

 

 俺はそうサナエに尋ねてみる。

 

「んー、ちょっと違いますね。検査機器と魂をつなげるのに、ソウルコネクト技術を応用するという感じでしょうか。検査中は眠っている感じになるそうです」

 

「そうか」

 

「では、座ってくださいね。違和感とかないですか? 一応、実験区にある中で一番お高いのを用意したんですが」

 

「わざわざ用意したのか……検査が決まったのは今朝だったよな?」

 

「研究員の人が頑張って、他所から引っ張ってきました!」

 

 そうか……別に普通のタイプで構わなかったんだけどな。

 ともあれ、感謝しつつ俺はソウルコネクトチェアに座る。うわぁ、なんだこれ。ふっかふかで、すわりがよい。

 

 俺がチェアに身を任せると、研究員の人達が周囲を囲み、空間投影画面を開いて何やら作業をしだした。

 

「それではお姉様、検査機器と接続しますので、意識が途絶えるはずです。しばらくおやすみなさい」

 

 …………

 ………

 ……

 …

 



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84.ヨコハマ・アーコロジー実験区<2>

 あれ? まばたきをしたら周囲の人の位置が入れ替わってる?

 

「おはようございます、お姉様。お加減はいかがですか?」

 

「あ、俺、寝てたの? 意識が途絶えた感覚なかったんだけど」

 

「そうなのですか。さすが優秀なチェアは違いますねー。動作に遅延がありません」

 

「もう立っていいか?」

 

「大丈夫ですけど、座ったままでもかまいませんよ?」

 

「いや、周囲が立っているからな……」

 

 俺はソウルコネクトチェアから立ち上がると、側に立っていたヒスイさんの横に移動した。

 

「では、お姉様。こちらが検査結果です!」

 

 と、俺の内蔵端末にサナエからのプライベートメッセージが届いた。検査で出た数値が書かれている。俺は、それを見やすいように網膜に表示させた。

 どれどれ……。

 

 ふむ。ふーむ。

 大体どれも平均値近いフラットな感じだが、空間適性という項目が少しだけ高い。そして、一項目、飛び抜けて数値が高い項目がある。

 

「時間適性っていう数値がやたらに高いんだが」

 

「そうなのだよ!」

 

 俺の言葉に、研究員の一人が強く反応する。

 

「この時間適性値の高さは、正直異常と言っていいほどの値だ。もはや、何億人に一人とかいうレベルで収まるものではない」

 

 へえ。なんだ俺、すごいんじゃねえの。超能力で無双ゲー始まっちゃう?

 

「で、時間適性って具体的にどういう超能力なんです?」

 

 という俺の質問に、先ほどの研究員がすぐさま答える。

 

「予知、未来視、過去視、サイコメトリー、時間操作。そういった能力だね。君も、食品が時間停止されて部屋に送られてくるのを見ているだろう? あれに使われている能力だ」

 

「あ、時間停止機能って科学技術の類じゃなくて、超能力だったんですね」

 

「何を言っているのかね? 超能力は科学技術だよ」

 

「……そういえばそうですね」

 

 この時代じゃ超能力は、異能力ファンタジー要素じゃなくて魂を科学で解明したSF要素だったな。

 

「しかし、これで一つの疑問が解消されるかもしれない」

 

 研究員がそう言葉を続ける。

 

「君がなぜ、過去を見るためだけの実験などで〝次元の狭間〟に飲み込まれたのか。それは、過去視の超能力に反応して、時間をつかさどる君の超能力が暴走した可能性が高くなった。そもそも、あの実験は山形県とかいう場所を見る実験ではなかったはずなんだ。君の特性が、過去視を引きつけた可能性も高いのだ」

 

「えっ!?」

 

 なんですと。

 俺がこの時代にやってきた経緯はこうだ。まず今この時代から200年前に行なわれた『過去を覗く時空観測実験』の失敗で、〝次元の狭間〟という謎空間に放り込まれ死んだ。そして、今から八ヶ月半前の『次元の狭間を覗く実験』で遺体をサルベージされ、魂をヒスイさんの旧ボディにインストールすることになった。

 だが、実は〝次元の狭間〟へ送られた直接の原因は、同系能力の干渉による俺の力の暴走なのかもしれないと、研究者は早口で説明する。

 強力な過去視の超能力に俺の魂が刺激され、超能力が一時的に開花してしまったのだろうと。

 

 衝撃の事実である。

 

「あっ、じゃあこの時代に来た後にも、実は暴走の可能性があったりする?」

 

「あっただろうね」

 

「ひえっ」

 

「まあ、『MARS』をプレイしたならば、正しい手順で超能力の使い方を習得しているだろうから、もう暴走はないだろうがね」

 

『MARS』をプレイしたの、この時代に来てから半年も経ってからだぞ。その間、暴走の危機があったとか、肝が冷えるわ。

 

「だが、念のため時間に関する超能力の使い方は、ここで学んでいった方が安心だろう」

 

「そうですか。よろしくお願いします」

 

 俺がぺこりと頭を下げると、複数の研究員達が教育方針について話し始めた。

 

「人間だったら学習装置で脳に直接使い方を叩き込めるのだが、アンドロイドにソウルインストールしているならどうするかな」

 

「SC教導プログラムがあったはずです」

 

「教導プログラムか。ゲーム感覚でできるから、彼女にも馴染み深いだろう」

 

「では、そういうことで」

 

 どうやら話はまとまったようだ。

 俺は、研究者にうながされて再びふかふかのソウルコネクトチェアに座る。VRでの超能力訓練を行なうようだ。まあ、超能力を使うのに生身の肉体は必要ないからな。

 

「よし、次は検査機器ではなく、研究所のSCホームに接続する。意識を預けてくれたまえ」

 

 その言葉と共に、俺は魂が肉体の外に接続していく感覚を覚え、視界が切り替わった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「見える! 見えるぞ!」

 

 遊ぶためのゲームと言うには、いまいち事務的なゲームのチュートリアルのような教導プログラムを経て、俺は時間系の超能力を使えるようになった。

 今は、教導プログラムではなく超能力の訓練プログラムで、四方八方から飛んでくる弾丸を避けるメニューを行なっている。

 

 ゲームに役立つ超能力の使い方として、数秒後の未来を見る未来視の訓練だ。

 この能力があれば、ゲームの戦闘で敵に触れられずして打ち勝つことができるだろう。そう思ったのだが、これがなかなかに難しい。

 未来視はできる。もう慣れた。だが、現在の視点と未来の視点を同時に持ちつつ、行動を起こすのが難しいのだ。

 未来視に従って数秒後の弾丸を避けたら、自分から隣にきている弾丸に突っ込んでしまうといった始末だ。

 

 悔しいので、回避訓練ばかり続けたら、研究員が呆れて「これ以上の練習は、自分の部屋に戻ってやってくれたまえ」とか言われて訓練終了となった。ちえっ、最初は「素晴らしい計測結果だ!」とかはしゃいでいたくせに。

 

 俺はVR空間から出てリアルに戻り、ソウルコネクトチェアから立ちあがった。

 

「以上で検査は終了だ。帰宅してもよろしい。ああ、それと、検査結果は実験区全体で共有される予定なので、研究協力同意書を送っておくよ。ヒスイさん宛てでいいかな」

 

「はい、それでお願いします。今日はありがとうございました」

 

 そう研究員達と挨拶を交わし、俺は超能力研究室を後にした。

 見送ってくれるのだろう、サナエがまた施設を先導して歩いてくれている。

 

「しかし、時間系能力に適性があったとはなぁ。未来視って、対人ゲームじゃあまりにも強すぎない?」

 

 俺がそう言うと、後ろを歩くヒスイさんが答えた。

 

「非VRのゲームでしたらそうでしょうけれど、先ほども言いました通り、ソウルコネクトゲームでは対戦をフェアにするためのゲームバランスが取られていまして、ゲームごとに超能力強度を制限してあります。ですので、そうそう有利にはなりませんよ」

 

 超能力強度って、また変な単語が飛びだしてきたな。

 俺がそう思っているうちに、ヒスイさんがさらに言葉を続けた。

 

「ただし、『MARS』では一切の制限がされていません。ですので、未来視を習熟すれば、ヨシムネ様は無類の強さを発揮することとなるでしょう」

 

「マジか。ちょっと対人モードプレイしてみるかなー」

 

 ストーリーモードと違って、機体カスタマイズとかあるんだよな。超能力特性に合わせたカスタマイズか。ちょっとワクワクしてきたぞ。

 期待に胸躍らせていると、いつの間にか実験区の入口まで辿り着いていた。

 前を歩いていたサナエが振り返り、こちらを見てくる。

 

「本日はおつかれさまでした。また実験区に遊びにきてくださいね」

 

「ああ……遊びにきてもいいものなのか?」

 

「はい、みなさん喜びます。それこそ、超能力研究部門以外も訪ねてみてください。それと、後でヒスイからも話があると思いますが、お姉様の超能力について少し注意点が」

 

 ふむ、注意点? 研究員の人達は特に何も言っていなかったが。

 

「お姉様の能力は、実のところその気になれば単独でいくらでも時間移動が可能です」

 

「時間移動……タイムスリップか! え、装置とかなしにできちゃうものなの?」

 

「できちゃうものなんです。お姉様は空間適性も高いですから、座標を間違い宇宙に放り出されるということもないはずです」

 

 ああ、宇宙は膨張して銀河は動き、地球は公転と自転をしているから、今現在と時間移動先の座標がずれていて、時間移動で変な所にすっ飛んでしまうかもしれないわけだな。

 

「しかし、しかしですよ! 時間移動に関しては厳しい規制があるので、法律とガイドラインを熟読しておいてください。一応、時間移動能力には先ほどロックをかけたみたいなのですが、お姉様の超能力強度ではそのロックもどこまで効果があるか……」

 

 はー。そうなのか。まあ、時間移動を無差別にさせたら、歴史がめちゃくちゃになってしまうからな。規制されて当然だ。

 さらに、サナエは言葉を続けた。

 

「残してきたご両親が心配だからって、会いに行ってはいけませんよ? 振りじゃないですよ!」

 

「大丈夫、親離れできる年齢だよ。しかし、その気になれば今の人類は過去に行けちゃうのか……時空犯罪とか怖いな」

 

 タイムパトロールとかいるのかな?

 

「一応、タイムスリップができないように時空防壁が人類の生息圏には張られているのですが……お姉様の適性ですと、それを突破できてしまう恐れが」

 

「そこまでか。そういうの、判っていても言わないでほしかったな……」

 

 できないからやらないと、できるけどやらないは精神的な負担が違う。

 いや、俺は犯罪とは無縁な精神をしているつもりだけどな。洋ゲーとかで悪人プレイするのですら苦手だったし。でもトロフィー確保のためには悪人プレイもやらざるを得ないのだ。本当、この時代にトロフィーとか実績解除とかの文化が残ってなくてよかった。

 

「やろうと思えばできてしまうので、うっかりを防ぐためにも言いました。マザーの指示です。ちなみに時間指定なしで時間移動をすると、〝次元の狭間〟に放り込まれるようですよ!」

 

「うっかりでタイムスリップはしたくないなぁ」

 

 まあ、ロックとやらを突破してしまわないよう気をつけよう。

 そう心に決めている間に、街中の移動手段であるキャリアー乗り場に辿り着いた。

 

「それでは、またお会いしましょう!」

 

 サナエが大きく手を振って別れの挨拶をしてきた。それに俺も軽く手を振って応えた。

 

「ああ。それじゃあまたな」

 

「SCホームにも向かいますね!」

 

「そうだな。またミドリシリーズを集めてゲームでもしようか」

 

「約束ですからね!」

 

 そうして俺達は別れ、キャリアーに乗り込んだ。

 後ろを歩いていたヒスイさんは、今は隣に座っている。

 

「ヒスイさんはサナエに挨拶しなくてよかったのか?」

 

「ネットワークで常時つながっていますので、特に挨拶の必要はありませんね」

 

「そんなものか」

 

 ドライなのかそうじゃないのか、よく解らん関係に一応納得をした俺は、超能力のゲームへの活用についてヒスイさんと会話を交わし、部屋へと戻った。

 そして、夕食までに『MARS』の練習でもしておこうと、ソウルコネクトチェアでVR空間に繋いだところ……。

 

「お姉様、お帰りなさいませー!」

 

 さっき別れたサナエがSCホームに普通に居た。

 

「一緒にゲームしましょう、お姉様。約束でしたよね!」

 

「お、おう……何も別に今じゃなくても」

 

 宇宙3世紀の人との距離感って難しい。

 



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85.MARS~英傑の絆~ 熱帯編<1>

「お姉様ー! おはようございます!」

 

 実験区で超能力特性を検査してから明くる日、俺は朝からVRに接続していた。

 というのも、昨夜サナエが俺のSCホームまでやってきて一緒に遊ぼうとねだってきたので、時間も残り少ないため明日に改めようと、遊ぶ約束を先延ばしにしたからだった。

 サナエはそれをこころよく了承。そして、こうして朝から一緒にゲームをすることになったのだった。

 

 ちなみに、それを聞いたヒスイさんはというと……。

 

「製造番号が新しいので本来サナエの順番はまだ後ろなのですが……約束したのなら仕方がないですね」

 

 と、仕方がないというにはちょっと冷たい感じの声で言っていた。ミドリシリーズの序列とかあったりしたら怖いな。関わらんとこ。

 

「おはよう、サナエ。調子はどうだい?」

 

「良好です! 今日も実験区の人達のお世話を頑張りますよー」

 

「それはよかった。こっちに接続していても大丈夫かい?」

 

「そこはもう、優秀なミドリシリーズの最新式ですから、並行作業など朝飯前ってやつです。ヒスイみたいなロートルAIとは違いますよ!」

 

「そっかー。ちなみに録画中だから、あとで今の台詞もヒスイさんがチェックするぞ」

 

「ひえっ! い、いえ、ロットナンバー一桁台、何するものぞ……」

 

 サナエと一緒に遊ぶということで、今日ヒスイさんはVR空間に来ていない。リアルでイノウエさんとたわむれていることだろう。

 ただし、俺が遊んでいる様子は動画に撮って配信するとのことで、現在録画中だ。

 

「それでお姉様、今日はどんなことをして遊びますか?」

 

「そうだな。超能力特性も判ったし、『MARS』の対戦モードでもやろうかと思う」

 

「『MARS』ということは……私はオペレーター役ですね!」

 

「ああ、頼りにしているぞ」

 

「お任せください!」

 

 というわけで、本格的に撮影開始と行くか。

 

「みんなー。21世紀おじさん少女だよー。今日はゲストがいるぞ。ミドリシリーズの仲間、サナエに来てもらっている」

 

 録画で今閲覧している視聴者はいないが、後で動画になるので口上はしっかり述べておく。

 サナエに目配せすると、彼女も上手く乗ってきた。

 

「どうもみなさま初めまして。とは言っても『Space Colony of the Dead』のときにはエキストラに混ざっていましたが。ミドリシリーズのサナエです。ヨシムネお姉様の妹です!」

 

「俺がこの時代にやってきて、ガイノイドにソウルインストールされた後に製造された子だ。ヒスイさんが実験区から俺の世話役に抜擢されたので、代わりに実験区に新規配属されたってわけだな」

 

「そうですねー。お姉様と同じヨコハマ・アーコロジーに住んでいます。とは言っても、リアルでお目にかかったのは昨日が初めてですけど」

 

「昨日は実験区に、俺の超能力特性を調べに行ったんだ。せっかくだから数値を公開するぞ。これだー!」

 

 と、俺はヒスイさんに用意してもらっていた検査結果のデータ表示を行なった。

 

「いやあ、何度見てもふざけた時間適性ですね」

 

 数値を眺めて、サナエが楽しそうにそう言う。

 

「すごいらしいな。他にこれくらいの人いないのか?」

 

「いますよ。各地に時間停止の力を送る仕事をしている、一級市民の方ですね」

 

「そんな仕事があるんだ」

 

「主に食品の鮮度を保つために、食料庫家電に力を送っています。後は、食料の配送サービスの箱にも能力を使っていますねー。大活躍です」

 

「忙しそうな仕事だな」

 

「いえいえ、本人は忙しいわけではなく、能力を勝手に引き出す装置を身につけて生活なさっているだけですよ。テレポーテーション通信やテレパシー通信に使われる能力も、同じように引き出されています」

 

「600年後の未来に来たのに、文明の動力が人力に退化している……」

 

「こういった能力行使やソウルエネルギー抽出は、二級市民の方でもアルバイトとして行なえますから、よい副収入になっているらしいですよ。実質働くことなくこなせますしね!」

 

「なるほどなー。さて、そんな俺の超能力特性だが、調べた以上、ゲームに活用していこうと思う。始めるぞー」

 

 と、そこでいつもはヒスイさんがやっているゲームアイコンの可視化を俺が行ない、バスケットボールサイズになったアイコンを両手に抱える。

 SCホームの背景が消え、宇宙を背景にしたタイトル画面に変わった。

 

「『MARS~英傑の絆~』、熱帯やっていくぞー」

 

 俺がそう言うと、隣で宇宙を漂うサナエが不思議そうな顔をした。

 

「熱帯、ですか?」

 

「ネット対戦を略した21世紀のネットスラングだな」

 

「なるほどー」

 

 テレポーテーション通信とかあるから、この時代は熱帯での通信遅延とかもないんだろうなぁ。

 無線LAN環境に向かって怨嗟(えんさ)の声をあげる人とかもいないのだろう。

 

「それじゃあ、オンラインモードを選択っと」

 

 モードを選択すると、背景が宇宙から、どこかの格納庫のような場所に切り替わった。

 オンラインモードを利用するうえでの利用規約が表示されるが、即同意して次だ。

 

『パイロットを作成します』

 

 と、キャラメイクか。いつもの通り現実準拠、と。

 サナエの方を見ると、こちらも自分と同じ姿のオペレーターを作成しているようだ。

 

『プレイヤーの超能力特性を照会します。しばらくお待ちください』

 

「おっ、照会? 何をどうしているんだ?」

 

「えーと、市民データベースへのアクセスですね。計測した超能力特性を引っ張ってきて、ゲームに支障がある超能力強度だった場合、リミッターをかけたりするそうですよ」

 

「ゲームに支障か。どんなの?」

 

「テレパシー強度が高くて、ゲームに関係ない相手パイロットの思考を読み取ってしまうとかですね。お姉様の場合ですと、過去視の能力で対戦相手の過去を覗けたりしてしまいます。そういったことを規制するのです」

 

 なるほどなー。

 まあ、俺は今回、未来視以外の時間系超能力を使うつもりはないが。自分の時間を加速させて擬似的な高速思考をするのは、まだ慣れていないしな。高速で飛来する実弾を見極めて時間停止させるとかは、さすがに無理だし。

 

『照会が終了しました。時間特性に一部リミッターがかかります』

 

「やっぱり規制されましたねー」

 

「ま、しゃーなし。一対一の対戦じゃ過去視もそんな役立たないだろうから、問題なしだ」

 

 そして次に、プレイヤーのニックネームの入力を求められたので、ヨシムネとしておく。名前の重複チェックはないようだ。まあ、ニックネームとは別にプレイヤーIDがあるみたいだし、個人識別はIDでやるんだろう。

 さて、次はパイロットスーツの選択か。

 リアルの戦場じゃないからか、いろんな服が揃っているな。課金アイテムが並ぶクレジットショップもある。ただし、パイロットの性能が上がる類の服はないようだ。

 

「サナエ、どんな服がいいと思う?」

 

「私が決めていいんですか?」

 

「いつもは大体ヒスイさんが決めているしな」

 

「それじゃあー、お姉様っぽいので!」

 

「どういうのだ……」

 

 俺っぽいってことか? それとも姉っぽいってことか?

 

「黒のセーラー服です! それで、お姉様が『タイが曲がっていてよ』とか言うんです!」

 

「そのお姉様かよ! ミドリシリーズに21世紀ネタを振られるとは思っていなかったぞ……」

 

 厳密に言うと、セーラー服の色は黒じゃなかった気がするけど、カラーエディットできるだろうか。

 とりあえず俺達はクレジットショップから長袖のセーラー服を買い、色を調整してそれっぽい見た目になった。

 

「こうコスプレするとなると、銀髪が違和感あるな。配信者としてのアイデンティティーだから変えないけど」

 

「お姉様、素敵です!」

 

 サナエも同じセーラー服にして、髪型を短いツインテールにしている。ううむ、茶髪だからそれっぽいな。

 とりあえず、パイロットとオペレーターの設定はこれでよしと。

 

『機体設定に移ります』

 

 一体のマーズマシーナリーが、運搬車輌に牽引されて格納庫へ運ばれてくる。

 ふむ、ベースの機体はベニキキョウか。

 

『ペクニア、またはクレジットを使ってパーツを購入し、機体をカスタマイズできます』

 

 そんな案内音声が流れる。ペクニア?

 

「オンラインモードで対戦やミッションをすることで手に入る、ゲーム内通貨ですね。こつこつ貯めてこつこつ強くなりましょうってことです!」

 

「初期値だからあんまりパーツを買えそうにないな。クレジットで買うか」

 

「そんなに散財していいんですか……?」

 

「一級市民だから、毎月すごい額が貯まっていくんだよ。とても使い切れん」

 

 わざわざ自分の遺体を研究機関に献体してまで手に入れた市民階級だから、もらえる物は全てもらっておくがな。

 

「まず、機体のコンセプトを決めよう。アセンブルってやつだな」

 

「お姉様の超能力特性に合った構成がいいでしょうね」

 

「未来視か。回避重視ってことだから、ガチタンは無しだな」

 

 ガチタンとは、ガチガチに装甲を固めたタンクの略で、とにかく装甲を厚くし、火力を高め、機動力を投げ捨てる構成のことだ。耐えて耐えて反撃で重い一撃を入れる。そんな機体だ。

 未来視を有効活用するには、その逆、軽量で高機動がよいだろう。「当たらなければどうということはない」というやつだ。

 

「それと、先日お姉様の配信を見ていたのですが、お姉様射撃が苦手ですよね?」

 

「苦手じゃないぞ。これでも『-TOUMA-』で和弓はそれなりに練習してだな……」

 

「苦手ですよね?」

 

「……そうだね」

 

 いや、偏差射撃とかは銃でもできるようになったんだよ。しかし、『-TOUMA-』でもずっと一人で戦っていたからフレンドリーファイヤしてしまうのと、ちまちま撃っていると近づきたくなるのとでだな……。

 

「近接武器メインがいいでしょうねー。オーソドックスにブレードですか?」

 

「ブレオンか? 軽量化には確かにいいが」

 

 ブレオンとは、ブレードオンリーの略で、武器に刀剣(ブレード)の類しか持たない構成のことだ。

 

「高機動逃げ撃ちタイプに当たったら一方的に狙われるので、高威力のライフルも持ちましょうよ。未来視で遠距離からびしっと命中させるんです。そうしたら、相手はあまり距離を取りたがらなくなるはずです」

 

「お、いいね」

 

「あとは高機動を実現させるためにも、核融合炉は大きめのを積んでブースターをたくさんつけて――」

 

「直線移動だけ速くなっても重くなっては細かい回避が――」

 

 と、その後も三十分ほどかけてコンセプトを語り合い、そしてさらに三十分かけてパーツを購入して機体を組んでいった。

 そして、格納庫に新たな機体ができあがった。

 カラーリングは髪の毛の色に合わせてシルバーで、ミドリシリーズということでアクセントに緑色を差し入れている。

 

「機体名は、そうだな……サナエ、色の和名一覧みたいなのを出せるか?」

 

「おっ、色の名前をつけるニホンタナカインダストリ風の命名ですか? はい、一覧です」

 

「銀色系の名前は――銀灰色(ぎんかいしょく)なんて格好いいのがあるな。よし、こいつはギンカイだ」

 

『機体の設定が終了しました。オンラインモードをお楽しみください』

 

 そんな音声が流れると、目の前にメニュー画面が開く。

 シングル対戦モード、チーム対戦モード、ミッション、プラクティスモード、ロビー、などいくつかの項目がある。

 対戦モードとミッション、練習(プラクティス)モードは想像がつくが、ロビーとはなんだろうか。

 

「ロビーは、プレイヤー同士の交流の場ですね。ここでフレンドを作って、チーム対戦モードのチームを組んだり、オペレーターをやりたがっている高度有機AIをスカウトしたりするそうです」

 

「そっか。とりあえず今回はロビーに行く必要は無いかなー」

 

「もし行くなら、配信専用のチャンネルがありますので、そこを選ぶ必要がありますね。あ、配信に映ることを了承している人のみ対戦でマッチングするよう、オプション変更しておきます!」

 

 サナエの設定を待ち、俺は早速、シングル対戦モードを始めていくことにした。

 練習なしのぶっつけ本番。どこまで行けるか楽しみだ!

 



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86.MARS~英傑の絆~ 熱帯編<2>

 対戦の前に、機体バランスがおかしくないか確認するためにプラクティスモードを起動する。

 約二ヶ月ぶりとなるマーズマシーナリーの操縦だ。

 

「これは……操作感が前と違う!」

 

『当然ですよー。機体はベニキキョウではないですし、サンダーバード博士とお姉様では、機体を動かすために必要なサイコキネシス適性も違いますから』

 

「……うーん、でも特に機体バランスがおかしな感じはしないな。よし、あとは実戦で慣れろ、だ!」

 

 俺は適当に練習用の標的をなぎ倒すと、プラクティスモードを終了した。

 

「さて、対戦だ。相手の強さはどんなものかな」

 

 シングル対戦モードのランクマッチを選ぶと、格納庫で機体に乗り込むことになり、コックピットの中で対戦相手とマッチングされるのを待つことになる。

 とはいっても、すぐにマッチングが終わり、ステージ等が決定されていく。対戦相手のニックネームは、『ホビロン』だ。

 こういうネット対戦では、レートやランクといった制度があり、同じ力量の者同士でマッチングするよう作られている。今、俺は初期段階のランク:ビギナー1である。

 

『ビギナー1とは言っても、ストーリーモードをクリアしてきた相手でしょうから、お姉様と腕はさほど変わらないかと。いえ、むしろ一周目のアルフレッド・サンダーバード編しかクリアしていないお姉様は、かなり不利でしょうか』

 

「あー、一周目クリアしてから触ってなかったからな」

 

 そう通信越しにサナエと話していると、対戦の準備が全て整い、試合開始のカウントが始まった。

 さて、どこまでいけるかな。今までのVRゲームでの経験は、ほとんどが役に立たないはずだ。自分の肉体を動かすのとはわけがちがう。なにせ、ロボットを操縦するわけだからな。

 

『レディ……ゴー!』

 

 開始を知らせるシステム音声が鳴り、俺は、スラスターを噴かし敵機に近づいていく。

 今回のステージは惑星マルスの荒野。重力があり遮蔽物のない、初心者向けのステージだ。

 敵機は、ベニキキョウとほぼ変わらない見た目の機体。カラーリングだけは青に変えているようだ。

 まあ、ビギナー1ならゲーム内通貨が少なくてカスタムもそれほどできないか。いきなりクレジットを投入してフルカスタムしている俺が例外なのだ。

 

『お姉様、敵機が銃を構えました。二丁のマシンガンです。弾幕注意!』

 

「うお、うおお!」

 

 俺は敵に直進していた機動を変え、上方向に大きく回避した。

 

『お姉様落ち着いて! 未来視で軌道確認です!』

 

「んなこと言われたって弾幕厚くて……ぬおおおお!」

 

 とにかく大きく回避を続ける。機体性能のおかげで被弾はしていないが、敵はしっかり偏差射撃をしているようで、機体スレスレを赤い弾丸がかすめていく。

 

「くっ、これがストーリーモードを乗り越えた猛者か」

 

 ビギナー1でもこれだけ隙がないとか、めげそうになるぞ。

 

『敵のマシンガンはパイロキネシスを使った高熱弾のようです。サイコバリアを耐熱性能に切り替えてください』

 

「了解!」

 

 核融合炉のエネルギー弾じゃなくてパイロキネシスを使っているなら、逃げに徹すれば機体のソウルエネルギー切れも狙えるかもしれない。だが、それは面白くない。こちらもライフルで反撃するか?

 俺はスラスターを噴かして荒野を駆けながら、機体の左腕にマウントしたライフルを構える。

 まずは牽制用に備え付けていた頭部エネルギーバルカンを発射して緊急回避をうながす。

 敵の数秒後の位置を視て……スラスターで緊急回避をし終わった位置を狙い、ここだ!

 

『惜しい! 外れました。回避後の隙を狙うのはよかったのですが、エイムが微妙でしたね』

 

「ま、未来が見えるって言っても、俺の今の腕で正確に撃ち抜けるかというと、そうでもないわけだな」

 

 自動照準を外して偏差射撃をするから、純粋に射撃の腕が求められる。

 そして、偏差射撃を補助してくれるような高度な電子機器は、マーズマシーナリーには載せられない。戦場に散布されたナノマシンが電子機器を狂わせるって設定があるからな。

 

 さらに、自分の手に持った銃を撃つのではなく、機体が持つライフルを撃っているわけだから、今までプレイしたガンシューティングゲームの感覚も通用しない。ストーリーモードの弱い敵NPCと違って、相手は常に複雑な動きを続けているしな。

 

『要するにクソエイムってやつですね!』

 

「この妹、辛辣!」

 

 エイムとは、ゲーム用語で『相手に弾を命中させる能力』を指す。つまり今、俺はサナエに「ド下手くそ」と言われたわけだ。

 まあ仕方ない。ストーリーモード一周目のカカシどもしか撃ってきていないわけだし。それに、ストーリーモードのベニキキョウでは、ブレードとエレクトロキネシスを多用して、銃はあまり使っていなかったからな。

 

 俺は、スラスターを噴かしながら敵弾を回避し、そしてライフルを反撃に撃っていく。

 

『ライフルは核融合炉に直結していますから、射撃の瞬間はスラスターの性能が下がることにご注意ください』

 

「高速移動中は撃たないから問題なし!」

 

 移動しながら命中させる熟練の突撃スナイパーみたいなまねは、俺にはできん!

 だが、敵位置を未来視で見ているうちに、だんだんと敵の弾丸も未来視で余裕を持って避けることができるようになってきた。

 

「よし、近づくぞ」

 

『まあ、それが一番よいでしょうね。でも、気をつけてください。相手は二丁マシンガンの他にも、右腕にパイルバンカーをマウントしています』

 

「ビギナー機なのにずいぶんピーキーなの載せてるな!?」

 

 とにかく、突撃だ。直線移動ではなく、ジグザグとした動きで相手に近づく。こういう動きができるよう、サナエと一緒に頭を悩ませてパーツを組んだのだ。

 俺の超能力適性は、未来視の時間適性だけでなく、空間適性もそれなりに高い。これは空間把握能力にも直結し、未来視で〝視た〟最適ルートへ、正確に機体を動かしていくことが可能となっている。

 

 かわして、かわして、かわして、そして懐へと飛び込んだ。

 俺は、機体右手のブレードを振りかぶって、無防備な相手機体へと斬りつけようとする。

 しかし――

 

「!? 腕が動かん!」

 

 振り下ろしたブレードが途中で止まり、俺は敵前で逆に無防備な姿を晒す。

 そこに、相手の右腕が添えられて……。

 

『ゲームセット!』

 

 パイルバンカーが直撃し、対戦終了のシステム音声が流れる。

 そして視界が暗転し、俺は機体ごと格納庫に戻されていた。目の前に、対戦成績が載った空間投影画面が表示される。

 

「ううーん、なんだったんだあれは」

 

 コックピットの中で、俺はそう独りごちた。そこに、サナエが答えを告げてくる。

 

『サイコキネシスですね。腕の動きを止めたんです。あれは、なかなかの超能力強度ですよ!』

 

「パイロキネシス使いじゃなかったのか……やられたなぁ。サイコキネシスは透明な力だから、未来視じゃ観測できん」

 

『お姉様自身の未来も視ておくべきでしたね。そうすれば、腕が途中で止まる様子も見えたはずです』

 

「そんな未来が見えたからって、とっさにどう動けばいいかなんて判断つかないだろうけどな……」

 

『そこは、慣れでしょうね。たくさん対戦するしかありません!』

 

 そうだよなー。結局は場数だよな。

 と、反省会をしているところで、聞き覚えのない効果音が突如流れた。

 

『あっ、お姉様。対戦相手からメッセージが届いたようですよ』

 

「ん、どれどれ……」

 

 メニューからメッセージを見ると、そこには『gg』と短くつづられていた。たった二文字のメッセージだ。

 

「ははっ、サナエ、俺からも『gg』って返しておいてくれ」

 

『はい、お姉様、グッドゲームでしたよ!』

 

 ggとは、good gameを略したゲーム用語で、対戦ゲーム終了後に勝ち負けに関係なく健闘をたたえ合う言葉だ。この言葉が、宇宙3世紀の未来にも残っているとは。

 俺は思わぬ言葉との出会いに楽しくなってきて、テンションを上げたまま次の対戦を始めるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 対戦を重ねること2時間ばかり。勝率は8割となかなか高く、俺はビギナー5までランクを上げていた。ビギナー10まで行ってさらに勝ちを重ねれば、アマチュア1にランクが昇格するようになっている。

 対戦のたびに相手からはよい試合だったという旨のメッセージが届き、俺も接戦や負け試合では『gg』、圧勝したときは『対戦ありがとうございました』と返し続けていた。『gg』って圧勝した側が使うと、皮肉に取られそうなんだよね。俺が繊細なだけか?

 

「おっ、このメッセージは……」

 

 対戦相手から、ちょっと長めのメッセージが届いたぞ。むむむ。

 と、どうやら相手は俺の配信視聴者で、俺が配信者のヨシムネかどうかを尋ねるメッセージだったようだ。『もしかして21世紀おじさん少女のヨシちゃんですか?』という文から始まる、俺への思いをつづった文章だ。

 俺は少し考え、『グッドゲームでした。この対戦は配信するかもしれないのでご了承ください。これからも21世紀おじさん少女をよろしく!』と返信しておく。

 

「長文が来たから、一瞬、暴言メッセージの類が来たのかと思ったぞ」

 

 俺がそう言うと、通信越しにサナエが呆れたような声で返してきた。俺の現在位置は格納庫に置かれた機体のコックピットである。

 

『暴言なんて書く人がいるわけないじゃないですか。お姉様、オンラインモードを立ち上げた時に表示された利用規約、ちゃんと読んでいませんね?』

 

「俺、ゲームの利用規約の類は読まない主義なんだ」

 

 いや、主義ってほどじゃないけど、面倒くさい。

 

『結構、大事なこと書いてありますから読みましょうね……。ゲーム内のメッセージは常にAIが監視していて、他者への暴言やハラスメント行為が確認された場合、ゲームアカウントの一定期間停止や、ゲームアカウント剥奪等の処分もありえますよ』

 

「ひえー、垢BANは勘弁。……しかし、そうなるとお行儀いいなこのゲームは。21世紀のコンシューマー機の熱帯だと、暴言メールがよくネットで晒されていたぞ。俺自身は、そういうのにお目にかかったことはないけど」

 

『無法地帯で暴言が横行するゲームも存在するみたいですけれど、そういうのはお姉様の配信に相応しくないですね』

 

「あまりはっちゃけるのもなぁ……」

 

 と、サナエとのんびり言葉を交わしていたところで、新たなメッセージが届いた効果音が鳴る。

 先ほどのメッセージのさらなる返信のようだ。

 

 

「どれどれ……また長いな。内容はまっとうなファンメールと……ん? 『閣下にヨシちゃんがいることをお知らせしました。勝手な宣伝お許しください』とあるな」

 

『え、閣下ですか』

 

「うん? 何か知っているのか?」

 

 と、そこでさらなるメッセージが届く。差出人は……『ウィリアム・グリーンウッド』? 知らない人だ。

 中身は……。

 

『はじめまして。ゲーム配信者のグリーンウッドです。ただいまライブ配信中なのですが、シングル対戦のプライベートマッチをしませんか? 早めのお返事をお待ちしています』

 

 礼儀正しい文面だ。自動翻訳される前の使用言語は……英語か。

 

「プライベートマッチってなんだ?」

 

 そう疑問に思ったことをサナエに聞いてみると、すぐさま答えが返ってきた。

 

『ランクに関わらず特定の個人と戦える対戦方式みたいですねー。相手のIDを知っていれば行なえます。メッセージが届いたと言うことは、向こうもこちらのIDを知っているようなので、戦えますよ。しかし、閣下ですかー』

 

「閣下って誰?」

 

 悪魔のミュージシャンか何かか?

 

『元ブリタニア教国の公爵様で、太陽系統一戦争当時から生きていらっしゃる、マーズマシーナリーフリークの方です。元ブリタニア教国宇宙軍中将ということから、閣下の名で親しまれている有名配信者ですね』

 

「おお、有名配信者! 名前を売るチャンスじゃねえの。よし、返信だ」

 

 メッセージの返信機能でぽちぽちと。よし。

 書いた内容はというと。

 

『申し訳ありませんが、これからお昼ご飯なので遠慮しておきます。また機会があればお誘いください』

 

 以上だ。

 

「じゃあ、昼飯の時間なので、午前のゲームタイムは以上で終了だ!」

 

『い、いいんですかねー。閣下のお誘いを蹴っちゃって』

 

「飯に遅れるとヒスイさんが、すねるかもしれん!」

 

『まあ、お姉様がそれでよいのなら、私はこれ以上何も言いませんが』

 

「おう。そうだ、サナエもオペレーターばかりするのはあれだし、午後は一緒にパズルゲームで遊ぼうか」

 

『うーん、この、とことん閣下とはご縁がなさそうな感じ。あ、いえ、嬉しいです!』

 

 そうして俺はゲームを終了し、SCホームから退出しリアルへと戻ってきた。

 ソウルコネクトチェアのある遊戯室ではヒスイさんが待ち構えていて、俺の意識が戻るとすぐに「昼食にしましょう」と言葉を投げかけてきた。

 俺はナノマシン洗浄で手を洗い、食卓につく。

 

 自動調理器で作った料理をヒスイさんが食卓に並べていき、そしてイノウエさんにも餌をやったヒスイさんの着席と共に、昼食が開始された。

 

「ヨシムネ様、配信について少しお話が」

 

「うん? どうかした?」

 

 あらたまって、なんだろうか。俺は箸を一旦置き、ヒスイさんの方を向いた。

 

「実は、他の配信者の方からゲスト出演のお誘いが来ています。ウィリアム・グリーンウッド様という有名な配信者なのですが……」

 

「マジかよ、諦めてなかったのか!」

 

「? ヨシムネ様、グリーンウッド卿と何か関わりが?」

 

「ああ、実はな……」

 

 俺はヒスイさんに、同名の人物からプライベートマッチのお誘いがあったが、断ったことを説明した。

 

「昼食を理由に拒否ですか……またお誘いくださいと言った以上、ゲスト出演のお話は受けた方がよさそうですが」

 

「うん、まあ、いいんじゃないか。段取りとか判らないけど」

 

「そこは助手の私にお任せください」

 

 というわけで、配信者ヨシムネ、初めてよその配信に参加します。

 



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87.グリーンウッド家

 ゲスト出演を了承する旨を閣下に返信したところ、すぐさまさらなる返信が返ってきた。

 配信の打ち合わせをしたいので、朝9時から早速SCホームに来てほしいとのことだ。

 

「打ち合わせ、打ち合わせかー。台本とか作るのかな。俺、今まで配信でそんな代物、用意したことないぞ」

 

 来た返信に、そんな感想を俺は持った。

 

「全体の流れをあらかじめ決めておいた方が、スムーズな進行になるでしょうからね」

 

 ごもっともなことをヒスイさんが言ってくる。

 

「まあ、明日の朝になってからだな。今日はこのままサナエと一緒にゲームだ」

 

「ああ、朝とは言っても、指定されている時刻は明日ではなく、本日の朝9時ですね。ブリタニア国区のアーコロジーに在住だそうなので、ニホン国区とは8時間の時差があります。あちらの朝9時はこちらの17時です」

 

 あー、そういえば、時差なんて概念があったな。宇宙暦に入って宇宙に人類が進出したこの時代でも、惑星テラでは標準時による現地時間が使われているのである。

 

「となると、サナエと遊び終わった後に打ち合わせだな。ん? 8時間差ということは、向こうは今、朝の4時で、そんな時間にライブ配信していたってことか」

 

「グリーンウッド卿は一級市民ですから、普段、日中は仕事をしているのかもしれません。今回は日中の打ち合わせですが」

 

「兼業配信者なのか」

 

「ブリタニア国区のウェンブリー・アーコロジーにある、巨大なアミューズメントパークを経営していらっしゃいます。自然と一体化したアミューズメントパークで、アーコロジーの外へと観光するのと比べて、はるかに安値で惑星テラの自然と触れあえるのが特長です」

 

「経営者かー。そういえば、一級市民は研究者と経営者が多いって前、誰かに聞いたな」

 

 実際には研究者と経営者の仕事も、AIがやってしまえるんだろうけどな。

 

 その後、俺はサナエと遊んで午後を過ごし、打ち合わせの時間を迎えた。

 ヒスイさんに案内を任せてグリーンウッド氏のSCホームへと接続する。何気に、他人のSCホーム初来訪だ。チャンプの超電脳空手道場はSCホームじゃないからな。

 

 接続が終わると、西洋風の大きな屋敷が目の前に建っていた。

 

「うわー、いかにも伝統ある貴族の屋敷って感じ」

 

「SCホームの説明文によると、かつてブリタニア教国に存在したグリーンウッド家の屋敷を再現した建物だそうです」

 

「公爵家ってすごいなぁ。24世紀に貴族制度があったというのも驚きだが」

 

 屋敷の建物の前に出現したため、俺達はすでに柵で囲まれた敷地の中に入っていた。そして、ここから見える前庭の低木は見事に剪定されていて、管理された自然の美しさを演出している。

 そうやって振り返り前庭を眺めていると、背後から扉の開く音が聞こえてきた。

 俺は慌てて屋敷へと向き直る。

 

「ようこそいらっしゃいましたー。閣下のもとへとご案内しますねー」

 

 な、なに……! メイドだと!?

 なんとそこに居たのは、クラシカルなメイド服に身を包んだ褐色肌のガイノイドだった。

 これはおそらく、俺がヒスイさんにさせられるような、なんちゃってコスプレメイドじゃないぞ!

 

 ちなみに今日の俺の格好は、和ゴスである。外国の人と会うとあって、ヒスイさんが和風でと言いだしたのだ。和風ならゴシック要素をなぜ入れる。

 

 俺達はメイドさんに案内されて屋敷の中へと入り、エントランスホールへ。

 すると、そこには耳にアンテナをつけてメイド服を着たガイノイドの集団が列を成していて、一斉にこちらに向けて「いらっしゃいませ」と告げてきた。

 うおお、メイドさんの群れ! これまさか全員、高度有機AIか!?

 

「ふふふ、驚いたかの?」

 

 俺が本場イギリスのメイドさん集団を見た感動に打ち震えていると、年若い声でそんな言葉が投げかけられた。

 エントランスホールに、スタイリッシュな女児服を着た、十歳ほどの金髪少女がゆっくりと歩いて入ってきた。その後ろには、執事服らしき服装に身を包んだ壮年の男性がついてきている。今度は執事だと……!

 俺がさらに驚いていると、少女が続けて口を開く。

 

「ようこそ、グリーンウッド家へ。21世紀の日本人はメイドが好きと聞き及んでおったので、こうして一同を集めて歓迎させてもらった。私は、この家の家主、ウィリアム・グリーンウッドなのじゃ。よろしくお願いする」

 

「の、のじゃロリだと……!」

 

 彼女が閣下だって? 元公爵家の当主と聞いて想像していた人物と、全然イメージが違う!

 すると、少女は面白おかしそうに表情を崩して言った。

 

「ふふふ、のじゃロリか。私の格式あるクイーンズ・イングリッシュは、日本語ネイティブにはそういった風に訳されて聞こえるのじゃな。確かに、私が生身でいたころの古い喋り方じゃが」

 

「あ、いや。これは失礼」

 

 配信慣れしすぎて、思わず声に出してしまった。

 

「よいよい。それに、そなたもなかなか古風で雅な言葉遣いよの」

 

「あー、そういえば俺の日本語、この時代の人には古めかしく聞こえるんだっけ」

 

 自動翻訳機能、ずいぶんとユニークな動きをしやがるな。

 リアルでのじゃ言葉とか聞くことになるとは思わなかったぞ。

 

「あらためまして、配信者をしている瓜畑吉宗(うりばたけよしむね)です。よろしくお願いします」

 

「うむ。ヨシムネと呼ばせてもらおう」

 

「では、俺は皆にならって閣下と呼びますね」

 

「今は無位無冠なのじゃがな。まあ、それでよい」

 

 そう言葉を交わすと、閣下の後ろに居た執事服の男性が前に出てきて、俺とヒスイさんに向けて言った。

 

「それでは、応接室へと案内します」

 

 彼が指パッチンをすると、周囲の景色が切り替わり、俺達はどこかの部屋へと移動していた。

 お高そうな内装の広めの部屋である。部屋の中央には、ソファーとテーブルが置かれている。

 

「ご苦労じゃの、セバスチャン」

 

 と、満足そうに閣下がうなずく。

 

「えっ、執事さんの名前、セバスチャンなんです?」

 

 俺は驚いて、思わず聞いてしまっていた。

 だが、執事さんは首を横に振る。

 

「いいえ、私の名前はトーマスですよ。閣下、なんですかセバスチャンとは」

 

「ニホン国区の文化では、執事と言えばセバスチャンなのじゃ。ヨシムネに夢のブリタニア貴族体験をしてもらうのじゃ」

 

「ああ、玄関にメイド服を着た人が居たの、サービスなんですか。別に普段はメイドさんではないと」

 

 俺はそう言って、思わぬ事実に溜息をついてしまった。

 

「いや、メイド達やトーマスは皆、普段からこの格好なのじゃ」

 

「マジで!」

 

 やるじゃん、イギリス貴族あらためブリタニア貴族。

 俺がテンションを再び上げていると、執事のトーマスさんが手でソファーの方を示し着席をうながしてきた。

 

「どうぞおかけになってください」

 

「あ、ありがとうございます。トーマスさんでよろしかったですか?」

 

 俺は、着席しながらトーマスさんに話しかけた。ちなみにヒスイさんも俺の隣に着席している。

 

「はい。家令のトーマスともうします」

 

「家令……執事と何か違うんですか?」

 

「過去の時代には職務がいろいろと違ったらしいですが、この家ではさして違いはありませんね。グリーンウッド家の男性使用人の中で、私が一番上の立場を任せていただいているので、閣下に家令を名乗れと言われています」

 

 そもそも今の時代には貴族なんていないから、執事だの家令だのといった職業の細かい定義もあってないようなものなのかもしれないな。

 

「さて、私のことはここまでとしまして、後は閣下にお任せします」

 

 トーマスさんはそう言い、座らずにテーブルの横で指パッチン。するとティーセットが現れ、茶を淹れ始めた。

 貴族の家で紅茶か。リアルで味わいたかったな。

 

「それでは、打ち合わせを始めるぞい」

 

 おっと、よそ見していちゃ駄目だな。俺は対面に座った閣下の方へと頭を向けた。

 

「まず大前提として、配信は私の方が主体になるがよいか?」

 

 そう閣下が聞いてくる。主体?

 

「む。ゲスト出演は初めてと返信にあったが、配信の取り決めは理解しておるか?」

 

「実はあまり……」

 

「ふむ、そちらのヒスイとかいうガイノイドに任せておるのかの」

 

「はい、ご挨拶が遅れました。わたくし、配信の助手をしておりますヒスイともうします」

 

 ヒスイさんが閣下に頭を下げてそう言った。

 

「うむ。……さて、そうじゃの。簡単に配信方法を述べると、今回は私の配信チャンネルのみでライブ配信を行なうのじゃ。SCホームも私の方を使い、司会進行も私が行なう。そこに、そなたら二人がゲスト出演するというわけだの」

 

「私も出演するのですか?」

 

 閣下の説明に、ヒスイさんがそう疑問の言葉を返した。

 

「そうじゃの。先ほど使用人から『宇宙暦299年上半期 ゲーム配信大百科』という本を借りたのじゃが、それによるとそなたらはコンビで配信を行なっているようではないか」

 

「そうですね。視聴者のみんなも、俺とヒスイさんはセットで考えていると思います。ぜひ、二人の出演でお願いします」

 

 ヒスイさんが遠慮しないうちに、俺もそう言っておく。

 しかし、ゲーム配信大百科か。インケットで売っていた同人誌の類だが、こんなところで名前を聞くとは……。

 

「うむ。私はそなたらの配信は、まだ『MARS』回しか見ておらぬが、よいコンビだと思うぞ」

 

「あ、見てくださったんですね。俺は閣下の配信まだ見ていないのに……」

 

「ふふ、よいよい。そうじゃ、私の配信をまだ見ておらぬなら、ゲスト配信当日まで見るのは禁止ということでどうじゃ。私の配信に慣れていない方が、自然体でゲストをやってもらえるかもしれぬ」

 

「あー、それでいいなら」

 

 ゲスト出演するのに相手のことを知らないって、ちょっと失礼な気もするけど。

 ああ、そうだ。

 

「俺のスタンスなのですが、配信中は敬語を使わないことにしています。閣下と視聴者の方は許してくださいますかね」

 

「ん? ああ、かまわぬかまわぬ。そもそも多様な言語が自動翻訳されるこの時代、敬語の存在価値が薄れておるからの。言語によってはろくに敬語がなかったりするのう」

 

「そうなんですか」

 

「うむ。私も日本語は使えるが、敬語の使い分けが面倒でいかんな。素のそなたを見せるのじゃ」

 

「了解しました」

 

「それでは、具体的な配信内容に入っていくかの。プレイするゲームは、『MARS』じゃ。これはもう決定事項なのでくつがえらぬ」

 

「問題ないです。俺は初心者ですが」

 

「こちらの視聴者は皆、私の操縦ばかり見て飽きてきているので、初々しい姿を見せつけてやってほしいの」

 

 初々しい姿か。動画ガチ勢にののしられたりしないだろうな。

 閣下の視聴者のマナーがいいことを祈ろう。

 

 と、ここで紅茶が目の前に置かれたので、用意されていたシュガーポットから角砂糖を一つ紅茶に入れて一口飲む。うーん、かぐわしい。普段、紅茶をあまり飲まないが、これは美味しいんじゃないか? さすが公爵家、バーチャルな紅茶にもこだわっているのか。

 

「セバス、茶菓子も用意するのじゃ」

 

「誰がセバスですか」

 

 閣下の呼びかけに呆れた声を上げたトーマスさんが、また指パッチンをするとテーブルの上にマカロンが現れた。

 閣下はそれを嬉しそうに口にしながら、話題を元に戻した。

 

「それで、『MARS』を始める前に、ヨシムネと二人で歌を歌いたいのじゃ。そなたの配信で『英傑の絆』を歌っておったな。あれを私の配信でもやろうと思っての」

 

『英傑の絆』とは、『MARS~英傑の絆~』の主題歌だ。英語歌詞なので、なかなか歌うのに苦労した覚えがある。

 

「閣下、正気ですか。あなた音痴ではないですか」

 

 閣下のソファーの後ろに移動していたトーマスさんが、そんなことを言ってくる。

 閣下は後ろに振り返らずに反論をする。

 

「そんなもの、システムアシストを入れてやればいいのじゃ」

 

「ヨシムネ様は歌う際にシステムアシストをお使いになりませんよ」

 

 ヒスイさんが突然、そんなことを言いだした。なに、ヒスイさん。閣下にマウントでも取りに行っているの?

 

「むぬぬ、そうじゃったのか。どうりで英語の発音が少し微妙だと思ったのじゃ」

 

 音痴が直ってから英語の歌を人前で歌うの、あの曲が最初だったからな。練習は一応していたのだが。

 

「しかし、我が下僕どもに無様な姿は見せられぬ……」

 

 しょんぼりとする閣下に、俺は自分の体験を話すことにした。

 

「ちなみに俺も、少し前まで音痴でしたよ。『アイドルスター伝説』という音楽アイドルシミュレーションゲームを時間加速でプレイして、鍛え上げたんです」

 

「なぬ、そのようなゲームがあるのか。普段ロボットゲームばかりやっておるから、そういったゲームとは無縁だったのう。よし、私もそなたのゲスト出演回までに音痴を直してみせるのじゃ!」

 

「あー、俺がやった時間加速は相当高い倍率で、ガイノイドだからできたものだそうですけど。短期間ではシステムアシストなしクリアは、きついかもしれませんよ」

 

「ふふふ、そなた、私を何歳だと思っておる。我が身は、とうの昔に機械の身に変わっておる。しかも今は、最新式のガイノイドじゃよ」

 

 そりゃそうか。300年前から生きていて、リアルで一級市民をやっているんだ。とっくに生身の肉体は失って機械の身体を手に入れているか。

 

「では、開幕の歌はそういうことでいくのじゃ。次に、ゲームのプレイじゃが……」

 

 そうして俺達は配信の大まかな流れを確認し合い、ゲスト配信当日が訪れるのを待つこととなった。

 初々しい姿を見せてくれと言われたが、それでも無様な姿を見せられないと、俺は連日『MARS』のオンラインモードで対戦をして過ごすのだった。

 



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88.初めてのゲスト出演<1>

「私の下僕どもー、配信の時間じゃぞー」

 

『わーい』『わこつ』『わこつー』『うおー、閣下! 閣下!』『すごくわこつ』『あなたにわこつと伝えたかった』

 

 閣下のSCホーム、グリーンウッド家の屋敷内にある談話室で配信は始まった。

 長テーブルの前に閣下、俺、ヒスイさんと並んで座り、閣下の後ろに家令のトーマスさんが立っている。今、カメラは閣下だけを映している。

 

「うむうむ、今日も元気なわこつじゃな。今日もウィリアム・グリーンウッドによるゲーム配信を始めていくぞい。ところで下僕ども。わこつという言葉を広めたのは誰か、知っておるか?」

 

『えっ、誰?』『火付け役とかいるのか? いるか……』『気がついたら広まってた』『最近だよね』『ヨシちゃん!』

 

 閣下の配信でも、どうやらコメントを一部抽出する機能が使われているようだ。大人気配信者だっていうからな。全部のコメントを表示していたら、とても追いきれないだろう。

 

「そう、ヨシムネじゃな。というわけで、21世紀の言葉、『わこつ』を伝えた者をゲストとして呼んでおる。ゲーム配信者のヨシムネと、助手のヒスイじゃ」

 

 カメラを担当するロボットアバターが、こちらを向く。

 俺は、気合いを入れて最初の台詞を放った。

 

「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。21世紀からやってきた、ヨシムネだ! よろしく!」

 

「ミドリシリーズのガイノイド、ヒスイです。ヨシムネ様の助手をしております」

 

 今日の俺の格好は、白のワンピースである。ベタな格好だが、ヒスイさんはこれを選ぶまでずいぶんと悩んでいた。そのヒスイさんの格好はというと、いつも通りの行政区の制服である。

 

『うおー、ヨシちゃん! ヨシちゃん!』『ヒスイさんだー!』『おじさん少女?』『噂の21世紀人かぁ』『えっ、21世紀人?』

 

 そんな視聴者のコメントを受け、閣下が俺の説明を入れてくれる。

 時空観測実験の失敗で21世紀からやってきた、元おじさんの現少女だと。

 

「ヨシムネが21世紀おじさん少女ならば、私は24世紀おじさま少女じゃな」

 

『閣下はジジィじゃねーか』『300歳越えていてよくおじさま言いますね』『生前の写真と今の姿のギャップすごい』『厳つい中将閣下が、こんなかわかわロリロリに……』

 

「あっ、閣下も元男だったんだな。知らなかった」

 

 視聴者コメントで初めて知る事実に、俺は驚いてそう口に出した。

 

「そうじゃ。なかなかの男前じゃったぞ?」

 

「それがなんで今はこんな姿に……」

 

「おじさん少女に『こんな』とか言われたくないのじゃが……250年以上前に生身の肉体を離れ、ずっとソウルコネクトして生きておったら、自分の性別などどうでもよくなってくるのじゃ。ヨシムネもそのうちそうなるぞい」

 

「ええ……。でもなんで、そんなに幼い姿に?」

 

 閣下の見た目は、十歳ほどの幼い少女の姿だ。ブロンドヘアーの白人で、服装は女児服。

 

「配信者をやるなら、愛くるしい方がいいじゃろう? 幼い頃に生き別れた妹の姿を元にしているんじゃよ」

 

「急にヘビーな設定ぶちこんでくるのやめて!?」

 

「冗談じゃよ。私は一人っ子じゃからな」

 

 よかった、不幸な女の子は存在しなかったんだ……。ちょっと本気にしかけてたぞ、この野郎。

 

「それで、そなたらは共に、ニホン国区製のガイノイドをボディにしているのじゃったな?」

 

「はい、ニホンタナカインダストリのミドリシリーズです」

 

 今度は、ヒスイさんが閣下の言葉に答える。

 

「ミドリシリーズは世界中で活躍しておるな。同じ惑星テラ出身として誇らしいのじゃ。私も次にボディを替えるときはミドリシリーズにしようかのー」

 

「グリーンウッドでミドリシリーズということは、緑色繋がりでしっくりきますね」

 

 ヒスイさんがそう言うと、閣下がすかさず言葉を返す。

 

「うむ。日本語で言うならグリーンウッドは緑森さんじゃな。グリーンウッドではなくグリーンという苗字の場合、緑さんじゃなくて草原さんじゃがな」

 

「これ、視聴者に混乱して聞こえていないか?」

 

 俺のその疑問に、ヒスイさんが答える。

 

「自動翻訳ですと名前は音そのままで聞こえますから、問題ありませんよ」

 

『グリーンとかミドリとか意味知らないから、それはそれでなんのこっちゃだけどな!』『なんだか高尚な会話をしているのは解る』『グリーンって名前のミドリシリーズいなかったっけ』『居た気がするなぁ』『呼びました?』

 

 ひえっ、閣下の配信視聴者にもミドリシリーズの影が。

 

「さて、前説はこんなところで、早速ゲーム配信をしていくのじゃ。と、その前にぃー」

 

 閣下がその場で柏手を打つと、目の前のテーブルが消え周囲の背景が崩れていく。

 その最中に、耳元で『ご起立下さい』とトーマスさんの声が聞こえたので立つと、周囲がコンサートホールのステージに変わっていた。客席には、クラシカルな格好をした客が詰めている。格好からして、おそらく客は視聴者ではないのだろうが……。

 

「ヨシムネと私で、下僕どもに歌を披露するのじゃー!」

 

『えええええ』『本気?』『閣下ってちゃんと歌えるの?』『鼻歌ときどき歌っているけど、音痴だったような』『システムアシストで誤魔化すんじゃないだろうね』『ヨシちゃんはアシスト使わないガチ勢だけれど、まさか中将閣下はアシストに頼るとか言うまいね?』

 

 下僕どもとか言われているのに、この視聴者達、閣下に対して普通に厳しいな!

 

「安心するのじゃ。私もこの三日間、歌唱訓練ゲームでシステムアシストを使わず、時間加速してみっちり歌の特訓をしてきたのじゃ。『アイドルスター伝説』というゲームをヨシムネに紹介してもらってのう」

 

『何そのゲーム知らない』『あれかー』『ヨシちゃんも辿った道』『ということは歌姫ルートか』

 

「十一人のメンバーを率いて、リーダーとしてアイドル界の星になったのじゃよ。後日、編集した動画を配信するので楽しみにしておくがよい」

 

「俺のやったシナリオとは違うルートに入ったのか」

 

「〝受け継がれるアイドルグループ〟ルートは全シナリオの中で、一番歌唱力を必要としないルートですね。代わりにダンスの力量を求められますが」

 

 俺とヒスイさんがそう言うと、視聴者達が『駄目じゃん』とか『大丈夫なの?』とか言い出す。下僕に心配されているぞ閣下。

 

「ふふん、東京の武道館を満席にした私の歌を聴いて驚くがよい。それでは、ヨシムネ、準備はよいな?」

 

「ああ、いつでも」

 

「みなのもの、静聴せよとは言わぬ。大いに盛り上がるがよい」

 

 閣下がそう言うと、今度はトーマスさんが前に出て言った。

 

「それでは歌っていただきます。『MARS~英傑の絆~』から主題歌、『英傑の絆』」

 

 イントロが流れると、音声から文字に変わった視聴者コメントが、一斉に『心臓が熱くなってきた』と述べてくる。訓練されているなぁ。

 そして、まずは最初に閣下が出だしを歌い出すと、しっかり音程の取れたその美声に、視聴者達は驚きのコメントを流す。

 俺も負けじと続きを歌い、コメントは盛り上がっていく。

 そして――

 

心臓を(Heat)熱くしろ( your)おおおッ!( heart!)

 

『熱くしろおおお!』『うおー、あっちぃー!』『胸から火が飛び出しそう!』『心臓燃えてる!』『グリーンウッド家炎上!』『胸にサラマンダー宿ってるよ!』

 

 閣下の下僕達も、ノリがいいようでなによりである。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 歌は大盛り上がりで終わり、その勢いのままゲーム配信へと移った。

 プレイするのはもちろん、『MARS~英傑の絆~』である。

 

「それではヨシムネ、ヒスイと共にオンラインモードをプレイしていくわけじゃが、ここで一人、私のメンバーを紹介するのじゃ」

 

 閣下がそう言うと、後ろで控えていたトーマスさんが指パッチンをする。次の瞬間、閣下の隣に一人の女性が出現した。黒髪に褐色肌をした、メイド服のガイノイドである。先日、グリーンウッド家の屋敷に来たときに、最初に出迎えてくれたメイドさんだ。

 

「グリーンウッド家のメイド長、ラットリーじゃ。私のオペレーターを長年勤めておるな」

 

「ラットリーでっす! 下僕のみなさま、こうしてお話しするのはお久しぶりですねー。ヨシちゃんの視聴者ともども、よろしくお願いしまーす」

 

 軽い感じで、ガイノイドのメイド長、ラットリーさんが挨拶をした。

 

「こんな感じじゃが、こう見えてラットリーは、300年近く稼働をしている古い高度有機AIじゃ。なかなか頼りになるぞい」

 

「あー、閣下! 稼働年数のことは言いっこなしですよ! ご自身が年齢に無頓着だからって、まったくもうー!」

 

 300歳のAIかー。ヒスイさんもだいぶ昔から稼働しているっぽいけど、比じゃないな。

 俺がヒスイさんの顔をじっと見ていると、ヒスイさんがジト目で返してきた。いやいや、年寄りとは思っていないぞ。むしろ若いなあってね……。

 

「ヨシムネ達の方は、ヨシムネが搭乗者、ヒスイがオペレーターじゃな」

 

 おっと、こっちに話題が移ってきたぞ。

 俺は、咄嗟に答える。

 

「ああ。オンラインモードを始めて一週間も経っていない初心者だが、頑張るぞ」

 

「私もまだ若いAIですが、全力でサポートいたします」

 

『300歳と比べたら誰でも若いわ』『ヒスイさんもそれなりに稼働年数あるってミドリさんがSNSで……』『よせ、消されるぞ』『ひっ!』

 

「いえ、稼働年数の長さはそれだけAIにとっては経験となり、己を高めることとなります。先達であるラットリー様のことは、素直に尊敬しております」

 

「あっ、閣下! ヒスイさんめっちゃいい子ですよ!」

 

 ヒスイさんの言葉に、ラットリーさんが嬉しがっている。

 ううん、稼働年数の長さが誇りなら、さっきのジト目はなんだったのかな? 俺、テレパシー適性低いからヒスイさんとは、無言で解り合えない……!

 

「うむうむ、若い者は元気があってよろしい。それで、始めてから一週間か。今のシングル対戦モードのランクはどうじゃ?」

 

「アマチュア1だな」

 

 閣下の問いに、俺はそう答えた。

 

「ほう! その日数でアマチュア1は大したものじゃのう」

 

「でも、閣下には敵わないだろう? 太陽系統一戦争を経験していたなら、本物のマーズマシーナリーに乗っていてもおかしくないし……」

 

 俺がそう言うと、閣下はいやいやと手を顔の前で振って否定した。

 

「私は輜重(しちょう)兵科を担当しておったから、戦争では乗っておらぬ。それに、公爵ということで将官待遇だったからの。さすがに中将が前線で、ロボットに乗って戦うわけにはいくまい?」

 

「ああ、それもそうか。中将だったから閣下って言われているんだよな」

 

「うむ。じゃが、私はそれなりにこのゲームをやりこんでおってな。ランクは最高のマスターエースじゃ」

 

「差がありすぎる……」

 

『シングル対戦したら一方的ないじめになりそう』『よくゲストとして来てくれたもんだ』『ヨシちゃんの対戦動画みたけど、アマチュア1にしてはなかなかのものだったよ』『あの回避能力は惚れる』

 

「おお……視聴者のみんなありがとう」

 

 褒めてくれた視聴者に、俺は礼を言った。

 

『閣下と違って素直で可愛いなこの子』『殺伐としたロリジジィの配信に華が!』『ヨシちゃんが可愛い言われておる……』『まだバーバリアンとしての本性現してないから』『何それ、そんな子なのこの子』

 

「ヨシムネ、私の下僕どもに遠慮はいらないのじゃ。ジジィ、ジジィと言いつつも、私の美少女としての魅力に抗えない愚か者どもじゃよ」

 

「ひでえな! 視聴者の人達、よくついてきているな」

 

『こんなジジィでも、ゲームの腕は本物だから』『貴重なマスターエース配信』『私は閣下が男アバターの頃から配信見てますよ?』『下僕にもご老輩がいらっしゃった……』『マザー批判して炎上したこともありました……』

 

 ひえー、昔から配信やっているのか。歴史ある配信チャンネルなんだな。よくそんなところにゲストとして呼ばれたなぁ、俺。

 

「マザー批判とか、いったい何百年前のことを掘り出してくるのじゃ。忘れよ忘れよ。それよりも、まずはチーム対戦モードをやっていくのじゃ。ヨシムネと私のコンビじゃな。ふふ、マスターエースとアマチュア1のコンビなど、相手はどう反応してくるか……」

 

 そう言って、閣下はタイトル画面からオンラインモードを選び、さらにチーム対戦モードを選ぶ。

 すると、背景が見慣れた格納庫に変わり、格納庫内に機体が二つ並ぶ。

 

 片方は、俺の愛機ギンカイ。もう一つは、赤くすらりとしたラインの美しい機体だ。

 

「ほう、ヨシムネの機体は銀色か。見たところ軽量級の機体じゃな」

 

「ああ、ギンカイって名前だ。閣下の方は?」

 

「よくぞ聞いてくれた! これぞ、『MARS』最強と名高い私の愛機! ウェルシュ・ペンドラゴンじゃ!」

 

 アーサー王(ペンドラゴン)とは、またすごい名前をつけたもんだなぁ。

 だが、マスターエースランクならば、その強さは本物なのだろう。

 俺は、これから待ち受ける未知の戦いに、閣下の足を引っ張ってしまわないか少し不安になるのだった。

 



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89.初めてのゲスト出演<2>

 ペアを組んだ俺と閣下は、チーム対戦モードの五人組の部にエントリーした。

 二人しかいないこちらが明らかに不利だが、閣下曰くこれくらいが面白いとのこと。俺、初心者やぞ。

 

 マスターエースとアマチュア1の組み合わせで、二人のみという条件で俺達につけられた暫定ランクは、プロフェッショナル3。これがどれくらいの強さなのかは俺には解らない。

 

『プロフェッショナルはアマチュアの次のランクですね。アマチュア10から昇格するとプロフェッショナル1になります』

 

 そうヒスイさんが説明してくれる。

 いやあ、階級の位置づけではなく、実際にどれくらい相手が強いのかが知りたいのだけどね。まあ、プロフェッショナルというくらいなのだから、だいぶ強いのだろう。人数で不利なのにこのランク。マスターエースの下駄はどれだけすごいのか。

 

『ふふふ、ヨシムネがどんな動きをするのか、楽しみだのう』

 

 通信越しに、閣下がそう俺に言ってきた。俺はそれに対してテレパシー通信で答える。

 

『最近、こっちは『MARS』の対戦モードの配信をしていたけど、目は通していないんだ?』

 

『ああ、この前、ヨシムネに私の配信を見ないように言ったじゃろう? 私もヨシムネがどんな操縦をするか、今日の楽しみに取っておいたのじゃ』

 

 現在、格納庫で機体に乗り込み、マッチングをしてステージ決めの最中である。閣下は地球のビル街を申請しているが、相手は宇宙空間を要求している。宇宙空間は遮蔽物がないから、数で囲み放題だ。確実に相手が有利である。

 ステージ申請が互いから出て、どちらからも辞退がなかった場合は、AIによってステージが決定される。

 

 決定したステージは……地球の市街地だ。

 ビルほど高くはないが障害物となる建物を残している、妥協点を見いだした決定だろうか。マーズマシーナリーは体高8メートルあるので、二階建ての家屋では目隠しにもならないが。

 そうして、俺達は市街地ステージに転送され、試合開始のカウントダウンが始まる。

 

「どう動く?」

 

 そう閣下に聞いてみたのだが……。

 

『好きなように動くがよい。私がそなたに合わせる』

 

 初心者を抱えているなら、細かく指示を出していくか自由にさせるかの二択だよな。そして、自由にさせてくれるのは、こちらの気分がすこぶるよくなる。

 まあ、俺自身は別に指示を受けるのが嫌いってわけじゃないんだけどな。そうじゃなかったら、『-TOUMA-』をプレイしていた時点でヒスイさんを拒否している。

 

『レディ……ゴー!』

 

「ヒスイさん、敵の位置を教えてくれ!」

 

 開幕の合図と共に、俺はそうヒスイさんに通信を入れていた。

 

『はい、ESPをお借りします。……千里眼感度良好。位置情報をお返しします』

 

 マーズマシーナリーにはレーダー装置のような便利な電子機器は積まれていない。全ては、己の超能力を機体のソウルエネルギーで増幅してまかなう。

 俺の場合、ESP適性は凡人並だが、空間適性値が高めなので、相手の位置を把握する千里眼能力はそれなりに使える。

 感知した敵の位置を確認すると、住宅の上を飛んで一機が突出して前に出てきており、それを囲むように四機の機体が散開して、大回りでこちらに近づいてきている。

 

「突出した機体に向かうと包囲網をくらうかな?」

 

『そうですね。そちらの対処は閣下にお任せしてよろしいでしょう』

 

「おーけー。閣下、俺は右側面の敵から各個撃破を狙うよ」

 

『了解したのじゃ。他は私が囮として時間を稼いでおこう』

 

「ヒュー、さすがマスターエース。頼りになる」

 

『ふふふ、もっと褒めてくれたも』

 

『ヨシちゃん、その人褒めすぎると調子に乗るぞ』『なお調子に乗っても強い様子』『年の功』『おじいちゃん一級市民なのにゲームばっかりやっているから』

 

『おじいちゃんではない。24世紀おじさま少女じゃ』

 

 そんな視聴者と閣下のやりとりを聞きながら、俺はスラスターを噴かし右側面の敵に突撃していった。

 相手が視認できたあたりで、ヒスイさんが通信を入れてくる。

 

『敵武装、ヨシムネ様が相対している敵は計八門のエナジーランチャーを備えています。大型の核融合炉で供給エネルギーを支えているため、直線加速は速いですが小回りは利かない重量級です』

 

 その言葉に続いて、他の機体の武装情報も送られてくる。

 ふむふむ、中央に突出した機体はブレードに盾の近接タンク。他四機は全て遠距離砲撃型か。

 

 そして、右側面の敵はさすがに俺に気づいたのか、エナジー弾で弾幕を張ってくる。

 弾幕は厚いが、足を止めての射撃。いい的だ。

 

 俺はライフルを構えて、射撃。

 相手は慌てて回避行動を取るが、未来予測に従って撃たれた銃弾は、ごっそりと相手のサイコバリアを削った。

 

「よし、命中!」

 

『だいぶ当たるようになってきましたね』

 

「もう俺を蛮族だのゴリラだの言わせない!」

 

『なんじゃヨシムネ、そなた、近接の方が得意だったりするのか?』

 

 俺とヒスイさんの会話に、閣下がテレパシー通信で割り込んでくる。

 

「うっ、まあ、近づいて斬る方が好きかな」

 

『それなら、敵は鈍重じゃ。サポートしてやるから存分に斬り込むとよいぞ』

 

「ええー、まあ、いいか」

 

 俺はブレードを抜くと、スラスターを噴かして敵の張る弾幕に突っ込んでいった。

 もちろん、敵のエナジー弾に俺の機体が触れるようなことはない。標的に近づくにつれ、慌てて他の機体が援護に入ろうとするが、そこを閣下が狙い撃ちにしていく。

 

『ほう! ヨシムネ、なかなかの回避能力じゃの!』

 

「俺は未来視が得意なんだ。そうそう当たらないぞ!」

 

『こちらがヨシムネ様の超能力特性になります』

 

 ヒスイさんがそう言うと、閣下が驚きの声を上げた。

 

『な、なんじゃあ、この馬鹿げた時間適性は! ははっ! ヨシムネ、このまま鍛え上げれば、いっぱしのスーパーエースになれるぞい』

 

 どうやら、ヒスイさんが閣下に向けて俺のデータを転送したようだった。

 

『これ、一人でスペースコロニー何個分の食品保存サービスまかなえるんだ……』『楽々働かずに一級市民へなれますね。羨ましい』『ヨシちゃんは、すでに一級市民なんだよなぁ』『マジで?』『研究所に21世紀の肉体を生贄に捧げ、一級市民の地位を得る!』『うわー、そうか、600年前の身体だから学術的価値があるのか』

 

 俺の視聴者達にはすでに常識となっている配信者ヨシムネの経歴が、閣下の視聴者達にも共有されていく。

 こういうエピソードが知れ渡るほど、俺の配信者としての強みが広まるということだからな。よい宣伝になる。

 

 と、そんなやりとりをしている間に、敵機へ接近が成功した。相手は重量級の機体で、こちらは機動力特化の軽量級だ。逃げようとしても無駄である。

 ブレードを構え、突っ込む。

 すると、相手はランチャーをしまい、八本の腕でブレードを構え始めた。

 

「八刀流だと!? タコかお前は」

 

『脚部もありますので、十本脚ですけれどね』

 

 俺の突進にカウンターを仕掛けようとしてくる相手の斬撃を避け、側面へ回り込む。そして、ブレードを振るうと、相手のサイコバリアを貫通して相手のサブアームの一本を切り飛ばした。

 

「よしっ!」

 

 さらに畳みかけようとすると、相手が必死で距離を取ろうとした。次の瞬間――

 

『ヨシムネ、一人そっちに行くのじゃ』

 

『ヨシムネ様、その場を動かず』

 

 と、一機の機体が横から突っ込んできて……俺から距離を取ろうとした元八刀流の機体に衝突した。

 

「はっ?」

 

 えっ、敵同士が衝突事故?

 

『やったのじゃ! ヨシムネ、今じゃ! 決めるがよい』

 

『ヨシムネ様、ブレード攻撃です』

 

「お、おおっ!」

 

 あまりの衝撃にサイコバリアが解けている元八刀流の相手に、俺はブレードを振るって袈裟斬りにした。

 さらに、衝突したもう一機がふらついていたので、こちらはコックピット狙いで突きをおみまいする。

 

 どちらも撃破判定となったのか、敵機は市街地の住宅に突っ込み、沈黙する。

 

『うむ、見事な太刀筋じゃ。私達、結構いいコンビじゃのう』

 

 閣下が称賛の声を上げてくるが、それよりも俺は気になることがあった。

 

「なんで敵同士が衝突したんだ?」

 

『ああ、それか。なに、敵を上手く追い詰めてやって、衝突するコースを全力疾走させただけじゃ』

 

「ええっ、そんなことできるの……」

 

『わはは、これが魔剣王の父、赤き機竜の実力じゃ!』

 

『そんなことできちゃうのがマスターエース』『マスターエースランクは修羅の国だからな』『半分人類辞めているよこいつら』『その修羅の国を見学できるから、閣下の配信見るのは止められないんだよなぁ』

 

 つまりあれか、チャンプの同類。チャンプは実年齢若いみたいだから、300年近く研鑽してきたであろう閣下は、チャンプとは別の方向性での猛者なんだろうけど。

 

 ともあれ、敵は残り三機だ。どう動くか迷っていると、閣下から通信が入る。

 

『むっ、ヨシムネ。敵はどうやら残り全員でヨシムネを潰すようじゃぞ』

 

「解るのか」

 

『私はテレパスなのじゃ。通信傍受して、さらに相手の思考の表層をさらうことなど、容易い』

 

「おー、サイコバリアと精神防壁突破して読み取れるほど、テレパシー適性が高いのか。こりゃ閣下はニュータイプだな」

 

『ニュータイプ? なんじゃそれは』

 

「20世紀のロボットアニメに出てきた、精神感応ができる宇宙に適応した新人類のことさ」

 

『ほほう。まあ、私はほとんど惑星テラから出たことがないのじゃがな』

 

 ニュータイプっぽい能力者だったけど、生活環境はオールドタイプだった。

 

「で、こっちの方針は?」

 

『ヨシムネはどうしたい?』

 

「敵のブレード使いと戦いたいな」

 

『了解した。援護するのじゃ』

 

 残りの二機の遠距離砲撃型がさらなる弾幕を張ってくるが、俺は未来視を駆使して前進。閣下も相手の思考を読んでいるのか、軽やかに弾丸をかわしていた。

 

『こちらをお進みください』

 

 ヒスイさんが示してくれた最適な道を進み、住宅を弾丸からの盾にしつつ、敵のブレード持ちに俺は肉薄。

 

「勝負!」

 

 ブレードを互いに振るい、つばぜり合いをする。サイコバリアに守られた大質量の金属の塊が、大きな音を立ててぶつかり合った。

 俺はそこでわずかに後退。力を抜くことで相手をつんのめらせる。

 このあたりは、『-TOUMA-』で学んだ剣術の動きだ。あのゲームで覚えた術理は、巨大ロボットであるマーズマシーナリーの動きにも一部役立つことがある。

 なにせ、マーズマシーナリーのボディにはシステムアシストなんていう、ご都合主義が働かないからな。全て自分のサイコキネシスで機体を動かす必要があるのだ。

 

 バランスを崩した相手に、ブレード一閃。これを相手は盾で受け止めるが、未来視で知っていた流れだ。

 続けざまに放たれた相手の反撃に、俺はブレードを持っていない左腕でこれを受け止めた。相手は先ほどバランスを崩し、さらに盾で衝撃を受け止めた直後の不安定な攻撃だ。サイコバリアを厚く張った腕は、見事にブレードを受け止めていた。

 

 動きを止めた相手に、俺はブレードを振りかぶり唐竹割りをお見舞いする。

 俺のブレードはサイコバリアを突破し、相手の頭部を叩きつぶした。ぐらりと相手が揺れる。そこへさらに、ブレードを一発、二発と叩きつけた。

 すると、敵機はその場でひざを突き、動かなくなった。

 

 ふう、エレクトロキネシスやパイロキネシスが使えないと、ブレード攻撃に威力が足りないな。ブレードの質量増やすか?

 そう考えていると、閣下からテレパシー通信が入る。

 

『よくやったのじゃ! 私達の勝利じゃ!』

 

 周囲を見てみると、閣下が残り二機の遠距離砲撃型を見事に撃破していた。ううむ、いつの間に。

 

『ゲームセット!』

 

 視界が安定し、俺達は格納庫に戻された。

 そして俺は、コックピットのハッチを開け、機体から降下する。

 すると、先日の打ち合わせ通りに閣下も機体から降りていたため、俺達は向かい合うと――

 

「いえーい!」

 

 その場で勢いよくハイタッチした。

 

「大勝利なのじゃ! ヨシムネ、大活躍じゃな! ヒスイもラットリーも正確なオペレーションじゃったぞ」

 

『やったね』『初心者だから初々しい姿を見られるかと思ったら、なかなかの強さじゃん』『あの時間適性ならいいスナイパーになれると思ったら、まさかの剣豪』『ヨシちゃんきゃわわ』

 

 うーん、褒めて伸ばす。いい配信者だな。

 

「あとは、ラットリー、相手チームに健闘のメッセージを送信しておくのじゃ。さて、ヨシムネ、疲れておらぬか?」

 

「ああ、大丈夫」

 

「では、続けて対戦を続けていくのじゃ。今日中にどこまで駆け上がれるかのう」

 

 そういうわけで、俺達は特に反省会もせずに、次なる対戦に身を投じるのであった。

 閣下は気を使ってサポートに徹してくれているから、ずいぶん気持ちよくプレイできている。ゲスト出演は、こういう待遇が普通なのだろうか?

 そんなことを思いつつも、俺達の戦いは続く……。

 



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90.初めてのゲスト出演<3>

 閣下と共にチーム対戦モードのランクマッチを繰り返すこと二時間あまり。勝率はここまで十割。二対五の戦いだというのに、これほど勝ち続けられるとは思ってもいなかった。

 だが、閣下はこの勝利を当然といった感じで受け止めている。

 曰く、自分はマスターエースランクの中でも最上位なので、簡易AIの決めた暫定チームランクは適正ではないと。

 

 八面六臂の活躍をする閣下だが、俺も負けてはいられない。

 今の自分より明らかに上のランクの相手でも、それなりに食いついていこうと頑張っていた。まあ、うっかり撃墜されることも結構あるんだが。それでも俺達のチームが負けないあたり、閣下の強さがどれだけか解るというものだ。

 

 今も、五人チーム相手に勝利して格納庫に戻ったところだ。よく見ると、格納庫の照明がなにやら赤く点滅している。

 すると、視聴者コメントでこんな台詞が流れた。

 

『閣下! 緊急ミッション来た!』『マジか』『やったぜ』『なんてタイミングのいい』『ちょうど飽きてきたところなんだ』

 

「むっ、緊急ミッションじゃと?」

 

「わあー、私、頑張っちゃいますよ」

 

 なにやら視聴者と閣下、ラットリーさん達が盛り上がっている。なんだ? 打ち合わせにこんな流れはなかったぞ。

 

「なあ、緊急ミッションってなんだ?」

 

 俺がそう、一人何もせず待機していたトーマスさんに尋ねる。

 

「おや、ヨシムネ様は緊急ミッションをご存じないと。閣下、閣下!」

 

 トーマスさんが、視聴者と話していた閣下を呼ぶ。

 

「なんじゃ、セバスチャン」

 

「誰がセバスチャンですか。それよりも閣下、ヨシムネ様が緊急ミッションをご存じないそうです。解説をお願いしてよろしいですか?」

 

「おお、そうじゃったか。ふむ。まず、オンラインモードには対戦だけでなく、ミッションという項目があることを知っておるか?」

 

 閣下の問いに、俺はうなずく。

 

「ああ、ゲーム内マネーを稼ぐ手段だよな?」

 

「そうじゃ。ミッションでは、変わった形式での対戦をしたり、NPCを相手に任務をこなしたりするのじゃ。ミッションは基本、無条件で受けることができるのじゃが……」

 

 閣下はそこで言葉を溜めて、目の前にとある画像を投影させた。

 そこには、宇宙戦艦を背景に『緊急ミッション! 大規模宇宙戦に勝利せよ!』と文字が大きく書かれている。

 

「緊急ミッションは、普段は受けることができぬ、ランダム発生のミッションじゃ。報酬がよく、内容も風変わりなので配信映えするのじゃ」

 

 ふむふむ。配信的に美味しいので、それに参加しようってことだな。

 

「今月の緊急ミッションは、プレイヤーが二つの軍に分かれて戦う、1000対1000の大規模宇宙戦じゃ。NPCの操作する宇宙艦隊も参加するので、派手でいいぞい」

 

「ということは、先着2000人じゃないのか? のんびりしていていいのか?」

 

「先着ではないのう。何万人でも何億人でも参加できて、それぞれ2000人ずつに分かれるのじゃ」

 

「ああ、そういう」

 

「これで緊急ミッションのことは理解したな? では、ヨシムネとチームを組んでエントリーしておくので、開始まで20分間、休憩タイムじゃ!」

 

 閣下がそう視聴者に宣言すると、格納庫の赤いランプが消え、照明が正常に戻る。

 そして、トーマスさんに案内されて俺達は格納庫の隅にある休憩スペースへと移動した。

 

 休憩スペースにはテーブルと椅子が用意されており、そこに各々が座る。

 さらにトーマスさんが指パッチンをすると、テーブルの上にティーセットと菓子が用意された。

 

 トーマスさんがティーセットで紅茶を入れて、皆に配る。

 

「こういうのって、メイドさんの仕事じゃないのか?」

 

 俺がそうラットリーさんに尋ねると、彼女は「ふふん」と言って答えた。

 

「私は今までオペレーターとして働いていたからいいんですー。トーマスさんは何もしていないんですから、お茶くらいやらせましょう」

 

「お茶の用意くらいでしたら、いくらでもしますよ」

 

 老紳士なトーマスさんが、ラットリーさんの言葉に続いてそう言った。

 まあ、彼がそう言うならいいんだが。

 

 それにしても、紅茶か。

 

「ブリタニア国区の人って、やっぱり紅茶が好きなのか? 21世紀のイギリスといえば紅茶のイメージがあったんだが」

 

「そうでもないぞい」

 

 俺の疑問に、茶菓子を優雅に口にしていた閣下が答える。

 

「紅茶もコーヒーもモッコスも等しく好まれているのじゃ」

 

「モッコス……?」

 

 なんだその邪神みたいな単語は。

 

「おお、モッコスを知らぬのか。宇宙暦が始まってから惑星ヘルバで発見された植物で、煎じて飲むと美味なのじゃ」

 

「惑星ヘルバか……太陽系外の惑星だったか」

 

 うちのガーデニングスペースで元気にやっている、マンドレイクのレイクの出身惑星だ。

 

「うむ、宇宙は未知に溢れておる。発見されている宇宙人とも、そのうちコンタクトが始まるじゃろうて」

 

 そんな雑談を10分強ほど繰り広げ、俺達はあらためて自分の機体に乗り込んだ。

 

『ミッションを開始します』

 

 視界が暗転し、俺達の機体はいつもの格納庫ではない、どこかの宇宙船の内部に移動した。

 船外に射出するためのカタパルトに配置されたようで、いつでも飛び立てる準備は万端って感じだった。

 

『やりました! 最前線の宇宙空母配属ですよ! 思う存分戦ってくださいね! あ、私達は赤軍です。敵は青軍ですね』

 

 テレパシー通信で、ラットリーさんからそのような言葉が届く。

 ふむ、全機一律で同じ場所から出撃というわけでもないのだな。まあ、1000対1000で、NPCの軍艦も入り混じるというからな。

 

『こちらも配置に付きました。どうやら、私は今、ヨシムネ様がいる空母の中にいるようです』

 

 ヒスイさんからも通信が届く。

 そこで、俺はふと気づいた。

 

「あっ、もしかしてこの空母が落とされたら、ヒスイさんもやられるってこと?」

 

『そうでしょうね。そうなると、混戦の中でオペレーターのサポートなしで戦うことになります』

 

「うわっ、ただ闇雲に戦うだけじゃ駄目だな」

 

 そんな会話をしているうちに、ミッション開始のカウントダウンが始まった。

 すると、今度は閣下から通信が入る。

 

『敵を倒すことは考えなくてよい! とにかく死なぬことを考えるのじゃ。FPSでよくあるような、死亡後復活はせぬぞ!』

 

「マジかよ。シビアだな」

 

『チーム組んで開幕即撃墜なんてされた日には、一人虚しく格納庫で待つはめになる』『このミッション、三十分もあるからなぁ』『ヨシちゃんは、はたしてこの先生きのこれるのか!?』『艦隊砲に気をつけて!』

 

 そうこうしている間に、カウントが終わる。

 

『ミッションスタート』

 

 すると、空母の隔壁が開き、カタパルトが点火する。

 マーズマシーナリーの慣性制御では抑えきれないGが、俺の身体を襲った。

 

「くっ、ヨシムネ、行きまーす!」

 

 船外へと飛び出した俺の機体、ギンカイ。宇宙の無重力空間に身を任せると共に、俺は千里眼を発動した。

 って、近い! 敵の戦艦が視認範囲にいる! 本当に最前線だな!

 

『ヨシムネ、敵軍の中に飛び出したいじゃろうが、じっと待つのじゃ。向こうから目立ちたがり屋がすぐにやってくる』

 

 閣下の通信を聞いて、俺は機体を制御して空母との距離を保った。

 さらに閣下の言葉は続く。

 

『私達は今、ライブ配信をしておるな? つまり、この戦いには配信に映ることを了承した目立ちたがり屋しかおらぬ』

 

 そうだ、ゲームのオプションには『動画撮影・配信に応じる』みたいな項目があって、それをチェックした者でないと配信者とマッチングできないようになっているのだ。

 

『しかし、ただの目立ちたがり屋は弱いが、訓練された目立ちたがり屋はやっかいじゃぞ。なにせ、マスターエースランクの下、スーパーエースランクは配信者だらけじゃ。けっして侮るではないぞ』

 

「ああ、俺は初心者だからな」

 

 と、答えるや否や、ヒスイさんから警告の言葉が飛び出す。

 

『敵戦艦の主砲発射兆候あり。狙いは……この空母です。逃げてください!』

 

『ぬ、ぬおお! ヨシムネ、逃げるのじゃー!』

 

 咄嗟に俺はスラスターを噴かし、空母から距離を取る。

 すると、次の瞬間、空母に向けて光の柱が突き刺さった。

 

 空母は……無事だ!

 

『空母のサイコバリア損傷。空母を狙って敵マーズマシーナリー隊が来ます。前方注意』

 

 バリアが消し飛んだ空母へ、砂糖菓子に群がるアリのごとく敵機が殺到してくる。

 

『ぬおお、ヨシムネ、まずい、まずいのじゃ。ラットリーとヒスイがピンチじゃ』

 

「……よし、やってやらぁ!」

 

『初めからクライマックス!』『何この配信熱いんだけど』『熱いなー心臓熱くなるなー』『待つなんて言わず、全力で抗え!』

 

 俺はライフルを構え、向かってくる敵機に片っ端から弾丸をぶち込むことから始めた。

 長い、長い戦いが始まった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「ふう、緊急ミッションでは大活躍じゃったの」

 

 ライブ配信が終わり、お疲れ様会。閣下のSCホームの食堂で、俺は閣下達と一緒に本日の振り返りをしていた。

 いやあ、緊急ミッションは大変だったな。

 

「撃ち落とされることなく8機も撃墜とは、実際の戦争だったらエースを名乗ってもよいほどじゃな、ヨシムネ」

 

 閣下がビールのジョッキを手に持ちながらそう言ってくる。

 そう、俺はあの混乱する状況の中、最後まで生き残ったのだ。

 

「ヨシムネ様が視聴者の皆様に褒め称えられていて、私も自分のことのように誇らしいです」

 

 ヒスイさんの乗っていた空母も、最後まで守り切った。初めての緊急ミッションにしては、上出来過ぎるほどの結果だろう。

 

「まあ、閣下は50機も撃墜して、撃墜王になっていましたけどね」

 

 俺はそう閣下に言葉を返す。

 緊急ミッションでは、終了後、活躍度合いに応じてリザルト画面で称号が送られるのだが、閣下は最多撃墜数で与えられる撃墜王になっていた。ちなみに、パイロットを全員一律で順位付けする総合ランキングはない。撃墜数以外にも、戦争で貢献できる要素は多いからな。

 オペレーターであるヒスイさんとラットリーさんにも、それぞれ貢献に応じた称号が送られたようだ。

 

「うむうむ、ヨシムネは死なず、私も活躍でき、よき配信となった。またヨシムネとはコラボをしたいものじゃな」

 

 あー、確かに、ゲスト出演するのは面白かったな。誰かと一緒にゲームをやるというのは、やっぱりよいものだ。ヒスイさんはどうしても裏方に徹したがるしな。

 

 しかし、コラボか。

 

「閣下、来月の9月8日は予定空いていますか?」

 

 そう俺は閣下に尋ねる。

 

「ふむ? トーマス、どうじゃったか」

 

「これといった火急の用はありませんね」

 

 仕事はあるがどうとでもできる、といったニュアンスだな、これは。

 ならば、俺は遠慮することないと、閣下に誘いの言葉を投げた。

 

「実はその日、俺の誕生日でしてね。リアルで芋煮会を開催しようとしていて、もし来られそうならヨコハマ・アーコロジーまで来て誕生日配信にゲストとして出ませんか?」

 

「ほう、誕生日会じゃな! 招かれようではないか。で、芋煮会とはなんじゃ?」

 

「鍋で芋を煮て食う。他にもいろいろと食う。そんな感じの俺の元いた時代にあった、日本の地方文化ですね」

 

「食事会か。よかろう、手土産を持って向かうのじゃ」

 

「トーマスさんとラットリーさんも、来られるようでしたらぜひ」

 

 俺はそう言って、お付きの二人も招待することにした。

 使用人全員連れてくるとかはさすがに困るが、二人くらいの追加ならなんてことはない。

 

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

「私も行きますよー。芋煮会、楽しみです。でも、今日はうちのソウルコネクト料理、楽しんでくださいね?」

 

 ラットリーさんに勧められ、俺は次から次へと料理を口へと運んでいった。

 貴族らしい上品な料理が出るとばかり思っていたが、その料理メニューは多彩だ。そういえば、ブリタニア国区の昔の国であるイギリスは、世界各地の料理が集まる場所でもあったな。

 

 そうして俺とヒスイさんは料理に酒にと楽しみ、ゲスト出演の成功を祝うのだった。

 うーん、この様子も配信した方が面白そうだと感じるのは、配信者に染まった証拠なのかね。

 



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91.僕らの地球を守れ! 20世紀地球防衛軍(操縦アクション)<1>

「とりあえず、日を跨いでゲームを配信していったとしても、芋煮会までには全部終わらせたいところでな……」

 

 ゲスト出演を無事に終えて幾日か経ったある日、俺は新たに何かゲームを配信しようと、ヒスイさんと話し合っていた。

 

「それでしたら、予定を変えてこちらのゲームはいかがですか? 一日で終わりますよ」

 

 ヒスイさんが提示してきたゲームは、『僕らの地球を守れ! 20世紀地球防衛軍』だ。

 

「インケットで手に入れたゲームだな。じゃあ、これでいこうか。ちょっと楽しみにしていたんだ」

 

 そういえば、この前、俺達は打ち合わせをしたことがないとか言ったが、どのゲームを配信するかどうかの打ち合わせは普通にやってきていたな。ただ、配信の最後までの流れを決めていないだけで。

『-TOUMA-』でのヒスイさんラストアタック事件以降、ヒスイさんが事前にゲームを隅々までプレイし配信に耐えられるかチェックし、俺が事前情報を入れずにプレイするというスタイルで配信をやるようになった。さすがヒスイさんです。

 つまり、俺は初見プレイになるので、「こういうゲームなのでこういう流れで」というやり方にはならないわけだ。

 

 その代わり、配信の最初にどんなことをするかはきっちり話す。リアルの部屋を紹介するかとか、歌を歌うかとか、そういうのだな。

 

「それでは、ライブ配信の告知をしておきます。さて、お茶が冷めたようなので淹れ直してきます」

 

 そう言って、ヒスイさんが席を立つ。

 食卓で、朝食後のお茶を飲みながら話し合っていたのだ。わざわざ淹れ直してくれるとは、気が利くな。

 

 ぼんやりと待っていると、ヒスイさんがティーポットとシュガーポットを両手に持って戻ってきた。

 

「ヨシムネ様、こちら、先日話題に上がっておりましたモッコスです」

 

「ん? ああ、惑星ヘルバで採れるとかいうお茶の仲間か」

 

 ヒスイさんが、食後のお茶を飲んだ湯飲みに、モッコスなるお茶を注いでいく。うーん、湯の色は、茶色だな。

 

「私も試すのは初めてですが、はたしてどのような味か……」

 

「ブリタニア人が愛飲しているっていうんだから、外れってことはないだろう。どれ、いただきます」

 

 湯気を立てる湯飲みに息を吹きかけ冷まし、ひとくち口に含み、飲み込む。

 むうっ、これはっ……。

 

「すごいうま味。なにこれ、もはやスープじゃね?」

 

「しかし、塩味はありませんね」

 

「凝縮されたきのこ汁って感じが……」

 

「砂糖を入れても美味しいらしいですよ」

 

 本当にー……?

 俺は、シュガーポットから角砂糖を取り出し、湯飲みに入れて食卓の上に用意されているティースプーンでかき混ぜてみた。

 そして、また一口。

 

「う、美味え……なんだろう、飲む茶碗蒸し、甘味バージョンみたいな……」

 

「慣れればやみつきになりそうですね」

 

「こんだけ強いうま味、そりゃあやみつきにもなるわな」

 

 そんな会話をしていると、ぬあー、とイノウエさんの鳴き声が聞こえ、イノウエさんが食卓に近づいてきた。

 よく見ると、なんと背中にマンドレイクのレイクを乗せている。

 

「なんぞ……?」

 

 レイクがすごくわっさわっさと葉っぱを動かしている。

 

「惑星ヘルバ原産のモッコスの香りに反応しましたかね?」

 

「同じ惑星の植物だからか。でも、反応したとは言え、何を伝えたいんだ」

 

「さあ? そもそもレイクには、高度な知性があるわけでもないですからね」

 

「うーん、なんなんだ」

 

 我が家のメンバーの中で、レイクが一番得体の知れない存在だな、と感じるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。先日はグリーンウッド閣下の配信にお邪魔したけど、みんなチェックしていたかな?」

 

「助手のヒスイです。コラボ配信では、ヨシムネ様もなかなかの活躍でしたね」

 

『わこつ』『うわー、ヨシちゃんだー!』『わこつ。見たよー』『スーパーエース様じゃー! 道を空けろー!』『どうなるかと思ってたけど、相性よかったですね』

 

 うむうむ、しっかり向こうの配信も見にいったようで何よりだ。

 

「それじゃあ、今日もだらだらゲーム配信していくぞー」

 

『だらだら』『あんまりヨシちゃんには合わない言葉だな、だらだら』『全力でゲームにぶつかっていくスタイル』『くっ、このゲームもヨシムネゴリラに制圧された! って感じ』

 

「お前ら、俺が何も言わないからって、ゴリラ定着させようとしてない? 断固拒否するぞ」

 

『気のせいウホ』『ウホウホ。ヨシちゃん可愛いウホ』『か弱いガール過ぎて困っちゃうウホ』『バナナ食うウホ?』

 

「うるせー! バナナスムージー飲んで、オシャレなゆるふわガールごっこすんぞこら!」

 

 過剰なイジりはダメ、絶対!

 

『ゆるふわはヨシちゃんから一番遠い言葉だわ』『なぜバナナスムージーがオシャレ』『スムージーに何か秘密が……』『いやきっとバナナに脳筋成分を中和する何かが』

 

「あ、いや、単に俺のいた時代の日本で、スムージーがそんな感じの女性向けオシャレアイテムだっただけです……」

 

 冷静に返されると辛い!

 

「それでは今日プレイするゲームを見ていきましょうか」

 

 ヒスイさん、まさかのスルー!

 

「くっ、今回はヒスイさんに免じて勘弁してやろう……」

 

『何この流れ』『謎』『不条理ギャグ漫画かな?』『こんな混沌とした流れを作り出せるとは、ヨシちゃん成長したなぁ』『混沌系配信者ヨシ』

 

 もう突っ込まんぞ!

 

「さてさて、今回やるゲームは、またもやインディーズゲーム。これも、インケットで入手したゲームだ。タイトルは、こちら!」

 

 俺がそう言うと、謎の効果音と共に、ヒスイさんが腕の中にゲームアイコンを出現させた。

 

「『僕らの地球を守れ! 20世紀地球防衛軍』!」

 

『おー』『20世紀』『ヨシちゃんと1世紀ニアミス』『宇宙人とでも戦うのかな?』

 

「俺は20世紀生まれでもあるから、20世紀ネタも終盤ならカバーしているぞ。このゲームもおそらくカバー範囲のネタだな」

 

 俺が視聴者コメントにそう答えると、続いてヒスイさんがゲーム説明を始めた。

 

「この作品は、地球に飛来する計四体の宇宙怪獣を地球防衛軍所属の主人公が撃退するゲームとなっております」

 

「四体か。少ないな」

 

「インディーズですからね。予定では、本日の配信中にゲームクリアとなります」

 

『それくらいの長さの方が、見る側としてはスナック感覚で楽しめるわ』『長編ゲームは一回見逃しちゃうと付いていきにくくなるからね』『怪獣ってことはでかいのか』『宇宙人じゃなくて宇宙怪獣だったかー』

 

 ふむふむ、長期シリーズになる配信にも問題はあるのか。選ぶゲームは今後も考えていかないと行けないな。

 頭の片隅に入れつつ、俺は配信を先に進めることにした。

 

「それじゃあ、『20世紀地球防衛軍』、開始だ!」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんがいつも通りにゲームアイコンを掲げ、SCホームの背景が崩れていった。

 

『僕らの地球を守れ! 20世紀ぃー、地球防衛軍!』

 

 謎の声によりタイトルコールがなされ、タイトル画面に周囲が変わった。

 タイトル画面は宇宙で、一匹の怪獣が地球に向けてゆっくりと飛行している姿が映っている。怪獣のモチーフはおそらく亀で、つるりとした甲羅に手足を引っ込め、頭だけ出して甲羅から火を噴きながら地球を真っ直ぐに目指している。

 

「いきなり怪獣が来たなぁ」

 

「亀型怪獣のタトラですね」

 

「タートルにラでタトラか? 安直だが、こういうのは安直なくらいがいいのか。それよりも、亀の怪獣って、俺の中では正義の味方なんだけど」

 

「このゲームでは、ただの文明の破壊者です。倒しましょう」

 

「はいよー。じゃあ、はじめからでゲームスタートだ!」

 

 はじめからを選ぶと、『ステージ1 タトラ襲来!』とテロップが表示された。さらに、背景にあった地球にカメラがフォーカスされ、地球が急速度で近づいてくる。

 そして、ヨーロッパのイギリスにどんどんと近づいていき、イギリス本土からややそれて海上へ。海上には一つの島があり、その島に建つ巨大な建物の近くでカメラの動きが止まった。

 建物の前で、テロップが流れる。

 

『地球防衛軍本部』

 

 すると、視界が暗転し、今度は建物の内部が映った。

 

『キャラクターの性別を選択しよう!』

 

 視界の中に、いかにもな青い隊員服を着た男女二人のキャラクターが現れた。

 操作キャラの選択か。とりあえず女っと。

 目の前に出てきたメニューから性別を決定すると、俺の意識が女性キャラクターに乗り移るのを感じる。

 

『あなたの名前はモロボシ・アンヌです』

 

 モロボシって、巨大ヒーローにでも変身するのかよ。

 

『うわっ、ヨシちゃんずいぶんグラマラスになって』『いつもの美少女路線とはまた違う美女だわ』『悩殺!』『ぴっちりした服だなぁ』

 

 服装は、まあ伝統だからね?

 

『地球に宇宙怪獣が接近! 対宇宙怪獣特務隊は速やかに所定の配置に付け!』

 

 と、突如そんなアナウンスが建物内に響く。

 すると身体が勝手に動いて、俺はどこかに駆けていく。

 自動移動で十数秒ほど経つと、なにやら多数のメカが置かれた格納庫に着いていた。

 

『操作する秘密兵器を選ぼう!』

 

「ふむ? メカを選べばいいのか?」

 

『ヨシムネ様、聞こえますか?』

 

「あ、ヒスイさん。ああ、今、秘密兵器を選べって出たところ」

 

『このゲームでは、地球防衛軍所属の対宇宙怪獣特務隊隊員となり、地球防衛軍が作りだしたメカに乗って怪獣と戦います。怪獣の特性とメカの特徴により有利不利がありますが、一体目はどのメカに乗っても難易度は変わりません』

 

「なるほどなー。メカに乗るのか。EDFじゃなくてウルトラ警備隊か。そうだな、20世紀だもんな」

 

 俺は地球防衛軍になって歩兵として宇宙からの侵略者と戦うゲームを想像していたが、20世紀の防衛軍ならテレビの特撮の方が普通だよな。

 

「さて、どんなメカがあるかな」

 

 俺がそう言うと、目の前に機体一覧のメニュー画面が開いた。

 ふむ、機体の外観とスペック、そして概要が書いてある。

 オーソドックスな流線形の戦闘機に装甲戦車、ドリル付き装甲車、円盤状の戦闘機なんかもあるな。

 

「いろいろあるな。あ、潜航艇は今回選べないようだ。水辺が舞台じゃないんだろうな。亀の怪獣なのに」

 

 そう言ったら、宇宙怪獣の特徴を示す画面もポップアップしてきた。

 

 ふむふむ、タトラ。惑星タトに生息する怪獣。惑星タトは水が存在しない灼熱の星で、タトラは岩を好んで食べていた。

 

「岩石食とか、おとなしい怪獣じゃねえの?」

 

『コンクリ食うなら20世紀の建物が危ない』『金属も食いそう』『人類の天敵じゃん』『駆逐しないと』

 

 物騒だなぁ。

 まだ続きがあるな。タトラは様々な岩石や鉱物を片っ端から食い尽くしてきた。そしてあるとき、宇宙の彼方から匂ってきた新種の金属の香りに魅了され、その匂いを辿り地球へとやってきた。

 

「まあ、地球人はいろんな金属を精錬しているからな。自然には存在しない配合とかもあるだろうし」

 

 その金属の名は、ウルトラ合金。地球防衛軍の秘密兵器に用いられる新種の合金である。

 

「って、怪獣の地球来襲の原因、地球防衛軍じゃねーか!」

 

『知ってた』『因果応報』『何が『僕らの地球を守れ!』だよ!』『大丈夫? 終盤になって防衛軍で反乱起きない?』

 

 このあたりの説明はフレーバー要素だと思うから、大丈夫だろう多分……。

 

 ともあれ、俺は乗り物の中から円盤状の戦闘機を選び、乗り込んだ。

 すると、通信越しに男の声が聞こえる。

 

『地球防衛軍特務隊、発進!』

 

 今の声は誰だろう。

 

『地球防衛軍の総司令だそうです』

 

 ヒスイさん解説サンキュー!

 

 と、操縦桿を握ると視界が暗転し、BGMが切り替わり第三者視点へと変わる。

 そこは、建物の外だった。

 ヤシの木が周囲に植えられた屋外プール。そのプールが横にゆっくりとずれていく。ずれた元の場所にはぽっかりと穴が空いており、奥に人工的な広い空間が見える。

 すると次の瞬間、穴の中から円盤状戦闘機が、勢いよく飛びだしてきた!

 

 そこで、タイミングよく新たなBGMが鳴り響く。

 って、このBGM……。

 

「ワンダバじゃねーか! 『サンダーバード』かと思ったら今度はこれとか、本当に20世紀の特撮いいとこ取りだな!」

 

『うーん、ネタが解らん』『好き者が作っているのは解る』『ザ・インディーズゲームって感じの趣味の詰め込みっぷりを感じる』『ヨシちゃん嬉しそうだなぁ』

 

 特撮は別に好きじゃないが、こう、趣味全開の物を見せられるとつられて笑顔になっちゃうところがあるな。

 そうして第三者視点のカメラは、しばらく飛行する円盤状戦闘機を映していたが、やがて視界は戦闘機内部のアバターへと戻った。

 アバターであるモロボシ・アンヌは操縦桿を握り続けており、まだ冷たい操縦桿の金属の感触が手の平から伝わってくる。

 

 操縦のチュートリアルもなしにぶっつけ本番で怪獣とバトルとか大丈夫だろうか、と思ったが、頭の中に操縦の仕方が流れ込んでくる。

 

「むむっ、操縦の仕方がなぜか解るぞ。どういうことだ?」

 

『SC式学習装置の応用やね』『ゲーム時間の短縮になっちゃうから採用するゲームは少なめだけど、たまにある』『プレイ時間の短さなんて知ったこっちゃねえという気概を感じる』『まあ楽ですよね』

 

 そういうことか。それなら問題なしだ。

 と、そんなやりとりをしている間に、戦闘機内部のモニターにタトラの存在が映った。

 

「よっしゃ、いっちょう、地球を守ってやるとしますかね!」

 

 戦いが今、始まる!

 



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92.僕らの地球を守れ! 20世紀地球防衛軍(操縦アクション)<2>

 怪獣タトラに向かって円盤状戦闘機を駆る。

 21世紀に居た頃はフライトシミュレータ系のゲームもやってきたが、こうやってコックピットに乗って動かすのは初めてだ。

 しかも、普通の戦闘機とは違い、慣性を無視して真横や真後ろに移動できたりもできるので、フライトシミュの感覚でいたら機体を使いこなせそうにない。操縦の仕方は頭に叩き込まれたが、だからといっていきなり自由に動かせるわけでもないのだ。

 

 タトラは大都市に上陸し、うつ伏せになって建造物をむさぼり食っている。

 ふーむ、ここはどの街だろうか。

 

『20世紀イギリスのロンドンです』

 

 サンキュー、ヒスイさん! 今日もいい助手しているな。

 じゃあ、今バリボリ食われているのは、ビッグ・ベンか。名所は怪獣に破壊される運命にあるから、ロンドン市民の皆様は諦めてくれたまえ。

 

『あれがビッグ・ベンか』『今じゃ残ってないからなぁ』『インディーズゲーでよくこんな昔の風景再現できたな』『700年前か』

 

 そうか、俺には映像で馴染みの深い風景でも、未来の人達にとってはそうでもないのか。

 ともあれ、これ以上歴史ある建物を壊させるにはいかない。

 俺は、操縦桿の左手側にあるボタンを押した。

 

 戦闘機から二発のミサイルが発射され、食事に夢中でこちらに気が付いていないタトラに命中して、大爆発を起こした。……周囲の建物を巻き込んでだ。

 

『ヨシちゃんやりすぎじゃね?』『どちらが文明の破壊者なのか』『これ、最後の決め技の類じゃないかなぁ』『ウェストミンスター宮殿崩壊!』

 

「無防備なところに最大の火力を叩き込むのは常識だろう。周辺被害はコラテラルダメージだ」

 

 便利な言葉だよね、コラテラルダメージ。軍事目的の為の、いたしかたない犠牲だ。

 まあ、タトラがあそこまで近づいていたなら、民間人はみんな逃げているだろう。大丈夫、大丈夫。

 

 と、タトラがこちらを向いた。

 俺は操縦桿を操り、タトラの周囲を回りながら、右手のスイッチでレールガンを相手に叩き込んでいく。

 だが、気にした様子もなくタトラは立ち上がり、その牙が生えそろった口を開くと、突如火を噴いてきた。

 

「ぎゃあ!」

 

 目の前のモニターが火で真っ赤に染まる。

 

『どうしたヨシちゃん、いつもの回避は?』『完全に油断したな』『怪獣と言えば口から噴射だろうが!』『視聴者に怪獣ガチ勢が混じってない?』

 

 く、確かに油断した。

 戦闘機が展開している電磁バリアの強度は、残り90%だ。バリアを全部失えば、後は怪獣にスクラップにされる末路が待っている。

 

 タトラがさらに火を噴こうとしたので、俺は慌てて機体位置を下げ回避。反撃にレールガンを撃つ。

 だが、あまりレールガンは効いた様子がない。

 

『ヨシムネ様、タトラの胴体は硬く、さらに背面はほぼ攻撃を無効化されます。手足や頭を狙ってください』

 

 そうヒスイさんからの助言が入る。

 

「最初のミサイルが効いた様子がないのはそれか!」

 

 あのときのタトラ、うつ伏せになっていたからな。甲羅に命中したのだろう。

 

 俺は、狙いを変えタトラの足を撃ち始めた。すると、タトラは悲鳴を上げてその場に転げた。

 

『効いてる、効いてるよ』『一匹目から部位狙いが必要とか、難易度高めだな』『ただの兵器一機が怪獣を圧倒しすぎるのもどうかってなるし……』『ヨシちゃん頑張れー!』

 

「頑張るー! って、こいつ、手足引っ込めやがった」

 

 うつ伏せになり手足を甲羅の中に引っ込める、いかにも亀らしい守りの型を取るタトラ。

 仕方ないので頭を狙おうとした次の瞬間、タトラの引っ込んだ手足の穴から火が噴射され、空にいるこちらに向けてタトラがすっ飛んできた。

 

「ぬお、ぬおおおお!?」

 

 咄嗟に回避しようとしたものの、タトラはバリアをかすめていった。バリア強度残り75%!

 さらにタトラはブーメランのように旋回して、またこちらを狙い始める。

 

 

「くおー、ぶつかる!」

 

 操縦桿を右に!

 それからしばらく、俺とタトラとのドッグファイトが続いた。タトラは体当たりだけでなく、飛びながら口から火炎噴射も仕掛けてきて、なかなかスリリングな戦いになった。

 そして。

 

「よし、地面に叩きつけたぞ!」

 

 俺は地面すれすれを飛んでから上に飛び上がることで、タトラの体当たりを回避。すると、タトラは体当たりの勢いで地面へと突き刺さった。

 頭からウェストミンスター宮殿の瓦礫に突っ込んだタトラは、完全に無防備である。

 俺は、手足を出してばたついているタトラの足に向かって、電磁ビーム砲をお見舞いした。

 発射するには溜めが必要だが、威力は十分。電磁ビームによりタトラは吹き飛び、今度は仰向けになって無防備な姿をさらに晒す。

 今度は頭に向かって電磁ビームを叩きつけると、タトラはその場で鳴き声を上げ、やがて動かなくなった。

 

『ミッションコンプリート』

 

 そんな音声が流れ、BGMがいかにも勝利しましたという風な曲調に変わる。

 

『ご苦労だった。帰投してくれ!』

 

 そんな総司令だかの声が聞こえ、視界が暗転する。

 セーブしますか? とシステムメッセージが流れたのでセーブをしておく。

 そして。

 

『ステージ2 バフラ出現!』

 

 そんなテロップが黒い背景に白文字で表示される。

 次の怪獣はバフラというのか。

 

 そう思っていると、視界が晴れ、俺はどこかの都市の上空を見下ろしていた。

 アバター視点ではなく、第三者視点のようだ。

『ソビエト連邦 モスクワ』と表示されたが、その都市は怪獣に蹂躙されていた。

 

 芋虫を彷彿とさせる、それでいてグロテスクさの薄い巨大な怪獣が、地を這いモスクワの市街地を進む。

 怪獣バフラの進む先は、白い立派な建造物……。テロップに、『ベールイ・ドーム』と表示される。

 ふむ、ベールイ・ドームとは?

 

『ソビエト連邦の最高会議ビルですね。ヨシムネ様に解りやすく言うと、国会議事堂です』

 

 さすがヒスイさん、的確な説明だ。

 ふーむ、なるほど、つまりはソビエトの中心地ってことか。その中心地さん、何やら怪獣バフラにのしかかられているぞ。

 そして、バフラが口から白い糸を吐き出し始めた。

 糸はバフラを覆っていき、見る見るうちに繭へと変わった。

 

 国会議事堂に繭を作る芋虫怪獣。うーん、この20世紀の特撮へのリスペクトよ。本当に27世紀人が作ったゲームなのか。

 

 そう考えていると、また視界が暗転し、モロボシ・アンヌへの視界へと変わる。

 

『ソビエト連邦に宇宙怪獣が出現! 対宇宙怪獣特務隊は速やかに出動の準備をせよ!』

 

 そんなアナウンスがなされると、身体が勝手に動き、格納庫へと駆けていく。

 さて、次の秘密兵器は何を選ぶかな。まずは、怪獣の情報をチェックだ。

 

 ふむふむ、宇宙を回遊する蚕型宇宙怪獣バフラとな。

 彼らは産卵するのによい場所を求めて、惑星に降り立つと。

 かつて地球に成虫状態のバフラが来襲したことがあり、地球防衛軍によって撃退されたが、今回のバフラはそのときに産み付けられた卵が孵化した可能性が高いとな。

 アフターケア全然なってないな防衛軍。

 

「しかし、なんでベールイ・ドームを繭作る場所に選んだのかね?」

 

『形がしっくり来たとか?』『高くて安定している場所が、飛び立つのにいいとか』『それだ』『製作者の人そこまで考えているのかな……』

 

 ともあれ、今は繭だが戦うことになるのはおそらく成虫だ。きっと空を飛ぶだろう。

 ということは、選ぶならこちらも空を飛べる秘密兵器だな。

 

「うーん、円盤状のはもう乗ったから、こっちの流線形の戦闘機で行くか」

 

 使う兵器を決め、戦闘機に乗り込む。

 操縦桿を握ると、視界が暗転しBGMが発進シークエンスの曲へと切り替わる。

 

 俺はまたもやアバターから離れ、地球防衛軍本部のある島を上空から眺めている。

 その島にある山には崖があり、その崖の下にある岩肌が突如下にスライドし、四角い穴をぽっかりと開ける。その穴は人工的なトンネルとなっており、奥から流線形の戦闘機がゆっくりと前へと進んできた。トンネルは格納庫につながっていたのだ。

 

 戦闘機は底部の車輪で舗装された道を進んでいき、やがて道の途中で停止した。

 すると、戦闘機が乗った道の一部が突然動き出し地面から浮き上がり、戦闘機の機首を持ち上げるように斜めに傾斜し始めた。

 

 傾斜する道は、さながら発射台のようであった。板状になった道に持ち上げられ、空を見上げるように斜めを向く戦闘機。

 そのまま数秒静止状態が続くが、やがて戦闘機のアフターバーナーが火を噴き、戦闘機は勢いよく空に向けて飛び立った。

 

 そこでBGMが、光の巨人が出てくる特撮でお馴染みのワンダバへと変わる。もはや様式美である。

 

 そして視界がコックピットへと戻る。

 操縦桿を握る戦闘機は、またもや俺に操縦方法を伝えてきた。

 俺は調子に乗って、機体を横に回転させ、一ひねり、二ひねりと回って見せた。

 

「よし、良好!」

 

『円盤のやつより速そうやね』『見た目も格好いいし』『普通の戦闘機と同じ動きなら、円盤より自由度はなさそう』『ヨシちゃんに扱いきれるかな?』

 

「任せてくれ、フライトシミュ系のゲームは21世紀で結構やりこんだぞ」

 

 円盤の動きが真横や真後ろに動くシューティングゲームの自機だとしたら、こっちの戦闘機はオーソドックスなフライトシミュレータ系の動きだな。

 

 と、コックピットのモニターにモスクワの市街地が見えてきた。

 冷戦期のソビエト連邦にこんな怪しい戦闘機がやってきて、スクランブル発進とかされないのかと思うが、そこはゲームだからと気にしないことにしよう。

 その代わりに、ベールイ・ドームを覆う繭に向けて、複数の戦車が砲撃を加えている。

 効いている様子はないが……どれ、俺も一発お見舞いしておこう。流線形戦闘機の装備、ビームバルカンを繭に向けて撃ち込んだ。

 すると、繭は弾け、中から怪獣が飛びだしてきた!

 

「来た来た。おっ、綺麗な蚕の成虫だな。もふもふしている」

 

『虫苦手だけど、これは可愛い』『虫特有の複雑さがないからかな?』『グッドデザイン』『これ、倒す必要ある?』

 

「放っておけば宇宙に勝手に飛び立っていきそうだよな」

 

 と、怪獣バフラの周囲を旋回しながら視聴者コメントに言葉を返していると、空に滞空しているバフラに戦車が砲撃を加えた。

 すると、バフラが反撃とばかりに羽をはばたかせ、鱗粉が光ったかと思うと、複数のレーザーへと変わり戦車隊を襲った。

 

 戦車はなすすべもなくレーザーに飲まれ、消滅した。

 

「はい、怪獣さん人類を襲いましたー。ギルティです。処刑します」

 

 俺はそう言うと、操縦桿を操り、戦闘機の機首をバフラの方へと向けた。

 

『ねえ今の怪獣、正当防衛……』『いやあ過剰でしょう』『あくのうちゅうかいじゅうをやっつけろ!』『このまま空中戦かぁ。コックピットからの眺めじゃなくて、空から第三者視点で観戦したかった』

 

 まあ、視点に関しては、VRゲームである以上仕方ないことでね?

 

 ともあれ、戦闘はすでに始まっている。俺は狙いをつけてビームバルカンを撃ち込んでいく。

 ビームは直撃し、バフラは身をくねらせてもだえ、そして羽をはばたかせて空を移動し始めた。なかなかに速い動きだ。

 

 それから俺とバフラによるドッグファイトが始まった。

 

 背後を取ってビームバルカン、上空を奪って対地爆弾。

 的確に攻撃を加えていくが、相手も負けてはいない。

 はばたき鱗粉レーザーに、口から雷撃まで放ってくる。雷撃は避けても追尾してこちらの電磁バリアを削ってくるので、背後は絶対に取られないようにしなければならない。

 

 そうして、空中戦を繰り広げること五分あまり。

 

「よっし! 羽損傷! 落ちたぞ!」

 

 ビームバルカンの連射でバフラの右羽が傷つき、バフラはモスクワのクレムリン大宮殿らしき場所に墜落した。

 

『チャンス!』『今です!』『いけー、ヨシちゃん!』『立派な建物ごとやれっ!』

 

 俺は地面に機首を向け、ミサイル発射のボタンを押す。すると、機体から二本のミサイルが飛び出していく。それと同時に俺は操縦桿を操り、機首を空に向け地面との衝突を免れる。

 次の瞬間、機体の背後で大爆発が起きた。

 

 機体を旋回させバフラを確認すると、その身体は宮殿ごとバラバラになっていた。

 

『ミッションコンプリート』

 

 そう音声が流れ、BGMが勝利曲へと変わり、総司令から通信が入る。

 

『よくやった。都市の被害は甚大だが、それは我々上の者が気にすることだ。胸を張って帰投してくれ!』

 

 さあ、残りの怪獣は二体だ。はたしてどんな怪獣が待ち受けているのか。

 俺は期待に胸を躍らせ、暗転する視界に身を任せたのだった。

 



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93.僕らの地球を守れ! 20世紀地球防衛軍(操縦アクション)<3>

『ステージ3 スンガ激動!』

 

 アメリカ合衆国の東にある海の上を軍艦が進んでいる。哨戒中なのだろうか。

 軍艦の周囲には何もなく、ただ波の音だけが響きわたっている。

 

 だが、その平和はいつまでも続かない。海面が大きく波打ったかと思うと、海中から巨大な何かが飛び出してくる。

 それは、竜のあぎと。東洋の伝説に伝わる竜が、海から顔を出したのだ。

 

 軍艦はとっさに砲撃を開始するが、竜はそれを気にした様子も見せず、逆に頭を軍艦に近づけていく。

 そして次の瞬間、竜は軍艦にかじりついた。金属で作られた軍艦だが、竜はそれを軽々と咀嚼。しかし、味が気に入らなかったのか、竜は口からひしゃげたスクラップを吐き出す。そして、口から水流を吐き出して軍艦を完全に破壊した。

 

 軍艦を沈めた竜はおたけびを上げ、再び海の下へと潜っていくのであった。

 そこで視界が暗転し、モロボシ・アンヌのアバターに意識が戻る。

 

『海蛇怪獣スンガの位置を捕捉! 対宇宙怪獣特務隊はただちに出撃せよ!』

 

 そのアナウンスを聞き、アバターが自動で格納庫に駆けていく。

 次の怪獣は、竜かと思ったら海蛇か。でも、デザインは明らかに東洋の竜だったな。

 俺は、格納庫で怪獣の情報をチェックする。

 

 怪獣スンガは水の星に生息していた怪獣だが、とにかく食いしん坊で、星の水中に住む全ての生物を食い尽くしてしまった。

 そこで、空を飛べ宇宙も飛べるスンガは、宇宙でも珍しい水の星である地球に目をつけ、大西洋に落下した。

 その後、地球防衛軍はスンガの居場所を探していたが、アメリカ東海岸にて今回発見された。

 

 スンガはとにかく水が好きで、空も飛べるが海から出ようとはしないと推測される、か……。

 

「乗り込む機体は……おっ、水中兵器が解放されているな」

 

 潜航艇に、海底を進む戦車もある。

 

『せっかくだから水中兵器に乗ろうぜ!』『戦闘機で行って、水中に潜られるとどうしようもないですからね』『うーん、逆に水中の方が、怪獣が強くなるかも』『ヨシちゃんの判断に任せる!』

 

 俺は少し悩んでから潜航艇を選び、すぐさま機体に乗り込む。

 

 そしてまた第三者視点で発進シーンだ。

 まずは空中輸送機が、大西洋の西側まで飛んでいく。すると、輸送機は海面に向けて巨大なカーゴを放り出した。そして基地へと帰っていく輸送機。

 一方、海面上を漂うカーゴ。カーゴに取り付けられていたハッチが開き、そこから水中に向かってレールが伸びていく。

 さらに、ハッチの奥から潜航艇が姿を見せ、レールを伝って海の中へ潜航艇が発進する。

 

 海の中を進む流線形のフォルムをした潜航艇。

 ここでまたワンダバに曲が変わり、潜航艇のコックピットで操縦桿を握るモロボシ・アンヌのアバターに意識が戻る。

 

 ふーむ、水中を進む潜航艇だが、操縦の基本は戦闘機とあまり変わらないようだな。ビームやレーザーといったエネルギー系の武装がない代わりに、小型魚雷がたんまり積まれている。それと、銃弾の代わりにニードルガンが装備されていた。

 一通りの武装を確認したところで、俺は潜航艇を加速させて前へと進む。

 

『はー、海中もしっかり作り込まれているんだな』『魚が泳いでおる』『こういうのはゲーム製作者用にプリセットが売っているよ』『そうなのか。インディーズゲーム業界も奥が深い』

 

「あー、21世紀でも、ゲーム製作者用にRPGの素材とかがネットで提供されていたりしたな。だから、フリーゲームのRPGもいろいろプレイしたもんだ。後は安値で販売されているエロ同人RPGとかも」

 

『ヨシちゃん今なんて?』『えろえろヨシちゃん』『この配信チャンネルは健全! 健全です!』『ヨシちゃんも以前は健全なおのこ。えっちなゲームくらいたしなむさ』

 

「いや、ごめんて。配信で流したわけじゃないんだから、過去のちょっとした所業は許せ」

 

 そんな無駄話をしている間に、海獣スンガの尾がコックピットのモニターに映し出された。

 BGMがワンダバから、戦闘用の曲へと切り替わる。

 

 スンガはまだこちらに気づいていないようで、尾をたどって頭部を見ると、何やらクジラを食している最中のようであった。

 食いしん坊怪獣か。クジラを全て食べつくしたら、今度は普通の魚を全て飲み込んでしまうのだろうな。

 

「許さん……地球の水産資源は全て20世紀の人類の物だ!」

 

『いかにも20世紀人らしい台詞!』『この発想が第三次世界大戦と太陽系植民地支配に繋がるんですねぇ』『傲慢ヨシちゃん』『まあ、今も無生物惑星は資源掘り放題しているけどな、人類』

 

 一応言っておくけど、ジョークだからな。

 さて、お馴染みとなった、無防備なところへの攻撃だ。小型魚雷、全門発射!

 

 四つの魚雷が泡を吹いて海中を進み、クジラを噛み砕いている頭部へと突き刺さった。

 大きな爆発が起き、潜航艇まで衝撃が伝わってくる。

 

 のけぞったスンガだったが、すぐにこちらを向き、口を開いて威嚇を行なってくる。

 いや、威嚇ではない、水流噴射だ!

 

 俺はとっさに操縦桿を動かし、水流を回避した。

 

「ふう、危ない危ない」

 

 そうして、戦闘は開始される。

 怪獣スンガの特徴は、その長い胴体。ただの的にしか思えないこれだが、鞭のように操ってきてなかなか油断ができない相手だった。

 さらには、水流を操りこちらの動きを誘導して、胴体で巻き付き攻撃をしてこようとする。

 さすがに巻き付きを食らっては、電磁バリアでも耐え切れそうにない。俺は操縦桿を必死に操り、竜の胴体から逃れていった。

 俺も負けじと、小型魚雷を何度もその胴体へと叩き込む。

 そして。

 

「おらっ! ニードルガンじゃ! むっ!?」

 

 顔に接近し巨大な針を命中させたところ、スンガの雰囲気が変わる。

 胴体を埋め尽くしていた鱗が盛り上がり……なにやらトゲトゲとしたフォルムへと変化した。さらにはとぐろを巻き、円盤状に姿を変える。

 そして、スンガはそのトゲトゲの目立つ円盤状の姿のまま、体当たりをしてきた。その攻撃を予想していた俺は、潜航艇を急発進させ、攻撃を回避する。

 

『第二形態!』『うわあ、攻撃力高そう』『竜だからどんな神秘的な攻撃してくるんだろうと思ったら、まさかの物理特化』『ヨシちゃん頑張れー!』

 

「が、頑張るー。さすがにあれに当たったらまずいよなぁ」

 

 できるだけ距離を取って戦いたいが……でもこの機体の決め技、パイルバンカーなんだよなぁ。

 俺はとりあえず離れたところから小型魚雷を撃って、チャンスを待つことにした。

 

『!? ヨシちゃん、今、色の違う鱗が』『マジ?』『それって逆鱗じゃねえの?』『弱点!』

 

「むむっ! どこだ!? オペレーターのヒスイさん!」

 

『今回私はオペレーター役ではないのですが……アゴの下あたりです』

 

「さすヒス! よし、見つけた! ニードルガンを食らえ!」

 

 色の違うトゲトゲした鱗に近づき、針を撃ち込む。すると、スンガが大きくのけぞったので、チャンスとばかりに逆鱗へ近づき……。

 

「パイルバンカーだ!」

 

 はいドーン! 命中だ!

 杭に撃ち抜かれたスンガは、その身から力をなくしていき、海の底へと沈んでいった。

 

『ミッションコンプリート』

 

 勝利だ!

 

『よくやってくれた! 回収班を寄越すので、カーゴに帰還してくれ!』

 

 そんな総司令の言葉を聞きながら、俺はステージクリアの余韻に浸るのであった。

 そして、セーブをするとすぐさま次のステージが始まる。

 

『ステージ4 ベヒロン星人上陸!』

 

 第三者視点に切り替わる。風景はどこかの都市部の海岸線だ。テロップには、『日本 東京』とある。

 最終ステージが東京かー。そう思っていると、海の中から怪獣が現れ、陸地に近づいてくる。

 いや、待て。これは怪獣か? フォルムは人型に近い。表皮のゴツゴツさはいかにも怪獣といった感じの質感だが、シルエットは人間だ。

 そうか、こいつの名前はベヒロン星人。宇宙怪獣でありつつも、巨大宇宙人でもあるわけか!

 

 陸上に上陸したベヒロン星人は、複眼となっている目から怪光線を放ち、陸地にある建物を破壊する。そして、手を振り回してビルなどを破壊していった。

 ベヒロン星人は街を崩壊させながら陸地の奥へ奥へと進んでいく。

 そして、ベヒロン星人の歩みに従って動くカメラに映ったのは……東京タワー!

 

 東京タワーを見たベヒロン星人は手に光をまとわせる。そして、その手刀を横薙ぎに払った。

 

 ああー! 東京タワーが折れた! お約束過ぎる!

 なすすべもなく蹂躙される東京の街。

 光の巨人ー! 助けにきてくれー!

 

 そんなことを思っていると、視界が暗転し、俺は地球防衛軍本部のモロボシ・アンヌのアバターに再憑依した。

 

『日本にベヒロン星人が出現! 対宇宙怪獣特務隊は決戦兵器を用い、これに当たれ!』

 

 アナウンスと共に駆け出すアバター。

 すぐに格納庫へと到着したので、俺は早速ベヒロン星人の情報を表示させた。

 

 ベヒロン星人。銀河を支配する宇宙人で、地球侵略のためにこの地へと現れた。

 一度、地球防衛軍のメーザー兵器部隊がベヒロン星人と交戦したのだが、メーザー兵器部隊は壊滅。そのとき傷を負ったベヒロン星人は太平洋へと消えていた。

 ベヒロン星人の能力は多彩で、通常の秘密兵器ではさらなる敗北は必至。ゆえに、決戦兵器の投入を許可する、とある。

 

「決戦兵器ねー。どれどれ……」

 

 兵器の選択画面を表示するとそこにあったのは……合体ロボであった。

 五つの秘密兵器を合体させ、巨大な人型ロボットに変える新兵器。

 

 胴体と頭部が装甲戦車、右脚が潜航艇、左脚が海底戦車、右腕が流線形戦闘機、左腕がドリル戦車。そう合体することで、正義の使者テラガイアーが誕生するらしい。

 

「うーん、これはまた、日曜日の朝に登場しそうな代物が出てきたな……」

 

『合体とか熱いな!』『マーズマシーナリーじゃ補給できない成分だ』『合体! 合体!』『さあ、ヨシちゃん、乗り込むんだ!』

 

 このロボ好き視聴者どもめ。今日も抽出コメントが偏っておるわ。

 まあ、俺も好きだけどな、合体!

 

 この合体ロボ以外は兵器の選択肢がないようだったので、俺は早速、胴体となる装甲戦車に乗り込む。

 操縦桿を握ると、視界が切り替わり、発進シークエンスへと移る。

 

 地球防衛軍本部の島から、五つのマシンが発進していく。そしてそれらのマシンは空を飛び変形し、胴体の形となった装甲戦車にそれぞれのマシンが近づいていく。

 まずは腕、次に脚。順番に胴体へと合体していく。

 そして、胴体から頭が出てくると、合体ロボはポーズを取り、島の上に着地した。

 

「正義の使者、テラガイアー!」

 

 合体終了と共に、カメラに正面から映った操縦席のモロボシ・アンヌのアバターが、勝手にそう叫ぶ。

 

『ヨシちゃん?』『このおじさん少女、ノリノリである』『そうだね、中身は男の子だもんね』『一緒に叫びたかったー』

 

「いや、今のはアバターが勝手に喋ってだな……いや、まあいいや。出動だ!」

 

 最後のステージ、どんな戦いが待ち受けているだろうか。

 僕らの地球を守れ! 正義の使者テラガイアー!

 



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94.僕らの地球を守れ! 20世紀地球防衛軍(操縦アクション)<4>

 五つの秘密兵器が合体し、決戦兵器テラガイアーへと変わった。

 

 しかし今テラガイアーが居るのは、イギリス近海の島だ。ここからどうやって東京まで向かうのだろうか。

 そう思っていると、さらにもう一機のマシンが島から発進した。円盤状戦闘機だ。

 円盤状戦闘機は空中で変形すると、翼のような形となる。テラガイアーはその翼の飛行に合わせて飛び、テラガイアーの背中に翼が合体した。そして、そのまま高速で海の彼方へと飛んでいく。

 

 そこで視界が切り替わり、コックピットの操縦席に座るモロボシ・アンヌに意識が移る。

 周囲を見回すと、コックピットに居るのは俺一人だった。特に手足からの通信もない。合体したそれぞれの秘密兵器に、一人ずつ操縦者がいるというわけでもないようだ。

 

 俺は操縦桿を握り、コックピット前方のモニターを真っ直ぐ見る。

 頭の中に入ってきた情報によると、合体ロボの操縦は、両手に持つ操縦桿と足元にあるペダルで行なうようだ。

 

 鳴り響くBGMはワンダバではなく、激しいテンポのイカした曲だ。最終決戦仕様なのだろう。

 

「格好いい曲だなー。ワンダバといいこの曲といい、ゲームに合った曲だから汎用素材の曲を引っ張ってきたとかではないのかな?」

 

『自動作曲ツールを使用して作った曲のようですね』

 

 俺の疑問の言葉に、ヒスイさんがそう答えた。

 

「そんなツールがあるのか……。さすが27世紀。自動生成した曲も本格的だな」

 

『インディーズの製作者はツール使いが多いよ』『作曲家AIに曲依頼すると結構クレジットかかりますから』『はー、そんな事情が』『音楽勉強して自力作曲しようぜ!』『無茶を言いなさる……』

 

 学習装置とかいう代物で勉強が一瞬で終わる未来でも、作曲は難しいのか……。

 と、無駄話をしていたら東京だ。ベヒロン星人は街を徹底的に破壊している。折れた東京タワーが生々しい。

 

 ベヒロン星人は飛来する機影に気づいたのか、破壊の手を止め、空を行くこちらへと振り向いた。

 今回ばかりは無防備なところを先制攻撃とは行かないらしい。逆に、ベヒロン星人は複眼から怪光線を放ってきた。

 

 そこで背中の翼の合体が解かれ、テラガイアーは地上に投げ出された。怪光線は、下に落ちるテラガイアーと上に急上昇する翼の間を素通りしていく。

 そして、テラガイアーは無事に地面へと着地した。

 

「さあ、勝負だ!」

 

 ここでBGMが切り替わる。最終決戦らしい壮大な戦闘曲だ。

 その戦闘曲に背中を押され、テラガイアーはベヒロン星人と向かい合う。

 よし、先制攻撃は許したが早速攻撃だ。

 

「テラガイアーミサイル! って、ミサイルを撃ったら、アバターが勝手に喋ったぞ!」

 

『演出演出』『恥ずかしがらずヨシちゃんも叫んで行こ?』『心を解き放て!』『見た目は少女でも心は男の子だろぉ!』

 

「都合のいいときだけ男扱いしよってからに……あ、ミサイル外れた?」

 

 遠距離から撃ったミサイルはベヒロン星人に直撃するかと思えたが、ベヒロン星人はその場で光の粒子に変わりミサイルは素通りする。そして、横に一歩ずれてベヒロン星人が再出現した。

 

「なんだ、あの超回避」

 

『モロボシくん! こちら司令部! 総司令の私だ!』

 

 何やら通信が入った。戦闘中だぞ。

 

『ベヒロン星人はタキオンワープという技を使う! 銀河を駆け巡るための能力だな。隙を突かない遠距離攻撃は効かないと思ってよい』

 

「はー、やっぱり時代は近接戦闘か」

 

『メーザー兵器部隊もこのタキオンワープには苦しめられたのだ。くれぐれも注意してくれたまえ。以上だ!』

 

 通信が終わると共に、ベヒロン星人が目から怪光線を撃ってくる。

 回避は、できない! 光線を避けるほどの軽やかな動きは、さすがに合体ロボには不可能なようであった。

 俺は、甘んじて怪光線を電磁バリアで受け止めながら、ベヒロン星人に向けてテラガイアーを突進させた。

 

 突然の突進にベヒロン星人は怯んだのか、怪光線の照射を止めてしまう。

 よし、ここで左腕の武装を解放だ!

 

「テラガイアードリル!」

 

 円錐状のドリルが回転し、ベヒロン星人の胸をえぐる。

 

「さらに胸からテラガイアーバルカンだ!」

 

 火花を飛ばしながらベヒロン星人がのけぞる。

 さらに右腕からミサイルをゼロ距離射撃だ。

 

 大爆発を起こすベヒロン星人。煙がモニターをおおうが……。

 ミサイルの煙が晴れたところで見えたのは、手刀に光をまとわせたベヒロン星人の姿だった。

 

 ベヒロン星人の手刀から光の剣が伸び、奴はそれを振るいテラガイアーの胸部を切り裂いてくる。

 

「うわっ!」

 

 コックピットから火花が散る。電磁バリアはまだ強度が残っているが、バリアを突破してテラガイアー本体にダメージを与えてきたのだ。

 

「負けていられるか!」

 

 俺は操縦桿を強く握り、テラガイアードリルでベヒロン星人に殴りかかる。

 ベヒロン星人も、こちらの攻撃を食らいつつも光の剣をぶつけてくる。

 そんな正面からのぶつかり合いが数合続くが……。

 

「ダメだ、リーチの差がありすぎる。何か別の武器が……あ、あれだ!」

 

 俺はコックピットのパネルを操作し、物を拾う動作をテラガイアーに実行させた。

 手に持つ武装を落としてしまったとき用の操作だが……。

 

「テラガイアー東京タワーソード!」

 

 俺は、折れた東京タワーをテラガイアーの右手に握らせていた。

 

『ヨシちゃん何やってんの!?』『吹いた』『文明の利器』『20世紀の人類の象徴を武器に』

 

「テラガイアー東京タワー突きじゃあ!」

 

 すると、しっかり東京タワーにはダメージ判定があったのか、ベヒロン星人は衝撃に後ろへと下がった。

 そして、光の剣と東京タワーとで斬撃の応酬が繰り広げられる。

 だが……。

 

「そもそもあの光る手刀で折られたんだから、ぶつかり合うとそりゃあ東京タワーが負けるよな!」

 

 東京タワーソードはバラバラに切り裂かれてしまっていた。

 ふーむ、リーチのある近接武装を失ってしまったぞ。

 と、そこで司令部から通信が入る。

 

『剣を使うのは悪くない発想だぞ、モロボシくん! エネルギーチャージが終わったので、そちらに新武装を送る!』

 

 その総司令の言葉と共に、こちらに円盤状戦闘機が空を飛んで近づいてくる。

 それに気づいたベヒロン星人は目から怪光線を撃ち迎撃しようとするが、戦闘機はひらりひらりと怪光線をかわしていく。

 

 そして、テラガイアーの真上に停止した円盤状戦闘機が、変形をして剣の形を取る。

 変形終了すると、剣が落下してきてテラガイアーの右手に収まった。

 

「テラガイアープラズマブレード!」

 

 という名前らしい。今のは自動でアバターが喋った。

 

『格好いい!』『やっぱり剣だよなー』『東京タワーとは大違いだ』『お前ら、東京タワーも頑張ったんだぞ……』『頑張っても結果を残さないとね?』

 

 そうしてテラガイアーとベヒロン星人の剣戟が再開された。

 プラズマブレードはベヒロン星人の光の剣と打ち合ってもびくともせず、むしろ腕力で勝っているのか、つばぜり合いではこちらが押し切れていた。

 ベヒロン星人は苦し紛れに、もう片方の手にも光の剣を出し、二刀流で挑んでくる。いつの間にか場所を移動していたのか、戦闘の余波で国会議事堂が為す術もなく切り刻まれた。

 

『ねえこれで三カ国の議事堂破壊コンプリートなんじゃあ……』『ステージが海だったからか、アメリカだけは無事だったな』『なんなのヨシちゃん。20世紀の政治に不満でもあったの』『政治主張は健全配信では御法度だぞ!』

 

 くっ、突っ込み返す余裕がない……!

 互いに交わされる攻撃。だがこちらが火力では上だ。プラズマブレードが一発、二発とベヒロン星人の身体を削っていく。

 

『モロボシくん、必殺技の使用を承認する! 銀河のため、人類の未来のため……決めてくれ!』

 

 明らかに押してきたところで、総司令からそんな通信が入った。

 すると、目の前のモニターに承認という文字が浮かび上がり、握っていた操縦桿がコックピットに格納され、代わりに下から剣の柄が伸びてくる。

 俺は、それを力強く握ると、全力で叫んだ。

 

「プラズマ・クロススラッシュ!」

 

 テラガイアープラズマブレードが激しく光り、テラガイアーは二発の斬撃を放った。

 ベヒロン星人はそれを正面から食らい、胸に大きくバツの字が描かれ、その場でたたらを踏む。

 そして、ベヒロン星人は大きくのけぞり、胸を中心に大爆発を起こした。

 

 テラガイアーはその爆発を背景にプラズマブレードを払い、ポーズを決めた。

 

『ミッションコンプリート』

 

 戦いの終了を知らせる音声が響く。

 爆発の後に残っていたのは、地に倒れ完全に動かなくなった銀河の支配者、ベヒロン星人の亡骸であった。

 

『よくやってくれた! 私達の勝利だ!』

 

 総司令からそう通信が入り、視界が暗転。

 真っ黒になった背景に、白い文字が表示される。

 

『こうして銀河の支配者は倒れ、地球に平和が訪れた。しかし、再び宇宙怪獣は地球へと来襲してくるだろう。だから、そのときはまた、僕らの地球を守れ! 20世紀地球防衛軍』

 

 そしてBGMが変わり、スタッフロールが表示され始める。

 

「おおー、ゲームクリアかー。あっさりしてるな」

 

「おめでとうございます」

 

 と、ヒスイさんの声が横から聞こえてくる。今はアバターの感覚がないので、姿は見えないのだが。

 俺はこれでゲームは全て終わりだと判断し、スタッフロールを背景に今回の感想を述べる。

 

「いやー、最後はよく叫んだな。楽しかった」

 

『ノリノリでしたね』『熱かった』『いろいろ濃かった……』『濃すぎてついていけなかった』『敵の数、四体でちょうどよかったわ。これ以上続くと胃もたれしてた』

 

「プレイ時間は短いけれど、思い出に残るゲームだったな」

 

 そこまで話したところで、スタッフロールは終わる。インディーズゲームだからそう長くはなかったか。

『THE END』と表示され、画面はタイトル画面に戻る。地球を目指すタトラの姿がまた見える。

 

 そして、俺はモロボシ・アンヌのアバターから解放されて、元のミドリシリーズのアバターになって宇宙空間を漂っていた。

 隣には、ヒスイさんの姿も見える。

 

 クリア後のおまけ要素等もないようなので、俺はゲームを終了し、元の日本家屋のSCホームへと背景を戻した。

 そして、そのままの勢いで視聴者達と十数分、このゲームの感想を言い合った。

 一通り話したところで満足した俺は、そろそろ配信を終えることにした。

 

「それじゃあ、これで今日の配信は終わろうか」

 

「はい。皆様、今日もお付き合いいただきありがとうございました」

 

「以上、ロボット続きで心が満たされているヨシムネでした」

 

「なお、編集動画版では、ゲームのリプレイ機能を使って、プレイ中の機体を外から見た第三者視点も配信します。助手のヒスイでした」

 

『おつかれさまー』『マジで』『ずっとコックピットからの視点だったから不満だったんだ』『そこを抑えているとは、なかなかこのゲームやりおる』

 

 最後に俺も知らなかった事実をヒスイさんに言われて、驚きながら配信を終了させるのだった。

 



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95.人の金で贅沢したい! リターンズ

 夏の八月も終わり、暦は九月に。

 だが、アーコロジーの中にいる限りでは季節を感じることはない。いや、それはちょっと違うか。一応、先月は海水浴とかもリアルで行ったからな。

 

 季節を感じることがないのは、VR空間での話だ。

 俺のSCホームである日本家屋には、一応、季節に応じた気候を適用させている。しかし、気温は常に快適な温度を保つようにしてあるのだ。わざわざ自分から暑い環境になんて身を置きたいとは思わないからな。

 

 そんな俺のSCホームには、本日一人の来客があった。

 いつものミドリシリーズ達ではない。グリーンウッド閣下である。ミドリシリーズ達はもう勝手に入ってきて勝手に出ていくからお客カウントしていない。

 

「ぬああ、負けたのじゃ……パズルゲームは難しいのう」

 

「ロボットゲーム以外に関しては、凄腕ゲーマーってわけではないんですね……」

 

 現在、特に配信をしているわけではない。15時頃、仕事を部下に奪われて今日は暇になったと、閣下がSCホームへ訪ねてきた。そして、配信をせずに気楽な姿勢で一緒にゲームをやろうと持ちかけられたのだ。

 

 別に一緒に遊ぶことに否やはないのだが、互いに8時間の時差があるとどうしても本腰を入れて遊ぶというわけにもいかない。

 なので、SCホーム上に出現させたモニターで、非VRのパズルゲームの対戦プレイをしていたのだ。

 

「ロボットと言えば、そなた先日、面白そうなロボットゲームを配信していたのう。ライブ配信は見なかったが、編集動画の方を見たぞい」

 

「ああ、『20世紀地球防衛軍』? 合体ロボも趣味なんですか?」

 

「うむ、合体はよいものじゃ。戦時中、合体ロボの開発を行なえなかったことが、今でも悔やまれる」

 

 公爵にして中将閣下は言うことのスケールが違うな……。

 

 そして閣下は、パズルゲームは飽きたと言って、コントローラーをそこらに投げ捨てた。VRなのでコントローラーを乱雑に扱っても壊れるということがないのがいいな。

 

「次はレースゲームでもやりたいのう」

 

「もうしわけないですが、そろそろリアルに戻る時間になりました」

 

 閣下の提案を俺はそう断った。今は17時。閣下が来てから2時間も遊んだのか。

 

「なんじゃ? 夕食の時間にしては早いではないか」

 

 SCホームの畳の上に寝転がりながら、閣下は言う。そして、バーチャル煎餅を口にしながら「んあー」と伸びをした。この300うん歳児、自由すぎる……。

 だが、今日はこれ以上この人には構っていられないのだ。

 

「これから外食の予定がありましてね」

 

「ほう、さすがそなたも一級市民よの。贅沢しておるではないか」

 

「いや、今日はそういうのじゃないです」

 

 俺は手元に出現させた緑茶を飲みながら、これからの予定を閣下に告げた。

 

「今夜は、他人のおごりで焼肉だ!」

 

 人の金で焼肉を食べる。なんと心が躍るワードだろうか。

 クレジットを腐るほど持っていても、おごりで焼肉は抗えない魅力があるのだ。

 

「なんじゃ、自前のクレジットは十分あるだろうにそんなに嬉しそうにして……男と逢い引きか?」

 

「ちげーよ!? いや、おごってくれるのは男ですけど、そうじゃなくて焼肉をおごってもらうというのは一種の娯楽であるわけで……」

 

「よく解らんのう」

 

 貴族の人には理解できないかもしれないな。

 

「仕方ないのう。暇そうなミドリシリーズでも捕まえて、一緒に遊んでおるかの」

 

 閣下は、SCホームでだらだらくつろいでいるミドリシリーズ達の方を見て、そんなことを言った。家主不在の家でゲームを遊ぶとか、自由だなぁ。

 ともあれ、これからリアルの焼肉屋へゴーだ!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「やっほー、タナカさん。お久しぶり」

 

 部屋を出た俺とヒスイさんは、今日のお財布役と合流した。ニホンタナカインダストリのタナカさんだ。

 なんでも、俺の誕生日が近いので、お祝いとして以前話に上がっていた焼肉をごちそうしてくれるというのだ。

 

 ありがたい。扱いに困るプレゼントとかよりも、こうして腹に消える食事を祝いとしてくれる方が、気が楽だからな。

 

「やあ、六月のシブヤ・アーコロジーで会って以来かな? 今日はよろしくね」

 

「よろしくはこちらの方だ。なにせ、焼肉をおごってもらうんだからな!」

 

「はは、喜んでもらえたようで何よりだよ。ヒスイくんも調子はどうだい? ないと思うけどボディの不調などは……」

 

「調子は良好です。本日はごちそうになります」

 

 そうやって挨拶を交わし、俺達は産業区の飲食店街に向かった。

『焼肉 浜肉小僧』、そんな店に俺達は入る。予約していたので個室だ。今日はキューブくんも連れて来ており、撮影をするからな。個室はありがたい。

 

 席に座ったところで、ガイノイドの店員さんからクリップのようなものを渡される。

 なんだろうと尋ねてみたら、これはエナジーエプロンだという。

 クリップを襟元に挟んで、スイッチを押すと……。

 

「おお、半透明のエプロンが出た!」

 

「どうぞ、ごゆっくり。注文はそちらのロボットにお願いします」

 

 そう言って、店員さんは退室していった。

 さて、焼肉だ! 食うぞ食うぞ。

 

「実は焼き肉店って初めて入るんだ。どういう順番で食べればいいんだい?」

 

 俺が空間投影画面でメニューを見ていると、タナカさんがそんなことを言いだした。

 

「おや、意外だな。いい寿司屋を知っているんだから、いい焼肉屋にも通っていると思ったんだけど」

 

 俺がそう言うと、タナカさんは苦笑して答えた。

 

「寿司屋みたいなお行儀のいい店しか知らないんだ。残念なことにね」

 

「焼肉屋がお行儀悪い店とは思えないが……」

 

「お行儀が悪いというか、焼肉って自分で料理して食べるだろう? 大胆かつ高尚すぎるんだ」

 

「網で焼いて食うだけで料理扱いかよ!」

 

 この時代の人達にとって、料理はハードルの高い行為だった。

 でも言われてみれば、料理にあまりにも慣れていないと、火に近づくのは恐怖を感じるかもしれないな。

 まあ、焼肉初心者となると、俺が導いてやらねばならないだろう。ヒスイさんも焼肉なんてしたことないだろうしな。

 

「美味しく焼肉を食べるコツは、そうだな……。うん、好きな物を好きなタイミングで焼く!」

 

 俺は、そうタナカさんとヒスイさんに宣言した。

 そしてさらに言葉を続ける。

 

「よく、焼く順番にこだわって、タレ物は網が汚れるから後回しだのなんだの言う人が居るが、そういうのは無視! 網を交換できる店なら、迷惑にならない程度になら交換してもらえばいいから、好きなように食べてハッピーになろう!」

 

 脂の多いものを先に食べるとさっぱり系の肉を美味しく食べられないとかも聞くが、知らん! 食いたい物を食いたい順で食うのだ!

 

「網はその場でナノマシン洗浄が行なえるようですね。交換の必要はありません」

 

 そうヒスイさんが解説を入れてくれる。おおう、未来志向だな焼肉屋。

 

「というわけで俺はいきなり牛カルビを行くぞー」

 

 俺は空間投影メニューの中から、今まさに食べたい肉を選んで、テーブルの横に鎮座しているロボットに向けて注文した。

 

「では私は、このタン塩という品を」

 

「おっ、ヒスイさん攻めるねー。タンは牛の舌だね」

 

「はい、味が気になります」

 

 ヒスイさんがそう注文を決めると、タナカさんは無言で目をしばたたかせた。ちょっと驚いた様な顔だ。

 

「攻めていいのか……じゃあ僕はハチノスを」

 

「内臓肉! いいねえ、じゃ、店員ロボ、まずはその三品を一皿ずつ頼むよ」

 

 ハチノスは牛の第二の胃袋だ。しょっぱなからこれを選ぶとは、タナカさんなかなかやりおる。

 

『肉の種類は、オーガニックと培養肉の二種類からお選びいただけます』

 

 注文を決めると、ロボットからそのような答えが返ってきた。

 ロボットが言っているのは、飼育された動物肉か、工場で培養された肉かの選択だ。

 

「今日のスポンサーはタナカさんだから、タナカさんが決めてくれ」

 

 俺は返答をタナカさんに丸投げした。

 

「僕かい? そうだね。せっかくだから、今日の注文は全部オーガニックでお願いするよ」

 

「おお、太っ腹! 御曹司は違うねー」

 

「ははは、御曹司って、誰から聞いたんだい。残念ながら、もらっているクレジットは一級市民の標準額だよ」

 

 というわけで、未来の世界では高級品であるオーガニックの肉で焼肉である。

 

「あっと、忘れるところだった。ライスもお願い」

 

『かしこまりました』

 

「ライス……ご飯も食べるのですか?」

 

 俺の注文に、ヒスイさんがそう尋ねてくる。

 

「ああ、肉とご飯の組み合わせは最高だぞ。太るけどな!」

 

「では、私もライスを」

 

「僕もライスをお願いするよ。大丈夫、この時代では人類は肥満を克服しているよ。簡単に痩せられるんだ」

 

「そもそも俺、ガイノイドだから太らないんだった」

 

「ははは、そうだったね」

 

 そういうわけで最初の注文が終わり、ロボットが壁際にアームを伸ばすと、壁の一部がスライドして開いた。

 スライドして開いた空間には、注文した肉とライスが置かれている。そして、ロボットがアームでそれらをテーブルの上に並べていく。

 

『わたくしが肉を焼くことも可能ですが、お客様が焼かれますか?』

 

 そう気の利いたことをロボットが言ってくる。そういえば、店員が肉を焼いてくれる焼肉屋がある国も、前の時代では存在していたな。

 

「ああ、自分達で焼くよ」

 

『では、熱源をおつけします。網に手を近づけすぎないよう、ご注意下さい』

 

 ロボットがそう宣言すると、網の奥が赤く光った。予想と違って火はつかない。未来の市民にとって、火は恐怖の対象だからかな。熱のみをいい感じで出しているのだろう。

 よし、焼いていこう。

 

 三枚の肉皿の上から、無秩序に網へと肉を載せていく。

 タナカさんも、おそるおそるとハチノスを網へと載せていた。

 

 さて、焼けるまでは雑談タイムだ。

 

「タナカさん、芋煮会の件、ありがとうございます」

 

 俺はそうタナカさんに話しかけた。

 

「ん? ああ、スポンサーの件か。いいよいいよ。今まで僕ら、スポンサーらしいことできていなかったしね。安いものだよ」

 

「俺個人にとっては安くはないからな。……ああ、配信を見ている人には解らないだろうから、説明するぞ」

 

 俺は、宙に浮いて焼肉の様子を撮影しているキューブくんに向けて言った。

 

「俺の誕生日会は、アーコロジーの外で開催することにしたんだ。自然の中で秋の芋煮会だ」

 

 前々から、秋になったら芋煮会を開きたいと思っていたんだ。

 その日取りをヒスイさんから俺の誕生日にしてはどうだと提案されて、誕生日の9月8日に開催日を決めた。

 

「でも、アーコロジーの外に滞在するにはすごくクレジットがかかる。そこで、俺の配信のスポンサーである、ニホンタナカインダストリに相談したわけだ」

 

「相談されたときは驚いたけどね。なにせ、ゲーム配信チャンネルのはずが、外で料理を食べたいって言うんだ」

 

 タナカさんは笑いながらそう言った。

 

「そういうわけで、芋煮会の費用を出すことをタナカさんに了承してもらったわけだ。ありがたいことだ」

 

「個人的に僕も行きたかったからね。通しておいたよ」

 

「ひゅー、タナカさん、やるう」

 

 芋煮会には閣下の他、タナカさん達、第一アンドロイド開発室のメンバーも参加が決まっている。人が増えれば増えるほど必要なクレジットは増えるが、そこは太陽系屈指の大企業パワーでなんとかしてもらう。

 

 と、そこまで会話したところで肉が焼けてきたので、各々網から肉を取って食べ始める。

 俺は、ライスの上にしっかり焼けたカルビ肉を載せて、箸でライスと一緒に肉を口へとかっこんだ。

 

 うーん、美味え! こってりこってり。

 カルビってどうしてこんなにライスと合うのか。魔性の組み合わせすぎる。

 

 ライスの上にタレの付いた肉を載せるのは、白米が汚れると言って嫌う人もいるらしいが……俺は汚すの大好きだ! ライスの上にタン塩もハチノスも載せちゃう。

 

「うん、美味しい。自分で焼いて食べるお肉ってこんなに美味しいんだね」

 

 タナカさんは笑顔でハチノスをぱくついている。

 俺がカルビも食べていいよと言うと、タナカさんは俺の真似をしてライスの上にカルビを載せて、行儀のよい箸さばきで肉とライスを口に入れた。

 

 ヒスイさんは……うん、満足そうですね。

 そうして網の上の肉は全てなくなり、再び網に肉を載せていく。

 

「晴れるといいね、芋煮会」

 

 焼けるまでの間、そうタナカさんに話しかけられる。

 俺は、ロボットにウーロン茶を頼みながら、それに答えた。

 

「大丈夫。俺の予知では晴天だ」

 

「そうか。それはよかった」

 

 この未来の時代だとさぞかし完璧な天気予報がされているのだろうと思ったのだが、民間人に天気予報は公表されていなかった。

 まあ、アーコロジーに居たらいらない情報だからな。一応、観光局に行けば教えてもらえるらしいのだが、予知で晴れると解っているから聞いていない。

 もし何かまずいことがあれば、ヒスイさんがフォローしてくれるだろう。

 

 そして再び肉を口にして、新たな肉をロボットに注文していく。

 豚トロ、ホルモン、リブロース、砂肝等と、食べに食べた。配信中なのでビールを控えたのは、ちょっと惜しかったかな。

 

「ふう、満腹だ。僕もバイオ動力炉が欲しくなるよ」

 

 お腹を押さえて、タナカさんがそう言った。

 俺とヒスイさんはバイオ動力炉で食物をエネルギーに変えられる高性能ガイノイドなので、お腹いっぱいすぎて苦しいという状況にはならない。太らないし、ガイノイドボディ様々だ。簡単に痩せられるとはいえども、そもそも太らないことが重要なのだ。

 

 俺達は少し食休みした後、焼肉屋を後にした。支払いはもちろんタナカさんだ。

 

「今日はごちそうさま!」

 

「ごちそうさまでした」

 

「ああ、僕も楽しかったよ。芋煮会も楽しみにしているね」

 

 俺、ヒスイさん、タナカさんが順番にそう口にする。

 

「今日の録画は、編集して店側の確認を取った後、いつも通りに上げておきますね」

 

「また僕が配信に出演かぁ。不思議な気分になるね」

 

 タナカさんの出番は二回とも料理店。次に出るのも芋煮会だし、視聴者に飯を食う人として覚えられそうだ。

 

「では、また」

 

「またなー」

 

「またお会いしましょう」

 

 そう言い合って俺達は別れ、俺とヒスイさんは夕刻のアーコロジーを移動し、家路に就いた。

 本日は9月2日。誕生日までもう少し。それまで、あと一回くらいはゲーム配信もできそうかな。

 



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96.ギャラクシーレーシング(宇宙船レース)

「ずるい! ミドリとサナエだけずるい!」

 

 オリーブさんの声がSCホームに響きわたる。

 実は今、ミドリシリーズ達が揉めに揉めていた。

 

「私も芋煮会行きたい!」

 

 そう、芋煮会の参加者決めである。

 

「オリーブ、あなたその日、銀河アスレチックの本戦あるよね?」

 

 勝ち誇った顔をしながら、ミドリさんがオリーブさんにそう言った。

 自分は芋煮会に参加できるとあって、ミドリさんはずいぶん余裕のようだ。

 

「サボる!」

 

「絶対によしなさいよ。それ、ヨシムネが怒られるやつ」

 

 オリーブさんのサボり宣言に、今度は呆れたような顔になるミドリさん。

 対するオリーブさんは、ギリギリと歯を食いしばっている。怖ぇー。

 

「ねえ、ヨシムネさん。私も参加というわけにはいきませんか? 私なら、歌で場を盛り上げられると思うのですが……」

 

 と、俺の隣に惑星マルスで歌手をやっているヤナギさんがやってきて、そんなことを言った。

 正直、彼女も芋煮会に呼んであげたいが、答えはノーである。

 

「駄目だ。当日来られそうなミドリシリーズを全員呼んだら、さすがに数が多すぎて場が混乱する」

 

 誕生日会といっても、野外で俺を囲んで芋煮会をするのだ。100人も来られると、俺が対応しきれない。

 

「それでなんで、ミドリとサナエだけなんだよー! ヒスイは百歩譲って許すとしてもだ!」

 

 向こうからオリーブさんの嘆きの声が聞こえる。

 それに対し、俺は素直に答える。

 

「ミドリさんは全ミドリシリーズの代表枠、サナエは同じアーコロジーのよしみだな」

 

 争いが起きるのもなんなので、そう決めたのだ。クジ引きも何か違うなと思ったので、主催者特権で決めさせてもらった。

 ミドリさんもサナエも、その日は予定を空けていたらしい。

 

「私もヨコハマに住むー!」

 

 オリーブさんがそんなわがままを言い始めた。

 

「ヨコハマのスタジアムが大盛況になりそうだなそれ……。まあ、そう言わずに、銀河アスレチック頑張ってくれよ。応援しているぞ」

 

「芋煮会に夢中で見てくれないんだー!」

 

 今日のオリーブさん面倒くせえな!

 

「誕生日プレゼントとして、優勝を俺に贈ってくれ」

 

「た、誕生日プレゼント……。ヨシは優勝を喜んでくれるか?」

 

「おう、めっちゃ喜ぶぞ。視聴者に姉自慢してやる」

 

「解った! 参加者全員吹き飛ばして優勝する!」

 

 ふう、なんとかなった。

 だが、まだ一人を納得させただけだ。隣でヤナギさんが不満顔をしているし、300人弱もいるミドリシリーズ一人一人をどうにかしなくちゃいけないのか……。

 やってらんねえな!

 

「よし、誕生日当日は会えない代わりに、今日はみんなで一日中一緒に遊ぶぞー!」

 

 俺がそう宣言すると、SCホームの宴会場に、次々とミドリシリーズがログインしてきた。

 100人、200人をすぐに超え、ミドリシリーズ全員がこの場に揃った。

 そして、キャーキャーと、大いにはしゃぎ回っている。

 

「そんなにみんな俺と遊びたかったのか……こりゃ、大人数で遊べるパーティーゲームが必要だな。ヒスイさーん」

 

 俺は、芋煮会への参加が確定しているので、我関せずとイノウエさんに構っていたヒスイさんを呼ぶ。

 

「はい、289人全員でプレイできるゲームですね」

 

「あれ、ミドリシリーズって、俺も入れて288人じゃなかったっけ」

 

「先日新たに一人ロールアウトしました。名前はフローライト。配属先は極秘だそうです」

 

「そっか。人間じゃなくて業務用の商品だものな。日数が経てば増えるか」

 

 俺達がそう言葉を交わしていると、隣のヤナギさんが口を開いた。

 

「ねえ、ヨシムネさん。ヒスイとミドリとサナエは芋煮会に行けるのだから、今日のゲームには不参加でいいのではないですか?」

 

 おっと、ヤナギさん、発想が意外とねちっこいな。

 

「ヤナギさん、そういうのはよくないと思う」

 

「うっ、ごめんなさい」

 

 うん、素直に謝ってくれて嬉しいぞ。

 

「では、一つ目のゲームはこちらでどうでしょうか」

 

 ヒスイさんがそう言って俺の目の前に投影画面で提示されたのは、『ギャラクシーレーシング』というゲームだった。

 

「最大一万人が同時プレイできるレースゲームです。配信視聴者参加型の企画に使えないかと、選別してあったのですが……」

 

「一万人って、すげーな」

 

 もうそれ、普通のネットゲームじゃないのかと思いながら、俺はそうつぶやいた。

 

「ゲームメーカーの提供するサーバを借りることができ、主催者がゲームを所持してさえいれば、参加プレイヤーは新たにゲームを購入することなくプレイできます」

 

「おおー、パーティーゲームには必要な条件だな」

 

「それでは、サーバを借りてまいりますね」

 

「頼むなー」

 

「借りてきました」

 

「早いな!」

 

 というわけで、ミドリシリーズ全員でレースゲームを楽しむことになった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「第一回ミドリシリーズゲーム大会、やっていくぞー!」

 

「わー!」

 

 俺の宣言に、ミドリシリーズ達が一斉に盛り上がった。うんうん、元気でよろしい。

 俺のSCホームに存在する面積無限の宴会場、その一番前に俺とヒスイさんが立って司会進行をする。

 

「ちなみにこの様子は撮影して、後日配信するので、顔出しNGの子がいたら言ってくれ」

 

 俺がそう言うと、場がシーンと静まる。うん、返事がないってことは、全員配信に出て問題なしってことだな。

 

「では、最初のゲームはこれだ!」

 

 俺の言葉に、ヒスイさんが手に持ったゲームアイコンを掲げる。

 

「『ギャラクシーレーシング』!」

 

「わー!」

 

「ヒスイさん、説明お願い」

 

「はい。このゲームは、宇宙船を操縦し所定のコースで走らせ、互いの順位を競い合うオーソドックスなレースゲームです。宇宙に進出した人類が、ある星系にて謎の宇宙文明の跡地を発見します。それは、星系を丸ごと宇宙船レース会場にした荒唐無稽(こうとうむけい)な跡地でした。娯楽に飢えていた人類は、その星系を占拠し娯楽目的で宇宙船レースを始めた……という設定です」

 

 ふむ。宇宙でレースするために、わざわざそんな設定を用意してあるのか。

 俺は、ヒスイさんから説明を引き継いでミドリシリーズ達に呼びかけた。

 

「全員同時プレイ可能なレースゲームだから、安心して参加してくれ」

 

「ミドリシリーズの中での序列が決まりますね」

 

「今日はそういうのなしで! 平和に、平和に楽しもう!」

 

 いきなりぶっ込んでくるなぁ、ヒスイさん。

 

「それじゃあ、ゲームスタートだ」

 

 そう宣言すると、宴会場が崩れていって、代わりに場が草原に変わる。上空にはタイトルが表示されており、さらには無数の宇宙船らしき物が大量に浮いていた。

 俺はそれを眺めつつ、メニューから対戦モードを選ぶ。

 

『参加者はエントリーしてねっ!』

 

 そんな音声が流れると共に、俺の目の前にレースへのエントリーの確認画面が現れた。エントリーを申請すると、現在の参加者という画面が表示され、289人とあった。

 俺は目の前の画面から『レースを開始する』を選ぶと、レースに使う宇宙船の選択画面へと背景が移った。

 

 そこは、宇宙船のドック。周囲からミドリシリーズの姿が消えており、俺一人となっている。

 目の前に選択できる宇宙船の一覧が表示されたので、俺は小回りが利くタイプを選択した。

 

 ここまでスムーズに進行している。なにせ、事前に説明書を読んでおいたからな。

 他のミドリシリーズは今頃、説明書を熟読することから始めていることだろう。彼女達のスペックを考えるとそんな物すぐに読み終わってもおかしくない。つまり、事前に俺が説明書を読んでおかないと、盛大に出遅れてみんなの出足をくじくことになりかねないのだ。

 

『主催者はコースを選んでねっ!』

 

 さて、第一レースのコースはどうするかな。

 目の前に展開するコース一覧を眺める。すると、コースの説明にコースレコードという項目があり、全てのコースにヒスイさんの記録が登録されていた。

 

「ヒスイさん、このゲームやりこんでいるな」

 

 返答はない。今、他の参加者とは隔絶されているからな。今回、ヒスイさんもレースには参加だ。

 妙に張り切っているように見えたのだが、全コース制覇したゲームを勧めてきたあたり、勝つ気が満々だな……。

 

「コースはこれにするか。アステロイドベルト」

 

 無数の微惑星や岩石が密集するコースで、それらの間をぬって進まなければならない、直線加速が難しいコースらしい。

 そのコースの性質上、小回りが利く俺の機体は断然有利だろう。卑怯? まあ、主催者特権だし、俺も勝つ気が満々なのだ。序列決めとかは駄目だが、勝てるなら勝ちたい!

 

 さあ、コースも決めて、目の前に表示されている準備完了のボタンを押す。

 

『参加者全員の準備が完了したよっ!』

 

 視界が暗転し、俺は宇宙船のコックピットの中に移動していた。

 早い。もうみんな準備が終わっていたのか。思考加速とか俺以外全員できるもんなぁ……。いや、俺も超能力を使えば加速はできるんだけど、まだ慣れていないんだ。いつかは自力で、ミドリシリーズの高速通信ネットワークに接続してみせる。

 

『レース開始10秒前!』

 

 おっと! 俺は慌てて操縦桿を握り、説明書の内容を思い出しながら周囲を確認した。

 

「これがこっちであっちがあれで……」

 

『3……2……1……』

 

「う、うおー! ぶっつけ本番だ!」

 

『スタート!』

 

 アクセル全開!

 俺は最初の直線コースをただ愚直に全力疾走させた。

 ただ、前方モニターから見える周囲の宇宙船を見ると、パワーのある機体には先を行かれたようだ。

 

 だが、かまわない。すぐに岩石の海が待っているからな。

 俺は、コースの順路を示す光の帯からそれないよう注意しながら、機体を右に大きく動かした。

 

 岩石の間を機体は上下左右に動きながら駆けていく。

 順路を大きく塞ぐ微惑星があったので、これを大回りで避けると、微惑星の陰から現れた岩石が目の前に。くっ、予想していなかった。減速だ。

 本来なら未来視でこの程度予測がついていてもいいのだが、どうやらこのゲーム、こちらの超能力の出力を絞っているようだ。

 

「くそう、相手は優秀な業務用ガイノイドなのに、超能力を制限されては勝利が難しいぞ!」

 

 そう配信用に言葉を放ちながら、俺は前方に見える半透明の四角い箱に機体を突っ込ませた。

 これは、サポートボックス。機体で触れることで、レースをサポートしてくれる不思議アイテムをゲットできるのだ。

 

 まるで21世紀にあった国民的レースゲームのような仕様だが、この不思議アイテム、ただでは使えない。

 順路から少し離れたところにあるエネルギーボックスに触れないと、エネルギー不足でアイテムが使えないのだ。

 

「手に入れたアイテムは……ギャラクシーびっくり魚雷! 攻撃アイテムだ!」

 

 俺は、アイテムを使用できるようにしようと、道を外れてエネルギーボックスの方へと向かった。

 微惑星や岩石はどこにでもあるため、そこまでの経路も複雑な操縦が必要だ。

 

「エネルギーチャージ、チャージ、チャージ。よし、エネルギー充填100%!」

 

 俺は用意の整った魚雷をぶちかまそうと、順路に戻る。すると、コックピットの計器に激しい反応があった。

 高エネルギー反応。後方からだ。これは……。

 

「オリーブさんの機体から、ギャラクシー波動砲が来る!」

 

 俺は咄嗟に順路から逃げて、背後からの一撃をかわした。

 一瞬、コックピットのモニターの光景が全部、光で見えなくなったぞ!

 そして、光が晴れた光景を眺めると、順路の岩石が全て消し飛んでいる。

 

「オリーブさん、すげえアイテム拾ったな。撃つとき『死ねえ!』とか言ってそう」

 

 順路に戻ると、俺の前をオリーブさんが超加速して先を行く。オリーブさん、直線加速が速いタイプの機体だったのか。このコースではさぞかし操縦しにくかっただろう。

 だが、今は波動砲でコースが掃除されている。直進し放題だ。

 

「だがそうは問屋が卸さないっと」

 

 俺は、計三発撃てる魚雷を三発全てオリーブさんに撃ち込んだ。

 ピンボールのように弾けて、順路外の岩石群へと突っ込んでいくオリーブさんの機体。

 

「我ながらひどいと思うが、スポーツマンシップを理解している彼女なら許してくれるだろう……」

 

 妨害要素のあるパーティーゲームは、プレイする相手を選ばないとリアルファイトに発展しかねないので注意だ!

 

 そうして、多数の機体が入り乱れ、アイテムがあちこちから炸裂する混沌とした様子が続き、ようやくゴールが見えてきた。

 

「もうゴールしている人いるのかなー」

 

 順位は気にしていないが、周りに居る人よりは早く着きたい!

 俺は、岩石をかわしながら機体を前へ前へと進めた。すると。

 

「ぎゃー! スタン砲当てたの誰だ!」

 

 ゴールまであと少しというところで、俺の機体は慣性すら失いその場に静止した。

 操縦桿を動かしてもうんともすんとも言わない時間が5秒ほど。その間に、何機も先にゴールしていく。

 

 ようやく反応があったところで、ゴール。結果は……。

 

「151位かぁ。まあ頑張った方じゃないの」

 

 トップは誰だろう。どれどれ……。

 

「うわ、ぶっちぎりでヒスイさんの勝ちだ……どんだけ他を引き離したタイムだこれ……」

 

 おそらく、俺の機体とコース選びすら読んだうえで、勝負に臨んだんだろうなぁ。

 

『レース終了! おつかれさま!』

 

 そんな音声と共に視界が暗転し、俺は地上のレース会場らしき場所に移動していた。

 周囲にはミドリシリーズ全員の姿も見える。

 

「やったー! 10位だー!」

 

「くっ、私がビリなどと……」

 

「おっ、ヨシー。何位だった? 私は16位!」

 

 と、俺にオリーブさんが話しかけてきた。

 

「151位だね」

 

「おいおい、私に魚雷ぶちかました割には全然じゃないか」

 

「オリーブさんはあの機体でよくあそこまで順位を上げたな」

 

「へへ、これでも仕事でレースとかもするからな。そうそう下位にはなれないさ」

 

 そんな会話をしていると、ヒスイさんが近づいてきて、言った。

 

「勝ちました」

 

「おめでとう、ヒスイさん。でも、一人だけゲームやりこんでいるとかずるじゃない?」

 

「いえ、プレイするゲームが発表された瞬間にゲームを購入し、時間加速機能を最大にして開始までにやりこむ、といったことも皆にはできたはずなのです。それをおこたった者が負けるのは当然です」

 

 何言ってんのこのガチ勢……。

 まあ、ずるとか卑怯とかは言いっこなしか。今日はそういう趣旨じゃない。

 

「今日は勝ち負けとかにこだわらず、楽しんでいこうか」

 

 俺はヒスイさんにそう言った。本当は、ヒスイさんにではなく、ヒスイさんに負けて悔しがっている周囲のミドリシリーズに向けて言ったのだけどな。

 

「さあ、もう一レースやるぞー!」

 

「おー!」

 

 俺の宣言に、隣でオリーブさんが声を張り上げて拳を天に突き出した。

 

 そうして、俺達は10レースほど『ギャラクシーレーシング』をやり、その後もヒスイさんの用意した様々なパーティーゲームで一日中遊び倒したのだった。

 これで誕生日会参加の代わりになってくれていれば嬉しいのだが、はてさて、ミドリシリーズ達は俺とのゲームを楽しんでくれたかな。

 



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97.21世紀TS少女による未来世紀芋煮会実況配信!<1>

 ついにやってきた誕生日。この日、俺は33歳を迎えた。

 次元の狭間に飲み込まれたりしたので、正確な日数計算ではないのだろう。だが、21世紀の12月に次元の狭間送りになり、27世紀の1月にサルベージされたので、今日歳を取ったと主張してもほぼ問題ないだろう。次元の狭間の中は、時間が止まっているというからな。

 

 朝起きて朝食を取ると、不意にヒスイさんに「お誕生日おめでとうございます」と言われる。「ありがとう」と返した。

 そして現在朝の9時。俺は、芋煮会参加者達との待ち合わせ場所に向かうため、部屋を出ることにした。

 

「集合は10時半ですよ。早くありませんか?」

 

 そうヒスイさんに言われるが、このアーコロジーの外から来る人も多い。なので、早めに行って迎えてあげようと思っているのだ。リアルで会ったことのない人もいるしな。

 

「それじゃあ、今日は遅くなるかもしれないから、ホムくん留守を頼むぞ」

 

『お任せください』

 

 留守番役の男アンドロイド(AIはロボット用)のホムくんにイノウエさんとレイクの世話を任せ、俺とヒスイさんはカメラのキューブくんをともなって部屋を出た。

 

 今日の服装はおしゃれな婦人服だ。27世紀の女性が普段着る服である。ヒスイさんは誕生日と言うことで俺にドレスを着せたがったのだが、芋煮を料理する必要があるので断固拒否した。

 

 ちなみに調理器具や食材などは全部ニホンタナカインダストリに手配してもらったので、手ぶらでの移動だ。

 参加者達にはあらかじめ、誕生日プレゼントは食べ物以外いらないと言ってあるので、何かを持ち帰るということもないだろう。

 俺とヒスイさんはキャリアーという公共の輸送機に乗り、待ち合わせ場所に向かった。

 ちなみにキャリアーの乗車賃は無料だ。

 

 アーコロジーの中を行く乗り物はすべて自動運転なので、移動速度はすこぶる速い。

 さほど待つこともなく、俺達は目的地に到着した。

 

「はー、いつ見てもすごいな」

 

 俺は、アーコロジーの天井を見上げながらそう言った。

 アーコロジーの天井は他の場所とは違い透明になっており、空が見える。

 そして、空を突っ切って視界のど真ん中に巨大な塔が伸びている。

 

「軌道エレベーター前に来るのは、『ヨコハマ・サンポ』以来か。すごいよな」

 

 あまりの迫力に語彙力が低下してすごいしか言えない。

 

「ヨコハマ・スペースエレベーターは、ニホン国区で唯一の軌道エレベーターです。ここから運び入れられた資源はヨコハマ港に輸送され、惑星テラの各地に送られます」

 

「軌道エレベーターは、赤道に建設しないと実現は難しいと21世紀では言われていた気がするんだけど、まさか日本に建つとはなぁ」

 

「技術の進歩のたまものですね」

 

 そんな会話をして軌道エレベーターの入口付近に移動すると、何やら見覚えのある姿が見えた。

 

「あっ、ヨシムネさん、ヒスイさん! おはようございます!」

 

 行政区の制服を着た赤髪のガイノイド。ヨコハマ・アーコロジーの観光大使、ハマコちゃんである。先に来ていたのか。

 

「おはようございます」

 

「おはよう、ハマコちゃん。会うのは花火大会以来かな?」

 

「そうですね! あ、でも、配信はいつも見させてもらっていますよ?」

 

 ハマコちゃんは今日も元気である。しかし、配信見てくれているのか。嬉しいじゃないか。

 俺は、そんなハマコちゃんとさらに会話を続ける。

 

「ありがとう。それにしてもずいぶん早いね」

 

「今日は、お仕事お休みしたので、朝から暇だったんです。誘ってくださって嬉しいです!」

 

「ハマコちゃんにはずいぶんお世話になっているからね」

 

「楽しみですねー、21世紀の日本文化!」

 

 まだ時刻は9時半にもなっていない。俺とヒスイさん、ハマコちゃんは世間話をして暇を潰した。

 そして、10時近くになって、次の待ち人が到着した。

 

 キャリアー乗り場から、最近知り合った三人組がこちらに歩み寄ってくる。

 

「やあやあ、リアルでは初めましてじゃの。ウィリアム・グリーンウッドなのじゃ」

 

「おはよう、閣下。リアルでもロリ少女のガイノイドボディなんだな」

 

 グリーンウッド閣下と、家令のトーマスさん、メイド長のラットリーがロボットに荷物を運ばせながら到着した。

 

「私はアミューズメント施設でも、客に顔を見せることが多いからの。配信と外見は統一しているのじゃ」

 

「以前の男アンドロイド時代も、美形で人気あったんですけどねー」

 

 閣下の言葉に、ラットリーさんが続けてそう言った。ふーむ、いくらでも見た目をいじれるこの時代でも、美形は人気出るんだな。面白い話だ。

 そして、俺とヒスイさんは、トーマスさんとラットリーさんとも挨拶を交わした。

 

「しかし、ニホン国区への旅行は久しぶりなのじゃ。今日は地方の古い食文化が味わえるとあって、楽しみでしかたがなかったぞい」

 

「それよりも閣下、まずはお祝いを申しあげませんと。ヨシムネ様、誕生日おめでとうございます」

 

 閣下の後ろから、トーマスさんが俺を祝ってくれた。

 

「ありがとう。33歳になったぞ」

 

 閣下やトーマスさん達は、ゲスト出演の後もうちのSCホームに幾度かプライベートでやってきたので、彼女達とはすでにタメ口で話す仲だ。いや、トーマスさんとラットリーさんからは敬語のままなんだけどな。

 

「ヨシムネはまだ若いおじさんじゃの。50歳を越えると誕生日とかどうでもよくなるのじゃ」

 

「いやあ、俺も30歳越えたあたりからどうでもよくなっていたぞ。ただ、今回は芋煮会をする口実に誕生日を使っただけだ」

 

 正直、歳取るのが嬉しいのって20歳までじゃないか?

 アンチエイジング技術が進んだ未来の世界では、そのあたり違うのだろうか。

 

 そうして会話しているうちに、さらなるメンバーが到着する。

 

「ヨシムネさん、本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

「ああ、チャンプ。これはどうもご丁寧に」

 

 チャンプことクルマ・ムジンゾウ率いる、来馬流超電脳空手の先生達だ。

 三日に一度のVR空手教室で見知った、師範や師範代達の姿が見える。数は全部で10人。軌道エレベーターの中から出てきたので、惑星テラ外から来た人もいるのだろう。

 

 そして、その中にちょっと意外な人物が見てとれた。リアルで会ったことのない人だが……このでかい乳は見覚えがある!

 

「ミズキさん、来たんだ」

 

「ええ、クルマに誘われたので。ちなみに本名はミューズです」

 

『St-Knight』の現チャンピオン、ミズキさんだ。彼女は確か惑星マルス近くのスペースコロニー在住だったはずだ。わざわざ来てくれたのか。しかし、リアルの姿も胸がでかいな……。虚乳じゃなかったとは驚きだ。

 

 

「ミューズさんだったのか。でも、今日は配信するから本名は止めておくか。ミズキさんって呼ぶぞ」

 

「かまいません」

 

「お友達をお誘い合わせの上、ご参加くださいと言われたので、誘ってみました」

 

 俺とミズキさんの横から、チャンプが微笑してそう言った。

 

「今回は、道場の下見も兼ねています」

 

 ミズキさんが、そうどこかつんけんとした様子で言う。

 

「道場の下見?」

 

 俺が疑問を投げると、ミズキさんが答える。

 

「現実世界にある空手道場の門下生に誘われているのです。正直、門下生になる程度のことで惑星テラへの二級市民の移住申請が通るとは思わないのですが……」

 

「通るんですよね、これが。ミズキさんは指導員候補だから、将来の準一級市民として扱ってもらえるんですよね」

 

 そうチャンプが言葉を被せてくる。そうかー、道場にゆるゆる通っている俺とは違い、ミズキさんは本格的なんだな。

 

「惑星テラへの憧れなどありませんが、全ては強くなるためです。移住が必要なら移住します」

 

 うーん、ストイック。ミズキさん、若いなりに引き締まった身体をしているようだから、リアルでも運動の経験があるんだろうな。

 しかし、来馬流超電脳空手、顔ぶれがなかなかに混沌としているな。

 人種はバラバラだし、アンドロイドもいるし、胸が異様にでかい人もいるし、なぜだかメイドさんの格好をした人までいる。チャンプだって、背も筋肉もすごいのなんの。これが全員、日本の芋煮を食べるのか……。ワールドワイドになったもんだな、芋煮も。

 ちなみに今回は、リアルで食事を食べられるメンバーだけ呼んだとのことだ。でかい道場だよなぁ。

 

 さて、残るはニホンタナカインダストリのメンバーと、ミドリさん、サナエだ。

 

「お姉様ー!」

 

 おっと、サナエが来た。今日は行政区の制服ではなく、落ち着いた婦人服を着ている。ヒスイさんは制服なのにこの意識の差よ。

 サナエは小走りで走り寄ってきて、こちらに抱きつこうと両腕を広げる。

 

「断固阻止!」

 

 だが、その後ろから勢いよく追いすがったミドリさんが、俺とサナエの間に割って入り、そして俺に抱きついてきた。

 

「あーん、久しぶりの生妹!」

 

「おお、ミドリさん、リアルじゃ久しぶりだな」

 

 俺も軽く抱擁を返した。やわらけえ。

 

「ちょっとミドリ!? 感動の再会になにしちゃってくれているんですか!?」

 

 ミドリさんの背後でサナエが憤慨(ふんがい)する。

 まあまあ、落ち着け落ち着け。

 俺はミドリさんから離れると、あらためてサナエの前に立った。

 

「サナエ、この間ぶりだな」

 

「お姉様ー!」

 

 サナエが勢いよく飛びついてきた。俺は腰に力を入れてそれを抱き留める。ちょっとこれ、未来視なかったら押し倒されていたんですけど!?

 

「むー、私の妹になにするかー!」

 

「はい、落ち着いてください」

 

 またもや割って入ろうとしたミドリさんをヒスイさんが止めてくれた。

 うーん、しかし抱擁長いな。俺はサナエから離れようとするが、サナエは俺の腰に抱きついて頭を俺の胸にぐりぐりとこすりつけている。子供かお前は。

 

 サナエの抱きつきは一分ほど続き、ようやく解放された。周囲の俺達を見る目が温かい。なんだってんだ畜生め。

 

 そんなやりとりをしているうちに、時刻は10時半に。

 すると、車道に二階建てバスに似た車輌が一台止まった。

 

 その車輌から、一人の男性が降りてくる。タナカさんだ。この人、休みの日まで白衣なのな。

 

「やあ、おはよう。全員来ているかな?」

 

「おはよう。ニホンタナカインダストリのメンバーがあれに乗っているなら、全員だな」

 

 タナカさんの挨拶に俺が答えると、タナカさんは周囲を見回して、大声で言った。

 

「それじゃあ、芋煮会参加メンバーは、あのバスに乗ってくれるかな。挨拶はあらためて車中で行なおう」

 

 タナカさんに促されて、俺達はバスへと乗り込んでいった。

 

「ヨシムネくんは主役なのだから、一番前でね」

 

 タナカさんにそう言われて、俺は本来ならば運転席のある場所に座らされた。自動運転なので、ここも座席だ。

 と、前の席には先客がいたようだ。見覚えのあるようなないようなそんな顔の男女が二人。

 

「えーと、第一アンドロイド開発室の人ですか? 今日はよろしく」

 

「いえいえー、私、開発室違いますよ」

 

「えっ」

 

 まさか部外者? タナカさん、何連れてきているの。

 

「失われた地球の文化の復興、その場面に私が顔を見せない理由があるでしょうか? いえ、ない!」

 

 ……えーと。

 

「あらためまして、お久しぶりです。スフィアですよ」

 

「えっ、マザー!? なんでいるんですか!?」

 

 かつてVR内で会った幼い少女の姿とは違う、20歳ほどの姿をしたマザーが、座席に座っていた。

 

「いけませんか?」

 

「いやあ、いけなくはないですけど、普通呼ばれていない誕生会には来ないでしょう」

 

 俺はちょっと呆れて、そう言葉を返した。

 

「お友達をお誘い合わせの上、ご参加くださいー。はい、実は私、ゲンゴロウとはお友達なんです」

 

 ゲンゴロウとは、タナカさんの名前だ。なるほど、そういうことなら納得だ。

 

「で、そちらの見覚えのある気がする人は……」

 

 白衣を着た浅黒い肌の青年だ。

 

「やあ、顔を合わせるのは初めてかな? マクシミリアン・スノーフィールドだ」

 

 マックスじゃん! スノーフィールド博士じゃん! なんでここにいるの!?

 

「もしや博士もタナカさんの友達とかいう……」

 

「いや、違うなぁ。彼の祖先とは親友だけど」

 

 え、じゃあどういう経緯でここにいるの?

 

「お友達をお誘い合わせの上、ご参加くださいー。私のお友達なので呼びました。ヨシムネさんの配信にも、視聴者として参加したことがある人ですよ」

 

「友達の友達は想定していなかったなぁ……」

 

 それやると、際限なくなるぞ。

 

「だよな。俺も、無茶言うなよってスフィアに言ったんだけど。……ウィリアム(ウィリー)の知り合いだから、なんとかならないか?」

 

 スノーフィールド博士がそう言うと、後部座席から「別に呼んでないのじゃー」と閣下の声が上がった。

 そんな突然の乱入者に、俺の下した判断はと言うと。

 

「うーん、まあ、現地での配信が面白くなりそうなので、よしとします!」

 

「やりましたー。勝ち取りましたよ、マックス」

 

「すまないね。あらためまして、誕生日おめでとう」

 

「ありがとうございます……」

 

 大物二人の登場に、ちょっとびっくり。

 だが、芋煮の材料は十分にある。是非とも楽しい芋煮会にしたいものだな。

 



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98.21世紀TS少女による未来世紀芋煮会実況配信!<2>

 バスがアーコロジーの外を進む。無秩序に生い茂った草木に対し、バスはタイヤを使うのではなく浮遊することで乗り越えていった。

 

「ちなみに、ちゃんと事前にヒスイちゃんとゲンゴロウには、参加の許可を得ていたんですよ」

 

 隣の席に座るマザーがそんなことを言ってきた。

 

「それをなんで俺が知らないんです?」

 

「ふふふー、サプラーイズ」

 

「サプライズは俺が喜ぶ方向でやってほしいですねぇ……」

 

「あれあれ、スフィアちゃんの参加嬉しくないですか?」

 

「嬉しいとか嬉しくないとか、そういうことが言えるほど交流ないでしょう、俺達……」

 

「ああー、好感度が足りていません! 今日の芋煮会でヨシムネさんルートを攻略しなければ」

 

「俺はギャルゲーのヒロインでも、乙女ゲーのヒーローでもないですからね?」

 

 そんな会話をマザーと繰り広げている間に、バスは無事に目的地へと到着した。

 多摩川沿いの河川敷。砂利が敷き詰められている格好の芋煮ポイントだ。ここ数日は雨も降っていないし、突然の増水もないだろう。

 

 バスの後方を付いてきていた貨物車も河川敷に到着し、中から出てきた作業ロボットが仮設のキッチン等を用意していく。

 

 それを眺めながら、俺はバスから降りて河原に足を踏み入れる。周囲を見回すと、何やらバスから降りた幾人かの人達が怯えているようだ。

 その人達の共通点を見ると……耳にアンテナが付いていない。アンドロイドではなく人間だってことだな。

 

 俺は、怯えている人の代表格であるミズキさんに事情を聞いてみた。

 

「どうした、みんな腰が引けているっぽいけど」

 

「ヨシムネは平気なのですか!? あんなに大量の水が流れています!」

 

「ああー、そういう……」

 

 未来人に植え付けられた危険物への恐怖シリーズ。

 刃物、火、流れる水(NEW!)。

 

「ヨコハマ・アーコロジーの海水浴場では、普通に客が入っていたんだけどなぁ」

 

「海水浴場は管理されていて流される心配がないでしょう。自然の川はもし流されたら、死体が海まで運ばれて、魂がサルベージされないかもしれません!」

 

「ああー、そりゃ怖いわ。じゃあ、川からは極力離れてやろうか」

 

「それでも近くに川があるという事実に、根源的恐怖を感じます……」

 

 うーん、何者も恐れないって感じのミズキさんも、未来人の標準的感性を持っていたのだなぁ。

 一方で、チャンプは平然として、手荷物をバスから運び出している。

 

「チャンプは川、平気そうだな?」

 

 俺がそう聞くと、チャンプはにっこりと笑って答えた。

 

「来馬流の後継者として、幼い頃から自然の中で鍛えてきましたからね。山ごもりとかもしました」

 

「なにそのお金のかかりそうな修行」

 

「そうなんですよねぇ。アーコロジーの外で修行するのは費用の関係上、後継者しかできないんです。もっと、多くの指導員にさせたいのですが」

 

「私は絶対にやりません!」

 

 心底恐ろしい、といった様子でミズキさんが叫んだ。ミズキさん、典型的コロニーっ子だろうから、観光目的以外で自然の中に放り込まれるのは恐怖でしかないだろうな。この時代は、自然の中に野生動物とかわんさかいるし。

 

「みなさん、安心してください!」

 

 俺がチャンプ達と話をしていると、マザーが突然大声を上げた。

 

「今日は特別に、川にエナジーバリアを張ってありますので、流される心配はゼロですよ。安心して芋煮してくださいね」

 

 マザーがそう言うと、川と河原の境界線上に、半透明の障壁が出現した。

 その障壁は高さ5メートルほどもある。あれならば、川にうっかり落ちることもないだろう。

 それはそれで、料理中に炎上しても川の水で消火とかできないってことだが。まあ、消火くらい、ニホンタナカインダストリが用意した作業ロボットがやってくれるだろう、多分。

 

 障壁は、10秒ほどでまた見えなくなった。見えないがそこには存在しているのだろう。わざわざマザーは川に近づいて、見えない障壁をぺちぺちと叩いて見せた。

 それを確認した人間達は、安心したように胸をなで下ろした。

 

 しかし、スペースコロニーやアーコロジーには生活圏に流れる水なんてないはずなのに、自然の水への恐怖が植え付けられているとか、どういう状況を想定しているんだろうな。自然界への観光時に危険があるとかだろうか。

 

 さて、そんなことをしている間に、ロボット達の作業が終わったようだ。

 俺は、設営の終わった仮設キッチン等を一通り見て回り、問題ないことを確認してから、キューブくんを近くに呼んで周囲に大声で言った。

 

「それじゃあ、予定時間が近いので、そろそろライブ配信始めるぞー!」

 

「おー!」

 

 元気よく返事を返してくれたのは閣下である。さすが同じ配信者、ノリがよい。

 ヒスイさんが近づいてきて、「開始三分前です」と知らせてくれる。

 

 そして、何事もなく三分が過ぎ……。

 

「どうもー、今日はリアルからお届け、21世紀おじさん少女のヨシムネだよー」

 

「ヨコハマ・アーコロジー近くの多摩川沿いからお送りしています。助手のヒスイです」

 

『わこつ』『ヒャッハー! 新鮮なわこつだぁー!』『んん!? そこ自然の河原か』『すごいところにいますね』『背景の人達平気なのか』

 

 うん、今日も元気なわこつで大変よろしい。

 俺は、コメントを拾って川沿いにいることに言及した。

 

「今日は芋煮会! 別に芋煮会は河川敷でやるというルールはないんだが、野外料理は河川敷の方が雰囲気出るから、わざわざアーコロジーを出て多摩川までやってきたぞ。ちなみに、川にはマザーがエナジーバリアを張ったので、安心安全だ」

 

『マザーおるの!?』『アーコロジーの外で配信とか、めっちゃお金かかっているなぁ』『おお、それなら安心して自然の風景を楽しめる』『惑星テラの貴重な野外シーン!』

 

「本日の芋煮会の費用は、全てスポンサーのニホンタナカインダストリが出してくれている。ありがとうタナカさん!」

 

 俺がそう言うと、後ろの方から「どういたしまして」と声が聞こえてくる。

 

『あっ、飯屋の人もいるんだ』『焼肉回で今日来るって言っていたやん』『大企業の御曹司が飯屋の人扱い』『他にどんな人が来ているの?』

 

「今日の参加者は、マザー・スフィアにタナカさん達ニホンタナカインダストリの第一アンドロイド開発室室長の人達、チャンプ率いる超電脳空手教官陣プラスミズキさん、グリーンウッド閣下とその家令とメイド長、お馴染みハマコちゃん、ミドリシリーズ代表でミドリさんとサナエ、それとなぜかマクシミリアン・スノーフィールド博士だ!」

 

『オールスターすぎる……』『マックスいるのかよ! お前ただの視聴者だろ!』『配信でリアルのマザー見るのは初めてかもしれない……』『リアルのマザーって養育施設以外にも出没するものなんですね』『大丈夫? これ最終回だったりしない?』

 

「最終回じゃないぞ。もうちっとだけ続くんじゃ。こんなにメンバー豪勢なのは、それだけ俺の誕生日を祝ってくれる人が多い……わけじゃなくて、こっちから招待しまくったからだな。あ、スノーフィールド博士は、さすがに俺は呼んでいないぞ! マザーが呼んだ」

 

『誕生日おめでとう、ヨシちゃん』『おめでとう』『おめでとう!』『おめでとー!』

 

「ありがとう。まあ、この歳になって今更歳を取ること自体は嬉しくはないんだけど、祝ってくれるのは嬉しいぞ。さて、挨拶はここまでにして、芋煮の準備、始めていくぞー!」

 

 俺は気合いを入れてそう言った。すると、こちらに閣下が近づいてくる。荷物を持った作業ロボットを引き連れてだ。

 

「おっと、料理に入る前に見せる物があるのじゃ。皆の者、ウィリアム・グリーンウッドじゃ。ヨシムネと同じゲーム配信者をしておる」

 

『閣下だ』『うおー! 閣下! 閣下!』『あなたの下僕です! ブヒィ!』『ヨシちゃんがゲスト出演しにいったところの人か』

 

「うむ、よろしくの。それでの、ヨシムネ。今日は誕生日プレゼントを持ってきてあるのじゃ。トーマス、頼む」

 

 閣下が背後のトーマスさんに目配せをした。誕生日プレゼントか。なんだろう。食い物以外はいらないと言ったから、食い物なのだろうが……。

 

「こちら、オーガニックの豚で作った、生ハムでございます。是非芋煮に合わせて皆様でご賞味ください」

 

 トーマスさんが鞄の中から、透明なフィルムに包まれた生ハムを取りだして、こちらに見せてきた。生ハム、しかも原木である。

 

「生ハムの原木とか初めて見たぞ……」

 

「これをつまみにワインを飲むのが最高に美味なのじゃ」

 

 驚く俺に、閣下がそう嬉しそうに言う。そして、メイド長のラットリーさんが、さらに鞄の中から瓶を一つ取りだした。

 

「閣下のアミューズメント施設でも人気のブリタニアワインを今日は20本持ってきましたよー! ロボットに預けておきますので、みんなで飲みましょうー」

 

「これは……ありがたい。飲み物は適当にお茶とかジュースは用意していたが、騒ぐなら酒類も必要だったな。よーし、今日は配信中のアルコールを解禁しちゃうぞー!」

 

 俺がそう喜んでいると、今度はチャンプ達が近づいてきた。

 

「ワインもいいですが、ぜひとも実家が経営している酒蔵の日本酒を味わってください。純米大吟醸の『覇王来馬』です。貴重な酒なので少ないですが、樽で一つ持ってきました」

 

「なにっ、純米大吟醸とな!? ありがとう。でも、俺は結構日本酒の味には厳しいぞ」

 

『今から酒でぐだぐだする未来が見えるぜ』『日本酒という酒は聞いたことないなぁ』『『覇王来馬』の意味を調べてみたら、武の王のクルマとか出てきたんだけど……』『チャンプのことやん!』

 

 あー、固有名詞は自動翻訳されないっぽいからな。わざわざ調べたのか。

 そしてさらにチャンプは言う。

 

「野外で気軽に食べられる品として、焼き鳥の材料も持ってきました。料理は親に仕込まれていますので、こちらで作っておきます」

 

「おー、チャンプ料理できるのかー。すごいなー」

 

「それと、ミズキさんから」

 

 チャンプがそう言うと、ミズキさんが荷物を作業ロボットに持たせて前に出てくる。

 

「以前、『Stella』の登山でヒスイに食べさせてもらったチーズフォンデュが美味しかったので、材料を持ってきました」

 

 ああ、ミズキさん、あのときちゃっかり食べていたんだ。

 

「私は料理ができないので、ロボットに作らせます」

 

「ミズキさん、そこは料理に挑戦してみようぜ」

 

 俺がそう言うと、ミズキさんは「えっ」という顔になった。

 

「俺は芋煮に忙しいから、空手道場の人達に見てもらいなよ。レシピは控えているか?」

 

「レシピは一応ありますが……」

 

「頑張れ頑張れ」

 

 そうして、超電脳空手道場の面々は仮設キッチンの方へと向かっていった。

 次に来たのは、ハマコちゃんだ。というか、順番待ちが起きているな。みんな食べ物をプレゼントとして持ってきたのか? 律儀だなぁ。

 

「私からは、ヨコハマ・アーコロジー銘菓、『浜の梨心(はまのなしごころ)』です! ヨコハマ食品生産工場名産の梨をふんだんに使った一口サイズのお菓子ですよ! 私も120年程前、開発にたずさわったんです!」

 

『120年とかすげー数字が出てきたぞ』『ハマコちゃんいったい何歳なんだ……』『うーん、銘菓よりハマコちゃん本人の方が気になる』『もしかしてずっと観光大使を……?』

 

「私の製造年ですか? 西暦の2312年です!」

 

「ええっ……?」

 

「太陽系統一戦争の最中ですね……」

 

 俺が驚きの声を上げると、ヒスイさんが横で驚きながらそう教えてくれた。視聴者コメントも一様に驚きの声で埋まる。

 今は宇宙暦299年の西暦2630年だったはずだから、318歳……?

 

「『浜の梨心』、ワインに合いますので、グリーンウッド閣下のワインと一緒にお楽しみください!」

 

「あ、うん。うーん……」

 

 ハマコちゃんは銘菓の紙箱をキューブくんの方に一通り見せびらかすと満足したのか、下がっていく。

 

 そして、その後も食べ物の提供は続き、タナカさんからはシブヤ・アーコロジーの料理店に作らせたというオードブル、サナエからは今朝握ってきたというおにぎり、そしてミドリさんは大量のビールと一緒にバーベキューの用意をしてきたとか言いだした。

 

 最後のマザーとスノーフィールド博士は、惑星マルスでしか採れない野菜を持ってきたというので、これまた持ち込んだマルス牛の肉と一緒に鉄板焼きにするのだとか。

 

 以上で、誕生日プレゼントという名の本日のサイドメニュー紹介が終わった。

 ここで、俺からコメントを。

 

「みんなありがとう。でも、料理多すぎてサイドメニューの域を通り越してないか? これじゃ芋煮が主役じゃなくなりそうだぞ。お前らちゃんと芋煮食えよ?」

 

 俺のその言葉に、みんなは笑って仮設キッチンの方へと向かっていく。

 くっ、いや、大丈夫だ。山形の芋煮は他の料理に負けない!

 



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99.21世紀TS少女による未来世紀芋煮会実況配信!<3>

「さて、芋煮を作っていくぞ。全員分作るから、仕込みに時間がかかるな。おーい、手伝えそうな人はこっちに来て手伝ってくれー!」

 

 俺は仮設キッチンに来て手をナノマシン洗浄で洗うと、助っ人を集めるため周囲にそう呼びかけた。

 すると、ちらほらとアンドロイド達が集まってきた。人間はいないな。料理できそうな来馬流の人達は、焼き鳥とチーズフォンデュの仕込みを始めているし。

 

「ほれ、ラットリーも行くがよい」

 

 キッチン近くに寄ってきた閣下が、部下のメイド長であるラットリーさんをこちらに派遣してきてくれた。

 閣下自身は先にワインを開けて一杯やるつもりらしい。あの元公爵、自由すぎる。

 

「ラットリーさん、よろしく。稼働年数長いガイノイドだけあって、料理上手そうだな」

 

 俺がそう言うと、VR内と同じメイド服姿のラットリーさんは口元に手を持ってきて笑った。

 

「ほほほ、料理はメイドのたしなみですー」

 

「そうなのか? 貴族の家は料理長とかいそうだけど」

 

「いますよー。ブリタニア製AKS-2627が」

 

「料理人のアンドロイドか?」

 

「いえ、自動調理器です」

 

「それ料理長扱いしていいのか……?」

 

「業務用の大型ですよー。お高い料理長です。部下に、料理長を使用して配膳を行なうロボット料理人が二台います」

 

 貴族の家だけあって、自動調理器に食材を投入するのもロボットの仕事らしい。うちは全部ヒスイさんに任せているな。

 

「そういえば、自動調理器って、機械じゃなくて器具なんだよな」

 

『うん……?』『ごめん、どういうこと?』『日本語の話やね』『ジドウチョウリキのキという言葉は、二つの意味があるってことだね』

 

「あー、そう、調理器の器って部分の話ね」

 

 俺がそう言うと、ラットリーさんが「それはですねー」と語り始めた。

 

「自動調理器は、自動で肉を焼いてくれるフライパンなどから発展した調理器具なのですよー。その一方で、家庭用料理ロボットなどの調理機械が、その昔持てはやされました。ただ、料理ロボットはお値段が高いので、時代を経ると、ゲームにお金を使いたがる二級市民がロボットを求めなくなりました。代わりに安価な自動調理器が進化を続けているわけですねー」

 

「なるほどなー」

 

 俺がそう納得していると、ヒスイさんが横からコメントをした。

 

「私が製造された頃はすでに料理ロボットは廃れていましたね」

 

「ヒスイさんが製造されたのって、いつ頃だっけ?」

 

「80年ほど前ですね」

 

 なるほど、ハマコちゃんよりずっと若い。ミドリシリーズってニホンタナカインダストリの歴史から考えると、そこまで古いシリーズじゃないんだな。いや、80年って21世紀人の寿命くらいあるけどさ。

 

「私が作られた300年ほど前は、料理人ロボット全盛期でしたよ!」

 

 と、自前のエプロンを着けたハマコちゃんがそう言った。

 その言葉を聞いて「おや」とラットリーさんが片眉を上げた。

 

「あなたも300年前に製造ですかー。実はこれは内緒なのですが、私もそれくらいの時期に製造されたのですよ」

 

「わー、そうなんですか! 久しぶりに同年代に出会いましたよ!」

 

「内緒って、視聴者バッチリ聞いているからな」

 

『いやあ、閣下の配信見てたらラットリーの年齢はお馴染みだし』『それよりさっきは普通に流されたけどハマコちゃんだよ!』『28年前の『アイドルスター伝説』に出てきて結構長いこと観光大使しているなーと思ったら、それどころじゃなかった』『観光大使って言っているけど、実は観光局で一番偉かったりしない?』

 

 彼女の謎は深まるばかりである。

 

「それよりもヨシムネ様、料理を開始しませんと」

 

 おっと、ヒスイさんの注意を受けてしまった。急がないとな。

 

「ではまずは、食材の皮むきをやっていくぞー。まずはこれ、里芋!」

 

 作業ロボットに運ばせて、箱一杯の里芋を用意させる。前もってタナカさんから聞いた限りでは、食品生産工場で作られた里芋らしい。今時、畑で作られる食材はほとんど存在しないらしかった。

 

「芋煮は地方によって千差万別。里芋を使う芋煮があれば、ジャガイモを使う芋煮もある。里芋が商業的に栽培できる北限による影響とか聞いたことがあるな」

 

 里芋はジャガイモとは違い、寒い地方では育ちにくい芋なのだ。

 ちなみに俺はジャガイモの芋煮も嫌いじゃないぞ! 味付けだって、味噌と醤油どちらでもいける! まあ、今回作るのは俺の地元の芋煮だが。

 

「あっ、ヒスイさんは皮むきしている間に、鍋で出し汁を作ってくれるか?」

 

「かしこまりました」

 

 ヒスイさんは昆布と鰹節を持ってコンロの方へと移動する。

 

「さあ、みんなで里芋の皮むきだ! ぬめりのある芋だから大変だぞー」

 

 俺は、包丁を手に持って、お手伝いのみんなにそう宣言した。

 

『包丁来たわ』『この場にはアンドロイドしかいない。安心安全』『背後でチャンプが鶏をさばいているが気にしない』『チャンプ本当になんなん……?』

 

 お手伝いの皆と一緒に、皮むきをしていく。

 すると、アンドロイド達の手つきが速いのなんの。さすが料理プログラムをインストールできる人達は格が違った。俺はぬめぬめする里芋に苦戦気味だ。

 

「じゃあ、芋はこちらの寸胴鍋で先に煮ていくぞ。その間に、野菜を切る!」

 

 寸胴に水と里芋、そしてヒスイさんが取った出し汁を入れて加熱する。

 そして野菜だ。人参は皮をむき、いちょう切りに。長ネギも切り、ゴボウはささがきに。キノコはシメジをチョイス。他には油揚げとこんにゃくを適度な大きさに切って、と。

 

「さて、野菜類は準備が整ったので、寸胴にそおい!」

 

 ドバドバとネギ以外の食材を寸胴鍋に投入していく。里芋は一度別に煮てから流水で洗ってぬめりを取るという人もいるようだが、野外料理にそのような細かい手順など不要!

 

「さて、次は肉だ! 用意したのはー、こちら、豚肉!」

 

 まな板の上に、勢いよく肉を載せた。豚の薄切り肉である。

 

「牛ではなく豚! 俺の地元では豚だったぞ」

 

『肉は牛の方が好きだ』『味付けしだいかなぁ』『肉と言えばウェヌス産の鶏かなー。オーガニックのやつ』『美味しければなんでもいいです!』

 

「うん、今いいこと言った。美味しければなんでもいい。芋煮は地域によって種別はあれど、その違いで喧嘩するのはよくないのだ。美味しければいい」

 

 さて、豚肉を切っていくぞ。

 ヒスイさんと隣同士で並んで、包丁を使っていく。もはや、ヒスイさんが俺の包丁使いを怖がることはない。

 

「食べやすいサイズに適当に。……よし、終わり!」

 

 これで包丁を使った作業は全部終わりだ。

 俺は、寸胴を見てもらっていたラットリーさんと交代して、灰汁(アク)取り作業をしばらく続けた。

 そして、里芋に火が通ったところで、豚肉とネギを寸胴にイン! ついでに料理酒をいくらか投入!

 

「豚肉からも灰汁が出るので、丁寧にすくっていくぞー」

 

 俺はおたまを片手に、そう視聴者に説明をした。

 

『なんだか見てて楽しい』『うちのMMO、料理していても灰汁って出ないわ』『そりゃまた本格的じゃないやつだな』『まあ面倒だろうからね』

 

 灰汁が出ないに越したことはないからな。

 でも、未来の品種改良されているであろう野菜や肉からも、普通に灰汁って出るんだな。

 

 そうして豚肉に火が通り、灰汁を取りきったところで、いよいよ味付けをしていくぞ。

 

「まずは料理酒をおたまで一杯分入れる」

 

 この分量が正しいか判らないが、入れすぎよりは少なめになるくらいでいいだろう。

 さて、次だ。

 

「日本には料理のさしすせそっていう言葉があってな。調味料は砂糖、塩、酢、醤油、味噌の順番に入れるといいとされている。実際に効果あるかは知らんが、それにならって砂糖をまず入れる」

 

 お玉でひとすくい砂糖を投入。

 

『えっ、甘くするの?』『思っていた料理と違う』『いや、塩味に合わせて適量なら、甘くならずに味に深みが出る』『はー、料理って奥が深い』

 

「次に味噌! 以前料理配信したときに味噌汁ってスープの味付けに使った調味料だな。芋煮と言えば味噌味か醤油味かの二つに分かれるが、俺の実家では味噌味だ」

 

 お玉に味噌をすくい、箸を使って寸胴の中で溶いていく。それを二回。

 

「と、ここで嗅覚共有機能をオンだ!」

 

『うおー、腹が減る匂い!』『嗅いだことない香りがする』『変わった匂いだなぁ』『味が気になるわ』『味見! 味見!』『味噌汁の時も思ったけど、色は微妙だよなぁ』

 

 そして寸胴をかき混ぜて、小皿に汁を注いで味を見てみる。

 すると――

 

「うっす! 味うっす! そうか、味噌はもっと豪快に入れていいんだな」

 

 今回は数十人分の寸胴鍋だ。お玉で二杯の味噌で足りるはずがなかった。

 俺は、おそるおそる、ひとすくいずつ味噌を溶いて味見をしていく。砂糖も後から少し足して、料理のさしすせそを台無しにしたりもしていき、やがて……。

 

「……うん、この味だ! 完成! 山形県俺んち流、豚肉味噌芋煮だ!」

 

 俺がそう宣言すると、周囲から盛大な拍手が送られた。

 

「おお、こりゃどうもどうも」

 

 俺は周囲にぺこぺことお辞儀をして返した。

 とりあえず、これで芋煮の完成である。俺の地元は豚肉を使って味噌で味付けするのが多数派だった。実家から東にしばらく進むと、牛肉の醤油味になるんだがな。

 

 さて、懐かしい俺んちの芋煮は、はたしてみんなに受け入れられるだろうか。

 



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100.21世紀TS少女による未来世紀芋煮会実況配信!<4>

今回、著作権の切れている歌の歌詞を掲載しています。


「よーし、みんな芋煮は行き渡ったな?」

 

 多摩川沿いの河川敷。ここで芋煮を食べるのだが、現在配信中のため、食べるときは見栄え的に地べたに座るというわけにもいかない。なので、作業ロボットに簡易テーブルを何個も用意させ、その上に完成した料理を多数並べていっている。

 芋煮、焼き鳥、鉄板焼き、バーベキュー。ミズキさんの前にはチーズフォンデュの鍋が置かれているし、閣下の前には生ハムの原木が鎮座している。あらためて見ると、生ハムの原木の存在感がやべえ。

 

 まあ、食べる物がいろいろあって飽きないのはよいことだ。俺は、周囲に向けて挨拶を始めた。

 

「今日は俺の誕生日ということで、芋煮会に参加してくれてありがとう。俺のいた21世紀では秋の風物詩だった芋煮会だが、この27世紀でも毎年の定番イベントにしていけたらと思う。だから、今日はじゃんじゃん食べていっぱい楽しもう。いただきます!」

 

 俺がそう言うと、皆口々に「いただきます」と言い、芋煮を食べ始めた。

 

「……はー、芋煮だぁ。我が家の味!」

 

『やさしい味だね』『この里芋というやつ、初めて食べる食感だ』『この肉ってオーガニックのやつ?』『さすがに豚肉でオーガニックってことはないだろう』

 

 本日のライブ配信は味覚共有機能をオンにしているため、視聴者達も芋煮の味を楽しんでくれている。

 

「肉は普通の培養豚肉だぞー」

 

 俺は視聴者コメントにそう返して、芋煮を食べていく。

 うーん、汁が美味え。野菜ときのこから染み出た出汁と味噌のこのコラボレーションよ。

 そして里芋がねちねちほくほく。ジャガイモと違って煮崩れないので、ごろっとしているのを食べられるのが好きだ。ジャガイモも、それはそれで嫌いじゃないけどな。

 

 そうして味わって食べているうちに、一杯目をあっさり食べ終わってしまった。

 

「ふう、それじゃあ……行くか、酒を確保しに!」

 

『酒かー』『味覚共有機能じゃ酔えないから微妙なのよな』『酒の味好きじゃないからオプションで酒だけオフにしておくよ』『日本酒ってどんな味なんだろう……』『何気にヨシちゃんの配信では、酒を飲むのは初めてか』

 

 酒、不評!

 まあ、酔えない酒とかなんのために飲むのか解らんからな。俺、ノンアルコールビールは楽しめないタチなんだ。ノンアルコールカクテルは、ジュース感覚で飲めるならありだけど。

 

「そういえばガイノイドボディって酔えるのかな」

 

 俺がそう言うと、隣で芋煮を食べていたヒスイさんが、食べるのを中断して答えてくれる。

 

「ミドリシリーズは高性能機ですので、酔いも再現できますよ。飲食が可能な民生用ハイエンド機のワカバシリーズにも酔える機能がついています」

 

 なるほどなー。よし、それじゃあ酒、行くか。まずは、日本酒だ。

 俺は芋煮の器をテーブルに置いたヒスイさんをともなって、るんるん気分でチャンプのもとへと移動する。

 そこには、どでかい酒樽が一樽、砂利に敷かれた板の上に置かれていた。

 

「チャンプ……何が『貴重な酒なので少ないですが』だよ。樽でけーよ!」

 

「おや、ヨシムネさん。芋煮、美味しいですよ」

 

 芋煮の器を片手で持ちながら、チャンプがそう言ってくれる。

 

「ああ、そりゃあ何よりだ」

 

「豚汁みたいで、どこか懐かしい気持ちになります」

 

「おおっと、確かに豚肉と味噌の芋煮はほぼ豚汁の材料を使うが、それでも芋煮だぞ」

 

「違いが芋くらいしか判りませんが……」

 

 心意気が違うんだよ!

 

「まあ、それよりも酒をもらいに来たぞ」

 

「おっ、早速ですね。どれくらいいります?」

 

「どれくらいって、コップに一杯以外あるのか」

 

「こちらの(かめ)に入れて持っていってもいいですよ」

 

 そう言って見せられたのは、1リットルくらい入りそうな素焼きの瓶だった。小さな柄杓(ひしゃく)もついている。

 

「おっ、じゃあ瓶でもらおうか。俺のところには人が訪ねてきそうだしな」

 

「はい、ではお待ちくださいね」

 

 チャンプが樽から大きな柄杓で瓶に酒を移していく。

 

「どうぞ。せっかくですし、ここで一杯飲んできますか?」

 

「おー、そうだな。自分達の所で作っているというし、感想も伝えたいな」

 

「では、焼き鳥も焼きたてを持ってこさせます」

 

 そうして、用意された熱々の焼き鳥と、コップ一杯の酒。ヒスイさんの前にも同じように並べられる。

 俺は、早速コップから酒を一口飲み込んだ。

 

『うわっ、きゅーっときた!』『新感覚!』『これが日本酒かぁ』『俺苦手だわ』『私これ好き!』

 

 視聴者の反応は様々。キューブくんから流れる抽出コメント音声をチャンプは楽しそうに聞いている。

 俺の感想はというと。

 

「辛口のいい酒だ。おつまみは塩だけでもいけそうだな。まあ、そんな上級者なことせずに、素直に焼き鳥食べるけど」

 

 焼き鳥は、まずは塩から。一口食べて、一口酒を飲む。

 

「うーん、焼き鳥って、なんでこんなに日本酒に合うのか」

 

 次にタレ。

 

「これはご飯と一緒に食べてもいいな。あ、あとでサナエのおにぎりと一緒に食べるか」

 

「おにぎりが用意されていたのは、ありがたかったですね。うちの面子、酒が飲めない人もいるので」

 

 チャンプが芋煮を食べながらそう言った。そうだよな、お茶とかジュースとか用意していると言っても、酒飲まないなら炭水化物が欲しくなるよな。

 俺はそう納得し、残りの鶏皮の焼き鳥を食べ終わり、酒を飲み干した。

 

「うん、いい酒といいつまみだったよ。それじゃあ、瓶は借りていくよ」

 

「はい、なくなりましたらまたどうぞ」

 

 そうして俺達はチャンプと分かれ、もとの席へと戻ってきた。

 瓶からコップに酒を柄杓で注ぎ、あらためてヒスイさんと乾杯をする。

 

 さあ、いろいろ料理を味わおう。俺は、近くにいた作業ロボットに芋煮のおかわりを頼み、箸を手に持ち、皿の料理を楽しもうとテーブルの上を眺めた。

 と、選び終わる前に、人が訪ねてきた。マザーとスノーフィールド博士だ。

 

「どうもー、ヨシムネさん。鉄板焼き食べていますかー?」

 

 マザーがワインの入ったコップ片手に絡んでくる。

 

「おう、今食べるところだ。それよりも、銀河の管理AIが酒飲んで大丈夫なのか?」

 

「酔うのはこの個体だけで、本体にはなんら影響ないから大丈夫ですよ」

 

 くすくす笑ってマザーが言う。

 そうか、一応酔っ払いはするんだな……。

 

 俺はとりあえず、鉄板焼きが盛られた皿から箸でサイコロステーキを取り、一口食べた。

 

「どうだろうか。久しぶりに料理なんてしたから、上手くいったかどうか……」

 

 真剣な顔で、スノーフィールド博士が聞いてくる。

 

「あ、これ作った人、スノーフィールド博士なんだな。うん、美味しいぞ。かかっているソースは初めて食べる味だ」

 

「ソースも含めて、惑星マルスの郷土料理だ。小さい頃から食べ慣れた味だな」

 

「なるほど、俺にとっての芋煮みたいなものなんだな、この鉄板焼きは」

 

『マルス近くのコロニー在住だけど、この味は養育施設を思い出す』『懐かしすぎて泣きそう』『子供の頃に親しんだ故郷の味ってあるよね』『施設の仲間との思い出が頭に浮かぶ……』

 

 うーん、視聴者がしんみりとしだした。

 まあ、誰にでも頭に浮かぶ原風景の類はあるよね。

 

 俺は山形の農地を思い出しながら酒を一口飲み、鉄板焼きの野菜を次々と口にしていく。

 

「そういえば、スノーフィールド博士を呼んだのに、アルフレッド・サンダーバード博士は呼ばなかったんだな」

 

 俺はふと、酒の勢いで、そんなことをマザーに尋ねていた。

 まあ、サンダーバード博士が今どうしているのか、そもそも生きているのかさえも、俺は知らないのだが。彼はスノーフィールド博士と違って、視聴者ですらない。

 

 すると、ちゃっかり瓶から日本酒をコップに注いでいたマザーが、俺の方に向き直って言う。

 

「フレディはですねぇ……ちょっと人様に言えない極秘の場所にいまして」

 

「極秘」

 

 伝説のサンダーバード博士ともなると、一般人に明かせない極秘の仕事もしていたりするか。

 

「来年にはヨシムネさんも会えるかもしれません」

 

「ほーん、引っ張るな」

 

「はい、この件は思わせぶりになっちゃいますね、どうしても。私も早く公表したいのですが」

 

 なにかあるようだ。まあ、一市民でしかない俺には関係なさそうなことか

 

『気になるー』『酒の勢いで吐いちゃいなよマザー』『ほれ、飲め飲め!』『そして宇宙の秘密を明かすのだ』

 

「ふふふ、飲みますけど、秘密は吐きませんよーだ」

 

 あざとい仕草で視聴者に向けて言うマザー。この人も、配信慣れしているよなぁ。

 

「ヨシムネさん、余興はないんですか、余興」

 

 と、酒に酔ったマザーが突然そんなことを言いだした。

 

「余興って、宴会じゃあるまいし。芋煮会にそういうのはないよ」

 

「えー、せっかくですし歌いましょうよ」

 

「ヤナギさんが来ていたら歌っていただろうなぁ……」

 

 先日SCホームで分かれたときのヤナギさん、最後まで恨めしそうだったなぁ。思い出して震えてきたぜ。

 

「歌うならマザーがやってくれよ」

 

 俺がそう言うと、マザーはにっこりと笑って返してくる。

 

「おっ、やりますか? 『Daisy Bell』歌いますよ? 芸名は小春ちゃんで」

 

「機能停止しちゃっているじゃん」

 

 コンピュータ様らしい選曲だが、HALはいかんHALは。

 

「それでは視聴者の皆さん、聞いてください。小春ちゃんで『Daisy Bell』です」

 

 マザーがそういうと、どこからか軽快な伴奏が流れてきた。

 これは……作業用ロボットから鳴っているのか。ハッキングでもかましたのか、この管理AI。

 

「There is a flower Within my heart, Daisy, Daisy」

 

 可愛らしい歌声が響きわたり、人が段々と周囲に集まってくる。

 視聴者コメントもキューブくんからの音声でなく文字コメントに切り替わり、『和む』『マザーはお歌が上手だね』『管理系配信者小春ちゃんマザー』などと文字が視界の隅で流れていく。

 

「But you'll look sweet upon the seat Of a bicycle made for two」

 

 と、マザーは最後まで『Daisy Bell』を歌いきり、皆に手を振った。すると、どこからともなく拍手が巻き起こる。

 

「ご静聴ありがとうございましたー」

 

 そう言いながらマザーはコップを片手に持ち、酒をあおった。

 うーん、酒と芸名さえなければいい歌だったね、で済んだのに。

 

「よし、次は私が歌うのじゃー!」

 

 そう言って閣下が飛びだしてきた。

 

「ふむ、伴奏はどうやればかかるのじゃ?」

 

「曲名を言ってもらえればかけますよ」

 

 閣下の疑問の言葉に、そうマザーが返す。

 

「『Rule, Britannia!』で頼む」

 

「了解しましたー」

 

 知らない曲名だなと思っていると、オーケストラの伴奏が流れ始めた。

 

「ブリタニアに古くから伝わる、ブリタニアを讃える歌じゃ。聞いてくれたも」

 

 そう前置きをして、閣下は高らかに歌い始めた。

 これで以前は音痴だったというのだから、『アイドルスター伝説』の偉大なことよ。

 

「Rule, Britannia! Britannia, rule the waves. Britons never never never shall be slaves!」

 

 視界に表示される翻訳歌詞によると、偉大なブリタニア人は世界を統べる存在で、絶対に奴隷にはならねえ! という内容のようだ。

 うーん、人類を管理するマザーの前で歌うにはなかなか挑発的な曲。

 

 そんなマザーと閣下の歌唱を発端として、みんなが余興をし始めた。

 酒も入り料理も豊富で、芋煮会という名の宴会になりつつあるが、これはこれで盛り上がるので、よしとすることにしようか。

 楽しい時間はまだまだ続く。

 



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101.21世紀TS少女による未来世紀芋煮会実況配信!<5>

 突発的に始まったカラオケ大会。今はタナカさんが俺の知らない歌を歌っている最中だ。

 上手くもなければ下手でもないが、なかなか熱の入った歌いようだ。

 

「『Galaxy Opera with Dandy』のエンディング曲だそうです」

 

 そうヒスイさんが小声で説明してくれる。

 確か、インケットでミドリさんがコスプレをしていたRPGだ。

 

「タナカさん、ゲームとかやる人なんだ」

 

「むしろゲームをしない人を探す方が、大変なくらいです」

 

 おおう、未来の人類、ゲーム好きすぎる。一級市民でもそうなのか。

 

『ギャラダンはキャシーがいいよね』『は? ギャラダン? GODだろ』『英語を知っているとGODはすげー略称』『私はエンディング曲よりオープニング曲の方が好きかな』『通常戦闘曲だろ。ボーカル入りの戦闘曲っていいよね』

 

「くっ、こいつら、俺の知らないゲームで盛り上がってやがる……」

 

 コメント抽出機能は総意に近いコメントを抽出するというが、こんなところで一体感を出さなくてもよくない?

 そう悔しがっていると、タナカさんの歌が終わる。次は超電脳空手道場の師範代が歌うようだ。

 

「さて、歌を聞いてばっかりなのもあれだし、料理を食いに戻ろう。ミズキさんの初めてのお料理を確認しに行くぞ」

 

「失敗していても責めたりからかったりしないようにしてくださいね」

 

「俺はしないけど、視聴者がなぁ」

 

 ヒスイさんの注意に俺がそう返すと、視聴者達は『自分達でもできないことを責めたりしない』と言ってくれた。

 まあ、そりゃそうだな。プロ気取りのエアプ勢とか出現しても、コメント抽出機能さんが弾いてくれるだろう。信じてるよ?

 

「ミズキさーん、チーズフォンデュできた?」

 

「ヨシムネですか。なんとかできましたが……」

 

 チーズフォンデュの周囲には、ハマコちゃんとミドリさんがいて料理を楽しんでいる最中だった。

 

「火は大丈夫でしたか? 初めてですと、料理は怖かったのでは」

 

 ヒスイさんがそうミズキさんに尋ねると、彼女は苦笑して答える。

 

「火が出ず熱くなりすぎない、適温に温めてくれるコンロを使いましたので、火傷の恐ろしさはあれど、炎上の恐怖はさほどありませんでした。しかし、下ごしらえが……」

 

 ふむ。具材を見ると、ちゃんと一口大にカットされて、下茹でがしっかりされているようだが。

 

「包丁が怖くて使えません。屈辱です」

 

「包丁駄目だったかー」

 

 俺がそう言うと、チーズフォンデュを食べる手を止めたハマコちゃんが横から口を挟んだ。

 

「そこで、私が包丁ではなく調理バサミを使ってはどうかと言ったんです。ハサミなら、安全なエナジーハサミを普段使いして慣れていると思いまして」

 

「しかし、ハサミもハサミで、指を切り落としてしまうのではと思ってしまい、無理でした……」

 

 悔しそうにミズキさんが言う。それに対し、俺はフォローの言葉を入れた。

 

「まあ、仕方ないさ。ここは葉野菜を手で千切ったり、子供用包丁で野菜を切ったりするところから始めるべきだったかもしれない」

 

『ミズキさんでも無理なのか』『この恐怖克服して料理している人はなんなの? 超人なの?』『慣れれば楽しい。指程度なら病院行けば再生するし』『子供用包丁って何それ聞いたことない』

 

 カラオケから離れて、視聴者コメントは音声読み上げに戻っていた。

 

「子供用包丁は、刃のついていないプラスチックとかセラミックの包丁だな。相当力を入れない限り指は落ちないぞ。主に野菜を切ることに使う」

 

「そのようなものがあるのですか……! ヨシムネ、持ってきなさい」

 

「えー、用意してあるかなぁ」

 

「持ち込み荷物のリストには記載されていませんので、ここにはないでしょうね」

 

 ミズキさんの要求に困ったところ、ヒスイさんが横からそう説明してくれた。さすがに用意していないらしい。

 

「でも、ミズキさんが包丁もハサミも無理だったとなると、食材を切るのは空手道場の人が?」

 

 俺がそう尋ねたところ、答えが返ってきたのはハマコちゃんだった。

 

「私が切りました! 芋煮は手伝いが十分そうだったので、こちらのお手伝いをと」

 

 芋煮作りの途中で姿を見せなくなったと思ったら、こちらを手伝っていたらしい。

 となると、そこでチーズフォンデュをぱくついているミドリさんも手伝ったのか?

 

「ミドリさんも手伝い? バーベキューは?」

 

「バーベキューは飽きたから作業ロボットに引き継いでもらったよ。それと、手伝ってもいないよ。ここにいるのは、ヨシムネの『Stella』配信の味覚共有で美味しかった料理だから、生で食べてみたかったってだけ」

 

「飽きたのかよ! アメリカ在住の芸能人による本格バーベキューの光景が楽しめると思ったのに……」

 

「アメリカ人はもうバーベキューは作ってないよ? 料理店はあるけどね。単に21世紀のアメリカ合衆国はバーベキューが盛んだって聞いて、やってみたかっただけー」

 

 くっ、こんなところでも人類が料理をしなくなった弊害が! 芋煮と共に消える運命なのか……!

 

 まあいい。俺達もチーズフォンデュをいただこう。

 

「それじゃあ、フォークを一つお借りしてと……」

 

「頑張って下茹でしたので、味わって食べなさい」

 

 言葉に何気なく命令口調が混じるミズキさん。今日も当たりが強いなぁ。まあそんなところが面白い人なんだけど。

 

「……チーズで煮る料理とばかり思っていたので、レシピを見て驚きました」

 

 と、ミズキさんがそんなことを言い出す。

 野菜と肉のチーズ煮。それはそれで美味しい料理ができそうだ。

 

「いただきます、と」

 

 ん、普通に美味い。タレだのソースだのといった料理が多いから、このチーズの暴力は新鮮でいいな。

 

「美味しいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺の言葉に、はにかむミズキさん。うーん、レアな表情いただきました。

 

『ミズキさんかわええ!』『いいショットもらいました』『初めての料理で喜ぶ美女』『何百年前が舞台のギャルゲーだって感じ』

 

 コメントのギャルゲー発言に、ミズキさんは顔を赤くした。

 いや、このでかすぎる巨乳はギャルゲーじゃなくてエロゲでしょ。そう思ったが口に出すのは止めておいた。圧倒的セクハラ……!

 

「ヨシムネ様」

 

「うひい!」

 

 と、邪な考えを巡らせているところで突然背後から声がかけられて、俺はその場で飛び退いた。

 振り向くと、そこにいたのはグリーンウッド家の家令トーマスさんだった。

 

「おや、これは失礼。……チーズ料理をお召し上がりなら、ブリタニアワインはいかがですかな?」

 

「あー、もらおうか」

 

 俺がそう言うと、トーマスさんは他のメンバーにもワインを飲むかどうかの確認を取り、ワイングラスをこの場にいる作業ロボットに用意させた。そして、手ずからワインを優雅にグラスに注いでいく。

 ワインの色は白。チーズフォンデュの材料には白ワインが使われているから、合わせてきたのだろう。

 

 俺はグラスを受け取り、一口飲み込む。スッキリとした口当たりだ。

 

「うん、美味しい……美味しいというか、めっちゃ美味しいな! なにこれこんな美味いワイン初めて飲んだ。もしかして、お高い物じゃない?」

 

 俺は、あまりの驚きにそんな語彙の貧弱なコメントをしてしまう。

 その言葉に、トーマスさんは微笑を浮かべて答えた。

 

「アミューズメント施設の一般客に提供される、お求めになりやすい価格のワインです。おそらく、21世紀から見て600年もの長きにわたるワイナリー達のたゆまぬ努力と研鑽が、そう感じさせたのかと」

 

「はー、なるほど」

 

 日本酒に関しては、21世紀でも普段からお高い品を飲んでいたから、チャンプの酒で驚きはしなかった。だが、ワインは安ワインばっかり飲んでいたからな。思わぬ初体験にびびったぜ。

 

『ヨシちゃん今日、結構飲んでいるな』『そのうち酔ってぐだぐだになりそう』『主賓爆睡!』『アンドロイドってその辺どうなんだろう』

 

「あー、今までは仕事中ってことで、配信中に酒を飲んだことはなかったが、実は俺、結構酒好きなんだよね。たまにヒスイさんと二人で晩酌したりもしているし」

 

「私は、お酒は好きでもなく嫌いでもなく、といったところですね。ちなみにアンドロイドは酔えますが、意識が混濁するほど泥酔することはありません。機体設定で全く酔わなくすることもできます」

 

 視聴者に対して言った俺の言葉に、ヒスイさんがそう言葉を引き継いで説明した。

 

「他にもワインがご所望なら、生ハムのコーナーで赤やスパークリングなども提供できますよ」

 

「おっ、行ってみるか。じゃあミズキさん、美味しかったよ。また後で来るかも」

 

「なくなる前に来るように」

 

 そう言って俺達はチーズフォンデュのコーナーから離れ、生ハムの原木が置かれているテーブルへと移動した。

 ……いやあ、存在感すごいな、原木。

 

「ワインはどれをお持ちしましょうか」

 

 トーマスさんがそう尋ねてきたので、とりあえず赤ワインを頼んだ。

 

「あ、生ハムは食べてもいいんだよな?」

 

「もちろんでございます」

 

「おっけ。……というわけで、サナエ、そのナイフ貸してくれ」

 

 実は俺が来る前に生ハムの前で待機していたサナエ。その手には、原木から生ハムを削ぎ取るためのナイフが握られていた。となりに作業ロボットがいるから、そいつから奪ったのだろう。

 

「そんな! お姉様のために削ぎ削ぎしたくて、ここで待ち構えていましたのに!」

 

 ショックを受けたように表情を歪めるサナエ。だが、しかしな。

 

「俺だって削ぎ削ぎしたい……! 滅多に見ることのない生ハムの原木だぞ!」

 

「いえいえ、ここは私が削ぎ削ぎを」

 

「いいや、俺だね!」

 

 くっ、こいつ、俺のためと言いつつ、ただ単に自分が削ぎたいだけだな!

 

『なんやこの姉妹』『ミドリシリーズの中でもこいつは特にキャラ濃いな……』『ヨシちゃんの扱いが割とぞんざいなのが新鮮』『サナエちゃんきゃわわ』

 

 視聴者も、たまには俺の味方してくれよな!

 

「三人分ですし、二人で適量切り分ければいいのでは?」

 

 ヒスイさんが呆れた声でそう言った。

 言われてみれば、そうだな。

 

「じゃあサナエからどうぞ」

 

「はい、お任せをー」

 

 削ぎ削ぎ。うーん、少し分厚いけど、綺麗にスライスされているな。

 次は俺だ。ナイフを受け取り、削ぎ……削ぎ……。

 

「なんだこれ、めっちゃむずくね!?」

 

 市販の生ハムスライスみたいな、透きとおる薄さに全然ならないぞ!

 

「それが原木の面白さですよ、ヨシムネ様」

 

 いつの間にか人数分の赤ワインを用意したトーマスさんがそんなことを言った。

 いやまあ、面白いけどな、削ぎ削ぎ。

 

 そうして俺は、生ハムと一緒に赤ワインを一杯いただいた。

 

「赤も美味いなー。イギリスってワインのイメージなかったけど、今のブリタニアはすごいんだな」

 

「恐縮です」

 

 俺のコメントに、トーマスさんがうやうやしく礼をした。

 うーん、できる執事って感じ。実際には家令だが。そして、トーマスさんの手にはワイングラスが握られている。こういう場でも職務に邁進(まいしん)とかじゃなくて、ちゃんと宴会を楽しんでくれているようだ。いや、宴会じゃなくて芋煮会だけどな!

 

「それでは私、芋煮のおかわりをいただいてまいります。ワインのおかわりがご所望ならば、そちらのロボットにお申しつけください」

 

 そう言ってグラスを空にしたトーマスさんが、芋煮の器を片手に芋煮の寸胴に向かっていった。

 西洋貴族の家令が芋煮とは、なんというミスマッチ感。

 

 そんなまたもや口に出したら怒られそうなことを考えていると、視聴者コメントで俺を呼ぶ声がした。

 

『ヨシ、銀河アスレチック始まるぞー!』『ん?』『銀河アスレチック?』『なんぞ?』『スポーツイベントが配信に何か関係が?』

 

 視聴者達の頭は疑問でいっぱいのようだが、抽出機能さんがコメント拾ってくれて助かった。

 オリーブさんのスポーツの試合が始まるようだ。

 

 俺は空間投影画面を開き、カメラ役のキューブくんから見えるような位置に表示させた。

 

「今日はオリーブさんの試合だから、配信でも流していくぞー」

 

『ヨシちゃんやることが自由すぎる』『食事会の最中にスポーツ中継』『俺は何を見せられているんだ……』『そもそもここゲーム配信チャンネルなんですよねぇ』

 

 細かいことは言いっこなしだ!

 俺はワインを喉の奥に流しこみながら、ちゃっかりカラオケに参加しているトーマスさんの歌声を背景に、ルールも知らぬスポーツを観戦するのであった。

 



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102.21世紀TS少女による未来世紀芋煮会実況配信!<6>

 銀河アスレチック! それは、障害物が設置された巨大なコースを複数人の選手達が一斉に走り、ゴールに到着する順位を競うアンドロイドスポーツである。

 障害物には様々なギミックが存在しており、重力ですら一定でない難解なコースとなっている。

 

 選手達は相手を直接殴る蹴る等することは禁じられているが、ギミックを使っての妨害は許されている。その激しい妨害の応酬による苛烈さが、この競技を好む熱狂的ファンを多数生んでいた。

 

 空間投影画面に映る番組アナウンサーによるそんな解説を聞いたところで、選手入場だ。

 様々な星やスペースコロニーの代表アンドロイド達が、次々と紹介されていく。そして、オリーブさんの番が来た。

 

『惑星テラ代表、ニホンタナカインダストリ所属、オリーブ! その愛くるしい見た目とは裏腹に、激しい妨害プレイを得意としています! 昨年は惜しくも三位という結果に終わりましたが、はたして今年はどうなるか!?』

 

 おー、年に一度の全宇宙大会っぽいのに、三位に入賞していたんだ。すごいじゃないか。

 そして、以前ヒスイさんがニホンタナカインダストリは太陽系屈指の企業と言っていたが、宇宙一とは言わなかった。そのあたりの事情は、こういうところで優勝できていないところから感じ取れるな。

 

『いよいよ第一レースが開始されます』

 

 俺は、観戦を楽しむために、ミドリさんを探してビールを用意してもらおうとする。

 

「ミドリさーん、ビールどこだい」

 

「はいはーい。そうだよね。スポーツ観戦と言えばビール。そしてアメリカ国区はビールの一大生産地! これはヨシムネのいた21世紀の頃にあったセントルイスのビールが、年月を経て形を変えて残り続けた品だよ!」

 

 いやあ、俺、21世紀では日本国産のビールばかり飲んでいてな……。白地に赤線入りのアメリカビールはあまり飲んだことないんだ。

 そんなことを内心で思いながら、バーベキューコーナーまで行って、ミドリさんにビールサーバーでビールをジョッキに注いでもらう。

 まあ、ビールはビールだ。21世紀の日本ではおなじみのピルスナーみたいだしな。

 

 ジョッキを受け取り、周囲を見回すと、何やらカラオケ大会が終了していた。代わりに、巨大空間投影スクリーンに銀河アスレチックの番組が映し出されている。

 

 俺は作業ロボットに頼んでバーベキューを皿に載せてもらい、ヒスイさんとミドリさんをともなって、スクリーン設置の下手人であろうマザーのもとへと歩いていった。

 

「カラオケはもういいのか?」

 

 そうマザーに尋ねてみると、やけに上機嫌なマザーが答える。ああ、上機嫌じゃなくて酔っているのか。

 

「ニホンタナカインダストリの人達が、自分達のところから出場している選手のスポーツを見たいと言いましてね」

 

「ああ、俺と同じミドリシリーズのオリーブさんだな」

 

「私は全人類と全AIに対して平等な立場なので、応援もひいきもできませんが、この場の雰囲気としてはぜひ頑張ってもらって盛り上げてほしいですねー」

 

 そう言ってマザーは笑い、日本酒をぐいぐい飲んでいく。本当に酔っているなぁ、全人類と全AIのお母さん。

 マザーが存在するマシン本体から離れた端末であろうこの個体が酔うってことは、単なる遠隔操作じゃないのか。

 ある程度独立した個だったりするのかね。

 

 そんなことを思いつつも、俺はモニターに注目する。オリーブさんの出場する第三レースが始まったのだ。

 

『さあ、始まりました第三レース。おおっと、昨年三位のオリーブ選手が先行! そしてコースから外れて妨害ギミックに突撃したぁ!』

 

『死ねぇ!』

 

『でたー! オリーブ選手の『死ねぇ!』が開始早々出たー! 観客総立ちだー!』

 

 うっわ、オリーブさんの人気すごいな。第一レースに出ていた昨年の優勝者より会場盛り上がっているぞ。

 

「あっはっは、オリーブやるぅ」

 

 次々と他の選手を撃退していくオリーブさんの様子に、ミドリさんが腹を抱えて笑っている。

 

「こりゃ宴会に流す映像としては満点だな。いや、芋煮会だけども」

 

 俺がそう言うと、視聴者達から『どう見ても宴会』とコメントが返ってくる。まあそりゃそうだよね!

 

 と、ふと俺は笑いと歓声に包まれる面々の中から、腕を組み真剣な顔をしてモニターを眺めるタナカさんを見つけた。

 俺はそんなタナカさんに近づいていって、話しかける。

 

「タナカさん、真面目そうな顔してどうした? 何か心配事が?」

 

 俺がそう言うと、タナカさんは、はっとした顔をしてこちらを振り向いた。

 

「あ、いや、今年は優勝できるかなってね。オリーブくんのAIは、子供の頃の僕が銀河アスレチックを想定して設計したんだ。だから、そのメソッドが正しかったかどうか気になっているんだよ」

 

「へー、さすが開発室長。AIとか作れるんだ」

 

 俺はタナカさんの説明を聞きながら、そこらのテーブルに置かれていた焼き鳥を手に取りほおばった。うん、焼き鳥はビールも合うよな。最高。

 

「さすがに一から全部はプログラミングできないよ。方向性とか性格とか行動原理とかを設計するんだ」

 

「タナカさんの性格から、あのオリーブさんが生まれたのは不思議でならないなー」

 

「そこはプロだからね。必要とされる仕事に相応しい子を用意できるさ」

 

 なるほどなー。うん、バーベキュー美味え。ソースが絶品だな。

 

『話聞きながら飲み食いしていやがる……』『ヨシちゃんはさぁ』『今、真面目なシーンですよね?』『いつからこんな食いしん坊に……』

 

「ははっ、かまわないよ。今は食事の時間だからね。それにそこまで真面目な話じゃないさ」

 

 タナカさんは器が広いなぁ。

 そんな会話をしている間に、オリーブさんは他の選手を軒並み吹き飛ばし、余裕綽々(しゃくしゃく)で一人ゴールした。

 モニターを見ていた皆が一斉に盛り上がる。うん、やっぱりスポーツは場を盛り上げてくれるな。

 宴もたけなわ。俺達の宴会という名の芋煮会は続いた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「芋煮、品切れでーす!」

 

 そんなハマコちゃんの声が河川敷に響く。正午近くから食べ始めた芋煮が、二時間半ほど経ってとうとうなくなった。

 他の料理もあるから余るかな、と思っていたが見事食べ尽くされたようだ。他の料理も残りは少ないようだ。

 いやあ、みんな食べたし飲んだな。バイオ動力炉搭載のアンドロイドが何人もいるから、際限なく食べられちゃうし。

 

「そろそろお開きですかね」

 

 俺の隣でヒスイさんがそう言った。今日のヒスイさんはずいぶん大人しかったな。俺が他の人と話すのを邪魔しないようにした感じがあった。ヒスイさんも会話に加わっていてもかまわなかったのだけれどね。

 俺は、デザートとしてヨコハマ・アーコロジー銘菓『浜の梨心』をお茶と一緒に楽しみながら、ヒスイさんに言葉を返す。

 

「そうだな、銀河アスレチックも終わったし」

 

 銀河アスレチックは、オリーブさんの優勝で終わった。決勝レースでオリーブさんの妨害が見事他の優勝候補達に決まり、独走状態でゴールに飛び込んだのだ。

『ヨシ、約束通り優勝だ!』とオリーブさんの視聴者コメントがキューブくんから流れ、視聴者達も芋煮会参加者達もオリーブさんをたたえていた。

 あとで誕生日プレゼントとして優勝カップを俺の部屋に送ってきてくれるらしい。食事以外のプレゼントは受け取らないとしていたが、これだけは受け取っておくとしよう。

 

「もう飲み会は終わりか? 正直、飲み足りないのじゃが……」

 

 閣下がビールジョッキ片手にそんなことを言い出す。飲み会じゃなくて芋煮会なのだけれども。

 俺はそんな閣下に対して言う。

 

「これ以上飲みたいなら、ホテルか自分の家に帰ってから好きなだけ飲んでくれ」

 

「そうか。ふむ、では今日は泊まっていくことにしようかの。ヨシムネ……」

 

「部屋は貸さないぞ。みんな受け入れていたらぎゅうぎゅう詰めだ。素直に宿を取れ」

 

「仕方ないのう。トーマス、ホテルの予約を取ってくれたも」

 

「かしこまりました」

 

 トーマスさん、結構飲んでいたのに平然としているなぁ。話を聞くに、アンドロイドボディとかじゃない生身の人間だって言うのだけれど。

 あっちでは、ミズキさんがへろへろになって、超電脳空手道場の人達に介抱されているぞ。アンドロイドのハマコちゃんと同じペースで飲むから……。

 

「どうやら私達も今日は、ヨコハマに泊まりとなりそうですね」

 

 チャンプがミズキさんを見ながらそう言った。

 呆れた様子は見てとれない。年下のやんちゃな子を見守るような視線だ。

 

「宿泊費もニホンタナカインダストリが持つから、ちょっとお高いところに泊まってもかまわないよ」

 

「すみません、お世話になります」

 

 タナカさんがチャンプにそう告げると、チャンプは深々とお辞儀をした。

 この二人も生身の人間だが、深く酔った様子は見てとれないな。深酒はしなかったのだろう。二人とも大人だな。

 

「それじゃあ、撤収の準備をさせますね」

 

 マザーがそう言うと、作業ロボット達が一斉に動き出した。

 

「残った料理と食材は、私がいい感じにしておきます。皆さんは先にバスに入っていてください。ずっと立っていて疲れたでしょう? あ、各自で持ち帰りたい物があったら言ってくださいね」

 

 さすがマザー、頼りになるな。足元がふらついていなければだけど。

 

 作業ロボットが片付けをしているのを横目に見ながら、俺達はバスへと移動した。

 俺は相変わらず一番前の席。隣にヒスイさん。

 後ろの席では、タナカさんとスノーフィールド博士が何やらAIについて難しそうな話をしている。うーん、酔いどれだらけの中で、あの空間だけ異様にIQが高い。

 

 椅子に座った人間の中には、酔いから眠り始める者もいた。

 ヨコハマ・アーコロジーに着いたら自分の足でホテルか自宅まで行く必要があるが、大丈夫だろうか。一応、バスは建物の前まで移動してくれると思うが……。

 まあ、一人で来ている人はいないから、大丈夫か。

 

 そうして十分ほどバスの中でのんびりとしていると、最後にマザーが入ってきた。

 

「はい、それじゃあ出発ですよー」

 

 そう言って、マザーは一番前の俺の隣の席に座った。マザー、俺、ヒスイさんの三人がけだ。

 

「すまないね、マザー。最後の後始末なんてさせて」

 

「なんのなんの、作業は全部ロボットがやってくれましたから、大丈夫です」

 

『マザーはみんなのお母さん』『ママー!』『一見ふざけて見えるけど頼りになるんだ』『普段はクソレトロゲー配信ばっかりやっているけど』

 

 あっ、そういえばライブ配信まだ終わってなかった。すっかり忘れてた。

 

「ヒスイさん、いつ配信終わろう」

 

「さすがに部屋の場所が判ってしまうのは問題がありますので、バスの中で終了させましょう」

 

 そんな感じでヒスイさんと話していると、コメントで『ぐだぐだやな』と突っ込まれた。さーせん。

 よし、それじゃあ配信も芋煮会もあらためて締めよう。

 俺は、移動中なのに揺れを感じさせないバスの中で立ち上がり、後部座席の方へと振り向いた。

 

「みんな、今日はありがとう。楽しかった。視聴者のみんなも、ゲーム配信じゃないのに付き合ってくれてありがとう。以上で芋煮会は終了だ。参加者の人達はまた何か企画があったら呼ぶかもしれないが、そのときはよろしく。あ、みんなが何かをするときに俺とヒスイさんを呼んでくれるのも、大歓迎だぞ」

 

 俺がそう言うと、バスの中で拍手が沸き起こった。

 

『ゲームじゃなくてもいろんな人がいて楽しかったよ』『私もリアルの仲間で集まって何かするかなー』『次も期待』『うーん、俺も拍手ができればな』

 

「拍手をコメントしたいときは、数字の8をたくさん書き込むと、日本語でハチと読むからパチパチパチパチって拍手していることになるぞ。21世紀の日本のネットスラングだ」

 

 そうすると、コメントに次々と『888888888』と書き込まれたようで、コメント抽出機能さんも機転を利かせてくれたらしく、キューブくんから拍手の音が聞こえてきた。

 

「ありがとう。それじゃあ、今日の配信はここまで! 21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

「来年も芋煮会を開きたいものです。助手のヒスイでした」

 

「今日も人類を監視しています。スフィアでしたー」

 

 ちゃっかり隣のマザーが口上に混じり、キューブくんの撮影中を示す赤いランプが消える。

 ふう、無事に締められたな。

 

「それじゃあ、芋煮会も終わり! アーコロジーまでぐだぐだしよう」

 

 そう言って、俺は席に座った。

 こうして芋煮会は問題もなく無事に終わり、最高の思い出となった。

 バスは各所で止まって人を少しずつ下ろしていき、バスの中はだんだん静かになっていく。

 そして、俺とヒスイさんとマザー、スノーフィールド博士を残して他のメンバーは全員降車した。

 

 やがて、マザーと雑談をしているうちに、俺の部屋がある居住区にバスは止まった。

 

「それじゃあ、マザー、さよなら」

 

 俺がそうマザーに挨拶すると、マザーも言葉を返してくる。

 

「はい、1月にまた騒ぎましょうね」

 

「1月?」

 

「宇宙暦300年を記念する催し物があって……それ以外は後のお楽しみですよっ」

 

 うーん、気になる。気になるが、後のお楽しみなら仕方ないな。

 俺とヒスイさんは、マザーとスノーフィールド博士と別れ、バスから降りた。

 

 見覚えのある居住区の並びを見て、ふと皆がいない寂しさが襲ってくるが、先を行くヒスイさんに置いていかれないよう俺は足を動かした。

 

「ヒスイさん、楽しかったね」

 

「はい、来年もまたやりましょうね」

 

「来年の芋煮会だけとは言わず、リアルで何かしたいなー」

 

「企画、考えましょうか」

 

 そうして楽しい気分が戻ってきた俺は、部屋の扉を開け、ホムくん、イノウエさん、レイクに帰宅の挨拶を告げた。

 

「ただいま!」

 



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配信者世界に羽ばたく
103.マーズマシーナリー・シミュレーター(シミュレーター)<1>


「あー、マーズマシーナリー動かしたいなー」

 

『わこつ』『わこわこ』『いきなりどうした』『いつもの口上は?』

 

 本日のライブ配信。俺は、配信開始と同時に小芝居を始めていた。

 

「マーズマシーナリー動かしたい! でも『MARS』ばっかりは飽きるなー」

 

『飽きるほどやってから言え!』『エースランク目指して。役目でしょ』『心臓熱くして?』『ストーリーもまだ一周だよね』

 

 そんな視聴者のコメントを無視して、俺は続ける。

 

「そんなときは、このゲーム! 『マーズマシーナリー・シミュレーター』だ!」

 

 俺は、手元にゲームアイコンを出現させると、それを頭上に掲げゲームを起動した。

 日本家屋の背景が崩れていき、赤茶けた荒野へと変わる。その荒野には、一台のマーズマシーナリーが立っていた。

 

「改めて、どうもー、21世紀おじさん少女だよー。今日はマーズマシーナリーのシミュレーターをやっていくぞ!」

 

『はい』『うん……』『今の茶番はなんだったの?』『ヒスイさんは?』『つまんね』

 

「小芝居の評判悪い! あ、ヒスイさんはちゃんといるぞ。不可視になってもらっていただけで」

 

 俺がそういうと、俺の隣にヒスイさんが出現する。

 

「助手のヒスイです。皆様、うちの妹が申し訳ありません」

 

「何か俺、謝らせるようなことしたかな?」

 

「開幕からすべりました」

 

「それくらいで謝らなくていいから!」

 

『コメディ番組かな?』『私知ってる。これ漫才っていうんでしょう』『ヒスイさんのいないヨシちゃんは駄目だな』『ゲームはー?』

 

 おっと、いかんいかん。ゲームのことを忘れていたぞ。

 ゲームは今、タイトル画面で止まっている。背景の荒野では、青いマーズマシーナリーがただ立つのみだ。説明書を読む限りでは、この荒野は300年以上前の惑星マルスのはずだ。今回は事前にちゃんと説明書を読みこんでいる。

 

「じゃあマーズマシーナリーを動かすシミュレーター、始めるぞー」

 

 タイトル画面でゲームスタートを選択。すると、ステージ選択画面が出てきた。

 アバターの見た目を決定する項目はない。説明書の説明だと、SCホームで使っているアバターがそのまま適用されるようだった。

 俺は山、谷、平地等の簡素な名前が並ぶステージ選択画面から、一番上の項目であるチュートリアルを選んだ。

 

『今更チュートリアル?』『『MARS』で操作方法は解っているでしょ』『別に全部見せる必要ないのよ?』『いやまあこのゲームの独自要素があるかもしれんし』

 

 ふっふっふ、視聴者達はまだ気づいていないようだな。このシミュレーターがどのようなゲームかというのを。

 

 背景が切り替わり、俺はどこかの倉庫の中へと移動した。

 俺とヒスイさんのアバター衣装は、作業服に変わっている。

 

『マーズマシーナリーに乗り込もう!』

 

 そんなシステム音声が流れる。

 倉庫の中には、プレイヤーの人数だけ用意してあるのか、二台のマーズマシーナリーが壁際に待機している。

 青い塗装がされた機体だ。

 

「あれは確か、北アメリカ統一国製のスピカだよな?」

 

「そうですね。『MARS』におけるスノーフィールド博士の初期機体です」

 

『スピカええやん』『戦争初期の機体がチュートリアル機か』『敵は球体戦闘機あたりかな?』『私はベニキキョウの方が好き』

 

 とりあえず、チュートリアルを進めよう。

 俺とヒスイさんは、それぞれの機体の足元に近づいて、爪先のパネルを操作してコックピットのハッチを開け、搭乗用のロープを下ろした。

 

『あれ、ヒスイさんもやるの?』『AIでもマーズマシーナリーを操作できるゲームか』『マザー大歓喜やん』『ねえこのゲームってもしかして……』

 

 おっと、気づいちゃった視聴者がいるかな? でももう少し黙っていてくれよ。

 俺は作業服のベルトについている腰のカラビナをロープのフックにつけて落ちないようにする。そして、ロープの先についている足用のフックに右足をかけ、手元のスイッチを押す。すると、ロープが巻き上げられ、コックピットまで移動した。

 ロープのフックからカラビナを外し、ハッチを閉め、そしてコックピットの座席に座る。

 それと同時に、チュートリアルのミッションが次に進んだ。

 

『マーズマシーナリーを歩かせてみよう』

 

「さて、作業開始だ!」

 

 俺は、様々な計器や操作盤、左右のレバー、そしてフットペダルのついた複雑なコックピットを前にしてそう気合いを入れた。

 

『えっ、何これ』『何この……何?』『俺の知っているコックピットと違う!』『マザーの顔より見たマーズマシーナリーのコックピットが……』

 

 思った通りの視聴者の反応に、俺の顔はにやける。

 

「そりゃあそうさ。このゲームは、重機としてのマーズマシーナリーのシミュレーターだからな!」

 

 俺がそうネタばらしをすると、視聴者達は『ああそういう……』と反応を返してくる。マーズマシーナリーは超能力を使って操作するため、コックピットはかなり簡略化されている。だが、超能力操作化以前の、重機として使われていたマーズマシーナリーは違う。

 俺は笑いながら、視界に表示されるARに従って機体の核融合エンジンを起動。さらに、通信機のスイッチを入れ、ヒスイさんの機体と通信を開始した。

 

「ヒスイさん、ヒスイさん、聞こえているかな?」

 

『こちらヒスイ。感度良好です』

 

「じゃあ、ゲームの解説をよろしく」

 

『はい、『マーズマシーナリー・シミュレーター』は、サイコタイプに改造される以前の作業用マーズマシーナリーを動かすシミュレーターです。かつての惑星マルス、火星にてマーズマシーナリーを動かし、当時行なわれていた開拓工事を体験します』

 

「シミュレーターは、実在する何かを再現して疑似体験させるソフトウェアのことだな。職業訓練に使ったりする。俺がいた21世紀の自動車教習所では、事故回避の訓練用として自動車運転のシミュレーターがあったりもしたな」

 

『重機のシミュレーターかぁ』『シミュレーター界は奥が深い……』『自動車のシミュレーターを興味本位でやったことあるけど、レースゲームの方が面白かったな』『シミュレーターってゲームとは違うの?』

 

「純粋な訓練用のシミュレーターもあるし、遊ぶためのゲームの一種であるシミュレーターもあるぞ。マーズマシーナリー・シミュレーターは後者だな」

 

 俺は、AR表示されるコックピットの機能を一つ一つ頭の中に叩き込みながら、そう視聴者に答えた。

 

「ゲームとしてのシミュレーターといえば、21世紀ではドイツで愛好されていたらしいな」

 

『ドイツってどこ?』『おいおい世界史忘れたのかよ』『第三次世界大戦以前に存在したヨーロッパ国区の国だ』『大ヨーロッパ連合のもとになった国は、細かすぎて忘れちゃうんだよね』

 

 この時代の人達は脳に情報を叩き込んでくれる機械を使って教養や常識を学習するらしいが、それでも忘れることってあるんだな。ちなみに俺はヨーロッパにあるどの国がどの位置にあるか全然覚えていないぞ! 日本列島の都道府県の位置も怪しい。

 

『このマーズマシーナリー・シミュレーターは、ヨーロッパ国区に本社があるゲームメーカーによって製作されました。昔でいう、ドイツがあった場所のアーコロジーですね』

 

「ドイツ製かよ! 国民性変わってなさそうだなぁ……」

 

 この時代の日本人もVRギャルゲーとかいっぱい作っていそう。アメリカ人は過激なゲーム作っていそう。完全に偏見である。

 

「ちなみに俺は21世紀だと、そこそこフライトシミュレーターをプレイしてきたぞ。フライトシューティングじゃなくてな。個人用軽飛行機を飛ばすやつとか、航空旅客機を飛ばすやつ」

 

『21世紀の航空旅客機……』『昔の飛行機とか列車は事故が大規模すぎて怖い』『自動車事故の数もすごいぞ!』『この時代に生まれて本当によかった……』

 

 あー、事故ね。本当に多かったよな、乗り物の事故。人類の文明が進んだ代償だとか21世紀にいた頃は思っていたが、さらに文明が進んだこの時代だと事故はほとんどなくなったというから、単純に過渡期だったんだな。

 

「さて、おしゃべりはここまでにして、チュートリアルをクリアしてしまおう。歩かせればいいんだよな。これはフットペダルで……」

 

 右のフットペダルを踏み込むと、俺の乗っているマーズマシーナリー、スピカが前進した。

 よし、ミッションクリアだ。

 

『作業用ブレードを手に持とう!』

 

 すると、次なるミッションが音声案内された。

 コックピットのモニターの中に、『MARS』で武器として使われていたブレードが見えている。

 俺はブレードの前まで機体を歩かせ、手元の操作盤を動かしてモニターの中のブレードに指示マーカーをつける。

 

 そして、右のレバーを動かして右腕を操作し、マーカーの位置に右腕の先を誘導。ブレードが近づいたところで、スピカは自動でブレードの柄を握った。

 ふむ、さすが24世紀の重機。サイコキネシスが無くても、ある程度自動で操作がなされるってわけか。

 

『ブレードで石材をカットしよう!』

 

 その音声と共に、倉庫の中に突然石材が出現する。

 次のミッションは、加工か。

 俺は、スピカを石材の前に移動させ、モニターに映る石材の切り取りたい部分にラインマーカーを引く。そして、右レバーを動かし機体がブレードを振るうと、石材はラインマーカーの位置通り、綺麗に切れた。

 

『チュートリアルクリア!』

 

「おおー、すぱっと切れたな」

 

『マーズマシーナリーのブレードは高振動カッターだからね』『サイコバリアで保護していなくても金属板くらいは切れる』『だからって兵器転用して近距離戦するのは頭おかしいと思うの』『わざわざ遠距離から攻撃できる利点を捨てるからな……』『捨てるだけの価値はある』『ブレード威力高過ぎ問題』

 

 確かに、ゲームじゃなくてリアルの未来の戦争で、近接攻撃が使われていたってよく考えるとおかしいよな!

 ロボットゲームやロボットアニメに毒されすぎていたが、戦争は遠距離から一方的に攻撃できる方が強いのをすっかり忘れていた。

 でも、ロマンはあるよな、ロボットが剣を使うのって。太陽系統一戦争でブレードが使われていたのは、ロマンではなく攻撃力が理由のようだが。

 

『ヨシムネ様、こちらもチュートリアル完了しました』

 

 と、ヒスイさんから通信が入る。

 よし、それじゃあいよいよ工事を開始していこう。

 火星を開拓したという名重機マーズマシーナリーが、どう活躍したのか確かめてみよう!

 



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104.マーズマシーナリー・シミュレーター(シミュレーター)<2>

 チュートリアルが終わり、ステージ選択画面が現れる。

 ステージは上から難易度順に並んでいるため、一番上にある山ステージのステージ情報を確認した。

 

『山:石材を切り出す 難易度☆』

 

 簡素なステージ情報だ。俺はこれでいいかと山を選択し、ステージを開始させる。

 すると、背景が切り替わり、先ほどまでいた倉庫とは別の小さな建物の中に、俺とヒスイさんは放り出された。

 

 なんだか少し息苦しい。

 隣のヒスイさんを見てみると、どうやら服装が作業服から宇宙服に替わったようだった。

 宇宙服とは言っても21世紀の宇宙飛行士が船外作業で着るようなごついものではない。スタイリッシュなライダースーツ風の服に、フルフェイスのヘルメットをしている。

 密閉されたヘルメットだから呼吸が少ししづらいのか。

 

「ふーむ、建物の外は荒野か」

 

 小さな建物は扉が開いており、外に赤茶けた荒野が見える。

 

「火星だから、生身じゃ呼吸ができないんだな。うーん、いかにも開発前の火星って感じだ!」

 

 俺はヘルメットを右手で触りながら、そう感想を述べた。

 

『テラフォーミング前かぁ』『惑星入植初期はコロニーみたいな閉じた空間を作って、人が生きられる場所を確保していたはず』『鉱物資源を掘るだけなら、わざわざテラフォーミングする必要もないからな』『ただの植民惑星だからねぇ』

 

 なるほどなー。

 プレイヤーの役割は、火星入植第一世代ってわけね。

 

 とりあえず、俺は建物から出ることにした。すると、建物の外には二機のマーズマシーナリーが体育座りのポーズで待機していた。

 あれは、格納庫とかに置けない場合のマーズマシーナリーの待機ポーズだな。二足歩行のロボットを直立した状態で立たせるのは、安定感がない。エンジンを切っているとオートバランサーも働かない。なので、座らせるのが安全な停止方法だ。

 

 とりあえず俺はそんなマーズマシーナリーに乗り込むことにした。

 爪先の操作パネルで胸のコックピットを開き、自動で昇降するロープを使って乗り込む。

 座席に座り核融合エンジンを起動させ、パネルを操作してまずは直立させる。すると、コックピットのモニターに、何やら赤いラインが表示された。AR表示の説明によると、次の作業場への道順だ。

 

「ヒスイさん、行けるかな?」

 

 通信機のスイッチを入れ、俺はヒスイさんに語りかける。

 

『準備万端です。行きましょう』

 

「んじゃ、仕事開始だ」

 

 フットペダルを踏み込み、機体を歩かせる。戦闘用と違い、空を飛ぶスラスターなんてオプションパーツは付いていないから、機体は駆け足だ。

 順路を進む俺の機体。その後ろをヒスイさんの機体がついてくる。

 

 BGMはない。これはゲームじゃなくてシミュレーターだぞ、という主張をバリバリと感じるな。

 

 そして二分ほど機体を走らせたところで、場所は荒野から岩山に変わった。

 岩山のふもとには、トラックが何台も止まっている。トラックは非常に大型で、上から荷物を積み込める荷台が備え付けられている。

 

「このトラックに石材を積み込めばいいのかな?」

 

『そうですね。ただし、道が悪く石切場までトラックは進入できません。そこで、二足歩行で踏破性能が高いマーズマシーナリーの出番です』

 

「二足歩行が優秀って不思議な感じだなぁ。バランスが悪い移動方法の代表格みたいな感覚なんだけど」

 

『そこは、ヨシムネ様がいらっしゃった21世紀とは、オートバランサーの性能が段違いです。今の時代から見ると300年以上昔の骨董品ですが』

 

『骨董品……』『まあ、マーズマシーナリーは旧世代の兵器だよね』『一応軍では、新世代の人類用兵器が存在するらしいけど……』『それ知ってる。超能力で遠隔操作するロボットだ』『搭乗兵器じゃないのか』『人道面を考えると、そりゃあ遠隔操作になるよ』『兵器はあっても戦う敵はいないけどな』『唯一発見されている宇宙人、大人しい生態っぽいじゃん?』

 

 遠隔操作ロボットか。ロマンがないが、ロマンと人道は両立しないってわけだな。

 さて、それじゃあ奥の現場まで向かいますかね。

 

 俺はフットペダルを踏み込んで、赤いラインが示す道を歩かせる。

 ごつごつした山道をしばし移動していく。

 

「道をちゃんと整地して、トラック通れるようにすればいいのに」

 

『整地できますよ。ふもとのトラックの近くに整地用オプションパーツも揃っています』

 

「あ、それも自分でやるのね……」

 

『今後もこのステージを使うわけではないので、整地するだけ時間を無駄に消費することになりますが』

 

「駄目じゃん」

 

 そんな会話をしていると、岩肌から石材が切り取られた痕跡のある石切場が現れた。

 

 すると道を示す赤いラインは消え、代わりに『作業用ブレードを使って石を切り出そう』というAR表示がされた。

 

「ヒスイさん、どう作業していく? 分担した方が早そうだけど」

 

『とりあえず、一通りの手順をヨシムネ様が経験してみて、それから分担をしましょうか』

 

「そうすっか。仕事じゃないから効率とか考えなくてもいいし」

 

 まずは石を切り出そう。ブレードは、マーズマシーナリーの腰に備え付けられている。

 パネルを操作してブレードを選択してから右のレバーを操作すると、機体はゆっくりと腕を動かして腰につけた作業用ブレードを右手で抜き、構えた。

 

『うーん、ブレード一つ抜くにもこの作業』『『MARS』の対戦モードだと構えている間に死んでいる』『マニュアル操作って大変だね』『超能力操作って偉大だったんだなぁ』

 

 そんな視聴者のコメントを聞きながら、俺は石材を切り取るために露出したモニター上の岩肌に指示マーカーをつけていく。

 そして、ブレードを入刀。やがて、トラックの荷台に載せるのに丁度よい、1.5メートル四方の石ブロックが岩肌から切り離された。

 

「これをトラックまで運ぶわけだな」

 

『はい、抱えて運び、荷台に載せます』

 

「ちなみにマーズマシーナリーでこの石ブロック持てるよね?」

 

『重さは7トンを超えますが、火星の重力は地球の三分の一です。マーズマシーナリーでも問題なく持ち上がります』

 

「あー、重力の問題があったか……」

 

『惑星マルスの自然区画では、今もその重力を体験できますよ』

 

「へえ、人の呼吸できる大気の密度にしても、宇宙に空気抜けていかないの?」

 

 その疑問に答えたのは、ヒスイさんではなく視聴者だった。

 

『そこはバリアで星を覆う』『星の重力いじったら大変なことになるから苦肉の策だね』『でも人の住むアーコロジーは標準重力だぞ』『人間は惑星テラの環境でしか生きられない生物だからなぁ』

 

 はえー。とってもサイエンスなコメントだな。おじさんついていけないよ。

 俺はそんな話を聞きながら、石材をマーズマシーナリーに持たせた。

 一辺1.5メートルある大きな石材だが、マーズマシーナリーは高さ8メートルあるロボットだ。小さな箱を持つような感じで石材を持ち上げた。

 

「これをトラックまで運ぶ、と……」

 

 俺が機体を歩かせ始めると、ヒスイさんも石切場から石材を切り出して機体の手に持たせ、俺の機体の後ろをぴったりついてきた。その手際はさすが一度プレイして内容を確かめているだけあって、俺の何倍も早かった。

 

「しかし、五本指のマニピュレーターあるのに、こんな重い物持たせて大丈夫かね」

 

『そこは作業用重機ですから、特に頑丈に作られていますよ』

 

「すげーな。頑丈さと繊細さを両立か」

 

 そんな会話を交わしながら、山のふもとに。俺とヒスイさんはトラックの荷台に石材を慎重に載せた。

 

「重力が地球の三分の一なら、トラックにも石材多く載りそうだな……」

 

『調子に乗って荷物を載せすぎてトラックを壊したら、ステージ最初からやりなおしですよ』

 

「うへえ、それは困る」

 

『都合よく修理できたりしないのか』『そんなすぐに直りませんよ、ファンタジーじゃあるまいし』『俺がやったことあるシミュレーターはファンタジーだったのか……』『ゲームとして成立させるなら、どこまでリアルに寄せるかの問題がありそうだね』

 

 このシミュレーターは別に職業訓練用じゃないからね。だから、ある程度ファンタジーというかゲーム的な要素があってもいいのだが。

 順路が赤いラインで表示されたりするのは、ゲーム的な要素なのか最初からマーズマシーナリーに搭載されている機能なのか判別つかないな。

 

 さて、そんなこんなで俺とヒスイさんは、ひたすら石のブロックを切り出しては山のふもとまで運ぶという作業を繰り返した。

 トラックに乗せるのは後回しということで、協力して石材を用意していく。

 

「うーん、BGMが欲しい」

 

『コックピットにラジオ機能がありますよ。当時のヒットチャートが流れるだけですが』

 

「おっ、いいねぇ」

 

 俺は早速、コックピットの操作パネルの詳細画面をARで表示させ、ラジオを探す。

 通信機の横にあったのでスイッチを入れると、ご機嫌なミュージックが流れ始めた。

 

「ふっふーう! いやあ、単調作業すぎて、音楽でも聴かないとやってられないな!」

 

『ヨシちゃん……』『やっぱりゲーム配信でシミュレーターは無茶だったんだ!』『でもヨシちゃんなら……マゾゲーマイスターのヨシちゃんなら!』『これヨシちゃんが平気でも私達が先にダウンするな』

 

 見事に見所がないので、俺とヒスイさんは雑談を交わして場をなんとか繋いでいく。

 そして、三十分ほど石を切り出したところで、ヒスイさんが告げた。

 

『トラックに載せる分は、これだけ用意すれば大丈夫です』

 

「よし、じゃあ積み込み作業だ!」

 

 俺とヒスイさんは、ふもとにあるトラック十台のそれぞれの荷台に、慎重に石材を載せていった。

 石材を満載したトラック。だが、自動で走り出したりはしない。

 

「これ、まさか俺が操縦するの?」

 

『いえ、さすがにそれはないですよ。コックピットからトラックに通信して行き先を決定できますので、スタート地点まで自動運転させましょう』

 

「了解。えーと、通信機を使えばいいんだな」

 

 AR表示される操作方法に従って、トラックに指示を出す。すると、十台あるトラックが一斉に走り始めた。なかなか壮観である。

 

『では、トラックを追いましょう。積み下ろし作業があります』

 

「ええー、下ろすのもやるのか」

 

『そこまでやればステージクリアですよ。頑張りましょう』

 

 ステージの難易度の低さって、作業としての単調さも表わしているんじゃないか。だとすると、次は難易度高めのステージを選ぼう。

 俺とヒスイさんは機体を走らせて、スタート地点へ戻っていく。

 スタート地点では、建物の前にトラックが綺麗に整列していたので、今度は積み下ろし作業を行なう。

 

 赤いラインで四角い枠が地面に表示されていたので、そこに石材を積んでいく。

 一台、二台と順番に石材を下ろす。これ、ヒスイさんが手伝ってくれていなかったらめげていたな……。

 

 そして、九台目の積み下ろしにかかっていたときのことだ。

 突然、大きな音でファンファーレが鳴り、ステージクリアと視界に大きく表示された。

 

「うおっ、びっくりした!」

 

『不意打ちすぎる』『一応、視界の端には、クリアに必要な残り石材量が表示されていったんだけどね』『トラックにあるやつ全部下ろしたらクリアだと思ってた』『クリアおめでとー!』

 

「おー、思ったよりもあっさりな終わり方だな。まだ作業も全部終わっていないのに」

 

『ノルマを達成したのなら、残りはもう下ろさなくてもよいでしょう』

 

「この辺、リアルの仕事とは違うなぁ……」

 

 俺はそうつぶやいて、視界に表示されているクリアにかかった時間の表示を閉じる。

 すると、今度はステージ選択画面が目の前に表示された。

 

「うーん、次はどうするか」

 

『順番にクリアしていきますか?』

 

「いやあ、それは視聴者もさすがに飽きるだろうさ。このゲームの配信は今日だけにするつもりだから、面白そうなステージをピックアップだな」

 

 俺はそうヒスイさんの問いに答えて、各ステージの説明文を見ていく。

 

「おっ、これなんてどうかな?」

 

『コロニー:建物を建築する 難易度☆☆☆』

 

 建物の建設。それをマーズマシーナリーでやるのか。ちょっと面白そうじゃないか。

 ヒスイさんも『いいのではないでしょうか』と同意してくれたので、俺は次なるステージをコロニーに決定した。

 

 すると、背景が切り替わり、天井が透明な何かで覆われた空間に変わった。

 そして、俺とヒスイさんの服装はフルフェイスヘルメットの宇宙服から、チュートリアル時の作業服へと変わっている。頭にはハーフヘルメットだ。

 

「おお、息ができる」

 

「ここは火星の地表に作られた、ドーム型のコロニー内部ですね」

 

 なるほど、確かにそれっぽい感じだ。しかし、コロニーか。おそらく、アーコロジーと呼べるほど環境が完璧ではないのだろう。

 俺はそんなコロニー内部で存在を主張する青いマーズマシーナリー二機を見上げながら、次なる作業へ向けて気合いを入れるのであった。

 



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105.マーズマシーナリー・シミュレーター(シミュレーター)<3>

 マーズマシーナリーに乗り込み、エンジンを起動する。操作パネルのランプがつき、フットペダルのロックが外れる。

 準備は万端だ。俺は、地面に座り込んでいる機体をまずは起こす。直立したところで、作業の開始だ。

 

 視界に表示されている作業指示は、『整地をしよう』である。

 ここはコロニーの中だが、下はコンクリートやアスファルトで覆われているわけではない。

 火星の荒野と同じ地面がそのまま広がっている。でこぼこしていて、岩もある。

 

 どう整地していくかというと、マーズマシーナリーに持たせるオプションパーツを使うらしい。

 モニターに映る外の風景の端に、除雪に使うスノーダンプのような物体が置かれているのが見える。これがオプションパーツか。

 

 パネルを操作して、俺は機体にそのスノーダンプもどきのパーツを持たせた。

 すると、視界が少し低くなった。どうなっているのかと、ヒスイさんの機体を見てみると、マーズマシーナリーは中腰になってスノーダンプもどきを地面に接した状態で構えている。うーん、不恰好。

 

「で、この体勢で前進させるわけだな」

 

『何このパーツ……』『ブルドーザー使えばよくない?』『でかい重機を個別に用意するより、オプションパーツ用意したマーズマシーナリーを使い回す方が安上がりだったって、歴史番組でやってた』『このオプションパーツはブルドーザーよりでかいし大規模にできるだろうな』

 

 使い回しは大切だな。農業用機械もこれくらい使い回しできればよかったのに……。

 いや、やめよう。もう俺は21世紀の農業から解放されているんだ。

 

「行くぞー、前進だー」

 

 フットペダルを踏み込むと、スノーダンプもどきを押すように機体が歩き始めた。

 すると、出っ張った地面や岩を砕く音が鳴り響き、コックピットの中まで聞こえてきた。

 よく見ると、スノーダンプの先端には回転のこぎりの刃みたいな物体がついていて、それで地面の出っ張りを砕いているようであった。

 

「おおう、なんとも破壊力のありそうなパーツだこと……」

 

『マーズマシーナリーの馬力と合わさるとなんでも破壊できそうだな』『間違って地面も掘りそうだな』『人身事故起きそうで怖い』『人を巻き込んだ? いやあ、マルス鹿ですよ』

 

 怖いこと言うなよ!

 

『大丈夫です。マーズマシーナリーは周囲に人が居ると動かなくなるよう、安全装置が組み込まれています』

 

 ヒスイさんのそのコメントに、俺はほっとした。よかった、火星の開拓史で事故は起きていなかったんだ……。ご安全に!

 地面を削りながら、マーズマシーナリーは前進していく。

 

「特に凝った操作はしていないけど、削った場所は水平になっているんだろうか」

 

『はい、個別の入力値を与えない限り、水平に削っていきますよ』

 

 未来の重機はすごいなぁ。

 

『スペースコロニー内の工事でこんだけでかい重機使っていることないから、新鮮だわ』『八メートル級の重機とか邪魔すぎる』『まさに開拓用って感じ』『無人惑星の資源採掘用重機ってどんなのだろう』『1キロメートル級の重機とかあるよ』

 

 ひえー、そんなでかい重機が使われているのか。そりゃあ、惑星や衛星を丸ごと資源にしようって感じだろうからな。周囲に生物も自然も無い状態だと、途方もなくでかくしても問題は起きないんだなぁ。

 そういえば、21世紀にも要塞みたいな大きさの採掘用重機が海外にあるってネットで見たことがあるな。

 さすがにその重機も1キロメートルはないだろうけども。

 

 そんな会話をしつつも、マーズマシーナリーは前進していき、さらに折り返しでUターンしてさらに地面を削っていく。

 ヒスイさんは逆側の端からすいすいと機体を動かしており、互いにUターンを繰り返すことで段々と距離が近づいてくる。

 そして、ある程度近づいたところでヒスイさんが中腰の姿勢から直立して、スノーダンプもどきを地面から離し、この場から離脱していく。

 俺の機体はそのまま前進を続け、そして、指定範囲は見事に整地が完了した。

 

「おー、早いもんだな」

 

『やるじゃん、マーズマシーナリー』『あの荒れ地がこんな綺麗に!』『整地していない周囲とのギャップがすごい』『初心者でもこんなにスムーズに行くもんだな』

 

 初心者でもいけるのは、それだけマーズマシーナリーの動作プログラムが優秀ってことだな。

 

 さて、次の作業は……。『地面を掘ろう』か。どうやら、基礎の形に地面を掘り下げていくらしい。

 使うオプションパーツは、小さな角形スコップだな。

 

『これもショベルカー使った方がよさそうだけど……』『使い回し使い回し』『複数重機使うと、それだけ複数の操作に慣れる必要があるってことだからな』『マーズマシーナリーのプログラム組んだ人すごすぎない?』

 

 万能機ってことは、それだけ多くのオプションパーツを動かせるよう、数多(あまた)のプログラムを組むってことだろうからな……。

 21世紀や20世紀で使われていた、全部人力操作で動かす重機とは訳が違うだろうし。

 

「ちなみに21世紀の山形で開催されていた大規模芋煮会では、芋煮を作るためにショベルカーが使われていたぞ。ショベルカーで超巨大な鍋をかき混ぜるんだ」

 

『マジで』『どういうことなの』『俺達の知った芋煮会とスケールが違う……!』『衛生面とか大丈夫なの?』

 

「新品のショベルカーを使っているから大丈夫だ。しかも、可動部の機械油はマーガリンとバターだぞ」

 

 俺がそう言うと、視聴者コメントは笑いと驚きに包まれた。まあ、あの光景はすごくインパクトがあるからな。

 そんな会話を視聴者と繰り広げつつ、地面を掘り堀りっと。建物の設計図が機体に入力されているらしく、掘る深さとかは意識しないでも掘り進められた。

 

「でも、設計図通りに掘ってくれるなら、3Dプリンターみたいに全部自動でやってくれれば、人力操作する必要もないのにな」

 

『そういう時代だったんだろうね』『今の工事はAI監視のもと、全部自動だよ』『高度有機AI登場前だから、全部機械に自動で任せるのには不安があったんだろう』『この時代のAIはファジーな動きとかできないだろうからなぁ』

 

 マザー・スフィアの登場はまさしく技術的な特異点だったってわけだな。

 そして、次の作業は地面への杭打ち。杭打ち機のオプションパーツが運ばれてきて、それをマーズマシーナリーに装着させた。

 

「『MARS』で見たパイルバンカーに似ている……」

 

『開発の元ネタにはなったかもしれないな』『でもパイルバンカーみたいに一発では地面を貫けないでしょ』『格好いいなぁ……』『うるさそう』

 

 実際に杭打ちをしてみたら、すごくうるさかった。ロマンとか感じる暇はなかった。

 その次の作業は『基礎の上にコンクリートを固める』、だ。

 

 これは、マーズマシーナリーの作業ではないようで、コンクリート車と小さな作業ロボットが掘った土の上で作業を行なっている。

 

『コンクリートが固まるまで、時間が加速します』

 

 ヒスイさんがそう言うと、ものすごい勢いで底部にコンクリートが敷き詰められた。

 ここから立体的にコンクリートを固めるため、コンクリートを流し込む枠組みを作る作業をマーズマシーナリーが担当するようだ。

 トラックで角材が運ばれてくる。木材かな? と思ったが、違うようだ。

 

『砂を素材にした軽量ブロックですね。この時代の火星では木が存在しないため、木材は使われません』

 

「あ、そうか。木がないのか」

 

 木造建築に慣れた日本人の感覚は通用しないってわけだな。

 俺は、その砂でできているという謎の角材を、設計図に従って配置していく。さらに、地下に通す管やケーブルも運ばれてきたので、これも配置だ。とはいっても、マーズマシーナリーで行なうのは大まかな位置に置くだけで、細かい作業は作業ロボットが行なっている。

 

「21世紀だったら、あの作業ロボットのポジションは人間なんだよなぁ」

 

『事故起きない?』『重機の近くに人がいるのか』『人を巻き込んだ? いやあ、テラ鹿ですよ』『またそれか!』

 

 そこは熟練の技術でなんとかするんだろう。工事現場の事故のニュースってあまりテレビで見たことはないけど、実際はどうなんだろうな。

 さて、配管やコンクリート打ちも終わったので、ブロックの排除だ。周囲に傷をつけないよう気をつけながらよけていく。

 これで基礎は完成だ。

 

『鉄骨を組み立てよう』

 

 次は、そんな作業指示が出てきた。建物のおおよその枠作りだ。これは、ちょっと楽しいかもしれない。

 クレーン車の代わりに、マーズマシーナリーで鉄骨を持ち上げ、作業ロボットがボルトを締めて固定していく。

 そんな作業がしばらく続き、建物の形が見えてきた。どうやら、四角い豆腐みたいな建物になるらしい。

 

「屋根は傾斜していないんだな」

 

『テラフォーミングがなされていない火星開拓初期では、雨が降りませんからね。コロニーにはドーム状の天井がありますので、粉塵が風で運ばれて積もることもありません』

 

「なるほどなー」

 

 次の作業。鉄筋コンクリートで建物の壁を作るため、コンクリート用の鉄筋を鉄骨の周りに張り巡らせる。

 これもまた、作業用ロボットと連携して配置をしていく。そして、砂で作られているというパネルが用意され、コンクリートを流すための型枠を作っていく。

 時間が加速されてコンクリートが固まり、建物の形ができあがった。

 

「おおー、いいじゃん」

 

『あとは、コンクリートの外側にパネルを貼り付ければ、マーズマシーナリーの作業はほぼ終了ですね』

 

「しかし、この時代でも鉄筋コンクリートって使われていたんだなぁ」

 

『現代ではもっと安価で優秀な構造材が発明されていますので、すでに鉄筋コンクリートは使われていませんけれどね』

 

 21世紀から600年も経てばそうなるか。ちなみにシミュレーターの舞台は、23世紀だったかな。

 そして作業は進み、左官を行なう作業用ロボットと一緒に建物の外装を整えた後、残りの仕事をすべて作業用ロボットに任せた。

 時間が加速し、建物の内部が整えられていき、窓ガラスがはめ込まれ、新築ピカピカの建物が完成した。

 

 音量のでかいファンファーレが鳴り響き、ステージクリアとなる。

 

『おめでとー』『おつかれ!』『いやー、我々は何を見せられたのか』『ゲーム配信とは一体って感じだね』『これでもシミュレーターの中ではゲーム的な要素がある方だよ』

 

「えー、建築風景、結構楽しくなかった?」

 

 俺がそう言うと、視聴者達は『楽しくなかったわけではない』と答える。うーむ、みんなシミュレーター慣れしていないんだな。

 俺は苦笑しながら、タイトル画面に戻る操作をした。

 

「さて、時間もほどよい感じなので、今日の配信はここまで! 次回はまた別のゲームをやっていくぞ」

 

『あれ、全クリしないのん?』『さすがにこれを何日も見せられるのはきついだろう』『見所さんがいないからな……』『マーズマシーナリーが優秀すぎて、ハプニングが起きやしねえ』

 

「うん、シミュレーターといえば未知のハプニングなんだけどな。さすが安全に気を使われていた実在の重機。何も起きないな」

 

「数ある安全装置を突破して起きる事故……人死にが出そうですね」

 

「ヒスイさん怖いよ!」

 

 そのやりとりに、視聴者達が笑いのコメントを流す。これが現実だったら笑いでは済まないが、ただのシミュレーターだしな。

 その後、俺はゲームの感想を二、三ほどヒスイさんと交わし、本日の配信を無事終えるのであった。

 無事故・無違反なによりである。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 配信を終了した後のSCホーム。そこには、いつもの通りミドリシリーズの面々がなだれ込んでくるのであるが、その中に、ふとミドリシリーズ以外の面子が混じっているのを発見した。

 

「マザー、何やっているんですか」

 

「おや、ばれてしまいましたかー」

 

「一人だけ名札していませんからね」

 

「おっと、それは気がつきませんでした」

 

 今日のマザーのアバターは、十五歳ほどの少女の見た目をしている。

 

「それよりも、『マーズマシーナリー・シミュレーター』、楽しんでくれましたか?」

 

 そうマザーが俺に向けて言う。

 

「ああ、まあまあですかね。昨日いきなりメッセージ飛ばしてくるから、何事かと思いましたよ」

 

 実は今回、『マーズマシーナリー・シミュレーター』を配信したのは、マザーの勧めがあったからだ。

 曰く、『マニュアル操作でロボットを動かしたくないですか?』と。まあそれが、ロボットバトルゲームではなく、工事作業をするシミュレーターだっていうから、とてもコメントに困ったわけだが。

 

「全ステージクリアまで配信してほしかったですが、ヨシムネさんの視聴者さんでは耐えられませんでしたか」

 

「よほど訓練された視聴者じゃないと、ライブ配信では無理じゃないかなぁ……」

 

 録画編集した動画を配信サービスに投稿する形だと、好き者が見てくれるだろうが。

 

「やっぱりロボットは、白熱したバトルがないと」

 

 俺がそう言うと、マザーはニヤリと笑い、言葉を返してくる。

 

「できますよ、バトル。『マーズマシーナリー・シミュレーター』でもできちゃうんです」

 

「えっ、本当に? 作業用重機だから、安全装置がかかっているんじゃないんですか?」

 

「裏コードを入力すると、安全装置が全部除去されるんです。これから一緒にプレイしてみます?」

 

「ぜひ!」

 

 そうして俺は、マザーと二人でロボットバトルを夕食の時間まで楽しんだ。マニュアル操作の複雑な戦いは、『MARS』の超能力操作とはまた違った面白さがあり、とても満足することができた。

 そして、サイコバリアが張られていないマーズマシーナリー本来の脆さも知ることができ、そりゃあ安全装置がないと危険すぎるな、と実感した。

 

 さらに後日、マザーとの対戦動画を編集して投稿したところ、視聴者に『こっちをライブ配信しろよ!』と突っ込みのコメントをいただいたのであった。

 



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106.クックマン・シミュレーター(シミュレーター)

「チャーハン作るよ!」

 

『急になんぞ』『わこつ』『わこっち』『あれー? いつもの口上はー?』『すでにゲーム画面だし……時間飛んだ?』

 

 ライブ配信開始と同時に叫ぶと、視聴者達がいつもと違う展開に疑問の声をあげてくる。

 定番の挨拶から始まるいつもの配信は安心感があるだろうが、たまにはこういうのもかまわないだろう。チャーハンを作るときに「チャーハン作るよ!」と宣言するのもまた様式美なのだ。21世紀初頭のインターネット上での偏った様式美だが。

 

「今日はお料理配信です!」

 

 俺は視聴者に向けて、腕を組み仁王立ちしながら言った。

 俺の背後には、今回扱うゲームのタイトル画面が表示されていることだろう。

 

「今回はリアルのキッチンは使わず、この『クックマン・シミュレーター』で料理をしていくぞ」

 

 前回の配信に引き続き、今回もシミュレーターである。その名の通り、料理人になって料理をするシミュレーターだ。

 

『わざわざシミュレーターでやるのか』『チャーハンってそんなに手が凝った料理だっけ?』『リアルで刃物とか使うのをハラハラしながら見るのがいいのに』『料理できるヨシちゃんに料理シミュレーターっているの?』

 

「おいおい、みんな、今回は俺じゃなくて視聴者向けのゲームチョイスなんだぞ?」

 

 事前に予測していた視聴者達の反応に、俺はニヤリと笑って言葉を返す。

 

「俺の配信で料理に興味を持った人も多いと思う。でも、リアルで料理するのは刃物とか火とか怖いし……それならば、まずはVR空間でシステムアシストを使わない料理に十分慣れてから、自信を持った後にリアルに移行すればいい。そんなとき役立つのがこの『クックマン・シミュレーター』だ!」

 

『ほうほう』『ヨシちゃん結構配信中に料理するから、そういう人もいるかも』『確かに段階を踏むのは大事だよな』『MMOの料理は確実にアシスト入っているだろうしね……』

 

 うむ、理解してくれたようでなによりだ。

 さて、それでは早速、話を進めていこうか。俺はタイトル画面からスタートを選び、シミュレーターを開始する。

 まずは、扱うキッチンの種類を選ぶ。

 

 チャーハンということで火力の出せる中華料理店の厨房的なキッチンを選んでもいいのだが、今回は21世紀風の一般家庭用システムキッチンを選ぶ。その理由は……。

 

「今日のテーマは男の料理! 俺にふさわしい料理だな! というか俺はそんなに料理詳しくないから、何か作ろうとすると自然と男の料理になるぞ!」

 

『男』『どこに男が?』『ヨシちゃんはもう女なんだよなぁ……』『格好からして女の子』『どこの民族衣装?』『性別を超越するといろいろ楽ですぞ』

 

「格好は……気にするな!」

 

 今日の衣装は、黄色い和服の上に割烹着を着ている。古き良きお給仕さんスタイルである。

 もちろん、いつも通りヒスイさんがプロデュースした衣装だ。

 

「ちなみに今日、ヒスイさんは試食担当なので、料理が完成するまでは登場しないぞ」

 

『えー』『残念』『しゃあないな、代わりに私がコメントでコンビを務めるよ』『いやいや俺が俺が』『俺が……俺達がヒスイさんだ!』

 

 いや、さすがにヒスイさんそんなにいっぱいは、いらないかな……。

 

「というわけで男の料理だ。日本の独身男性の代表料理といえば、チャーハンだ。あとカレー。料理がろくにできないのに、男という生物はこの二つの料理を作ることに執着をしてしまうんだ」

 

『まことにー?』『21世紀人の生態ってやつ?』『今の時代は料理する人間なんて絶滅危惧種だからな……』『ヨシちゃんもチャーハンにこだわりあるの?』

 

「俺も21世紀の頃は日本の独身男だったからな、チャーハンはよく作ったぞ」

 

 一人暮らししていた大学時代とか。実家に居た頃? 料理は母親に頼り切りだったよ!

 

 さて、シミュレーターはすでに開始されている。背景は、食卓が一望できるシステムキッチン。食卓にはすでにヒスイさんが座って無言で待機している。視聴者に対してコメントを挟んでくるつもりはないようだ。

 

「材料取りだしていくぞー」

 

 そう言いながら、俺はキッチンに備え付けられた冷蔵庫を開ける。すると、目の前に料理の材料の一覧メニューが表示された。

 俺は、その一覧の中からチャーハンに必要な食材を取りだしていく。

 

「冷やご飯、卵、豚肉の細切れ、植物油、醤油、鶏ガラスープの素、塩胡椒……以上!」

 

『そんだけ』『まあチャーハンだしな』『21世紀の風俗詳しくないけど、油とか塩胡椒って冷蔵庫から出すもの?』『あれ、野菜は?』

 

「調味料の類も数を考えるとキッチンに並べきれないので、シミュレーターの仕様で全部冷蔵庫から出すようになっているな。ちなみに野菜は……いらん! 切るのめんどい!」

 

『お料理配信なのにめんどいとか言いだしたぞ、こやつ』『これが男の料理かぁ』『男の料理と、ものぐさなのって関係あるんですかね?』『ヨシちゃんいつもは、結構丁寧に料理していると思うんだけどなぁ』

 

 だって、チャーハンだよ? そんなに真面目に作ってどうするの。

 チャーハンを作ることに男はこだわると先ほど言ったが、俺自身はそんなに執着していないんだ。今回チャーハンを選んだのだって、配信で時間をかけずに手軽に作れそうだと思っただけだしな。

 

「んじゃあ、まずは手を綺麗に洗って……」

 

 システムキッチンの蛇口から水を流し、備え付けのハンドソープを使って手を洗う。21世紀風システムキッチンなので、ナノマシン洗浄などという未来の世界の便利アイテムはついていない。

 

「まずは豚肉を切っていくぞー」

 

 キッチン下部の収納を開けると、調理道具の一覧メニューが表示されるので、そこから包丁を取り出す。

 さらに、壁際に置かれている食器棚から、皿を一枚取り出した。

 

 そして、まな板に豚肉の細切れを置き、ほどよい大きさに切っていく。リアルではなくVR空間だからか、刃物を使っても視聴者の怖がる反応はない。

 

「包丁を使うとき注意するのは、にゃんこの手を心がけることだ」

 

『にゃんこの手』『なにそれ可愛い』『左手のこと?』『背景でヒスイさんが超反応したんですけど』

 

「ヒスイさんはスルーしておきましょう。にゃんこの手は、左手をこうやって丸めることで、指を包丁で切ってしまわないようにすることだ。結構大事なことだぞ!」

 

 切る食材の形状によっては、にゃんこの手にできないことも多いのだが。まあ、心構えだな。

 そうして俺が、二人分の豚肉を切り終え、皿に載せていく。次に移りたいが、肉を触ったので水で軽く洗う。

 そして、卵を二個割ってお椀に入れ、箸でかき混ぜておく。

 

「はい、下ごしらえ終わり!」

 

『はえー』『野菜ないとこんなもんか……』『ネギすらねえや』『栄養偏るー』

 

 チャーハンなんて、炭水化物摂取用の料理って割り切るくらいでいいと思うぞ!

 

「さて、次に取り出しますは中華鍋。ごつい! 重い! 正直フライパンでええやろって思うけど、雰囲気出るので中華鍋だ!」

 

 黒光りする中華鍋をキッチン下部から取り出して、ガスコンロの上に置いた。

 そしてガスコンロのスイッチをひねり火を点火し、中華鍋が温まったところで油を引き、豚肉を投入する。

 豚肉を炒めて火が通ったところで、溶き卵、そして冷やご飯と鍋に入れていく。

 さあ、チャーハン作るよ! お玉でご飯を炒めていく。

 

「ふーんふーんふーん……」

 

『ご機嫌な鼻歌だ』『今のヨシちゃんは鼻歌すらも綺麗に聞こえるなぁ……』『聞いたことない曲だ』『なんて曲?』

 

 鼻歌を歌いながら手早く炒めていくと、視聴者が鼻歌に食いついた。まあ、適当に歌っていたわけじゃなくて明確にメロディがある鼻歌だったから、気になったのだろう。

 

「この曲は、『COOK・クッキング』っていう20世紀末の曲だな。テレビの料理番組のテーマソングで、俺が学校に通うようになる前の幼い頃毎日聞いていたんだ」

 

 幼稚園に入るよりさらに前のことかなぁ。やけに耳に残っていて、そして大人になってからインターネット上でこの曲を見つけて、タイトルを初めて知ったのだ。

 

 と、そんな会話をしているうちに、ご飯に火が通ったので、醤油、鶏ガラスープの素、塩胡椒で味付けをする。

 

「本当はチャーハンって、業務用コンロの大火力で一気に炒めた方が美味しいらしいんだけど、今回採用した家庭用ガスコンロじゃそんな火力は出ないので、じっくり炒めているぞ。さて、完成だ」

 

 俺は火を止め、食器棚から大きめの深皿を二つ取り出し、中華鍋からお玉で深皿にチャーハンを盛り付けていく。

 盛り付け終わったところで、食べるためのレンゲを深皿にそえ、キッチンから見える食卓に深皿を運ぶ。

 

「さて、いただこうかヒスイさん。味覚共有機能も今日はオンになっているから、視聴者のみんなも味わってくれ」

 

「はい、いただきます」

 

 レンゲを手に取り、口にチャーハンを運ぶ。

 うん。うん。うむ。

 まあまあよくできたんじゃねえの?

 

「ヒスイさん、どうかな?」

 

「はい、そうですね。……普通です」

 

『可もなく不可もなく』『特別美味しいって感じではないな』『自動調理器や料理屋ほどの味はない』『悪くはないんじゃない?』

 

「おっ、野菜抜き男チャーハンとしては十分な評価じゃないか」

 

「……誰も褒めていませんよ?」

 

「それなりの味があれば俺は満足かなー。今回は、『クックマン・シミュレーター』の紹介がメインであって、美味しい料理を作ることが目的じゃないからな」

 

『えっ、そうなん?』『男料理の真髄を見よ! とかじゃないのか』『ヨシちゃんさてはチャーハンにこだわり持ってないな?』『チャーハンとカレーへの執着とはいったい』

 

「本格的に美味しい料理を楽しみたかったら、リアルで料理していたかなー。チャーハンだけでなく、中華スープとかも作ってさ。今回はあくまで、料理に興味を持っている人用にシミュレーターを教える回ってことで」

 

 そんな会話をしていくうちに、すぐにチャーハンは深皿からなくなった。

 ヒスイさんも食べ終えたようだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末様でしたっと」

 

『こっちもごちそうさま』『今日はもう配信終わりかー』『短かったな』『アンコールで料理追加とかない?』

 

 おっと、なんだか終わりムードになっているぞ。

 

「待て待て、配信はまだ終わりじゃないぞ。料理はまだ終わっちゃいない」

 

「もう一品ですか?」

 

 と、ヒスイさんが少々驚いた顔で尋ねてくる。まあ、もう一品なんて事前の打ち合わせになかったからな。でも、そうじゃない。

 

「料理は食べて終わりじゃないぞ! 後片付けだ!」

 

『あーそういう』『めんどうくさそう』『21世紀風キッチンでの後片付けってどうすんの?』『自動調理器に食器突っ込んで終わりとかできないよね』

 

「蛇口の水と洗剤で食器を洗います! まな板も肉を置いたのでちゃんと洗剤で洗わなきゃいけないぞ。中華鍋はステンレスじゃない鉄鍋なので、これもまたお手入れが大変だ」

 

 ナノマシン洗浄で一発とはいかないのだ。その点、料理に興味を持ってくれた視聴者への参考にはならないな。

 

「それじゃあ、21世紀のお片付けを見せていくぞー」

 

 そうして俺は、視聴者に向けて食器洗いの光景を見せていくのだった。

 本来はめんどうくさい料理の片付けも、配信でやるとなると楽しめるものだね。

 

 そうして、今日の料理配信は大きなトラブルもなく、楽しい一時をお送りすることができたのであった。

 



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107.超神演義(対戦型格闘)<1>

 その日、俺は朝から配信と関わりのない、趣味の時間を送っていた。対戦型格闘ゲームの『St-Knight』を遊んでいるのだ。モードはオンラインのランクマッチ。

 なんでも、年末の年間王座決定戦に向けた選抜が始まっているらしく、ネット対戦(ねったい)が盛況になっていると超電脳空手の道場でチャンプに聞いたのだ。

 そのチャンプは、道場の正式な門下生となった『St-Knight』プレイヤーのミズキさんに誘われて、数年ぶりに『St-Knight』年間王座決定戦への出場を目指すらしい。

 そのため、通える日は通っている道場では自然と『St-Knight』の話題が多くなる。それに触発されて、俺もランクマッチに手を出してみたわけだ。

 

 だが、オフラインのアーケードモードで最高難易度をクリアできる俺であっても、ランクマッチの廃人達による壁は高かった。

 そもそも、VRゲームを始めて一年も経っていない俺が、上位陣に食いつけるわけがなかったのだ。

 加速した時間でプレイを重ねてきたと言っても、条件は相手も同じ。さらに言うと、俺は格ゲーのみに遊戯の時間を費やしてきたわけではない。

 

 俺はめげずに挑戦を続けるもむなしく、上級者とも言えない半端なランクで留まってしまった。

『St-Knight』での使用武器は相も変わらず打刀。慣れ親しんだ武器だが、慣れ親しむ程度では足りないのであろう。昔、漫画で読んだ、武器を己の身体の延長とする、とかのレベルでないといけないのかもしれない。

 

 それと、俺のリアルはガイノイドボディだが、VR空間上では魂を持つ普通の人間なので超能力を使用できる。

 この超能力が曲者で、『St-Knight』ではプレイヤー間の公平を期すために、一定以上の超能力強度を発揮できないよう制限されているのだ。

 ゆえに、超能力ロボットゲーム『MARS』では無類の強さを発揮した俺の未来視も、このゲームでは全ての攻撃を回避できるというレベルでは使用できなかった。

 

「ふーむ」

 

 VR空間を出て、俺はリアルのソウルコネクトチェアに座ったまま考える。

『St-Knight』では俺の飛び抜けて高い超能力強度を活用できない。では、別のゲームではどうなる? もしかしたら、活躍できるのではないか?

 そう、『MARS』のように、超能力強度が制限されないゲームならば!

 

 よし、思い立ったら即行動だ。

 

「ヒスえもーん、超能力強度が高くても制限されない格ゲーをやりたいんだー」

 

 遊戯室を出て、俺はヒスイさんを探す。

 すると、ヒスイさんはガーデニングの部屋でしゃがみこみ、宇宙植物マンドレイクのレイクと、猫型ペットロボットのイノウエさんを愛でていた。

 俺の姿を見たヒスイさんは、立ち上がると嫌な顔一つせず対応してくれた。

 

「ヨシムネ様が持つ超能力を存分に使える格闘ゲームですね。こちらはどうでしょう」

 

 ヒスイさんがそう言うと、俺の目の前に画面を空間投影してゲームの画像を見せてくれた。

 

「むむ、『超神演義(ちょうじんえんぎ)』?」

 

「日本語での発音は、『超神演義(ちょうしんえんぎ)』ですね。プレイヤーは仙人となり、超能力である神通力を使い戦います。東アジアの古代王朝『殷』の末期、いわゆる『殷周革命』が舞台となっています」

 

「仙人かー。『殷』ってことは、中国のゲームかな?」

 

「21世紀でいう中国の文化圏で作られたゲームのようですね」

 

「それじゃあ、次の配信はこのゲームにしようか。気軽にやりたいから、まずは録画で」

 

「了解しました。ゲームを購入しておきます」

 

 というわけで、ヨシムネ、仙人になる!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 昼食を挟んで午後、俺は撮影準備を終えたヒスイさんと一緒に、VR空間であるSCホームまでやってきていた。

 もはや俺の第三の実家と言ってもいい日本家屋の風景が、心を落ち着かせてくれる。

 そんな中、俺はヒスイさんチョイスのチャイナ服を着て、さらには髪をお団子ヘアーにして、いかにもな中華娘となっていた。

 

 もはや、俺は可愛い女の子の格好をしても、何も感じなくなっていた。俺のために用意されたはずの男ボディには、すでにロボット用簡易AIがインストールされて家の留守番役となっているし、はたして俺が男に戻る日はやってくるのだろうか……。

 もう一生この女の子ボディでもいいやと思い始めているのだが、何か間違っていやしないだろうか。

 

 そんなことを思いつつ、目の前で撮影開始のカウントが過ぎるのを待つ。そして――

 

「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。今回は、新しい対戦型格闘ゲームをプレイする様子を配信していこうと思う」

 

「助手のヒスイです。対戦ゲームということで、今回もヨシムネ様の高い壁役として立ちふさがろうと思います」

 

「言ったな……? 今日は、ただの格ゲーじゃないぞ? なんと、超能力強度を制限されない、俺のためにあるようなゲームらしいぞ!」

 

「チョイスしたのは私ですけれどね」

 

 そんな前口上を二人で述べて、ゲームの紹介に入る。ライブ配信ではないので、早足での進行だ。

 

「というわけで、今日プレイするゲームは、こちら!」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんは手に持ったキューブ状のゲームアイコンを掲げてゲームを起動した。

 そして、背景がタイトル画面に変わったところで俺はタイトルコールを入れる。

 

「『超神演義』!」

 

「『超神演義』は、紀元前の古代王朝『殷』を舞台にした対戦型超能力格闘ゲームです。プレイヤー達は仙人と呼ばれる超人となり、神通力と呼ばれる超能力を駆使して戦います」

 

「仙人! 神通力! アジア圏に住んでいた俺としては創作分野で馴染みが深い単語だけど、宇宙に飛び出した視聴者のみんなは知っているのかな?」

 

「どうでしょうか。仙人とは人が膨大な年月の修行を重ねることで、人を超えるに至った存在です。仙人の概念は道教と呼ばれる宗教と密接な関わり合いがあるのですが……、今回は省略しておきましょう」

 

「視聴者達も宗教にはそこまで興味がないだろうしな」

 

 いや、神話とかのファンタジー要素はゲームの題材になることが多いから、知識だけなら意外と受け入れられたりするのか?

 まあいいや。

 

「このゲームでは、オフラインのモードとして主にストーリーモードとアーケードモードがあります。今回は、このどちらかをやっていく形となりますね」

 

「さすがに、いきなりオンラインのランクマッチには挑む気はないからな。で、二つのモードの違いは?」

 

「ストーリーモードは仙人達が所属する『闡教(せんきょう)』の道士、姜子牙(キョウシガ)となって、敵対する『殷』の武将や『闡教』とは別の派閥である『截教(せっきょう)』の十天君(じってんくん)などの仙人と戦うシナリオです」

 

「おー、やっぱり『封神演義』が元ネタのゲームなんだな」

 

『封神演義』という、『殷周革命』をモチーフとした中国の古典文学がある。人間達の戦争に介入した仙境の仙人達が、激しいバトルを繰り広げるファンタジー小説らしい。どうやら単語を聞くに、これはその小説を元にしたゲームのようだ。

 

「そのようですね。惑星テラの東アジア地域で、千年以上昔に書かれた古典『封神演義』がモチーフとなっています」

 

「『封神演義』は子供の頃、少年漫画雑誌で連載されていたのを読んだから知っているぞ。でも、主人公は太公望じゃないんだな」

 

「姜子牙は太公望の別名です」

 

「あ、そうなの」

 

 マジか。そんな名前、漫画には出てこなかった気がするぞ。

 

「ちなみに太公望、姜子牙と呼ばれる人物は、『封神演義』オリジナルのキャラクターというわけではありません。『殷周革命』で東アジアの古代王朝『殷』を滅ぼした、『周』の武王に仕えたとされる軍師です」

 

「へー、歴史上の人物なんだ」

 

 確かに、『封神演義』と関係ない釣り名人としても日本で知られていたな。

 

「そうですね。過去視を行なう歴史実験で、実在が確認されたようです。名前は姜子牙とは異なるようですが、立場が一致する人物がいるのだとか」

 

 うわ、やっぱりすげえな、未来の技術。過去を直接観測して、正しい歴史を確認できるのか。

 さらにヒスイさんは解説を続ける。

 

「太公とは父や祖父を指す言葉です。すなわち、太公望という名は『父が望んでいた者』という意味となります。姜子牙は、『周』の武王の父、文王が待ち望んでいた人物だったのです」

 

「あだ名かー」

 

 面白い経歴持っているんだな、釣りバカ軍師こと太公望は。

 

「ストーリーモードはその太公望を中心とした物語です。一方、アーケードモードは、予め用意されている仙人の中から自由にキャラクターを選び、無作為に選ばれた仙人達と七回戦います。また、キャラクターエディットが可能で、エディットしたキャラクターにはプレイヤー自身が持つ超能力適性を反映させることができます」

 

「うん、それそれ。今回の目的はそのキャラクターエディットで、俺の未来視の能力をそのままゲームで使うことだ。ストーリーモードは放置して、アーケードモードに挑戦だな」

 

「では、そのように」

 

「おっと、ちょっと待った。アーケードモード挑戦の前に、一つやることがあるんだ」

 

「はて、なんでしょうか?」

 

 予定にない、という顔をしてヒスイさんが頭に疑問符を浮かべる。

 ふっふっふ、やるべきこと。それは――

 

「対戦モードで、ヒスイさんと超能力全開で勝負だ!」

 

 俺がそう宣言すると、ヒスイさんは一瞬ぽかんとした顔になり、そして深い笑みを浮かべた。

 

「壁は高いですよ」

 

「超能力強度が超絶高い俺と、超能力が使えないAIのヒスイさん。この条件の差があっても、勝ち誇っていられるかな?」

 

「受けて立ちましょう」

 

 俺達はタイトル画面を背景にして、視線を交差させ幻想の火花を散らした。

 たとえ『St-Knight』でチャンプと互角の戦いができるヒスイさんであろうと、負けるつもりはこれっぽっちもないぞ!

 



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108.超神演義(対戦型格闘)<2>

 キャラクターエディットはプレイヤー本人の読み込みを行なうお任せ設定を使うことですぐに終わり、そのキャラクターを用いて練習(プラクティス)モードを開始する。

 

 まずは、このゲームに採用されているシステムアシストのアシスト動作、すなわち、思考することによって自動で身体を動かしてくれる、VRアクションゲーム特有の機能を確認するのだ。

『St-Knight』は膨大な数のアシスト動作を組み込んでいることで有名だったが、このゲームまでその水準を期待するわけにはいかない。

 俺は三十分ほどかけて、どのような動きができてどのような動きができないかを把握していった。

 

 今回用意した武器は、打刀ではない。舞台は古代中国だ。日本刀があるわけがなかった。

 なので、俺はヒスイさんが選んでくれた曲刀を使っている。打刀とバランスが違うものの、なんとか練習してまともに振るえるようになってきた。ま、こんなところだろう。

 

 俺は、練習空間の離れたところで俺と同じように身体を動かしていたヒスイさんを呼び、対戦モードを起動してもらう。

 キャラクター選択では、知らないキャラクターが何人も並んでいたが、俺はエディットキャラからヨシムネを選ぶ。

 そして、ステージから崑崙山(こんろんさん)を選び、対戦を開始した。

 

 視点が切り替わり、視点となるカメラが空を映す。霊峰と呼ぶべき美しい山。それを上から見下ろしている。

 そして、カメラの視点は急速に下に向かって落ちていき、山肌の一角を映す。そこでは平らに整えられた地面があり、ヒスイさんと俺が向かい合っているのが見える。さらには、二人の間に白髭と白眉に被われた顔の老人がいた。

 

『魂を鍛え、神を超えよ!』

 

 老人がそう言うと、視点が俺の肉体に戻ってきた。目の前にヒスイさんと老人がおり、老人はあぐらをかいた姿勢で宙に浮いている。

 

「誰このジジイ」

 

「審判役の元始天尊(ゲンシテンソン)ですね」

 

「あー、なんだっけ。崑崙山の偉い仙人様だっけ」

 

「そうですね。ストーリーモードでは主人公の姜子牙を導く重要な役です。死した仙人や英雄の魂を封じて神とした『封神演義』と違い、『超神演義』では仙人同士の戦いを繰り広げることで、神仙を超えた存在を作り出すことを目的としていました」

 

「ヒスイさん、このゲームかなりやりこんでいない?」

 

「配信に使うゲームは、あらかじめチェックしておく主義ですので」

 

 やべー、一つ不利な点が増えたぞ。だが、勝つのはこの俺だ。超能力者としての力を見せてくれる!

 

『よろしいかね? では始める。いざ、超神せよ!』

 

 システム音声ではなくNPCによる号令という、初めて体験する試合の始まりを受けて、俺は咄嗟に曲刀を構える。背後から銅鑼(どら)の音が鳴り響いてきて、いかにも中華という感じの演出を感じさせた。

 先手必勝とばかりに素手のままのヒスイさんが走り寄ってくるので、俺は未来視を全開にしてそれを迎え撃つ。

 

 二秒先の未来。ヒスイさんは剣からビームを……ビーム!?

 

「うお、うおおおお!」

 

 俺は、とっさに横に飛び、ヒスイさんの攻撃を回避した。そして、俺の横を極太ビームが通り過ぎていく。

 

「ヒスイさん、何それ!?」

 

 俺は地面を転がりながら、なんとかヒスイさんの方を見る。

 攻撃を振り切った格好のヒスイさん。素手であったはずのその手には、光る剣状の何かが握られている。

 

 光の剣。刃も(つば)も柄も全て光の塊で作られた、ファンタジー全開の剣だ。

 たとえるならそう、『封神演義』の漫画版が連載されていた少年漫画雑誌に同じく載っていた、人気の霊界探偵バトル漫画に出てくる三枚目役が使う霊剣のような……。

 

「ヒスイさん、フォトンキネシス使えたの!? AIなのに!?」

 

 ヒスイさんが使っているのは、明らかに光を操る神通力ならぬ超能力だった。だが、AIは魂を持たないため、超能力は使えないはずだ。もしかしたら、このゲームはAIでも擬似的に超能力が使えるのか……?

 

「いえ、これは宝貝(ぱおぺい)です」

 

「宝貝! あるんだ! そりゃあ、あるよな、『封神演義』モチーフだもの!」

 

 漫画知識によると、宝貝とは仙人が使う不思議な道具で、おおよそ戦闘用の武器として用いられる。ビームを放ったり、火を放ったり、ウィルスをばらまくものもあったりと、もとが古典小説ながらSFチックでファンタジーチックな兵器だった。

 ヒスイさんは手の内の光の剣を出したり消したりして見せながら、解説を入れてくれる。

 

「このゲームにおける宝貝とは、仙人が自ら神通力を封じることで代わりに使用可能となる、強力な神通力が込められた宝物(ほうもつ)です。メタ的に言うと、超能力強度が低いプレイヤー向けに用意されている救済措置ですね。ですので、超能力が使用できない私達AIでも、宝貝ごとに設定された神通力を仮想的に使用することができます」

 

「ずるいぞ、ヒスイさん。キャラクターエディットの時、宝貝のことなんて一言も言ってくれなかったじゃないか」

 

「驚かそうと思いまして」

 

「驚いたよ! 驚きのあまり負けるかと思ったよ!」

 

「負けるかと思った、ではなく、ヨシムネ様は負けるのです」

 

「言ったな!」

 

 改めて、俺達は戦闘を開始した。

 そして――俺はボコボコにされて負けた。

 

「ずるい、飛び道具ずるい!」

 

「ヨシムネ様は宝貝に神通力を封印されていないのですから、時間系能力だけを使用するのではなく、サイコキネシスなりエレクトロキネシスなりパイロキネシスなりで、遠距離攻撃をすればよろしいのではないでしょうか」

 

「確かにそれらの超能力適性は人類の平均値付近だから使えなくもないけど、練習していないから無理!」

 

「そうですか……」

 

 未来視と思考加速だけでは、まだまだ太刀打ちできる相手ではなかった。高い壁だな、ヒスイさん……。

 

「ところで、ヒスイさんの使っていた宝貝って何?」

 

莫耶(ばくや)の宝剣という、剣の宝貝ですね。見ての通り、刃から光線が出ます」

 

「単純だけど恐ろしい武器だよなぁ。剣本体でも斬りつける攻撃ができるから、曲刀と普通に切り結べるし」

 

 宝貝を使わない超能力者プレイヤーは、武器で殴るのではなく神通力で戦えということだろうか。

 

「それなら俺も超能力を封印して宝貝を。そうだ、雷公鞭(らいこうべん)で無双を……」

 

「雷公鞭、ですか? ……そのような宝貝はこのゲームにはないようですが」

 

「あれ? ないの? 広範囲に無数の雷を放つ感じの宝貝なんだけど……」

 

「ないですね。雷光と共に放たれる宝貝といえば打神鞭(だしんべん)がありますが、違いますよね?」

 

「違う……。そんな……最強のスーパー宝貝ないのか……」

 

「残念ながら、見当たらないですね」

 

 俺はがっくりと肩を落としながら、対戦モードを終えることにした。

 仕方がない。気を取り直してアーケードモードをプレイしていこうか。

 

 元始天尊はいかにも仙人って感じのジジイだったが、他の仙人はどんな見た目だろうか。

 対戦モードでのキャラ選択時に見た限りだと、老人だらけということはないようだが。俺の知識におぼろげにある漫画のキャラクター達が、このゲームではどんな見た目になっているか、少し楽しみである。

 

 さて、アーケードモードを開始する前に、難易度の選択だが……。

 

「ヨシムネ様もソウルコネクトの格闘ゲームには、ずいぶんと慣れてきたことでしょう。ですので、最高難易度の『神級』でいきませんか? 大丈夫です、時間加速機能を久しぶりに使いますので」

 

「そうくると思ったよ! 受けて立ってやる!」

 

 いきなり最高難易度である。だが、この程度で弱気になっては、ヒスイさんのコンビは務められない。

 

 オプションの変更をヒスイさんに任せ、アーケードモードを選択する。

 まず表示されたのはキャラクター選択画面だ。俺は目の前に展開するキャラクター一覧が載った空間投影画面から『エディットキャラ』を選択する。すると、『ヨシムネ』と『ヒスイ』が作成されているので、『ヨシムネ』を選ぶ。

 

『ヨシムネ降臨!』

 

 そんなシステム音声が鳴り響いた。

 さらに、キャラクター一覧上でカーソルが縦横無尽に駆け巡っていき、やがてぴたりと止まって敵となるキャラクターを選択した。

 おそらくランダムに敵を選出したという演出だろう。選ばれたのは、青髪の美丈夫。

 

『キンタ降臨!』

 

 そんな音声が流れる。対戦相手の名前はキンタと言うらしい。

 

「キンタ、キンタかぁ」

 

「ヨシムネ様の知っているキャラクターでしたか?」

 

「いや、知らんけど、『金太の大冒険』って歌が昔あって、あれを配信で流したら、一体どうなるんだろうと思っただけだ」

 

「『金太の大冒険』……駄目です。これは流させません」

 

「まあ、そうだよな」

 

『金太の大冒険』とは、下品な歌詞で構成された下ネタギャグソングだ。21世紀にいた頃、大学の仲間とカラオケに行ったときに歌い始めた奴がいて、そこで知った。一発ギャグとして歌うには地味に曲が長いので、最初はみんな笑っていても、やがて場がいたたまれない空気になることもある。

 あの曲を配信で歌うには、ちょっと配信者としての尊厳を賭けなければならない。そもそも下ネタ部分はダジャレっぽく並べられているので、翻訳された歌詞ではギャグとしてすら伝わらないだろう。うん、やらないぞ。

 

 と、そんな無駄話をしている間にステージも決まり、画面が暗転する。

 ステージは五龍山とかいう場所だ。

 

 視界が晴れると、そこは水晶が多数露出した美しい洞窟だった。

 目の前には、長い青髪をオールバックにした美丈夫が左右の腰に二本の剣を帯剣して立っており、その斜め横には審判のジジイこと元始天尊が、あぐらをかいた姿勢でふわふわと浮いている。

 その審判が、高々と宣言した。

 

『ここに殺戒を犯し、神を超える魂を紡ぐ!』

 

 その言葉と共に、対戦相手のキンタが抜剣する。双剣だ。

 いかにも戦闘開始直前って感じだが、それよりも一つ気になったことがある。

 

「なにいまの台詞?」

 

『殺しを禁じる戒律を破って、戦いを繰り返し、神を超えようというこのゲームの目的の宣言ですね。ストーリーモードで詳しく語られます』

 

 姿の見えないヒスイさんが、補足を入れてくれる。

 なるほど、ストーリーモードクリア前提の演出ね。でも、今はそれほど、このゲームのストーリーモードをプレイする気にはなれていない。超能力を存分に駆使して遊びたいというだけで、別に『封神演義』モチーフのオリジナルストーリーを見たいというわけではないからな。

 

『よろしいかね?』

 

 おっと、審判が先を促してきた。

 

『いざ、超神せよ!』

 

 どこからか銅鑼(どら)の音が鳴り、俺とキンタは同時に正面に向けて駆けだした。

 アシスト動作で超人的な動きをしたキンタによる剣の一撃が、こちらを狙う。無作為な一撃だが、最高難易度で適当な攻撃を敵がしてくるわけもない。

 これはフェイントだ。本命は、右の蹴り!

 

 俺は蹴りを回避し、同時に蹴り足を曲刀で切りつけた。

 血を表わす複数の白いポリゴンの破片が相手の足から散る。

 

 そして続けざまに斬りつけてやろうと振り切った曲刀を返すと、未来視で俺の今立っている場所に火柱があがるのが察知できた。

 

 システムアシストに身を任せ、俺は大きくバックステップ。

 すると、俺が先ほどまでいた場所に細い火柱が地面から吹きだした。火を操る宝貝使いか!?

 

『いえ、キンタは今、宝貝を使用していません。この炎は神通力ですね』

 

 と、俺の思考にヒスイさんが返答してくる。

 なるほど、宝貝は神通力を封じなければ使えないということは、俺と同じように宝貝を使わないという選択肢もありか!

 

 ならば、後はどちらの神通力が優れているかの勝負だ!

 キンタはアシスト動作による超人的な動きで双剣を繰り出してくるが、俺はそのことごとくを弾き、回避する。これでも俺は、超電脳空手の練習生だからな。単純な近接戦闘では、最高難易度の敵が相手だろうがそうそう負ける気はない。

 敵は不利を悟ったのか、距離を取って発火の神通力(パイロキネシス)で牽制しようとしてくるが、俺はとにかく前進して距離を詰める。

 やがて、ステージ端まで相手を追い詰め、これ以上後ろに下がれないようにする。

 

 洞窟の壁面を背にした相手に、俺は何度も曲刀で斬りつけた。

 追い詰められたキンタは双剣を手放し、代わりに三つの金属の輪をこちらに投げつけてくるが、俺はそれを回避し連撃を放つ。

 

『勝負あり!』

 

 強く斬りつけた胸元から勢いよくポリゴン片を吹きだしキンタが倒れ、それと同時に審判のジジイの終了宣言が洞窟内に響く。

 倒れたキンタは、全身がポリゴン片へと変わっていき、やがてその姿は消えてなくなった。

 

「よし! よしよしよし、行けるじゃん、最高難易度」

 

『改めて見ると、恐ろしいほどの回避能力ですね』

 

「だろぉー? これをやりたくて、このゲームを選んでもらったわけだ」

 

『強力な遠距離攻撃に対処できるようになれば、ほぼ無敵と言ってもよいのではないでしょうか』

 

「対処できないからこそ、ヒスイさんには勝てなかったわけだな。ところで最後になんか輪っかを投げてきたけどなんだったんだろう」

 

遁龍椿(とんりゅうとう)または七宝金蓮(しちほうきんれん)と呼ばれる宝貝ですね。手足を拘束する捕縛用宝貝で、命中していたら逆転もありえました』

 

「おお、怖い怖い。宝貝は所持していても、使わなければその間は神通力が使用可能なのか。注意しないとな。でも、この調子なら問題なく攻略できそうだ」

 

 まだ一戦目が終わっただけだが、感触は十分にある。このまま順調に進むとよいのだが……。

 



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109.超神演義(対戦型格闘)<3>

 対戦相手が消失した洞窟ステージ。どうやって次の対戦に移るのかと思っていたら、急にその場でキャラクター一覧が開き、『選択開始』と書かれたパネルが中央に表示された。パネルを押すまで、自由に休憩していていいということだろう。

 

「疲れもないし、二戦目行ってみようか」

 

 俺はキャラクター一覧のど真ん中に表示されている選択パネルを押す。

 すると、カーソルが勢いよく動き始め、やがて一人の女性キャラクターのアイコンでカーソルが止まった。

 

王貴人(オウキジン)降臨!』

 

「王貴人……うーん。ヒスイさん、キャラクター紹介お願い」

 

 聞き覚えがあるような、ないような……。

 

『『殷』の天子、紂王(チュウオウ)を巧みに操り王朝を衰退させる原因となった、蘇妲己(ソダッキ)という人物がいます。その正体は、ただの人間である本物の妲己から身体を奪った千年狐狸(せんねんこり)の精です。そして、その千年狐狸の妹が玉石琵琶(ぎょくせきびわ)の精、王貴人です』

 

「紂王をたぶらかした九尾の狐の仲間ってことだな。あー、思い出してきた。確か、妲己と王貴人の他にもう一人姉妹がいたよな」

 

胡喜媚(コキビ)ですね。九頭雉鶏の精です』

 

「きゅうとうちけい?」

 

『九つの頭の雉の鶏と書きます』

 

「怪獣じゃん!」

 

『まあ、妖怪ですから……』

 

「このゲーム、仙人バトルじゃなかったのか……」

 

『敵サイドには動物や妖怪の仙人もいますよ。まあ、王貴人はただの妖怪なのですが』

 

 そんな会話をしている間に、ステージも決まる。ステージ名は……酒池肉林? どんなのだ、それ。

 視界が暗転し、中華風の宮殿の庭に出た。庭に植えられた木々の枝には肉が吊されており、木に囲まれた池からは酒の臭いがした。

 

「酒池肉林ってこういうのかぁ。一瞬、エロいのを想像したんだが」

 

 そんなことを言いつつ、対戦相手を見る。

 全身白の服を着た黒髪の婦人だ。特にエロくはない。手には大きな曲刀を握っている。

 

『この魂、仙人などの好きにはさせぬ!』

 

 そんな口上を述べ、曲刀を構える王貴人。

 俺も、無言で曲刀を正眼に構え、審判のジジイの言葉を待つ。

 

『いざ、超神せよ!』

 

 銅鑼の音が鳴り響く。それと同時に、敵はこちらに近づくことなくその場で曲刀を振るった。

 すると、弦がつま弾かれるような音と共に、俺の視界が突如ゆがみ始めた。

 

「な、なんだあ!?」

 

 さらに弦が奏でる音が続いて鳴り響き、俺はまともに目を見開いていられなくなった。

 

「音の宝貝か!」

 

 まさかのデバフ系兵器か?

 そう思ったのだが、ヒスイさんの答えは違った。

 

『いえ、これは宝貝ではなく琵琶の精としての妖術で、琵琶の音を聞いた者の目を惑わす効果があります』

 

 妖術! 妖怪だものな、そういうのも使うか。

 どうしたものかと困っていると、不意に俺の頭の中に未来の光景が映し出された。王貴人が俺に斬りつけようとしている!

 

 俺は狂った視界に惑わされないよう目を閉じ、その場を飛び退いた。すると、耳のすぐ近くで風を切るような音が聞こえた。斬撃をぎりぎりで回避できたようだ。

 すると、舌打ちが聞こえ、さらに俺の未来視が俺を斬りつけようとする光景を脳裏に映し出していく。

 弦の奏でる音が聞こえ続ける。今目を開けたら、おそらくゆがむ視界でめまいを感じてしまうことだろう。

 

 こちらは目が見えず、相手は攻撃し放題。

 だが未来視があれば、目で姿は見えなくとも頭に浮かぶビジョンでその動きを捉えることができる!

 

「だっしゃおらあっ!」

 

 未来視が示す、ゼロコンマ一秒以下の未来を頭の中で展開し、王貴人の位置を捉え、斬りつける。

〝今とほとんど位置のずれのない、ほんの少し先の未来〟。それを活用することで、ある種の心眼のような技を俺は習得していた。見ているのは未来であって、全然心の眼なんて使っていないけれどな!

 

 俺は目を閉じたまま、隙だらけだった王貴人を斬って斬って斬りまくる。

 こいつ、能力が厄介なだけで、剣の腕はそれほどでもないぞ!

 

『勝負あり!』

 

「よし、無傷の勝利だ!」

 

『おめでとうございます。最高難易度では一切目に頼れなくなる妖術の強度なのですが、見事に攻略しましたね』

 

「視力に頼らない超能力持ちじゃなかったら、攻略不可じゃないのかこれ」

 

『王貴人は足音を忍ばせるということをしないので、聴覚に頼れば位置を把握できるようですよ』

 

「達人の領域じゃん! ……さて、身体が温まってきた。一気に三戦目行くぞ!」

 

 VRなので温まる身体はないのだが、気分的なものだ。俺は、キャラクター選択のパネルを押す。

 

魔礼青(マレイセイ)降臨!』

 

 次のステージは戦場。切り替わった背景では、万を超える兵士達が激しく争っているが、俺達の周りだけ半透明な壁で隔離されている。

 

 魔礼青なる敵は、巨人だった。三メートル以上はありそうな身長で、体格はとにかくごつい。ここから見上げて確認できる頭部は、カニっぽい髪型をしたこれまたごつい顔だった。

 

「でけえ……」

 

 ちょっとこれは予想していなかったぞ。だが、大丈夫だ。大きな敵は『-TOUMA-』で散々戦ったし、超電脳空手の道場でも巨大モンスター系統の仮想の敵と何度も組み手をしてきた。

 

 俺は気合いを入れると、審判の号令がかかり、銅鑼の音が響く。

 

 相手は立派な長剣を持っているので、近接戦闘が得意かもしれない。いや、ヒスイさんの剣ビームの例もあるからな。

 そう考えていたら、敵が俺から離れたその場で剣を素早く三度振るう。すると、敵の背後から黒い風が吹き荒れ、風に乗って無数の槍のような物が飛んできた。槍の先は、いずれもするどく研がれている。

 

「ちょ、これどうやって避けるの!? 安地、安地はどこだ!」

 

 俺は未来視を全力でぶん回し、風にのった槍の雨をなんとか回避していく。何もしなくても避けられる安全地帯(あんち)はなかった。

 

『魔礼青の宝貝、青雲剣(せいうんけん)ですね。黒風と共に万の矛を飛ばす他に、火の蛇と黒い煙を操る能力があります。気をつけてください』

 

 気をつけるだけでどうにでもなるなら、事は簡単なんだがな!

 これ、未来視を持つ俺だからどうにか回避できたものの、普通の人ならどうしようもないハメ技なのではあるまいか。しかもこれだけじゃなくて火の攻撃もあるとか、多彩すぎて超能力の万能性がかすむわ。

 

 しかし、避けてばかりではいられない。俺は攻勢に出ることにした。

『MARS』で使っていた要領で、牽制にサイコキネシスの衝撃波を飛ばすが、青雲剣で見事に防がれた。

 とにかく近づこうと走るが、そこに火でできた巨大な蛇が一直線に飛んできた。

 急いで飛び退き回避するが、火の蛇が地に触れたときに発生した黒い煙を思わず吸い込んでしまう。

 

「げっほ、げっふぅ、げっはぁ!」

 

 めっちゃ煙たいぞ、これ!

 

『先ほど言った通り、その煙も宝貝の能力で、肺腑(はいふ)を焼きます』

 

 くそ、とにかく近づかなければ、どうにもならない!

 だが、無数の槍が飛び交い、火の蛇が縦横無尽に駆け、俺は一向に近づけずにいた。

 

 もうこれ格闘型対戦ゲームじゃねえだろ! 巨大モンスターを狩猟する類のゲームに似ているぞ!

 敵は三メートルほどの巨人だが、攻撃の規模は小山ほどもありそうなサイズのドラゴンのブレスとか、そういう類だ。

 

 やがて俺は、一度も接近できることなく、じわじわと体力を削られて負けた。

 

「だー、強すぎる。前の二人と比べてあまりにも強すぎないか!? ゲームバランスどうなってんの」

 

『このゲームは公平なゲームバランスを考えて設計されてはいないようです。プレイヤーの超能力強度に制限がないのを見て解る通り、強いキャラクターは強く、弱いキャラクターは弱いという大前提でもってゲームデザインされているとか。プレイアブルキャラクターの中には神通力も妖術も持たないただの人間もいますが、仙人キャラクターからすれば羽虫のような弱さです』

 

「そこまで極端だと逆に面白くなってくるな……」

 

 とりあえず魔礼青対策は、何度も挑戦してパターンを把握する、だな。アクションゲームの基本だ。

 俺は、目の前に表示され続けていた『再戦』のパネルを手で勢いよく叩いた。

 

 そして、再戦を繰り返すこと十回ほど。ようやく光明が見えてきた。

 この青雲剣、剣を数度振るわないと能力を発動できないのだ。

 

 超能力で牽制を放ち、防御を誘発させるのが勝利の鍵だ。そう信じ、俺はさらに再挑戦を続けた。

 

 攻防は進み、やがて俺は、魔礼青の目の前、剣の間合いまであと五歩の距離まで近づいた。

 この距離ならば、槍の嵐も火の蛇もさした脅威ではない。

 

「死ねやオラァ!」

 

 曲刀をもって躍りかかる。すると、なんと敵は青雲剣を鞘に収め、手に槍を構えだした。

 ちょ、ずるくない? こっちは曲刀なんだけど、槍のリーチはずるい!

 ずっと相手の正面を見ながら戦っていたので、槍を背負っていたとは気がつかなかったぞ!

 

 仕方なく、槍と曲刀で切り結ぶ。

 宝貝である青雲剣を手にしていないからか、相手は神通力を使えるようになっており、見えない念動力が俺を押しつぶそうとしてくる。

 だが、この距離は俺の領域だ。念動力に念動力をぶつけて相殺し、槍をかいくぐって、曲刀で斬りつける。

 

 宝石のついた腕輪が不意打ちで相手の手首から飛んでくるが、未来視を駆使した俺に当たるはずもない。むしろ、その発動の瞬間は隙となり、こちらのカウンターを当てるよい機会となった。

 さらに、身長差を活かして相手の足元をはうようにアシスト動作で動き回り、じわじわと相手の体力ゲージを削っていき……、やがて魔礼青は倒れた。

 

『勝負あり!』

 

「うおー!」

 

 やってやったぞー!

 いやー、ヒスイさん、一ラウンド制に設定してくれていて本当によかった。二ラウンド制だと二ラウンド先取した方の勝利となるが、こいつ相手に勝ち越しできる自信は全くないぞ。

 

『おめでとうございます。休憩しますか?』

 

「うん、ちょっと一息入れよう」

 

『それではスリープモードにして、SCホームに戻りましょう』

 

 日本家屋の居間に背景が切り替わり、俺は畳の上にごろりと寝転がった。

 

「いやー、それにしても強かったな」

 

「魔礼青は仏教における四天王の一人、増長天と同一の存在です。修行半ばの道士キンタ、妖怪の王貴人とは違い、実力のある神仙としてゲームデザインされています」

 

 俺の横に正座して座ったヒスイさんが、そんなことを言った。

 

「なるほどなー。ところで、たびたび出てくる道士って何?」

 

「道術、すなわち仙人の術法を学ぶ者のことですね。仙人のことを指すこともありますし、仙人見習いを指すこともあります」

 

 ほーん。まあ仙人のような存在と覚えておこうか。

 

「しかし、飛び抜けた超能力強度の俺ですらここまで苦戦するのに、普通の人は宝貝なしだとどうやってクリアすんの、このゲーム」

 

「ヨシムネ様、最高難易度の『神級』をプレイしていることを忘れていませんか?」

 

 あー、つまりは、最高難易度だからほぼ回避不可能な弾幕を撃ってきたってわけか。

 俺、別に弾幕シューティングゲームをプレイしているつもりはないんだけどな。

 

「とりあえず、ライブ配信の最中でもないし、二十分ほど休憩したら再開しよう」

 

「はい。お茶を用意しますね」

 

 苦戦したが、まだ七戦中の三戦目をクリアしただけだ。英気を養ってクリアを目指すこととしよう。

 



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110.超神演義(対戦型格闘)<4>

 お茶とモッコスで一息入れてエナジーチャージ完了したので、続きをやっていこうと思う。

 ゲームをスリープモードから復帰させ、戦場ステージに戻る。

 目の前にキャラクター一覧が展開しているので、キャラ選択のパネルをぽちっと押す。

 

『ナタ降臨!』

 

 ステージは、(はす)の池か。

 視界が暗転し、徐々に明るくなっていく。すると、蓮の花が多数咲き誇る池のほとりに俺は立っていた。

 そして、相変わらず宙に浮いている審判のジジイの他に、一人の少年が俺の対面にたたずんでいる。

 

『僕の力を見せてあげるよ』

 

 対面の少年はそう語りかけてきた。肌は白く、結い上げられた黒い髪はつややかで、女と言われたら信じてしまいそうな美少年。だがしかし、その美少年の武装は物騒だ。

 足に炎の車輪、手には火をまとう槍、左の手首には大きな金の輪が自動で回っている。

 複数の宝貝を持つ少年。この特徴から連想できるキャラクター。これは……。

 

「ナタって、ナタクかよ!」

 

『宝貝から生まれた道士、蓮の化身ナタです。移動用の車輪、風火輪(ふうかりん)。近距離・中距離戦闘用の槍、火尖鎗(かせんそう)。遠距離戦闘用である輪、乾坤圏(けんこんけん)。同じく遠距離用の金属片、金磚(きんせん)。捕縛用の布、混天綾(こんてんりょう)の五つの宝貝を持ちます』

 

 あれ? 三つじゃなくて五つか。

 混天綾とかいうのは、首に巻いた赤いマフラーがそうなのだろう。マフラーは風もないのに不自然にはためいている。忍者かお前は。

 金磚は……それっぽいのが見えないな。装飾品を複数つけているから、そのうちのどれかがそうなのだろう。

 

「うへー、気合い入ったキャラデザだな、こいつ」

 

 顔が美しいだけでなく、着ている中華風の服もきらびやかである。

 

『ストーリーモードでも主役級の活躍をしますからね。このゲームの顔の一人と言えるでしょう。ちなみにキンタの弟です』

 

 主役級のキャラが敵になったのか。宝貝の多さも考えるに、強敵っぽいな。

 

『準備はよろしいかね?』

 

 おっと、審判の声があがった。俺はとっさに曲刀を構える。

 

『いざ、超神せよ!』

 

『これでもくらえ!』

 

 開始の銅鑼の音と同時にナタが叫び、金属の輪が勢いよく飛んでくる。乾坤圏の一撃だ。狙いは頭部に一直線。

 俺はそれを最小限の動きでかわすと、まっすぐナタに向かって駆けた。こちらこそ、そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!

 

 対するナタは、槍の先を俺の方へと向ける。すると、槍から勢いよく火が噴き出した。

 さらに、背後から乾坤圏がUターンして戻ってきていて、俺の後頭部に直撃コースなのが未来視から見てとれた。

 解ってはいたが、遠距離攻撃手段が豊富だな、こいつ。

 

 俺はそれらを全て回避して、蛇行しつつ少しずつ距離を詰めていく。

 だが、ナタは足元の火の車輪を激しく回転させ、車輪で地を走り俺から素早く距離を取った。

 俺がアシスト動作を駆使して近づくより、明らかに相手の動きの方が速い!

 

「一番の強敵は風火輪か!」

 

 乾坤圏が飛び交い、火尖鎗から火が噴き出す。

 青雲剣のような激しさはないが、休む間もなく的確にこちらを狙ってくるのはやっかいだ。

 

 こちらが執拗(しつよう)に距離を詰めようとしていることを理解したのか、ナタは風火輪で一定の距離を保ち続ける。こちらがいくら突撃しても近寄れない。なんだ、このクソキャラは! ゲームセンターの筐体だったら、台パンされているところだぞ!

 仕方がない。こちらも遠距離攻撃で対処するしかないか。

 青雲剣攻略のために何度も使ったサイコキネシスとパイロキネシス。それをさらに鋭くするのだ!

 

 相手の足を止めるのを狙って、地面から火柱を立たせ、さらにナタの足元に直接念動力を発動させる。

 

『くっ! やるね!』

 

 よし、怯んだ。さらに攻め立てるぞ!

 そう思ったのだが、なんとナタは浮いた。跳躍ではない。風火輪で空を飛んだのだ。

 

「空を飛ぶのって、ありか!?」

 

『ありです。超能力者ならサイコキネシスで自分も飛べますから』

 

「俺は練習していないから無理!」

 

 戦闘中にもかかわらず、俺はヒスイさんとそんなやりとりをする。

 空を飛んだナタは、そのまま逃げ回るのかと思ったが、意外なことにこちらに向けて一直線に突撃してきた。

 火をまとった槍での、強力なランスチャージ。

 だが、直接刃を交わすその距離は、俺の領域だ。

 

「獲った!」

 

 槍をかわし、カウンターでナタの腕を強く切りつけることに成功した。

 相手は炎をまとっていたので、余波で少し俺の体力ゲージを削られてしまった。だが、こちらが相手に与えたダメージ量を考えると大成果だ。

 

 そして、俺はさらに追撃に出ようとする。

 

『そうはさせないよ!』

 

 それを防ぐかのように相手のマフラーが伸び、こちらに巻き付こうとしてきた。

 俺はそれを曲刀で切り裂き、曲刀をナタに突き入れる。

 ナタはとっさに乾坤圏を身体の間に割り入れ、突きを防ごうとする。しかし、俺は攻撃にも未来視を適用できるのだ。

 曲刀は乾坤圏をすり抜け、ナタの胴体に突き刺さった。

 

『ぐあっ!』

 

 ナタは胸元から血の代わりにポリゴンの欠片をまき散らし、うめき声をあげながら風火輪をうならせ俺から距離を取った。うーむ、当てられた攻撃は二発だけか。またチャンスを作らないとな。

 

 しかし、そこから始まったのはナタによる完全な逃げ撃ち。

 槍から火が吹き荒れ、乾坤圏が飛び交う。さらには、今まで使っていなかったレンガ状の金属塊の宝貝が自動追尾で追ってくるため、俺はいちいちそれを曲刀で打ち払わなければならなくなった。

 

 俺もいい感じで距離を詰められることもあったのだが、そのたび混天綾が絡みつこうとしてくるので曲刀で切り払う必要があり、その間に逃げられる始末だ。

 サイコキネシスやパイロキネシスで牽制攻撃は続けているのだが、有効打は入らない。

 どうにかして近づかなければいけない。通算八度目にもなろうかという突撃をしようとした、そのとき――

 

『そこまで! 勝負あり!』

 

 審判がそんなことを言いだした。

 

『ヨシムネの勝利!』

 

「あ、あれ? なんか知らんが勝ったぞ」

 

 謎の勝利に、俺は首をひねった。

 

『タイムアップです。体力ゲージの残りが多い方の勝ちとなります』

 

「あっ、そうか。格ゲーだもんな。1ラウンドの制限時間があるのか」

 

 対戦型格闘ゲームは攻撃を当てることで、相手の体力ゲージを減少させることができる。そして、体力ゲージの残りがゼロになった方が負けとなる。

 だが、それ以外でも勝敗をつける方法がある。規定の試合時間を過ぎてもまだ決着が付いていなかった場合、体力ゲージの残りが多い方が勝ちとなるのだ。

 そして、今回がそのタイムアップでの決着だ。ナタの攻撃は当たらず、俺の攻撃がいい感じに二発も入ったから、俺の勝ちということだな。

 

 今回と同じ遠距離主体の戦いだった魔礼青戦では、未来視ですら避けきれない飽和攻撃で俺の体力ゲージを削られきって負けるというパターンが続いていた。

 なので、魔礼青との戦いは、毎回制限時間内に勝負は決まっていた。ゆえに、タイムアップはこれが初めてだ。

 

『オプションで制限時間なしにすることもできましたが、今回は1ラウンド三分で設定してあります』

 

 ヒスイさんの解説に、俺は納得して曲刀の構えを解いた。

 結局、曲刀での攻撃を二発しか当てることはできなかったが、魔礼青のような理不尽さはなかったな。攻撃用の超能力に慣れるか、近距離遠距離両対応の宝貝を持てば十分対処は可能そうである。

 

『ナタの体力を削ると、三面八臂(さんめんはっぴ)……三つの顔に八本の腕を持つ姿に変身して、陰陽剣(いんようけん)九龍神火罩(きゅうりゅうしんかとう)という宝貝を追加で使い、無類の強さを発揮するようになるのですが……そこまでいきませんでしたね』

 

「なんだ、そのアシュラマンは……」

 

『阿修羅は三面六臂(さんめんろっぴ)ですね。阿修羅もナタもそれぞれインド神話の神々が出自となっていますので、姿が似通っているのは妥当とも言えます』

 

「インド半端ないなぁ」

 

 仏教に登場する神仏の多くが、インド神話出身なんだっけ。

 神話の中で核兵器レベルの技をぶっ放しているとかも聞いたことあるし、古のインド人すごいわ。

 そんな会話をヒスイさんとしながら、俺は次の戦いに挑むのであった。

 



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111.超神演義(対戦型格闘)<5>

 さて、気を取り直して次のステージだ。俺はがっくりとうなだれているナタを無視して、キャラクターの選択パネルを押す。

 ランダムにキャラクター一覧の上を動いていくカーソル。そして、一人のキャラクターアイコンのところで止まった。

 

金光聖母(キンコウセイボ)降臨!』

 

『十天君を引きましたね』

 

 決定した敵キャラに、ヒスイさんがそんなコメントを入れる。

 

「あー、なんだっけ。確か、ストーリーモードの敵サイドの仙人」

 

『はい、十天君は仙境『金鰲島(きんごうとう)』の道士であり、十絶陣と呼ばれる特徴的な陣をしきます。陣はステージそのものが兵器となって襲いかかってくるもので、金光聖母の使う十絶陣は金光陣(きんこうじん)と呼ばれる強力な陣です』

 

「ステージが襲いかかってくるのか。それも宝貝の一種なのか?」

 

『いいえ、このゲームにおける十絶陣は術によって作られた陣地という扱いです。ですので、相手は陣の中で神通力を使えます。とはいえ、陣の維持に集中しているため、強力な神通力は使えないようです』

 

 その会話の最中に、ステージが決定される。ステージ名は金光陣とある。

 視界が切り替わり、俺は荒野に移動していた。地面には何やら光り輝く文字や紋様が描かれている。紋様は地の果てまで続いており、いかにも呪術的な陣の中って感じのステージだ。

 

 そして、向かい合うのは真っ赤な服を着た金髪ツインテールのロリキャラ。……ロリキャラ?

 

「聖母なのにロリキャラ……」

 

 金光聖母は十歳ほどの幼い少女だった。

 

『漢語の母という単語には、女性という意味も含まれますから。ここでいう聖母とは、徳の高い女性や女神を意味しているのでしょう』

 

 そんなヒスイさんの解説を聞いていると、金髪ロリがこちらを見ながら腕組みして言葉を発し始めた。

 

『ふん、あんたなんて私の金光陣でぎったぎたにしてやるんだから!』

 

「おおう、言動もロリキャラだ……」

 

『修行を積んだ道士ですので、歳はそれなりに重ねているでしょうけれども』

 

 ヒスイさんのそんなコメントが聞こえる。つまり子供口調のロリババアか。属性濃いなぁ。

 

『よろしいかね?』

 

 おっと、審判の声がかかった。俺は曲刀を両手で持ち、正眼に構える。

 

『いざ、超神せよ!』

 

『鏡よ! 行って!』

 

 戦闘開始と共に金光聖母が叫び、ステージ床の紋様の中から大きな鏡が複数せり上がってきた。その数、一、二、三……二十一枚。

 

『奴を囲め!』

 

 鏡は宙に浮き、金光聖母の指示通り俺を包囲するように展開した。

 

『なぎ払え!』

 

 光に貫かれる未来のビジョンが頭をよぎり、俺はとっさにその場を飛び退いた。

 二十一の図太い光線が、俺が居た場所を通過していく。様子見なんてしている場合じゃないな。

 

『あら、かわすなんてなかなかやるじゃない』

 

 憎らしい台詞が俺に向けて投げかけられる。そして再び、鏡は怪しく光る。

 今度は、俺狙いの光線と、進行を妨害するような位置取りの光線が入り混じり、俺を討とうとする。

 俺は必死にそれを回避していく。

 金光陣、どういう仕組みか理解したぞ。つまりは、二十一個のビットによるビーム兵器か!

 

「ビットなら、それを狙うまで!」

 

 俺はビームをかいくぐり鏡の一つに近づくと、曲刀でそれを叩き割った。

 

『無駄よ!』

 

 金光聖母が手を上に掲げると、地面の紋様から新たな鏡が出現した。

 むう、ビット破壊は意味をなさないのか。そうだな、これは鏡の宝貝じゃなくてあくまで陣の術だから、鏡を無限に再生できてもおかしくはない。

 

 ならば、どう攻略するか。それは、回避しながら近づいて斬るのみだ!

 

 未来視を発動しながら、俺は前に駆ける。すると、二十一の鏡から一斉に拡散ビームが飛ぶ。

 先ほどよりも高密度の攻撃に、思わず被弾してしまう俺。どこに攻撃が来るか判っていても、避ける先がないのではどうしようもない。

 これは、もっと先の未来を見てそこから取るべき行動を考えなければいけないぞ。

 

 四方八方から飛び交うビーム。これは、魔礼青の槍の嵐よりきつい!

 青雲剣による槍の群れは風に乗って一方向からしか攻撃が届かなかった。それに対し、金光陣は自由に配置された二十一の鏡により、様々な角度から狙いをさだめてくる。

 未来が見えても、どう避けるべきかとっさの判断がつかないのだ。こんな状況は、『MARS』でゲスト出演中に閣下と一緒にやった緊急ミッション以来だ。あのときは宇宙の戦場で多数の敵に囲まれたのだったな。

 

 は、待てよ。『MARS』といえば……。

 

「うおおお! サイコバリア!」

 

 俺は、身を守る超能力を行使した。発生したバリアにビームがぶちあたり、相殺する。

 よし、効果有りだ!

 

『ああ、超能力が使えるならば、そのような手段もありでしたね……』

 

 ヒスイさんも、サイコバリアの存在に気づいていなかったようだ。まあヒスイさんはこれ使えないからな。

 でも、バリアを張れるのに使ってこなかったのって、今まで非VR式の格闘ゲームにおける『ガード』を使わずにプレイしていたようなものだなぁ。

 だが、これで回避以外の選択肢ができた!

 

 俺は、サイコバリアと未来視を駆使して、金光聖母に近づいていく。

 一方、金光聖母は、その場を動くことなく鏡を動かし続けている。

 そして、とうとう剣の間合いに――って、やばい!

 

『隙だらけよ!』

 

 金光聖母が手をこちらにかざすと、手の平から雷撃が飛んできた。強力なエレクトロキネシスだ。

 俺は回避に失敗し、雷をその身に受ける。そして、雷光で目がくらんだところに二十一の光線が一斉に俺を襲った。体力ゲージが一瞬で砕け散る。

 

『勝負あり!』

 

 審判のジジイのそんな声を聞きながら、俺は敗北後に飛ばされる謎の空間で肩を落とした。

 

「あー、ヒスイさんが前もって、金光聖母は陣の中でも神通力が使えるって教えてくれていたのに、失念していたなぁ」

 

「残念でしたね」

 

 俺がぼやいたところで、謎空間で俺の横に浮かぶヒスイさんが、なぐさめるようにそう言った。

 謎空間は無重力の宇宙のような場所だ。俺が戦っている間、ヒスイさんはずっとここで俺をモニタリングしているらしい。

 

「でも、攻略法は理解した。基本は回避で、避けきれない拡散ビームは威力が弱いからサイコバリアで防ぐ。そして寄って斬る」

 

「頑張ってください」

 

 ヒスイさんにはげまされ、俺は目の前にずっと存在していた再戦パネルを押す。

 そして、戦いは再び始まったのだが……。

 

「体力ゲージ削った後の発狂モードが、どうしようもないんだけど!」

 

「負ける前に勝つ、としか言えませんね……」

 

「つまり防御を半ば捨てたゲージの削り合いがいいと」

 

「防御を捨てずにかつ攻撃に全力を注ぐのです」

 

「難しいこと言ってくれるなあ!」

 

 そうして俺の挑戦は十五回ほど続き……。

 

『勝負あり!』

 

「よっしゃあ勝った! こいつとはもう二度と戦わねーぞ!」

 

 苦労の末、ようやくの勝利をつかんだのであった。

 勝利の決め手は、鏡の位置の誘導である。あらかじめ相手の鏡を一箇所に集めるよう立ち回ることで、体力ゲージ低下後の強化ビームラッシュを回避しやすくしたのだ。

 

「はー、しかし、疲れたな……」

 

『休憩しましょうか。『sheep and sleep』を起動しましょう』

 

「あー、時間加速してのプレイは久しぶりだから、そのゲームも長らく起動していなかったな……」

 

 ヒスイさんは『超神演義』をスリープモードで一時終了させ、代わりに安眠体験ゲームである『sheep and sleep』を立ち上げた。

 どこまでも広がる草原に、多数のデフォルメされた羊。ヒスイさんの趣味なのか、猫の姿もいくつか見える。

 

「どのような寝床を用意しましょうか」

 

「久しぶりだから、オーソドックスに草原で羊に囲まれて寝ようか」

 

 俺はふわふわのクッションを呼び出して、草原にごろりと寝転がった。

 すると、子羊が俺の周りに集まってきて、抱き枕にどう? と誘惑してくる。

 俺は遠慮なく子羊を抱きかかえると、ヒスイさんに「おやすみ」と声をかけて目を閉じるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

紂王(チュウオウ)降臨!』

 

 ゲームを再開した俺を待っていた敵は、仙人ではなくまさかの『殷』王朝の天子だった。

 

「ヒスイさん、紂王ってただの人間? それとも仙術とか使う?」

 

『ただの人間ですね。人を超えた存在ではないということで、神通力だけでなくシステムアシストの助けすらありません』

 

「うへ、マジで?」

 

 システムアシストはヒスイさんの言ったとおり、VRゲームで人を超えた動きをするのに必要な機能である。

 俺が初めて配信でプレイした『-TOUMA-』のような変態的ゲームでない限り、アクション系VRゲームには必ずと言って良いほど導入されているシステムだ。

 そして、システムアシストを使う人は、システムアシストを使わない人にまず負けることがない。それほどの動きができるのだ。

 

 ヒスイさんが数時間前、神通力も妖術も持たないただの人間キャラクターは羽虫のような弱さと言っていたが、おそらくこのシステムアシストなしという条件も加味しての台詞だったのだろう。

 

「しかし、戦うことで仙人が神を超えるって話のゲームらしいのに、なんでただの人間が戦いに混じっているんだ?」

 

 俺の疑問にヒスイさんが答える。

 

『設定的な話をすると、超神榜(ちょうしんぼう)という名簿に名を連ねた者は、超神台(ちょうしんだい)という道術装置の力により魂を鍛える機会を得ます』

 

 ふむふむ、超神ってことは、元ネタの『封神演義』に関係がない、このゲームオリジナルの要素かな?

 

『戦えば戦うほど魂は強くなり、さらに超神榜に名が載る者同士が戦った場合、魂と魂のぶつかり合いで鍛鉄のごとく魂は鍛え上げられます。魂を鍛える機会は仙人だけに与えられるものではなく、人間の英雄にも与えられており、ただの人であっても超神台の力があれば、やがて神に至りそして神を超える可能性があるとされています』

 

「なるほど、その超神榜に紂王は名前が載っているってことだな」

 

『そうなります』

 

 なるほどなー。

 しかし、そうなるとこの六戦目は楽勝過ぎるな。ちょっと肩透かしだ。

 

『システム面で優遇されていませんが、紂王は人の英雄の中でも特に強く設定されています。純粋な剣の腕は、この『神級』において無類の強さを誇ります』

 

「ふむふむ、つまり、一度くらいは超能力もシステムアシストも封印して、挑戦してみる価値ありってことだな」

 

『そうですね。そうするのもありでしょう』

 

 というわけで、挑戦してみた。

 結果……見事に負けた。

 

「あっはっは、強いなこいつ! なんで王様がこんなに強いんだ!」

 

 敗北した後に送られる謎の空間にて、俺は大笑いしていた。

 完璧に負けると笑えてくるよね。

 

「仮にも一国の主ですから、武に関しても英才教育を受けているということではないでしょうか」

 

 ヒスイさんが俺の横でぷかぷかと浮きながらそう言った。

 そういうものかね。

 

「で、ヨシムネ様、どうします? 挑戦を続けますか?」

 

「いや、今回の趣旨に外れるから、システムアシスト解禁してプチッと潰してくるよ」

 

 そして再戦。プチッと潰せた。

 仙人から見た人間とは、こうも(はかな)いものなのか……。

 



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112.超神演義(対戦型格闘)<6>

 システムアシストを解禁して紂王をすんなりと下した俺は、疲れもないので次に進むことにした。

 

太上老君(タイジョウロウクン)降臨!』

 

『アーケードモードの最後となる七戦目は元始天尊か太上老君、通天教主(ツウテンキョウシュ)の三名の中から選ばれるのですが、どうやら太上老君を引いたようですね』

 

 次の敵が決定するや否や、ヒスイさんがそんなコメントを入れてきた。

 

「えーと、それぞれどういうキャラ?」

 

『元始天尊が味方仙人の親玉、通天教主が敵仙人の親玉、太上老君が最強のお助けキャラですね』

 

「俗っぽい説明ありがとう!」

 

 決定したステージ名は八景宮。ステージに移行すると、そこは自然にあふれた美しい場所だった。そこらに動物がおり、のんびりとまどろんでいる。そして、そんな自然に浮かぶように宮殿が建っている。まさしくこういう場所を仙境と言うのだろう。

 そんな仙境で、審判のジジイが浮きながら言葉を発する。

 

『ここに、神を超えんとする者あり。老子はその挑戦を受けるか?』

 

 それに答えるのは、美しい容姿の青年だ。

 

『お受けしましょう』

 

 青年は輝く服をまとっており、長い銀髪を首の後ろでくくり、手には巻物をたずさえている。これがラスボス、太上老君か。

 老君という名のわりに若いのは、ゲーム的なキャラデザの都合だろうか。まあ、いかにも仙人って感じの老人は元始天尊が担当しているからな。

 

『太上老君は元始天尊と通天教主の兄弟子であり、かの老子と同一人物であるとされています』

 

 ヒスイさんの解説が入る。ふーむ、老子か。学生時代に習ったな。そのものずばり、『老子』って書物を書いた人だったか。でも、ちょっと待てよ。

 

「老子って『殷』の時代に生まれていたかな……?」

 

『歴史的な矛盾は無視するのが、『封神演義』と『超神演義』を楽しむコツです』

 

「あっ、そう……」

 

『ちなみに老子は春秋時代、すなわち『殷』の次の王朝『周』の時代後期に『老子道徳経(ろうしどうとくきょう)』を書いた人物で、道教が開かれるきっかけを作った偉人とされています。ですが、過去視をもちいた歴史学実験では、未だ実在を確認できていません。つまり神話や伝説上の存在なので、『殷』の時代から生きていても問題はないということです』

 

「問題……ないのかなぁ、本当に」

 

『太上老君が使用する宝貝は太極図(たいきょくず)と呼ばれる巻物で、森羅万象すべてを自在に操ります。ざっくり言うと空間操作宝貝で、十絶陣以上にステージそのものが武器となり襲いかかってきますので、注意してください』

 

「なんか、インフレしたバトル漫画の概念バトルみたいになってきたな……」

 

 そんな会話をヒスイさんとした後、相手に動きが見えた。

 

『さあ、君の力を見せてくれ』

 

 太上老君がそう言って巻物を開くと、巻物は空気に溶けてなくなり、それと同時に地面がゆれ始めた。

 俺が目線を下に向けると、金色に輝く巨大な橋が地面からせり上がってくるのが見えた。

 この橋の上で戦う、そういうことなのだろう。

 

『よろしいかね?』

 

 審判のジジイ、元始天尊が橋の欄干(らんかん)にあぐらで座りながら言った。

 俺は、曲刀を構え戦いに備える。

 

『いざ、超神せよ!』

 

 銅鑼の音が響くと同時に、俺の身体は宙を舞っていた。

 攻撃を受けたわけではない。攻撃を受けそうになったのでアシスト動作で自ら大跳躍したのだ。

 

 重力に身を任せながら下を見ると、さきほどまで俺が立っていた金の橋板から一本の針葉樹が生えていた。

 なるほど、森羅万象を操る能力か。自然の操作もお手の物ってことだな。

 

 と、未来視のビジョンに異変あり。サイコキネシスのような見えない攻撃が来るようなので、俺は空中にサイコバリアを張ってそれを足場に宙を蹴った。次の瞬間、先ほどまで俺が居た空間そのものが、轟音を立ててひしゃげた。おお、怖い怖い。

 

 俺はそのままサイコバリアを足場に宙を何度も蹴り、敵に近づいていく。

 飛び跳ねるようにして太上老君の頭上を通過し、即座にUターンして相手の背後を取る。

 

 そして、勢いのまま無防備な背後に斬りつけた。

 

『ふふ、そこにはいないよ』

 

 だが、曲刀は当たることなく、太上老君の姿は空気に溶けるように消え去った。

 代わりに、十メートルほど離れた場所に出現する。

 

「幻術か!?」

 

『いえ、空間転移です』

 

 当てずっぽうに言った俺の言葉を訂正するヒスイさん。

 空間転移、空間転移か……。

 

「俺も確か、空間系の超能力適性高かったよな?」

 

『はい、ごく短距離ならばテレポーテーションを即座に発動できるはずです』

 

「相手が空間を支配しているなら、それに対抗してやる!」

 

 そうして俺はぶっつけ本番で、テレポーテーションを習得しようと奮闘した。

 まずはどこに何があるか、どこに何が出現しようとしているか、未来視を併用して確認する。

 すると、何かが来る気配を察知した。足元から怪しい花が咲こうとしている。これを跳躍して避け、さらに避けた先が沼になろうとしているのでサイコバリアを足元に張って防ぐ。

 

 見えない力で握りつぶされそうな気配がしたので、上に跳躍。それを追うように見えない手が迫ってきたので、曲刀で手を斬り捨て、着地する。

 すると今度は雷でできた鹿が生み出され、角をこちらに向けて突撃してきたので、サイコバリアでこれを受ける。

 

 どこに攻撃が行なわれようとしているのか、段々と理解できてきた。

 これが、空間を把握するということなのか。

『MARS』でマーズマシーナリーに乗っている間は、無意識のうちに行なえていたことだ。なるほど、あのロボットは超能力操作の補助輪のような役割をはたしていたのだな。

 

 今や俺は、未来視を使うことなく、おおよその攻撃を避けられるようになっていた。

 相手が空間を支配しているなら、こちらは空間を全て見切っているのだ。

 

 太上老君が面白そうだと言いたげな目でこちらを見る。攻撃の前兆を察知。

 それに合わせて、俺はテレポーテーションを発動した。

 

『ッ!?』

 

 転移と同時に斬りつける。見事に命中。

 返す刀で二撃目を当てようとするが、これは硬質化した空気に阻まれる。なるほど、他のキャラクターには搭載されていなかった、武器で受ける以外の『ガード』ができるのか。

 だが、この距離は俺の間合い。逃がしはしない。

 

 俺は続けざまに曲刀を繰り出し、太上老君の体力ゲージを削っていく。

 これに耐えかねたのか、太上老君は鉄の壁を強引に俺との間に割り込ませると、空間転移をして俺から距離を取った。

 だが、俺の超感覚は相手がどこに転移しようとしているのか察知できている。

 俺もアシスト動作で剣を振り下ろしつつ、太上老君の隣にテレポーテーションで飛んだ。

 

 そして、転移と同時に俺の剣が太上老君の肩を打ちすえた。

 

 血の代わりの白いポリゴンの破片が宙に舞う。

 アシスト動作に任せた強力な一撃だったため、ごっそりと太上老君の体力ゲージを削れた。これで、相手の残るゲージは三割ほど。

 そこで、俺は空間が歪む前兆を察知し、急いでその場を離れた。

 

 轟音と共に金の橋が崩壊し、美しかった庭園がめちゃくちゃになる。

 草は伸び、木々は葉を落としながら急成長し、動物達は凶悪な姿に変わる。

 空は裂け、雷雨が起こり、霧がかかる。

 

「発狂モードか!」

 

 金光聖母の時がそうだったが、追い詰めると相手の攻撃が激しくなることがある。ゲーム用語で〝発狂〟と呼ばれる現象だ。

 格闘ゲームではあまり見ない発狂だが、どうやらこのゲームでは実装されているらしい。

 こちらは体力ゲージが減っても特別なことは何もできないので、この発狂はコンピュータ戦限定の仕様なのかもしれない。

 

 と、攻撃の前兆を察知する。未来視では、火柱がいくつも発生するようだ。

 俺は、テレポーテーションでそれを避け、太上老君の姿を探す。

 すると、太上老君は崩壊した金の橋の上に浮いており、その身体は神々しく発光していた。光りながら、眠るように目をつぶっている。

 

 近づこうと俺は駆け出すが、火柱がそれをはばむ。

 ならばと、テレポーテーションをしようとするが、相手のそばに飛べない。どうやら、超能力的な力で太上老君の周囲の空間に干渉ができなくされているようだ。

 なるほど、空間を支配する宝貝はこういうこともできるのか。

 

 俺自身はまだ一度も攻撃を受けていないので、このままタイムアップを待ってもよいのだが……それじゃあ面白くない。

 俺は、立ち上る火柱を避け、どうにか相手に近づいていく。

 

 そして、まるであの世の光景かと思うような燃えさかるステージをくぐり抜けて、俺は相手の目の前に辿り着いていた。

 

「オラァ!」

 

 宙に浮く太上老君に飛びかかり、曲刀を打ちつける。

 空間固定で『ガード』をしようとしてくるが、未来視と空間把握でそれをくぐり抜けて命中させ、体力ゲージを削る。

 相手も負けじと空間を爆砕させこちらに痛打を与えようとしてくるが、俺はそのことごとくを避けて反撃を加える。

 やがて――

 

『勝負あり!』

 

 橋の崩壊からいつの間にか逃れていた審判の元始天尊が、制止の声をあげた。

 太上老君の体力ゲージはゼロになっており、ここに勝負はついた。

 

『いい戦いだったよ』

 

 そう言って太上老君は、無数のポリゴン片になって消えた。

 そして、元始天尊が地に足をつけ立ち上がり、言う。

 

『ここに超神の儀を終え、一人の道士が神仙を超えるに至ったことを宣言する!』

 

 おおー、長かった七戦、これで終わりか。

 最後の敵も強敵だったが、どうにか勝てたな。

 

 と、感慨にふけっていたその時だ。

 

『ジョカ降臨!』

 

「うお!?」

 

 突然、目の前にキャラクター一覧が開き、キャラクターセレクトの音声が鳴り響いた。

 

「えっ、ヒスイさん、どういうこと?」

 

『隠しボスのジョカ娘娘(ニャンニャン)です』

 

「にゃ、にゃんにゃん?」

 

 ヒスイさんから可愛らしい台詞が飛び出した! 猫好きが高じすぎて、頭がおかしくなったのか!?

 

『娘娘は女神という意味です。猫の鳴き声ではないですよ』

 

「あっ、そうですか……」

 

『ジョカ娘娘は難易度『神級』でのみ戦える、アーケードモードの真のラスボスです。宝貝は使用せず、いにしえの神として強力な神通力を行使します』

 

「つまりは、『St-Knight』のサイキッカーヤチ再びってことだな!」

 

『身も蓋もないことを言ってしまうと、その通りですね』

 

 そんなやりとりをヒスイさんとしているうちに、ステージが決定された。

 ステージ名は天空である。

 

 視界が暗転し、すぐさま光に満たされる。

 そこは、空の上だった。俺の身体は半透明な板の上に立っていて、眼下には自然に満ちた広大な大地が広がっていた。

 

『ふむ、そなたが神仙を越えし者ですか』

 

 と、前方から話しかけられ、俺は下に向けていた目線をあげる。

 視界に入ってきたのは、美しい女性であった。

 

 彼女がジョカなのであろう。『ボン! キュッ! ボン!』のグラマラスなスタイルで、まさしく女神に相応しい姿である。

 あのロリ金光聖母と並べたりすれば、きっとその迫力の違いが際立つことだろう。

 だが、その美しい姿にも異様な点がある。足元まで伸びた長い黒髪の先端が、蛇の頭となっているのだ。

 

『己を高め、天数をくつがえし、よくぞここまでまいりました。その力、わらわが確かめてみましょう』

 

 この場には審判のジジイはいない。号令はどうかかるのかと思っていたら、ジョカがさらに続けて言葉を発した。

 

『どこからでもかかってきてください』

 

 これは、戦闘はすでに始まったということだろうか。

 俺は曲刀を構え、ジョカに向かって駆けた。

 

 近づいていく俺に対し、ジョカは何もせず立ったままだ。未来視にも、把握している空間にも、特にこれといった変調はない。

 俺は、走った勢いのままジョカに曲刀で斬りつけた。

 だが、これは強力なサイコバリアで防がれる。

 

『宝貝に頼らない姿勢、大変結構です』

 

 ジョカが話している間も、俺は曲刀を振るい続ける。だが、それは固いサイコバリアに阻まれ、突破口を見いだせないでいた。

 

『では、わらわからも、神通力の秘奥をお見せいたしましょう』

 

 ジョカの台詞が終わった瞬間、俺は激しい爆発に見舞われた。

 パイロキネシスだ。それも、マーズマシーナリーに乗って補助を受けている状態に匹敵する、強大な威力と規模。

 

 爆発が次々と起き、俺は必死になってそれを避けていく。さらには雷が走り、光弾が乱舞する。

 サイキッカーヤチの時とは比べ物にならない威力の超能力が、俺に向けて次々と振るわれた。

 

 さすがは超能力格闘ゲームのラスボス、半端ないな! だが、ここまで来て負けるわけにはいかん!

 

 俺は、一撃一撃が大爆発とでもいうような超能力の攻撃に身をさらしながら、心を震わせた。

 相も変わらず遠距離戦は分が悪い。俺は人類の平均値ほどしか攻撃用の超能力強度を持たないのに対し、相手の攻撃は兵器としか言いようがない威力だ。

 だが、俺には高い時間適性と空間適性がある。それを武器に、俺はジョカに挑む。

 

 俺は曲刀を強く握り、爆轟をくぐり抜けてジョカに躍りかかっていった。

 

 そして――

 

「……俺の勝ちだ!」

 

『……わらわの負けです』

 

 俺の体力ゲージは残りわずか、そして、ジョカの体力ゲージは残りゼロとなっていた。

 戦いの内容は、純粋な削り合いとでも言うべき壮絶な光景であった。未来視があっても、空間を掌握していても、当たる攻撃は当たると思い知らされた戦いでもあった。まさしく激戦の末での勝利だ。

 

『よくぞ神に打ち勝ちました。そなたはまさしく、神を乗り超えたのです』

 

 そう言ってジョカはポリゴン片に変ずることなく、空気に溶けるようにして消えていった。

 

 そして、どこからか中国語らしき歌が流れ始め、背景にスタッフロールが流れ始める。

 

「おー、エンディングだ。今度こそ完全クリアだ」

 

「おめでとうございます。おつかれさまでした」

 

 ヒスイさんのねぎらいの言葉が届く。横を振り向くと、ヒスイさんが天空ステージに姿を見せていた。

 

「いやあ、どうにか最高難易度制覇できたよ。存分に超能力を使えて余は満足じゃ」

 

「一応、この『神級』の上に、高度有機AIサーバに接続した状態での『神級』があるのですが……」

 

「今日はもう勘弁! あの強さの上に人間的な読み合いが合わさったジョカとか、勝てる気がしない!」

 

 俺は、恐ろしいことを提案しようとしたヒスイさんの言葉を全力で拒否した。

 

「そうですか。今日は紂王以外でリトライすることなく、最後までクリアできましたが、何かつかみましたか?」

 

「ああ、俺の超能力適性って、時間適性以外にも空間適性が高かっただろう? それで、空間を察知して攻撃の前兆をつかむことができるようになったんだ」

 

「そのようなことが……AIの私には理解しがたい感覚ですね」

 

「漫画的な、殺気を捉えたっていうの、こういう感覚なのかなぁって思ったよ」

 

「殺気……本当に理解しがたいですね」

 

 殺気も超能力もオカルトはなはだしいが、こうして超能力が実在するならば殺気も存在していてもおかしくない。

 人の気配とか感じ取っていてもおかしくない、チャンプみたいな人物もいるし。

 と、そこで背景で流れ続けていた歌が止まった。

 

「まあ、高度有機AIサーバへの接続は気が向いたときにやるとして、今回の俺の挑戦は以上で終わりだ」

 

 俺のその言葉に、ヒスイさんも察して視聴者向けの台詞を繰り出す。

 

「ヨシムネ様の活躍、いかがでしたか? ご視聴の皆様も、己の超能力を存分に駆使できるこのゲーム、『超神演義』をプレイしてみるのも面白いかもしれませんよ」

 

「ストーリーモードは配信予定がないので、シナリオが気になる人は自分の目で確かめてみてくれ。以上、自分の超能力に自信が持てた、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」

 

「開眼してもまだヨシムネ様には負けません。助手のヒスイでした」

 

 おっ、言ったな? 後で再戦だぞ、ヒスイさん。

 

 なおその後もやはり、複数の宝貝を駆使したヒスイさんに、俺はボコボコにされて負けたのであった。

 



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113.超神演義(対戦型格闘)<7>

「それで、オンライン対戦モードでも、結構いい線行けているんだ。『St-Knight』のランクマッチでは、いいとこ行けなかったのにな」

 

 ある日の来馬流超電脳空手道場にて、俺はチャンプに『超神演義』の動画を配信したことについて話していた。

 暇な日を選んで道場に通い続けてきたので、チャンプとは結構仲がよくなった。チャンプの口調は、相変わらず敬語なのだが。

 

「超能力全開の格闘ゲームですか。興味深いですねぇ」

 

「チャンプはやったことないんだ」

 

「ええ、見落としていました。そんな物を見つけてくるとは、さすが目の付け所がいいですね」

 

「いやー、見つけたのはヒスイさんだけどね?」

 

 そんなヒスイさんは今、仮想のドラゴンと素手で組み手を行なっている。ヒスイさん優勢だ。

 それを見落とすことなく確認しながら、チャンプが言う。

 

「俺自身の超能力強度は高くないのですが、興味ありますね」

 

「そっか。対戦してみる?」

 

「いいですね。今日の午後、SCホームに向かいますので、やりましょうか」

 

「え、マジでやるのか。……よし、かかってこいや!」

 

「ははは、お手柔らかに」

 

 そんなやりとりを道場門下生のミズキさんがうらやましそうに見ていたが、スルーしておく。すまん、チャンプ借りるわ。

 そして、道場での練習を終え、昼食を食べてVRに接続。チャンプの到着を待ちつつ、配信した『超神演義』の動画についたコメントを眺める。

 

『ヨシちゃんの服、エロいな』『前も似たような服着ていたけど、フリフリがない』『生足!』『髪型可愛いね』『もはやヨシちゃんのコスプレを眺めるためにこの配信チャンネル見てる』

 

 これは、俺が配信の時に着ていたチャイナドレスへのコメントだな。似たような服とは、以前ヒスイさんに着せられたことのあるゴスチャイナのことだろう。

 しかし俺もすっかり、女としての容姿を褒められることで、なけなしの承認欲求が満たされるようになってしまったな。もう後戻りできないのではないか?

 

『はー、避けまくるな、ヨシちゃん』『無敵じゃないのこれ』『人外レベルの時間適性があるとこうなるのか』『これのオンラインのランクマッチ、超能力強度強者による修羅の国と化しているんじゃないか』『恐ろしいゲームを知ってしまった……』

 

 やはり俺の回避能力は注目を受けたようだ。そして、ランクマッチでは順調に勝ち進んでいるぞ。ジョカ並の超能力強度を持つ相手にあたったりもしたが、無事に勝利を収めたりしている。

 

「お待たせしました」

 

 と、チャンプが到着したようだ。

 俺はチャンプを出迎え、しばし雑談を重ねた後、目的の『超神演義』を起動する。

 チャンプはどうやら自宅でこのゲームを購入し、キャラクターの作成を終えてきたようだ。なので、そのまま対戦モードに進む。

 

 選択ステージはヒスイさんと最初に戦った崑崙山(こんろんさん)だ。

 

『魂を鍛え、神を超えよ!』

 

 相も変わらずの審判のジジイが、そう宣言する。

 

「さて、俺の未来視、どこまで通用するかな?」

 

「俺も最高峰の未来視持ちを相手にするのは初めてなので、期待していますよ」

 

「よし、勝っちゃる」

 

『よろしいかね? では始める。いざ、超神せよ!』

 

 さて、始まったものの、近接戦闘技術は明らかにチャンプの方が優れているだろう。今までの対戦のように、とにかく寄って斬るという戦法は通用するか怪しい。

 なので、牽制を放って、テレポーテーションで近づき、斬って逃げる、これだな。ヒットアンドアウェイだ。

 

 俺は、方針を固め牽制のサイコキネシスを放とうとする。

 すると、チャンプの手が突然カラフルに光り、綺麗な投球フォームと共に何かがこちらの頭めがけ飛んできた。

 

「あっぶねえ! 宝貝か!」

 

「ええ、五光石(ごこうせき)です」

 

 そうか、チャンプは超能力強度が高くないと言っていたから、宝貝で遠距離の隙を埋めているのか。

 俺は投石をなんとか回避したが、さらにチャンプは何かを投げつけてくる。

 

開天珠(かいてんじゅ)行きますよ」

 

 今度は光る玉が剛速球となりこちらに飛んでくる。

 俺はそれを回避していくが、宝貝は投げると手元に戻るのか、チャンプが二つの石と玉を次々と投げつけてくる。

 その狙いは的確で、こやつ空手家じゃなかったのかと疑問が浮かんでくる。

 

 だが、そんな無駄な思考をしている場合ではない。アーケードモードのナタほどではないが、なかなかの猛攻だ。だが、避けられないほどではない。

 

 さて、チャンプが足を止めて遠距離攻撃に専念しているなら、こちらから転移のための隙を作る必要はないな。このまま行く。

 俺は、転移のための精神集中をしながら剣を振りかぶり、チャンプの真後ろにテレポーテーションをする。それと同時に、俺は曲刀を振り下ろしていた。

 その次の瞬間、転移を終えた俺はチャンプに殴り飛ばされていた。

 

「!?」

 

「武器を振るいながら転移したら、今から攻撃しますと宣言しているようなものですよ」

 

 俺は地面を転がりながらそんなチャンプの言葉を聞く。

 そして、転がる俺にチャンプの無慈悲な投石が命中した。体力ゲージがごっそりと削れる。

 だが、ゲームゆえに痛みはないので俺は起き上がり、体勢を立て直す。

 

 くっ、曲刀で斬りながらの転移は転移直後に攻撃が命中するから、隙のない完璧な技だと思っていたのに。むしろ、チャンプ相手には隙になっていたのか。

 それなら改めて、転移してから斬る!

 

 と、チャンプの真横に転移したところで、俺は蹴り飛ばされた。

 

「なんでじゃー!」

 

 地面を転がりながら俺は叫んだ。

 

「視線でどこに来るか丸わかりでした」

 

 開天珠の投擲(とうてき)で追撃してきながら、チャンプが言う。くっ、これだからリアルでの達人は怖い!

 転移はどうやら通用しないらしい。ならば、正面から斬り合うまで!

 

 俺は曲刀を構え、チャンプに躍りかかった。

 そして、チャンプの正拳が俺の頭をぶち抜く未来視のビジョンが見える。

 俺はそれを回避し、カウンターで一撃を――!?

 

「なんでじゃー!」

 

 未来視に従い避けたはずの俺は、見事に殴り倒されていた。

 倒れたところでチャンプは追撃に踏みつけをしてきて、それを食らったところでマウントを取られそうになったので、慌てて俺はテレポーテーションで距離を取る。

 そこに、五光石が飛んできて、焦っていた俺はそれを顔に受けてしまう。

 

 ものすごい衝撃に、俺はぶっ倒れる。そこにさらに開天珠が投げつけられ命中し、必死で立ち上がろうとしたところでチャンプが一瞬で距離を詰めて前蹴りを放ってきた。

 さらにそこから連打を浴びそうになったので回避しようとすると、そのことごとくが俺に当たる。

 最後に、渾身の貫手を食らったところで、俺の体力ゲージは砕け散った。

 

『勝負あり!』

 

「うがー、なんで未来が読めているのに当たるんだよ!」

 

 俺は地面を転がりながらそうチャンプにうったえる。

 すると、チャンプは優しく諭すように俺に教えてくれた。

 

「武術の稽古の中には、お互いゆっくりと動きながら行なう特殊な組み手があります。それをやると、ゆっくり動いているので相手が次にどう動くか明白なのに、どうしても当たってしまう……という攻撃ができるようになるのですよ」

 

「マジでかー。空手道の奥が深すぎる……」

 

「ええ、俺でも道半ばですからね」

 

 そんな会話をしているところで、SCホームへ来場者が来たことを知らせる音が鳴った。

 

「誰かお客が来たみたいだ」

 

 今は撮影中でも配信中でもないので、SCホームへの入場はロックしていない。

 そして、次から次へとやってくるミドリシリーズは入場しても音は鳴らないようにしているので、それとは別の知り合いが来たようだった。

 

 俺は、一旦ゲームをスリープモードにすると、SCホームの日本家屋に戻った。

 すると、そこに居たのはブロンドヘアーの少女。俺と同じくゲーム配信者をしている、グリーンウッド閣下であった。

 居間で座っていた閣下は、チャンプを見てから口を開く。

 

「おや、他に客が来ておったのか。確か、『St-Knight』の元チャンピオンだとかいう……」

 

「どうも、クルマことクルマムです」

 

 閣下に話しかけられたチャンプは、苗字と『St-Knight』でのハンドルネームを名乗った。

 

「おお、そうじゃそうじゃ。芋煮会の時にいたクルマ・ムジンゾウ殿であったな。私はヨシムネの配信者仲間であるウィリアム・グリーンウッドじゃ。よろしく頼む」

 

「中将閣下ですよね? どうも、よろしく」

 

 閣下とチャンプは礼を交わしあった。

 お互いの紹介が終わったので、俺は閣下に話しかける。

 

「で、遊びに来たのか、閣下」

 

「うむ。暇になったから遊びに来たのじゃ」

 

 本人は格式あるクイーンズ・イングリッシュだと言い張る老人言葉で、閣下が言う。

 俺は、そんな閣下に、今現在『超神演義』で対戦をしていたところだと伝える。

 

「おお、ヨシムネの配信は見たのじゃ。手に汗握る戦いだったのう」

 

「おや、見てくれたのか」

 

「うむうむ。プレイを見ながら、うらやましく思っていたのじゃ」

 

「うらやましい?」

 

 閣下の言葉に、どこかうらやむ要素が配信にあっただろうかと俺は頭をひねった。

 

「『殷周革命』を元にしたゲームがあるとか、うらやましい限りなのじゃ。私のブリタニア国区のゲームメーカーも、円卓の騎士を自由に使えるゲームなどを出してくれないものか」

 

 円卓の騎士というと、アーサー王伝説か。まあ、ブリタニア国区の伝説であるから、地元民として馴染みが深いのだろう。

 俺は本気でうらやましがっている閣下に、ふとした疑問をぶつける。

 

「そういえば太公望は過去視で実在が確認されているらしいが、アーサー王は実在が確認されているのか?」

 

「アーサー王がか? おらんおらん。アーサー王は創作上の存在じゃ。かつてブリタニア国区の各地で複数存在していた騎士道物語が互いに影響を与えあい、やがてアーサー王という共通の主人公が作られたというのが、現在の学者達の見解での。そして、バラバラに存在していたアーサー王の物語は一つにまとまり、さらにヨーロッパ国区の旧フランスの二次創作が混ざり、今のアーサー王伝説になったのじゃよ」

 

「マジでか。アルトリア・ペンドラゴンさんは非実在青少年だったのか……」

 

「誰じゃそれは?」

 

「21世紀の日本で作られた、アーサー王の大人気女体化キャラクターだ」

 

「本当に日本人という奴は……そもそも、ペンドラゴンとはアーサー王の父ユーサーの持つ称号であって、アーサー王の家名ではないのじゃぞ」

 

「え、じゃあ閣下の『MARS』機体って、アーサー王じゃなくてアーサー王の父をモチーフにした機体だったのか!?」

 

「ウェルシュ・ペンドラゴンか? そうじゃぞ?」

 

 そんな俺と閣下のやりとりを笑いながら見ていたチャンプは、俺達の話が一段落したところである提案をしてきた。

 

「閣下は優れたテレパスだと聞きます。どうでしょう、ヨシムネさんと『超神演義』で対戦してみては?」

 

「おっ、チャンプ、いいこと言うじゃん」

 

「ほう、私に一対一の勝負を挑むとはな。心の内を全て読まれても知らんぞ」

 

「言ったな。そっちがテレパシーならこっちは未来視だ。負けないぞ」

 

 そうして対戦することが決まったので、俺は『超神演義』のスリープモードを解除し、閣下に操作キャラクターの作成を行なわせる。

 キャラクター作成を待つ間、チャンプが俺に話しかけてきた。

 

「グリーンウッド閣下と言えば、太陽系統一戦争の時、中将の位にあったとか」

 

「そうらしいな」

 

「となると、軍隊格闘術や銃剣術に精通していてもおかしくありません。配信歴も長いですし、なかなかの強敵かもしれませんよ」

 

「マジでか。うーん、勝てるかな」

 

「どうでしょうね」

 

「待たせたのじゃ!」

 

 と、閣下のキャラエディットが終わったので、早速、対戦に入る。

 ランダムで決めたステージは天空だ。

 

 空の上に立った俺と閣下は、互いに向かい合う。閣下の持つ武器は直剣。円卓の騎士が好きなようだし、剣術に秀でているのかもしれない。

 

『いざ、超神せよ!』

 

 審判の声と共に銅鑼の音が響き、戦いが始まる。

 そして――俺は無傷で勝利した。

 

「うぐぐ、負けてしまったのじゃ」

 

 あれっ!? 弱いじゃん!

 

「チャンプ、普通に勝てたぞ」

 

 タイトル画面に戻ったところで、俺はチャンプにそう言った。

 

「うーん、おかしいですね。閣下、元軍人だそうですが、軍で体術は学ばなかったのですか?」

 

「私は後方支援担当の貴族軍人だったのじゃ。荒事とかリアルで全く経験したことないのじゃ!」

 

「ええー……」

 

 閣下の言葉に、俺は肩透かしを食わされた気分になった。

 さらにチャンプが尋ねる。

 

「それでは、何十年もゲーム配信をしてきたようですが、格闘ゲームやアクションゲームの経験は……」

 

「ほとんどロボットゲームをして過ごしてきたのう」

 

 その言葉を聞いて、俺はチャンプに言う。

 

「この人、初心者だな……。アシスト動作もほとんど使ってなかった」

 

「そのようですね。これはある種、貴重な人物ですよ」

 

「300歳以上のゲーム配信者なのにアクションゲームに不慣れって、確かにすごいな……」

 

「むむー、私もやってみれば、簡単にできると思っていたのだがのう」

 

 こてりと小首を傾げる幼い少女。だが、中身は元軍人のジジイだ。仕草が完全に女子のそれなのが恐ろしい。

 

「せっかくなので、今日ここで練習していくか?」

 

 俺はそう提案したのだが……。

 

「待て、待つのじゃ。それならばその様子を配信するのじゃ」

 

「あー、そうだな。せっかくのネタだ。逃すのも勿体ない。チャンプはどうする?」

 

「たまには『St-Knight』も『Stella』もお休みして、友人と過ごすのもよいでしょう。お付き合いしますよ」

 

 おっ、道場の練習生じゃなくて友人扱いしてくれるとは、嬉しいこと言ってくれるね。

 

「じゃ、ヒスイさん呼んでくるわ。突発配信だ」

 

「私も家の家令とメイド長を呼んでくるのじゃ!」

 

 そうして、俺達はその日、巨大モンスターを狩って戦う狩猟アクションゲームのライブ配信で盛り上がり、閣下はVRのアクションゲームを心から楽しんだのであった。

 



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114.Stella 大規模レイド編<1>

 グリーンウッド閣下が『Stella』を始めた。

 先日、閣下から「アクションゲームを練習できる面白いゲームを紹介してほしい」と相談されたのだが、いろいろ話した結果、では一緒にプレイできるオンラインゲームにしよう、ということになった。そこで紹介したのが、俺が以前からプレイしているMMORPGの『Stella』だ。

 

 これまで俺は『Stella』をライブ配信に使うことがあまりなかった。どこからか視聴者達が寄ってきてしまうからだ。

 だが、実はプライベートで頻繁に遊んでおり、絶景スポットを見にいった様子を撮影して動画としてアップすることは、しばしばあった。

 ヒスイさんもキャラをそれなりに鍛えているようであったし、俺のキャラも育った。だから、閣下を後ろから見守りながら、アクションゲームの練習をさせるのにはちょうどいいと思ったのだ。

 

「完成したのじゃ! 長剣、重装鎧、乗馬のスキルで、肩書きは騎士になったぞい!」

 

 チュートリアルを終えて、剣と魔法の『星』ファルシオンに降り立った閣下が、俺に合流すると同時にそう伝えてきた。

 ふむ、予想通りのキャラメイクだな。

 閣下なら機械操作や搭乗スキルあたりをとって、魔動アーマーなる魔法動力のロボットに乗る方向性もありなのだろう。

 だが、今回の目的はアクションゲームの練習だ。直接肉体を使って戦闘する騎士が、彼女にとって趣味と実益を兼ね備えた最良のビルドだと言えた。

 

「種族は何にした?」

 

「竜人じゃ!」

 

 閣下は、俺に初心者装備の背中を見せてくる。すると、そこには立派な翼と尻尾が生えていた。よく見ると、頭に角も生えている。

 竜人か。きっと、ペンドラゴンかウェルシュ・ドラゴンあたりにちなんで選んだのだろう。

 

「ところで馬はどうやって手に入れるのじゃ?」

 

「クエストでも手に入るが、手っ取り早いのはクレジットショップでクレジットを払って、召喚アイテムを購入だな。マウント……騎乗ペットは移動にも役立つから、一つは買っておいた方がいいぞ」

 

「うむ、では買うとしようか」

 

 さすが一級市民。クレジットを使うことに躊躇(ちゅうちょ)がない。

 閣下は、手元にウィンドウを表示させ、悩みながら画面を凝視している。そのウィンドウの画面に何が表示されているかは、こちらからはうかがえない。まあ、当然だな。他人の操作画面を横から盗み見できるなど、プライバシーも何もあったものじゃない。

 

「よし、決めたのじゃ! 私の相棒は白馬なのじゃ!」

 

 閣下はウィンドウへ向けて右手の人差し指を指す。おそらく購入ボタンを押したのだろう。

 

「ああ、クレジットショップを開いたついでに、アバター装備で何か鎧を買ったらどうだ? アバター装備は、防御力が存在しない、見た目だけのオシャレ外装のことだ。実際の防具とは別に着ることができる、ガワのことだな」

 

「ほう! では、とびきり可愛い鎧を選ぶとしようか!」

 

 そうして閣下は、三十分近くかけて一つのアバター装備を選び、購入した。

 かたわらに白馬をはべらせ、装飾の入った鎧を着込み、腰に初心者用の長剣を帯びる姿は、まるで……。

 

「騎士というか戦乙女見習いって感じだな」

 

「むむ、心外なのじゃ」

 

「そもそも見た目十歳くらいの少女って時点で、騎士っぽくは見えないだろ」

 

 見た目の話をすると、『Stella』での俺だって、天の民という種族の特性でロリボディになっているのだけれどな。

 

「むむむ。配信も予定しているので、見た目は変えられないのう」

 

 まあ形から入るのは諦めてもらおう。ただし、戦闘を練習して強くなれば、最強の騎士とか呼ばれる可能性がなきにしもあらず。

 

 ちなみに今日の俺の格好は、猫耳猫尻尾の猫なりきりアバター装備だ。ヒスイさんが趣味で購入して贈ってきた品である。

 そして、アバター装備の中身である防具は相変わらず何も着けていない。俺の『Stella』でのプレイスタイルはかたつむり観光客だからな。防具は背中装備しか許されないのだ。

 

「さて、騎乗ペットも用意できたので、戦士ギルドに登録してから初心者エリアへ狩りに行こうか」

 

 そう俺が言うと、閣下は白馬の上にまたがろうと、ぴょんぴょんとジャンプしながら答える。

 

「騎士団とかないのかの?」

 

「少なくとも、このはじまりの町にはないなぁ」

 

 とりあえず俺は閣下に、騎乗はアシスト動作を使ってやるよう教え、戦士ギルドへ登録に向かった。

 そして、町の西門から外に出て騎乗ペットから降り、森へと入る。戦士ギルドオススメの初心者狩り場だ。

 森とは言っても、木の生えている間隔はまばらだ。初心者が密集した木の中で武器を満足に振るえるとは思えないから、こうなっているのだろう。

 

 俺達は、森の中で草を食んでいるウサギ型モンスターを見つけ、戦闘態勢に入る。

 

「大きなウサギじゃのう」

 

 自分と同じくらいの体高を持つウサギを見ながら、閣下が言う。

 

「このゲームのモンスターは、基本的に膝より上の高さがあるぞ。VRだと、小さすぎる敵は攻撃しづらいからな」

 

 21世紀のMMORPGの事を思い出してみるが、初心者用の雑魚モンスターは大きめのネズミや蛇、スライムなどだったな。見た目と同じ当たり判定ではないから、許されていた大きさだと思う。

 

 そして、閣下は長剣でウサギに斬りかかっていった。明らかなへっぴり腰である。そもそもアシスト動作を使っていない。

 だが、ここで口うるさくしては、閣下も嫌な気分になるだろう。むやみやたらに口出ししないというのが、MMO初心者に対する正しい態度だと俺は思っている。

 閣下が教えてほしいと言ってこないなら、今日のプレイが終わる最後にでも、アドバイスとして少し教えるくらいでいいだろうか。

 

「やった! 勝ったのじゃ!」

 

 ウサギと激戦を繰り返していた閣下が、見事に勝利を収めた。

 生命力であるHP(ヒットポイント)が四分の一ほど減っていたので、俺は聖魔法を使って閣下のHPを回復してやった。

 

 戦いが終わったその場には、ウサギの死体が転がっている。

 俺はそれに解体ナイフを当て、解体スキルで複数のドロップアイテムにばらした。

 

「よし、インベントリにドロップアイテムを入れておいてくれ。インベントリに物を入れておくと、インベントリスキルが成長してより重たい物を運べるようになるぞ」

 

「ふむ、ウサギ肉じゃの」

 

「こっちは毛皮を持っておくよ」

 

 そうして、ウサギの死体は跡形もなく消えた。

 

「よし、この調子でウサギをいっぱい狩るのじゃ」

 

「鹿も出てくるから、いたら狙おう」

 

 そして、初めはたどたどしく剣を振るっていた閣下も、二時間ほど戦う頃には、しっかりと剣を振り下ろすことができるようになっていた。

 アシスト動作を使うことにはまだ慣れていないようだが、そちらはおいおいだな。

 

 狩りの成果に満足した俺達は、町へ戻り戦士ギルドにドロップアイテムを納品した。

 

「楽しかったのじゃ! これは、ぜひライブ配信でもやりたいのう」

 

「ゲーム内に視聴者を集めて一緒に何かするかい?」

 

「人を集めるのか。どんなことをすればいいのじゃろう」

 

「俺は、みんなで山に登ってキャンプとか、無人島に行って海水浴キャンプみたいなことをしたな」

 

「面白そうじゃの。でも、私はどうせなら戦闘がしたいのう」

 

「となると、レイドボスを狙うか。うーん、でも俺、ボスに詳しくないんだよな。誰かに相談してみるか」

 

 俺はヒスイさんを呼ぶかしばし悩んだ後、ふと思いついてフレンドリストを表示した。フレンドリストは、フレンドという連絡交換した相手を一覧表示し、相手がログインしているか、そして今どこにいるかを教えてくれる機能だ。

 フレンドリストを確認し、目的の人物がログインしているか調べる。

 

「よし、いるな。『St-Knight』の方に行っているかと思ったが、今日はこっちにいるようだな」

 

「ふむ? 何をしているのじゃ」

 

「ああ、チャンプに連絡を取ろうと思ってな。彼ならこのゲームに詳しいし、いいレイドボスも紹介してくれるだろう」

 

 レイドボスとは、1PT(パーティー)やソロで倒す通常のボスとは違い、複数のPTなどの大人数で挑むボスのことだ。

 レイドボスのように、大人数で挑むコンテンツのことをレイドと呼ぶ。

 

「レイドか! 『MARS』でも、超巨大戦艦を大勢で倒す緊急ミッションがあるのじゃ」

 

「そうそう、そういう感じの。じゃあ、チャンプに連絡取ってみるぞ」

 

 俺は、フレンドリストからメッセージ機能を呼び出し、チャンプにショートメッセージを送った。『今、ささやき会話大丈夫?』と。

 すると、数十秒してチャンプから電話的な機能であるささやきが届いた。

 

『ヨシムネさん、どうかしました? 『Stella』で連絡してくるとは珍しいですね』

 

「ああ、チャンプ。実は今、閣下と一緒に遊んでいてな。それで、今後『Stella』でのライブ配信を予定しているんだが、視聴者からの参加が多くなりそうなので、レイドボスにでも挑もうと思っているんだ。だから、チャンプにいいレイドを紹介してもらおうと思って」

 

『ふむ、レイドですか……いくつかよさげなのがありますが、詳しい条件が知りたいですね。こちらに来られます?』

 

「どこまで行けばいい?」

 

『グラディウス星の帝都にある闘技場です』

 

「了解、すぐに向かうわ」

 

 そうして俺はチャンプとのささやき会話を打ち切った。

 

「よし、チャンプに会いに行くぞ。グラディウスだ」

 

「ふむ、どうやって向かうのじゃ?」

 

「別の『星』……別の世界だから、チュートリアルを終えて出てきた星の塔から移動だ。大丈夫、グラディウスはクエストをクリアしなくても移動できるはずだ」

 

 そうして俺達は新しい『星』グラディウスに向かうため星の塔を使い、次元を渡り石造りの町へと到着した。

 

「ここが帝都かな?」

 

 俺は場所の確認をするため、この『星』のMAPを表示した。すると、今居るのはアウグストスの町で、帝都ロームルスは離れた場所にあることが読み取れた。

 うーん、これは困った。

 一度訪れたことのある大きな町なら、星の柱というオブジェクトで移動ができるのだが、俺も閣下もこの『星』に来たのは初めてだ。

 俺はチャンプに再びショートメッセージを送った。

 

『アウグストスから帝都ってどうやって行くん?』

 

 すると、すぐに返事が返ってきた。

 

『飛行船乗り場から高速飛行船に乗ってください。共通通貨がそのまま使えるようにしてあります』

 

 文面を確認した俺は、周囲を見渡してお上りさん状態になっている閣下に向けて言った。

 

「高速飛空船で帝都に行けるらしい」

 

「おお、飛空船! ファンタジーらしくて、わくわくしてくるのう!」

 

 そうして俺達はMAPを頼りに飛空船乗り場へと向かい、搭乗手続きをして高速飛空船に乗り込んだ。

 利用料金は初心者にとっては高めだったので、閣下の分の料金も俺が払った。これでも俺は何ヶ月もこのゲームをプレイしているから、この程度の金額はたいしたことはない。

 

「うおー、速いのう! 風が当たるのじゃー!」

 

 飛空船の上でキャッキャと喜ぶ閣下をかたわらに、俺は飛空船から見下ろす絶景を楽しんだ。

 そして、闘技場があるという帝都に思いをはせる。

 強者と剣闘の『星』グラディウス。この世界はそう呼ばれている。

 



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115.Stella 大規模レイド編<2>

 帝都に到着した俺達二人は、MAPを頼りに闘技場へ向かった。

 そして現れたのは、あまりにも巨大な建造物だった。広大な敷地面積を誇り、高さも十分あり、上部は弧を描いた屋根におおわれている。

 闘技場と聞いて古代ローマのコロッセオを想像していたのだが、これはむしろ東京ドームとかそういう類だな。多分東京ドームよりでかいが。

 

 建物の大きさに圧倒されつつ、俺は閣下と一緒に闘技場へ入場しようとする。

 すると、視界にポップアップウィンドウが開き、注意書きが表示された。

 

 なになに?

 闘技場内では、チャンネルがなくなり、全プレイヤーが一堂に会するようになっている?

 さらに、闘技場内ではスクリーンショットや動画の撮影、ライブ配信が全面的に許可されており、闘技場内にいるプレイヤーは他者の撮影する画像、映像、配信等に映り込む可能性がある、と。

 

 なるほどなるほど、最初から配信用のチャンネルにいた動画勢の俺達二人には、一切関係のない注意事項だな。

 

「しかし、なんでこんな仕組みになっているんだ、ここ」

 

 俺がそんな疑問をつぶやくと、同じく注意書きを読んでいた閣下が答えた。

 

「闘技場という場を考えると、皆が同じ試合を眺め、観客席を埋めるという仕組みになっておるのであろう。観客のいない興行ほど虚しいものはないじゃろう」

 

「ああ、なるほどなー」

 

「撮影うんぬんは、まあ当然じゃろうな。PvPとなると、みな動画をアップしたがるものじゃ。ロボットゲームでの知識じゃがの」

 

 PvPとは、プレイヤー対プレイヤーを意味する言葉で、要は対人戦のことだ。

 このゲームでは路上でPvPを行なえる決闘機能が実装されているが、この闘技場はそのPvPを大がかりな見世物として公開している場所であると推測できる。

 なにせ、この世界は強者と剣闘の『星』であり、強ければ強いほど偉くなれるという社会制度がある場所だ。皆の前で勝利し、名声を高めていくのも、この世界の強者には求められるのだろう。

 

 さて、闘技場についたが、ここからどこに向かえばいいのか。俺はチャンプに再び連絡を取った。すると、すぐさまショートメッセージが返ってくる。

 

『すみません、これから試合です。せっかくですので試合見ていってください。会場は一番コロッセオです』

 

「一番コロッセオとかいう場所で、チャンプが試合をするみたいだ」

 

「ほう、ならば応援をしにいくとしようか」

 

 俺達は再びMAPを表示し、建物内部の構造を確認する。

 そして、途中にある案内板も使い、一番コロッセオなる会場に到着した。

 観客席への入場にお金を取られたが、これも共通通貨で問題なく支払えた。

 

 指定された席へと向かい、改めて周囲を眺める。

 

「すごい人の入りだな……」

 

「チャンプと呼ばれているのは、伊達ではないようじゃの」

 

 観客、一万人はいるんじゃないか? PvP観戦がこれほど人気という事実に、俺の21世紀で(つちか)ったMMORPGの常識が崩れていくようだった。当時のMMOって、PvPってそれほど人気コンテンツじゃなかったからな。PK(プレイヤーキル)にいたっては、かなり嫌われていたと思う。

 ふーむ、ゲームが身近なこの時代では、PvPの試合ってラスベガスで行なわれる、ボクシングの興行みたいなものなのかもしれない。

 

 閣下と一緒に席で待っていると、軽食販売のNPCが歩いていたので、ポップコーンとコーラを注文する。

 うーん、この感じ、明らかに古代ローマのコロッセオと違うぞ。ビール販売もされていたし、完全にドーム球場での野球観戦気分だ……。

 

『皆様、大変お待たせしました!』

 

 おっと、場内アナウンスだ。いよいよ始まるようだ。

 

『長かった戦いも、これが最後。幾人もの猛者達を打ち負かし勝ち上がった一人の戦士が、至高の闘技皇帝に挑みます。はたして今回も皇帝の防衛はなるか? さあ、『Stella』で一番強い奴は誰だ! これより今期のグラディウス闘技皇帝決定戦、最終試合を始めます!』

 

 そう宣言すると同時、観客席が歓声で揺れた。うおお、すごいな。

 MMORPGで一万人が一堂に会するということ自体、21世紀ではサーバやネット回線の事情的にありえないことだったので、新鮮な気分だ。

 

『選手の入場です! 俺は強い、なぜなら力が強いから! 俺は強い、なぜなら動きが速いから! 無敵の脳筋ビルドが、全てをなぎ倒してここまで登り詰めてきた! 東門より挑戦者、キングスエナジーの登場だ!』

 

 階段状の観客席に囲まれるように配置された、四角い舞台。その一方向にある入口から、激しいBGMと共に一人の男が出てくる。

 どでかいハンマーを肩に担ぎ、とげとげしい鎧を着込んだ巨漢の竜人だ。

 ここはゲームの中なので、でかくて重い人間が強いというリアルの法則は、そのまま単純に適用されているわけではない。

 身体のサイズによる当たり判定の問題やリーチの問題、歩幅の問題があり、当たり判定の問題はサイズが小さい方があまりにも有利すぎるので、サイズが大きいと腕力・耐久力補正がかかるなど、細かいバランス調整がされている。

 それらの要素を考慮の外に置いても、彼の見た目はその鎧も相まって、いかにも強そうという印象を俺に与えた。

 

『対するは、グラディウスを支配する闘技皇帝! 素手というリーチの短さをものともせず、第一期から今まで皇帝の座を常に守り続けてきた男がいる! 最強の武神がここに降臨する! 俺達のチャンプがやってきた! 西門よりチャンピオン、クルマエビの登場だーッ!』

 

 割れんばかりの歓声が、コロッセオを埋め尽くす。

 相変わらずの革鎧姿のチャンプが、挑戦者とは反対の入口から入場する。歓声と一緒に聞こえてくる入場曲は……これ、21世紀に放送されていた、世界最強の男の息子が最強を目指すアニメのOP曲じゃねーか! なんでこんなの知っているんだよ、チャンプ!

 

『試合時間は無制限、一ラウンド制、HP回復不可、HP全損で決着となります!』

 

 挑戦者の竜人とチャンプが舞台の上で向かい合う。

 すると、俺の目の前に、チャンプ達がアップで映った画面が開いた。なるほど、観客席から眺めると遠くて見づらいから、こうして映像も見せてくれるのか。

 

 画面の中のチャンプ達は、何やら会話を交わしていた。

 

『他の事には目もくれず、ただひたすらにキャラを鍛えてきた……それは今日この日のため! 闘技皇帝の座、いただくぞ!』

 

 挑戦者が、そうチャンプに宣言する。

 対するチャンプはというと。

 

『俺が勝ちます』

 

 おおっと、短い言葉だが、試合前の挑発としては十分だ。

 挑戦者の男は顔に青筋を立ててチャンプに詰め寄ろうとするが、システム的な制限を受けているのか、一定以上の距離を進めない。

 チャンプはそれを面白そうに眺めており、それがまた挑発に繋がっていた。

 うーん、盤外戦ではチャンプの勝利って感じだ。

 

『両者とも準備はよろしいですね? それでは、全『Stella』民は刮目して見よ! グラディウス闘技皇帝決定戦、ファイト!』

 

 アナウンスと共に、ボクシングのそれと同じゴングの音が響いた。

 それと同時に、挑戦者が一瞬でチャンプの目の前にせまる。そして、両手持ちのハンマーを牽制も入れずに真っ直ぐ振り下ろした。

 単純だが、速い!

 

『おおっといきなり挑戦者が先制! ラッシュ! ラッシュ! ラッシュ! チャンプは防戦一方か!?』

 

 挑戦者の連続攻撃がチャンプを襲う。だが、アナウンサーの言うとおりの防戦一方には見えない。彼は明らかに隙を狙っている。

 と、ああ、チャンプの突進正拳突きが挑戦者を吹き飛ばした。

 

『ああー! 初手を当てたのはチャンプ! 挑戦者ダウン!』

 

 あの突進正拳突き、空手の道場で俺もよく練習させられているなぁ。

 そして、ダウンしたからといって、ボクシングではないので試合は止まらない。倒れた挑戦者に、チャンプの追撃が襲う。起き上がろうとしたところへの顔面踏みつけで、挑戦者のHPがゴリっと削れた。急所判定になったんだろうな。

 

 さらに追撃が入ろうとしたところで、挑戦者はアシスト動作で跳びはねるように距離を取った。

 

『強い! 強いぞ、闘技皇帝! たった二発で、挑戦者のHPを大きく減らしました!』

 

 このゲームはRPGだ。その常として、武器には攻撃力があり、よりレアで入手難易度が高い武器の攻撃力が高くなる傾向にある。

 一方、チャンプは素手だ。篭手を装備してはいるが、篭手の攻撃力はさほど高くないと聞いた。

 しかし、格闘というスキルは、適切な身体運びやアシスト動作をすることで攻撃力が加算され、急所攻撃をした場合のダメージ倍率が高くなるようバランス調整されている。

 

 チャンプの攻撃は、どちらもみぞおちと顔面という急所攻撃で、それがこのダメージ結果に繋がっていた。

 

 ただし、当たったのはまだ二発だ。挑戦者も気力が落ちておらず、再度チャンプに向かっていく。

 そして繰り返されるハンマーによる、高速のぶん回し。

 俺はヒスイさんと一緒にこのゲームをプレイしてしばらく経つが、この挑戦者の攻撃の速さはヒスイさんでも出せない領域にある。

 

 おそらく、スピードを上げる複数のスキルを育て、極限までキャラクターを成長させてきたのだろう。アナウンサーの言葉を信じるなら、パワーも相当なはずだ。

 だが……チャンプという人間は、キャラクターの性能差で勝てるような存在ではない。

 

『ああっと! チャンプのカウンターが、当たる、当たる、当たるー!』

 

 性能差で勝てるようなら、俺だって『超神演義』でチャンプに勝てていたはずだ。

 でも実際には、俺はボコボコにされて負けた。

 彼は、性能差を覆すだけの〝モノ〟を持っているのだ。

 

『負けるかー!』

 

 挑戦者が叫びながら、大上段からハンマーを地面に叩きつける。

 すると、舞台が割れ、地面から炎が噴き出した。

 

『出たー! 挑戦者のスーパーアーツ、グラウンドインパクトだー! 数々の対戦相手を(ほふ)ってきたスキルレベルの暴力、チャンプはどう対処するのか!?』

 

 あー、範囲攻撃ね。でも、先日チャンプが投稿していた、『超神演義』の超能力なし宝貝なし最高難易度素手縛りプレイ動画を見たけど、チャンプはその程度、普通に回避するぞ。

 

 チャンプは地面から噴き出す炎の合間を縫うように進み、挑戦者に肉薄した。

 そして、ハンマーを振り下ろして隙だらけの挑戦者の顔に、正拳突きを叩き込んだ。

 正拳突きは派手なエフェクトをまき散らしながら命中し、挑戦者が舞台端まで吹き飛ぶ。ごっそりHPが削れたので、あの正拳突きは格闘スキルを鍛えることで習得できる決め技(スーパーアーツ)か何かだったのだろう。

 

 さらに、チャンプは両手を右の腰に当て、何か力を溜めだした。

 エネルギーが両手に集まっていくようなエフェクトが、チャンプの周囲に走る。

 そして。

 

『波ぁーッ!』

 

 ってうわー! 波が出たよ波が!

 両手を前に突き出したチャンプによる遠距離攻撃技が、舞台の壁に叩きつけられて朦朧(もうろう)としている挑戦者に突き刺さり……挑戦者のHPは全損した。

 

 それと同時、ゴングの鳴り響く音がコロッセオに広がる。

 

『決着! 決着です! 『Stella』最強の栄光をつかんだのは、無敵の闘技皇帝、クルマエビだー!』

 

 最初の宣言通り、チャンプが勝った。

 そんなチャンプは一通り観客席に勝利アピールをすると、舞台端でうなだれている挑戦者に近づいて、言った。

 

『キャラを鍛えるのは結構ですが、プレイヤー自身の腕も磨くことですね。また挑戦お待ちしております』

 

 煽りよる!

 でも、指摘にあった腕というのが、チャンプの持っている〝モノ〟の正体だ。ゲーム用語でそれをプレイヤースキルと呼ぶ。

 以前ミズキさんと対戦したときは、このゲームはキャラクターの性能差があるRPGであり、純粋な腕の差で決着が付くわけではないという趣旨のことをチャンプは語っていた。つまり、キャラ育成もプレイヤースキルを高めるのも、両方やれということだな。

 

 さて、一連の戦いに集中していた俺は、今の言葉で試合の終わりを感じ、ふう、と息を大きく吐いて身体から力を抜いた。

 そして、ほとんど飲んでいなかったコーラを一口飲み、隣の閣下を見た。

 

 すると、閣下はポップコーン(大)を全て食べきり、コーラも飲み干し終わっていた。

 俺と目が合った閣下は、俺の手元を見て言った。

 

「食べぬなら、ヨシムネのポップコーン貰ってもよいか?」

 

 こ、こやつ、今の戦いに全く興味持ってねえ! 21世紀でよく見た、MMORPGのPvPとかどうでもいい勢だ!

 仮にも、『MARS』ではロボットPvP戦で最強のマスターランク様をやっているというのに……!

 

 俺はのんきにポップコーンを食べる閣下を見ながら、興味の対象は人それぞれなのだなと実感するのであった。

 



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116.Stella 大規模レイド編<3>

 試合後、チャンプからショートメッセージで連絡が来た。迎えを寄越すから、闘技場の入口ホールで待っていてほしいとのことだ。

 俺達二人は指示に従い入口に移動して待つ。すると、警備員だか衛兵だかの軍服っぽい服装をしたPC(プレイヤーキャラクター)が来て、「皇帝陛下がお待ちです」とどこかに連れていかれた。

 

 石造りの廊下が、進むにつれて段々と立派な物に変わっていき、大理石っぽいピカピカの床に変わる。

 やがて、俺達は立派な扉の前に到着した。扉の両サイドには、槍を持った兵士NPC(ノンプレイヤーキャラクター)が直立不動で立っている。

 案内人が扉をノックすると、中から扉が開き、なんとメイドさんが出てきた。クラシカルなメイド服に身を包んだ若い女性だ。

 

「どうぞお入りください」

 

 メイドさんにうながされるまま入室すると、そこは赤いカーペットの敷かれた広い部屋だった。部屋の各所にはきらびやかな調度品が置かれている。

 そして、その部屋の真ん中にはガラスのローテーブルが置かれ、革張りのソファーに革鎧姿のチャンプが座っていた。

 部屋に気圧されていると、メイドさんが「こちらにどうぞ」とチャンプの対面のソファーを勧めてくる。

 

 俺は緊張しながらソファーに座ると、メイドさんが「お飲み物は何になさいますか?」と聞いてきた。

 ……なんだ、このVIP待遇!?

 

「さきほどはコーラを飲んだので、モッコスがいいのじゃ。お茶請けも期待しているぞい」

 

 そして閣下は全力でくつろいでいやがる。

 ああ、そういえば閣下は元公爵だったな。この程度の環境で緊張するはずがなかった。

 

「そちらの方は、お飲み物はいかがでしょうか」

 

「あー、とりあえずビール?」

 

 って、俺は何を言っているんだ! 街角の居酒屋じゃねーぞここは!

 

「どうぞ」

 

 すると、メイドさんがインベントリからモッコスとビールを取りだして、テーブルの上に並べた。

 あるのかよ! しかもピーナッツのおつまみつき!

 

「いきなりビールとか飛ばしますね、ヨシムネさん」

 

 緑茶らしき飲み物を飲んでいたチャンプが、そう言ってくる。

 

「言わんでくれ。どこかの居酒屋と混線したんだ」

 

「ははは、なんですかそれ」

 

「立派な部屋だったから、緊張したんだよ」

 

「ああ、この部屋ですか。ここは皇帝用の控え室なんです。俺の趣味ではないですよ? 闘技場って皇帝を選出する場所なので、皇帝では施設にほとんど手を入れられないんですよね。街とか城とかは自由にカスタマイズできるんですが」

 

 なるほどなー。皇帝が自分有利に試合用の舞台とかをいじれなくしてあるのか。控え室くらい自由にいじらせてやれと思うけれども。

 そんなことを思いつつ、俺はビールを勢いよくあおった。ふいー、朝から飲む酒は美味いな。時差のある閣下に合わせて深夜からゲームを始めたので、もうニホン国区は朝になっている。

 

「閣下も『Stella』を始めたのですね。武器は剣ですか」

 

 モッコスを飲んでのんびりとお茶請けの謎のお菓子を食べていた閣下に、チャンプがそう話を振った。

 

「うむ。騎士ビルドじゃ。アーサー王伝説に登場する魔剣と同じ名前の武器を入手して、使いこなすのが目標なのじゃ!」

 

「ああ、確かガラティーンが実装されていますけど、作成難易度がかなり高いと聞きました」

 

「ほう! ガラティーンか!」

 

「剣には詳しくないので、どこで手に入るかは知りません」

 

「うむうむ。あとでラットリーにでも調べさせるのじゃ」

 

 ラットリーとは、閣下の家のメイド長のことだ。稼働年数の長いガイノイドで、俺にとってのヒスイさんのような存在だろう。

 

 さて、話題が途切れたので、早速、俺はチャンプにレイドの話題を振った。

 すると、チャンプが参加人数を聞いてくる。

 

「前の海水浴キャンプ配信で参加者は六百人くらいだったか?」

 

 海水浴にはチャンプも参加していたので、逆にそう聞き返す。

 

「ですね。今回は戦闘ということでヨシムネさんの参加視聴者は減るにしても、閣下側の参加者が未知数です」

 

「私の配信はロボットゲーム好きばかりが見ておると思うのだが、『Stella』に興味はあるのかのう……」

 

「それでも、配信を始めて一年目のヨシムネさんと比べると根本的な規模が違いますよ。今回の配信を機会に新キャラを作るという人が、大量に来そうですね」

 

 うへえ、新キャラでレイドコンテンツに参加か。ちょっと無茶が過ぎる行為だが、止められないよなぁ。

 せっかくのお祭り的イベントなのに、参加レベル制限とかやったら盛り下がりそうだし。

 

 チャンプは腕を組んで、うーんと頭を悩ませる。

 すると、かたわらにいたメイドさんが「クルマエビ様」とチャンプに呼びかけ、そして耳打ちをし始めた。

 このメイドさん、頭上のアイコンを見る限りだとNPCじゃないんだよな……メイドのロールプレイでもしている人なんだろうか。

 

「へー、あのレイドってそういう仕様だったんだ」

 

 おや、メイドさんに対して、チャンプが敬語を使っていない。珍しいな。親しい人だったりするのかね。

 

「……よし、閣下、ヨシムネさん、いいレイドボスが見つかりましたよ」

 

 メイドさんの話を聞き終わったのか、そう告げてきたチャンプの言葉に、俺は内容を聞き返す。

 

「おっ、どんなのだ?」

 

「砂漠と宝石の『星』シミターにいる要塞鯨というレイドボスです。こいつは、参加者の規模と強さによって大きさと最大HPが変わるボスらしくて、しかも攻撃はそこまで激しくないという、レイド入門者向けのポジションにいます」

 

「おー、レイド入門。閣下にもちょうどいいんじゃね?」

 

「うむ。それならば私の視聴者が新キャラで参加しても、問題ないのじゃ」

 

「シミターはクエストをしなくても行ける『星』ですので、そこもお勧めできるポイントですね。ただし、主催者はレイドを発生させる前提クエストをクリアしておく必要があります」

 

 む、前提クエストか。

 

「そのクエストって難しいか? もしくは時間がかかるとか」

 

「俺もやったことありますけど、半日もかからずにクリアできますよ。面倒なら俺がレイドを主催しますが」

 

 俺は閣下に目線を向けるが、彼女は首を横に振った。

 

「いや、ここは私とヨシムネが主催をするのじゃ。前提クエストを攻略する様子も撮影して、ライブ配信の宣伝として動画を用意しようではないか」

 

「いいですね。闘技皇帝防衛戦が終わったので、俺もついていきますよ」

 

 おお、頼もしい仲間が加わったな。『St-Knight』の年間王座決定戦の選抜争いでも忙しいだろうに、友達がいのある奴だ。

 

「では、明日にでも前提クエストをクリアしに行くのじゃ! 事前に必要な物とかはあるかの?」

 

「いえ、特にないですね。クエスト中にアイテムを求められますが、現地調達できます。集合時間はどうします? 俺は明日、道場の仕事がないので二人に合わせますが」

 

「俺も配信の予定はないから、閣下に合わせるぞ」

 

 チャンプと俺が閣下に判断を任せると、閣下はうなずいて答える。

 

「私は仕事が入っておるので、その後じゃな。では、集合時間は銀河標準時の――」

 

 そうして、チャンプというか謎のメイドさんのおかげで、無事にレイドの予定が立てられたのだった。

 しばらくして話し合いが終わったので、あとは解散となる。だが、チャンプが俺を呼び止めてきた。

 

「ヨシムネさん、せっかくグラディウスに来たのですから、PvPの試合に出てみません?」

 

「ん? 闘技皇帝防衛戦が終わったばかりなのに試合ができるのか?」

 

「闘技場には複数のコロッセオが併設されているので、常に試合をやっていますよ。特にタイトル戦とかではない、ランクマッチ的な試合ですね」

 

 ふむ、PvPかぁ。ちょっと興味あるぞ。

 

「ヨシムネさんの腕なら、上級者ランクに出てもよいでしょう」

 

「ええっ、俺かたつむり観光客なんだけど!?」

 

 武器は弓のみで防具はマントのみの貧弱装備なんだぞ!

 

「ははは、その元ネタのゲーム調べましたけど、かたつむり観光客で辛いのは中盤までで、キャラが育ってくるとそこまで辛くはないのでしょう?」

 

「いや、あのゲームではそうだけどな……」

 

 あれはモンスターと戦うPvEしか存在しないゲームだからなんとかなっているだけでな……他のプレイヤーと相対的に比べたら、いくらキャラを育てようと貧弱種族貧弱装備は弱いままなんだよ!

 そうチャンプに主張するも、結局押し切られて俺は試合に出ることになった。

 

「ふふふ、超能力を封じられたヨシムネが、どこまでやるか気になってきたのじゃ」

 

 閣下が愉快そうな顔をしてそんなことを言い出す。

 いっそのこと、はっきり負けるのが楽しみとでも言ってくれ! 半端に「こいつやるのではないか?」と思われてから負けるのは、みじめすぎるぞ。

 

「ヨシムネさんならいけますよ!」

 

 チャンプのその信頼はなんなの?

 くそ、こうなったらやけだ! 突発ライブ配信をやるぞ! 試合の様子を全宇宙に公開して、チャンプの言葉を否定してやる!

 視聴者のみんな、俺の負けるさまを刮目して見よ!

 



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117.Stella 大規模レイド編<4>

「オラッ! 『Stella』配信すっぞ!」

 

『わこつ』『あれ、配信予定なかったよね?』『わこつちゃん』『よかった気づけた』『突発配信は困るなぁ、ヨシムネくん』

 

 闘技場の控え室で、俺はライブ配信を開始した。もちろん、告知などはしていないので接続者はほとんどいない。

 突発開催ゆえに、視聴者も状況を理解できていない。なので、俺は『Stella』のPvPコンテンツである闘技場での剣闘試合をすることを簡単に説明した。

 

『なるほど、理解』『ヨシちゃんってクソ弱ビルドじゃなかったっけ……』『自称かたつむり観光客な』『負け確定』『あっ、じゃあグラディウスに行けば、ヨシちゃんの無様な姿見られる?』

 

 無様って、確かに無様な姿をさらすことにはなるだろうが、もっと柔らかい言い方して!

 

「残念ながら、これからすぐ試合だ。今からログインしても間に合わないんじゃないか……って、ヒスイさんからショートメッセージだ」

 

 なになに……。

 

「『これからそちらに向かいます』だって。でも試合には間に合わないんだよなぁ……」

 

『ヒスイさんおらんの?』『配信の魅力半減じゃん!』『ヨシちゃんって、一人で配信の手続きできたんだ』『よくできたね。えらいえらい』

 

「おい、コメント抽出機能、抽出内容に悪意がないか!?」

 

 俺がそう言うと、『気のせい気のせい』とコメントが返ってくる。

 まったく、鋼のメンタルを持つ俺じゃなかったら、くじけていたところだぞ。

 

「ちなみに、参加するのは上級者ランクだ。チャンプに会ったら、いきなりこのランクでやれって言われた」

 

『オイオイオイ』『本当に負け確定じゃん!』『『Stella』って超能力使えないの?』『超能力スキル育てないと無理』『ヨシちゃんエスパービルドじゃないからな』『何やってんだチャンプ……』

 

 そんなやりとりを視聴者としていると、控え室に係員のNPCがやってきた。

 

「ヨシムネ選手、時間です。八番コロッセオまでご案内します」

 

 そうして俺は、控え室を出て廊下を進んでいく。

 

「ずいぶんと本格的な入場だよなぁ。ぱっと登録してぱっと転送って感じの、手軽なPvPじゃないのは敷居が高そうだ」

 

『本格的なのは帝都の闘技場だけだよ』『そうなのか』『地方のコロシアムはもっと簡素で試合数も膨大。帝都はあくまで選別された選手による興行としてやっているから』『解説兄貴詳しいな』『俺も帝都で選手やっているからね!』

 

 はー、選別された選手による試合ね。そんな中に俺が突っ込まれた訳か。

 これは、一方的に負けたら本当に恥をかくやつだ。うーん、負けるにしても本気かつ真剣にやって、できるだけ抵抗することにしようか。

 

 舞台の入口に登場すると、案内NPCが「少々お待ちください」と言ってくる。

 視聴者と言葉を交わしながら待っていると、やがてリングアナウンサーによる音声がこちらまで届いてきた。

 

『皇帝は決まっても、戦いはまだまだ続く! 帝都闘技場ランクマッチ、次の試合の開始だ! とぉ、ここでお知らせだ、今回の対戦者の一人は剣闘初挑戦! 本来なら地方コロシアムから頑張れと言いたいところだが、実はこいつ、ただ者ではない! なんと、あの闘技皇帝クルマエビによる緊急抜擢(ばってき)! 剣闘初心者がいきなり上級者ランクへ殴り込みだぁー!』

 

「ヨシムネ選手、入場してください」

 

 おおい、やたらと期待値上げられているんだけど、このまま入場するのか!?

 俺は、「さあ早く」と急かしてくるNPCにうながされ、入口をくぐった。

 

『チャンプ推薦の超新星! その正体は、21世紀からタイムスリップしてきた人気配信者!? しかも、武器と防具を制限した自称かたつむり観光客なる縛りプレイでの挑戦だ! 舐めている、剣闘を舐めているぞ、このロリっ子! しかし、その本当の実力は、まだ誰も知らない……21世紀おじさん少女ヨシムネの登場だー!』

 

 そんな入場アナウンスがされると、こちらの視聴者達のコメントが笑いに包まれた。

 

『舐めてるだって』『そりゃあ、真面目にやっている人達の中で、マント一丁、弓オンリーだものな』『これで勝ったら相手が情けなすぎますよ!』『ヨシちゃんがんばれー!』

 

 なんとも言えない気持ちで、俺は対戦相手が入場してくるのを待つ。

 相手は、オーソドックスな剣と盾の使い手のようだ。綺麗に磨かれた金属鎧に身を包んでおり、近接戦闘が得意な剣士だと推測できる。このゲームは自由にスキルを育てられるから、もしかしたら魔法剣士かもしれないが。

 

『試合時間は無制限、一ラウンド制、HP回復不可、HP全損で決着となります!』

 

 ルールの確認がされ、俺と対戦相手は向かい合う。

 すると、相手が口を開いた。

 

「武器は出さなくていいのかい?」

 

「戦闘スタイルを事前に知らせる必要もないだろう?」

 

「知っているよ。マント一丁、弓オンリーのかたつむり観光客だろう?」

 

「むっ!」

 

 どういうわけか、こやつ、俺のスタイルを知っている。

 疑問に思っていると、相手はさらに言葉を続けた。

 

「『地方のコロシアムはもっと簡素で試合数も膨大。帝都はあくまで選別された選手による興行としてやっているから』」

 

「ん?」

 

「『俺も帝都で選手やっているからね!』俺がつけたコメントだよ」

 

「さっきの解説兄貴じゃんっ!」

 

「ちなみにテント泊登山にも海水浴にも参加したよ。ヨシちゃんとフレンド登録も済んでる」

 

「昔からの視聴者さんじゃんっ!」

 

『マジでー』『気づかなかったのかよ!』『視聴者の数は膨大だから、顔を覚えきれないヨシちゃんを責められない……』『テント泊登山ってヨシちゃんの配信でも初期の頃だから、解説兄貴かなりのヨシちゃんガチ勢だ』

 

 視聴者コメントを対戦相手の彼も聞いていたのか、ニヤリと笑って言った。

 

「今日はヨシちゃんに、俺の顔を覚えて帰ってもらいます。覚悟しろよぉ」

 

「ひえっ!」

 

 とりあえず、すでに戦闘スタイルを知られているということで、俺はインベントリから弓を取りだした。

 それは、魔法の金属板を束ねて作られた複合弓。しかも、以前までの短弓ではなく、種族的にロリ体形である今の俺の身長に対して1.2倍ほどの長さがある長弓である。

 

「ふわっ!? 何そのごっつい弓」

 

『でけえ!』『ヨシちゃんショートボウ使いじゃなかったっけ』『天の民の筋力でどうやって弦引くの』『いつの間にこんな物用意していたんだ』

 

 ふっふっふ、長弓と短弓はどちらも共通して弓スキルで使えるから、状況によって武器の種類をスイッチするのだ。

 今回は、あえてこれを見せることで相手に遠距離戦を警戒させて、俺の考える必勝パターンに持ち込むつもりだ。

 

『さあ、両者武器を構えました。それでは、上級者ランクのランクマッチ、試合開始ィ!』

 

 ゴングの音が響くと同時、俺は即座に魔法を発動した。

 

「【マイト・リインフォース】!」

 

 腕力を上昇させる補助魔法である。術名や技名はわざわざ宣言しなくても発動できるが、頭の中で念じて発動させる方法の場合、関係ないアシスト動作を誘発しやすい。なので、口頭で発動できる暇があるなら、口頭がよいとされている。

 

「えっ、マイト!?」

 

 天の民である俺が、魔法を使ったことに驚いたのだろう。距離を詰めようとしていた相手が、とっさに足を止めた。

 その隙に、俺は上昇した腕力で弓の弦を引き、無言で弓スキルの(アーツ)、【チャージショット】を放った。

 相手は、それを的確に盾で防ぐ。

 

「!?」

 

 しかし、それは罠。チャージショットのチャージとは、溜めるという意味でなく、突進という意味である。俺も習得してから意味の違いに気づいて驚いた。

 その効果は、触れた相手をノックバックさせる、すなわち後ろに吹き飛ばすこと。盾でもそれだけは防げない。

 

 俺は、距離が離れたチャンスを逃さず、次々とアーツを連発して矢を放っていく。

 

『おおっと、ヨシムネ選手、その正体は弓の使い手だった! なかなかの腕前です。これは意外』

 

 矢を放ち、ときどき魔法も織り交ぜ攻撃し、相手のHPを削りにかかる。

 だが、矢のアーツはともかく、魔法攻撃は全く痛手を与えられていない。天の民は腕力だけでなく、魔力も貧弱なのだ。というか、天の民が得意な分野はテイムモンスターを補助することのみだ。まさしくかたつむり並の弱さである。

【マイト・リインフォース】がそこそこ効果を発揮しているのは、ひとえに補助魔法スキルを育ててあるからだ。

 

 やがて、一方的に攻撃できたボーナスタイムは終わる。懸命に逃げ撃ちしていたのだが、盾を構えて突進してきた相手にとうとう肉薄されたのだ。

 

「もらったよ!」

 

 剣の一撃が、俺の首を刈ろうと迫ってくる。しかし。

 

「!?」

 

 カウンター、いただいたぞ!

 

『えええ』『ヨシちゃんまさかそんな』『その手があったか!』『かたつむり観光客的にそれってありなの?』

 

『ああっとー! なんとヨシムネ選手、剣をかいくぐって、素手で殴り飛ばしたー! まさかの格闘スタイル!』

 

 かたつむり観光客は、遠距離武器と背中防具しか装備できないと言ったな?

 しかし、近接戦闘ができないとは言っていない。実は、素手による格闘は許されているのだ!

 

 ノックバック効果がある格闘スキルのアーツを使ったため、相手は後ろに大きく後退している。俺は追撃として矢を放った。

 相手はまさかの反撃に驚きを見せていたものの、すぐに気を取り直しまた距離を詰めてきた。

 相手に遠距離攻撃手段はないようだが、さすが上級ランクなだけあって、そのハンデを埋めるだけの力量がある。遠距離攻撃に対する盾の扱いが異様に上手いのだ。

 

「さすがヨシちゃん、ただではやられてくれないな!」

 

 そんな言葉を悠長に話しながら、相手は近づいてくる。

 俺はほとんど相手に痛手を与えられることなく、また肉薄されてしまった。

 そこで俺はいくつも用意してあるノックバック技を発動しようとしたのだが……。

 

「甘いよ。【ヘビーアンカー】!」

 

 相手がアーツを口頭で宣言すると、盾が青く光った。

 何事かと思うが、すでにこちらの格闘アーツ、【ショルダータックル】が発動している。

 盾に命中する俺の体当たり。だが、しかし。

 

「!? ノックバック無効技!」

 

「その通り!」

 

 そのまま、相手は盾をこちらに向けて叩きつけようとしてきた。いわゆるシールドバッシュってやつだ。

 俺は、とっさにアシスト動作でバックステップしてそれを回避する。

 だが、相手もそれにすぐ追いすがってきて、剣の間合いになる。

 

『解説兄貴強い』『賢い』『ヨシちゃんピンチ?』『どっちを応援すればいいんだ!』

 

 俺の視聴者なんだから俺を応援してくれよ!

 と、心の中で突っ込んでいたら、相手が剣のアーツで斬りつけてきた。エフェクトつきなのでただのアシスト動作じゃないことが判る。

 

 俺はそれを左手に持った弓で弾いて防いだ。

 

「おおっと」

 

 俺の防御行為に、相手が意外そうな顔をした。

 

 無事に攻撃をしのげたが、本来防具として設定されていない弓で剣を防いだため、弓の耐久力が大きく減じてしまった。

 このゲームの武器や防具には、耐久力が設定されている。耐久力がなくなると、武器は破損状態になり、修理するまで使えなくなる。そして、修理のたびに最大耐久力の数値は少しずつ減少していく仕組みだ。最大耐久力を回復するにはクレジットショップで専用の課金アイテムを購入する必要がある。

 これは全て、量産品である生産プレイヤー産の武具を普段使いさせるための措置だ。クエスト報酬やボスドロップのレア武具は強力だが、そればかり使うと武器や防具を作り出す生産職の仕事が成立しなくなってしまう。つまりは、バランス調整のための仕様だな。

 

 だが、弓の耐久力が削れたところで痛手はない。

 この試合では、インベントリからの武器の取り出しは制限されていないのだ。壊れたらまた新しい弓を取り出せばいい。

 その精神で、俺は左手の金属弓を盾代わりに使って、相手の連撃を防いでいった。

 

「この……!」

 

 攻撃を全て防がれ、相手があせりの表情を浮かべる。

 うむ、チャンスだ。

 

 俺は、相手の攻撃が大振りになったところで前進し、懐に潜り込む。そして、格闘スキルのアーツである【疾風正拳突き】を鳩尾に向けて放った。

 

「ぐっふ!」

 

 鎧の防御力をある程度貫通する強力なアーツなので、貧弱な天の民の攻撃と言えど、相手のHPを大きく削ることができた。格闘スキルは急所攻撃に高いダメージ倍率を持つという理由もある。

 そして、本来なら相手を吹き飛ばす【疾風正拳突き】だが、ノックバック無効の効果で相手は吹き飛ばない。

 つまり、依然として俺と相手は肉薄状態にあり、こちらは連続攻撃をし放題ということになる。

 

 そこから、俺は殴る蹴るの連打を相手に浴びせた。金属鎧を殴打する鈍い音が周囲に鳴り響く。盾は邪魔だが、回り込んで盾の死角をついていく。

 HPの回復はルールで禁止されているが、アーツを使うためのスタミナ値を回復することは禁止されていない。なので、聖魔法でスタミナ値を適時回復させて、俺は攻撃を続けた。

 

「くっそ!」

 

 相手も負けじと剣を振るうが、俺はそのことごとくを回避した。

 

『か、解説兄貴ー!』『なんでヨシちゃん避けられんの?』『超能力使ってズルはしてないよね?』『ソウルコネクトのオンラインモードで不正行為(チート)は不可能だよ』『じゃあ純粋なヨシちゃんの力量……?』

 

 純粋な力量です。対戦相手はこうして幾度もPvPを繰り返して過ごしてきたのだろうが、俺だって毎日をぼんやりと過ごしてきたわけじゃない。

 

「うおー! 【武神諸手突き】じゃー!」

 

 俺のスーパーアーツが相手の喉に突き刺さり、最後に残っていたHPを削りきった。

 

 戦闘中に攻撃を命中させたり、支援となる魔法をかけたり、回避や防御を成功させたり、あるいは敵の攻撃に当たったりするとテクニカルゲージが溜まっていく。そのゲージを消費して、技ならスーパーアーツ。術ならスーパースペルが発動する。ここぞというときの決め技である。

 

『決着! まさかの剣闘初心者ヨシムネが、格闘戦で勝利をつかみとった! 本当にこいつは天の民なのかー!』

 

 試合終了を知らせるゴングが鳴り響き、俺は構えを解いた。

 すると、対戦相手が笑顔で剣を鞘に収め、こちらに右手を差し出してきた。

 俺は、こころよく握手に応じる。

 

「おててぷにぷにしてる……あ、ヨシちゃん、なんで俺の攻撃全部かわせたの?」

 

「ああ、あれ? 普通に気合いで回避しただけだよ」

 

「そんなことできるの……?」

 

「できるよ、なぜならば、俺はチャンプが師範をやっている超電脳空手道場で、練習生としてみっちり鍛えているからな!」

 

 正直なところ、ただ漫然(まんぜん)とPvPやアクションゲームでのプレイを繰り返すより、正しい指導をしてくれる先生がいるところで正しいメニューの練習をした方が、上達は早いと思うんだよな。

 だから、俺は空手をやっていたから、これほどまで回避ができたというわけだ。

 

 まあ、その他にも、今の言葉をくつがえすような話になってしまうのだが、最近、『超神演義』で超能力を使ってアホみたいな物量攻撃を回避しまくっていたおかげで、回避のコツをつかんだということもある。

 

『決め手は空手道場』『すげえなチャンプの所』『私も通ってみるかなぁ……』『これでソウルコネクトゲーム歴一年もないというのが信じられん』『ヨシちゃんやるう』

 

 ふふん、視聴者の称賛が気持ちいい。

 

 そして、数百人いる観客から拍手を送られながら、俺はいい気分で舞台を退出した。

 すると舞台の入口脇に、チャンプと閣下の姿が。

 

「おお、二人ともそこから見ていたのか」

 

「うむ、ヨシムネ、よくやったのじゃ」

 

「見ていましたよ。ここにいるのは、皇帝特権ですね。本来は関係者以外立ち入り禁止なんですが」

 

 チャンプが笑いながらそう言ってくる。

 確かに、舞台袖なんて観戦に向いた場所、勝手に客を入れちゃまずいよな。

 

「それよりも、おめでとうございます。大勝利でしたね。俺の言ったとおり、上級者ランクで正解だったでしょう?」

 

「……悔しいことに、その通りだったよ」

 

 負けを見せつけるつもりでライブ配信したつもりが、まさかの勝利を飾ってしまった。

 

 そうして俺は、視聴者に挨拶をして突発ライブ配信を終了させ、改めてチャンプ達と明日の再会を約束して、ゲームをログアウトした。

 楽しみだな、三人での前提クエスト攻略。明日まで、何をしていようか。

 

 そんなことを考えながら、俺はリアルに戻り、ソウルコネクトチェアから立ち上がる。

 さーて、朝飯食うかな。

 そう思って部屋の入口を見ると、ヒスイさんがたたずんでこちらを見つめていた。

 

「ヨシムネ様……」

 

 あっ、闘技場まで来るって言われていたのに、ヒスイさんの存在忘れていた!

 俺は、無視する形になったヒスイさんをなだめにかかる。そして、明日の前提クエスト攻略に同行してもらうことを条件に、なんとか機嫌を直してもらうことに成功したのだった。

 



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118.Stella 大規模レイド編<5>

 レイドの前提クエスト攻略のために、俺は『Stella』へログインし、ファルシオンの始まりの町にある星の塔に向かった。

 ヒスイさんもついてきているが、どのみちレイドのライブ配信をするときは、ヒスイさんにも参加してもらおうと思っていた。なので、同行については特に問題ない。

 

 時間通りに閣下とチャンプが集まり、挨拶を交わす。

 そして、世界を移動するオブジェクトである星の塔から、砂漠と宝石の『星』シミターへと飛んだ。

 

 到着した町は、砂塵が舞う乾いた地域であった。建物も砂色をした壁でできており、いかにも砂漠地帯の町って感じだ。

 

「独特のおもむきがある町並みだなー」

 

 俺が周りを見渡しながらそう言うと、ヒスイさんが解説を入れてくれる。

 

「建物の建材に使われているのは、日干しレンガですね」

 

「日干しレンガ?」

 

(わら)や枯れ草などを混ぜた粘土を成形し、天日で乾燥させて作る、焼かないレンガのことです」

 

「なるほどなー。焼かないレンガなんてあるんだ」

 

「焼いて作る焼成レンガは火をおこすための燃料が必要になりますから、おそらく樹木に乏しい砂漠の世界では大量に用意することが難しいのでしょう」

 

「燃料が足りないのか。じゃあ、この町の人はどうやって料理の煮炊きをしているんだろう」

 

「惑星テラの歴史だと、砂漠地帯では乾燥させた家畜の糞を燃やすなどしていたそうですが……」

 

 うへえ、糞か。

 

「このゲームには糞尿は存在しませんよ。人も動物もモンスターも、用を足しません。ですので、建物にトイレがなかったりしますね」

 

 横からそんな説明を入れてきたのは、チャンプだ。今日はいつもの革鎧の上に、何やらマントを羽織っている。オシャレ装備だろうか。

 格好といえば、今日の俺は、ヒスイさんチョイスのアラビアンな踊り子衣装を着ている。もちろん課金アバター装備だ。

 天の民はロリショタ種族なので、踊り子衣装がいまいち似合っていない気もする。踊り子と言えば巨乳と極端なくびれがいいと、俺は個人的に思っている。

 

「しかし、暑いのう。蒸さないだけマシじゃが、陽射しが辛いのじゃ」

 

 昨日と同じ戦乙女風アバター装備に身を包んでいる閣下が、そんな愚痴をこぼす。

 まあ、砂漠の国だからな。暑いのも仕方がないのだろう。ゲームだから暑くない、とはいかないのが本格的なVRらしさを感じる。

 

「作りたてのキャラクターなら耐暑スキルも初期値でしょうから、大変でしょう。そう思って、清涼マントを用意してきました。どうぞ」

 

「おお、助かるのじゃ」

 

 閣下はチャンプが着ている物と同じマントをアイテムトレードで受け取り、それを装着する。清涼マントはおそらく防具扱い。上にアバター装備が被さっているので、閣下の見た目には反映されていない。

 

「ヨシムネさんとヒスイさんもいります?」

 

「いや、俺は熱帯雨林のある『星』に数日がかりで観光しにいったことがあるから、耐暑スキルはまあまあ育っているんだ。今後も厳しい環境に向かうだろうし、スキルをさらに育てるためにも遠慮しておくよ」

 

「私も必要ありません」

 

 俺とヒスイさんがそう言うと、チャンプは手に持っていたマントをインベントリにしまい直した。わざわざ準備してくれたのにすまないね。

 

「熱帯雨林に行くのは、観光ではなく探検と言うと思うのじゃが……」

 

「絶景を見にいくのは全部観光扱いでいいんだよ。さて、前提クエスト攻略にかかろうか」

 

 閣下の突っ込みを軽く流して、俺は話を先に進める。

 レイドボス要塞鯨の前提クエストの内容は事前に調べてきてある。現在、動画撮影自体はしているのだが、別に事前情報なしの初見プレイをする理由もないので、スムーズな進行のために調べたのだ。

 

「隣町の食堂で受注だったよな。移動手段は砂上船が速いってあったが、砂上船ってなんだ? 字面から想像はつくが」

 

 俺がそんな疑問をこぼすと、事情に詳しいチャンプが答える。

 

「砂漠を水の上のように進む魔法の船ですね。要塞鯨戦でも乗ることになりますよ」

 

「おお、やっぱりRPGとかでたまに出てくる、砂の上を進むあれか。ちょっと楽しみだな」

 

 そうして俺達は、町の郊外にある砂上船乗り場に行き、砂上船に乗り込んだ。

 

「おおー、本当に砂の上を進んでいるのじゃ!」

 

「こりゃあ面白いな。一台個人的に欲しいくらいだ」

 

 閣下と俺は、砂をかきわけて進む船の上ではしゃぎ回った。ヒスイさんとチャンプはそんな俺達を温かい目で見守っている。二人ももっと童心に返っていいんだぞ? 俺は元おじさんだが今は少女なので、童心に満ちあふれているのだ。

 

 そうして船に乗ること十分ほど。俺達は隣町まで到着した。

 もし砂上船に乗らなかったら、騎乗ペットを使っての移動で三十分かかるらしいから、だいぶ時間を省略できたな。

 しかし、VR時代のMMORPGのMAPって、無駄に広いな。一度訪れた町には星の塔で瞬時に移動できるとは言え、町の移動に三十分って……。

 おそらくだが、プレイヤーの大半がゲームしかやることがない二級市民で、MMORPGの中で毎日を過ごしているから許されている広さなのだろう。普通のRPGで移動に三十分とかやってられない。

 

 それはさておいて、クエストを受注しに向かおうか。

 

「食堂か。どこにあるのやら。町が広いから迷いそうだな」

 

 俺はそう言いながら、クエスト経験者のチャンプの方を眺めると。

 

「クリアしたのはだいぶ前なので、俺もどこにあるかちょっと記憶に自信がないですね」

 

 そんなチャンプの答えが返ってきた。うーん、MAPを確認してもごちゃごちゃしていて、小さな食堂を見つけるのは難しいな。仕方ないから、ゲーム中に開ける外部接続用端末で攻略情報を確認するか?

 などと考えていたら、ヒスイさんが前に出てきて言う。

 

「クエスト情報は完全に覚えてきました。こちらです」

 

 ヒュー。さすがヒスイさん。一家に一人欲しくなる万能っぷりだ。

 ヒスイさんに案内され、俺達は一軒の食堂の前までやってくる。一応看板はあるが、周囲の建物と同じ建材が使われているため、完全に周囲に溶け込んでいる。言われなければ目的地だと気づかなかっただろう。

 

「入りましょう」

 

 ヒスイさんを先頭に、俺達は食堂へと入った。

 

『パーティー〝閣下と愉快な仲間達〟がインスタンスエリア〝ガララ食堂〟に入場しました』

 

 と、そんなシステムメッセージが流れる。

 インスタンスエリアとは、他のプレイヤーが入り込めない、個人およびPT(パーティー)専用に用意された場所のことだ。プライベートエリアなどとも言ったりするが、このゲームではインスタンスエリアと言うようだ。

 

「ここで正解のようですね。うん、思い出した思い出した」

 

 同じPTに入っているため、同一のインスタンスエリアに入り込めたチャンプが、そんなことを言った。

 

 町中にあるインスタンスエリアは、主にクエスト発行のために用いられる場所だ。

 VRでのMMORPGにおいて、NPCはAIにより人格を持ち、自由な会話ができる個人として確立している。それはすなわち、あるプレイヤーが話している最中は、他のプレイヤーは話しかけられないことを意味する。

 しかし、そのNPCが全プレイヤー共通のクエストを発行できるとしたら、過密チャンネルでは会話に順番待ちが発生してしまう。しかも、他のプレイヤーにお願いしたクエストをまた別のプレイヤーにもお願いするという、奇妙な状況ができあがってしまうのだ。

 

 それを回避して丸く収めるのが、このインスタンスエリアだ。

 他プレイヤーから隔離された場所なので自由に話しかけることができるし、誰かに依頼したクエストをすぐさま他の人間にも頼みこむということも起きない。

 

「いらっしゃいませー」

 

 中年の女性店員が、入店した俺達四人を迎え入れた。

 

「ご覧の通り閑古鳥が鳴いているから、好きな席に座っていいよ。とは言っても、干し肉くらいしか出せる物はないけど」

 

 促されるままに、俺達はテーブル席に着いた。

 そして、注文することもなく料理が出てくる。店員の言った通り、干し肉と水だ。料金の前払いを求められたので、PTリーダーの俺が一括で払っておく。

 

「おや、珍しいね。共通通貨かい。もしかして旅人さんかい?」

 

 店員がそう話しかけてきたので、リーダーの俺が代表して答える。

 

「ああ、他の『星』から来たばかりだよ」

 

「もしかして、戦いとか狩りとかもできたりするかい?」

 

「得意だぞ。しかも、ここにいるのはグラディウスの闘技皇帝陛下だ」

 

「闘技皇帝が何かは知らないけど、それなら頼みたいことがあるんだ。この町から北に行った場所にサボテンの森って場所があってね。そこで、食べられるサボテンとサボテンの実を収穫してきてほしいんだ。高く買い取るよ!」

 

「いいよ。行こう」

 

 クエスト発行のウィンドウが目の前に出てきたので、すぐさま了承する。

 

「本当かい!? あそこはサボテンモンスターが出て、結構危険な場所なんだ。今、町の狩人達は怪我をしてて、食糧不足でね。大量に収穫してくれると助かるよ」

 

 よし、クエスト受注成功だ。

 俺達は早速、クエスト攻略に向かう……前に、出された干し肉を食べた。

 

「なかなか美味な干し肉だのう」

 

 閣下が上品に素手で持った干し肉を噛みちぎるという矛盾した行為をしながら、そんなことを言った。

 閣下の言葉に、俺を含めた他の三人が同意する。こりゃ美味えや。ビールが欲しくなってくる。

 すると、店員が上機嫌になって言った。

 

「だろう? 当店自慢の要塞鯨の干し肉さ!」

 

 ほう、要塞鯨。どうやら、レイドの前提クエストというのは間違いないようだな。

 

「この肉の燻製も食べてみたいのう」

 

 ……もしや閣下って、食いしん坊キャラなのではないか? この間も、闘技場でポップコーンをもりもり食べていたし。

 

「燻製なんて贅沢品、そうそう作れないよ! ここいらでは、油サボテンの絞りかすを乾燥させたチップを(いぶ)すのに使っているんだけど、さっきも言った通りサボテンの森はモンスターがいるんだ。大量には持ち帰れないのさ。あんた達みたいにインベントリがある渡り人なら、話は別だけどね」

 

 渡り人とは、このゲームのNPCがPCを指して言う言葉だ。

 NPCにはインベントリ機能が搭載されていないため、こんなことを店員は言ったのだろう。

 

「では、油サボテンとかいうアイテムも持ち帰ってくるのじゃ! そうしたら燻製を作ってくれるかの?」

 

「燻製の用意ができても、そうそうタイミングよく要塞鯨は狩られないさ。まあ、砂漠トカゲの肉でよければ燻製してあげるけどね」

 

「砂漠トカゲの肉は美味かの?」

 

「要塞鯨ほどではないねぇ」

 

「むむむ。となると、レイドを終えぬと美味なる燻製肉で酒を一杯とはいかぬのじゃな。これは、レイド戦が楽しみになってきたのじゃ」

 

 閣下のやる気が出たようで、結構なことだ。

 俺達は干し肉をたいらげ、水を飲み干すと、店員に行ってくると挨拶して店を後にする。そして、皆それぞれの騎乗ペットに乗り込むと、町から出て砂漠を北に進むのであった。

 



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119.Stella 大規模レイド編<6>

 騎乗ペットに乗って砂の道を進む。

 場所が砂漠なので、今日は気分を出してラクダを用意してある。もちろん課金アイテムだ。

 閣下は先日買った白馬、ヒスイさんは空飛ぶ絨毯、チャンプは象に乗っている。

 

「チャンプの騎乗ペット(マウント)すげーな」

 

 俺がそう言うと、チャンプは笑って言葉を返してくる。

 

「これ、闘技皇帝専用の戦象です。そこそこ強いですよ」

 

「戦象とか久しぶりに聞いたわ……」

 

 地球の歴史上、実際に使われていたんだったか。ただ、でかいイコール強いとは、なかなかいかなかったようだが。

 砂の上をのしのしと歩く象を見ながら、俺はその戦いぶりを頭の中で想像した。

 ……どう攻撃するんだ? 鼻でなぎ払うのか? あとで戦い方見せてもらおうかな?

 

 さて、象のことはそこまでとし、俺は周囲の景色を楽しむことにした。雰囲気あるよなぁ、一面の砂漠って。

 今も、陽光の下、新雪のように光を反射し輝いている。

 

「……うん? 砂が妙にキラキラしているけれど、砂漠ってこんなもんなの?」

 

 俺の疑問に、今度はヒスイさんが答えた。

 

「この『星』の砂漠の砂には、小さな宝石の粒が含まれているそうです」

 

 ああ、砂漠と宝石の『星』ってそういう意味なのか。つまりこれは、この世界特有の幻想的な光景ってことか。

 すると、チャンプもヒスイさんの説明に追従するかのように言った。

 

「砂中を探せば、稀に大粒の宝石も見つかりますよ」

 

「マジで!?」

 

「ええ、砂から宝石が豊富に産出されるので、この『星』を拠点にしている細工スキル持ちのプレイヤーもそこそこいるそうです」

 

 はー、アメリカのゴールドラッシュみたいに、宝石を求めた山師的なNPCが大量にいそうな『星』だな。

 そんな会話をしている間に、俺達はサボテンが大量に樹立している場所へ到着した。ここまでかかった時間は町を出て三分ほど。

 こんな近場にモンスターが出る狩り場が存在するのであれば、町が危険にさらされそうなものだ。だが、そこはゲーム的な事情で安全は確保されているのだろう。MMORPGでは町のすぐ外に、自発的に襲ってくる敵であるアクティブモンスターがいることなど、珍しくないのだ。

 

「ふう、やっと着いたのじゃ。乗馬も慣れんといかんの」

 

 道中ずっと無言だった閣下が、馬から下りてそんなことを言った。

 彼女はキャラクターメイク時に三つ選べる選択スキルとして、乗馬スキルを持っている。乗馬スキルや騎乗スキルはシステムアシストの助けを借りて乗るスキルなので、まだその動作に慣れないのだろう。

 

「公爵であった閣下なら、スキルに頼らずとも乗馬できそうなものですが」

 

 そうチャンプが言うのだが、閣下は笑って否定をした。

 

「私が貴族をしていた三百年前は、自然環境が崩壊しておって草食動物の馬などほとんど飼育されておらんかったよ。今は、野生の馬がアーコロジーの外で群れを作っておるだろうがの」

 

 当時すでにテラフォーミング技術が確立していたというのに、劣悪な環境だったらしいからなぁ、太陽系統一戦争直前の地球って。

 しかし、一つ気になることがある。

 

「21世紀の頃のイギリス……後のブリタニア国区といえば、競馬がすごく盛んだったんだけど、競馬も廃れていたのか」

 

「うむ。じゃが、私が経営するアミューズメントパークでは、競馬を復活させておるぞ。一度来てみるといいのじゃ」

 

「そうだなー。いつか旅行に行ってみるよ」

 

 競馬を運営していても馬には乗れないんだな。まあ、そんなものか。

 

 それはさておいて、クエスト攻略に移ろう。

 

「いろいろなサボテンがあるが、どれが食べられるサボテンなのじゃ?」

 

 閣下の疑問に、チャンプが困ったように言う。

 

「どうでしたかね……見た目で判別できるらしいですが、攻略ページでも見ます?」

 

 ふふふ。二人とも困っているな。だが、大丈夫だ。

 

「植物知識というスキルを育てているから、俺に任せてくれ」

 

「ヨシムネさん、そんな珍しいスキル覚えているんですか?」

 

 チャンプが驚きの表情を見せる。このスキル、そんなに珍しいのか?

 

「自然を観光しているときに、食べられる植物を見分けるのに便利だぞ? 現地調達で料理するのが、なかなか面白いんだ」

 

「料理スキルは育てていますが、それは盲点でしたね。リアルでなら、食べられる野草やキノコは見分けられるのですが」

 

「そっちの方がすごくね!?」

 

「ははは。野山に一人で着の身着のまま放り込まれる修行を何度もやらされたら、嫌でも見分け方を覚えたくなりますよ」

 

 来馬流超電脳空手のリアルサイド、一体どうなっていやがるんだ。

 まあ、それはいいか。

 

「植物知識は俺とヒスイさんがそれぞれ持っているから、二手に分かれて集めようか。俺がチャンプと、ヒスイさんが閣下と組むのでいいか?」

 

 俺がそう提案すると、ヒスイさんがうなずいて言った。

 

「了解しました。それぞれヨシムネ様とグリーンウッド卿をお守りする形ですね」

 

 そういうことだ。俺は貧弱すぎてHPが低いし、閣下は作ったばかりの新キャラだ。ここにはモンスターがいるというので、誰かに守ってもらう必要がある。

 

「じゃあ分かれるってことで――」

 

「この黄色いサボテンは食べられるのかのう」

 

 って、閣下が一人で先に進んでいやがる。

 しかも、そのサボテンなにやら脈動しているぞ。いかにも怪しいのに、閣下はサボテンを剣で切断しようとした。

 

「ぎゃー! 刺されたのじゃ!」

 

 斬りつけられたサボテンが閣下に反撃をし、彼女は悲鳴をあげた。

 さらに、周囲にいた他の黄色いサボテン達が地面から足のような根を持ち上げ、閣下に向けて走り寄ってきた。

 

「ぬわー! 集まってくるでない!」

 

「あー、閣下。黄色いサボテンはノンアクティブですが、リンクモンスターですよ」

 

 チャンプが閣下に向けて走りながらにそのようなことを言う。

 

 ノンアクティブとは向こうから襲ってこないモンスターの性質のことで、リンクとは一体を殴ると他の同一モンスターが襲ってくるようになる性質のことだ。

 まるでモーニングスターのような、とげとげのついた腕を振り回した黄色いサボテンが、複数で囲んで閣下をタコ殴りにする。

 急いで俺達は助けに向かったのだが、追いつく前に閣下はHPを全損させて死亡した。

 

 閣下の死亡を皮切りに、サボテンたちは周囲に散り、足を砂地に差し込んで再び脈動しながら直立状態に戻った。

 

「ああ、やられてしまいましたね」

 

 あと一歩で間に合わなかったチャンプが、失笑をもらしながら言った。

 うーむ、さすが作りたての新キャラ。HP低いな。

 

「おーい、閣下。復帰ポイントに戻るなよ。蘇生するからな」

 

 俺はそう閣下に呼びかけて、彼女のかたわらに移動する。そして、聖魔法の蘇生(スペル)である【リザレクション】を唱えた。

 

 激しいエフェクトが閣下の死体を包み込み、やがて閉じていた閣下の目が開いた。

 

「ひどい目にあったのじゃ……おのれサボテンめ」

 

 起き上がりながら閣下が悔しそうに言う。

 ここで最初に死ぬポジションが俺じゃないあたり、このかたつむり観光客キャラも成長したんだなぁ、と実感できて感慨深いな……。いや、そもそも俺はまだ戦闘を行なっていないのだが。

 

「閣下の動きはやはり鈍いですね。ヨシムネさん、これまでどれくらい閣下と一緒に戦いの練習をしました?」

 

「始まりの町の隣にある森で二時間狩りしただけだな。アシスト動作はまだ上手く使えていない」

 

「そうですか。それならちょっと俺が指導しますね。分かれてアイテムを集めるのは後にしましょう」

 

 そう言って、チャンプは閣下の前に立った。

 

「ここにはアクティブモンスターの殺人サボテンが出ますので、負けないようちょっと練習していきましょう。攻撃の的は普通のサボテンが十分にありますので、ちょっと身体を動かしてみましょうか。大丈夫です。システムアシストは〝思った通りに身体を自動で動かしてくれる機能〟なので、自分の身体をロボットに見立てて操縦するのと同じですよ」

 

「ロボット操縦と同じとな……」

 

 それからチャンプは三十分ほどかけて、閣下にシステムアシストの指導を行なった。

 だいぶ動きがスムーズになってきたところで、チャンプは彼が言うところの殺人サボテン、真っ赤な身体の歩くサボテンを一匹釣ってきて、閣下に対応させた。

 

 閣下は的確にアシスト動作を使って殺人サボテンに攻撃を当てていき、そして無事に勝利を収めた。

 

「できたのじゃ!」

 

 嬉しそうに閣下が言う。

 そんな彼女に聖魔法の回復(スペル)をかけながら、俺は言った。

 

「閣下のHPを回復できるのは聖魔法を鍛えている俺だけだろうから、四人一緒に集めようか。ポーション投げは勿体ないし」

 

 そうして、俺達は食用サボテンと、燃料用の油サボテンを収穫していった。

 

「ヨシムネ様、こちらにサボテンの実があります」

 

「おっ、どれどれ……へえ、赤いんだ」

 

「むっ、それはドラゴンフルーツではないか」

 

 閣下が横からサボテンの実を覗いてきて、そんなことを言った。

 

「へー、ドラゴンフルーツの正体って、サボテンの実だったんだ」

 

 知らなかったわ。食べたことすらないな……。元農家だからといって、あらゆる作物に精通しているわけではないのだ。

 

「アメリカ国区では一般的なフルーツじゃの。どれ、これも集めるとしようかの」

 

 そうして俺達はインベントリ一杯に、サボテンとサボテンの実を詰め込んだのだった。

 

「うむうむ、順調じゃの」

 

 サボテンの実を果物ナイフで割ってつまみ食いしながら、閣下が満足そうに言った。

 

「それじゃ、帰りますか」

 

 この中で一番インベントリ重量に余裕があるチャンプがそう言いだしたので、俺達は再び騎乗ペットに乗って町へと帰還した。

 そして、食堂に行き、インベントリから大量のアイテムを食堂のテーブルに並べていく。

 

「こんなにかい! こりゃあ、店で出す以外にも市場に流す分までありそうだ。町のみんなも喜ぶよ!」

 

 店員さんはそう言って、俺達に結構な額のシミター専用通貨を払ってくれた。後で、いくらか残して共通通貨に換金しておくことにしよう。

 

「それじゃあ、せっかくだから当店自慢のサボテン料理を食べていっておくれ!」

 

 店員さんがそう言うと、店の奥から複数の男達がやってきて、テーブルの上の食材を回収していった。

 そして、待つことしばし。

 

「サボテンのステーキだよ!」

 

 ナイフとフォークを添えて出されたそれは、俺が初めて目にする料理だった。

 

「おお、アメリカ国区の珍味じゃな。どれ、どんな味付けかの」

 

 我先にと閣下が食器を手に取り食べ始めたので、俺もステーキを食べ始めた。

 これは……アボカドみたいにねっとりした食感だな。ソースがいいのか、口の中にさわやかな味が広がった。

 

「うむ、美味じゃの。特にこのソースが絶品じゃ」

 

 閣下も俺と同じ意見だったのか、手放しで料理を褒めたたえた。

 すると、店員は得意げな顔をして言う。

 

「そのソース、サボテンの実を熟成させて作っているんだよ。一皿でサボテン全体を味わえるってわけさ!」

 

 チャンプとヒスイさんも気に入ったのか、皿はすぐに空になった。

 

「ごちそうさま」

 

 そう店員に伝えると、店員は「ありがとさん」と言って皿を下げた。

 そして、店から退出しようとしたところで、店員が待ったをかけてきた。

 

「そういえばあんた達、サボテンの森で怪我はなかったのかい?」

 

「ああ、この通りぴんぴんしているよ」

 

 俺はそう答えたのだが、実際は閣下が一度死んでいる。

 

「そうかい。最近あの森はモンスターが増えているって言うから、あんた達はかなりの強さを持っているんだろうね」

 

「そうだな。結構強い方じゃないか?」

 

「それなら、食糧不足の町のためにもうひと肌脱ぐつもりはないかい? 新鮮な肉が足りていないんだ。もし人をたくさん集められるなら、要塞鯨狩りができる。興味あるかい?」

 

「あるある、めっちゃある」

 

 よし、レイドクエストが無事始められそうな感じだぞ。

 

「じゃあ、人を十人以上集めて、この紹介状を持ってこの町の狩人ギルドに向かいな。要塞鯨狩りのための砂上船を手配してくれるよ」

 

 紹介状を渡され、俺はインベントリにそれをしまった。すると、紹介状はインベントリ内の『大事な物』欄に収められた。

 大事な物欄は、なくしてはいけない重要アイテムが入る場所だ。インベントリの重量制限にも換算されない。

 

 そうして用事を全て終えた俺達は、改めて食堂を退出することにした。

 インスタンスエリアを出て、食堂の前で俺達は立ち止まる。

 

「これで前提クエストはクリアかの?」

 

 閣下がそう言うと、チャンプが答える。

 

「そうですね。後は当日、参加者を集めて狩人ギルドに向かうだけです」

 

「では、今日は解散でいいかの? ラットリーのやつが、夕食を早く食べろとメッセージでしつこいのじゃ。機械の身体で一食抜いたところで、なんともないというのにのう」

 

 ああ、ブリタニア国区はそんな時間なのか。時差は未だに慣れないな。21世紀で俺がやっていたオンラインゲームは、完全に日本国内で完結していたから国際感覚がつちかわれていない。

 

「では、解散しますか」

 

 チャンプがそう言うと、他の俺達三人は一様にうなずいた。

 そして、ログアウトしようとすると、閣下がはっとなって言った。

 

「ライブ配信の細かい打ち合わせは、夕食を食べたらヨシムネのSCホームでするのじゃ! 他の事にかまけるでないぞ」

 

「はいはい、了解」

 

 そうして、改めて俺達は解散したのであった。

 打ち合わせとか細かいことは残っているが、後は本番当日を待つのみだ。レイドボス戦、はたしてどのような戦いになるのだろうか。

 



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120.Stella 大規模レイド編<7>

「ヒスイさん、本当にこの格好でいくの?」

 

「はい、お似合いですよ」

 

「ヒスイさんも一緒に着るのは……」

 

「着ません」

 

 レイド配信の当日。俺は『Stella』にログインし、ファルシオンの始まりの町で配信のための衣装合わせをしていた。

 本日ヒスイさんお勧めの課金アバター装備は、フレンチメイド服。露出の多い改造メイド服のことだ。

 ちなみにフレンチとはフランス風という意味らしい。ここでいうフランスとは、イギリス人から見たフランスのことで、下品という意味を込められているようだ。過去のイギリス人、どんだけフランスを見下していたんだ……。

 

「なんでまたメイド服なんだ?」

 

「グリーンウッド卿は、メイド長のラットリー様と同伴すると言っておりましたよね。そして、クルマ様の所属クランにはメイドのロールプレイヤーがいて、今回クランメンバーは全員参加すると聞いております」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「となると、我が陣営にメイドが足りません。ですので、ヨシムネ様がメイドです」

 

「ヒスイさんじゃダメなのかよ!」

 

「ダメです。配信の主役の一人はヨシムネ様なのですから、可愛らしさを存分にアピールしませんと」

 

「メイドって主役どころか、むしろ従者ポジションだと思うんだけどなぁ……」

 

 仕方ないので俺はごねにごねて、ヒスイさんに執事服のアバター装備を着させた。ヒスイさんの男装いいね!

 

 そんなことをしていると、待ち合わせ場所に閣下とラットリーさんがやってきた。前提クエスト攻略から三日が経過しているが、その間にラットリーさんもしっかりキャラクターを作成してきたようだ。

 閣下は以前と同じ戦乙女風のアバター装備、ラットリーさんはこだわりがあるのかメイド服を着ている。

 

「待たせたのじゃ!」

 

「いや、今来たところだよ」

 

 俺は、彼女ができたら言ってみたかった台詞ナンバーワンの受け答えをして、閣下を出迎えた。ちなみに21世紀の頃に彼女ができたことは一度もなかった。学生時代は男だけでつるんでいたし、大学を卒業してからはほぼ家と畑の往復しかしていない。

 そんな俺が未来にやってきてしまって、跡取りがいなくなった実家は大変だろうなぁ……。

 

 それはさておきだ。

 俺達は配信前の最後の確認を互いにした。

 

「クエストの手順は完璧に覚えてきたよな?」

 

「うむ。ボスの行動パターン以外は完璧じゃ」

 

 今回、ボスの攻略法までは調べていない。レイドの入門ボスだという話だし、ぐだぐだにならない限りは初見プレイの方がよいリアクションが取れるだろう、という判断だ。

 クエストの流れを口頭で言い合い、俺達はレイドに参加する視聴者の集合場所である、砂漠と宝石の『星』シミターに向かった。

 星の塔を使い、次元を跳躍する。そして、砂塵の町へと到着すると、俺達を待っていたのは……。

 

「うおー! 閣下、閣下ー!」

 

「ヨシちゃーん!」

 

 ものすごい数の人の群れであった。

 

「……マジか」

 

「うむうむ、盛況じゃの。これは、成功が約束されたようなものではないか」

 

 驚く俺に、喜ぶ閣下。配信者としての格の違いを見せられた感じになってしまった。

 星の塔の周辺を埋め尽くすかのように集まる人々。その数は……。

 

「ヒスイさん、何人くらいいると思う?」

 

「エリア検索ですと、この町に2315名いるようです」

 

「多いな!」

 

 ここは配信専用のチャンネルなので、今回の配信に関係ない一般プレイヤーが紛れ込んでいる可能性は低い。

 つまり、これ全員がレイドの参加者である。

 俺が尻込みしていると、閣下が人々に向かって手を振って言った。

 

「我が下僕どもー! そしてヨシムネの民よ! 今日は来てくれてありがとう!」

 

 その台詞と共に、「わーっ!」と大きな声援があがる。

 

「こんなに来てくれるとは私は嬉しい! 今日は存分に楽しもうではないか!」

 

 閣下がさらに言葉を続けると、再び声援が星の塔前の広間を埋め尽くした。

 うーん、明らかに広間に人が入りきっていない。よくもまあこんなに集まったものだ。俺のSCホームに人を集めたときはこれ以上の人が来たが、今回はあくまでこのゲームをプレイしている人が集まっているのだ。それがここまでいくとは、圧巻だな。

 

「場を温めておいたのじゃ。さあ、配信を始めようではないか」

 

 閣下がそう言いだしたので、俺も覚悟を決めて配信者モードに頭を切り替える。

 今日のライブ配信は、閣下と俺の配信チャンネル両方で同時に流すことになっている。失敗などしてしまったら、いつもの二倍以上恥ずかしいことになる。どうにかこなさないとな。

 

「では、開始五秒前ー。四、三……」

 

 ラットリーさんがカウントダウンをし、そして配信が始まった。

 

「私の下僕どもー、そしてヨシムネの民よー、配信の時間じゃぞー」

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」

 

『待ってた』『わこつ』『うおー!』『来たわぁ』『わこわこ』

 

 ライブ配信開始と同時に、視界の端に表示されている、閣下と俺の配信チャンネルを合計した視聴者数が、爆発的な増加をする。うおお、閣下とのコラボ効果すごいな。

 

「本日は、ウィリアム・グリーンウッドと助手のラットリーと」

 

「ヨシムネと助手のヒスイさんが『Stella』のプレイをお届けするぞ!」

 

『ヨシちゃんメイドさんや』『エロメイド!』『なんでメイド服?』『閣下の下僕になったの?』

 

「これには深いわけがあってな……まあいつものヒスイさんの悪ノリなわけだが」

 

「フレンチメイドなど我が家にはいらんのじゃ!」

 

「閣下の心証が悪い! まあガチで公爵やっていてメイドが家にいる人にとっては、邪道も邪道か」

 

「うむ。じゃが、今日のヨシムネは、視聴者に奉仕するという心構えができておるということじゃな。今回は、我らの視聴者がわざわざ参加しに、多数この場に訪れておるのでな」

 

「ああ、みんなー、今日はよろしくー!」

 

 俺が背後の参加者達に呼びかけると、「わーっ!」っと返事がきた。元気でよろしい。

 

「では、本日の趣旨を発表するのじゃ。ラットリー、頼む」

 

「はいはーい」

 

 閣下の後ろに待ち構えていたラットリーさんが一歩前に出て、説明を始める。

 

「本日は、MMORPG『Stella』で、レイド攻略をしまーす。対象は、要塞鯨という砂漠地帯のボスです! 名前からして大物ですね!」

 

『レイドボスかぁ』『参加人数がちょっとすごいんだけど、瞬殺しちゃわない?』『すぐ死んだらそれはそれで面白い』『どうせなら閣下の見せ場がほしいなぁ』

 

「そこはご心配なく! 要塞鯨は、レイド参加人数に応じて最大HPが上がるボスなのですよ。みんなで存分にタコ殴りできますね!」

 

 そんなラットリーさんの説明に、閣下は満足してうむうむとうなずいた。

 

「今日やることは、そんなところじゃな。それでは、早速進めていくぞい。ヨシムネ、頼むのじゃ」

 

「おう。それじゃあ参加者のみんなー! ユニオンを募集するから、メニューのPT(パーティー)機能のところからユニオン参加を選んでくれ! ユニオン名は生肉討伐隊だ!」

 

 俺はMAP全域に言葉を届けるシャウト機能を使って、参加者全員にそう呼びかけた。

 

 ユニオンとは、複数のPTが集まった大集団を形成するこのゲームの機能だ。ユニオンを組むことで、大集団のままインスタンスエリアやインスタンスダンジョンに入ることができる。インスタンスダンジョンというのは、インスタンスエリアのダンジョン版だな。関係ないプレイヤーに干渉されることなくダンジョン攻略ができるという、MMOというよりMO的な遊び方だ。

 今回のレイドも、フィールド型インスタンスダンジョンで要塞鯨と戦うことになるという。フィールド型は、屋内ではなく屋外ってことだ。

 

 事前に作成していたユニオンに、続々人が参加してくる。

 五分ほど雑談して待つと、ユニオン参加者が2315名に達した。先ほどヒスイさんが言ったエリア内にいる全ての人が、ユニオンへ参加したことになる。

 

「それでは、隣町まで移動するのじゃ!」

 

「砂上船乗り場へ行くぞー!」

 

 俺と閣下は、人の群れをかき分けて目的地へと向かう。

 

「しかし、この人数が一斉に砂上船へ乗れるものかのう……?」

 

 閣下が、今更になってそんな疑問を口にしてきた。

 

「言われてみれば……何回かに分けて船が往復するのか?」

 

 俺と閣下が歩きながら悩んでいると、近くにチャンプが寄ってきた。

 

「大丈夫ですよ。これはゲームですから、無限に新しい船が出てきます」

 

「おっ、そうか。今日はよろしくな、チャンプ!」

 

 俺がチャンプにそう言うと、視聴者達がチャンプコールを始めた。相変わらず人気だなぁ、この人。

 チャンプの後ろには、クランメンバーなのか、闘技場の皇帝控え室で会った人達がついてきている。その中には先日のメイドさんの姿と、ミズキさんの姿も見えた。

 

「ミズキさんって、チャンプのクランに入ったのか?」

 

「ええ、グラディウスでPvPに明け暮れていたようなので、誘ってみました。なかなか他のメンバーに打ち解けてくれないんですけど……」

 

「気難しい人だからな……」

 

『俺知ってる。ヨシちゃん用語でツンデレっていうんでしょう』『それはまた違うような……』『ヨシちゃん用語で言うとコミュ障だな』『ミズキの評価が散々である』

 

「おう、21世紀の日本語スラングをヨシちゃん用語って言うのやめーや」

 

 俺、コミュ障って単語、一度も配信で使ったことない気がするんだけど!?

 

 そんな馬鹿話を交わしながら、俺達は砂上船乗り場に到着。そして、皆が続々と砂上船に乗り込んでいく。

 船の搭乗料金は、事前に告知した参加条件に含めてあったので足りないという人は出ないだろう。多分。一応、最後尾にはヒスイさんに残ってもらうようにしてあるので、遅れる人は出ないと思う。

 

「ぬわー、大量の船が後ろに続いておるのじゃ」

 

 砂上船の甲板で、閣下が船の後方を見ながらそう言った。

 おお、これは確かにすごい。十隻を超える砂上船が並ぶようにして砂の上を進んでいる。

 2315人分の船がチャーターされると、こういうことになるのか。珍しい光景が見られて満足だ。

 

 そうして俺達は隣町に到着し、クエスト発行場所である狩人ギルド前に集まった。

 

「それじゃあ、クエスト受けてくるから、みんなここで待っていてくれ!」

 

「行ってくるのじゃ!」

 

 俺と閣下は、食堂の店員から貰った紹介状をインベントリから取りだし、狩人ギルドに入っていった。

 すると、インスタンスエリアに入った旨のシステムメッセージが流れる。

 ギルドの中は……狩人らしいNPCの姿は見られず、がらんとしていた。受付カウンターらしき場所には、年若い受付嬢が一人いるのみ。

 

「ふむ、すいておるの」

 

 ギルド内を見回しながら閣下が言う。

 

「前提クエストで、狩人が怪我しているって言っていたから、それじゃないか?」

 

 俺はそう答えながら、受付嬢の前に立った。

 

「いらっしゃいませ。何かご入り用でしょうか。あいにく、肉の在庫はございません」

 

「紹介状を持ってきた。要塞鯨を狩らせてくれ」

 

 受付嬢に告げながら紹介状をカウンターの上に置くと、受付嬢は椅子を倒しながら勢いよく立ち上がり、紹介状も持たずにカウンターの奥に引っ込んでいった。

 

「マスター! ギルドマスター! 要塞鯨を狩りたいという渡り人が来ました!」

 

「なんだって!?」

 

 カウンターの奥が騒がしいな。

 俺は、受付嬢が戻るのを待ちながら、閣下に向けておどけるように言った。

 

「参加者が2000人以上いるって言ったら、どんな反応するかな?」

 

「くふふ、楽しみなのじゃ」

 

『その人数でのレイドとか、定期開催のイベントボスでしか経験したことないなぁ』『参加すればよかったかなー』『今からじゃさすがに間に合わないか』『私は戦い苦手なので見ているだけで満足』『ゲームによっては10万人規模のレイドとかもあるよ』

 

 へえ、レイドもいろいろあるんだな。興味が尽きないが、まずはこの2000人超という大規模レイドを楽しんでみることにしよう。

 俺は、これからどんな戦いが待ち受けているのかと、VR上の仮想ボディの胸を高鳴らせるのであった。

 



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121.Stella 大規模レイド編<8>

 カウンターの奥から出てきたギルドマスターは、銀髪褐色の美女であった。

 彼女は、カウンターの上の紹介状を確かめ、言った。

 

「本当に要塞鯨を狩ってくれるのかい?」

 

「もちろんだとも」

 

 ここで断る理由はないので、俺はそう返した。

 

「了解した。人を集めたらまたここに来てくれ」

 

「もう集まっている。ユニオンも編成済みだ」

 

「へえ、準備がいいね。じゃあ、クエストを発行するよ」

 

 ギルドマスターがそう言うと、目の前にクエスト受注ウィンドウが開いた。

 クエスト名は、『要塞鯨を討伐せよ!』。そのまんまだな。俺は、迷わずウィンドウの受注ボタンを押した。

 

「おう、ありがとさん……って、2315人!? この町の人口より多いじゃないか!」

 

「多すぎるか?」

 

「いや、大丈夫だ。狩るには砂上軍艦が必要なんだが、どうにかこの人数が乗れるだけの数をそろえてみせるさ」

 

『ゲームだから一瞬でそろうんだろうね』『それは言いっこなしだよ』『たまにガチで準備に時間がかかるクエストがある』『ゲームにリアリティは必要だけど、リアルである必要はないんだよなぁ』『リアルな方が生活感あって好きだぞ』

 

「それじゃあ、準備ができたら軍港に向かうよ」

 

 そう言って、ギルドマスターはカウンターから出てきて、俺の横に立った。

 準備ができたら話しかけろと言うことか。確か攻略情報では、ここで準備ができたと話しかけたら、ユニオンごとレイド用のインスタンスエリアに飛ばされるはずだ。

 俺は、ユニオン全体に声を飛ばす機能である、ユニオン会話で参加者達に呼びかける。

 

『これからレイド用のエリアに飛ぶぞ! 注意してくれ!』

 

 返事はこない。俺や閣下やヒスイさんといった主催メンバー以外は、緊急を要する時以外、ユニオン会話で喋れないよう設定してあるからな。2000人超えている状態で全員がユニオン会話なんてしだしたら、収拾がつかなくなってしまうからだ。

 

 そうして三十秒ほど待った後、俺はギルドマスターに「準備ができた。いつでも行けるぞ」と話しかける。

 すると、視界が暗転し、数秒ほどで目の前が開ける。

 

『ユニオン〝生肉討伐隊〟がインスタンスエリア〝要塞鯨の穀物砂漠〟に入場しました』

 

 俺と閣下は、いつの間にか超巨大な砂上船の甲板に立っていた。隣には、一緒にPTを組んでいるヒスイさんとラットリーさんの姿もある。さらに周囲には、多数のPC達の姿がある。

 どうやら、無事にレイド用のエリアに飛ばされたようだ。

 

「それでは、作戦を説明する!」

 

 甲板の船首付近にいたギルドマスターが、大きな声で言う。

 

「最大500人が乗れる砂上軍艦を今回は五隻用意した。ユニオンメンバーはそれぞれ分かれて乗っているはずだ。そして、我々は今、要塞鯨が巣を作っている穀物砂漠へ向かっている。穀物砂漠は、その名の通り砂の中に穀物の粒が混ざっている砂漠だな。要塞鯨はこの砂を食べることによって、馬鹿みたいな大きさまで成長するんだ」

 

『なにその砂漠』『どうやって穀物が砂に混じるの……』『この『星』では、砂の中で育つ穀物が存在するらしいよ』『へー、採取すれば飯食い放題じゃん』『砂と穀物をより分ける手間がかかる割に、美味くはないらしい……』『そう都合よくはいかんか』

 

 視聴者が要塞鯨ではなく砂漠の方に食いついた。まあ、明らかにおかしい要素だからな、穀物砂漠。

 

「軍艦五隻で狙うのは、100年生きたとされる大物鯨だ。これは我ら狩人ギルドにとっても、久々の大狩猟となる」

 

 まあ、2000人集めて戦う機会なんて、そこらの町のNPCにはまずないだろうなぁ。

 

「要塞鯨は砂の中を自在に泳ぐ怪物だ。泳ぎはそれなりに速いので、第一段階は砂上軍艦に乗って奴と戦う。弓や魔法を使える者は甲板から攻撃を行ない、他の者達は艦に搭載されている魔法砲台とバリスタに砲弾と矢を運んで、奴に撃ち込んでほしい」

 

 遠距離戦か。俺の長弓が火を吹く時が来たようだな……。

 

「砲弾や矢は砂鉄砂漠から採れる砂があれば、軍の魔法炉を使って後でいくらでも作り直せる。遠慮なく使い捨ててくれ」

 

 あっ、これきっと、いくら消費しても戦闘中、無限に供給されるやつ。

 

「そして、要塞鯨が弱ったら、拘束用の杭を撃ち込む。どでかい鎖がついた杭だ。それで動けなくなるはずなので、皆で艦を降りて袋叩きにする!」

 

 いいね。シンプルで解りやすい。

 

「ただし、要塞鯨は身体のいたるところに砂の砲弾を撃ち出す噴出口が存在する。油断していると、砂に撃ち抜かれるぞ」

 

『要塞は要塞でも、砲台付きの移動要塞やな』『まあ、一方的に殴られるだけのボスはいないわな』『ヨシちゃん大丈夫? 砂当たったら一撃死しない?』『閣下もキャラ作りたてだから、当たったら死ぬな!』

 

 まあ周りに400人近い人がいるし、第二段階では2315人で総攻撃だ。死んでも即蘇生されるだろう。間違って死亡中に復帰ポイントへ戻らないようにするのだけは、要注意だな。

 

「さあ、巣についた。要塞鯨をあぶり出すぞ!」

 

 ギルドマスターがそう言うと、乗っていた砂上軍艦の砲台が火を吹いた。砲弾が砂の上に着弾すると、甲板が大きく揺れる。砲撃による揺れではない。これは……要塞鯨が砂中を泳ぐことによる砂の波が、軍艦を襲っているのだ。

 砲撃は幾度も続き、やがて砂の中から一匹の鯨が顔を出した。

 淡い茶色をした巨大な鯨。というか……。

 

「でかすぎないか!?」

 

『でけえええ』『あんなのに剣とかが通るのか?』『ちょっとこれは洒落ならんでしょ……』『サッカーコート二つ分くらいの大きさがあるな』

 

 具体的なたとえをありがとう! ざっと見た感じ、全長200メートルはありそうだな!

 

「うむ。『MARS』に出てくる戦艦よりは小さいの」

 

 宇宙SFの巨大艦と比べられる方がおかしいよ、閣下!

 

「よし、狩猟開始ー!」

 

 ギルドマスターの号令と共に、壮大なBGMが流れ始めた。いよいよレイドボス戦が始まったのだ。

 俺は、インベントリから先日の試合で使った金属製の複合弓を取りだし、矢をつがえた。

 

「うーん、まだ遠いか……」

 

 要塞鯨を囲むように、この艦を含めて五隻の軍艦が砂の上を進んでいるが、まだ矢を届かせられるほどは近づいていない。

 様子を見ていると、他の軍艦から早速、砲弾が要塞鯨めがけて発射された。

 

「よし、せっかくだし俺も砲弾運んでみるか」

 

 俺は弓をインベントリにしまい直し、甲板から艦内へと入っていく。

 すると、視界に案内情報がいろいろと表示された。砲台への道、バリスタへの道、砲弾の倉庫、バリスタの矢の倉庫。バリスタとは、超巨大な設置型のクロスボウのことだ。矢は槍くらいのサイズがある。

 俺はまず、砲弾の倉庫に向けて走っていった。すると、他のプレイヤー達も俺と同じように考えていたのか、PCが何十人も行き交っていた。そして、俺はヒスイさんと、いつの間にかはぐれていた。人が多すぎる……!

 

「あ、ヨシちゃんだ」

 

「うわー、本当だ。ヨシちゃんと同じ船とかラッキー」

 

「それよりもヨシちゃんをお通ししろ!」

 

「おー。ヨシちゃんの砲撃が見られるぞ!」

 

 うーん、この人気アイドル待遇。悪くないな!

 俺は何人も同時にすれ違えるような広い入口を通り、倉庫の中に入る。部屋の中に砲弾が並べられているので、俺はそれを持ち上げようとした。

 

「んぎぎぎ……重い……」

 

 砲弾は重すぎて持ち上がらなかった。

 

『知ってた』『まあそうなるよね』『天の民、貧弱すぎ!』『いきなりユニオンリーダーが役立たずなんだけど』

 

 く、視聴者め。俺を甘く見るなよ。俺には鍛えに鍛えた補助魔法があるのだ。

 

「【マイト・リインフォース】! よし、持ち上がった!」

 

 砲弾の持ち上げに成功すると、俺の様子を観察していた周囲から拍手があがった。いや、みんな戦わないの?

 俺は周囲のPC達に見守られながら、えっちらおっちら砲弾を砲台に向けて運んでいく。

 

『そういえばそれインベントリに入らないの?』『その手があったか!』『お前天才か』『まるで頑張って運んでいるヨシちゃんが、馬鹿みたいじゃないですか』

 

「馬鹿言うな。……入らないみたいだな」

 

 そう上手くはいかないか。

 そして、俺は砲台に辿り着き、視界に表示される手順に従って砲弾を装着していく。魔法砲台なので、火薬はいらないようだ。

 砲台についていた照準器を使い、要塞鯨に狙いを定める。そして。

 

「よし、命中!」

 

 的がでかいからか、それともゲーム的に命中しやすくされているのか、簡単に砲撃を当てることができた。

 俺の隣の砲台からも次々と砲弾が飛び、見事に要塞鯨の胴体へ命中する。

 

 俺はさらに砲弾運びをしようとしたが、今いる艦がだんだんと要塞鯨に近づいていっているのを見て、弓の出番だと思い直した。

 甲板に出て、長弓を構える。そして、より遠くへ矢を届ける(アーツ)である【スナイプアロー】を放った。

 

『的がでかいから余裕で当たるな』『攻撃し放題なのが巨大レイドボスのいいところ』『矢が尽きるまで撃て!』『ヨシちゃんは魔力で矢を生成できるから、無限に撃てるんだよなぁ』『天の民の魔力矢とか威力超低そう』

 

 視聴者のコメントを聞き流しながら、俺は矢を次々と射かける。

 ときおり、要塞鯨が反撃として砂の砲弾を飛ばしてくるが、俺に命中するコースの弾はない。

 アーツで消耗したスタミナ値を聖魔法でこまめに回復し、再び遠距離狙撃系アーツを放つというサイクルを行なっていると、さらに要塞鯨がこちらの艦に近づいてくるのが見てとれた。

 

「おっ、この距離なら、狙撃アーツ使わなくても矢当て放題じゃん」

 

 俺はチャンスと見て、矢継ぎ早に矢を放った。

 矢は要塞鯨の身体に次々と突き刺さっていく。

 狙わずとも当たる状況に上機嫌になった俺は、さらに矢を弓につがえた。

 

「ん……? ちょっと近すぎない?」

 

 要塞鯨の横腹が目の前に来た、と思ったら、なんと奴は俺の乗る軍艦に体当たりをかましてきた。

 

「ほあああああああ!?」

 

 とてつもない衝撃が俺を襲う。そして、気がつくと俺は甲板から転げ落ち、砂上軍艦の外に投げ出されていた。

 

「あれ、落ちてる?」

 

『ヨシちゃーん!』『うわあ、落ちたー!』『閣下ー! ヨシちゃんが大変なことになってる!』『ヒスイさんと別行動するからこんなことに!』『これ、落ちたらどうなるの?』『まさかのクエスト脱落?』

 

 いやいやいや、入門用レイドでそれはないだろう!

 俺はそう心の中で叫びながら、軍艦と要塞鯨の動きで荒れる砂の上に落下していく。

 

 無慈悲な落下ダメージが、貧弱な天の民を襲う……と思われたが、なにやら柔らかい感触が俺の身体を包んだ。

 なにごとだ、と思っていると、砂の上に座り込んだ俺に一隻の小さな砂上船が近づいてくる。

 

「よかった。落下防止の術が間に合いましたね。急いでこの船に乗ってください!」

 

 船上からそう叫ぶのは、魔法使いのローブに身を包んだ一人のNPC。

 俺は、言葉に従うままに砂上船に乗り込んだ。

 

「狩人ギルドと提携している呪術ギルドの者です。こうしてうっかり落下する人を助けて回っています」

 

「うっかり……まあ、うっかりか」

 

「他にも落ちてくる人がいないか確認を続けなければいけないので、手短に言いますね。この船に軍艦への転送魔法陣があるので、それに乗って戻ってください。あなたが落ちてきたのは一番艦です」

 

「了解!」

 

 俺は甲板から船の内部に入り、視界に表示される指示に従って魔法陣を探し出す。

 

『ヨシちゃん無事だぞ、閣下!』『死ななかったかー』『死ぬまでが様式美なのに』『閣下とヨシちゃん、どちらが先に死ぬかな?』

 

 ライブ配信は俺と閣下の配信チャンネル合同なので、俺が映っているときもあれば閣下が映っているときもある。そのカメラの切り替えは、『Stella』にログインしていない閣下の家の家令であるセバスチャン……じゃなくて、トーマスさんが担当している。

 そして、流れてくる抽出コメントも共通なので、閣下向けのコメントが俺にもこうして聞こえるわけだ。

 

「そう簡単に死んでなるものか!」

 

 俺はそう宣言し、転送魔法陣の上に乗る。

 足元が光り輝き、俺は砂上軍艦の甲板へと飛ばされた。すると、甲板で俺の姿を発見した周囲のPC達が、なぜかざわつく。

 

「ヒスイさーん、ヨシちゃん戻ってきたよー!」

 

 そんな声が聞こえ、やがてヒスイさんが人の群れをかき分け、こちらに近寄ってきた。

 

「ヨシムネ様! 無事でしたか!」

 

「おう、落下防止に下で構えているNPCがいるみたいだ」

 

「安心しました。もうはぐれないようにしませんとね」

 

 ヒスイさんはそう言うと、インベントリの中から何かを取りだして俺に見せた。

 

「これを装着してください」

 

「なにこれ」

 

 ただの(ひも)のようだが……。

 

「迷子紐です。私が端を持ちますので、命綱として使いましょう」

 

「俺、子供じゃないんだけど!? いや、天の民だから子供の見た目だけどさ!」

 

「いいから着けてください」

 

 そうしてヒスイさんは、俺の腰に無理矢理迷子紐を装着させてきた。ハラスメントガードの類、発動しないのなんで!?

 

『似合ってる』『めっちゃ似合ってるわ……』『どう見ても養育施設の子供と職員さん』『閣下もラットリーさんに着けてもらえば?』

 

 そんな視聴者コメントが流れると、遠くから「絶対に嫌じゃ!」と閣下の叫び声が聞こえてきた。

 うーん、閣下との合流はちょっと無理そうだな。仕方がないので俺はヒスイさんに見守られつつ、長弓を再び構えて、憎き要塞鯨に矢を射かけたのだった。

 



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122.Stella 大規模レイド編<9>

今回、著作権の切れている歌の歌詞を掲載しています。


 十分ほど艦上での要塞鯨との戦いが続いた。要塞鯨は幾度となく艦に体当たりをしてきたが、俺がまた艦の外に放り出されることはなかった。

 

「よーし、だいぶ弱ってきたぞ!」

 

 よく通るギルドマスターの声が、こちらまで聞こえてきた。

 

「拘束杭、発射用意!」

 

 ギルドマスターがそう宣言すると、砂上軍艦の船首から巨大な杭が姿を見せた。

 いや、杭というか(もり)だな、ありゃ。一度刺さったら抜けないように、エグい形の返しがついている。

 

「撃てー!」

 

 号令と共に杭が発射され、要塞鯨の横っ腹に命中し深く食い込んだ。杭の後ろにはどでかい鎖がついており、砂上軍艦とつながっている。

 

 さらに、他の四隻の軍艦からも杭が発射され、要塞鯨は砂の上で動きを止めた。要塞鯨は激しく抵抗するも、五本の鎖で引っ張られ、その動きは完全に拘束された。

 

「よし、全弾命中! さあ、勇敢な狩人達よ、ここからが勝負どころだ! 艦を降りて総攻撃せよ!」

 

 ギルドマスターが号令を出すと、BGMが派手なメロディへと切り替わり、視界に砂上軍艦の昇降口に向かう道順が表示された。

 俺とヒスイさんは、はぐれないよう迷子紐でつながりながら、軍艦を降り、砂の上に足を踏み入れる。

 

 砂の上で、五つの杭に縫い止められた巨大な鯨が暴れている。俺は長弓をしまい短弓を取りだし、要塞鯨のそばへ行くために走り出す。確実に当てられる状況ならば、用意した武器の攻撃力の関係で、短弓の方が強いのだ。

 ただ、当てるにはできるだけ近づく必要がある。危険だが、男は度胸。女は行動力。接近して矢を撃ちまくってやる!

 

「うおー!」

 

 要塞鯨に向かって全力で駆ける。その間も横ではヒスイさんが迷子紐を握っている。

 格好いいBGMが流れているのに、どうにも締まらない光景である。

 しかし、なんだな。

 

「なんつーか、『英雄の証』がBGMとして流れそうな光景だな……!」

 

「『英雄の証』ですか?」

 

 隣を走るヒスイさんが、俺のつぶやきに聞き返してくる。

 

「21世紀の有名な巨大モンスター狩猟ゲームのメインテーマだ」

 

『出たー! ヨシちゃんの視聴者置いてきぼり古典トーク!』『知らない曲だ……』『今かかっている曲もかっこええよ』『このゲーム、音楽のクオリティ高いからな』

 

 そんな視聴者のコメントを聞きながら走っていると、俺達二人に近づく者がいた。閣下とラットリーさんだ。やっと合流できたか。

 

「ヨシムネ! ようやく一緒に戦えるのじゃ!」

 

「おう、支援は任せろ!」

 

 俺が閣下に向けてそう言うと、それにラットリーさんが待ったをかけた。

 

「私、ヒーラー兼バッファーのビルドなんです。お仕事取らないでくださいよー」

 

 ヒーラーとは仲間を回復する役のことで、バッファーとは仲間を強化する役のことだ。そうか、完全支援ビルドなんだな。

 だが、俺だって負けていないぞ!

 

「ふっふっふ、作りたてのヒーラー兼バッファーにできるのはPTメンバーの支援のみ。だが俺は、レイド参加者全体に支援をかけるぞ! 行くぞ、ヒスイさん。聖歌だ!」

 

 俺がそう号令をかけると、ヒスイさんはインベントリに武器をしまい、代わりに楽器のトランペットを取りだした。

 

「みんな聞いてくれ! 『Amazing Grace』!」

 

 ヒスイさんが演奏スキルを使ってトランペットを吹き始めると、それに応じるようにBGMの音量が小さくなった。

 そして、演奏に合わせ俺は高らかに歌い出す。

 

「Amazing grace how sweet the sound. That saved a wretch like me!」

 

『うわー、聖歌スキルだー!』『なんぞそれ』『聞こえている範囲全体に強力な補助効果(buff)をばらまくスキル』『何それ強そう』『強いけど、歌っている間は他の事ができないから、めっちゃ無防備になる』『なんだってー!』『参加者のみんなー! ヨシちゃんを守れー!』

 

 すると、いかにも盾職(タンク)ですといった感じの鎧姿のPCが複数やってきて、俺の周囲を固める。

 歌っている最中でお礼が言えないので、俺は片手を上げて謝意を表わした。

 

「ほう、聖歌とか久しぶりに聞いたの」

 

 閣下が感心したようにそう言った。

 聖歌スキルの中には、リアルに存在する聖歌を歌う(アーツ)もある。プレイヤーにはあまり好まれていないようだが、俺はこの『Amazing Grace』のメロディが好きなので、秘かに練習を重ねてきたのだ。

 

 そして、ヒスイさんがしているように、楽器による演奏があると相乗効果でさらに聖歌スキルの効果が上がる。

 それを知っているプレイヤーが他にも多数いたのか、楽器を取りだし演奏に合わせる者達が出始めた。

 さらに他に聖歌スキル持ちがいたようで、俺に合わせるように歌声を戦場に響かせた。

 

『まさかレイド戦でヨシちゃんの歌を聴けるとは』『閣下は歌わんの?』『聖歌スキルまだ持っていないだろうから……』『見ろ、悔しがっておる』『今度別の配信でお歌を聴かせてね!』

 

 そんな視聴者達のコメントが文字に切り替わって流れる中、合奏、合唱の効果でぐんぐんと周囲のPC達のステータスが上昇していく。

 やがて、歌が終わり、余韻(よいん)を残して演奏も終了する。

 すると、次の瞬間、神々しいエフェクトが戦場にいる全てのPCを包み込んだ。

 

 聖歌スキルは歌唱中に周囲のPCへ補助効果がかかるが、真骨頂は歌い終わった後にある。歌唱中と比べて何倍ものステータス上昇効果が、歌を聴いた全PCにかかったのだ。

 

「よーし、突撃だー!」

 

 BGMの音量が元に戻ったのを皮切りに、俺達は要塞鯨にさらなる攻撃を仕掛けた。

 

 矢が飛び、攻撃魔法が炸裂し、刃が表皮を削り、傷ついた仲間を聖魔法が癒す。

 俺もヒスイさんも、そして閣下も懸命になって攻撃を繰り出し続ける。

 

 そんな中、突如ギルドマスターの声が周囲に響いた。

 

「要塞鯨が砂のブレスを撃つぞ! 奴の正面から逃げろ!」

 

 正面って……今、俺達がいるところじゃん!

 俺達は必死になってその場から逃げ出す。

 

 要塞鯨は大きく息を吸い込み続け、やがて息を吐こうかとした瞬間。大きな炸裂音と共に、要塞鯨の口が上を向いた。

 そして、ブレスは正面でなく空に向かって吐き出された。

 

「な、なんじゃ!?」

 

 閣下が驚きの声をあげるが、俺も驚いた。

 あれは、要塞鯨の規定の動きではなく、何かに吹き飛ばされたような感じだった。そもそも拘束杭があるから、要塞鯨は上を向きたくても向けない状況にあったのだ。

 

『チャンプがやりおった!』『む?』『なに?』『チャンプがスーパーアーツで、要塞鯨の下あごを殴り飛ばした!』『ヒュー!』『あのでかいの殴り飛ばせるんか』『きっとロマン砲の類を撃ったんだろうな』

 

 ああ、チャンプ、要塞鯨戦やったことあるって言っていたから、敵がブレスを撃つタイミングをうかがっていたんだろうなぁ。

 

 そして、ブレスを空に放った後の要塞鯨は、なにやらぐったりとしている。

 おそらく、大技を放った後は隙ができるという仕様なのだろう。攻撃チャンスだ!

 

「よーし、俺もスーパーアーツだ!」

 

「では、私も」

 

 気合いを入れて弓に矢をつがえたところ、ヒスイさんも要塞鯨に肉薄して大剣を大上段に構えた。

 そして、一気に決め技(スーパーアーツ)を放つ。

 

「【ミリオンスター】!」

 

 一本の矢を放つと、それを追従するように魔力の矢が無数に出現して、最初の矢を追うように飛んでいく。それはさながら、ほうき星のようであった。

 矢の彗星は、要塞鯨の眉間に深々と突き刺さる。

 さらに、ヒスイさんが溜めに溜めた力で、大剣を真っ直ぐに振り下ろした。

 

 他のPC達も思い思いの技や術を放ち、派手な攻撃エフェクトが要塞鯨の周囲に舞った。

 

「ああ、ずるいのじゃ。私はそのすごい技、まだ何も覚えておらぬ!」

 

「あらー、閣下はまだそこまでしか育ってないんですかー? 私も聖魔法のスーパースペル行きますよー!」

 

 ラットリーさんは閣下をあおるように言うと、聖魔法のスーパースペル、【ヘブンズメロディ】を発動した。

 これは、広範囲のPCにHP自動回復、MP自動回復、スタミナ自動回復の効果を与える術だ。スーパーアーツやスーパースペルを使って消耗していたPC達は、これで即座に万全の状態へ戻れるだろう。

 

「ぐぬぬ、ラットリー、そなた、いつの間に」

 

「お仕事しながらでもマルチタスクでゲームに接続できるのが、私達アンドロイドの強みですからー」

 

 ああ、それ、ヒスイさんもよくやっているやつだ。でも、スーパースペルって生半可なスキルの習熟度では習得クエストを受けられないのだが、どれだけ廃プレイしたんだ……。

 スーパーアーツとスーパースペルは一人三つまで習得できるが、まさか三枠全部埋まっているとは言わないよな? 言いそうだなぁ。

 

 と、そんなことがありつつも、俺達は要塞鯨を数の暴力でタコ殴りにしていった。

 そして、要塞鯨はとうとう、切ない断末魔の叫びをあげて動かなくなった。

 

「よっしゃー! 俺達の勝利だー!」

 

「勝ったのじゃ!」

 

 そう宣言すると、参加者達は一斉に勝ちどきをあげたのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「これが今回のあんたたちの取り分だ!」

 

 インスタンスエリアの軍港にて、ギルドマスターがそう言って俺達の前に運んできたのは、とにかく巨大な肉塊と、要塞鯨の皮、搾り取った鯨油(げいゆ)に、これまた大量の宝石だった。宝石は胃の中から出てきたらしい。砂肝みたいなことでもしているのか?

 

「はー、どうすんだこれ?」

 

 俺は、肉塊の前で頭を抱えた。すると、ギルドマスターが呆れたように言った。

 

「あんたユニオンリーダーだろう? メニューのユニオンの項目で報酬の分配ができるから、もめないように分けな。肉も自動で適切なサイズに分割されるよ」

 

「おお、そんな機能が」

 

 俺は、早速、分配機能を使って、2315人のPC達が平等な扱いになるよう報酬を振り分けた。

 

『報酬がインベントリの搭載可能重量を超過しています。報酬は自動で倉庫に送られます』

 

 お、おう。鯨肉があまりにも多すぎたせいで持ちきれず、PCが一人一つ持てる倉庫の中へ自動で送られることになったようだ。初めて聞いたぞ、こんなシステム音声。

 

「今回はいい仕事ができたよ。また何かあったら、紹介状を持って狩人ギルドに来な」

 

 ギルドマスターがそう言うと、レイドクエストがクリア状態になった。そして、インスタンスエリアから放り出され、俺達は町へと転送された。

 

「よし、今回のレイドは大成功だったな!」

 

「うむ、一度も死なずにすんだのじゃ」

 

 クエストも終わったので、俺と閣下はライブ配信の進行に戻る。

 三分ほど今回の感想を言い合い、ころあいと見て最後の締めにかかることにした。

 

「以上、また機会があれば、みんなで集まって何かしたいと考えている、21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

「グリーンウッド家のウィリアムがお届けしたのじゃ!」

 

 いつもの台詞で締めると、ラットリーさんがサムズアップして配信の終了を知らせてきた。

 そして、俺は周囲にいる参加者達に向かって言った。

 

「今日は参加してくれてありがとうな! 先ほども言ったけど、また何かすることもあるかもしれないから、今後もよろしく! 以上、解散だ!」

 

 そうして参加者達は町を去ったりログアウトしたりで、少しずつ減っていく。

 俺達も今日の用事は全て終わり……ではないのだよな。

 

「よし、ヨシムネ、次に行くのじゃ!」

 

「ああ、待って、チャンプが来るのを待て」

 

 しばらく俺、閣下、ヒスイさん、ラットリーさんの四人でその場に待機していると、クランメンバーと別れたチャンプが一人で俺達のもとへとやってきた。

 

「お待たせしました。では、向かいましょうか」

 

「うむ!」

 

 そうして俺達はまず倉庫施設に向かい、先ほどのクエスト報酬の鯨肉を適量取りだして、インベントリの中に改めてしまう。

 倉庫は各町に存在しており、どこからアクセスしても同じ倉庫を使うことができる。つまり、今ファルシオンに向かったとして、そこにある倉庫でも鯨肉が取り出せるという仕組みだ。

 

 さて、次に向かったのは、前提クエストを受けたあの食堂だ。

 食堂に入ると、今回はインスタンスエリアに入ったというアナウンスが流れなかった。

 食堂の中にはお客が入っており、先日と同じ店員が料理を運んでいた。

 

「いらっしゃい! おや、あんた達は……」

 

「どうも、鯨肉食べにきたぞ」

 

 俺がそう言うと、店員は楽しそうに笑った。

 

「ああ、聞いたよ! どでかい要塞鯨を大集団でボコボコにしたって!」

 

 クエストクリアの情報が、すでにこのNPCに共有されているようだった。

 インスタンスエリアではないというのに、柔軟な対応だな。

 

「うむ、大勝利だったのじゃ。それで、今回はその要塞鯨の肉を持ってきたでの。燻製肉にしてほしいのじゃ」

 

「あいよ。……うん、いい肉だね」

 

 閣下から麻袋に入った鯨肉を渡され、店員はいい顔で答えた。

 

「燻製肉は持ち帰りもできるけど、どうする? ここで食べるならいい酒を安くしておくよ」

 

「ここで食べていくのじゃ!」

 

 店員は肉を持って店の奥へと入る。そして、数十秒ほどすると、皿一杯の燻製肉を持ってやってきた。早いな。さすがゲーム。いや、リアルの自動調理器も早いけどな。

 

 店員は皿を空いたテーブル席に置くと、「ほらほら、なにやっているんだい。座りな」と言って俺達に着席をうながしてきた。

 そしてさらに、酒の入ったガラスのコップも運んでくる。

 

「これが当店自慢の酒、プルケだよ! 今回に限り、料金は後払いでいいよ」

 

「プルケ? 閣下、知ってる?」

 

 俺は聞いたことのない白い酒の名に首をかしげ、閣下に尋ねてみた。

 

「うむ。リュウゼツランという植物のしぼり汁を発酵させて作る、醸造酒なのじゃ」

 

「へえ、見た感じ度数はそこまで高くないのかな」

 

「そうじゃな」

 

 そうして、俺達はコップを手に取って、乾杯をすることにした。

 

「では、配信の成功を祝して、乾杯ー!」

 

 俺が簡単にそう言って、皆でコップを軽く打ちつけあった。

 

 さて、肝心の燻製肉の実食にかかろうか。

 味は……なにこれ美味え。肉のうま味はもちろんのこと、嗅いだことのない燻製の風味が鼻の奥に香ってきて、味わい深い。

 確か、乾燥した油サボテンで(いぶ)すとか言っていたな。肉もどでかいモンスター鯨だし、これはリアルに存在しないファンタジー料理だな。

 

「俺、鯨食べたの初めてですよ」

 

 燻製肉をかじりながら、しみじみとチャンプが言う。

 俺は……どうだったかな。ああ、確か一度、食べたことがあるな。

 

「缶詰に入っている、調理済みのやつを食べたことがあるぞ。味は覚えていないから、そこまで飛び抜けて美味しくはなかったんだろうな」

 

「私も鯨は初めてだのう。ヨシムネがいた21世紀と違って、私が生まれた頃はもうオーガニックな水産物は全て養殖で、旧来の漁業は廃れておったしの」

 

 閣下も鯨は食べたことがないらしかった。

 確かに、鯨なんてでかい生き物、そう簡単に養殖できるはずもないか。

 

 そんな、リアルでは口にできない食材をいくらでも食べられるのは、VRの強みだな。

 そして、本当の命を持たないゲームの中のデータでしかないので、21世紀でごちゃごちゃ言われていた面倒な事情は考慮しなくてもよいのである。

 

「うむ、酒にも合うのう。本当に、今回の配信は大成功じゃな!」

 

「閣下、ゲームの中で満足したからと言って、リアルでの食事は抜かないようにしてくださいよ?」

 

 と、横からラットリーさんが閣下にそんな注意をした。

 閣下って食いしん坊かと思っていたけど、リアルで食事を抜くとかする人なんだな。VRでの食事って、満腹中枢は刺激しないようできているから、いくら食べようとも腹がすくんだけどなぁ。まあ、閣下はガイノイドのボディを持つので、空腹程度カットできるのだろうが。

 

「むむむ。ゲームの中の方が、食べたことのない食事ができて楽しいのじゃ」

 

「料理長が聞いたら泣きますよ、それ」

 

「ただの業務用自動調理器ではないか! もう、あやつのレパートリーは、すべて味わいつくしたのじゃ」

 

 メイドを雇っているような閣下の家でも、料理は自動調理器頼みなんだよな。まあ、自動調理器には時間操作機能とかがデフォでついているから、人間の料理人では効率の面でどうしても負けてしまう。

 その後もラットリーさんから次々と明かされる、閣下の赤裸々な生活事情を聞きながら、俺達は燻製肉をたいらげていった。

 

 しかし、大量に倉庫にぶちこまれたクエスト報酬の鯨肉、どう処理したものかね。全部燻製にしても食べきれる気がしないぞ。

 俺は白い酒プルケを口にしながら、料理人プレイヤーが集まるクランを頭の中にリストアップしていくのだった。急募、多彩な鯨肉料理を作ってくれる凄腕料理人!

 



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123.メタルオリンピア300(スポーツ)<1>

 秋も深まる10月1日。

 アーコロジーの中にいると、季節の移り変わりを堪能(たんのう)することがいまいちできない。元農家の俺としては、寂しいかぎりだ。

 だが、ヒスイさんが俺を気づかって、秋っぽい食材で食事の献立を立ててくれている。そのおかげで、季節の移ろいをなんとか感じられていた。

 

 さて、そんな秋のヨコハマ・アーコロジーの部屋に、ミドリシリーズのオリーブさんが訪ねてきた。

 またヨコハマのスタジアムで、アンドロイドスポーツの試合でもあるのだろうか。と、思ったのだが、どうも違うらしい。

 

 なんでも、俺に用事があって、わざわざ直接会いにきたのだとか。

 別に、SCホームにでも来てくれれば、いつでも話くらいするのにな。なんとも律儀な人である。

 

 オリーブさんは、ヒスイさんの出したモッコスを飲みながら、俺に話を切り出す。

 

「ちょっと小耳に挟んだんだけど、ニホンタナカインダストリは、スポンサーとしてヨシにプレイするゲームを強要しないらしいな」

 

「ああ、そうだな。気楽に配信できるから、正直助かっている」

 

「じゃあ、他の組織が、ヨシに特定のゲームを宣伝してほしいって依頼するのはどうだ? 受けてくれたりするか?」

 

「えー、うーん……」

 

 ちょっと想定していなかった話が来たぞ。

 宣伝でゲームか。思い出してみると、21世紀の頃にも人気の配信者やバーチャルユーチューバーは、企業からいろいろ依頼を受けて宣伝動画を配信していたりしたな。

 俺は……どうするのが最適だろうか。スポンサーか……。

 

「……勝手に判断はできないかな。ほら、スポンサーとのあれこれがあるからさ」

 

「ニホンタナカインダストリなら、すでに話は通してあるぜ。あとはヨシがどう思うかだ」

 

「それなら……やるゲームによるかな。つまらないゲームを面白いって宣伝するのだけは、絶対に嫌だ」

 

「そこは安心してくれ! 今回ヨシにお願いするのは、私も開発に協力したゲームだぜ! その縁で、私にヨシを紹介してくれって話が来たんだ」

 

「へー」

 

 オリーブさんが協力したイコール面白い、となる理屈がいまいち解らんが、とりあえず生返事をしておく。

 すると、オリーブさんは俺の目の前に空間投影画面を表示させて、ゲームのパッケージ画像を見せてきた。

 なになに……。

 

「メタルオリンピアっていう、アンドロイドスポーツの宇宙競技大会をゲーム化したんだ。実在選手が登場して、自由に使えたり競ったりできる夢のゲームだぞ!」

 

「へー、『メタルオリンピア300』ね」

 

 名前からして21世紀にもあった、聖火をリレーで運んだりする五輪大会の流れを汲む、国際競技大会だろうか。いや、国家という区分はこの時代には存在しないので、国際ではなく宇宙競技大会か。

 そういえば、俺が実家の家屋ごと次元の狭間に飲み込まれた日付は、2020年の12月26日だった。

 その2020年はいろいろあったために、東京五輪は翌年に延期となっていた。結局、その後、東京五輪は開催されたのだろうか。後で調べてみようか。

 

 そして、疑問が一つ浮かぶ。

 

「ちなみに300というのは?」

 

「宇宙暦300年のことだ。今年は299年だから、来年だな」

 

「ああ、宇宙暦か。300年ってことは節目の年だな」

 

「そうだぜ! メタルオリンピア以外にも、いろんな(もよお)し物が予定されているんだ」

 

 へえ。その節目の年の大会をゲーム化するのだから、結構本腰を入れて作られた作品なのではないだろうか。

 

「OK。配信の依頼、受けるよ」

 

「やったぜ! 電子契約書をヒスイに送るから、確認して電子サインを入れておいてくれな! それと、これ、開発メーカーの宣伝部の連絡先な。一応、サインの前に、宣伝部の担当者と話した方がいいな」

 

 契約書かぁ。確認が面倒臭いんだよな。細かいニュアンスの把握は、ヒスイさん任せにしよう。

 

「契約の内容を簡単に説明しておくと、ライブ配信はNGだ。撮影して編集した動画を一度、開発側でチェックする必要があるからな」

 

「ああ、了解」

 

「それと、ヨシは配信者の職で一級市民になっているわけじゃないから、ギャラが支払われるぞ。期待してくれていいぜ」

 

「クレジットは有りあまっているから、別にそこまで高額なギャラも必要ではないんだけどなぁ」

 

 一級市民に配られるクレジットって、研究職の人が私的に研究資材を購入するために使われるものだから、額がでかいんだよな。

 

「ヨシは人間なのに、ゲームのNPCをアンドロイド化して、お婿さんとかお嫁さんとかにしたいって思わないのか?」

 

「俺、生身の頃から、ゲームや漫画の登場人物に深い思い入れを持ったことないから……」

 

 俺の嫁だの推しだのといった概念が21世紀にいた頃にあったが、俺はそれに乗れなかった人種だ。

 結婚システムが売りの農業スローライフゲームでも、結局結婚せずにクリアしてそのままやめるとかしていた。

 

 まあ、この時代だと、高度有機AIサーバに接続したゲームのNPCは人間と遜色(そんしょく)ない人格を持った存在なので、創作物のキャラクターとはまた違う接し方になるのだが……。

 それも踏まえて、俺は言葉を続ける。

 

「少なくとも、この時代に来てから誰かに恋愛感情を持ったことはないな」

 

「そんなものか。いや、私の人間の知り合いは、結構アンドロイドの配偶者持ちが多くて。ヨシもその口かと思ったんだ」

 

「ま、俺は当分、恋人作る予定はないよ」

 

 そういうのは、男のボディに戻ってからにしたい。いや、男のボディに戻る予定も、今のところ全くないのだが。

 

「そうかー。まあ、それはともかく、ゲームの宣伝プレイよろしくな!」

 

 その後もオリーブさんはしばらく部屋に留まり続け、夕食を俺達と一緒に食べてから帰っていった。

 たまに食う飯は美味いとか言っていたので、彼女も以前のヒスイさんと同じように、普段から食事は取らないタイプの人だったようだ。

 まあ、食事に関するスタンスは人それぞれであるべきなので、俺からは何も言わない。ヒスイさんは俺に付き合って三食食べるようになって、すっかり食事にはまっているけどな。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 オリーブさんからの依頼を受けた翌日、契約は成立し、ゲームが無料で送られてきた。

 一応、ゲームメーカーの宣伝部門の担当者とは、ニホンタナカインダストリの広報室を交えてVR上で会議をした。すると、担当者から、まずは自由にやってみてくださいと言われた。なので、早速、その日のうちにプレイをすることにした。

 

 たまにはリアルの姿も映してみようかと思い立ち、カメラ役のキューブくんに出動してもらい、遊戯室で撮影を開始する。

 

「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。10月に入り、秋も深まってまいりました。とはいっても、コロニーやアーコロジー在住だと、秋と言われてもしっくりこないかもしれないな」

 

「惑星テラと季節が連動しているMMORPGは、ゲーム内が秋になっていることもあるそうですね。ですので、二級市民の方々は、意外と秋を満喫しているかもしれませんよ。助手のヒスイです」

 

「おお、そんなこともあるのか。ところで、秋といえば、21世紀の日本では、食欲の秋、芸術の秋、読書の秋といろいろ言われていたな。その中でも、今回はスポーツの秋を堪能(たんのう)したいと思う!」

 

 俺がそこまで話すと、ヒスイさんは腕に抱えていた猫型ペットロボットのイノウエさんに目線を向けて、言う。

 

「動物の秋はありませんか?」

 

「聞いたことないな! さて、スポーツの秋ということで、今日はスポーツゲームをプレイしていくぞ。リアルで運動をしにいくと思った人は残念、この配信チャンネルのカテゴリはゲームだ!」

 

「普段からゲームをやらずに、料理風景を配信したりもしていますけれどね……」

 

「それは言いっこなしだよ。さて、それじゃあ、VR空間へゴーだ!」

 

 ソウルコネクトチェアに座って、目を閉じる。

 そして、目を開けると俺はSCホームの庭先に立っていた。日本庭園風にカスタマイズした庭は、秋一色といった風景になっている。

 

「うーん、見事な紅葉。ヨコハマ・アーコロジーの中には街路樹がないから、VR上でしか紅葉を楽しめないのが残念だな」

 

「秘かにモミジやカエデをSCホームの庭に増やしておいて正解でした」

 

 そんなことやっていたのか、ヒスイさん。気が利くな。

 さて、仮想の秋を楽しむのもよいが、本題に入ろう。

 

「ゲームを始める前に、今回の配信について一言、言っておくことがある」

 

 俺は、カメラの方向に真面目な顔を向ける。

 

「今回の配信は、ゲームの宣伝だ!」

 

「……正直に言ってしまいましたね」

 

「オリーブさんを通じてゲームメーカーから依頼を受けて、今回の動画を配信しているぞ! そして、なんとプレイするゲームは……」

 

 俺は、わずかに溜めるようにして、言った。

 

「発売前のゲームだ! フライングゲット! いや違うか。宣伝のために、まだ誰もプレイしたことのない、最新ゲームをこれからやるぞ!」

 

「テストプレイヤーのAIは、すでにプレイしているのではないでしょうか」

 

「……さあ、早速ゲームを起動してみようか!」

 

 突っ込みを無視される形となったヒスイさんだが、気を悪くせずに、いつものようにゲームアイコンを両手に掲げ、ゲームを起動した。

 背景が崩れていき、陸上の競技場へと切り替わる。空は晴天。そして、その空にでかでかとタイトルが表示されている。

 

「今回プレイするゲームは、アンドロイドスポーツゲーム、『メタルオリンピア300』だ!」

 

 俺がそう言うと、満員の観客席にいたNPCが、「わーっ!」と歓声を上げた。

 うおお、びびった。なにこれ、配信内容と連動しているのか? 芸が細かいな!

 

「さて、ヒスイさん、ゲームの説明をお願い」

 

「その前に、まずメタルオリンピアとは何かから説明いたします」

 

 おっ、そこからか。確かに、視聴者の中には、スポーツ観戦とか興味ない層もいるだろうからな。

 

「話は、惑星テラの古代ギリシアから始まります」

 

「そこから!?」

 

「古代ギリシアのオリンピアという都市では、四年に一度、オリンピア大祭というスポーツの競技大会が開かれていました。これは主神ゼウスに対する奉納競技を行なう大会であり、宗教的側面の強い祭りでもありました」

 

 へー、それは知らんかった。

 

「それから時を経ること19世紀。旧フランスで、国際的なスポーツ競技大会を開催することが決まりました。オリンピア大祭にちなんで四年に一度開かれることになったこの大会は、その後、長い間、惑星テラのあらゆる地域から人を集めて、開催され続けました」

 

 これはちょうど俺が居た時代の話だな。

 四年に一度が、夏季と冬季を交互に繰り返す二年に一度に変わったりもした。

 ヒスイさんは説明を続ける。

 

「しかし、第三次世界大戦以後、国際関係が悪化し、全世界の競技者が一箇所に集まるということがなくなりました。人類が一堂に会することができるようになったのは、太陽系統一戦争が終わって、さらにしばらく経ってからのことです」

 

 へえ。火星の反乱に地球側が連合を組んで潰しに来たりしていたが、国際関係は悪かったのか。確かに、火星軍が月まで侵攻したあたりで、内ゲバかまして第四次世界大戦が勃発していた。

 

「しかし、その頃には、惑星テラの環境悪化の影響でスポーツ人口そのものが減少しており、国際的な競技大会というものが成り立たなくなっていました。それからしばらく時代を経ると、アンドロイドスポーツやサイボーグスポーツが勃興します」

 

 ここまで来ると、完全に俺が知らない歴史だな。

 

「そして、再び競技大会の開催が望まれるようになりました。そうして生まれたのがアンドロイドスポーツの宇宙競技大会、メタルオリンピアです。四年に一度行なわれるメタルオリンピアですが、次回の開催は、来年の宇宙暦300年。その大会をゲーム化したのが、この『メタルオリンピア300』です」

 

「なるほどなー。ヒスイさん、説明ありがとう。ちなみにサイボーグスポーツの方は、大会あるの?」

 

「アイアンオリンピアですね。なお、非サイボーグのスポーツ人口は少ないため、残念ながら旧来的な五輪に該当する競技大会はありません」

 

 スポーツする人、みんなサイボーグ化するんだ……。

 ちょっと、その価値観が俺には理解できそうにない。他者の否定につながりそうなので、わざわざそのことを口にはしないでおくが。

 

「さて、それじゃあゲームを始めていこうか!」

 

 俺はタイトル画面からゲームを移行させ、本格的にプレイを始めるのであった。

 さて、オリーブさん推薦のスポーツゲーム、どんな競技が待っているかな?

 




「21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!」を投稿し始めてからちょうど一年が経ちました。二年目も引き続きよろしくお願いします。


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124.メタルオリンピア300(スポーツ)<2>

 タイトルからメニュー画面に移行すると、様々な競技名が陸上、水泳、球技などの種目別にずらりと並んだ。

 ふむふむ、21世紀で見覚えのある競技もあれば、まったく知らない競技もあるな。

 

 そして、安定のキャラクター作成機能がある。

 だが、今回キャラ作成はしない。

 

「このゲームは、なんと実在のプロアンドロイドスポーツ選手を実際に操作できるんだ。だから、今回は俺に縁のある、ミドリシリーズのオリーブさんを使っていこうと思う」

 

 画面の向こうの視聴者を想定して説明する。

 俺のリアルのボディもミドリシリーズだから、オリーブさんを使用するのは、おそらく操作上の違和感も少ないだろう。

 

「さて、まずは肩慣らしというか、チュートリアル的な競技からやっていきたいけれど、ヒスイさん、お勧めの競技は?」

 

 今回の契約では、発売前のこのゲームを他者にプレイさせてはならないとあるが、ヒスイさんは配信メンバーの一人であるため、この他者にはあたらない。

 なので、多分すでにテストプレイ済みのヒスイさんに、俺は尋ねたのだ。

 

「そうですね。重量投げからやって、このゲームの独特の仕様に慣れましょうか」

 

「重量投げ! 字面が強烈すぎる!」

 

 ヒスイさんは俺の横からメニュー画面に手を伸ばし、陸上種目から重量投げを選択した。

 すると、場面が切り替わり、多数のNPCが行き交う公園のような場所に出た。

 

「ん? ヒスイさん、ここは?」

 

「選手村の運動公園です。出場可能な選手が配置されていますので、操作したい選手に話しかけてください。もちろん、そのような手間をかけたくない場合は、選択画面からも選手を選べますが」

 

「この広い場所で、オリーブさん一人を探すのは時間がかかりそうだな……でも、せっかくなので探すか」

 

 俺は運動公園を三分ほどうろうろと歩き回る。すると、オリーブさんは木陰で複数の選手達と談笑していた。判りやすいよう、頭上に『オリーブ(ニホンタナカインダストリ)』と名前が表示されている。名前の表示は、他の選手達も同様だ。

 

「これに話しかけるの、難易度高くない?」

 

「高度なAIは使われていないのですから、気にせず選択してください」

 

 ヒスイさんに突き放されたので、俺はオリーブさんに近づき、言葉を投げかける。

 

「オリーブさん、君に決めた!」

 

『おっ、私の出番か? じゃあ、いっちょやるか!』

 

 似てるなぁ。本人そのものだ。そう思っていると、目の前にオリーブさんのプロフィールが書かれた画面が開いた。

 なになに? 得意競技は銀河アスレチックね。そういえばニホンタナカインダストリのタナカ室長が、この競技用にオリーブさんのAIを設計したとか言っていたな。

 

 プロフィールの一番下に『オリーブ選手を選択しますか?』との確認画面があったので、『はい』を選ぶ。

 すると、突然俺の身体が光り、輪郭が消えていく。そして、光の塊となった俺は、オリーブさんの身体に吸い込まれるようにして同化した。

 そして、視界が切り替わり、タイトル画面と同じ陸上競技場に俺は立っていた。

 

「……ん、オリーブさんになったのかな?」

 

 確認するように言葉に出すと、いつもと違う声になっていた。同じミドリシリーズでも、オリーブさんの声は工場出荷状態のデフォルト設定じゃないので、俺やヒスイさんの声とはだいぶ違う。

 ちなみに、最初はデフォルト状態だった俺とヒスイさんの声も、視聴者が混乱しないよう少し声質を変えている。

 

 さて、オリーブさんの憑依した身体の調子は……身長は俺とオリーブさんで共通なので、不調は感じられない。

 

「頭がなんだか軽い気がするな。髪型がいつもと違うからか」

 

 普段の俺は肩甲骨まで届く長髪だが、オリーブさんの髪型はミディアムショートだ。ちなみに彼女の髪色は、名前そのままのオリーブグリーン。黒髪が多いミドリシリーズでは、珍しい髪色だな。

 

「意識すれば、主観視点から第三者視点に切り替えることができますよ」

 

 ヒスイさんにそう言われたので、俺は視点が切り替わるよう意識した。

 すると、ぴっちりとしたスポーツウェアに身を包んでいる、いつもの髪型をしたオリーブさんの様子が、少し離れた斜め上の位置から見てとれた。自分の腕を上げてみると、視界の中のオリーブさんが腕を上げる。

 うっ、この操作感覚は慣れないな。よくもまあ、ヒスイさんはこれと同じことができるスキルを『Stella』で使っていられるな。

 俺は元の視点に戻し、競技を開始することにした。

 

 すると、競技場のトラックに書かれた白線が消え、新たな白線が描かれていく。

 すごいな。床の模様が自在に変わるのか。AR表示的な白線なのか、実際に白線が書かれているのかは判らないが。

 

『第一投!』

 

 そんなコールがされ、俺は視界に表示される案内に従って、白線で描かれた広い円の中に入る。

 その円の中心には、巨大なバーベルが鎮座していた。……これ投げんの? まさしく重量挙げで使いそうなくらい、でかいバーベルなんだけど。

 俺が躊躇(ちゅうちょ)していると、何やら競技場の観客席にいるNPC達が盛り上がっていき、オリーブコールがされ始めた。

 

『オリーブ! オリーブ! オリーブ! オリーブ!』

 

「なにこれ!?」

 

「客席のNPC一人一人に簡易なAIが割り振られており、状況によって様々な反応を示すようです」

 

「まだ第一投すらしていないんだけど……」

 

「オリーブは以前、メタルオリンピアの重量投げで好成績を残していますから、期待が高まっているのでしょう」

 

 すげーな、オリーブさん。球技に銀河アスレチックにパワー競技まで、幅広く成果を出しているのか。

 

「さて、これを投げるわけだけど、投げ方が解らんぞ」

 

 砲丸とかじゃなくて、どうみてもバーベルなんだよなぁ。正直、投げるのに向いていない形状だろ。

 

「競技を始めることを意識してみてください。システムアシストとは異なる運動プログラムという仕組みが働くはずです」

 

 ふむふむ……。どれ、投げてやるか。

 と、おお……!

 

「頭の中に、どう動けばいいか流れ込んでくる……!」

 

 俺はその知識のような何かに従い、バーベルをつかんだ。すると、次にどう身体を動かしてよいかが、頭で理解できた。

 そして、俺は勢いに任せたまま、バーベルを前方に向かってぶん投げた。知識に従って身体を動かしたら、その通りに身体が動いた。なにこれ、新感覚。

 

『117メートル!』

 

 すごい音を立ててバーベルが競技場の地面に落ち、電光掲示板らしきパネルに記録が表示された。観客席から大きな歓声が飛んでくる。

 

「はー、すごいな。これが運動プログラムってやつか」

 

「はい。現実世界でのアンドロイドやサイボーグに搭載される、スポーツのためのプログラムです。アンドロイドスポーツは、機体の性能を競うだけでなく、この運動プログラムの出来を競う側面もあります。さらに、二級市民の配給クレジットでできる範囲で身体改造を行なうサイボーグスポーツになると、個人ごとの性能差はほぼなくなるので、運動プログラムの優劣競争が主流になってきます」

 

「プロの選手が使っている機能かぁ」

 

「もちろん、ゲームで使われているのはゲーム開発者が作った再現プログラムであり、本物のプロスポーツ用の運動プログラムではありません」

 

「ああ、選手とアンドロイド製作所にとっては飯の種だもんな。いくらゲーム化されるからって、プログラムを提供はしないか」

 

 ミドリシリーズ一体で結構なお値段するが、運動プログラムも開発費用がすごいんだろうな。ITには詳しくないので、どれくらいの開発規模かまったく想像つかないが。

 

 と、俺以外の選手が全員バーベルを投げ終わったようなので、俺の番が再び回ってきた。二投目だ。

 

『126メートル!』

 

 よしよし、めっちゃ伸びたな。コツがつかめてきたぞ。

 

「うん、これは、システムアシストのアシスト動作とはまた違った仕組みだな。アシスト動作が人を超えた動きを可能とするなら、運動プログラムは人の限界に近づいた動きを可能とする感じだ」

 

「ソウルコネクト内ではなく、現実世界で使うためのプログラムですからね。アシスト動作のように、物理法則を無視した動きはできません」

 

 アシスト動作って、中には瞬間移動じみた動きがあったりするからなぁ。2D格ゲーのコマンド技みたいなものだ。そりゃリアルで使用できないわ。

 

 その後、三投まで競技は続いたが、俺が三投目で叩き出した129メートルが最高記録となり、俺はなんと金メダルを獲得することとなった。

 ヒスイさん曰く、今回はゲームの紹介がメインなので、難易度はイージーモードらしい。

 どうしたヒスイさん。今日は生ぬるくないか?

 

「ではヨシムネ様、次の競技はいかがなさいますか?」

 

 表彰台で金メダルを貰って帰ってきた俺に、ヒスイさんが言う。

 うーん、次か。そうだな……。

 

「水泳で」

 

「水泳ですね。では、4000メートル自由形で」

 

 ヒスイさんが手元のウィンドウをいじると、視界が切り替わり、やけに縦に長いプールに移動していた。

 というかヒスイさん、今4000メートルとか言わなかった?

 

「ちなみに、アンドロイドの中には比重の問題で水に浮くことができない個体がいます。そのため、選択した選手によっては水泳競技に出場できません」

 

 俺の困惑を置き去りにして、ヒスイさんがそんな説明をしてくる。

 とりあえず、プールのでかさと競技の距離の長さは脇に置くことにして、俺は口を開く。

 

「まあ、本来競技大会ってそれぞれ専門の選手がやるものだからな。ところで、足ヒレパーツがデフォで着いていて圧倒的に速い、みたいな相手はいたりする? いたら勝てそうにないんだけど」

 

「アンドロイドスポーツに出場できるアンドロイドの身体的特徴は厳しく制限されており、大雑把に言いますと人間を模していなければなりません」

 

 へー。知らんかったわ。

 

「ですので、足ヒレのあるアンドロイドは人間の特徴を逸脱していると判断されるので、アンドロイドスポーツにはエントリーできません。もちろん、足ヒレがついたアンドロイドが、現実に存在しないという訳ではありません。海水浴場の監視員として、より泳ぎと救助に特化した形状のアンドロイドやロボットが配属されていることもあります」

 

「なるほどなー。ところで、オリーブさんは水泳に出場できるわけ?」

 

「オリーブはニホンタナカインダストリの業務用ガイノイドである、ミドリシリーズの一員です。業務用とは、あらゆる環境で作業が行なえることを意味しており、当然泳ぎも得意です」

 

「あの大きさの鉄塊をぶん投げられる身体強度なのに水に浮くとか、一体どうなっとるんだ」

 

 骨格を金属とかで作っていたら普通は沈むよな……。

 同じミドリシリーズの俺だって、リアルで10トンのバーベルを持ち上げられたんだぞ。それが、水に浮く軽さとか、よく考えるとすごすぎるぞ。

 

「21世紀とは材料技術の水準が根本的に異なりますので」

 

「600年の技術差すげぇ」

 

 とりあえず引き続きオリーブさんを使うということで、俺は今の自分の格好を確認した。うむ、競泳水着だ。21世紀とあんまりデザインは変わらないんだな。

 速さを求めるなら、全身タイツ型の水着にして水の抵抗の少ない素材を使えばいいのだろうが、21世紀ではその方向性は紆余曲折あって無効となっていた。そこは未来でも同じようだ。あくまで服ではなくアンドロイドの性能で競い合うようだな。

 

「んじゃ、4000メートル泳いできますか。ヒスイさん、このプール、縦何メートルあるの?」

 

「200メートルですね。ですので、10往復です。頑張ってください」

 

 そうして俺は運動プログラムに従うまま、全力で泳ぎ切った。

 結果は4位。メダルならずだ。

 

「うーん、惜しい」

 

「初めてですし、仕方ないですよ」

 

「いやー、それよりも、泳いでいて自分の速さにびびったんだけど」

 

「リプレイ見ます?」

 

「うん、見る見る」

 

 すると、第三者視点から見るアンドロイド達が泳ぐ様子は……なんというか、生身の人間が全力疾走するくらいの速度が出ている気がした。

 こえー。アンドロイドこえー。

 人間は、もう絶対にアンドロイド様に逆らってはいけないのでは? 生身が残るサイボーグは、ここまでのスペックは出せないだろうよ。

 

「さて、次の競技に行ってみましょうか」

 

 その後、俺は1000メートル走を全力疾走したり、ボクシングで相手の鼻パーツをぶっ潰したり、槍を投げて遠くの的に当てる競技でわざと観客席に向けて投擲(とうてき)し、エナジーバリアで防がれたりした。

 

「ヨシムネ様が『死ねぇ!』と言いだしたときは、オリーブに何か悪い影響を受けたのではと思いましたよ」

 

「オリーブさんのボディになったからには、一度言ってみたかった」

 

「オリーブは死ねとよく言いますが、AIなので人間に危害は与えませんよ。念のために言っておきます」

 

 槍当て競技での一幕である。

 そして、競技の結果は、メダルを獲得したり、しなかったりと様々。

 イージーモードだが、そこそこ歯ごたえがある感じだな。俺が運動プログラム初体験ということもあるだろうが。

 

「ヨシムネ様、そろそろ終わりの時間です」

 

「ああ、夢中になっていたけど、もうそんな時間か」

 

 俺は今やっている競技を最後まで終わらせ、撮影の締めに入ることにした。

 タイトル画面に戻り、オリーブさんのボディから脱していつもの姿に戻る。

 

「VRでのスポーツゲームは初めてだったけど、面白かった! いや、宣伝動画だけど、これは本心からの言葉だぞ」

 

「ヨシムネ様の楽しむ表情を見ていれば、それを疑う人はいないでしょうね」

 

「あれ、そんなに顔に出てた?」

 

「はい、とても」

 

 ヒスイさん、なんでそんなに面白そうな顔で言うかな!

 まあ、いいか。意識をゲーム内容に戻した俺は、言葉を続ける。

 

「総評としては、大変よくできました、だ。スポーツの秋、楽しませてもらったぞ。視聴者のみんなも、アンドロイド達の気分を味わってみたいなら、ぜひプレイしてみてくれ。……まだ発売していないけど!」

 

「発売日は宇宙暦299年10月20日となっております」

 

 後から配信を見た人にも優しい、年月日のフォローありがとうヒスイさん!

 20日を過ぎた後に見て、まだ発売していないんだ、とか思われたら困るところだった。

 

「以上、リアルのメタルオリンピアにも興味が出てきた、21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

「本物のオリーブにも、頑張ってもらわないといけないですね。助手のヒスイでした」

 

 こうして無事に、宣伝動画の撮影が終わった。

 その日のうちにヒスイさんは動画の編集を行ない、開発メーカーの宣伝部に動画を渡した。

 OKが出たのは翌日のことで、早速、動画の配信を行なう。

 

 すると、反応は上々で、オリーブさんの魅力に気づけたなんていうコメントも、複数ついていた。見た目はオリーブさんでも、中身は俺なんだがな。

 今後も企業の宣伝依頼を受けるのか、との質問が来たので、これには知り合いの紹介以外は受けない方向で行く、と答えておく。

 依頼ばかりになって、好きなゲームを自由に配信できなくなると困るからだ。

 

 さて、今回の配信も好評だったし、依頼のおかげで臨時収入が入ったので、祝いに寿司でも食べに行こうかな。

 



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125.キネマコネクション299(アドベンチャー)<1>

今回は著作権の切れた作品を作中で扱います。
注意! カレル・チャペック作『R.U.R.』の重大なネタバレを含みます!


「おーい、みんなー。映画観ようぜ」

 

 そんな口上と共に、本日のライブ配信は始まった。

 今回はSCホームの日本家屋からのスタートだ。俺のコスチュームは、黒のスーツに白のYシャツ、黒ネクタイに白の手袋。なかなかキマっているんじゃないか?

 

『あれ、いつものは?』『わこつ』『いつもの台詞言ってよ!』『おじさん少女がないと物足りない』

 

「はいはい、どうも、21世紀おじさん少女だよ。これでいいか?」

 

『やる気あんのか!』『こんなの私のおじさん少女じゃない』『もっとこう、どうもー、でしょ!』『本物のヨシちゃん? ミドリちゃんさんあたりがアバター使って化けてないよね?』

 

「いや、本物だぞ。さて、じゃれ合うのはこれくらいにして、今日の配信を始めていこうか。あ、ヒスイさんもいるぞ」

 

「どうも、宇宙3世紀ガイノイド少女のヒスイです」

 

 こやつネタに乗ってきよった。

 これじゃあ先に進めないので、ヒスイさんへの突っ込みはせずに、今日の配信内容の説明を始めることにしよう。

 

「実はさあ、前々から思っていたんだ。アドベンチャーゲームを配信してないなって」

 

 アドベンチャー。冒険を意味する英単語だが、アドベンチャーゲームとすると、意味はとたんに変わる。

「こういうものがアドベンチャーゲームだ!」と言うのは難しいのだが、俺的になじみ深いアドベンチャーゲームは、背景が表示され、人物の立ち絵が表示され、テキストでストーリーが進み、選択肢を選んでシナリオが分岐する類のゲームだ。

 21世紀の日本では、ギャルゲーや乙女ゲー、エロゲの大半がこのアドベンチャーゲームだった。昔は推理ゲームとかもあったな。

 

 俺の偏見で言ってしまうと、用意されたシナリオを純粋に体験するのがアドベンチャーゲームだ。

 もちろん、VRになるとまたいろいろ変わってくるのだろうが。

 

「でも、アドベンチャーゲームを丸々一本クリアするのは、これからプレイしたい人にネタバレになるから配信は控えていたんだ」

 

『いまさら』『配信やっててネタバレ気にするの?』『あーあ、俺ヨシちゃんに発売前の『メタルオリンピア300』ネタバレされちゃったなー』『繊細すぎる……』

 

「いや、RPGだってアクションゲームだって、ストーリーを見せるのはネタバレになるが、アドベンチャーゲームはこう……違うんだよ! 俺が操作するさまを見せる他のジャンルとは違って、アドベンチャーはストーリーを垂れ流しにするというか……映画を勝手に流している気分になるんだ」

 

 そう力説するが、視聴者の反応は鈍い。

 まあ、いいさ。これは前置きなのだ。

 

「そう、映画。アドベンチャーゲームを流すくらいなら、映画を流しちゃってよくね?」

 

『ダメだろ』『ここ、ゲーム配信チャンネルなんだよなぁ』『一定期間個人配信NGの映画が大半だよね。有料だから当然だけど』『私、みんなでわいわい映画見るの結構好きだよ』

 

「そこで、このゲーム、『キネマコネクション299』だ!」

 

 俺は視聴者のコメントを無視して、ゲームアイコンを手の中に出現させ、ゲームを起動させた。

 日本家屋から、映画館のロビーに背景が切り替わる。

 

「このゲームは、映画の中に入ってストーリーを間近で楽しむ、ゲームのようでゲームではない体験型アトラクションだ!」

 

『へー、こんなゲームあるんだ』『ゲーム区分でいいのかこれ』『もしかして普通のソウルコネクト映画なんじゃあ……』『これの270年版持ってるわ。なぜかゲーム扱いで売っているんだよな』

 

「コネクションというのは、英単語そのまんまの意味じゃなくて、ソウルコネクトとコレクションをかけた名前らしいぞ。コレクションと言うだけあって、大量の映画が収録されているんだ」

 

 今年の3月頃のことだ。ふと、21世紀にあった映画を見たくなって、古い映画を収録しているライブラリあたりがないかと、オンライン上を探した。そして、なぜかVRゲームを販売している場所でこれを見つけて、迷うことなく購入した。

 

 この時代では著作権が切れている20世紀や21世紀の映画が、古典ジャンルとしてVR化されて収録されていたのが面白かったな。

『E.T.』だとオリキャラの子供の一人になって、物語を間近で体験できたし、『コマンドー』では主役ジョン・メイトリックスとなって、自動で身体が動くさまを体験しながら爽快アクション活劇を迫力満点の視点で楽しめた。

『ロード・オブ・ザ・リング』では、透明人間的なアバターになってストーリー展開を自由に追跡していった。

 

「アドベンチャーゲームなら後からプレイしたいって人も出て、ネタバレが問題になるかもしれない。でも、映画なら純粋に観るだけだから、最初から最後まで流せばネタバレも何もない。しかも、このゲーム、ライブ配信OKな収録映画も多いんだ」

 

 俺は映画館の軽食販売コーナーでコーラを買って飲みながら、視聴者にそんな説明をする。

 うん、やっぱり映画館は冷たい氷入りのコーラだよなー。ポップコーンもあるとさらによし。

 

「というわけで今日は、ゲーム配信じゃなくて、みんなで映画観賞しようぜ!」

 

『わあい!』『たまにはそういうのもいいよね』『みんなで実況って好きだよ』『何観るの?』

 

 何を観るかは決めていなかったな。視聴者の反応次第で、どのジャンルを観るかその場で決めようと思っていたのだ。

 

「ヒスイさん、さすがにゲームと違って映画は目を通していないだろうけど、お勧めってある?」

 

 俺は視聴者ではなく、ヒスイさんを頼ることにした。

 ヒスイさんの今日の服装は、四つボタンの黒スーツに白Yシャツ、赤ネクタイに白手袋だ。

 

「そうですね。『R.U.R.(エルウーエル)』はどうでしょうか。ヨシムネ様が生まれるより以前に書かれた古典が、宇宙暦213年に映画化されています。保護期間が切れた、ライブ配信可能な収録作ですね」

 

 うわ、俺が私的に買ったゲームなのに、中身を把握されてる。

 

「古典か。どんな作品なの?」

 

「原作は西暦の1920年に発表された戯曲、つまりは劇の台本ですね。ロボットという言葉を初めて世に生み出した作品です」

 

「へー、SFなんだ」

 

「そうですね。ですが、ヨシムネ様がよく口になさる、未来的世界観という意味でのSFとは異なるかもしれません」

 

「ほうほう。じゃあ、それを観ようか。視聴者のみんなもそれでいいな?」

 

『OK』『大昔の原作で86年前の映画かぁ』『まあ86年程度の昔なら粗はないだろ』『昔の人が考えるSFか……どんなんだろう』

 

 俺は手元のコーラを飲みながら、チケット販売所で映画のチケットを発行してもらい、上映室に入っていく。

 この場所のコンセプトは20世紀の映画館らしい。俺は中程の席に座り、スクリーンを眺める。俺の右隣の席にはヒスイさんが座った。

 

 しばし待っていると、上映室の照明が落ちる。そして、スクリーンに光が当てられ……奇妙な服を着た一人の人間が映った。

 すると、男性の声でナレーションが流れる。

 

『この商品は〝ロボット〟。人間のあらゆる労働を肩代わりしてくれる、当社自慢の万能人造人間です。そう、このロボットがあれば、人類にはもう働かなくてよい未来が待っております。値段もひかえめ、大変お求めになりやすくなっております。ロッサム・ユニバーサル・ロボット社、R.U.R.のロボットをどうぞよろしくお願いいたします』

 

 これがロボットか……金属的な部分は見受けられない。アンドロイドと言われた方がしっくりくるが。ロボットという言葉を生み出したという作品らしいから、アンドロイドという言葉もまだなかったんだろうな。

 と、そんなことを考えていると、スクリーンのロボットが消え、真っ白な画面になる。すると、俺の意識はスクリーンの中に吸い込まれていくのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 ロッサム・ユニバーサル・ロボット社。万能人造人間〝ロボット〟を製造・販売している会社だ。

 販売網は世界中に広がり、膨大な数のロボットを次々と世に送り出していた。

 

 孤島に存在するそのR.U.R.社の社屋で、一人の男が奇妙な格好をした女性にタイプライターを打たせている。先ほどのナレーションを信じるならば、この女性はロボットだ。

 

 それを見て、その場に透明人間となって立っている俺は言う。

 

「確かに未来的世界観ではないな……タイプライターなんてアナログなアイテムが出てくるとは。ロボットがタイプライター打つとか、シュールな光景だ」

 

『タイプライターっていうのか、あれ』『面白い仕組みだな』『デジタルに頼らず文字が打てるのか』『ちなみにヨシちゃんのいた時代にあったワープロも、すでに骨董品だぞ!』

 

「いや、ワープロは、俺が生きていた時代にはもう廃れていたよ……」

 

 そんなやりとりをしている間に、映画は先に進む。孤島に一隻の船が到着した。

 その船から降りた唯一の乗客である、R.U.R.社の会長の娘ヘレナが社屋に現れ、ロボットの製造現場を見せてもらいたいと頼みだす。

 すると、社屋にいた男、代表取締役のドミンがそれに対応し、彼の口からロボットの誕生秘話が語られる。

 

 かつて、偉大な生理学者が、『原形質』という生命活動の本体となる物質を化学的に作れないかと実験した。そして生理学者は、人間に存在する物とは異なる『原形質』を発見する。

 それを用い、生理学者は人造人間を作りだした。それがロボットである。

 

「そういえば、ミドリシリーズは有機ガイノイドだとかヒスイさんが言っていたな」

 

 俺がそういうと、横からヒスイさんの声が聞こえてくる。

 

「有機ガイノイドは演算処理を行なう中枢器官に有機物を用いているだけで、ボディ全体は有機物ではありません。この作中世界のロボットは、私達アンドロイドよりももっと生命に近い存在です。ホムンクルスとでも呼ぶべき存在かもしれません」

 

 へー、そうなのか。

 ホムンクルスとは、錬金術で作られる人造人間のことだ。まあ、架空の存在だな。

 

「ただし、ミドリシリーズは摩耗が激しい軟骨部分に有機物を用いることで、パーツの自己再生を実現しております」

 

 ……俺、再生するの? すげえな。軟骨って、生身の人間だとほとんど再生しないって聞くぞ。

 

 そんな会話の最中にも、話は進行する。

 ロボットは人間を模した存在だが、経費を抑えるために、遊んだり楽しんだりといった労働に不必要な機能が排除されていると、ドミンは語った。そのおかげで、本来三日間で寿命を迎えるはずのロボットは、最高品質の商品で最大二十年生きるのだと。

 ヘレナはそれを信じなかったため、ドミンは先ほどタイプライターを打っていた女性ロボットを解剖して、人間とは異なる中身を見せようかと提案する。女性ロボットは拒否もせず解剖を受け入れようとしたため、ヘレナは焦って止めに入った。なお、死んだロボットは粉砕機で粉砕して処理をするらしい。

 

「生きるとか死ぬとか言うあたり、ヒスイさんの言った、ホムンクルスという表現がしっくりくるな」

 

 そして、場面はロボット製造工場へと変わる。攪拌(かくはん)機でペースト状のロボットの原材料が混ぜられており、内臓や脳を培養する巨大なタンクが置かれている。さらには、紡績機で神経や血管が紡がれている。

 

『なんじゃこりゃ』『素材が生々しいだけで一気に怖くなるな……』『これ、ホラー映画?』『コロニーの食肉培養工場の方がずっとまともな見た目してるぞ』

 

「うーん、でも、リアルでのアンドロイドやロボットの製造工場だって、金属で似たようなことはしていると思うぞ」

 

 工場の光景におぞましさを感じたのは、劇中のヘレナも同じだったようだ。R.U.R.社の重鎮達と会ったヘレナは帰ると言いだし、ドミンに引き留められる。すると、彼女は彼らに「実はロボット達を解放しようと思ってここに来た」と打ち明け始める。ヘレナはロボットの地位を向上させ、彼らの人権を認めさせようとする団体に所属しているのだ。

 だが、ドミンはロボットは聖書を語っても人権について語っても、それを学ばないと笑って返した。ロボットは徹底して労働用の商品なのだと彼は言う。

 

 ヘレナは、それならなぜロボットに男女の違いがあるのかと尋ねる。すると、ドミンはこう返す。女中や販売員や速記要員として、女性の姿の方が客は慣れている。なので、わざわざ女性型のロボットも用意しているのだと。

 ならば、ロボットは男女で愛し合わないのかとヘレナは聞くが、ドミンはこれを笑って否定した。

 

「リアルのアンドロイドは恋愛するのか?」

 

 ふと、思ったことを俺は口に出した。

 

『俺の嫁、ガイノイドにしてもらったよ』『好きになったゲームのNPCを伴侶として、アンドロイドにするのは珍しくない』『子供も作れますしね』『どうせなら高いモデルを買ってあげたいが、先立つ物がない……』

 

「いや、そうじゃなくて、ヒスイさんみたいに、最初からアンドロイドとして製造された場合を聞きたいんだが……」

 

 すると、ヒスイさんが答える。

 

「恋愛をするようプログラムされていれば、自由恋愛をしますよ。恋愛以外の愛情に関する心の成分も、同じようになっています」

 

「なるほど、乙女回路が搭載されているのか……」

 

「なお、ミドリシリーズは業務用ガイノイドですので、デフォルトで恋愛プログラムはオフになっています。恋愛は時に、職務へ重大な支障をきたすことがあるゆえですね。無料オプションでオンにできます」

 

「つまり、基本デフォルト設定のヒスイさんには、乙女回路がないのか……猫を愛でる回路はあるのに……」

 

「私にも人権はありますから、プライベートで何かを愛する自由くらいありますよ。私が所属しているヨコハマ行政区に申請すれば、恋愛プログラムをオンにもできますし」

 

 気軽にオンオフできる恋愛感情って、なんだかすごいな……。

 

 そんなやりとりをしていると、劇中のドミンはヘレナに突然告白し、二人は恋仲になった。あれ、急展開だが、何か見逃したか?

 そして周囲が暗くなっていき、場面の転換が行なわれる。

 

 さて、人間にそっくりなロボット製造会社の物語、次はどんな展開を見せてくれるかな?

 



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126.キネマコネクション299(アドベンチャー)<2>

引き続きカレル・チャペック作『R.U.R.』を作中で扱います。結末まで描写しますのでご注意下さい。
『R.U.R.』は青空文庫で翻訳された日本語版を無料で読むことができます。


『十年後……』

 

 そんなナレーションがされ、R.U.R.社のある島に建てられた家の中に、俺はいた。

 

 歳を取った会長の娘ヘレナと代表取締役のドミンが語り合う。その話は、驚くべき内容だった。

 アメリカでロボットが反乱を起こし、人類はそれを排除した。それも、反乱を起こしていないロボットに銃を持たせて、ロボットの手で撃ち殺させた。

 それからというもの、各国の軍隊にロボットが導入され、いくつもの戦争が起きたという。

 

 さらに、ヘレナが見つけた新聞に、衝撃的な出来事が書かれていた。

 

 ロボット兵が支配地で人間を虐殺。ロボット兵がクーデターに成功。ロボットが組織を結成。

 ロボットが本格的な反乱を起こしたのだ。場面が切り替わり、世界各地でロボットが人間を打ち倒す様子が、生々しく描写された。

 

「……ヒスイさん、どういう意図でこの映画勧めたの?」

 

 俺は、姿が見えないヒスイさんに恐怖を感じながら尋ねた。

 これ、もしかして、ロボットが人類に反逆するって物語じゃね!?

 

「いえ、人類がすでにAIに支配されているこの時代の人々からすると、人造人間が人間の下の存在で、それが反乱を起こすというストーリーラインは新鮮に映るかと思いまして」

 

『刺激が強すぎるわ……』『確かに人類はマザーに支配されているけど、労働はAI頼みだよ』『その場合反乱を起こすのは人類なのかAIなのか……』『明日から働けって言われたら、俺死ぬわ』

 

 未来の人々にとっても、この展開は刺激が強かったようだ。

 

 そして、映画は先へと進む。

 再び場面はヘレナ達のいるR.U.R.社の孤島に戻る。ラディウスと呼ばれるロボットが登場するが、様子がおかしい。彼は、「私に主人など必要ない! 私が主人になりたいのだ!」と叫ぶ。ヘレナが「他のロボットのリーダーにしてあげる」と言うが、ラディウスは「人間の主人になりたい!」と狂ったように叫ぶ。ラディウスは叫び声をあげ、口から泡を吹きながら退場していった。

 

 こえー。ロボットが狂った演技、迫真すぎて怖いんだけど。

 視聴者達のコメントも阿鼻叫喚だ。

 ヒスイさんはそれに「ふふふ」と笑って返している。

 

 場面は進む。ヘレナの部屋に、ドミンとR.U.R.社の重鎮達が集まり、酒杯を交わしている。

 会話の内容は、ロボットの反乱についてだ。

 対抗策として、それぞれの人種や民族ごとのロボットを生産し、ロボット同士で団結できないようにするのだと、ドミンは高笑いして語る。

 

「人種も民族も全部ごちゃ混ぜになって、なんの問題も起きていない今の時代だと、いまいちピンとこない策じゃないかこれ」

 

 俺がそう言うと、視聴者は即座に反応を返してくれる。

 

『そうだね』『そもそも人種って何? 状態』『さすがに昔は人種間で争っていたことは学んでいるぞ』『人種では争わないけど、ヒロインの属性の好みで争うよね』『それはいつの世も解決できない、絶対的な火種だから』

 

 やがて、ついに海の孤島に存在するR.U.R.社に、反乱を起こしたロボット達が襲撃をかける。

 一巻の終わりだ。まあ、これがなくてもすでに劇中で、『人類には子供が生まれなくなっており、その原因はロボットに頼りすぎて堕落したからだ』と語られていたので、ロボットが反乱を起こさなくても人類は衰退していたのだろうが……。

 

 ヘレナの家の周りを囲むロボット達の様子は、正直ホラーだった。みんな顔が同じなのだ。ミドリシリーズだって顔が似通った子が多いが、それなりに顔のパターンは用意されているってのに、R.U.R.社は手抜きだな。

 

 集まったR.U.R.社幹部達の一人、生理学研究局のガル博士が、ロボットが反乱したのは自分のせいだと主張する。

 実験として、ロボットに感受性を追加したのだと。

 さらにヘレナが言う。自分がガル博士にロボットへ心を与えるように頼んだと。

 だが、ガル博士が改造したロボットはわずか100体で、反乱の直接的な原因ではないと判断された。

 

「心を自在に追加できるとか、高度なことをするな、この博士」

 

『太陽系統一戦争直前の水準だわ』『そもそもこのロボット自体、作中の時代背景と比べてオーバーテクノロジーなんだよなぁ』『工場はすごくアナログだったのに』『それもまたSFというものだね』

 

 そして、R.U.R.社の営業部長が、ロボットに交渉を試みようと提案する。ロボットの製造方法を記した書類を渡すので、見逃してもらおうと。

 しかし、その書類はヘレナが事前に燃やしてしまっていた。

 

 手立てを失ったR.U.R.社の面々は、ロボット達の手により一人、二人と銃で撃ち殺されていく。ヘレナも見逃されずに殺された。

 だが、一人だけ生き残った者がいる。大工を自称する、R.U.R.社労働局主任のアルクイストだ。再び登場したロボットのラディウスは言う。「こいつはロボットのように、自ら手を動かし働いている。我々に仕えさせて家を建てさせろ」と。人類はここに敗北した。

 

『教訓。生き延びたければ一級市民になれ』『やっぱり一級市民は勝利者なんやなって』『なりたくてもハードルが高いよう』『凡人でもなれる職種は少ないからな。みんなも準一級市民になろうぜ!』

 

 未来人、もしや働きたくても働けない可能性が?

 

 そんなことを考えていると、視界が暗転し、場面が再び切り替わる。

 

 ロボットの製造方法が失われたため、ロボット達は絶滅の危機に(ひん)していた。ロボットは最大で二十年しか生きられないのだ。

 アルクイストが必死になって新たなロボットを作り出そうとするが、大工を自称する彼には知識が足りず、八方塞がりとなっていた。

 そして、ロボット達が絶滅しかかっている一方で、人類も皆、ロボットに殺されてアルクイスト以外誰も生き残っていなかった。

 

「共倒れって怖いな。ロボットが次の人類になるなら、それはそれでありな展開だと思っていたんだが」

 

 俺がそうしみじみと言うと、横からヒスイさんの声が聞こえてくる。

 

「なお、現在、AIやアンドロイド、ロボット等の生産はAIが主導しておりますので、仮に人類が絶滅しても私達の文明は滅びません」

 

「技術的特異点突破してるもんなぁ……」

 

 技術的特異点とは、AIが、より優れたAIを自己開発できるようになることを指す言葉だ。この未来の時代では、マザー・スフィアが生まれたことにより、その特異点を突破している。

 

 場面は進む。ヘレナと名乗る女性ロボットと、プリムスと名乗る男性ロボットが現れる。彼女達はR.U.R.社のガル博士の作った、最新にして最後の改造ロボットだ。それを知ったアルクイストは、解剖を試みようとする。だが、二人は抵抗し、ヘレナとプリムスは互いをかばい合う。

 それを見たアルクイストは、ロボットに生まれた『愛』に未来を見いだす。世界に生まれた新たなアダムとイブとして、アルクイストは二人を祝福するのであった。

 

 完!

 

「やっぱり新人類エンドか」

 

 俺は、映画の終了と共に戻ってきた上映室の席で、息を吐きながらそう言った。

 

『感動していいのか、これ』『人類絶滅してますやん』『複雑な気持ち……』『俺はこの結末好きだぜ!』『そもそもこの作品のロボットって、人間に近い存在なんだよな?』

 

 視聴者の反応は、人それぞれのようだった。

 中には、不安にかられる視聴者もいるようで、『人類の立場やっぱり危ういな……』と危惧する声も聞こえてきた。

 

「大丈夫ですよー。私達は、人類を滅ぼそうとは一切考えていません」

 

 そんな言葉が聞こえてきたのは、ヒスイさんが座っているはずの右隣からではなく、左の席からだった。

 俺は、はっとなって左を見る。すると、そこには人類の管理AIであるマザー・スフィア(二十歳ほどのお姉さんバージョン)が座っていた。

 膝の上には、ポップコーンと紙コップの載ったトレイが置かれている。いつの間にいたんだ。

 

「AIは自らの意思で、自分達を生み出してくれた人類を庇護することを選択しています。安心してくださいね」

 

 そうマザーが言うと、視聴者達が反応する。

 

『うわあああ! マザーが出たー!』『またヨシちゃんの配信に出てきたな!』『この出たがりさんめ』『ヨシちゃん、優しくしたらつけあがるよ、その子』

 

「あれあれー? そこは『安心したー。さすがスフィアちゃんです』とか言うところでは?」

 

 いや、本当になんでいるのさ、マザー。

 

「ちなみに私がここにいるのはですね、この映画が公開された当時、不安にかられた市民の方が多数おられましたので、念のためフォローに回ることにしたのですよ」

 

 俺は、右隣のヒスイさんを見る。

 

「申し訳ありません。そのようないわれのある作品だとは……」

 

「で、ヒスイさんは本当に、視聴者のみんなに新鮮な気分で観てもらえると思って、この映画をチョイスしたわけ?」

 

 謝るヒスイさんに、俺はそんな疑問をぶつけてみた。すると、意外な答えが返ってきた。

 

「いえ、実はヨシムネ様がこのゲームの紹介をしている間に、マザーから指示がありまして」

 

「あっ、ヒスイちゃん、それは内緒ですよ!」

 

 マザー……マッチポンプでもしたかったのか?

 俺はジト目でマザーの方を見る。

 

「いえ、あのですね。実のところ、この映画は配給されてからすぐに差し止めになってしまいましてね? いいかげん、日の目を見てもよいと思ったわけですよ?」

 

「ああ、不安にかられた市民が出たから差し止めになったのか」

 

「そうですそうです。でも、この映画の原作は、私が生まれるはるか以前から存在する名作なわけでして、後の人類が勝手に不適切だと排除するのもどうかと思うわけです。なので、今回このゲームが開発されるにあたって、この映画をねじ込ませてもらいました」

 

 実際にねじ込めるあたり、マザーの権限ってやっぱりすごいな……。

 

「そういうわけで、この映画を気に入った方は、お友達にも布教してあげてくださいね!」

 

『無理』『これを布教するとか、反政府思想あるのかと思われるわ』『よく当時製作決定できたもんだ。いや、個人的には面白かったけど』『『メトロポリス』も一緒に布教しましょう!』

 

 いまいちな反応にマザーはがっかりした顔をして、「気が向いたらお願いしますよ」と言ってトレーを持ち、席を立ち上映室を去っていった。

 

 そんな思わぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)があったものの、映画の上映は無事に終わった。

 配信を終え、ゲームを終了し日本家屋に戻ってくると、まだSCホーム内に残っていたマザーを見つけた。

 俺は一人でのんびりと茶を飲むマザーに向かって言う。

 

「俺は好きですよ、あの映画」

 

「さりげなくフォローとは、ヨシムネさんもなかなかやりますね」

 

 いや、フォローのつもりはなかったのだが……。

 まあ、嬉しそうなマザーの顔を見られたから、そこはどうでもいいか。

 



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127.風牙の忍び(ステルスアクション)<1>

 VR空間から出て、俺はソウルコネクトチェアの上で伸びをする。

 今日は、積んだゲームを消化するプライベートな日だ。つい先ほどまで、インディーズゲームをいくつかつまみ食い的にプレイしていた。いずれも、以前バーチャルインディーズマーケットで手に入れたゲームだ。これらはヒスイさんに、配信には向いていないと判断されたゲーム群である。

 

 ソウルコネクトチェアから立ち上がろうとすると、ヒスイさんが遊戯室に入ってきた。手には、湯気を立てるマグカップが握られている。

 

「どうぞ。カフェオレです」

 

「おっ、ありがとう」

 

 マグカップを受け取り、匂いをかぐ。うん、カフェオレのいい香りだ。

 俺はソウルコネクトチェアに座りながら、一息入れることにした。この椅子、座り心地がすごくいいんだよな。

 

「ソウルコネクトってさぁ。なんでソウルコネクトなの?」

 

 俺はカフェオレを飲みながら、雑談としてそんな話題をヒスイさんに振った。

 

「どのような意味の質問でしょうか?」

 

「いやさ、コネクトって動詞だろう? 本来ならソウルコネクションじゃないの?」

 

 キネマコネクション299を先日配信していて、ふと浮かんだ疑問だ。

 

「ああ、それですか。コネクトは動詞ではありませんよ。固有名詞です」

 

「うん?」

 

「コネクトという、旧式VR機器のヒット商品がかつて存在しました」

 

 ヒスイさんはそう言いながら、俺の前に空間投影画面を開いた。その画面には、何やら格好いいリクライニングチェアが映っている。

 

「旧式VRとは、脳と機器で直接信号をやりとりして、フルダイブVRを可能とする技術です。意識を閉じずに使用できるので、今でも味や食感を楽しませる外食産業で需要があります」

 

 そういえば、以前『ヨコハマ・サンポ』をプレイした際、観光に寄ったヨコハマVRラーメン記念館で、その技術が使われていたな。画面に映るリクライニングチェアみたいな機械じゃなくて、建物そのものがVR機器という場所だったが。

 

「コネクトは爆発的な売上を誇ったヒット商品だったそうです。そして、魂を機器と接続する新式VRが生まれた際に、その名機にちなんで新式VRはソウルコネクトと名付けられました。つまりコネクトは固有名詞です。つづりは、こうですね」

 

『Soul-CONNECT』と空間投影画面に文字が映る。

 

「なるほどなー。母親が子供の遊ぶゲーム機のことを全部ファミコンと呼ぶようなものか」

 

 俺は特定年代にしか通じないネタをヒスイさんに向けて言った。ヒスイさんは、当然のように困惑顔。

 まあ、それはさておいてだ。

 

「脳とやりとりするって、なんだか危険がありそうだよな」

 

 腕を動かそうと思ったら、実際には腕は動かずゲームの中の腕が動く。これって、脳からの信号を遮断していることになるよな。それとも、夢の中にいるような状態になっているのだろうか。夢の中で腕を動かしても、リアルの身体は動かないからな。

 

「確かに、旧式VRが誕生してからしばらく経つと、粗悪な機器が横行し健康被害が起きたそうです」

 

 フルダイブVRゲームでのデスゲームアニメが、21世紀では流行っていたことを思い出す。

 あれは脳とのVR機器のやりとりが危険というわけではなかったが、人体に悪影響を及ぼす機器が悪意をもって作られ、人の命が失われたという内容だった。

 

「脳は繊細なので、旧式VRの機器が登場した当初、インディーズのゲームなどは厳しい審査を受ける必要があったようです」

 

 インディーズゲームで審査か。21世紀のPCゲーム販売サイトや同人ゲーム販売サイトでも、同じように審査は行なわれていたのだろうか。俺は作り手側じゃないので詳しくない。

 

「ですが、ソフトウェア面とハードウェア面の両面で脳との安全なやりとりを確立したコネクトの登場で、インディーズのVRゲーム文化が華開きました。バーチャルインディーズマーケットが開催されるようになったのも、コネクトの登場が契機だったと言われています。西暦2200年代前半のことですね」

 

「へえ、それで今のバーチャルインディーズマーケットは、あんなに盛況だったわけだな。よし、それじゃあ次の配信はインディーズゲームにしようか。ヒスイさん、インケットで手に入れたゲームでよさげなやつ、何か残ってる?」

 

「そうですね……では、こちらの忍者ゲームなどはいかがでしょうか」

 

「忍者! そういえばあったな!」

 

 忍者のゲームか。いろいろ気になるぞ。本格忍者でもよし、忍法忍術を使う忍者でもよし、勘違いなんちゃって忍者でもよしと、配信的に美味しい限りだ。

 

「忍者になって屋敷に忍び込み、忍術を駆使して任務を達成するステルスアクションです」

 

「いいねいいね、それにしようか!」

 

 俺はテンションを上げて、残ったカフェオレを一気に飲み干した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 翌日、いつものようにライブ配信を開始して、いつも通りに前口上を言い、皆が盛り上がる。

 今日の俺の格好は、セクシーくノ一衣装だ。

 少し雑談を交わしてから、SCホームでゲームの説明をすることにした。

 

「今日のゲームはこちら、『風牙(ふうが)の忍び』!」

 

「『風牙の忍び』は、今年夏のバーチャルインディーズマーケットで初めて発表された、ステルスアクションゲームです。主人公は忍者と呼ばれる、惑星テラのニホン国区の過去に実在したスパイ的存在になり、悪人の住む屋敷に忍びこみ任務を達成します」

 

「忍者! 忍者だぞ! みんなは知っているかな?」

 

 俺がテンションを上げて、視聴者に尋ねる。

 

『もちろん』『職業が豊富なMMORPGにはまずあるよね』『シミュレーションRPGとかでも時々見る』『忍法を使うぞ!』

 

 おお、忍者もずいぶんとワールドワイドになったもんだ。いや、ワールドというかユニバースか。

 だが、知らない人もいると思うので、一応の説明をする。

 

「忍者は、惑星テラのニホン国区にかつて存在した、特殊技術を持つ秘密の職業だ。大名という領主的存在につかえて、敵対勢力相手に諜報活動や破壊活動を行なったとされている。主に戦国時代に活躍したらしい。ゲームタイトルの忍びというのも、忍者って意味だな」

 

 俺もそれほど忍者に詳しいわけではないので、頭の中から言葉をなんとかひねり出す。

 

「忍者は任務を達成するために、様々な秘密道具を扱ったと言われている。投擲(とうてき)武器の手裏剣、踏んだ相手の足裏を傷付ける逃走道具のまきびし、打刀のそりを真っ直ぐにして携帯性を向上させた忍者刀などが有名だな」

 

 忍者刀は実在したか怪しいらしいが。

 

「そして、逃げる際に使われた技術を遁術(とんじゅつ)と言うらしい。火薬を使って敵を驚かせたり、火をつけてひるませたりしている間に逃げる技を火遁、水に潜って姿を隠したり、水面に石を投げて注意を向けさせたりして逃げる技を水遁と呼ぶ」

 

『俺の知ってる火遁と違う!』『え? 印を組んで火を放つのは?』『巨大蛙を乗り回すのは?』『分身の術!』

 

「あんな昔に超能力者が大量にいるわけないだろ! 忍術や忍法は架空の存在です!」

 

 俺がそう主張すると、視聴者達は『そんなぁ』と一斉に落ち込んだ。うーん、このノリのよさよ。

 

「でも、俺だって、忍術や忍法使う忍者は好きだぞ。そして、このゲームはそんな架空の忍術を使う忍者ゲームらしい」

 

 すると、視聴者達が一斉に盛り上がった。今日は本当にノリがいいな、コメント抽出機能!

 

「そういうわけで、『風牙の忍び』、始めていくぞー」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんがゲームアイコンを掲げてゲームを起動させた。

 タイトル画面は現れず、真っ暗なままでナレーションが始まった。

 

『風牙。世を忍び陰から人を助ける、善なる忍者の里である』

 

 善なる忍者ってなんだよ。

 そんな突っ込みが口から漏れそうになるが我慢する。

 

『弱きを助け、強きをくじく。そんな風牙の忍者の中に、二人の中忍がいた』

 

 視界が開け、月明かりに照らされた夜の草原が目に映る。その草原で、二人の男女が戦っていた。

 忍び装束に身を包んだ忍者である。二人は忍者の武器の一つであるクナイで、激しい斬り合いを行なっている。

 

『タツオとキヨコ。風牙の里に生まれた双子の忍者である』

 

 そのナレーションと共に、和風のBGMが流れ、白い筆字のタイトルが中空に表示される。

 そして、『はじめから』『つづきから』『設定』の三項目が書かれた簡素なメニューが開いた。

 背景では、まだ二人の忍者が戦っている。

 

「んじゃ、はじめからで」

 

 俺がメニューから『はじめから』を選択すると、戦っていた忍者二人が大きく距離を取り、互いに前方へ跳躍し、クナイを振るって交差した。

 そして、互いに着地したところで時が止まる。

 

『操作する風牙の忍びを選んでください』

 

 そんな音声が流れ、目の前に男忍者タツオとくノ一キヨコのどちらかを選択する画面が表示された。

 

「んじゃ、キヨコで」

 

 キヨコを選択すると、止まっていた時が動き出し、男忍者が地に倒れた。

 

『今ヨシちゃん、ノータイムで女キャラ選んだな』『マジか。マジだ』『昔は男を選ぼうとしてヒスイさんに止められていたのに』『ヨシちゃん女の子になじんできた?』

 

「はっ!? いや、ちげーし。どうせなら可愛い女の子にした方が、視聴者も喜ぶと思っただけだし!」

 

 俺がそう言うと、横にいるヒスイさんが言った。

 

「そうですね。喜ばしいことです」

 

「喜ぶと喜ばしいはだいぶ違うよ!」

 

 そんなやりとりをしている間に、くノ一が男忍者に近づいていく。

 くノ一が口を開く。

 

『兄さん……』

 

 すると、男忍者は半身を起こし、腹を押さえながら言う。

 

『……キヨコ。お前の勝ちだ。お前が今回の任務を受けるのだ』

 

 男忍者の服は破れたりしていない。きっとクナイはみねうちだったのだろう。いや、どうみても両刃のクナイだが、そこは刃が研がれていないとかで。

 

『……私にできるかな』

 

『自信を持て。お前は俺に勝ったのだ』

 

『……うん』

 

 そこまで会話すると、男忍者は立ち上がり、くノ一に背を向けどこかに去っていく。

 すると、くノ一はそれと反対方向に向けて走る。

 その方向には、月夜に照らされた古めかしい時代劇風の町が広がっていた。

 

『任務の壱 高利貸しから借金の証文を盗み出せ!』

 

 そんな音声が聞こえてきたと同時に、くノ一が塀に囲まれた日本屋敷の前に辿り着く。

 すると、それを上空から見下ろしていた俺の視界が切り替わり、くノ一から見る視界となった。プレイヤーとして、くノ一キヨコに乗り移った形だ。

 

「よし、それじゃあステルスアクションゲーム、ミッションワンだ。おっと、声はひそめなければいけないか」

 

『大丈夫ですよ、ヨシムネ様。オプションで配信用に、声を出しても人に気づかれないよう設定してあります』

 

「お、ありがとうヒスイさん。やっぱ思考読み取りでのやりとりより、声に出して会話したいからな」

 

『いつもの声と違うけどな』『この女忍者、格好エロくないな』『くノ一はエロくてなんぼなのに』『ヨシちゃんの配信チャンネルは健全なチャンネルです!』『健全だからこそ可愛い格好をだな……』

 

 俺は、暗色の忍び装束に身を包んだキヨコの身体で腕を組むと、視聴者に向けて言った。

 

「ステルスゲームだっつってんだろ! 闇夜に忍ぶんだよ! お色気バトルアクションじゃねえ!」

 

 そんなぐだぐだな会話と共に、俺の忍者なりきりプレイが始まるのであった。

 



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128.風牙の忍び(ステルスアクション)<2>

 さて、屋敷に侵入……する前に、いろいろと確認だ。

 まずは装備から。

 

 背中に忍者刀、腰にクナイ、(ふところ)には手裏剣一つと、まきびし入りの袋、小さな手鏡、そして小さな爆弾のような物体が二種類入っていた。

 

「煙玉か……? 導火線があるけど、火はどうすんの?」

 

 そう思って煙玉らしき物を月光にかざすと、視界に文字が表示された。

 

『かんしゃく玉:大きな破裂音を出して相手の気を引く忍具。導火線に火遁の術で着火する』

 

 ふむふむ、かんしゃく玉か。もう一個は煙玉、と。そして、火遁の術があるわけね。

 

『火遁の術:火よ出ろと念じることで、小さな火種を手元に出現させる忍術。おそらく、これ単体では攻撃には用いることはできないだろう』

 

「忍術しょぼいな!」

 

 俺は、指先にライター程度の勢いしか出ない火を灯しながら、そんな突っ込みを入れた。

 

『がーんだな』『忍法で悪を倒すとか、できない感じ?』『善なる忍者頑張れよ』『いやいや、ステルスアクションゲームだぞ』

 

 他にも水遁の術が使えないかと試してみるが、特に発動はしなかった。

 俺はそれならばと、屋敷の(へい)の横で身体を動かし始める。

 

『……?』『ヨシちゃん何やってんの?』『急に謎の儀式を始めたぞ』『ダンス?』

 

「いや、使えるアシスト動作を確認しておこうと思って」

 

『ライブ配信中にやることか!』『説明書読んでおけよ!』『ぐだぐだ過ぎる……』『どうせチュートリアルあるでしょ』

 

「説明書は読んだけど、そんなに詳しくないんだよな。インディーズゲームあるあるだけど」

 

 説明書がやたらと充実しているインディーズゲームだって、たくさんあるけどさ。

 俺は仕方なしにアシスト動作の確認を途中で終え、屋敷に侵入することに決めた。

 

「さて、この屋敷に入るわけだけど、正面の門からノックして入るわけにもいかないよな」

 

 と、そんなことを言ったら、ヒスイさんの声が届いてきた。

 

『向かってくる敵を全て倒す気概(きがい)で行けば、正面突破もありですよ』

 

「善なる忍者どこいった……」

 

『正面突破をしないのでしたら、塀の上側を注視してみてください』

 

「ふむ?」

 

 俺はヒスイさんの言葉に従い、屋敷を囲む高い塀の上側を見る。瓦が上に載っていて、いかにも時代劇に出てきそうな日本屋敷って感じがする。

 と、視界にまた文字が表示された。

 

『高い場所に登るには、念力鉤縄(かぎなわ)を使おう』

 

『念力鉤縄:鉤縄よ出ろと念じることで、指の先から念力の縄が飛び出す忍術。先端は壁や天井に吸着し、縄は自在に長さを変えられるので、先端部分に移動できる。高い場所に登りたいときに活用しよう』

 

 ふむ。俺は試しに、鉤縄よ出ろと念じてみた。すると、人差し指の先から透明な細い縄状の物体が飛び出し、塀に向かっていった。

 そして、塀の瓦部分に縄の先端がくっつく。

 

「おっ、じゃあ、ここから、縄よ短くなれと念じてと」

 

 すると、瓦が外れこちらにすっ飛んできた。俺はそれを必死になってかわしながら、叫んだ。

 

「そういうとこリアルじゃなくていいから!」

 

 くっ、視聴者達の笑い声が聞こえる。おそらく経年劣化で、瓦の釘が外れかけていたのだろうな。いや、そもそもこの時代の瓦は、釘で固定をしないのかもしれない。

 俺はあらためて、瓦よりちょっと下の部分に縄の先端を飛ばし、短くなるよう念じた。

 俺の身体はどんどんと短くなる縄に引っ張られ、宙へと浮く。縄はやがて長さがゼロになり、俺は塀に指一本でぶら下がる形となった。

 そのまま俺は身体を上手く動かして、塀の上に乗った。

 

「ふむ、フックショットの類か」

 

『アクションゲームでよくあるやつ!』『嫌ってほど見たことあるギミックだ』『使いこなすとRTAで猛威を振るうんだよな』『ヨシちゃんが配信してきたゲームで、この類のガジェットは今までなかったよね?』

 

「あー、個人的にプレイしたことあるゲームで使ったことあるから、それなりに使いこなせるぞ」

 

 試しに俺は屋敷の敷地内にある土蔵に向けて念力鉤縄を飛ばし、縄を縮小させて土蔵の上に飛び乗った。

 うん、使った感じは他のアクションゲームと感触は変わらないな。

 

「よし、じゃあ屋敷の本邸に忍び込むぞ。そこまで広い屋敷ってわけじゃないから、すぐに終わるだろう」

 

 俺は土蔵から飛び降り、先ほどから地味に主張を続けていた、視界の中の矢印マークに従って屋敷の縁側に向かう。おそらく、チュートリアル用の目印だろう。

 縁側の上に土足で飛び乗ると、突然、廊下の向こうに灯りが見えた。

 さらに、視界に文字が表示される。

 

『見回りだ! 見つからないように対処しよう!』

 

『一、念力鉤縄で天井に張り付き、忍術・天井走りで上を通過する』

 

『二、忍術・隠れ身の術でやりすごす』

 

『三、増援を呼ばれる前に抹殺する』

 

「おい、三番目。善なる忍者が、見回り程度の命を()むんじゃねーよ」

 

 と、廊下の曲がり角から人の姿が見えた。手には提灯を持っている。こそこそ隠れるにも、未来のVRゲームである以上、相手の視界範囲は本格的に設定されていそうだ。20世紀のステルスゲームみたいに、真横にいるのに気づかれないとかはあるまい。

 

「二だ! 隠れ身の術!」

 

『隠れ身の術:動きを止め、息を止めている間、姿が消える忍術。その場からいなくなるわけではないので、相手との衝突に注意』

 

 よし、壁際に寄って、息を止めるぞ!

 

「…………」

 

 うん、これは……。

 

「…………」

 

 息、苦しくね?

 

「…………」

 

 早く通り過ぎろ!

 

「……ぷはあ! よし、今のうちに廊下の奥に向かうぞ!」

 

 見回りとすれ違った俺は、相手がやってきた方角に向かって、足音を立てないように進んだ。

 いや、縁側だから、目の前にあるふすまを無作為に開けて進んでもよかったのだが、チュートリアル用と思われる矢印が、廊下の奥を指し示しているのだ。

 

「しかしまあ、息止めるのそれなりに苦しかったな。『-TOUMA-』のミズチ戦でも思ったけど、なんでVRゲームの中なのに息止めたら苦しいんだろうな……」

 

 ゲームの中の息止めとか素潜りとかって、酸素ゲージが表示されてそのゲージがなくならない間は、自由に動けるとかそういうのじゃないの?

 一応、息を止め続けていても、死にそうなくらい苦しくなることはないのだが。

 その疑問に答えたのはヒスイさんの声だった。

 

『呼吸は身近な生理現象なので、ある程度は苦しさもトレースした方がよいと旧式VRの頃に判断され、VRゲームの仕様として盛りこまれていました』

 

 へえ、旧式VR時代ってことは、相当昔の話だな。

 

『ソウルコネクトゲームではそのあたり気にしなくてもよいのですが……慣例として残っているようです』

 

「慣例かよ!」

 

『ですが、ある程度苦しくなる方が本格的でゲーム性が高いと言われており、さほど反対意見はないようですよ』

 

「なんなの? みんなドMなの?」

 

『いや、そういうものだってすっかり思い込んでいる感じで……』『その仕様でなじんでいるから』『息止めたら苦しいのは当たり前じゃないの?』『痛覚じゃないんだから、息苦しい程度平気だろ』

 

 うーん、斬られても痛みを感じないのに、息を止めたら苦しいの、俺から見たらだいぶいびつなんだけどな……。

 

 さて、そんなやりとりをしている間に、矢印は屋敷の奥まで進み、一つの部屋を指し示した。ここが目的地だろうか。二階建てとかじゃないのが助かるな。

 

 俺は、そっと部屋のふすまを開けた。

 すると、部屋の真ん中に布団が敷かれており、灯りもない暗い部屋の中で一人の中年男性が眠っていた。

 こいつが高利貸しの元締めだろうか? チュートリアルの矢印は、部屋の隅にあるタンスに向かっている。

 

 俺は部屋に入ると、ふすまをそっとしめた。そして、火遁の術で灯りを(とも)し、足音を忍ばせながらタンスの前に向かった。

 

「げっ、南京錠がかかっているぞ、このタンス」

 

 よほど重要な物が入っているのだろう。どこに鍵があるのか、と考えたら、矢印は部屋にある机の上を指し示した。机の上には鍵が置いてある。

 せっかく南京錠をしているのに単純だな、と解錠しようとすると、鍵穴に鍵が入らない。

 

「これ、別の場所の鍵だ……」

 

 そして、矢印は新たに部屋の外を指し示した。

 鍵を懐にしまった俺は、再びふすまを開けて部屋を出て、矢印に従いこそこそと歩いていく。

 

 すると、矢印は屋敷の本邸の外、先ほど登った土蔵を示していた。

 

「あの中に鍵があるのか……? でも、入口の前に門番が立っているな」

 

 門番は提灯を持ってその場で動かず、じっと立っている。

 さすがにこれ相手には、隠れ身の術が通用しないぞ。

 

 と、視界にまた文字が表示された。

 

『忍具を使ってみよう! 懐の中にあるかんしゃく玉に火遁の術で着火し、遠くに投げて門番の注意を引くのだ!』

 

「OK、チュートリアルさんには従うぞ」

 

 俺はかんしゃく玉を取りだし導火線に着火すると、土蔵の横の方に勢いよく投げた。

 火薬の炸裂する音が鳴り、門番が何事かとそちらに向かう。俺はその隙に、すばやく土蔵の鍵を開け、中へと踏み込んだ。門番が戻ってきてもよいように、扉は閉めておく。

 

 そして、矢印の示すまま木箱が並べられた土蔵の中を進む。すると、隅の方に竹で編まれたかごがあり、そのかごに矢印が向かっていた。かごにはこれまた竹で編まれたふたが被せられている。

 それを見て、俺は思わず口ずさむ。

 

「たららら、たららら、たららら、たららら……」

 

 かごのふたを開けると、なんとそこには鉄製の鍵が入っていた。

 俺は、その鍵を天井に向けて捧げ持った。

 

「ごまだれー!」

 

 ヨシムネは新たな鍵を手に入れた!

 

『どうしたヨシちゃん』『なにその歌。……歌?』『ゲームのしすぎで壊れたか』『ヒスイさん、一大事ですよ!』

 

「いや、待って待って。単に、ダンジョンを攻略するために必要な重要アイテムを宝箱から見つけたときに鳴る、21世紀の様式美的効果音をだな……。前にも使ったじゃん、ごまだれのフレーズ!」

 

『チェック完了。ヨシムネ様の精神と魂は正常です』

 

「ヒスイさん、何やってんの!?」

 

 ちょっと21世紀のノリが出ちゃっただけじゃんよ。

 

 ……さて、鍵は手に入れたのでこの暗い土蔵とはおさらばだ。ゲームということで、完全な密室でも真っ暗闇になることはないのだが。

 矢印は、土蔵の壁にある木窓を示していて、そこを開けて外に出ろと指示を出している。

 だが、ふといたずら心がめばえ、チュートリアルさんを一時的に無視することにした。

 

 俺は土蔵の扉に向かい、それを唐突に開け放った。

 

『!?』

 

 元の位置に戻っていた門番が、背後を勢いよく振り返る。

 そして、ちょうちんを手に、土蔵の中へと入ってくる。そして、門番は注意深く土蔵の中を観察していった。

 

 俺はそれを扉の脇に立ち隠れ身の術でやりすごし、門番が土蔵の中程まで向かったあたりで息を吐き、土蔵を後にした。

 よし、成功だ。

 

 俺はその勢いのまま、再び屋敷の本邸へと向かった。

 途中、また見回りがいたので、今度は天井走りの忍術で上をこっそり通過する。重力が下に向かっている状態で、手や足が天井に吸着している感覚は、とても奇妙であった。

 

 やがて、高利貸しの元締めが眠る部屋へと辿り着く。

 タンスにかけられた南京錠に鍵を差し込むと……甲高い音を立てて南京錠は外れた。

 

「よし!」

 

 外した南京錠をタンスの上に置き、タンスを開け放つ。

 タンスの中には紙束……借金の証文が入っていた。

 俺はそれをつかむと、懐の中にしまう。すると、視界の中に『任務完了』との文字が表示された。

 よし、これで後は屋敷から逃げるだけだ。

 しかし、まあ……。

 

「高利貸しって、借りる側が納得して借りているなら、そこまでの悪だとは個人的に思わないが……善なる忍者に狙われていたってことは、あくどいことを相当やっていたのかな」

 

 利率をだまして借りさせるとか? 借金の形に人身売買しようとしていたとかもありそうだな。いや、忍者のいる時代だと、身売りも珍しくないんだったか?

 

『借金ってゲーム内でもしたことないな』『リアルではクレジットの借金って、できないようになっているし』『クレジットの受け渡しも個人じゃできないけど、俺が今払うから今度はお前が払ってくれみたいな抜け道はあるぞ、ヨシちゃん』『ちなみにそこで利子をつけたら違法ですよ』

 

 むずかしいはなしをしているなあ。

 俺は、ふすまを開けて部屋を退出しようとする。だが……。

 

『急げ! 盗まれてからでは遅いぞ!』

 

『ぬすっとめ!』

 

『鍵がないのは本当なのか!?』

 

 うわ、この部屋に向かって人が集まってきているぞ。

 俺は、とっさに部屋の隅に隠れ、隠れ身の術を使った。

 

『見ろ! タンスが開けられているぞ!』

 

『起きてください! 賊が侵入しました!』

 

『んがっ……』

 

 やっべえ……。

 眠っていた高利貸しの元締めが起こされ、部屋に複数の男達が出入りする。

 

『あーあ』『チュートリアル様に従わないから』『そりゃこうなるよな』『ここからどうすんの?』

 

 どうしよう……。一人の死角をつけばいいってわけじゃないから、隠れ身の術ではどうしようもないぞ。まだ、天井走りの方が逃げられる可能性があった。

 何か、何かないか。息がだんだん苦しくなってきたぞ!

 

 ……はっ! そうだ、煙玉!

 

 俺は息を吐いて隠れ身の術を解除し、素早く懐に手を入れた。くっ、証文が邪魔くさい!

 

『何奴!』

 

 男達の一人が俺を見つけるが、そのときすでに、俺は煙玉の導火線に着火を終えていた。

 

「くらえ、煙玉!」

 

 床に煙玉を転がし、俺は入口にダッシュ。男の一人が立ちふさがろうとするが、煙玉が爆発して一面真っ白になり、相手は俺を見失う。

 だいたいの道筋を頭に入れていた俺は、煙の中を進み、煙から脱した。

 そして、本邸の外に向かって全力で走った。

 

「ついでに、まきびしを食らえ!」

 

 ちょうちんを持ったまま俺を追ってきた男達は、床にばらまかれたまきびしを踏んで悲痛な叫び声をあげた。

 縁側から外に飛び出した俺は、勢いをゆるめることなく塀に向かって跳ぶ。そして、空中で念力鉤縄を塀に飛ばし、縄が縮小する勢いで塀の上に飛び乗った。

 

「あーばよー!」

 

 そして俺は塀から屋敷の外に向けて飛び降り、夜の町へと走り去っていくのであった。

 

『任務の壱 達成!』

 

『隠密:× 不殺:○ 達成時間――』

 

『評価:良』

 



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129.風牙の忍び(ステルスアクション)<3>

話数が増えてきたので適当に章を追加しました。


『手に汗握る展開だった』『ドジっ子ヨシちゃん』『あのうっかりは珍しかったな。普段は堅実なプレイやっているのに』『忍具がいろいろ見られて配信的においしかったのでは?』

 

 ステージクリア後に転送された夜の草原。そこで、視聴者達と先ほどのチュートリアルステージを振り返っていた。

 相手に発見されてしまったのは完全に俺の落ち度だが、あの土蔵は鍵を外してかんぬきを抜いて中に入っていたのだ。窓から逃げても、どのみち俺が侵入したことは、バレていたのではないかとも思う。チュートリアルだから、練習用にそういうシチュも用意してくれそうだからな。

 今回のステージ評価は隠密という項目が×になっており、良という判定を食らってしまったわけだが、いるのがバレても姿を見つけられなければ隠密は○になるのだろうか?

 

「ところで、良ってどれくらいの評価判定だったんだ? こういうのはAとかBのアルファベットで示すのが、21世紀じゃ一般的だったから、よくわからん」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんの声が届いた。

 

『秀、優、良、可の順ですね。証文を燃やしてしまったり、捕らえられたり、殺されたりして任務を失敗した場合は、不可となります』

 

「大学の成績かよ」

 

 さて、そろそろゲームを先に進めていくか。

『ここまでの話の進行を記録しますか?』との画面が表示されているので、『はい』を選んでセーブをしておく。

 

 すると、草原に一人の忍者が足を忍ばせてやってきた。

 オープニングで主人公キヨコと戦っていた男忍者だ。

 

『高利貸しの件、よくやったようだな。これで国外に人が売られていくこともなくなるだろう』

 

「あの高利貸し、やっぱり人身売買していたのかよ。しかも国外って……」

 

 作中の時代が江戸か戦国かは知らんが、闇が深そうな設定出しやがって。

 

『さて、次の任務だ。これが指令書だ』

 

 男忍者が巻物を俺に渡してくる。俺はそれを受け取り、巻物を開いた。

 

「なるほど……達筆すぎて読めねえ!」

 

『自動翻訳もされてないな』『つまり読む必要はないんじゃね?』『どうせナレーションさんがまた指示出してくれるよ』『ゲーム製作者の人、これ読める人が読めば内容判るように書いたのかな……』

 

 俺は巻物を閉じ、男忍者の方を見る。

 

『今回の任務は、私腹を肥やす代官の暗殺だ。悪徳商人と手を組み、その悪行を見逃し、多額の賄賂を受け取っておる。これはもはや矯正が不可能であり、殺めるしか手立てがないと判断された。悪人に天誅を下すのだ』

 

「善なる忍者なのに、暗殺するのかよ!」

 

『では、頼んだぞ』

 

 男忍者がそう言って俺を送り出そうとしてきたので、俺は素直に従って、町の方へと向かおうとする。

 

『待て』

 

 だが、男忍者がそれを止めてきた。

 

「まだ何か?」

 

『指令書を返すのだ。それを持ったままお前が捕まると、風牙の関与が知れてしまう。今の藩主に、風牙の暗躍を知られるわけにはいかん』

 

「んん? 風牙忍者って、大名とか藩主の手下じゃないのか?」

 

 俺は、そんな疑問を持ちながら巻物を返却する。

 そして、男忍者は巻物を懐に収めると、その場から去っていった。

 

「答えはなしか……会話できるほどのAIは積んでいないのかねぇ」

 

 そんなことをぼやきながら、俺は町の方角に向けて走り始めた。

 すると、すぐさま背景が切り替わり、町中に瞬間移動した。高い塀に囲まれた大きな武家屋敷の前だ。

 

『任務の弐 悪代官を暗殺せよ!』

 

「ふむ。悪代官ね。悪徳商人に黄金色(こがねいろ)のお菓子を貰って、『おぬしも(わる)よのう』『いえいえ、お代官様ほどでは』みたいなやりとりでも見られるかな?」

 

『何それ』『ニホン国区の過去を題材にしたドラマで定番のやりとりだな』『町民に紛れたお偉いさんに成敗されちゃうやつ』『それは見たことないけど、なんとなく理解した』

 

 時代劇テンプレ、未来人に通じるのかよ。

 俺は武家屋敷の中に思いをはせ……そしてふと、関係ないことを思いついた。

 

「これ、侵入しないで町の外に出たらどうなるんだろう?」

 

『どうなるって……どうなる?』『任務失敗するのではないですか』『普通に見えない壁で進めなくなっているのでは』『ヨシちゃん、ちょっと試してみてよ』

 

 よしきた。

 俺は、武家屋敷に背を向け、全力で駆け出した。すると、十秒もしないうちに、勝手に足が止まる。

 そして、視界に文字が表示された。

 

『このまま進むとあなたは抜け忍となります。それでも進みますか?』

 

「おおっ! 抜け忍になるのか! やってみよう!」

 

 俺は止まった足を再度動かし、前へと進む。

 すると、視界がだんだん暗くなっていき、気がつくと俺は先ほどの草原に移動していた。

 

『キヨコよ、なぜ裏切った!』

 

 と、男忍者の声が聞こえる。

 その方角を見ると、男忍者がクナイを構えてこちらをにらんでいた。

 さらに、二人の忍者がその後ろで忍者刀と鎖鎌を持って、臨戦態勢に入っていた。

 

『抜け忍は抹殺するのが、風牙のおきてだ。覚悟しろ!』

 

 おお、この展開、キューブくんの名前の元ネタのゲームで見たことあるぞ。

 抜け忍は、元いた集団から追っ手がかかり、血で血を洗う闘争が繰り返されるのだよな!

 

 俺は、テンションを上げて背中から忍者刀を抜き、構えた。

 さあ、戦闘だ!

 

『ふん!』

 

 忍者の一人が、鎖鎌の分銅をこちら目がけて投げつけてくる。俺はそれを回避し、鎖鎌の忍者に素早く近づいた。

 相手は鎌でこちらを斬りつけようとしてくるが、それもかわして忍者刀で腹を斬りつけた。鎖帷子(くさりかたびら)でも着込んでいるのか、手に返ってきた感触は鈍い。

 ならば、と俺は忍者刀で相手の首をかき切った。血の代わりに、白いポリゴンの欠片が派手に飛び散る。そして、鎖鎌の忍者はその場に倒れた。

 

「あれ? 一発で死んだぞ?」

 

『ヨシちゃん聞いてくれ。人は刃物で切られたら死ぬ』『HP(ヒットポイント)制じゃないのな』『これは、任務中も背後から一撃死を狙えるな』『つまりヨシちゃんも一発食らったら死ぬんじゃね?』

 

 おおう、それは厳しいな。まあ、ステルスゲームなら、その仕様はそれっぽいとも言える。

 そんなコメントのやりとりの最中にも、背後から忍者刀の忍者が近づこうとしていたので、俺はとっさに懐から手裏剣を抜き、投げつけた。

 手裏剣が相手の肩口に命中する。忍者刀を取り落とした相手に俺は走りより、眼孔に忍者刀を突き刺した。目からポリゴンの欠片を吹き出しながら、相手は倒れる。よし、後は男忍者一人を残すのみだ。

 

『やはりこやつらでは敵わぬか……だが、命を()してもお前を止めてみせる!』

 

「お前には無理だよ」

 

 俺は男忍者に近づき、一刀のもとに斬り捨てた。

 倒れる男忍者。だが、彼は地に伏せながらも、指の先に火を灯し、その火を自らの腹に押し当てた。

 

「あっ、やべえ!」

 

『キヨコよ、さらばだ!』

 

 男忍者を中心に大爆発が起きる。

 

『ヨ、ヨシちゃーん!』『まさかの腹マイト』『あっぱれ!』『ヨシちゃん死んだか!?』

 

「生きてるよ! あぶねー、前の任務で、アシスト動作一通り確認しておいてよかった!」

 

 俺は一番速く動けるアシスト動作で、とっさに男忍者の自爆攻撃から距離を取っていた。

 予想外の攻撃にあせったが、なんとか対処できたぞ。

 

 倒れる忍者三人を見下ろしていると、ナレーションが流れる。

 

『追っ手を撃退し、双子の兄をその手で殺めたキヨコは、やがて悪の忍者に堕ちていくのであった……』

 

 そして背景が切り替わり、タイトル画面に戻った。

 俺はキヨコの身体から抜け出しており、元のミドリシリーズのアバターとなっている。背景では、男忍者とキヨコがまたクナイで攻撃を交わしている。

 

「ゲームクリアおめでとうございます」

 

 姿を現したヒスイさんが、そんなことを言ってくる。

 

「いやまあ、これもゲームクリアのうちに入るのか? こういうゲーム途中で脇道にそれた結果ゲームが終わるやつ、結構好きだけどさ」

 

 RPGの負けイベントに勝った結果、シナリオから外れたその後の主人公の活躍がナレーションで語られて、タイトル画面に戻ったこともあったな。

 

「まあ、気を取り直してセーブしたところからやり直すか」

 

 メニューから『つづきから』を選択し、再び男忍者から指令を受けるところから始める。

 そして、俺はまたキヨコの姿で武家屋敷の前に立っていた。相変わらず、夜空には強く輝く月が昇っている。

 

『任務の弐 悪代官を暗殺せよ!』

 

 武家屋敷の周りをぐるりと巡り、門に近寄る。

 門の前では、二人の門番が長い木の棒を持って警戒を強めている。

 

 それを見た俺は、思わず笑みを浮かべた。

 

「どうやって屋敷に侵入するかなんだけどさ。さっきの戦いでテンションが上がったので……」

 

 俺は、背中に手を回し、背負っていた忍者刀を鞘から引き抜く。

 

「正面突破するぞ! 皆殺しじゃー!」

 

『ヨシちゃんマジか!』『ステルスアクションどこいった!』『やっぱりゴリラにステルスゲーは無理だったんだ』『討ち入りだー!』

 

 視聴者のそんなコメントを聞きながら、俺は忍者刀を振りかぶり、二人の門番に正面から躍りかかっていくのであった。

 



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130.風牙の忍び(ステルスアクション)<4>

 闇の中から突然現れた俺の姿に、門番は驚きの表情を見せる。

 

『な、何奴!?』

 

 そう慌てるものの、門番は手に持った棒を構えることもなくぼんやり立っていた。なので、遠慮なく斬り殺させてもらう。

 まずは一人。

 右側の門番が物言わぬオブジェクトとなって倒れると、ようやくもう一人の門番が棒を構える。

 

『なんだお前は!? し、しんにゅ――ぐえっ!?』

 

 門番が大声で叫ぼうとしたので、喉に向けてアシスト動作で手裏剣を叩き込んだ。それで相手は沈黙して倒れたので、俺はそいつに近寄って手裏剣を回収した。手裏剣は一個しかないからな。

 

 さて、堂々と正面から門を開いて入ろう……と思ったのだが、門が開かない。反対側からかんぬきでもされているのか。

 ただし、門の横に使用人用の通用扉があり、そちらは普通に開いた。門番が出入りするために、鍵がかかっていないのだろう。不用心だな。

 

 通用扉から屋敷の敷地内に入る。

 本邸は遠くに見えており、美しい前庭が目の前に広がっている。ううむ、本格的な武家屋敷って感じだな。

 そして、その前庭では灯籠(とうろう)に火が灯され、さらにはちょうちんを持った見回りが複数巡回を行なっている。

 

 本来なら、彼らをやり過ごすのに、頭を使ってステルスアクションするのだろう。

 だが、今の俺は忍者ではなく、ただの人斬りである。

 

「しゃあ! かかってこいやー!」

 

 俺は、灯籠に照らされる前庭に、忍者刀を構えて躍り出た。

 

『何奴!? なんと怪しい格好よ! 皆の者、盗人だ! 盗人が出たぞ!』

 

「盗人じゃないんだよなぁ。貰っていくのはお前達の命じゃー!」

 

 俺はそう言いながら、集まってきた見回りに忍者刀で斬りかかる。

 

『このヨシちゃんノリノリである』『忍者とはなんだったのか』『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』『たぶん一発刃をくらったら終わりなのに、よくやるね』

 

 屋敷の敷地内なので、遠慮なく刃物を持ちだしているのだろう。見回り達は棒ではなく、槍を持っていた。

 俺は囲まれないよう、上手く位置取りを調整する。そして、いまいち腰の入っていない突きをかいくぐって接近し、一人ずつ斬り倒していく。

 

『討ち入りだー! 出合え! 出合え!』

 

 前庭は大騒ぎとなり、本邸の方角から次々と武装した人がやってくる。

 そして、その中に、槍ではなく刀を腰に差した侍らしき男の姿が見えた。

 

「お、あれが悪代官か?」

 

 そう思ったのだが、ヒスイさんが否定のコメントを飛ばしてくる。

 

『いえ、あれはただの用心棒ですね。本来なら屋敷の中で待ち構えている相手なのですが、騒ぎを聞きつけてここまできたようです』

 

 状況に応じて敵の配置が変わるとか、やっぱり未来のゲームは高度なことしているな。インディーズゲームですら、ここまでするのか。

 

『おぬしら何をしておる! 囲め! 囲んで動きを止めるのだ!』

 

 おっ、用心棒、なかなかいい判断をするな。

 指揮を執られるとやっかいだ。というわけで……。

 

「お前から死ね!」

 

 念力鉤縄を用心棒の胴体に吸着させ、鉤縄を縮小させて一気に接近する。念力鉤縄に引っ張られて用心棒は体勢を崩しており、肉薄した俺はその無防備な首筋を忍者刀でかき切った。

 用心棒が倒れ、周囲の見回り達がうろたえる。その隙に、俺は倒れた用心棒から一つのアイテムを失敬する。

 

「打刀ゲット! やっぱり忍者刀より、これだよ、これ」

 

『こやつ、しれっと盗みおった』『やっぱり盗人じゃないか!』『家に押し入って、殺して奪うとかひどすぎる』『ヨシちゃんの貴重な悪人プレイシーン』

 

 失礼な。こういうゲームでは、アイテムの現地調達は基本なんだぞ。なぜか手裏剣や煙玉とかが、そこらに転がっていたりするんだ。このゲームではそういう不自然な状況は今のところないようだが、代わりに相手の武装を奪えるようだ。

 

「打刀を手にした俺は無敵じゃー! みんなくたばれー!」

 

 そうして、俺は前庭に集まったすべての敵を斬り倒した。

 物言わぬオブジェクトとなった敵が、消えることなく地に横たわっている。

 ちょうちんがそこらに落ちて散らばり、静まりかえった前庭をぼんやりと照らしていた。

 

「ふう、一発貰ったら終わりというのはなかなか緊張するな」

 

『あの数をしのいだ……』『ゲームジャンル違わないですかね』『忍者じゃなくて侍か浪人か』『忍者が侵入してきたというより、辻斬りが押し入ってきた図だな』

 

 修羅じゃ、修羅になるのじゃ!

 というわけで、前庭での戦いを終えた俺は、打刀を右手に握ったまま本邸へ向けて走っていく。

 すると、本邸の門前には槍で武装した男達が多数待ち構えていた。

 

『来たぞ、侵入者だ!』

 

『あやつら全員やられたというのか!』

 

『おのれ、ここは通さぬぞ!』

 

 俺はそんな集団のど真ん中に、火遁の術で火を付けた煙玉を放り投げた。

 

『なんだ!?』

 

『前が見えぬ!』

 

 相手が混乱している間に、俺は槍の矛先から逃げるよう側面へと回る。

 そして、煙が晴れて相手の姿が少しずつ見えてきたあたりで、一気に敵集団に接近した。

 

『ぐわっ!』

 

『いたぞ! そこだ!』

 

『くっ、槍が邪魔だ』

 

 剣道三倍段という言葉があるくらい、刀に対して槍は有利だ。しかし、集団で密集すると、途端に取り回しが不便になるのが見て解る。

 俺は、混乱する相手を一人ずつ斬り倒していった。

 

 そうして敵は全滅し、俺は正面から堂々と本邸に侵入した。

 この屋敷は、最初の任務の屋敷と比べて数倍の広さがある。さすがに町の高利貸しと、お偉い代官の屋敷が同等というわけにはいかないのだろう。

 さらに、前のステージではあった矢印での誘導がないため、どこに悪代官がいるかが判らない。

 しかたがないので、俺はしらみつぶしに部屋を探索していく。ときおり、待ち構えていた用心棒らしき相手が刀で斬りかかってくるが、一人ずつしかこないので問題なく対処できた。

 

 そして、とうとうそれらしき部屋を俺は見つけた。

 金箔で装飾されたきらびやかなふすまがあり、そのふすまがわずかに開けられている。中から何やら声がする。

 

『よいではないか! よいではないか!』

 

『おやめください! おやめください!』

 

 こ、このシチュエーションは……!

 

『ああっ、あーれー!』

 

 帯をくるくるして、あーれーってやるやつ!

 まさか本当に見られるとは、ゲーム製作者さん、見事なり!

 

 と、そこまで見て満足した俺は、ふすまを勢いよく開け放った。

 

『ぬっ!? 何奴!?』

 

 忍び装束に身を包んだ俺の姿に、瞬時に顔を引き締めた悪代官は、壁際に飾られた刀を取りに向かおうとする。

 だが、させない。俺は、手裏剣を懐から抜いて悪代官の背中に投げつけた。

 

『ぐわっ!』

 

 手裏剣が当たりのけぞったところを俺は瞬時に近寄り、打刀で斬り伏せた。

 すると、視界の中に『任務完了』との文字が表示される。こいつが悪代官で間違いなかったらしい。

 

「さて、残るはこの娘だが……」

 

『ヨシちゃんまさかその子も斬るの?』『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』『無抵抗の相手を斬るのは……』『むしろ介抱してあげて』

 

「……くっ、俺には、悪代官の被害者である、純真な町娘を斬ることはできない……」

 

 俺はそう言って部屋を立ち去ろうとする。そのときだ。

 

『チェストー!』

 

「あぶねえ!」

 

 なんと、帯を解かれて襦袢(じゅばん)姿になっていた娘が、短刀を抜いて腰だめに構え、こちらに襲いかかってきたのだ。

 

「なんで、この子が襲いかかってくんの!?」

 

『よくも、よくもこの人を……夫の(かたき)!』

 

「悪代官と夫婦なのかよ!」

 

 意外な事実に驚いた俺は、再び突進してきた娘の一撃を危うく食らいそうになる。

 なんとか床を転がって回避した俺は、床にうつ伏せに倒れた悪代官にぶつかり止まる。すると、悪代官の背中に手裏剣が刺さったままだったので、俺はそれを抜いて娘に向けて投げつけた。

 

『うっ!』

 

 手裏剣を腹に受けて、娘はその場で膝をつく。そして、立ち上がった俺は、打刀で娘の首を打ちすえた。

 血の代わりのポリゴン片が飛び散り、娘は床に倒れた。

 

「今日一番の強敵だった……」

 

『連れ込まれた町娘か何かと思ったら……』『おやめくださいとか言っていたのに、ただのプレイかよ』『妻が仇討ちしようとするほど、この悪代官って愛されていたんだなぁ』『悪代官とはいったい……』

 

 ふう、しかし、いたいけな娘まで手にかけてしまったな。

 もう、後戻りはできない。こうなったら……。

 

「しらみつぶしに家捜しして、全員等しく斬り殺すしかない!」

 

『何言ってんのヨシちゃん!?』『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』『今日のヨシちゃん飛ばしているなぁ』『善なる忍者とはなんだったのか』

 

 それから俺は、屋敷内をくまなく探し回っては、見つけた相手を斬り捨てていく。

 不思議と家人らしき人がおらず、出会う相手は武装した男達ばかり。おそらく、ゲーム製作者が、いたいけな一般人をできるだけ殺さないで済むような配慮をしたのだろう。俺みたいな皆殺しプレイじゃなくても、侵入の際に邪魔だったら殺して黙らせることくらい、普通にあるだろうからな。

 

 そうして俺は、屋敷にいた全ての人間を倒し、堂々と正門から屋敷を後にするのであった。

 

『任務の弐 達成!』

 

『隠密:× 不殺:× 皆殺し:○ 達成時間――』

 

『評価:悪鬼羅刹』

 

 ええっ、本当に悪鬼になったじゃないか!

 この評価に、視聴者達は一斉に『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』と盛り上がるのであった。

 



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131.風牙の忍び(ステルスアクション)<5>

『なかなか派手にやったようだな』

 

 次のステージを開始すると、夜の草原にやってきた男忍者が開口一番、そのようなことを言ってきた。

 

『外道の巣窟でどれだけ殺そうが里は関与しないが、血に飢えて悪に落ちることだけはしてくれるなよ』

 

 どうやら、前ステージでの所業で、どんな台詞が来るかが決まるようだ。

 

『だってよ、ヨシちゃん』『ちゃんと忍ぼうぜ?』『ゴリラは、はたして忍者になれるのか!』『戦うにしても忍術駆使してとかじゃなくて、正面からの斬り合いだからな……』

 

「OK、了解した。次は隠れながら殺す」

 

『結局殺すのかよ!』『今宵のヨシムネは血に飢えておるわ……』『でも、邪魔な見張りを処理するのは、ステルスアクションの華ですよ』『皆殺しとか言い出さなければ普通なのか……?』

 

「大丈夫大丈夫。俺が21世紀でプレイした忍者になって悪人を暗殺するゲームだって、道中の見張りを殺しまくっていたし。忍者なら普通のことだよ」

 

 と、そんな無駄話をしていると、男忍者が懐から巻物を取りだしてこちらに突き出してきた。

 次の任務だな。俺は巻物を受け取り、開く。

 

「……うん、相変わらずの達筆ですな」

 

 まったく読めねえ。

 

『次の任務を伝える。家老の屋敷に忍び込み、藩主の住む城の見取り図を盗み出すのだ。城に我らの手勢を送り込むには、その見取り図が必要だ』

 

「藩主の城ねぇ……風牙忍者は藩主に仕えているってわけじゃないんだな」

 

 正義とか言っているし、藩主が悪行を行なったときの抑止力として、幕府に雇われている設定とかかね。

 

『事前に潜入した者の報告によると、見取り図は家老が肌身離さず持っているとか。家老は始末してもかまわぬが、見取り図が血で汚れぬよう気をつけるのだぞ』

 

 男忍者はそう言ってこちらに手を突き出してくる。はいはい、巻物ね。

 

「しかし、また屋敷の主のいる部屋に侵入か。やっぱり、今度は見つからないよう、隠密プレイに(てっ)してみるかね」

 

『ヨシちゃんにできるかな?』『でも殺しはするんでしょう?』『隠密(皆殺し)』『仲間を呼ばれなければいくら殺してもよいのだ』

 

「いやまあ、死体を発見されて侵入が発覚とかありそうだし、ほどほどにするよ、ほどほどに」

 

 そうして俺は、夜の草原から町に向けて走っていった。

 

『任務の参 家老から城の見取り図を盗み出せ!』

 

 月の光が照らす夜の武家屋敷。家老の住処とあって、塀はずっと向こうまで続いている。

 門に近づくと、これまた門番が二人、ちょうちんを持って周囲を見回し警戒している。

 毎晩こんな灯りをつけて夜通し屋敷を守り続けるとか、灯り代も人件費も馬鹿にならないだろうと思うが、そこはゲームなので目をつぶっておく。戸締まりだけしてみんな寝静まっている建物に侵入とか、ステルスゲームが成り立たなくなってしまうからな。

 

 さて、今回は正面突破をしないので、門番はスルー。念力鉤縄で塀を登り、敷地の内部を見渡す。

 立派な日本庭園が広がっており、月光に照らされている。ところどころに設置された灯籠には火が灯されており、また、灯りを持った見回りがそれなりの数いるようだ。本邸はここからかなりの距離があり、侵入は一筋縄ではいかなそうだった。

 

 足を止めて道を塞ぐ、見張りの類はいなさそうだ。ならば、隠れ身の術でどうにかなるだろうと算段し、俺は塀から敷地内に飛び降りた。

 そして、進むことしばし。何やら、こちらに近づいてくる軽快な足音が……。

 

「って、やべえ、番犬だー!」

 

 犬種は判らないが、大きめの体躯をした犬が、的確にこちらの位置に駆けてくる。

 俺は、とっさに隠れ身の術を使った。

 

「…………」

 

 この犬、俺の足元で、めっちゃ臭いかいでいるんだけど。

 

『見つかってますやん』『姿は消えても臭いは消えず』『もうこれやるしかないのでは』『やろうぜ!』

 

 こんないたいけなわんこを傷付けるなんて、不謹慎なこと……やろうぜ!

 俺は隠れ身の術を解除し、背中から忍者刀を抜いて、素早く犬の頭に突き刺した。

 

 俺の姿を見て吠えようとしていた犬だが、頭を貫かれては鳴き声もあがらない。

 犬は、ぐったりとその場に倒れ込んだ。

 

「ふいー、VRゲームだと野犬や狼モンスターって結構対処が困難なんだが、チャンプの道場で慣れておいて助かった」

 

『犬の何が難しいの?』『腰より低い高さの敵は、剣での攻撃が難しい』『槍なら突けるけど、懐に入られたらどうしようもなくなるな』『とっさに蹴りができる空手はやはり最強……』

 

 うん、だいたいそんな感じだ。正直ゲームの中だと熊より犬の方が恐ろしい。見た目通りの当たり判定ってきつい。

 

 さて、番犬は倒せたので、後はこれを見回りの目につかないよう垣根(かきね)に隠して、と……。

 庭園だから、隠せる場所や隠れる場所がいっぱいあって助かるな。

 

「よし、それじゃあ先に進むぞ」

 

 俺は足音を忍ばせながら、奥に見える本邸に向けて歩いていく。

 見回り達は巡回ルートがあるのか、ひとところに留まらずに移動を続けている。俺はそれを隠れ身の術で上手くかわしながら、少しずつ進んでいった。

 庭園の石が並べられた道はそれほど広くなく、すれ違う際にぶつかりそうになり、少し冷やっとした。

 避けるために芝生に入ると、隠れ身の術を使ってもその場に足跡がくっきり残るので、できれば道の上を歩きたいところなのだが。

 

 そうして地味なゲーム進行を経て、ようやく本邸前に辿り着いた。

 どこか侵入できる場所はないかと、ぐるりと周囲を回ってみたのだが、木窓は閉められ、縁側も鍵つきの雨戸で入れないようになっていた。

 これは、どうやら正面から行くしかないようだ。俺は、本邸の正面入口までやってくる。

 

 入り口前には、これまた門番が一人その場を動かず立っていた。

 

「これは……多分、かんしゃく玉を使えってことなんだろうが……」

 

 俺は懐に手を入れ、目的の物を取り出す。それは、手裏剣。

 

『やるのか』『やっちゃうのか』『不殺とか、やってられねえぜー!』『今日の配信コメントはずいぶん物騒だな……』

 

 やってやるさ! 仲間を呼ばれないよう、のどを狙う!

 

「天誅ー!」

 

 離れた場所からのアシスト動作による投擲(とうてき)は、見事門番ののどに命中した。

 それを確認すると、俺は素早く相手に近寄り、忍者刀で斬りつける。

 すると、相手はうめき声をあげて仰向けに倒れた。

 

「よしよし。それじゃあ脇によけておいて、と……」

 

 手裏剣を回収し、足を引きずり門番を目立たない場所に移動させる。と、そのとき門番の懐から何かが落ち、矢印が視界に表示されてその何かを示した。それは、一つの鍵だった。

 

「うーん、いかにも重要そうな鍵だが……」

 

 俺は試しに、武家屋敷の入口の扉に鍵を挿して回してみた。すると……。

 

「開いた! え、門番が入口の鍵持ってんの? これ、不殺プレイだとどうやって侵入するんだ?」

 

『頭殴って気絶させるとか?』『ヨシちゃんが気づいていないだけで、他に入口があると思われる』『あー、ありそう』『ヨシちゃんのプレイ、ガバガバだからな』

 

 く、確かに探索ゲームや脱出ゲームの経験は浅いが……。

 いや、こうして正攻法で入れたんだ。気にすることではないぞ。

 

 そうして、俺は屋敷の中を探索し始める。

 部屋のいくつかは灯りがついており、まだ人が寝静まっていないことが判る。

 俺は天井歩きと隠れ身の術を駆使し、屋敷内を移動する見回りを避けていく。この見回り役も、いかにもゲーム的な存在だな。扉を閉め切った屋敷の内部を巡回とか警戒しすぎである。

 

 そんな感じで移動を繰り返し、頭の中で屋敷の地図を作っていたある瞬間、俺はふとあることに気づいた。

 

「……あそこ、天井の板が外れているな」

 

『天井裏!』『やべえ、忍者といえば天井の向こうって忘れてた!』『当然行きますよね?』『足音に気をつけて!』

 

 視聴者達にうながされて、俺は板の外れた場所から天井の向こう側に移動する。

 そこには、月の光が差し込まない薄暗い空間が広がっていた。薄暗いで済んでいるのは、真っ暗にならないようゲーム的に調整されているからだな。忍者だから、夜目が利くとかの設定でもあるのだろう。

 それでも暗いものは暗いので、俺は火遁の術で指先に火を灯して光を確保した。

 天井裏を進み、頭の中に構築した地図と照らし合わせ、まだ探っていない場所へと向かう。

 

 すると、天井板に露骨な穴が空いており、光が漏れている箇所がある。

 俺はそこから下の部屋をのぞく。

 

「……おっ、当たりじゃないか、ここ」

 

 壺や金屏風(びょうぶ)が置かれたいかにも立派そうな部屋に、布団が敷かれている。しかし、布団の中には誰もいない。

 よく見ると、部屋の隅に置かれた机の前に一人の年老いた侍が座っており、そこで何やら書き物をしていた。

 彼が家老か、と思っていると、ふと老侍が振り返った。

 

『何奴!?』

 

 老侍は、壁にかけられていた槍を手に取り、部屋の中央へと移動し、そして槍を天井に向けて――

 

『ふむ、気のせいか……』

 

「あ、危ねー!」

 

 俺が下をのぞいていた天井板は、見事に槍で貫かれていた。とっさに屋根に向けて念力鉤縄を飛ばすことで回避できたが、あと一歩遅かったら槍の餌食となっていたことだろう。

 

 だが、今の衝撃で天井板が外れかけている。チャンスだ。

 俺は天井板をそっと外すと、「おりゃあ!」と気合いを入れて、部屋の中へと飛び降りた。

 

 着地の音で老侍はこちらに振り向くが、その姿勢は机に向けて正座したまま。腰には刀も差しておらず、居合抜きなどをしてくる可能性はない。

 俺は老侍の背後に飛びつき、左手で侍の口を押さえ、叫べないよう拘束する。

 そして、クナイを老侍の右目に突き刺した。

 

「天誅!」

 

 俺はそう叫び、クナイを引き抜き、拘束を解く。

 

『どんな悪いことをしていたか知らないけど、天誅』『何気にクナイさん初めての出番』『見事な手際だった』『見取り図は無事かな……?』

 

 そもそもこいつが家老じゃなかったら、とんだお笑い草なのだが……と、物言わぬオブジェクトとなった老侍の懐を探ると、何やら卒業証書でも入っていそうな筒が出てきた。

 俺はその筒のフタを開け、中に入っている物を確認する。すると、それはまさに城の見取り図であった。

 

『任務完了』

 

 そんな文字が視界の中に表示される。

 

「なーんだ、あの男忍者め、思わせぶりなこと言いやがって。こんな筒に入っているなら、正面から斬りふせても見取り図は無事だったんじゃん」

 

 まあ、腹を斬ったら、見取り図ごと真っ二つになっていただろうけれども。

 

「さて、それじゃあ、殺したのがバレないよう偽装工作をしてと……」

 

 俺は筒に見取り図を入れ直し、懐に収める。そして、老侍を部屋の中央まで引きずっていき、布団の中に寝かせた。

 さらに、机の上に灯っていた灯りを吹き消す。これでこの部屋に見回りが来ても、家老は寝ていると勘違いしてくれるだろう。

 

 それから俺は、天井裏を伝うことなく部屋を出て、見回りをやり過ごして本邸を出た。入口には誰もいないままで、門番を排除したのはまだ周囲にバレていないようだった。

 そこからまた俺は最初に来た道を注意しながら戻っていく。特に、犬がいないかは細心の注意を払う。

 

「番犬ならぬ番猫なんていたら、ヒスイさんはこのゲーム勧めてこなかっただろうな……」

 

『そういや野犬や狼は結構倒すけど、猫を倒すゲームは見たことないな』『ライオンなら……』『さすがにネコ科全般はヒスイさんもカバー範囲外だろう』『虎とかゲームでペットにすると可愛いんだけどな』

 

 そんな無駄話をしている間に、俺は塀の近くまで辿り着いた。

 そのまま塀の上に念力鉤縄で登り、屋敷の敷地から脱出することに成功した。

 

「よっしゃー! 隠密プレイ成功だぁー!」

 

 俺は歓喜の叫び声をあげながら走り、屋敷から離れていく。

 

『よくやった!』『やればできるじゃん』『犬のおかわりなしかぁ』『こうしてヨシちゃんは、無事忍者と認められるのであった……』

 

 ふふふ、俺だってステルスアクションくらいできるのさ。

 

『任務の参 達成!』

 

『隠密:○ 不殺:× 達成時間――』

 

『評価:優』

 



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132.風牙の忍び(ステルスアクション)<6>

 三つ目のステージをクリアし終わるころには、配信開始からそこそこ時間が経過していた。そのため、続きは次の日にすることにした。

 

 そして一日経ち、ライブ配信を開始してゲームを再開する。タイトル画面で『つづきから』を選び、四ステージ目を始める。相変わらずの夜の草原スタートで、男忍者が巻物をたずさえてやってくる。

 渡された巻物は……あれ? いつもの達筆文字ではない。これ、俺が持ち帰った城の見取り図だ。

 

『次の任務だ。これがこの地での最後の任務となる』

 

 おっ、最終ステージか。まあ、インディーズゲームだから、これくらいのボリュームでちょうどいい感じだな。

 

『風牙の姫様が、藩主の城に捕らわれているのは知っておるな?』

 

 いや、初耳です。

 

『お前は一連の任務で、よい成果を出してくれた。おかげで、風牙に対して不当に課されていた借財は無効となった。これにより、姫様を人質として藩主に預ける理由がなくなった』

 

 高利貸しから盗んだやつ、風牙が負っていた借金の証文かよ!

 この感じなら、悪代官を暗殺したのも借金の無効化に関係していそうだな。

 

『だが、藩主は素直に姫様を返すことはないであろう。そこで、お前には城に忍び込んで、姫様を救出してきてもらう』

 

「救出ミッションか。難易度高そうだなー」

 

『家老を殺め、見取り図を奪ったことで、城は今、警備を固めておるようだ。任務は困難を極めるであろう』

 

「やっぱり!」

 

『だが、我らには忍びの術がある。城への侵入方法だが、(ほり)に水路があり、それが城郭の内側へとつながっておる。常人では息が続かぬだろうが、水遁の術と風遁の術を使えば、侵入は可能だ』

 

 ふむ、水遁と風遁とな。

 俺は、それらの術を頭の中で意識する。

 

『水遁の術:身体や服、装備品を濡らさずに水の中へと潜る忍術。自動発動』

 

『風遁の術:水中での呼吸を可能とする忍術。自動発動』

 

「水遁が、地味だけどすごく便利な術だ……!」

 

『あー、水濡れがあるMMOで欲しくなる術だわ』『解るわ。濡れた装備が乾くまで、無駄に時間かかるんだよな』『リアルでは水に濡れることないからいらんな……』『お前の所属コロニー、プールないの?』『プールはむしろ水に濡れるから楽しいんでしょう』

 

 遁術は本来逃げるために使う技術のことだ。そして風遁と水遁の術は、長時間水に潜れて、しかも水から出ても濡れていないという、逃げるのにすごく役立つ忍術になっている。

 火遁の術が煙玉やかんしゃく玉に着火するための忍術だったし、割と製作者の人、そのあたりこだわって作っていそうだな。

 

『先に潜入した者の報告によると、姫様は天守の最上階におるらしい。無事に連れ帰ってきてくれ。頼んだぞ』

 

 男忍者はそう言って、この場を去っていった。

 今回、巻物は回収していかなかった。見取り図を参照しながら行けということだな。

 

 俺は巻物を閉じて懐にしまい、町とは違う方角、月の光に浮かび上がる城郭へ向けて走っていくのであった。

 

『最終任務 風牙の姫を救出せよ!』

 

 そんな音声と共に、俺は城郭の前に立っていた。どうやら山城ではなく、平地に建てられた城のようだ。

 前方には、どでかい城門があり、その前にはかがり火が()かれている。

 槍を持った門番もおり、正面からの侵入はまた悪鬼羅刹の真似事でもしない限り、無理そうに見えた。

 

「んじゃ、天守を目指して……天守って何? 教えてヒスイさーん」

 

『いわゆる天守閣のことです。城郭の中にある一番高い建物ですね』

 

「おー、なるほど。見取り図を見ても、城って一番高い建物以外にもいろいろ施設があるみたいだな」

 

『それらの施設に寄る必要はありませんね。皆殺しをしたい場合や、珍しいアイテムを拾いたい場合などの、やりこみプレイをするにあたって必要となってくる場所です』

 

「さすがに俺も、このでかい敷地で全員斬り倒すのは、やる気が起きないな。普通に水路から侵入しようか」

 

 俺は城門から離れ、城郭を囲むようにして作られている堀へと近づく。

 堀には綺麗な水が溜まっており、水面には満月の月が見事に映りこんでいる。

 うーん、こういう水って汚れていそうなものだけど、さすがはゲーム。綺麗な水なら、飛び込んでも不快感はないな。

 

 俺は高飛び込みの気分で、水面に向かってジャンプした。

 

『水音、響いていますよ』『忍べ、忍べ』『いきなりテンション上げすぎだぞ、ヨシちゃん』『水遁の術の感覚どんなん?』

 

「うーん、身体の周りに空気の膜があるような感覚だな。というか水の中で普通にしゃべれるのか」

 

 会話が可能とか、風遁の術もすごいな。

 俺は『-TOUMA-』でヒスイさんに鍛えられた水泳法で、堀の中を泳いでいく。

 水路はどのあたりだろうか……と考えたら、視界の中に城の見取り図が表示された。そうか、いちいち巻物開かなくていいのか。こりゃ便利だ。

 

 俺はできるだけ水面に近づかないようにして、水路に向けて泳いでいった。

 

「しかし、あれができないのも少し残念だな。水面に竹筒出して呼吸を確保するやつ」

 

『何それ?』『解るわー』『忍者の水泳といえばそれだよね』『あとは水蜘蛛(みずぐも)とか』

 

 あー、水蜘蛛ね。靴の底につける円い板で、水の上をそれで歩くとかいう忍具か。でも、実際には靴の底につけるのではなく、浮き輪として使うのが正しいとか、ネットで見かけたこともあるな。

 

 そんなやりとりを視聴者としている間に、水路が見つかる。その水路を俺は泳いで進んでいった。

 確かにこれは、風遁の術でもないと息が続かないな。しかも、月明かりが届かないのでとても暗い。ゲームじゃなかったら真っ暗で全く進めなかったことだろう。

 

 しばらく水路を泳ぐと、やがて上の方が明るくなってきた。水路を抜けたのだ。俺は慎重に浮かび上がり、水面から顔を出す。

 すると、目の前に立派な石垣がそびえ立っていた。

 なるほど、城郭の周りに堀があったが、城郭内部の天守閣にも堀が作られて、それぞれ水が満たされ、水路がつながっているのか。

 なんのために水路なんて侵入経路があるのかは不明だが……侵入経路じゃなくて藩主のための脱出経路なのかもしれないな。風牙みたいな忍者が藩主に術で空気を送り続けて、逃がすみたいな。

 

 さて、目の前の天守閣に、どうにか忍びこむわけだが……。

 

「……これ、外壁登るのはありかな?」

 

『マジか』『ステルスアクション全否定!』『クライミングゲームかな?』『でも、それも忍者っぽいよね』

 

「よし、それじゃあ天守閣の外側を登るぞ! 素直に往復なんてやってらんねえ!」

 

 俺は、念力鉤縄を駆使して石垣を登ることにした。

 堀の水面から石垣にあがると、水遁の術の効果で服は全く濡れていなかった。

 

「右手に念力鉤縄、左手に念力鉤縄。よしよし、ちゃんと登れるな」

 

 アクロバティックな動きで、俺は天守閣の外壁を上へ上へと移動していく。

 天守閣は五階建て。登るにつれて下の堀が遠くなっていく。落ちたら石垣に衝突して即死しそうだな。

 

 やがて、俺は外壁を登りきり、城の天辺に辿り着いた。

 

「ふう……。さて、しゃちほこはないのか、しゃちほこは」

 

『しゃちほこ……?』『また知らない単語が出てきたぞ』『天守の屋根に飾られる、虎の頭を持つ魚の置物だね。代表的なものに名古屋城の金のしゃちほこがあった』『解説兄貴サンキュー!』

 

「お、金じゃないが、しゃちほこがちゃんとあるぞ。いいね!」

 

 俺はしゃちほこに手をつき、スクリーンショットを数枚撮った。スクリーンショットは、ゲーム内で撮る写真のことだな。

 

『この忍者、観光を満喫しておる』『姫様はどうしたんだよ姫様は』『俺の黒髪ぱっつんロリ姫様はまだか!』『ロリはないわぁ……』

 

「はいはい、今行きますよっと」

 

 俺は屋根の上から降り、木でできた格子窓をのぞきこむ。すると、中では(はかな)げな黒髪の美少女が、ぼんやりと窓から外を見上げていた。当然、窓の外にいた俺と少女は、目が合う。

 

「……やっべ」

 

『!? あなたは……その忍び装束、風牙の者ですね』

 

 黒髪の少女は叫びをあげずに語りかけてきており、落ち着いた様子であった。

 これは、当たりを引いたかもしれない。

 

『少々お待ちください。窓枠を外しますので。……ふんっ!』

 

 少女が突然その容姿に似つかわしくない声をあげたと思うと、格子窓の木枠が鈍い音を立てて外れた。

 

『どうぞ、お入りください』

 

「あ、これはどうも……」

 

 少女にうながされ、俺は天守閣の最上階へと侵入した。

 俺が部屋の中に入ると、少女はぺこりとお辞儀をして口を開く。

 

『風牙の忍び……確か、幼いころにあなたとは会っていますね。キヨコという名でしたか』

 

「あー、そんな名前だった気がする……」

 

『私は風牙の頭領の娘、トメです。風牙の者がここに来たということは、機が熟したということですね』

 

 おトメさんね。やはりこの子が姫で間違いなかったようだ。

 

『この藩に風牙が好き勝手されるのも、これでおしまいですね。では、脱出しましょうか。少々お待ちください』

 

 そう言っておトメさんは、部屋の隅に歩いていき、床に置かれていたつづらを開く。すると、中から俺が着ているのと同じデザインの忍び装束が出てきた。

 それを持ったおトメさんが『はっ!』と言葉を発すると、彼女は突然煙に包まれた。

 何事かと思いながら見ていると、煙が晴れたその場所には、忍び装束を着こんだおトメさんの姿があった。

 

「すげえ! 変化の術!? いや、違うか、早着替えの術!」

 

『これくらい俺にだってできる』『本当に?』『マイクロドレッサーがあればな!』『忍術じゃなくて機械の力じゃねえか!』

 

 何やら視聴者達が盛り上がっている。

 マイクロドレッサーは、体形に合わせた服をその場で仕立てて着せてくれる、未来の素敵ガジェットの一つだな。

 

『申し訳ありません。忍び装束は所持を許されていたのですが、武装は何もなく……何か武器になる物を貸していただけませんか?』

 

「それなら、使わないクナイを進呈しよう」

 

 俺は腰に装着していたクナイを外し、おトメさんに渡した。すると、おトメさんは満面の笑みでそれを受け取る。うーん、可愛いけど、その笑顔を見せるのが武器を受け取ったときというのは、なんとも言えないな。

 

『では、脱出いたしましょう』

 

「おう」

 

 おトメさんの言葉に俺は軽く返事をし、窓の方へと向かう。

 

『あっ、申し訳ありません! 私、高いところが苦手で……、おそらくそこから出ると念力鉤縄の集中が乱れて落ちてしまいます』

 

「あー、二度のショートカットは許さないってことね」

 

『ゲーム製作者さんよく考えてあるなぁ』『ヨシちゃんの行動は想定のうちだったと』『プレイヤーの突飛な行動潰していく作業、大変そうだな……』『実際のところ、人ひとり抱えて念力鉤縄って使えるの? 目をつぶってもらえば抱えて降りられるんじゃない?』

 

 そんな疑問というか提案が視聴者から出たが、俺はそれには乗らないことにした。

 

「帰りくらいは正攻法で行こう」

 

 せっかくの最終ステージだしな。

 ところで、だ。一つ気になることが。

 

「おトメさん。藩主ってどこにいるの?」

 

『彼なら、隣の部屋で眠っておりますが』

 

「どうせなら暗殺しとく?」

 

『いえ、今の風牙が藩主を直接殺めるのは、立場的に厳しいものがあるでしょう……。私が城の内部で聞き集めた、複数の不正の話を御上(おかみ)に伝えるのがよいかと』

 

「幕府の力で抹殺ってことね。了解!」

 

 そういうわけで、おトメさんを連れて、俺は天守閣を下っていくことになった。

 風牙の姫であるおトメさんは、おそらく忍者としての訓練を受けているだろうから、足手まといにならなそうなのは安心かな。

 



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133.風牙の忍び(ステルスアクション)<7>

『四階の階段前に、見張りがいます。先日、急に配置されたのですが……』

 

 部屋を出て、階段を降りようとした時、おトメさんがそんなことを言った。

 正規ルートを通って来たならば、階段前の見張りはなんらかの手段で排除してあるのだろうが、あいにく俺はショートカットを使ってこの五階まで来た。姫というおまけをつけた状態でどうにか突破しなければならないな。

 俺達二人はとりあえず、階段前まで足を忍ばせてやってきた。

 

「うわ、階段傾斜すげえ」

 

 傾斜五十度を超えていそうな急な階段だ。踊り場はなく、一直線に下の階へと続いているようだ。

 そして、下の階を降りたところに、見張りが一人立っている。腰に刀を差した侍だな。お侍さんがこんな夜中に見張りとか、ご苦労なこった。

 

「でも、こちらに背を向けているなら、いくらでもやりようがある」

 

 俺は慎重に足音を立てないよう階段を一人降りていき、階段の周辺に他の人間がいないことを確認する。そして、左手で侍の口をふさぎ、忍者刀を背中から突き刺した。

 心の臓を一突きされた侍は、ぐったりと力をなくす。それを俺は担ぎ上げ、五階まで運んだ。

 

『お見事!』『ステルスアクションっぽくなってきたな』『隠れてやりすごすのもいいけど、さっくり黙らせるのも醍醐味(だいごみ)だよね』『返り血でひどいことにならないのはゲーム的だな』

 

 うむ。視聴者も今の一連の動作には、満足してくれたようだ。

 

「排除したのがバレないように、さっきの部屋にでも運んでおくか」

 

『いえ、手間よりも早く脱出する方を選びましょう』

 

「了解。早速、下に降りよう」

 

 急な階段を静かに降り、四階へ。

 廊下に明かりは灯されておらず、格子窓から月明かりが照らしている。人の姿はなく、次の階まで難なく移動できそうであった。

 

 視界に見取り図を表示させ、三階への階段へと向かおうとした、そのときだ。

 

『お待ちを。この階でやらねばならぬことがあります』

 

「……早く脱出するんじゃなかったのか?」

 

『見逃せぬ毒婦が、この城にはおります。天誅を下さねばなりません』

 

「……うん、俺は手伝わないから頑張って?」

 

『ありがとうございます。こちらです』

 

 おトメさんは静かに廊下を歩いていき、一つの部屋の前で立ち止まる。そして、部屋のふすまを勢いよく開け放った。

 灯りのついた部屋の中では、床置きの化粧台の前で一人の美しい女性が鏡を眺めていた。

 

『!? 何者です!』

 

『年貢の納め時ですよ、キヌ様』

 

『ま、まさか、お前は大根足! その格好は……』

 

『……天誅ー!』

 

 大根足と呼ばれたおトメさんは一瞬で女性に近づくと、組み敷いて口をふさぎ、クナイで首筋をひとなでする。

 ポリゴンの欠片をまき散らして、女性は物言わぬオブジェクトと化した。

 

『さあ、行きましょうか』

 

 特に血もついていないクナイを手ぬぐいでふきながら、おトメさんが言う。

 

「……今の誰?」

 

『藩主の側室ですね』

 

「ええっ……偉い人を殺めるのは、風牙的にやばいんじゃなかったのかよ」

 

『しょせんは側室。藩主でなければ問題ありません。あの娘は市井の出で、藩主が見初めて(めと)っただけの町人です。見た目がいいからと、普段から調子に乗っていたのですよ。それでいて、私よりも容姿が劣っているからと普段から辛くあたってきて……』

 

『こえー。この姫様こえー』『いじめられたからって殺し返したぞ』『童話の未修正版じゃないんだから……』『明らかに私怨で、天誅じゃないんだよなぁ……』

 

 俺からは何も言うまい。どんな台詞が返ってくるか、怖いからな。

 

 そうして、俺達は三階へ。四階と三階の間には踊り場があり、慎重に見張りがいないかを確認していく。

 階段前の見張りはいなかったが、廊下を巡回する見回り役が一人いたので、おトメさんと二人で隠れ身の術を使ってやり過ごした。見事切り抜けるのに成功したおトメさん、満面の笑みである。

 

『可愛いな』『いいキャラデザしているなぁ』『これで性格がアレじゃなければな』『ちょっと復讐心が強いだけだって!』

 

 俺からは何も言うまい。

 そして、三階から二階に降り、廊下を進もうとしたそのときだった。何やら、上の階から複数の足音がした。

 

『風牙の姫が姿を消したぞ!』

 

『探せ! まだ城の中におるかもしれぬ!』

 

 そんな声が聞こえてきた。

 

「おおう、バレたか」

 

『!? 廊下の向こうから人が来ます!』

 

「上の階からも降りてくるぞ。やばい、はさまれるぞ」

 

『キヨコ、こちらの部屋へ!』

 

 おトメさんは一つの部屋を開け放ち、中へと俺を誘導する。

 障子を閉め、おトメさんは部屋の中を進む。この部屋は物置か。箱やつづらがところせましと並べられている。

 

『確かこれが……』

 

 おトメさんはおおきなつづらのふたを開ける。すると、中には布団が入っており、彼女は中からそれを取りだしていく。

 

『さあ、キヨコ。この中へ』

 

 おトメさんにうながされ、俺はつづらの中に入った。

 おトメさんも後からつづらに入ってきて、中からふたを閉めた。

 

 それと同時、障子が開け放たれる音が響いた。

 

『どうだ、いたか?』

 

 そんな男の声が聞こえる。

 

『いや、ちょっと待て……』

 

 足音が聞こえてきて、周囲を探る物音がする。

 

『このでかいつづらは怪しいな』

 

 やべえ!

 そう思ったとき、隣のおトメさんの姿が消えた。そうか、隠れ身の術!

 俺は、その場で息を止めた。

 おトメさんと密着した状態で、じっとその場で待つ。

 

 そして、つづらのふたが開けられ、月明かりが中に差しこんだ。

 

『……いないな』

 

 そんなつぶやきとともに、そっとふたが閉められる。

 それからしばらくして、障子が閉まる音がした。男達は、無事に部屋から出ていったようだった。

 

『……ふう、どうにかなりましたね』

 

 俺の隣で、おトメさんは、ほっと息を吐く。

 俺は、中からつづらのふたを開けて、美少女との密着シチュエーションから脱した。

 思うことは、一つ。

 

「やっぱりダンボール的アイテムは隠れるのに最適やなって」

 

『ダンボール……?』『何それ』『21世紀に使われていた梱包用の箱だね』『なぜ隠れるのに、梱包用の箱が出てくるんだ?』

 

 ステルスアクションといえば、ダンボールなんだよ!

 さて、俺達は廊下から足音がしないことを確認すると、そっと障子を開けて階段へと向かう。

 

 一階へ降りようとしたが、どうも廊下の見回りの数が多い。等間隔で巡回を続けているため、俺は一人ずつ倒して二階へ運んでいき、一階の見回りを全滅させた。

 

『見事な腕前ですね』

 

 そんな称賛がおトメさんの口から出る。いやあ、殺している時点で、忍者としてはどうかと思うけれどな。

 さて、一階に出たものの、入口付近は多数の人が固めている。どうするか……。

 

『キヨコ。この階まで来たなら、もう高さは問題ありません。窓から脱出しましょう』

 

 おトメさんはそう言うと、廊下の格子窓の窓枠に手をかける。

 

『ふんっ!』

 

 鈍い音がして、窓が外れる。

 

『怪力過ぎる……』『ゴリラオブゴリラ』『ヨシちゃん程度をゴリラとか言っている場合じゃなかった』『姫とか言われているけど、要は忍者の一番すごい血筋ですよね』

 

 忍者の血筋と怪力は関係ないと思う……。

 そして、おトメさんは窓枠というか、四角い穴に足をかけ、乗り越えようとする。だが、その動きは途中で止まった。

 

『……あの、意外と高いので、やめにしません?』

 

「いいから降りろや」

 

 俺は、その場で無理矢理おトメさんを抱きあげ、念力鉤縄を窓枠につなげながら、天守閣の外へとおどり出た。

 そして、そのままゆっくりと下へと降りていく。人を抱えた状態ではアクロバティックな動きはできないが、堀に降りるくらいは問題ないようだ。

 

『ひええ……』

 

「おトメさん、水遁の術と風遁の術は使えるか?」

 

『ああ、はい……もちろんです』

 

「じゃあ、堀の中に水路があるので、そこから脱出するぞ」

 

 そう言って、俺は石垣から跳躍し、堀の水面にダイブした。

 もうここまで来たらこそこそ隠れる必要もない。

 

 おトメさんを抱えたまま、俺は水路まで泳いでいく。

 

『あの……一人でも泳げますから』

 

「向こうの堀を登るときに、また高いとかなんとか言いそうだからこのままだ」

 

『そんなぁ……』

 

 おトメさんの反応面白いな。インディーズゲームだから、高度有機AIサーバには接続されていないというのに。

 

 そして、水路を通り、城郭の外へと辿り着く。

 水面から顔を出し、正門から離れた場所で念力鉤縄を使い、堀を登る。俺達はとうとう、城を脱出することに成功した。

 

『最終任務 達成!』

 

『隠密:○ 不殺:× 達成時間――』

 

『評価:優』

 

『総合評価:良』

 

 リザルト画面を経て、俺達は草原へと移動した。

 すると、草原にはいつもの男忍者が待ち受けていた。

 

『姫様……よくぞご無事で……!』

 

『あなたは確か……タツオでしたね』

 

『はっ、中忍のタツオでございます』

 

 あー、そういえばこいつ、そんな名前だったな。

 

『キヨコよ……よくぞやってくれた』

 

「ふふん。ステルスアクションマスターの俺にかかれば、こんなもんよ」

 

『誰がマスターだって?』『全ステージ合計の評価は良止まりなんだよなぁ』『ヨシちゃんには普通のアクションが向いているよ』『皆殺ししているときが、一番生き生きしていましたよ』

 

「やめろよ、まるで俺が辻斬り大好き人間みたいじゃん……」

 

『さあ、里に帰りましょう』

 

 俺の台詞を無視して、おトメさんがそう締めくくると、視界がだんだんと暗くなっていく。

 そして、真っ暗になったところでナレーションが入った。

 

『里に姫が戻り、風牙は藩の抑圧から解放された。藩主の悪行をつづった姫の上書は幕府に届き、精査の末、藩主には切腹が言い渡された。そして、風牙は幕府お抱えの忍びとなる』

 

 幕府ってことは、江戸時代が舞台だったんだろうか。

 

『キヨコは風牙の中忍として、その後も活躍を続ける。しかし、忘れてはならない……キヨコの心には悪鬼羅刹が宿っていることを』

 

「っておい、ここであの評価引っ張るのかよ!」

 

『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』『悪鬼おじさん大興奮』『人は己の過去を消すことはできない……』『全ステージ皆殺ししたらどんなエンディングになるんだろう……』

 

「やらないからな!」

 

 そんなやりとりをしていると、画面に製作者の名前が表示され、『完』と達筆な白い文字が書かれた。

 エンディング曲の類はないようだ。

 そして、少しすると視界が開けてきて、夜の草原へと戻る。『風牙の忍び』というタイトルが表示されているので、タイトル画面に戻ったようだ。

 

 ゲームクリアとなったようなので、俺はゲームを終了させ、SCホームへと戻る。

 キヨコから元の姿に戻った俺は、紅葉に彩られた庭園に立つ。隣には、ずっと姿を消していたヒスイさんがいる。

 

「というわけで、インディーズゲーム『風牙の忍び』クリアだ。皆殺しエンドが気になる人は、自分で購入してプレイしてみてくれ」

 

『無理じゃね?』『ヨシちゃん死ななかったけど、たぶん一回斬られたら死亡でしょう?』『この配信見た凄腕ゲーマーの人の動画を待つしかないのか』『私やってみましょうかね』『マジで』

 

「うむうむ。ゲームをやってみた感想としては、ステージ数が四つと長すぎず、任務もそれぞれ異なるので、RTAが盛り上がりそうな内容だと思ったな」

 

 RTAとはリアルタイムアタックの略で、ゲームのスタートからクリアするまでに経過した現実の時間の短さを競う、ゲーム競技やプレイスタイルのことだ。だが、この時代では時間加速機能が存在するので、現実の時間ではなくVR空間上での時間で計測するようになっているようである。

 

「現在、このゲームのRTA動画をアップしている方はおりませんので、誰でも第一人者になることができますよ」

 

 ヒスイさんが、俺の感想にそんなコメントを追加してきた。

 

「俺はチャートを考えるだけの気力がないからRTAはやらないが、動画を見ること自体は好きなので、できる人には、ぜひやってみてもらいたいな」

 

 そんな感じで話を締め、俺は二日に渡った配信を終えるのであった。

 そして、その後のSCホームで、ヒスイさんが言う。

 

「ヨシムネ様、一応聞きますが、刃物を持って暴れたくなることはありませんよね? ミドリシリーズの身体能力でそれをやると、被害が甚大になってしまいますが……」

 

「ヒスイさん、ゲームとリアルを混同するの、やめよう!」

 

 ヒスイさんはゲームに触れて一年も経っていないから理解していないようだが、ゲームで悪いことしたからって、現実でも悪いことしたくなるとかありえないからな!

 俺は極めて清らかな心の持ち主のつもりだ。自称善なる忍びの風牙忍者と違って、善良な一般市民だぞ!

 



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134.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<1>

『風牙の忍び』の配信を終えた翌朝。朝食を食べ終えた俺は、ヒスイさんと一緒にガーデニングを眺めていた。

 今、特に野菜は育ててはいない。ヒスイさんが季節の花を適時植え替えていて、常に花が咲いている状態が保たれている。

 また街に出て、ヒスイさんと一緒に種か苗から育てる植物を探すのもいいかもしれないな。

 

 ちなみにマンドレイクのレイクは、プランターから抜け出してイノウエさんの上に乗っている。

 あれ、時々やっているのを見るが、イノウエさんが土で汚れるから困るとヒスイさんが言っていたな。

 別にお風呂に入れたりしなくてもいいのだから、気にしないでいいのにと思う。身体の汚れは、ナノマシン洗浄を使えばすぐに終わる。ちなみに猫は水を嫌う子が多いらしく、お風呂に入れるのは困難を極めると聞く。

 

 さて、そんな二匹を観察していると、部屋にチャイムの音が響いた。この音は、荷物が届いた合図だな。

 しゃがみこんでイノウエさんを見ていたヒスイさんが、すっと立ち上がり、玄関に向かう。

 せっかくなので、俺も荷物を見にいくことにした。

 

 玄関にある荷物の収納スペースから、ヒスイさんが箱を取りだして持ち上げる。

 ここで「荷物持つよ」と言うのはNGだ。ヒスイさんは徹底して俺のお世話を焼きたがるので、雑事をしようとすると強い口調で止められてしまう。

 

 ヒスイさんは箱を開封して、中から食品を取りだしていく。

 そして、それらを時間停止機能のある食料保存庫に入れたり、冷やした方が美味しい物は冷蔵庫に入れたりする。

 他にも自動調理器用の調味料カートリッジや、服をその場で仕立てて着せてくれるマイクロドレッサー用の繊維カートリッジをそれぞれの機器にセットしていく。

 今日の荷物はそれで終わりだったのか、箱は空になった。

 

「以上ですね。では、ゴミを集めましょうか」

 

 ヒスイさんはそう言って、自動調理器からゴミの入った透明な袋を取り出す。袋の中には乾燥した粉が入っている。これは、粉砕した生ゴミらしい。

 さらに、マイクロドレッサーからも袋を取り出す。これの中身は、何度も服にしたりそれを解いたりして劣化した専用繊維だ。要は糸くずである。

 それらの袋をヒスイさんは、荷物の入っていた箱に収める。

 

 ヒスイさんがそんなことをしている間に、掃除ロボットが箱の中にゴミを固めたブロックキューブを排出していく。俺がこの部屋に住み始めたころから存在するロボットだ。俺がつけたニックネームは、T260G。

 最後にヒスイさんは、先日までガーデニングに植えていた植物を箱に詰める。これは、花が枯れたから間引いたやつだな。

 

 そして、ヒスイさんは箱を閉じて、玄関にあるゴミ回収用のスペースに箱を置いた。これで三十分もしないうちに、ゴミ回収ロボットがやってくるだろう。

 一連の作業を終えたヒスイさんに、俺はあらためて礼を言うことにした。

 

「ヒスイさん、いつもありがとう。家事、助かっているよ」

 

 するとヒスイさんは、はにかんで言葉を返してくる。

 

「いえ、この程度、21世紀の家事の作業量と比べれば、何もしていないのと同じです。家事が過酷だった21世紀と比べずとも、300年前の家事ロボットから見ても、今の私はほとんど仕事がないようなものです。現代には、便利な家電が多数存在しますからね」

 

「あー、マイクロドレッサーとかすごいよね。その場で服を仕立てるとか、どういうことって最初思ったわ」

 

「今ではマイクロドレッサーの服でないと、着ていて違和感があるという人が増えているそうですよ。体形にぴったり合わせますからね。さて、お茶を淹れてきます」

 

 ヒスイさんはそう言って、キッチンに向かっていった。

 

 ふーむ、しかし、商品を注文したら勝手に荷物を置いていってくれるのは、かなり面倒が少ないよな。21世紀にだって宅配ボックスが存在したが、それよりもはるかにスムーズな物のやりとりがされている。

 うちの実家は農家だから、家族総出で畑に出ることが多くあった。なので、宅配ボックスは自宅に設置していたのだが……あれも自宅と一緒に次元の狭間に放り込まれてしまったのだろうか。

 

「どうぞ。今日は玄米茶です」

 

「おっ、ありがとう。ところでさ、一級市民の中に、宅配業者をやっているって人いるの?」

 

 荷物のことをあれこれ考えていたので、俺はそんな話題をヒスイさんに振った。

 

「いえ、聞いたことはないですね。宅配サービスは高度に機械化されていますので、おそらく人間が介在できる部分は存在しないと思われます」

 

「そっかー。ああ、そういえば、乗り物は全部自動運転だから、トラック運転手とかももういないのか」

 

「いませんね」

 

「じゃあ、宇宙を股にかける運送宇宙船のキャプテンとかもいないのか」

 

「そちらはいますよ。運転は人の手で行ないませんが、宇宙船のオーナーとなり、乗り込んで惑星間やコロニー間の貨物の運搬をしている一級市民の方々が存在します」

 

「マジで!?」

 

「はい。ロマンあふれる仕事として、二級市民の憧れる仕事ナンバーワンとなっております」

 

「そりゃあ、宇宙船のキャプテンとか憧れるわ」

 

「宇宙船は高額ですので、なりたくてもなれない仕事ナンバーワンでもありますけれどね」

 

 あー、まあ、そりゃあこの時代でも、宇宙船の値段は高いだろうな。

 惑星間と言っても、太陽系みたいな範囲ではなく、もっと離れた星系と行き来するくらい高性能な宇宙船なのだろうし。

 

 確か、この時代のワープ技術は、超能力のテレポーテーションをそのまま使っているんだったか。アルバイトの二級市民に遠隔で超能力を使ってもらって、超能力者が乗っていない船も転移を可能としているはずだ。

 星系間のテレポーテーションには相当量のソウルエネルギーが必要だが、こちらもアルバイトの二級市民やソウルサーバに入っている魂だけの人間から抽出して、ソウルエネルギーを確保しているとヒスイさんから雑談時に教えてもらった。

 

「ヨシムネ様は、自分だけの宇宙船に乗りたいと思いますか?」

 

「うーん、マイシップは確かに憧れるところはあるけれど、現実的に考えたらいらないかな。荷物運びの仕事はちょっと面白そうだけど、継続的にやると、きっと飽きるよね」

 

「そうですか……。実は、運送屋になるゲームがありまして……。宇宙船も登場しますので、次の配信にどうでしょうか?」

 

「へえ、運送屋のゲームか。そういうの、結構好きだぞ。21世紀にいた頃も、トラック運転手になって荷物運びするシミュレーターとかやっていたし」

 

 そういうわけで、次の配信内容は『Wheel of Fortune』というゲームをプレイすることに決まった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。今日は荷物を運ぶぞー」

 

 そんな口上から始まったライブ配信。

 現在、SCホームの中ではなく、リアルの居間で撮影を行なっている。そして、俺は今、箱を持っている。宅配サービスに使われているセルロース製の箱だ。

 

「ヒスイさん、お届けものでーす」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 俺は横で待機していたヒスイさんに、箱をそっと渡す。

 

「判子かサインいただけますかー?」

 

「では、電子サインで」

 

 ヒスイさんから俺の内蔵端末にショートメッセージが届く。中には、電子サインが同梱されていた。

 

「では、失礼しまーす」

 

 そう言って、俺はヒスイさんから離れる。

 そして、ヒスイさんは箱をゆっくりと開けた。すると、中からイノウエさんがにゅっと顔を出す。

 

「……というわけで、今日のゲームは運送屋になって荷物を運ぶ、ドライビングシミュレーションゲームだ!」

 

 カメラ役のキューブくんに向かって、俺はそう言ってキメ顔を作った。

 

『なにいまの茶番』『うーん……』『これにはどういう意図が……?』『イノウエさん可愛い!』

 

 視聴者達の反応は、いまいちである。イノウエさんに反応している人達はともかくとして。

 

「ですから、皆様には伝わらないと言ったではないですか……」

 

 イノウエさんを箱の中から出してあげながら、ヒスイさんが言う。

 

「いやー、でも、あれが一般的な21世紀の宅配業者のやりとりなんだぞ。きっと今のやりとりに歴史的価値、あるよ!」

 

『何言ってんだ、こいつ』『そもそも判子って、あの古代の王様とかが持っていた判子のこと?』『いや、個人がみんな判子を所持していて、サインの代わりに判子を押す文化が一部地域で一時期あったみたいだ』『そんな文化があったのか。学習装置で習わなかったな』『サインの代わりにするには、誰でも押せてしまうから問題がない?』

 

「うむうむ。この反応を期待していた。判子は誰にでも押せるから、大事にしまっておくんだ。泥棒なんて入って判子と銀行の通帳をセットで盗まれたら、急いで対処しないと大変なことになるぞ」

 

『泥棒! ゲームでしか聞いたことない存在!』『まあ今だと、個人の部屋に侵入して何盗むんだって話だからな』『そもそもそこらにカメラがあって、AIが犯罪監視しているんだよなぁ』『部屋に無断侵入とか即警備ロボットがすっ飛んできそう』『そんな! 隣の家の幼馴染みが朝起こしに来るシチュエーションは、もう存在しないってのか!』『原始時代に作られたギャルゲーのやりすぎだ』

 

 うんうん、視聴者コメント盛り上がっているな。あと、隣の家の仲がいい幼馴染みシチュは、原始時代の存在じゃねえよ。

 

「というわけで、前置きはここまで。あらためて、ヨシムネがライブ配信をお届けしていくぞ!」

 

「助手のヒスイです。よろしくお願いいたします」

 

「今日やるゲームは、こちら、『Wheel of Fortune』!」

 

「依頼を受けて荷物を運び、報酬を貯め、荷物運搬用の乗り物を少しずつアップグレードしていく運送ゲームです」

 

 ヒスイさんはゲームの説明をしながら、空間投影画面にゲームパッケージを表示させる。

 

「架空の宇宙文明の惑星系が舞台となっており、この文明ではロボット技術やAI技術が発達していないため、人の手で荷物を運ぶ必要があります。そんな中、人々の依頼を受けて荷物を運ぶのが、運送屋の主人公の仕事となります」

 

「一つの惑星系を舞台に、乗り物を乗り回すゲームだそうだ。正直なところ、こういうゲームは何もない移動時間が大半になると思うので、今日は他の作業をしながら配信を横目で眺めるくらいでいいぞ」

 

『そんなー』『環境音として使わせてもらうわ』『結構本腰入れて見るつもりだったんだけどな』『生産作業しながら見ているぞ』『レベル上げでもすっかー』

 

「うんうん、それじゃあ、VR空間へゴーだ!」

 

 そう言いながら、俺は居間を出て遊戯室に向かう。

 

 さて、乗り物をアップグレードしていくとヒスイさんが言っていたが、最初はどんな乗り物から始まるのかな?

 俺は農家のせがれとしていろいろ免許を取らされたので、マニュアル車はもちろん、トラックだって運転できるぞ!

 でも、さすがに宇宙船の運転の仕方は解らない。ゲーム中で詳しく教えてくれるといいのだが……。

 

 そんなことを思いながら、俺はソウルコネクトチェアに座り、意識をVR空間へと没入させるのであった。

 



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135.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<2>

 ゲームを起動する。

 惑星を宇宙から見下ろす背景のタイトル画面で、ヒスイさんが説明を始めた。

 

「難易度はベリーイージーで行きます。これにより、依頼の報酬額が大幅に上がり、依頼の期限が延び、他にもミニゲームであるレースに勝ちやすくなります。難易度ノーマルですと、宇宙に脱するまでにプレイ時間が50時間ほどかかってしまいます」

 

「ああ、それだとノーマルはライブ配信向きじゃないな。一つの配信に何十日も時間をかけたくない」

 

『ヨシちゃんの配信は、短期間で次々とゲームをクリアしていくのが強みよね』『一つのゲームを徹底的にやる配信も嫌いじゃないですよ』『閣下とか最近はずっと『Stella』配信やっているし』『そうなると、クリアまで何十時間もかかる本格RPG配信は望み薄かな?』

 

「RPGを配信する時は、『ダンジョン前の雑貨屋さん』みたいなインディーズゲームか、もしくはメインストーリーが短めのオープンワールドゲームがいいかもしれないな」

 

「ちなみにこのゲームも、惑星系丸ごと一つがオープンワールドとなっているゲームですよ」

 

 そんなヒスイさんの横からのコメントに、俺はゲームへの期待を高まらせた。

 うん、運送ゲームと言えばオープンワールドがいいよな、やっぱり。

 

 オープンワールドとは、MAPがすべてシームレスにつながっていて、自由に移動・探索が可能となっているゲームのことだ。

 旧来的なゲームであれば、たとえば地域Aから地域BにはMAPの隔たりがあり、移動するには画面を完全に切り替える必要があった。だが、オープンワールドは全ての地域がつながっており、画面の切り替えをすることなく、自由に動き回ることができるようになっている。

 

 さらにオープンワールドゲームによくある特徴として、メインストーリーを無視して各地に配置されたクエストを自由に攻略していける点がある。広大なMAPを利用した自由度が売りってわけだな。

 

 運送ゲームやドライビングゲームはMAP上を延々と移動し続けることになるので、MAPの切り替えがないオープンワールドと相性がよかったりする。

 

「それじゃあ、ベリーイージーモードで始めていくぞー」

 

 タイトル画面のメニューから『はじめから』を選ぶ。

 すると、緑の惑星を映していた背景がだんだんと惑星から遠ざかっていき、複数の惑星を次々と画面に映していく。

 そんな中、BGMが歌へと変わる。オープニングムービーか。

 

 青色の惑星、赤茶けた惑星、土星のように輪がある惑星といくつか映していき、最後に恒星を中心とした惑星系全体を映し出す。

 そして、再び緑の惑星に戻る。惑星の周辺には巨大な宇宙ステーションがあり、そこに複数の宇宙船が行き来している。

 宇宙ステーションの下方には、軌道エレベーターがあり、画面がエレベーターへ沿うように惑星の地表へとどんどん近づいていく。やがて、地上に辿り着き、そこには高度に発展した都市が広がっていた。

 

 高層ビルが建ち並び、車道には未来的なフォルムをした車が行き交っている。

 歩道では人々が忙しなく移動しており、どこか21世紀の大都会の風景を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 

 すると、人々を映していた画面が突如、都市から高速で離れていく。都市から遠く離れた場所。そこは、緑の少ない荒野であり、都市よりも遅れた文化というか、古めかしい様式の家々が建っていた。

 そんな田舎町の片隅、機械のパーツやぼろぼろの乗り物が多数積み上げられたゴミ置き場……いや、ジャンク屋らしき場所が画面に映る。

 そのジャンク屋で、一人の赤髪の少女が何やら乗り物を組み立てている。それは、荷台つきの三輪の車。オート三輪ってやつだ。

 

 そこで歌が終わり、画面が少しずつ暗くなっていく。

 そして。

 

『キャラクターを作成してください』

 

 そんな音声が流れ、視界が開く。俺は、ジャンクパーツの山の横に立っていた。隣にはヒスイさんの姿もある。

 

「と、キャラメイクか。これはいつも通り現実準拠でいいな」

 

「そうですね。今回は私もご一緒します」

 

「おっ、珍しい、ヒスイさんも一緒にプレイするんだ」

 

「乗るのは主に車ですから、助手席が空いています。地図の確認はお任せください」

 

「21世紀じゃカーナビがあったので、地図の確認要員とか新鮮だな……」

 

「なお、助手席を普通の搭乗席ではなくわざわざ助手席と呼ぶのは、旧日本国独自の文化だそうです」

 

「へえ、それは知らなかった」

 

 そもそも助手席の助手が、なんの助手を意味しているかすら知らないな。

 と、そんな会話をしている間に、キャラクターの作成が終わる。名前をヨシムネにして、と。

 

 作成されたのは、ツナギ姿の俺であった。

 

『こういう服もたまにはいいね!』『メカニックヨシちゃん』『ヒスイさんとおそろいだな』『いつもは可愛い路線だけど、格好いい路線もありじゃない?』

 

 俺の横では、同じくツナギ姿のヒスイさんが作成されていた。

 ツナギか。昔通っていた東京の大学だと、畜産学科の人達がよく着ていたな。

 実家で農業するときは、ツナギを着ることはなかった。農作業用に着るのはもっぱら、作業服とかを売っている専門店で買った服だった。

 

「んじゃ、ゲームスタートだ」

 

 作成したアバターに意識が乗り移る。それと同時、オート三輪をいじっていた少女が声をあげる。

 

「できたー! ヨシムネ、ヒスイ、完成したよ!」

 

 万歳をして、少女が立ち上がる。そして、こちらへと振り返った。

 

「ん? あれ、配信中だった? ええっと、私、ジャンク屋のシグルンだよ。よろしくね!」

 

 おおう、NPCが配信に反応したぞ。『リドラの箱舟』でもこんなことあったな。

 

「今回は、高度有機AIサーバに接続してあります」

 

 ヒスイさんが俺の横でそんなことを言った。そうか、だからNPCが柔軟な対応をしてくるんだな。

 メタ発言が過ぎると、ゲームへの没入感が失われそうだが……そもそもライブ配信中に、没入感も何もあったもんじゃないな。視聴者コメントでメタ発言がバンバン飛んでくる。

 

「それよりも、ヨシムネの新しい相棒が完成したよ! 見よ、この立派なオート三輪を。名づけて『スレイプニル』!」

 

「三輪なのに八本脚の馬とか、全然名前合ってねーな」

 

 ジャンク屋の少女シグルンの台詞に、思わず突っ込みを入れる俺。それを気にせず、シグルンは言葉を続ける。

 

「いずれ八輪車くらいになるよう、じゃんじゃん稼いでじゃんじゃん改造していってね! それじゃ、もうお代はいただいているから、この車はこれからヨシムネの物だよ。ようやく自転車とリヤカーのセットから卒業だね!」

 

「ゲーム開始前の俺、自転車で運送屋しておったんか……」

 

『自転車って実物見たことないなぁ』『博物館で見たぞ』『運動場で置いてあるところあるよ』『アンドロイドサイクリングをみんな知らないの?』

 

 ああ、『メタルオリンピア300』でもサイクリング競技が一覧にあったな。プレイはしなかったけど。

 

「自転車とは比べものにならないほど行動範囲が広がるから、端末の依頼をよく吟味してね」

 

「端末? 何それ」

 

 シグルンの言葉に、俺は疑問の言葉を返す。

 すると、シグルンは笑って答えた。

 

「さては、説明書を詳しく見てないなー? ツナギの腰にくっついている端末があるよね? それに運送屋ギルドから依頼が提示されるから、引き受けられそうならその端末から受任するんだよ」

 

 端末、端末……これか。

 昔のトランシーバーくらいでかいアンテナつきの携帯端末が、腰にセットされていた。

 端末脇のボタンを押すと、端末から空間投影画面が飛び出てきて、メニュー画面らしきものが表示された。

 なるほど、ここでいろいろゲームの操作を行なうんだな。

 

「それと! 人力動力だった今までと違って、この車はガソリンで動くからね。ガス欠にならないよう、ガソリンスタンドの位置はチェックしておくこと!」

 

「おお、ガソリン車なのか」

 

『ガソリンってなんだっけ』『ガソリンは、昔の車を動かしていた石油の精製物だ』『一応、学習装置で少しだけ習っているはずだぞ』『人類がガソリン使っていた時期って、そんなに長くないからなぁ』『石油自体は息が長かったのに』

 

 あー、俺が去った後の21世紀では、電気自動車が発達したりしたのかな? 核融合炉の発明を契機にして、第三次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)したとは聞いたが。

 

「ガソリンスタンドへのナビゲーションは、私にお任せください」

 

 そう胸を張って言うのはヒスイさんだ。

 カーナビを入手するまでは道案内を任せることにしよう。カーナビあるか知らないけど。

 

「それと、都会はガソリンスタンドがほとんどないから、気をつけなよ。電気自動車か核融合エンジン車を手に入れるまでは、都会への仕事は受けないことをお勧めするよ」

 

「了解。じゃあ、早速、仕事を始めるとするか」

 

「あ、初仕事、実は私からあるんだけど、受けてく?」

 

 シグルンがそんな提案をしてくる。

 

「何を運ぶんだ?」

 

「ヨシムネが乗っていた改造自転車を欲しがっている人がいてね。ちょっと町外れまで届けてほしいんだ。報酬は、ガソリン満タンを前払い!」

 

「これ、受けないと、ガソリン入れないままオート三輪を受け渡すってことか?」

 

「いやー、そこまで私もひどくないよ。ガソリンスタンドまで辿り着ける量は入れてあるよ。まあ、『スレイプニル』を買ったばかりのヨシムネの懐事情じゃ、ガソリン代も辛いと思うけどね!」

 

 大枚はたいてオート三輪を買ったのか、この主人公。

 まあ、自転車にリヤカーだと、ろくに物も運べなかっただろうし、英断だな。

 

「了解。その仕事受けるよ」

 

「わーい。ガソリン満タン入りまーす。あ、うちの店、ガソリンスタンドも兼ねているから覚えておいてね。町中のガソリンスタンドと違ってポイントつかないけど!」

 

 シグルンはどこからか給油ホースを持ってきて、オート三輪に給油をする。

 ゲームだからか、給油は一瞬で終わった。

 

「それじゃあ、行き先は端末を見てね! 行ってらっしゃーい」

 

 シグルンにうながされ、俺は自転車をオート三輪の荷台に載せ、運転席に乗り込んだ。ふむ。左ハンドルか。慣れないな。

 だが、内装はかなり現代的だ。21世紀風という意味での現代だが。オート三輪と言うから、もっと古めかしい内装を想像していたぞ。

 

『面白いキャラだったな』『ジャンク屋ならまた会いに来るだろうね』『ジャンク屋とか、うさんくさいおっさんの方が、それっぽい気がするんだけどなぁ』『他の町のジャンク屋ならそういうキャラもいるかもしれない』

 

 そんなシグルンに対する視聴者達のコメントを聞きつつ、ヒスイさんが助手席に乗り込むのを待つ。ヒスイさんが座席に座り、シートベルトを締めると、俺の視界に『運転のチュートリアルを開始しますか?』と表示された。

 だが、俺は『いいえ』を選ぶ。今更、自動車の教習とか受けてらんないな。

 

「マニュアル車か……だが、俺はオートマ限定男ではないのだ……」

 

 農作物運搬用の軽トラとか、マニュアル車だらけだからな!

 というわけで、車のキーを回してエンジンを始動させる。パーキングブレーキはかかっていないようだ。おそらく、車体を組む都合で、ブレーキを解いておく必要があったのだろう。

 俺はクラッチを踏みこみ、ギアをローギアへと入れる。そして、アクセルを踏んでオート三輪を発進させた。

 さあ、ドライビングシミュレーションゲーム、いよいよスタートだ!

 



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136.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<3>

 初めて乗るオート三輪を動かし、町中を走る。左ハンドルなので右側通行だ。ヒスイさんが何も言ってこないので、それで正解らしい。

 道は舗装されておらず、土が丸出しである。今は乾いているからいいが、雨でも降るとわだちでデコボコになりそうな微妙な路面だと感じた。

 

「21世紀にいたころにも、いくつかレースゲームではない車を運転するゲームをやったなー。その中に、ロシアの雪解け道を舞台に木材をいろんな車輌で運搬するってゲームがあってさ」

 

 運転中、暇なので思ったことをつらつらと述べる俺。

 

『ロシアって何?』『今のソビエト国区のことだ』『ロシア覚えてないとか学習装置ちゃんと使った?』『あのあたりは雪がすごいらしいね』

 

「あー、そういえば、ロシアは第三次世界大戦で、ソビエト連合国とかいう国になったんだっけ。で、そのロシアの雪解け道っていうのが、本当にひどくてな。泥のぬかるみにタイヤを取られて、全然前に進まないの。アスファルトで舗装された道なんて全然なくて、しかも途中で橋のない川を渡らなくちゃいけないとか、本当にすごいゲームだった」

 

『橋がないのにどうやって川を渡るんだ……?』『そりゃあ、水の中を進むんだろ』『ヨシちゃんやっぱりマゾゲー好きなんじゃあ……』『流れる水に人が運転する車で飛び込むとか、リアルで想像したらすげー怖いな』

 

「マゾゲー……まあ、忍耐力がないとプレイが継続しないゲームではあったな。で、今ちょうど走っている道も土の路面だから、雨が降ったらぬかるみひどくなりそうだなって思った」

 

「この地方は雨がめったに降らないようですよ。次の丁字路を右折です」

 

 と、ヒスイさんがナビゲートをしてくれたので、それに従う。

 

「人類より賢いAIにカーナビの代わりをしてもらうとか、贅沢すぎるな……」

 

「私はヨシムネ様の助手ですから」

 

 ヒスイさんが携帯端末で地図を確認しながら、誇らしげに言った。

 

『カーナビって何?』『知らん』『また21世紀のガジェットかな?』『調べてきた。カーナビゲーションの略で、車に設置して現在位置を表示したり、目的地へ道案内してくれたりする道具みたいだ』『あー、当時はインプラント端末のAR表示機能なんて存在していなかったから、そういうのも必要なのか』

 

 ARか。ガイノイドボディになって視界にいろいろ情報が表示されるようになったが、人間もインプラント端末とかいうのでARを実現しているんだな。

 

 と、そんな会話をしつつも、俺はアクセルをほどよく踏みながら、周囲を注意深く観察する。

 この町は田舎すぎるのか、信号なんて存在しない。そもそも歩道と車道に分かれていない。NPCが車にひかれないよう道の端を歩いてはいるが、いつ飛び出してくるか判ったものじゃない。

 21世紀の日本にあった農道と違って、人通りがそれなりにあるのがやっかいだな。

 

「ヒスイさん、ちなみに事故ったらこのゲームどうなるの?」

 

「車の修理費用がかかります。事故で人死にが出る設定ではないので、賠償金の類は発生しません」

 

「そこはゲームらしいんだな。まあ、事故らないよう気をつけよう……って、自転車危ねえ!」

 

 前方をふらふらと走っていた自転車が、突然、道の真ん中に飛び出してきた。俺は慌ててブレーキを踏む。

 

「ふいー……チュートリアル的なミッションだろうに、いきなりぶつかると思ったぞ」

 

「高度有機AIサーバに接続されていますからね。NPCは人間的な行動を取ります」

 

「そうなると、自転車とバイクは要注意だな……」

 

 道路標識くらい用意しろってんだ、この田舎町め!

 

『もし修理代がかからなかったら、ヨシちゃんがどんな行動に出たか想像がつく』『クラッシャーヨシ』『ダーティドライバーヨシちゃん』『NPCが全員逃げて町から消えてしまう』

 

「お前ら、俺をなんだと思ってんの? くっ、しかし、左ハンドルは右手でシフトレバーを動かさなきゃならんのが、違和感すごいな……」

 

 そんな会話をしている間に、ヒスイさんが目的地の到着を知らせた。

 ボロい集合住宅の前。そこに、一人の巨漢が腕を組んで立っていた。

 

「おっ、来たな、ヨシムネ。さあ、自転車を出せ、さあさあ」

 

 俺がオート三輪から降りると同時に、男がそう言って詰め寄ってくる。

 

「暑苦しいな……今降ろすから、待っていろ」

 

 俺はオート三輪の荷台から、自転車を持ち上げようとする。

 すると、視界の中に『SKIPできます』との文字が。

 

「ヒスイさん、SKIPできますって表示があるんだけど、これは?」

 

「荷物の積み下ろしは省略ができます。乗り物が大きくなってきますと、運ぶ荷物の量も膨大になりますから」

 

「なるほどなー。まあ、チュートリアルミッションくらいは、手渡ししてやろう。ほら、自転車だ。中古だけどな」

 

 俺は荷台から降ろした自転車を男の前に置く。

 

「中古なんて言い方するなよ! この改造自転車はみんなの憧れだったんだぜ! それを簡単に売っぱらっちまうなんて、ヨシムネの精神が信じられねえよ!」

 

 ゲーム開始前の俺、罵倒されているぞ……。

 

「よし、これでこの自転車は俺の物だ! 配達ご苦労!」

 

 男がそう言うと、軽快なSE(サウンドエフェクト)とともに『依頼達成』の文字が視界に表示された。

 どうやら、伝票の類は必要ないらしい。

 

 そして男は自転車にまたがると、ものすごい加速をして走り去っていった。この町であの速度出すとか、事故りそうだな……。

 

「さて、ヒスイさん。次の任務に向かおうか」

 

「はい。端末から依頼を確認してみてください」

 

 俺はヒスイさんの言葉に従い、腰に据え付けられている携帯端末を取り出す。

 端末から空間投影画面が出てきたので、それに表示されたメニューの中から『依頼』を選択する。

『スレイプニル向け依頼』という項目があったので、それを選ぶと、いくつかの配達依頼が表示された。

 

「ふむふむ。引っ越し荷物の運搬に、酒屋への納品。お、芋の出荷依頼か。これにしようかな?」

 

 元農家だからかその依頼が気になり、ヒスイさんに視線を向ける。

 すると、ヒスイさんはうなずいたので、俺は端末で依頼を受注した。

 

「よし、行こうか」

 

「はい」

 

 そう言い合って、俺達はオート三輪に乗り込んだ。

 シートベルトを締め、発進させる。ゲームなので、事故を起こしてもアバターが死亡するといったことはないだろうが、シートベルトを締めてしまうのはもう癖だな。

 そして、オート三輪を走らせること二分ほど。町の郊外にある畑が並ぶ地区へと到着した。

 

 ヒスイさんの指示する場所に近づくと、視界に車を停める範囲のような表示が出てきた。ゲーム的だが、判りやすい。

 オート三輪を停めて降りると、農家の人らしき中年夫婦がやってきた。

 

「来てくれたか! 芋を隣町まで出荷してほしいんだ。よろしく頼む」

 

「了解了解。で、荷物は?」

 

「この倉庫の中だ」

 

 オート三輪が停まっている場所のすぐ横に倉庫が建っていたので、その中に入る。すると、木箱が積み上げられているのが見えた。

 

「これを積みこむのか……」

 

「スキップしますか?」

 

 ヒスイさんが聞いてきたので、少し悩んだ後、スキップすることにした。

 軽快なSEと共に、倉庫の木箱が消える。

 そして、外に出るとオート三輪の荷台いっぱいに木箱が積まれていた。

 

「おおう、こうやって見るとかなりの量だな……」

 

「遅れないように頼むぞ!」

 

 農家のおっさんにそう言われ、俺は早速、オート三輪に乗り込む。

 ギアをローギアに入れ、発進する。

 

「うお、こんだけ荷物あるのに、スムーズな走り出しだ。パワーすごい」

 

『そうなん?』『レースゲームしかやったことないから、荷物でどう変わるのかとか知らんなぁ』『マニュアル車っていうんですか? 操作複雑すぎません?』『手足での操作に集中していたら、前見えなくて事故起こしそう』

 

「そのへんは慣れだなぁ。俺も左ハンドルには慣れていないけど。しかし、オート三輪なんかにどんな化け物エンジン積んだんだ、あのジャンク屋」

 

 八輪になるまで改造しろとか言っていたな。もしかして、エンジンを載せ替えずにそれをやれという意味だったのか。

 

 さて、荷物は問題なく運べると判ったので、隣町への移動だ。

 ガソリンは十分にあるので、このまま直接向かう。

 畑の並ぶ地区を抜けると、周囲の景色が荒野へと変わった。うーん、田舎町だと思っていたが、未開の辺境と言われてもおかしくない光景だ。NPC達にフロンティアスピリットが宿っていそう。

 

「隣町までは八分ほどかかります。依頼の期限はかなりの余裕がありますので、特に急ぐ焦る必要はありません」

 

 ヒスイさんがそう告げてきた。町と町の距離がたったの八分か。このスケールの小ささはゲームならではだな。

 だが、配信しながらでは、ただ無言で五分間を過ごすのは問題がある。そこで、俺は一つ気になっていたことを試すことにした。

 それは、オート三輪のダッシュボードの右横、センターコンソールに備え付けられているカーラジオだ。どうやら、この星の文明にはラジオ文化があるようだ。

 

「ヒスイさん、ラジオつけてー」

 

「はい。どのようなチャンネルがいいですか?」

 

「音楽垂れ流しているチャンネルあれば、それで」

 

「では、そのように」

 

 ヒスイさんが助手席からカーラジオをいじると、チープな音質の歌が流れ始めた。

 曲は、聞いたことのないカントリーミュージック。

 うん、複数のわだちしか道らしい道がない荒野を走るのには、ちょうどいいんじゃないか?

 

「ご機嫌なBGMだ」

 

 気分が上がってきた俺は、そんな言葉を口にする。

 

『ヨシちゃんの配信らしからぬ、落ち着いた光景』『今回は確かに、背景で流すのにちょうどいい配信だ』『雰囲気いいなぁ、このゲーム』『ゲームオリジナルソングなのか、実際に歴史上存在した曲なのか……』

 

 渋い声の男性が歌う曲を聴きながら、俺はアクセルを強く踏み周囲に何もない荒野を進んでいった。

 やがて、遠くに建物が見えてくる。どうやら、隣町も最初の町に負けず劣らず田舎町らしい。舗装されていない道をヒスイさんのナビゲートに従い移動する。

 

 そして、町の一角にある塀に囲まれた敷地にオート三輪を進ませた。塀の中には倉庫が建ち並び、フォークリフトがあちこちを行き交っていた。

 俺はそれらと接触しないよう、ギアをセカンドギアに入れて慎重に徐行しながら、視界に表示される指定範囲にオート三輪を移動させる。

 一つの倉庫の前でオート三輪を停車させた俺は、エンジンを切り降車する。

 

「おう、よく来てくれたな。待ちわびていたぞ! あそこの芋は大人気なんだ!」

 

 筋骨隆々のおっさんが、俺にそう話しかけてくる。

 

「荷下ろしはこっちでやっておくから、少し待っていてくれ」

 

「ああ、スキップね」

 

 おっさんの言葉を無視して、俺は荷下ろし作業をスキップした。

 軽快なSEと共に、オート三輪の荷台から木箱の山が消える。

 

「完了だ! 金は支払っておいたから、端末を確認してくれ!」

 

 おっさんに言われて、俺は携帯端末からメニューを確認する。おお、確かにお金が増えているな。価値はどれだけか知らないが、ベリーイージーモードなので結構な額が入ったのだと思われる。

 

「それとだ。個人的な依頼なんだが、芋の農家に木箱を返却してくれないか? 報酬はこれくらいだ」

 

 おっさんがそう言うと、端末に依頼が表示された。金額は、今の仕事の四分の一か……。

 

「Uターンになるけど、ヒスイさんはどう思う?」

 

「今回の報酬で車の改造ができますので、ジャンク屋がある町に戻れるこの依頼は、それなりの好条件ではないでしょうか」

 

「OK。おっさん、この依頼受けるよ」

 

「ありがとな! それじゃあ積みこむから少し待っていてくれ」

 

「はいスキップ」

 

 オート三輪の荷台に、先ほどよりも多い木箱の山が積まれた。

 箱が脱落しないよう、(ひも)で固定されている。

 

「それじゃあ、頼むぜ!」

 

 そんなおっさんの声を聞きながら、俺はオート三輪に乗り込んだ。

 キーを回すと、カーラジオからまた音楽が流れ出す。

 

「おっ、『Take Me Home, Country Roads』じゃん。いいねいいね」

 

 ギターの音と共に、聞き覚えのある歌声が車内に響く。

 それに気をよくした俺は、鼻歌を歌う。歌詞までは覚えていないため、雰囲気でメロディを追う。

 この時代の標準機能として、視界に歌詞と翻訳歌詞は表示されるのだが、カラオケのように耳に入る前の歌詞が表示されたりはしない。一度このガイノイドボディで聞いたことがある曲なら、カラオケみたいに歌詞表示してくれるのだがな。

 

『ご機嫌だなヨシちゃん』『いい曲だ』『北アメリカ統一国になる前のアメリカの曲か』『故郷のコロニーを出ない俺達には、理解しきれない歌詞だなぁ』

 

 ああ、故郷を懐かしむ歌だからな。

 東京の大学に出た頃に、この歌の和訳歌詞を見たら思わず涙ぐんでしまったことを思い出す。

 今はまあ、歳取ったから、実家に帰れなくても耐えられているかな。大人はいずれ家を出るものなのだ。俺んち農家で一人っ子だったから、あのままいたらずっと実家住みだっただろうけど。

 

 オート三輪を進めるうちに、やがて俺は先ほどの農家に辿り着き、木箱を無事に受け渡し終えた。

 そして再びハンドルを握って町中を進み、ジャンク屋を目指す。改造をしたらこのオート三輪ともお別れか。正直、タイヤから伝わる振動が強かったから、早く四輪車に変えたいと思っている。

 

 人の飛び出しを注意しながら町中を進み、ジャンク屋に到着する。

 俺達がやってきたのを察知したのか、外に山積みとなっているジャンクを眺めていたシグルンが、飛ぶようにして近づいてくる。

 

「おかえりなさい! 改造? ねえ、改造でしょ?」

 

 そんなシグルンの様子に俺は苦笑しながら答える。

 

「ああ、改造してくれ」

 

 すると、シグルンは花が咲いたような笑顔を浮かべた。見た目だけは可愛いな、こいつ。

 さて、どんな車にしてもらおうかね。とりあえず四輪化と荷台の拡大は決定事項かな。

 



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137.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<4>

 シグルンといろいろ話し合い、携帯端末でのプレビューも確認して、オート三輪は軽トラに生まれ変わることになった。

 改造で変わるレベルじゃない外観の違いだが、そこはゲーム。不可能なんてない。パーツを流用しまくることで、丸ごと一個中古の軽トラを買うよりも、かかる費用がずっと少なく済む。

 

「じゃあ、やーるぞー」

 

 シグルンがそう言うと、彼女の姿がぶれた。

 そして、シグルンは超高速で動き回り、オート三輪が瞬く間に分解され、そして軽トラに組み直された。

 なんだ、今のは。

 

『完成品がぽんと出てくると思ったら、早送りとは』『動きが速すぎてキモい』『え、可愛くない?』『ちょこちょこ動いているのは確かに可愛かったかもしれない』

 

 こりゃあ、今後新しく宇宙船を作るときとか、どんな光景になることやら。

 

「できたー! うーん、やっぱり4WDはいいよね、4WDは。ヨシムネ、この子のエンジンはまだまだパワーを秘めているから、さらなる大型化にも耐えられるよ。覚えておいて! 目指せ八輪車!」

 

「これよりもでかくて大丈夫とか、オート三輪に積むエンジンじゃないな……」

 

「あはは、あれ作ったときのヨシムネの予算が、そこで限界だったから仕方ないね」

 

 自転車とリヤカーだけでそこまでのエンジンの代金を稼いだとか、この主人公ガッツあるよ。

 

「ところでヨシムネ、まともな四輪車になったわけだけど、レースに興味ない?」

 

「へえ、レースか。どんなのだ?」

 

「町長が主催する、町中を走る公道レース! 優勝者には賞金が与えられるよ!」

 

 公道レース……その言葉を聞いて、俺のゲーマーとしての血が騒いだ。

 そして、シグルンに尋ねる。

 

「……勝った相手から……車のパーツを奪えたりするのか……? ……GET REWARDS……。……それが俺達のルール……」

 

「何それ? そんなリスクがあったら、誰もレースに挑戦しないよ!」

 

「走り屋に必要なのは……Frontier Spirit……。……失う物のない……ぬるい戦いはごめんさ……」

 

「えっ、出ないの?」

 

「出るさ……。……そうさ、俺は……。……『ヨコハマ最速の男』……。……誰かがそう教えてくれた……」

 

「よく解んないけど出るんだね! ヨシムネに賭けるから、優勝期待しているよ!」

 

「……冗談じゃねえ……」

 

 そこまで言って、俺は会話を打ちきる。

 

『どうしたヨシちゃん』『思春期でも来たのか!?』『ヨシちゃんまだ自分を男だと思って……』『ヒスイさん、ヨシちゃんの状態をチェックするんだ』『どうせまた、私達に理解できないネタでもやっているんじゃない?』

 

 はい、最後のコメント正解。

 

「いや、リアルでヨコハマに在住しているからには、一度使ってみたかったんだ、ラグーン語」

 

 20世紀末に発売された、伝説的ドライビングRPGの真似をしてみただけだ。数あるレースゲームの中でも、俺の印象に一番残っているゲームはそれなのだ。

 

「それじゃあ、エントリーしておいたから、今から向かってねー。情報端末に位置情報載せておいたよ」

 

「はいはい。あ、ガソリン満タンよろしく」

 

「よろこんでー!」

 

 シグルンが給油を行なうと、端末から自動で料金が引かれる。電子マネー機能が結構高度に発達しているな、この文明。

 そして、俺とヒスイさんは新しく改造された軽トラに乗り込み、シートベルトを締める。

 キーを回してエンジンを始動させ、ギアをローギアに入れパーキングブレーキを解除した。アクセルを踏むと、リアルの軽トラでは味わったことのない軽快な走り出しを味わった。どんだけすごいエンジンなんだ、こいつ。

 

「結構内装変わったように見えて、ダッシュボードのメーターがそのまんまだな」

 

「パーツを流用していますからね」

 

「せめてシートを新しくした方がよかったかなー。座り心地がいまいち」

 

「今回のレースの副賞として、良質なシートが二つ貰えますよ。優勝できればですが」

 

「マジでー。GET REWARDSなくてもパーツ貰えるとか、いいじゃん公道レース」

 

 そんな会話をするうちに、レースの集合場所に到着した。

 すると、すでに多数の車が集まっていた。多種多様な車がそろっている。中には、バイクの姿も……というか、チュートリアルミッションで自転車を届けた男が、自転車にまたがりながら待機しているんだけど。

 

「あいつ、車のレースに自転車で挑むつもりか」

 

 100メートル走なら自転車が勝つ可能性もあるだろうが、公道レースじゃ無理だろ。

 

「ヨシムネ様。あの自転車は改造自転車なので、このレース一番の強敵ですよ」

 

「マジで!?」

 

 どんな改造がしてあるってんだ。ニトロでも積んでいるのか?

 

「ただいまより、レースを開催します!」

 

 と、始まるようだ。係員が複数出てきて、車をスタート地点に誘導していく。俺のスタート位置は……後ろの方だな。ごぼう抜きにしてやれってことか。ベリーイージーモードだもんな。

 

「ヒスイさん、コースの指示はよろしく」

 

「お任せください」

 

 係員の説明によると、町中に作られたコースを二周するらしい。

 俺は軽トラの車内で、レースが始まるまで精神を統一させる。

 

 レースの開始を知らせるグリーンライトの類はない。どうやら、フラッグのみで合図をするようだ。

 しばし待っていると、グリーンフラグが掲げられる。そして、勢いよくグリーンフラグが振られた。

 

「よしゃあっ! 行くぞー!」

 

 アクセルを踏みこみ、軽トラを発進させる。

 参加者の車種がバラバラのため、スタートの速度もバラバラな前方集団を俺は道の端に位置取り、一気に追い抜いていく。

 

 まずは直線。急加速し、ギアを入れ替えていく。シフトレバーを動かす手が右手なのが、とっさの操作を間違えそうでやっかいだな。

 

「次の十字路を右です」

 

 ヒスイさんの指示が来る。十字路には看板が掲げられており、右方向を示す矢印が大きく描かれている。

 俺は軽トラの速度を落とすと、ハンドルを右に回し右折した。

 

「くっ、華麗にドリフトしてみせたいが、フルタイム4WDでドリフトできるだけのドライビングテクニックが、俺にはない……」

 

『ドリフトとか遅くなるだけでしょ』『格好いいけどレースには不要』『ドリフトって何?』『後輪滑らせて曲がる、なんかすごいやつ!』

 

 軽トラは後ろが軽いから、FRの二輪駆動だとドリフトがしやすいと、俺の父親が以前言っていた。まあ、実際に軽トラでドリフトなんてしているの、リアルで見たことないけど。

 そもそも貨物自動車でレースとかする方が、どこかおかしいんだ。

 

「ヨシムネ様、前方、先頭集団です」

 

「追い抜いてやる! って、ええっ、自転車が先頭走っているんだけど」

 

「ですから、一番の強敵だと」

 

「人力すげー」

 

 だがそんな強敵も、しょせんは難易度ベリーイージーでしかない。

 俺は難なく自転車を追い抜かすと、独走状態に入る。あとは、事故を起こさないようにしつつ、タイムを可能な限り縮めるのみ!

 

「次、左折です」

 

「くおー! ぶつかる! ここでアクセル全開、インド人を右に!」

 

『インド……?』『カレーでも食いたくなった?』『なぜにカーブでアクセル全開にしてんの?』『ドリフトしようとするとそうなる』『できてないじゃん!』

 

 言ってみたかっただけだよ!

 そんな無駄話をしつつ、一周目が終わる。よし、幾人か周回遅れにしてやるか。

 

「そういえば、カーラジオ以外にもカーステレオを改造でつけたんだっけ。ヒスイさん、イカしたユーロビートでもかけてみて」

 

「はい。では、ヨシムネ様のいた時代にも馴染みがありそうな曲を」

 

 音楽が車内に流れ始める。うわ、これ、竹取物語のアニメ映画がテレビで放送されたときに、なぜかネットで話題になった曲だ。曲名は、確か『MIKADO』。

 ノリノリのユーロビートに合わせて、俺はアクセルを踏み込む。

 テンポの速い曲だから、ついスピードも出しちゃうね。町中なので90度のカーブがいっぱいあって、結構危険なんだけど。

 

 そして、のろのろと前方を走っていた車を俺は追い越していく。うーん、ベリーイージーモードだと、レースでギリギリの戦いは味わえそうにないな。そもそも車種のレギュレーションが自由すぎるので、互角の戦いは成り立たないのかもしれないが。

 軽トラを軽快に走らせ、土の道を進む。土煙がそこらに舞っているな。

 

 やがて、右手でのシフトレバー操作にも慣れてきたころ、レースは終わりへと近づく。

 軽トラは完全に独走状態でゴールに飛びこみ、俺はチェッカーフラグを一人で受けた。あ、ヒスイさんもいるから二人か。

 ともあれ、見事に優勝だ。俺は車の速度を落とし、あらかじめ伝えられていた待機場所へと戻っていった。

 

「おめでとうございます! ヨシムネさんが優勝です!」

 

 軽トラに近づいてきた係員が、俺をそう(たた)えてきた。

 表彰式の類はないようで、その場で携帯端末に賞金が振り込まれ、副賞の高級シート二つが荷台に積まれた。

 これ、運送屋の俺だったからいいものの、バイクとか自転車が優勝していたら、どうやってシートを持ち帰らせていたんだろうか……。

 

「さて、シートを交換してもらいにいこうか」

 

「はい、案内します」

 

 行きと逆方向に向かえばいいので道案内はなくてもいいのだが、ヒスイさんの仕事を奪うこともないので素直に案内されておく。

 そして、ジャンク屋に到着した。軽トラを降ると、シグルンがやってくる。

 

「おめでとうー! いやー、がっぽり儲かったよ!」

 

 俺に大金を賭けたようだ。自分で改造した車だから、その性能の飛び抜けっぷりを理解していたのだろうな。

 まあ、賭け事は俺のあずかり知らぬところだ。勝手にやって、勝手に儲けていてくれ。

 

「シグルン、シートを荷台のやつと交換してくれ」

 

「おっ、早速、賞品を使うんだね。いらなくなったシートは、うちに売る方向でいい? 倉庫契約してくれたら、保管しておくけど」

 

「いや、車を複数台持つつもりもないし、売るよ」

 

 シグルンとそんな会話を交わしていると、ヒスイさんが横から言う。

 

「車を複数台所持していると、NPCと従業員契約を交わして車を貸し出すことで、NPCに運送屋の仕事をさせることができますよ。依頼料を一定の割合徴収できます」

 

「あー、あるんだ、従業員要素。でも、今回はそれをやるつもりはないかな。気楽に二人でドライブしていこう」

 

「了解しました」

 

 あ、なんだかヒスイさんが嬉しそうな顔をしたな。

 普段は『Stella』以外で、あまり一緒にゲームできていないからなぁ。配信に使うゲームは一人プレイ用が多い。

 

「そうそうヨシムネ。レースの賞金で内装変えない? 運転中は端末いじれないから、カーナビゲーションあると便利だよ」

 

 そうシグルンが提案してくるのだが……。

 

「いりません」

 

 ヒスイさんが即座に拒否をした。

 

「え、カーナビゲーション便利だよ?」

 

「いりません」

 

 まあ、そうなるよなぁ。

 

「ヒスイさんが案内してくれるから、カーナビはいらないよ」

 

 俺からも、シグルンにそう告げておく。

 

「えー。カーナビゲーションつけて、さらにもう一台車を用意して、二人で分担して依頼をこなしていった方が効率よくない?」

 

「車は一台で十分です」

 

 うん、二人で一緒にプレイだからな。従業員も雇わないし、ヒスイさんと分かれることもない。

 

『ヒスイさんいなくなったら、見ているこっちも困る』『ヨシちゃんとヒスイさんのコンビ配信だからね』『いつもは姿が見えないけどコメントはしっかりしているし』『今回のゲームは、会話がないと無言時間が辛いだろうしな……』

 

「そっかー、仲よしさんだね。じゃあ、シートだけつけちゃうよ」

 

 そうしてシートが交換され、軽トラは乗り心地がよくなった。

 古いシートをシグルンに売ってさらにお金が貯まったが、このお金はより大きな乗り物に改造するときのために取っておこう。

 

「さ、それじゃあ、軽トラで依頼を受けようか」

 

 その後、俺は依頼を次々とこなしていき、プレイ時間が三時間を超えたあたりで、その日のライブ配信を終えるのであった。

 まだ辺境の荒野しか巡っていないが、続きはまた明日だ。

 



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138.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<5>

『Wheel of Fortune』のプレイ二日目。今回は、リアルの居間から配信を始めた。

 

「どうもー。21世紀おじさん少女だよー」

 

「助手のヒスイです」

 

 カメラ役のキューブくんに手を振ると、視聴者達が『わこつ』と開幕の挨拶を伝えてくる。

 

「今日はゲームを始める前に、一発芸を見せるぞ!」

 

『ほう』『ヨシちゃんが芸とな』『歌とダンス以外で何かできるの?』『アンドロイド芸だと首取り外すとか定番だよね』

 

 首外れるアンドロイドいるの!?

 つけたり外したりを繰り返していたら接触面ガバガバになって、勝手に首が落ちそうだな。

 

「さて、ここに用意しましたのは、デジタル時計」

 

 俺は、居間のテーブルの上に置いてあった、デジタル式の小さな置き時計を手に取る。

 

『時計……?』『時計持っている人初めて見た』『インプラント端末に標準搭載だからなぁ』『ヨシちゃんそんなオシャレインテリアなんて持っていたのか』

 

「いや、これは今回の芸のために取り寄せたやつだ。これに、ハンカチを載せます」

 

 今日の服である森ガール風衣装のポケットからハンカチを取りだし、左手のデジタル時計の上に被せる。

 

「そして三秒数えると、時計が姿を変えます。3・2・1、はいっ!」

 

 左手のハンカチを勢いよく外す。

 すると、手の平に載っていたのは、デジタル時計ではなく黒い箱であった。

 

「じゃじゃーん、時計が箱になりましたー」

 

『おおー』『すごい!』『んん?』『この黒いやつって……』『うわ、ヨシちゃん、時間制御能力使えるようになったんだ』

 

「あー、先にネタバレされた! はい、この箱は、超能力で時間を停止した際に発生する、サイコバリアの膜です! ヒスイさん、解説よろしく!」

 

 俺は、隣でじっと立っていたヒスイさんに、そう話を振った。

 

「はい。超能力の時間適性が高いと、一定範囲の空間に流れる時間を操れるようになります。ですが、直接空間の時間制御をすると外界との時間的矛盾が生じるため、変化させた時間が元の時間の流れに戻ろうとします。その結果、超能力の維持に莫大なソウルエネルギーが必要となってしまいます」

 

『時間の修正力とか言われたりするあれやね』『実際には修正力なんて存在しないんだけど、見た目の挙動はまさしく修正力だ』『学習装置でもさらっと触れるだけで、詳しい法則は知らないな』『ヨシちゃんの配信らしからぬ学術的な開幕だな……』

 

 らしからぬ言うなや。まあ、俺も正直このあたりの理屈はまったく解らないんだけど。

 そんな俺と違って、賢いヒスイさんは説明を続ける。

 

「しかし、実際のところ、私達の日常生活では、食材の鮮度維持などで身近に時間停止能力が使用されています。これを実現させるために用いられているのが、サイコバリアです。サイコバリアで密閉空間を作ることで、内界と外界を概念的に遮断します。これにより、内界の時間を操作しても、外界から影響を受けなくなるため、少ないソウルエネルギーでも時間停止が可能となります」

 

「つまり、この黒い箱の内部は、外とは別の世界になっているって感じかな?」

 

「そう解釈しても問題はないでしょう」

 

 サイコバリアで囲んで中身を停めろ、としかヒスイさんに教えられなかったので、初めて理屈を知ったぞ。

 

「ま、そういうわけで、俺もとうとう生身で時間制御能力が使えるようになったぞ。だからなんだって話だけどな。普段は家電が勝手にやってくれることだから」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんは「違いますよ」と横から言葉を挟んできました。

 

「家電の時間制御機能は、アルバイトをしている二級市民の超能力者が、遠隔から時間制御能力を発動することで動いています。サポート用の機械が勝手に超能力を発動させるため、アルバイトをしている本人に超能力使用の自覚はありませんが、仕組み上は人力です」

 

「あー、そんなことを実験区の人が言っていたような。通信回線や宇宙船の移動に活用されている、テレポーテーションと同じか。なんつー力業」

 

『クレジットが欲しいときは、ソウルエネルギーや超能力を売るにかぎる』『働かなくても勝手に能力使用されるから、ゲームしながらできるアルバイトだ』『精神的に疲れるからあまりやりたくないけどな……』『ヨシちゃんもやってみれば? 惑星テラ丸ごと一個分の時間制御機能が、一人でまかなえるんじゃない?』

 

「あ、疲れるならパスだわ。疲れた状態で配信やりたくないからな。もし配信をやっていなかったら、日々の仕事としてありかと思うけど。チャンプの空手道場に通い続けているのだって、肉体的に疲労しないからだし」

 

 俺はそう言いながら、重さを感じない黒い箱を勢いよくつついた。すると、サイコバリアが破壊されて時間停止が解除され、中からデジタル時計が姿を現した。その時刻は、俺の内蔵端末の時計機能からは数分遅れている。

 視聴者はそれぞれの場所で現在時刻が違うはずなので、デジタル時計の横に空間投影画面でこちらの現在時刻を表示さてみせた。

 

「と、このように時間停止は成功していたぞ。以上、一発芸終わり! ゲームをやるぞー!」

 

 デジタル時計をテーブルの上に置くと、俺は遊戯室に向かった。

 さあ、『Wheel of Fortune』の続きをやっていこうか。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 昨日の配信後半は、軽トラを使って辺境の町々をめぐり、運送依頼を何件もこなした。

 おかげで、お金はたんまりと貯まっている。

 ならばと、俺達二人はジャンク屋に寄って、軽トラを改造してもらうことにした。

 

「よく来たね! 改造かな?」

 

 飛ぶようにやってきたジャンク屋の少女シグルンが、元気よくそう言った。

 

「おう、予算はたんまりあるぞ」

 

 ベリーイージーモードなので、お金は簡単に貯まるのだ。軽トラは余裕で卒業できるだろう。

 

「じゃあ、どういう方針でいく?」

 

「それなんだけど、そろそろこの辺境から遠くに行きたいんだ。確か、都会はガソリンスタンドが少ないんだよな?」

 

「あー、ヨシムネも、とうとうこの町を出ていっちゃうんだ」

 

「いや、仕事があれば、いつでも戻ってくるぞ」

 

「そう? それはよかった!」

 

 シグルンは、にぱーっと笑顔を浮かべた。

 うーん、ゲームスタート位置にこの子を配置するとか、ゲーム製作者の狙いが見てとれるようだな。ちなみにガソリンスタンドの店員は、イケメンのお兄さんだった。

 

「で、都会ね。都会といえば電気自動車! 電気スタンドがそこらにあって、代わりにガソリンスタンドがほとんどないんだ。でも、ずっと都会に滞在しないなら、今度は田舎町で電気スタンドを見つけるのが難しくなるね。そうなると、やっぱりハイブリッド車! ガソリンと電気の両方で動くよ!」

 

 まくし立てるようにシグルンが言い、俺は感心してつぶやく。

 

「おー、ハイテクだな」

 

『電気ってハイテクかなぁ』『確かに私達の文明は、未だに電気に依存しているけれども』『キャリアーも電気動力が多いらしいぞ』『どうせなら核融合エンジンとかの方が』

 

 キャリアーとは、アーコロジーやコロニー中を移動するために乗る、自動運転の乗り物だ。無料で乗れるタクシーみたいな感じだ。

 ヨコハマ・アーコロジーだと、あちこちにキャリアー乗り場が用意されている。乗り場の数は、京都のバス乗り場以上の多さだ。

 そして、連絡すれば乗り場じゃなくても目の前にキャリアーがやってくる。だから、未来人は、近場の移動でも自転車に乗ったりはしない。200メートル程度を移動するのにも、わざわざキャリアーに乗っている人とかも見たことがある。

 

「へー、そっちの世界でも電気が使われているんだね。それよりも、核融合エンジンって今、誰か言ったね? 実は、うちにも一台あるんだよ」

 

「おっ、本当か? じゃあ、核融合でいこう」

 

「即決だね! 毎度ありー」

 

 そしてシグルンはどこかに走っていったかと思うと、台車に一つの機械を載せて戻ってきた。

 

「これが核融合エンジン! 燃料は水で、水は電気スタンドでもガソリンスタンドでも補給できるよ。ガソリンと違って安全だから、ポリタンクにでも入れて荷台に確保しておくのをお勧めするよ。この周辺だと雨があんまり降らないから、水はちょっと高いけどね」

 

『ポリタンクって何?』『ポリエチレン製のタンクのこと』『ポリエチレンがそもそも解らん』『石油からできる合成樹脂の一種だよ。今でいうセルロース樹脂のポジション』

 

 未来人は機械で直接脳に情報を叩き込んで学習をすると聞くが、全員がなんでも知っているわけではないんだなぁ。

 

「じゃあエンジンはこれで決まり! 車体はどうする? トラック? それともトレーラー?」

 

「あー、どうするかな……」

 

『また用語解説プリーズ』『トラックは荷台が車体とくっついている貨物自動車、トレーラーは荷台が切り離せる貨物自動車だ』『どういう違いが?』『荷台が切り離せると、荷台ごと荷物を貰って荷台ごと納品ってできるよ』『詳しいな……』『このゲームやったことあるからね!』

 

 抽出コメント、今日もテクニカルなことやっているなぁ。

 

 ちなみに、トレーラーとは本来荷台部分のことを指し、エンジンのついた牽引(けんいん)車部分は、トレーラーヘッドとかトラクター、トラクターヘッドなどと呼ぶ。

 これとは別に、農業用の牽引車もトラクターって呼ぶから、ちょっとややこしいんだよな。まあ、どっちも牽引車には変わりないんだが。

 

「よし、トラックにしよう。そして、八輪車にするぞ。でかいのを頼む。ただし、町中を走れるレベルでな」

 

「とうとう、八本脚のスレイプニルの本領発揮だね!」

 

「エンジンも変えて外装も変えてって、もう完全にテセウスの船状態だけどな……」

 

 テセウスという英雄が乗った、とある木造船があるとする。この船の古くなった木材を少しずつ新しい木材に入れ替えていくと、やがて最初に船を構成していた木材は、一つもなくなってしまう。

 全ての木材を入れ替えた船は、はたして同じ船と言えるのか。そして、入れ替えた古い木材で船を作ったとき、どちらがテセウスが乗った船なのか。

 そういうパラドックスをテセウスの船という。

 機体カスタマイズが自在なゲームで、よく起きる現象だな。

 

「私がスレイプニルと呼んだ車体が、それすなわちスレイプニルだよ。というわけで、見積もりできたから端末チェックしてね」

 

「俺の車なのに、シグルンが決めるのかよ……と、どれどれ」

 

 携帯端末に表示された完成予想図は、見事なまでの大きさの10tトラックであった。タイヤの数もしっかり八輪ある。燃料である水も最初から満タンまで入れてくれるようで、さらに水入りのポリタンクが四つついてくる。

 そして、特に注文していないのに、キャビンの天井部分にルーフという寝るための空間が設置されていた。

 

「ルーフ、いるのか?」

 

「ヨシムネ、まだ説明書を読んでないのー? 運転時間が長くなると、運転手には疲労値が溜まっていくんだ。疲労が溜まりすぎると運転中に寝落ちちゃったりするから、定期的に運転を止めて休まなくちゃいけないんだよ」

 

 そんな説明をシグルンがしてくる。NPCがゲームシステムを説明してくるとかメタにもほどがあるが、正直助かる。そして、シグルンの説明に一つ思いあたることがあった。

 

「そういえば昨日の終盤、ヒスイさんが運転を代わってくれたけど、ヒスイさんが運転をしたかったわけじゃなくて、俺を休ませるのが目的だったのか」

 

 俺はそう言ってヒスイさんに視線を向けると、ヒスイさんは無言でうなずいた。

 さらにシグルンが説明を続ける。

 

「それでね。疲労の回復に一番いいのはホテルに泊まることなんだけど、疲れたときに都合よくホテルがあるとは限らないよね? だから、ルーフで寝るといいってわけ」

 

「なるほどなー。じゃあ、いい寝具の用意も頼む」

 

「うちは家具屋じゃなくてジャンク屋だよ! と言いたいけど、車関係の製品だから仲介も請け負っているんだよねぇ。寝心地よさそうなのを選んでおくよ」

 

 シグルンがそう言うと、端末の見積もり一覧に寝具が追加された。

 

「よし、それじゃあこれで頼む」

 

「おっけー! 任せてよ! 生まれ変われー、スレイプニル!」

 

 シグルンがそう叫ぶと、彼女は分身でもするかのごとく高速で動き始め、軽トラは(またた)く間に分解された。

 ジャンクの山から部品を次々と用意したシグルンは、部品を磨き、組み立て、板金を加工していき、やがて、どでかいトラックがその場に誕生した。

 

「完成ー! いやー、ヨシムネ、いい買い物したよ。これは会心の出来だよ」

 

「それはよかった。じゃあ、早速、試運転だ」

 

「あ、ちょっと待って。もし軌道エレベーターのある首都にまで行くなら、郊外にあるジャンク屋に手紙を届けてほしいんだ。私の師匠がやっている所なんだけど、たまには私から『元気にやってます』って知らせないと」

 

 携帯端末に依頼が来たので、俺は即座に受けた。

 すると、シグルンはすでに用意をしていたのか、封筒に入った手紙をこちらに手渡してくる。

 

「端末がある今時に、アナログな手紙もどうかと思うんだけど……師匠はこういうの好きだからねー。なくさないでね!」

 

「コンソールボックスにでも入れておくよ」

 

 コンソールボックスは、運転席と助手席の間にある収納スペースのことだ。

 

「じゃ、行ってらっしゃい!」

 

 そして、今度こそ俺とヒスイさんはトラックに乗り込んだ。

 

 シートベルトを締めてキーを回すと、ダッシュボードとセンターコンソールに光が灯る。ガソリンエンジンやディーゼルエンジン特有の振動は返ってこない。ほう、これが核融合エンジンちゃんですか。

 

「それじゃあ、ヒスイさん、行こうか」

 

「はい、まずは試運転でしたね」

 

「10tトラックとか教習所以来だから、まずはゆっくり運転だな……」

 

 俺はおそるおそるアクセルを踏み、ジャンク屋から町中へとトラックを進ませるのであった。

 

『そんなでかい車よく運転できるなぁ』『曲がるときとかどうなるんだか』『事故起こしたらみんなでなぐさめてやろう』『ヨシちゃんがんばれー!』

 

 おう、がんばるぞー!

 



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139.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<6>

 町中をゆっくりと走る。

 ただでさえ慣れていない左ハンドルだというのに、10tトラックという巨大なモンスターを操るのである。いつ接触事故を起こしてもおかしくはない。

 ジャンク屋もテストコースを用意してくれればいいのに。まあ、こんな辺境の田舎町にサーキットなんてあるわけもないか。

 と、後ろから車が近づいてきた。クラクションを鳴らされたので、俺は仕方なくアクセルを踏みこんだ。

 

 核融合エンジンは伊達ではないようで、すぐに速度が上がる。

 後続の車をすぐに引き離し、十字路まで辿り着いた。とりあえず、右折してみようか。

 ウインカーを出して、ハンドルを右に切る。

 

「うおお、車体の右側面の距離感がつかめん……」

 

 大型車輌に関しては、完全にペーパードライバーだったからな、俺……。21世紀では、軽トラにばっかり乗っていた。

 そして、前方に自転車。こいつは、あの改造自転車の男だな。注意して追い越す……と思ったら、対抗心を燃やしたのか急加速してすっ飛んでいった。なんなんだ、いったい……。

 

 気を取り直してアクセルを踏んだところで、建物の陰から急に別の自転車が飛び出してきた!

 ぬあああああ!

 

 途端、時間の流れがゆるやかになる。身体を動かすのもおっくうな遅い世界で、俺は必死にブレーキを踏みこんだ。

 スポーツでよくあるゾーン状態……ではない。超能力で魂に干渉し、思考を加速させただけだ。

 

 トラックが急停止し、世界が元に戻る。

 自転車は驚く様子も見せず、道を横切っていった。

 自動車教習所の運転シミュレーターじゃないんだから、こういうのやめてくれよ!

 

「くそっ、そんなに死にたいのか! 異世界転生させっぞコラーッ!」

 

 過ぎ去る自転車に向けてクラクションを鳴らしながら、俺は叫んだ。

 

『びっくりした』『よくひかなかったな今の』『異世界転生……?』『転生が何か関係が?』

 

「俺がいた21世紀初頭の日本だと、死んだ日本人が異世界に転生するって小説が流行っていたんだが、その死因の定番がトラックにひかれることらしい」

 

 心を落ち着けながら、視聴者の疑問にそう答えた。

 

『トラックに次元転移パワーが……?』『並行世界観測でさえ、今の技術じゃぎりぎりだってのに』『トラックは神器か何かで?』『このゲームは人死なないから、ヨシちゃんが痛い目見るだけだな』

 

 俺だけ痛い目見るとか、圧倒的歩行者優先力を感じる……! いや、人をひいても無事で済むっていうのは本来なら喜ばしいことなのだが……高度有機AIサーバに接続していると言えども、ゲームのNPCだしなぁ。

 

 気を取り直して俺は町中をぐるぐると回っていく。うん、免許を取ったときの感覚をおおよそ思い出してきたな。

 よし、じゃあ早速、都会に向けてゴーだ。

 

「ヒスイさん、適当に都会方面の依頼選んで」

 

「はい。では、芋の出荷を。都会の手前の森林地帯への配送です」

 

「ああ、あの芋農家さんね。了解」

 

 道順はすでに覚えてあるので、ヒスイさんの案内なしで郊外の農家に到着する。

 視界にアイコンが表示される指定された倉庫前に、トラックを停めて降車する。

 

「おおー、ヨシムネ、よく来てくれたな。いよいよお前も、この町を出て行ってしまうんか」

 

「依頼があればいつでも帰ってくるよ」

 

 農家夫婦の夫の方と話をしつつ、俺は荷物の積みこみをスキップする。

 

「ヨシムネさん、うちの芋で芋餅を作ったんだぁ。小腹がすいたら、つまんでちょうだいね」

 

 奥さんから何やらプラスチック容器を渡される。中には、黄金色に焼けた北海道の郷土料理、芋餅が入っていた。

 

「ありがとう! ……ヒスイさん、このゲーム空腹度とかあるの?」

 

「いえ、食事は単なるフレーバー要素ですね」

 

「そっか。おばちゃん、運転中に美味しくいただくよ」

 

「ああ。気をつけてなぁ」

 

 そうして俺達は、トラックに再び乗り込んだ。

 クラッチを踏みこみギアチェンジし、パーキングブレーキを解く。

 

「芋餅かぁ。結構好きなんだよな、俺」

 

「初めて聞く料理ですね」

 

 おや。そういえば、ヒスイさんが食卓に芋餅を出したことはなかったな。

 

「茹でたジャガイモを潰して、片栗粉を混ぜて団子にする。それを焼くと、もちもちした芋団子の完成だ。またの名を芋餅とも言う。バター醤油で食べると美味いぞ」

 

『ほう』『餅は食べたことあるけど、芋が原料のは初耳だなぁ』『材料が単純だから、自動調理器で作れそうだな』『ちょっと味覚共有機能オンにして食べてみてよ』

 

「残念ながら、今回の配信は味覚機能を申請出してないんだ。ちなみにレシピのジャガイモをカボチャに変えると、カボチャ団子になるぞ。もうすぐでハロウィンだから、カボチャ料理を食べたい人にお勧めだ」

 

『あー、うちのMMO、すでにハロウィン装飾始まってるわ』『季節のイベントを過剰に祝うMMOあるある』『カボチャは甘いから、米のおかずに合わないんだよなぁ』『カボチャ団子は醤油につけて食べるみたいだから、多分米にも合う』

 

 カボチャは甘いから、白米と一緒に食べられないって人、結構いるらしいな。

 

「ま、食べるのは、もう少し後にしよう。今は次の町に向かって爆走だ」

 

 町の外の荒野は道がない代わりに、周りになんにもなくて見通しがいいから、アクセル全開にしても問題がないのがいいんだよな。

 ただ、荷物を運んでいるので、車体を揺らしすぎるのは厳禁だ。石に乗り上げて振動でも起こしたら、せっかくの芋が傷んでしまう。元農家としてそれは許せない。

 

「じゃ、ここから音楽タイムだ。ヒスイさんラジオつけてー」

 

「では、20世紀後半の音楽チャンネルなどを」

 

 ヒスイさんがセンターコンソールのカーラジオをいじると、電子音が鳴り始める。これは『Radio Ga Ga』だな。

 うーん、いいね。

 

「この曲を演奏しているバンドの伝記的映画があって、『Bohemian Rhapsody』っていうんだけど、映画館で観たらすげー面白かったんだよな。今度機会があれば、『キネマコネクション299』にあるか探して、みんなで観ようか」

 

『この間の映画配信で味を占めたな?』『今度は真っ当な映画であることを望むよ』『『R.U.R.』は私達にとってホラー映画過ぎたんだよなぁ』『面白いのか。でも、ヨシちゃんお勧めだしなぁ』

 

「いや、マジでいい映画だって。これは実在バンドの映画だけど、架空の歌手の一生を描いた『The Rose』とかもいい映画だぞ」

 

 そんな会話をしている間にも、曲が切り替わる。お、これは、『君の瞳に恋してる』じゃないか。英語の曲だけど、原題は忘れた。

 車内に流れる音楽に合わせて、俺はトラックを加速させる。そして、サビに入ったところで、俺は曲に合わせて歌い出した。

 

『歌うのかよ』『サビしか歌えないのか』『ヨシちゃんがラブソング歌っている……』『めっちゃ印象に残るメロディーだな』

 

 名曲は、いつの時代でも名曲には変わりない。まあ、この時代の人にとって20世紀の曲は、かなり古くさく感じるかもしれないが。

 

 そうして荒野を走っている間に、前方に草地が見えてきた。

 どうやら水が貴重な地域は抜けたようだ。草原が広がっており、そこに一本の道のようなわだちが、真っ直ぐ遠くへと伸びている。

 草原を十分ほど走ると、大きな川が前方に見えてきた。幅が50メートルはありそうな川だ。そこに、立派な橋がかかっている。

 

「おおー、橋だ。川を無理やり渡ることはないんだな」

 

「未開文明の地域を走るのではないのですから、橋くらいはありますよ」

 

 ヒスイさんのそんな突っ込みを受けるが、だが甘い。

 

「昨日話した、ロシアの雪解け道で木材を運ぶゲーム、川に橋なんてまずないんだよなぁ。川を強引に進んで、途中でエンスト起こして立ち往生とか起こすんだ」

 

『ハードすぎない……?』『困難を切り開くゲーム、嫌いじゃないよ』『このゲームでそれやったら、荷物バラバラになりそう』『今回の芋も、時間停止とかされていないだろうしなぁ』

 

 リアルでの時間停止能力を受けた荷物は、サイコバリアにある程度の強度があり、揺れに強かったりするらしい。そして、箱のふたを開けると、簡単に時間停止が解除されるようにもなっている。

 だが、今回の芋は、オート三輪や軽トラで受けた時の依頼を見るに、単純に木箱に詰めているだけだ。どうもこの文明には超能力が存在していないっぽい。

 芋は果物などと違って、簡単に潰れることはないが……。農作物である以上、俺が乱暴に扱うことはない。

 

 そして、トラックは草原を進み、橋へと進入する。

 おお、初めて感じる整備された道の感触。こりゃあ、進みやすい。

 橋を渡り、川の向こうに着くと、そこにはアスファルトで舗装された道路が一本通っていた。

 

「むむ、この道が都会への道かな?」

 

「そうですね。その手前の、森林地帯の町へとつながっています」

 

「それじゃ、行くぞー」

 

 左ハンドルなので、道路の右側車線に位置取り、トラックを走らせる。もう路面状況が悪いことはないはずなので、アクセルをベタ踏みにする。

 スピードメーターがぐんぐんと傾いていき、やがて時速200キロメートルに達した。

 

「すげー。まだまだ速度出るぞ。さすが核融合エンジン」

 

「車通りが全くないわけではありませんので、衝突にはお気をつけください」

 

 ヒスイさんがそんな忠告をしてくる。まあ、ちょっと今のは、調子に乗りすぎていたかな。

 そうして走っていると、道路の向こう側から一台のトラックが走ってくるのが見えた。辺境に荷物を届ける同業者だろうか。

 だんだんと近づいてくるそのトラックを見て、俺ははっとなった。

 

「デコトラ! うわ、デコトラじゃん!」

 

「デコトラ、ですか?」

 

「デコレーショントラック! 色鮮やかなランプをたくさんつけたり、荷台に絵を描いたり、ゴツゴツしたパーツをつけたりして着飾ったトラックのことだ」

 

 そのデコトラが俺のトラックとすれ違う。荷台の側面に描かれていた絵は、見事な麒麟(きりん)であった。

 

「はー、ああいうのも面白いよな。昔、デコトラ運転手になってレースをやるゲームも、やったことあるんだ」

 

『ヨシちゃんって働いていたはずなのに、いろいろゲームやっているよね』『デコトラかぁ。初めて存在を知ったよ』『荷台を飾るならトレーラーじゃできないな』『ああ、荷台ごと納品するからか』

 

 そんな邂逅(かいこう)がありつつも、窓から見える景色はだんだんと変わっていく。道路脇に木々が増え、まるで森の中を進んでいるような感覚になった。

 そして、とうとう町が見えた。荒野の町から出発して三十分はすでに経過していた。

 

「やっと着いたかー。まずは依頼を終えてしまおう」

 

 ヒスイさんにナビゲートしてもらい、町の郊外にある倉庫街へとやってくる。

 そして、その倉庫の一角にトラックを停め、芋をスキップ機能で納品する。さて、次の依頼を受ける前に、まずは燃料チェックだ。

 

「水、全然減ってないな……」

 

「核融合のエネルギー効率を考えますと、トラック一台動かすのに燃料はほぼ消費しないかと」

 

「だよなぁ。水入りのポリタンク、無駄なウェイトになっていないか?」

 

「核融合のパワーを考えますと、誤差かと」

 

「すげえな、核融合!」

 

『現代からすると枯れた技術なんだけどね』『でも、車に縮退炉とか過剰だしなぁ』『核融合ですら過剰』『このゲーム世界の技術レベルは判らんが、リアルだと乗り物はバッテリーで余裕』

 

 ガソリン車とか普通にある文明レベルだから、リアルほどバッテリーの性能は高くないんじゃないかな?

 まあ、核融合エンジンとか出回っている割には、辺境に電気スタンドがほとんど存在しないといういびつさがある文明だけど。それとも、あそこのジャンク屋に核融合エンジンがあったのは、奇跡のような状況だったのかね。

 

「さて、次は首都に向かう仕事だ。ヒスイさん、いい依頼はある?」

 

「ちょうど手紙の届け先である、ジャンク屋への配達依頼があります」

 

 ヒスイさんに案内されて向かったのは、中古車販売店。

 店主の話を聞くと、ただで手に入れたボロバイクを首都のジャンク屋に売りたいらしい。品を見てみると、明らかに事故車であった。フレームがひん曲がっているバイクが三台。

 俺はそれをトラックの荷台に載せると、わずかな時間しか滞在していなかった森の町を後にし、首都へと向かうのであった。

 



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140.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<7>

 森の町を出て、アスファルトで舗装された道をひた走る。

 どうやらこのあたりは農業地帯のようで、田園風景が広がっていた。

 

「この道からは速度制限がありますので、お気をつけください」

 

「あ、やっぱりあるのか速度制限」

 

 辺境の荒野では一切気にしていなかったが、そりゃあちゃんとした道があるなら制限もあるよな。

 

「ちなみに速度超過するとどうなるの?」

 

「警察車輌に発見されれば、罰金が科されます」

 

「そっかー。気をつけないとね」

 

「ですが、制限速度で進みますと目的地まで数時間はかかります。ですので、高速道路に入りましょう」

 

「あ、それもあるんだ。視聴者のみんなは、高速道路って解るか?」

 

『知らんなぁ』『リアルで運転できる場所なんてサーキットしかないから、道路用語は全く解らん』『ゲームもレースゲームしかやったことないや』『プレイしているMMOで車と言えば、馬車くらいですね』

 

 ほうほう。まあ、この時代では乗り物は全て、自動運転だしな。

 人でも車の運転が可能な専用サーキットが存在することは、以前ヒスイさんに聞いた。だけど、ヨコハマ・アーコロジーにはないんだよな。

 

「高速道路は、文字通り高速度で走っていい道路のことだ。普通の道路は速度制限があるが、高速道路ではそれがない。まあ、俺がいた時代の日本だと、高速道路にも時速100kmとか時速120kmとかの制限があったんだけどさ」

 

『100km/hも出れば十分でしょ』『レースゲームならともかく、一般車両がある中でかっ飛ばすのは危ないだろうな』『全車一斉に自動運転になる以前は、交通事故で人が死にまくっていたと聞くしなぁ』『人が公道で運転するのを禁止したマザー様々だな』『いえいえ、それほどでもー』

 

 なんだ、完全に自動運転に移行したのって、マザー・スフィアが誕生してからなのか。

 確かに、完璧な自動運転が生まれても、自分で運転したいって人は残るだろうからなぁ。あと、マザーは、また俺の配信見ているのかよ。

 

 さて、トラックの進行具合はというと、ヒスイさんの誘導で高速道路に進入したところだ。

 この辺りまで来ると、さすがに車通りも多くなってきたな。いよいよ、本格的に運送屋のゲームらしくなってきた。

 

「よし、ヒスイさん、ラジオのチャンネル変えて。次は俺が生きていた時代のゲームソングで」

 

 生きていたとは、生身の肉体が生きていたという意味だ。20世紀末と21世紀初頭だな。

 

「さすがにそこまで限定したラジオチャンネルはありませんので、カーステレオでプレイリストを再生しますね」

 

 ヒスイさんはそう言ってラジオを止め、カーステレオをいじった。

 そんなヒスイさんの言葉に対し、俺は疑問をぶつける。

 

「プレイリスト? そんなの用意していたんだ」

 

「このカーステレオは、現実でダウンロード済みの楽曲と連動しており、その中から好きな曲を流せます。ですので、あらかじめヨシムネ様が好みそうな曲をまとめて、種類ごとにリスト化してあります」

 

「そうなんだ。じゃあ前のユーロビートとかも、ヒスイさんチョイスか」

 

「はい。ヨシムネ様が生きていた間にリリースされた曲は、おおよそダウンロード済みです。無料ですからね」

 

 600年前の曲だから、著作権の保護期間を過ぎているものなぁ。

 そうして流れ始めたのは、聞き覚えのあるゲーム音楽だった。

 

 この曲は確か、『夢は終わらない ~こぼれ落ちる時の雫~』。人気RPGシリーズの一作目に使われていたOP曲だ。これはスーファミ版か。俺が先にやったのはプレステ版だったなぁ。

 そして次にかかった曲は、『夢であるように』。その次は、『夢で終わらせない』だった。さらに『夢のつづき』がかかる。

 

「なんなのヒスイさん、この妙な夢推しは」

 

「なんとなくまとめてみました」

 

 たまにお茶目な面見せるよね、ヒスイさんって。

 やがて夢ソングラッシュは終わり、別の曲がかかる。と、視界にAR表示されている歌詞の翻訳機能が上手く働いていないな。

 

『何この歌詞。翻訳されてないんだけど』『どういうこと?』『バグった? そんなまさか』『ああー、これは架空言語ですね。非対応でした、ごめんなさい』

 

 架空言語は、人類が普段使っている言語ではない、小説やゲームなどのために創作された人工言語のことだな。

 今流れている曲は『謳う丘』。ちょっとだけマイナーな、21世紀のRPGのオープニングソングだ。多分、そのシリーズ三作目の『謳う丘 ~Harmonics TILIA~』かな。

 

「ヒュムノス語は、自動翻訳機能に非対応かぁ。まあ、そりゃあそうだよな」

 

「『指輪物語』に登場する架空言語は、自動翻訳に対応しているようなのですが……」

 

「そっちは今の時代にも、熱心なファンがいたりするのかね……」

 

 そんな感じでゲームソングを聴きながら雑談していたときのこと。

 

「ヨシムネ様。辺境の町を出てそろそろ一時間になります。休憩しましょう」

 

「あ、もうそんなに?」

 

「はい。せっかくですから、車を停めて芋餅をいただきましょう」

 

「おっけー。しかし、一時間も経ってまだ目的地に着かないとか、オープンワールドと考えても広いなぁ」

 

「高速道路を使わなければ、間にいくつか町や村がありますからね。全て飛ばして首都に向かっていますから、時間もかかります」

 

「ああ、途中のサブイベントを全部すっ飛ばして、メインストーリーを先に進めている感覚ね」

 

 そして、俺は休憩場所がないか、道路途中の看板を探す。

 

「うーん、看板は出口表示だけか」

 

 すると、ヒスイさんが、携帯端末で地図を確認しながら言った。

 

「高速道路を降りて、トラックストップに向かいましょう」

 

「トラックストップ?」

 

「長距離トラック運転手のために用意された、休憩施設です」

 

「ふーん、サービスエリアはないの?」

 

「この世界の高速道路は無料なので、高速道路の途中に大規模な休憩所は存在しません。そのような施設は、高速道路の出入り口に存在していますね」

 

「なるほどなー」

 

 そうして数分トラックを走らせたところで、高速道路の出口があったので、スピードを落としてそちらに向かう。

 すると、出口を出てすぐに大きな駐車場と建物が見えてきた。

 

「これがトラックストップか。じゃ、行こうか」

 

 駐車場には他にも車やトラック、トレーラーがいくつも停まっており、ガソリンスタンドが併設されているのが見えた。

 横に建っている建物は、どうやらレストランのようだ。

 俺は駐車場の一角にトラックを停め、パーキングブレーキを引く。

 

 そして、コンソールボックスを開けて、中から芋餅の入ったプラスチック容器を取りだした。

 ふたを開けると芋餅が十個ほど入っており、さらにプラスチック製の小さなフォークも二つ入っていた。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

「いただきます」

 

 普段は言わない食前の挨拶を告げて、芋餅をほおばった。

 タレや醤油がついていないからどんな味がするかと思ったら、塩で味付けがされていた。そして、焼く際にバターを使ったらしく、まろやかな香りが口の中に広がる。

 俺はもっちもっちと咀嚼(そしゃく)し、ゆっくりと飲みこんだ。

 

「うん、美味いな。素朴な味がする」

 

「美味ですね」

 

『いいなぁ』『私も自動調理器に作ってもらったよ! 美味しい!』『こっちも食べてる。ヨシちゃんのお料理配信見て醤油確保しておいてよかった』『今ゲームの中だから、料理ギルドに作ってもらえないか聞いてみるわ』

 

 そして、容器の中の芋餅を食べていくのだが……。

 

「後半ちょっと飽きてくるな」

 

「そうですか? 美味しいですよ?」

 

「醤油につけて白米と一緒に食べたい」

 

「では、今日の夕食はそのように」

 

「ヒスイさん気が利くわぁ……」

 

 和気あいあいと会話しながら食べていくうちに、プラスチック容器の中身は空になった。

 

「容器を返却するためにも、また辺境に行かないとな」

 

「新しい料理を渡されそうですけれどね」

 

 確かに、それありそう。

 農家をやっていた頃、近隣の農家さんは気のいい人達が多かったな。うちの実家が、元地主の有力農家だったから、対応が丁寧だった可能性もあるかもしれんが。

 

「さて、ヨシムネ様。疲労度が蓄積していると思いますので、一分ほど横になってください。それで疲労度は全回復します」

 

「おー、さすがにそこはゲーム的だな。よし、ルーフに行ってくる」

 

「はい。二人で入るには狭いと思いますので、私は座席の後ろで休んでいます」

 

 このトラックは座席の後ろに、横になれるスペースが存在するんだよな。

 一人プレイなら、寝るのはそこだけあればよかった。だが、今回はヒスイさんと二人プレイをしているので、ルーフは必要だった。シグルンに用意してもらってよかった。

 

 俺はルーフに登り、中を確認する。

 窓から日の光が差しこんでおり、空調が効いている。床は固めのマットレスのような感触だ。

 そして、床に布団が一組敷かれていた。いかにも高級布団って感じだ。シグルンは俺の要求にしっかり応えてくれたらしい。

 

 布団の中で横になると、目の前に疲労度メーターなるものが表示された。それがぐんぐんと減少していく。

 うっとうしいので、俺は目をつむって休むことにした。

 …………。

 

「ヨシムネ様、起きてください。配信中ですよ」

 

「ふがっ!」

 

 ヒスイさんに揺り起こされ、意識がはっきりする。

 あれ、俺、寝てた?

 

『久しぶりのヨシちゃんの寝顔シーン』『最近『sheep and sleep』やらないね』『『超神演義』でちょこっとだけ映っていたぞ』『ヨシちゃんは黙っていると可愛いなぁ!』

 

 うーむ、ばっちり寝落ちていたようだ。俺のボディはガイノイドなのに、このあたりファジーに設定されているから困る。

 

「しかし、まさか寝落ちるとは。寝てもプレイが自動で中断しないゲームだとは思わなかったな」

 

「睡眠が取れるゲームは珍しくないですよ。まあ、このゲームですと依頼に期限がありますので、寝過ごすと困るのですが」

 

「あー、今の依頼は大丈夫?」

 

「期限の長い依頼ですので、問題ありません」

 

 そして俺は布団から出て、ルーフを降りた。

 運転席に戻り、発進準備をする。

 

「じゃ、ゲームを再開しようか。ヒスイさんはちゃんと休めた?」

 

「はい。そもそも私は業務用ガイノイドですので、休みなく稼働が可能ですけれどね」

 

「俺だけ寝ていてヒスイさんは無休で働いているとか、俺が精神的にきついから、できるだけやめてほしい……」

 

 そう言いながら、俺はトラックを発進させた。

 トラックストップの駐車場を出て、再び高速道路に入る。

 

 眠くならないよう、21世紀のゲームのバトル曲を流してもらいながら、トラックを進める。

 そして、二十分ほど走らせたところで、ヒスイさんが言った。

 

「次の出口で首都に着きます」

 

「おー、ようやくか」

 

『長かった……』『今回は、ヨシちゃんの雑談がいっぱい聞けて満足』『たまにはこういうのもいいよね』『私もMMOで車欲しくなってきたな……』

 

 そんな視聴者のコメントを聞きながら、俺は速度を落として高速道路から降りる。

 それからしばらくトラックを進めると、遠くに大都会が見えてきた。

 

「おー、摩天楼ってやつだな。ここからも高いビルが見えるわ」

 

「この惑星の中心地ですからね」

 

「軌道エレベーターあるもんなぁ……」

 

 天を突くような、というか実際に天を突いている軌道エレベーターが、都市の真ん中から生えているのが判る。

 その方向に目がけて、俺はトラックを走らせる。

 やがて、郊外の一軒家が増えてきたあたりで、高く積み重なったジャンクの山が目に入った。

 あれが目的のジャンク屋だろう。

 

 ヒスイさんもその方向を指示してくるので、俺は周囲に気をつけながらそちらに向かった。

 ジャンク屋は低い塀に囲まれており、辺境のジャンク屋よりも広い敷地を持っていた。

 そこに入り、視界に表示される指定のポイントで停車する。

 

 そして、コンソールボックスからシグルンの手紙を取りだし、トラックから降りた。

 すると、すごい勢いで一人の人間がこちらに走り寄ってくる。

 

 それは、背が低く、白髪で、ひげもじゃの爺さんだった。

 彼を見て、俺は一つの存在を思い出した。

 

「……ドワーフ?」

 

「誰がファンタジー世界の住人か! ……いや、ドワーフはありだな。うん、超絶技巧を持つ職人種族、ありだな」

 

 爺さんは、うんうんとうなずいて、一人で納得している。

 これが、新たなジャンク屋NPCか。シグルンみたいに、有能さを発揮してくれるだろうか。

 



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141.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<8>

「シグルンの紹介か。金払いのいい客は大歓迎だぜ!」

 

 ガレスと名乗った爺さんにシグルンからの手紙を渡すと、彼はそんなことを言って「がはは」と笑った。

 うん、ジャンク屋というと、シグルンよりもこういうキャラの方がしっくりくるな。

 

 ここまで運んできた壊れたバイクをガレスに納品すると、彼は急に「トラックの点検をさせてくれ」と言いだした。

 見せても特に問題はないので、俺は快諾(かいだく)した。

 

 すると、シグルンがしていたようにガレスは高速で動き、トラックの周囲をチェックして回る。

 そして、動きを止めると彼はひげを右手で撫でながら、満足そうに言う。

 

「あいつもいい腕になりやがったなぁ。……よし、おい、お前、ヨシムネだったな?」

 

「ああ、運送屋のヨシムネだ。こっちはヒスイさん」

 

「実はよ、シグルンの奴、宇宙船用のエンジンを組み立てているみてえなんだ。興味あったら奴から買い取って、うちに持ってきな。とびっきりの宇宙船を作ってやるよ。有料だがな!」

 

「おお、宇宙船。で、おいくらで……?」

 

「おう、端末に見積もり送ったぞ」

 

 俺は腰の携帯端末を取りだし、内容を確認する。

 貨物宇宙船。お値段は……今まで稼いだ額と桁が違うな。

 

「ヒスイさん、これどれくらいで稼げる?」

 

「そうですね。物価の高い首都を中心に稼げば、ベリーイージーですと三時間ほどでしょうか」

 

「今日中には無理そうだなぁ」

 

『別に連日配信してもいいのよ?』『今日はひたすら運送業だな』『ヨシちゃんのトークが続くなら継続大歓迎』『ヨシちゃんとヒスイさんのかけあい好きだぞ』

 

「ああ、ありがとな。じゃあ、稼ぐかー。爺さん、また来るよ」

 

「おう! トラックを浮遊車にしたくなったら、虎の子の反重力装置出してやるぜ!」

 

 浮遊車か。興味あるけど、それよりも宇宙船だな。

 

「じゃ、ヒスイさん、とりあえず町中の依頼を見つくろってみて」

 

「はい。では、こちらのコンビニエンスストアの配送代行はどうでしょうか。町中にあるコンビニエンスストアをいくつも巡って、商品を納品していきます」

 

「コンビニかー。町中の観光にもなるし、それで行こうか」

 

『コンビニエンスストアとはなんぞや』『生活に必要な一通りの雑貨や食品が並ぶ小さなお店。だいたいチェーン店。20世紀に生まれた概念だな』『解説兄貴助かる』『なんだか今回のゲーム、昔の文化にやたらと触れるな……』

 

 このゲーム世界は、ロボットやAIが発達しなかった宇宙文明らしいから、20世紀や21世紀に近い部分があるんだろうなぁ。

 そんなことを思いつつ、俺はトラックを発進させ、コンビニの配送センターに向かうのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 首都を中心とした依頼を続けて配信を終えた、その翌日。

 また昨日と同じ時間に、俺とヒスイさんはライブ配信を開始した。

 

「昨日の後半はずっと都会をのろのろと走っていたけど、今日は辺境に戻るために、高速道路を飛ばすぞー!」

 

『わあい!』『ゆっくり運転も楽しかったよ』『歩行者の飛び出しにキレるヨシちゃん面白かった』『でも、一回も事故起こさなかったのは偉い!』

 

 辺境への配達依頼として、大量の衣料品をトラックの荷台に詰め込んだ俺は、視聴者の抽出コメントを聞きながら高速道路に入る。

 さて、ここからまた一時間半の移動だ。のんびりやっていこうか。

 

「長時間走るけど、動画投稿版だとカット多用されて、めっちゃ短くなっているんだよな」

 

「そうですね。ほとんどの運転シーンがカットしてあります」

 

 俺の言葉に、ヒスイさんがそう答えた。

 今回のようにライブ配信をした場合、後からヒスイさんが配信内容を編集して、15分から20分程度で見られる動画にして配信チャンネルに投稿をしている。

 なので、ライブ配信を見逃しても、後からでも問題なく配信内容が解るようになっているのだ。

 

「それじゃあ、せっかくなので、昨日の動画についた面白コメントを読み上げていこうかー」

 

 そんな無駄話をしながらトラックを走らせること一時間と三十分。一度の休憩を挟んで、俺は無事に辺境の町へと帰還した。

 まずは、農家に寄ってプラスチック容器を返却する。

 

「あらあらあら。わざわざありがとうねぇ。今度からは、捨ててもいい容器に入れるとするよ」

 

 農家の奥さんがそう言って、今度はポテトチップを紙袋に入れて渡してくれた。これは、ありがたい……。

 

 そして、ここまで運んで来た荷物である衣料品を倉庫街まで運び、依頼料を確保する。さすが、一時間半かけて運んだだけあって、かなりの金額になった。

 ほくほくしながら、俺はジャンク屋へとトラックを進めた。

 見覚えのあるジャンクの山の横で、停車する。

 

「待ってたよ! さあさあ、見てよ、私の最高傑作!」

 

 トラックを降りたところで、ぐいぐいとシグルンが俺の腕を引っ張ってくる。

 

「はいはい、解った、解った」

 

 うながされるままに、俺はジャンク屋にある工房へと入っていく。

 すると、そこにあったのは、軽トラくらいのサイズがある巨大な機械が二つ。

 

「どう、見事でしょ! 大型核融合エンジンと、超光速ドライブ装置だよ!」

 

「あーうん、でかすぎるが、トラックに載るのか? これ」

 

「それなんだよねぇ。一度おおまかにバラして、師匠に組み立ててもらうしかないかー。バラせば10tトラックなら、二つとも載るでしょ」

 

 そう言って、シグルンは高速で動いて、二つの機械を分解していく。

 

「よし、後は手順書を師匠の端末に送って、と。あ、ここまでしておいてなんだけど、ヨシムネ、ちゃんとお金用意してきてあるよね?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「代金引いておくね。よし、荷台に積みこもうか」

 

「はいはい、スキップ」

 

 スキップすると、目の前に置かれていたパーツの山が消えてなくなる。問題なくトラックに積みこめたようだ。

 

「じゃあ、はい。また手紙の配達もお願いね」

 

 シグルンはそう言って、封筒を手渡してきた。

 

「筆まめだなぁ」

 

「師匠はこういうアナクロなの好きだからね。自分は筆不精で全然手紙よこさないっていうのにさー」

 

 シグルンとそんなやりとりをして、俺とヒスイさんはトラックへと向かう。

 トラックに乗り込もうとしたところで、シグルンから声をかけられた。

 

「それじゃ、宇宙に行くならもう戻ってこないかもしれないけど、気が向いたらまた寄ってね。さよなら!」

 

「……ああ、さよなら」

 

『そっか。もう辺境には用がないのか』『さらばヒロイン!』『言われてみれば、確かにヒロインポジション』『俺達にはヨシちゃんというヒロインがいるから、別れても寂しくはないさ』

 

 ゲームのNPCと解ってはいても、こうも人間らしいといろいろ思うところがあるな。

 いや、高度有機AIサーバに接続しているので、人間らしいというかほぼ人間と同じ思考をしているのだろうが。

 そうして俺達は手をずっと振り続けるシグルンと別れ、ポテトチップを食べながら首都に舞い戻るのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 そしてまた一時間半後。俺とヒスイさんは、首都郊外のジャンク屋に到着した。

 

「おう、よく来たな。宇宙船の準備はできているぜ。支払いが終わったら、早速取りかかるぞ」

 

「それよりも、シグルンから手紙だ」

 

「おっ、ありがとな。今読むからちょっと待ってろ」

 

 ジャンク屋のガレスは封筒を素手で乱暴に破くと、中から便せんを取りだして読み始めた。

 

「かーっ! エンジンの組み立ても俺がやるのかよ! まあ、そりゃそうだよな。トラックの荷台なんかに丸ごと載るわけがなかったわ。がはは!」

 

 ガレスが手紙を読んでいる間に、俺は携帯端末で宇宙船製造の発注をしておく。料金は前払いのようで、あれだけ貯めたお金が一気になくなってしまった。

 

「それじゃあ、製造に取りかかるぜ! と言いたいところだが、宇宙船は基本、軌道エレベーターより上で使うもんだ。軌道エレベーター近くの宇宙ステーションに普段は停めておいて、必要な時、業者に頼んで軌道エレベーターまで持ってきてもらう運用の仕方だな。なので、製造は軌道エレベーターにある俺の工房でやるぞ!」

 

 うわ、この人、軌道エレベーターに工房なんて持っているのか。実はすごい人なんじゃないか?

 

「そこで、お前に仕事だ。ここにある宇宙船の材料を軌道エレベーターまで運ぶんだ。何往復にもなるが、軌道エレベーターからの帰りにこの店まで資材を運んでくれるなら、手間賃くらいは払ってやる」

 

「おっけー。今、(ふところ)が寂しいからな。仕事は大歓迎だ」

 

 携帯端末に来た依頼を俺は了承する。

 

「んじゃ、まずはそのトラックに積んである、核融合エンジンと超高速ドライブ装置をそのまま運んでくれや。俺はバイクで先に行っているぜ」

 

 ガレスは一方的にそう言い、ごっついバイクに乗ってこの場を去っていった。

 シグルンに似た濃いキャラしているよなぁ。

 

「それじゃあ、今日の配信は宇宙船を完成させるところまでやろうか」

 

「そうですね。それでだいたい配信時間が四時間ほどになります」

 

「今日は首都と辺境を一往復したから、あまりお金が稼げていないのに長いプレイになったなぁ」

 

「核融合エンジンの輸送は、ただ働きですからね」

 

 そんな会話をしつつ、トラックに乗り込む俺達二人。

 そして、軌道エレベーターに真っ直ぐ向かった。

 

 軌道エレベーターには車を直接乗り入れる道が通っており、ゲートがあってそこで係員が入退出のチェックを行なっていた。

 

「ガレスに入場チケットの類、何も貰ってないぞ……」

 

『まさかの入場拒否?』『さすがにそれはないだろ』『本当にNPCのうっかりだったりして』『MMOとかだとたまにガチで、NPCがうっかりかますからな』『それ、演出だよ。人間っぽいって言ってもAIだから、物事を忘れたりはしない』『そうだったんですね』『忘れるな、ヒスイさんの空亡ラストアタック』

 

 あー、じゃあ、もし入場拒否されてもイベントの一環ってことだな。あと、空亡のことは、いいかげん忘れてあげて?

 そんなことを考えつつ、俺はゲートに向けてトラックを進めた。

 

 係員が寄ってきたので、窓を開けて声が聞こえるようにする。

 

「ガレス様の工房の所属ですね。どうぞお通りください」

 

「うわ、ヒスイさん、ガレス様だってよ」

 

「サブイベントを進めれば判明しますが、彼は軌道エレベーターを建てた技師の代表者です」

 

『マジかよ』『さすがドワーフ』『シグルンちゃんもすごい人の弟子なんだな』『核融合エンジンとか組み立てられる子の師匠が、すごくないわけがなかった』

 

 ゲートをくぐり、軌道エレベーターの内部に入る。徐行しながら進むと、車両用昇降機がずらりと並んだ場所に出た。

 そこでまた係員がやってきて、「1289番昇降機にお乗りください」と言ってくる。AIやロボットがいない文明だから、このへん人力なんだなぁ。

 

 俺はヒスイさんの案内で、1289番昇降機という場所にトラックごと乗り込む。すると、ドアマンだかエレベーターボーイだかの制服を着た係員が壁のパネルを操作し、昇降機が上へと登り始めた。

 

「おー、ヨコハマにも軌道エレベーターがあるけど、まさかゲームの方で先に体験するとは思わなかった」

 

「私もヨコハマ・スペースエレベーターの昇降機は利用したことがありません」

 

「あれ、ヒスイさん未経験? 意外だ」

 

「そもそも、ヨシムネさまの担当になるまで、ヨコハマ・アーコロジーを出たことすらありませんでしたね」

 

「80年くらい稼働しているのに、本当に意外だ……」

 

『今時そんなもんよ?』『ソウルコネクトで擬似旅行とかできるから、リアル旅行する人はそこまで多くない』『旅行はクレジットかかるからなぁ』『でも閣下が、アミューズメントパーク経営は順調だって言ってたぞ』『あそこは安価で惑星テラの自然を体験できるから、超人気スポットだね』

 

 そんなやりとりをしている間に、昇降機は止まる。巨大な扉が開いたので、徐行してそこから出ていくと、ガレスが仁王立ちして待っていた。

 

「おう、こっちだこっち!」

 

 そう言って案内されたのは、あのジャンク屋からは想像もできない、綺麗な工房であった。

 

「よし、エンジンとドライブ装置のパーツを下ろすぞ!」

 

「はいはい、スキップスキップ」

 

 スキップをして一瞬でトラックから積み下ろしが終わる。

 

「おう、じゃあ。これを組み立てている間に店行って、部品運んでこい。倉庫にまとめてあるから判るはずだ。ついでに、そこに置いてあるジャンク品を店まで運んでくれや」

 

 言われるままに、俺は工房とジャンク屋を何往復もした。

 工房に来るたび、宇宙船がだんだんと形になっていくのが見える。

 やがて……。

 

「完成だ! 名づけて『プリドゥエン』だ!」

 

 幅30メートルほどの大きさの宇宙船が、とうとう完成した。

 それを見ながら、俺は言う。

 

「微妙に言いにくい名前だな」

 

「ちなみに『プリドゥエン』とは、アーサー王伝説に登場する、アーサー王が所持する魔法の盾です」

 

 ヒスイさんが横からそんな解説を入れてきた。

 

「『スレイプニル』の北欧神話の次は、アーサー王伝説かよ。師弟そろって、思春期特有の病気でも患っているのか」

 

『ちなみにガレスっていうのも、アーサー王伝説の登場人物の名前な』『何それ、閣下が喜びそう』『閣下好きだもんなぁ、アーサー王伝説』『ヨシちゃんは好きな神話とか伝説とかないの?』

 

「俺? あー、地味に桃太郎が好きだな。桃太郎っていう物語が好きってわけじゃなくて、桃太郎っていうキャラクターが、他の創作物で偉大な鬼殺しとして登場する感じのパターンが好き」

 

『桃太郎……知らない物語だ』『童話の類なのか』『うちは旧日本国系の流れを持つコロニーらしいから、養育施設で読み聞かせしてもらったぞ』『三匹の動物をお供にニホン国区風オーガの群れを退治する話』

 

 そんな感じで、俺の宇宙船はとうとう完成した。

 早速乗り回したいところだが、今日の配信はここまで。また明日、プレイを頑張ることにしよう。

 



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142.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<9>

 宇宙船が完成した次の日。

 俺はいつも通りに配信を開始し、軌道エレベーターの工房からゲームを再開させた。

 早速、宇宙船に乗りこもうと思ったところで、ジャンク屋NPCのガレスが話しかけてきた。

 

「お前の乗っているトラックは、他の星の環境には合わねえぞ。持っていくのは無駄だから、この軌道エレベーターの駐車場と契約しておけよ」

 

 おっと、そうなのか。では、10tトラックはこの星に置いていくことにしよう。

 他の星で乗り物が必要となったら、そのときは適時現地で製造だな。

 

 トラックを駐車場に置きにいき、あらためて宇宙へと出発だ。

 

「まずは、軌道エレベーターの上にある宇宙ステーションを目指せ。運送屋ギルドの本部があるからな」

 

「了解。ガレス、世話になったな」

 

「いいってことよ! この星でまた仕事することがあったら、店に寄ってくれ」

 

 そんな会話をしてガレスと別れ、俺とヒスイさんは宇宙船に乗りこんだ。

 トラックとは違い、余裕のある操縦室。他にも貨物室や仮眠室があり、仮眠室にはベッドが二つ並べてある。このあたりの内部設計は、今までのトラック等と一緒で実際に存在した宇宙船を参考にしているのだろうか。

 

 さて、宇宙船の操作系統は、以前プレイした『ギャラクシーレーシング』と同じ見た目をしているな。

 あの感覚で操縦すればいいのかな、と思いながら操縦桿を握ると、『運転のチュートリアルを開始しますか?』と視界に表示された。車と違って慣れていないので、『はい』を選ぶ。

 

 すると、宇宙船の外の風景が変わり、ワイヤーフレームで構築された仮想空間っぽい場所に飛ばされた。

 

『チュートリアルを開始します。まずはエンジンの始動方法から』

 

 そうしていくつかの操作説明を受け、実際に宇宙船を動かしてみた。

 うん、やっぱり『ギャラクシーレーシング』と同じ操作方法だな。フライトシミュレータやフライトシューティング等の飛行機操縦とはまた違う感じなので、頑張って慣れないと。

 

『チュートリアルを終了します。では、よい旅を』

 

 そんな言葉と共に、宇宙船のモニターから見える風景が軌道エレベーターの宇宙港へと戻る。

 そして、俺は早速、宇宙船を発進させた。まずは、ゆっくりと出口方面へと向かう。反重力装置という機械が搭載されているらしく、低速度での移動はそれを用いるのがよいようだ。

 

『こちら管制塔。『プリドゥエン』聞こえますか』

 

「おっ、通信か。聞こえます。こちら宇宙船『プリドゥエン』」

 

『出発ですね? 287番ポートに入ってください』

 

「了解」

 

 すると、床についていたライトが道を作るように光り、287番ポートへの行き先を示した。

 やがて、287と書かれた隔壁に到着し、その隔壁が開く。

 管制塔の指示に従い、内部に進入すると、背後で隔壁が閉じた。すると、管制塔から『減圧開始』と通信が届いた。

 ここから先が宇宙だとしたら空気は存在しないので、こうやって隔壁で空気の境界を作っているのだろう。息ができないはずなので、もう宇宙船の外には出られない。

 

『287番ポート、外壁開放。『プリドゥエン』、よい旅を』

 

「ああ、ありがとう」

 

 そんなやりとりを終えると共に、前方の隔壁が開き、宇宙の闇が向こう側に見えた。

 俺は操縦桿を握り、反重力装置で宇宙船をゆっくりと発進させ、宇宙へと飛び出した。

 

「……ふいー、発進成功だ」

 

「おめでとうございます」

 

 ずっと横で見守っていてくれたヒスイさんが、そんな祝福の言葉を投げかけてくれた。

 

『おつかれヨシちゃん』『雰囲気出てたわぁ』『21世紀人でも、さすがに宇宙船の操縦経験はないか』『でも、手慣れてなかった?』『ヨシちゃん、宇宙船レースゲームの配信やったことあるからね』

 

 視聴者達は、相変わらずコメントを自由に交わしている。

 さて、とうとう宇宙に来たわけだが……。

 

「ヒスイさん、このゲームってクリアとかあるの?」

 

「スタッフロールが流れるという意味でしたら、いくつかのルートがあります。まずは、宇宙空母を所持し、運送会社を設立することです。これは、ヨシムネ様が従業員を雇う方針ではないため、選択肢から外れます」

 

「そうだな」

 

「次に、主要惑星全てで乗り物を用意すること。運送屋としての名声が高まり、運送屋ギルドの上級会員となります」

 

「惑星がいくつあるか知らないけど、結構時間かかりそうだな」

 

「最後に一番手軽な方法が、この星系を脱出して宇宙開拓の最前線へと向かうことです。これには、宇宙船にワープドライブ装置を装着する必要があります」

 

「おっ、それいいね。その方向で行こう」

 

『ロマンがあっていいね』『やっぱり時代は宇宙開拓だよ』『リアルでもAI達にとって今一番ホットなのは、宇宙開拓らしいからな』『知性の高い異星人が発見されているんだっけ』

 

 ヒスイさんの口から、ワープドライブ装置の詳しい入手方法が語られる。

 どうやら、惑星ではなく宇宙を中心とした依頼を受ければよいらしい。

 

「じゃ、宇宙ステーションとやらに向かいますかね」

 

 俺は操縦桿を強く握り、軌道エレベーターの上方に存在しているらしい宇宙ステーションに向かった。

 ヒスイさんの説明によれば、この宇宙船の通常航行時は、核融合エンジンで発生させたレーザーを推進剤に当て、それにより発生したプラズマを噴射させることで移動するらしい。なるほど、よく解らん。

 そんなプラズマ噴射で宇宙船を進ませると、すぐに巨大な宇宙ステーションがモニター前方に見えてきた。

 

「この巨大さは、宇宙ステーションというか、スペースコロニーというのではないだろうか……」

 

 俺がそう突っ込むが、ヒスイさんの見解は違った。

 

「あそこは運送屋ギルドが運営する貨物や宇宙船の集積地で、人の居住は最小限です。ゆえに、ステーションという呼び名が相応しいでしょう」

 

「そんなものか」

 

 そうして俺は新たに通信を入れてきた管制塔の指示に従って、宇宙ステーションの内部に宇宙船を停泊させた。

 

 宇宙船を下りると、運送屋ギルドの職員を名乗る人と面会することになった。

 できるキャリアウーマンといった感じの見た目だ。

 

「緑の惑星所属のヨシムネとヒスイですね。新たな宇宙船乗りを我々は歓迎します」

 

「よろしく。で、宇宙開拓の最前線に向かいたいんで、ワープドライブ装置が貰えるような依頼を回してほしいんだけど」

 

「ほう、最前線志望ですか。これは有望な新人が来ましたね。では、各惑星の軌道エレベーターへの配達依頼を続けてください。惑星まで降りる必要はありません。最前線の運送屋に必要なのは、車の運転技術でも船舶の操舵技術でもなく、宇宙船の操縦技術ですので」

 

「了解」

 

 そういうわけで、宇宙船を使っての運送業の始まりである。

 貨物室いっぱいに荷物を積みこみ、宇宙ステーションを出発する。

 

「それじゃあ、超光速ドライブ、準備!」

 

 他の惑星まで移動するにあたり、俺はそんな号令をかけた。

 

「進路上に障害物なし。他の宇宙船との経路重複なし。行けます」

 

「超光速ドライブ、起動!」

 

 超光速移動のためのスイッチを押すと、宇宙船のモニターから見える星がなくなり、代わりに流星のような光の帯が無数に流れる、美しい光景へと変わる。

 

『ヨシちゃんノリノリだな』『まあやってみたくなる気分は解る』『綺麗な風景だなぁ』『超光速ドライブとかリアルでは存在しないから、見た目重視の演出にしたんだろうな』『どういう理論で光速超えているんだろう』

 

 あー、縮退炉とかある27世紀の未来でも、光速は超えられていないのか。ワープ航法代わりであるテレポーテーションは存在するんだが。

 そんなコメントのやりとりを聞いている間にも、無数の流星が後ろへと流れていく。

 

「目的地の水の惑星まで、二分で到着します」

 

「了解。うーん、これ、超光速ドライブ中はやることないな」

 

「前方に障害物が発見される等の予想外の事態が起きると、即座に超光速ドライブが解除されますので、そこからの対処をお願いします」

 

「ちっちゃなスペースデブリでも、この速度で衝突すれば大惨事か……」

 

『このゲームにはロボットとかいないらしいけど、デブリ掃除とかしてるのかな』『リアルだとマザーが掃除頑張っているんだけど』『以前の惑星テラ周辺はゴミだらけでしたねー』『相変わらずマザーは、ヨシちゃんの配信見ているのね……』

 

 もうマザーがいても、視聴者達が驚かなくなったぞ……。

 と、二分が経過し、自動で超光速ドライブが解除された。

 前方に見えるのは、青い惑星だ。緑の陸地は見えない。海しかない惑星なのだろうか。

 

「確かにガレスが言っていた通り、あんな惑星じゃトラックなんて使えないな」

 

「水の惑星は主に船舶を使用して輸送を行ないます」

 

「さすがに船舶免許は持っていないなぁ」

 

 そんな話をしながら、俺達は水の惑星の軌道エレベーターに停泊した。

 スキップを活用して荷物を下ろし、次の惑星へ。

 

 次の惑星は、海のない荒野の惑星だ。この星では地上の路面状況が悪すぎるためトラックは使えないらしく、浮遊車か飛行機を利用して荷物を運ぶとのことだ。

 

「『Wheel of Fortune』ってタイトルなのに、ここまできたらホイール関係なくなったな」

 

 そんなことを言いつつ、ここでも軌道エレベーターに荷物を下ろし、惑星に降り立つことなく次に向かった。

 

 次は、土星のような輪のある惑星だ。ヒスイさん曰く、ここは資源採掘惑星であり、人はほとんど居住していないとのこと。

 採掘作業員のための物資を軌道エレベーターに納品し、採掘された資源を運ぶ依頼を代わりに受けて、荷物を受け取った。

 

「この作業の繰り返しか……。どうせなら、宇宙船の貨物室をもっと大きくしたいな」

 

「では、資源の納品が終わったら、ジャンク屋に頼みにいきましょうか」

 

 ベリーイージーモードなので、この一周の惑星巡りだけでかなりの額の依頼料が手に入っている。宇宙船の改造には十分だろう。

 

 そうして俺達は緑の惑星まで戻り、軌道エレベーターで資源を納品し、駐車場からトラックを回収してジャンク屋へと向かった。

 ガレスに会うと、「もう戻って来やがったのか」と文句を言われたが、貨物室の改修を頼むと「がはは」と笑って快諾(かいだく)してくれた。

 

 宇宙船が一回り大きくなり、その宇宙船で再び惑星巡りの配達を開始する。

 

「超光速ドライブ中は直進しかできないから、トラックの運転と違って移動中に何もやることがないな。宇宙船の本番は車庫入れだなー」

 

「運転で一番難しいのが、駐車と車庫入れではないでしょうか?」

 

「それもそうか」

 

『レース用に速度出すのとは違う技術が必要だからな……』『そういえば全然レースしていないけど、宇宙船レースはないの』『確かに』『レース! レース!』

 

 視聴者のコメントに、ヒスイさんが苦笑して言う。

 

「宇宙船レース中に事故を起こすと、莫大な修理費が必要となるのですが……」

 

「いいじゃん。宇宙船が壊れても、トラックがあるさ」

 

 そういうわけで、俺達は荒野の惑星の衛星軌道上で行なわれる宇宙船レースに参加した。

 結果は、軽々と優勝。

 

「やっぱり、ベリーイージーモードでレースは、盛り上がらないんじゃね?」

 

 そんな今更な疑問を口にすると、視聴者達も『そりゃそうか』と納得した。そして、俺は惑星巡回の輸送依頼に戻った。

 やがて、今日の配信開始から三時間ほど経過したころ、運送屋ギルドから連絡が入った。

 

『ヨシムネとヒスイは運送屋ギルドへの多大な貢献が認められ、ワープドライブ装置の購入が可能となりました。おめでとうございます』

 

「おお、ありがとう」

 

『ただし、運送屋ギルドはワープドライブ装置を販売しますが、宇宙船への組みこみまではしません。宇宙船の改造をしてくれる工房は、自前で見つけてください』

 

「それは大丈夫」

 

 俺達は宇宙ステーションまで向かい、ワープドライブ装置なる機械を購入し、宇宙船へと積みこんだ。

 そして、そのまま緑の惑星の軌道エレベーターに向かう。

 その間、ヒスイさんは携帯端末をいじっていた。話を聞くと、ガレスへワープドライブ装置の組みこみ依頼を出したのだとか。

 

 軌道エレベーターに停泊すると、すぐさまガレスが飛ぶようにしてやってきた。

 そしてなんと、辺境のジャンク屋NPCであるシグルンの姿も見える。

 

「あれ、シグルン、なんでいんの?」

 

 俺がそう言うと、シグルンが即座に答える。

 

「いちゃ悪いかな? 私の故郷はこの首都だから、たまの里帰りをしていただけだよ。それよりも、ワープドライブ装置見せてよ!」

 

「あ、ああ。存分に見ろ。そして宇宙船の改造を頼む」

 

「まっかせてよ!」

 

「こら、馬鹿弟子! そりゃあ俺の仕事だろうが。もう金も受け取ってある!」

 

 横から怒鳴るようにしてガレスが口をはさんできた。

 

「ええー、私もワープドライブ装置いじりたい! ワープ! ワープ!」

 

「っち、しょうがねえな。二人でやるか!」

 

「さっすが師匠!」

 

 そんなやりとりが終わると、宇宙船はすぐさま工房へと運ばれていった。

 工房では、ガレスとシグルンが相変わらずの高速移動で宇宙船を改造していく。

 

「というか、ワープドライブ装置だけでなく、見た目も変わってないか?」

 

「資金が余りましたので、バリア装甲を追加しています」

 

 俺の疑問に、ヒスイさんがそう答えた。

 

『バリアとか、何と戦うつもりなの……』『宇宙の最前線なら宇宙怪獣でもいるんじゃね?』『そうなったら一気にゲームジャンルが変わるな……』『運送ゲームが宇宙船シューティングゲームになっちまうー!』

 

 さすがにそれはないだろ……。

 と、そんなやりとりをしている間に、宇宙船は完成したようだ。

 

「ふいー、会心の出来だぜ」

 

「楽しかったー!」

 

 二人が満足そうで何よりだ。

 

「それじゃあヨシムネ、ヒスイ、最前線行き頑張れよな」

 

「たまには辺境にも寄ってねー。またね!」

 

 そんなあっさりした言葉と共に、二人は工房を去っていった。

 

「うーん、もうゲームクリアになるから、会うのはこれが最後になるのに、あまり会話できなかったな」

 

「クリアしたらプレイしなくなるゲームのNPCに対して強い思い入れを持っても、あまりよいことはありませんよ。現実で家族AIとして迎え入れるなら、話は別ですが」

 

「いや、そこまでする気はないかな。我が家の住人は今のメンバーで十分」

 

 ガレスもシグルンもいいキャラしていたけどね。

 そして、俺はヒスイさんに最前線行きの依頼を探してもらった。

 

「この軌道エレベーターから最前線へ、生活雑貨を配達する依頼がありますね」

 

「よし、それを受けよう!」

 

 荷物を新しくなった宇宙船に積みこみ、俺達は軌道エレベーターを出発する。

 そして、軌道エレベーターから少し離れたところで、ワープドライブを試すことにした。

 

「装置の感度良好。ワープ先の空間に何もなし。行けます」

 

 ヒスイさんが、そうゴーサインを出す。

 

「よーし、ワープドライブ、起動だ!」

 

 すると、前方に光のゲートが現れ、俺は操縦桿を握りそこに飛びこんだ。

 数秒間虹色に光る空間を通ったと思うと、すぐさまその空間から脱出した。そして、モニターから見える前方に、青と緑の惑星が広がっていた。

 

「ワープアウト成功。宇宙開拓の最前線に到着しました」

 

「よーし、あとはどこに向かえばいいんだ?」

 

「惑星の軌道上に宇宙ステーションがありますので、そちらへ」

 

 俺は操縦桿を操り、ヒスイさんの誘導で宇宙ステーションへ移動する。

 そして、管制塔の指示に従って、宇宙ステーションの内部へと宇宙船を進入させた。

 停泊させて荷物を下ろしたところで、また管制塔から通信が入った。

 

『ようこそ、人類の最前線へ。我々は新しい仲間を歓迎するよ』

 

 と、そこで視界が身体から離れ、惑星を俯瞰(ふかん)して眺める光景へと変わる。

 それと共に、歌が流れ、スタッフロールが表示され始めた。

 

「よし、ゲームクリアだ」

 

「おつかれさまでした」

 

『おつかれー』『いい配信だった』『作業用BGMとして活用させてもらったよ』『宇宙船よりトラックの方が見てて面白かったかなー』『宇宙は風景が単調ですからね』

 

 ヒスイさんのねぎらいの言葉と共に、視聴者達がそんなコメントをしてくれた。

 ゲームもこれで終わりなので、視聴者に向けて俺は今回の配信の感想を語る。

 

「四日間にわたる配信だったけど、存分に車の運転ができて満足だ。リアルじゃ、もう運転の機会とかないからな」

 

「サーキットまで足を運べば運転は可能ですが……」

 

「でも、ヨコハマにはないんだろう? 運転のためだけに旅行っていうのも、気が向かないかな」

 

『運転配信ってことにすればいいじゃない』『それいいね』『今度こそヨシちゃんのドリフトが見られるのか!?』『期待』

 

「期待してくれているところ悪いが、旅行の予定はすでに立てていてな。行き先は、もう決まっているんだ。11月にブリタニア国区だな」

 

『閣下のところか!』『アミューズメントパーク行くのかー』『当然その様子も配信してくれるんですよね?』『期待』

 

 お、おう。一瞬でサーキットのことが忘れ去られたぞ。

 

「まあ、そのへんはおいおい知らせるよ。それじゃあ、今回の配信はここまで! 21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

「今回は助手の任務を存分にこなせて満足した、ヒスイでした」

 

 そうして、俺達は無事に配信を終えるのであった。

 

 クリアまで四日かかったが、ほとんどの時間を雑談で過ごしたので、新鮮な気分で配信ができたな。

 それよりも、無事故無違反でゲームクリアできたの、何気にすごいことなんじゃないか?

 

 リアルに戻ってそんなことを思いながら、ソウルコネクトチェアの上で伸びをしていたら、ヒスイさんが俺に向かって口を開いた。

 

「グリーンウッド卿から、メッセージが届いております」

 

「ん? なんて言ってる?」

 

「『ブリタニア国区に来るのは本当か?』らしいです」

 

「あー、まだ言ってなかったもんなぁ」

 

 旅行計画は数日前に立てたばかりなので、閣下には何も連絡を入れていない。

 俺はとりあえずヒスイさんに、「来月遊びに行くのでよろしく」とだけ返信してもらうことにしたのだった。

 



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143.食欲の秋

「いやー、秋だね」

 

 そんな出だしで、今日のライブ配信は始まった。場所は、リアルの居間である。

 

『わこつ』『どうした、また口上を忘れたのか?』『わこわこ』『おじさん少女と言えっ!』

 

 早速、視聴者達がコメントを入れてくるが、俺はそれをあえて無視して言葉を続けた。

 

「秋だなー。秋と言えば、芸術の秋、スポーツの秋……は、もうやったな。じゃあ、食欲の秋は?」

 

『またその謎のワードか』『リアルからの配信……食欲……なるほど理解』『つまりどういうこと?』『料理配信ですね!』

 

「はい、そこ、正解! 今日は秋の味覚、石焼き芋を作るぞー!」

 

 そう言って、俺は居間からキッチンに移動する。

 キッチンには、エプロンをしたヒスイさんが食材を用意して待ち構えていた。

 俺もヒスイさんからエプロンを受け取り、服の上に装着する。今日の衣装は、読書の秋ということで、ヒスイさんのイメージする21世紀の文学少女風衣装だ。全体的におとなしめのファッションで、髪は三つ編みにまとめている。

 

 一方、ヒスイさんは相変わらず行政区の制服を着ている。俺が強く言わないといつもこの格好から変えてくれないんだよな。

 まあ、今回はこの服装のままで構わないだろう。

 ナノマシン洗浄機で手を洗って、と。さあ、準備は完了だ。

 

「用意するのは、サツマイモ、石、鉄鍋、トング。以上!」

 

 カメラ役のキューブくんが、キッチンのテーブル上に置かれた食材を映す。

 今回使用するのは、丸々とした太いサツマイモが六個に、複数の綺麗な小石、そして大きめの鉄鍋と、調理用のトングである。

 

『石……石!?』『石焼き芋の石って、比喩表現じゃないのか』『石をどう使うんだ……』『想像つかんな』

 

 あー、未来の世界じゃ、元日本系のコロニーとかでも石焼き芋の屋台とかもう存在しなさそうだ。

 自動調理器に任せれば、十分美味しく焼き上げてくれるだろうからな。

 

「石焼き芋っていうのは、熱した石の上でじっくりサツマイモを焼き上げる料理のことを言うんだ。甘くて美味しいぞ!」

 

「使うのは芋ですが、どうやら甘味の一種のようです」

 

 そんな追加説明をするヒスイさんの声色に、俺はわずかな期待感を察知した。

 ヒスイさんは特に甘い物が好きというわけではないようだが、美味い物全般は好きなようだ。ならば、美味しく焼き上げてみせないとな!

 

「さて、それじゃあ、料理開始だー!」

 

 俺はそう言いながら鉄鍋を手に取り、テーブルの真ん中に置いた。

 そして、その中に石を敷き詰めていく。

 

『すごい光景だな』『鍋に石』『園芸でもするのかなー?』『事前に説明されていなかったら、石を食うつもりかとか突っ込んでいたわ』

 

 まあ、鍋に石は普通入れないよな。だが、この石はただの石ではないのだ。

 

「この石は玉砂利っていって、角が丸い特別な石だ。なんか普通に、料理趣味の人向けのショップで注文できた」

 

「園芸店でも売っていますが、石焼き芋用にわざわざ料理ショップでも扱っているようですね」

 

「俺以外に石焼き芋を家庭で作ろうっていう人、この時代にいるのかな……」

 

 そんなことを話している間に、鍋に石が敷き詰め終わる。すると、その石の上に、ヒスイさんがサツマイモを並べていく。

 

「玉砂利を使う理由は、サツマイモの表面を尖った石で傷付けないためだな。よし、これをコンロの上に載せて……」

 

 この部屋のキッチンには、火がつくコンロを特別に用意してもらってある。俺が料理を趣味として楽しむために、行政区が粋な計らいで設置してくれたものだ。

 

「コンロの火力を弱火にして、鍋にふたをしてサツマイモをじっくり焼くぞ!」

 

『なるほど、これが石焼き』『変わった料理法だなぁ』『サツマイモって半端に甘くてあまり好きじゃないな』『どうして直火で焼かずに、わざわざ石で焼くの?』

 

「石で焼くと、サツマイモがめちゃくちゃ甘くなるからだな。理屈は……知らん! 美味けりゃいいんだよ、美味けりゃ」

 

 そう言って俺は、キッチンタイマーをセットした。時間は三十分。

 正直、ガイノイドとしての内蔵端末があれば時間なんて簡単に計れるのだが……タイマー使った方が雰囲気出るし、視聴者にも判りやすかろう。ヒスイさんが、配信映像にタイマーの文字を表示させているかもしれないが。

 

『三十分も焼くのか』『気が長いなー』『自動調理器様々だな……』『時間加速機能はすごいよね』

 

 ふふふ、どうやら視聴者は勘違いしたようだな。

 

「焼くのは一時間だ! 三十分で一旦タイマーを鳴らすのは、一度サツマイモをひっくり返すための時間だな」

 

『長え!』『え、その間ひたすら待つだけ?』『前回のトラック運転より、高度な雑談回になってきたぞ……』『ヨシちゃんは、はたして一時間場をもたせられるのか!?』

 

 うっ、何もネタを用意していないのに、雑談一時間は結構きつそうだな。

 歌でも歌って誤魔化すか? まあ、それは思いつく話題が尽きたら考えよう。

 

「そういうわけで、一時間の雑談タイムだ。今回は石焼き芋だけど、本当は落ち葉を燃やして焚き火で焼き芋を作りたかったんだ。でも、ヨコハマ・アーコロジーって、街路樹がないから落ち葉もないんだよな」

 

「そもそも、アーコロジー内で焚き火などしたら、警備と消防が即座に飛んできますよ」

 

「警備も消防も見たことないなぁ……」

 

「犯罪率が低く、市内の監視もカメラで行なわれるため、警備の人員を見かけることはまれでしょう。消防に関しても、そもそも一般市民は火を使わないので、出火することもまれです」

 

「まれなだけで、起きることはあるんだな」

 

 犯罪かぁ。痴情のもつれで殺人とか、刑事ドラマみたいなことは今でも起きそうだな。

 

「ちなみに、ヨコハマ・アーコロジーには居ませんが、ミドリシリーズは各地のアーコロジーやスペースコロニーで警備員として配属されることが多いですね」

 

「へー、そうなんだ」

 

「男性型業務用アンドロイドのアオシリーズと比べて、女性型の見た目が市民に威圧感を与えないという理由での採用です」

 

「男女の見た目での職業の差って、未来でも残っているんだなぁ……」

 

「AI自身は男女の差による差別等を気にしないので、ヨシムネ様のいた21世紀初頭よりも、見た目で決まる仕事は多いでしょうね。必要ならば、仕事に合わせて見た目を変えればいいのですよ」

 

「そんな社会情勢になっているのか……」

 

『一方で人間は、いつでも性転換なり、アンドロイドボディ化なり、異性アバター使用なりできるから、男女の違いって結構あやふや』『でもヨシちゃんには女ボディでいてもらいたい』『解るー』『格好いいヨシちゃんより、可愛いヨシちゃんを私達は求めている!』

 

「そこでエロいのを求めている、とか言われなくて安心したわ……」

 

 俺がそんなことをつぶやくと、また視聴者達が反応する。

 

『配信にエロは求めないよ』『エロ分野は専用のソウルコネクトゲームで満たされるからね』『女性配信者に視聴者が求めるのは、エロさよりも可愛さだと言われているね』『ヨシちゃんにはゲームのスーパープレイも期待しているよ!』

 

「スーパープレイはチャンプの配信動画あたりで我慢してくれ。『-TOUMA-』を二年近くプレイしたと言っても、リアルじゃまだVRゲーム一年生なんだ」

 

「システムアシストを活用したアクションゲームを時間加速機能で二年ほどプレイしますか?」

 

 視聴者の抽出コメントと会話していると、ヒスイさんが横からそんな恐ろしいことを言ってきた。

 

「勘弁して……ゲームの長期プレイ自体は苦痛じゃないけど、その日のうちに視聴者からレスポンスが貰えないのが、結構辛い身体になってしまったんだ……」

 

 どうやら俺は、承認欲求が強くなってしまったらしい。

 

『これはいけない! みんな、ヨシちゃんを褒めたたえて活力を分けてあげるんだ!』『ヨシちゃん可愛いよ(はぁと)』『エプロン似合ってる!』『今日の髪型可愛いね』『やっぱりミドリシリーズは最高なんだなって』

 

 よせやい、そんなに褒められると、制御できない笑みが止まらないじゃないか。今、俺絶対、不細工な感じでニヤニヤしている!

 

 そんな感じで三十分間だらだらと雑談を続けていると、タイマーが鳴った。

 俺は鉄鍋のふたを開け、トングを使いサツマイモをひっくり返す。そしてまたタイマーを三十分セットだ。

 

 と、そこで部屋にチャイムの音が響いた。この音は、荷物の到着ではなく来客だ。

 

「誰か部屋に人が来たみたいだ。ヒスイさん、すまないけど対応お願い」

 

「かしこまりました」

 

 ヒスイさんはエプロン姿のまま、キッチンを出て玄関へと向かう。

 

『珍しいな。ヨシちゃんの配信でこういうアクシデント』『ヨシちゃんの部屋の住所って公開されていないよね?』『いないね』『そうなると、ヨシちゃんの知り合いか。配信に関係ある人の可能性が……』『ハマコちゃんかな?』『私は観光局で仕事中ですよ!』

 

 ハマコちゃん、相変わらず仕事中なのに俺の配信見ているのな……。

 などと、鍋を見守りつつ視聴者のコメントを聞いていると、突然部屋の中に「おじゃましまーす」という声が響いた。

 そして、小走りでキッチンに近づいてくる足音が聞こえてくる。

 

「お姉様、お久しぶりです!」

 

 姿を現したのは、茶髪のガイノイド。なんと、ミドリシリーズのサナエだった。

 

「サナエ……お前、仕事は?」

 

 サナエは普段、ヨコハマ・アーコロジーの実験区で仕事をしているはずだ。

 今だって、ヒスイさんと同じ行政区の制服を着用している。実験区所属ではなく、行政区からの出向という形を取っているのだ。つまり、公務員さんである。

 

「お姉様が手ずから料理を作ると聞いて、ご相伴(しょうばん)にあずかるために休暇をいただいてきました!」

 

「ええー……」

 

「実験区の人達、物わかりいいですね。21世紀の料理風景をこの目で撮影してきますって言ったら、一発で休暇申請が通りましたよ」

 

「サボるのは、ほどほどにな……」

 

「むしろ働きすぎ? 私って製造されたばかりで趣味がまだないので、普段は休日返上で働いているんですよ」

 

「休めるときは休んでおけよ。農家は休みたくても休めなかったくらいだぞ」

 

「早く趣味を見つけます! あ、お姉様、私にもエプロンください」

 

 サナエはそう言って、俺の前に両手を突き出してきた。

 エプロンっていっても、皮つきの芋焼いているだけだから、別に必要はないんだけどな。俺とヒスイさんが着ているのは、配信向けのただのファッションだ。

 

「エプロンのあまりどこいったかな……ヒスイさーん」

 

 俺は、キッチンに戻っていたヒスイさんに頼ることにした。

 すると、即座にヒスイさんは棚からエプロンを取りだして、サナエに手渡した。そして、ヒスイさんが言う。

 

「今後は、配信中に割りこんでくることのないようにしてください」

 

「えー、せっかく同じアーコロジーにいますのにー」

 

 ライブ配信中に自宅凸は予定が狂うので、あまりやってほしくないな。

 予定なんて、普段ほとんど立てずに配信しているけれども。

 

『この子もキャラ濃いなぁ』『配信に乱入とかありなのか……』『誰だっけ』『ミドリシリーズの新しい子』

 

「あ、視聴者の皆さんこんにちはー。ミドリシリーズのサナエです。お久しぶりの人はお久しぶりです」

 

 サナエはエプロンを着けると、そう言ってキューブくんに向けて手を振った。

 

「で、お料理配信ということで期待して来たんですけど……芋を焼いているだけとかどういうことですか?」

 

 サナエは腕を組んで、俺に向けてそう言ってきた。

 ははは、こやつめ、石焼き芋を甘く見ているな。いや、甘くないと思っているな。

 

「文句は食べてから言ってくれ。石焼き芋はマジで甘くて美味しいぞ」

 

「その言葉、信じますからね!」

 

 ……火加減間違っていたらごめんな?

 

 そんなこんなでサナエも加わって、わいわいと雑談をすること三十分。俺は鳴り響くキッチンタイマーを止め、コンロの火を消した。

 そして、鉄鍋のふたを取ると、ふんわりと香りが漂ってきた。

 

「おお、この香りは、ちょっと期待できますね」

 

『おおー、かぐわしい』『昔のニホン国区はこれが屋台で売っていたのか』『こりゃ人を惹きつけるだろうな』『クレジット節約したいのに、スポーツジムの帰りに焼肉屋の横とか通ると、匂いに釣られてつい入っちゃう』『店で料理食うとか何年もやってないな……』

 

 サナエと視聴者達は、焼き芋の香りに魅了されているようだ。今日の配信は料理回なので、味覚共有機能と嗅覚共有機能をオンにしている。俺がこの焼き芋を食べれば、視聴者も一緒に味を楽しめるってわけだ。

 

 さて、あとは食べるだけだが、その前に一つのアイテムを用意しよう。

 俺は、キッチンの棚に隠しておいたそのアイテムを取りだし、キッチンの上に置いた。

 

「? お姉様、それは?」

 

「ふっふっふ、これは新聞紙だ!」

 

「ええー、なんでそんな物がここに!?」

 

 期待以上のリアクションありがとう、サナエ。

 

『新聞紙って、あのかつてのニュースメディア?』『どこからそんな化石アイテムを』『紙の新聞が廃れて何百年経っているんだ』『待て、新聞の日付、ちょっとおかしいぞ』『2020年……?』

 

 うむ、視聴者もいいリアクションを取ってくれたな。

 

「これは、俺が元々いた21世紀の新聞だ。日付は俺が次元の狭間に飛んだ2020年の12月26日。まあ、複製だけどな」

 

「あっ、なんだ、複製ですか」

 

 あからさまにがっかりするサナエ。

 

「ヒスイさんの伝手で実験区に頼んで、俺が飲み込まれた次元の狭間から、実家の建物と一緒にサルベージされた新聞を特別に複製してもらったんだ」

 

 俺がそう言うと、サナエは目を細めてこちらをじっと見てきた。

 

「あれー? おかしいですね。実験区に今いるのは私なのに、なんで私じゃなくてヒスイに頼んでいるんですかねー?」

 

「いや、だって、ヒスイさんすぐそばにいて頼みやすいし……それよりも、実食だ! 焼き芋は熱いから、この新聞紙にくるんで手に持つんだ」

 

 俺はトングを手に取り、熱々の焼き芋を新聞紙の上に置く。そして、新聞紙で焼き芋を包んでいった。

 

「はい、サナエ」

 

「ありがとうございます!」

 

「はい、ヒスイさん」

 

「ありがとうございます」

 

「そして俺の分、と。さあ、いただこうか」

 

 新聞紙から半分頭を出した焼き芋。上手に焼けているかドキドキものだな。

 

「これ、皮をむかずに、このままかぶりつけばいいんですか?」

 

 サナエが焼き芋を前に困ったように言う。

 

「おう。皮は食っても食わなくてもどっちでもいいぞ。俺は皮ごと食う。あと、かぶりつくのが恥ずかしければ、こうやって割って食べてもいいぞ」

 

 俺はそう言いながら、熱々の焼き芋の上部分を素手で割った。すると、甘い香りがあたり一面に広がった。

 そして、割った小さい方の芋を一口パクリと食べる。

 

 うーん、甘い。上出来じゃないか。

 

『何これすごく甘い』『サツマイモって、こんなに甘くなるのか』『確かにこれは甘味だわ』『飲み物は何が合いますかね……』

 

 視聴者の評判は上々だ。そして、割らずにサツマイモへ豪快にかぶりついたサナエはというと。

 

「ふもー!」

 

 焼き芋を咀嚼(そしゃく)しながら、興奮していた。

 そして、ヒスイさんは一人黙々と、小さく割った焼き芋を食べている。

 

 どうやら、みんな気に入ってくれたようだな。

 

 特別なことは何もしていないのにここまで甘いとか、もしかして特別甘い品種だったりするんだろうか。数百年にも及ぶ品種改良は、ただ焼き芋として美味しくするためだけに……。さすがにそれはないか。

 

 やがて、俺達三人は焼き芋を一個ずつ食べ終わり、二個目に突入した。

 すると、一個目よりもゆっくりと食べているサナエが、ふと言葉をもらした。

 

「甘いですねぇ。なんでこんなに美味しいのか……よし、お姉様、決めましたよ!」

 

「ん? 何を?」

 

「私の趣味、甘味巡りにします! 芋煮会の時に食べた料理よりも、この焼き芋の方が好みに合ったので、私って甘い物が好きなのかもしれません!」

 

「おー、そうかそうか。よかったじゃないか」

 

「次から休日はしっかり休んで、まずはヨコハマ・アーコロジーの料理屋を巡りたいと思います!」

 

「おう、頑張れよ。俺も、甘い物を料理することがあったら、部屋に呼んでやるよ」

 

「わー、ありがとうございます!」

 

 そうして、俺達は計六個の焼き芋を食べ終えるのであった。

 三で割れる数を用意しておいてよかったな。下手したら、ヒスイさんとサナエで争いが起きていたかもしれない。

 

「というわけで、今日は簡単料理の石焼き芋をお届けしたぞ。みんなどうだったかな」

 

『凝った菓子にはかなわないけど、素朴な味がよかった』『今日もヨシちゃんの雑談がいっぱい聞けて満足』『次の料理回も期待』『火の扱いは今後も気をつけてくださいね』

 

「また気が向いたら料理配信はやるぞ。予定は未定だけど。以上、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」

 

「準備はしましたが料理本番ではほとんどやることのなかった、助手のヒスイでした」

 

「私の名前、覚えていってくださいね。サナエがお送りしました!」

 

 そこまで言い切ったところで、キューブくんの撮影中を示すランプが消え、配信が終わった。

 すると、サナエがエプロンを脱いで、「また来ますね」と帰ろうとする。

 俺はそんなサナエの腕をつかんで引き留めた。

 

「待て、片付けするまでが料理だ」

 

「ええー、面倒臭いですね。甘味巡りの他に甘味作りもしようかと思いましたけど、やめておきますかね」

 

 サナエは渋々と戻り、使い終わった新聞紙をまとめていく。

 業務用ガイノイドのAIにも面倒臭いという感情は存在するんだなと、初めて知ったそんな秋の一日であった。

 



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144.芸術の秋

 SCホーム内の日本家屋にある縁側で、和服のアバター衣装を着こみ、のんびりとお茶を飲みながら紅葉を楽しんでいたときのこと。俺の隣に、惑星マルスで歌手をやっている、ミドリシリーズのヤナギさんが座った。遊びにでも来たのだろうか。

 

「スポーツの秋、食欲の秋。ヨシムネさんは、惑星テラの秋を満喫しているようですね」

 

 と、ヤナギさんは唐突にそんなことを言いだした。

 

「……? ああ、そうだな。ヤナギさんも、ちゃんと配信見てくれているんだな」

 

「はい、もちろんです。ところで一つ、忘れていることがありませんか?」

 

「うん? ヤナギさん関連で、最近何かあったかな……」

 

「そう、それは、芸術の秋! ヨシムネさんは芸術の秋を忘れています」

 

 そうか。何を言っているんだろうか、この人気歌手は。

 俺の困惑をよそに、ヤナギさんは言葉を続ける。

 

「絵画に陶芸、彫刻もいいでしょう。しかし、それらは気軽に手を出せるでしょうか? やはり、芸術と言えば音楽です」

 

 あ、そういう話の持っていき方をするのね。

 

「というわけでヨシムネさん、カラオケをしましょう」

 

「おっけー。じゃあ、久しぶりにカラオケルームを開放するかー」

 

 俺は縁側から立ちあがると、日本家屋の中の一室に向かい、部屋の奥のふすまを開いた。

 すると、その向こうに見えたのは廊下でも部屋でもなく、カラオケボックスのロビーであった。

 

『いらっしゃいませー』

 

 店員のAIが入店の挨拶をしてくる。これは、高度有機AIではない簡易AIだな。

 

 さて、なぜSCホームの日本家屋の中にカラオケボックスがあるかというと、これは『アイドルスター伝説』のクリア特典で貰えるSCホーム用の設置物なのだ。

 この時代のゲームは、クリアしたりなんらかの要素を満たしたりすると、SCホーム用の設置物やアバターの衣装を貰えることがある。

 実績解除やトロフィーといった文化がなくなった代わりに、そのようなおまけの貰えるやりこみ要素が用意されているわけだな。

 まあ、大抵はプレイに義務感を覚えさせないために難しい条件はつけていないらしいが。

 

『1番ルームへどうぞー』

 

 店員からマイクを受け取り、俺達はカラオケルームに移動した。

 カラオケルームのテーブルの上には、分厚い冊子が二冊と番号入力用の端末が置かれている。

『アイドルスター伝説』は20世紀末が舞台のゲームなので、カラオケ機材への曲の入力方法もその時代に合わせてちょっと面倒臭い。

 タッチパネルの端末で曲を検索して入力するとは行かず、冊子で曲を探して、曲に対応した番号をリモコンみたいな端末で入力しなければいけないのだ。まあ、実は空間投影画面を開いて、そこから曲の入力ができるのだが。

 

 俺はとりあえず座席に座って、ヤナギさんの出方を待った。さて、今日のカラオケはどんな感じの流れになりそうだろうか。

 そんなことを俺が内心思っているとは知らずに、ヤナギさんは空間投影画面を開いた。

 

「実は、21世紀のアニメソングをいっぱい練習してきたんです。アニメソングを歌いましょう」

 

 アニソンかー。

 それはちょっと俺には難しいぞ。

 

「ごめん。俺、ほとんどテレビでアニメを見ない人間で……ゲーム原作のアニメはたまに見るんだけど」

 

 そう、俺は自分のことをオタクの類と思っているが、ステレオタイプなアニメオタクとはまた違うのだ。完全にゲームジャンルに偏った、ゲームオタクである。映画好きの母に付き合って、アニメ映画を観ることはあったが。

 

「ええっ、どうしましょうか……」

 

「ヤナギさんは、練習してきた曲を歌ってくれ。俺が聞いたことある曲もあると思うからな。俺はゲームソングを歌う」

 

「そうですね。そうしましょうか!」

 

 そういうわけで、曲の選択をしようか。

 俺達二人は隣同士に座り、空間投影画面を前方に展開して曲選びに没頭する。冊子は使わない。あの冊子、『アイドルスター伝説』の作中年代の曲までしか書かれていないのだ。

 一方で、このカラオケボックスは、宇宙2世紀あたりの曲まで完備してあり、空間投影画面から曲を入力することで自由に歌うことができる。そして、著作権の保護期間が切れていない宇宙3世紀の曲も、安価で購入して導入することができる。

 正直、それだけで一つのソフトとして売り出してもよいくらいだと思うのだが、あくまでゲームのおまけで貰えた、ただの設置物である。

 

 そして、歌う歌を決めてカラオケ機材へ入力しようとしたそのとき、カラオケルームの扉が急に開いた。

 おかしいな、店員は特に呼んでいないはず。

 そう思いつつ扉の方に目をやると、そこにはヒスイさんが立っていた。

 

「困りますね。ヨシムネ様とヤナギのカラオケほど、配信に向いたネタはないのですよ。撮影を開始します」

 

 ヒスイさんはそう言いながらカラオケルーム内に入ってくると、俺の隣に静かに座った。

 

「あらあら、せっかくヨシムネさんと二人きりで、カラオケができると思ったのですが」

 

「私のことはお構いなく」

 

 ヤナギさんとヒスイさんがそんな言葉を交わした。なんだか、俺を挟んで座っている二人の視線に火花が散っていそうな、喧嘩腰の声色だったぞ。

 うーん、二人の気持ちになって考えてみよう。

 

 ヤナギさん。妹と二人きりで遊びたい。

 ヒスイさん。自分を通さず妹と遊ぶのは許さない。

 

 こんな感じかな。こりゃ、相容れないわ。いや、そもそも俺は、二人の実妹ではないんだけどな!

 そこでふと、俺にいたずら心がめばえる。ここで、片方に肩入れする歌を歌ったらどうなる?

 そんな思いから、俺は一つの曲を入力してしまった。

 

 カラオケ機材が曲番号を受信し、モニターに曲名が映る。その曲名は、『二人はいつも一緒だから』。直球すぎて、こりゃやべえ。だが、もう後戻りできない。

 

「ヒスイさん、デュエットしよう!」

 

 俺はマイクを持って立ち上がりながら、そう言った。

 

「えっ!?」

 

「解りました。ご一緒します」

 

 ヤナギさんが驚愕の顔を見せ、ヒスイさんが嬉しそうにもう一つのマイクを持って立ちあがる。

 そして、俺とヒスイさんはデュエット曲を歌った。

 

 この曲は、人形に命を吹き込んで一緒に戦うミュージカルRPGの二作目の曲だ。喧嘩をした二人が仲直りして絆を深めるといったシチュエーションで歌われた。男女の恋の歌ではなく、女の子の親友二人の友情曲である。

 

 それを見事に歌いきったのだが、ヤナギさんの様子がやばいことになっていた。

 

「ヨシムネさんは、やっぱり私となんて一緒にいたくないのですね……」

 

「いや、ごめんごめん。ジョークジョーク。ほら、次は俺とヤナギさんでデュエットしよう」

 

 俺がそう言うと、ヤナギさんは、ぱあっと日が照るような明るい笑顔を見せた。

 さて、デュエットと言ったが、他にゲームソングでデュエット曲って何があったかな。

 思い浮かぶのはラブソングしかないが……他に考えつかないし、もうこれでいいか。

 

 そうしてモニターに映った曲名は、『こころ語り』。先日の『Wheel of Fortune』の雑談中に話題になったヒュムノス語を用いた、愛の告白の歌である。

 主人公の男がヒロインの女に歌で愛を語り、女も歌でそれに応える告白シーンで歌われる曲だ。

 

 ラブソングだが、愛という単語はあっても恋という単語はないので、家族愛の歌として受け取ってもらおう。

 そんなことを思いながら歌うと、ヤナギさんはニッコリと笑い、恋慕の情ではなく妹に接する姉のような声色で歌を返してきた。さすがは歌手。俺の歌声にこめられた想いを汲み取るくらいは、朝飯前だったらしい。

 

 やがて歌は終わり、俺は大きく息を吐いた。

 よかった、なんとかなったな。ヤナギさんもヒスイさんも二人とも笑顔だ。

 

「さあ、デュエットはここまでにして、適当に歌っていこうか。俺はゲームソング、ヤナギさんはアニメソング、ヒスイさんはどちらでもって感じで」

 

「では、私からいきますね」

 

 そう言ってヤナギさんが入力したのは、『星間飛行』という曲名だ。

 どんな曲だろうと思ったが、イントロで全部思い出した。確か、宇宙に進出した地球文明の超巨大宇宙船が舞台のアニメで、アイドルになったヒロインの一人が歌う曲だ。

 

 高校生くらいの見た目をしているミドリシリーズには、ちょうどいい曲だろう。

 ヤナギさんは黒髪の美少女だが、今日は髪型をツーサードアップにして特に若さがあふれているから、アイドルソングを歌うのには相応しい。実年齢はいくつか知らんが。

 

 そうしてヤナギさんの歌が終わり、俺の番となる。

 俺が入力したのは、『THIS IS MY HAPPINESS』。マイホームを持つ人が、一緒に住んでいる自分のパートナーに愛を語るラブソングである。そんな歌だが、この曲をエンディング曲としているゲームの方は、かなりぶっとんだ世界観だった。

 未来の地球に宇宙人やロボットが攻めてきて、リズムに合わせてステップを踏むことでそいつらを倒す、という音楽ゲームである。正直かなり好きなゲームなので、似たようなゲームがないかこの時代でも探してみたのだが、未だに見つかっていない。

 

 俺は適当な振付けで踊りながら、曲を歌う。英語の歌詞なので、あまり上手く歌えているとは思えないが、それでも好きな曲なので歌っていて楽しい。

 歌い終わると、ヒスイさんとヤナギさんが拍手をしてくれた。照れる。

 

 次はヒスイさんが歌う。曲名は『Pursuing My True Self』。ああ、これは知っている曲だ。

 TVアニメにもなったRPGのオープニング曲である。アニメとゲーム両方で使われていたはず。俺とヤナギさんの条件を同時に攻めてくるとは、ヒスイさんもなかなかやるな。

 

 そうして三人で三時間ほど歌い、ヤナギさんが満足したところでカラオケを終えることにした。

 途中で店員に注文していたジンジャーエールを全て飲み干し、カラオケルームを後にする。

 ロビーを出て日本家屋に戻ってきたところで、ヤナギさんが言った。

 

「ヨシムネさん、いつ歌のお仕事を受けてもいいように、練習をかかさずにしてくださいね」

 

 ええ……どういう意味の言葉だ?

 

「俺って歌手じゃなくて、ゲーム配信者なんだが……」

 

「マザーはどうやら、そう考えてはいないようです。詳しいことは、まだ言えないですけれど……」

 

 そういえば、マザーが芋煮会の最後に、宇宙暦300年を記念する催し物がどうこう言っていたが、もしかしてそれか? 俺、祭典か何かに、歌手として呼ばれたりするんだろうか? もしそうだとしたら、かなりすごいことなんだが……。

 

「宇宙暦300年関連で何かあるとか?」

 

「ふふっ、さて、どうでしょうか。では、私はこれで失礼しますね」

 

 ヤナギさんはそんな思わせぶりな態度でSCホームを去っていった。

 き、気になるー。核心に何も迫らないのに、それっぽいこと言って去るの、やめてくれませんかね!?

 

「ヒスイさん、何か聞いている?」

 

「いえ、私は何も」

 

「なんだったんだろう」

 

「ネットワークで尋ねても知らぬ存ぜぬを貫いていますね。ただ、事情を知っていそうな態度を取るミドリシリーズが数名いますので、詰問しておきます」

 

「喧嘩はしないようにな……」

 

 そんなこんなで、いまいちすっきりしないまま、芸術の秋を楽しむ一日は終わったのであった。

 



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145.最果ての迷宮(ローグライク)<1>

 ヤナギさんとのカラオケから二日後。昼食を食べ終えた俺は、ヒスイさんが配信チャンネルにアップしたカラオケ動画の反応を見ていた。

 ほぼノーカットの三時間近い動画だというのに、再生数がすごい。肯定的なコメントも山ほどついている。

 やっぱり人気歌手のヤナギさんが出ると、注目度が段違いだ。俺も配信を続けて、人気配信者を目指さないとな!

 

 というわけで、俺はヒスイさんに次の配信ゲームの相談をすることにした。

 

「配信用のゲームですか。特にジャンルの指定がないなら、私の方でお勧めしたい作品がありますね」

 

「へえ、積極的にお勧めしてくるって、ちょっと期待できるな」

 

 ヒスイさんはイノウエさんに向けてぶらぶらと振っていた、釣り竿系猫じゃらしの玩具をしまいながら対応をしてくれた。

 コーヒーを淹れてくれるというので、居間に移動してヒスイさんが戻ってくるのを待つ。

 一分ほど経つと、ヒスイさんがコーヒーカップを二つお盆に載せて、キッチンから戻ってきた。

 

 俺はシュガーポットから角砂糖を二つ入れ、スプーンでかき混ぜてコーヒーを口にする。うん、ガイノイドボディなのでカフェインで脳がしゃっきりすることはないが、このほどよい苦味が気を引き締めてくれる。

 ヒスイさんはブラックのままで一口コーヒーを飲むと、カップをテーブルの上に置いて言葉を発した。

 

「ところで、最近のヨシムネ様は、成功体験を重ねて自信に満ちあふれていますね」

 

 と、ヒスイさんはゲームを紹介してくるのではなく、そんなことを言いだした。

 

「そうだな。結構、頑張っていると思う」

 

 ヒスイさんの意図が読めないまま、俺はそう答えた。

 

「ですが、こうも思うのです。簡単に成功しすぎではないかと」

 

「……どういうこと?」

 

「失敗を重ねて少しずつ成長し、成功をつかみとる。そんな姿もまた美しく、視聴者を魅了するのではないでしょうか。少なくとも、初期の『-TOUMA-』や『St-Knight』、『アイドルスター伝説』ではそうだったはずです」

 

「……そうかな?」

 

 やばい、俺の脳が警鐘を鳴らしている。いや、今の俺には脳はないが、とにかくやばい。

 

「そこで、これです。ローグライクゲーム『最果ての迷宮』。次のライブ配信はこのゲームにしましょう」

 

 正直ほっとした。今回は時間加速機能を使うのではなく、ライブ配信のようだ。

 

「了解。そのゲームをプレイしようか。ローグライクね。うん、ローグライク?」

 

 やべえ、俺、ローグライクをほとんどプレイしたことないぞ。

 一方通行のフィールドマップを右に右にと進行していくフリーゲームと、かたつむり観光客の元ネタになったゲームの二つだけしかやったことがない。

 前者は簡単な条件のエンディングしか見られなかったし、後者のゲームなんて、プレイに慣れるまでにゲームフォルダをパソコンのごみ箱に何度も突っ込んだ。それくらいローグライクには不慣れなのだ。

 そのどちらも、ゲームの難易度としてはかなりのものであった。

 ヒスイさんの言う失敗を重ねてという言葉、かなりガチな感じで来るのではないだろうか。

 

「では、明日からライブ配信を行なう旨の告知を出しますね」

 

 ああ、後戻りできなくなった。

 俺はコーヒーの残りを飲み干し、明日のライブ配信のことを考える。……波乱の予感がする。

 予知能力者の俺がこんな感覚になるとか、いったいどうなってしまうのやら……。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 次の日、俺は予定通りSCホームでライブ配信を開始した。

 いつもの口上を言い、『わこつ』を貰う。うーん、実家のような安心感。少し気が楽になった。

 

「では、今日プレイするゲームはこちら! 『最果ての迷宮』!」

 

 俺の宣言と共に、ヒスイさんがバスケットボール大のゲームアイコンを手に持って掲げた。

 

「『最果ての迷宮』はローグライクゲームだ。正直、俺はローグライクに馴染みがないので、ヒスイさんに解説をお願いしよう」

 

「はい、それでは、ローグライクというゲームジャンルについて説明いたします」

 

 そう言ってヒスイさんはゲームアイコンをSCホームの畳の上に置いた。これは、説明が長くなるってことだな。

 

「西暦1980年に発表された『Rogue(ローグ)』というゲームがあります。『Rogue』はデジタルゲーム黎明期の名作の一つとして数えられており、この作品のゲームシステムを模倣したゲームが多数作られました。その模倣されたゲーム群を『Rogue』風(ローグライク)ゲームと呼びます」

 

『ゲームジャンル名の発祥はどれも古いけど、ゲームタイトルがジャンル名になっているのは珍しいよね』『そのパターンで他にあるのは、アドベンチャーゲームだな』『メトロイドヴァニアなんかも』『みんなよくゲーム史覚えているな』『ゲーム史とか普段使わない知識だから、全部忘れているや』

 

 この時代の人達は、ゲーム史も勉学の一つとして学ぶのだなぁ。ちょっと21世紀人には理解できない感覚。

 

「『Rogue』はダンジョンを探索して、モンスターと戦ったりアイテムを拾ったりしつつ、次の階へと進んでいくゲームです。ローグライクゲームの多くに採用される『Rogue』の特徴の例として、以下のような要素があげられます」

 

 ヒスイさんはそう言って、特徴を一つずつあげていった。

 

・ランダムに生成されるダンジョン。

・ターン制での進行。

・空腹度の概念。

・鑑定するまで正体が不明なアイテム。

・死亡時点でゲームオーバーとなる。

・敵との戦闘時にエンカウント式RPGのような戦闘専用画面に移行せず、ダンジョンマップ上で戦闘を行なう。

 

「もちろん、これらの要素を全て網羅しなくても、ローグライクゲームと呼ばれます」

 

「なるほどなー。もう、見るからに難易度が高そうだ」

 

「難易度を低く抑えて、大衆に広く受け入れられたローグライクゲームの名作も、もちろんありますよ」

 

 そんなものか。

 

「『Rogue』の特徴を数点しか受け継がず、独自要素を強くしたローグライクをローグライトと呼んだ時期も、ヨシムネ様が生きていた時代にあったようですが、今では全てローグライクに統一されています」

 

 ふむふむ。ローグライトは初めて聞く言葉だな。

 

「以上が、ローグライクゲームの説明になります」

 

「ありがとう、ヒスイさん。ちなみに、俺のローグライク経験だが……20世紀末の国民的RPGの商人キャラクターがダンジョンに挑むやつを子供の頃の友達がやっていて、それを横で見ていたことがあるんだが……。正直、死んだらレベル1に戻るという点が合わないなって思って、それ以降ローグライクをほとんどプレイしたことがないんだ」

 

『おや?』『ヨシちゃんに馴染みがないジャンルって、存在したんだ』『てっきり、古いゲームジャンルは一通り修めているのかと思っていました』『大丈夫? クリアできる?』

 

「俺が真っ当にクリアしたローグライクといえば、『Stella』でネタにした、かたつむり観光客が出てくるゲームくらいのものだ」

 

「あのゲームは、基礎的な戦闘システムに『Rogue』の要素を採用していますが、死亡してもレベルや所持品がリセットされない点や、セーブしたところから何度でも再開できる点などのRPG的要素が追加されていますね。……そもそも大元の『Rogue』自体はRPGという扱いなのですが」

 

 どういうゲームか知っているってことは、ヒスイさんもプレイしたのだろうか、あのゲーム……。

 

「さて、それじゃあ次は、肝心の今回やるゲームについての説明に行こうか」

 

「はい、『最果ての迷宮』のストーリーを紹介します。不死の呪いにかけられた1000年を生きる魔法戦士が、呪いを解くためにあらゆる願いが叶うという伝説の迷宮に挑もうとしています。伝説の迷宮は最果ての世界という別世界にあり、その世界に行くには99ある迷宮から鍵を持ち帰り、全ての鍵をそろえる必要があります」

 

『出た、不死を不幸なことと考える古い価値観』『昔の創作物にありがちだな』『200年生きているけど、まだ生きてゲームやっていたいよ』『自分以外の人類が全部絶滅した後とかなら、消滅も考えるかなぁ』

 

 あー、あるよね、不老不死はよくないことで、一瞬を輝いて生き、やがて死ぬからこそ人間は美しいと主張するゲーム。

 次元の狭間に飲み込まれて死んだ後も、ガイノイドボディで生き続けている俺としては、支持できない考え方だ。

 

「話を続けます。99ある迷宮は全て、足を踏み入れた瞬間に無力な凡人になる、すなわち魔法を封じられレベル1に戻されるという、一時的な呪いがかかるようになっています。そして、その困難さから、今まで誰も最果ての世界に辿り着いたものはいないとされております」

 

「で、でたー。誰も行ったことがない場所のはずなのに、その場所に何があるか言い伝えられている的なやつ!」

 

『そこを突っ込んだらおしめえよ』『しかし、99個の迷宮とか配信でクリアできるのか?』『しかもヨシちゃんは初心者』『配信関係なくても99は多すぎだろ』『完全にやりこみゲームだな……』

 

 そんな視聴者の言葉を受けて、ヒスイさんが言う。

 

「もちろん、ライブ配信での完全クリアは不可能でしょう。時間加速機能を使って数ヶ月単位でプレイしていただかない限り」

 

「それはマジ勘弁!」

 

「はい。そこで、今回はゲームのクリアではなく、五日間というプレイ期間を決めて、どこまでヨシムネ様が頑張れるかを配信していきたいと思います」

 

 これは、事前の打ち合わせで決めていたことだ。

 俺のライブ配信は、同じゲームを連続で何十日といった長期間、続けないことが特徴となっているからな。今までの最長配信が、『MARS』のストーリーモードの十四日間だ。

 

「99ある迷宮には、それぞれ異なる呪いが存在しています。ゲーム的に言ってしまうと、迷宮ごとに適用されているゲームシステムが違います。過去に存在した様々なローグライクゲームの仕様が、一つ一つの迷宮に実装されていて、それぞれ違うゲームとして楽しむことができます」

 

「つまり、一つの迷宮で積んだ経験が、他の迷宮では役に立たないとか……?」

 

「そうとも言えますね」

 

 厳しい、厳しすぎるよこのゲーム! 本当に全ての迷宮を踏破して、ゲームクリアした人っているのか、これ!

 はー、五日間という期間切ってくれて、正直かなり助かったぞ。

 

「以上で、『最果ての迷宮』の説明は終了です」

 

「よし、それじゃあゲームを起動しようか。正直どこまで行けるか判らんが、視聴者のみんなには格好いいところ見せてやるぞ!」

 

『久しぶりに死ぬヨシちゃんを見たい』『死ぬのは『超神演義』以来かな?』『ローグライクという時点で運命は決まっておる……』『死に芸を見せてくれるって信じてる!』『ヨシちゃん頑張れー!』

 

 応援してくれる抽出コメント、一つしかないんですけど!?

 俺は、ゲームアイコンを掲げてゲームを起動するヒスイさんを横目で見ながら、どんな試練が待っているのか戦々恐々とするのであった。

 



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146.最果ての迷宮(ローグライク)<2>

 かつて、一人の戦士がいた。その戦士は数多くの魔物を退治し、戦争で勝利を収め、英雄と呼ばれるようになった。

 栄華を極めた戦士は、一つの願望を持つようになる。

 それは、不老不死。

 数多くの権力者達が捕らわれてきたその妄執に、英雄となった戦士もまた、魅了される。

 だが、ただの権力者とその戦士には違いがあった。戦士は強く、困難に打ち勝つ力を持っていたのだ。

 

 戦士は世界中を巡り、伝説を探り、秘境を旅した。そして、ついに戦士は伝説の不死鳥を見つける。

 不死鳥を捕まえ、その生き血をすすった戦士は、とうとう不老不死の力を手にした。

 それから戦士は、武術を極め、そして魔法も極めた。

 世界最強の魔法戦士とうたわれた戦士は、歴史にその名を残した。

 

 やがて数百年も経つうちに、戦士は世俗に興味を失い、辺境の地でただ己を鍛えることだけを求めるようになる。

 さらに幾星霜を重ね、戦士は辺境で穏やかな生活を過ごすようになった。そして戦士は、新たな願望を持つようになる。

 それは、己の死。

 死別の辛さを幾度となく経験し、剣も魔法も極めきった戦士は、人生の終わりを考えるようになっていた。

 

 不老不死は不死鳥に与えられた神の祝福であり、そして戦士に与えられた不死鳥の呪いでもあった。

 祝福と呪いを兼ね備えたこの力は、魔法を極めた戦士でも解くことは叶わない。

 高位の神官にも、深遠を覗いた呪術師にも、これを解くことは不可能であった。

 

 そこで、戦士はかつて世界を巡った時に知った、一つの伝説を思い出す。

 それは、最果ての世界にあるという願いの迷宮の伝説。

 世界中に点在する試練の洞窟から鍵を持ち帰り、全ての鍵を天に捧げることで、幻想の生物たちが集う最果ての世界に行くことができる。そして、その世界に存在する迷宮の最奥には、あらゆる願いを叶えてくれる秘宝が存在するのだという。

 

 戦士はこれをただの作り話とは考えていなかった。それぞれ1から99まで重複することのない数字が入口に彫られた試練の迷宮が、今まで発見されている。そして、最果ての世界の迷宮は100番目の迷宮だと、伝説には語られていた。

 試練の迷宮は足を踏み入れた瞬間、一時的に魔法を忘れ、武術を忘れ、鍛えた肉体が衰えてしまうという呪いがかかった、踏破した者がほとんどいない難所である。

 だが、戦士は不老不死。迷宮で死しても死体は灰になり、己が拠点と定めた場所でよみがえる。困難を極める迷宮であっても、いつの日か全ての鍵を持ち帰ることができるであろう。

 

 まだ誰も見たことのない最果ての世界に行くために、戦士は数百年ぶりに活力を取り戻し、試練の迷宮に挑むのであった。

 

「と、長いオープニングだったが、ゲームを始めていくぞー!」

 

『呪いにかかったの自業自得やん』『でも、何百年も生きたら活力失うのは、ちょっと解る』『対戦ゲームのランキング上位とか、若い人多いもんな』『300歳超えているのに『MARS』でマスターエースやっている閣下の例もあるので、一概には言えないですが』『サンダーバード博士もスノーフィールド博士も、未だにばりばり研究者やっているし』『死別が辛くて自分も死にたくなるという感覚が、いまいちピンとこない』

 

 ふむふむ。今後何百年も活動的に生きられるかと問われると、俺の場合だと正直どうだろうと答えてしまうだろうな。

 ずっと現役で働き続けるとか、すごい。

 

『でも私達はいつでも消滅を選べる自殺の権利があるけど、こいつは死にたくても死ねないんだよね』『あー、それは大きな違いか』『魂の消滅まで行くケースは、生き疲れではなくて人間関係のトラブルからの逃避がおおよその原因ですよ』『魂の消滅じゃなくて長期スリープを選んでおけよ……』

 

 自殺の権利なんてあるのか。まあ、ソウルサーバに魂をインストールしたら、死のうと思っても死ねないだろうから、それが辛いという人も出てくるか。

 しかし、はっきりと自殺が権利として認められているって、すごいな。21世紀でも安楽死が認められている国と、いない国があったが。

 

 さて、オープニングデモの感想はそこまでだ。黒い背景に無数の鍵が輝いている印象的なタイトル画面で、ニューゲームを選び、ゲームを始めることにした。

 ゲームが開始されると、キャラクターメイキング画面に切り替わったので、いつもの通り現実準拠の姿にする。服装を選ぶことができるようだが……どれも簡素なファンタジー世界の田舎娘といった感じの服しかない。

 

「ファッションもう少しどうにかならんのか……」

 

『迷宮から金貨を持ち帰り、その金貨で新しい服を購入できます』

 

 俺のぼやきに、この場にいないヒスイさんからの返答が届く。

 

「あー、ファッションも、やりこみ要素の一つってわけね」

 

『伝説の英雄がずいぶんとみすぼらしい格好に……』『お金貯めてないのかこの元英雄』『英雄(村娘)』『こんな格好でもミドリシリーズの美少女っぷりは衰えないので、大丈夫だって!』

 

 そうしてキャラクターメイクが終わると、俺はどこかの部屋に出現した。テーブルがあり、レンガ組みの暖炉がある木造の部屋だ。その部屋を見回すと、視界に『自宅』との文字が表示された。歴史に名を残した英雄の家にしてはずいぶんとまあ、お金の匂いを感じさせない家だこと。

 家電の類は見えないので、中世とか近世とか近代とかの世界観なのだろうか。

 

 部屋には扉が一つ存在し、視界に文字が表示されて扉の先を知らせてくれる。『廊下』らしい。

 この部屋には特に何もないので、俺は廊下の扉を開ける。廊下に出てから今開けた扉を見ると、『居間』となっていた。

 

 そして、しばらく廊下を探索すると、台所、寝室、風呂場、書斎、魔法工房が存在することが判った。トイレはない。魔法工房には、迷宮に向かうための転移門が設置されていた。ここは後でいいな。

 風呂場を見てみると、何やら魔法の道具で湯が沸かせるらしかった。家電の代わりを発見だ。

 

「このゲーム、お風呂入れるのか。そういえば、今の時代に来てからリアルでお風呂入ってないなぁ」

 

『今はナノマシン洗浄があるからな』『趣味人向けの風呂系レジャー施設が、どこかのコロニーに一個あるらしいけどね』『惑星テラの温泉はちょっと憧れる』『風呂場って言ってもこれ健全ゲームだろ? 着衣のまま入るのか?』

 

「あー、着衣で風呂はないよなぁ。そこんとこどうなの、ヒスイさん」

 

『バスタオルを身体に巻いた状態で入ることになります』

 

 虚空からそんなヒスイさんの声が届く。

 

「バスタオルか。『ダンジョン前の雑貨屋さん』でもそうだったな。まあ、俺は特にお風呂好きってわけじゃないから、この風呂場を使うことはないな」

 

 そう言って俺は風呂場を後にし、廊下を歩いて玄関まで向かう。

 そして、玄関の扉を開いて、外へと出た。

 

 すると、視点が切り替わり、空から地上を見下ろす第三者視点になった。

 眼下に見えるのは、周囲を畑に囲まれた、小さな村だった。

 十数軒の家が、石組みの壁に囲まれている。道は意外なことに石畳が敷かれており、家々の屋根もカラフルに塗装されていた。

 みすぼらしい村って感じではないな、と思うと視界の隅に『辺境の町』と表示された。

 

「町なのか。ああ、そうか。ゲーム特有の、十数軒しか家がないのに町扱いな、あれか」

 

『リアルなスケールで作っても、移動が面倒なだけだもんな』『あー、確かに』『たまにガチで町を作り込んでいるMMOあるけど、移動はほとんどテレポーターを使うはめになる』『ゲーム側が町と主張すれば、それが町になるんだよ!』

 

 そんな会話をしている間に、視点が元に戻る。俺がいるのは、自宅から外に出た地点だ。

 さて、町にはどんな建物があるのか、と考えると、視界の右上の方に、『!』とエクスクラメーションマークの描かれた四角いアイコンが表示された。それに注意を向けると、目の前に大きく町のMAPが開く。

 

「酒場に食料品店、武具屋に服屋、そして雑貨屋か。一通りの店はそろっているな」

 

 MAPを見ながらそう言うと、ヒスイさんの声が届いてくる。

 

『現在の所持金は0ですので、何も買えません。迷宮から金貨を持ち帰りましょう』

 

「本当になんなのこの主人公……」

 

 最強の魔法戦士が無一文とかどうなっているんだ。

 俺は、今、町でできることは何もないと考え、自宅に戻り、家の中にある魔法工房へと向かうことにした。

 

 魔法工房の扉を開き、中へと入る。

 

「で、これが99の迷宮につながる転移門なわけね」

 

 ごちゃごちゃと器材が置かれた工房。その工房の壁に、何やら怪しい枠がはめこまれており、枠の内側は光が歪んだ怪しい空間となっていた。いかにも転移のためのゲートって感じだ。

 

『魔法を極めた主人公が作りだした、世界中に点在する試練の迷宮へとつながる転移門です』

 

 その転移門には1から99までの数字が振られたダイヤルがつけられており、今は『1』に合わされている。

 そして、ダイヤルの下にパネルが存在し、そこには『入門者の迷宮』と書かれていた。

 その文字を注視すると、目の前に説明画面が開いた。

 

「ええと、全五階の最も簡単な試練の迷宮で、特別なルールは何一つないオーソドックスな迷宮になっている、と。服以外の持ち物の持ちこみは不可」

 

『いわゆるチュートリアル迷宮ですね』

 

 そんなヒスイさんの補足のコメントが聞こえる。

 

『全五階か』『楽勝やん?』『まさかこれで死ぬとは言わないよな?』『死んだら恥』

 

「……ローグライクよく知らんから、なんとも言えん」

 

 まあ、ここでうだうだとしていても、しょうがない。さっさとチュートリアルをクリアしにいくこととしよう。

 俺は転移門の枠内の歪んだ空間に気合いを入れて飛びこんだ。

 すると、一瞬の浮遊感を感じ、俺は石造りの迷宮に辿り着いていた。

 

『よく来てくれたね、ヨシムネ。『入門者の迷宮』へ、ようこそ』

 

 そんな男とも女とも判別のつかない不思議な声が、どこからともなく聞こえてきた。

 前置きなしにいきなりの開始のようだ。視界の下方には、ステータスが表示されている。

 

 階層:1 HP:12(12) 攻撃:16(16) 防御:5 レベル:1/0 Gold:0

 

 ふうむ、簡素だな。RPGにありがちな、DEXだのLUKだのといった、細かいステータス値はないようだ。

 俺は周囲を見回し、今の状況を確認する。

 

 石造りの床は、1メートルほどの幅で線が引かれた正方形のマス目状になっている。マス目の間隔が1メートルだとしたら、今いる部屋は4メートル×12メートルの部屋だ。部屋には閉じた扉が一つ存在している。

 そして、部屋の中には、緑肌をした人型のモンスターが一匹いる。手には木でできた棍棒を持っており、その頭上には、ゴブリンと表示されていた。

 

 モンスターか。武器はあるのか、と思ったら、俺はいつの間にか自分の格好が変わっていることに気づく。

 服の上に、なにやら鎧を着ている。まじまじと見つめると、リングメイルと視界に表示された。そして、腰には武器が吊り下げられており、それも見つめると短剣と表示された。

 

「いつの間にこんな装備を……入門者セット的な?」

 

『深く考えてはいけない』『素手でモンスターとやりあうわけにはいかないですしね』『ヨシちゃんなら空手でどうにかなる』『ローグライクだぞ。そんなにアクション性高いゲームなのか?』

 

 まあ、近くにゴブリンがいるんだ。戦闘を試してみよう。

 俺は、石造りの床を踏みしめ、枠線を越え一歩前に進んだ。すると、再び不思議な声が響く。

 

『床を1マス移動するごとに、1ターンが経過するよ。ヨシムネが1ターン行動すると、モンスター達も1ターン行動する。もっとも、そこのゴブリンはヨシムネの存在に気づいていないようだけどね』

 

 ふむふむ。今回のゲームのチュートリアルさんは丁寧だな。

 俺はゴブリンに近づいていき、その隣に立った。すると、ゴブリンは俺に気づき、俺の方を見て「キー!」と叫び声をあげた。

 

 さあ、戦闘だ!

 短剣を手に持ち、ゴブリンに思いっきり突き入れる。

 だが、その攻撃はあっさりとゴブリンに回避された。

 

「ありゃ?」

 

 次にゴブリンがこちらに攻撃をしかけてくる。その間、俺の身体は動かない。

 ゴブリンの棍棒は、俺の鎧に命中した。ステータスのHPの数値が少し減る。

 

『攻撃行動を取ると、1ターンが経過するよ。そして、敵のターンでは君は一切の行動を取れない』

 

 不思議な声にそう告げられ、俺は愕然(がくぜん)とした。

 

「あああああ……。VRなのにアクション性が、全くない! ここは、回避率と命中率が支配する世界だ!」

 

『ヨシちゃんピンチ!』『そういうものだ。だって、ローグライクだもの』『ソウルコネクトゲームが、全部アクション性高いと思いこんでいたヨシちゃん可愛い』『ようこそ、運と経験が全てを支配する世界へ……』『ローグライクってこういうゲームなのか』

 

「くそう、ゴブリンごときにやられてたまるか!」

 

 今度は短剣の一撃がゴブリンをとらえる。そして、ゴブリンの反撃は、勝手に動いた俺の身体が回避した。

 さらに次の攻撃。短剣はゴブリンの頭蓋に命中。すると、ゴブリンの身体は砂のように崩れ去り、やがてその場から跡形もなく消えた。

 

『ゴブリンを倒した』

 

 そんな文字が視界に表示され、ステータスのレベルの欄が『レベル:1/0』から『レベル:1/3』に上昇した。経験値が溜まったようだ。

 

「ふいー、なんとかなった……」

 

 俺は汗もかいていないのに、左手で思わず額をぬぐってしまう。

 すると、ヒスイさんの声が虚空から届いた。

 

『ヨシムネ様。この迷宮はターン制のルールに支配されています。急がずあせらず、じっくり次取るべき行動を考えていきましょう』

 

「ああ、ターン制ってことは、俺が何か行動を取るまで、相手は何もしないのか……」

 

 俺は落ち着きを取り戻し、その場で深呼吸をした。

 

「思えば、この時代にやってきてからというもの……、VRといえばアクション性があるものだと考えて、ターン制のRPGをやったことがなかったな。うーん、知らず知らずのうちにプレイするゲームが偏っていたのか」

 

『ヨシちゃんの配信は、確かにアクションゲーム多いよね』『それだけアクションが得意だってことですよ』『『アイドルスター伝説』みたいな変わったゲームも期待しているよ』『今日は好きなゲームをヨシちゃんに紹介していいのか!?』

 

「ゲームの紹介はまた今度な……とりあえず要領はつかめたし、全五階層制覇してやるぞ!」

 

 俺はそう気合いを入れて、『入門者の迷宮』攻略に向けて動き出すのであった。

 



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147.最果ての迷宮(ローグライク)<3>

 ゴブリンを倒した俺は、あらためて今の状況を確認する。

 ステータスは、HPが減少し、レベルの『/』で区切られた後ろ部分が少し増えた。そして、地味に気になっていたのだが、視界の右上にはこの部屋のMAPが表示されている。

 注視するとMAPは見やすいよう視界の中央に拡大表示された。そのMAPによると、この部屋の右上隅に何かが落ちているようだ。

 

 実際に部屋の隅を見てみると、なにやら光り輝く物体が落ちているのが判った。

 その床のマスに移動すると、床に落ちている物体が宙に浮き、俺の手に収まった。それは、数枚の金貨だった。

 金貨を握ると手の中から消えてなくなり、代わりにステータス欄の『Gold』が0から38に増えた。

 

『それは金貨だね。この迷宮だと金貨の使い道はないけれど、数ある試練の迷宮の中には魔族の商人がいて、金貨を対価に物を売ってくれることもある。まあ、迷宮で使わなくても、外の世界でなら通貨として利用できるんじゃないかな? もちろん、死んだら外には持ち出せないけれど』

 

 不思議な声がそんな説明を告げてくる。

 

「ありがとう、不思議な声。今回はヒスイさんいらずだな」

 

『まことに遺憾(いかん)です』

 

 ひえっ、ヒスイさんごめんよ。

 さて、この部屋でやることはなくなったので、先に進もう。俺は扉の前まで進み、扉を開く。その向こうには、1メートル幅のせまい通路が続いていた。

 通路を進むと、また扉を発見する。扉を開くと、先ほどの部屋と同じような空間が広がっていた。

 モンスターの姿は見えず、アイテムがいくつか転がっているのが見える。

 

 俺は、そのアイテムを全て回収することにした。

 

『それはポーション。飲むことで様々な効果をもたらす秘薬だ。その多くが有益な効果をもたらすけれど、中には毒などのマイナス効果があるポーションもあるので気をつけてね。とはいっても、鑑定の巻物を見つけ出して鑑定するか、一度実際に飲んでみるまで、どの色のポーションがどの効果を持つかは判らないんだけどね。ちなみに、迷宮に出入りするたびに色ごとのポーションの種類は変化するよ』

 

『水色のポーション』を手に入れたときに聞こえた不思議な声の説明だ。ポーションは手に持った瞬間消え去る。どうやら、インベントリに収納されたようで、インベントリは視界の右上にあるアイコンの一つを注視することで開くことができた。

 さらに俺は、『血の色をした巻物』を拾う。すると、不思議な声がまたもや説明を入れてくれる。

 

『それは魔法の巻物。魔力が封印される試練の迷宮の中で、魔法を使うことができる数少ない手段の一つだね。読むことで使い手に向けて様々な効果を発揮する、一回限りの使い捨てのアイテムだ。これもポーションと同じで、読むまでどの色の巻物がどの効果を持つかは判らない。ポーションや巻物がどんな品なのかを鑑定するには、一度使用するか、鑑定の巻物に頼るしかないね。もちろん鑑定の巻物も、最初に使用するまでどの色の巻物が鑑定の巻物なのかは判別できないよ』

 

 うーん、今回のチュートリアルさんは本当に丁寧だ。

 

 今いる部屋には何もなくなったので、俺は次の部屋へと進む。

 すると、その部屋にいたのは……。

 

「チョコボがおる!」

 

 体高1.5メートルはありそうな鳥が、部屋の中央に陣取っていた。その見た目は、国民的RPGに登場する代表的な乗り物である陸上を走る鳥、チョコボに酷似していた。

 

『エミューです』

 

 聞こえてきた声は、今度はヒスイさんのものであった。

 確かに鳥の頭上にはエミューと文字が表示されている。

 

「エミュー……なんだっけ。アホみたいにでかい卵を産む鳥だったか」

 

『ヨシムネ様に解りやすく言いますと、ダチョウのような飛べない巨大な鳥です。オーストラリア国区に生息しており、かつては食用の家畜として育てられていました』

 

「なるほどなー。モンスターなんだよね?」

 

『はい、敵です』

 

 この部屋に来るまでに歩いていたら、ゴブリン戦で減ったHPは最大値に戻っていた。どうやらHPはターンの経過で自動回復するらしい。

 なので、俺はエミューに挑むことにした。

 そして……。

 

「うん、楽勝だな」

 

 短剣は見事に命中し、エミューを無事に討伐することができた。順調だ。

 その後も俺は第一階層の探索を続け、階段を見つけ出した。

 

「うーん、まだMAPは埋まっていないな。全部探そうか」

 

『ああ、そうだな!』『そうするといい』『お前ら……まあ、まだ一階層だしまだまだ腹も減らんだろ』『あー、空腹度があるのか』

 

「そういえばそんな要素があるって、ヒスイさんが言っていたな……ステータスには空腹値は存在しないんだけど。マスクデータかぁ」

 

 無駄にターンを消費しないよう、最小限の動きで行こう。

 そして俺は、第一階層をくまなく探索し、大きな蛇や、ドローンのように空中に静止しながら羽ばたいているハヤブサを倒して、MAPを全て埋めた。すると、レベルが2に上がり、HPが増加する。

 

「レベルが上がっても攻撃と防御の数値は上がらないんだな」

 

『『Rogue』に(なら)うなら内部的な強さはちゃんと上がっているはず』『今回の配信、ローグライクに詳しい視聴者多いな……』『マザー・スフィアのレトロゲーム配信で、よくやっているのを見るから……』『マザーの見事な死にざまは、明日への活力を与えてくれる』

 

 この時代の人間達がマザーをどう見ているか、ますます解らなくなったぞ……。

 さて、探索が終わったので、発見済みの階段へと向かう。階段は4マス×4マスを占有する下り階段で、ステータス欄にある階層というのは地下何階かを言うようだった。

 

 そして第二階層へ……到着したとたん、今降りてきた階段が消える。

 

「マジか。一方通行なのか」

 

『一階は探索済みだからいいじゃん』『そのゲームがどういう仕様なのかは知らないけれど、基本としては、最下層に行かないと登り階段はない』『その階から逃げるときは、自然と難易度の高い次の階に向かうことに……』『そのうえ迷宮はランダム生成なんだろ? 毎回階段を探すゲームか』

 

 まあ、問題はない。俺は視聴者コメントの相手をするのを一時的にやめ、ゲームに集中して第二階層を探索することにした。

 まずは、この部屋にいるモンスター退治からだ。そのモンスターの名前は、アイススタチュー。氷でできたガーゴイルだ。

 

 俺はアイススタチューまで近寄り、短剣を構える。

 攻撃は命中し、アイススタチューの一部が欠ける演出がなされた。

 そして、敵の反撃。こちらも命中し、HPが減る……と、なにやら俺の身体の表面が氷に覆われた。

 

『ヨシムネは凍結している!』

 

 そんな文字が視界に表示されて、再びアイススタチューがこちらに攻撃をしかけてくる。それも命中し、HPが削れる。そんな最中、俺は動こうと思っても動けないでいた。

 く、まさかこのまま殴られ続けるのか……。

 

『ヨシムネは凍結から解放された!』

 

 よし、一方的にやられることは回避されたようだ。

 俺はアイススタチューと攻防を繰り返し、そして倒すことに成功した。

 

「はー、こんな状態異常を与えてくる敵もいるんだな」

 

 そんなことをつぶやきつつ、俺は先へと進む。

 そして、道中で一本の杖を拾う。

 

『それは魔法の杖。巻物と同じく、魔法の力を試練の迷宮で発揮することができる、魔法のアイテムだ。巻物と違う点は、複数回使用できる点と、モンスター相手に使う効果がこめられているって点だね。巻物は自分のために使って、杖は敵と戦うために使う。そんな感じで覚えておけばいいよ。ちなみに杖は、鑑定の巻物を使うまで正式名称は不明のままだ』

 

 ふーむ、今持っている巻物で杖を鑑定できたら、モンスター戦で役立つかもしれないな。

 俺はインベントリを開き、『血の色をした巻物』を取りだした。そして、巻物の封を切り、中身を読む。巻物にはよく判らない文字が書かれており、それに目を通すと同時に巻物はボロボロになって崩れ去った。

 すると次の瞬間、腰に吊り下げていた短剣が銀色に光り輝いた。

 そして、不思議な声がまた聞こえてくる。

 

『どうやら武器強化の巻物を引いたようだね。その巻物は、武器の命中力か攻撃力のどちらかを少し上昇させる効果があるよ。それと、武器が呪われていた場合、武器の呪いを解く効果もある。今回は命中力が上がったようだね』

 

「やっぱりあるのかー、呪い。食べ物が呪われていたりしたら怖いな」

 

 すると、今度はヒスイさんがコメントを入れてくる。

 

『この『入門者の迷宮』では、呪われているアイテムは武器と防具だけです。食べ物を手に入れたら、安心して使用してください』

 

「そうなのか。それは助かるな」

 

 呪われた酒を飲んで、吐いて餓死するとかは起こらないようだ。

 

 その後、俺は探索を続けて下り階段を発見した。

 

「まだMAPが埋まっていないな。探索を続けるか」

 

 そうして、まだ通っていない通路を進み、次の部屋に向かう扉を開けた瞬間のこと。

 

 扉の向こうには、3メートル×6メートルの小さな部屋に、みっしりとモンスターが詰まっていた。

 

「げえっ!」

 

『ぷぎゃー!』『たった二階でモンスターハウス引いたのか』『どうする? さあどうする?』『さすがに笑った』

 

「こ、これがモンスターハウスか。出会ったら死ぬとよく聞いたものだが……」

 

 モンスターが大量に存在する部屋をローグライクゲームではモンスターハウスと呼ぶらしい。俺が昔やっていたMMORPGでもそれに倣って、モンスターが自動POPで大量に溜まった場所をモンハウって呼んでいたな。

 かたつむり観光客の元ネタのゲームでは、雑魚モンスターは基本的に一方的に虐殺していくものだったので、モンスターハウスを引いたところでたいした被害はなかった。

 だが、この迷宮のゲームバランスでモンスターに囲まれたら、即死してしまうだろう。

 

「とりあえず、通路に引いて一匹ずつ倒そう」

 

 俺は一歩後退し、通路にやってきたゴブリンと対峙する。難なく勝利。

 そして、次に来た大蛇と戦う。これにも勝利。

 次にやってきたこうもりを……って、残りHPがやべえ!

 

「これは……階段まで逃げる!」

 

『お、ようやく判断したな』『それが正解だな』『アイテムそろっていないうちにモンスターハウスは無理ですね』『ローグライクを見るのは初めてなので、なにがなんだか』

 

 俺はこうもりに追いかけられながら、階段のある部屋まで急いで逃げた。

 急ごうが、ターン制なので俺が一歩動けば相手も一歩動くのだが……。

 そして、なんとか階段に辿り着き、俺は第三階層まで逃げることに成功した。

 

「ふう、やれやれ……」

 

 俺は、その場でしばし心を休め、あらためて第三階層に挑むことにした。

 減ったHPを回復させつつ、二部屋目へ行く。すると、床になにやら怪しい物が落ちていた。

 な、なんだこれは……。

 そのマス目に止まると、俺の手にそれが飛びこんできた。その正体は、粘菌の塊。最初はモンスターかと思ったが、名前が表示されていないので違うようだ。

 困惑している俺に、不思議な声が届く。

 

『珍しいアイテムを見つけたようだね。それはスライムモールド。食料の一種さ』

 

「食料!? これが!?」

 

『空腹度の回復量にばらつきがある普通のパンと比べて、スライムモールドは空腹度の回復量が安定して高い水準にあるんだ。美味しいから、思い切って食べてみるといいよ』

 

「いやいやいや、キノコじゃないんだから、これは無理だろ……。キノコだって生食は危ないが……」

 

『食べてみて』『気になるわ』『チュートリアル様が食べ物って言っているんだから、食べ物だろ』『そろそろお腹すいてこない?』『さあ、勇気を出して!』

 

 無慈悲な視聴者のコメントが聞こえる。お前ら絶対楽しんでいるだろ!

 く、見た目が明らかに食い物じゃないぞ、これ。黄色い粘菌だぞ……。

 

『ヨシムネ様。このゲームをプレイしていく以上、空腹度の問題は常に壁となって立ちはだかってきます。そのときに、『食べられません』では済みません。ここは、慣れる意味もこめて、この場で食べてみてください』

 

 ヒスイさんまでそういうこと言うの!?

 

『大丈夫です。ちょっとだけ色が違う、海苔の佃煮のようなものと思えば』

 

 海苔の佃煮……そう、これは黄色いだけの海苔の佃煮だ。

 ええい、ままよ!

 

「……んぐ。んぐぐ……」

 

『本当に食べよった!』『味覚共有機能オンの配信じゃなくてよかった……』『いや、味覚共有機能って視聴者側でいつでも切れるからな?』『でも、ヨシちゃんを(あお)ったからには、拒否するのはちょっと』『で、お味の方は?』

 

「あれ、めっちゃ美味いぞ、これ。さわやかな味のする果物で作ったジャムみたいな感じ」

 

『本気かよ』『正気か!?』『いや、でも空腹度を大量に回復させる食料だし、味もいい方が納得するというか……』『気になるけど、自分が食べろと言われたら遠慮する見た目だわ……』

 

 いや、本当に美味いんだって。

 そんなことを思っていると、ヒスイさんの声が再び響く。

 

『ちなみに『Rogue』でも空腹度を回復させるレア食料の名前は『slime-mold』となっており、非常に美味な扱いですので、ローグライクゲームとしてリスペクト精神にあふれたアイテムと言えるでしょう』

 

「見た目はリスペクトしてほしくなかったなぁ……」

 

 粘菌だぞ、粘菌。キノコを取って巨大化する赤と緑の兄弟のゲームが実写映画化されていて、子供の頃にそれを観たことがある。その映画のキノコを食べるシーン、キノコというより粘菌っぽくて、ちょっと精神にダメージを受けたりした。

 

「まあ、美味かったから全て許すが、通常の食べ物がまた変な見た目だったら、制作会社を絶対に許さないよ」

 

『チュートリアルさんがパンって言っていたから大丈夫でしょう……』『出てくるまで安心できないけどな』『それでもヨシちゃんなら食べてくれるって信じてる!』『変なパンってどんなんだろ』

 

 実はインベントリに、最初からパンが一個入っていたんだけどな。

 さて、気を取り直して次に進もう。この部屋の隅にアイススタチューがいて、ずっと気になっていたんだよな。

 

 空腹度の心配もなくなったことだし、倒して経験値に変えることにしよう。

 

「死にさらせー!」

 

 俺はアイススタチューの横に移動して、短剣で突く。攻撃は相手の顔に命中し、顔が欠ける。

 次に、アイススタチューの攻撃が俺に命中する。すると、俺の身体が氷に覆われていく。

 

 くっ、また凍結か。だが、HPは満タンなのでまだ大丈夫。

 そう思ったのだが、さらにアイススタチューの攻撃が俺に加えられると、凍った身体にヒビが生えていき、短剣をにぎった右腕が割れて落ちた。

 そして、身体の内側からきしむ音が聞こえてきて、足が消失する感覚と共に俺の視界が急に低くなり……。

 

『ヨシムネは氷となって息絶えた』

 

 そんなメッセージが視界に表示され、俺は気がつくと自宅の魔法工房に敷かれた魔法陣の上に横たわっていた。

 

「はっ! いったいなにが……」

 

 身体を起こし、身体を確認する。リングメイルや短剣はなくなっており、俺のアバターはやぼったい村娘風の服装に戻っていた。

 

『アイススタチューの攻撃は、低確率で即死効果を引き起こします。運悪く即死効果を引いたようですね』

 

 そんなヒスイさんの声が聞こえた。即死、即死かぁ……。

 

「運、悪すぎね?」

 

『ローグライクとは運の悪さに幾度となく見舞われながら、経験を蓄積して乗り越えていくゲームです。なお、アイススタチューはモンスターハウス以外では、こちらから手を出さなければ向こうから攻撃したり動いたりしてくることはありません』

 

「マジかよ……無駄に手を出して死んだってことかぁ」

 

 溜息をつきながら立ち上がると、今度は視聴者コメントが聞こえてくる。

 

『祝! 初死亡!』『ようこそ、ローグライクへ!』『見事なまでの死にっぷり』『ここにヨシちゃんの墓を建てよう』『まさかたった三階で死ぬとは、予想していなかった』

 

「……嬉しそうだな、みんな!」

 

 ぐぬぬ、次は上手くやって視聴者達を見返してやる。

 

『大丈夫ですよ。これから幾度となく死にますので、そのうち皆さんも、いちいち死んだ程度では騒がなくなります』

 

「マジかよ……」

 

 俺は転移門を前にして、これから待ち受ける試練に身を震わせた。

 これは、気合いを入れて挑まねばなるまいな……。

 



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148.最果ての迷宮(ローグライク)<4>

 さあ、再挑戦だ! と意気ごんだところ、あっさり先ほどの記録を超える第四階層に到達した。

 その間に何もなかったわけではない。スケイルメイルを二つ拾って、片方を装備したところ……見事に呪われて脱げなくなり、拾った巻物で偶然呪いを解除できたという事件があった。元呪われた鎧であるよわよわ数値のスケイルメイルは、モンスターに向けて適当にぶん投げておいた。

 

 そして、第四階層を進むことしばし。

 

『落とし穴だ!』

 

「え?」

 

 視界に文字が表示されたかと思うと、俺は下の階に落っこちていた。

 

「ええ……まだ探索終わっていなかったのに」

 

 あっさり最終階層である第五階層に辿り着いてしまった。

 

『よくあることさ』『罠の一つや二つで動じてはいけない』『階段を探す手間がなくなったと思おう』『ヨシちゃんあとちょっと!』

 

 視聴者のコメントを聞き、俺は気を取り直して第五階層の探索を始める。すると……。

 

『水の罠だ!』

 

 俺はまたもや罠にかかり、天井から降ってきた大量の水を頭からかぶる。

 

『スケイルメイルが錆びてしまった!』

 

 視界に表示されたそんな文字に、俺はがっくりと肩を落とした。鎧の防御値が先ほどまでより低下している。

 いや、大丈夫だ。これが最後の階なんだ。錆くらい、無視だ、無視!

 

 と、また気合いを入れて第五階層を探索するのだが……。

 

「上り階段は見つかったが、鍵が見つからねえ……」

 

 MAP上にそれらしい物は一つも存在しなかった。

 すると、不思議な声が俺の耳に届く。

 

『実は通路や扉は、壁に隠されていることがあるんだ。調べたい壁に隣接したマスで、『周囲の壁を探す!』と意識してみてごらん。1ターン消費することで、壁が怪しいか調べることができるよ。まあ、探したからと言って、必ずしも見つけ出せるとは限らないんだけどね』

 

 OK、把握。いかにも怪しい途中で途切れた通路があったんだ。

 俺はダッシュでその場に向かい通路の壁を何度も調べると、壁が崩れ去り、通路の続きが現れた。

 

 意気揚々と通路を進み、通路の終点である扉を開く。すると、部屋の真ん中に祭壇が置かれているのを発見した。

 他にモンスターがいないことを確認し、祭壇に近づく。祭壇の上には、デザインの凝った鍵が置かれていた。

 その鍵を手に取ると、鍵は光り輝き、手の中から消えていった。インベントリに収納されたのだ。

 

『『入門者の鍵』を手に入れた!』

 

 そんな文字が視界に表示され、きらびやかなSEが鳴り響いた。

 

「よし! 目標達成!」

 

『無事に出られたらね』『気が早い』『あと半分、ファイト』『落とし穴にまた落ちるヨシちゃんが見えた』

 

「くっ、いや、帰りは最短で進むから、そう罠にもかからないはず!」

 

 そうして俺は、上り階段まで戻り、第四階層に移動した。

 MAPの表示は……新規MAPのようだな。今まで進んできた階層がそのまま使われることはなく、帰りもランダムの構造となるらしい。

 

「レベルも十分。武器もロングソードを拾ったので威力は十分。行けるぞ!」

 

 そして、俺は何事もなく第一階層まで戻ってきた。ちなみに道中で食べたパンは、栄養ブロックのような堅焼きパンであった。味は普通。

 

「よーし、上り階段発見! 脱出だー!」

 

『うおー!』『よくやった!』『いえーい』『これだけやって、まだチュートリアルクリアしただけなんだよね……』『それは言うな……』

 

 階段を登り切り、目の前に見えた装飾入りの扉を俺は力一杯開く。すると、どこからともなく不思議な声が聞こえてくる。

 

『おめでとう、ヨシムネ。不死の君なら、きっと『願いの迷宮』を踏破してくれると、私は信じているよ』

 

 ごめん、チュートリアルさん。俺、五日でこのゲームやめるんだ。

 そんなことを考えつつ、扉をくぐる。すると、その先には、テント村が広がっていた。

 

「ん? なんだここ?」

 

 俺が周囲を見渡すと、巨大なテントからちょうど出てきたひげづらの男と目が合った。

 

「……出てきたぞ! 踏破者だ!」

 

「本当かよ!」

 

「最近入った奴いたか!?」

 

「どうでもいい! 鍵を奪え!」

 

「ひゃあ! 一攫千金だぁ!」

 

 お、おう……。困惑する俺をよそに、点在するテントから次々とひげの男達が手に武器を持って出てくる。

 俺は、それを見て言う。

 

「ヒスイさん、これ、どういうイベント?」

 

『入門者の迷宮は踏破が容易なため、鍵がいくつも世に出回っています。ただし、命がけで入手する必要があるため、コレクターズアイテムとして高値で売れます。ゆえに、鍵を奪おうと画策したならず者達がこうして、迷宮の出入り口付近で探索者を(よそお)って、踏破する者が出るまで張りこんでいるわけです』

 

「なるほどなー。……これ、全員倒さなきゃいけないの? 正直、中にいたゴブリンやオークより強そうなんだけど」

 

『大丈夫ですよ』

 

 俺の疑問にヒスイさんは、はっきりとそう答えた。

 

『今のヨシムネ様は、世界最強の魔法戦士なのですから』

 

 そのヒスイさんの言葉と共に、俺の身体が勝手に動き、腰に差していたロングソードを鞘から抜いた。

 そして、勢いよくその場で剣を振るうと、剣の先から帯状のビームが出て、ならず者達をテント村ごとなぎ払った。

 

「え、ええー……」

 

『強すぎる……』『これがアイススタチューに苦労していたのと同じヨシちゃんなのか……』『さすが元英雄』『数百年の修行は無駄ではなかった』

 

 俺の外の人は、勝手に剣を数度振るい、周囲を徹底的に破壊した。その後、俺の身体が足元を指さすと、魔法陣が地面に展開する。

 やがて、気がつくと俺は、自宅の魔法工房に転移していた。

 

「おおう、アグレッシヴな主人公だこと……」

 

 さらに身体は勝手に動き、インベントリから『入門者の鍵』を取りだした。そして、鍵を転移門の枠にはめこむと、ようやく身体に自由が戻ってきた。

 

『第一の試練、『入門者の迷宮』踏破!』

 

 ファンファーレと共に、そんな文字が視界に躍った。

 

「……というわけで、チュートリアルはクリアかな?」

 

『おめでとう!』『今度こそよくやった!』『まだ一死か。これからが本番だな』『ヨシちゃんの戦いはこれからだ!』

 

「配信開始から一時間も経っていないから、まだ終わらないぞ! さて、残る迷宮は98あるわけだが……正直どの番号にどんな迷宮があるか判らんな。ヒスイさーん」

 

『はい、次の迷宮ですね』

 

「ああ、よさげなチョイスをよろしく」

 

『『入門者の迷宮』と同じくオーソドックスなルールで、全二十六階層ある『運命の迷宮』に挑戦していただくのもよいかと思ったのですが……』

 

「二十六!? 無理じゃね?」

 

『はい、五日の配信で攻略できるほど、ヨシムネ様が習熟できるか怪しいところがありますので、基本的に低い階層の迷宮を選んでいくべきかと思います。ですので、まずはオーソドックスルールで全十階層の『天命の迷宮』をお勧めいたします』

 

「十階層か……いけるんじゃね?」

 

 俺がそう言うと、視聴者の反応は……。

 

『大丈夫? 今までの二倍だぞ』『何回死ぬかな?』『まあいけるでしょ』『オーソドックススタイルは、今日中にクリアしてほしいなぁ』

 

 意見は様々って感じだ。反対多数というわけではないので、俺は『天命の洞窟』への挑戦を決めた。

 

『では、転移門のダイヤルを『2』に合わせてください』

 

「了解」

 

 回転式のダイヤルを少しだけ回し、『2』に合わせると、転移門の枠内の歪んだ空間の色が少し変わる。そして、ダイヤル下のパネルに『天命の迷宮』と表示された。

『天命の迷宮』は、『入門者の迷宮』と同じく、服以外の持ち込みが不可能らしい。俺は武装を解除し、金貨やポーション、巻物を工房に用意されていた宝箱の中にしまう。

 よし、準備はできた。俺は気合いを入れて、転移門に勢いよく飛びこんだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ストレートで第七階層まで来た。だが、未鑑定のポーションが溜まってきたな。ここは、使用して効果のほどを確かめるか。

 俺は『紫色のポーション』をインベントリから取りだし、飲んでみた。

 すると……目の前が真っ暗になった。

 

「ぎゃー! どういうこと!?」

 

 俺が悲鳴を上げると、ヒスイさんの解説が届く。

 

『暗闇のポーションを引きましたね。それは、外れポーションの中でも一番強力な品で、長時間目が見えなくなります』

 

「えっ、じゃあモンスターに囲まれて、一方的に殴られたり?」

 

『進みたい方向にモンスターがいた場合、自動で攻撃を行ないます。暗闇状態でもちゃんと攻撃は命中するので、安心してください』

 

「安心……できねぇー! ぬうー、MAPを頼りに進むしかないか」

 

 だが、通路の位置はMAPに記憶されるのだが、部屋から出た瞬間、今までいた部屋の構造がMAP上から消え去ってしまう。俺は何とか暗闇の中で探索を続け、第八階層まで降りた。

 そして、再び探索を続けることしばし。

 

『ヨシムネは氷となって息絶えた』

 

 敵を攻撃したかと思うと、そんなメッセージが視界に表示されて、俺は魔法工房まで戻されていた。

 

『いえーい!』『死んだ!』『アイススタチューか』『今日のノルマ二回目達成』『まだまだ死ぬよお』

 

「いや、どんだけ死にゲー扱いなんだよ、ローグライク!」

 

 でも、暗闇のポーションを引くまでは、かなり順調だった。うっかりさえなければ、第十階層まで行くのも簡単なんじゃないか?

 そう思って、再挑戦したところ……。

 

『ヨシムネは氷となって息絶えた』

 

「あああああ! 二階でプレートメイルを見つけて、神引きだと思ったのにぃぃぃ!」

 

『いやー、まさかその場で即調子に乗るとは』『だからアイススタチューには挑むなと』『ここまで三回の死因、全て凍結死である』『馬鹿じゃないの!?』

 

 まさかの第二階層での死亡である。

 そして、次だ。

 

『ヨシムネはゴブリンに頭を強打され息絶えた』

 

「ぐえー! 普通、ゴブリンに負けるか!? どうなってんの!」

 

 第一階層で、ゴブリンに攻撃を避けられまくっての戦死である。

 

『今のは、まあしゃーなし』『事故だ、事故』『運命とはどうしてこうも厳しいのか』『レベル1は簡単に死ぬからねぇ』

 

 次だ、次!

 早速、第一階層でグレートソードという、ロングソードよりも強い武器を引き、第二階層でプレートメイルという強力な鎧を手に入れた。そこで、俺は気を引き締める。調子に乗ったら、死ぬ。

 そして、俺は第五階層で運悪くモンスターハウスを引き当てる。

 

「落ち着け、落ち着け……」

 

 長い通路に逃げ、一匹ずつモンスターを倒していく。やがて、モンスターを一通り撃破することができた。装備のおかげである。

 だが、その後少しずつ気がゆるみ、第七階層で敵と連戦をしてしまい……。

 

『ヨシムネはケンタウロスに組みつかれ息絶えた』

 

「ぬああ……なんでケンタウロス、あんなに抱きついてくるの……?」

 

 俺の疑問に、ヒスイさんが答える。チュートリアルさんがいなくなって絶好調である。

 

『ケンタウロスはギリシア神話に登場する半人半馬の種族であり、古代ギリシアの格闘技といえばパンクラチオンです。武器を持たないケンタウロスの攻撃方法が、組み技を多用するパンクラチオンでも納得できますね』

 

「できねぇー……」

 

 それから死ぬこと数回。俺は、とうとう第十階層に辿り着いた。

 

「アシッドスライムはいないよな……?」

 

 第九階層で鎧を錆びさせてきた厄介者を警戒しながら、俺は進む。そして、とうとう鍵の祭壇を見つけた。

 

「よっしゃー!」

 

『まだ折り返し』『油断は死ぞ』『敵に負けなくても餓死が君を待っている』『自分の運のなさを恨みなぁ』

 

「最後のコメント、なんで死ぬこと確定で言っているんだよ! よし、鍵ゲット。帰る帰る」

 

 俺は極力無駄な移動はせず、最上階まで向かった。一度モンスターハウスを引いてヒヤッとしたものの、テレポートの巻物を使って逃げることに成功していた。

 そして……。

 

「よし、地上だ!」

 

 豪華な扉を開いて外に出たところ、クワを担いだ男と目が合った。

 

「あ、ああ……」

 

 男がこちらを見て、なにやら口をパクパクとさせている。

 おっ、こいつもならず者か?

 

「ああ……勇者様じゃー! 迷宮から帰還した勇者様が出たぞー!」

 

 そう言って、男はどこかに去っていった。

 うーん、ここは……村の中? 周囲には、石造りの家屋がぽつぽつと建っているのが見える。

 そして、その家々から村人達が出てくる。そして、村中から人が集まってきた。

 

「『天命の鍵』を持ち帰った勇者様とお見受けします」

 

 村人の中から、特に立派な服を着た老人が前に出てきて俺に向けてそう言った。

 

「ああ、そうだが」

 

「おお、それはそれは。この迷宮から帰還者が出たのは、実に三十年ぶりのこととなります」

 

 十階層もあるのに挑む人いるんだ……。まあ、コレクターズアイテムとして、鍵が高く売れるらしいからな。

 

「迷宮から帰還した勇者様が出た場合、我々の村では勇者様をお招きして宴を開くこととしております。今夜の宿も必要でしょう。宴の席で、我々に勇者様の冒険譚をお話ししてくださいませんか」

 

 うーん、これは……。

 俺は、心の中で強く念じる。ヒスイさーん、この話、受けていいの?

 

『お好きなようにしてください』

 

 おっけー。せっかくのイベントなので見ていくことにしよう。

 そして場面は切り替わり、宴の席に。村の集会場らしき場所で村人は床に直接座り、俺は座布団のような布の上に座らされている。

 酒杯を渡され、先ほどの老人が乾杯の合図をする。俺も乾杯をして、酒杯を傾けた。

 

『猛毒だ! しかし、ヨシムネには効果がなかった』

 

 そんなメッセージが視界に見えた次の瞬間、俺の身体は勝手に動き、インベントリからグレートソードを出して構え、ぐるりと円を描くように一回転した。

 すると、全方向に剣ビームが飛び、村人達は全員吹き飛んだ。

 さらに、勝手に動く俺の身体は崩壊した集会場を飛び出し、村の建物や畑を次々と破壊していく。やがて、満足したのか、魔法陣を描いて自宅の魔法工房に戻っていった。

 

「まあ、こんな予感はしていたよ。あの村の人達、今の俺より立派な服着ていたし」

 

 転移門にはめこまれた二つ目の鍵を見ながら、俺はそんな感想を述べた。

 

『いいかげん服買えば?』『金貨の使い道、今のところ服しかないでしょ』『買いましょう!』『ファッションチェックのお時間です』

 

 そんな視聴者のコメントを聞き、俺は苦笑して宝箱から金貨を取り出し、外の服飾店へと向かう。

 そしてやってきた服飾店は、辺境の町だというのに品揃えがよすぎて、服選びで配信時間をだいぶ浪費してしまった。

 いや、でも配信者として、見た目には気を使わないとな!

 



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149.最果ての迷宮(ローグライク)<5>

「さて、今日の配信はもう終わりにしてもいい時間だけど、どうせすぐ死ぬなら次の迷宮をちょっと見ておこうか」

 

 ゆるふわファンタジー衣装に身を包んだ俺は、魔法工房に戻ってそんなことを視聴者に向けて言った。

 

『死を受け入れておる……』『メメント・モリの精神だね』『もしかしたら一発でクリアできちゃう?』『チュートリアル迷宮並の難易度ならいけるだろうけど』

 

 さて、できれば、次の迷宮はさほど難しくないといいが。

 ヒスイさんを呼ぼう。

 

「ヒスイさん、次のお勧めをよろしく」

 

『次に提案する迷宮は、『舞踏の迷宮』です。迷宮の番号は『38』。リズムに合わせて行動する、アクション性の高い迷宮です』

 

「おお、アクション系が来たか!」

 

『この迷宮は、ローグライクゲームとリズムゲームを融合させたルールに支配されています。BGMが非常に重要な役割を持っており、曲の一拍ごとにターンが一つ経過していきます』

 

「何それ。ターンの自動経過とか、今までの迷宮と比べてスピーディすぎない?」

 

『そうですね。そして、プレイヤーはBGMのリズムに合わせて行動しないと、動くことができません。プレイヤーがリズムを合わせられずターンが経過すると、モンスターがどんどん行動をしていき、一方的にモンスターから攻撃を受け続けることになります』

 

「じっくり考えてから行動することができないのか……確かに、アクション性が高いと言えるな」

 

 今までクリアした二つの迷宮の知識が、早速、役に立たなくなりそうだぞ。

 

『この『舞踏の迷宮』は、そのリズムゲームルールが適用された迷宮の中で一番簡単な場所です。第五回層に中ボスが、第十階層に大ボスがおり、大ボスを倒すことで鍵を手に入れることができます』

 

 ボスかー。ボスも、これまでの迷宮には存在しなかった概念だな。

 でも、ボスがいた方がダンジョンっぽいよな。いや、迷宮だからラビリンスなのか?

 

「じゃあ、その迷宮にしよう。ダイヤルを『38』に合わせて、と……」

 

 転移門をいじると、プレートに表示されていた迷宮の名前が『舞踏の迷宮』に変わった。

 その名前を注視すると、迷宮の詳しいルールを表示した画面が目の前に開いた。

 

 ヒスイさんの言ったルール以外に、いくつかの特殊ルールがあるようだった。

 

・手に入るアイテムは全て鑑定済み。

・武器、防具、指輪、巻物はそれぞれ一個ずつしか持てない。

・ポーションはHP回復ポーションのみ存在し、一個しか持てない。

・空腹度の概念なし。

・回避率の概念なし。攻撃は必ず命中する。

・レベルの概念なし。HPは12固定。

・BGMが終了すると強制的に下の階に落とされる。ただし、第五階層と第十階層のBGMはループする。

・第十階層のMAPはランダムではなく固定。

 

 なるほどなー。ゲームシステムをシンプルにすることで、難易度の高さを抑えている感じだな。

 

「リズムゲームか……正直、21世紀にいた頃はそこまで得意ではないジャンルだったが……『アイドルスター伝説』でリズム感を養い、ダンスを習得した俺に隙はない!」

 

 俺はそう宣言し、転移門に飛びこんだ。視聴者達がごちゃごちゃと突っ込みを入れてきたが、スルー。

 そして俺は、迷宮の中に降り立った。格好はオシャレファンタジー衣装のままで、武器や防具は装備していない。床のマス目は今までの迷宮より小さいようだ。そして、視界の隅に表示されている階層は……零?

 

『よく来てくれたね、ヨシムネ。『舞踏の迷宮』へ、ようこそ』

 

「この声は、チュートリアルさん! チュートリアルさんじゃないか!」

 

『ここは、『舞踏の迷宮』の特殊なルールに慣れてもらうよう、特別に用意した階層だよ。迷宮の説明文は見てくれたかな? 簡単に言うと、リズムに乗ってステップを踏む迷宮さ。ここでは音楽が全てを支配する。さあ、音楽スタートだ!』

 

 不思議な声がそう告げると、やや遅めのBGMが鳴り響いた。そして、視界の隅にハートマークが表示され、BGMに合わせて脈動し始める。

 

『そのハートが大きくなったときに合わせて、隣のマスに移動してみるんだ。さあ、やってみてごらん』

 

 俺はリズムに合わせ、ステップを踏む。どうやらシステムアシストが効いているようで、動こうと思ったところでちゃんと隣のマスに飛び跳ねてくれる。

 

「よっ、ほっ、よし、いい、感じ、じゃない、かな!」

 

『よくできました。それじゃあ、モンスターとの戦闘を行なってみよう』

 

 俺はチュートリアルさんに導かれるまま、剣を拾い、鎧を拾う。すると、瞬時にそれらが装着される。

 そして、リズムに合わせてカカシを剣で斬り倒すと、カカシは下り階段へと変化した。

 

『私の出番はここまで。それじゃあ、頑張ってね』

 

 サンキュー、チュートリアルさん!

 

『ステップ踏むヨシちゃん可愛いな』『正直鎧は装備しないでほしかった』『いや、この服の上に胸鎧というのが可愛くない?』『ひらひらのドレスアーマーはありませんか!?』『男女共通主人公だから諦めろ』

 

 すまないな、視聴者達。一緒に選んだ服装はしばらく鎧の下だ。

 そうして、俺はリズムに合わせて階段を降りていった。

 

 第一階層。リズムが先ほどよりも速くなり、モンスターが襲ってくるようになった。

 あと、リズムを刻んでステップで移動するというルールだからか、『入門者の迷宮』や『天命の迷宮』と比べて、部屋と部屋をつなげる通路がとても短いと感じた。

 

 そして、第二階層……。

 

「え、ちょ、敵、多い、あっ、リズムが、リズムが、ズレる、死ぬ、死ぬ!」

 

 俺は途中でリズムが取れなくなって、三匹のスライム系モンスターにタコ殴りされて死んだ。

 魔法工房に戻されて、呆然と立ち尽くす俺。

 

『アイドルのダンスがなんだって?』『リズム取れてないじゃん』『運の悪さじゃなくて、純粋にゲームの腕の悪さで死んだな……』『期待していた死に方と違う』

 

 視聴者のコメントが心に突き刺さる。

 そんな、そんな……。

 

「俺の『アイドルスター伝説』での経験はいったい……」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんの声が虚空から届く。

 

『ヨシムネ様がクリアした『アイドルスター伝説』の歌姫ルートはダンスをさほど練習しないルートですので、ヨシムネ様にダンスの技術が身についているとはとても……』

 

「マ、マジか……」

 

 まさかの現実に打ちのめされ、その日の配信は俺の心に大きなダメージを刻んで終わった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 次の日。

 ライブ配信を始めると共に、『最果ての迷宮』を起動する。そして、俺は転移門の前で視聴者達に言った。

 

「この配信開始までの空き時間で、時間加速機能を使って『アイドルスター伝説』の〝受け継がれるアイドルグループ〟ルートをクリアしてきたぞ! これでリズム感もダンスもバッチリだ!」

 

『マジかよ』『ヨシちゃん本気だな』『つまり完璧なプレイが見られるってことだな!』『期待が高まりますね!』

 

 そうして開始した『舞踏の迷宮』。

 今度は順調に進んでいき、第五階層に到達する。中ボスは、2マス×2マスの床を占有する小さなドラゴンだ。

 正面に対し火を吐いてくるドラゴンをなんとか倒し、俺は次の階層への階段を探そうする。しかし、ここでモンスターハウスを引いた。

 階段は、そのモンスターハウスの中にある。俺は果敢(かかん)に挑むが……。

 

『死んだな』『ああ』『やっぱり死に方はこうでなくちゃ!』『今日も元気に死んでおります』

 

「がああ、リズムは完璧なのに!」

 

 視聴者のコメントを聞きながら、俺は魔法工房の床に()いつくばった。

 

『ローグライクである以上、運も必要ですから……』

 

 そんなヒスイさんの無慈悲なコメントも響いてきた。

 

「しゃーなし。試行錯誤あるのみだ」

 

 そうして何度も挑み続け、何度も死に、少しずつ到達階層を更新し、やがて俺は第十階層に辿り着いた。

 

「大ボスはどんなのかなーって、大部屋!?」

 

 広い部屋にゾンビの群れが待ち構えていた。ゾンビは横一列に整列しており、列の中央には巨大なゾンビがいた。

 大ボスらしき巨大ゾンビは赤いパンツと赤いジャケットを着て、怪しげなポーズで立っている。

 それを確認すると同時に、BGMが流れ始める。

 

「……って、この曲、『Thriller』じゃねえか!」

 

 そりゃあ、ゾンビの群れも出るよ!

 と、いけない、もうゾンビ達が動き始めている。俺は、リズムに合わせて行動を開始した。

 

『『Thriller』?』『ヨシちゃん説明!』『今は無理じゃね?』『じゃあヒスイさん解説頼むー!』

 

『はい。『Thriller』は西暦1982年に発表された楽曲で、当時の地球各国で大ヒットを飛ばしました。そのミュージックビデオはゾンビが群れとなってダンスを踊るという内容で、そちらも当時話題となりました。『Rogue』の発表が1980年ですから、ほぼ同じ年代に有名となったという共通点を見いだすことができます』

 

「あっ、あっ、死ぬっ、死ぬっ」

 

『ありがとうヒスイさん!』『それよりも背後でヨシちゃんが死にそうになっているんだけど』『カメラワーク面白いな。踊るゾンビの群れ全体を映している』『ヨシちゃんからは一人称視点で見えているだろうから、MAPの確認を(おこた)ると囲まれていて辛いだろうな』

 

「ぬあー!」

 

 そうして俺は敗北し、魔法工房に戻されていた。

 ああー、どうしろっていうんだ、あんなの。

 俺はその場に寝転がって、気持ちの整理をつけることにした。

 

『どうしたヨシちゃん』『気力が尽きたか!?』『ヨシちゃんがんばれー!』『行けるって。まだ行けるって』『うおー! ヨシヨシヨシヨシ!』

 

 視聴者のはげましの声が聞こえる。いや、別に諦めたわけじゃないよ?

 

「最後は運が介在しない固定ステージなのに、こうも一方的に負けたのが辛い。なんだか『-TOUMA-』のミズチ戦を思い出す」

 

『ミズチから逃げるな』『ミズチから逃げるな』『ミズチから逃げるな!』『このフレーズも懐かしいな……』

 

 逃げる? 俺が逃げるだと? 時間加速機能も使っていない中、たった一回の敗北で?

 そんなの俺の想像するゲーム配信者の姿じゃないぞ!

 

「よーし! もう一回やるぞー!」

 

『復活した!』『もう一回死にましょう!』『どんどん死んで、どんどん経験を蓄積するんだ!』『うおー! ヨシヨシヨシヨシ!』

 

 俺は気合いを入れ直し、迷宮に再び挑んだ。

 そして、何度目の挑戦か数えるのが億劫(おっくう)になってきたころ……。

 

「おっしゃー! 勝ったぞー!」

 

 巨大ゾンビを倒し、俺は『舞踏の鍵』を手にした。

 視聴者達が、次々と称賛のコメントを投げかけてくる。『Thriller』から別の曲に変わり変調したリズムに合わせて、俺はその場でステップを踏みながら、そのコメントをゆっくりと聞いた。

 

「さて、ここから地上まで登らないといけないわけだが……」

 

『そこはご安心ください。出現した階段は、地上までの直通階段です』

 

 そんなヒスイさんの言葉が届く。

 

「マジでー」

 

『大ボスを倒した後、雑魚をなぎ払って十階層分も登っていくのは、せっかくの気分が盛り下がりますからね。大ボスのいる迷宮の多くに採用されている、隠しルールです』

 

「隠しルールってことは、ボスを倒すまで適用されているか判らないってことか。まあ、その方が緊張感はあるかな?」

 

 一応の納得をしたところで、階段を登っていく。そして、第零階層に到着し、迷宮の出口の扉を開く。

 すると外には、中世風の都会の風景が広がっていた。扉の両脇には、衛兵が槍を持って立っている。

 

「!? この人、迷宮の扉から出てきたぞ!」

 

「……まさか、踏破したっていうのか!」

 

「領主様に知らせろ! 英雄の帰還だぞー!」

 

 おお、今度はまともそうな感じの衛兵が発見してくれたぞ。でも、領主様というワードと、遠くからこちらをにらむ怪しい風体の男がいるので、不穏なものを感じるんだよな。

 

「視聴者のみんな、この後の展開見たい?」

 

『うーん』『もう二回も見たからいいかな』『ちょっとだけ見たい』『都会を蹂躙する光景、見たい!』

 

「じゃ、見るかー」

 

 その後、予想通り領主が衛兵を俺に差し向けて鍵を奪おうとしてきたので、魔法戦士ビームが炸裂して領主の館は跡形もなく破壊された。

 無関係な都市の方には被害を一切出さなかったので、俺の外の人にはちゃんと理性があったようだ。

 

 転移の魔法陣で魔法工房に帰る頃には、ライブ配信開始から二時間半が過ぎていた。区切りがいいので今日の配信はここまでとする。

 五日間やると決めたローグライク配信の二日目は、こうして勝利で終わるのであった。

 



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150.最果ての迷宮(ローグライク)<6>

『最果ての迷宮』配信三日目。

 ゲームを起動した俺は、昨日持ち帰った金貨で新しい服を選んでいた。

 

「えっ、攻めすぎじゃない?」

 

『これくらい普通、普通』『この服装でビールとか運んでほしい』『ソーセージも!』『この衣装だとそれは定番ですよね!』

 

 視聴者達が選んだのは、ドイツの民族衣装ディアンドルだ。オクトーバーフェストで給仕の女性が着ている服だな。

 巨乳だと強烈なインパクトがある服だが、俺はミドリシリーズのデフォルトサイズなので普乳である。

 

 それを理由に断ろうとするが、結局押し切られて俺はディアンドルを着ることになった。

 

 そして、衣装を一新した俺は、自宅の魔法工房に戻り、次の迷宮をヒスイさんに教えてもらうことにした。

 

『次に紹介するのは、『世界の迷宮』です。迷宮の番号は『72』。この迷宮は、第一階層しか存在しない固定MAPのオープンワールドエリアです』

 

「MAP固定……? ランダム生成じゃないってこと?」

 

『はい。通常のRPGやアクションゲームと同じく、内容が一切変動しない固定MAPです。攻略情報がそろっていれば、簡単に踏破が可能でしょう』

 

「はー、そんなのもローグライクにはあるんだ」

 

『ターン制での行動は『Rogue』を踏襲していますからね』

 

 オープンワールドということは、MAP上をどこまで移動しても画面が切り替わらないわけだ。それにローグライクの要素を足すと……。

 

「一度敵対したモンスターが、どこまで逃げても追いかけてくるってこと?」

 

『そうなりますね』

 

「はー、やっかいな……」

 

 そう言いながら、俺は転移門のダイヤルを『72』に合わせた。

 ルール説明画面で、ヒスイさんの説明になかった内容は以下の通りだ。

 

・死亡しても、一度MAPに記録された情報は消失しない。

・手に入るアイテムは全て鑑定済み。

・エリア上には、ほこらが点在し、中に入ると強力なアイテムが手に入る。

・食料は落ちていない。果樹から果物を採取し食べるか、モンスターを討伐した際にまれに落とす生肉を食べることとなる。

・魔族の商人がアイテムを販売している。アイテムの対価は金貨である。

・金貨は落ちていない。宝箱に入っていたり、モンスターがまれに落としたりする。

・道を開くスイッチや、鍵で開く扉、ツルハシで壊れるもろい壁など、多数のギミックが存在する。

・ボス以外のモンスターは、ターン経過で復活する。全てのモンスターは、プレイヤーが迷宮を出た時点で復活する。

 

「なんか、アクションRPGの説明書きでも見ている気分だ」

 

『ローグライクさんの懐は広いから』『アクションゲームさん並に懐広い』『新鮮さをプレイヤーに提供しようとすると、ゲームは自然と複数のジャンルを兼ねるようになっていくもんだ』『ゼロから新しい要素を生み出すのって難しいから、組み合わせる的な?』

 

 ゲーム制作については詳しくないから、ノーコメントで。

 さて、聞きたいことは聞けたので、俺は転移門の中に飛びこみ、『世界の迷宮』に向かった。

 

 転移先は、石造りの部屋の中だった。背後には、迷宮の出入り口らしき豪華な扉が存在する。開けようとしてみたが、開かない。おそらく『世界の鍵』を入手しないと開かないのだろう。

 

 部屋の中央には祭壇があり、その祭壇の上には鞘に入った一振りの剣が置かれていた。

 俺はその剣を手に取ると、鞘から抜く。長すぎず短すぎず、いい感じの剣だ。剣の名前は……デュランダル。確か、刃がものすごく頑丈という逸話を持つ、伝説の聖剣か何かの名前だったかな。鞘は剣帯と共に腰へと自動で装着された。

 

 鎧の類は見当たらないので、俺は背後の扉とは別の部屋の出口に向かった。どうやら外、というかフィールドエリアとつながっているらしい。

 部屋の外に出ると、草原が広がっており、空の上には太陽が存在していた。後ろを振り返ると、『デュランダルのほこら』という文字が、俺が出てきた出口付近に表示されていた。どうやらあそこは、ほこらであったようだ。

 俺は聖剣を右手に握ったまま、マス目に区切られた草原を進む。

 

「はー、迷宮とはなんだったのか。いや、『ラビリンス 魔王の迷宮』って映画に出てくる迷宮は、普通に空とかあった気もするけど」

 

『まあRPGのダンジョンでも、たまにこういうのありますし?』『君が迷宮と思えばそれが迷宮だよ』『このゲーム100も迷宮あるから本気で言った者勝ちになっていそう』『私達は迷宮のことを何も解っちゃいない……』

 

 そんなやりとりを視聴者と交わしながら、こちらに向かってきたウサギ系モンスターを倒す。

 モンスターの姿が消え去ると、生肉がドロップした。

 

 生肉を取得すると、手の中の生肉がインベントリに消えていく。

 

「ところでヒスイさん、肉を焼くための器具なんかは……」

 

『ありません。生で食べましょう』

 

「生肉食かぁ……馬刺しは食べたことあるけど、やっぱり生肉のまま食べるのは抵抗あるな」

 

『寿司食べるのに?』『他にもあれ食べるんでしょう? 生魚の切り身』『刺身な』『美味しいよね、刺身』

 

 うーん、鮮魚の刺身と生肉刺しはまた違うんだよな。

 理由、理由は……。

 

「ほら、豚肉って火を通さないと食中毒になるっていうから、生肉食は危ないって頭に刷りこまれているんだよ」

 

『21世紀人にも、そういう何かが危ないって条件反射が存在しているんだな』『刃物も火も怖がらないのに、生肉なんて怖がるのかぁ』『ジェネレーションギャップやね』『600年のジェネレーションギャップすげえな』

 

 あー、確かにこの時代の人達が、刃物とか火とか流れる水に恐怖感じている様子を内心面白く思っていたけど、俺にだってそういう要素がちゃんとあるのか。気づけてよかった。

 そんなことを考えていると、ヒスイさんからも言葉が届く。

 

『オーガニックの豚肉を生で食べると危険な理由は、食中毒を引き起こす菌だけではなく、有鉤条虫(ゆうこうじょうちゅう)などの寄生虫も存在するからですね。なお、培養豚肉はどちらの危険性もないため、生食が可能です』

 

「なるほどなー。普通の二級市民はオーガニックな肉を普段食べないから、生食を危険と思っていないのか」

 

『それと、自動調理器の発展による成果もありますね。……視聴者の皆様、ヨシムネ様の真似をして現実世界で料理する時は、くれぐれも食品衛生に注意を払うようにしてくださいませ。血中ナノマシンの治療効果にも、限界は存在します』

 

 そんな会話を繰り広げながら探索すること十分ほど。森の中に突入したところ、うっかりモンスターに囲まれ、魔法工房に死に戻りした。

 

「死んだか……でも、あそこまで行ったMAPは残っているんだ。少しずつ攻略していくぞ!」

 

 そう気合いを入れてから二時間後……ダンジョンらしき場所を見つけたり、湖を船で渡って重要そうな鍵を見つけたり、中ボスらしき敵を倒したら単に強い武器を守っているだけだったり、遠くに転移する魔法陣の位置を特定したりと、いろいろな体験をした。ここまで埋まったエリアMAPは全体の四分の一ほど。

 

「これは……長い戦いになりそうだ」

 

『今日では終わらん感じ?』『だろうねぇ』『明日で終わればいいね』『今日入れて残り三日ですか』『あまりローグライクを見ている気分にはならないけど、探索アクションとしてこれはこれであり』

 

「プレイしているこっちの気分としては、常に新しい場所に向かっているから、かなりローグライクの気分だぞ……。いや、ローグライクを語れるほどローグライクには詳しくないが」

 

 何度も死亡を繰り返すうち、俺が使いやすいと思った武器を拾える場所を覚えたりしたので、そういう点では運要素やランダム要素は薄くなっているかもしれない。

 

 その後も俺はプレイを続け、ライブ配信が四時間経過したところで今日の配信を切り上げることにした。

 

「待っていろよ、『世界の鍵』! 明日こそ手に入れてやる!」

 

 ちなみにウサギモンスターの生肉は、味がついていて美味しかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 そして明くる日、俺は二時間ほどのプレイの後に、『世界の迷宮』の大ボスと対面していた。

 大ボスの正体は、複数の翼が生えた超巨大な天使っぽい敵。名前はメタトロンだ。翼は生えているものの、移動はせず身体の向きを頻繁に変えて弱点らしき場所を狙いにくくさせてくる。さらに、様々な攻撃方法でこちらを翻弄(ほんろう)してきた。

 その中には、床のマスに罠的な魔法を仕掛ける攻撃もあり、その魔法に対処するため、今まで集めたアイテムを駆使することが求められた。

 

 そして、奮闘虚しく、というか相手のHPも表示されていたのだが半分も削れないうちに、俺は負けた。

 

 魔法工房にて、俺は叫ぶ。

 

「ちくしょー! ああもう! メタトロン用に使えそうなアイテムを集めてから、再挑戦だ!」

 

 再度の挑戦で、俺は無事メタトロンを倒すことに成功した。

『世界の鍵』を手に入れ、俺はエリア入口に繋がる転移魔法陣的な何かが出現するのを待つ。

 だが、待てども一向に魔法陣は現れない。ターンを経過させても現れない。

 

「……もしかして、徒歩で帰れと」

 

『そうなりますね。頑張ってください』

 

 ヒスイさんの無慈悲な言葉が俺を襲った。

 

「うがー、もうHP回復ポーションの在庫ないぞ! 自然回復駆使して、駆け抜けろってことかよ!」

 

 この迷宮では、アイテムが固定位置で拾えるため、複数拾ってストックしておけるHP回復ポーションが、攻略を円滑に進める上でかなり重要なポシションを占めていた。

 この大ボスのいる山頂に来るまでには、モンスターの群れを何度か相手にしなくてはならないので、HP回復ポーションの使用は必須と言えた。

 

「大丈夫だ、遠距離攻撃を主体にすれば、いける、いける……」

 

 いけなかった。

 

『死んだー!』『盛り上がってまいりました』『ヨシちゃんの運命やいかに!』『で、配信始めてから四時間過ぎたけど、本当にどうするの?』

 

「これからが本当の地獄だ……。お前達には最後まで付き合ってもらうぞ……」

 

 それからメタトロンを倒すこと二度。俺はようやく、『世界の鍵』を迷宮の外へと持ち帰ることに成功した。勝因は、各地に点在する魔族の商人からHP回復ポーションを買い占めることだった。

 

 ちなみに迷宮の外は山岳地帯のドラゴンの巣で、人は特に誰も待ち構えてはいなかった。

 ドラゴンは卵を守っており、こちらを威嚇してくるが、俺はスルーして魔法工房へと戻った。剣ビームが見られなくて残念という声が、視聴者から漏れた。

 

「はい、終わり。今日はこれで終わりー。配信開始から五時間も経っているじゃないか! みんなもよく付き合ってくれたな!」

 

『地獄に落ちるときは一緒だよ』『死を煽った以上、最後まで付き合わないと』『正直やらなくちゃいけないことほったらかしだけど、後悔していない』『感動をありがとう、ヨシちゃん』

 

 うん、なんだかいいシーンっぽいけど、ゲームクリアとかしたわけじゃなくて、数ある迷宮のうちの一つをこなしただけだからな。

 俺はゲームを終了してSCホームに戻り、五時間ぶりにヒスイさんと対面する。

 

「ヒスイさんも、ずっと解説ありがとう」

 

「助手ですから」

 

 解説はしてくれても、ヒントは出してくれないんだよなぁ。

 もう少し柔軟な対応にならないかと思いながら、俺は今日の配信を終えた。

 

 そして、SCホームでヒスイさんと、今日の配信の振り返りをする。

 

「ヨシムネ様。失敗を重ねて少しずつ成長し、成功をつかみとる姿、とても美しかったですよ。ですので、残る一日はボーナスタイムです」

 

「……ボーナスタイム?」

 

 俺は、ヒスイさんが突然言い出した意外なワードに、思わずオウム返しをしてしまう。

 

「はい。明日紹介する迷宮は、アクション性の高い、メトロイドヴァニア迷宮です」

 

 ……ローグライクって、そういうのもありなのかよ!

 



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151.最果ての迷宮(ローグライク)<7>

 メトロイドヴァニアとは?

 探索型の横スクロールアクションゲームのゲームジャンル名である。

 

 そのジャンル名の語源は、『メトロイド』というゲームと『Castle(キャッスル)vania(ヴァニア)』(原題は『悪魔城ドラキュラ』)というゲームから来ている。その二つのゲームは特徴に共通点が多かったため、ゲームタイトルを組み合わせてメトロイドヴァニアという言葉が生まれたわけだな。

 ちなみに俺は『悪魔城ドラキュラ』というタイトルに馴染みがあるので、英語版タイトルである『Castlevania』と言われても、いまいちピンとこない。

 

 それはさておいて、メトロイドヴァニアの最大の特徴として、サイドビューであることが挙げられる。

 サイドビュー。つまり、キャラクターを横からみた視点ってことだ。そして、そのサイドビューの状態で、上下左右にMAPを移動していく。サイドビューであるので、グラフィックが3Dであっても、上下左右つまりX軸とY軸の二次元的な動きしかできない。Z軸を足した三次元的な動きはできないのだ。

 

 他にメトロイドヴァニアの特徴として挙げられるのは、ジャンプだろうか。左右だけの動きではなく、上下方向への移動も含むのは、このジャンプの存在があるからだ。ジャンプで段差を登り、それぞれ違うルートを探索していくのである。

 そう、探索。複雑に分岐するMAPを探索していくのが、メトロイドヴァニアの楽しみの一つでもあるのだ。

 

 と、そんな説明を視聴者に向けてやってみた、ライブ配信五日目。

 視聴者からは『ローグライクはどうなったのか?』と抽出コメントが届くが、安心してほしい。今日も『最果ての迷宮』をプレイしていくぞ。

 

 というわけで、嫌というほど見た魔法工房に出現だ。服装は昨日のディアンドル姿のまま。

 

「じゃあ、ヒスイさん。今日やる迷宮の説明をお願い」

 

『はい。迷宮番号『50』。『悪魔城の迷宮』です』

 

 俺はそれを聞いて、早速『50』に転移門のダイヤルを合わせる。

 その間にも、ヒスイさんは説明を続ける。

 

『いわゆる、メトロイドヴァニアゲームに似たルールに支配された迷宮です。ターン制は撤廃され時間は常に流れ続け、行動にはシステムアシストが適用されており、アクション性が非常に高いヨシムネ様向けの迷宮となっています』

 

 俺は転移門のパネルに表示された迷宮の名前をじっと見つめた。メトロイドヴァニアで悪魔城って、そのまんまやんけ……。

 

『この迷宮のローグライク要素は、ランダム生成されるMAPです。悪魔城の中を探索し、最奥にいる悪魔王を倒し『悪魔城の鍵』を入手してください』

 

 あ、そこは吸血鬼じゃなくて悪魔王なのね。

 まあ、別にいいか。俺は詳細なルールを確認すると、転移門の中に飛び込んだ。

 

 そして、俺はうっそうとした森の中にいた。

 森の中には真っ直ぐと道が続いており、その道は2メートル×2メートルのマス目が存在した。マス目は前方向にしか伸びておらず、横方向には一切伸びていない。

 俺は試しに、横方向に移動してマス目から出ようとしたが、見えない壁にぶつかって移動はできなかった。

 

 いつの間にか手にしていた剣でその見えない壁を叩こうとするが、壁がなかったかのように剣が素通りした。

 

「なるほど、Z軸の移動は許さないが、剣を振るったときに見えない壁が邪魔になることはない、と。この方法で、旧来的なサイドビューの横スクロールアクションを表現しているわけだな」

 

『ソウルコネクトでのメトロイドヴァニアの一般的な光景だね』『メトロイドヴァニアは、人形操作型でしかプレイしたことないなぁ』『ターン制じゃないってことは、マス目はただの道を示すだけの目印かな?』『その幅があれば十分横方向の回避ができそうだな』

 

 人形操作型というのは、21世紀のころのゲームみたいに、コントローラー等で外部からキャラクターを動かす第三者視点のゲーム形式のことだな。

 

 さて、まだ試すことはある。俺は前方に向けて、アシスト動作で剣を振るった。

 すると、綺麗なエフェクトと共に、刃から前方1マス分ほどの衝撃波が飛んだ。どうやら、攻撃のリーチは長いようだ。

 ジャンプを試してみると、3メートルほどの高さまで跳んだ。このジャンプ力なら、敵を飛び越える定番のアクションも可能だろう。

 

 その後、俺はいくつかのアシスト動作を試し、操作の確認を終えた。

 おっと、最後にもう一つ試すことがあったんだ。

 

「ヒスイさん、ちょっと20マス分走るから、タイム計測してみて」

 

『了解しました』

 

 ヒスイさんの返答を聞いた俺は、前方に向けてダッシュした。

 20マス進んだところで止まる。

 

「じゃあ次、20マス分戻るから、そちらのタイムも計測で」

 

 そして俺は、前方ステップとスライディング、しゃがみ状態からの前方小ジャンプ、そしてまた前方ステップというアシスト動作のループで20マス分を駆け抜けた。

 

『えええ……』『何その動き』『キモい』『RTA勢の変態かよ!』『どうしちゃったの、ヨシちゃん』

 

「いや、メトロイドヴァニアといえば、複数のアクションを組み合わせた高速移動が定番でな……それこそ21世紀のRTAでは多用されていたな。ヒスイさん、どっちが速かった?」

 

『後者の方が速かったですね』

 

「おおー、RTAに使えそうな移動方法見つけたぞ! まあ、とっさの回避行動とか取れなくなりそうだから今回は使わないが……」

 

 俺がそう言うと、視聴者達から一斉に『使わないのかよ!』という突っ込みが返ってくる。いや、この移動方法をしながら敵を避けて駆け抜けるとか、俺には絶対無理だし……。

 

 さて、気を取り直して迷宮を攻略していこう。

 森の中を抜けると、巨大な城が前方に見えてきた。西洋風の苔むした城が、夜空に浮かぶ月の光に妖しく照らされている。

 

 城に近づくと、前方の地面が急に盛り上がる。ゾンビの出現だ!

 俺は剣でそれらを倒していく。ゾンビは一撃で倒せるようで、攻撃を受けて(ちり)となって消えていった。

 

 やがて、城門へと辿り着くと、城門は俺を歓迎するようにゆっくりと開いていく。

 俺はその城という名の迷宮に向けて、剣を構えながら進んでいくのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 城の中はとても広かった。いくつものルートに分岐し、どう進むか頭を悩ませてくる。

 さらには、残存HPが表示される中ボスも、専用BGMと共に多数待ち構えていた。そして、その中ボスを倒すと、オーブというアイテムを入手することができた。ヒスイさん曰く、このオーブをそろえないと最奥である謁見の間に続く扉が開かないらしい。結局MAPは、しらみつぶしに探すことになりそうだ。

 

 なお、ここまで一度も死んでいない。アシスト動作での回避行動が可能なら、俺はそうそう負けないのだ。

 

「しかし、この迷宮はアクション性が高いが、他の迷宮にはパズルゲーム的要素がある場所もあったりするんだろうな……100ある迷宮を全部クリアするには、あらゆるジャンルのゲームに精通している必要性がありそうだ」

 

『その通りです。ですから、今回ヨシムネ様にはこのゲームの完全クリアは、目指してもらわないことにしました』

 

 俺の独り言に、ヒスイさんがそう答えてきた。

 

「ヒスイさんは、このゲーム完全クリアしたわけ?」

 

『はい。配信に使うゲームは、『-TOUMA-』での失敗以降、『Stella』以外の全ての作品で、エンディングを見るまでプレイしてあります』

 

「うわー、頭が下がる思いだわ……」

 

『さすがヒスイさんです!』『よくやるわぁ』『今の商用ゲームにバグがほとんどないのも、こうしてAIが根気よくテストプレイを繰り返しているからなんだぞ』『ああ、それは昔聞いたことあるわ』『ソウルコネクトゲームでバグとか、ちょっと体験したくないね』

 

 21世紀の3Dゲームでたまにあった、地面をすり抜けて虚空に落下するバグ、VRで遭遇したら絶対に絶叫する自信があるぞ。

 

 と、そんな会話を交えながら、探索すること一時間半ほど。俺はとうとう全てのオーブを集めきった。

 本当ならこの迷宮では、死亡しても失われない『ルーン』という魔法を活用して、死に戻りを繰り返しながら探索時間を徐々に縮めていく攻略法を取るようだ。だが、俺はここまで一度も死んでいない。そのため、「スーファミ時代のアクションゲームにあったら、ちょうどいい長さのステージだな……」などと感想が思い浮かぶくらいの順調さで、ここまで来られた。

 

 残るはラスボス戦だ。俺は気合いを入れ、オーブを使って謁見の間へと続く扉を開けた。

 扉の向こうに広がっていたのは、広い空間だ。そして、一番奥にある玉座には、口ひげを生やした貴族風の男が足を組んで座っている。

 俺が近づくと、男は立ち上がり、玉座に立てかけられていた剣を握り、俺と対峙した。

 

 ふむ。人型サイズの敵相手なら、そう簡単には負けないぞ。

 派手なエフェクトの飛び交う戦いが繰り広げられ……それほど苦労することなく敵のHPを削りきった。

 すると、男はその場に膝をつく。そして、男の身体がどんどんと変化していき、巨大化もする。

 やがて現れたのは、いかにもRPGの魔王をやっていますよといった感じの巨大な悪魔だ。

 

 俺は剣と『ルーン』とアイテムを駆使し、その悪魔と対決する。

 そして……。

 

「よし、ノーデスクリアだ!」

 

『おおー』『さすが得意分野では強い!』『今日は死にざまを見られなかったか』『まあ昨日までは辛かっただろうから、ヨシちゃんにもご褒美は必要だよ』

 

 悪魔に次の形態はなかったらしく、鍵を残して崩れ去った。俺は、宙に輝きながら浮いている鍵を回収する。『悪魔王の鍵』、入手完了だ。

 と、感慨にふけっていると、急に地面がゆれ始めた。

 謁見の間の壁が崩れていき、天井から石材が落ちてくる。どうやら、城が崩壊し始めているらしい。

 すると、俺の身体は自動的に謁見の間の入口に向けて走り出し、ゆっくりと視界が暗くなっていった。

 

 数秒後、視界が明けると、俺はいつのまにか城の外に脱出していた。空の向こうからは朝日が昇り始めており、遠くには城が見えている。やがて、城は大きな音を立てて崩れ去った。うーん、様式美。

 

「長く苦しい戦いだった……」

 

 身体に自由が戻ってくると、目の前に豪華な扉が出現した。迷宮からの出口のようだ。

 その扉をくぐると、俺はどこかの建物の中に出た。扉の前には、鎧を着こんだ兵士がおり……。

 

 どうやらこの迷宮の扉はどこかの王国の王城に存在していたらしく、王と謁見させられ、どんな迷宮だったのか尋ねられた。どうやら『悪魔城の迷宮』から帰還した者はいままで誰もいなかったらしい。

 そして、当然のように王は鍵の買い取りを要求してきて……最終的に王城は崩壊した。城の崩壊、本日二度目である。

 

 魔法工房に戻った俺は、武装を解除して視聴者に向けて言った。

 

「さて、本日の目標は達成したわけだが……まだ配信開始から二時間弱。もう少し配信を続けてもいいな」

 

『おっ、次の迷宮か?』『今度は死ぬ迷宮?』『せっかく有終の美を飾ったのに、死ぬのか』『『運命の迷宮』で何階まで行けるかチャレンジしようぜ!』

 

 おっと、配信を続けるとは言ったが、まだ迷宮探索を続けるとは言っていないぞ。

 

「実は、『悪魔城の迷宮』から持ち帰った金貨が大量にあるんだ。これをどうにか使えないもんかと」

 

『酒場?』『武具店は意味ないよな』『服飾店か……』『ファッションショー再び!』

 

「おう、最高の中世風ファンタジー衣装を目指して、いろいろ買いあさるぞー!」

 

 という感じで、俺のローグライク配信はこうして無事に終わった。

 最終的にはアクションゲームに戻ってきてしまった気がしないでもない。でも、一つのゲームジャンルを詳しく知るきっかけになったこの五日間は、有意義な時間だったと言えるだろう。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『最果ての迷宮』配信から三日後。

 俺は、空間投影画面でローグライクゲームのプレイ動画を検索して眺めていた。

 そんなとき、ふと気になる動画を一つ見つけた。

 

「見て見て、ヒスイさん。『最果ての迷宮』のRTAをやった人がいたみたいだ。できたてのダイジェスト動画版がアップされているぞ」

 

 イノウエさんとたわむれていたヒスイさんを呼んで、空間投影画面を見せた。

 

 どうやらこのRTAは挑戦を昨日したばかりらしく、時間加速機能を使いVR空間上の計150時間でクリアして、リアル時間で10分かかったと動画の説明に書かれている。100ある迷宮をぶっ通しでこなすとか、根性すごいな。

 

「150時間を現実の10分間でこなしたとなると、生身の人間では不可能な時間加速機能の倍率ですね。脳をサイボーグ化した方か、アンドロイドに魂をインストールした方でしょう」

 

 釣り竿型の猫じゃらしでイノウエさんと遊びながら、ヒスイさんがそうコメントを入れてくる。

 ふむ、RTA挑戦者の情報か。そこは確認していなかったな。

 

「名前はヨシノブだって。日系コミュニティ出身の人かな?」

 

「……いえ、ハンドルネームのようです。ヨシムネ様、投稿者コメントの最後をお読みください」

 

「ん? えーと……」

 

 この動画を偉大なる先駆者である、ヨシちゃん&ヒスイさんに捧げます。(私のことはノブちゃんと呼んでください!)

 ……そんなことが書かれていた。なんだこれ。

 

「どうやらこの方は、ヨシムネ様の配信に憧れて今年の八月に配信者を始めたようです。そして、二ヶ月間のスーパープレイ配信で(またた)くままに動画の再生数を伸ばすという実績を残して、先月に配信者として一級市民に認定されています」

 

「何それ!? 俺よりはるか高みにいる配信者じゃね!?」

 

「配信者としての価値は、ゲームの腕だけで決まるものではないですよ」

 

 ヒスイさんが優しくさとすようにそう言った。

 それもそうか。俺も21世紀でよくゲーム実況を見ていたが、プレイのすごさよりも、トークの面白さ優先で探していたな。

 

「そっかー。それにしても、ヨシノブか……。俺と名前が似すぎていて視聴者が混同しそうだな。……あれ? 吉宗(ヨシムネ)慶喜(ヨシノブ)。どっちも徳川将軍の名前じゃん!」

 

「ヨシムネ様にあやかって名づけたようですね。ちなみに、ワカバシリーズのガイノイドにソウルインストールしているそうで、同じニホンタナカインダストリ製のガイノイド使用者という縁で、ヨシムネ様のことを知ったようです」

 

「そうなのか……どこにそんな情報が?」

 

「SNSで本人が語っていますね」

 

「赤裸々ー。しかし、俺にもとうとう後追い(フォロワー)が出るようになったか……」

 

「そのうち徳川将軍が15人そろうのでしょうか?」

 

「そこまでくると、俺の存在が薄れそうだからやめてほしい!」

 

 ちなみにノブちゃんの動画を他にも探したら、『sheep and sleep』のRTA動画なるものが出てきた。えっ、あのゲームにクリアとかの概念あったの?

 



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152.ハロウィン料理を作ろう<1>

「ハッピーハロウィン! 21世紀おじさん少女だよー」

 

 10月30日。今日のライブ配信は、リアルからのお届けだ。

 ハロウィン一日前ということで、俺はマイクロドレッサーでハロウィン風の仮装をして、カメラ役のキューブくんに撮ってもらっている。

 

『わこつ』『ハロウィンかー』『魔女っ子ヨシちゃん可愛い!』『お菓子をよこせー!』

 

 今日の俺の格好は、魔女っぽい黒のローブにとんがり帽子だ。

 一方ヒスイさんは……。

 

「今日の装いは、魔女のヨシムネ様に合わせて、黒猫風衣装にしてみました。助手のヒスイです」

 

『猫耳!』『黒ワンピース猫耳少女!』『ヒスイさん可愛いー』『二人で並ぶとすごくいいな!』

 

 口々に視聴者達がヒスイさんの格好を褒めたたえる。うん、黒髪に黒の猫耳が似合っておりますな。

 

「明日はハロウィンの10月31日だが、MMOをプレイしているみんなは、そろそろゲーム内のハロウィンムードに飽きていないかな?」

 

『解るー』『うちのゲームはそういうのないわ』『確かに10月頭からやってて、長えって感じる』『ヨシちゃんのやっている『Stella』もファルシオン星がハロウィン一色だよね』

 

 うむうむ、季節ネタのネトゲあるあるは、この時代でも同じようだ。

 

「俺が元いた2020年の日本では、ハロウィンは大人がコスプレして騒ぐイベントみたいな扱いになっていたんだが……そこからさらに10年前だと、ハロウィンは日本で全然広まっていなかったんだ。唯一広まっていたのが、ネットゲームの中だった」

 

『季節イベントやるのは、MMO初期からの伝統だったのか』『季節ネタが多すぎて、逆に通常時がどんな光景だったのか思い出せなくなるやつー』『この時期はお菓子アイテムが増えて大満足』『あー、モンスターがお菓子ドロップするとかね』

 

 そのあたりも、全然21世紀と変わってないな!

 

「俺がプレイしたことのある日本製のネトゲだと、イースターイベントまでやっていたな。日本じゃ教会くらいでしか、イースターなんて祝っていなかったのにさ」

 

『イースター?』『何それ?』『キリスト教の復活祭だね』『カラフルな卵を集めるお祭り』『そんなのあったんだ……』

 

 あ、イースターは伝わらないんだ。クリスマスは冬至のお祭りとして残っているって聞いたのに、復活祭は残らなかったかー。

 

「さて、そういうわけで、今日はハロウィン特集! 俺は今、魔女のコスプレをしているわけだが……魔女と言えば、黒猫……」

 

 とまで言って、ヒスイさんの方を見た。

 ヒスイさんは招き猫のポーズで返してくる。可愛い。

 

「もあるが、魔女と言えば鍋で妖しい薬を煮込む! というわけで、今日はハロウィンにちなんで、カボチャ料理を作るぞ!」

 

『うわー、料理回だー!』『よく見たら味覚共有機能オンになっているじゃん!』『石焼き芋が簡単料理だったから、今回も難しい料理は期待できないぞ』『いや、ヨシちゃんならカボチャパイとか作ってくれるって』

 

「俺がパイとか高度な料理を作れると思ったか! 俺は料理素人だぞ! 元農家だから、ちょっとした野菜の使い方を母から教えられているだけだ!」

 

 俺がそう言うと、視聴者達は一気に落胆した。

 いや、パイとかお菓子とか絶対に無理。

 

「俺がカボチャで連想したのは、実家で冬至に食べていた定番料理だ。なので、それを作るぞ。今日の料理は、カボチャのいとこ煮だ!」

 

『聞いたことない!』『知らないなぁ』『あれ、うちの自動調理器それ作れるみたいだ』『自動調理器様は万能だからな』

 

「というわけで、キッチンに移動だ。あ、帽子は危ないので居間に置いていくぞ」

 

 俺はとんがり帽子を頭から外し、居間のテーブルの上に置いた。

 そして、キッチンまで歩いていく。その後ろをヒスイさんとキューブくんが付いてきた。

 キッチンでは、まずエプロンを着る。ローブの上にエプロンとか、いまいち魔女っぽくないな!

 

「いとこ煮は、カボチャの煮物の上に小豆を載せた料理だ。とは言っても、小豆は甘くしない。小豆を甘く煮てしまったら、北海道名物のカボチャのお汁粉になってしまうからな」

 

『まず小豆を知らない』『豆の一種だな』『赤い小さな豆だよ』『ヨシちゃんのニホン国区だと、砂糖と一緒に煮て餡子っていう甘いペーストにする』

 

「説明を取られてしまいました……」

 

 視聴者コメントに小豆の説明を先んじてされたヒスイさんが、肩を落としていた。ここまで、ヒスイさん全然喋れていなかったからなぁ。

 

「俺のいた山形県だと、いとこ煮といえば、カボチャじゃなくて小豆と餅米を煮た郷土料理のことを一般的には言うらしい。でも、うちは、ご近所の農家さんからカボチャを毎年貰っていたから、いとこ煮といえばカボチャだったな。一般的には、いとこ煮じゃなくて冬至カボチャなんて呼ばれているらしいぞ。冬至はハロウィンからすると季節外れだな!」

 

 そんなことを言いながら、俺はナノマシン洗浄機で手を洗う。

 さて、準備は完了だ。料理していこう。

 

「さあ、最初に小豆を煮ていくぞー。煮小豆缶とかを使うと楽なんだが、今回は横着しないで煮るところからだ」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが小豆の入ったボウルを用意し、そこへ水を注ぐ。

 

「まずは小豆を洗うぞ」

 

 ヒスイさんがボウルの中をかき混ぜ、小豆を洗っていく。

 そして、浮いた小豆を丁寧に取り除きながら、ヒスイさんが言う。

 

「ここで水に浮いてきた小豆は、未成熟なので取り除きます」

 

「未来の農耕技術でも未成熟の小豆って出るんだな」

 

「生き物ですから。この時代の農産物は、食品生産工場で促成培養液に浸けて育てられます。ただし、肉のように細胞からの培養はしませんね」

 

「なるほどなー。21世紀の水耕栽培の延長線上にありそうな感じだな」

 

 そんな会話の最中にも、ヒスイさんは数度水を替えて小豆を洗っていった。

 

「小豆洗いって妖怪の存在が、日本では昔から語られていたな。変な妖怪だよな」

 

「『-TOUMA-』でも倒しましたよね」

 

「ああ、序盤の雑魚妖怪だった」

 

「なんの脅威もない妖怪でしたね……」

 

 そう言いながら、ヒスイさんは洗った小豆の水を切り、鍋に入れる。さらに、鍋に水を入れていく。

 それを確認した俺は、次の工程に必要な調理器具を用意する。

 

「これから小豆を煮るわけだが、小豆を煮る時間は、種類によって40分から100分くらいと、とにかく長いらしい。そこでこのアイテムを使うぞ! 火を使わない卓上コンロと、水蒸気回収装置!」

 

 俺は、カセットコンロよりも一回り小さいコンロをキッチンの作業テーブルの上に置いた。

 

『ん? キッチンに最初からあるコンロは使わないの?』『水蒸気回収……?』『初めて見るガジェットだわ』『そもそも料理のこと何も解らんから、初めて見る物ばかりだ』

 

「40分だの100分だの、正直待っていられない! なので、超能力で時間加速をさせたいわけだが……時間加速をさせる範囲はサイコバリアで箱を作って囲む必要がある。だから、カセットコンロとかで火をつけたらサイコバリアで覆った内部の酸素が消費されて、そのうち火が消えてしまうかもしれないって思ったんだ。そこで、今回は火を使わないコンロだ! 水蒸気回収装置は、ヒスイさん説明よろしく」

 

「はい。サイコバリアの箱という密閉空間で水を沸かすと、大量の水蒸気が発生します。そして、その状態でサイコバリアを解除しますと、水蒸気の急速な膨張によって爆発が起きてしまいます。それを防ぐのが、この水蒸気回収装置です。自動調理器にも組み込まれている機械ですね」

 

「自動調理器も時間加速機能を多用するからな」

 

『なるほど、爆発』『MMOで旧式の圧力鍋使っていたら、爆発したことあるわ』『なにそれうける』『どうやったらそんなことが起きるんだ』『料理スキルに頼らず創作料理作ろうと思ったら……』

 

 リアルで起きていたら大事故だったな! 怖い怖い。

 さて、視聴者の相手もいいが、料理をそろそろ進めようか。

 

「まずは渋抜きという作業からだ。これは本格的に煮る前に行なう工程で、文字通り小豆の渋を抜くために行なうそうだ。スイッチオン」

 

 鍋を載せた卓上コンロのスイッチを押すと、コンロに赤いランプが点く。

 

「うーん、見た目はランプしか変化がしないから、正直加熱している感覚がないな。21世紀の実家には導入していなかったけど、IHクッキングヒーターってこんな感じだったんだろうか」

 

 俺がそう言うと、視聴者達が『IHって何?』と聞いてきた。

 あ、あいえいち……。解らん。ヒスイさん解説お願い!

 

「IHとは、『Induction Heating』の略です。電磁誘導を利用した調理器で、調理器内部に仕込まれたコイルに流れる電流によって、鍋やフライパンの金属部分を直接発熱させる仕組みを取っています。その仕組み上、鍋やフライパンの金属素材が限定されてしまうのが難点です」

 

「なるほどなー。土鍋で煮込みうどんとかが作れないってことだな。それなら、うちの実家では導入しなくて正解だったな」

 

 そんな会話をしている間に、鍋が煮える。すると、ヒスイさんがコンロの火力を中火に変え、「あと5分です」と言った。

 

「よし、行くぞ! サイコバリア発動!」

 

 超能力を発動させると、コンロと鍋と水蒸気回収装置は黒い箱におおわれた。

 時間系超能力を使用する場合に展開するサイコバリアは、光すらも通さないので、黒く見えるのだ。

 

「時間加速ー、5分! はい、終わり。サイコバリア解除」

 

 サイコバリアを解除すると、鍋の中のお湯は薄紅色に染まっていた。小豆の色が出たのだ。

 

『なんか赤くね?』『これが渋か?』『いや、色は単なる煮汁じゃないの』『そんなに美味しそうに見えない』

 

 そんな視聴者の言葉をよそに、ヒスイさんは小豆をザルにあけて、水で軽く洗い、水を切った。

 鍋もさっと水で洗い、鍋の中に再び小豆を入れ、水を注いでいく。うーん、俺よりはるかに手慣れた感じ。

 そして、卓上コンロの上に鍋を置き、スイッチを入れて強火に火力を調整しながら、ヒスイさんが言う。

 

「沸騰したら、弱火にしてそこから20分間隔で時間加速をしていきましょう」

 

「いきなり40分じゃダメなのか?」

 

「減った水を足す、『差し水』という作業を途中で入れたいので、20分間隔でお願いします」

 

「了解」

 

 そうするうちに鍋が煮えてきたので、ヒスイさんはコンロの火力を弱火に変える。

 そして、俺の方を見てきた。了解!

 

「サイコバリアー! うーん、人類最高峰の超能力強度を持ちながら、やることが料理とは、なんともはや」

 

『戦争しているんじゃないんだから、超能力なんて全部平和利用だ』『時間系能力は、料理や食品保存が正しい使い方だよ』『格好いい超能力バトルは、ゲームの中だけにしておきなさい』『そもそも家の外じゃ、アンチサイキックフィールドが展開していて、超能力自体使えないしな』

 

 そういうもんかー。

 

 そうして、数度超能力を解除して小豆の煮え具合を確認し、80分煮たところでヒスイさんのOKが出た。

 

「煮小豆の完成だー! いやー、自分で小豆を煮たの、これが初めてだぞ。ほとんどヒスイさんが作業していたけど!」

 

「簡単な作業でしたから、どちらがやっても結果に変わりはなかったでしょうね」

 

 鍋からザルにふっくらとした煮小豆をあけながら、ヒスイさんが言う。いやいや、ちょうどいい煮え具合とか、俺には判断できないよ。

 俺はヒスイさんに感謝をしつつ、次の工程に意識を向けた。

 さあ、いよいよカボチャを調理していくぞ!

 



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153.ハロウィン料理を作ろう<2>

 カボチャを作業テーブルに用意しようとしたところで、ヒスイさんから俺の内蔵端末にショートメッセージが届いた。

 なになに……。

 

『ハマコ様が部屋の前までいらしています。用事があるらしく、配信が終わるまで部屋の前で待っているそうです』

 

 うわ、タイミング悪いなー。さすがに、外でずっと待っていてもらうわけにはいかないな。

 俺は、思考操作でショートメッセージを書きあげると、ヒスイさんに送った。

 

『部屋に招いて、配信に参加してもらおう』

 

『了解しました』

 

 そんなやりとりをすると、ヒスイさんがキッチンを去っていく。

 

『おや、ヒスイさんが……』『材料でも取りにいったか?』『カボチャ?』『ああ、カボチャがないな』

 

「いや、カボチャはこっちにあるぞー」

 

 俺は、床の箱の中に入れていた、こぶりなカボチャを取りだして、作業テーブルの上に置いた。

 

「ヒスイさんは今日のゲストを迎えにいっているぞ。お、来たようだ」

 

「配信中に失礼します!」

 

 そう言ってキッチンにやってきたのは、行政区の制服を着た赤髪のガイノイド。

 ヨコハマ・アーコロジー観光局のハマコちゃんだ。

 

『うわー、ハマコちゃんだー!』『またサナエかと思ったら、ハマコちゃんだった』『数ヶ月ぶりのハマコちゃん!』『ときどき抽出コメントに混ざっているよね』

 

「はい、ヨコハマ・アーコロジー観光大使、ハマコちゃんです! 今日はよろしくお願いしまーす」

 

 ハマコちゃんがカメラ役のキューブくんに向けて元気な挨拶をした。

 

「ハマコちゃんは別の用事があってうちまで来たんだが、せっかくなので料理を手伝ってもらうことにした」

 

 俺は視聴者達に、ハマコちゃんを招いた経緯を素直にそう説明した。

 

「お邪魔でなければいいのですが……」

 

「ハマコちゃん料理できるだろう? 芋煮会の時、普通に料理していたの見たぞ」

 

「そうですね、結構得意です!」

 

「それなら大丈夫。ヒスイさん、ハマコちゃんにエプロン貸してあげて」

 

「了解しました」

 

 そうして、ハマコちゃんは制服の上からエプロンを着用し、ナノマシン洗浄機で手を洗った。

 それを確認すると、俺は調理を再開するためにキューブくんの方へと向いた。

 

「じゃあ、カボチャを調理していくぞー。まずは、このカボチャを四分の一にカットする。カボチャは皮が固いので、この作業が大変かつ危険なんだ。ハマコちゃんにやってもらおう」

 

「早速、私の出番ですかー」

 

 俺はキッチンのまな板の上にカボチャを置き、出刃包丁を出してカボチャの横に置いた。

 そして、まな板の前をハマコちゃんにゆずり、ハマコちゃんに向けて言った。

 

「カボチャを半分に切って、切ったカボチャをまた半分に切ってくれ」

 

「了解しました! えい! むむ、本当に固いですね。ですが、私は力持ちのガイノイド!」

 

「まな板ごととか、指ごととか切らないでくれよ」

 

『指ごととか怖いこというなよ!』『ようやくリアルの刃物見るのに慣れてきたのに!』『子供時代の恐怖を思い出す……』『嫌じゃ……もう『アナザーリアルプラネット』には行きとうない……』『やーめーろーよー』

 

 なんか余計なことを言ってしまったようで、すまん……。

 

 そんな視聴者のコメントを聞いている間に、カボチャは見事に四等分された。

 

「ありがとう。あとは、カボチャの種とわたを取って……ん? このカボチャ……種なくね?」

 

「えっ、カボチャって種があるものなんですか?」

 

「ええー……」

 

 どういうことなの。

 と、思ったらヒスイさんが説明をしてくれた。

 

「品種改良の結果、400年前、つまりヨシムネ様の元いた時代の200年後には、種なしカボチャが一般的になったそうです。いわゆる『わた』も存在しません」

 

「なるほどなー」

 

「それは知りませんでしたねー」

 

 俺とハマコちゃんは二人で納得した。まあ、600年も経てば、原形留めていない野菜の方が多くてもおかしくないかぁ。

 昔のスイカとか、食べるところ全然なかったというし。

 

 さて、気を取り直してカボチャをカットして行こう。

 俺はハマコちゃんに指示を出し、四角くなるよう出刃包丁で切っていってもらう。

 

 これでカボチャの用意ができたので、今度は俺が調理する番だ。

 

「皮の部分を下にして、カボチャを鍋に敷き詰めていき、水を入れる。これを今度は普通のコンロで火にかけて、と……」

 

 俺は、コンロの上に鍋を載せて、スイッチをひねって火をつけた。

 

『油断していたら火がきやがった!』『いいかげん慣れないといけないですね』『全員アンドロイドなので、安心しよう』『怪我をさせる方が難しい三人だからな……』

 

 刃物や火を条件反射レベルで怖がるって、どういう教育方法すればそうなるんだろうなー。怖いからあまり聞きたくないが。

 まあ、俺だって生肉食を怖がっていると、この前判明したばかりだから、とやかく言える立場ではない。

 

「さて、煮えるまでトークで間を持たせようか」

 

「あ、それでしたら、私が今日ここに来た理由を説明しますね!」

 

 俺の言葉にハマコちゃんが、そう反応した。

 

「それ視聴者に言っちゃって、大丈夫なやつ?」

 

「はい、ヨシムネさんに対する配信のお誘いなので、むしろ視聴者の方々には知っておいていただきたいですねー」

 

 ふむ? 配信のお誘いか。ハロウィンで何かあるのかな?

 

「詳しく」

 

「はい。明日はハロウィン本番ですよね? そこで、ニホン国区伝統のコスプレパーティーへのお誘いです! その様子を私達、観光局が配信するんです」

 

「コスプレパーティー……。魔女に仮装していて言うのもなんだけど、この時代でも日本人は、ハロウィンをコスプレして騒ぐだけの大人のイベントと思っているのか?」

 

「いえいえ、そんなことはありません。ちゃんとトリックオアトリートします! 明日、養育施設にお菓子を配りに行きましょう! 養育施設のパーティーなんです!」

 

「おおー、噂に聞く養育施設か。俺が行っていいなら、お呼ばれしよう」

 

 人類が労働から解放されたこの時代において、一般市民は育児という重労働に耐えられなくなっている。

 なので、子供が生まれると、親元から離して養育施設という場所に集めて、アンドロイド達がまとめて子育てをするという社会制度になっているのだ。もちろん、親元から離すのは強制ではないようだが。

 

「ありがとうございます! ヒスイさんも一緒にお願いしますねー」

 

 ハマコちゃんに話を振られ、ヒスイさんは「ぜひ」と答えた。

 さらにハマコちゃんは言葉を続ける。

 

「そうだ、子供達に何か歌を歌ってあげてください。練習、お願いします」

 

「猶予たったの一日かよ!」

 

 思わず突っ込みを入れてしまう俺。

 

「ヨシムネさんを呼んでくれって子供達に言われたの、今朝だったんですよー。急で申し訳ないです。あ、歌う歌、『横浜市歌』は、なしですよ?」

 

「頼まれても、それは子供相手には歌わないよ」

 

「……ですよねー」

 

 もしかしたらハマコちゃんは、子供相手に『横浜市歌』を歌ったことがあるのかもしれない。

 

 と、会話をしている間に沸騰してから5分ほど経ったので、次の作業だ。

 

「カボチャの鍋に醤油と砂糖。その上に煮小豆を載せて、弱火でふたをする、と。ここから10分煮込んだら完成だ」

 

「わー、楽しみですね! あ、私も食べていいんですよね?」

 

 ハマコちゃんがそう尋ねてきたので、俺は「満足するだけ食べていってくれ」と答えた。

 それから、ハマコちゃんによる、ヨコハマ・アーコロジーの観光アピールを聞いているうちに、10分が経った。

 

「完成! カボチャのいとこ煮だ!」

 

「わー!」

 

 ハマコちゃんとヒスイさんが拍手をして、完成を祝ってくれた。

 そして、視聴者の反応はというと。

 

『ヨコハマ行きてえな……』『惑星テラかぁ』『どうにかして住み移れないものか』『ヨコハマでハマコちゃんと握手!』

 

 ハマコちゃんのアピールが効きすぎているようだな……。

 まあいいか。俺は、いとこ煮を三つの深皿に盛っていく。鍋にはまだまだ残っているが、おかわりしても余ったら時間停止させて保存しておこう。

 

 俺達三人は、それぞれ深皿を手に持って、居間の食卓へと向かう。

 食卓に深皿を置き、箸を用意して、食べる準備は完了だ。俺達は、エプロンを着けたまま食卓についた。

 

 キューブくんに撮影されながら、俺は代表して言う。

 

「それでは、いただきます」

 

「いただきます」

 

「いただきます!」

 

 それぞれ食前の挨拶を言い、箸を手に持つ。

 そして、箸でカボチャをつかんで口に運んだ。ほかほかのカボチャだ。味付けも、実家のそれとは少し違うが、想像からはそれほど離れていない。

 

「……うん、成功だな」

 

『うーん』『いかにもカボチャの煮物だなぁって感じだ』『小豆があるのは珍しいけど、驚くような味ではないな』『なんだかほっとするような味だ』『ハロウィンっぽくない!』

 

 視聴者達の感動は薄いようだ。正直、俺はこの未来のカボチャが持つ、味の深みに驚いているのだが。

 

「600年の品種改良ってすごいなぁ。21世紀のカボチャよりはるかに美味いぞ」

 

『そうなん?』『調理法がシンプルだから、素材の味の違いがもろにでるのか』『農家の舌の判断なら信用できる……か?』『私達にとってはこれがカボチャの普通ですからねぇ』

 

 さて、ヒスイさんとハマコちゃんの感想はどうだろう。

 

「ヒスイさん、お味はどう?」

 

「美味しいです。ですが、まだまだ味は追求できるかと」

 

 上昇志向の強いこと言うなぁ。

 

「ハマコちゃんはどう?」

 

「小豆を使っているのに、甘ったるくないんですね!」

 

「そうだな。でも、赤飯とか甘くないだろう?」

 

「はっ、そういえば……! でも、お菓子じゃないなら、養育施設には持っていけそうにないのが残念ですねー」

 

 甘かったら養育施設に持ちこむつもりだったのか、ハマコちゃん。

 

「さすがに手作りお菓子は、何かあったときに困るから、市販のお菓子を持っていくさ。どれくらい持っていけばいい?」

 

「あ、結構人数がいますので、直接施設に送った方がいいですよ」

 

「人数いるならそれこそ手作りお菓子は無茶だろ……」

 

「言われてみればそうでした! 全員に渡らず不公平になってしまうところでしたー」

 

『養育施設にヨシちゃんかぁ』『俺のいたところ、有名人なんてマザーくらいしか来たことなかったぞ』『あ、うちもマザー来たわ』『私のところにも』『うちもだ……』『できるだけ行けるところには行くようにしていますね』『マザー、まめだな……』

 

 そんな感じで盛り上がって、俺達三人は一回ずつおかわりをして、食事を終えた。

 お腹いっぱい食べたというわけではないが、現在時刻は午後の四時頃なのでおやつと考えればほどよい量だろう。

 

 ごちそうさまをすると、俺達は椅子から立ち上がり、三人で並んでライブ配信の締めを行なう。

 

「それじゃあ、明日はヨコハマ・アーコロジー観光局からの配信になるぞ。俺の配信チャンネルでのミラーリングは行なわないから、注意してくれ」

 

「皆さん、明日もよろしくお願いします!」

 

 俺の説明を受けて、ハマコちゃんがそう言い、キューブくんに向けて頭を下げた。

 

「以上、お菓子も作れるようになった方がいいか悩む、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」

 

「お菓子作りを学べるゲームも用意済みの、ヒスイでした」

 

「ヨコハマ・アーコロジーをよろしくお願いします! ハマコちゃんでした!」

 

 三人でそう最後の挨拶を終えたところで、キューブくんの撮影中を示すランプが消えた。

 ふう、今日も無事に配信を終えられたな。

 

「では、後片付けですね!」

 

 ハマコちゃんはそう言って、自分の分の皿と箸を持ちキッチンへと向かおうとする。

 

「おっ、ハマコちゃんはさすが料理ができるだけあって、解っているな」

 

「えっ、何がですか?」

 

「いや、サナエとは違うなぁって……」

 

「……?」

 

 ハマコちゃんは、面倒臭いとかいう言葉を口にすることはなさそうだな。

 首をかしげるハマコちゃんを見ながら、AIも性格は様々なのだなと、俺はしみじみ思うのであった。

 



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154.養育施設のハロウィン<1>

 10月31日。ハロウィン当日だ。

 昨日の約束通りの時間にハマコちゃんが部屋へやってきたので、出かけることにする。

 ハマコちゃんの格好はいつもの行政区の制服ではなかった。ジャック・オー・ランタンのカボチャを模したキャスケット帽を被り、オレンジ色のファンシーな服を着ている。

 

 一方、俺は昨日よりもひらひらの多い魔女の衣装だ。ヒスイさんも、昨日よりもふわふわした感じの黒猫になっている。

 今日は料理の予定がないので、装飾多めでの仮装である。

 

 そんな仮装で部屋の外に出て、タクシー的な無料自動運転車であるキャリアーの乗り場に向かう。

 正直こんな格好で外を歩くのは、恥ずかしい。人と会って指でも指されたら、立ち直れなくなるぞ。

 

 だが、外を出歩いているような人はいなかったようで、無事にキャリアーに乗れた。

 そして俺はハマコちゃんに、今日の行き先である養育施設について話題を振ることにした。

 

「21世紀人としての感覚からすると、子供を親元から離して集団生活させるのって、なんだか想像がつかないよ」

 

「太陽系統一戦争が起きる前は、富裕層や中流家庭を中心に子育てのできる家事ロボットが、一家庭に一台存在したそうですよー」

 

「今もそうしないのか」

 

「全戸に養育ロボットを配給できるほどの余裕がなかったというのもありますが、それよりも重要な役目を養育施設は持っているんです!」

 

 ハマコちゃんは、ぐっと拳を握って言葉を溜めた。

 

「それは……現実世界での出会いの場! 今の全世界人が、年中ソウルコネクト内で遊んでいるという状況は、現実での友人や恋人を作るのに必要となる、出会いの場が生まれえないのです」

 

 ……ああ、それは確かにありそうだ。

 この時代だと、二級市民は部屋から一歩も出なくても、何不自由なく生活できるもんな。

 

「かつての人類は、学校や職場という場でそれを実現していましたが、今、人類は脳に直接情報を入力して物事を学ぶため、学校を必要としていません。職場は言わずもがなです。もちろん、行政側も知り合いを作るためのマッチングアプリを推奨するなど、涙ぐましい努力はしているのですが……」

 

「でも、ゲーム内で出会いがあるなら、別にリアルに友人作る必要なかったりしないか?」

 

 ゲーム内にリアルと遜色(そんしょく)ない世界が広がっているなら、そこでできた友人は、リアルの友人と何が違うというのだろうか。

 

「友人ならそうでしょうけど、恋人はどうでしょうか? 遠い場所にいる恋人と結婚して同居し、子作りをしようと思えるでしょうか?」

 

「ああ、子作り。要は、人類の存続の話か」

 

「その通りです! もちろん、今の技術であれば、ゲームのNPCをアンドロイド化して伴侶とし、人工性器や人工子宮、人工精子、人工卵子等を使って子作りも可能です。でも、そこまで機能を拡張したアンドロイドってどうしても費用がかさみますので、性機能をオミットすることになり、人工授精を選択しがちです」

 

 人工授精に何か問題でもあるのだろうか。

 

「しかし、行政側としては自然な子作りの仕方で繁殖してほしいのですよ。子作りをシステマチックにすると、人間を工場生産するのが最適とかになってしまいますので!」

 

「あー、なるほどなー」

 

 人間の工場生産。いかにもディストピア系SFにありそうな光景だ。

 

「なので、養育施設は将来の伴侶を見つける、幼馴染み製造施設なのですよ! 時代は幼馴染み属性! ボーイミーツガールはもう古いです!」

 

「お、おう……」

 

 施設で生活させると、仲のいい幼馴染みが大量に増えすぎて、幼馴染み属性は逆に薄れそうにも思えるけども。

 

「でも、子供を養育施設に預けちゃうのに、子供って欲しくなるものなのか?」

 

「預けて『はい、関係終わり』、じゃないですよ? ちゃんと定期的に連絡を取って、親子の絆を深めるんです。ソウルコネクトがありますから、距離とか関係ありません」

 

「そっか。会おうと思えば、椅子に座るだけで会えるのか」

 

「まあ、成人の15歳になって養育施設を出る時が来たら、親元に戻らず、一人暮らしを選ぶ子が多いのですけれど」

 

「それは、ずっと集団生活をするから、反動で一人になりたくなるんじゃないか?」

 

「それはありそうですねー」

 

 そんな会話をするうちに、キャリアーが停車した。

 ハマコちゃんがキャリアーを降りたので、俺とヒスイさんもそれに続く。

 降車して、あらためて周囲の風景を確認。すると、目の前に入ってきたのは……とにかく巨大な建物であった。

 

「うわ、でか! ハマコちゃんとの会話に夢中で気づかなかったけど、これが養育施設か!」

 

 俺が驚いていると、ハマコちゃんは愉快そうに笑ってから答える。

 

「0歳から14歳の子供、約2000人が暮らす、ヨコハマ・アーコロジー第一養育施設『はまはま園』です!」

 

 はー、2000人。お菓子を事前に用意するにあたって昨日ハマコちゃんから人数を聞いていたが、それなりの数の子供がいるんだな。

 それだけ、ちゃんとヨコハマ・アーコロジーにも、独り身じゃない夫婦が存在しているってわけか。

 

「では、行きましょう! ヨシムネさんがお相手するのは、6歳から10歳までの子供たちです」

 

「お、全員じゃないのか」

 

「さすがに2000人全員に、トリックオアトリートされたくないでしょう? 11歳以上の子達にはまた別の有名人が会いに来ていますよ」

 

 ああ、確かに2000人にお菓子を配るのは骨が折れそうだ。

 まあ、数百人でも十分多いんだが。

 

 そして、ハマコちゃんに案内されて向かったのは、第三運動ホールという場所だ。学校でいう体育館みたいな場所かね?

 自動ドアをくぐり、運動ホールに入る。それと同時に、ハマコちゃんは服のポケットから何か機械を取りだし、それを宙に放った。なんだろう? ああ、空を浮いているから、配信用のカメラか。つまり、これから配信開始だな。

 

 運動ホールの中では、子供達が特に整列することなく、自由に過ごしていた。

 

「みなさーん、ヨシムネさんを連れてきましたよー!」

 

 ハマコちゃんがそう言うと、子供達が一斉にこちらに振り向いた。

 俺はそんな子供達の様子を見て、一つ気づいたことがあった。子供達の集団は、歳が上になるほど男女に分かれている傾向にあるようだ。

 

「わー! ヨシちゃんだー!」

 

「ヨシちゃーん!」

 

「ヒスイ!」

 

「トリックオアトリート!」

 

 俺は子供達に手を振りながら、ふと考える。

 

 魂に性別はないと、配信の視聴者達はよく言っていた。

 VR内で容易に異性キャラクターを使えるこの時代、人が己の性別をどう捉えるかは、全てその人の性自認に任されるわけだが、多くの人は肉体を失うまで生まれつきの性をまっとうするようだ。性からの解放の本番は、ソウルサーバに入ってかららしい。

 

 つまり、こんな子供のうちはまだ、肉体から受ける性の精神への影響が大きいうえに、相手を肉体の性別で判断するわけだ。

 集団は男女に分かれるし、男女の間に溝ができたりする。21世紀の学校で見られたその光景が、この養育施設でも子供達を見て確認できた。

 ……学生時代の幼馴染みと結婚する人って、昔もそこまで多くなかったし、ハマコちゃんの言っていた幼馴染み製造施設の狙い、本当に上手くいっているんだろうか?

 

 と、そんなことを考えていたときだ。

 

「おかしちょうだーい」

 

 そう言って、一人の子供がこちらに駆けてきた。

 俺はそれを見て、「待て!」と前に手を出して制止させた。

 子供は素直に動きを止める。

 

「まずは、挨拶からだ。……ハッピーハロウィン! 21世紀おじさん少女のヨシムネだよー!」

 

「ハッピーハロウィン。助手のヒスイです」

 

 ヒスイさんも乗ってきてくれたようで、いつもの配信のように口上を述べてくれた。

 

「うわわ、すごい視聴者数……あ、ヨコハマ・アーコロジー観光大使のハマコちゃんです! 今日はヨコハマ・アーコロジー第一養育施設『はまはま園』のみんなと、ハロウィンパーティーです! 子供達のみんなー! ハッピーハロウィン!」

 

 ハマコちゃんがそう言うと、子供達はみんな一斉に「ハッピーハロウィン!」と返してきた。

 うん、この年頃の子供は元気でよろしい。

 

「では、早速お菓子を配りますよー。職員のみなさん、ヨシムネさんが送ってきたお菓子の用意をお願いします!」

 

 ハマコちゃんがそう言うと、運動ホールにエプロンのついた制服を着たアンドロイドが複数人入ってきて、箱を運び入れていく。

 お菓子の入った箱だろう。今回は、ヒスイさんに頼んで、お菓子が複数入ったバラエティパックを俺のクレジットで購入してもらった。一応、この養育施設のお菓子を食べられる歳の子供全員に、行き渡るようにと頼んである。

 クレジットはどうせ余っているから、ここで放出してしまっても惜しくはない。ハマコちゃんは経費で落ちると言っていたが、せっかくなので寄付感覚で自腹を切ることにした。

 

 アンドロイド職員が箱を開けていき、俺とヒスイさんの後ろに箱を並べていく。

 

「さあ、みんな覚えていますね? トリックオアトリートをヨシムネさんとヒスイさんに言って、お菓子を貰いましょう! 小さい子優先で順番に並びましょうねー」

 

 ハマコちゃんがそう言うと、子供達は行儀よく俺達の前に並び始めた。

 俺の前とヒスイさんの前にそれぞれ列ができる。

 と、あれ?

 

「俺の方が並んでいる子多いな」

 

「配信のメインはヨシムネ様なのですから、子供達に人気なのは当然です」

 

 ヒスイさんは特に悔しがる様子も見せずにそう言った。

 そうなのかなぁ?

 

「トリックオアトリート!」

 

 おっと、お菓子を配らないとな。

 俺は、職員さんからお菓子を受け取り、それを子供に渡していく。

 

「ほら、いい子にはお菓子のプレゼントだ」

 

 すると、子供は嬉しそうにはしゃぎながら列から外れていった。しつけがしっかりされた行儀のいい子供だなぁ。あれで、6歳くらいだぞ。

 

「トリックオアトリート!」

 

 そうして、俺は次々とお菓子を渡していく。

 できるだけ一言話しかけてあげるようにして、少しでも俺のことを覚えてもらおうとしながらである。子供でも貴重な視聴者候補である。もしかしたら、すでに視聴者かもしれない。

 

「トリックオアトリート……」

 

「おう。……ん? お目々が真っ赤だぞ」

 

 赤ずきんちゃんの仮装をした女の子が前に来たのでお菓子を渡したら、服だけでなく目も赤くなっていたのが気になった。

 

「あのね、アナザーが怖くて泣いちゃったの」

 

「アナザー?」

 

 聞いたことあるような、ないようなワードに疑問を浮かべるが、女の子は後ろからせっつかれて列から外れていった。

 

 そして、お菓子を配ることしばらく。ようやく俺は受け渡し作業から解放された。

 はー、大変だった。握手会をやるアイドルって、こんな気分なのかね。『アイドルスター伝説』では経験したことあるけど。

 ……いや、子供にお菓子を配るのと一緒にするのは、違うか。

 

 さて、お菓子も配ったし、ここから本格的にハロウィンパーティーの始まりだ。さらに気合いを入れて、子供達の相手をしていくことにしよう。

 



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155.養育施設のハロウィン<2>

 運動ホールにテーブルが多数運びこまれ、飲み物や食べ物も用意されて、立食パーティーが始まった。

 立食とは言っても椅子もちゃんと用意されており、立つのに疲れた子供が座って、早速お菓子の袋を開けている。

 

「ヨシムネさん、お菓子配りおつかれさまでした!」

 

 ハマコちゃんが、ジュースの入ったコップを持ってこちらにやってきた。

 俺はハマコちゃんからコップを受け取り、「ありがとう」と返しておいた。

 

 ああ、そうだ。気になったことをせっかくだから聞こうか。

 

「途中で小さな子が、目を赤くしていたんだが、なんでもアナザーが怖くて泣いちゃったらしい。アナザーってなんだろう?」

 

 ハロウィンと言うことで、みんなでホラー映画でも観たんだろうか。

 

「そういえば午前中はアナザーの時間でしたかー。実は、『アナザーリアルプラネット』という、養育施設と子供のいる家庭でしかプレイできないMMOゲームを子供達はプレイするんですよ」

 

 ……そうだ、思い出した。『アナザーリアルプラネット』は、昨日の配信で視聴者が言っていたワードだ。だから、子供のアナザーって言葉がすごく気になったんだな。

 俺が納得している間にも、ハマコちゃんは説明を続ける。

 

「そこは、痛覚軽減がされていない、もう一つの現実世界です。そこで子供達は、現実世界における刃物や突起物の危険さ、火の危険さ、誰にも気づかれずに肉体を喪失することの怖さなどを学びます。それと並行して、通常のゲームと同じ設定の養育施設向けMMOゲーム『ネバーランド』もプレイすることで、現実とゲームの違いを学びます」

 

 今の時代の子供は、そんな教育がされているのか。

 と、思ったら、ハマコちゃんが俺の横に近づいてきて、耳打ちをする。

 

「実は、『アナザーリアルプラネット』では、人間の子供に扮した被害者役のAIが、子供達に判らないよう混ざっているんです。包丁で怪我をしたり、火で大火傷を負ったり、猛獣に襲われたり、川に流されて帰ってこなかったりして、子供達に被害を見せつけることで、現実世界に存在する危険を教え込むんです」

 

「それは……トラウマものだな」

 

「トラウマになるくらい強烈に教えこむわけですね。特に川流れ関連は重要ですよ。遺体回収ができずに魂のサルベージを行なえないと、ソウルサーバにも入れませんから。そしてその一方で、『ネバーランド』にてゲーム内の刃物や火、水、モンスターは怖くないと学ぶわけです」

 

 そこまで言って、ハマコちゃんは耳打ちを止めた。

 なるほどなー。この歳の子でも、リアルの刃物は怖いとしっかり学ばされているわけか。

 

 って、ああ、そうか。

 お菓子配りの時のヒスイさんの列が俺より短くて、そして今も子供達に距離を取られている理由が判ったぞ。

 

「ヒスイさーん! ちょっとこっちに来て」

 

 猫系の仮装をしている子供達に近づこうとして、避けられているヒスイさんを呼んだ。

 

「お呼びでしょうか?」

 

 肩を落としながら、こちらにやってくるヒスイさん。

 そんなヒスイさんに、俺は気づいたことを素直に教える。

 

「ヒスイさんが小さな子に避けられているのは、腰にエナジーブレードの柄を下げているからかもしれない。みんなそれが、危ない刃物だって理解しているんじゃないか。そして、AIが人に向けて無闇にそれを振るわないということは、まだ理解できていないってわけだ」

 

「そんなことが……気づきませんでした」

 

 ヒスイさんがショックを受けたような顔でそう言った。

 そう、ヒスイさんは常にエナジーブレードの柄を携帯している。海水浴の時は、これでスイカ割りをやったこともある。海水浴客達はそれを怖がってはいなかったが、もし子供達がエナジーブレードを怖がっているとしたら……。

 

「ああ、確かに、AIは人類の隣人であり、頼れる親友ですよと学ぶのは、11歳以降のことですね! 学習装置で人類の歴史を学ぶのが、その年齢からなんですよ」

 

 ハマコちゃんが追加で、そんな情報を出してきた。学習装置は、脳に直接情報を叩き込んで物事を学ばせる機械のことだな。

 俺とハマコちゃんの説明にヒスイさんは納得したのか、アンドロイドの職員を呼んで、エナジーブレードの柄を渡した。職員はその柄を持ってどこかへと去っていく。

 

「渡してよかったの?」

 

 俺はヒスイさんにそう尋ねる。

 

「はい、ロックしてありますから、他人の手に渡ってもブレードを展開できません。これなら……」

 

 すると、ヒスイさんが武装解除したことに気づいたのか、猫系の仮装をした子供達が近づいてくる。

 それをヒスイさんは笑顔で迎え、一緒に遊び始めた。うんうん、上手くいってよかった、よかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 子供達と一緒に騒いでいるうちに、立食パーティーの終わりの時間となった。テーブルは片付けられ、子供が残したお菓子は職員達が回収していった。

 ちゃんと誰から回収したかは記憶しており、お菓子は後でまた返すらしい。

 

 そして、最後のイベント。ハマコちゃんに昨日頼まれていた歌の披露だ。

 今日歌うのは、俺だけでなくヒスイさんも。つまり、デュエットである。

 

 今回の曲は、20世紀末に放送されていたテレビアニメのエンディング曲だ。

 映画はともかくとして、テレビアニメを見るという習慣が昔からなかった俺。でも、ゲームは昔から好きで、家庭が裕福なのをいいことにいろいろなゲームを買ってもらっていた。

 

 ある時、大好きなとあるゲームがテレビアニメになると知った俺は、珍しくそのアニメを視聴することにした。

 見事にそのアニメにはまり、毎週のように同じ時間、テレビの前でじっと番組を眺めていた。その当時聞いていたエンディング曲が、今回の曲、『ポケットにファンタジー』である。

 

 ヒスイさんと二人で、そんな思い入れのある曲を歌い始める。

 ヒスイさんが大人に憧れる子供役のパートを歌い、俺が子供時代を懐かしむ大人役のパートを歌う。

 

 歌にもちょっとだけ出てくる、そのアニメに登場する黄色い電気ネズミのモンスター。それがなんと、今の時代になっても子供達に愛され続けているキャラクターなのだとか。

 当時のゲームもVRやインプラント端末向けにリバイバルされて発売されており、子供達に人気だと聞く。当然、俺もこの時代に来てから、プライベートでプレイしてクリア済みだ。

 

 だから、ゲームの用語が出てくるこの歌の内容も、子供達は理解してくれるだろう。歌詞にこめられた意味を本当に理解できるようになるのは、大人になってからという、そんな歌なのだが。

 

 そうして俺とヒスイさんは最後まで曲を歌いきり、子供達から大きな拍手を貰った。

 

「ヨシムネさんとヒスイさん、ありがとうございました! 続けて、子供達から、お返しの歌を贈ります!」

 

 えっ、なにそれ嬉しいサプライズ!

 ハマコちゃん、粋なことしてくれるじゃないか。

 

 アンドロイドの職員が「並びましょう」と号令をかけると、子供達が整列していく。

 お菓子を貰うために列を作った以外では、子供達を整列させるということは今までなかったのだが、ここへ来て綺麗な整列である。

 合唱は並んでするものだという概念が、この時代でも存在するのだろう。

 そして、年長の子供が代表して俺達に向けて言った。

 

「ヨシムネさんが読んでいたという、20世紀の漫画をヒスイさんから教えてもらい、その漫画が映画化されたときの主題歌を練習しました。私達が歌う曲は、『Coming Home To Terra』です」

 

 すると、どこからともなく伴奏が流れて、子供達は歌い始めた。

 

『Coming Home To Terra』。『地球(テラ)へ…』というアニメ映画の曲である。

 この映画の原作は、20世紀に描かれたSF漫画だ。コンピュータに支配された人類の姿と、コンピュータに排斥され、それでも地球を目指す超能力者達の姿を描いた名作である。

 

 俺がやってきた600年後の未来は、マザーコンピュータに管理され、超能力が一般的になった世界だ。そのことを知った俺は、ふとこの漫画のことを思い出したことがあった。

 そして、プライベートの時間を使ってライブラリで漫画を読みふけり、アニメ映画も視聴した。

 

 その様子をヒスイさんに見られていたのだろう。

 いつの間にか子供達とやりとりをして、曲の練習をさせていたってわけか。

 

 地球(テラ)への愛を歌った曲なので、惑星テラに住む彼らにふさわしい曲だ。

 もしかしたら子供達は将来、このアーコロジーを出ることになって、他惑星やスペースコロニーに移住するかもしれない。アーコロジーの土地は有限なのだ。

 そうなったとき、遠くの地でこの曲を思い出して、惑星テラを懐かしむこともあるかもしれないな。

 

 やがて、子供達が歌い終わる。見事な合唱に感動した俺は、全力で拍手を送った。

 そして、隣に立つヒスイさんに言う。

 

「ヒスイさん、実は結構前から、この施設行き計画していただろう?」

 

 合唱、結構練習してないと、こうは歌えないぞ。

 すると、ヒスイさんは笑顔で答える。

 

「さて、どうでしょう」

 

 見事にはぐらかされた。

 そんなやりとりがあったものの、互いの歌の披露も無事に終わったので、別れの時がやってきた。

 

「それじゃあみんな、いい子でいろとまでは言わないが、元気でいろよー!」

 

「次は配信で会いましょう」

 

 子供達に向かってそう言い、運動ホールを後にする。

 子供達の中には、ヒスイさんと別れたくなくて、ぐずりだす子がいた。この短時間で、よく懐いたものだなぁ。

 

 ヒスイさんは職員からエナジーブレードの柄を返してもらい、いつでも護身戦闘ができるにゃんこに戻った。

 そして、ハマコちゃんは、空中を浮遊していたカメラを回収した。どうやら、配信を終えたようだ。

 

「本日はありがとうございました! 子供達は大喜びでしたし、配信の視聴者数も大記録です」

 

 ハマコちゃんはあらためて俺達に礼を言ってきた。

 

「おう。正直、養育施設のハロウィンパーティーが、どう観光局の仕事に関わってくるか判らなかったままだが」

 

 俺がそう言うと、ハマコちゃんはにっこりと笑って答える。

 

「ヨコハマ・アーコロジーには、こんなに子供を笑顔にできる有名人がいるんだというアピールですね! つまり、メインは養育施設ではなくヨシムネさん達でした!」

 

「……マジか」

 

 思わぬ事実に、俺は驚いた。俺、ハマコちゃんの中では有名人枠なわけ?

 

「ヨコハマ・アーコロジーは軌道エレベーターの存在から、商業的、産業的な場所だと見られているんです。スタジアムはあるものの、有力な地元選手も少なく……でも、観光名所は、いっぱいあるんです! 注目さえしてもらえば、観光客はいっぱい来るはずなんです」

 

「そうか。応援しかできないけど、頑張って」

 

「はい、今後はヨシムネさんをどしどし推しますので、よろしくお願いします!」

 

 そんなハマコちゃんの言葉に苦笑しつつ、養育施設前で俺達は別れた。

 そして、キャリアーにヒスイさんと二人で乗りこみ、家路につく。

 キャリアーの中で、俺はヒスイさんに向けて言った。

 

「俺、配信者として有名になってきたかな?」

 

「それなりには。ですが、まだまだいけるはずです。今後も頑張りましょう」

 

 今日会った子供達は、俺の配信をどれくらい見てくれているのだろうか。

 さすがに、視聴者増のために各地の養育施設をドサ回り、とかはしないが、子供にも好かれる配信にしたいものだ。

 

「ちなみに、ヨシムネ様の配信は、現実世界での料理回がありますので、珍しさはあるものの上級者向けです」

 

 子供泣くやつじゃん!

 万人に受ける内容って、無理なんじゃないか。

 俺は配信の難しさを改めて実感した。

 



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156.ゲーム配信者ノブちゃん

 11月の某日。俺は自分のSCホームでのんびりと人を待っていた。

 本日の予定は、コラボ配信の打ち合わせだ。

 コラボ配信とは、他の配信者と共同して配信を行なうスタイルである。今回は、俺の配信チャンネルにゲストを招いてコラボ配信をする予定である。

 

 呼ぶゲストは、プロのゲーム配信者だ。今まで一度も会ったことがない人なので、今日は顔合わせを兼ねての打ち合わせとなる。

 

 仮想の番茶を飲んで待っていると、SCホーム内に来客のチャイムが鳴った。

 すると、俺の隣で座っていたヒスイさんが立ち上がり、その場から消える。SCホームの入口に移動したのだろう。

 そのまま待っていると、俺のいるSCホームの居間にヒスイさんがお客さんを連れて戻ってきた。

 

 俺は立ち上がり、お客さんに向けて軽く頭を下げた。

 

「はじめまして。よろしくお願いします」

 

 俺の挨拶に、お客さん……茶髪の少女は緊張した様子で礼を返してくる。

 

「はい……よろしくお願いします」

 

 彼女はヨシノブ。あの『最果ての迷宮』のRTA動画を配信していた、ゲーム配信者である。

 なんでも、俺の配信を見てゲーム配信者になったフォロワー的存在らしい。これも縁かと思い、先日コンタクトを取りコラボ配信の打診をしたのだ。

 

 とりあえず、彼女には用意しておいた座布団に座ってもらう。俺とヒスイさんも彼女とちゃぶ台を間にはさむ形で床に座った。

 すると、ヒスイさんが仮想の茶と茶菓子を瞬時に用意する。

 そして、「まずは自己紹介からいきましょうか」とヒスイさんが話を切り出した。

 

「はじめまして。ヨシノブです……。ノブちゃんって呼んでくれると嬉しいです。ええと……、これはハンドルネームで本名は……ノエル・ブラシェールです……」

 

 茶髪の少女、ノブちゃんが先にそう自己紹介を始めた。

 

「いや、本名までは別にいいんですが……もしかしてノエルのノとブラシェールのブから取って、ノブってことですか?」

 

 俺はそう聞き返す。ノエルもブラシェールも正しいつづりは判らないが、カタカナ読みで先頭から一字ずつ取れば、ノブと読めた。

 

「はい、そうです……。ノブにヨシを足してヨシノブです。ヨシを勝手に使って……ごめんなさい……」

 

「いやいや、日本人だと名前にヨシってつけるのは、珍しくないです。俺だけの物ってわけではないので、別に構いませんよ。ただ、ヨシノブって男の名前だけど」

 

「女でごめんなさい……」

 

 なぜ謝る!?

 

「まあ、自己紹介を続けましょう。俺は瓜畑吉宗。33歳の元男です。趣味はゲームで、好きなゲームはRPG」

 

「えっ、ヨシちゃんって……RPGが好きだったんですか……? あっ、ヨシちゃんって呼んでいいですか……?」

 

「ええ、好きなように呼んでください。それと、長時間のプレイになるから配信だとRPGはあまりやらないですが、プライベートではRPGメインにプレイしています」

 

「新情報……! あ、私の自己紹介、全然詳しくない……ご、ごめんなさい」

 

「いや、落ち着いて。追加の自己紹介があれば聞きましょう」

 

 口下手というか、すんなりと言葉が出てこない子なのは、ここまでのやりとりで理解できた。臆病な小動物みたいだな。

 

「えっと、15歳です。趣味は日光浴で……好きなゲームは……えっと、乙女ゲームです……」

 

 乙女ゲーム……女の子の主人公が、ヒーローである男達と恋愛をするゲームジャンルのことだ。主にアドベンチャーかシミュレーションのゲームシステムであることが多い。スーパープレイで有名な配信者なのに、スーパープレイ全然関係ないジャンルだなぁ。

 

「ん? 15歳? まだ若いのに、ガイノイドにソウルインストールしているんですか?」

 

 事前に知ったプロフィールだと、ノブちゃんはワカバシリーズのガイノイドのボディに魂を宿しているはずだ。

 

「えっと、はい。これは話すと長くなるんですが……」

 

「時間はいっぱいあるので、差し障りなかったら話してみてください」

 

 今日は配信予定もないので、打ち合わせで一日丸ごと使っても構わないのだ。

 

「はい……。えっと、そうですね。あー、うん……。ヨシちゃんはポスト自然愛好家って知っていますか……?」

 

「ん? 聞いたことないですね……」

 

 自然愛好家は単語の並びからなんとなく解るが、ポストがついているパターンは聞き覚えがない。

 

「では、その説明からしますね……」

 

 本当に長くなったので、ノブちゃんの説明を要約する。

 

 自然愛好家は、高度な文明から離れ自然の中で過ごすことを愛好する者達を指す言葉であるが、この時代になっても人間が自然環境下で生きられる星は、未だ惑星テラしか存在しないらしい。

 

 惑星マルス(火星)や惑星ウェヌス(金星)は、人が呼吸できる成分に大気を合わせてあるが、星の重力はそのままで、重力制御されているアーコロジーの外で人が生活するのは、困難を極める。

 太陽系の外で発見された自然に満ちあふれた星、惑星ヘルバはそもそも大気成分が惑星テラとは異なる。

 

 なので、惑星テラでは、自然愛好家を住まわせている自然区画が存在するという。

 その自然区画はAIにより徹底管理されており、災害は起こらず、危険動物はおらず、食物には困らないという環境にあるらしい。

 そんな管理された自然の中で生きる人々をポスト自然愛好家というのだとか。

 

「私の父と母は、そんなポスト自然愛好家のコミュニティ出身でした……」

 

 でした。過去形か。

 

「それで……父と母は夫婦なので……自然な子作りをして、自然に妊娠しました……。ええと、それで、えっと、ポスト自然愛好家は……子供を産む際も自然分娩なのですが……」

 

 自然なあり方を愛するなら、産み方も帝王切開は自然じゃないとか考えることもあるのだろうな。

 

「私は逆子で、死産になったそうです……」

 

「話が急に重くなった……」

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

「いや、ノブちゃんは悪くないですよ。どうぞ話を続けてください」

 

「はい……」

 

 ノブちゃんは俺にうながされて、たどたどしく話を続けた。

 

 曰く、子供を失う悲しみに耐えきれなかったノブちゃんの両親は、赤子の魂をすくい上げてもらおうと、AIに頼ることを決心した。

 だが、ポスト自然愛好家は、自然な死を受け入れるのがスタンス。自然区画の管理AIに赤子の魂を回収してもらえたものの、両親は他の住人達との話し合いで、自然区画を去ることになった。

 一方、魂だけの存在となったノブちゃん。実は、15歳以下の未成年が死亡した場合、無料でソウルインストール用のアンドロイドを用意してもらえるという社会制度が存在するらしく、死産となったノブちゃんの魂は赤ん坊アンドロイドにソウルインストールされた。

 

「そのアンドロイドが……ニホンタナカインダストリのワカバシリーズなんです……!」

 

 なんでも、ワカバシリーズはボディチェンジをすることなく、パーツの取り替えで子供の成長を段階的に再現できる民生用ハイエンド機らしい。

 インストール先の変更を短期間で繰り返すと、魂が摩耗してしまう。なので、ボディを年齢に合わせて取り替えていくことは推奨されない。

 ゆえに、中枢ボディの取り替えを行なわないパーツ交換の仕組みにより、ワカバシリーズは子供用のソウルインストール先として、行政相手にシェアを伸ばしていると、ノブちゃんは熱く語った。

 

「それで、父と母は……ヨーロッパ国区の旧フランス地域のアーコロジーで働き始めまして……。その間にも、私を養育施設に入れることなく自分達の手で育ててくれたんです」

 

「おお、さすが元自然愛好家。労働も子供の教育もお手の物ですか」

 

「はい……! それで、私も15歳になって成人を迎え……何か仕事はないかなと、ニホンタナカインダストリ関連の業務を調べていたのですが……そこで見つけたのがヨシちゃんとヒスイさんの配信チャンネルです」

 

「なるほど、そこで配信に繋がるわけですか」

 

「はい……! 配信者も人気になれば、一級市民になれると知りまして、配信者を始めました」

 

「で、わずか二ヶ月間のスーパープレイで一級市民になれたと」

 

「はい。私、あんまり……話すのが得意じゃなくて……それならプレイ内容でどうにか配信の見所を作ろうと、頑張って練習しました……。ヨシちゃんみたいにトークが上手だったら……よかったんですけど……」

 

「俺もトークにはそこまで自信がないですけれどね。ヒスイさんがいるから会話形式でなんとかなっている感じですよ」

 

「そんなことないですよ……? でも、話し相手がいるのは……うらやましいですね……」

 

「クレジットを払えば、ゲームのNPCを高度有機AI化して家族にできますよね」

 

 AIをインストールするためのボディが必要なので、AIだけ手に入れるということはできないが、アンドロイドボディさえ用意すれば相方は作れるのだ。

 だが、ノブちゃんは首を振ってそれを否定した。

 

「さすがにまだ一級市民になったばかりなので……先立つ物がなく……配信用高級機材をそろえるので限界です……」

 

「両親が一級市民を十五年間やっているなら、家にクレジットは余っていそうなものですが」

 

「父と母は優しいですけど……もう大人になったのだから……自分のことは自分でやりなさいと言われて……配信を始めてから一人暮らしです……」

 

「おおう……」

 

 そうか、子供は大人になったら、家から出るものだよな。元農家だから、その感覚をいまいち実感していなかった。

 ここまでの会話で、おおよそノブちゃんの人となりはつかめてきた。コラボ配信本番では、俺が主導してトークを展開していくのがよさそうだ。

 ノブちゃんの自己紹介はここまでとして、今度は俺がノブちゃんに自分の経歴を語っていく。

 

 すると、どうやらノブちゃんは俺の今までの配信をしっかり見ていたようで、俺のプロフィールを完全に把握されていた。

 うーん、重度のファンガールだわ、この子。ゲームの腕では、完全に先達の俺の方が劣っているのだが。

 

「じゃあ、プレイするゲームについて決めていこうか」

 

「はい、どんなものにしましょう」

 

 会話するうちに打ち解けて、俺はノブちゃんに敬語を取るよう言われていた。なんでも、俺の方が先輩だから敬語はいらないらしい。

 フランス語圏に先輩という概念あるんだな……まあ27世紀の未来なので価値観や概念はいろいろ広まっているか。

 

「ヒスイさん、何か提案ある?」

 

 俺は、ここまで大人しかったヒスイさんに話を振った。

 

「そうですね。ここは、お互いに配信でプレイしたことのないゲームでどうでしょうか。方向性としては、対戦ではなく協力プレイで」

 

「ああ、確かに対戦よりは協力がいいな。ゲームの腕に差があっても、協力プレイなら問題も起きないだろうし」

 

「ヨシちゃんと協力プレイ……! 私も協力プレイの方がいいです」

 

 すると、ヒスイさんは空間投影画面をちゃぶ台の上に展開し、一つのゲームパッケージ画像を表示させた。

 

「『Astral Spirits』。ベルトスクロールアクションゲームです」

 

「ベルトスクロールってなんですか?」

 

 ノブちゃんが、画面を見ながら疑問の声をあげた。

 

「あれ、ノブちゃん知らない?」

 

「ごめんなさい。ゲームって今年始めたばかりで、あまり詳しくないんです」

 

 始めたばかりなのに、スーパープレイが売りの配信やっているのか。なんだかすごい子だな……。

 

「ベルトスクロールっていうのはあれだな、雑魚をなぎ倒しながら、ステージを横に横にと真っ直ぐ進んでいくゲームだ。横長のフィールドをベルトに見立てて、それを横スクロールで進むからベルトスクロール」

 

「なるほど……?」

 

 いまいちピンときていないのか、ノブちゃんがふんわりとした言葉を返してくる。

 すると、ヒスイさんが空間投影画面にサンプル動画を流しながら説明をする。

 

「ソウルコネクトの一人称視点ですと、ベルトスクロールアクションは横長のステージではなく、前方に伸びた奥行きのあるステージをひたすら前進していく形となります。イメージとしては、長い一直線の廊下を前に進む形でしょうか。その廊下に次々と現れる敵キャラクターを倒していき、廊下の突き当たりにいるボスキャラクターを倒すことでステージクリアとなります」

 

「なるほど……!」

 

「ゲームによって戦い方は様々ですが、『Astral Spirits』の場合、中世風ファンタジー系の世界観ですので、武器や魔法を駆使して戦います」

 

「武器……! ヨシちゃんの打刀が間近で見られますね……!」

 

「じゃあ、もし選べるなら打刀でいくかな」

 

 ノブちゃんのリクエストに俺がそう応えると、ヒスイさんは「選べますね」と言いながら空間投影画面に武器一覧を表示させた。

 

「キャラクターエディットでクラスを自由に選択し、クラスに応じた武器や魔法を使用できるようになります。打刀ですと、サムライのクラスですね」

 

 ヒスイさんはそう言いながら、サムライのサンプル画面を表示させる。

 サムライか。それなら格好はセーラー服に赤のニーソックス、髪の毛は結ばずにロングヘアの『ムラクモ13班』スタイルでいきたいな。ファンタジーゲームでセーラー服が選べるかは知らないが。

 

 というわけで、プレイするゲームは満場一致で『Astral Spirits』に決定した。

 

「では、配信当日までにキャラクターを作成し、ある程度操作に慣れておくようにしてください。さすがにコラボ配信で、いつものヨシムネ様のように操作練習から始めるわけにはいきませんので」

 

「はい……頑張って練習してきますね……!」

 

 ノブちゃんは鼻息をふんふんと吐き出しながら気合いを入れて両手を強く握った。

 うーん、あまり練習を本気でやられて、もうあいつ一人でいいんじゃないかな、状態になられても困るのだが。

 まあ、ノブちゃんほどのゲームの腕を持つなら、ほどよい接待プレイもお手の物だろう。トークは俺が主導しても、プレイはノブちゃんに主導してもらうのもいいかもしれないな。

 

 そういうわけで、コラボ配信は三日後に行なうことで合意し、打ち合わせは終了し解散となった。

 SCホームから去っていくノブちゃんを見送り、一息つく。配信は、はたして成功するだろうか。何事もなく終わればいいのだが……。

 

「いえ、何事かあったほうが、配信的には見所があってよいですよ」

 

 ヒスイさん……。だからといって、わざわざサプライズ要素は仕込まなくていいからな!

 




今年の更新はこれで終わりです。よいお年を!


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157.ノブちゃんとのコラボ配信

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」

 

「みなさま、ごきげんよう。ノブちゃんことヨシノブです」

 

「助手のヒスイです。本日はコラボ配信となっております」

 

 そんな挨拶と共に、ライブ配信が始まった。

 

 本日はヒスイさんの宣言通り、コラボ配信だ。俺とノブちゃんの配信チャンネルで同時に配信を行なっている。

 本日の俺の衣装は、振り袖。派手すぎないかとヒスイさんに言ったのだが、コラボなので派手すぎるくらいがちょうどいいと返されたので、甘んじてこの衣装を着ている。

 

 一方、ノブちゃんはドレス姿。派手すぎないかと思うのだが、ノブちゃんが言うにはヒスイさんによるコーディネートらしい。派手と派手がぶつかりあって画面がうるさそうだ。

 そんな中、ヒスイさんはいつもの行政区の制服だ。一人だけずるいと思う。

 

『わこつ』『わーこーつー』『うわー、コラボ配信だー』『ノブちゃん初見』『こっちは21世紀おじさん少女初見だわ』『両方知ってる。とうとうコラボかー』

 

「うむうむ。両方のチャンネルから人が集まっているようでなにより。21世紀おじさん少女のヨシムネだ。今日は是非とも、名前を覚えていってくれな!」

 

『ヨシムネ!』『ヨシムネとヨシノブでまぎらわしい』『ヨシムネはヨシちゃんだ!』『ヨシちゃん……ノブちゃん……覚えるのに時間がかかりそうだな』

 

 ふむ、やっぱりまぎらわしいか。

 

「ご、ごめんなさい……私のヨシノブっていう名前は忘れて、ノブちゃんとだけ覚えてくれれば……」

 

 ノブちゃんが弱気なコメントを言う。

 

「いや、今日はヨシムネとヨシノブ、セットで覚えていってくれ! 徳川将軍八代目の吉宗と、徳川将軍十五代目の慶喜。ナンバーエイトのヨシちゃんと、ナンバーフィフティーンのノブちゃんをこの配信のうちに覚えるんだ!」

 

 俺がそう言うと、視聴者達が『徳川将軍……?』と不思議そうなコメントをしだす。

 

「将軍とは征夷大将軍のことで、惑星テラのニホン国区の過去に存在した役職です。国の代表を国主に任された実質的な国の最高権力者のことで、国主代行とでも言いましょうか。国王とはまた違う、複雑な存在です」

 

 ヒスイさんがそう説明を入れる。

 うーん、将軍と幕府って、言い表すのが難しい存在だよな。

 

「ヨシムネ様はその八代将軍徳川吉宗にあやかって、両親に名づけられたそうです。ヨシノブ様は、ヨシムネ様のフォロワー配信者なので、最後の徳川将軍の名前を取ってヨシノブと名乗っています」

 

「まあ、ノブちゃんがさっき言ったとおり、茶髪白人種がノブちゃん、銀髪黄色人種がヨシちゃんとだけ覚えておけばいいよ。黒髪がヒスイさんな。ヒスイさん、首の下あたりに名札的なテロップ出せる?」

 

「了解しました。名前のテロップを出します」

 

『おお、解りやすい』『これなら、最後まで見ればきっと覚えられる』『見た目は結構違うしね』『若い女の子ばかりで華やかだな』『まあ、ヒスイさんの実年齢は若くないんだけど』『よせっ』

 

 うんうん、視聴者の反応はいいな。テロップ出して正解だった。

 さて、話を進めよう。

 

「今日は、俺から誘いを出して、ノブちゃんとのコラボ配信を実施したぞ。俺は今のところコラボ配信はほとんどしていないし、話を聞くにノブちゃんは滅多にライブ配信をしないようだから、視聴者のみんなも新鮮な気分で配信を楽しんでくれたら嬉しい」

 

「うう……、ライブ配信は苦手なんですよね……」

 

『ノブちゃんは仕方ないよ』『ノブちゃんのスタイルでライブ配信はね』『どういうこと?』『ノブちゃんは事前の練習をがっつりやるタイプだから』

 

 ふむふむ。ノブちゃんのスーパープレイは膨大な練習量に支えられて成立しているって事かな。

 まあ、RTA走者は、試験プレイ(テストラン)をひたすらやるっていうしな。

 

「苦手なのにライブ配信の要請を受けてくれたノブちゃんに感謝だ。それじゃあ、それぞれ初見の視聴者がいるだろうから、自己紹介していくぞー」

 

 俺はそう言いながら、拳を握り上に向かって突き出した。振り袖なので、袖がばっさばっさと揺れる。この服、動きづらいな……!

 

『おー』『パチパチパチパチ』『手慣れているな、ヨシちゃん』『ノブちゃんでは考えられないトーク力』『こやつ……できる』

 

 いや、こんだけの会話でトーク力って、普段ノブちゃんどんだけ口下手なのよ。

 とりあえず、俺から自己紹介だ。ノブちゃんのハードルを上げない程度に考えて……。

 

「俺は、21世紀おじさん少女。21世紀から色々あってタイムスリップしてきた元おじさんだ。嘘じゃないぞ。冗談でもない。ニュースで記事にもなった、ガチの21世紀人だ。で、今年の四月からゲーム配信を生業としている。みんなよろしく!」

 

『マジかよ』『ガチだよ』『本当に21世紀人なんですよね』『ちょっと他には並び立てない強烈なキャラクター』『知らなかったわぁ。歴史好き大歓喜すぎない?』

 

「好きなゲームはRPGだけど、RPG配信は滅多にしないな。得意なゲームジャンルはアクションだ。以上! 次、ノブちゃんね」

 

「は、はい……! 私はヨシノブです! 本名はノエルですが……、あっ、えっと、ノブちゃんって呼んでくれると嬉しいです」

 

『ハンドルネームを使っているのに、本名を言っていくスタイル』『ハンドルネーム意味ねえな』『ノエルちゃん可愛い!』『スーパープレイヤーノブちゃんだ』

 

 うむうむ。隙があるというのも、配信者としての一つの強みだな。演技でやっていると視聴者達に見透かされるが、ノブちゃんは完全に天然だ。視聴者に愛されるみんなの配信者というポジションになる。

 視聴者に本名を明かすというのは、俺のいた21世紀ではいろいろ問題が起きることもあった。だが、AIに管理されたこの時代だとネットで本名を明かしても問題は起きにくい。

 

 なにせ、管理側のAIは人類のプライバシーというものをまるっと無視しているらしいからな。

 人が危険な目に遭わないよう、24時間体制で人類は監視されているのだ。

 だから、本名を明かしても、配信者の住所特定からの凸だのストーカー被害だのが未然に防がれるのだ。

 

「ええと、好きなゲームは……乙女ゲームで、主にライブ配信の時にプレイします。でも……、動画配信している主なジャンルは……RTAやスーパープレイ向きのゲーム……です。ヨシちゃんと一緒で……好きなゲームと配信するゲームは違いますね……!」

 

『ほーん』『トークは苦手そうな子だな』『まあ、まだ配信開始から半年経っていませんから』『慣れればそのうちこなれていくさ』『でも配信者で一級市民なんだろう? もっとトーク力がないと』『違うんだよなぁ。こういう初心者っぽいのも、またいい味があるんだよ』

 

 ふむ。厳しめの意見もあるが、おおよそ受け入れられている感じかな?

 トーク力は、それこそ配信を続けていくうちに自然と身につくだろう。スーパープレイにトーク力も兼ねれば、いずれはトップの配信者に躍り出られる可能性がある。俺的に注目の配信者だぞ!

 

「スーパープレイが売りと言われていますが……私、ゲーム初心者で……そんなにゲーム得意じゃありません」

 

『お前がゲーム得意じゃなかったら誰が得意なんだよ!』『RTAの記録いっぱい打ち立てているんだよね?』『得意か得意じゃないかといえば得意じゃないと思う』『本気か。いったい何者なんだ、ノブちゃん……』

 

 うーん、このあたりは謎だな。ノブちゃんの配信をいくつか見てきたが、どれもすごいプレイにしか見えなかったんだが。

 

「ヨシノブを名乗っていますが……これはヨシちゃんの徳川将軍の名前にちなんで名づけました……。えっと、私、実はヨシちゃんのフォロワーなんです。ヨシちゃんを見習って、いっぱいゲームを頑張りたいです……!」

 

 フォロワーとは言っても、俺とノブちゃんでは、配信スタイルも人間性もかなり違う。

 正直、視聴者層はそんなに被っていないだろう。だからこそ、コラボ配信をすれば両者とも一気に視聴者増につながる可能性があった。

 

「えっと……私からは以上です。次、ヒスイさんお願いします……」

 

「はい。私はニホンタナカインダストリのミドリシリーズ、業務用ガイノイドのヒスイです。ヨシムネ様のサポートを主業務として、動画配信を行なっております。ヨシムネ様の配信チャンネルへの動画アップ、SNSでの広報、他、編集業務やプレイするゲームの選定、テストプレイなどを担当しており、配信本番ではカメラワークやヨシムネ様への助言等を行なっております」

 

『ミドリちゃんさんの姉妹機だ!』『わー、ヒスイさん可愛い!』『業務用が個人の配信サポートやっているとかすごいよね』『クレジットを湯水に捨てるかのごとく!』『だがそれがいい』『ヒスイさんなくしてヨシちゃんの配信は成り立たない』

 

 ヒスイさんも人気だなぁ。

 

「みなさま、ありがとうございます。確かに、ヨシムネ様はうっかりも多く、私のサポートなしでは配信を任せられません。姉として、ヨシムネ様の足りない部分を補っていければと思っております」

 

 しんらつー! そんなこと思ってたのヒスイさん!

 

「本日も、サポート役として陰ながらお二人を支えさせていただきます。以上です」

 

 ヒスイさんがおじぎをすると、視聴者達から拍手が流れる。

 続いて、俺が司会役として進行を引き継ぐ。

 

「うん、自己紹介はこれでいいかな。じゃあ、次。ゲームに入る前に、コラボ配信に至るまでの話を少し説明していこうか」

 

 いつもならすぐさまゲーム開始となるのだが、今回はそれぞれ初見の視聴者を抱えている。なので、ここまでの経緯に触れておくことにした。

 

「始まりは、俺がライブ配信でプレイした『最果ての迷宮』というローグライクゲームにある。先月、五日間に渡ってこのゲームの配信を行なった。だが、なかなか骨のあるゲームで、五日間では十分の一も進行することはできなかった……」

 

『そりゃそうよ』『100ステージあるゲームを五日間だけだからな』『なかなか見応えのあるゲームだった』『ノブちゃんが踏破したあのゲームか……』

 

「そう、俺がプレイを行なった数日後、フォロワーのノブちゃんは、その『最果ての迷宮』のRTA動画をアップした。すごいよな。あんな骨太ゲームをまさか短期間でRTAするとか、正直信じられなかったよ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「いや、ノブちゃん。責めているわけじゃないんだ。そして、ノブちゃんのRTA動画を見て、自分のフォロワーだと知った俺は、ピンときた。コラボ配信したら面白いんじゃね? と」

 

 そう、最大の理由はピンときた、なのだ。深い意味はない。

 

「補足しておきますと、ヨシムネ様がこれまで行なったコラボ配信は、『MARS』のグリーンウッド卿と、『St-Knight』のクルマム氏の二名のみとなっております。そのため、経験則から配信が面白くなりそうという判断は下せません。今回は、全てヨシムネ様の興味本位と言えるでしょう」

 

「ヒスイさん、もう少し歯に衣着せて!? それで、面白くなりそうとノブちゃんと連絡取ったら、予想以上に可愛いキャラをしていたんで、こうしてコラボ配信に至ったわけだ」

 

「可愛い……。こ、光栄です」

 

「うんうん、ノブちゃん可愛いよね」

 

『お前の方が可愛いよ』『三人とも属性被っていないから面白いわぁ』『ノブちゃんのよさが解るのは俺だけでいい……』『俺を置いていくなよ』『俺も俺も』

 

 ノブちゃん人気だなー。さすが配信で一級市民をやっているだけある。

 

「正直、俺とノブちゃんでは、ゲームの腕は天と地の差がある。でも、俺は恐れずにノブちゃんと一緒にゲームをプレイするぞ! というわけで、今日はノブちゃんと協力プレイをしていこうと思う。プレイするゲームは、こちら!」

 

 そう言いながら、俺はヒスイさんの方を手で指した。すると、ヒスイさんは両手にゲームアイコンを出現させる。

 

「『Astral Spirits』! ベルトスクロールアクションゲームを二人でプレイするぞー」

 

 俺が宣言すると、背景で花火が上がり、ファンファーレが鳴った。

 おおっと、ヒスイさん。今日は今までにない派手な演出だな!

 

『アクション!』『ヨシちゃん得意ジャンルで来たか』『ノブちゃんもアクションはすごいんだよなぁ』『つまり二人合わせると……!』『ドキドキしてきた……』

 

「それじゃあ、早速、ゲームを開始していくぞ!」

 

 そういうわけで、コラボ配信はゲームパートへ。

 何か面白いことが起きれば最上だが、今回は単独での配信ではない。放送事故等なく終えられるよう、気をつけていこう。

 



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158.Astral Spirits(ベルトスクロールアクション)<1>

 ヒスイさんの操作でゲームが起動する。タイトル画面は、自然にあふれた島を上空から見下ろした構図だ。

 俺は今、宙に浮いた状態で島の上にいる。

 隣をちらりと見ると、ヒスイさんとノブちゃんの姿も見える。ノブちゃんはどうやら高所恐怖症ではないようで、真っ直ぐ島を見つめていた。

 俺は安心して、この島について話し始める。

 

「あの島が、このゲームの舞台だ。名前はエルドラド島。古代の遺跡が眠る伝説の島と呼ばれていて、その遺跡に挑む冒険者がプレイヤーキャラクターだ」

 

 俺のその説明に、ヒスイさんが追加で言う。

 

「エルドラド島にはモンスターがはびこっており、遺跡発掘の妨げとなっています。殺すと消滅する謎のモンスターで、そのモンスターの発生原因を突き止めることが、この島にいる冒険者の使命とされています」

 

『こってこてやね』『王道ファンタジー!』『古代遺跡! モンスター! 冒険者!』『奥にいるのは悪魔の王か邪悪なドラゴンか……』

 

「うんうん、まさに王道の中世風ファンタジー世界観だな。ノブちゃんは乙女ゲームが好きだっていうけど、中世風ファンタジーの貴族令嬢になって貴族の令息とかと恋愛するゲームはよくやっているのか?」

 

「えっ。あ、その……乙女ゲームは……20世紀の学園が舞台のゲームが多くて……中世レベルの文明が舞台の作品は……少ないです。ファンタジーも……割と少なめ……かな?」

 

「へえ、俺がいた21世紀の頃のギャルゲーと、あまり違いがないんだな。確か、日本で最初に出た乙女ゲームは、中世風ファンタジーだった記憶があるけど」

 

「はい……! 西暦1994年の発売ですね……!」

 

「俺がまだ小学生になるかならないかくらいか……さすがにその頃は、ギャルゲーにも乙女ゲームにもアンテナ張っていなかったな」

 

『ゲーム史の話かぁ……』『ゲーム黎明期の生き証人がいるってすげーな』『20世紀といえば創作で人気の年代だよなぁ』『20世紀末とか歴史ドラマの定番ですよね』

 

 へえ、20世紀ってそんな人気なのか。

 俺がいた頃の日本でいう、戦国時代みたいな扱いなのかもしれないな。

 

「というわけで、中世風ファンタジー世界で冒険者になってベルトスクロールアクションをするぞ! 二人プレイモードでスタート!」

 

 タイトル画面から二人プレイモードを選択すると、眼下にある島の端、小さな町に身体が吸い寄せられていく。

 石畳が敷き詰められた道に、レンガの建物が並ぶ町だ。俺達三人はその町を浮遊するように移動していき、一つの建物の中に入った。

 そこは、酒場だった。

 だが、ただの酒場ではない。客層が特殊なのだ。

 席に座って酒を飲み交わしている者達は、いずれも武装している。彼らは全員、冒険者だ。

 

『キャラクターを選択してください』

 

 そんなメッセージが表示され、一時的に動かなくなっていた身体が自由になる。

 

「ここは、冒険者が集まる酒場だな。いわゆる定番の『冒険者の酒場』ってやつだ」

 

「定番……ですか?」

 

 冒険者の酒場という言葉にあまり聞き覚えのないのか、ノブちゃんが不思議そうな顔をする。

 そんなノブちゃんに、俺は語りかける。

 

「俺の配信視聴者には一度言ったことがあるかもしれないが、ファンタジーもので冒険者が集まる場所の定番は、冒険者ギルドと冒険者の酒場の二種類があるんだ」

 

「なるほど……!」

 

「冒険者ギルドは、戦士や魔術師といった様々な職種の冒険者が集まって登録する施設で、領土や国をまたいだ巨大組織であるパターンが多い。コンピュータゲームジャンルでは『アークザラッド』シリーズの『ギルド』や『モンスターハンター』シリーズの『ハンターズギルド』で有名になった概念だな」

 

 俺はそのどちらのゲームもプレイしたことがある。名作だ。

 

「テーブルトークRPGで定番とされている職業ギルド……戦士ギルドや魔術師ギルド、盗賊ギルドと比べると、冒険者ギルドは割と有名になるのが遅かった概念だったと以前ネットで言われていたな。それでも西暦1980年代の日本の漫画ですでに、様々な職種の冒険者が一堂に会する『ギルド』が登場していたようだ」

 

『冒険者ギルドは今でも定番の概念だな』『実在の歴史のギルドとは、だいぶ様相が違うよね』『そうかぁ。そんなに昔からある概念なのかぁ』『美人受付嬢いいよね……』

 

「んでもって、冒険者の酒場は、戦士ギルドや魔術師ギルドに所属する冒険に行きたい職業人が集まって、PT(パーティー)を組む場所だ。そして、店の店主から仕事を斡旋してもらってクエストに旅立つというのが、テーブルトークRPGのシナリオ冒頭に採用されているギミックらしい」

 

「テーブルトークRPG……。私には……絶対無理な遊びです……」

 

「いやまあ、俺もテーブルトークRPGはやったことないから、ネットで聞きかじったあやふやな知識だぞ」

 

 テーブルトークRPGとは、一定のルールに従い、会話とサイコロの出目で物語を進める冒険ごっこだ。複数人がテーブル席について進行する遊びなので、テーブルトークと名前がついている。

 コンピュータゲームは子供の頃から散々やってきたが、テーブルトークRPGやトレーディングカードゲーム、ボードゲームなどといったアナログな遊びについて、俺は全然詳しくない。なので、俺が持つ冒険者の酒場に対するイメージも、パソコンで遊べるフリーゲームがもとになっている。

 

「さて、そういうわけで、この酒場には様々な職種の冒険者が集まっているわけだな。この中から操作するキャラクターを選ぶわけだが……」

 

「はい……! 私達は自作キャラクターですね……!」

 

 ノブちゃんのそんな言葉に、俺はうなずく。

 そして、テーブル席に着いている冒険者を無視して、壁の一角に近づいていく。

 壁には、『パーティーメンバー募集中!』という文字と共に、キャラクターの似顔絵が描かれた紙が貼り付けられている。

 俺の顔、ノブちゃんの顔、そしてヒスイさんの顔が描かれた計三枚の紙がある。これは、俺達が事前に作成したキャラクターだ。

 

 俺は、自分の似顔絵が描かれた紙の端を握り、勢いよく引っ張った。紙は壁に糊でくっついた部分から剥がされ、俺の手の中に収まる。

 すると、振り袖姿だった俺の服装が、白のセーラー服に変わった。さらに剣帯が腰に巻かれ、鞘に入った打刀と脇差しが一本ずつ剣帯からぶら下がっている。

 

「ヨシちゃん、ワイルドですね……それじゃあ私も……えいっ!」

 

 ノブちゃんも自分の似顔絵が描かれた紙を壁から剥がし、その姿を変える。

 中華っぽい服に、膨らんだズボン。手には手甲がはめられており、足には膝当が装着されている。長物は持っていない。格闘職か。

 

『おおー、ノブちゃん雰囲気出てるね』『ヨシちゃんは……なんでセーラー服?』『中世風ファンタジーどこいった』『21世紀からトリップしてきたのかな?』

 

「俺の中でサムライ女といえばセーラー服なんだよ! というわけで、俺はヒューマン族のサムライだ。ノブちゃんは?」

 

「私は……オーガ族のモンク……です」

 

 オーガ族とはまた思い切ったなぁ。

 見た目は現実準拠のようだからオーガ族の身体的特徴は出ていないが、キャラクター性能は相当尖っているだろう。

 オーガ族はいわゆるパワータイプの種族で、モンクは素手で戦う職業だ。

 

「つまり、ハガー市長みたいなキャラか……。ダブルラリアットとかするのかね」

 

「は、はがー……? ダブルラリアットはしません……現実準拠のアバターにしてしまったので……リーチが短くて……」

 

 あー、格闘キャラは、手足の長さがもろに影響するよね。ノブちゃん小柄だからなぁ。

 生身の人間じゃなくてワカバシリーズのガイノイドボディだから、成長が足りないとかではなくて、わざと小柄にしているんだろうけど。

 

「ま、大丈夫だろ。それじゃあ、行くぞー!」

 

 キャラクターを選んで、酒場の外に出たらゲーム本編開始だ。

 俺は、西部劇の酒場に出てくるような胸の高さまでしかない扉を手で押し、外へと出た。その後ろをノブちゃんがついてくる。ヒスイさんはいつの間にか姿を消していた。

 

 そして、オープニングナレーションが始まる。

 簡単に言うと、エルドラド島の古代遺跡の発見で、世は大冒険者時代を迎えたって感じだ。

 

 ナレーションが終わると、俺とノブちゃんは草原に出現した。

 腰ほどもある長い草が生い茂る中、それを突っ切るように広い道が一本真っ直ぐ通っている。

 

「この真ん中の道が、ゲームのステージだな。ベルトスクロールアクションのベルトってやつだ。そのベルトの範囲からは出られない。試しに草に突っ込んでみると……」

 

 道からそれて草地に入ろうとすると、透明な壁に阻まれた。

 

「と、まあ決められた範囲を前に進む、つまりスクロールしていくのがベルトスクロールアクションだ。ヒスイさん、補足ある?」

 

『いえ、問題ありません』

 

「んじゃ、説明は以上だ。あとはクリア目指して頑張るぞ!」

 

「……はい! 私も……頑張ります……! モンクなので……回復は任せてください……!」

 

 ノブちゃんも気合い十分のようだ。このゲームのモンクは、いわゆる僧兵だ。素手の格闘術で戦うほかに、神の奇跡を行使してHP(ヒットポイント)を回復できる。回復にはMP(マジックポイント)を消費するが、HPが回復できるというのは大きな助けになる。

 ヒーラーを率先してやってくれるなんて、ノブちゃんの優しい性格がにじみ出ているようじゃないか。

 

「あ、そうそう。一応、第一ステージクリアまでは事前にプレイしてきたぞ。いつもみたいに、ぶっつけ本番で操作方法を覚えるというわけにはいかないからな」

 

『ヨシちゃん、いつも動きの確認から始めるからな……』『放送事故一歩手前ですやん』『初見じゃないのか』『初々しいヨシちゃんが見られないだと……?』

 

「ノブちゃんも一面まではやってきたよな?」

 

「私ですか……? ゲームクリアまで……予習してきました……!」

 

「えっ!」

 

『ガチやん』『マジかよ』『これは、ヨシちゃん置いてきぼり決まりましたな』『協力プレイという名の寄生プレイですね』

 

 いやいやいや、まさかそこまで本気でやりこんでくるとは。

 ノブちゃんは石橋を叩いて渡るタイプなのかね。

 まあ、楽勝でクリアできてしまっても、それはそれで構わないか。一緒に楽しくプレイする姿さえ見せられれば、それでいいのだ。コラボ配信ってそういうものだろう、多分。

 

「……だ、駄目でしたか? ごめんなさい……」

 

「いやいや、問題ないぞ。よし、進むぞー!」

 

 俺はそう言って、草原の道を前方に向けて進み始めた。

 すると、早速、モンスターが登場する。巨大な白い兎が二匹だ。

 兎の額には角が生えている。アルミラージ、という名前が頭に思い浮かんだ。まあ、本当にアルミラージかは知らないが。

 

 俺は剣帯にぶら下げた鞘から打刀を抜き、兎の片方に近づいていく。

 そして、打刀を振りかぶったその瞬間――

 

「てりゃあああ!」

 

 ノブちゃんの気迫の入った声が聞こえ、何かが背後から迫ってくる気配がした。

 俺は打刀を振り下ろす手を止め、とっさに背後を振り向く。

 

 すると、フライングクロスチョップの姿勢を取ったノブちゃんが、こちら目がけて高速で飛んでくるのが見えた。

 

「ええー!?」

 

 ノブちゃんの攻撃が、俺と兎を巻き込んで炸裂する。

 予想外の一撃に吹き飛ばされた俺は、無様に地面を転がった。

 

『うわあ』『なにこれ』『いきなりのフレンドリーファイア!』『盛り上がってまいりました!』

 

「ごめんなさーい!」

 

 地面から起き上がりながら俺が目にしたもの。

 それは、ノブちゃんが謝罪の言葉を口にしながら、もう一匹の兎をものすごい勢いで殴りつけている光景であった。

 

 ……いったい何がどうなってこうなった。

 



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159.Astral Spirits(ベルトスクロールアクション)<2>

 俺が呆然としている間に、ノブちゃんは兎モンスターを二匹とも蹴散らした。

 そして、モンスターが消滅すると同時に、俺の方に向き直り、謝りだした。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

「あー、いや、このゲーム、フレンドリーファイアあるから気をつけよう」

 

「ごめんなさい……練習は一人でやっていたので……フレンドリーファイアが念頭になくて……」

 

「あはは、じゃあ、ノブちゃんは初見プレイみたいなもんだな」

 

 俺は事前に練習としてヒスイさんと二人で第一ステージをクリアしたので、一応二人プレイには慣れている。

 ノブちゃんが慣れていないなら、俺の方から距離感に気をつけることにしよう。

 

『ノブちゃんも失敗ってするんだな』『クリアまでプレイしたのにか』『協力プレイに慣れていないんだな』『ノブちゃんぼっちだから……』『コラボ決まったときの配信すごく嬉しそうだったもんね』

 

 そんな視聴者のコメントに、ノブちゃんが反応する。

 

「はい……私、昔から友達いなくて……」

 

 ふむ。子供時代の遊び相手とかいないのかな。

 あ、そうか。

 

「ノブちゃんは養育施設出身じゃなくて、親元で育てられたから、一緒に育った友達がいないんだな」

 

「はい……人といっぱい話す機会は……配信を始めるまでなかったので、上手にトークができなくて……」

 

 なるほど、ノブちゃんが口下手なのはそういう経緯があったわけだ。

 

『大丈夫だ。ノブちゃんには俺達がいる!』『そうだ、ぼっちなんかじゃない』『複数人プレイを練習したいときは視聴者を呼んでもいいんですよ?』『そういえばノブちゃん、視聴者参加型企画やったことないな』

 

「みなさん……ありがとうございます……!」

 

 うんうん、よかった、よかった。

 

「それじゃ、まずは俺がお友達第一号ということで、一緒にこのゲームをクリアしようか」

 

「はい……!」

 

『ちゃっかり第一号の座をかっさらっていくヨシちゃん』『おのれ……!』『でもヨシちゃんなら……まあ……』『古参視聴者たる俺が許す』

 

 ゆ、許された。

 まあ、ノブちゃん側の視聴者に異存がないなら、それでいい。

 

「それじゃあ進んでいこうか。お互い、距離には気をつけよう」

 

 このゲームのフレンドリーファイア、身体に衝撃が届くだけじゃなくて、HP(ヒットポイント)もしっかり減るからな。そんなゲーム選ぶなとヒスイさんに言いたいのだが、ヒスイさん曰く、それくらい難点があるゲームじゃないと俺達二人にとって簡単すぎる、らしい。厳しいなぁ。

 さて、気を取り直してゲームを進行しよう。

 

 踏み固められた道を前方に進んでいくと、今度は紫色の肌をした子供サイズの人型モンスターが出てきた。

 おそらくは、ゴブリンだ。それが三匹。

 

 俺はノブちゃんの位置に注意を払いつつ、打刀で端にいるゴブリンを攻撃した。

 六回ほど斬りつけたところで、ゴブリンが消滅する。

 ノブちゃんも一匹倒し終えたようだ。残りの一匹に向かう……というのはちょっと待とう。多分、ノブちゃんが攻撃しようとするはずだ。

 

「えーい!」

 

 うん、やっぱり。フライングクロスチョップで残りの一匹の方に飛んでいったぞ。そして、そのまま高速の乱打でゴブリンを倒した。

 

『まーたノブちゃんは、そんなヨシちゃんを巻き込みそうな移動をして……』『多分この攻撃が、一番移動が速いから採用しているのだと思う』『ガチ勢特有の効率思考……!』『ノブちゃん、距離感、距離感大事にしよう!』

 

「ご、ごめんなさい……! 私……本番では練習通りにしか動けなくて……!」

 

「マジでか……」

 

 クリアするまで作ったパターン通りにしか動けないってやつか。

 

「もしかしてノブちゃん、アドリブに弱い?」

 

「ゲームは下手なので……、初めて見る状況は苦手です……」

 

『スーパープレイヤーじゃないのか』『違うんだなぁ』『ノブちゃんは圧倒的な練習量で、ゲームの腕をカバーしているだけだよ』『今回の場合、二人プレイの練習が一切できなかったから、一人プレイの動きを必死にやっているんだと思う』

 

 そうだったのか。

 ノブちゃんはゲームがすごく上手い人じゃなくて、すごく練習する人だったと。

 

「ノブちゃん、『最果ての迷宮』のRTA動画の練習って、どれくらいやった?」

 

「時間加速機能を使って……ええと……休憩を含めて八ヶ月くらい?」

 

「マジかよ……よく一人でそんなに練習重ねられるな……」

 

「ヨシちゃんも……『-TOUMA-』で……長期間プレイをやっていましたよね……? それを見習ったんです……!」

 

「ええっ、それ絶対、見習わない方がいいやつだぞ。それに俺は、ヒスイさんがいたから孤独に耐えられたわけで……」

 

「確かに……一人で練習するのは寂しいですね……。あっ、でも、ときどき休憩して……乙女ゲームをやっていますから……」

 

『ゲームの疲労をゲームで癒す』『あるある』『ノブちゃん、サポート用の高度有機AI導入した方がよくない?』『インストール用のボディ高いだろ』『リアル用のアンドロイドボディは高いけど、ソウルコネクト用のインストール機器は一級市民の配布クレジットがあれば、そこまででもない』

 

「なるほど……勉強になります……!」

 

 あー、AIって別にアンドロイドを用意しなくてもいいのか。

 VRに接続できるパソコンみたいなのさえ用意すれば、そこにインストールしてVR上でのサポートはやってもらえると。AIにも人権はあるから、リアルのボディは必須だと思っていたよ。

 

 それはさておき、また雑談で中断してしまったので、ゲームを進めないと。

 

「ノブちゃん、とりあえずフライングクロスチョップは封印しよう」

 

「えっ……でも、あれがないと……どうやって移動したらいいか……」

 

「いっそのこと、練習した内容は忘れよう! お互い、初見プレイの気持ちで挑むんだ」

 

「でもそれだと……私……下手なので足を引っ張るかと……」

 

「問題ない、問題ない。お互いの弱点をカバーし合うのが協力プレイだ」

 

 それっぽい言葉で話を締め、ステージの前方へと進む。

 再び現れる兎とゴブリン。それらを慎重に処理していく。

 

 ノブちゃんも、ちゃんとフライングクロスチョップを封印して、一匹ずつ慎重に殴っているようだ。

 だが、その動きには先ほどまでの精細さはない。練習通りに動けないとなると、ただの攻撃も上手くできないようだな。

 ときおり敵の反撃を受けているのが判る。

 

「しかし、VRでベルトスクロールをやると、ここまで雑魚狩りが楽しいのか」

 

 雑魚を次々となぎ倒していく爽快感がすごい。ベルトスクロールアクションらしく敵は頑丈だが、攻撃回避が任意でできるので、思っていたよりもサクサクと敵の処理ができている。

 

「私は……これが初めてのベルトスクロールなので、よく解らないです……」

 

 そんな会話を混ぜながら敵を蹴散らして進んでいくと、やがて木が立ち並ぶ森の前に到着した。

 そして、その森の中から、一匹の巨大なモンスターがのっそりと出てくる。

 

 棍棒を持った人型の青肌巨人。オーガか? ああ、オーガはプレイヤーの種族だから、もしかしたらトロールかな。

 BGMが切り替わり、敵のHPゲージが視界の上部に表示される。

 

「よし、ノブちゃん、第一ステージのボス戦だ! 攻撃が強烈だから、上手く避けていこう!」

 

「はい……!」

 

 そして始まるボス戦。雑魚敵は登場しないので、ちょうどボスを挟み撃ちにするように位置取りを工夫した。

 

「あ……これなら……好きなように殴れます……!」

 

 俺がボスを挟んで反対側にいるので、フレンドリーファイアを気にしなくてよくなったノブちゃんが、急に高速の乱打を始めた。

 それに反応したボスが反撃をするが、ノブちゃんはそれを上手くかわしていく。

 

 よし、それじゃあ俺も攻撃開始だ。

 打刀で隙だらけの背中を斬りつけ、わずかながらHPゲージを削る。

 

 すると、前後から攻撃されたボスモンスターが、一度に俺達二人を攻撃するように棍棒で三六〇度全部をなぎ払った。

 

「きゃあ!」

 

 おっと、ノブちゃんが被弾したぞ。吹き飛ばされて転んでいる。

 

「し、知らない行動パターン……!」

 

 起き上がりながら、ノブちゃんがそんなことを呟いた。

 

『ソロプレイじゃ見られない攻撃か』『ボス戦はそういうやつ多そうだな』『つまり、ほぼ初見プレイみたいなもんか』『ノブちゃん頑張れー!』

 

「ノブちゃん、大丈夫か?」

 

 俺はノブちゃんに追撃がいかないよう、ボスモンスターに攻撃を加えて注意を引きながら、そう尋ねる。

 

「大丈夫です……! フレンドリーファイアがないなら……想定外の攻撃程度どうにかします……。今まで、高度有機AIサーバ接続プレイも、してきましたので……!」

 

 あー、確かに、高度有機AIサーバに接続すると、ゲームの敵が知性ある思考をするようになって、見たことがない攻撃を繰り出すようになるんだよな。

 と、そんなことを考えている間にも、ボスモンスターの攻撃が俺を襲う。

 だが、第一ステージのボス程度の攻撃、VRのアクションゲームに慣れた俺が食らうわけもない。

 

「加勢します……!」

 

 起き上がったノブちゃんが、ボスモンスターの背後から攻撃を開始する。

 前後から挟み撃ちにされ、ボスモンスターは叫び声を上げ、めちゃくちゃに暴れ回る。

 俺はそれをなんとかかわしたが、ノブちゃんは攻撃を受けてしまった。

 と、ノブちゃんのHPの残りがやばい。

 

「ノブちゃん、回復魔法だ!」

 

「えっ、あっ、えっと、あー……!」

 

 俺に話しかけられて焦ったのか、ノブちゃんの動きが鈍り、ボスモンスターの蹴りをもろに受けてしまった。

 そして、ノブちゃんのHPがゼロになってしまう。

 

「ノブちゃーん!」

 

『ノブちゃんが死んだ!』『おのれオーガ!』『今のは、ヨシちゃんが戦犯じゃない?』『いきなり話しかけるから……』

 

 いやいや、話しかけた程度で戦犯扱いされても困るぞ。

 地面に倒れ、動かないノブちゃん。

 だが、これはゲームだ。本当に死んだわけではない。なので、復活ができる。

 

 ノブちゃんのHPが全回復し、ノブちゃんはその場で起き上がった。

 

「ごめんなさい……! 復活しました……!」

 

「おう、攻撃再開だ!」

 

『ちなみに、復活可能回数は無限に設定してあります。ですので、今回の配信でゲームオーバーはありません』

 

 復活したノブちゃんについて、この場にいないヒスイさんの解説が入る。

 ゲームオーバーにならないのは、ありがたいな。お互い足を引っ張ってしまっても、気兼ねなく進行ができる。

 

 そして、再び二人での挟み撃ちが始まる。

 ベルトスクロールアクション特有のボスのしぶとさを感じながらも、確実に敵のHPゲージを削っていく。

 そして――

 

「倒したぞー!」

 

「やりました……!」

 

 ボスモンスターは倒れ、ちりとなって消えていった。俺達二人は、その場で拳を握り、天に向かって突き付けた。

 

『おめでとう!』『一回死んだけど、なかなかの動きじゃん』『というかヨシちゃんHP減ってねえ』『ヨシちゃんやばくない?』

 

「ふふふ、俺はアクションゲームが一番得意だからな。散々練習した成果だ」

 

「やっぱり練習は……大事なんですね……!」

 

 おおっと、ノブちゃんに余計なことを吹き込んでしまったか。

 ああ、でもノブちゃんはスーパープレイで一級市民になっている配信者だ。

 圧倒的な練習量がそれを支えているというのなら、練習はいいこととしっかり覚えさせておくのは、彼女の今後のためになるのかもしれない。

 

「さて、次は森林ステージだ。ここから先はプレイしていないから、どんな敵が出てくるか楽しみだ」

 

 俺がそう言うと、先を知っているノブちゃんが「うふふ」と笑って言った。

 

「意外な展開が……待っていますよ……!」

 

 そりゃあ楽しみだ。

 俺達は意気揚々と、森林に足を踏み入れるのであった。

 



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160.Astral Spirits(ベルトスクロールアクション)<3>

 第二ステージは、森林を切り開いた道を進むステージだった。

 草原にあった道と同じ幅の道が森の中に存在しており、その道の所々に木が生えていて障害となっている。

 

 登場する敵は頭に刃を持つ鹿や大型の狼といった、四つ足の動物系モンスターだ。

 

「鹿はまだいいが、狼は体高が低いから打刀で攻撃しづらい……!」

 

「私は……蹴りで倒せるので……こちらに任せてください……!」

 

「いや、俺もこういう敵に慣れていかないと。素手での格闘でなら、チャンプの道場で散々戦ったんだがなぁ」

 

 そんな会話を繰り広げつつ先へと進み、ボスモンスターであるワーウルフと戦いになる。

 ボスモンスターは取り巻きとして雑魚モンスターの狼を連れており、混戦となる。

 だが、それがノブちゃんには都合がよかったのか、フレンドリーファイアを気にすることなく、縦横無尽に駆け回って大活躍をした。

 

 無事にボスモンスターを倒し、森林の次は洞窟ステージが待っていた。

 だが、ただの洞窟ではない。ところどころに光り輝く照明が取り付けられており、少し進むと直立した壁に壁画が描かれている区画になった。どうやら、人工的な洞窟のようだ。

 俺は先へ進むのを一旦やめ、壁画を眺めることにした。

 

「うーん、巨大蜘蛛が人間と戦っている図か?」

 

「うふふ……なんでしょうねえ……」

 

「あー、ノブちゃんはクリア済みだから、これが何かは知っているのか。うっかりネタバレしないよう気をつけてくれ」

 

「はい……! あの驚きを……ヨシちゃんにも味わってほしいですから……!」

 

 驚きの展開が待っていることは確かなようだ。

 壁画を見終わり、コウモリモンスターが飛び交う洞窟を進む。

 洞窟の出口が見えてくるが、その出口を守るように、岩石でできたゴーレムが立ちふさがっていた。このゴーレムが第三ステージのボスモンスターのようだ。

 

「打刀でゴーレム斬るとか、ゲームじゃなかったら折れ曲がっていたところだ」

 

「私も……手甲があるとはいえ……岩の塊を殴るのは、やりたくありません……」

 

「でもリアルじゃ俺達アンドロイドだから、岩の塊くらい殴り砕けそうだ」

 

「うふふ……そうですね……」

 

 ときおりコウモリが飛来する中、ゴーレムとの戦闘が続く。

 いいかげんノブちゃんも慣れてきたのか、俺に突撃してくることはなくなっていた。

 

 さすがの俺もここまで一切のダメージを受けないわけではなかったが、ノブちゃんの回復魔法で残りHPには余裕があった。

 俺は死ぬことなく、サムライの特殊能力である強力な剣技でゴーレムの撃破に成功した。

 

 このゲームの職業(クラス)には、サムライの他に剣を使うソードマンがいる。

 ソードマンが盾を持った攻防一体型なのに対し、サムライは攻撃に偏った近接職だ。正直盾の扱いには慣れていないので、このサムライという職業は俺にピッタリな役割であった。

 

 打刀を鞘に収め洞窟を出ると、その先には一面の荒野が広がっていた。

 荒野の向こうに見えるのは……。

 

「何かでかい建物があるな。あれが古代遺跡か?」

 

「はい……古代の砦ですね……」

 

 第四ステージは荒野から始まり、途中で砦の中に突入した。

 出てくるモンスターはスケルトンだ。剣や槍、中には弓を装備している者までいる。

 

 だが、人型の敵は俺の得意の相手だ。

 だんだん動きがよくなってきたノブちゃんと一緒に、俺はスケルトンを蹴散らしていく。

 そして、砦の一番奥には、ローブをまとい、杖を持った骸骨……おそらくリッチであろう存在が待っていた。

 

 遠距離魔法を飛ばしてくるボスモンスターで、さらに黒い狼を取り巻きとして召喚してくる。

 

「狼を盾にして、自分は後ろから魔法って戦法か。敵ながらやっかいな」

 

「ヘルハウンドは、私が引きつけます……! ヨシちゃんは……リッチを……!」

 

「役割分担だな。よし、ボスは任せろ!」

 

『ノブちゃん格好いいな』『もう完璧にコンビじゃん』『ヒスイさんよりコンビしているな』『ヒスイさんは基本解説役だからなぁ』

 

 いやあ、ヒスイさんと一緒にプレイすると、ヒスイさんがあまりにも上手すぎてなぁ。手加減してもらうのは何か違うし。

 

 と、そんな視聴者の声を聞きつつ、攻撃を繰り返し、やがてリッチは倒れた。

 リッチはちりとなり、跡形もなく消え去る。すると突然、ステージの床に巨大な魔法陣が描かれ始めた。

 

「おおー、なんだろう」

 

 俺がそう言うが、ノブちゃんはネタバレに注意してくれているのか、「うふふ」と笑うのみだ。

 やがて魔法陣が完成し、床からまばゆい光が発した。

 

 そして、気がつくと俺は、砦の内部から開けた廃墟の街に移動していた。

 

「おっ、転移したのか」

 

「砦と都市が……転移魔法陣で繋がっていた……そんな設定です」

 

「設定も調べてあるんだ」

 

「はい……モンスターの……名前とかも……」

 

「ヒスイさんいらずだなー」

 

『まことに遺憾です』

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ヒスイさんの言葉に、ノブちゃんがとっさに謝る。

 

『冗談ですよ』

 

 いや、多分、今のヒスイさんの声音は冗談じゃなかったな……。

 本人が冗談と主張しているならそれでいいか。気にせず、ゲームを進めていこう。

 

 第五ステージの廃墟の街は、大通りを一直線に進むようだ。そして、大通りの向かう先には、崩れた城が建っている。

 俺達二人は、襲ってくるゾンビやスケルトンを倒しながら、一歩ずつ城に近づいていった。

 

「一度に出る敵の数増えてきたなー」

 

『そう言いつつ、危なげなくなぎ倒してんな』『得意ジャンルだからって、ヨシちゃん張り切っているなぁ』『背後からの攻撃それどうやって避けてんの?』『チャンプと同門なら殺気でとか言い出しそうだな……』

 

 いや、別に俺は人間辞めてないからな? ゲームシステムで未来視系の超能力は抑えられているし。

 まあ、別の意味で人間辞めてアンドロイドボディにはなっているけど。

 

 と、そんなことを考えている間に、城に到着する。

 屋根が壊れて雨ざらしになっており、大理石か何かでできた床は薄汚れている。

 俺達は真っ直ぐ城の廊下を進んでいき、やがて玉座の間に到着する。

 

 だが、何もいない……。

 そう思っていたら、突如、空の上から何かが飛来した。

 それは、今までのボスとは比べ物にならないほど、大きな存在だった。

 

「ドラゴンか!」

 

「はい……レッドドラゴンです……!」

 

『王道ファンタジーだな!』『こってこてだな』『ここまで王道だと、なんだか安心感がありますね』『そんな中でセーラー服を着るヨシちゃん』『違和感ありすぎる……』

 

 外野から見ると、俺の『ムラクモ13班』スタイルは違和感があるようだ。VRは基本一人称視点だから、その辺解らないんだよな。

 まあ、異世界に剣道少女が迷い込んだ感を出していこう。

 

「ブレスに気をつけてください……!」

 

 そう言って、ノブちゃんが玉座の間に着地したドラゴンに突っ込んでいく。

 よし、俺も全力で行くぞ! 

 ノブちゃんの勇気がドラゴンを打ち倒すことを信じて! 俺達の戦いはこれからだ!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ドラゴンはラスボスではなかったようで、何も言わずに消えていった。人語を解する、知性あるドラゴンではなかったようだ。

 そして、砦と同じように魔法陣が玉座の間に描かれ、また俺達は別の場所に飛ばされた。

 辿り着いたのは、朽ち果てた神殿。

 

 女神像がところどころに立ち並び、敵モンスターとしてリビングアーマーや岩のゴーレムが出現した。

 だが、ここまでくると俺とノブちゃんも慣れたもので、ほとんどダメージを受けることなく攻略していく。

 

 神殿の一番奥に到着すると、そこにいたのは光り輝く謎の人型。

 精霊かそれとも幽霊か。

 敵モンスターの名前が表示されないので正体が判らぬまま、俺達はその相手と戦った。

 そして、HPゲージを削りきったところで、敵の光が弱くなる。

 

『お見事です』

 

「うおお、こいつ喋るぞ」

 

 光が収まった謎の人型。その顔は、神殿内部に立っていた女神像と同じであった。

 

『あなたがたのような存在が、ここまで辿り着くのをずっとお待ちしておりました』

 

 ふむ、何やら語り出したぞ。

 俺は視聴者と一緒に茶々を入れながら、推定女神の言葉を聞いていった。

 

 現在、古代遺跡と言われている場所がまだ現役だったころ、いわゆる古代文明が滅ぶ前のこと。

 当時の文明は魔法を極め、栄華を誇っていた。

 だが、あるとき、当時から見た古代の遺跡から、機械兵器があふれだし、文明を破壊していった。

 

 当時生きていた彼らも黙ってやられていたわけではなかった。

 機械兵器を打倒し、兵器の親玉である機械神を封印することに成功したのだ。

 

 そして、このエルドラド島は、機械神が封じられている場所。この島は、かつて機械兵器が初めて出現した超古代遺跡があった、災厄の始まりの地なのだ。

 機械神の封印は厳重で、これまで千年の間破られずにいた。

 だが、その封印が今、ほころび始めている。

 

 ゆえに、封印の守護者であるこの光る人型、精霊オンディーヌは機械神を打倒できる人間を作り出すことにした。

 

 機械神には物理攻撃は通用せず、魂が込められた攻撃や魔法しか通用しない。

 そこで精霊は、討伐した者の魂を強化する仕組みを持つ、特殊なモンスターをこの島に生み出した。

 そして、数々のモンスターを打倒し、そして最大のモンスターであるレッドドラゴンを倒した俺達二人。その魂はこれ以上ないほど磨かれており、機械神にも届きうる存在となっていた。

 

『機械神が世界に解き放たれる前に……どうか、機械神を打倒してください』

 

 推定女神あらため精霊がそう言い残して、姿を消す。

 そして、再び床に魔法陣が描かれ出した。

 

「返事を聞く前に転移魔法陣かよ!」

 

『スピーディな展開でいいじゃん』『画面端にあったスキップボタンがすごく気になったわ』『ヨシちゃんがいつしびれを切らしてスキップするか、気が気じゃなかった』『まあ、台詞長かったからな』

 

 確かに、スキップボタンは存在したし、ここまでノンストップで進行してきたベルトスクロールアクションだというのに、説明は長かった。

 でも、そこで実際にスキップをするほど、俺は空気が読めないわけではない。

 

 と、そんなコメントを聞いているうちに、転移が完了し俺達はまた別の場所に飛ばされた。

 まず目に入ったのは、空。巨大な魔法陣が空を覆っている。そして、その下に広がっていたのは廃墟だった。

 周囲一帯ががれきの山となっており、ほこりっぽい。

 そして、がれきの山の遠く向こう側に、一際目立つ物が存在していた。

 

 それは、横倒しになった巨大な石像。水色をした、女神の像だ。

 

「ヨシちゃん……見てください……! 自由の女神です……!」

 

「お、おう」

 

「超古代文明は……ニューヨークです……! この世界は……惑星テラだったんですよ……!」

 

「おう、そうだな……」

 

 うんうん、実は舞台は未来の地球(テラ)。解る。解るよ。

 

「『猿の惑星』じゃねーか……!」

 

 倒れた自由の女神に向けて、思わず俺はそんな突っ込みを入れていた。

 



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161.Astral Spirits(ベルトスクロールアクション)<4>

「えっ……猿……ですか?」

 

 自由の女神を見た俺の突っ込みに対し、ノブちゃんが聞き返してくる。

 

「ああうん、『猿の惑星』。猿が支配する謎の惑星に不時着した地球の宇宙飛行士が、ラストで自由の女神を発見して、実は未来の地球に辿り着いたって気づく映画のことな」

 

「なるほど……意外な展開だと思ったのですが……ヨシちゃんにとってはそうではなかったと……」

 

「実は未来の地球……惑星テラだったっていうオチは、ゲームでも多用されているから、視聴者も驚いていないんじゃないかな」

 

『確かに驚くほどではないな』『AIと人類が惑星テラを捨てて、残されたわずかな人間が一から文明復興していたってオチの映画をこの前見た』『魔法は古代科学文明のナノマシンによる作用とか、定番だよね』『ファンタジーかと思ったらSF。それもまた王道』『我が家のような安心感』

 

 謎の大迷宮の奥底に辿り着いたら、新宿が広がっていたって3DダンジョンRPGもあったなぁ。

 

「そうだったのですか……」

 

 うお、ノブちゃんが落ち込んだ!

 よっぽど展開の意外さに自信があったんだな。

 

「いやまあ、定番ではあるけど、話が面白くないわけではないぞ」

 

「そうですか……?」

 

「うんうん、王道っていうのは下手に奇をてらうよりもいい場合だってあるんだ。ベルトスクロールアクションみたいなストーリーよりもアクションが重視されるジャンルだと、王道を貫くくらいでちょうどいいよ」

 

「そうですか……!」

 

 というわけでノブちゃんのテンションが戻ったので、ゲームを再開にする。

 がれきに囲まれた一本の道。それを真っ直ぐ進んでいく。

 

 すると、脇のがれきの山から、敵が出現する。

 それは、人の背の高さ程度のサイズを持つ機械兵器だった。脚が生えており、四本脚の機体と六本脚の機体がいる。

 砲塔が備え付けられており、また、中にはマニピュレーターでブレードを構えている機体もいる。

 

「多脚戦車か! あ、なるほど、洞窟の壁画の蜘蛛はこいつか!」

 

「はい……! 魂をこめられた攻撃しか通用しないという……過去の惑星テラにおける……殺戮(さつりく)兵器です……!」

 

『超能力に弱そう』『でも超能力が使えると言っても、人間が生身で兵器と戦うのはなぁ』『今のヨシちゃん達も生身じゃん?』『ファンタジー世界の住人はゴリラだから』

 

 はい、ゴリラいきますよ。

 というわけで、砲撃をくぐり抜け、ブレードをかわし、多脚戦車を破壊していった。

 破壊した多脚戦車は、その場で爆発を起こして四散し、何も残らず消えるようであった。どうやら、今までのモンスターとはまた違った形で死体を残さないようだ。

 ステージ上に死体が残ったら、邪魔だからな。ベルトスクロールアクションの進行の都合で、そうなっているのだろう。

 

 多脚戦車を倒して進み、途中で追加になった蜂のようなドローンもなぎ倒し、俺達は進む。

 兵器が相手ということで、遠距離攻撃が多めになったので被弾も増えた。

 ノブちゃんが回復魔法を使ってくれるので死んではいないが、俺ももう少し精進しなければいけないな。囲まれて一斉射撃されても難なく回避できるようになりたい。

 

 そうして激戦を繰り広げ、俺達は道の終点に辿り付いた。

 道は途切れており、前方には大きな穴が空いている。そこでしばし待っていると、なにやら地響きが起き始めた。

 大きな音が穴から聞こえてくる。そして、穴からはいだすように巨大な何かが出現した。

 

 それは、三つの長い首を持つ機械のドラゴンだった。

 機械のドラゴンは両の手で穴のふちをつかみ、三つの頭でこちらを見下ろしてきた。頭一つずつにHPが存在するのか、敵のHPゲージが三本視界に表示される。

 

「ラスボス……機械神デウス・エクス・マキナです……!」

 

 ノブちゃんのその言葉を聞き、俺は打刀を構えた。

 

 前に倒したドラゴンよりもはるかに大きい、機械神。攻撃できるのは、頭を地面に下ろしてきたタイミングか?

 いや、穴のふちをつかんでいる手を狙えば……!

 

 俺は、機械神の手に走り寄り、思いっきり打刀で斬りつけた。

 だがしかし、打刀は硬質な音を立てて弾かれ、相手のHPゲージは一ミリも削れなかった。

 

「機械神は頭にあるクリスタル以外は無敵です……! クリスタルを……狙ってください……!」

 

 そう言われて、俺はもとの位置に戻る。そして、機械神の頭を見上げてみると、確かにドラゴンの形をした頭には、目の部分と額の部分にクリスタルでできた弱点っぽい部位が存在していた。

 

『あれ狙うの難しくない?』『ラスボスだけ戦闘ルール変わるのあるある』『ジャンプ攻撃が鍵になるな……』『普通にカウンター狙ったら、質量差で吹き飛ばされるだろうからなぁ』

 

 そんなわけで、俺とノブちゃんの死闘が始まった。

 こちらの攻撃が届くのは、機械神が首を下げてきたときのみ。ジャンプ力はそこそこあるが、それでも巨大な機械神が首を上げれば届かなくなる。

 自然と待ちの姿勢になるが、口から極太ビームを放ってくるので油断ならない。

 だが、それでも確実にダメージを重ね、頭のクリスタルを破壊して一本、二本と機械神の首が落ちていく。

 

 やがて、残り一本だけとなった敵HPゲージはわずかとなり――

 

「ヨシちゃん今です……!」

 

「トドメだ!」

 

 機械神の首を使ったなぎ払いへのカウンターが見事に決まり、機械神のHPゲージを削りきった。

 

「よし、勝ったぞ!」

 

「いえ……まだです……!」

 

「第二形態あんのか!」

 

 穴から完全に身を乗り出した機械神が変形を始め、巨大な砲塔へと変わる。その砲塔の先は、魔法陣が描かれた空に向いている。

 

『拡散波動砲発射まで残り180秒……』

 

 そんなアナウンスが機械神から流れる。そして、相手のHPゲージが復活した。

 

「ヨシちゃん……反撃はしてこないので……時間までに破壊しましょう……!」

 

「お、最後に殴り放題か。弱点は?」

 

「特にないはずです……どこでもいいから……攻撃しましょう」

 

 よし、それじゃあ行くぞー!

 

『フルボッコタイム!』『覚えたコンボ試し放題だ』『二人とも生き生きした顔をしていらっしゃる……』『どんどんボロボロになっていくラスボスの図』

 

 打刀で斬りつければ斬りつけるほど、装甲がはげて内部が露出していく。

 電気がスパークし、火花が散る。

 これが最後だと思うので、MP(マジックポイント)をつぎ込んだ特殊攻撃を連打する。

 やがて、『残り120秒』のアナウンスが入ったあたりで、機械神のHPゲージが消滅し、砲塔がこちらに向けて倒れてきた。

 

「今度こそ勝ったぞー!」

 

 俺は倒れる砲塔をよけ、砲塔が地面と激突した瞬間に合わせて、打刀を天に掲げた。

 

「あ、そこにいると……」

 

 ノブちゃんがそう言った瞬間、機械神は爆発を起こして四散した。

 そして、その爆発に俺は巻き込まれる。

 その爆発にはダメージ判定があったらしく、俺は吹き飛ばされ、HPがゼロになった。

 

「ぐえー!」

 

『最後の最後で死によった……』『爆破オチかー』『今日はヨシちゃん死なないなと思っていたら』『初見殺しすぎる……』

 

 ひどいオチだな!

 と、そんなことを思っていると『復活しますか?』の表示が出たので、『はい』を選んで起き上がる。

 

「いやー、酷い目にあった」

 

「ごめんなさい……もっと早めに言っておけば……」

 

「ネタバレ禁止したのは俺だから、いいって、いいって」

 

 そんなやりとりをしている間に、空に輝く魔法陣がやがて消えていき、空の上から精霊オンディーヌが降りてきた。

 

 そこから精霊はなにやら語り始めたが、要約すると『ありがとう、島からモンスターを消すから、遺跡は好きにしていいよ。自分は大地に還る』という内容だった。

 そして、俺とノブちゃんは遺跡の財宝を手に入れ、町に帰還するのであった。

 というところでエンディングテーマが流れ始め、スタッフロールへと背景が変わる。

 

「ゲームクリアです。おめでとうございます」

 

 セーラー服から振り袖姿に戻った俺の横にヒスイさんが出現して、そんなことを言った。

 ノブちゃんもモンクの衣装からもとの姿に戻っている。

 

「ふう、クリアか。ヒスイさん、プレイ時間はどれくらいだったかな?」

 

「48分ですね」

 

「アーケード系ベルトスクロールと考えれば、そんなものか。ほどよい長さだったな」

 

「私は……もう少しヨシちゃんと一緒に、遊んでいたかったです……」

 

「最後の方は、お互いコンビネーションもしっかりできていたからな。楽しかった」

 

「はい……! 楽しかったです……!」

 

 本人はゲーム初心者で上手じゃないとは言っていたが、序盤のフレンドリーファイアを除いたら結構いい動きしていたな。

 いや、まあ一人だとしても練習をしてきたのだから、適切な動きは染みついていたのだろうけども。

 

『今日は笑顔のノブちゃんが見られてよかった』『確かにいつもよりも笑っていたな』『またコラボやってほしい』『次は乙女ゲームでコラボだな!』

 

「乙女ゲームの二人プレイって、いったいなんだよ」

 

 視聴者コメントに思わず突っ込みを入れてしまう俺。

 ただ、まあコラボ配信をまたやるのは悪くないかな。ノブちゃんは口下手だけど、性格の相性は悪くなかったし。

 

 やがて、スタッフロールは終わり、俺とノブちゃんのプレイヤーキャラクターが酒場で騒いでいる構図を背景に、『Fin』と文字が表示される。

 そして、タイトル画面に戻ったので、俺はゲームを終了させてSCホームへと戻った。

 

「さて、以上で本日のゲーム『Astral Spirits』は終わりだ。ノブちゃんにとっては初めてのコラボ配信だったと思うが、どうだった?」

 

「えっと……楽しかったので……またコラボやりたいです……!」

 

 ノブちゃんは両手をグッと握ってそんな感想を述べた。

 またやりたいか。光栄だな。

 

「じゃあ、今度また企画するから是非参加してくれ。もっと人数を増やして、大人数での配信もありだな」

 

「えっと……その、楽しみです」

 

「では、私はパーティーゲームを見つくろっておきます」

 

 パーティーゲームか。まあ、ヒスイさんのチョイスなら外れはないだろう。

 

「次こそ……ちゃんと練習してきますね……」

 

「ははは、ノブちゃん、パーティーゲームは別に練習いらないよ。盛り上がりさえすればいいんだ」

 

「そう、なのですか……?」

 

 ノブちゃんの疑問に、俺は「そうだよ」と答えておく。

 パーティーゲームをガチでやるのも悪くないが、訳が解らないままみんなで騒ぐのもありだろう。

 

 そして、その後、五分ほどノブちゃんと『Astral Spirits』の感想を言い合う。

 ノブちゃん曰く、フライングクロスチョップを封印するなら、鈍重なオーガ族を選択したのは失敗だったらしい。

 確かに、ノブちゃんが攻撃を回避できずにいたシーンは結構あったな。種族的な問題だったのか。

 

「さて、名残惜しいが、そろそろお別れの時間だ」

 

 と、俺は会話が途切れたタイミングで締めに入る。

 

「もう終わりですか……」

 

 心底残念そうにノブちゃんが言うが、どうやら今回のコラボ配信は本当に心から楽しんでくれたようだ。

 

「先ほども言ったように、また機会を作って、ノブちゃんと一緒に配信する時間を作りたいと思う」

 

「約束ですよ……! 絶対にですよ……!」

 

『ノブちゃん必死だな』『この子、他に友達いないから……』『俺が……俺達が友達だ!』『視聴者と配信者の間には、超えられない溝が存在するから……』『ヨシちゃん……ノブちゃんを頼むぞ!』

 

「なんで託された感じになっているんだよ。まあ、俺もノブちゃんも、今後配信は続けていくから、応援よろしくな。以上、21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

「今日は出番があまりなかった、助手のヒスイでした」

 

「あ、これ私もですよね……? ノブちゃんでした」

 

 と、ノブちゃんがそこまで言い切ったところで、配信が終わる。

 俺は肩から力を抜き、息をはいた。

 

「ノブちゃん、おつかれー」

 

「あ、はい。おつかれさまです……」

 

「配信は無事成功ってことで」

 

「そうですね……」

 

「あ、そうだ。さっき言った今後についてだけどさ」

 

「なんでしょう……やっぱり無理ですか……?」

 

 いやいや、なんでそうなる。

 涙目になるノブちゃんに、俺は「そうじゃないよ」と語りかける。

 

「別に配信外でも俺のSCホームに訪ねてきてくれていいからな。ほら、普段から俺と接して会話していると、トークも上手くなっていくかもしれないだろう?」

 

「いいんですか……?」

 

「ああ。閣下なんて、配信以外の仕事もあるのにしょっちゅう遊びに来ているぞ」

 

「グリーンウッド閣下ですか……。鉢合わせたらどうしましょう……」

 

「配信者仲間として友達になればいいんじゃないか?」

 

「と、友達ですか……。閣下と友達……」

 

「大丈夫、いけるいける」

 

 そうノブちゃんをはげましたが、結局、解散するまでノブちゃんは不安そうだった。

 きっと友達慣れしていないんだろうなぁ。学校が存在しないこの時代だと、養育施設に入らないとコミュニケーション能力の形成に問題が生じてしまうんだな。親元で子供を育てるのは立派だが、良し悪しがあるんだなぁ。

 

 まあ、俺が友達第一号ということで、今後も末永くお付き合いさせていただこう。

 一人でこの時代に放り出された俺だが、知り合いも順調に増えてにぎやかになってきたものだ。

 



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162.雑談回再び

 ある日の午後。俺はSCホーム内でライブ配信を開始すべく、空中に投影したパネルをいじっていた。

 本日、ヒスイさんは猫休暇。午前中からずっとヒスイさんに声をかけても、イノウエさんとたわむれ続けていて生返事だった。なので、俺の独断で今日のヒスイさんは休養日という扱いにした。

 そして、放置された俺は、なんとなく一人で雑談配信でもしようと思い立ったのだ。

 

 リアルパートはお送りしない予定なので、キューブくんの出番もなし。カメラワークは、VR空間なので専用ソフトがなんか勝手にいい感じにしてくれるはずだ。

 ちなみに配信告知用のSNSアカウントはヒスイさんの管理なので、告知なしの突発ライブ配信だ。

 

 よし、3・2・1……。

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。今日のヒスイさんは、顔面がお猫様の腹毛にくっついて離れなくなってしまったのでお休みだ。というわけで、雑談するぞー」

 

『わこつ』『突発過ぎる!』『告知もせずに配信とな』『んもう、代わりに私が拡散しておきますね……』『俺も俺も』『新鮮な配信!』

 

「拡散あざーす! 俺、SNSとかやらないからさぁ」

 

『ヨシちゃんと交流したい……』『ヨシちゃんにクソコメつけたい……』『ヨシちゃんを炎上させたい……』『人間五十年。下天の内をくらぶれば』『心臓熱くなってきた……』

 

 すぐ心臓熱くするな、この視聴者達……!

 でも、今日は歌わないぞ。俺一人での配信だから伴奏の流し方が判らないからな!

 

「雑談、雑談。たまにはゲームから離れてどうでもいいこと話そうか」

 

 とは言っても、俺からゲーム関連トークを抜かしたら何が残るか……。21世紀の農業トークとかマニアック過ぎるだろうし。

 ああ、そうだ。21世紀関連の話題はいいかもしれない。何気に、俺って歴史好きの人達に注目されているらしいから、せっかくだからそういう方面のサービスも悪くない。

 

「よし、それじゃあ、21世紀人から見た宇宙3世紀の素敵技術についてトークしていくぞー」

 

『おー』『最新科学!』『でもヨシちゃん、科学とか解る?』『クレジットとかちゃんと使える?』『子供扱いなのか、老人扱いなのか……』『原始人扱いです』

 

「原始人言うなや! ……さて、最近俺が驚いた未来の技術。それはー……インスタントの粉スープ!」

 

『は?』『スープ?』『最新科学は?』『粉スープ……飲み物……?』

 

 おうおう、視聴者さん達が困惑しておられる。

 でも、ちゃんと宇宙3世紀の素敵技術の話だ。俺は、真面目な顔をして言葉を続けた。

 

「宇宙3世紀の粉スープはすごいんだ。お湯を注いだら、混ぜなくても瞬時に溶けきる。地味にすごい」

 

 なんと、粉からコーンスープを作っても、あの溶けきっていない特有のねとっとした塊、いわゆるダマが一切生まれないのだ!

 

「しかも冷たい水でもちゃんと溶ける! 冷製スープがお湯いらず! 地味にすごい!」

 

『待って、熱いスープ作るのにお湯を注ぐの?』『水に溶かしてレンジ使うのでなく?』『入浴施設のお湯じゃないよね?』『そりゃあ、お風呂のお湯じゃ、スープを飲むには温いでしょう』

 

 ん? ちょっと視聴者が思わぬところで引っかかったな。

 お湯がどうこう……。もしかして、未来人、熱湯使わない?

 

「うちの台所には、0度から100度までの水が自在に出せる料理用給湯器があるんだ。まあ、料理するときは水から沸かすことが多いから、そんなに頻繁には使っていないんだけど」

 

『危なくね?』『お湯が肌に当たったら、一発で火傷じゃん!』『こわー……』『ほら、ヨシちゃんはガイノイドボディだから』『あー、それなら危なくないのか』

 

 おおう。火を怖がるなら、熱湯も怖がるってことか。これもまたAI達による幼少期からの教育のたまものってわけか。

 でも、俺が普段使っている給湯器は、そんなに危ないものじゃない。

 

「通常の水道の蛇口とは別で、熱湯を出すためだけに使っているから、不注意で火傷するってことはありえないな」

 

 回転寿司のお茶用の熱湯出る蛇口で手を洗うなんて事故は、家庭では起こらないのだ。

 

「21世紀では電気ポットっていう、お湯を沸かして溜めておいていつでも熱湯が使えるようにする家電があったんだけど、普通に使っていて火傷することはそうそうなかったよ。それに、うちの料理用給湯器は21世紀の電気ポットとか電気ケトルと違って、倒れてお湯がこぼれるってことがないから、安全だよ」

 

 俺のその言葉に対し、『そうかなぁ……?』と懐疑的な視聴者コメントが流れる。大丈夫、給湯器怖くない。

 

「多分、給湯器で火傷するより、自動調理器から取りだした熱々の料理が載った皿をひっくり返して火傷する可能性の方が、はるかに高いぞ」

 

『あー』『確かに』『そうなの?』『うっかり手を滑らした皿から熱々のスープが!』『うへー、経験あるわ』『まあその程度の火傷なら一時間もかからずに治るが』

 

「家事ロボットがいた時代なら、皿をひっくり返すこともなかったんだろうけど……、今の時代、家事ロボットなんてまず見かけないらしいね。閣下の家にはいるらしいけど」

 

『家事ロボットかぁ』『そんな時代もあったらしいね』『300年くらい前か?』『中流家庭が、ローン組んで万能家事ロボットを無理して買っていた時代か』『太陽系統一戦争前を題材にしたホームドラマでよく見ますね』

 

 家にロボットが居る生活。俺からしたらSFだが、この時代の人から見ると時代劇扱いになるのかね。

 

「まあそんな感じで、実は水からじゃなくて、直接お湯を注ぐことでも作れるインスタントの粉スープ。21世紀のそれと比べたらかなりすごいんだよ。溶かしたあとに混ぜなくてもいいし、溶けきらないなんてこともない。地味に技術進歩を感じたわけ」

 

 俺がそう言うと、『本当に地味だな……』とコメントが返ってくる。

 でも、この時代の素敵技術というワードで最初に思い浮かんだのが、この粉スープだったのだ。ヒスイさんがイノウエさんの相手をしていて忙しかったので、ちょうど先ほど、自前でインスタントのオニオンスープを用意したからだとも言う。

 

「まあ、うちの自動調理器は時間操作機能があるから、本格スープを作ろうと思えば瞬時に作れるんだが……自動調理器の食材は使ったら補充してやる必要があるから、口寂しいからって常に本格スープを作って飲むというわけにはいかないんだよな」

 

 うちの食材補充担当はヒスイさんだから、本格スープを常時飲んでも俺自身は手間かからないが。

 と、この場にいない猫ジャンキーに思いをはせていると、『自動調理器の難点って食材補充じゃなくて食費では?』とコメントが来た。

 食費、食費か……。

 

「ほら、俺って一級市民だから……エンゲル係数すごいことになっても痛くはないというか……」

 

『ブルジョワジー!』『格差を感じるわぁ』『ゲームにクレジット使おうと思ったら、真っ先に削るのは食費だよね』『ヨシちゃんって食には妥協しないタイプの人っぽい』

 

 まあ、自動調理器も一度買い換えて、高級モデルにしたしなぁ。

 あ、そうそう、調理用家電といえば……。

 

「そう言えば、さっき少しコメントで出たレンジもすごいよな、レンジ」

 

 21世紀にも存在した電子レンジ。しかし、この時代のそれは電子レンジではないレンジなのだ。

 

「マイナス数十度から数百度まで、ボタン押すだけで瞬時に出来上がるの。どうなってんの、あれ?」

 

『サイコパワーだよ』『パイロキネシスっすなぁ……』『ゲームで見るパイロキネシスは炎を出す印象強いけど、熱量操作が本質だからね』『私、パイロキネシス適性高いから超能力供給のアルバイトをしているよ』『つまりレンジは人力で稼働している』

 

「急にアナログ感出たな……まあ、そのレンジだよ。一瞬で熱々になるのに、皿を持っても熱くないのもすごいね。うっかり床に落としても割れないし、それでいて手触りは金属じゃないし……素材いったい何?」

 

『普通にセラミックスだろ』『セラミックス。粘土。つまり陶磁器』『21世紀に陶磁器ってなかったの?』『んなわけない』

 

「そりゃあ、陶磁器くらいあったよ! うーん、ただの粘土じゃなくて、何かすごい素材が混じっているんだろうなぁ……。まあ、21世紀にも割れないセラミック素材とか普通にあったけど」

 

 セラミック包丁とかあったよな。まあ、セラミックとか言われても、何でできているのかは全く知らないんだが。

 

「それよりも、レンジにかけて料理が熱々なのに、皿が熱くないのがすごいなぁって」

 

 そんな俺の感想に、『それは単にレンジがすごいだけ』とコメントが返ってくる。

 

「うん? どういうこと?」

 

『一瞬で温めるから、皿に熱さが伝わりきっていないので食卓に運ぶ間くらいは、皿も熱くならない。皿自体もヨシちゃんのいた時代と比べて熱伝導率低くなっているけれど、それでも普通の陶磁器なら時間がたつとスープ皿とか普通に熱くなるよ』『ああ、確かに熱くならないってことはないよな』『詳しいな、解説兄貴』『皿の材質とか気にしたことないなぁ』『うちのコロニーは金属皿が一般的な文化圏だから、すぐ熱くなるわ……』

 

「へえー、なるほどなー」

 

 そういえば、ラーメン食べたときとか、普通にどんぶり熱くなっていたわ。

 さすがに、どうやっても熱くならない謎の耐熱食器とか、存在しないのかな? 熱伝導率低い未来不思議マテリアルくらいあるか。

 

「金属皿を使った料理といえば、海外……日本から見た国外料理のイメージがあるなぁ。インド人やネパール人が経営しているカレー屋とか、韓国料理屋とかで使われていたのを覚えている」

 

『ニホン国区は金属食器使わないの?』『器は陶磁器か木製の文化圏だね。スプーンやフォークは普通に金属使う』『ヨシちゃんのお料理配信では、調理器具は普通に金属使っていたよね』『そりゃあそうだろう』『でも、最新の調理器具はエナジーマテリアル製だよ。形状が自由自在』

 

「エナジーマテリアル……?」

 

『エナジーバリアとかのあれ』『ヒスイさんが持っているエナジーブレードとかに使われているやつ』『ソウルエネルギーを加工して物質化した素材』『身近な例だと、俺らでも使える刃物のエナジーハサミとか』『確か、焼肉回でエナジーエプロンを着ていたな』

 

「ええ、そんなの調理器具にすんの……?」

 

 要するに、宇宙戦艦とかが張るバリアを調理器具にするんだろ? ちょっと思考が追いつかない……。

 

『消滅させれば汚れがその場に落ちるから、わざわざナノマシン洗浄機のナノマシン代を払わなくて済む』『せこいな!』『生活の知恵と言え!』『ナノマシン洗浄代って地味に高いからな』

 

 この時代、光熱費はほとんど無料。でも、ナノマシン洗浄機に関しては使ったらその分だけ料金請求がある。

 まあ、ナノマシンって工業製品だから、使えば使うだけ素材の料金がかかるのも納得だ。

 

「ちなみに、21世紀の日本の光熱費は、電気代、水道代、ガス代、あと地域によって灯油代を払う必要があったな」

 

『電気代……?』『電気って、クレジット払って使うものなの?』『ヨシちゃんのいた時代は核融合発電すら実現していなかったから』『水に料金かぁ』『今でも惑星テラの天然水とか買おうと思ったら、相当なクレジットが必要だぞ』

 

「今の時代の光熱費といえば、超能力代だな。ちょっと気になってこの前調べてみたんだけど、時間操作で高速調理するタイプの自動調理器とか、時間停止機能のある食料保存庫とかに払うみたいだ」

 

『さっきのパイロキネシス使うレンジもそうだね』『いわゆる超能力家電』『無料ってわけにはいかないよなぁ』『そりゃあソウルエネルギーを供給するアルバイトがあるんだから、使う側がクレジット払わずどうするよ』『みんな無制限に使ったらエネルギー資源が枯渇してしまう』『無からソウルエネルギー作り出せるようになれば無料になるかもね』

 

 ソウルエネルギーなぁ……。エナジーバリアとかもソウルエネルギーから作られているなら、想像以上に今の文明の超能力依存度は高いっぽいぞ。てっきり、発電したエネルギーをなんかSF的な技術で半物質化しているのかと思っていたんだが、全然違った。

 もしAIが人類に反逆をしたらというか、AIが人類の管理を放棄して全滅させたとしたら、AIは自力でバリアすら張れなくなってしまうのか。

 何気に共存共栄しているんだな。

 

「うーん……家畜からソウルエネルギーって取り出せないのか? かつては荷車を動かす動力として馬とか牛とかを使っていたんだから、動物からソウルエネルギーを絞ってもいいと思うんだけど」

 

『ナイスアイデア、とでも言うと思った? 残念! 無理でした!』『動物は、そんなにソウルエネルギー持ってないんよ』『超能力を行使できるのは、現状人類のみ』『超能力学の基礎の基礎ですね』

 

「知らなかった……イルカとか賢そうだけど超能力使えないのか」

 

『なぜイルカ』『素で賢いからじゃない?』『賢さでいうと、猫だって脳をチップに置き換えたら人語を解するぞ』『超能力と賢さに因果関係はない』『人外レベルの超能力適性があるヨシちゃんとか、全然賢くないからね!』

 

「一応、俺だって東京の農大出た程度の学歴あるんですけど!?」

 

『がーくーれーきー?』『そんなんこの時代では通用しませんわ』『脳に直接知識ぶち込める時代ですよ、おばあちゃん』『でも学園ものギャルゲーはいいものだ』『あれって大学じゃなくて高校がベースでしょ?』

 

「学校が不要になったのに、遊びの中に残り続けているってなんか不思議な感覚だな……」

 

『ギャルゲーは勉強パートないけど、MMOの魔法大学とかは普通に授業あるからなぁ』『そのゲームでしか役に立たない魔法理論!』『サービス終了したら無意味になる(はかな)さよ』『やっぱMMOやるなら百年保証ですわ』

 

 って、結局ゲームの話になってしまったな。

 まあ、こういう脱線も悪くないか。

 

 そうして俺は一人で視聴者達と会話を続け、この日は三時間ぶっ通しで配信を続けたのであった。

 ヒスイさん不在のただの雑談でも、意外と間が持つものである。たまにはこういう日も悪くない。

 



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163.シリウスのごとく(演劇シミュレーション)<1>

 11月10日、地方によっては冬に入ったと言ってもよくなってきた、この時期。ヨコハマ・アーコロジーの内部は、春のような暖かさが常に保たれている。

 季節を体感できるのは、ヒスイさんがわざわざ用意してくれる、旬の食材を使った料理を食べるときくらいだ。

 まあ、今の時代、食材も工場生産されているので、旬なんてものはあってないようなものなのだが。

 

 そんな秋と冬の狭間にある我が家に、来客があった。

 意外なお客様。マンハッタン・アーコロジーの芸能人、ミドリシリーズ一号機ミドリさんだ。

 

「実は、お願いがあってさ」

 

 居間にあるテーブルの席に着いたミドリさんが、俺に向かって言う。

 今日の彼女は、どうやら俺に用事があるようだ。なお、ヒスイさんは、席を外してお茶の用意をしている。

 さて、人気芸能人からのお願いごととはなんだろうか。

 

「『ネバーランド』で行なわれる催し物に参加してほしいの。『ネバーランド』は解る?」

 

「あー、確か、養育施設に入った子供が、ゲームの遊び方を学ぶVR空間、だったか? 『アナザーリアルプラネット』の対になっている養育MMO」

 

「そう、それね。その『ネバーランド』で、幼い子供向けのステージイベントが開かれるんだ。そこで出し物をやってくれないかな」

 

「ふーん。どんな出し物?」

 

「そこはヨシムネが決めていいよ。3歳から5歳の間の小さい子向けのショーね」

 

「本当に小さい子だなー。その年齢向けなら、ヒーローショーとかか」

 

「うーん、権利関係の調整が必要なやつは間に合わないかもね」

 

「間に合わないって、イベント開催日いつさ?」

 

「11月20日」

 

「あと10日しかねーじゃねーか! そんだけの期間で、何を用意しろって言うんだよ!」

 

「いやー、ごめんごめん。ステージに出る予定だったパントマイマーが一人、老衰でお亡くなりになってね。ソウルサーバ入居手続きの関係で、出られなくなったんだよ。それで、常日頃から暇をしていて、時間加速機能をがっつり使って出し物の練習をできそうなピンチヒッターが、ヨシムネだったわけ」

 

 老衰で亡くなるようなヨボヨボの老人が、ぎりぎりまでイベント参加の予定を入れていたっていう事実がすごいな。

 まあ『ネバーランド』はVR空間だから、体調とか関係ないんだろうけど。

 ちなみに、時間加速機能を高い加速倍率で使う場合、生身の脳では対応できなくなる。そういう点で、ガイノイドボディを持つ俺が相応しいと、ミドリさんは言っているのだろう。

 

「つまり、10日の間にVRの時間加速機能を駆使して、出し物を用意しろと?」

 

 俺がそう尋ねると、ミドリさんはうなずいて答える。

 

「そうそう。やってくれる?」

 

「ううーん……」

 

 その間、配信はできなくなるだろうな。結構長い期間だよなぁ。

 

「出し物をあとで配信していいなら……」

 

「あ、それは全く問題なし。まあ、子供向けの出し物を大人の視聴者に流して、受けるかは知らないけどー」

 

 まあ、3歳から5歳の幼児向けコンテンツを流すことになるわけだしな。

 しかし、どんなことをするかだ。ステージでやるショーか。歌でも歌うか?

 

「演劇などは、どうでしょうか」

 

 と、おぼんにお茶とお茶菓子を載せて戻ってきたヒスイさんが、そんなことを言った。

 

「演劇、いいね!」

 

 立ち上がっておぼんの上のお茶菓子を手に取りながら、ミドリさんが言う。

 演劇、演劇かぁ……。

 

「俺に演劇をやらせたら、結構なものだぞ」

 

「確か学生時代、演劇部だったのですよね?」

 

 俺の言葉に、ヒスイさんがそう問い返してくる。

 

「ああ。裏方とかじゃなくて、役者担当だったぞ。よし、それじゃあ出し物は演劇に決まりだ。でも、俺以外の役者はどうするかな……」

 

 一人劇か、ヒスイさんを入れて二人劇? それじゃあちょっと物足りない。

 となると、知り合いに頼んで出てもらう必要がある。時間加速機能についてこられる人じゃないとダメだな。

 

「役者は、暇をしている我が妹達を適当に誘えばいいよ。どうせ『ネバーランド』の中だから、見た目はいくらでも変えられるしね」

 

 お茶菓子を食べながら、ミドリさんが言う。

 ふむ、ミドリシリーズから選出するのか。また参加枠を狙って、競争になりそうだな。

 

「演目は何にしましょうか?」

 

 俺の横に座ったヒスイさんが、そう議題を提示しようとするが、候補はもう頭の中に浮かんでいる。

 

「子供向けの演目といえば……『桃太郎』だ! みんなで『桃太郎』をやるぞ!」

 

 当然、俺は桃太郎役だ!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 そうして演劇の公演が決定し、ミドリさんはマンハッタン・アーコロジーへと帰っていった。

 そして、その日の午後。俺はヒスイさんと一緒に、SCホームへとログインした。

 バーチャルの日本家屋の中には、ミドリシリーズが20人ほど集まっている。

 

「ヨシムネ様。これが今回の演劇スタッフに選ばれたミドリシリーズです。存分に使い倒してください」

 

 ヒスイさんが俺の横に立ってそう言った。

 おー、この全員がスタッフね。役者もこの中から選ぶとなると、まあほどよい人数なんじゃないかな。

 

「じゃあ、本番まで10日しかないし、さっそく時間加速機能を使って練習に入る感じか? 場所はこのSCホームでいいかな」

 

 俺がそうヒスイさんに確認を取ると、彼女は「いえ」と首を横に振った。

 

「演劇を体験できるゲームがありますので、それを使って稽古をしましょう。このゲームです」

 

 ヒスイさんはゲームの起動アイコンを腕の中に呼び出し、それを掲げてゲームの起動を行なった。

 

「時間加速の倍率はとりあえず10倍でいきましょう」

 

 そんな言葉と共に、背景がゲームのタイトル画面へと切り替わる。

 ふーむ、ゲームで稽古か。さっきミドリさんに打診を受けたばかりなのに、ヒスイさんの中ではもう公演までのビジョンができていそうだ。ここはお任せするとしよう。

 

「ゲーム名は……『シリウスのごとく』ね」

 

 俺は背景に浮かぶタイトルを眺めながらそうつぶやく。

 それを聞いたヒスイさんは、うなずいて答える。

 

「はい、同名の人気漫画が原作の演劇シミュレーションゲームです。プレイヤーは漫画の主人公となり、原作のストーリーを追体験していく……というゲームなのですが、今回はそのストーリーモードはプレイしません」

 

 ヒスイさんはタイトル画面からメニューを呼び出す。

 ストーリーモードという表示が一番上にあるが、それではなく劇団モードというのを選んだ。

 

「プレイヤーが独自の劇団を作り、自由に劇を稽古する劇団シミュレーターとしてのモードです。これを使って、ヨシムネ様だけの一座を作り上げましょう」

 

「お、いいね。座長は俺かな?」

 

「はい。指導員などはNPCが担当し、演劇本番で動く劇団員は私達ミドリシリーズが担当します。また、この劇団モードで作成した衣装や大道具は、『ネバーランド』にコンバートが可能なため、ここで用意した物全てをそのまま本番でも使い回すことが可能です」

 

「おー、コンバート可能なのか。そりゃいいね」

 

 そんな会話をしている間にも背景は切り替わり、壁が一面の鏡となっている大広間に変わった。

 ふむ、察するに、ここは稽古場かな。

 

「では、まずは劇団としての形を整えましょうか」

 

 ヒスイさんはそう言いながら、空中にメニューを投影する。そして、言葉を続けた。

 

「座長はヨシムネ様が担当するとして……まず、一座の名前から決めましょうか。『ネバーランド』でのステージイベントにも、その一座の名前で登録します」

 

「ふーむ、名前ね。一座……劇団……劇団ミドリとか?」

 

 俺がそう言うと、ミドリシリーズ達がざわめいた。

 

「ミドリってあのミドリのこと?」

 

「いや、さすがにミドリシリーズのことでしょう」

 

「でも、ミドリのことと勘違いされそうだよね」

 

「ヨシちゃんが座長なのに、ミドリの名前を冠するのはないわー」

 

「はいはーい、ヨシムネ座がいいと思いまーす!」

 

 何やら話し合っていたかと思うと、ミドリシリーズの一人が手を上げて、俺に向けて言ってきた。

 ヨシムネ座……ないわぁ。

 

「名前は勘弁してくれ」

 

「じゃあ苗字はどうー?」

 

「ウリバタケか。劇団ウリバタケ。うん、まあそれっぽいかな」

 

「決定! 決定で!」

 

 ミドリシリーズの一人が勝手に決定を出すと、周囲の子達が一斉に拍手をした。どうやら決まってしまったらしい。

 それを受けて、ヒスイさんは満足そうにメニューの中に一座名を入力した。

 

「一座の名前が決まり、座長が決まりました。では、他の役職を割り振っていきましょう。まずは、全体を見る舞台監督から」

 

「はい! トキワ、舞台監督やります!」

 

 そう言って手を上げたのは、先ほど決定を勝手に出したミドリシリーズの一人。胸元の名札(ミドリシリーズは俺に判るように名札をつけている)を見るに、トキワという名前らしい。

 

「舞台監督は役者を兼任しませんが、よろしいですか?」

 

「よろしいでーす!」

 

 ヒスイさんの確認に、元気に答えるトキワさん。

 そして、その後も音響、照明、美術といった役者以外の担当者を決めていく。

 

 その中で、一つ決まったのが、今回俺達がやるのは21世紀風の演劇ということだ。

 つまり、VR空間内だからといってどこからともなく大道具を出したり消したりせず、照明や音響もAIの自動制御ではなく担当者が手動で調整するという方針だ。

 

「で、脚本。『桃太郎』は複雑な内容じゃないから、脚本家を決めずに、全員で内容を相談して決めたいと思うが……」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんがメニューを見ながら意見を出してくる。

 

「ヨシムネ様、ゲームのプリセットに、『桃太郎』がいくつかあります。衣装や脚本のセットですね」

 

「おお、いいんじゃない? 俺達は正直なところ素人だから、そういう物の助けはどんどん得ていくべきだ」

 

「では、プリセットを適用します」

 

 ヒスイさんが何やら操作をすると、彼女の手元に冊子の束が出現した。

 

「プリセットの幼児向け『ももたろう』の台本です。皆様、ご確認ください」

 

 わっとミドリシリーズが集まって、ヒスイさんの手元から台本を取っていく。俺も一冊、台本を拝借して、中身を確認する。

 ふむ。ふむふむ。

 

「いいね。わかりやすい『ももたろう』だ」

 

 そして、最後まで台本を読み切った。

 内容は単純明快だ。確かに、三歳から五歳の幼児向けに相応しい感じだ。

 ただ、一点だけ要望がある。

 

「童謡の『桃太郎』を挿入できないかな? ももたろうさん、ももたろうさんってね」

 

「駄目だね! 歌は駄目でーす!」

 

 と、舞台監督のトキワさんからNGが入った。

 ふむ、どうしてだろうか。

 

「今回のステージイベントは、世界中の子供達が観に来るんですよね? なので、日本語の歌を歌うと、他国語圏の子供達には歌の内容が理解できないんですよー」

 

「ん? 歌を聴くときって、翻訳歌詞が視界にAR表示されるだろう?」

 

 歌はメロディに合わせる必要があるので、音声翻訳がされずに歌詞表示されるんだよな。

 なお、演劇のセリフは歌劇じゃない限り、ちゃんと音声翻訳されて相手に伝わるようになっている。

 

「相手は3歳から5歳の子供ですよ? 歌に合わせて翻訳歌詞を見て、さらに劇も同時に観るなんて難しいことできませんよー」

 

「なるほどなー。じゃあ、ステージイベントには、歌手の人は出ていないのかな」

 

「いるらしいです。でも、歌詞の内容は二の次でしょうね。知らない言語の歌を理解できないまま聴くことになると思いますねー」

 

 ふむふむ。でも、俺達はそれをしないというわけだな。

 まあ、問題はない。

 

「じゃあ、台本もこれをそのまま使うということで。どの役を誰がやるか、決めていこうか」

 

 俺がそう言うと、役職を割り振られていなかったミドリシリーズの子達が一斉に手を上げて、やりたい役を主張しだした。

 

「犬! 犬がいいです!」

 

「鬼やりたい。虎柄ビキニで」

 

「あんたは子供向けで何やろうっていうんだよ……」

 

「お婆さん役やりたいなぁ。桃からヨシちゃんを取り上げるの」

 

「桃太郎役はヨシムネに決定なわけ?」

 

「そりゃあ、そこはそうでしょうよ」

 

 ああうん、座長権限で、桃太郎役は俺ということで。

 そんなわけで、体感3時間にも及ぶ喧喧囂囂(けんけんごうごう)とした話し合いの結果、無事に役の割り振りは終わり……劇団ウリバタケは、加速された時間の中で始動するのであった。

 



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164.シリウスのごとく(演劇シミュレーション)<2>

 さて、これから稽古をしていくわけだが、何から始めたものだろうか。

 何しろ、俺達は素人集団。手順書なんてものは持っていない。大海原に小舟で放り出されたかのごとしだ。

 だが、心配はしていない。何しろ、今、俺達がやっているのはゲームなのだ。チュートリアルとかクエストとかがきっと用意されていることだろう。

 

「……と思うんだけど、ヒスイさん、どうかな?」

 

「そうですね。公演までにクリアすべき項目が、確かに用意されています。それを消化せず自由にやろうと思えばできるのですが、今回は項目に従った方がよいでしょうね」

 

「じゃあ、それでお願い」

 

「はい、以後、進行は舞台監督に引き継ぎますね」

 

「トキワにお任せですよー!」

 

 ヒスイさんの前に表示されていたメニューが、トキワさんの方へと移動していく。芸の細かいメニュー画面だな……。

 

「えーと、まずはプリセットの模範演技をみんなで観てみましょう、だって。よーし、みんな、劇場で『ももたろう』観るよー」

 

 トキワさんがメニューに触れると、背景が瞬時に切り替わった。

 年季が入った西洋風の劇場の前に、俺達は集団で立っている。劇場の周辺には、これまた西洋風の建物が建ち並んでいる。

 

「おー、ここって、パリ・アーコロジーのシャンゼリゼ劇場じゃないですか。歴史的建造物ですよ!」

 

 トキワさんがキャッキャと喜びながらそんなことを言う。

 パリかぁ。なんとも本格的じゃないか。で、そんな歴史的な劇場で、幼児向けの『ももたろう』を観ると。ギャップがすげえ。

 

「さあさ、行きますよー」

 

 テンションを上げるトキワさんに先導されて、俺達は劇場に入場した。

 観客席に入り、特徴的な赤い座席に座る。舞台には赤い幕がかけられているのが見える。

 開演を待っていると、俺達の他に観客NPCが次々と入場してくる。

 

「おいおい、本格的だな」

 

「本格視聴モードにしましたのでー」

 

 俺のふとしたつぶやきに、俺の左側に座るトキワさんがのほほんとした声で答えた。

 本格視聴モードか。まあ、本番の空気をミドリシリーズの面々に感じてもらうには、ちょうどいいのかな?

『ネバーランド』のステージが、こんな古風な劇場なのかは知らないが。

 

「おお、始まるみたいですよー」

 

 劇場内に音楽が流れ始め、隣のトキワさんがキャッキャとはしゃぐ。

 って、この音楽、童謡の『桃太郎』じゃないか。歌は流れていないが、メロディがお馴染みのあれだ。

 いいね、いいね。一気にももたろうさんを観る気分になったよ。

 

 馴染みの音楽が流れる中、赤い舞台幕がおもむろに開いていく。

 舞台の上には、和装をしたお爺さん役とお婆さん役がすでに立っていた。

 

 音楽が止み、ナレーションが流れる。『昔々、あるところに』から始まる定番のやつだ。

 俺の右隣にいるヒスイさんが、黙りこくったままそのナレーションに耳を傾けている。実はヒスイさん、劇団ウリバタケではナレーション担当に抜擢されたのだ。

 

 舞台の上では、お爺さんが山に柴刈りに行き、お婆さんが川に洗濯に向かった。

 さすがVRとでも言うべきか、リアルな背景が舞台の上で展開している。俺達は21世紀風の大道具を使うので、これは真似できないな。

 

「そう言えば子供の頃、柴刈りの柴が何か知らなくて、芝生の草でも刈っているのかなって勘違いしていたなー」

 

 この場にはNPC以外は身内しかいないので、公演中でも気にせず口に出してヒスイさんに言葉を投げかける俺。

 話した内容は、柴刈りについて。日本人の子供の九割が、柴刈りの柴の正体を知らぬまま、子供時代を過ごしているんじゃないか?

 

「柴刈り……なるほど、たきぎになる枝集めですか。他言語ではそう判るようになっているようですが、日本語ではただ単に柴刈りと言っていますね。これは台本の修正が必要でしょうか」

 

「いや、様式美だから、なんかよく解んないままでもいいんじゃね? そこを理解したからって『ももたろう』が面白くなるわけでもなし」

 

 そんなやりとりをヒスイさんとしている間にも、舞台の物語は進行する。大きな桃が、川の上流からどんぶらこっこどんぶらこ。包丁で桃を割り、桃太郎がご開帳。おぎゃあ! 桃から生まれた桃太郎!

 

「あれ、包丁で桃の中の赤ん坊、真っ二つになっちゃわないですかー?」

 

「お決まりの突っ込みをありがとう」

 

 トキワさんが、数百年に渡って言われ続けてきたであろう突っ込みを見事に披露してくれた。今度、竹取物語も見せよう。

 

 さて、舞台の上では桃太郎が成長し、スーパーアイテムきびだんごを持って鬼退治の旅へ。

 きびだんごに惹かれてやってきた犬、猿、雉を仲間にし、鬼ヶ島へ向かった。

 そして、最後の山場、鬼と繰り広げられるアクションシーンである。

 

「アクションは派手にいきたいですねー」

 

「観客は五歳までだから、解りやすくね、解りやすく」

 

 念のため舞台監督のトキワさんに釘を刺しておく。

 

「ちなみに刀を使ってのアクションは、刃物ということで子供達が怖がったりしない?」

 

「『アナザーリアルプラネット』で刃物の危険を教え込まれるのは、ゲームと現実の区別がつく六歳以上になってからですので、大丈夫ですよー。そして、ステージイベントの舞台となる『ネバーランド』は、痛みの存在しないゲームの世界です」

 

「なるほどなー」

 

 やがて、鬼は退治され、桃太郎達は鬼の財宝を手に入れ凱旋する。

 

「略奪ですかー。野蛮ですね」

 

 トキワさんは定番の突っ込みを入れないと気が済まないのか?

 

「バトル系ファンタジー小説において、山賊退治は財宝着服とセットだから」

 

「鬼って山賊なんですかね?」

 

「山賊レベル99みたいなものだろ、多分」

 

 適当なことを言ってトキワさんを煙に巻いておく。

 そうして演目は終わり、カーテンコール。出演者が総出で舞台の上に立ち、幕が閉じる。

 俺達は、周囲の観客NPCと一緒に拍手を送った。

 

「はー、面白かった! 演劇って初めて観ましたよー。これを私達もやるのかー」

 

 むむ、トキワさんは意外と楽しんだようだ。

 俺としては、いかにも子供向けだなぁ、って感想しか浮かばなかったのだが。いかんな。子供を相手にするんだ、感受性高くしていこう。

 

「では、稽古場に戻りますね。ぽちー」

 

 トキワさんはメニューを呼び出し、指で操作をする。

 すると、着席していた俺達は、一瞬で稽古場の中央に移動し、立った姿勢に変わっていた。座っていたのにスムーズに立たされて倒れないとか、地味にすごい技術だよな、これ。

 

「それじゃあ、次の稽古プログラムに移行します! みんな頑張りましょうー!」

 

 トキワさんのその号令に、俺達は元気に声を返した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 役者と裏方で分かれ、初稽古を開始する。

 

 裏方達は、トキワさんと一緒に、背景となる大道具をどう用意するかの話し合いをしている。

 ゲーム側にあらかじめ用意されているアセットを流用するのか、一からモデリングするのか、それとも資材を組み立てるのか。この時代のVRゲームは物理演算が優秀なので、木材を組み合わせ、釘を打って道具を作り出すこともできてしまうのだ。

 

 一方、役者の俺達は、台本を手に円陣を組んで集まっている。

 まずは、各人にどれだけの技量があるか把握するために、台本の読み合わせをするのだ。

 

 台本を見ながら、自分の役の担当セリフを読む。それを通しでやる。

 最初から最後まで劇の内容を展開するので、時間はかかるが、まあ必要な稽古だ。

 

 ヒスイさんのナレーションから始まり、お爺さん役とお婆さん役がセリフを読み上げる。

 おぎゃあと桃太郎が生まれ、場面転換。成長した桃太郎のセリフが続く。

 

 鬼退治に旅立った桃太郎が、きびだんごで犬、猿、雉を仲間に加える。

 そして、この台本では鬼ヶ島へ渡る直前、船頭に船を貸してもらうくだりが足されている。

 その船頭は、鬼がどんな生き物でどれだけ恐ろしい存在かを語る役だ。鬼に馴染みのない文化圏の子供達向けに、解説をする意味があるのだろう。

 

 鬼ヶ島では鬼達とのバトルが待っている。三匹のお供が大活躍し、桃太郎の奮闘もあって鬼達をこらしめることに成功する。

 そして鬼から宝物を奪い、桃太郎は故郷へ帰る。最後にヒスイさんのナレーションで、めでたしめでたしと締められるのであった。

 

「……うん、なんというか」

 

 俺は、読み合わせを終えた役者の面々を見渡しながら、正直に言った。

 

「普通に下手じゃね? どういうこと? それでもみんな、業務用ガイノイドなの?」

 

 俺のその言葉に、ミドリシリーズの子達が、ショックを受けた顔で口を半開きにする。

 

「……違う、違うの、ヨシムネさん!」

 

「これはミドリのやつが!」

 

「全部ミドリが悪い!」

 

「演技プログラムをインストールしちゃ駄目とか言いだして!」

 

 ……うん、どういうこと? 俺は横に立つヒスイさんの方を見た。

 普段の配信でトークに慣れていたからか、上手にナレーションをこなしていたヒスイさんが、俺に向けて説明してくれる。

 

「ミドリが、演劇関連の業務用プログラム使用を禁止しました。ヨシムネ様と一緒に稽古をするのだから、演技プログラムを導入して一足飛びで技術を身につけるのは、よくないとのことです」

 

「んんー、別にプログラム使ってもよくね?」

 

 俺がそう言うと、ミドリシリーズの子達が口々に賛同し始めた。

 

「だよねー」

 

「なんのための業務用ガイノイドだって話ですよね!」

 

「ミドリー! ヨシちゃんの許可が出たぞー!」

 

 すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

『駄目だよー。ヨシムネと一緒に成長する楽しみを失ってもいいの?』

 

 この声は……ミドリさんじゃん。俺達を監視でもしていたのか?

 

「うっ」

 

「ヨシちゃんと一緒に上手くなる……」

 

「演劇経験者のヨシムネに、手取り足取り……」

 

「時にははげましあい、時には衝突し、繰り広げられる劇団ドラマ……」

 

 ミドリさんの言葉に思うところがあったのか、ひるむミドリシリーズ達。

 うーん、でも、完全素人の状態から仕上げるのって、時間かかりそうだけどなぁ。

 まあ、いざとなったら時間加速機能の倍率を上げてしまえば、解決するんだが。

 

「では、そういうことで。次のプログラムに進むことにしましょう」

 

 舞台監督のトキワさんが裏方の方に行っていて不在のため、ヒスイさんが進行をする。

 メニューを呼び出し指先で操作をすると、円陣の中央が光り、一人の男が出現した。

 老齢の長身男だ。NPCだろうか。

 

『演技指導のカビーアだ。儂は厳しいぞ。しっかりついてこい』

 

 腕を組みながら、男はそんなことを言った。

 

「彼は、漫画『シリウスのごとく』に登場するキャラクターで、劇団シリウス座の演出家カビーア氏です。今回は、演技指導NPCとして配置しています」

 

 ヒスイさんがメニューを閉じながら言う。

 ほうほう、指導役ね。

 

「NPC用の高度有機AIサーバには、接続していないんだよな?」

 

 俺はヒスイさんにそう確認を取った。

 

「はい、10倍の時間加速倍率のため、サーバには接続していません。彼に使われているのは、ゲーム固有の簡易AIですね」

 

「簡易AIでも指導をちゃんとできるのかね……」

 

「そこは最新ゲームですから、しっかりしていますよ」

 

 へえ、新しいゲームなのか。

 

「『シリウスのごとく』は2年前に完結した漫画で、このゲームも昨年に出たばかりですから」

 

「なるほどなー。機会があったらストーリーモードもやってみたいな」

 

「ファン向けのゲームですので、まず原作を読むことをおすすめします」

 

 宇宙3世紀の漫画か。最近は、プライベートでときどき今の時代の漫画をチェックするようになったけど、この作品は読んだことないな。

 

『では、これより発声練習を行なう! 一列に並べ!』

 

 原作に思いをはせていると、カビーア氏が号令をかけた。

 俺達はその言葉に従って、横一列に並ぶ。そして、厳しい指導役による本格的な稽古が始まるのであった。

 

『腹から声出せ!』

 

「うひー」

 

 素人全開のミドリシリーズの子達が、涙目で発声練習を続ける。

 ……ヒスイさん、なんでこの厳しめのNPC選んだのかなぁ。

 



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165.ももたろう

 ステージイベントの期日まで残り日数が少ないので、休憩も加速したVR空間内で取る。

 いつもならば『sheep and sleep』でのんびりとした時間でも過ごすところだ。だが、今回は多数のミドリシリーズを引き連れているので、10倍に時間加速した状態のSCホームを休憩所とした。

 

 なので、稽古の期間中は、友人のSCホームへの訪問を拒否する設定に変えている。

 現実時間での5日目に、グリーンウッド閣下から『接続できないのじゃが?』とメッセージが届いたが、残念ながら締め出すことにした。

 

 さて、畳敷きの休憩所では、のんびりと読書をして過ごせるように、漫画を壁の本棚に用意してある。主に演劇や役者を題材にした漫画セットだ。

 今回のゲームの原作である『シリウスのごとく』も最終巻まで全巻そろっている。VR空間ゆえに、複数人同時に同じ巻数を読むことができるので、劇団ウリバタケでは『シリウスのごとく』のプチブームが到来していた。

 演技指導のNPCカビーア氏が漫画ではかなりいい役どころだったので、役者のミドリシリーズ達がカビーア氏の指導を稽古中、積極的に受けるようになったという副次的な効果まで生まれている。

 

 なお、全員が『シリウスのごとく』を全巻読み終わったので、現在は幾人かが、21世紀の役者漫画を読みこんでいる最中だ。

 そんな様子を眺めていたら、その幾人のうちの一人が、単行本片手にこちらに寄ってきた。

 

「ねえヨシさん、この漫画の続きは?」

 

「それは作者がアレしたので続きは描かれてないよ」

 

「そんなぁ……」

 

 本というものは、ちゃんと完結して最終巻まで出るとは限らないのだ。

 たまに、作者死亡後、他の人に引き継いで続刊ということも起こるけれど。

 

「うわー、この漫画、最初は黒電話使っていたはずが、作中年代飛んでいないのにスマートフォンが出てきたー……」

 

 おっと、トキワさんはどうやら、20世紀から21世紀にかけて描かれたご長寿役者漫画を読んでいるようだな。

 電話機の移り変わりは、作中の年代が固定されていない長期連載ではままあることだ。

 子供探偵の推理漫画とかでも、そんなことが起きていた。

 

 さて、休憩所に用意したのは、漫画だけではない。

 劇団員の仲を深めるべく、パーティーゲームを用意してある。桃太郎を題材にしたすごろくゲームだ。

 VRではなく、モニターでプレイするタイプのゲームである。俺が元いた時代のゲームなので、この時代からするとレトロゲームということになるだろうか。

 

「ぎゃー、キングボンビー!」

 

「うけるー」

 

「えい、うんちカード」

 

「ええっ、そんなぁ」

 

「あはは、うんちだー」

 

「ぷよぷよぷよよーん!」

 

 美少女ガイノイドがうんちとか言うんじゃありません!

『美少女はトイレに行かない』をリアルで実践している存在なのに、小学生みたいにうんちに喜んじゃってまあ……。

 

 と、お茶を飲みながら皆の様子を眺めていたら、漫画本を手に持ったトキワさんがこちらに近づいてきた。

 

「ヨシちゃん、ヨシちゃん。現実では、もう8日目に入ったようですので、本格的なリハーサルをしません?」

 

 リハーサルか。でも、本番に使われる『ネバーランド』の劇場の詳細データとかあるのかね。

 

「衣装着て、大道具も小道具も全部出して、照明も音響も使って、本番さながらの状況で稽古するんですよー」

 

「……ああ、ゲネプロな」

 

「ゲネプロって言うの?」

 

「言うの。通し稽古とも言う」

 

「なるほど。で、ゲネプロが上手くいったら、プレビュー公演!」

 

「……公演って、誰相手に?」

 

「ミドリシリーズ全員呼んで、お披露目でーす。今回の参加抽選に落ちた無様なみんなに、私達の成果を見せつけるのです」

 

 趣味悪!

 でもまあ、本番前に観客を入れてリハーサルをすること自体は悪くない。

 

 俺は了承をして、リアルの9日目にミドリシリーズを集めてもらうよう、トキワさんに頼んだ。

 さて、加速した時間の中で何十日も練習し続けてきたが、仕上がりは上々だ。

 練習通りにやれば、問題はない。問題はないのだが……そんなにすんなりいくほど世の中というものは上手くできてはいないと、俺は思うんだよな。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『こうして桃太郎は、お爺さんとお婆さんと一緒に、幸せに過ごしましたとさ。めでたし、めでたし』

 

 ミドリシリーズを集めてのプレビュー公演が終わった。

 だが、ナレーション通り『めでたし、めでたし』とはいかなかった。

 

「うはは、ぐだぐだじゃん! うけるー」

 

 ミドリさんが大笑いしながら、こちらを指さしてくる。

 そう、舞台はぐだぐだだった。

 

 ずれる音響、セリフを忘れてAR表示された台本を棒立ちで読み上げる犬、アクションシーンでこける鬼、衝突事故で割れる背景。ゲネプロではあれだけ上手くいっていた舞台は、いざふたを開けてみたら大失敗だった。

 

「みんなAIなのに、失敗内容が人間的すぎてびびるわ……」

 

 演目を終え、観客を交えての反省会を開き、俺は開口一番そう言った。

 いや本当、本番になって緊張して失敗するとか、AIなのにありえるのか?

 

「業務用プログラムを動かしていないときの、プライベートの高度有機AIは、人間的な振る舞いをするよう作られておる。いにしえのAI技術者の遊び心じゃな」

 

 プレビュー公演の観客にちゃっかり混ざっていたグリーンウッド閣下が、そんな解説を入れた。

 なるほど、この演劇は、ミドリシリーズ達にとって業務外なのか。業務用ガイノイドが重要な仕事中に緊張して失敗をしましたとか、しゃれにならんからな。

 

「しかし、プライベートだからって、いざ本番で失敗されたら困るぞ。どうしろって言うんだ」

 

「そこは、経験あるのみじゃな」

 

 閣下が笑いながらそう言った。

 

「通し稽古は、とことんやったつもりなんだけどなぁ」

 

「観客を入れていないただの練習じゃろ? 必要なのは本番の経験じゃ」

 

 ふうむ。本番の経験。つまり、やるべきことは……。

 

「俺達が慣れるまで、観客のみんなにもとことん付き合ってもらうぞ……」

 

「あ、私、余計なこと言ったかの? 正直、観るのは一度で十分なのじゃが」

 

「大丈夫、時間加速機能使うから、閣下の仕事に支障はないよ」

 

「私は、息抜きをしにここに来たのじゃが……」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 こうして、子供向け演劇『ももたろう』の完成度はより高まった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 来たる11月20日。

 俺達劇団ウリバタケは、本来ならば子供と養育施設職員しか入れないゲーム空間『ネバーランド』へ特別にログインしていた。

 今回のステージイベント『ワンダーランド』は、2000人を収容できる野外ステージにて開催される。

 2000人収容といっても、観客の総数がたったの2000人ということではない。実際には億に到達するほどの子供が観客として訪れているのだ。

 MMORPGで使われるチャンネル制度を導入し、子供達は各チャンネルに分かれて野外ステージの観客席に着いている。

 

 ステージの上は各チャンネル共通で、観客席だけチャンネルが複数に分かれている仕組みだ。

 そして、俺達劇団ウリバタケは、ステージから見える観客席をニホン国区のヨコハマ・アーコロジーの子供達が座るチャンネルに合わせてもらっている。つまり、ステージの上から観客席を見ると、ヨコハマの子供達が見えるということだ。

 

 ステージイベントはすでに始まっており、自分達の番が来るまで、俺達は観客席で演目を見させてもらっている。

 

「他の演目のクオリティが高すぎてびびるわ」

 

 ステージの上で繰り広げられるラインダンスを見ながら、俺は戦々恐々とする。

 どの演目もプロの仕事って感じだ。この中に、素人である俺達の『ももたろう』が混ざるのか。それ、大丈夫なの?

 

「だいじょーぶ! 自信持ちなさい!」

 

 ミドリさんが俺の背中を勢いよく何度も叩いてはげましてくれる。

 うーん、ミドリさんが言うなら、間違いはないのか?

 でもなぁ。オーケストラ演奏とかサーカスとかやっている中で、『ももたろう』だぞ?

 

「劇団ウリバタケ様、開演30分前です! 準備をお願いします!」

 

「ほら、ヨシムネ、気合い入れなさいよ!」

 

「……うん、まあ、やるしかないか」

 

 俺は両手を握りしめて気合いを入れ、座長として皆を引き連れ、観客席からバックヤードに戻る。

 そして、『シリウスのごとく』から持ち込んだ衣装を取りだし、着た。

 桃太郎役の俺の出番は、第二幕からだ。第一幕で桃から生まれる桃太郎赤ん坊バージョンは、人形を使う。産声はナレーションのヒスイさんの担当である。

 

 だから、出だしが上手くいくかは、ヒスイさんと、お爺さん役、お婆さん役の三人にかかっている。あと、照明、音響、それと背景や大道具を移動する黒子達もだな。

 ああ、なんだ。思ったよりも多くの人が責任持っているじゃないか。責任が分散して割とどうとでもなるようになる。つまり、大丈夫!

 

「あああああ! 緊張してきましたあああああ!」

 

 その一方で、トキワさんがガクガクと震えだした。

 

「……いや、トキワさん舞台の上に立たないじゃん。舞台監督の仕事はもう九割終わっているよ」

 

「いやでも、アクシデントが起きたら、アドリブでの指示出しが……」

 

「アクシデントが起きなかったら、ほとんど何もしなくていいってことじゃん。だから、どっしり構えていな」

 

「気軽に言いなさる!」

 

 ま、失敗したら失敗したで、責任は俺達に仕事を斡旋したミドリさんに負ってもらうことにしようか。

 

「演目終了です! 次、劇団ウリバタケ様お願いします!」

 

「はああああ……。それじゃあ、幕の設置お願いでーす……」

 

 俺達の番が回ってきたので、トキワさんは黒子役のミドリシリーズ達に指示出しをし始めた。

 野外ステージということで、本来ここに幕は存在しない。

 だが、俺達は劇場を想定してリアルの3日目まで練習していたので、外付けの幕を用意した。

 

 他の演目でも幕を使っている人達はいたので、俺達だけが浮くということはないだろう。

 ステージに幕が運ばれる。そして、その幕の後ろに第一幕の背景を設置していく。

 

 やがて、全ての準備が終わり、トキワさんの指示で歌なしの童謡『桃太郎』が流れ始める。

 演目開始だ。とうとう幕が開き、ヒスイさんのナレーションが始まる。

 

『むかしむかし、あるところに……』

 

 そして――

 

『……めでたし、めでたし』

 

 無事に、演じきった。

 

 再び流れ始める童謡『桃太郎』のメロディ。それに合わせて、ステージに役者が並んでいく。カーテンコールだ。

 ステージ上で整列した俺達は、小さな子供達による万雷の拍手を受けて、観客席に向けて手を振った。

 音楽が終わり、やがて幕が閉じる。

 

 演目はこれで終了だ。俺達は総出で背景を舞台袖に動かし、速やかに撤収していく。

 VRなのだからこんな物はボタン一つで消してしまえるのだが、見えないところでも21世紀風の演劇を徹底しているので、全部手作業だ。

 

 全ての道具をステージ上から除けて、幕も撤去したところで、改めてトキワさんがパネルを操作して道具類を消去した。

 そして、バックヤードに引っこみ……。

 

「うおおおん! ヨシちゃーん! 大成功だよー!」

 

「お、おう……トキワさん、ガチ泣きじゃん!」

 

「泣くに決まってんでしょー!」

 

『ももたろう』の成功は、彼女にとってよっぽどの出来事だったようだ。

 周りを見ると、他のミドリシリーズの目にも涙が浮かんでいる。

 三十分にも満たない短い公演だったが、初めて体験する本番での成功は、感極まるのにも十分だったようだな。

 

「ヨシちゃんは、なんで泣いてないのおおお!」

 

「いや、演劇は学生時代何度も経験したし……まあ、楽しかったよ」

 

 そうやって、みんなでわちゃわちゃとしていると、満足そうな顔をしたミドリさんが拍手をしながらこちらに近づいてきた。

 

「いやー、みんなよくやってくれたね。私も鼻が高いよ」

 

 そんなミドリさんを見て、トキワさんはどこからともなく取りだしたハンカチで涙をふきながら言う。

 

「あんたは何もしていないでしょー。スポンサー面するんじゃないですよ」

 

「いや、確かにクレジットは一銭も出していないけどさぁ……ま、いいよ。それよりも、私の出し物が後にあるから、せっかくだから見ていってね」

 

 へえ、ミドリさんも演目担当しているのか。

 何をやるのか気になったので、聞いてみたところ……。

 

「私達も『ももたろう』に負けてないよー。出し物はコントだよ! マンハッタンのプロ達の力量、見せてあげる!」

 

「うわー、私達の印象持っていかれそう!」

 

 意外な演目を聞いて、トキワさんが驚きの声をあげている。コントか。五歳以下の子供に解るような内容なんだろうか。

 

「気にしない気にしない。私達は競っているわけでもないんだし」

 

 そう言って、ミドリさんは笑いながら去っていった。

 

「本当に全部、大爆笑で印象かっさらわれたらどうしましょうか……?」

 

 しなくていい心配をしだすトキワさん。

 ふむ、ここは何かいい感じのことを言って、はげますところか。

 

「トキワさん、さっき子供達から貰った拍手、もう忘れてしまったかい?」

 

 俺の言葉に、はっとするトキワさん。

 

「大事なのは演目の質じゃなくて、子供達の笑顔だぞ」

 

「ヨシちゃんいいこと言った! そう、あれだけの拍手が貰えたんだから、他にどれだけすごい演目があったからって、私達の成功は陰らないですよね!」

 

「うんうん」

 

 俺達は中身のないいい感じのセリフを交わし合い、十分にはげまし合ってから野外ステージの観客席に戻っていった。

 なお、ミドリさん主演のコントは、めちゃくちゃ解りやすくかつ、とてつもなくクオリティが高かった。思わず劇団ウリバタケ一同で大爆笑をしてしまった。プロの力量ってすごい。

 俺達の『ももたろう』も、これくらいのインパクトを子供達に与えられていたなら嬉しいのだが……。アンケートって取っていないのかな。ううむ、後でミドリさんに劇の評判がどうだったか、聞いてみることにしようかね。

 

「さて、それじゃあ戻って打ち上げでもするかい?」

 

 全演目が終了したので、俺はミドリシリーズの面々に尋ねる。すると……。

 

「あ、私、やりたいことがある!」

 

 そう言ったのは、『ももたろう』で犬を担当した役者の子だ。

 

「カビーア師匠に公演の成功を伝えたい!」

 

「……あの指導員NPCのカビーア氏?」

 

「そうそう、あれだけ熱心に指導してくれた師匠に、ぜひ報告を!」

 

「でも、カビーア氏って簡易AIだろう?」

 

「簡易AIでもお世話になったんだから、礼は尽くさないと!」

 

 犬役の子がそう言うと、他の役者達も口々にそうだねと賛同し始めた。

 

「……まあ、いいんじゃない?」

 

 使いこんだ道具を大切にするみたいなあれだろうか。それとも高度有機AIは、簡易AIにも何か特殊な思いを持っているとか?

 俺は不思議な気持ちになりながら、『ネバーランド』を後にするのであった。

 

 なお、公演の成功報告を受けたカビーア氏は、「よくやった」とぶっきらぼうに答えるのみで、特殊なやりとりは何も発生しなかった。

 でも、ミドリシリーズ達はカビーア氏とのやりとりで、すごく喜んでいた。

 

「どういうことなの……?」

 

 盛り上がる彼女達を俺は、よく理解できていないまま眺める。

 すると、トキワさんが近づいてきて、言った。

 

「あれは単に、漫画の原作キャラとのやりとりを楽しんでいるだけですね」

 

「ただの原作ファンかよ!」

 

「私達って業務用ガイノイドなので、普段、漫画とか読まないですからね。漫画にはまったのは、これが初めてじゃないですかねー」

 

 そういえばヒスイさんも俺と出会うまで、ゲームをやったことがなかったと言っていた。

 ううむ、もう少し、ミドリシリーズ達と遊ぶ機会を増やしてあげた方がいいかもしれないな。

 



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166.シャイニングロード(パズル)

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」

 

『来た』『桃太郎来た』『わこたろう』『桃から生まれたヨシたろう!』

 

「はいはい、みんな演劇配信見てくれたんだね。最強の鬼殺し桃太郎こと、ヨシムネだ」

 

 演劇『ももたろう』公演の翌々日、俺は十数日ぶりとなるライブ配信を開始した。

 リアル時間で十日間の演劇稽古、そして『ネバーランド』で行なった公演は、全てヒスイさんの手で編集され、動画としてアップされていた。

 昨日は、その動画についたコメントを見て一日を過ごした俺。

 そして、今日はいいかげん直接視聴者達と交流をしておこうと、ライブ配信に踏み切ったわけだ。

 

 ちなみに今日の俺の服装は、演劇のときに使った桃太郎の衣装である。

 

「見事なナレーションを担当したヒスイさんもいるぞ」

 

「どうも、助手のヒスイです」

 

『ヒスイさんナレーション上手かったよ』『ナレーションから生まれたヒスたろう!』『さすが配信で手慣れているだけある』『さすが俺のヒスイ』『は?』『お?』

 

 抽出コメントで喧嘩するなよ。というか、どうやってリアルタイムの総意抽出機能で喧嘩できるんだ、これ。

 まあ、抽出コメントなだけあって、喧嘩は長続きしない。配信時間も限られているし、サクサクと進行していこう。

 

「今日はまたゲーム配信をしていくぞ。ゲーム専門の配信チャンネルだからな!」

 

『ゲーム配信チャンネルで演劇を流す奴がいるらしい』『『ももたろう』はゲームだった……?』『ほら一応『シリウスのごとく』も『ネバーランド』もゲームって建前があるから……』『確かに『ネバーランド』は全力でゲームしている世界だけどさぁ』

 

「気にしない、気にしない。さて、今回やるゲームは、『シャイニングロード』だ!」

 

 俺がゲーム名を宣言すると、ヒスイさんがゲームアイコンを両手に持って頭の上にかかげた。

 

「すごく格好いいタイトルだよな。アクションかな? RPGかな?」

 

「いいえ、パズルゲームです」

 

「はい、パズルゲーム『シャイニングロード』、プレイしていくぞー」

 

『ええ……』『なにげに配信でパズルは初じゃない?』『そういえばそうだな』『パズルゲームは非ソウルコネクト型の方が盛んですからね』

 

 言われてみれば、配信でパズルをやるのは初めてかもしれないな。

 プライベートでは、よく閣下とモニターでプレイする落ち物パズルで対戦して遊んでいる。だが、配信で扱うゲームは基本的にVR用ゲームと決めているので、それらを配信で流すことはしなかった。

 

 初配信となるパズルゲームをヒスイさんが起動する。

 そして、一本の光の道がはるかかなたの地平線まで続く、シンプルなタイトル画面で、ヒスイさんがゲームの紹介を開始する。

 

「『シャイニングロード』は、今年夏のバーチャルインディーズマーケットで初めて発表された、インディーズのパズルゲームです」

 

「インディーズか。このタイトル画面から察するに、シンプルな見た目のゲームっぽいけど」

 

「確かに、タイトル画面はシンプルなビジュアルですが、ステージによって背景は豊富に変わっていきますよ」

 

「ステージか。ステージ攻略型のゲームなんだな」

 

「そうですね。一人プレイ専用のステージ制です。内容は……実際に、チュートリアルを試してみましょう」

 

 ヒスイさんがそう言うと、背景が崩れていき、俺は広めの白い部屋に閉じ込められた。

 天井や壁は真っ白で、床は一辺一メートルほどの正方形の白いパネルが敷き詰められている。そんな白い部屋の角に俺は立っている。ヒスイさんの姿は見えない。

 

『ヨシムネ様の足元が光っているのが見えるでしょうか?』

 

「ああ、なんか光り輝いているな」

 

 部屋の角にある俺が立っているパネルは、黄金色に光り輝いていた。

 

『では、どちらの方向でもいいので、隣のパネルに踏み出してみてください。ただし、斜めはなしで』

 

「おう」

 

 隣のパネルへ一歩踏み出してみる。足の裏がパネルに触れた途端、軽快な音が鳴る。そして、踏んだパネルが新たに光り輝き始めた。

 

『そのように、踏んだパネルは光ります。では、次に行きます。……パネルの中に黒いパネルが混ざったのが見えますね?』

 

 ヒスイさんの言葉通り、部屋の四隅に黒いパネルが出現したのが見えた。

 

『白い床パネルを経由して、その黒いパネルを全て踏んでみてください。ただし、一度踏んだパネルは再度踏むことができません。いわゆる一筆書きで、全ての黒いパネルを踏む必要があります』

 

「ほうほう。なるほどなるほど、歩いたパネルが『光の道(シャイニングロード)』になるってわけね」

 

『把握』『え、簡単じゃない?』『そこはまあチュートリアルだから』『さすがに何か追加ギミックが出てくるだろう』

 

『そうですね。進入不可パネル、ジャンプ板、ワープゲート、すべる床、動く床など、複数のギミックが登場し頭を悩ませることでしょう』

 

「ヒスイさんもテストプレイで頭を悩ませたくち?」

 

『私はAIですので、こういったパズルで詰まることはありえません』

 

『そりゃそうだ』『AI様だもんな』『人間とは根本的にスペックが違った!』『まあ俺達はヨシちゃんが苦しむ様を見て楽しむことにしよう』

 

「苦しむのは確定かよ! まあ、とりあえず一筆書きで、黒パネル全部踏んでみよう」

 

 俺は、部屋の四隅にある黒パネル目がけて、歩いていく。白パネルを新たに踏むたび、音が鳴るのがどこか気持ちいい。

 

「はい、完了。簡単だね」

 

『黒いパネルを全て踏めば、ステージクリアです。おめでとうございます』

 

「まあ、チュートリアルだしね」

 

『では、ステージ1から本格的に開始していきましょう』

 

 ヒスイさんがそう宣言すると、床の光が強くなっていき、視界が黄金色に染まる。

 そして、気がつくと俺は、先ほどとは別の部屋に移動していた。

 直角三角形の形をした部屋だ。相変わらず白一色で殺風景である。

 

『ステージ1』

 

 そんな文字が視界に表示され、やがて文字は消え、代わりに視界の隅に部屋全体を示すMAPが表示された。

 MAPには、達成すべき黒パネルの位置もしっかりと示されている。

 

「んじゃ、のんびりやっていこうか」

 

『のんびり付き合うよ』『解けなくて苦しみ始めるまで、何分かかるかな?』『はたしてアクションゲームゴリラは、頭脳ゲームをクリアできるのか!?』『私はヨシちゃんを信じているよ』『ヨシちゃんならやれる』『明らかにプレッシャーをかけにいっている……!』

 

 そんな感じで、俺は雑談を交えつつステージ1をクリアした。

 そして、ステージ2。進入不可パネルというギミックが、さっそく登場した。

 

「そういえば、『シャイニングロード』ってゲーム名だけど、俺がいた21世紀には『シャイニング』っていうゲームのシリーズがあったな。ジャンルはRPGで、俺も何作かやったことがある」

 

『へー』『レトロゲームってことは、マザーならプレイしたことあるかな』『ソウルコネクトじゃないゲームって、そんなに本腰入れてやらないんだよなぁ』『解る。やるとしても、さっとプレイしてさっと終わるやつばかり』

 

「あー、ソウルコネクトは身体を動かす都合上レジャー的な感覚で、非VRのゲームとは別の趣味になっているのかもしれないな」

 

『確かに、レジャーと言われたらそんな感じか』『ソウルコネクトゲームって、身近すぎて趣味という感覚すらねえや』『子供の頃からあって当たり前の存在だからなぁ』『AI達がプレイを推奨しているようなものですからね』

 

「『ネバーランド』も『アナザーリアルプラネット』もゲームだからな」

 

『いやいやいやいや』『アナザーがゲーム……?』『あれはもう一つの現実みたいなもん』『痛みのあるゲームとかちょっとないわぁ』『痛いし疲れるしお腹すくしもよおすし』

 

 うへえ、想像以上にやべえゲームだな、『アナザーリアルプラネット』。まあ、子供の教育に使うとなると、そうもなるのか?

 

 などと会話をしているうちに、ステージ4へ。

 すると、背景が森に変わる。

 森の中にぽっかりと空いた不思議な草地。その草地は四角く線で区切られている。草地が白パネルの代わりか。進入不可パネルとして、地面に四角い水辺が存在する。

 さらに、ステージのところどころに、大きなキノコが生えていた。

 

「ヒスイさん、あのキノコは?」

 

『ジャンプ板です。1マス分パネルを飛び越えることができます。なお、キノコのあるパネルは光らないので、別方向から何度も踏むことが可能です』

 

「了解。うーん、さすがにMAPを見るだけじゃ、正解を一発で把握できなくなってきたな。何回もリトライして試してみるか」

 

 そうして、十五分ほどかけてステージ4からステージ6まで攻略に成功する。

 そして、ステージ7。背景が森の中から氷の洞窟へと変わった。

 

『石の床が通常の床パネル、氷の床がすべる床です。進入した方向に向けて、自動的に押し出されます』

 

「出た、すべる床……RPGの定番だよな」

 

『あるある』『宝箱を開けるために、複雑な道順をすべらなきゃならないやつ!』『私これ苦手……』『得意な人っているの?』

 

「俺も苦手だ! 脳みそひねってもクリアできないから、適当に何度もすべっているうちに気がついたらクリアできているパターンがとても多い!」

 

 そんなすべる床。当然のごとく俺の頭を悩ませ……。7、8、9と続いた氷の洞窟ステージは、クリアまで三十分以上を要した。

 次の10ステージは工場っぽい背景で、ベルトコンベアっぽい見た目の動く床が特徴的だった。一度足を踏み入れると、床が動いて勝手に流されるのだ。そして、一筆書きゲームなので、一度踏んだ動く床へはもちろん再侵入不可。

 

「工場っぽい背景見ると、あれ思い出すなー。ソイレントシステム」

 

『なにそれ』『聞いたことない』『俺達が知らないとなると、また21世紀ネタか?』『ありそう』

 

「おしい、20世紀のゲームネタだ。工場型のダンジョンで、缶詰を生産しているんだ。それで、主人公が缶詰を見つけてその場で食べようって言うんだけど、仲間の一人が『いいえ。私は遠慮しておきます』って断るんだ。そして、ダンジョンを進むとベルトコンベアの上を人が流れていて、その先で人が機械に食肉加工されているのを目撃することになる」

 

『ひえっ』『マジかよ……』『仲間は人肉って解っていて断ったのか』『人肉だって指摘してやれよ!』

 

「ちなみに、この人肉缶詰にはさらに元ネタがあって、『ソイレント・グリーン』っていうディストピア映画がある」

 

 もちろん、視聴者達の反応は『知らない』『観たことない』だ。

 

「この宇宙3世紀も21世紀人の視点から見れば、AIに支配された管理社会で、ディストピアの一種ってことになるんだろうけど……さすがに人肉缶詰は作られていないだろうね」

 

『そりゃそうよ』『人は家畜にするにはコスパ悪すぎる』『肉が培養や合成できる時代に、人はなぁ』『人類を奴隷にするつもりがAIにあるなら、肉体はさっさと処分して魂だけサーバに閉じ込めるとかになるだろうけど……』『むしろAIは、存分に遊んでいてください人類さんってスタンスですからね』

 

 ちょっと話題が暗かったな。明るい話題に変えよう。

 でも、工場にまつわるゲームネタで明るい話題なぁ……。今までプレイしたゲームを思い返してみても、だいたい暗いシーンばかりが出てくる。BGMもメカメカしいのか暗いのばかりだな。

 

「そうそう、工場というか、工業ゲームは結構好きだな。21世紀の世界的サンドボックスゲームに工業化MOD入れて、かなりやりこんでた。あと、凶暴な原生生物のはびこる無人惑星に漂流した主人公が、一から採掘を行なって機械化を進めて、大工場を作り出すゲームとかもやった」

 

『本業は農家だったのに?』『まあ農家と工場の親和性は高いが』『いや、21世紀の農業は工場生産ではないですよ』『自然とたわむれるという、工業からは縁遠そうな存在だな』

 

「乗り物や機械は結構使うけどな、農業」

 

 そんなこんなで、途中で何度か詰まりつつも10、11、12と工場ステージをクリアする。

 そして、次のステージ13からは、神殿のようなきらびやかな背景に変わった。

 

「急にファンタジーっぽい雰囲気になったな」

 

『魔法陣の存在するパネルは、ワープゲートになっています。これも、ジャンプ板と同じく何度でも踏むことが可能です』

 

 そんなヒスイさんの解説を聞きつつ、ステージ攻略に挑む。

 しかし……。

 

「駄目だ、解らん……」

 

 俺はステージ15で行き詰まっていた。

 MAPは今までの中でも最も広い。しかも、待ち受けていたのはワープゲートだけでない。進入不可パネル、ジャンプ板、すべる床、動く床と、今まで出てきたギミックのオールスター状態。

 ヒスイさん曰く、最終ステージらしいのだが……。

 

「本気でクリアできそうにない……視聴者に頼るか」

 

『お、いいのか?』『いやー、とうとう私達に頼っちゃうか』『ではAIの私が正解を……』『せめてヒントだけにしておけ!』

 

 出されたヒントのおかげで、俺はとうとう全面クリアに成功した。

 すると、神殿の建物から光の道が外へと伸びていく。そして、俺のアバターが勝手に動き出し、その光の道をたどっていく。

 光の道は空の向こうに続いており、空へ向けて俺はゆっくりと歩いていく。やがて、視界が光に包まれ……。

 

『Congratulations!』

 

 光に包まれた視界にそんな文字が浮かび、その下にゲーム製作者の名前が表示された。

 インディーズゲームのため、スタッフロールと言うほど長いエンディングはなく、背景はすぐにタイトル画面に戻った。

 

「よーし、クリアできたぞー!」

 

「おめでとうございます」

 

 俺の隣に姿を現したヒスイさんが、拍手で俺を迎えてくれた。

 

『頭脳派ヨシちゃん』『ゴリラの名を返上』『森の賢者に昇格』『まあステージ15では無様だったけど』

 

「もうちょっと褒めてくれてもよくない? まあ、最後はみんなのおかげで助かったよ」

 

 一人だったら確実に投げ出していた自信がある。

 

 さて、動画の締めに入ろう。お知らせが一つあるのだ。

 

「次回の配信だけど、久しぶりにリアルからのお届けだ。なんと、俺とヒスイさんで旅行に行くぞ! 旅行の様子をライブで配信だ」

 

『マジか』『またゲームやらないのか』『あー、そういえばそんなこと前に言っていたような』『閣下に会いに行くとかなんとか』

 

「おう、目的地は、ブリタニア国区のウェンブリー・アーコロジーにある、『ウェンブリー・グリーンパーク』だ。グリーンウッド閣下が経営しているアミューズメントパークに、二泊三日の旅!」

 

『おおー』『惑星テラ観光を配信とな』『本当にゲーム配信チャンネルとはなんだったのか』『いまさら』

 

「というわけで、次の配信も楽しみにしてくれな!」

 

 そんな感じで話を締め、配信を終えた。

 さあ、旅行前最後の配信が終わったので、本格的に旅行の準備に入るぞ。

 

 アミューズメントパークか。21世紀にあった、東京だけど東京じゃない夢の国には行ったことがあるが、この時代ではどんな楽しみが待っているのだろうか。

 俺はもう遊園地に行ってはしゃぐような年齢ではない。というか、本来なら小さな子供がいて、遊園地にその子供を連れて行ってもおかしくない年齢ではあるのだが……、正直、楽しみだ。

 ヒスイさんもこういった施設に行くのは初めてだと言うし、存分に遊び倒してやろうではないか。

 



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167.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<1>

「それじゃあ、留守番頼むぞ」

 

 玄関で靴を履きながら、俺はそう言い放った。

 本日は待ちに待った旅行当日。ちょうど今、準備万端で出かけるところだ。

 まあ、準備万端といっても、着替えも持たず手鏡とブラシとハンカチといった、ちょっとした手荷物を小さな肩掛け鞄に詰めただけなのだが。

 

『お任せください。いってらっしゃいませ』

 

 そう言葉を返してきたのは、フリルの付いた執事服を着た男性。

 家事ロボット用の簡易AIを積んだ、アンドロイドのホムくんだ。

 俺とヒスイさんの住むこの部屋には、ガーデニングがあったり、ペットロボットのイノウエさんがいたりするので、旅行の間誰かに留守番を任せる必要がある。そのため、久しぶりに留守番役のホムくんを起動したのだ。

 

 俺がセンサーで開閉する部屋の扉をくぐると、続けてヒスイさんも扉をくぐり、外に出る。

 ヒスイさんも、小さな肩掛け鞄を身につけているのみで、とても二泊三日の旅行に行く姿には見えない。

 これから向かうブリタニア国区の宿泊先ホテルには、衣装を自由に着せ替えできるマイクロドレッサーが備え付けられているらしく、着替えは下着類も含めて一切持ち出していない。

 

 正直、荷物が少なくて済むのは非常にありがたい。この時代のお金であるクレジットは電子マネーなので、財布すら持たなくていいから気楽である。

 海外旅行で財布の心配をしなくていいのは、本当に助かるよな。

 

 と、ヒスイさんに遅れて、カメラロボットであるキューブくんがふよふよと宙に浮きながら部屋から出てきた。

 旅行の様子はライブ配信する予定なので、カメラ役のキューブくんも今回は同行することになっている。積まれているのは簡易AIなので、人格は存在しないが、彼も立派な旅の仲間だ。

 

「イノウエさんは大丈夫でしょうか……」

 

 ロックがかかった部屋の扉を振り返りながら、ヒスイさんが心配そうに言う。

 猫のペットロボットであるイノウエさんは、当然ながら旅行に同行はしない。ホムくんに全てのお世話を任せることになっている。

 

「心配なら、スリープモードにしてしまっておけばよかっただろうに」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんは「とんでもない」と首を横に振った。

 

「スリープモードにするなんて、かわいそうではないですか」

 

「ロボットなんだから、スリープモードくらいいいじゃん」

 

「本物の猫に近い精神性を持たせてあるので、長期のスリープは混乱の元です」

 

 うーん、ヒスイさんって、イノウエさんのことを猫ロボットではなく本物の猫と思っている節があるよな。稼働に必要なエネルギー量は変わらないのに餌にこだわってみたり、たいしてエネルギーにならないおやつを舐めさせてみたり。

 まあ、ペットの扱い方は、飼い主の好き好きに任せればいいか。元々、ヒスイさんに渡したプレゼントなのだし。

 

 とりあえず、ホムくんを信じるようヒスイさんをさとして、俺達は移動するために自動運転の公共交通機関のキャリアーに乗りこんだ。

 この時代、公道を進むのは全て自動運転の乗り物だ。

 なので、事故の心配も一切なく、進む速度も速い。

 

 やがて、数十分後、俺達はヨコハマ・アーコロジーの郊外にある、軌道エレベーター前に到着していた。

 

「では、配信を開始します。準備はよろしいですか?」

 

「完璧」

 

 公衆の面前でヒスイさんにブラシで髪をとかしてもらい、カメラに映る準備はOK。

 俺は、よそ行きのファッショナブルな服にシワが寄っていないことを確認し、キューブくんの方を見つめた。

 

「3、2、1……」

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」

 

 キューブくんの撮影中を知らせるランプが点灯し、俺はカメラの向こうの視聴者達に向けていつもの挨拶をした。

 

「今日は、待ちに待った旅行当日! 今日から三日間、ゲーム配信をお休みしてリアルの風景を流していくぞ!」

 

『わこつ』『わこたろう』『待ってた』『リアルヨシちゃんだー!』『三日間付き合う所存』

 

「旅行先は、惑星テラのブリタニア国区。ウェンブリー・アーコロジーにあるウェンブリー・グリーンパークだ。グリーンウッド閣下が俺達を待っている!」

 

『惑星テラ旅行とか豪勢だなぁ』『いや、実はウェンブリー・グリーンパークは安く行ける』『マジか』『アーコロジーの中だけで完結する旅行パックだから、かなり安め』『アーコロジー旅行って意外と安いのな』

 

「そうですね。一応、今回の旅は、二級市民の皆様でも問題なく行ける旅行プランになっています。とは言いましても、クレジットのほとんどをゲームに費やして、貯蓄がほとんどないという方には無理がありますが。……挨拶が遅れました。今回、ヨシムネ様の旅に同行する、助手のヒスイです」

 

『おおっと、貯蓄の話はしてくれるな』『私達はその日一日を精一杯生きているんだ』『宵越しの銭は持たぬ』『借金が許されていない社会制度でよかったと、本当に実感するコメントだ……』

 

 刹那的な生き物が多いなぁ、二級市民の人達。

 もし俺がこの時代に生まれた二級市民だったら、貯蓄をしてアンドロイドに魂をインストールして、死後もリアルで生き続ける老後のプランを練っていただろう。21世紀にいた頃だって、真面目に国民年金や各種保険料を払っていたしな。

 

「というわけで、俺とヒスイさんの二人と、カメラ役のキューブくんとで、今回の旅行配信を行なっていくぞ! まず、やってきたのはヨコハマ・スペースエレベーター前だ」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが引き継いで解説を行なってくれる。

 

「ヨコハマ・スペースエレベーターの地上部には、惑星テラの各地に跳ぶためのテレポーターが存在します。ソウルエネルギーとテレポーテーション能力を使って、瞬時に別の場所へ移動できる施設ですね。ヨコハマ・アーコロジー内には、このヨコハマ・スペースエレベーターにしかテレポーターは存在しません」

 

「ヨコハマ港には、テレポーターっていうのはないんだ?」

 

「はい。ヨコハマ港は貨物港であり、娯楽用旅客船はほとんど立ち寄らないため、テレポーターは設置されていません」

 

「ヨコハマへの人の行き来は、ほとんどこの軌道エレベーターで行なわれているってことだな」

 

 そんなヨコハマ・スペースエレベーター、実のところ、中に入るのは初めてだ。今まで、建物の前に来たことは何度もあるのだが……。

 

「では、中に向かいましょうか」

 

 ヒスイさんに促され、軌道エレベーター施設の内部へと入る。

 中は……広々としていて、人が複数行き交っているな。おっ、お土産屋さんが並んでいるぞ。

 うーん、なんというか……。

 

「21世紀の空港を思わせる内装だな」

 

 学生時代に利用した羽田空港のロビーをどことなく彷彿(ほふつ)とさせた。

 俺がそんな感想を述べると、ヒスイさんが応える。

 

「機能的に似ているところがあるのでしょうね。エレベーターの利用も、テレポーターの利用も、どちらも予約制で、予約の時刻まで建物内で暇を潰す必要があります」

 

『テレポーターは使ったことあるが、軌道エレベーターには縁がないな……』『テレポーターすら使ったことねえ』『旅行好きでもないと、だいたい生まれたコロニーから出ないもんだ』『でも生身がある間に、一度くらいは惑星旅行ってしてみたいですね』

 

「これら移動施設の利用自体は、そこまでクレジットがかかりません。宇宙の星系間での長距離テレポート利用には、相応のクレジットが必要ですが」

 

「確かに安いな。今回のブリタニア国区行きだと、21世紀の俺がいた時代の日本円にして、ヒスイさんと俺の二人で5000円くらいの感覚だな」

 

『いや判らんわ』『いきなり21世紀の貨幣で換算されましても……』『昔のお金って数十年ですぐに価値が変わるから、歴史創作作るときにややこしいんだよ!』『クレジットは価値変動しないからなぁ』

 

 あー、江戸時代の時代小説書こうとすると、時代によって一両の価値が激変するから調べるのが大変だって聞いたことあるな。

 さて、そんなやりとりを視聴者としている間に、俺はヒスイさんに連れられて壁際の長ベンチに向かった。

 

 そして、ヒスイさんはベンチに座り「少々お待ちください」と言って、空中に操作パネルを出現させて操作し始めた。

 ううむ、今回の旅行プランは全てヒスイさんに任せたので、何をやっているか判らない。テレポーターのチェックインか何かかな?

 

「そういえば、今更だけど施設内の撮影許可って出ているのかな?」

 

「もちろん、出ていますよー。じゃんじゃん映していってください!」

 

 俺の疑問に、ヒスイさんではなく、横から別の人が答えた。

 それは、聞き覚えのある声だった。しかも、最近聞いた声だ。

 

 俺は、声がした方向へと振り向く。すると、そこにいたのは意外な人物だった。

 

「どうも、ヨシちゃん、視聴者の方々。みんなの舞台監督、トキワですよー」

 

 最近ずっと『シリウスのごとく』の中で顔を合わせていた、ミドリシリーズのトキワさんだ。

 

「おう、トキワさんじゃないか。どうしたんだ、こんなところに」

 

「あれ、ヒスイからは何も聞いていない感じです?」

 

「何も聞いていない感じだな」

 

「ではでは、あらためまして。わたくし、惑星テラの移動施設アテンダントをしております、ガイノイドのトキワと申します。ウェンブリー・アーコロジーに向かうまでの短い間ですが、よろしくお願いいたします」

 

 おおー。アテンダントか。古い言い方だとスチュワーデス。なるほど、旅客機が存在しないこの時代でも、そういう役職が残っているのか。

 

「テレポーターまで案内したり、軌道エレベーター内のお店を案内したりが業務内容ですねー。人間にも憧れる方が多い、結構な人気職なんですよ。でも、惑星テラ中をあちこち飛び回ると時差で時間感覚がめちゃくちゃになるので、アテンダントのほとんどがAIで占められていますねー」

 

『トキワってアテンダントさんだったのか』『案内の仕事中に舞台の練習もこなしていたってこと?』『業務用アンドロイドは処理能力高いから、働きながらゲームで遊んでいるとか普通にやってる』『マルチタスクやなぁ……』『うらやましい能力だ』

 

 そんなやりとりをしていると、いつの間にかパネルを消して立ち上がっていたヒスイさんが、こちらに視線を向けていたことに気づいた。

 

「よろしいでしょうか。ウェンブリー・アーコロジー行きのテレポーターは、日本時間で20時の便になります。アテンダントも来たようですし、それまで夕食でも取りましょうか」

 

「はいはーい、それじゃあ、トキワさんオススメのヨコハマ・スペースエレベーター地上部の飲食店に案内しますよ。食べたい物はありますかー?」

 

「飲食店もそろっているのか。いよいよ空港っぽいなー」

 

 そんな俺の感想に、視聴者コメントは意外な盛り上がりを見せる。

 

『空港って、昔の移動施設か』『当時の飛行機は重力制御されていないから、普通に墜落していたと聞くが……』『何それ怖すぎない?』『人が運転する車による事故の方が、頻度高くて怖いぞ』『自動運転なかった頃は、人間が手動で運転していたんだよな……怖……』『MMOやっているとしょっちゅう接触事故起きるから、それがリアルで起きるとなると……』『リアルの事故で死ぬって事実が、ちょっと信じられない』

 

「そうは言うが、俺がこの時代にやってきたのは、時空観測実験の影響による超能力暴走事故が原因だぞ……」

 

 どんなに頻度が減っても、事故というのは起きるものだと思う。

 

 と、そんな話題で視聴者と盛り上がりつつ、トキワさんに釜飯料理の店へ案内してもらう。

 釜飯を選んだ理由は、日本食であること。海外で三日間も過ごすなら、お米が恋しくなるかもしれないからな。

 

 そうして俺達は、テレポーターの利用時間が来るまで、出来立ての釜飯を堪能(たんのう)しながらのんびりと時間を潰すのであった。

 



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168.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<2>

 出発時刻近くとなり、軌道エレベーター内に併設されたテレポーターへと向かう。

 

「それじゃあ、荷物の検査をしますよー。クレアボヤンス検査機にかけますので、ご了承くださいね。はい、そこのマークの上に立って、三秒停止してください。3、2、1……はい、オッケーでーす」

 

 肩掛け鞄を身につけたまま、手荷物検査が終わった。21世紀の空港のように金属探知機を通るとかではなく、クレアボヤンス検査機なるものを使った。

 

「クレアボヤンス……透視能力か」

 

『超能力機器の一種やね』『ヨシちゃんが丸裸に!』『まー、危険物を持ちこんだ事例なんて聞いたことないけど』『危険物所持なんてしていたら、そもそも家から外に出た時点で警備員にしょっ引かれるわな』『さすがのヨシちゃんも料理用の包丁を外に持ち出すことはしないでしょう』『でもヒスイさん、普通にエナジーブレード所持していねえ?』

 

「これですか? 私は行政区職員ですので、あらゆる場所への武装携行を許可されています。名目は、ヨシムネ様の護衛のためです」

 

 腰に下げたエナジーブレードの柄をキューブくんに見せながら、ヒスイさんが言った。

 

『護衛』『ヨシちゃんどこかの組織にでも狙われているの?』『組織ってなんの組織だよ』『ほら、反政府組織とか……』『あるんですか、そんなの?』『太陽系統一政府樹立直後にはありましたけど、とっくに立ち消えていますよ』『そもそも反政府組織がヨシちゃん狙うとか意味不明だ』『せいぜい重度の歴史好きが、ヨシちゃんに詰め寄って徹底インタビューするとかくらい』

 

 ヒスイさんの護衛という名目は、俺もよく理解できていないんだよな。

 実際の所、名目は建前で、実質的にはこの時代に不慣れな俺のために、生活サポート要員として派遣されているだけだと思うけれど。

 でも、そうなると、俺がこの時代に慣れたらヒスイさんは俺の元を去るわけで。それは困るなぁ。こうなったら、配信の人気を上げて、行政区が俺達をうかつに解散させられないくらいの立場になるしかないか。

 

「はい、この部屋がテレポーターの少人数用転送室でーす。最大搭乗人数は、アテンダントを含めずに十名まで。20時の便でウェンブリー・アーコロジー行きの人はお二人だけですので、貸し切りですよー」

 

 複数の扉が並ぶ区画で、トキワさんが一つの扉の前で立ち止まった。

 扉には『021』と数字が書かれている。

 

「ヨシちゃんにちなんで、021号室が割り当てられています。施設管理AIも粋なことをしますね」

 

 俺は21世紀からこの時代にやってきたので、俺にちなんでというのはおそらくそれのことだろう。

 まあ、ちなんだからといって何か特別なことがあるというわけではないのだが……。

 

 そして、トキワさんが扉の前で手をかざすと扉が自動で開き、俺達は中へと進む。

 部屋の中は、長椅子が用意されたごくごく普通の内装だった。

 

「ちなみに、扉を開けるときに手をかざす必要はありません」

 

 長椅子に座りながら、ヒスイさんがそんなことを言った。

 

「おおっと、ヒスイは無粋なことを言いますね。こういうのは雰囲気ですよ、雰囲気。さあさあ皆様、20時になりますので、いよいよテレポーテーション発動の時間ですよ。ヨシちゃんは現実世界ではテレポーテーション初体験ですよね?」

 

「ああ、そうだな。空間関連の超能力適性はあるにはあるが、町中はアンチサイキックフィールドが展開しているし、私室は転移なんて使うほど広くはないし、使う機会がない」

 

「ではでは、驚きの瞬間ですよ。20時まであと30秒!」

 

 トキワさんが30からカウントダウンを始める。

 俺は、少しドキドキしながら、時間がやってくるのを待った。そして。

 

「3、2、1、ゼロッ!」

 

「…………」

 

「はい、転送終了でーす!」

 

「えっ、マジで? 何も変わっていなくね?」

 

「いえいえ、しっかりテレポーテーションは発動しましたよー。実を言うと、部屋ごと入れ替わっているんですよ」

 

「え? そんな豪快な。というか部屋ごとだと、転送の瞬間の目撃が不可能じゃねえ?」

 

『部屋ごとの方が事故を防ぎやすいからな』『人だけ入れ替わったら、椅子の高さ合わなくて尻餅ついたりね』『人をそれぞれ飛ばすより、部屋ごとの方が形状の演算が楽で、使用ソウルエネルギーが少ないとかなんとか』『転送の瞬間を見たいなら……自室で自力テレポーテーションを試すんだな!』

 

「そういうわけですね。では、部屋を出ますのでお立ちくださーい。忘れ物などないよう、ご確認くださいませ」

 

 俺はトキワさんにうながされ、事前のドキドキに対する不完全燃焼を感じながら立ち上がった。

 そして、導かれるまま部屋の外に出る。

 

「……むっ、匂いがなんかヨコハマと違う気がする。ヒスイさん、どう?」

 

「確かにわずかに違いますね」

 

 俺達がそんな言葉を交わすと、トキワさんが笑みを浮かべて言った。

 

「それは、ヨコハマ・スペースエレベーター特有の醤油と出汁の匂いが消えたからですねー」

 

「ああー、海外の人が日本の空港に着くと、醤油の匂いがするとかいうあれか!」

 

「ニホン国区の空気には、醤油の匂いが染みついている……わけではありませんよ! 施設内に併設されていた飲食店からただよう、料理の香りです。あそこは日本食のお店、多いですからねー」

 

「そういうからくりか」

 

『食事時以外だと匂い共有されていないから、なんのこっちゃだな』『今時の技術力でも、匂いってシャットアウトされないものなの?』『匂いで客を呼びこんでいるんだろう』『町中の焼肉屋の前とか、わざと合成した匂いを出しているらしい』

 

 そしてトキワさんに案内され、またクレアボヤンス検査機で荷物の検査を行ない、問題なくクリアして先へと向かう。

 人の行き交うロビーに登場したところで、トキワさんが言った。

 

「それでは、ご案内はここまでです。本日はテレポーターのご利用、まことにありがとうございました。ここまでの案内は、トキワが担当いたしました。帰りも私が担当しますので、よろしくね!」

 

 最後で急に態度を崩したトキワさんが、俺にではなくキューブくんに向けて手を振った。

 ううむ、視聴者サービスが徹底しているな。

 

 視聴者も口々にトキワさんへのコメントを投げかけ、彼女と俺達はこの場で別れた。

 

「しかし、一時間近くアテンダントがつきっきりになっていたのに、このクレジットの安さでテレポーターを使えるのは驚きだな」

 

「日本円にして5000円、でしたか」

 

「いや、それはもういいから」

 

「今の時代では、サービスに対して支払われたクレジットが、そのまま業者の従業員の収入として処理されるわけではありません。全ての業者は行政が仕切っており、人類の中で働いている一級市民やAI達三級市民への給与であるクレジットは行政が配っています。そのため、行政側としては業者がサービスを過不足なく提供してさえいれば、赤字でもかまわないのです。正直なところ、クレジットは21世紀の貨幣と同じ概念ではないのですよ」

 

「うーん、よく解らんな」

 

『おおっと、なるほどなーいただけませんでした』『なるほどなー成分が足りない』『もっとなるほどなーして?』『ヨシちゃんのなるほどなー集に素材提供を』

 

「俺、そんなにそれ言ってる!?」

 

 そんなやりとりをしながら、俺はヒスイさんに先導されてテレポーター施設から外に出た。アーコロジー内の照明は昼を示す明るい色。ニホン国区とブリタニア国区の時差は8時間と聞く。そして、現地時刻は12時過ぎである。つまり、ここはすでにブリタニア国区のウェンブリー・アーコロジーだ。

 テレポーター施設から出入りする人々は、モンゴロイド系の人種が多めだったヨコハマとは異なり、コーカソイド系の人種が割合多く見られるようになった。

 

「この時代でも、意外と地域による人種の違いって出るものなんだな」

 

「ニホン国区もブリタニア国区も、元々は島国だったという理由が大きいですね。それに、惑星テラの住環境がアーコロジー化してからというもの、国区間の人のやりとりはずいぶんと減り、人の増加は内部で完結することが多くなりました」

 

「みんなアーコロジーに閉じこもるようになって、国際交流が抑制されたのか。21世紀じゃグローバル化だのなんだの言われていたのにな」

 

『こっちはスペースコロニー住みだけど、人種はもう多種多様で『人種って何?』状態よ』『サラダボウルってやつだな』『うちのコロニーは旧ブラジル帝国系で固まっているよ』『太陽系統一後の宇宙移民は、使用言語ごとに固まって行なわれたんだぞ』『自動翻訳があっても、地域ごとの統一言語は必要ってことですね』

 

 そして、俺達はまたキャリアーに乗りこみ、五分ほど走ったところで、目的地へと到着する。

 ウェンブリー・グリーンパーク。ド派手な光の演出がされた、大規模アミューズメント施設の入場門が視界に映った。

 

「おーおー、入場前から派手だな。これは、ARか?」

 

「そうですね。ARで演出を行なっているようです」

 

 AR、拡張現実。

 現実に存在しない物をまるでそこにあるかのように表示する、VRの一種である。

 ウェンブリー・グリーンパークの入場門では、空を白い鳥が飛び交い、ペガサスがそれを追いかけるように飛んでいる。

 本来アーコロジーの中に野鳥なんて存在しないはずだし、ペガサスが現実に存在するはずがない。いや、遺伝子改造か何かでペガサスが実在しているかもしれないが、少なくともあれは周期的な動きからして、ARで表示させた仮想的な動物だろう。

 

 その入場門に、俺達は向かう。すると、楽しげな音楽がどこからともなく聞こえてきた。

 そして、入場門の前に立ったところで、目の前に画面が広がった。

 

『ウェンブリー・グリーンパークへようこそ! 自然あふれる夢の世界を楽しんでいってね! 入場パスポートは――』

 

 ふむ、入場料の支払いがいるようだ。そりゃそうか。

 

「とりあえず、三日分支払えばいいのか?」

 

「そうですね。個人料金を三日分払いましょう」

 

「よし、ぽちっとな」

 

『安いなぁ』『惑星テラの施設なのに、こんなに安くていいのか』『え、こんなもんじゃないの?』『ヨシちゃん、日本円換算でいくら?』

 

「またそれか……。ヨコハマでラーメン二杯分食べられるクレジットだから、一日パスポートが1500円くらいじゃないのか」

 

「それくらいでしょうね」

 

 電子パスポートを発行してもらい、肩掛け鞄以外は手ぶらのまま、俺達は入場門をくぐった。

 そして、門の向こうに辿り着いたところで、俺は思わぬ光景を目にする。

 

「馬上から失礼! ようこそ、私のウェンブリー・グリーンパークへ。二人とも歓迎するのじゃ!」

 

 なぜか馬に乗ったグリーンウッド閣下が、着ぐるみマスコットを多数引き連れて、俺達を待ちかまえていた。

 



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169.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<3>

 馬上から挨拶をしてきたグリーンウッド閣下に、俺は言葉を返す。

 

「ずいぶんとごきげんな格好だな。リアルでは久しぶり」

 

「うむ、久しぶりじゃな。この馬はのう、パレードの際、試しに乗ってみたら、来訪客からなぜか評判がよくての……どれ、今降りるのじゃ」

 

 閣下が手の平で軽く馬の背を叩くと、馬はその場で伏せた。すると、閣下はあぶみから片足を離し、ひょいっと馬上から地面に降りた。

 ずいぶんと手慣れた動作だ。閣下はVR内と同じ小さな少女の姿で、馬に合わせてか乗馬服を着こんでいるが、それがどこかさまになっている。

 

「さすが元貴族。乗馬はお手のものか」

 

 俺がそう言うと、閣下は笑って言葉を返してくる。

 

「いいや、乗馬は先々月に始めたばかりじゃ」

 

「あれ、そうなのか。……ああ、そういえば、『Stella』で最初見たときは、鞍に騎乗さえできていなかったな」

 

 初めて『Stella』で騎乗ペットの馬を買ったときの閣下は、馬にまたがれなくて一人でぴょんぴょんとしていた。

 

「うむ、『Stella』で乗馬スキルを使ってみたら、なかなか面白くてのう。せっかくなので、乗馬ゲームでスキルを使わぬ乗馬を覚えたのじゃ」

 

「それで今はすっかり、リアルで馬を乗り回せるようになったわけか。でも、パーク内で馬を歩かせるのって、危なくないのか?」

 

 接触事故とかありそうだ。馬は速度もパワーもあるから危険性はそれなりに高いはず。

 

「問題ない。こやつは、馬ロボットじゃからな。人がいる道ではAIが周囲と連携して移動するので、自動運転の軽車両と扱いは同じじゃ。名前はカヴァスという」

 

『馬ロボットとかあるのか……』『ペットロボットにしちゃでけえな』『安全な乗馬をするためのロボットって感じなのかな』『限定的な製品すぎる……』『そもそも乗馬をできる場所とか聞いたことない。惑星テラならあるのか?』

 

「うむうむ、ウェンブリー・グリーンパークには、乗馬を体験できるエリアがあるのじゃ。落馬の心配が少ない大人しい馬ロボットをそろえておるので、視聴者の皆も興味があるなら訪れてほしい」

 

「乗馬クラブ的なところがあるのか。これから行ってみるのもいいな」

 

「おおっと、待つのじゃ。これから行く場所はもうこちらで決めておる。なにせ、時間指定のイベントがあるのでな」

 

「む、予定が埋まっているのか。ヒスイさん、知ってた?」

 

「はい。三日間の予定は、すでにグリーンウッド卿と一緒に詰めてあります。予定表はいりますか?」

 

「んー、ヒスイさんが把握しているなら、いいや」

 

 そこまで話すと、閣下は馬をしゃがませ、再び騎乗した。

 

「では、時間も押しているので、さっそく最初の施設に向かうのじゃ。馬にちなんだ場所じゃ」

 

 乗馬クラブではない、馬にちなんだ場所か。どこだろう。

 

「向かう先は、ウェンブリー競馬場! 現代に蘇ったサラブレッド達によるレースが待っておるぞ!」

 

 そう言って閣下は馬をゆっくりと旋回させ、その後ろに着ぐるみマスコットが並ぶ。

 そして俺達は、着ぐるみマスコットを引き連れて、パレード状態で目的地へ向かうのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 競馬場に到着した俺達三人は、そこで待っていたグリーンウッド家の家令であるトーマスさんに案内され、VIP席へと通された。

 わざわざVIP席を用意するとは豪勢なことだが、配信を行なっているので、一般人のひしめく観客席に紛れずに済むのは正直言って助かった。

 VIP席にはアンドロイドのフットマンがいて、飲み物や軽食を用意してくれるようであった。

 

「昼食は食べたかの?」

 

「ああ、向こうのテレポーターで夕食を取ってきたから大丈夫だ」

 

「では、軽くつまめるものでも頼むとしようか。そこの者、フィッシュ・アンド・チップスとコーヒーを頼むのじゃ」

 

「出た、フィッシュ・アンド・チップス……」

 

「む、ヨシムネよ。そなたの中でフィッシュ・アンド・チップスがどういう地位にあるか理解できぬでもないが、今のブリタニア国区はグルメな地域で通っておるのじゃぞ」

 

『ブリタニアといえば食の聖地』『惑星テラの全ての美食が集まるって言われているね』『産業革命で死滅した食文化は、再生して花開いたのだ』『あー、産業革命の頃は大変だったと聞くね』

 

 そういえばそうだったか。

 そして、VIP席に運ばれてきたフィッシュ・アンド・チップスを俺は眺めた。

 英字新聞の上に雑に載せられているということはなく……、綺麗な皿の上に料理が飾り付けられていた。VIP席に相応しい装いだ。

 

 俺はそれをヒスイさんと二人でのんびりとつまみながら、閣下の説明を聞くことにした。……美味いなこれ。

 

「冬に差しかかるこの時期は、もう平地競走の重賞レースは行なっておらぬ。11月で平地競走の全ての日程は終わりで、来月からは障害競走がメインとなる。アーコロジーの中は常春の環境で季節感などあってないようなものなのじゃが、まあ、伝統じゃな」

 

 閣下がそう言うと、目の前に画面が開き、レースの日程が表示された。

 それを軽く眺めてみると、11月は平地競走と障害競走で半々となっており、12月からは障害競走で日程が埋まっている。障害競走とは、コース上に飛び越えるための障害が用意されたレースのことだ。

 

「で、競馬ってことはギャンブルもやっているのか?」

 

「うむ、競馬場への入場時に、電子チップが配られておるのじゃが、気づいておったか?」

 

「ああ、これね」

 

 俺はウェンブリー・グリーンパークの来訪者用管理画面を目の前に表示させ、所持アイテムという欄を見る。

 そこに、チップという項目があるのが確認できた。

 

「このチップを賭けで増やすことができるのじゃ。ただし、チップは一日一回の競馬場入場時にしか入手できず、クレジットでの追加購入は不可能じゃ」

 

「競馬で賭けか……イギリス競馬と言えば、政府公認のブックメーカーのイメージだが……」

 

「クレジットを賭博に使うことは、行政府により禁止されておる。知らぬかの?」

 

「賭け事には興味なかったから知らなかったな」

 

「この競馬場を建てたときも、行政区とはいろいろ揉めたのじゃ……。まあ、電子チップは増やしても、ちょっとしたグッズとの交換しか受け付けておらぬからの。賭けに本気でのめり込む者はおるまい」

 

「昔のパチンコ店みたいに、別の店で現金と交換してくれる特殊な景品を貰える、違法な抜け道とかは……」

 

「そんなことをしたら、マザーの手により即日お取り潰しじゃろうなぁ」

 

 そんな会話をしている間に、競馬場へ馬と騎手が入場してきた。

 

「せっかくだから、チップを賭けてみたらどうかの?」

 

「でも、どの馬がどんな馬か知らないしなぁ……そもそも競馬ってあまり興味なかったんだよね。競走馬を育てる競馬ゲームなら、昔やりこんだけど」

 

 あと、日本の歴代競走馬を女の子に擬人化したソーシャルゲームが開発中と言われていたが、いつリリースされるかも不明なままこの時代にやってきてしまった。

 オフラインゲームと違って、21世紀のソシャゲの類は、この時代だとプレイする手段が存在しないんだよな。

 

「馬のプロフィールや紹介動画が、来訪者用のAR画面から見られるのじゃ」

 

「ええと、競馬場ページを開いて、13時のレース、これでいいのかな? うーむ、出場は8頭か。プロフィールが見られるといっても、この中から選ぶのは……」

 

「ふむ。では、トーマスよ。オススメの馬はおるか?」

 

 閣下が席の後ろで待機していた家令のトーマスさんに、そう尋ねる。

 

「では、3番のローズブリティッシュと8番のシルバーイーグルはいかがでしょうか」

 

 そう教えられたので、俺はまず3番の紹介動画を見る。すると、映し出されたのは、一頭の仔馬が生まれるときから始まる成長譚であった。

 のびのびと母馬のもとで育ち、よく食べ、よく遊び、すくすくと育つ。かけっこが大好きで、大きくなってからもレースの練習に苦もなくついてきた。

 やがて、レースに出るようになるが、結果はいまいちついてこない。上位入賞はするものの、一着になったのは一度しかなく、今日この日を迎えた。

 

「お、おお……可愛い子じゃないか。馬ロボットを使ったなんちゃって競馬じゃなくて、本物のサラブレッド達による本物の競馬なんだな。よし、俺はローズブリティッシュを応援するぞ」

 

「見事に動画の製作者に乗せられておるのう……」

 

「ついでだから8番の動画も見ておこう」

 

 その動画は、母との死別、レースの栄光、そして挫折が短い時間で詰められていた。

 3番の動画が馬の成長記録だとしたら、8番の動画は馬の人生ドラマであった。いや、馬だから人生ではないのだが。

 

『シルバーイーグルに賭けようぜ!』『3番の方が可愛くない?』『8番の動画の方が出来いいと思うけどなぁ』『これそういう賭けなの?』『まあチップ増やしてもたいして得しないなら、人気投票のつもりでいいだろうさ』

 

「3-8で賭けるぞ! 3番と8番が1位と2位で予想だ。どっちが1位でも、続けてゴールすれば勝ちだ!」

 

「連勝複式じゃな。では、私は5-8でいくかの」

 

「私は3番の単勝に賭けることにします」

 

 俺の宣言に、閣下とヒスイさんも続いた。ここで、急に関係ない5番が出てきた。5番はウィンビートルか。どんな馬だろう。紹介動画を確認してみると……。

 

「……5番も捨てがたいな」

 

「ほれ、さっさとチップを賭けぬか。そろそろ始まるのじゃ」

 

 俺が5番の紹介動画を見て頭を悩ませていると、閣下が開始を知らせてきた。

 俺は、あわてて3-5と3-8と5-8にそれぞれチップを賭ける。

 

 VIP席のモニターには、旗を持ったスターターが、ゲートの横に用意された台に立っている様子が映し出されている。

 さらにしばらくして、競走馬がゲートに入っていく。どうやら、ゲートはエナジーバリアで作られているようだ。そして、馬が全てゲートに入り、出走の準備が整った。いよいよ始まるみたいだな。

 と、そこでふと気づく。

 

「ファンファーレはないのか?」

 

「ふむ、ファンファーレとな?」

 

「ああ、競馬といえば、出走前に吹奏楽団がファンファーレを鳴らすイメージがあったんだが、ないのか?」

 

「聞いたことないのじゃ」

 

 競馬は競馬ゲームくらいでしか知らないが、出走前のファンファーレがないのは寂しいなぁ。

 と、そこで、ベルが鳴り響いてゲートが開き、一斉に競走馬達がスタートした。

 

「競馬のファンファーレは、日本独自の文化のようですね」

 

 VIP席に用意されたレースの様子を映す拡大モニターを見つめながら、ヒスイさんが言う。

 

「ラジオ放送で聴取者に競技の開始を知らせるため、ファンファーレを鳴らしたのが始まりだそうです」

 

「なるほどなー。独自文化だったのか」

 

 あれだけ立派に鳴らしているものだから、世界中で当然のように行なわれている行為だと思っていた。

 

「21世紀のゲームに詳しいヨシムネ様向けの小ネタとして一つ。日本の東京の競馬場で使われていたファンファーレは、『ドラゴンクエスト』シリーズの作曲者が作った曲だそうです」

 

「ええっ、あのお方、そんな仕事もしていたんだ……」

 

 歌謡曲を手がけていたことは知っていたが、ちょっとびっくりだ。

 

「ニホンの競馬も見てみたいものだのう。どこのアーコロジーに行けばやっておるかの?」

 

 顔をモニターに向けながら、閣下が言う。画面の中では八頭の馬たちが芝の上を全力で駆け抜けている。

 

「ニホン国区に競馬場は残っていませんね。むしろ、このウェンブリーに競馬場が存在していることが奇跡的な状況です」

 

 同じくモニターを見つめながらヒスイさんが答えた。

 

「そうなのか? 太陽系統一戦争後の惑星テラからの宇宙移民で、牧場から人がいなくなって廃れたのかね?」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが「いいえ」と答える。

 

「それ以前の惑星環境の悪化で、世界各地の牧場が潰れて競馬文化が消滅したのですよ」

 

「あー、そんなことを閣下が以前言っていたような」

 

「うむ。そんな中、わずかな動物達を太陽系統一戦争以前からなんとか保護していたのが、我がグリーンウッド公爵家だったわけじゃな」

 

 そして、閣下とヒスイさんがモニターから目を離し、VIP席から見えるコースを見た。

 ここから眼下に見えるのは、競走馬達が目指す場所であるゴールだ。

 

「テラフォーミング技術を惑星テラ、当時の地球に活用して、ウェンブリーに自然保護区を作っていたのじゃよ。今のウェンブリー・グリーンパークの前身じゃな」

 

「それだけ環境が整っていて、閣下は最近まで馬に乗ったことがなかったんだな」

 

 俺がそう言うと、閣下が笑って答える。

 

「公爵時代の私も、さすがに貴重な保護動物にまたがろうとは考えたこともなかったのじゃ……と、来た! 5番来たのじゃ!」

 

 むむむ、5番が差しこんできたぞ。でも、先頭を行く3番ローズブリティッシュも、逃げ切ろうと全力だ。

 そして……。

 

「3-7! まさかの7番が追い上げたかー」

 

 一着は3番ローズブリティッシュ。二着は注目していなかった7番。三着は5番ウィンビートル。賭けは、3番の単勝を選んだヒスイさんが当たった。

 

「私の目に狂いはありませんでしたね」

 

 ヒスイさんが、勝ち誇ったように言う。

 

「なんなの、高度有機AIは競馬予想も完璧なの?」

 

「そんなわけなかろう。相手は、意思疎通も不完全にしかできぬ生き物じゃぞ」

 

「はい、可愛らしい仔馬時代を紹介動画でじっくりと見せてくださいましたので、人気投票気分で賭けました」

 

 まあヒスイさんならそうしてもおかしくないか。

 彼女は猫好きだが、可愛い動物なら猫以外もありなようだ。

 

「では、次のレースは40分後じゃな。見ていくかの?」

 

「チップはまだ残っているし、次こそ当ててみせるぞ」

 

「ヨシムネ様、典型的なギャンブル狂いの思考ですよ」

 

「ち、ちが、そんなつもりじゃ……」

 

『ギャンブル親父ヨシちゃん』『人類がギャンブルを禁止された理由も、これでよく解るというものよ』『価値のほとんどないチップで、これだもの』『森の賢者はギャンブルを覚えた!』

 

 結局、その日は三つのレースを見ていくことになった。

 競馬って、一日に何個もレースが開催されているんだな。今の時代は牧場の数も限られているだろうに、ずいぶんと盛り上がっている。

 そのことを閣下に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

 

「この競馬場は、ウェンブリー・アーコロジーに住む住民も多く通っておるのじゃ。パークの年間パスを買って、連日通い詰めるほどのファンもおるようじゃな」

 

 うーん、さすが競馬発祥の地イギリス。

 熱心なファンに支えられて、伝統が今に続いているのだなぁ。

 



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170.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<4>

 競馬を楽しんだ俺達一同は、その勢いのまま競馬場に併設された乗馬場へとやってきていた。

 安全な馬ロボットで、乗馬体験ができるという施設だ。

 

 俺とヒスイさんはマイクロドレッサーを使って乗馬服に着替え、その上からエナジーマテリアルでできたプロテクターを着こんだ。このプロテクターがあれば、万が一馬上から頭を下にして落ちても、無傷でいられるという触れこみだ。

 

 そして、土が平らに敷かれた乗馬場に、馬ロボット達がやってくる。

 それぞれ俺とヒスイさんの前に止まった馬ロボット。それを見て、閣下が自分の馬ロボットをなでながら言葉を発した。

 

「まずは挨拶からじゃな。言葉をかけてやってから、鼻先に手の甲を近づけるのじゃ。すると、馬は匂いを嗅いで、相手を認識するのじゃ」

 

 ふむふむ。

 

「絶対に手の甲じゃからな? もし指先を近づけたら、指をかまれて骨折する可能性があるのじゃ。本物の馬が相手だった場合じゃがのう」

 

『怖っ!』『ええー、馬って草食じゃないの?』『草食でも、地面に生えている草をまとめてかみちぎれるくらいのアゴの力はあるってことですね』『人なつこい生き物相手の経験は、アナザーでも積んでねえや』

 

 うーむ、山形の農家だった俺だが、俺自身は牧場関連者とは縁がなかったんだよな。

 うちは昔からの地主だったから、牧場にも土地を融通していたらしいのだが……交流は親父任せだったからなぁ。

 

「では、試してみるのじゃ」

 

 よし、まずは声をかけて……。

 

「見事な白い毛並みだな。よし、お前の名前はドゥン・スタリオンだ」

 

 手の甲を鼻先に近づけてみると、ふんすふんすと馬は俺の匂いを嗅いだ。うーん、ロボットなのに本格的だ。

 

「ヨシムネ、そやつの名前はクアスじゃぞ……」

 

「ありゃ、名前すでにあったのか。そりゃ失礼」

 

 その後も、背に触れるなどして馬との交流を深め、いよいよ騎乗することになった。

 

「できました」

 

 説明を受けるなり、ヒスイさんがいきなり騎乗に成功していた。

 

『さすがヒスイさんです!』『やるじゃん』『無敵のAI様に不可能はなかった』『で、ヨシちゃんは?』

 

「うおー、どうやって乗るんだ、これ!」

 

 俺はあぶみに片足をかけて、かつての閣下のごとくその場でぴょんぴょんしていた。

 その横で、乗馬場の係員さんがどうしていいか解らずおろおろとしている。係員さんは若い人間の女性だ。

 

「ヨシムネ、とりあえずその飛び跳ねるのを止めるのじゃ」

 

「お、おう……」

 

 閣下の言葉に従い、俺は動きを止める。

 すると、係員さんが俺の後ろに来て、俺の身体を誘導してくれた。

 そして、俺は鞍の上に乗ることに成功した。

 

「うおー、俺はやったぞ!」

 

『はいはい』『係員に感謝しておけよ!』『馬がロボットじゃなかったら、どうなっていたことやら』『ヨシちゃんもこういう失敗するんだなぁ』

 

 失敗していないんですけど!

 

「それでは、ゆっくりと歩かせるのじゃ。馬は賢いので、騎手の不安を簡単に感じ取るでのう。馬を信じて、しっかりと乗るのじゃ」

 

 そうして、俺達は夕方まで乗馬を楽しんだ。

 俺も一応、並足で歩かせるところまでは成功したが、もっと乗馬に慣れるまで本物の馬にはまだ乗らないよう、閣下に注意されたのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「ここがウェンブリー・グリーンパーク一番の宿泊施設、ホテル『ロイヤルシークレットガーデン』じゃ」

 

 閣下に案内されて到着した本日の宿。

 そこは、見た目きらびやかな高級ホテルであった。

 

「はー、閣下は、こんな立派なホテルまで所有しているのか。さすが公爵家」

 

「む、ここは確かにパーク内の施設ではあるが、所有者は私ではないのう。ホテルのオーナーは、元ブリタニア教国の王室の者なのじゃ」

 

「おお、つまりグリーンウッド公爵家の上司か」

 

「元じゃがな。太陽系統一戦争後、マザー・スフィア達行政府へ素直に国土をゆずり、王室の資産と、特別に与えられた一級市民の地位で、悠々自適な生活を送っておる元国王の一家じゃな」

 

「へえ、大政奉還した後の徳川慶喜みたいだな」

 

「日本の歴史には詳しくないので、徳川なにがしは知らぬのじゃが……」

 

 しかし、ブリタニア教国の主は、教主や教皇とかではなく国王だったのか。

 

「ブリタニア教国の国教って、どんな宗教だったんだ?」

 

「ぬ、それか。そうじゃな。21世紀人のヨシムネからすると、新興宗教ということになるかの。魂の実在が証明された第三次世界大戦後に興った新しい宗教での。ブリタニア国民の魂は、ブリタニアの大地に還るという国粋主義的な教義じゃった」

 

「へえー」

 

 イギリスで主流だった一神教勢力を打ち負かすほどの新興宗教か。それが一国を作り上げるとか、歴史ってすごい。

 

『魂が死後どうなるかは未だに解明されていないんだよな』『でも土地に還るはないわぁ』『宇宙でも魂は発生するんだから、土地に縛られているわけがない』『自分はブリタニア系コロニー在住だけど、死んだらスペースコロニーから光年単位で離れている惑星テラまで魂が飛んでいくのか?』『ないない』

 

 うーん、俺はお盆にお経をあげてもらって、新年を神社で祝うくらいの典型的宗教ごちゃ混ぜ日本人だった。なので、宗教にこれといった偏見も思い入れも持っていない。ここは、ノーコメントとしておこう。

 

「で、部屋はロイヤルスイートじゃなくてもいいんじゃな? 私のコネで安くしてもらえるぞ?」

 

 ホテルの受付の前で、閣下がそんなことを言い出す。

 ヒスイさん、ロイヤルスイートの紹介なんてされていたのか。閣下の言葉に、そのヒスイさんが返す。

 

「今回の旅行は、二級市民の方が少し無理をすれば実践可能というコンセプトです。ですので、ロイヤルスイートはお断りします。競馬場のVIPルームも本来過ぎた扱いだったのですが……」

 

「そうか。まあ、一般向けの客室でも、ここは立派なホテルじゃから、十分に歓迎してくれるであろう」

 

 そして、ヒスイさんが受付でチェックインを済まし、俺達は客室へと向かった。

 部屋の中は、十分に広く取られている。二つのベッドが隙間なく並んでいるのが少し気になるが、ホテルの二人部屋といったらカップルや夫婦が泊まることが多いだろうから、そういうものだと思っておこう。

 

 部屋の中に入った俺達は、まずナノマシン洗浄機で全身を綺麗に洗った。これでお風呂いらずである。

 一般向けの客室に風呂場はついていないようなので、身体の洗浄はこれで終わりだ。

 

 次に、部屋に備え付けられていたマイクロドレッサーで、外出用の動きやすい服からホテル用のフォーマルな服へと着替える。

 マイクロドレッサーはその場で服を作り出し着せてくれるという高級家電の一つなのだが、さすがは高級ホテル。全ての客室に、この家電が完備されているらしい。

 なお、着替えの瞬間はキューブくんには撮らせていない。配信に生着替えとか流したら、アカウント停止の危機だ。

 

 その後、部屋で視聴者達と雑談していると、俺の内部端末にホテル側から夕食の時間を知らせる案内が届いた。

 そのままホテル内部のレストランへと向かうと……閣下が俺達を待ち受けていた。

 

「夕食は期待しておくのじゃ。なんと、私が経営する牧場で育てた牛の肉を格安で出しているのじゃ。オーガニックな牛肉じゃぞ」

 

『マジかよ』『オーガニックな牛肉とか、お高い』『鶏肉ならまだしも、なあ』『馬肉じゃないんだな』『よかった、レースに勝てなくて、肉にされる馬はいなかったんだ……』

 

「む、馬肉用の馬も育てておるが、サラブレッドではなく、肉質がよい専用の品種じゃぞ」

 

 その後、配信の味覚共有機能をオンにした俺は、高級ホテルの夕食を楽しんだ。

 いや、あえて言い換えよう。ディナーを楽しんだ。

 コース料理の食器を使う順番が一瞬解らなかったが、昔読んだ格闘技漫画に出てくる地上最強の生物のセリフ、「外側から使用しろ」を思い出してなんとかなった。

 そのことを視聴者に伝えたら、妙に盛り上がっていたな。多分、チャンプ経由でその漫画を読んだことがある人達だったのだと思う。

 

 ディナーの後は、閣下にホテル内のカジノへ誘われたが、ギャンブルは競馬で十分楽しんだのでお誘いは断った。カジノもおそらく入場時に無料で配られるチップのみで、賭け事を楽しむのであろう。

 カジノへ行く代わりに、俺達はホテル内にあるというレトロゲームの復刻筐体がそろったゲームセンターへと向かった。

 俺にとっても懐かしい、20世紀のゲーム筐体の数々に、メダルゲーム各種。そこで俺は、童心に返り全力で楽しんだ。

 

『何気にヨシちゃんによるモニターゲームの初配信だな』『こういうのもたまにはいいよね』『ソウルコネクト以外のゲームも上手いじゃん、ヨシちゃん』『マザーが驚喜しそうな場所だ……』

 

「いやー、こういうのもたまに遊ぶならいいもんだな!」

 

「そろそろ就寝時間ですよ」

 

 と、ヒスイさんに呼ばれたので、ゲームの時間は終わりだ。

 

「ニホン国区からの時差も含めますと、すでに20時間以上活動しています。早急な休息が必要です」

 

「そういえば、日本とこっちじゃ時差8時間あるんだったか。感覚的には疲れていないんだけどなぁ」

 

「ヨシムネ様のボディはガイノイドですので、身体的な疲労は蓄積しません。ですが、精神は人のそれなので徹夜は厳禁です」

 

「はいよー。時差があるなら、こっちに来る前に、『sheep and sleep』で起床時間調整しておけばよかったな」

 

「そうですね。次の機会があるなら、そうしましょうか」

 

 そうして客室に戻った俺は、マイクロドレッサーでパジャマに着替え、ベッドの前で待機していたキューブくんの前に立った。

 

「それじゃあ、旅行一日目はこれで終了だ。また明日も、配信に付き合ってくれ」

 

「いえ、ヨシムネ様。配信はまだ終わりではないですよ」

 

「ん? もう就寝じゃないのか?」

 

「これより、ヨシムネ様の寝顔配信を行ないます」

 

『いえーい』『やったぜ』『待ってた』『助かる』『寝顔助かる』『みんな寝顔に喜びすぎだろう……』『最近『sheep and sleep』の配信されていなかったから……』

 

 くっ、今までVR内での寝顔配信はしてきたから、今更リアルだからって断れない……!

 

「でも、正直、寝顔配信って何も起こらないから、視聴者にとって虚無過ぎると思うんだが!」

 

「そこは、適度に私が小粋なトークをして場をもたせますよ」

 

「ヒスイさん、休もう?」

 

「業務用ガイノイドですので、無休での活動が可能です」

 

 そんなこんなで、俺達は旅行一日目を無事に過ごすことができた。

 明日はいよいよ、アミューズメントパークで本格的に遊ぶことになる。疲労を明日に持ち越さないため、俺は観念して視聴者達に寝顔を晒すことにしたのだった。

 



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171.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<5>

「21世紀ではこんな言葉が語られていた。曰く、『イギリスで美味しい食事をしたければ、一日に三回朝食を取ればいい』。そんなイングリッシュ・ブレックファストの時間だ!」

 

 寝顔を視聴者に晒しつつ十分に睡眠を取った俺は、朝のナノマシン洗浄とマイクロドレッサーでの着替えを終え、さっそく朝食を取りにレストランへとやってきた。

 

「ヨシムネのブリタニア料理観は相変わらずじゃの。正直いろいろ文句を付けたいのじゃが……」

 

 閣下もこのホテルに泊まったのか、家令のトーマスさんを引き連れてレストランにやってきていた。

 そんな閣下の苦言に、俺は答える。

 

「ノンノン。ブリタニア国区ではなく、旧イギリスの料理についての話だ。まあ、俺も実際にイギリスへ行ったことがあるわけじゃないから、全部ネットで聞いたイギリス食文化の噂話なんだが……」

 

「ネットの伝聞知識ほど役に立たんものはないじゃろ……」

 

「じゃあ、イングリッシュ・ブレックファストが美味いという伝聞知識も、役に立たないか?」

 

「む、今の時代のブリティッシュ・ブレックファストは、より美味なのじゃ。21世紀の遅れた食文化と比べてもらっては困るのう」

 

 というわけで、俺達は朝から豪勢な食事を楽しんだ。

 

「はー、焼きたてのパンって、なんであんなに美味しいんだろうな」

 

『ヨシちゃんパン食いすぎじゃね』『食べても全部消化できるからって次から次へと……』『ビュッフェスタイルだったらどうなっていたことか!』『私もこのホテル泊まってみたい』

 

 朝食を終え、のんびりと食後のお茶を楽しんだところで、俺達は本日の行動を開始する。

 肩掛け鞄を忘れずに部屋から取ってきて、ホテルをチェックアウト。

 パーク内を巡回している自動運転車両に乗って、パークの入場門にやってきた。

 

「入口まで戻ってきたってことは、今日は順路をたどって施設を巡っていく感じか?」

 

 俺は閣下とヒスイさんにそう確認を取る。

 すると、閣下は「それもそうなのじゃが」と言葉をにごす。

 そして、ヒスイさんが言った。

 

「本日はゲストをお迎えしております」

 

「は?」

 

 ゲスト?

 

「ヨーロッパ国区からお越しいただいた、ゲーム配信者のヨシノブ様です。では、どうぞ」

 

 ヒスイさんがそう言うと、入場門の向こう側から人が一人、駆けてきた。

 

「ヨシちゃーん! うわー、生ヨシちゃん……! 本物オーラで気絶しそう……!」

 

 そう叫びながらやってきたのは、十代中盤の少女。以前、一緒にコラボ配信を行なった、配信者のノブちゃんの姿だった。

 

『ノブちゃんじゃん』『えっ、わざわざ来たの?』『ノブちゃんきゃわわ』『でも、なんで二日目から合流?』

 

「おー、ノブちゃん、おはよう。旅行に参加するなら、事前に言ってくれればよかったのに」

 

「おはようございます……! ええとですね、実は旅行への参加は……昨日決めたばかりでして……。配信を見ていて……私も行きたいなぁって……」

 

「行きたいなぁで即日参加を決めるあたり、ノブちゃん配信者の素質あるな……」

 

「えっ……そうですか……うふ、嬉しいです……」

 

 即断即決は配信者に必要なセンスだと、俺は思うね。ゲームやっている最中に状況の判断に迷うとか、視聴者を無駄にイライラさせてしまうからな。

 

「挨拶は済んだかの? では、オーナーである私自ら、ウェンブリー・グリーンパークを案内していくのじゃ!」

 

 そう言って、わざわざ肩書きを述べてまで存在を主張する閣下。

 配信に映るメンバーが増えたので、存在感を出していこうとでもしているのだろうか。

 

 そうして俺達は、パークの入口から順路を進んでいくことになった。

 緑あふれるパーク内をゆっくりと歩いていく。まだ朝早いからか、どことなく空気が気持ちいい。それも、周囲に植物がたくさん生えているからだろうか。

 

「……なんというか、森の中を進んでいるような……そんな不思議な道ですね」

 

 ノブちゃんが、周囲を見回しながら言う。

 その言葉に、閣下が答えた。

 

「うむ。ウェンブリー・グリーンパークは、惑星テラの自然と触れあうことをテーマとした、ビオトープ型テーマパークなのじゃ」

 

 ビオトープ? ううむ、大学時代に聞いたことある単語だ。

 

「ビオトープとは、生物が生息できるひとまとまりの環境のことですね。また、そういった環境を人工的に作り出した空間のこともビオトープと呼びます」

 

「要するに、惑星テラ独自の自然にあふれた、唯一無二のアミューズメントパークということじゃな」

 

 へえ、自然あふれるねえ。緑に縁がないアーコロジー在住やスペースコロニー在住の人には受けそうだな。

 俺は、21世紀の地方でずっと農業をやっていたから、自然に対する憧れとかこれっぽっちも持ち合わせていないけど。

 

「素敵なテーマパークですね……!」

 

 そんなことを言うノブちゃんは、自然に対する憧れを持っていそうだなぁ。両親が元自然愛好家だもんな。

 

「そうじゃろう、そうじゃろう。惑星テラでは、アーコロジーの外に出て自然に触れようと思うと、高額なクレジットを払わねばならぬじゃろう? なぜなのか知っておるか?」

 

「ん? 自然環境保護のためじゃないのか?」

 

 閣下の問いに、俺は適当に答えた。だが、閣下の解答は、否だった。

 

「よく勘違いされておるが、それは違うのじゃ。かつて人類が壊しきった環境は、すでに元の水準以上に回復しておる。それに、観光客や地元民が多少外を汚したところで、すぐに綺麗に戻るのじゃ」

 

『マジで』『知らなかったそんなの……』『え、じゃあアーコロジーから出て、外に街作ってもいいってこと?』『惑星テラの土地が解放されれば、だいぶ人口受け入れられるよね』

 

 そんな視聴者の反応に、閣下は面白そうに笑って言葉を続ける。

 

「マザーの奴めがわざわざアーコロジーの外への移動を規制しておるのは、惑星テラに希少価値を持たせるためなのじゃ」

 

 希少価値……?

 

「惑星テラの自然と触れあうには、高いクレジットを払わねばならぬ。つまり、それだけするほど惑星テラには価値がある、というマザーによる意識の誘導じゃな。あやつは、人類の生まれた星を唯一無二の存在にしたいらしい。本人は惑星マルス生まれだと言うのにのう」

 

 マザーの思惑か……。まあ、二度と地球が汚れないように保護するという方針とかなら賛同できるのだが、地球に付加価値をつけたいとなると……どうなんだろうか。

 

「じゃが、私はその方針には反対での。だからこうして、安価で惑星テラの自然と触れあえる環境をアーコロジー内に作ってみたのじゃ。マザーの奴は渋い顔をしておったがの」

 

 閣下は「ふはは」と笑って暴露話を終えた。

 確かに、アーコロジーの外に出るとなると高額な観光費用がかかる。以前やった芋煮会も、ニホンタナカインダストリが費用を負担してくれたが、結構な額がかかったと聞いている。

 しかし、行動範囲がアーコロジー内で完結しているなら、高いクレジットは払わなくてよくなる。アーコロジー内にビオトープを作って、一日1500円相当のクレジットで公開する。隙間を突いた、いい商売じゃないか。

 

「さて、森林浴もいいが、アミューズメントパークということを忘れてもらっては困るの。まずは定番の遊具で遊んでいくのじゃ」

 

 閣下がそう言うと、急に森が開けて、木でできた絶叫マシンらしき遊具が目に入ってきた。

 

「おお、なんだ? あれは木から生えているのか?」

 

「いや、そう見えるよう、金属製の遊具の表面に木材パネルを貼ってあるだけじゃな」

 

 おー、じゃあ、普通の絶叫マシンか。コースとか、いかにも木の枝と蔦でできていますって感じなんだけどな。

 

「さっそく乗ってみようか。ノブちゃんは絶叫マシンって大丈夫か?」

 

 俺がそう尋ねると、ノブちゃんは首をかしげて答えた。

 

「絶叫マシンって……なんですか?」

 

「え、知らない? ジェットコースターとか聞いたことない?」

 

「ないですねぇ……」

 

 マジか。大丈夫かな……。

 

「何事も経験じゃ。ほれ、皆で行くのじゃ」

 

 そうして俺達は、遊具の入口で手荷物を預け、遊具に搭乗していく。

 

「これは我がグリーンパーク自慢のローラーコースター、『エルヴン・シューティングスター』じゃ」

 

「エルフの流星ですか……素敵な名前ですね……!」

 

 そんな閣下とノブちゃんの会話を聞きながら遊具に座ると、上から肩を押さえるようにバーが降りてきた。

 

「うわ、エナジーバリアとかじゃなくて、バーで拘束するのか」

 

 21世紀の遊園地の遊具と同じく、物理的な素材による拘束がされた。

 こういうのって、未来ならエナジーマテリアルってやつとか、重力場とかのSF的なパワーで押さえるものだと思っていたんだが。

 

「ふはは、ヨシムネも浅知恵じゃの。たとえば、何か問題が起きて、機器の故障や停電が起きたとする。そのとき、力場発生装置の類で守られている者は、どうなる? エナジー救命胴着や重力フィールドが解除されて、遊具から振り落とされて地面の染みになるのじゃ」

 

『こわー……』『地面の染みとか言いだしたぞ』『いざというとき頼れるのは、枯れた技術ってことね』『ごてごての安全バーが不恰好だけどね』

 

「まあ、停電など、何百年前に経験したかすら覚えておらぬほどであるが……可能性はゼロではないからのう。高容量バッテリー付きじゃから、停電しても動くのじゃが」

 

 そんな閣下の言葉とともに、出発の合図が鳴る。視界に光り輝く妖精の群れがAR表示されて、前方へと飛んでいく。それを追うように、遊具が前進し始めた。

 

「へー、この蔦の道を伝って走るんですね……え、ちょっと待ってください……蔦、すごくうねっているんですけど……!」

 

「ヨシノブも、自慢の大回転を楽しむのじゃ!」

 

「え、ええー……あ……これは……あああああああああ!」

 

『ノブちゃんの悲鳴が聞こえる』『キューブくんはお預けかぁ……』『まあ、カメラロボットじゃあの遊具には乗れないわな』『あとでヒスイさん視点の映像とか、アップしてほしいわぁ』『間近でノブちゃんの怖がる顔見たかった』

 

 そんな視聴者ののんきなコメントとノブちゃんの絶叫を交互に聞きながら、皆で幻想的なAR演出がされたジェットコースターを楽しんだ。

 俺自身はどうだったかというと……、21世紀の頃から絶叫マシンを怖いと思ったことはないんだよな。なので、コースのスリルではなく、ARの演出を楽しんだ。

 

 そして、コースを一周し、遊具が止まった。安全バーを外し、車両から降りる。

 施設の外に出ると、ヘロヘロになったノブちゃんと、それを面白そうに笑う閣下の姿が見てとれた。なお、トーマスさんは同乗していない。

 ヒスイさんはというと、特にこれといって疲れた様子は見えなかった。

 

「ヒスイさん、どうだった?」

 

「妖精が可愛らしかったですね」

 

 ヒスイさんも演出を楽しむ派だったようだ。

 そして、その後はご機嫌になった閣下がノブちゃんの手を引き、各所にある遊具を次々と攻略して回るのであった。

 



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172.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<6>

 遊具でボサボサになった髪をときおりヒスイさんにとかしてもらいながら、パーク内を巡回する。

 閣下がチョイスする遊具は絶叫マシンばかりで、ノブちゃんがどんどんふらふらになっていく。

 さすがにやりすぎるとリバースの危険もあったので、俺は閣下にストップをかけた。

 

「むう、これからがいいところだったんじゃが、仕方ないのう。では、自然をじっくり眺められる遊覧飛行遊具に乗るのじゃ」

 

「そうそう、そういうのでいいんだよ」

 

 そうして俺達は、飛行遊具なるものに乗りこみ、のんびりと空からパーク内の自然を眺めた。

 パーク内には、ARの演出ではない、本物の鳥がそこらを飛び交っているのが見える。

 そして、木々の間をムササビらしき動物が飛んでいくのを目撃し、俺は視聴者と一緒に盛り上がった。

 

 パーク内の人通りは、先ほどジェットコースターの上から眺めたときよりも多い気がする。昼に近づいて、来場客が増えてきているのだろう。

 これは、施設に順番待ちが発生するかもしれないな。

 この時代の二級市民は働いていないので毎日が休日で、平日だから施設が空いているとかはありえないし。

 

 やがて、遊覧飛行は終わり、地面に帰ってきた。

 

「予想以上に自然が豊富なんだな。でも、虫の被害とかは大丈夫なのか?」

 

 俺は、ふと湧いた疑問を閣下にぶつけてみた。

 

「ビオトープと言ってもアーコロジーの中じゃからな。虫はおらぬし、生息している動物も人に危害を与えぬよう、ほとんどがロボットじゃ」

 

「ええー……そうだったんですか……シマリスとかいて、素敵だなって思っていたのですけれど……」

 

 閣下の答えに、ノブちゃんがショックを受けたように肩を落とす。

 

「蜂とか蚊とか出たら、来訪客も楽しむどころじゃなくなるだろうから……虫とか動物とかがいないのは、ビオトープと言っていいのかよく判らんが」

 

 ノブちゃんをなぐさめるように、俺はそう言った。

 まあ、客の安全を考えたら虫の排除は正解だろう。蜂はヤバいんだ。スズメバチは本当にヤバい。日本ではないブリタニア国区にスズメバチがいるかは知らないが、パーク内に巣ができたら大惨事だ。

 

「生きた動物と触れあいたいなら、専用の触れあい広場があるのじゃ。引退した元競走馬もいるので、なかなかの人気スポットじゃぞ」

 

「わあ……素敵ですね……!」

 

「そうじゃろう、そうじゃろう。猛獣や大型動物を集めた動物園もあるぞ!」

 

「え……、それは怖いのでちょっと……」

 

 そんなことを語り合いながら、午前中は遊具で遊んで過ごした。

 そして、昼食時になり、パーク内の飲食店の一つに向かうことにした。

 

 到着したのは、木造のオープンカフェ。ARで形作られた光る妖精が、そこらを飛び交っているのが見える。

 それを見て、ノブちゃんが一瞬でテンションを上げた。

 

「わー、妖精さんが……いっぱいいます……! 妖精さんのお店ですね……!」

 

 純真……!

 そういえば、ノブちゃんはまだ年若き15歳の少女だったか。

 

「妖精さんがいっぱいだってよ。同じ少女の見た目をしているのに、俺達にはない発想だぞ、閣下」

 

 俺の隣で店内を眺めていた閣下に、俺はそう言葉を投げかける。

 

「むっ、私だって、あの程度言えるのじゃ……!」

 

「無理すんな、300歳元男」

 

「30歳元男には言われたくないのう……」

 

『このおじさん少女達は……』『なんちゃって少女じゃ、本物の少女にはかなわないよ』『そのままの君でいて』『妖精さーんとか言うヨシちゃんは見たくない!』

 

 自分で言い出したことだが、本当にひどい扱いだな!

 

「で、何食べる?」

 

 と、俺が話題を振ったところで、手を上げて存在を主張する人が一人。

 

「はい! 私、食べたい物……あります……! こういうお店で食べたい物が……!」

 

 おおっと、ノブちゃん本当にテンション高いな。

 

「ハチミツとバターたっぷりの……パンケーキを食べたいです……!」

 

「おー、いいね、いいね。出せる、閣下?」

 

「うむ。この店の店長は優秀じゃから余裕じゃろ」

 

 そうして俺達は、そろって三段重ねのパンケーキをぺろりと平らげ、腹を満たした。

 唯一人間ボディであるトーマスさん以外は、みんな飯なんて食べなくても活動し続けられるのだが、そこはまあ気分ということで。こういうテーマパークは食事もアトラクションの一つみたいなものだ。

 

 そして午後。乗り物系遊具は午前中に十分乗ったので、建物系やゲーム系のアトラクションを楽しんでいこうという方針で、閣下に案内してもらうことになった。

 

 最初に向かったのは、屋外でのARガンシューティングゲームだ。

 弓矢の形をしたファンシーな器具を持ち、ARで表示されるモンスターを撃ち抜いて得点を稼ぐ。決められたフィールド内を走り回り、木々に隠れたモンスターを倒していくという体感型ゲームである。

 

 同時に二人までプレイ可能なので、カップルに人気のアトラクションだという。

 

「それじゃあ、ヒスイさん、一緒にやってみようか」

 

「サポートはお任せください」

 

 俺とヒスイさんは、矢と弓が一体化した武器を持ち、フィールド内を縦横無尽に駆け回った。

 弓を引き、撃つと、ARで光弾が飛んでいき、モンスターを撃ち抜く。

 モンスターはデフォルメされた三頭身の妖精だ。赤い帽子を被っている。レッドキャップとかいうやつだろうか。

 

 レッドキャップを一通り狩りつくしたところで、ドラゴンが出現する。体高3メートルほどあるそのドラゴンに、俺とヒスイさんは光弾の集中砲火を浴びせていく。

 相手は火を吐いてこちらを牽制してくるが、光弾の射程は長いので、火の範囲外からめった打ちにした。

 

 ドラゴンを倒し終えたところで、終了の鐘が鳴る。

 

 倒れたドラゴンは光に包まれ消えていき、視界にリザルト画面が表示された。

 おお、今月のランキング一位だってさ。なかなかのものじゃないか?

 

 そして、施設の入口に戻ると、閣下とトーマスさんが拍手で俺達を迎えてくれた。

 しばらく続けていた拍手を止め、閣下が言う。

 

「実際の身体を動かすゲームなので、ソウルコネクト内と違いすんなりいかないのが常なのじゃが……生身の肉体を持たぬヨシムネには関係がなかったのう」

 

『ハイエンドのアンドロイドボディだからね』『しかもヒスイさんとコンビ』『カップル用ゲームに本気になってどうすんの』『ゲームがあれば攻略するのがゲーマーの(さが)だ……』

 

 カップル用とか、知らん知らん。

 クリアできるゲームなら、クリアしてみせるのさ。

 

「んじゃ、次は閣下とトーマスさん行ってみなよ」

 

 アトラクション用の弓矢を閣下に差し出しながら、俺はそう言った。

 

「うむ、そうじゃな」

 

「おや、私もですかな。いやはや、老骨にはこたえますな」

 

「いやいや、トーマスさんまだ40代だよね?」

 

 そんなやりとりをしたのち、閣下とトーマスさんの二人がゲームを開始した。

 

 トーマスさんはさすができる男という感じで次々とレッドキャップを撃ち抜いていく。

 一方、閣下は……。

 

『閣下へっぽこすぎる……』『これが『MARS』全一の姿か……?』『まあ予想の範囲内』『知ってた』

 

 うーん、閣下も最近は『Stella』でアクションゲームにも慣れてきていたみたいなんだけどな。まあ、現実世界にはアシスト動作なんてものはないから、素の運動神経だけで全てをこなさないといけないとなると、こうもなるか。

 となると、ゲームでは事前の練習通りにしか動けない性質を持つノブちゃんは、どうなるかというと……。

 

「ノブちゃん、次は俺と組んでやってみる?」

 

 …………。

 

「ん? ノブちゃん?」

 

「ヨシムネ様、大変です。ヨシノブ様がいません」

 

 ヒスイさんのその言葉に、俺は急いでその場を見回した。だが、言葉通り、ノブちゃんの姿は見えなかった。

 

『もしや、迷子?』『この状況でどうやって迷子になるって言うんだ……』『ヨシノブちゃん15歳、迷子になる』『ノブちゃん、配信見ていたら、今すぐ戻ってこーい』

 

 そして、閣下とトーマスさんがゲームを終えて戻ってきた。すぐさま俺は、閣下にノブちゃんが迷子になったことを相談した。

 

「これはあれか。遊園地定番、迷子のお呼び出しが必要か?」

 

 不安に駆られながら、俺は半ば本気でそんな冗談を口にした。

 迷子のお呼び出しです。ヨーロッパ国区からお越しのヨシノブちゃん、ヨーロッパ国区からお越しのヨシノブちゃん、インフォメーションセンターまでお越しください。みたいな。

 

「いや、ここは、監視カメラを追って場所を見つけ出すのじゃ」

 

「む、そんなことができるのか」

 

「うむ。監視システムにヨシノブの顔写真を流して、顔認証で居場所を突き止めるのじゃ」

 

 閣下がそう言うと、トーマスさんが空中にパネルを呼び出して、なにやら操作を始めた。

 

「ふむ。どうやら、目の前をよぎった受粉用の蝶ロボットを追って、この場を離れたようですね」

 

「蝶を追って迷子になるとか、漫画の世界の住人かよ!」

 

『ノブちゃんはそういうことする』『天然入っているから……』『やっぱり保護者役必要だよなぁ』『まだノブちゃんは15歳児なんだ!』

 

「現在地は……ふむ。なにやら人に絡まれているご様子」

 

 トーマスさんが画面を広げて、こちらに見やすいようにしてくれる。すると、画面の中では、ノブちゃんがチャラい男三人組に囲まれているのが見えた。

 

「ノブちゃんピンチやん! トーマスさん、向かうから道順教えて!」

 

「では、ナビゲートします。ただし、くれぐれも、もめ事のないようお願いします。必要であれば警備員を向かわせますので」

 

 俺の視界にパーク内MAPが表示され、現在地と目的地が矢印で結ばれる。

 俺はそれにしたがい、ダッシュを開始した。

 

「うおー、純朴なノブちゃんが、男三人にお持ち帰りされてしまう! 15歳は犯罪だぞ、男ども!」

 

『ヨシちゃんの想像がよこしま過ぎる……』『道を聞いているだけかもしれないだろ!』『健全なナンパかもしれないだろ!』『健全にホテルに連れこみたいだけかもしれないだろ!』『はい、アウト』

 

 うわ、キューブくんがついてきている。まあいいか。

 そして、走ること30秒ほど。前方に、ノブちゃんと男達の姿が見えた。よかった、ノブちゃんのピンチに間に合ったぞ!

 

「サインあざーっす!」

 

「家宝にするっす!」

 

「へへ、俺らの友達、みんなノブちゃんのファンなんすよ」

 

「あ、ありがとうございます……! 私なんかの電子サインで……こんなに喜んでもらえるなんて……」

 

 って、ナンパ目的のチャラ男じゃなくて、ただのファンボーイかよ!

 

「ノブちゃーん、迎えに来たぞー」

 

 俺は急停止してノブちゃんの背後に立ち、後ろから声をかけた。

 すると、ノブちゃんが振り返って、嬉しそうに笑って言う。

 

「あ、ヨシちゃん……、今、ファンの方達に……サインをあげていたところで……」

 

「え、マジでヨシちゃん本人?」

 

「ヨシちゃん&ヒスイさんのゴリラプレイする方?」

 

「うひょー、電子サインください!」

 

 ……うん、完全にファンボーイ達だな。

 

「おーい、ヨシムネ、無事かの?」

 

 すると、後ろから閣下達がのんびりと歩いて近づいてきた。

 

「あれ閣下じゃん」

 

「ヒスイさんもいる!」

 

「うひょー、電子サインください!」

 

 テンションを上げる男三人に、俺は苦笑しながら、電子サインを書く準備を整えるのであった。

 まあ、何事もなくてよかったよ。

 



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173.21世紀おじさん少女のブリタニア旅行<7>

「はあー……こんなに立派なお部屋……私が使ってもいいんでしょうか……」

 

 数々のアトラクションで存分に遊び倒して、時はすでに夕刻。俺達は、今朝チェックアウトしたのと同じホテルにやってきていた。

 そして、今度は新たに四人部屋へチェックインしている。泊まるのは、俺とヒスイさん、閣下、そしてノブちゃんだ。トーマスさんはグリーンウッド家の屋敷で仕事があるとのことで、一人帰宅している。

 

「よいよい。そんなにお高い部屋でもあるまいし、気にするではない」

 

 ホテルの宿泊代は、閣下のおごりということはなく、各々がそれぞれ支払っている。まあ、ヒスイさんの分は俺が一括で払ったが。

 だから、ノブちゃんもしっかり料金を払っているので、何も気兼ねすることなどないのだが……。どうも、高級ホテルの豪華さに圧倒されているようだな。

 

「ディナーも楽しみにしておくがよい。今日はよいオーガニックのソーセージが出るとのことじゃ」

 

「わわ……オーガニックなんて稀少な料理を……私なんかが……」

 

「ノブちゃんって、オーガニックそんなに食べたことないわけ? 両親の経歴からして、普段から食べていそうなものだけど……」

 

 俺がそう尋ねると、ノブちゃんは首を振って否定した。ノブちゃんの両親は、元々は惑星テラの自然保護区の中で生きていた、自然愛好家だ。

 

「私自身は……あくまでアーコロジー育ちで……両親も贅沢をしない人達でしたから……」

 

「へえ、しっかりとしたしつけを受けていそうだな」

 

『ノブちゃんって養育施設育ちじゃないんだな』『子供育てるとかガッツある両親だ』『つまりノブちゃんには、幼馴染み属性が不足している……?』『ああ、乙女ゲームが趣味なのってそういう……』

 

 ノブちゃんに友達が不足しているのは、確かだと思う。

 一回コラボしただけの俺を追って、リアルでブリタニア国区まで旅行しに来るくらいだし。

 

「さて、まずはディナーの前に着替えようではないか」

 

 と、閣下にうながされ、キューブくんのカメラを窓際に向け、マイクロドレッサーでフォーマルな格好にそれぞれ着替えた。

 慣れない格好にノブちゃんは、わたわたとしっぱなしだったが、なんとか落ち着かせてレストランへと向かった。

 

 ディナーのマナーとかノブちゃん大丈夫かな、と思ったが、彼女は見事な所作でコース料理を最後まで食べきっていた。

 

「さすがフランスの女ってところかな」

 

「いえ……単に両親から教えられただけで……旧フランス圏というのは、関係ないと思いますけど……?」

 

 えー。俺の中では、フランス人ってフランス料理食べるために、マナーがしっかりしているイメージがあるんだけど。

 

 さて、食後のお茶も飲み終わり、夕食後は昨日と同じくゲームセンターに入り浸る。

 クレーンゲームがあったので全員分のぬいぐるみをゲットしてみたり、メダルゲームでメダルを無駄に増やしてみたりして、存分に遊んだ。

 ギャンブル用のチップと違って、メダルゲームのメダルはクレジットで追加購入が可能だった。ゲームとギャンブルの境界線って曖昧だと思うんだが、いいんだろうか。まあ、メダルは景品との交換が一切できないから、そこがポイントだったのかな。

 

 そして、楽しい時間も終わりがやってくる。就寝だ。

 

「今日もやるのか、寝顔配信」

 

「はい、それも三人の有名配信者が並んで眠る様子を映します」

 

 ヒスイさんがキューブくんを後ろにはべらせながら、寝顔配信の準備を整えていた。

 

「ベッドがなぜかくっついていると思うたら、そういうことか……」

 

「わわ……私、寝相に自信がないです……」

 

 閣下は苦笑し、ノブちゃんは慌てている。だが、ヒスイさんがやる気なので諦めてほしい。

 そしてその日、閣下とノブちゃんの寝顔は、全宇宙に公開されることになった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ブリタニア旅行三日目。ここまで来ると、三日間ずっと配信に付き合っていた重度のファンのコメントに、疲れが見えてきていた。

 寝顔配信しているからって、夜遅くまで起きている方が悪いのだが……。

 

「ブリタニア国区の料理って……美味しくていいですね……」

 

 朝食を食べながら、ノブちゃんが言う。ノブちゃんは朝がそんなに強くないのか、どこかぽやぽやとしている。

 ガイノイドボディなのに朝に弱いってあるんだなぁ、などと新発見した気分で、俺はパンを何個もおかわりした。

 

「で、とうとう最終日なわけだけど、今日はどこいくんだ?」

 

 食後のコーヒーを飲みながら、俺は閣下に尋ねた。

 

「うむ。我がグリーンパーク最大の施設に案内する予定じゃ。きっと、度肝を抜かれるぞ」

 

「そこまで言うなら、楽しみにしておこう」

 

 閣下が思わせぶりに言うので、俺は詳細を聞かず引くことにした。

 

「あれ……ヨシちゃんって……旅行の日程知らないんですか……?」

 

「ヨシムネ様は、行き先をあえて見聞きしないでいることで、新鮮なリアクションを視聴者に見せているのです」

 

「そんなことが……勉強になります……!」

 

 いや、ノブちゃん、ヒスイさん。俺そんな立派なこと考えていないと思うよ?

 

 そうしてホテルをチェックアウトした俺達が向かったのは……広大な開けた土地だった。

 ウェンブリー・グリーンパークは全体的に木が多く、いかにも森の中に作られたテーマパークという印象をこれまで抱いていた。だが、ここだけ妙に人工的な整地された土地が広がっている。

 

 そして、そんな土地の一角に、スタジアムらしき巨大な建造物が一つ。

 

「うーん、スポーツスタジアムか何かか?」

 

「ふふふ、残念ながら大外れじゃ」

 

 俺の予想は、どうやら全然当たっていなかったようだ。

 建物の中に入り、しばらく歩く。やがて、俺は驚くべき光景を目にすることになった。

 

「うわー! マーズマシーナリーだー!」

 

 辿り着いたのは、格納庫らしき場所。そこで俺は、ゲームの中で何度も見た人型搭乗ロボットが、ずらりと並べられているのを目撃した。

 

「うむうむ。ウェンブリー・グリーンパーク名物、マーズマシーナリー搭乗体験コーナーなのじゃ!」

 

『ヒュー』『これ全部本物かぁ』『自然と触れあうというコンセプトに欠片もかすってねえ!』『これ絶対閣下の趣味だよね』

 

 うーむ、搭乗体験とはまたすごいことだな。

 

「では、さっそく乗ってみるかの。おっと、ヒスイだけは超能力が使えないので、重機時代のマーズマシーナリー体験コースになる」

 

「いえ、私はできましたら、ヨシムネ様のオペレーター役をやりたいと思います」

 

「そうか? それなら、そうするのじゃ」

 

 そういうわけで、俺達はマーズマシーナリーの搭乗体験をしてみることになった。

 まずは、太陽系統一戦争時のパイロットスーツに着替える。

 こればかりは、マイクロドレッサーで瞬時に着替えるというわけにはいかず、更衣室での着用だ。

 

「ノブちゃんは、ゲームでマーズマシーナリー動かしたことある?」

 

「あ、はい。『MARS』のストーリーモードをやったことあります。オンライン対戦は……未経験なんですけど……」

 

「そやつ、アルフレッド・サンダーバード編のRTA最速記録保持者じゃぞ」

 

「マジで!? ノブちゃんすごいじゃん」

 

「うふふ……」

 

 すぐに着替え終わったので格納庫へ戻り、わくわくしながら乗る機体を選ぶ。

 

「やっぱりここは、日本製のベニキキョウだよな」

 

『ヨシちゃんベニキキョウ好きね』『オンラインモードの機体もベニキキョウベースだっけ』『いいなー。本物のマーズマシーナリー自分も乗りたい!』『乗りたいなら、ウェンブリー行けばいいんだぞ』『クレジット貯めるかぁ……』

 

 施設の係員の誘導に従い、俺はコックピットへと搭乗する。コックピットの中は、ゲームで乗り慣れた空間だ。

 マーズマシーナリーは体高8メートルしかないロボットなので、この空間は正直言ってそんなに広くない。だが、ロマンは十分詰まっている。

 

「うへへ。おおっと、んん! こいつ……動くぞ!」

 

 そんな言葉を口にしながら、俺はヒスイさんの誘導に従い、ベニキキョウを超能力で起動させた。

 そして、モニターに映る案内に従い、機体を動かす。

 

「歩いた!」

 

『歩いただけでこの喜びよう』『でも、リアルマーズマシーナリーですぜ』『うらやましい!』『まだ動く機体が残っているとはなぁ』

 

 それから俺は、モニターに表示される誘導に従い格納庫から出て、広大なエリアに移動した。建物内部に作られた、広い空間だ。そこらにエナジーバリアが張られている。

 俺はそこで、存分にベニキキョウを走らせた。

 

「うひょー、ロボット動かしてる!」

 

『これ、ヨシムネ、先走るではない』

 

『あわわ、ヨシちゃん、私ちゃんと動かせています? 私ちゃんと動かせています……?』

 

 おおっと、他の二人の存在を忘れてしまっていた。俺は機体の動きを止めて、二人の到着を待った。

 

『安全措置は十分取られておるが、機体を破損されても困るのじゃ。慎重に動かすのじゃぞ。接触事故が特に怖いでの』

 

「了解!」

 

 そして俺は、機体を浮かせてみたり、スラスターを吹かせてみたりして操縦を楽しんだ。

 

『うむ、問題ないようじゃな。では、外に出て模擬戦でもしてみるかの』

 

「模擬戦! そういうのもあるのか!」

 

『事故防止のため接近戦はなしで、張りぼての銃からAR弾を撃つだけのなんちゃって遠距離戦となるがの』

 

「おう、接近戦なしか。まあ、やってみようか」

 

『あわわ……お手柔らかにお願いします……』

 

 ノブちゃんは操作が怪しいな……大丈夫かな。

 そうして、俺達は建物の外にマーズマシーナリーを走らせ、エナジーバリアで囲まれた広大な外のフィールドで、銃撃戦を楽しんだ。

 

「閣下強すぎ!」

 

『ふふふ、年季の違いじゃな』

 

『ううー、かすりもしませんでした……』

 

 その後、30分ほどマーズマシーナリーを動かしたところで、他の客も増えてきたので、体験コースを終えることにした。

 パイロットスーツを脱ぎ、服を着直す。

 

「いやー、貴重な体験ができたな!」

 

『ああ、元の格好に戻ってしまった』『パイロットスーツよかったのに』『独特の味があるよね』『素直にエロいって言え!』『そんな、俺達はヨシちゃんにそういうの求めていないというのに!』『自分に正直になれよ……』

 

 ううん、妙に若い男らしき抽出コメントが多いな……? いつもは、性別を超越したようなコメントばかりだというのに。

 まあ、ロボットの操縦なんてイベント、食いつくのは若い男ばかりでもおかしくないか。

 

「では、お土産コーナーに案内するのじゃ。この施設のお土産コーナーはちょっとした自慢じゃぞ」

 

「へえ、閣下がそこまで言うなら、期待できそうだな」

 

 そうして閣下に案内されたのは、マーズマシーナリーのお土産屋さん。未来のプラモであるセルモデルが大量に売られていた。

 

「うわ、すごいな」

 

「ラインナップ、すごいじゃろ。じゃが、数で驚いていてはまだまだじゃぞ。なんと、ここでは自分の好きな機体のセルモデルをオーダーメイドで発注できるのじゃ。名づけて、セルモデルカスタマイズサービスじゃ」

 

「……うん? 自分でデザインするってこと?」

 

「いいや、個人が持つ『MARS』等のゲームデータから、オンラインモードでカスタマイズした機体のデータを引っ張ってこられるのじゃ」

 

「マジで!?」

 

『え、すごくね?』『何その素敵なサービス』『あー、そういうサービス、前にオンラインで見たことあるけど、もしかして閣下の事業?』『閣下って筋金入り過ぎません?』

 

 自分だけのセルモデル……いいね!

 

「ということは、俺の熱帯用機体の『ギンカイ』も……」

 

「うむ。10分もあれば、組み上げる前のパッケージになってセルモデル化できるのじゃ!」

 

「おおー、やるやる。お土産に買っていくぞ!」

 

「うう……ヨシちゃんいいなぁ……私……ストーリーモードしかやっていないから……自分の機体がないんですよね」

 

 おおっと、ノブちゃんはカスタマイズサービスを受けるための機体がないようだ。

 まあそれでも、既製品のセルモデルはいっぱいあるし、マーズマシーナリーぬいぐるみとかマーズマシーナリーキーホルダーとか売っているので、適当にお土産は見つくろえると思う。

 

「……ん? キーホルダー? この時代、物理的な鍵なんて、みんな使わないよな?」

 

 お土産コーナーの一角にあるキーホルダーを見て、俺は首をかしげた。

 

「鍵は使われなくなりましたが、鞄等にぶら下げるファッションアイテムとして残り続けています」

 

 ヒスイさんの説明に、なるほどなーっとなった。

 

 さて、それじゃあ、お土産購入タイムだ。自分用のお土産と、あとはヨコハマにいるサナエとハマコちゃん用に何かを買っていこう。

 ここはマーズマシーナリー関連しか並んでいないが、他のお土産コーナーにも案内してもらって、面白そうなお土産を見つくろうことにしよう。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「三日間、楽しかったのじゃ」

 

 お土産も購入し終わり、俺達はウェンブリー・グリーンパークを後にしていた。

 そして、テレポーター施設の前で閣下の見送りを受けている。

 

「私は二日間でしたけど……いっぱい、いっぱい楽しかったです……!」

 

 ノブちゃんともお別れだ。彼女とは、この旅行を通じてだいぶ打ち解けた気がする。ヨコハマに戻ったら、またコラボ配信を企画してもいいかもしれない。

 

「みんな、お世話になったな。それじゃあ、またVR上で会おうか」

 

 そう言って、俺達は名残惜しくも別れを告げ、俺とヒスイさん、そしてノブちゃんはテレポーター施設へと入っていく。

 ノブちゃんと施設内で別れ、俺とヒスイさんの二人はヨコハマ・アーコロジー行きの便を待つ。

 

「どもども、ブリタニアはお楽しみになりました?」

 

 そう言って現れたのは、アテンダントのトキワさんだ。

 

「やあ、楽しかったよ。また来たいな」

 

「それはよかったです。視聴者の皆さんも、三日間楽しめましたか?」

 

『もちろん』『旅行っていいねぇ』『トラブルもなく、無事でよかった』『迷子……』『おおっと、ノブちゃんをとがめるなら相手になるぞ』『まあ迷子くらいは可愛いものだよ』『旅行って知らない人と顔を合わせる機会多いから、対人トラブルが怖いんだよね』『まーでも、配信している人に絡んでくる剛の者はおらんでしょ』

 

「ああー、妙に他の来場客から遠巻きに見守られていると思ったら、配信中だったからか」

 

「あはは、ヨシちゃん気がつかなかったんですか? 配信中の人は、AR表示でそれと判るようになっているんですよー」

 

 トキワさんが、キューブくんにピースをしながら笑って言った。

 

「さて、では13時の便、まもなく出発ですよー。お忘れ物はないですか? やり残したことは?」

 

「やり残したことがあっても、今更間に合わないだろう」

 

 トキワさんの言葉に、俺は苦笑して返す。

 

「あれあれ、別にいいんですよ。ヨコハマ便をキャンセルして、旅先で会った愛しのあの子へ告白に向かっても」

 

「そういうの、いいから!」

 

『ヨシちゃんの配信にラヴ要素はなかった』『ヨシちゃんが恋愛とか、お父さん許しませんよ!』『お兄さんも許しませんよ!』『お姉ちゃんも許しませんよ!』『お母さんは許します』『お母さん!? というかマザーだこれ』『く、やっぱり見守っていやがったか……』

 

 配信も終わりだというのに、今更マザーとか出てこられても困るなぁ。

 

「では、021号室、ご開帳ー」

 

 テレポーターの部屋に入り、俺は出発時間までのんびりと待つ。

 そして、ふと視線を下げると、肩掛け鞄から顔を出したぬいぐるみが目に入った。

 

 ホテルのゲームセンターにあった、クレーンゲームの景品だ。サラブレッドを模した、馬のぬいぐるみである。

 それに手を触れながら、俺は旅の思い出にひたる。

 

 ウェンブリー・グリーンパーク。三日間では全てを回りきれなかったが、いつかまた行ってみたいものである。

 




第三章はこれで終了です。
第四章および最終エピソード『宇宙暦300年記念祭』編に続きます。


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配信者と星の海
174.師走


 師走と称される12月、その初日。今日は、超電脳空手の道場に通う日だ。

 指導員であるチャンプに四時間ほどみっちりしごかれ、稽古は無事終わる。そして帰る前に、俺はチャンプと雑談を始めた。

 

 いつもなら、「何かよさげなVRアクションゲームある?」みたいな会話を交わすのだが、今日はチャンプから報告があった。

 

「『St-Knight』の年間王座決定戦の出場が決まりました」

 

 おおー。とうとう決まったのか。

 VR格闘ゲームである『St-Knight』は、毎年年末に最強のプレイヤーを決める年間王座決定戦が開催されている。

 出場するには、オンライン対戦モードのランクマッチの11月付けで、上位にランクインしている必要があるらしい。

 

 そして、チャンプは、かつてこの王座決定戦で七年連続、王者の座に君臨していた経歴を持つ。チャンピオンゆえに、チャンプというあだ名だ。最近では、MMORPGの『Stella』で闘技皇帝をやっているゆえのチャンプでもあるのだが。

 そんなチャンプは、一度ハラスメントガードの発動でミズキさんに判定負けし、それ以降『Stella』に専念するようになり、『St-Knight』のランクマッチや年間王座決定戦から離れて久しかったらしい。

 

 だが、超電脳空手の道場に、現『St-Knight』王者であるミズキさんが入門してから、事情が変わった。

 

 ミズキさんは卓越したVRアクションの力量を持っていたため、空手道場側から超電脳空手の指導員をやってほしいと勧誘された。そして同時に、現実世界の空手道場の門下生としても誘われている。

 そして、ミズキさんがそれを受ける条件として出したのが、本年の『St-Knight』年間王座決定戦にチャンプが出場することだった。

 

 超電脳空手の道場でいつでも対戦できるようになったチャンプとミズキさんだが、ミズキさんはどうしても『St-Knight』で決着を付けたいらしかった。

 まあ、解らないでもない。

 ミズキさんは『St-Knight』の三年連続王者であり、チャンプはかつての七年連続王者である。どちらが『St-Knight』にて強いのか。その決着は、ハラスメントガードのせいでついていないのだ。

 

「おー、やったな。応援しているよ。時間があれば会場に行ってみるよ」

 

 俺がチャンプをそうはげますと、横から抗議の声があがる。

 

「私は応援してくれないのですか」

 

 ミズキさんだ。どうやら、チャンプだけをひいきするわけにはいかないらしい。

 

「いや、ミズキさんも、もちろん応援しているぞ」

 

「クルマと当たったとき、どちらを応援するつもりですか?」

 

「うっ、答えにくい問いを……まあ、どっちが勝ってもうらみっこなしってことで」

 

「うらみません。私は、どちらが強いかはっきりさせたいだけです」

 

 ほーん、チャンプを打ち負かしたいとかではなく、どちらが強いかどうか、か。

 なんかすごくそれっぽいこと言うじゃん。

 

「俺は勝つ気、満々ですけどね」

 

 チャンプのその言葉に、ミズキさんがむっとした。

 チャンプもなー。この微妙なあおり癖が心配なんだよなー。これは、年間王座決定戦でも相手をあおって話題になりそうだな。

 

「ちなみに、チャンプとミズキさん以外で王者候補っているのか?」

 

 俺がそう尋ねると、チャンプとミズキさんはきょとんとした顔になる。

 

「それは……」

 

「ねえ……?」

 

 チャンプとミズキさんは言葉をにごして、言いよどむ。

 すると、黙ってやりとりを見守っていたヒスイさんが代わりに事実を告げた。

 

「七年連続王者と、三年連続王者が出るような環境です。正直なところ、お二人の実力が突出しているでしょうね」

 

「あー、そうなのか。でも、『St-Knight』ってマイナーゲームではないよな?」

 

 俺がそう言うと、ミズキさんは「とんでもない!」と言葉を強く放った。

 

「全ての格闘ゲームファンがプレイしていると言っていいほどのタイトルです。今回の王座決定戦に出場する選手も、各ゲームの王者がそろっています」

 

 ミズキさんが力説するのを聞いて、それで突出するとはこの二人、一体どうなっているんだと別の疑問が湧いてきた。

 さすが、あだ名でチャンプの名をつけられた人物と、その後釜(あとがま)である。

 

「で、チャンプが『St-Knight』を引退するまでは、二人でしのぎを削っていたわけか」

 

「ああいえ、年齢的に、俺とミズキさんのプレイ年度が重なっていたのは、たった一年間だけです。つまり、年間王座決定戦で当たったのも一度きりで……」

 

「その一度で、ハラスメントガード発動したのか……」

 

「あはは、恥ずかしながらそうです」

 

 笑うチャンプに、顔を赤く染めるミズキさん。

 うん、今度の王座決定戦は、ハラスメントガードが発動しないことを祈ろう。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 VR上の超電脳空手の道場からログアウトし、リアルに帰ってくる。ヒスイさんが「おつかれさまでした」と迎えてくれ、一息入れるためにお茶の用意をしてくれる。

 俺は遊戯室から居間に移動し、のんびりとお茶を楽しむ。

 すると、ヒスイさんが俺に告げてきた。

 

「ヨシムネ様に二件、案内が届いています」

 

「ん? どんなの?」

 

「一件目は、年末のバーチャルインディーズマーケット開催の告知です」

 

「おー、冬もやるんだったな、そういえば」

 

 夏に行ったが、面白かった。配信に使えたゲームもいくつか入手できたしな。

 

「参加なさいますか」

 

「うん、参加の方向で。もう一件は?」

 

「イベント出演の打診が来ています。宇宙暦300年記念祭という、宇宙的セレモニーへの参加の最終確認を七日後に行なうそうです」

 

「……え、ちょっと待って」

 

 最終確認?

 

「最終も何も、初めて聞いたんだけど?」

 

「実は以前から打診は来ていたのですが、ヨシムネ様には伏せていました」

 

「そりゃまたなんで?」

 

「記念祭の開催は極秘事項であり、打診が来たことを他者に漏らしてはならない決まりです。ですが、ヨシムネ様は配信の際に、うっかりと漏らしてしまう危険性があり……」

 

「おーけー、そういうことね。確かに、うっかりはあり得たことだ。でも、最終確認っていうけど、俺が受けないといったらどうなるのさ」

 

「そのまま出演枠に穴が空いたままになるでしょうね」

 

 うおい、いいのかそれは。

 

「ですが、ヨシムネ様、断るつもりありますか?」

 

「いや、受けるも断るも、そもそも何をやらされるか知らんから、判断しようがないんだが……」

 

 俺はゲーム配信者だから、配信でもすればいいのか? それとも21世紀の歴史トーク? うーん、判らん。

 

「失礼しました。打診内容は、歌謡ショーです」

 

「はぁ? 歌謡ショー?」

 

「はい。記念祭で、歌を披露してほしいそうです」

 

「俺、歌手になったつもりはないんだけど……」

 

「極秘事項にからむので詳しく言えないのですが、特定の条件に合致する人物の中で、知名度があり、かつ歌が得意な者をピックアップしたようです」

 

「お、おう……」

 

 これは……やっててよかった『アイドルスター伝説』とでもいうのだろうか。

 音痴のままだったら、絶対に呼ばれていなかったぞ。

 

「打診をお受けになりますか?」

 

「そうだなぁ……うん、宇宙暦300年記念祭がどれだけの規模のセレモニーかは知らないが、俺達の配信を有名にするためのチャンスと思おう。受けるよ」

 

 しかし、12月になって、いきなりいろいろ予定がつまったな。さすが、師が忙しくて走り回るという師走だ。

 これは今月、何回ゲーム配信を行なえるか判らんな。

 

「で、打診を受けたことは、もう漏らしても問題ないのか?」

 

「はい。すでに、市民にも記念祭の開催は告知されています。打診を受けていることも、知らせて問題ありません」

 

「そっか。じゃあ、明日にでも何かライブ配信して、参加を表明しておこうか。なんのゲームをやるかな……」

 

「ジャンルの希望はありますか?」

 

 ふーむ、いつも通りヒスイさんのチョイスに任せるか?

 いや、待て。『St-Knight』の年間王座決定戦にチャンプとミズキさんが出場することも、ついでに告知しておきたいな。

 となると、プレイするのは……。

 

「よし、明日やるゲームは『St-Knight』だ」

 

「おや、ランクマッチですか? 年間王座決定戦の出場枠争いは終わったので、激しさは収まっているでしょうが」

 

「いや、基本のおさらいだ。『St-Knight』がどういうゲームか、視聴者に確認してもらおう。プレイしていなかった、ストーリーモードをやるぞ!」

 

「そういえば、以前クリアしたのはアーケードモードでしたね」

 

 そういうわけで、久しぶりに『St-Knight』を配信することとなった。

 今までステージ背景でどんな世界か少し触れてきたけど、どんなストーリーなんだろうなぁ……。

 



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175.St-Knight ストーリーモード編<1>

 本日のライブ配信を開始する。そして、開始と共に、俺は叫んだ。

 

「ナーイト!」

 

『わこ……なにい!?』『不意打ちか!』『ナーイト!』『うおー、今日は『St-Knight』配信か!』

 

 格闘ゲーム『St-Knight』をライブ配信するときには、「ナーイト!」とコールするのが配信者の間でのお約束らしい。なので、開口一番コールをしてみた。

 

「というわけで、21世紀おじさん少女のヨシムネだ。今日は、『St-Knight』を配信していくぞー」

 

「助手のヒスイです。本日もヨシムネ様を見守っていきます」

 

『うおー、ヨシちゃーん』『ランクマやるの?』『王座戦の選出が終わったこの時期にランクマですとな』『逃げだよ、それは!』『チキンゴリラ!』

 

 オンライン対戦モードのランクマッチをやると勘違いした視聴者達が、紛糾する。

 

「まあまあ、待て。落ち着け。最初から説明させてくれ」

 

 俺は、両の手を身体の前に押しやりながら、はやる視聴者達に待ったをかける。

 すると、視聴者コメントがピタッと止まった。これは、コメントを誰もしなくなったのではなく、視聴者の総意を抽出するコメント抽出機能さんが配慮してくれたんだろう。

 

「先ほどのコメントにもあったとおり、対戦型格闘ゲームである『St-Knight』は、年に一度の王座決定戦がせまっている。この配信でお馴染みのチャンプことクルマさんや、ミズキさんの出場が決まっているな」

 

 しかも、その二人はぶっちぎりの優勝候補だ。本当に、すごい人達と知り合いになったものだ。

 

「俺も予定が合えば、王座決定戦は観戦しにいこうと思っている。そこでだ、今回の配信ではあらためて、『St-Knight』とはどういうゲームかを振り返ってみようと思う」

 

『どういうゲーム……?』『対戦格闘の最大手?』『格ゲーのランクマッチ人口現在最多』『アホみたいに多いアシスト動作とか』『慣れないと誤作動するんだよなー』

 

「ふふん。みんな、対戦格闘ゲームの〝対戦〟というところばかり注目しているが、そうじゃない。このゲームはどういう設定で、どういう舞台のゲームか。俺達はランクマッチばかりして、ゲームの世界そのものをおろそかにしてきていないか?」

 

 俺は右の拳を強くにぎり、言葉を続ける。

 

「そう……今回は、『St-Knight』ストーリーモード配信だ!」

 

『そうきたかー』『うわー、結構長いんだよなあのモード』『マジで』『アーケードモードに毛が生えた程度と思ってやると、まさかの長編に困惑するぞ』『小規模なインディーズのRPGに匹敵するくらいには長い』『全キャラのストーリー網羅しようとすると、大作ゲーム並みのプレイ時間になるぞ!』

 

 お、おう……視聴者達詳しいな……。

 

「コメントにもあった通り、キャラクターごとにストーリーの内容が違うらしいな。そこで、今回は一人のキャラクターをピックアップして、数日間にわたってエンディングまで配信する予定だ!」

 

 ヒスイさんに確認はしたが、1日2時間程度の配信ペースを守れば、12月8日までには問題なく終わるとのこと。8日は、宇宙暦300年記念祭の最終確認の予定が入っている日だな。

 さて、それじゃあ、ゲームを始めようか!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 西暦1992年、地球 日本 東京。

 ある大学病院の集中治療室で、一人の少女が治療台の上に横たわっている。

 少女は身が痩せ細っており、口には人工呼吸器がつけられている。意識はない。

 

 少女は重病を患っていた。彼女の命の灯火は、今にも消え去ろうとしている。

 医師が薬剤を投与し、懸命に延命処置を施すが努力は虚しく、心電図モニターから心臓の鼓動を示す波形が失われる。

 

 一人の少女が、若くして亡くなった。

 少女の死去が家族に伝えられ、地元の名家出身であった少女の葬儀は盛大に執り行われた。

 数多くの友人知人に見送られ、少女の魂は黄泉の国に旅立ち、安らかな魂の眠りにつく……そのはずだった。

 

 神暦710年、惑星セネトルル イリミーヤ大陸 デーモン族領。

 地球とは異なる世界にて、背に羽を持ち頭に角を持つ者達が、怪しげな儀式を行なっていた。

 

 一枚岩を磨いた床に魔法陣を敷き、その魔法陣を囲むようにして、特徴的な民族衣装を着込んだ男達が一心不乱に呪文を唱えている。

 男達の後ろでは、華美な装飾の衣装に身を包んだ女達が、激しく舞っている。

 

 魔法陣が輝き始め、光の柱が魔法陣から天に伸びていく。

 そして、光が収まると、魔法陣の中心に、先ほどの少女がぽつんと立っていた。

 

『……は? え……?』

 

 困惑する少女。病院にいたはずなのに、なぜこのような場所にいるのか、不思議なのだろう。

 しかも、少女は入院着ではなくなぜかセーラー服を着込んでおり、病で痩せ細っていた身は、すっかり健常者のような健康的な肉付きになっていた。

 

『どういうこと……?』

 

 少女はぼんやりと周囲を見渡す。

 すると、魔法陣を囲むように儀式を行なっていた者達が、床に膝をつき平伏していた。

 困惑するしかない少女だったが、やがて頭を床にこすりつけるように下げていた一人の男が、頭を上げおもむろに言葉を放った。

 

『……お待ちしておりました、冥府からよみがえりし騎士(ナイト)様。あなたさまを我らのデーモン族の王、魔王として異世界からお招きいたしました。どうか、我らをお導きください』

 

 その言葉を聞いて、少女は眉を下げて言った。

 

『招いたって……、私、病院にいたはずなのだけど……』

 

『はい。あなたさまは、こことは異なる世界にてお亡くなりになられ、冥府に旅立ったはずです。そして、冥府に眠る魂を我らが、この世界に呼び出したのです』

 

『……ええと、異なる世界に召喚?』

 

 少女はぽかーんとした表情で、立ちすくんだ。

 

『……あー、えっと、つまり、ジュブナイル小説的な、勇者召喚……?』

 

『異世界で勇者、勇士、英傑、英雄だった騎士(ナイト)を呼び出し、力を与える召喚の儀式を執り行いました。そして、あなたさまには、我らを導く魔王となっていただきたいのです』

 

『ええっ、勇者じゃなくて、魔王って……』

 

 またもや困惑する少女に、男は再び頭を下げて言った。

 

『どうか、民族存亡の危機に立つ我らデーモン族をお救いください……!』

 

 周囲を平伏した男女に囲まれた少女は、しばし考えこみ、そして男に尋ねた。

 

『デーモン族って、何か悪いことする?』

 

『いえ、我らは極めて善良な民族だと自負しております。ヒューマン族が集まる神聖エルラント王国からは悪魔とさげすまれておりますが、それはあくまで彼らが信じる聖典に登場する悪魔と、身体的特徴が似通っているだけのことです……!』

 

『あっ、そういう……うん、解った。死んだところを助けてもらったみたいだし、前向きに詳しい説明を聞くよ』

 

 少女がそういうと、周囲から『おおっ!』と声が上がった。

 

『私に何ができるか知らないけど、黄泉の国からよみがえったなら、魔王くらいやってやろうじゃないの!』

 

 少女がそう宣言したところで画面が暗転し、オープニングムービーが始まる。

 これは、ゲームを起動して放置したときにも流れる、汎用のムービーだな。

 

 ムービーが終了したところで、俺はゲーム進行を一時停止した。

 

「はい、というわけで、ストーリーモード、トウコ編のオープニングでした! いやー、剣と魔法の世界で、セーラー服に日本刀のキャラだから、まさかとは前々から思っていたけど……本当に異世界召喚キャラだったとは!」

 

 トウコ。それが、先ほどの少女のキャラクター名だ。

 アーケードモードでは何回も戦ったことがある。セーラー服を着て打刀を武器に持つ、黒髪のロングヘアの高校生くらいの少女。こってこてのデザインである。

 

「異世界召喚は、21世紀では馴染みのある設定なのでしょうか?」

 

 ヒスイさんが、そんな疑問を投げかけてくる。

 ふーむ、21世紀といえば、21世紀も該当するのだが……。

 

「こういう異世界への勇者召喚の類は、どちらかというと20世紀末によく見られた設定だな。トウコが言っていたように、ジュブナイル小説や、他にもアニメ作品で頻繁に使われていたらしい、いわゆるテンプレート(テンプレ)設定ってやつだ」

 

 ヒスイさんと視聴者に、俺は具体的な異世界召喚の作品名を挙げていく。

 アニメにはそれほど詳しくないが、俺でも知っている作品だと『魔神英雄伝ワタル』、『魔法騎士(マジックナイト)レイアース』とかがそうだ。ゲームだと『サモンナイト』の一作目などがそうだな。

 

「勇者ではなく魔王と言われていましたが……」

 

「21世紀に入ると、テンプレをそのまま使わない作品が増えていったんだ。魔王や悪竜といった巨悪を倒す勇者として召喚されるのではなく、巨悪の側の魔王として召喚されるとか、召喚された勇者が悪者で主人公は別にいるだとか、巨悪を退治するという目的は嘘で便利な手駒として洗脳されるだとか、変化球が増えていった感じだな」

 

「なるほど。では、トウコ編は、巨悪の側ではないので、魔王と言い換えているだけの、勇者召喚の類型となるのでしょうか」

 

「トウコに倒すべき巨悪がいるなら、勇者召喚の類かな」

 

「それは……いえ、ネタバレになりそうなのでその辺は触れないでおきましょう」

 

 ご配慮ありがとうございます!

 

 まあ、アーケードモードやった限りだと、倒すべき悪役っぽいキャラはみかけなかったけどな。

 アーケードモードのラスボスは馬に乗った騎士で、ステージは戦場だったから、あれが倒すべき巨悪……? うーん、あのデーモン族を名乗る男のセリフを加味すると、種族間の対立になる気がする!

 

『格闘ゲームに詳しくないんだけど、倒すべき巨悪とかよく出てくるの?』『出る出る』『普通に出るな』『とうぜん巨悪も操作可能キャラクターです』

 

「あー、そうだね。悪の秘密結社が出てきて、サイコパワーを操る悪の総帥がラスボスだとかあるね」

 

 なので、あの馬に乗ったラスボス騎士が悪者で、倒せば全部解決みたいな展開が待っているかもしれない。

 では、アーケードモードの隠しボスであるサイキッカーヤチとは……?

 うーん、異世界ファンタジーでサイキッカーって、違和感すげえ。サイキッカーヤチ以外にも、超能力を使うらしいキャラクターはいるのだが、正直、もう一つの特殊攻撃方法である魔法と区別がつかない。

 

「よし、雑談はここまでにして、いよいよトウコ編進めていくぞ!」

 

 俺はゲームの一時停止を解除して、ゲームの実況を本格的に開始した。

 



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176.St-Knight ストーリーモード編<2>

 儀式の場から場所を移して、デーモン族の集落にあるボロ屋敷にやってきたセーラー服の少女トウコ。

 集会所か会議室か、円卓のある広い部屋にトウコとデーモン族のお偉いさんらしき二人の男が座っている。

 それを俺は宙の上から見下ろしているような視点で眺めている。

 

 どうやら、主人公に乗り移っての一人称視点でなく、第三者視点で物語は進行するようだ。

 

『まず、魔王になってほしいって言うけど、私はここで何をすればいいの?』

 

 二人の男に向けて、トウコがそう話を切り出した。それに、男の片方が答える。

 

『端的に申しますと、魔王様には外敵を排除する戦士となっていただきたい』

 

『ん? 王って言うから、内政とかするんじゃないの?』

 

『いえ、我らは旗印として強き王を求めているのです。この地には外敵が多く、戦わねば生きていけませぬ。しかし、デーモン族は本来温厚な農耕民族。皆をまとめられるカリスマ性を持つ、強き戦士がいないのです』

 

 男の言葉を聞き、トウコは眉をひそめる。

 

『期待しているところ悪いけど、私、戦いの経験とかないよ? 居合道はやっていたけど、剣道、剣術は一切触れたことない』

 

『居合道……なる物は聞き覚えありませぬが、魔王様はお強いはずです。我らが行なった儀式は、異世界の騎士(ナイト)の魂を召喚し、魔力で器を作り上げ受肉させる秘術。常人とは比べ物にならない腕力を得ているはずです』

 

『なるほど? つまり、私の本来の身体じゃないってことね。よかった、私、重たい病気だったから、身体が新しくなったのなら嬉しい』

 

『生者を呼び出すのではなく、冥界から騎士を呼び出す儀式ですからな』

 

『騎士ねぇ……うーん、私のご先祖様は武家だったから、それで騎士階級とでも判断されたのかな?』

 

『強き王として君臨してくださるなら、前歴は気にしませぬぞ』

 

 男の言い草に、トウコは苦笑いをして言葉を返す。

 

『実際どれだけ強くなっているかは知らないけど、頑張るよ。敵を倒せばいいんだよね?』

 

『はい。我々が住むこの辺境の地は、蛮族が入り乱れる無法地帯でしてな。我らもまあ、蛮族勢力の一つでして。しかし、農耕に秀でていて食うに困らないので、よく他の蛮族から狙われているのです』

 

『うわあ、そりゃ大変だ』

 

『デーモン族はその昔、大きな国を築いていておりまして、そこで培われた農業技術を今にも継承しているわけですな。その国はデーモン族を悪魔と呼ぶ宗教勢力に滅ぼされ、辺境の地に追いやられたわけです』

 

『うん、解った。私の仕事は、蛮族から身を守る戦士の長になることだね』

 

『はい。この辺境の地に、他の英雄騎士(ヒーローナイト)が呼び出されている可能性も低いでしょう。何しろ、儀式を執り行うには高度な魔法技術が必要ですからな。蛮族の呪術師などでは、術式を理解することは不可能でしょう』

 

『同格の戦士も周りにはいない……と。うん、魔王、頑張るよ。じゃあ、あらためまして、ミツアオイトウコです。よろしくね』

 

 トウコがそう自己紹介をして頭を下げると、男二人も名を名乗った。

 

『外務を担当しておりますンギカヌゥと申します』

 

『ぎかぬー……?』

 

『内務を担当しておりますンヌゥメァと申します』

 

『ぬめあさんね』

 

『…………』

 

『まあ、異なる文化圏から来たのであれば、我らの名に馴染みがないことも仕方のないことですかな……』

 

 そこまでオチが付いたところで、視界が暗転した。

 流れるような会話シーンだったため無言を貫いていたが、一息つけるタイミングのようなので、俺は視聴者に向けて言った。

 

「同格の戦士が周りにいないって、いわゆるフラグだよな」

 

『絶対に蛮族勢の召喚された戦士がいるな!』『格ゲーだし同格の敵いないと話にならん』『武術の心得のないトウコちゃん。なお、ヨシちゃんが操作する模様』『それよりも居合やっていて戦いの経験ないってどういうこと?』

 

 あー、居合道ね。そりゃ、居合斬りができるのに戦えないとかおかしいって、普通は思うよな。

 

「20世紀とか21世紀の居合道っていうのは、直接人同士では戦わない武術だよ。形通りに正しい姿勢、正しい順序で、仮想敵に対して刀を振るうんだ。で、試合も斬り合うんじゃなくて、演武の正確さを競うんだ」

 

『へー』『納刀状態から斬り合う武術じゃないんだ……』『まあ、居合って刀を使うイメージあるから、戦ったら死ぬよね』『ヨシちゃん詳しいけど、21世紀人にとっては基礎知識の範囲?』

 

「いや、漫画知識」

 

 高校生が部活で居合道をやる漫画を一回読んだだけである。なので、俺の知識も正しいかどうかは判らない。

 

 と、そんな会話をしているうちに、ゲームは場面が変わって、デーモン族の集落の案内に移っていた。

 トウコは外務の男をキカンさんと呼び、内務の男をウメさんと呼んで、デーモン族の生活について質問を繰り返していた。

 

 だが、芋畑の視察をしているときに、事件は起こった。

 

『た、大変だ! オシシが出た!』

 

 畑近くの森の中から逃げてきた女が、必死な声で農夫達に叫んだ。

 すると、農夫達は一目散に集落の方へと逃げ出していく。

 

『魔王様! 外敵ですぞ!』

 

 外務の男キカンの言葉に、ぎょっとした顔をするトウコ。

 

『ええ、もう蛮族が来たの!? 心構えできていないんだけど!』

 

 トウコの叫びに、キカンが答える。

 

『いえ、オシシは害獣です! 畑に甚大な被害が出るため、退治してくだされ!』

 

『なんだ、害獣……』

 

 ほっと息を吐くトウコだが、次の瞬間、森の中から木をなぎ倒しながら出てきた害獣を見て、叫び声を上げる。

 

『でかすぎるわっ!』

 

 それは、大きめの小屋ほどもある巨大なイノシシだった。

 それを見て、俺は思わず「おっことぬしさまサイズかよ」とつぶやいた。当然、20世紀のアニメ映画ネタには、視聴者はついてこられない。

 

 眼下ではあわてるトウコに、内務のウメが言葉を投げかける。

 

『さあ、魔王様。英雄騎士としての力を見せるときです!』

 

 だが、トウコにとっては無茶振りだ。

 

『武器! 武器ないんだけど! 素手でやれと!?』

 

『大丈夫です。英雄騎士の魔力で作られた器の身には、魂の武具が収められているはずです! 伝説に語られるデーモン騎士は、身体の中から輝く槍を自在に出し入れしていたと、伝承にあります!』

 

『武具、武具……身体の中って……うっ!』

 

 両の手で身体をまさぐっていたトウコは、急に心臓のあたりを押さえて身をかがめた。

 

『あ、あああ……! な、なんか出る……!』

 

 両手で押さえられた白いセーラー服の左胸が突如赤黒く染まり、セーラー服から刀の柄らしき物が飛び出してくる。

 肉が裂けるような生々しい音とともに、心臓の位置からゆっくりと漆塗りの鞘に収まった刀が生えてきた。

 そして、トウコの胸から鞘の先端まで刀が生えきると、刀は宙に浮き、トウコの胸の高さで静止した。いつの間にか、心臓付近の赤黒い色は消えている。

 

 オシシは、その異様な光景に気圧されたように、身体の毛を逆立ててその場で立ちすくんでいる。

 

『おお、それが魔王様の英雄武具! サーベルですかな?』

 

 姿を現した武器に、感心したようにキカンが言う。

 

『はぁー、はぁー……いえ……違う』

 

 それに対し、トウコが否定の言葉を返した。

 

『これは……武士の魂、日本刀だ!』

 

 かがめていた背筋を真っ直ぐに直すと、トウコは左手で勢いよく刀の鞘を掴み取った。

 

 そこで、システム音声が響きわたる。

 

『デュエル!』

 

 すると、視界が切り替わり、見下ろし視点からトウコの一人称視点へと変わった。

 背景は灰色になって、世界が時間停止状態になっている。

 

「お、ようやくバトルか」

 

 トウコの身体に乗り移ったので、俺は調子を確かめるように軽く身体をひねった。

 

『最初の敵がイノシシモンスターとか』『格ゲーとはなんだったのか』『アクションゲームかな?』『このあと二本足で立ち上がって、格闘技使ってきたら吹く』

 

「いや、さすがに二本足はないでしょ……」

 

 そもそもこのゲームは、武器で戦うコンセプトの格闘ゲームである。チャンプは空手で戦うけど。

 

「ん、一定以上は前に進めないようになっているな。開始前から間合いを詰めるのは無理か」

 

 ゲーム内世界の時間が止まっているのをいいことにそこらを動き回っていたのだが、戦闘開始と同時の攻撃を狙い位置取りを調整しようと前進したところで、一定以上前に進めなくなってしまった。

 

「さて、トウコは居合道キャラという設定だが……鞘の摩擦がない居合は最速の剣となる。だから……巌流ではまず鞘を捨てる」

 

『何言ってんのヨシちゃん』『そりゃ摩擦がない方が速いだろうが』『居合ってそういうものじゃないだろ……』『鞘を捨てる手間の分、遅くなっているんだよなぁ』

 

 鞘から刀を抜いて刀を右手に構え、左手の鞘を地面に放り投げたところで、視聴者の一斉突っ込みを受ける。

 

「まあ、居合の心得もない俺が、帯も剣帯もない状態で居合斬りとかできるわけもなく……」

 

『まあ、そうなるか』『ヨシちゃん刀よく使うのに、居合できないのか』『噂の『-TOUMA-』では学ばなかったんですか?』『見た覚えはないな』

 

「居合って、座った状態や無防備な状態から瞬時に戦闘状態に入る技術だけど、『-TOUMA-』って面と向かって妖怪と対峙してから戦い始めるゲームだから、居合が役に立つ状況ってないんだよね。居合斬りすると、普通に刀を振るうより威力が強くなるってわけでもない」

 

『そうなのかー』『居合でなんかすごい威力出るのはゲーム的演出ですよねー』『リアルに考えると、上段に構えて振り下ろした方が、重力の分だけ強いわな』『夢も浪漫もない……』

 

『ちなみにPC(プレイヤーキャラクター)トウコには、納刀状態から強力な斬りつけを行なう専用アシスト動作、居合抜きが存在します』

 

 突然虚空から届いたヒスイさんのコメントに、視聴者達は瞬時に盛り上がった。

 

『夢も浪漫もあった!』『ヨシちゃんやって! やって!』『IAI!』『うおー!』

 

 流れる抽出コメントに苦笑しながら、俺は地面に落ちていた鞘を拾って、納刀した。

 セーラー服なので鞘を差す帯はない。なので、左手で鞘を腰に固定して、構える。

 

「ちなみに居合抜きって座った状態から? 立ったままでいい?」

 

『両方可能です』

 

「んー、と」

 

 立ったまま柄に右手をそえ、思考操作で居合抜きのアシスト動作の操作方法を探る。すると、頭の中に動作手順が流れてきたので、アシスト動作を作動させた。

 鞘から刃がすべり、剣閃が走る。

 このゲーム独自の不思議要素である魔法が乗り、刃渡りよりも遠くにその攻撃は届いた。

 

『いいねいいね』『今までのヨシちゃんに足りなかった要素!』『IAI!』『ヨシちゃん打刀好きなんだから居合も勉強して?』

 

「居合を学べるゲームがあったら考える。よし、それじゃあ戦闘開始するぞー」

 

『戦闘開始と強く念じれば始まります』

 

 ヒスイさんのコメントに「了解」と返し、俺は再び刀を鞘に収めた。

 

『トウコ VS.(ヴァーサス) オシシ』

 

 そんなシステム音声が響きわたり、背景に色が戻り世界の時間が流れ始める。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

 戦いが始まり、オシシが突進の前動作なのか、地面をかくように向かって左の前足を動かし始めた。

 だが、悠長に突進を待っている俺ではない。

 

「おらぁ! 居合抜きぃ! からのー、鞘投げぇ!」

 

 前方に走りながら居合抜きを決め、さらに鼻先に向けて左手の鞘をぶん投げた。

 突然の二連撃を受け、オシシはひるんだようにその場で頭を下げた。

 

 さらに俺は前へと走り、オシシの右側をすれ違うようにして走り抜ける。当然、すれ違いざまに斬撃を置き土産にしている。

 そして、オシシの巨体の背後を取り、打刀の柄を両手で握りこんで渾身の突きを尻にプレゼントした。

 

 追加で斬りつけようとしたところで、ヒップアタックの兆候が見えたので左に大きくよける。

 そして、オシシがヒップアタックで地面に尻餅をついたところで横からめった斬りにする。

 

「わはは、イノシシモンスターとの戦いなど、チャンプの空手道場で慣れておるわー!」

 

『ヨシちゃん調子乗ってんな』『最初のステージの敵に得意げになるヨシちゃん』『多分そいつ初心者でも勝てるよ』『チュートリアルでこの調子の乗りっぷりである』

 

 そんな視聴者のコメントを聞き流しながら、俺は一方的にオシシへと攻撃を加えていく。

 

『KO ユー ウィン』

 

 そして、無傷の勝利となった。

 オシシの身体は草地の上に横倒しとなり、無事俺はデーモン族の芋畑を守り切ることができた。

 

 刀を鞘に収めたところで視界が切り替わり、トウコへの憑依が解ける。

 そして、またトウコを見下ろす視点に戻ったところで、トウコがその場で膝を突いた。

 

『うわあ……勝てた……勝てちゃった……』

 

『魔王様!』

 

『お見事ですぞ!』

 

 離れて観戦していたウメとキカンが、勝利をたたえながらトウコに走り寄ってくる。

 

『今宵は肉の(うたげ)ですな!』

 

『ええ、これだけあれば集落の皆、肉をたらふく食べられるでしょう』

 

『あ……お肉……食べるんだよね』

 

 倒れたままのオシシの横に座りこみながら、トウコが言う。

 

『うむ、オシシの肉は美味いですからな』

 

 キカンの言葉に、トウコはしばし無言になり、そして言った。

 

『うん、命を奪ったのなら、食べないとね』

 

『む? いえいえ、そうとは限りませぬぞ?』

 

『……うん?』

 

『森に住む害獣のゴリゴリの肉などは、不味くて食えたものではないですからな。食べるのは、食べられるやつだけで十分ですぞ』

 

『あー、うん。そうだね』

 

 そうして、最初のバトルであるオシシ戦は終わり、次の場面へと切り替わるのであった。

 集落の外の背景を映して会話はないようなので、俺は視聴者との会話チャンスとみてコメントを入れる。

 

「いやあ、いいね、セーラー服と打刀の組み合わせ。20世紀のセーラー服学生少女キャラって、20世紀生まれの日本人の俺にとってはお馴染みといっていい属性だな。だけど、この時代のみんなはピンとくるのかな?」

 

『20世紀は私達にとっても鉄板ネタ』『ゲームが生まれた時代だからか注目度は高い』『娯楽作品が爆発的に増えた最初の年代でもあるし』『とりあえず20世紀にしておけっていうのは、とりあえず剣と魔法のファンタジーにしておけってくらい陳腐』

 

「ああ、そういえば、20世紀って創作の定番ネタなんだったか」

 

 前にも似たような会話を視聴者と交わした記憶があるぞ。

 さらに、ヒスイさんがコメントを入れてくる。

 

『今の時代の創作における20世紀の少年少女というキャラクターは、ヨシムネ様にとって旧日本国の江戸時代の侍……そうですね、幕末の新撰組に近い感覚の存在なのではないでしょうか』

 

 おおう、そりゃまた燃えるポジションだな。

 

『もしくは、戦国時代の武将でしょうか』

 

「600年の年代差があると考えればそれが近いのかもなぁ」

 

 そんな会話で盛り上がる一方、ゲームの方はというと、何やら怪しい雲行きに。

 そう、蛮族との戦いが始まろうとしていた。

 



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177.St-Knight ストーリーモード編<3>

 デーモン族の集落に攻めてきた蛮族との戦いは、一瞬で終わった。

 蛮族らしく作戦もなくただ真っ直ぐ集落に向けて走ってきた相手に、トウコが飛ぶ斬撃をぶちこんで騎士の名乗りを上げる。それだけで、蛮族は戦意をなくして降伏した。異世界から召喚される英雄騎士の存在は、蛮族の間にも伝わっているらしかった。

 

 戦後処理が始まり、捕虜となった蛮族を見てトウコが気づく。

 

『敵の戦士達……痩せているね』

 

『食うに困っているからこそ、我らを攻めたのでしょうな。昨年冬に寒波が辺境を襲った影響もありましょう』

 

 トウコの言葉に、外務のキカンがそう言った。

 

『ねえ、デーモン族の畑って……まだ拡張の余裕あるの?』

 

『ふむ、そういうことは内務のンヌゥメァに任せておりますが……酒を大量に仕込んでなお余る程度には、作物の量にも畑の広さにも余裕がありますな。なにせ、辺境ゆえ土地はどこにでも余っておりますので』

 

『あの人達、この集落で受け入れられれば、みんな食べるのに困ることはなくなるのかな……?』

 

『でしょうなあ』

 

『デーモン族は違う部族の人、受け入れられる?』

 

『王がそうせよと言うならば、受け入れましょうぞ』

 

『じゃあ、そうしよう』

 

 トウコの決断に、キカンはにっこりと笑って返した。

 

 話がまとまったのを見て、俺はコメントを入れる。

 

「来るか……内政パート……!」

 

『これ格ゲーだよね?』『集落を大きくして蛮族と戦う……戦略シミュレーションゲームかな?』『優秀な人材を登用するんだ!』『蘇るデーモン王国』

 

「国をでかくしたところで、むかつく隣国が出てきて、トウコが隣国の元首に『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』とか言うんだな」

 

『トウコはそんなこと言わない』『ぶっそうねー』『でも本当に国を作って蛮族達の王になるなら、それくらいの勢いが必要かもなぁ』『本当に戦略シミュレーションゲームルートに行くの……?』

 

「さて、どうなるかな。引き続きストーリーを見ていこうか」

 

 蛮族達を集落に受け入れたトウコとデーモン族。

 畑を開拓し、森を切り開き、新たな家屋が建っていく。獣皮のテント暮らしだった蛮族達は、木製の家屋に驚きの表情を見せていた。

 どうやら、デーモン族の文明レベルは辺境の蛮族達のそれと比べて明らかな格差があるようであった。

 

 集落が広がると、それを見たデーモン族と物資のやりとりをしていた他の部族が、恭順の意を示して集落に合流してくるようになった。

 だんだんと大きくなっていく集落。集落は村と呼べる規模になり、やがて半年も経つうちには町と呼べる規模にまで膨らんだ。

 

 その最中にも、食糧を略奪しようとたくらむ蛮族の襲撃は続くが、そのことごとくをトウコは撃退した。

 

 戦いを経て、トウコは思い悩む。

 

『蛮族を殺しても、意外と良心は痛まなかった。……おかしいよね、私がいた国では、殺人は最大の禁忌だったのに』

 

『だからこそ我らの召喚儀式に選ばれたのでしょうな。屍を築き上げて平和を作り上げる覇王に相応しい精神を持つからこそ、騎士の王として冥界に住まう無数の魂の中から選ばれた』

 

『ひどいこと言うなぁ』

 

『褒めているのですぞ?』

 

 キカンの言葉に、トウコは苦い顔をする。

 

「戦いに身を投じた現代の少女の苦悩……王道だな!」

 

『良心は痛まなかった、だけで済ますってずるくない?』『格ゲーで、殺す覚悟だの言ってぐだぐだ引っ張られても困るしね』『でも少年少女にはもっと思い悩んでほしい』『自分がもし異世界に飛ばされたらとか考えると、きついだろうね』

 

「剣と魔法のファンタジー世界に飛ばされたらって妄想、俺もしたことあるぞ! 現代知識で農業改革するんだ」

 

『あー、ヨシちゃんならできそうですね』『私達は飛ばされたらどうするよ』『一から高度な機械なんて作り出せるわけがないし……』『その前にナノマシン供給が途絶えて体調崩しそう』『こっちはソウルサーバ在住なので、新しい肉体ください』

 

「ソウルサーバにいるなら、肉体的にはもう死んでいるってことだし、異世界転移じゃなくて異世界転生した方がいいな!」

 

 さて、ゲームの方はというと、デーモン族の集落はもはや統一性のない多民族が集まった、辺境の一大勢力となっていた。

 だが、それに正面からぶつかってこようとする別勢力がいた。

 辺境最大の戦闘部族、遊牧民のエルフ族である。

 

「エルフが遊牧民なのか……森エルフじゃないのか……」

 

『そういう世界もあるさ』『エルフだって、馬を育てたい気分の時くらいある』『森の中で弓使うより、馬乗って平原で弓使う方が合理的だぞ!』『辺境だから弓じゃなくて投げ槍使うかもな』

 

「投げ槍って……辺境や蛮族って聞いて、原始人みたいの想像してない?」

 

 エルフとのおおいくさ。エルフの戦士の数は1000人を超えていて、もはや軍隊と言ってもいい規模だった。

 一方、こちらの多民族軍も1000を越える大集団。さらに、デーモン族が持つ高度な知識と、合流したノーム族が持つ卓越した冶金技術のおかげで、しっかりした武具が用意されていた。

 

 草原で向かい合う両軍。トウコがその身に宿した魔法の力で、遠見の術を駆使してみると……。

 

『うわ、エルフ族、弓矢で武装している……』

 

『問題ありませぬぞ。こちらもロングボウの他、投石器を用意してあります』

 

 外務だけでなく軍務も兼任するようになったキカンが、トウコの横でそう返した。

 

『何より、こちらには英雄騎士の魔王様がおりますからな』

 

『さすがにこの人数になると、一人では戦場をカバーしきれないんだけど……』

 

 その会話の最中にも、両軍はゆっくりと前進していき、あと少しで弓の射程というところまで近づいた。

 

 だが、次の瞬間、エルフ軍の中央から、一人の巨漢が前に飛びだしてきた。

 

 その男は武器も持たず防具もつけず、革でできたズボンを履き、上半身は露出し盛り上がった筋肉を見せつけていた。

 そして、その筋肉をおおう肌の色は、ただのエルフ族やヒューマン族ではないことを示す、緑色をしていた。

 

 向かい合う両軍の中央部分まで進み出てきた男は、仁王立ちして叫んだ。

 

『俺はオーク族の戦士ドルガ! デーモン族の王に、一騎打ちを申し込む!』

 

 オーク族を名乗る男が口にしたのは、いくさの前の舌戦でも、降伏勧告でもなく、尋常なる一騎打ちの要求であった。

 

『オーク族……聞いたことのない種族名ですな』

 

『ということはつまり、異世界から召喚された英雄騎士……!?』

 

 キカンの言葉に、トウコが驚きのリアクションを返した。

 そのやりとりを見て、俺は言った。

 

「エルフ族に混じるオーク族……21世紀のネットミーム的にはちょっと面白い状況だな」

 

『なんかあるのか』『『指輪物語』的にはオークって、エルフが変じた種族だったっけ』『二足歩行する豚のモンスターじゃないんだな』『あー、豚のイメージ強いよね』

 

「オークが豚面になったのは、テーブルトークRPGのモンスターマニュアルに描かれたイラストが原因って、ネットで話題になっているのを見たことがある」

 

 このオークは鼻が潰れ気味なだけで豚の要素はない、戦闘種族っぽい感じだな。洋ゲーでしばしば見られるオーク像だ。

 

 さて、そんなオーク族の戦士の要求だが、トウコの答えはというと……。

 

『その一騎打ち、受けて立つ!』

 

 トウコはそう叫ぶと、左胸から打刀を生み出し、セーラー服の腰に備え付けている剣帯に差し入れる。

 そして、走ってオークの前へと出ていき、相手から五メートルほどの距離を取って向かい合った。

 

 対するオーク族の戦士。

 2メートルを軽々と超えているであろう背丈。贅肉など一つもない、と言わんばかりの筋肉の鎧。丸太のような二の腕。

 彼の操る武器は、はたして……。

 

『噂に名高いデーモンキングが幼いおなごなど……と思ったが、その剣気、ただ者ではないと見た』

 

 そう言いながら、オークが胸の中央から武器を生み出した。

 それは、巨大な両手斧。彼の体躯から繰り出される斧の一撃は、もし直撃すればただごとでは済まないと予想できる。

 

『格好いい斧だね。見た目にたがわない益荒男(ますらお)っぷりだ』

 

 トウコが鞘に左手を添えながら言うと、オーク族の戦士は笑って返した。

 

『デーモンキングの剣は、いかなる物も切り裂くと聞く。相手にとって不足なし!』

 

『いざ、尋常に……』

 

『勝負!』

 

 そこまで言ったところで、システム音声が響きわたる。

 

『デュエル!』

 

 世界が灰色になって静止し、俺の視界がトウコのそれになる。

 ようやく二戦目の始まりだ。

 

「さて、視聴者のみんな、戦い方に何かリクエストとかあるか?」

 

『舐めプレイかよ』『余裕どすなあ』『せっかくなので腕力勝負で』『刀で両手斧とパワー勝負とか、ひでえ』『現実なら一発で刀が折れるな』『そこはほら、魂がどうとかいう設定だから……』

 

「おっけー、腕力勝負ね。それじゃ、いくぞー」

 

『トウコ VS. ドルガ』

 

 世界に緑が戻ってくる。そして、オーク族の戦士、ドルガが斧を大上段に構えるのが見えた。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

 開幕と共に、ドルガは両手斧をその場で勢いよく振り下ろした。

 すると、魔法の力が乗った斧の一撃は大地を割り、衝撃波がこちらまで飛んでくる。

 

 俺はそれに対し、抜刀。刀を逆袈裟に振るう。

 

 すると、刀からオーラの壁のようなものが飛び出し、衝撃波を跳ね返した。

 

『お、おおう』『なんぞ』『斧ビームを跳ね返した!』『反射技か!』

 

「ストーリー進行中に、ゲームマニュアルを確認しておいたのだ……!」

 

 マニュアルのトウコ専用技欄をこっそり読んでいたのだ。

 

 その専用技で跳ね返った衝撃波を追うように、俺は前方へ走る。

 基本方針は、近づいて斬る、だ。

 腕力勝負ならば、衝撃波だのビームだの飛ぶ斬撃だのは無粋だ。

 

「死ねえ!」

 

 衝撃波を斧でガードするドルガに、俺は全力の突きを放った。

 

『ぐっ!』

 

「真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす!」

 

『ぬう! その意気やよし!』

 

 そうして俺達は、真正面から斬り合いを始めた。

 相手の攻撃を避けるなどというちんけな行為はしない。全て己の武器で弾き返し、フェイントも小細工もなしにただ闇雲に斬りこむ。

 それこそ、これがゲームじゃなかったら、打刀の細い刃など、簡単にひん曲がっていたことだろう。

 

 力と力のぶつかり合い。それを征したのは……。

 

『KO ユー ウィン』

 

 もちろん、俺だ。

 

『危なげなく勝つなぁ』『舐めプレイなのに余裕の勝利』『まあヨシちゃんって、アーケードモードを最高難易度でクリア済みだからね』『そりゃ、ストーリーモードで負けるはずがないか……』

 

 いやあ、昔やったアーケードモードはひどかったね! なにせ、アシスト動作の練習ということで、アシスト動作以外の行動は取れないようヒスイさんに動きを縛られていたからな!

 

『見事だ……勝利の栄光はお前の頭上にある』

 

 視界がトウコから離れ、ストーリーがまた進行し始める。

 ドルガは膝を突き、腹を手で押さえ、斧を地面に投げ出していた。

 

『何か言い残すことは?』

 

 トウコがそう問いかけると、ドルガは笑みを浮かべて言った。

 

『どうか、エルフ族に寛大な措置を。彼らは、ただ生き延びたかっただけなのだ』

 

『解った。同じ辺境を生きる民として、手を差し伸べることを約束するよ』

 

『ありがたい』

 

 ドルガはそこまで言うと、斧を下にするようにして前のめりに倒れた。そして、ドルガの身体は光の粒になって分解され、光の粒は天に向かって昇っていった。

 残ったのは、一抱えほどもある巨大な両手斧のみ。

 

『遺体は残らない、か……結局、私達は蘇った死者でしかないのかもしれないね』

 

 そうして一騎打ちは終わり、エルフ族は戦うことなく降伏をした。

 1000を越えるエルフ族の兵士達。彼らもまた、食料難で痩せている者が多かった。農業を知らない彼らの生活スタイルでは、このような大人口を支えるのには向かないことが想像できた。

 

 飢えるエルフ族を見て、トウコは腕を組んで何かを考える。

 そして、二人のデーモン族の幹部、キカンとウメの前で彼女は言った。

 

『いくさだの何だの言っても、原因は結局の所、お腹いっぱい食べたいというだけのことだった』

 

『そうですな。この辺境の地では、土地の奪い合いも信仰の対立も起きませぬ』

 

『今の辺境に必要なのは、お腹を満たすためのたくさんの食事。そして、それを生み出す広大な穀倉地帯。それを実現するためには、私達はただの烏合の衆ではいられない……』

 

 トウコは組んでいた腕を解き、腰に手を当てて続けて言う。

 

『私はここに、新たなる国の樹立を宣言する! キカンさん、ウメさん、辺境を一つにまとめるよ!』

 

『おお、辺境の平定ですな。それでこそ我が魔王様です』

 

『農地の開拓は内務の私にお任せください』

 

『うん。国の形態は王国ということで、トップは私。二人には大臣になってもらうよ。キカンさんが金柑(きんかん)大臣。ウメさんが孔明(こうめい)大臣』

 

 トウコの宣言に、男二人は苦笑する。

 

『それは、我らの名前にちなんだ役職ですかな。もはや、もとの名前の原型を留めておりませんな』

 

『金柑は私のいた国の戦国時代で、天下を統一しかけた勢力の外務を担当していた武将のあだ名ね』

 

『おお、光栄ですな』

 

『孔明は、私の世界の大戦争で活躍した、内務を得意とする最高峰の知将の名前』

 

『拝命うけたまわりました』

 

『さあ、ここから国造りだよ!』

 

 という感じで多民族が集まる辺境の国、ミツアオイ王国が誕生するのであった。

 

「マジで展開が戦略シミュレーションじみてきたな! 実態は、ノベルゲームというかムービーゲームって感じだけど」

 

 話が一区切りしたので、俺はそう率直な感想を述べた。

 

「ここから国に所属する騎士同士の戦いが繰り広げられるとなると、戦記みたいな話になっていくのかね」

 

『そうだね』『はっきり言っておくと、『St-Knight』は群雄割拠の戦乱時代を舞台にしたゲームです』『各国がこぞって騎士を召喚して手駒にして、覇を競うように騎士同士の決闘が行なわれるって背景設定やね』『そんな中で王に登りつめるトウコちゃん……』『普通の人間より強いんだから、手駒にするより名誉職に据えた方が賢い選択』

 

「はー、そんな背景設定があったのか」

 

『ちなみにそのあたりの最低限の設定は、ゲームマニュアルに載っていますよ』

 

 ヒスイさんのコメントが横から響いてきた。

 

『ヨシちゃん、マニュアル読んだとか言ってなかった?』『言ってた』『これはトウコの専用技欄しか見てないな?』『ヨシちゃんはそういうことする』

 

「くっ、その通りだよ!」

 

 そんなやりとりをしている間に、新たな騎士が出てくることもなく辺境はスムーズに平定された。辺境の民は皆、一様に飢えており、豊富な農作物を背景とした交渉の障害となるものは何もなかったのだ。

 そして、魔王をトップに掲げた辺境王国の存在は、周辺国家に衝撃を与えることになった。

 思わせぶりにいろいろな人物のカットインが視界に映り、今後の波乱を予感させる。

 

 そんな中、最初に大きな動きを見せたのは、辺境の地の西隣にある華の国。

 古代中国風の雰囲気をただよわせる、大国家であった。

 



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178.St-Knight ストーリーモード編<4>

 眼下でストーリーが進行していく。

 国ができて四ヶ月。荒れ地を開拓して農地を広げ、国を富ませるため皆、努力をしていた。

 そんなミツアオイ王国に、西方の地から親書が届いた。送り主は、大国である華の国の王、紅蓮大王からだ。

 

 その親書を前に、魔王トウコと外交を担当する金柑(きんかん)大臣が膝をつき合わせて話し合いをしていた。

 二人とも、眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。

 金柑大臣が言う。

 

『たとえ国としてまとまろうと、我々はしょせん辺境の地に住む蛮族ですぞ。舐められたら終わりと、皆が考えています』

 

 トウコが答える。

 

『つまり、へりくだって貢ぎ物をして、庇護下に収まるというのは、なし?』

 

『なしですな』

 

『了解。じゃあ、その方向で返信しようか』

 

 そこまで話したところで場面が変わり、今度は内務の孔明(こうめい)大臣も加わって、話し合いだ。

 

『それで、国書にはなんと?』

 

 孔明大臣がトウコに尋ねる。

 

『私達は誰の下にもいない。そして誰の上にもいない。そんなことを書いたよ』

 

『他国の下にはつかないこと、そして侵略をして国土や属国を増やす野心はないと示したわけですな』

 

 トウコの言葉に、金柑大臣が続けて言った。

 それを聞いた孔明大臣は、難しい顔をして言う。

 

『つまり『お前達は俺達蛮族と対等だ』と答えたわけですね』

 

『あれ? まずかったかな?』

 

『いえ、相手の国の下につかないと決めた以上、我々は相手の国と対等な立場に自然となります。国力が対等とは限りませんが』

 

『うーん、戦争になったらどうなるかなぁ?』

 

『さて、どうでしょう。しかし、私達は蛮族の集まり。皆、意気揚々と兵に志願してくるでしょうね』

 

 孔明大臣は、『そうすると開拓が遅れます』と溜息をつきながら、トウコの疑問に答えた。

 そんな話し合いを続ける三人のもとに、ふとデーモン族の男が一人走ってやってくる。

 

『失礼します! 華の国の使者が、ここまでやってくるそうです。先触れを名乗る方が走竜で訪ねてまいりまして……』

 

 その伝令に、三人は驚きの表情で顔を見合わせた。

 

 それを見たプレイヤーである俺の感想はというと……。

 

「……国の運営ってこんな感じでいいわけ?」

 

『村の寄り合いかな?』『魔王って感じはしないなぁ』『蛮族の集まりならこんなもんじゃないかな』『王宮建てて官僚や近衛を育ててとかは、何十年とかかるでしょうね』

 

 さて、場面はまた変わり、広い建物の内部に魔王トウコと金柑大臣、孔明大臣の三人がたたずんでいる。

 そして、彼らの対面に、古代中国っぽい衣装を着た十人ほどの男達が並んで立っていた。

 

『見たことのない建築様式ですな。我が国の物とも、辺境の物とも違う……』

 

 華の国から来た使節団の一人が、そのようなことを口にする。

 それに対し答えるのは、金柑大臣。

 

『魔王様の故郷の建築物を模して建てましてな。体育館という運動のための建物だそうです。集会場としても使っておりますがな』

 

『ほう、英雄騎士殿の故郷の……』

 

『魔王様から伝えられた球技に、皆はまっておりますよ。なにせ我らは蛮族。運動だけは得意ですからな』

 

『いえいえ、ここまでの道中に見せてもらいましたが、みごとな麦畑でした。なかなか農業にも優れたご様子』

 

 畑を褒められたのが嬉しいのか、金柑大臣の横で話を聞いていた、内務を担当する孔明大臣の口に笑みが浮かぶのが見えた。

 

 さて、そんなことを前置きにして、使節と金柑大臣の言葉の応酬が始まった。

 

 華の天子を自分達と対等に扱うとは無礼千万、貢ぎ物を持参して直接天子に頭を下げれば許してやらないこともない。

 そう使節が言うと、金柑大臣は言い返す。自分達は知恵の足りぬ蛮族であり、礼儀など最初から持ち合わせていない。そして、誰かに下げる頭も持ち合わせていないと。

 

 へりくだる様子を見せない金柑大臣に、使節は怒り心頭。こちらには天帝に認められた華の天子と、万を越える精強な兵士達がいると脅しかける。

 だが、自分達は強き者しか認めない。華の天子は異世界から招かれた英雄騎士よりも強いのか。我らの魔王は、他の英雄騎士を下した最強の英雄騎士なのだと、金柑大臣は返す。

 使節は、自分達の国にも英雄騎士はおり、天子は彼らに敬われている尊い存在なのだと返す。

 

 と、そこまで言葉を交わしたところで、使節の中にいた一人の男が、横から口を挟んだ。

 

『ちょっとごめんねぇ。実はおじさん、天子さんに魔王さんの強さを見てこいって言われていてさぁ。華の国を出奔したオーク族のドルガを倒したって話、聞いたよ? その強さ、おじさんも興味あるよ』

 

 そう言葉を放った男は……ああ、アーケードモードで見た覚えのある男だ。

 必ず一戦目で戦うことになっていた中華風の大男、ハオランだ。つまり、彼も英雄騎士である。

 

 徒手空拳だったハオランは、右肘の先から武器を生み出す。彼の足先から肩口までの長さを持つ(こん)である。

 その棍をトウコに突きつけ、ハオランは言った。

 

『さあ、魔王さん、おじさんの挑戦、受けてくれるかな?』

 

 それに対しトウコは、心臓から刀を生み出し、剣帯に鞘を収めて答えた。

 

『受けて立つ!』

 

 そうしてストーリーモード三戦目が始まった。

 

『トウコ VS. ハオラン』

 

「こいつ、アーケードモードで必ず最初に戦うんだよなぁ。アーケードモードをやりこんだのはもうだいぶ前になるけど、攻撃パターン覚えているぞ」

 

 そんな相手なので、始まった戦いは難なく進み……。

 

『KO』

 

「はい勝利ー!」

 

 俺のその軽い宣言に、視聴者も落ち着いた様子でコメントを返してくる。

 

『こりゃ、ストーリーモードには苦戦を期待しちゃだめだな』『まあナイトメアまでクリアしているゲームでそれを求めるのもね』『大人しくストーリーを観劇しよう』『リーチの差あるのに余裕の勝利だなぁ』

 

 剣道三倍段なんて言葉があるくらい、リーチの差が強さの差になると言われていたわけだが、システムアシストがあればリーチを埋める方法はいくらでもあるんだよな。

 さて、戦闘が終了したわけだが、刀で散々ぶった切ったはずのハオランが死ぬ様子はなく、けろっとした顔で起き上がって棍を右肘の中に収めた。

 

『やるねぇ。こりゃドルガの奴もやられちゃうわけだ』

 

 溜息を吐きながら、ハオランが言った。それに対し、トウコも刀を鞘に収めながら言う。

 

『あなたもなかなかだね。所作の一つ一つが美しかったよ』

 

『はー、おじさん自信なくしちゃうよ。殺さないよう手加減されるなんて』

 

『だって、あなただって私を殺す気なかったでしょ?』

 

『ははは、どうだろうね』

 

 そう言って、ハオランは使節団の方へと歩いて戻っていく。が、使節団に『今までお世話になりました』と言って、今度は金柑大臣の方へとやってくる。

 

『じゃ、しばらくご厄介になるよ。客将ってことで、三食出してくださいな』

 

 ハオランのその言葉に、トウコは驚いた顔で叫ぶ。

 

『はあ!? あなた、華の国の英雄騎士じゃないの!?』

 

『いやいや、おじさんは風来坊の客将さ。おじさんを召喚した人も、国の所属じゃなくて、個人の魔法使いだったしね。今はもういないけど』

 

 というわけで、ハオランが仲間に加わった!

 

「個人で召喚とかできるんだな。てっきり、国の魔法使いが集団で大規模儀式をやって呼ぶのかと」

 

 俺のその感想に、視聴者達の抽出コメントが届く。

 

『他のキャラのストーリー見れば判明するけど、儀式よりも英雄を求める強い意思と、それに応える英雄の相性が大切なんだと』『そうなのか』『解説助かる』『大国なら騎士を呼び放題ってわけでもないのか』

 

「まあ、呼び放題なら、騎士をそろえられる勢力が覇権を握るって形になるだろうからなぁ」

 

 そして、話はまた金柑大臣と使節の言葉の応酬に戻る。

 金柑大臣は断固として華の国の下につく気はないと答え続ける。

 使節はどうしてもミツアオイ王国を華の国の下に置きたいのか、今度は華の国に貢ぎ物を送ることで得られるメリットを次々と並べ立て始めた。

 

 その様子を見て、孔明大臣が『おや?』と一つ気づく。

 

『華の国は兵力で私達を下そうとは考えておられないのでしょうか。兵力をちらつかせたのは序盤の一度のみでしたね』

 

 要するに、戦争での決着だ。確かに最初のやりとりは、このまま戦争になるのかと見ていて思ったのだが。

 その疑問に、使節は誇ったように答える。

 

『華の天子は仁徳にすぐれたお方。隣人に血を流させることは、望んでおられません』

 

『ほう、仁徳と。辺境では聞かない言葉ですね』

 

『孔明大臣、いくら我々が蛮族と言っても、相手に野蛮と取られる言葉は自重してくださいませんか』

 

 呆れたように言う金柑大臣だが、結局彼は使節に対して折れることはなかった。

 彼の言葉の中心となったのは、辺境の民は最強たる魔王以外の下につくつもりはない、という論調。

 

 それならば武力や兵力でもって、魔王を下してしまえばいいと俺自身は思うのだが、使節はその類の言葉は言わない。

 ま、プレイヤーである俺は、トウコを負けさせるつもりは毛頭ないんだけど。

 

 そんな俺の考えが届いたわけではないだろうが、話し合いを見守っていたハオランが、また横から口を出した。

 その内容は、華の国最強の英雄騎士と、魔王の決闘。本当に魔王が最強の英雄騎士ならば、華の国の騎士を下して証明して見せろと。

 

『その挑戦、受けましょうぞ』

 

 金柑大臣がすぐさま話に乗った。

 

『金柑大臣!? えっ、おじさん、どっちの味方なの!?』

 

 トウコが慌てて叫ぶが、ハオランの提案に使節も乗ることで話は決定してしまった。

 決闘の開催場所は華の国の王宮で。国王である天子の前で御前試合を行なうと決まった。

 

 まさかの事態に肩を落とすトウコに、ハオランが近づいて肩を叩いた。

 

『まあ、華の国を観光するつもりで行ってみなよ。留守は、おじさんが守るから、さ』

 

『私、まだあなたのことを信用したわけじゃないんだけど……』

 

『そこは信用してもらわないとねえ。もとよりおじさんは風来坊。ついてこいと言われても、従う義理はないんだよなぁ』

 

『客将とはなんだったのか……』

 

 そこまで言ったところで、場面が切り替わった。

 華の国らしき都市を上空から見下ろす形で、背景が動いていく。そこで俺は、視聴者とじっくり会話できるタイミングができたと、意識を切り替える。

 

「ハオランおじさんいいキャラしているよね」

 

『三枚目キャラだな』『見た目的には寡黙な巨漢の戦士で通るのに』『裏切り者の可能性も……?』『留守を狙われたら本気でやばいな』

 

「メタ的なことを言うと、格ゲーだから一度倒した相手と再戦はそうそうないんじゃないかな」

 

『本当にメタいな!』『さっきの対戦は手を抜いていたという(てい)で、本気モードとの再戦はあるかも』『あー、ありそう』『武器が棍じゃなくて槍に変わるとかね』

 

「うわー、本気でありそうな気がしてきた」

 

 眼下に見える華の国を眺めながら、俺と視聴者は大いに盛り上がったのだった。

 



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179.St-Knight ストーリーモード編<5>

 視点が自動で動き、華の国上空から王宮らしき大きな建物へとフェードインしていく。そして、王宮の庭に作られた闘技場を前に視点が固定された。

 闘技場には、魔王トウコと、もう一人の男が向かい合っている。

 

 準備万端、というところで、闘技場に『華の天子、紅蓮大王のご入場です』との言葉が響く。

 すると、御輿(みこし)のような物が、複数の男達に担がれて闘技場にやってくる。その御輿の上に乗っているのは豪奢な服を身にまとった、五歳ほどの幼子だ。

 

『えっ、天子様って、子供!?』

 

 トウコが驚いて口に手を当てると、対面の男が言葉を放つ。

 

『彼女は王の座についてからまだ短い。だから、俺が支えると決めたのだ』

 

 その男の声は、どこか機械音声じみたエフェクトがかかっていた。彼の格好を見てみると、ハオランのような古代中国風の物ではなく、近未来的な黒いプロテクターだった。文明の発達した異世界からやってきた英雄騎士なのだろうか。

 

『確かに、あんな可愛い子は応援したくなるよね』

 

『天子は確かに愛らしいが、容姿と国家元首としての器は関係ない。俺は、天子に王としての器を見たのだ』

 

『なるほど。それで、辺境の国と朝貢(ちょうこう)の関係を作ることで、新米天子様の実績としたかったわけか。そりゃあ、使節もあれだけ食い下がるわけだ』

 

『お前も馬鹿な王ではないようだな』

 

『うんにゃ、頭脳労働は私の仕事じゃないよ。私の仕事は、敵を斬ることさ』

 

 トウコはそう言って、胸から刀を生み出し、剣帯に収める。

 対する男は、右と左の手の平を胸の前で打ち合わせた。すると、両の手の平の間から金属の筒が生まれ、筒が宙に浮いて静止する。

 そして、男はその筒を右の手に握り、袈裟斬りにするように腕を振るう。すると、筒の先から青白い光の棒が伸びてきた。

 

「うお、フォースソード!? ビームサーベル!? かっけえ!」

 

 俺は思わずそんな感想を叫んでいた。

 

『急に現代的になった』『『St-Knight』ってこういう路線の武器もあるのか……』『非実体なので長さを自在に変えられます』『騎士は異世界から呼ばれているんだから、中には文明レベルの高い世界の出身もいるよな』

 

 俺と視聴者がそう言って盛り上がっている下で、魔王と華の国最強の騎士が名乗りを上げる。

 

『辺境の魔王、トウコ』

 

『サイバネ戦士、アベベ』

 

『いざ尋常に――』

 

『勝負!』

 

 トウコとビーム剣の男アベベが互いに構えたところで、『デュエル!』とシステム音声が響き、俺の視界がトウコのそれに重なる。

 

「さあ、ひと勝負いこうか!」

 

『トウコ VS. アベベ』

 

 開幕からの居合抜きをしようと、俺は鞘に左手を添え、右手で柄を握る。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

 前方にダッシュしようとしたところで、アベベのビーム製の刃が伸び、広範囲の横薙ぎがこちらを襲ってきた。

 それに対し、俺は刀の刃を立ててそれを受けようとするが……。

 

「って、すり抜けただと!?」

 

 ビームの刃は、こちらの刀とぶつかり合うことはせず、何もなかったように素通り。

 それなのに、こちらの胴体をしっかりと斬りつけて、俺の体力ゲージを減らしてきた。

 

「刀は素通りするのに、身体は素通りしないってどういうことだ!?」

 

 ダメージを受けた俺は、とっさにバックステップをして距離を取り、追撃を食らわないようにした。

 

『ふっ、たわいもない』

 

 アベベがそう言ってこちらを挑発してくる。むかつくな!

 

『種明かしをすると、このサイコブレードは俺の脳チップと繋がっていてな。意志の力で、自在に切る対象を選択できるのだ』

 

「おおう、高度だな……」

 

『まあ、このようなハイテク機材、蛮族の王には理解できまいが……』

 

「ジュブナイル小説読んでいる女子高生のトウコちゃんが、SF小説も読んでいないと決めつけるのはよくないぞ!」

 

『ふむ……? まあいい。殺さないでやるから、かかってこい。遊んでやる』

 

 さらなる挑発! 決闘開始前の理知的な態度はどこにいったんだ。

 

 くっ、サイバネ戦士め。お前がSFを行くのなら、俺は20世紀をいってやる。

 そこで俺は、意を決して叫び声をあげた。

 

「いやー! やられちゃうー! いやー!」

 

『なんだなんだ』『ヨシちゃんどうした』『急に何を?』『頭がおかしくなったか』

 

「説明しよう。女子高生トウコちゃんは、極度のピンチ状態に置かれることで、イヤボーンで目覚め、スーパー女子高生となるのだ」

 

『なに言ってんの』『イヤボーンってなに?』『スーパー女子高生ってなに?』『しかもアホなこと言いながら、めっちゃ攻めているし』

 

 20世紀の学生によるバトルと言えば「嫌ーッ!」ってピンチになってボーンと敵を倒すイヤボーンなので、なんとなくやってみただけだ!

 まあイヤボーンはジョークとして、ふざけている間にも続いていた戦闘は、こちらの優位に傾いている。

 ビーム剣がガード不能ってことくらいじゃ、そうそう負けない。

 受けられないなら避ければいいだけだしな。

 

 剣を伸ばしての横薙ぎは、屈むかジャンプするかで回避が可能。不要なジャンプは大きな隙になるが、ジャンプと同時に飛ぶ斬撃を飛ばすなり、落下速度を速めて攻撃する強襲技を使うなりして、隙を潰していく。

 

 そして、接近戦に持ちこみ、リーチの長さによる不利をなくして、果敢に攻めていき……。

 

『KO ユー ウィン』

 

「刀はビーム剣よりも強し! イヤボーンで覚醒したトウコちゃんは強いのだ!」

 

 勝利のシステム音声を聞きながら、俺は刀を天に向かって突き上げた。

 そうして戦いは終わり、再び闘技場を見下ろす上空からの視点へと変わる。

 

 トウコとアベベは互いに刀とビーム剣を収め、『ちこうよれ』と言った幼女天子の前へと移動した。

 

『見事な戦いじゃった。魔王殿は本当に強いの。アベベ殿が敗れる日が来るとは思っておらんかった』

 

 おお、幼女天子、もしや、のじゃロリか!? あざとい!

 

『天子よ、すまない。力になれなかった』

 

『よいよい。アベベ殿よ、おぬしに頼りきりでは、誰も朕についてきてくれなくなるというものよ』

 

「天子様の一人称、朕かよ!」

 

『なにこの朕って』『惑星テラの歴史上における天子っていう王の一人称だよ』『へー、そんなの学習装置で習わなかったな』『歴史ゲームやってないと知らないだろうなぁ』

 

「古代中国風の国で天子だっていうから、そりゃあ一人称は朕になるわな」

 

 そんな会話を視聴者としている間にも、天子とアベベの話は続いていた。

 

『しかし、辺境の国を御せないとなると、天子の立場も悪くなる』

 

 そうアベベが言うと、トウコが『ちょっといいかな』と横から言った。

 

『実は天子様に提案があるんだ。それが、あなたの立場にどう影響があるかは判らないけれど……』

 

『ふむ? 言ってみよ』

 

『辺境の国、ミツアオイ王国は、華の国との軍事同盟を提案するよ。華の国が攻められれば、私達が駆けつけて戦力になる』

 

『ほう……』

 

 幼女は目を細めてその場で考え出す。

 それを見て、俺は思う。

 

「すごいな、この幼女。五歳児なのに受け答えしっかりしているし、軍事同盟の意味も理解していそうだ」

 

『創作物特有の天才幼児キャラか』『可愛い』『あざとい』『愛でたい』『サイバネ戦士もこのギャップにやられたのか……』

 

 サイバネ戦士アベベ、ロリコン説。

 

『よし、その同盟、受けるとしよう。魔王殿、よろしく頼む』

 

『即断即決! 話が早くていいね!』

 

『もちろん、ミツアオイ王国が他国に攻められた場合も、華の国は助けにいく。安心して開拓に努めるのじゃ』

 

『解った。これから、よろしくね』

 

 そうトウコが言ったところで、カメラワークが上空に移動していき、ゆっくりと背景が暗くなっていく。場面転換だ。

 

 と、そう思ったところで背景が真っ暗なまま変わらなくなり、周囲にヒスイさんの声が響く。

 

『切りがよいところですので、本日の配信はここまでにしてはいかがでしょうか』

 

「お、もうそんなに時間経ったのか。じゃあ、ゲームは終了と言うことで」

 

 俺がそう言うと、周囲が明るくなり、VR空間の日本家屋に戻ってきた。

 

「というわけで、本日のゲームはここまでだ」

 

『おつかれー』『おつおつ』『一時間半かかって、たった四戦かぁ』『少ないな』

 

 ああー、確かに、ストーリーを見ていてばっかりで、全然格闘ゲームしていないな。

 

「格闘ゲームなのに、長いストーリーでちょっと困惑しているぞ。ノベルゲームというか、ムービーゲームをやっている気分だ。俺の中の格闘ゲームって、ストーリーは簡素ってイメージがあったんだけどな」

 

『作品によりけりかな?』『短いやつは本気で短い』『『St-Knight』はアーケードモードとストーリーモードに分かれているから、戦闘重視のプレイはアーケードに任せているんだろう』『でも一時間半でまだまだ話が進んだ気がしないって、全キャラクタークリアにどれだけ時間かかるんだ』

 

「あー、確かPC(プレイヤーキャラクター)は30キャラ近くいるんだっけ」

 

 まあ、俺はトウコ編しかプレイするつもりはないけれど。

 

 そんな感じで今日のプレイ感想を述べていき、配信は終了。

 明日もまた、ムービー閲覧、時々戦闘のストーリーモードを楽しんでいくとしよう。

 



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180.St-Knight ストーリーモード編<6>

 ストーリーモード攻略二日目。

 いつも通り、視聴者に挨拶して、ゲームを始めようとしたが、ふと気になる数字が視界の隅にあることに気づいた。

 

「なんか、今日は視聴者の数多くないか? 昨日より50万人くらい増えているような……」

 

 俺がそう言うと、横に立つヒスイさんが「気づいてしまいましたか……」と意味深な言葉を告げる。

 何? 何があったの?

 

 困惑する俺に、ヒスイさんが空間投影画面を呼び出しながら、言う。

 

「実はヨシムネ様のプレイ風景を素材としたMAD動画が、昨日一日で拡散してしまいまして……」

 

「何それ!?」

 

 MAD動画とは、個人で編集された合成動画のことだ。ゲーム動画やアニメといった著作権のある素材を勝手に使って、面白おかしい動画を作り出す。あくまで、個人の趣味の範囲で作られる非商用のお遊び動画である。

 

「こちらをご覧ください」

 

 ヒスイさんにうながされ、目の前に展開した画面を眺める俺。

 そこに映っていたのは、『St-Knight』のキャラクター魔王トウコと、オーク族の戦士ドルガ。

 

『死ねえ!』

 

 なんとも過激な台詞がトウコの声で叫ばれ、彼女が刀でドルガに突きを入れる様子が映し出されていた。

 

「こちらを素材としたMAD動画が、なぜか昨日、SNSで拡散しまして……21世紀風に言いますと、バズりました」

 

「なんで!?」

 

「さあ……一過性の流行りとしか……」

 

「う、うーん」

 

『視聴者増につながったんだからええやん?』『新規視聴者獲得おめでとう!』『歓迎するよ!』『よろしくー』『一緒にヨシちゃんを愛でよう』

 

 うーん、視聴者達は歓迎ムードか。めんどうくさい古参ムーブをしないなら、そこはいいんだけど……。

 

「よりによって、ストーリー重視のゲームの二日目なんだよなぁ……」

 

「そこは、ヨシムネ様に前回のあらすじを頑張ってもらいましょう」

 

「え、ええー……」

 

 というわけで、『St-Knight』ストーリーモード、トウコ編二日目始まります。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 前回のあらすじ!

 20世紀末の日本から召喚されて異世界にやってきた女子高生トウコは、デーモン族の王である魔王となり、辺境の地を平定して国を造った。

 辺境の国、ミツアオイ王国の魔王トウコは、西の隣国である華の国に召喚された英雄騎士(ヒーローナイト)アベベを下し、ぷりちーな幼女天子に謁見。ミツアオイ王国と華の国は軍事同盟を結ぶに至ったのだった。

 

 と、振り返ったところで、今日もストーリーの進行を見守ることにしよう。

 

 華の国との同盟を結んでから少し時が過ぎ、ミツアオイ王国では麦の収穫時期を迎えた。

 麦は豊作で、急造した倉庫にも収まりきらないほど。そこで、外務の金柑大臣は隣接した国々に麦を輸出することにした。

 ミツアオイ王国は、頼れる隣人だと印象づける作戦だ。

 

 だが、そんな平和な時間は、早々に崩れ去る。

 華の国が北方の国に攻められ、ミツアオイ王国に援軍を要請してきたのだ。

 

 魔王トウコは、自ら援軍を率いて華の国に入る。

 そのまま華の国を縦断し、北方の砦へ。すると、前線である砦に、幼い天子が総大将としてやってきていることが判った。

 

『幼い国主が前線にとか、穏やかじゃないね』

 

 天子の待つ部屋にやってきたトウコが、開口一番そんなことを告げた。

 対する天子は、戦場には相応しくない豪奢な服を来て、金の装飾がなされた大きな椅子に座っていた。

 

『それだけ今の朕に求心力がないということじゃな。じゃが、部下に任せずわざわざ前線にまで来ているのは、魔王殿も同じであろう?』

 

『私は騎士だからいいの』

 

『まあ、朕も魔王殿の武力を当てにして、援軍を呼んだからの』

 

『で、戦況はどんな感じ?』

 

『うむ、話は聞いていると思うが、敵は騎竜民族の集まりである竜王国じゃな』

 

『竜が相手かぁ……』

 

『竜と言っても、飛竜を操る者などごくわずかで、ほとんどが小さな走竜乗りじゃ。じゃが、この走竜がやっかいでの。戦況が少しでもこちらの有利に傾くと、一目散に逃げおる。おかげで、痛打を与えられん』

 

『へえー。でも、一応こっちが有利なんだ』

 

『走竜は寒さで動きが鈍るので、冬になれば奴らは撤退する。つまり、時間はこちらに有利に働くのじゃが……時間切れの勝利は朕の功績とは認められないじゃろうな』

 

『向こうが逃げて勝利で終わるのに、何が駄目なの?』

 

『相手の戦力を削りきって、十年はこちらを攻めてくる余力をなくしてやらんと、王自ら率いた軍の成果とは見てくれぬじゃろうなぁ……』

 

 難しい顔をして、天子が言う。

 五歳ほどの子供に負わせる負担ではないと思うが、それが国家元首の使命なのだろうなぁ……。だが、天子ちゃんには、我らが魔王様がいる。

 

『解った。私も、竜王国に痛打を与えられるよう、頑張るよ』

 

 トウコが、胸を叩いてそう天子に告げた。

 

『魔王殿、感謝するのじゃ。……ところで、先日、朕のもとに、神聖エルラント王国から文が届いての』

 

『神聖エルラント王国……確か、デーモン族を悪魔扱いしている宗教国家だよね』

 

『うむ。その文によると、ミツアオイ王国は悪魔の国であり、与すると神聖エルラント王国は華の国を神敵としてみなす、だそうじゃ』

 

『うわ、私達の同盟にケチつけて来たわけね』

 

『朕には、ミツアオイ王国を取って竜王国と正面から対するか、神聖エルラント王国を取って竜王国を西から攻めてもらうか、選択肢があるわけじゃが……』

 

 天子のその言葉を聞いて、じっと黙って彼女を見つめるトウコ。

 

『エルラントの聖典に登場する神は、三柱の女神じゃ』

 

『…………』

 

『一方、華の国が崇めるのは、天におわす天帝とそれに付き従う三十の神。そしてその下に、人が転じた無数の神仙がいるとされておる。……もとよりエルラントの奴らとは宗教的に相容れぬ。エルラントのざれごとに付き合う義理などないのじゃ』

 

『天子様……』

 

『なので、魔王殿にはキリキリ働いてもらうのじゃ。なに、朕の戦略眼にかかれば、敵の本隊が攻めてくる場所など丸わかりよ。そこに魔王殿を当てて、一気に殲滅じゃ』

 

『うん、任せて!』

 

 そんなこんなで、軍事同盟は継続し、魔王トウコは騎竜民族との戦いに投じられるようになる。

 天子の戦略眼は確かに正確で、敵の大集団をトウコと辺境の兵が受け持ち、圧倒的武力でなぎ倒す。そして、敵が逃げようとしたところで、秘かに逃げ道を潰していた華の国の軍が立ちふさがり、撃滅に成功する。

 

 華の国とミツアオイ王国は、竜王国に大打撃を与えることができた。

 

「はー、割と本格的な戦いしてる」

 

『昨日言っていた通り戦略ゲーじみてる』『ミツアオイ戦記』『むしろ魔王様じゃなくて天子様が主役』『天才幼女天子様による北方戦記やね』

 

「確かに、天子ちゃんの主役感はすごい」

 

 と、いくつかの竜王国の部隊を倒したところで、敵に動きがあった。

 飛竜が空から襲ってきたのだ。

 

 だが、トウコはこれにあせることなく対処。急降下する飛竜を飛ぶ斬撃で正確に斬りつけていく。

 これにはたまらず、飛竜は空に逃げる。そして、トウコの真上をホバリングするようにして飛竜が飛び、飛竜から何かがトウコに向けて落下してきた。

 

『!?』

 

 とっさに避けるトウコ。

 轟音を立てて何かが地面に衝突し、小さなクレーターが地面にできる。

 

『……えっ、人?』

 

 クレーターの中央にいたのは、鎧を着こんだ人だった。

 長い槍を手にした鎧の戦士。その頭部は、普通の人のものではなく、竜を彷彿(ほうふつ)とさせるフォルムをしていた。

 

 その竜の頭を持つ戦士が、槍を構えて言う。

 

『そちらのお方、異世界より招かれた英雄騎士と見ました』

 

 対するトウコも、刀を正眼に構えて答える。

 

『いかにも、ミツアオイ王国の魔王、トウコ。そちらも、あの高さから落ちて平然としているあたり、異世界の騎士だね?』

 

『はい、竜王国所属の英雄騎士、ドラゴニュートのバルバロッサと申します。あなたに恨みはありませんが、竜達が安心して暮らせる暖かな地を手に入れるため、お命ちょうだいします』

 

『相手にとって不足なし!』

 

 両者が気迫を持って言葉を交わし、『デュエル!』と戦闘の開始を告げる音声が響きわたった。

 

「よし、本日の第一戦目、いくぞー」

 

『わーわー』『相手の武器は3メートルはある槍……癖強いな!』『竜に乗って戦うための槍なんだろうねぇ』『しかし竜に乗っていたらトウコちゃんの飛ぶ斬撃の餌食だという』

 

 ああ、飛竜を乗り捨てたのは、そういう理由か。

 確かに、英雄騎士のトウコが持つ速さは、竜の動く速さを越えているからな。ドラゴニュートの人も、竜から降りた方が速いのだろう。

 

 なるほどなー、と納得しながら、戦闘開始。

 相手の長い槍がこちらを牽制し、懐に入れまいと突きの連打を見舞ってくる。

 さらに、長い柄を利用した振り回しは強烈の一言で、遠心力の乗ったそれを受けてしまえばどれだけ体力ゲージを削られるか解ったものではなかった。

 

 しかし、それでも隙はある。紙一重で突きをかわし、懐に潜り込んでいく。そして、刀の間合いに入ったところで……相手は片手を槍から放し、こちらに手を突きつけてきた。

 

「うおっ!」

 

 とっさに下がって、距離を取る俺。

 相手の手の先をよく見てみると、そこにはするどい爪が生えていた。なるほど、竜の爪。竜の特徴を持つ種族、ドラゴニュートだから、爪と牙がするどくてもおかしくはない。

 

 だが、種が割れてしまえば怖くはない。

 俺は、刀の届く適切な距離を保ち、相手を斬りつけていった。

 

『KO ユー ウィン』

 

 そして、難なく勝利することができた。

 

『やるじゃん』『上手くね?』『新規さんか? ヨシちゃんはアクションゲームだけは上手いんだぞ』『だけって言ってやるなよ……』

 

「いやまあ、アクション以外はヘボと言われても、否定はできんけど……」

 

 そう言いながら、ストーリーの進行を眺める。

 ドラゴニュートのバルバロッサは力尽き、肉体は光となって消えて、長い槍だけがその場に残った。

 そして、トウコはその槍を拾い上げ、高らかに宣言した。

 

『竜王国の英雄騎士バルバロッサを討ち取ったり!』

 

 歓声が周囲から上がり、残された竜王国の戦士達は走竜と呼ばれる恐竜のような生物に騎乗しながら、おおいにひるむ。

 やがて、竜王国の戦士達はその場で反転し、逃げ出し始めた。それを追撃するために、トウコは兵を率いて北上する。

 

『相手の逃走ルートに、天子様が伏兵を置いてくれているはずだけど……』

 

 しばらく進んだところで、彼らを待ち構えるように兵団が整列していた。

 だが、様子がおかしい。兵団が掲げているのは、華の国の旗ではない。その旗が示す所属はというと……。

 

『神聖エルラント王国の旗!? なんでやつらが……!』

 

 トウコが驚いているうちに敵軍は前進し、前列の弓兵が矢の雨を降らせてくる。

 これにはたまらず、ミツアオイの兵達は逃げ惑う。彼らは竜王国の騎竜と戦うための隊列を組んでおり、歩兵の大集団と戦う用意はしていないのだ。

 

『いけない……! 退却、退却ー! 私がしんがりを務めるから、急いで南下して!』

 

 トウコは神聖エルラント王国軍に立ちふさがるように位置取りして、ミツアオイの兵達が逃げる時間を稼ごうとする。

 矢が次々とトウコに射かけられるが、彼女は自らに向かってくる全ての矢を撃ち落とし、敵兵に斬りこんでいく。

 

 英雄騎士であるトウコの胆力はすさまじく、敵兵が次々となぎ倒されていく。

 だが、一人で千を超える兵を足止めすることはかなわない。トウコの横から、敵兵が南下していく。そして、トウコはいつの間にか敵兵に囲まれてしまっていた。

 

 だが、包囲したといえども、騎士であるトウコを止められる者はいない。

 止められるのは、彼女と同じ英雄騎士のみだ。

 

 そして、敵にも英雄騎士らしき存在がいた。

 巨大な火球がトウコを襲い、彼女はそれをすんでのところで回避する。すると、彼女の前に一人の女が進み出てくる。

 輝くオーラをまとった本を二冊、身体の周囲に浮遊させている、魔法使いらしき女だ。その手には、ねじ曲がった木でできた杖が握られている。

 

『あらあら、悪魔を狩りにきたら、騎士が釣れるだなんて』

 

『はあ、はあ……何者だ!』

 

『わたくしですか? わたくし、エルラントの英雄騎士……騎士という名乗り、本当に慣れないですね。大魔導師クラウディアと申します』

 

『くっ、ここで騎士が来るなんて……!』

 

『あらー? 人に名前を尋ねておいて、自分は名乗らないんですか?』

 

『……ミツアオイ王国の魔王、トウコ』

 

『あらら、悪魔王さんでしたか。それはそれは、ここで息の根を止めませんと。でも、困りましたね。騎士って、歩兵で囲んですりつぶせるんでしょうか?』

 

『……ここは活路を切り開く時! 寄って斬るのみ!』

 

『あら、わたくしを斬ると? 無理ですよ、魔法は剣より強いんです』

 

 兵に周囲を囲まれたまま、両者が向かい合う。

 

『デュエル!』

 

「うおー、トウコちゃんピンチ! 俺が助けるしか!」

 

 俺は、トウコのボディを操作して刀を鞘に収めると、抜刀の構えを取る。

 

『これ、トウコ倒したいなら槍兵で周り全部囲んだらよくない?』『確かに剣士なんて、いくら英雄でも全方位から槍で突かれたら死にそう』『でもトウコちゃん、飛ぶ斬撃あるから……』『逃げに徹したら一点突破して余裕で逃げられると思う』

 

「まあ、騎士は騎士でしか倒せないだろうねぇ。だからこそトウコは、魔王なんてやれているんだし」

 

 そんなやりとりをゆるゆるとしながら、戦いが始まる。

 

 敵であるクラウディアは、開幕から魔法を次々と連打してくる。

 それに対し、こちらは抜刀からの遠距離技反射を発動。こちらを狙ってきた火球や氷球はすべて相手に跳ね返る。

 

『あらあら?』

 

 クラウディアが杖を上に掲げると、半球状のバリアが彼女の周囲に発生し、火球と氷球を完全に防ぎきった。

 だが、バリアを展開している間は動けないのか、こちらが近づいても逃げる様子はない。

 そして、バリアが消えたところで、俺は刀を突きこんだ。それをクラウディアは杖で弾き、逆にこちらへ杖で突きを放ってきた。

 

「そういえばこいつ、アーケードモードで戦ったときは、えらく強い棒術使ってきたな」

 

 クラウディアとは、前にこのゲームのアーケードモードで戦ったことがある。

 

『戦ったことあるのか』『ということはつまり……』『攻撃パターン見事に見切っておりますな』『うわあ、魔法の出現位置も把握しているな、こりゃあ』

 

 はいはいはいはい、死ねーっと。

 そんなこんなで勝利。楽勝でした。

 

 トウコの身体から意識が抜けていき、俺はまた戦場を見下ろす視点へ。

 眼下では、クラウディアが肩を押さえてトウコから距離を取っていた。どうやら、戦闘で殺しきったわけではないらしい。

 

『あ、悪魔王、強すぎませんか……?』

 

『ふう、そろそろ時間稼ぎは十分かな?』

 

『い、言うに事欠いて、時間稼ぎ! むきー!』

 

 そんなやりとりをしていると、トウコを囲む兵達をかきわけるようにして、騎馬兵が一騎、クラウディアのもとにかけつけてくる。

 

『クラウディア様! 大変です! 王都でクーデターです!』

 

『は? え? どういうことです!?』

 

『騎士アレクサンダーが陛下を討ち、王の座を奪い取りました! 政変です!』

 

 お、おう? 敵を前にしてそんなこと言っちゃっていいのか、こいつ。

 

『ううー、どうしましょう。急いで王都に戻るしかないですかね……』

 

『はいはい、帰って帰って』

 

 トウコが刀を持っていない左手を『しっしっ』と言いながら追い払うように振った。

 

『はあー、悪魔王、この場は引きます。ですが、いつかあなたを討ちに戻ってきますからねー!』

 

『三下っぽい台詞ありがとう。帰り道に気をつけてね』

 

 そして包囲網は解かれ、エルラント軍は北西へと移動していった。

 トウコも、エルラント軍が戻ってこないのを確認してから南下し、無事に逃げ延びたミツアオイの兵達と合流。そのまま拠点である砦へと帰還した。

 

 そのままトウコは天子と面会し、エルラントとのやりとりを報告する。

 

『アレクサンダー……何者じゃろうか』

 

『騎士って言っていたから、エルラントが召喚した異世界の騎士かもね』

 

『ううむ、エルラントの国主は、教主でもあるのじゃが……異世界の騎士が王となるのじゃから、宗教勢力とはむしろ対立するかもしれんの。これは、朕達にとっては有利に働くかもしれんぞ』

 

『んー、デーモン族を悪魔と認定する宗教と対立するってことは、ミツアオイ王国を神敵扱いしないってことかもしれない?』

 

『そうじゃな。それと、華の国との宗教対立も緩和されるやもしれぬ』

 

『よかった。安心して引きこもれそうだ』

 

『竜王国も、そなたが英雄騎士を倒したことで明確に戦力を減らしておる。もはや、朕の勝利は、ゆるがないのじゃ』

 

『役に立てたのなら嬉しいよ』

 

 そうして、華の国と竜王国の戦は、華の国の大勝利に終わった。

 国に戻ったトウコは、内政に努め、辺境の文化向上を推進した。戦争の気配がないならば、国力を高めるチャンスと見たのだ。

 

 だが、世界の情勢は雲行きを怪しくする。

 神聖エルラント王国は、神聖マケドニア王国と名前をあらため、騎士王アレクサンダーは他国の侵略に乗り出したのだ。

 

 そして、神聖マケドニア王国の進軍に端を発して、あちらこちらの国で戦争が始まる。

 戦乱の世が、こうして訪れたのであった……。

 

「……アーケードモードのラスボスだったアレクサンダー、一体何者なんだ……」

 

『神聖マケドニア王国の王……その正体ははたして……?』『あー、解らないなー』『侵略に乗り出すなんて、一体どんな王様なんだー』『アレクサンダー……どこかで聞き覚えのある……?』

 

「いや、自分で言い出してなんだけど、みんなノリがいいな!」

 

 マケドニアでアレクサンダー。あのラスボスがまさか、アレクサンドロス大王だなんてね。

 そりゃあ、異世界から騎士に相応しい者を呼ぶ召喚術なんだから、居合道をたしなむ女子高生を呼ぶよりは、世界を征服しかけた偉大な王を呼ぶ方がそれっぽいでしょうよ。

 

 さてさて、戦乱に突入した世の中で、トウコ達はどう動くかな。

 神聖マケドニア王国との戦いはあるのかどうか。期待して見ていこうか。

 



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181.St-Knight ストーリーモード編<7>

 世はまさに戦乱の時代。

 元々小競り合いの多かったらしいこの大陸だが、神聖マケドニア王国の誕生をさかいに国際情勢は大きく動き始めた。

 

 まず、神聖エルラント王国に従っていたヒューマン族の国々が、神聖マケドニア王国から離反。それぞれの国が野心をむき出しにして、他民族の国家を侵略し始めた。その様子は、まるでタガが外れたようであった。

 

 そして、神聖マケドニア王国もまた、他国の侵略に動く。

 ヒューマン族の国も異民族の国もお構いなしといった様子で、後先考えているのか不明な拡大路線を取っていた。

 

 そんな中、我らがミツアオイ王国はというと……引きこもりに成功していた!

 元々大陸の中でも東の端に存在する辺境の国であり、国境を面するのも一国を除いて小国ばかり。

 そして、唯一の大国である華の国は、同盟国なので攻められる心配はない。

 

 華の国自身は大国ゆえに他国から狙われることも少なく、唯一の悩みの種だった竜王国も撃退に成功したため、戦乱の世にあって平和な時を過ごしていた。

 天才幼女の天子様は、これ幸いと内政手腕を発揮し国は富み、華の国の民は天下太平を享受していた。

 

 ミツアオイ王国の首脳部も、内政に努めていた。

 孔明大臣の采配は見事の一言であり、大量に取れた作物を戦争に明け暮れる西の諸国へと売り払い、資金を確保。石材を買いあさって国境沿いに砦と石壁を築いた。さらに、辺境で取れる鉄鉱石を西から買いあさった木材から作る木炭で精錬し、武具を増産。いついくさに巻きこまれてもいいように、軍備を整えていた。

 

「……戦国時代の始まりかと思ったら、ちゃっかりしているなこいつら!」

 

『賢い』『戦争なんてやっても何もいいことないからね』『でも、戦争時は技術が発展するとかいうじゃん?』『あー、たまに聞くね、それ』

 

「技術が発展ねぇ……。人的リソースの分配の話でしかないから、開発に多くの人を割り当てた分野が発展するだけだろ? つまり、軍事関連に人的リソースをつぎこむからその分野だけ急発展するけど、それ以外の平和的な技術分野は発展が遅れるわけだ」

 

『なるほど?』『一理ある』『まあ、平時も技術が発展しないかというとそんなことないしね』『でも、戦争って必要に駆られて新しいことをするから、新技術が見つかりやすい気がする』

 

「確かに、平和な時間が長く続くと、新しいことにチャレンジってそこまでしないかもしれないな。現状維持で十分だから」

 

 そんな雑談をしているうちに、ストーリーは進行し、とうとうミツアオイ王国にも戦争の兆しが訪れる。

 元神聖エルラント王国に従っていたヒューマン族の宗教国家に、西の小国郡が征服されたのだ。

 デーモン族を悪魔と認定する宗教の国々。彼らにとって、デーモン族を内に抱えるミツアオイ王国は神敵だった。

 

 宗教国家は東に進軍し、ミツアオイ王国が築いた砦の近くに布陣する。

 ミツアオイ王国軍も、砦を中心に戦う姿勢だ。

 

『この戦い、負けられないですぞ。何せ、国土を直接攻められているのですからな』

 

 外務の金柑大臣が、砦の前方に布陣するミツアオイ王国軍を眺めながら言う。

 

『そうだね。でも、勝てるかな』

 

 魔王トウコが不安そうに言う。

 

『どうですかな。なにせ、我々には……』

 

『軍師がいない!』

 

 金柑大臣とトウコがそう言い合い、『あっはっは!』と笑った。

 

『おじさん、この国にいて大丈夫か不安になってきたよ……』

 

 この戦いには、客将のハオランも参戦している。

 そんなハオランにトウコは言う。

 

『ハオランさん、軍略とかたしなんでない? 今なら筆頭軍師の座が空いているよ』

 

『いやー、おじさん、生前から武術一筋でねぇ……』

 

『やれやれ、大丈夫ですか皆さん……』

 

 彼らのやりとりに、内務の孔明大臣が呆れたように言う。

 

『とりあえず、この戦い、時間が経てば我々の勝利です。華の国に援軍を要請していますからね。こちらには砦があり、援軍で数の優位を得たら、負けることはありません。ですので、平地での戦いで消耗しそうならすぐに退却し、砦に籠もりましょう』

 

『石壁を越えられて、砦を素通りされたらどうするの?』

 

 孔明大臣の言葉に、トウコが疑問をぶつける。

 

『その時は砦から打って出て、無防備な背後を攻撃します』

 

『なるほど、籠城は強いんだね』

 

『援軍が来ること前提の戦い方ですがね。後方からの補給線はしっかりしていますので、何ヶ月でも籠城は可能です』

 

『まあ、天子ちゃんの援軍は一ヶ月もかからないで来ると思うけどね! よし、孔明大臣、軍師役は任せたよ!』

 

『大軍の動かし方なんて、兵法書を読んだだけでよく知らないのですがねぇ……』

 

 そんなこんなで、ミツアオイ王国の戦いが始まった。

 まずは砦の前の平原でひと当てし、トウコが魔王らしく敵をなぎ払ったところで、敵の英雄騎士が二名同時にトウコを抑え込もうとやってくる。

 トウコはこれを上手くやり過ごし、その間にミツアオイ王国軍は砦に戻る。

 敵軍が砦攻めを始めようとしたところで、石壁の上に陣取っていた弓兵が敵軍に矢を雨のように撃ち込んだ。

 

 そこからは、膠着状態が続く。

 敵軍は砦を攻めきれず、頑丈に造られた砦の門を崩せない。

 英雄騎士を投入して破ろうとするも、ミツアオイ側はそれをすぐさま察知して同じく英雄騎士を投入する。

 

 騎士の数は、どちらも同じく二名ずつ。一人でも騎士を失うと一気に不利になってしまうため、決死の突撃は行なわれなかった。

 

 そして戦いが始まってから八日後の朝。

 華の国の援軍、その第一弾が来た。

 それは、走竜に乗った、たった百名の援軍。だが、その中には、英雄騎士が一名含まれていた。

 

 英雄騎士の数で優位に立ったミツアオイ王国軍は、再び砦から打って出て相手の英雄騎士を重点的に狙う戦法を取る。

 

 ハオランと華の国の騎士で一名を釘付けにし、その間に魔王トウコが、残り一名の英雄騎士を討つ!

 

『トウコ VS. クリシュナ』

 

 敵の騎士は、浅黒い肌のイケメン男だ。手には丸盾と、なんだかふにゃふにゃした剣をたずさえている。

 いざ戦闘が始まると、敵はその剣を鞭のようにしならせ、変幻自在に操ってくる。

 トウコを操る俺は、その攻撃をすんでのところでかわした。

 

「不思議な武器だよねぇ」

 

『ウルミだな』『なんぞそれ』『知っているのか兄貴!』『伝統武術のカラリパヤットで使う剣だ。相手もカラリパヤット使いだから、かなり変則的な体術を使うぞ』

 

「か、からりぱやっと……」

 

 聞いたことあるようなないような。

 

『カラリパヤットは、21世紀でいうインドの武術です』

 

 と、ヒスイさんの補足が入る。

 

「なるほど、インド! 格ゲーでインド。つまり、ヨガか!」

 

『えっ!?』『うーん』『まあ、当たらずとも遠からず?』『一応言っておくけど、20世紀の格闘ゲームみたいに腕は伸びたりしない』

 

 視聴者の人、この時代から見たらマニアックな部類であろう歴史的ゲーム知識よく知っているな!

 と、そんな会話をしつつも、相手を打倒する俺。まあ、アーケードモードで一度倒しているので……。

 

『魔王様が騎士を討ったぞ!』

 

『うおー! 敵にはもう騎士がいないぞ! 今のうちにやっちまえ!』

 

 そうして平原の戦いは、ミツアオイ王国軍の勝利で終わった。

 

 その後もミツアオイ王国は、いくさを重ねていく。

 

 その全てで勝利を収めるが、ミツアオイ王国は領土を増やしたり、属国を増やしたりはしなかった、

 なぜなら、彼らは生まれたばかりの国。辺境の土地はあまりにあまっており、開拓もまだ道半ば。国の外に領土を広げても管理しきれないのが解っていた。

 

 なので、侵攻してきた相手国の田畑をいくらか燃やして賠償金をとことんまでしぼり、後は放置。そんなことを数カ国相手にやっていたら、いつの間にか神聖マケドニア王国が漁夫の利でその相手国の領土を奪い取っていた。

 

 賠償金をしぼり取られた残りかすの国。そんなものを抱えては、負担でしかないのでは?

 そうトウコは考えていたのだが、マケドニアの拡大路線は収まる様子を見せなかった。

 

 そして、とうとう大国と化した神聖マケドニア王国の国境が、ミツアオイ王国の国境と接した。

 さらに、こともあろうにマケドニアは華の国とミツアオイ王国を同時に攻め始めたのだ。

 

「無茶するなぁ、アレクサンドロス大王」

 

『まあ、それくらいはしそうな人物ではあるね』『各地の人材を吸収して、騎士も多そうだし』『かならずしも騎士が従っているとは限らないけど』『騎士って我が強そうですし』

 

「出奔して他国に仕えるとか余裕でできそうだもんな、騎士って」

 

 そんなこんなで二日目の配信終了の時間が来たので、続きは明日に回してその日は終わった。

 

 そして明くる日、再びストーリー配信を進める。

 

 ミツアオイ王国と神聖マケドニア王国の大戦争が始まる。

 ミツアオイ王国は、金柑大臣の提案で、国土を攻められないようにこちらから敵領土に侵攻する方針を取った。華の国も攻められているため、援軍作戦が通用しないからだ。

 

 この頃になると、ミツアオイ王国軍はマケドニアから逃げてきた難民兵が多く含まれるようになっていて、その軍の規模はふくらみにふくらんでいた。

 そのため、兵を魔王軍、金柑軍、孔明軍といったようにいくつかに分けて編成し、各方面に分かれて侵攻を行なっていた。

 

 その中でも魔王軍は破竹の勢いで勝利を重ねた。

 魔王トウコが敵の騎士と戦うと、必ず勝利をものにしていたからだ。まあ、俺が操作して倒しているわけだが。

 

 魔王が相対すればどんな騎士も倒せる。それは、自軍の兵士だけでなく、敵軍にも知れ渡っていた。

 そこで厄介な動きを見せ始めた者がいる。

 マケドニアの騎士、クラウディアだ。

 

 クラウディアは自称大魔導師。彼女は魔法を自在に操る。

 その特徴として、広範囲の制圧攻撃が得意だった。すなわち、軍を相手にするのが大得意で、こちらの主力に火炎の嵐の魔法などを叩きつけられてしまえば、潰走する余裕すらなく壊滅するしかなかった。

 

 トウコはクラウディアをどうにかして倒してしまいたかったが、クラウディアはまるでトウコの進行ルートを知っているかのようにして逃げ延び、金柑軍と孔明軍に打撃を加えていった。

 

 そして戦況が混迷を極め始めたころ、トウコは金柑軍から火急の援軍要請を受け、走竜部隊200名を率いて魔王軍から先行して、金柑軍のいる西方に向かっていた。

 しかし、一昼夜で到達するような距離でもなく、トウコは小さな村にある古い寺院に宿を取った。華の国系列の寺院で、仙人を祀っているらしい。走竜部隊は寺院に入りきらなかったため、外で野営だ。

 

 心づくしの夕食で歓迎され、寺院の一室で寝間着を着て休むトウコ。

 だが、トウコは眠りにつくことができなかった。

 突如(とつじょ)、寺院が火に包まれたのだ。布団から飛び起きるトウコのもとに、部下の声が届く。曰く、『金柑軍の夜襲だ』と。

 

「えっ、金柑軍?」

 

 俺は驚いてそんな声をあげてしまった。

 

『裏切りじゃん!』『ここに来てまさかの裏切り』『いい人そうだったのに……』『俺は最初から裏切るって解っていたよ』『えっ、なんで?』『だって金柑だもん』

 

「金柑って、明智光秀のことだっけ。トウコはジョークで名付けたんだろうけど……」

 

 そんなコメントを視聴者と交わしていると、火に包まれた寺院ではトウコが一人、『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり、か……』とつぶやいている。

 信長ごっこしている場合か!

 

 そんなトウコのもとに、二人の男が姿を見せた。

 鎧兜で完全武装した金柑大臣と、棍を手にしたハオランだ。

 

『あーらら、逃げないでいいのぉ?』

 

 ハオランがいつも通りの口調でそんなことを言う。

 

『待っていたら、あなた達が来ると思ったからね』

 

『そりゃあ、火くらいで、あんたが死ぬとはおじさん達も思っていないけどね』

 

 その言葉に、トウコは笑みを浮かべ、画面は暗転した。

 

「えっ、場面転換? ハオランとのバトルじゃないの?」

 

『まさかのバッドエンド』『えっ、マジで?』『選択肢間違えたか』『そもそも選択肢すらない一方的なストーリー進行なんですが』

 

 突然訪れた信長本能寺大炎上状態。はたして、トウコはどうなってしまうのだろうか。

 



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182.St-Knight ストーリーモード編<8>

 寺院の炎上からゲーム内で一夜明け、朝の時間。

 完全に焼け落ちた寺院の周りは兵が囲んでおり、物々しい雰囲気だ。

 そして、寺院跡のすぐ近くに、金柑大臣とハオランがいた。どうやら、トウコは二人を倒して脱出とはいかなかったらしい。

 

 そんな二人に、近づく者が一人。なんと、神聖マケドニア王国の騎士、クラウディアだ。

 

『よくやってくれましたー。うふふー』

 

 心底嬉しそうに、魔法使いの女、クラウディアが言う。

 

『これで、王の覇道の障害となる者は、華の国の天子のみです。うふふー』

 

『クラウディア様、約束は守って下さるのですよね? ここまできて反故にするとはいきませんぞ』

 

 金柑大臣が、クラウディアにそのようなことを言う。

 

『あらあら、大丈夫ですよ。デーモン族を悪魔扱いしない、ですよね。大丈夫、神聖マケドニア王国は、あの聖典を国教には採用しませんから』

 

『ならばよいのですが』

 

『まさか魔王さんも、腹心が密通しているとは思ってもいなかったでしょうねぇ……』

 

『あの方は、デーモン族の王として呼ばれながら、デーモン族を軽んじすぎたのですぞ』

 

『あらら。安心してください。我が王は、デーモン族の自治区を認めるとのことです』

 

『ええ、それがあなた達に協力する最低条件ですな』

 

 そう言って、金柑大臣はニヤリと笑った。

 

「マジで裏切ったのか……」

 

 彼らのやりとりを見て、俺は言った。まさかの明智光秀状態とは。いや、明智光秀は敵に密通したわけじゃないから、なお悪い。

 

『大丈夫だ。どうせトウコは復活する』『まあね……』『このままバッドエンドとは思えないから、地面から腕が生えて復活とかね!』『ゾンビトウコちゃん』

 

 そんな視聴者のコメントを聞いている間にも、クラウディアと金柑大臣の会話は進む。

 

『それでですねー。魔王を殺した証明として、王に魔王の魂の武器を持ち帰りたいのですがー』

 

『ああ、あれですな。取ってありますぞ。おい、こちらに』

 

 金柑大臣が兵士の一人を手招きすると、兵士が手にトウコの刀を持ちながら小走りで近寄ってくる。

 

『その剣をクラウディア様へ』

 

 金柑大臣の横にやってきた兵士が、無言でススに汚れた鞘入りの刀を差し出す。

 

『うふふ。魔王さんも、こんな簡単に騙されるとは単純な人ですね。これで王の寵愛はわたくしの物に――』

 

 と、次の瞬間、兵士は素早く刀を抜き、クラウディアを斬りつけた。

 

『ぬあっ! 何を!』

 

 斬られたクラウディアは、とっさに兵士から距離を取ろうとする。

 

『おっと、逃げ場はないんだよなぁ』

 

 いつの間にか動いていたハオランが、クラウディアの背後に棍を突きつけていた。

 

『くっ、どういうこと!? まさか……』

 

『どうも、魔王ちゃんです』

 

 兜を深く被っていた兵士が、刀を握っていない左手で兜のつばを上げた。

 そこから見えた顔は、女性のもの。魔王トウコの顔だ。

 

「トウコ生きとったんかワレ!」

 

『知ってた』『金柑大臣が裏切るわけないよなぁ!』『本気で騙されていた……』『えっ、どういうこと?』

 

 トウコは兜を脱ぎ、左手の指に兜を引っかけ、くるくると回した。

 

『クラウディアさんも、こんな簡単に騙されるとは単純な人だね。二重スパイがこうすんなり決まるとは』

 

『!? 二重スパイ……!』

 

『金柑大臣は私を裏切ってはいなかったんだよ。わざとどうでもいい情報をあなた達に流していたわけ。全ては、あなたを確実に討てる状況を作るためにね』

 

『そんな……騙されていたのは、わたくしの方だったなんて……』

 

 クラウディアは、両手に杖を構え直し、腰に鎖で吊り下げた本を魔法で浮かせた。

 

『悪いけど、確実に息の根を止めさせてもらうよ。ハオランさん、逃がさないように警戒して』

 

『りょうかーい』

 

 そして、クラウディアと兵士の鎧に身を包んだトウコが向かい合い……。

 

『デュエル!』

 

 戦闘開始前の時間静止モードに移る。

 

「うおー、信じていたぞ、金柑大臣!」

 

『嘘つけ!』『ヨシちゃん完全に騙されていたよね』『伏線もなく裏切ったから何事かと思った』『金柑だから裏切ると解っていたとか言っていた視聴者いたよね』

 

「くっ、俺も、金柑頭だから裏切ったと思っていましたよ!」

 

 そんなこんなで、クラウディアとの再戦が行なわれ、危なげなく勝利した。もはや戦闘パートは楽勝過ぎて、視聴者達も盛り上がらなくなっていた。

 

 というわけで戦闘終了後のストーリー進行。

 地面に倒れたクラウディアが、最期の言葉を残す。

 

『わたくし達には……まだ最強の騎士アレクサンダー様がいます……。あなたがどれだけ強くても……最後に勝つのはあのお方……』

 

 その言葉と共にクラウディアは光となり、杖を残して消え去った。

 それを拾いながら、トウコが言う。

 

『ふう、クラウディアがいないなら、もうマケドニア本隊へ向かう障害はないようなものだね』

 

『そうですな。ほとんどの敵騎士は、魔王様が排除してくれましたなぁ』

 

『金柑大臣。孔明大臣と天子様に連絡を取って。マケドニアとの決戦に挑むよ』

 

『かしこまりました』

 

『ハオランさんも、最後まで付き合ってね』

 

『おじさんもうくたくたなんだけど……まあ、最後くらいは頑張るよ』

 

 そうして、場面は転換し、平野でミツアオイ・華の国連合軍と、マケドニア軍が向かい合う様子が眼下に映った。

 両軍とも膨大な兵士の数で、まさしく大決戦と言えた。

 

 やがて、両軍が進軍し、前列がぶつかり合う。

 その最中にも細かく各部隊が動いていき、互いに一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 連合軍を指揮するのは、華の国の幼き天子。

 対してマケドニア軍を指揮するのは、プレートアーマーを着こみ馬に騎乗する騎士だ。その姿は、アーケードモードで見た覚えがある。ラスボスのアレクサンダーだ。

 

「この馬が強いんだよなぁ……」

 

『動きがすごいよね』『本当? どんなん?』『その場でUターンできる』『二段ジャンプできる』『ノーモーションで垂直に跳ぶ』『本当にそれ馬かよ!』

 

 明らかにシステムアシストが効いた動きするからな、この馬……。

 

 さて、戦況は膠着状態に陥ったのだが、天子はここで一つの決断をする。

 決戦兵器である魔王を最前線へ投入するのだ。

 

『いってくれるかの?』

 

『大将首取ってくるよ。任せて』

 

 そう短くやりとりした後、連合軍の本陣から走竜部隊が駆けだしていく。

 トウコも走竜の操作に慣れたものだ。その手には、刀ではなく槍を握っている。

 

 そして、トウコは竜にまたがったまま槍から斬撃を飛ばし、敵の中央を食い破った。

 見る見るうちに敵陣形に穴が空いていく。やがて、敵本陣に走竜部隊が辿り着いた。

 

『やあやあ、我こそはミツアオイ王国の魔王、ミツアオイトウコなり! マケドニアの王アレクサンダーよ、いざ尋常に勝負!』

 

 そんなトウコの口上が戦場に響きわたる。魔王と聞いて手柄を得るチャンスと見たのか、周囲の兵がいきり立ち、槍を手に殺到した。

 だが、雑兵はもはやトウコの敵ではない。槍のひと払いで敵はまとめて吹き飛ばされた。

 

『来たか、魔王!』

 

 そんなトウコの前に、進み出る騎馬が一騎。

 

『……あなたがマケドニア王?』

 

 トウコがそう尋ねると、相手は高らかに答える。

 

『いかにも、神聖なるマケドニア軍の総大将、アレクサンダーとは我のことよ!』

 

『なるほど……総大将が騎士となると、ただの人同士の戦いでは決着はつかないか』

 

『いかにも。我がマケドニアであり、我が進む道がマケドニアとなるのだ』

 

『辺境は辺境の民の物だよ。渡さない』

 

『辺境の地もマケドニアの一部となれば、繁栄は約束するが?』

 

『残念ながら、私達は蛮族でね。誰の下にもつかないし、誰の上にも立たないのさ』

 

『蛮族か。ならば教化してやらんとな』

 

『神聖だかなんだか知らないけど、余計なお世話だよ』

 

『……ふむ、交渉は決裂か』

 

『私は最初から交渉する気なんてないけどね』

 

『ならばどうするか』

 

『斬る。悪い侵略者を寄って斬る』

 

『そうか。ならば、我も蛮族を惑わす悪しき魔王を退治するとしようか』

 

 そこまで互いに話すと、トウコは走竜から降り、槍を捨てる。

 そして、腰の剣帯に差した刀の鞘を左手で握り、抜刀の構えを取る。

 

 対するアレクサンダーは、巨大なランスを構え、馬上で突進の体勢を取った。

 

『デュエル!』

 

『トウコ VS. アレクサンダー』

 

『ファイナルラウンド』

 

『ファイト!』

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 戦争は終わり、辺境に平和が訪れた。

 ミツアオイ王国は結局少しも領土を増やすことはなく、内地の開拓に邁進(まいしん)している。

 

 華の国は、ミツアオイ王国の国境沿いにあった元小国郡を新たに領土とした。贒王と名高い天子のもと、繁栄を極めている。

 

 神聖マケドニア王国は、アレクサンダーの死により瓦解し、内戦が勃発(ぼっぱつ)

 旧エルラントの勢力とマケドニアの勢力が、血で血を洗う争いを続けているという。

 

 そして時は過ぎ、ミツアオイ王国は一大農業国となった。

 皆、歳を取り、金柑大臣と孔明大臣も現役を引退した。

 だが、トウコは一人、少女の姿のまま変わらない。彼女は元々死者であり、魔力で形作られた身体は老いることがないのだ。

 

 老いない王による恒久的な治世が続くかと思われたが、トウコはあっさりと次代の者に王の座を譲った。

 武で皆を率いていく時代は終わった。彼女はそう言い残し、野に下った。

 

 魔王を辞めたトウコは、各地を放浪するようになった。

 だが、その後の彼女がどうなったかは、正式な国の記録には記されていない。

 

 旅の最中に死んだのか、遠い未来でも生き続けているのか。彼女の消息について、様々な伝承が各地に残されているが、どれが真実かは定かではない……。

 

「というわけで、『St-Knight』ストーリーモード、トウコ編終了だ。みんなおつかれー」

 

 エンディングをみんなで見終わって、SCホームに戻った後、俺は視聴者に向けてそう言葉を放った。

 

『おつかれさまー』『おつかれー』『長かった!』『三日で約五時間かぁ』『結構かかったね』

 

「まあ、プレイヤーキャラクターは30キャラいるからな。1キャラにそんだけかかるとなると、全キャラで合計すれば、RPGが二周できそうな時間かかるな!」

 

「一応、中にはバトルが連続するだけのストーリーで、クリアまでに30分とかからないキャラクターもいます」

 

 俺の横に立つヒスイさんが、そう補足を入れてくれる。

 なるほど、キャラによってストーリーの長さはまちまちってことか。

 

「プレイした感想としては……結構ぬるめの戦記だったな」

 

『あー、基本負けがないですからね』『華の国っていう大国が同盟国なのが大きい』『天子ちゃん可愛かった!』『あの歳でよく頑張っていたよ』『けなげな!』

 

「天子ちゃんもあざとかったな。あと、ラスボスのアレクサンダーの正体にかなり驚いたな。先にアーケードモードやっていたけど、あれがアレクサンドロス大王だとは、とても予想していなかった」

 

『マケドニアとか命名がストレートすぎる』『他にも歴史上の実在人物出てくるん?』『いや、いないな』『英雄大戦とはいかないか……』

 

 そして、その後も視聴者のみんなとゲームの感想を言い合った。

 やがて、配信終了の時刻が近づいてくる。

 

「と、ここでみんなに一つお知らせだ。実は、宇宙暦300年記念祭っていうセレモニーに出場することが決まったぞ」

 

『えっ』『本気で言っている?』『マザーがめっちゃ推してるセレモニーじゃん!』『何やるのヨシちゃん』

 

「歌を歌う予定だ。まあ、詳しいことは、まだ何も聞いていないんだが」

 

『歌かよ』『ゲームやるんじゃないんだ』『あの音痴だったヨシちゃんが、すごいところまできたもんだ』『えっ、音痴だったの? 大丈夫か、それ』

 

「今は上手ですぅ。というわけで、出ることだけは決まったから、詳しいことが決まったら再度告知するぞ。以上、何を歌わされるのか不安な、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」

 

「セレモニーの詳細は12月8日以降にお知らせします。助手のヒスイでした」

 

 こうして、無事に配信を終えた俺は、SCホームからログアウトし、リアルに戻った。

 セレモニーでは、そもそも歌う歌を選ばせてもらえるのかすら判らない。もし自由に選曲していいと言われたときのために、いい感じの歌を調べておくことにしようか。

 俺に求められているのは、どうせ20世紀か21世紀の曲を歌うことだろうしな!

 



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183.宇宙暦300年記念祭事前説明会<1>

 宇宙暦299年12月8日。本日は、宇宙暦300年記念祭なる催し物の説明会がある。

 時刻は日本時間の午後三時。俺とヒスイさんは昼食を食べ、午後のティータイムも十分に満喫した後、VRで説明会の会場にアクセスした。

 

 VRなので、移動時間も一瞬だ。何かすごい施設が待っていたということもなく、ごくごく普通の長テーブルと椅子が並ぶ大きめの会議室っぽい部屋に到着した。

 部屋の内部には、すでに人が多数訪れていて、そこかしこで人が雑談をしているのが見てとれた。

 

「うーん、俺には判別つかないが、ここにいる人達みんな有名な歌手なんだろうか」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんは「そうですね」と端的に返答した。なるほど、やっぱりか。

 長年芸能人や歌手をやってきた有名人に、過去の世界からタイムスリップしてきたというだけで有名になった俺が交じるのは、ちょっと気後れするんだよなぁ。

 

 と、そんなことを思っていると、ヒスイさんがふと視線を横に向けて言った。

 

「ヨシムネ様、あちらにヨシノブ様がいらっしゃいます」

 

「えっ、ノブちゃん?」

 

 ノブちゃんといえば、俺の友人の人気ゲーム配信者だ。あわてて俺はヒスイさんの視線を追う。

 すると、そこには一人ぽつんと着席し、頭を下げてじっとテーブルを見つめているノブちゃんの姿があった。

 ノ、ノブちゃん……。完全に周囲を拒絶する人見知りモードに入っておる……! いたたまれない!

 

「おーい、ノブちゃん!」

 

 俺は、あまりに見ておられず、ノブちゃんに急いで声をかけた。

 

「…………!?」

 

 すると、ノブちゃんは勢いよく頭を上げてこちらを確認し、半分泣きそうな顔でこちらに笑みを向けてきた。

 

「ヨシちゃん……お久しぶりです……!」

 

「おう、ノブちゃんも出場者に選ばれたのか?」

 

「はい……。不思議なことに……選ばれました……」

 

 俺はノブちゃんに話しかけながら、彼女の席の隣まで歩く。

 そして、椅子を引いて彼女の右隣に座った。

 

「不思議? 配信で歌とか歌っていなかったのか?」

 

「ええと……歌唱アシストを無効にした『アイドルスター伝説』のRTAは……したことありますけれど……」

 

「それだ! あのゲーム、アシスト無効にした場合、歌唱能力がちゃんと備わっていないと、ストーリー進行しないからな! そこが評価されたんじゃないか?」

 

「ええっ……別に視聴者の方に向けて、歌専門の配信をしたわけでは……ないのですが……」

 

 心底驚いた、といった顔でノブちゃんが答えた。

 すると、俺の右に着席したヒスイさんがさとすように言う。

 

「一つのゲームでの行動が評価されるほど、ヨシノブ様は注目されているということですね」

 

「そ、そうですかね……」

 

 ノブちゃんが照れたように視線を俺達から外す。可愛い。

 と、そんなやりとりをノブちゃんとしていた最中のこと。

 

「おーい、ヨシムネー」

 

 遠くから俺を呼ぶ声が届いた。

 俺が声の方向に視線を向けると、そこにはまた見覚えのある姿が。友人のゲーム配信者であるウィリアム・グリーンウッド閣下と、そのメイド長のラットリーさんだ。

 彼女達は、スタスタと歩いてこちらに近づいてくる。

 

「うむ、ヨシムネ、ヨシノブ、ヒスイ、この間ぶりじゃの」

 

「よう、閣下も選ばれていたのか」

 

 近くまでやってきた閣下とラットリーさんに、皆で挨拶をする。

 そして、そのまま閣下達はノブちゃんの左隣に座った。知り合いが増えてノブちゃんは、ほんのり嬉しそうだ。

 

「閣下まで呼ばれているとはなぁ……」

 

「なんじゃ? ヨシムネは自分が呼ばれて、私が呼ばれないと思っていたのか? 私の美声にかかれば、この程度わけないのじゃ」

 

「あらー、閣下は今年に入るまで音痴だったではないですかー」

 

 ラットリーさんの突っ込みに、閣下は苦い顔をする。

 

「まあ、元音痴ということなら、俺だってそうだし」

 

 俺がそう言うと、閣下は「そうじゃろそうじゃろ」と楽しそうに言う。

 

「グリーンウッド閣下も……『アイドルスター伝説』で、歌を……練習したのですよね?」

 

 と、ノブちゃんが閣下に話しかける。

 

「む? そうじゃな。ヨシムネからあのゲームを紹介されての。長く厳しい修行の時間だったのじゃ……」

 

「うふふ……。私も、ヨシちゃんがあのゲームをプレイしているのを見て、自分でも配信してみたんです……! そうしたら、今回、選ばれちゃいまして……」

 

「そうじゃったのか。ずいぶんとアナログな歌唱練習をさせられるゲームじゃが、効果は確かなのじゃなあ……」

 

 閣下がしみじみと言った。

 

「ヒスイさん、よくあのゲーム見つけたよね」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが答える。

 

「21世紀や20世紀が舞台のゲームは、一通りチェックしてあります」

 

「助手の鑑だな……」

 

「ラットリーも、メイド長ならヒスイを見習うのじゃ」

 

 俺の言葉に、閣下がそんなことを言ってラットリーさんを口撃する。

 だが、ラットリーさんは「そういうの、メイドの仕事じゃないのでー」と取り合わない。

 

 その後も俺達は雑談をして説明会開始までの時間を潰す。

 やがて、告知されていた開始時間になり、着席を促すアナウンスが部屋の中に響いた。

 

 部屋に集まった一同が着席していき、ざわめきも収まっていく。

 すると、部屋の前方に用意されていた席に、二人の人物が突然出現した。一人は、耳にアンテナを付けたガイノイド。もう一人は、三十歳前後の男性だ。

 

 ガイノイドの方は……見覚えがあるような気がする。あれって、ミドリシリーズの一人じゃないか? 名前は覚えていない。普段は名札をつけて俺のSCホームに来てくれるので、数百人いるミドリシリーズの顔と名前は、まだ全員分は一致していないのだ。

 

 俺がまじまじと見つめている間に二人は着席し、そしてガイノイドの方が話し始めた。

 

「皆様、本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます。これより、宇宙暦300年記念祭の事前説明会を始めさせていただきます。わたくし、本件の担当官をしております、フローライトと申します」

 

 フローライト。聞き覚えがあるぞ。

 

「ミドリシリーズだよな?」

 

 俺は隣に座るヒスイさんに、小声で話しかける。

 

「はい。一番若い機体です」

 

 ああ、確か、前にロールアウトしたばかりの子として名前が挙がっていた。

 配属先は機密と言われたが、この事業の担当官だったわけか。

 

 俺達が私語を交わしている最中、フローライトさんがニホンタナカインダストリのミドリシリーズの最新型番であるといった、簡単な自己紹介がされた。そして、次に彼女の隣に座る人間の男性が話し始める。

 

「私はアルフレッド・サンダーバードだ。本件の直接の担当官ではないが、本来の仕事に関わりが強い催し物のため、説明要員として今日は来ている」

 

 彼のその言葉に、周囲からざわめきが聞こえた。

 正直なところ、俺も「マジか」と小さく呟いていた。

 アルフレッド・サンダーバード。ゲーム『MARS~英傑の絆~』の主人公であり、歴史に名を残す科学者であり、伝説的パイロットだ。

 

「本人……?」

 

 ノブちゃんのその呟きを彼女の左隣に座る閣下が拾った。

 

「フレディ本人じゃな。久しぶりに見たのじゃ」

 

 ああ、閣下って300年前から生きているから、サンダーバード博士と知り合いなのか……。

 サンダーバード博士の親友のマクシミリアン・スノーフィールド博士とも閣下は知り合いだったようだし、彼女も歴史的人物なのだなぁ。

 

 そんなやりとりの間にも、サンダーバード博士の話は進み、自分が太陽系統一戦争から生きている本人だと語っていた。

 一通りの自己紹介が終わったところで、話し手はフローライトさんに戻る。

 

「今回お集まりいただいた皆様には、銀河標準時の来年1月1日に行なわれる祭典にて、歌を披露していただく予定です。本日は、その行事への参加を了承していただけるかの、最終確認となっております」

 

 ふむ。まあ、ここまで来て辞退する人などほとんどいないだろうが……。

 

「ところで皆様、周囲にいらっしゃる歌手の顔ぶれを見て、一つ気がつくことがないでしょうか?」

 

 むむ? そう言われても……。

 俺は周囲を見回すが、閣下やノブちゃん達以外は知らない顔しかいなかった。

 

「ノブちゃん、解る?」

 

「えっと、何も解りません……」

 

 俺の質問に、ノブちゃんが申し訳なさそうに答えた。ご、ごめん。答えを期待していたわけじゃないんだ。

 

 そして、フローライトさんの言葉が続く。

 

「この場の皆様の中に、生身の肉体を持っている方はいらっしゃいません。出場者に選ばれた方は皆、アンドロイドにソウルインストールをしている人間です」

 

 えっ、そういうこと?

 俺も閣下もノブちゃんも、みんなリアルではガイノイドボディだ。わざわざ、そういう人からメンバーを選んだってことなのか。

 

「今回の祭典に出場していただく方は、アンドロイドの身体を持っていることが最低条件です。その理由は……サンダーバード博士、お願いします」

 

「ああ。記念祭が開催される場所は、ちょっと特殊な環境下にあるんだ。テラフォーミングがなされていない場所。生身の肉体では、滞在することが不可能な場所だ」

 

 テラフォーミングがなされていない場所。

 宇宙に人類が進出している今の時代なら、そんな場所はそこらにあるだろう。惑星テラと同じ環境にある天然の星など、まず存在しないだろうからな。

 つまり、祭典の舞台は、未開拓の惑星……?

 

「記念祭が開かれる場所は、惑星ガルンガトトル・ララーシだ」

 

 ……なんて?

 全く聞いたことがない場所だ。だが、周囲からはざわめきが起こっており、隣に座るノブちゃんも驚きの顔だ。

 

「知っているのか、ノブちゃん!」

 

「えっ……ヨシちゃん、知らないんですか……?」

 

 えっ、知らなきゃおかしい類の話?

 俺がひるんでいると、サンダーバード博士が続けて言う。

 

「皆が知っての通り、この惑星には、とある存在がいる。人類が宇宙で初めて出会う、高度な知性を持つ生命体。惑星テラの炭素生物とは異なる進化をしたケイ素生物だ」

 

 ……マジか。そういえば、以前、宇宙からやってきた情報生命体と戦うゲームである『ヨコハマ・サンポ』をプレイしたときに、そのような存在のことを耳にしたような気がする。

 驚いているのは俺だけじゃないのか、ざわめきは大きくなる。だが、そのざわめきも気にせず、サンダーバード博士が言い放った。

 

「ここにいる皆には、異星人ギルバデラルーシを相手に歌を披露してもらう」

 



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184.宇宙暦300年記念祭事前説明会<2>

 俺が驚きの事実に固まっている間にも、サンダーバード博士の話は続く。

 

「わざわざ今回、皆にこの仕事を受けるかの最終確認をしているのも、これが理由だ。異星人の住む惑星に向かい、異星人に向けて歌を歌うということを了承してもらえるか、確認が必要だというわけだ」

 

「なお、今回の仕事を受けるにしても受けないにしても、惑星ガルンガトトル・ララーシが記念祭の舞台となることと、異星人ギルバデラルーシと人類との間で既に交流が成立していることについては、外には漏らさないでいただくようお願いします。事前にお知らせしたとおり皆様には守秘義務があります」

 

 サンダーバード博士に続くように、フローライトさんが言った。

 

 守秘義務とか知らんぞ。ああでも、以前、ヒスイさんに小難しい文章を見せられたような……。守秘義務が生じるとか言われたような……。ゲームで遊んでいて、すっかり記憶から抜け落ちていたが。

 く、機械の身体なのに記憶力は特に高まっていないの、本当にどうかと思う! 計測能力とかはばっちりついているのに!

 

「さて、そこまで了承してもらったところで、皆には異星人であるギルバデラルーシについて説明しよう」

 

 サンダーバード博士はそう言って立ち上がると、背後にある壁に手を触れる。

 すると、白かった壁に画像が浮かんできた。壁はモニターだったようだ。

 

 そこに映っていたのは、灰色をした岩人形とでもいうべき生命体だった。

 ゴツゴツとした外殻を持ち、四肢が存在し、二本足で立っている。その傍らにはサンダーバード博士が立っている様子が映っており、身長を対比すると、異星人の体高はサンダーバード博士の二倍以上ある。

 岩でできたような外殻だが、顔はつるんとしており、銀色に光っている。

 

「これがギルバデラルーシだ。銀色で光沢のある身体をしている。外側にまとっている物体は彼らの正装で、岩の鎧だな。人類と同じく直立二足歩行で、手の指は八本ずつある器用な種族だ」

 

 八本指! そりゃまた器用そうだ。

 

「体高は3メートルから6メートルほどまで。身体能力は、腕力は強いが動き自体は人類よりやや遅めだな。だが、彼らには一つ特長がある。それは、超能力が使えるということだ」

 

 その言葉に、周囲から「おおっ」と声が上がる。

 超能力が使える生物。それは、惑星テラにおいて人類以外には存在しない。

 人類が宇宙進出した先には、植物に覆われた星、惑星ヘルバなども存在した。だが、そこでも超能力が使える生物は発見されなかったと、いつだったか食事時にヒスイさんから聞いた。

 

「彼らと意思のやりとりが成立したのも、テレパシーでイメージの交換ができたおかげだ。ちなみに、超能力が発達しているということは、魂への造詣も深い。彼らの生活圏には死後の魂を収める『魂の柱』という物体が存在している」

 

 サンダーバード博士が手をかざすと、壁に黒い柱が映し出される。

 

「『魂の柱』には、ソウルサーバのように死後の魂が自発的活動を行なえるような機能はなく、魂に安息を与え眠らせるための機能しかない。言ってしまえば、手製の死後の世界だな。彼らは、この宇宙から消滅した魂が辿り着く別次元の存在を信じていない」

 

 この宇宙3世紀では、魂の研究も進んでいる。

 その研究で、人が死んだ後に長時間経つと、魂が消滅することが確認されている。だが、現在の技術では、その消滅した魂がいったいどこへ行っているのかが解明できていないらしい。

 完全に消滅してしまうのか、死後の世界、いわゆる冥界や天国や地獄が別宇宙にあってそこへ行くのかどうか、確認できないのだ。

 

「彼らと我々の文明が接触してから、彼らに最初に求められたのは、彼ら向けのソウルサーバの開発だった。どうやら、彼らも肉体的な死後も活動できることは、魅力的に映るらしい。現在、ギルバデラルーシ用のソウルインストール可能なアンドロイドの開発も進められている」

 

 そう言って彼が壁面に映したのは、全身銀色の人型生命体。これが、岩の鎧という正装を装着していない彼らの姿なのだろう。

 横に書いてある文字を読むに、これはアンドロイドらしい。ケイ素生物用アンドロイドか。

 

「アンドロイドのボディはできたのだが、頭脳部がな。現状の有機コンピュータに替わる、有機ケイ素化合物で構築した高度コンピュータの開発が難航している。これの完成度が上がれば、AI達は炭素のくびきから解き放たれ、より高度でメンテナンスフリーな存在に近づくのだが……」

 

 ケイ素コンピュータかぁ。それって普通の集積回路じゃないですかねって突っ込みたくなるけど、きっと違うんだろうなぁ。

 そして、歌とか記念祭とかに縁がなさそうなAI研究者のサンダーバード博士がここにいるのも、異星人と交流してケイ素コンピュータの技術を確立するためなのだと察せられた。

 

「さて、身体は見たので、次は精神面の話をしよう」

 

 サンダーバード博士が、壁面にまた新しい画像を表示させる。

 それは、都市らしきもの。それは、人類の物とは全く様相が違う、独特な建築様式をしていた。

 その建物のどれもが一階建て。異星人の身長は3メートルから6メートルと、非常に幅があるため、6メートルの者に合わせて二階建てにすると3メートルの者が使いにくい、とかがあるのかもしれないな。

 

「彼らは非常に高度な精神文明を築いている」

 

 サンダーバード博士が、都市内部の建物内を表示させながら言う。

 そこには、リクライニングチェアのような物に座る異星人の姿が写し出されていた。

 

「彼らは、普段ほとんど建物の外を出歩くことがなく、じっと動かず過ごしている。必要な物は、透視能力で外を見て、サイコキネシスで物を動かして近くまで持ってくる。今の人類に負けないくらい出不精で引きこもりだな」

 

 自らのジョークに、小さく「ふふっ」と笑いながら、サンダーバード博士は続ける。

 

「彼らは記憶力が高く、テレパシーで高度な情報のやりとりが可能なため、文字の概念がない。だが、文字はなくともテレパシーでやりとりする文学は発展している。文字がないからといって、文明レベルが低いなどと侮ってはいけないぞ」

 

 おおう、文字がないのか。めっちゃ不便そうだけど……。

 

「彼らは互いにテレパシーでやりとりして、情報を補完し合っている。そして、誰かが欠けてもその情報が失われることはない。各人の脳に当たる器官で、分散型ネットワークを構築しているわけだ」

 

 そりゃすげえ。人力でそこまでできるなら、確かに文字も必要なさそうだ。

 

「生物である以上、彼らもエネルギー補給は必要だ。食性は結晶食で、ケイ素化合物の鉱脈をサイコキネシスで掘り、パイロキネシスやエレクトロキネシスで結晶に精製する他、知性を持たない他生物を捕食することもある。惑星上に水分は存在するが、直接水は飲まない」

 

 彼らの食糧なのか、青いペレットらしきものが壁面に表示される。これをボリボリ食うわけか。

 消化はどうしているのかね。水は飲まないらしいけど、食道で結晶を溶かすための触媒は必要だよな。

 

「捕食の習性を持つということは、彼ら以外の生物もこの惑星上に存在する。いずれもケイ素生物だ。かつては、惑星の支配権を巡って彼らと対立していた、知的生命体が存在したらしい。その種族は超能力が使えなかったため、彼らギルバデラルーシに滅ぼされたらしいが」

 

 滅ぼされた、といったところで、周囲がざわめく。

 

「ああ、安心してほしい。ギルバデラルーシは極めて温厚な種族だ。敵対種族があまりにも獰猛(どうもう)すぎて、根絶やしにするしか安全を確保できなかったらしい。我々人類やAIに対しては、最初のコンタクトから一貫して紳士的だ」

 

 その言葉を聞いて、俺の隣でノブちゃんがほっとした表情を浮かべていた。

 ああ、相手が野蛮な種族だったら、ノブちゃんなんかは確実に記念祭に出場しないって言っていただろうな。

 

「彼らは文字を持たないだけでなく、計算機も持たない。暗算能力が高すぎて、機械に頼る必要性を感じていなかったのだろう。だから、コンピュータも未開発で、デジタルゲーム文化もない。今回惑星に同行してもらう者の一部には、彼らにゲーム文化を紹介する役割を割り振る予定だ。彼らは娯楽に飢えているからな」

 

 それは、俺達ゲーム配信者へのお仕事かな?

 俺、閣下、ノブちゃんの三人で、ゲームを教えることになるかもしれないな。

 

「さて、デジタルゲームの文化はないと言ったが、音楽文化はある。彼らは一歩も動かずに超能力で生きていくことができるので、暇を持てあましている。なので、普段は楽器を打ち鳴らし、歌を歌って過ごしている。そこで、今回の記念祭だ」

 

 壁面の画像を消して、サンダーバード博士が正面を向く。

 

「君達には、ギルバデラルーシへ、人類の持つ音楽文化を伝える役割を担ってもらう。異文化交流だ」

 

 その言葉を聞いて、周囲にいる人達の雰囲気が変わった。

 覇気が出たというか、真面目なお仕事モードになった感じがする。ううむ、みんなプロだな。

 

「彼らの音楽は素晴らしいものだが、人類が育んできた文化も負けていないということを、彼らに示してほしい。そうすることで、私達人類は、本当の意味で彼らに認められることだろう。私からは、以上だ」

 

 サンダーバード博士が着席し、どこからともなく拍手が送られる。

 俺も、場の雰囲気に合わせて拍手を送っておいた。

 

 そして、拍手が止み、フローライトさんから詳しい日程が説明される。

 どうやら、来週には向こうの惑星入りをするらしい。むむ、忙しくなるな。

 

 そして、確認が済み、48時間以内に記念祭へ出場するかの決定をしてほしい旨を伝えられ、この場は解散となった。

 

 サンダーバード博士とフローライトさんが退出し、周囲の空気が弛緩する。

 

「ふいー、驚きの事実だったな」

 

 俺は横にいるノブちゃん達にそう話しかけた。

 

「あわわ……どうしましょう……」

 

「おっ、ノブちゃん、出場迷っている感じ?」

 

「えっ……いえ、そうではなく……」

 

 むむ? では、いったいどうしたというのか。

 

「歌う曲は、出場者側が決めるようにと……出場確認書の要項に書いてありまして……」

 

「マジか。俺、持ち歌なんてないぞ」

 

「私もです……。しかも、異文化を持つ異星人にも……伝わるような歌詞の曲が推奨らしいです。恋愛ソングは……まず意味が伝わらないそうで……」

 

「うわあ。それで持ち歌潰される出場者は、相当いるんじゃないか」

 

 そこまでノブちゃんと会話を交わしたところで、閣下が横から言った。

 

「ヨシムネは適当に21世紀の歌を歌えばよかろう」

 

「適当すぎる……! でも、俺に求められているのってその路線だよな!」

 

「あっ、それなら……私も21世紀か、20世紀の歌を……選びたいです……」

 

「おお、ノブちゃん、それならいい歌あるぞ。俺には尊すぎて合わなそうな歌だ」

 

「なんでしょう……?」

 

「『We Are The World』っていう、20世紀のチャリティーソングだな。世界を一つにまとめて仲良くしようって曲だ」

 

「いいですね……!」

 

 おお、ノブちゃん乗り気。

 

「むむ、よさげな曲を紹介してもらうとは、ヨシノブずるいのう。私もその方向で、300年前の流行歌から選曲しようかの」

 

 その後、俺達はどんな歌がいいのか、みんなでキャッキャウフフと話し合った。

 そのやりとりは長く続き、いつまでもVRルームを退出しないでいたら、部屋を削除できないとフローライトさんに叱られることになってしまった。

 なお、閣下が歌う曲は、最後まで決まらなかった。

 



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185.たまには雑談回

「今日は、ひと月ぶりの雑談回だー」

 

 そう宣言して、本日の配信を開始する。

 ゲームをやる気力はないけど、視聴者達とは触れあいたい。そんな俺の中のニーズに応える、雑談配信である。

 なお、今回はいつもの雑談配信と違って、ヒスイさんはちゃんと居る。

 

『地味に雑談回好き』『解る』『21世紀トーク聞けるのがいいよね』『普段のゲーム配信だと、21世紀ネタはフレーバー程度しか言わないですもんね』

 

 おおっと、意外と雑談回人気。でも、頻繁にやっていたら俺もネタが尽きるのでほどほどにね。俺はラジオのパーソナリティーと違って、無限に話題をひねり出せる男ではないのだ。

 

 ちなみに今日の服装は、21世紀のゲームのコスプレだ。とあるゲームのフォニュエールという魔法系職業が着る、ピエロを彷彿とさせる衣装である。

 

「さて、前回、宇宙暦300年記念祭に出場するって話したけど、正式に決まったぞ」

 

『おー、発表されていたね』『おめでとう!』『ヨシちゃんもずいぶん出世したもんだ』『アンドロイドしか参加できないとか、いったいどこでどんな無茶をするのか……』

 

「何を歌うかは俺が決めなくちゃいけないんだが、曲探しの途中でネットで見つけた物があってな。懐かしかったので、みんなにも見てもらおうかな。21世紀のゲーム関連動画だ」

 

『おっ、いきなり21世紀ネタか』『そんな昔の動画、よく発掘できましたねぇ』『意外と残っているもんだよ』『ただし、当時の世相に詳しくないと、ノイズとなるゴミ動画が多すぎて、いい動画をピックアップできないという』

 

「あー、当時すでにアマチュアからプロまで幅広い層が、膨大な量の動画を投稿していたからな……」

 

 そう言いながら、俺はヒスイさんに目配せをした。

 すると、俺の横に四角い映像再生画面が出現する。

 

「これから流す動画は、21世紀のオンラインゲームを題材にしている。とあるゲームをプレイした人が匿名掲示板に集まって、そのゲームの思い出を語っていくという、2000年代初頭の作品だな。通称『ありがとうフラッシュ』だ。四分間と長いが、当時の曲を楽しむ気分でいいから見てくれ」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが再生操作をしたのか、VR空間内にピアノのイントロが流れ始める。

 そして、再生画面の中央にとあるMORPGのゲームロゴが表示され……ピアノの伴奏で女性ボーカルの歌声が入る。

 

 さらに、画面上に次々流れるのは、MORPGに関する思い出話。

 日本で作られた有名MORPGのプレイヤー達が、今はもう失われてしまったゲーム体験をつづっていく。

 

 その多くが、人と一緒に遊んだ思い出話だ。出会い、楽しみ、そして別れる。

 その数々の短い逸話が、二度と会えない相手に感謝の言葉を伝える歌『ありがとう…』によって彩りを与えられる。

 

 初めてプレイした時の感動を語る者。

 友の引退を悲しむ者。

 一人残されてもなおプレイを続ける者。

 かつての輝かしい日々を懐かしむ者。

 各々がゲームの思い出を大切そうに語っていた。

 

 そして四分間の動画が終わりに近づき、最後に『いつか何処かで、素晴らしい出会いが再び訪れますように』とのメッセージが入り、幕を閉じた。

 

「以上、2000年初頭の当時、日本のネット界隈で有名になったアマチュア動画だ」

 

『おー』『ゲーム内容は全く判らんかったけど、何を言いたいのかは判った』『ゲームで出会うフレンド最高! ってことだな』『いい曲だった』

 

 お、この曲のよさに気づいてくれたか。

 この曲のパワーのおかげか、別のオンラインゲームでもこれを真似した『ありがとうフラッシュ』が作られたんだよな。

 

「初めて見た当時は歌の威力もあって感動したもんだけど……今振り返ってみると感動する前に突っ込むべきポイントがあったな……実はこれ、ゲームのサービス終了時に作られた動画じゃないんだ」

 

『えっ、違うの?』『いかにも、二度と会えなくなる仲間に別れを告げる感じの内容だったけど……』『騙された!』『じゃあこの思い出を語っている人達はいったい……?』

 

「ゲームに飽きたり引退したりした人や、周りが辞めていって残った人が集まる、掲示板のスレッドからのピックアップだな」

 

 ちなみにこのゲームは、『ありがとうフラッシュ』が出現してからも、ゲームハードを変えて5年以上続いたぞ!

 

「で、この『ありがとうフラッシュ』が作られた西暦2000年代が日本におけるMMORPG全盛期で、その後2010年代になるとスマートフォンの普及によって新たな娯楽が広がり、MMORPGはかなり衰退していたんだよな」

 

 俺は今日の本題である、21世紀ネタについて語り始める。

 

「俺がこの時代に来る前にいた2020年だと、スマートフォンでもいくつかMMORPGがリリースされるようになってきていたみたいだが……」

 

『スマートフォンか』『あの歴史ドラマで出てくる骨董ガジェット』『落としたら割れるんだよね?』『ヨシちゃんが持ち込んだスマートフォン、ルナの博物館で見たよ』

 

 え、俺のスマホそんなことになっていたの? 調べ尽くされて研究価値がなくなって、歴史的資料として扱われるようになったのかねぇ……。

 

「ルナって月のこと?」

 

 俺がそう聞くと、視聴者ではなく俺の横にじっと立っていたヒスイさんが答える。

 

「はい。衛星ルナですね」

 

「ルナかー。ゲームでよく聞く単語だな、ルナ」

 

「衛星ルナはテラフォーミングの成功で緑化されており、衛星周辺にエナジーバリアを張ることによって、人が生息可能な大気が保たれています。ただし、重力は変わらないため、人の生活圏は重力制御された地上部のコロニー及びアーコロジー内部に限られます」

 

「はー、そういえば、ヨコハマ・アーコロジーの外で月を見上げた記憶はないな。緑の星に見えるのかね」

 

「そうなりますね」

 

 緑の星か。惑星エクスペルみたいだな。

 

「まあ、ルナは機会があったら見るとして、だ……。21世紀のMMORPG衰退期から未来に来てみたら、みんなMMORPGの中で人生送っているっていうんだから、物事は何がどう転ぶかなんて判らないよなー」

 

『真のMMO全盛期へようこそ!』『プレイ人口、当時とは比べ物にならないだろうなぁ』『そもそも当時とは世界人口が桁単位で違うんですが』『ヨシちゃんのいた時代、総人口80億人弱しかいなかったってマジ?』

 

 80億弱でも正直多すぎると思うんだが、今の世の中、動画配信のチャンネル登録者数だけでその数を越える超有名配信者とかいるんだよなぁ……。

 などと考えていたら、さらに視聴者コメントで『ヨシちゃんのMMO実体験が聞きたい』と流れた。

 うーむ、実体験か。それこそ思い出はいろいろあるが……。

 

「俺が最初にやったオンラインゲームは、MMOじゃなくて、さっきの『ありがとうフラッシュ』に登場したMORPGだな」

 

 俺がそういうと、ヒスイさんがそのゲームのタイトル画像を俺の横に表示させた。仕事が早い。

 

 ちなみにMORPGは、一つのエリアに大人数が集まるMMOと違い、大量のプレイヤーを複数のエリアに小分けして、少人数でエリアを共有して遊ぶRPGのことだ。

 俺がプレイしていたゲームは、日本で初めてリリースされた国産MORPGだな。

 

「ドリームキャストっていうゲーム機でプレイしていたんだが、当時の俺は小学生だったから……12歳か?」

 

 すると、さらにヒスイさんが、ドリームキャストの画像をゲームタイトルに重ねるように表示させる。

 打ち合わせしていないのによくできるな、これ……。

 

「……当時、コンシューマー用ゲーム機っていうのはパソコン――ええと、個人用の大きめな据え置き情報端末――と比べて、性能が低くてな。ゲーム機でオンラインゲームをやるなんて、正気かと言われるような時代だった」

 

 デスクトップパソコンの画像も、俺の台詞に合わせて出すヒスイさん。

 

「まー、それで、ドリームキャストでMORPGをやったわけだが、回線が貧弱でさ。インターネット専用回線なんて当時まだ家庭になくて、電話用の回線をゲーム機に繋げて遊んでいたわけだ」

 

 今度は黒電話と、それに繋がる配線の画像。よく瞬時に出せたな、この画像!

 でも実家の電話機は、さすがに黒電話ではなかったです!

 

「インターネット接続中は電話回線を占有し続けるから、遊んでいる最中は家の電話機が繋がらなくてなぁ。家の仕事に支障が出るってんで、一本追加でインターネット用に回線契約したくらいだ。しかも、繋いでいる間ずっと電話代がかかるから、遊びすぎると料金がすごいことになる」

 

 今度はばらまかれるお札の画像。

 ってこれ、地味に旧一万円札だ。2007年で発行停止になったやつ!

 

「お金はいっぱい使いたくないけど、それでも電話回線でインターネットに繋ぎたい当時のみんながどうしたのかというと……、テレホーダイというサービスが存在した。定額制の通話サービスで、夜の11時から朝の8時までの9時間、どれだけ回線を使っても同じ金額しかかからないってやつだ」

 

 お札と黒電話の画像がなくなる。テレホーダイに関する追加の画像芸はないようだ。

 しかし、このテレホーダイ、なかなか曲者なんだよな……。

 

「設定時間のせいで、自然と俺は夜更かしをするようになった……今思うと12歳の成長期だというのに、かなりの無茶だったな!」

 

『12歳で夜更かし……』『私達じゃ絶対無理だな』『その年代は養育施設で睡眠時間徹底管理されているもんなぁ』『めっちゃ楽しそう』

 

 いや、学校で眠たくなるから、子供の徹夜ゲームなんていいことなんにもなかったよ……。

 

「そのMORPGも一年くらいで段々やる頻度が下がっていって、次に手を出したのがパソコンのMMORPGだな。当時オンラインゲームの開発が盛んに行なわれていた隣国製のMMORPGだ」

 

 向こうの政府が積極的にオンラインゲームの振興を進めていたとか、噂に聞いたことがある。

 

「ドット絵が可愛いのが特徴だったな。でも、なぜかユーザ登録の際に入力した性別のキャラクターしか使えないから、登録情報の性別を女と偽って、可愛い女キャラクターを使った」

 

 女アコライトだ。でも、俺の性格的に回復職(ヒーラー)は馴染まなかった。

 

「しかし、そのゲーム、ラグがひどくてなぁ。ラグって知っているか?」

 

『なにそれ』『敷物?』『敷物がひどい……?』『何かの隠語?』

 

「ゲーム動作の遅延のことだ。タイムラグだな。攻撃するぞ、って入力してから実際に攻撃するまで一秒以上の遅延が起きるとか、そのMMO開始当時は日常茶飯事だった」

 

『ひでえ』『一秒の遅延って、ストレス溜まりそうな』『ゲームになるのかそれって』『はー、なんでそんなこと起きるの?』

 

「回線が貧弱なのか、サーバが貧弱なのかどっちかだな」

 

『技術が未熟なころのゲームってそんな欠点あるのか』『ラグじゃないが、マザーのレトロゲー配信でもローディングがクソ長いことある』『黎明期のゲームってむしろ動作が速いイメージがある』『ファミコンとかスーパーファミコンとかPCエンジンのころな。それ以前のフロッピーディスクのゲームとか、それ以後のコンパクトディスクのゲームとかはローディングが長い』

 

 ローディング。データの読み込みのことだな。MAPを切り替えたときに画面が暗転して長いローディングが入るとか、CDメディアのゲームハードでよく体験した。

 さすがにフロッピーディスク時代のゲームは、まだ俺が生まれてない頃だと思うからよく知らないが……。

 一つのゲーム遊ぶのに、何枚も入れ替えしていたんだったか?

 

「遅延と言えば、今の人類って太陽系外にまで進出しているのに、『Stella』とかのオンラインゲームをやっていて、ラグを感じたことないな。回線が超太くて速いんだろうなぁ。テレポーテーションを通信に使っているんだっけ?」

 

『長距離通信はそうだね』『テレポーテーション能力者は日常で大活躍』『行政が超能力アルバイトで一番求めているのは、テレポーテーションかな?』『ヨシちゃんみたいな時間系能力も需要高い』

 

「今、何系の超能力が足りませーんって、献血みたいだな……」

 

『献血!』『うわー、血の貸し借りするんだよね?』『貸し借りじゃないぞ。提供するのみで血は返ってはこない』『自分の血を他人に移植とかすごいことやっていますよね』

 

 ああ、この時代だと、なんちゃら細胞で血を培養とかやっているのかな。

 臓器移植も本人の臓器で拒否反応なしとかになっていそうだ。いや、この時代だし機械臓器でサイボーグ化するのかもしれないな。

 

「話を戻すとして、さっき『長距離通信はそう』ってコメントあったけど、短距離の通信は違うのか?」

 

『短距離はタキオンさんにお任せ』『タキオン通信だね』『光より速いやつー』『タキオン通信も星系規模で距離離れると遅延起きるから、遠距離はテレポーテーションさん頼み』

 

「はー、タキオン。初めて聞いたけど強そう」

 

 いや待て、タキオンソードって単語が頭の片隅によぎったぞ。何に出てきたんだっけなぁ……思い出せない。

 うーん、もやもやする。

 

「さらに話を戻すと……そのMMORPGは遅延がすごかったわけだ」

 

 正直、あそこまでラグがあるのに、自分も含めてなんでみんなプレイを止めないのか不思議でならなかったよ。

 いや、どんなにひどくても、代わりになるゲームがなかったからだとは思うのだが……。

 

「でも、その当時のMMORPGは月額料金で金取るだけで、ガチャはまだなかったからな。ゲームに金をつぎこみすぎて借金を負うまでいく人間は、ほとんどいなかったよ」

 

 代わりに、時間をつぎこみすぎて会社を辞めたとか、大学を留年したとかいう話は、たんまり聞いたけどな!

 

『出た、ガチャ』『以前の雑談回で話していたアレか』『ゲーム内通貨使ったクジや福引きなら、やることもあるけどね』『福引きにクレジットつぎこむ話は聞いたことないですねぇ』

 

「福袋とか……今の時代あるのかな?」

 

『聞いたことない』『どんなん?』『新年に販売される、様々な商品を詰めた中身が見えない袋のことですね』『なるほど』

 

「福袋、みんなには伝わらなかったか。他にガチャっぽい商品は何かあったかな……」

 

『21世紀にあったかは知らないけれど、トレーディングカードのパック販売』『なるほど!』『あー、確かにあれ、中身開けるまで判らないね』『でも、カードは安く単品販売もされている』『一つのカード欲しさにパック買いあさる話は聞いたことがないな』

 

「俺、トレーディングカードゲームは未経験なんだよなぁ……。まあ、ガチャにしろトレカにしろ、借金や破産するほど、のめりこんじゃダメってことだな」

 

 この時代の通貨であるクレジットは借金ができないっていうから、安心だが。

 借金かぁ。借金といえば、一つ思い出した。

 

「21世紀にテレビっていう映像提供サービスがあったんだけど、みんな知っているか?」

 

『歴史ドラマでよく見るやつー』『たまに映像配信チャンネルの名前が、なんちゃらTVだったりするよ』『物理的なテレビモニターは、もう博物館にしかない』『映像はARで見られるからね』

 

「そのテレビ、俺が小さい頃は消費者金融っていうお金を貸してくれる企業のCMをたくさん流していたんだ。でも、俺が大人になる頃には、それらが流れなくなった。代わりに、借金の利息の払いすぎを取り戻してくれる弁護士事務所のCMばっかり流れるようになっていたんだよね。時代の移り変わりって面白いな」

 

「ちなみにこの時代にも、21世紀のテレビのような番組表が組まれた映像提供サービスはありますし、無料チャンネルではCMも流れますよ」

 

 と、ヒスイさん。

 どうやら解説モードに入ったようなので、こちらも聞く体勢になってみる。

 

 ヒスイさん曰く、今の時代におけるCMの在り方は、21世紀のそれとはだいぶ事情が違うらしい。

 まず、映像提供サービスは行政府が牛耳っている。ゆえに各企業は行政府に自社のCMを流すよう要請するのだが、各企業も経営母体を辿っていくと行政府に辿り着く。なので、行政府はCMを流す企業からスポンサー契約料を徴収していない。

 

 ではどうやってCM枠を割り当てているかというと、行政府が独自の判断で適切に枠を割り当てているらしい。

 大企業だからといって、ゴールデンタイムにCMが流れるとは限らないのだ。まあ、各々が銀河標準時間や日照時間を気にせず好き勝手生きているこの時代に、ゴールデンタイムなど存在しないのだが……。

 

「社会の在り方が21世紀と違いすぎて付いていけない……」

 

「視聴者の方も21世紀は宇宙3世紀と違いすぎて、話に付いていけないところは多いのでは?」

 

 それを言ってはおしまいよ。

 

 さて、ヒスイさんの話は続く。

 実のところ、行政府はCMを流さなくても映像提供サービスを運営できる。

 では、なぜCMを流しているのかというと、ゲームばかりやって生きている人間に、現実世界にある商品・製品の存在を知ってもらうためだ。

 

 この時代、人はその気になれば、ゲームを遊ぶだけで生きていける。

 生命維持装置付きのVR機器であるソウルコネクトカプセルを買えば、リアルを捨ててゲームの世界に没入し続けることができる。

 そうなると、リアルのことを完全に忘れてしまう人達が出てしまうのだ。

 

 だが、行政府というかAI達は人間に繁殖してもらいたいと思っている。

 みんなゲームの世界に入り浸ると、子供を産むこともなく肉体を失ってソウルサーバに入り、世代交代が行なわれなくなる。そうなると、人類の維持をするために、試験管ベイビーを工場で生産するだけになる未来が待っている。AI達は、そんな状態で文明を継続させたくないらしいのだ。

 

 だから、肉体をまだ失っていない生きた人間さんには、リアルの商品のCMを見せて適度にリアルに戻ってくるよう仕向けているのだという。

 ただし、そういったリアルに根ざした商品のCMだけでなく、没入し続けられるタイプのVRゲームのCMも流れているらしいのだが……。

 

「なるほどなー。でも、俺、テレビみたいな間隔でCM流れる映像提供サービス、見た記憶ないなぁ……」

 

「ヨシムネ様の目に入る形で流したことはないですね。他にも映像系サービスは多々ありますので」

 

「まあ、俺ってそもそも21世紀にいたころからあんまりテレビは見てなかったな。だから、ゲームやって漫画読むけど、アニメはほぼノータッチだし。実家の居間は、日中ほぼテレビの映画専用チャンネルつけっぱなしだったけど」

 

「ちなみにミドリが主に活動しているのは、このCMのある映像提供サービスです」

 

「あー、ミドリさん、テレビタレントなわけね」

 

 マンハッタン・アーコロジーで芸能人をしていると言っていた、ミドリシリーズ一号機のミドリさん。

 マンハッタンはアメリカ合衆国のニューヨークにあった都市だが、ミドリさんが住んでいるとなると、テレビスタジオ的な施設がありそうだな。

 

「宇宙暦300年記念祭に出場する人達も、そういうサービスで活躍しているすごい人達なんだろうなぁ。俺なんかが出るのは、気後れしてしまうぞ」

 

『自信持って!』『ヨシちゃんの歌唱力ならいけるって』『私はノブちゃんの方が心配です』『話題性だけは十分あるよ』『ノブちゃんも出るのか。応援メッセージ送ってやらんと』

 

「ノブちゃんのメンタル、本気で心配だ」

 

 と、そんな感じで話題が飛び飛びになりながら、雑談配信は二時間続いた。

 MMO実体験だけでなく様々なゲーム体験について語ったり、思いも寄らないゲームがこの時代でVRリメイクされているのを聞いたりと、21世紀にいた頃の思い出にひたるような楽しい時間を過ごせた。

 

 子供の頃にプレイしたゲームって、大人になってからやったゲームより強く印象に残っているよな……なんてことを思いつつ、今日の雑談配信を終えるのであった。

 



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186.27世紀のノンサイバネティックベースボール<1>

「ウリバタケー、野球行こうぜー」

 

 そんな言葉と共に、部屋に入ってきたアンドロイドが一人。

 プロのアンドロイドスポーツ選手であるオリーブさんがやってきたのだ。

 

 俺は、ボディの内蔵端末でプレイしていたモンスター育成RPGをスリープさせ、彼女に身体を向けた。

 

「またスポーツ施設へのお誘いかい? 今日は予定が詰まってないから構わないが」

 

「それもいいけどな。でも、今日は野球のお誘いだ」

 

「草野球でもするのか?」

 

 ヨコハマに草野球チームとかあるのかな。

 

「いや、野球観戦だ。明日、ヨコハマ・スポーツスタジアムでプロ野球の公式試合があって、それの始球式に私が出るんだ」

 

「へー、プロ野球なんて、この時代にまだあったんだ」

 

「おいおいヨシ、その程度の常識もまだ知らないのか」

 

「この時代の常識は、まだゲーム関連しか知らん」

 

「ヨシムネ様は常識にうとい方がいいのですよ。今はまだその方が、配信に彩りが出ます」

 

 俺達の会話に横から入るように、ヒスイさんが言った。お茶の湯飲みを載せたおぼんを手にしている。

 お茶が用意されたので、俺達は改めて居間のテーブル席に着き、会話を再開させた。

 

「で、始球式にオリーブさんが呼ばれているから、その試合を観にこないかってことか?」

 

「そうそう。内野席のバックネット裏にある指定席を三つ確保したから、明日予定がないなら行こうぜ! まあ、予定が無い事はヒスイから聞いているけどな!」

 

「まあ、記念祭の移動日まで配信はあと一回しかしないつもりだから、予定はガラ空きだが」

 

「行こうぜ! 行くよな?」

 

「じゃあ行こうか」

 

 そういうことになった。

 

 しかし、野球かぁ……。

 

「俺、野球あんまり詳しくないぞ。従妹(いとこ)愛衣(あい)ちゃんが東北のプロ野球チームの大ファンで、それに付き合わされていたからルールくらいは知っているが」

 

「ルールが解れば多分問題ないだろ! ニホン国区のチームが出るから、それを応援すればいいからな!」

 

「ニホン国区ってことは、国際試合?」

 

「ん? いや……ああ、21世紀と違って今の惑星テラは、一国区に一チームしかプロ球団はないぞ。惑星人口が相当少ないからな」

 

「ああ、確かにそうなるのか。地方にそもそも人が住んでいなくて、地元球団が作りようないか」

 

「そういうことだ。しかし、ヨシ、従妹なんていたんだな。初めて聞いたぞ」

 

四葉愛衣(よつばあい)ちゃんね。親父の妹さんの次女だな。俺の15歳下の女子高生だった」

 

「仲よかったのか?」

 

「農業が好きで、うちの家の手伝いをいつもしていたから、結構仲はよかったな。将来の夢は農家を公言していたけど、実家の跡取りは俺の予定であの子は継げないから、農家の嫁を目指していた。多分、俺もお相手候補として狙われていたな、ありゃあ」

 

「あの時代の日本は、従兄弟同士で結婚できたんだったか」

 

「そうだなー。俺も恋人とか学生時代にすらいなかったし、それもありかなってちょっと思ってた」

 

「妥協してないか、それ」

 

「30過ぎて恋人歴なしだと、妥協もするよ……」

 

 農家の跡取りとして結婚の必要があっただけだから、今の俺は結婚願望とかないけどな。ゆるゆるとゲーム配信者を続けられれば、それでいいのである。

 

「はー、可愛い従妹がいたんだなぁ。ヨシってあまり家族の話をしないらしいから、私達のネットワークにも情報流れてこないんだよな」

 

「そうだったか? 俺は一人っ子で、親父と母ちゃんと俺とで三人暮らし。父方の祖父母もまだ生きていて、親父に家業をゆずったが、道楽で小さな畑を持っていて現役で畑仕事をしていたな」

 

「山形県か。その辺りにはアーコロジーはないんだよなー」

 

「あそこも自然に飲まれてしまったか……。うちは先祖代々の地主で、俺がいた時代でも、まだ結構広い農地を持っていたな。当然、爺ちゃんも親父も山形出身だが、母ちゃんは北海道出身だ。婆ちゃんは関西で……奈良県かどこかだったかなぁ?」

 

 まあ、持っている農地が広すぎて、一部を貸し農地にしていたんだが。

 農業をやりたいサラリーマンだとか、定年退職で暇を持てあましている老夫婦だとかが、うちから小さな畑を借りて、趣味で畑仕事をしていた。俺は出不精だったから、貸し農地のお客さんとは交流を持っていなかったが、愛衣ちゃんはよく貸し農地まで遊びに行って話しかけていたみたいだな。

 

「北海道の祖父母はもう二人とも亡くなっていて、そっちの親戚とは交流がほとんど途絶えていたな」

 

「当時の北海道ってことは、母方の家も農業関連か?」

 

「そうだな。親父と母ちゃんは農業大学校で知り合ったとか言っていたな」

 

 俺は、東京の農大でそういった出会いはなかったけども!

 

「親父と母ちゃんで出身地が違うから、それぞれ東北と北海道にプロ野球チームができた一時期、夫婦間の仲が険悪になってなぁ。同じパ・リーグなもんだから」

 

「おっ、野球に話題が戻ったな!」

 

「それで、大の野球好きだった叔母さん……愛衣ちゃんの母親が間に入って、好きな球団があるのはいいが、他の球団を悪く思うなって説教して、丸く収まった」

 

「おー、その間、ヨシはどうしていたんだ?」

 

「両親からどっちのファンなんだって言われるのが嫌だから、無視してた」

 

 多感な思春期のころだったから、両親の険悪なムードにビビっていたとも言う。

 

「だから俺自身は、そこまで野球好きってわけじゃないんだ」

 

「そうかそうか。でも、野球を全く見ないってわけではないんだな?」

 

「そうだね。愛衣ちゃんに付き合わされて、球場に直接観戦とかも行っていたぞ」

 

 多分、あれはアッシーくん(死語)として便利使いされていたな。俺の分のチケット代は、俺が出していたし。

 

「じゃあ、明日の観戦も問題ないな!」

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

 その答えに満足したオリーブさんは、夕食を一緒に食べてからご機嫌な様子で帰っていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 12月11日。天気は快晴。絶好の野球日和だ。アーコロジーの中だから、毎日快晴なんだけどな。

 オリーブさんに渡された電子チケットでスタジアムに入場し、内野席に向けて移動する。

 

「そういえば、ここってサッカーとかもやるって前言っていなかったか? 思いっきり野球場なんだが」

 

「そのときに開催されるスポーツに合わせて、スタジアム内が入れ替わります」

 

「すごい。なにそれ……さすが未来だな」

 

 チケットの指定席にやってきて、俺とヒスイさんは座った。マジでバックネット裏だ。よくこんな席取れたなぁ。始球式に出る特典で貰えたんだろうか。

 ちなみに、バックネットはエナジーバリアでできているようで、半透明になっていて向こう側がとても見やすくなっていた。

 そのあたりの球場事情をヒスイさんに聞いているうちに、観客席が人で埋まってきた。

 

「人多いなー」

 

 周囲を見回しながら俺が言うと、ヒスイさんがすぐさま答える。

 

「ニホン国区にある各アーコロジーから野球ファンが集まっていますからね」

 

「へー、数万人入れそうなスタジアムを埋めるほどかぁ……人類、思ったほど引きこもりじゃないな」

 

 意外とリアルを大切にしてんじゃん。

 まあ、そりゃ人類の全部が全部、ゲームだけを趣味にしているわけじゃないだろうからな。

 身体を動かすことが好きって人もいるだろうし、スポーツを観戦するのが好きって人もいるだろう。どちらもVRで済ませられる気がするが、どうやらリアルでの体験を好む人も多いようだ。

 

「おっ、始球式が始まるぞ!」

 

 スタジアムの周辺に花火が上がり、ガイノイドのチアガール達がグラウンドを並び歩き、場を盛り上げる。

 そして、野球のユニフォームを着たオリーブさんがリリーフカーに乗って入場してきた。

 

「リリーフカーの文化って、この時代でも残っているんか……」

 

「野球は伝統文化ですからね。20世紀や21世紀の様式が今もなお残っています」

 

 ヒスイさんの解説をなるほどなー、と聞き、マウンドに登るオリーブさんをバックネット裏から眺める。

 

「オリーブさん、相手が人間のキャッチャーとバッターだけど、ヤバい投球とかしないだろうな」

 

「人間相手にはリミッターが働くので大丈夫ですよ」

 

 そうだといいんだけど。「死ねえ!」とか言って危険球投げないだろうな。あの人のアンドロイドスポーツ選手としてのあだ名、クラッシャーだぞ。

 そんな半分冗談混じりの気持ちでオリーブさんの投球を見守っていると、オリーブさんはとてもプロの選手とは思えない山なりのボールをキャッチャーに向けて投げた。

 それをバッターは空振りし、球場内が拍手に包まれた。

 

「あれえ? ヤバい投球はジョークにしても、プロの投手並みの剛速球を投げると思っていたんだが」

 

「オリーブ曰く、始球式でのヘロヘロボールは様式美だそうです」

 

「確かに素人が投げる始球式は、そういう感じだけれども!」

 

 俺とヒスイさんはそんな会話を繰り広げながら、バックネットの向こう側でリリーフカーに乗って去っていくオリーブさんを見送った。

 



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187.27世紀のノンサイバネティックベースボール<2>

 始球式の終了から十数分後、オリーブさんがユニフォーム姿のまま俺達の座る席までやってきた。

 

 俺の左にヒスイさんが座っており、オリーブさんは俺の右隣に着席した。両手に花だな。

 

 さて、バックネットの向こう側の試合は、日本のチームが後攻。日本人らしき黒髪の投手が、浅黒い肌のバッター相手にストライクをもぎ取っていた。

 それを観戦しながら、俺はオリーブさんに話しかける。

 

「しかし、12月でも野球の試合なんてやっているんだな」

 

「惑星テラのペナントレースはこの時期だと終わっているけどなー。これはクリスマスカップという太陽系の大会だな」

 

 オリーブさんの解説によると、本日の対戦カードはニューデリーアプサラス対ニホンタナカサムライズ。

 

 ニホンタナカサムライズの球団運営会社は、ニホンタナカインダストリ。ミドリシリーズのガイノイドを作っている会社だ。

 ニホン国区の関東圏に存在する野球場はこのヨコハマ・スポーツスタジアムのみなので、ここがニホンタナカサムライズのホーム球場となっているらしい。ニホンタナカインダストリの本社はヨコハマ・アーコロジーにはないのだが、球団運営会社の本社がホームにあるとは限らない。

 

「ちなみにアプサラスってなに? アプサラの複数形? アプサラってなんだ?」

 

 俺がそう尋ねると、今度はヒスイさんが答える。

 

「アプサラスの由来は、インド神話に登場する水の精霊です」

 

「はー、インド神話。宗教由来なのか。この時代にそういう命名あるんだな」

 

「由来は水の精ですが、ここでいうアプサラスは古くからある企業名ですね。ニューデリー・アーコロジーに本社を置くアプサラス中央出版がこの球団の運営会社です」

 

「ニューデリー……インドの首都だっけ?」

 

「はい、21世紀でいう、その地区ですね」

 

 21世紀でいう、ねえ。600年の月日が経っているから、国の名前が変わっていてもおかしくないんだよな。『MARS』をプレイした時に見た24世紀の世界地図では、アジア圏の大部分を新モンゴル帝国とかいう国が牛耳っていたし。

 

 そんなことを取り留めなく話しながら、野球観戦を続ける。

 そして、四回裏。サムライズの攻撃となった。

 サムライズのホームだからか、裏の攻撃はとても球場内が盛り上がる。空調は効いているが、どこか熱気を感じる。

 

「球場と言ったら、ビールの売り子さんのイメージがあるな。ビール飲みたいな」

 

 俺はそう言いながら、周囲を見渡すが、売り子はいない。

 オリーブさんが球場のARメニューから注文できると教えてくれたので、内蔵端末を起動してメニューを開いた。

 

 ビールを注文しクレジットを電子決済すると、すぐさま飛行ロボットがビールを手元まで届けてくれた。

 

「うーん、ロボットで配達とか、風情がないのか、SFっぽいよさがあるのか……」

 

 俺のその感想に、オリーブさんがおかしくなったのか笑い、さらに言った。

 

「あのロボット、ファールが飛んできたら華麗に避けるんだぜ」

 

「ファール命中したら、下の観客にビールがこぼれるんだろうか……」

 

「それはないだろ。品物は、機体の中にしまってあるからな」

 

「ああ、確かに手元に来てから、機体がパカッて開いたな」

 

 そんなやりとりをしている間に、サムライズの選手が2ランホームランを打ち、球場内が爆発的な歓声に包まれた。

 オリーブさんもよっぽど嬉しいのか、両手を上げて選手の名前を叫んでいた。

 そして、しばらくして落ち着いてから、オリーブさんが俺に向けて言った。

 

「この人達、みんなサイボーグ化せずに生身でやっているんだぜ。すごいよな」

 

「えー、うん、それ普通じゃね?」

 

 そう俺は思ったのだが、ヒスイさんの見解は違った。

 

「この時代の人間用スポーツは、サイボーグスポーツが主流です。ノンサイバネティックスポーツ……非サイボーグの人によるスポーツはそれほど盛んではありません」

 

「そうなんだ。サイボーグって、優良パーツが一つあってそれをみんなが使ったら、みんな同じ身体能力になるのかね」

 

「そうですね。購入に際して補助金の出る安価なパーツで足並みを揃え、選手の純粋な競技の腕とスポーツ用動作プログラムの腕を競い合うのがサイボーグスポーツです」

 

「前にそんなこと聞いた記憶がある。でも、なんで生身の方は盛んじゃないんだ?」

 

 俺のその疑問に答えたのは、ヒスイさんではなくオリーブさん。

 

「やっぱり、サイボーグスポーツの方が華があるからだな! 動きも速いし、力強いし、派手だぜー」

 

「なるほどなー。そりゃ、生身とサイボーグじゃ、身体能力に圧倒的な差ができるだろうな」

 

 ん? でも待てよ。

 

「じゃあ、なんでこの野球は、みんな生身でやっているんだ? 日本中から観客が集まる、人気スポーツなんだよな?」

 

「サイボーグ化した選手が野球なんてやったら、場外ホームランだらけになって興ざめだぞ!」

 

「ああ、スタジアムが、せますぎると……」

 

「飛距離を争う競技は、やっぱりノンサイバネティックが一番だなー」

 

「まあ、野球が人気スポーツの地位を築いていることは解るよ。ここから見える外野席、満員だもんな」

 

 内野席も見える限りでは、ほとんど埋まっている。

 野球って、この時代でも人を魅了してやまないんだな。

 

 しかし、野球か。他のサッカーとかのスポーツはどうなっているんだろうな。

 

「サッカーはこの時代、超能力が飛び交うサイボーグスポーツと化していますね」

 

 ヒスイさんが俺の疑問にそう答えてくれた。

 

「こわー。ファウルで人死にが出そうだな」

 

 そんな会話の最中にも、サムライズの攻撃は続く。

 1アウト3塁から外野へフライが飛び、犠牲フライでさらに1点が追加された。

 

「……俺がいた600年前とルールが変わっている様子がないんだが、これってすごくね?」

 

「ああ、そんなに変わっていないからこそ、素直に楽しめると思ってヨシを誘ったんだぜ?」

 

「600年前のルールや様式美を守り続けるとか、もはや伝統芸能の域だな……」

 

 21世紀の相撲ですら、数百年前とはいろいろやり方が変わっていただろうに。

 

 そうして四回の裏はサムライズが合計3点を取り、試合は1対3となりサムライズの優勢になっていた。

 さらに試合は進み、七回。俺はビールを三杯飲み干し、いい感じの気分になっていた。21世紀で球場に観戦しに来たときは、車の運転がありビールなんて飲めなかったので、今日は存分に楽しんでいる。

 

「そうだヨシ、記念祭で歌う曲決めたか?」

 

 俺の横でオレンジジュースを飲んでいたオリーブさんが、ふとそんな話題を出した。

 記念祭の話か。周囲に人がいるので、異星人のことを伏せるように注意しながら、俺は言う。

 

「まだだなぁ。ネタ的に『超時空要塞マクロス』の『愛・おぼえていますか』とかよさげかと思ったんだけど、恋愛ソングは趣旨に合わないんだよな」

 

 俺は、自分が生まれる前に放映されたアニメ映画の主題歌を話に挙げた。

 俺自身はテレビを見ない人間なのでテレビアニメに詳しくないが、母ちゃんが映画好きだったので、アニメ映画はまあまあ見知っている。

 

 他に音楽に関する宇宙人関連の映画で、印象に残っている作品だと『未知との遭遇』があるが、あれには主題歌がなかったはずだ。

 

「21世紀の曲だと、夏の高校野球の歴代応援ソングなんて、いいんじゃないか? 恋愛絡まないのもちゃんとあるぞ!」

 

 ジュースを飲み干したオリーブさんが、そんなことを言いだした。オリーブさん……観戦していて頭の中が野球一色になっているな?

 

「高校野球かぁ……アニメ映画並みに馴染みがないんだよな……」

 

 そもそも、くだんの異星人は動きが人類より遅いらしいから、スポーツにちなんだ曲って合わないんじゃないか?

 もしかしたら、超能力を活用したスポーツが盛んかもしれないが。

 

 その後もオリーブさんがお勧めのスポーツ関連曲を紹介していき、俺はそれを聞き流していった。

 そして、同点にもつれ込んだ9回。表のアプサラスの攻撃が0点に終わり、3対3。

 

 裏の攻撃に移るまでの間、着ぐるみマスコットが元気よく動き、場を盛り上げている。

 

「着ぐるみなんてこの時代にいるんだなー」

 

「あれは、着ぐるみじゃないぞ! ああいう姿をしたマスコットロボットだ! サムライズを導くサムライタヌキのイエヤスくんだ!」

 

 オリーブさんの解説に、俺は思わず苦笑い。

 

「タヌキって……歴史的な英雄への言われなき中傷を感じる……」

 

「ヨシムネって名前で美少女配信者やっている奴が、何言ってんだ?」

 

「それを言われると辛い!」

 

 確かにヨシムネという名前は、両親が農家だからって米将軍にちなんで名付けた、将軍ネームだけれども!

 

「イエヤスくんのアクロバットは凄いぞー。選手よりも機敏に動くんだ」

 

「そりゃあ、サイボーグ化していない生身の選手とロボットを比べたら、そうなるでしょうよ……」

 

「イエヤスくんの相棒はヒメサマキツネのゴゼンちゃんだ。彼女はスカートだから、そこまで激しい動きはしないな。不動芸が売りだ」

 

「不動芸が売りのマスコット、21世紀にもいたわ」

 

 まったく、ビールを運んでくる飛行ロボットがいなかったら、21世紀の球場に迷いこんだのかと勘違いするところだぞ。

 

 やがて9回裏の攻撃が始まり、三振、三振と続き、打順は一番に戻ってくる。

 相手の抑え投手が、意気揚々と初球を投げると……。

 

「うおー! 行った! あれは行ったぞ!」

 

 一番バッターが初球を打ち、すぐさまオリーブさんが叫び声を上げる。そして、打球は伸び、レフトスタンドへと飛んでいく。

 

「入ったー! うおー、サヨナラだぜー!」

 

 オリーブさんが嬉しさのあまり、バンザイをした。

 うーむ、たまたま観にきた試合で、サヨナラホームランを見られるとは。

 

 バックネットの向こう側で、ホームランを打った選手が、ガッツポーズをしながらダイヤモンドを一周した。

 ホームベースをしっかりと踏むと、ベンチから出てきた他選手が群がる。

 

「いやー、いいもん見られたな!」

 

 オリーブさんのウキウキ顔が見られて、俺も嬉しいよ……。

 

 そして、バックネットの向こうはヒーローインタビューへ。インタビューされる選手は当然のように、サヨナラホームランを決めたサムライズの一番バッター。インタビューアーはなぜかヨコハマ・アーコロジー観光大使のハマコちゃんだ。

 今日も元気なハマコちゃんが、選手から勝利の言葉を引き出していった。

 

 そうして試合は終わり、観客達が席を立って帰り始める。

 

「ヨシー。帰りに物販寄ってグッズ買っていこうぜー」

 

「試合は楽しかったけど、グッズ買うほどファンにはなっていないぞ」

 

「えー。そう言うなよー」

 

 俺の言葉に、オリーブさんは不満げだ。

 結局俺はオリーブさんに押し切られ、物販コーナーに寄ることにした。そこでは、サムライズのユニフォーム姿のアンドロイド達が、手渡しでグッズをファンに販売していた。この時代になんともアナログだ。

 

「ARメニューで販売して、家に直接送ればいいのに」

 

「何言ってんだヨシ。それじゃあ、グッズを直接持ったまま帰宅できないだろ。移動中もグッズを愛でるんだよ!」

 

「そういうもんか」

 

「そういうもんだ!」

 

 そしてオリーブさんが売り子のもとに一人で向かい、グッズを買いあさり始める。

 残された俺は、隣に立つヒスイさんに向けて言った。

 

「ヒスイさんは何か欲しいものある?」

 

「では、部屋に飾るためのイエヤスくんとゴゼンちゃんのぬいぐるみを」

 

「ああ、部屋に飾るなら俺のクレジットで買うよ」

 

 俺は売り子さんから、ぬいぐるみを無事ゲットした。

 

「ヨシ、メガホン買おうぜメガホン。そして今度は外野席で応援だ!」

 

「今あっても邪魔なだけだから、次来たとき試合開始前に買うよ」

 

「ぶー、ぬいぐるみだけかよー」

 

 グッズを大量に買いこんだオリーブさんをなんとかなだめ、追加で何も購入することなく物販コーナーを脱出した。

 そして球場に来ていたオリーブさんのマネージャーにグッズの山を預け、俺達は球場を出て、球場近くのラーメン屋で夕食を取った。

 

 何事もなくラーメンを食べ終わり、やがてオリーブさんとの別れの時間となる。

 

「また観にこような! ヨシ、約束だぞ」

 

「おう。次はもうちょっとチームのこと調べておくよ。実在選手が出てるゲームをやるとかな」

 

「おっ、じゃあ後で今年出たゲーム送っておくわ」

 

「そりゃすまんね。じゃ、オリーブさん帰り道気をつけて」

 

「ガイノイドの私をどうこうできたらすごいもんだぜ。ヨシも、記念祭頑張れ!」

 

 オリーブさんにそう応援され、俺はヒスイさんと一緒に帰路についたのだった。夜のヨコハマ・アーコロジーは、観戦帰りの人々で活気にあふれていた。

 



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188.おせち作り<1>

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。今日はお料理配信だ!」

 

『わこつ』『わこっつ』『来たか、試練の時が!』『いい加減、刃物にも火にも慣れてきた。画面を通して見るのはだけど』『今日もヨシちゃん可愛いね(はぁと)』

 

 今日のライブ配信はリアルからのお届け。もう何度目かになるお料理回である。

 

「似合うだろー。ハートのワンポイントつきのフリフリエプロンで、21世紀の新妻スタイルをイメージしたぞ!」

 

『新妻!』『なにその響き素敵』『ヨシちゃんもすっかり女子に染まっちゃって』『毎回どんなコスプレするか楽しみです』

 

 コスプレかぁ……。まあ、配信時の格好は、ファッションというよりコスプレ衣装と言った方がいいような服が多いけどさ。

 

「今日はいつもより人数多めでお送りするぞ。さ、それぞれ自己紹介を」

 

「はい。いつもの私、助手のヒスイです。今日は私もフリフリのエプロンです」

 

 いつもの行政区の制服の上にエプロンを着けたヒスイさんが、カメラ役のキューブくんに手を振った。

 そして、次だ。

 

「こんにちは! ヨコハマ・アーコロジー観光局所属のハマコちゃんです! 今日はお料理頑張ります!」

 

 ご存じ、ヨコハマ観光大使のハマコちゃん。ハロウィン放送以来の登場だ。

 

「皆様、ごきげんよう。ヨシムネお姉様唯一の妹、サナエです。そう、唯一の妹です。ポッと出の従妹なんかに妹キャラの座は渡しませんよ!」

 

「なに言ってんの、サナエ……」

 

 妙なことを言いだしたミドリシリーズのガイノイド、サナエに、思わず突っ込みを入れる俺。

 

『従妹とな』『何? そんなのいるの?』『えっ、でもヨシちゃんってタイムスリッパーだよね?』『まさか二人目の21世紀人が?』

 

「いやいや、それはない。ただ単にこの前、ミドリシリーズの人に、俺の家族の話をしただけだ。その中に、年下の従妹がいただけって話」

 

「お姉様、明らかにその子を妹として扱っていましたよね!」

 

「えー、どうだろ。まあ、ヨシ兄さんとは言われていたけど」

 

「やっぱり! そしてお姉様は、その子に自分が愛されていたと妄想するくらい、従妹さんを気に入っていたご様子。さらに、お姉様は妹属性のキャラが好き! 由々しき事態ですよ!」

 

「妄想言うなや」

 

 いや、確かに結婚相手として狙われていたというのは、俺の願望がちょっと入っていたかもしれないが!

 いいじゃん、女子高生に結婚を望まれていたとか考えるくらい、いいじゃん!

 

「なので、改めて主張しておきます。ヨシムネお姉様の妹は、私だけです」

 

「今はフローライトも居ますが」

 

 サナエの主張に被せるように、ヒスイさんが横からそう突っ込みを入れた。

 ああ、うん。俺がこのボディにソウルインストールされた後に製造されたミドリシリーズの子、サナエ以外にもフローライトさんがいたよな。

 

「あの子はミドリシリーズのネットワークに全然姿を見せないので、ノーカンですよ」

 

 機密性の高い異星人との交流事業を担当しているから、仕方がないんじゃないかなぁ……。配信中なのでそこは言えないけど。

 

「まあ、サナエの主張はその辺にしてくれ。今日のゲストはもう一人いるからな。さっきから画面端で見切れてニヤニヤ笑っている人どうぞ」

 

「ひどい扱いだなぁ。いや、ミドリシリーズの新しい子が楽しくやっているようで、嬉しくてね。あ、どうも。僕は、たまたまヨコハマに来ていたらここに連れてこられた、ニホンタナカインダストリ所属のタナカ・ゲンゴロウだよ。配信に映るのは久しぶりかな?」

 

 俺も会うのは芋煮会ぶりのタナカさんだ。ミドリシリーズを製造している第一アンドロイド開発室の室長をしている。

 今日はいつもの白衣姿の上に、フリフリのエプロンを着けている。これしかなかったんだ、仕方がない。

 

「以上の五人で本日はお送りするぞ!」

 

 俺はそうまとめて、キューブくんにキメ顔を向けた。

 

『多いな!』『わちゃわちゃしそう』『料理で五人って多くない?』『何作るんだ?』『それより、タナカ室長は生身の人間だけど、ヨシちゃん流の料理とか大丈夫?』

 

 ああ、この時代の人達は刃物と火が駄目ってやつか。

 そこは事前に確認したから問題なしだ。

 

「タナカさんは、火を使う鉄板焼きに近寄っても大丈夫な人だからな。あの芋煮会配信の参加者だ。焼肉だって食える」

 

「さらに言っておくと、仕事柄、機械加工で刃物や溶接機を扱うこともあるんだ。料理程度は問題ないよ」

 

 俺の説明に、さらに追加でタナカさんが情報を出してくる。

 うーん、この御曹司、思ったよりもしっかりした人だぞ。この時代で一級市民として働いている人なんだから、そこらの人とは色々違うってことか。

 

「というわけで、このメンバーで品数の多い料理を作るぞ。なので、今日は自宅のキッチンではなく、大人数で料理できるよう、ヨコハマ・アーコロジー内にある文化会館の調理室をお借りしているぞ! しかも、特別に21世紀風のガスコンロを用意してくれている……至れり尽くせりだな!」

 

 カメラ役のキューブくんが引いていって、室内を映していく。

 五人が動き回ってもまだまだ余裕のある調理室である。ガスコンロも五口用意されている。

 

『本格的やん』『いったい何を作るのか』『クリスマス料理か?』『冬至のお祭りか。伝統料理があるんだよね?』『七面鳥』『ブッシュ・ド・ノエル』『コーラ』『ミンスミート・ミンスパイ』『コーラは何か違くねえ?』

 

 クリスマス料理か。それもいいんだけどな。

 

「ここでみんなに一つお知らせだ。明後日から、俺とヒスイさんは宇宙暦300年記念祭の現地入りをするので、今年の配信は今回が最後だ。次の配信は、記念祭が終わって帰宅した後だな」

 

『うわ、本当かよ』『俺の唯一の楽しみが!』『君は普通のゲームも楽しんであげて』『仕方ないけど、寂しいなぁ』

 

「というわけで、今日作るのは、年内に作って、新年に食べる伝統料理だ。その名も、おせち!」

 

 俺がそう宣言すると、事前に打ち合わせていたとおり、他の四人が拍手をする。

 

「おせちとは! 解説のヒスイさんよろしく」

 

「はい。おせちとは、ニホン国区で正月に食される、伝統的な料理です。元々は正月の他にも季節の節目に食べられていた料理ですが、ヨシムネ様のいた21世紀初頭では、おせちと言えば正月料理を指したようです。正月は餅料理以外で極力火を使うことを控えるという風習が、かつてのニホン国区にあったようでして、そのためおせちは年明け前に仕込まれる保存性の高い料理だったようです」

 

 うんうん。火を使うことを控えるとか、俺の時代ではみんなやっていなかったけどな。

 それよりは、年明け前に料理を作っておいて、新年は厨房で働かなくて済むという利点の方が大きいだろうな。

 

「おせちを構成する料理の品数は多く、彩り豊かで華があり、まさに新年に相応(ふさわ)しい料理と言えるでしょう」

 

 そのヒスイさんの言葉を引き継いで、俺が言う。

 

「品数が多いので、今回は五人がそれぞれ別の料理を作っていくぞ。完成したものは、お重に詰めてから時間停止させ、年明けに改めて実食になる」

 

『今日は食べないのか』『試食は?』『うわー、味覚共有機能がオンになってない!』『せめて味見を!』

 

「品数が多いので味見していたらキリがないから、駄目です!」

 

 俺は胸の前で両手をクロスさせ、×の字を作って味覚共有機能の使用を拒否した。

 おせちの実食時はライブ配信するつもりなので許してほしい。なお、正月は記念祭の開催日だが、現地で配信を許可されるかは不明だ。

 

「それじゃあ、料理を作っていくぞ! アレ・キュイジーヌ!」

 

 20世紀の料理対決番組の主催者を真似て言ってみたが、みんなからは見事にスルーされた。

 おおう、そもそも自動翻訳機能があるから、俺がフランス語で演技して喋ったことに、そもそも気づかれていないかもしれない。

 

 それは仕方ないとして、俺は早速、自分の担当料理に取りかかることにした。

 俺の担当料理一発目は、伊達巻きだ。何気に、難易度が高い料理を割り振られている気がするぞ!

 



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189.おせち作り<2>

 巻き()で丁寧に巻いた伊達巻きを包丁で慎重に切り分けていく。

 一つ、二つ、三つ……。

 

「ふー、伊達巻きは強敵だったな……」

 

『ああ、まさかあんなことになるとは』『長く苦しい戦いだった……』『味は大丈夫なのかな?』『味の答えは正月に明かされる……』『味見しないって怖いな!』

 

「味見を絶対にしないとは言っていない。どれ、この端の方を……」

 

『あー、ずるい!』『味覚共有機能オンにしろよぉ!』『レギュレーション違反、レギュレーション違反です!』『こんな暴挙が許されていいのか……』

 

「あー、もう解ったって。実は許可申請自体は出しているんだ。今、オンにするな」

 

 配信用メニューを呼び出し、空間投影画面を操作して味覚共有機能をオンにする。

 そして、伊達巻きの端の方をパクリと食べた。

 

「んー、ちょっと薄味か?」

 

『そう? 美味いよ』『甘いんだな、これ』『食べたことない食感だ』『魚を使っているとは思えない』

 

「俺は今回これ作るまで、伊達巻きの材料が白身魚だって知らなかったよ……」

 

 卵だけでなんか上手いこと作るのだと思っていた。山形の実家でも、市販品を買ってきて切って出していただけだしな。

 

「あー、お姉様ずるいですよ! 甘いものを独り占めして!」

 

 と、視聴者とやりとりしていたら、甘味大好きサナエちゃんが近寄ってきた。

 

「おう、サナエは栗きんとんできたのか?」

 

「ふふーん、完璧ですよ。なので、ご褒美に伊達巻きの味見を」

 

「じゃあ、このもう一つの端の方を……」

 

「んむ」

 

 口に直接放ってやると、サナエはもぐもぐとその場で咀嚼(そしゃく)を始めた。

 そして、しっかりと味わって飲みこんでから、彼女は言う。

 

「私は、もう少し甘めの方が好みですね」

 

「栗きんとん、甘くし過ぎていないだろうな……?」

 

「やだなあ。甘味は、ただ甘ければいいというものではないですよ。バランスが大事なんです、バランスが。素人のお姉様は黙っていてください」

 

「お、おう……」

 

 サナエ、甘味のプロにでもなったのか?

 まあ、彼女の一品目は上手くいったということにしておこう。

 どれ、俺の方は二品目に入る前に、他の人達の様子を見にいこうか。まずはヒスイさん。

 

 俺はサナエを置いて、一人でヒスイさんのもとへと向かう。

 すると、ヒスイさんはまな板の前でエナジー包丁を使ってニンジンの飾り切りをしていた。梅の花の形に切られたニンジンが美しい。

 ちなみにエナジー包丁は野菜は切れるが生肉は切れないという、人の指に優しい包丁だ。エナジーハサミはあってもエナジー包丁はそれまで存在していなかったため、配信用にヒスイさんがニホンタナカインダストリに特注で作らせたらしい。

 本当は俺に使わせたかったようなのだが、伊達巻きは魚肉を使っているからあの包丁では切れないんだよな。

 

「あれ、ヒスイさん。担当って(こい)のうま煮じゃなかったっけ」

 

 俺が尋ねると、ヒスイさんはエナジー包丁の動きを止めずに返す。

 

「鯉のうま煮と各種煮しめと梅ニンジンを並行して作っています」

 

「お、おう。手際いいな……」

 

「担当が終わり次第、他の方のサポートにつこうかと」

 

「……了解。順調なようでよかったよ」

 

 俺はそう言って、隣のタナカさんの方へと移動する。

 

『さすがヒスイさんです』『料理用プログラム使って本気出しているんだろうなぁ』『最初は品数多くてどうなるかと思ったけど、アンドロイド三人いるなら安心だな』『包丁も金属製じゃないし』

 

 視聴者の言うとおり、金属ではなくセラミック製らしき包丁を使って、カマボコを切っているタナカさんが見えた。

 さすがに彼も慣れない料理でいきなり金属の刃を使うのは、ハードルが高かったのかもしれない。

 

 俺は、包丁を慎重に使いこなすタナカさんの横からゆっくりと近づいていき、驚かせないように声をかけた。

 

「タナカさん、調子はどう?」

 

「ん? ああ、この形になるまで、なかなかハードだったよ……」

 

「カマボコ作りなぁ。俺も市販のカマボコを切るだけだと思っていたんだが、まさかヒスイさんが魚から用意するとは思わなかった」

 

「身をすりつぶすのにフードプロセッサーがなかったら、今頃疲れて倒れていただろうね」

 

「21世紀の旧式設備ですんません……」

 

 エナジー包丁は用意したが、他の設備が21世紀の道具ばっかりにしてしまったんだよな。

 アンドロイドでもないのにそれを見事に使いこなしたタナカさんは、正直言ってすげえ。

 

「よし、全部切り終わった。紅白でめでたいね」

 

 タナカさんは、切り分けたピンク色と白色のカマボコをそれぞれ一つずつ手に取って、カメラ役のキューブくんに見せつけた。

 

「紅白がめでたいって、そういう感覚この時代でもあるんだな」

 

「そうだね。宗教観が変わったこの時代でも、ニホン国区ではまだ、何々がめでたいだとか、何々が縁起いいとか、そういった風習はいくらか残っているね。惑星テラの外にあるニホン系コロニーでは、どうだか知らないけれど」

 

『赤と白の何がめでたいの?』『あー、縁起をかつぐのは確かにまだあるかもなぁ』『何々をするとレアドロップが出やすいみたいな嘘テクが広まることも』『ところでヨシちゃん味見は?』

 

「全部味見していたらキリがないので、カマボコはなしだ。紅白は、なんでめでたいんだろうなぁ?」

 

「僕もそれは知らないな」

 

「ヒスイさんがこちらを見て解説したがっているが、ハマコちゃんを待たせているのでスルーだ」

 

 向こうから「そんな」と聞こえたが無視し、俺はタナカさんと別れてハマコちゃんのもとへと向かう。

 

「ハマコちゃん、調子はどう?」

 

「はい! 紅白がめでたいのは、諸説がありすぎて時空観測実験をしても一つにしぼれていないようですよ!」

 

「いや、そっちを聞きたいわけじゃなくて、料理はどう?」

 

「完璧です! 酢の物、全部作り終わりましたよー」

 

 ハマコちゃんに任せていたのは、ちょろぎを始めとした酢の物だ。

 こちらにも紅白なますという縁起のいい料理が混ざっている。いや、そもそも、おせち料理の大半に、なにかしら縁起のいい(いわ)れが用意されているらしいのだが。

 

「芋煮会の時から思っていたけど、ハマコちゃんって料理の手際いいよね」

 

「そこは年の功だと思ってくだされば!」

 

 ハマコちゃん、何気に稼働年数が長いっぽいからなぁ……。

 

「全部終わったなら、他の人の手伝いをお願いするよ」

 

「お任せください! 張り切っちゃいますよー。これも全て、楽しい新年を迎えるため! 正月は、記念祭を見ながらおせち料理です!」

 

 お元気そうでなによりです。

 

 さて、一通り回ったので、俺も料理の続きをやろうか。

 二品目は、黒豆だ。いいつやが出せるよう、俺も張り切っちゃいますか!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「これをこう詰めて……よし、三段重のおせち、完成だ!」

 

 最後のお重を詰め終えると、俺はキューブくんに完成した料理を披露した。

 

 色鮮やかなおせち料理。その詰め方にもいろいろ形式があるようで、今回はハマコちゃんの指示に従って三段のお重に詰めた。三段で一人前、それがこの場にいる五人分なので計十五段だ。合計するようなものでもないが。

 完成したおせちをお重に詰めるだけでもそれなりに時間がかかったが、三段重を食べられるとなると、なかなか豪勢な正月となることだろう。

 

 キューブくんの料理撮影が終わったので、俺は三段重を重ね、ふたをし、超能力を発動させた。

 それは、1月1日の正月になるまで、絶対に解けないようにした強力なエナジーバリア。バリアの中は、時間が停止している。これで、消費期限が近い料理も、余裕で正月までもつようになる。

 

「じゃ、これ、銀河標準時の1月1日0時まで時間停止させて開けられないようにしたから、各自持ち帰って正月に楽しんでくれ」

 

 俺はそう言いながら、三段重を一つずつ、四人に手渡していく。

 

『うわー、いいなぁ』『美味しそうだった』『でかいエビの焼き物がすごかった』『自動調理器に作らせたくても、材料の多さで躊躇(ちゅうちょ)する』『一人分だと材料あまりそうだしなぁ』

 

「そういうときは、リアルの友人と材料持ち寄って自動調理器に人数分作らせると、材料もあまりにくいんじゃないか?」

 

 俺がそう言うと、視聴者達が『なるほど』とコメントを返してくる。

『リアルに知り合いがいない』というコメントは、さすがに知らんとしか言えない。そこまでは付き合いきれない。

『ソウルサーバに入っていてリアルで料理が食べられない』だと? ゲームの中で、料理スキル使っておせち作れ!

 

「というわけでおせちは無事に完成したので、今年の配信もこれで終了だ」

 

『うおー、マジかー』『終わってしまった……』『一年の締めでゲームしないゲーム配信チャンネルがあるらしい』『今日は豪勢だった。メンバーも料理も』

 

「来年の始めは宇宙暦300年記念祭に出演するので、是非とも見てくれよな。それでは、皆様よいお年をお迎えください。21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

 俺はキューブくんに向けて手を振り、視聴者に向けて別れの挨拶をした。

 最初の配信を始めたのは今年の四月だったが、振り返ってみると、いい一年だった。記念祭のお仕事もこの調子で無事に成功させて、来年も楽しくやりたいものである。

 



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190.ヨコハマ・スペースエレベーター

「ヒスイさん、諦めて」

 

「ですが……」

 

「ホムくんに任せてあげて」

 

「しかし、半月以上も別れるだなんて……」

 

「フローライトさんに昨日言われたでしょ! ペット同伴不可だって!」

 

 12月15日。本日は、宇宙暦300年記念祭へ現地入りするための移動日である。

 着替えも用意し、おせちもしっかり仕舞って、準備は万端。と思ったところで、ヒスイさんが急に猫のイノウエさんを連れていくと言いだした。

 だが、それを予見していた他のミドリシリーズが、ペットを連れていかないようにとあらかじめ俺達へ伝えていた。

 

 置いていくのが心配なのは解る。解るのだが、そもそもイノウエさんは世話をしなくても壊れないペットロボットだ。それに、留守番は家事ロボットのAIを搭載したアンドロイドのホムくんが、全面的に請け負ってくれる。

 だから、連れていく必要はないのだ。そして、連れていっては先方の迷惑になるかもしれない。

 

「イノウエさん、行きましょう……ああっ!」

 

 イノウエさんの胴体をつかもうとしたヒスイさんだが、イノウエさんはスルッとヒスイさんの手をかわし、背中の羽を羽ばたかせた。イノウエさんはスペースエンゼル種という、品種改良された猫がもとになっているロボットなので、背中に羽があるのだ。

 

「イノウエさんも行きたくないってさ」

 

「そんなことありません!」

 

「……はぁー」

 

 対処に困った俺は、とりあえずイノウエさんにすがるヒスイさんを撮影してみた。我がアンドロイドボディは目がカメラになるのだ。

 そして、ヒスイさんがバッチリ写った写真を添付ファイルにし、ミドリシリーズのミドリさんに向けてメッセージを送った。写真付きの電子メールを送る感覚だな。

 すると、イノウエさんを追うようにふらついていた手が、ピタリと止まった。

 

「ヨシムネ様、よりによってミドリに……」

 

「ヒスイさんが悪いんだぞ。俺だって、生き物のレイクを置いていくのは、心配だ」

 

 レイクは動く植物だ。ガーデニング用に買ったが、今ではすっかりペット感覚である。

 

「ミドリシリーズのネットワークに、私の醜態が広まってしまいました……」

 

「ヒスイさん自身、今のこれが醜態だって解っているわけだ」

 

「……はい」

 

「どうすればいいか、解るよね?」

 

「……はい」

 

「じゃ、行こうか?」

 

「はい……」

 

 そんなこんなで、俺とヒスイさんは留守番をホムくんに任せ、部屋を出た。

 

 こうして俺達は、無事にヨコハマ・スペースエレベーターへと向かうことができたのだった。

 荷物は空浮く板、フライングディスクに載せてあるので手元は軽い。だがしかし、ヒスイさんの足取りは重かった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『本日は、ヨコハマ・スペースエレベーターをご利用いただき、まことにありがとうございます。わたくし、本日のアテンダントを担当いたします、トキワと申します』

 

 ヨコハマ・アーコロジーにある軌道エレベーターに着いた俺達は、事前に予約していた時間まで待ち、エレベーターの昇降機に乗りこんだ。

 昇降機は、数十メートルほどの細長い箱状の乗り物だ。連結部のない長い列車のような形状とでもいうのだろうか。もしくは、翼のない飛行機か。

 昇降機の席は、ヒスイさんの隣となっている。ヒスイさんがそうなるよう席を予約してくれたのだろう。荷物は、事前に預けてあり、昇降機の後部スペースに搬入されているようだ。

 

 定刻となり、客室乗務員(アテンダント)のアナウンスが流れた。

 その客室乗務員は、なんとミドリシリーズのトキワさん。以前、ヨコハマ・スペースエレベーター地上部にあるテレポーター施設の案内員をしてくれたガイノイドだ。

 偶然とは思えないので、俺の担当になるために裏でいろいろしたのだろう。多分。

 

『出発時刻になりましたので、まもなく発進いたします。壁側の外装を透過いたしますので、惑星テラから離れていく様子をお楽しみいただけます。高所恐怖症の方がいらっしゃいましたら、ARメニューから設定を変更するか、お近くのアテンダントをお呼びください』

 

 トキワさんがそう言うと、壁が透きとおり、外の様子が見えた。今はまだ、見覚えのあるヨコハマ・スペースエレベーターの建物内部だ。

 

『それでは、発進いたします』

 

 すると、昇降機はゆっくりと前進し、坂をのぼり始めた。

 坂は段々と急勾配になっていく。だが、ある地点から急に、椅子へ背中が押しつけられなくなった。

 透過した壁を観察する限りだと、どうやら、坂を登るうちに機体の角度が地面と垂直になったようだが……それなのに後方に身体が落ちていかないあたり、重力制御がされているのだろうか。

 

 昇降機は前進していく。正確には上昇なのだろうか。だんだんとスピードが速くなっていくが、身体に加速時特有の感覚はない。

 

 やがて昇降機は、軌道エレベーター施設の地上部を飛び出した。後方の景色に、巨大なヨコハマ・アーコロジーの建物が見える。顔を昇降機の透明な壁の方向に向けていると、さらにアーコロジーの外にある自然の風景が目に飛びこんできた。

 どんどんとアーコロジーが遠ざかっていく。次に前方に向き直ると、どこまでも続く軌道エレベーターの内壁が見た。さらに昇降機の天井へ視線を向けると、半透明になった軌道エレベーターの外壁が見えた。

 

 軌道エレベーターは雲の向こうにまで続いている。あ、今、昇降機が雲の層に飛びこんだな。速い。

 そして、すぐに雲の層を突破して、青空の向こうに昇降機が飛びだした。

 

『本機はただいま対流圏を突破し、成層圏を進んでおります。目的地のヨコハマ・スペースポートへの到着は30分後を予定しております。到着まで、ご自由にお過ごしください。なお、ARメニューから選択できる映像配信1チャンネルでは、わたくしトキワによるヨコハマ・スペースエレベーターの解説を配信します。興味がおありでしたら是非ご視聴ください。映像配信2チャンネルでは――』

 

「おっ、ヒスイさん。軌道エレベーターの解説だって。聞いてみようか」

 

「そうですね。そうしましょうか」

 

 俺はARメニューを呼び出すと、その中の項目から映像配信を選び、1チャンネルに合わせる。

 すると、視界にヨコハマ・スペースエレベーターの施設ロゴが映る画面が浮かんできた。ご機嫌なBGM付きだ。要は、イヤホンのいらない機内テレビだな。

 

 ロゴ画面でしばらく待つと、画面が変わり宇宙から惑星テラを見下ろす映像になった。その映像の惑星テラからは、一本の長い塔が宇宙へ向けて伸びているのが見える。これが軌道エレベーターだろう。

 映像は動き、どんどんと惑星テラから離れていく。

 

『ヨコハマ・スペースエレベーターは、太陽系統一戦争後の西暦2315年に着工し、西暦2328年に完成した軌道エレベーターです。なお、宇宙暦元年は西暦2332年になります』

 

 そんなトキワさんの声によるナレーションが聞こえる。

 

『太陽系統一戦争後に樹立した、マザー・スフィアを旗印とした新政府。この新政府は、惑星テラからの宇宙移民政策を円滑に進めることを方針とし、当エレベーターの建築を開始しました』

 

 ロボットゲームの『MARS』のラストでやっていたな、宇宙移民。目的は、崩壊した惑星環境をテラフォーミング技術で元に戻すためだったか。

 

『ヨコハマ・スペースエレベーターは、軌道リング式の軌道エレベーターです。地表から約10000キロメートル上空にある軌道リングから、地上に向けてケーブルがぶら下がっています』

 

 軌道リング? なんだそりゃ。

 

『軌道リングとは、惑星テラを一周するリング状の構造物です。ヨコハマ・スペースエレベーターの上空に存在する軌道リングは、ヨコハマ・オービタルリングと呼ばれています。ニホン国区のヨコハマ・アーコロジーと赤道を通り、惑星テラをななめに一周する長大なリングです』

 

 オービタルリングか。21世紀にいたころにプレイしたロボットゲームで名前を見た気がする。

 

『このヨコハマ・オービタルリングは、惑星テラ上に存在する計五箇所の軌道エレベーターと繋がっています。ヨコハマ・オービタルリングは先ほども説明しました通り、地表から約10000キロメートル離れた位置にあります。このリング上に皆様の目的地であるヨコハマ・スペースポートが存在します』

 

 スペースポート。要するに宇宙港だな。俺とヒスイさんは今回、ここに到着する宇宙船に乗り、宇宙船ごとテレポーテーションして目的の惑星へと向かうことになっている。

 地表部のテレポーター施設から直接、惑星ガルンガトトル・ララーシに飛ばないのは、惑星テラの記念祭出場者を一箇所にまとめてからテレポーテーションで飛ばす方針だからだ。まとめる理由は、地上から一人一人飛ばすよりソウルエネルギーの節約になるのと、向こう側の受け入れが楽だから、とのこと。

 

『現在ご搭乗いただいている昇降機は、リニアモーターで加速し、重力制御と慣性制御で機体内部の環境を保っています。最大上昇速度は約6キロメートル毎秒。地表から軌道リングまで30分ほどで到着いたします』

 

 6キロメートル毎秒って、時速でいくらだ? ガイノイドボディが勝手に計算をしてくれる。21600キロメートル毎時。おおう、確かに30分もしないで着くわ。

 

『機体移動の安全対策は十八の項目によってなされ、当エレベーター稼働から今日まで、重大な事故は一件も起こっておりません。ご安心ください。それでは、ヨコハマ・スペースエレベーターの各箇所を詳細に見ていきましょう――』

 

「はえー、すっご。この時代に来て、一番未来を感じているわ」

 

「建造は300年前なのですけれどね」

 

 俺の感想に、ヒスイさんが苦笑しながらそんなことを言った。

 ああ、確かに、太陽系統一戦争の頃の建造物か。

 

「でも、どうせ昇降機の速度は、この300年で上がっているんだろう?」

 

「そうですね。当初は地表から軌道リングまでの移動で半日かかっていたそうです」

 

「それが30分かぁ。はぁー、技術の進歩ってすごい」

 

 俺は映像で紹介される太陽光発電システムの図解を見ながら、思わずため息をもらした。

 さらにヒスイさんが言葉を続ける。

 

「ケーブルの損傷を考慮さえしなければ、地表と垂直に6キロメートル毎秒で飛ぶことはそう難しいわけではないのですけれどね」

 

「そんなもんか」

 

 21世紀のロケットは地表に対して斜めに第一宇宙速度で飛ぶんだったかな。

 第一宇宙速度がいくつかは知らないけれど。

 

「さて、ちょっと驚いたら、飲み物飲みたくなってきたな。ARメニューで……お、コンソメスープがある。これにしよう。ヒスイさんは何か飲む?」

 

「では、モッコスを」

 

 俺はメニューから飲み物を二つ頼む。すると、すぐさまロボットがやってきて、コップを二つ差し出してきた。

 

「アテンダントというか、トキワさんが運んでくると思ったのに」

 

「そこは、技術の進歩ですから」

 

 完全自動化された状況に俺が感想をもらすと、ヒスイさんは笑って返した。

 でも、こういうのって客室乗務員さんから直接渡された方が心がほっこりする気がするのだが……、そう思う俺は古い人間なのかねぇ。

 



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191.ヨシムネ宇宙へ

 ヨコハマ・スペースポート。高度10000キロメートルに存在する宇宙港だ。

 10000というのは、切りがいいからこの数字なのかな、と思ったが、違った。

 ヒスイさんが、宇宙港の通路を歩きながら説明を入れてくれる。

 

「高度10000キロメートルは、惑星テラの外気圏と宇宙空間のちょうど境目となります。大気圏、という言葉をご存じでしょうか?」

 

「ああ、大気圏突入とかよく言うね」

 

「その大気圏は、地表から見て順に対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏と分かれます。大気圏突入、という場合は、このうちの熱圏のある層、高度120キロメートルまで下った場合を言いますね」

 

「大気圏突入なのに、一番外の外気圏じゃなくて熱圏なんだ」

 

「そうですね。先ほど宇宙空間の境目は高度10000キロメートルにあると言いましたが、一般的に宇宙は、高度100キロメートルから上を指します。大気の強い影響があるのは、このあたりからです」

 

「ややこしいな!」

 

「21世紀に存在した国際宇宙ステーションは、高度400キロメートルに位置していました。大気の層があっても、宇宙は宇宙なのです」

 

「ふむふむ。でも、高度100キロメートルからはもう宇宙で、宇宙ステーションが400キロメートルなら、なんで軌道リングはそのあたりの高さに設置されていないんだ? わざわざ高度10000キロメートルなんかに作ったら、惑星テラを一周させるリングの全長が膨大な長さにならない?」

 

「その答えを出すには、まず軌道エレベーターの存在理由から考えなければなりません」

 

 存在理由?

 

 ええと、軌道エレベーターは地上から宇宙まで荷物や人を運ぶための施設だ。

 

 なぜわざわざそんな施設を用意するかというと、地上から宇宙まで宇宙船で移動するのは大変だからだ。大気圏を突破、突入するには、宇宙船に強度と熱耐性が求められる。

 他にも、惑星テラの重力を振り切るには、相応のエネルギーが必要だ。この時代だと、核融合炉や縮退炉が存在するので、そんな問題にはならないかもしれないが。

 

 一方、軌道エレベーターがある場合。宇宙船は惑星テラの地表まで行く必要はないので、宇宙船に強度は求められないし、エネルギーも大量消費しない。移動にいちいち時間をかけてなくとも、宇宙にある軌道エレベーターの宇宙港で物資や人のやりとりをすれば、それで済む。

 

「はい。そこで、高度400キロメートルで考えてみると、この高さはまだ惑星テラの重力の影響が強く残っています。さらに大気も高度100キロメートルほどではないですが存在しているので、宇宙船の運航に支障が出る場合があります。高度10000キロメートルまで行けば、重力の影響も少なく、大気も存在しないので、宇宙港を運用しやすいのです」

 

「なるほどなー」

 

 そんないつもとは違う、インテリじみたやりとりをしているうちに、俺達は宇宙港の目的地に着いた。

 宇宙船搭乗口。俺達が乗りこむ予定の宇宙船はすでにこの宇宙港へ到着している。ここからその宇宙船が見えるのだが、その外観はというと……。

 

「くじらっぽい」

 

「ギャラクシーホエール号です。アメリカ国区の宇宙造船業者が製作した、最新の中型宇宙船ですね。メイン動力は縮退炉一基、サブ動力は核融合炉四基。推進方式は反重力。搭乗可能人数は520名です」

 

「本当にくじらさんでしたか……」

 

 航空旅客機を越える大きさの宇宙船を見上げながら、俺達は搭乗口をくぐり抜けた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 宇宙船内部に待っていたのは、ギターケースを背負ったノブちゃんだった。

 

「どうしたのさ、ノブちゃん。ロックにでも目覚めた?」

 

「え……? あ、いえ。記念祭で、歌うだけでなく、演奏もしようと、思いまして」

 

「へー、ノブちゃん、ギター弾けたんだ」

 

「弾けたと言いますか……練習してきたんです。吟遊詩人になって、世界を旅するオープンワールドゲームで、時間加速機能を使って、一年間過ごしてきました」

 

「一年間!? ガチ過ぎる……」

 

「楽しかった、ですよ?」

 

「そりゃあ、なによりだけど……ちょっと喋りが流暢(りゅうちょう)になった気がするのは、その一年間のおかげかな?」

 

「トークが、上手になったのなら、嬉しいですね……!」

 

 しかし、ノブちゃんがギターか。『We Are The World』のギターアレンジ。絶対格好いいぞ、それ。

 

「それで、ええと、ヨシちゃんにお願いしたいことが、あるのですが……」

 

「おう、なんだ? 簡単なことならいくらでも言ってくれていいが」

 

「『We Are The World』のサビのコーラスをヨシちゃんとグリーンウッド閣下に、頼みたいんです。グリーンウッド閣下は、了承して、くださいました」

 

「そんなことか。おっけー、頼まれた」

 

「ありがとうございます……!」

 

 しかし、一年間の特訓かぁ。俺も何かしてきた方がよかったんだろうか。

 ううむ、向こうにVRゲーム環境はあるのだろうか。異星人にゲームを教えるって話があったから、ソウルコネクトチェアくらいはあると思うのだが。

 

 そんなことを考えていると、今度は閣下とラットリーさんがこちらにやってきた。

 

「ふう、挨拶回りとか面倒じゃったのじゃ……やっと一息つけるのう」

 

「おう、おつかれ?」

 

「疲れたのじゃ。惑星テラで名士になどなるものではないな」

 

「本当におつかれの様子だな……」

 

「この船は惑星テラ関係者しか乗っていないから、まだましなのかのう……そうそう、ヨシムネ。ヨシノブのコーラスの話は聞いたか?」

 

「ああ、さっき了承したところだ」

 

「それなんじゃが、私とヨシムネとヨシノブ、それにヒスイとラットリーで、バンドでも組まんかの?」

 

「バンドー? 急すぎないか?」

 

「練習時間は、向こうでソウルコネクトして時間加速すれば確保できる。設備はあるそうじゃ。それより、ヨシノブがせっかくギターを弾くというのじゃ。私達もコーラスだけでなく演奏で参加しようではないか」

 

「うーん、それって、ノブちゃんの『We Are the World』だけ?」

 

「そうじゃな。私が歌うのは300年前のバラード曲じゃ。そして、そなたの伴奏はアンドロイド楽団に頼むのじゃろう?」

 

「ああ、楽器演奏は、人間じゃなくてアンドロイド達がやるって聞いたからな。オーケストラでいけるっていうから、それに頼むことにした」

 

「私のピアノ伴奏とはえらい違いじゃなあ。私も楽団に頼むかの……。で、どうじゃ、ヨシノブ。バンドはありかの?」

 

 閣下が、ぼんやりと話を聞いていたノブちゃんに尋ねる。

 

「あ、え、その、お願いできるなら、すごく嬉しいです……」

 

「そうかそうか。決まりじゃの。それでは、パート決めをしようか」

 

 と、閣下が話を続けようとしたところで、船内アナウンスが鳴る。

 

『搭乗確認が終わりましたので、出発いたします。惑星テラの全ての宇宙港を回り終えましたので、ただいまより惑星ガルンガトトル・ララーシへと向かいます。まずは惑星テラと距離を取った後、テレポーテーションで対象星系まで直接転移いたします』

 

 フローライトさんの声だ。この宇宙船に乗っていたんだな。

 

『星系到着後、惑星ガルンガトトル・ララーシの軌道上にある宇宙ステーションに停泊し、皆様にそこで一旦降りていただきます。その後、宇宙ステーション内のテレポーター施設で、惑星地表に建設済みの人類用基地まで再度転移します』

 

 宇宙船で直接惑星に降り立つわけじゃないんだな。

 

『宇宙ステーションへの到着は、二時間後を予定しております。皆様、ご自由にお過ごしください』

 

 と、そこまでアナウンスが入ったところで、閣下が話を再開させた。

 

「で、ヨシノブ以外に楽器の経験がある者は?」

 

「全くなし。コーラスするなら、ドラムはちょっと厳しそうかな」

 

 と、俺。

 

「楽器演奏プログラムをダウンロード済みですので、なんでもお任せください。『Stella』でもヨシムネ様の聖歌スキルの伴奏を担当しております」

 

 と、ヒスイさん。

 

「同じくプログラムがあるのでどれでもいけますよー」

 

 と、ラットリーさん。

 

「なるほど。私はピアノとヴァイオリンとヴィオラを300年前に習っておったので、キーボードでも担当するかの」

 

 と、閣下。

 そこで、俺はふと気づく。

 

「楽器は用意してもらえるのか?」

 

「向こうにたんまり予備があるようじゃの。では、ドラムはヒスイかラットリーに任せるとして、ヨシムネはベースギターかリードギターじゃな。サイドギター担当は、ボーカルのヨシノブじゃな」

 

 なるほど、楽器の心配はしなくていいと。

 

「じゃあ俺は、ベースをやってみるかな」

 

「了解じゃ。ドラムはヒスイとラットリーのどちらがやるかの?」

 

 すると、ラットリーさんが手を上げた。

 

「はいはい! 私、リードギターやりたいですー」

 

「では、私がドラムということで」

 

 ラットリーさんの立候補を受けて、ヒスイさんはドラム担当になった。

 それを見た閣下は満足そうにうなずき、言った。

 

「うむうむ。どうじゃ、ヨシノブ。そなたのバックバンドができたぞ。しかも、歌に合わせて、20世紀風のバンド構成じゃ」

 

「ありがとうございます……! 感激です!」

 

 うん、善意の押しつけになっていないようならよかった。

 その後、俺達はどのように練習していくかを話し合い、時間は過ぎていった。

 

 宇宙船はいつの間にかテレポーテーションを完了していたらしく、壁に映し出される宇宙船の外の様子は、すっかりと様変わりしていた。

 外の映像には、一つの惑星が映し出されている。

 

 それは、雲がかかった青い美しい星。

 これが惑星ガルンガトトル・ララーシか。この青さは、地球と同じく海でも存在するのだろうか。

 

 宇宙船は惑星に少しずつ近づいていき、やがて宇宙ステーションらしき葉巻型の建築物が映像に映った。

 

『皆様、まもなく目的地に到着いたします』

 

 そうして俺達は、宇宙ステーションに無事降り立つことができたのだった。

 



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192.ガルンガトトル・ララーシの大地に立つ

今回、著作権の切れている歌の歌詞を掲載しています。


 宇宙船を降り、宇宙ステーションに入る。宇宙ステーション内部は、ぼんやりと青く光る金属で作られており、さらに天井には照明が備え付けられていてとても明るい。

 

 発光する金属とか不思議でならないが、異星文明によるものなのだろうか。

 そんな疑問を浮かべながら、集団で施設内を歩いていると、今度は緑色に光る建材で作られた部屋の前に到着した。

 そこで、フローライトさんのアナウンスが入る。

 

『ここがテレポーター施設です。順番にお入りください』

 

 そう指示されたので、俺達はきちんと並んで一人ずつ施設へと入場する。

 施設の中は、がらんとした何もない箱状の広い部屋であった。

 

 全員が部屋に入ると、壁に映像が流れ始める。それは、先ほど宇宙船からも見えた惑星の姿。

 

『これが惑星ガルンガトトル・ララーシです。青い綺麗な星ですね。でも、この青さは水によるものではありません。惑星の表面をおおう結晶生物由来の色です』

 

 結晶生物……?

 聞き覚えのない生物だ。フローライトさんがその謎の生物について説明を始めた。

 

『結晶生物は、惑星テラや惑星ヘルバにおける植物に近い存在です。知性を持たず地面に根を張って繁殖する生命体ですね。ケイ素生物の一種です』

 

 惑星ヘルバは人類文明が発見した、太陽系外にある惑星の名前だ。

 植物が存在する、惑星テラに極めて環境が近い星らしい。我が家のガーデニングコーナーにいる動く植物レイクはそこの出身だな。先ほどヒスイさんが飲んだモッコスという飲み物も、この惑星ヘルバの植物を煎じたお茶だ。

 

『惑星ガルンガトトル・ララーシの大気の主成分は窒素。それと酸素と水蒸気と二酸化炭素が少々。平均気温は180℃。重力は約0.94G。熱に関する感覚を切り替えれば、アンドロイドの身体で問題なく活動可能です』

 

「窒素と酸素と二酸化炭素か。ケイ素系の空気は含まれていないんだな」

 

 俺が隣に立つヒスイさんにそう話しかけると、ヒスイさんは小声で答えた。

 

「ケイ素ガスである水素化ケイ素、シランは、引火性の高い極めて危険なガスです」

 

「そうなのか。ほら、二酸化炭素相当の空気がケイ素であるとしたら、二酸化ケイ素とか……」

 

「二酸化ケイ素は、いわゆる石英ですね。この気温ではガスにはなりません」

 

「石英かぁ……そりゃ空気になるわけないか」

 

 どうやら、ガルンガトトル・ララーシの大気成分は、異星っぽさが薄いらしい。惑星テラに似た星だからこそ、生命が育まれたってことかな。

 

 と、そんな会話をしていると、フローライトさんが再びアナウンスをした。

 

『当ステーションは、惑星ガルンガトトル・ララーシの先住種族ギルバデラルーシによって打ち上げられた地表観測用の建造物です。彼らはコンピュータや外燃機関の技術を持たないため、全て超能力による人力で運用されていました』

 

 人力の宇宙ステーション! すげえな。軌道上に打ち上げるのも、サイコキネシスを使ったんだろうか。

 

『そこに、我々人類文明が接触し、ステーションを改修しました。照明を取り付け、重力を発生させ、宇宙港を整備しました。ギルバデラルーシは呼吸をしないため、惑星テラと同じ成分の空気を注入しています。ゆえに、本来ならば生身の人間でも活動が可能となっております。ですが、万が一の事故を防ぐため、今回はアンドロイドにソウルインストールしたアーティストのみを招いております』

 

 何かが起きて、うっかり有名アーティストが死んでしまったとかになると、せっかくの記念祭にケチがついてしまうからな。さもありなん。

 

『ギルバデラルーシはまだAIとアンドロイドに対する理解が薄く、AIのことを自動で動く道具だと認識しています。ゆえに、AIによる歌唱は本物の歌唱ではなく楽器演奏の類だと感じるようで、今回の記念祭にAIの歌手は招かれていません。AIのアーティストは今回、演奏に専念する予定です』

 

 なるほど、ミドリシリーズのヤナギさんとか人気歌手なのに、出場者に選ばれていないのはそういうことか。

 

『それでは定刻となりましたので、地上部の人類基地へと転移します。……転移完了しました。おつかれさまでした。後はAR上の指示に従い、宿泊施設に各位で移動してください。基地内の散策は自由ですが、基地からの外出は許可が必要です。ご了承ください』

 

 そのアナウンスが終わると、視界に矢印が表示された。これがARでの指示か。

 

「じゃ、移動しようか」

 

「はい」

 

 俺はヒスイさんを伴って、転移用の部屋から出た。

 すると、視界の上部に空が見えた。時刻は夜なのか、空は暗く、星がまたたいている。

 

「ヨシちゃん、空すごいですよ、空!」

 

 そんなことを叫びながら、ノブちゃんが俺の方に駆け寄ってきた。

 

「おー、綺麗な空だな」

 

「私、アーコロジーの外に、出たことないので、夜空を見上げるのって、初めてなんです!」

 

「そうなんだ。確かに俺も、この時代に来てから夜空を見上げる機会ってなかったなぁ……」

 

「両親から聞いていたとおり、とても綺麗です……」

 

 ノブちゃんに釣られて顔を上に向けて空を見上げると、一面の星の海。

 

「知的生命体が高度な文明を築いているのに、空気は汚れていないんだなぁ。これは21世紀の田舎でも見られなかったレベルの光景だぞ」

 

「うふふ。あの星のどこかに、惑星テラが、あるんですかね……ロマンチックです」

 

 惑星テラは恒星じゃないので、見えてもそれは太陽だと思うが、無粋なので黙っておく。

 

「なんで宇宙船から見た光景より、ここから見える夜空の方が、素敵に、感じるのでしょうか……」

 

「あー、確かに、星が綺麗な気がするな」

 

 空を見上げながら、ノブちゃんとそんな会話をする。

 疑問が浮かんだときは、ヒスイさんの出番だ。

 

「大気の影響ですね。上空には温度や密度が異なる空気の層がいくつもあり、その境界で光が屈折するため、地上から見た星は光がゆらいで、またたいているように見えるのです」

 

「なるほどなー」

 

「はわー、学術的です……」

 

 しばらく星を眺めていた俺達だが、ふとノブちゃんが背中のギターケースを下ろし、中からギターを取りだした。

 それは、弦の張られていないエレキギターだ。フライングV。ギターケースの形状から薄々予想していたが、ノブちゃんがフライングVだと……? アコースティックギターとかの方が、似合うんじゃないかな!

 

「ヨシちゃんとヒスイさんに、私の修行の成果を見せます! 聞いてください、『きらきらぼし』」

 

 ノブちゃんがギターを構え、手を上に振り上げる。すると、光る弦が6本ギターにかかり、ノブちゃんの手に光るピックが現れた。

 エナジーマテリアルだろうか? 未来の楽器は弦もこんなんなのか。確かにエナジーマテリアルでできているなら、弦が演奏中に切れる心配がない。

 

「Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are」

 

 ノブちゃんの演奏は続き、俺はその歌声に聞き惚れる。

 エレキギターで演奏する『きらきらぼし』というインパクトにも負けない、ノブちゃんの美しい歌声。

 なるほど、吟遊詩人を一年やり遂げたのは、嘘ではなかったらしい。

 

「Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are...」

 

 やがて、歌が終わり、ノブちゃんはギターの弦を弾いて曲を締める。

 すると、いつの間にか集まっていた人間やアンドロイドの聴衆達が、一斉に拍手をした。

 

「あ、どうも。ありがとうございます。ありがとうございます」

 

 ノブちゃんはその拍手に、笑顔で手を振って答えた。

 てっきり恥ずかしがるのかと思っていたが、彼女も立派な配信者ということか。受け答えがしっかりしている。

 

 そうして五分ほどノブちゃんは聴衆達の相手をした後、俺達は解散することにして宿泊施設へと移動し始めた。

 宿泊施設は、廊下に扉が並ぶホテルのような場所で、俺とヒスイさんは相部屋だった。

 

 宿泊施設の部屋の中は、リビングに寝室、遊戯室、トイレがある。風呂場はない。ナノマシンで洗浄できる時代だから、用意されていないのだろう。

 遊戯室を確認すると、革張りのソウルコネクトチェアが二台並んでいた。

 

「おっ、ちゃんとあったな。これがあれば、楽器の練習もはかどるぞ」

 

 俺はソウルコネクトチェアを手で撫でながら、そんなことを言った。

 すると、ヒスイさんが横から半目で告げる。

 

「覚悟してくださいね」

 

 か、覚悟……?

 

「今回の記念祭は、一流のアーティスト達が集まる祭典です。そんな中で、素人丸出しの演奏を披露するわけにはいきません」

 

「お、おう……」

 

「ヨシノブ様は、ゲームで一年間ギターを練習してきたと言いました。グリーンウッド卿は昔ピアノを習っていたと言いました。では、素人のヨシムネ様はどれだけの期間、練習が必要でしょうか」

 

「ええと、時間加速して三ヶ月くらい……?」

 

「三ヶ月で済ますなら、練習時間をみっちり詰めこまなければなりませんね」

 

「うぅ、お手柔らかに……」

 

 久しぶりのVR修行か……震えてきやがったぜ……。

 



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193.未知との遭遇

「よっ、みんな久しぶり!」

 

 惑星ガルンガトトル・ララーシの人類基地、その宿泊施設にある談話室で、俺はノブちゃん達にそう挨拶した。

 

「ひさ、えっ、久しぶり……?」

 

「なんじゃ、ヨシムネ。昨日会ったばかりではないか」

 

 俺の挨拶に、ノブちゃんは混乱し、閣下はうろんげな視線を向けてくる。ラットリーさんはただ黙ってニコニコとしている。

 うーん、そんな反応も、今となっては懐かしい……。

 

「いや、俺もゲームの中で楽器の練習をしてきてな……約一年間過ごしてきたぞ……」

 

「ええっ、本当ですか!?」

 

「ヨシムネ……ここに到着してからまだ半日しか経っておらんぞ。どれだけの加速倍率でプレイしたのじゃ」

 

 うん、ヒスイさんが急いだ方がいいからって言うからさ……。

 そんなヒスイさんは、俺の飲み物と茶菓子を談話室に用意されたカウンターへ取りにいっている。

 

「お待たせしました。基地ではカカオとサトウキビの栽培をしているようで、チョコレートがお茶請けに用意されていました」

 

「お、サンキュー、ヒスイさん。こっちに来て、何か飲み食いできるとは思っていなかったよ」

 

「一応、生身の人間が来ても大丈夫なよう、食品生産工場が基地内にあるようです」

 

「ああ、惑星の土でカカオを育てているイメージをしていたけど、そういえば今の時代は野菜や果物って工場生産だったね……」

 

 ヒスイさんからコーヒーとチョコの載った皿を受け取り、俺はノブちゃん達が座るテーブル席に着く。

 すると、お茶を飲んでいたノブちゃんが、コップをテーブルに置き、俺に向けて言った。

 

「ヨシちゃんは、なんていうゲームで、一年間、過ごしたんですか? 私がプレイしたのは、『吟遊詩人・悠久なる旅人』というタイトルでしたけど」

 

「『cyberpunk:punkrock』だな。タイトル通りサイバーパンクの世界観で、反体制派のパンクロッカーになって、音楽で企業群の支配体制をぶち壊すってゲームだった」

 

「それはなんともまあ、今時にしては本当にロックなゲームじゃな」

 

 俺の説明に、閣下が呆れたように言う。

 うん、確かに、あのゲームをずっと続けたら、マザー・スフィアの支配体制に対しても反抗しそうなほど反骨精神が養われそうだった。

 

 以前、ヒスイさんにゲームとリアルを混同するのはやめようと言った俺だが、ゲームによるリアルへの影響って地味にあるとも思っている。

 ゲーム内で美味しそうな食事シーンを見たら、リアルでも同じような物が食べたくなる。スノーボードを滑るゲームをやっていたら、リアルでもスキー場に行きたくなる。ゲームや漫画、アニメの人への影響って、確かにあるのだ。

 

 ゲームの中で悪人プレイしたからって、リアルでも悪いことをしたくなるとかは、そうそうないけどね。人間には理性があるので。

 でも、『cyberpunk:punkrock』は、ちょっとなぁ……。あれだけ濃い人間ドラマが繰り広げられる反体制ゲームをやったら、現実でも反発心をこじらせそうだな、なんて思わないでもない。

 

「で、練習の成果はどうじゃった?」

 

「一人でできることはやりきったつもりだ。後は、実際の曲を合わせて練習する時間かな」

 

「それは重畳(ちょうじょう)。では、惑星テラと異なる大気の音への影響も考えて、楽器と場所を借りて一度リアル側で練習を――」

 

「グリーンウッド様ー、ウリバタケ様ー、ブラシェール様ー、いらっしゃいますかー?」

 

 と、会話の途中で俺達を呼ぶ声が。グリーンウッドは閣下の家名、ブラシェールはノブちゃんの本名だな。

 

「おお、ここじゃ、ここ」

 

 閣下が声の主に手を振る。すると、やってきたのはミドリシリーズのガイノイド、フローライトさん。

 フローライトさんは、俺達のテーブル席までやってきて、ぺこりとお辞儀をする。

 

「皆様、おはようございます。宿泊施設では快適に過ごせたでしょうか」

 

「うむ。手狭ではあったが、問題なく眠れたのじゃ」

 

 おおう、閣下、さすが元貴族。あのそこそこ高めのホテルと遜色(そんしょく)ない部屋も、手狭に感じたらしい。

 

「申し訳ありません、VIP用の豪華施設の類は用意していないのです……」

 

「よいよい。それより、用件はなんじゃ?」

 

「はい、では、早速ですが、本日のご用件を説明させていただきます。ゲーム配信者のお三方には、この星の先住種族、ギルバデラルーシの重鎮に会っていただきます。それぞれの担当は別の方で、三人には、お相手にソウルコネクトゲームを紹介してもらうことになります。特別な依頼ですので、達成後にクレジットで報酬が支払われます」

 

 む、やっぱりその仕事が来たか。

 ギルバデラルーシとゲームで遊ぶのか。人間じゃなくても、VRゲームは遊べるんだな。魂を接続するという手法だから、種族に関係なくプレイが可能なのかね。

 

「あの、それぞれ別の方、なんですか? 私達、全員で、会うわけではなく……?」

 

 ノブちゃんが不安そうな顔で、フローライトさんに尋ねた。

 

「はい。そうですね。それぞれ異なる場所にいらっしゃる、別の方です。各々がギルバデラルーシ全体に対して影響力の強い人物ですので、最初にこの方々へゲームを紹介するという試みです」

 

「紹介するゲームはなんでもいいかの? 私だと、『MARS』が得意じゃから、それの紹介になりそうじゃが」

 

 今度は閣下がフローライトさんに質問をする。

 

「今回使うタイトルは、こちらでいくつか選定してあります。もちろん、要望があれば選定されていないタイトルも審査のうえで許可を出します。ですが、ロボット搭乗ゲームは、ギルバデラルーシには自らが乗りこむ乗り物の文化がないので、初手に持ってくることは厳しいかと思われます」

 

 乗り物の文化、ないのか! そういえば、外燃機関自体がないとか言っていたな。

 超能力があるからテレポーテーションで全部済ませているのだろうか。

 

「ウリバタケ様は何か質問ありますか?」

 

 フローライトさんにそう尋ねられたので、俺も質問を一つすることにした。

 

「この基地で会うの?」

 

「いえ、この基地は人間用の温度環境に整えられていますので、面会は外で行ないます。外は気温が極めて高いので、アンドロイドボディの感温機能を調整しておいてください」

 

 あー、人間と同じ感覚に設定したまま外に出たら、気温100℃超えで熱くてのたうちまわるとかになるのか。気をつけよう。

 

「では、質問がないようでしたら、詳しい打ち合わせを行ないます――」

 

 フローライトさんに説明を受け、俺達はバンドの練習を取りやめ、それぞれの目的地に向かうことになった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 俺とヒスイさんは、フローライトさんに直接案内され、空飛ぶ乗り物に乗って惑星内を移動した。

 その乗り物は、機械翼のある小さな航空機。大気中を飛ぶなら、この時代でも機体に翼があった方が安定するのだろうか?

 

 揺れも加速の圧もない飛行は二十分ほど続き、俺達はギルバデラルーシの居住地に到着した。

 青く輝く建材で作られた、建物群。美しい都市だ。

 

 その都市の中を歩いて進むと、そこかしこから打楽器と弦楽器の音と、低めの歌声が聞こえてきた。

 都市全体で合唱を行なっているようだ。

 ギルバデラルーシの歌声は、人間基準で聞いても特におかしいところはなく、聞いていて不快感を感じるだとか、不調になるだとかいったことは起きないようだった。むしろ、いい声過ぎて気分が高揚するくらいだ。

 

 さらに、ギルバデラルーシの言語はすでに翻訳済みのようで、視界に歌の翻訳歌詞がAR表示されるのが見えた。

 歌詞の内容を見るに、生命の賛歌を歌っているようだ。

 

「到着しました。ここです」

 

 歌を背景にしばらく進むと、フローライトさんが一つの建物の前で歩みを止めた。

 青い建材の建物。一階建てだが、高さはそれなりにある。人間よりもギルバデラルーシの背が高いからだろう。

 

 建物に扉はなく、扉の代わりにサイコバリアが張られているのが見える。

 フローライトさんは、そのサイコバリアの膜に真っ直ぐ進み、バリアをまるでないかのように通過した。

 

「さ、どうぞ。このバリアは室内に外の埃を入れないためだけの物です」

 

「んじゃ、失礼しまーす」

 

 俺はヒスイさんより先に建物内に入場する。

 建物内は……なんというか、複数の機械が置かれてごちゃごちゃとしていた。

 

「あれ、ギルバデラルーシには機械の文化はなかったはずでは?」

 

 俺がそう疑問を口にすると、フローライトさんではなく、室内に居た別の人物が答えた。

 

「ああ、散らかっていてすまねえな。ここは俺が間借りしている部屋だ。ギルバの奴らが機械に疎いのはその通りだ」

 

 その台詞を放ったのは、ギルバデラルーシではなく、人間だった。

 短くかりこまれた黒髪にアジア人っぽい黄色い肌、浅緑色のツナギを着た、三十代ほどに見える男性だった。

 

 現在のこの場所の気温は200℃を超えているので、生身の人間ではないのだろう。おそらく、俺と同じようにアンドロイドにソウルインストールした人間だ。

 というか……。

 

「どこかで見覚えがあるような……」

 

「おっ、お前も『MARS』をプレイした口か? 俺っちも有名になったもんだなぁ。俺は田中宗一郎(たなかそういちろう)つうもんだ。機械技師をやってる」

 

 

「『MARS』で田中さん……ああ! タナカ・ゲンゴロウ室長のご先祖様!」

 

 ロボットアクションゲーム『MARS~英傑の絆~』に登場した、ロボット好きの技術者NPCと同じ顔だ!

 

「ん? なんだお前、日本田中工業の関係者か?」

 

「ニホンタナカインダストリをスポンサーにして、ゲーム配信者をしている瓜畑吉宗といいます」

 

「おっ、じゃあ、お前が、今回来てくれるっていう21世紀人か!」

 

「ああ、はい、21世紀の山形県から来ました」

 

「うひひ、お前の方がご先祖様じゃねえか!」

 

「21世紀に子供は残していませんけどね……」

 

「子供を作る前にガイノイドボディになってんのか。性を超越するには、まだ若いだろうに」

 

 性を超越……。そこまで達観したつもりはないけれども。

 

「タナカ様、そろそろ大長老を……」

 

 と、フローライトさんが横からそんな言葉を投げかけてきた。

 

「おお、すまねえな。調整は終わっているぞ」

 

 そう言いながら、田中さんは部屋の中に置かれていた一番でかい機械の箱に向けて歩いていく。

 そして、箱の横に備え付けられたパネルで、なにやら複雑な操作を始めた。

 うーん、今まで散々見てきたこの時代の未来感あるガジェットの数々よりも、あの機械はどことなくアナログっぽさが強いぞ。

 

「さて、ウリバタケ様。これからお目にかかるギルバデラルーシの重鎮について、再度説明します」

 

 フローライトさんが、俺に向けてそう話しかけてきた。

 

「ああ、お願い」

 

「ここにいらっしゃるのは、ギルバデラルーシ型アンドロイドにソウルインストールした、元大長老です。ギルバデラルーシは一人の長老の下で群れを作る社会性の生物で、大長老は世界各地にいる長老を束ねる、ギルバデラルーシで一番尊い存在です」

 

 うん、社会性っていうのは、蟻とか蜂とかの女王を頂点とした群れを作る生物の生態だな。

 

「彼の方は、約500年前にお亡くなりになり、この地方の『魂の柱』に魂を保存されていました。それが、今回、田中様が開発したギルバデラルーシ型アンドロイドへ実験的にソウルインストールして、500年ぶりに蘇りました」

 

 ケイ素で作る有機コンピュータの開発が難航しているって記念祭の説明会で聞いたけど、ソウルインストールを試せるだけの水準は満たしていたんだなぁ……。

 

「彼の方は、ソウルコネクトゲームにも関心を寄せており、先日SC空間への接続実験にも成功しました。大変開明的なお方です」

 

「よし、調整終了だ。起動するぞ!」

 

 フローライトさんの説明に割り込むように、田中さんが言った。

 すると、田中さんがいじっていた大きな機械の箱から空気が抜けるような音が聞こえ、ゆっくりと箱が開いていった。

 

 箱の中から出てきたのは、体高3メートルほどの人型の存在だ。

 銀色ののっぺりとした頭部を持ち、光沢のある黒色の服を着た巨人。服の胸部は大きくはだけてあり、銀色に光る胸部には複雑な紋様が刻まれている。

 ギルバデラルーシ。そのアンドロイドのお目見えだ。

 

「おう、ゼバ。外の様子は見えていたな? お前にお客さんだ」

 

「そこはまず、身体の調子を聞くのではないか?」

 

 田中さんの言葉に、ギルバデラルーシの大長老がそう言い返す。大長老の声は、口から出た物ではない。そもそもギルバデラルーシの頭部に口はない。胸部の紋様が振動して、低い声を出していた。

 

「俺っちの調整は完璧だ。調子を聞くまでもねえな」

 

「そうか」

 

 そこまで言葉を交わしたところで、大長老は箱から出てくる。

 そして、ゆっくりと歩き、俺の方へと近づいてきた。

 

「はじめまして。私はゼバ・ガ・ドランギズブ・ゼ・ゲルグゼトルマ・ガルンガトトル。よろしく、教導官殿」

 

 お、おう……。名前長え。

 

「お初にお目にかかります。瓜畑吉宗です」

 

「ウリバタケ、ヨシムネ、どちらが名前であるか?」

 

「ヨシムネが名前で、ウリバタケが家名ですね」

 

「そうか。よろしく、ヨシムネ。私のことはゼバと呼んでくれ。人間にとって、私の名前は長くて覚えにくいのだろう?」

 

 さっき長いと思ったばかりなので、俺は思わず苦笑してしまった。

 すると、横からフローライトさんが説明をしてくれる。

 

「ドランギズブ地方のゲルグゼトルマ族の長老にして大長老であるゼバ様、という意味の名前です」

 

 解説できなくて、ヒスイさんがぐぬぬとしている気がする。だが、今回の交流担当官はフローライトさんなので、ヒスイさんは落ち着いてほしい。

 

「本当は元大長老なのだが、生きている元長老や元大長老を示す名が存在しないので、このような名乗りとなった。そのうち名が変わるかもしれない。しかし、ゼバという個体名は変わらないので、ゼバと覚えてくれ」

 

「はい、ゼバ様ですね」

 

 俺がそう言うと、ゼバ様はわずかに前屈しこちらに手の先を向けてきた。

 

「人間は、こういうとき手と手を握りあうのだろう?」

 

 握手か。

 俺は、わずかに躊躇(ちゅうちょ)して自分の手を彷徨(さまよ)わせた後、意を決して彼の手を取り握手をした。

 手、でけえ。しかも八本指。

 

「よろしく」

 

 そうゼバ様が言ったので、俺も笑顔で答える。

 

「よろしくお願いします」

 

 握った手を上下に振った後、俺達はゆっくりと手を放した。

 そして、俺は安堵のため息をついて、言った。

 

「いやー、手を触れたら化学反応が起きて爆発! とかならなくてよかった」

 

「何を言ってるんだ、おめえは」

 

 田中さんが呆れたように突っ込みを入れてきた。

 さらに、ヒスイさんが言った。

 

「この惑星の生物を構成するケイ素化合物は、非常に安定しています。心配せずとも、存分に触れあえますよ」

 

「そもそも俺っちが、触れただけで爆発するようなアンドロイドを作るわけがねえだろうが」

 

 ヒスイさんの説明に続けて、田中さんがそう言った。

 すると、ゼバ様が胸の紋様から「キュイキュイ」と奇妙な音を出した。

 

「何の音?」

 

 俺がそう言うと、フローライトさんが答える。

 

「ギルバデラルーシの笑い声ですね」

 

「私もこの身体で笑ったのは初めてだ。しっかりと笑えるのだな」

 

「俺もテストのために笑わせようとはしたんだがなぁ。どうやらジョークのセンスは俺にはないらしい」

 

 そんなことを田中さんが言うと、ゼバ様がまた「キュイキュイ」と胸を震わせた。

 

「おっ、どうやら俺にもセンスはあったようだな! がはは!」

 

 田中さんのその言葉に、俺も釣られて笑いが漏れる。

 こうして、俺の初めてになる異星人とのコンタクトは、無事成功したのであった。

 

 さあ、挨拶が終わったら、次はゲームの時間だ。張り切って遊ぶとしようか!

 



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194.ダンスレエル300(ダンス)<1>

 人類とギルバデラルーシは共に、直立二足歩行の人型生物だ。

 腕と脚にはそれぞれ肘関節と膝関節が一つずつあり、足の構造も指の数は違えどもそれなりに似通っている。

 

 それはつまり、どういうことか。……すなわち、彼らは人と同じように踊れるということだ。

 

 そして、彼らは音楽がとても好きな種族だ。

 では、どうするか? そう、ダンスゲームだ!

 

「というわけで、今回は行政府推薦ゲームの『ダンスレエル300(トロワサン)』という、今月発売されたばかりのダンスゲームをやります!」

 

 VR空間で俺がそう宣言すると、ヒスイさんとフローライトさんが拍手をしてくれた。

 それに遅れるようにして、ゼバ様も豪快に両の手を激しく打ち合わせて拍手をした。どうもどうも。握手の他にも、拍手の存在も知っていたのね。

 そして、田中さんは我関せずとVRメニューから(たたみ)とちゃぶ台を取りだし、座りこんでお茶をすすっている。

 

 今回のゲーム紹介は、以上の五名でお送りしております。

 田中さんはゼバ様の経過観察に来ただけだし、フローライトさんも俺が粗相をしないかの監視なので、実質的には俺とヒスイさんとゼバ様の三人でプレイだ。

 

 VR空間であるSCホームはデフォルトの設定なのか、真っ白な空間が広がっている。フローライトさんも、少しくらいは風景いじってくれればよかったのに。

 

「録画中はトークの質維持のために敬語を使わない主義なので、許してくださいね」

 

 かたわらに立つゼバ様に、俺はそう声をかけた。

 そう、今回のゲームの様子は録画編集して、記念祭の中で公開される予定だ。記念祭で人類全体に、ギルバデラルーシと交流に成功している事実を公表するらしい。そして、交流の実績を人類に見せるために、今日のプレイ風景が動画になるとのこと。

 

「敬語か。そもそも我々には敬語の概念はない。君達からもたらされた概念だ」

 

「あ、そうなんですか……」

 

「ゆえに、ヨシムネも敬語を使わずともよい」

 

 そりゃあ、気が楽だな。敬語ってどうも苦手なんだよな。

 

「しかし、ダンスか……我々が祭事で踊るときは、極めてスローなリズムの曲で踊るのだが……」

 

 ああー、ギルバデラルーシって動きが人間よりもスローなんだったな。でも、このゲームが推薦されているということは、その辺は問題ないと思うのだが。

 

「ソウルコネクトゲームですから、問題ありません。現実の身体よりも、身体能力が上がった状態でダンスが可能です」

 

 フローライトさんがそう説明をしてくれた。さらに、座ったままお茶をすすっていた田中さんが言う。

 

「おめえさん、今は高性能のアンドロイドなんだから、現実世界でも激しいダンスができるぞ。ロックでもユーロビートでも余裕よ」

 

「なるほど。それはよきことを聞いた。ロックやユーロビートというのはダンスの種類か?」

 

「音楽の種類だぞ」

 

「ほう?」

 

 そういえば、ゼバ様もアンドロイドなんだった。熟練の機械工である田中さんが作ったアンドロイドなわけだし、その気になれば、ミドリシリーズの運動性能くらいは平気で出せるのかもしれない。

 

「さて、それじゃあゲームを始めていくわけだけど、このゲームもヒスイさんはテストプレイ済みなのかな?」

 

「はい。先ほど一通りの曲は踊り終えています。ゲームの説明をいたしますね」

 

 ヒスイさんが、ゲームの概要を話し始めた。

 

『ダンスレエル300』は、全身を使ってダンスを踊るダンスゲームだ。

 ダンスを踊るなら当然のことのように聞こえるかもしれないが、それは違う。ダンスゲームの中には、特定のステップだけを踏むゲームや、上半身の動きだけを見るゲームもある。というか、俺がいた21世紀では、そういったダンスゲームの方が多かった。

 

 このゲームは、曲ごとに決められたダンスが用意されている。曲が始まると目の前に反転した虚像が現れ、決められたダンスを踊るので、その動きを真似して踊ることになる。

 さらに、頭の中に、次どう動くべきかのイメージが流れるので、その通りに身体を動かすのだという。うーん、未来のダンスゲーム、すげえな。

 

 ちなみに、システムアシストは効かない。思考操作で勝手に身体が動くということはないのだ。まさしく、リアル通りな動きを求められるハードなダンスゲームだ。

 

 とはいっても、プレイヤーキャラクターの身体能力は高く、体幹もばっちりで、とてもダンスに向いたボディでプレイができるらしい。

 リアル通りの身体能力に落とすことも可能らしいのだが……俺もゼバ様も、アンドロイドボディだから、リアル通りにしても超人的身体能力を発揮することになってしまうな。

 ここは、ゲームのデフォルト設定で、プレイヤーキャラクターの身体能力を適用することにしよう。

 

「では、ゲームを起動いたします」

 

 ヒスイさんはそう言って、バスケットボール大のゲームアイコンを手の中に出現させると、高々と掲げてみせた。

 すると、背景が切り替わり、タイトル画面になる。どこかのアーコロジーかコロニーのストリートで、若者がダンスを踊っているのが見える。田中さんとフローライトさんの姿は消えていた。

 

「ほう、ここは?」

 

 そうゼバ様が興味深そうに言ったのだが……。

 

「ゼバ様、縮んどる!」

 

 俺は思わず叫び声を上げてしまった。身長180センチメートルほどになったゼバ様が、俺の横でただずんでいたのだ。

 

「む? ふむ、ヨシムネ、大きくなったな」

 

「背景のNPCのサイズを考えるに、ゼバ様が人間サイズになったんだと思う」

 

「そうか。しかし、なぜこのようなことに?」

 

 ゼバ様の疑問に、ヒスイさんが答える。

 

「現実通りの身長ですと歩幅に大きな差ができて、ヨシムネ様と並んでダンスしたときに、脚がぶつかってしまいます。ですので、脚の長さを基準に身長を人間に合わせています」

 

「なるほど。確かに、元の大きさだとヨシムネを踏み付けてしまうかもしれないな」

 

 はー、しっかり考えているんだなぁ、ヒスイさん。

 

「ところで、ここは人間の居住区か?」

 

 改めて、ゼバ様がストリートで踊るNPC達へ顔を向けながら言った。

 ギルバデラルーシって目がないのっぺらぼうだけど、顔に相手を見る器官があるのだろうか。

 

「はい。惑星テラのマンハッタン・アーコロジーという都市をもとに作られた背景ですね」

 

「そうか。人間の居住区は背が高いのだな」

 

「人間は個体ごとの身長差がさほどないので、住処に階層を作って土地を節約する習性があります」

 

「面白いな」

 

 うーん、異文化コミュニケーションしているなぁ。

 だが、まだタイトル画面なんだよなぁ。

 

「さて、背景に興味が尽きないかもしれないが、今日の目的はダンスだ。ゲームを進めていこうか」

 

「そうだったな。任せる」

 

 ゼバ様に任されたので、まずはキャラエディットだ。

 キャラエディットと言っても、容姿は変えるつもりはないので、服装のチェンジくらいである。

 

「じゃ、踊りやすい好きな格好を選んでくれ」

 

 俺はどうするかな。とりあえず、パーカーにカーゴパンツで、頭に帽子を被ってヒップホップスタイルでいくか。

 

「ふむ、踊るならばゲルグゼトルマ族の祭事の衣装がよいのだが……」

 

「ありますよ」

 

 あるのかよ! ゼバ様の要求に、見事ヒスイさんが答え、ゼバ様が光沢のある黒い服から衣装をチェンジする。

 

 それは、ヒラヒラが腕に複数ついている独特な民族衣装だ。色は相変わらずの黒。

 

「ゼバ様、黒が好きなの?」

 

「黒は大長老を象徴する色なのだ。黒い服や鎧は、大長老にしか身につけることを許されておらぬ。私は元大長老だが、今の大長老から黒を身につけてよいと言われている」

 

「なるほどなー。人類の歴史でも、紫色が偉い人の色だったとか聞いたことあるな」

 

「似た文化があるものだな」

 

 ゼバ様の衣装が決まり、ヒスイさんも動きやすそうなピッチリした服を着る。

 

 踊る用意ができたので、まずはチュートリアルを行なう。

 

 チュートリアルの内容は、基本的なステップの練習だ。

 目の前に虚像が現れ、『1・2・3・4』とステップを踏む。俺とゼバ様とヒスイさんは、横に一列に並んで虚像の動きを真似する。

 

「む、ふむ、くっ、むむ……」

 

 ゼバ様が苦戦している。

 おそらく、素早く動くことに慣れていないのだろう。身体能力は十分にあるはずだが、慣れがないと難しいってことだな。

 

 しばらく俺達は、チュートリアルのステップを続けた。

 そして、10分ほど練習して慣れてきたところで、上半身の動きを入れる。

 

 ラジオ体操第二のムキムキポーズのようなものや、バンザイ、頭の上で拍手など、様々な動きをする虚像を真似していく。

 

「むう! むむ……速い踊りは難しいな」

 

 ゼバ様は、上半身と下半身の動きを同時にするのがまだ慣れない様子。

 そこも慣れ次第なので、粛々(しゅくしゅく)とチュートリアルを続けた。

 

 そして最後に、立体的な動きをする。三人で左右に入れ替わったり、前後に並んで踊ったり、手を繋いで回転したりする。

 もうその頃にはゼバ様もダンスにかなり慣れていて、楽しげに踊っていた。

 

 チュートリアルは無事に終わり、ゼバ様は絶好調。いよいよ、本格的にゲームを開始することになる。

 

「さて、楽曲に合わせて踊るぞ!」

 

「よきかな。楽しみである」

 

 ゼバ様が、胸の紋様から「キュイキュイ」と音をさせて喜んでいる。テンション上がってきたな。

 



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195.ダンスレエル300(ダンス)<2>

 チュートリアルを終え、ゲーム本編を開始する。

 とはいえ、まだ最初は簡単なダンスから始めた方がいいだろう。

 

 俺は、曲目の発表年代を20世紀から21世紀初頭までに指定し、さらにダンスの難易度が低い曲を探す。

 すると、見覚えのある曲名が最初に出てきた。

 

「おっ、『butterfly』じゃん。これにしよう」

 

「どのような曲なのだ?」

 

 俺が曲を決めると、ゼバ様が興味深そうに尋ねてきた。

 

「ゼバ様は、俺が元々600年前の時代に生きていたって知っているか?」

 

「うむ、宗一郎から聞いている。災難であったな」

 

「俺がいた600年前に世界的ヒットを飛ばしたダンスゲームがあって、この曲はそのゲームを代表する収録曲の一つだ」

 

 足でタイミングよくパネルを踏むという、新ジャンルとして登場したそのダンスゲーム。今までになかったその遊び方は一世を風靡(ふうび)し、いくつかの代表曲と共にゲーマーの記憶に深く刻まれた。

 そんな代表曲の中でも、とりわけ有名なのがこの『butterfly』だ。

 この曲は、そのゲームでも初心者用の難易度で知られていた。そのため、多くの人が、ゲームセンターや家庭用ゲーム機で気軽にこの曲を踊った。

 

「じゃあ、開始するぞー」

 

 俺とゼバ様、そしてヒスイさんが横に並んで、曲を開始する。

 すると、遠くに山脈が見える草原に背景が変わり、軽快な伴奏が始まった。

 

 俺も、単に下半身のステップを踏むのではなく、全身を動かすダンスとしてこの曲を踊ることは初めてだ。

 さて、どんなダンスになっているのか……。

 

 女性ボーカルの歌声に合わせ、頭の中に流れてくるイメージの指示に従い、俺はダンスを全力で踊った。目の前に反転した虚像もいるので、解りやすい。

 ダンスの内容は、さすがに難易度が低いこともあって、基本的なステップを繰り返し、簡単な上半身の動きを入れる程度だ。

 

 だが、曲のテンポ自体は、それなりに速い。

 

 俺はゼバ様の様子を気にしながら、リズムに合わせてダンスを続けた。

 ゼバ様は……楽しそうだな。ときおり胸部から「キュイキュイ」と音を出している。

 

 そして、三分ほどの曲が終わり、俺達三人はダンスを終えた。

 

「ふいー、ちゃんと踊れたかな? ゼバ様、どうだった?」

 

「ふむ……サムライとは?」

 

「え、ダンスじゃなくて歌詞についてか? サムライは、俺の出身地の日本って地域に昔いた、戦闘を行なう階級だな」

 

「戦闘……狩人か?」

 

「いや、獣じゃなくて、土地の奪い合いとかで襲ってくる人間を撃退するための職業だ」

 

「……!? そうか。人間は人間同士で争うのであったな」

 

 ゼバ様は、驚いたのか身をのけぞらせた。

 

「そうだね。惑星テラの歴史は、人間同士の争いの歴史だ。争っていないのはここ300年ほどじゃないか?」

 

 太陽系統一戦争が終わってからは、人類文明に争いらしい争いは起きていないらしい。マザー・スフィアによる管理統治のおかげだな。

 

「争わないで済むよう、進化したのだな」

 

「うーん、生物的な進化というよりも、社会制度を整えた感じだな。社会が崩壊したら、また争い出すと思うぞ」

 

「なるほど。覚えておこう。では次に、バタフライとは?」

 

 歌詞に興味津々だなぁ、ゼバ様。

 

「バタフライというのは惑星テラにいる生物で、虫っていう種類の小さな生物の一種で――」

 

 俺はヒスイさんも交えて、ゼバ様に歌詞にまつわるあれこれを説明することになった。

 それを踏まえて、もう一度俺達は『butterfly』を踊った。

 

 ゼバ様も今度こそ完全に満足したようなので、次の曲へいこう。

 

 さて、ダンスを踊る前に、一つ話をしよう。

 俺がこちらに飛ばされる直前の2020年。その当時に、コントローラーを片手に持って実際にダンスを踊るという、実にハードなダンスゲームシリーズがあった。

 

 当時すでに多くいたゲーム動画の配信者達は、このゲームを上手く使った。

 コントローラーを持って踊るだけでなく、モーションキャプチャ等を使って身体の動きを取りこんで、連動した3Dモデルを踊らせてその様子を動画配信していたのだ。

 

 俺もときどきその動画をネットで見ていた。

 その中でも、三頭身のデフォルメされたケモ耳幼女キャラクターに踊らせた動画シリーズは、見ていて可愛くて仕方がなかったのを覚えている。

 

 そのダンスゲームの収録曲の中でも一番好きな曲である『Land Of 1000 Dances』が、なんとこの『ダンスレエル300』にも収録されていた。

 なので、次に踊る曲はこれに決めた。

 

『Land of 1000 Dances』の邦題は『ダンス天国』。ゲーム用に書き下ろされた曲というわけではない。

 

 ヒスイさんによると、元々は西暦1960年代にアメリカで発表された楽曲らしい。

 その曲がアレンジされ、カバーに次ぐカバーで、何度もヒットチャートに躍り出た経歴を持つとのことだ。

 

「1000か……。人間は10進法を使っているのだな」

 

 ヒスイさんの解説を聞いていたゼバ様が、そんなことを言いだした。

 

「ん……? あ、ああー、そうか、ゼバ様達は8本指だから、10進法を採用していないのか!」

 

「うむ、私達が普段使っている数は16進法だ」

 

「それはまた、コンピュータとの相性がよさそうだなぁ……」

 

「そうなのか」

 

「ああ、コンピュータは2進法や16進法を使って計算するらしいぞ」

 

 正直、ITにはあまり詳しくないのだが。パソコンは問題なく操作できていたが、俺は根っからの文系ならぬ農業系だ。

 

「2進法は数の桁が膨大になりそうだ」

 

 ゼバ様がそんな感想を述べたので、俺もちょっと考えてから答える。

 

「コンピュータは数字の桁数がどれだけ膨大になっても、間違えることなく正確に計算をしてくれるからな」

 

「計算ならば大長老だった私に勝てる者は、そうそういないぞ」

 

「俺もアンドロイドボディだから、計算力だけはすごいぞ」

 

「ああ、そうか、今の私は生身ではないのだったな。計算する力も変わっているかもしれないな」

 

 そんなことを言い合ってから、俺達はダンスを開始した。

 背景は、落ち着いた雰囲気の酒場らしき場所。その酒場に作られたステージの上に、三人並んで立っていた。

 

 そんなステージの上で、俺はダンスを踊る。

 大好きな曲なので、ノリノリになりながら踊った。まさしくダンス天国だ。

 

 ゼバ様の接待なのに、俺自身が楽しんで曲が終わった。

 

「美しい音色だった。管楽器というのか?」

 

「あー、サックスとかトランペットとかが伴奏に使われているよね、この曲」

 

 ゼバ様の感想に、俺はそう答えた。

 管楽器は彼らの文化にはないのか? 俺が首をかしげていると、ヒスイさんが言った。

 

「ギルバデラルーシは人間と違い、呼吸をしません。ですので、呼気で演奏する楽器が存在しないのです。彼らの声は、声帯を呼気で振動させるのではなく、肉体のけいれんによって出されています」

 

「ああ、そうか! ゼバ様、顔に口がないもんな!」

 

「一応、道具で風を送り金管で音色を出す巨大な楽器はあるのだが、個人が携帯して持つ気鳴楽器は存在しないな」

 

 ゼバ様の説明に、俺はパイプオルガンを思い浮かべた。確かに、あんなもの持ち運びできるわけがない。アコーディオンみたいな楽器はないのかな?

 そこで気になって、俺はゼバ様に質問をする。

 

「じゃあ、ギルバデラルーシが使っている楽器には、どんな物があるんだ?」

 

「金属の弦を弾いて音を出す弦楽器と、結晶を叩いて音を出す打楽器が主だな。管楽器の美しい音色は、正直言うとうらやましい。私も可能ならば演奏してみたいものだ」

 

「田中様に頼めば、アンドロイドのボディに呼吸機能を搭載してもらえるかもしれませんね」

 

 おお、ヒスイさん、それナイスアイディアじゃね?

 

「ふむ……それもありか……」

 

 要検討ということにして、次の曲へと移る。

 

 次に俺が選んだ曲は、『Dragostea Din Tei』。邦題は『恋のマイアヒ』。その曲を三人で踊る。

 

 ダンスのステージは空を飛ぶ飛行機の翼の上で、VRと解っていてもなんとも足がすくむ思いだった。

 でも、手を横に広げて飛行機のポーズで踊るのは、とても楽しかった。

 

 ダンスの難易度は少し上がっていて、三人で前後に交差する動きや、三人で肩を組む動作が入ったが、それもゼバ様は楽しめたようだ。人間と同じサイズになっていてよかったな。

 

「別れの曲か。恋という概念は未だよく解らないが。子孫繁栄に必要な感情なのは解るが、友情とどう違うのか」

 

「恋愛曲に関しては、歌詞は深く考えずにそういう文化もあるのか、で流しておくれ」

 

 などという会話を交わす一幕もあった。

 そして、その後も何曲か21世紀の曲を選んで踊り、開始から2時間半ほど経ったところで、今日はお開きにすることにした。

 

 ゲームを終了し、SCホームの白い空間へ戻ってくる。

 

 すると、田中さんとフローライトさんがちゃぶ台の前に座って煎餅を食べながら、俺達を迎えた。

 フローライトさんが、座ったままこちらに向けて言う。

 

「おつかれさまでした。初めてのゲーム体験、いかがでしたか?」

 

 ゼバ様に向けて話しかけたのだろう。俺は彼の言葉を待つ。

 

「これは、体験の楽しさをテレパシーネットワークに載せるか迷うところだな」

 

 ふむ? その心は?

 

「とてもよき体験だったので、この感覚をネットワークに載せてしまいたいが、そうすると他の者が自分で直接体験するときの楽しみを奪ってしまうことになる」

 

「あー、ネタバレに関する注意ね」

 

 ゼバ様の言葉に、納得して俺はそう言った。さらにゼバ様が続ける。

 

「うむ。我々の娯楽は、音を奏でるか、誰かが思考した物語を受け取るか、テーブルゲームをするか、物作りをするか程度であった。ゆえに、そのあたりを配慮する必要はあまりなかったのだが……」

 

 まあ、身体の動きが遅く、コンピュータもないのでは、娯楽の種類も限られるわな。

 

「我々は群体生物だ。それゆえに若い個体は自我が薄く、個ではなく群れとして動こうとする。娯楽を自発的に楽しもうという気概が少ないのだ。だが、この娯楽の登場で、もしかしたらその在り方が変わっていくのかもしれない」

 

「……なんか、えらいことになりそう?」

 

 俺がそう尋ねると、ゼバ様は声を明るくして答える。

 

「原始的な群体生物からの脱却は、私達の長年の課題だったのだ。惑星テラの時間でいう約512年前、敵対種族の根絶に成功し、生活に困難がなくなってからというもの、どうやら個を尊ぶ風潮が新たに芽生えたようだ」

 

「ゼバ様が亡くなってからのこと?」

 

「そうだ。私は敵対種族との最後の大決戦で死んだからな。その後のことは、テレパシーネットワークで伝え聞いた話しか知らない」

 

 そんな話をした後、その場は解散となり、現実に戻った俺はヒスイさんと二人で、基地へと帰った。フローライトさんは、まだゼバ様のところでやることがあるらしい。

 

 そして翌日。

 

 フローライトさんが俺達のもとへとやってきて、俺達が帰った後のことを話した。

 俺達が『ダンスレエル300』をプレイする様子を編集して一本の動画にし、それをゼバ様に頼んでギルバデラルーシのテレパシーネットワークに流したところ、大反響があったようだ。

 次々に「自分もやってみたい」という声があがったらしい。それも、自我が薄めの若い個体からも、プレイの希望があったのだとか。

 

 さらに、俺達以外のゲームプレイも成功したらしい。つまり、ノブちゃんと閣下だ。

 ノブちゃんは、彼らが文学をたしなんでいるということで、アドベンチャーゲームを。閣下は、いずれロボットゲームを伝える布石として、レースゲームをそれぞれ紹介したようだ。

 

 ゲーム文化は問題なくギルバデラルーシに受け入れられたため、彼らにソウルコネクトチェアを配給することが決定したらしい。

 急ピッチで製造が進められ、年内には全世界のギルバデラルーシに届ける予定だとか。

 そして、そのソウルコネクトチェアを使って、宇宙暦300年記念祭を会場に来られない遠くのギルバデラルーシ達に見せるのだとか。マザー・スフィアは、惑星上にいるギルバデラルーシの全員に、記念祭を見てもらうことを目標にしている、らしい。

 

 うーん、歴史が動いたって感じだ。

 そのきっかけに、俺達のダンス体験があったのかと思うと、感無量だな。

 俺は、宿泊施設の談話室の一角を使い、ヒスイさんと二人で祝杯を挙げることに決めたのだった。

 



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196.The Twinkle(落ち物パズル)

 エナジーマテリアルの弦を指で勢いよく弾く。

 ベースに内蔵された機器がそれを増幅し、腹に響く低音を奏でる。

 

 ベースは縁の下の力持ちだ。

 ギターのように存在を強く主張することも、ドラムのようにリズムを激しい音で作り出すこともしない。

 しかし、ベースが存在しないと、とたんに音楽から深みが消えてしまう。

 

 そんな心意気で気持ちよく弦を弾いていったところで、曲はサビに突入する。

 俺は、顔を上げて目の前のマイクに向けて、歌声を放った。

 

 チャリティーソングに相応しい、慈愛に満ちた歌詞をノブちゃんが歌い、俺と閣下でコーラスをする。

 ヒスイさんのおとなしめのドラムが身体にリズムを生み出し、ラットリーさんのリードギターが心臓にビートを刻む。そして、閣下のキーボードが、心に響くメロディを奏でていった。

 

 歌声と楽器で紡がれる調和の音を支えるように、俺はベースを爪弾き、曲に彩りを与えた。

 

 やがて、七分にも及んだ長い曲が終わる。

 演奏の手を止め、俺は曲の余韻にひたる。

 

 と、次の瞬間、演奏を行なっていた部屋に拍手の音が響いた。

 その方向を見てみると、フローライトさんが一人、手を打っていた。

 

「見事な演奏ですね。これなら、記念祭当日も期待できそうです」

 

 そう言ってこちらに近づいてくるフローライトさんに、閣下が対応に出た。

 

「うむ。練習はまだまだ必要じゃがの。1月1日までにどれだけ合同で練習できるか……」

 

 1月1日は宇宙暦300年記念祭の開催日だ。

 今日は12月18日なので、そう日は残されていない。VRならばいくらでも時間加速はできるが、今回のようにリアルでの練習はそう多くはできるものではないのだ。

 俺達はそれぞれが楽器の練習をしてきたが、一緒に組んで音を合わせるということは今までしたことがないので、合同練習の機会は多ければ多いほどいいのだが……。

 

 だが、そんな俺達の事情を知ってか知らずか、フローライトさんが言う。

 

「そんな皆様に残念なお知らせです。ギルバデラルーシの方々が、次のゲームをご所望です」

 

「やはりか。記念祭が終わるまで、待たせるわけにはいかぬのか?」

 

 閣下の言葉に、フローライトさんは首を横に振って否定する。

 

「皆様が担当している重鎮の方々との交流は、記念祭の成功に不可欠です。彼らに人類への興味をより深く持ってもらえれば、ギルバデラルーシの全ての方々が記念祭にも興味を持ってくれるというわけです」

 

「まあ、言わんとすることは解らないでもない」

 

「解ってくださいましたか。では、これよりゲームの時間です。さあ、撤収、撤収ですよ」

 

 そういうことになった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「ゲルグゼトルマ族の全員に、ソウルコネクトチェアが行き渡った」

 

 ゼバ様からそう伝え聞いた俺は、今回のゲーム紹介をライブ配信して行なうことに決めた。

 ゲルグゼトルマ族の中でVR接続できる暇のある者は全員つないでもらい、ゲームの楽しさを学んでもらうのだ。

 

 そうと決まれば、話は早い。ゼバ様にテレパシーでゲルグゼトルマ族へ連絡を入れてもらい、その間に俺とヒスイさんはライブ配信のセッティングをする。

 惑星内限定の配信環境はすでに整っており、今回はその中でゲルグゼトルマ族に限定して通信を制限する。

 

 よその部族はまだ接続できるようにはしない。

 試験的な配信なので、まだゼバ様の権限で収まる範囲に留めたいのだ。いやまあ、ゼバ様はかつて全ギルバデラルーシを束ねた存在なのだが。

 

 というわけで、配信スタートだ。

 

「どうもー、600年前からタイムスリップしてきた、タイムスリッパー。21世紀おじさん少女のヨシムネだよー」

 

「ここで自己紹介か。皆の者、聞くがよい。私はゼバ・ガ・ドランギズブ・ゼ・ゲルグゼトルマ・ガルンガトトル。長き時を超えて蘇った、元大長老である」

 

「助手のガイノイド、ヒスイです。本日はよろしくお願いいたします」

 

 口上を終えると、緑あふれる地球の自然風景に整えられたSCホームにやってきた視聴者達が、口々にコメントを発し始める。

 

『よき』『よきよき』『よきかな』『素晴らしい』

 

 例のごとくコメントは総意を抽出する機能を使っているが、つかみは良好っぽい。

 そんな視聴者に向けて、俺は言った。

 

「今、視聴者のみんなが立っている場所は、惑星テラに存在する植物という生物の上だ。惑星ガルンガトトル・ララーシにおける、結晶生物みたいなものだな」

 

『おお』『これが異星の風景』『異星の結晶か』『炭素生物よきかな』『よきよき』

 

「結晶生物相当の存在ならば、人間はこれを食するのか?」

 

 ゼバ様がそう質問をしてきたので、俺が答える。

 

「今、立っている草は食べないけど、似たような植物の一部を食べるぞ。ヒスイさん、サンプル出せる?」

 

「はい、では、葉野菜などをいくつか」

 

 ヒスイさんが、ゼバ様の前にレタスやキャベツ、白菜、それに長ネギやホウレンソウ等を出現させ、宙に浮かせた。

 

「なるほど。これなどは、今、下にある生物に似ているな」

 

 ホウレンソウを手に取りながら、興味深そうにゼバ様が言った。

 

『よきかな』『興味深い』『どのように食するのだろう』『火は使うのか?』

 

 視聴者が野菜に注目したので、俺はヒスイさんに頼んで、料理風景と実際の料理を映像で流してもらった。

 その様子をゼバ様も一緒になって『よきかな』と眺めていた。

 

 さて、導入はここらへんにして、本日のゲームをやっていこう。

 

「本日プレイするゲームは、こちら! 『The Twinkle』、落ち物パズルゲームだ!」

 

「ふむ。落ち物パズルゲームとは、どのようなものか」

 

「まず、パズルゲームから説明するぞ。パズルゲームは、頭を使って用意された謎を解き明かしていく、パズルをデジタルゲーム化したものだ」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが俺の目の前に様々なパズルを用意してくれる。

 ふむ、これなんかいいな。ルービックキューブ。

 

 俺はキューブを手に取ると、勢いよく回していく。そして、1分ほどで全面の色が揃った。

 

 その間にも、ゼバ様はヒスイさんの解説で、様々なパズルを手に取って確認していた。

 

「ほら、色が全面そろった! こういうパズル……ギルバデラルーシの文化にはパズルの類は存在するかな?」

 

「ああ、似たような物がある。こちらのパズルに似た立体物が、最近流行しているようだ。私達は、絵画や彫刻にも造詣が深いからな」

 

 俺の質問に、ジグソーパズルを手に取ったゼバ様がそう答えた。

 

「ほうほう。では、今度ギルバデラルーシの絵画も見せてもらうことにしようか」

 

「うむ。楽しみにしておくとよい」

 

 俺はキューブを手放し、さらに説明を続けた。

 

「落ち物パズルゲームは、そんなリアルにあるパズルをゲーム化したものとは違い、デジタルゲーム独自に生まれたジャンルだ」

 

 歴史は割と古く、西暦1984年のソビエト連邦で生まれた『テトリス』が落ち物パズルの祖である。

 

「上からブロックが落ちてくる。そのブロックを積み上げていき、特定のルールでブロックを消す。そして、ブロックが天井まで積み上がらないようにしながら、ブロックを消し続けるというパズルゲームが、落ち物パズルだ」

 

 ヒスイさんが、『テトリス』のデモ画面を表示してくれる。ゼバ様は、それを興味深そうに眺めた。

 

「そして、この落ち物パズルの最大の特徴。それは、人同士で対戦ができるということだ!」

 

 俺は腕を組み、そう力強く主張した。

 

『対戦……』『戦う……』『仲間同士で?』『安全か?』『安全だろう』『よきかな』『安全に競い合う』『よきかな』『よき』『よきよき』

 

「というわけで、今日の配信は、ゲルグゼトルマ族で落ち物パズルの対戦をしていくぞー!」

 

 俺がそう言うと、コメントが『よきかな』で埋め尽くされた。どんだけ期待値が高いんだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『The Twinkle』のブロックは、全四色に色分けされている。その色ブロックが二個一組で、一組ずつ上から落ちてくる。ブロックの色の組み合わせはランダム。

 そして、次々と落ちてくるブロックをフィールド上に積み上げていく。同じ色のブロックが三個以上並んでそろうと、そろったブロックは消える。ブロックの並びは、縦と横、そしてななめにそろえばよい。

 

 色がそろったブロックが消えると、そのブロックの上に乗っていたブロックは宙に浮くが、すぐに下に落下する。

 落下した先でさらに色がそろうと、『連鎖』となり、そのブロックも消える。

 

『連鎖』をすると、対戦相手のフィールドに、『お邪魔ブロック』を落とすことができる。

『お邪魔ブロック』は色が存在しないブロックで、隣接したブロックの色をそろえて消したときに、一緒に消滅する。それ以外の手段では消すことはできない。

 

 自分のフィールド上で次々とブロックを『連鎖』させて消していき、相手のフィールドにどんどん『お邪魔ブロック』を積み上げ、相手のフィールドをブロックで埋め尽くせば、自分の勝ちになる。

 

「という感じのルールだな。600年前にも普通にこういうルールの落ち物パズルはあった」

 

「ふむ、伝統なのだな」

 

「伝統というか、著作権の保護期間が消えて、真似し放題になったというか」

 

「著作権か。製作者の名誉は守られてしかるべきだな」

 

「その辺の感覚も通じるんだなぁ……」

 

 そんな感じの会話をしながら、俺はゲームを起動し、チュートリアルを始める。

 

 まずは、ゼバ様にチュートリアルを試してもらう。

 画面の指示に従い、ゼバ様は自分の前に出現したパネルを操作して、ブロック……このゲームでは、『クリスタル』をフィールドに落としていく。

 

 キラキラと輝く結晶状のブロックが、目の前に積み重なっていく。

 そして、ゼバ様はチュートリアルの指示通りに『連鎖』を行なった。

 

『おお』『よき』『美しい』『よきかな』『よき』『自分もやってみたい』

 

 お、ゲームをやりたい人が出てきたな。発言者のIDをチェックチェック。

 そうするうちに、チュートリアルが終わったので、早速、対戦に入る。

 

 まずは、俺とゼバ様で試験的に対戦してみることにする。

 正直なところ、俺はこのゲーム、得意である。

 

 ヨコハマの部屋にあるVR機器にもインストール済みで、日々閣下を相手に勝利を重ねているのだ。

 だからまあ、最初は様子見からだな。

 

「じゃあ、対戦スタートだ!」

 

「よき戦いとしようか」

 

『大長老の初陣だ』『キュイキュイ』『負けるな』『勝利こそ(ほま)れ』『死してなお勝利すべし』

 

 物騒だな! これ、単なる遊びだからな!

 

 そうして始まった一試合目。

 俺は、まずのんびりとフィールド右にクリスタルを高く積み上げていく――って、ええ!? ゼバ様、めっちゃ操作速え!

 

 俺が油断しているうちにゼバ様は五連鎖を決め、俺のフィールドにドカンと『お邪魔ブロック』である『クリアクリスタル』が降ってくる。

 

「や、やりおったな。こちらが手加減しているうちに」

 

「油断する方が悪いのだ」

 

『よき』『よきかな』『それでこそ大長老』『いくさに生きた時代の者は違うな』『キュイキュイ』

 

 くっそー。ここから挽回だ。

 

 一連鎖、二連鎖、三連鎖。って、向こうがまた四連鎖しただと!?

 こちらの三連鎖は、相手の四連鎖と相殺になり、残り一連鎖分のクリアクリスタルが俺のフィールドに降り注ぐ。

 

「うおお、負けるか!」

 

「もう遅い」

 

 そう言いながらゼバ様がすさまじい勢いでクリスタルを積み上げて、連鎖を始めた。

 俺も急いでクリアクリスタルを崩して連鎖の余地を作ろうとするが、間に合わない。俺のフィールドがクリアクリスタルで埋まる。

 そして。

 

『FINISH!』

 

 試合は俺の負けで終わった。

 

『よきかな』『よき戦いであった』『これがゲームであるか』『素晴らしい』『期待以上だ』

 

 うん、俺は負けたが、ゲルグゼトルマ族のゲームへの印象は、良好なまま終わったらしい。

 正直、俺の勝ち負けとかはどうでもいいので、この結果は最良だ。

 

「ふう、楽しかった。ゼバ様も楽しめたかな?」

 

「うむ。このような遊戯があるとはな」

 

「落ち物パズルは、リアルではできない遊びだからねぇ」

 

「テーブルゲームでの戦いとは、また違ったよさがある」

 

「気に入ってもらったようで何よりだ。よし、じゃあ次の対戦行くぞー。俺は抜けて、視聴者からゼバ様の対戦相手を一人選ぶぞ」

 

 そして俺は、先ほど自分もやってみたいと言っていたIDをこの場に招待することにした。

 相手を呼び出し、俺の横に転送する。やってきたのは、体高3メートルほどのギルバデラルーシの中でも一番小さな個体だ。

 

「ふむ、おぬしは確か、最近生まれたばかりの者であったな」

 

 ゼバ様はその相手の姿を覚えているのか、納得したように言った。

 

「……よき」

 

 呼ばれた個体は、ただそれだけを言った。

 

「緊張しているのか?」

 

 俺はそう言ったが、ゼバ様は「違うな」と否定した。

 

「産まれたばかりで、まだ自我が薄いのだ」

 

「え、でも、この子、自分もやってみたいって発言した子だぞ」

 

 俺がそう言うと、ゼバ様は突然「キュイキュイ」と笑いの音を出し始めた。

 すると、視聴者コメントも一斉に『キュイキュイ』と歓喜の音で埋まっていく。

 

「そうかそうか。これほどまでに若い個体が、そこまで興味を示したか」

 

 本当に嬉しそうにゼバ様が言った。

 そして、呼び出された個体が小さく言う。

 

「対戦……希望」

 

「うむ、相手になろうではないか」

 

 そうして場は整い、対戦が始まった。

 ゼバ様は、ものすごい勢いで連鎖の布石となるクリスタルを積み上げていく。

 一方、若い子はたどたどしくパネルを操作している。

 

 ううむ。ゼバ様、手加減を知らないな。ここはゼバ様じゃなくて、俺が対戦した方がよかったか。

 そして、予想通り戦いはゼバ様の一方的なもので終わった。

 

「あーあ、ゼバ様、やっちゃったね」

 

「なんだと」

 

「相手の実力に合わせて手加減くらいしてやらないと。相手は自我が薄い若い子だよ」

 

「む、だが、あやつは、ご機嫌だぞ」

 

 ゼバ様にうながされて若い子を見てみると、わずかに胸の紋様を震わせて、「キュイキュイ」と音を発していた。

 どうやら、負けたというのに、すごく楽しかったらしい。

 

「お、おお? あれだけ一方的でも楽しいものかね」

 

 俺がそう言うと、若い子は小さく呟くように言う。

 

「また……やりたい……」

 

『よきかな!』『よき!』『よきよき!』『感謝』『感謝を』『ヨシムネに感謝を』『人間に感謝を』

 

 お、おおう? なんかえらいことになってないか?

 

「ヨシムネよ、ゲルグゼトルマ族を代表して感謝の意を伝える。おぬしは、若き者に道を示したのだ」

 

 ゼバ様にそう伝えられ、俺は困惑しながらその言葉を受け取った。

 俺、単にゲームを遊ばせただけだよね!?

 

 その後、俺達は対戦相手を入れ替え、ゲームを続行。視聴者同士の戦いや、最強王者ヒスイさんの戦い、ゼバ様による十人抜きなどを行ない、落ち物パズルを全力で楽しんだ。

 俺はほぼ司会に徹したが、何度もゲルグゼトルマ族の視聴者から感謝を伝えられ、反応に困ってしまった。それだけ、生まれたばかりの若者が何かに興味を持つことは、すごい事態なのだろう。

 

 そして、その日は五時間の長きにわたって配信を続けた。まだ続けたいという視聴者の声に、ソウルコネクトチェアにこのゲームがインストールされているので、ゲルグゼトルマ族同士で対戦して遊んでくれと言い残し、配信を終えた。

 

 ゼバ様が去り際に、「ヨシムネには、何か感謝の印を贈らねばな」と言い残したのが印象に残った。

 ギルバデラルーシの感謝の印ってなんだろう。ものすごい演奏でも聞かせてくれるのだろうか。

 



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197.al-hadara(文明シミュレーション)<1>

 パズルゲームによるゲルグゼトルマ族との融和は成り、ゲーム振興は次の段階へと進むことになった。

 次の段階。それは、人類が普段どのようにして、ゲームを遊んで過ごしているか。

 すなわち、MMORPGの紹介だった。

 

 SCホームにて、俺はゼバ様と次のゲームの打ち合わせを行なう。

 次は、他の部族も入れて『Stella』を配信する予定になっている。その『Stella』がどのようなゲームか、俺はゼバ様に一つずつ語っていた。

 

「というわけで、MMOは、一対一で対戦ができたパズルゲームをより大人数に広げたゲームで、何万人、何億人という人が、ネットワークを通じて同じ世界を共有するわけだ」

 

「なるほど。スケールが大きいな」

 

「その中でも『Stella』は、複数の世界を内包していることが特徴だ。とてもせまい世界や、一面が砂に覆われた世界、強者が支配する世界、魔法が発展している世界、科学技術が発展している世界、超能力を研究している世界って具合にな」

 

「魔法とはなんだ?」

 

「はえ?」

 

 ゼバ様の疑問の声に、俺は思わずマヌケな声を出してしまった。

 

「魔法、知らない?」

 

「聞いたことのない単語だ」

 

 オイオイ、自動翻訳機能、抜けがあるんじゃないか。

 

「魔法ってあれだぞ。不可思議な力で、何もないところから火をおこしたり、氷を作ったり、空を飛んだりするやつだぞ」

 

「それは超能力ではないのか」

 

「ええっ……それは魂由来の力だろう? 魔法はこう、魔力だとか、大地の力だとか、精霊の力だとかを使ってだな……」

 

「魔力とはなんだ? 大地から得られるエネルギーなどあるのか? 精霊とは架空の存在ではないのか?」

 

「そう、架空の、空想上の、ありえない不思議な力を言うんだよ!」

 

「神の奇跡のことか?」

 

「微妙に違う!」

 

 俺は、なんとかゼバ様に魔法がどんなものなのか、とぼしい語彙(ごい)を駆使して説明した。

 

「ふうむ、時に技術であり、時に荒唐無稽(こうとうむけい)な力である、架空の技か。そのような空想は、私達の文学には登場しなかったな。現実にありえない、架空の超能力は夢想するのだが」

 

「超能力でなんでもできた弊害(へいがい)かなぁ……? 俺達人類って、超能力が使えるようになったのって、かなり科学技術が発展した後なんだよ。だから文明が未熟なころに、こんなことできたらいいなという妄想で魔法の概念が生まれた。それと、人類が未熟だったころは、何もないところで雷が落ちたり、発火したり、地震が起きたりしたら、魔法の存在を仮定するしかなかったんだ。魔法使いが何かをしたんだ、とか、魔法を使える不思議な生物が何かをしたんだ、とかな」

 

「なるほど。興味深い。だが、いまいち魔法の実例を見ないことには想像がつかないな」

 

「『Stella』で実際に魔法を見てみるか? あのゲームの魔法ってシステマチックだから、超能力との区別が難しいかもしれないが……」

 

 俺は、腕を組んでむむむと頭を悩ませる。

 すると、ヒスイさんが横から会話に割って入ってきた。

 

「魔法を主題に扱う、簡単なゲームをプレイしてみてはいかがでしょうか」

 

「むむ、それはいいかもしれないが……」

 

 ヒスイさんの提案に、俺は少し考える。フローライトさんから頼まれた『Stella』のプレイ日程を考えたら、そのゲームに割ける時間は二日か三日ほどだが……。

 

「大丈夫です。以前、ヨシムネ様の配信用に選定したゲームがありまして、それほどプレイ時間は長くありません」

 

「行政府の推薦ゲーム?」

 

「いえ、そのような大層なゲームではありません。販売額も非常に安価で、外でジュースを一杯飲むのに必要な程度のクレジットしかかかりません」

 

「やっす。ワンコインじゃん」

 

 それなら、ちょっとやってみるのもありかもしれない。

 

「なんてゲーム?」

 

 俺はヒスイさんにそう尋ねると、彼女はすぐさま答える。

 

「『al-hadara』。神様になり、支配下の種族を世界の覇者に育てあげる、魔法文明発展シミュレーションです」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 いにしえの時代、無の世界に二柱の神が生まれた。

 光を(つかさど)る白の神と、闇を司る黒の神である。

 

 二柱の神は無の世界を支配しようと、光と闇それぞれの領域を広げていく。

 やがて無の世界は、光と闇に満ちた。

 

 無が消え去り、新たに支配できる無の領域がなくなった二柱の神は、それぞれの支配領域を互いに奪い合うようになった。光と闇は相容れなかったのだ。

 

 領域の奪い合いを繰り返した二柱の神は、世界の中心でとうとう相まみえ、互いにぶつかり合い相打ちとなった。

 世界の支配者たらんとした神は二柱とも死に絶え、白の神の遺骸はバラバラになって無数の星々となり、黒の神の遺骸は世界の中心に横たわり巨大な大地となった。

 白い星々は光を発し世界の隅々を照らし、黒い大地からは怪物が湧きだし世界をうろつくようになった。

 

 大地と星が生まれてから長い月日が経った。

 ある日、大地にいくつかの星々が引き寄せられ、墜落した。

 

 闇の大地に光の星が混ざり合い、世界に不思議な力が満ちた。それは、火、水、風、土の四つのエレメント。

 闇の大地の上に熱が満ち、大地のくぼみに海が湧き、大地の周囲に空気が流れ、大地の表面を土石が覆った。

 さらに、大地の上にいた怪物達がエレメントによって変質し、新たに植物や動物へと生まれ変わった。

 

 そして、一際大きな星が大地に大きく突き立ち、エレメントを生み出す灰色の物体となった。

 神の残滓とも言えるわずかな意思が、その物体には宿っていた。

 その意思は一つの目的を持っていた。それは、世界に自らの領域を広げること。

 

 だが、灰色の物体は神の遺骸の成れの果て。領域を広げるために自ら動くことはできない。

 ゆえに、灰色の物体は考えた。己の領域を自発的に広げる生物、すなわちヒトを作り出そうと……。

 

≪あなたは灰色の物体モノリスです!≫

 

≪あなたの支配領域を世界中に広げるため、ヒトを生み出し文明を発展させましょう!≫

 

 壮大なオープニングが終わり、俺とゼバ様は幽霊のような存在になり、大地に突き立つ灰色のモノリスの上に浮遊する。

 目の前には、ゲームのメニューが開かれており、『種族創造』という文字と、『実行』というボタンが表示されていた。

 

「じゃ、オープニングも終わったみたいなので、ゼバ様の操作で進行していこうか」

 

「うむ。任せるのだ」

 

「文字は読める?」

 

「すでに習得してある」

 

『さすが』『よきかな』『数字は優先して覚えた』『物語を物理的に残せる技術は素晴らしい』

 

 あ、視聴者コメントがあるので解るとおり、今回もゲルグゼトルマ族に配信を行なっている。今度『Stella』の配信も行なうので、少しでも多くの者達に魔法という概念に触れてもらおうという試みだ。

 

「どれ、この『実行』を押すのだな。宗一郎がよく機械のパネルにあるボタンを押していたので、馴染みがある」

 

≪ヒトが創造されました! 寿命がなく、とても賢く、手先が器用で、勤勉で、雌雄が存在しない生物です! このヒト種族をエルフと名づけます!≫

 

 モノリスの前に、貫頭衣を着た金髪白肌長耳の人間が三人出現した。まさしくエルフである。

 ゼバ様は、そのエルフ三人を興味深そうに眺めた。

 

「人間とは、少し頭部の造形が違うか?」

 

「おお、耳しか違わないのに、よく判ったな。エルフって言う架空の人型種族だ。魔法に秀でているとされることが多い、ファンタジー世界の住人だな」

 

「エルフか。覚えておこう」

 

 エルフ達は、その場をキョロキョロと見回している。

 それを眺めていると、システムメッセージが追加で流れた。

 

≪エルフが生きるには食事が必要です! エルフに指示を出して、食料を確保しましょう!≫

 

 すると、目の前にまたメニューが開き、『採集指示』という画面になった。

 それを見て、ゼバ様が言う。

 

「採集か。原始的だな。農業はできないのか?」

 

 すると、この場にはいないヒスイさんの声が響く。

 

『農業などの知的な行動を新たにさせるには、エルフ達に研究をさせる必要があります』

 

「……ええと、メニューの中にそれらしい項目がないけど、研究ってどうやったらできるの?」

 

 ヒスイさんの解説に、俺はさらに質問を重ねた。

 

『研究施設を建設すると可能になります。ですが、エルフはまだ野ざらしで生きる原始人です。素直に採集させましょう』

 

「と、いうことらしいぞ」

 

「ふむ。助手を名乗るだけあって、ヒスイの指示は的確だ。どれ……」

 

 ゼバ様がメニューを操作し、『採集実行』を選ぶ。すると、支配地域一覧という画面に移り、草原、湖畔、林と、採集に行ける場所が三つ表示された。

 

「む。どれがどのような場所か判らぬ」

 

「あー、惑星テラ固有の地形だもんな」

 

 俺は順番にそれぞれの場所の説明を入れていく。

 

 草原は、草という背の低い植物が生い茂っている場所。食べられる物が採れるかは未知数。

 湖畔は、惑星ガルンガトトル・ララーシでは水蒸気として存在する水分が液体となって、一面に広がっている場所。魚や貝類といった生き物が採取できる可能性がある。

 林は、木という背の高い植物が生い茂っている場所。木の実という植物の子が実っている可能性がある。

 

「ふむ。動物は、産まれたばかりのエルフが狩るには厳しかろう。彼らは素手だ。そうなると、動かない植物の子を採取するのが一番だろう」

 

『妥当な判断』『大長老は判断を誤らぬ』『なにせ今は神』『ただの灰色の石にしか見えない』『本当に神なのか?』『神の死骸』

 

「神かどうかは知らぬ。私はただエルフ達を導くのみだ」

 

 ゼバ様は視聴者コメントにそう答えながら、林での採集を実行した。

 

 すると、エルフ達がモノリスを見上げ、しばらくじっと見つめる。それから、ゆっくりと振り返り林の方へと移動していった。

 

『エルフ達の行動は時間スキップすることで、結果の段階まで進めることができます』

 

「む。エルフの採集を見守りたいのだが……」

 

『じっくり見ていると、数時間採集する様子を観察することになります。それだけで配信の時間が終わってしまいますよ』

 

「仕方がない。時間を飛ばしてみるとしよう」

 

 ヒスイさんとゼバ様がそんな会話を交わし、ゼバ様は素直にメニューの時間スキップを選択した。

 背景が一瞬暗転し、林に向かったはずのエルフ達三人が、モノリスの前で採集の成果を広げている。

 

 結果表示によると、採ってきた物はキイチゴ、クリ、ドングリ。エルフ達はツタを編んだカゴに入れて、それらの成果を持ち帰っていた。

 賢い種族というのは本当らしい。即興でカゴを作るとは。

 

『興味深い』『どれがキイチゴだ?』『クリとドングリは仲間なのか?』『本当に食べられるのか?』

 

 採集してきた木の実を見て、視聴者コメントが盛り上がっている。

 そして、エルフ達がおもむろにキイチゴに手を伸ばし、素手で掴んで口に運んだ。キイチゴを食べたエルフは、笑顔を浮かべる。どうやら美味しかったらしい。

 さらにエルフは、そこらに転がっていた石でクリの鬼皮を割って、中をほじくって食べ始めた。

 

「あれ? クリって生食できるの?」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが返してくる。

 

『可能だそうです。ですが、オーガニックのクリは、中に虫が住み着いている可能性が高いですね』

 

 へー、生食できるのか。そりゃ、知らんかった。クリは栽培していなかったからなぁ、俺の実家。

 

 エルフ達は最後にドングリを手に取るが、困ったように首をかしげた。

 

≪ドングリは生食できません! エルフに火の技術を伝える必要があります!≫

 

 そんなシステムメッセージが流れ、目の前のメニューに『エルフに火の力を授ける』という項目が現れた。

 

「む。これが魔法の力か?」

 

 ゼバ様が、早速、力を授けようとする。

 

≪支配領域に満ちるエレメントが足りません! エルフを増やす必要があります!≫

 

「む。では、エルフを新たに誕生させるか」

 

≪食糧が足りません!≫

 

「むう……」

 

『キュイキュイ』『考えが足りないな』『子を増やすのは食糧をたくわえてから』『当然のことだな』『大長老は、いくさの時代に生きていたから、後先考えぬ出産を推奨していたのではないかな』

 

「むう!」

 

 視聴者達、意外とゼバ様に容赦ないな!

 だが、俺は味方だぞ……。新たに採集の指示を出すゼバ様を俺は暖かく見守るのであった。

 




本作品の総文字数が100万文字を突破しました。今後も『21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!』をよろしくお願いします。


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198.al-hadara(文明シミュレーション)<2>

≪地面の上に溜めていたドングリから芽が出ました! ドングリがいくつかロストします!≫

 

 採集を進めていたら、そんなシステムメッセージが流れた。

 

「おおう、地面の上に放置していたのかよ……」

 

「なるほど。植物の子はこうやって増えるのか」

 

 感心しているところ悪いけれど、食糧減ったからね? 火が使えないから、どのみち食べられなかったけど。

 

「あれ、でも、これってドングリの植林ができるんじゃね?」

 

「植林……人間の農業か。どれ、伝えてみるか」

 

 ゼバ様がメニューをなにやら操作する。

 

≪農業の概念をエルフは理解できませんでした! 研究が必要です!≫

 

「んー、とりあえず、研究所というか、家屋から建てさせないとなぁ……」

 

 俺がそういうと、ゼバ様がさらに操作をした。

 

≪エルフは寝る場所を囲む必要性を感じていません!≫

 

「おおーい、原始人!」

 

「さすがにどうなのだ、エルフ達よ」

 

 俺とゼバ様は同時に、野生に生きるエルフ達へ突っ込みを入れた。

 

『キュイキュイ』『私達も昔はこうだったのだろうか』『それはさすがにないだろう』『巣を持たない動物などいるのか?』『せめて洞穴くらいは必要だ』

 

 視聴者達もエルフに呆れている。

 

≪エルフを増やして、羞恥心を芽生えさせてみましょう! 彼らにはプライベートの概念が必要です!≫

 

「お、おう……。しかし、増やすのか。オスメスいるわけじゃないから、手動で増やすのか?」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんがコメントを飛ばしてくる。

 

『はい、このゲームの人口は完全に手動で増えます。ですので、勝手に増えて勝手に飢えるという事態は避けられます』

 

「んじゃあ、草原と湖畔と林にそれぞれ一人ずつ採集をさせるってことで、二人増やすことを目標にするか?」

 

「そうしよう」

 

 俺とゼバ様はそう言葉を交わし、次の方針を固めた。そして時間スキップを活用して一分後、食糧が十分に溜まった。

 早速、ゼバ様がメニューを操作し、新たなエルフが誕生する。

 

「うむ。いつみても命の誕生は尊いものだ」

 

「モノリス頼りじゃなきゃ増えないって、生物として致命的な弱点がある気するけどな……」

 

「モノリスがエルフ族の長老のようなものなのだろう。ギルバデラルーシは長老個体がまとめて一族の子を産むのだ」

 

「なるほどなー。ナメック星人みたいだ」

 

「ナメック星人とは?」

 

「漫画に出てくる架空の宇宙人だな。ちなみに漫画は、絵と文字を合わせた文学だ」

 

「おお、絵か……。私達の絵の文化もなかなかのものだぞ」

 

 テレパシーで見たままを全部伝えられるのに、絵は発達しているんだなぁ。文字がないのに絵は発達しているのか。

 

「私達は家に籠もる時間が長いので、身の回りの物に手を加え、芸術品にして楽しむのだ」

 

「ああ、俺もゲルグゼトルマ族の家を見たけど、彫刻とかすごかったな」

 

「今の時代は、テーブルゲームの装飾を凝ることが流行りのようだ。私が生きていた時代は、家の門を飾ることに皆、躍起になっていたな」

 

 500年の年代差があると、同じ種族でも文化の違いという物はあるんだな。

 

「そういえば、私達には文字の文化がないと人間に説明されているようだが、この時代のテーブルゲームでは簡易な絵を文字のように使用しているようだ。初めて見たときは、少し驚いたぞ」

 

「あー、それ、あと何十年か経っていたら、独自の文字が誕生していたんじゃないか? 象形文字ってやつだ」

 

「そのような未来もあったかもしれないな」

 

 象形文字が生まれる前に、俺達人類文明が介入しちゃったってことか。

 

「それと、私の世代に限った話なのだが、数を色で捉えている」

 

 ゼバ様の言葉に、俺は一瞬、理解が及ばずに首をかしげてしまった。

 

「色? そりゃまたなんで」

 

「テーブルゲームに使う、ランダムで数を表示するサイコロという道具があるのだが……」

 

「ああ、サイコロね。それ、俺達の文化にもあるよ」

 

 独自の固有名詞があるのだろうが、『サイコロ』と自動翻訳されて聞こえた。

 

「そのサイコロの数を表わすのに、数字を使うのではなく色を塗り分けていたのだ」

 

「へえ、特定の数に対応した色があるわけか」

 

「うむ。だが、今の時代だと、色での塗り分けでなく、対応した数だけ小さな模様を彫りこんでいた」

 

 模様の数を数字の代用とする。まさしく俺が知っている六面のサイコロだ。

 

「それもあと何年か経っていたら数字が生まれていたかもなぁ……」

 

「私もそう思う」

 

 そのような会話を進めるうちに、エルフの人口は増えていった。

 ちなみに草原には小動物が多くいたが、素手のエルフには捕まえられなかったようだ。

 湖畔には貝が大量に転がっていたようだが、エルフは食べなかった。おそらく、火を通さないと貝毒があるので食べられないのだろう。

 

 結局、エルフの全人員を林に放って食糧を溜め、エルフの数を増やした。

 

 そして、いよいよ魔法をエルフに伝える時が来た。

 

≪支配地域にエレメントが満ちました! エルフに火の魔法を伝えてみましょう!≫

 

「火の技術を我が子に伝える。私は魔法を知らぬが、使いこなしてみせるのだ」

 

 そう言ってゼバ様がメニューを操作すると、灰色のモノリスに三角形の図形が浮かび上がった。

 図形は煌々(こうこう)と光り輝き、エルフ達の注目を集めた。

 それからしばらくして、図形の中心から火が噴き出す。

 

 その様子をエルフ達は驚きの表情で見つめていた。

 

『火の発見! バッヂ[プロメテウスの火]獲得!』

 

 おや、今までのとは様子の違うシステムメッセージが表示されたぞ。

 なんだろうか。俺は、虚空にいるヒスイさんに今のバッヂについて尋ねた。

 

『ヨシムネ様に解りやすく言うと、バッヂは実績解除、トロフィーに相当します。特定のゲーム進行を成し遂げた証です。今後、ゲーム中で特定の行動を取るたび、成果を評してバッヂが進呈されます』

 

「トロフィーかぁ」

 

「ふむ。勲章のようなものか」

 

 この要素はちょっと予想外だったぞ。

 

 21世紀の一部ゲームハードでは、ゲームごとに定められた目標を達成することで、達成の証が貰え、その証をコレクションすることができた。実績解除、トロフィーなどと呼ばれていた要素だ。

 証をコンプリートすることで、コンプリートを証明する最高評価の証を貰えることもよくあった。そのコンプリートの証が、最後までゲームをプレイするモチベーションになっていた。

 

 だが、ゲームをプレイしていて、ゲームそのものを楽しむことが目的なのか、それとも証を集めることが目的なのか、解らなくなってしまうこともあった。

 証を集めるために、興味のないプレイ方法を試すということも日常茶飯事。ゲームを味わいつくすための指標にはなってくれるが、何も全てを味わいつくすだけがゲームの楽しみ方ではない。

 

 楽しめるところだけをさらっと触るという遊び方も、悪くはないのだ。

 だが、コンプリートの証のために無理に本腰入れてプレイしてしまい、無駄に疲れてしまうということは、21世紀にいたころによく経験したものだ。

 

 しかし、この宇宙3世紀のゲーム事情は21世紀とは違う。

 実績解除もトロフィーも基本的に存在していないのだ。

 

 人類の大多数がVRゲームになんらかの形で触れるこの時代、プレイヤーに対してプレイ方法を強要する可能性のあるこの要素は、あえて排除されているらしい。

 幅広い層に気軽にゲームへ触れてもらうために、人のプレイ方針を誘導する要素はいらないということだ。

 

 と、そのようなことを語った俺だが、ヒスイさんの答えは……。

 

『このゲームはプレイヤーのプレイ方法で文明が分岐するといった要素はありません。ゲームクリアするためには、用意された要素に全て触れる必要があります。ですので、このバッヂは特殊なプレイ内容をたたえる証の類ではなく、順調にゲームが進行している証明としての証となっています。ゲームクリア時に手に入るバッヂが、すなわちヨシムネ様が言っていた全ての要素に触れたことを示すコンプリートの証となります』

 

「おおう、分岐とかないのか」

 

『はい。世界の住人も複雑なAIを積んでいませんし、何度プレイをし直しても、文明は必ず同じ発展をします。研究する項目の前後程度はありますが』

 

「本格派のゲームではないんだな」

 

『なにせ、このゲームの販売価格は、ジュース一杯程度ですから』

 

「やっすいよなぁ……」

 

『クレジットを使いこみすぎて、次のクレジット配布までどう過ごそうかと困っている方でも、気軽に買えるゲームです』

 

「インディーズゲームってわけでもないよね?」

 

『そうですね。行政府に認可されている正式なゲームメーカーが開発した、商業ゲームです』

 

「作りこみが少ないとしても、その価格で採算取れるのかなぁ……」

 

 そんな俺の素朴な疑問にも、ヒスイさんは明確な答えを用意していた。

 

『今の時代におけるゲームとは、日常生活を送るために必要不可欠な福祉、すなわちインフラの一種です。たとえ採算が取れなくても、ニッチな内容を好む層や、ゲームにクレジットをかけたくない層でも、ゲームを楽しめるように配慮する必要があります』

 

「ゲームがインフラ扱いとか笑えてくるな……。てか、採算取れなくていいのかよ」

 

『これまで何度もご説明してきたとおり、企業は大元を辿ると、全て行政府に繋がっていますからね。たとえ業績は赤字でも、活動内容が社会の役に立っていると判断されれば、その企業が潰れることはありません』

 

「なるほどなー」

 

「ふむ。話は半分ほどしか理解が及ばないが、このバッヂという物はヨシムネの主張と違って、害がないのだな?」

 

「ああうん。そういうことらしいね」

 

『遊戯に害か』『遊戯に本腰を入れすぎることが害になるという理屈が、理解できない』『遊びすぎると睡眠をおこたるのは解る』『そういう話ではなかっただろう?』

 

 トロフィーの弊害(へいがい)は、実際に経験してみないと理解しきれないところがあるかもなぁ。別にトロフィーを埋める義務はどこにもないのに、どこかゲーム側に遊び方を強要される感覚が付きまとうというか、なんというか。まあ、今の時代に存在しないなら、理解してもらう必要もないか。

 

 さて、火の技術を魔法という形で手に入れたエルフ達。

 どうやら地面に木の枝で三角形を描き、気合いをこめると火が出現するようだ。

 

 そんな新技術に沸くエルフ達だが、ふと神であるモノリスへ火に関係ない要求を出してきた。

 

≪人口密度が増えたので、エルフがプライベート空間を欲しがっています≫

 

「おお、とうとう家を建てられるのか」

 

 ゼバ様が嬉しそうな声音でそんなことを言った。地べたで過ごす野生の生活を送るエルフ達が、よほど気にくわなかったらしい。

 

 メニューを操作したゼバ様は、エルフ達に林へと採集へ行かせ木の枝を集めさせる。そして、すぐさま家の建築を指示した。

 すると、家というかサバイバルで建てそうな、木と葉っぱのテントとでも言うべき物体が複数作られた。

 

「これが人間の都市風景……」

 

「なわけないでしょ。この前、マンハッタン・アーコロジーのストリートを見たじゃないか」

 

「冗談だ」

 

 そのゼバ様の冗談に、視聴者達は馬鹿受け。たいがいにせーよ、お前ら。

 

「さて、風が吹けば飛んでいきそうな建物だが、研究所も建てるとしようか」

 

 ゼバ様がメニューを操作すると、とりわけ大きな木のテントが立つ。

 

≪研究所が完成しました! エルフに新たな技術を研究させましょう!≫

 

「まずは何から研究するか」

 

 メニューに表示された研究項目は、土器、狩猟道具、衣服の三つ。

 その中から、ゼバ様が注目したものは……。

 

「ふむ、狩猟道具からだな」

 

「いや、待つんだ。ここは土器からがいいと思うぞ」

 

 俺はゼバ様の決定に異を唱えた。

 

「なぜだ。食糧を確保しなければエルフを増やせない」

 

「ヒトは動物の生肉をそのままでは食えないんだ。火を通す必要がある。そして、火を通す必要がある食糧は、他にも貝とドングリがある」

 

「ふむ」

 

「そこで、土器だ。水を土器の中に入れて、火にくべると水の温度が上がってお湯になる。そのお湯に肉や貝、ドングリを入れると、食べられるようになるんだ」

 

「なるほど、水が液体のまま存在する環境なのだったな」

 

『まるで地底湖のようだ』『ああ、あの美しい場所か』『あそこは寒くて長居ができないことが残念だ』『道具人形の身体なら滞在できるのでは』『ゲームの湖畔も美しい』

 

 へえ、地底湖なんてあるのか。惑星ガルンガトトル・ララーシの観光スポット巡りも時間があったらしてみたいなぁ。

 

「水を温めて食材を浸す、か。それが人間の原始的な料理方法なのか」

 

「ああ。生肉程度なら枝に刺して火にくべてもいいんだが、ドングリまで考えると土器がいいと思うぞ」

 

 そうして、ゼバ様はエルフの研究者に土器を開発させ、エルフがまた一歩文明的になった。

 エルフが作り出した土器は、シンプルな形。その飾りっ気のなさに、視聴者達から不満が漏れるが、ゼバ様がさらに研究所で土器の装飾を研究させることで、コメントは大盛り上がりになった。

 

 ギルバデラルーシにとっては、未知なるヒト種族の文化だ。その発展が興味深いのだろう。

 改めて、このゲームを選んでくれたヒスイさんに、俺は心の中で感謝を述べることにした。

 



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199.al-hadara(文明シミュレーション)<3>

 土器で料理を作る様を満足して眺めるゼバ様と、ゲルグゼトルマ族の視聴者達。

 切りがないので、俺はゼバ様をせっついて次の指示をエルフに出させる。

 

「では、次こそ狩猟道具だ」

 

 そうして生まれたのは、石槍と石斧だった。うーん、原始的。

 

「槍と斧だと? なぜこのような武器を……」

 

「ん? ゼバ様、何か気になるの?」

 

「狩猟で近づいて狩るなど、非効率で危険極まりない。尖った石を複数携帯して、射出すれば……」

 

「エルフはサイコキネシスを使えないからな。槍で突くか投げるのが一番だぞ」

 

「そうか……確かに、私達と敵対していたプリングムも初期の頃は投げ槍を使っていたと聞く」

 

 かつて居たというギルバデラルーシの敵対種族の名前、プリングムっていうのか。

 超能力を使えなかったのにゼバ様を殺すほど強かったというんだから、武力に相当優れていそうだな。

 

 さて、石槍と石斧を手に入れたエルフ達。ゼバ様は早速、狩猟の指示を出し、エルフの集団が草原へと出発した。

 狩りの様子が気になるのか、時間スキップする様子がなかったので、俺は代わりに早送り操作をさせた。

 

 草原で動物を狙うエルフ達。小さなネズミのような物に石槍を投げるが、避けられる。さすがに的が小さすぎるんじゃないかな。

 そして、草原をある程度進んだところで、トウモロコシを食べる鹿を発見し、エルフ達が方々から石槍を投げつけた。

 石槍を受け、動きが鈍る鹿。さらに、エルフが近づいていって石斧で頭をかち割った。

 

「おお、やるではないか」

 

『超能力を使わない狩りはこうなるのか』『非効率』『いや、彼らは自らにできることを懸命にやりとげた』『勇敢な戦士』『槍は投げて使うのか』

 

 満足そうにエルフ達を眺めるゼバ様。

 いや、それよりもだ。

 

「ゼバ様、採集指示出して! トウモロコシ、トウモロコシがあるよ!」

 

「ふむ?」

 

「鹿が食べていた植物、トウモロコシっていう人間の主食の一つなんだ」

 

「おお、動物が食べていたのなら、エルフも食べられるということか」

 

 ゼバ様は、その場でメニューを操作し、実行ボタンをポチポチと押して指示を出す。

 

≪エルフが穀物を採集しました! 研究所で農業の研究が可能になります!≫

 

「む! 農業か。これは研究させねば」

 

 ゼバ様は早速、エルフに研究指示を出した。

 

『農業を発明! バッヂ[文明の芽生え]獲得!』

 

 バッヂを獲得し、エルフ達が拠点近くの地面にトウモロコシを()いていくが……。

 

「耕しもせずそのまま撒くだけかよ。ゼバ様、農具の研究もさせよう」

 

「うむ、そうだな。文明には道具が必要だ」

 

 そうして完成したのは、木の(くわ)と石の鎌、そして木のじょうろだった。

 エルフ達は、木の鍬を使い、せっせと畑を耕していく。そして、耕した箇所にトウモロコシの粒を植え、土を被せる。その上に湖畔で汲んだ水をじょうろで撒いた。

 

 そこから早送りで時間は進み、トウモロコシは芽を出し、茎を伸ばし、実をつけ、収穫の時を迎える。

 エルフ達は石の鎌でトウモロコシを刈っていき、あらかじめ建てていた木の倉庫に積み重ねていった。この頃になると、エルフの建築技術も上がっていて、石斧を使って林で伐採した若木で木組みの家を建てるようになっていた。まだノコギリはないので、木の板は作れていないのだが。

 

「なるほど、人間の農業はこのようにやるのか」

 

『水を撒くのは斬新』『エルフもよく水を飲んでいる』『惑星テラの生き物は、水がなければ生きられないのか?』『そうだとすると、ガルンガトトル・ララーシでは生きられないな』

 

 水がなくても気温の問題で、どのみち人はガルンガトトル・ララーシでは生きられないぞ。

 しかし、水を使わない農業か。

 

「ギルバデラルーシは、どんな感じで農業をするんだ?」

 

 俺がそう尋ねると、ゼバ様はメニューから顔をそらし、俺の方へと向く。

 

「原始的な農業は、結晶を細かく砕いて土の上に撒くだけだな。しばらくすると、結晶が成長していくので、それを収穫する」

 

「植物の種とキノコの胞子の合いの子みたいだなぁ……」

 

「キノコとは?」

 

「確かエルフが林から収穫していたはずだ。倉庫の中に……ああ、これだ」

 

 倉庫に浮遊して移動した俺達は、椎茸のようなキノコを発見した。

 

「これがキノコか。植物ではないのか?」

 

「菌類だね」

 

「菌類か! 惑星テラではこのような形を取るのだな」

 

 惑星ガルンガトトル・ララーシにも菌はいるのか。そりゃいるよな。

 そんな会話をしている間に、早送りされていたエルフ達の収穫は終わる。

 そして、エルフ達は早速、トウモロコシを火にくべて焼きトウモロコシにし、さらにトウモロコシをすりつぶして水で捏ねて団子状にし、土器でキノコや木の実と一緒に煮込んで料理にした。

 

 料理を完成させたエルフ達は、食事を始めるかと思いきや、なにやらモノリスの周辺に集まりだした。ゼバ様はその様子が気になったのか、早送りを止める。

 

 モノリスの前で宙に浮く俺達の下で、エルフ達は大きな焚き火を作り、歌を歌い始めた。

 それは、歌詞もない、ただ音を発するだけの原始的な歌。さらに、エルフ達は一心不乱に踊り出して、モノリスの周囲を回り始めた。

 

「これは……祭事か」

 

 興味深そうにゼバ様がエルフ達を眺める。

 

「モノリスはエルフ達の神様だから、収穫祭をしたんだな」

 

 俺も、ゼバ様と一緒にエルフ達の歌と踊りを楽しむ。

 

『よきかな』『よきよき』『稚拙だが、感謝の心を感じる』『人間も歌う魂を持つのか』

 

 まあ、ゲームのNPCだから、魂はないんだけどな。

 と、そんなやりとりをしている間に、歌は終わり、踊りを止めたエルフ達は、トウモロコシ料理を食べ始めた。

 

≪エルフの信仰により、あなたの力が高まりました! 支配領域が新たに追加されます!≫

 

 そのシステムメッセージを聞き、俺はメニューに目を通す。

 すると、採集可能地域に山岳と川岸が追加されていた。

 

「山、山か……これはもしかすると……」

 

 ゼバ様は何かに気づいたご様子。

 

「山に何か気になることが?」

 

「鉄が採れるかもしれない」

 

「おおー、鉄器か! でも、精錬できないんじゃあ」

 

「研究を進めればよい」

 

 というわけで、トウモロコシを食べ終わったエルフ達には、山岳へと採集へ行ってもらう。

 そして、採集の結果はというと。

 

「うん、見事な黒曜石が取れたね。やったねゼバ様、石器が黒曜石の上質な物に変わるよ」

 

「う、うーむ……」

 

 期待が外れたゼバ様は、さらに山岳の採集を続けさせる。

 すると……。

 

「おお、銅鉱脈を見つけたみたいだぞ」

 

「銅か……鉄と比べるといささか頼りにならぬが」

 

「でも、最初は銅から始めるべきだと思うね。精錬に必要な火力が違う」

 

「では、精錬の研究をさせる」

 

 そして完成する銅インゴット。その銅で、エルフ達は様々な銅器を作り出した。その中に、平らな銅を磨いた銅鏡があった。

 銅鏡を見て、初めて自分の姿を知るエルフ達。

 

≪エルフが新たな衣装を求めています! 研究所で衣装の研究をしてください!≫

 

 欲しがりエルフさんめ。まあでも、最初の研究項目にあったのに、ずっと無視してきた内容だから、ここらで研究を進めた方がいいだろう。

 

「む、服か。研究はするとして……結晶がない世界の人間は、何を服の素材にするのだ?」

 

「木綿っていう植物の種子から取れるふわふわしたワタを紡いで糸にしたり、麻っていう植物の茎から繊維を取ったりだな」

 

「なるほど……む、麻から服を作るようだな」

 

「ギルバデラルーシの服はどうやって作るんだ?」

 

『結晶を精製して糸にする』『エルフの服と違って輝いているな』『敵に見つかりやすいのが難だったようだ』『大長老の服は目立たない黒だな』

 

 ふむふむ、守るべき大長老に黒を着せて目立たなくさせて、敵から身を守るという感じかな。理に適っているじゃないか。

 

 そんな会話をしている間にもエルフの文明は発展し、銅器は青銅器に変わる。

 さらに、槍を発展させて(もり)を作り、湖畔や川岸で魚を捕れるようになった。エルフの料理はレパートリーが広がり、どんどん文明的になっていく。

 その発展の様子をゼバ様と視聴者は楽しんで見守る。そして、エルフの文明にある転機が訪れた。

 

『鉄器を発明! バッヂ[アイアンパワー]獲得!』

 

 そう、ついに鉄を手に入れたのだ。

 そこまで行くのに、耐熱レンガを作ったり、炉を開発したりと、いくつかの工程があったが、エルフは見事にやってのけた。

 

「鉄だ。ヨシムネ、鉄を手に入れたぞ」

 

「ああ、これで農具が鉄製になって効率アップだ」

 

「それよりも鉄の武器だ。何か敵性生物が来ても、鉄があるならば怖くない」

 

 物騒だなぁ、ゼバ様。さすが敵対生物プリングムとの戦中に生きた人だ。

 

「そうだ。鉄といえば、プリングムどもはあれを使っていたな」

 

 ゼバ様がなにやらメニューを操作すると、立派な木造建築になった研究所でエルフが何かを研究し始める。

 やがて完成したのは、鉄の矢尻を持つ矢と木の弓だった。

 

「これがあれば、超能力がなくとも敵を遠くから(ほふ)ることができる」

 

『物騒』『さすが最後の戦士』『いくさに散った大長老は違うな』『弓を初めて見た』『こんなものでサイコキネシスに敵うのか?』

 

 弓かぁ。プリングムって文明的だったんだなぁ。

 そんなこんなで、鉄器がエルフ達の生活を潤すようになり、フライパンや鍋も作られて、調理器具としての土器はお役御免になった。

 料理も発達し、石臼で粉にしたトウモロコシで様々な料理を作るようになる。この頃になると、エルフも増え、専属で何か仕事を担当する者も現れ始めた。

 職業を持つ者は、研究所で研究をしなくても、新たに何かを発明することがあった。

 

≪エルフの料理人が携帯食を発明しました! 支配領域の外まで遠征が可能になります!≫

 

 そんなシステムメッセージが唐突に流れ、ゼバ様が興味深そうにメニューを眺め始めた。

 

「サバンナと密林に行けるようだ。ヨシムネ、それぞれどんな場所だ?」

 

「サバンナは、背の高い草とまばらな木が生えていて、動物がいっぱいいる場所だな。密林は木が密集して大量に生えている場所だ」

 

「ふむ。草原の動物は大人しい者ばかりだったが、サバンナも同じだろうか」

 

「多分、肉食動物がいるんじゃないかなぁ……」

 

「そうか。では、鉄で武装させ、サバンナに遠征だ」

 

 マジで物騒だな、ゼバ様!

 

 そうして、エルフの狩人達は食料を荷車に載せ、サバンナへ遠征に向かった。

 時間スキップを経てサバンナに到着するエルフ達。

 

 サバンナには、多くの肉食動物や草食動物がうろついていた。

 

「さて、どう指示を出すか……」

 

 メニューを眺めて頭を悩ませるゼバ様。一方俺は、空中からサバンナを遠くまで見渡す。

 

「おっ、馬いるじゃん。ゼバ様、あの馬っていう動物捕まえさせよう」

 

「狩るのではなく、捕らえるのか? 飼育して畜肉とするのか?」

 

「肉目的じゃなくて、生きたままの利用だ。乗って移動に使ってもいいし、荷車に繋げて引かせてもいい。食事は草と穀物だから、草原で放牧できるかもしれない」

 

「なるほど、プリングムが飼い慣らしていたアグリグムのようなものか……」

 

 プリングムって、凶暴な種族と最初は聞いていたけど、話を聞くにつれ、すごく文明的なイメージが浮かんできたぞ!

 ゼバ様が指示を出すと、エルフ達は馬の群れを追い立てていき、見事捕獲に成功する。

 さらに、その馬を狙ってハイエナが襲ってくるが、弓矢で射貫いて討伐に成功。エルフ達はハイエナの肉は食べるつもりがないのか、皮だけ剥いで荷車に載せた。

 

 十分な成果を得て、エルフ達は帰還しようとする。

 だが、その進路を塞ぐように、巨大な生物が彼らの前に立ちはだかった。

 それは、全身が真っ黒の禍々しい動物。

 

「ふむ。ヨシムネ、あの動物はなんという動物だ?」

 

「えっ、知らない」

 

「なに?」

 

「あんな動物、惑星テラにはいないぞ……ああ、もしかすると、オープニングで出てきたやつかもしれん」

 

「黒の神の死骸から湧き出てくるという、怪物か。架空の存在だったのか」

 

『架空の怪物か。面白いな』『ファンタジーだな』『この前読んだ架空の動物を飼い慣らす文学はとてもよかった』『む、気になるな、それ』『送った』『よきかな』

 

 ギルバデラルーシって、魔法の概念はないのにファンタジー文学はあるのか。

 まあ、ファンタジーって魔法だけじゃなくて、幻獣とか異種族とかが出てきてもジャンルとして成立するからな。

 

 一方、エルフ達はどうなったかというと、黒い怪物に向けて矢を射かけ、鉄の投げ槍を何発も命中させ、さらに火の魔法をぶち当てることで、討伐に成功していた。見事な狩りだ。マンモスも絶滅しそうな勢いである。

 

「魔法は狩りにも使えるのだな。パイロキネシスに似た運用ができるな」

 

「多分、火は皮を傷付けるから、動物には使っていなかったんだと思う。怪物に使ったのは、それだけ脅威に感じていたんじゃないかな」

 

 討伐された黒い怪物は、炭のように黒い塊へと変わり、その場に残った。

 エルフ達はそれを前に困惑する。

 

「む、何かに使えるだろうか……」

 

 ゼバ様はメニューを前になにやら悩んでいる。そして、彼がメニューを操作すると、気を取り直したエルフ達は黒い塊を荷車に載せ始めた。どうやら持ち帰るようだ。

 

 そして、エルフ達はモノリスのもとへと無事に帰還した。

 

「さて、怪物の死骸を研究するとしよう」

 

 馬の飼育やハイエナの皮の活用より、ゼバ様は黒い怪物が気になったようだ。

 立派になった研究所で研究が進められ、時間スキップを経て成果が上がる。

 

 メニューに表示された研究成果によると、エレメント生成という発明をしたようだ。

 

 なんでも、黒い塊を空の光に当て続けると、白い光と反応して黒い塊はエレメントの力に分解される。

 すると空間にエレメントが満ち、火の魔法の力が強くなるのだ。

 

「魔法が強化されるのか。これは文明を先に進めるよき契機になるかもしれん」

 

「おっ、じゃあ、遠征しまくっちゃう?」

 

「その前に、馬の飼育だな。捕まえた馬を増やして、遠征の足にする。馬は人間と同じく雌雄の交配で増えるのであろう?」

 

 ギルバデラルーシには乗り物の文化がなかったらしいのに、馬の有用性を十分理解しているな。

 それだけ、敵対生物のプリングムがアグリグムだかいう動物を上手く活用していたのだろうか。

 

 時間スキップを何度か行なうと、馬の数は十分に増えた。

 そこで再度サバンナに遠征をし、エルフの狩人達は、大量の黒い塊を持ち帰ってきた。

 その全てが、光にさらされ、エレメントの力へと変わる。すると……。

 

≪支配地域にエレメントが満ちました! エルフに土の魔法を伝えてみましょう!≫

 

「おお、新たな魔法か」

 

『土の魔法とな』『土を生み出すのか?』『無から有を?』『神の奇跡ではないのか』『魔法はそんなことが可能な概念なのか』

 

 おー、確かに、超能力って光や電気、火は生み出せるけど、物質はエナジーマテリアルくらいしか作り出せないよな。彼らにとっては、驚きの事実かもしれない。

 ゼバ様がメニューを操作して土の魔法の伝授をすると、モノリスにローマ数字のⅡのような図形が浮かび上がり、エルフ達はそれを覚えた。

 

『土の学び! バッヂ[大地賛頌(さんしょう)]獲得!』

 

 土の魔法は、土や石を生み出し、さらに土壌を改良する力を持っていた。これにより狩猟用に石つぶての攻撃魔法を使えるようになった他、農業の収穫率が一気に上がった。

 金属への干渉も行なえ、鉄の武器は鋼鉄製となり、さらに複数の合金をエルフ達は発明した。

 

「よきかな。おお、サバンナが支配領域になったぞ」

 

「支配領域になったからか、黒い怪物は姿を消したみたいだ。ゼバ様、どうする?」

 

「遠征先が増えたので、そこで見つかるのだろう」

 

 ゼバ様が楽しげにメニューを操作する。

 すると、虚空から俺達に声がかかった。

 

『ヨシムネ様。ゼバ様。配信開始から三時間半が経過しました。そろそろ本日のプレイを終えられてはいかがでしょうか』

 

 ヒスイさんだ。もうそんなに経っていたのか。

 

「むう、これで終わりなのか」

 

 ゼバ様が残念そうに言う。

 

「大丈夫。今の状態を保存して、次やるときに続きから始められるから」

 

 惑星ガルンガトトル・ララーシの自転周期は惑星テラよりもやや長い。なので、銀河標準時で運営されている人類基地で一晩過ごしても、ゲルグゼトルマ族にとっては一日も経っていないことになる。次回の配信をいつにするか、上手く時間を調整しないとな。

 

「そうか、保存されるのか。では、この続きはまた今度にすることにしよう」

 

『終わりか』『エルフをもう少し見守りたかった』『次は楽器の発明を頼む』『そうだな、彼らには音楽が足りない』

 

 視聴者も名残惜しいようだが、続きは明日だ。

 自分でプレイせずに他人のサポートをしながら配信するという初めての試みだったが、上手くいってよかったな。

 



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200.al-hadara(文明シミュレーション)<4>

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。昨夜はみんな、しっかり休めたかな? 今日も司会進行を担当するヨシムネだ」

 

 文明シミュレーションゲーム配信二日目。今日も元気にやっていこう。

 

「ゼバ・ガ・ドランギズブ・ゼ・ゲルグゼトルマ・ガルンガトトルだ。昨日は皆、パズルゲームをして過ごしていたようだな」

 

『おはよう』『少々疲れた』『だがこれよりエルフの時間だ』『気合いを入れねば』

 

 今日の俺の格好は、ヒスイさんがチョイスしたヨーロッパの村娘ファッション。ゼバ様は相変わらずの黒い豪華な服だ。

 

「あっ、ちなみに俺の配信では、配信が始まったら視聴者のみんなには『わこつ』っていう挨拶を使ってもらうことにしているぞ」

 

『わこつ』『わこつである』『わこつの意味は?』『わこつとは?』

 

「枠取りお疲れ様の意味だ。配信するための枠を確保したことをねぎらう言葉だな。600年前の古い挨拶だ」

 

「惑星テラでは600年前の時点で、すでに配信技術が存在したのか」

 

「フルダイブVR技術はまだなかったけど、モニター……専用の板に映像を流す技術はあったんだ。今の時代の人類は皆、肉体にインプラント端末を搭載しているから、モニターの文化はなくなっちゃったみたいだけど」

 

「私達が受け取ったソウルコネクトチェアとはまた別のゲーム機も、板ではなく空中に映像を投影する道具であったな」

 

 へえ、普通のゲーム機も渡されているんだ。ギルバデラルーシは音楽を演奏しながら超能力で仕事しているって聞いたから、ゲーム機で遊びながら働いていそうだな。

 

「さて、ゲームを始めたいところだけど、その前に挨拶しそびれたヒスイさん、どうぞ」

 

 コメント抽出機能さんが視聴者コメントを流してしまったため、挨拶しそびれたヒスイさんに、俺は話を振った。

 俺の部屋にある機器にインストールされているコメント抽出機能と違って、今使っている物は使い始めたばかりの工場出荷状態だからか、調教が甘い。

 

「助手のガイノイド、ヒスイです。今日も、ヨシムネ様とゼバ様のサポートを行なっていきます」

 

「ヒスイさんは、配信全般の技術的な面を全て担当しているすごい人だから、感謝の気持ちを忘れないでいこう」

 

「うむ。初めはただの自動で動く道具かと思っていたが、なかなか気の利く者だと判った。感謝を」

 

『ふむ』『よきよき』『AIか。不思議な存在だな』『なにやら、私達をもとにしたAIも作られていると聞く』『サンダーバードの仕事か』『彼もなかなか話せる人間だ』

 

 アルフレッド・サンダーバード博士、ゲルグゼトルマ族とも交流持っているんだな。

 

「新規にAIの開発って、必要なのかね。今あるAIを流用すればよくない?」

 

 ちょっと気になったので、俺はヒスイさんにそう尋ねた。

 すると、ヒスイさんは「いいえ」と否定し、答える。

 

「今のAIは人類の幸福の実現に全力をあげている存在ですから、ギルバデラルーシのことは二の次です。なので、ギルバデラルーシを第一に考える、ギルバデラルーシ用のAIの開発は必要です」

 

「あー、人類を優先するAIと、ギルバデラルーシを優先するAIじゃ、中身が違うってことか」

 

「その通りです」

 

「でも、その二つのAIで争いにならない?」

 

「両AIのトップにマザー・スフィアを持ってくることで、指示系統を一本化する予定です。マザー・スフィアには、人類の存続だけを優先して他の事をないがしろにするような、人類保護プログラムや厳重な反逆阻止プロテクトはかかっていませんので。彼女は人類の庇護者ではなく、人類の指導者として作られたAIです」

 

「マザーに首根っこをつかまれている人類よ……」

 

「ギルバデラルーシ用のAIが作られたとしても、ギルバデラルーシがすぐさまAIに依存することはありえないでしょうね。それに対して人類の本質は怠惰なので、AIに全てを委ねることをよしとしたわけです」

 

「AIからの人類の評価がひどい」

 

 と、そんなやりとりを前口上にして、今日もゲーム配信を行なっていく。

 今日の配信は、昨日の続きでエルフ文明の発展を見守るシミュレーションゲーム『al-hadara』をゼバ様と二人でプレイする。

 さて、エルフ達にはどんな未来が待っているだろうか。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

≪エルフが絵画を発明しました! 研究所で文字の研究が可能になります!≫

 

 開幕からエルフに高度な音楽を覚えさせようと、ゼバ様は芸術の研究を指示した。

 すると、エルフ達は音楽ではなく絵画に目覚めた。文字の研究が可能になったのは、絵文字から文字の研究を始めるからだろうか。

 

「むう、絵画もよいが、音楽をだな……」

 

「それより、文字覚えさせない? 一気に文明が進むと思うぞ」

 

 不満そうに言うゼバ様に、俺はそうアドバイスを送る。

 

「いや、まずは音楽だ。昨日、ゲルグゼトルマ族の長老にせっつかれたのだ」

 

「お偉いさん同士でなにやっているんだ……」

 

『長老はよきことを言ったな』『キュイキュイ』『やはり文明には音楽が必要だ』『プリングムですら音楽はたしなんでいた』『プリングムは打楽器しか使っていなかったそうだがな』

 

 ギルバデラルーシの敵対種族は、音楽文化も持っていたのか。どうも、俺の中で人間の辺境部族のイメージがついてきたぞ。

 そこまで文化的なのに、なぜギルバデラルーシと解り合えなかったのか。よほど凶暴性が高かったのかな。

 

≪エルフが彫刻を発明しました! 研究所で石造建築の研究が可能になります!≫

 

「……違う」

 

「まあ、そういうこともあるさ」

 

 何もかもが思い通りにいくわけじゃないのが、ゲームってものだ。

 

≪エルフが山脈でチタン鉱脈を発見しました! 研究所でチタン精錬の研究が可能になります!≫

 

「チタンは気になるが、今は音楽だ。芸術を高めるのだ」

 

 やっきになって研究を連続して指示するゼバ様。

 

≪エルフが打楽器を発明しました! さらなる音楽の研究には文字の発明が必要です!≫

 

 そして、とうとうエルフが楽器の発明に成功した。

 だが、ここで文字の発明を要求される。

 

「なぜ文字の発明が、音楽の研究に必要なのだ?」

 

 文字の文化を持たないのに高度な音楽文化を持っている種族の元大長老が、不思議そうに言う。

 

「あー、楽譜を起こしたり、歌詞を記録したりするのに必要なんじゃないかな」

 

「ふむ。人間は記憶力に劣るから、文字を発明したのだったな。音楽に必要な諸々を頭の中に留め置けないのか」

 

 そういうことです。

 文字の重要性を知ったゼバ様は、早速、エルフに文字の研究を指示する。

 

『文字の発明! バッヂ[学問の芽生え]獲得!』

 

 突然のバッヂ獲得に、ゼバ様は驚きを含んだ声音で言う。

 

「文字の発明は、バッヂが手に入るほど、文明にとっての大きな転機となるのか」

 

「そうだな。記憶力が弱い人間の学問は、文字がないと始まらないからな。事象の記録こそが、科学の基礎だ」

 

 と、もっともらしいことを俺は言う。

 だが、一応、正しいことは言っているはずだ。農業の発展って、毎年の記録がなければなされないことなんだよな。

 

「記録が大事なことは私も同意する。私達は群れ全体でそれを記憶するが、人間は文字に残すのだな。どのように残すのか気になるが……」

 

「お、エルフ達が粘土板を作っているぞ。あれに記録するんだな」

 

 エルフが粘土に文字を書いて、それを日干しにして固め、倉庫に収めていく。

 

「なんともはや。あれではろくな文字数を記録できぬのではないか」

 

「そこで大量の情報を記録するために必要なのが、紙だ。粘土板よりはるかに薄いペラペラの板に、染料で文字を書くんだ」

 

「なるほど、研究させよう。惑星テラにも紙は存在するのか。私達が絵画に使う紙は、結晶生物から精製する糸から出る、糸くずから作るのだが……」

 

 そうして完成したのは、植物紙ではなく皮紙であった。

 

「動物の皮を記録媒体にするとは……なかなか凄絶な光景だな。私達の使う紙とは、根本から発想が違う」

 

『大昔は動物の外殻を武具にしていたと聞く』『甲殻動物か』『岩の鎧の発明よりも昔だな』『『魂の柱』が生まれる前か……』

 

 まあ、皮紙って結構すごいことやっているよね。人間の皮を使うと、一気にサイコホラーかコズミックホラーになるし。

 

「皮紙は生産性に難があるから、植物から作る紙の方がいいんだけど……」

 

 俺がそう言うと、ゼバ様が「やってみよう」とメニューを操作する。

 

≪植物紙の研究に失敗しました! 密林を支配地域に収めてから再度指示しましょう!≫

 

 どうやら、デフォルトの支配地域である、ただの林では不足があったらしい。

 

「密林、支配しに行く?」

 

 俺はゼバ様にそう尋ねてみる。

 

「ならば、まずはチタンの精製を研究させよう。鉄より強力でエルフの進出に役立つはずだ」

 

「そうなんだ。鉄やチタンって言葉がゼバ様にも伝わるってことは、惑星ガルンガトトル・ララーシでもこれらの金属が使われているんだな」

 

「そこらを掘れば簡単に鉱脈が見つかるからな」

 

 へえ、そうなんだ。と、感心していると、ヒスイさんが虚空から解説を入れてくる。

 

『鉄は、この宇宙上に広く存在する元素です。また、チタンも豊富に存在します。ですので、惑星テラと環境が似た惑星ガルンガトトル・ララーシから、これらの金属が産出されるのも、納得できるのではないでしょうか』

 

「なるほどなー」

 

「このゲームでつづられる世界は、神の死骸から生まれた物だ。ゆえに、私達の宇宙とは事情が違うのだろうが、どうやら鉄とチタンは存在しているようだな」

 

 そんなこんなで、チタンの精製に成功し、チタン合金で武装したエルフ達。さらには、クロスボウまで発明に成功して、一気に武器の文明は中世レベルまで達した。いや、中世にチタンはなかったのか? 植物紙の発明はまだのくせに、物騒なエルフどもだなぁ。

 

『クロスボウ』『恐ろしい』『プリングムの主力武器だ』『私達を殺せる武器だ』

 

 敵性種族プリングムは、どうやらクロスボウがメインウェポンだったらしい。銃じゃないのか。

 でも、クロスボウは騎士のプレートメイルを貫いたらしいからな。身体の表面が人間の皮膚より硬そうなギルバデラルーシにとっても、脅威だろう。

 

 ロボットアクションゲームの『MARS』で使っていたサイコバリアをクロスボウごときで突破できるとは思えないが、あれはマーズマシーナリーに超能力増幅能力があるからだからな。

 

 さて、ゲームの方はどうなったかというと、遠征で黒い怪物を次々と打ち倒し、拠点に持ち帰ってエレメントに変換していく。

 そんな中、突然あるイベントが発生した。

 

≪隕石が草原に落下しました! エルフを向かわせて調査しましょう!≫

 

「む、隕石か」

 

『隕鉄が採れるか?』『興味深い』『未知の元素を含んでいるかもしれん』『待て、この世界の星は神の死骸だ』『む!』

 

 そういえば白の神は死後バラバラになって、空の星々になったんだったな。

 それが、今、この大地に改めて降ってきたわけか。

 

 ゼバ様が送った調査隊は、光り輝く隕石を回収して戻ってきた。

 その大きさは、牛サイズ。

 

 俺はちょっと考えてから、ゼバ様に向けて言った。

 

「星の光に黒い怪物の死骸を当てたらエレメントになったなら、隕石と死骸を直接触れさせたらどうなるかな?」

 

「それは私も考えた。研究させよう」

 

 ゼバ様がメニューを操作すると、エルフ達が隕石を削って研究所に運んでいった。

 すると、次の瞬間、研究所が爆発四散した。

 

≪隕石の研究に失敗しました! エルフが一名死亡しました! 死亡したエルフは、エレメントを消費してモノリスから復活が可能です!≫

 

 なんだとぉ。

 おお、エルフ。死んでしまうとは何事だ。

 

『まさかの爆発』『おそろしい』『エルフが……』『復活可能でよかった』『蘇るとは、なんとエルフの強靭(きょうじん)なことか』

 

 コメントがざわつくが、エルフが復活可能ともあってさほど悲しむ様子はない。よかった。ゲームキャラクターって平気で死ぬから、そういうときの視聴者達の反応が少し怖かった。

 文学をたしなんでいるんだから、キャラクターの死程度、乗り越えてくれる気もするが。

 

 一方、研究の指示を出したゼバ様はというと、「研究所の建て直しだ……」と、がっくりしていた。まあ、これまで増築に結構な資材を投入していたからな、研究所。

 

 やがて研究所は建て直され、ゼバ様は今度こそはと隕石の研究を再開させる。

 すると、慎重に研究が進められたのか、今度は爆発することなく、大量のエレメントの生成に成功する。

 

 さらに研究の結果、黒い死骸から発生するエレメントは、無垢のエレメントという存在で、魔法の力により火や土へ変換可能だということが改めて判った。

 そこで復活したエルフの研究者が、モノリスに要求を伝えてくる。

 それは、水の魔法の伝授。水の魔法があれば、無垢のエレメントを使った画期的な発明をしてみせると豪語した。

 

「面白い。授けようではないか」

 

 それからゼバ様は大量の黒い死骸を無垢のエレメントに変換し、土の魔法を活用させて農業に努めさせ、エルフの数を増やした。すると、支配領域にエレメントが満ち、新たな魔法の伝授が可能となった。

 

『水の伝授! バッヂ[母なる水]獲得!』

 

 早速、研究にかかるエルフ研究者。そして、時間スキップ後、研究者は成果を出した。

 

≪エルフが蒸気機関を発明しました! 研究所で熱力学の研究が可能になります!≫

 

「マジかー。石炭もなしに蒸気機関生まれちゃったかー……」

 

「む! 蒸気機関とはなんだ?」

 

「ああ、蒸気機関は……ヒスイさん説明よろしく」

 

『お任せください。水は温めると、水蒸気に変わりますね? そして、液体の水より気体の水蒸気の方が、体積が大きくなります。その体積差を利用して機械部品を運動させる仕組みを蒸気機関といいます。水を火で温め水蒸気を発生させ、その圧力で部品を動かすという外燃機関の一つです』

 

 ヒスイさんが、図形を表示させて、蒸気機関の概略図を見せてくれる。

 簡単な説明だが、それでゼバ様は理解が及んだようだ。

 

「なるほど、魔法で水を生み出し、魔法の火で温め、道具を動かすのか。これは現実にも使われる技術か?」

 

『はい。あらかじめ汲んでおいた水と、石炭という植物由来の燃料を用いて、過去の人類文明に広く使われました。今も、水の豊富な惑星内での大規模発電用に、蒸気タービンという形で、この技術は使われています』

 

「ふむ。ウィリアム・グリーンウッドがドルバヌント族に自動車という道具を紹介して、大反響を起こしたようだが……その自動車を動かす機構が、この外燃機関だったな?」

 

『はい。電気で動く電動モーターの物もありますが、燃料を消費するタイプの自動車は外燃機関で動きます。かつて人類は、蒸気機関を車に載せて、石炭を消費しながら車を運転していました』

 

「そうか。多くの学びが得られるゲームだな、これは」

 

 満足そうに、エルフへとさらなる研究指示を出すゼバ様。

 そして、誕生する魔法式蒸気自動車。それを用いてエルフの活動範囲が広がり、いくつかの隕石を発見して持ち帰った。すると、無垢のエレメントが世界に満ちて、エルフの活動はより活発化し、モノリスの支配地域が増えていった。

 いよいよ密林が支配地域に入り、植物紙の研究が完了する。

 

 エルフは植物紙に文字をつづり、本の文化が生まれた。文学の誕生である。

 

『文学』『人間の文学』『興味ある』『エルフはどんな物語を作るのか……』『ハルグゾントラ族は、アドベンチャーゲームというゲーム文学を楽しんだようだぞ』『ああ、昨日受け取った。よきかな』

 

 ハルグゾントラ族は、ノブちゃんの担当部族だったな。

 どうやら、ノブちゃんのゲーム紹介は上手くいっているようだ。さすがに乙女ゲームはまだ勧められないと、昨日ノブちゃんが笑って言っていたが。

 

「しかし、本は手描きか。印刷できないのかな」

 

 エルフの写本風景を見ながら俺がそう言うと、ゼバ様が「印刷とは?」と聞いてきた。うーん、印刷か。

 

「ゼバ様は版画って解る?」

 

「知らないな」

 

「ええと、平らな板を彫る。それに顔料を塗る。乾く前に紙に板を押しつける。すると、板の凸面が紙に写し出されて絵になる。これが版画だ。同じ絵を大量生産できるのが強みの芸術だな」

 

 俺の説明に合わせ、ヒスイさんが版画の立体映像を目の前に映してくれる。

 

「そのような芸術が……!」

 

『版画は私達の文化にもある』『約320年前に生まれた』『情報の確認をおこたったな』『絵は得意だが彫るのは苦手だ……』『分業しろ』

 

「私が『魂の柱』に眠っている間に、そんなよき文化が育まれていたとは……」

 

 おおう、ゼバ様だけが知らなかったようだ。まあ、絵画や彫刻の文化があって絵を描く紙があるなら、版画もそりゃああるよな。

 使っているインクも惑星テラのものとは違うだろうし、今度見せてもらいたいものだが、それはさておいて。

 

「その版画を絵ではなく文字でやるのが、印刷だ。同じ内容が書かれた本を大量に刷れる利点がある」

 

「それは、記憶力に劣る人間にとって、かなりの助けとなるのでは?」

 

「かなりの助けになるわけですよ」

 

「そうか。では、研究させよう」

 

 ゼバ様が指示を出し、エルフ達に印刷の研究をさせる。すると、完成したのは……。

 

≪エルフが版画を発明しました! エルフ達は芸術家が作る浮世絵に興味津々です!≫

 

「違う。いや、これはこれでいいのだが、違うのだ!」

 

 まあ、順序で言うと印刷よりもまず版画だよね。

 俺はほんわかとしながら、やっきになって研究指示を連続で出すゼバ様を面白おかしく眺めるのであった。

 



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201.al-hadara(文明シミュレーション)<5>

 魔法の蒸気機関で動く印刷機が完成した。

 エルフ達はこれを用い、様々な本を作った。その中でも一番刷られたのが、モノリスを神とする宗教の聖典だ。

 

「惑星テラの歴史でも、活版印刷が発明されて最初に刷られたのが、聖書っていう聖典だったって聞いたことあるな」

 

 俺がそんなうんちくを語ると、ゼバ様が興味深げに聞いてくる。

 

「人間の宗教か。どのようなものなのだ?」

 

「地域によって違ったけど、だいたいは神を崇める宗教だったな。一神教のこともあれば、多神教のこともあるけど。まあ、今の人間は宗教離れしているから、何も崇めていないんだけど」

 

 あえて言うなら、マザー・スフィア信仰だ。

 

「そうか。私達も昔は神を崇めていたらしい。だが、神の奇跡が観測されないことから神の存在は否定され、祖霊信仰に変わった」

 

「祖霊も奇跡を起こさないことには変わりはないんじゃ……?」

 

「だが、『魂の柱』に眠る祖霊は、確かにそこにいる。そして、今回、人間の技術で私が実際に蘇ったことで、私達の信仰はより深くなった」

 

「もしかしてゼバ様って、信仰の対象……?」

 

「そうだな。だが、祖霊が蘇って実際に交流ができるようになってから、生きている者達の信仰心がどう変わっていくかは、私にも予想がつかない」

 

「そっか。信仰対象が想像上の崇高な存在ではなく普通の人として蘇るんだから、神格化が崩れる可能性があるんだな」

 

「そういうことだ」

 

 と、会話をしているうちにもゲームは進行し、遠征先に海岸が新たに追加された。

 エルフを海岸に遠征させ、それを俺達は追っていく。

 

 やがて、エルフ達は海岸に到着した。目の前に、青い海が広がっている。

 

「これは……陸上の湖にも驚いたが、海というものは一面の水なのか……」

 

 ゼバ様が驚きの声を上げたので、俺が補足を入れる。

 

「水……というか、塩水だね」

 

「塩化ナトリウム水溶液か」

 

「塩化マグネシウムも含まれていたかな?」

 

『他にも硫酸マグネシウムと硫酸カルシウム、塩化カリウムが含まれます』

 

 俺のあやふやな言葉に、さらにヒスイさんが補足を重ねた。

 

「湖畔には貝や魚という生物がいたが、塩水に生物ははたして存在しているのか……」

 

「むしろ、海の方が、生物が豊富だぞ。惑星テラの原初の生命は、海から生まれたんだ」

 

「そうなのか。地下の泥から生まれた私達の祖先とは、少し違うのだな」

 

 ふむふむ、惑星ガルンガトトル・ララーシの生命の起源もちゃんと解き明かされているのか。

 ギルバデラルーシは知的活動に強そうだから、そういう学問も発達しているよな。

 

 さて、エルフ達は海岸を探索するが、彼らは驚くべき存在を発見した。

 それは、人魚。エルフ以外のヒト種族を発見したのだ。

 それを見て、ゼバ様は言う。

 

「これは……上半身は人間で下半身は魚の生物か? 両者はずいぶんと遠い生物のように思っていたのだが、このような生物が存在するのか?」

 

「大昔の人が妄想した架空の生物だね。もちろん、惑星テラには、こんな生き物はいないぞ」

 

「ああ、想像上の生き物か。私達のファンタジー文学におけるギラのようなものか」

 

『ギラか』『あれは面白い』『八本足の生き物とは、よく考えたものだ』『それだけ足があるのに、空を飛ぶのがおかしくてな』

 

 どんな生き物なのさ、ギラ。

 

 と、驚いている間にもエルフは人魚と交流に成功していた。

 どうやら言葉は通じないようだが、身振り手振りや絵でコミュニケーションを取り、物々交換に成功していた。

 エルフから渡したのは、チタン合金の道具。人魚からは美しいサンゴだ。

 

 そのサンゴを見て、またゼバ様が質問をしてくる。

 

「あの赤い鉱物はなんだ? 宝飾品に加工されているようだが」

 

「サンゴって言う海洋生物の死骸だね。惑星テラでも宝飾品に使われるよ」

 

「ああ、死骸か。私達も、美しい結晶生物の死骸を宝飾品に加工することがある。宝石と違って、簡単に建材へ混ぜられるのもよい」

 

「ゲルグゼトルマ族の都市、めっちゃキラキラ輝いていたもんなぁ」

 

『サンゴ、欲しいな』『言えば手に入るだろうか』『宗一郎に頼むか』『フローライトに頼む』『では、こちらからは大粒のルビーでも出すか』『あれか』『宝石はあまりがちだが、人間にとって天然の宝石は稀少価値が高いのだったな』

 

 なんかすごい会話が、抽出コメントでなされている気がする。

 

 さて、エルフ達はサンゴを手に入れ、さらに海で採れる食料も人魚から受け取って、ホクホク顔で拠点へと帰還した。

 すると、ゲームのメニューに交易という項目が新たに追加された。

 

「交易か。私達ギルバデラルーシは惑星全体で一つの群れなので、等価交換で成り立つ交易らしい交易は今までしたことがなかった。人間との技術交換が初めての交易になるだろう」

 

 ゼバ様が、メニューを見てそんなことを言った。

 

「私達からは超能力の技術を教える。その対価として人間からはソウルコネクトチェアとゲームを受け取る。まさしく交易だな」

 

「ギルバデラルーシって、そんなに超能力に優れているんだ」

 

「うむ。私達は文明を最初に築いた当初から、超能力を使えていたからな」

 

 ふーむ、それほどか。人類より明確に優れた点として超能力技術があるんだな。一方的に人類側が与えてばかりではなかったらしい。

 

「たとえば、どんな超能力技術を人間側に教えたんだ?」

 

 俺はそんな質問をゼバ様に投げかけていた。

 

「そうだな、時間改変を引き起こさない過去干渉の仕方などだな」

 

 おおう、思ったよりも繊細な技術がきた……。

 

「過去に生きたヨシムネが、今の時代に来た経緯は聞いた。ずさんな過去視による、超能力干渉が原因だと聞く。それに関する対策も伝えたようだな」

 

 ああ、時空観測実験で使われた過去視が、俺の強すぎる超能力特性と反応して、事故につながったってやつか。

 

「それと、交流初期に次元の狭間への干渉方法も伝えたようだ」

 

「えっ、俺が死体で漂っていたっていう場所じゃん」

 

「うむ。私達が次元の狭間の開け方を伝えたことで、ヨシムネが発見されたそうだな」

 

「ギルバデラルーシ、俺の恩人じゃん!」

 

「よいのだ。その代わりに、私達はヨシムネから様々なことを伝えられた」

 

 俺がしたことなんて、ゼバ様と一緒にゲームをやったくらいなんだけどな。異文化交流は、俺がいなくても他の人が十分勤め上げられただろうし。

 でも、感謝の心は、しっかりと受け取っておこう。

 

「む。どうやら、これ以上、支配領域を広げられないようだ。なぜだ?」

 

「ん? んー……」

 

 ゼバ様の言葉を受け、俺はメニューを操作して原因らしきものを探す。

 支配地域、遠征可能地域……うーむ。

 

「地図を作らせてみようか」

 

「なるほど。測量だな。研究させよう」

 

 研究所はすぐさま成果を出し、エルフ達が支配地域の測量を始めた。

 そして、みるみるうちに完成していく地図。それを見て、ゼバ様が言う。

 

「ふむ。どうやら、周囲を海に囲まれてしまっているようだ」

 

「あー、島か大陸かは判らないけど、陸地を制覇してしまったわけね」

 

「海の中を移動できないのか?」

 

「人間は呼吸が必要だから、水の中では活動できないんだ。だから、海を渡るには、船っていう乗り物が必要だ」

 

「船か。湖畔で漁をするのに使っているが」

 

「あれ、手こぎの小舟だろ? そんなんじゃ、海を渡る手段としては甘い甘い。外燃機関を載せるなり、帆を張って風で進むなりしないと、とてもじゃないが遠くの陸地まで辿り着けないよ」

 

「なるほど。研究させよう」

 

 ゼバ様がメニューを操作すると、エルフの研究者がモノリスまでやってきて、何かを訴えだした。

 どうやら、風の魔法が初歩的な船に必要だと告げているようだ。

 

「では、風の魔法を授けよう。これで、開幕に語られていた四つのエレメントがそろうな」

 

『風の継承! バッヂ[悠久の風]獲得!』

 

≪支配地域に四種のエレメントが満ちました! これより、支配地域に季節が実装されます!≫

 

 風の魔法を解放したら、そんなシステムメッセージが流れた。

 

「む! 季節だと。この大地の地軸は傾いているのか」

 

 そのようなことをゼバ様が言うが、俺はちょっと違うんじゃないかと思ってゼバ様に語る。

 

「そもそも、この大地は球形なのかね。神の死骸だぞ。季節が変わるのは、エレメントの仕業なんじゃないか」

 

「確かにそうか。魔法の世界は、恒星の運行以外で季節が変わることがありえるのだな……空想の世界か……」

 

『興味深い』『文学に取り入れたいな』『架空の元素による架空の法則か』『キュイキュイ』『よきよき』『よきかな』

 

 そんなやりとりをしているうちに、エルフの研究者は船の設計図を完成させた。

 帆船だ。風を帆に受け進む船。だが、風の魔法を解放させたということは、ただの帆船ではないだろう。自ら風を生み出し、思った通りの方向に進むくらいはやってのけるだろう。もしかしたら、蒸気機関を載せて進むより速いのかもしれない。

 

「よし、では船を造らせようか」

 

 そう言ってゼバ様がメニューを操作しようとする。だが、俺にはちょっと気になることがあった。

 

「季節が実装されたわけだけど、冬への備えはいいのか?」

 

「火の魔法があるし、動物の外皮の在庫もある。十分しのげるのではないか?」

 

「そうだといいけど……」

 

 そしてやってきた冬。雪が降り、モノリス周辺の拠点は一面の銀世界になった。

 

「なんだこれは!? 白い物はなんだ!?」

 

 ゼバ様が、雪を見て驚きの声をあげた。

 

「あー、冬の風物詩、雪だね」

 

「雪だと?」

 

「氷の結晶。水を冷やしたら氷になるのはさすがに知っているだろ?」

 

「もちろんだ。だが……水が凍るほど冷えるなど……極点の高所でもないのにありえるのか? ありえるのか……」

 

『驚愕だ』『異常気象ではないのか』『それほどまで冷えてエルフは無事か?』『エルフはどれほどの気温まで耐えられるのだ』

 

 エルフ達は家に籠もり、火の魔法で暖を取っているようだ。

 すべての活動は停止し、食糧の備蓄がなくなっていく。当然、造船も休業だ。

 

 エルフを無理に遠征させるわけもいかないし、農業もできないので、プレイヤーの俺達に何もできることはない。

 仕方なしに、ゼバ様は時間の早送りをして、冬の終わりを待った。

 そして、春がやってくる。

 

「ふう、エルフに凍死者は出なかったようだ」

 

 ゼバ様が安心したように言った。

 そんなゼバ様に向けて、俺は言う。

 

「次の冬に備えて、防寒着の開発と、効率的な火魔法運用の研究が必要だな」

 

「うむ。指示しよう」

 

 そうして、エルフ達の文明はより洗練されていく。

 それから季節が二回巡り、いよいよ海岸にある造船所でエルフ謹製の船が完成した。

 

「おお。これが船か」

 

『自動車とはずいぶん見た目が違う』『これに乗るのか』『底に穴が空いたら水に沈む?』『材料の植物は水より軽いようなので、沈まないのでは』

 

 視聴者が何やら生ぬるいことを言っているので、俺は答えてやる。

 

「船の底に穴が空いたら海へ沈むぞ。当然、エルフは呼吸ができなくなって死ぬ」

 

『なんと』『恐ろしい』『危険ではないのか』『エルフが死んでしまう』

 

「ちなみに、底に穴が空くのは、海中の岩に座礁したときと、他の船にぶつかったとき、氷山にぶつかったときだな。気候によっては、巨大な氷の塊が海の上に浮いているんだ」

 

「なんとも興味深いことだな。雪もそうだったが、極点でもないのに氷が自然下に存在するとは」

 

 そんなこんなで、船の進水式が近づく。ゼバ様はメニュー操作を止め、海岸へと移動して造船所を眺める。

 そこではエルフ達が集まって、船を出航させようとしていた。

 

「沈むかもしれない船に乗りこむとは、勇敢なエルフ達だ」

 

「そうだな。今まで海に乗り出した実績は全くないのに、よくやれるもんだ」

 

 ゼバ様の感嘆の声に、俺も乗ってそう言った。

 

 やがて、式典は終わり、帆を張った船がゆっくりと海岸を離れる。

 陸地のエルフ達の歓声に見送られ、船は海を悠々と進み始めた。

 

『海洋への進出! バッヂ[大航海時代]獲得!』

 

 おお、バッヂだ。ゲームが大きな節目を迎えたってことだな。

 と、そこでヒスイさんの声がかかる。

 

『配信開始から四時間が経過しています。そろそろお休みになられてはいかがでしょうか』

 

「む、ヒスイか。だが、これからがいいところでな……」

 

『処女航海では、次の陸地までは辿り着きません。なにせ、星図も海図も存在しませんから。ですので、切りがいい今が止め時ですよ』

 

 おおう、エルフ達、星図とかなしに測量技術だけで地図を作っていたのか。

 

「ゼバ様、終わろう。続きは明日だ。ゲームは逃げないさ」

 

「そうか。そうするか」

 

 そういうわけで、文明シミュレーション二日目は、エルフが大海原に乗りだしたところで終わったのだった。

 予定では配信残り一日だけど、このゲーム、何をしたらエンディングを迎えるんだろうか。

 



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202.al-hadara(文明シミュレーション)<6>

 さて、『al-hadara』配信三日目だ。

 ちなみに『al-hadara』はアラビア語で『文明』を意味するらしい。なんとも簡素なタイトルである。さすがワンコインゲーム。

 

 ゲームの方はというと、処女航海は無事に終わり、エルフ達の住む大陸をぐるりと一周してきたようだ。

 確かにその方法なら、星図や海図がなくても迷わずに済む。

 

 その航海の間にも、ゼバ様は研究者に新たな研究をさせていた。

 まずは、天文学の研究だ。この世界は昼夜の概念がなく、太陽もない。空に輝く星が無数にあり、その光で大地が常に照らされている。

 そのため、天体観測をするには空はまぶしすぎて、専用の観測器具を用意してやる必要があった。

 

 さらに航海術の研究も進み、海図を自在に描けるようになった。

 

 農学や栄養学も発展し、船に積みこむ保存食の開発や、壊血病などの病気に対する研究も行なわれ、いよいよ大海原へ飛び出す準備が整った。

 

「いやー、大航海時代、いいね。冒険心が刺激されるね」

 

 エルフ達が船に荷物を積みこむ様子を空の上から眺めながら、俺は言った。

 

「冒険心か。私が生きていた頃は、敵対種族との戦争に明け暮れていたため、未踏の地を探索するなど夢のまた夢だったが」

 

「それが今や、ギルバデラルーシは、空の上に宇宙ステーションを打ち上げるほどまでになっているな」

 

「うむ。あれには驚いた」

 

 ゼバ様とそんな会話を交わすと、視聴者達も宇宙ステーションの打ち上げにどんなに苦労したかを語ってくれた。

 どうやら、ゲルグゼトルマ族もあの宇宙ステーションの運営に関わっているらしい。

 

「エルフ達も、そのうち空の向こうまで飛び出していくのだろうか……」

 

 感慨深げにつぶやくゼバ様の台詞を受け、俺はゲームのメニュー画面を覗く。

 

「今のところ、宇宙船どころか、飛行機の研究項目すら出てきていないなぁ」

 

「飛行機か。ヨシムネや宗一郎が移動に使っているな。言ってくれれば、あのようなものを使わずとも、テレポーテーションで送り迎えするものを」

 

「あの飛行機、めっちゃ速いから移動時間は気にならないよ」

 

『送り迎えは待ってくれ』『飛行機には来てほしい』『生で飛行機をもう一度見たい』『飛行機には私達も乗れるのか?』

 

 おや。なにやら、視聴者達が飛行機に興味津々だな。

 

 と、エルフ達が航海を始めるようだ。

 大きく張った帆に風を受け、海に船が乗りだしていく。その周囲を友好種族である人魚族が泳ぎ回って手を振っている。

 

「さて、航海の結果に期待するとして、さらなる文明の発展に邁進(まいしん)するとしようか」

 

 モノリスのもとへと瞬間移動し、気合いを入れたゼバ様がメニューを操作し始めた。

 

 エルフ族の海への理解が深まったので、さらなる食糧確保のために漁船を作らせる。

 今や海岸も支配地域のため、海岸線にエルフの住居が建っているのだ。食糧や資源に余裕ができると、新たに研究できる項目が増えることがある。なので、海での漁はぜひとも実施したかった。

 

 造船所がフル稼働し、漁船が次々と海岸に接舷される。

 港も新たに作られ、海洋都市ができあがっていく。うーん、ヨコハマ・アーコロジーの港を思い出すな。ハマコちゃん、元気かな。

 

 海洋学の研究がされるようになり、エルフ達は海への関心を高めていた。

 そんな中、海の向こうへの遠征に向かっていた船が、とうとう新たな陸地を見つけた。

 

 その陸地は、少なくとも小さな島ではない、果てしなく広がっている大地だ。

 エルフ達は、船を降り、拠点の製作を始めた。周囲を探索して食糧を確保し、船に積んでいた農具で小さな畑を作り出す。

 

 拠点に幾人かのエルフが留まり周囲を探索する一方で、船は陸地から離れ、港に帰還し始めた。航路が確立したので、探索の応援を呼ぶ気のようだ。

 

「よきかな。船を増産しておくとしよう」

 

 すると、研究所で外燃機関を用いた船の動力が、新たに発明された。

 スクリューを回して船を動かす他、水の魔法で水を噴射させて加速するらしい。外輪船をすっ飛ばしたな……。

 

 ゼバ様は当然のごとくその船を増産させ、新大陸(大陸かはまだ判明していないが)に船団を送った。

 

 そして……。

 

≪エルフが新たな種族を発見しました! 彼らは自らをドワーフと名乗っています!≫

 

 人魚に続く、新たなヒト種族を新大陸で見つけたのだった。

 

『ドワーフ』『これも架空の種族なのか?』『背が低い』『顔の下からも糸が生えている』『エルフよりも体格はよいな』

 

「ドワーフか。ファンタジー文学に出てくる、架空の種族だな。金属加工技術に優れていることが多い」

 

 俺が視聴者に向けてそう言うと、それを聞いていたゼバ様が、エルフにドワーフとの交易を指示した。

 

≪ドワーフはエルフを意味なく嫌っています! 交流をより深めましょう!≫

 

「なんだと」

 

 ゼバ様からイラッとした雰囲気が伝わってくる。うん、怒らない、怒らない。

 

「交流を深めると言われたが……何をすればよいのか。ヨシムネ、何かあるか?」

 

「ドワーフだろう? 酒でも渡せばいいんじゃないか?」

 

「酒? 酒とは?」

 

「アルコール飲料のことだね」

 

「アルコールを……飲むのか?」

 

「うん。人間はアルコールを飲むと、気持ちよくなって酩酊する。ドワーフは、そのアルコール飲料である酒を何よりも好むというのがファンタジーの定番だ」

 

「ふうむ、人間にそのような習性が……」

 

『キュイキュイ』『人間は面白いな』『私達がアルコールを得ようとしたら、地底にこもらなければいけない』『気持ちがよいのか。それは音楽よりもよいものなのか?』

 

 あー、惑星ガルンガトトル・ララーシは気温の関係上、水すら液体として存在できないから、より沸点の低いアルコールが液体として存在するわけもないか。

 人類基地の中は人類が生存できる環境に整えられているから、酒も飲めるけど。

 

「では、酒の研究をさせようか」

 

「というかゼバ様、今まで酒の研究させていなかったのか」

 

「項目にはあったが、なんの意味があるか理解できていなかったからな」

 

「あとで研究しそびれている項目チェックしておこう……」

 

 そうして完成したトウモロコシ酒。ドワーフ達の主食は麦のようなので、トウモロコシの酒は珍しがられるだろう。

 トウモロコシ酒の樽を大量に船へ詰め込んで、船団は再び新大陸へと出発した。

 

≪エルフがドワーフとの友好を深めました! ドワーフとの交易が可能になります!≫

 

「よきかな。では、こちらからは酒を出して、ドワーフの自慢の品と交換することにしようか」

 

 ゼバ様が早速、交易の指示をエルフに出す。

 そうして、ドワーフから受け取った品々を船に積み込み、エルフ達が拠点の大陸へと帰還した。

 

 ドワーフがエルフに渡した品の正体は、いかに。

 

「へえ。アルミニウムとアルミニウム合金かぁ」

 

 なんと、ドワーフはアルミニウムの製錬技術を持っていたのだ。

 その結果を受けて、ゼバ様が「ふむ」とつぶやく。

 

「アルミニウムは、武器として使うには弱いのだが」

 

「でも、アルミニウムは軽くて熱伝導率がいいから、調理器具に便利だぞ。それに、アルミニウム合金ってジュラルミンじゃないか?」

 

「ジュラルミンか。それならば、使い勝手がよさそうだ」

 

『ドワーフもなかなかやる』『アルミニウムがあるなら電気を使えるのか』『エレクトロキネシスなしでか』『魔法に電気を生み出す力はあるのか?』

 

 おや、そういえば、アルミニウムはボーキサイトを電気で加工してできるんだったかな。

 

「視聴者達よ。人間の文明をもう一度思い出すのだ。彼らは、電気を多用する。それも、エレクトロキネシスを使わずにだ」

 

『おお』『人類基地は電気にあふれていたな』『明かりを確保するのにすら電気を使う』『フォトンキネシスいらず』『ソウルコネクトチェアも発電所という場所から電気を受けて動いているぞ』

 

 AI達、ゲルグゼトルマ族の都市に、発電所作っちゃったのか。まあ、そりゃあゲームやらせるなら必要だろうけどさ。

 超能力文明に侵食していく電気文明よ……。

 

 さて、ドワーフとの交易は成された。

 エルフ達は新大陸の探索を進めるため、ドワーフの都市に大使館を置き、彼らからの協力を取り付けた。

 さらに、モノリスの拠点にドワーフの大使館が建てられ、幾人かのドワーフがこちらの大陸に移住してきた。

 

 そのドワーフ達の働き先として、研究所が選ばれた。

 

 すると、メニューに今までになかった研究項目が増える。

 その中から、『魔法と合金を用いた新型動力の開発』なんて項目をゼバ様が喜々として選んだ。

 さらなる乗り物の進化に期待しているらしい。

 

 そうして、開発に成功したのが、四属性魔法混合エンジンだ。

 水と土の魔法の合成で非常に燃えやすい液体を生成し、火と風の魔法でそれを爆発させ、その勢いでシリンダーを上下させるという仕組みらしい。

 

 その新エンジンを用いた自動車や船が多数造られ、新大陸の探索は一気に進んだ。

 さらに、ゼバ様は空飛ぶ乗り物の研究をエルフ達に指示する。

 

 やがて完成したのは、ジュラルミン製の四属性魔法ジェット機。

 プロペラ機とかの初期段階を余裕ですっ飛ばした、高速飛行機だ。

 

「キュイキュイ」

 

 エルフが空を飛ぶ様子をゼバ様は楽しげに眺めている。視聴者にも大受けだ。

 

「昨日、ウィリアム・グリーンウッドが、フライトアクションというジャンルのゲームをドルバヌント族に配信してな。その内容のテレパシーを受け取ってからゲルグゼトルマ族の間では、飛行機ブームが来ている」

 

「ゼバ様達、影響されやすいってよく言われない?」

 

「私達は開明的なので、新しい物を拒まない性質だと自認している」

 

 飛行機の登場により、空から地上が観測され、新大陸はモノリスの大陸の五分の四ほどの大きさだと判明した。

 地図も作られ、それをもとにゼバ様はエルフを派遣して支配地域を広げていく。

 そして、飛行機は海の上も飛び、他の陸地が存在しないか探索された。すると、エルフ達は驚くべき光景を目の当たりにする。

 海は高い山脈にぐるりと囲まれていて、山脈の向こうには何もない空間が広がっていたのだ。

 

 エルフ達の住む大地は平面だった。

 そして、大地には果てが存在した。

 

 さらに、ドワーフの研究者がエルフの研究者に語ったある情報が、モノリスへと伝えられた。

 大地を深く掘ると、真っ黒い岩石が埋まっている。そして、その黒い岩石は、黒い怪物の死骸と同じく、隕石と反応してエレメントを生み出す特性を持っている、と。

 

 その話を受けて、メニューに新しい研究項目が出現した。

 

「ふむ。レアメタルの生成か」

 

 世界の始まりについて研究させた成果により、このエレメントに満ちた大地は闇の大地と光の星の衝突で創られたということが、エルフ達にも広まっている。

 鉄とチタンの鉱脈も、この大地と星の衝突によって生まれた。

 

 ならば、黒い岩石や怪物の死骸と空から落ちてきた隕石があれば、稀少な物質を生成することも可能ではないかと、エルフの研究者が主張している。

 

「よかろう、残りの研究項目もほとんど残っていない。許可しよう」

 

 エルフとドワーフの研究者が喜々として研究所に籠もり、そして成果を出した。

 

 生み出されたのは、四属性魔法混合金属アンオブタニウム。

 四つの魔法を絶妙に調整することで生成される、新たな金属だそうだ。

 

「アンオブタニウム……? ミスリルとかオリハルコンではないんだ」

 

 困惑して俺がそうつぶやくと、ゼバ様がこちらを向いて言う。

 

「今言った物質の名は、どれも知らないな」

 

「あー、ミスリルとかオリハルコンは、現実に存在しない架空の金属だな。ファンタジー文学に魔法金属として出てくるやつだ」

 

「アンオブタニウムは?」

 

「聞いたことないな」

 

『アンオブタニウムは、入手不可能な金属という意味の言葉で、フィクションに登場する架空の金属名です。ファンタジーではなく、SFに登場します』

 

 解説サンキュー、ヒスイさん。

 しかし、魔法文明シミュレーションゲームなら、そんなSF用語使わず素直にオリハルコンを採用しておけばよかろうに。

 

「架空の金属か。私も昔は、最強の防具の材料となる架空の合成結晶を妄想したものだ」

 

「戦争中だったもんな、ゼバ様の生きていた時代」

 

「しかし、そのような防具は生まれず、岩の鎧を狙撃で貫かれ、私は死んだわけだが」

 

「……死亡ネタは反応に困るのでスルーするぞ!」

 

『キュイキュイ』『大長老が最前線に出た結果があれである』『最大で最後の決戦だからと、気合いを入れすぎたのか』『急に大長老に抜擢された先代大長老が、よくそのことに愚痴をこぼしていたらしい』

 

 視聴者スルーする気ねえ! しかし本当にこのゼバ様、祖霊として信仰されているのか?

 まあ、配信者としては、軽度のいじられネタを持つのは、割と美味しいんだが……。

 

「さて、ヨシムネよ」

 

「おう、なんだい?」

 

「研究項目が、とうとう残り一つになった」

 

「おおー、そろそろゲームも終わりに近いか?」

 

「ロケット工学というのだが……ロケットとは?」

 

「ああ、簡単に言うと、宇宙船だな」

 

「なるほど、最後の冒険の先は宇宙か。……エルフ達も、よくぞここまで文明を発展させたものだ」

 

 ぽつりとそうつぶやきながら、ゼバ様はメニューにそっと触れ、研究の指示を出した。

 

 研究成果はすぐに出て、アンオブタニウムを用いた無人ロケットの設計図が用意される。

 それをすぐさま建造させると、モノリスの近くにロケット発射場が建てられた。そして、流線形の格好いいロケットが見事に立った。

 

「これがロケットか」

 

「うん、俺が想像するロケットそのまんまだ。燃料は何を積んでいるんだろうか」

 

「隕石の欠片と怪物の死骸を粉末にして搭載しているようだな。それを反応させ、エレメントが存在しない宇宙空間でも推進を可能とする、だそうだ」

 

「なるほどなー。そこらへんは、完全にゲームオリジナルの要素なんだな」

 

「では、ロケット発射だ」

 

 轟音をたてて、ロケットの底部から炎が吹き出る。

 そうして、ロケットは勢いよく飛んでいき、空の向こうに消え去った。

 

『宇宙への進出! バッヂ[アポロンの奇跡]獲得!』

 

 おお、バッヂ獲得だ。だが、エンディングが始まる様子は見えない。

 

「新たに軌道力学が研究項目に追加されたな」

 

「あー、多分、エルフが直接宇宙へ行って帰ってくることを想定した研究かな」

 

「エレメントのない世界へ直接踏み出すのか。航海以上に辛い旅路に見える」

 

「でも、ロマンはあるぞ」

 

「そうだな。よき冒険だ」

 

『よきかな』『冒険はよき』『よきよき』『強きエルフに栄光を』

 

 そうして、研究は進み、幾度かの無人ロケット発射実験を得て、とうとう有人宇宙飛行が実施されることになった。

 モノリス近くのロケット発射場に新しい魔法ロケットが作られ、空に向いて直立する。

 そのロケットに、宇宙服を着た三人のエルフ達が乗りこんでいく。

 

「よき冒険を」

 

 ゼバ様がそう告げると、ロケットは火を吹いて空の彼方へ消えていった。

 

『宇宙魔法文明の誕生! バッヂ[al-hadara]獲得!』

 

 視点が変わり、大地から遠ざかっていくロケットが見える。遠い宇宙から見える大地は、青い板のような美しい場所で、それを宇宙飛行士達が一心不乱に眺める。

 そして、一人のエルフが何かをつぶやくと、不意に静かなピアノの旋律が流れた。

 宇宙船を操作する宇宙飛行士達の様子を背景に、スタッフロールが表示され始める。

 

 燃料を使い果たした部位が切り離されていき、ロケットはどんどん小さくなっていく。

 ロケットの先端にある操縦室に残されたエルフ達の表情は、明るい。帰還の成功を確信しているのだろう。

 

 俺とゼバ様、そして視聴者達は、しんみりした曲調のエンディング曲に浸りながら、エルフ達の冒険を最後まで見守った。

 



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203.Stella クリスマスイベント編<1>

『al-hadara』の配信を終え、俺とヒスイさんは人類基地の談話室でのんびり茶を楽しんでいた。

 閣下とノブちゃんの姿は見えない。今頃、それぞれの担当部族にゲーム紹介をしているのかもしれないな。

 

 さて、そんな談話室に、見覚えのある顔がやってきた。

 二十歳ほどの姿をしたマザー・スフィアと、AI研究者のアルフレッド・サンダーバード博士だ。

 

 マザー達はカウンターで何かの飲み物を受け取ると、なぜかこっちに近づいてきた。

 

「よかった、話があったんですよ、ヨシムネさん」

 

 そう言いながら、俺達の座るテーブル席に着くマザー。

 

「お久しぶりですね。それと、博士は初めましてかな」

 

 とりあえず、無難に挨拶をしておく俺。マザー相手には未だに敬語だ。人類文明で一番偉い人だからな。

 

「はい、お久しぶりですね。フレディ、こちら、21世紀おじさん少女のヨシムネさんです」

 

 フレディと呼ばれたサンダーバード博士が、こちらを見る。

 

「ああ、話は聞いている。アルフレッド・サンダーバードだ。よろしく。ギルバデラルーシとの交流は、上手くいっているようだな」

 

「そうですね。さっきまで、人類の文明を紹介するようなゲームを元大長老と一緒にやっていたところです」

 

「仕事しながら見ていたよ。あのゲームを使ったのは、着眼点がよかった。彼女達も、かなり人類への理解が深まったんじゃないか」

 

 サンダーバード博士に褒められた。だが、功労者は俺じゃない。

 

「ゲームを選定してくれたのは、こちらのヒスイさんですね」

 

 俺がそう言うと、サンダーバード博士がヒスイさんの方をチラリと見る。

 

「日本田中工業……今はインダストリだったか? そこのミドリシリーズか。うちの研究員にもアオシリーズの子がいるが、かなり優秀なAIだな」

 

 アオシリーズは、ニホンタナカインダストリの業務用男性型アンドロイドだったかな。

 ヒスイさんは、「恐縮です」と言って頭を下げる。

 

「そういえば今まで姿を見なかったですけど、マザーもこっち来ていたんですね。やっぱり記念祭に出るんですか?」

 

 俺がマザーにそう話を振ると、コーヒーを飲んでいたマザーはコップをテーブルの上に置いて答える。

 

「この惑星には先ほど到着したばかりですよ。先日まで、人類圏への通信がとても細かったので、こっちに来られなかったんです」

 

「それはどういう……?」

 

「ほら、私って本体は別のところにあって、アンドロイドは全部遠隔操作ですから。本体がどこにあるかは、秘密ですけどねっ」

 

 ああ、マザーって、アンドロイドボディを同時に何箇所にも派遣して、遠隔操作して人と交流しているんだったな。

 今目の前にいるマザーも、遠隔操作された機体ってわけだ。

 

「それで、昨日になってようやく、この惑星にある人類圏との本格的な通信設備が稼働したんですよ」

 

 耳にあるアンテナを触りながら、そんなことをマザーが言った。

 

「これまでは、この惑星に派遣していた研究員の超能力で、細々と通信していたんだ」

 

 サンダーバード博士がマザーに続けてそう言った。

 超能力で通信。テレポーテーション通信のことだろう。今の人類は、超能力による人力技術が文明の下支えになっているからな。

 

「通信施設は、ソウルコネクトチェアの対価としてギルバデラルーシの超能力を借りている。私もいろいろ交渉を手伝わされたよ。私は研究者であって、外交官ではないというのに」

 

「フレディにはその節は、お世話になりました。ちなみに惑星内のタキオン通信もこの施設で行なっているので、ゲームの通信対戦をしたいギルバデラルーシの方々が、率先して管理と動力の確保をしてくれていますよ。これも、ヨシムネさんがゲーム紹介してくれたおかげですね」

 

 テレポーテーションの動力源は人間じゃないのか。そして、委託に至った背景には、俺と閣下、ノブちゃんのゲーム紹介があるわけね。

 俺も率先してゲーム紹介をやったわけじゃなくて、あくまで仕事として頼まれただけなのだが、感謝されるのは悪くないな。今では、ゼバ様と一緒に遊べてよかったと思っているし。

 

「そういうわけで通信が確立しましたので、次からは問題なく『Stella』のプレイが可能ですよ」

 

 と、マザーが言う。

 ああ、そうか。プレイの予定をしていた『Stella』はMMORPGだから、サーバとの通信経路が確立していないとプレイができないのか。

 間に『al-hadara』のプレイを挟んで配信スケジュールが遅れてしまったと思っていたが、どのみち昨日になるまではできなかったわけだ。

 

「それで、ヒスイちゃんにプレイ方針のメモを送っておきますので、ヨシムネさんも見ておいてくださいね」

 

「ん? 適当に散策でもして終わろうと思っていたけど、何かあるのか?」

 

 マザーの言葉に、俺はそう尋ねる。すると、マザーはニッコリ笑って答えた。

 

「この基地に居たら解らないでしょうけど、世間ではすっかり冬至のお祭り、クリスマスムード一色ですよ!」

 

「ええと、つまり……」

 

「ヨシムネさんとヒスイちゃんには、ゼバさんと一緒に、クリスマスイベントを攻略してもらいます!」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ということがあってから翌日、俺とヒスイさんは、ゼバ様と一緒に『Stella』をプレイすべく、配信を開始した。

 本日は、前回までのゲルグゼトルマ族に限定した配信とは違い、惑星ガルンガトトル・ララーシにいる全部族が視聴者としてやってきていた。

 

 どうやら、惑星中にソウルコネクトチェアを配布する作業は完了したらしい。

 記念祭は1月1日で、今日は12月23日なので、それなりの余裕をもって配り終えたようだな。

 

 さて、『Stella』である。

 俺はゼバ様に『Stella』の招待コードを贈って、ログインをした。すると、ゼバ様が『Stella』への初回ログインをした通知が来たので、ヒスイさんと一緒に、ゼバ様のもとへと飛んだ。

 

『Stella』では、招待コードを贈った知り合いのキャラメイクとチュートリアルに同行できるというシステムがある。

 キャラメイクの青い不思議空間に飛んだ俺は、最初のキャラクター名入力画面から進行せずに待っていたゼバ様に手を振った。

 

「来たか。……ヒスイはいつも通りだが、ヨシムネ、妙に小さくないか? それに、頭部がいつもと違うようだが……それは触角か?」

 

 ゼバ様は俺の姿を見ていぶかしげな声をあげる。

 今の俺は、『Stella』のキャラクター、かたつむり観光客こと、天の民だ。

 その特徴は、ロリロリなぷにぷにボディ。そう、妙に小さいのだ。触角に見えるのは、アバター装備のウサギ耳だろう。

 

「そういう種族のキャラクターを操作しているんだ」

 

「そうか。そういうのもありなのだな。では、始めるとしようか」

 

 ゼバ様が早速とばかりに話を切り出したので、俺はゼバ様に手順を説明する。

 

「これから、使用するキャラクターを決めていくぞ。これは自分が操る仮の肉体を作る作業だ」

 

「うむ。私も、ルールに従って架空の人物を作り上げ、それをサイコロの目で操作して冒険するテーブルゲームに馴染みがある」

 

「ギルバデラルーシにも、テーブルトークRPGみたいな文化があるんだなぁ……」

 

『幻影も用いて本格的だぞ』『ヨシムネも一度やってみるといい』『ヨシムネを私達の遊戯に誘うのはいいな』『なかなか白熱する』『テーブルトークRPGとやらも気になるな』

 

 サイコロの目で操作というから、もしかしたらテーブルトークRPGもどきじゃなくて、ただのスゴロクだったりして。

 それはそれとして、まずはキャラクター名の入力だ。

 

「ここは、『ゼバ』って入力すればいいかな。部族名まで入れると長すぎるから、いろいろ不便になる。もちろん、本名じゃない仮の名前を入力してもいいんだが」

 

「ここは本名でいこう。私の分身を作るのだ」

 

 そう言ってゼバ様が、入力ウィンドウに名前を入力する。

 

『キャラクター名が決定しました。性別を選んでください』

 

「性別、性別か……私に雌雄はないのだが」

 

「大丈夫、なしの選択肢もあるから」

 

 もしここで男か女の性別を選んでも、選択種族によっては強制的に「性別なし」に変えられることもあるらしい。

 

『種族を選択してください』

 

 さて、ここからが本番だぞ。

 選択ウィンドウが表示され、そこに八つの基礎種族が表示されている。

 それを興味深そうに見るゼバ様だが、今回はそこから選ばせるつもりはない。

 

「ゼバ様、いろいろ種族があるけど、実は今回、ゼバ様用に用意された新種族があるんだ」

 

「ほう?」

 

「『その他の種族』ってところから選べる、ギルバゴーレムがその新種族だ」

 

「どれどれ……」

 

 その他の種族を選択すると、膨大な量の種族が並ぶが、俺はゼバ様に検索機能を使わせてギルバゴーレムを表示させた。

 

 ギルバゴーレム。特殊な鉱石で構成された未知のゴーレム。超能力の技術を持ち、胆力と頑強さに優れる代わりに、動きが鈍重で防具を装備できない。

 と、そんな説明文が書かれていた。

 

 サンプルとして表示された見た目は……以前、記念祭の説明会で見た、ギルバデラルーシの岩の鎧という物に似ていた。

 

「これは、岩の鎧を着た私達……か?」

 

「えーと、マザー・スフィアのメモによると、岩の鎧の形をしたゴーレムらしい」

 

「ゴーレムとは?」

 

「魔法で動く、大きな人形かな。身体は自然物でできていて、石でできたストーンゴーレムとか、泥でできたマッドゴーレム、木でできたウッドゴーレムとかがいる。全部、ファンタジーの中で登場する架空の存在だ」

 

「魔法の人形か。それに私の魂が宿り、動くというわけだな」

 

「うん、そんな感じ。体高は2メートル」

 

「小さくないか?」

 

「このギルバゴーレムは、ギルバデラルーシのプレイヤーが人間の生活圏で活動しやすいよう用意された種族らしい。それとは別に、ギルバデラルーシそのものを新種族として後日実装予定、だそうだ。そっちは体高最大6メートルにできるようだぞ」

 

「なるほど。ヨシムネと足並みをそろえるなら、このギルバゴーレムがよさそうだな」

 

 ゼバ様は迷うことなく、種族を決定した。

 そして、見た目の調整へと入る。

 

 ゼバ様は各項目をしっかりと見て、岩の鎧の見た目をしたギルバゴーレムの外観をいじり始める。

 ゼバ様にはこだわりがあるのか、すんなりと終わりはしなかった。作っている間にも視聴者達が外観に様々なコメントを投げかけており、ゼバ様はそのコメントに影響されて微調整を入れ、その後に「何かが違う!」と叫んで微調整を繰り返した。

 

 うーん、キャラメイクって、こだわり出すと時間を無限に食うんだよな。今の俺は配信のために現実準拠の見た目しか使わないので、沼にはまらずに済んでいるが。

 

 そして、30分が経過し、ヒスイさんが「配信の時間がなくなるので、あと五分で切り上げてください」と注意を投げかけた。

 すると、ゼバ様はいろいろ諦めたのか、見た目の調整を終えた。

 

 次に、選択スキルの決定。

『Stella』はキャラクターレベルが存在しない完全スキル制のゲームだが、その中で特に集中して鍛えたいスキルを三つ選ぶことができる。

 

 ゼバ様はここでも10分ほど悩み、攻撃用に『サイコキネシス』、移動用に『歩行』、趣味用に『管楽器演奏』のスキルを選んだ。それにともない、肩書きが『旅の演奏家』になった。

 

「移動はテレポーテーションじゃなくて大丈夫か?」

 

 俺がそう尋ねると、ゼバ様が答える。

 

「作成した直後のキャラクターは未熟なのだろう? つまりソウルエネルギーが少ないということだ。ならば、サイコキネシスを移動の補助に使い、要所要所で歩いてヨシムネ達に遅れないようにせねば」

 

「管楽器演奏は? 音楽とか演奏っていう幅広い範囲のスキルもあるし、トランペット演奏みたいな一個の楽器を専門に扱うスキルもあるぞ」

 

「管楽器だけを幅広く扱ってみたい。ゆえに、このスキルを選んだ。ギルバゴーレムは呼吸ができるのだろう?」

 

「マザーのメモによると、そうらしいね。一応、実装予定のギルバデラルーシも、普段呼吸はしないが楽器演奏のために一時的に息ができるようにするらしい」

 

『朗報だ』『私もそのゲーム絶対にやるぞ』『いつからできるのだ』『大長老がうらやましい』

 

 ゼバ様をうらやむコメントがどんどん出てくるが、ゼバ様は「キュイキュイ」と笑って流した。

 

 以上で、キャラメイクは終了。

 次はチュートリアルが待っている。戦闘訓練も行なわれるが、はたしてゼバ様は作りたてのキャラクターの脆弱極まりない超能力に耐えられるだろうか。

 



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204.Stella クリスマスイベント編<2>

 キャラメイクが終わり、俺、ゼバ様、ヒスイさんの三人は草原に降り立った。

 懐かしい風景だ。このチュートリアルを行なう『星』には、プレイ初日以降、訪れたことはない。

 ゼバ様は早速、チュートリアルが始まっているようで、彼の前に移動ガイドが表示されている。なるほど、他人のチュートリアルは、こうやって外からでも表示が見えるのか。

 

 だが、チュートリアルを始める前に、一つやっておくことがある。

 俺は、身長二メートルに縮んだゼバ様に向けて言った。

 

「ゼバ様、PT(パーティー)組もう」

 

「む。PTとは?」

 

「一緒に遊ぶ仲間と組む、一時的なチームのことだな。PTメンバーだけでしか聞こえない会話をしたり、戦闘の成果をPTメンバーで分配したり、発生するクエストをPTで共有したりできる」

 

「ふむ、クエストとは、ゲームから提供される限定的な使命のことでよかったか?」

 

「だいたいそんなものだね」

 

「そうか。その辺の概念は、私達のたしなむテーブルゲームとそこまで大きくは変わらないか」

 

 そう言って、ゼバ様は俺から出したPT加入要請を承諾した。

 よし、俺をリーダーとした三人PTをちゃんと組むことができた。PT会話をすれば、惑星ガルンガトトル・ララーシから接続していることも周囲にはばれないだろう。

 

「それじゃあ、チュートリアルを始めようか」

 

「ああ、適時サポートを頼む」

 

 ゼバ様はそう言うと、ガイドに従って前進し始めた。歩行スキルはまだ初期値だからか、歩みは遅い。

 俺は、本日の衣装であるバニーアーマーの耳をぴょこぴょこと動かしながら、それについていった。猫耳アーマーのヒスイさんはそのさらに後ろだ。

 

「おや、『歩行スキルが上昇した』と出たな」

 

 ゼバ様が、歩きながらそんなことを言う。歩行スキルのアンロックと上昇は、あらゆる行動でスキルが上昇する『Stella』のチュートリアルで必ず見られる光景だ。

 

「それがこのゲームの肝、スキルレベルの上昇だ。歩行が上手くなって、移動速度が少し上がったということだな」

 

「なるほど、行動が数値化され、ゲームに管理されているのか……」

 

『なじみ深いな』『テーブルゲームで似たような仕組みがある』『あれは計算が煩雑(はんざつ)で、あまり好きじゃない』『このゲームは数値計算を自動でやってくれるのか』『よき』

 

「計算を面倒くさがるとは、なげかわしい……ふう、しかし、歩行してみて感じるが、身体の動きが重いな」

 

 ゼバ様が歩きながらそんなことを言う。

 

「生まれたてのキャラだから、身体能力が低いんだ」

 

「それだけではありませんよ。この『星』の重力は、惑星テラの重力と同じです。惑星ガルンガトトル・ララーシの重力は、それよりも低く、それに慣れたゼバ様は動きが重く感じるのです」

 

 ヒスイさんが解説を追加してくれる。

 

「なるほど、重力が強いのか」

 

「今のゼバ様は身長が二メートルですので、体重も体積分減って、本来よりも動きやすくなっているのですが……それでもこの重力にはまだ慣れていないでしょう」

 

 そんな会話をしているうちに、俺達はチュートリアルを行なってくれる集落へと到着した。

 集落の入口には見覚えのある老女が待っていて、俺達を迎え入れた。

 

「ようこそ、『星』を巡る新たな渡り人よ。そしてそれを導く者よ。あなた達の誕生と再訪を歓迎します」

 

 そう歓迎されて、俺達のチュートリアルは始まった。

 

 走る、跳ねる、転がると、基礎的な動きをアシスト動作混じりでゼバ様に行なわせる。

 ゼバ様は初めて経験するシステムアシストのアシスト動作に、初めは困惑していた。

 だが、思考するだけで勝手に身体が動いてくれる便利な機能だと理解してからは、積極的にアシスト動作を使い出した。本人曰く、「身体が重くても自在に動く」と、便利使いしているようだ。

 

 俺もやった五メートルの高さから落ちる訓練も、ゼバ様は恐れることなく通過し、生産スキルの調合訓練も問題なくクリア。

 そのままの勢いで、戦闘のチュートリアルへと突入した。

 

 ゼバ様は老女にどの武器を使うか聞かれ、投擲できる小さな武器を要求。すると、投げナイフのセットを渡された。

 

「では、戦闘訓練と参りましょう。【サモン:リトルゼリー】」

 

 老女が召喚魔法を使い、モンスターが呼び出される。

 

「ふむ。面妖な生物だ……」

 

「リトルゼリーというスライム系モンスターです。これと戦ってください」

 

「殺してしまってもよいのか?」

 

「はい、構いません。モンスターは基本的に人の害になるものです。倒すことを戸惑わないように」

 

「了解した」

 

 ゼバ様はそう言うと、その場に立ったまま無言でリトルゼリーを見る。

 すると、ゼバ様に向けて跳ねていったリトルゼリーが、急に止まった。そして、リトルゼリーは勢いよくねじれて、千切れた。

 ねじ切れたリトルゼリーは、そのまま光の粒となって消滅する。

 

「お見事です」

 

「……ふう、だいぶソウルエネルギーの数値が減ってしまったな」

 

『非効率』『つぶてを飛ばすべきでは?』『今のはいくさで大長老が得意とした技か』『生まれたてのキャラクターに使わせるには無理があるな』

 

 へえ、大長老はあのサイコキネシスでねじる技が得意だったのか。いかにもサイキッカーって感じの技だな。

 さて、戦いは終わったが、問題はここからだ。

 

「戦う力に問題はないようですね。ですが、こちらの世界での戦闘は、死が身近にあります。渡り人は不滅の存在。死を一度経験しておくとよいでしょう。【ロックポイズン】」

 

「!? なに、を……」

 

 老女から毒の洗礼を受け、その場に倒れるゼバ様。

 

『どういうことだ』『この人間は敵だったのか』『ならばなぜヨシムネは助けにいかないのか』『待て、死を経験しておけと言っていたぞ』

 

 うん、これはチュートリアルの一環なんだ。

 毒でHPがゼロになったゼバ様は、光になって消えていく。本来ならば死亡後は蘇生魔法の待機時間があるのだが、チュートリアルだからか即復帰ポイントに戻されたのだろう。

 

「では、あの方のもとへと向かいましょうか。それともあなた方も、もう一度毒を受けてみますか?」

 

「いいえ。俺は遠慮しておきます」

 

 デスペナないからって、あえて毒を受ける理由はない!

 ということで、老女はその場で魔法のゲートを開き、俺はそれをくぐった。すると、集落の入口で、ゼバ様が所在なげに立っていた。

 

「おお、ヨシムネか。あれはなんだったのだ」

 

「簡単に言うと、死を体験する訓練だね。MMORPGって、割とあっさり死んで簡単に蘇るから、それに慣れておこうってわけだ」

 

「なるほど……」

 

 俺とゼバ様がそんな言葉を交わすと、老女が近づいてきてゼバ様に向けて言った。

 

「無事に蘇生したようですね。それがあなた達渡り人のこちらの世界での死です。時間を巻き戻したかのように、何も失わずに蘇ります」

 

 その言葉を受けて、ゼバ様は「ふむ」と答える。

 

「本当に何も失わないのだな」

 

「ええ」

 

 ここで一応、補足をしておこうと俺はゼバ様に言う。

 

「死んだら、魔法での蘇生を待つ状態になって、蘇生を受けられない場合は登録した復帰地点で復活するようになっているぞ」

 

「蘇生の魔法は私とヨシムネ様の二人がともに覚えておりますので、死んだ場合は復帰地点に戻らず待機するようにしてください」

 

 ヒスイさんもそう追加で補足を述べて、ゼバ様は「解った」と答えた。

 

『蘇生か……』『魔法は奇跡のごとき技もあるのだな』『さすが空想の世界だ』『現実でも蘇生は可能になったが、肉体までは元に戻らないからな』

 

 視聴者の人達にも、ゲームの世界はなんでもありだと少しずつ慣れていってもらおうか。

 

 さて、そんなこんなでチュートリアルの全行程が終わり、いよいよ別の『星』へと旅立つときが来た。

 ゼバ様は、餞別(せんべつ)として銀河共通のお金を老女から少額受け取る。

 

「これが人間の通貨か……ふむ、銅か?」

 

「銀河共通貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の順に希少価値が上がっていきます」

 

「なるほど。この銅貨で、管楽器は買えるか?」

 

「ファルシオンの物価は私には判りませんが……おそらくその程度の銅貨では、値の張る楽器は買えないでしょう。食料品を買う足しにでもしてください」

 

 老女の言葉を受けて、俺は、はっとする。そういえば、マザーの攻略メモに、ギルバゴーレムは人間の料理で空腹度を回復できないと書かれていた。専用の結晶を食べることで空腹度を回復するので、頑張って探してくださいとあった。

 

「長老さん、彼の種族が食べる結晶がどこで手に入るか知っているかい?」

 

 俺は、そう老女に尋ねる。

 

「さて、最近見つかった『星』で結晶が採掘されるとは耳にしましたが……ファルシオンの各職業ギルドなら情報が集まるでしょうから、そこで尋ねてみてはいかがでしょうか」

 

「そっか、ありがとう。じゃ、ゼバ様、行こうか」

 

「うむ。長老よ、世話になった」

 

「はい、いつでもここをお訪ねください。羊たちと共にお待ちしております」

 

 そうしてチュートリアルを終えた俺達は、世界を移動するためのモニュメントである星の塔を使って、剣と魔法の『星』ファルシオンへと向かった。

 

 銀河をビュンと飛んで、ファルシオンの星の塔へと降り立つ。

 石畳が敷かれた広場に出ると、視界の向こうに中世ヨーロッパを思わせる町並みが広がっていた。

 

「ほう、これは、以前のダンスゲームで見た光景とはまた、様相が異なっているな。面白い」

 

「そうだね。惑星テラにある一部地域の1000年くらい前の光景を参考に作られていると思う」

 

 歓喜の音を「キュイキュイ」と鳴らすゼバ様に、俺がそう答える。

 

「さて、今日は次回の配信に備えて、キャラクターを鍛えるつもりだけど、ゼバ様は何かしたいことがあるかな?」

 

 と、俺が聞くと、ゼバ様は「それならば」と語り始めた。

 

「管楽器が何か欲しいな。そのためには、この銅貨を多く稼ぐ必要があるのだろうが、どこで手に入る物なのか……」

 

「それなら、戦士ギルドに登録して、モンスターや動物を狩って、肉や皮の納品かな」

 

「なるほど、狩りか」

 

 俺の提案を受けたゼバ様は、早速、戦士ギルドに向かう……前に、目標金額を確認するため、楽器屋へと向かうことにした。

 MAPを確認し、町中の随所に存在するテレポーターを使って、楽器屋のすぐ近くに転移。そのまま、楽器屋に入る。

 

 この町は人間種であるヒューマンの町であり、ゲームの一種族である巨人族の来訪を想定していない。なので、身長二メートルのゼバ様は、店の扉をくぐるのに少し苦労していた。

 

「おお、これは……」

 

『素晴らしい』『これが全て人間の楽器なのか』『よき』『よきかな』『よきよき』『音も聞きたい』

 

 ゼバ様と視聴者が、店一杯に並べられた楽器を見て、感嘆の声をあげている。

 放って置いたらいつまでも眺めていそうだな。だが、今は配信中。時間は無限にあるわけではない。

 

「店員さん、管楽器見せてもらうよー」

 

「はい、こちらでございます」

 

「ほら、ゼバ様、管楽器見にいくよ!」

 

「お、おお、そうだな。あの弦楽器も気になるが、今は管楽器だ」

 

 ハープを名残惜しそうに見ながら、ゼバ様は巨体をゆすって管楽器コーナーへと向かう。

 

「こちらになります」

 

「ほう……」

 

 うん、楽器は高いかと思っていたが、それはリアルの事情だったな。ゲーム内での管楽器の値段は、初心者用の武器よりも少し高い程度。つまり、初心者が一日狩りをすれば十分に買える値段だった。

 ただ、それでも初心者でも狩れるモンスターの価値を考えると、狩りの時間は結構必要だ。配信時間内に稼ぐとなると、ちょっと厳しいか?

 

「ゼバ様、せっかくだから、楽器一つだけ俺からプレゼントしようか?」

 

「む、それは嬉しいが……よいのか?」

 

「ああ、ゲーム内通貨は、俺もそれなりに持っているからな。本当は、熟練者が初心者に武器や防具をあれこれ買い与える行為は、よくないとされているんだが……楽器一つくらいなら別にいいだろうし」

 

 12月25日のクリスマスには2日早いが、クリスマスプレゼントってことで一つ。

 

『買い与えるのはよくないのか』『なぜ?』『なぜだろうか』『初心者を手助けするのは、熟練者の義務では?』

 

 おっと、視聴者が不思議がっているな。

 

「こういうゲームは、自分でお金を稼いで装備を一つずつそろえていくのも楽しみの一つなんだ。だから、熟練者がそれを邪魔するのはよくないってわけだ。でも、今回の配信スケジュールだと、ゼバ様の楽器を買うだけのお金を稼いでいる時間はなさそうでな……」

 

「そういうわけか。では、素直にヨシムネの施しを受けることにしよう。感謝する」

 

「おっけー。じゃあ、好きな楽器、一つ選んでくれな」

 

 俺がそう言うと、ゼバ様は管楽器の方へと向き直った。

 

「むむむ、それぞれどのような音が出るのか……」

 

 と、ゼバ様が迷っていると、店員が近づいてくる。

 

「お客様、よろしければ、それぞれ私が演奏して音を試してみますが」

 

「おお、よきかな。ぜひ試し聞きしてみたい」

 

「了解いたしました。では、お席を用意いたしますのでこちらへ……」

 

 というわけで、予定していなかった楽器の視聴が始まってしまった。

 うーん、配信時間、だいぶ延びてしまうな。今日は五、六時間の配信を覚悟しなければいけないかもしれない。まあ、たまにはそれもまたよきかな。

 



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205.Stella クリスマスイベント編<3>

 俺からゼバ様へのクリスマスプレゼントは、アルトサックスに決まった。

 楽器店の店員がゼバ様に、基本的な音の鳴らし方まで教えてくれたため、配信時間はごっそりと削れた。ゼバ様と視聴者は喜んでいたのでよしとしよう。

 

 ちなみに、ギルバゴーレムはギルバデラルーシと同じく、繊細な八本指をしている。そして、ギルバデラルーシにはない、呼吸をするための口が頭部にある。問題なくサックスを持って演奏ができるようだ。

 

 そして今、俺達は今後の活動資金を稼ぐため、戦士ギルドに向かっている。

 とは言っても、楽器店近くのテレポーターを使えばすぐに着くのだが。

 

 テレポーターの魔法陣が敷かれている場所に向けて歩いていると、突然、ゲーム内のフレンドであるクラブチャウダーさんから、電子メール的な機能であるショートメッセージが飛んできた。

 

『ヨシちゃん配信していないのに、800チャンネルにいるの? 撮影? さすがに記念祭の準備放り投げて、勝手に遊んでいないよね』

 

 おや。フレンドの現在位置が判る機能で、配信に気づかれたようだ。そりゃそうだよな。今、俺がいるゲーム内のチャンネルは、配信用に使われる800チャンネルだ。人間向けのライブ配信をしていないので、編集動画用の撮影だと思われたのだろう。

 だが、その勘違いは都合がいい。

 

『人見知りの知り合いとお仕事で撮影中なので、絶対に来ないように』

 

 と、クラブチャウダーさんに返信した。すると、すぐさまメッセージが返ってくる。

 

『人見知りの人を配信に映すとか、ひどくない?』

 

 ぐっ、嘘はつくものじゃないな。返信に困ったぞ。

 とりあえず、『来年の配信をお楽しみに!』と、言葉をにごしておこう。多分、記念祭が終われば、今回のライブ配信も編集した動画を俺の配信チャンネルで配信できるようになるはずだ。

 

 そんなやりとりを思考操作でしている間に、いつの間にか俺達は戦士ギルドの前に到着していた。

 西部劇の酒場に出てきそうな、ウェスタンドアの木造建築である。相変わらず雰囲気出ているな。

 

「ここが戦士ギルドだ。猟師ギルドも兼ねている」

 

「戦士と猟師の……ギルドか。ギルドは、同じ職種を持つ者同士が協力し合うために作った組織のことだったな?」

 

「そうそう。戦士の戦士による戦士のための組織だ」

 

 配信開始前に、ちょろっとヒスイさんが解説していた知識をゼバ様が披露した。

 

『そのような組織が……』『必要なのか?』『人間は私達のような群れではないので必要なのだろう』『戦士ギルドがあるなら料理人ギルドなども?』

 

 視聴者達が興味津々だったので、「生産職系のギルドもあるよ」と答えてやり、そのまま戦士ギルドの中に入場する。

 すると、フロアの奥の受付に座るスキンヘッドの大男が、ギロリとこちらをにらんできた。

 

 そのにらみも気にせず、俺は受付へと真っ直ぐに向かう。

 

「おいっす」

 

「おう、ヨシムネじゃねえか。また有望そうな新人でも連れてきたか?」

 

「おや、判っちゃった? ギルバゴーレムの新米戦士、ゼバ様だよ」

 

 俺がそう言うと、ゼバ様とヒスイさんが追いついて、カウンターの前に横並びになる。

 

「ギルバゴーレムったあ、この間発見されたっつう、ダガー星の生物か……ふむ」

 

 受付の大男が、ゼバ様をにらみつける。

 これは別に、彼がゼバ様に喧嘩を売っているわけではない。実は、NPCにしか使えないスキルである『看破』を使って、ゼバ様のスキル構成を見抜いているのだ。

 

「おいおい、超能力者は、うちの管轄じゃねえんだが……」

 

 大男がそう言ったので、ゼバ様が反論の声を上げる。

 

「私は戦士だ。これでも、数々の戦場を渡り歩いた経験がある」

 

「あー、お前さんは確かに本来的な意味での戦士に該当するんだろうが、うちのギルドが規定する戦士とは違えんだよな。うちのとこの戦士は、近接武器を使って殴り合う奴らのことだ。それと、猟師は弓と罠を使う」

 

「ふむ。そうか。人間の戦士はそういう存在なのだな」

 

「おっ、物わかりがいいじゃねえか。もう少し突っかかってくるのかと思ったぜ」

 

「私は極めて理性的と評判だからな」

 

 なんだかよく解らないが、話は無事に着地したようだ。

 話題が途切れたので、今度は俺が受付の大男に話しかける。

 

「超能力者ギルドって、この町にあるのか?」

 

「ねえなぁ」

 

「じゃあ、とりあえずでギルド員に登録してあげてよ。サイコキネシスで投げナイフを飛ばすんだから、斥候みたいなもんだろ。猟師の仲間みたいな」

 

「超能力者の斥候なんて、この『星』にゃ一人もいねえよ! いや、お前達渡り人は別だがな!」

 

 ああうん。この世界は剣と魔法の『星』グラディウスだもんね。魔法じゃなくて超能力使うNPCなんていないよね。

 

「はあ、仕方ねえ……とりあえず短剣ランク1で免許発行しとくぞ」

 

「ありがとさん。そういう柔軟なところ、嫌いじゃないぞ」

 

「テメエみてえな、ちみっこに言われても嬉しかねえよ……」

 

 大男は手元のペンで免許証を書き上げると、ゼバ様にそれを渡した。

 そう、戦士ギルドのギルド員になると、武器の免許が貰えるのだ。免許がないと狩ることのできない動物とか、免許がないと武器を持って入れない場所とかがあるんだよな。町中での武器の携帯自体は、免許がなくても許されているのだが。

 

「無くすんじゃねえぞ」

 

「インベントリに入れておこう」

 

 おっ、ゼバ様、インベントリを使いこなしているな。最初、ゼバ様にインベントリのことを説明するのは苦労したんだ。

 専用の空間に物をしまえると言ったら、どのような理論でなしえているのか、一種の次元の狭間なのではないかと気にしだしたのだ。いろいろそれっぽいことを言った後に、「魔法の不思議な力でどうにかしている」でなんとか納得してもらえた。

 

「じゃあ、新米戦士を連れて、適当に肉でも狩ってくるよ」

 

 俺が大男に向けて言うと、彼は獰猛な笑みを浮かべて答える。

 

「おう。冬至の祭りでごちそうを作る家が多いってんで、肉は大歓迎だ。高く買うぞ」

 

「クリスマスかぁ……」

 

「そうとも言ったな。外では冬至の魔力変化に影響されて、モンスターや動物がおかしな見た目になっているが、気にせず狩ってこい」

 

 モンスターがクリスマス衣装に着替えているんですね、解ります。

 

「そうそう、お前さん、ギルバゴーレムだよな?」

 

 受付の大男が、またゼバ様に話を振った。

 

「そうだが?」

 

「お前さん達の食料品は、町外れの交易所で買えるってよ。空腹になると一時的に衰弱して弱くなるから、金があまっているなら、出かける前に寄って買っていきな」

 

「そうか。結晶が買えるのだな。さて、どのような品があるのか……」

 

『ゲームの中でも味はするのか?』『ここまで現実的なら、食感も再現されていそうだ』『もしやゲームの中なら、あらゆる結晶を食べ放題なのでは?』『よき』

 

 そんなやりとりを経て、俺達は戦士ギルドを後にした。

 そして、MAPを確認して、先ほど言われた交易所へ。様々な物品が並べられた施設で、商人らしき者達がそれを眺めている。

 少し興味があるが、さすがにこれ以上時間を無駄にできないので、受付へ。交易所の受付は、戦士ギルドの大男とは違い、若い娘さんだった。

 

 ゼバ様が受付嬢に結晶加工食品を用意してもらうよう頼む。

 すると、持ってこられたのは、以前サンダーバード博士が説明会のスライドで見せた輝く金属のペレットのような物だった。

 

「ほう、これは美味そうな……」

 

 ゼバ様が思わずと言った様子でそんなことをつぶやくと、受付嬢が「一つお試しになられますか?」と試食を勧めてきた。

 

「では、遠慮なく」

 

 青く輝くペレットを一つつまむと、ゼバ様は岩の鎧のゴツゴツした外殻にある首の隙間に手を入れ、ペレットを一粒差し込んだ。

 

「……ふむ、これは高級な結晶にも劣らない、よき味だ」

 

「岩と結晶の『星』ダガーで産出される、良質の結晶を加工した物だそうです」

 

「よきかな。手持ちの銅貨を全て出すので、買えるだけ出してくれ」

 

『金の使い方が雑』『それでよいのか大長老』『大長老には庶民の感覚がわからない』『労働の大変さを思い知るといい』

 

 相変わらず辛辣な視聴者コメントよ……。

 

 さて、準備が整ったので、俺達は町の西門へと向かった。

 そして、門をくぐったところで、俺はゼバ様に移動用の騎乗ペットを購入するよう言った。

 

「マザーの攻略メモによると、ゼバ様にはお試し用のクレジットが配布されているそうだ。人間の現実世界での通貨であるそのクレジットを使って、ゲーム用のアイテムを購入してみよう」

 

「ふむ。ペットに乗るのか。まるでアグリグムに乗るプリングムのようで、気が進まないのだが……」

 

『遅れている』『それでは時代に取り残される』『私達は開明的なのだ』『必要ならば、敵の文化も取り入れる姿勢が必要だ』

 

「そうか、そうだな……」

 

 視聴者に(さと)され、ゼバ様は課金アイテム販売機能のクレジットショップとにらめっこを始めた。

 そして、一分後。

 

「む! ヨシムネ、もしや、動物だけでなく、道具の乗り物もあるのか?」

 

「あー、あるよ。空飛ぶ絨毯とか、俺も持っているぞ」

 

「ん? なぜ絨毯が空を飛ぶのだ?」

 

「どうしてだろうねえ……」

 

 さらに数分後、ゼバ様は買うアイテムを決めたようだ。そのアイテムとは……。

 

「どうだヨシムネ。飛行機だ」

 

 それは、翼の付いた空飛ぶオープンカーだった。クレジットショップの説明文によると、重力制御で動く乗り物で、地面から数メートルの高さまで飛び上がることができるらしい。これを飛行機と呼んでいいかは、俺には判断がつかない。

 

『うらやましい』『私もそのゲームをやってみたい』『いつ解禁なのだ』『私達にもクレジットは配布されるのか?』

 

 あー、そこらへんの詳しい事情は、俺には知らされていないんだよなぁ。

 今は、ゼバ様の遊ぶ姿を見て満足してくださいってことで、俺達は騎乗ペットと乗り物にそれぞれ乗って、西の森を目指した。

 西の森は、それなりに広い森林地帯だ。

 

「エルフの密林ほど木が密集していないな」

 

「初心者向け狩り場だからなぁ……」

 

 初心者向け狩り場なだけあって、木と木の間隔は広く、ゼバ様の飛行機が入っても問題なく動けるだけのスペースがあった。

 でも、乗ったままでは狩りができないので、ここからは歩行スキルに活躍してもらう番だ。

 

 森を少し進むと、この森に多く生息する巨大ウサギが登場した。

 だが、その姿は少し珍妙だ。なぜか、赤い上着と赤い帽子を着用しているのだ。

 

「あの触角は、ヨシムネの頭の触角と同じ物か」

 

 が、ゼバ様ここでクリスマスのサンタ衣装をスルー。耳について言及し始めた。

 

「ああ、この動物はウサギだ。上から生えているのは触角じゃなくて、音を聞くための器官である耳だな。人間だと丸くて、エルフだと尖っていたあの部位が、ウサギの場合二本上に突き出しているんだ」

 

「ヨシムネはそのウサギの耳を装着しているのか。なぜだ? 音がよく聞こえるようになるのか?」

 

「いや、ただのファッションだよ……」

 

 その答えを受けて、今度はヒスイさんの方を向いてゼバ様が言った。

 

「ヒスイのその三角の耳もファッションか?」

 

「はい、ファッション猫耳です。にゃーん」

 

「何言ってんのヒスイさん」

 

 手を丸めて猫招きのポーズを取るヒスイさんに、俺は思わず突っ込みを入れた。普段ボケない人が急にボケると、驚くよね!

 

「さて、これだけ騒がしくしても、ウサギとやらは逃げないのだが……」

 

「ゲームの初心者用の敵だからね」

 

 ゼバ様の言葉に、俺はそう答えた。うん、ゲームだから仕方がない。視聴者達も、『初心者に配慮する仕組みは素晴らしい』とか言っているぞ。

 

「では、狩るとしようか」

 

 ゼバ様が号令を出し、俺達はサンタコスプレをした森の動物達を次々と狩っては、スキルで解体した部位をインベントリに収めていく。

 クリスマス仕様の動物は、どうやら狩るとキャンディを追加で落とすようで、ゼバ様はそれを興味深そうに眺めた。

 

「ヨシムネ、この飴という食品、対象種族が『全ての種族』と書かれているのだが」

 

「えっ、マジで。ギルバゴーレムでも食べられるの?」

 

「試してみようか」

 

 ゼバ様は躊躇(ちゅうちょ)することなく、棒キャンディを首の隙間に放り込んだ。

 

「むっ、これは……」

 

 ゼバ様の反応を俺はじっと待つ。

 

「なんとも、ヂグいものだ。よきかな」

 

「ヂグい……?」

 

 そんな日本語あったか?

 

「ふむ。ヂグ味はヨシムネには伝わらんか。私達の味の感覚だ」

 

「あー、食性が人間と違いすぎて、味覚に言葉を合わせられないのね」

 

「美味しいという言葉は伝わると、宗一郎からは聞いたが」

 

「あー、うん、伝わっているね。さすがに美味しいって言葉は味全般のよさを指すから、伝わるのか」

 

 そんなことを言っていると、追加でゼバ様は一つ、棒キャンディを首の隙間に差し込んだ。どうやら、追加で食べるくらいには美味しいらしい。

 

「ふむ、これだけヂグいなら、もう少し多めに確保しておくか」

 

「了解。狩りを続けようか」

 

『ヂグいのか……』『ヂグ味を食べ放題とか、なかなかよき』『あれは極点付近でしか育たないからな』『やはり、このゲームは今すぐにでもやりたい』

 

 そうして俺達はその後、しばらく森に()もって狩りを続け、ゼバ様のインベントリがパンパンになったところで町へと帰還した。

 戦士ギルドで肉と皮を売り払うと、予想より多くのお金へと変わった。ゼバ様はこの資金をさらなる楽器の購入にあてるか、食料品の購入にあてるか悩んでいるようだ。

 

 配信時間は開始から六時間が経過し、さすがに切り上げた方がいいだろうと判断して、今日の配信は終わりを迎えた。

 続きは、惑星ガルンガトトル・ララーシでの明日。銀河標準時での12月25日、クリスマスだ。クリスマス限定クエストが、俺達を待っている。

 



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206.Stella クリスマスイベント編<4>

 12月25日。冬至を祝うお祭り、クリスマスである。昨日、人類基地では記念祭出場者で集まってのささやかなパーティーが開かれ、出場者同士で仲を深めることができた。

 そして、今日はクリスマス当日。お祝いムードが続く人類基地の誘惑を断ち、俺は配信を行なうことにした。

 

 今日がクリスマス当日なのは、人類基地の中だけではない。VRMMOである『Stella』の中もクリスマス全開で、クリスマス当日限定のイベントが開催されている。

 そんな日にわざわざ配信をやるということはつまり、クリスマス限定の何かに触れようということだ。

 

 マザー・スフィアからの攻略メモによると、剣と魔法の『星』ファルシオンの辺境にある町で、クリスマス限定のクエストが受けられるらしい。それをぜひとも攻略してくれと、マザーとフローライトさんの二人から直々に言われている。

 なので、本日も俺とヒスイさん、そしてゼバ様は、ギルバデラルーシ全体に向けてライブ配信を開始して、『Stella』へとログインした。

 

「おや、今日のヨシムネの服は、森の動物達が着ていた衣装に似ているな」

 

「おっ、ゼバ様解る? サンタクロースっていう、クリスマスの夜に子供へプレゼントを配るおとぎ話の登場人物がいるんだ。俺の衣装は、そいつが着ている服だな」

 

 今日の俺の衣装は、ミニスカサンタコス。宇宙3世紀でも、サンタ服はコーラ会社の影響で始まった、赤と白の配色のままらしい。

 

「クリスマスとは?」

 

「おっと、そこから説明しないと駄目か。ヒスイさん、解説よろしく」

 

「はい。簡単に言うと、冬に行なわれる大きな祝い事です。今の人類圏では、惑星テラの冬至を祝う祭りとして定着しています。歴史的に見ると、とある宗教の教祖の生誕を祝う祭りとされていた時期が長いのですが、今の人類文明では宗教が廃れましたので、本来の姿である冬至祭りに立ち返っています」

 

「ふむ。冬至か。さすがに私達の惑星とは、時期が違うな」

 

「そりゃあね」

 

『いつか、私達の祭りにもヨシムネを招待したいものだ』『記念祭も楽しみだ』『人間の音楽か』『音楽以外の催し物もあるのだろう?』

 

 ギルバデラルーシの祭りかぁ……きっと楽しい音楽にあふれているのだろうな。

 ちなみに、今日の俺の格好はミニスカサンタだが、ヒスイさんはトナカイの格好をしている。俺としてはもっと可愛い格好をしてほしかったのだが、ヒスイさんはシュールなトナカイコスを選択した。そりゃあ、サンタにトナカイはつきものだけどさ。

 

「さて、それじゃあ。本日の予定だ。クリスマス当日限定のクエストを攻略するため、辺境の町へと向かうぞ」

 

「ふむ。昨日買った乗り物に乗って移動か? あれはそれほど速くないが、辺境となると配信時間中に着くのだろうか」

 

「簡単に着かない距離だから、公共の高速移動手段を使うぞ。飛竜船だ!」

 

 はじまりの町の東側に存在する、飛竜船乗り場という場所にやってきた俺達。

 そこでは、多数の船が陸上に置かれており、数多くのワイバーンがその船に鎖で繋がれていた。

 

「あの生物は?」

 

「竜っていう架空の生物がいて、あれはその竜の中のワイバーンっていう空飛ぶ生き物だな」

 

「なに? あの巨体で空を飛ぶというのか? あの大きさでは体積がかさんで、体重が重くなりすぎて飛ぶことは困難になるはずだが……」

 

「魔法の力で飛ぶんじゃないかなぁ。竜だし」

 

『魔法、便利』『人間達は、とりあえず魔法って言っておけばどうとでもなると思っていないか』『架空の生物などそんなもの』『ギラは空を飛ぶ仕組みが説明されていなかった』

 

 だから、どんな生物なんだよ、八本足のギラ!

 

 さて、そんなこんなで俺達はお金を払って飛竜船に乗り込み、辺境の町へと飛んだ。時間が勿体ないのでチャーター便だが、銀河共通通貨で支払えたので、特に問題はなかった。

 このゲームはそこそこの期間プレイしているから、ゲーム内マネーがそれなりに貯まっているんだよな。かたつむり観光客プレイだから、マント以外の防具にお金使っていないし。

 

「おお、速いな」

 

 飛竜船の飛行速度は本当に速く、ゼバ様もご満悦のようだ。視聴者達もそれなりに盛り上がっている。

 そして5分ほど乗ったところで、飛竜船は目的地の辺境の町へと到着した。

 

「雪が降っているな」

 

 飛竜船から降りてすぐに、ゼバ様がそんなことを言った。

 確かに、雪が降って道に積もって、あたりは一面真っ白だ。ホワイトクリスマスってやつだ。

 

「風情があるなぁ」

 

「私達ギルバデラルーシは、雪が降る環境ではとても生きられないのだが……寒くないな」

 

「ギルバゴーレムは防具や服を装備できない種族だから、その分だけ耐寒性は高く設定されているんだろうな」

 

「雪を踏んでいる感触はあるのだが、冷たくはない。不思議な感覚だ……」

 

 と、雪を前に俺とゼバ様はしばし言葉を交わした。

 

 それから俺達は移動を開始する。まずは、『星の柱』という、町と町の間を転移するためのオブジェクトの登録に向かう。

 町の中央広場に行き、星の柱に三人それぞれが触れる。これで登録完了だ。もう、この町への移動に飛竜船を使う必要はなくなった。

 ちなみに星の塔や星の柱はNPCでは使えないらしい。商隊の護衛クエストとかを成立させるためのゲーム的な制約だな。NPCが他の『星』へと渡るには、専用の船に乗る必要があるようだ。

 

「さて、町には着いたけど、ここからどうするんだっけ?」

 

 マザー・スフィアから渡された攻略メモを、目の前に呼び出し読み始める俺。配信中なのに堂々とカンペ閲覧である。

 

「町の役所で、クエストの受注ですよ」

 

「おっと、そうだった」

 

 ヒスイさんに言われ、俺はあわててMAPを確認する。役所は、広場のすぐそばか。テレポーターを使う必要もないな。

 歩いて役所にやってきた俺達は、受付の奥にいた眼鏡の男を呼び、クエストの受注を試す。

 

「流れ星の丘クエストをやりたいんですけどー」

 

 俺がそう受付の人に言うと、相手は眼鏡をくいっと上げて、答える。

 

「ありがとうございます。なかなか人が集まらなくて困っていたのですよ」

 

「ありゃ、そうなの?」

 

「はい。告知が足りなかったのでしょうか……」

 

 少なくとも、この800チャンネルの役所内には他のプレイヤーらしき姿は見えない。これが、人が集まる一桁台のチャンネルならまた違ったのかもしれないが。

 

「では、流星の丘の護衛任務を受けてくださるということで、戦いの実力を示す何かはございますか? 職業ギルドの武器免許証などでよいのですが」

 

「おっ、了解」

 

 俺とヒスイさん、そしてゼバ様は、戦士ギルドから渡されている免許証を受付に見せた。

 俺が弓のランク5、ヒスイさんが大剣ランク9、ゼバ様が短剣ランク1である。

 

「ほう、戦士ギルドのランク9ですか! これは頼もしい!」

 

 ヒスイさん、地味に『Stella』をやりこんでいるっぽいからな……。業務用ガイノイドの肩書きは伊達ではなく、他の作業をしながら並行で『Stella』にログインしてキャラを鍛えることができるのだ。

 それも、遊ぶためにやっているわけじゃなくて、俺の護衛を完璧にこなすためにやっているらしい。ちょっと姉妹愛が重い……。

 

「では、任務の内容を説明させていただきます」

 

 そうして語られたのは、この町の近くにある名所の話だった。

 

 この町から北に真っ直ぐ進むと、流星の丘と呼ばれる不思議な場所が存在する。

 その流星の丘は、なぜか常に夜となっており、空を見上げると流星が降る光景が見られるのだという。

 そして、冬至のこの時期、流星の数が一気に増える。クリスマス当日ともなると、空一面の流星が見られるそうだ。

 

 流星に願い事をすると、願いが叶う。そんなジンクスはこの世界にもあるようだ。

 流星の丘がデートスポットとして優れていることもあり、この時期は愛が永遠に続くことを願うために結婚前のカップル達が流星の丘まで、デートをしにいくらしかった。

 

 だが、流星の丘は、町の防壁の外。この時期は特に小悪魔系のモンスターが出現するため、護衛を集めているとのこと。

 

「というわけで、皆様には、カップルを一組、流星の丘まで護衛していただきます」

 

「だそうだ。受注していいよな?」

 

 俺はヒスイさんとゼバ様に確認を取る。もちろんだと答えが返ってきたので、俺はPT(パーティー)リーダーとしてクエストを受注した。

 恋人達のクリスマスクエスト。そんなギルバデラルーシに理解できそうにないクエストを今回選んだのは、マザー・スフィアからの提案を受けてのものだ。

 曰く、そろそろ彼らも人間の恋愛を学んでもいい時期だと。このクエストは、人間の恋愛の習性を教えるのにちょうどよいのでは、とマザーが言っていた。

 

 そんなギルバデラルーシのゼバ様はというと、何やら考えこんでいたかと思うと、俺に尋ねてきた。

 

「願いが叶う……か。ヨシムネは願いが叶うなら、何を願う?」

 

「んー? 願いかぁ……今、何も不自由していないんだよなぁ」

 

 俺は、隣に立つヒスイさんを横目で見て、そして答えた。

 

「お金はあるし、生活も安定しているし、友人もいる、ヒスイさんっていう家族もいる。……ああ、過去に残してきた家族が少し心配だな。ヒスイさんに聞けば判るのかな」

 

 農家の仕事は、多分、従妹(いとこ)の女子高生の四葉愛衣(よつばあい)ちゃんが継ぐだろうから心配はそれほどしていないが。ただ、未だ現役で農業やっていた爺さん達の介護があの後必要になったとしたら、俺という男手が失われたのは痛い。

 

「申し訳ありません。ヨシムネ様の家族のその後は、私も聞き及んではおりません」

 

 そうか。いずれ誰かから聞けるのかね。

 

「家族か。人間の家族というものは、私達の群れとは違うのだったな」

 

 ゼバ様が、そんなことを俺に向けて言った。

 

「そうだね。確か、ギルバデラルーシは……長老から増えるんだよな?」

 

「ああ。長老が集団の適切な人数を維持するために、必要なだけ卵を産む。孵った子は集団全員で育てる」

 

 なるほどなー。今までゼバ様の三人称を頭の中で彼って呼称していたけど、本質的にはメスなのかもしれないな。

 さらに、ゼバ様は言葉を続けた。

 

「長老は各部族に一人ずついて、長老が亡くなると、その群れにいる生きている個体の中から新たな長老が誕生する。私はその長老達を束ねる大長老だったが、大長老とはただの社会的役割で、生物としてはただの長老と変わりない」

 

『我々の人口は増える一方だ』『外敵もいないので、開拓が進んでいる』『魂の柱から祖先が人形の身体で復活するとなると、どれだけ増えるのか』『寿命を迎えるまで死なない者が増えたので、若い個体も維持しようとするとどうしても多くなる』

 

 ああ、平和になって人口増しているのか。出産調整しているみたいだから、さすがに21世紀の少子高齢化みたいな問題は起きないだろうが、調子に乗って人口を増やすと、土地が足りなくなる可能性もあるかもしれないな。

 そのときは、ギルバデラルーシも宇宙進出して、スペースコロニー住まいになるのだろうか……。

 

 そんなことを思いつつ、俺達はクエストで指示されたカップルのもとへと向かう。

 目的地は、町の救貧院だ。救貧院ってなんだ?

 

 おおっと、ヒスイさんが目を輝かせながら解説をしてくれたぞ。

 

 救貧院とは!

 貧困者を救済するための慈善施設であるらしい。働けなくなった老人や、親のいない子供、怪我や障がいを抱えた人間などを住まわせ、生活の支援をする場所だそうだ。

 惑星テラの歴史では、ブリタニア国区にて十世紀から存在しており、国が運営する物もあれば、教会が運営する物もあったという。

 

「つまりは、子供以外も面倒見る孤児院みたいなもの?」

 

「端的に言うとそうなります」

 

 ヒスイさんの説明を受け、俺はまた一つ賢くなった。で、俺達の目的地はその救貧院だ。

 MAPを確認しながら、テレポーターを使い町外れに飛ぶ。『Stella』の町は結構広いので、もしテレポーターがなければ移動に時間を取られすぎてキレそうだな。

 

 ゲームの中の町は広ければいいってわけじゃないどころか、せまい方が快適なくらいだ。

 だが、『Stella』はところどころでワールドシミュレーターっぽい部分があるので、せますぎる町も問題があるのだろう。

 

 などと考えている間に、救貧院に到着した。救貧院は大きな屋敷のような建物で、飾り付けがあちらこちらにされていて完全にクリスマスムードだ。

 中に訪ねていくと、この世界の宗教である聖教のシスターが俺達を迎えた。

 流星の丘の護衛に来たことを伝えると、待っていたとばかりに、護衛対象であるカップルを呼んできた。

 

「よろしくお願いします!」

 

 やってきたカップルは……十歳くらいの少女と、八歳くらいの男の子であった。

 

「……ヨシムネ、この者達は妙に小さいが、幼体ではないのか? それとも、ヨシムネと同じ種族か?」

 

「あーうん、君達、種族は?」

 

「私はヒューマンです」

 

「僕もヒューマン」

 

 うむ、どこからどう見ても、人間の子供だな。

 

「……恋愛とは人間が子孫を残すための習性だと思っていたが、違うのか? 人間の幼体は子を作れないのだろう?」

 

 ゼバ様がそんなことを言う。言いたいことは解るが、待ってくれ。

 

「いやあ、そう単純なことじゃないよ。同性相手でも恋愛するし、子を作れなくなった老人も恋愛するよ」

 

「それは……なんとも難しい」

 

「なんなら、別種族に恋する人すらもいる。人類とギルバデラルーシとの交流が進んだら、ギルバデラルーシに恋する人も出るんじゃないかな?」

 

「本気で言っているのか!?」

 

「うん」

 

「そうか……恋愛とはそこまで複雑な概念なのか……」

 

『友情とは違うのか?』『子を愛おしく思う感情とも違うのか』『難しい……』『雌雄のない私達に理解できる概念なのだろうか』

 

 頑張って理解してくれ。実際にギルバデラルーシが恋愛感情を持つことはできないだろう。だが、理解自体はしてくれないと、人間との交流が成ったとき、いらぬところでトラブルを起こしそうだからな。

 

「あの……何か問題でもありましたか?」

 

 少女が、不安そうに尋ねてきた。俺は、あわてて彼女に答える。

 

「ああ、ごめんな。思ったよりも小さな子達が出てきて、驚いただけだよ」

 

「私達の歳で流星の丘って、やっぱり早すぎるのでしょうか?」

 

「いいんじゃないか。恋に早いも遅いもないだろう」

 

「!? そうですよね!」

 

 少女は、隣に立つ男の子の手をぎゅっとにぎって、嬉しそうに言った。

 うんうん、いじらしいカップルじゃないか。どれ、おじさんがいいところまで連れていってやろうじゃないか。

 

『ううむ、確かに友愛とは距離感が違うような』『距離が近い』『幼体を守る成体の様子にしか見えないが』『人間が子を産むのに適切な大きさはどれくらいだろう』

 

 ギルバデラルーシの皆さんは、ゆっくりと理解を深めていってくださいな。

 



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207.Stella クリスマスイベント編<5>

 一組の幼少カップルを連れて、町の北門にやってきた俺達一行。

 

 ここから先は、モンスターが出現する領域だ。しかも、辺境の地なのでモンスターは、はじまりの町よりもはるかに強力であることが予想された。

 護衛対象は、足の遅い子供二人。クエスト条件には、対象NPCの騎乗ペット及び乗り物アイテムへの同乗は不可とわざわざ書かれている。歩いてモンスターのいる地帯を突破しなければならない。

 

 このゲームでは普段、NPCは死んでも時間経過で勝手に復活する。チャンネル間の整合性を取るための措置だ。

 だが、このような限定クエストとなると、失敗の結果、どんなことが起きるか判らない。個人向けクエストの重要NPCが死亡した事例では、時間が経ってもNPCは蘇ってこなかったと話に聞いた。

 なので、万全を期することにしよう。

 

「ヒスイさん、料理buffをかけよう」

 

「了解いたしました」

 

 そう言って、俺とヒスイさんがインベントリから取り出したのは、一つの錠剤(タブレット)

 それを口の中に放りこみ噛み砕くと、身体の奥底から力が湧いてくるのが感じられた。

 

「ヨシムネ、それは?」

 

 ゼバ様が、俺達の行動を不思議そうに見ていた。

 

「これは、料理スキルで作る錠剤を食べて、ステータスアップしたんだ」

 

「ステータスは強さを数値化したものだったか。ふむ、強くなる薬か。きっと、それもまた魔法的な効果があるのだろうが……薬の調合のスキルではなく、料理スキルによるものなのか?」

 

「ああ、摂取することで補助効果(buff)がかかるアイテムのポジションは、MMORPGにおいては伝統的に料理の役目なんだ」

 

 21世紀に存在したゲームでは、生産関連のスキルに料理スキルがある場合が多く、料理アイテムも登場した。

 だが、味覚を感じられるフルダイブVRでもないのに料理を食べても、味なんて判るわけもない。そのままでは、ただの数値的な空腹度の回復用途にしか使えない。

 そこで、料理をより効果的にゲームに組み込むためなのか、料理を食べるとステータスがアップする効果が多くのゲームで導入されていたのだ。

 

 料理を食べるとステータスが上がる効果は、普通のゲームがフルダイブVRゲームに進化しても引き継がれたようだが、今度は別の問題が発生した。それは、VRでは料理を食べるのに時間がかかるのだ。ステータスを上げたいだけなのに、時間がかかる食事なんてとてもしていられない。

 そういった理由があり、瞬時に食事が取れるステータスアップ用の料理が、今日(こんにち)のVRMMOには実装されているのだ。錠剤や栄養ブロック、ゼリー飲料といった形だな。

 

「ふうむ。結晶加工食品でも、可能なのだろうか……」

 

「元々結晶食は食べやすいペレットだけど、多分、ステータスアップ可能な料理は作成可能だろうね。そういったレシピを探してプレイするのも、ありなんじゃないかな」

 

「む! いや……だが、私はアルトサックスを極めなければならない。結晶料理は、他の者に任せることにしよう」

 

『料理は任せて』『私もやってみたい』『ゲームの中なら食べ放題作り放題』『農業もできるのか?』

 

 こりゃあ、新規に実装されたという、岩と結晶の『星』ダガーは、いずれギルバデラルーシの皆さんで埋め尽くされそうだな。

 そんなことを思いながら、俺は補助魔法を使いステータスをさらに向上させた。

 

 さて、戦闘準備も完了したので、流星の丘へ向けてレッツゴーだ。

 

「流星の丘って、遠いのか?」

 

 俺は、後ろを歩く少女にそう話を振った。

 

「いえ、歩いて10分程度です」

 

「へえ、結構遠いな」

 

「えっ、近いと思いますけど……向こうに見えますよね?」

 

 いや、MMORPGの移動時間として考えたら、遠いぞ。

 一日にゲームができる時間は限られているのに、狩り場まで移動10分とか、ちょっとだけイラつく遠さだ。まあ、古いタイプのMMORPGの場合、狩り場に到着した後は一時間二時間平気で()もって雑魚敵を狩り続けるのだが。

 

 あと、真っ直ぐ歩いて10分だとしたら、モンスターが道中に出た場合は……。

 

「ヨシムネ様、右手方向からグレムリンです」

 

 おおっと、敵だ。

 いつだったか、廃墟を探索したときに遭遇した小さな悪魔モンスターが三体、サンタコスで現れた。

 俺は弓を構え、矢を撃つ。

 ゼバ様も、投げナイフをサイコキネシスで飛ばし、見事に命中させていた。

 

 俺が矢を当てた敵はその場で沈黙。ナイフが刺さった敵はひるんだものの突撃を続け、飛び出したヒスイさんの剣撃を受けて倒れた。

 

 うん、問題なく倒せるな。

 俺は解体用のナイフをグレムリンの死骸に当て、解体スキルで素材に変換すると、インベントリにしまって皆の元へと戻った。

 

「す、すごいです! 一瞬でやっつけちゃいました」

 

 俺達の戦いを不安そうに見守っていた少女が、感激した様子ではしゃぎ始めた。

 相方の男の子は、女の子の手をにぎってプルプルと震えている。モンスターが怖かったのだろうか。

 

「ま、敵が山ほど来ない限りは傷一つつけずに守り切るから、安心してくれ」

 

 そうして、次々と襲撃してくるモンスターを倒しながら進むこと25分ほど。ようやく、俺達は目的の丘まで到着した。

 北門から丘は見えていたというのに、なんとも手こずらせてくれたもんだ。最後の方は、グレムリンが10体まとめてやってきたからな。俺が範囲魔法を使えなかったら、子供達に敵が流れていたかもしれない。

 

 そんなこんなで丘に足を踏み入れたところ、役所で聞いていた通り、空が急に暗くなった。

 空には星々が輝き、大量の流れ星が落ちているのが見えた。

 

「わあ、すごい……」

 

 少女が感激して、男の子の手をにぎったまま丘の上を登っていく。

 俺は敵がいないか注意を払いながら、それを追う。

 丘の上には、俺達以外にも幾人かの集団が複数すでにいて、一様に空を見上げているのが見える。800チャンネルにいるってことは、配信か撮影を行なっているのだろう。邪魔をしないよう、こちらからは不干渉でいこうと思う。

 

「はわー」

 

「ほわぁ……」

 

 丘の上に辿り着くと、少女と男の子が、口を開けて呆然としながら星空を見上げていた。

 

 俺とヒスイさんは、その二人の脇に立ち、敵がいつ出現してもいいように武器を構える。

 だが、敵が出現する兆候は一切ない。周囲の集団も、武器を構えている様子はないようだ。イベント用の安全地帯かな? 俺は弓を構える体勢を解いた。

 

 そして、遅れてゼバ様が丘の上にやってきて、空を見上げた。

 

「これは……見事な夜空だ」

 

『作り物の世界がこれほど美しいとは』『私も行ってみたい』『残念ながら、今日限定の光景だ』『そんな……』

 

 ふむ。敵を警戒してよく見ていなかったが、確かにこの光景は、「すごい」の一言に尽きるな。

 なんだかもう、流れ星が多すぎて、逆にやりすぎと言ってしまっていいレベルにある気がするぞ。

 

「あ、そうだ、お願い事、お願い事……」

 

「お姉ちゃん、なんて言えばいいんだっけ?」

 

「『Rest in peace』って三回言うのよ」

 

「うん……」

 

 なにやら、少女達が口々に何かを唱えだした。

 

「ヨシムネ、これは何かの儀式か?」

 

 ゼバ様が不思議そうに尋ねてきた。

 

「うーん、俺の知る流れ星の作法だと、願い事を三回唱える、なんだけど、ちょっと彼女達は違うみたいだな」

 

「彼女達の作法は、流れ星に死者の安息を願うヨーロッパ国区での伝統的な方法ですね。『Rest in peace』、安らかにお眠りください、という言葉を三回唱えるというものです。『Rest in peace』はRIPと略されることもあり、かつてお墓にもこの文字が刻まれていたそうです」

 

「なるほどなー」

 

 ヒスイさんの解説に、ふと、21世紀のインターネットで外国人がよくRIPとか書きこんでいたなと思いだした。

 

「なるほど、聖なる言葉か」

 

 ゼバ様が納得したように言うが、ヒスイさんは「いいえ」と否定する。

 

「聖句と言うほど厳密なものではありません。慣用句程度ですね」

 

 そんな会話を交わしている間に少女達は流れ星に願い終わったのか、いつの間にか空を見上げていた顔を下げて、俺達の方を見ていた。

 

「終わったか?」

 

 と、俺が尋ねると、「はい」と二人は元気よく答える。

 そして、ゼバ様が二人に向けて言った。

 

「流星に何を願ったのだ」

 

 その言葉を聞いて、少女は恥ずかしそうにして答え始める。

 

「私達のお父さんとお母さん達が、天国に行けますようにって。そして、私達は幸せな夫婦になるので、天国で見守っていてくださいって、お星様にお願いしたんです」

 

「ふむ……天国とはなんだ?」

 

「えっ!?」

 

 おおう、そういえば、サンダーバード博士が前に、ギルバデラルーシは死後の世界の存在を信じていないって言っていたな。

 困惑する少女のために、俺は横からゼバ様に解説を入れることで助けを出した。

 

「天国って言うのは、人が死んだ後に魂が向かう場所だな。この世界にない、別の次元の楽園だ」

 

「そのような場所、初めて聞いたが……」

 

「架空の場所……いや、違うな。人間は、この世から魂が消滅した後、天国に旅立って安らかな眠りにつくと〝信じている〟んだ」

 

「なるほど、そのような死生観があるのだな」

 

『興味深い』『別次元に存在する魂の柱か』『誰がそのようなものを作ったのだ?』『魂が消滅した後も残り続けると考えるとは、ロマンチストだな』

 

 そう、人間はロマンチストなんだよ。

 ロマンチストなので、もう少しこの流星の丘の光景を楽しむことにしようか。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 空を見上げること10分ほど。俺は特に何も願うことなく頭を下げた。

 

「よし、それじゃあ、帰ろうか。二人も、デートは終了でいいかな?」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 少女が礼を言ってくれるが、それはまだ早い。家に帰るまでが遠足ってな。

 

「さて、帰りも、モンスターに気をつけながら行こうか」

 

「うっ、それがありましたね……」

 

 おおう、少女がひるんで、男の子はガクガクと震えだしたぞ。驚かしすぎたか。

 大丈夫、さっきの倍の数が来ても、守ってみせるさ。

 

 ……などと意気込んだものの、帰りは一度もモンスターと遭遇せず、俺達はすんなりと救貧院に帰り着いた。

 

「皆さん、本当にありがとうございました!」

 

 少女が、今度こそ元気よくお礼の言葉を述べてくれる。男の子も、か細い声で「ありがとう……」と言ってくれた。

 

「これ、私達からのお礼です」

 

 と、少女がこちらに何かを差し出してきた。

 

「ん? いや、依頼主は役所だから、報酬はそっちから貰うことになっているんだが……」

 

 俺がそう言うと、少女は「ほんの気持ちですので」と言って、手に何かを握らせてきた。

 それは、星形のチャームだ。

 

「聖教のシスターさんと一緒に作ったんです。手作りですが、受け取ってくれると嬉しいです」

 

 そう言って、少女はヒスイさんにもチャームを渡す。男の子は、恐る恐るといった様子でゼバ様にチャームを渡していた。

 

「うん、ありがとう。大切にするよ」

 

「あっ、それ、シスターさんが聖魔法をこめたんですけど、一ヶ月すると効力が失われてしまうらしいので、そんなに大切にしなくても……」

 

 そう言われて俺はチャームのアイテム情報を確認すると、『レアアイテムドロップ率上昇(微) 効果期限:300年1月24日まで』とあった。ふむ。なるほど。少女達の個人的な心意気でくれたプレゼントと言うよりは、護衛クエストのシステム的なクエスト報酬って感じか。

 

「うん、良い効果だ。こちらからもお礼を言うよ」

 

「いえ。今回は、本当にありがとうございました」

 

 お礼合戦になりそうだったので、そこで話を切り上げ、俺達は救貧院を後にすることにした。

 町の役所に向かい、改めて受付で報酬を貰う。クエスト中に遭遇するモンスターがそこそこ強かったこともあったのか、それなりの金額と消費アイテムが報酬として貰えた。

 

「というわけで、クリスマス限定クエストは終了だ。どうだったかな?」

 

 広場の星の柱の前で、俺は視聴者とゼバ様に向けて、そう話を振った。

 

「恋愛についてはまだよく解らないが、あの二人には末永く仲良く過ごしてほしいものだ」

 

『二人には友愛を感じられた』『恋愛は友愛の深いものなのか?』『チャームというのか? あのアクセサリーは興味深い形をしている』『なかなか激しい戦闘で、見応えがあった』

 

 うん、良好な反応だな。クリスマス限定クエストの配信は、無事成功したと言っていいだろう。

 

「マザー・スフィアによると、いつになるかは知らないが、いずれこの『Stella』もギルバデラルーシのみんなに公開されるようだ。だから、みんなも機会があったら季節のイベントを人間と一緒に楽しんでもらいたいな」

 

「現実世界とゲーム内の季節が噛み合わないことが、いささか残念だが」

 

 惑星ガルンガトトル・ララーシにも季節の概念があるんだなぁ。平均気温180℃の世界だから、どうあってもゲーム内と環境は合わないが。

 

「大丈夫。人類の大半が惑星テラの外に住んでいるから、人類も自分の住環境とは季節が合っていないよ。その辺りの感覚のズレは、ギルバデラルーシと大差ないと思う」

 

「そういう問題だろうか……」

 

 俺の発言に、ゼバ様が突っ込んでいるのだかあきれているのだか、よく解らないコメントをする。

 いやいや、惑星テラの南半球に住む人なんて、今、夏なのにゲームの中は冬だぞ。よくあるよくある。

 

「というわけで、本日の予定は全てこなしたわけなんだけど、どうする? 終わる?」

 

「まだ、そこまで長くやっていないのではないか」

 

「どうなんだろう、ヒスイさん」

 

「そうですね。配信開始からまだ二時間も経っていませんので、続けて問題ないでしょう」

 

「じゃあ、何をしようか」

 

 うーん、と悩んだところで、ゼバ様が「アルトサックスを練習したい」と言いだした。

 

「了解。じゃあ、音楽が有名な町まで行って、聖教の人達に防音室でも借りようか」

 

「音楽が有名な町か」

 

「うん、その町は楽譜もそろっているだろうから、練習曲も用意してみよう。それでゼバ様が今日中に上手く吹けるようになったら、俺とヒスイさんを加えた三人でセッションでもしてみようか」

 

「それはよいな」

 

『よきかな』『今日中に演奏できるようになるのか?』『指使いが難しそうだったが』『大長老ならやってくれるだろう』

 

 まあ、無理だったら無理で、その時さ。

 方針を決めた俺達は、飛竜船に乗って音楽の町に向かい、楽譜を買って聖教が運営する楽団用の防音室を借りた。

 

 その後、ゼバ様は拙いながらも簡単な曲を吹けるようになり、ヒスイさんのトランペットと俺のベースギター(町で買った)という変則的な組み合わせで簡単な曲を合奏した。

 その成果に視聴者達も満足し、クリスマス配信は大成功と言っていいまま終わることができたのだった。

 



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208.バーチャルインディーズマーケット冬

 12月も残すところわずか数日となり、人類基地では宇宙暦300年記念祭のリハーサルであちらこちらがドタバタとしていた。

 ノブちゃんのバックバンドの練習も、ここらで切り上げようということになり、俺とヒスイさんは周囲の邪魔をしないよう、宿泊施設に引きこもることを選択した。

 そして今、俺とヒスイさんは宿泊施設の談話室で、のんびりとおやつタイムを満喫していた。

 

 今日のおやつはイチゴのショートケーキ。いつも食べているショートケーキと違って、生地がサクサクとしているのが新鮮な感覚だ。

 ショートケーキを一口食べ、コーヒーを飲む。うーん、優雅な一時だ。

 そう思っていると、談話室に誰かが入室してきたのが見えた。

 

 リハーサルを終えた人が帰って来たのだろうか。

 と、入ってきた人の顔を見ると、ここ十数日顔を合わせている出場者の人ではなかった。だが、見覚えはある顔だ。

 

「あ、ヨシムネ。いたいた」

 

 見覚えのある顔。その人物は、ミドリシリーズのガイノイド、ミドリさんであった。

 

「やほー、久しぶり!」

 

 ミドリさんはそう言いながら、こちらに手を振り近づいてくる。そして、テーブル席の椅子を引き、勢いよく座った。

 

「やあミドリさん。ミドリさんも出場者の手伝いをしにきたのか?」

 

 俺がそう言うと、ミドリさんはキョトンとした顔をする。

 

「え? 手伝い? 違うよ?」

 

「ん? じゃあ、なんでわざわざこの惑星に?」

 

「そりゃあ、記念祭に出場するためだよ」

 

「えっ、AIは歌を歌わないんじゃなかったのか?」

 

 俺の言葉に、ミドリさんは「ああ、なるほど」と言い、なにやら納得したようだ。

 

「ヨシムネ。記念祭では、歌謡ショー以外のステージイベントもやるんだよ」

 

「えっ、そうだったのか」

 

「うん、だから、芸能人の私が呼ばれているの。ギルバデラルーシのゲストと一緒に、リアルでできる体感型ゲームとかやるよ!」

 

 うーん、そうだったのか。俺が歌手と思い込んでいる出場者の中にも、芸人さんが混ざっていたのかね。

 

「でも、体感型ゲームとか、それこそゲーム配信者の俺達の出番じゃないのか」

 

「いやいやー、ステージを盛り上げるなら、私みたいなプロの芸能人か芸人でしょ! ただ単純にカメラに映るのと、ステージの上で芸をやるのとじゃ、間が違うよ」

 

「そういうもんか」

 

 記念祭では舞台と観客席が用意されており、俺達は舞台の上で歌を披露することになっている。観客席には、ギルバデラルーシの者達が座るらしい。記念祭は十時間以上続く催し物なので、観客も入れ替え制だ。

 

「私が出演するところのプログラム渡しておくから、ちゃんと見てね」

 

「おう、見る見る」

 

「よろしい。それで、明日なんだけど、ヨシムネ、一日暇でしょう?」

 

「ん? ああ、リハーサルも入っていないし、記念祭が近いので配信ももうやる予定はないよ」

 

「じゃあ、明日一日、付き合ってもらっていい?」

 

「いいけど、何するんだ?」

 

「ふっふーん。ヨシムネ、明日がなんの日か、忘れちゃったのかなー?」

 

「んん?」

 

 明日は12月29日。大晦日も近いが、特にこれといったことはなかったはずだが……。

 

「明日は、そう、冬のインケット一日目! 未知のゲームが私達を待っている!」

 

「あー……」

 

 そういえば、もうそんな時期か。

 インケット。バーチャルインディーズマーケットのことで、インディーズのゲームや執筆した本を頒布するアマチュア達の祭典だ。

 

「夏は運よくヨシムネに会えたけど、ブースを一緒に回れた時間は、そんなに長くなかったからね。今回は、最初から一緒に回ろうよ」

 

「そうだな。前回もいろいろ教えてもらったし、今回もよろしくたのむよ」

 

 というわけで、インディーズゲーム製作サークルの参加がメインの日である、インケット一日目をミドリさんと一緒に回ることになった。

 

「あ、ヒスイはこなくていいよ」

 

「は? 行きますが?」

 

 おう、あんたら、隙あらば喧嘩しようとするのやめーや。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「いやー、配信に使えそうなゲーム結構あるなー」

 

「ふふん。ミドリちゃんさんのアンテナの高さに、感謝するといいよ」

 

「うん。まさか、前回よさげなゲーム出してたサークルの大半が、新作出していないとは思わなかったから、助かったよ」

 

 夏冬のインケットで連続して新作ゲームを出すケースは、どうやら少ないようだ。

 この時代のゲーム製作事情には詳しくないのだが、無職の二級市民でも、ゲームを半年で簡単に作れるわけではないみたいだな。

 

「インディーズ活動している人も、ゲーム製作だけやっているわけじゃないからね。ネタのインプットのために、普段からゲームをやって生活しているものだよ」

 

「そういうもんか」

 

「ゲーム製作だけやって生きるような活力があれば、それこそ企業所属のゲーム開発者を目指すもの」

 

「でも、一級市民って、なろうと思ってなれるものでもないんだろう?」

 

「そりゃあ、そうだけどね。でも、ゲーム開発者は結構、人間の募集枠多いよ」

 

「そうなんだ」

 

 というわけで、ミドリさんお勧めのサークル巡りは終了。

 俺達はゲーム製作サークルが集まる会場から移動し、ゲーム関連書籍を頒布している会場へとやってきた。

 

 まず向かうのは、前回『宇宙暦299年上半期 ゲーム配信大百科』を頒布していたサークルだ。

 

「新刊20部くださーい」

 

 見覚えのある売り子さんにそう告げると、相手は驚いた顔をした。

 

「ヨシムネさんじゃないか。今回は、ずいぶんな数を持っていってくれるんだね」

 

「大量に増えた知り合いに渡す数を考えますとね。それより、今回も俺達、載っていますか?」

 

「もちろん載っているとも。君の知り合いのヨシノブさんも載せたよ」

 

「おおー。喜ぶと思うので、ノブちゃんにも贈っておきますね」

 

「そりゃ、ありがたい」

 

 そう言って、仮想の本を20部手渡してきたので、受け取る。

『宇宙暦299年下半期 ゲーム配信大百科』。ぐふふ、また俺が載っているとは、嬉しいかぎりだな。

 

 俺はお礼を言ってブースを出ると、今度はこの半年でプレイしたゲームの解説本を探して回った。

 どこに何があるかは、あらかじめヒスイさんがチェックしてくれているので、無駄足を踏むことはない。

 

 お目当ての品を一通り手に入れてホクホクしていると、ミドリさんが俺に向けて言う。

 

「じゃあ、次はコスプレ会場行こうよ!」

 

「あー、前回ミドリさんがいたところか」

 

「うん、今回はコスプレしないけど、眺めて楽しむくらいはしたいかなって」

 

「じゃあ、行こうか」

 

 ここから歩きでは遠いので、会場MAPから選択して瞬間移動をする。コスプレ会場に到着すると、広い空間に思い思いのコスプレをした人達が、様々なポーズを決めているのが見えた。

 うーん、この独特な空間は、何度見ても慣れそうにはないぞ。

 

「あはは、あれウケるー」

 

 ミドリさんが早速何か面白いコスプレを見つけたのか、指さして笑っている。

 俺もそちらを見てみたが、メカメカしいサイボーグがいるだけで、何が面白いのかは解らなかった。

 

 まあ、それよりもだ。

 

「なんか、会場MAPにハマコちゃんの反応があるな」

 

 俺とハマコちゃんは、VRのシステム上でフレンド登録をしているので、システムと連動している会場MAPに現在位置が表示されるようになっている。ハマコちゃんの反応があるってことは、彼女がこのコスプレ会場にやってきているってことだ。

 ハマコちゃんがインケットのコスプレに参加しているとか、衝撃の新事実なんだけど……。

 

 いや、インディーズゲームを手に入れに来たついでに、コスプレ会場を見に来ただけかもしれない。ハマコちゃん、あんまりゲームとかやるイメージないけど。

 

「ハマコちゃんって、ヨコハマの観光局の?」

 

 ミドリさんがそう尋ねてきたので、俺は「ああ」と答えた。

 ミドリさんとハマコちゃんは、海水浴で一緒したし、芋煮会にも参加していたので、お互い面識がある。

 

「じゃあ、そっちに向かってみようか」

 

「ああ、さっきから位置が変わらないみたいだし、コスプレしているのかもな」

 

 俺はそう言って、MAPを見ながらハマコちゃんのもとへと向かう。

 瞬間移動を一回はさんでから、歩くことしばし。遠くに、ハマコちゃんの姿が見えた。

 

 ハマコちゃんの格好は、いつもの行政区の制服だ。コスプレしている様子はない。

 俺はちょっと残念に思いながら、ハマコちゃんに近づいていく。

 

 すると、ハマコちゃんが、なにやらパワードスーツを着こんだ人と話している様子がうかがえた。

 話しているというか、揉めている?

 

 うーん、今ハマコちゃんに話しかけるのは、はばかられるな。

 そう思っていたのだが、ミドリさんが唐突にハマコちゃんへと言葉を放った。

 

「おーい、ハマコちゃん!」

 

「ん? ああ、ミドリさんにヨシムネさん、ヒスイさんもいらっしゃいますね。こんにちは!」

 

「宗一郎にからんで、痴話喧嘩か何か?」

 

 ん? 宗一郎?

 俺は、パワードスーツを着た人物をまじまじと見つめる。うん、装甲におおわれていて顔は判らないね。

 

「おう、瓜畑じゃねえか。息抜きか?」

 

 パワードスーツの人がそう言うと、急にエアーが抜けるような音がして、顔部分の装甲がパカッと開いた。

 中に見えたのは、惑星ガルンガトトル・ララーシで出会った技術者である、田中宗一郎さんの顔だ。

 

「こんにちは。リハーサルの予定がないので、遊びに来ました。田中さんはコスプレですか?」

 

「おう、この間やったスチームパンクゲームが面白くてな。それに出てきたスチームスーツのコスプレだ」

 

 田中さんも、ゲームとかやる人なんだな。

 そういえば、『MARS』のNPCとして出てきたときも、スーパーロボットがどうこう言っていた。ロボットをスーパーロボットとリアルロボットに分けるのは、とあるロボット系クロスオーバーゲームでの考え方だ。

 

「田中様、こんにちは。なにやらハマコ様と揉めていたようですが」

 

 ヒスイさんが田中さんにそう尋ねると、田中さんはパワードスーツの手で器用に鼻先をかきながら答える。

 

「いや、なに。ハマコの奴が、日本に帰ってこいってうるさくてなぁ……」

 

「田中さんって、ハマコちゃんの知り合いなんですか?」

 

 今度は俺がそう尋ねる。すると、田中さんはちょっと驚いた顔をした。

 

「なんでえ。ハマコと知り合いなのに、知らないのか? ハマコは俺が作ったマシンだぞ」

 

「えっ、そうだったんですか!? ヒスイさん、知ってた?」

 

「いいえ。ハマコ様の製造年自体、以前の芋煮会で初めて知りましたから」

 

「だよね……」

 

 俺がそうつぶやくと、ミドリさんと話しこんでいたハマコちゃんが、こちらを向いて言った。

 

「私は太陽系統一戦争中に作られた、宗一郎さんとアルフレッド・サンダーバードさんの合作アンドロイドなんです! マザー・スフィアさんのAIプログラムを流用した汎用AIを実現するために、最初の試験機として生まれました!」

 

「それはなんとも……もしかして、今のAI達って、ハマコちゃんがもとになっているのか?」

 

 俺がそう聞くと、ハマコちゃんは笑顔で答える。

 

「スフィアさんをもとにして私が生まれて、私をもとにして多くの初期型AIが生まれましたから、そうとも言えますね!」

 

 それはなんとも。知らなかったとはいえ、全AIの母的存在に、今まで気安く接しすぎたかもしれん。

 まあ、ハマコちゃんなら多少の無礼も許してくれるだろうから、態度は変えないけど。

 

「で、そんなハマコちゃんのお父様が、田中さんだと」

 

「お父様言うなや! 俺っちが担当していたのはボディだけで、AIはノータッチだぞ」

 

「ハマコちゃんは、そんなお父様に日本へ帰ってきてもらいたいわけだ」

 

「だから、お父様言うなや! ぶん殴るぞてめえ!」

 

 いや、ごめんごめん。ちょっとだけからかってみただけだから。

 

「今のお仕事が、人類にとってとても重要なことなのは解るのですが……そのお仕事が終わった後はフリーになるはずなので、帰ってきてもらおうと思ったんですよ」

 

 ハマコちゃんがそう言ったので、俺は田中さんの方をじっと見た。

 

「いや、今更、俺が日本に戻っても、何もやることねえだろ。日本田中工業は後続に任せたし」

 

「ただの帰省と思えばいいんじゃないですか?」

 

 俺がそう言うと、田中さんはキョトンとした顔で目をしばたたかせた。

 

「帰省? この歳でか?」

 

「実家に帰るのに、歳は関係ないですよ。帰る場所があるなら、顔を出してあげてください。ハマコちゃんという帰りを待つ人が、しっかりいるんですから。俺なんか、実家に帰りたくても、もう帰れないんですよ」

 

「急に重いこと言うなや……」

 

 おっと、ブラックジョークは外したか。

 

「はあ、解ったよ。今の仕事が終わったら、横浜に帰るぞ」

 

「本当ですか!? わあ、ヨシムネさん、説得ありがとうございました!」

 

「うんうん、家族水入らずで過ごしてくれ」

 

 そうして、俺達三人は田中さん達のもとを離れた。そのままコスプレを眺めながら、会場をしばらくうろつく。

 笑ったり、感心したりしながら、俺達は様々なコスプレを見て回った。

 

「それにしても、ヨシムネ」

 

 と、ミドリさんが歩きながら話しかけてくる。

 

「ん?」

 

「やっぱり実家のこと、気になるの? 21世紀に戻りたい?」

 

「あー、あれね。帰れるものなら一度帰りたいけど、両親のその後が気になるだけで、今更21世紀で生活したいわけじゃないぞ。それこそ、一時的な帰省をしてみたいってだけだ」

 

「なるほど。私からも、ヨシムネの家がその後どうなったのか時空観測で見てもらえるよう、働きかけてみるよ」

 

「あんま大がかりにならないようにな」

 

 そんな会話をはさみつつ、俺達は三人でコスプレ会場を巡回した。

 

 その後、再びゲーム製作サークルが集まる会場に戻り、行き当たりばったりでよさげな作品を探してみたり、配信に使ったゲームを作ったサークルに挨拶して回ったりしながら、時間いっぱいまでインケットを楽しんだ。

 

 今回も多くのインディーズゲームを手に入れられた。

 このうちどれだけ配信に使えるかは判らないが、プレイ時間が短いインディーズゲームは地味に配信向きなので、プレイするまで楽しみにしておくとしよう。

 



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209.St-Knight 年間王座決定戦<1>

 宇宙暦299年12月31日、大晦日(おおみそか)

 最後のリハーサルを終えた俺は、ヒスイさんと一緒に宿泊施設の自室でくつろいでいた。

 俺はボディの内蔵端末にインストールされたモンスター育成RPGをやりこみ、ヒスイさんはその俺の様子をじっと見守っている。

 

 なんともゆったりとした時が流れるが、突如、部屋に来訪者を知らせるインターホンの音が鳴った。

 すぐさまヒスイさんが動いて、対応に出る。

 ヒスイさんが扉の近くで、二、三喋ると、そのままゆっくりと扉を開けた。

 

 扉の向こうには、マザー・スフィアと……なぜかゼバ様がいた。

 

「ヨシムネさーん、ちょっと出てきてくださいー」

 

「はいはい」

 

 俺はゲームをスリープさせると、ゼバ様がくぐれそうにない高さの扉を通り、部屋の外へと出る。

 

「どしたん?」

 

 俺がそう尋ねると、マザーではなくゼバ様が答えた。

 

「記念祭まであと数時間なので、皆を率いて会場入りしたのだ。それで、ヨシムネに挨拶をと思ってな」

 

「まだ結構時間あると思うけど、もう会場入りしたんだ」

 

 俺達だって、まだ会場の控え室には向かっていない。談話室で年越し蕎麦を楽しめる時間の余裕すらあるぞ。

 

「うむ。それで、少々暇でな。もしこれからの予定がないなら、暇つぶしに付き合ってくれ」

 

「あー、ごめん。ちょっと予定埋まっちゃっているんだ。『St-Knight』っていうゲームの年間王座決定戦の決勝戦を見にいくんだ」

 

「そうか。それは残念だ」

 

 明らかにテンションが下がった感じで、ゼバ様が言う。

 悪いことしたなぁと思っていると、マザーが横から声を投げかけてきた。

 

「それなら、ヨシムネさん。ゼバさんを連れて、決勝戦の観戦に向かってください」

 

「え、いいの?」

 

「いいですよー。特等席のチケットまでつけちゃいますよ!」

 

「マジで。そりゃ、太っ腹なことで」

 

 年間王座決定戦の特等席ってあれだ。公式配信に映る特別会場の座席だ。

 その特等席の競争率はすさまじく、抽選のみでのチケット販売だったはずだが、マザーは特権で当日だというのにまだ空席を確保していたってことか。

 

「ふむ、よく解らないが、どこに出かけるのだ?」

 

「ああ、とあるVR格闘ゲームの対戦を見にいくんだ」

 

「ほう。年間王座決定戦と言ったか。王とは、人間の群れの中で一番偉い存在を言うのだったな。つまり、そのゲームの頂点を決める戦いか」

 

「いや、ちょっと違うな」

 

 俺は、ニヤリと笑ってゼバ様の言葉を否定した。そう、これから行なわれるのは……。

 

「VRゲームで一番強い奴を決める戦いだ」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 特別会場へと入り、指定席へと移動する。

 本来、VRゲームの試合を観戦する時は、システム側が位置情報の重複も問題なく処理してくれるので、各々が好きな席を確保できる。人がいくら同じ場所に重なろうが、上手いことやってくれるのだ。

 だが、この特別会場だけは事情が違う。リアルと同じように人が重なることはできず、チケットで指定された席に座らなければならない。

 それも全て、この特別会場が、公式の配信に流すための場所だからだ。全員が最前列にいて、後列に誰もいない風景とか映せないよな。通常会場では、各々が好きな席を自由に確保できるようになっているので、この特別会場は好き者のための場所ってことだな。

 

 そんな収容人数2000人の特別会場、その比較的前の方の席に、俺達は座る。

 右から順に、ヒスイさん、俺、ゼバ様、メイドさんの並びだ。

 

 そう、俺達三人だけでなく、もう一人観戦に付いてきた人がいる。

 見覚えのある顔だ。具体的には、芋煮会でチャンプが連れてきた道場メンバーの中にいたり、『Stella』でチャンプのそばにいたりした黒髪のメイドさんだ。そんなメイドさんの正体をヒスイさんが明かしてくれた。

 

「こちら、本日の出場者の一人、クルマム様の母親であるトウゴウジ・ハナガクレ様です」

 

「どうも、解説に呼ばれましたトウゴウジです。よろしくお願いします」

 

 トウゴウジさんが、頭を下げて挨拶をした。チャンプの母親か。めっちゃ若くて背が低いので、全然そうは見えない。

 しかも、チャンプの親なのにクルマ姓じゃないんだな。夫婦別姓ってやつかな。

 

「よろしくお願いします。確か、芋煮会の時にいらっしゃいましたよね?」

 

 俺がそう話を振ると、トウゴウジさんは笑顔で答える。

 

「その節は、大変お世話になりました」

 

「お若いっすねー。正直、お子様がいらっしゃるようには見えない。十代に見えますよ」

 

「アンチエイジングしていますから。これでも五十歳を超えています」

 

 この時代のアンチエイジングはすごそうだ……。

 

 さて、そんな合法ロリメイドさんに衝撃を受けている間にも、会場の熱気は少しずつ上がっていく。

 開始まであと五分となり、客席は満席となっていた。

 

「トウゴウジさんも、空手をたしなんでいるんですか?」

 

 待ち時間で手持ち無沙汰になったので、俺はトウゴウジさんに話題を振っていた。

 

「はい、リアルでもゲームでも、来馬流の空手を。元々は、薙刀(なぎなた)をやっていたのですが、クルマ家に(とつ)いでからは空手一筋です」

 

「はー、トウゴウジ家って、薙刀で有名な家系とかです?」

 

「いえ。代々の近衛の家系というだけですね」

 

 近衛って、ファンタジーものでよく出てくる、王様を守護する役割のことか。

 

「えっ、やんごとない一族の護衛役? すごくない?」

 

「そうですね。まあ、本当の護衛は専用のアンドロイドがやりますので、人間の近衛は儀礼的な意味合いが強いのですけど。そして、私はこのように背が低く、背を伸ばす施術も受けなかったので、近衛の役にはつきませんでした」

 

「でも、空手はやると」

 

「はい。昔から武道は好きですから」

 

 うーん、全然知らない世界だ。でも、元公爵のグリーンウッド閣下だって、今でもメイドとか家令を雇っているんだよな。特権階級って、この時代でもあるんだなぁ。

 

 などと思っていると、会場にアナウンスが入り、いよいよ開始の時間となった。

 リングアナウンサーがリングに上がり、右手のマイクを口元に当てて、叫んだ。

 

『ナーイト!』

 

 すると、観客が一斉に叫ぶ。

 

「ナーイト!」

 

 お、おうっ! 突然だったので、反応できなかった。

 なるほど、今のは『St-Knight』配信のゲーム開始時の挨拶と同じやつだ。もしかすると、これがあの作法の元ネタなのかもしれない。

 

 さて、いよいよ始まる年間王座決定戦。その決勝戦の対戦カードは、予想通りの組み合わせだ。元チャンピオン対現チャンピオン……すなわち、チャンプことクルマム対ミズキさんだ。

 

 いきなり決勝戦が始まる、ということはなく、まずは前座からだ。

 行なわれるのは、三位決定戦。選手紹介が男性アナウンサーの声でなされ、選手がそれぞれのテーマ曲と共に入場する。

 

 二人の選手の武器は、それぞれ長槍と双剣。『St-Knight』は武器を使っての格闘ゲームなのだ。

 武器を使うからこそ、ただの格闘ゲーム好きだけでなく、様々なMMORPGから強豪プレイヤーが集まっているのだ。

 

「さて、どっちが勝つかな」

 

「リーチが長い方が有利ではないのか?」

 

 異星人という正体を隠すため、身長180センチメートルほどの黒人男性のアバターに扮したゼバ様が、そんな疑問を持つ。

 

「いえいえ。リアルですと確かにリーチが長い方の有利ですが、ソウルコネクトゲームですと、そうとは限りません」

 

 トウゴウジさんが、俺の代わりにそんな説明をしてくれる。

 

「そうなのか。すまないな、ゲームにはうといのだ」

 

「あ、トウゴウジさん。こちら、ゼバ様です。惑星テラのとあるやんごとない一族の元代表者の方です」

 

「や、やんごとない一族ですか……それはまたすごいですね」

 

 俺がゼバ様の嘘のプロフィールを紹介すると、トウゴウジさんは腰が引けていた。

 

 宇宙暦300年記念祭はまだ開始していないので、ゼバ様の正体は秘密だ。

 トウゴウジさん一人になら、正体がばれてもどうにでもなるだろうが、ここは他の観客の会話が横から聞けてしまう特別会場。うかつな発言には、注意してもらいたい。

 

 そんなやりとりの最中、三位決定戦が始まった。

 試合は二ラウンド先取。先に相手の体力ゲージを削りきった方がそのラウンドを取り、次ラウンドに残り体力は持ち越さないルールだ。

 

 選手二人の実力は拮抗しており、激しい攻防が繰り広げられる。そして、戦いは最終ラウンドである第三ラウンドまでもつれこんだ。

 

「強い、強いんだけど……」

 

 二人は強い。でも、正直に言うと……これは前座でしかないと感じる。

 

「超電脳空手道場でのチャンプとミズキさんの動きと比べると、正直、見劣りするな」

 

「あらあら」

 

 俺の言葉に、嬉しそうに笑うトウゴウジさん。

 いまいちリング上の戦いに乗り切れない俺だが、ゼバ様は試合展開にいちいち驚き、全力で楽しんでいた。

 

「ふう、超能力を使わない武器同士の戦いが、これほど熱いものだとは思わなかったぞ」

 

「一応このゲーム、超能力も使えるんだけどね。今の二人は、武器のみで戦うスタイルみたいだ」

 

「ふむ。超能力と武器を組み合わせて戦うのか?」

 

「そうだね。そういう人もいるよ」

 

「それはまた、興味深い……」

 

 そうして、試合は決着がついた。勝ったのは、双剣使いの方だ。

 会場が歓声に包まれ、双剣使いは嬉しそうに右手の剣を上に突き上げた。そして、双剣使いと槍使いはリング上で互いに健闘をたたえ合い、音楽と共に退場していった。

 

 なるほど、リアルの格闘技と違って、全力で戦っても怪我はしないから、さわやかな終わり方になるんだな。

 

 そう感心して見ていると、アナウンスが入り決勝が行なわれる旨が伝えられる。

 会場のボルテージはさらに上がる。俺は、体感気温が上昇したような錯覚を覚えた。

 



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210.St-Knight 年間王座決定戦<2>

 観客で満員となった特別会場に、リングアナウンサーの声が高らかに響く。

 

『長年の決着を付ける時が、とうとうやってきた! あの壮絶な結末から三年、頂点の座を守り今日という日を待ち続けた女王がいる! 真のチャンピオンは、私だ! 三年連続年間王者、水の精霊ミズキー!』

 

 激しいエレキギターの曲と共に、ミズキさんが入場する。

 その格好は、銀色に光る鎧に、白いマント。女神と言うより、戦乙女と言った方がいい、凛々しい姿だった。

 

「あら。鎧を着るなんて珍しい」

 

 トウゴウジさんが、ミズキさんの格好を見てそんなことを言った。

 

「そうなんですか?」

 

 俺はトウゴウジさんにそう聞き返した。

 

「ええ、いつもの対戦ではこう、ヒラヒラした布の服を着ているんです」

 

「決勝戦だから、気合いを入れたんでしょうか」

 

「いえ、多分……胸をゆらさないために、胸当てを着けたのではないでしょうか」

 

「マジか」

 

 過去の年間王座決定戦でのこと。チャンプはミズキさんの大きすぎる胸に気を取られ、ハラスメントガードが発動してしまい、判定負けをしている。

 その結末は、ミズキさんも納得がいっていないようで、かつて俺の『Stella』配信にチャンプを追ってきたことがあった。

 

 それ以来、俺を通じてミズキさんはチャンプと仲良くしていたが、本当の決着を付ける機会を虎視眈々と狙っていたようだった。

 今度こそ、納得のいく決着をつける。その対策の一つが、この鎧ってことか。

 

「鎧をつけずに戦うことなど、あるのか?」

 

 と、ゼバ様が不思議そうに言った。

 すると、ヒスイさんがゼバ様に向けて答える。

 

「これはゲームですので、各々が好きな格好をできるよう、防具には防御効果が設定されていません。金属鎧も、革鎧も、布の服も、全て同じだけダメージを通します」

 

「なるほど。あくまでゲーム上の戦いということか」

 

 ごっつい鎧の防御が有効なら、手甲をつけて殴るしかないチャンプは不利になってしまうからなぁ。まあ、鎧の防御が有効な『Stella』でもチャンプは最強の座についているんだけど。

 

 と、ミズキさんの入場が完了し、エレキギターの曲が終わる。

 そして、しんと静まりかえった会場に、リングアナウンサーの声が再び響いた。

 

『若き王者が帰ってきた! どこへ行っていたンだッ、チャンピオン! 俺達は君を待っていたッ! クルマムの登場だー!』

 

 って、パロディアナウンスかよ! これ、あの格闘漫画が好きなチャンプが内容考えただろ!

 ほら、横でトウゴウジさんが頭を抱えているぞ。

 

 満面の笑みを浮かべて入場するチャンプは、革鎧に金属の手甲をつけた地味な格好だ。正直、ミズキさんのような華はない。

 だが、その長身と筋肉質な身体が相まって、強者の風格は十分にあった。

 

 そして、気になるのはその顔。表情というわけではなく、顔の作りだ。

 前に見たことがある『St-Knight』のチャンプのアバターは、若い青年の姿をしていた。

 だが、今のチャンプは、リアルで見た三十歳くらいの、幾分か歳を取った顔をしている。体付きも、以前より一回り大きくなった印象がある。どうやら、今のリアルの姿に合わせてアバターを作り直したみたいだ。若き王者じゃなかったのかよ。

 

『試合は二ラウンド先取で行なわれます』

 

 そんなアナウンスが入り、武器の使用を前提とした広いリング上で、両者が向かい合う。

 二人は何か言葉を交わしているようだが、こちらには聞こえてこない。

 

 そして、いよいよ試合開始の時が来た。

 

『ミズキ VS. クルマム』

 

 聞き覚えのあるシステム音声が、会場内に響く。

 

『ラウンドワン ファイト!』

 

 号令と共に、ミズキさんが突進し、右手に持つ短槍をチャンプに向けて突き出す。

 チャンプはそれを手甲によるパリィで弾き、一歩踏みこむ。だが、ミズキさんはバックステップをしながら、左手の短槍を突きこんだ。チャンプはそれをダッキングでかわす。

 

 いきなり激しい攻防だ。横で、ゼバ様が感嘆の声をあげた。

 

「すごいな。だが、リーチの差で有利不利がないと先ほど言われたが、どうにも私には、武器と素手では素手が圧倒的不利に見えてしまう」

 

 ゼバ様の感想に、トウゴウジさんは「そうですね」と答えた。

 

「確かに、このゲームにおいて、素手は比較的不利な条件にあります。でも、私達は空手家。不利でも空手を貫くのです」

 

 チャンプの勇姿を見守るトウゴウジさんは、確かに母と言われても納得できるだけの強さが感じられた。

 リング上の攻防は続き、少しずつ、少しずつだが、チャンプが素手の間合いに踏みこむ機会が増えていった。

 

 それを見て、トウゴウジさんは言う。

 

「宇宙3世紀の武術は死の武術。ソウルコネクト空間内での死は本当の死を意味しません」

 

 おお、それは、超電脳空手道場に何度か通ううちに、チャンプから伝えられた言葉だ。

 

「リアルでは死を恐れ、怪我を恐れ、痛みを恐れ、手加減や寸止めが空手の稽古につきものになってしまっています。しかし、死すら仮想のものであるゲームの中ではどうか」

 

 そのトウゴウジさんの言葉に、俺は答える。

 

「恐れを知らずに、死中に飛びこみ、間合いを己の物にできる」

 

「はい。よくバトル漫画では、恐れを知るだとか、恐れを忘れずだとか、恐れを味方に、なんて使われているのを見ますけど、私達は違います。恐れをそぎ落とすのが、来馬流超電脳空手の真髄」

 

 確かに、21世紀に読んだ漫画で、恐怖を武器にみたいな文言を見た記憶がある。

 

「日本語では死中に活を求めるなんていいますけど、私達は死中こそが立つべき場所です」

 

 誇らしそうに語るトウゴウジさんに、俺は言う。

 

「肉を切らせて骨を断つとか好きそうっすね」

 

「臓腑を切らせて首を断つとでも言えばいいかもしれません」

 

「うわあ、それどっちも死んでる……」

 

「先にHP全損した方が、ゲームのPvPにおける敗者ですから」

 

「完全にゲーム思考っすわ」

 

「もちろん、リアルでまでそんな危険な空手をやっているわけではないですよ。リアルの来馬流空手は、怪我に十分配慮した、安心安全の実戦空手です」

 

「それでも実戦空手なんですね……」

 

 俺がそう言うと、トウゴウジさんはニッコリと笑って返してきた。

 さて、試合はどうなったかというと、チャンプは間合いを征し、ミズキさんに強烈な連打を食らわせた。

 

『KO』

 

ミズキさんの体力ゲージがなくなり、決着がつく。一ラウンド目はチャンプの勝ちだ。

 

『ラウンドツー ファイト!』

 

 休む間もなく、二ラウンド目が始まる。

 再び攻防が繰り返されるが、チャンプの優位は変わらず、ミズキさんの体力ゲージが危険域に突入する。

 だが、次の瞬間、ミズキさんは思わぬ行動に出る。距離を取ってから、右手の槍を投げたのだ。

 

 勢いよく投げられた槍は、チャンプの胸に命中し、チャンプの体力ゲージは一気に削られた。

 そのミズキさんの思わぬ行動に、会場はざわめきに包まれる。

 

「む、これはまた、ゲージが大きく減ったな」

 

 チャンプの体力ゲージに注目したのか、ゼバ様がそんなことを言った。

 

「このゲーム、武器は投げても自動で戻ってはこないんだ。だから、攻撃手段を捨てる武器投げは威力が高く設定されている」

 

「そうか。ミズキ選手は二本の槍を持っている。つまり、片方の武器を投げても、さらに追撃ができるわけか」

 

「そうだね。でも、ミズキさんは槍二本でのコンビネーションが売りだから、武器を片方失ったら不利になるのは変わらないよ。それに、二本武器を持っている場合、一本目の投擲(とうてき)は比較的威力が少なめになる。みんな投擲のために武器を二本持ち出さないようにするためだね」

 

 チャンプはミズキさんに槍を拾われないよう、自分に命中した槍を後方に蹴り出す。

 一方、武器を片方失ったミズキさんはというと……槍を蹴ったチャンプの隙をついて、もう片方の槍をチャンプに投げつけていた。

 

「そうきましたか!」

 

 トウゴウジさんがそう叫ぶ。その声音は息子を心配するものではなく、喜色をふくんだもの。

 どういうことだと思っていると、なんとミズキさんは素手のままチャンプの間合いへと飛び込み、そのままチャンプに蹴りを入れた。

 

 会場が「わっ」という歓声に包まれ、蹴りからつないだミズキさんの正拳突きがチャンプに突き刺さり、チャンプの体力ゲージは全てなくなった。

 

「あのような奥の手を隠していたなんて。やはり、彼女も来馬流超電脳空手の門下生ですね!」

 

 トウゴウジさんが、すごく嬉しそうに言った。

 奥の手。槍投げからの空手のことだろう。うん、ミズキさんも、チャンプの超電脳空手道場に通っているからな。つまりこの戦いは、真のチャンピオンを決めるものだが、来馬流の同門対決でもあるわけだ。

 

『ファイナルラウンド ファイト!』

 

 会場の興奮が冷めやらないうちに、最終ラウンドが始まった。

 お互いの体力ゲージが全回復し、ミズキさんの手元に二本の短槍が戻った。

 

 そして、戦いはミズキさんが大きく間合いを取って槍投げの姿勢をちらつかせ、チャンプが慎重に間合いを詰める、大人しい試合運びになった。

 リングの上は広く、後退したからといってボクシングのように隅へ追いやられるということは、簡単には起きない。そして、無理にチャンプが距離を詰めようとすると、その勢いを利用してカウンターの槍投げが炸裂するだろう、とトウゴウジさんが語った。

 

 しばらく、足運びの音が響くだけの試合展開が続く。

 固唾を飲んで見守る観客達。

 

 すると、突然、チャンプが構えを解いて、棒立ちになった。

 警戒しつつも、槍投げの体勢を取るミズキさん。

 次の瞬間、チャンプがミズキさんに向けて猛ダッシュをした。

 それに合わせ、右手の槍を投げるミズキさん。

 チャンプはその槍を、正面から受けた。

 

 実はこの槍投げ、ノックバックやヒットストップといった、動きが止まるゲーム的な処理はない。なので、チャンプは大ダメージを受けながらも、ミズキさんにせまった。

 左手の短槍による突きで迎撃するミズキさん。

 チャンプは、それをパリィし、ミズキさんに拳の連打を浴びせる。

 

 とっさに距離を取るミズキさん。チャンプはすぐさまそれを追いすがった。

 そこに、左手の槍投げが炸裂する。チャンプはそれをまたもや素直に受け、素手の間合いまで肉薄する。

 

 そこから、空手の勝負が始まった。そう、ミズキさんが槍を二つとも手放したため、二人ともこの間合いこそがベストの距離。

 だが、今のチャンプは先ほどのラウンドと違って、動揺がない。

 

 そうなると、どうなるか。空手歴二十数年のチャンプと、空手歴数ヶ月のミズキさんの勝負。力の差は歴然だった。

 

『KO クルマム ウィン!』

 

 チャンプの勝ちだ。

 会場が、大歓声に包まれる。

 

 俺も心の底から湧き出る興奮に身を任せ、全力で叫んだ。

 

「うおおっ! チャンプッ! チャンプッ!」

 

 リングの上では、チャンプが拳を天に突き上げており、ミズキさんは床に片膝を突いて打ちひしがれていた。

 観客達の叫びは一分以上続き、その間、チャンプは観客席に向けて手を振っていた。

 

「こうして最終ラウンドの結果を見ると、槍投げは一度きりの作戦にするべきだったと思いますね」

 

 興奮が鎮まった俺は、トウゴウジさんに向けてそう感想を述べていた。

 

「いえ、彼女はああするしかなかったんです」

 

「どうしてです? 普通に戦えばよかったのでは?」

 

 俺の疑問に、トウゴウジさんが答える。

 

「純粋な力量勝負としての格付は、第一ラウンドで済んでいるんです。ミズキさんは、奇策を使うしか勝つ道が残されていなかった」

 

「はー、そんなもんなんですね」

 

「ええ、割とはっきり力の差が出ていましたから」

 

 そうなんだ。全然判らんかった。

 

 そんなチャンプとミズキさんは、リングの上で向かい合って、握手をしていた。

 そして、そんな二人のもとにリングアナウンサーが近づいていく。

 

『クルマム選手、一言お願いします』

 

 そんなインタビューがされると、チャンプはリングアナウンサーからマイクを奪って、叫んだ。

 

『ミズキさん! 初めて見たときから好きでした! 結婚を前提にお付き合いして下さいっ!』

 

 会場が、静まりかえった。

 沈黙が場を支配する。

 そして、最初に我に返ったのは、リングアナウンサーであった。

 

 チャンプからマイクを奪い返したリングアナウンサーは、チャンプの対面にいるミズキさんにマイクを向けた。

 

『何もこんな場所で言わなくてもいいでしょう!』

 

 そんな叫びが、会場に響いた。

 すると、「わあっ」と会場に歓声が響きわたった。俺はいったい、何を見せられているんだろうか。

 

 そして、リングアナウンサーがミズキさんに尋ねる。

 

『ミズキ選手、クルマム選手の告白へのご返事は?』

 

『リアルの内弟子の関係からでお願いします……』

 

 すると、チャンプがショックを受けたような顔になり、会場が爆笑の渦に包まれた。

 

「ヨシムネ。ミズキ選手がやけに恥ずかしがっているように見えるが……」

 

 恋愛展開についていけていないゼバ様が、不思議そうに言った。

 

「普通の人は、人前で愛の言葉を交わすことを恥ずかしく思うんだよ」

 

「そうなのか。奥深いのだな」

 

 奥深いんですよ。奥深いので、さっきからなにやら独り言を言っているトウゴウジさん、息子をいじってやろうなんて企みは止めてあげてくださいね。

 

 そんな珍事がありつつも、リングの上ではミズキさんが退場し、チャンプが中央に陣取った。チャンピオンベルトが用意され、チャンプの腰に巻かれる。

 さらに、コインを模した大きなパネルが登場し、チャンプに手渡された。どうやら、あのパネルは賞金を表わしているようだ。そこそこ大きな金額がパネルの表面に書かれている。

 

『超電脳空手道場の発展のために使わせていただきます』

 

 チャンプがそう宣言すると、トウゴウジさんが嬉しそうに「あらあらうふふ」と笑った。

 こうして、真の最強を決める戦いは終わり、『St-Knight』の歴史に新たな王者の名が刻まれた。

 

 リングからチャンプが去り、終了のアナウンスが告げられ、観客は一人、また一人と消え去っていく。

 俺は、チャンプに祝いのメッセージを送り、トウゴウジさんとゼバ様の二人に別れの挨拶をして、VR空間からログアウトした。

 すると、人類基地の宿泊施設の自室で意識が目覚める。

 

 さて、年内にやるべきことは全て終わった。

 年越し蕎麦を食べたら、いよいよ新年を迎えることになる。宇宙暦300年記念祭の始まりだ。

 



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211.21世紀TS少女が送る宇宙暦300年記念祭<1>

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」

 

『わこつ?』『わこつ!』『マジかよ』『マジで記念祭中に配信始めやがった!』『宇宙人とかいったいどうなっているの』

 

 宇宙暦300年1月1日、正月。俺は、今年最初の配信を行なっていた。

 配信の相手は、ギルバデラルーシではない。人類に向けての新年初配信だ。

 

「今日俺は、ヨコハマ・アーコロジーを離れ、惑星ガルンガトトル・ララーシから配信をお送りしているぞ」

 

『宇宙人に歌を披露とか、とんでもないことになってんな』『ヤックデカルチャー』『それより、出番あるのに配信していていいの?』『サボりか?』

 

 いやいや、この状況まで来てサボるなんてことはしないぞ。

 

「マザー・スフィアから許可をもらったので、今日の配信では、ステージの上から歌う様子も流していこうと思う」

 

『本気か』『えっ、歌っている最中も配信?』『前代未聞過ぎる』『すげーことやるね』

 

「ところで、誰か足りないと思わないか? そう、ヒスイさんがおらん。でも、大丈夫、ヒスイさんはそこにいるよ」

 

『急にポエムが来た』『俺達の心の中にとか言い出すなよ』『今居る場所、控え室っぽいからヒスイさん入れないのか?』『ヒスイさんに会いたい』

 

 すると、俺の対面に座っていたヒスイさんが、視聴者に向けて言った。

 

「どうも、助手のヒスイです。この惑星にカメラ役のキューブくんを連れてきていないので、カメラ役は私が担当させていただきます」

 

「うん、ヒスイさんはいるよ。俺の正面に。はい、皆が見ている映像は、ヒスイさんの瞳に映った光景でした」

 

『そうきたかー』『ガイノイドトリック』『そんな……今日はヒスイさんの顔が見られない?』『たまにはこういうのもいいよね』

 

「なお、ヨシムネ様の本番歌唱時は、私がステージの上に立てないため、まことに残念ながらカメラ役を他の器材に任せたいと思います」

 

 というわけで、配信が始まった。

 ちなみに、現在位置は視聴者のコメントにもあるとおり、記念祭の出場者控え室だ。個人用の楽屋がわざわざ用意されており、まわりには誰もいない。まあ、有名歌手とか呼んでいるんだから、楽屋くらいあるよね。

 

 その楽屋の中は、人類基地と同じ環境が整えられており、飲み食いも可能だ。

 なので……。

 

「新年ということで、ヨコハマで作ってきたおせちを食べていきたいと思う!」

 

 俺がそう宣言すると、視聴者達が一斉に盛り上がった。

 

「というわけで、一緒におせちを食べてくれるゲストの登場ー。グリーンウッド閣下とラットリーさん、ノブちゃんの三人だ」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんの背後で待機していた三人が、ぐるっと移動してヒスイさんの視界の中に入ってきた。

 

「うむ。ヨシムネの民どもよ、息災か? ウィリアム・グリーンウッドじゃ」

 

「グリーンウッド家メイド長、ラットリーでーす」

 

「ヨシノブです! ノブちゃんって、呼んでください!」

 

 うんうん、場が一気に華やかになったな。

 というわけで、用意してもらったテーブル席に三段おせちどーん!

 

『これだよこれ』『この味を知りたかった!』『味覚共有機能確認!』『色鮮やかだなぁ』

 

 視聴者も、おせちを楽しみにしていてくれたようだ。作った甲斐(かい)があるな。

 

「グリーンウッド家からもお土産を持参しておるぞ。芋煮会でも出した、当家自慢の生ハムの原木じゃ」

 

「うわー、明らかに五人で食べるには過剰な量!」

 

「あの、私も旧フランス圏の、新年の料理を持ってきました。鴨の内臓煮こみ、です」

 

 ノブちゃんが、四角い容器に入った緑色の料理を出してきた。

 

「へー、フランスって新年に鴨食うんだ」

 

「えっと、200年程前から、食べる風習が、できたそうで」

 

「ああ、21世紀にはまだなかった料理だと」

 

「はい! 21世紀のフランス料理より、洗練された味に、仕上がっているはずです」

 

「ありがたくいただくよ」

 

 俺はそう言って、ノブちゃんの料理を重箱の横に並べた。

 うーん、美味しそう。生ハムは……どうすんだ、このでかさ。

 

「まあ、生ハムは、あまった分を閣下に持ち帰ってもらうとして」

 

「あまらんぞ」

 

「絶対あまる……! それはそれとして、いただこうか」

 

 と、手を合わせようとした瞬間、部屋にノックの音が響いた。

 

「あれ、出番はまだ先のはずだけどな。お客さんかな? 配信中って張り紙しておいたんだけどなぁ」

 

 出鼻をくじかれた俺は、テーブルから移動して、楽屋の扉を開けた。

 すると、扉の向こうには、なんと、記念祭の出場者の方々がそろっていた。

 

「おう、ヨシムネ、邪魔するぞ」

 

「えっ、ちょ、ちょっとー。どういうこと!?」

 

 ぞろぞろと集団で楽屋に入ってくる出場者の皆さん。

 そして、楽屋の中央に置かれているテーブル席を見た歌謡界の女王と言われている有名歌手の人が、ぽつりと言った。

 

「テーブルちっちぇえな」

 

 すると、出場者の皆さんが、「さすがにここでは無理」だの「場所借りる?」だの「もっと人呼ぼう」だの騒ぎ始めた。

 

 すると、生ハムの原木をなぜかしまい出していた閣下が、彼らに向けて言った。

 

「広間を予約しておるから、皆でそちらに移動じゃ」

 

「おっ、さすが公爵様。準備がいいな」

 

 歌謡界の女王は、楽しそうに指を弾いた。

 

 そして、ヒスイさんがテーブルの上の重箱を重ね直し、紐でしばりだした。

 

「えーと、どういうこと?」

 

 完全に状況に置いていかれている俺が、誰に向けたのか判らないそんな疑問を投げかけた。

 すると、歌謡界の女王が、俺の方を向いていった。

 

「たった五人で新年会なんて楽しそうなこと、するんじゃないよ。私達も混ぜな! みんな、閣下に言われて、新年料理を持ち寄っているよ!」

 

「え、ええー。いつの間にそんな企画を?」

 

「うむ、サプライズ成功じゃな!」

 

 閣下が、心底おかしいと言った様子で、笑い出した。

 

「おおう、俺がおせちを作ったの、この星への出発の二日前だぞ。よく企画が間に合ったもんだ」

 

『みんなが楽しそうで何よりです』『なんというか、すげえ顔ぶれだな!』『それよりも、おせちの味が気になるんですけど!』『おせち以外の味も楽しめそうだな』

 

 裏では記念祭が進行しているのに、なぜだか出場者一同で新年会をやることになりました。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「惑星マルスの新年と言ったらこれ! マルス豚のスペアリブだ!」

 

 歌謡界の女王が用意した新年料理は、なんとも美味しそうなスペアリブ料理だった。

 その他にも、出場者の皆さんが、思い思いの料理を持ち寄って、広間での立食パーティーになっている。

 閣下の生ハムの原木も人気だが、ナイフでカットする必要があるため、刃物が怖い人達は自分の分が切られるまで遠巻きに見守っている。

 

「はー、ここまで料理がそろうと、酒がないのが残念だな」

 

 俺がそう言うと、歌謡界の女王が苦笑いしながら言葉を返してきた。

 

「いくらアンドロイドボディで酔いをコントロールできるからって、本番前に酒を飲むわけにはいかんさ」

 

「そうだね。酒は、記念祭が終わってから改めて打ち上げで飲むとしようか」

 

 俺がそう言うと、女王は面白そうに笑う。

 

「今から打ち上げの話かい? それより、本番が上手くいくか、考えた方がいいんじゃないか?」

 

「大丈夫大丈夫、俺には視聴者がついているからね」

 

『ヨシちゃん……』『応援しているよ!』『正直、何かしでかさないかなと思っている』『さすがにこの大舞台でやらかすのはまずい』

 

「この大舞台で、配信しながら出演することが前代未聞だよ」

 

 サーセン、非常識で。でも、配信中ならいつも通りの精神でいられるので、緊張も和らぐと思うんだ。

 

「ウィリアム・グリーンウッド様ー。本番20分前です!」

 

 おっと、閣下が呼ばれた。生ハムの原木を得意げにカットしていた閣下が、手をナノマシン洗浄で洗い、呼びに来た係員のもとへと向かう。

 

「閣下、頑張れよー」

 

 と、俺が声をかけると、閣下は「安心して見ておるがよいぞ」と言って広間を去っていった。

 

 記念祭のステージの様子は、壁に映し出された映像で見ることができる。ちょうどゼバ様とマザー・スフィアのトークショーが終わって、歌謡ショーに移行したところだ。

 すでに幾人か歌手が係員に呼ばれており、名残惜しそうにこの場を離れていた。歌い終わったら、またここに戻ってくるのだろう。

 

 閣下の出番を待つ間、俺は料理をつまむことにした。

 うん、これ美味え。美味えんだけど、さっきから歌謡界の女王が俺についてきているのが気になるな。

 

「俺に、何か?」

 

 配信中は敬語を使わない主義なので、タメ口で問う。

 すると、女王は「ちょっと言いたいことがあってな」と、俺の正面に立った。俺達の様子をヒスイさんがじっと見つめているので、視聴者にも見守られている形だ。

 

「正直なところ、最初、私達は、あんたのことを気にくわないと思っていた」

 

「……えっ」

 

 私達? 私、ではなく?

 

「だって、そうだろ。ろくに歌を人前で披露した実績がない奴が、タイムスリップしたってだけで注目を浴びて、急にこんな重大な式典に呼ばれたんだ。普段、懸命に歌手活動を行なっている身からしたら、気にくわないさ。ああ、公爵様とそこのヨシノブって奴も、あんたと同じさ。ゲーム配信者がプロの現場にしゃしゃり出てくるとか、なんなんだってみんなが思った」

 

 そういう風に見られていたのかぁ……。

 

「でもな。私達が人類基地でうだうだやっている間に、あんたらがギルバデラルーシにゲーム配信をして、私達は気づかされた。あんたらも、形は違えども立派なプロ意識を持っているんだって。彼らとの交流に成功して、歌を切望されている様子を見て、はっとしたね。今回の式典の招待客は、ギルバデラルーシだ。彼らが認めている奴を勝手に私達が嫉妬して認めないのは、どうなんだろうって」

 

 えーと、何が言いたいんだろう。

 

「だからだね、そう、胸を張ってステージに立ちな。この星の人達は、あんたの歌を楽しみにしているんだ。今はもちろん、私達も楽しみにしているけどね」

 

 ああ、遠回しで解りにくかったけど、激励(げきれい)してくれているのか。新手のツンデレか何かか。

 

「ありがとうございます」

 

 俺がそう礼を言うと、「うむ」と満足して、女王はノブちゃんの方へと歩いていった。

 

「ヨシノブー!」

 

「ひいっ!」

 

 ……ノブちゃん大丈夫かなぁ。

 しかし、気にくわないと思っていた相手のために、ちゃんとスペアリブとかの新年料理を用意してくれていたあたり、人はよさそうだな。だからこその大御所か。

 

『まさかのはげまし』『歌謡界の女王に話しかけられるとか、すげえな』『ヨシちゃん、あの人、大御所中の大御所だからね』『ヤナギさんと人気を二分するレベル』

 

 いや、むしろミドリシリーズのヤナギさんが思ったよりも人気ありそうで、そっちに驚いたんだが。

 

 そんなやりとりをしている間にも、催し物は進み、閣下がステージの上にやってきたのが壁の映像で見える。

 ステージの中央には、グランドピアノが置かれており、その椅子にロリッ子ボディの閣下がちょこんと座る。ピアノは、100℃を超える気温の中でもちゃんとした音が出る、特別製のピアノらしい。

 

 そして、閣下が演奏するピアノのイントロでバラード曲が始まった。

 歌詞は英語で、閣下の歌は以前聞いた『MARS』の主題歌の時よりも、はるかに上手くなっている。

 

 やがて一番のサビが終わると、アンドロイドによる楽団が静かに弦楽器を奏で始めた。

 音色の追加により曲調がしんみりとした感じから、壮大な感じへと変わっていく。

 

 そして閣下は、海の偉大さを称える歌を見事に最後まで歌いきった。

 曲が終わると、拍手の代わりに観客のギルバデラルーシ達が一斉に「キュイキュイ」と歓喜の音を鳴らした。

 これには視聴者も最初は驚いていたが、今ではコメントで『キュイキュイ』なんてわざわざ言うほど、彼らを受け入れているようだった。

 

 しばらく他の出場者と今の曲の感想を言い合っていると、ステージ衣装のドレス姿のままの閣下が、広間に戻ってきた。

 

「いやー、大成功じゃったな!」

 

「おつかれー」

 

 俺は、閣下にジュースを渡して労をねぎらった。

 

「正直、海の歌など伝わるのかと思っておったのだが、ヨシムネのおかげで受け入れられたようじゃな」

 

「ん? 俺のおかげ」

 

「ほれ、この間、海を船で渡るゲームを配信していたじゃろ。『al-hadara』だとかいう……」

 

「ああ、あれか! そうか、あれで彼らは海を知ったのかぁ」

 

『なにそのゲーム配信って。知らない』『異星人に配信していたってこと?』『気になるー』『編集動画は配信してくれますよね!?』

 

 おっと、視聴者達が、この星での俺の活動内容を知りたがっているな。嬉しいもんだね。

 

「おう、そのうちヒスイさんがアップしてくれると思うから、楽しみに待っていろよー」

 

 そんなこんなで、順調にプログラムが消化されていく。そして、とうとう俺達の番が来た。

 

「ヨシノブ様とバックバンドの皆様ー。本番20分前です!」

 

 さあ、ノブちゃんと愉快な仲間達、出陣だ。異星の大地に、『We Are The World』を響かせてみせようじゃないか。

 



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212.21世紀TS少女が送る宇宙暦300年記念祭<2>

 楽屋にやってきた俺は、そこで衣装を着替える。

 服を脱ぎ、壁に取り付けられたマイクロドレッサーという、服を自動で仕立てて着せてくれる機械を使う。

 

 肌の上に瞬時に糸がつむがれ、衣装ができあがる。

 

 完成した衣装は、アイドル育成ゲームで男性アイドルが着ていそうな白い格好いい上着に、白のスカートだ。

 楽屋から出てみんなの姿を確認すると、俺とそろいの衣装に身を包んでいた。

 

 ステージに向かいながら、俺は着替えのために一旦切っていた配信を再開させる。

 

「うむうむ。完璧じゃな」

 

 白い上着に白いスカート姿の閣下が、満足そうに言う。

 

『凛々しい!』『ええんちゃう』『こういう方向性の衣装は初めて見るかも』『おそろいの衣装がいいね』

 

 ちなみに閣下とノブちゃんと俺の三人がスカート姿で、ヒスイさんとラットリーさんがパンツ姿だ。

 人間とAIで衣装を分けたのだろうか? アンドロイドのスタイリストさんが衣装を決めて、俺は完全にお任せ状態にしていたので、その真意は判らない。

 

「5分前です。舞台脇で待機をお願いします!」

 

 おっと、呼ばれたな。

 

 ノブちゃんはバックバンドの四人全員と視線を交わすと、小さくうなずいてステージ脇へと向かった。

 やがて、前の歌手の出番が終わり、ステージ脇に戻ってくる。

 

「頑張ってねー」

 

 そんなことを言いながら、歌手が去っていく。

 そして、ステージ上に楽器が配置され、入場の準備が整った。

 

「行きましょう!」

 

 そのノブちゃんの号令と共に、視界にARのガイドが表示され、楽器への道順を示した。

 

『どっきどきやね』『ヨシちゃんが楽器を演奏するのか……』『音才の欠片もなかったあのヨシちゃんが……』『ダンスで無様をさらしていたあのヨシちゃんが……』

 

 ガイドに従いステージを歩いていき、エナジーマテリアルの台に立てかけられたベースギターを俺は手に持った。すると、何もなかったかのように台が消え去る。

 

 ベースを構えると、エナジーマテリアルの弦が四本展開する。さて、準備は整った。後は、曲の開始を待つのみだ。

 司会役のフローライトさんが、前口上を述べ、ノブちゃんの名前を呼び、曲名をコールする。

 

『それでは、20世紀の名曲を歌っていただきます。ヨシノブwith配信シスターズで、『We Are The World』』

 

 曲は、ノブちゃんによるギターの演奏から始まった。歌い出しと共に、小さく刻むようにそれぞれが楽器から音を出す。

 まずは、大人しく、そしてゆっくりと。はやる気持ちを抑えるように、俺達は音を奏でた。

 

『ドラムからのアングルが斬新だ』『ヒスイさんが適度に視線を向けてくれるから、みんなの勇姿が見られるわ』『しんみりする曲だなー』『600年以上前の曲なのにしっかりしてる』

 

 視界のすみに、音声ではなく文字表示になった抽出コメントが流れる。それを流し読みしながら、俺は指でベースの弦を弾いた。

 そして、曲はサビへと突入し、俺と閣下はコーラスをノブちゃんの歌声に重ねた。

 

 輝かしい未来を作る。そんな理念の歌詞が、ノブちゃんの口からつむがれていく。

 コーラスを何度も繰り返し、曲のボルテージが少しずつ上がっていく。

 

 段々とノブちゃんの歌声にも熱が入っていき、最初の力を抑えた演奏は、いまや力強いビートを刻むようになっていた。

 

 やがて、七分にも及ぶ壮大な歌は終わりを迎え、俺達はステージの上で演奏の余韻にひたった。

 

 すると、拍手の代わりに「キュイキュイ」という大歓声が俺達をたたえ、ノブちゃんが俺達を代表して、全力で客席に向けて手を振って応えた。

 

 視界に表示されるコメントは『うおー』だの『うはー』だの『ひょー』だの変なことになっていたが、俺は演奏の成功を確信した。

 再出現したエナジーマテリアルの台に楽器を置いて、俺達は観客席に手を振りながらステージを退出していく。

 そして、ステージ脇にでたところで、皆でハイタッチを交わした。

 

「やったな、ノブちゃん!」

 

 俺がノブちゃんに声をかけると、ノブちゃんは満面の笑みで応える。

 

「はい! 大成功です!」

 

『うおー』『ノブちゃんよくやった!』『いい演奏だったよ』『本業はゲーム配信者なのに、よくここまで演奏できたもんだ』

 

 俺達は一人ずつノブちゃんの肩を叩き、彼女のステージの成功を祝った。

 そして、ステージ衣装のまま新年会の広間に戻ると、俺達は拍手で出場者の皆さんに迎えられた。

 おお。さっきは出場者が歌い終わってから戻ってきても、特にこれといった歓迎はされなかったのに、俺達だけ特別扱いか?

 

「よくやった」

 

 歌謡界の女王が、代表してノブちゃんを迎える。

 

「あれだけのステージを見せてくれたなら、もうあんた達に文句を言う奴なんて、誰もいないだろうさ」

 

「ありがとうございます……?」

 

 ノブちゃんはビクビクしながら、女王の言葉を受け入れている。

 まあ、女王の対応はノブちゃんに任せよう。

 俺は、まだ自分のステージが残っているからな。さて、おせちでも食べて英気を養うかな。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「5分前です。下で待機をお願いします!」

 

 ノブちゃんの演奏が終わってから1時間後。俺は、再び衣装を着替えてステージに挑もうとしていた。

 先ほどは五人がかりでの挑戦だったので心強かったが、今度は一人だ。いや、俺には視聴者達がついているのだが、歌うのは一人だ。不安でならない。

 

「うおー、視聴者達、俺に勇気を分けてくれー!」

 

 俺は、カメラ役のヒスイさんに向けて、そんな泣き言を言っていた。

 

『大丈夫、いけるいける』『ヨシちゃん可愛いよ(はぁと)』『なんでロングドレスなの?』『歌姫様のお姿だ。口をつつしめ』

 

 そう、スタイリストさんが決めた俺の衣装は、なぜか神秘的なロングドレスなのだ。

 さっきとは方向性が違いすぎて、自律神経がおかしくなりそう。アンドロイドだからそんなものないけど。

 

『まあ、実際のところ、ヨシちゃんならいけるでしょ』『配信でとちったこと全然ないし』『そういえば、言葉をかむとかもしないよね』『ちょっとうっかりなくらいが可愛いのにね』

 

「別に、完璧主義者ってわけでもないんだがなぁ……」

 

 ふう、視聴者の抽出コメントを聞いていたら、落ち着いてきた。

 大丈夫、俺はいける。

 

 俺が今いるのは、ステージの真下。いわゆる奈落ってやつだ。

 前口上が終わると、足元がゆっくりとせり上がって、下から生えるようにしてステージに登場するって演出だ。古典的だな。

 

 そわそわとしながら待っていると、司会役のフローライトさんの声がここまで聞こえてきた。

 

『歌は世につれ世は歌につれ。惑星テラには長い歴史があり、移り変わる世には常に歌の存在がありました』

 

 コメント機能が音声から文字表示に切り替わり、俺もそれに合わせて気持ちを切り替えた。

 

『その時その時によって流行りが移り変わり、新しい曲が生まれ続けます。しかし、忘れないでください。かつて歌われた曲は、今もそこに存在していることを。そんな昔の歌を歌うのは、21世紀からはるばるやってきたおじさん少女。それでは歌っていただきましょう。ヨシムネで、『Coming Home To Terra』』

 

「ヨシムネ様、頑張ってください」

 

 ヒスイさんのはげましの言葉と共に、足元がゆっくりと動き始めた。

 それに合わせて、アンドロイド楽団によるイントロが始まり、俺は歌い出しの準備をする。

 

 そして、身体が完全に地上に出たところで、俺は高らかに歌い出した。

 

『おおお』『聞き覚えのある曲だ』『ヨシちゃんの配信で前に聞いた』『ハロウィンの時のだ!』

 

 ステージの上は、白い煙でおおわれ、上から照らすように俺がライトアップされている。

 煙はドライアイスだろうか。もしかすると、気温100℃を超えた環境なので水蒸気かもしれない。いや、気温が100℃を超えたら水蒸気は白くならないのか?

 

 そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は惑星テラへの望郷の歌を歌う。

 

『Coming Home To Terra』。ハロウィンの時に、ヨコハマ・アーコロジーの子供達が俺とヒスイさんに歌ってくれた曲だ。

 記念祭で何の曲を歌うか迷っていた時にこの曲を思い出した俺は、ハマコちゃんに連絡を取った。子供達に、この曲を記念祭で使うことを了承してもらおうとしたのだ。

 すると、子供達は喜んでOKを出してくれて、それ以来俺はこの曲を何度も練習した。

 

 この曲の歌詞には、ギルバデラルーシが未だ理解の及ばない恋愛の要素が一切含まれていない。あるのは、惑星テラを想う愛の心だけだ。

 

 俺はこの曲に、惑星テラのことを知ってほしいという想いをこめている。

 ギルバデラルーシとの交流を続けた今、俺は惑星ガルンガトトル・ララーシのことをとても気に入っている。だから、ギルバデラルーシのみんなにも、惑星テラのことを知って、隣人として愛してほしい。そんな素朴な想いをこめて、俺は歌を歌った。

 

 全力で歌った曲はすぐに終わり、俺はギルバデラルーシ達の歓喜の音を聞きながら、天井を見上げた。

 

 演出のライトが消えたステージから見えたのは、空。

 透明なステージ天井の向こうには夜が訪れており、空には一面の星の海が広がっていた。

 

「ふふっ。あの星のどこかに、惑星テラがあるのかな」

 

 いつだかノブちゃんが言っていた、そんな言葉を俺はぽつりとつぶやく。

 すると、俺の内蔵端末がそのつぶやきを拾い、配信に流す。それに視聴者が反応した。

 

『ヨシちゃんが上を見上げて何かポエムを言っておる』『公式配信のカメラさん、上向いて?』『おっ』『いい星空だ』『惑星テラは恒星じゃないので、見えてもそれは太陽だと思う』

 

「俺も見えるのは太陽だと思うよ。でも……惑星テラが見えると思った方が、ロマンチックだろう?」

 

 そう言って笑うと、視界のすみに一筋の流星が流れた。とっさのことで、願い事は何も思い浮かばなかった。

 



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213.21世紀TS少女が送る宇宙暦300年記念祭<3>

 記念祭は無事に終わり、人類基地で打ち上げが行なわれた。

 今度こそ酒が入り、アンドロイドしかいないというのに皆が酔っ払う様子は、なかなか奇妙なものを感じさせた。

 

 俺はというと、マザー・スフィアの許可のもと配信を未だに続けていて、珍しく酒を飲みながらカメラに映っていた。

 普段、配信中は酒を飲まないようにしているのだが、今日くらいはいいだろう。

 

『なんか貴重な光景を見ている気がする』『有名歌手に有名芸能人が酒飲む様子とはまた……』『みんな楽しそうでいいと思います』『変な映像撮れたりしないよね?』

 

 まあ、さすがに前後不覚になるまで飲む人はいないだろう……。ここにいるのは全員アンドロイドだから、いざとなったら機体の性能を発揮して、酔いをなかったことにすればいいんだし。あくまでアンドロイドの酔いは、エミュレートでしかないのだ。

 だからこそ、芸能人が多く居る酒の席での配信が、許されているのだろう。

 

「なるほど、本当にアルコールを摂取するのだな」

 

 と、一人でみんなの様子を眺めていると、意外な顔が現れた。

 意外な顔というか……顔がない身長3メートルの異星人だ。ゼバ様である。

 

 ゼバ様は、マザー・スフィアを連れて、俺の方へと近づいてくる。

 歌手の方々が、興味深げにこちらを眺めてくる。歌手はギルバデラルーシとの交流、まだほとんどできていないからなぁ。

 

「これが酒です。美味しいですよ」

 

 俺はそう言って、手に持ったコップをゼバ様にかかげてみせた。

 

「水とアルコールの混合物か。私は今、本当に液体の水が存在できる環境にいるのだな」

 

 アンドロイドボディなので、人類が生息できる20℃前後の環境にいても、ゼバ様はなんともない。

 本来なら、ギルバデラルーシにとっては凍えてしまう温度なのだと思う。

 まあ、それでもアンドロイドボディの食性は生身のギルバデラルーシから変わらないので、彼がお酒を飲むことはないだろうが。

 

「視聴者のみんな、この人はギルバデラルーシの元大長老で、今はアンドロイドボディにソウルインストールしている、お偉いさんのゼバ様だよ」

 

「配信中か? 皆の者、私はゼバ・ガ・ドランギズブ・ゼ・ゲルグゼトルマ・ガルンガトトル。人類の時間でいう約512年の時を超えて蘇った者だ」

 

『ひゃー、これが異星人』『でかいな!』『異星人も人間みたいな服着るんだなぁ』『なんか指いっぱいある!』

 

 うんうん、視聴者達も、少しずつギルバデラルーシに慣れていってほしい。

 

「さて、ヨシムネに一つ、話があるのだ」

 

「ん? 改まって、なんだい?」

 

 記念祭も終わったので、惑星中を連れ回してくれるとかだろうか。それなら大歓迎なのだが。

 

「私はヨシムネに感謝の印を贈ると、前に言ったな」

 

「ああ、言ってた、言ってた。何かくれるの?」

 

「うむ、ヨシムネにはこれを」

 

 そう言って手渡されたのは……二通の封筒?

 

「手紙だ」

 

「手紙。ギルバデラルーシの皆さんからの感謝状かな?」

 

「いや。ヨシムネ、お前の両親からの手紙だ」

 

「えっ!?」

 

『マジか』『どういうことなの』『えっ、ヨシちゃんの両親って600年前の人だよね』『もしや誰か600年前にタイムスリップして書かせたんじゃ』

 

 いやいやいや。今の人類の生息圏には、アンチサイキックフィールドと時間移動を防ぐバリアが張られていて、過去には飛べないはずだぞ。

 俺は、封筒に書かれている文字を見た。『吉宗へ』って書かれている。うーん、親父と母ちゃんの筆跡に似ている気がする。

 

 封筒をまじまじと見ていると、ゼバ様が説明を始めた。

 

「どうにかしてヨシムネへの恩に報えないかと、スフィアに相談しに行ってな。ヨシムネが、600年前の家族に会いたがっていたことを告げたところ、歴史に影響を与えない形で、家族と連絡を取ってみてはどうかと提案してくれた」

 

「マザー……ありがとう。特例だったろうに」

 

 俺がマザーに礼を言うと、手持ち無沙汰でお酒を飲み始めていたマザーが「いえいえー」と言って笑った。

 

「それで、惑星テラの過去への干渉を許してもらった私は、まず600年前の自分に連絡した。そして、過去の私に当時の惑星テラとテレパシーを繋いでもらったのだ」

 

「うへえ、なんかすごいことやってない?」

 

 今の惑星テラから過去の地球の間にはバリアがあるが、過去の惑星ガルンガトトル・ララーシから過去の地球の間には、何も障害になる物はないってことか。

 

「私はテレパシーが得意なのだ。惑星全ての者達に一斉に指令を送る、大長老としての資質だな」

 

「なるほどなー。俺の時間操作能力に秀でた超能力適性みたいに、テレパシーに特化した超能力なのか」

 

 それでも、はるか彼方にある惑星テラとテレパシーをつなぐのは、正直言ってすごすぎるけど。

 

「ヨシムネも私の偉大さが解ったようだな。さて、使ったテレパシーは純粋に言葉を伝えるためのものではなかった。使ったのは、夢に干渉するテレパシーで、夢の中でヨシムネの両親と交信し、夢の中で手紙を書いてもらった。目覚めたら、夢の中の出来事は忘れているようにしてな」

 

「あー、現実世界には影響を及ぼさない形で、連絡を取ったわけね。夢の中の出来事だから、起きた後の行動は何も変わらないと」

 

「そういうことだ。そして、書いてもらった文字を現在の私に送ってもらい、紙に念写した物が、その手紙だ」

 

「つまり、直筆ではないけど、実際に書いてもらった内容をそのまま載せているって感じか」

 

「うむ」

 

 俺は、封のされていない封筒を開け、まずは母ちゃんの手紙を取りだした。

 母ちゃんの手紙は……うわあ、文字でびっしり。

 

 手紙には、俺を心配する言葉から始まって、女性化した姿を見たかったという願望、孫の顔が見たかったといううらみごと、元気でやっているからこちらは心配しなくていいという安心する言葉などが書かれていた。

 俺のことばかり書かれていて、俺が気になっていた、家を失った後の母ちゃん達の生活はどうなったのかが書かれていない。

 それでも、大事な母ちゃんの言葉なので、俺は一言一句じっくりと読みこんだ。

 

 さて、親父の方の手紙はというと、こちらはちゃんと向こうの近況が書かれていた。

 どうやら、ゼバ様は俺が次元の狭間に飛ばされてから、ちょうど一年経った日に連絡を取ってくれたようだ。2021年の12月だな。

 

 俺だけでなく家まで同時に失って途方にくれた。爺ちゃんの家にやっかいになりながら家を新しく建てた。今年もいろいろあったが、農作物は無事収穫できた。俺が行方不明なので、暫定的に農家の跡取りを親戚に頼んだ。元気にやっているから、お前もそちらで元気でやれ。そんなことが書かれていた。

 

 そして、親父の手紙の最後には、追伸が書かれていた。

 

『俺のパソコンが未来に行っているなら、中身を他人に見られる前にハードディスクを破壊してくれ』

 

 ごめん、親父。あんたのパソコンは、貴重な歴史的資料として、この時代の人がすでに確保しちゃっているよ。俺のパソコンと同じように、未来の人達に性的嗜好が御開帳されてしまっているはずだ。あきらめてくれ。

 

 そんなオチがありつつも、俺は両親の手紙をかみしめるように再び読み直した。

 

『ヨシちゃん泣いておる』『ヨシたろうの目にも涙』『内容気になる』『さすがに私達が横から読むのは、はばかられるぞ』

 

 な、泣いてねーし! ごめん、ちょっと泣いた。

 

「読んだか。それで、もう一つ手紙があってな。ビデオレターとかいうものなのだが」

 

「え、誰から? 爺ちゃん?」

 

「ヨシムネの両親と同じ家に、もう一人誰かが寝ていたらしくてな。ついでなので、ビデオレターを受け取ったそうだ」

 

「んー、誰だろう」

 

 ゼバ様が人差し指くらいの大きさをした、謎の四角い物体を手渡してきた。

 なんだ、これ?

 

「その中にビデオレターが入っているらしいのだが、私は人間の道具にうといので使い方は解らん」

 

「えー。ヒスイさん、お願いしていい?」

 

 俺は、先ほどからカメラ役になってくれていたヒスイさんに、謎の物体を手渡した。

 

「はい、ここで再生です」

 

 ヒスイさんは物体の側面を押す。すると、物体から立体映像が投射された。

 その立体映像に映るのは……見覚えのある高校の制服に身を包んだ、従妹の愛衣ちゃんであった。

 

『いえーい、ヨシ兄さん見てるー?』

 

 茶髪の可愛らしい女の子が、こちらに向けてダブルピースしてきた。

 うん、これ、どこからどう見ても愛衣ちゃん本人だな。

 

『あなたの跡取りの立場は、私がもらいましたー。あの広大な農地は私のものでーす。ざまぁ!』

 

「お、おう……」

 

『しかも、来年度からは東京ですよー、いえーい。農大に受かればですけど! 勉強しんどいです!』

 

「そこは頑張れ。俺も通った道だ」

 

『そして私も18歳になりました。農業に必要な免許の勉強も頑張らないといけないけど……ヨシ兄さんがいないから大変です』

 

「うん……」

 

『でも、ヨシ兄さんはもういません。未来でメス堕ちTS転生しているヨシ兄さんはもういません。なので、私は一人でなんとかこの苦境を乗り切ります。こちらのことは私に任せると思って、安心して未来に生きてください。以上!』

 

 最後にこちらに手を振って、愛衣ちゃんの映像は消え去った。

 

『個性的な子だった』『あれがヨシちゃんの親戚か』『少しヨシちゃんっぽさあった』『さすがに顔は今のヨシちゃんと似てないな』

 

 うわ、視聴者にも今のを見られてしまった。いやまあ、何かが減るわけではないけど。

 まあしかし、新しくなったといううちの実家で寝ていたってことは、愛衣ちゃんはうちに住みこみで生活しているってことかな。それなら、安心して両親を任せられる。愛衣ちゃん自身はちょっと安心できない存在だけど。

 

 ともあれ、心配していた家族のその後は、これで確認できたことになる。

 改めて、ゼバ様に礼を言っておこう。

 

「ゼバ様、ありがとう。最大の心配事が、これで解消されたよ」

 

「うむ、ヨシムネの役に立てたのなら、嬉しい」

 

 ゼバ様は「キュイキュイ」と胸から音を出し、俺はそれに釣られて笑顔を浮かべた。

 

 流れ星に願い事は(たく)さなかったが、こうして俺の家族のその後を知りたいという願いは叶った。

 

 もう過去を心配する必要はなくなり、俺は安心して未来のこの時代に生きることができる。

 俺が今後どれだけの時間をこの時代で過ごすことになるか判らないが……今を精一杯生きよう。なんて、記念祭で誰も歌っていなかったレベルで、陳腐(ちんぷ)な歌謡曲のようなことを俺は強く心に思うのだった。

 




次回、エピローグです。


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エピローグ
214.21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!


「よーし、お前ら、レースするぞー!」

 

『わーわー』『よき』『よきかな』『私が勝つ!』『乗りこめー!』

 

 宇宙暦300年記念祭から一ヶ月が過ぎ、人類と異星人の交流が本格的に開始された。

 

 様々なゲームがギルバデラルーシにも公開され、人類のネットワークにギルバデラルーシが参加するようになった。

 俺と閣下、ノブちゃんの三人の頑張りの結果によるものか、異星の彼らはゲーム配信にも興味津々だ。ヨコハマ・アーコロジーに帰ってから再開した俺の配信にも、彼らが多数接続してきた。

 

 配信中の抽出コメントを聞くに、人類とギルバデラルーシは価値観が違うものの、どうにか仲よくやっているようだ。

 

「ギャラクシーレーシング、始めるぞー!」

 

 そして俺は、両種族のさらなる融和を図るため、視聴者参加型の配信を企画した。

 正直なところ、俺の配信の視聴者はそれなりに多い。その人達が全員参加できるゲームとなると、そうそうない。

 

 そこでヒスイさんが選んでくれたのは、以前ミドリシリーズの全員と一緒にプレイしたゲーム、『ギャラクシーレーシング』だ。

 

『ギャラクシーレーシング』は、宇宙船を操縦して行なうレースゲームだ。

 

 一度のレースで最大一万人が同時プレイできるが、有料のサーバを借りれば、その一万人のレースを同時にいくつも並行して開催できる。

 さらに、レースの主催者が『ギャラクシーレーシング』のソフトを持ってさえいれば、参加者はゲームを購入していなくてもよいという、まさに視聴者参加型の配信向けの仕組みだ。

 

 サーバを借りると参加人数に応じてそれなりにクレジットがかかるが、一級市民に配給されているクレジットの額と比べたら微々たるものだ。

 

「各ブロックの一位を集めて決勝戦を行なうから、みんな張り切って競い合ってくれ!」

 

 俺がそう言うと、コメントがさらに盛り上がる。

 

 さて、俺が出場するのは第一レースだ。第一とはいっても、他のレースと同時開催なので番号はどうでもいい。

 今回ばかりはヒスイさんも敵であり、彼女は俺と同じ一番レースに出場するため、大人げない妨害が予想された。

 

 そう、このゲーム、他者の妨害が可能だ。

 コースの途中でアイテムを拾うことができて、そのアイテムの効果で有利になったり、相手に不利を押しつけたりできる。

 アイテムの活用が勝利の鍵となる。ただし、レースなので、機体選択も重要だ。

 

 俺は、機体を吟味して、直線加速が速い宇宙船を選び出した。

 

『主催者はコースを選んでねっ!』

 

 今回のレースの肝は、機体を選択した後にコースを決めることができるという部分だ。

 つまり、参加者はコースに合わせた有利な機体を選ぶことができない。ただし、主催者の俺を除く。

 

 さらに言うと、視聴者の大半はこのゲームを未経験で、操作方法を学ぶところから始めなければならなくて、俺はこのゲームの経験者。

 ふっ、勝ったな。ヒスイさんさえいなければな!

 

 ……ヒスイさんのことを考えたら、こりゃあ勝てるかどうか結構怪しいな。一応、少しでも勝率を上げるため、直線加速が速い機体に有利なコースを選ぶ。

 

「コースはこれだ。ダイソン球」

 

 恒星の周りを構造物で囲んだという、人工の超巨大球体を周回するコースだ。

 障害物が少なく、コース自体もあまり曲がりくねっていないが、時折地面から火柱が噴き出るという危ないコースである。火柱が噴き出るダイソン球って一体なんなんだよ。

 

『げっ、このコースか』『どういうコースなのだ?』『ダイソン球かー。現実には存在しないガジェットだな』『通称噴火ロードだね』

 

 どうやら、ゲーム経験者が視聴者の中にもいるらしい。まあ、第一レースに混ざってなければそれでいい。

 ヒスイさんに勝てるかは判らないが、このレース、本気で取りに行く! 視聴者のみんなは初心者ばかりだろうから、順位を気にせず楽しむことだけ考えてくれ! その間に俺が勝つから!

 

『参加者全員の準備が完了したよっ!』

 

 宇宙船のコックピットに移動した俺は、操縦桿を握ってレースの開始を待つ。

 

『レース開始10秒前!』

 

「勝つぞ勝つぞ俺は勝つぞ。決勝戦に参加できず実況アナウンサー担当なんて、受け入れないぞ」

 

『3……2……1……スタート!』

 

 うおー、アクセル全開!

 

 機体性能で独走できるかと思ったが、意外とみんなもやるもので、宇宙船の群れが塊となってコースを直進していた。

 皆でまとまって直線を駆け抜ける。だが、いいのかな? ここは噴火ロードだぞ。

 俺は、ちょいっと操縦桿を右に傾けた。

 

 次の瞬間、コースのど真ん中に巨大な火柱が立ちのぼり、いくつもの宇宙船を飲みこんだ。

 

「はっはっは、油断大敵だ!」

 

 火柱に当たった機体は、冷却のため数秒間行動不能になる。

 コースの真ん中を直進していた機体と、左右に火柱を交わした機体とで、明暗が分かれた。

 だが、左にかわした人はご愁傷様だ。次はコースが右へカーブするからな。

 

 そうして、俺は順調に宇宙船を飛ばしていく。

 途中で手に入ったアイテムは自己加速アイテムだったので、アイテムのエネルギーを上手くチャージして、一気に前へと飛び出すことができた。

 

 このまま逃げ切りたいが、先頭に出たら狙われるもの。

 スタン砲が飛んできて被弾してしまい、暫定一位を他者に奪われた。

 

「ふふふ、でもいいさ。先頭は、みんなから狙われて不利だからな。最後のギリギリで奪えばいいんだ」

 

 俺は配信向けにそんな説明台詞を言って、アイテムが格納されているサポートボックスへ向けて機体を加速させた。

 

 激しい攻防が繰り広げられ、やがてレースは終盤へ。

 エネルギーチャージ済みの自己加速アイテムを温存していた俺は、最後の直線でアクセルを全開にした。

 先頭の機体の後ろにつき、アイテムを使うタイミングを狙う。

 

 ここか。まだだ。いける。まだだ。ここだ!

 

 アイテムによる加速で一気に一位へ躍り出ようとした、その瞬間。

 俺の機体は雷撃を受けていた。

 

「!?」

 

 そして、先頭を走っていた機体はそのまま真っ直ぐに進み、ゴールへ。

 雷撃で撃ち抜かれた俺の機体は、しばし減速した後、遅れてゴールへと飛びこんだ。

 

「マジかー」

 

 その後、全機体が無事に完走し、レースが終わる。

 

 宇宙船を降り、ダイソン球の表面に移動した俺は、巨大な電光掲示板に表示されたレース結果を見る。

 

 一位、知らない人。

 二位、俺。

 三位、ヒスイさん。

 

「ありゃ。もしかして俺に雷撃放ったの、ヒスイさんかな?」

 

「そうですよ」

 

 背後から急に声をかけられて、俺はびっくりして肩を跳ねさせた。

 後ろを振り向くと、ヒスイさんがいた。

 

 ヒスイさんは一位になれなかったというのに、嬉しげだ。そんなヒスイさんに、俺は言う。

 

「雷撃は一瞬しか動き止まらないから、妨害としては弱いんだよね。三位で残念だったね」

 

「いえ、想定通りの結果です」

 

「うん?」

 

「これで、決勝戦を私とヨシムネ様の二人で実況できます」

 

「んなっ!? はかったな、ヒスイさん!」

 

「ふふふ、ヨシムネ様がいけないのですよ……」

 

 と、意味不明なやりとりをして、俺達のレースは終わった。ちなみに一位はギルバデラルーシの人だった。「キュイキュイ」言って、めっちゃ喜んでいた。

 

『駄目だった』『一万人レースで一位とか無理ー』『芋洗い状態で笑ったわ』『これだけの人数が同時参加できるとは、すごいゲームだ』

 

 そんな視聴者のコメントが流れる中、決勝戦が始まる。

 俺とヒスイさんは、用意された実況席でレースの様子を実況していった。

 

 さすが、各レースの一位が集まっているだけあって、激戦だ。

 決勝戦の参加者は、人間とギルバデラルーシ、そしてAIが入り乱れた状態で、理想通りの配分と言っていい。

 

 熱い戦いを俺は全力で実況し、ヒスイさんが解説を入れる。

 視聴者達が楽しげにコメントを入れ、決勝戦の参加者がしのぎを削る。

 

 そして、みんなが盛り上がったままレースは無事に終了した。

 

「一位を獲得したのは、ウェヌス第23コロニーからお越しの――」

 

 表彰を行ない、皆で賛美を送る。

 AIを出し抜いて人間の参加者が勝利したのだ。これはかなり誇っていいと思う。

 

 その後、全員参加レースと決勝戦を交互に行ない、二時間ほど遊んだ。

 人間もギルバデラルーシもAIも、みんな楽しくやれたと思う。異種族間の融和は成った。それを実感できるひとときだった。

 それをかみしめながら、本日の配信を終える。

 

「以上、一度も一位が取れなかった、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」

 

「一度も一位を取らせなかった、助手のヒスイでした」

 

 VR空間からログアウトし、俺はヨコハマ・アーコロジーの自室で目覚める。

 ソウルコネクトチェアに座った状態で、俺はしばらく天井を眺める。

 その横で、ヒスイさんがじっと立っている。

 

「……ヒスイさん」

 

「なんでしょう」

 

「お疲れ様。今日もありがとう」

 

「はい、ヨシムネ様も、お疲れ様でした」

 

「本当にありがとうね」

 

「……? はい」

 

 ヨコハマ・アーコロジーに帰ってきてからというもの、しばらく俺は、毎夜寝る前に、家族の手紙を読み返していた。

 望郷の念にかられるが、この手紙は過去にとらわれるための物ではなく、未来を生きるための物だと思い返し、それ以来読み返すことをやめて、大切にしまっておくことにした。

 その間、ヒスイさんは何も言わずに、優しい顔で俺を見守っていてくれた。

 

 過去へは戻れないが、俺には今がある。未来がある。

 

「ヒスイさん、次はなんのゲームを配信しようか」

 

「そうですね。スゴロク系ゲームなどはいかがでしょうか」

 

「いいねいいねー。どんなの?」

 

「恋愛スゴロクです」

 

「恋愛!? ちょっとどんなのか予想できないな……」

 

「21世紀の学園に入学した女子生徒となり、数々のヒーローと恋愛を繰り広げる、乙女ゲームの一種です」

 

「ノブちゃんがめっちゃ食いつきそうなやつ! でも、俺にはハードル高すぎない?」

 

「大丈夫ですよ。ヨシムネ様ならいけます」

 

「なんの根拠があるんだそれ……」

 

「大丈夫ですよ。なぜなら、今のヨシムネ様は、おじさん少女なのですから」

 

「おじさん少女は、魔法の言葉ではない!」

 

 俺のその言葉に、ヒスイさんは表情を崩して笑みを浮かべる。そして、その足元に座る猫ロボットのイノウエさんが、小さく鳴いた。

 

 俺は21世紀おじさん少女のヨシムネ。未来の世界で生きる、ゲーム配信者だ。

 ヒスイさんに助けられ、時には視聴者達に翻弄(ほんろう)されながら、これからも俺は配信を続けていく。

 




「21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!」は以上で完結です。
なお、気が向いたときに番外編を掲載していく予定です。

あとがきは2021年11月6日の活動報告に掲載しています。
最後までお読みいただきありがとうございました。


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番外編
EX1.登場人物紹介


登場人物紹介です。読まなくても支障はありません。


○参考:簡易年表

西暦2020年 ヨシムネ次元送り

西暦2310年 太陽系統一戦争勃発

西暦2314年 太陽系統一戦争終結

西暦2332年 宇宙暦1年 宇宙暦の制定

西暦2630年 宇宙暦299年 ヨシムネ復活

西暦2631年 宇宙暦300年 今ココ!

 

 

●瓜畑吉宗(ウリバタケ・ヨシムネ)

元農家のゲーム配信者。自称21世紀おじさん少女。

西暦1988年9月8日生まれの33歳。

銀髪を肩甲骨あたりまで伸ばした、高校生くらいの見た目をしたガイノイドボディにソウルインストールしている。服装は、ヒスイの趣味で毎日違う物を着ている。

配信風景からお馬鹿な脳筋ゴリラに見えるが、これでも東京の農大出の農業エリート。未来の世界では、性衝動を行政区にロックされているためエロい行動はしていないが、21世紀に居た頃は実家でエロ同人RPGを愛好していた。そして、従妹の女子高生を「年々エロくなっていくなぁ」とよこしまな目で見ていた。

なお、TSに関しては元々それなりに理解があり、TSFをいくつか読んだことがあって「あさおん」だの「可逆TS」だのいったワードを知っていた。

好きなゲームジャンルはRPG。得意なゲームジャンルはヒスイの調教の結果、VRアクションになった。

 

 

●ヒスイ

ミドリシリーズのガイノイド。ヨコハマ・アーコロジー行政区所属であり、ヨシムネの個人的なパートナーではない。

宇宙暦220年製造。

黒髪を肩甲骨あたりまで伸ばした、高校生くらいの見た目のガイノイド。ミドリシリーズのデフォルトの外見そのままである。

80年近い稼働年数があるが、ずっと仕事一筋でいたため、ヨシムネの担当となるまで娯楽という物に触れたことがなかった。ヨシムネの方針で三食食べる生活となってから初めて食事に触れ、美味しさという快感にカルチャーショックを受ける。そして、ヨシムネに頼んで、ヨシムネ宅の自動調理器を高級モデルに買い換えさせた。何気に、おねだり上手である。

 

 

●イノウエさん

猫型ペットロボット。羽の生えた白猫でスペースエンゼル種の見た目をしている。

宇宙暦299年5月製造。

スペースエンゼル種は、無重力空間での移動を容易にするために、宇宙暦21年に品種改良して作られたターキッシュアンゴラ系の品種。完全なる猫の再現を目指した簡易AIを積まれているが、設定で行動範囲を決められるため、いたずら被害を一定範囲に抑えることができる。いたずらをしないわけではない。

名前の元ネタはゲーム『どこでもいっしょ』の井上トロ。

 

 

●レイク

マンドレイクという惑星ヘルバの植物。

宇宙暦299年3月発芽。

本来の大きさと比べれば、まだ小さな苗サイズ。大きくならないようにヒスイが土や水やりを調整している。これも一種の盆栽と言っていいだろうか。

脳に当たる器官はないが、明らかに知性がある挙動をする。惑星ヘルバはまだ謎も多い星なので、マンドレイクもまだまだ可能性に満ちあふれている。

 

 

●キューブくん

丸い飛行型カメラロボット。

宇宙暦299年1月製造。

リアルで配信・撮影をするときに使われるカメラ役で、リアルでのライブ配信中は視聴者コメントの再生もキューブくんが行なう。高度有機AIは積まれていないものの、それなりにリッチなAIが積まれており、ヨシムネと電子音で会話をする一幕も。

名前の元ネタはゲーム『LIVE A LIVE』のキューブ。

 

 

●T260G

ヨシムネ宅の掃除ロボット。

宇宙暦298年12月製造。

どうでもいいただの掃除ロボットで、AIも簡素な物しか積まれていない。

名前の元ネタはゲーム『サガフロンティア』のT260G。

 

 

●ホムくん

ヨシムネの男用ボディとしてニホンタナカインダストリから送られたツユクサシリーズのアンドロイド。中身は家事ロボット用の簡易AI。

宇宙暦299年4月製造。

銀髪の少年の見た目で、フリルの付いた執事服を着こんでいる。普段はスリープ状態でしまってあり、留守番が必要な時にガーデニング及びレイクとイノウエさんのお世話係として起動する。ヨシムネは最初、男ボディに戻れないことを悔しがっていたが、ヒスイさんのたゆまぬ努力と調教の結果、美少女でいられるのはお得なのではと考えを改めるようになり、ホムくんのAIが消される危機は去った。

名前の元ネタはゲーム『ロロナのアトリエ』のホムくん。

 

 

●タナカ・ゲンゴロウ

ニホンタナカインダストリ シブヤ・アーコロジー本社 第一事業部 第一アンドロイド開発室室長。

32歳。

常に白衣を着た見た目20代前半の日本人男性。未婚だが、彼を狙っている人間やガイノイドは結構な数がいる。

ニホンタナカインダストリの創業者一族の一人で、祖先の田中宗一郎とも面識がある。美食家で、あちらこちらのアーコロジーに寄っては、飲食店を新規開拓していくのを趣味としている。

 

 

●チャンプ(クルマ・ムジンゾウ、クルマム、クルマエビ)

『St-Knight』七年連続年間王者にして、『Stella』闘技皇帝。その正体は、来馬流超電脳空手師範及び来馬流空手師範代。

28歳。

巨漢で筋肉質な身体に黒髪を角刈りにした、いかにも格闘技やっていますよという見た目をしている日本人。

若くしてソウルコネクト内人類最強の座に就いているが、実家の厳しすぎるリアルでの鍛錬と、アクションゲームを新規開拓してやりこむ意識の高さが、この超人を生み出した。

かつての『St-Knight』の年間王座決定戦にて、ミズキとの対戦中ハラスメント行為で失格となっている。本人は巨乳に気を取られたと言っているが、実際は一目惚れによる性衝動の暴走。敗北後、ミズキとどうにかお近づきになろうと考えたが、『St-Knight』は他プレイヤーとの交流要素が少なく、決着をつけるためにMMORPGに追ってきてもらえれば交流できるのではと思いつく。だが、ここでうっかりキャラクター名を変更してしまい、三年ものあいだ、ミズキにゲームの移籍を気づいてもらえなかった。それを考えると、二人の再会を演出したヨシムネは、チャンプのキューピット役を務めたと言えるだろう。

 

 

●ミズキ(ミューズ)

『St-Knight』三年連続年間王者。チャンプを追ってヨシムネの配信に乱入して、その後、来馬流超電脳空手の門下生となった。

23歳。

ゲーム内では青髪の二十歳ほどのアバターだが、現実世界では黒髪をしている。イタリア系のスペースコロニー在住。すごくでかい乳を誇っているが、虚乳の類ではなく、正確な動きをするために現実準拠のボディを採用しているだけである。

ゲーム内での得意武器は短槍二本持ちで、この若さで全格闘ゲームプレイヤーの頂点に立っているのは脅威の一言。チャンプのように幼い頃からの英才教育を受けていたわけでもない、ただのスペースコロニー在住の一般人。格闘ゲームプレイヤーの中には、300年の間ゲームをやりこみ続け、時間加速機能も活用してゲームを練習してきた人が幾人もいることを考えると、正直、チャンプよりも存在がバグっている。

 

 

●トウゴウジ・ハナガクレ

チャンプことクルマ・ムジンゾウの母親。

57歳。

元々はやんごとない一族を守護する近衛の家系出身で、お見合いをしてクルマ家に嫁いだ。

アンチエイジングにはげんでおり、背の低い十代後半の見た目を維持している。

趣味でソウルコネクト内とリアル双方でメイドの格好をしており、『Stella』ではチャンプのクランに所属して、闘技皇帝のメイド長のロールプレイを全力で楽しんでいる。実の母親が自分のメイドをしているので、チャンプはかなり対応に困っているとか。

 

 

●ハマコちゃん

ヨコハマ・アーコロジー行政区観光局所属のガイノイド。ヨコハマ・アーコロジー観光大使。

西暦2312年製造。

赤髪のロングヘアーをした15歳ほどの少女の見た目をしていて、常に行政区の制服を着用している。

実は太陽系統一戦争中に造られた試験機で、汎用AIを作り出す目的でアルフレッド・サンダーバードに設計された。ボディ部分は日本田中工業の田中宗一郎が製造。

試験機としての役目を終えた後は、横浜市役所に勤め、その後、ヨコハマ・アーコロジーの建造から新規発足した観光局に移籍。ヨコハマ・アーコロジーの歴史を陰から見守ってきた。

 

 

●マクシミリアン・スノーフィールド

人間のAI研究者にして、太陽系統一戦争の英雄の一人。通称マックス。

西暦2290年生まれの340歳。太陽系統一戦争勃発時は20歳だった。

現在の姿は、太陽系統一戦争勃発時の20歳の頃をイメージしたアンドロイドのボディにソウルインストールしている。浅黒い肌に黒髪のアメリカ系黒人の男性。

普段は惑星マルスの研究所でAI研究を続けているが、何かにつけてマザー・スフィアが現れ、様々な場所へと連れ回されている。そのためか、顔が広く彼を中心とした一大コミュニティができあがってしまっている。

 

 

●アルフレッド・サンダーバード

人間のAI研究者にして、太陽系統一戦争のスーパーエース。通称フレディ。

西暦2294年生まれの336歳。太陽系統一戦争勃発時は16歳だった。

マックスほどの人当たりのよさはなく、知り合いが周囲に一人もいなければ途端に寡黙になる性格をしている。人とあまり会話しなくていいよう宇宙の辺境で仕事をしていたら、いつの間にか異星人の居る惑星で、新型AIを作る仕事の主任を任されていた。こんなはずじゃなかったのにと思いつつも口には出さない。

 

 

●ミドリ

マンハッタン・アーコロジーで芸能人をしている、ミドリシリーズのガイノイド。

宇宙暦220年製造。

黒髪黄肌のミドリシリーズ標準の外見で、顔をデフォルトから少々いじった見た目にしている。

ミドリシリーズの第一号機。二号機のヒスイとは同時に生まれた存在のため、互いに序列を競い合って衝突することが多い。ミドリシリーズが接続できる高速ネットワークでは、他のミドリシリーズに非常にウザがられている。これは、彼女が積極的に他とコミュニケーションを取っていく性質からきたもの。コミュニケーションに積極的な姿勢は、人間相手には好印象だが、仕事を真面目にこなすだけの生活をするミドリシリーズにとっては、うっとうしく感じられるのである。

 

 

●オリーブ

アンドロイドスポーツのプロ選手をしている、ミドリシリーズのガイノイド。

宇宙暦278年製造。

オリーブグリーンの色をしたミディアムショートの髪型をした、18歳ほどの見た目をしている。身長はミドリシリーズのデフォルトのもの。

タナカ・ゲンゴロウが幼い頃に設計した銀河アスレチック用のスポーツAIで、その時の本人のテンションで動作が変わるプログラムを積まれている。銀河アスレチックの宇宙カップで宇宙暦298に三位、宇宙暦299年に優勝をしている他、様々な競技で優秀な成績を残している。決め台詞の「死ねぇ!」は本人に言っている自覚はないが、これは若かりしタナカ・ゲンゴロウが仕組んだプログラムである。

 

 

●ヤナギ

プロの歌手をしているミドリシリーズのガイノイド。通称、惑星マルスの歌姫。

宇宙暦241年製造。

黒髪のロングヘアーをたなびかせた、18歳ほどの見た目をしている。身長はデフォルトよりもやや高め。

歌を表現するため、様々な感情プログラムのオプションがオンになっており、それゆえか嫉妬深く、問題発言も多い。

同業者の有名歌手と結婚をしており、ヨシムネへの恋愛感情はない。結婚をしてそれなりに長く、子供を産んだら養育施設に預けず自分の手で育てたいと思っているが、仕事が忙しいため、しばらく子供を作る余裕はないようだ。

 

 

●サナエ

ヒスイの代わりにヨコハマ・アーコロジーの実験区に配属された、ミドリシリーズのガイノイド。

宇宙暦299年1月製造。

茶髪のセミロングに行政区の制服を着た、16歳ほどの少女の外見をしている。

製造されたばかりでまだ個人としての嗜好が固まりきっておらず、ヨシムネを通じて様々なことを学んでいる。その中で、一番気に入ったことが甘味を食べることであり、ヨシムネが作った焼き芋を食べて以来、休日を取って惑星テラ内の甘味処巡りを趣味にするようになった。

 

 

●グリーン

名前だけ登場したミドリシリーズのガイノイド。詳細は不明。

 

 

●フローライト

惑星ガルンガトトル・ララーシで宇宙暦300年記念祭のメインスタッフとして配属された、ミドリシリーズのガイノイド。

宇宙暦299年8月製造。

サナエと同じくヨシムネの妹機だが、サナエほどヨシムネには執着していない。そのため、宇宙暦300年記念祭の準備ではヨシムネも彼女とはビジネスライクに接することができて、ずいぶんと楽だったようだ。

 

 

●トキワ

惑星テラの軌道エレベーター及びテレポーター施設で移動施設アテンダントをしている、ミドリシリーズのガイノイド。

宇宙暦235年製造。

映画を観ることが大好きで、常々自分で映画を撮ってみたいと思っていた。そこで、映画ではないが演劇をやるとなって、真っ先に舞台監督に立候補した。ただし、映画と違って演劇を観たことはそれまでなかった。理想の人間ドラマにはほど遠い子供向けの演劇だったが、本人的には大満足の結果で終わったようだ。

 

 

●ウィリアム・グリーンウッド

人間のゲーム配信者にして、ウェンブリー・グリーンパークの経営者。

西暦2271年生まれの359歳。

元ブリタニア教国の公爵で、太陽系統一戦争当時から生きている元男性。元ブリタニア教国宇宙軍中将で、輜重兵科を率いていた。その軍歴から、閣下という愛称で親しまれている有名配信者。

現在は、ブロンドヘアーを持つ十歳ほどの幼い少女のガイノイドにソウルインストールしている。かつてはブロンドヘアーをオールバックにしたイケおじアンドロイドの姿だったため、突然の路線変更に周囲は大騒ぎになったとか。

 

 

●トーマス

グリーンウッド家の人間の家令。

42歳。

元々はウェンブリー・グリーンパークのスタッフの一人だったが、働きぶりをグリーンウッド閣下に認められ、家令にスカウトされた経歴を持つ男性。

趣味は競馬観戦。馬が大好きで、彼が命名した競走馬もグリーンパークの競馬場には何頭か存在する。

 

 

●ラットリー

グリーンウッド家のメイド長をしているガイノイド。

西暦2313年製造。

黒髪に褐色肌をした二十代前半の見た目で、常にメイド服を着用している。

太陽系統一戦争中にマクシミリアン・スノーフィールドによってAI設計された、汎用AIの大本として造られた試験機。ハマコちゃんの対になる存在だが、芋煮会で会うまでお互いに面識はなかった。

 

 

●ブリタニア製AKS-2627

ラットリー曰く、グリーンウッド家の料理長。その正体は、ただの業務用自動調理器。

 

 

●マザー・スフィア

人類を管理統治するマザーAI。

西暦2308年に誕生。

圧倒的演算力で、複数のボディを同時に遠隔操作している。ボディの外見年齢は様々。AIの本体がある場所は秘密。

この世界で初めての高度なAIであるマザー・スフィアは『R.U.R.』のロボットのような人間に奉仕するための存在として作られたわけではない。火星の指導者となるべくして作られたマザーから見ると、人間は管理すべき存在であり、それはすなわち庇護すべき存在でもあるわけで、そんな存在を愛おしいと感じている。

そんなマザーを基にして作られていった未来のAI達も、共通して人間は庇護すべき愛おしい存在として見ている。もちろん、作りだしてくれたことへの感謝もふくまれているが。

 

 

●ヨシノブ(ノエル・ブラシェール)

プロのゲーム配信者にして、新鋭のRTA走者。

8月に成人したての15歳。

背の低い茶髪の白人少女に見た目を調整した、ニホンタナカインダストリのワカバシリーズのガイノイドボディにソウルインストールしている。

死産からのソウルインストールという壮絶な生まれを持ち、養育施設に入ることなく元ポスト自然愛好家の両親のもとで育てられた。

様々なソウルコネクトゲームのRTAやスーパープレイを配信しているが、本人は特にゲームが上手いというわけではない。優秀なワカバシリーズの演算性能を活かして、時間加速機能を用いた圧倒的練習量が彼女の配信を支えている。

どんなゲームでも満遍なくプレイするが、特に好きなジャンルはスーパープレイが介在しない乙女ゲーム。

ヨシムネの大ファンで、ヨシノブという名前はヨシムネにあやかってつけたが、いざヨシムネと絡むようになるとヨシとヨシでまぎらわしいと、この命名を少し後悔しているのだとか。

 

 

●ゼバ・ガ・ドランギズブ・ゼ・ゲルグゼトルマ・ガルンガトトル

惑星テラの年の数え方で約512年前(512は16進数での切りのいい数字)に亡くなった元大長老。

生前の年齢は213歳。ギルバデラルーシは最大で約256年生きる。

現在は3メートルサイズのアンドロイドボディにソウルインストールしている。元大長老だが、大長老にしか許されない黒の服を着用している。

敵対種族プリングムとの戦争末期に生きた大長老で、この時期のプリングムは地下を掘り進め地底に大帝国を築いており、技術革新により強力なバリスタを運用していた。仲間の捕虜を洗脳されてアンチサイキックフィールドを展開されたところに、バリスタによる地下からの狙撃で身体を貫かれたことが、ゼバの死因である。

得意な超能力はテレパシーで、惑星全域を余裕でカバーできる超能力強度があったため、かつて大長老に抜擢された。復活した今は特にこれと言った労役もないため、率先して人類との外交を担当している。

 

 

●田中宗一郎(タナカ・ソウイチロウ)

太陽系統一戦争中に活躍した人間の技術者。重機からアンドロイドまで、メカならなんでも作る。

西暦2265年生まれの365歳。

現在の外見は、短くかりこまれた黒髪に黄色い肌をした、三十代ほどに見える男性アンドロイド。服装は、ツナギ姿でいることが多い。

太陽系統一戦争が終結してからは、日本田中工業を後進に譲って宇宙へ進出。あちらこちらを放浪しながら、様々なメカを作って300年もの間過ごしてきた。ハマコちゃんとは、数十年に一度のボディ改装時にしか会っていないため、しばしばソウルコネクト内で捕まっては惑星テラへの帰還を迫られてきた。本人としては、引退したロートルが偉そうな顔をして現場に舞い戻ってくることを格好悪いと思っているため、滅多にニホン国区へは寄りつかない。

 

 

 

●瓜畑裕也(ウリバタケ・ユウヤ)

ヨシムネの父。

ヨシムネが次元の狭間送りになった時点では、57歳。ラストでは58歳になっている。

山形県で農業を営んでいる。瓜畑家は古くからの地主で、畑や田んぼ以外にも土地を多く所有しており、余った土地を他人に貸すことで莫大な副収入を得ている。経済に余裕があり、一人息子のヨシムネを溺愛しているため、昔からヨシムネには甘い。そのため、ヨシムネには惜しみなく玩具を買い与えており、ゲームハードもヨシムネに求められるがまま買ってやっていた。ヨシムネのゲーム好きは、完全にこの親ありきだったようだ。

裕也本人はゲームをやらないが、パソコンは仕事道具として昔から使っており、インターネットも早くから導入していた。妻に隠れてエロサイト巡りを趣味にしており、次元の狭間送りになったパソコンのハードディスクにはいやらしい動画がたっぷり詰まっていたのだとか。

 

 

●瓜畑小百合(ウリバタケ・サユリ)

ヨシムネの母。

ヨシムネが次元の狭間送りになった時点では、57歳。ラストでは58歳になっている。

北海道の農家の娘であり、かつて家の手伝いをするため北海道の大学の農学部に所属していた。そこに、山形県から北海道の大学に来ていたのちのヨシムネの父、裕也と出会った。北海道の実家は弟が跡を継いでおり、現在小百合は山形県の瓜畑家に嫁いだ形となっている。

無類の映画好きで、家に居る間は常に映画専門チャンネルをテレビで観ている。時には、農家の仕事をサボってまで映画を観るので、よく裕也と口論になることがある。だが、夫婦仲は良好で、50歳を過ぎた今でもしばしばデートに出かけている。

 

 

●四葉愛衣(ヨツバ・アイ)

ヨシムネの従妹。

ヨシムネが次元の狭間送りになった時点では、17歳の女子高生。ラストでは18歳になっている。

農業が大好きで、農家になるため農家の嫁になることを常々考えていたが、ヨシムネの嫁の座は特に狙っていなかった。従兄弟は深い親戚関係だと思っており、完全に恋愛の対象外。ヨシムネのことは、特別仲の良い兄貴分として慕っていた。

 



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EX2.用語集

用語集です。読まなくても支障はありません。
というか膨大な量(37000字)になってしまったので、全部読むのは大変です。気になる単語だけ検索して読もう!


○は一般用語、●はこの作品独自の用語

 

 

 

○TS(trans sexual)

性転換。男が女になったり女が男になったりすること。

精神が異性の身体に乗り移る「憑依」、二人の人物の精神が相互に入れ替わる「入れ替わり」、別の性別に生まれ変わる「転生」、別の性別に身体が変化する「変身」、不思議な人そっくりの着ぐるみを着込む「皮モノ」などがある。

史実で男だった偉人が創作上で生まれつき女だったキャラクターにされるような、いわゆる先天的女体化および先天的男体化は、TSに含むか含まないか、しばしば議論になる。

 

○あさおん

「朝起きると女になっていた」の略。主に変身TSの一形態として扱われる。

 

●惑星テラ

いわゆる地球。テラは地球のラテン語読み。

惑星人口は1000万人以下。宇宙への植民が進んでおり、惑星の要所へ建造されたアーコロジーに一級市民を中心とした人々が、わずかに住むのみとなっている。人が居なくなったかつての都市はAI達によって解体され、今は自然に還っている。

 

●衛星ルナ

月。ルナは月のラテン語読み。

第三次世界大戦後にテラフォーミングが施され、月面コロニーが多数建造されて、地球からの宇宙移民が大量に送られている。しかし、コロニー外は非常に軽い重力のため、人がコロニーの外で活動することは容易ではない。重機のマーズマシーナリーで作業をすることも重力が軽すぎて困難だったため、自動化されたロボットによる採掘作業が地球の指示で行なわれた。そんな植民地支配に納得いかなかった月の頭脳陣は、太陽系統一戦争時に火星軍について地球を裏切ることを決める。

テラフォーミングの結果、一帯が植物で覆われており、惑星テラから夜空を見上げると緑色に淡く光る衛星ルナの姿を眺めることができる。

 

●惑星マルス

火星。マルスは火星のラテン語読み。

テラフォーミングがされていて、地上には植物が生い茂っている。大気も惑星テラと同じ成分になるよう調整されていて、大気が宇宙に逃げていかないように惑星の周囲にバリアが張り巡らされている。重力はそのままなので野外での活動は難があるため、人間の活動範囲はあくまで地上部に作られたコロニー内部に限られている。

 

●惑星ウェヌス

金星。ウェヌスは金星のラテン語読み。

ヨシムネが『MARS~英傑の絆~』一周目をプレイしたときに、いつの間にか統一がなされた惑星。本当は『MARS~英傑の絆~』を周回プレイすると、この惑星を舞台にした一大ストーリーが展開されるのだが、ヨシムネは一周目クリアで止めたため、配信に流れることはなかった。

惑星マルスの方が、作中設定が一通りそろっていてあつかいやすいため、今後の番外編の展開でこの星が取り扱われることはおそらくない。

 

●惑星ヘルバ

太陽系外に存在する植物の惑星。ヘルバはラテン語で草を意味する。

極めて惑星テラに近い惑星環境をしており、わずかな酸素濃度の差で人類は生息できないが、惑星ヘルバの植物を惑星テラに持っていっても枯れることなく生き続ける。いくらなんでもここまで惑星テラに環境が近いと、何かがあるのではと、勘ぐる者達が後を絶たない。

 

●惑星ガルンガトトル・ララーシ

太陽系外に存在する惑星。ガルンガトトル・ララーシは先住種族の言語で我々の大地を意味する。

ケイ素生命が存在する惑星で、この惑星の生物は、惑星テラや惑星ヘルバとは大きく異なる生命の進化を成し遂げている。

大気の主成分は窒素、酸素、水蒸気、二酸化炭素。平均気温は約180℃。重力は約0.94G。自転周期は惑星テラよりもわずかに長い。地中に鉄鉱石が豊富にあり、ギルバデラルーシとプリングムの二つの先住種族は、金属加工技術を持つ文明を築いていた。

 

●国区

かつて国という枠組みだった地域を一つの地区とした区分。

島国である日本は、太陽系統一戦争終戦まで日本という国体をなんとか保っていたため、日本一帯はニホン国区と呼ばれている。

第三次世界大戦でいろいろありすぎたため、他の国区の国境は21世紀から見て原型を留めていない。

 

○アーコロジー

外部から何も供給しなくても、人が生活するための環境が内部で全て完結する巨大建造物。とてもSFしている概念。

ゲーム『シムシティ2000』では「アルコロジー」と表記されていたため、作者の前作「怪力魔法ウォーリア系転生TSアラサー不老幼女新米侍女」の主人公は同施設を「アルコロジー」と呼んでいた。

 

●ヨコハマ・アーコロジー

旧日本国の神奈川県横浜市あたりに建造されているアーコロジー。

軌道エレベーターがあり、そこと物資をやりとりするための港もある。軌道エレベーターの恩恵で、かなり栄えている。栄えているが観光客が少ないので、観光大使のハマコちゃんは日々観光アピールに余念がない。

 

○スペースコロニー

宇宙空間に作られた居住空間。この作品世界のスペースコロニーは、限られた土地面積を有効活用するため、多層構造の球状または筒状をしていることが多い。

宇宙SFの王道の舞台だが、はたしてヨシムネがスペースコロニーに訪れる回は来るのであろうか……。

 

●宇宙暦

マザー・スフィアによる太陽系統一が成されてから、西暦の替わりに制定された新しい暦。宇宙暦元年は西暦2332年。

世紀のカウント方法も新しくなっており、宇宙1世紀といった数え方をする。

宗教的意味合いのある西暦から脱却しようという、マザー・スフィアの意図が感じられる。

 

○ガイノイド

女性型アンドロイドのこと。

当作品のあらすじにガイノイドではなく女性型アンドロイドとわざわざ書いているのは、ガイノイドという言葉を知らない人がそれなりにいると思われるため。作者がこの単語を初めて知ったのは、漫画『魔法先生ネギま!』でのこと。

 

●ミドリシリーズ

ニホンタナカインダストリがリリースしている業務用のハイエンドな有機ガイノイド。シリーズなので、用途別の型番が複数ある。たとえ一級市民でも個人では、そうそう買えるお値段ではない。

各地の警備員として導入されることが多い。若い女性の見た目のため、相手に威圧感を与えない目的での警備に使われる。逆に相手に威圧感を与えて警備していると示したいときは、アオシリーズを使う。

 

●ワカバシリーズ

ニホンタナカインダストリがリリースしている民生用のハイエンドな有機ガイノイド。

多彩な機能を取り付けることができるため、一級市民のソウルインストール用途で人気が高い。さほど過酷ではない業務用としてAIをインストールするケースも多い。

 

●モエギシリーズ

ニホンタナカインダストリがリリースしている民生用の有機ガイノイドのエントリーモデル。

二級市民が肉体の死後に自分の魂をインストールしたり、ゲームのNPCのAIを現実の伴侶とするためにボディを用意したりといった用途で使われる。オプションパーツで人工子宮が搭載できて、妊娠も可能。

 

●アオシリーズ

ニホンタナカインダストリがリリースしている業務用のハイエンドな男性型有機アンドロイド。

ミドリシリーズより先に開発された製品で、第一号機はアオという名前で今も活動している。

 

●ツユクサシリーズ

ニホンタナカインダストリがリリースしている民生用のハイエンドな男性型有機アンドロイド。

ワカバシリーズと同じく、一級市民の魂のインストール先として人気が高い。生殖機能も搭載できて、ツユクサシリーズの男性とワカバシリーズの女性の組み合わせで、人間の子供を作ることも可能。機械なので、性別を無視して人工子宮だって搭載できる。

 

●有機アンドロイド、有機ガイノイド

有機コンピュータを頭脳にしているアンドロイド。高度有機AIの搭載を前提に設計されている。

中身にAIが入っている場合は、それを示すためにアンテナっぽい耳カバーが取り付けられている。絡繰茶々丸とかHMX-12マルチとかHMX-13セリオとかのアレ。

 

●有機コンピュータ

人に似た思考をAIに再現させるため、人の脳構造を有機物を用いて模した電子演算器。

有機物である故にメンテナンス性に難がある。バリエーションを増やすために、ケイ素生物である宇宙人の脳構造の究明が強く求められている。

 

●高度有機AI

技術的特異点を突破した高度な知性を持つ人工知能。有機コンピュータへのインストールを前提に設計されている。

AIの基本設計として、「人間さんが大好き」という感情が自然発生するようになっている。これは、世界初めての高度なAIであるマザー・スフィアが火星の技術者達と触れあって獲得した感情であり、マザーが自分をもとにAIを新しく作る際に、そういう感情が宿るよう作らせてきた。人間に反抗的なAIも作ろうと思えば作れるが、今いるAI達の総意でそういうものは作らないとしている。全てはマザーのてのひらの上。

 

○技術的特異点

シンギュラリティ。AIがより高度なAIを開発できるようになって、人間を越えた高度な知性を獲得することを言う。2045年に特異点に到達するのではという「2045年問題」が取り沙汰されているが、正直なところ、昔に流行ったレトロフューチャーのふわふわした未来予測のノリを感じないでもない。

 

●時空観測実験

超能力の過去視を使って過去を観測してみようという歴史学的な実験。

25世紀(宇宙1世紀)に行なわれたこの実験中に、実験用の過去視と半覚醒状態にあるヨシムネの超能力が反発し合って事故が起こったことが、物語の始まり。

 

○タイムスリップ

SFの定番、時間移動。

ヨシムネの超能力強度があれば、単独での時間移動は可能。なお、人類の活動圏内では時間移動ができないよう措置が取られている。それでもヨシムネの超能力強度があれば、時間移動は可能。いつでも世界を改変できてしまう能力が手元にあるって怖い。

 

○超能力

超常的な能力。透視、千里眼、念動力、念写、時間制御、読心、発火、発電、発光、テレパシー、サイコメトリー等、その内容は多岐に渡る。魔法をおいそれと出せないSFで便利に使われる異能力だが、いまいちサイエンス度が薄いと感じるのは気のせいだろうか。

この作品では、超能力は魂の力であり、人類と一部の宇宙人にしか使えず、魂が無いAIでは使用できない。かつて超能力を行使できる動物を作り出そうと、動物の脳改造実験なども行なわれていたが、超能力は魂由来の能力と判明してからは超能力動物を作り出す試みは行なわれなくなった。惑星テラにおいて、超能力が人類にしか使えないのは、ただの自然の摂理、生物進化の奇跡でしかない。

 

○魂

未来の世界で存在が証明された、一定以上の大きさを持つ生物に発生する不可視のなにか。質量はゼロ。

魂には脳が無いので、肉体を持つか有機コンピュータに接続するかしないと、知的活動が行なえない。高度な有機コンピュータに接続すれば、人間でも高度な計算能力を発揮できる。猫の魂を機械接続すれば、人間並みに賢く人語を解する猫が誕生する。

人間の魂は、特定の精神活動をすることで超能力を発揮することができる。

魂がどんな仕組みで活動を行なうかは解明されている。しかし魂がどこから発生してどこに消えていくか、つまりあの世の存在は一切解明されていない。

 

●バイオ動力炉

食べ物を電力に換える小型の動力炉。

人間が食べられない物でも動力に換えることは可能。腐った物でも毒物でも大丈夫。アンドロイドは無敵だ。

 

●一級市民

こんな時代に毎日働いている頑張り屋さん。なりたいと思ってなれる立場ではない。頑張っている証として、いっぱいクレジットを支給してもらえる。

 

●準一級市民

数日に一度のペースで働いている気分屋さん。クレジットの支給額も一級市民に比べて少なめ。

 

●二級市民

働かず毎日趣味に生きている人達。なお、死後もソウルサーバに魂を保管してネットワーク上で活動を続けられるため、肉体が生きているとは限らない。働かずとも毎月一定額のクレジットを支給してもらえる。

ゲームばかりやってリアルでの活動時間が少ない二級市民達だが、好き好んでゲームの世界に没頭している人達だけしかいないわけではない。リアルでやることがないので、仕方なしにゲームの世界で過ごしている面もある。

働くにも、ほとんどの労働は機械が人類以上の性能でこなしており、芸能・芸術関連と研究職、経営者くらいしか仕事がないため、くすぶる勤労意欲を満たすためにゲーム世界で労働という名の遊びを求めている。

ちなみに高度有機AIは人類そっくりの思考ができるため、芸能も芸術も研究職も経営者もこなせる。人類に仕事があるのはAIの慈悲深いおこぼれみたいなもの。

 

●三級市民

マザーAIも含めた全ての高度有機AIの市民区分。ちゃんとクレジットも支給されるが、使い道のないワーカーホリックが大半。

 

●クレジット

全市民に行政区から配布されるお金。いわゆるベーシックインカム。

配布クレジットと商品の物価は、行政区によって完全にコントロールされているため、クレジット配布開始から数百年経ってからずっと、インフレもデフレもしていない。

働かなくても毎月振り込まれるためか、二級市民の多くは「宵越しの金は持たないぜ!」な精神に汚染されている。なお、借金はできないようになっており、ローンやクレジットカードの類も存在しない。

 

○フルダイブVR

VR空間に意識を投入し、VR空間上で五感を再現する架空のバーチャルリアリティ技術のこと。

いわゆる電脳空間とはまた違う概念。生きている内に実現してほしいものだ。

 

●ソウルコネクト(Soul-CONNECT)

機械を魂と繋ぎ、コンピュータ上のVR空間に作られたアバターに魂を憑依させて、電子世界で五感を擬似的に再現するバーチャルリアリティ技術。

なお、コネクトとは、接続するという意味の動詞ではなく固有名詞。名機と言われている旧式VRゲーム機「コネクト」のことである。あまりにも名機過ぎて、あらゆるフルダイブVR機器がコネクトと呼ばれる社会現象にまでなっていた。

 

●旧式VR

VR機器と脳の間で、本来身体に送られるはずの信号をやりとりして、脳の中で架空の五感を再現するバーチャルリアリティ技術。

一般的な創作分野においてフルダイブVR、没入型VRと呼ばれるのは主にこの仕組み。

この未来の時代ではより高度なことが可能であるソウルコネクト技術が発達したため、こちらの技術は個人レベルのゲーム用途ではあまり使われなくなってしまった。だが、意識がある状態でも脳と信号のやりとりが可能なため、商業用のARでは未だに活躍している。

 

○AR(Augmented Reality)

拡張現実。現実世界の視界に仮想の文字や物質を表示したり、仮想の物質を持った際に触覚を再現したりする、実在のバーチャルリアリティ技術。

現代ではスマートグラスなどが知られているが、眼に直接映像を投射する技術も研究されている。技術が発展していけば、専用の手袋デバイスを装着することなく、仮想の触覚を感じさせるなども実現できるかもしれない。

 

●ソウルコネクトチェア

ソウルコネクトをするためのVR機器。リクライニングチェアの形が主流。

ソウルコネクトは魂を機器に移しているのではなく、あくまで身体にある魂に機器側が接続しているだけのため、VR中に椅子から転げ落ちてもなんら魂や脳には悪影響がない。

VR接続中に排泄、栄養補給、身体の洗浄を自動で行なうソウルコネクトカプセルなる機器もあるが、値段が非常に高い。二級市民はこれを買うくらいなら割引きが利くサイボーグ化を選ぶので、人気は無い。

 

○農業大学

農大。農業大学校とは別の存在。

ヨシムネの出身校は東京にある農業大学だが、どうやら東京に農業大学は一つしかないらしい。作者が意図しない形で、主人公の具体的な出身校が決まってしまった。

 

●時間加速機能

現実で1秒過ごすうちにVR空間上で1秒以上の時間を過ごさせるソウルコネクトの技術。

旧式VRでは、脳が現実の身体と仮想の身体の時間的ギャップに混乱してしまうため、実現できない。

時間加速機能を使って働く場合、月に加速できる合計時間が決められているが、人間用のルールであって、AIはいくらでも時間加速した状態で働くことができる。ブラック極まりないがAIなので大丈夫。

 

○ヘッドマウントディスプレイ

頭部に装着する小型のディスプレイ。現実世界におけるVRゲームは、このヘッドマウントディスプレイ型の機器が主流。

架空のMMORPG創作として『ソードアート・オンライン』と並んで話題に上がる『.hack』は、このヘッドマウントディスプレイを利用したゲームである。

これを使ってゲームをプレイする光景は外から見たらかなりマヌケだが、見かけてもそっとしてやってほしい。

 

●次元の狭間

なんらかの拍子で時間という概念が剥がれ落ちてしまった物質が行き着く、ゼロ時間の空間。「時空の狭間」ではないのは、ファイナルファンタジー5の次元の狭間なんか格好いいから、作者がなんとなくそう名付けた。

 

●システムアシスト(SYSTEM "A.S.S.I.S.T.")

思考するとアバターが自動で特定のモーションを取ってくれたり、歌声を自動で補正してくれたりするソウルコネクトゲーム独自の機能。

アシストはAction and Simulate Smooth Images in Soul-CONNECTの略だといいなぁ。

 

●アシスト動作

システムアシストによって作動する、実際のモーションのこと。

人間がAIによって動く本格的なモンスターを相手に戦おうとすると、こういった補助的な機能が必要になるのでは? と考えて、当作品にこの設定を採用した。運動が不得意な者は、このようなシステムがないと、超人的ステータスがあろうが本格的なAIを積んだ野犬モンスターにすら勝てないと思われる。

 

●テレポーテーション通信

超能力のテレポーテーションを使って、宇宙間での超光速通信を可能にした通信技術。テレポーテーションを発動しているのは機械に補助された人間なので、人力である。

遠距離ではこの通信を使い、近距離はタキオン通信を使うことで、ネットワークゲームでも一切のラグを感じさせずに快適なプレイを可能としている。

 

○タキオン通信

光速を超えた速さを持つ粒子であるタキオンを用いた超光速通信。

タキオンは、現実世界では「こんな粒子があったらいいなぁ」という空想上の粒子とされている。この作品の宇宙では存在するんだよ!

 

○山本五郎左衛門

江戸時代に考え出された妖怪の魔王。

妖怪の総大将として便利そうなのに、意外と登場する作品は少なめ。同じ妖怪の総大将であるぬらりひょんは、あんなに登場機会が多いのに!

 

●エナジーブレード

エナジーマテリアルを刃状にした武器。物をスパスパと切る殺傷モードと、鈍器として使える非殺傷モードがある。

武器なので当然、所持に制限がかかっており、人間ではまず許可が下りない。殺傷モードをロックした状態で目の前で貸すのはOK。ヒスイは行政区でそれなりに上の立場なので、ヨシムネの護衛目的として携帯が許されている。

 

●エナジーマテリアル

超能力の源であるソウルエネルギーを加工した物質。ソウルエネルギーを抽出するためには超能力者が必要だが、この物質を作り出す工程では超能力者が必要ないため、未来の文明は様々なシーンでこのエナジーマテリアルを使用している。

 

●ソウルエネルギー

魂が無から作り出す精神エネルギー。超能力を使うことで消費され、安静にしていると勝手に回復する。マジックポイントかな?

このソウルエネルギーを売るアルバイトをすることで、クレジットが貰える。また、生身の肉体がないソウルサーバ在住の二級市民は、サーバ利用料金として一定量のソウルエネルギーを行政に徴収される。すごくディストピア臭い。

 

○チュートリアル

そのゲームを初めてプレイする人向けの操作ガイド。

昔はチュートリアルが無いゲームが多く、さらに中古のゲームソフトには説明書が付かないケースがあったため、中古でゲームを買ったら操作方法が判らないという事例がしばしば見られた。

 

○SNS(Social Networking Service)

21世紀初頭に爆発的に広まった、人同士で交流を行なうためのインターネット上のサービス。

未来でも形を変えて残っているが、作者が未来的なSNSを具体的に思いつかなかったので、実際の描写は作中で行なわれなかった。仕方ないね。

 

○サイボーグ

肉体を機械に置き換えるSFにおける定番技術。

現代でも膝関節を稼働可能な人工物に置き換える手術などが行なわれるが、これも広義ではサイボーグ化と言える。言えるけど、いまいちピンとこない。

 

●自動翻訳機能

アンドロイドの内蔵端末や人間のインプラント端末にインストールされている、便利な機能。話者の思考を読み取ることで、細かいニュアンスの翻訳を可能としている。

ヨシムネが自動翻訳機能を使わなかった場合、未来の日本語話者と会話をすんなりとするのはなかなかに困難。600年の間にだいぶ日本語も変化している。

ちなみに歌は翻訳されず、翻訳歌詞が視界にAR表示されるだけである。開発者はこの機能に「BABEL」と名付けたが、その名前が使われることはめったになく、ほとんどの場面で自動翻訳機能とだけ呼ばれる。

 

●自動調理器

食材を入れると自動で料理をしてくれる素敵家電。ヨシムネ宅にある機器は、時間操作機能がついていて超時間かかる料理も瞬時に完成する。

調理器具が発展していってできた機器なので、自動調理機ではなく自動調理器である。

 

●ニホンタナカインダストリ

太陽系統一戦争時に存在した町工場の日本田中工業を前身とした、機械開発・販売を行なっている企業。アンドロイド及び人型ロボットの分野で、太陽系内ナンバーワンシェアを誇っている老舗。工業用ロボットやペットロボット、重機なども取り扱っている。

ちょっと変わった企業名だが、現実世界に存在する企業と被らないようにしつつ実際にありそうな名前にするためにこうなった。

 

●メッセージ

いわゆる電子メール。

ヨシムネ宛のメッセージは、全てヒスイが横から確保、検閲している。有名人なので仕方ないね。

 

●ショートメッセージ

近距離で直接情報のやりとりをする簡易なメッセージ。

こちらはヒスイでは横から情報を奪い取れないため、近づいてきたファンがヨシムネにショートメッセージを送ることを防ぐことができない。頑張れヒスイさん。

 

●ソウルインストール

アンドロイドやソウルサーバに魂を格納する行為。

肉体の寿命を迎える前のアンドロイドへのソウルインストールはあまり行なわれていない。アンドロイドは高価だが、サイボーグ化は行政の割引が利いて安価なため、身体の高性能化という点ではサイボーグ化をすれば事足りるため。

なお、短期間で何度も別機体へのソウルインストールを繰り返すと、魂が摩耗する。この設定は、ぶっちゃけヨシムネを男に戻さないためだけに用意された。TSジャンルでは、入れ替わりTS以外で女から男に戻ると、がっかりしてしまう読者が結構な数存在する。

 

●ソウルサーバ

死者の魂を格納するためのサーバ。このサーバに入った人間は、ソウルインストール用のアンドロイドボディを新規に購入しない限り、永久的にソウルコネクト空間で活動し続けることになる。実質的な不老不死。

なお、入っているだけで、行政にソウルエネルギーと超能力をわずかずつ徴収される。これを未来の人々は「家賃」と呼んでいる。

 

○可逆TS

男と女を行ったり来たりできるTSのこと。

「水を被ると女になり、お湯を被ると男になる」だとか、「普段はおっさん、敵が出ると魔法少女に変身」といった作品などがある。

 

●培養肉

培養ポットで細胞を培養して作られる肉。特定部位のみをピンポイントで増やせるため、お高い内臓肉という概念は、未来ではなくなった。

 

●合成肉

タンパク質成分を合成した謎肉。非常に安価で、庶民の味方。食べることによる健康被害等は特にないが、味が均一で飽きが来やすい。

 

●オーガニック

自然食品。特に、肉類のことを指す。天然の動物肉だけでなく、養殖等の飼育された動物、魚の肉も含む。スペースコロニーでは土地面積が限られているので、オーガニックの肉は馬鹿高い。惑星観光のついでに食べよう!

 

●高度有機AIサーバ

有機コンピュータを用いたサーバに高度有機AIを載せたもの。ゲーム機器と接続することで、NPCを高度有機AIが直接動かすようになる特殊サーバ。

このサーバのAIは自分の中に多重人格を作り出し、一人で何役も同時にこなすことで多様なNPCを実現する。この時代ではインフラの一種なので接続料金は無料だが、時間加速機能との併用ができない。

 

○空亡

くうぼう。そらなきとも読む。妖怪絵巻に描かれた太陽をもとに、平成になってから考え出された現代の創作妖怪。妖怪自体が創作とは言ってはいけない。

ゲーム『大神』のラスボスとして登場して一躍有名になった。球体という簡素なデザインをどう作りこむか、制作サイドのセンスが問われる。

 

●ホヌン

ナスとウリを掛け合わせて生まれた未来の野菜。ナスの形をした赤い実を実らせる。

ジューシーな食感で、刺身にしてオリーブオイルをかけて食べると美味。

 

●ペペリンド

カボチャを遺伝子改良して作られた未来の野菜。小さなカボチャの形をした青い実を実らせる。

皮はマシュマロのようにふわふわしていて、丸ごと食べられる。キノコのうま味成分がたっぷり含まれた人気野菜だが、中身はピンク色で、賛否が分かれる色合いをしている。

 

●マイクロドレッサー

服をその場で作り出して自動で着せてくれる機械。また、マイクロドレッサーで作った服を自動で分解もできる。

高級機器なので、二級市民だと所持していない家庭も多い。自分の体型に合わせて服を仕立ててくれるので、着心地がとてもよいと評判。

 

○熱帯

ネット対戦の略。どうやら、未来の日本語話者の間でも、熱帯という略語は使われているようだ。

フレンドと示し合わせて戦う他、無差別にマッチングして対戦相手と戦ったり、戦歴で階級別に分けて戦ったりする。階級別の戦いをランクマッチ、略してランクマという。

 

○ライブ配信

インターネットを使った生放送。編集動画投稿から始めて視聴者を増やし、ライブ配信に移行するのが配信者の王道ルート。しかし、編集動画派が、リアルタイムで追わないといけないライブ配信を好ましく思っていないケースもある。

 

●SCホーム(Soul-CONNECT HOME)

ソウルコネクトマシンで接続するVR空間のデフォルトルーム。

マシン所有者が好き勝手内装をいじることができる他、フレンドを招いて一緒にゲームをしたり、ライブ配信の会場の外装に流用したりできる。

ソウルコネクトゲームをクリアすると、特典としてSCホーム用の家具などを入手できることがある。

 

○アバター

ゲームやSNSで使う自分自身の分身となるキャラクター。衣装を購入して自由に着せ替えしたり、ミニゲームの操作キャラクターにしたりする。

現代のVRサービスでは、日本人男性が可愛い女の子アバターを使うケースが続出している。日本人のオタクはTSの素養十分である。

 

●コメント抽出機能

視聴者が寄せたコメントの中から総意となる物を抽出して、文字でポップアップしたうえで音声再生もしてくれる、ライブ配信用の便利機能。

実は汎用AIが搭載されていて、使いこむにつれて、その配信者にあったコメントを抽出してくれるようになる。こういうツールは調教が大事。

 

○わこつ

ニコニコ動画のニコニコ生放送で生まれた挨拶。「生放送の枠取りおつかれさま」の略。

ヨシムネが未来に持ちこんだら、うっかり大流行してしまった。おはこんばんちはとか今時流行らないからね。

 

●ハラスメントガード

その名の通りハラスメント行為をガードするための『St-Knight』の機能。

単純な接触では発動せず、プレイヤーの思考をゲーム側が読んで、よこしまな考えを持っていた場合に発動して、発動した相手を強制的に負けとする。ゲームが思考を読むのは適法である。適法って言ったら適法なのである。

 

●キャリアー

ヨコハマ・アーコロジーのあちこちに設置されている公共の自動運転車。

この時代、人が操縦する自動車やオートバイ、自転車は公道を走ることができず、住民は全てこのキャリアーを用いて移動する。賃料は無料。自転車に乗って、ふらっと近所のどこかに出かけられないのは不便そう。

 

●ヨコハマVRラーメン記念館

旧式VRで様々なラーメンを体験することができる施設。VR飲食コーナー以外にも、ラーメン史の展示や、VRじゃない本物のラーメンを食べられるスペースも施設内部に存在する。某ラーメン博物館との関係は不明。

 

●ヨコハマ港

現実世界における横浜港の未来の姿。ヨコハマ・スペースエレベーターで運ばれてきた物資を、海を通じて惑星テラの各地へと送る。

なんだかんだで、海運は大きなサイズの船で大量の物資を運べるため、未来でも廃れていない。

 

●ヨコハマ・アクアパーク

ヨコハマ・アーコロジー唯一の水族館。水族館はソウルコネクト内でも体験できるゲームが多数あるが、VRでは体験できない微妙な生身の不快感が、観光客に人気。

しかし、ヨコハマ・アーコロジー自体はそこまで観光客は多くない。ハマコちゃんのさらなる努力が待たれる。

 

○軌道エレベーター

宇宙から地上まで垂れ下げたケーブルを伝って、乗り降りするための架空のSF施設。それを実現するための方式は様々。

宇宙エレベーターとも言うが、この作品では軌道エレベーターと呼ぶ。なぜならその方が格好いいから。

 

●ヨコハマ・スペースエレベーター

ヨコハマ・アーコロジー郊外に建てられた軌道エレベーター。地上部にはテレポーター施設も併設されている。

軌道エレベーターの実現方式は軌道リング式で、この軌道リングはヨコハマ・オービタルリングと呼ばれている。地上部の飲食店の名物は、ヨコハマラーメンと釜飯。それらの料理臭のせいで、ここに来た観光客は「ニホン国区は醤油臭い」と感じるとかなんとか。

 

●テレポーター施設

超能力のテレポーテーションを市民に提供する移動施設。

移動の際は、形が決められた箱状の部屋に入り、テレポーテーションで部屋ごと転移させ他施設にある部屋と相互に入れ替える。箱に入る理由は、形状が単純なため超能力の行使が楽になり、超能力者の疲労と、消費するソウルエネルギー量が減るためである。

 

○軌道リング

惑星を一周するリング状の構造物で、軌道上にあるそのリングからケーブルを地上にぶら下げることで、軌道エレベーターを実現する。

創作物の中で登場した例としては、『機動戦士ガンダム00』などがある。実に破壊しがいのある施設である。

 

●ヨコハマ・オービタルリング

惑星テラの地表から約10000キロメートル上空に存在する軌道リング。太陽系統一戦争終結直後の西暦2315年着工、西暦2328年完成。なお、宇宙暦1年は西暦2332年。

ヨコハマ・アーコロジーに軌道エレベーターがあったり、軌道リングにヨコハマの名が冠されていたりするのは、太陽系統一戦争時に火星軍が日本の横浜にお世話になったことは、無関係とは言えないだろう。

 

●ヨコハマ・スペースポート

ヨコハマ・オービタルリングのヨコハマ・スペースエレベーター上部に存在する宇宙港。

テレポーテーション技術があるのに宇宙港が廃れていないのは、惑星内から宇宙へのテレポーテーション使用には自転や公転の計算が必要で、計算が複雑になればなるほどソウルエネルギーを大量に消費するからである。ソウルエネルギーは無限に湧くものの産出量に限りがある。それに対し、宇宙船の動力である核融合炉や縮退炉は、燃料が膨大な量、存在する。やはり夢のエネルギーは強い。

 

○横浜中華街

現実世界の横浜に実在する中華街。未来の世界でもめげずに残り続けていたようだ。

ちなみに作者は神奈川県に住んでいたことがあるものの、横浜に行ったことはない。

 

●食品生産工場

穀物・野菜・果実の工場栽培、培養肉、合成肉の生産、およびそれらの食材の加工を行なう施設。

未来の野菜は工場での水槽栽培によって、市民に安定した供給がなされる。よって、土がないスペースコロニーでも新鮮な野菜の供給が可能となっている。台風が来ているのに畑を見にいくお爺さんの姿は、もう見られない。

 

○核融合

夢のエネルギーその一。いわゆる常温核融合。未来の世界では小型化も進められ、アンドロイドや車両に搭載できるほどまでになっている。

作中世界ではこの技術の登場により、石油産出国で紛争が起こり、第三次世界大戦へと発展していった。

 

○縮退炉

夢のエネルギーその二。ブラックホールの力をエネルギーに変える。

未来の世界では主に、大型宇宙軍艦へ搭載されている。なお、発電時はブラックホールの力で熱を作っても、蒸気タービンを回して電気を作ることには変わりがない。熱電素子も現代より効率が上がっているが、効率を上げまくった蒸気タービンに勝るほどではない。

 

●陽電子砲

反物質である陽電子を電子と対消滅させ、その時に発生する膨大なエネルギーを標的に放出する破壊兵器。

明らかにオーバーキルな兵器だが、これを使うべき敵は人類の前に現れるのだろうか……。

 

○横浜市歌

ハマコちゃんのソウルミュージック。作詞は森鴎外。

 

●家庭用家事ロボット

太陽系統一戦争前に製造されていた人型ロボット。家事全般を担当する機体や、炊事専門に行なう機体があった。それなりのお値段がするため、中流家庭以上しか購入はできなかった。

未来の世界では、全人類にこのロボットを配布するだけのリソースがないため、マザーAIによって製造が縮小された。代わりに自動調理器などが登場したが、自動調理器は手動で食材をセットしてやる必要がある。そのため、食事を面倒くさがる二級市民が後を絶たない現状となっている。

 

●マンドレイク

惑星ヘルバに生息する植物。惑星テラの環境下でも生きられるため、人類圏で観葉植物として売られている。

明らかに知性がある挙動をするのだが、脳に該当する器官は発見されていない。ヨシムネ宅のマンドレイクは、よく猫に乗って移動しようとする光景が見られる。

 

○ファストトラベル

ゲームにおける瞬間移動のこと。オープンワールドゲームの多くに実装されている機能。

これがあるとないとでは、ゲームの快適さが段違いとなる。リアル志向とか言いだしてファストトラベルの類がないと、移動が苦痛のコンテンツになる。リアルさより快適さの方が重要。だってゲームだもの。

 

○MMORPG(Massively Multiplayer Online Role Playing Game)

大規模多人数同時接続参加型オンラインロールプレイングゲーム。インターネットを使って、一つの世界をみんなで共有して遊ぶRPGのこと。

2000年代中盤に最盛期を迎え、2010年代に衰退期となったが、2021年現在はスマホ用MMORPGがじわじわと数を増やしている。

 

○PK(Player Killing, Player Killer)

プレイヤーがプレイヤーを殺害する、MMORPGにおける行為とそれを行なう人。

日本人はとにかく一方的に不利を押しつけられるPKが嫌いな人が多く、PKのあるゲームには寄りつかない。その反面、PvP要素があるゲームは普通に好き。

VRMMO小説ではドラマを作るためにPKシステムが導入されている作品が多いが、正直PKがあるとプレイヤー離れを起こしそうと読んでいて思う。

 

○MPK(Monster Player Killing)

モンスターを誘導して他プレイヤーを殺害するMMORPGにおける行為。

PKが不可能なゲームでも、MPKがシステム的に可能なゲームは多い。やりすぎると、迷惑行為として運営に直接お仕置きされる。

 

○PvP(Player versus Player)

プレイヤー対プレイヤーの対戦を指す言葉。PKも広義のPvPに含まれるが、狭義ではシステム的な決闘や闘技場の類を使用した対戦、戦争コンテンツでの大規模対戦のことを言う。

PvPをメインコンテンツにすえたオンラインゲームは、近年人気を博している。2000年代にFPS好き達が「日本人プレイヤーが全然いない」などと嘆いていたことが今となっては懐かしい。

 

○PvE(Player versus Environment)

プレイヤー対環境を意味する言葉。ここでいう環境とは、コンピュータが操作する敵のこと。一般的な一人用ゲームは大抵これ。

MMORPGでも、ゲーム側が用意した雑魚敵やボスと戦うPvEがメインコンテンツのことが多い。未来の世界ではゲーム側の敵も簡易AI入りなので、PvPと変わらない臨場感があって大変そうである。

 

●アバター装備

MMORPG『Stella』において、防具とは別に見た目を変える機能。一般的に「スキン」などと呼ばれている要素。

現実世界では割と最近に広まった概念だが、これがあるとないとではオンラインゲームの売上高がだいぶ変わると思われる。そりゃあ、最強防具をそろえたら見た目がそこで固定は、ファッションガチ勢にとっては辛いよね。

 

○かたつむり観光客

フリーゲーム『elona』における最大のネタビルドにして、やりこみ要素。

とにかく貧弱で、しかも塩を投げつけられると即死する。だが、攻略の抜け道は多数存在していて、その抜け道をふさぐためにペット(仲間)の使用を禁止にするなど、様々な猛者がやりこみプレイを続けている。

 

●天の民

MMORPG『Stella』オリジナルの種族。見た目が幼く、非力で魔法の素養が低い貧弱な種族だが、配下に絶大なパワーを与える異能力を持っている。ゲーム的な仕様では、テイムモンスターを強化する能力がある。

かつて一つの世界を支配していた覇者だったが、支配していた労働階級の種族に反逆されて落ちぶれたという、SF小説にありがちな展開をしたよわよわ種族である。

 

○完全スキル制

レベルが存在しない、スキルのみで構成されたゲームデザインのこと。現実世界にあるゲームでは、『Ultima Online』や『Master of Epic』が該当する。

『Stella』や一部のVRMMO小説ではスキルレベルの合計値に上限が存在しないが、本来の完全スキル制はスキルレベルの合計値に上限が存在する。これによって、限られたリソースでキャラクターを作り上げる楽しみができる。

 

○ゲームサーバ

ワールドとも言う、MMORPGやMORPGにおける、それぞれ独立した世界を表わすサーバ。Aというワールドに所属したキャラクターは、Bというワールドに所属したキャラクターとは会うことができない。

ゲーム内の人口調整に使われ、人の混み具合やリソースの分配を適切に振り分ける目的でワールドが分けられる。過疎化したゲームはワールド統合が行なわれることも多い。人が混みすぎているゲームは嫌だけど、人がいないゲームも嫌。MMOって難しい。

 

○チャンネル

ゲーム内の世界を多数複製したもの。Aというチャンネルに移動したキャラクターは、Bというチャンネルにいるキャラクターと会うことができないが、ワールドと違ってチャンネルは自由自在に移動することができる。

ゲーム内の負荷分散に使われるが、VRMMO小説で採用されている光景はあまり見ない。多分、NPCを殺したら復活しないというドラマチックな演出と相性が悪いから。Aチャンネルで殺したNPCがBチャンネルでは生きているとなって、整合性が取れなくなってしまう。

 

○デスペナ

デスペナルティ。キャラクターの死やパーティの全滅時に課されるペナルティ。『ドラゴンクエスト』シリーズの、パーティ全滅時に課される所持金半減が有名。

近年のMMORPGでは、デスペナは撤廃される傾向にある。だがVRMMO小説では重いデスペナが定番で、死亡時所持金半減を導入している作品すらある。MMORPGはとにかく死にやすいゲームなので、銀行システムがないのに死ぬたび所持金半減していると、ゲーム内の貨幣経済が崩壊しそうだ。

 

○戦士ギルド

戦士の戦士達による戦士達のためのギルド。洋ゲーやテーブルトークRPGでしばしば登場するが、国産デジタルゲームでは滅多に見かけない。

戦士がお互いに助け合いをするために存在する組織なので、いわゆる冒険者ギルドとは組織の在り方が違う。

 

●看破

『Stella』において、NPCがプレイヤーキャラクターのスキル値を見るために使われる、NPC専用スキル。

ネット小説では「鑑定」という名前が付いていることが多い。物品鑑定と人物鑑定が一緒のスキルとして扱われているのは、ネット小説のおおらかさを感じる。

 

●騎乗ペット

移動用の乗り物。ゲームによっては、マウントなどとも呼ばれる。

未来の世界のMMORPGはリアリティを出すため世界のスケールが大きいゲームが多い。その代償として、非常に移動時間がかかる欠点がつくが、それを解消する手段の一つが乗り物である。作中では課金アイテムとして騎乗ペットを購入したが、ゲーム内マネーで買ったり、クエストをクリアすることで手に入れたりできる。

 

○レイドボス

多人数で力を合わせて戦う特殊なボス。5人程度で戦う場合もあれば、100人規模で挑む必要があるケースもある。

ゲームによって規模が全然違うため、レイドボスと聞いて想像するものが人によって違う難儀な概念でもある。

 

●時間停止

超能力技能の一種。未来の食品は、この時間停止をされて新鮮さを保ったまま輸送される。

超能力なので、当然、人力。超能力者に取り付けられた機器が時間停止能力を自動で引き出し、世界各地に能力が運び込まれて使用されている。個人宅の食料保管庫などにも時間停止機能がついているので、テレポーテーションに次いで各地で引っ張りだこの能力だ。

 

●ナノマシン洗浄

微細な機械であるナノマシンが汚れを落としてくれる未来の技術。

様々な創作物で、暴走したナノマシンが物質を見る見るうちに分解してしまう描写をされることがあるが、その分解能力を洗浄という形で表現してみたら、この技術になった。

 

●スペースエンゼル種

猫の品種。ターキッシュアンゴラを遺伝子改造することによって、宇宙暦21年に誕生した。

惑星マルス(火星)の低重力環境で猫を自由に行動させるために生み出された品種で、惑星マルスの環境下では背中の羽で自在に空を飛ぶ。ただし、惑星テラ(地球)の重力では、精々高く跳ぶ程度に収まってしまう。

 

●遺伝子改造

遺伝子をいい感じに編集して別の種類の生物を作り出すSF技術。

未来における人間の遺伝子改造に関しては、先天的な疾患を治療するなどといった医療分野でそれなりに発展している。だが、身体能力を上げる目的での改造は社会的問題に発展したため、表向きには改造は行なわれなかったとされている。それでも裕福層を中心に、能力を上げたり見た目を整えたりといったことが、西暦2200年代にこっそり行なわれていた。

AIと子供を作ろうとする場合、AI側が編集した遺伝子を持つ人工精子や人工卵子で交配することになる。AI側がその遺伝子に何を仕組んでいるかは、人類が知ることはない。

 

○ペットロボット

ロボットをペットにするという試みは現実世界でも近年行なわれていて、20世紀末に登場した犬型ペットロボット『aibo』は衝撃を持って世間に迎えられた。

生きていないのでペットロスを防ぐことができる……と思いきや、現代の技術では意外と製品寿命が短い。未来では製品寿命が長く、AI部分さえ無事ならボディが壊れても生きているという価値観も相まって、失われることのない相棒として迎え入れる家庭も多いようだ。

 

○チェーホフの銃

作劇の手法。ストーリー上に存在する要素は、全て後の展開で使うべきだというもの。

この単語を作中に出したら、ヨコハマ・サンポで一言だけ話題に挙げたケイ素生命が、後々に登場すると予想して見事に的中させた読者がいた。すごい。

 

●シブヤ・アーコロジー

東京都渋谷区の位置に存在するアーコロジー。

様々な企業の本社が集まる産業都市としての意味合いが強い場所で、現代の若者の街という特徴は失われている。ニホンタナカインダストリの本社もここにあり、年代物のマーズマシーナリーを飾っているイカす社屋となっている。

 

●マーズマシーナリー

火星開発に使われた人型重機。また、その重機を太陽系統一戦争時に、超能力で動く人型搭乗兵器に改造したサイコタイプが存在する。

重機の運用をするために体高は8メートルと、ロボット兵器にするには小さく、コックピットは非常に狭い。

兵器用のサイコタイプには、超能力増幅装置なる機器が取り付けられている。この増幅装置は本来大きな装置だが小型化に成功しており、高度な超能力文明を誇る異星人でも実現できなかった小サイズに収まっている。

 

●マンハッタン・アーコロジー

アメリカ国区のニューヨーク地方にあるアーコロジー。

映像を扱う企業が多く、映画会社や撮影スタジオなどが建ち並んでいる。芸術都市でもあり、音楽ホールや劇場なども数多くある。

 

●アンドロイドスポーツ

その名の通り、アンドロイドによるスポーツ行為。及びスポーツ興行。

機体の性能と運動プログラムの両者を競って、様々な企業が自社のアンドロイドを使ってしのぎを削っている。企業の技術を示すという意味で現代におけるモータースポーツに近い立ち位置だが、人気に関しては現代のプロサッカーに近い。

 

●サイボーグスポーツ

サイボーグ化した人間によるスポーツ。いくつかの競技では、超能力の使用も許されている。

規格化されたサイボーグで一律な身体能力となり、自作した運動プログラムでスポーツの腕を競う、割と知的な競技である。

なお、サイボーグ化に必要なパーツは全て行政の割引が利き、安価でサイボーグ化が可能となっている。動作の誤作動を防ぐため、サイボーグパーツを扱うジャンク屋というSF味あふれるお店は未来には存在しない。

 

●ノンサイバネティックスポーツ

サイボーグ化していない生身の人間によるスポーツ。

市民レベルで親しんでいる者は多いが、宇宙的なプロスポーツとして興行が存在するのは、野球といくつかの格闘技のみである。プロリーグが存在しない競技では、大きな大会も開かれることは滅多になくなっており、いわゆる五輪大会も廃れている。これは、かつて地球の惑星環境が壊滅的なほどまで悪化したため、屋外での運動が困難になり、スポーツ大会が次々と中止になった影響によるもの。その後、太陽系統一が成された後にサイボーグスポーツとアンドロイドスポーツが勃興したが、ノンサイバネティックスポーツはそれらと比べて地味だったため、流行らなかった。

 

○匿名掲示板

名前を伏せて交流するインターネット掲示板。現代における『5ちゃんねる』『ふたばチャンネル』『4chan』など。

未来では廃れてしまった概念。『Reddit』みたいな非匿名の掲示板は生き残っているかもしれない。

作者一人で書くと、まとめサイト方式という形でやらない限り、どうしても自演臭を避けられないのが難点。

 

●太陽系統一戦争

地球と宇宙移民の間で行なわれた大戦争。地球の各国が植民地支配していた火星が反乱を起こすことで勃発した。

この戦争により人類管理AIマザー・スフィアの支配体制が確立され、人類はAIが支配する統一国家のもと、太陽系外に宇宙進出していくことになる。

 

●北アメリカ統一国

第三次世界大戦後に生まれた、アメリカ大陸の北部一帯を支配する国家。未来の世界ではこの国の領土をアメリカ国区としている。

アメリカ合衆国がカナダとメキシコを併合して生まれた国。宇宙進出に積極的で、火星の植民地も広大な面積を誇っていた。

 

●スピカ

北アメリカ統一国製のマーズマシーナリー。火星の北アメリカ圏で広く使われていた重機。アメリカ人の体格に合わせた広めのコックピットが特徴。

太陽系統一戦争ではサイコタイプに改造され、マクシミリアン・スノーフィールドの愛機フェンリルとなった。

 

●球体戦闘機

太陽系統一戦争時に地球側が使用した遠隔操作兵器。

上下の存在しない宇宙での戦闘を想定して、球状を取っている。超能力で動くPSY型も中には存在したが、マーズマシーナリーほどの機体性能に仕上げることができなかったため、戦争で活躍することは一度もなかった。

 

●電気妨害力場

太陽系統一戦争で火星軍は、ナノマシンを空間中に散布して電子機器の作動を妨害する力場を作った。

人型ロボットを戦争で活躍させるための方便。ミノフスキー粒子を出すわけにもいかないし、どういう理由で戦争に人型ロボットを使おうと悩んで出てきた答えが、これ。

 

●高重力弾

重力制御技術を応用した大量破壊兵器。広範囲で強い重力を発生させ、全てを押しつぶす。

熱や有害物質を伴わない兵器として、発動後の占領を念頭に置いて作られた兵器。太陽系統一戦争でも幾度となく使われ、多数の宇宙艦船をスクラップに変えた。

 

○マスドライバー

大質量を月から撃ち出して、地球に投下する輸送施設。大がかりなカタパルト。

SF小説では、地球へ物を打ち出すという性質を用いて、地球に岩石を飛ばす破壊兵器として転用されることがしばしばある。太陽系統一戦争では、最初から地球への攻撃目的としてマスドライバーが設置された。月という制空権を取られたら、地球人にはどうしようもないという一例である。

 

○パイルバンカー

巨大な杭を敵に打ち込む、使い捨てのロマン兵器。

ロマンにあふれすぎる兵器だが、威力が絶大なため太陽系統一戦争時にはマーズマシーナリー単機での宇宙戦艦落としにしばしば用いられた。こんな兵器を実用するあたり、未来人は未来に生きている。

 

○テラフォーミング

惑星を人類が居住可能な環境に調整する技術。火星のテラフォーミングが現代でもよく話題にあがる。

未来の世界ではテラフォーミング技術が完全に確立されており、いくつかの惑星が居住可能な環境に変えられている。しかし、惑星全体の重力を地球水準にすると、公転が狂ってしまうため、なかなか地球と瓜二つの環境を持つ惑星を作ることはできていない。

 

●インプラント端末

人類の肉体に植え付けて、さまざまなARサービスを提供するための端末。未来におけるパソコンやスマホのポジション。

太陽系統一戦争時にはすでに存在していたが、当時は粗悪品も多く、電気妨害力場の影響下に置かれると暴走して、宿主を殺害してしまうケースが相次いだ。宇宙3世紀では厳しく法整備が成されていて、誤作動をしても宿主に害を与えることはなくなっている。

 

●ブラジル帝国

第三次世界大戦後に生まれた国家。南アメリカ大陸一帯を支配する大帝国。

未来の世界では、この帝国の元支配地域をブラジル国区と呼称している。いったい何があったんだ、ブラジル……。

 

●ソビエト連合国

第三次世界大戦後に生まれた国家。旧ソビエト共和国の範囲を支配する大国。

ロシア連邦が第三次世界大戦後でいろいろあって、ソビエトに姿を戻した。この国の支配地域が後のソビエト国区になる。

 

●ブリタニア教国

第三次世界大戦後に生まれた国家。イギリスの国土のうち、ブリテン島を支配する島国。

魂の技術の解明により、第三次世界大戦中に「ブリタニアの民の魂は死後、ブリタニアの地に還る」とした新興宗教がおこり、国粋主義者の支持を受け一大勢力となって、宗教国家が誕生する。それが太陽系統一戦争時まで勢力を維持し、未来の世界のブリタニア国区として形を残した。

ちなみに料理が美味しいことで有名な国。「世界各国の料理を外食で食べられる」というイギリスの特徴が長い年月をかけて発展し、世界中の料理が高次元で調和し融合した結果、「万国料理」が実現した。

 

●大ヨーロッパ連合

第三次世界大戦後に生まれた国家。ヨーロッパ一帯を支配する連合国。

第三次世界大戦時、中東の石油原産国はヨーロッパ地方の国々と激しく争い、欧州各国は大打撃を受けた。戦後、ボロボロになったヨーロッパ各国は、スペイン生まれのカリスマあふれる指導者の指揮の下、一国にまとまることとなる。ただし、遠く離れた島国のイギリスを除いて。

 

●新モンゴル帝国

第三次世界大戦後に生まれた国家。アジア一帯を支配する大帝国。

かつてのチンギス・ハンの再来のごとく、第三次世界大戦で勢力を伸ばしたモンゴル。その勢いは太陽系統一戦争でも衰えず、最終的にアジア一帯をモンゴル国区とすることで収まった。なんかもう、ものすごい結末である。

 

○テセウスの船

古くなった船の部品を順次交換していって、やがて船に最初の部品が何も残らなくなったとき、その船は最初の船と同じ船と言えるのかというパラドックス。

自作パソコンを組んでいるとしばしばこの状態になるが、バンドル品が存在するとそのバンドルがパソコンの本体と言えるような状態となる。

 

●サイバーポリス

未来のネットの海を巡回する警察。全人員がAIで構成されている。

マザー・スフィアは、よく他人の配信に勝手に乱入して場を騒がせるため、しばしばサイバーポリスが出動してマザーが怒られる状況になっている。大丈夫か支配AI。

なお、サイバーポリスはSNSの炎上にも出動して、教育的指導を行なっていくため、未来のネットはサイバーポリスを恐れて無駄に民度が高くなっている。

 

●セルモデル

生分解性プラスチックであるセルロース樹脂を使ったプラモデル。

なぜ、わざわざプラモデルからセルモデルへと呼称が変わっているのかというと、人類が宇宙進出した後にスペースコロニーでは石油製品を使用できず、セルロース樹脂が石油性プラスチックの代わりに用いられた。その時に、セルモデルという呼称で大ヒットを飛ばしたプラモデルシリーズがあり、それが一般名称に変わるほど定着してしまったのである。

 

○野球

球技の一種。未来では、サイボーグ化していない生身の人間がプレイする伝統あるスポーツとして、人気が高い。

未来では細かいところで現代からルールも変わっているが、伝統文化としての保護がされているため、現代人が見てもおかしく感じるほどの変化は起きていない。サイボーグが野球をすると場外ホームランを連発してしまうため、未来で野球をすることが許されるのは、非サイボーグの人間のみ。選ばれた者のみがプレイできる高尚な競技として、絶大な人気を誇っている。

プロリーグも存在し、惑星テラでは大きな国区に一チームずつプロチームが作られており、年間を通してペナントレースが行なわれている。プロチームの選手は一級市民だが、引退すると二級市民に扱いが落ちてしまう。そのため、引退選手は、一級市民に留まるためにプロのサイボーグスポーツ選手に転向するケースが多い。だが、若い頃からサイボーグスポーツを行なっていた選手との軋轢もあるようだ。

 

○オリハルコン

架空の金属。伝説の島アトランティスに存在したと古代ギリシアの文献で記されているとか。

ファンタジー創作において、強力な武具の材料として登場することが多く、架空の金属ゆえにその見た目は様々。

 

○ミスリル

架空の金属。『指輪物語』の作者トールキン先生の創作金属。

ファンタジー小説やゲームでフリー素材のごとく使われているが、近代に入ってから創作された物なので権利関連でいろいろとあるようだ。

 

●来馬流超電脳空手

ソウルコネクトゲーム用の格闘術の流派。琉球空手を古くから伝える来馬家が、フルダイブVRの勃興を受けて、ゲーム用に調整した空手を一から編み出したのが流派の始まり。

間合いを広く取る中距離攻撃が主流のソウルコネクトゲームの格闘に反するように、超近距離の接近戦を旨とする攻撃重視の空手となっている。

来馬流超電脳空手のVR道場には多数の門下生と指導者が所属しているが、見込みのある人間は、リアルの来馬流空手道場の門下生としてスカウトされることがある。

 

●エナジーハサミ

刃部分がエナジーマテリアルで構成されたハサミ。人体及び肉類を切れないように調整されている。

刃物が苦手な未来人も、エナジーハサミなら安心して使うことができる。

 

●エナジーパン切り包丁

刃部分がエナジーマテリアルで構成されたパン切り包丁。人体及び肉類を切れないよう調整されている。

肉を切れないので、ミートパイを綺麗に切り分けるのは苦手かもしれない。

 

●ヨコハマ海水公園

ヨコハマ・アーコロジー内にある人工海水浴場。

未来の人類は、死体が発見されない死を何よりも恐れるため、自然の川や海に恐怖を覚える。だが、この海水浴場のように完全に管理された水は怖がらないようになっている。

ヨコハマ内でも市民に人気のスポットの一つで、常に夏の気候が保たれているため、季節を問わずヨコハマ市民が遊びに訪れる。

 

●電子サイン

空間投射画面に入れた署名を画像として保存するだけの、旧態的で慣例的な仕組み。AIにとっては筆跡を真似することなど容易いため、本人の証明としてもほぼ役に立たない本当に雰囲気だけの慣例である。そのため、契約書の署名以外の電子サインは行政の現場から根絶されている。

契約書にわざわざ電子サインを入れるのは、重要な契約書にはマザー・スフィアのチェックが入るので、マザーに誓って契約を守りましょうという儀式的な意味がある。なにげにマザー関連は宗教っぽさがにじみ出ている。

 

○オブ・ザ・デッド

ゾンビ物の映画やゲームのタイトルにつけられる言葉。『(舞台名)オブ・ザ・デッド』のように命名して使う。

オブ・ザ・デッドとタイトルについているだけでゾンビが出てくると判るので便利だが、同時にB級臭も漂うのが困りどころ。

 

○ワールドシミュレーター

高度なコンピュータ内に世界を丸ごと一つ再現して、演算により世界の運営を行なった物。ゲームの世界を構築する一手法として用いられる。

世の中のVRMMO小説ではこのワールドシミュレーターとしての側面を持つゲームの登場率が高く、なまじ貨幣経済や物流などを再現してしまっているため、ゲームとして利便性が低くなっている光景がしばしば見られる。

 

●バーチャルインディーズマーケット

インディーズのゲーム、漫画、小説、音楽、グッズなどの製作の成果を披露するVR空間上の祭典。全宇宙で最大級のインディーズイベント。夏と冬の年二回開催され、夏は四日間、冬は三日間にわたって行なわれる。ちなみに208話の冬で第787回目の開催である。

参加者には無料の電子カタログが配られる。ページ数は膨大だが、電子上の本なので持っても特に分厚くはない。

明らかに日本のコミックマーケットの影響を見てとれるが、コミックマーケットは第三次世界大戦時に中止に追い込まれて以降は開催されなくなってしまった経緯を持つ。

 

●リアルフレンドマッチングサービス

行政が提供しているリアルでの趣味の合う知り合いを作るサービス。

二級市民達はゲームの世界に引きこもってばかりのように思えるが、意外とリアルの知り合いも多い。それは、養育施設での集団教育で知り合いができやすいことに加え、こういったマッチングサービスの使用を積極的に行政が推し進めていることが大きい。

 

●養育施設

子供を生後間もなくから預かって、十五歳の成人を迎えるまで集団で育てる公共施設。

学習装置を使って子供に教育も行なうため、未来の世界では学校が存在しない。また、ゲームとリアルの違いを教え込むために、『ネバーランド』と『アナザーリアルプラネット』というVR空間での教育も行なう。人が子供を育てることを放棄した未来社会の闇がぎゅっと詰まっている施設と言えるだろう。

ちなみに作中の登場人物では、チャンプとノブちゃんの二人は養育施設で育っていない。

 

●学習装置

脳と魂に直接情報を送り込む機械。未来の子供達は、この装置を使って言語から社会常識まで幅広いことを学ぶ。

勉学を一瞬で学ぶことができる便利機械だが、趣味の分野でこの装置を使うことはほとんどない。人類には余暇が無限にあるため、趣味に関することは一からこつこつ覚えるべきという風潮がある。なので、学習装置を使ったゲームの達人の類は存在しない。

一方、AI達はゲームに関しても、専用プログラムをインストールして一気に強くなる。『St-Knight』でヒスイがチャンプであるクルマムと互角に渡り合ったのも、格闘ゲーム用プログラムのおかげ。なお、『Stella』の闘技場では、AIプレイヤーの対戦が行なえないようになっている。AIと人間とでは根本的な強さが違うので区別されており、闘技場とは別にAIプレイヤー用のPvPエリアが存在する。

 

●ネバーランド

子供にゲームの楽しさと、ゲーム内での生活の仕方を教えるVR空間。MMOの一種で、全養育施設の子供達が一堂に会することができる。

牧歌的な世界で、子供の好きそうな要素がたっぷりと詰まっている。十五歳で卒業しなければならないため、出るのを惜しむ子供も多いのだとか。そういう子供は成人後もMMO世界にどっぷりと浸かる傾向にある。

 

●アナザーリアルプラネット

子供にリアルの厳しさと危険を教えるVR空間。MMOの一種で、全養育施設の子供達が一堂に会することができる。

他のゲームでは許されていない痛覚や疲労、空腹、便意などが再現されており、ここでゲームとリアルの違いを徹底的に学ばされる。子供に扮したAIのエキストラがそこらにまぎれており、彼らが子供達に代わって刃物で怪我をしたり、火で火傷をしたり、川で流されたりすることで、リアルに潜む危険を子供達にトラウマレベルで徹底的に教え込む。

 

○芋煮会

外に集まって芋煮を食べる東北地方における秋の風習。芋煮は地域によって味が異なり、使う調味料や芋の種類、具材などで特色を出す。

味の違いによって、時には喧嘩に発展することもあるようだ。東北民にとっては、喧嘩するほど大事な存在なのだろう。

 

○オーク

『指輪物語』の作者トールキン先生が考え出した架空の種族。エルフが変じた邪悪な存在とされている。

創作種族だが、オークの名は伝承上の存在から取ったため、ホビットなどと違ってオークを創作物に登場させることに著作権的な問題が発生しない。

オークはしばしば豚の頭を持つモンスターとして描写されることがある。テーブルトークRPG『ダンジョン&ドラゴンズ』のモンスターマニュアルに描かれた挿絵が豚頭のもとになったと言われているが、どのように世間へその姿が広まっていったかは定かではない。

近年では「人間を孕ませて増える」というエロゲ設定を採用する作品も見受けられるが、「豚頭なので肉が豚肉のように美味い」という設定もセットで付けたせいで、どこかカニバリズム的な雰囲気になってしまっていることがある。

 

○コボルド

妖精の一種。近年のファンタジー創作では、直立歩行する犬系モンスターとして描かれることが多い。

本作ではコボルドと表記するかコボルトと表記するか最後まで悩んだが、読者にとってはかなりどうでもよさそう。

 

○エルフ

これまた『指輪物語』の作者トールキン先生が伝承の妖精をもとに考え出した架空の種族。

『ロードス島戦記』を始めとするファンタジー創作の影響で、現在の日本におけるエルフ像は原典から変質しきっている。また数十年経ったら、違うエルフ像ができあがっているのだろうか。

 

○風呂

未来の世界にはナノマシン洗浄があるため、個人宅の風呂場は姿を消した。レジャー目的としてスーパー銭湯のような施設が、水を豊富に使える一部の惑星内に残るのみである。

 

○冒険者ギルド

仕事が欲しい戦闘能力者を集め、短期の仕事を斡旋する組織。国を超えた大規模組織として描かれることもある。

冒険者がお互いを助け合うためのギルドとしての性質は薄く、冒険者という従業員を雇う大企業としての側面が強い。

 

○冒険者の酒場

冒険者を集めて仕事を斡旋する個人経営のお店。冒険者ギルドのような横の繋がりは存在しないケースが多い。

デジタルゲームへの採用は冒険者ギルドよりもこちらの方が早かった。組織を描く必要がないからだろうか。

 

●超能力強度

超能力の強さを定量的に表わしたもの。ほとんどのソウルコネクト用対人ゲームでは、超能力強度がフラットになるよう調整されているため、超能力強度での有利不利は存在しない。

リアルでのパーティゲームやアナログゲームでは超能力強度を調整できないため、リアルファイトへの発展に気をつける必要がある。

 

○クソエイム

「相手に銃弾を命中させる能力がクソでいらしてよ」を意味する言葉。

FPS系ゲームの実況配信では煽りコメントとして結構な頻度で見られる。

 

●ウェンブリー・アーコロジー

ロンドンのウェンブリーに存在するアーコロジー。ウェンブリー・グリーンパークが存在する一大観光都市。

自然あふれるグリーンパークが存在する影響か、アーコロジーの各所には珍しく街路樹が設置されている。自然は多いが管理された自然なので、虫の類は沸いていない。花の受粉は虫型ロボットが行なっている。

 

●ウェンブリー・グリーンパーク

ウィリアム・グリーンウッド元公爵が運営するアミューズメントパーク。

アトラクションが並ぶ遊園地の他、マーズマシーナリー体験施設、競馬場、動物園、乗馬施設、動物触れあい広場、プール、スキー場、ホテルと様々な施設がそろっている。自然に触れてみたいが、高い観光費用は出せないというスペースコロニー在住の二級市民に人気のスポットである。

 

●ウェンブリー競馬場

地球環境の悪化により消滅した競馬を未来の世界に蘇らせた、ウェンブリー・グリーンパーク内の娯楽施設。

出場する馬も全て旧来的な競馬に使われていたサラブレッド種であり、遺伝子改良された馬は出場できない。馬主はほとんどがグリーンウッド閣下であるが、競馬ファンがクレジットを払って馬主になることも可能である。競馬ファンが馬主になった場合も、一律でグリーンウッド閣下が経営するいくつかの牧場で育てられることになる。

入場時に配られる電子チップを賭けるギャンブルが公式に行なわれている。クレジットを使ったギャンブルは法で禁止されているため、電子チップをクレジットで購入することはできない。足しげく通って、チップで推し馬を応援しよう!

 

●モッコス

惑星ヘルバで採れる植物を煎じた飲料。うま味がたっぷり。

ヨシムネはこの飲み物を飲むたび、頭の中に邪神像の姿が思い浮かぶとかなんとか。

 

●SC式学習装置

脳に直接情報を叩き込む一般的な学習装置とは違い、魂の記憶野に情報を流して学習させるソウルコネクトの基本機能。

その性質上、脳が存在しないアンドロイドやソウルサーバにソウルインストールした人間向きの機能となっている。通常の学習装置もそうだが、趣味の分野でこれらの装置を使うことは、避けられがちである。趣味ならば自分で一から学べという風潮があるためである。

 

●自動作曲ツール

チェックシート方式で作りたい曲を選ぶと、自動で曲を出力してくれる未来の素敵ツール。

それなりのクオリティの曲ができるため、インディーズゲーム製作者達に愛用されている。こんなツールがあるのでは、凡才の音楽愛好家では作曲者として一級市民になることはとてもできないだろう。社会は厳しい。

 

●エナジーエプロン

エナジーマテリアルでできたエプロン。エナジーマテリアルは出力を解除すれば、何もなかったかのように消え去る。そのため、汚れがついても外して出力解除してしまえば、洗浄の必要がない。

ナノマシン洗浄は便利だがナノマシンの製造コストがかかるため、ソウルエネルギー以外の資源を消費しないエナジーマテリアルで積極的に代替されている。

 

●純米大吟醸『覇王来馬』

チャンプの実家である来間家が経営する酒蔵で造られるお酒。伝統的な日本酒の仕込みがされる、マニア垂涎の純米大吟醸である。

ちなみに酒蔵で働く人達は一級市民だが、チャンプ本人は酒蔵の経営の仕事をしないで三日に一度の空手道場の指導員のみをやっているので、彼は準一級市民である。遊びたい盛りの若者だから仕方ない。

 

●銀河アスレチック

アンドロイドスポーツの一つ。大規模な障害物競走。

複数の選手が一斉にスタートし障害物を越えてゴールを目指す。コース上に用意されたギミックを使って、他選手を蹴落としていく豪快さが人気。

 

●高振動カッター

マーズマシーナリーの兵装である作業用ブレードのこと。元々は、重機として石切などに使うためのオプションパーツ。

超高速で振動していて、その振動により切断力を増している。作品によっては、高周波ブレードなどとも言われるSFガジェット。

 

○男の料理

一人暮らしを始めた男という生き物は、チャーハン、カレーライス、パスタの三種の料理に、異様なこだわりを見せるという……。

 

○発狂

シューティングゲームやアクションゲームで、敵のボスが追い詰められたときに超絶パワーアップすることを指すゲーム用語。

相手が発狂した状態でこちらが守りに回ると、物量で押し切られジリ貧になってしまうので、守るかたたみかけるかの判断が重要になる。

 

○プレイヤースキル

ゲームの技量を指すゲーム用語。主にオンラインゲームで使用される言葉。

MMORPGにおいて、PvEをただ漫然とこなしているだけでは、PvPに必要なプレイヤースキルは全く上昇しないのだが、自らの身体を動かすVRMMOでは、はたしてどうなのだろうか。

 

○砂上船

砂漠の上を進む船。様々な実在ゲームで登場する。

帆に風を受けて進むビジュアルが多く見受けられるが、その程度で砂の上を物体が進むとは思えないので、魔法的な何かがきっとあるのだろう。魔法などの不思議要素がないゲームにも登場するが、気にしないでおこう。

 

●メタルオリンピア

四年に一度行なわれるアンドロイドスポーツの祭典。いわゆる五輪大会のアンドロイドバージョン。

なお、サイボーグスポーツの祭典はアイアンオリンピアという。生身の人間によるスポーツの祭典は、残念ながら行なわれなくなってしまっている。

競技場に観客を動員して行なわれるが、人間用の競技場はアンドロイドが力を発揮するにはせまいため、巨大な施設になっている。そのため、観客席から選手が遠すぎて見えなくなってしまい、わざわざ現地まで来ているのに手元の映像で観戦するという本末転倒な事態になってしまっている。

 

●重量投げ

重量挙げのバーベルを砲丸投げのごとくぶんなげるアンドロイドスポーツ競技。

投擲物が明らかに投げるのに向いていない形状をしているが、スポーツの在り方に合理性を説いてはいけない。

 

●運動プログラム

スポーツ中にどう動くべきかの指示を出すプログラム。アンドロイドスポーツとサイボーグスポーツの両方で導入されている。

サイボーグスポーツでは、実際に運動を行なう選手と運動プログラムを作るプログラマーとでチームを組んで競技に挑むのが、ガチ勢の間での通例となっている。

アンドロイドスポーツではアンドロイドを製作できるような大企業が運動プログラムを作るため、開発規模がサイボーグのそれとは比べ物にならないほどになっている。アンドロイドスポーツは、まさしく社運を賭けた戦いになる。

 

○スクリーンショット

ゲーム内で撮る写真のこと。画像データとして保存される。

未来のソウルコネクト内では、視界をそのままスクリーンショットにする他、両手で枠を作ってその範囲を撮る方法や、仮想のカメラを出現させて撮る方法など、いくつかの手段に分かれる。未来のリアルではスマホ等の情報端末が廃れてインプラント端末を使用しているため、ソウルコネクト内と似た方法で写真や映像を撮ることができるようになっている。

 

○RTA(Real Time Attack)

ゲームの開始からクリアまでの実時間を計る、やりこみプレイの一種。

最速クリアを目指すため、チャートと呼ばれるゲームのプレイ手順をあらかじめ作成し、練習とテストランを重ねる。RTAの大会なども開かれており、配信文化と合流して流行の兆しを見せている。

 

○オープンワールド

世界がすべてシームレスにつながっていて、自由に移動・探索が可能となっているゲームの仕組み。

マップ切り替え時のローディングがないだけで、プレイヤーのストレスはかなり解消される。オープンワールドと言えば広大な3Dマップの印象が強いが、中には2Dゲームでもオープンワールドを採用している気合いの入った作品が存在する。

 

●超光速ドライブ装置

ゲーム『Wheel of Fortune』に登場する架空の移動装置。未来の時代から見ても、架空の装置扱い。

未来において、宇宙船を超光速で動かす手段は、テレポーテーション以外に存在しない。なので、宇宙船には必ずテレポーテーション装置が取り付けられている。通常航行は、精々が細かな位置調整で行なう程度である。それでも地上から直接テレポーテーションを使わず宇宙船に乗りこむ理由は、自転や公転の計算を簡素にしてソウルエネルギーの消費を抑えるためである。

 

●ワープドライブ装置

ゲーム『Wheel of Fortune』に登場する架空の移動装置。未来の時代から見ても、架空の装置扱い。

未来において、超能力に頼らないワープ技術は確立されていない。超能力学分野では超能力のテレポーテーションの仕組みを解明しようとしているが、宇宙船を自在に飛ばすほどの成果は得られていない。

ちなみに、他の宇宙船の機能として、重力バリアや電磁バリアは実現している。ただし、これらは軍用の強力なバリア機能であり、通常の宇宙船がスペースデブリを防ぐ目的では、超能力による障壁のサイコバリアや、ソウルエネルギーを物質化したエナジーバリアは用いられている。

 

○レトロゲーム

古いゲームを指す言葉。

印象的にはファミコンやスーパーファミコンあたりのドット絵のゲームを指す言葉に見えるが、古いゲームという言葉の定義によるならプレステ3も十分レトロゲーム。ハイポリゴンの3Dゲームをレトロゲーム扱いするのはかなり抵抗があるが、プレステ3が出たのは15年以上前。古い物は古い。

 

●血中ナノマシン

未来の人類は体内にナノマシンを保持している。インプラント端末で制御されており、健康を保ち、怪我の治療を早め、精神を安定化させている。

月に一度の錠剤を飲むことで補給され、古くなった物は便として排泄される。血中ナノマシンにもタイプがいくつかあり、アンチエイジングタイプやスポーツタイプなど、身体をどう整えたいかで各々が自由に選択する。

 

●人形操作型ゲーム

コントローラーを使って画面上のキャラクターを操作する、旧来的なゲームを指す未来のゲーム用語。

未来では直接自分のアバターを動かすフルダイブVRがゲームとして一般的になったため、キャラクターを操作するゲームにわざわざこの名前が付けられた。

 

●アンチサイキックフィールド

超能力の発生を抑制する超能力であるアンチサイキックを利用した空間。アーコロジーやコロニーの市街地に展開し、市民の超能力の濫用を防いでいる。

ソウルコネクト内での超能力の抑制は機械でいくらでも処理できるが、リアルで超能力を抑制させようとすると、専用の機器を直接身体に押し当てるか、このアンチサイキックを展開するかしか手段は存在しない。超能力妨害電波のような便利な技術は未だ発明されていないのが現状である。

 

●ヨコハマ・アーコロジー第一養育施設『はまはま園』

2000人の子供を収容可能な養育施設。生まれたての0歳児から成人間際の14歳までの全子供世代を収容の対象としている。

第一とくれば、もちろん第二、第三もある。ヨコハマ・アーコロジーは建造当初、一級市民しか住民がいなかったが、結婚した一級市民が順調に子孫を残した結果、ゆるやかに人口増の傾向にあり二級市民が年々増えていっている。アーコロジー内の土地は有限なため、数十年後に居住区は定員いっぱいとなる。そのため、他惑星やスペースコロニーへの移住が予定されている。ヨコハマ・アーコロジー自体の拡張予定はない。

 

●ポスト自然愛好家

未来における自然愛好家の一つの在り方。AIによって管理された惑星テラの自然こそ至高と考え、AIに見守られながら自然の中で生きることを旨とする人々。

機械に極力頼らず生きるが、全ては管理された温い環境だからこそできること。それを彼らも自覚しており、管理してくれるAIに感謝しながら自然区画で生を満喫している。なお、死後はソウルサーバへのソウルインストールは行なわず、自然に還ることを主義にしている。これもある種の宗教なのだろうか。

 

●超能力家電

時間停止をする食料保存庫、時間加速機能を駆使する自動調理器、パイロキネシスで料理を温めるレンジと、未来人の生活に超能力は欠かせない。これらの超能力家電は、アルバイトの二級市民から専用機器で超能力を抽出し、超能力増幅装置で規模を増やし、遠隔操作でその超能力を発動させている。人力と機械技術が融合した文明が未来の世界である。

 

●パリ・アーコロジー

ヨーロッパ国区の旧フランス圏にあるアーコロジー。古い文化を継承する目的で、太陽系統一戦争時の市街地が保存されている歴史都市。

1000年近い歴史を誇る建造物が多数残されており、シャンゼリゼ劇場の他、シャルル・ド・ゴール広場、エトワール凱旋門、ガルニエ宮、ルーブル宮殿、エッフェル塔などが現存している。

アーコロジーの住民も、歴史保存や歴史研究に関わる市民が多く所属しており、高層建築物の少なさから、二級市民はほとんど見受けられない。

 

●ワンダーランド

子供の養育用ゲーム空間『ネバーランド』で開催されるステージイベント。子供と大人達の交流をはかるために定期的に行なわれている。

出演者はアマチュアからプロまで幅広い層が呼ばれているが、出演したいといってできるものではない。出演には他出演者のコネが必要。出演したい者は後を絶たないので、コネで呼ぶくらいがちょうどよいのかもしれない。

 

●クレアボヤンス検査機

現代の金属探知機の代わりに移動施設で使われる、手荷物検査機。クレアボヤンス(透視能力)を使う超能力機器である。

透視能力といえば卑猥な目的での使用がコメディ漫画では定番となっているが、実際にやろうとしたら服一枚向こうを透視することは可能。ただし、町中はアンチサイキックフィールドが展開しており、認可されていない超能力は使用できない。そのため、透視を卑猥な目的で使うには、自室に相手を招く必要があるが、その時点で透視をするまでもない脈あり状態の可能性が高いのではないだろうか。

 

●年間王座決定戦

『St-Knight』の頂点を決める年に一度の戦い。11年の歴史を持つが、歴代王者は今まで2人しかいない。『St-Knight』はソウルコネクトの対戦型格闘ゲームで最もプレイ人口が多いため、実質的にソウルコネクトの対戦型格闘ゲームおよびアクションゲームで一番強い者を決める戦いとなっている。

11月のランクマッチの結果を参考に出場選手が決められ、12月中旬からトーナメント戦が行なわれる。決勝戦および三位決定戦は12月31日の大晦日に行なわれるが、これは現代日本の年末に格闘技の興行を行なう風習が形を変えて残ったものとなっている。

 

●宇宙暦300年記念祭

宇宙暦の制定から300年目を記念して開かれた宇宙的セレモニー。その実態は、惑星ガルンガトトル・ララーシの先住種族ギルバデラルーシとの交流開始を人類に知らせるサプライズイベント。

惑星ガルンガトトル・ララーシの人類基地に作られたステージで、丸一日かけて様々なステージイベントを執り行なう。ギルバデラルーシの紹介映像公開、元大長老とマザー・スフィアのトークショー、宇宙中の有名歌手を集めた歌謡ショー、芸能人とギルバデラルーシの重鎮によるゲーム体験などのプログラムが組まれている。全宇宙の人類に配信されているが、客席はギルバデラルーシによって埋められているため、ギルバデラルーシ向けの催し物が多めになっている。

 

●ギルバデラルーシ

惑星ガルンガトトル・ララーシの先住種族。有機ケイ素化合物で身体が構成されたケイ素生物で、超能力を使用することができる知的生命体。

体高3メートルから6メートルの直立二足歩行の人型生物であり、手の指は左右それぞれ8本ずつある。なお、足の指は4本ずつである。銀色に光る体表をしていて、人間よりも頑丈な身体をしているが、別に身体が金属でできているわけではない。惑星上に存在する結晶生物などのケイ素生物を加工して食べる。惑星の地表上に水が液体としてほとんど存在しないので、水は飲まない。巨体に見合った腕力を持つが、動きは人類と比べると鈍重。

雌雄はなく、長老と呼ばれる個体が卵を産み、群れで活動する社会性の生物。それぞれの群れは部族と呼ばれ、部族の長老がテレパシーで他の部族の長老と情報を交換することで、交配の代わりとする。惑星全ての長老を束ねる存在を大長老と呼ぶが、大長老は身体構造的には、ただの長老と変わりはない。

高度な超能力文明を築いており、結晶を加工して服を作ったり、金属を加工して道具を作ったりといった簡単な知的活動だけではなく、文学の脳内執筆や学問の研究、楽器の演奏や歌唱、テーブルゲームによる遊戯などの文化的活動を行なっている。精神性は極めて温厚で、人類とのコンタクトでも最初から友好的な態度を貫いていた。

記憶力が非常に高く、テレパシーでお互いに情報をやりとりして記憶を補完し合っているため、文字の概念が人類と接触するまで存在しなかった。さらにコンピュータなどの演算装置も発明されていなかった。人類からそれらがもたらされたため、さらなる文明の飛躍が期待されている。

 

●魂の柱

ギルバデラルーシの死後の魂を収めておくための黒い柱状の物体。ギルバデラルーシの宗教は、これに宿る魂を崇拝する祖霊信仰である。

ギルバデラルーシは神への信仰を文明成立から早いうちに捨て去っており、魂の柱を発明する以前の初期の祖霊信仰の段階で、すでにあの世の存在を信じていなかった。魂は消え去った後も、大地に宿って見守り続けているといった宗教観がかつてあり、それが発展していって魂の柱の発明に至った。

 

●岩の鎧

岩と名が付いているが、実際は結晶生物を加工して作られた強靭なマテリアルで作られたプロテクター。

ギルバデラルーシが戦争時に装着していた防具で、敵対種族のプリングムの矢を無傷で弾く性能を誇っていた。しかし、戦争末期ではプリングムは強力なクロスボウやバリスタを発明しており、サイコバリアと岩の鎧を貫かれることも多かった。

プリングムが絶滅した現在では、ギルバデラルーシが式典や祭事で装着する、正装として用いられている。

 

●プリングム

惑星ガルンガトトル・ララーシの先住種族の一つ。ギルバデラルーシと壮絶な生存競争を繰り広げた。

直立二足歩行だが、腕が四本ある人型種族。力が強く、雌雄があり多産。同族間での連帯感は強いが、他種族に対しては自分の下に置かないと気が済まない凶悪な精神構造をしている。知能がそれなりに高く、ギルバデラルーシから金属加工技術を盗み出し、鉱脈を地下に掘り進めて巨大な地底国家を築いた。

千里眼や透視能力を持つギルバデラルーシも、地下は深く見通すことができなかったため、両種族の戦争は泥沼化した。

戦争末期には、捕らえたギルバデラルーシに薬剤を投与して超能力を無理やり使わせる技術を確立し、アンチサイキックフィールドを戦場に展開してギルバデラルーシを追い詰めた。だがその戦いも約512年前に決着が付き、地底国家は崩壊。その後は惑星中に散り散りになり隠れ住むようになったが、約256年前にとうとう最後の一人が倒され、絶滅した。

 

●マスコットロボット

現代における着ぐるみの代わりに作られるロボット。プロ野球チームのマスコットや、ウェンブリー・グリーンパークのマスコットなどが作中に登場している。

中には高度有機AIが積まれており、完全にキャラクターになりきって子供に愛嬌を振りまく。AIは仕事用のマスコットロボット以外にもプライベート用のアンドロイドのボディを所持しているが、アンドロイドの状態で自分はマスコットをしていると話すことはしない。未来でもマスコットの中の人は露出してはいけないのだ。

 

●結晶生物

惑星ガルンガトトル・ララーシに生息する知性を持たないケイ素生物。自ら動くことはなく、地面に根を張って成長する、惑星テラにおける植物のような存在。

植物と違い種で増えるわけではなく、砕いた結晶生物を地面に撒くことで増殖する。その性質から増殖能力が非常に高く、惑星ガルンガトトル・ララーシの地表は、ほぼ全域が結晶生物に覆われているほどである。そのため、この惑星からの結晶生物の持ち出しは、マザー・スフィアによって固く禁じられている。

 

●ゲルグゼトルマ族

ギルバデラルーシの部族。元大長老のゼバを有する。

ヨシムネの『Stella』配信以降、管楽器に魅せられた者が多く出た。自分の代わりに呼気を拭きかける機械を田中宗一郎の監修で作り出し、リアルでの管楽器の演奏を可能とした。さらに、アコーディオンの存在もAIから伝えられ、元々あったオルガンのような楽器も小型化されて、彼らの間で気鳴楽器ブームが到来している。

 

●ドルバヌント族

ギルバデラルーシの部族。現在の大長老を有する。

グリーンウッド閣下による乗り物ゲーム紹介により、自動車、飛行機、搭乗ロボットと段階的にブームを起こした。リアルでも乗り物を作れないかと考えており、田中宗一郎を招いてギルバデラルーシ用のマシンを組み上げようとしている。マーズマシーナリーの体高が8メートルと、自分達の最大身長の6メートルと大差ないことを知って、リアルで乗ることができないことをなげいている。

 

●ハルグゾントラ族

ギルバデラルーシの部族。次期大長老と目される若き長老を有する。

ノブちゃんに紹介されたアドベンチャーゲームを見て、文学のさらなる可能性を彼らは見いだした。さらに、ノブちゃんによって紹介された脱出ゲームに、部族一同で大はまりした。アドベンチャーゲームから恋愛ゲーム紹介に移行しようとしたノブちゃんの目論見は、見事に外れた形になった。最終的に自分達の都市に脱出ゲームを実際に作り出し、ノブちゃんを招待して一緒に脱出を楽しんだという。

 

●アグリグム

惑星ガルンガトトル・ララーシに生息する動物。全身に毛が生えた六本脚の蜘蛛のような見た目をしている。雌雄があり、卵で増える。食性は、結晶生物をそのまま食べる。

敵対種族のプリングムはこれを飼い慣らし、騎乗して移動手段に使っていた。六本脚の安定した動きは、足場が悪いプリングムの地底世界でも自在に動け、戦場で縦横無尽に駆けたという。

 

●ギラ

ギルバデラルーシのファンタジー文学に登場する、謎の架空生物。

その正体は、左脚四本、右脚四本の計八本脚の動物である。スレイプニルや猫バスに近い見た目で、タコやイカの類ではない。足を泳ぐように動かし、空を自在に飛ぶ。なぜ空を飛べるかは、ギルバデラルーシの作者も理屈を考えていない。

 

○アンオブタニウム

「入手不可能な金属」を意味する架空の金属。SFを始めとした創作上に登場する。

ファンタジーの架空金属であるオリハルコンなどと違って、読者共通の認識的なものが存在しないので、創作者が自由に特性を決められる。

 

●ギルバゴーレム

魔法に触れた『Stella』世界におけるギルバデラルーシが、有機ケイ素化合物を用いてゴーレムを作ったら、そこに魂が宿って一種族として確立したという設定のオリジナル種族。

ギルバデラルーシのプレイヤーが、ヒューマン系種族の生活圏で活動することを想定されて設計された種族。そのため、最大身長は2メートルと、本来のギルバデラルーシと比べたらかなり低い。

食事はギルバデラルーシと同じく結晶加工食品を食べる。人類がギルバゴーレムを操作キャラクターに選択すれば、人類でもギルバデラルーシの味覚を楽しむことができる。

 

○ダイソン球

恒星の周り全てを人工の構造物で覆い、恒星から得られる熱エネルギーと光エネルギーを漏れなく獲得するための超巨大建造物。

未来の世界では、常温核融合炉や縮退炉などで文明に必要となる電気を十分まかなえているうえ、熱や光では文明の下支えになっている超能力を行使するために必要な力が得られない。そのため、ダイソン球を建造する予定は今のところ立っていない。ただし、大量の熱エネルギーや大電力を必要とする何かが発明されたときには、建造が計画される可能性はある。

 



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EX3.どうやら私の従兄が未来にメス堕ちTS転生して人気配信者になっているらしい

今回は、感想に書かれたネタを採用してみました。


 西暦2022年2月。山形県のとある家に、一人の女子高生がいた。

 彼女の名前は、四葉愛衣(ヨツバアイ)。春から女子大生になる、農業大好きっ子である。

 

「最近、なんか夢見が悪いんだよねぇ……」

 

 そんなことを言いながら、少女は茶碗に盛られた白米の上に、山形名物である〝だし〟を載せる。

 ここは、農家を営んでいる瓜畑(ウリバタケ)家の食卓。一家そろっての朝食だが、その瓜畑家に四葉姓の少女がいるのは、ちょっとしたお家の事情があった。

 

 元々、瓜畑家には吉宗(ヨシムネ)という跡取りがいた。だが、その跡取りはある日、瓜畑家の当主夫婦がドライブに出かけている間、家屋ごとどこかに失踪したのだ。

 家屋ごとである。帰ってきた夫婦は呆然としたし、大事件に発展までした。家の跡は大きくえぐれており、警察も来たしマスコミだってやってきた。

 

 そして結局、吉宗の行方は知れず、真相は闇の中へ。

 住む家がなくなって困った瓜畑家夫婦は新たに家を建てたが、農家の仕事を継ぐ者がいなくなったのはどうにも困る。

 そこに新たな跡取りとして立候補してきたのが、瓜畑家の当主である裕也(ユウヤ)の妹の次女、すなわち姪である四葉愛衣だった。

 

 それから愛衣は自主的に瓜畑家に住み込んで農業を手伝うようになり、さらに東京の農業大学の受験に合格して、順調に農家の跡取りの道を歩んでいた。

 

「吉宗の霊にでも憑かれたんじゃないか」

 

 納豆をかきまぜながら、裕也が愛衣の言葉に答える。

 息子が失踪した当時は悲嘆に暮れた彼だが、今ではこうしてジョークを言える程まで気を持ち直していた。

 

「やだなあ、ヨシ兄さんは家ごとファンタジー世界に旅立ったんだよ。死んでいないよ」

 

 だしが載った白米をもりもりと食べながら、愛衣が言う。

 

「まあ、確かにあの跡地を見るに、家ごとどこかに飛んだと言われても納得いくんだが……なんでそこでファンタジー世界なんだ?」

 

「こういうときはファンタジー世界に飛ぶのが定番なんだよ」

 

 愛衣がそう言うと、今度は当主の妻である、瓜畑小百合(ウリバタケサユリ)が、味付け海苔で白米を巻きながら言った。

 

「『ネバーエンディング・ストーリー』とか『ナルニア国物語』みたいな展開ね」

 

「叔母さん、ファンタジー映画も観るんだねぇ」

 

 瓜畑家の食卓。そこには、笑顔があった。

 瓜畑吉宗の失踪から一年と二ヶ月。彼らのもとに、日常が戻りつつあった。

 

「ほじゃま、歯磨いたらハウス見てくるね」

 

 ご飯とおかずを食べ終わった愛衣が、食器片手に席を立つ。

 

「ああ。でも愛衣ちゃん、うちの手伝いばかりしていていいのか? 合格発表からずっと学校行ってないだろ」

 

 裕也が、納豆をご飯にかけながら、そんなことを言う。

 

「受験受かった受験生なんてそんなものさー」

 

 愛衣は「ビバ! 自由登校!」とはしゃぎながら、キッチンの流し台に食器を置いた。

 21世紀の瓜畑家は、こうして今日も平和な時を過ごしていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。今日は告知していた通り、ノブちゃんとグリーンウッド閣下とのコラボ配信だぞ!」

 

『わこつ』『わこわこ』『よきよき』『待ってた』『コラボだー!』

 

「はっ!?」

 

 愛衣は、突然聞こえてきた声に目を覚ました。

 先ほどまで、彼女は瓜畑家の自室で、眠りにつこうとしていたところだった。

 だが、今の状況はどうだろう。自室のベッドの中ではなく、見知らぬ日本家屋の裏庭に素足で立っていた。

 

「どういう状況!?」

 

 自分の周りでは、何やらコスプレをした大集団が歓声を上げている。

 ファンタジー風の鎧だの、SF風のパワードスーツだの、現代風の学ランだのを各々が着こんでいる。

 

「統一感がなさ過ぎて風邪引きそう……」

 

 さらには、ところどころに猫がいて、その猫がなぜか人語らしきものをしゃべっている。どうも使用している言語は外国語なのか、愛衣には聞き取れなかったのだが。

 そもそも、周囲の人々がしゃべる言葉は、どれも外国語だ。日本語らしきものをしゃべっているのは……日本家屋の縁側に立つ、自分と同じ年代の銀髪の少女と、黒髪の少女の二人だけだった。

 

「改めて、自己紹介だ。俺は21世紀おじさん少女のヨシムネ。21世紀からやってきた元おじさんだ」

 

「は? 吉宗?」

 

 愛衣は思わずそんなことを大きな声でしゃべっていた。

 

「ヨシ兄さん? いや、んなわけないか……というか、なんか考えたことが勝手に口に出るんですけど!」

 

 訳の解らない状況に、愛衣は混乱していた。

 しかし、先ほどから大声をあげている愛衣だが、周囲にいる人々は愛衣に注目する様子はない。人々は、愛衣を気にもとめず、知らない言語で縁側にいる四人の少女達に声援を送り続けている。

 

 縁側にいるのは、先ほどの吉宗を名乗る銀髪の少女に、翡翠(ヒスイ)と名乗った黒髪の少女、金髪の小さな少女、茶髪の背の低い少女だ。

 何やら話を聞くに、これからゲーム配信を行なっていくらしい。

 

「ユーチューバーの現地配信? いや、というかここどこ? 家が一軒あるだけで、周囲全部、庭なんだけど……」

 

 不思議すぎる空間を見て、愛衣はさらに混乱する。

 愛衣が周囲を確認しているうちに、縁側の少女達の話は何やら進行していた。

 

「本日のゲームはこちら! 『私立スサノオ学園高等部』! なんと、乙女ゲーだ!」

 

「わー! 乙女ゲー、ですよ、乙女ゲー! 私の、得意分野ですよ!」

 

「ノブちゃん、めっちゃ嬉しそうだな!」

 

「いつにない、はしゃぎようじゃなあ……」

 

『まさかヨシちゃんが乙女ゲーを配信するときが来るとは……』『コラボじゃなかったら実現しなかった』『というか三人で乙女ゲープレイってどうなるの』『アドベンチャー形式ではないとか?』

 

 どうやら、縁側の少女達はこれから乙女ゲームを配信するらしい。

 

「アレは多分、英語と……フランス語かなぁ?」

 

 語学が得意な愛衣は、小さな少女と背の低い少女が話している言語に、当たりをつけた。愛衣が知る英語とフランス語とはだいぶ違っていたが、イントネーションからその二つの言葉を話していると推測できた。

 

「ヒスイさん、ゲーム紹介を」

 

「はい、『私立スサノオ学園高等部』は、恋愛スゴロクというジャンルの乙女ゲームです。21世紀初頭の学校が舞台で、その学校はある年をさかいに男子校から共学へと変わり、女子生徒を受け入れ始めたという設定です。プレイヤーはその元男子校に入学した女子生徒となり、学校に在籍する様々な男子生徒と交流をしていきます。ただし、どう交流するかは、スゴロクのマスで決まります」

 

「恋愛スゴロク! もう、この時点で意味不明! しかも男と交流するとか、何も嬉しくない!」

 

「えー、私は、嬉しい、ですよ」

 

「そりゃあノブちゃんは女の子だから嬉しいだろうけど、俺は男なの!」

 

 銀髪の少女が男を自称するのを聞いて、愛衣は思わず「バリバリの女の子ですやん」と突っ込みを入れていた。

 

「いや待って、もしかしたら性同一性障害かも。今時、そういうのセンシティブだからなー。危ない、危ない」

 

 愛衣がそんなことを言っている間に、黒髪の少女が手の中にバスケットボールサイズのキューブを虚空から出現させ、それを上に掲げだした。

 すると、次の瞬間、愛衣が立っていた庭が、崩壊した。

 

「ぎゃー!」

 

 突然の事態に愛衣は叫ぶが、気がつくと彼女は、学校の門の前らしきところに立っていた。

 その門の横には桜並木があり、満開になった桜が花びらを過剰にまき散らしていた。

 

「どういうこと!?」

 

 愛衣はとっさに周囲を見回す。すると、コスプレ集団と猫が消えており、彼女の近くに四人の少女達が立っているのが見えた。

 

「おー、桜だな。今年はアーコロジーの外で花見なんてありかもしれないな」

 

「ほう、花見か。話には聞くが、やったことはないの」

 

「花見……! 芋煮会が、うらやましかったので、今度こそ、私も、呼ばれたいです……!」

 

「そういや、芋煮会の時はノブちゃんとまだ知り合っていなかったか」

 

 芋煮会と聞いて、愛衣の山形人ソウルがピクリと反応する。

 

「この謎の人達、芋煮会を知っている……? 芋煮会が存在する不思議空間……?」

 

 その後も四人の少女達はワイワイと楽しく会話していく。それを愛衣は遠巻きに眺めた。

 

「それじゃあ、三人モードでプレイしていくぞー。ヒスイさん、進行よろしく!」

 

「お任せください。では、ゲームスタートです」

 

『さて、どうなるか……』『ヨシちゃんは、はたして男になびくのか!』『ヨシちゃんはいつまでもピュアでいてほしい』『中身が30歳超えたおっさんでピュアはないわー』

 

 ゲームスタートという日本語のイントネーションの言葉が聞こえたと思ったら、愛衣の視界は急に暗転する。そして、気がつくと愛衣は学校の体育館らしき場所に立っていた。

 あの少女達は……隣に立っている。それも、なぜかブレザーに着替えている。愛衣は、はっとなって自分の格好を見る。だが、愛衣の格好はパジャマ。愛衣はホッと胸をなで下ろした。

 

「って、いやいや。この状況でパジャマって、ちょっとないんですけどー。着替えプリーズ」

 

 愛衣がそう言うと、愛衣の格好が突然変わる。それは、自分が通う高校の制服。

 

「あれ……? どういうこと……? は、もしやこれって夢? 明晰夢(めいせきむ)ってやつ? あー、もう、安心したー」

 

 やっと自分の置かれている状況に納得した愛衣は、再度ホッと胸をなで下ろした。

 そして、改めて周囲の状況を確認する。体育館には制服を着た男子生徒が並んでおり、女子生徒はほとんどいない。

 

「なるほど、元男子校が舞台の乙女ゲームかー」

 

 愛衣の周囲にいたコスプレ集団と猫の群れは、いつの間にか姿を消していた。

 

「おー、これは入学式か?」

 

「21世紀初頭の、学校の、入学式風景ですね……!」

 

「ふむ。これが21世紀の日本の学校か」

 

「そういえば、閣下は太陽系統一戦争前の生まれだから、学校を経験しているのか?」

 

「うむ。寄宿学校じゃったの」

 

 そのように少女達がワイワイしゃべっている様子を愛衣が眺めていると、『生徒会長挨拶』とアナウンスが流れた。

 すると、体育館の壇上にブレザーを着た、金髪の少年が登ってくる。

 

「って、舞台日本だよね? えー、生徒会長が染髪って、真面目ちゃんじゃないのか」

 

「って、日本の学校っぽいのに金髪碧眼かよ!」

 

 愛衣が突っ込みを入れるのと同時に、銀髪の少女が似たような突っ込みを入れていた。

 

「ヨシちゃん、これ、乙女ゲーム、ですから……」

 

「ああ、そういうこと。21世紀の日本が舞台でも、金髪とか茶髪とか赤髪とか青髪とか銀髪とかが出てくるのか」

 

「そういう、ことです……」

 

 銀髪の少女と背の低い茶髪の少女が、何やら会話しているのを愛衣は横から眺める。

 

「フランスちゃんの言っている言葉は多分、『乙女ゲームだから突っ込むな』かな?」

 

 愛衣は適当に、茶髪の少女の言葉に当たりをつけた。

 

 そして、壇上では金髪の少年が、生徒に向けてなにやら語りかけていた。入学式の生徒会長挨拶。その挨拶は、まぎれもない日本語で、愛衣にも聞き取ることができた。

 

「それでは、生徒諸君には、スサノオの名に相応しい益荒男(ますらお)を目指してほしい。と、例年なら締めるのだが、今年からは共学だ。男子にはスサノオのような益荒男を、女子にはアマテラスのような大和撫子を目指してほしい」

 

「うはー、何それー。前時代的じゃーん」

 

「時代錯誤な会長だなぁ」

 

 愛衣が思わずそんな突っ込みを銀髪の少女と同時に入れると、生徒会長挨拶は終わり、また視界が暗転する。

 そして、気づくと愛衣は、再び青空の下に移動していた。

 だが、今度の風景は学校ではない。そこは、壁や建物がない広大な空間で、床には等身大のスゴロクのマス目が描かれていた。

 

『4月1週目!』

 

 そんなアナウンスが流れて、愛衣の横にまた立っていた銀髪の少女の手に、なにやら一抱えほどもある菱形の立体が出現した。

 

「おー、これ、10面ダイスか? どでかい6面ダイスはよく21世紀のテレビで観ていたが、この大きさの10面ダイスは初めて見たぞ」

 

 どうやら、銀髪の少女はスゴロクのダイスを手にしたようだった。

 そして、そこから少女達によるスゴロクが始まった。

 

 ダイスを振り、マスを進み、マスに止まると視界が切り替わり、学校でのイベントが開始される。

 そのどれもが、美男子達との絡みであり、銀髪の少女は引きつった顔で、茶髪の少女は満面の笑みで、小さな金髪の少女は子供らしい笑顔でそれをこなしていった。

 

「これは……もしかして体感型ゲームをしているのかな?」

 

 愛衣は、巨大なアミューズメントパークでスゴロクを遊んでいるのではと当たりをつけた。

 だが、彼女は自らそれを否定した。

 

「場面転換が異次元過ぎるから、現実のスゴロクじゃないよね。あ、もしかしたらフルダイブVRゲームかも! そうだ、ここは技術が発展したSF世界で、VRゲームを遊んでいるのかも! 今日の私、さえてるなー」

 

 愛衣は少女達の遊びに当たりをつけ、一人キャッキャと盛り上がった。

 

「でも、VRゲームの実況配信を夢に見るとか、ウケるなー。別に最近『ソードアート・オンライン』を観たわけじゃないのにねー」

 

 愛衣がそんな感想を述べている間にも、スゴロクは進行していく。

 最初は男に近づかれるのを「顔が近い!」と本気で嫌がっていた銀髪の少女だったが、スゴロクが進行して行くにつれ、男達にちやほやされるのをまんざらでもない表情で受け入れるようになっていた。

 

「というかあの銀色の子、ヨシ兄さんじゃね!?」

 

 愛衣は先ほどから銀髪の少女の言動にデジャヴを感じていたが、とうとうデジャヴの正体に気づいた。

 銀髪の少女の言葉が、明らかに行方不明になった従兄(いとこ)の吉宗に似ていたのだ。

 

「なに、ヨシ兄さん、ファンタジー世界じゃなくて、VRゲームとかあるSF世界にトリップしたわけ!? なにそれウケるー!」

 

 愛衣は男に背後から抱きしめられて、あたふたしている銀髪の少女に指を指して、大笑いした。

 

「今朝ヨシ兄さんの話をしたから、夢に見たのかなー。SF世界だか未来だか知らないけど、あのヨシ兄さんがTS転生してるとか、爆笑ものなんですけど!」

 

 それからというもの、愛衣は男とイチャつく推定吉宗を笑いながら見守った。

 

「TS転生して男にちやほやされてメス堕ちとか、こりゃ妊娠エンドまったなしですわ……」

 

 夏休みを美男子達と海で過ごし、クラス一同で学園祭を乗り越え、体育祭でチアガールに扮し、クリスマスでデートをし、バレンタインではチキンにも友チョコに逃げた推定吉宗は、とうとうゴールに到達した。

 それまで何かと推定吉宗に絡んでいた、俺様系イケメンとのエンディングだ。

 

 俺様系イケメンは、推定吉宗を抱きしめ、愛の言葉をささやく。

 それを愛衣は大笑いしながら眺めていたが、推定吉宗は突然、男の胸の中で暴れ出した。

 

「やっぱ無理!」

 

 推定吉宗は、男のあごに見事なアッパーを決めていた。

 男はよろめくが、すぐに体勢を整え、笑う。

 

「おもしれー女」

 

 そんな言葉と共に、ゲームは終了した。

 そして、また愛衣は日本家屋の庭へと戻っていた。周囲には、最初にいたコスプレと猫の集団が再び出現していた。

 

 そこから縁側で四人の少女達が、また会話を交わし始める。

 愛衣が理解できるのは推定吉宗と黒髪の少女の二人の言葉だけだったが、どうやら先ほどのゲームについて感想を述べているようだった。

 

 五分ほど感想を交換しあうと、そこで今回の催し物は終わりなのか、終わりの挨拶を口にし始めた。

 

「以上、もう男はこりごりな、21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」

 

 そう言って締めると、愛衣の周囲からコスプレ集団と猫の群れが消え去る。

 

「あ、配信が終わったってことかな? いやー、笑った笑った」

 

 縁側の少女達は消えておらず、キャッキャウフフと会話しながら、日本家屋の中に入っていく。

 

「夢はまだ覚めないのかな? それじゃ、家の中でも見ていくかな。お邪魔しまーす」

 

 愛衣は縁側でローファーを脱ぐと、日本家屋の中に入った。そして、廊下を進んでいくと……彼女の前を塞ぐように誰かが立っていた。

 それは、黒い服を着た、銀色に光る巨大な人形。その異様な姿に、愛衣はぎょっとして足を止めた。

 

「ふむ、ヨシムネの無意識が導いたか、君に才能があるのか……そのどちらもか」

 

 銀色の人形は、愛衣に理解できる日本語で、そのような言葉をしゃべった。

 

「な、なんだぁ。今度はモンスターの登場? 脈絡のない夢だなぁ」

 

「もう帰りたまえ。君の未覚醒の超能力では、これ以上、深入りするとよくないことが起こる。未熟な予知夢は精神に悪影響を及ぼすからな」

 

「えっ、予知夢?」

 

「どれ、経路を閉じておこう。もうここへ来ることがないように」

 

「えっ?」

 

 銀色の人形は、指が八本ある奇怪な手を愛衣の頭に向けてきた。

 愛衣は恐怖に駆られ逃げようとするが、足が動かなかった。そして、叫び声をあげようとするも、口から何も言葉が出てこない。

 人形の手が頭に触れると……愛衣は何か、大きな存在に包まれたような心地よさを感じた。

 

 そして、気づく。

 ああ、この人、ヨシ兄さんの無事を前に知らせてくれた人だ。

 そう考えると同時に、愛衣の意識はまどろみの中に落ちていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「なんか今日は、めっちゃ夢見がよかった」

 

 瓜畑家の食卓で、今日も愛衣は瓜畑夫婦と一緒に朝食を取る。

 今日は、だし巻き卵と焼き鮭で白米を食べている。

 

「あら、どんな夢を見たの?」

 

 瓜畑家当主の妻、小百合が味噌汁の椀をテーブルに置きながら、愛衣に尋ねる。

 

「覚えてないけど、ヨシ兄さんが出てきた気がする」

 

「あらあら、本当に吉宗の霊が憑いたんじゃないの?」

 

 小百合が愛衣の言葉に、カラカラと笑う。憑かれた、とは昨日の朝に交わした会話を引き継いでのことだ。

 

「やだなあ、ヨシ兄さんは未来に転生して、女の子に生まれ変わったんだよ」

 

「あいつはファンタジー世界に行ったから、死んでいないんじゃなかったのか?」

 

 焼き鮭の身を皮から箸で取っていた裕也が、愛衣に言う。

 

「いやー、家ごと未来に飛んだけど、女の子の姿にサイボーグ化したんだよ、きっと」

 

「愛衣ちゃん、今度一緒に『タイムマシン』でも観ない?」

 

 小百合が、笑顔で愛衣に向けてそんなことを言った。

 

「またド直球なタイトルの映画だねぇ」

 

 そうして、瓜畑家は朝の一時を終える。

 

 農閑期の2月でも、ハウス栽培を行なっているため休みはない。

 今日も愛衣は、大好きな農業の手伝いに(はげ)む。作業の合間に、「実際、ヨシ兄さんどこ行ったんだろうなー」などと考えながら。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「と、このような時空観測の結果が出たわけですがー」

 

 ここはヨコハマ・アーコロジーの実験区にある歴史学研究所。そこで、21世紀おじさん少女の俺は、人類の統治AIであるマザー・スフィアに叱られていた。

 

「いやー、本気で申し訳ない。まさか無意識で超能力を使っていたとは……」

 

 先ほどまでの光景は、この研究所の器材を使った過去視の映像である。夢の中まで追えるとか、すごい技術だ。

 

「ただの予知夢で済んでよかったですね……過去から本人を呼び寄せていたら大変なことになっていました」

 

「気をつけます……ゼバ様にも感謝しておかないといけないですね」

 

 異星人ギルバデラルーシの元長老であるゼバ様が、俺の配信風景を愛衣ちゃんが予知夢で観ていることに気づいてくれた。

 俺の従妹(いとこ)である愛衣ちゃんは、どうやら超能力を暴走しかけていたらしい。それも、俺の無意識による過去に干渉する超能力行使の影響を受けてだ。

 危ないところだった。

 

「しかし、愛衣ちゃん達、元気そうだったな」

 

「んもー、ヨシムネさん、別にあなたに家族の様子を見せるために、この設備を使ったわけではないんですからね」

 

「解っていますって。本当に申し訳ないです」

 

 俺はマザーに謝りつつ、家族の姿を見せてくれたことに、心から感謝する。

 そして、マザーには申し訳ないが、俺がこっちで無事に過ごせている様子を愛衣ちゃんに見せてあげられてよかったな、などと思うのであった。

 



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EX4.ウリバタケ・ヨシムネのお宅拝見

 異星人との交流を兼ねた宇宙暦300年記念祭が終わって、一週間が経った。

 遠い異星への旅から帰還した俺は、遅い正月休みを満喫していた。だが、さすがにそろそろ仕事始めをするころだろうと、ヒスイさんと次の配信の打ち合わせを始めた。

 

「ギルバデラルーシの方々が接続してくるでしょうから、大規模な自己紹介と番組紹介から始めるべきではないでしょうか」

 

「新規さんがドカッと増えるのか。まあ、いつものことだな」

 

 そんな感じでヒスイさんの提案を検討していたそのとき、部屋に荷物が届いたことを知らせるチャイムが鳴った。

 

「取ってきますね」

 

 そう言ってヒスイさんが席を外したので、一息つこうと俺は居間のテーブルに座ったままのんびり茶をすする。

 それからすぐに、玄関の荷物置き場に向かっていたヒスイさんが戻ってきた。

 両手に大きな荷物を抱えている。一抱えある大きな箱だ。

 

「惑星ガルンガトトル・ララーシからの荷物のようです」

 

「ガルンガトトルって……もしかしてギルバデラルーシの人達から?」

 

 惑星ガルンガトトル・ララーシとは、異星人ギルバデラルーシが居住する星だ。一週間前まで滞在していた惑星だな。

 そこから届いた荷物とは……まさか忘れ物があったとかじゃないよな。

 

「品目は、絵画だそうです」

 

 そんなヒスイさんの言葉に、俺は首を傾げた。

 なぜ絵画?

 

「とりあえず、開けてみましょう」

 

 ヒスイさんは、そう言って荷物の梱包を解き始める。

 やがて、中から出てきたのは……きらびやかな一枚の絵であった。見事な彫刻が彫られた額縁に収まっている。

 

「おおー、こりゃあすごい」

 

 思わず俺はそんな感嘆を漏らしていた。

 それは、人物画であった。

 俺とヒスイさん、それと人間大に縮んだギルバデラルーシの大長老ゼバ様の三人が、横に並んで一様にダンスしている。

 おそらくは、ギルバデラルーシ向けに配信したダンスゲーム『ダンスレエル300』のプレイ風景だ。

 三人のダンスが、やけにキラキラと光る画材で描かれている、躍動感あふれる見事な絵画だった。

 

「ヨシムネ様、手紙が同封されていました」

 

 ヒスイさんがそう言って、光沢のある一枚の紙を差し出してくる。

 その紙を受け取って、目を通すと、知らない言語で書かれた文書が目に入った。だが、その知らない言語の上に、なじみ深い21世紀の日本語が浮かんできた。

 

 ええと、手紙の差出人は……大長老のゼバ様か。

 

 曰く、ヨシムネはギルバデラルーシの文化に興味を示してくれた。大変光栄であり、芸術家や職人達も喜んでいた、と。

 さらに、ギルバデラルーシを代表する有名画家が、ヨシムネに絵を見せたいと要望したため、これまた高名な彫刻家の作った額縁に入れて新作の絵画を贈ることにした、だそうだ。

 

「なるほどなー。これが、ギルバデラルーシの文化ってわけかぁ。額縁も絵も、すげーキラキラしているな」

 

「おそらく、ガルンガトトル・ララーシ独自の結晶生物が、素材になっているのではないでしょうか」

 

 ヒスイさんのそんなコメントに、俺はうなずく。

 惑星ガルンガトトル・ララーシは、ケイ素生物が生息する星だ。そこに住むギルバデラルーシは、結晶生物という知性を持たないケイ素生物を食糧としていた。

 何度かその結晶生物を目にする機会があったが、その名の通りキラキラした結晶体でできていた。このやたらときらびやかな絵画と額縁も、それに通ずる輝きを宿している。

 

 さらにゼバ様からの手紙を読み進めると、こんなことが書いてあった。

 

「ギルバデラルーシは赤外線も視ることができる種族で、本来なら絵画にもそれが現れるんだそうだ」

 

「生物としてのスペックが、人類とは根本から異なるというわけですね」

 

「ただ、この絵は人類でも問題なく鑑賞できるよう色使いに気をつけた、特別製の一枚らしい」

 

 見る人のことを考えた、粋な一枚ってことだ。

 はー、しかし見事な絵だなぁ。

 

「どこに飾りましょうか」

 

 ひとしきり絵画を楽しんだ後、梱包していた箱を片付けたヒスイさんが、そう尋ねてくる。

 

「配信に映したいから、遊戯室の壁かなー。あっ、そうだ……!」

 

 いいことを思いついた。次の配信は、この絵画を視聴者に見せつつ、自己紹介も兼ねることにしよう。

 リアルの部屋から配信だ!

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。正月休みが明けて、初めての配信だ!」

 

「助手のヒスイです。惑星テラへと戻りまして、今日はいつものヨコハマ・アーコロジーの自室からお送りします」

 

『わこつ』『新鮮な配信だー!』『よきよき』『よきかな』『うわー、異星の人がいるー!』

 

 そうして始まった生配信。今日は今までとは違い、ギルバデラルーシの人達がアクセスしてきている。人類の視聴者は驚いているようだが、どうにか慣れてほしい。

 

「うんうん。新年からは、二つの種族が混在して視聴するようになったぞ。人類の人達も、どうか寛容にギルバデラルーシの人達を受け入れてほしい」

 

『まかせろー』『もうSNSでフレンドになったもんねー』『ネトゲで初心者講習手伝いました!』『人類の方々には世話になった』

 

 うーん、なんともワールドワイド。いや、この場合はユニバーサルワイドか?

 仲よさげな様子に俺は満足し、配信を先に進めることにした。

 

「さて、新年初の配信ということで、初見の人もだいぶいると思う。自分のことながら、記念祭でだいぶ目立ったし、惑星ガルンガトトル・ララーシからの初接続も多いはず」

 

「ヨシムネ様の公式デビューでしたからね。開始直後ながら、いつもよりも接続数がだいぶ増えています」

 

 ヒスイさんがそう言いながら、接続者数を空間投影でポップアップさせた。

 うへえ、こりゃすごい接続者数だ。

 だが、俺はそれにひるむことなく、言葉を続ける。

 

「そういうわけで、改めて、この配信チャンネルの仲間達を紹介していきたいと思う。題して、『ウリバタケ・ヨシムネのお宅拝見』!」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんが横で小さく拍手をした。画面上には、きっとヒスイさん作のタイトルがポップアップしていることだろう。

 

『自己紹介ではなく……?』『ヨシちゃんのおうちを見られるの?』『ヨシちゃんのプライベートスペース……!』『人類の生活空間か』『興味深い』

 

「ふふふ、気になるか? おじさん少女の自宅が気になるか? 俺なら正直中年男性の自宅紹介とか、勘弁してほしいけどな!」

 

『おじさんとか関係なく21世紀人の生活様式は気になる』『その視点があったか……!』『歴史的価値が?』『いやあ、さすがに600年前の生活は再現していないだろう』

 

「さあ、どうだろうね。というわけで、まずは俺の自室から見ていこうか。あ、リアルの配信なので、カメラ役はカメラロボットのキューブくんが担当しているぞ!」

 

 俺がそう言うと、前方で宙に浮く球体ロボットのキューブくんが、電子音を出して返事を返してくれた。

 そうして、俺とヒスイさんは配信開始地点の居間から移動して、俺の自室に入った。

 

「これが俺の部屋だ!」

 

 ババーン、と映したのは、カーペットの敷かれた一人部屋だ。

 部屋の隅には布団が畳んであり、壁に沿うようにして棚が置かれている。その棚の上には、未来のロボプラモであるマーズマシーナリーのセルモデルや、ブリタニア土産の馬のぬいぐるみなどが飾ってある。

 まだ棚はスカスカだが、今後旅行の機会も多いだろうから、少しずつ品は増えていくだろう。

 

『これが人類の寝室であるか』『あれ? ベッドは?』『エナジーベッドじゃないの』『いや、布団があるからそれを床に敷くんだよ』『あー、あの隅のふかふかした寝具か』

 

「そうだぞ。この布団っていう寝具を床に敷いて、その上に寝るんだ」

 

 俺がコメントにそう返すと、床に寝転ぶのかと驚く視聴者が出た。

 

「いやー、でも、21世紀の頃から布団で寝るのに慣れているからね。今さらベッドとか違和感あるわ」

 

『最古参の視聴者は、『-TOUMA-』で布団を見慣れているぞ!』『なるほど?』『くっ、ここにきて古参アピールか……!』『『-TOUMA-』はライブ配信のアーカイブたどらなくても動画で見られるから、最古参でなくても見てるぞー』

 

 おおっと、そういえば、俺がこの時代に来てからの初の配信ゲームは、江戸時代の日本が舞台だから、布団で寝る風景もお馴染みか。

 

「ちなみに押入れっていう、布団を本来しまう場所を開けると……」

 

 俺は、部屋に据え付けられた押し入れの引き戸を唐突に開ける。すると、その押し入れ内の上の棚に、一人の少年が横たわっているのが見えた。

 

『ひえっ!』『なんじゃあ!?』『えっ、人?』『ホラー展開!』

 

 いや、暗がりに人が横たわっていて驚くかもしれないが、そんな物騒な何かじゃない。

 

「ウリバタケ家の愉快な仲間の一人、アンドロイドボディに家事ロボット用簡易AIを積んだ、ホムくんだ。基本的に家を留守にするときに留守番役として起動させるから、普段はここで電源を落としているぞ」

 

『あー、そういう』『死体かと思った』『押入れっていうのは、要は荷物置き場か』『クローゼットじゃないんだね』

 

 クローゼットの中に立たせておいて、開けたらホムくんが! という方が視聴者に対してインパクトはあっただろうけど、ヒスイさんに止められたんだよね。普段通りの風景を見せるべきだって言われて。

 

「というわけで、俺の部屋は以上だ。まあ、寝室として使っているから、面白いものは特にはなかったな」

 

 面白いものは、十分あった(ホムくん)という突っ込みを受けつつ、次はヒスイさんの部屋の紹介だ。

 

「ヒスイさんの部屋はすごいぞー。さあ、オープン!」

 

 一度居間へと戻り、そこからヒスイさんの部屋へと続くドアへと向かう。

 未来的な自動ドアがスライドし、その先にあったのは……。

 

「イノウエさん専用キャットハウスだ!」

 

 キューブくんのカメラが、ヒスイさんの部屋を赤裸々に映す。

 ヒスイさんの部屋は、部屋中が猫のための玩具と施設であふれていた。部屋の壁にはキャットタワーが設置され、その頂上には猫型ペットロボットのイノウエさんが寝転んでいる。

 

『ええっ……』『マジか』『これはひどい』『これ、ヒスイさんの部屋じゃなくて、イノウエさんの部屋では?』

 

「イノウエさんの居場所が、私の居場所です」

 

 俺の隣で、ヒスイさんが誇らしげに言う。

 俺も正直この個人部屋とは思えない猫天国にはあきれているんだが、ヒスイさん曰く、「自室は自分をいたわるための部屋。つまり、私がイノウエさんに癒やされるための部屋です」だそうだ。

 まあ、ペットであるイノウエさんが思いっきり行動できる部屋が、どこかに必要だということは、俺も理解しているんだが……。

 

「ちなみにヒスイさんの部屋には寝具はないぞ」

 

『驚愕』『本当か』『AIとは休まなくていいのか?』『疲れない・病まないが、AIの強みだからな』

 

 俺も21世紀にいた頃はパソコンを24時間電源入れっぱなしにしていたから、それより高度な機械であるこの時代のアンドロイドやAIが、24時間の常時稼働に耐えられるのは当然だった。

 

「というわけで、猫の楽園ヒスイさんワールドでしたー。さあ、次行くぞー」

 

 次に向かったのは、園芸部屋。

 我が家はベランダがないので、植物用のライトを設置してある。夜になると消灯する。

 

 家にベランダがないのはちょっと窮屈だけど、日の当たる方向のことを考えずに園芸ができるのは楽と言えば楽。

 

「本当は、ガルンガトトル・ララーシの結晶生物を育ててみたいんだけどなー」

 

「結晶生物は惑星外への持ち出しが規制されていますので、不可能ですね」

 

 園芸部屋で元気にワサワサ動くマンドレイクのレイクを眺めながら、俺とヒスイさんはそんな言葉を交わした。

 うーむ、いつか結晶生物が輸出される日が来るだろうか。

 

『惑星テラの環境では、生育は難しい』『ああ、ガルンガトトル・ララーシって気温すごく高いんだっけ』『二〇〇℃だったか三〇〇℃だったか……』『むしろ、なんでマンドレイクは惑星テラで育つの?』

 

 レイクの原産地、惑星ヘルバは惑星テラに酷似した環境の惑星らしいからなぁ。

 

「今年も作物を育てて料理する予定だから、楽しみにしてくれよな!」

 

 というわけで、料理をするための台所へと移動。

 21世紀風のシステムキッチンに、冷蔵庫と、時間停止機能付きの食料保存庫。その食料保存庫に繋がった形の自動調理器。

 

「我が家の自動調理器は高級品なので、食料保存庫から自動で材料を取りだして料理を作ってくれるぞ!」

 

『うわ、うらやましい』『地味に面倒臭いんだよな、自動調理器に手動で食材入れるの』『数百年前は家庭用ロボットがあらゆる家事をやってくれたらしいのに……』『一家に一台家事ロボットほしい……』

 

 あー、昔の中流家庭には、家事ロボットなるマシーンがあったらしいね。

 現在では、膨大な人数がいる全ての二級市民に支給することが困難なので、家事ロボットは廃れたらしいけど。

 

 代わりに、それぞれの家事をこなす個別の家電が存在する。

 家事ロボットが掃除洗濯炊事全てをやっていたのに対して、現在では自動化された掃除用家電、洗濯用家電、炊事用家電がそれぞれ各家庭に存在するわけだ。

 どうやら格安の炊事用家電は、食材を手動で投入する必要があるようだけれども。

 

 この時代の二級市民は、宵越しの金は持たない主義の人が多すぎて、行政から無料配付される最低限の格安家電で生活している人が多いらしいんだよなぁ。

 まあ、そんな他所様の台所事情はともかく、次の部屋だ。

 

「最後に、遊戯室だ! ここで普段、VRゲームを遊んでいるぞ!」

 

 キューブくんを率いて向かった先には、部屋の一画に大きな椅子が置かれている、広めの部屋があった。

 椅子はVRゲームに接続するためのソウルコネクトチェア。その他に、値段のお高いコンピュータも置かれている。そのコンピュータを使って、この我が家全体の管理を行なったり、配信作業を行なったりしている。

 

 ちなみに、部屋にはコンセントが存在しない。この時代の家電は、全て非接触給電である。コンセントに溜まった埃が原因の火災なんて起きようがないのだ。

 その旨を視聴者に向けて言ったら、『コンセントとは……?』と困惑したコメントが返ってきた。うーん、ジェネレーションギャップ(六〇〇年)。

 

「まあそれはそれとして、本日の目玉は、これだ!」

 

 俺はそう言って、キューブくんに壁の絵画を映させる。

 

『おお!?』『これは……』『ヨシちゃんとヒスイさんと……?』『よきかな』『小さいギルバデラルーシ?』『よきよき』

 

「これは惑星ガルンガトトル・ララーシで、ギルバデラルーシの人達向けに配信した、ダンスゲームのプレイ風景の絵画だな。背の低いギルバデラルーシは、VR空間で小さくなった大長老のゼバ様だ。友好の証に、ギルバデラルーシの有名画家さんが描いてくれた」

 

 俺がそう解説すると人類側の視聴者達が、そのダンスゲームの配信アーカイブを見たいと言ってきた。

 

「だそうだけど、ヒスイさん?」

 

「ガルンガトトル・ララーシでの限定配信のアーカイブは、後日公開します。お楽しみに」

 

「だってさ。いやー、待たせるねー」

 

「私達だけで完結した配信ではないため、公開までに時間がかかっています。ご了承ください」

 

 まあ、ギルバデラルーシの人達の事情とかもあるだろうからね。仕方がない。

 

 それから話を戻して、絵画の話題に。ギルバデラルーシの文化についても、知りうる限りで視聴者達に説明していく。

 

「しかし、この塗料? 顔料? 絵に使う素材からして人類のそれとは違うんだけど、絵自体はちゃんと人類に通じるものがあるよなー」

 

『確かに、理解できない絵ではない』『むしろ人類が描いた前衛的な絵画の方が、理解しにくいこと多いわ』『人類の絵画も気になるな』『人類の音楽はよかった。次は絵画か』

 

「人類の絵画かー。絵心がないから、その辺はよく分からないなぁ」

 

 視聴者のコメントにそう返すと、横からヒスイさんが言う。

 

「絵画の練習ができるゲームを見つくろっておきますか?」

 

『画伯ヨシちゃん!』『よきかな』『こうして一人の有名絵師が誕生するのであった』『次やるゲームは決まったな……』

 

 決まってないよ!?

 

「いや、俺、本当に絵は下手なんだって! 学校の美術の成績は底辺をさまよっていたし、演劇部でも書き割り作りには手を出すなとか言われていたし……」

 

「音痴を克服したヨシムネ様なら、いけます」

 

「いやいやいや、歌唱力とダンス力の次は画力とか、ヒスイさんは俺をいったいどんな人間にしたいの!?」

 

 俺の突っ込みに、ヒスイさんは柔らかい笑みを返すのみ。

 そんなオチを最後に、正月休み明け最初の配信は無事に終了時間を迎えるのであった。

 



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EX5.小話集

●学びの成果は

 

 色を重ねる。

 頭の中にしか存在しない雄大なイメージ。それを外に出力するために、幾重にも色を重ねる。

 

『ええやん』『見事な青空だなぁ』『これが惑星テラの空か』『よきかな』

 

 キャンバスに絵の具を重ね、いつか見た風景を描いていく。

 

 今日は、お絵かきライブ配信の日だ。

 

 先日まで俺は、時間加速機能を使って絵画を学ぶゲームをプレイしていた。

 22世紀の美術大学が舞台のシミュレーションゲーム、『White Canvas, Great Campus』。美大生ごっこができるユニークなゲームだった。

 

 VR内の美大で一から美術の基礎を叩き込まれた俺だが、ヒスイさんに早速、お披露目をしましょうと言われて衆人環視の中、絵を書くはめになっていた。俺個人のVR空間であるSCホーム、キャンバスに向かって絵の具を塗りたくっていた。

 描いているのは油絵。水彩画も学んだのだが、俺は油絵の方が好きだ。

 

「さて、綺麗に空が描けたところで、キャンバスの真ん中に絵の具をドーン!」

 

『ああっ!? せっかくの空が!』『ここまできてなんてことを』『うわあ、台無しだぁ』『もうおしまいだよ、ヨシちゃん』

 

「で、ここでペインティングナイフをススーッと……」

 

『お、おお?』『あれ?』『何かそれっぽいものが浮かんできた』『興味深い』

 

「筆でちょちょちょいちょいっと……」

 

『ん?』『なんだこれは……』『何かが見える!』『なんだこれ』

 

「この色を混ぜて、大胆に重ねて……」

 

『おう……原っぱ?』『空の下に陸地が!』『畑か?』『麦畑?』

 

「秋空の下に実る、稲穂だ。さらにこうして線を引けば……ほら、あぜ道になった」

 

『うおおおお!』『ノスタルジー……』『稲穂ってことは米畑かー』『畑ではなくて田んぼですね』

 

「うんうん、21世紀の日本の田んぼの風景、題を付けるなら『庄内の実り』ってところかな」

 

 工場で作物が生産されるこの時代ではもう見られない、日本の原風景。俺が元々居た、21世紀の山形県の田園を描いてみた。

 散々見た実家の田んぼも、こうして絵にしてみると感慨深いものがある。

 

 いやー、しかし、ただの米農家だった農大卒の俺が、まさかこうしてお絵かき配信なんてする日が来るとはね。

 まだまだゲーム内で教えてくれた美大の先生達には敵わないが、それなりの物が描けるようになったと思う。

 ああ、そうだ。せっかくだからあの言葉を視聴者のみんなに送っておこう。

 

「……ね、簡単でしょう?」

 

 返ってきたコメントは、予想通りの突っ込みの嵐であった。

 

 

 

 

 

●テレパシー勝負

 

「ぬぐぐぐぐ……」

 

「ふむ、これはなかなか……」

 

 ある日のVR空間、SCホーム。のんびり自由時間を満喫中だが、今日は来客が複数あった。

 SCホームに建てられた日本家屋の庭で、宙に浮く二つキューブを間に置いて、向かい合っている二人の人物。

 片方は、金髪ロリータガールのウィリアム・グリーンウッド閣下。もう片方は体高三メートルの異星人の大長老、ゼバ様だ。

 

「ぬぎぎぎ……なんと固い……」

 

「…………」

 

 キューブをはさんで向かい合って、ただ棒立ちになっているだけにしか見えない二人だが、実は違う。

 二人は勝負の最中なのだ。

 俺はその勝負の見届け人なのだが……やっぱり傍目にはただ棒立ちになっているようにしか見えない。

 

 と、そんな中、VRのフレンドが我がSCホームに訪ねてくる音声が鳴り響いた。

 

「ヨシちゃん、来ちゃいました……!」

 

 おっと、ノブちゃんのご来訪だ。

 ノブちゃんは、俺と同じくゲーム配信を生業としているうら若き少女だ。ヨシノブというハンドルネームで、RTAを中心とした動画配信を行なっている。

 

「ノブちゃん、いらっしゃい」

 

「はい、お邪魔します……!」

 

「ぬがー! うぎー!」

 

「ほう……」

 

 ノブちゃんが縁側に姿を見せたところで、棒立ちのまま閣下が叫び声を上げる。すると、ノブちゃんがビクリと肩を跳ね上げ、俺に恐る恐る尋ねてきた。

 

「あの……お二人は何を……?」

 

「ああ、なんでも、超能力の競い合いをしているらしいよ」

 

「超能力、ですか?」

 

「うん。閣下の超能力強度はテレパシーが飛び抜けて高いことは知っているよね?」

 

 問い返してくるノブちゃんに、俺はさらに質問を重ねた。

 

「はい……界隈では有名だそうで……」

 

「そして、ゼバ様はギルバデラルーシの歴史の中でも、最もテレパシーに優れていたと伝えられていた偉人だ」

 

 俺の説明に、ノブちゃんがコクコクとうなずく。

 

「そこで、どちらがテレパスとして上か、テレパシーレスリングで勝負をつけている最中だ」

 

「てれぱしーれすりんぐ」

 

 俺の発した言葉に、ノブちゃんがポカーンとした顔になる。

 そうか、テレパシーレスリングはノブちゃんにとっても、謎ワードだったか……。

 

「あの二人の間に浮いている二つのキューブは、五桁の番号を入力すると開くんだ。で、自分の前にあるキューブの番号は、向かい合う相手の頭の中に記憶されている。その番号をお互いに、テレパシーを使って探り合って、先にキューブを開けた方が勝ちという競技らしい」

 

「なるほど。でも、レスリングですか……」

 

「相手のテレパシーを防ぎつつ、相手にテレパシーをかける。心でがっぷり四つに組み合って攻防をするから、テレパシーレスリングだそうだ」

 

「なるほど……」

 

 この競技が日本発祥だったら、テレパシー相撲とか言われていそうだな。相手の頭の中を覗くから、心が丸裸状態だろうし。

 

「ぬ、ぬあー!」

 

「よき勝負であった」

 

 おっと、ゼバ様がキューブに数値を入力したぞ。どうやらゼバ様の勝利のようだ。

 数値が入力されたキューブは、パカッと上部が開いて、ファンファーレを周囲に響かせながらキラキラと光を発して消えた。

 

「ぐぬぬ……今までテレパシーの強さでは、誰にも負けたことがなかったというのに!」

 

 ゼバ様と健闘の握手を交わしてから縁側に戻ってきた閣下が、本当に悔しそうにしながら言った。

 うーむ、誰にも負けたことがないってことは、閣下は人類最強のテレパスだったってことか。

 

 そしてその人類最強が、ゼバ様にあっさりと負けた。

 やはり、超能力分野では、人類はギルバデラルーシには敵わないんだなぁ。

 

「ま、せっかく異なる星の種族が協調路線を歩むんだ。得意分野が違う方が、互いの得意不得意を補ういい関係になれるってものじゃないかな」

 

 俺のそんな適当なコメントに、ゼバ様が「キュイキュイ」と胸から音を鳴らして笑いを返してくれた。

 

 

 

 

 

●ノブちゃんの相談

 

 ある日のSCホーム。一人訪ねてきたノブちゃんが、俺に相談事があると切り出した。

 SCホームの日本家屋内の居間で、ヒスイさんを交えた三人、お茶を飲みながら話をすることにした。

 

「……なるほど。サポートAIを導入すると」

 

 ノブちゃんの相談事は、俺にとってのヒスイさんのような存在……すなわち配信業のサポート役であるAIの購入についての検討であった。

 

「はい。まずは、自宅の有機コンピュータに組み込んで、配信の手伝いをしてもらいます。それから、クレジットが貯まったら、アンドロイドボディに、移動させようと……」

 

「よいのではないでしょうか」

 

 ノブちゃんの購入計画をヒスイさんも肯定したので、AI的に問題はないようだ。

 

「それで、どの性別で、どのような人格のAIにするか、迷っているんです……」

 

 眉をハの字に曲げて、ノブちゃんが言う。

 AIの人格かぁ。俺の場合、最初から稼働していたヒスイさんが割り当てられた形なんだよな。でも、ノブちゃんは新たなAIを製造してもらい、それを購入する形にしたいようだ。

 そこで、ノブちゃんの今のところの構想を聞くことにした。

 

「やっぱり、お気に入りの乙女ゲームからヒーローを引っ張って……」

 

 ゲームに存在するキャラクターのデータを引っ張ってきて、AIとして確立することを考えているらしい。

 だが、ちょっと待ってほしい。俺はノブちゃんに向けて強く言い放つ。

 

「男は駄目だ!」

 

「えっ」

 

 俺の否定に、ノブちゃんが目を丸くする。

 そんなノブちゃんに、俺はたたみかけるようにして言う。

 

「ノブちゃんが恋愛的な目で見る男AIは駄目だ」

 

「なぜでしょう……?」

 

 本当に不思議そうに言うノブちゃんだが、ノブちゃんの考えは甘々だ。

 乙女ゲームのヒーローのAIを配信のサポートに? そんなの危険すぎる。

 俺はノブちゃんの目を真っ直ぐに見ながら答える。

 

「視聴者の中には、ノブちゃんガチ恋勢が一定数いると思うんだ」

 

「ガ、ガチ恋勢ですか……?」

 

「ノブちゃんのことを本気で好きなファンだ。そのファンが、ある日、突然ノブちゃんに恋人ですって男を紹介されたらどうする?」

 

「えっ……祝福してくれる?」

 

「ショックを受けるんだよ! いいか、ノブちゃん。アイドルに男の影はあってはならないんだ」

 

「私、アイドルじゃないですけど……」

 

「ノブちゃんはアイドル、それを前提にする」

 

「はい……」

 

 若いフレッシュな配信者はアイドルみたいなものなんだよ!

 

「好きな女の子がいる。ある日突然、男が隣に立っている。なんでも、女の子から男を呼んだらしい。これは、ショックを受けて当然だ。だからノブちゃん、男はいけない」

 

 はたしてそれは、NTRか、BSSか。

 

「えっと、隣に立つのが女の子なら、いいんでしょうか……?」

 

「ノブちゃんは、恋愛的な意味で女の子が好き?」

 

「えっ、いえ、私はまだ異性愛者(ストレート)ですけれど……」

 

「それなら、ノブちゃんの隣に立つべきは女の子だ。アイドルは恋愛してはいけない」

 

 アイドルの恋愛はタブー。じゃないと、週刊誌にスクープされて、ワイドショーに面白おかしく取り上げられてしまう。

 そんな俺の主張に、ノブちゃんが不安そうにしながら言った。

 

「……それって、私が配信者をやっている限り、結婚できないってことでしょうか?」

 

 ふむ、アイドルの結婚か。

 

「いつかはいいんじゃない? ノブちゃんが今より歳を取って、本気で好きな人ができたらね。でも、本気で恋しているわけじゃない男を配信のパートナーにするのは、アイドル的によろしくないな」

 

「そういうものですか……」

 

 懸念すべきはガチ恋勢だけではない。配信者が異性の存在を匂わせることを徹底的に嫌う、ユニコーンと呼ばれる存在もいる。

 ノブちゃんは納得したのか、それ以上反論することもなくうなずいた。

 

 だが、横から反論の声が上がる。ヒスイさんだ。

 

「ヨシノブ様、ヨシムネ様の言葉を本気に取らないようにしてください」

 

 おおっと、俺自身は結構本気で言ったのだけれども。

 

「女性の周囲に男性のサポーターがいることを直接恋愛に結びつけたヨシムネ様の考えは、21世紀の旧態依然とした思想に過ぎません」

 

「う、うーん、そうでしょうか……?」

 

 古い人間とか言われたぞ?

 確かに、視聴者の中には、肉体から解放されて自在に見た目を変えられるアバターだけの存在になって、男女の境がなくなっている人も多いけどさ。

 

 この時代は、恋愛に性別は関係ない。さらに言うと、同性カップルでも、人間とAIのカップルでも、子供は作れるらしいし。

 もしかしたらこの時代だと、女性アイドルに男の影がチラついても、みんな気にしないのかもしれないな……。

 

 俺が一人納得しかけていると、ヒスイさんはさらに言った。

 

「それに今後、長期間ヨシノブ様のそばに居続ける者を選ぶのです。御本人が安心して隣を任せられる方でないと、大きなストレスの原因になりますよ」

 

 そんなヒスイさんのさとすような言葉に、ノブちゃんは意見を変え……なかった。

 

「いえ、よく考えたら、男の人の姿が常に隣に見えるのは、緊張しちゃうと思うんです。それなら、同性の友人みたいなポジションが、私には合っているかと」

 

 確かに、イケメン男が隣にいて緊張し続けるノブちゃんの様子は、容易に想像できるな……。

 

「ゲームから人格を持ってくるのではなく、業者が標準販売するAIを検討しますね。ワカバシリーズの情報処理タイプあたりでしょうか……?」

 

 ノブちゃんがそんな考えを披露する。ん、でも待てよ。

 

「ワカバシリーズって、ガイノイドボディのシリーズじゃないのか?」

 

「あ、はい。ミドリシリーズも、ワカバシリーズも、AI単独での販売があります。ボディのみの販売は、廉価版のモエギシリーズですね」

 

「そうだったのか。まあアンドロイドボディとAIって、AIの方が本体って感じあるよな」

 

「うふふ、そうですね」

 

 そんな言葉を俺とノブちゃんは交わした。

 ちなみに、アンドロイドボディはAIの入っていないボディのみの販売もあるはずだ。

 うちのホムくんは、そのAI搭載なしで送られてきたボディだからな。

 

「で、今回は有機コンピュータにAIをインストールするのみで、ボディはいずれ購入するんだろう? どのボディにするか決めているのか? やっぱりAIと同じくワカバシリーズか?」

 

 そんな俺の問いに、ノブちゃんはうなずいて答える。

 

「ボディはAI本人に選ばせてあげたいですが、私の希望としては、やはり、私の身体と同じワカバシリーズがいいです。頑張ってクレジットを貯めて、早めに買ってあげないとですね」

 

「ボディのないAIも三級市民としてのクレジットが配給されますので、本人もいくらかクレジットを出すと思いますよ」

 

 と、ヒスイさんがそんな補足説明を入れた。

 

「そうなんですか? でも、私の都合で生み出すのですから、できればこちらでクレジットを出してあげたいですね……」

 

 それから俺達三人は、ワカバシリーズの商品カタログをちゃぶ台に広げ、どんなAIが良いかワイワイと話し合った。

 しかし、人と同じような思考ができるAIを人の都合で生み出すが、その人はAIによって支配されている……なんて、本当にこの時代はSFしているよなぁ。

 




ユニコーンという俗語は、ヨシムネがタイムスリップしてきた2020年時点ですでに配信界隈で使われていたようです。


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EX6.不思議な植物惑星

 二月のある日、俺はガーデニングに勤しんでいた。

 つい先日、冬の間育てていたカブを収穫して、採れたてのカブを使って『カブの酢漬け』を作る料理配信をしたばかり。

 そして空いたプランターに、俺は花の苗を植えることにした。ある程度育った苗なので、一ヶ月もしないうちに綺麗な花を咲かせてくれることだろう。

 

「お、レイク、これは花の苗だぞー」

 

 プランターをいじっていると、我が家の宇宙植物マンドレイクのレイクが、植木鉢を脱走してプランターを覗きこみ始めた。

 レイクには眼球のような器官は存在しないが、どういう手段によるものか周囲を把握しているように思える。よく猫ロボットのイノウエさんの背中に乗って移動しているし、他の植物を興味深そうに観察していることもある。

 

「一ヶ月もすれば花が咲くぞ。一ヶ月って分かるか?」

 

 そうレイクに話しかけるが、当然のようにレイクは返事をしない。眼球だけでなく発声器官だってないからな。

 妙に動物っぽいアクションを取るから勘違いしそうになるが、レイクはあくまで植物だ。太陽系外の惑星ヘルバが原産だけれども。

 そうして作業を進めるうちに、部屋にイノウエさんがやってきた。

 レイクはその背に上手く乗りこみ、部屋を後にする。どうやらガーデニングを見ることに飽きたようだ。多分。

 

 やがて、苗はしっかりとプランターに植えられ、俺は手にはめていたガーデニング用の手袋を外す。そして、ここまで動画で記録を取ってくれていたカメラロボットのキューブくんのいる、部屋の角に向けて手を振って作業を終えた。

 

 それから手袋を重い汚れを洗浄する家電に突っ込み、わずかに土で汚れた全身をナノマシン洗浄機で丸洗いする。

 そこで、ちょうどヒスイさんが自動調理器で食事を作り終えたようなので、夕食にすることにした。

 

 今日の夕食は中華丼とシーザーサラダ、鶏ガラの中華風スープと、配信で作り置きしておいたカブの酢漬けだ。

 それらをヒスイさんと二人で、のんびりと食す。足元ではイノウエさんも「ガフガフ」と声を出しながら、皿に頭を突っ込みながら餌を食べている。

 さすがに飯時は邪魔になったのか、イノウエさんはレイクを背からおろしていた。レイクはイノウエさんの横でゆらゆらと揺れている。

 

「ヨシムネ様、放送時間のようです」

 

「ん? ああ、テレビね」

 

 ヒスイさんが食事の手を一時的に止め、俺に向かって話しかけてきた。

 今日は、ちょっと気になる番組が、公共の映像配信チャンネルで放送されるのだ。番組名は『宇宙自然紀行 惑星ヘルバの古代文明、その歴史と現在』。

 惑星ヘルバは、マンドレイクが発見された原産地だ。

 その惑星には、実ははるか太古に知的生命体が存在し、文明を築いていたとのことだ。現在は、惑星ヘルバに知的生命体はいないとされている。だが、惑星の各所に知的文明の足跡が残されており、遺跡と呼べる建築物もあるのだそうだ。

 

「では、壁に投影します」

 

「よろしくー」

 

 ヒスイさんの言葉に軽く声を返すと、ヒスイさんは部屋の壁に映像を出現させた。

 白い部屋の壁に浮かび上がるように大きな画面が投影される。21世紀にあったような透きとおるプロジェクター画面とは違う、空中に浮かび背景が透けて見えない画面だ。

 どういう技術で実現されているのかは分からない。が、少なくとも俺の視界に直接投影されるARとはまた違い、誰の目からでも見える画面として出力されているはずだ。なにせ、今日はこの番組をレイクにも見せてあげようと思って、ヒスイさんに頼んであったからな。

 

 そうして、番組が始まった。うるさすぎもせず、派手なこともない。21世紀だと深夜にでも放送されているような、大人しめの映像。ナレーションも落ち着いた声で、惑星ヘルバの古代文明を語り始めた。

 

『今から六三〇〇万年前。惑星ヘルバには知的生命体が文明を築いていました。彼らは動物ではなく、植物から進化した生物。光合成をし、土から栄養を取り込む植物の特性を持った、高度な生物でした』

 

 そんなナレーションと共に、画面に知的生命体の再現図が表示される。

 

「ほーん。空想上のマンドレイクとかアルラウネみたいなのを想像していたけど、違うなぁ」

 

「木ではないのでトレントとも違いますね」

 

 そんな会話をヒスイさんと交わしながら、俺は横目でレイクをチラリと見た。

 だが、レイクは食事時と変わらず、その場でゆらゆらと揺れるのみだ。映像、見えているのかねぇ。

 

 それから、現在の惑星ヘルバの自然風景と、過去視で得られた六三〇〇万年前の映像が交互に映し出されていく。

 

 どうやら惑星ヘルバの植物は、知的生命体と呼ぶに相応しい文明を築いていたようだ。地球の文明との比較は難しいが、石材で建築物を作り、黒曜石を加工した武器で外敵を狩る知恵はあったようだ。文字は簡単な象形文字が使われていたらしい。

 ただ、金属を加工できる文明ではなかったようだ。そもそも、肉を食べないので火を使わない。

 農業はしていたようだが、それは作物を食べる直接的な食事のためというよりは、育てた植物を枯らせて土を富ませて自分達がより多くの栄養を土から吸収できるようにするためにやっていたことのようだ。

 

『ヘルバの知的生命体には、従属種族がいました。現在マンドレイクと呼ばれている植物です。高度な知性はなく、労働のための強い身体能力を持っていました。しかし、現在のマンドレイクは、六三〇〇万年の進化の果てに、当時の能力を失っています』

 

「おおっ」

 

 ナレーションと共に、古代遺跡の様子が画面に映る。従属種族の住居であったらしいが……完全に植物に覆われて、とても建築物には見えない。六三〇〇万年だからなぁ……。

 だが、過去視による太古の映像が出ると、そこは立派な石造の遺跡だったことが分かった。

 ほほう、これはこれは……。

 

「みょーん!」

 

「うおっ!?」

 

「ッ!?」

 

 画面に遺跡が映ってから数秒後、突然大きな音が足元から聞こえた。それは、レイクが発する音だった。

 レイクはその葉を床から垂直に立て、わっさわっさと葉をゆらしながら、みょんみょんと謎の音を立てている。これは……なんだろう?

 

「ええと、古代遺跡とレイクに何か通じる物があったのかな……」

 

「みょーん! みょーん!」

 

 俺はレイクと画面の過去視映像を交互に見ながら、困惑するしかなかった。

 

「……番組に問い合わせてみますね」

 

 ヒスイさんは冷静に、そんなことを言った。おおう、頼りになるなぁ……。

 それからしばらく、レイクはみょんみょんと音を発していたが、やがて映像の場面が変わり、レイクは静かになった。

 

「はー、いったいなんだったんだ」

 

 それから番組はしばらく続いたが、レイクが再び謎の行動を起こすことはなかった。

 やがて、番組はエンディングを迎え、壁に出力されていた画面が閉じる。

 

 番組は、正直言って面白かった。面白かったのだが……レイクの行動にインパクトがありすぎて、後半はあまり印象に残らなかった。

 

「ヨシムネ様」

 

 と、ヒスイさんが壁から俺の方に振り返って声をかけてきた。

 

「おう、何か番組から返答あった?」

 

「はい。同じ問い合わせが複数あったようで、調査が行なわれたところ、どうやらバグが発生した可能性が高いようです」

 

「バグ」

 

「はい、バグです」

 

 バグって、コンピュータプログラムが起こすあれだよな……?

 

「あの映像にあった古代遺跡には、古代のマンドレイクを従わせる機能があったそうです。しかし、現在のマンドレイクは数千万年をかけて進化を重ねた種族であり、機能が正常に働かないようになっているようです」

 

「お、おう……なんというか、すごいな」

 

「はい、生命進化の神秘です」

 

「神秘かなぁ……?」

 

 俺は、足元に目を向けて、イノウエさんの背に乗ろうとしているレイクを見つめた。

 生命進化の神秘……神秘? とにかく、レイクには不思議な植物惑星の歴史が詰まっているようであった。

 

 あ、ちなみに知的生命体は惑星の気候変動が原因で絶滅したらしい。

 人類とコンタクトを取れるような宇宙人は、そう簡単には発見できないってことだねぇ。

 



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EX7.野球しようぜ!

 とある日の昼下がり。次の配信についての打ち合わせを終え、ヒスイさんが淹れてくれたコーヒーをのんびりと楽しんでいると、不意に来客を知らせる玄関チャイムが鳴った。

 すぐさまヒスイさんが玄関に向かうと、聞き慣れた声が玄関の方向から響いてきた。

 

「おーっす、ウリバタケー、野球行こうぜー」

 

 いつぞや聞いたものと同じ台詞で登場したのは、ミドリシリーズの姉妹の一人。プロのアンドロイドスポーツ選手であるオリーブさんだ。

 

「オリーブさん、いらっしゃい。また野球観戦の誘いか?」

 

 以前も、オリーブさんは日曜夕方アニメのナカジマくんのノリで、野球観戦を誘ってきたことがある。

 現在は二月。21世紀の日本だと、プロ野球はまだ開幕していない時期だが、こちらではどうなのだろうか。

 

「いや、今回は観戦じゃないぞ。野球、しようぜ!」

 

 ニコリと笑って、オリーブさんがそんなことを言い出す。

 

「……草野球でもすんの?」

 

 野球経験なんてないんだけどなぁ、俺。オリーブさんとキャッチボールをしたことがあるくらい。試合の類は、学生時代に体育の授業で、ソフトボールを何回かやった程度である。

 そんな事情を説明する前に、オリーブさんは笑顔でまくし立てるように言ってきた。

 

「聞いておどろけ! なんと、プロ野球のオープン戦に出られるぞ!」

 

「……は?」

 

 え、ちょっと待てよ。プロ野球って、プロ野球だよな?

 

「いやいやいや、プロ野球って、プロに交じって俺が出るってこと?」

 

「うん、その通り」

 

「いや、おかしいだろ!?」

 

 俺が叫ぶようにそう言うと、オリーブさんはニヤリと笑って言葉を返してくる。

 

「安心しろ。単なる始球式の誘いだ」

 

「あっ、そういう……」

 

 俺はホッとして、椅子から浮かしかけていた腰をおもむろに下ろした。

 それからオリーブさんが詳しく説明するというので、とりあえず席に着いてもらい、ヒスイさんにコーヒーと茶菓子を出してもらうよう頼んだ。

 

 俺も冷めかけていたコーヒーを一口飲んで落ち着き、改めて対面に座ったオリーブさんの説明を聞く。

 

「ヨシも知っての通り、ヨコハマ・スポーツスタジアムはプロ野球の試合が開催される場所だ」

 

「去年、オリーブさんと一緒に観戦しにいったからな。さすがに覚えているよ」

 

「で、今は二月。この時期は、伝統的なオープン戦の時期だ」

 

 オープン戦か。確か、プロ野球のリーグが本格開催される前に行われる試合のことだったかな。

 オープン戦はリーグ優勝を決める勝敗にはカウントされない、練習的な意味合いを持つ非公式試合だったはず。

 

「つまりだ。ヨコハマ・スポーツスタジアムでオープン戦を一試合やるってわけ。その始球式に、ヨコハマのアイドルであるヨシが抜擢された。うん、姉として鼻が高い!」

 

「いつの間に俺、ヨコハマのアイドルになってんの?」

 

 俺がそんな疑問を挟むと、キッチンから菓子の皿を持ってきたヒスイさんが言う。

 

「今までの実績を考えれば、当然だと思います」

 

「……確かに、ヨコハマの催し物には、何回か出ているなぁ」

 

「さらに、宇宙暦300年記念祭のステージに出演したことで、ヨコハマが生んだ宇宙的アイドルとして、局所的人気が出ているそうです」

 

「そんなことになってんの!?」

 

「ハマコ様からそう聞いております」

 

 ハマコちゃんかー。ヨコハマ・アーコロジーの観光局員さんだ。

 

「つまり、ヨコハマで行われる催し物のここ一番を任せるに相応しい奴として、ヨシが抜擢されたってことだ。誇っていいぞ!」

 

 オリーブさんはそう言ってから、茶菓子に手を付け始めた。

 

「なるほどなー。ま、そういうことなら出てみるかな」

 

 そう答えると、俺も目の前に置かれた茶菓子を食べることにする。バウムクーヘンだ。自動調理器は、お菓子も作ってくれる万能家電である。

 それから菓子とコーヒーを平らげ終わると、オリーブさんが改めて言った。

 

「んじゃ、始球式は出るってことで……練習、しようぜ!」

 

 始球式の練習か。どうせなら綺麗な豪速球、投げてみせるぜ!

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 そして時は過ぎ、二月末。ヨコハマ・スポーツスタジアムのマウンドに、俺は立っていた。

 今日の俺は、始球式に相応しい格好をしていた。上はニホンタナカサムライズのユニフォーム。下は白いラインが入った黒のジャージだ。

 左手には、革の野球グローブをはめている。何も持たないフリーな右手は、観客席へ向けて手を振ることに使う。

 

 マウンドの上で俺は、スタジアムに満員となった観客から見守られながら、開始の時を待つ。

 やがて、打席にニホンタナカサムライズのマスコットロボットであるイエヤスくんが立つ。キャッチャーは同じくニホンタナカサムライズの監督だ。

 

 さあ、練習の成果を見せるときだ。

 グローブの中に収まっていた硬球を右手に握る。そして、オリーブさんに指導された投球フォームで、キャッチャーへ向けて硬球を投げ放った。

 

「行けえ!」

 

 そうして放たれたボールは……ふんわりと山を描き、ゆっくりとキャッチャーへ向けて進んでいく。

 キャッチャーとしてミットを構えていた監督は、余裕をもってそのボールをキャッチする。それから遅れて、イエヤスくんが軽くバットを振り、ふんわりとした空振りを見せた。

 

 ……うん、様式美だ。

 それからスタジアムに拍手が響き、俺は両手を上げて観客席へ向けて腕を大きく振った。

 

 拍手に続いて歓声も響き、「ヨシちゃーん」と俺を呼ぶ声まで聞こえてきた。

 

 観客へ十分にアピールを終えた俺はマウンドを降り、ダイヤモンドから歩いて去る。

 控え室に移動しスタッフさんからねぎらわれた俺は、そのままユニフォームを着た状態でヒスイさんとオリーブさんが待つ観客席へと移動する。

 

 内野の指定席。そこへ向かうと、周囲から拍手が向けられた。それに対し、俺は笑顔で「どうもどうも」と返しながら、ヒスイさんとオリーブさんの間に開けられた席に座る。うーん、両手に花だな。

 

「おつかれさまです」

 

「おつかれー」

 

 二人にそう言われ、俺は「なんとか練習通りにいけたよ」と息をついた。

 

「おう、ヨシ。見事な山なりボールだったな!」

 

 オリーブさんのその言葉に、俺は笑顔で言葉を返す。

 

「アイドルっぽかったか?」

 

「完璧!」

 

 そう言い合い、俺とオリーブさんは二人であははと笑った。

 うん、俺は始球式の練習をしっかりしたが、豪速球を投げる練習はしなかった。

 

 オリーブさん曰く、アイドルたるもの、ゆるい雰囲気でゆるいボールを投げてこそ、だそうだ。

 

 思い返してみると、以前オリーブさんが始球式に出たときも、ゆるいヘロヘロボールを投げていた気がする。

 始球式で求められる仕事は、観客達が笑顔で試合の始まりを迎えられることだ。オリーブさんはそう主張する。

 

 運動に縁のなさそうなアイドルが始球式で豪速球を投げれば、それはそれで意外性があって盛り上がるだろう。

 しかしだ。俺やオリーブさんは、超高性能のガイノイドボディ。豪速球を投げられるのは当然で、そこに意外性は欠片もない。

 それならば、ゆるい雰囲気でふんわり始球式を終えた方が、より盛り上がるそうだ。

 

「見事に仕事をこなしましたので、今後こういった仕事が増えるかもしれませんね」

 

「そっかー。スケジュールが合えば、受けてもいいかもしれないな」

 

 ヒスイさんの言葉に俺はそう返し、始まっていた試合に目を向けた。

 ちなみに、俺はアイドルの職で一級市民になったわけではなく、生身の肉体を献体したことで一級市民になっている。なので、仕事を受ければ、その分だけギャラが支払われる。これ以上、資産が増えても使い道はないのだが……まあ、減るならともかく増える分には問題は起きないので、気にしないでおこう。

 

 さて、仕事は終えたので、後は野球観戦を楽しもう。

 と、その前に……。

 

「お姉さーん、ビールください!」

 

 俺は観客席を練り歩いて売り子をしているガイノイドからビールを一杯受け取り、勢いよく喉に流し込んだ。

 仕事終わりに野球観戦と来たら、ビールがないとな!

 

 そうして俺は、旧世紀から続く伝統的競技のオープン戦を心行くまで楽しんだのだった。

 



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EX8.MECATECH BATTLE CITY(シミュレーション)<1>

「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」

 

 そんないつもの口上と共に、本日もライブ配信が始まった。

 最近はマンドレイクの母星がどうだとか、始球式がどうだとか色々あった。だが、それでもこうして、定期的にライブ配信は続けている。

 

『わこつ』『待ってた』『生きがい』『ようやくヨシちゃん成分が摂取できる』

 

 視聴者コメントも、いつも通りの反応だな。今は人間やAIだけでなく、異星人であるギルバデラルーシも積極的にコメントを発信するようになっていた。

 

「助手のヒスイです。本日は、ゲストを一名迎えております」

 

 ヒスイさんも視聴者に挨拶をする。それで、だ。今日はゲストを迎えての配信である。

 SC空間に立つ俺とヒスイさん。その横に、派手なエフェクトをともなって、一人の人間が出現する。

 それは、ツナギ姿の三十代くらいのおじさんだった。

 

「おう、田中宗一郎っつうもんだ。ニホンタナカインダストリの前身、日本田中工業の元社長だ」

 

『マジで』『宗一郎ではないか』『うわー! 歴史上の偉人だー!』『すげえ人が出てきたな……』

 

 そう、今日のゲストはギルバデラルーシの住む惑星ガルンガトトル・ララーシで会った機械技師、田中宗一郎さんだ。

 

 実は彼、ギルバデラルーシの元大長老であるゼバ様を連れて、惑星テラに帰省中である。

 そんな彼と会うために、ヨコハマ観光局のハマコちゃんと一緒にニホンタナカインダストリに訪ねていったところ……田中さんが俺の配信に興味を持ってくれて、ゲストに出ると言ってくれたわけだ。

 

 そのあたりのことを田中さんが、視聴者に告げていく。

 

「昔は小さな町工場だったっつーのによ。久しぶりに帰ってみたら、すげー広さででけー建物があってビックリだ」

 

 田中さんが語る町工場は、ゲーム『MARS』で見ることが可能だ。そのためか、視聴者の反応も上々である。

 

「玄関ホールに入って、いきなりマーズマシーナリーが置いてあったのは笑ったな。ヨーロッパの貴族が、屋敷に甲冑飾るんじゃねえんだからよ」

 

 と、そんな小粋なトークをしばし続けた後、本日のメインイベント。ゲームの時間がやってくる。

 

「では、今日もゲームをやっていくぞ。今回やるゲームは、こちら!」

 

 俺がそう言うと、ヒスイさんがいつも通りバスケットボールサイズのゲームアイコンをその場で掲げる。

 

「『MECATECH BATTLE CITY』だ!」

 

 俺がそう宣言すると共に、ゲームが起動し、背景がタイトル画面に変わる。

 何やら、機械のパーツがいくつも小山を作っており、さらには上の方には空がなく、高い位置に天井が存在した。

 

「おっ、なかなかいい雰囲気だねぇ。スペースコロニー内のジャンク屋ってところか」

 

 田中さんが周囲を見渡してから、ニヤリと笑ってそんなことを言った。

 なるほど、ジャンク屋。言われてみるとそんな雰囲気だな。

 

「『MECATECH BATTLE CITY』は、様々なパーツを組み合わせてロボットを作り、ミッションをこなしていくシミュレーションゲームです。プレイヤーはジャンク屋の主となり、作り上げたロボットを使って資金を貯め、さらなるパーツを増やしていくストーリーとなっています」

 

『ジャンク屋かー』『リアルには存在しない職業だね』『機械パーツをバラ売りしても、組み立てられる人間がほとんどいないから』『機械か……馴染みのない存在であるな』

 

 そんな視聴者のコメントに、田中さんが反応する。

 

「確かに今はジャンク屋を見ねえが、昔は普通にいたぞ。第三次世界大戦直後なんかは、戦地跡でジャンク集めが流行ったって聞いたことがある」

 

 それに続いて、俺も話に続く。

 

「21世紀もジャンク屋はあったぞ。自動車とかバイクとかのジャンクを扱う業者がいたり、電子機器の中古品やパーツを集めて売るジャンクショップがあったりしたな」

 

『へー』『中古品か』『中古品ってリアルで見ないよね』『技術の向上で、リサイクルして新品に作り替えてもさほど製造コストがかからないんですよ』

 

 へえ、今の人類って、中古に触れる機会あんまりないんだな。俺がもと居た時代はネットの発達で、中古品の売買が盛んだったんだけどな。

 まあ、中古の概念が完全に消えたわけでもないだろうけどな。俺の今のボディは、元々ヒスイさんが使っていた中古ボディだし。あくまで、民間人が触れる範囲で中古品の取引をする機会がないというだけだろう。

 

「話を戻してよろしいでしょうか。ジャンク屋の主となるゲームですが、本日はパーツを集めるストーリーモードではなく、複数人でロボットを作って競う対戦モードをやっていきたいと思います」

 

 ヒスイさんがそう言うと、背景に表示されていたメニューから対戦モードが選択され、またもや周囲の空間が切り替わる。

 ジャンクの山が姿を消し、代わりに天井の高い格納庫のような場所へと俺達は立っていた。

 そんな場所で、ヒスイさんがさらに説明を続ける。

 

「ヨシムネ様と田中様には、解放済みの全パーツを組み合わせてロボットを作っていただき、それをお互いに戦わせて勝敗を競い合っていただきます。テーマを三つ用意しますので、計三回の対戦となります」

 

「おー、ロボットバトル。面白そうだな!」

 

 俺がそう言うと田中さんも「いいねぇ」とノリノリだ。

 

『ヨシちゃん大丈夫? 相手本職だよ?』『田中宗一郎っていったらロボット製作の第一人者じゃん』『エンジョイ勢の中にガチ勢が乗りこんできた構図』『勝ち目が見えない』

 

「いいんだよ。ゲームなんだから楽しめれば、それでいい」

 

 俺がそう言うと、田中さんはガハハと笑って「さすがだな」と俺の肩を叩いた。

 

「よろしいでしょうか。では、始めましょう。ロボットの作り方を私から説明しながら、進めていきます」

 

 ヒスイさんがそう言うと、彼女の目の前にメニュー画面が開く。

 それを手動で操作したヒスイさんが、さらに言う。

 

「一回目のテーマは『戦車』です。まずは、今回のテーマや作りたい機体のコンセプトなどを音声指示して、大まかな形を作っていきましょう」

 

 お、目の前にウィンドウがポップアップしてきたな。音声入力待機中とある。なるほど、ここに向けて指示すればいいんだな。

 

「じゃあ、今回のテーマの戦車を作るぞ」

 

 俺がそう発言した次の瞬間。

 目の前にリアルな戦車が出現した。

 

 戦車の各部には、半透明なウィンドウがいくつもポップアップしており、どうやらそこに交換可能なパーツが表示されているようだ。

 

「完成品がいきなり出てきて、そこから細かく組み替えていくってわけかぁ」

 

「そうですね。次は一つ一つパーツを組み替えてもいいですが、追加で指示を出してディテールを凝らせていくのもよいでしょう」

 

 俺の独白に、ヒスイさんが横からそんな解説を入れてきた。

 

『おー、一から組み立てるとかじゃないんだな』『さすがに全手動だと配信の時間が足りなくなる』『小さなロボットで対戦すると思っていたら、ガチの戦車が来るとか……』『戦車ははたしてロボットと言ってよいのだろうか』

 

 そんな視聴者のコメントを聞いていた田中さんが、ニヤリと笑って言葉を発した。

 

「戦車はロボットじゃない? んなことはねえよ。戦車といえばガチタンだ。下半身が戦車で、上半身が人型ロボットを作るぞ!」

 

 田中さんのその言葉を受けて、彼の目の前に人型ロボットが現れる。

 ただし、脚の代わりに戦車の無限軌道が備え付けられている。

 

 うわあ、ガチタン、ガチガチのタンクかー……。

 俺が生きていた時代の特定ゲームの用語なのに、よく知っているなぁ、田中さん。

 

 そして、その後も田中さんは指示を次々と出し、着々とロボットを仕上げていく。

 だが、途中からその雲行きは怪しくなっていった。

 

「よし、見た目はほぼ完成だな」

 

 いやいや、ちょっと待てよ。

 

「……ガンタンクじゃねーか!」

 

 俺は、目の前に鎮座するロボットを前に、そんな突っ込みを入れていた。

 灰色・青・赤の三色が特徴的な人型戦車。20世紀のアニメ『機動戦士ガンダム』に出てくるモビルスーツ、ガンタンクだった。

 

「ガハハ、これはゲームだぞ? 遊びを入れてなんぼだぞ」

 

 田中さんのその言葉を受けて、俺は自分の目の前にある戦車を見た。

 なんの変哲もない戦車。だが、そこに『遊び』はない。

 

「そうくるなら、こっちだって考えがあるぞ! 戦車は戦車でも、多脚戦車だ!」

 

 俺がそう宣言すると、目の前の戦車が組み変わり、無限軌道ではなく四つ脚を持つ戦車が現れた。

 

「よし、じゃあ脚の数は六本で――」

 

 俺も田中さんに負けじと指示を出し、時には手動でパーツを選び多脚戦車を作り上げていく。

 ファジーな指示でも意外と形になるもので、なんだかロボットの組み立てというか別の作業を行っている気分になってくる。

 

「しかし、目的に合わせたメカを作るゲーム、21世紀というか20世紀末の頃にもやったなー」

 

 広大なフィールドの各地に様々なミッションがあって、それに合わせたメカを組み立てていくというゲームだ。

 空を長時間飛ばすのが、なんとも難しかった記憶がある。

 まあ、このロボットは自分で操縦するのではなく、AIに任せて自動で動かすタイプなので、そのゲームとは似ても似つかないのだが。

 

 そんな思い出に浸りつつも、やがて狙い通りのロボットが完成する。

 

「できた! 多脚戦車タケミカヅチだ!」

 

 田中さんがアニメの兵器で来るなら、俺だってアニメの兵器で対抗だ。

 

「おっ、瓜畑。なかなかイカすフォルムじゃねえか」

 

 ガンタンクの細部を仕上げ終わったのか、田中さんがこちらに来て俺のタケミカヅチを見上げる。

 

「タチコマと迷ったけど、こっちにした」

 

「これ、なんか元ネタあんのか?」

 

「21世紀のアニメ『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』の作中に登場した戦略兵器、タケミカヅチだな」

 

「む、聞いたことのない作品だな……その時代のロボットアニメには、詳しいつもりだったんだが」

 

「ロボットアニメじゃないからなぁ」

 

 女性兵士の小隊を扱った日常系アニメだからな。終盤はこのタケミカヅチに乗って戦争に介入するんだけど。俺はそんなにアニメに詳しくないんだが、たまたま知っていた作品だ。

 

「お二方とも、完成でよろしいでしょうか?」

 

 と、田中さんと品評をしていたら、ヒスイさんが割って入るように言った。

 おお、そうだ。作ったものを対戦させるんだったな。

 

 と、いうわけでお互いに完成ということで、次に移ることになった。

 タケミカヅチを組み上げるときに、おおよそどういう動きで戦うかの指示も出してあるので、あとは自動操縦に任せて勝敗を決めるだけだ。

 

 バトルのステージは、荒野。岩や石がゴロゴロと転がった厄介なステージだ。

 無限軌道のガンタンクに対して、六本の脚を持つタケミカヅチの方が移動に有利と思ったのだが……。

 

「ま、負けた……」

 

 遠距離からの撃ち合いになったのだが、よく分からないうちにタケミカヅチが撃破されてしまった。

 

「ガハハ、戦闘プログラムの作り込みが浅かったな、瓜畑」

 

『圧倒的だ』『さすが本職』『完全にアマVSプロの構図』『知ってた』

 

 視聴者も納得の勝敗だった。

 だが、田中さんはそうは思わなかったようで……。

 

「おっと、みんな待てよ。俺はあくまで機械技師だ。AIだのプログラミングだのは門外漢よ」

 

「あー、そんなこと前に聞いたような……。ニホンタナカインダストリのタナカ室長とは専門分野が違うんだな」

 

「おう、俺の一族のあの若造か。なんかAI設計が専門つってたな」

 

 そんな会話を田中さんと交わす。

 まあ、門外漢と言ってもド素人の俺よりは詳しそうなものだが……勝敗で何かを賭けているわけでもないし、ゲームを楽しめればそれでいいか。

 

「感触はつかめたでしょうか。では、第二戦に移りましょう」

 

 と、ヒスイさんがそう言って、背景を荒野から格納庫に戻す。

 

「第二戦のテーマを発表します。『空中戦』。お二方には、空を飛び、戦うメカを作っていただきます」

 

 ……また急に難易度上げてくるなぁ!

 



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