我らが帝国に栄光を! (やがみ0821)
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終わったと思ったら始まっていた

 ああ、良い人生だった――

 

 ゆっくりと彼はその両目を閉じた。

 走馬灯のようにこれまでの人生が駆け巡りつつ、意識は薄れていく。

 

 死ぬとはこういうものなのか――

 

 彼はそう思いつつも、それに全てを委ねる。

 

 先に逝ったヒトラーが迎えに来るのだろうか?

 あるいは両親か、兄か、それとも他の友人達か?

 

 もしも来世というのがあるのならば、今度こそ平和に、そして穏やかに過ごしたいものだ――

 

 

 彼はそう思い、その意識は完全に闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェルナーは深く溜息を吐いた。

 家族構成やら名前など、そういう個人的なものは前とまったく変わらないが、世界情勢は大きく違っている。

 

 前世でいうならば二重帝国領域に幾つかのおまけも含んだ、大ドイツ。

 帝国あるいはライヒと呼ばれる国家にヴェルナーは生を受けた。

 

 平和に、そして穏やかに過ごしたい、という願いは残念ながら無理そうだった。

 

 

「……改めて思うが、詰んでるよな」

 

 二重帝国どころかベネルクスやデンマーク、ポーランドの半分くらいまで含む大ドイツ、大いに結構。

 しかし、どうやらそれを成し遂げる為に相当な無茶をやらかしたらしく、各国との間には根深い領土問題を抱えている状況だ。

 

 彼は幼い頃から情報収集に努め――幸いにも言語はドイツ語そのものであった――状況を把握できていた。 

 故に、コツコツとお小遣いを貯めて、勉学で優秀さを両親へアピールし、ワガママが通るように、これまで謙虚な態度を貫いてきた。

 

 いよいよ動くときがきた。

 前は1901年――16歳になってから動き出したが、今回はそれよりも2年早い。

 

 将来的に袋叩きにされる可能性がある為、前よりも早めに、そして効率的に動き、帝国の国力を底上げしておく必要があると彼は考えた。

 無論、それ以外にも内線戦略に特化し過ぎた陸軍の改革やらなにやら、やるべきことは下手をしたら前よりも多いかもしれない。

 

 とはいえ、大前提となるのは国力だ。

 どんな国であれ、国力以上の戦争はできない。

 戦争を回避する術があれば良いが、外交的に無理である可能性を考慮しなければならないだろう。

 

 今のところ各国との関係は致命的な破局にまでは至っていない。

 現状の外交関係のまま、続いていけばいいが、必ずどこかで破綻するとヴェルナーは確信している。

 

 外征を全く考えていない帝国軍を見れば、こっちから手を出すことはまずないだろうが、何かの拍子で政府や国民がやる気になってしまうと、やらざるを得ない。

 

 そうなったときの為、問題なく戦争を遂行できるように整えておく必要がある。

 

「ヒトラーがいれば良かったのだが……」

 

 ヒトラーがいれば政治面は丸投げでき、また国力増強の為に各種法律を整えてくれるだろう。

 だが、それは望み薄だった。

 

「自前で何とかするしかない。しかし、一応、探してみるか……」

 

 ともあれ、最優先は前と同じように合州国にいるだろうヘンリー・フォードとライト兄弟、彼らの勧誘であった。

 そして、ヘンリー・フォードはまさに自動車会社を興すべく、エジソン照明会社を辞める直前であり、彼は自分の思い通りにやらせてくれるスポンサーを求めていた。

 またライト兄弟もフォードと同じくスポンサーを求めている状態だった。

 彼らの状況は、ヴェルナーにとって最高の結果をもたらした。

 

 

 

 

 

 

 

 1899年10月、ヴェルナーはフォード、ライト兄弟と共に帝国にてRFW社を設立した。

 

 今度は間違えなかった――

 

 ヴェルナーは前世における最大の失敗を回避することに成功していた。

 それは社名を間違えなかったことだ。

 

 ライト兄弟のファミリーネームはRではなくWから始まる。

 ヴェルナーはRFRとしてしまったという苦い経験があった。

 

 そして、ここからもやることは変わらない。

 これまでの知識と経験に基づいて、ヴェルナーは非常に生き生きと、業務に取り組み始めた。

 その傍らで、ドイツにてドクトリンとして採用された戦略理論の構築も同時並行で行う。

 とはいえ、彼は帝国における高級幼年士官学校の生徒であるので、そちらのアレコレもやらねばならない。

 

 エアランドバトルと大規模縦深突破を組み合わせたようなドクトリンであるが、その有効性は実証済みだ。

 フランス軍はこのドクトリンに基づいて計画され、そして発動された皇帝攻勢を止めることはできなかった。

 ロシア帝国軍相手にやっても、たぶん制空権は確保できるだろうから何とかなる――という結論が出ていた。

 とはいえ、ドイツとロシアが真正面からぶつかれば、最終的にロシアが勝利するという予想がされていた。

 勿論、勝者であるロシアはその後すぐに経済的に破綻し、漁夫の利を得るのは全く関係ない他国ばかり――という世知辛い結果だ。

 

 もっとも、『もし万が一、やらなければならなくなったら』という最悪を想定して動いた方が良いのは言うまでもない。

 

 その為には一にも二にも国力増強であり、産業界や物流網の強化、インフラ整備が必要だ。

 

 規格化されたコンテナもさっさと作らねば――

 

 彼は非常に多忙であったが、前もできたことなので、大変ではあったが問題はない。

 

 そんなとき、思いも寄らない人物が訪ねてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 RFW社の会議室にて、2人は対面していた。

 やってきた人物――アドルフ・ヒトラーはヴェルナーの知っている彼――ただし見た目は若く、子供と言っても過言ではない――であった。

 

 ヒトラーはRFW社の受付で、ヴェルナーとの面会を希望し、彼への伝言もあわせて行った。

 それを言えば彼ならば一発で理解すると、ヒトラーが判断した為に。

 彼への伝言はたった一言だ。

 

 RFRじゃないのか――?

 

 それを聞いたヴェルナーが慌てて飛んできたのは言うまでもない。

 

「ヒトラー、率直に言うが……またやってくれ」

「言われるまでもないとも。必要な手は全て打つ。だが、最悪の事態を想定していてくれ」

 

 長い付き合いだからこそ、互いに短い言葉でも分かった。

 ヴェルナーはヒトラーに再び政治家となるよう求め、それを彼は承諾したのだ。

 

「やはりそうなるか?」

「可能性としては高い。薄氷の上に帝国は立っている……やはり、大ドイツを実現するには無理がありすぎたのだ」

「だろうな。我々のときでも、オーストリアやズデーテンラントで精一杯だった。だが、帝国は既に二重帝国の全域に加えて、おまけまで抑えている。危険視されないほうがおかしい」

「だが、良い点もある。民族的な対立が火薬庫で起きていないことだ。帝国として、彼らもまた統一されている」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーもまた頷く。

 国内における民族的な対立は帝国においては皆無に等しい。 

 

 この点に関してはヒトラーにしろ、ヴェルナーにしろ、気が楽であった。

 

 そもそもここは過去いた世界と似てはいるが、魔導師なんてものが存在していることから明らかに違う世界だ。

 そういう歴史を辿った世界であり、そうなったきっかけは目の前と、将来に起こるだろう多くの問題を片付けてから、じっくりと歴史学者にでも教えてもらえばよかった。

 

「ともあれ、最善を尽くすまでだ。君が動きやすいように整える」

「よろしく頼む。お互いに、前よりも早めに動いたほうがいいだろう」

 

 世界に冠たる大ドイツを――ではなく、ライヒに黄金の時代を、と2人は言葉を交わしあった。

 

 

 

 この邂逅から数ヶ月後、RFW社はマスコミをはじめ、多くの有識者、そしてヴェルナーの父親の伝手を使って軍人達を招いて、彼らが見守る中でライト兄弟による飛行実験を行った。

 実験は無事に成功し、帝国において世界初の魔力に頼らない有人動力飛行に成功した。

 

 この実験による世間へ与えた衝撃を利用し、ヴェルナーは父親を後ろ盾とし、大きく動いた。

 それは前と同じか、あるいはそれ以上に大胆なものだった。

 



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改変をはじめよう

 リヒターフェルデにある帝国高級幼年士官学校は、その名の通りに幼い頃から選抜された男子に、将来における将校候補として専門教育を施す士官候補生学校だ。

 制度的には誰でも入れることになっているが、実際に入学する者は貴族の子弟達であった。

 そして、幼年士官学校卒業後は士官学校へ進み、その後は軍大学へ進学し、卒業後に将校として配属される。

 前世における士官学校や陸軍大学とやっていることはほぼ変わらず、ヴェルナーにとっては学業に関しては片手間でできることだった。

 

 なお、それを片手間と言えるのは本人だけであり、周りから見れば色んなことを同時並行している彼は超人的な努力をしているようにしか見えず、驚きしかなかった。

 

 ともあれ、ヴェルナーは幼年士官学校において、常に首席であり続け、更には前世と同じように戦争研究会というものを立ち上げた。

 あのヴェルナーが立ち上げた研究会ということで、多くの生徒達が興味本位で加入したが、それは彼らにとって非常に大きな衝撃を与えつつも、有益であった。

 

 戦争研究会は経験も踏まえたヴェルナーの問題提起、それに対し彼なりの回答を示しつつ、生徒達が議論を行うものだ。

 教官達も見学したが、彼の問題提起と回答は幼年士官学校の生徒がするようなものではなく、それこそ参謀本部勤務の将校がするようなものであった。

 しまいにはヴェルナーは独自の戦略理論を提唱し始め、それに関する幾つもの論文を書き上げ、教官達に相談してくる始末だ。

 当然教官達には何とも言えない為、彼らはそれを複写し、各々が仲の良い同期達にそのまま相談するしかなかった。

 

 

 

 ヴェルナーが卒業後も幼年士官学校には戦争研究会が存続し、伝統として受け継がれていくのだが、これもまた前世と同じことであった。

 

 

 そして、ヴェルナーは士官学校へと入学するのだが――

 

 

 

 

 

 

 

「……有名人を出迎える対応としては正しいが、入学する1人の生徒を出迎える対応としては駄目だろう」

 

 士官学校の教官であるゼートゥーアは、正門前に立ち並ぶ多くの教官達、そして教官達の後ろから遠巻きに見ている在学生達を見て、そう呟いた。

 今日、やってくる新入生は1人だけであり、スムーズに入学ができるよう配慮された結果だ。

 その1人以外の新入生がやってくるのは明日であった。

 

 とはいえ、ゼートゥーアとしても気になっていた人物だ。

 幼年士官学校には彼の同期であり、友人であるルーデルドルフが教官として在籍していた。

 彼から色々と聞いていた上、幼年士官学校の生徒が書いたとは思えない論文を彼は複写してゼートゥーアに寄越してきた。

 それだけで新入生がとんでもない輩であることは明らかだ。

 

 

 更にそれだけではなく、その新入生は昨今の飛行機ブーム、自動車ブームの火付け役だ。

 彼は二足の草鞋を履いた状態だが、学業を決して疎かにしていない。

 幼年士官学校を首席入学し、在学中は常に首席であり続け、そのまま首席で卒業したのであれば文句も言えない。

 

 だからこそ士官学校においても、兼業することが許されている。

 無論、そこには彼の父親が退役したとはいえ少将であるということも影響しているだろうし、兄もまた士官学校において首席でこそなかったものの、上位の成績で卒業していったことも影響しているだろう。

 

 やがて、一台の自動車が正門前に止まった。

 フォードT型という、RFW社の主力製品の一つだ。

 

 飛行機で乗り付けてこなかったのは評価できる、とゼートゥーアは考えてしまい、苦笑する。

 そして彼をはじめとした教官達はフォードT型から降りてきた新入生を見て、無意識的に敬礼をしてしまった。

 

 まるでこちらから敬礼するのが当たり前であるかのように、何の疑いも躊躇いもなく。

 本来ならば新入生が先に敬礼するのが当たり前であるのに。

 

 士官学校の真新しい制服は入学生にありがちな、服に着られている状態ではなく、堂々としたもので、見事に服を着こなしていた。

 ゼートゥーアらの敬礼に対する彼の答礼もまた様になっており、ともすればここにいる教官達の誰よりも軍歴や階級が上なのではないか、とゼートゥーアは錯覚してしまう。

 それほどまでにヴェルナーは新米などではなく、ベテランの軍人であるかのような雰囲気であった。

 

 いやいやそんなことはない、とゼートゥーアは馬鹿な考えを打ち消す。

 

「本日よりお世話になる、ヴェルナー・フォン・ルントシュテットです。ご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い致します」

 

 凛として告げ、深く頭を下げる彼にゼートゥーアは勿論のこと、教官達の誰もが恐縮してしまう。

 

 本当に幼年士官学校を卒業したばかりなのか?

 実は参謀本部あたりから極秘の視察として派遣された将校ではないか?

 

 ゼートゥーアら教官達は、そんな疑いを持ってしまう程、ヴェルナーは彼らからすれば非常識であった。

 勿論、それは好ましいという意味で。

 

 

 

 

 

 

 その後すぐに教官達の間で誰がヴェルナーの指導教官となるかで、取り合いが行われたが、1時間に及ぶ激論の末、ゼートゥーアが見事に勝ち取った。

 

 彼は指導教官としての挨拶に早速向かう。

 これもおかしい話であり、本来は担当する教官が掲示された後、生徒側から挨拶に行くものだが、そんなことはもはや気にしなかった。

 ゼートゥーアはヴェルナーが幼年士官学校時代に構築したという、内線戦略に変わる戦略について尋ねたかったのだ。

 

 幼年士官学校で教官をしていたルーデルドルフはヴェルナーの提唱した戦略に関して、戦争の概念がひっくり返るとまで絶賛した。

 彼からも聞いていたが、本人の口から聞きたかった為に。

 

 そして、挨拶もそこそこにゼートゥーアはヴェルナーを会議室へと誘った。

 

 

 

 

 

 

「……いや、君は予想外だな」

 

 ゼートゥーアは呆れと感心が同時に押し寄せ、そんな言葉が口から出てきてしまった。

 ヴェルナーは士官学校においても戦争研究会を立ち上げるつもりであったらしく、大量の資料を持ってきていた。

 確かに入寮時に彼は何やら多くの鞄を持っていたが、着替えや私物などは最小限で、ほとんどは論文と資料だったらしい。

 それらは今、ゼートゥーアの目の前に広げられていた。

 

「ともかく、聞かせてくれ。君の戦略を」

 

 ゼートゥーアに促され、ヴェルナーは思い出してしまう。

 前世でも、将官相手にプレゼンしたことを。

 

 あのときとは違って、今回は余裕があるぞ、と彼は思い、ゼートゥーアにプレゼンを開始した――

 

 

 ヴェルナーによる説明は休憩を挟みつつも3時間にも及んだが、ゼートゥーアにとっては非常に有意義な時間であった。

 

 内容としてはシンプルなものだ。

 攻撃に際して、前線も後方もなく、全ての箇所を同時にかつ継続的に攻撃し、敵の対処能力の限界を超えさせ、その上で自軍が進軍するというものだ。

 それらに加え、その膨大な戦力を支える兵站の構築と運用、膨れ上がるだろう軍を支える為に国力の増強、そして国家の全てを戦争に注ぎ込む総力戦の概念、小競り合いからの連鎖反応による列強全てを巻き込んだ世界大戦の概念などへヴェルナーの説明は発展した。

 そして、彼はいかに早く動員を完了し、また戦時体制への移行を行えるかが焦点になると力説する。

 

 

 ゼートゥーアは次々と質問を浴びせかけるが、ヴェルナーは全ての質問に対し、淀みなく詳細かつ具体的に答えた。

 幼年士官学校時代にもこうした質問は飽きるくらいになされたのだろう、とゼートゥーアは思う。

 だからこそ、彼は万全な回答を準備できているのだ、と。

 

 もっともヴェルナーからすれば、それもあったが前世での経験が大きかった。

 

「全ては帝国の国力を増強する、という大前提にあります。我が国の国力は強大ではありますが、まだまだ伸びる余地は大きくあります」

 

 最後にヴェルナーはそう締めくくった。

 そして、ゼートゥーアは問いかける。

 

「君の論文や資料を教官達で検討の上、参謀本部に送付しても良いだろうか?」

「勿論です。よろしくお願い致します」

「ところでこの戦略、名前はどうするかね? 論文名の『国家総力戦時代における空陸共同大規模縦深突破戦略及びその構築と運用』から抜き出したとしても、分かりやすいが、少し長すぎる」

「……お任せします」

 

 ふむ、とゼートゥーアは顎に手を当て――数秒の間、思考する。

 

「君の名前でいいだろう。君が考えたものであるからな」

 

 ゼートゥーアの言葉にヴェルナーは頷くしかなかった。

 

 



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ゼートゥーアの評価

 ヴェルナーは士官学校においても学業に励みつつも、RFW社における業務や帝国だけでなく各国の政財界とのコネ作りの為にパーティーや交流会へ出席するなど、非常に多忙であった。

 しかし、それでも彼は首席を維持し続け、そして首席で卒業し、そのまま軍大学――それも最難関とされる参謀課程へと進んだ。

 半数以上が落第するというこの課程においても、彼は二足の草鞋を履いた状態で落第することなく首席で卒業した。

 この時点で彼の名前は軍内部――もともとRFW社の経営者としては広く知られていたのだが――にて広く知られることとなった。

 参謀課程を兼業で首席卒業する人物は帝国の歴史上、ヴェルナー以外にいなかったが為、この実績でもって、彼は軍人としても優秀であると示してみせたのだ。

 

 

 なお、彼のドクトリンは士官学校時代にゼートゥーアから参謀本部へ送付され、そのまま参謀本部内で検討された。

 その結果、軍大学入学と共に参謀本部へと少尉待遇で赴き、研究及び問題点の洗い出しと改善をすることとなった。

 これらもまた前世と同じ道筋であり、自身のドクトリンの問題点とその改善策は熟知しており、将官達や佐官達への説明する為のプレゼンテーションも慣れたものだ。

 

 

 この頃からお伽噺に出てくる何でもできてしまうという意味合いで、魔法使いの渾名が彼についた。

 周りから見れば軍大学に通いながら、参謀本部で自身が提唱したドクトリンの研究をしつつ、将官達や佐官達にプレゼンし、さらには会社の業務までこなす。

 

 それでいて睡眠と入浴、食事に充てる時間はきっちり確保している。

 まさしく魔法使いの所業だった。

 

 そして、軍大学卒業後、どこもヴェルナーを欲しがった。

 特に兵站部門を統括する陸軍兵站本部は本部長である大佐がやってきて勧誘する程だ。

 

 ヴェルナーの士官学校卒業論文と軍大学卒業論文はどちらも、勇ましい戦術論ではない。

 入学初日にゼートゥーアに渡したドクトリンに関する論文だけで士官学校の卒業論文とするには十分過ぎたが、それでは公平ではないとヴェルナーは固辞し、改めて論文を執筆したのだ。

 

 ヴェルナーの士官学校卒業論文は『鉄道・車両・航空機・船舶による統合兵站体制構築及びその効率的運用』であり、軍大学卒業論文は『三軍体制の構築及び統合的運用』だ。

 

 陸軍の枠すらも飛び越えたこれらは陸軍から海軍にも論文の複写が渡され、ヴェルナーのこれまでの実績もあいまって、大きな衝撃を与えた。

 

 当然だが、ヴェルナーは海軍内でもよく知られていた。

 彼の名前が海軍内で知られるようになったのは、彼が前世と同じ行動をしたことによるものだ。

 RFW社は自動車部門と航空機部門が軌道に乗ると、同じように造船部門にも手を広げている。

 エムデン市にあるノルトーゼヴェルケの経営状況が悪化しつつあったところをヴェルナーが資金援助することで救済し、RFW社の造船部門としてそっくり取り込んでいた。

 それからは海軍にRFW社の経営者として出入りし、人脈作りに励んでいたのだ。

 

 このように、衝撃を振りまいたヴェルナーが希望した配属先は戦闘部隊ではなく、陸軍兵站本部だった。

 本部長直々の勧誘などなくとも、彼はここを希望するつもりだったのだ。

 そして、彼は自分の希望通りに兵站本部に配属されるや否や、生き生きと仕事に取り組み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……彼は本当に魔法使いなのか?」

 

 士官学校の教官から異動し、参謀本部勤務となったゼートゥーア中佐は今年――1910年までのヴェルナーの動きと働きを一覧表に纏め上げたところ、そんな感想しか出てこなかった。

 ゼートゥーアはヴェルナーとは頻繁に面会し、意見交換を行っている。

 だからこそ、彼はあることを思ってしまう。

 

 未来を見通しているかのような、明確な意志でもってヴェルナーは行動している――

 

 それだけならば、胡散臭く思う輩も多く出るだろうが、ヴェルナーの成し遂げてきた実績は動かせぬ事実であり、決して無視することはできない。

 

 RFW社は設立から10年程で急成長を遂げ、今や押しも押されぬ地位を帝国内に築き上げている。

 RFWに負けてなるものか、と多くの企業は奮起し、航空機及び自動車は熾烈な開発競争・価格競争、そして技術者や研究者などの専門人材及び労働者獲得競争が勃発している。

 そして、政府は1902年には諸分野における規格策定及び統一に関する法律をはじめとした多くの法律――冶金や化学、石油精製など諸分野における技術力向上を目的とした法律なども含む――を制定し、更には多額の補助金を出すなどして企業間における競争を強力に後押しした。

 

 

 その政府による後押しもヴェルナーが裏から手を回したのだろう、とゼートゥーアは思う。

 陸軍兵站本部勤務となったとき、彼の真骨頂が発揮された。

 それは根回しだ。

 彼はあちこちに十分に根回しをした上で、自らの案を披露する。

 しかも、その案は完璧ではなく、一見しただけでは分かりにくい問題点がそのまま残してあるのだ。

 質疑応答で、その問題点を敢えて指摘させ、それに対する十分な回答を行うことで感情的な反対を最小限に抑え込み、修正されることなくそのまま案を通す。

 もしも指摘されなかった場合は後日に問題点があったので修正した、として再度披露してみせる。

 

 どう転んでもヴェルナーにとってはプラスの評価を受けられるのだ。

 それは新米将校のやり方ではない。

 

 聞けばヴェルナーの案は基本的に全てそのまま通っているらしかった。

 そして、その案が通ったことで着実に業務の改善がなされ、効率化しているらしい。

 勿論、案を提出するだけではなく、上から与えられる仕事は完璧に、そして迅速にこなす為、勤務態度は最優だ。

 

 まるで兵站に関連する業務を長年していたかのような、そんな印象すら受ける。

 

 それを裏付けるものがコンテナだ。

 RFW社は自動車や航空機、造船に隠れてしまっているが、規格化された輸送用コンテナの開発と量産においてもいち早く取り組み、その特許を取得し、膨大な利益を上げていた。

 

 そのコンテナは今や帝国の物流にとって無くてはならないものとなっている。

 帝国軍においても広く導入されており、物資輸送における効率の向上は計り知れない。

 

 まさに彼にとっては前線で指揮を執るよりも、後方で書類と戦う地味とされている仕事の方が天職なのだろう。

 

 同じ後方で書類と戦う仕事ではあるが、参謀は花形だ。

 一方で兵站の仕事は功績を上げにくいことから、出世コースから外れたような扱いになってしまい、あまりやりたがる者はいないというのが実情だった。

 ヴェルナーが兵站本部へ入ってくれたことは幸いだ。

 

「参謀本部でルーデルドルフの部下となった兄も優秀だと聞いているが……まさしく、恐るべきルントシュテット兄弟だ」

 

 そして、彼にしか空軍は扱えないだろう、ともゼートゥーアは思う。

 というより、帝国軍内部で彼より航空機に詳しい人物はいないかもしれない。

 

 彼の描いた多くの航空機のイラストをゼートゥーアも見せてもらったことがあるが、それらはどれも非常に優れたデザインであった。

 また、航空機に関して彼と議論を交わしたが、ゼートゥーアは全く歯が立たなかった。

 航空機の戦略・戦術・編成・運用などそれらは全て、ヴェルナーの中には確固としたものとして存在していたのだ。

 

 ファーストルック・ファーストショット・ファーストキルなどという戦術概念やそれを成し遂げる為の必要な技術、装備などまで言及されたとき、白旗を上げたくらいだ。

 詳しくその戦術について聞けばそれは非常に理に適ったものであり、実現できたならば無敵といえるだろう。

 その為に電子技術産業についても、ヴェルナーは投資家達と組んで膨大な金額の投資をしているようで、早くも成果が出始めているらしい。

 ゼートゥーアが思うに、急激に進歩する技術に帝国軍が対応できていないように思えてしまう。

 ヴェルナーが出してきたレーダーなどという単語は参謀本部内で話題になったことはない。

 魔導師の魔力反応を探知するものもレーダーであるかもしれないが、ヴェルナーの語るレーダーの利点をゼートゥーアは正確に理解している。

 航空機や船舶の探知どころか、射撃の命中率向上、果ては飛んでくる砲弾の弾道を探知し、敵砲兵の位置を割り出せるなどはまさしく、夢物語のようにも思えた。

 だが、ゼートゥーアはヴェルナーがそう言うならば、それは将来実現できてしまうのだろう、とも確信する。

 

 無論、それ以外にも彼は戦車やら装甲車やら自走砲、はては海軍の様々な艦船のイラストも描いてみせてきた。

 ゼートゥーアとしてもここまで多才であると、もはや溜息しか出ない。

 

 

「陸軍から手放すのは非常に惜しい」

 

 兵站本部からは本部長が手放しで絶賛し、兵站本部の管轄下にある鉄道部からもまた同じだ。

 鉄道だけに依存しない、大量輸送体制構築は鉄道部にとって、負担軽減に繋がる為、願ったり叶ったりだ。

 また彼の予算の引っ張り方も巧みであり、兵站本部本部長である大佐を通じて、参謀本部に軍にとっても一石二鳥である公共事業として提案してくるのだ。

 

 昨今の自動車の大量個人所有に対応する為、大規模な道路網の整備を行いましょう――

 増大する飛行機に対し、帝国の数少ない飛行場や空港は飽和寸前です。空港整備や飛行場建設を行いましょう――

 より効率的な交通網及び物流網建設を目指し、道路として、また飛行機の緊急着陸すらもできる直線の多い高速道路を帝国全土に整備しましょう――

 船舶は大型化の一途を辿っています。運河や港湾内の浚渫、施設の整備や機材の充実を行いましょう――

 国民の利便性を向上する為、既存蒸気機関車の改良を行いつつ、将来的には燃費が良く、牽引力も大きい電気機関車やディーゼル機関車を導入し、鉄道網を整備しましょう――

 

 

 物は言いようであり、これならば政府も拒むことはできない。

 むしろ、政治家にとって非常に分かりやすい功績となり、選挙対策に繋がるので協力を得られやすい。

 維持費に関しても、これらの整備は短期的には公共事業による雇用創出、そして中長期的にも物流向上による経済活性化に繋がり、それによる税収増でむしろプラスになるという試算すらもヴェルナーは提出してみせた。

 RFW社の経営者としての経験を活かしたやり方にゼートゥーアは脱帽だ。

 

 参謀本部はそのままヴェルナーの案を海軍と協議の上で政府へと提案し、政府は快諾している。

 勿論、政府――というか、政治家に対してもヴェルナーのことだから、根回しをしているのだろうとゼートゥーアは確信している。

 それは正しく、ヴェルナーは法律に反しないことを複数の弁護士を通して確認した後、1901年頃から自分の要望を通す為に与野党問わず、多額の政治献金を継続して行っていた。

 帝国において、政治献金の上限がないことは彼にとっては幸いだ。

 無論、彼は仲良くしているマスコミ達に記事を書いてもらい、世論を煽るのも忘れていなかった。

 

 

 そして、ヴェルナーは兵器・装備の研究開発に非常に熱心だ。

 それは彼のドクトリン内にあった、多くのものを開発・導入すべく――目玉となる戦車をはじめとした様々な陸戦兵器や航空機などまで――彼は協議のために兵器局にも頻繁に赴いている。

 

 八面六臂の大活躍で帝国は確実にそして、大きく強化されている。

 それこそ、ゼートゥーアがヴェルナーの入学初日に彼と士官学校の会議室で話した通り、国力の増強という大前提を成し遂げる為に。

 

 

「軍人をやるよりも、政治家の方がいいんじゃないか?」

 

 ゼートゥーアの疑問ももっともだった。

 この部屋には彼しかいない為、その問いに答えるものはいない。

 

 ヴェルナー関連で最近あったことはルーシーに関してだ。

 彼は早期からルーシー帝国が共産主義革命により倒れる可能性を予想し、共産主義の脅威について語っていた。

 それは感情的なものではなく、論理的なものであり、彼が出した結論としては人間は機械ではなく、感情のある生物であり、耳あたりこそ最高であるが現実として共産主義は必ず経済的な破綻により失敗する、というものだ。

 

 ゼートゥーアとしても共産主義については以前から調べており、ヴェルナーと似たような結論を出していた。

 そして、その厄介さも彼と同様に認識していた為、彼を援護した。

 

 共産主義の理想に酔ってしまうというのは仕方がない側面があるとはいえ、帝国の脅威となるならば排除するしかない。

 ヴェルナーは勿論のこと、ゼートゥーアや多くの軍人達も共産主義に対する警戒を強めている。

 

 既に軍内部は反共で固まっていると言っても過言ではなく、裏からルーシー帝国を支援する策まで準備されていた。

 

 少なくとも、わけのわからない共産主義国家よりもルーシー帝国のほうが話が通じる上、帝国の皇帝とルーシー帝国の皇帝は従兄弟の関係にある。

 現在までルーシー帝国が周辺国と共に帝国に攻め込んできていないのは、この関係も大きい。

 

 政府もまた危機感を抱いているらしく、ルーシー帝国を支援することは確定だろう。

 

 ゼートゥーアとしては連合王国や共和国がいらぬちょっかいを掛けてくることだけが心配だった。

 例えば――帝国を牽制する為、ルーシー帝国内部に巣食う共産主義者達と手を組むといったものだ。

 

「毒を以って毒を制すとはいうが、アレはそんなものではない。目先の利益の為に、長期的に大きな利益を失うことになる」

 

 ゼートゥーアはそう確信していた。

 そして、彼の予感は的中することになる。

 

 連合王国及び共和国、そして協商連合は密かに共同でルーシー帝国内で活動している共産主義者達のグループへ資金及び武器の援助を開始していたのだ。

 それは共産主義の理想に共感した、というよりも帝国とルーシー帝国がもしも万が一、手を取り合ってしまったら、という恐怖感によるものだ。

 

 ちなみに、ルーシー帝国の圧力を緩和しようと、秋津島皇国も共産主義者達を支援していた。

 

 

 



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匙を投げる

 

「ロシアはどうにもならんな」

 

 RFW社の会議室にてヴェルナーは匙を投げた。

 彼の対面には今年――1914年、選挙にて初当選したヒトラーがソファに座っているが、こちらも浮かない顔をしていた。

 前世と同じく帝国国民党という政党を若いながら組織し、そこの党首となった彼は早くも精力的に動いていたのだが、まだ彼には政治的な影響力はあまりない。

 無論、以前の経験も活かして、着実にその勢力を拡大しつつあったのだが、それでもまだまだ弱小政党であり、新米議員だ。

 

 1911年より帝国は可能な限り、ルーシー帝国側に援助を行った。

 それこそ、資金や武器の援助だけでなく、義勇軍すらも派遣し、共産主義者達が組織した革命軍と戦った。

 だが、相手は複数の国から支援を受けているらしく、質はともかく量で圧倒的に負けていた。

 またルーシー帝国の国民は勿論、軍人や政治家、官僚などからも続々と革命軍への寝返りにより、とてもではないがどうしようもなかった。

 

 介入が遅すぎた、というよりも連合王国や共和国、協商連合。

 これらの国々が共産主義よりも帝国を脅威としてしまったことが敗因だった。

 

 

 

「タイフーンを?」

「最悪タイフーンだな」

 

 ヒトラーの問いにヴェルナーは答えた。

 

 タイフーンとは前世でのドイツによるロシア侵攻を想定した計画の名前だ。

 津波のように押し寄せるロシア軍を台風のように吹き飛ばさなければ、勝利はない、という意味で名付けられた。

 

 ロシア特有の地形や気候、インフラの貧弱さなどを全て考慮した計画であり、費やされる戦費や人員は膨大で、絶対にやりたくはない代物だった。

 だからこそ、侵攻はせず、国境地帯もしくは国境からやや後方にキルゾーンを構築し、そこへ引き込んで攻め寄せてくるロシア人がいなくなるまで攻撃する、という挽肉計画なんてものがあった。

 当時、ドイツが想定していたロシア軍の投入される予想兵力は最大で600個師団とされていた。

 これは根こそぎ動員を掛けるなどして戦後のことを考えない場合であり、最悪2000万人か、それ以上の人員を投入してくると予想され、更に対峙することになる全ての敵部隊は高度に機械化・装甲化されているという想定だ。

 予算と兵站の面から考えて、全師団を装甲師団とするというのは無理があったが、そのくらいにドイツはロシアを評価していた。

 

 

「挽肉計画を遂行した後、もしもやるならタイフーンということになるだろう」

「共産主義国家は未知数だ。どういう形になると思う?」

「共産党の党首を君主として、党員が貴族、それ以外は良くて平民、悪ければ奴隷というものを想像すればいい。そして、信仰している宗教が共産主義だ」

「よく分かった。宗教独裁国家との戦争ということだな」

「そういうことだ。独裁者とその取り巻きを潰せば、ひとまずは落ち着くだろう。逆に言えばそれを潰さない限りは延々としぶとく続く」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは重々しく頷いた。

 そして、ヴェルナーは告げる。

 

「まあ、悪いことばかりではない。既に軍は革命阻止は不可能と判断し、ルーシー帝国における重要人物の確保に乗り出している。皇族は勿論、軍人や技術者、魔導師は最優先で抑えるように動いているからな。あと、色々な戦訓も得られた」

 

 義勇軍として赴いた部隊は多い。

 せっかく貴重な実戦の機会、その為、各方面軍及び中央軍から部隊が交代で派遣された。

 また将来における対ルーシー戦の参考とする為に、参謀本部の面々も交代で前線視察を行い、海軍も同様に艦隊を派遣し、沿岸部においてルーシー帝国軍への支援を行った。

 

 これらから得られた戦訓は非常に多かった。

 特に気候や地形に関しては前線視察へと赴いた参謀本部の面々が頭を抱える程に深刻だった。

 冬季は寒さが厳しすぎて何もできず、たとえ冬が終わり、雪解けしたとしても泥濘が酷く、それが解消される夏まではまともに動くことすらできない。

 そして早ければ10月には再び冬が訪れてしまい、マトモな戦闘行動どころか部隊移動ができるのは半年もなかった。

 ここまで酷いとは想定していなかった、と口を揃えて参謀本部の面々は言った程だ。

 

 ルーシーと戦うにはまず占領地域の道路整備と鉄道整備から初めなければならない、というのが参謀本部において共通した見解となっていた。

 そして、それらにかかる人員・時間・費用・資材も試算された結果、とてもではないがマトモに戦うことなど不可能だという結論だ。

 とはいえ、参謀本部は万が一を想定し、ルーシー侵攻計画の立案を始めている。

 

 これまでの実績を買われて、ヴェルナーもまたちょくちょくと対ルーシーを想定した作戦立案の為に参謀本部へと呼び出されており、上へ意見がより通しやすくなっていた。

 

「義勇軍やら何やらは軍の広報紙に載っていたな」

 

 ヴェルナーはその言葉に頷きつつ、更に告げる。

 

「無論、紛れ込んでくる輩もいるだろうが、そこは仕方がない。見分けがつかないからな……」

「問題は山積みだが、一つずつやるしかないだろう」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーは頷きながら、笑みを浮かべる。

 

「その為にも、君にはさっさと宰相になってもらわねばな」

「無茶を言うな……と言いたいが、そうも言ってられない。宰相は無理でも議会において影響力を出せるようにしておく。10年以内に」

「そうしてくれ。その方がこちらとしても動きやすい」

「君の方は順調のようだな。会社も軍も……というか、よくも二足の草鞋を履いていられるな?」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーは肩を竦めてみせる。

 

「何故だか知らないが、帝政ドイツ軍時代と違って男女同権で、妙にリベラル的かつ、実力主義だ。魔導師という特有の存在のせいかもしれない。会社の方は前と同じく、帝国軍には土地を持ったユンカーも少数だが存在しているから、法律的にも問題はないぞ」

 

 ヴェルナーはトントン拍子で――それこそ前よりも早く――軍内部で出世していた。

 29歳という若さで大佐にまでなっており、陸軍兵站本部から異動している。

 彼の異動先は空軍設立準備委員会であり、与えられた役職はその委員長だった。

 その権限は大きく、与えられた予算もまた驚くほどに潤沢だ。

 

 どうやら参謀本部の面々――特にゼートゥーアやルーデルドルフ、そして兄のカールが動いてくれたらしい。

 

 そして、会社経営と軍人の両立は土地を持ったユンカーの存在が大きい。

 彼らは少数ではあったが、広大な土地を使って農場を経営している。

 名義だけという状態であるが、軍人と経営者という兼業状態だ。

 元々、帝国の行政府における官僚や軍における士官はユンカーをはじめとする貴族出身者が大半であった。

 多くのユンカーは時代を経るごとに領地を失ってしまったが、領地をそのまま維持することに成功しているユンカーも少数だが存在していた。

 そんな彼らの為に法律的には軍人と経営者を兼ねていても問題はない、とされている。

 

「会社の方は物理的な意味でだ。軍人と経営者を両立なんて、前はできなかっただろう?」

「二度目となると、非常に様々なことを円滑にこなせる。伊達に半世紀近く、軍人をやっていないからな。昔と比べればうまくやれるさ」

 

 ヴェルナーが退役させてもらえたのは70歳を超えてからだった。

 最終階級は元帥、役職は国防大臣――政府との折衝や三軍間の調整が主な仕事――というものだ。

 彼の長い軍歴の中で一番楽しかったと胸を張って言えるのは空軍大臣時代だった。

 それを知っているからこそ、ヒトラーは問いかける。

 

「君に近いうちに軍が与える役職は慣れたものだろう?」

「無論だとも。名称も変わっていないから、余計にな」

 

 ドイツ空軍――ルフトヴァッフェ。

 その意味を直訳すれば空の兵器であり、この世界の帝国においても名称は同じであった。

 

「ルフトヴァッフェは祖国の空を護り、敵国に絶望を叩きつける。それは変わらない」

 

 ヴェルナーの断固とした決意にヒトラーもまた改めて気を引き締めるのだった。

 

 

 



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状況説明

単なる説明回です。


 帝国における企業家や投資家達にとって、ヴェルナーとは金山の在り処を教えてくれる案内人のような存在だ。

 ヴェルナーの先見の明は彼らからすれば歯ぎしりする程に羨ましいものであり、利益を取られたと悔しがったが、それは最初だけだ。

 

 飛行機に自動車、造船においてヴェルナーはその市場を製品の性能や価格、販売戦略などによらない不公正な方法で独占しようとはしなかった。

 飛行機の発明時、彼は誇り高い帝国貴族として、他者の成功を横取りする盗人のようなことはしないと国内外の新聞記者達の前で宣言している。

 ライト兄弟の功績は彼らのもの、フォードの自動車による成功は彼の功績とヴェルナーは明言し、自分はただの支援者に過ぎない、という立場もあわせて表明した。

 

 それは一瞬にして全世界に広まり、RFW社への応募が殺到したということがあった。

 たとえ功績を上げても、それは資金を出した経営者もしくは会社のものとされてしまうことが多かったという背景がそこにはあった。

 カネを出している立場は、それだけ強かった。

 

 他人に功績を取られるくらいならば、と会社には属さず、独自に研究をしていたものの、資金不足で行き詰まってしまっていた発明家や研究者達も多く、ヴェルナーは基本的に彼らを順次、雇用するか、会社へ属するのを嫌った場合は金銭的な援助を行った。

 その結果は今日、RFW社が自然科学的な基礎研究部門から自動車や航空機などのエンジン開発・製造部門、自動車や航空機本体の開発・製造部門に加え、造船部門まで幅広い分野を単独でカバーするということに繋がっている。

 

 しかし、それだけであった。

 例えば異様に安い価格でもって製品を販売し、他社の製品を市場から締め出すということもできただろうが、それはしなかった。

 

 基本的にRFW社の製品は飛ぶように売れたが、他社の製品が全く売れなくなったというわけではない。

 市場における他社のシェアは大きく減少したが、新製品を投入すれば盛り返すことができたのだ。

 無論、RFWも新製品を投入し、また他社が新製品を投入するという熾烈な競争に発展したが、それは極々当たり前の現象であった。

 

 RFW社がより厳しい規格策定、部品点数削減、品質の改善や製造工程の見直し、新型工作機械導入やマニュアルの見直しと改善による既存製品の量産体制効率化と高品質化、新製品の開発・量産を成し遂げれば、他社もまたそれに倣って、同じように既存製品の量産効率化と高品質化を成し遂げ、更に新製品を開発して市場へと投入してくる。

 それを上回るべくRFW社はさらなる高品質化及び効率化、新製品の開発を目指す――というサイクルが完成していた。

 無論、高品質化・量産効率化において前提となる、既存の工作機械は勿論のこと、より精度の高い工作機械の需要も激増し、工作機械を開発・製造する多くのメーカーにとっては笑いが止まらない状況だ。

 そして、当然、労働者達にとっても最高の環境だ。

 生産体制拡充の為、どこの自動車メーカーも人手不足であり、人員確保のため、給与水準は高かった。

 特に研究者や技術者といった専門的な技能を有する者達は、他社に引き抜かれることを防ぐ為に単純労働者よりも極めて高い給料が支払われた。

 そして、彼らは高い給料を支払われているが為、仕事帰りに、そして休日に気前良くお金を使い、それらは他業種の景気を良くすることに繋がっていた。

 こういった状況から帝国政府は、将来において深刻な労働力不足に直面すると判断し、経済界からの要請もあり、人口増加の為、一定年齢までの医療及び教育無償化、更には税制上の優遇を行うなどの様々な対策を行った。

 経済が好調なのに、労働力が足りません、だから経済も駄目になりました、などとは笑い話にもならない。

 ましてや、産まれてから成人するまで長い時間が掛かる。

 早めに早めに対策をせねば、間に合わなかった。

 また経済界から追加の要請があり、将来における労働者の高度化及び専門化の為、教育関連の予算が大きく増加することとなった。

 

 

 このような状況下でヴェルナーは工作機械、化学工業、冶金工業、石油精製の各分野における複数の会社へ多額の出資をした。

 投資家達はすかさずヴェルナーに続いてそれらの会社へ出資し、それは当たった。

 出資後、工作機械分野に関しては当然といえば当然で、すぐに利益が出てきたが、後者の分野に関しては1年や2年では利益は出ず、3年目を迎えたあたりから安定した利益を生み出し始め、5年目には多額の利益を投資家達に還元していた。

 勿論、これらの分野における出資は継続され、元々大きな額であったのが、さらにその額は増やされた。

 

 工作機械以外の3分野において大きな利益が出た理由としては、RFW社をはじめとする多くの自動車メーカーの競争は時間を経るごとに激化し、自動車の製造台数と販売台数は右肩上がりとなって、原料需要が激増し、さらには新素材の開発を求めてきたことによるものだ。

 また、自動車以外にも航空機メーカー(RFW社を含む)による航空機開発・量産競争も激化の一途を辿り、従来素材の需要が大幅に増加し、こちらも航空機に使用する新素材を開発するよう求めたこともある。

 そして、造船においても、自動車輸出の為、RFW社をはじめとした多くの造船会社で専用の大型貨物船が作られるなど、需要が急増した。

 これらに加え、自動車が帝国国内において多く走り始め、それよりは少ないものの、航空機も当初と比べれば大きくその数を増やし始めていた為、これによりガソリン需要が急激に増加した。

 極めつけは、とある帝国の化学メーカー、ゴムメーカーが合成ゴムの開発と量産化に成功したことだ。

 国内外問わず、多くの企業がこぞって天然ゴムと比べて品質と価格が安定する合成ゴムを求めた為、莫大な利益を上げることとなり、それによりヴェルナーをはじめとした出資者達へ転がり込んできた利益もまた巨額のものとなった。

 

 こういった実績は、ヴェルナーにくっついていけば確実に大きな利益を上げられる、と投資家達に確信させた。

 そして、それは正しかった。

 

 

 彼は植民地開発と植民地における資源探査・採掘の会社を立ち上げ、他の企業と共同での事業を持ちかけてきたのだ。

 植民地における開発や資源探査は気候などの自然条件や劣悪なインフラなどが足を引っ張ったが、そこに利益があるならば行くのが企業である。

 多くの企業が参加し、2年程の入念な探査の結果、努力が結実した。

 

 

 帝国の植民地は、前世におけるフランス戦前の帝政ドイツのものに加えてオランダやベルギーのものが加わった非常に広大なものであったが、その統治は前世のそれよりも優れている。

 この世界の帝国においては州となっており、植民地というよりは実質的な海外領土と化している。

 原住民達との関係も良好で、彼らも協力的だという。

 特にアフリカ、インドネシア、ニューギニアの植民地は生命線と言っても過言ではない。

 原油、銅、ウラン、ダイヤモンド、金、ボーキサイト、ニッケル、コバルト、錫やタングステンなどの国家に必要な天然資源の大半がこの3つの地域から産出する為だ。

 

 そして、ヴェルナーが音頭を取って、本格的な探査に乗り出したことで、未発見であった資源が次々と発見された。

 これにより、膨大な利益を彼の会社や参加した多くの企業が得ることができた。

 

 パイの独占ではなく共有という信念の下で、ヴェルナーは動いていた。

 それは国外における資源探査と採掘においても遺憾なく発揮される。

 彼は合州国だけでなく、連合王国、共和国に協商連合との企業とすらも組んで、利益を分け合った。

 経済的にも敵視されては最悪の事態を招くため、各国の企業に一枚噛ませることで、反帝国感情を抑え込みに掛かった。

 ヴェルナーは国内だけでなく、国外の多くのマスコミとも懇意な関係を構築しており、彼らに反帝国感情を抑え、帝国に対して友好的となるよう記事を書いてもらう。

 この時代において、マスコミによる世論操作・情報操作は極めて有効だ。

 何しろ、それが正しいかを確認する術を多くの民衆は持たないが為に。

 

 無論、敵対国家によるそういった工作活動だけでなく、諜報活動に対してヴェルナーは政府や軍部までも巻き込み、抜本的な防諜対策に乗り出した。

 こちらがやるということは、向こうもやるのは当たり前であったからだ。

 なお、これにより政府内や軍内部にいた他国と繋がっていた連中が炙り出されてしまい、世論を刺激しないよう裏で密かに逮捕されるという事態にまで発展した。

 

 国別で見ると、連合王国やルーシー連邦と繋がっていた者がもっとも多く、共和国が3番目であった。

 

 反共で固まっていた筈の軍部ですらも――それも陸海軍の参謀本部と総司令部内で逮捕者が出た――そうであったのは大きな衝撃を与えた。

 二度とこのようなことがないように、と情報部の強化が叫ばれ、ヴェルナーがさり気なく提案したことで、陸海軍の情報部や政府が独自に保有していた情報部は統合・再編された上で情報省へと格上げとなり、その権限も大きく強化された上、予算も潤沢となった。

 

 この大きな恩により情報省はヴェルナーに対して頭が上がらなくなってしまうが、彼は私的利用などという重大なリスクを犯すわけもなかった。

 むしろ、軍と情報省による相互協力体制の構築をヴェルナーが提案する程で、情報省側は快諾した。

 

 

 そしてようやく、ヴェルナーは自身がしっくりくる地位に収まった。

 1917年、陸軍の航空部門が空軍として独立し、彼は32歳という若さで中将へと昇進した上で、空軍における軍事行政を司る空軍省のトップである空軍大臣に任命された。

 異例の昇進であったが、むしろ、彼の功績を考えれば足りないくらいであり、将来の昇進は約束されていた。

 ひとまず昇進の代わりにと帝国において最高の勲章とされている黒鷲勲章を皇帝から授与され、世襲貴族として伯爵に叙せられるなどしたが、誰もがこれでは功績に対して報いているとは言えないと確信していた。

 

 もっとも、ヴェルナーからすれば航空機の調達ができるというだけで満足であった。

 この時点で既に彼はRFW社に関しては名義だけを貸していた状態だが、一区切りついたとして、正式にフォードにその地位を譲った。

 

 そして、ヴェルナーは早速、前世と同じように空軍における質的な向上を始めた。

 

 さて、ドイツ時代と違って、帝国政府と議会は軍を予算的な意味で敵視しておらず、周辺諸国との関係上、軍に対して気前が良い。

 更にドイツよりも広大な国土、それによるドイツよりも多かった人口は政府が打ち出した人口増加政策により元々自然な増加傾向にあったが、より顕著に増加へと転じ、そして何よりも経済の好調は軍にとって追い風だった。

 

 早い話、ヴェルナーが仰天するほど多額の予算が出た。

 設立準備の時は仕方がなく多くの予算を出してくれたものだとばかり思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 

 だからこそ、彼は大胆に動いた。

 現時点での戦力の拡充は最小限に留め、その反面パイロットや整備員などの人員の育成を行いつつ、効率的な教育訓練プログラムの模索と作成、機材の充実、施設の整備に予算を集中させた。

 また、実働部隊の管理を司る空軍参謀本部と協議の上で新型機の性能仕様書を決定し、航空機メーカーへと提出した。

 勿論、彼は空軍大臣となる遥か前に、色んな航空機のイラストと前世でメーカーから教えてもらっていた問題となる点とその改善策を覚えている限り記載した上でこっそりと渡していた。

 レシプロ機からジェット機まで、それらは多種多様だ。

 

 そして更に彼は航空機のエンジンメーカーに対して、信頼性と整備性、そして量産性が高い空冷もしくは液冷のターボチャージャーもしくはスーパーチャージャー付き2000馬力級エンジンと推力1000kg程度のジェットエンジン――それもターボファンエンジン――の開発を依頼し、2000馬力級エンジンに関しては遅くとも10年以内に達成して欲しいとして、多額の補助金を出した。

 それ以外にも彼はターボプロップやターボシャフトといったエンジンの開発を遅れても構わないという条件付きで依頼する。

 あくまで最優先は2000馬力級エンジンとターボファンエンジンだ、と言及して。

 10年以内と提示されたものの、メーカー側は開発完了・量産開始が早ければ早いほど良いということは察している。

 

 帝国どころか、世界中の航空機エンジンの市場を席巻するチャンスを、RFWをはじめとした名だたるメーカーが逃すわけがなかった。

 彼らは2000馬力級エンジンとターボファンエンジンの開発に躍起になる。

 ターボファンエンジンは既に各メーカーにおいても基礎研究が始まっており、それを後押しした形となった。

 それはひとえに、ヴェルナーがターボファン、ターボプロップ、ターボシャフトエンジンがどういった構造をしているか、簡単なイラストと共にタービンブレードの製造が大きな難点となるという注釈付きで各メーカーに空軍設立の数年前に次世代エンジンということで渡していたことにある。

 無論、2000馬力級エンジンについても、エンジン馬力の向上は急務だと当時から各メーカーに口を酸っぱくして伝えてあった。

 RFWが2000馬力級エンジンやジェットエンジンの開発に取り組んでいる、という魔法の言葉を合わせて伝えると、彼らは対抗心を燃やして、とても真剣に取り組んでくれた。

 

 なお、RFWにおいてはライト兄弟が初飛行を行った直後に、将来的にはエンジンはこんなものになるだろうと彼らとフォードへ前述した様々な航空機のイラストと共にターボプロップ、ターボシャフト、そしてターボファンエンジンのイラストを渡している。

 そして自動車部門と航空機部門が軌道にのったあたりから、RFWはこれら次世代エンジンの理論及び基礎研究を細々と始めており、またRFW設立当初からヴェルナーが空冷液冷問わず、エンジン馬力向上は急務であると伝えていたのは確かであり、嘘をついてなどいなかった。

 

 熾烈な競争こそが、技術の進歩と発展に手っ取り早いとヴェルナーは前世で知っていた。

 

 

 そして、前世との最大の違いは1918年にアーネンエルベを設立したことだ。

 前世におけるそれと同じように、ヴェルナーは各軍や政府、そして多くの国内企業を巻き込み、官民軍一体となって次世代における様々な技術の研究開発に努めることとなった。

 当然ながら、言い出しっぺのヴェルナーがそのトップに就任した。

 

 アーネンエルベに組み込まれたものには前世に無かったものもある。

 それは魔導師が使う演算宝珠をはじめとした、魔導師専用の装備や機材だ。

 

 演算宝珠をはじめとした魔導師に関する装備・機材の開発及び試験、製造を行っているエレニウム工廠もまたアーネンエルベに組み込まれている。

 そして、政府と議会の気前良さはアーネンエルベにおいても、遺憾なく発揮された。

 こちらもまたヴェルナーがびっくりする程、多額の予算と大きな権限をくれたのだ。

 

 もっとも、政治家達からすれば献金もしてくれている上に、帝国の強靭化に大きく貢献してくれている実績に対する報酬の意味合いもあった。

 

 多額の予算と大きな権限を与えられたことで前世でやったように、しかし、それよりも効率的にヴェルナーはアーネンエルベにおける特に優先すべき部門に人員と資源と予算を集中させた。

 無論、優先されていない部門においても、その研究開発に支障はない。

 あくまでアーネンエルベにて優先されている部門と比較した場合、投入される人員と資源と予算が劣るという程度であり、一般的な企業と比較した場合は最高の環境であった。

 

 更にヴェルナーは1年や2年程度での短期的な成果と利益は求めなかった。

 5年後、10年後、20年後などに収まらず50年後における成果と利益を彼は求めることを設立時に宣言した。

 それはアーネンエルベにおける多くの研究者、技術者達にとって、有り難かった。

 

 どうしても短期的な利益を求められるのが一般的な民間企業であり、研究者や技術者達にとって大きなストレスとなる。

 だが、そのストレスが無いことは彼らをより意欲的に研究開発に取り組ませることとなった。

 

 



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陸軍参謀本部にて

 

 

 ライヒは黄金の時代を迎え、世界に冠たる国家となった――

 そう言われるようになったのは、いつの頃からだろうか。

 

 周辺国との関係は相変わらずだが、それ以外は全て順調だ。

 

 20年前とは比べ物にならない、その発展と繁栄はまさしく黄金期を迎えたと言っても過言ではない。

 

 またこの20年で帝国軍は大きな変革を遂げていた。

 書類上では統合や再編により、部隊数は減っているが、質という面では飛躍的に向上しており、その戦闘能力は以前とは比べ物にならない。

 

 内線戦略に特化した帝国軍はもはやなく、そこにあったのは――

 

 

 

「どうやったら我々を止められるか? レルゲン少佐、それは簡単なことだ」

 

 作戦立案次長であるルーデルドルフ准将は参謀本部内にある自身の執務室にて、そう答えた。

 

「ヴェルナー・ドクトリンは地上戦の完成形と言ってもいいが、止め方はある」

 

 ルーデルドルフはそう告げ、一呼吸を置いて、更に言葉を続ける。

 

「止めるには帝国空軍を上回る航空戦力を用意し、かつ、我々の砲兵軍団を超える火力を用意すればいい。勿論、戦車も性能と数で上回る必要がある」

 

 ルーデルドルフは上機嫌に葉巻を吸う。

 

「それらを用意できる可能性があるのはルーシーくらいだが、あの国に侵攻するという段階では、もはや連中にマトモな戦力は残っていない。その段階にならなければ、我が軍は国境を超えることはないからだ」

「実質的には不可能と?」

「だろうな。というか、そうでなくては困る……それで、内々にこちらへの異動が決まっているとはいえ……今はまだ人事局の君がわざわざそれを聞きに来たのかね?」

 

 ルーデルドルフの問いかけに、レルゲンは答える。

 

「先日士官学校で、このドクトリンの阻止方法を言い当てた者がいました」

「幼年士官学校の卒業者か? あそこには君も知っての通り、発案者が作った戦争研究会がある。阻止する方法も議論されるだろう」

「いえ、その、申し上げにくいのですが……孤児院から魔導師として優れた適性がある為、士官学校へと入学した者で……9歳の幼女です」

 

 ルーデルドルフは思わず口に咥えていた葉巻を落としてしまう。

 それは運悪く手の上に落ちて、数秒後、彼は悲鳴を上げた。

 

 

 

 ルーデルドルフは慌てて手に水をかけて処置を施した後、同期であり戦務参謀次長のゼートゥーアを呼んだ。

 彼もまた興味を示し、レルゲンに詳細を尋ねる。

 

「魔導師に関しては素質の問題もあり、平時においても適性検査は健康診断と共に義務づけられている。しかし、幼女が士官学校へ入学してしまうなど、誰も想定していないだろう」

「誰も止めなかったのか?」

 

 ゼートゥーアの言葉を受け、ルーデルドルフは問いかける。

 レルゲンは何とも言えない顔をしながら、告げる。

 

「本人が志願したようです。おそらくですが、魔導師は徴募される可能性が高いとし、ならば自ら志願した方が選択肢も多いと考えたのでしょう」

 

 ルーデルドルフとゼートゥーアはレルゲンの予想した、ターニャの動機に感心する。

 更にレルゲンは言葉を続ける。

 

「士官学校での振る舞いを見る限りでは、幼女の思考や人格ではありません。幼女の皮を被った化け物のような……」

 

 そう切り出し、レルゲンはルーデルドルフとゼートゥーアの2人に語る。

 彼が目撃した幼女――ターニャ・デグレチャフの異常性を。

 

 だが、ルーデルドルフもゼートゥーアも、その程度では驚けなかった。

 

「レルゲン少佐、私もルーデルドルフも、ルントシュテット元帥の幼年士官学校時代と士官学校時代を知っている……彼は、デグレチャフ候補生程度ではなかった」

「うむ。私も、幼年士官学校時代にヴェルナー・ドクトリンを相談されて、本当に困ったぞ。それこそ参謀本部で行われるような高度な議論をよくしたものだ」

 

 ゼートゥーアとルーデルドルフの言葉にレルゲンは沈黙するしかない。

 帝国史上、最年少で元帥位に就いたヴェルナー・フォン・ルントシュテット。

 彼は空軍大臣として、設立時から現在に至るまで空軍における最高責任者の地位にある。

 

 帝国の国力そのものを増大させるだけに留まらず、帝国軍の変革にも尽力した生ける伝説ともいうべき人物だ。

 レルゲンも実際に会話をしたことはないが、色々と噂を上官達から聞いている。 

 

「デグレチャフ候補生は元帥のように、他者を巻き込み、大きな変革を行うような人物であるかね? もしもそうであって、かつ、それが帝国にとって悪いものであるのなら、対応する必要がある」

 

 ゼートゥーアの問いにレルゲンは首を横に振る。

 ターニャの振る舞いは年齢を抜きにすれば、認めたくはないが、軍人として過激ではあるが適切だ。

 あの年齢と容姿であり、二号生徒に舐められないようにする為という意味合いでは過激になってしまうというのは理解できなくもない。

 

「むしろ、有能な軍人であり、魔導師なら積極的に活用すべきではないか? 即応軍に放り込むか?」

「良い案だ」

 

 2人のやり取りに、レルゲンは何も言えない。

 ゼートゥーアの言葉通り、ターニャが帝国にとって悪いもの――例えば他国と繋がっているなど――であれば即刻排除すべきだ。

 しかし、現状ではそのような証拠はなく、また士官学校入学に際して行われた情報省による身辺調査などでも、全くそういうものはない。

 

 所詮はレルゲンがターニャに抱いた個人的な印象でしかないのだ。

 

 

「魔導師は歩兵よりも優れた火力と防御力、速度、展開力を持つ。他の兵科にはできないことをさせるべしというのは中々思い切った決断だが、結果として当たりだった」

 

 ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアは頷き、同意する。

 

 輸送機により高高度から魔導師部隊を降下させ、敵軍の重要拠点を叩く。

 あるいは潜水艦に乗せれば世界中のあらゆる海から沿岸部を攻撃できる為、その奇襲効果は大きい。

 他の兵科とは違い、輸送の際にはスペースをあまり取らないというのは大きな利点だ。

 

 そして、従来の多くの任務――例えば砲弾射撃の観測任務は短距離離着陸機を使うことで多少の手間は増えるが、十分に代用できる。

 無論、従来の任務のうち、敵魔導師による地上部隊に対する低空攻撃は戦闘機では対応が難しい場合がある為、依然として魔導師の任務だ。

 また近接支援機と並んで、敵地上部隊への攻撃も変わらず魔導師の任務としてあった。

 

 

 とはいえ、これらの任務において、何よりも重要とされるのは魔導師個々人の技量であり、高性能な演算宝珠をはじめとした優れた装備と機材だ。

 演算宝珠などの装備と機材はエレニウム工廠で高性能化が進められ、また全ての魔導師部隊において技量向上が図られており、その訓練は厳しくなる一方だった。

 しかし、脱落者は少数であり、多くが厳しい訓練にも関わらず食らいついていた。

 

「そういえば小耳に挟んだ程度であるが、協商連合の新しい政権は領土問題の解決を叫んでいるらしいな」

 

 ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアが告げる。

 

「流石にいきなり軍事的解決はせんだろう。そんな馬鹿な真似を仕出かしたら、あの国の経済界が政府の敵に回る」

 

 協商連合は貿易上、良い取引先だ。

 帝国の主要な輸出先の一つであり、彼の国からは鉄鉱石や木材、魚介類などを帝国は多く輸入している。

 帝国内での消費が――特に鉄鉱石――多いこともあり、輸出国である協商連合は経済的に好調だ。

 無論、共和国や連合王国、ルーシー連邦とすらも貿易上は良い関係を構築している。

 そして、合州国は帝国の最大の取引先であり、少なくとも彼の国の経済界とは友好的な関係を構築しているとゼートゥーアは見ていた。

 

 

 ここ最近、議会において勢力を着実に拡大し、無視できない規模となった帝国国民党の党首であるヒトラーが外交をはじめとした幅広い分野で様々な提言を行っている。

 彼の提言がそのまま政策に反映されることも珍しいことではない。

 

 情熱と知識を兼ね備えた、若いながらも優秀な政治家だとゼートゥーアとしては思っている。

 

「まあ、もしも協商連合がやってきたとしても……可哀相なことになるだろう」

 

 ルーデルドルフはそう確信している。

 地形と気候が悪すぎるが、協商連合の兵力は少ない。

 裏から他国がほぼ確実に協商連合を支援するだろうが、それでもなお協商連合に勝ち目はない。

 

 無論、最悪として、周辺国が直接介入をしてくるというものもあるが、その場合においても対処できるよう政府と軍では常々協議の場を開き、幾つもの計画が用意されている。

 

 政府と軍が想定しているもっとも最悪なシナリオは、連鎖的に列強が敵に回ってしまい、実質世界を全て敵に回して戦うというものだ。

 

 その場合は共和国、連合王国、協商連合という順番で倒しつつ、膨大なルーシー連邦軍を阻止し続け、攻め寄せる連邦軍がいなくなったら夏を待って進軍開始というシナリオだ。

 

 

 ダキアに関しては国軍が控えめに言って、数十年程時間が停止したままなので、大して考慮はされていない。

 さすがにそのまま攻め込んでくることはないだろう、ということで基本的には緩衝国として考えられている。

 ダキアには他の列強がテコ入れした様子も特にはない。

 故にもしも宣戦布告してきたら、ダキアを迅速に片付けて、南方及び黒海から連邦に圧力を掛けるとされていた。

 

 

「蓋を開けてみなければ分からんが、とりあえず警戒だけはしておくか」

 

 ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフもまた頷いた。

 レルゲンとしても、そこに異論など挟みよう筈もなかった。

 

 

 



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ターニャの確信 おっさん達の後悔

 

 間違いなく、自分以外にも転生者がいる――

 

 ターニャ・デグレチャフは士官学校の図書室で確信していた。

 WW2どころかWW1すら未経験であるのに、帝国と帝国軍がおかしい。

 

 孤児院で、特に不自由(・・・)することもなく生活していたが、魔導師としての適性があることから、戦時に徴募されるよりは平時のうちに志願した方がいい、と判断して飛び込んだ士官学校。

 

 そこで学び、判明したのが帝国と帝国軍の状況だ。

 

 帝国陸軍の主力戦車は四号戦車。

 しかし、それはどう見てもターニャが知る史実の四号戦車ではない。 

 

 四号戦車は性能的には史実におけるティーガーⅡに相当するものであった。

 信頼性とか整備性とか走行性能とか値段とかが気になった彼女は調べたが、危惧された問題点は出てこなかった。

 

 大馬力の航空機用空冷星型エンジンを適切にデチューンしたものを搭載しているのが幸いしているのだろう。

 車高は高くなっていたが、重量に対してエンジンが非力で、動かす度に故障が頻発するという史実のような最悪の事態は避けられる。

 また長年の自動車開発及び製造により得られた技術的経験や諸国よりも高い工業技術を存分に活かし、信頼性、整備性、量産性も優れ、更には走行性能も重量が55トン程度とティーガーⅡよりも大きく抑えられている為、特に問題はないようだ。

 単価も当然高いが、量産効果で値段は下がっているらしい。

 

 全ての装甲師団に主力として配備しつつある、という記載があり、切り札とかそういうものでもなんでもないことが判明してしまった。

 

 

 

「史実の同時期どころか、WW2期とも比べ物にならないほど、遥かに強化された工業力と経済力、技術力を備えている。でなければティーガーⅡみたいなものを問題なく量産配備し、運用できるわけがない」

 

 ターニャはそこで言葉を区切り、一呼吸を置いて、更に続ける。

 

「更にベネルクスやデンマークの領土や植民地も加えた上、魔法があって大ドイツ主義が実現したのに、何故かホーエンツォレルン家が主導権を握っているのが帝国」

 

 ターニャは口に出して、とてもしっくりきた。

 そして、歓喜した。

 

 最初こそ、自身の境遇に絶望しかけたものだが、何だ、蓋を開けてみれば全然大したことがないではないか!

 

 帝国が周辺国と潜在的な領土問題を抱え、東にはアカがいる?

 だから、どうした?

 

 東部国境地帯には隙間なく、史実のクルスクにおけるソ連軍並の防御陣地か、それを超えるものが無数に構築されているぞ?

 東部程ではないが、西部も北部も南部にも、至るところに。

 敵軍が突っ込んできたら、一瞬で部隊ごと溶けるだろう!

 

「空軍もおかしい……いや、空軍が一番おかしいだろう」

 

 ターニャは机の上に広げた空軍に関する資料本を見る。

 

 空軍の戦闘機や爆撃機、近接支援機、輸送機に偵察機や練習機に至るまで網羅しているものだ。

 

 

「私は問いたい」

 

 何で1923年に空冷液冷問わず、ターボチャージャーもしくはスーパーチャージャー付き1500馬力から1800馬力クラスのエンジンを搭載したレシプロ機が配備されているんだ――?

 まずターニャの目についたのは大型爆撃機で、これはB17G型を一回り大きくしたようなものであった。

 搭載されているターボチャージャー付き空冷エンジンは最大で1800馬力を発揮し、史実のB17よりも大きく、B29に迫るものだ。

 航続距離と速度はB29よりも劣るがそれでも連合王国本土をすっぽりと行動半径に収めており、爆弾搭載量は10トンとB29よりも多い。

 これは史実アメリカ軍と帝国軍の戦略方針の違いで、帝国軍は航続距離や速度よりも搭載量を優先した為だと推察できる。

 

 爆撃機は他にも双発の戦術爆撃機――これもなんだか史実のA26みたいなものだったが――もあった。

 そして、近接支援機にA-10のレシプロ機バージョンがあったときは、ターニャは呆れ果ててしまった。

 

 

 

 次にエンジン開発史というページを見て、ターニャは頬が引き攣った。

 

 帝国はおかしい。

 低出力のエンジンに恨みでもあるのか、2000馬力やそれ以上の大馬力エンジン開発の為に予算やら資源やらが大量に継続的に注ぎ込まれている。

 まるで、2000馬力級エンジンが開発できなければ戦争に負けるとでも思っているかのように。

 そして、そういった大馬力エンジンとなると、その材質や工作精度といった基礎技術力が顕著に影響してくる。

 史実日本もこれで非常に苦労したことはターニャも知っている。

 では、そういったものを向上させる方法はというと、化学工業や冶金工業、工作機械などの基礎技術的分野に膨大な資金を投じて、時間を掛けて着実に技術力を蓄積させ、発展していくしかない。

 

 帝国は、そういった分野へ民間の投資家達を中心として、継続的に膨大な投資を昔から今に至るまでやっていた。

 彼らが投資したのは儲かるからだ。

 帝国では20年以上前からRFWをはじめとした多くの自動車メーカーや航空機メーカーが熾烈な開発競争を繰り広げている。

 当然、そういったメーカーは他社を出し抜くべく、高品質化の為に新しい素材を、生産体制効率化の為により高精度の工作機械を求める。

 つまり、自動車産業、航空機産業が牽引役となって、それらを支える工作機械メーカーや原料メーカーは莫大な利益を上げる。

 

 利益を上げれば投資家達は更に投資する金額を増やし、それによってこれらのメーカーがより良い商品を開発・製造し、自動車メーカーや航空機メーカーへ供給し、また利益を上げる――そのサイクルが完成していた。

 

 

 ターニャは既に転生者の目星がついた。

 

 

 明らかにヴェルナー・フォン・ルントシュテットが怪しい。

 狙いすましたかのように、ヘンリー・フォードとライト兄弟に支援を申し出、最終的には帝国へ帰化させてしまっている。

 RFW社が引き金となって、史実アメリカのようなライン生産方式による大量生産技術が帝国に広まることとなった。

 造船分野でもこの時代にはある筈もないコンテナ船やら自動車運搬船、Ro-Ro船や先進的な軍艦までもRFW社は手掛けている。

 

 度々彼の名前は聞いていたが、今回、詳しく調べたことでターニャは確信を得る。

 とはいえ、だからといって彼女は何かするというわけではない。

 

 むしろ帝国をここまで強大化させてくれた彼のおかげで、ターニャは不幸にならずに済みそうだから感謝したいくらいだ。

 

 

 そして、技術者紹介というところで、フレデリック・ブラント・レンチュラーという合州国からの移民で、RFW社所属という人物にターニャの目が止まった。

 彼が手掛け、名付けたエンジンのシリーズ名を見て、ターニャはピンときた。

 

「ワスプエンジンが、どうしてドイツにあるんだ……」

 

 ターニャはワスプエンジンシリーズが史実でどんな航空機に使われていたか、勿論知っていた。

 更にページを捲れば、液冷H型24気筒エンジンとかいう化け物が出てきた。

 ネイピアセイバーかよ、とターニャは心の中でツッコミを入れ、説明を読めば、史実の品質が改善されたセイバーエンジンに高性能なスーパーチャージャーをくっつけて、様々なアレンジが加えられた代物だった。

 

 高高度性能改善型コマンドゲレート付きのネイピアセイバーだと?

 テンペストでも作ってるのか!?

 

 ターニャは心の中で突っ込んだが、テンペストよりももっとヤバいのが主力戦闘機だったと思い出し、頭を左右に振った。

 帝国空軍の主力戦闘機は、このエンジンの搭載を前提として設計されたTa152だ。

 詳細なスペックなどは流石に載っていなかったが、ターニャには分かる。

 史実のフォッケウルフ社が世に出したカタログスペックと同等か、それ以上の性能を本当に発揮できてしまう可能性があることを。

 実際の配備機数は不明だが、ともかく量産されて部隊配備されているのは確からしい。

 

 高高度性能と大馬力を備えたエンジンを確保できたことから、この世界におけるTa152は史実のTa152C型に近い見た目をしているが、あくまで見た目だけだ。

 例えば武装は全く異なっており、ラインメタル社製MG131を片翼3門ずつ、合計6門も装備しており、それに伴い主翼が強化されている。

 

 名称だけは何故か史実と同じだが、この戦闘機を送り出したRFW社にはクルト・タンクが設計技師として勤めている為、不思議なことではない。

 彼だけではなく、RFWにはターニャが知る限りでは大物が他にもいる。

 ともあれ、クルト・タンクがRFWに流れた影響で、この世界のフォッケウルフ社は固定翼機からは手を引いて、ヘリコプターの開発・製造を軍からの手厚い支援の下、手掛けているようだ。

 

 

 Ta152とか、なんてものを世に送り出しているんだ、とターニャは思うが、不思議なことがあった。

 ジェット機に関しては一言も触れられていないことだ。

 

 絶対にあるだろう、むしろここまで時代を先取りしていて、無いほうがおかしい――

 

 そこまでターニャが確信したところで、別の資料を見る。

 都市伝説的なものが載っている雑誌で、空軍の秘密兵器特集というタイトルであった為に一応持ってきたものだ。

 信憑性はよろしくないが、参考にはなるかもしれない。

 

 彼女が雑誌を開いてみると、そこにはいきなりとんでもないものがあった。

 

「よりにもよってハウニヴーか!?」

 

 円盤型航空機ハウニヴー計画と題されたものがいきなり出てきた。

 デカデカとハウニヴーシリーズ及びヴリル・オーディンの模型販売中なんて広告まで載っていた。

 しかも、販売しているのは民間企業ではなく空軍だ。 

 

 模型、ちょっといいかも、とターニャは思ってしまう。

 

 買うか、買おう、買うしかない――

 

 そう思いながら、ページを捲って、察してしまう。

 

 レヒリン空軍実験センターの噂というページだった。

 

 真夜中に聞いたこともないような、甲高い音が聞こえてくる――

 空を飛ぶ鏃のようなものを見た、プロペラがなかった――

 レヒリンは異星人の技術を使って何かを作っているに違いがない、私は詳しいんだ――

 

 ターニャは無言で、雑誌を閉じた。

 そして、笑みを浮かべる。

 

「勝ったな……!」

 

 存在Xめ、感謝してやる! だが、ライフルが貴様を許すかどうかは別だぞ!

 

 

 怪しく笑う幼女が図書室で目撃されたが、誰もが見なかったことにした。

 ターニャを怒らせたら怖いというのは他の生徒達にとって、共通した認識だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帝政ドイツ時代よりも10年程早く、対仏戦争中盤程度の装備を整えたぞ」

「予算の増額は勘弁してくれ」

 

 ドヤ顔のヴェルナーにヒトラーがツッコミを入れた。

 ここは空軍省の空軍大臣執務室。

 前と同じように、ヒトラーはちょくちょくここに適当な理由をつけてやってきていた。

 彼に対し、ヴェルナーは告げる。

 

「安心しろ。予算の枠内だ。それに前のようにアルデンヌを通って奇襲されたら、最悪だ。あくまで予算の中で、最大限に努力をしている」

「それならまあいいが……確かに、あのときは最悪だった」

「今でもはっきりと思い出せる。開戦直後に西部方面の空軍基地が壊滅的被害を被り、そこからしばらくは不利な局面が続いた」

 

 ヴェルナーはそこで言葉を切り、少しの間をおいて告げる。

 

「エンジンの馬力が足りないから、性能や武装を制限された多くの戦闘機達、あれは泣けたぞ」

 

 その後、エンジン馬力の向上に伴ってフルスペックを発揮したのだが、ヴェルナーにとっての見過ごせない問題は、空軍がその存在意義を達成できなかった期間があったことにある。 

 祖国の空を護ることすら覚束ない、それは何よりも悔しかった。

 だからこそ、今世は前世以上にエンジンの研究開発・量産に関して、金銭も含む様々な支援をこれでもかと行った。

 これで十分だ、と思うことは一度もなく、むしろまだまだ足りないと常に思いながら。

 

「気持ちは分かる……私だって悔しかった。まあ、予算の範囲内でやってくれ」

「安心してくれ。部隊数はそこまで増やしていない。君も知っての通り、もっぱら正面戦力以外のところに使っている」

「戦時になると?」

「前と同じか、それ以上、用意できるぞ。何しろ、領土も広いし、人口も多いからな」

「敵が可哀想になるな……こちらの軍に対して、仮想敵国の反応はどうだ?」

 

 ヒトラーの問いにヴェルナーは苦笑してみせる。

 

「連合王国や共和国、連邦は危機感からか、それなりに軍事力を強化している。だが、問題はないだろう。ダキアは変わらず、イルドアと合州国は微強化に留まっている」

「具体的には?」

「連合王国とか共和国とか連邦は複葉機が単葉機に進化して、こちらの機が落とされる可能性が高まった。連合王国なんて、早くもスピットファイアが出てきているぞ」

 

 ヒトラーは笑ってしまう。

 落とされる可能性が高まった――それは確かに道理だろう。

 だが、ヴェルナーにより前世におけるドイツ空軍の戦略・戦術を導入した、帝国空軍が遅れを取る筈もない。

 

 前世での彼は、空軍設立時はその補給と兵站などの限定的な権限しかなかった。

 しかし、今世での彼は空軍設立時から事務方のトップにある。

 この違いは計り知れない。

 当然、実働部隊の管理を司る空軍参謀本部に与えることができる影響力も以前とは比較にならない。

 何よりも、空軍参謀本部の面々も陸軍の航空部門から移ってきた者達であり、ヴェルナーの実績と能力を知っている者しかいなかった。

 故に、ヴェルナーが空軍参謀本部に行う提案はほぼそのまま通るような状況だった。

 

 明確な戦略・戦術があり、それらに基づいた組織構築及び部隊編成・運用、教育訓練、施設整備、兵站網の構築、そして航空機やその搭載武装の調達及び研究開発。

 

 これを空軍の設立準備段階から一貫してできていた、というのは極めて大きな利点であった。

 

「知っていると思うが、協商連合で新しい政権が誕生した。領土問題の解決を公約に掲げてな」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーはすぐさま答える。

 

「外交は君達、政治家の仕事だ」

「それは理解しているとも。流石にいきなり仕掛けてくるような馬鹿な真似はしないだろうが、念の為だ……前のような思いはしたくない」

「無論だ。もしも万が一が起こった場合、どの程度まで予算を?」

「協商連合のみならば限定的だ。陸軍や海軍にも、そのように伝えてある。政府と議会で共通した意見で、覆ることはないだろう」

「ドイツ時代のように戦争には発展させず、小競り合いに留め、裏で蹴り合う程度にして欲しい」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーもまた頷いたのだった。

 

 



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小競り合い

 

 

「協商連合は馬鹿ではないか!?」

 

 ターニャは確信を持って叫んだ。

 北方はノルデンにて、士官学校卒業前の研修として、哨戒飛行の任に就いていたのだが――まさかの協商連合軍による大規模越境に遭遇してしまった。

 1923年6月4日のことだ。

 

 

 ターニャが叫んだ理由は簡単だった。

 

 帝国軍の軍備を彼らは知らないのか、という意味合いだ。

 

 彼女の後方40km程のところにはノルデン空軍基地があり、複数の航空団が展開している。

 

 帝国陸軍は勿論だが、帝国空軍もまた優秀極まりない。

 

 協商連合における新政権は領土問題解決を公約に掲げており、念の為に警戒体制を敷いているというのはターニャがその空軍基地で聞いた話だ。

 スクランブル態勢にあった戦闘機やら近接支援機やらが飛び立っていることは想像に難くない。

 

 

 そのとき、ターニャに通信が入る。

 内容は少尉の昇進、友軍機及び友軍魔導師部隊による航空支援の為、敵地上部隊の位置を確認せよ、というものだった。

 

 

 彼女は歓喜した。

 簡単な任務で功績を上げられることに。

 

 しかし、そう安々と事は進まなかった。

 

 敵地上部隊の位置を確認し、報告して1分も経たないうちに管制官からの連絡が入る。

 中隊規模の敵魔導師部隊が低空を高速で侵攻しており、離脱せよ、と。

 ターニャは考える。

 

 友軍魔導師部隊が既にこちらへ向かっており、管制官によれば5分以内には到着するようだ。

 離脱の許可は既に出ているが、この優勢な状態で少しだけ欲張ってもいいのではないか、と。

 

 彼我の距離はまだあり、程良い速度で逃げれば戦闘時間を可能な限り減らせる。

 

 新米1人を追いかけ回している敵魔導師部隊を、横から殴り飛ばして殲滅するなど造作もないことだろう。

 逃げているところを助けてもらったのと、遅滞戦闘を展開しつつ、友軍部隊が攻撃しやすいように囮役を務めたというのでは天と地程も周囲の評価が違う。

 

 ターニャは不敵な笑みを浮かべた。

 彼女は無線が繋がっていないことを確認した上で、帝国側に向かって程良い速度で飛びながら、後ろへ向かって叫ぶ。

 

「私の昇進の礎となれ! 全ては後方勤務の為に!」

 

 

 

 

 果たして、彼女の狙い通りになったが、うまく行き過ぎてしまった。

 候補生であるターニャにすら、演算宝珠を含む最新の装備が渡されていたことが主な原因だ。

 他国の演算宝珠と比較した場合、帝国のものは性能面で大きく上回っていた。

 教範通り、ターニャは一撃離脱に徹し、敵魔導師部隊はその速度に翻弄されるしかなかった。

 彼らはその速度差があまりにも大きかった為に逃げることもできず、ただ彼女に狩られていったのだ。

 

 だからこそ、無傷でターニャは単独で8人の敵魔導師を撃墜し、更に4人を墜落させた。

 しかもそれを友軍の魔導師部隊の目の前で行ってしまったのだ。

 

 墜落していった敵魔導師達の確保に友軍魔導師達が赴く中、とんでもないスコアを上げてしまったターニャは後悔するしかなかった。

 

 そして、彼女にとってさらなる不幸が襲いかかる。

 友軍魔導師部隊が確保した4人の敵魔導師の中に、アンソン・スーという敵魔導師部隊の指揮官が含まれていた。

 

 開戦直後に新米が1人で敵魔導師中隊を壊滅させ、さらに敵の指揮官を捕虜にした。

 

 帝国史上、かつてない大戦果であった。

 

 

 

 

「どうしてこうなった!?」

 

 基地に帰投したターニャは報告を済ませ、その戦果を司令官や参謀達は勿論、多くの将兵から祝われた後、自室で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからも協商連合軍による越境は2週間程続いた。

 その度に帝国は国内外のマスコミに発表し、全世界に対して帝国は協商連合へ平和的解決を呼びかけている、とアピールした。

 あくまで仕掛けてきているのは協商連合で、帝国は被害者である、という立場だ。

 

 事実、協商連合軍が2日目に行った越境からは帝国軍側に多数の国内外の記者達が従軍記者としてやってきており、彼らはこぞって証拠を記録し、発信してくれた。

 

 空軍の厚意で偵察機に搭乗させてもらい、越境する協商連合軍の様子をカメラに収めた記者も複数いるくらいで、そういった写真が載った新聞が各国で発行され、帝国と連合王国、共和国の世論は協商連合を非難した。

 世論が動けば、政府も形式的であったとしても協商連合を非難せざるを得ない。

 また、帝国の世論は協商連合に対して戦争を、という過激なものに傾いたりはしなかった。

 領土問題解決の手段として、協商連合との戦争までいきたいか、というとそんなわけがなかった。

 裏から連合王国が帝国の世論に対して扇動工作をしてみたものの、帝国国民は全く靡かず失敗に終わった。

 

 

 

 一方で、帝国軍は国境から一歩も出ることはせず、あくまで国境を超えてきた協商連合軍を攻撃した。

 たとえ協商連合軍が国境の向こう側、すぐのところに集結していようとも、決して国境を超えることはしなかった。

 

 帝国政府及び帝国軍上層部から厳命されていた為だ。

 もしもそれを破った場合は今後の将来が残念なことになる、という脅し文句までつけていた。

 

 もっとも、北方方面軍には侵攻するという気は全く無かった。

 こっちが手ぐすね引いて待ち構えているところに、のこのことやってきて、迎撃すればあっという間に敵軍は壊滅し、逃げていく。

 

 地上部隊も航空機も魔導師も全てが帝国軍の敵ではなく、ただの的だ。

 しかし、そうであっても戦果は戦果である。

 簡単に戦果を挙げることができるのなら、わざわざ地形と気候が厳しく、インフラも帝国に比べて未整備なところが多い協商連合領には誰も行きたくはないというのが本音だった。

 

 現場で実際に戦う将兵にとっては簡単にスコアを伸ばせるが、司令官をはじめとした多くの将校はそうではない。

 目に見える功績として、協商連合の占領を、と最初こそは望んだのだが、あることに気がついてしまった。

 

 こちらには戦傷者こそ少数いるが、戦死者はゼロ。

 対する協商連合軍は戦死者も戦傷者も多数だ。

 

 戦死者ゼロで、一方的に敵軍に対して大打撃を与えられるのならば、それこそまさに帝国史上初の快挙ではないか、と。

 

 だからこそ、北方方面軍は亀のように引き篭もった。

 政府と上層部の言いつけをしっかりと守り、領内に侵攻してきた協商連合軍に対してのみ、苛烈な攻撃を仕掛けた。

 

 協商連合軍も少なくない兵力を動員してきたが、北方方面軍はそれらを尽く跳ね返し、甚大な出血を強いた。

 しまいには北方方面軍は魔導師部隊を集中的に投入し、敵魔導師部隊をそっくり捕虜にしたことまであった。

 

 やがて最初の越境から2週間を過ぎたあたりから、協商連合軍による越境は無くなり、それからさらに1週間程してから、協商連合政府は帝国政府の外交ルートを通じた呼びかけに応じ、ようやく交渉の席についた。

 

 陸軍3個師団をはじめ、多数の魔導師部隊、200機に及ぶ共和国からコツコツと購入して整えた航空戦力、そういったものをわずか2週間で協商連合は失っていた。

 それらを協商連合側は一切発表していなかったが、例えそうであっても気づく者は出てくる。

 何より、軍は元々やる気が無かった。

 彼らは帝国軍と自軍の差をよく分かっていた為に。

 しかし、今回は政府に押し通されてしまい、大規模な軍事演習という名目を掲げて越境し、大損害を被った形だ。

 

 当然、軍が現政府に対して良い感情を抱くわけがない。

 また、帝国とは良い関係にある経済界からの突き上げも強くなる一方だった。

 もはや、政府が戦闘継続を叫んだところでどうにもならず、協商連合は実質的に白旗を上げざるを得なかった。

 

 そして、いきなりとんでもない大戦果を挙げてしまったターニャはそのまま北方軍の魔導師部隊に配属され、敵魔導師や敵地上部隊の迎撃任務に就いた。

 実質的な戦闘終結までの2週間で彼女が挙げた戦果は――やはりとんでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、こうなったんだぁ!?」

 

 ターニャは自室のベッドで、枕に顔を埋めて叫んだ。

 

 無傷で敵魔導師を単独で32撃墜、共同撃墜24、装甲車両22、火砲12破壊という、まさしくエースになってしまっていた。

 彼女の所属する隊が哨戒飛行に出れば、たまたまタイミング良く越境してくる敵魔導師部隊や敵地上部隊。

 ターニャはやりすぎないように、と心がけていたのだが、目の前にカモがいれば撃ってしまうのが軍人だ。

 というより、そこで撃たないと上官や同僚から問題視されかねない。

 

 演算宝珠をはじめとしたエレニウム工廠製の魔導師装備は協商連合のそれを上回っており、また何よりもターニャの前にカモとして出てくる獲物は多かった。

 そういう意味では彼女は紛れもなく幸運であった。

 

 新米なのに、技量・戦功ともに抜群ということもあって、生前授与はまずない、銀翼突撃章を授与され、中尉に昇進してしまった。

 

 上官や同僚達からは白銀、ノルデンの小悪魔、戦闘妖精とか呼ばれたりとそれはもう好き勝手され放題だ。

 

 現状は悪くない、悪くはないはずだ――

 

 ターニャはそう思っている。

 エースとなれば後方に下げられ、後進育成の為に教官となれる可能性は高い。

 

 隊内でも浮いているということはなく、むしろ積極的にコミュニケーションを取っている。

 問題はないはずだ。

 

 協商連合との戦闘は終わり、あとは外務省の仕事になっている。

 もしも辞令が出るとしたら、もう間もなくだとターニャは確信していた。

 

 頼む――!

 今回の件で、教導隊とかそういうところへ回してくれ――!

 

 

 ターニャは心の中でそう強く願う。

 それを存在Xが聞き届けたのか、あるいは帝国軍上層部が合理的な判断を下した為か、数日後、ある辞令が彼女に出た。

 

 

 それは参謀本部直轄の戦技教導隊への異動であった。

 

 



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ターニャの苦労 英国のやり口に詳しいおっさん2人

 

 ターニャはこの3ヶ月で疲れていた。

 参謀本部直轄の戦技教導隊。

 新兵器のテストとかそういうものもあったが、あくまで教官側であると任務内容から彼女は予想していた。

 

 それは正しかった。

 正しかったのだが――ちょっと何かがおかしかった。

 

 その困惑の始まりは異動初日、戦技教導隊の所属する基地へやってきたときのことだ。

 

 やってきてすぐ、ターニャは参謀本部の戦務参謀次長、ゼートゥーアに出迎えられた。

 最初こそ、労いとかそういうものだと思っていたのだが、話すうちに、今後の戦争はどういう形態となるか、あるいは士官学校卒業論文として提出した「戦域機動における兵站と諸課題及びその改善」について尋ねられ、そしてしまいには部隊運用などそういった実務的なものに発展した。

 

 ターニャは良い評価を得るチャンスとあれこれと話し込み、その話し合いは2時間に及んだ。

 そして、最後にゼートゥーアは言ったのだ。

 

 君に良い知らせを届けられるだろう、と。

 

 ターニャはその意味を正確に理解することになったのは、翌日、ゼートゥーアが寄越してきた遣いから知らされた。

 

 軍大学へ推薦しておいた――と。

 

 彼女は戦技教導隊の新米として、古参兵から扱かれる一方で、軍大学入学の為、試験勉強に励むことになってしまったのだ。

 

「サラリーマンをやっていたときよりも、しんどいぞ……」

 

 思わずそんな言葉が漏れてしまう程に、彼女はハードワークであった。

 日中は戦技教導隊の仕事と訓練をこなし、その後に軍大学入学の為に試験勉強を行う。

 

 当然ながら、軍大学の試験は難関であり、士官学校で学んだことが出題範囲となってはいるものの、優しい問題は皆無だ。

 幸いであるのは、推薦されたのは参謀課程ではなく、通常課程だった。

 

 参謀課程は魅力的であり、そこに合格し、無事に卒業すればターニャが望む後方勤務となる。ほぼ間違いなく。

 ゼートゥーアもその課程を落第することなく卒業し、順調に出世して今の地位にある。

 

 だが、ターニャはもし参謀課程に推薦されていたとしても、それこそ3年くらいは完全に受験生として勉強漬けにならなければ合格は難しいと判断していた。

 

 通常課程は択一式と論述問題であったが、参謀課程はこれらに加えて口頭試問が加わる。

 士官学校卒業論文の内容に関して1時間、そして基礎的な戦略・戦術知識について1時間という計2時間だ。

 

 卒業論文について問題点を指摘され、それに対する改善点を述べなくてはならず、また戦略・戦術知識についても、その場で問題が口頭で出題され、それに対する問題点と改善点を簡潔にまとめて述べなくてはならないだろう、と彼女は予想している。

 

 本当に通常課程で良かったとターニャは安堵したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ターニャが試験勉強と仕事で疲れている頃、空軍省の大臣執務室でヴェルナーとヒトラーが今後の予想を行っていた。

 

「次にやってくるとしたら、自作自演だろうな」

「ああ、そうだろう。間違いない」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは頷く。

 

 2人共、英国のやってきそうなことは大抵、分かっていた。

 伊達に前世で半世紀近く、英国と裏でやりあっていない。

 世の中にある問題、その大抵の黒幕は英国だと2人共確信している。

 そして、協商連合もどうやら連合王国が焚き付けたらしい、という情報がちらほらと2人のところへと上がってきていた。

 

 協商連合との外交的解決は2ヶ月前に終わっており、それに伴って捕虜も返還されていた。

 結局、ノルデンを正式に帝国領土であると協商連合政府が認めるという形で落ち着いている。

 

 安易に軍事力に頼ったが為に云々と協商連合政府は国民から責め立てられており、現政権は程なく崩壊するだろう。

 

 そんな協商連合政府を連合王国が焚き付けたという明確な証拠はない。

 証拠はないが、確信している。

 

 前世にて英国が色々と引っ掻き回してくれた為に。

 名前が違っていようが、英国は英国である。

 今度はノルデンを帝国から奪還しようとかいって、協商連合を焚き付けそうだ。

 

「周辺国と共謀して、帝国軍に偽装した連中が越境して、国境の街や村で略奪をすると個人的には予想する」

「その予想ならば、残酷なる帝国軍という国内向けに宣伝しつつ、帝国内では濡れ衣を着せるような悪逆非道な共和国や連合王国を許すまじ、という扇動工作をするだろうな」

「最終的に世論に押されて開戦。連中がやりそうなことだ」

 

 ヴェルナーとヒトラーが互いに予想を披露し、溜息を吐いた。

 

「もっとスマートにやるとしたら?」

 

 ヒトラーの問いにヴェルナーは告げる。

 

「誰も乗っていないか、もしくは訓練された軍人が民間人に扮して、乗船している客船を大西洋あたりで撃沈し、帝国軍がやったと言い張る。君はどうだ?」

「連合王国や共和国に宣戦布告する為、必要な準備をされたし……みたいな内容を公表して、反帝国感情を煽り、一気に開戦までもっていくというのはどうだろうか」

 

 ヒトラーはそう答え、更に言葉を続ける。

 

「出処は大使館と本国の暗号通信を解読したというものでもいいし、あるいは諜報活動によって手に入れたでもいいし、もしくは良心の呵責に耐えきれず、連合王国や共和国へ知らせてきた良心的な役人とやらでもいい」

 

 それもありそうだ、と思ったヴェルナーは頷いてみせ、口を開く。

 

「最悪を想定した準備として、空軍だけでなく陸海軍も備蓄はしている。燃料から部品まで様々だ。だが、それは3ヶ月保てばいいほうだ。派手にやれば1ヶ月で無くなるだろう」

「国家備蓄として石油をはじめとした各種資源を4ヶ月分貯めてある。完全に植民地からの輸送が途切れても、4ヶ月は問題ない。民間備蓄も1ヶ月分は法律で義務付けてある」

「軍が使えるのは国家備蓄だけだろう。4ヶ月は平時でのものか?」

 

 その問いにヒトラーは重々しく頷いた。

 ヴェルナーは更に問いかける。

 

「戦時で4ヶ月は無理か?」

「無理だな。戦時は消費量が桁違いに跳ね上がる。戦時で考えれば保って1ヶ月。最悪半月だ」

「半月で終わらせろ、なんていくら何でも無理だぞ。最低でも2ヶ月、できれば3ヶ月は欲しい」

「分かっているとも。どうにか増やす……実際のところ、例えば最悪の想定である各国から袋叩きにされるという状態で、植民地から輸送などはできるか?」

「前のように、奇襲的に宣戦布告された場合は難しい局面になる。それに加えて資源という時間制限はあるが、初動対応がうまくいけば問題はない。2ヶ月以内には何とかする」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは頷きながら、口を開く。

 

「戦時の消費量は平時の5倍と仮定し、平時で15ヶ月分、戦時では3ヶ月分。これが限界だ。これ以上は予算的にも、何より場所的にも無理だ」

「仕方がない。ああ、分かっていると思うが、ちゃんと分散して備蓄してくれ。破壊工作とかそういうのもありそうだ」

「勿論だ。そこらは警察に加えて、陸軍にも要請しておく。最低でも半年、現状のまま動かないで欲しいものだ」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーもまた同意とばかりに頷く。

 そして、彼はカレンダーを見ながら思う。

 

 今日は9月12日で、半年もあれば遅延があったとしても馬力向上型を投入できる――

 

 2000馬力に届いていない現在のエンジンは、あくまで繋ぎだ。

 本命は既存エンジンの馬力を向上させ、2000馬力超えとしたものであり、その後には3000馬力級エンジンが控えていた。

 そして、2000馬力級エンジンは来年2月には量産開始の予定となっており、現在のところ遅延するような問題は無かった。

 

 

 

 

 



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チャーブルの不機嫌

 連合王国首相のチャーブルは不機嫌であった。

 彼を不機嫌にさせているものは3つあった。

 1つは帝国が協商連合と本格的な戦争に発展しなかったことだ。

 帝国が中央軍を動かした瞬間、共和国が殴り掛かる算段だったが、その策は見事に流れてしまった。

 

 とはいえ、そちらについては既に別の策が進行している。

 万が一、帝国がのってこなかった場合のプランBだ。

 

 2つ目は帝国の中枢部との裏側のパイプが以前、全て遮断されてしまい、その後の再構築も全くうまくいっていないこと。

 5年以上前の話だが、ヴェルナーが音頭を取って、帝国政府や軍が本腰を入れて防諜対策政に乗り出したことにより、政府や軍の高官などで連合王国と裏で繋がっていた連中は排除されてしまっていた。

 せめてもの救いはその被害を受けたのは連合王国だけではなく、共和国や連邦などもまた同じく裏側で繋がっていた連中を排除されていることだ。

 

 今や帝国中枢の情報は以前のようには入手できていなかった。

 

 

「魔法使いめ……カネや情報の価値を帝国に教えやがって……」

 

 友人としてなら、良い奴だとチャーブルは思う。

 彼と初めて会ったのは10年前のロンディニウムで開かれたパーティーだ。

 

 見た目は20代の若者だが、中身はそうとは全く思えなかった。

 とはいえ、チャーブル個人としては良い関係を築いている。

  

 何よりも良い葉巻をヴェルナーは定期的にプレゼントしてくれる。

 勿論、チャーブルはお返しにプレゼントを送るし、更には互いにパーティーに招待し合うくらいには仲が良い。

 

 だが、公人として見た場合は連合王国にとって最大の敵だ。

 ヴェルナーのおかげで、帝国はその国力を飛躍的に高め、連合王国にとって非常に拙い事態となった。

 10年前の帝国ならば、まだ問題なかった。

 だが、今の帝国は単独では敵わない。

 しかも強大化していくのを防ぐ術が連合王国にはなかった。

 何しろ帝国は戦争をせずに、純粋な経済活動で、欧州において覇権を築きつつある。

 

 対岸に、そのような強大な国家が出現することは連合王国の安全保障上、極めて問題がある。

 一部には帝国との同盟論が出ているが、まだそれを検討するべきではないとチャーブルをはじめ、多くの政治家達は思っている。

 

 だが、現実として連合王国においても帝国の製品は至るところで売買され、街中では多くの帝国製自動車が行き交っている。

 一方で、連合王国における自動車メーカーや航空機メーカーの一番のお得意様が帝国のヴェルナーだというのだから、お笑いだ。

 彼は各メーカーの新車が出る度に色違いを何台も纏めて購入してくれているし、他にも色々なものを大量に購入してくれる。

 しまいにはフィッシュ・アンド・チップスの専門店を帝都に開いてくれとチャーブルは彼からお願いされたことまであった。

 

 

 連合王国としては関税を高め、帝国製品が入ってくることを防ごうと検討されたこともあったが、予想される国民の反発を議員達は恐れ、また経済界の反対もあって無理だった。

 共和国でも似たようなものらしい。

 

 どの国でも経済界は政治家達にとって無視できない存在だ。

 彼らは愛国心を持っているし、商魂逞しいが、ハイリスクハイリターンである戦争をしようとは微塵も思っていなかった。

 帝国と競合している分野では負けているとはいえ、それでも戦争してまで帝国製品を排除したいか、というとそこまでのものでもない。

 

 何しろ、勝利できれば膨大な利益を得られるだろうが、負ければ全てを失う。

 そんな賭けをする輩は経済界には誰もおらず、それよりは新製品を投入して、巻き返しを図ったほうが堅実だ。

 

 もっとも、純軍事的には今ならばまだ倒せる可能性は高いとチャーブルをはじめとした政治家達や軍人達は考えている。

 連合王国、共和国、連邦、協商連合、イルドア、ダキア。

 6カ国で攻め立てれば、さすがの帝国も兵力が分散され、どこかから崩れる。

 

 帝国軍の装備は質こそ良いが、量が足らない。

 情報部によれば帝国軍で最新の装備を完全に充足している部隊は陸空軍ともに国境地帯に配備されている一部の部隊のみであり、中央軍であっても最新装備を完全に充足している部隊はほんの一握りだ。

 大半の常設部隊は一世代前のものを装備しており、予算の都合上、遅いペースで更新せざるを得ないというのが帝国軍の現状らしい。

 無論、その一世代前であっても越境してきた協商連合軍を蹴散らすには十分過ぎる程のものだが、軍事力の強化に力を入れている連合王国や共和国相手ではそうはいかない。

 互角か、ややこちら側が有利というのが軍の分析だ。

 

 

 帝国軍は戦車にしろ、戦闘機にしろ、高性能だが、製造にかかるコストは連合王国の戦車や戦闘機よりも多いと予想されている。

 

 そこが弱点であり、消耗戦に持ち込めば勝てると連合王国軍は分析していた。

 また帝国は植民地に資源を頼っているからこそ、海上ルートの遮断をすればますます早く干上がるだろう。

 海上ルート遮断において、障害となる帝国海軍はここ数年で旧式化した戦艦の多くを退役させ、記念艦にしてしまっている。

 戦艦は代艦建造分を除いて増強はされておらず4隻に留まっている。

 その一方で中型の空母であったりだとか、巡洋艦や駆逐艦、潜水艦といった中小艦艇、あるいは工作艦や測量艦といった後方支援艦艇に関しては多く建造されていた。

 中には実験段階らしい揚陸艦とかいうものや、防空に特化した艦もあるが、連合王国海軍の敵ではない。

 

 

 帝国にやる気がないなら、火種を作るまでだ。

 帝国の世論が一気に沸騰し、開戦を求めるように。

 そして、それは遅くても1年以内――1924年9月までには達成されるだろう。

 1年というのは中々に長い期間だが、帝国の世論が強固であることと自国の経済界の説得に必要な時間だ。

 

 ともあれ、帝国は経済的な発展により、その国民は自国から仕掛けるような戦争を否定している。

 故に少しずつ、気づかれないように好戦的な意見が主流となるよう、誘導していく必要がある。

 

 

 そして、この開戦工作は成功するものとして、既に開戦準備に向けて、連合王国や共和国、連邦、イルドア、ダキアも動いている。

 協商連合の新しい政権も――先の政権は既に倒れていた――この話に乗ってきている。

 連合王国が音頭を取って、帝国と領土問題を抱えている国全てを巻き込んで、袋叩きにし、領土問題の最終的な解決とする――それは魅力的な提案だ。

 もしかしたら、連邦あたりが開戦工作の結果を待たず、さっさと宣戦布告してしまうかもしれないが、それならばそれで全く問題はない。

 

 1カ国や2カ国では帝国を倒せないかもしれないが、四方八方から袋叩きにしてしまえば、勝てるという常識的な判断だ。

 

 合州国も、帝国が席巻している市場を取れる可能性が高いということで参戦に前向きだ。

 

 

 ちなみに、チャーブルが不機嫌な3つ目の理由は空軍で致命的な問題が生じていることだ。

 

「エンジンに泣かされるとはな……」

 

 連合王国の各メーカーは2000馬力級エンジンの開発に躓いていた。

 経済的には仲が良い帝国のメーカーから輸入しようにも、一定馬力以上の航空機エンジンやその関連技術は一部を除いて輸出禁止とされているか、もしくは輸出の為に厳格な審査が必要となってくる。

 これらは最先端軍事技術に分類されている為、5年が経過しなければ輸出禁止が解除されない。

 エンジン市場を独占するチャンスであり、帝国の各メーカーは政府に抗議したものの、帝国政府は頑として譲らなかった。

 もっとも輸出が許可されているエンジンであっても、連合王国の同クラスエンジンと比較すると、馬力は変わらずとも整備性や信頼性に優れているので、十分エンジン市場では帝国製品が優位に立っていた。

 

 

 当然、連合王国は諦められるわけもなく、アレコレと裏から手を回して手に入れようと躍起になっているが、成果は出ていなかった。

 

 チャーブルは空軍からの最新の報告書を読む。

 

 エンジン開発過程において、技術的問題点がつらつらと挙げられている。

 それらは短期では改善できないものが多く、時間を掛けて改善するしかないという。

 

 ただ、朗報もある。

 2000馬力には届かないものの、1700馬力クラスのロールス・ロイスのマーリンエンジンが順調に量産されている。

 これを搭載した戦闘機のスピットファイアや爆撃機のランカスターは良い性能だ。

 

 帝国軍の戦闘機にスピットファイアは一歩及ばない。

 及ばないが、それでも1機に対して2機をぶつければ勝てると彼は確信していた。

 

 

 



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情勢変化

 

 帝国における基本的な戦略は総動員及び戦時体制への移行が完了した後、一気に殴り掛かるというものだ。

 反撃開始は遅くとも半年以内であり、それを目処に各軍の作戦は立案されている。

 

 戦時体制移行よりも遥かに早く――2週間以内――動員は完了するが、その兵力は膨大だ。

 それこそ陸軍だけで全ての方面に十分な防衛戦力を配備しつつ、なおかつ、一方面においてなら大規模攻勢が可能というものだ。

 その理由としては元々の人口が帝政ドイツよりも多かったことと、自然な増加傾向にあったことが人口増加政策により後押しされ、より顕著な増加傾向となったことが挙げられる。

 また帝政ドイツと帝国は徴兵及び予備軍制度は同じものであった。

 予備軍制度とは兵役を終えて除隊した国民を予備軍として組織し、戦時にはこれを正規軍に加えるというものだ。

 新兵よりも短期間の訓練で実戦に投入できる膨大な予備役兵が帝国には存在していた。

 

 連合王国をはじめとした各国は帝国の予想される兵力を大雑把ではあったが、知っていた。

 質・量ともに優れる戦争機械の如き帝国軍――というのが各国軍における認識だ。

 

 それは正しいものであったが、まだ足りないものがあった。

 実際に戦争となった場合、帝国はどれだけの砲弾や爆弾、戦闘機や戦車を量産してくるか、というものだ。

 帝国の生産力は巨大だ。

 しかし、平時とはいえ、遅々として進まない帝国軍における装備の更新を見る限りだと、戦時となっても生産力を有効に活かせないのでは、というのが各国における主流な意見だった。

 

 もっとも楽観的な予想としては、帝国は戦時となっても国民の反発を抑える必要がある為、生産力の多くを民需に振り向けるだろうというものだ。

 対して、もっとも厳しい予想としてはその生産力の4割程度を軍需に投入してくるのではないかというものだった。

 

 だが、帝国はそんな生温いものではなかった。

 ヒトラーは前世における経験を踏まえ、より効率的な制度とそのための法整備を提案し、それを実現している。

 

 生産統制、物価統制、労働動員及びその統制といったものから、各メーカーにおける生産ノウハウ共有などを目的とした協議会設置などの戦時における様々な制度及び法律だ。

 

 この制度によれば戦時において、自動車をはじめとした耐久消費財部門は民需生産から段階的に軍需生産へと転換されることとなっており、また労働力不足を補う為に婦人が総動員される。

 更に多額の軍事費投入によるインフレを抑制する為にも強制的な物価統制もまた同時に行われる。

 この統制の全てには法的根拠が与えられ、議会の承認によって一連の戦時統制は発動される。

 

 こういった制度の下、投入される生産力は各国の予想しているもっとも厳しい――4割どころの騒ぎではない。

 これにあわせて、戦時における軍需生産への転換を前提として企業の工場新設及び設備増強を支援する制度もまた整備されている。

 

 総力戦という概念は帝国軍は勿論、政府及び議会、各省庁の至るところに浸透しており、やりたくはないが、向こうから仕掛けてきたらやらざるを得ないという認識だ。

 

 短期決戦で終わらせてくれというのが政治家達の意見で、短期決戦で終わらせたいというのが帝国軍上層部の意見だ。

 

 両者の意見は完全に一致しており、どうやって終わらせるか、終わらせた後の始末はどうするか、というものも定期的に協議されている。

 

 なお、講和条約の内容が厳しすぎると、のちのち暴発する。帝国がされたらそうだからだ、というもっともな意見がヒトラーにより出されている為、基本的には厳しい条件を突きつけない方針だ。

  

 

 とはいえ、政府にしろ軍にしろ、共通しているものは帝国は自分から戦争を仕掛ける気はまったくなかったということである。

 だが、どうにも周辺国の動きがきな臭くなってきたことを政府と軍は察知していた。

 

 例えば連合王国や共和国をはじめとした周辺国における軍事費の増大だ。

 これまでも増加傾向であったが、近年は明らかに戦争を意識した増加の割合だった。

 そして、各国における頻繁な軍事演習だ。

 陸軍の演習は内陸部で行われるものよりも、比較的国境に近いところで行われる回数が明らかに多く、また国境地帯に配備される部隊の数も増加していた。

 特に連邦軍の部隊数は大きく増加しており、準戦時体制にあるのではないか、と帝国政府及び軍は予想した。

 

 それはダキアやイルドアですらも例外ではなく、国境地帯の部隊が増加しつつあった。

 ただちに、帝国政府は領土問題をはじめとする諸問題に関しては対話による解決を望み、武力による解決は望まないという声明を内外に発表した。

 それは1924年3月のことだ。

 

 この声明はあくまで帝国は被害者側というアリバイ作りも兼ねていたが、他国の軍備増強に対してこの声明は如何なものか、という意見が帝国世論の支持を得てしまう。

 仕方がなく、帝国もまた軍事費を大きく増加させ、帝国軍は万が一を予期し、装備の本格的な更新へと移行する。

 一部の部隊しか新型装備が配備されていないと連合王国をはじめ、各国は把握していた。

 しかし、それは平時において予算が膨らむのを防ぐ為の帝国軍における苦肉の策だ。

 帝国軍は国土の広さ、そして植民地の多さから常設部隊も多く、更新費用は勿論、新型へと転換することで維持費用も従来よりも増えてしまう。

 

 だが、もはや情勢は変わった。

 こちらから仕掛けずとも、相手側がやる気であるならば、もはやいかなる声も届かない。

 

 故に、それに対応すべく、帝国政府及び議会は4月から大規模な軍拡へと舵を切った。

 

 

 帝国軍の各軍予算を300億マルクへと引き上げる臨時予算案を可決します――

 三軍合計で900億マルクとなり、これは50%の増加で――

 

 

 ラジオからは臨時予算案可決の速報が流れ、新聞では号外が配られる。

 戦争間近の雰囲気を国民も――特に国境近くに住む者達にとっては――より強く感じられた。

 

 しかし、開戦が近いという事態に際して、帝国世論はそれを大きく支持をした。

 

 そして、この世論の支持を受け、5月1日にはさらなる臨時予算が編成され議会へと提出された。

 それは各軍予算をさらに70%増加させるものだったが、この臨時予算案可決と同時に戦時体制への移行もまた正式に議会で承認された。

 

 議会の承認により、あらかじめ定められていた戦時統制制度に従い、帝国は膨大な生産力を軍需へと振り向け始める。

 民需生産と軍需生産の占める割合は5月1日時点で8対2であった。

 しかし、1ヶ月が経過した6月1日には7対3へと軍需生産の割合が引き上げられていた。

 割合としてみれば大したことがないかもしれないが、数量では圧倒的だった。

 例えば主力戦闘機であるTa152は4月まで月産数十機程度にしか過ぎなかったが、5月の月産数は200機に達した。

 この数字は時間を経るごとに急激に増加する。

 それも航空機だけでなく、全ての分野において。

 最終的には民需生産と軍需生産の割合は2対8程度にまでなると帝国政府及び議会では予想されていた。

 

 

 

 



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大祖国戦争

 帝国にとって、決定的な事態となったのは1924年7月22日のことだった。

 書記長の意思一つで動ける、非常にフットワークが軽い連邦だからこそできたことかもしれない。

 国境地帯への陸軍及び空軍の集結が完了し、全ての準備が整ったという報告を聞いた彼は決断したのだ。

 

 

 

 

 7月22日午前9時12分――ルーシー連邦が帝国に対して宣戦布告、程なくして国境地帯で連邦軍砲兵による準備砲撃が始まり、同時に連邦空軍の数多の爆撃機が戦闘機の護衛の下、帝国の空へと侵入を開始する。

 

 

 しかし――彼らはすぐに帝国陸軍及び空軍の手厚い歓迎を受けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「化け物めっ!」

 

 先陣として侵攻した連邦空軍のとある戦闘機パイロットは叫んだ。

 彼の乗機であるYak-1Mは連邦空軍における最新の主力戦闘機だ。

 しかし、全く通用しなかった。

 敵戦闘機は写真で見た通り帝国空軍のTa152だ。

 

 だが、全てにおいて、Yak-1Mは負けていた。

 速度など目も当てられない程の負け具合であり、どの高度においても直線では勿論、急降下でも急上昇でも、全く太刀打ちできなかった。

 武装においても、敵機は両主翼からシャワーのように弾丸を浴びせかけてくるのに対し、こちらは20mm機関砲と12.7mm機銃が1門ずつ。

 悲しい程の差だった。

 

 唯一勝っていたのは数であったが、その優位すらも既に覆されつつある。

 

 戦闘開始から5分で、早くも戦闘機隊は壊滅しつつあるのに対し、敵機は全く減っているようには見えなかった。

 

 

 それは侵攻した連邦空軍攻撃隊を襲った悲劇だった。

 Ta152は連邦空軍の攻撃隊やその護衛戦闘機と比べると、機数は少ない。

 ほぼ全ての地域にて、帝国空軍と連邦空軍は3倍程度の機数差があった。

 だが、あまりにも性能が違いすぎた。

 

 護衛を潰したTa152は悠々と攻撃隊に襲いかかり、連邦空軍の未帰還機数は開戦初日とは思えない、とんでもない数字となった。

 連邦空軍が差し向けた護衛戦闘機及び各種爆撃機の損耗率はもっとも良い場合で4割、悪ければ7割近くにまで達し、かろうじて戻ってきた機体も再度の出撃に耐えられるものは皆無であった。

 

 

 

 そして、連邦空軍の攻撃隊が攻撃目標到達前に帝国空軍の迎撃を受けて壊滅しつつある頃、帝国陸軍もまた反撃の火蓋を切っていた。

 東部方面軍には砲兵軍団が2個、常設されていた。

 師団数でいえば4個であり、これらは北部から南部にかけて、特に敵の兵力が多いと思われるところに展開している。

 砲兵師団とはその名の通り、各種火砲及びロケット砲を集中的に配備したものだ。

 

 この砲兵師団のコンセプトは攻勢前の準備砲撃、攻勢時の突破支援及び敵攻勢の阻止であり、この師団以外にも各師団所属の砲兵部隊も別に存在している。

 

 砲兵師団が展開している地域では投射弾量で連邦軍砲兵が押し負けることすらもあった。

 

 連邦軍による攻勢は早くも甚大な損害を出して頓挫しつつあったが、党の命令は絶対で、政治将校に睨まれたら司令官といえど物理的に首が危ない。

 準備砲撃は不十分に終わるどころか、むしろこちらの砲兵が押し負けるというところもあったが、連邦軍側は歩兵師団及び戦車師団による攻撃を開始させた。

 

 連邦は革命成功後、自らの地位を軍人や官僚に脅かされるのではないか、と疑心暗鬼に陥った書記長により大規模な粛清の嵐が吹き荒れ、それは革命軍に参加した多くの軍人や官僚などの離反を招いた。

 当然そのチャンスを逃さず、帝国は彼らが秘密警察に捕まって処刑される前に、ルーシー帝国時代から張り巡らせていた諜報網を用いて亡命させ、帝国に受け入れている。

 

 連邦軍は書類上では兵力こそ膨大であり、将兵に装備も――品質はともかくとして――行き渡らせていたが、内実は寒いものだった。

 軍の頭脳たる将官どころか佐官や尉官クラスでも、人数だけは揃えられていたが十分な知識があるとはいえず、また矢面に立つ兵士においても十分な訓練が施されているとは到底言えない状態だった。

 

 無為無策で、地雷原、鉄条網、対戦車壕、塹壕、トーチカが複雑に組み合わされた豊富な火力を有する陣地に突っ込むのは、まさしく自殺そのものだった。

 悲劇であったのは、準備砲撃が不十分であった為に、地雷原や鉄条網の多くが残っていたことだ。

 

 連邦軍兵士は塹壕やトーチカに辿り着く前に地雷で吹き飛ぶか、あるいは鉄条網を超えられず、電動ノコギリのような音を発する帝国軍の機関銃による弾幕が、まさしく射的のように彼らをバタバタと倒していく。

 死体が折り重なって積み上がるも、その死体を超えて連邦軍兵士達が恐怖に染まった顔で突撃してくるが、帝国軍は容赦なくその命を刈り取る。

 そして、帝国軍陣地にあるのは機関銃だけではなく、大口径の機関砲や直接火力支援用の野砲兼対戦車砲なども複数設置されていた。

 

 帝国陸軍は連邦軍の兵力をヴェルナーの意見を反映して600個師団以上と想定しており、これに基づいて彼が提案した挽肉計画を検討の上で発展――これをブラウ作戦と名付け、実行に移していた。

 

 

 

 

 そして、7月22日午後14時から緊急で開かれた帝国議会において、重大な決断がなされていた。

 君臨すれども統治せず、というのが帝国における皇帝であり、その君主大権の行使には内閣の助言と議会の承認が必要であると法律で定められていた。

 その皇帝が今、議場におり、演説を行っていた。

 ある大権の行使に対する議会の承認を得るために。

 

 その様子はラジオで生中継されていた。

 

『帝国存亡の危機であり、これは偉大なる我らが祖国を護る為の戦い、すなわち大祖国戦争である』

 

 ターニャもまた軍大学の寮、その自室で、それを静かにラジオから聞いていた。

 次に予想される言葉は彼女には想像がついていた。

 

『ここに余は動員令の発令、その承認を議会に求める』

 

 その直後、万雷の拍手に議場は包まれた。

 ラジオの実況が議員総立ちということから、満場一致だろう。

 

 帝国万歳や皇帝陛下万歳という声も聞こえてくる。

 そして、改めて議長による賛成の場合は起立を、という声。

 ターニャの予想した通り、議員全員が起立し、動員令の発令は承認された。

 

「なんだろうな、まるでソ連みたいなことを言っている」

 

 ターニャはそんな感想しか抱けない。

 そして、そのまま議事は進行されていく。

 

 戦時国債の発行に関することだ。

 既に軍事予算は短期間のうちに右肩上がりとなっていたのだが――追加で1000億マルクの国債発行が承認された。

 

 ターニャはそこでラジオの電源を切り、ベッドへと倒れ込む。

 

「勝てるか、勝てないか、という次元ではない。勝つしかない」

 

 正直、彼女はこの戦争がどう転ぶかは分からない。

 

 史実におけるドイツのように、四方八方から袋叩きにされるだろう。

 だが、史実ドイツよりも遥かに国力も人口も上で、戦略・戦術も明確な方針が定められている。

 

 何よりも、軍大学においてターニャは陸軍だけでなく、海空軍の現役将校達との交流する機会が多く生まれた。

 軍大学の三軍における交流促進ということで、10年程前から行われているものだ。

 

 仲良くなった空軍将校がもたらした情報はターニャにとって、予想できたものではあったが、それでもなお驚くべきものであった。

 

 空軍は大陸間戦略爆撃機の開発を順調に進めており、3年以内には量産されると。

 ターニャとしては当然、ミサイルの開発も行っているだろうと予想したが、さすがにどこで知り得たかという問題に発展する為、口にはしなかった。

 

 おそらく大陸間戦略爆撃機は保険で、本命は大陸間弾道ミサイルだと彼女は予想している。

 

 そして、当然、これらは合州国本土攻撃を狙ったもので、あの国が参戦してくることまでも帝国軍は想定しているのだろう。

 

「しばらくは学生生活を満喫しよう」

 

 もう1年くらいは大丈夫な筈だ、例え連合王国や共和国といった周辺国が参戦してきたとしても、と彼女は予想していた。

 

 

 そして、彼女の予想通り7月23日には共和国、翌日には連合王国、更に間を置かずダキア、イルドア、協商連合と帝国に対して宣戦布告した。

 だが、軍大学や士官学校の在学生はただちに前線へ動員されることはなかったが、戦時ということでカリキュラムが圧縮されてしまい、当初の予定よりも卒業が早まることとなった。  

 

 

 

 



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邂逅

 

 

「何故、進めんのだ!」

 

 ド・ルーゴは司令部にて叫んだ。

 彼の怒りはもっともであり、司令部における誰も彼もが不思議で仕方がなかった。

 

 既に開戦から1週間が経過していたのだが、共和国軍は悲しいことに国境地帯からもっとも進めたところで、僅かに3km程だった。

 しかも、その3kmも帝国軍の陣地を突破し、敵部隊を敗走させたというものではなく、帝国軍が敷設してあった地雷原と鉄条網、対戦車壕を超えたという程度に過ぎない。

 その3kmより先には全く進めていなかった。

 

 前線からは悲鳴のような報告が大量に届いているが、それらは到底信じられるものではなく、すぐに信頼できる参謀を派遣し、詳細な調査を命じていた。

 それでもド・ルーゴは怒鳴ることを我慢できなかった。

 

 

 100m進む為に中隊規模で部隊が根こそぎ全滅した――

 敵軍砲兵に押し負け、こちらの砲兵が潰された――

 敵軍の砲弾・銃弾とも弾量が圧倒的で、まるで嵐の中に突っ込んでいくようだ――

 

 

 前線からはそういった報告しかなかった。

 確かに帝国軍の陣地は強固だろうが、そんな馬鹿なことがあり得るはずがないというのが共和国軍の上層部における認識だ。

 

 今日中には派遣していた参謀が戻ってくる為、ド・ルーゴをはじめとした面々はやきもきしていた。

 既に通信では、報告の全ては事実であると参謀から伝えられていたが、実際に口頭で詳しく報告してもらう必要があった。

 

 そこへタイミング良く、派遣していた参謀が戻ってきた。

 彼は挨拶もそこそこに告げる。

 

「前線からの報告は事前にお伝えした通り、全て事実です」

 

 参謀の言葉にド・ルーゴは返す言葉が見つからなかった。

 そんな彼と司令部の面々に参謀は更に告げる。

 

「その理由としましては帝国軍の陣地は相互支援すらも可能な機関銃と重砲の巣であり、攻略は困難かと思われます」

 

 また、と参謀は言葉を続ける。

 

「前線に展開している空軍部隊も調査してきましたが、こちらも壊滅しています。未帰還機の数は分かっているだけで既に1000機近いらしく……」

「馬鹿な!? 空軍は新型戦闘機を配備していた筈だ!」

 

 ド・ルーゴは叫んだ。

 

 2000馬力にこそ届いていないものの1800馬力の液冷エンジンを搭載した共和国軍の新型戦闘機――ラファールは十分Ta152と戦えると予想されていた。

 

「数少ない帰還できたパイロットの報告によりますと、敵戦闘機は直線において最低でも時速600km台後半は出ているそうです」

 

 ラファールの直線速度は最高で時速650km程だ。

 直線速度で優劣が決まるというわけでもないが、無視できないものでもある。

 

「機甲軍団と予備の歩兵戦力を一箇所に集中させ、突破を図ることは可能か?」

「まだ敵の空襲は前線でも見受けられませんが、時間の問題かと思われます。ですので、制空権が覚束ない現在では集結すれば叩かれる可能性が高いかと……」

 

 ド・ルーゴの提案に対する参謀の答え。

 

「攻勢を中止し、立て直しを図るしかないか……」

 

 海を隔てている連合王国以外の、全参戦国の陸軍は相当に苦戦しているに違いない、とド・ルーゴは確信した。

 

 それは一方面を除いて正しかった。

 

 

 例外となった一方面――ダキアは開戦初日に数十万の大軍でもって帝国軍陣地に攻め寄せたが、あまりにも隔絶した差があった為、あっという間に壊滅し、帝国陸空軍による逆侵攻を受けていたのだ。

 これはプロイエシュティにおける油田確保を目的として承認された作戦であり、ダキア占領後は連邦軍に対処する為、迅速に陣地構築を行うものとされていた。

 

 

 

 

 

 

「予想通りの展開になっている」

 

 ターニャは今日も今日とて軍大学の昼休み、大学内にあるカフェのオープンテラスにて安くて美味いランチを食べた後、新聞を眺める。

 それは今朝の朝刊だったが、彼女は時間のない朝に読むよりも、昼休みにのんびりと読む方を好んだ。

 

 帝国軍はダキアを除けば全戦線において引き篭もっており、攻め寄せる敵軍は文字通りに消滅している。

 現地では敵兵の死体の山であるが、それを掃除する暇もない程に――特に東部戦線では――激しいらしい。

 

 この分だと卒業する頃には敵の兵力が底をついて、反攻作戦に加われるんじゃないかと彼女は胸を高鳴らせる。

 

 なお、ダキアは開戦から僅か半月程で降伏しており、9月時点で全域が帝国の占領統治下にある。

 連邦軍が侵攻してきそうなものだが、帝国の東部国境に兵力を注ぎ込んでいる為、すぐに動ける纏まった規模の軍団がなかったようだ。

 とはいえ、旧ダキアと連邦の国境地帯で数日前に戦闘が勃発しており、こちらは陣地構築との同時並行であり、東部国境のような一方的というわけでもなく、多少の被害は出ているらしい。

 ただ、将兵と装備の質に加えて、制空権を確保し、好き放題に爆撃していることから、連邦軍はこちらでも帝国軍の損害とは釣り合わない程の甚大な損害を被っているようだ。

 

 

「即応軍かぁ……」

 

 参謀本部直轄の魔導師による即応軍。

 その技量は特に優れており、ターニャも何度か、戦技教導隊に所属していた際にお相手をさせてもらったことがあったが、そこらの魔導師連中とは技量も根性も違った。

 

 帝国軍魔導師の最精鋭であり、参謀本部は彼らを航空魔導大隊として複数個運用し、自由自在に必要な箇所へと投入している。

 

 彼らは輸送機からの高高度降下や潜水艦からの発進も行い、柔軟な戦略的機動性を確保していた。

 ダキアにおけるプロイエシュティ油田を施設ごと丸々無傷で入手できたのは即応軍の魔導大隊と降下猟兵によるものだ

 彼らがいち早く進出し、油田周辺の敵部隊を排除し、確保し続けたのだ。

 

 火力・防御力・展開速度などの全てが歩兵よりも高いが、その反面人的な補充が難しいからこそ、非魔導師である降下猟兵と組み合わせて帝国は運用していた。

 無論、既存の近接支援や敵魔導師狩りといった任務もある為、各方面軍には規模が減じられたものの、魔導師部隊は存在していた。

 

「即応軍に興味があるのかね?」

 

 横合いからの声。

 ターニャがちらりと視線を向けると、そこにはゼートゥーアが立っていた。

 彼女は素晴らしい速度で椅子から立ち上がり、敬礼する。

 

 そんな彼女にゼートゥーアは笑いながら、答礼し、彼女の対面に座った。

 

「そういうのを見ると、失礼だが、君も歳相応だな。レルゲン中佐などは以前、幼女にしては完成された人格で、恐ろしがっていたが」

 

 ゼートゥーアの言葉にターニャは冷や汗をかきながらも、椅子へ着席する。

 

 レルゲン、レルゲンと彼女は頭の中で考え、士官学校時代に見たあの佐官か、と思い出す。

 そして、最適だと思っていた行動が裏目に出ていたことに戦慄する。

 

 とはいえ、その後は今に至るまで接点などもなく、現在、ターニャのキャリアは順調である。 

 

「今日、私が来たのは他でもない。卒業後の進路相談だ」

「進路相談……ですか?」

「ああ、そうだ。率直に言うと君は前線でも後方でもどこに行っても活躍できるだろう。希望はあるかね?」

 

 問いに、ターニャは好機到来と確信するも、同時に下手な答えは面倒くさい事態を引き起こすと予想する。

 どう答えるべきか、と悩む彼女にゼートゥーアは告げる。

 

「君は優秀な魔導師だ。魔導師でなければ書類と戦う仕事しか選択肢はなかったかもしれないが、道を選べる……中には書類と戦うのが好きだという変な奴もいるが……」

 

 あいつは特殊だろう、とゼートゥーアは告げる。

 

「あいつ……とは?」

「我が帝国が世界に誇る魔法使いだ。奴がもし、参謀本部勤務を選んでいたら、今頃、私は奴の部下だっただろう」

 

 懐かしそうに語るゼートゥーア。

 ターニャは彼が語る人物が誰だか、すぐに察した。

 

「空軍大臣のルントシュテット元帥閣下ですか?」

「ああ、そうだ。奴は参謀本部勤務どころか、兵站本部を希望したのだよ。当時はあまり希望する者がいなかったところだ」

 

 今ではすっかり、参謀本部と並ぶ花形だが、とゼートゥーアは笑う。

 転生者だからだよなぁ、とターニャは思うが、当然言わない。

 

 転生者だろうが何だろうが、ヴェルナーが帝国を強化したのは間違いない。

 ターニャはその恩恵をありがたく受けている。

 

 例えば帝都では秋津島皇国の料理屋が複数あり、ターニャは慣れ親しんだ日本食が食べられたのだ。

 刺し身に天ぷら、寿司、うどんや蕎麦を食べたときなど彼女はまさしく生を実感した。

 そういった料理屋は全てヴェルナーがポケットマネーを使って、秋津島皇国から招いたという。

 当初はゲテモノ扱いされたらしいが、今では帝国においても人気となりつつある。

 

「ヴェルナーの士官学校時代の指導教官は私だった。入学初日、奴のドクトリンを聞かせてもらったとき、もうこいつはこのまま卒業でいいんじゃないか、と思ったものだ」

「それほどまでですか?」

「ああ、あいつはそういう奴だった。何よりも新米の癖に、まるでベテランを相手にしているみたいな印象を当時、抱いたものだ」

 

 ターニャはゼートゥーアの言葉に確信する。

 ヴェルナーの前世は、本職の軍人だ、と。

 

「話を戻すが、私個人としては君はまだ幼い。前線に出るよりも後方で、と思う。だが、軍人として見た場合……」

 

 ゼートゥーアはまっすぐにターニャの瞳を見つめる。

 

「即応軍に入らんかね? 大隊を1つ、預けよう。即応軍の大隊は一般には増強大隊だが、問題はない。必要な人員も余所から引き抜いて構わん」

 

 ゼートゥーアの勧誘にターニャは即答はできない。

 

 道はあると言っておきながら選べないじゃないか、と文句の一つでも言いたいが、そんなことはできない。

 受けるしかない、だが、将来的には後方勤務となれるような確約がほしい。

 

 それをどうゼートゥーアに伝えるべきか、と彼女が悩んだときだった。

 

 

「孫と戯れているのですか? 准将」

 

 横合いからの声にターニャは視線を向け――そして、椅子から立ち上がり、直立不動の姿勢で敬礼を行った。

 

「デグレチャフ中尉に失礼だぞ」

 

 そう言いつつ、ゼートゥーアもまた立ち上がって敬礼を行う。

 それに対し、声を掛けてきた、鞄を持った人物――ヴェルナーは苦笑しつつ答礼を行った。

 

 

 噂をすれば彼だ、とターニャは思いつつ、敬礼を解く。

 

「同席しても?」

「勿論です! 元帥閣下!」

 

 ターニャの言葉にヴェルナーはありがとう、と告げて近場にあった椅子を引き寄せて、座る。

 

「しかし、君がここに来るとは珍しいじゃないか。空軍省と各企業を行ったり来たりと聞いていたが」

「噂のデグレチャフ中尉が気になりましてね。時間を見つけてどうにか」

 

 そのような会話がゼートゥーアとヴェルナーの間でなされる中、ターニャは千載一遇の好機と判断する。

 

 うまく売り込めば、程々に前線で働いた後、後方勤務になれる、と。

 とはいえ、彼女は不用意に発言はしない。

 何しろ、陸軍参謀本部戦務参謀次長と空軍大臣の会話だ。

 

 普通に軍隊生活を送っていては、まず聞くことができないもので、得られるものは必ずあると確信する。

 

「空軍はどうか?」

「問題ありません。現時点で量は劣っていますが、質では優位に立っています。量も時間の経過で解消されるでしょう」

 

 ヴェルナーは一度、言葉を切り、少しの間をおいて「何よりも」と続ける。

 

「陸軍がダキアを手早く片付けてくださったので、石油不足の心配も、どうやらなさそうです」

 

 ここだ、とターニャは口を開く。

 ダキアの石油といえばプロイエシュティ油田に他ならない。

 そして、彼女の頭に出てきたのはタイダルウェーブ作戦だ。

 

「僭越ながら、発言をしてもよろしいでしょうか?」

「構わない、大いに言ってやれ」

 

 ゼートゥーアの言葉にターニャは思わず笑いそうになり、ヴェルナーは再度、苦笑する。

 

「プロイエシュティ油田の防空体制はどのようになっておりますか?」

 

 その問いにゼートゥーアは不思議に思う。

 現状、そこへ攻撃を仕掛けられるのは連邦空軍くらいだが、連中は前線で帝国空軍に一蹴されている。

 

 しかし、ヴェルナーはすぐさま察した。

 

「レーダーによる早期警戒網の構築及び戦闘航空団が2個、進出している。来るとしたら地中海か、イルドアか?」

「はい。連合王国のランカスター、あるいは合州国のB24でしたら可能かと」

 

 合州国という単語にゼートゥーアもその表情を険しくする。

 

「やはり、合州国も参戦してくると思うか?」

 

 ゼートゥーアの問いにターニャは頷いた。

 そして、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「直接介入をするには大きな理由が必要ですが、兵器を輸出する、義勇軍を派遣するというのでしたら、そこまでハードルは高くないかと……」

「参謀本部で予想された通りだな……しかし、やはり君は後方にも欲しいな。元帥、デグレチャフ中尉を即応軍か、あるいは後方か、どちらが良いだろうか?」

 

 ゼートゥーアの問いにヴェルナーは大きく頷き、告げる。

 

「空軍という手はどうでしょうか?」

「駄目に決まっているだろう」

 

 ゼートゥーアの駄目出しにヴェルナーは肩を竦めながらも、真面目に答える。

 

「魔導師は絶対数が不足しています。優秀であれば即応軍に入れるべきでしょう」

 

 ターニャは絶望した。

 しかし、続けられたヴェルナーの言葉に彼女は顔には出さずに歓喜した。

 

「しかし、優秀であるからこそ、後進育成の為にも後方で頑張ってもらうほうが良いのでは? 未熟な者を優秀な魔導師へ育て上げることができる教官は非常に重要です」

 

 私じゃ言えないことを言ってくれた――!

 

 ターニャは心の中で喝采を叫ぶも、ゼートゥーアは眉間に皺を寄せる。

 

「だが、即応軍にもう1個、魔導大隊があればより効果的な運用ができる。銀翼持ちで、なおかつ広い視点で物事を見ることができるデグレチャフ中尉こそ、隊を率いるに最適だと参謀本部では判断している」

 

 ゼートゥーアの言葉にヴェルナーは提案する。

 

「折衷案として、前線で一定期間働き、休養も兼ねて後方へというのはどうでしょうか? 何なら彼女の部隊ごと、休養も兼ねて後方で教導隊をするというのも悪くはないかと」

 

 そこで言葉を切り、彼はゼートゥーアの反応を見ながら、さらに言葉を続ける。

 

「ただの休養ではなく、教導隊としての任務も兼ねていますので、期間は長めで。空軍でもこの制度は実施しており、こちらでは現状、問題は起きていません」

 

 ターニャは内心でガッツポーズをする。

 

 そうだ、元帥、もっと言ってくれ!

 何よりもそれは理に適っている!

 休養は必要で、後進育成も重要だ!

 

 ターニャはそう思いながら、少しでも前線で働く時間が減ることを祈りつつ、2人のやり取りを見守る。

 

 

「ふむ……それならば彼女の部隊だけでなく、即応軍全ての魔導大隊をローテーションする形で良いな。現状、即応軍の魔導大隊は各地へ引っ張りだこで、纏まった休養が全くできていない。方面軍の魔導大隊はそうでもなさそうなんだがな……」

 

 ゼートゥーアはそう言って頷き、ターニャは勝利を確信する。

 そして、更にそこへヴェルナーが告げる。

 

「他にも質・量ともに十分な装備、そして中尉に匹敵するとまではいかなくとも、部下には腕の良い魔導師も必要でしょう。即応軍に組み入れるのならば、そこらもしっかりと面倒を見て頂く必要があります」

「無論だ。既に各方面軍及び中央軍には話をつけてある。大隊の定数である48名までなら好きに選んでもらって構わん。装備に関しては君の方が詳しいんじゃないかね? 例の機関の予算は凄いだろう?」

 

 ゼートゥーアの問いかけにヴェルナーは苦笑する。

 その会話にターニャは内心、首を傾げた。

 

 エレニウム工廠は陸軍の管轄で、空軍は関わりはない筈だ。

 そんな彼女の疑問を見透かしたかのように、ヴェルナーがゼートゥーアへ問いかける。

 

「准将、彼女の機密保持能力は?」

「彼女がもし機密を漏らすようなことがあるならば、事前に書面にして提出してくれるだろう」

 

 ターニャはその言葉に、自分がどのように評価されているか把握した。

 

 良い、実に良い!

 それだけの信頼を得られている、少なくとも機密保持については!

 

 内心で彼女は喜びながらも、表には一切出さない。

 

 

 

 更にゼートゥーアは軽く周囲を見回す。

 

「人払いも済んでいるようだ。相変わらず手際が良いな」

「ええ、お二人を見つけたときに」

 

 その言葉にターニャも周囲を見回してみる。

 誰もいない。

 

 オープンテラスであることから通路を行き交う教官なり生徒なりの姿が見えてもいいはずだが、全くいない。

 店員も気を利かせたのか、店の奥に引っ込んでいるようだ。

 

「人払いを衛兵にお願いしておきました。店の者達も、こういう秘密の会話の際、どう振る舞うべきかはよく知っています」

 

 ヴェルナーはそこで一度言葉を切り、ターニャに告げる。

 

「デグレチャフ中尉、アーネンエルベだ」

「は……? アーネンエルベ、ですか?」

 

 遺産を意味する単語で、それ以外にはない筈だ。

 しかし、ターニャはこれまでの会話から予想し、告げる。

 

「……秘密の研究機関というものでしょうか?」

「正解だ。設立は6年程前になるが、官民軍合同の研究開発機関だ。そこにエレニウム工廠も組み込まれている。表向きは陸軍の管轄となっているが」

 

 その意味をターニャは悟り、断言する。

 

「予算、人員、資源の選択と集中……というわけですね」

「そういうわけだ。何か知りたいものはあるかね? 魔導師関連でなくても構わないぞ」

 

 問いかけにターニャは数秒程、考え――口を開く。

 

「電子技術について、アーネンエルベではどこまで?」

「真空管の次へ進んでいる。2年以内に量産開始だ。勿論、その試作は既に各メーカーに配られている」

 

 ターニャは獰猛な笑みを浮かべた。

 ゼートゥーアは理解が追いつかなかったが、ターニャの反応を見るに、何かとんでもないものをアーネンエルベが完成させたらしいことは分かった。

 

「元帥、それは革新的なものかね?」

「ええ。率直に申し上げますが、戦争の形態はまた変わります」

 

 断言するヴェルナーにゼートゥーアは深く溜息を吐く。

 

「やれやれ、私が現役のうちに、こうも目まぐるしく戦争の形態が変わるとはな。勉強が追いつかんぞ……」

「絶え間なく技術を発展・進歩させることにより、敵国を圧倒する。それが唯一、勝利への道です」

「いや、言っている意味は分かるんだがな……元帥、また書面に纏めてくれ」

「勿論です。准将には参謀本部へ広める役割を期待しているので」

「私は君の広報部長か? いや、以前からそうであったな……」

 

 ゼートゥーアにとって、ヴェルナーの持ってくる話は興味を惹かれるものばかりだ。

 戦略・戦術は無論、色んな話題をヴェルナーはゼートゥーアに話すことで、ゼートゥーア経由で参謀本部に広めてもらう――というのがこれまで何度も行われたことだ。

 

 もっとも、ゼートゥーアとしてはヴェルナーの陸軍における最高の戦果は晩餐室及び前線部隊の食事事情――特にその味――を改善したことだ。

 陸軍兵站本部に彼が勤めていたとき、晩餐室で何度も食事をしながら会議をした。

 その度にヴェルナーは思いっきり顔を顰めてみせ、遂には私費をふんだんに投じて、腕の良いコックと食材を揃えさせた。

 結果、晩餐室の食事は味は三ツ星レストランに引けを取らず、またメニューも豊富になった。

 その後はちゃんとその予算もつくことになり、同時に前線にも美味い飯を、というヴェルナーの主張で、前線部隊の食事も大きく改善されたという顛末があった。

 

 あのときはゼートゥーアもヴェルナーの食事事情改善の提案を参謀本部内に広めつつ、関係各所を説得して回ったもので、懐かしい思い出だ。

 

「ところでデグレチャフ中尉」

 

 唐突に呼ばれ、ターニャは元気良く返事をする。

 するとヴェルナーは真面目な顔で、告げた。

 

「サインをくれないか? エースのサインを集めるのが趣味の一つなんだ。空軍ならいいんだが、魔導師のエースのサインは中々手に入らなくてな……」

「あ、はい、勿論です」

 

 ターニャは呆気に取られつつも、頷いた。

 ヴェルナーは笑顔で鞄から色紙を取り出し、ペンとともに渡してきた。

 もしかして、会いに来た理由はこれなのでは、とターニャは感じつつも、サインを書く。

 

 そこでふと思う。

 もしも自分の目の前にハルトマンとかルーデルとかがいたら――?

 

 そう考えると、ヴェルナーの気持ちが分かった。

 

 サインを求めないわけがない、むしろ一緒に写真を撮ってくれ――

 

 ただターニャとしてはそんな凄まじい連中と自分が同じであるとは到底思えなかった。

 

 

 

 

 

 このやり取りから数ヶ月後、軍大学を無事にターニャは卒業した。

 そして、彼女は参謀本部の晩餐室で美味い料理を堪能した後、正式な辞令がゼートゥーアから手渡された。

 航空魔導大隊を以前の約束通りに任されることとなったのだ。

 

 このとき、既に各戦線では戦闘が全く起きない、奇妙な戦争と言われる状態となっていた。

 しかし、いよいよ帝国軍は反撃の準備を完了させつつあった。

 同時に連合王国もまた、合州国からの義勇軍を受け入れ、帝国の石油供給源を断たんとしていた。

 

 イルドアには連合王国空軍及び合州国義勇軍の四発爆撃機が集結しつつあった。

 

 

 



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タイダルウェーブ

 

「本当に災難だ」

 

 フランクリン・ルーズベルトは溜息を吐いた。

 彼は親帝国派の議員として、合州国で知られているが、彼の経歴を見ればそうなるのも誰もが頷けた。

 

 彼はポリオを患ったが、事前に帝国の製薬会社が開発した不活化ワクチンを接種していたことにより、後遺症などもなく回復していた。

 

 それ以来、彼は技術先進国である帝国との友好を唱え、また社会的な公衆衛生向上・予防接種の推奨などの福祉政策を推進していた。

 口さがない議員からは帝国の代弁者と言われることもよくあるが、彼からすれば帝国を敵に回すなど、経済的にも政治的にも、そして何よりも地理的にもありえないと判断していた。

 

 無論それは彼に予防接種を勧めていた友人であるヴェルナーの存在もある。

 ヴェルナーは度々、手紙において帝国は合州国の利益を侵さないと何度も言及しており、ルーズベルトとしても大西洋を超えて帝国と戦うなんて、不可能な話であり、全くの同意見であった。

 

 だが、合州国を止められなかった。

 間の悪いことに、大統領選が終わった直後に連邦が帝国に宣戦布告し、そこから連鎖的に共和国やら連合王国やらが参戦し、帝国は袋叩きにある。

 とはいえ、それは見せかけであり、蓋を開ければ政権を担っている共和党の議員達が真っ青になるようなものだった。

 

 帝国軍はダキアを除く国境地帯から一歩も出ていない。

 攻め寄せる敵軍を一方的に蹴散らしている。

 

 それも万単位で。

 

 これに焦り、慌てて義勇軍やら何やらを送り込み始めたのには呆れたものだ。

 ルーズベルトは当然、この政府の行動に対して強硬に反対したが、政府の答弁は連合王国や共和国などの欧州諸国向けの輸出品であり、人員については退役した軍人、すなわち民間人であり、民間人の行動を制限することはできない、というものだった。

 その規模が尋常ではなく、実質的な直接介入であったのだが、政府はそれで押し通した。

 

 合州国の若者を関係のない戦争に送り出すなど彼にとっては言語道断だ。

 帝国とやりあえば、どれだけの人命が失われるか、想像もしたくない。

 そして、何よりも帝国と対決するよりも、友好関係を築いていたほうが、合州国にとって経済的な恩恵も大きいと判断している。

 

 ルーズベルトにとって向かい風となったのは軍も乗り気であったことだ。

 予算獲得のチャンスとでも思ったのか、政府の行動を後押しした。

 

 今や合州国は直接介入以外のあらゆる行動でもって、連合王国、共和国、イルドア、協商連合、そして連邦を支援している。

 

 レンドリース法が可決されたことで膨大な物資を各国へ輸出する必要があり、これに伴って合州国の経済は上向いている。

 国民はそれに惑わされて、政府への支持率は高い。

 

「とにかく、帝国との直接対決は避けるか、あるいはもしそれが阻止できなかったとしても、早期に手打ちをしなければならない」

 

 そもそも帝国は内外に向けて、全ての問題は武力ではなく、対話による解決を、と開戦の数ヶ月前に呼びかけている。

 あくまで帝国はやられた側だ。

 政府や議会で主流の帝国脅威論に対する反論、そして国民へ呼びかけるには十分で、ルーズベルトはそこを全面に押し出していく必要があると考えていた。

 

 

 

 

 

 

 1925年5月12日、夜明け前のことだった。

 

 イルドア南部にあるプッリャ州フォッジャ空軍基地では、ゆっくりと1機の連合王国空軍のランカスターが滑走路から離陸していった。

 その後にもランカスターは続々と離陸を開始し、それはここ以外の複数の空軍基地でも同じであった。

 離陸する爆撃機はランカスターだけではなくB24もまた多い。

 

 作戦名タイダルウェーブ。

 

 連合王国空軍からはランカスター452機、合州国義勇軍からはB24、334機がプロイエシュティ油田及びその施設を完全に破壊すべく、編隊を組んでアドリア海を東へと進んでいった。

 

 しかし、彼らにとって災難だったことが幾つもある。

 

 例えば、それはターニャの進言があったことからゼートゥーア経由で陸軍参謀本部に伝えられ、参謀本部がその進言を重く受け止めたこと。

 あるいはヴェルナーが油田とその施設を守り抜かなくてはならないと決意していたこと。

 

 そして何よりも、開戦以来、帝国空軍は常に優位に立ち損耗が少なく、余力が大いにあったことだ。

 だからこそヴェルナーは空軍参謀本部経由で、引き抜けるだけの戦闘機部隊及び高射砲部隊を引き抜き、さらにはレヒリンからも量産前にある戦闘機達を持ってきていた。

 さらに追い討ちをかけたのは、帝国空軍の戦闘機達は順調にそのエンジン馬力を向上させ、それに伴って機体自体にも改良が施されていたことだ。

 そういったレシプロ機における最終発展型ともいえる各種戦闘機が、帝国の膨大な生産力を活かして問題なく量産・配備されていた。

 更に陸軍参謀本部が手を回したことで、ダキアに駐屯する各師団所属の対空部隊もプロイエシュティ周辺に広く展開していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! ここは地獄だ!」

 

 あるB24の機長が叫んだ。

 B24は梯団ごとにコンバットボックスを組んで、アドリア海を飛び、帝国領ダルマチア地方へと接近したのだが、そこから悪夢は始まり、今も続いている。

 

 たった今も、右斜め前方を飛んでいた僚機が胴体の半ばから折れて、墜落していった。

 

 

 帝国空軍の戦闘機はこちらの2倍から3倍はおり、彼らは練度も高く、その火力もB24を一撃で落とすには十分過ぎるものだ。

 帝国軍は侮れないとはブリーフィングで聞いてはいたものの、ここまで強敵だとは想像もつかなかった。

 

 

 既に第一梯団80機のうち、残っているのは20機あるかないか程度。

 しかし、プロイエシュティはまだ遠い。

 その一方で、帝国空軍の戦闘機はまだ増えているような印象すらあった。

 

「黒いチューリップが襲いかかってくる!」

 

 その銃座からの叫びと共に、機長は何かが壊れる音を聞き、彼の意識は暗転した。

 

 

 

 

 また1機のB24が立て直しすることが不可能な急降下をしていったのを、攻撃を仕掛けた彼――エーリッヒ・ハルトマンは目撃した。

 第52戦闘航空団(略称JG52)に属する彼は愛機であるTa152を操り、本日6機目となるB24を撃墜した。

 JG52が展開している地域は東部戦線であった為、連邦空軍以外を相手にするのは初めてであったが、問題なく処理できている。

 

 

 20歳を過ぎたばかりの彼であったが、その腕の良さから早くも小隊長を任されていた。

 

 

『中隊全機、追加だ。7時方向、B24』

 

 直属の上官である中隊長のバルクホルンからの指示にハルトマンは列機に指示を下す。

 彼らよりも早く、風変わりな機体が突っ込んでいった。

 

 東部戦線では配備されておらず、もっぱら西部戦線で連合王国や共和国から飛来する重爆撃機撃墜を目的とした戦闘機だ。

 

 胴体及び主翼付け根に30mm機関砲を合計4門装備し、3500馬力の液冷24気筒H型エンジン2基により、戦闘機としては重くて大きい機体であるにも関わらず、時速700kmを超える速度を叩き出す。

 一撃でもってどんな爆撃機も粉砕するという必殺の意志が込められた双発単座戦闘機だ。

 

 その機体、He219は新たな獲物を見つけたと言わんばかりに編隊を組んで、新たなB24へと向かっていった。

 

「自分達の出番がないんじゃないか?」

 

 ハルトマンは思わず、そんなことを呟いてしまう。

 高性能な無線機はそれを拾ってしまい、各機からは笑いが返ってくる。

 

『ブービ、その心配はいらない。新手だ。ランカスター多数! 9時下方!』

 

 バルクホルンはハルトマンを渾名――ブービ(=坊や)で呼びつつ、新手を示す。

 G52の第6中隊はすぐさまランカスターの群れへと向かう。

 

 

 彼らがランカスターの群れを見つけた頃、別の戦闘機部隊がいち早く、ランカスターへと向かっていった。

 東部戦線でもお馴染みのアマイゼンベア(=オオアリクイ)もしくはプファイルと呼ばれるドルニエ社の機体だ。

 当初はエンジン2つを串形配置にするというものだったらしいが、液冷24気筒エンジンの量産により、エンジン1つを搭載した無難なものに落ち着いている。

 それにより機体に余裕ができたらしく、機体内部及び主翼・胴体下に合計で3トンまでの爆弾を搭載したり、戦闘機としての運用ならば最高時速700kmを軽く超え、Ta152よりもやや劣る程度となる。

 これらに加え、武装として30mm機関砲と20mm機関砲を2門ずつ、合計4門という大火力でもって、東部戦線では連邦空軍及び陸軍相手に猛威を奮っていた。

 

 プファイルの群れはランカスターの大編隊に対して、早くも攻撃を仕掛け始めていた。

 

 遅れてはいけない、とJG52第6中隊はランカスターの侵攻高度よりも高空へと駆け上がり、帝国空軍流の挨拶である、太陽を背にした小隊ごとの急降下襲撃を開始した。

 

 

 このとき、帝国空軍はダルマチア及びダキアに合計14個戦闘航空団を展開し、機数にして実に2000機を超える各種戦闘機をレーダーにより誘導し、ランカスターとB24の迎撃に出していた。

 これだけの機数を前線から引き抜いてもなお、帝国空軍は東西の両戦線で問題なく通常通りの作戦行動を行っていた。

 

 

 



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チャーブルの憂鬱 ターニャの喜び

 チャーブルは顔色が良くなかった。

 空軍のダウディング大将が持ってきた報告書は、それこそ彼の人生において最悪の出来事と言わしめるようなものだった。

 

 満を持して、発動したタイダルウェーブ。

 それは1週間前、見事に失敗に終わった。

 

 この1週間で詳細に調査・分析されて纏められた報告書によればプロイエシュティまで辿り着けたのは800機近い四発爆撃機のうち、僅か200機程度。

 そこから爆撃を終えて無事に基地まで戻ってこれたのは僅かに60機程であり、それらもまた修理が困難な機体が多かった。

 そして、プロイエシュティ周辺では濃密な弾幕により、マトモに狙いを定めることすら難しかったらしく、とりあえず爆弾を落としてきただけというものだった。

 翌日の帝国軍発表によれば最低でも敵爆撃機を500機撃墜し、投弾を許したものの、プロイエシュティ油田及びその施設に一切の損害なし、ということだった。

 

 実質的に連合王国空軍と合州国義勇軍の戦略爆撃部隊は壊滅したと言って等しく、失われた搭乗員は数千人だ。

 

 機体は何とかなるにせよ、搭乗員の損失はあまりにも痛かった。

 

 当初からプロイエシュティ油田は帝国の生命線で、迎撃も激しくなるとは予想されていたが、ここまでの損害を予想した者は誰もおらず――というよりも予想していたなら作戦は実施されなかった――最悪の想定でも100機撃墜という程度だった。

 

 しかし、蓋を開けてみれば甚大な損害に加えて、作戦失敗である。

 チャーブルも後押ししたとはいえ、持ちかけてきた空軍参謀部の責任は重く、大きいものだった。

 

 ダウディングは責任を取るべく、辞任を申し出たが、チャーブルはそれを慰留させた。

 今回の作戦は参謀部内――特に爆撃機軍団の出身者達から出たもので、ダウディングは最後まで反対していたことを知っていたからだ。

 彼は空軍総司令官となる前は戦闘機軍団司令官であり、その経歴から正確に帝国空軍の実力を見抜き、反対していたのだ。

 

 何よりも、帝国軍はこれまで一度もダキアを除いて攻勢に出ていない。

 兵力と物資の集積を行っており、いつそうしてもおかしくはない状況だ。

 

「見誤っていた」

 

 チャーブルは素直にそう評価する。

 帝国の国力、そして軍の実力を。

 

 とはいえ、それは彼だけに留まらず、帝国と交戦している全ての国がそう思っているのだろう。

 

 そのとき、執務机の上にある電話が鳴った。

 何となく、あまり良い知らせには思えなかったが、彼は受話器を取った。

 

 

『閣下! 帝国軍が共和国軍に対して本格的な空襲を開始しました!』

 

 そらきたぞ、とチャーブルは思いつつ、答える。

 

「すぐには崩れないだろう。連中は優秀だ」

 

 連邦軍とは違って、すぐさま攻勢を中止し、失った戦力の再建に着手した共和国だ。

 既に開戦前と同等程度にその戦力規模を回復させているとチャーブルは報告で聞いていた。

 

『それが現地に派遣している者達からの報告を統合しますと、共和国全域が爆撃に晒されている模様で、交通網が破壊されつつあり……』

「ダウディング大将に連絡を。空軍の戦闘機を差し向けるように、と」

 

 チャーブルはそう告げて、受話器を置いた。

 共和国が倒れるのは非常によろしくなかった。

 

「……帝国軍め、何をやろうとしている?」

 

 単なる爆撃ではないだろう、と彼は確信している。

 

 おそらく、爆撃の後に陸軍が突っ込んでくるだろうが、どうやって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ……いや、出番がないのは良いことなんだが……」

 

 即応軍第203航空魔導大隊として編成を完了し、ターニャは訓練に精を出していた。

 5月12日に勃発した帝国側呼称:ダルマチア航空戦は帝国空軍の勝利に終わり、甚大な損害を与えていた。

 これにより事前にその可能性を進言していたターニャの評価が上がったのは彼女にとって良いことだった。

 またもう一つ、良い知らせもある。

 共和国軍に対する本格的な攻勢が始まったことだ。

 

 それは5月20日から始まり、2週間が経過した今、各地で共和国軍の陣地は綻びを見せ始めている。 

 

 共和国が片付けば連合王国が次の目標となることはターニャに限らず、多くの帝国軍人にとって予想されたものだった。

 

 

「失礼します、少佐。こちらの書類を……」

 

 執務室に入ってきたのはヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉だ。

 

 何でも幼い頃、モスコーから逃げ出すときに帝国軍のお世話になったとかで、恩返しの為にわざわざ魔導師として帝国軍に志願したらしい。

 本人の才能と努力もあって、士官学校を無事に卒業し、少尉となって配属されてきたのだが――ターニャからすると優秀過ぎる副官だった。

 特に編成時の事務処理能力の高さはターニャも舌を巻いた程で、それなりの時間を掛けて人員の選抜をしようと思っていた彼女の目論見を見事に外していた。

 

「セレブリャコーフ少尉……もうちょっとこう、ゆっくりやっても構わんぞ? 急ぎの仕事はないはずだ」

「少佐、ありがとうございます。ただ、こちらの書類は急ぎらしいので」

「急ぎ?」

 

 ターニャとしては現段階において、十分実戦投入できると心の中では思っている。

 そもそも魔導師を選抜する際、彼女が思うブラックな求人を出したところ、志願書が山程届き、ならばと選抜試験として幻影を用いたものをやってみたら、志願者の9割が突破。

 

 仕方がなく、地獄の訓練を行うことで48名に絞り込んだのだが――その地獄の訓練を脱落せずに乗り越えた時点で、技量も根性も既存の即応軍魔導大隊に勝るとも劣らぬものになってしまった。

 

 ターニャにとっては大誤算であったのだが、ともかく、それ以後も技量向上に努めるように、とゼートゥーアからのお達しだ。

 ならばとターニャは自らの肉盾とすべく、猛訓練で部下達を扱いていた。

 

「はい。空軍参謀本部からです」

「空軍?」

 

 ターニャの問いにヴィーシャは頷いた。

 

 陸軍参謀本部直轄の即応軍に、管轄違いの空軍参謀本部が口を出してくる――

 

 それだけでもう嫌な予感しかなかったが、ターニャは書類に目を通す。

 

 そこにはとんでもない内容が書かれていた。

 

「少尉、空軍は我々にスカパ・フローを襲撃してこいだとさ」

「ああ、スカパ・フローですか……スカパ・フロー……えぇ!?」

 

 ヴィーシャは驚きの余り、声を上げた。

 スカパ・フローは連合王国海軍の根拠地だ。

 帝国でいうならばヴィルヘルムスハーフェンやキール、共和国ならブレストやツーロンに相当する場所で、当然ながら防備も固い。

 

「まあ、問題はなかろう。どうやら空軍は1000機の爆撃機で、スカパ・フローを完全に破壊するつもりらしいからな。我々の任務は空軍の仕事がやりやすいように、スカパ・フロー周辺におけるレーダーサイトの破壊、可能であれば滑走路及び対空砲を破壊することだ」

 

 スカパ・フローまで最も近い基地はノルデンにあるホルステブロー空軍基地だ。

 そこからならスカパ・フローまで片道およそ800km程度。

 爆撃機だけでなく、戦闘機も行動範囲に入るだろう。

 

 大型の落下増槽は帝国空軍戦闘機にとって、長距離侵攻をするならば標準装備だ。

 

 

 空襲を悟られないように――連合王国のことだから、既に察知しているかもしれないが――魔導大隊による襲撃はなるべく直前に行われるのが望ましいとターニャは考える。

 

 1時間前では爆撃隊到着までに敵に対処される可能性がある為、30分前くらいが適切だと。

 空軍はターニャ達を近くまで輸送機で運んでくれる。

 帰りは海軍の潜水艦が近くまで出張ってきてくれる為、それに乗って帰るだけだ。

 

 幸いにも詳細な地図と航空写真までも添付されている。

 空軍の高高度高速偵察機によるものだろう。

 

 彼らの仕事に敬意を称しつつも、ターニャは笑みを浮かべてしまう。

 

 警戒厳重な重要拠点へ一撃して、即座に離脱して帰ってくる。

 即応軍魔導大隊は基本的にそれが仕事だ。

 

 前線で戦闘をしている時間という点では他の魔導大隊よりも圧倒的に少なく、それでいて参謀本部の覚えもめでたい。

 福利厚生や給料も当然良い。

 新型装備や機材も優先的に回してもらえる。

 

 

 まさしく最高の職場だとターニャは歓喜する。

 

 

 くそったれな存在Xめ、感謝だけはしてやろう!

 

 

 

 彼女は思わずそんなことを思ってしまうも、気を取り直してヴィーシャに告げる。

 

「中隊長達を集めてくれ」

 

 ターニャの指示にヴィーシャは元気良く返事をして、退室していった。

 

 

 



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共和国の崩壊 連合王国への先陣

一気に16話くらい投稿しました。


「お母さっ」

 

 最後まで言えず、今年20歳になったばかりの兵士が物言わぬ骸と化した。

 ベテランの軍曹は、ただ塹壕の中で縮こまって耐えることしかできない。

 

「くそっ、帝国軍め、くそっ……」

 

 ぶつぶつと呟く声が横から聞こえてくる。

 大声で笑っていたり、奇声を発していたりする者もいた。

 

 

 ここは地獄だ――

 

 夜明け前から始まって、もう5時間以上も帝国軍による砲撃は続いている。

 その密度は、開戦時に共和国軍が攻勢を仕掛けたときよりも濃密ではないかと思わせる程だった。

 

 砲撃は砲身を冷やす為か、あるいは砲弾の補給でもしているのか、途中で途切れることもあった。

 しかし、その途切れているとき、必ず敵の航空機が、まるで死体に群がる蝿のように上空を飛び回り、攻撃を加えてくる。

 

 永遠に続くかと思われた砲撃だが、次第に砲声の間隔が遠くなり、やがて止んだ。

 

 

 軍曹は恐る恐る、塹壕の外の様子を窺う。

 辺りは不気味なほどに静まり返っている。

 

 彼は呆けたように、ただその光景を見つめていたが――微かに聞こえてくる音を聞いた。

 それはエンジンの音で、急激に大きくなっていき、本格的な攻勢であることを軍曹は悟った。

 

「敵襲! 敵襲!」

 

 彼はあらん限りの声で叫ぶ。

 そして、いよいよ、敵が現れた。

 

 軍曹と無事であった兵士達は、それを見た。

 

 大地を埋め尽くすのではないか、と思われる、長大な砲身を振りかざしながら進撃する戦車の群れ。

 そして、空を埋め尽くすかのような無数の近接支援機達。

 

 

「司令部っ! 地上は戦車で、空は敵機で埋まっている!」

 

 

 軍曹の傍にいた通信兵が通信機にかじりついて、そう叫んだとき――塹壕内を弾着による土煙が走った。

 それから少し遅れて、ベヒーモスの咆哮と呼ばれている、独特のモーター音が響き渡る。

 

 土煙が収まった後、そこにあったのは血溜まりと無数の肉片、完全に破壊された通信機であった。

 

 

 

 

 今さっき、敵兵を始末したルーデルは愛機であるA-5を操りながら、続けて列機と共同し、塹壕を上空から掃射していく。

 

 全て合わせると3トン近い重量になる30mmガトリング砲とそのシステムを搭載して、空を飛ばす為だけに開発されたA-5は彼にとって、非常に相性の良い機体だった。

 専用の焼夷徹甲弾まで開発されたこのガトリング砲の威力は素晴らしく、ルーデルをはじめA-5乗り達は、共和国軍の戦車や火砲を破壊できるこの日を待ち望んでいたと言っても過言ではない。

 

「共和国軍め、新型をたくさん揃えて待っていろ」

 

 この攻勢にあわせ、東部戦線から移動してきた彼にとって、共和国軍が配備しているらしいというルノーの新型戦車は楽しみにしていたものだった。

 

 ルノーの新型をスクラップに変えてやる――それは今回の作戦前、A-5乗りの間でよく言われたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和国軍は崩壊の危機に瀕していた。

 

 帝国陸空軍の攻勢は、彼らの予想を遥かに超えたものであり、とてもではないが支えきれなかった。

 

 5月20日から始まったが、その攻勢の最初は帝国空軍による大規模空襲だった。

 このとき、帝国は4個航空艦隊を共和国へ投入しており、これら航空艦隊は合計して数万機にも及ぶ第一線機を稼働させていた。

 

 共和国空軍は質・量の両面で押してくる帝国空軍により完全に抑え込まれ、共和国の空は帝国空軍により奪われた。

 

 前線から後方まで、満遍なく帝国空軍は攻撃を実行し、軍事施設及びインフラ破壊、そして地上部隊への襲撃により共和国軍は甚大な損害を被ることとなった。

 

 それだけならばまだ、共和国軍は消耗こそあったが、前線に展開した部隊は戦闘能力をかろうじて維持できていた。

 

 だが、5月20日から2週間後の未明から帝国陸軍は西部戦線において、全面攻勢を開始した。

 それは文字通り、共和国軍と帝国軍が対峙している場所全てで行われていた。

 

 この日の為に用意された帝国軍が用意した兵力は160個師団であり、これらを新設された分も含め、6個の砲兵軍団が支援を行う。

 

 また帝国空軍の近接支援機や戦闘爆撃機、双発爆撃機、輸送機改造で105mm榴弾砲を積んだガンシップなどが前線の制圧に投入された。

 

 援軍を送り込むことすら叶わず、前線に展開した部隊は急激に消耗し、各所で小規模な突破口が開かれたのは6月8日のことだった。

 

 

 

 

「空軍は何をやっているんだ!」

 

 共和国陸軍の全将兵の心を代弁した言葉が司令部内に響き渡った。

 

 ド・ルーゴの怒号に対し、答える者はいない。

 何よりも、ド・ルーゴ自身も既に知らされていたのだ。

 

 共和国空軍はもはや壊滅していることを。

 僅か2週間で、帝国空軍は膨大な航空戦力を叩きつけ、一瞬にして共和国空軍は消耗させられた。

 

 当時、共和国空軍は前線及び首都周辺、そして工業地帯や港湾といった重要拠点に合計して5000機近くの戦闘機を分散して配備していた。

 それらの大半はラファールのエンジン馬力向上型であり、これまでTa152にやや苦戦しながらも、一方的にはならなかった。

 

 しかし、帝国空軍が投入してきたエンジン馬力を向上させたと思われるTa152はそのラファールよりも性能的に優位であり、何よりも数が違った。

 

 連合王国空軍が戦闘機部隊を派遣してきたが――しかもそれは新型のグリフォンエンジンを搭載したスピットファイア――焼け石に水で、そのスピットファイアですらもTa152に苦戦を強いられた。

 

 制空権を取られたら、どれほどに酷いことになるかはすぐに共和国陸軍が身を以て知ることとなった。

 

 そして、今の状況だ。

 

 帝国陸軍は前線の綻びから瞬く間に侵入してくるだろう、とド・ルーゴらは予想していた。

 その穴を塞ぐべく前線から少し離れた地点に待機させてあった機甲師団や歩兵師団に移動を命じたが、夜間にのみ移動を限定している為、通常よりも到着が遅れるのは確定だった。

 

 しかし、ド・ルーゴらは致命的なミスを犯してしまった。

 とはいえ、これは彼らの判断を責められるものではない。

 

 前線に綻びが出たから、それを塞ぐべく、予備戦力を投入するというのは当然の判断だ。

 

 だが、帝国陸軍の採用しているドクトリンの第一段階は、まさしくその予備戦力を後方から引きずり出すところまでが狙いであった。

 このとき、帝国の西方方面軍は各所にできた小さな綻びから共和国軍後方へと浸透することはせず、それを左右に押し広げ、補強しつつあったのだ。

 

 ド・ルーゴらはこの報告を受けていたが、しかし勘違いした。

 帝国軍はてっきり戦車による後方への浸透を容易にする為、小さな突破口を補強しているのだと。

 

 とはいえ、たとえ帝国軍の意図を正確に見抜けたとしても、それを防ぐのは不可能だった。

 

 ド・ルーゴが予備戦力の前線への移動を命じて数時間後、小さな突破口――幅数kmから十数kmまで様々――はじわじわと広げられ、小さな突破口同士が連結し始めた。

 翌日には数十kmの突破口が幾つかあったが、3日後にはそれらの突破口が連結し、百数十kmにも及ぶ、1つの巨大な突破口となった。

 この時点で、ド・ルーゴらは意図に気がついたが、もはや共和国軍に予備戦力はどこにも残されていなかった。

 

 そして、開かれた巨大な突破口から、帝国の中央軍が空軍機の支援を受けつつ、3つの梯団に分かれて、一気に共和国領内に雪崩込んだ。

 

 前線もしくは前線に近いところにいた共和国軍部隊はたちまち総崩れとなったが、帝国軍の進撃速度は速く、撤退することもままならなかった。

 後方に共和国軍のまとまった部隊は存在しておらず、雪崩込む帝国軍に対し、共和国が抗う力は残されていなかった。

 

 

 6月22日、共和国は帝国に対して全面降伏した。

 一部の将軍達は徹底抗戦をするべく、国外への脱出を企てたものの、帝国軍の進撃速度が予想以上に速く、それも叶わなかった。

 

 

 

 

 

 そして、共和国と帝国による講和会議が開かれている最中の7月2日の夜明け前。

 ターニャら第203航空魔導大隊48名は1機の大型輸送機に搭乗し、北海上空にあった。

 彼女は袖を捲くって腕時計で時刻を確認し、毅然と告げる。

 騒音であったが、それに負けないくらいの大声で。

 

 

「只今の時刻を以って、鷲の日(アドラーターク)が開始された! 我々の攻撃から30分後に空軍がスカパ・フローを耕すそうだ! 我々の仕事は、耕すのに邪魔なものを少し片付けるだけでいい!」

 

 ターニャはそこで言葉を切り、大隊各員を見回す。

 

「今までは即応軍の試用期間であったが、これでようやく正式採用だ! 各員、訓練通りにやるように!」

 

 そして、彼女は思いついたように言葉を続ける。

 

「ああ、安心しろ! スカパ・フローでは雪崩が起きたりだとか36時間砲撃とかはされないからな!」

 

 ターニャの叫びに部下達からは笑い声が巻き起こった。

 そして、いよいよ降下地点へと到達する。

 

 

 輸送機、後部の扉が開かれた。

 そこからは夜明け間近の北海が見える。

 

 休暇になったらサーフィンをするのも悪くない――

 

 ターニャはそう思いながら、彼らの顔を見る。

 誰も彼もが程良い緊張感を保っているようで、過度に緊張している者はいない。

 

 

 そして、赤く灯されたランプは緑へと変わった。

 

「降下開始! 行くぞ、諸君!」

 

 ターニャは叫び、真っ先に飛び出す。

 そして、彼女に遅れることなく、次々と空へと飛び出していった。

 

 彼らはただちに編隊を組み、スカパ・フローへ向け、高度を急激に落としつつ飛行を開始したのだった。

 



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スカパ・フロー

 スカパ・フローは静かな朝を迎えていた。

 オークニー諸島に存在するこの入り江はメインランド島、ホイ島、バレイ島などに囲まれ、細い水路により外海と繋がっている。

 

 天然の良港であり、昨今の帝国海軍の増強に伴い、ここは連合王国海軍本国艦隊の根拠地となっていた。

 

 そして、このスカパ・フローには現在、戦艦8隻をはじめ、巡洋艦や駆逐艦の多数が停泊している。

 

 連合王国海軍の本国艦隊は戦艦を15隻――全て15インチもしくは16インチの主砲を持つ超弩級戦艦――保有しているが、そのうちの半数をスカパ・フローに置き、帝国海軍に対して睨みを効かせていた。

 

 残る7隻はアルビオン・フランソワ海峡沿いの沿岸部に分散して配備されている。

 

 しかし、開戦以来、帝国海軍が北海に乗り出してくることは無く、従ってスカパ・フローにおける本国艦隊も出番が無い。

 本国艦隊のやることといえば時折、外海に出て訓練を行う程度だ。

 

 艦隊を出撃させ、共和国軍を援護してはどうか?

 帝国の沿岸部を艦砲射撃してはどうか?

 いっそのこと、スカゲラク・カテガットの両海峡を突破し、バルト海から陸軍を上陸させてはどうか?

 

 そんな案もあったが、海軍上層部は頑として譲らなかった。

 航空機で戦艦が沈められるとは考えにくいが、それでも数百機の爆撃機に襲われたら、無傷では済まないと彼らは判断している。

 

 結局、出撃するということはなく、開戦から今日まで続いていた。

 

 そういう事情も手伝って、スカパ・フローは平時と変わらない雰囲気だった。

 対空陣地が増設されたり、レーダーサイトが新しく建設されたりしていたが、本土から近いこともあって、前線のようなピリピリとした雰囲気ではない。

 

 魔導師達も2個中隊程度しか駐屯しておらず、メインランド島にあるオークニー諸島唯一の飛行場には戦闘機が50機程度、爆撃機は20機程度しか配備されていなかった。

 何かあったら、本土からすぐに援軍がやってくる、というのがスカパ・フローやその周辺に存在する全ての部隊における共通認識だ。

 

 

 

 

「空軍の連中が言うには、近日中に戦闘機が半分くらい引き抜かれるらしい」

「そいつは羨ましいな」

 

 レーダーサイトにて、昨日の夕方から勤務に入り、あと数時間で勤務が終わる2人はコーヒーを飲みながら、眠気覚ましに会話をしていた。

 

 PPIスコープの画面を見るというのは退屈極まりない。

 ましてやこのレーダーサイトは魔導師の魔力反応を探知する専門であり、駐屯している魔導中隊が訓練飛行をするとき以外、全く反応を示したことがなかった。

 

「帝国軍はアルビオン・フランソワ海峡を超えて、ポーツマスやドーバー、ロンディニウムあたりを空襲するっていう噂だ」

「ありえるな。そっちのほうが距離も近い。共和国の沿岸部から目と鼻の先だ」

「だから言ってやったのさ。俺たちも連れて行けって」

「ああ、本当にな。まったく、まさかこんなところに配属されるなんて思ってもみなっ……」

 

 何気なく、1人がPPIスコープの画面へと視線をやったときだった。

 南西(・・)から幾つもの輝点がスカパ・フローへ向けて、高速で接近しているのが映っていた。

 

 呆けたように彼がそれを見ていると、もう1人もまたPPIスコープの画面を見る。

 

「南西方面なら、アバディーンか、インヴァネスあたりの魔導大隊じゃないか? 朝早くから訓練でもしているんだろう」

「輝点の規模からして、おそらくそうだよな。ああ、驚いた。勤務終了間際に、こういうのはやめてくれ」

「全くだ。さっさと帰って、シャワーを浴びて寝たい」

「あと3時間はあるから、一応報告だけはしておくか?」

「それもそうだな。しっかり仕事をしているというアピールができる」

 

 それで給料があがりゃいいがな、と言って2人は笑い合う。

 そして、彼らは電話にて上官へと報告を行った。

 

 

 

「南西方面から魔導大隊? いや、そんなことは聞いていないぞ」

 

 レーダーサイトから報告を受けた大尉は首を傾げる。

 とはいえ、報告を受けたからには確認をせねば自分の責任問題になる。

 大尉はすぐさまスカパ・フロー周辺の守備隊の司令官である大佐へと電話を掛けた。

 

 そのとき、何気なく大尉が壁にかかった時計を見ると、午前7時12分であった。

 

 

 

「南西から魔導大隊? アバディーンか、インヴァネスの部隊か? 私も聞いていない。すぐに確認をしろ」

 

 そう電話越しに指示を出し、大佐は椅子にどかっと座った。

 抗議の一つでもしてやろう、とそういう思いが彼にはある。

 

 早朝訓練は良いことだが、せめてこっちに事前に連絡を入れてからにしてくれ、と。

 

 この田舎の守備隊司令に任命されたときは、彼はツイていないと思ったものだが、戦争が始まった今では安全な後方で、幸運だったと神に感謝している。

 

 何しろここはスカパ・フロー。

 本国艦隊の拠点であり、外敵なんぞ彼らが蹴散らしてくれる。

 

 大佐はこのままキャリアが傷つくことなく、退役できればそれでいいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターニャは大隊総員に指示を下す。

 

「もうすぐ目標地点だ! 予定通りに行動しろ!」

 

 友軍部隊であると偽装する為、降下地点から最短で向かわず、アルビオン本土寄りに迂回し、さらに波を被りそうな超低空飛行でもって、ここまで来ていた。

 

 既に細かな指示を出す必要はない。

 大隊各員は全員、頭に叩き込んでいるからだ。

 

 ターニャは思う。

 まさか自分がこうして空を飛びながら、スカパ・フローを上から眺めることになるとは、と。

 無神論者であり、運命とかそういうものなど信じたこともがないが、それでも何か、不思議なものを感じてしまう。

 

 朝日に照らされるオークニー諸島はとても綺麗であり、ターニャは少しの間、見惚れてしまう。

 

 

 こういう体験、前世では絶対にできなかった――

 

 たとえ飛行機で遊覧飛行ができたとしても、それは魔導師として空を飛ぶのとでは全く違うと彼女は断言できた。

 こういった点では存在Xにターニャとしては感謝する。

 

 彼女は間近に迫った仕事へと思考を切り替える。

 完全な奇襲となればいいが、蓋を開けてみなければ分からない。

 

 トラ・トラ・トラとでも言ってみるか、とターニャは思うが、変なことをすると後で意味を尋ねられたとき、誤魔化すのに苦労する。

 

 とはいえ、似たようなもの――というか、そのまんまのものはある。

 トラ・トラ・トラではないがトツレの方だ。

 

 

「突撃隊形作れ!」

 

 ターニャの指示に各中隊の隊形が変化する。

 それは隊長を先頭に一本槍となって進む陣形だ。

 

 4本の槍となって、まず主目標であるレーダーサイトを破壊する。

 レーダーサイトはメインランド島、サウス・ロナルドシー島の東側に2箇所ずつある。

 それらは魔力探知用と航空機探知用が1つずつだ。

 手早く済ませる為に、ターニャが率いる第一中隊、第二中隊はメインランド島を担当し、第三、第四中隊がサウス・ロナルドシー島を担当する。

 

 その後は滑走路、対空砲、港湾施設の順番で余裕があれば破壊する予定だ。

 

 そして、ターニャ達は見た。

 スカパ・フローに停泊し、朝日に照らされている艨艟達を。

 

 

 ターニャは柄にもなく興奮した。

 

 写真を、写真を撮りたいっ!

 だってあれ、クイーン・エリザベス級とレナウンとフッドと、マトモな形のネルソン級だぞ!

 この世界は軍縮条約とかなかったから、ネルソン級が16インチ砲を前部2基、後部に1基という常識的な配置なんだぞ!

 勿論、三連装砲だ!

 

 

 そこで彼女は気がついた。

 確か、ライカのカメラを持たせていたことに。

 

 戦果確認の為に写真を撮ろうと。

 

 ターニャは告げる。

 

「シュルベルツ中尉! 写真だ! 撮れ!」

「はっはい!」

 

 急に言われた第一中隊所属のアイシャ・シュルベルツ中尉はすぐさまその指示に従ってカメラを取り出してシャッターを切った。

 

 ターニャは満面の笑みを浮かべながら、進撃する。

 

 今日は最高の日だ! 任務を遂行し、さっさと帰るぞ!

 

 

 

 そのとき、後方で爆発音が響き渡った。

 ターニャは無線で告げる。

 

「第三・第四中隊諸君! 任務達成おめでとう! 正式採用だ!」

 

 ターニャの言葉に笑い声が返ってくる。

 

『ありがとうございます! 就職祝いに一杯やりたいところです!』

『同じく、旨い酒と美味い飯で!』

 

 中隊長2人にターニャは答える。

 

「勿論だ!」

 

 ターニャはそう言いながら、目前に迫ったレーダーサイトの手前で急停止し、爆裂術式を叩き込む。

 第一中隊の面々もまたやや遅れて爆裂術式を叩き込む。

 レーダーサイトは爆音と共に吹き飛び、もうもうとした黒煙を立ち上らせる。

 そのとき、第二中隊からレーダーサイトを破壊したという連絡が入る。

 

「今、我々は連合王国海軍本国艦隊の根拠地にいるのだ! 我々に旨い酒と美味い飯を振る舞わないで、誰に振る舞うのか! さぁ、諸君! 戦功の上乗せだ!」

 

 スカパ・フローの守備隊の反応は鈍い。

 警報すらもまだ鳴っていない。

 

 ここからは時間との戦いだ。

 

 

 ターニャは中隊を率いて空を駆ける。

 彼女がメインランド島を選んだのは隊長としての責務というのもあったが、滑走路がもっとも近いからだ。

 オークニー諸島にある飛行場はメインランド島にただ一つ。

 しかもそれは規模が小さいが、それでいて潰せれば評価は高いという美味しい獲物だった。

 

 あっという間にターニャら第一中隊は飛行場の真上に到達した。

 敵魔導師と交戦という報告が第二中隊、第三中隊から入ったが、第四中隊はフリーだ。

 また第二、第三中隊によれば援護の必要なし、とのこと。

 

 ターニャは舌なめずりをして、眼下に見える飛行場に筒先を向ける。

 

「第一中隊、爆裂術式。滑走路、格納庫、管制塔の順番だ!」

 

 慌ててスピットファイアが1機、エンジンを掛けながら滑走路に進入してきたが、もう遅い。

 

 ターニャはオタクとして、スピットファイアを潰すことに勿体ないと一瞬思いもするが、そんなことは平和になってから考えればいいと即座に割り切った。

 

 ターニャ達は一斉に爆裂術式を放ち、スピットファイアごと滑走路を攻撃し、穴だらけに変える。

 そして、そのまま彼女達は特に妨害を受けることもなく、格納庫、管制塔の順番で潰し、最後に航空燃料が詰まったタンクを離脱しつつ破壊して、予想通り大爆発を起こさせた。

 

 飛行場は完全に破壊され、更に第二・第三・第四中隊もまたそれぞれ敵魔導師部隊を排除した後、対空砲や港湾施設を攻撃し、多大なる戦果を挙げることに成功する。

 

 散々に暴れまわった第203航空魔導大隊は脱落者なしで、最後に濛々とした黒煙に包まれるスカパ・フローを写真で撮影し、意気揚々と南へと離脱した。

 

 

 

 スカパ・フローでは大混乱が生じていたが、連合王国海軍にとって災難だったのは第203航空魔導大隊は、単なる前座に過ぎないことだった。

 

 停泊していた艦船は無傷であったが、すぐには動けない。

 訓練の予定も無かったことから、機関は完全に止まっており、ボイラーに点火してから蒸気圧が使用圧力になるまで数時間掛かる為だ。

 

 しかし、帝国空軍の放った無数の爆撃機はあと30分以内にスカパ・フローに到着する。

 水平爆撃は当たるものではないが、空軍の爆撃隊には海軍機が一部混じっていた。

 

 

 

 

 

 ターニャは潜水艦との合流地点へと向かいながら、無数の四発爆撃機と護衛戦闘機達がスカパ・フローへ向かっていくのを見ていた。

 壮観な眺めに彼女は見惚れそうになってしまう。

 

 しかし、そこで何か変な機体が混じっているのに気がついた。

 

 二重反転プロペラで、逆ガル翼で――

 

 

 マジかよ、とターニャは思わず呟いた。

 

 見た目は若干異なるものの、あれは紛れもなくXTB2Dスカイパイレート――

 

 史実のそれとはたぶん色々と異なるだろうが、史実のペイロードを備えているのならば魚雷を4本も積める単発艦載機(・・・・・)だ。

 

 巨大なサイズだが、そんなものを積める空母でも作っているんだろうか?

 

 ターニャはそう思いながら、大隊を率いて潜水艦との合流地点を目指すのだった。

  

 

 

 



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戦果と休暇

 ネルソン級のネームシップであるネルソン、その艦上からは火線が無数に迸る。

 誰も彼もが必死の形相で、空を蝿のように飛び回る帝国軍の爆撃機を狙い撃つ。

 

「落ちろっ! くそったれ!」

 

 叫びながら、射手は撃ち続ける。

 

 2ポンド8連装ポンポン砲は先月、改良型に交換されたばかりであったが、特に不具合が起きることなく、快調に弾丸を敵機に向けて送り出し続けている。

 初期型の信頼性は酷いものだった為、有り難いものだった。

 しかし、敵機は全く落ちない。

 

 幸いであったのは、敵重爆撃機の大編隊による爆撃で損傷が出た戦艦はいなかったことだ。

 

 四発爆撃機による水平爆撃が停泊しているとはいえ、艦船に直撃するというのは、相当に珍しいことで、不運であったといえるだろう。

 その不運が発生したのは巡洋艦と駆逐艦に数隻ずつであり、既に1隻の巡洋艦が轟沈していた。

 

 その代わり、港湾施設をはじめとした様々な施設の被害は甚大であり、スカパ・フローは完全に艦隊拠点としての機能を失ったといえるだろう。

 

 そして、空襲の最後に、停泊する本国艦隊に向かってきたのが単発の大型機だ。

 

「ああっ! フッドがっ!」

 

 その声が聞こえた、多くの水兵達が一瞬立ち止まってそちらを見た。

 

 フッドは右にゆっくりと傾いていった。

 その光景は現実感がまったく無く、さながら映画のワンシーンだと言われても信じてしまうくらいに。

 

 やがて、完全に横倒しになり、盛大な水しぶきと波を湾内に引き起こす。

 しかし、ネルソンもまた他人事ではなかった。

 

 各所の見張員から次々と悲鳴のような報告が艦橋へと入る。

 

「敵機直上急降下! 6機突っ込んでくる!」

「左舷に敵機!」

「右舷からも敵機接近!」

 

 敵機の意図は明白だ。

 ネルソンの対空砲が低空を、そして上空を向いた。

 巡洋艦や駆逐艦も、ネルソンを支援すべく、自艦への敵機を顧みず、彼女に近づく敵機へ対空砲を向ける。

 

 しかし、彼女らの奮闘は虚しく、上空の敵機は1機あたり2発の爆弾をネルソン目掛けて投下し、左右の敵機は時間差こそあったが、それぞれ1機あたり4本の魚雷を投下した。

 

 巡洋艦の見張員は見た。

 6機の降下してきた敵機――それは急降下というよりも緩降下であったが――10を超える黒い物体がネルソンへと投下されていったのを。

 

 しかし、それらのうち7発はネルソン近くの水面に落下し、巨大な水柱を上げたが、残り5発が直撃した。

 

 致命的となったのは前部の第二主砲塔、その天蓋に当たったものだ。

 爆弾は天蓋をぶち抜き、一瞬で主砲塔内の人員を殺傷し、更に床を突き破り――弾薬庫に届いて、そこで爆発した。

 

 活火山が噴火したかのように、その第二主砲塔から艦橋のあたりまでの艦上構造物が一瞬で吹き飛んだ。

 搭載していた多数の16インチ砲弾が誘爆したことにより、ネルソンはもはや助からないことは誰の目にも明らかであった。

 彼女は艦上全体を黒煙で覆い尽くし、甲板からは乗組員達が次々と海面へと飛び降りている。

 しかし、船体が破損したことで、大量の海水が流入したことによるものか、それ以降爆発を起こすことはなかった。

 さながら、ネルソンが最後の意地でもって、生き残った乗員達を救おうという意思を持っているかのように。

 

 しかし、左右から魚雷が迫っていた。

 左舷から12本、右舷から8本であり、それはまっすぐにネルソンへと向かっている。

 

 もはや死に体である彼女にはどうすることもできなかった。

 そこへ左右から駆逐艦がそれぞれ1隻、強引に割り込んできた。

 

 2隻は機銃を海面に向けて撃ちまくりながら、その一方で浮き輪をネルソン目掛けて左右から投げる。

 

 それは傍から見れば無意味な行為だった。

 ネルソンが沈没を免れる程度の損傷ならばいざ知らず、誰の目にも助からないと明らかであるのに。

 艦と乗員達の命をいたずらに危険に晒すものだ。

 

 しかし、彼らにはネルソンの乗員を見捨てるという選択肢はどこにもなかった。

 彼らの勇気が功を奏したのか、あるいは神とやらが微笑んだか。

 

 左舷からの魚雷のうち2本は機銃による迎撃が成功し、6本はコースを外れて逸れていき、残る4本は駆逐艦の艦底をすり抜けていったのだ。

 右舷側は3本の魚雷を機銃で爆発させることに成功し、2本はコースを逸れ、もう3本は艦底をすり抜けていった。

 

 そして、駆逐艦2隻が必死の妨害と救助を開始したときからネルソンは急激に沈み始め、左右からの魚雷が到達したとき、既にその船体は海中に没していた。

 魚雷は虚しく通り過ぎていった。

 

 

 ようやく2隻の駆逐艦はネルソンの乗員救助を本格的に始める。

 先程の攻撃が最後だったのか、上空の敵機は疎らにしかおらず、その敵機も次々と機首を翻し、帰途についているのが見えた。

 

 一方で、湾内を見回せば戦艦はどこにもおらず、巡洋艦も海上に姿が見えない艦が多かった。

 唯一、多く生き残ったのは駆逐艦であったが、これは敵機が狙わなかったという単純な理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカパ・フロー空襲!

 帝国軍、連合王国本国艦隊を壊滅!

 

 威勢の良い新聞の見出しにターニャは大本営発表か、と思って笑ってしまう。

 しかし、嘘ではない。

 

 新聞にはシュルベルツ中尉が撮った攻撃前の写真が一面に大きく載っている。

 持っていったカメラのフィルムがカラーフィルムだったのが幸いした。

 

 帝国軍奇襲部隊による撮影という表示が小さく出ている。

 

 さすがに即応軍第203航空魔導大隊と載せるわけにもいかない。

 史実でいうところの特殊部隊程に秘匿されてはいないが、それでもそれなりに秘密の部隊なのだ。

 

 勿論、ターニャは個人的に焼き増ししたその写真を貰っている。

 彼女にとって、極めて貴重な体験だったと断言できるものだ。

 ふと、ターニャは思い出す。

 

「軽く調べた限り、海軍もとんでもないことになっていたな……」

 

 あの時見た、二重反転プロペラで逆ガル翼の機体を。

 

 それは海軍の空母艦載機であるMB22グライフだった。

 XTB2Dスカイパイレートとの相違点は単座であり、固定武装が20mm機関砲を左右主翼に2門ずつ、合計4門であることだ。

 グライフのエンジンは四重星型28気筒空冷エンジンで、3300馬力を叩き出す。

 この大馬力を活かし、搭載量は4トンもあり、胴体下と主翼下にあるハードポイントに魚雷ならば4本を積むこともできた。

 

 将来のジェット機時代を見越していれば、確かにこのサイズでも空母に載せて運用できるだろうが、ターニャは呆れと感心が混じった複雑な思いだ。

 

 もっとも、グライフは今回の作戦では空母からではなく陸上基地から出撃していたのだが、さすがに彼女もそこまでは知らなかった。

 

 なお、今回の作戦でグライフは魚雷以外にも、帝国海軍の次期主力戦艦の主砲弾を改造した徹甲爆弾を使っていた。

 ネルソンを一撃で沈めたのは、重量2トンにも達する、その徹甲爆弾によるものだった。

 

 

 

 そのとき、ドアが叩かれる。

 

「少佐、エレニウム工廠の方々が来られました。会議室へお通ししてあります」

 

 ヴィーシャの言葉にターニャは椅子から立ち上がった。

 時刻は9時ぴったり。

 

 時間通りだ。

 

「分かった。直ちに向かう。全員、揃っているな?」

 

 ターニャの問いにヴィーシャは元気良く返事をする。

 

 昨日午前に陸軍参謀本部、午後は空軍参謀本部から将校達がやってきて、大隊全員に対しての調査が行われている。

 それは悪い意味ではなく、今回の作戦実施にあたって不備や問題などは無かったかどうか、というものだ。

 そして本日午前、演算宝珠をはじめとした魔導師関連の装備と機材に関する聞き取り調査が行われる。

 それは実戦時に問題や不具合などがなかったかどうか、というものだ。

 技術的なことは演算宝珠や関連する装備を丸ごとエレニウム工廠に事前に提出している為、そちらがやってくれる。

 だが、それだけに終わらず使用者の意見を直接、彼らは聞きに来たのだ。

 

 フィードバックがしっかりと行われる組織というのは強いと社畜時代の経験からターニャは知っていた。

 

 

 

 9時から始まったエレニウム工廠から派遣されてきた技術将校達による調査は1時間程で終わった。

 問題点や実戦時の不具合というものも特段、無かった為だ。

 精々がもうちょっと出力が欲しいという要望が出たくらいで、そちらについても技術将校が言うには近々改良型が投入されるらしい。

 

 

 帝国における軍用演算宝珠は既存の宝珠核及び機械式計算機の改良と新規開発に主眼が置かれている。

 一方で野心的な計画も初期にはあったが、予算と資源と人員の無駄遣いとして、アーネンエルベに組み込まれた際にヴェルナーにより破棄されている。

 野心的な計画の最たるものはシューゲル技師の案であり、彼は宝珠核同調技術に実績があったが、それを利用して宝珠核を2つどころか、4つも同時に使用するものを提案していた。

 

 そんな無茶苦茶なものを前線の魔導師に使わせるのは自殺行為であり、かといってこれまでの功績から、無下に扱うこともできない。

 仕方がないので、ヴェルナーは彼に提案した。

 

 敵魔導師の放つ魔力に反応して飛んでいく砲弾とかロケット弾を作ってくれないか、予算は出すから――

 ついでにレーダー送信波とか通信信号とかに反応して、発信元に飛んでいくものも作ってくれ――

 

 シューゲルは面白そうだったので、飛びついた。

 

 

 流石に技術将校はエレニウム工廠の裏事情までは話はしなかったが、それでもかつて計画されていた野心的なものについてはターニャ達に話した。

 4つもしくは2つ、同時に宝珠核を起動するという点で、全員の顔が引きつったのは言うまでもない。

 

 いくら同調技術があるとはいえ、どれだけ難しいかは魔導師であるならば誰にだって理解できたからだ。

 

 

 

 ともあれ、午前10時過ぎ、技術将校達を大隊全員で見送って、彼らが見えなくなったところでターニャは咳払いをし、満面の笑みで告げた。

 

「諸君! たった今から我々は2週間の休暇となった! 存分に英気を養うように!」

 

 その宣言に大隊の誰もが歓声を上げる。

 

「少佐はどこか行かれるのですか?」

 

 シュルベルツ中尉の問いかけにターニャは不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「ダルマチアのブラチ島に行って生まれて初めてのサーフィンをやってくる。既に全て手配済みだ……!」

 

 社畜時代には取れなかった長期休暇、なおかつ、自分が今いるところはヨーロッパ。

 せっかくの機会、行かないという選択肢はない。

 

「アドリア海を渡ってイルドアから敵が飛んできたりしたら、どうしますか?」

 

 第三中隊長のケーニッヒの言葉にターニャはこれでもか、と溜息を吐いてみせる。

 

「私の休暇を邪魔した勇気に敬意を表して……アドリア海で水泳をさせてやる」

 

 大隊全員が大爆笑した。

 

「それは恐ろしい。敵が無謀と勇気を履き違えていないことを祈りましょう」

 

 第四中隊長のノイマンの言葉にターニャはドヤ顔で告げる。

 

「連中にその知能があればいいんだがな。では諸君、2週間後に再びここで会おう……無いとは思うが、休暇中に事故やら何やらで勝手に死んだりするな! 以上だ!」

 

 こうして第203航空魔導大隊は2週間の休暇に入った。

 無論、彼らが休暇中であろうが、帝国軍は連合王国に対する手を緩めるわけもなかった。

 

 

 

 



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とある家族の幸福、ターニャの休暇先での一コマ

 アンソン・スーは朝刊を読みながら、溜息を吐いた。

 思った通りの展開になったからだ。

 

「パパ、どうかしたの?」

「ああ、うん、いやまあな……」

 

 娘のメアリーからの問いに彼は曖昧な返事をする。

 

 

 協商連合政府、帝国政府との和平交渉開始――

 

 

 そんな見出しが新聞の一面に踊っている。

 前回の越境で敗れ去ったとき、参加した全ての軍人が警告していたにも関わらず、今回、ノルデン奪還戦争だと威勢の良い言葉とともに帝国に殴りかかった協商連合。

 

 

 以前よりも多数の兵力を注ぎ込めば帝国軍に勝利できると政府は考え、軍も共和国や連合王国から供与された大量の装備に気を大きくしたのか、それにのってしまう。

 動員して揃えた10を超える陸軍師団、多数の魔導師部隊、連合王国と共和国から贈られた数百機の航空機。

 

 それらが開戦1ヶ月程で壊滅するという、酷い結果となってしまった。

 

 それ以後、戦力再建に努め、国境地帯の防備に全力を注いだものの、その間に共和国が一瞬で帝国軍に飲み込まれ、連合王国の本国艦隊もスカパ・フローで壊滅した。

 

 事前の予想――多数で殴れば帝国は倒れる――は既に覆り、政府も軍も腰砕けとなっていた。

 

 アンソンはもはや軍人ではないので、政府や軍の思惑を気にする必要は微塵もない。

 捕虜となったが、無事に帰ってきた彼は惜しまれたものの、除隊したのだ。

 その決断をした理由は家族の為だった。

 

 妻と娘を置いて、一人で逝くわけにはいかない――

 

 その思いに彼は突き動かされた。

 無論、それには当時、帰ってきたアンソンに泣きながら縋り付いたメアリーの存在も大きい。 

 

 パパが帰ってきて良かった――!

 

 その一言とともに涙を流しながら、微笑んだメアリーの顔がアンソンには忘れられない。

 

 もう十分、国に対する義務は果たした、だからもういいだろう――

 

 部隊で生き残ったのが彼だけだったら、そうは思わなかったかもしれない。

 だが、彼以外にも3人の生き残りがいた。

 

 彼らはアンソンよりも若い者達だったが、彼らもまた除隊し、新しい人生を歩み始めている。

 

 

「あなた、そろそろ出発しないと……メアリーも」

「ああ、そうだな。今日も昨日と同じくらいの時間に帰ってくる」

 

 アンソンは今、材木会社で現場作業員として働いている。

 メアリーも同じ会社に事務員として就職できたので、父娘一緒に出勤し、一緒に帰ってくるという生活だ。

 

 帝国との和平が成立すれば、会社も帝国向けの輸出で忙しくなる――

 

 アンソンはそう思いながら、忙しくなる前に提案する。

 

「今度の週末、皆でどこか出かけよう」

「賛成!」

「あら、いいわね」

 

 娘と妻はすぐに賛成してくれた。

 軍人時代には中々できなかったことをやらなければならない、とアンソンは心に決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ブラチ島のビーチでターニャはのんびりとしていた。

 既にこの島に来て3日が経過し、思う存分休暇を満喫している。

 

 彼女が休暇にあたって悩んだのは、水着である。 

 サーフィンのときはウェットスーツで良かったのだが、泳ぐときはそうもいかない。

 店員にあれこれ勧められる中、苦心惨憺し、彼女はワンピースタイプのものを選んでいた。

 

 ともあれ、そんな辛い過去も遠い昔のことに思える。

 

 パラソルの下、デッキチェアでくつろぎながら、適当な雑誌や本を読む。

 必要ならばボーイに頼んで、飲食物を持ってきてもらう。

 

 ターニャは自分の休暇の為にはカネを惜しんでいない。

 だからこそ彼女は一番評判の良いホテルに泊まっており、そのホテルの宿泊客のみが利用できるのがこのビーチだ。

 

 無論、彼女が泊まっている部屋はスイートルーム。

 社畜時代ならば色んな考え――公共料金支払いとか各種税金の支払いとか貯金とか――が邪魔をして、決してできなかっただろう贅沢だ。

 ここは帝国領土であり、なおかつ陸路で来れるので旅費が安い。

 たとえそれが鉄道の一等車に乗ったとしても。

 

 率直に言って、ターニャは社畜時代よりも良い給料を貰っていた。

 階級と役職、何よりも魔導師という希少性。

 これにより基礎となる給与は高く、更に色んな手当がついて、このくらい贅沢をしても全く問題がなかった。

 

「ふふふ、これぞまさしく、理想的な休暇だ」

 

 雑誌を読む手を休め、ターニャは呟く。

 目の前に広がるアドリア海の色は北海とはまた違ったものだ。

 

 地中海にも行きたいな――

 

 共和国の地中海に面した地域――マルセイユあたりに行くのもいいかもしれない、とターニャは思う。

 

 共和国との講和はスカパ・フロー攻撃から数日後に纏まり、パリースィイにて講和条約が締結された。

 内容は共和国に対して恩情あふれるものになっているが、係争地域が帝国に帰属することや、ニューカレドニア島やマダガスカル、インドシナを割譲させたりしている。

 これらを得る代わりに、係争地域以外の本国領土は手つかずで、賠償金の額もかなり抑えめだ。

 とはいえ、連合王国との戦争が終わるまでの間、一時的に沿岸部を帝国領土とするということで合意している。

 地図上で見た場合、史実のヴィシー・フランス領土にパリなどの内陸部を加えた代わりに、沿岸部――勿論、地中海沿岸部だけでなく英仏海峡沿岸部も――を帝国に一時的に渡した形となっている。

 その為、マルセイユもまた一時的に帝国領だ。

 

 地中海の青(メディテラニアンブルー)は美しいと評判で、ターニャとしても実際に見てみたい。

 

 そう思いながら、彼女は読書を再開する。

 その雑誌は軍関係のものではなく、就職に関連したものだ。

 

 戦後の身の振り方を彼女は考えている。

 軍人のままでもいいが、民間企業に就職するのも悪くはない。

 

 帝国における民間企業はターニャが調べてみた限りでは、良い企業ばかりだ。

 

 ヴェルナーとかいうとんでも事例がある為か、若かろうが実績がなかろうが、成果を出せば昇進・昇給はすぐに行われる。

 年功序列のようなものもあるが、成果を出した者を邪魔するものではない。

 

 そして、上司からの評価は働いた時間ではなく、出した成果によって決まる。

 単純な比較はできないが、ターニャが今いる職場――即応軍航空魔導大隊もそれに通じるところがある。

 

 スカパ・フローにおける現地での戦闘時間は1時間程度。

 無論、日々の訓練とか作戦実施に伴った特別訓練などもあるが、それでも戦場での実働時間は非常に少ない。

 

 しかし、そんな短時間でも赫々たる大戦果を挙げたことで、ターニャの評価は鰻登りだ。

 

「RFWを狙いたいが、あそこはヤバい」

 

 最高の環境で、色んな人材と切磋琢磨できる上、給料も福利厚生も抜群だ。

 だが、求人倍率がエグい。

 

 研究・技術系としてなら、多く採用しているが、日本で言うところの文系総合職は非常に狭き門だ。

 おまけに魔導技術部門には手を出していない、というターニャにとっては不利な要素もある。

 

「まあ、しばらくは軍でいいか。せっかく得たキャリアを捨てるのももったいないし」

 

 佐官なんぞ、普通はまずなれない。

 できれば大佐まで昇進して、定年まで過ごす――これが一番堅実だ。

 

 ターニャはそう確信する。

 

 

 そのときだった。

 横から声が掛けられる。

 

「おや? もしかして、デグレチャフ少佐では?」

 

 島に来てから初めてそう呼ばれた為、ターニャは驚きながらも、そちらへと視線をやる。

 すると、そこには画材道具一式を持った男が立っており――

 

 ターニャは彼の顔を見て固まった。

 

 アドルフ・ヒトラー!?

 何でこんなところに!?

 

 ターニャも存在は知っていた。

 新聞にもよく取り上げられ、新進気鋭の政治家と帝国内では評判の人物だ。

 彼女から見ても、彼の政策や提言は真っ当なもので、綺麗なヒトラーか、と知った当初は驚いたものだ。

 

「ああ、すまない。驚かせてしまったか? 私はアドルフ・ヒトラーで、画家兼政治家をやっている。私も休暇でね」

「えっと、あの、はい、いえ、こちらこそ……ターニャ・フォン・デグレチャフです」

 

 ターニャは立ち上がって会釈する。

 しどろもどろになる彼女に彼は微笑みながら、告げる。

 

「せっかくの機会だ、描かせてもらえないか? 1時間程で終わるから」

「あっはい……」

 

 これは地味に凄いことでは、と彼女は思いながらも、そう返事をした。

 

 

 

 

 

 

「戦後はどうするかね?」

 

 ヒトラーの指示通りの位置にターニャが立ち、彼が描き始めて数分後のことだった。

 彼の問いかけにターニャは逡巡したものの、告げる。

 

「悩んでおります。軍にいるか、民間企業に行くかで……」

「君ならどこでも通用するだろう。君の評価を聞いているぞ。勿論、良い意味でだ」

 

 ヒトラーからそう言われると、何だか変な気分にターニャはなった。

 この世界の彼は史実の彼とは全く違うにも関わらず。

 

「将来の希望とかは?」

「正直に申し上げますが……平和なところで文明的かつ経済的な生活を送ることができれば幸いです」

 

 ターニャの言葉にヒトラーは苦笑する。

 

「今回の戦争は政治の失敗ではあるが、正直、向こう側がやる気になってしまってはどうにもならなかったと言い訳をさせてくれ」

「帝国に侵略の意図が無かったのは内外に示されていると、小官は思います」

 

 ヒトラーの言う通りに、ターニャから見ても帝国は当時、内外へ対話での解決というアピールを欠かしていなかった。

 そもそもどんなに平和を唱えようと、相手から殴りかかってきたら、やらざるを得ない。

 

「国同士の付き合いというのは難しいものだ。だが、いつまでも戦時のままでは経済的に破綻する」

「同意します。その、小官が口を出す分野ではないのですが、戦時統制制度は非常にうまくいっていると個人的には思っています」

「ありがとう。だが、問題は戦後だ。どれだけの反動があるか、想像もしたくない」

 

 ヒトラーの言葉にターニャは頷く。

 勝利したが、経済的に破綻した――というのはあり得る可能性だ。

 

「共和国との講和は君達のおかげだ。スカパ・フロー攻撃で共和国は腰砕けになった。協商連合もだ」

 

 協商連合という単語にターニャはすぐさま察する。

 

「向こう側が和平を申し出たというのは確定ですか? 確かに今朝の新聞では出ていましたが……」

「ああ。新聞の通りだ。講和の内容は、まあ、抑えめになるだろうな。莫大な要求をして、後々に暴発されても困る」

 

 ヒトラーの言葉に同意し、ターニャは頷いた。

 しかし、と彼女は思う。

 喋りながらも、ヒトラーの筆は淀みなく、そして素早く動いている。

 

 器用なものだ、と思いつつ、もしも彼は美大に受かっていたら、紛れもなく歴史は変わっていただろうな、とも感じる。

 

「君の意見を聞いてみたい。どのような講和を協商連合とすべきか? 何、単なる世間話の一貫で、遠慮なく言ってくれ」

 

 その言葉にターニャは少しの間、思考し、考えを纏める。

 そして、毅然として告げる。

 

「率直に申し上げて、帝国が以前より主張しているノルデン以外の領土は得るべきではなく、賠償金も最低限に抑えた方がいいでしょう」

「ではどこから利益を得る? 向こうの国民感情を考慮すればそれは良い提案だが、帝国の世論は面倒くさいことになるぞ」

「帝国の企業を協商連合へと進出させる為の経済的な協定を結ぶ、というのはどうでしょうか?」

 

 ヒトラーの筆が止まった。

 

「ほう? だが、それは向こうの経済界から反発を食らうだろう」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、ターニャは笑みを深める。

 

「ええ、ですから、向こうがやっていないことをやるというのはどうでしょうか? 向こうの企業も一枚噛ませることで文句を封じ込めて。浅はかな考えですが、もしかしたら北海に資源が眠っているかも……」

 

 ターニャの頭にあったのは北海における油田だ。

 探査費用やプラントの建設費用などは莫大だが、そこらは進出する企業が考えることであり、彼女はただ提案をしたに過ぎない。

 

「ふむ……資源で一枚噛ませるというのは奴と同じやり方だな」

 

 奴という単語にターニャは何だか嫌な予感がする。

 

「……奴とは?」

「ヴェルナーのことだ。奴とは長い付き合い(・・・・・・)でな。最初は敬語を使ったりもしたが、途中からやめた」

 

 もしや、とターニャは思う。

 ヒトラーもまた転生者なのでは、と。

 

 そして、前世からヒトラーとヴェルナーはドイツに貢献していたのではないか、と。

 直感によるものだが、彼女にはそれが正解に思えて仕方がない。

 

 そんな彼女の胸の内を察したのか、ヒトラーは告げる。

 

君の経歴(・・・・)もまたそうかもしれないが、秘密は秘密のままにしておこう。ただ、ヴェルナーも私と同じことを感じている。というよりも、向こうから相談してきた」

 

 バレてる、とターニャは冷や汗が出て、更に顔が強張っているのを感じた。

 そんな彼女の様子にヒトラーは朗らかに笑う。

 

「我々は互いに帝国の国民で、政治家と軍人という違いはあれど、帝国の発展と繁栄、そこに加えて個人的にも平和で文明的かつ経済的な生活を求めている。それで問題はないだろう?」

「は、はい! 全く問題ありません!」

 

 うむ、とヒトラーは鷹揚に頷き、再度筆を動かし始めつつ、問いかける。

 

「ところで、君が良ければ私の相談役にならないか?」

「相談役……ですか?」

「ああ、そうだ。要するに社会における様々な問題を拾い上げて、案を出したり、あるいは私の考えている案について、君の考えを聞いたりとそういうものだ……無論、給料は出すぞ」

 

 アドルフ・ヒトラーのブレーンになる、とかいうとんでもないチャンスがターニャの元に転がり込んできた。

 流石の彼女も即答できない。

 

 それを彼も予期していたのか、言葉を続ける。

 

「無論、戦争が終わってからで構わない。ただ、私や奴は色々と承知の上で、君の能力を高く評価している……いつでもここに連絡をしてくれ」

 

 ヒトラーは筆を止め、そしてそれを置いた。

 代わりにターニャに名刺を差し出してきた。

 

 頂戴します、と彼女はサラリーマン時代と同じようにそれを受け取った。

 

「それとこっちは個人的な君への贈り物だ。白銀の休日とでも名付けよう。そのまんまだがな」

 

 そして、ヒトラーが差し出してきたスケッチブックにはアドリア海を背にして、砂浜に佇む水着姿のターニャが描かれていた。

 

 史実での彼の画家としての評価はあまり良いものではなかった。

 ターニャは芸術に関しては全くの素人であったが、少なくとも彼女には巧みであるように思える。

 

 芸術の先生とかだと、目のつけどころが違うんだろうな、と思いつつ、ターニャは素直にヒトラーに感謝したのだった。

 



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思惑と新たな任務

 アルビオン連合王国陸軍は大きな危機感を開戦前から抱いていた。

 帝国陸軍の四号戦車は71口径88mm砲を搭載しており、防御力なども、あらゆる既存の戦車を凌駕する性能を誇っている。

 故に、戦前から四号戦車に対抗できる戦車を求めたのは当然だ。

 共和国軍もまたそうであったのだが、彼らが投入した戦車でも――長砲身75mm砲を搭載したもの――四号戦車に真正面から対抗できなかった。

 

 しかし、アルビオン陸軍は当初から四号戦車と同等な砲を搭載した戦車を求めていたことが幸いした。

 彼らはロイヤル・オードナンスの20ポンド砲を搭載する戦車――センチュリオンを量産・配備しつつあった。

 

 一方で帝国空軍に対し、アルビオン空軍は全力で抵抗しているが、よろしくない状況だ。

 そして、頼みの海軍も半数は沈んだとはいえ、帝国海軍に対しては優位に立てる程度に主力艦の数は揃っていたが、制空権が覚束ない現状では極めて良くない結果を招きかねなかった。

 

 幸いにも合州国との海上ルートは特に妨害なども受けておらず、続々と大量の兵器や物資、そして合州国軍を退役した民間人達がやってきている。

 また合州国でライセンス生産されている最新型のマーリンエンジンを搭載したP51という戦闘機をはじめとした航空機もパイロット、整備員ごと輸送されている。

 無論、これらに加え、連合王国の各メーカーの生産ラインはフル稼働し、大量の航空機――特に戦闘機を――生産していた。

 

 

 帝国軍が合州国に対して極めて慎重であること、それはアルビオン側にとっては不幸中の幸いだ。

 合州国との海上通商路を潜水艦で脅かされたら、非常にまずいことになる。

 

 しかし、それを帝国軍がしてくれれば合州国が直接介入することもできたのだが――そうはしなかった。

 

 合州国とアルビオンが共謀し、合州国の船舶をアルビオンの潜水艦で沈めるという計画も立案されたが、それは実行できなかった。

 

 なぜならば帝国政府が内外に向けて定期的に、帝国は合州国と戦う意志はなく、また合州国と戦って得られる利益もない、とラジオで放送していたからだ。

 

 合州国政府と軍は乗り気だが、帝国の放送により、強硬手段を取れていなかった。

 

 もしもアルビオンと共謀して実行したとしても、定期的に行われているこの放送により、合州国国民は不思議に思うだろう。

 事実、彼ら国民からすれば帝国政府の声明はもっともなことで、合州国と帝国は領土的な紛争があるわけでもなく、工業製品などでの競合分野はあれども、それらは戦争してまで解決する問題ではないからだ。

 

 またルーズベルトなどの親帝国派議員は合州国の上院下院に存在し、経済界からも、特に帝国企業と共同で資源開発を行っている企業からは、帝国との開戦には反対していた。

 

 こんな状況で帝国との開戦に踏み切れば、大統領が代わる事態もあり得る為、そうなってしまえば支援が減少してしまう可能性すらあった。

 

 

 

 

 

 

「肉を切らせて骨を断つというやつだ」

 

 ヒトラーは執務室で、ほくそ笑む。

 合州国との友好は彼も当選直後から推進しており、早い時期から向こうの政治家達と――ヴェルナーの紹介により――交流を開始している。

 

 そして、戦争が間近に迫ったとき、合州国に対して策を打ったが、それは今まさに効果を発揮していた。

 

 

 連合王国や連邦へのレンドリースにより、合州国の経済は好調だ。

 その代金請求先は連合王国や連邦、共和国などで、帝国ではない。

 

 レンドリースによって連合王国や連邦の軍事力が強化されるが、逆に言えばそれだけだ。

 彼らは帝国に勝っても負けても、戦後は合州国に対する債務弁済に苦しむことになる。

 当然だが、その債務は戦争が熾烈になればなるほどに大きく膨らみ、代わりに合州国が得る利益は大きくなる。

 

 ヒトラーは各国との開戦後すぐに、戦争における合州国の利益を約束する代わりに、直接介入だけは防ぐことを提案し、承諾させていた。

 とはいえ、ルーズベルトなどの一部議員達は最悪の事態――帝国との直接対決――を想定し、そうなった場合には早期講和を実現すべく動いているらしい。

 それはそれで、帝国にとっても利益となるので帝国側も後押ししている。

 

 この提案はヒトラーが秘密裏に政府や議員達に根回しをして、更にヴェルナーも巻き込んだ策だ。

 彼は合州国の政財界にも顔が効く。

 だからこそ、ヒトラーはヴェルナーを経由することで、提案の信用性を高めていた。

 

 当然、軍人であるヴェルナーは物凄く嫌な顔をしたが、ヒトラーは彼を簡単に説得できた。

 

 合州国軍と戦うよりはマシだろう、と。

 

 ヒトラーの言う通り、合州国は参戦していない為、大規模な軍拡ができていない。

 ルーズベルトらが反対し、彼らに賛同する国民も多い為だ。

 これは数ヶ月前からルーズベルトがラジオで国民に対し、帝国との戦争は無益であると直接語りかけるという行動が功を奏している。

 

 関係のない戦争に合州国を巻き込むな、というのがルーズベルトら反戦派のスローガンだ。

 

 

 そして、帝国では政府と議会で一致している意見がある。

 

 中々敗北を認めない国を経済的破綻に追い込んでやろう、というものだ。

 帝国と戦えば戦う程、借金が幾何級数的に膨らんでいく――その恐怖を感じている者は少ないかもしれない。

 だが、気づいたときには手遅れという方がより大きな絶望を味わってもらえるので、気づく者がいない方が望ましい。

 

 帝国に喧嘩を仕掛けてきたことに対する、ささやかなお礼であった。

  

 連合王国や連邦が合州国に借金を返せなくなって、領土を切り売りする日がくるかもしれないのは中々愉快だ。

 

「軍には苦労を掛ける……」

 

 最悪と最悪の一歩手前のどちらかしか取れなかったからこそ、最悪の一歩手前を選んだ。

 当然、その負担は軍に重く伸し掛かる。

 

 だからこそ、政府や議会は軍に対して気前良く予算を振る舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターニャ達の休暇は無事に終わり、魔導師達を鍛える仕事が始まった。

 学校を卒業したばかりの新米ではなく、既に一人前となっている魔導師達がターニャ達の鍛える相手だ。

 

 故に、多少手荒くしても問題はなく、夜間訓練が無い日は定時帰宅ができるという素晴らしい日々を送っていた。

 

 スカパ・フロー攻撃後、帝国空軍は戦闘機狩り及びレーダー基地と空軍基地の破壊に移行している。

 

 熾烈な空中戦が繰り広げられたりしているようだが、ターニャ達にとっては遠い世界の話だ。

 協商連合との講和も無事に終わり、帝国と戦っている国は連合王国、連邦、そしてイルドアとなっている。

 とはいえ、イルドアとは実質的な休戦状態だ。

 彼の国も開戦直後に大軍で押し寄せてきたが、例によって例のごとくに大損害を受け、それ以後、国境地帯の防備を固めている。

 そして、今に至るまで攻撃を仕掛けてきていない。

 

 イルドアとも近々、講和するのではないかというのがターニャの予想だ。 

 

 

「センチュリオンね。ふーん……」

 

 執務室にて、ターニャは回ってきた連合王国軍に関する調査書を読んでいた。

 20ポンド砲搭載のセンチュリオンが配備されつつあるらしい。

 

 偵察機や現地に戦前から潜入している諜報員達からの情報だろう。

 もはや史実における兵器の登場年なんぞ全くアテにならないが、とりあえずまだ帝国軍が優位にあることはターニャは理解していた。

 

「馬鹿め、と言ってやろう。帝国陸軍は先月から五号戦車を量産開始しているぞ?」

 

 55口径105mm砲、ターボチャージャー付きディーゼルエンジンを搭載したのが帝国軍の五号戦車パンターだ。

 

 これまでの航空機用空冷星型エンジンのデチューン版から、ディーゼルエンジンへと変更したことで、車高を低く抑えることに成功している。

 

 連邦との決戦を見据えた戦車だ。

 

 なお、ターニャはちょっとした話をゼートゥーアから聞いていた。

 あのRFW社はガスタービンエンジンと試験開発していた120mm滑腔砲を搭載したものを出してきたらしく、性能は抜群であったが、四号戦車と比較して3倍近い調達コスト、何よりも大量の燃料を消費することから連邦への侵攻には不向きとして不採用となったらしい。

 

 共和国と戦うのだったら活躍できただろうに、と彼女としては残念な限りだ。

 ともあれ、まだRFWは諦めていないだろうから、既に開発が始まっているだろう六号戦車に期待していた。

 

「連邦軍も85mm砲搭載のT-34を出してきているから、下手をしたらT-54も出てくるかもな」

 

 戦車の恐竜的な進化はドイツとソ連――帝国と連邦のお家芸だ。

 

「というか、1925年に史実での二次大戦末期から戦後の戦車が出てくるなんて、何とも素敵な世界だ」

 

 このペースなら、1945年には連邦はT-72、帝国はレオパルト2、イギリスはチャレンジャー、アメリカはエイブラムスでも投入してるんじゃないか、と思ってしまう。

 

 そのとき、扉が叩かれる。

 ターニャが許可を出すと、ヴィーシャだった。

 

「少佐、参謀本部からお仕事のようです」

 

 ヴィーシャの言葉にターニャは察する。

 当初の予定よりも早いが、どうやら教導のお仕事は終了のようだ。

 

 ターニャはそう思いながら、ヴィーシャから書類を受け取った。

 そして、内容を確認する。

 

「セレブリャコーフ少尉、今回はスカパ・フローのような派手な仕事ではない。おまけに別の部隊との共同作戦だ」

「と、言いますと?」

「ブランデンブルク師団、特別行動部隊(アインザッツグルッペン)が今回、組む相手だ」

 

 ヴィーシャの顔が引き攣った。

 ブランデンブルク師団は陸軍、特別行動部隊(アインザッツグルッペン)は情報省における特殊部隊だ。

 他にも海軍や空軍にもこういった部隊は存在している。

 

 そんな部隊との共同作戦ということはとんでもないところに投入されるのではないか、とヴィーシャは思ってしまう。

 

 ターニャはヴィーシャの様子に笑みを深めながらも尋ねる。

 

「ところで少尉、IRAを知っているか? 今度の任務は、彼らがアルビオンのケツを蹴り上げる為のお手伝いだ」

 

 

 



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潜入

 アイルランド島にあるコナハト州スライゴ郡イースキー村。

 イースキー川に隣接し、ケルト海にも程近いこの村はサーフィンエリアとしてサーファーの間ではそれなりに有名であったが、戦時中――特に連合王国が劣勢――である為に今は訪れる者は皆無に等しかった。

 また早朝ということもあり、村は静寂に包まれていた。

 

 そして、そのような静寂を破るかのように、イースキー川を5隻の船外機付きゴムボートが遡上していた。

 

 ターニャはヴィーシャら3名と共に先頭のボートに乗り込み、周囲を警戒する。

 しかし、その内心はウッキウキだ。

 

 潜水艦から発進したゴムボートに乗りながら、SEALsみたいな敵地潜入をできるなんて――!

 

 オタク気質は今もなお健在であったが、顔には出さない。

 

 今回、第203航空魔導大隊に与えられた任務はブランデンブルク師団、特別行動部隊(アインザッツグルッペン)の人員及びIRAへの引き渡し物資の護衛だ。

 

 聞いた話によれば、彼ら特殊部隊はそのままアイルランド島内に潜伏し、IRAへ協力するとのこと。

 

 今回使用される潜水艦は人員・物資輸送型として建造されたものであり、通常の潜水艦よりも多い量を輸送できるが、輸送船や揚陸艦と比べれば遥かに少ない量だ。

 とはいえ、こういう隠密作戦にはまさしくうってつけの存在だった。

 

 

 遡上を開始して数分程で、ターニャはイースキー川の岸辺に立つ、数人の男達を見つけた。

 IRAの連絡員だ。

 

「発見した!」

 

 ターニャが告げれば、すぐさま操縦手が船外機を操り、ボートの進路を変えた。

 彼らは無事に岸辺へと到着した。

 

 載っていたブランデンブルク師団所属の隊員達がすぐさま降りて周囲の警戒を行いつつ、積み込んできた物資をIRAの連絡員達へと渡す。

 ゴムボートに積める量などたかが知れている為、何回も往復せねばならない。

 

 幸いであるのはこの日の為に空軍がアルビオン本土で今日も頑張ってくれており、また対岸に陸軍が上陸用の部隊を集結させていることもあって、連合王国の目はそちらへ向いているとターニャは信じたい。

 

 まあ、アイルランドには開戦しても一切攻撃をしていないし、そもそもアイルランドよりもアルビオン本土の方が大陸から近いしなぁ――

 

 アイルランドに重要な拠点などがあれば話は別であったが、そういうものはない。

 IRAに狙われる危険性が高いところに、そういったものを設置するのは得策ではないと判断したのだ。

 

 更に連合王国もIRAの活動には苦慮しているが、IRAに属していない一般のアイルランド人の感情にもまた配慮する必要があった。

 

 アルビオン軍の大規模な部隊を駐屯させるのは、一般のアイルランド人の感情によろしくない。

 何よりも、戦況が劣勢であり、本土防衛の為、アイルランドに部隊を配備する余裕がないという事情もあるだろう。

 

 もっとも、連合王国らしい手も打っている。

 彼らは合州国から派遣されてきた義勇軍――実質的には合州国の地上部隊や航空部隊そのもの――をアイルランド島に配備しているのだ。

 

 アイルランド人の悪い感情を受け止めるのは植民地人であるお前達だ――

 

 そんな思惑が透けて見えた。

 

「少佐、全てのボートで荷降ろしが完了しました」

 

 ヴィーシャの声にターニャは思考を現実へと戻し、告げる。

 

「分かった。戻るぞ」

 

 IRAの連絡員達からは「幼女が少佐?」とか「うちの娘と同じくらいだぞ」とか聞こえてきたが、ブランデンブルクの隊員が説明でもしたのだろう。

 しかし、ターニャは聞かなかったことにした。

 

 

 やがて5隻のゴムボートは岸辺を離れ、イースキー川を下っていった。

 しかし、まだまだ潜水艦に積まれている物資や人員は多く、作業終了は昼前の予定だった。

 そして、この輸送作戦は今回で終わりではない。

 

 この潜水艦が終わったら、また別の潜水艦が入れ替わりにやってくる。

 地味であるが、神経を使う任務だ。

 しかも、完了に要する期間は2週間。

 途中に邪魔が入ればこの期間は伸びる。

 もっとも、ターニャはそれだけで終わりとは思っていない。

 

 全ての人員と物資を送り込むのが完了した後、そのままアイルランドに進出することになると予想していた。

 

 帝国はアイルランド島を一気に占領するつもりだろう。

 それも現地住民の大歓迎を受けながら。

 

 アイルランド島全体がアイルランドとして独立するのは、アイルランド人の悲願だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「例の作戦は順調だ」

 

 ゼートゥーアはルーデルドルフにそう告げた。 

 

「まどろっこしい……というのはご法度なんだろうな」

「仕方がないだろう」

 

 参謀本部の晩餐室にて、2人は昼食を取っている。

 既に第一便は人員と物資の輸送を終え、帰途についており、第203航空魔導大隊は第二便に乗り換えたとの報告もきていた。

 

「輸送機や船舶では目立ちすぎる」

「分かっているとも。しかし、完了まで2週間か……長いな」

 

 人員と物資の送り込み、それが完了した後、第203航空魔導大隊はアイルランド島南部に位置するコーク空港制圧任務に取り掛かる。

 これにはIRAとブランデンブルク師団、特別行動部隊(アインザッツグルッペン)に属する部隊も加わる。 

 

 航空魔導大隊は潜水艦から出撃すれば問題はないが、地上部隊は事前にイースキーからコークまで、330km近い距離を2週間で移動しておく必要があった。

 とはいえ、現地住民の協力が得られているのは大きく、連合王国の治安組織や治安維持部隊は追いきれない。

 IRAや住民達の協力に対する見返りはアイルランドの独立だ。

 

 アイルランドが独立したところで、帝国の懐が痛んだり領土が減ったりするわけではなく、また国境を接することもない為、領土の帰属を巡って揉めることもない。

 帝国にとっても、アイルランドにとっても、互いにWin-Winの関係になれる。

 

 この案を出して、内々に軍に相談してきたのはヒトラーだった。

 他国の領土を自国の都合で勝手に切り取って独立させる、というのは中々えげつないことだった。

 

「コーク空港を制圧後、迅速に輸送機で物資と兵員を送り込む。空軍からは?」

「輸送機と護衛の戦闘機、近接支援機を大量に揃えているそうだ」

「ならば問題はないな。海路は怪しいところだが……」

 

 港を確保したならば、迅速に輸送船で師団を一気に送り込みたいところだが、さすがにそこまでくると連合王国軍――特に海軍が黙っていないだろう。

 

 また陸上戦力には不安な面もある。

 輸送機では戦車は流石に送り込めない。

 そのため、空軍と海軍の護衛付きの大規模な海上輸送作戦も予定されていた。

 

 ルーデルドルフは問いかける。

 

「例の義勇軍はどうだ?」

「帝国駐在の合州国大使だけでなく、合州国駐在の帝国大使も国務省に確認してある。どちらの返答も、彼らは民間人で、合州国政府は一切関知していない、民間人の行動は制限できないというものだ」

「ここでラジオ放送が活きてくるというわけか」

 

 帝国が継続して行っているラジオ放送、それは最近、内容が少し変化している。

 

 連合王国に滞在している合州国人をはじめとした外国人や連合王国の民間人に対して、戦闘に巻き込まれる可能性がある為、国外への退避を執拗に呼びかけているのだ。

 また合州国国内向けには、家族、友人、恋人が連合王国に旅行している場合はただちに帰国するよう、伝えてください、とこちらもしつこいくらいに呼びかけている。

 勿論、合州国連邦政府の見解もそれらに合わせて繰り返し放送していた。

 

 彼らが応じようとも応じなくても、帝国は民間人や関係のない外国人に対して最大限の注意を払っているというアピールだ。

 

「展開している合州国義勇軍は3個師団程度。また航空部隊もいるが、どちらも各地に分散している……問題ない」

「うむ、各個撃破できるだろう」

 

 あとは人員と物資の送り込みが無事に完了することを祈りつつ、2週間後を待つだけだった。

 

 そして、アイルランド島を抑えたら、いよいよアルビオン本土上陸作戦が開始される。

 ゼーレーヴェと名付けられたその作戦の為に、多数の船舶、膨大な物資が既に確保され、上陸部隊もまた集結しつつあった。

 アルビオン・フランソワ海峡の沿岸部にいる部隊は囮であり、上陸部隊の集結地はキールだった。

 

 

 



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武装蜂起

 コーク空港は早朝ということもあり、静寂に包まれていた。

 スカパ・フロー攻撃の教訓から、帝国軍は先行して魔導師部隊を突入させてくる可能性があると、連合王国軍だけでなく合州国義勇軍にも通達が出されている。

 しかし、開戦以来、アイルランドは一度も空爆を受けておらず、時折、高高度を帝国軍の偵察機が通り過ぎていくくらいだ。

 

 しかも、守備に就いているのは連合王国軍ではなく、合州国軍。

 無論、それには魔導師部隊も含まれる。

 

 彼らと入れ替わるように、連合王国軍は全て、本土へと引き上げてしまった。

 目と鼻の先では熾烈な航空戦が繰り広げられているのに、アイルランドは平穏そのものだった。

 

 早い話が……アイルランド駐留の合州国義勇軍は暇なのである。

 

 

 コーク空港の格納庫横にある魔導師待機所では魔導中隊――12人が暇を持て余し、トランプや読書にて、時間を潰していた。

 彼らは夜勤明けで、もうすぐ勤務時間が終了する。

 

「夜勤は退屈だが、カネになる」

 

 ある魔導師がそう言うと、同意する声が上がる。

 

「しかし、アイルランド人はつれないな。良い子に声を掛けても、全然駄目だ」

「お前の顔と態度が悪かったんだろう」

 

 その声に笑いが巻き起こる。

 

「顔はともかく、態度は紳士的だったぞ」

 

 そのとき、電話が鳴った。

 彼らは互いに顔を見合わせる。

 

 電話は管制室直通のものだ。

 読書をしていた中隊長が面倒くさそうに電話に出る。

 

「はい、こちら間もなく勤務終了魔導中隊。残業代は弾んでくれるか?」

『こっちも間もなく勤務終了管制チームだ。残業代は上司に請求してくれ。複数の魔導師と思われる輝点が()から近づいてきている。何か聞いているか?』

 

 中隊長は手帳を取り出し、確認する。

 日付と時刻を確認したが、魔導師部隊がコークへ向かってくるような予定はない。

 

 敵襲か?

 

 中隊長は逡巡する。

 とりあえず、管制室へと彼は答える。

 

「義勇軍の魔導師部隊に、そういう予定はない。連合王国軍の魔導師部隊か?」

『念の為、本土に確認中だ。だが、警戒だけはしておいてくれ。あと5分もしないうちに到着する』

「おいおい、随分とせっかちな連中だな……了解した」

 

 中隊長は受話器を置き、告げる。

 

「おら、お前達。勤務終了間際だが、最後の一仕事だ。腕は錆びついちゃいないだろうな?」

 

 そう言った直後、爆発音が響き渡る。

 それも1回だけでなく、断続的に。

 

 警報が鳴り響く。

 すぐに壁に備え付けられたスピーカーから空港の正面ゲート付近に武装集団と流れる。

 

「中隊長、どうしますか?」

 

 謎の魔導師部隊か、それとも明確な敵である武装集団か?

 

 空港内にいる魔導師部隊は彼らしかいない。

 交代の部隊はコーク市内の宿舎に寝泊まりしており、あと1時間は夢の中だろう。

 今の爆発で飛び起きたかもしれないが。

 

 空港内にいる警備員と義勇軍部隊を考慮すると――

 

 時間はじりじりと過ぎ、中隊長が決断し、口を開こうとした、そのときだった。 

 彼らの目の前は真っ赤に染まり、衝撃と熱さを感じると同時に、その意識が途切れた。

 

 謎の魔導師部隊発見の報から、5分が経過していた。

 

 

 

 

 

 

「ナイスショットだ、第二中隊。あとでビールを奢ってやる」

 

 ターニャは炎上する魔導師待機所を確認し、そう褒める。

 第二中隊からの歓声を聞きながら、彼女は状況を確認する。

 

 無事に前回の任務を終えたターニャ達の次なる任務は、ある意味彼女の予想通りのものだった。

 今回、彼らの任務は滑走路の確保と保持を支援することだ。

 欺瞞の為に東から接近したのが功を奏したのか、敵魔導師による迎撃を受ける前に壊滅に追い込めたのは幸運だった。

 

 既にIRAやブランデンブルク師団、特別行動部隊(アインザッツグルッペン)により構成された突入部隊が空港の正面ゲートをはじめ、各所から侵入を開始している。

 

 滑走路の周辺は非常に無防備だ。

 金網を1つ越えて走ればすぐに滑走路に到着する。

 

 だからこそ、ターニャの目に見える範囲で、事前に定められた箇所の金網を何台ものトラックが強引に突き破り、滑走路へと侵入していく。

 

 そして、彼らは予定通りの地点でトラックを停止させ、荷台から次々と降りていく。

 IRAの戦闘員やブランデンブルク師団、特別行動部隊(アインザッツグルッペン)の主力だ。

 

 ターニャは腕時計にて時刻を確認する。

 

 早ければあと30分で先陣の輸送機部隊が到着するが、幸いにも滑走路以外にも航空燃料の詰まったタンクやタンクローリーをはじめとした、諸々の施設や機材も傷つけずには済みそうだ。

 

 無論、油断はしていない。

 中隊ごとに滑走路周辺を警戒させており、必要に応じて貫通術式でもって地上支援を行うよう指示してあった。

 

 

 

「長い30分になりそうだな。シュルベルツ中尉、写真でも撮っておけ」

 

 ターニャの指示にシュルベルツ中尉は元気良く返事をした。

 

 

 このとき、ターニャ達は知らなかったが、幾つかの作戦が同時に進行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段ならば起きてこない父親がもう起きていることに、今年で15歳になる彼の息子は驚いた。

 彼の驚きをよそに、父親も母親もラジオに耳を澄ませている。

 ラジオからは連合王国の曲が流れているが、これも不思議なことだった。

 

 少年は両親が曲を聞くのも嫌だと言う程の連合王国嫌いであることを知っていたからだ。

 

「何があるの?」

 

 少年の問いに父親が静かにするように告げる。

 母親は何も言わない。

 

 ますます変な光景に少年は首を傾げながら、彼もまたラジオに耳を澄ませることにした。

 10分程、そうしていたとき、そろそろお腹が鳴り始めた為、彼は母親に朝食を食べたいと口を開こうとした時だった。

 

 ラジオから何かが壊れるような音や叫び声、銃声が聞こえてきた。

 少年はぎょっとして、両親を見つめる。

 しかし、両親は何も言わず、真剣な表情でラジオを聴いている。

 

 やがて、そういった音は収まり、曲が流れてきた。

 それはゲール語のものであり、また同時にゲール語にて叫ばれる。

 

『くたばれ連合王国! 我々は決してお前達には負けない! 我らは独立する!』

 

 父親と母親は互いに頷きあった。

 少年もまた、その意味を悟る。

 

「行ってくる。帰りは分からん」

「気をつけて」

 

 父親が立ち上がった。

 その顔は凛々しく、普段の父親とは全く違うものだ。

 しかし、少年は誇らしく感じた。

 

「父さん、気をつけて。無事に帰ってきて」

「ああ、分かった。母さんを頼むぞ」

 

 父親は少年の頭を乱暴に撫で、そして家を出た。

 家を出て、広場へと彼は行く。

 

 歩いて10分程で、広場に彼は到着した。

 そこには近所の男達が既に集まっており、彼らは手に帝国軍では突撃銃と言われている物騒なモノを持っている。

 

 彼は思わず問いかける。

 

「遅くなったか?」

「いや、問題ない。武器はその木箱の中だ」

 

 リーダー役は彼の友人だ。

 友人である彼は警察官であり――そしてIRAの構成員でもあった。

 行政機関や警察において、幹部クラスは連合王国から派遣されてくるが、現場で働くのはアイルランド人がほとんどであった。

 

「撃ち方はとても簡単だ。狙いだけは間違えるなよ?」

「ああ、分かった」

 

 彼らは今、独立の為に戦士となった。

 

 この光景はアイルランド島の各地で見られ、こうしてIRAにより組織された民兵達は駐留軍に対して、ゲリラ的な攻撃を仕掛け始めた。

 そして、彼らをほぼ全てのアイルランド人が支援した。

 戦闘には参加せずとも、できることはたくさんあった。

 

 逃げてきた民兵を匿い、あるいは民兵達に軍の位置を教えたり、食事を提供したり――

 

 アイルランド島の各地で起きた武装蜂起は、あっという間に手の施しようがない状態になりつつあった。

 

 しかし、それだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輸送機の大群が通り過ぎると同時に、次々と空に落下傘が開いていく。

 朝日に照らされながら、彼らは迎撃を受けることなく、とある村近くにある草原に舞い降りる。

 

 即応軍に所属する降下猟兵達は地上に降り立つや否や、すぐさまパラシュートを切り離し、周囲の警戒に移る――のだが、彼らに駆け寄る者達がいた。

 すぐ敵襲かと警戒するも、すぐに降下猟兵達は目を丸くする。

 

 駆け寄ってきたのは老人ばかりだったからだ。

 

 

「帝国軍か!?」

「そうだ!」

 

 ある兵士が言い返すと、老人達は歓声を上げた。

 そして、1人の老人が叫ぶ。

 

「頼むぞ! 連合王国のクソッタレ共を叩き出してくれ! 連中のところまで道案内をしよう!」

 

 事前の情報では駐留しているのは連合王国軍ではなく、合州国義勇軍なのだが、そこらは黙っていたほうが良さそうだと降下猟兵達は誰もが思った。

 

 

 こうしたアイルランド島での出来事は連合王国側へと駐留している義勇軍から伝えられていたが、援軍を送る余裕など無かった。

 それはアイルランド島への侵攻と同時に、帝国空軍がある作戦を発動した為だ。

 

 作戦名ボーデンプラッテ。

 

 空軍は既存の部隊に加え、東部戦線以外の各地から引き抜けるだけの部隊を引き抜いて、西部方面に派遣していた。

 連合王国空軍は合州国義勇軍の支援を受けてもなお、帝国空軍に対して劣勢であり、本土の制空権は徐々に失われつつあった。

 

 ボーデンプラッテ作戦は同時に多数の基地を襲撃することで、連合王国空軍を完全に麻痺させるのが狙いであり、連合王国の各地は朝から帝国空軍による大規模空襲に見舞われていた。

 



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連合王国の窮地 連邦における課題

「くそっ!」

 

 アイルランドにおける合州国義勇軍の総司令部はダブリンにあった。

 しかし、それももはや有名無実のものとなりつつある。

 

 司令官――ジョナサン・ウェインライトは執務室で1人、荒れていた。

 

 派遣される前、上層部から聞いていた話はこうだ。

 

 帝国軍はアイルランドなど見向きもせず、連合王国本土へと侵攻するだろう――

 貴官が功績をあげる機会はないかもしれない――

 

 しかし、実際はどうだ。

 連合王国の本土など見向きもせずに、アイルランドを取りにきたではないか!

 

 戦況は絶望的だ。

 援軍の要請を連合王国にある合州国欧州派遣義勇軍の総司令部や連合王国軍の総司令部に送った。

 しかし、援軍の要請は却下された。

 

 可能な限りの支援を約束するが、陸軍部隊は送ることができない。

 だが、最善を尽くせ―― 

 

 似たような文言が両方から返ってきた。

 そして、この1週間、マトモな支援が届いたことはない。

 無論、何もしなかったわけではなく、航空機に拠る支援は試みられていたが、大抵は帝国空軍に邪魔されて失敗していた。

 

 アイルランドにおける合州国航空部隊は3日目あたりで壊滅し、魔導師達も、2個大隊程度しか元々存在しなかったこともあり、5日目で壊滅した。

 纏まっていたらもう少し抵抗ができたかもしれないが、アイルランド島各地に分散配備していたのが仇になった。

 

 何よりも最悪であるのは、アイルランド人そのものが完全に敵に回っていること。

 民間人の視界に入ったら、まず間違いなくIRAに通報される。

 

 これにより各部隊の動向は筒抜けで、かといって民間人を攻撃するわけにもいかない。

 

 トドメとなったのはIRAの民兵部隊の火力が完全に義勇軍歩兵部隊の火力を上回っていたことだ。

 

 命からがらIRAの攻撃から逃れた部隊によれば、IRAの民兵が持つ銃はサブマシンガンのように弾丸をばら撒けるが、かといってサブマシンガンのように有効射程が短かったり、威力が弱かったりするわけではない。

 

 サブマシンガンとライフルの良いとこ取りをしたような銃であったのだ。

 帝国製の突撃銃と呼ばれているもので、資料では見ていたが、実際にその威力を味わうのは義勇軍にとって、これが初めてだった。

 

「どうしろっていうんだ……」

 

 今のところダブリン市内では戦闘は小康状態だ。

 しかし、それは帝国とIRAが戦力の集結をしている為で、数日以内には総攻撃が実施されるだろう。

 

 一応、頼みの綱はある。

 総司令部が置かれている建物に通じる道路、その各所には虎の子のM4戦車が合計で12両、配備してあった。

 アイルランド島には全部で40両程があったのだが、ダブリンに駐屯させていたこの部隊を除けば全て失われている。

 

 

 この戦車部隊に加え、ダブリンまで後退できた、もしくは市内に駐屯していた歩兵部隊を統合・再編した後に配置してある。

 だが、兵力と兵器の質・量で優越している相手に、大して長くは持ちこたえられない。

 

 M4戦車は帝国の四号戦車に対抗するべく少ない予算をやりくりして陸軍が開発したもので、50口径90mm砲を搭載しているものだ。

 

 

 敵軍に戦車がいないことが確認されているが、蝿のように鬱陶しい敵機により、そこまで活躍はできないとウェインライトは確信していた。

 

 降伏の二文字が彼の頭にちらついた、そのときだった。

 

「閣下! 敵の魔導師がっ! 司令部に奇襲を!」

 

 ドアが乱暴に開かれ、兵士が血相を変えて叫ぶ。

 ウェインライトは決断した。

 

「いや、もうどうにもならない。丁重に通しなさい」

 

 その言葉に兵士は意味を悟った。

 

 そして5分後、ウェインライトは驚愕に目を見開くことになる。

 数名の魔導師達を伴って現れたのは幼女だった。

 

「自分は帝国軍第203航空魔導大隊のターニャ・フォン・デグレチャフ少佐であります」

「ジョナサン・ウェインライトだ。アイルランドにおける義勇軍の総司令官をしている」

「民間人ということでよろしいですか?」

「そうだ」

 

 ウェインライトの肯定にターニャはなるほどと頷く。

 

「アイルランドへようこそ。ご入国の目的は? ビザはお持ちですか?」

 

 ウェインライトは思わず笑ってしまう。

 なるほど、民間人への適切な対応といえるかもしれない。

 

「あいにくと自分の意志で戦闘に参加した合州国の民間人だ。私達、全員がそうだ」

「では戦時国際法に則り、貴官を含め全ての義勇兵達を正規の軍人と同様の待遇で捕虜とします。只今の時刻をもって、アイルランドにおける義勇軍は降伏するということで、よろしいでしょうか?」

「異論はない」

 

 良い将校だとウェインライトは素直に思う。

 

 唯一の欠点は年齢だろう。

 どう見ても10代前半か、下手をすればそれ以下かもしれない。

 彼がそう思っていると、ターニャは更に続ける。

 

「では、各部隊に降伏するようお伝え下さい」

「ああ、分かった。ところで君達は防衛線を突破してきたのか?」

 

 するとターニャは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。

 

「我々は空を飛んできました」

「……魔導師は本当に便利な存在だ」

 

 そう言って、ウェインライトは肩を竦めるしかなかった。

 

 

 

 1925年9月13日、アイルランド島における合州国義勇軍が降伏。

 そして、1週間後、アイルランド島全体を領土として暫定政府がアイルランドの独立を宣言、同時に帝国側に立って連合王国に対してのみ宣戦布告した。

 

 とはいえ、独立直後で、アイルランドには兵力を派遣する余裕なんぞない。

 故に、帝国から様々な支援をしてもらう対価として、帝国に対して基地や土地を提供することになった。

 

 当然ながら連合王国にとってその衝撃は絶大であった。

 

 アルビオン・フランソワ海峡を越えて帝国軍が上陸してくるというのがこれまでの想定だった。

 しかし、アイルランドが帝国側に立ってしまった為、アイリッシュ海を越えて上陸してくる可能性も出てきてしまった。

 あるいは両方から上陸し、二正面作戦を強いる可能性もある。

 

 

 更に不安要素として、アイルランドの分離独立によりスコットランドで、急激に独立の機運が高まりつつあることだ。

 スコットランドはアイルランドのように過激な抵抗運動が起こることはなかったのだが、継続的な自治の要求が無かったわけではない。

 それでもこれまでは連合王国であることで得られる様々な恩恵により、かなり穏当な要求であった。

 しかし、もはや状況は完全に変わった。

 

 連合王国に戦前の強大さはなく、海軍は半壊し、空軍は壊滅寸前だ。

 また、帝国軍の上陸に備え、スコットランドにも連合王国軍や合州国義勇軍が駐屯しているとはいえ、イングランドやウェールズ程に多数の部隊がいるわけではない。

 

 何よりも、スコットランドは連合王国の構成国であることから、このままでは敗戦国となってしまう可能性が高い。

 一方で分離独立し、帝国側に立ったアイルランドは戦勝国だ。

 

 ここでスコットランドが独立し、帝国と結べば帝国軍はスコットランドから陸路でイングランドやウェールズを攻めることができる。

 帝国に売れる恩の大きさは計り知れない。

 千載一遇の好機ではないか、とスコットランドの住民達は思ってしまった。

 

 そして、彼らの後押しをするかのように、戦前から潜入していた帝国情報省の工作員達は忙しなく、スコットランドで動き回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連合王国は順調だが……問題は東部戦線だ」

 

 ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは深く溜息を吐いた。

 

「溜息を吐くと幸せが逃げるらしいぞ?」

「そうかもしれんな。だが、溜息を吐きたくもなる」

 

 東部戦線は現状、空軍による連邦軍への間引き作戦を除けば戦闘は起きていない。

 東部国境から一定の距離をおいて連邦軍は陣地を構築し、そこに引き篭もっている。

 

 その陣地は帝国軍のものを真似ていたが、幸いにも帝国軍にはそれを突破する為の対策があった。

 

 こんなこともあろうかと、とヴェルナーが言っていたのが妙にゼートゥーアやルーデルドルフの印象に残っている。

 

 空軍が用意しているのはミョルニルと名付けられた10トン爆弾であった。

 攻勢時にはこれを連邦軍陣地に満遍なく投下してくれる上、東部全域において大規模な航空支援を確約している。

 勿論、後方に対する戦略爆撃も同時に行うとのことだ。

 

 だからこそ、ゼートゥーアとルーデルドルフの危惧しているものは航空支援や制空権ではない。

 地上部隊への補給だ。

 

「民間に任せたとはいえ、どうなることやら」

 

 ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアは肩を竦める。

 

「こればかりはやってみないことには分からん。帝国の建設業界を信じるしかない」

 

 連邦侵攻計画において、参謀本部は早々に陸軍単独での道路や鉄道の整備を行うことを諦めた。

 だからこそ、陸軍が帝国内全ての建設会社から志願者を募り、後方における建設専門の部隊として、陸軍建設大隊を編成している。 

 編成数は当初は20個を予定していたが、それでは足りないと日を追う毎に増やされ、今では70個を超えていた。

 また年齢や肉体の選抜基準も非常に緩く、60歳を超える隊員も珍しくない。

 

 これだけでも莫大な予算が取られたが、政府と議会は出してくれたので、陸軍もやるしかない。

 

 安全に土木工事を行う為には後方の警備が大事となってくるが、こちらも頭が痛い問題だ。

 土地の広さに対して兵力が足りなさすぎる――というか、連邦を攻めるにあたって兵力が足りる国なんてないだろう。

 

 後方は最低限の護衛とならざるをえない為、被害が出ることも覚悟せねばならない。

 唯一の救いは多種多様な建設機械の存在だ。

 

 RFW社がまず最初に開発・販売し、他社からも遅れて似たようなものが大量に出て、こちらも熾烈な競争と化しているが、ともあれ、その恩恵を十分に受けている。

 

 しかし、果たしてそれで十分なのか、という不安がルーデルドルフやゼートゥーアだけでなく参謀本部内に存在した。

 故に、連邦侵攻は2年計画で考えられている。

 

 一定のラインまで進出したら、たとえ目の前に敵がいなくても攻勢は完全に停止し、強固な陣地を構築する。

 手薄な部分から多数の部隊が侵入してくることが予想される為、後方に十分な数の装甲師団と彼らに追随できる砲兵師団を用意しておく。

 そして、後方の補給路が万端となった時、再度攻勢を開始するというものだ。

 

 最大の欠点は敵に立ち直る時間を与えてしまうことになるが、ここで連邦が共産党による一党独裁体制であることが仇になる。

 

 帝国軍が連邦領土に侵攻して、領土内で進撃を停止したとき、果たして彼らは攻撃を我慢できるか、ということだ。

 

 党のメンツとやらに拘り軍事的に見れば無謀な突撃を繰り返して、戦力を消耗してくれるんじゃないか、というちょっとした期待もある。

 

 幸いであるのは合州国義勇軍が今のところは連邦には存在しないこと。

 帝国が継続的にラジオで合州国国民に伝えているのが功を奏しているらしく、最近では義勇軍の集まりが非常に悪くなっているらしかった。

 

 また昨今の連合王国の負けっぷりに、レンドリースに対する代金を回収できるか、不安視する声も合州国では高まっているとのことだ。

 

「ウクライナや白ロシアなどの独立も既定路線となったのは幸いだ」

 

 連邦への本格侵攻開始の直前には帝国にて亡命ルーシー帝国政府が発足する。

 帝国との繋がりを強くする為、四姉妹のうち三人は既に帝国の皇族や有力貴族へと嫁いだ。

 唯一の男児は病で幼くして死亡し、父親も高齢だ。

 故に、四女であるアナスタシアが国家元首――皇帝となり、革命時、あるいは革命後に逃れてきた官僚達が彼女の補佐を務める。

 

 また帝国政府と発足予定の亡命ルーシー帝国政府との間では白ロシア、ウクライナ、バルト海に面した地域などの独立が合意されている。

 

 それらを失う見返りは当然、ルーシー帝国の再興だ。

 

「第1段階はバルト海に面したリガからスモレンスク、ヴォロネジ、ロストフ・ナ・ドヌ、クラスノダールから黒海に至るまでのラインだが、どう思う?」

 

 ルーデルドルフの問いにゼートゥーアは答える。

 

「連邦軍の主力は帝国の国境から少し離れた地点に展開している。これを壊滅に追い込めば、その後は彼らが立ち直るまでは無人の野を行くかの如く進撃できる。問題は、どの時点で連邦が予備軍を送り込んでくるかだ」

「空軍の偵察や諜報員からの情報によれば、現時点では国境沿いの大部隊を除けば、近隣に予備部隊の存在は確認されていない。包囲殲滅を重点とするか?」

「包囲殲滅後に予定されたラインへの進出を目指すとなると、時間が掛かりすぎる……連邦軍は最低でも100個師団はいるぞ、国境沿いに」

 

 そこで言葉を切り、短期間で彼らを包囲殲滅できるか、とゼートゥーアは続けて問いかけた。

 ルーデルドルフは肩を竦めて、口を開く。

 

「殲滅したところで、追加で200個、300個と師団がおかわりでくるんだろう。開戦時に攻め寄せてきた連中だけで、数十個師団は壊滅に追いこんでいる筈なんだがな」

「最大では600個師団だからなぁ……逆に言えば600個師団を壊滅させれば勝てるだろう」

「むしろ、それで勝てなかったら、いっそ諦めるか」

 

 ルーデルドルフの潔い言葉にゼートゥーアは笑ってしまう。

 確かに600個もの師団を壊滅させてもなお、雲霞の如く押し寄せられればさすがの帝国といえども持ちこたえられないだろう。

 

「以前より検討されているが……モスコーを即応軍の魔導大隊で奇襲できんか? 書記長達を捕まえるか、暗殺してくれれば一気に楽になる」

「やってみる価値は十分にある。ただ、その為には空軍の協力が必要不可欠だ」

 

 そう言いながら、ゼートゥーアもルーデルドルフも空軍の存在がとても有り難く、そして頼もしく思う。

 

 空軍は陸海軍の要求に十分応えつつ、それでいて独自に作戦行動を行っている。

 空軍設立当初は誰もここまで大きくなるとは予想もつかなかっただろう。

 

「空軍にはモスコーを爆撃する計画もある。爆撃機部隊の中に魔導師を乗せた輸送機を紛れ込ませれば分からんだろう。空襲による市民や防衛部隊の混乱もこちらにとっては有利に働く」

「モスコー以外でも使えそうな手だな」

 

 ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアもまた頷いたのだった。

 

 



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連合王国の解体方法

「素晴らしい、素晴らしいぞぅ……!」

 

 怪しく笑うターニャ。

 連合王国との戦争は最終段階になりつつあった。

 

 第203航空魔導大隊は現在、アイルランドに駐屯し、そのまま連合王国に対する奇襲的な攻撃を仕掛けている。

 

 今までは空軍の攻撃隊に先んじて、ターニャら魔導大隊が牽制の一撃を食らわせていたが、最近では空軍の攻撃隊を隠れ蓑にしている。

 

 すなわち、空軍による爆撃で混乱しているときに、こっそり侵入し、目標を攻撃するという形だ。

 

 アイルランドに進出してきた西方軍に所属する魔導大隊や他の即応軍魔導大隊もこれには参加し、本格化している。

 また帝国の魔導大隊は自由な魔導師狩りが許されている。

 補充が難しいからこそ、始末してしまえば魔導師の数は減少するという単純な論理だ。

 

 

 そして、ターニャが怪しく笑っている理由は、先程届けられた報告によるものだ。

 イルドアとの講和が成立し、彼らは未回収のイルドアとされている地域が正式に帝国領土であることを認めたのだ。

 

 彼の国とは実質的に休戦状態であったのだが、連合王国の負けっぷりにようやく決断ができたらしい。

 

 連合王国が破れた後、帝国軍の膨大な戦力が自分達に向けられたらひとたまりもないと察したのだろう。

 他にも少額の賠償金やら、イルドア植民地における帝国企業の進出やらが認められたらしい。

 

 これによって地中海の制海権と制空権は実質的に帝国が握ったも同然だ。

 連合王国の地中海艦隊や空軍部隊は既に本土へ引き上げており、残っているのは植民地軍と少数の本国軍地上部隊。

 彼らは帝国に空と海を抑えられて何もできなかった。

 連合王国上陸作戦が先か、それともスエズ運河の攻略作戦が先か、大隊内で賭けになるくらいだ。

 スエズ運河を抑え、紅海に帝国海軍が進出すれば植民地との海上ルートが復活する。

 開戦以来、中立国経由で帝国本土と植民地は資源や物資のやり取りをしていたのだが、料金は高く、時間も掛かる。

 それをやらなくていいというのは帝国にとって大きな追い風となる。

 

「連合王国は風前の灯火、次は連邦かぁ……」

 

 ターニャは反共主義者である。

 しかし、彼女は連邦と真正面から戦うのはよろしくないと考えている。

 

 現状のまま、休戦するというのが帝国側にとっては良い手ではあるが、連邦側は納得しないだろう。

 

 そんなことになれば、共産党のメンツが潰れ、統治に重大な影響が出るからだ。 

 何しろ、殴りかかってきたのは連邦で、待ち構えていた帝国軍にボコボコにされたまま、引き下がるというのはできない選択肢だろう。

 そういった意味でイルドアや協商連合は内情がどうであれ、開戦して帝国軍にボコボコにされた後、一切攻勢に出ず、戦争を終結させたというのは賢い選択だ。

 

「油断や慢心さえしなければ野戦軍は撃破できるが……」

 

 WW2末期のソ連軍みたいな装備と物量の連邦軍相手に、帝国はそれが可能だとターニャは思う。

 帝国の軍事力とそれを支える国力は絶大だ。

 

 

 もっともターニャの心配をよそに、既に帝国軍では連邦侵攻向けの物資類の集積が始まっていた。

 大兵力同士のぶつかり合いは勿論、小規模な遭遇戦が連邦領土の至るところで勃発すると参謀本部は予想しており、輸送の為に軍用トラックは傍目には過剰ではないかと思える程の膨大な数が発注されている。

 

 帝国軍では積載量2.5トン、5トン、10トンの3種類のトラックが採用されており、それぞれ4×4輪、6×6輪、8×8輪駆動となっている。

 それらはかつて、帝国軍が義勇軍としてルーシーで革命軍相手に戦ったときに得られた地形や気候に関する多数の教訓に基づいて開発されている。

 コストが多少高くなったとしても、弾薬をはじめとしたあらゆる物を積んで泥濘地帯や極寒の中でも問題なく走破できることが最優先の要求条件だった。

 

 派生型に10トントラックを改装したタンクローリーであったり、車両回収車などもある。

 これらのトラックの開発元はオペル社であったが、各メーカーでライセンス生産が行われている。

 

 膨大な発注数であったが、1年程で発注台数分の納入は完了するとのことだ。

 連合王国が年内に片付いたとしても、部隊の再編や休養に加え、気候が原因で連邦侵攻は不可能であった為、ちょうど良い。

 

 半年もあれば半分以上揃えられるので、既存のトラックと合わせれば十分、初期作戦には対応できると参謀本部は判断していた。

 

 無論、こういった調達事情であったりとか、あるいは具体的にどういう連邦侵攻作戦が立案されているか、流石にターニャも知らない。

 彼女は上層部の覚えがめでたいとはいえ、一介の少佐でしかないのだ。

 

 

 そのとき、扉が叩かれた。

 ターニャが許可をすると、入ってきたのはヴィーシャだった。

 このパターン、新たな作戦だなとターニャはすぐさま予想がついた。

 

「参謀本部からか?」

「はい、少佐」

 

 ヴィーシャが書類を渡し、ターニャはそれを受け取る。

 内容を確認すれば、臨時ボーナスを請求したくなるような代物だった。

 

「アイルランドでの戦いを終えて、ご褒美の休暇はたったの3日で、以後はずっと戦いっぱなしだ。全く、長期休暇と後方での教導任務はどこへ消えた?」

「れ、連合王国との戦いが終わればきっと……」

 

 ヴィーシャの声にターニャは溜息しか出ない。

 

「まあいい。セレブリャコーフ少尉、今回は愉快な任務だぞ?」

 

 ターニャの言葉にヴィーシャは碌でもない任務だと悟った。

 

「スコットランドにあるエルギン空軍基地を他の即応軍魔導大隊と協同し、制圧する。降下猟兵やブランデンブルク師団も参加するそうだ」

「スコットランドから帝国軍は上陸を?」

「いや、おそらくそうではないだろう。無論、最低限の部隊は送り込むだろうが、これは陽動と揺さぶりである気がする……アイルランドを見て、スコットランドでも独立の動きが高まっているそうだ」

「……連合王国、解体されちゃいますね」

「戦後はウェールズとイングランドしか残っていない……いや、ウェールズも下手をしたら独立するかもしれないな。沈みゆく船と運命を共にするのはイングランドだけで十分だと彼らも思うだろう」

 

 そこでターニャは言葉を切り、少しの間をおいてさらに続ける。

 

「スコットランドから南部を攻めるとなれば、戦闘正面が非常に狭くなる。これは大きな問題だ」

「確かにそうですね……地形を見る限りでは陸路での大部隊投入は難しそうです」

「そういうことだ。だから、どこかに突破口を作ることになる。とはいえ、スコットランドでの仕事が終わったら、いい加減休ませてほしいものだ」

 

 ターニャはそう言いながら、アイリッシュ海とアルビオン・フランソワ海峡を越えて、2箇所に上陸することになるだろうと考える。

 

 スコットランドに連合王国の目を釘付けにしておいて、そっちの制圧に纏まった数の敵軍が動いたときが本命の上陸作戦――ゼーレーヴェの開始となる可能性が高い。 

 

 連合王国本土にいる敵地上軍の数は最大で100個師団程度と予想されている。

 陸続きなら問題なく帝国軍は撃破できる数だが、海によって隔てられた狭い島での戦闘ではどうなるか予想がつかない。

 

 スコットランドでの仕事後も、あっちこっちに引っ張り出されそうな予感がターニャにはあった。

 

 

 



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落日

「くそっ! 空が狭い!」

 

 帝国空軍のマルセイユ大尉は悪態をつきながらも、気分が高揚していた。

 連合王国に対するゾンネンウンターガンク(=落日)作戦。

 

 それはまさしく、帝国軍の誰も彼もが待ち望んでいたものだ。

 

 連合王国本土における交通網の破壊及び上陸地点となる海岸地帯への攻撃が作戦内容となっている。

 

 しかし、連合王国空軍と合州国義勇軍は最後の力を振り絞り、抵抗をしている。

 

 Ta152はレシプロ戦闘機として最高峰の性能を誇るが、連合王国空軍のスパイトフル、合州国義勇軍のP51やP47は決して侮れない。

 

 既に戦闘開始から5機の敵機を撃墜しているマルセイユだが、周囲を見渡せば敵味方あわせて数百機はいる。

 撃墜スコアを増やすには良いチャンスだ。

 

 後続の爆撃隊は既にこの空域を通り過ぎ、目標へと到達しているだろうが、まだまだ戦闘は続きそうだ。

 

 

 マルセイユは1機のスパイトフルに目をつけた。

 僚機とはぐれたか、それとも罠か。

 しかし、彼にとってはどっちでも良い。

 はぐれだろうが、罠だろうが、撃墜すれば問題ないからだ。

 

 昔、アフリカで見たライオンのように獲物を狩る――

 

 どうせなら、と彼はヤシの木とライオンを機首部分に描いてもらい、それをパーソナルマークとしていた。

 

 マルセイユは舌舐めずりをし、2番機のライナー・ペットゲンに指示を出す。

 

「はぐれた奴をやるぞ、ついてこい」

 

 

 

 

 

 

 

 リビット・ビショップ大尉は2機のTa152に追い回されているスパイトフルを見つけ、ただちに小隊を率いて救援へと向かう。

 スパイトフルは急降下で離脱しようとするが、Ta152はぴったりと食いついている。

 

 間に合え、間に合え――!

 

 

 しかし、そこで驚くべきことが起こった。

 スパイトフルは急降下からの横旋回へと移り、Ta152もまた同じような機動をしたのだが――先頭のTa152が旋回中の射撃でスパイトフルを落としたのだ。

 

 それがどれほどに難しいことであるか、ビショップは――否、戦闘機パイロットであるならば誰でも分かる。

 

 接近するビショップの小隊に気づいたのか、2機のTa152は離脱することなく向かってきた。

 真正面からの撃ち合いとなるが、互いに被害はない。

 しかし、そこでビショップは一瞬であったが、あるものを目撃した。

 

 先頭のTa152、その機首部分にはヤシの木とライオンが描かれており、夥しい数の撃墜マークがあったのだ。

 

 ビショップは聞いたことがある。

 帝国空軍では撃墜数100機超えのエースは珍しくも何ともなく、200機超えや300機超えすらもいるという。

 

 そういったエースの誰かかもしれないが、臆することはない。

 祖国の空を守ること、それが彼らの使命だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコットランドは独立の動きが住民達の間で急激に高まっているが、連合王国政府は有効な手立てが無かった。

 説得しようにも、帝国に負けかかっているという現実は覆せるものではない。

 

 連合王国軍の部隊を駐屯させて武装蜂起を防ぐ、というのも難しい。

 帝国軍による上陸間近という予想が軍部からは出されており、そんな状態で部隊を動かしたら、帝国軍の思う壺だ。

 

 また、スコットランドの住民達からの反発も予想され、独立運動がより過激なことになりかねない。

 

 結果として陸軍に関しては現状維持であったが、空軍に関してはむしろ逆のことが起こっていた。

 

 帝国空軍の猛攻で連合王国空軍、合州国義勇軍ともに戦闘機とパイロットが枯渇寸前で、空襲があまり無かったスコットランド方面から次々と引き抜かれていた。

 

 これはまだアイルランドが落ちる前のことであったが、引き抜かれた部隊は南部で消耗していた。

 アイルランドが落ちてからはさすがに引き抜きは無くなったが、部隊数は減少したままで、補充されていない。

 

 そのような状況下で、帝国の即応軍魔導大隊は密かに侵攻を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 潜水艦から飛び立ち、ターニャら第203航空魔導大隊はエルギン空軍基地へ向けて、まっすぐに飛んでいた。

 彼女らとは別方向からも2個魔導大隊がそれぞれ低空を侵攻している。

 

 夜明けと同時に襲撃というのも慣れたもので、ターニャはこの襲撃が大好きだった。

 朝焼けに染まる山や海などは非常に美しい。

 

 

 今回の攻撃は強襲となる可能性が高い。

 魔導師狩りによって、相当数の魔導師を始末しているが、全滅したわけではない。

 エルギン基地にも魔導師が1個大隊は存在しているらしい。

 

 

 今回の作戦も単純といえば単純だ。

 魔導大隊が先行して襲撃し、魔導師を潰し、滑走路周辺を確保する。

 それから30分以内に降下猟兵とブランデンブルク師団が基地近くの田園地帯に降下、彼らと協同し、エルギン空軍基地を占領するというものだ。

 

 滑走路だけは無傷で確保してくれ、というのが上層部からのお達しである。

 

 

「見えてきたな」

 

 ターニャは呟き、そして告げる。

 

「各員、予定通りに行動しろ」

 

 滑走路確保は第一、第二中隊。

 第三、第四中隊の仕事は格納庫の破壊、管制塔の制圧だ。

 

 勿論、敵魔導師が出てきた場合は最優先で始末する。

 

 ターニャが指示を出して5分後、間近にまで迫ったときだ。

 エルギン基地の上空に小さな点がぽつぽつと見えた。 

 

 

 敵魔導師だ――!

 

 そのとき、ターニャへと通信が入る。

 

『こちら305、203の後方にいる』

『こちら501大隊、305と203を視認している』

 

 彼女はほくそ笑む。

 流石は即応軍魔導大隊、待ち合わせ場所に時間通りに登場してくれた。

 

『敵魔導師を発見した。競争といきたい。迅速に殲滅し、任務に取り掛かろう。もっとも撃墜数が多い大隊に残りが奢りというのはどうだろうか?』

『了解した。305を舐めるなよ』

『501、了解。財布を握りしめて待ってろよ』

 

 通信が切れる。

 ターニャは大隊全員に告げる。

 

「諸君、競争だ。魔導師の撃墜数がもっとも多ければ他の大隊が奢ってくれるぞ」

 

 ヴィーシャらからは歓声が返ってくる。

 それを聞きながら、ターニャはふと思う。

 

 存在Xとやらは信仰心を目覚めさせるとかどうたらこうたら言っていたが、ターニャに干渉してきたことは今まで一度もない。

 あるいはヴェルナーやヒトラーを送り込んできたのが干渉であるのかもしれないが、どうもそれは違う気がする。

 

 とはいえ、ターニャ自身にとっては軍人であるから扱き使われてはいるものの、基本的には順風満帆の人生である。

 

「何だかよく分からんが、ま、感謝だけはしてやるさ」

 

 ターニャとしては存在Xが変な干渉をしてこないこと、自分に前世では絶対にできないことを体験させていること。

 彼女はこれらの事実から、信仰とまではいかないもの、銃で撃ったりはせず、感謝くらいはしてもいいと考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まったな」

「ああ、始まった」

 

 ルーデルドルフとゼートゥーアは朝食を共にしながら、時計を見て、そう声を掛け合った。

 まだ食事をとるには早い時間であったが、参謀本部では24時間、いつでも食事の提供ができる体制が構築されている。

 参謀本部勤めというのは花形であったが、同時に激務な部署で、食事の時間は不規則になりがちであった。

 

 とはいえ、今、参謀本部は比較的落ち着いている。

 

 

 参謀本部は作戦開始直前までは極めて忙しいが、いざ作戦が始まってしまうとわりと暇になるというのもまた伝統的なものだった。

 

 エルギン空軍基地に今、3個魔導大隊が殴り込みを掛けている頃だった。

 そして、30分以内に降下猟兵及びブランデンブルク師団が基地近くに降下する。

 

「そういえば、どこの国でも教会が賑わっているそうだ。うちの近くの教会も、開戦以来、盛況だ」

「誰だって神に祈りたくもなるだろう」

 

 ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアは頷く。

 そういう予想はあったとはいえ、実際に連邦の宣戦布告から、次々と他国が参戦して、あっという間に多数の国を敵に回した大戦争に発展してしまった状況だ。

 国民ではなく、軍人だって政治家だって、最終的な心の拠りどころとして神に縋ったのは、ある意味で当然だった。

 当時、ルーデルドルフやゼートゥーアも防衛線が破られないよう教会で祈ったくらいだ。

 

「聞けば、今では家族や恋人が無事に帰ってくることを祈る者達ばかりだ。ここで私が個人的に考えた、面白い予想があるんだが、聞くか?」

「そう言われては聞かないわけにもいくまい。それで、我が友である学者参謀殿は何を考えたんだ?」

「今回の戦争で、一番得をした輩は誰かとな」

 

 得をした輩、と考えてルーデルドルフはすぐに合州国が出てきた。

 

「合州国か?」

「いや、彼らも義勇軍という体裁を取っているが、大きな犠牲を払っているだろう。それに債権回収ができるか、悩んでいるとも聞く。国ではないぞ」

「国ではない? 個人か?」

「個人といえば個人だ」

「ヴェルナーか? 奴は空軍の力を世界に示すことができて、大喜びだろう。RFWだって大儲けだ」

 

 ルーデルドルフの回答にゼートゥーアは首を横に振る。

 

「いや、違う。確かに結果的にはそうなったが、危険な賭けを奴がするか? 奴の性格から考えて」

「……しないな」

 

 酒は嗜む程度、タバコはやらず、女遊びもあまりしないという。

 あのくらいの若さで、あれだけの地位とカネがあったら、女の方から寄ってくるが、ヴェルナーに関してそういう噂というのは2人とも聞いたことがなかった。

 

「そういえば先月、奴のところに5人目が産まれたな。何か祝いの品を贈らねばならんが、考えたか?」

「色々考えたが、まだ決まっていない。今度の休日にデパートへ見に行くが、来るか?」

「ああ、行こう。で、答えは何だ?」

 

 ルーデルドルフの問いかけにゼートゥーアは告げる。

 

「神だ。戦争前、教会は寂れていたが、戦争開始後、帝国は勿論、おそらく敵国でも教会は大賑わいだろうことは想像がつく。祈る内容は様々だろうが……」

「すると何か、今回の戦争は神が仕組んだことか?」

「さて、それは分からん。だが結果として、世界規模で多数の……それこそ億を軽く超える人間から祈ってもらえた。神に被害は一切なく、あるのは利益のみだ」

 

 もっとも、とゼートゥーアは言葉を続ける。

 

「神が存在し、なおかつ、我々の意思決定に何かしらの力を行使して介入できるならば、という前提だ。君は神から何か聞いているか?」

「いや、あいにくとな。そういう君はどうだ?」

「私も神からの連絡はないな。ちなみにだが、ヴェルナーは神の存在を信じているらしいぞ?」

「ほう、それはまた何でだ?」

 

 その問いにゼートゥーアは肩を竦めてみせる。

 

「その方が面白いから、だそうだ。悪魔やアールヴ、ドラッヘだって存在すると言っていた」

「奴らしいな。まあ、確かにその方が面白いといえば面白いか……未知の存在というのは好奇心を満たすにはちょうどいい」

「それと、奴は昔から密かにフレイヤとイシュタルを信仰しているらしい。困った時の神頼みとして軽く祈ったりする程度だそうだが」

「また随分と……言っては何だが、一般的ではないところを……理由は?」

 

 ルーデルドルフの問いにゼートゥーアは答える。

 

「どちらも豊穣の女神であり、また戦いの女神でもあるからだ。奴が帝国の国力を増大させ、帝国軍に武器を与え、それらは此度の戦争への勝利に繋がっている……あながち、馬鹿にできたものではないだろう」

「美しいとされる女神だから……というわけではないんだな」

「私もそう思ったが、奴が言うには女神に見初められると碌なことにならないそうだ。困った時に祈る程度の関係が良いらしい」

 

 ルーデルドルフは納得したように頷きつつ、ならばと告げる。

 

「その女神達はまさしく帝国にとって勝利の女神というわけだな」

「そういうことになる。我々も感謝の祈りでも捧げておこう。それで懐が痛むわけでもない。ついでに、連邦戦の勝利も祈願しておくか……こっちは勝利の女神がダース単位で必要そうだ」

 

 ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは深く頷き、同意したのだった。

 

 




フレイヤ「手出しをしたら、分かっているよな?」
イシュタル「フレイヤと手を組んで戦争起こすぞコラ」
天照「試練を与えるよりも甘やかしたほうがいい。私もそれで引きこもりを脱出できた」

存在X「こわっ手出しやめとこ。甘やかしたろ!」

この会話はあくまでジョークです。
本編とは一切関係ありません。


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白銀と艦隊

 戦前より帝国海軍は主敵を連合王国海軍と定め、また欧州からアフリカ、東南アジア、太平洋にまで広がる植民地との海上交通路を防衛する為、沿岸海軍から外洋海軍へと転換することは急務であった。

 とはいえ、ここで立ち塞がったのは帝国本土の位置だ。

 直接的に本土へと侵攻してくるのは共和国をはじめとした陸続きの国々。

 植民地との海上交通路の防衛は重要であるが、そちらを重視するあまりに陸の備えが疎かになっては意味がないという当然の理由で、海軍は後回しにされていた。

 

 陸軍と比べて万年不遇な予算に泣き、それでもどうにか苦心して艦を揃え、人員を育成してきたのが帝国海軍だ。

 その状況をがらっと変えたのがヴェルナーの登場と彼の入れ知恵及び後押しだ。

 

 連合王国海軍と比べて、帝国海軍の歴史は浅い。

 ハード面はともかく、ソフト面においては一朝一夕で追いつけるものではない。

 だからこそ、せめてハード面では追いつこうと少ない予算でやりくりし、連合王国海軍の主力艦に引けを取らないものを揃えてきた。

 

 しかし、根幹たるドクトリンが定まっていなかった。

 巡洋艦以下の快速艦艇や潜水艦を使って通商破壊をして連合王国を枯死させる、という主張がある一方で、戦艦を多数揃えて連合王国海軍本国艦隊と決戦し、これを撃破することで制海権を確保するというものもあった。

 

 そこにヴェルナーが一石を投じた。

 

 平時に大艦隊を揃えておくことは政府も議会も予算的な意味で納得しない。

 だが、海軍だけでなく、公共事業も兼ねて民間の港湾も含めた施設の拡充や設備・機材の充実、人員の育成を進めるならば文句は出にくくなる。また、来たるべき戦時に備え、他国よりも良い兵器を配備する為の技術研究・開発を行い、工作艦・補給艦などの後方支援艦艇を充実させておくことこそが何よりも重要であると。

 戦時はこういったものを整備する余裕は皆無である為、戦時にできないことは平時にやっておくべしという主張だ。

 もっとも、代艦建造に関しては必要な範囲内で行うことを併せて主張している。

 

 陸軍軍人が口を出すな、というもっともな意見もあったものの、これまでの実績を考慮してヴェルナーの提案を受け入れることになった。

 また彼は様々なフネや艦載機を海軍側に何度もプレゼンし、遂には認めさせた。

 

 基本的に彼が持ってきたモノは実現できれば連合王国海軍を打ち倒せる可能性が高い、魅力的なものばかりであった為だ。

 

 実現できれば、とわざわざ海軍側が評価したのは、実現できないか、もしくはできたとしても中途半端なものに終わるだろう、という認識だった為だ。

 まさかそれが本当に実現できてしまうとは夢にも思わなかった。

 

 

 海軍側が予想しなかったことがある。

 それは帝国の国力と技術力が彼らの予想を超える程に著しい向上を果たしていたこと、そしてアーネンエルベにヴェルナーの働きかけで艦艇の兵装や機関をはじめとした諸々の研究開発も組み込まれたことだ。

 これにより民間だけでなく、陸空軍の協力も得られることになり、またアーネンエルベにおける研究設備は常にその時点で最新のものが十分用意された。

 率直に言えば最高の研究開発環境で、湯水のように予算が使えるようになった。

 

 

 その結果が今、連合王国に対して示されていた。

 

 

 

 

 

 空一面に黒い花が咲き誇る。

 放たれる無数の砲弾はまさしく、活火山が噴火したかのようなものであった。

 

 連合王国軍の攻撃隊は輪形陣の外側で叩き落されるか、あるいは損傷を受け、離脱を余儀なくされている。

 

 このとき攻撃を仕掛けていたのは、これまで温存されていたボーファイター及び合州国からレンドリースによって送られてきたTBFアベンジャーであった。

 彼らは少数の戦闘機の護衛を受けながら、北海を進む帝国海軍の艦隊を撃滅せんとしていたのだが――それは叶わなかった。

 艦隊直掩の敵戦闘機に邪魔されたというのもあるが、あまりにも対空砲火の密度が凄まじかったが為に。

 

 

 

「戦艦を対空砲のおばけにしてやがる!」

 

 とあるパイロットが叫んだ。

 四方八方から敵艦隊を取り囲むように接近しているのに、その輪形陣の内側に飛び込めた小隊はまだ存在しない。

 

 既に司令部には悲鳴のように敵艦隊の陣容が報告されている。

 戦艦は最低でも10隻以上で、うち4隻は大型主砲を3連装で4基搭載した通常の戦艦で、識別表に載っていたバイエルン級だ。

 しかし、残りはその4隻よりも小型の主砲を複数搭載し、ハリネズミのように対空砲を積んだ防空戦艦とも言うべき代物だった。

 

 よく観察すれば、その小型主砲を多数搭載した防空戦艦らしきものはバイエルン級よりも一回り小さいことが分かるが、戦闘の最中にそこまで観察しろというのは酷な話だ。

 

 そもそも対空砲の命中率はそんなに高くはない筈だが、最近の帝国軍の対空砲はよく当たる。

 何か原因がある筈だと攻撃隊のパイロット達は感じていたが、今この場で解答を出せる者など存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「面白い程によく落ちるもんだ」

 

 リュッチェンス中将はバイエルン級のネームシップであるバイエルンの戦闘指揮所にて、そんなことを呟いた。

 彼をはじめ、今回の作戦に参加した将兵はまさかここまでやれるとは予想もしていなかった、というのが正直な気持ちだった。

 

 彼らに与えられた任務は本命以外の上陸地点に対する砲撃だ。

 連合王国軍は帝国軍の上陸地点をアイリッシュ海沿岸か、もしくはアルビオン・フランソワ海峡沿いのどこかと想定しているようだが、本命ではない。

 

 本命はグレートヤーマス近くの海岸地帯だ。

 とはいえ、アイリッシュ海、アルビオン・フランソワ海峡に面した地点に上陸しないというわけではない。

 

 敵兵力をそちらに張り付けておく為にアイルランドや海峡沿岸部にも上陸部隊と輸送船が用意されている。

 もっとも、沿岸部に張り付いている敵部隊が移動によって減少したと判断された場合、この2方面からも上陸作戦が行われる。

 連合王国は上陸可能な全ての海岸に大部隊を張り付け、強固な陣地を構築するということは物理的に不可能であり、帝国軍はそういった海岸を避けて上陸することができる。

 

 主導権は帝国側にあり、連合王国は後手に回らざるを得ない。

 

 もっとも、リュッチェンスらは連合王国軍に発見された段階で猛烈な空襲を予想していたのだが――戦前から構築していた艦隊防空網は見事に機能を発揮した。

 

「しかし、噂ではどちらも高額と……」

 

 参謀長の言葉にリュッチェンスは苦笑する。

 戦艦よりは安いが空母よりは高いと彼は知っていたからだ。

 コストが増大した原因は過剰とも思える程の頑強な船体構造と巡洋艦の主砲――55口径20.3cm砲と50口径15.5cm砲にある。

 自動装填装置を備えたこの両主砲の性能は値段と重量を除けば文句のつけどころがない。

 昔から自動装填装置を備えた艦砲の研究はされてきたが、それが遂に結実していた。

 

 55口径20.3cm砲はどのような角度であっても再装填が可能で、なおかつ1門あたり最大で毎分10発の発射速度を誇る。

 装填角度が自由であることとその発射速度から、大型砲にもかかわらず限定的な対空射撃すらも可能であった。

 50口径15.5cm砲も同じく自動装填装置を備えており、こちらは対空・対水上のどちらもこなせる両用砲で、最大で1門あたり毎分12発の発射速度を誇っている。

 

「大きさも排水量も一昔前の戦艦並みだからな」

 

 リュッチェンスは呆れと感心が混ざったように、そう告げる。

 

 大型巡洋艦として20.3cm砲を3連装3基搭載したデアフリンガー級。

 巡洋艦として15.5cm砲を連装6基搭載したアドミラル・ヒッパー級。

 

 主砲以外にも、両用砲として前者は12.7cm両用砲や88mm両用砲――88mm高射砲を基に改良し、自動装填装置を備えたもの――を、後者は88mm砲のみを多数搭載し、共通しているのは補助兵装として40mm機関砲を単装にて備えていることだ。

 40mm機関砲でも航空機の進歩により、威力が不足するとヴェルナーに指摘されていた。

 その為、当初から機関砲を減らし、アーネンエルベで開発が進められていた近接信管を備えた砲弾を利用できる88mm砲に置き換える設計となっている。

 近接信管及びそれを備えた各種砲弾は今年の5月に量産が開始され、多くの部隊や艦船で使用されていた。

 

 また、それぞれの砲毎に射撃管制レーダーを備えた専用の射撃指揮装置によって統制されており、その威力は今この瞬間も証明し続けられている。

 デアフリンガー級、アドミラル・ヒッパー級による猛烈な弾幕により、敵機は殺虫剤を噴射された蝿のように落ちていくか、もしくは損傷して逃げており、輪形陣に近づけた敵機はいても、潜り込まれた敵機は今のところ確認されていない。

 

 更に、リュッチェンスが言う通りにデアフリンガー級は満載排水量21000トン、アドミラル・ヒッパー級は18000トン近くあり、排水量では巡洋艦に分類するものではない。

 なお、艦隊に随伴しているブレーメン級駆逐艦も一昔前の巡洋艦並みのサイズだ。

 だが、帝国海軍は主砲口径で戦艦、大型巡洋艦、巡洋艦、駆逐艦を分類しているので、サイズがどんなに逸脱していようが、巡洋艦は巡洋艦で、駆逐艦は駆逐艦である。

 

 艦隊はバイエルン級4隻を中核とし、デアフリンガー級2隻、アドミラル・ヒッパー級4隻、ブレーメン級駆逐艦14隻という陣容で、連合王国の目を引くには十分だった。

 

 

 そのとき通信が入った。

 

「U1030より通信。即応軍の203大隊が弾着観測を請け負うとのことです」

 

 通信士官からの報告にリュッチェンスは軽く頷いた。

 U1000番台の潜水艦は魔導大隊をはじめとした人員・物資の輸送を専門とする。

 事前に海軍総司令部より魔導大隊が弾着観測任務を行うと知らされていたが、驚くべきことはそれを請け負った部隊であった。

 普段、陸軍の即応軍魔導大隊はこういう任務を請け負わないからだ。

 

「203大隊はあの白銀が率いる部隊だったな。贅沢なことだ」

「エルギン基地の占領後、スコットランドは有利に進んでいるので、連中も暇なのでしょう」

 

 違いない、とリュッチェンスは参謀長に肯定する。

 

 エルギン基地は多少の抵抗があったものの、帝国軍は予定通り短時間で占領し、その後も輸送機でもって続々と部隊と物資を送り込んでいた。

 とはいえ、船と比べればどれだけ大量に輸送機を使用したとしても、その量は微々たるものである。

 故に降下猟兵及びブランデンブルク師団はターニャら航空魔導大隊と協力し、エルギン北部にある小さな港町であるロジーマスを占領している。

 

 連合王国軍及び合州国義勇軍は彼らを攻撃しようとしているが、南部方面の部隊は帝国空軍の爆撃により交通網が寸断されている。

 他方、スコットランドに展開している部隊も、エルギン及びロジーマスが帝国に占領されたことで独立を求める大規模デモがスコットランド各地で発生し、思うように身動きがとれていなかった。

 

 また今回、リュッチェンス率いる艦隊には連合王国軍の目をこちらに向けさせるという目的もあった。

 今まさに護衛と共に輸送船団がロジーマスへ向けて航行中だ。

 この街の近くには海岸があり、ここに増援部隊及び物資を揚陸する計画であった。

 

 

 

 

 一方のターニャは目を輝かせていた。

 彼女が弾着観測任務を部隊を巻き込んで――隊員達には任務終了後、酒と飯を奢ると買収してある――上層部にお願いした理由はたった一つ。

 

「見えてきたな」

 

 いつも通りに隊長としての威厳は崩さないようにしつつも、その内心は喜びに満ちている。

 

 既に空襲は終わっているようで、敵機の姿はない。

 

 そして、ターニャは目撃する。

 

 見事な輪形陣を組んで航行する帝国海軍の大艦隊を。

 思わず満面の笑みになってしまうが、幸いにも目撃したのは傍らを飛んでいたヴィーシャだけだ。

 

 彼女はびっくりしたような顔をしているが、今のターニャは艨艟達に夢中で気づいていない。

 

 バイエルン級は史実でいうところのビスマルク級を一回り大きくし、16インチ砲を3連装4基、前部後部に背負式で2基ずつ備えたものだ。

 それに随伴するデアフリンガー級とアドミラル・ヒッパー級は、見た目や兵装が若干異なるが紛れもなく史実におけるデモイン級とウースター級である。

 

 そして周囲を固めるブレーメン級は、12.7cm両用砲を主砲として連装3基搭載した駆逐艦だ。

 史実でいうところのヘッジホッグも積んでいるが、対空・対潜に特化している為、魚雷は三連装発射管を1つしか積んでいない。

 

 ともあれ、ターニャからすれば感無量であった。

 

 戦艦は勿論、所属も時代なども異なるがデモイン級とウースター級が実戦に参加して、その能力を存分に発揮している。

 

 

 軍オタとして、これほどに燃える展開があるだろうか、いやない!

 

 

 ターニャは内心そんなことを思いながら、いつも通りにシュルベルツ中尉へ写真撮影をお願いする。

 ずっと戦闘続きで、戦果も挙げているからこれくらいはいいだろう、と丁寧に上層部にお願いした結果、許可されたものだ。

 ただ、今回は敵がいないことから、趣向を凝らす。

 勿論、その趣向についても許可は取ってある。

 

 ターニャは帝国海軍の艦隊が後ろに程よく収まる位置まで飛んで、フレームの中に自分と艦隊を収めさせ、写真撮影を行った。

 

 艦隊と一緒に記念撮影という、今回の任務で彼女が目論んでいたことが無事達成された。

 

 

「よし、大隊総員、仕事をすぐに終わらせるぞ!」

 

 やる気満々のターニャであったが、ヴィーシャらは年相応の振る舞いが見られて、ほっこりとしたのだった。




デモイン級とウースター級、イチオシです。


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かくしてアシカは丘に上がり、太陽は沈む

 

 

 

 グレートヤーマスはまもなく夜明けを迎えようとしていた。

 海岸に近いことから帝国軍の上陸を警戒し、歩兵師団がこの街を中心として周辺に駐屯している。

 

 だが、海岸地帯の防備は南部や西部と比べて、お粗末であった。

 いかに合州国からの支援を受けているとはいえ、必要な資材はイングランド南部やウェールズに優先的に回され、残りものがイングランド東部方面へ回ってくるという状況だ。

 

 もっとも、グレートヤーマス周辺の海岸はトーチカと沿岸砲が疎らではあったが設置され、東部における他の海岸と比べるとマシな状況であった。

 海岸陣地はお粗末であったが、明確な計画はあった。

 グレートヤーマス周辺に敵軍が上陸してきた場合、後方にある機甲師団が即応する。

 

 交通網が破壊されているとはいえ、夜間に移動開始すれば朝までには間に合う程度の近距離に機甲大隊が配置されている。

 陸軍の状況だけはマシであったが、空軍と海軍は目も当てられない状況だった。

 

 合州国義勇軍と合計しても戦闘機の稼働機数は500機を下回っており、懸命な量産が続けられていたものの、毎日朝昼晩と続く帝国空軍の空襲にも対応しなければならない為、損耗に補充が追いつかなかった。

 何よりも帝国空軍は周辺のインフラごと基地や飛行場を潰し、なおかつ復旧の気配があるとすかさず爆撃機を送り込んでくる。

 その為、破壊されたら新しく基地を作ったほうがいいのではないか、と真剣に検討される程だ。

 

 そしてパイロットの損耗も酷い。

 連日続く戦闘により十分な休養が取れず、やがて脱出に失敗して戦死するか、あるいは早期の戦線復帰が難しい重傷を負うかのどちらかであった。

 

 より深刻なのは海軍だ。

 制空権確保が難しいことから出撃することもできず、基地や軍港に逼塞していた。

 そして、その状況を帝国空軍が見過ごすわけもなく、施設の破壊も兼ねて迅速に攻撃が加えられ、停泊していた艦船の多くが沈められてしまった。

 これら水上艦以外に潜水艦もあったのだが、数が少ないことに加え、帝国の駆逐艦は耳も良いらしく、無線を送信しただけであっという間に位置を探知されてしまう為、思うような作戦行動が取れなかった。

 

 また連合王国政府や議会では既に和平派が主流であり、スコットランドやウェールズの独立をどう防ぐか、帝国との和平の条件はどうするか、というところが議論されている。

 

 もっとも、和平派と言っても主流を占めるのは一撃講和論だ。

 

 一撃講和論とは、局地戦闘で1つでも勝利して威勢を示し、少しでも有利に和平交渉を進めようというものだ。

 開戦してから連合王国は一方的に殴られっぱなしで、自分達から吹っかけた戦争なのに、帝国に一度も勝利できずに負ける。

 

 負ける為に戦争を始めたなどという評価はされたくない。

 

 連合王国からすれば一撃講和論は理に適ったものに思えた。

 帝国は最大の難敵である連邦との戦いを控えている。

 

 連邦の戦力は膨大で、その為に帝国軍は少しの犠牲も出したくはないと連合王国は読んでいる。

 

 だからこそ、連合王国本土での戦いが長引くことを帝国軍は望まない筈だ――

 それなりの消耗を強いれば比較的寛大な条件で手を打ってくれるだろう――

 

 むしろ、連邦との戦争の為に帝国に資源を融通すれば、経済的な支援すら引き出せるのではないか――

 

 そのような考えが政府や議会で蔓延っていたが、それが正しいかどうか、証明されるときが遂にきた。

 

 

 

 朝日と共に彼らはやってきたのだ。

 

 

「敵襲! 敵襲!」

 

 いち早く気がついた見張りの兵士が叫んで回る。

 グレートヤーマスや海岸陣地、どちらからでも敵の艦隊と多数の輸送船や敵機が沖合にいるのがよく見えた。

 

 しかし、先陣を切るのは敵機や艦隊による砲撃ではなかった。

 幾つもの艦船から飛び立つ、無数の小さな黒い点。

 

 誰が見ても、それが何か理解できた。

 

「敵魔導師多数接近! 最低でも3個大隊以上!」

 

 悲鳴じみた報告に対空砲や機関銃の要員達が緊張した面持ちで、急速接近してくる敵魔導師達を見つめる。

 味方の魔導部隊が上がっていくのが見えるが、その数は圧倒的に少ない。

 帝国軍の魔導師狩りにより数は減少し、また南部や西部が重視されていることもあって、ここには2個中隊しか存在していなかった。

 

 勿論、魔導師に対しても対空砲や機関銃は有効だ。

 対空砲は直撃すればまず確実に落とせる。

 最大の問題は弾幕を張れる程の対空砲や機関銃が存在しないことであった。

 

 航空機よりは遅いとはいえ、航空機よりも小回りが利く魔導師は厄介だ。

 

 そして、彼らにとって最大の不幸は、やってきた帝国軍の魔導師達が即応軍所属の精鋭部隊であったことだった。

 

 

 

 

 ターニャはシュルベルツ中尉に写真を撮らせ、別の者には撮影機により映像で記録させている。

 勿論、許可は取ってある。

 なお、最近では他の魔導大隊にも戦場での映像や写真をなるべく撮影するよう、通達が出されている。

 

 さすがに魔導師の従軍記者はいないので、実際に戦場では何が起こっているか、把握する為だ。

 これらは検閲を経た後、報道用に使われる。

 

 魔導師による撮影は上空からの俯瞰視点――それも飛行機よりも低高度で低速、空中で静止もできる為、詳細が分かりやすいと評価されている。

 ターニャがこれまでに撮らせた様々な写真が思いもよらぬ活用をされているのだが、彼女からすれば棚からぼた餅であった。

 

「獲物の争奪戦だ。他の部隊に負けるなよ」

 

 ターニャの指示に次々と了解の返事。

 上陸支援の為に帝国はターニャらを含む5個魔導大隊を投入し、更に2個魔導大隊を甲板上に待機させていた。

 

 好きなフネに乗って出撃していい、ということでターニャは悩みに悩んだ末、帝国版ウースター級であるアドミラル・ヒッパー級のプリンツ・オイゲンから出撃していた。

 

 艦隊は陽動の為に南部や西部の海岸地帯を砲撃し、ブレストに寄港して補給を行った。

 この際に上陸支援用の魔導大隊は各々の大隊ごと好きなフネに乗船している。

 そして、輸送船団とは昨日北海にて合流し、いよいよゼーレーヴェの開始となったのだ。

 

 

 ターニャは海岸の状況を見て思う。

 

 トーチカに沿岸砲、塹壕に対空砲、上陸阻害用の障害物など色んなものがあったが、予想していたよりもその密度は濃くはない、と。

 

 オマハビーチ並みを想定していたが、杞憂に終わったかとターニャは一安心だ。

 そして、彼女がまず攻撃を加えたのは鉄条網だ。

 

 地雷も埋まっているだろう、と中隊を率いて海岸に張り巡らされている鉄条網を爆裂術式で吹き飛ばす。

 予想通りに地雷も埋まっていたらしく、爆裂術式を鉄条網に撃ち込んだ程度では済まない爆発が次々と巻き起こる。

 

 沿岸砲やトーチカは他の大隊と取り合いになり、無駄撃ちが発生する。

 地味であるが、絶対に反撃の危険がない障害物を破壊しよう――

 

 ターニャらしい判断だった。

 

 そうこうしているうちに、敵魔導師を殲滅したという報告が他部隊より入る。 

 敵は2個中隊規模であったらしいが、こちらもやはり取り合いになったようだ。

 

「やはり米帝式が正義なんだよな……」

 

 部下達に聞こえないよう小さく呟いたターニャ。

 戦争のやり方――特にこういった総力戦はアメリカ式が良いと実感する。

 

 多数の味方魔導師、海には友軍の大艦隊と上陸を待つ地上部隊、艦隊や輸送船団上空に張り付く友軍戦闘機。

 更に敵を引きつける為に、帝国空軍がイングランド南部やウェールズで同時多発的に空襲を仕掛けている。

 

 戦場に立つなら、こういう有利なところがいい、とターニャは思う。

 

『敵の迎撃も散発的ですし、この幸運を神様に感謝でもしますか?』

 

 ヴィーシャからの何気ない問いかけ、ターニャは少し迷うが、意を決して告げる。

 

「神とやらが実在するかは知らないが、まあ、感謝してもいいだろうな」

 

 感謝はしてやろう、存在Xめ、と彼女は内心でそう告げて、仕事に励むことにした。

 

 

 

 

 

 帝国軍の各魔導大隊は海岸やグレートヤーマス市内、数km程内陸に入った箇所まで丁寧に陣地を一つずつ潰して回る。

 同時にこのとき、機雷除去の為に掃海部隊が掃海を行ったが、幸いにも機雷は発見されなかった。

 

 魔導大隊による海岸地帯の掃討及び掃海部隊における掃海が完了したところで、遂に上陸開始となるが、何事もなく上陸部隊第一陣は海岸へと到達した。

 以後、上陸用舟艇が海岸と沖合の輸送船や揚陸艦を行き来し、次々と人員や車両、物資を送り込んでいく。

 

 この間にも魔導大隊は交代で海岸地帯及び艦隊の上空直掩、進出してきた敵部隊を攻撃したりもしたが、激戦というほどのものではない。

 

 そして、上陸開始から数時間後には海岸堡が築かれ、同時に部隊は順調に内陸部へと侵攻していく。

 このとき、連合王国軍や合州国義勇軍による抵抗にあうものの、彼らの災難は攻撃した瞬間に帝国空軍機や魔導師達に位置がバレてしまうことだ。

 

 バレた瞬間に上空から爆弾や銃弾、爆裂術式が叩き込まれる為、敵軍は急速にその戦力を消耗し、地上部隊の攻撃によりとどめを刺された。

 

 制空権を取られた状況での地上戦闘がどれほどに悲惨なことになるか、連合王国軍や合州国義勇軍は嫌というほど味わいながらも、それでも懸命な抵抗を続けている。

 

 

 一撃講和論などと呑気なことを言っている場合ではないと連合王国政府と議会が気づいたのは、帝国軍上陸から1週間が経過したときだ。

 帝国軍先鋒はロンディニウムから80kmという地点にまで到達していた。

 

 この時点で南部や西部に展開していた連合王国や合州国義勇軍の部隊が敵機の妨害により多大な損害を出しながらも、どうにか移動を完了したことで、一時的に帝国軍の攻撃が止まっている。

 帝国軍が戦力の集結を行っていることが誰の目にも明らかであった。

 また、アイルランドのダブリンや帝国領のブレスト、ダンケルク、カレーといった港湾都市に大規模な輸送船団とその護衛艦隊が集結していることを連合王国は掴んでいる。

 

 西部や南部への上陸を狙ったものであることは明白だ。

 故に、連合王国政府は決断した。

 

 

 1925年12月8日。

 連合王国政府は正式に帝国政府に対して降伏の申し入れを行い、帝国側はそれを受け入れた。

 

 

 連合王国が帝国に降伏した――

 

 その一報は瞬く間に世界を駆け巡り――これを知った秋津島皇国は決断を下した。

 連合王国の降伏から数日後、帝国政府に対して駐帝国秋津島皇国大使からとある提案がなされた。

 その内容は秋津島皇国が帝国側に立って連邦との戦いに参戦する代わりに、極東における連邦領土や権益を頂きたいというものだった。

 

 

 



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連邦攻撃へ向けて

 連合王国との戦いが終わったことで、帝国は西方・北方・南方の三方面において完全に脅威を取り除くことに成功した。

 クリスマスまでには戦争は終わる、と思っていた者は誰もいなかったが、それでも東方以外は1925年のクリスマスまでには戦争が終わったのは確かだ。

 帝国軍は空軍を除き来年5月もしくは6月を目処に連邦に対して攻撃を開始することを内々に決定した。

 この間、部隊の休養・再編、新型装備や兵器の配備と転換訓練などを行い、戦力の充実に努める。

 

 とはいえ、何よりも将兵にとって嬉しかったのは全ての部隊――東部方面に展開している部隊も含め――交代で1ヶ月間の休暇が与えられることだった。

 まず最初に休暇が許可されたのは西方での戦いを終えた部隊だ。

 

 その中には即応軍の魔導大隊も含まれており、ターニャは1ヶ月もの休暇に歓喜し、かねてから計画していた地中海旅行へと繰り出した。

 

 

 

 実戦部隊が休暇に歓喜している中、陸空軍参謀本部や海軍総司令部は多忙を極めていた。

 次の作戦が開始されるまでの間、これらの部署は殺人的な仕事量に追われることとなり、それこそ書類との戦争という言葉が相応しいものだ。

 

 特に空軍は陸海軍に先立って連邦軍に対して攻撃を仕掛ける為、より過密なスケジュールとなっている。

 

 陸海軍は空軍よりはマシだと思うことで、何とか多忙な日々を乗り切っていた。

 

 

 

 

 

「皇国はどうなんだろうな」

 

 ルーデルドルフはゼートゥーアとの遅めの昼食を食べながら、そう切り出した。

 

「彼らの提案に乗るのは良い手ではあると思う。それによって合州国の援助ルートを完全に遮断できる」

 

 ルーシー連邦に対するレンドリースは3方面から行われている。

 

 バレンツ海ルート、ペルシャ湾ルート、そして太平洋ルートだ。

 このうちもっとも帝国が手を出しにくいのが太平洋ルートであり、合州国からの物資は輸送船によりウラジオストックやナホトカに届けられ、そこからシベリア鉄道で輸送されている。

 秋津島皇国が参戦することでウラジオストックをはじめとした極東地域を占領してくれれば、このルートを物理的に遮断できる。

 

 またペルシャ湾ルートは実質的には使えないと言っても過言ではない。

 既に合州国から連邦向けに届けられた物資は陸揚げされた港で足止めされている状況だ。

 

 イランは連合王国領インドと連邦に挟まれており、これらに対抗する第三国との関係強化に必死であった。

 国内における石油生産の権限が連合王国の石油会社に握られていたということも大きな理由の一つである。

 

 イランは2カ国に対抗しており、なおかつ、躍進している帝国をパートナーとして定めた。

 それが連合王国と連邦の反発を招き、また合州国からのレンドリースが始まったこともあって、2カ国で圧力を掛けてこのルートを開通させたという経緯があった。

 連合王国が帝国に倒された今、イランは明確に親帝国を掲げ、また国内から連合王国人を国外退去させている。

 国軍の動員も開始されており、連邦が港湾確保の為に侵攻してくるのではないかという想定の下で動いていた。

 

 帝国側も彼の国に対する様々な支援を行い始めている。

 連邦にはまともな海軍戦力がない為、地中海や紅海は護衛なしでもフネが行き来できるようになっているのも向かい風だ。

 

 最後に残ったバレンツ海ルートは帝国空軍によって、主要な荷揚げ港であるムルマンスクとアルハンゲリスクを空爆し、その港湾機能を完全に破壊する。

 更に帝国海軍もバレンツ海へ艦隊を派遣し、海上封鎖を行うことで遮断できると目されていた。

 

「それはそうだが、最大の懸念は皇国は連邦とマトモに戦えるのか? いざ戦って連邦軍に負けました、では話にならんぞ」

 

 ルーデルドルフの危惧ももっともだ。

 連邦軍の装備は帝国軍に対抗できるものが揃えられている。

 

 しかし、ゼートゥーアは秋津島皇国における戦略の転換を知っていた。

 彼は自信を持って告げる。

 

「問題はない。秋津島皇国における北進論と南進論は知っているか?」

「いや知らん。名前から察するに、北へ進出するか、南へ進出するかの違いか?」

「その通りだ。北でルーシーと戦うか、南の資源地帯を求めて我々や合州国、連合王国と戦うかというものだ」

「真逆の思想だな」

 

 ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアもまた頷いた。

 

 北へ目を向ければ連邦軍とやりあう為に陸軍の強化が必要で、南へ目を向ければ帝国軍はともかくとしても、合州国海軍や連合王国海軍とやり合う為に海軍戦力の充実が求められる。

 そして、秋津島皇国には陸軍と海軍、両方を大拡充するような国力は無い。

 

「ルーシーの内戦が終わり、共産主義の脅威がじわじわと明らかになってきたあたりから、皇国では北進論が優勢となって、そのまま今日に至っている。共産主義者達を支援したことを後悔しているらしい」

「陸軍は期待しても良いと?」

「ああ。陸軍の強化と拡充により、海軍が割を食っているがな。配備されている四式中戦車とかいうのは我々の四号に類似した性能だ」

 

 それはそうと、とゼートゥーアは言葉を続ける。

 

「四号戦車が余りすぎて、訓練学校にまで新車が多数配備されているのは知っているだろう?」

 

 その問いかけにルーデルドルフは溜息を吐く。

 

「RFWをはじめ、各社がこぞって競争するように量産したからな。いや、嬉しいことではあるんだが……」

「四号戦車だけで月産2000両超えとかいうのはな……」

 

 戦車だけでそれだけの量が生産されており、これに加えて装甲車やらトラックやら火砲やらその他色々なものが量産されている。

 陸軍は開戦以来、喪失した車両や兵器の補充に悩むということがなかった。

 

 

「ともあれ、余ったものや五号との入れ替えで前線部隊から引き上げられた四号は後方の輸送路の警備に使われる。1個小隊でも戦車があれば大抵のゲリラ的攻撃は撃退できる……その分、兵站の負担は増えるが、補給路を脅かされるよりは良い」

 

 ルーデルドルフは軽く頷きながら、問いかける。

 

「五号戦車はどれくらい作る気なんだろうな……?」

「さてな。まあ、生産が追いつかないという心配はしなくてもいいだろう」

「六号戦車の開発も開始されているから、作りすぎないで欲しいものだ」

「六号は半年程で量産開始できる可能性が高いと兵器局から聞いているが、それを待っていては連邦軍との初戦に間に合わないだろう」

 

 五号戦車の量産開始よりもかなり前の時点で、各メーカーに対して六号戦車の要求仕様を陸軍は提示していた。

 連邦軍の新型戦車は主砲は勿論、装甲もまた大きく強化されると当時から予想されている。

 幸いにも四号戦車が開発された頃から既に新型砲弾――装弾筒付翼安定徹甲弾とそれを撃ち出す為の滑腔砲の研究開発は各メーカー及び陸軍が協同して行っており、現時点で量産まであと少しという状況だ。

 

 RFWが五号戦車の設計案のときにフライングしたものの、六号戦車では120mm滑腔砲の搭載を陸軍側は要求している。

 

 各メーカーが提出してきた六号戦車の設計案は既に最終的な審査にあり、年内にも決定される予定だ。

 

 有力なのはRFW社案で、次点でヘンシェル社もしくはMAN社の案だ。

 RFW社案は五号戦車の失敗を活かし、堅実にディーゼルエンジンとし、将来における情報通信機器の発達とそれらの搭載を見越し、車高を抑えつつも車内はゆとりある広さを保っている。

 

 重量は60トン程度に抑えられており、このくらいの重量が運用できる限界だと考えられていた。

 

「六号、マトモなものに決まってよかったな」

「全くだ」

 

 ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアは大きく頷く。

 彼らはあるトンデモ設計案を兵器局から聞いていた。

 

 一次審査で落選したポルシェ案だ。

 ポルシェ博士が自ら乗り込んでくる気合の入れようで、彼は120mm滑腔砲を連装方式で搭載し、重量190トンの車体を艦船用のディーゼルエンジンで動かすというものを出してきた。

 それはまだマトモなもので、第二案としてアドミラル・ヒッパー級に使われている15.5cm砲を連装化して搭載したものだったり、更には試案としてバイエルン級の16インチ砲=40.6cm砲を連装化し、3基搭載した陸上戦艦案まで持ってきた。

 当然全部却下されたのだが、それを聞きつけたヴェルナーがポルシェ博士に普通の自動車だけ作ってくれ、とお願いしたらしいとゼートゥーアもルーデルドルフも聞いている。

 

 どうやら空軍にも――それも自動車での繋がりからヴェルナーと面識があるため彼のところへ直接――ぶっ飛んだものを持ってきていたようだ。

 詳細は聞いていないが、大推力ジェットエンジンやターボプロップエンジンが量産間近であることから、それらを使用した空中空母やら空中戦艦やらの空中艦隊構想を提案したらしい。

 

 それはさておいて、ゼートゥーアは繰り返し伝えている作戦目標をまた告げる。

 

「迅速に設定したラインまで進出し、陣地構築及び本国との補給輸送体制の確立。それが来年の目標だ」

「耳にタコができるぞ。それを何百回聞かされたことやら……」

「最重要だから仕方がない。それに聞いているだろう? 現地調達は不可能だと思えと」

 

 そう言うゼートゥーアに対し、ルーデルドルフは肩を竦めながら告げる。

 

「連邦は確実に焦土戦術を行う……ならば、我々帝国空軍が焦土化を手伝ってやろう……だったか?」

「その通りだ。ヤツはやるといったらやるぞ。大都市があっても、そこは廃墟となっているだろう。補給は本国からの輸送のみだ」

 

 ゼートゥーアの言葉は空軍の作戦計画を踏まえたものであり、既に陸軍参謀本部だけではなく、実際に前線で指揮を執る将官や佐官にも周知徹底されている。

 

 帝国空軍は地上部隊のみならず、地域一帯を根こそぎ破壊し尽くす地域爆撃――いわゆる絨毯爆撃――を実施する。

 

 ゼートゥーアは市街戦で前線部隊が出血を強いられると予想し、ヴェルナーに対して良い解決策はないか、と相談した結果である。

 ヴェルナーが出した答えは単純明快で、都市を破壊し、篭もった敵部隊を外へ追い出してしまえばいい、というものだった。

 空軍には10トン爆弾をはじめとした各種大型爆弾は勿論、焼夷弾から燃料気化爆弾、地中貫通爆弾なるものまで配備されており、実行に問題はないとのことだ。

 セヴァストポリ要塞も破壊できるとヴェルナーは太鼓判を押している。 

 

 無論、いきなり地域爆撃を行えば現地住民の反感を買うので、事前にビラを大量に撒いて攻撃を実施する旨を伝えるという前提がある。

 あくまで帝国の目標はルーシーにおける共産主義政権の打倒であり、可能であれば党指導部の殺害もしくは逮捕で、ルーシーにおける諸民族絶滅などというものは掲げていない。

 帝国軍は共産主義政権の圧政から解放してくれる、と現地住民達に思わせなければダメで、注意が必要なところだ。

 

「前線との補給路を維持できれば連邦は倒せる。この戦争を終わらせるぞ」

 

 ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは力強く頷いたのだった。

 

 

 



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時計の針を進めよう

 

 

 時は少し遡る。

 連合王国と帝国の講和会議が終わって数日後のことだ。

 

 帝都ベルン近郊のヴァンゼーにある屋敷にチャーブルはいた。

 帝国との講和会議はロンディニウムにて行われたのだが、彼がここにいる理由は友人から儲け話があると言われ、この別荘に招待された為だ。

 今回の集まりはあくまで非公式であり、なおかつ公人としてではなく私人として参加するものだ。 

 

 だからこそ、チャーブルは昨日から3日間の休暇を取っていることになっている。

 

 しかし、彼の居心地が良い筈がない。

 こっちから喧嘩を吹っかけて、一方的に殴られて負けたのだ。

 おまけに戦後処理でアレコレ忙しい時期に呼び出されたので、この後も仕事が詰まっている。

 

 そして、より一層居心地を悪くしている理由がある。

 

 合州国から超党派の視察団としてやってきていた議員――彼らも休暇を取っていることになっている――が6人いた。

 視察団という名目だが、早い話が彼らは借金取りである。

 普段は民主党と共和党でいがみ合っているのだが、合州国の国益や安全保障が絡んでくると彼らは一致団結できるのだ。

 その証拠に、共和党議員だけでなく、欧州の戦争に関わることに反対していたルーズベルトもいる。

 

 連合王国がもし勝っていたなら、合州国側はレンドリースの様々な物品の代金を大きく値引きしてくれたかもしれないが、敗北者にそんな恩情は与えないとばかりに定価での代金請求がされている。

 

 植民地人め、とチャーブルが内心毒づいたところで現実は非情である。

 

 とはいえ、彼は友人が何をするのか、全く読めなかった。

 とりあえず分かっていることは、ここにいる全員がヴェルナーと親交を持っていると言うことだけだった。

 

 

 

 連合王国――早ければ来年中にもイングランド・ウェールズ・スコットランドに分かれる可能性が高い――だけでなく、合州国も噛ませられる程の儲け話、そんな美味い話がどこにあるのか?

 

 

 そのとき、いよいよ主催であるヴェルナーが現れた。

 彼も休暇中の身だ。

 そして、彼は挨拶もそこそこに居並ぶ全員に聞こえるように問いかけた。

 

「ルーシーで一儲けしないか?」

 

 チャーブルは首を傾げ、合州国の面々も不思議そうな顔だ。

 帝国側に立って参戦しろ、とでも言っているのかとチャーブルは思い、問いかけようとしたが、その前にヴェルナーは言葉を続ける。

 

「支払いは亡命ルーシー帝国政府、保証人は帝国政府。彼らが求めるのは軍需物資以外のものだ。食料から衣類、家電に農業用機械まで、生活するのに必要な物を全て購入したい」

 

 亡命ルーシー帝国政府というのは聞き慣れないものだが、帝国の意図が見えてきた。

 帝国はルーシーを併合したりはせず、元の持ち主に丸投げするようだ。

 

 チャーブルらは儲け話だ、と確信する。

 

 ルーシー連邦における国民の生活――特に農民層――が良くないことは事実で、連合王国だけでなく合州国でも政治家達の間では知られた話だ。

 しかし、下手に他国の事情に口を出すと内政干渉になりかねず、また自国民でもない為、基本的に見て見ぬ振りだ。

 

 国民を味方につけるには豊かな暮らしをさせてやれば良い。

 共産主義政権では叶わなかった衣食住が整った生活、それがルーシー帝国政府ならばできると思わせれば勝ちだ。

 

「軍需物資の輸出は議会や国民がうるさい。だが、民間企業や民間人がやることを止めるのは難しい。そうだろう?」

 

 ヴェルナーの問いかけに合州国の面々は苦笑するしかない。

 チャーブルも肩を竦めつつも、問いかける。

 

「だが、ヴェルナー。帝国軍を疑うわけではないが、連中に勝てるのか? 帝国が保証人なら安心ではあるが、もしも負けて連邦に呑み込まれたら誰が支払う?」

「ルーシー連邦政府に請求してくれ。何しろ、連中はルーシー帝国の後継者だからな。当然、債務も引き継いでもらう」 

 

 彼の答えにチャーブルは悪どい笑みを浮かべてみせる。

 

「やはり君は公人としては最悪の敵だが、私人としては最高の友人だな」

「その言葉はそっくり返そう。で、どうだ? 乗るか?」

 

 チャーブルに拒むという選択肢はない。

 連合王国にとって経済の復興は最優先課題だ。

 

「勿論だ。作れば作った分だけ買い取ってくれるんだな?」

「ああ、そうなるな。何しろ、億を超える人口の市場だ。乗らないと帝国が全て持っていくぞ」

 

 その言葉に合州国側からも次々と賛同の声が上がる。

 ヴェルナーは満足げに頷きながら、そういえばと新聞を取り出した。

 

「2週間前になるが、モスコーで発行されたプラウダ紙の四面記事だ。興味深いものが載っている」

「ルーシー語はさっぱり分からん」

「そう思って、翻訳したものを用意してある。各々、読んでみてくれ」

 

 ヴェルナーの声と共に使用人達によって翻訳されたものが配られる。

 彼らは速読して、一様に首を傾げた。

 

 無味乾燥な発表報道とスローガンばかりで、単なる政府機関紙ではないか、という感想を抱く。

 

 ヴェルナーも彼らがそういう感想を抱くことは予想済みだ。

 

「その記事の端っこに連続幼女失踪事件に関する捜査当局の見解が出ているだろう?」

「確かに出ているが……これがどうかしたのか?」

 

 チャーブルもそこは読んだが、だからなんだ、という思いしかない。

 確かに幼女が連続して失踪するというのは親からしたら不安だろうが、そういうのは警察の仕事だ。

 失踪した幼女達の手がかりはなく、これ以上の失踪者を出さないように警備体制を強化するという見解が出ていた。

 

「不思議じゃないか? 連邦のあの統治体制で、どうして失踪事件が起こるんだ? ましてや首都で。連中なら面子を懸けてでも、犯人を捕まえ、幼女を探し出すだろうに」

 

 ヴェルナーに言われて、チャーブルらは気がついた。

 

 連邦は共産党が国民を統制し、監視している。

 彼らの言い分では監視は反動主義者を発見する為らしいが、そのご自慢の監視網が機能していないのは明らかにおかしい。

 

 それが首都であるならば尚更だ。

 

 ヴェルナーは笑みを浮かべながら告げる。

 

「確固とした証拠はまだ掴めていない。だが、火種(・・)としては十分だろう」

 

 その意味を彼らは明確に理解した。

 なるほど、世論を焚きつけるには十分だ、と。

 

 とはいえルーズベルトが真っ先に難色を示す。

 

「欧州の戦争に関わりたくないのだが?」

「それで構わないとも。少なくとも連邦側に立たないでくれれば、それでいい……もしも帝国に義勇軍を派遣するなら歓迎するというだけさ」

 

 だが、とヴェルナーは言葉を続ける。

 

「亡命ルーシー帝国政府は連邦を倒せるなら、戦後にワガママを聞いてくれるそうだ。例えばルーシー領内における資源開発だとか……シベリアには色々なものが眠っていそうだな」

 

 そう言われるとルーズベルトとしても悩ましいところだ。

 戦争には反対だが、利益は得たいという相反する思い。

 どうしようか、と悩んでいると共和党の議員がしれっと言った。

 

「火種には世論を大きく動かすモノが必要だ」

 

 ルーズベルトはその議員を睨みつけるが、彼は素知らぬ顔をする。

 その関係にヴェルナーは苦笑しつつも告げる。

 

「合州国の内部で決めてくれ。ただ帝国は義勇軍を受け入れる用意はいつでもあるし、こちら側に立って参戦してくれるなら大歓迎だ」

 

 何よりも、とヴェルナーは告げる。

 

「来年の2月か3月あたりに各国の新聞にはこの失踪事件をはじめとし、連邦の実態に関して色々と載るよう手配してある。それに対する世論の反応で決めてもらいたい」

 

 その言葉に一同が頷いた。

 ヴェルナーはその反応に満足しつつ、更に告げる。

 

「とりあえずの儲け話としてはルーシー帝国政府が発注するモノだ。詳細に関してはまた後日に書面で渡そう」

 

 後にヴァンゼー会議と呼ばれることになる会合を彼はそう締めくくったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このクソ寒いのに写真と動画撮影か! 私は動画投稿サイトの実況者とかじゃないんだぞ!」

 

 ターニャは憤慨していた。

 幸いにも彼女の怒りの声は無線を切ってあった為、部下達には聞こえていなかった。

 

 地中海でバカンスを楽しんだターニャを待っていたのは、ルーシーにおける潜入撮影任務だった。

 第203航空魔導大隊は現在、ウクライナ地方の某所にある名も知らない農村に来ている。

 前線とは遠いこともあって、敵兵の姿は全く見えない。

 

 今回の撮影はコルホーズで働く農民達の姿だ。

 うまい具合に反抗しているところが撮影できれば儲けもの、できなくても苦しい労働に従事させられている姿を撮れれば良いとされていた。

 

 精鋭の即応軍魔導大隊をこういう任務に使うのは勿体ないのでは、という意見もあったらしいが、ゼートゥーアが押し切った。

 どうやらヴェルナーが一枚噛んでいるらしいという話をターニャは即応軍魔導大隊の大隊長会議で聞いていたが、本当かどうかは分からない。

 ともあれ各魔導大隊は輸送機から高高度降下し、あらかじめ定められた地域にて撮影任務に就いていた。

 

 

 ターニャは良い手ではあると思う。

 

 時計の針を戻すことはできないが、進めることはできる――

 世界を自由主義陣営と共産主義陣営に二分し、そして共産主義の親玉である連邦が弱いうちに叩き潰してしまおうという魂胆だろう――

 

 彼女はそう予想していた。

 

 

 第203魔導大隊は中隊毎に散開しつつ、低い高度を維持しながら、広大な農場へこっそり近づいていく。

 飛行機とは違って、音もなく近寄れるのは魔導師の利点だ。

 

 そして、彼らは目撃した。

 

 痩せ細った農民達が覚束ない足取りで、農作業を行っている。

 人間というよりは枯れ木のようだ。

 彼らを共産党員達が監視しており、その中には銃を持っている者もいた。

 

 農業の集団化についてターニャは史実知識から知っており、それによる影響も知っていた。

 だが、実際に目の当たりにすると流石の彼女も顔を顰めてしまう。

 彼らの育てた農作物がどこに輸出されるか、というと帝国以外の戦争に参加していない国々だ。

 

 ウクライナは史実においても、外貨獲得の為に小麦が大規模輸出されており、大飢饉が起きたときでもそれは変わらなかった。

 史実における大飢饉での犠牲者は最低でも数百万人。

 連邦は情報を徹底的に遮断している為、この世界でも起こったかどうかは分からないが、餓死者が出ている可能性は非常に高かった。

 

 ターニャは各中隊に撮影を指示する。

 

 飢えた女子供の写真も撮りたい、と彼女は思い、農場での撮影後にゼートゥーアへ意見具申を行った。

 

 幸いにもその許可はすぐに下りた。

 根っからの反共主義者であるターニャは寒さに文句を言いながらも、定められた地域を回って、共産主義が善良な国民にもたらした恐怖を撮影して回った。

 

 

 

 

 

 

 1926年3月某日。

 連邦以外の列強諸国において、主要新聞からローカル新聞に至るまで、朝刊の一面に様々な写真が掲載された。

 

 痩せ細った農民達と銃を持った共産党員というものや飢えて骨と皮だけになった女子供、餓死した多数の老若男女と死体処理を行う共産党員といった、非常にショッキングなものばかりであった。

 

 ルーシー連邦の実態、共産主義の恐怖、共産主義者を今叩かねばいつ叩く、最初に手を出してきたのは連邦だ、今回の戦争は全て連邦が仕組んだことだ、とこれでもかと連日各国の世論を煽り、そしてそこに特大の爆弾を放り込んだ。

 

 

 

 ジュガシヴィリ書記長の腹心であるロリヤに幼女誘拐疑惑。

 モスコーにて続く連続幼女失踪事件。

 揺らぐ連邦の統治体制、反動主義者どころか失踪事件の犯人すら発見できないのはロリヤが犯人であるためか――?

 ロリヤ以外の党幹部にも善良な市民に対する暴行や強姦疑惑の数々。

 

 国家権力を背景にやりたい放題、共産党の貴族達(・・・・・・・)――

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェルナーは新聞を読みながら、笑みを浮かべる。

 プロパガンダ戦はどうやらこちらが一枚上手だったようだ、と彼は確信する。

 このことを知った連邦はそんなことはない、帝国の謀略だと必死に否定しているが、写真という動かぬ証拠がある。

 そして動画もあるので、各国にてニュース映画として来週から順次公開していく。

 

 各国の新聞社に党員を動員して抗議の電話を掛けていたり、賄賂を贈ろうとしてきたりと色々やっているらしいが、もう止まらない。

 

 ヴェルナーがこれまでに築き上げてきた人脈、それは各国の政財界やマスメディアをはじめとした様々な業界に及んでいた。

 長年の付き合いというのは大事で、こういうときには非常に頼りになる。

 

 勿論、この一連の行動は全て帝国政府及び議会に話を通してある。

 最初に相談したヒトラーがすぐに賛成し、積極的に動いてくれたおかげだ。

 

 ロリヤの件は本当にそうなのかは分からなかったが、史実のベリヤにあたる存在なら、その通りだろうとヴェルナーは思う。

 

 もっとも、この段階に至ってはもはやそれが事実なのかどうかは関係がない。

 インターネットが無いこの時代、基本的に新聞やラジオによって国民は情報を得る。

 それらを抑えれば簡単に情報操作が行えてしまう。

 

 疑惑を世界に発信した段階で、たとえそれが本当ではなかったとしても疑いの目を向けられることになる。

 

 ヴェルナーは合州国に思いを馳せる。

 

 合州国はWW2後のアメリカのように自由主義陣営の盟主という立ち位置ではない。

 孤立主義を維持し、新大陸に引きこもっていたいというのが合州国の本音だろう。

 

 だが、帝国の都合上(・・・・・・)、そういうわけにもいかない。

 帝国の経済はまだ大丈夫であるが、いつまでも大丈夫というわけではないのだ。

 

 死傷者の数を減らし、戦後に受ける経済的ダメージを抑える為にも、味方は多いほうがいいし、戦う期間は短ければ短いほど良い。

 予定通りに2年で終わればいいが、それ以上続くのは問題だ。

 

 

「自由と正義の名の下に、動ける舞台を整えてやったぞ。のってこい、合州国」

 

 ヴェルナーの呟きは虚空に消えていった。

 

 

 




欧州情勢は複雑怪奇 by秋津島皇国


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Hot war

『恐るべき事態です。合州国の至るところに連邦のスパイが多数入り込んでいました。政府職員だけでなく、それは上下院の議員にも及び……』

『共産主義の脅威について、連邦政府は――』

『臨時ニュースです! FBIが財務次官補のハリー・ホワイト氏をスパイ容疑で逮捕しました!』

『冤罪の可能性について、FBIによりますと明確な証拠があるとの発表が……』

 

 合州国のラジオニュースはこのような話題ばかりだった。

 

 

 今、合州国はレッドパージの最中にある。

 全ては2ヶ月程前、連邦の実態と共産主義の脅威が各国の朝刊一面に載ったことから始まった。

 

 最初こそ、連邦の人達が可哀相という感想しか世論は抱かなかったのだが、まさか自国にまでその脅威が忍び寄っていたとは誰も予想していなかった。

 

 記事に対して帝国による工作活動だ、という批判がすぐさま巻き起こり、批判まではいかなくとも、冷静な対応をするべきだ、と過激な論調を諌める意見も多数あった。

 

 問題はそれを発言した人物達――社会的地位が高かったり、有識者として知られている者達――が、一瞬で連邦との繋がりを新聞やラジオで暴露されたことから始まった。

 

 でっち上げだ、捏造だ、と反論するのも虚しく、彼らはFBIに証拠を突きつけられて、続々と逮捕され、それもすぐに報道された。

 これらが合州国の世論に与えた衝撃は大きかった。

 

 また連邦に対するレンドリースは債務弁済が不透明という理由で4月には打ち切られているが、こうした国内の動きを受けたものであることは明白だ。

 

 

 だが、まだ決定的ではなく、合州国の世論を一気に反連邦、反共との戦いへと傾けるものが必要だ。

 

 そのような情勢の中で、在合州国のルーシー連邦大使館職員が数人、行方知れずとなった。

 FBIのマークは厳しかったのだが、彼らの方が何故か(・・・)一枚上手だった。

 

 

 

 そして、事件は起こる。

 1926年5月15日午前10時過ぎのこと。

 この日、ニューヨークのマンハッタンにあるエンパイア・ステートビルを武装集団が占拠した。

 

 彼らはビル内にいた多数の民間人を容赦なく殺害し、ルーシー連邦国旗をビルの屋上や窓など至るところに掲げたのだ。

 そして、宣言した。

 

 合州国は共産主義国家として本日、新たな独立を成し遂げる――

 資本主義の象徴たるこのビルは共産主義の象徴として生まれ変わるのだ――

 

 当然ながら、ルーシー連邦は知らぬ存ぜぬを貫き、この武装集団は48時間にも及ぶにらみ合いの末、全員が射殺された。

 そして、遺体の身元を調査していたとき、行方不明となっていた連邦の大使館職員達がその中にいたのだ。

 

 また事件後に彼らの住居を捜索した際に発見された文書などから、彼らはルーシー連邦の内務人民委員部――NKVDに所属する諜報員であることが判明した。

 彼らが本国から受けていた指令は合州国内部に諜報網を張り巡らせることであり、最終的には世論を動かして合州国を連邦の側に立たせることだった。

 

 追い詰められた共産主義者達が最後の博打に出たようにしか大衆には見えなかった。

 しかし、不審な点が幾つか出てくる。

 

 FBIがマークしているのに、どうやって大使館職員達は行方をくらませることができたのか?

 連邦の支援も望めず、失敗することが分かりきっているのになぜ実行に移したのか?

 民間人を傷つけなければまだ心証は良かったのになぜ、殺害したのか?

 どうして機密文書を実行前に破棄しなかったのか?

 

 

 当然ながら、諜報員にはバカではなれない。

 指揮を執ったと思われる諜報員達がそういうことを想像できないわけがない。

 

 連邦を悪の帝国に仕立て上げるかのような(・・・・・・・・・・・・・・・・)振る舞いをしたり、証拠を残す理由が諜報員達には全く無かった。

 

 何よりも不審な点は銃撃戦後、生きているかどうか確認した時のとある警察官が周囲に漏らした言葉だ。

 

 大使館職員達は他の死体に比べて異様に冷たく、まるで初めから死んでいたようだった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)――

 

 

 しかし、FBIはそのような不審点には全く触れず、連邦の諜報員と彼らに率いられた合州国における隠れた共産主義者達の犯行であると発表した。

 この事件とFBIの発表は合州国国内だけでなく、全世界に向けて迅速(・・)に報道された。

 

 そして、合州国の世論はルーシー連邦との戦争へと一気に傾いていった。

 

 

 

 

 

 

 

「さすがはMI6といったところかな」

「帝国の特別行動隊(アインザッツグルッペン)も良い仕事をしたそうじゃないか」

 

 ヴェルナーの称賛にチャーブルはそう返す。

 一連の工作が無事に終わり、2人はヴェルナーの屋敷で祝杯を上げていた。

 チャーブルは告げる。

 

「合州国もようやくやる気になった。だが、彼らにあちこち荒らされるのは良くない。ほどほどのところで、お引取りを願わねばな」

「つい数ヶ月前まで、連合王国はもうおしまいだ、お前達のせいで、と嘆いていた人物の言葉とは思えないな」

 

 チャーブルの強気な発言にヴェルナーはそう言って、肩を竦めてみせる。

 

「事実だろう。全く、お前達がさっさと負けてくれないから……」

「その言葉はそっくり返そう。ともあれ、連邦を叩き潰して、皆で仲良く儲けることで話が纏まって良かったものだ」

 

 共和国、イルドア、協商連合までも一連の流れに乗ってきた。

 

 自分達から殴りかかって負けたという汚名をどうにかしたい、というのはどこも同じことだった。

 要するに自分達――政府や軍が悪いんじゃなくて、連邦が唆してきたせいであり、事実、連邦が最初に帝国に対して宣戦布告した、という責任転嫁である。

 そんな事実はなかったが言ったもの勝ちで、連邦ならそういうことをしてもおかしくはないと合州国の事件から国民に思わせるには十分だ。

 

 謀略に引っかかってしまった間抜けという汚名は被るが、自分達の意志で戦争に負ける為に宣戦布告したという汚名よりはマシだろう。

 そして、帝国と亡命ルーシー帝国政府からは戦後に利益をほどほどにくれるという確約を貰っているのだから、まさしく棚からぼた餅だ。

 幸いにも反共、反連邦という風潮は世界的なもので、各国政府の決定を世論は後押しした。

 

 ついこの間まで戦っていた敵と手を組むことについては各国とも世論は複雑であった。

 だが、合州国での惨劇を見る限りそんなことは言ってられないとして、好意的ではないが嫌悪するというわけでもない微妙なものになっている。

 

 

 とはいえ、大軍を派遣する余裕などどこの国にもない。

 陸軍としては共和国が3個師団、イルドアや協商連合は1個師団ずつ、他にも空軍や魔導師なども派遣してくれるが、それが精一杯だった。

 

 しかし、彼らの装備――特に陸軍の装備――では到底連邦軍には太刀打ちできない。

 また他国の装備で兵站に負担が掛かることは勘弁してほしい帝国軍の思惑もあって、人員だけを派遣してもらったら、あとは帝国軍と同じ装備を供与して訓練するということになっていた。

 

 もっとも、帝国がこれらの国々に期待する役割は食料をはじめとした、軍需物資以外のものの供給だ。

 少しくらいは貿易で優遇してくれ、という魂胆である。

 なお、協商連合は国境を連邦と直接接していることもあって、宣戦布告だけはしないが、そこは各国との了解を得ていた。

 

「そういえばスコットランドとアイルランドは3個師団ずつ派遣してくれるそうだ。ウェールズは1個師団と聞いている」

「独立した連中など知らん」

 

 チャーブルの言葉にヴェルナーは苦笑する。

 

 イングランドはともかく、他の3カ国は帝国という後ろ盾があってこそ成立し得たもので、彼らは4月に相次いで独立を果たしていた。

 彼らには連邦との戦いで戦果を上げることで、帝国の心証を良くしておきたいという思惑がある。

 なおアイルランドは連邦との戦いに加わる予定はなかったのだが、世論に押される形となった。

 そしてアイルランドは完全に帝国の勢力圏であるが、スコットランドとウェールズはイングランドと陸続きであることもあって、帝国との友好を強く保ちつつ、イングランドともそれなりに友好的な関係を続けていくらしい。

 

 ちなみにレンドリースの代金に関してはイングランドに全て請求がいったのだが、連邦へのレンドリースが打ち切りになった前後で、合州国とイングランドとの交渉により支払いの猶予がなされている。

 

 

 連合王国は幾つかの国に分かれたが、アイルランドとの関係以外はあんまり変わらないんじゃないか、というのが帝国内における認識だ。

 

 

「そういえば、秋津島皇国が欧州情勢は複雑怪奇とかいう声明を出していたが……敵味方がころころ変わるのは普通だよな?」

 

 秋津島皇国からするとよく分からないうちに、つい最近まで帝国と戦争をしていた国々が帝国と組んで連邦と戦うという認識だった。

 どうしてそうなったんだ、と皇国政府の高官達が頭を抱えたらしいとヴェルナーは聞いていた。

 

 彼の問いにチャーブルは当然とばかりに頷き、答える。

 

「昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵。いつもの欧州だろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、1926年6月4日。

 合州国はルーシー連邦に対して宣戦布告し、帝国側に立って参戦した。

 また合州国から少し遅れて、共和国、イルドア、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、イングランド、秋津島皇国が次々と連邦に対して宣戦布告し、帝国側に立って参戦したのだった。

 

 

 




「勝ったな」

合州国参戦の一報を聞いたターニャ・フォン・デグレチャフの言葉。


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終わりの始まり

 時間は少し遡る。

 

 

 連邦首都モスコーにあるクレムリン宮殿、その主であるジュガシヴィリは憂鬱であった。

 各国に潜ませていたスパイが次々と逮捕されていく様子は、彼に深刻な猜疑心を巻き起こし、ロリヤに命じて次々と必要な処置を講じた。

 

 党内をはじめとして多くのところで、スパイと思われる者達が逮捕・処刑されていったが、それでもまだどこかにスパイがいるのではないか、という疑いが彼にはあった。

 

 ロリヤは非常に問題があるが、能力的に手放すには惜しい人物だとジュガシヴィリは確信している。

 ただ、流石にこれ以上はマズイと彼がロリヤの息のかかっていない者に念の為、彼の身辺調査をさせたところ、問題があるものが出てきてしまった。

 

 ジュガシヴィリも擁護のしようがない性的な意味で倒錯したことまでやらかしていた。

 史実でいうところの、ベリヤのフラワーゲームだ。

 

 これが各国にバレたら、ただでさえ良くない連邦の評判がより落ちると彼は恐怖した。

 

 

 そのとき、件のロリヤが血相を変えて執務室に飛び込んできた。

 ドアを蹴破る勢いであり、さすがのジュガシヴィリも眉を顰める。

 

「どうしたのかね?」

 

 ジュガシヴィリはまた他国に潜ませていたスパイが逮捕されたのか、と予想するが、ロリヤの口から告げられたのは――

 

「同志書記長! ニューヨークにあるエンパイア・ステートビルを武装集団が占拠しました!」

 

 ジュガシヴィリは嫌な予感がした。

 こういう予感は当たるものだと彼は諦観しつつ、続きを促す。

 

「それで?」

「連中は我が国の国旗を掲げ、合州国を共産主義国家として独立させると宣言しています!」

 

 ジュガシヴィリは自分でも驚くほどに冷静であった。

 ただ、とりあえず手近な物――傍にあった椅子を思いっきり蹴飛ばした。

 

 椅子が床に倒れるが、その様子を見て、非常に不快な気分になった。

 彼自身でもよく分からないほどの精神状態だが、ロリヤの身を竦ませるには十分すぎた。

 

「やっていないな?」

 

 ジュガシヴィリの問いかけにロリヤは何度も首を縦に振る、

 NKVDの対外工作活動は一時的に停止している状態だ。

 

 他国に尻尾を掴まれてはたまらない為、状況が落ち着いてから再開する手筈であった。

 

 ジュガシヴィリは叫ぶ。

 

「資本主義のクソ共め! 自分達で火事を起こしやがった! そんなに我々と戦いたいのか!?」

 

 善良なる市民を多数犠牲にしてでも、連邦との戦争を望んだとジュガシヴィリは直感する。

 第三者からすれば、お前が言うなという状況だが、あいにくとここには彼とロリヤしかいない。

 

「同志……」

 

 どうしましょう、という顔をしているロリヤにジュガシヴィリは告げる。

 彼は憤慨していたが、ここで合州国が参戦してくると絶望的な事態になるということは理解していた。

 

「何としてでも、合州国の直接参戦だけは防げ」

「……善処致します」

 

 ロリヤはそう返すしかなかった。

 しかし、もはや全てが遅かった。

 

 

 

 FBIの捜査により、指揮を執ったとされる大使館職員達の住居から文書などが多数発見されたことが発表された。

 それから数日後、FBIは連邦が裏から手を引いていたという内容の発表をしたのだ。

 

 ジュガシヴィリは激怒した。

 しかし、彼が怒ったところで事態が解決するわけでもない。

 

 一気に反共・反連邦へと合州国の世論は傾いた。

 

 

 

 

『合州国は自由と正義、そして民主主義の偉大なる兵器廠であり、また守護者である。私は合州国大統領として、ルーシー連邦に対する宣戦布告を提案する』

 

 ラジオを通じて、それは全世界に向けて流された。 

 合州国議会は賛成多数により、連邦に対する宣戦布告に同意し、承認した。

 合州国の国民は熱狂し、エンパイア・ステートの惨劇を忘れてはならない、共産主義者達を打倒する、と各地で決起集会が開かれた。

 また同時に各地にある陸海軍のそれぞれの事務所には入隊を志願する者達が長蛇の列を作った。

 待ってましたとばかりに多くの企業は戦争特需に沸き、早くも工場の拡大や新規設立へ向けて動き始める企業もいた。

 

 

 1926年6月4日の合州国による連邦への宣戦布告は、各国に勇気を与えたかのように民衆からは見えた。

 合州国に続くように、次々と欧州諸国や極東の秋津島皇国が連邦との戦争に加わってきたのだ。

 

 さながら悪の帝国である連邦を、みんなで協力して倒そうという、とても分かりやすい構図になった。

 

 そして、その構図を後押ししたのは帝国の政治家であるヒトラーだった。

 

 

 彼はこの戦争を帝国や他国が個々に利益を求めて戦うのではなく、共産主義という大いなる脅威に対して一致団結し、打倒を目指す思想的な戦争という論を展開した。

 

 連邦が最初に帝国との戦端を開いた後、各国が帝国へ宣戦布告してきた事実から、今回の欧州における戦争は全て連邦による謀略の結果であることが明らかである。

 その真の目的は労働者による理想国家建設などではなく、連邦の実態を見れば分かる通りに、諸国の奴隷化であり、共産党における貴族達の私腹を肥やす為である――

 

 彼の論は帝国国内だけでなく各国において――国民だけでなく、政府高官や軍人にまでも――広く、そして強く支持された。

 

 各国の政治体制は色々あれど、共産主義を掲げている国家は連邦しかない。

 共産主義の打倒というただ一点において、各国は一致団結でき、更に国民からの支持も強く得られ、また戦後の利益も裏で約束されている。

 乗らない国はどこにもなかった。

 

 連邦は外交的に四面楚歌の状態で、逃げ場はどこにもない。

 軍閥の乱立で群雄割拠の時代となっている中国のうち、幾つかの軍閥が連邦への支援を行ってくれてはいたが、そんなものは焼け石に水であった。

 

 そこへ更に追い打ちを掛けるかのように、連邦軍の前線陣地は勿論のこと、連邦各地にある都市や街、村に帝国空軍により様々な種類のビラが大量にばら撒かれた。

 

 それは連邦軍への降伏を呼びかけるものではなく、ルーシーに住まう民達に向け、共産主義に対して抵抗するよう呼びかけるものだった。

 

 連邦軍将兵にとってルーシーは共産主義体制であろうと祖国である。

 祖国を守るための戦争だから参加した――強制的に連れてこられた者も大勢いたが――というのが彼らの戦う理由だ。

 

 

 一番衝撃的であったのは亡命ルーシー帝国政府の協力で作られた写真入りのビラだ。

 

 それはアナスタシアが目を閉じて両手を組み、祈りを捧げている。

 その後ろにはルーシー帝国旗と銃があり、ビラに書かれているのはたったの一文。

 『ルーシーに住まう全ての民の為に、私は祈り、そして戦う』というものだ。

 

 他にも父親であるニコライの前にアナスタシアが跪いている写真入りのビラもある。

 こちらも文章は一文のみだ。

 『皇帝になれ、アナスタシア。新しきルーシーを創造せよ』というものだった。

 

 ビラは見た目のインパクトと内容がシンプルであることが大事だとして、ヴェルナーが手を回した結果である。

 こういったビラ以外にも、近いうちに空襲が行われることを知らせて避難を促すものが都市や街、港などでばら撒かれた。

 

 このような、将兵だけでなく国民にも動揺をもたらすこれらのビラは共産党により迅速な回収が行われたのだが、回収する速度よりもビラを撒かれる方が速いため――とある都市では朝昼晩それぞれ数十機の爆撃機による編隊で100トン単位でばら撒かれた――どうしようもなかった。

 

 こっそり隠してビラを持ち帰る者も多く、また軍内部にも任務に対して消極的な態度を取る将兵が現れはじめ、共産党の統治体制は揺らぎ始めていた。

 

 このままでは最悪の事態となると共産党の誰もが思っていたが、打てる手は何もなかった。

 思想統治を強固にする、ということは決定されていたが、反抗的な者をスパイや反動主義者として逮捕などしてしまえば、それこそ取り返しのつかない事態になる可能性が高かった。

 

 そのような情勢で迎えた6月15日早朝。

 帝国陸軍及び海軍の攻勢に先立って、帝国空軍が遂に動いた。

 

 『夏の嵐』と名付けられたこの作戦は空軍が保有する大半の爆撃機戦力を動員し、投入するものだ。

 

 

 無数の四発爆撃機が編隊を組み、多数の戦闘機に護衛され西から東へと向かっていく。

 それは帝国内における複数の基地から飛び立ち、それぞれの定められた地域を目指していた。

 

 敵陣地に対する地域爆撃を実行するためだ。

 当初予定されていたムルマンスク及びアルハンゲリスク空爆はレンドリースが打ち切られたことで中止された為、より規模は増している。

 

 今日より1週間、帝国陸軍の攻勢が開始される22日午前7時まで、前線における連邦軍陣地は爆撃の標的となる。

 

 投入される重爆撃機の数は史実における軍事目標への戦術爆撃として絨毯爆撃が行われたコブラ作戦の比ではなかった。

 

 そして、投入される爆撃機は従来のもの以外にも先行量産機である新型が2種類交じっていた。

 その2機種はそれぞれターボファンエンジンもしくはターボプロップエンジンを搭載したものだった。

 

 

 

 メアリー・スーは目を見開き、大きく口を開けて、その大編隊が東へと向かっていく様子を見ていた。

 その横では父親であるアンソンもまた同じような顔で遥か空を行く大編隊を見ていた。

 

 軍から離れた身であるが、アンソンはかつての上官により説得され、協商連合から帝国へと魔導師として派遣されることとなった。

 協商連合は連邦へ宣戦布告してはいないので、義勇軍としてだ。

 そして、娘のメアリーも魔導師としての適性があった為、彼女は両親を説得し、義勇軍魔導師として父親と一緒に派遣された。

 

 もう父さんと離れたくない、ルーシーの人々を救いたい、祖国を守りたいという3つの思いによるものだ。

 母親も2人が行くなら、と待遇がいい帝国のとある企業へ短時間労働者として応募し、工場で働き始めた。

 

 帝国軍の装備と戦術に慣れるため、アンソンとメアリーは協商連合の他の魔導師達と共に帝国の教導隊により扱かれている最中だ。

 

 2人が見ていたのは2種類の大きな爆撃機の編隊だ。

 一方の爆撃機はプロペラがエンジンごとに二つずつ――二重反転プロペラ――あり、それをゆっくりと回しているらしく、その動きが目で見えるくらいだ。

 エンジンが発する重低音は非常に騒々しい。

 もう一方はそもそもプロペラがなく、とても甲高い音を空に響かせている。

 

 

『訓練の最中に余所見とは親子揃って随分と余裕だな?』

 

 アンソンにとって、話しかけてきた教官はかつて刃を交えた敵であった。

 

 白銀と渾名されるターニャ・フォン・デグレチャフ少佐――その人だ。

 教導において彼女は本来は相手の階級が上であっても手を抜かないことで有名であり、また教導の為にアンソンが一時的に特務大尉という階級に――教導終了後は大佐に戻る――なっていることもあって、容赦なく扱かれていた。

 現役時代の勘を取り戻す為にはちょうどいいとアンソンとしては思いつつも、優秀な将校であり魔導師であるとターニャを高く評価していた。

 

『まあ、気持ちは分からんでもない。新型の編隊を間近で見れたのは自慢していいぞ』

 

 その声は何だか弾んでいた。

 航空機が好きなんだろうか、とアンソンが思い、メアリーは怒られないかどうかビクビクする。

 

『さて、共産主義者共を倒す為に訓練を再開する! ついてこい!』

 

 そう告げるターニャの声は非常に気合が入っていた。



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全面攻勢

秋津島皇国関連とかその他諸々は全部捏造です。


 1926年7月23日

 

 ウィリアム・ハルゼー大将はつい思う。自分は夢でも見ているんじゃないか、と。

 その理由は今年の3月から始まったドラスティックな変化だ。

 

 彼が旗艦とするヨークタウン級空母であるエンタープライズと姉と妹であるヨークタウン、ホーネットが少し離れた位置を航行しているのが遠目に見える。

 

 第38任務部隊として編成された彼らは、ヨークタウン級空母3隻及びエセックス級空母3隻の合計6隻を主力とし、サウスダコタ級戦艦4隻及びアイオワ級戦艦2隻、そして多数の巡洋艦と駆逐艦により護衛されていた。

 

 彼の部隊は太平洋艦隊に所属しているが、欧州方面へと派遣された大西洋艦隊所属のスプルーアンスが率いる第58任務部隊はより大規模(・・・・・)だ。

 エセックス級空母4隻とその拡大発展型であるユナイテッド・ステーツ級空母4隻を主力とし、アイオワ級戦艦4隻、モンタナ級戦艦2隻や多数の巡洋艦、駆逐艦で護衛されている。

 

 ハルゼーが中佐のときに駆逐隊司令として着任し、旗艦に定めた駆逐艦の艦長がスプルーアンスであった。 

 ハルゼーは彼を当時から冷静な性格と優れた頭脳を持つ卓越した人物と評価していた。

 それ以来、公私に渡ってちょくちょくと付き合いがあり、友人と言える関係だ。

 

 だからこそハルゼーは戦闘以外の面倒事が多そうな欧州方面はスプルーアンスが適任だと考え、作戦部長のキングから問われたときに、太平洋が良いと迷わず答えていた。

 

 ふと彼はつい1週間前、皇国海軍との協議の為訪れた横須賀で見た光景を思い出す。

 

「皇国海軍め、確かに数は少なくなったが、その分強くなっていやがった」

 

 陸軍に予算を取られ、海軍の規模は縮小した、それは確かに正しかった。

 事実、多くの戦艦や巡洋艦などがスクラップ処分されたのだが――それらは全て艦齢が古いものばかりであった。

 戦艦4隻、空母7隻を皇国海軍は主力としているが、そのうち2隻――赤城と加賀――は費用を抑える為に戦艦からの改造で、2隻は試験的な意味合いが強く――飛龍と蒼龍――本格的な空母と言えるのは翔鶴と瑞鶴、そして一連の経験から拡大発展させた大鳳だった。

 

 合州国海軍とやり合うには少なく、連邦海軍ならオーバーキルできる程度の戦力を整えているが、これには皇国の事情も絡んでいるようだ。

 

 海戦の主役は戦艦だ、という主張は根強くあったが、皇国は連邦を主敵として定めている。

 沿岸部なら戦艦の主砲弾が届くが、より内陸部の敵を叩くのは戦艦では物理的に不可能であり、ならば空母と航空機を整備した方が良い。

 何よりも、海軍がそうしてくれるなら陸軍としても協力するのはやぶさかではないという言質が取れた為、陸軍に恩を売れるチャンスとして海軍は空母の増強に舵を切った。

 それでも強力な戦艦は欲しいようで、空母部隊に随伴可能な大和型戦艦を4隻も――大和、武蔵、信濃、紀伊――揃えている。

 明らかに16インチ砲ではない――18インチか、もしかしたら20インチ――ものを三連装3基9門も搭載した巨大戦艦に、プラスマイナスで言えば、マイナスなんじゃないかと値段を想像してハルゼーは思う。

 

 もっとも、合州国海軍を拡大させてくれたのは皇国海軍ではなく、帝国海軍だ。

 特に1920年度から帝国海軍は中小艦の整備、そして1924年の開戦直前には戦艦と空母を8隻ずつ、護衛の中小艦艇や潜水艦を多数建造すると発表した。

 それは開戦後大きく膨らみ、空母の数は12隻にまで増えたのだが――今ではその建艦計画の大半がキャンセルされ、計画は風船のように萎んでいた。

 それによって浮いた予算はもっぱら、研究開発に回されているらしい。

 

 合州国は太平洋と大西洋における安全保障の為という名目で両洋艦隊法を成立させ、このときに多数の戦艦と空母、そして中小艦艇の建造や航空機の開発・調達が始まった。

 

 サウスダコタ級やアイオワ級、モンタナ級やエセックス級にユナイテッド・ステーツ級はその一貫として建造されたものだ。

 なお両洋艦隊法成立に前後してパナマ運河の大拡張が始まり、将来的に幅の制限が解消されることが期待できたので、アイオワ級は設計が変わった程だ。

 

 折しも帝国の国力増大と技術的発展から、合州国だけでなく列強諸国が少しでも差を縮めようと苦心していたことも手伝って、技術の研究開発は加速した。

 

「司令官、そろそろ攻撃隊を出します」

 

 いつの間にかやってきていたカーニー参謀長の声にハルゼーは軽く頷いてみせる。

 

 ヤンキー・ステーションと名付けられた、事前に設定した遊弋地点に艦隊は到達していた。

 

「しかし、カーニー。作戦名はもうちょっと何とかならんかったのか?」

 

 問いにカーニーは肩を竦めてみせた。

 今回、ヤンキー・ステーションから連邦の極東地域における基地や軍港、陣地を空爆する。

 その作戦名は『イーグルクロー』だった。

 

 

 だが、ハルゼーの心配は杞憂に終わった。

 F8Fに護衛されたAD-1スカイレーダー、ボーイングF8B――欧州での戦いで戦闘爆撃機が流行っていた為、制式採用された――は連日空爆を繰り返し、それを見た皇国海軍の将兵達が合州国と戦わなくて良かったと安堵する程だった。

 

 

 

 一方、陸ではそれとは真逆のことが起きていた。

 

 

 

 皇国陸軍の魔導師部隊は独特であり、中でも九州の南部地方で編成された部隊は特にそうであった。

 

 丸に十文字を部隊マークとして定めているこの部隊は――島津隊というらしい――合州国の魔導師達からすると狂気の沙汰だった。

 

 皇国魔導師に共通している特徴として、彼らは小銃だけでなく、腰に刀も吊るしている。

 島津隊も陣地攻撃や多人数を攻撃する時は他の魔導師部隊と同様に小銃による爆裂術式を使う。ところが、攻撃に回せるだけの魔力が尽きてからが違う。

 なんと彼らは刀を抜いて、猿みたいな叫び声を上げながら敵兵に斬りかかっていくのだ。

 

 この剣術らしきものの威力が凄まじく、銃を横にして受けたとしても、じわじわと押されて体を斬り裂かれてしまう程だ。

 

 おまけに帰還は不可能と見るや、彼らは降伏するのではなく死ぬ間際まで戦って、最後にスパッと死ぬか敵兵を道連れに自爆する。

 

 更に島津隊は大昔の戦争のように個々人が部隊マークを示した小旗――旗指し物をしており、敵兵は彼らが来ると必死に抵抗するか、戦意を喪失して逃げ出すかのどちらかだった。

 噂によれば政治将校や督戦隊よりも島津隊の方が怖いという連邦軍兵士は少なくないらしい。 

 

 

 皇国軍と戦わなくて良かった――

 

 そんな感想を極東に展開した合州国陸軍部隊や魔導師部隊は抱いた。

 

 

 

 

 6月22日早朝より帝国陸軍は連邦との国境、その全てにおいて作戦名『バルバロッサ』が開始された。

 先陣を切ったのは各地に配備された砲兵軍団及び各師団所属の砲兵による砲撃だ。

 この前日である21日には最後の仕上げとして、空軍は10トン爆弾と燃料気化爆弾を満遍なくばら撒いていた。

 そこへ1kmあたり150門を超える重砲とロケット砲が投入され、砲撃は昼過ぎまで続いた。

 

 実際に戦闘部隊が進軍を開始したのは午後1時過ぎで、彼らを空軍の近接支援機及び戦闘爆撃機が上空より支援する。

 

 前線陣地はすぐ突破されていき、より後方に築かれた陣地に連邦軍は大きな消耗を強いられながらも撤退した。

 

 しかし、その動きを逃す帝国空軍ではなく、近接支援機と戦闘爆撃機が飛び回って見つけた敵部隊を次々にふっ飛ばしていく。

 帝国陸軍による進撃は順調で、行く先々で多くの住民達から歓迎を受けた。

 住民達に帝国軍が気前良くパンをはじめとした食料を振る舞ったことが大きな理由でもある。

 

 帝国軍部隊の進撃と同時に手ぐすね引いて待っていた陸軍建設大隊が道路と鉄道の整備に取り掛かり、順調にその作業は進んでいた。

 

 

 そのような最中で、敵前線の後方へと浸透する多数の魔導師部隊があった。

 

 大半の部隊は司令部をはじめとした軍事施設攻撃の任務を与えられていたが、中には特殊な任務が与えられた部隊もあった。

 

 

 ターニャ率いる第203航空魔導大隊はその特殊な任務を割り振られた部隊だ。

 彼らは休暇を兼ねた教導任務を終えた後、連邦軍にとっては後方にあたる地域の政治犯収容所を襲撃、警備していた連邦軍部隊を壊滅させつつあった。

 

 彼らの回収は空軍が請け負う。

 しかし、そのやり方は魔導師でないとできないものだった。

 

「できるとは思うが、本当にやるとは思わなかった」

 

 ターニャの言葉を聞いて、ヴィーシャをはじめとした部下達は同意する。

 

 魔導師が1人もしくは2人の人間を抱えて、空を飛んで輸送機に戻る。

 言ってしまえばそれだけだが、まさか実戦でやろうなんて言い出す輩がいるとは思わなかった。

 

 敵魔導師の脅威がない為にできる芸当だ。

 連邦軍には魔導師部隊が未だ存在していない。

 先の革命の際、多数の魔導師達が帝国へ亡命したことや、残った僅かな魔導師達も政治犯として収容されてしまった為に。

 

 編成したくともそもそも連邦内にいる魔導師が極めて少ない為、大したことはできないと判断されていた。

 

 とはいえ、これは戦後のルーシーにおける帝国への国民感情の為にも、やらなければならない任務だとターニャは確信している。

 他の即応軍魔導大隊も同じ任務に就いており、救出される人々はそれなりの数になるだろう。

 

「そういえばメアリーの奴は大丈夫なんだろうか……勝ち戦で教え子に死なれたら、気分が悪い」

『あの子とは文通してますけど、元気にやっているみたいですよ』

 

 ヴィーシャのまさかの発言にターニャは驚くが、よくよく考えれば2人は同じくらいの歳だったと彼女は思い出す。

 

『今度の休暇、ベルンで買い物をしますけど、少佐も一緒にどうですか?』

「買い物にはあまり良い思い出がない……店員に着せかえ人形にされたことが昔にあってな」

 

 ターニャの発言に大隊全員が予想できたらしく、笑い声が少しだけ聞こえてきた。

 

「今、笑った奴らは全員、前へ出ろ。名誉ある死をくれてやる」

 

 ごめんなさーい、とヴィーシャの情けない声が聞こえてきたので、ターニャは勘弁してやることにした。

 

 




雑な外交関係まとめ

悪の権化、全人民の敵、世界の敵(神様達仏頂面)

ルーシー連邦の共産党


連邦寄り中立(悪の心に目覚めかけている人達)

中国の軍閥(2、3個くらい)



大正義自由と民主主義陣営(すごくつよくてかっこいい)(神様達もこれにはニッコリ笑顔)

帝国
合州国
イングランド
スコットランド
ウェールズ
アイルランド
協商連合(宣戦布告だけ(・・)はしていない)
イルドア
秋津島皇国


民主主義陣営寄り中立(自由と正義の心に目覚めかけている人達)
森林三州誓約同盟
イスパニア共同体
イラン
その他、世界各国


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Deus vult

 1926年8月7日――

 

「俺達はいったい、何の為に戦っているんだ……?」

 

 とある連邦軍兵士は塹壕の中で周囲に問いかけた。

 だが、その問いに答えられる者はいない。

 

 祖国を守る為のはずだ。

 しかし、それは共産党を守るということとイコールではない。

 

 帝国軍の勢いは全く衰えていない。

 

 そもそも帝国陸軍の部隊と交戦する前に、敵機が大挙して押し寄せてくる。

 その空襲が終わって、次に始まるのは敵砲兵による砲撃だ。

 まるで嵐のような砲撃で、それが終わったと思ったら、ロケット弾が多数飛んでくる。

 

 そこまでやって、ようやく敵は戦車部隊を先頭にしながらやってくる。

 時間は掛かるが、犠牲を最小限に抑えるやり方であると連邦軍将兵の誰もが理解できた。

 やられる側はたまったものではない。

 

 故に連邦軍は連戦連敗で帝国軍を押し止めることができていない。

 

「冬が来れば勝てると言っているが……冬が来る前に戦争が終わっちまうぞ」

 

 彼らが篭もっている塹壕はスモレンスクの前面に築かれたものだ。

 帝国軍の陣地を真似て、スモレンスクを囲むように地雷原・鉄条網・対戦車壕・塹壕・トーチカを複雑に組み合わせ、重砲陣地や対空陣地まである。

 

 だが悲しいことに、連邦空軍は帝国空軍に質は勿論、量ですら負けつつあった。

 噂によると、プロペラのない物凄い音で飛ぶ戦闘機や追っかけてくるロケット弾などというものを帝国は使っているらしい。

 

 ともあれ、複雑かつ巧妙な陣地を構築していても、空から多数の爆弾――それも地震を巻き起こすかのようなとんでもない威力――を落とされてはたまらなかった。

 

「隣の部隊では数人が、うまくやったようだ」

 

 別の兵士がそう言った。

 うまくやった、とは隠語で、逃げ出したという意味だ。

 それは政治将校がこっそりと教えてくれたものだった。

 

 政治将校もルーシーを故郷とする者が大半で、また平時には将兵のカウンセリングや文字の読み書き教育、正規将校の腐敗や横暴に関する相談及び告発の窓口という役割があった。

 思想的な教育が本来の仕事ではあったが、多くの兵士達にとって、その思想教育は牧師の説教みたいに退屈なものと受け止められ、マトモに聞いている者はあんまりいない。

 政治将校達もそれを特に咎めることはしなかった。

 

 だからこそ、兵士達からすると政治将校とはそこまで怖がるものではない。

 中にはとんでもない輩――思想的な意味で過激な者――もいるが、それはあくまで例外だった。

 

 政治将校が先頭に立って部隊ごと帝国軍に投降した、あるいは帝国軍陣地へと脱走した、という話もよく聞いている。

 決してそういうことを政治将校達は言わないが、それでもさり気なくヒントをくれるのだ。

 

「帝国軍の先鋒はどうだ?」

 

 そこへ政治将校がやってきた。

 彼はこの部隊の兵士達とは2年の付き合いになる。

 

「全く動きはありませんね」

 

 兵士の答えに彼は頷いて、告げる。

 

「まだうまくいかないだろう。敵の砲爆撃が終わって、進軍開始のときだ」

 

 その言葉の意味を兵士達はしっかりと把握する。

 

「あなたも?」

 

 兵士の問いに彼は頷いた。

 

「正直に話そう。政治将校になったのは良い暮らしをしたかったからだ」

 

 彼の言葉に兵士達は笑ってしまう。

 そりゃそうだ、と彼らは同意した。

 

 良い暮らしをするには勉強して偉くなるのが一番手っ取り早いからだ。

 

 ある兵士が問いかける。

 

「あなたは確かミンスク出身でしたか?」

「ああ。故郷の連中とは連絡がつかないが、あの話が本当であることを信じている」

 

 あの話とは様々なビラのことだ。

 最近では帝国軍が占領した都市や街、村の写真入りのビラが撒かれている。

 その写真は配給を受ける人々が写っているが、その配給量は連邦のものと比べると多く、また貰える物の種類も豊富であることが見て取れた。

 

 気前良く帝国軍はパンをはじめとした食料を振る舞い、更には道路や鉄道の整備までしてくれているらしい。

 また土木工事の為に人手が欲しいらしく、中々良い待遇で募集までしているそうだった。

 

「私が言うのも何だが……アナスタシア殿下に賭けてみたい。少なくとも、共産党の連中よりは遥かに良いだろう。何よりも……美人だしな」

 

 彼はそう言って微笑んだ。

 それもそうだ、と兵士達も一緒になって笑い、塹壕内に笑い声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予想よりも降伏してくる敵兵が多い。部隊まるごと、戦わずに降伏というのもよくあるそうだ」

 

 ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは満足げに頷いてみせる。

 

「進撃は順調、抵抗する敵軍がいたとしても問題なく潰している。占領地域の住民からは大歓迎で抵抗運動は皆無……こう言うのもなんだが、まるで正義の戦いだな」

「まったく、奴もよくやったものだ。ヒトラー氏との共謀らしいぞ」

「やはり、奴は軍人より政治家とかの方がいいんじゃないか? 政界進出は? 奴なら、すぐに宰相に上り詰めるだろう」

 

 そう言うルーデルドルフに対して、ゼートゥーアは肩を竦める。

 

「奴が宰相になってみろ。我々の生きている間にまた色んなものが変わってしまうぞ」

「空軍の爆撃機と戦闘機のことか?」

 

 ルーデルドルフの問いにそうだ、とゼートゥーアは頷いてみせる。

 

「それに加え、誘導ロケット弾……奴はミサイルと言っていたな。それの登場だ。今はまだ空軍だけで運用されているが、遠くないうちに陸海軍でも使われるだろう」

「おかげで制空権は万全と聞いているが、原因はそれだけでもない」

 

 ルーデルドルフの言葉をゼートゥーアは頷き、肯定する。

 

「連邦空軍の戦闘機や爆撃機が編隊を組んで、帝国空軍の基地に着陸してきているそうだ。もはや連邦軍は士気が崩壊していると言っても過言ではない」

「誰だって、共産党の手先にはなりたくはないだろう。私だってそうするし、お前もきっとそうする」

「大いに同意する。ところで、連邦軍の偵察機に10人くらいの兵士がしがみついて超低空をノロノロと投降する為に飛んできたらしいが、本当か?」

「それなら聞いている。まるでサーカスみたいな状態だったと投降を受け入れた部隊から報告があった」

 

 ゼートゥーアは呆れてしまう。

 そんな彼に対し、ルーデルドルフは機嫌良く告げる。

 

「逃げたい者はどんどん逃げてくればいいさ。敵の戦線はガタガタだ。このままモスコーまで行けそうだが、どうだ? 兵站は?」

「合州国や欧州各国の参戦により、土木工事は極めて順調だ。連邦領内で現地雇用した住民達が意欲的に仕事に取り組んでいるのも大きい」

「ちゃんと給料は払っているんだろうな?」

「当然だ。それでモスコーへの進撃だが、季節的にギリギリだろう。2ヶ月以内に行けるか?」

 

 ゼートゥーアの問いかけにルーデルドルフは力強く頷く。

 

「中央軍集団の兵力に大きな損耗はない。モスコーは堅固だと思うが、やる価値はある」

「連邦の親衛機械化軍団とやらが布陣している。この期に及んでも、共産党に忠誠を誓っている連中だ。もっとも内情は知らんがな」

 

 ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは葉巻を1本取り出して、それに火をつけた。

 葉巻を吸い、煙を吐き出す。

 

「……夏の嵐をもう一度、再現してもらうか」

 

 呟くルーデルドルフにゼートゥーアは頷く。

 

「1週間遅れの進撃になるが、問題はないだろう。遅くても9月末までにはモスコーを落としたい。早ければ10月の頭にも初雪が降り、溶けたそれで道路が最悪な状態になる可能性がある」

「なるべく早くやってもらおう。空軍に余裕はあると思うか?」

「空軍からの報告を見る限りでは十分な戦力を動員できる。何よりも奴のことだ、足りなければ魔法の壷から取り出してくるだろうさ」

 

 その通りだ、とルーデルドルフは頷きながら、言葉を紡ぐ。

 

「現状を見る限り、共産主義の信奉者と我々との宗教戦争だな」

 

 その言葉を受け、ゼートゥーアはあることを思い出す。

 

「共産主義は宗教だと奴が以前、言っていた。そうすると連中は異教徒で、我々は異教徒に奪われたルーシーを奪回せんとする十字軍だ。反共十字軍とでも名乗るか?」

「それはいいな。勝利の暁にはデウス・ウルトとでも叫んでおこう」

 

 ゼートゥーアとルーデルドルフはそう言って、笑いあったのだった。



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赤い星が墜ちるとき

短めです。


 連邦軍親衛機械化軍団。

 親衛の名の通り、装備・練度・士気、全ての面において優秀とされた部隊を集めて戦前から編成されていたものだ。

 

 総司令官はゲオルギー・ジューコフ元帥であり、彼は優れた指揮官としてジュガシヴィリをはじめ、共産党指導部からの評価は高い。

 

 だが、彼はルーシー人だ。

 その願いはルーシーの繁栄であり、共産党の繁栄ではない。

 加えて、ジューコフは現時点ではジュガシヴィリ書記長を除けば連邦軍における実質的な最高責任者と言える立場にある。

 

 そうさせるほどに能力を示し、精励してきた彼への期待は大きかった。

 だからこそ、ジューコフはもっとも困難な任務を実行しようとしている。

 

 通常の部隊なら問題なく帝国軍は投降を受け入れ、その後の扱いもマトモなものだろう。

 しかし、ジューコフが率いる軍団は親衛という名がそれを邪魔している。

 

 7月の間、彼は注意深く前線部隊の状況を分析・観察した。

 前線部隊が崩壊しているのは帝国軍の攻撃によるものか、それ以外によるものなのか知る為だ。

 6月22日の国境地帯における帝国軍の攻勢開始時は単純に甚大な被害を受けて、部隊が崩壊したというのを彼は把握していた。

 

 しかし、それ以降は部隊ごと帝国軍に投降している為だと分かったのだ。

 それだけではなく、多くの都市や街、村などで帝国軍は共産党からの解放者として迎え入れられ、また帝国軍が気前良く食料を配給していることなども加わって、民心は完全に共産党から離れている。

 

 ジューコフの故郷であるストレルコフカ村も数日前に帝国軍の占領下に置かれたが、現地に派遣した偵察部隊によれば村はお祭り騒ぎで、共産党が宣伝している帝国軍の脅威や横暴とやらはどこにもないらしい。

 

 ついでに偵察兵の数人がそこで行方不明(・・・・)になったそうだが、ジューコフはそれを黙認した。

 他に小うるさい政治将校も1人くっついていったのだが、敵の流れ弾に不運にも当たってしまい(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、戦死したらしい。

 

 親衛機械化軍団は確かに装備・士気・練度の全ての面で優れていた。

 だが、それは1926年6月22日までの話で、それ以降は他の部隊と同じような士気の状態だ。

 派遣されている政治将校が革命思想にどっぷりと浸かった者ばかりであることから、表面化していないだけだとジューコフは見抜いていた。

 

「彼らはおそらく、我々のことを神に仇なす敵とでも思っているだろう」

 

 ジューコフ自身は幼い頃からルーシー正教の信者であるので、むしろ神を信仰している側だ。

 それはさておいて、彼が取り組んでいるもっとも困難な任務は、親衛機械化軍団の降伏を帝国軍にうまく受け入れてもらうことだ。

 

 その為に降伏は帝国軍の本格的なモスコー攻勢が始まる前に行わなければならず、また降伏が欺瞞だと思われない為にも手土産が必要だ。

 

 帝国が欲しがる手土産とは、モスコーという都市ではなく、そこに巣食う共産主義者達だ。

 

 そのとき、執務室の扉が叩かれた。

 許可を出せば参謀長だった。

 

 ジューコフは彼をモスコーにある連邦軍最高司令部――スタフカへと派遣していたのだ。

 

「スタフカのヴァシレフスキー元帥をはじめ、全員が賛同しました。ゴーリキーの方面軍のティモシェンコ元帥もスタフカ経由で協力を取り付けました」

 

 その言葉にジューコフは満足げに頷きながら告げる。

 

「うまくやらねばなるまい。あとは帝国軍とのやり取りだが……神の御加護があることを祈ろう」

 

 彼は早速、帝国軍に対して書状をしたためることにした。

 

 とある存在が彼に微笑んだかどうかは定かではない。

 だが、彼が幸運であったことは確かだった。

 

 

 

 

 

 帝国陸軍中央軍集団は、北方軍集団や南方軍集団よりも多数の装甲師団及び歩兵師団が配備され、また他の軍集団よりも優先して補給が受けられる権利を有している。

 

 共産主義体制の打倒が連邦との戦争における目標で、それはモスコー占領によって成し遂げられると判断されていたからだ。

 

 より正確にはモスコー占領後、そこでアナスタシアが戴冠式を行い、ルーシー帝国の再興を内外に宣言するというものがあるのだが、そのあたりは政治の仕事であり、軍が関与するものではない。

 

 中央軍集団の総司令官であるクライスト元帥の下に、書状が届けられていた。

 モスコーにもっとも近い部隊――それでもまだ70km程の距離があったが――が連邦軍の特使から受け取ったものだ。

 

 差出人の名前から、前線部隊では判断できかねるとどんどん上へと回されて、最終的に中央軍集団の司令官であるクライストの下までやってきた。

 

「どう考える?」

「欺瞞という可能性が高いかと……」

 

 クライストの問いに参謀長は答える。

 

「もっともな判断だが……本当にそうなのだろうか?」

「……昨今の情勢を鑑みればこの書状の通りである可能性もありますが、敵は精鋭です。士気も、これまでの敵とは違うでしょう」

「どちらにせよ、参謀本部へ報告しつつ相手の出方を見よう。欺瞞だと切り捨てるのは簡単だが、もしも本当であったなら無駄な犠牲を出すことになる」

 

 クライストが受け取った書状、その差出人は親衛機械化軍団の司令官であるジューコフ元帥だ。

 

 

 モスコーを我々で抑え、共産党指導部を全員拘束し、引き渡す――

 彼らはゴーリキーへの逃走を企てているが、ゴーリキー方面軍のティモシェンコ元帥とは協力関係にある――

 連邦軍最高司令部における軍人もまた、全て賛同している――

 実行は9月10日までに行う――

 

 クライストからの報告を聞き、陸軍参謀本部はクライストに進撃停止を命じつつ、空軍へ事情を説明し、9月11日まで空爆を遅らせるよう要請した。

 空軍はそれを承諾し、万が一欺瞞であった場合に備え、投入する航空機の数を増やすことにした。

 

 そして、1926年8月28日。

 ジューコフは帝国軍に消耗を強いる市街戦を実行する許可を得る為、モスコー市内の防衛体制強化をジュガシヴィリへと直談判した。

 ジュガシヴィリはこれを承諾し、必要な兵力をモスコー市内に配置したいというジューコフの要望もまた受け入れた。

 

 ジューコフの提案は誰でも理解できる程に明快で合理的であった為だ。

 

 直談判後、すぐにジューコフはスタフカのヴァシレフスキー元帥に書記長の承諾を得たことを報告し、必要な協力を要請した。

 ヴァシレフスキー元帥は承諾し、万が一の場合に備えて脱出路を確保する為、ゴーリキー方面軍のティモシェンコ元帥にモスコーからゴーリキーに至る全ての街道の警備を命じた。

 

 ティモシェンコ元帥はすぐさまスタフカからの命令通りに全部隊に対し、街道警備を命じた。

 また、モスコーからやってくる輩は全員例外なく調査し、共産党党員は別命あるまで保護(・・)するよう彼は命じた。

 

 

 準備が整い、ジューコフは防衛線から戦車師団1個と自動車化狙撃兵師団3個を引き抜いて、モスコーへと入城した――

 

 1926年9月7日のことだった。



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最後の足掻き

 時間は少し遡る。

 

 

 

 親衛機械化軍団によるクーデター、彼らがモスコーを制圧して書記長らを拘束してくれるという件の情報は、ターニャら第203航空魔導大隊のところにも届いていた。

 クーデター軍はゴーリキー方面も抑えており、一連の行動は9月10日までに行われるということで、魔導大隊の面々も戦争はこれで終わりだと喜んだのは数日前のことだ。

 しかし、ターニャは日が経つにつれ、違和感を覚えていた。

 

 

「本当に? あの独裁者が?」

 

 連邦軍はボロボロで投降が相次いでいる中、親衛部隊といえど、軍をモスコーへ入れる――

 

 それを許可するだろうか?

 

 独裁者という人種は身の危険を察知することに関しては人一倍才能があるんじゃないか、とターニャは個人的に思っている。

 だからこそ、書記長がクーデターの可能性を考えていないわけがない。

 

 

 そのとき、ターニャは閃いた。

 それは虫の知らせかもしれないし、あるいは彼女が好まない神とやらの導きかもしれない。

 

 幸いにも第203魔導大隊はクーデターが失敗した場合に備え、友軍の即応軍魔導大隊と共に待機状態にある。

 

 ターニャは立ち上がり、そして駆け出した。

 向かう先は優秀な副官のところだ。

 

 数分もしないうちに彼女は魔導師の待機所へと到着する。

 待機所では大隊の面々が思い思いに過ごしている。

 今日は第203大隊が昼間待機であり、夕方には別の即応軍魔導大隊と入れ替わる予定だ。

 

 突如として現れたターニャに大隊全員が慌てて立ち上がる。

 

「聞いてくれ。もしかしたら、共産党の親玉と取り巻きが逃げているかもしれない」

 

 まさかの言葉にヴィーシャらは目を丸くした。

 

「少佐、それはどういう……?」

「杞憂ならそれでいい。だが、あの独裁者が簡単にクーデターを許すとは私には思えない。そっくりの人物を用意するくらいはやるだろう。酒でも飯でも何でも奢るから、調べるのを手伝ってくれ」

「調べると言っても……どうやって?」

 

 ヴィーシャの問いにターニャは思考する。

 車、鉄道、そして飛行機。

 

 その3つの手段があったが、彼女は鉄道をまず排除した。

 列車での移動はあまりにも目立ちすぎる上、見つかった場合、逃げることもままならない。

 列車は前へ進むか、後ろへ下がるかのどちらかしかできないからだ。

 列車にヘリコプターでも積んでいれば話は別だが、連邦が実用化したという情報はない。

 

 

 となると残るは車と飛行機だが――両方ではないか、と彼女は思う。

 

「とにかくついてこい!」

 

 ターニャはそう告げると、走り出した。

 ヴィーシャらは遅れまいと慌てて追いかけた。

 

 

 そして、ターニャが向かったのは空軍の基地司令のところだった。

 即応軍魔導大隊は任務の性質上、輸送機で運ばれることも多い為、基本的に空軍基地の一角に駐屯していた。

 

 

 

 緊急の案件ということで基地司令の大佐はすぐさま面会に応じてくれた。

 ターニャが優秀な魔導師であり、これまでに抜群の戦功をあげていることも手伝った。

 

「どうかしたか?」

「はい、大佐。モスコー周辺を除く、連邦の飛行場か空港、空軍基地などが記された地図をお借りしたいのです」

「別に構わないが……廊下で待っている君の大勢の部下達と何か関係が?」

 

 その問いにターニャは重々しく頷く。

 

「私の杞憂であればいいのですが、共産党指導部がそっくりの人物と入れ替わり、本物は逃亡を企てるのではないか、と思いまして」

「……理由は?」

 

 大佐は真剣な表情で問いかけた。

 そんなことはありえない、と切って捨てることをしない――ターニャにはそれが有り難い。

 

「あの独裁者が簡単に諦めると思いますか? 順調に行き過ぎている気がします」

 

 ターニャの問いに大佐は軽く頷いて、更に問いかける。

 

「考えられる逃走手段は?」

「自動車で検問を突破し、モスコーから離れた場所にある飛行場から航空機で逃げ出すのではないかと思われます」

「西と南は帝国軍、東はクーデター側に加担している連邦軍部隊がいる。となると、北か」

 

 ターニャもまた大佐の言葉に頷いてみせる。

 

「検問で引っかかったりはしないか?」

「自動車を少し改造すれば隠れる場所はいくらでもあります。初めから疑って調べなければ帝国軍が検問していたとしても突破されるでしょうし、何よりも北側へ逃げることを予想していない可能性が高いかと思われます」

 

 ゴーリキー方面への逃走が企てられているが、そちらは抑えてあると大佐も聞いている。

 彼はすぐさま部下に命じて地図を持ってこさせた。

 

 机に大きな地図を広げると、多くの飛行場や空港、空軍基地が記されていたが、そのほとんどにはバツ印がついている。

 空軍が潰した証だ。

 

 一見すると漏れはないかのように思えるが、大佐はある一点を指し示した。

 

「ここにある飛行場は攻撃していない。他と比べて滑走路が短く、また設備も小規模だ」

 

 モスコーの北北東、およそ250kmのところにあるルイビンスクだった。

 ここルジェフからだと直線距離にしておよそ350km程だ。

 

「滑走路が短いとは具体的にどの程度ですか?」

「小型機の離発着ならば可能といったところだ。民間の飛行場のようで、軍用機は全く確認されていないというのも、これまで攻撃しなかった理由だ」

「他に飛行場はありますか?」

「あるといえばあるが、ゴーリキー方面を除けばアルハンゲリスクに近くなる。あそこらは合州国海軍が張り切っているからな……」

 

 大佐の言葉にターニャは察する。

 アルハンゲリスク、ムルマンスクやその他沿岸部における連邦軍基地や港湾、飛行場は合州国海軍の第58任務部隊の空爆によって完全に破壊されている。

 

 そして、今この瞬間にも合州国海軍の艦隊が白海を遊弋しているだろうことは想像に難くない。

 そちらへ向かえば艦載機に捕捉される危険性が大きく、なおかつ逃げ場がない。

 

 アルハンゲリスク近くまで航空機で飛び、破壊を免れたどこかの港から船で逃げる可能性も無いというわけではないが、非常に低い。

 合州国海軍の艦隊から逃げられると思うほど、書記長らは楽観的ではないだろう。

 

 空からゴーリキーを迂回しつつ、東へ逃げるつもりだとターニャは確信した。

 この後はゼートゥーアに許可を取り付けねばと彼女は思いつつ、大佐に礼を述べたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ターニャは廊下で待っていたヴィーシャらにルイビンスクへ向かう可能性が高いと指示しつつ、そのままゼートゥーアへと意見具申を行うべく通信室へと向かう。

 即応軍において、現場と参謀本部との連絡は非常に重要視されており、現地で不測の事態が起こった場合を想定し、幾つかの略号が決められている。

 

 奇しくも、緊急事態を示すのは赤を3回繰り返すもので、この略号がついた暗号文はただちに復号され、ゼートゥーアへと上げられる。

 

 そして、ターニャによる報告が参謀本部へと打電されて1時間後、遂に返信がきた。

 それは非常に短いものだった。 

 

 直ちに出撃せよ、決して逃がすな――

 

 

 

 このとき、モスコーのクレムリン宮殿ではジューコフによるジュガシヴィリ書記長との直談判が終わり、別れの挨拶を交わしていた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ジュガシヴィリはジューコフがクレムリン宮殿を出たことを確認し、そのままロリヤを従えて裏門へと回った。

 裏門にはセダンタイプの乗用車が4台、待機していた。

 運転手と乗り込む護衛は全てロリヤの子飼いの部下達で、連邦がこのような状態になってもジュガシヴィリとロリヤに忠誠を誓っている頼もしい連中だ。

 全員がNKVD所属であったが、そうとは分からないよう連邦軍兵士に変装していた。

 

 もっとも、彼らが未だにジュガシヴィリらに従っているのは保身から出たものだ。

 全員が例外なく、悪事がバレたら死刑になりそうなことをやらかしていた。

 

 さて、ジュガシヴィリとロリヤは別々の車に乗るのだが――普通の席に座るのではない。

 

「まるで棺桶だな」

「申し訳ありません、同志書記長。何分、急ごしらえですので」

 

 ジュガシヴィリの言葉にロリヤは頭を下げる。

 

 後部座席が部下達によってどかされると、そこには1人分の寝転ぶことができる空間があった。

 しかし、それはジュガシヴィリの言うように棺桶みたいなものだった。

 棺桶よりもマシであるのは呼吸の為に完全密閉されていないこと、埋められないこと、移動中に凍えない為に毛布などの防寒具があることだ。

 

「ロリヤ、構わないとも。しかしジューコフめ、私が気づかないと思ったら、大間違いだ」

 

 こういうときの為にジュガシヴィリもロリヤも影武者を用意してあった。

 今頃、影武者達は各々の執務室で仕事を開始している頃だ。

 ジュガシヴィリもロリヤも世界の敵であるかのように喧伝されてしまっている為、逃げ場などない。

 これをどうにかするには死んだことにするのが一番手っ取り早い。

 

 これまでに蓄えた財産はとうの昔に国外へ移転させてあり、ベネズエラあたりで悠々自適な生活を送ることができるよう、手筈を整えてあった。

 

 ジュガシヴィリとロリヤの計画は単純で、影武者がクーデター軍に拘束され、そのまま裁判なりで死刑になってしまえば、あとは単なるそっくりさんとして知らぬ存ぜぬを貫いて生きていけると確信していた。

 

「ルイビンスクまでおよそ5時間、それまでに見つからなければ我々の勝利だ」

 

 随分とちっぽけな勝利になってしまった、と思いジュガシヴィリは自嘲気味に笑った。

 




たぶん次で最後かもしれない。


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解放の時

「酷い旅だった」

 

 ジュガシヴィリは車から降りて、首や肩を回す。

 5時間近くかかったのだが、途中の休憩は5分未満のものが数回あっただけだ。

 時折、検問で止められたが、特に問題なくやり過ごせた為のは幸いだ。

 

「同志書記長、お疲れのところ申し訳ありませんが、最終点検が済み次第、すぐに飛行機へ……」

 

 ロリヤの言葉にジュガシヴィリは鷹揚に頷きながら、訂正する。

 

「同志書記長とは頂けないな。スターリンとでも呼び給え」

「は……?」

 

 ロリヤは面食らった。

 すると、ジュガシヴィリは溜息交じりに告げる。

 

「どこから嗅ぎつけられるか分からん」

 

 スターリンとは鋼鉄の男を意味する。

 ジュガシヴィリはここルイビンスク郊外にある飛行場に辿り着くまでの時間を使って、そのままではまずいだろうと呼び名を考えたのだ。

 同志書記長という呼び名をスターリンと変えるだけだ。

 

「同志スターリン……?」

「……同志もいらん。単にスターリンだ」

「では、スターリンさんと……ならば私はベリヤとでも御呼びください」

 

 単純過ぎないか、とジュガシヴィリは思ったものの、意外と単純な方がバレにくいこともある。

 

 2人がそのようなやり取りをしている間にも、準備が進められている。

 滑走路脇には単発の軽輸送機が4機並んでおり、それぞれに整備員達が乗り込んでいるのが見えた。

 

 

 飛行場は粗末なもので、滑走路と幾つかの格納庫・小さな管制塔・燃料庫などの必要最低限の設備しかない。

 これなら帝国空軍の目も欺けるというもので、ジュガシヴィリは感心してしまう。

 

 やがて整備員達が離れていった。

 既に各機のパイロットも操縦席に座っており、あとはジュガシヴィリらが乗り込むばかりとなった。

 

「では、行くとしよう。私の運はまだ尽きていなかったようだ」

 

 ジュガシヴィリが一歩、足を踏み出したときだった。

 

 

 10m程のところにあった飛行機全てが大爆発を起こし、炎上した。

 ジュガシヴィリは突然のことに驚く間もなく、爆風に吹き飛ばされて転倒する。

 

 踏ん張って耐えられたものは誰もおらず、全員が地面へと転がった。

 一番早く立ち上がったのはジュガシヴィリだった。

 

 彼はよろよろと立ち上がると、事態の把握に努める。

 

 周囲に視線を巡らせ――空に無数の人が浮かんでいるのを見つけた。

 その距離は数百m程であったが、彼らは急速にこちらへと近づいている。

 

「やぁ、御機嫌よう! クソッタレな共産党の同志諸君! 目の前で唯一の脱出手段が潰された気分はどうかね?」

 

 先頭にいたのは幼女だった。

 しかし、その浮かべている表情は悪魔も逃げ出しそうな程の邪悪な笑みだ。

 

 護衛達が慌てて銃を抜こうとするも、その前に幼女が告げる。

 

「無駄な抵抗はやめたまえ、お前達は完全に包囲されている。ついでに言っておくが、私は共産主義者が世界で一番大嫌いで、お前達相手の引き金は非常に軽いぞ」

 

 その声を受け、彼女の背後にいる無数の――おそらく大隊規模の魔導師達が一斉に小銃を向ける。

 

 防郭があることから、魔導師の防御は堅い。

 今ここにある銃ではどうにもできないことは明らかだった。

 

「……私はジュガシヴィリではないし、横にいる男もロリヤではない」

 

 ジュガシヴィリは一か八かの賭けに出ることにした。

 身代わりとしてクレムリン宮殿にいるのは見た目から仕草に至るまで、完璧に仕立て上げてある。

 別人だと証明すれば、少なくともここから逃げることはできると彼は考えた。

 乗ってきた車はまだ無事であるし、何なら帝国の保護を求めてもいいと。

 

「ほう! ではどこの誰だというのかね?」

 

 幼女は笑いながら問いかけてくる。

 ロリヤの性的な嗜好に合ったらしく、彼は幼女を血走った目で見ているが、ジュガシヴィリはそれを見なかったことにして、毅然と告げる。

 

「私はスターリン(・・・・・)で、この男はベリヤ(・・・)だ。よく似ているから、ジュガシヴィリとロリヤの身代わりにされそうなところを逃げてきたんだ」

 

 ターニャは目を丸くしたが、それも一瞬のことだ。

 くつくつと彼女は笑ってしまう。

 

「そうか、そうか、これは大変失礼しました。御二人はスターリンとベリヤでしたか!」

「ああ、そうだ。見ての通り、護衛達も連邦軍の兵士で共産党員ではない。帝国軍に保護を求めたい……そちらとしても、民間人を誤射しそうになったのは問題があるだろう?」

「ええ、全くその通りです。ところでエリヴァン広場ではうまくやりましたね?」

 

 一瞬、ジュガシヴィリは言葉に詰まってしまう。

 エリヴァン広場、忘れもしない場所だ。

 彼が仲間と共に計画し実行した、革命の為に資金調達として現金輸送車を襲った場所。

 

 しかし、それを知っているのは今は亡き同志達のみ――

 ロリヤだって知らない筈――

 

「おや? どうされましたか? ただ何となく昔あった強盗事件の犯行現場を言ってみただけですが?」

「いや、何でもない。それで、保護を受け入れてくれるのか?」

「ふむ、そうですねぇ……保護を求める民間人であるなら、そうしないのは問題があります」

「そうだろう? それにこんな見た目だから、ルーシー側に引き渡されるとどうなるか分からない。あなたの権限で、うまくやってはくれないだろうか?」

 

 ジュガシヴィリの言葉にターニャは深く頷いた。

 

「ところで、逃げてきたのはあなた方だけですか? 車内の捜索もしますので」

「ああ、そうだ。他にはいない」

「それは重畳。総員、予定通り(・・・・)に行動しろ」

 

 ターニャの指示を受け、ヴィーシャらは動いた。

 彼女達は小銃を向けながら、ジュガシヴィリらの傍へと降り立ち、そしてそのまま彼らを拘束する。

 

 しかし、それは手荒なものではなく、丁重なものだ。

 

「念の為にそのようにさせてもらいます……無抵抗で拘束されるというのは心証が良いですね」

「ああ、何しろ単なる民間人だ。拘束されて困る理由はない。だが、早期解放を求める」

 

 ターニャは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ええ、うまくやりますよ(・・・・・・・・)。同志スターリン、いえ、同志ジュガシヴィリ。ジューコフ元帥がモスコーでお待ちです。部下を見捨てて逃げ出すのは、心証が最悪ですねぇ……」

 

 ジュガシヴィリはその言葉をすぐには理解できなかった。

 やがて、怒鳴りつけた。

 

「お前! 最初から分かっていたのか!?」

「当たり前だ。共産主義者のしぶとさはよく知っているからな。あと、スターリンとベリヤ……その偽名を選んだのも間違いだった。ここがお前達の終着点だ」

 

 ターニャは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

 実のところ、彼女達はジュガシヴィリらが到着する1時間前にはこの飛行場に来ていた。

 飛行場の監視に見つからないように一定の距離を保ちながら、見守っていたのだ。

 

 車から降りたジュガシヴィリらが何やら会話をしているのも当然、双眼鏡で見ていた。

 読唇術で読み取った結果、彼らが本物であると判断しつつ、ターニャが少し遊び心を出した結果だ。

 

 

 

 

 

 もっとも、ジュガシヴィリとロリヤはすぐには引き渡されなかった。

 これはゼートゥーアの危惧であり、もしも万が一、こちらが身代わりだった場合だ。

 逃げ出すと見せかけて本物はクレムリン宮殿に残り、最後の混乱時に脱出するというシナリオも考えられた為に。

 

 結局、彼らがジューコフ元帥へと引き渡されたのは9月9日だった。

 入城していたクーデター軍によりモスコー市内は8日までには完全に制圧され、クレムリン宮殿にてジュガシヴィリとロリヤは拘束されていた。

 

 しかし、2人はすぐに偽物であると白状した。

 彼らは数時間にも及んだルーシー式尋問(・・)に耐えられなかったのだ。

 

 

 ジューコフはすぐさま状況を帝国軍へ知らせつつ、クーデター軍に対して捜索を指示したところに、ターニャら第203航空魔導大隊が本物のジュガシヴィリとロリヤを連れてやってきた。

 

 なお、ターニャにとっては引き渡し自体はどうでも良く、ジューコフ元帥をはじめヴァシレフスキー元帥などの将軍達と会うことの方が軍オタ的な意味で非常に大事だった。

 

 そして、1926年9月15日。

 ジューコフ元帥を首班とした臨時政府は交戦国全てに対し無条件降伏を申し入れ、それを各国は受け入れた。

 2年以上続き、世界各国を巻き込んだ戦争は共産主義の打倒という目的へと変質したものの、ようやく終結したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1926年12月10日――

 

 ターニャは帝都ベルンの街中を1人、歩いていた。

 最近放送が始まり、各所に設置された街頭テレビ――それも白黒ではなくカラーである――にはモスコーにおける戴冠式の様子が映し出されている。 

 

 ルーシー連邦は倒れ、ルーシー帝国が再興した。

 ルーシーにおける混乱は各国の物的支援もあり、最小限に抑え込めている。

 とはいえ、これからの課題は山積みだ。

 

 ベラルーシやウクライナなど幾つかの地域は独立し、極東においても秋津島皇国に領土を取られている。

 帝国や合州国などの企業に対する資源採掘の許可など、領土以外でも色々と毟り取られている。

 借金も膨大だ。

 とはいえ、少なくとも連邦時代と比べて国民の生活はマシになるだろうとターニャは予想している。

 

 帝国軍は大幅に縮小されたものの、魔導師達は本人が除隊を希望しなければ放り出されることはなかった。

 特にターニャと彼女が率いた第203航空魔導大隊は抜群の戦功と非常に低い損耗率であったことから、戦争中もちょこちょこと色んな勲章やら何やらを貰っていたが、戦争終結後にも色々と貰ってしまった。

 

 ターニャはまさか自分が貰えるとは思わなかったものがある。

 黄金柏葉剣ダイヤモンド付き騎士鉄十字章とプール・ル・メリット勲章だ。

 前者はそもそも何で存在しているんだとターニャが思って調べたところ、どうやらルーデルやハルトマンといった空軍パイロット達がとんでもない戦果を上げた為だった。

 

 空軍は戦争終結時、300機超えのエースが大量にいるとかいう、ちょっとよく分からないことになっている。

 ルーデルはいつものことなので、ターニャとしては特に驚くことではない。

 

 

 彼女は今後の進路について、しばらくは軍にいることに決めた。

 大きな理由はワガママが通ったことだ。

 前線よりも後進育成に尽力したい、と素直にゼートゥーアへ要望を出したところ、それが聞き入れられた為に後方勤務――最低でも教導隊――は確定している。

 

 

 

 そんな中、彼女はある建物の前で足を止めた。

 古びた教会だ。

 

 ターニャは肩を竦め、教会へと歩みを進めた。

 彼女は自らの意志でここを訪れることに決めていたのだ。

 

 

 

 礼拝堂には幸いにも誰もいなかった。

 幸運だが、存在Xが仕組んだんじゃないかと彼女は疑ってしまう。

 

 ともあれ、他人に聞かれたくないことを言うので有り難かった。

 

「存在X、一度しか言わないからしっかり聞け」

 

 ターニャはそう前置きし、大きく深呼吸して告げる。

 

「お前は私に試練を与えると言って、このようなことをした。確かに色々とあったが……感謝してやる。前世では絶対にできない体験、数多くの出会いをさせてくれたことをな」

 

 以上だ、と彼女は告げて踵を返した。

 そのときだった。

 

 

 お前を許そう――

 

 

 あの声が聞こえた気がして、ターニャは思わず振り返ったが、そこには誰もいない。

 

「……別にお前に許される必要などない。単なる礼儀の問題だ。ありがとう、という一言が言えない程、私は冷血な人間ではないからな」 

 

 ターニャはそう言い返し、さっさと教会から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるどこかの空間に彼らはいた。

 存在Xとターニャから呼称された者は他の面々に声を掛ける。

 

 今回は実にうまくいった――

 人間はほどよく甘やかせば良い――

 

 その言葉に他の者達は賛同し、口々に告げる。

 

 転生先の世界で通用する能力を与えてやればいい――

 ならば我々が姿を見せ、人間達自らに欲しい能力と転生したい世界を選ばせよう―― 

 

 

 

 

 

 

 そうすれば人間達は我々に感謝してくれるだろう――

 

 

 




おまけはあるよ。たぶん。


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おまけ ターニャ・フォン・デグレチャフ(某大百科風記事)とその後の世界


※ネタ的な表現が多数あります。


 

 ターニャ・フォン・デグレチャフ

 

 帝国の軍人。最終階級は魔導中将。

 優れた軍人であり、魔導師。

 先の戦争――全ての戦争を終わらせる戦争、あるいは世界大戦と呼ばれるもの――で抜群の戦功を上げた。

 彼女を表すには一言で事足りる。

 アンサイクロペディアに嘘を書かせなかった人物その2である。 

 ちなみにその1はヴェルナーで、その3はヒトラー、その4はルーデルであと他多数……あの時代の帝国は化け物多すぎと言われるのは周知の事実である。

 

 ただ、彼女の場合、ヴェルナー達とは毛色が違っている。

 それは、9歳で士官学校に入学したという事実がよく表しているだろう。

 

 

 

 

 そもそも9歳で士官学校に入学できるの?

 

 当時の士官学校には年齢の上限はあったが、下限はなかった。

 また10代前半であっても、魔導適性があれば入学する者も少数ながらいたという記録もある。

 

 

  

 眉唾みたいな話とか色々あるけど、前線ではどうだったの?

 

 彼女の戦功は凄まじく、黄金柏葉剣ダイヤモンド付き騎士鉄十字章を授与された唯一の魔導師。

 この勲章は、ルーデルやハルトマンなど、一部のとんでもない連中に対して与えられる勲章がなくなったことから創設された。

 当初の予定では12個の限定品だったらしいが、300機超えのエースがゴロゴロでたり、ルーデルよりは多少劣る程度な(つまり他国ではぶっちぎりでトップになれる)パイロットが大量に空軍で出たため、数量限定ではなくなった。

 陸軍でも戦車エースが多数出ているが、それでも空軍よりは少ない。

 

 魔導師としての技量も勿論だが、彼女が本領を発揮したのは指揮官としてである。

 特に彼女が指示して撮影させた様々な記録写真や記録映像は貴重な歴史的資料として、評価が高い。

 ジューコフ元帥らと満面の笑みで記念写真を撮っているターニャの可愛さについては別の場所で語るように。

 

 

 

 よく話題に上がるけどターニャとヴェルナー、どっちがヤバい?

 

 戦術レベルならぶっちぎりでターニャ。

 開戦以来のベテラン魔導師は伊達じゃない。

 でも、彼女のやったことはまだ当時でも理解できる範疇にあるし、困難な任務を達成してはいるけど、基本的に参謀本部からの命令に従って遂行していた。

 戦略レベルというか、国家レベルならヴェルナーが圧倒的。

 あの当時にあんな大胆な決断と大規模な投資をして、それが全部成功しているので、絶対チート使っている。

 

 

 

 ターニャとゼートゥーアについて教えられたし。

 

 有能な部下と有能な上司。

 ゼートゥーアは学者みたいだという評価があるが、世紀の博打打ちだという評価もある。

 ジュガシヴィリとロリヤが影武者と入れ替わっている可能性を指摘したターニャからの連絡に対し、僅か1時間で結論を出して出撃を命じている。

 ターニャの進言に対して参謀本部では反対意見が多かったらしいが、彼は「私の首でどうにかしよう」と言ったらしい。

 

 

 

 ターニャが撮影した写真について教えて下さい。

 

 スカパ・フロー攻撃の時に撮影されたかつての連合王国本国艦隊をはじめ、作戦行動中の帝国海軍艦隊をバックに自身が写ったものなど多数があり、ネットで検索すれば帝国の公式サイトにいける(皇国語対応)

 ターニャの一番の功績だという評価も高いが、満面の笑みで彼女が写っている写真も多い。

 たぶん個人的にほしかったんじゃないか、というのが通説。

 ちなみに彼女と写真を撮った人物は非常に多く、帝国陸海空軍の軍人や政治家は勿論、合州国やルーシー、共和国にかつての連合王国まで様々。

 ターニャは軍オタというのはよくある説。

 

 

 

 ターニャが行ったロリヤへの質問について教えてください。

 

 ジュガシヴィリとロリヤをジューコフ元帥へと引き渡した後、ターニャは冗談半分に2人に問いかけた。

 秘密の部屋とかそういうものはあるか、と。

 ジュガシヴィリは沈黙したが、ロリヤは悩ましい顔をした。

 ターニャは嫌そうな顔をしたが、ロリヤの前で微笑みながら、上目遣いにお願いしたら、彼はあっさりと喋った。

 そのまま、ターニャはロリヤに素直に色々話してくれるようお願いしたら、全部喋ったという当時あの現場にいた連邦軍兵士による証言記録がある。

 筋金入りのロリコンだからね、仕方ないね。

 ジュガシヴィリが可哀相。

 嘘か本当か分からないが、この件がジュガシヴィリの口を割らせるきっかけになったらしい。 

 そりゃ(腹心が幼女の笑顔であっさりと秘密を漏らせば)そうよ。

 

 

 

 ターニャとヒトラーってどういう関係だったの?

 

 ヒトラーの相談役兼絵画のモデル役だった。

 ヒトラーとターニャはできていた、という説があるが事実ではない。

 そもそもヒトラーははじめてターニャと出会ったときには既に婚約者がおり、戦後に結婚している。

 あと彼はロリコンではない。

 

 ヒトラーとのこのような関係は彼が宰相になった後も続き、彼の政策に関して幾つも助言をしていることが記録に残されている。

 なお、ターニャの手記によればヴェルナーとヒトラーが各国を巻き込んで大真面目にふざけたことをやろうぜと企んでいたらしく、文化的な戦争とまで呼ばれるような各国の偉い人達によるネタ映像が後に撮影されることになった。

 ちなみに費用は各国のものも含め、全てヴェルナー持ちである。

 

 イチオシはターニャとアナスタシアによる踊りながら歌ってみた。

 ターニャ本人は嫌だったらしい――アナスタシアとのペアが嫌というわけではなく単純に出演すること――が、これも仕事と割り切ってやったらしい。まさしく軍人の鑑。

 

 

 

 戦争当時、各国におけるターニャの評価はどうだった?

 

 連合王国(今はもうない)・共和国・協商連合をはじめターニャと彼女の部隊と交戦した国では基本的に疫病神・死神扱い。

 当時はターニャの名前や部隊名までは知られていなかったが、帝国軍の精鋭魔導師部隊がいることは知られていた。

 ルーシーではジュガシヴィリとロリヤを捕まえたという功績により、帝国に負けないくらいに英雄扱いされている。

 そのこともあってアナスタシアはターニャのことがお気に入りで、ちょくちょく手紙でやり取りもしていたらしい。

 ターニャとアナスタシアの件の映像も、陛下が希望したらしい。

 この事実から妄想を逞しくさせる連中も多いが、そういう関係ではなかった。

 

 

 

 ターニャって恋人とかいたの?

 

 部下や同僚、上司などの多数の証言によるとそういう存在はいなかったらしい。

 ゼートゥーアをはじめ、多数のお節介焼きおじさんおばさん達が色んな男とお見合いをさせようとしたが、白銀としての本領を発揮して、彼女の捕獲に動員された全ての即応軍魔導大隊から1ヶ月間逃げ切ったとかいう嘘みたいな本当の話がある。

 なお、即応軍だけでなく、警察や陸軍部隊、空軍に海軍まで動員された模様。

 名目上は魔導師によるテロ対策訓練で、ターニャが犯人役で逃走中というものだった。

 当時の映像が残っているが、戦争でも始まったんじゃないかってくらい帝国軍が動いているのが分かるのでオススメ。

 

 ちなみにターニャは最終的にアンソン・スー大佐の家に隠れた。

 彼らは戦時中に帝国へアンソンとメアリーは義勇軍魔導師として派遣され、母親は出稼ぎに来ていたのだが、戦後に移住・帰化している。

 当時、たまたま家に1人でいたメアリーに事情を話して、慰められたという記録が残っているので、そこから妄想を逞しくさせる連中も多い。

 勿論、そういう意味で慰められたわけではないので勘違いしないように。

 アンソンとメアリーの教官を務めたこともあり、関係は良好だったようだ。

 

 

 

 

 

 その後の世界について

 

 戦後ほどなくしてヒトラーの提唱により、国際連合設立。

 安保理常任理事国に帝国、合州国、ルーシー帝国、秋津島皇国、共和国、イルドア、イングランド。

 多数決制で賛成4反対3などでも、賛成に従うのが原則。

 基本的に意見がぶつかったら、帝国や合州国が利害調整役に回り、この2カ国がぶつかったらルーシーが調整役に回っている。

 そのおかげか、2019年に至るまで小競り合いはあれど、戦争は起きていない。

 

 

 2019年時点

 

 帝国

 帝国の技術力は世界一がネタではなく本当。

 それによってもたらされる利益により、多額の戦時国債を発行をしたにも関わらず、いち早く返済を完了している。

 最近は宇宙開発にハマっており、2030年までに他国との共同利用を前提とした軌道エレベーター建設が目標。 

 地球は平和なら何でもいいよ派。国際連合の言い出しっぺ。

 

 合州国

 帝国と組んで、宇宙開発にどハマリ中。

 新しいフロンティアは宇宙にあった。

 地球のことは騒ぎ(戦争)を起こさなきゃいいと思っている。

 起こした瞬間、帝国と組んで両方を潰すと決意している。

 

 

 ルーシー帝国

 連邦が残したレンドリース代金やその後の様々な物的支援の支払いに苦しみつつも、独立や講和条約によって取られてもなお広大な領土、そこから産出する資源によってどうにか持ち直す。

 2025年までに返済完了が目標。

 帝国や合州国とは経済的な衝突はあるものの、基本的に仲良し。

 宇宙より国内開発手伝ってって思っている。

 

 

 秋津島皇国

 極東の雄として確固とした地位。

 戦後からこれまで後回しにしてきた国内開発や国力増強に全力を費やした結果、単純な国力ならばルーシー帝国よりも上。

 独特な魔導師達は今も健在で、最近では航空技術の進歩により72時間以内に世界中に展開できるくらいの即応性がある。

 戦争になると音速の輸送機で高高度から島津隊が72時間以内に降ってくるらしい。

 帰還には再度、輸送機が来るのだが、彼らの性格的に損耗率が凄まじいことになるんじゃないかと皇国軍上層部を悩ませている。

 

 

 イングランド

 解体された上に植民地も多く独立して、踏んだり蹴ったり。

 しかも独立した植民地が問題を起こしたら、解決するよう諸国から圧力を掛けられる。

 勿論、合州国からのレンドリースの代金も返済の最中。

 しかし、独立した元植民地の各国に影響力はそれなりに残っている為、常任理事国に入れられている。

 よく帝国に裏でちょっかいを掛けてはあしらわれ、合州国に怒られるまでがテンプレ。

 

 

 スコットランド、ウェールズ

 帝国との関係が強いが、イングランドともそれなりに仲良くやっている。

 借金まみれのイングランドとは違い、こちらは借金もない。

 ウェールズとスコットランド間では同盟や貿易協定なども結んでいるが、イングランドとは結んでいない。

 

 

 アイルランド

 帝国の同盟国。

 軍事的・経済的にも帝国との繋がりが強く、帝国側も積極的に支援している。

 

 

 共和国、イルドア

 帝国とは可もなく不可もないという関係に落ち着いている。

 両国とも帝国からの観光客を多く得ようと躍起になり、裏でやり合っている。

 国力もそれなりにある為、常任理事国に入れられているが、影が薄い。

 地味にレンドリースの代金支払いで苦労しているが、それでもちゃんと支払っている。

 

 

 協商連合

 帝国との経済的関係を強め、北海における資源開発などを積極的に行っている。

 その甲斐があって北海で油田が次々と発見され産油国になっており、密かな勝ち組。

 

 

 




実はこれを書くのが一番大変だった(小声

ともあれ、これで完全に終わりです。
お疲れ様でした。


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