少女恋物語 (不思議ちゃん)
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幼馴染 渋谷凛
幼馴染 渋谷凛1


とりあえず思い付いた幼馴染の凛ちゃん
短くサクサクを目的に出来たらと


「おはよう、春」

「おう。おはよ、凛」

 

 朝、幼馴染である春と明日には忘れているようなくだらない会話を続けながら、歩きなれた道、見慣れた景色を横目に学校へと向かっていく。

 

 気がついた時にはもう春がいて、今では春が隣にいることは当たり前になっている。

 クラスは流石にずっと一緒ではないけれど、登下校が一人だったことはほとんどない。

 

「それじゃ凛、また」

「うん、またね」

 

 学校につき、春と一緒なのはここまで。

 手を振って分かれ、自身のクラスへと入っていく。

 

「おはよー」

「おはよ」

 

 高校最初の年は春と一緒じゃなかったから少し不安もあったけれど、今ではこうして挨拶して多少会話する友達もできた。

 

「おはよう、凛。今日も夫婦仲良いですね」

「おはよう。春とはそんなんじゃないから」

 

 中学の頃からこの手の揶揄いはあったけれど、彼女のは揶揄いよりも軽いためそれほど嫌な気はしない。

 挨拶の一部としてすでに慣れたというのもあるが。

 

「……凛、そんなこと言ってていいの?」

「何が?」

 

 そのままいつもはどうでもいいような話になるというのに、今日はなんだか違うようだった。

 

「その春くん、運動、勉強ともにそこそこできるし、落ち着いた雰囲気から人気高いよ?」

「落ち着いてる? 春が?」

 

 運動と勉強がそこそこできるのは知っている。

 トップにはなれないけれど、なんでもそつなくこなしていく。

 

「そうそう。ずっと一緒にいる凛だとまた対応が違うんだろうけど、学校での春くんはそんな感じなのですよ」

「ふーん……でも別に私と春は幼馴染なだけだし」

「そんなこと言って〜。後悔してからじゃ遅いぞ?」

 

 チャイムが鳴って彼女は自身の席へ戻っていったけれど。

 朝の連絡を話している先生をよそに、『後悔してからじゃ遅い』という先ほどの彼女のセリフが頭から離れなかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「凛、帰るよ」

「うん。今行く」

 

 帰り支度を先に終えた春が入り口で待っている。

 私も忘れ物がないかを確認してカバンを持ち、友達に声をかけて教室を出る。

 

「お待たせ」

「おう」

 

 いつもと同じ帰り道。

 今日学校で会ったこととか、これまでと何も変わっていることはないのだけれど。

 まだ、朝に言われたことがどこか引っかかっていた。

 

 今まで色恋というものを意識したことがない。

 中学時代に告白されたことは何度かあるけれど、全部断っていた。

 

 周りでは何やら盛り上がっているようだけれど、それはどこか別世界なように感じている。

 

「それじゃ、また明日」

「おう、またな」

 

 何を話していたかはあまり覚えていないけれど、いつもと同じで明日には忘れてるような話だろう。

 

「ただいま」

「おかえりー……何か考え事?」

「うん、まぁ」

 

 店口から入っていくと花の手入れをしていたお母さんがいた。

 私の顔を見て少し首を傾げたかと思えば、今の私の状態をピタリと当ててくる。

 自分で言うのもなんだけれど、そんなに変化があるとは思えないのに。

 

「あとで相談に乗ろうか?」

「んー……お願い」

「素直だなんて珍しいわね」

「ちょっとね」

 

 今回ばかりは私だけじゃどうにも出来ない。

 のほほんとしていて何処か頼りなさそうだけど、恋愛を踏んでお父さんと結婚してるわけだし。

 一応は相談相手として間違ってないはず。



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幼馴染 渋谷凛2

 お母さんを相談相手にしたこと、早くも後悔し始めている。

 

「それでね? その時のお父さんが照れちゃって。それもまた可愛くて良かったんだけど」

 

 色々と終えてゆっくり話を聞くだけなのも終わりが見えない。

 先程からずっと、二人の馴れ初めを聞かされていてどっと疲れが押し寄せてきた。

 私の悩みが小さく感じてるのは騙されている感じがしてならないが。

 

「……お母さん。私、そろそろ寝るから」

「そう? 私の話で終わっちゃった気がするわね」

「それ、気のせいじゃ無いから……」

「でもね、凛」

 

 ため息をついてお母さんから視線を外し。

 寝る支度を始める私の耳に、その声はスッと入ってきた。

 特別何かをしたわけではなく、ただ名前を呼ばれただけだというのに。

 

「今、凛が抱いてる気持ちにお母さんが名前をつけるわけにはいかないの。私がそれを口にしちゃえば、それはもう違うものになっちゃうから」

 

 手を止め、お母さんの方を振り向けば寂しいような、嬉しいような表情をしていた。

 何故、そのような表情をしているのか私には分からないけれど、話していることはとても大切な事のように感じる。

 

「気付く気付かないは人それぞれまた変わってくるから。今の凛だって、何かのきっかけで分かるかもしれない。もしかしたらその時には遅くて後悔するかもしれないけれど……お母さんは凛の味方よ」

「…………うん。なんか少し、安心したかも」

「そう。それなら良かったわ」

 

 お母さんは一度だけ私の頭を撫でたあと、部屋を後にした。

 

 結局、あまりよくは分からないのだけれど。

 これは私が大切にしていかなくちゃいけない事だけは何となく、分かった気がした。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 今年も最後の月に入った。

 まだ私と春の間には何かあるようで何もなく、でも何も無いわけでは無いような関係が続いていた。

 

 あの時にお母さんと話したのはずいぶんと前のことだけれど、いまでもよく覚えている。

 

 今日は私が掃除当番のため、春には少し待っていて貰っている。

 当番の人たちで特に張り切るわけでもなく、けれどそこそこにダラダラと話しながら終わらせる。

 

 荷物をまとめて冷え込む廊下を歩いて昇降口へと向かっていれば、窓の外に春の姿が見えた。

 校舎裏で何をしているんだろう。

 

 窓を開けて声をかけようとしたところでもう一人、女の人がいることに気付いた。

 見た感じ先輩だろうけれど、二人きりでいるのを見て胸の内に嫌な感情が広がる。

 

 声をかけるタイミングを逃したような気がして、そのまま盗み見る感じとなってしまった。

 幸いにして、二人が見上げないとバレない。

 話してる声はギリギリ聞こえる。

 

『ごめんね。呼び出しちゃって』

『いえ、大丈夫ですよ』

 

 指先が冷え、震えているが……これはそれだけが原因じゃ無いような気がした。

 けれど今は自分の状態よりも話をよく聞いていないと。

 

「あれ? 凛、何見てる……あー……」

 

 誰かがそばに来て呼ばれた気がしたけれど、今はそれどころじゃない。

 

『それで先輩。用事って」

『うん、時間かけると恥ずかしくなってくるからストレートに言うとさ。……私と付き合って欲しいなって』

 

 春が告白されたのを認識した時、酷くショックを受けている私がいた。

 急に遠い存在になったような、半身が無くなったような。

 

『……先輩が思ってるのは薄々感じてました。でも』

『うん、分かってる。春くんの気持ちの大半はいつも一緒にいる幼馴染に向いてること。……でも、少しは私に向いてくれてることも』

『このまま付き合っても先輩に失礼だと……』

『春くんって優柔不断で、不器用で。今も私を思って断ろうとしてる。……でも、そんな君だから好きなの。今はまだ一番じゃないかもしれないけれど、これからでも遅くはないでしょ?』

 

 ここで春が付き合うことになったらどうなるのだろうか。

 そうなると考えただけで胸の奥が痛んでくる。

 

「凛」

「あ、……いつの間に」

「最初からいたよ。春くん、これまでも何回か告白されてるよ?」

「……え?」

「知らなかったんだ……。でも今回はいつもと様子が違うから」

 

 気付けば隣には毎朝夫婦と軽口を言ってくる子がいた。

 

「これを見て、ようやく気付いたって感じだね」

「……まだ、よく分かんない。こんな苦しいなら、気付きたくなかった」

「残念ながらそういうものよ。……今からでも行って告白してくる? このまま指くわえて見ていて、後悔しない?」

「たぶん、後悔すると思う。……けれど、それをやったらもっと後悔する」

「そうね。私も凛のこと軽蔑してた」

「なにそれ。でも、忠告をちゃんと受け取っておけば良かったって…………今更ぐちぐち言ってるのはダサいか」

「後悔してるなら、次からはちゃんと動けるんじゃない?」

「次があれば、ね」

 

 しばらく考えていた春が動きを見せたので黙って答えを見守る。

 返答次第で私はどうなるのか分からないけれど、嫌でもこれから先、変化がある。

 

『先輩──』




本当はもう少しじっくり煮詰めて書いていきたかった
そしたらまた長くなってしまう……
何回か重ねていってリメイクしたい


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幼馴染 渋谷凛3

 あれからどうやって帰ったのか、あまり覚えていない。

 ただ一つ分かるのは、いつも隣にいる春が居なかったことだ。

 

『こんな俺でいいのなら』

 

 先輩と春が抱き合っているのを見て、私はその場を後にした。

 春には用事ができて先に帰ると連絡を入れているけれど、明日以降もなんとなく顔を合わせづらい。

 

 家に帰った時、いつもと変わらないように振る舞ったつもりだろうけれど、のほほんとしているお母さんにはお見通しなのだろう。

 けれど私から話すのを待ってるのか、何か言ってくることはなかった。

 

 

 

 次の日、時間をずらして春と一緒にいることを避けた。

 唐突だろうけれど、『しばらく一人になりたい』と連絡している。

 春ならこれでもきっとなんとなく察してくれるだろう。

 

「おはよう、凛」

「うん」

 

 彼女は気を使ってからかってくることは無かったけれど、それが逆に私には辛かった。

 昨日、寝るときも目を閉じればあの光景が見えて、実は夢だったってオチも期待して。

 そんな事、現実じゃあるはずないのに。

 

「後悔してる?」

「……うん」

 

 私の前の席に横座りした彼女は目を向ける事なく、声をかけてくる。

 その姿勢に何処か優しさを感じて、私は窓の外に目を向ける。

 寒く透き通った空の色が、私の目には痛く感じた。

 

「それで、自分の気持ちに気付いた?」

「……私、ずっと春のことが好きだった」

「……二人は近すぎたんだろうね。本来ならどこかで男女を意識するんだろうけど、それがなかった。幼馴染って特殊なんだよ。小さい頃から積み重ねていくものを互いに見てきた。なんでも知っているような気さえしてくる」

「……うん」

「今日、どこか遊びにでも行こっか」

「…………うん」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 あれから一週間が過ぎていた。

 隣に春が居ないだけでこんなにも辛いものだとは思わなかった。

 

 どれだけあの時に戻りたいと願っていても、そんな願いが叶うわけもなく。

 

 けれど彼女はそんな私に優しくしてくれて。

 それがいつまでもウジウジとしている私を惨めにさせた。

 でも、それをいつまでも引きずるわけにはいかない。

 でないと私が私でいられなくなる気がした。

 

「そろそろ、どうするか決めた?」

 

 まるで私の心を読んでいたかのように、ピッタリなタイミングでの問いかけだった。

 春の隣にいた私に戻るため、気持ちに区切りをつけようと決めたばかりなのに。

 

「取り敢えず春に告白して、私の気持ちに区切りをつけたいと思う。今後はそれから」

「そのまま先輩から取るのもアリだと思うけど?」

「それはダメ」

 

 最初から私がなんて答えるか分かっていた問いかけだったようで、返しはなかった。

 

 けれど背中を押されたような気がして、荷物をまとめたカバンを持って春の教室へと向かう。

 これは無機質なものを介してのやり取りじゃなく、直接伝えなければいけない気がして。

 

「春。一緒に帰ろう」

「……おう。帰るか」

 

 事前の連絡もしていなかったから、声をかけた時はとても驚いている様子だった。

 そしてスマホをしばらく弄ってから荷物をまとめ、私の隣へと並ぶ。

 

 たった一週間ほどのことなのに、とても懐かしいように感じる。

 そして彼の隣がどれだけ居心地良かったのか、それを深く実感する。

 

 この居心地の良いぬるま湯に浸かっていたのが私なんだと、現実を突きつけられもするけれど。

 それ以上の落ち着きを感じるのだ。

 

 今も何も聞かないまま、これまでと同じように隣を歩いてくれる春に甘えてしまいそうになる。

 けれどそうしてしまえばきっと私は腐っていくだろう。

 

 そうならないためにも私は、自分勝手というのも理解していながら区切りをつけるために口を開いた。




分かりやすく、それでいて簡潔に…高めて、高めていきたい


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幼馴染 渋谷凛4

「私、春のことが好き」

「…………ぇ?」

 

 唐突な私の告白に春の足が止まる。

 そこからさらに二歩ほど歩いてからおもむろに振り返って、真っ直ぐに春を見る。

 

 春の表情には驚きと、嬉しさ、後悔など、様々な感情が読み取れた。

 一瞬だけ、自己満足な告白で春を悩ませてしまうことに躊躇いを覚えたけれど。

 踏み出してしまったのだからもう戻れないと気持ちを切り替え、一度深呼吸をしてざわついた心を落ち着ける。

 

「私、春のことが好き」

 

 誤魔化されないようにもう一度同じセリフを口にする。

 

「ずっと春のことが好き。……この気持ちに気付いたのは最近だけれど、私はずっと春のことが好きだった。今でもその気持ちに変わりはない」

「…………凛の気持ちは嬉しいけど」

「言わないで」

 

 好きという言葉を聞きいて春は笑みを浮かべるけれど。

 彼女のことを思ってか、口を紡ぐ。

 

 春が何かを言いかけていたけれど、私の決心が鈍ってしまう。

 このままだと春の彼女になりたい欲を抑えきれないかもしれない。

 

「私が、幼馴染って関係に甘えていたのが悪いの。これから先もずっと隣に春がいて、何も変わらない日が続くんだって思ってた」

 

 ──そんなこと……あるはず無いのにね。

 

 そう口にした時、私の目から涙が流れ落ちる。

 抑えようと思っても感情が高ぶって落ち着く気配はない。

 

 ……初めからこんな風に素直な気持ちだったら、また違ったのかな。

 

 春が声をかけようとしているけれど、どう声をかけたらいいか分からず。

 結果、何も言えないまま私から目を逸らす。

 

 そんな春の行動を目にして胸の奥が痛んだけれど、優しい言葉をかけられたらもっと痛く、惨めになっていただろう。

 結果として一番マシな選択肢なのだろうけれど、そう割り切れないのが人の心か。

 

「……………………」

「……………………」

 

 互いに口を開く事はなく、嫌な沈黙が続いた。

 

「俺、凛の事が好きだ」

「……っ」

 

 自分でも酷い顔をしているのが分かる。

 今まで以上の後悔が押し寄せてくるが、もうどうしようもない。

 

「今でも凛に未練があるのに、付き合ってる彼女がいる。優柔不断な俺でもいいって言ってくれて、それに甘えて。……ここで彼女を振って凛と付き合うなんてこと、俺にはできない。これ以上、凛に顔向けできないことをしたくない」

「……彼女と別れて私と付き合おうなんて言ってたら、春のことぶん殴ってたよ」

「……最後に失望されるようなことをしなくて良かったよ」

「…………」

「…………」

「帰ろっか」

「ああ」

 

 互いにクスリと笑みをこぼし、いつもと同じように並んで帰り道を歩いていく。

 けれど二人が胸に抱く気持ちは普段どおりでは無いことは、口にせずとも分かっていた。

 

「……それじゃ」

「おう」

「これまで通りとはいかないと思うけれど、明日の朝も一緒に行こう」

「……ああ。また明日な」

 

 先程から目を合わせようとしない春に、私はキュッと口を紡ぐ。

 今ここで気を緩めてしまえば惨めにも春へ縋り付いてしまいそうで。

 だんだん小さくなっていく春の後ろ姿から視線を切り、店口から家へと入っていく。

 

「あら凛。おかえ……り」

 

 そこには店じまいをしていたお母さんがおり、振り返り見た私の様子がいつもよりおかしいことに気付いたのだろう。

 近くによって心配そうにしている。

 

「……どうかしたの?」

「私、……春に振られちゃった」

 

 私の無理やり作られた笑みに、告げられたセリフ。

 それを理解するやお母さんは何も言わずに私を優しく抱きしめる。

 

「ずっと……ずっと好きだったのに。春のこと何でも知ってるのに。気付いたら私の側から春が居なくなっちゃった……」

「そうね。凛も春くんも、もう少しだけ素直になれたら良かったのにね」

「ぅ……ぅぅっ、…………」

 

 その後、私が泣いて何を言っているのか分からなくなっても、お母さんはただただ優しく頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

「それで、凛はこれからどうしたい?」

 

 落ち着いて風呂や食事を済ませた後、私のの部屋にあるベッドに、私とお母さんは並んで座っていた。

 

「……よく分からない。春に気持ちを伝えて区切りをつけることしか考えてなかった」

「そうね。今の凛だと、何もかも失った気分よね」

 

 それなら。とお母さんは続け、とある紙を私へと差し出す。

 

「…………アイドル?」

「そう。これでシンデレラガールになって、凛を振ったこと春くんに後悔させてあげなさいな」

「…………ふふっ。なにそれ」

「私はアリだと思うけれど、案の一つとして考えておきなさい。あなたの人生なのだから、後悔しない選択をしていけばいいわ」

「後悔しない選択……」

 

 要件は済んだと、お母さんは私の部屋を後にする。

 ドアを締め切る間際、私のことを見ていた気がするけれど。

 私は渡された紙に夢中となっていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「おはよう、春」

「おう」

 

 翌日、いつもと同じように私と春は並んで学校へと向かっていた。

 何かを話そうとしている春だが、何を話したものか纏まっておらず、口を開いては閉じるを繰り返していた。

 

「私、決めたから」

「…………へっ?」

 

 昨日と同じ場所で同じように、私は口を開く。

 何を決めたのか、訳がわからない春は足を止め、私の顔を見る。

 

 

 

「私、シンデレラガールを目指す。そして春に私を振ったこと、後悔させてやるんだから」

 

 今できる最高の笑みを浮かべて、そう宣言してやった。




今更ながら付き合うルートの話が大変薄っぺらく千文字持たないので諦めます
次は先輩美嘉…かな?


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先輩 城ヶ崎美嘉
先輩 城ヶ崎美嘉1


「おいっす、後輩くん」

「どうも、先輩」

 

 文芸部のドアを開ければ、いつもと同じ席に座って本を読んでいる後輩の姿があった。

 挨拶をして入ると彼は一度だけこちらを見た後、一度だけ頭を下げ。再び読んでいた本へと戻っていった。

 

 そんな挨拶にも慣れ、彼の対角線上に座ってカバンから課題を取り出し、問題を解いていく。

 詰まったら飛ばして進めていたのだが、ふと集中が途切れ。頬杖をついて本を読んでいる後輩に目を向ける。

 

 今更だが私はここの部員ってわけじゃない。

 けれどいつしか予定のない日はここを訪れるようになっていた。

 

 そんな後輩くんとの出会いだって特別な何かがあったわけでもない……はず。

 

 自慢じゃないけれどカリスマギャルとしてモデルをやっている私はそこそこ有名だと思っている。

 少なくとも通っているこの学校ではどんな人だろうと名前ぐらいは聞いたことあるだろう。

 

 けれど何かをキッカケにして会話したこの後輩くんはそんな私のことを知らなかったのだ。

 少しムキになって私のことを覚えてもらおうと構い続けて今がある。

 

 まだ私に興味を持たず、先輩と名前でも呼ばないでくれているため、私も名前で呼ばずに後輩くんと呼ぶ。

 

 名前はちゃんと覚えているけれど、呼び方に慣れたせいか今ではこっちの方がしっくりくる。

 後輩くんがちゃんと名前を覚えてくれているかは別だけれども。

 

「ねえ、後輩くん」

「何ですか?」

「少しだけ課題、手伝ってくれない?」

「僕が先輩の問題を解けるわけないじゃないですか」

「実はこれ、一年生の範囲だから大丈夫」

「…………」

「…………」

「…………はぁ」

 

 いつものように折れたのは後輩くんで、栞を挟んで閉じた本を置き、私の正面まで移動してくれる。

 

 私としてはモデルと学業をしっかりと両立させたい。

 そしてそのためにもしっかりとやってきているつもりではある。

 けれどどうしても撮影の都合上、授業のある日を休まなければならず、そうして細々とした勉強の穴が積み重なってどうしようもなくなる時がくる。

 

 そうした時は先生に聞いたり、友達に聞いたりするのだが、今ではこうして後輩くんに頼ることも増えてきた。

 

 後輩くんは文芸部なのに理系科目が得意らしく、教科書を読めばちょっとした問題なら二年生のも解けるらしい。

 いや、実際に解いて教えてもらった時は少し凹んだ。

 

 常に本を読んでいるからか教え方も上手く、下手な先生より分かりやすいのも彼に頼る理由の一つである。

 

「それでどこが分からないんですか?」

「ここと、この問題」

「こっちはですね」

 

 こうして彼とゆっくり過ごす時間はとても落ち着いて、素の自分でいられる気がする。

 別に普段から仮面を被って生活をしているわけでも無いのだが、荒立てないようにと気を使う分ストレスが溜まる。

 

「先輩、聞いてます?」

「聞いてる聞いてる。大丈夫だって」

 

 だからここは、心休まる場所の一つとなっていた。



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先輩 城ヶ崎美嘉2

美嘉を二年生、後輩くんを一年生に修正します


「おいっす、後輩くん」

「どうも、先輩」

 

 仕事で学校を休んだり、友達と出掛けたり。用事があったりでここに来たり来なかったり。

 日常は少しずつ変わっていくけれど、ここは、彼だけは変わることが無いように感じて。

 

 だから自身もこの場所に変化を与えないようにと同じ場所に腰掛け。

 カバンからいつものように課題を出しながら本を読み続ける後輩くんの横顔を盗み見る。

 

 私に興味を示さず、気を使わない。

 だから私も勝手に持つこだわり以外は気を使うことはない。

 

 ぬるま湯に浸かっているようで、気付かないうちに溜まっていた疲れやストレスが抜けていくような。

 

 そして何でも受け入れてくれるような温かさが、自分が本来あるべき場所はここなんだと錯覚してしまいそうで。

 

「先輩」

「ぅえっ!? な、何?!」

 

 後輩くんから声をかけてくることなんてほぼなかった為、不意打ちだったこともあり変な声が出てしまった。

 

「いえ、ジッと見てくるので何か用があるのかと」

「あ、ご、ごめん。ちょっとボーッとしてただけ」

「そうですか」

 

 どうでもいいと判断して淡白な返事だけ。

 そうして再び本を読み始める後輩くんの姿にどこか寂しさを感じてしまう。

 

 小さく息を吐いて気持ちを切り替え、ペンを手に持ち課題へと取り掛かるが。

 今ひとつ、集中できていない自分がいる。

 

 その原因も分かってはいるのだが、すぐに解決しそうでしないのがまたなんとも言えない。

 

 

『アイドルにならないか』

 

 

 といった誘いをしばらく前にもらった。

 なんでも今いる事務所が新たにアイドル部門を設立するらしい。

 

 正直なところやってみたくはある。

 誰もが一度は憧れるものなのだから。

 

 だったらやればと思うだろうけれど、色々な問題だってあるのだ。

 親には自分の好きにしなさいと言われている。

 友達にはこの話を相談できていないが、何か悩んでることには薄々気が付いているだろう。

 けれどアイドル部門ができるのはまだ社外秘のため、簡単に相談することもできない。

 

 変に悩みすぎて色んなところに支障が出始めているけれど、それに押されて決めたら後悔する気がして踏み切れず、また支障が出るを繰り返している。

 

「何か悩み事ですか?」

「んぇっ?!」

 

 突然のことで反射的に立ち上がってしまった。

 声をかけてくれた後輩くんも驚いて……いや、引いて私から距離を取っているような。

 

 コホンと咳払いをしてイスに姿勢を正して腰掛ける。

 先ほどのことなどなかったように笑みを浮かべ。

 

「な、ナニカナ?」

 

 変に声が上ずってしまい、取り繕うのに失敗した。

 けれど苦笑いとはいえ後輩くんの気が緩んだところだけを見れば成功だろう。

 

「先輩、悩み事ですか?」

「……そんなに分かりやすかった?」

「とても」

 

 表面を取り繕うのには自信があったんだけれど……。

 先輩として少し情けないと思う反面、変化に気付いてくれた嬉しさがあることに少し戸惑う。

 

「話せないことなら無理には聞きませんけど」

「…………後輩くんは口堅い?」

 

 こんなセリフ、いかにも何かありますよと言っているものだ。

 仲のいい友達にも相談に乗ると言われた時は大丈夫と断ったのに、なんで後輩くんに話そうと思ったのだろう。

 

 その理由に気付きかけている気がするけれど、何かもう一つキッカケが欲しい。

 

「誰にも話すなって言うなら話さないですよ」

「社外秘だから本当に誰にも話さないでね?」

「先輩の信頼を裏切るようなことはしないですよ」

 

 何故だか今のセリフを聞いて、これまで溜めてきた色んなものがごちゃ混ぜとなり、我慢しきれず泣きそうになってしまった。

 

 目が潤んでいる気がするけれど、泣くのはなんとか堪える。

 

「……うん。ありがとう」

 

 彼……後輩くんになら話してもいいって思った理由が分かったような気がした。

 

 一方的だと思っていた積み重ねが後輩くんにもあって。

 それを同じように大事だと思ってくれている。

 

 いつのまにか後輩くんは、私の中でかけがえのない大切な存在となっていたんだ。



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先輩 城ヶ崎美嘉3

「私の所属している事務所にアイドル部門ができるんだけど、アイドルにならないかって声をかけられてて」

「それでどうしようかと悩んでたわけですか?」

「うん。やりたいって気持ちはあるんだけれど、アイドルになった時の問題とかを考えたら一歩踏み出せなくて」

 

 悩みを聞いて考えてくれる後輩くんを見て、それだけで心が温かくなるような気がする。

 自身の抱く気持ちに気付いて、アイドルになろうとする気も減っているような。

 

「先輩の言う問題って、勉強とかですか?」

「それもあるんだけれど、アイドルってとっても輝いているじゃん? 私もそうなれるかなっていう不安とか、その他にも色々……ね」

 

 アイドルは恋愛できない。

 この気持ちを抱いたまま諦めろと言われたら、アイドルを断るしか無い。

 そう断言できるほどに、今は目の前にいる後輩くんが大切でいる。

 

「先輩って」

「うん」

「モデルになる時は同じような不安ありました?」

「あの頃は上手くできるかって不安よりもモデルができる嬉しさの方が上だったし、まだ将来とか今ほど考えられてなかったから」

「それじゃ、今はそんなにアイドルやりたく無い感じですか」

「アイドルをやりたく無いわけじゃないんだけど……」

 

 今はアイドルやモデルって前に、女として大事な時だと言いますか。

 

「んー、その他の色々に少し引っかかりますけど、個人的な解釈でよければ」

「うん。意見の一つとして参考にさせて」

「アイドルになればいい……ってよりは、今思った気持ちを信じて先輩の好きにしたらいいと思います」

「……でも、それだと後悔しない?」

「僕的には今の気持ちを裏切って選択したあとの後悔よりデカイものはないと思ってますけど。……少し心理的な話をしますと、人ってどちらを選択しても後悔するんですよ。簡単に言えば隣の芝生は青い的な」

 

 何となく分かるような、分からないような。

 

「どちらにせよ後悔するのなら、今、いいと思っている方を選んでいいと思いますよ」

「……なんとなく分かったと思う。話聞いてもらって、気が楽になったよ」

「それは良かったです。なら最後に僕の願望を」

「願望?」

 

 

「先輩…………城ヶ崎先輩には、アイドルをやって欲しいと思ってます。自分のやりたいことを楽しんでやっている姿は十分に輝いて見えるので」

 

 

「ふぇっ?!」

 

 いっぺんに色々と起こりすぎていて訳がわからない。

 後輩くんが何かカバンから出したようだけどそれって最近私が表紙を飾った女性誌だしなんで買ってるの?!

 

 名前を呼ばれ、アイドルをやって欲しいと願望を伝えられ。

 輝いて見えるってそれはつまりモデルの仕事も見てると?

 

「先輩のこと、友達とかから聞きました。でも、なんだか居心地が良さそうだったので」

「私、ビックリしすぎてて何が何だか分からなくなってきてるんだけど」

 

 意識する気持ちがさらに強くなって後輩くんの顔をまともに見ることができない。

 きっと顔は真っ赤になっていて、それはバレているだろう。

 

「アイドルになるのが乗り気で無いように見えますけど、わがままを言わせて貰うとステージに立って輝いている先輩が見たいです。やりたい事をやっている先輩を見ると、こっちまで楽しくなってきて、新しいこととか初めてみようって思ったり。もっとたくさんの人を笑顔にできると僕は信じてます」

 

 そのセリフを聞いて私は後輩くんへと目を向ける。

 良いことを言って恥ずかしくなってきたのか、今度は後輩くんが視線をあちこちへと彷徨わせていた。

 

 後輩くんが言ったように、たくさんの人を笑顔にするアイドルへとなれると考えたことはあった。

 だけど本当になれるか不安で、自信がなくなって。

 

 

 私──誰かに背中を押して欲しかったのかな。

 

 

 それは誰かじゃなくて、後輩くんが良いと思っていたり。

 

 好きな人と一緒にいたいけれど。

 その好きな人に輝いているところを見たい、と言われちゃったらそりゃ頑張るしかないっしょ。

 

「ここまで言われてやらないってのは私じゃないし。アイドルになって世界中の人を魅了させるんだから」

「それはとても嬉しいです」

「だからさ」

 

 のほほんとしている後輩くんに飛びっきりの笑顔を見せながら言ってやった。

 

 

「──くんはこの私を焚きつけたんだから、アイドルとしての城ヶ崎美嘉ファン一号としてずっと付いてくるんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──後日談

 

「ああ、そういえば美嘉」

「どしたのプロデューサー。ポッキー欲しいの?」

「それは貰うが、言い忘れてた事があってさ」

「何々?」

「うちは恋愛に関して自由だから」

「…………っへ?」

「だけど報告はして貰うぞ……美嘉? おーい、聞いてる?」




活動報告に今考えてるアイドルとその関係を載せときます
案があったらそこに


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