ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集 (SAMUSAMU)
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人物紹介・設定解説

ありがたいことに『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の公開もあってか、ここ最近のアクセス数やお気に入り数が伸びてくるようになりました。

そのため、今更ですがちょっとばかし人物紹介や、本小説の独自設定などについて解説を入れていきたいと思います。
映画からこの小説を読みにきた方が混乱しないよう、特に6期の設定に関して触れていきたいと思います。



【レギュラーキャラ】

 

 

 ・ゲゲゲの鬼太郎

 

 ・cv:沢城みゆき

 

  本編の主人公、幽霊族の少年。知らぬ日本人はいないだろう、お馴染みゲゲゲの鬼太郎。本作は6期の話をメインにしていますので、通称沢城くん。6期における鬼太郎の特徴としては中性的な容姿に、性格も比較的クールなタイプ。女性の好意に対しても鈍く、鼻も伸ばさない。

 

 『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』でも描写されましたが、本作では水木という青年に拾われ、育てられたという過去が公式で明かされた。その恩返しのためか、妖怪ポストから人間たちの依頼を受け、妖怪たちの魔の手から人々を守っている。ただし人間側に非があったり、あまりにも救いようがなかった場合、チャンスこそ与えるものの見捨てることが多い。

 

  本作における鬼太郎は『妖怪と人間は交わらない、交わっちゃいけない』という考え方から、人間と適切な距離を置いている。助けを求められれば助けるが、依頼以上で人と深く関わろうとはしない。また『自分と異なるものを受け入れられない奴らが大っ嫌い』という発言から、人間を排斥しようとする妖怪や、バックベアードのような独裁者に激しい怒りを露わにする。

 

  どこか冷めたような発言や言動から冷酷な性格と見られることも多いが、その実、理想や信念、正義感といったものを胸の内側にしっかりと秘めている。その分、悩みや孤独感を一人で抱え込むことも多く。そのせいで失敗したり、大きな犠牲を払ってしまうことがあったりする。

 

  戦闘スタイルとしては『指鉄砲』。指先から青いエネルギー弾、『幽☆遊☆白書』でいうところの霊丸のようなものでトドメを刺すことが多い。髪の毛針やリモコン下駄、体内電気などといったシリーズでお馴染みの技も健在。また霊毛ちゃんちゃんこを腕に巻いたり、リモコン下駄ごと蹴りを放つなど、肉弾戦が多いのも特徴的。

 

 

 

 ・目玉おやじ

 

 ・cv:野沢雅子

 

  こちらも知らぬ日本人はいないだろう、ゲゲゲの鬼太郎の父親。それまで1期から5期まで声の担当をされていた田の中さんが死去なされたため、野沢雅子さんが今作において初めて目玉おやじを演じる。野沢さんは一期でゲゲゲの鬼太郎を担当していたこともあり、色々な意味で父親感が出ている。

 

  基本的には鬼太郎の父親、保護者としての側面が強い。かなり長生きしていることもあってか妖怪に関する知識も豊富。鬼太郎一人で攻略出来ないような妖怪を相手にする際、彼の知識が役に立つことなどが多々ある。ただ西洋妖怪に関してはあんまり詳しくはないらしい。

  

 『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』でも登場しましたが、本来の姿は鬼太郎に似た白髪の男性。その頃から一人称がわし。戦闘スタイルは鬼太郎に似ているようだが、霊毛ちゃんちゃんがない代わりに『霊毛組紐』を左手首に巻いていた。リモコン下駄や体内電気なども使用できるようだが、鬼太郎のように技名を叫んだりはしない。ちなみに目玉おやじの姿でも指鉄砲は撃てて、しかもかなりの高威力。

 

  今でこそ、スマホに反応を示したり人間社会にそれなりに興味を見せているが、肉体があった頃はあまり人間が好きではないどころか嫌っていたとのこと。幽霊族として保守的で、自然の中に引きこもって暮らしていた。その辺は鬼太郎に似ている。彼が人間に興味を持つようになったきっかけは、間違いなく妻の影響。

 

  目玉おやじの奥さんに関しては、映画では美人に描かれたが、名前は明かされていない。cvは鬼太郎と同じ、沢城みゆき。幽霊族でありながら、人間が好きだったらしく、人間社会に混じって働いていたとのこと。どことなく、猫娘に似ているとか言われている。

 

 

 

 ・猫娘

 

 ・cv:庄司宇芽香

 

  おそらく6期で一番イメチェンしたであろう、スタイリッシュな猫姉さん。今作における妖怪側のヒロインであり、そのツンデレ力と犬山まなとの百合っぽい関係性にノックアウトされた視聴者は多い筈。猫娘といえば、小さな女の子という固定概念をぶっ壊したという意味もあり、これはかなり革新的なイメチェンだったと個人的にも思う。

 

  クールなモデル女子というイメージから、一見すると冷たいような印象を受けるが、素直に好意を向けてくる相手には優しく、面倒見が良い。特に犬山まなへの対応は実の妹に向けるような愛情が感じられる。強気で漢気溢れる姉貴肌な面が強くありながらも、好きな相手である鬼太郎への好意を素直に言い出せない女性らしい面もしっかりと感じられる。

 

  服装は基本的に赤いワンピースと白いブラウス、赤いリボンで長い髪を纏めている。季節によってストッキングや冬服を着たりと、それにより物語の季節感を出してくれている。また過去話などでも、バブリーな衣装を着て当時の時代背景などを感じさせるファッションを見せてくれる。

 

  鬼太郎ファミリーの中でも特に出番が多いこともあり、歴代でも屈指の戦闘力を誇る。爪を最大で大鎌ほどにまで伸ばし、敵を切り裂く。一部界隈では『ウルヴァリン』とか呼ばれている。スマホなどの現代文明にも対応しており、情報面においても鬼太郎をしっかりとサポートとしてくれている。戦闘時に化け猫の表情になるなど、猫娘らしい個性も健在。

 

 

 

 ・ねずみ男

 

 ・cv:古川登志夫

 

  ゲゲゲの鬼太郎にとって絶対に欠かすことのできない、トラブルメーカーにしてトリックスター。6期で猫娘はかなりのイメチェンがされていますが、逆にねずみ男の性格や容姿に大きな変更点などはなし。スタッフ曰く、ねずみ男だけはいつの時代も変えられないとか。

 

  半妖であり、金に汚く、保身のために仲間を売ることもしょっちゅう。たまに漢気を見せることもありますが……次話になってあっさりと裏切ることもありますのでご注意を。鬼太郎ファミリーの中でも人間社会の、特に裏側などに精通しており、ヤクザ系の人間に追い回されながらも、きっちり生き残るタフネスは流石である。

 

  6期のねずみ男は戦争に対して、強い嫌悪感を抱いていることが特徴的。お国のために戦って亡くなったであろう、日本兵士の亡骸に対しても真摯に手を合わせたり。戦争を引き起こしかねない総理のもとに直談判に行ったりと。アニメの最終回では戦争をする愚かさを説いて人間と妖怪、その両方から戦意を削いでいった。

 

  戦闘能力はほぼ皆無であり、ねずみ男が戦いの場で活躍する機会は少ない。ただ体臭やオナラによる悪臭で敵の動きを封じたり、可燃性のあるオナラに火を付けて爆発を引き起こしたりと。サポート面では稀に活躍する場面があったりもする。

 

 

 

 ・砂かけババア

 

 ・cv:田中真弓

  

  日本を代表するババア妖怪の一人。口癖は「チューするぞ!」。活躍した味方へのご褒美や、お仕置きなどで多用される台詞だが、実際に作中でチューをしたのは……子泣き爺からの熱烈なディープキスが一回だけ。いったい、誰得? 

 

  目玉おやじ同様、知恵袋的な役割で活躍する場面も多く。同じ女性ということもあってか、猫娘の悩みに答えたりとしっかりした年長者として描かれることが多い。

 

  戦闘面では毒砂や痺れ砂など、多彩な効果を持った砂を器用に使い分けている。また薬を調合したり、砂通信といった手段で離れた相手と連絡を取り合ったりと、戦闘面以外でも便利で多彩な能力が多い。

  

  パソコンやネットに強く、ハッキングや資産運用などを巧みに熟すのが6期における独自設定。普段はゲゲゲの森に住んでいるようだが、オーナーが人間である妖怪アパートで、雇われ大家として他の妖怪たちの面倒を見ていたりもしている。

 

 

 

 ・子泣き爺

 

 ・cv:島田敏

 

  日本を代表するジジイ妖怪の一人。赤ん坊のように泣くことで石になり、その重みで敵を押し潰したり、動きを封じたりする。身体の一部、主に腕だけを石に変えて殴ったりと、意外と応用も効く能力。6期では特に酒癖が悪く、そのせいでやらかしてしまうことがしばしば。

 

  砂かけババアとは何だかんだありつつ、良き相棒といった感じ。一応ただならぬ関係性を匂わせてはいるが、そこまで気にする必要はない。他シリーズとの相違点が薄く、6期を視聴していなくともキャラクターのイメージが湧きやすいかと。

 

 

 

 ・ぬりかべ

 

 ・cv:島田敏

 

  いつの時代も変わらない、壁の姿をした妖怪。ただ近年の研究で『犬のような姿』をしていたんじゃないかという、新たな学説が他作品などで採用されつつある。

 

  5期だと結婚して女房や子供もいたが、6期だと独り身。一話限りではあるが、犬山まなに惚れたり、笹の葉の精・星華といい感じの仲になったりと、人並み(妖怪並み?)に異性に興味はあるようだ。

  

  強敵相手に粉々にされたり、壁を修復するために液状になったりと意外に身体が変化することが多く、どんなに原型がなくなっても、何故か普通に生きてる謎のタフネス。他にも地中を潜って移動したり、身体の大きさをある程度デカくすることが出来る。「ぬりかべ」という台詞が印象的だが、意外と普通にお喋りすることも可能。

 

 

 

 ・一反木綿 

 

 ・cv:山口勝平

 

  鬼太郎ファミリー、機動力の要。貴重な空飛ぶ要因として出番も多い。シリーズによっては博多弁や九州弁を話したりしていますが……6期は何弁で喋ってるんだ、これ? 

 

 「コットン承知!」が決め台詞。今期だと特に色ボケであることがピックアップされている。女の子が大好きで、どんなにやばい状況でもぶれずに女の子優先で人助けを行い、ナンパをする。

 

  鬼太郎を乗せて空中を縦横無尽に飛び回る機動力は勿論、そのペラペラの身体で相手の首を絞めたり、切り裂いたりと個体としても様々な戦い方が出来る。火には弱いが、水を浴びると身体がバラバラに切り刻まれていようと復活する。

 

 

 

【鬼太郎6期の登場人物】

 ここでは6期オリジナルで複数回出番のあるキャラクターを紹介していきます。

 

 

 ・犬山まな

 

 ・cv:藤井ゆきよ

 

  鬼太郎6期における、人間側のメインヒロイン。妖怪である鬼太郎と、人間との橋渡し的な役割。鬼太郎よりどちらかというと猫娘の方に懐いており、彼女のことを猫姉さんと慕っている。類稀なる偶然力の持ち主らしく、その影響で良くも悪くも様々な事件を抱え込むこととなる。

 

  住まいは調布市の住宅街。性格は素直で優しく、正義感が強くはあるが、妖怪相手にプライドを煽って上手く乗せたりと、結構強かな面も。かなり気が強い方でもあり、悪ふざけが過ぎる男子相手に容赦なく手を上げたりもする。好奇心や行動力も人一倍で、その積極性からトラブルに巻き込まれることも多いが、そんな彼女の行動力のおかげで突破できる局面も数多くある。

 

  物語開始当初は中学一年生ということもあり、制服でいることも多いが、私服のバリエーションもかなり多彩。猫のマークをあしらったTシャツや、白いワンピース。ジャージやパジャマ、着物姿などなど、作画スタッフの努力が垣間見える。私服のセンスは悪くないのに、何故かスマホカバーには大仏の顔がアップでプリントされているものを使用したりと、かなり独特なセンスの持ち主でもある。

 

  犬山まなという少女の存在は、これまで『人間を助けはするが、深く関わろうとしなかった』鬼太郎に間違いなく多大な影響を与えている。しかし鬼太郎との関係はあくまで友達であり、猫娘のように彼に恋心を抱いている様子はない。ただ妖怪相手に一方的に恋心を抱かれることが多く、本人はその好意に気づかないというラノベ主人公のような鈍感ぶり。

  

  彼女の母方の血筋が特異なものらしく、本編のストーリーでは『名無し』という黒幕が彼女に『五行の印』を刻んでいた。これにより、まなは一時期妖怪を魂まで消滅させる力を身につけており、その力で猫娘を消滅させて地獄へと送ってしまう。名無し編が終了してからはその力も失われている。

 

 

 

 ・犬山裕一

 

 ・cv:高塚正也 

 

  犬山まなの父親。自宅のパソコンに建物の見取り図のデータがあったことから、建設関連の会社に勤めていることが窺い知れる。しかし、パソコンの横にパスワードを書いた紙を貼っていたりと、明らかにセキュリティー意識が低い。たとえ台風で電車が止まっていようと会社に出勤しようとする、まさに社畜の鏡。

 

  彼の実家が犬山性。鳥取県の出身らしく、境港には彼の兄夫婦である庄司とリエが住んでいる。調布に一軒家を建てたり、ほとんど人気のない田舎の方とはいえ別荘を所持していることから、それなりに高所得者であることが察せられる。その上、美人な妻に可愛い娘までいるという、勝ち組……。

 

  アニメ本編においては、これといって鬼太郎たちと交流はなく、出番もそこまで多くはない。ただ本小説において、彼らはすでに鬼太郎たちと正式な形で挨拶をしているということになっています。その辺りの詳しいお話は『もっけ』とのクロスオーバーを参照してください。

 

 

 

 ・犬山純子

 

 ・cv:皆口裕子

 

  犬山まなの母親。まなに似たかなりの美人。社会人として働いている様子だが、ヘッドハンティングされて秘書業を久しぶりにやるという言葉から、わりと転職などしているように見受けられる。裕一を尻に敷いていることから、家庭内ヒエラルキーは妻である彼女の方が上のようだ。

 

  名無しの策略のせいで猫娘を襲うように洗脳され、敵だと誤解された猫娘から反撃され、危うく命を落としかける。なんとか一命を取り留めたものの、彼女が死んだと誤認された名無しの策略もあり、「母親が妖怪に殺された」とまなが鬼太郎たちを強く憎むきっかけにもなってしまう。

 

  旧姓はおそらく『沢田』。千葉県に住んでいる大叔母のフルネームが沢田淑子なところからも、そのように予想できる。6期放送中は母親の親戚関係に関してあまり深掘りされませんでしたが、本小説ではいずれその辺りを詳しくやっていくつもりです。

 

 

 

 ・桃山雅

 

 ・cv:祖山桃子

 

  犬山まなの同級生であり親友。黒髪セミロングヘアの女の子。明るく活発的だが勉強が苦手。インスタ映えする朝食を要求したり、母親のお小言に反感を抱いたりと、等身大の思春期の女の子。まなほどではないがちょくちょく妖怪の被害に遭い、親友であるまなに助けを求めることが多い。

 

  アニメ52話『少女失踪! 木の子の森』で主役に抜擢。服装がそのままでありながら、身体が大人に成長してしまっていくことで、ヘソだし着衣がキツキツなど、ニッチなスタイルをお茶の間で披露することとなる。まあ……全裸よりマシか。

 

 

 

 ・石橋綾

 

 ・cv:石橋桃

 

  犬山まなの同級生の一人。髪を二つ縛りにしたメガネの女の子。将来の夢はパティシエ。実家の喫茶店を手伝い、お菓子作りの修行として自作スイーツを店に出している。

 

  アニメ87話『貧乏神と座敷童子』で主役に抜擢。彼女自身は善良な女の子なのだが、実の両親が元詐欺師という割とクズ親。話の中で両親は座敷童子の生み出す利益に目が眩んで金の亡者となるが、娘の説得でなんとか改心。現在はこぢんまりとした喫茶店を、それなりに繁盛させているといった感じ。

 

 

 

 ・辰神姫香

 

 ・cv:上田瞳

 

  犬山まなの同級生の一人。ロングヘアを後ろで一カ所に束ね、前髪を揃えている女の子。彼女を含めたまな、雅、綾香が学校でも特に仲の良い女子グループ。学校は勿論、休日もショッピングに出掛けたりしている。

 

  本編放送中は残念ながら個別回がなく、深い掘り下げがなかった。そのため、本小説においてオリジナルの個別回を『炎眼のサイクロプス』のクロスオーバーでやりました。その話において辰神という苗字や、彼女のお嬢様設定などを独自に盛り込ませてもらいました。

 

  ちなみに他作品に『辰神姫香』というキャラがいますが、全くの偶然で特に意図したつもりはありません。あくまで辰神姫香とは本小説における独自設定ですので、お気をつけください。

 

 

 

 ・裕太

 

 ・cv:古城門志帆

  

  犬山まなの隣に住んでいる小学生の少年。まなを「まな姉ちゃん」と慕っており、まなも裕太のことを弟のように可愛がっている。メガネを掛けた大人しめの少年であり、同級生の大翔やその兄である蒼馬によく虐められている(虐めるたび、まなが彼ら兄弟に制裁を下している)。

 

  祖母から妖怪についての話をよく聞かされており、まなが妖怪の存在を信じていなかった物語の一番最初からその存在を信じていた。まなにゲゲゲの鬼太郎について話したのも裕太であり、彼がいなければまなと鬼太郎との出会いはなかったかもしれない。

 

  鬼太郎に関わりを持つ少年ポジションとして、たまに出てくる。人間でありながらゲゲゲの森に入り込むという、地味に凄いことを犬山まなよりも先に実行している。

 

 

 

 ・アニエス

 

 ・cv:山村響

 

  西洋妖怪編から登場した魔女のヒロイン。世界支配を目論む『バックベアード軍団』から脱走し、日本へと逃れて鬼太郎たちと出会う。当初は自己中心的、人の話を聞かない一方的な面が目立っていたが、それは使命感や焦燥感に駆られていたから。他者の傷つく様子やその死を悼んだりと、本来の心根は優しい性分。

 

  金髪のロングヘアにトンガリ帽子と、誰がどう見ても「魔女だ!」という分かりやすい見た目をしている。魔法を詠唱したり、箒で空を飛ぶなどのお約束もしっかりと抑えており、その箒自身にも意思のようなものが確認できる。彼女の魔法の呪文はアニメスタッフや、脚本家の名前のアナグラムになっているとのことで、本小説でオリジナルな魔法を使う際も、その法則性を意識した呪文詠唱となっています。

  

  状況に応じて様々な魔法を使うが、特に多用されるのが「タイナガ・ミ・トーチ」という火炎魔法。魔女としての潜在能力はかなり高いらしく、そのせいでバックベアードの推奨する『ブリガドーン計画』のコアに利用されようとしていた。

 

  人間に対して特に思い入れがあるわけではなかったが、犬山まなとは友人関係。彼女の持ち前の人懐っこさから交流を深め、そのおかげで張り詰めていた心が徐々に解きほぐされていく。西洋妖怪編の最後、姉であるアデルとも和解したことで二人で旅に出ることになり、鬼太郎やまなと別れを告げた。

 

 

 

 ・アデル

  

 ・cv:ゆかな

 

  アニエスの実の姉。彼女たちの家系は代々バックベアードに使えている一族らしく、魔女としての誇りや伝統を重んじているため、軍団を逃げ出したアニエスに激しい怒りを覚えていた。バックベアード軍団の中でもかなり上の地位らしく、大半の西洋妖怪たちから敬語で話されている。

 

  魔法石や魔法銃など、様々な道具を多彩に使って戦う戦闘スタイル。そのため、アニエスと違って戦闘中に呪文を唱えたりはしない。戦闘では終始鬼太郎やアニエスを圧倒したりもしたが、魔女としての潜在能力や才覚はアニエスに劣るらしい。彼女の戦闘力の高さは、あくまで魔法石などを予め大量に用意しておくといった努力の賜物。

   

  西洋妖怪編の終盤、アニエスの代わりにブリガドーン計画のコアになろうとしていたが、魔力が足りずに不発。そのためバックベアードからも「役立たず」などと結構扱いが不憫。魔女としての誇りもあるが、妹への愛情も確かにあったと。最後はアニエスを救うために鬼太郎に手を貸したり、命を賭けたりと。その行動が姉妹が和解するきっかけにもなった。

 

 

 

 ・石動零

 

 ・cv:神谷浩史

 

  大逆の四将編から登場した鬼太郎のライバルポジション。古来より妖怪退治を生業としてきた集団『鬼道衆』最後の生き残り。一応、現役の男子高校生らしいが、学校に行っている様子は一切なし。今時のアニメらしく結構な美少年。

 

  妖怪の魂を身体に取り込むことで『呪装術』という力を行使し、取り込んだ妖怪ごとに様々な力を発揮する。鬼であれば腕が鬼のものへと変化し、火の妖怪であれば炎系の力を発揮することが出来るようになる。また音波攻撃を防ぐためにノイズキャンセリングイヤホンを使用したり、複製品とはいえ伝説に出てくるような武器を顕現して使用したりと、人間らしく様々な道具を駆使して戦う。

 

  鬼道衆の里を妖怪に滅ぼされたこともあり、妖怪という存在そのものを強く憎悪していた。人間相手には持ち前の正義感を発揮し、悪人であろうと普通に命を助けたりするものの、妖怪相手には平然と拷問をかましたり、平気で約束を破ったり。妖怪全てを害悪と決めつけるその考え方が鬼太郎とソリが合わず、劇中では彼と何度もぶつかり合う。

 

  大逆の四将編の最後に、直接の仇である玉藻の前を倒すことに貢献できたこともあってか、その憎しみを薄れさせている。妖怪という存在を全て認めたわけではないとのことだが、なんとか自分の中で折り合いを見つけようと模索中。自身の師匠のような立場に収まった伊吹丸と共に一から修行の旅へと出る。学校は行かないのか?

 

 

 

 ・鬼童・伊吹丸

 

 ・cv:古谷徹

 

  大逆の四将の一人。千年前、京の都を荒らしたとされる酒呑童子の息子。鬼の中でも最強格であり、四将の中でも頭ひとつ分くらい飛び抜けて強い。過去に一国を一夜にして滅ぼしたとされ、その罪の重さから大逆の四将としてカウントされている。

 

  佇まいや口調そのものは穏やかであり、一見すると鬼らしい荒々しさなどは感じられない。しかし、ひとたび戦闘となると容赦がなく、脅しとはいえ猫娘を殺すなどと口にしたり、向かってくる石動零を平然とボコボコにしたり。ダムを壊すことで人間に被害が出ようと知ったことかと、妖怪としての容赦のなさが淡々と描写されている。

 

  千年前に「ちはや」という人間の女性と出会って恋に落ち、大江山にあった鬼たちの拠点から他の人間たちを連れ、酒呑童子の元から脱走。辺境の地で仲睦まじく平和に暮らしていた。ところが伊吹丸が不在だった際、近隣の領主から侵略を受けて村人は全て皆殺し、ちはやも首だけになって晒されるなどの所業にブチギレ。怒りのまま、その国の人間を全て殺し尽くした。

 

  愛した人を成仏させたいという願いを叶えた後は、あっさりと閻魔大王に捕まり再び地獄へと。その後、同じく大逆の四将である玉藻の前を止めるため、似たような境遇(復讐のために全てを投げ打っていた)石動零に力を貸す。四将編が解決した後は半身は地獄に、もう半身は石動零と共に。彼の師匠的な立場として、その行く末を見守っていくこととなる。

 

 

 

【主要なボス妖怪】

 ここでは本編の各章でボス枠を務めた妖怪をいくつか紹介していきます。

 

 

 ・名無し

 

 ・cv:銀河万丈

 

  ゲゲゲの鬼太郎、アニメ6期一年目のラスボス。全身黒ずくめに不気味な仮面を被った謎の存在。登場するたびに解読不能な謎のポエムを披露するなど、どこからどう見ても不審者。

 

  その正体を鬼太郎たちに悟られることなく、多くの妖怪たちの封印を解いて現代の世に『妖怪』が存在することを知らしめた。鬼太郎の世界観で妖怪が認識され始める原因を作ったといっても過言ではない存在。

 

  初登場から一年もの時間を掛け、犬山まなに五行の印を刻み、自らの思惑を成そうとした。名無しの目的はまなを取り込んで得た力で、この世の『全てを滅ぼす』こと。妖怪も人間も関係なく、文字通り全てを闇で呑み込もうとする。最終形態は巨大な赤ん坊のような姿をしている。

 

  名無しはまなの祖先である『ふく』という女性と、鬼の青年の間に産まれる筈だった半妖。二人は『妖怪と人間が愛し合ってはいけない』というタブーを犯したとされ、双方の一族から追われて殺されたが、その際にふくのお腹の中に名無し——名前を付けられる筈だった命が宿っていた。この世に生を受け、名前を付けられることすら許されなかった名無しは、長い時間を掛けて憎しみや悪意を吸収し続け、全てを終わらせようとする。

 

  最終局面、犬山まな——『真の名』という名前を付けられて誕生した彼女により、名無しは名付けられる。この世に生を受ける喜び、両親の霊に祝福されるように見つめられながら、満足げに成仏していった。尚、まなが名無しになんと名付けたかは明らかにされていない。

 

 

 

 ・バックベアード

 

 ・cv:田中秀幸

 

  西洋妖怪編のラスボス。西洋妖怪の帝王として、西洋からアニエスを追ってくる形で鬼太郎たちと激闘を繰り広げた。本体は過去作同様、目玉が付いた巨大な球体という形なのだが、登場当初は大体亜空間の中に引っ込んでおり、『空間からこちらを覗き込んでいる目玉』みたいな感じになっている。

 

  自ら帝王を名乗るだけあってかなりの力を持っている。衝撃波を放ってあらゆるものを吹き飛ばしたり、催眠術で猫娘たちを操ったり、ほとんど無制限に空間移動をしたりと。またバックベアード軍団の長として狼男のヴォルフガングや、女吸血鬼のカミーラ。フランケンシュタインの怪物であるヴィクター。さらにはベリアルやブエルといった悪魔たちなど、数多の西洋妖怪を従えている。

 

  ブリガドーン計画という、人間を妖怪奴隷にするという計画で全世界の支配を目論んでおり、そのためにアニエスを利用しようとし、視聴者からロリコン扱いされる。西洋妖怪編の最終決戦では人型へと変身。過去作では考えられなかった肉弾戦を披露し、鬼太郎と激しい戦いを繰り広げた。

 

  西洋妖怪編終了後は暫く音沙汰なかったが、最終章でぬらりひょんの手を借りたことで復活。ぬらりひょんと同盟を組み妖怪大同盟を設立、人間相手に真っ向から戦いを挑んで人間社会にとんでもない被害をもたらす。

 

  しかし、ぬらりひょんからあっさりと裏切られ毒を盛られ、その身が『バックベアード爆弾』へと変貌。自分を裏切ったぬらりひょんや、宿敵である鬼太郎諸共日本を壊滅させようと隕石のように落ちてくるが、鬼太郎の指鉄砲によって成層圏まで吹っ飛ばされ——完全にその肉体を消滅させた。

 

 

 

 ・玉藻の前

 

 ・cv:田中敦子

 

  大逆の四将の一人にして、最後の一人。大逆の四将編のラスボス。普段は美女の姿をしているが、その正体は九つの尾を持った九尾の狐。平安時代末期は玉藻の前として日本を、それ以前は中国の妲己として殷王朝の世を乱した。地獄から解き放たれて早々に鬼道衆の里を滅ぼした、石動零にとっては直接の仇。

 

  尾の数だけ分身を作り出すことができ、戦闘力も尾の数に比例して強くなっていく。九つの尾を全て合体させることで本気の姿——白面金毛九尾の狐となる。直接的な戦闘力も高いが、美女として権力者に寄り添い、魅了することによって影ながら人間社会の情勢を操ることも可能。本編では某国のトップを操り、日本に軍隊をけしかける。さらには分身たちが関係各国の重要人物を魅了し、日本を完全に孤立状態へと追い込んだ。

 

  最後の戦いにおいて、仲間たちの力を取り込んだ鬼太郎と、伊吹丸の力を借り受けた石動零の二人がかりで討伐され、再び地獄へと繋ぎ止められたと思われる。作中で明言されてはいないが、おそらくは中国妖怪に該当する大物。中国妖怪の狐といえばでお馴染みの『弟』を指しおいての活躍——いずれは、本小説にその弟の方を出演させたいと考えています。

 

 

 

 ・ぬらりひょん

 

 ・cv:大塚明夫

 

  最終章ぬらりひょん編のラスボスにして、大逆の四将を地獄から解き放った黒幕。妖怪の復権を目的として様々な場所で暗躍する老人。ぬらりくらりとどこへでも入り込み、陰謀の糸を至るところで張り巡らせていく。

 

  満を持して登場した妖怪の総大将。妖怪のために人間たちと敵対しているため、人間を嫌う妖怪たちからは支持されているが、たとえ味方の妖怪だろうと平然と使い潰す冷酷さを秘めている。ぬらりひょんにとって大事なのは妖怪という種そのものであり、朱の盆以外の妖怪一人一人に対してはほとんど興味も関心も示さない。

 

  どんな相手であろうと丁寧な言葉遣いで話し、その話術で人間の権力者とも接点を持っている。時には賄賂で自分の思惑通りに人間を動かし、目的を果たそうとする。驚くべきことに作中で戦闘をした描写が全くといっていいほどにない。自らの手を汚さずに他者を掌の上で転がすその有り様はまさに老獪の一言。

 

  最終話、バックベアードを見事に欺いて格の違いを見せつけるも、最後の足掻きとして爆弾と化したバックベアードに自らの思惑を潰される。だがそれでも尚、落ち着いた様子でたとえどんな危機を前にしても「人間と手を組むなどあり得ない」と、妖怪の総大将としての威厳を見せつける。最後には同志たちの命を無為に散らせた責任を取るとして自爆したが、魂が出てくる描写がなかったため、偽装自殺だと思われる。

 

 

 

 ・朱の盆

 

 ・cv:チョー

 

  ゲゲゲの鬼太郎でぬらりひょんという存在を語る上で、欠かすことの出来ない彼の側近。鬼のような真っ赤で大きな顔をした妖怪。原典ではかなり恐ろしい妖怪なのだが、鬼太郎シリーズでは一貫して『ちょっと間の抜けた小悪党』であり、常にぬらりひょんに付き従っている。

 

  6期の朱の盆も、それまでのシリーズ同様に少し間が抜けているのだが、その戦闘力は過去最高レベル。特に特殊な能力などは使わず、肉弾戦で鬼太郎に対抗できるほどの強敵妖怪として描かれている。さらにはガドリンガンを使って人間を殺したりと、割と洒落にならないことを平然とやってのける。

 

  最終話ではぬらりひょんが自爆したため、一人取り残された朱の盆が寂しそうにショボーンとしている。

 

 

 

【鬼太郎6期の独自設定】

 ここでは鬼太郎6期における独自の設定、最低限必要な知識を解説したいと思います。

 

 

 ・妖怪との距離感

 

  物語の当初、人間たちは完全に妖怪という存在を認知していなかったが、アニメ11話『日本征服! 八百八狸軍団』において、隠神刑部狸率いる狸妖怪たちに政権を奪取されたことをきっかけに、徐々に妖怪の存在を認知し始める。一年目が終わる頃には、大抵の国民が妖怪の存在を認識するようになり、妖怪自体が出てくることにはあんまり動じなくなっている。

 

 

 ・ゲゲゲの森

 

  鬼太郎たちが住んでいる異界の地。調布市の神社にある林の奥に入り口があるのだが、基本的に人間はその道を取ることができない。だがアニメ37話『決戦!! バックベアード』から犬山まながゲゲゲの森に認められ、鬼太郎たちの元に直接遊びに行けるようになっていた。

 

 

 ・妖怪の肉体と魂に関して

 

  6期の世界において、妖怪は倒されても肉体が消滅するだけで魂が残る。魂さえ無事であれば、長い時間をかけて肉体を修復して復活することができるとのこと。ただし魂そのものを潰されたり、消滅させられた場合、魂は地獄へと送られ二度と現世に戻ることが出来なくなる。猫娘が魂を地獄に送られながらも戻って来れたのは、鬼太郎が閻魔大王に直談判して取引をしたためで本来は駄目なことらしい。

 

 

 ・妖対法

 

  物語終盤、何故か総理大臣を続けることができていた女総理の肝入りで施行された法案。『妖怪による不等な行為の防止等に関する法律』——つまりは暴対法の妖怪版。作中では散々悪法とか言われていましたが、妖怪という存在を認めた法律としては割と画期的だったと思う。実際、妖怪の被害とか半端ないですから……。

 

 

 

【本小説における独自設定】

 ここでは本小説における独自設定、主に『日本復興編』以降の内容を語っていきます。

 

 

 ・日本復興編について

 

  本小説の『日本復興編』は鬼太郎3年目、2020年の4月から始まる時間軸を想定したストーリー展開になっています。第二次妖怪大戦争終結後、戦争の被害を受けた日本や世界が少しづつだが復興していくその過程を意識しながら、話を進めています。

 

  犬山まながゲゲゲの鬼太郎の記憶を取り戻すため、自らの思い出を差し出したことで彼女は本編二年間の『妖怪に関する知識、思い出』その全てを失っています。彼女の記憶が戻るのは10年後、2030年だとはっきり描写されているため、本小説内で彼女の記憶が戻ることは基本ありません。鬼太郎と直接絡むことが出来なくなったため、目に見えて出番が減りはしますが、ちょい役やまな自身の物語は今後も描く予定ですので、完全にいなくなったりはしません。

 

  総理大臣だった女総理を含めて主だった閣僚が亡くなっているため、臨時で新たな総理が代理で就任しています。この臨時総理との間で鬼太郎が直接和解をしましたので、人間の軍隊が妖怪たちと武力衝突する予定は……今のところありません。ただ、妖怪の被害にすぐに対応できるようにと、妖対法自体はそのまま。自衛隊や警察の動きが迅速になっている筈です。

 

  日本復興編では縦軸のストーリーとして、『ぬらりひょんの意志を継いだ朱の盆』があちこちで暗躍しています。とはいえ、あの朱の盆ですので出来ることにも限界があり、あまり上手く入っていません。あくまで『次の敵』が現れるまでの繋ぎですので、彼にぬらりひょんのような極悪な悪事はご期待なさらないように。

 

 

 

 

 

 

 

 ・中国妖怪編

 

  日本復興編完結後にやるつもりのストーリー。今はまだ未定ですが、大ボスやヒロイン?に関してはある程度決まっています。実際に始まった場合、こちらの方で改めて解説など入れてみたいと思います。

 

  

 




本小説の執筆状況などで、加筆修正することもありますのでよろしくお願いします。
何か不明な点、説明を加えて欲しいところなどありましたら、感想欄などでコメントしていただければと思います。


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短編
ギャシュリークラムのちびっ子たち 


注意事項
 バッドエンドです。救いはありません。
 本編を読む際は『ギャシュリークラムのちびっ子たち』の原作を知った上で読み進めることを推奨します。
 思いつきで書いたものですが、ほんとに救いはありません。
 スルーしてもらっても全然構いません。


 

 

 

 その日、西洋の死神はふらりと日本に立ち寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ』は あっくん   赤舌(あかした)の舌で締め殺される。

 

『い』は イトちゃん  犬神(いぬがみ)の呪いでやつれ衰え。

 

『う』は うーたん   うわんにびっくり心停止心臓ピタリ。

 

『え』は えってぃ   煙々羅(えんえら)の煙で肺をやられる。

 

『お』は おらくん   お庭の倉で鬼一口(おにひとくち)にペロリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『か』は かいくん    河童(かっぱ)に尻子玉を抜かれて溺死。

 

『き』は きいちゃん   吸血鬼(きゅうけつき)に全身の血を抜かれる。

 

『く』は くいたん    (くだん)の予言通り死んだ。

 

『け』は けろすけ    けらけら(おんな)に死に様を笑われ。

 

『こ』は ころすけ    死体を狐者異(こわい)に喰われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さ』は さるくん    (さとり)に心読まれて精神やられた。

 

『し』は しーちゃん   尻目(しりめ)に壁際まで迫られ。

 

『す』は すどくん    水虎(すいこ)に水分吸われて干からびる。

 

『せ』は せわくん    前鬼(ぜんき)後鬼(ごき)の喧嘩の巻き添い。

 

『そ』は そねくん    (そで)もぎ(さま)に袖を引っ張られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『た』は たいちょう   ダイダラボッチに踏み潰される。

 

『ち』は ちいちゃん   チョキチョキに首ちょんぱ。

 

『つ』は つよポン    全身バラバラ辻神(つじがみ)の仕業。

 

『て』は てるよさん   ()()に腕を奪われる。

 

『と』は とろくん    (とお)悪魔(あくま)に後ろからグサリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な』は なつくん    悪い子はなまはげに連れて行かれる。

 

『に』は にいちゃん   肉吸(にくす)いは骨だけを残す。

 

『ぬ』は ぬいむらくん  沼御前(ぬまごぜん)の沼は底なし。

 

『ね』は ねこたん    猫魈(ねこしょう)に恨み晴らされ。

 

『の』は のいちゃん   顔がのっぺらぼうで息できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『は』は はっちゃん   針女(はりおなご)の髪で串刺し穴だらけ。

 

『ひ』は ひっくん    人魂(ひとだま)の炎が燃え移って火ダルマ。

 

『ふ』は ふとしん    袋担(ふくろかつ)ぎの袋の中詰め込まれる。

 

『へ』は へいすけ    蛇神(へびがみ)に生贄として捧げられ。

 

『ほ』は ほっちゃん   彭侯(ほうこう)の美味しい漬物にされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ま』は まとくん    二度と抜け出せない(まよ)()

 

『み』は みぃちゃん   ()目入道(めにゅうどう)に投げ出され。

 

『む』は むっくん    ムチの毒にやられた。

 

『め』は めいすけ    目ん玉を目玉(めだま)しゃぶりにくり抜かれる。

 

『も』は もーくん    魍魎(もうりょう)の拳でペッチャンコ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『や』は やよちゃん    山姥(やまんば)に全身血だらけに。

 

『ゆ』は ゆいくん     雪女(ゆきおんな)に氷漬けにされて寒い。

 

『よ』は よっちゃん    夜雀(よすずめ)の闇に呑まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ら』は らみちゃん    雷獣(らいじゅう)の雷で黒焦げ。

 

『り』は リンリン     龍宮童子(りゅうぐうどうじ)にお願い聞いてもらえず望み絶たれた。

 

『る』は ルイくん     ルルコシンプに海へ引きずり込まれる。

 

『れ』は レイくん     霊猪(れいちょ)の大群に跳ね飛ばされ。

 

『ろ』は ろくすけ     ろくろ(くび)に首をねじ切られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わ』は わたし わいらの爪の餌食。

 

 

『を』と驚くゲゲゲの鬼太郎。誰も間に合わずちびっ子たちみんな死んだ。

 

 

『ん』と呟く西洋の死神。日本を静かに立ち去っていく。

 

                                      おしまい。

 

 




感想・コメントお待ちしています。


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とーとつにエジプト神

とーとつですが、『とーとつにエジプト神』クロス始めます。


 

「——……日本に行きたいな」

「——えっ?」

 

 とーとつですが、ここはエジプト神の住む世界。アヌビスの部屋です。

 

「なんだか知らないけど、今は日本がアツいらしいよ、トト。だから日本に旅行に行きたいなって思ってるんだ~」

 

 アヌビスは日本に旅行に行きたいと、ズッ友であるトトに相談を持ちかけていました。

 

「じぃ~……」

 

 部屋の中にはメジェドもいます。

 白い布を被った正体不明の何かが、二人の神様の背中をじっと見つめています。

 

「なるほど、日本ですか。確かに……色々とアツいと聞きます」

 

 トトも日本がアツいということは知っているみたいですね。

 アツいと言っても、気温が暑いという意味ではありません。流行っているという意味です。

 

「でも、お仕事はどうするんですか?」

 

 そう、アヌビスたちには仕事があります。

 冥界にやってきた魂たちを導き、審判をするという大切なお仕事が。

 

 それをサボって旅行などにうつつを抜かすなど、決して許されることでは——。

 

「いいんじゃない? たまには休んでも?」

「そうですね。たまには休みましょう」

 

 許されました。

 人間も神様も、働き過ぎは良くありません。

 

「よーし! じゃあ、さっそく日本に行こう!!」

「ええ!! 行きましょう!!」

「はぁ~い!!」

 

 こうして、とーとつですがエジプトの神様たちが日本へ旅行に行くことになりました。

 

 

 

 

「着いたよ! 日本! イェーイ!!!」

「ジャパン!! ジャッポネー!! ジャバニーズ!! イェーイ!!」

「うわぁい! うわぁい!」

 

 アヌビスとトト。そしてメジェドの三人が無事日本へと辿り着きました。

 念願の地に来れたことに興奮してか、テンション高めに叫んでいます。

 

「はぁはぁ……さてと、まずはどこに行こっか?」

「はぁはぁ、そうですね……どこに行きましょう?」

 

 少し落ち着いたところでアヌビスとトトが目的地を話し合います。

 ちなみに今いる場所は日本の首都・東京。ここから日本の全国各地、どこへでも好きな場所へと行けます。

 

「そうだね、まずは……あっ!」

 

 アヌビスが行きたいところを言おうとしました。しかしそれを遮るように「グゥ~」とお腹の鳴る音が響きます。

 

「お腹、すいたね……」

「そうですね、まずは何か食べましょう。何にします?」

「せっかく日本に来たんだから、日本らしいものが食べたいな~」

 

 まずは腹ごしらえをすることになった一同。

 せっかく日本に来たので、何か日本らしいものが食べたいアヌビスたち。

 

「日本といえば……スシ、スキヤキ、テンプラ!!」

「牛丼、とんかつ、から揚げ、うどん、蕎麦、たこ焼き、お好み焼き、温泉タマゴ!!」

 

 アヌビスとトトはそれぞれ日本らしい食べ物を口に出します。

 トトの方が物知りなので、いろんな食べ物の名前が上がりますね。

 

「あっ! ねぇねぇ、ラーメンなんてどう? ほら、ちょうどそこにラーメン屋が見えるよ」

 

 アヌビスはラーメン屋の看板を見つけました。

 ラーメンも今や立派な日本食として、世界中の人々に愛されています。

 

「いいですね、ラーメン!!」

 

 トトもラーメンが食べたくなってきたみたいです。

 さっそく、メジェドも含めた三人でラーメン屋の暖簾を潜っていきます。

 

「ごめんくださ~い……って、ホルス!?」

「——いらっしゃいませ~……あっ? アヌビスにトトも!?」

 

 ラーメン屋に入ってアヌビスたちはびっくりしました。

 自分たちを出迎えた店員が彼らと同じエジプト神・ホルスだったからです。

 

 ホルスがいくつものバイトを掛け持ちしていることは知っていましたが、まさか日本でも働いているとは思いよらなかった。驚くアヌビスたちに、ホルスは接客しながら事情を説明します。

 

「最近は日本でも働いてるんだ。色々と勉強になるし、何より日本はアツいからね!!」

 

 どうやら、ホルスも日本がアツいことを知っていたみたいです。

 アツいと言っても分厚いわけではありません。流行っているという意味です。

 

「そうなんだ~、ホルスはすごいね……あっ、ボク醤油ラーメン! チャーシュー大盛りで!!」

「わたしは塩ラーメンをお願いします」

「……味噌……野菜たっぷりで……」

 

 アヌビスたちはホルスの仕事熱心さを関心しつつ、各々が食べたいものを注文していきます。

 アヌビスはオーソドックスに醤油、トトが塩、メジェドは味噌ラーメンをオーダーしました。

 

「醤油に塩、味噌ラーメンですね……少々お待ちください!!」

 

 注文を受けたホルスはさっそく厨房にオーダーを伝えに行きました。本当にいつも仕事熱心ですね。

 

「——でさ、やっぱり日本に来た以上、京都は外せないと思うんだよね」

「——私はやっぱり温泉に入りたいですね。温泉卵にやはり興味がありますから」

 

 料理を待っている間、アヌビスとトトは食事を終えたらどこに行くべきか。旅の目的地を話し合っています。

 アヌビスたち以外に、どうやらお客さんはいないみたいですね。

 

「——ふぃ~、親父、いつものチャーシュー麺大盛りで!」

「——ボクも同じものを」

 

 すると、そこへ新たな来客がありました。この店の常連客——ねずみ男とゲゲゲの鬼太郎です。

 二人は常連らしくメニューを見ることもなく、自分たちの食べたいものを即座に注文して席に着きます。

 

「いらっしゃいませ!! ぺこり!」

「……おわっ! な、何だお前!?」

 

 けれど新しい店員であるホルスとは初対面なのか。ねずみ男も、そして鬼太郎も驚いた顔をしています。

 

「あっ、初めまして! 新しいバイトで入りました、ホルスです!!」

 

 ホルスは新人店員として、しっかり常連さんに挨拶をします。挨拶は大切ですね。

 

「こんにちは!! アヌビスです!

「地元の方でしょうか? 初めまして、トトです」

「…………メジェド」

 

 アヌビスたちも名乗ります。自己紹介は大事ですね。

 

「あ、ああ……お、俺はねずみ男だ」

「ボクはゲゲゲの鬼太郎だ」

 

 鬼太郎たちも、しっかり挨拶を返しました。

 

 こうして、エジプト神たちと日本の妖怪たち。

 日本のラーメン屋で小さな異文化交流が始まりました。

 

 

 

 

「——へぇ~、そうなんだ。じゃあ、鬼太郎くんは妖怪なんだ……妖怪、なんか用かい……なんちゃって! てへへ!」

「…………」

 

 鬼太郎たちが妖怪だと知り、アヌビスが渾身の一発ギャグを披露しますが、みんなで聞き流します。

 

「アヌビス……冥界の神じゃったか。神様……いや、それにしては、随分とこう……」

 

 鬼太郎の頭から彼の父親である目玉おやじがひょっこりと顔を出します。

 

 彼はアヌビスたちの自己紹介に、それが異国の神の名であることに気が付いたようです。流石、博識ですね。

 けれど、アヌビスたちが本当に偉い神様なのか少し首を傾げています。無理もありませんね。

 

「そうです。私たち………………実は神様なんです!」

 

 目玉おやじの疑問に、今一度トトが答えます。

 

「アヌビスが冥界の神様。不肖この私、トトが知恵の神様をしています。そして——」

 

 トトはそこでメジェドへと目を向けます。

 

「……メジェドは……なんだかよく分かりませんが、とりあえず神様です!」

 

 メジェドが何の神様なのか。トトですらよく分かっていないようです。謎です。

 

「それからホルス! 彼はハヤブサの頭を持つ、天空神なのです!」

「お待たせしました! まずは醤油ラーメン、塩ラーメンです!!」

 

 店員としてラーメンを運んできたホルスの紹介もします。

 そう、日本でアルバイトに励んでいる彼も立派なエジプト神の一員。とっても力の強い神様です。

 

「そうだよ! かっこいいでしょ、フフン! あっ、味噌ラーメンもどうぞ!」

 

 ホルスは料理を配膳しながら、自身を誇るように胸を張りました。

 

 

「——クックック……ペンギンが何かほざいてやがるぜ!!」

 

 

 すると、そんなホルスを『ペンギン』と罵る謎の影が現れます。

 

「ぺ、ペンギン……お、お前は——セト!!」

 

 ホルスはペンギンと馬鹿にされたことを怒りながらその影——セトに向かって叫びます。

 そうです。そこに立っていた影の正体はセト。ジャッカルを始め、色々な動物の頭を持った破壊の神様です。

 

「セト! この国でも悪いことをするつもりだな!! そうはさせないぞ!!」

 

 二人はライバル同士。ホルスはセトが悪いことを企んでいると、彼の悪事を阻止しようと意気込みます。

 

「クックック……もう遅い! 既に俺様はこの国でありとあらゆる悪事に手を染めてしまったのだ! ニタリ!」

 

 けれど手遅れだと。セトは手に持っていたリンゴを握りつぶしながら不敵な笑みを浮かべました。

 そうです。セトはホルスが止める暇もなく、既にこの国で悪いことをたくさんしてしまっていたのです。例えば——

 

「クックック……砂場で遊んでいたガキどもの砂の城を崩してやった。下駄箱の靴を隠して、人間どもに裸足で歩くことを強要してやった。ピンポンダッシュなんざ、連続で五十件も繰り返してやったぞ!? どうだ恐れ入ったか!?」

「そ、そんな手遅れだったのか!?」

 

 それらの悪事を前にホルスががっくりと項垂れます。セトを止められなかった、そのことを悔いているのです。

 

「クックック……どうだ思い知ったか、ホルス!!」

 

 セトはそんなホルスを前に勝ち誇ります。

 

「へぇ~、すごいね、セトは……ズルズル」

「ほんと、大したものです……ズルズル」

 

 セトの勝利宣言に恐れ入りながら、アヌビスとトトはラーメンを啜っています。

 

「……ケッ、なんだそりゃ、くだらねぇ……」

 

 ですが、そこでねずみ男が口を挟みます。彼はセトの悪事を鼻で笑いました

 

「仮にも破壊神だってんなら、もっとあくどいことしてみせろよ。例えば——」

 

 ねずみ男はセトに『悪事とは何なのか』を説きます。具体的には、これまで自身の行なってきた悪事を例にして。そうです。悪いことなら、ねずみ男もたくさんしてきました。そんな彼の悪事を聞き——

 

「なっ! なんて悪い奴なんだ! 貴方はっ!!」

 

 ホルスは絶句します。これにはセトも——

 

You are crazy(貴方はイカれている)!!」

 

 と絶叫してしまいました。

 

「くそっ……!! さすが、今もっともアツい日本! こんなに悪い奴がいるとは!!」

 

 セトも日本がアツいことを知っていたようです。

 アツいと言っても、義理人情に篤いわけではありません。流行っているという意味です。

 

「……負けていられるか!! 今に見ていろ……ピンポンダッシュ、あと百件追加だ!!」

 

 セトはねずみ男の悪事に負けまいと、さらに悪事を重ねて自身の凄さを知らしめようと走り出しました。

 

「待て、セト! これ以上はやらせないぞ!!」

 

 それを止めようと、ホルスが後を追いかけていきます。バイト中なのにいいのでしょうか?

 

「……なんだったんだ、ありゃ?」

「さあ……」

 

 勿論、鬼太郎たちは追いかけません。

 まだラーメンを食べていませんし、たとえ食べ終わっても彼らを追うことはないでしょう。

 

 

 

 

「——さてと、それじゃそろそろ行こっか?」

「そうですね、では我々はこれで……」

 

 ラーメンを食べ終えた後も、適当に雑談をしていたアヌビスたち。

 さすがにそろそろ店を出ようと、彼らは鬼太郎たちに別れを告げて店を後にしようとします。

 

「あ、ああ……」

 

 鬼太郎も特に呼び止めることはなく、彼らの旅路を見送ろうとしていました。

 

「——ん? なんだ、なんだ!?」

 

 ですがそのタイミングで、何やら外が騒がしくなっていることにねずみ男が気づきます。

 何事かと、皆で一緒になって店先へと飛び出すと——そこには逃げ惑う人々の姿がありました。

 

「なんだか騒がしいね……お祭りかな?」

「日本はお祭り文化が盛んな国ですからね……きっと、これも何かの儀式なのでしょう」

 

 逃げ惑う人々を前にして、アヌビスとトトは吞気にもそんなことを話します。

 ですが、鬼太郎はそれがお祭りでないことを察し、人々が逃げてくる方角へと目を向けました。

 

 すると、海岸からは巨大な蛇のような怪物が姿を現します。

 その怪物は人々の視線を受け、声高々に笑い声を上げました。

 

 

「——ふはははっ!! 我が名はアペプ! 混沌と闇を撒き散らす邪悪の化身なり!!」

 

 

 自分で自己紹介をしたように彼の名はアペプ。 

 悪の化身にして、闇と混沌を生み出して秩序を破壊するもの。

 

 太陽神・ラーの宿敵。邪悪の象徴ではありますが、彼もまたエジプト神の一員です。

 

「ふはははっ!! 見ているがいい、ラーめ!! 貴様が贔屓にしている旅行先、今もっともアツい日本に混沌をまき散らし、貴様の旅を台無しにしてやる!!」

 

 アペプの目的は宿敵であるラーへの嫌がらせのようです。日本に混沌をまき散らし、彼の旅を寂しいものにしてやろうと企んでいるのです。

 大変です、このままでは日本が——

 

「混沌が覆う世界にしてくれるわ……はぁぁああああ!!」

 

 アペプはさっそく目的を果たそうと、辺り一帯に混沌をばら撒きます。

 黒い大きな豆のような形をした混沌が、今まさに放たれようとしています。

 

「——させないぞ!! 髪の毛針!!」

 

 ですが安心してください。

 放たれようとした混沌を食い止めるため、ゲゲゲの鬼太郎がアペプへと立ち向かいます。

 

「ムッ……邪魔をする気か、小僧!!」

 

 鬼太郎に混沌をばら撒くの阻止され、アペプはとても怒っています。

 

「よかろう……ラーの前に、まずは貴様から片づけてやる! 我が腕の中でもがき苦しみ、息絶えるがいい!!」

「やらせるか! 指鉄砲!!」

 

 アペプは自分の目的の邪魔となる鬼太郎を倒すことにしたようです。

 鬼太郎もアペプの侵略を食い止めるために戦う覚悟を決めました。

 

 頑張れ、鬼太郎!

 負けるな、鬼太郎!

 

 この国の平和は、君の手に委ねられた!!

 

 

 

 

 と、アペプと鬼太郎が熾烈な戦いを繰り広げている側で——

 

「——でさ~、やっぱり沖縄と北海道のどっちかには行きたいと思うんだけど……トトはどっちがいい?」

「——そうですね……個人的には、やっぱり北海道でしょうか。温泉がたくさんありそうですし!!」

 

 アヌビスとトトはまだ巡る観光地を決められないでいるみたいです。二人してあーでもない、こーでもないと頭を悩ませています。

 

「じぃ~…………」

 

 その話にメジェドも加わりたいのでしょう。じぃ~っと、二人の背中を見つめています。

 すると、そのときです。

 

「ニョロニョロ、ニョロニョロ」

 

 メジェドの目の前に、とーとつに蛇が現れました。

 アペプと同じ『蛇』繋がりでその辺の茂みから出てきたのでしょう。それもただの蛇ではありません。幻の生物として有名なツチノコです。

 ですがメジェド以外、誰もツチノコの存在に気付いてはいません。

 

「うわ~!」

 

 嬉しそうにはしゃぎ回るメジェド。みんなにも見てもらおうと、さっそくツチノコを捕まえようとします。

 

「ニョロニョロ、ニョロニョロ」

 

 けれど思いの外、すばしっこく。なかなか追いつけません。

 自分のことを捕まえられないメジェドに向かって、ツチノコは挑発的な笑みを浮かべています。

 

「——むかっ!」

 

 これに怒ったメジェド——

 

 

「ん……っ!! ビィィイイイイイイイイイム!!」

 

 

 目からビームを放ち、ツチノコを消し飛ばしてしまいました。

 

 

「でさ……やっぱり、温泉なら熱海が——」

「いえいえ、ここはやはり別府で——」

 

 

 そのビームの余波に巻き込まれるアヌビスとトト。

 

 

「へっ……?」

 

 

 さらにねずみ男もそのビームの光に呑み込まれていきます。

 

 

「リモコン下駄……って、うわっ!?」

 

 

 アペプと戦っていた鬼太郎ですが、彼は何とか寸前でビームを避けます。

 

 

「なっ、なにぃいいいいいいい!?」

 

 

 そして、アペプ。

 彼はビームの射線上に居座っていたため、そのビームの直撃を真っ正面から受けてしまいました。いかに頑丈なエジプト神といえども、これは只では済みません。

 

「おのれぇええええええええ!! ラーめぇえええええええ!!」

 

 全然関係のないラーへの恨言を叫びながら、遥か彼方へとアペプは吹き飛ばされてしまいました。

 アペプがお星様になった方角はエジプト方面です。きっとエジプトに帰ったのでしょう。

 

 その他にも、ビームの余波で色んなものが破壊されていきますが——なんとも都合が良いことに死傷者は出なかったみたいです。

 

 アペプの侵略も阻止できたことですし、めでたしめでたしですね。

 

 

 

 

 

「——お~い!! みんな~!!」

「あっ、ラー様だ!」

 

 騒ぎがひと段落した頃。

 その場で一息入れているアヌビスたちのところへ、エジプトの太陽神・ラーがやって来ました。

 アヌビスやトトたちのお父さん神様。旅をするのが大好きで、彼も日本に来ていたようです。

 

「いや~、まさかこんなところでみんなに会えるとは、今回の旅も素晴らしいものになりそうだぞ~」

 

 ラーが旅をするのはいつものことですが、旅先で身内に会うのは初めてのこと。

 なんとも縁起がいいと、嬉しそうにアヌビスたちに笑いかけます。

 

「あっ、そうだ! ちょっと早いけどお土産を配ろう! ほら、並んで並んで!!」

 

 ラーはいつも必ずみんなにお土産を買って帰ります。

 今回も子供たちが喜んでくれると、自信たっぷりにお土産を広げようとしています。

 

「お土産か……今回はなんだろうね」

「前回はTシャツでしたが……さてさて、今回はどうなることやら……」

 

 ですが正直、ラーにはお土産選びのセンスがありません。そのためアヌビスもトトも、あまり過度な期待はしていませんでした。

 しかし——

 

「ほら! 今回のお土産は……木刀だぞ!!」

「や、やった、木刀だ!! ありがとう、ラー様!!」

 

 ラーが買ってきてくれたお土産、木刀にアヌビスは大喜び。

 前々から欲しいと欲しいと言っていましたから。良かったですね、アヌビス。

 

「けど、アヌビス……木刀なんて何に使うんです?」

 

 ですが、喜ぶアヌビスにトトが冷静に尋ねます。木刀を何に使うのか、分からないみたいです。

 勿論、木刀を人に向けてはいけません。チャンバラごっこも危ないですね。

 

 以前も同じ質問をされました。そのときもアヌビスは答えることができませんでした。

 

「ふっふっふ……それはね……」

 

 ですが、今回はその疑問に解答を示せるのでしょう。

 アヌビスは自信満々に木刀を構え、叫ぶのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〇〇の型!! エジプト神の呼吸!!」

「それは他作品です!!」

 

 とーとつですが、これでエジプト神の物語を終わります。

 

 

 




とーとつにキャラ紹介

 アヌビス
  冥界の神。今日本で一番忙しいかもしれない鬼滅声優。

 トト
  知恵の神。二番目くらいに忙しいかもしれない進撃声優。

 メジェド
  謎の神。演じる役はだいたいイケメン。どのイケメンが好きかで年齢がバレる。

 ホルス
  天空神。回す方のノッブ。FGOユーザーならそれで通じる。

 セト
  破壊神。土佐弁で喋れば人気になる。最初はバイキンマンかと思った。

 アペプ 
  混沌と邪悪の化身。とある世界観では犯人役が多いらしい。

 ラー
  太陽神。ふぅん……と呟く社長の人。



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しまっちゃうおじさんのこと

はい、書いてしまいました。
『ぼのぼの』に登場した『しまっちゃうおじさん』を主役にしたクロスオーバー。

MYさんからリクエストを頂いたぼのぼの。ぼのぼのの世界観をそのまま持ってくることは困難だったので、一番強烈なキャラを鬼太郎世界に召喚します。

このしまっちゃうおじさん、原作の絵本だと数えるくらいしか登場してないらしいのですが、1995年のアニメ版だとそこそこの出番があり、それによりカルト的な人気を得るようになりました。

完全にカオスです。与太話として楽しんでもらいたいと思います。


「——最近、子供たちの行方不明事件が多発してるみたいだけど……どう思う、鬼太郎?」

 

 ゲゲゲの森のゲゲゲハウス。鬼太郎を含めいつもの面子が集まる中、猫娘がスマホのネット記事を検索しながらおもむろに呟く。

 平和な昼下がりの午後、ゲゲゲの森では嘘のように穏やかな時間が流れていたが、こうしている間にも人間たちの世界ではまた新たな事件が発生し続けている。

 窃盗やら、傷害やら、殺人やらと。その数が変動することはあっても、決してなくなることはない。

 

 そんな数多くの事件が発生しては解決、発生しては未解決と繰り返されている中。

 現在、とある事件が立て続けに起こっており、巷を騒がせていた。

 

 それこそが——子供たちの誘拐、行方不明事件である。

 行方不明になっているものは皆子供。下は小学生。上は高校生までと、その全てが未成年である。

 

「うむ、新聞でも大きく取り上げられておるようじゃのう……」

「ああ……妖怪ポストにも、そういった手紙の相談がたくさん来てる……」

「…………」

 

 猫娘のスマホ以外でも、砂かけババアが読んでいる新聞、妖怪ポストから送られてきた手紙など。人間たちの社会情勢をあらゆる手段で知ることができる妖怪たち。

 

「鬼太郎よ、さすがにこれだけ連続で起きているのには……何かしらの裏があるに違いない」

「ええ、ボクもそう思います、父さん」

 

 目玉おやじの指摘に鬼太郎も同意する。

 一件や二件ならば、あくまで偶然が重なっただけ。人間同士の揉め事と彼らは気に留めなかったであろう。しかし、事件はここ数ヶ月で数十件、このままの勢いでいけば三桁に登る勢いだ。

 さすがに、これだけ子供たちの誘拐事件が立て続けに起こっているのはおかしい。

 

 鬼太郎はこの事件の裏に『妖怪』が関わっているかもしれないと、既に調査を進めていた。

 

「とりあえず……カラスたちからの報告を待ちましょう」

 

 今は鬼太郎の頼みでゲゲゲの森のカラスたちが動いている。

 彼らはこの森に住まう特殊なカラスであり、野生のカラスたちなどに指令を発することができる。関東中のカラスが街中に監視網を敷けば、必ず何かしらの動きを察知することができる筈だ。

 

 鬼太郎たちは事態が動くことを期待し、カラスたちの報告を静かに待っていた。

 

 

 

 

 

「……ここか? 本当に……ここに連れ去られた子供たちがいるのか?」

「カァッ!!」

 

 それから、数時間後。すっかり日が暮れ始めた頃に数羽のカラスたちが有力な情報を持ってきた。

 なんでも新たな誘拐事件が発生し、何者かが子供を拉致。この山中にある洞窟へとその子を連れ去っていったという。

 カラスたちの目ではその『何者か』が何であるかははっきりと視認できなかったらしいが——明らかに人間ではなかったという。

 妖怪の仕業の線がさらに濃厚となっていき、鬼太郎たちはこの事件を解決すべく重い腰を上げる。

 

「みんな……準備はいいか?」

 

 何者かが潜んでいるかもしれない洞窟の前で、鬼太郎が仲間たちに呼び掛ける。

 

「いつでもいいわよ!!」「うむ、任せておけ!!」

「まかせんしゃい!!」「ぬりかべ!!」

 

 そこにはいつものメンバー。

 猫娘に砂かけババア、一反木綿にぬりかべと頼もしい仲間達たちが揃っている。鬼太郎の号令に彼らは快く返事をしてくれる。

 

「…………」

 

 ただ子泣き爺。彼だけが何故か何も喋ってはくれなかったが。

 

 

 

「……どこまで続くんでしょう、この洞窟は……」

「油断するでないぞ、鬼太郎よ」

 

 そうして、いざ洞窟内部へと突入することになった一行。鬼太郎は松明の火で内部を照らし、目玉おやじが用心深く進んでいくよう息子に忠告を入れる。

 今のところ、洞窟内にこれといっておかしなところはない。

 しかし、油断は禁物。ここに何者かが潜んでいることは確実なのだ。鬼太郎たちは警戒を強めながら、一本道となっている洞窟の通路内を黙々と突き進んでいく。

 

「……! 鬼太郎、見て!」

 

 どれくらいの時間、歩き続けていただろう。いい加減外の空気が恋しくなり始めた頃、猫娘が声を上げる。

 前方、狭い通路しかなかった視界の先に僅かに灯が見えたのだ。そこは洞窟の最深部、大きく開けた場所になっていた。

 

 

 その開けた場所の中心部に——ポツンと何者かが立っている。

 

 

「——ふっふっふ……待っていたよ、鬼太郎くん」

「っ!?」

 

 相手が鬼太郎の名前を呼んだことから、既に自分たちがここに来ることを予想していたことが分かる。

 油断ならない相手だ。鬼太郎たちは警戒心を最大レベルまで上げ…………何だかよく分からない眼前の生物と向き合う。

 

 そこに立っていたのは当然人間ではない。

 そこに二足歩行で立っていたのは、スラリと頭身の高い……虎? いや……豹? もしかしたら……スナドリネコ?

 何だかよくわからないが、ピンク色の皮膚に黒いぶち模様が特徴的な、ネコ科の動物っぽい何かが目を細めた笑顔で立っていた。

 

「お、お前は……何者だ!?」

 

 いったい何と呼んでいいかも分からないため、とりあえず何者なのだとシリアスに問いかける鬼太郎。その問い掛けに、謎の生物は自信たっぷりに答える。

 

「私は……しまっちゃうおじさんだよ」

 

「しまっちゃうおじさん!!」

「しまっちゃうおじさん!?」

「しまっちゃうおじさん……?」

「しまっちゃうおじさん……だと!?」

 

 背筋が凍るほどに恐ろしいその名前に震え上がる鬼太郎たち。

 しかし、ここで怯むわけにはいかない。相手が何者であれ、まずは問わなくてはならないことがある。

 

「お前が子供たちを連れ去ったんだな? 誘拐した子たちをどこへやった?」

 

 そう、ここがしまっちゃうおじさんのアジトであるのならば、今回の事件の被害者——誘拐された子供たちがいる筈なのだ。

 彼らは無事なのか? 今どこにいるのか? 

 

「ふっふっふ……ふっ!!」

 

 鬼太郎の質問に不敵な笑みを浮かべながら、しまっちゃうおじさんは——パッと片手を上げる。

 

「うっ、眩しっ!?」

 

 瞬間、僅かな光しかなかった薄暗い洞窟内部がまるで昼間のように明るくなる。鬼太郎たちとしまっちゃうおじさんが対峙していた洞窟中心部の様子が——克明に照らされていく。

 

「こ、これはっ!?」

「な、なんなの……これ!?」

 

 鬼太郎と猫娘が周囲を見渡すと、広い洞窟の至る所に——石で積み上げた祠のようなものが無数に設置されていた。 

 まるで石を積み木のように積み上げた、ちょうど子供が一人分入るか入らないかくらいの大きさの石倉だ。

 

 その石の祠の中から——子供たちのすすり泣く声が聞こえて来る。

 

「——う、うう……暗いよ、誰か出して~」

「——助けて……助けてよ、ママ~」

「——ひっく……家に、おうちに帰りたいよ~」

 

「ま、まさかっ!? この中にっ!?」

 

 攫われた子供たちの現状を理解し、戦慄する鬼太郎。

 どうやら連れ去られてしまった子供たちは、誰一人の例外なく、それら石倉の中に閉じ込められているようだ。あまりに残酷な仕打ちを前に、憤りを露わにする鬼太郎が叫んだ。

 

「お前っ!! 何故こんなことを……この子たちをどうするつもりだ!?」

 

 何故こんなことをするのか。鬼太郎にはしまっちゃうおじさんの目的が理解出来なかった。

 

「私はしまっちゃうおじさん。悪い子をどんどんしまってしまうのさ……ふっふっふ」

 

 しかし、しまっちゃうおじさんはスラスラと答える。

 自身の目的。この行為にはこの子供たち——『悪いことをした子たちをお仕置きする』という、正当な理由があるのだと堂々と語っていく。

 

 

「——そこにいるタケルくん。彼はお婆さんが一人で経営している駄菓子屋に、繰り返し繰り返し万引きに入ったのだ。悪い子だ、だからしまっちゃうんだよ」

 

「——あちらのヒメノちゃん。彼女はクラスメイトの女の子にヒドイ嫌がらせをしていたんだ。そのせいでその子は不登校になってしまった。悪い子だ、だからしまっちゃうんだよ」

 

「——ヤマトくんとキョウスケくん、そしてダイキくん。彼らは寄ってたかって一人の同級生を虐め、自殺にまで追い込んだんだ。決して許されることじゃない、だからしまっちゃうんだよ」

 

 

「…………」

 

 次々に語られていくのは子供たちの『罪状』だ。これには鬼太郎たちも黙って耳を傾ける。

 そう、ここにいる子供らは、しまっちゃうおじさんが『悪い子』と認定したものたちだ。彼らにはしまわれるだけの相応の理由があるのだと、しまっちゃうおじさんは力説する。

 

「程度の差こそあれ、彼らは悪いことをした。悪いことをしたら罰を受けなければならない。だが……大人たちは誰も彼らを罰しようとはしなかった。理由は彼らがまだ子供だから。たったそれだけの理由で、人間たちは彼らの悪事に目を瞑ったのだ」

 

 そこからも、しまっちゃうおじさんの言葉は止まらなかった。

 

「アライグマくんはいつも友達のシマリスくんを殴ってばかり。シマリスくんはシマリスくんで、いつも嫌味なことを言う」

「えっ? アライグマ……シマリス?」

 

 見れば人間の子供だけでなく、何故か動物の子供たちまでしまわれている。

 なんでアライグマとシマリスなのかは知らないが、とりあえず今はスルー。

 

「ラッコのぼのぼのくんはいつもメソメソと泣いてばかりだ……泣き虫で悪い子だ、だからしまっちゃうんだよ」

「うぅう……もうダメだぁああああああああ~!」

 

 ついでにラッコの子供が絶望的な表情で項垂れているが……とりあえずそっちもスルー。

 とにかく、今はしまっちゃうおじさんの言い分に対して何か返答をすべきだ。鬼太郎は僅かに思案した後、自分なりの意見を口にする。

 

「確かにお前の言うとおり……その子たちは悪いことをしたんだろう。それに対する罰は必要なのかもしれない」

 

 鬼太郎はしまっちゃうおじさんの言い分を一部認める。悪いことをすれば罰を受ける、それに関しては同意できることだ。

 

「だけど……その判断をするのはお前じゃない! お前に……彼らの自由を奪う権利はないぞ、しまっちゃうおじさん!!」

 

 だがしまっちゃうおじさんのやり方は間違っている。人間の罪を彼が一方的に判断し、裁く権利などないのだと。

 鬼太郎は威勢よく啖呵を切り、これ以上は問答の余地もないと戦闘態勢に移行する。

 

「ならば仕方がない、鬼太郎くん。私の邪魔をするキミも……悪い子だ」

 

 そんな鬼太郎に対し、しまっちゃうおじさんは笑顔のまま言い放つ。

 

 

「悪い子はどんどん……しまっちゃおうね~」

 

 

 鬼太郎を悪い子に認定し、その身をしまってしまおうと迫る。

 

 

 

×

 

 

 

「——鬼太郎に手出しはさせないわ!」

 

 しまっちゃうおじさんの言葉に、猫娘が鬼太郎を守る立ち位置から爪を伸ばし、化け猫の表情となって威嚇する。

 彼女だけではない。砂かけババアや一反木綿。ぬりかべに子泣き爺も。しまっちゃうおじさんの魔の手から鬼太郎を守るため、それぞれが身構えていく。

 

「たった一人でわしらと戦うつもりか? 悪いことは言わん、降参しろ……しまっちゃうおじさん!」

 

 戦いが始まる前に、砂かけババアはしまっちゃうおじさんに声をかけた。しまっちゃうおじさんは一人だ。いくら何でも、たった一人で自分たちの相手などできる筈がない。

 無益な争いを避けるためにも、彼女はしまっちゃうおじさんに降伏を促す。

 

「キミたちこそ、それだけの人数で……『私たち』と戦うつもりかい?」

「私たち……じゃと!?」

 

 しかし、しまっちゃうおじさんは動じない。彼は不敵な笑みを浮かべ、浮かべ——

 

「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」

「っ!?」

 

 次の瞬間、その笑みが二重に重なる。

 一人と思われていたしまっちゃうおじさんの背後から——もう一人、別のしまっちゃうおじさんが現れたのだ。

 

「ふ、増えたっ!?」

 

 これに驚く鬼太郎だが——甘い。

 

「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」

 

 しまっちゃうおじさんの笑い声が、さらに重なっていく。

 二人いたかと思われたしまっちゃうおじさんが、さらにもう一人、二人、三人と姿を見せ——その勢いは留まるところを知らない。

 

「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」「ふっふっふ……」

 

「——な、なななななっ!?」

 

 無限に増えていくしまっちゃうおじさんたち。これにはさすがの鬼太郎も青い顔になる。

 気がつけば——しまっちゃうおじさんが視界いっぱいに広がっており、その数は洞窟内を埋め尽くすほどに増殖していた。

 

「くっ!!」

「か、囲まれたっ!?」

 

 そうして、鬼太郎たちはしまっちゃうおじさんたちに包囲され、迂闊に動けない状態まで追いやられる。そのまま一斉にしまっちゃうおじさんたちに襲われては、さすがに鬼太郎たちもタダでは済まない。

 しかし、しまっちゃうおじさんたちはその場で静止したまま。いきなり襲いかかってくるようなことはなく、暫しの間、洞窟内が静寂によって支配されていく。

 

「…………」

 

 ややあって、しまっちゃうおじさんたちの中心に立っていた、一人のしまっちゃうおじさんが手をそっと掲げる。

 まるで指揮棒を振るうかのように、周囲のしまっちゃうおじさんたちへと合図を送る。

 

 

「しまっちゃうよ〜♪」「しまっちゃうよ〜♪」「しまっちゃうよ〜♪」「しまっちゃうよ〜♪」

 

 

 するとその合図に合わせ、何人かのしまっちゃうおじさんが歌い出す。意外にも美しい歌声でハーモニーを醸し出していく、しまっちゃうおじさんたち。

 

 

「「「「「「でゅ~わ~♪」」」」」」

 

 

 刹那、動かないままだったしまっちゃうおじさんたちが、歌声に合わせて一斉に行進を始めていく。鬼太郎たちの周囲を、合唱しながら廻り始めたのだ。

 

 

「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーアー♪」

 

 

「な……なんなんだ、いったい、これはなんなんだ!?」

 

 状況に困惑する鬼太郎。

 

 しまっちゃうおじさんたちが歌い始めた時点で、既に彼の脳はパンク寸前だった。

 

 いったいこれは何なんだ? 自分は今、何と戦っているのか? それすらも分からなくなってくる。

 

「う……鬼太郎、ごめんなさい……」

「ね、猫娘っ!?」

 

 そのパニックの最中、猫娘が鬼太郎への謝罪と共に倒れていく。

 彼女だけではない。砂かけババアに一反木綿、ぬりかべや子泣き爺も無念に崩れ落ちていく。

 

 誰もが皆、しまっちゃうおじさんたちの合唱を前に成す術もなく倒されてしまったのだ。

 

「き、鬼太郎……済まん。わしも……ここまでじゃ」

「と、父さん!?」

 

 最後の頼みの綱とも言える目玉おやじまでも力尽きてしまう。

 もはや、その場に立っていられたのは鬼太郎一人だけ。その鬼太郎の意識も——徐々に、徐々に薄れていく。

 

 ——くっ、意識が……遠のいていく!

 

 自分の意識が途切れかけていることを朧げながらも認識し、何とか耐えようと踏ん張っていく。

 だが鬼太郎の努力も虚しく、しまっちゃうおじさんたちの合唱は佳境を迎える。

 

 

「ランラン♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「ランラン♪」「アーアー♪」「アーラン♪」「アーラン♪」「アーラン♪」「アーラン♪」「アーラン♪」「アーラン♪」「アーラン♪」「アーラン♪」「アラアラ♪」「アラアラ♪」「アラアラ♪」「アラアラ♪」「アラアラ♪」「アラアラ♪」「アラアラ♪」「アラアラ♪」

 

 

 

 そして——

 

 

「——さあ、捕まえた♪」

 

 

 いつの間にか、鬼太郎の背後に回り込んでいたしまっちゃうおじさんの肉球によって——鬼太郎の両目が覆われる。

 

 鬼太郎の視界は完全に塞がれ——彼は、真っ暗な闇の中へと落ちていく。

 

 

「——さあ、どんどんしまっちゃおうね~」

 

 

 抵抗することも出来ずに石倉の中にしまわれてしまう、ゲゲゲの鬼太郎。

 

 

 しまわれてしまった鬼太郎は、もう二度と——朝日の光さえ崇めないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——うわああああああああああ!?」

 

 

 その瞬間、鬼太郎は目を覚ます。

 

 

「——ちょっ!? 鬼太郎!? どうしたのよ、いきなり……大丈夫?」

「——しっかりせんか、鬼太郎! ……何があったんじゃ?」

 

 目を覚ました鬼太郎の眼前には、自分を心配そうに見つめる猫娘と目玉おやじの顔があった。

 そこはいつものゲゲゲハウス。鬼太郎は——どうやら、布団に包まって眠っていたらしい。

 

「はぁはぁ……ゆ、夢……? 夢……だったのか?」

 

 うなされて飛び起きた鬼太郎。彼は乱れる呼吸を少しずつ整え——どうやら自分が夢を見ていたことを理解する。

 得体の知れない悪夢だった。それが夢であったことにホッと胸を撫で下ろす。

 

「……父さん、どうやらボクは……夢を見ていたようです」

「ほう……どんな夢だったんじゃ?」

 

 鬼太郎は自分を心配してくれる父親や猫娘を安心させようと、まずは笑みを浮かべる。だが目玉おやじから「どんな夢を見ていたのか?」と問われ——言葉に詰まってしまう。

 

「それが……何も覚えていないんです……」

 

 先ほどまで、確かに悪夢は見ていた筈なのだが、その内容が全く思い出せない。

 いったい、自分は『どんな』夢を見ていたのだろうと自問自答する。

 

「でも……とてつもない悪夢であったことは間違いありません。もう二度と……あんな夢は見たくないです」

 

 しかし深く掘り起こすのは危険と判断。大抵のことでは動じない鬼太郎にしては珍しく、体を震わせながら、夢の内容を絶対に思い出すまいと首をぶんぶんと振り払う。

 

「むむ……鬼太郎にそこまで言わせるか……」

 

 その拒絶反応に目玉おやじが考え込む。

 鬼太郎をここまで怯えさせる夢に出てきた『何者』か。気にはなるが、息子のためにも深く追及はしないでおこう。とりあえず、鬼太郎を安心させようと優しく声を掛ける。

 

「きっと、とてつもない大妖怪にでも追い詰められていたんじゃろう……な~に、気にするでないぞ、鬼太郎よ!」

「はははっ……」

 

 目玉おやじの慰めに、鬼太郎は自然と笑みを溢していた。

 父親の言うとおり、あまり気にしないように努める。いずれにせよもう思い出せないのだから、時間が経てば悪夢を見たという事実も忘れることができるだろう。そう思えば心も軽くなるものだ。

 

 

 

 

 だがふと、自分でも分からないが鬼太郎は自然と疑問を口にしていた。

 

 

 

 

「——あれは……妖怪、だったのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しまっちゃうおじさんが、鬼太郎の妄想によって生み出されたものなのか?

 

 

 それとも、別の誰かによって想像された妄想なのか?

 

 

 あれが動物なのか、妖怪なのか?

 

 

 結局のところ、それは誰にも分からない。

 

 

 だが、あれが最後のしまっちゃうおじさんとも思えない。

 

 

 きっと子供たちが『悪い子』である限り、しまっちゃうおじさんはいなくはならない。

 

 

 もしかしたらいつの世も、彼らは人間たちの動向を監視し、介入するチャンスを窺っているかも知れない。

 

 

 きっと、こうしている間にも——

 

 

 

 

 

「——ほ~ら、キミの後ろの暗闇に……ふっふっふ」

 

 

 

 

 

 しまっちゃうおじさんは、いつも貴方の背後に——

 

 

 




人物紹介

 しまっちゃうおじさん
  今回の主役。ぼのぼのの妄想が生み出した狂気の産物。
  当時、このアニメを視聴していた子供たちに強烈なトラウマを与えた元凶。
  かくいう作者も、子供の頃は伝説の回『洞窟の恐怖』をまともに見ることができなかった。
  今では笑いながら関連動画を視聴できますが……昔はほんとうに恐ろしかった。
  一応、タイトルはしまっちゃうおじさんが主役のスピンオフ絵本『しまっちゃうおじさんのこと』となっていますが、作者はその絵本は未読です。
  今作のしまっちゃうおじさんは、あくまで1995年版のアニメをモデルにしていますので、よろしくお願いします。

 ぼのぼの
  原作の主人公。
  今回は軽い友情出演としてチラッとだけ登場。
  しまっちゃうおじさんのような怪物を何体も生み出す妄想力。
  いったい、この子の思考回路はどうなっているのでしょうか?

 シマリスくん
  友情出演、ぼのぼの友達。
  シマリスくんは基本的にしまっちゃうおじさんの存在に関しては何も言いません。無視です。

 アライグマくん
  ぼのぼのとシマリスくんの友達。イジメっ子大将。
  作中でも数少ない、しまっちゃうおじさんの存在を否定してくれる子。
  1995年版の担当声優さんが好きでした。心よりお悔み申し上げます。



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ダンベル何キロ持てる?

ミスった!? 朝の9時に投稿するつもりが……仕方ないのでこのまま掲載していきます。

『ダンベル何キロ持てる?』この作品の投稿を予期していた人がいただろうか?
いや!! いないと思いたい!!

短編ですがそれなりに読み応えがあり、そしてカオスです。
作中のポージングに関しては一切説明をしていませんので……その辺りは検索しながら、あとはフィーリングで読み進めていってください。


 ——どうしよう……。

 

 ——どうしたら……。

 

 ——本当に……どうしたらいいってのよ!?

 

 

 この世に妖怪としての生を受けて数十年。彼女——猫娘はずっと苦悩していた。

 勝気でどんな敵が相手であろうとも気丈に振舞ってきた女性。しかし、彼女とて『乙女』であることに変わりはない。

 

 年頃の乙女はいつだって——『恋』という命題に頭を悩ませながら生きている。

 

 

 ——どうすれば……鬼太郎は私に振り向いてくれるのよ!!

 

 

 そう、ゲゲゲの鬼太郎。

 どうしたら彼が自分の気持ちに気付いてくれるのか。その命題に彼女はいつも振り回されていた。

 

 

 この際、面倒だから認めよう。

 猫娘はゲゲゲの鬼太郎が好きだと、大好きだと。

 

 

 しかし、俗にいう『ツンデレ』である彼女はその気持ちを素直に表現することができない。ましてや告白など、それこそ世界が滅びる直前でもなければあり得ない。

 だからこそ、猫娘は鬼太郎の方から自分を好きになってくれるよう、これまで出来る限りのアピールをしてきたつもりだ。

 

 彼が危険な妖怪との戦いに赴くときなど、その助けになろうと常に力いっぱい戦ってきた。

 それとなく出来る女をアピールするため、掃除や洗濯などの家事スキルも磨いてきた。

 手料理を頻繁に振る舞い、彼の胃袋をガッチリ掴むための努力も怠っていない。

 

 しかし、そのどれも空振り。

 猫娘が何をしようと、鬼太郎はすっとぼけた表情を崩すことなく平然としている。

 

「……私って……そんなに魅力ないのかな……」

 

 猫娘とて、鬼太郎がそういった男女の関係に鈍いことくらいは承知済みだが、ここまでくると『私の方に問題があるのかな?』と、自分に自信が持てなくなってしまう。

 

「…………」

 

 道端を歩いていた彼女は不意に足を止め、ガラスのショーウインドウに映り込んでいる自分の姿を見つめる。

 

「結構可愛いと思うんだけどな……」

 

 猫娘は自分の容姿に絶対の自信を持っているわけではないが、それでも己が比較的美人であるという自覚はある。

 ただ歩いているだけで、男性から何度もナンパされたことだってあるくらいだ。スタイルもモデル顔負け、客観的に見てもきっと可愛いのだろうと思う。

 

「…………ま、まあ、こっちは……ちょっと、貧相かもしれないけど……」

 

 だが一部分だけ。本当に一点、他の女性と比べても劣っているといえるかもしれない、コンプレックスを抱えている。

 猫娘は自分自身の胸にそっと手を当てていた。

 

 

 胸、胸部、胸囲。即ち——『バスト』である。

 

 

 スタイリッシュな反面、猫娘はバストサイズが平均……より少し小さめ。その小ささといったら、中学生である犬山まなにも劣るほど。

 猫娘個人としてはそこまで気にしたこともなかったのだが、ここまで鬼太郎の興味を引けないのであれば、それも原因の一つとして考えられてしまう。

 

「やっぱ……鬼太郎も大きな子の方が……好き、なのかな?」

 

 彼の好みも、ひょっとしたら胸の大きな娘なのかもしれない。それが理由でいつまで経っても鬼太郎が自分を異性として意識してくれないのではと、そんな疑念を抱いてしまう。

 

「もしそうだったとして……どうすればいいってのよ……!!」

 

 鬼太郎に限ってそんなことあり得ないと思うが、万が一そうだった場合。残念ながら猫娘には打つ手がない。

 

 所詮持たざる者は、持つ者の強大さを前に悲観に暮れるしかないのである。

 

 

 

「とっ!? 何よ、この紙切れ……ん?」

 

 だがそのとき、何かを暗示するよう猫娘の元に一枚の紙切れが風に乗って飛ばされてくる。

 その紙を反射的にキャッチする猫娘。すぐにでも丸めてゴミ箱に捨てようとするのだが——。

 

「……シルバーマンジム? フィットネスクラブ……ってやつかしら?」

 

 それは、とあるスポーツジムへの入会を勧めるチラシの類だった。

 

 チラシにはその施設の名前——『シルバーマンジム』というフィットネスクラブの名称がデカデカと書かれており、逞しい男性と女性がそれぞれポージングしている写真が掲載されていた。

 チラシには『一日無料体験!!』やら『お友達・家族紹介キャンペーン!!』などといった、よくある文言が記載されている。

 

「ジム……ジムか……こういうところは、考えたこともなかったわね……」

 

 猫娘はこのようなスポーツ施設の類を利用したことがなかったし、利用しようと考えたこともない。妖怪である猫娘は筋肉など鍛えたところで、それが直接的な戦闘力に影響するわけでもないからだ。

 また、妖怪として肉体年齢にほとんど変化が見られないためか。極端に身長が伸びたり、体重が増えたり、減ったりすることもほとんどない。

 

 猫娘という妖怪は常にこの姿、このスレンダーな肉体を意識することなく維持できている。

 それ故に、彼女はダイエットなるものをする必要がない。世の女性たちにとっては大変羨ましい体質なのである。

 

「まっ……ありきたりな誘い文句よね。こういった言葉にころっと騙されるんだから……人間って本当に……」

 

 だからなのだろう。猫娘はそのチラシに書かれていた客を呼び込むキャッチコピーに眉を顰める。

 チラシには『理想的なボディを!!』やら『これで貴方も健康的に痩せれます!』などといった決まり文句が書かれている。

 こういった言葉に騙されて大金を浪費してしまうのだから、人間というやつは愚かであると彼女は呆れたため息を吐く。

 

「………ん?」

 

 しかし、猫娘は気付いてしまう。

 そのチラシの隅っこに——彼女が今、一番欲しているものが書かれていたことに!!

 

 その文章にチラッと目を通しただけで、猫娘の体感時間が数分ほど停止する。

『理想的なボディ』『美しい肉体』。それらの謳い文句の中に混じってその言葉が——『バストアップ』という単語が書かれていたのだ。

 

 

 バスト——即ち、胸!!

 アップ——つまりは増やすということ!!

 

 

 胸の筋肉を効率よく付けることで——胸部が大きく盛り上がるということだ。

 

「……ま、まあ……ありきたりな誘い文句よ。そ、そんなに都合よく……胸が大きくなれるなんて、あるわけないわよ……うん!」

 

 それでも、猫娘は屈しない。

 そんな陳腐な誘い文句に簡単に釣られるほど安い女ではないと。自分に言い聞かせるようにして帰り道を急ぐ。

 

「……ほんと、こんな言葉一つで世の女性たちを動かせると思ってるのかしら……」

 

 早足で道を歩いていく猫娘。ぶつぶつと愚痴をこぼしながら前へ前へと足を進めていく。

 

「嫌になるくらい浅はかよね……これだから人間って……」

 

 こんなチラシを制作したであろう人間への文句を口にしつつ————数十分後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ようこそ!! シルバーマンジムへ!!」

「——あっ、すいません。この一日無料体験ってやつを試したいんですけど……」

 

 

 

×

 

 

 

 シルバーマンジムは日本のみならず、海外にまで支店を持つフィットネスクラブである。建物もかなり立派で広大、トレーニング設備の規模も世界一と謳っており、かなり本格的なスポーツジムとなっていた。

 

 ——ちゃんとした施設みたいだし……とりあえず騙されてるってことはないでしょう……。

 

 そういったシルバーマンジムの概要をここに来るまでの間、それとなくネットで調べていた猫娘。彼女はとりあえず、今日一日無料体験とやらを試してみることにした。

 

 ——べ、別に! あんなくだらない誘い文句に乗せられたわけじゃないし!! 

 

 ——たまには筋トレくらいしないと、体が鈍るからよ!!

 

 誰に言い訳しているのやら。既にスポーツウェアに着替えた状態で、猫娘は待合室でトレーナーとやらがやってくるのを待っていた。

 

「——お待たせしました! ようこそ、シルバーマンジムへ!!」

 

 待機すること数分。猫娘の元にジャージを纏った、スラっとした身体つきの笑顔が爽やかな男性がやって来る。

 

「初めまして! 街雄鳴造(まちおなるぞう)です!! 今日一日よろしくお願いしますね!!」

 

 ——あら、イケメン……まっ、私には関係ないけど……。

 

 端正な顔立ちの好青年、絵に描いたようなイケメンの登場にちょっと驚く猫娘。

 惚れっぽい女性ならコロッと見惚れてしまい、それをきっかけに無料体験などすっとばしてジムの入会を決めてしまうかもしれない。

 

 しかし、猫娘には既に心に決めた人がいる。イケメンが現れたくらいで入会などすぐには決めない。

 とりあえず、ジムの無料体験とやらがどんなものかと。あまり深く考えずに彼女はジムの中核——そのトレーニング施設へと足を踏み入れることになる。

 

 

 

「——ふん! ぬらばああああああああああ!!」

「——ぬぅんんんん!! もういっちょぉおおおおお!!」

「——ラスト!! ラスト一発、いけますよ!!」

 

 

 

「…………」

 

 だが、その施設内で繰り広げられていた光景を視界に収めた瞬間、どうしようもない悍ましさが猫娘の背筋をぞくりと撫でる。

 

 そこでは……筋骨隆々な男たちが、ギュウギュウにひしめき合っていた。

 

 全身が筋肉で出来たようなムッキムキのマッチョマンたちが呼吸を荒く、鼻息も荒くダンベルやらバーベルやらを持ち上げながら汗をかき、体中から湯気を立ち昇らせている。

 部屋に入った瞬間、体感温度が五度は上がったようにも感じられた。

 

 ——えっ? な、なにこれ……? 想像の十倍くらいは……エグいんだけど……!

 

 一応はフィットネスクラブともチラシに書かれていたこともあり、猫娘はもっと意識の高い男性、女性が爽やかに汗を流す光景を想像していた。

 しかし、蓋を開けてみればこれである。そこには爽やかなイメージなど欠けらもなく、ただただ熱苦しい漢たちが、ひたすらに筋肉をガッチガッチに鍛え上げている修行場と化していた。

 

 ——……もう帰ろうかしら……。

 

 この時点で既に猫娘は回れ右をしたい気分だった。

 しかし一日だけ、所詮一日だけの無料体験だと自身に言い聞かせ、今は黙ってトレーナーである街雄の指示に従っていく。

 

 

 

「それじゃあ……早速ですが——」

 

 街雄は汗臭い男たちを平然とかき分け、とりあえず静かなスペースへと猫娘を連れてきた。

 今日一日は彼が付きっきりで色々と指導してくれるらしく、とりあえず何を始めようかと彼が口を開きかけたときである。

 

「——あれ、街雄さん? 見ない人だけど……誰?」

「——もしかして……新しく入会される方ですか?」

「——うわぁ、美人! スタイル超シュッとしてんじゃん!」

 

 街雄に親しげに声を掛けてきたのは——可愛らしい女の子たちだった。

 先ほどの暑苦しい漢たちを目撃した後だと尚更場違い感がする、キャピキャピした女子。背丈や雰囲気から高校生といった感じである

 

 ——ほっ! よかった……こういう普通の子たちもいるのね……。

 

 一番最初にガチムチな筋肉ダルマたちをその目に焼き付けてしまったため、こういうありきたりな女子たちがいるだけでなんだか安心してしまう。

 彼女たちは猫娘にフレンドリーな眼差しを向け、それぞれ自己紹介をしてくれる。

 

 

紗倉(さくら)ひびきって言います、よろしく!! もぐもぐ!!」

 

 一人は日焼けしたような褐色肌に、髪を金髪に染めている典型的な『ギャル』といった感じの少女。

 全体的に肉付きのいい体型をしているが、そうなった原因は食べ過ぎだろう。今も自己紹介をしながら、空気を吸うかのように菓子パンを頬張っていることから、それがよく分かる。

 

奏流院(そうりゅういん)朱美(あけみ)です。よろしくお願いしますね!」

 

 礼儀正しく挨拶をしたもう一人の少女は、黒髪の優等生といった感じの美少女であった。

 清楚な立ち振る舞いから、明らかにお嬢様といった育ちの良さが窺える。ギャルであるひびきとは対極にいるような人種であり、二人が仲良く揃っていることに若干の違和感を感じる。

 

上原彩也香(うえはらあやか)です! よろしく……ええっと……?」

 

 さらにもう一人は、茶髪をお団子ヘアにまとめた健康的な小麦肌の少女だ。

 へそだしのスポーツウェアから見える腹筋が見事に割れている。全体的に体型もスリムで、明らかに何らかのスポーツを嗜んでいる佇まいだ。

 

 三者三様、なかなかに個性あふれる面子である。

 

「やあ、みんな! 今日一日、シルバーマンジムを体験することになった猫田さんだ! 仲良くしてあげて下さいね!」

「よろしく……猫田です」

 

 街雄は少女たちに親しげに手を振り、猫娘のことを紹介する。一応は人間のふりをしているので、猫娘も偽名である猫田と名乗っていた。

 

 

「それじゃあ、さっそくだけど……」

 

 そうした少女たちへの挨拶もそこそこに、街雄は改めてジムでの筋トレを体験させようと何かしらの指示を出そうとしてくる。

 

『——街雄さん、街雄鳴造さん。すぐに事務所まで来てください。お電話が入っております。至急、事務所まで……』

 

 だが、そのタイミングでトレーナーである街雄を呼び出すアナウンスが流れる。

 

「ありゃりゃ? こんなタイミングで……済みません、猫田さん! 少しの間、適当に寛いでいて下さい」

 

 街雄は呼び出しに応じるべく、猫娘をその場に待機させ事務所へと向かっていた。

 

 

 

 

 

「……ところで、猫田さんは今日はどうしてジムに? どこか気になる筋肉でもありましたか?」

「き、気になる筋肉? いや、別にそういうわけじゃ……」

 

 手持ち無沙汰の猫娘を退屈させないためか、少女たちの一人・奏流院朱美が彼女の話し相手になろうと声を掛けてくる。少し妙な質問内容だったが、要するに何を目的にジムに来たかという疑問だった。

 単純にダイエットのためか、あるいは重点的に鍛えたい筋肉でもあるのか。それによってトレーニングの内容も変わるというもの。質問自体は何もおかしくはない。

 

「やっぱダイエットっすか!? わたしも最初はそれが目的だったし!!」

「ダイエットなんか必要ないだろ。猫田さん、アスリート並みにシュッとしてるし!」

 

 すると答えを聞く前に、ひびきと彩也香が猫娘がジムに来た目的を推察する。その際、猫娘のモデル顔向けのスタイルを羨ましそうに見つめているが。

 

「目的って……それは……」

 

 このとき、猫娘は言い淀んでしまった。

 同性が相手といえども、『胸を大きくしたい!!』という願望を口にするのが些か躊躇われたからだ。しかし返事をする代わりにチラリと、目線を少女たちの胸部へと向ける

 

 ——……おっきいわね……。

 

 ——あっ、でも……こっちの子は私と同じくらいかしら……。

 

 ひびきと朱美の二人は猫娘より大きいものを持っていた。だが彩也香は自分と同程度であり、その事実に猫娘は少しだけホッとする。

 

「!! なるほど……そういうことか、朱美!!」

「ええ……わかってるわ!!」

 

 するとその視線で猫田が何を目的にジムへ来たのか、それを理解した彩也香と朱美の二人が互いに頷き合う。

 

「大丈夫ですよ! 猫田さんの気持ち、同じ女の子としてよく分かります!!」

「私も普段はあんま気にしないけど、時より虚しい気持ちに襲われるときがあるからな……」

「??? ズルズル……」

 

 彼女たちは猫娘に励ますような言葉を送りながら、あえて『何が』とは口にしなかった。

 一番大きいものを持っているひびきだけはその悩みを察することが出来ず、頭にクエスチョンマークを浮かべながらカップ焼きそばを啜っている。

 

「それじゃあ、今日は大胸筋を鍛えていきましょう!! 大丈夫……きっと今からでも大きくなれますから!!」

「え、ええ……お願いね……」

 

 猫娘の胸に秘めたる願望のためにも、朱美はバストサイズを大きくするトレーニング方法を教えると申し出てくれた。

 しかしその気遣いが、その親切心が逆に辛かったりもする。

 

 

 

 

 

「——胸の筋肉を鍛えるには、一般的にはペンチプレスが効果的だと言われているわ!」

 

 そうして始まった少女たちの筋肉講座。朱美はまず最初に『ベンチプレス』の解説を始めていく。

 

 ベンチプレスとは——筋トレと言われて真っ先に思いつくウェイトトレーニングの代表格だ。

 ベンチに横たわった姿勢で、バーベルを上げ下げする。動作そのものは単純だが、重りを付けることで自分に合った重量にもできる。

 筋トレ初心者にも、上級者にもおすすめのトレーニングメニューである。

 

「——けどこの方法だと、他の筋肉にも負担が掛かってしまうの……」

 

 しかし、これだと腕や肩——上腕三頭筋や三角筋といった筋肉にも相当な負荷が掛かってしまう。

 

「——なので、もしも効率的に大胸筋、胸の筋肉を鍛えたいのであれば……チェストマシンを使うことが推奨されます!」

 

 ならばと、ここで朱美はとあるマシンに注目する。正式名称は『チェストプレスマシン』。言うなれば、座ったままベンチプレスと同じ効果が期待できるマシンである。

 背もたれが付いた椅子で身体を固定し、左右のバーを握り込む。そしてあらかじめ設定しておいた重量の負荷を受けたまま、そのバーを押す。

 

「——チェストマシンは軌道が固定されていますので、上腕三頭筋や三角筋に掛かる負担がペンチプレスよりも少ないんです!」

 

 どちらの方法でも同じ筋肉を使用しているが、チェストマシンを使った方が大胸筋により重点的に負担を掛けることができるという。

 

「——女性ならバストアップ! 男性なら男らしい胸板を! これで貴方も理想的なボディに!!」

 

 まるで何かの通販番組のように、朱美は解説を締めくくった。

 

 

 

「——なるほど、これは……結構効いてくるわね」

 

 朱美に解説してもらったこともあり、猫娘はさっそくチェストマシンを使ってみる。正直あまり期待していなかったが——これは中々良い。

 普段使っていない部分ということもあってか、妖怪である彼女の筋肉にも十分な負荷が掛かっているような気がするのだ。

 

「いいフォーム!! いいフォームですよ、猫田さん!!」

 

 朱美も猫娘の筋トレを見守りながら綺麗なフォームだと褒めてくれる。

 

 ——これで……私もきっと!!

 

 このトレーニングを続けていけば、もしかしたら自分にも美しくて豊満なボディが……。

 猫娘の小さな胸にも、そんな淡い期待が芽生え始めていた。

 

 

 

「——う、うぐあああああ!!」

 

 

 

 ところが、そんな猫娘の良い気分に水を差すよう、ジム内に暑苦しい男の悲鳴が木霊する。

 

 

「な、なんだあ!? 今の悲鳴!?」

「入口の方から聞こえてきたぞ!?」

 

 その悲鳴に戸惑いを露にするひびきたち。

 

「——!!」

 

 それなりに荒事に慣れている猫娘。

 彼女は即座に筋トレを中断し、悲鳴が聞こえてきた場所へ急ぎ駆けつけていた。

 

 

 

×

 

 

 

「——なっ!? なんなのこれは!?」  

 

 駆けつけて早々、猫娘は眼前に広がっていた惨状に目を剥く。

 そこは先ほども猫娘がマッチョたちに遭遇したスペースだ。ガチムキのマッチョマンたちに出迎えられ、色々と辟易しかけていた猫娘。

 

 だが、そこにマッチョマンの姿などどこにもいない。

 

「うぅ……ま、マチョ……」

「ま…………マチョォォ……」

 

 そこで転がっていたのは——マッチョマンだったと思われる男たち。つい先ほどまで確かに筋骨隆々だった彼らの肉体が、ガリガリの骨と皮だけになっていたのだ。

 一応息はあるようだがまさに死屍累々、実に凄惨な光景だった。

 

「うわっ!! モブマッチョたちが……!?」

「しなびたナスビみてぇに萎んでやがる!?」

 

 その光景に猫娘のすぐ後ろでひびきが目を見開き、その様を彩也香が水分が蒸発して皮だけになった野菜に例える。

 

「いったい……誰がこんなこと惨いことをっ!?」

 

 朱美など、あまりに凄惨なモブマッチョ——モブの男性たちの姿に顔を手で覆っている。実は筋肉フェチである彼女にとって、その惨状は直視するのも憚れる惨状だろう。

 

「——誰!? そこにいるのは……何者よ!?」

 

 しかし、目を背けていては——この騒動の『元凶』を取り逃してしまう。

 

 干からびたモブマッチョたち、彼らを見下ろすように何者かがその中心地に立っていたのだ。

 状況から推察するに、その大男——黒光する筋肉の鎧に覆われたそのマッチョマンこそが、この惨状の元凶で間違いない。

 明らかに人間離れした体格を誇る、禿頭のボディビルダー。猫娘はそいつに何者かと問いを投げ掛けていた。

 

 

 その問いに、奴は堂々と答えていく。

 

 

 

 

 

「——私の名は……プロポーションおばけ!! 筋肉を愛し、筋肉に愛された妖怪だ!!」

「…………はっ? プロポーション……えっ? ……なんて?」

 

 

 

 

 

「——プロポーションお化け……ですって!?」

「知ってんのか、朱美!?」

 

 その妖怪?と思しきマッチョマンの名前に目が点になっていた猫娘だが、意外なところからその名に対するどよめきが起きる。

 妖怪などと縁もなさそうなただの女子高生である朱美の口から、そのものの概要が語られていく。

 

「プロポーションお化け……古来よりボディービルダーたちの間で囁かれてきた伝説的な妖怪よ。その肉体美は人間離れしていて、まさにお化けのようだと言われているわ!! ボディビル界では特に筋肉バランスが素晴らしい人を賞賛する掛け声として、その存在が引き合いに出される! ボディビルダーたちにとって、その存在に例えられることはまさに名誉なことなのよ!!」

「…………いや、全然聞いたこともないんだけど……」

 

 もっとも、妖怪である猫娘にはどれも初耳な話ばかり。

 

「じ、実在したのか……プロポーションお化け!」

「てか……ただの掛け声じゃなかったんだな……」

 

 実際、一部の濃い関係者以外の認知度はほぼ皆無なのか、ひびきと彩也香の二人もぽかんとしている。

 だが朱美にとっては既知の存在で、彼女はさらにプロポーションお化けの説明を続けていく。

 

「プロポーションお化けは、屈強なボディビルダーを見かけるとボディビル勝負を挑んでくる妖怪なの!! 奴の筋肉を前に心の底から敗北感を抱けば……たちまち自分の筋肉が奪い取られてしまうという、とても恐ろしい妖怪なのよ!!」

「……ぼ、ボディビル勝負? ていうか、奪い取るって……どういう理屈なの?」

 

 戦い方から敗北したときのリスクまで。何から何まで意味不明な妖怪だと猫娘が唖然となる。しかし、筋肉を奪われるボディビルダーたちからすればたまったものではない。

 

「あなたはっ!! そのプロボーションを維持するために……いったい、どれだけのマッチョたちからマッチョ力を吸い上げてきたの!!」

 

 朱美はマッチョたちの思いを代弁するように叫んでいた。床に転がっている彼らこそ、まさに筋肉——マッチョ力を奪い取られたものたちの末路だ。

 朱美にとっても、ボディビルダーにとってもプロポーションお化けの行為は決して許せない悪行だろう。

 

 しかし、怒りを露わにする朱美を嘲笑うようにプロポーションお化けは平然と言い放つ。

 

「お前は、今まで摂取したタンパク質の総カロリーを覚えているのか?」

「くっ……何て非道なの!!」

 

 プロポーションお化けは人間の筋肉を鳥のササミ程度にしか考えていないようだ。倫理観の欠片もない残虐非道な解答に朱美は絶句するしかなかった。

 

 

 

「——さて、もうここに用はない。そこを退いてもらおう!!」

 

 そうした問答もそこそこに、プロポーションお化けはジムから立ち去ろうと動き出していた。

 めぼしい筋肉は全て奪い終えた。女子供の筋肉などはまるで眼中にないという態度で、ひびきたちに対して勝負を仕掛けようとはしない。

 

「このっ……! このまま逃すわけにはいかないわ!!」

 

 だがその逃走を阻止しようと、猫娘はプロポーションお化けに向かって爪を伸ばして飛び掛かる。一応は人間たちに一方的な被害が出ているのだから、ここで奴を食い止めなければなるまい。

 

「わっ!? 猫田さんの爪が伸びた!!」

「すげぇ!! ウルヴァリンみてぇ!!」

 

 猫娘の人間ではあり得ない身体の変化を目の当たりにするひびきと彩也香だが、そこに怯えはない。寧ろ映画に登場する、どこぞのミュータントヒーローのようだと喜んでいる。

 

「ほう、貴様も妖怪だったか……しかし!!」

 

 猫娘を真正面に捉えるプロポーションお化けの目が細まった。猫娘が自分と同じ妖怪であると察したのだろう。

 だが、彼女の爪程度で止まるプロポーションお化けではなかった。

 

「フンッ!! 貧弱貧弱!!」

「なっ!? 私の爪が……」

 

 猫娘の鋭い爪の一撃を以てしても、プロポーションお化けの肉体には傷を付けることも出来ない。それどころか、猫娘の爪の方が筋肉の厚みに耐えきれずにボロボロに欠けてしまう。

 すると攻撃が通じない、その理由に関して朱美が警告を発する。

 

「駄目よ!! 奴に物理攻撃の類は一切通じないわ! プロポーションお化けにダメージを与えるには……奴よりも輝かしい筋肉を見せつけるしかないのよ!!」

「限定的な退治方法ねっ!?」

 

 妖怪の中には一定の手順を踏まなければ退治できないものがおり、このプロポーションお化けもそれに該当するとのこと。

 プロポーションお化けを倒すには奴とのボディビル勝負に勝利し、その身に敗北感を味わわせてやらなければならないのだという。

 

「そのとおり!! 私と肉体美の美しさで勝負するか? 負ければ当然……お前たちの筋肉もいただくことになるぞ?」

「くっ……全然勝てる気がしない……勝ちたくもない!」

 

 猫娘は戦う前から自身の敗北を悟る。

 

 正直、こんな暑苦しい筋肉のどこが美しいのか猫娘には理解できないが、少なくとも筋肉量の時点で彼女では勝負にもならない。他の女子たちでも無理だ。きっと彼女たちでは、奴と同じ土俵に立つこともできない。

 このままではプロポーションお化けに逃げられてしまうだろう。正直、猫娘的にはもうそれでいいような気もしたが——。

 

 

「——ならば……ボクがお相手しよう!!」

 

 

 そうはさせないと。一人の青年がプロポーションお化けに勇敢に立ち向かっていく。

 

 

 

 

 

「——街雄さん!!」

 

 そこに立っていたのはシルバーマンジムのスポーツトレーナー・街雄鳴造であった。

 先ほど事務所まで何事かの用事で呼ばれていた彼が、ようやくそこへ駆けつけてくれたのだ。

 

「遅れて済まなかったね。つい先ほど、シルバーマンジム全支部に緊急通達があったんだ。ここ数日、何者かが各支部を襲撃し……会員の方々から筋肉を奪っていると!」

「それって……!!」

 

 そう、街雄が呼ばれていた理由も謎の襲撃者、プロポーションお化けに関連する注意事項だった。

 どうやらこの支部に来る前にも、プロポーションお化けは他のジムを襲撃し、マッチョマンたちから筋肉を奪っていたようだ。

 

「そうさ! シルバーマンジムの連中は素晴らしい!! 上質なマッチョ力を持つものが多くて笑いが止まらんよ、マチョチョチョ!!」

「それ笑い声なの!?」

 

 極悪非道な笑みを浮かべながら、プロポーションお化けは笑い声を上げる。その笑い方が猫娘にはだいぶ力が抜けるものだった。

 

「……けど、これ以上はやらせないよ!」

 

 しかしその快進撃もここまでだと。街雄は自分が相手をすると、プロポーションお化けの前に立ち塞がる。

 そんな街雄に対し、プロポーションお化けは嘲るような笑みを浮かべた。

 

「マチョチョ、笑わせるな!! 貴様のような貧弱な細マッチョ、私の敵にすら値せぬわ!!」

 

 プロポーションお化けの言い分も分からなくはない。

 ジャージ姿の街雄鳴造は、どこからどう見ても爽やかな好青年。ジムのトレーナーだけあって鍛えてはいるのだろうが、どう足掻いてもプロポーションお化けと張り合えるような筋肉があるようには見えなかったからだ。

 

 ところが——。

 

「おいおい……街雄さんが細マッチョだってよ!!」

「何もわかってねぇな、プロポーションお化けのくせに!!」

 

 今度は逆にひびきたちが余裕の笑みを浮かべ始める。その表情には、街雄という人間を心配する気配すらない。

 

「き、貴様ら……何を笑っている!! もっと私に恐怖せぬか……人間の分際で!!」

 

 それが気に入らなかったのか。プロポーションお化けはひびきたちに自分にもっと畏れを抱くよう、威圧感たっぷりの台詞を口にしていく。

 

 すると——。

 

 

「!! もっと……もつと……モスト…………」

 

 

 街雄鳴造がその発言に反応を示した。相手の発した言葉を何度も何度も繰り返し呟きながら——。

 

 

 

「——はいッッッ!!! モストマスキュラー!!!!!!」

 

 

 

 次の瞬間、彼の衣服が粉々に弾け飛ぶ。

 ポージングと共に解き放たれたのはジャージの下に秘められていた、街雄鳴造のはちきれんばかりの——筋肉であった。

 

 

「——えええっ!? な、なんなの、その筋肉!? すげぇ、ムッキムキ!?」

 

 

 これに真っ先に悲鳴を上げたのが猫娘。彼女は街雄という人間の筋肉……そのあまりの凄まじさにドン引きしていた。

 

 パンツ一丁でポージングを取る街雄鳴造、彼が細マッチョだなんてとんでもない。

 その肉体は、本人が爽やかなイケメンフェイスであることもあってか「合成写真かよ!」と思わず突っ込みたくなるほどの、ガキムチのゴリマッチョであった。

 

 ——あんな筋肉でどうやってジャージ着てたのよ!? 明らかに服入らないでしょう!!

 

 ——身体も……てか、体積からなんかでかくなってるし!!

 

 ——着痩せするタイプとか、そういうレベルじゃないから!! えっ、なに? こいつ妖怪なの?

 

 服を着ているときとそうでないときの落差があまりにもはげしく、もはや猫娘もツッコミが追いつかないレベルで困惑している。

 勿論、戸惑っているのは彼女だけではない。

 

「な……なんだと!? 貴様……そのプロポーション!! 人間でありながら……なんという完成度だ!!」

 

 プロポーションお化けは街雄のびっくり生態ではなく、あくまで彼の肉体美に目を向けていた。その筋肉の仕上がり具合は、プロポーションお化けの目から見ても凄まじい完成度であるようだ。

 

 暫しの間、その肉体美に唖然としていたプロポーションお化けであったが——。

 

「……まッ! マチョチョチョ!! よかろう……相手にとって不足はない!! 勝負だ、人間!!」

 

 プロポーションお化けは街雄を自分に挑む資格がある人間だと判断したのか。

 対抗心を燃やすかのように、街雄と同じモスト・マスキュラーのポージングで真っ向から向かい合っていく。

 

 

「——貴様を倒し……その筋肉、貰い受ける!! 覚悟するがいい、人間!!」

「——望むところですよ。ボクが勝ったら皆の筋肉を……返してもらいます!!」

 

 

 

×

 

 

 

 こうして始まったボディビル勝負!! 

 それはどちらの筋肉がより洗練されているのかを決める神聖な戦いだった!!

 

 

「はッ!! サイドチェストォオオオ!!」

「なんの!! トライセプトッッッ!!」

 

 街雄がサイドチェストで大胸筋(だいきょうきん)の大きさを見せつければ、プロポーションお化けがトライセプトで上腕三頭筋(じょうわんさんとうきん)や脚の太さを見せつける。

 

「これならどうだ!? フロント・ダブル・バイセプス!!」

「ならばこちらも……フロント・ラット・スプレッド!!」

 

 続け様にプロポーションお化けはフロント・ダブル・バイセプスで上腕二頭筋(じょうわんにとうきん)の盛り上がりを見せつけてくる。

 それに街雄は真っ向からフロント・ラット・スプレッドで脇の下から大きく見える広背筋(こうはいきん)を強調していく。

 

「おのれ……これならばどうだ!? バック・ダブル・バイセプス!!」

「いいでしょう! ではボクからも……バック・ラッド・スプレッド!!」

 

 焦りを見せ始めたプロポーションお化けが背中を向ける。逃げるのではない、バック・ダブル・バイセプスで広背筋のカット、筋肉のラインを浮き彫りにしていく企みだ。

 しかしそれに対抗するよう、街雄はバック・ラッド・スプレッドで広背筋の広さを見せつけていく。

 

 

 次から次へと繰り出されていく必殺技の如きポージング。

 その迫力に圧倒されながらも、何とか観客となった少女たちが声を上げていく。

 

 

「負けるな、街雄さん!! キレてる! 街雄さんが一番キレてるよ!!」

「はぁはぁ……素敵! 眼福過ぎてイっちゃいそう……」

「腹筋ダイナマイト!! 二頭筋エレベスト!! 亀の甲羅見てぇな背中だな!!」

 

 街雄の勝利を願う紗倉ひびきは、彼の筋肉が割れていることを掛け声で強調していく。

 奏流院朱美は二人の筋肉を前に興奮しているのか、目をハートにしながら涎を垂らしている。

 上原彩也香は敵味方関係なく、それぞれの部位の筋肉を何かに喩えて表現していく。

 

「えっ? なにこれ? どういうこと?」

 

 ただ一人、猫娘だけは何事かと立ち尽くすしかない。

 いきなりポージングを始めた街雄たちもそうだが、その流れを当たり前のように受け入れ、声援を送り始めたひびきたちにもついていけていない様子だ。

 

「ほらっ!! 猫田さんも!! 一緒に応援しましょう!!」

 

 もっとも猫娘の戸惑いなど関係なく、ひびきは一緒に街雄を応援しようと強制的に彼女をその輪の中へと巻き込んでいく。

 

「え、ええっと……が、頑張れ……!?」

 

 一応プロポーションお化けに勝利をされても困るので、猫娘は無難な応援でなんとかその場を乗り切っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——なんだ……これは?

 

 

 ——私が……押されているだと!?

 

 

 戦いが続いていく中、プロポーションお化けは自分が徐々に押されていることを悟っていく。

 

 

 ——この私の……プロポーションお化けの肉圧が、奴の肉圧に劣っているとでも言うのか!?

 

 

 実のところ戦いが始まってすぐ、プロポーションお化けは自分の肉圧——肉の圧力が街雄に及ばないのではと、筋肉で実感していた。

 しかし、その現実は受け入れられない。人間如きに負けるなど、妖怪としてのプライドがその事実を認めさせることを許さなかったのだ。

 

 だが——。

 

 

 ——分かっている筈です……貴方ほどのビルダーであれば……。

 

 

 突如、プロポーションお化けの脳内に街雄鳴造の声が響いてくる。

 

 

 ——はッ!? き、貴様……私の心に直接ッ!?

 

 

 格闘家が拳と拳で、剣士が刀と刀で語り合うように。

 ボディビルダーは筋肉と筋肉で語り合う。人間、妖怪という種族の壁すら超えて、二人は魂で対話し始めた。

 

 

 ——貴方のプロポーションは確かに素晴らしい……。

 

 ——けれどその大部分が……人から奪った筋肉で構成されている。

 

 

 街雄は少しだけ悲しそうに、プロポーションお化けの筋肉が所詮は紛い物でしかないことを指摘する。

 プロポーションお化けは他者から筋肉を奪い、それを我が物とする妖怪だ。その在り方は残酷で、冷酷で——そしてあまりにも悲しい。

 

 

 ——本当なら貴方は自分の筋肉を……自分だけの肉体を一から磨き上げていかなければならない!

 

 ——そうでなければ……貴方自身がその肉体に、筋肉に誇りが持てなくなってしまうのです!

 

 

 街雄はプロポーションお化けに、『他者の筋肉を奪わなければ自身のプロポーションを維持することもできない』という、その在り方そのものを変えていかなければならないのだと諭そうとする。

 

 

 ——戯言をッ!! この私に説教するつもりか!?

 

 

 だが街雄の言葉に聞く耳を持たず、プロポーションお化けはポージングを重ねていく。

 プロポーションお化けにも意地がある。何も為せないまま、ただ敗北を認めることなど出来ないのだ。

 

 

 ——無駄です!! はぁあああ!!!

 

 ——な、なんだと!? ぐはっ!!

 

 

 だがどれだけ見栄えの良いポージングを繰り出そうと、街雄はそれ以上に美しいフォームを繰り出していく。

 放たれる街雄の肉圧を前に——とうとうプロポーションお化けの肉体が耐えきれなくなった。

 

 

 

「ああ!? プロポーションお化けの奴……膝をついたぞ!!」

「流石だわ、街雄さん!! これで決着ね!!」

 

 互いに筋肉を見せつけ合う中、ついにプロポーションお化けが地面に膝をつけた。筋肉の消耗も激しく、もはやまともに立っていることもできないだろう。

 戦いが街雄の優勢で終わったことは明らかだった。ひびきたちからも、彼の勝利を祝福する喝采が起こる。

 

「えっ、終わったの? 勝敗……ていうか、何が起きてたわけ!?」

 

 もっとも、素人目にはどのような戦いが繰り広げられていたか把握することは困難。戦いの経過などがさっぱり理解が出来ず、猫娘が目を丸くしている。

 

「……もう勝負はつきました。素直に負けを認め……皆から奪った筋肉を返していただきたい」

 

 膝を折ったプロポーションお化けに対し、街雄はリラックスポーズで待機する。倒れた相手に追い討ちをかけるような真似はせず、穏やかな声音で降伏を促していた。

 

「まだだ!! まだ終わらんよ!!」

 

 しかし、プロポーションお化けは最後まで戦う意志を示す。

 満身創痍な筋肉にムチを打ち、最後の最後——それこそ、自身の肉体が砕け散るのも構わずに必殺のポージングを繰り出していく。

 

 

「——受けてみよ!! 私の最後の輝きを——アブドミナル・アンド・サイ!!!!」

 

 

 それこそが、プロポーションお化けがもっとも得意とするポージング。

 絶対の自信を込めたアブドミナル・アンド・サイ——腹直筋(ふくちょくきん)外腹斜筋(がいふくしゃきん)の絞り具合をこれでもかという勢いで見せつけてくる。

 

「くっ!? な、なんて肉圧なの!?」

「これは……さすがの街雄さんでもやばいぜ!!」

 

 まさに全力、最後の力を振り絞って繰り出されたポージングだからこそ、これまでにないほどの肉圧を纏っていた。

 惑星が死に絶える刹那、最後の輝きを放つ超新星爆発のように。プロポーションお化けという一個の命、存在そのものがまさに閃光のように輝いていた。

 

「負けるな……街雄さん!!」

 

 その輝きを前に、ひびきたちでは目を開けていることもできない。ただ負けるなと——彼の名を叫ぶことしかできない。

 

「……伝わりました、貴方の覚悟は……」

 

 ひびきたちの声援をその背に受けながら、街雄鳴造はプロポーションお化けを真正面に見据える。

 

 その気になれば、街雄はプロポーションお化けの肉圧から身体を背けることもできた。相手は最後の力を振り絞っている。その攻勢に耐えきれば、あとは勝手に力尽きるだけ。

 最後まで立っていられたものが勝者だ。どのような結末で終わろうとも、それが勝利であることに変わりはない。

 

 

「——その覚悟に全力でお応えしましょう。これがボクの……アブドミナル・アンド・サイだぁあああああ!!!!」

 

 

 だがそのような無粋な真似、同じ筋肉に生きるものとしての尊厳が許さなかった。

 相手が己の全てを出し切ってまで、自分に勝とうとしているのだ。ならば自分も真っ向からその覚悟に、思いに応えなければならない。

 

 プロポーションお化けとの戦いに終止符を打つべく、街雄は彼と同じアブドミナル・アンド・サイで迎え撃つ。

 

 

「くっ……こ、これは……ま、まさかッ!!」

 

 

 それまで、頑なに自身の敗北を認めなかったプロポーションお化けだったが、同じポージングであるからこそ互いの優劣をより明確に思い知らされる。

 

 お互い渾身の気迫を込めて放ったアブドミナル・アンド・サイは、確かに大腿四頭筋(だいたいしとうきん)——脚の太さという点でいえば、ほとんど互角だったと言えよう。

 だが、腹の筋肉——特に腹直筋の絞りにおいては、明らかに街雄に軍配が上がる。

 

 その事実は、もはや何者にも覆せない。

 

「くっ……ふっふふふ……マチョチョチョチョ!!」

 

 プロポーションお化けも、これにはもう笑うしかなかった。

 最後の力を振り絞って尚、たった一人の人間にすら敵わなかったのだ。この期に及んで負けを認めないのは、それこそ晩節を汚すようなもの。

 そんなみっともない真似を晒すなど——出来るわけがなかったのだ。

 

 

「——認めよう……確かに貴様の筋肉の方がキレていると……!!」

 

 

 

 

 

 激闘の結果、とうとうプロポーションお化けが潔く敗北を——心の底から己の負けを認めた。

 

 刹那、彼の逞しい筋肉の膨らみが萎んでいく。その肉体を構成する一部——人々から奪い糧としていた分の筋肉量が、本来在るべき場所へと戻っていったのだ。

 

「マチョ……マチョ!?」

「ああ、見て!! モブマッチョたちが!?」

 

 その影響はすぐにでも現れた。ずっと死屍累々と横たわっていたモブマッチョたちが目を覚ます。萎びたナスビのように干からびていた肉体も、その筋肉を無事に取り戻していた。

 これも全て、街雄がプロポーションお化けに勝利した結果である。だがその反面、プロポーションお化けの肉体は——。

 

「プロポーションお化け!? 筋肉が萎んで……」

「ふん……敗者には似合の末路さ。憐れみは無用だぞ、人間……」

 

 他者の筋肉で自身の肉体を構築していたプロポーションお化け、彼本来の肉体が剥き出しになってしまっていた。

 その姿は先ほどまでの逞しい姿とは比べようもないほどにやせ細った——そう、ただの細マッチョであった。

 その変わりように思わず手を差し伸べる街雄であったが、プロポーションお化けはその手を振り払う。

 

「お前の言うとおりさ……所詮あの筋肉は紛い物でしかない。本来の私は……所詮この程度の細マッチョに過ぎない……フッ、笑いたければ笑うがいい!」

「いや結構あるじゃん筋肉……それで十分じゃないの?」

 

 もっとも細マッチョと言えるだけのものは持っており、それで十分じゃないかと猫娘などは首を傾げる。しかし、プロポーションお化けとしてはそれでは不足らしい。

 

 彼はたとえ他人から筋肉を奪ってでも、ムッキムキのゴリマッチョを維持しなければならなかったようだ。

 理想の体型を維持できなくなった自身に存在意義などないとばかりに、プロポーションお化けの肉体は薄れ——今にも消滅しかけていた。

 

「だが!! 我ら妖怪は不滅! たとえ肉体を失おうと……魂さえ無事であれば再びこの世に蘇ることが出来る!!」

 

 されどもプロポーションお化けは妖怪だ。たとえその身が滅びようとも、いずれは肉体を取り戻せる。

 

「やられっぱなしで終わりはせん!! やられたらやり返す……倍増量だ!!」

 

 再び肉体を取り戻したそのときこそ、もう一度街雄に挑むときだと。筋肉量を倍に増やしての再戦を誓うプロポーションお化け。

 

 

「——私だけの筋肉を鍛え上げて……再びお前に勝負を挑もうではないか……」

 

 

 他者から奪うのではない。

 今度は自分自身の手で、一から筋肉を鍛え上げるのだと宣言しながら——。

 

 

「!! ええ、いつまでもお待ちしています……」

 

 

 プロポーションお化けの言葉に、街雄は笑みを浮かべる。

 

 最後の最後に、彼は自らの過ちに気付いてくれたのだ。人から奪った筋肉では本当のプロポーションとは呼べない。

 たとえ、どれだけ仕上がりに不満があろうとも。自分自身で鍛え上げた筋肉だからこそ、そのものの心に誇りを抱かせるのだと。

 

 

 その誇りこそ、まさに筋肉の神が与えたもうた祝福なのだと——。

 

 

「ナイスバルクでした!! プロポーションお化けさん……」

「ふっ、貴様もナイスバルクだった……また会おう」

 

 最後には、互いの健闘を讃え合う街雄とプロポーションお化け。

 だがそれを最後の言葉に——プロポーションお化け、ついにはその肉体を自壊させる。

 

 

 魂だけの存在となり、何処ぞへと飛び去ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「…………ふう、怪我はなかったです? 皆さん」

 

 暫くの間、街雄はプロポーションお化けの魂が飛び去っていった方角を見つめていた。しかし彼はこのシルバーマンジムのトレーナーだ。お客様でもある会員たちの無事を確かめる義務が彼にはあった。

 

「ええ、私たちは大丈夫ですよ」

「モブマッチョたちも……ほら!!」

 

 街雄の呼びかけに少女たちが答えていく。

 朱美は自分たちには怪我一つなかったことを、彩也香は被害に遭っていたモブマッチョたちが筋肉を取り戻したことを告げる。

 

『——マッチョ!!』

 

 モブマッチョたち本人も、街雄に感謝するようにそれぞれが得意とするポージングで応えていた。

 

「そうか……それなら良かった……皆さんが無事であれば……」

 

 当然ながら、皆の無事を街雄は笑顔で喜んでいた。だがその横顔には——僅かな憂いがあるようにも見える。きっと消滅してしまったプロポーションお化けのことを気にしているのだろう。

 プロポーションお化けが人々の筋肉を奪うという許し難い罪を犯した罪人といえども、同じく筋肉を愛したもの同士で、あれだけの死闘を演じた相手だ。

 ただの敵として憎み切ることは出来ない。その魂の今後などがどうしても気になってしまうのだろう。

 

「……街雄さん!!」

「……ん? どうかしたのかい、紗倉さん?」

 

 するとそんな街雄の寂しい気持ちを察してか。紗倉ひびきは元気溌剌、笑顔一杯に街雄に向かって声を掛ける。

 

「今日もご指導のほど……よろしくお願いします!!」

「おいおい……どうしたんだい、そんなに畏まって?」

 

 妙に畏まったひびきの態度に僅かに戸惑う街雄。ひびきはさらにニッコリと、八重歯がチラリと見えるチャーミングな笑顔を浮かべていく。

 

「へへへ……別にいつも通りだよ! だから街雄さんも……いつもみたいに色々教えてよ……ねっ!」

 

 そう、いつも通り。いつも通りでいいのだ。

 いつものように明るくマッチョな街雄鳴造の筋肉講座を受けたいと、ひびきはそのように彼を励ましていく。

 

「そうだね……今日もいつもと変わらず……トレーニングに励んでいこうか!」

 

 ひびきの気遣いに、街雄は微笑みを浮かべていた。

 完全にプロポーションお化けへの心残りを払拭したわけではないが、それでも今は自身の職務に集中すべきだと彼女の笑顔に教えられる。

 

「街雄さん!!」

「街雄さんっ!」

 

 朱美と彩也香も、街雄が自分たちの筋肉を導いてくれることを待ち望んでいる。

 彼女たちの期待に応えるためにも、街雄はこのジムのトレーナーとして彼女たちを指導すべく奮起する。

 

「それじゃあ! 今日は猫田さんにも分かるように解説を……って、あれ?」

 

 せっかくなので無料体験に来てくれている猫田に向けて、初心者にも分かるよう丁寧に解説しようと張り切っていく。

 

「……猫田さん、どこ行った?」

 

 だが、既にジム内のどこにも猫田——猫娘の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 すっかり日も暮れた夜に、猫娘はゲゲゲの森へと帰還を果たす。

 

「やあ、お帰り……猫娘」

「随分と遅かったが……何かあったのかのう?」

 

 戻ってきた彼女をゲゲゲの鬼太郎と目玉おやじが出迎える。彼らは猫娘の帰りがいつもより遅かったことを気にし、それとなく何かあったのかと尋ねていた。

 

 その問いに対し——。

 

「——ナニモナカッタワヨ?」

 

 猫娘は無表情で答える。

 

「ベツニ……ナニモナカッタワヨ?」

「え……あ、ああ……何もなかったなら……うん……」

 

 猫娘のその返答に、色々と鈍感な鬼太郎も何かあったことは察する。

 

 しかし深く追求してはいけない。

 猫娘の死んだ魚のような目が、余計な詮索をすべきではないと鬼太郎に沈黙を保たせる。

 

 結局、その日。

 猫娘がどこで何を体験してきたのか、鬼太郎たちが知ることはなかった。

 

 

 

 

 ——…………。

 

 ——うん……今のままでいいや。

 

 ——胸が小さくても……筋肉なくてもいいや。

 

 そして猫娘自身も、シルバーマンジムの洗礼を前に色々と思考回路がパンク寸前。既に後半部分、何が起きていたのかも思い出せない。脳が自己防衛機能により、彼女の記憶をシャットアウトし始めたのだ。

 

 

 あの混沌とした時間を思い出さないためにも、猫娘は自身のバストアップに関してはとりあえず諦めた。

 

 

 そして以後。彼女があのジムに——シルバーマンジムに近づくこともなかったのである。

 

 

 

 




人物紹介

 紗倉ひびき
  主人公のギャル。常に何かを食べており、食った分だけ太っていく(それが普通です)。
  話の内容によっては時々バケモンになる。
  担当した声優・ファイルーズあいさん。これがデビュ作で主人公って……だいぶ凄すぎ。

 奏流院朱美
  超が付くほどのお嬢様。しかし重度の筋肉フェチ。
  筋肉以外のところでは……比較的まともと言えなくもない?

 上原彩也香
  ひびきのクラスメイト。実家がボクシングジムを経営している。
  それ関係なのか同作者が連載している『ケンガンアシュラ』との絡みを持ってくることがある。

 街雄鳴造
  シルバーマンジムのトレーナー。
  初見はただのイケメン好青年だが……中身はムッキムキのゴリマッチョ。
  一応、人間。一応は人間……念のため二度言っておく。

 プロポーションお化け
  本作だけのオリジナル妖怪。
  プロポーションお化けという掛け声の元となった妖怪……という設定。
  筋肉・妖怪で色々と調べたのですが、よさげな既存妖怪がいなかったのでオリジナルで創作してみました。
  
  

次回予告

「夜な夜な、何者かに連れて行かれる妖怪たち。どうやら人間たちの仕業のようですが……。
 父さん、これが彼らの総意なのでしょうか? それとも、一部のものたちの企みなのか。
 あの緑色の人たちは? 甲羅を背負っているようですが……河童ではないようです。

 次回ーーゲゲゲの鬼太郎『ヒーローはマンホールからやって来る』見えない世界の扉が開く」

 次回のクロス先、あえて秘密にしていますが……分かる人には分かるタイトルになっています。
 最近、この作品に関するゲームが出たり、映画アニメの発表があったりと、また賑やかになっていますね。



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拷問ソムリエ 伊集院茂夫

お久しぶりです、およそ一か月ぶりの更新です。
年末年始の忙しさや、風邪を引いていたこともあり遅くなってしまいましたが……二月になってようやく落ち着いたと思うので、小説の執筆を再開することになりました。

中途半端な時間での投稿になってしまいましたが、これも一刻も早く更新がしたかったから。次回からはまた元通り、九時投稿にしたいと思いますのでよろしくお願いします。

今回は本編の続きではなく。以前もどこかで予告していた通り、『ヒューマンバグ大学』との短編クロスオーバーをお送りしたいと思います。
原作はYouTubeにて配信されている漫画作品シリーズです。そこから今回は『拷問ソムリエ』の話をチョイスさせていただきました。
原作の雰囲気に合わせ、今作は伊集院視点の一人称で進んでいきます。


それから、これは個人的に語りたいことなのでここに書き記しますが……劇場版『機動戦士ガンダムseed freedom』観てきました!!

まさに二十年ぶりの同窓会、お祭り映画といった感じが最高だった!!
色々と語りたいポイントはありますが……何と言っても、シン・アスカが最高に良かった!!
今回の映画における最大の癒し枠、それでいてカッコいいところを惜しみなく魅せてくれた!!

シンが好きな人は是非劇場で彼の活躍を……それだけでも映画館に行く価値があります!!

 


 私の名前は、伊集院(いじゅういん)茂夫(しげお)

 人の道を外れた社会のゴミどもに無法の裁きを下す、拷問ソムリエだ。

 

 私の業が呼び寄せるのだろう。

 

「どうぞお掛けください。ご用件をお伺いしましょう」

「はい……」

 

 今日も心に闇を抱えた依頼者が事務所の門を叩く。

 目の前にいるのは年老いた一人の男性。生気のない顔つきではあるが——その瞳の奥には強い憎悪を宿していた。

 

 

「——私の家族を無惨に殺したあの化け物どもを……どうか地獄へ叩き落としていただきたい」

 

 

 貴一郎(きいちろう)と名乗ったその依頼者は元教師。現在は夜の繁華街を見回るパトロール活動——『夜回り先生』として、若者たちに親しまれている人物だった。

 夜の街に居場所を求める少年少女たち。彼ら彼女らが危険な目に遭わないようにと、その眼光を厳しく光らせていた。

 

「貴一郎先生! お疲れ様!!」

「お疲れ様じゃない。もう夜も遅いんだ、早く帰りなさい」

「はーい!! 今日は帰ります!!」

「またね! 先生!!」

 

 口うるさいながらも真摯に言葉を尽くす彼に、多くの少年少女たちがその心を救われてきた。彼の地道な活動は間違いなく、世のため人のためとなっていただろう。

 

 そんな依頼者にも、当然ながら愛すべき家族がいる。

 

「おじいちゃん、遊びに来たよ!!」

「おお!! よく来てくれたな、太一!」

 

 娘夫婦と、その間に生まれた孫の太一くん。

 既に病気で妻に先立たれていた依頼者にとって、まだ三つの太一くんの成長こそが何よりの楽しみだった。

 

「お父さん、もう歳なんだから……あんまり無茶しないでね?」

「お義父さん、今度一緒に飲みにいきましょう!」

 

 嫁いだ愛娘もその夫も、いつも幸せそうに笑顔を浮かべていた。

 暖かな家族だった。彼らなら自分が先立つことになっても逞しく生きてくれるだろうと。安堵した依頼者はますます夜回り先生の活動に邁進することになる。

 

 

 だが、そんなある日のことだ。

 

 

「な、何だお前たちは!?」

「夜回り先生の貴一郎だな? 一緒に来てもらうぜ!」

 

 いつものように夜回りをしている依頼者の前に、ボロボロの外套を纏った男たちが姿を現す。

 彼らは依頼者を拉致し、薄暗い地下室のような場所に彼を閉じ込めたのだ。

 

「お前たち、いったい何の真似だ! 何故こんなことを!?」

 

 椅子に縛り付けられながらも、威勢よく啖呵を切る依頼者。

 長年教職を務め、夜回り先生として時には半グレや暴力団といった連中を相手にするだけあってか、その程度で屈するような柔な精神力を持ち合わせてはいなかった。

 

 だが、そんな依頼者であろうとも——。

 

「お、お父さん!?」

「う……お、お義父さん……」

「お、おじいちゃん……助けて!!」

 

 自分と同じように地下室に連れて来られた娘夫婦、孫の太一くんを目の当たりにしたときには流石に動揺を抑えきれなかった。

 

「なっ!? お、お前たち……どうして!?」

「ひっひっひ!! さあ……お楽しみのショータイムだ!!」

 

 顔面蒼白になる依頼者を前に、外套を纏った男たちが下卑た笑みを浮かべながらその姿を晒していく。

 そのフードの下の素顔は——明らかに人間のそれではなかった。

 

「お、お前ら……まさか、妖怪か!?」

 

 そう、ボロボロの外套を纏ったその男たちは、一様に死人のように青ざめた顔をし、明らかに人ならざるものの雰囲気を纏った——本物の妖怪だったのだ。

 

「ひゃはっ!! いい女だなぁ……うへへへへ!!」

「おらっ!! 人間サンドバックだ!!」

 

 正体を現すや、妖怪どもは血に飢えた獣のように、依頼者の前で実の娘やその夫へと襲い掛かる。

 

「ぐはっ!? や、やめろ……!!」

「いやっ!! いやぁあああああああ!!」

 

 吊るした夫をサンドバッグにして殴り続け、その旦那の前で奥さんを陵辱する。

 

「や、やめろ!! やめてくれえええええ!!」

「パパ……!? ママっ……!?」

 

 悪夢のような光景を前に絶叫する依頼者。

 三歳の太一くんなど、目の前で何が起きているかを理解することも出来ず、その表情を絶望に凍りつかせていた。

 

 

 

「ふぃ~……久々にスッキリしたぜ!!」

「へへへ! 最高に気持ちよかったなぁ……人妻最高だぜ!!」

 

 そうして、何時間も掛けて妖怪どもの手により冒涜の限りを尽くされる夫妻。

 

「————」

「————」

 

 長時間に及ぶ辱めの果て、依頼者の愛娘とその夫はその場で息絶えてしまったという。

 

「そ、そんな……そんな馬鹿なっ……」

 

 絶望に打ちひしがれる依頼者。あまりの絶望に涙すら出てこない。精も根も尽き果て、正気を失ったように呆然と項垂れるしかないでいた。

 

 

「——オマエたち……随分と楽しんでいるじゃないか。このワシを差し置いて!」

「——が、ガゴぜ様!!」

 

 

 そのときだった。惨劇が繰り広げられた地下室に、一際異質感を纏った男がやってきた。

 

 他の妖怪どものようにボロボロの外套を纏った男だが、そいつを前に威勢の良かった連中が萎縮する。どうやら『ガゴゼ』と呼ばれたその男こそが、彼らのリーダー格のようだ。

 ガゴゼは自分を差し置いて楽しい思いをした手下どもに、ご機嫌斜めといった様子で迫っていく。

 

「ご、ご安心下さい、ガゴゼ様!! ガキの方は無傷で残しておきましたので!!」

 

 これは不味いと。手下の妖怪どもはすぐにガゴゼの御機嫌取りをしていく。それまで手を出さないでいた三歳の少年・太一くんをガゴセへと差し出したのだ。

 

「パパ……ママ……」

 

 両親の変わり果てた姿を前に太一くんは放心状態。心ここにあらずと虚空を見つめていた。

 

「ほう、これはこれは……うまそうな餓鬼ではないか、くっくっく……」

 

 そんな太一くんに、ガゴゼは悍ましく舌なめずりをしながら近づいていく。

 

 

「——や、やめろ!! 殺すなら私を殺せ!! その子に……孫には手を出さないでくれ!!」

 

 

 その瞬間、茫然自失としていた依頼者の瞳に光が戻ってくる。

 

 ——せめて、あの子だけでも……太一だけでも守らなければっ!!

 

 娘夫婦をすでに手遅れとなってしまったが、太一くんはまだ生きている。たとえ自分がどうなろうと、せめて孫にだけには生きていてほしいと。依頼者は己の全てを投げ打つ覚悟で叫んだのだ。

 

 しかし、そんな彼の覚悟を嘲笑うようにガゴゼは口元にいやらしい笑みを浮かべる。

 

「生憎と……貴様のような骨ばった爺の肉など、こちらから願い下げじゃ。それにお前さんには生き地獄を味わってもらわなくてはならんのでな……」

「なっ!? なんだって……!?」

 

 どういうわけか、ガゴゼたちの目的は依頼者を苦しめることにあった。

 先ほどから依頼者本人には一切危害を加えてこない。いったい、そこにどのような思惑があったのだろう。

 

 いずれにせよ、ガゴゼは依頼者をさらに苦しめるため——太一くんへと手を伸ばしていく。

 

 

「それに……子供を地獄に送ってやることこそがワシの業じゃからな、ふははははっ!!」

 

 

 そして笑いながら——太一くんを、生きたまま喰い殺したというのだ。

 

「お、おじいちゃん……助け……て……」

「た、太一!! そんな……う、うぉあああああああああああ!!」

 

 今際の際、虚な瞳のままでありながらも、太一くんは依頼者に助けを求めていた。

 貴一郎氏の悲痛な絶叫が、地下室に響き渡る。

 

 

 彼は僅か数時間の間に——大切なものを全て失ったのである。

 

 

「よかったじゃねぇか~、爺さん! あんたは無傷でおウチに帰れるぜ!!」

「せいぜい長生きするこったな! 可愛い可愛いお孫さんの分までよ! ヒャハハハ!!」

 

 その後、ガゴゼたちは宣言通りに依頼者を解放した。

 依頼者自身を無傷で返すことこそが、彼にとって何よりの苦痛だと理解した上で。

 

「あ……あ、ああっ………」

 

 事実、依頼者にはもう何も残されていなかった。

 彼は『何故自分一人だけが生き残ってしまったのか』という絶望、罪悪感に苛まれながらこの先の人生を生きていくしかないのである。

 

 

 

「…………」

 

 依頼者の話を聞き終え、私は暫し考え込む。

 

 妖怪——そう呼ばれているものが世間を騒がせていることは私も承知済みだが、まさかこのような形で彼らと関わり合いになるとは思ってもいなかった。

 薄汚い外道を人間だと思ったことはないが、本当に人間でないものを相手にするのは初めてかもしれない。仮に連中を相手取るとして、どのような方法を用いるべきかと私は思案を巡らしていく。

 

「…………伊集院さん」

 

 そのように深く考え込んでいたためか、依頼者は私が妖怪相手に尻込みしていると感じたのかもしれない。

 何としてでも私を説得しようと、自らの胸の内を正直に吐露していく。

 

「私も長いこと夜の街に関わってきた人間です。あなたの……拷問ソムリエの仕事がどのようなものか、多少は聞き及んでいるつもりです」

「!!」

 

 依頼者は夜回り先生としての活動の過程で、裏社会で囁かれる拷問ソムリエの存在を知ったという。

 

「私は……仮にも教育者だった身です。復讐などすべきではないと、子供たちに諭さなければならない立場の人間でしょう」

 

 未来ある少年少女たちに人として正しい道を歩んで欲しいと、依頼者は何十年と教鞭をとってきた。教師だった立場上、最初に拷問ソムリエのことを知ったときは、その存在に強く否定的だったという。

 

 復讐などすべきではない。たとえ罪を犯したものがいようと、その裁きは法の下で行わなければならないと。

 それが人として正しい『模範解答』だと子供たちを諭すだろうし、そうやって自分自身を納得させようとしたともいう。

 

「けど……無理だった!! 警察には妖怪の仕業だと訴えたのですが……今は彼らも大々的に動くことはできないと!!」

 

 妖怪との戦争以来、警察などの国家権力が妖怪を相手取るには慎重な対応が求められているという。

 政治的な判断というやつだ。少なくとも、依頼者のために警察が重い腰を上げることはなかった。

 

「それに……! 仮に奴らを捕まえることができたとしても……今の人間社会の法では、妖怪を裁くことはできないと言われてしまいました……」

 

 それに裁判を起こそうとしたところで、相手は妖怪だ。今のこの国に、連中を真っ当に罰する法律など存在しない。

 どう足掻いても、まともな手段では依頼者の無念を晴らすは出来ないのだ。

 

 いったいどうすればと、気が狂いそうなほどの葛藤の末——依頼者は拷問ソムリエたる私の元へ駆け込んできたのだ。

 

 

「——伊集院さん!!」

 

 

 次の瞬間、依頼者は床に擦り付ける勢いで頭を下げた。

 

「貴方にこのようなことを頼むのはお門違いだと分かっています!! ですが、私にはもう貴方にお願いする以外ないのです!!」

「貴一郎さん……」

 

 そのとき、依頼者の顔に『鬼』が宿る。

 

 

「——娘は、孫は……あの子たちは、私にとって未来への希望だった!! それを奴らは……嘲笑いながら殺したんだ!!」

 

「——どうして……あの子たちが、あんな惨たらしい殺され方をしなければならないんだ!!」

 

「——絶対に許せない!! あのケダモノどもを地獄に落としてくれるなら、私自身が地獄の業火に焼かれようと構わない!!」

 

 

 依頼者が発したのは、尽きぬ絶望と悲しみから生まれた憎悪の声。

 まさに命の灯火を燃やし尽くす勢いで吐き出された、怨嗟の絶叫だった。

 

 彼の震えるその手を振り払うなど、私には出来ない。

 

「わかりました、その依頼お受けいたします」

「生きていて……欲しかった! あの子らの行く末を……この目で見届けてあげたかった……!」

 

 その無念に応えないで、なにが『拷問ソムリエ』だ。

 

 

 

 何の罪もない人々を殺し、その死を嘲笑う鬼畜外道のケダモノめ。

 妖怪だろうと何だろうと関係ない。

 

「——貴様らには地獄すら生温い。この伊集院が……本物の生き地獄を教えてやる!!」

 

 この世に生まれてきたことを、後悔させてやるぞ。

 

 

 

×

 

 

 

 依頼者を見送った後、私は情報屋の伍代(ごだい)へコンタクトを取った。

 

 正直なところ、今回ばかりは彼の元にも情報はないと思っていた。伍代は優秀な情報屋だが、下手人は妖怪。流石に彼の手に余る案件だと考えていた。

 しかし、私の予想とは裏腹に——。

 

「ああ、その件なら既に知っているよ。ガゴゼとかいう妖怪グループが絡んでいる件だろ?」

 

 なんと、伍代はすでに依頼者の事件の情報を掴んでいたのだ。この男、陰陽師か何かと繋がっているのかと驚いたものだが——それには理由があった。

 

「単刀直入に言うが、今回の事件……実行犯は妖怪だが、奴らを雇ったのは人間だ」

「ほう……」

 

 なるほど、結局はいつもの如く人間の皮を被った外道どもの仕業というわけか。

 

「連中を雇っているのは、ここ最近になって関東に進出してきた鬼原組だ」

 

 伍代の話によると鬼原(きはら)組は活動資金を得るため、夜の繁華街で少女たちの売春やクスリの売買などの悪行に手を染めていたらしい。

 

「へっへっへ! こりゃ、いい女だな!!」

「こいつを吸えば一発でハイになれるよ!!」

 

 罪なき人々を食い物にする。どうして外道のやることはいつも似通ってくるのだろうか……虫唾が走る。

 

「お前たち、そこでなにをしている!!」

「やべっ! 貴一郎だ!!」

「くそっ! 一旦ズラかるぞ!!」

 

 しかしそんな連中の悪行に、真っ向から向かっていったものがいた。それこそ、今回の依頼者——夜回り先生としての使命感に燃えていた貴一郎氏だったのだ。

 依頼者が夜の街で目を光らせていたことで、未成年の少年少女たちは守られていた。しかしそれにより、鬼原組は少なからず損害を被ったという。

 

「目障りな貴一郎め……この俺に楯突いたこと、地獄で後悔させてやるぞ!」

 

 それに腹を立てていたのが——鬼原組の組長、毒山(ぶすじま)という男だ。

 依頼者を目障りに思った奴が、雇い入れていた妖怪グループに依頼者の家族を彼の目の前で殺すように命じたのだという。

 

「ガゴゼ、貴一郎の家族を奴の目の前で殺せ……奴は生かしておいてやれ、一人生き残る苦しみを存分に味合わせてやるんだ!」

「ふはははっ! 任せておけ!!」

 

 それがどれだけ依頼者を苦しめるかを理解した上で、あえて貴一郎氏は生かしたということだ。

 

 

 

「連中なら、空龍街の郊外に屋敷を構えてる。奴の身柄を抑えるのなら急いだほうがいい……」

 

 そうして、伍代は連中の本拠地も教えてくれたが、それと同じくらいに『重要な情報』を伝えてくる。

 

「実は今回の件……天羽組も絡んでるんだ」

「天羽組だと……? 何故彼らが?」

 

 その名を聞き、私も虚を突かれた。

 

 天羽(あもう)組——空龍街(くうりゅうがい)を拠点とする極道組織、関東でも屈指の武闘派集団だ。

 天羽の組長は仁義を重んじる人柄で知られている。それに、あそこの組員たちが妖怪なんてものの手を借りるほど、腑抜けているとは思えないが。

 

「別に複雑な話じゃない、鬼原組が天羽組に喧嘩を売ってるってだけの話でね」

 

 実際、絡んでいるといっても、それはあくまで『敵対関係』とのことだ。

 元々、鬼原組が妖怪グループを味方に引き込んだのも、天羽組に対抗するためだとか。人ならざるものの力を借りれば、人間の極道など敵ではないと考えたのだろう。

 その力を持って、鬼原組は天羽組のシマである空龍街の利権を奪おうと画策しているのだ。

 

「喧嘩を売られた天羽組も、鬼原組の壊滅に乗り出してね……早ければ、今夜にでも行動を起こすだろう」

「むっ、それは不味いな……」

 

 天羽組が妖怪相手に遅れを取るとは思っていない。それどころか、あそこの武闘派構成員たちであれば——逆に妖怪共など、皆殺しにしてしまうかもしれない。

 

 依頼者の願いを叶えるためにも、連中には死よりも壮絶な苦痛を与えなければ。

 天羽組が動き出すよりも先に、依頼者の家族を殺すように命じた毒島と、実行犯であるガゴゼとその手下共の身柄は確実に抑えなければならない。

 

 

 

 その夜、私は助手の流川(るかわ)くんを連れ、鬼原組が居を構えている郊外の屋敷へと足を運んだ。

 

「屑の分際で……随分とデカい屋敷に住んでるじゃないか」

「はい、先生!! 外道に似つかわしくない、分相応な邸宅です!!」

 

 いったい、どれだけの人々から財をむしり取って建造した建物なのか。しかし、これだけ広ければ侵入も容易だ。

 

「監視カメラも、見張もなしとは……随分と不用心だな」

 

 隠形にて気配を絶った私と流川くんは、痕跡を残さぬよう屋敷内への侵入を果たす。

 庭先や玄関にも見張りの類はいなかったが——廊下を歩いていると、下卑た男たちの笑い声が大広間らしき場所から聞こえてくる。

 

「——ギャッハッハッッハ!! 今夜は無礼講だぜ!!

「——天羽組の連中さえ潰せば、空龍街は俺たちのもんだ!!」

「——フッハッハ! 任せとけ、人間など一捻りよ!!」

 

 大広間では鬼原組の構成員と思しき男たちと、ボロい外套を纏ったものたちが品性なく酒を煽っていた。外套を纏った連中をよくよく見れば、それが人間でないことが分かる。

 

 鬼原組が天羽組を潰すために雇い入れた、妖怪グループの連中だろう。

 

「なんと喧しい、これでは獣畜生と大差ないではないか」

「はい、全くもって不快な光景です」

 

 人間だろうと妖怪だろうと関係なく、外道がゲラゲラと下品に笑い声を上げる宴会など醜悪極まりないものだ。だが生憎と、今はこのような雑魚どもに構っている暇はない。

 伍代の話によれば、天羽組の連中が今夜にでも動き出すとのこと。彼らが介入してくる前に迅速に標的を確保しなければならない。

 

 私たちは気配を絶ったまま、馬鹿騒ぎが続く大広間の横を静かに通り過ぎていく。

 

 

 

 そうして、さらに屋敷の奥へと進んでいく私たちだったが、大広間の喧騒が徐々に遠のいていったそのとき——。

 

「——なんてことしてくれやがったんだよ! あんたたちは!!」

 

 屋敷の奥から、何者かの怒声が響いてくる。

 

「……なんでしょう、先生?」

「ふむ……」

 

 怒声が聞こえてきたのは屋敷の一番奥——標的がいるであろう、鬼原組の組長室であった。

 我々は気配を絶ったまま、その部屋の中を覗き込む。

 

「どうした、ねずみ男? 何をそんなに怒ることがあるというのだ? くっくっく……」

 

 部屋の奥には、でっぷりと醜く腹の出た男が椅子の上で踏ん反り返っていた。おそらく、あの男が組長の毒島だろう。

 

「そうだぞ、ねずみ男……お前が騒ぐようなことではない」

「ヘッヘッへ……」

「ふへへへ……」

 

 そして、毒島の傍に死人のように青ざめた顔色の男たちが、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

 大広間で見た妖怪どもと似たような風貌ではあるが、連中とは存在感からして違う。

 

 それなりに上位の存在なのだろう、特にリーダーと思しき男の纏う空気。きっと奴こそが妖怪グループのリーダー格・ガゴゼ。

 太一くんを生きたまま喰い殺したという、外道妖怪どもの主犯格だ。

 

「先生……あの男、ねずみ男と呼ばれていますが?」

「ああ、名前を聞いたことはあるな」

 

 そんな中、我々の視線が毒島やガゴゼたちと対峙している——ボロい布切れを纏った一人の男へと向けられる。

 

 

 その男は、ねずみ男と呼ばれていた。

 ねずみ男といえば、裏社会でもちょっとした有名人だ。その筋の人間相手に平然と借金を踏み倒し、いつの間にか逃げおおせていたり。どこからか妙な人材を紹介しては、世間を騒がせるような事件を起こし、自身はぬけぬけと姿を晦ましたりと。

 年齢不詳。長年、裏社会で上手いこと立ち回っていることから、聞くものが聞けばピンとくる名前である。

 

 

「話が違うぜ、毒島さん!! あんたたちがヤクザ同士の抗争で人手がいるっていうから、こいつらを紹介したんだ!!」

 

 ねずみ男は、毒島相手に啖呵を切っていた。話を聞く限り、どうやらガゴゼたちと鬼原組を引き合わせたのはあの男の手引きによるもの。

 

「それなのに……抗争とは何も関係ねぇ、一般人を殺させるなんて……!!」

 

 だがねずみ男は、自身の紹介した人材が一般人——貴一郎氏の家族を手に掛けたことに憤慨していた。

 

「こんなことして、あいつが黙っているわけがねぇんだ!!」

 

 その怒りは倫理観からくるものか。それとも『あいつ』とやらの介入を恐れているからだろうか。

 

「先生、そろそろ……」

「ああ、そうだな」

 

 もう少し話を聞いていても良かったが、これ以上時間を浪費するわけにはいかない。私たちはコソコソするのをやめ、ターゲットを確保するため組長室へと乗り込んでいく。

 

 

 

「こんばんは、外道さん」

「さあ、地獄に落ちる時間ですよ!!」

 

 我々が礼儀正しい挨拶で姿を現すと同時に、ガゴゼ配下の妖怪どもが身構える。

 

「な、なんだ、テメェら!?」

「どうやってここまで……!?」

 

 連中は、私たちが音もなくここまでやって来たことに驚いていた。この程度の隠形にも気づけないとは、妖怪が聞いて呆れる。

 

「き、貴様……まさか、拷問ソムリエか!?」

 

 すると、私の顔を見た毒島が露骨に青ざめた表情になる。腐っても、一組織を纏めるだけあって拷問ソムリエの存在については知っているらしい。

 

「ご、拷問ソムリエだって!? ひぃ、ひぃええええええ!!」

 

 ついでに、ねずみ男もこれでもかというほど恐れ慄いていた。

 

「落ち着け!! 何が拷問ソムリエだ……所詮は人間に過ぎん、ワシに任せておけ!」

 

 しかし、妖怪グループの親玉であるガゴゼは微塵も狼狽えた様子がなく、我々を迎え撃つべく前へ出てくる。その立ち振る舞いは親玉なだけあって、不気味な存在感を匂わせている。

 

「流川くん、ここは私がやろう」

「お願いします、先生!」

 

 相手が妖怪という未知数な相手なこともあり、今回は私が連中と矛を交える。流川くんには下がるように言い、私が一歩前へと出る。

 

「くっくっく……しゃあああああ!!」

 

 私と対峙するガゴゼは、余裕綽々といった態度で真正面から襲い掛かってきた。その動きは確かに早い。並の人間を凌駕するものであったことは事実だろう。

 

「ふっ!!」

 

 ガゴゼの攻撃に対し、私は用心のため回避に専念する。

 相手は妖怪。身体から毒を放出したり、口から火を吐いてきたりなど。どのような奇行に出ようと対処できるよう、全神経を集中してその出方を伺っていく。

 

 

 

「…………なんだこれは?」

 

 だが時間が経つにつれ、私の用心がなんの意味もないことだったと分からせられる。

 

 ガゴゼの身体能力は確かに並の人間を越えるものだが、その挙動自体はまるで素人だ。

 身体の効率的な動かし方や、相手の動きを読む駆け引きなどがまるでなっていない。おまけに毒や火炎といった、異形のものらしい手段で攻撃してくる素振りすらない。

 まともな徒手空拳ですら扱えない奴の戦いようは、まさに猪突猛進。猪のそれと何ら変わりがないものだ。

 

「くっ!! こ、こいつ……何故、動きが捉えられない!?」

 

 そして、焦燥するガゴゼの態度からも察せられるように、それが奴の本気の実力によるものだということが分かる。

 下手に演技している様子もない。どうやら私は、このガゴゼという妖怪の戦闘能力を買い被っていたようである。

 

「時間の無駄だったな……ふん!!」

「ぐぇええええ!?」

 

 これ以上は警戒していても無意味だと判断した私は、特殊な歩法で一気に間合いを詰め、ガゴゼの顎に掌底を喰らわす。

 その一撃を避けることも出来ず、ガゴゼは呆気なく悶絶。

 

「おら、足元がお留守だ」

「グギャアアアアアアア!?」

 

 さらに倒れようとする奴の足に、ダメ出しのローキックを見舞う。ある程度加減したつもりだったが、ポッキリと骨が折れる音と感触があった。

 なんと脆い。所詮は弱い者を一方的になぶるしか出来ない、雑魚でしかなかったということか。

 

「ば、馬鹿な……こ、こんなことが!?」

 

 為す術もなく倒されるガゴゼの姿に毒島が狼狽する。せっかく雇い入れた妖怪も、ただの張りぼてに過ぎなかったことを思い知ったようだ。 

 

「き、貴様……よくもガゴゼ様を!!」

「ぶっ殺してやる!! しゃああああ!!」

 

 親玉であるガゴゼを倒されたことで、狼狽えながらも配下の妖怪が二体同時に襲いかかってくる。その動きは明らかにガゴゼに劣るものであり、やはり特殊な能力を発揮する素振りすらない。

 

「くだらんな。下衆な妖怪がいくら群れでこようと……」

 

 二対一なら勝てるとでも思っている馬鹿な外道どもを迎え撃つべく、私は拳を構える。

 

 

「——先生、危ないです!!」

「——むっ!?」

 

 

 だがそのときだった。

 後ろで控えていた流川くんの警告と共に——後方から、高速で何かが飛来してくる。その物体は私のすぐ横を通り過ぎ、私に飛び掛かってきた二体の妖怪どもを迎撃した。

 

「ぐえっ!?」

「ふぎゃ!?」

 

 呻き声を上げながら倒れ伏す妖怪ども。彼らを悶絶させたのは——二足の下駄であった。

 空中を浮遊するその下駄は、まるでリモコンで操作されているかのように動き回り、やがては持ち主の元へと帰っていく。

 

「い、いつの間に……全然、気配を感じなかった」

 

 その下駄の持ち主は、流川くんのすぐ横に佇んでいた。その人物の気配を察知することができなかった事実に流川くんは驚いていたが、その少年が相手であればそれも仕方がないかもしれない。

 そう、彼は年端もいかない『少年』だった。しかしその少年のことを、私を始めとした大多数の日本国民が知っているだろう。

 

「キミは……」

 

 数ヶ月ほど前、この国の危機を救ったヒーローといっても差し支えのない活躍をTV画面を通して見せた妖怪の少年。

 

「こんばんは、ゲゲゲの鬼太郎です……」

 

 ゲゲゲの鬼太郎、その人である。

 

 

 

「げっ!! き、鬼太郎……」

 

 鬼太郎くんの姿を目にするや、ねずみ男が顔面から大量の汗を流し始める。どうやら、この男が恐れていた『あいつ』とは彼のことだったようだ。

 

「ねずみ男、お前はまた人間に被害を……」

 

 鬼太郎くんは厳しい顔つきでねずみ男へと詰め寄る。

 妖怪でありながらも人助けをしているという噂のある少年だ。人様に迷惑を掛けた知人を責めるその瞳はどこまでも冷たく、それでいて苛烈な怒りを秘めていた。

 

「ま、待ってくれよ……鬼太郎!! 俺はただ人材を紹介しただけなんだ!! この毒島って男に……!!」

「!!」

「ヤクザ同士の抗争で戦力が欲しいからって……そしたらこいつ、その人材で一般人に手をかけやがったんだよ!!」

「ね、ねずみ男……貴様っ!!」

 

 すると、ねずみ男は鬼太郎くん相手に必死になって弁明する。

 自分はあくまで人材を紹介しただけであり、勝手な真似をした毒島こそが諸悪の根源だという。責任を押し付けられた毒島は憤慨するように顔を真っ赤にした。

 

 なんとも醜い言い争いだが、ねずみ男が毒島相手に食ってかかっていた現場は私も目撃していた。それに、ねずみ男は今回の標的に含まれていない。

 

 我々のターゲットは——貴一郎氏の家族を無惨に殺した実行犯と、それを指示した毒島である。

 

「おい、いつまでくっちゃべってやがる。テメェらの内輪揉めにつきやってやるほど、こっちは暇じゃねぇんだよ」

「き、貴様……いつのまにか!? ぐぇええ!?」

 

 奴らが話し込んでいる間にも、私は毒島の背後へと回り込み、その首を締め上げ奴の意識を刈り取っていく。

 

「流川くん、そこの外道二匹を頼む」

「承知しました、先生!!」

 

 私はそのまま毒島と、瀕死状態になっているガゴゼを。流川くんには鬼太郎くんが倒した手下二人を運ぶように指示する。

 

 

「待ってください……彼らをどうするつもりですか?」

 

 

 すると我々の行動に鬼太郎くんが口を挟んできた。彼の疑問に私は誤魔化すことなく正直に答えを返す。

 

「知れたこと、私は拷問ソムリエだ。こいつらには、地獄以上の苦しみを味わった末に死んでもらわなければならないのだ」

「…………それは、貴方がやるべきことではない筈です」

 

 私の答えに対し、鬼太郎くんは明らかに難色を示した。

 

「妖怪であるガゴゼの不始末は、ボクたち妖怪が片付けます。その人間も……悪さをしたのであれば、法の下で裁くべきではないのでしょうか?」

 

 鬼太郎くんは妖怪同士のゴタゴタは妖怪同士で。毒島の罪も、正しく法の下で裁けと綺麗事を言ってのける。

 

 子供だな……率直にそう思った。

 それなりに長く生きている妖怪といえども、その精神性は見た目通りまだ子供のようだ。

 

「今のこの国の法で、こいつらを正しく裁くなど出来ない。それに、こいつらの始末を被害者遺族が望んでいる。彼らの望みに応えることこそが……我々拷問ソムリエの存在意義だ」

 

 鬼太郎くんの綺麗事に私は毅然と答えた。

 

「…………ですが……」

 

 私の言葉に思うところはあるのだろう。それでも、鬼太郎くんは私の考えを改めさせようと何かを口走りかける。

 

 

 そんな彼に——私は強烈な圧をぶつけた。

 

 

「——よく聞け、小僧」

 

「——世の中には、生きていてもどうしようもない外道ってのがいるんだよ」

 

「——こいつらを生きている一分一秒が、被害者遺族たちにとっては苦痛でしかない」

 

「——彼らの怒りを、恨みを何兆倍にしてでもその臓腑に焼き付け、こいつらに己の犯した罪の重さを分からせる」

 

「——それを阻もうというのであれば……小僧といえども、容赦はせんぞ?」

 

 

「ひょぇえええええええ……」

 

 私の圧に当てられたためか、鬼太郎くんに擦り寄ろうとしていたねずみ男が泡を吹きながら気絶していく。なんとも肝の小さいことだ。

 

「——っ!!」

 

 一方の鬼太郎くんは、たじろぐ様子こそ見せたものの、なんとかその場に踏みとどまった。このプレッシャーに耐えるとは、それなりの修羅場を潜ってきたのだろうと僅かばかり感心する。

 

「…………わかりました」

 

 暫しの間考え込む鬼太郎くんだったが、私の言葉の重みを理解したのだろう。気絶したねずみ男を抱え、我々の前から立ち去ろうとする。

 

「ですが……貴方たちの行いは、決して許されることではありません」

 

 だが、彼は立ち去る間際にこの私に忠告を入れてくる。

 

「どんな理由があろうと、人を殺したという罪は決して消えない。その罪はあなた方の死後、地獄にて閻魔大王によって裁かれることでしょう」

「ほう……」

 

 流石妖怪というだけあってか、地獄の裁判官・閻魔大王とも顔見知りらしい。

 外道相手に閻魔の遣いを名乗ることもある私だが、本物が存在することまでは預かり知らぬこと。しかし——。

 

 

「望むところだ」

 

 

 関係ない。たとえ本物の閻魔にその罪を咎められることになろうとも、この伊集院が外道どもの裁きを止める理由にはならない。

 

「被害者たちの無念は誰かが晴らさねばならない。その助けとなれるのであれば、私は喜んで地獄に落ちよう」

「ゆめゆめ……忘れないで下さい」

 

 最後にそう言い残すや、鬼太郎くんは亡霊のようにその場から消え去っていった。

 

 

 

「フッ……良かったな、流川くん。我々が地獄に落ちることを、他でもない妖怪の鬼太郎くんが保証してくれたぞ」

「そうですか!! なら、一人でも多くの外道を道連れにしなければ行けませんね!!」

 

 鬼太郎くんが立ち去った後、私は茶化すように流川くんに地獄送りのことを口にしたが、彼はその事実を平然と笑顔で受け止めた。

 彼もこの道を進むと決めたときから、自らが煉獄に焼かれる覚悟を決めていたのだ。今後の活動に逃げ腰になるかと思ったが、無用な心配だったようだ。

 

 

 

×

 

 

 

 そうして、我々は毒島とガゴゼ、その手下二人を拷問室へと運び込んだ。

 

「いつまで寝てる、さっさと起きろ」

 

 準備が終えたところで早々に連中を叩き起こす。外道に安息の時など、一秒たりともくれてやるつもりはない。

 

「ぎゃあああああああああ!?」

「あちぃいいいいいいいい!?」

「熱した油です!! 妖怪でもこれはキツイですよ!!」

 

 みっともない悲鳴を上げながら目を覚ました奴らは、周囲の状況を見てギャンギャンと騒ぎ出す。

 

「う、動けない!? き、貴様ら……これはなんの真似だ!?」

「こ、こんなことして……ただで済むと思っているのか!?」

 

 毒島とガゴゼたちは無機質なベッドに仰向けに寝かしてあり、その身体は動けないよう厳重に拘束してある。そんな状態でありながらも、連中は強気な態度を崩そうとしない。

 

「わ、ワシの手下どもが貴様らに報復しにくるぞ!!」

「そ、そうだそうだ!! 俺の組員たちが……鬼原組の面々が黙っちゃいねぇぞ!!」

 

 連中は自分たちの組織力を鼻に掛けて脅しをかけてきた。数に頼れば勝てるなどと、なんとも情けないことだが——生憎とそれは無理な話だ。

 

「残念だが、それは不可能だ」

 

 何も知らない奴らの心をへし折っておく意味も込めて、私は大事なことを伝えておくことにした。

 

「お前たちご自慢の手下どもは……もう全員、この世にはいないぞ」

「へっ……?」

「は……? え……な、何を言って…………」

 

 私が告げた言葉の意味を理解出来なかったのだろう、奴らは間の抜けた顔で固まる。

 

 だが、これは紛れもない事実だ。

 鬼原組の組員も、ガゴゼの妖怪グループも——全て、天羽組の手によって壊滅した。

 

 

 

 そう、我々が毒島やガゴゼを屋敷の外へと運び込んだ、その直後だ。伍代が警告していた通り——天羽組が鬼原組へと殴り込みを掛けてきたのだ。

 あと少し遅ければ、私たちもその襲撃に巻き込まれていただろう。屋敷から離れた高台から、我々はその光景を眺める。

 

「外道どもが……今日がテメェらの命日じゃ!!」

「な、なんだぁああ!? て、敵襲!?」

「うぉおお!? あ、天羽組だ!!」

 

 威勢よく真正面から鬼原組の正門を蹴り破る、天羽組の先兵——あれは小峠(ことうげ)華太(かぶと)か。天羽組の中堅極道。最近では武闘派のヤクザとしてそれなりに名を上げてきている。

 もっとも、流石に妖怪が混じっている鬼原組を相手取るに彼だけでは荷が重い。それを分かっているからこそ、天羽組は戦力を揃えてきた。

 

「——そのどぶクセェ腹を掻っ捌いてやるぜ!!」

「——スリルスリル!! 今日の星占いは一位!! 負ける気がしない!!」

「——魑魅魍魎……人の世に蔓延る亡者は地に還るがいい!!」

「——グリングリーン!! この世に生きる喜び!!」

「——無駄無駄無駄無駄野田!!」

 

『ドスの工藤』『バイティング須永』『日本刀の和中』『アーミーナイフの小林』『アイスピック野田』と、そうそうたる面々だ。

 

「組長、敵襲です!! ……組長!?」

「ガゴゼ様が……い、いない!?」

「ま、まさか……逃げたのか!?」

 

 慌てて応戦しようとする鬼原組の組員と妖怪たちだが、そのときになってようやく自分たちの親玉がいなくなっていることに気付いたようだ。

 司令塔を失い、浮き足立つ連中を天羽組は容赦なく蹂躙していく。

 

「ひっ!! なんなんじゃ、こいつらは!?」

「ば、化け物っ!!」

 

 常人離れした天羽の狂人たちを前に、妖怪である筈のガゴゼの配下たちが怯え戸惑っている。

 やはりというか、所詮は烏合の衆に過ぎなかった妖怪たちが、瞬く間に蹴散らされていく光景は遠目から見てもなかなかに壮観なものだ。

 

「うわぁ……どっちが妖怪か、分からなくなりそうです……」

 

 私と一緒にその光景を眺めていた流川くんも唖然となっていた。

 

 

 

「そういうわけだ。残念だがお前たちを助けにくるものなどいない」

「そ、そんな……俺の鬼原組が……」

「う、嘘だ……ワシの部下たちが……誰よりも殺してきた最強軍団が……」

 

 こちらの話に毒島やガゴゼたちが信じられないと首を振るが、私からすれば当然の帰結だ。あの程度で最強軍団など笑わせてくれる。天羽組は始め、裏社会にはガゴゼたちなどよりも凄まじい強さを秘めた人間たちがゴロゴロいるのだ。

 まさに井の中の蛙大海を知らず。ガゴゼたちがどれだけ小さな世界で生きてきたか、容易に想像が付くというものだ。

 

「さて、私が貴様たちに問いたいのは一つだ」

 

 だが、そんな壊滅した組織のことなどもはやどうでもいい。

 

「——毒島、貴様は己の邪魔をしたという身勝手な理由から、何の罪もない貴一郎氏の家族をガゴゼたちに殺すよう命じた」

 

「——ガゴゼ、お前たちは人間たちを欲望のまま蹂躙し、あまつさえ幼子である太一くんを生きたまま喰い殺すなどという鬼畜な所業に出た」

 

「——被害者や遺族に申し訳ないと思わんのか?」

 

 どんな外道が相手でも、悔恨の念があるかを問うのが私のポリシー。

 自分たちを助ける者がいないと分かったこの状況なら、少しは殊勝な言葉が聞けるかとも思ったが——。

 

 

「な、何だと!! 元はといえば、貴一郎の奴が俺の商売を邪魔しやがったのが悪いんじゃねぇか!!」

「けっ! くだらねぇ!! 人間の一人や二人、殺したからなんだって言うんだ!!」

「人間なんざ、俺たち妖怪の餌でしかねぇんだよ!!」

「一人でも多くの子供を地獄に送る……それが妖怪としてのわしの業じゃぞ!! 何が悪い!!」

 

 

 返ってきたのは聞くに耐えない、醜悪で身勝手な理屈だった。よく分かった。ガゴゼたちは勿論だが、毒島……テメェも人間じゃねぇ。

 

「よくほざいた……やるぞ、流川!!」

「はい!! どう考えても、こいつらに生きる資格はありません!!」

 

 私の指示で流川が今回の拷問のために用意してきたものを取り出す。

 それは四十センチほどの鍋だ。鍋の中には——大量のネズミがぎっしりと敷き詰めてあった。

 

「な、なんだそれは……何をする気だ!?」

「ひぃっ!? や、やめろ……そんなもの近づけるな!!」

 

 まずは仰向けに寝かせていたガゴゼの配下たち二人の腹の上に、ネズミが敷き詰められたその鍋を上下逆さまにして被せて固定していく。

 腹の上でネズミが動き回る感覚は不快以外のなにものでもないが、当然この程度で終わるわけがない。

 

「さあ、ここからが本番だ!」

 

 次にねずみが入った鍋の上で火を焚く。すると徐々に鍋の温度が上がっていくにつれ、ネズミたちが激しく動き回り始めた。

 完全に密閉状態なのだからネズミたちに逃げ場はない。だがこのままでは熱さで死んでしまう。

 

 閉ざされた空間の中、ネズミたちが生き残るため最後に選んだ逃走経路——それこそ、連中の『体内』だ。ネズミたちは熱さから逃れようと、妖怪どもの腹を食い破り、その身体の内部へと侵入し始めたのだ。

 

「ひっ!! ひぎゃあああああ!? やめ、やめてクレェえええええええ!!」

「腹が……腹が食い破られる!!」

 

 ねずみによって生きたまま腹を喰われる感覚を味わい、狂ったように身悶えする妖怪ども。

 

「あわわわ……」

「ぐ、ぐぐぐ……」

 

 その光景を間近で見せられ、毒島やガゴゼたちが青ざめた表情になっていく。そうだ、今のうちにしっかりと目に焼き付けておけ。この後、貴様らにも同じ目に遭ってもらうのだからな。

 

 

 この『ネズミ拷問』はその名の通り、ネズミを使って行われる拷問だ。

 いつの時代、どのような場所でもネズミは不浄で厄介者として扱われてきた。そのため、罪人を苦しめるための拷問によく多用されるのだ。古代中国や古代ローマの時代から、既にこのような拷問方法が確立されていた。

 

 

 妖怪どもの体内へと侵入したネズミたちは、勢いを衰えぬままその内臓を食い破っていく。過去に経験したこともないだろう痛みに、狂ったように悲鳴を上げ続ける妖怪ども。

 

 だが、そう長くない内に——ほぼ同時に二匹の妖怪が、糸が切れたように動かなくなってしまったのだ。

 

「なんだと? もう死んでしまったのか!! なんと脆い……もっと苦しめるだろうが!!」

 

 これには私も率直に驚いた、連中のあまりの脆弱さに。

 この程度でくたばるなど、許されると思っているのか。貴様らはもっと苦しんで、のたうちまわりながら死なねばならないのだぞと、腹の底から怒りが込み上げてくる。

 

 だがそうして憤っている私の前で、不可思議な現象が起きた。

 事切れた奴らの肉体が、次の瞬間——霞のように消え去ってしまったのだ。

 

 連中の肉体に潜り込んでいたネズミたちが行き場を失い、地面へと放り投げられていく。

 

「ああ!! ネズミたちが逃げてしまいます!!」

「……なんだこれは?」

 

 この現象を前に流川くんは慌てふためきながら、逃げ回るネズミたちを回収していく。いったい、これはどういうことかと私も眉を顰めた。

 

「ふ……ふへへへ……!! ワシら妖怪は死なん!! たとえ肉体が滅びようと……その魂が無事である限り何度でも蘇ることが出来るのさ!!」

 

 すると呆気に取られる我々を嘲笑うように、表情を引き攣らせながらもガゴゼがほくそ笑んだ。

 ガゴゼ曰く、妖怪とは不滅の存在であり、その魂が無事であれば何度でも肉体を復元することが出来るというのだ。

 

「むっ……!?」

 

 奴の言葉を裏付けるように、青白い塊が二つ。ふわふわと空中を漂っている。これが妖怪の魂というやつなのだろう、暫くするとその魂が拷問室の壁をすり抜け、どこぞへと消え去ってしまった。

 

 私は陰陽師でもなければ、超能力者でもない。

 魂などというものを前にどのような手を打てばいいのか、流石に皆目見当も付かなかった。

 

「覚えていろ!! たとえ、ここで肉体を失おうと……ワシは必ず蘇る!! そして貴様に……人間どもにたっぷりと復讐してやるぞ……ふふふ、ふははははっ!!」

「せ、先生……」

 

 妖怪としての自身の優位性を思い出したのか、再び強気になったガゴゼ。たとえここで死んでも、いずれは蘇って私や関係ない人々に牙を剥くというのだ。

 これにはどうしていいか分からず、流川くんも戸惑っていた。

 

 

 だが、私の考えは違う。

 

 

「なるほど……それを聞いて安心したぞ」

「ははは……はっ?」

 

 私の言葉にガゴゼの馬鹿笑いが止まる。

 そんな奴の顔面へと顔を近づけ——私は最大級の圧を込めて囁いた。

 

 

「——てめぇこそ覚悟しろ。貴様が何度でも蘇るなら、その度に何度でも殺すだけだ」

 

「——一度や二度で許されると思うな。貴様の魂とやらがズタボロになるまで、何回でも何十回でも、何百回でも地獄の苦しみを味わせてやる」

 

「——たとえ私が寿命で死のうとも、拷問ソムリエという存在は決して消えん」

 

「——その意思を継ぐものたちが、お前という存在を永遠に殺し続ける」

 

 

 復活できるから何だというのだ。妖怪が不死身だというのなら、蘇るたびにとっ捕まえて殺すだけ。

 どこへ逃げても無駄だ、拷問ソムリエは私以外にも世界中に存在する。それに私が死んだとしても——きっと流川くんが私の後を継いでくれるだろう。

 

「ガゴゼ、我々拷問ソムリエに目を付けられた時点で、貴様の命運は確定したんだよ」

 

 貴様はこの先一生、私たちから殺され続ける。

 この世界が終わるその瞬間まで、貴様に安らぎのときなどあると思うなよ。

 

「あわわわわ……」

 

 私の言葉の意味と重みを理解したのだろう、顔面蒼白になるガゴゼの口から情けない声が溢れていく。

 

 

 

「ま、待ってくれ!! お、俺は人間だ!! 死んだら終わりなんだ……頼む、助けてくれ!!」

 

 するとガゴゼを脅し付けていたその横で、毒島がみっともなく命乞いを始めた。

 人間である自分は妖怪のように蘇ることなど出来ない、だから助けてくれと。随分と調子のいいことを口にしているが——私の答えは既に決まっている。

 

「そうだ、人間は死んだら終わりなんだよ。テメェが殺すように命じた貴一郎さんの家族は、もう二度と帰ってこない」

 

 そう、人間は——貴一郎さんの大切な家族は決して蘇ったりなどしない。

 それなのに毒島はガゴゼに彼らを『殺せ』などと、事もなげに吐き捨てたのだ。限られた人生を懸命に生きる人々を踏み躙った貴様に、救いなどあると思うな。

 

「貴様は一度しか殺せないんだ。ゆっくり、じっくりと時間を掛けて殺してやる。少しでも長生きできるよう……神様にでも祈るんだな」

「そ、そんな……」

 

 絶望する毒島を尻目に、淡々と拷問の準備を進めていった。

 

 

 

 その後、毒島とガゴゼを拷問に掛けていく。

 勿論、手下二人のように呆気なく死なないよう、細心の注意を払いながらじっくりと時間を掛けた。

 

 そうして、半日ほどの時間を掛けてまずは毒島が物言わぬ骸と化す。

 その数時間後、ガゴゼが死んだ事でその肉体から魂とやらが飛び出してきた。

 

 奴の魂は私たちから逃げるように飛び去っていった。その後を追いかけたところでただの人間である私たちに、それをどうにかできる術などないが——関係ない。

 

 もしもガゴゼが蘇るというのなら、地の果てまでも追いかけて同じ目に遭わせるだけだ。

 魂とやらが擦り切れてなくなるそのときまで、どこまでも苦しめて殺し続けてやるとも。

 

 

 

 

 

 こうして、今回の事件は幕を閉じた。

 

「地獄か……いずれ私もそこへ行き着くことになるのだろう」

 

 今回の事件、鬼太郎くんと邂逅することで死後に本物の地獄が待っているのだということを改めて実感した。拷問ソムリエの使命とはいえ、多くの命を手に掛けたこの身が地獄に落ちることは、もはや疑いようもない。

 

「終わりましたよ、貴一郎さん……」

 

 だがそれが分かったところで、私のやることに変わりはない。

 たとえこの身が地獄の責め苦を受けることになろうとも、外道を葬ることで被害者たちの無念を晴らし、彼らの心を僅かでも救うことが出来るのであれば。

 

 

 私は地獄への道を迷うことなく突き進んで行くとも。

 

 




人物紹介

 伊集院茂夫
  拷問ソムリエシリーズの主人公。おそらく作中最強の人物。
  一般の方に対しては礼儀正しい人なのだが……外道相手にはマジで容赦なし。
  外道を苦しめるためなら手段を選ばず、どんな拷問器具だろうと用意してくる。

 流川くん
  伊集院の助手。
  常に笑顔が絶えないところがサイコパスっぽいが、中身はわりと常識人?
  家族を殺された悲しい過去を持っており、それゆえに人一倍正義感も強い。

 伍代
  退廃的な雰囲気を纏った男、裏社会に精通する情報屋。 
  依頼の裏付けや調査の際、伊集院が頼りにしている相手。
  作中に登場する情報屋は他にもいるが、その中でも一番登場回数が多い。

 小峠華太
  拷問ソムリエとは別のシリーズ『華の天羽組』における主人公。
  極道としての実力は中堅クラスだが、話が進むごとに狂人度が上がってる。
  今回はチョイ役、あくまでもゲストキャラとしての登場。

 天羽組の狂人たち
  天羽組の武闘派兄貴たち。
  尺の都合上、それぞれの台詞と異名だけの登場ですが、それだけでも十分にインパクトのある面々。

 ガゴゼ
  今回のゲスト妖怪、漢字で書くと『元興寺』。
  キャラクターのモデルはそのまんま『ぬらりひょんの孫』に登場するガゴゼ。
  一方的に子供を襲う情けないところもしっかりと継承したやられ役。
  ちなみに、鬼太郎シリーズでお馴染みの『ぐわごぜ』とは完全に別個体です。
 
 貴一郎
  今作における被害者遺族枠。
  作者のオリキャラですが……一応、モデルとなる漫画キャラはいます。
  夜回り先生であるところがワンポイント。分かる人いるかな?

 毒島
  今作における外道枠。
  コイツも作者のオリキャラ。鬼原組という組織も含めて、名前だけでキャラ付けをしています。
  全国の毒島さん……本当に申し訳ございません!!
  


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幕間の物語
深夜廻 其の①


クロスオーバー集の第一作目は『深夜廻』。

日本一ソフトウェアという会社が出しているゲームが原作です。
ちなみに作者はゲームは未プレイ。興味がないわけではなかったのですが、かなり難しく、結構ホラー描写がえぐいとかで手が伸びず。
その代わり、小説の方をしっかりと読ませていただきました。
本小説も、そちらの内容を参考に書かせてもらっています。

時間軸について。
ゲゲゲの鬼太郎に関しては、話毎に時間軸がバラバラになります。一応、毎話それがいつ頃の話なのか、明言はしていきます。

後書きの方で、TVシリーズのような次回予告。クロスオーバー先の解説などを入れていくつもりです。



 

 幽霊族の末裔たる少年――ゲゲゲの鬼太郎。

 これは彼が犬山まなという人間の少女と出会う前に遭遇した物語の一つである。

 

 

 

「鬼太郎! ポストに手紙、入ってたわよ」

 

 ゲゲゲの森にある鬼太郎の家――ゲゲゲハウス。鬼太郎の仲間の一人である猫娘が手紙を片手に家の中に上がり込む。スレンダーな長身の美少女、どこかツンツンした雰囲気を纏いながら、彼女は鬼太郎宛の手紙を卓の上に置く。

 

「ああ、ありがとう猫娘」

 

 わざわざ手紙を持ってきてくれた彼女に、横に寝っころがっていた鬼太郎が起き上がりながら礼を言う。早速手紙の封を切り中身を読もうとする鬼太郎に、猫娘は椅子に腰掛けながらおもむろに溜息を吐く。

 

「ほんと、アンタも物好きよね。こんな人助け……いつまで続ける気なのよ」

 

 鬼太郎の元に届く手紙。それは『妖怪ポスト』から送られてきた人間からの依頼の手紙である。

 

 鬼太郎は妖怪に困らされている人間の依頼に応え、人助けをしている酔狂な妖怪でもあった。

 もっとも、必ずしもその人間を助けるというわけではない。その人間の相談に乗っても、人間側に非があったり、あまりにも道理に外れるような頼みであれば断り、見捨てることもある。

 それでも、人間の相談に乗るだけでも他の妖怪から見れば酔狂であり、鬼太郎と親しい間柄である猫娘から見ても物好きであることに変わりない。

 

「……約束だからね」

 

 猫娘の疑問に鬼太郎はそれだけを短く答える。

 

「ふ~ん、約束ね……で? 手紙には何て書いてあるのよ?」

 

 鬼太郎の口にした『約束』という言葉。

 昔、赤ん坊の頃に彼を助けた水木という人間の青年が関係しているらしいが、鬼太郎も彼の父親である目玉おやじも決して多くを語ろうとはしない。

 猫娘はそんな彼の過去を知りたいと思いながらも、今一歩踏み込む勇気が持てず、代わりに依頼内容について質問する。

 

「――夜に連れ去られた娘を捜し出してほしい」

 

 鬼太郎は手紙に書かれていた内容をそのまま声に出して読み上げる。

 

「夜に連れ去られた? なんとも奇妙な言い回しじゃな……」

 

 その内容に茶碗風呂に浸かっていた目玉おやじが首を傾げる。娘が行方不明になってしまったから、見つけて欲しいという捜索の依頼だろう。

 しかし、『夜に連れ去られた』とはいったいどういうことか?

 

 疑問に思いながらも依頼主に話を聞くべく、鬼太郎たちはその日のうちに家を出た。

 

 

 

×

 

 

 

「無理についてこなくてもよかったんだぞ、猫娘?」

「べ、別に……暇だっただけだし! 鬼太郎だけじゃ、頼りないだろうし!」

 

 鬼太郎と猫娘はカラスたちに連れてってもらい、目的地へと向かう。

 鬼太郎のことを物好きと言いつつも、猫娘は彼のことが心配で一緒についてくることが多い。今回も猫娘が同伴、目玉おやじを加えた三人で依頼のあった田舎町の上空へと来ていた。

 

 そこは周囲を山に囲まれた田舎町。

 日が沈み、既に町には『夜』が訪れていた。

 少女を連れ去ってしまったという夜。闇が広がるその町の中に、鬼太郎たちは降り立つ。

 

「ふむ、見たところ普通の町並みに見えるが……」

 

 町に入った第一印象を目玉おやじが口にする。

 時刻が時刻なだけあって人気はないが、町の雰囲気にこれといって変わったところはない。

 住宅地には古びた家屋が並び建ち、公園には楽しそうな遊具が集まっている。主婦たちが毎日のように買い物にやってくるスーパー。子供たちが通う通学路の向こうに、少し古いが立派な校舎がそびえ建っている。

 アスファルトの道路を照らす街灯が申し訳ない程度に点滅し、少し足元が心許ない気がしたものの、歩く分には問題無い。

 どこにでもあるような、ごくありふれた田舎町の夜の風景である。

 

「ふ~ん、ちょっと田舎すぎるけど、普通の町じゃないのよ」

 

 猫娘も概ねそんな意見だ。特に何を思うこともなく辺りを見渡す。しかし――鬼太郎だけは違った。

 

「いえ、父さん……この町、何かが変です」

 

 鬼太郎はこの町に降り立った瞬間から、その異変に気がついていた。

 彼の妖気を探知する『妖怪アンテナ』に反応があったからだ。

 

「何か……いる! 気をつけろ、猫娘!」

「っ!」

 

 鬼太郎は猫娘に警戒を促し、彼のただごとならぬ表情に猫娘が爪を伸ばして構える。

 

 次の瞬間――それは電柱の影から現れた。

 

「な、何よ! コイツ!?」

 

 白い『モヤ』のようなものが揺れ動いている。

 最初は煙のように形を持たなかったそれが、明確な意志を持って人の顔のようなものを形成していく。目や口に該当する部分には『孔』が空いており、そこから唸り声のようなものを上げ、近くにいた猫娘へと迫ってくる。

 

「このっ!」

 

 向かってくるそれに猫娘は爪を突き立てる。すると人影はあっさりと霧散し、霞のように消え去っていく。

 

「……消えた?」

 

 あまりにもあっさりと撃退できたことに拍子抜けする猫娘だが、隣に立つ鬼太郎は警戒を緩めない。

 

「気をつけろ、まだ来るぞ!」

 

 暗闇の向こうから聞こえる四足歩行の足音。目の前に現れたそれは『黒い犬』だった。その犬には目玉が一つだけ、子供を丸呑みできそうな大きな口を広げ、鬼太郎たちを呑み込もうと飛びかかってくる。

 

「髪の毛針!」

 

 鬼太郎は毛針を飛ばす。毛針は全て犬の大きな目玉に突き刺さり、犬はたまらずひっくり返る。子犬のような悲鳴を上げ、闇の中へ尻尾を巻いて逃げていく。

 

「鬼太郎、上じゃ!」

「!!」

 

 今度は目玉おやじが何かに気づき、鬼太郎に呼びかける。父の言葉に慌ててその場から飛び退く鬼太郎。次の瞬間、彼がさっきまで立っていた場所に「キャー!」と悲鳴を上げながら、女性が飛び降りてきた。

 どこから降って来たのか、地面に落下したにも関わらず五体満足のまま。女性はその場で手足をクネクネとばたつかせ、暫くすると唐突に消えていなくなってしまう。

 

「……なんなのよ、この町」

 

 立て続けに現れる『怪異』に、妖怪である猫娘が茫然と呟いていた。

 

 

 

×

 

 

 

「ゲゲゲの鬼太郎さん……ああ、お待ちしておりました……」

 

 鬼太郎たちは疲れ切った表情の女性、依頼主である深川由紀子の自宅へと訪れていた。

 

 出迎えの際、彼女は玄関に立っていた鬼太郎と猫娘を前に戸惑うように目をしばたたかせる。

 どう見ても子供な見た目の鬼太郎と、見ようによっては保護者のお姉さんという感じの猫娘。ただの人間と思われてもおかしくない二人組。

 だが、由紀子は鬼太郎たちの纏う『人ならざるモノ』の空気を感じ取ったのか、素直に彼らを居間へと通す。

 

 そうして訪れた深川由紀子の家――そこは、まるでゴミ屋敷のようであった。

 

 脱ぎ散らかされた衣服、空のペットボトルとコンビニ弁当の空箱が無造作にビニール袋に詰め込まれている。台所はお酒の空き瓶で埋め尽くされ、いたるところに煙草の匂いが染み付いていた。

 

「…………」

「…………」

 

 とても一つの家庭を支える女性が住む場所と思えず、一瞬言葉を失う鬼太郎たち。

 だが、今はそれよりも優先すべきことがあると、鬼太郎はこの町に来てから抱いていた疑問をぶつける。

 

「深川さん……この町はいったいどうなっているんですか?」

 

 鬼太郎たちが由紀子の家に辿り着く間、幾度となく彼らは『怪異』に遭遇していた。

 

 無気味な『赤ん坊の群れ』が、泣き叫びながら道を横切っていた。

 赤身がかった『影』のようなものが、左右に揺れ動きながら近寄って来た。

 体に目玉を無数に付けた、腕だけが血のように赤い『巨大な化け物』に襲われたりなど。

 

 鬼太郎たちですらまともに意思疎通の出来ない異形が、次から次へと現れては消えていく。

 

 幸い戦闘能力はあまり高くなく、鬼太郎たちなら問題なく撃退可能だ。

 しかし、これは妖怪である彼らからして見ても異常事態。こんな『人ならざるモノ』たちが夜とはいえ、人里を堂々と闊歩するなど。数百年前ならいざ知らず、闇の薄まった現代でこれは明らかにおかしい。

 

「ああ……貴方がたも、あのお化けたちをご覧になられましたか……」

 

 だが由紀子は鬼太郎の問い掛けに、さも当たり前のように答える。

 

「この町には……昔から『とある決まり事』がありまして――」

 

 それは『日が完全に沈んでから、明け方に日が昇るまでの間、決して外を出歩いてはならない』という、いつの頃からか囁かれるようになった暗黙のルールである。

 

「この町……というより、この辺り一帯の土地には、昔から……夜になると、あのお化けたちが歩き廻って夜道を歩く人間を追いかけてくるんです。いつ頃から……と聞かれると困るのですが、少なくとも……私が子供の頃からずっとこうでした」

 

 由紀子はこの町の出身だったが、幼い頃から『あれら』はずっと夜になると現れる。故にこの町の住人はそれを当たり前のものとして受け入れ、特別に騒いだりはしない。

 夜に出歩かないことを徹底し、子供たちにもそう言って聞かせる。

 

 それがこの町の住人にとっての常識であった。

 

「そう……娘にも、ユイにもそれはわかっていた……わかっていた筈なのに!!」

 

 途端、それまで淡々と話していた由紀子がヒステリックに声を荒げる。ボサボサの髪をかきむしり、涙声で表情を歪める。そんな彼女に対し、鬼太郎はあくまで冷静に話を進めていく。

 

「ユイ……いなくなった、娘さんですね」

「ええ……」

 

 夜に連れ去られたという娘――ユイというのが、いなくなった子供の名前だろう。由紀子は懐から一枚の紙切れを取り出しテーブルの上に置く。

 

『小学生の女の子が行方不明になっています――』

 

 それは行方不明者の情報提供を求めるチラシであった。掲載された写真には、頭に包帯を巻いた小学生くらいの赤いリボンの少女が映っている。この子がユイなのだろう。

 

「二週間ほど前です。私が……仕事から帰ってくるいつもの時間に……ユイがいなかったんです」

 

 由紀子は夜中に働いており、明け方までは家を空けているらしい。帰宅した日の朝、家の中にユイの姿はどこにもなかったという。

 

「娘さんの行き先に、心当たりはありますか?」 

 

 一応、ただの家出という可能性を考え鬼太郎が質問する。

 

「ありません……あてにできるような親戚も、この近くには住んでいません」

 

 その問いに由紀子は首を振る。

 

「失礼ですが……旦那さんは?」

 

 次に鬼太郎は彼女の旦那、ユイの父親について尋ねる。先ほどからそれらしい人の姿が見えないし、気配も感じない。娘がいなくなっても、仕事で出かけているのだろうか。

 

「夫、ですか……」

 

 するとその問いに対し、眉間に皺を寄せて表情の険を強める由紀子。

 

「夫なら二年前に出て行きました……私と、ユイを捨てて!!」

「…………」

 

 怒りを隠し切れない様子で由紀子が吐き捨てる。

 どうやら、父親も蒸発してしまっていたらしい。由紀子の怒りようから『それがどういった事情』なのかを察し、迂闊な質問をしてしまったことに口を噤む鬼太郎。

 黙り込む彼に、由紀子は身を乗り出して詰め寄る。

 

「ユイは……きっとこの町の夜に連れ去られてしまったんです。鬼太郎さん! お願いします! 娘を、娘を捜し出して下さい! 私には……もう、あの子しかいないんです!」

「……わかりました」

 

 母としてユイの身を案じ、自分に縋り寄ってくる彼女に鬼太郎は静かに頷く。

 

 鬼太郎たちはいなくなってしまった少女・ユイを捜すため、すぐに夜の町を捜索することにした。

 

 

 

×

 

 

 

「――リモコン下駄!!」

 

 脳波でコントロールするリモコン下駄で、鬼太郎は道端で待ち伏せをしていた『刃物を持った異形』を打ち倒す。凶悪な顔のそのお化けはすっころび、その姿を瞬く間に霧のように消してしまう。

 

「ふむ……それにしても、本当におかしな町じゃのう、ここは……」

 

 その光景を見つめながら、目玉おやじは腕を組む。

 彼は由紀子との会話の際、彼女を驚かせぬよう鬼太郎の髪の毛の中に隠れていた。彼女の話を聞いてから目玉おやじはずっとこの調子で考え込んでいる。

 

 ユイを捜すため町へ繰り出した鬼太郎たち。彼らは幾度となく異形に遭遇する。

 

 当初、鬼太郎たちはお化けたちに話を聞き、ユイの行方を尋ねようとした。妖怪である鬼太郎たちになら、彼らも耳を傾けてくれるのではと、淡い期待を抱いたからだ。

 

 しかし、その試みは無駄だった。彼らは鬼太郎たち相手にすら、容赦なく襲い掛かってくるのだ。

 

 中にはただボーッと突っ立ているだけのモノや、進路をただ塞ぐだけのモノなどもいたが、大半のモノが鬼太郎たちの姿を見かけるや、唸り声を上げながら向かってくる。

 まるで、自分たちを目の敵にでもするかのように、憎しみに駆られるかのように――。

 

「彼らは……妖怪というより、亡霊や悪霊に近いのかもしれん」

 

 まともに言葉すら通じないこの町の異形に対し、そのような印象を抱く目玉おやじ。

 

 妖怪と一言に言っても、様々なモノがいる。

 鬼太郎のように由緒正しき妖怪の一族『幽霊族』。

 かつて人間だった少女が猫との因果を持ってしまったため、妖怪になった『猫娘』。

 ぬりかべや一反木綿のように、朽ちた壁や布が年月を経た『付喪神』。

 

 そして、この町の妖怪は『かつて人だったモノ』なのではないかと、目玉おやじは推察する。

 事故、あるいは事件によって理不尽にその命を散らした者たち。そういった者らは未練や生への渇望から、成仏することができず、この世を彷徨うことになる。

 そして、それらは時として生者を妬み、自分たちと同じ目に遭わせようと、人を呪ったり祟ったりするのだ。

 中には直接的に生者を襲い、死へと引きずり込んでくる悪霊などもいる。

 そういった『モノ』たちの溜まり場。死者が死者を産みだし、それがこの町の悪循環を廻している。

 

 ここは『そういう町』なのだ。

 

「本来、こういったものたちの魂を回収するのが死神たちの仕事なのじゃがな……職務怠慢じゃぞ、これは!」

 

 亡霊や地縛霊などの人間の魂を回収し、地獄へと送る役目を帯びた『死神』という妖怪。この町の異変に気づかず、放置している死神たちの怠慢に目玉おやじは憤りを露にする。

 

「そうですね、父さん…………? 猫娘、どうした?」

 

 父の言葉に同意しながら、ふと鬼太郎は隣の猫娘へと目を向ける。

 

「……………………」

 

 あれから、深川由紀子の家に入ってからというもの、猫娘はずっと黙り込んだまま。お化けたちを撃退するときも、どこかここに心あらずといった様子で何かを考え込んでいる。

 鬼太郎に声を掛けられ、猫娘は暫し躊躇いながらも、その口を静かに開き始める。

 

「……ねぇ、鬼太郎。さっきの、由紀子さんの家だけど……」

「ああ、あの家か……」

 

 鬼太郎たちがお邪魔した彼女の家。お世辞にも綺麗とは言い難いゴミが散乱した室内。確かにあの荒れようは気になるところではある。しかし――

 

「仕方あるまい。愛する我が子がもう二週間も帰ってこないのだ。家事など手もつかんだろう……」

 

 目玉おやじは『仕方がないこと』と考えないようにしていた。

 突然いなくなった一人娘。鬼太郎たちが対面した彼女は心労で随分とやつれている様子だった。髪もぼさぼさで、衣服も皺だらけ。身なりを気遣う余裕もないのだから、部屋の片づけなど気を回せる余裕もないのだろう。

 同じ子を持つ親として、目玉おやじは由紀子の心情を痛いほど理解できた。

 しかし、猫娘の考えは違っていた。

 

「果たして、本当にそれだけでかしらね……」

「…………? どういう意味だ、猫娘?」

 

 彼女の言わんとしている意図が分からず、鬼太郎は首を傾げる。

 猫娘は女性として、自分があの部屋に足を踏み入れて抱いた印象を男二人に話していく。

 

「あの部屋のホコリの溜まり具合……とても二週間くらいとは思えないわ。少なくとも一ヶ月以上……半年はまともに掃除してないんじゃないかしら」

「なんじゃと?」

 

 その話に目をパチクリさせる目玉おやじ。

 これは、常日頃から自身の部屋をキチンと掃除している猫娘だからこそ気づいた視点だ。由紀子の部屋――あの散らかり具合は娘がいなくなる以前から、部屋の掃除をしていないと。由紀子がずっと家事の類をサボってきた痕跡だと言うのだ。

 さらに、猫娘は嫌悪感を表情に出して続ける。

 

「それだけじゃないわ。あの部屋、男の人の匂いがした。しかも、複数……」

「そ、それは!?」

 

 その言葉の意味を察し、目玉おやじが動揺する。

 二年前に夫がいなくなったと由紀子は言った。ならば猫娘がその嗅覚で感じ取った男の匂いはいったい誰のものなのか――――考えるまでもなく、わかることである。

 

「ユイって子がいなくなる前から……あの家はまともな家庭環境、だったのかしらね……」

「…………」

 

 猫娘の皮肉な予想に鬼太郎も黙り込んでしまう。

 

 蒸発した父親。

 部屋の掃除もろくにせず、男を連れ込む母親。

 そして、いなくなってしまった一人娘。

 

 この町の夜は確かにおかしいが、原因はそれだけではなさそうだと、鬼太郎たちは考えを改めさせられる。だが――

 

「とりあえず、ユイって子を捜そう。話はそれからだ……」

 

 鬼太郎はそのことについて一旦考えるのを止め、ユイの捜索に専念する。

 確かに猫娘の予想が本当なら、鬼太郎もあの母親に向ける感情を考え直すかもしれない。だが、それで幼い少女の行方がどこに行ってしまったのか、調べない理由にはならない。

 

 少女の身に何があったのか? 

 せめて、手掛かりの一つでも持ち帰らねばと、夜の町の探索を続ける。

 

「…………ええ、そうね」

 

 言い出しっぺの猫娘も鬼太郎の言葉に同意していた。

 

 

 

 既にいなくなって二週間。

 もはや『手遅れ』なのではと、心の奥底で思いながらも――。

 

 

 

×

 

 

 

「――それにしても、よく気がついたのう、猫娘」

 

 目玉おやじは感心するかのように呟く。

 鬼太郎たちは夜の探索を続け、裏山の麓近くまで来ていた。そこは人の生活圏から離れているため、街灯の明かりも少なく、妖怪である鬼太郎たちですら足元が不安定なため、由紀子から手渡されていた懐中電灯を使って進む。

 突然現れる怪異にも多少慣れ始めていた鬼太郎たち。周囲に警戒の目を向けながらも、目玉おやじは沈黙を嫌ってそのように声を発していた。

 

「気がついたって……何がよ?」

 

 目玉おやじが何の話題について口にしているのか、猫娘は聞き返す。

 

「由紀子さんのことじゃよ。部屋の散らかり具合から、男性の気配。よくそこまで洞察したもんじゃ」

 

 彼が話題としていたのは、猫娘の鋭い洞察力についてだ。部屋の中を少し覗いただけで、よくぞあそこまで見抜いたものだと、目玉おやじはしきりに頷く。

 

「別に……これくらい普通じゃないの?」

 

 もっとも、褒められた猫娘は嬉しくもなんともない。

 女性として、あれくらい察するのは当然のことであったし、見破った内容が内容なだけに自慢にもならない。

 しかし、目玉おやじは余程感心したのだろう。何を思ってか息子に厳しい口調で言い聞かせる。

 

「よいか、鬼太郎! 将来、お前も誰か女性とお付き合いすることになる。決して浮気などするものではないぞ! 猫娘のように立ちどころに見破られてしまうからな!」

「しませんよ、父さん……」

 

 父親のお小言にやや関心薄く、鬼太郎は溜息を吐く。恋もまだ経験したことのない彼にとって、そういった男女の話しは完全に他人事である。

 隣で猫娘が「……当り前じゃない、鬼太郎に浮気なんて……」と小声で呟いていることにも気づけていない。

 

「……ん?」

 

 そこでふと、鬼太郎は立ち止まった。

 山への入口付近。そこにはいくつかの立て看板があった。鬼太郎は何となくそれらが気になり、懐中電灯を向けてそこに書かれている文字を目で追っていく。

 

『命を大切に――』『思い出して、家族の笑顔――』『安らぎは生きているものにこそ――』

 

「父さん、これは……」

「ふむ……自殺防止の呼びかけ、ということじゃろう……」

 

 それらの看板が設置されている意味を、鬼太郎と目玉おやじが悟る。

 

 人は――追い詰められると自ら死に場所を求める。

 これはそういった人たちへと向けた誰かの言葉だ。

 自殺の名所などでよく見かけるもの。ここにそれが設置されているということは、この山では自殺者が多いのかと鬼太郎は考えを巡らせながら、それらに目を通していく。

 すると、その文字列の中に一つだけ、一風変わった注意書きがあった。

 

 

『山で何かに語りかけられても、決して言う事を聞いてはいけない』

 

 

「父さん、これは?」

「ううん? 山に語りかけられても……はて、どういう意味じゃ?」

 

 直接自殺を呼び止めるでもない、抽象的な言葉。『山に語りかけられる』。普通であれば一笑に付すであろう曖昧な言葉。しかし、こんな怪異が蔓延る町ではそれが返って気にかかってしまう鬼太郎たち。

 ついついその場で足を止め、考え込んでしまう。

 

「――鬼太郎!」

 

 すると、思案を巡らせる鬼太郎を猫娘が呼びかける。

 彼が振り返ると、暗闇の向こう。遠くからぼんやりと光が、こちらに向かって迫ってくるのが見えた。

 

 今まで遭遇した怪異の中には、ゆらゆらと暗闇の中を揺らめく『人魂』のようなものもいた。

 それらは突如、闇の中から出現して鬼太郎たちに燃え移ろうと迫ってくる。またもそれと似たような怪異が現れたのかと、警戒する鬼太郎たち。

 だが、その光は人魂ではなく、人口のもの。鬼太郎たちの持っている懐中電灯とまったく同じ光であった。

 

「はぁはぁ……鬼太郎さんっ!!」

「深川さん?」

 

 息を切らしながら全力疾走でこちらに走ってきたのは、依頼人の深川由紀子だった。

 

「どうして外に? ここは危険です。すぐに戻って下さい」

 

 家で待っているよう彼女に鬼太郎は忠告する。

 鬼太郎たちだからこそ、平然とこの夜の町を歩くことができるのだ。人間である彼女があの化け物たちに捕まれば最後、命はないだろう。

 

「だ、大丈夫です。その気になれば、逃げるくらい私にもできますから……それより、これを見て下さい!!」

 

 確かに由紀子の言う通り、出現する怪異の大半の動きが緩慢だ。十分に注意を払ってさえいれば、大人の足で彼らを振り切ることもできるだろう。

 だが、危険であることに変わりはない。それはこの町の住人である彼女が一番よく分かっているだろうに。

 何故、わざわざ鬼太郎を追いかけて来たのか――その理由を、彼女は切羽詰まった様子で差し出してくる。

 

「ついさっき、何かの手掛かりになるかと娘の部屋を探していたんです。そしたら……こんなものが机の引き出しの奥から……」

「これは……日記、ですか?」

 

 子供たちが使うような学習帳などではない、飾り気のない古びた黒いノートだ。

 鬼太郎がページを捲ると、そこには大人の字で様々なことが書かれていた。

 

「夫の字です……間違いありません」

 

 娘のユイの部屋から出てきたというそのノート。既に中身を読み終えているのか、由紀子は不安を隠し切れない様子で鬼太郎へノートに目を通すように促す。

 

『〇月×日。まただ、またあの声が聞こえてくる』

 

 鬼太郎は猫娘たちにも伝わるよう、書かれていた内容をそのまま読み上げていく。

 

『日に日に呼ぶ声が強くなっている。あの声にはどうにも逆らえない。頭の中に直接響いてくる声。研究のためとはいえ、私は禁忌に近づきすぎた』

 

「夫は、大学で神社や神様……民俗学の研究者をしていました」

 

 ノートに書かれている内容を補足するかのように、由紀子は説明を加える。

 彼女の夫は大学の研究者。学者として、この町の夜について調べていたらしい。この町がこうなってしまったのには必ず理由があると。それを解明することで、この町を救おうとしていた。

 彼女の声に耳を傾けながら、鬼太郎は続きを読み上げていく。

 

『×月×日。あれは巧みな話術を持っている。いかにも私が選択の権利を持っているかのように勘違いさせ、結果、自分の都合の良い選択をさせる』

 

『こともあろうに、あの声は私のみならず、家族をも連れていくと言い出した。妻と娘まで欲しだしたのだ。当然、拒否した。私にそんなことできるはずがないと』

 

『だがどうだ。人間の心は果てしなく弱い。心の奥底でそれも悪くないと考えている私がいる。だがそれだけは駄目だ。絶対に駄目だ。私に向けられた呪いに家族は巻き込めない。絶対に――』

 

「…………私は、ずっと夫が余所に女を作って私たちを捨てたと思っていました……けど!」

 

 蒸発した夫を由紀子は責めていた。自分たちを捨てて、浮気相手と共に町の外へと逃げ出したんだと。

 だがもし、この日記の内容を信じるのなら、事実は全くの真逆だったということが理解できる。

 

『×月×〇日。今日、私は禁断の方法を使うことにした。『コトワリさま』に家族との縁を切ってもらったのだ』

 

「ことわりさま……?」

 

 そこに書かれていた、聞き慣れぬ単語に猫娘は眉を顰める。

 由紀子に対して密かに嫌悪感抱いていた猫娘。だが、鬼太郎が日記の内容を読み進めていくたび、その瞳が揺らいでいく。

 

『愛する妻と娘のため、愛する彼女たちのために、私から縁を断ち切ったのだ。コトワリさまの「もう一つのルール」により、引き換えに左手を失うことになったが構わない』

 

 

 

 

 

『これで安心して私一人、あの声のもとにいける』

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 日記の内容を読み終えた鬼太郎の表情は暗い。

 

 文脈からでも読み取れる。この手記を残した者の強い想いが。妻と娘をどれだけ愛していたのか。

 愛する家族を守るため、この日記の持ち主は「コトワリさま」とやらに頼み、左手を差し出してまで家族だけでも守ろうとしたのだと。

 

『あの声』とやらの魔の手から――。

 

「父さん……あの声とは、もしや?」

「うむ、あの立て看板にあった注意書き……」

 

 鬼太郎たちはそこで、先ほど見つけた看板のことを思い出す。

 

『山で何かに語りかけられても、決して言う事を聞いてはいけない』

 

 それは何かの例えではない。『何か』が本当に語りかけてくることを危惧した、何者かが残したメッセージなのだ。ひょっとしたら、その立て看板を残した人物も『あの声』とやらに囁かれていたのかもしれない。

 

「私は……ずっと夫を恨んでいました。夫が……私を裏切ったんだって。だ、だから私も……私もあの人を忘れてやるんだって。あの人との思い出を、全部ドブに捨ててやるんだって。へ、部屋に、家に男を連れ込んで……」

 

 日記を読み終えた鬼太郎たちの前で由紀子は泣き崩れる。猫娘が睨んだとおり、彼女は他の男との逢瀬で現実逃避をしていた事実を、懺悔するように鬼太郎たちに告白する。

 

「…………」

 

 猫娘は彼女の行いを責めることができなかった。彼女と同じ立場だったのなら、もしかしたら自分も――と、思わず考えてしまう。

 

「きっと……ユイが出て行ったのもそのせいなんです。私が……不甲斐ないばっかりに……」

 

 由紀子は自分を責めるのを止めなかった。娘のユイが家を飛び出したのも、きっとそんな自分に嫌気がさしたからだと、良心の呵責に苛まれる。

 

 そして、とうとう耐え切れなくなった由紀子は天に向かって絶叫する。

 

「どうしてよ!? どうして、私たちがこんな目に!? 私たち家族が、何をしたっていうのよ!?」

 

 彼女の泣き叫ぶ声。それはきっと、住宅地にも届いていただろう。だが、この町の夜の怖さを知る住人たちは家の中から出てこようなどと思わない。 

 彼女の下へと駆け寄り、その悲しみに寄り添える人間など、誰一人としていなかったのだ。

 

「ふふ……もうたくさんよ、こんな町……」

 

 その事実に由紀子の心が折れる。

 

 自分たち家族がこんなにも苦しんでいるのに、地獄を味わっているのに誰もが見て見ぬふり。

 この町を覆う闇に、真夜中を闊歩する化け物たちに、自分たちの苦しみも知らずに眠りこける住人たちに向かい、由紀子は心の底から憎しみを込め、声を張り上げていた。 

 

 

 

 

 

「――もう、嫌よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョキン。

 

 

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 その時、金属を擦るような音が鬼太郎の耳に届き、同時に彼の『妖怪アンテナ』が強い妖気を探知した。

 

 この町に来てからというもの、怪異のオンパレードですっかり麻痺していた鬼太郎の危機感。並大抵の怪物が相手なら、彼はもう驚きはしなかっただろう。

 だが、この時感じた妖気の質は、それまでとは明らかに違っていた。

 

「気をつけろ、猫娘。何か……何か来るぞ!!」

「――っ!」

 

 その嫌な予感に彼は猫娘にも注意を呼びかけ、二人で揃って身構える。

 

 

『それは』――何もない虚空から、染みのように浮き上がってきた。

 

 

 赤黒い煙のような固まり。腐った巨大な指のようなものが何本もそこから生えている。

 その指の先端は人間の腕のようになっており、二本の太い腕で大きな血塗れの鋏を支えている。

 真ん中の本体の奥には歯並びの悪い大きな口が見える。その口から生暖かい息を鬼太郎たちに吹きかけてくる。

 

「ひっ!?」

 

 そのあまりの不気味な様相に、由紀子は腰を抜かして、その場にへたり込んでしまった。

 その異形は、震え上がって動けないでいる彼女に向かい、人間など容易く切断してしまえそうなほどに巨大な鋏を広げ、襲いかかってきた。

 

「霊毛ちゃんちゃんこ!!」

 

 鬼太郎はその凶刃を止めるべく、腕に先祖の霊毛で編んだちゃんちゃんこを巻き付け、鋏に向かって殴りかかる。

 ぶつかる鋏とちゃんちゃんこ。ちゃんちゃんこはその頑丈さで鋏を受け止めるが、衝突の衝撃で鬼太郎の体が後方へと吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐっ!?」

「鬼太郎……うにぁあ!?」

 

 猫娘は鬼太郎を気遣いつつ何とか応戦するも、彼女もその鋏を受けきれず、猫のような悲鳴を上げて地に伏せる。邪魔者二人を排除し、化け物は鋏をジョキジョキと鳴らしながら、由紀子へと迫る。

 

「あ、ああ…………ああ……」

 

 自分を守ってくれる者がいなくなり、無防備となる由紀子。

 そんな彼女の恐怖をゆっくりと味わうかのように、化け物は空中で不揃いの歯をガチガチと鳴らす。その様子がまるで笑い声を上げているように見える。

 そして数秒後――怪物は巨大な鋏をジョキリと開閉させながら突っ込んでくる。

 

「逃げ、ろっ!」

「由紀子さん……」

 

 鬼太郎と猫娘はダメージが抜けきっておらず動けない。

 由紀子がその鋏の餌食となる光景を、ただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「――危ない!!」

 

 

 

 

 

 刹那、何者かの声が響く。

 何かが暗闇の向こうから飛び出し、化け物と由紀子との間に割って入る。

 

 

 ジョキンッ。

 

 

 その何かを、異形の鋏が切断した。

 

「……えっ?」

 

 すると、不思議なことに化け物は鋏を動かすのを止め、まるでもう用は済んだとばかりに、由紀子に何もすることなく、暗闇に溶け込むように消えていく。

 

「消えた……大丈夫か、鬼太郎!?」

 

 目玉おやじは息子である鬼太郎に呼びかける。

 

「はい、父さん。しかし……今のはいったい?」

 

 鬼太郎は何とか立ち上がりながら、化け物が消えた虚空を見つめる。

 既に妖怪アンテナは何の反応も示さず、異形の姿は影も形も見えなくなっていた。

 変わりに、その場には化け物の鋏が切断した『首の無い藁人形』が落ちている。

 

「これは……あの妖怪がやったんでしょうか。けど、どうして……?」

 

 人形の首もその場に落ちており、首と胴とで切り離されている。あの鋏によって切断されたのだろうが、どうしてそんなものを切断しただけで、あの怪物は姿を消したのか。

 疑問を抱く鬼太郎たち。そんな彼らに向かって、闇の向こうから懐中電灯の光が近づいてくる。

 

 

「――あなたたち、何してるの。だめだよ、こんな夜中に出歩いてちゃ」

 

 

 先ほど叫び声を上げ、藁人形をあの怪物に投げつけた人物。

 同じように夜中に出歩いている自分のことを棚に上げ、その子供――少女が鬼太郎たちに咎めるような視線を向けてきた。

 

「――き、君は……」

 

 その少女を目の前にし、鬼太郎も目玉おやじも、猫娘も由紀子も目を見張る。

 

 それは、純粋な驚きによるもの。

 その少女は年端もいかない小学生。そう、鬼太郎たちが捜しているユイと同年代の子供だったのだ。

 青いリボンを付け、ウサギのナップサックを背負った幼い少女。

 そんな少女が怯えた様子も薄く、平然とこの町の夜を歩いている事実に彼らは驚きを隠せない。

 

「わん、わんわん!」

 

 その少女に寄り添うように、一匹の茶毛の子犬が跳ねまわっている。

 子犬は少女を守ろうと、鬼太郎たちへ懸命に吠えて威嚇する。

 

「こらチャコ、吠えちゃダメだよ! この人たちは……大丈夫みたいだから、ね?」

 

 子犬――チャコを宥める少女。

 その子犬の頭を撫でようと、彼女は右手に持っていた懐中電灯を脇に抱え、わざわざ右手でチャコの頭を撫でる。

 

 

 彼女には――左手がなかったからだ。

 

 

「あ、あなた……その手っ!」

 

 左側の衣服の袖から見える筈のものを失くしたその痛ましい姿に、思わず駆け寄る猫娘。

 その視線に、その少女は特に動揺する素振りもなく平然と答えて見せる。

 

「? ああ、大丈夫だよ。もう痛くないから」

「い、痛くないって……そういう問題じゃっ!」

 

 この町の夜を彼女のような子供が歩いているだけでも驚きなのに、片腕がないという不自由な状態で、少女は鬼太郎たちに助け舟を出したのだ。

 先ほどの藁人形、あれをあの『鋏を持った化け物』に投げつけて――。

 

「……君は、いったい?」

 

 鬼太郎が少女と向き合う。

 

 妖怪アンテナに反応はない。少女は紛れもない人間。

 ただの人間の少女が自分たちの危機を救った事実に、鬼太郎は困惑するしかなかった。

 

 すると、戸惑っている鬼太郎に少女は声を掛ける。

 

「あっ、こんばんわ。わたし、ハルって言います。あなた……お名前は?」

 

 今になって挨拶をしていないことに気が付いたのか、少女は慌てて頭を下げ、鬼太郎の名前を聞いてくる。

 

「ゲゲゲの鬼太郎だ……」

「ゲゲゲの……変わった名前だね?」

 

 鬼太郎の名前を聞き、小首を傾げるハルと名乗った少女。

 そんな愛らしい動作をするハルに、鬼太郎はたまらずその問いを投げかけていた。

 

「君は……こんな夜中に何をしているんだい?」

 

 大人たちでさえ怯え、恐れ慄く異形たちが蔓延る町中。

 そこを子犬のチャコと共に探索する少女。

 ハルは、鬼太郎の問い掛けに暫し悩んだ末、少し寂しそうな声で答えていた。

 

「……………友達を捜しています」

 

 

 

 

 

 

「あの日サヨナラした友達に……ユイに、もう一度逢いたくて……」

 

 

 

 

 




次回予告

「異形たちが徘徊する夜の町。
 そこに友達を求めて彷徨う、青いリボンの少女。
 父さん、あの少女はいったい?
 
 次回――ゲゲゲの鬼太郎『深夜廻』 見えない世界の扉が開く」


 本来であれば、この次回予告は各章の終わりに次章の内容について書くつもりです。今回は一話目ということで、特別に。次回からは『深夜廻』の解説を後書きで入れていきます。



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深夜廻 其の②

『深夜廻』は夜廻シリーズの二作目です。
本当なら、一作目の『夜廻』を先にクロスさせるべきなのでしょうが、そちらの方では上手い感じで話が纏まらず。先に深夜廻の方でクロスを書かせていただきました。

また、原作をプレイしたことがある方なら、前回の話で察していただけると思いますが、今作では深夜廻のED後の話を書いています。

大きなネタバレとなりますので、それが嫌な方はご注意ください。


「――ユイ……? 今、ユイって言ったのよね!?」

 

 夜になると『怪異』たちが蔓延り、人間を追いかけてくる田舎町。その町でユイという名の一人娘を捜し出して欲しいと依頼を受けた鬼太郎たち。

 奇しくも、町の中で出会ったユイと同じ年頃の左手を失った少女――ハルの口からその名を告げられる。

 鋏を持った化け物に殺されかけ、放心状態だったユイの母親――深川由紀子が息を吹き返したかのように立ち上がり、ハルに縋るように迫った。

 

「お願い、ユイはどこ!? ユイに会わせて!!」 

「お、落ち着くんじゃ……由紀子さん」

 

 興奮状態で幼い少女に詰め寄る彼女に鬼太郎の髪の毛からひょっこりと顔を出した目玉おやじが落ち着くように言い聞かせる。

 小さな目玉の妖怪である目玉おやじと由紀子は初対面であったが、彼女はその存在を気に留めることなく、ひたすらハルに詰め寄っている。

 

「ええっと……おばさんは、誰ですか?」

 

 一方のハルも目玉おやじの存在にそこまで驚いてはいなかった。まるでその程度の怪異なら見慣れているとばかりに、自分の友人であるユイに会わせてくれと必死に訴えかける由紀子の方に目を向けている。

 

「わたしは……わたしは、ユイの母親よ!!」

 

 一瞬躊躇いながらも、そう名乗る女性にハルは目を丸くして驚く。

 

「!! あなたが、ユイのおかあさん…………そうですか……」

「……?」

 

 ハルのその反応に、状況を静観していた鬼太郎が訝しがる。

 ユイの母親である由紀子と、ユイの友人を名乗るハル。同じ少女と接点を持っているのに、二人の間に面識はないらしい。

 ハルは初めて会うその母親に対し、一瞬どこか冷めたような目つきする。

 

「わんわん!!」

「きゃあっ!?」

 

 飼い主であるハルの意思を反映するかのように、彼女の側に寄り添っていた茶毛の子犬――チャコが由紀子に向かって吠える。チャコの激しい敵意に驚かされ、由紀子は尻もちを突いてしまう。

 

「ちょっ、ちょっと大丈夫、由紀子さん?」

 

 アスファルトの地面にへたり込む彼女に手を差し伸べ、猫娘は由紀子を立たせる。猫娘はそのまま、興奮状態で落ち着かない由紀子を下がらせ、彼女に代わってハルに話しかけていた。

 

「こんばんは、ハルちゃん。わたし、猫娘っていうの……」

 

 小学生のハルと目線を合わせるため屈み、猫娘は優しい声音で語りかける。

 

「猫娘……さん?」

 

 鬼太郎と同じ一風変わった名前に小首を傾げるハル。その仕草だけ見ると本当にただの少女にしか見えない。

 どうしてこんな普通の少女が、こんな危険な夜の町を徘徊してまで、その友達を捜しているのか。

 猫娘は疑問を抱かずにはいられなかったが、とりあえずハルの身を案じ優しく言い聞かせる。

 

「ハルちゃん……いくら友達と会いたくても夜遊びは駄目よ? 夜の町は危険がいっぱいなんだから、ほら……私たちと一緒に家に帰りましょう? 送ってあげるから」

 

 そう提案しながら、ハルに手を差し伸べる。

 だが、猫娘の気遣いに心底申し訳なさそうにハルは首を振った。

 

「……ごめんなさい。危険なのはわかっているんですけど、もうわたしには時間がないんです」

「――――」

 

 少女らしい小さな声だったが、その言葉には断固たる意志が込められており、皆を驚かせる。

 

「わたしは……もう一度ユイに会いたい。そのために今夜……もう一度、あの場所に行かなくちゃいけないんです」

「……あの場所?」

 

 ハルの口から呟かれた言葉に、鬼太郎が眉を顰める。

 彼は――少し考えてから、ハルに歩み寄りながらこう提案する。

 

「だったら……その場所にボクたちも連れてってくれないか?」

「鬼太郎っ!?」

 

 鬼太郎のまさかの言葉に猫娘が困惑する。こんな夜更けに、こんな幼い少女を連れて夜の探索に付き合わせるのかと彼を責めるように。

 しかし、鬼太郎は冷静に答える。

 

「猫娘。このまま言い聞かせても、大人しく帰ってはくれなさそうだ……それに――」

 

 きっと、自分たちが止めても彼女は夜の探索を続けるつもりだろうと、鬼太郎はハルの覚悟を感じ取った。ならば自分たちと一緒にいた方が安全だと、同伴を願い出る。

 なにより、鬼太郎は直感的に悟ったのだ――。

 

「――君は知ってるんだね? ユイちゃんに……あの子の身に、何が起きたのか……」

「っ!!」

 

 鬼太郎の言葉に由紀子が目を見開く。

 夜に連れ去られてしまった自分の娘――ユイ。その行方をこのハルという少女が知っているかもしれない事実に食いつかずにはいられなかったのだ。

 鬼太郎の言葉を否定せず、ハルは考え込んだ末に答える。

 

「……わかりました。わたしが知っていることでいいなら、全部話します」

 

 その際、彼女はユイの母親である由紀子に怒りとも悲しみともとれる、不思議な視線を送る。

 ややあって、それを振り払うようにハルは裏山を見つめた。

 

「ユイに会えるかもしれない、あの場所に……」

 

 

 

×

 

 

 

「――体内電気っ!!」

 

 街灯の明かりすらない山中に眩しいほどの閃光が迸る。鬼太郎が体内の霊力を電力に変換し、全身から雷を発して周囲を取り囲んでいたお化けたちを一掃する。

 数十と集まっていた『顔の形の白煙』たちが、道を塞いでいた『巨大ながま口』のお化けが感電し、瞬く間に消え去っていく。

 

「……すごいですね、鬼太郎さん」

 

 その光景にハルが目を丸くする。

 鬼太郎と猫娘、目玉おやじが人間ではなく妖怪であるという事実を、山に登る前にハルは聞かされていた。目玉おやじはともかく、鬼太郎と猫娘に関しては半信半疑だったのだが、鬼太郎が怪異たちをなんなく蹴散らしたことで彼女は驚きと称賛を口にする。

 

「この山……夜になるとお化けたちの住処になるんです」

 

 ハルの言葉通り、裏山に入って早々に鬼太郎たちはお化けたちの集団に囲まれていた。町の中ではまばらだった怪異たちが、この山だといたるところに潜んでいる。

 

「うむ、確かに……尋常ではない数じゃのう」

 

 目玉おやじが山の景観を見渡しながら呟く。鬼太郎が怪異たちを一掃したため今は静かだが、また数分としない内に彼らは集まってくる。もう何度目か、そんなやり取りを繰り返している。

 

「だから、わたしとチャコだけじゃ、この山を登るのには回り道しないといけないんですけど……」

 

 歩ける道も狭く、草むらに隠れてやり過ごすのも限界があるため、ハルは愛犬のチャコと一緒でもこの山を登りきれない。以前も、ハルが夜に山奥を目指した際、彼女はここではない別のルートを使っていたという。

 

「……君は、前にもこの山に来たことがあるのかね? ……にわかには信じがたい話じゃ」

 

 ハルの話を聞きながら、目玉おやじは驚愕を隠せずにいた。

 そう思っているのは何も彼だけではない。鬼太郎も猫娘も、由紀子も――誰もが彼女の体験したことを信じきれずにいた。

 

 ハルがこの山を登ったのは十日ほど前。夏の花火大会があった日の夜だったという。

 互いの両親が留守だったこともあり、ハルとユイは綺麗な花火を見に裏山の秘密のスポットへと訪れていた。

 その帰り道、少女たちははぐれないよう手を繋いで歩いていたのだが、ほんの一瞬、少しの間手を離した隙に、二人は離れ離れになってしまう。

 ハルは、消えてしまったユイを捜すため、もう一度彼女と会うために夜の町を歩き廻った。

 

「もちろんコワかったです。けど……ユイに会えなくなるのだけは、ぜったいたえられなかったから……」

 

 目玉おやじの問いに、ハルは正直に答える。

 ハルは最初、この町が夜になると『こうなる』など知りもしなかった。親の教えを良い子で守っていた彼女はその日、初めてこの町の怪異の実態を知ることになったのだ。

 当然、何度も家に帰ろうとした。暖かい家の中で襲われる恐怖から解放されれば、どれだけ楽だったことか。

 

 しかし、ユイに会えなくなるかもしれないという恐怖が幼い少女を突き動かした。

 

 ハルはユイを求めて、町中、図書館、森の中、工場、下水道、そして裏山と。一晩で様々な場所を彷徨い歩いたという。その道中、ハルはこの町のお化けたちと命がけの鬼ごっこを繰り広げたのだ。

 

「怖かったじゃろう、本当に……本当に……よく頑張った! 君は……偉いぞ!!」

 

 ハルの話に、目玉おやじが感極まったように大粒の涙を流す。

 少女が抱いた恐怖。少女が振り絞った勇気。少女が会いたいと願った想い。

 その全てが、年老いた彼の涙腺を緩める。

 

「…………」

「…………」

 

 鬼太郎も猫娘も、ハルの言葉に二の句を継げられずにいた。

 彼らには『力』がある。この夜の怪異たちをものともしない妖怪としての『強さ』がある。

 だが、ハルは本当に無力な存在だ。お化けたちを前に逃げることしかできない。にもかかわらず、最後まで諦めることなく、彼女はこの町の『夜』を乗りきったのだ。

 その奇跡を成したハルという少女に、鬼太郎たちは尊敬の念を抱き始めていた。

 

「ねぇ……ユイは? ユイのいる場所にはまだ着かないの!?」

 

 だが、ユイの母親である由紀子はその話を聞いても心動かされた様子もなく。ただひたすらに、ユイはまだかとハルに愚痴を溢す。

 

「……ええ、もう少し先です」

 

 急かす由紀子に対し、やはりハルはどこか冷めた目つきで答える。

 彼女は行く道を懐中電灯で照らしながら、鬼太郎たちを先導していく。

 

 

 

 その道中。

 

 

 

「…………」

 

 分かれ道にさしかかったところで、不意にハルの足が止まる。

 

「? どうかしたのか」

 

 怪異に襲われてもすぐにハルを守れる位置に立っていた鬼太郎が警戒して辺りを見渡すが、今のところ何かが出てくる気配はない。

 ハルも特に何かを怖いモノを見つけたわけではないらしく、鬼太郎たちの方を振り返る。

 

「すいません……少し、寄り道してもいいでしょうか?」

「寄り道……ですって!?」

 

 少女のまさかの提案に、由紀子が声を荒げた。

 

「この状況でどこに行こうっていうのよ!? それよりも早くユイに――」

 

 ヒステリックにハルに迫る由紀子。彼女は一刻も早くユイに会いたいのだろう。

 しかし、そんな母親を制し、鬼太郎は静かにハルに尋ねる。

 

「大事なことなのかい?」

「はい……」

 

 短く返事をするハル。彼女は背負っていたウサギのナップサックをゴソゴソと探り、鬼太郎たちの目の前である物を取り出す。

 

「それは……ハサミ?」

 

 ハルが取り出したもの――それは赤い裁ち鋏だった。

 全体が血のように真っ赤。可愛らしさなど微塵もない、年頃の少女が携帯するようなデザインとは思えぬ代物。

 その特徴的なフォルムに、鬼太郎はどこか既視感を覚える。

 

「その鋏……さっきの化け物の鋏に似てない?」

 

 猫娘もその鋏に対し、鬼太郎と同じ感想を抱いたのか。その既視感の正体――先ほど襲ってきた『鋏を持った化け物』のことを思い返す。

 鬼太郎たちにとって大した敵ではない怪異たちの中、唯一彼らを追い詰めた化け物。

 もしも、あの時――ハルが駆けつけて、化け物に向かって『何か』をしてくれなければ、由紀子はあの鋏の餌食になっていただろう。今のところ、鬼太郎たちにとってあの化け物が最優先で警戒しなければならない相手だ。

 その化け物の鋏より当然小さかったが、それと同じフォルムの鋏をハルは手にしていた。

 

「うん……だってこれは、あの神様からもらったものだから」

 

 猫娘の言葉をそのように肯定するハル。鬼太郎は驚いたように目を見開く。

 

「『神様』……だって?」

 

 鬼太郎たちが遭遇した化け物。腐った指に不揃いの歯。血のように禍々しい色の固まりであるあれが、どうしても神様という神聖なイメージから逸脱している。

 だが、どう見ても怨霊や悪霊と呼ぶべき雰囲気のアレをハルは敬意を込めて神様と呼んだ。

 

「この先の神社に……あの神様は祀られています」

 

 彼女は分かれ道の片方を懐中電灯で照らす。

 その神様の名を鬼太郎たちに教えながら、少女はその先の道を歩いていく。

 

 

「あの神様の、コトワリ様の神社が――」

 

 

 

×

 

 

 

 ユイの父親の日記にも書かれていた『コトワリ様』という神様。当初、ハルの寄り道に渋っていた由紀子もその名前を聞いたことで、大人しくついてくることになった。

 夫の左手を奪い、自分たち家族との縁を断ち切ったという神様の存在に興味を惹かれたのだろう。

 

 そうして訪れた神社の境内――そこには大量のゴミが散乱していた。

 

 壊れた桶やタライ、刃の錆びついた鎌や陶器の破片。

 元が何かわからなくなってしまった黒やら茶色やらの塊。

 雑巾のような汚れたぼろ切れが、あちこちにぶら下がっている。 

 

「…………」

「ちょっ! 何よ、この匂い……」

 

 その光景に鬼太郎は絶句し、漂う悪臭に猫娘が思わず鼻をつまむ。既に人が訪れなくなって久しいのだろう。境内は好き放題に荒れ果てている。

 誰もが足を踏み入れるのを躊躇う中、ハルはチャコを伴い、躊躇することなくボロボロの鳥居をくぐって拝殿へと向かう。

 

「これでも……少しは片づけたんですよ? あんまり、綺麗にはできなかったけど……」

 

 以前にも、ハルはこの場所を訪れてゴミを拾ったりした。けれども、その程度で全てが元通りになるわけもなく、境内は今も変わらず穢れを溜め込んだまま放置されている。

 

「……ん? 鬼太郎、あそこに何か書かれておるぞ」

 

 皆がそんな状態の境内に呆気にとられていると、ふいに目玉おやじが何かに気づき鬼太郎へ声を掛ける。彼は父に言われるがまま、大きな石碑――その横に立て掛けてあった看板の元へと向かう。

 

「う~む……どうやら、この神社のいわれが書かれておるようじゃが…………」

 

 目玉おやじはそこに書かれている、この神社の説明文にじ~っと目を通す。その間、鬼太郎と猫娘は周囲を警戒していたが、コトワリ様はおろか、他の怪異たちも姿を現す気配はない。 

 

「――――なるほど、そういうことじゃったか……」

「何かわかりましたか、父さん?」

 

 説明文を読み終えて一人納得する目玉おやじに鬼太郎は尋ねる。

 彼は息子の質問に、この神社に祀られている神様――コトワリ様が何者なのか語り始めた。

 

 

「コトワリ様とは、つまりは縁結びと縁切りを司る神様のようじゃ――」

 

 

 ことわり様――正式には『理様』と呼ばれ、この神社に古くから祀られている。

 その力は『悪い縁』を断ち切ってくれると、人々から敬意を払われていた。

 

 人間、誰しも望まずにして結んでしまった『縁』というものがある。

 職場での上下関係、望まぬ男女のお付き合い、しつこく付きまとうストーカーなど。

 

 コトワリ様は、そういった人間関係で息詰まる人々の願いを聞き入れ、手に持った鋏で『悪縁』を断ち切ってくれる。本来であれば、そういう役目を持った慈悲深い神様だった。

 

「似たような神社ならいくつか知っておるが……それと似たような感じじゃな」

 

 目玉おやじの知識の中にも、コトワリ様と同じように縁を司る神様がいくつか存在する。そういった神様の大半が『悪縁を断ち切る』という役割と同時に『良縁を結ぶ』という、裏返しの性質を秘めているもの。

 

「じゃが、コトワリ様は……この神社の神様は人々の『悪い』願いを叶えすぎてしまったようじゃのう……」

 

 目玉おやじが悲しそうに呟きながら、拝殿の横に掛けられていた絵馬の方に目を向ける。

 

『しねしねしね。もういやだ』

『父親が消えて親子の縁が切れますように。もういやだ』

『暴力を振るう彼が死んで別れられますように。もういやだ』

『泥棒猫死ね。もういやだ』

 

 そこには誰かの不幸、死を願う内容の絵馬がいくつも掛けられている。

 本来、縁切り神社とは人の不幸を願う場所ではない。悪しき縁にさよならを告げ、新しい縁を引き寄せてくれるよう祈願する、神聖な場所の筈であった。 

 それなのに、コトワリ様は人々の邪な負の感情に応え続けてしまう。

 

「それに、この神社の荒れよう……もう何十年と誰も来ておらんのじゃろう」

 

 加えて、この神社は人々から忘れ去られ、誰も管理するものがいなくなってしまった。

 神とは常に人々の祈りがあってこそ、その神格を維持できる。誰にも祀られなくなり拝殿が朽ち果ててしまったことで、コトワリ様は本来持つべき神としての性質を失った。

 そこに、この町の悪い瘴気が流れ込み、あのような禍々しい姿となってしまった。

 そうして――『荒神』として人々を襲うようになってしまったのだろうと、目玉おやじはそう推察する。

 

「それでも……コトワリ様はわたしを助けてくれました。わたしに……この赤いハサミをくれたんです」

 

 ハルは赤い裁ち鋏を取り出す。

 コトワリ様の持つ鋏と同じデザインで、毒々しい赤色をしているが、元々は縁を切るためだけに使われていた鋏だ。その『赤』は決して、犠牲者の血などではなく他に意味を有していた。

 運命の赤い糸という言葉がある。血の繋がり、血縁を意味しているとも。

 そういったものを断ち切ってきたからこそ、その鋏は『赤』なのだ。

 

「今日はお礼を言いにきました。このハサミのおかげでわたしは……」

「……」

 

 いったい、どういった経緯でハルがその鋏をコトワリ様から受け取ったのか鬼太郎たちは知らない。

 だが、ハルは神社の賽銭箱にお金を投げ込み、拝殿前に赤い裁ち鋏をお供えする。

 

「コトワリ様。ほんとうに、ありがとうございました」

 

 両手を――合わせることができないため、ハルは深々とお辞儀をし、感謝の意を伝える。

 一心に祈りを捧げる少女の姿を、皆がその目に焼き付ける。

 

 それから、ハルは祈りを捧げながらポツリと呟く。

 

「さっき、みなさんはコトワリ様に襲われてましたけど……」

 

 ついさっきのことだ。鬼太郎たちは唐突に現れたコトワリ様に襲われ、由紀子など後一歩で殺されかけるところだった。そのせいで鬼太郎たちは未だに、コトワリ様が良い神様であるというイメージを抱けないでいる。

 その誤解を解こうとしてか、ハルは語る。

 

「コトワリ様は他のお化けたちと違って、みさかいなく追いかけてきません。とある言葉に反応して、わたしたちの前に出てくるんです」

「……とある言葉って?」

 

 猫娘がそのように尋ねる。

 ハルは暫し考えこむが、やがて意を決したようにコトワリ様を呼び出す、その『呪文』を唱えた。

 

 

「もう、いやだ……と」

 

 

 少女の口からこぼれ落ちた、後ろ向きでネガティブな単語。

 絵馬の願い事の語尾にも書かれていたその言葉をハルが呟いた、刹那――

 

 

 ジョキン。

 

 

 境内の空気が歪み、赤黒い塊が浮かび上がってくる。

 

「鬼太郎!」

「――っ!」

 

 鬼太郎たちが息を呑む。

 一瞬前まで、なんの気配も感じなかった目の前の虚空から、あの化け物が姿を現す。

 

 血のように赤い鋏を持った縁を司る神様――理様が。

 

 

 

×

 

 

 

「ひっ!?」

 

 眼前に姿を現したコトワリ様に、由紀子は短い悲鳴を上げる。先ほど殺されかけた恐怖を思い出したのだろう、顔面は真っ青、額は汗でびっしょりだ。

 鬼太郎も猫娘も油断なく身構え、チャコですら小さな体で懸命に唸り声を上げている。

 

「大丈夫……」

 

 只一人、ハルだけはコトワリ様に怯える様子を見せず、じっとその異形を見据えている。

 コトワリ様も、そんなハルのことをふわふわと空中に浮きながら視つめ返している。

 

 交わる二つの視線。ハルは、ウサギのナップサックからある物を取り出し、それをコトワリ様の眼前に掲げる。

 それは一体の人形――先ほど由紀子を助ける際にも、コトワリ様に投げつけたものと同じ藁人形だった。

 

「これはイケニエです」

「……生贄?」

 

 ハルがその人形を地面に置き、コトワリ様から少し距離を置いた。鬼太郎がハルの呟いた単語に疑問を抱くと、彼の頭に乗った目玉おやじがハルの代わりに答えてくれる。

 

「うむ、説明文にも書かれておったが、コトワリ様にお願いするには両手、両足、頭――つまり五体のある人形を奉納する必要があるようなんじゃ」

 

 コトワリ様におまじないをお願いするには人形――人の形をした何かを捧げる必要があるとのこと。

 その人型を捧げた人間の人体に見立てて、そこに絡みつく悪縁をその鋏でコトワリ様は断ち切ってくれるのだ。

 

 事実、コトワリ様はハルが差し出した人形を静かに見下ろす。そして、それを『生贄』と判断したのか。鋏の金属音を鳴らしながら人形目掛けて襲い掛かる。

 

 バッサリと、一太刀で人形の首を切断――その姿を瞬く間に、闇の中へと溶け込ませ消えていく。

 

 

 

「…………あの言葉は、きっとコトワリ様にとって『助けて』って、意味なんだと思います」

 

 コトワリ様が立ち去り、再び静寂に包まれた境内でハルがそんなことを呟く。

 

「あの夜も……わたしは何度も『あの言葉』を呟きました。そのたびに、コトワリ様は何度もわたしに襲い掛かってきました」

 

 もう人形のストックがないためか、ハルはコトワリ様を呼び出す呪文を口にしないよう気を付ける。

 

 もう嫌だ、もう嫌だと。

 思わずそう口にしてしまうほどに辛い縁を断ち切らんと、コトワリ様は人間の願いを叶えてきた。だが目玉おやじの予想通り、その身は邪悪な願いによって、汚れてしまっている。

 それにより、コトワリ様は夜の町中で『もう嫌だ』と呟いた人間を無差別に襲う、荒神と化してしまったのだ。

 

「コトワリ様だけじゃありません……他のお化けたちにだって、人間を襲うようになった理由があると思うんです」

 

 ハルは語る。自分があの日の夜に出会ってきた『お化けたち』の姿を――。

 

 血だらけの女がいた。

 目も鼻も口もない、学生服を着た女性が血の雨と共にハルを追いかけてきた。彼女は唸り声しか上げることができなかったが、血文字でハルに向かって訴えかける。

 

『イカナイデ』『サムイ』『タスケテ』

 

 きっと、彼女は本当に助けを求めていただけなのだろう。ハルは彼女のことが可哀想になり、血の雨に濡れる彼女にそっと傘をさしてやった。

 

 空に浮かぶ大きな頭蓋骨の化け物がいた。

 その正体はネズミの集合霊。この町に作られたダム建設の際に沈められた村に住んでいたネズミたちだ。化け物となってハルに襲い掛かる直前に、彼らは少女に問いかけてきた。

 

『わたしはなにものか、しっているか』

 

 ダムの底に沈められて死んだ自分たちの苦しみを知っているのかと。 

 お前たちの生活が、自分たちのようなものの犠牲の上に成り立っているのを知っているのかと、問いかけてきたのだ。

 ハルに難しいことは分からなかったが、ネズミの遺体の一つを静かに埋葬してやった。

 

「たぶん、他のお化けたちにだって、きっと…………」

「…………きみは、本当にすごいな」

 

 悲しそうに呟くハルに、鬼太郎は心の底から驚かされる。

 

 追ってくるお化けたちから逃げるだけでも精一杯な筈のハルが、そのお化けたちの成り立ちや苦しみを考えてあげている。

 鬼太郎ですら、幾度となく現れる怪異を前にいつしか話し合うことも止め、倒すことしか考えることができなくなっていた。

 それなのに、少女はいつ死んでしまうかもわからない恐怖の中、常に『何故』と問い続けていたのだ。

 

 その優しさに、心の在り様に、鬼太郎は改めて『人間』というものについて考えさせられる。

 

「さあ、そろそろ行きましょう……」

 

 無駄話が過ぎたと謝りながら、ハルはそろそろ神社を出ようと歩き出す。

 名残惜しそうにコトワリ様が祀られている拝殿を、何度も見返しながら――。

 

 

 

 

「…………あれ?」

「どうかしたかい?」

 

 境内を立ち去る間際、ふいにハルが立ち止まり、鬼太郎が声を掛ける。

 彼女はコトワリ様が現れては消えていった地面へと目を向け、何かを見つけたのか駆け出す。すると、そこには赤い裁ち鋏が開いた状態で突き刺さっていた。

 

「……持ってろ、ってこと?」

 

 つい先ほど、神社にお参りするときにハルは最初に持っていた赤い裁ち鋏をお供えしていた。あれは以前にコトワリ様からもらった鋏で、それを返却しようと奉納したものだ。 

 奉納した方の鋏はいつの間に消えている。そして、その場に新しい別の鋏が置かれていたのだ。

 

「……うん、ありがとう」

 

 ハルはコトワリ様にお礼を述べながら、新しく貰った鋏をうさぎのナップサックに大事にしまう。

 そして、ようやく向かうべき場所へ、皆と共に歩き出すことにした。

 

 ユイに会えるかもと期待を抱いた――あの場所へ。

 

 

 

×

 

 

 

「ここに……ここにユイがいるのね!」

 

 辿り着いた先、そこはこの町の景色を一望できる山の見晴らし台だった。町の住人たちが寝静まっているせいか、住宅に灯る明かりはほとんどなく。町が闇一色に塗りつぶされるという、不気味な光景が目の前に広がっていいる。

 ユイの母親である由紀子は娘の姿を求め、声高らかに叫び声を上げる。

 

「ユイー! どこなの!? どこにいるの! ユイぃぃいいいい!!」

 

 しかし、いくら呼び掛けても、ユイが姿を現す気配はない。由紀子はたまらず、金切り声を上げハルに詰め寄る。

 

「ねぇっ! ユイはどこなの!? どこにいるのよ!!」

「落ち着きなさいよ……ハルちゃん?」

 

 猫娘はそんな由紀子を宥めながら、窺うような視線をハルに投げかける。

 ハルは由紀子のヒステリックに騒ぐ様子にも動じず、静かに、ゆっくりと右手を上げ、とある一点を指さす。

 

「――あそこです」

 

 皆の視線が、ハルの指し示した方角へと集中する。

 そこは、一歩でも道を踏み外せば転げ落ちてしまうような断崖絶壁。そこに、一本の木が生えていた。

 包み込むかのように枝を広げている、闇と同化するように黒々とした不気味な木。

 

 その枝の一本に――赤いロープが括りつけられており、輪を作っていた。

 木の根元には、足場として使われた木箱が転がっている。

 

「! ま、まさか……っ」

「と、とうさん……」

 

 その情景に目玉おやじが目を見開き、鬼太郎も息を呑む。

 彼らの抱いた『疑念』をはっきりと答えにすべく。ハルはその口を重苦しく開いた。

 

 

「ユイはこの場所で――ここで……首を吊って死にました」 

 

 

「――――――――――――」

 

 誰もが、その残酷な真実を理解するのに数十秒の時間を有した。最悪の予想をしていた鬼太郎たちですらも、呆然と立ち尽くす。

 

 いなくなって二週間。

 その間に、ユイは既に亡くなっていた。

 夜に連れ去られたのではなく、この町の化け物に殺されたのでもない。自ら首を吊って――その命を断っていたと、いったい誰が予想できただろうか。

 

「う、うそよ……嘘よっ!!」

 

 その真相を受け入れることができず、由紀子はパニックになる。

 

「あ、あなた! ユイに会えるかもって言ってたじゃない! だったら――」

 

 彼女は声を荒げハルに詰め寄る。そんな由紀子の問いにハルは冷静に答える。

 

「はい。会えるかもと思ったんです……お化けでも、幻でもかまわない。ユイが死んだこの場所なら、もう一度、ユイに会えるかもしれないと……」

 

 確かにハルはユイに会えるかもと言った。だが彼女が『生きている』とは一言も口にしてはいない。ハルは、亡霊でも構わないからもう一度彼女に会いたい。

 そう願って今日――夜にこの場所へと訪れようとしたのだ。

 

「けど……やっぱり駄目みたいです。わたしにはもう、ユイの声も聞こえない」

 

 ハルは失った左手の断面を擦りながら、自虐的な笑みを浮かべる。

 

「当然ですよね。わたしは、ユイとの『縁』をコトワリ様に切ってもらったんです。だから、もう会えるはずもないんです」

「それは……どういう意味だい?」

 

 ハルが呟いた言葉に鬼太郎が眉を顰める。大切な親友同士だった筈のユイとハル。それなのに、コトワリ様に縁を断ち切って貰ったとはどういうことなのか。

 鬼太郎の問い掛けに、ハルは心底苦しそうに言葉を紡いでいく。

 

「ユイは……死んだ後もわたしを求めてくれました。お化けになって……わたしと一緒にって……」

 

 ユイはこの場所で死に、亡霊となってハルの前に姿を現した。

 ユイは――大切な親友であるハルを求めて町の中を彷徨い歩くお化け。この町の闇を構成する怪異の一部となってしまったのだ。

 

『イッショニキテ』『オイテカナイデ』

 

 ユイの『ハルと離れたくない』という想いの強さ、絆の強さが――皮肉にもハルを道連れにしようとする意志を強めてしまう。

 怪異となったユイは、悍ましい姿でハルを求め、彼女の左手に『運命の赤い糸』を雁字搦めに巻き付けてきたのだ。

 

「わたしは……お化けになったユイを見ているのがつらかった。怖くて、苦しくて、悲しくて……」

「ハルちゃん……」

 

 そのときのこと思い出しながら話しているのだろう。ハルは涙声で震えていた。

 猫娘はそんな少女の痛ましい姿を黙って見ていることができず、後ろからそっとハルの体を抱きしめてやる。猫娘の温かさに触れ、ハルは少しだけ勇気を取り戻し、その話の顛末を口にする。

 

「だから……わたしは、コトワリ様にお願いして…………ユイとの縁を、この左手ごと断ち切ってもらったんです」

「!! そうか、君は『禁じ手』を使ったんじゃな!」

 

 ハルの言葉に目玉おやじが合点がいったと叫ぶ。コトワリ様の神社で解説文を読んでいた彼には、ハルの言っていることの意味が理解できた。

 

 本来、コトワリ様が断ち切る縁は『悪縁』だけだ。たとえ、穢れで神性を失っていてもそれだけは変わらない。

 だがもし、やむを得ない事情で悪縁ではない縁、互いに離れたくないと思っている『絆』を断ち切らねばならないとき。コトワリ様は生贄の人形と、体の一部――左手を代償にその絆を、赤い鋏で断ち切ってくれる。

 

 ユイはハルと離れたくなかった。 

 ハルも、本当はユイと一緒にいたかった。

 だからこそ、ハルはその『禁じ手』に頼るしかなかったのだ。

 

「ユイちゃんの父親……彼も家族との絆を断ち切るために、己の左手を差し出したのじゃろう……」

 

 日記を残して失踪したユイの父親。彼もまたハルと同じように禁じ手をつかい、家族との絆を断ち切った。

 彼は愛する家族を守るため、ハルは親友の壊れていく姿に耐えられなくなって。

 彼らは大切な人との『縁』ごと、左手を失った。

 

「……ごめんね、ユイ。ほんとに、ごめんね……」

「きみが……責任を感じるようなことじゃない」

 

 鬼太郎は、左手を失い親友との縁を失ってしまったハルの肩にそっと手をおく。

 幼い彼女がどれほどの覚悟で、自らユイとの絆を断ち切ることを選択したのか。その辛さを、鬼太郎には想像することしかできない。

 猫娘も目玉おやじも、ハルという少女の背負った痛みに、それ以上の半端な慰めを口することができず。

 

 ただ静かに――彼女を労りの視線で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 これが、ハルが知っていること。ユイの母親である由紀子に伝えられることだった。

 ユイは死んだ。それは覆すことのできない事実だ。しかし――

 

「うそよ……そんなのうそよ……」

 

 その事実を受け入れることができず、由紀子はうわ言のように呟く。

 夫が消えてしまったのも、ユイが死んだのも。全て何かの間違いだと、質の悪い夢だと。

 彼女の消耗しきった心は、弱々しい声音で事実を否定することしかできずにいた。

 

 そんな疲弊しきった由紀子の耳元に、彼女の心に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………オイデ』

 

 

 山が――――語りかけてきた。

 

 

 




深夜廻の登場人物紹介
 ユイ
  赤いリボンがトレードマークの女の子。プロローグで首を吊ってしまう少女の姿は初めて見たときは衝撃的でした。今作では既に死者、名前だけの登場になるかと思います。

 ハル
  青いリボンがトレードマークの女の子。本来は臆病でいつもユイを頼っていた少女が、夜の町を巡り様々な経験をして成長する。小説版での彼女の心情に何度涙腺が緩んだことか……。

 チャコ
  最強のわんこ。髑髏の怪物――がしゃどくろを吼えるだけで倒してしまう、超頼りになる犬。

 深川由紀子
  ユイの母親。その存在は小説内でちょこっと書かれていますが、名前は今作でのオリジナルです。一人残った彼女が不憫で、一応その救済のために今回の話を思いつきました。

 次回で『深夜廻』は最終回です。
 どのようなEDを迎えるか、どうかお楽しみに……。


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深夜廻 其の③

深夜廻のボスキャラ紹介
 コトワリ様
  幾度となくユイとハルの前に現れ、鋏を手に襲い掛かってくる怪異。その正体は穢れた縁結びの神様。何故コトワリ様がユイとハルを追い回してくるのか、その理由など小説版の中身を参考に書かせてもらいました。

 謎の声
  本作のラスボス。ネタバレになるので、ここでは謎の声として紹介。ネット上で様々な考察がされていますが、公式の正式な発表がないため、詳しい解説は本小説内でもしません。何故襲ってくるか分からないものに追われるというのが、ある意味一番怖いかも。  

 今回で深夜廻とのクロスが完結します。何とか三話で纏められてホッとしています。
 色々と解釈違いなどあるでしょうが、これが私なりに考えた『深夜廻』と『鬼太郎』のクロスオーバー小説です。

 


 たった一人の愛娘――ユイが死んだと聞かされ、深川由紀子は絶望の淵に立たされる。

 既に夫も自分との『縁』をコトワリ様に切ってもらい、どこかへと失踪している。

 大切にしていたものが次々と消え失せ、由紀子の精神は崩壊寸前だった。

 

 そんな、壊れかけた彼女の心に――

 

『……オイデ…………こっちへおいで……』

 

 何者かの声が響いてくる。

 

 ――……だれ? あなたは誰なの……?

 

 その声に呼びかけられ、項垂れていた由紀子は立ち上がる。

 おいで、おいでと。こちらを手招くその声はとても慈愛に満ちていた。優しく包み込んでくれるような、柔らかな声に導かれるまま、由紀子はフラフラと歩き出す。

 

 

 おいで、会いにおいで

      あ、う……? だれに……誰に会いに行くの?

 よんでる、あなたの大切な人が。

      たいせつな……ゆい、ユイに会えるの?

 会いたいと願えば。

      会いたい……会いたいに決まってる!

 じゃあ、会いに行こう。このまま進んで。

      進めば……このまま進めば会えるの、ユイに?

 うん、だから進んで。そして――離さないで。

      離さない?

 うん、繋いだ手をぜったいに離さないで。

      うん、わかってる……もう、絶対に離さない。

 約束できますか? 

      約束する!

 じゃあ、掴んで。その手をしっかりと掴んで。

      手……この手でいいの?

 掴みましたか?

      うん、掴んだよ……次はどうすればいいの?

 掴んだら、その輪の中を覗き込んで。

      覗き込む? どうして……?

 大切な人が待ってる。そこに誰がいるかわかりますか?

      ユイ……ユイがいる!

 何をしてますか?

      わたしにオイデって手招きしてる。

 オイデ。イッショニイテ。

 

 

 ええ、そうよね……一緒に、このまま一緒に――――。

 

 

 

「――止めろっ!!」

「うっ!?」

 

 鬼太郎によって、深川由紀子はその体を突き飛ばされる。勢いのまま地面に尻もちをつき、その痛みで彼女は虚ろな夢から目を覚ました。

 

「いたっ! ……なにする……の…………あれ、わたしなにを?」

 

 お尻を擦りながら、由紀子は現状へと目を向ける。 

 ついさっきまで、ユイの死の真相を知り泣き崩れていた筈の自分。それがどうして鬼太郎に突き飛ばされることになったのか。その前後関係をはっきりと思い出せない。

 まるで寝起きのように頭がぼんやりとし、少しだけ頭痛がする。困惑する由紀子に向かって、猫娘が怒るように声を荒げる。

 

「あなた今、あのロープで自分の首を吊ろうとしてたのよっ!?」

「……えっ?」

 

 猫娘に言われ、由紀子は視線を上げる。

 こちらを包み込むように枝を広げた、黒々とした不気味な木。

 その太い枝の一本に、赤いロープの輪が繋がれている。

 

 ユイの命を奪った首吊りのロープが――。

 

「わ、わたし……なんで……?」

 

 ぞくりと、由紀子の背筋が震える。

 確かにユイの死を知り、死にたくなるほどの絶望を覚えたのは事実。だが今すぐ首を吊って死のうなどと、意識した覚えはない。

 ましてや、娘が自殺した同じロープで首を吊ろうなどと、そんな悍ましい真似をするなど。

 

「覚えておらんのか? ハルちゃんが気づいてくれなければ今頃……」

 

 記憶の曖昧な由紀子に目玉おやじが問い掛ける。

 そう、ハルの口から語られる真実に皆が呆然と立ち尽くす中、ハルだけが由紀子の異変を察知した。由紀子がフラフラとおぼつかない足取りで、あの黒い木に近づきロープに手を掛けようとしていたところを。

 首を括るまであと一歩のところで、ハルの叫びと共に駆け出した鬼太郎によって由紀子は突き飛ばされ、正気を取り戻したのだ。

 

「よく気が付いてくれたのう、ハルちゃん……ハルちゃん?」

 

 由紀子の異変をいち早く察知したハルを褒めながら、目玉おやじが振り返る。

 

「お、おなじだ……」

 

 そこには青白い顔で全身から嫌な汗を流して動揺するハルの姿があった。

 彼女は唇も真っ青、緊張状態で声を震わせる。

 

「わたしのときと……あのときと同じだ……」

「大丈夫か、ハル?」

「ハルちゃん!?」

 

 ハルの明らかに尋常ならざる様子に、鬼太郎と猫娘が彼女の側に駆け寄りその肩に手を掛ける。触れた手から伝わってくるハルの体温は冷たく、その体は震えていた。

 

「わたしのときも、声が聞こえてきた。その声に言われるまま、わたしも同じように――」

「声……? 声じゃと? も、もしや!?」

 

 ハルの言葉に目玉おやじが何かを悟る。

 

 鬼太郎たちには何も聞こえなかったが、どうやら由紀子には『声』が聞こえたらしい。彼女はその声に誘われるがまま、自ら首を括ろうとした。

 ハルも、過去にその『声』を聞いたという。

 ユイの父親が残した手記にもあった。『あの声』のもとに行けると。

 

 裏山の入り口に立て掛けられた看板にもあった。『山が語りかけてくる』と――。

 

「父さんっ!!」

 

 そのとき、鬼太郎の妖怪アンテナに反応があった。周辺の妖気の高まりが、その声の主――何者かの存在を鬼太郎たちに警告する。

 

 

 次の瞬間――その異変は唐突にやってきた。

 

 

 鬼太郎たちが立っていた山の見晴らし台。そこが――完全な闇によって覆われる。

 まばらに見えていた町の明かりが、星々の光も全て死に絶えるように消え去り、暗い夜が辺り一帯を支配する。虫たちの鳴き声も聞こえなくなり、絶え間なく吹いていた山風もピタリと止む。

 

「ちょっと、なんなの、これ!?」

「わん、わんわんわん!!」

 

 その景観の変化に猫娘が困惑し、ハルの愛犬であるチャコが激しく吠え猛る。そうして、困惑しながらも身構える一同。そんな彼らに――『その声』は囁いてくる。

 

『――カワイソウ、カワイソウ、カワイソウ、カワイソウ』

 

「これは……!?」

「わたしにも、聞こえる!?」

「これが……山の声なのか?」

 

 初めて鬼太郎たちにも聞こえてきた、山の語りかけてくる声が。

 それは、とても穏やかで優しさに包まれるような響きの声音だった。可哀想と情に訴えかけるその言葉に、鬼太郎たちは思わず耳を傾けたくなってしまうが――。

 

「――聞いちゃダメ!!」

 

 その声を遮るようにハルが叫ぶ。

 

「そいつの話に耳を傾けちゃダメ!! まともに相手しないで!!」

「!? ――父さん、猫娘!!」

「っ!?」

「い、いかん! 思わず聞き入ってしまうところじゃった!」

 

 少女の叫びに鬼太郎がハッと我に返り、目玉おやじと猫娘に呼びかける。二人も鬼太郎の呼びかけで正気を取り戻し、その声を聞くまいと両手で耳を塞ぐ。

 しかし、耳を塞いでも声は頭の中に直接響いてくる。

 

『カワイソウ、カワイソウ、カワイソウ』

「うるさい……うるさい、うるさい!!」

 

 その声に対し、ハルは一際頭を振って叫んでいる。拳をギュッと強く握りしめ、その瞳には激情の炎を宿していた。とても幼い少女のものとは思えぬ憤怒の表情を浮かべ、彼女は虚空を睨みつける。

 

「かわいそうなんて思ってもないくせに!! そうやって優しいフリをして、お前はみんなを連れてっちゃうんだ!!」

 

 ハルはその声の主のやり口をよく知っているのか。その手には乗らないと強く、強く拒絶の意思を示す。ハルの抵抗する姿に倣うよう、鬼太郎たちも必死になって誘惑してくる声に耐え続ける。

 

 

 

 そして――業を煮やしたのか。ついに、声の主はその姿を現した。

 

 

 

×

 

 

 

 地の底から唸り声を上げながら、鬼太郎たちの眼前にその巨体をさらけ出した『それ』は――大雑把な表現をすると『蜘蛛のようなもの』だった。

 人の手や顔や目をデタラメにくっつけて、無理やり蜘蛛の形に押し込めたような『何か』――。

 

 瘤だらけの長くて太い脚。

 丈夫そうな歯をずらりと並べた大きな口。

 両の手で目元を隠しているが、その手にも目玉が無数に付いている。

 ギロリと、こちらを見下ろしてくる目玉の一つが意味深に潰れていた。

 

 ところどころ、コトワリ様に似ている部分が多々あるようだが、こちらの方がもっと醜くて悪質な姿をしている。

 

「なんだ、こいつはっ!?」

 

 その醜悪さに鬼太郎ですら驚きの声を上げる。この町に来てからというもの様々な怪異と遭遇したが、目の前のそいつは群を抜いて、悍ましい見た目と淀んだ妖気を漂わせている。

 

『カワイソウ、イッショニキテ、イッショニキテ』

 

 醜悪な姿のまま、『蜘蛛のような』それは変わらず優しい口調で鬼太郎たちに語りかけてくる。悍ましい外見とは裏腹に、声だけは優しいまま。そのチグハグ具合が、より存在の不気味さを際立たせている。

 

 その巨大な怪物の出現と同時に、周囲からカサカサと物音が聞こえてきた。

 

「! 髪の毛針!!」

 

 その物音がした方へ鬼太郎が毛針を飛ばす。暗闇の向こう、彼が攻撃を加えた場所に人間の子供――ハルくらいの大きさの『蜘蛛のような』化け物が転がっていた。

 鬼太郎が仕留めたのは一匹だったが、その蜘蛛は二匹、三匹とゴキブリのように次から次へとどこからともなく湧いて出てくる。

 

「ひっ! な、なんなのよ!? なんなのよ、こいつら!?」

「こやつら……あの声の主の眷属かっ!? 鬼太郎っ!!」

 

 それらの怪物たちを前に、すっかり腰を抜かしてしまった由紀子が青ざめる。目玉おやじはその蜘蛛の集団を声の主――大蜘蛛の配下であると判断し、鬼太郎に警告を促す。

 

「はい、父さん!! リモコン下駄!」

「シャァアアア……!!」

 

 鬼太郎と猫娘は己の得意技を振るい、寄ってくる蜘蛛たちを端から順に撃退していく。小蜘蛛単体の力は町に出没する怪異たちと同程度で、鬼太郎たちの攻撃に呆気なく彼らは塵と消えていく。だが――

 

「っ、こいつら、キリがないわよっ!!」

 

 倒しても倒しても、一向に減る気配のない蜘蛛たちに猫娘が叫ぶ。蜘蛛は倒せば倒した分だけ増えていき、瞬く間に鬼太郎たちを取り囲んでいく。

 そして、鬼太郎たちを取り囲んだ蜘蛛たちは、一斉に口のような部分から血のように真っ赤な糸を吐いてきた。

 

「危ないっ!」

「下がって、きゃっ!」

 

 鬼太郎と猫娘はハルと由紀子を庇うため、あえて前に出てその糸をまともに食らってしまう。粘着質の糸はベタベタと彼らの体に纏わりつき、その動きを封じてしまう。

 

「鬼太郎さん!!」

 

 自分たちを庇って敵の術中に嵌ってしまった鬼太郎を心配して駆け寄ろうとするハル。だが、少女の進路を阻むように蜘蛛たちが集まって彼女の前に立ち塞がる。

 

「に、逃げろっ、ハル!」

 

 鬼太郎が体に絡む糸と格闘しながらハルに叫ぶ。しかし、ハルたちの周囲はいつの間にか張り巡らされていた赤い糸によって、『蜘蛛の巣』と化してしまっている。

 逃げ場など何処にもなく、ハルとチャコ、由紀子は瞬く間に蜘蛛たちによって周囲を取り囲まれる。

 

「ぐぅう……わんわん!」

 

 そんな中、チャコがハルを守るように唸り声を上げ、蜘蛛たちの前に立ち塞がる。蜘蛛たちは子犬であるチャコを避けるように、その場に群がるだけに止まる。

 小蜘蛛たちの代わりに、大蜘蛛の怪物がその醜悪な顔を彼女たちに近づけ、優しい声で囁く。

 

『カワイソウ、カワイソウ、カワイソウ……ホラ、カワイソウ――』

 

 大蜘蛛が「ホラ」と指し示したもの――それは『首を吊ったユイの死体』だった。

 

 突如、虚空に現れたユイの死体は一つ、二つと数を増やし――やがては六つの骸となって空中にぶら下がり、ハルと由紀子の頭上でゆらゆらと揺れる。

 

「――っ!」

 

 まるで見せつけるように彼女たちの目の前に突きつけられた、土色の顔の少女の死体。それが怪異の見せる幻影と知っているのか、ハルは悲しみを堪えながら怒った顔で大蜘蛛を睨みつける。

 

「あ、ああ……ゆ、ユイ、ユイ……」

 

 だが、ユイの母親である由紀子は、それを幻と切り捨てることができず。

 突きつけられた娘の無残な亡骸を前に、くしゃくしゃに泣き崩れる。

 

『カワイソウ、カワイソウ、イッショニキテ、カワイソウ』

 

 由紀子の反応に大蜘蛛は標的を彼女に絞る。泣き崩れる由紀子の情に訴えかけるように、大蜘蛛は――『彼女が心の奥底で抱いている罪悪感』を刺激する。

 

 

『カワイソウ、カワイソウ……ゼンブオマエノセイ……オマエノセイ』

「……わ、わたしのせい…………」

 

 

 大蜘蛛のその指摘に――由紀子は自らの『罪』を思い返していた。

 

 

 

×

 

 

 

『――なんで家にいないの!!』

 

 鬼のような形相で怒鳴りながら、由紀子は幼いユイの顔を平手打ちしていた。

 

 それはユイがいなくなる前、深川家で日常的に起きていた日々の記憶の一部である。

 夕方、日が暮れる前に由紀子は毎日のように仕事に出掛けていた。その日は偶々仕事が休みで、夜に家にいたのだが、娘のユイが遅くまで外で遊んでいて中々帰ってこなかったのだ。

 この町の『夜』の恐ろしさを理解しているだけに、門限を破って帰宅したユイに由紀子は烈火の如く怒り狂った。その叱責は勿論、娘の身を心配していたのもある。

 

 だがそれ以上に、由紀子はイライラをぶつけるためにユイに暴力を振るっていた部分もあった。

 

 夫が謎の失踪を遂げてからというもの、深川家の日常は百八十度変わった。

 深川家は由紀子と夫、ユイの三人家族。三人が揃っていた頃、由紀子は家事が得意で毎日のように家族に温かい手料理を振る舞っていた。家の中はいつも綺麗で、明るく笑顔が絶えないごく当たり前に幸せな家庭がそこにあった。

 

 だが、父親がいなくなったことで全てが壊れた。

 

 由紀子はあれだけ得意だった家事も料理もやらなくなり、家の中はすっかりゴミ屋敷化。寂しさを紛らわすため、男を家に連れ込むようになり、娘のユイに対して冷ややかな態度をとるようになっていた。

 

 適当にオモチャを買い与えて喜ぶ顔を強要した。

 夕食代にポイッと千円札だけを投げ捨てて放置した。

 叱りつけるときには暴力を振るった。失踪写真に写っていたユイの頭に巻かれていた包帯。アレは由紀子の虐待によって出来た怪我だ。

 それだけの仕打ちをしておきながらも、由紀子はユイに縋っていた。

 男がいる間は男に泣きついておきながら、一人になった途端、彼女は常にユイの存在を求める。

 

 母親としてのアイデンティティを守りたい一心で――。

 いなくなった夫との間に生まれた『絆』を手放したくなくて――。

 

 

 

 

 

 

 

「そう……ユイが死んだのも……きっと私のせい……」

 

 自身の罪を思い出し、由紀子は悟る。

 彼女はユイが失踪してからというもの、ずっとこの町の『夜』に対して、怒りを抱いていた。ユイがいなくなったのはこの町のせいだ。この町の夜が娘を連れて行ってしまったんだと。

 そう思ったからこそ、妖怪ポストに手紙を送って鬼太郎に娘の捜索を依頼した。

 

 だが違う。この町の夜など関係ないのだ。

 ユイは――由紀子の母としてのあるまじき仕打ちに耐えられなくなって自ら首を吊ったのだ。

 由紀子が――ユイに自殺という結末を選ばせてしまったのだ。

 

『カワイソウ、カワイソウダネ、イッショニキテ、イテアゲテ……』

「ええ…………そうよね」

 

 そういった負い目から、由紀子は大蜘蛛の語りかけに同意してしまう。彼女は虚ろな目で、自らの身を捧げるかのように小蜘蛛たちの元へと歩み寄っていく。

 

「駄目だっ! 由紀子さん……」

「いかん! 気をしっかり持つんじゃ!」

 

 鬼太郎や目玉おやじが身動きできない状態で彼女に呼びかけるが何の反応も示さず、由紀子はうわ言のように懺悔を口にする。

 

「ユイ……きっとわたしを恨んでるわよね……。酷いことして……ごめんね……」 

 

 今更になって謝罪の言葉を口にするが、もう何もかも手遅れだ。ユイはもうこの世にはいない。夫もきっと生きてはいないだろう。

 愛する家族がもう誰もいない。その事実が由紀子には耐えられなかった。

 だからこそ、彼女は――

 

「いま……そっちにいくから……今度こそ、ちゃんとした母親でいるから……だから――」

『オイデ、オイデ』

 

 声に導かれるまま、歩を進める。

 この『苦痛な生』を終わらせるべく、由紀子はユイの後を追い『安寧の死』を得ようとしていた。しかし――

 

 

 

 

 

 

「――――違う!!」

 

 

 

 

 

 怪物の唸り声にも負けない、囁かれる声を打ち破るほどに力強い声がその場に響き渡る。

 

「は、ハルちゃん……?」

 

 その叫びに込められていた思いの大きさに、由紀子が我に返る。

 由紀子の側には、小さな体で懸命に彼女にしがみつき、愚かな自殺行為を止めようとするハルの姿があった。ハルは涙声で由紀子に訴える。

 

「ユイは……誰も恨んでなんかなかった!! 彼女が死んだのは、おばさんのせいなんかじゃない!!」

「……えっ?」

 

 その言葉が意外過ぎたためか、由紀子は戸惑う。

 由紀子はハルと町中で出会ってから、ずっと彼女からの冷ややかな視線に気づいていた。ユイの友人と名乗る少女から向けられる、自分を責めるような視線。

 てっきり、それは由紀子がユイに行っていた虐待行為の一部を知っているためだからだと思っていた。仲の良い友人で会ったのなら、きっと体罰で負ったユイの怪我にも気づけていただろう。

 

 しかし、今ハルが怒りの矛先を向けて叫んでいるのは、大蜘蛛の怪物だけだ。

 並々ならぬ敵意をその瞳に宿しながら、少女は醜悪な怪物へとその小さな牙を垣間見せる。

 

「お前がっ! お前がユイを、ユイの心をねじまげたんだ!! ユイは、最後まで生きようとしてた! それを……お前がっ!!」

『カワイソウ、カワイソウ、カワイソウ、カワイソウ――――』

 

 吠え猛るハルに、尚も大蜘蛛は優しい声音で囁き続ける。

 

「――うるさい!」

 

 だが、そんな中身の伴っていない怪異の甘言を一蹴し、ハルはうさぎのナップサックから赤い裁ち鋏を取り出す。

 コトワリ様からもらった縁切りの鋏。その鋏を見せつけるように右手で翳した瞬間、大蜘蛛は明らかな『怯え』を露にする。そして――

 

「わたしはもう、お前なんかこわくない! お前が何度でもわたしの前に出てくるっていうなら、わたしが何度だって、お前を――やっつけてやる!!」

 

 

 そう叫ぶと同時にハルは駆け出し、周囲に張り巡らされていた蜘蛛の巣の糸をその鋏で断ち切る。

 

 

 次の瞬間――大蜘蛛の巨体が大きく態勢を崩す。空に浮いているように見えたその体が、まるで支えを失いかけたかのように、揺らいでいるのだ。

 その光景に鬼太郎は気づく。

 

「そうか……あの糸を断ち切ればいいのか!!」

 

 それは大蜘蛛や小蜘蛛たちの出現と同時に、いつの間にか蜘蛛の巣のように周囲に張り巡らされていた『赤い糸』だ。その糸によって大蜘蛛はその巨体を支え、存在を維持することができている。

 ならば、その糸を全て断ち切ってしまえば――。

 

「猫娘っ!!」

 

 なんとか糸の束縛から抜け出した鬼太郎が猫娘に呼びかける。

 

「ええ、任せてっ! シャァアアア!!」

 

 猫娘も粘着性の糸から脱し、既に自由の身となっていた。彼女の口が大きく裂け、目が金色に輝き獣じみた表情に変わる。

 猫娘も、大蜘蛛の人の弱さに付けこむやり口に相当怒りを溜め込んでいたのだろう。激情に突き動かされるまま、自慢の爪で蜘蛛の巣を斬り刻んでいく。

  

『ヤマテ、ヤメテ、オネガイ、ヤメテ』

 

 ハルの鋏と猫娘の爪で次から次へと赤い糸を切除されるたび、大蜘蛛の巨体が揺れ、先ほどまでとは違う、懇願するような悲痛な叫び声を上げる。

 大蜘蛛はハルたちの動きを阻止するべく、配下である小蜘蛛たちを総動員したり、死体の雨を降らしたりなどして彼女たちが糸を斬るのを妨害しようとした。

 

「やらせるかっ! 霊毛ちゃんちゃんこ!!」

「わん! わんわん!!」

 

 だが、鬼太郎が敵の攻撃をちゃんちゃんこで受け止め、チャコが吠えて小蜘蛛たち牽制する。

 必死の抵抗も虚しく、大蜘蛛は成す術もなく全ての糸を断ち切られていく。

 

 そしてついに――

 

『カワイソウカワイソウカワイソウカワイソ――』

 

 それが誰に対しての『カワイソウ』なのか。支離滅裂な言葉を吐きながら、大蜘蛛がその巨体を無様に地面に転がす。まるで甲羅からひっくり返った亀のように、ジタバタと瘤だらけの足をバタつかせる。

 

 そこに――鬼太郎がトドメの一撃をお見舞いする。

 

 

「――指鉄砲!!」

 

 

 鬼太郎の妖力が一点に収束され、指先から放たれる一撃必殺の光弾。その一撃を真正面から食らい、大蜘蛛は断末魔の悲鳴を上げる。

 

 

 その肉体は消滅し、ただの魂となって何処ぞへと消え去っていった。

 

 

 

×

 

 

 

「…………どうやら、終わったようじゃな……」

 

 目玉おやじが呟いた。

 鬼太郎が大蜘蛛を退治したおかげで、いつの間にか周囲の景観が正常な状態に戻っていた。親玉を倒したことで小蜘蛛たちは全て消え去り、あれだけ五月蠅く語りかけてきた『声』も聞こえなくなった。

 そこはいつもの山の見晴らし台。もうすぐ、夜が明けようとしているのか、東の空が白み始めている。虫たちの鳴き声が、優しい山風がこの夜を乗り越えた生者たちを歓迎する。

 

「………………ユイ」

 

 だが、化け物を倒しても、何度この町の夜を乗り越えようと、失われた命は帰っては来ない。ユイも、由紀子の夫も――生きた姿のまま、朝を迎えることはできない。

 その事実に打ちひしがれ、由紀子は顔を上げることができず地面に蹲る。

 

「おばさん…………わたし、おばさんに言わなきゃと思ってたことがあるんです…………」

 

 そんな意気消沈な由紀子に向かって、ハルは躊躇いながらも声を掛けていた。

 

「わたしは、いつも日が暮れるまでユイと一緒に遊んでいました。あの空き地で……チャコと、クロっていうもう一匹のワンちゃんと一緒に……」

 

 チャコ以外にも、少女たちが空き地で飼っていた子犬がいたようだ。

 その子犬が何故ここにいないのか。そのことには触れず、ハルは平静な口調で言葉を綴っていく。 

 

「帰る頃になると、いつもユイは言ってました。『家に帰りたくない』って――」

「!!」

 

 静かに告げられた言葉に由紀子がショックを受けるが、当然、それが何故なのか彼女には理解できた。

 自分のような母親がいる家になど帰りたくない。ユイの正直な気持ちがその言葉に現れている。

 

「……ユイがいなくなった後になって知りました……ユイが、どれだけ辛い日々を送っていたのかを……」

「や、やめて……」

 

 ハルの言葉が遠回しに自分を責めているように聞こえ、由紀子はたまらず耳を塞ぐ。

 しかし、ハルは真正面から由紀子を見据えて伝える。

 

 自分の知っている、『真実』を――。

 

「けど、ユイは誰も恨んでなんかいません。彼女はずっと、前向きに頑張ろうとしてたんです」

「えっ――?」

 

 先ほども、あの怪物に向かってハルは堂々と叫んでいた。ユイが誰も恨んでいなかったと。

 てっきりただの強がりな発言だと思っていたが、ハルが本気でそう思っていることがその力強い言葉から伝わってくる。

 ハルは、うさぎのナップサックからある物を大切そうに取り出し、由紀子に差し出す。

 

「それは…………日記帳?」

 

 それは夏休みの宿題である絵日記帳だった。ノートにはしっかりと『深川ユイ』と名前が書かれている。

 

「そうです。ユイの絵日記です。ここに……ユイの本当の気持ちが書かれています」

 

 そう言って、ハルは由紀子に娘の残した日記帳を読むように手渡す。由紀子は暫し躊躇いはしたものの、意を決してノートを開きページを捲る。

 

 絵日記は、毎日欠かさず書いてあった。

 夏休み中、由紀子はユイに母親らしいことを何一つしてやれなかった。そのため、その絵日記に由紀子は一切登場せず、書かれていることは町や近くの山でハルと遊んだことばかりだ。

 毎日起きた楽しいことや嬉しいこと。それが上手なイラストと共に書かれていた。

 その絵だけでも、その文章からでも、ユイの楽しそうな気分が伝わってくる。

 

「…………」

 

 娘の『遺言』を噛みしめるように文字を追う由紀子は、ついに最後のページ。

 ユイが書き残した、最後の絵日記を読み進めていく。

 

 

 

 

『〇月×日 はれのちくもり

 

  きのうはいろいろありました。いろいろありすぎて全部はかききれません。

  だから、いちばん大きなできごとをかきます。

  ハルが、とおくにひっこしてしまうと聞きました。

  びっくりしました。とてもさびしいです。けど、落ち込むことはありません。

  会いに行けばいいんです。とおくても電車があります。

  いつか、電車に乗って一人で会いにいきます。

 

  今日はこれから花火です。ハルと行くやくそくをしました。

  もうハルはひっこしちゃうけど、いつかまたいっしょに花火を見られるといいな。

  ひっこしたあとも、たくさん手紙をかきます。

  来年の夏休みに、またハルに会いに行きます。

 

  だから、がんばろう                            』

 

 

 

「……っ……う、うう……」

 

 由紀子は、涙を堪えきれなかった。

 娘の絵日記からは怒りや恨み、絶望といった感情は全く伝わってこない。母親への愚痴や恨み言の類も一切書かれていない。

 最後の絵日記からは、この夏に転校してしまうという親友・ハルに対する寂しさのようなものが書かれてはいたものの、それでも前向きになっているユイの感情がしっかりと伝わってくる。

 一番最後の『頑張ろう』という言葉が力強い字で書かれており、それがユイの本心の全てを物語っている。

 

「ユイは、生きようとしてた……だけど、あいつはその気持ちをねじまげて、ユイを……」

 

 ユイが首を吊ったのも自らの意思ではない。ユイの寂しいという気持ちに付けこみ、『山の声』が彼女を唆したことにより生まれた悲劇だ。

 

 勿論、それで由紀子がユイにしてきた仕打ちの全てが許されるわけではない。

 彼女が娘に八つ当たりのような暴力を振るってきたのも事実。だがそのことを、決してハルは責めようとはしなかった。

 

「彼女は最後まで、がんばろうと……生きようとしていました……」

 

 ハルは真っすぐ由紀子を見つめる。その瞳には、もう最初に出会った頃のように彼女を責めるような冷ややかな視線はなかった。

 

「だから……おばさんも生きてください。……きっとユイも、それを望んでいます」

 

 彼女を恨むことを親友は望んでいない。

 きっとユイなら、母である由紀子を許すと――そう思ったから。

 

「わたしも、生きていきますから。ユイのいなくなった……この世界で――」

「…………う、ううう」

 

 互いに大切な人を失った傷を負う者同士。ハルは由紀子の手を握り、日記帳をその手に握らせる。

 本当は自分が持っていたい筈の、ユイとの想い出の品を由紀子に譲る。

 

「…………」

 

 そんなハルの逞しい背中を、鬼太郎たちが静かに見守る。

 

 

 気が付けば夜も明け、朝焼けの光が町全体を照らしていた。

 

 

 

×

 

 

 

「わん! わんわん!」

「チャコ、あまり遠くに行かないでね……」

 

 山の見晴らし台。

 夜を乗り越え、朝を迎え、再び夜を迎えようとしている夕焼けの空を眺めに、ハルはチャコと一緒にこの場所を訪れていた。

 まだ明るいうちはこの山でも怪異が出現することはない。ハルだけでもこの場所へ訪れることができていた。

 

「……ユイ、やっぱり会いたいよ」

 

 失った左手を擦りながら、ハルは思わず呟く。

 ハルはこの場所へはいつも訪れていた。ユイがその命を断った場所――彼女の命を奪った木の下に、ハルは毎日鎮魂の花を添えにやってきていた。

 ハルにとって世界で一番辛い場所。だからこそ――彼女はそこから目を背けたくなかった。

 

「――ハル」

「あっ、鬼太郎さん。目玉おやじさんも、猫娘さんも。こんにちは」

 

 すると、そこに鬼太郎たちがやってきてハルに声を掛ける。彼らもそれぞれ花を持参しており、ユイの墓前に供え、彼女のために祈ってくれる。

 

 あれから、鬼太郎たちはこの町に一日留まり、町の様子をつぶさに見て廻った。

 夜になると怪異が蔓延り、人間を追いかけてくる恐ろしい町。だが、朝になれば化け物たちは影も形も見せなくなり、人々が何事もなかったかのように普通に生活している。 

 子供たちが無邪気に遊び回り、主婦たちが道端で世間話に花を咲かせる。サラリーマンたちが朝早くに忙しなく出勤に出掛け、そして夕方になって慌てて帰宅してくる。

 

 夕方ごろになって、鬼太郎はこの町に再び淀んだ空気が集まってくるのを感じていた。おそらく、日が完全に沈めば、再びこの町を『怪異』たちが歩き回ることになるだろう。

 

「結局、この町の夜に関しては、わからずじまいね……」

 

 猫娘が溜息混じりに口にする。

 ユイの命を奪った大蜘蛛の化け物を倒したところで、この町の現状は何も変わらない。魂となった奴が復活するまで、あの声が人々を死へ誘うことはないだろうが、それでも、この町を覆う『闇』は変わらず存在し続ける。

 

「それでも、わたしはこの町が好きです。この町でユイと出会って、友達になれたから……」

 

 だが、そんな歪な町であろうと、ハルにとってはかけがえのない想い出の故郷だ。

 たとえ、この町を離れることになっても、ハルは一生この町のことを忘れないだろう。

 

 

 そう――ハルは今夜、この町を発つことになっていた。

 

 

 親の仕事の都合による引っ越し。今年の夏休みの間しか、ハルはこの町に留まることができなかった。

 

「だから『時間がない』と、慌てておったんじゃな……」

 

 目玉おやじが過去にハルが発言した言葉の意味を悟る。

 時間がないと、慌てた様子で彼女は危険な夜の中、この場所へ訪れようとしていた。町を去る前に、どうしてもユイにもう一度会いたかったのだろう。

 昼間は駄目でも、夜ならユイの幽霊に会えるのではと、子供ながらにハルは考えたのだ。

 その道中で、ハルは鬼太郎たちと出会い、共にあの夜を乗り越えた。

 

「一応、由紀子さんの家には行ってきたよ。まだ、立ち直れていないようだけど……」

 

 そのよしみでか、鬼太郎はこの場所に来る前に立ち寄った由紀子の様子についてハルに伝える。

 

 家に戻った由紀子は鬼太郎たちに礼を言うこともなく、家に引き込まっていた。夫の失踪と、娘の死の真相に気持ちの整理がまだ追い付いていないのだろう。

 鬼太郎も彼女には考える時間が必要だと思い、あえて声を掛けず、今日にでもこの町を去ろうとしていた。

 

「おばさん、上手く立ち直れるでしょうか……」

 

 ハルは由紀子の今後について鬼太郎に尋ねた。

 

「それはわからない」

 

 鬼太郎はハルの問い掛けに短く答える。

 

「由紀子さんが自分の罪とどう向き合って生きていくか……その先は、彼女自身が決めることだ」

 

 冷たく突き放すような言い分だが、これ以上は鬼太郎の人助けの範囲を逸脱している。

 鬼太郎に出来ることはユイの身に起こった真相を探り、彼女の命を奪った仇である大蜘蛛を退治することくらいだ。それから先の人生、由紀子がどのように生きていくかまで、鬼太郎は関与しない。

 

「そう、ですか……」

 

 鬼太郎の言葉に、ハルもそれ以上のことは言えなかった。

 彼女は――ユイとの別れを惜しむようにじっとその場に立ち尽くし、オレンジ色の夕焼けをいつまでも、いつまでも眺め続ける。

 そして、ようやく――

 

「…………そろそろ、戻らないとね。おいで、チャコ……」

 

 時間だと。ハルは自らの意思で最後の別れを告げ、チャコを伴ってその場から立ち去ろうと木に背を向ける。

 鬼太郎たちは彼女を送っていこうと、その後に続こうとした。

 

 

 そのとき、ハルの髪を撫でるように強い風が吹く。

 風は、彼女の背後に何者かの気配を運んできた。

 

 

「っ!?」

「……どうした、ハル?」

 

 その気配を感じたのはハルだけだったらしく、鬼太郎たちは急に振り返った彼女に不思議そうな視線を送る。

 

 ハルが振り返った先には――誰もいなかった。

 皆で供えた花だけが、静かに木の下で風に揺らされている。

 

「………っ」

 

 ハルは胸が痛み、目頭の奥が熱くなるのを堪えきれなかった。

 溢れる涙を必死に塞き止めようと、右手で目を擦りつける。

 

「…………鬼太郎さん」

 

 ハルは鬼太郎たちに、そして自分自身に宣言するようにその言葉を口にする。

 

「わたし、サヨナラは言いませんから」

 

 あの日、あの夜に――ハルはユイとサヨナラをした。コトワリ様に『縁』を断ち切ってもらってしまった以上、たとえ亡霊でも、もう笑顔のユイには二度と出会えないだろうから。

 

 それでも、彼女は口にする。口にせずにはいられない。

 

 

「また……会いに来るからね、ユイ」

 

 

 たとえ引っ越しても、大人になっても、おばあちゃんになっても――。

 何度でもこの場所に来る。ユイと出会えた奇跡を忘れないと――。

 

 

 ここで眠るユイの魂に会いに来ようと、ハルは胸に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても……今回はハルちゃんには随分と驚かされたのう」

 

 ハルを両親の下まで見送り、鬼太郎たちはカラスに乗ってゲゲゲの森への帰路に発つ。その道中、空の上で目玉おやじは今回の事件について振り返っていた。

 

 親友を求めてあの町の夜を乗り越えた少女・ハル。

 彼女のおかげで、鬼太郎たちはユイという少女の顛末を知ることができた。

 たとえそれが悲劇だったとしても、由紀子にとってはそれを『知る』ことが何よりも大切なことだっただろう。

 

 また、鬼太郎たちがあの町の夜を乗り越えることができたのも、ハルのおかげだ。

 コトワリ様に襲われたときも助けてもらい、大蜘蛛との戦いでも、ハルは勇気を振り絞って敵の弱点を教えてくれた。それにより、鬼太郎たちは誰一人欠けることなく、こうしてゲゲゲの森に帰ることができる。

 

「そうですね……父さん」

 

 鬼太郎も、今回ばかりは父親の意見に賛同するしかなかった。時代が進むにつれ、人間は昔のように妖怪の存在を恐れなくなり、傲慢な態度を露にすることが多くなっていた。

 特にここ最近はそれが顕著で、鬼太郎は幾度となく人間に失望させられてきた。

 

 そんな人間たちが多くいる中、ハルは夜の闇を恐れつつも、それを乗り越える強さを持った勇敢な少女だった。

 その強さに、鬼太郎は久しぶりに人間というものに心が動かされていた。

 

「けど……それって偶々じゃない? あんな人間の子……そうそういるもんじゃないわよ」

 

 しかし、猫娘は未だ懐疑的な視線で人間を見ている。

 鬼太郎と一緒に人間たちを手助けしきた彼女は、人間の愚かさや弱さをよく知っている。

 今回はたまたま運が良かっただけ、ハルのような人間の子供になど、滅多にお目にかかれるものではないと、変に期待しないようドライに発言する。

 

「いや、ひょっとしたら、ワシらが思っているより、人間の子供というのは強いものなのかもしれんぞ?」

 

 しかし、猫娘の言葉に目玉おやじはめげない。

 

「そのうち……ワシら妖怪との共存を夢見るような子と出会うことになるかもしれん!」

 

 ハルのように妖怪に勇敢に立ち向かう少女がいるのなら、そのうち、自分たち妖怪と真正面から向き合ってくれる人間とも出会うことになるかもと。どこか夢のような意見を口にする。

 

「まさか……ありえないですよ、父さん」

 

 これには流石の鬼太郎も父親の言葉を苦笑いで否定していた。

 

 人間が妖怪に立ち向かうだけでも難しい。

 自分たち妖怪は人間とは全く違った生き物なのだ。

 それなのに、自分たち妖怪と向き合い、ましてや共存しようなどと願うなど。

 

 

 そんな人間の到来などある筈もないと、どこか達観した気持ちで鬼太郎は遠くを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、この数年後――彼らは出会うことになる。

 

 

 犬山まな、という少女に――。

 

 

 彼女と共にいくつもの夜を乗り越え、鬼太郎たちは未来に向かって進んで行く。

 

 

 人間と妖怪の共存――それが果たして本当にただの夢物語なのか?

 

 

 鬼太郎たち自身の手で、それを探っていく日々が待っているなどと。

 

 

 このときの鬼太郎には知る由もなかった――。

 

 

  




次回予告

「毎日、吸血鬼と一緒によふかしをする少年!?
 父さん、あの吸血鬼もバックベアードの復活に関わっているんでしょうか?
 
 次回――ゲゲゲの鬼太郎『よふかしのうた』 見えない世界の扉が開く」

 次回のクロス先も、深夜廻と同じ『夜』をテーマにした作品。
 ですが、深夜廻が『夜の怖さ』を象徴とするなら、次回は『夜の楽しさ』を主軸にした作品です。多分一話、長くても二話で完結しますので、どうかお楽しみに!

 


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よふかしのうた 其の①

クロスオーバー第二弾は『よふかしのうた』。
 
『だがしかし』の作者の最新作。現在、少年サンデーにて連載中の作品。
つい先日、単行本の一巻が発売したばかりの漫画ですが、たまたま立ち読みした時に一気に世界観に引き込まれ、今回のクロスオーバーを思いつきました。

ネットで一話と二話が無料配信中。知らない方はこの機会に是非読んでみてください。

一応注意点として。
今回のクロスオーバー先の性質上、戦闘描写は一切ありません。あくまで『よふかし』を楽しむ作品だと思いますので、どうかよろしくお願いします。



 誰かが言った。

 

 

 

 

 人の血は。

 

 

 

 

 夜が、一番うまいと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――父さん。妖怪ポストに手紙が入ってましたよ」

 

 その日、鬼太郎は目玉おやじと親子二人っきり、ゲゲゲハウスで寛いでいた。

 いつもなら、ここに仲間である猫娘やねずみ男、砂かけババア、子泣き爺、一反木綿、ぬりかべ。その内の誰か一人くらいはいそうなものだが、今日はたまたま誰も来ていなかった。

 

「うむ、手紙には何と書いてあるんじゃ、鬼太郎?」

 

 茶碗風呂で汗を流しながら、目玉おやじが手紙の内容について尋ねる。

 目玉おやじはその名前のとおり、目玉に体がくっついた、とっても不思議な見た目をしている。鬼太郎の実の父親であり、とっても息子想い。鬼太郎も小さな父親を尊敬し、親子仲はとても良好である。

 

 鬼太郎は手紙の中身を開封する。手紙には以下のようなことが書かれていた。

 

 

『拝啓 鬼太郎様。 

 妖怪の悩み事を解決してくれるとネットの掲示板で貴方のことを知りました。

 友達がおかしな妖怪? と関係を持って、ちょっと困っています。

 どうか一度、会って話だけでも聞いては頂けませんか?

 〇〇日の午後6時。小森団地の喫茶店でお待ちしています』

 

 

「ふむ、本当に単純な悩み事の相談……といった感じじゃな」

 

 手紙の中身だけを見るなら、特に緊迫した様子は感じられない。『悪い妖怪を退治してくれ!』やら『妖怪に命を狙われてる、助けて!!』といった物騒な依頼をある程度こなしてきた鬼太郎たちからすると、やや拍子抜けした内容である。

 

「約束の日は……今日ですね。父さんどうしましょう?」

 

 手紙にある約束の日付が、ちょうど今日であったことで鬼太郎は父親に依頼を受けるべきか問う。特に急ぎの用事というわけでもなさそうだし、もし大したことがないようなら、また後日にしてもよいのではないかと。

 

「いや、とりあえず話だけでも聞いてみよう。鬼太郎、今すぐ出かける準備じゃ!」

「わかりました、父さん」

 

 しかし、目玉おやじは入浴を終え、鬼太郎にも直ぐに支度をするように言う。

 鬼太郎は父の言葉に素直に頷き、手紙の送り主に会うべく、カラスたちに乗って小森団地の喫茶店へと向かった。

 

 

 

×

 

 

 

「君が……朝井アキラかい?」

「は、はい……そうです」

 

 夕暮れ時。鬼太郎は妖怪ポストに手紙を送った差出人、朝井アキラという少女と喫茶店で対面していた。

 アキラは去年鬼太郎が知り合った人間の友達・犬山まなと同い年の中学二年生。やや緊張気味ながらも、礼儀正しい姿勢で彼女は鬼太郎にしっかりと頭を下げる。

 そして挨拶もそこそこに、鬼太郎に依頼の内容について話していく。

 

「わたし、この辺りの小森団地に住んでるんですけど……最近友達が学校にも行かず、夜遅くまでずっとよふかしをしているんです」

「うむ……子供がよふかしとはいかんな!」

 

 アキラの話に鬼太郎の髪の毛に隠れていた目玉おやじがひょっこりと顔を出し、説教臭い口調でうなる。

 

「よふかしなんぞ、大人になれば嫌でもすることになるんじゃ。そうならないためにも、子供のうちから規則正しい生活をしっかりと体に覚えさせるべきじゃろう」

「ですよね!?」

 

 すると、目玉おやじの言葉に我が意を得たとばかりに、アキラは興奮気味に椅子から身を乗り出す。

 

「やっぱり学生がよふかしなんてするものじゃないですよね!? 学生は学生らしく、学校に行くべきですよね!?」

「う、うむ……そのとおりじゃ」

 

 アキラはよほどその友達に学校に来てもらいたいのか。その凄まじい剣幕に目玉おやじの方が若干たじろいでしまう。

 

「……それで朝井さん。手紙にあった『妖怪』というのは?」

 

 鬼太郎は興奮するアキラを冷静に宥めながら、例の件――手紙に書かれていた『妖怪』の部分について触れる。

 そう、友達が不登校になり、よふかしをするようになったというだけなら、それは人間の問題。わざわざ鬼太郎に頼む必要もないし、彼も介入するつもりはない。

 だがそこに『妖怪』が絡めば話は別。鬼太郎はアキラが自分に依頼を寄こすようになった原因について言及していく。

 

「そうなんです。私の友達……夜守コウって言うんですけど……彼は、その妖怪の人と一緒に毎晩よふかしをしてるみたいなんです」

 

 彼――ということはその友達・夜守コウは男の子なのだろう。

 妖怪と一緒によふかし。なんとも奇妙な状況に、目玉おやじはアキラが自分たちに手紙を出した理由に納得する。そのような相談、親や学校の先生に持ち掛けたところで、まともには取り合ってくれないだろう。

 

「なるほど……………それで? その妖怪とは、どんなやつなんじゃ?」

 

 目玉おやじは手始めに、その妖怪について詳しく尋ねる。

 妖怪にも良い妖怪、悪い妖怪。人間に害の有る無しがあると、同じ妖怪である鬼太郎たちは考える。

 無害な妖怪であるのなら、人間を巻き込まないよう少し注意するくらいで済むだろうが、もしも悪意を持って人間に害を及ぼすようなやつであれば――最悪、肉体を滅ぼして魂だけの状態にする必要があるかもしれない。

 魂だけにしてしまえば、肉体が再生するまでの間、妖怪は悪さをすることができなくなるからだ。

 

 すると、目玉おやじの質問に対し、アキラは考えながらその妖怪について語っていく。

 

「多分、悪い妖怪じゃないと思うんです。ちょっと変わったところもありますけど……危険はないと思うんです」

 

 どうやらアキラもその妖怪とは面識があるらしい。自信なさげながらも、その妖怪のことを擁護しながら語る彼女は少し楽しそうな様子だった。

 

「わたしは……別にあの人のことそんなに嫌いじゃないです。けど、やっぱり夜守とは一緒に学校に行きたいから……よふかしは止めてもらいたい……かなって思ってます」

「う~む……」

 

 彼女の話を聞き終え、目玉おやじが腕を組んで頭を悩ませる。

 アキラとしても、今すぐその妖怪をどうにかして欲しいという訳ではないようだ。ただほんの少し、その妖怪と付き合いのある夜守コウのことを心配して、自分たちに相談を持ち掛けたという感じだ。

 

「とりあえず……その妖怪に会ってみましょう、父さん」

「うむ、そうじゃな」

 

 鬼太郎たちはさしあたり、その妖怪と会うことにした。

 実際にあって、相手の妖怪が何を考えて夜守という少年と一緒によふかしをするようになったのか。その真意を問いただすつもりで。

 

 

 

 

 

 

 

「――ああ、そうだ。そういえば……その妖怪の名前、まだ聞いてなかったね?」

 

 そしてその後の詳細を話し合い、話がいい感じでまとまりかけたところで、鬼太郎はその妖怪の名前を聞いていなかったことを今更ながらに思い出す。

 もしも、その妖怪が自分たちの知り合いなら話も早いだろうと淡い期待を込め、鬼太郎は改めてアキラに尋ねる。

 

 

 しかし、朝井アキラの口から囁かれるその妖怪の『種族名』に、鬼太郎の表情が一瞬で険しいものになる。

 

 

「名前は……七草ナズナさんって言います」

 

 まるで人間のような名前を告げた後、彼女はその妖怪が『どういったものか』一言で分かるような言葉を口にした。

 

 

 

「彼女――自称『吸血鬼』なんです」 

 

 

 

×

 

 

 

「そろそろ約束の時間じゃな、鬼太郎」

「そうですね、父さん」

 

 喫茶店で一度アキラと別れた鬼太郎たち。彼らはよふかしをしているという少年・夜守コウと吸血鬼・七草ナズナに会うため、彼らがいつも徘徊しているという真夜中の団地に来ていた。

 時刻は現在、午後の11時55分。もうすぐ、日付を跨ごうとしている今日と明日の境界線の合間に立ち、鬼太郎は周囲を見渡す。

 集合住宅地である団地にはいくつもマンション建ち並んでおり、部屋の灯りのほとんどが消灯している。

 大半の人間が寝静まっているのだろう。ベンチには一人二人と、酔いつぶれたサラリーマンたちが気持ちよさそうに横になってはいるが、夜の繁華街などと違い、周辺はほどよく暗い静寂に包まれていた。

 

「それにしても、吸血鬼とはのう……これはちと厄介な依頼かもしれんぞ」

 

 待ち人を待つ間、目玉おやじは鬼太郎の頭の上で深く考え込んでいる。

 吸血鬼――その言葉の意味するところを。

 

 

 ここ日本において、吸血鬼という妖怪はマイナーな存在。

 吸血鬼という種族が最もメジャーなのは西洋――すなわち西洋妖怪である。

 そして、今の鬼太郎たちにとって、その事実は警戒に値すべき事柄であった。

 

「やはり……その吸血鬼もバックベアードの復活に何か関与しているんでしょうか?」

 

 実はここ最近、鬼太郎と仲間たちは吸血鬼に関係する事件に幾度となく巻き込まれていた。

 

 魔女の友人・アニエスの話によれば、彼ら吸血鬼は西洋妖怪の幹部であるカミーラという女吸血鬼に『世界中から人間の生き血を集めろ』と命令を受けているらしい。

 

 その目的は一つ。鬼太郎が去年退けた西洋妖怪の帝王・バックベアードの復活だ。

 

 人間の生き血がどのようにして彼の者の復活に関係しているのか、鬼太郎たちには分からない。

 しかし、実際に吸血鬼たちが世界中で活発な行動を見せていることは確からしく、その吸血鬼が今回の件に関与していると聞き、鬼太郎たちは警戒を強めていた。

 

「わからん。わからんが……決して油断はするでないぞ、鬼太郎よ!」

「わかりました、父さん」

 

 とりあえず、その七草ナズナという吸血鬼に関しては、実際にあって見るまではわからない。目玉おやじは鬼太郎に何があっても対処できるよう、心構えのアドバイスを送る。

 

「――鬼太郎さん!」

 

 そうこう考えているうち、団地の広場に設置されていた時計が午前零時を指し示す。それに合わせるかのように、少し離れたところから制服姿の朝井アキラがこちらへと手を振る。

 彼女は真夜中にも関わらず目をぱっちりとさせており、隣に立つ同年代の少年を引っ張るようにこちらに歩み寄ってきた。

 

「ほら、夜守。鬼太郎さんだよ。こんな時間にわざわざ来てもらったんだから、挨拶くらいしなよ」

「うわー! 鬼太郎、生鬼太郎だ! ていうか……本当に呼んだんだ。冗談かと思ってたよ」

 

 きっと、その少年が先ほどの話に出てきた夜守コウなのだろう。ここに来るまでの間にアキラから鬼太郎のことを聞かされていたのか、彼は感嘆の声を漏らしていた。

 

 

 二十一世紀。ここ最近まで現代人は妖怪の存在を否定し、彼らの存在を信じない傾向が強くあった。

 しかし今年の初め頃。オメガトークという動画サイトから、妖怪を認知する妖怪チャンネル動画が爆発的に広まっていき、人々が彼らの存在を徐々に認知するようになってきた。

 妖怪を捜して見つけたという動画から、一緒に遊んだという動画まで配信されたりもした。

 

 そんな動画が数多く配信される中、人間たちの間でゲゲゲの鬼太郎の活躍が生配信され、本人の知らないところで彼の認知度が一気に高まるという事件が発生。

 それにより鬼太郎は一躍人気者に、一時期は依頼の手紙に混じってファンレターが届くほどだった。

 

 あれから暫く経った後、妖怪動画が下火になり、鬼太郎の人気もガクッと下がった。だが、それでも動画はネット上に残っており、今でも多くの人々が鬼太郎の姿を映像越しに見ている。

 夜守もその動画サイトで鬼太郎の存在を知ったのだろう。有名人を生で見るような視線を鬼太郎へと向けている。

 

 

「ほら、夜守。今日は鬼太郎さんとわたしも七草さんのところに行くから。今日こそ、あのふしだらな化け物に言ってやるんだから」

 

 緊張で固まる夜守に、やや厳しめの口調でアキラが早くナズナの家に行こうと彼を急かす。

 

「……ふしだらな化物」

 

 彼女の言葉に鬼太郎は首を傾げる。妖怪を化物呼ばわりするのは人間の立場上は仕方ないことだろうが、何故そこに『ふしだら』などという単語が添えられているのだろう。

 果たして、七草ナズナという吸血鬼がどのような人物なのか。鬼太郎はやや不安な気持ちが大きくなってきた。

 

「ん? 朝井さん。君も付いてくるのかい?」  

 

 ふと、鬼太郎はアキラの言葉に気が付く。

 どうやら、今夜は彼女もよふかしをして自分たちに付いてくるらしい。てっきり、夜守コウを紹介したらそのまま帰ると思っていただけに、鬼太郎は目を丸くする。

 

「えっ? は、はい。お願いしたのはわたしですし……」

「……学校の方は大丈夫なのか?」

 

 不登校の夜守ならいざ知らず、彼女は明日も学校の筈。あまり遅くなりすぎて、彼女の生活環境が乱れては本末転倒であろう。

 しかし、鬼太郎の問いにアキラは特に困った様子もなく毅然として答える。

 

「大丈夫です。わたしはちゃんと寝ましたから」

 

 聞くところによると、アキラは毎日午後の八時には就寝し、明朝の午前四時には起きて、そのまま朝の散歩をしながら学校へ行っているらしい。

 今日も、少し早いかもしれないが睡眠は十分にとったと。話が終わればそのまま学校へ行くつもりで制服をきっちりと着こなしている。

 

「……わかった。君がそれでいいなら止めはしないよ」

 

 あまり気は進まないものの、鬼太郎は彼女の同伴を認めた。

 

 鬼太郎は夜守コウと朝井アキラ。

 二人の少年少女を伴い、七草ナズナの住まいに向かうべく、真夜中の団地を歩いていく。

 

 

 

×

 

 

 

「………静かじゃのう」

「………そうですね」

 

 夜を歩く最中、鬼太郎たちは特に会話もなく、トラブルもなく進んでいた。時折、誰かが意味もなく呟くこともあったが、そこから世間話に発展することもなく、彼らは黙々と目的地へと歩いていく。

 他に誰かとすれ違うこともない、どこかの田舎町のように怪異が襲ってくることもない。

 この世界には自分たちしかいないのではと、そんな錯覚を覚えるほどに静かな『夜』だ。その静寂に不安を覚えることもなく、寧ろ、沈黙が心地よいものとなりかけていたところ――

 

「――夜守くん……君は、どうしてよふかしをするようになったんじゃ?」

 

 目玉おやじが夜守コウへ、率直に話を切り出す。

 このまま七草ナズナの家に着く前にある程度、彼の事情を知っておく必要があると判断したのだろう。話の取っ掛かりとして、夜守が『よふかしをするようになった理由』について尋ねる。

 

「……………………多分、ボクは上手くやれていたと思うんです」

 

 目玉おやじの問いに、夜守は少し躊躇いながらも口を開く。

 もしも、人間の大人が同じような質問をしていれば、夜守も素直に答えなかったかもしれない。「どうせ説教するつもりだろう」と、ムキになって反発していたかもしれない。

 しかし、目玉おやじというファンシーな外見の妖怪に落ち着いた声音で問われ、夜守は自然と口が軽くなる。

 

 彼は自分がよふかしをするようになった理由を歩きながら語り出す。

 

 

 夜守コウ。彼はどこにでもいる、ありふれたごく普通の中学二年生だった。

 勉強もそこそこできる方で、クラスメイトとの関係も良好。

 表面上、特にこれといって問題のない生徒だったと、夜守自身もそう思っていた。

 

 きっかけは、本当に些細なことだ。

 

 ある日、良好な関係を築いていたクラスの女子から夜守は『告白』なるものを受ける。

 生まれて初めての女子からの告白に、当然夜守は嬉しい気持ちになった。

 

 だが、彼はその告白を断った。

 

 未だに初恋を経験したことのなかった夜守は、好きとか嫌いとか、愛とか恋とか。そういった感情を前にし、どうすればよいのかわからなかったのである。

 

 すると後日――夜守は名前も知らない女子たちに校舎裏に呼び出され、こう問い詰められることになる。

 

『――夜守くん、なんであの子をフッたの?』

 

 告白をするのも自由なら、告白を受けるかどうか決めるのも夜守の自由な筈。ところが、その女子たちは夜守を一方的に悪者扱いし、彼を責めた。

 夜守はそんな女子たちを前に、ただただ謝ることしかできなかった。

 

 

 

「……それから、ボクは学校に行かなくなりました」

 

 その件をきっかけに、夜守は不登校児になった。その女子たちと学校で顔を合わせるのが気まずく、学校を行くことそのものが億劫になってしまって。

 そして、昼間学校に行かなくなって動かなくなった分、夜に眠れなくなってしまった。 

 日々、眠れぬ夜を一人部屋で過ごす少年。暇を持て余した彼は悶々とした日々の中、ついに好奇心の赴くまま外の世界に出た。

 真夜中の夜に、一人で――。

 

「なるほど。その出歩いた先で、君はその吸血鬼に出会ったんじゃな……」

 

 夜守の話を聞き終え、目玉おやじが神妙な顔つきで頷く。

 彼がよふかしするようになった経緯、聞く人が聞けば「くだらない」の一言で切って捨てるかもしれない。

 だが、夜守自身の口から直接語られたその話は複雑な感情が渦巻いており、彼にとって切実な『何か』が込められているように感じられた。

 

「そう……そんなことがあったんだ」

 

 現に夜守のよふかしに反対しているアキラも、彼の話を聞いたきり黙り込んでしまう。

 

「…………」

 

 鬼太郎もだ。彼はそもそも学校に行ったことがなく、また『恋』なるものにも鈍感で、偉そうに夜守に説教を出来るような立場ではない。

 

「一つ疑問なんじゃが……夜一人で出かけることに、君の御両親は何も言わないのかね?」

 

 そんな中、人生経験豊富な目玉おやじがそんな質問を投げかける。毎日よふかしをする息子に、学校に行かなくなった子供に親は何も言わないのかと、当然といえば当然の疑問。

 

「――親……ですか?」

 

 すると、夜守はピタリと足を止める。彼は失笑を浮かべながら、感情のこもらない言葉で吐き捨てる。

 

「さあ、どうなんでしょう? 俺が夜中に出掛けてることすら知らないと思いますよ? 知ったところであの親じゃ…………」

 

 そして、何事もなかったかのように再び歩き出す。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 夜守のその反応に皆が押し黙る。どうやら彼と両親との間には、何かしらの溝があるらしい。その話題にそれ以上、触れて欲しくないというオーラがひしひしと伝わってくる。

 

「あまり深く触れない方がよさそうですね、父さん」

「うむ……やぶへびだったかもしれん」

 

 鬼太郎と目玉おやじはこっそりと話し合い、それ以上夜守の家庭環境には触れないことにする。

 鬼太郎たちの目的はあくまで吸血鬼に会うことだ。これが一時の依頼である以上、むやみやたらに首を突っ込むべきではないと判断した。

 

 

 

×

 

 

 

「――着きました、ここです」

 

 それから、黙々と歩くこと数分。鬼太郎たちは吸血鬼の住まいである、とある雑居ビルの前に来ていた。

 近所でも何に使われているか知られていない、大きな地震でも起これば真っ先に崩れてしまいそうなほどにボロボロな建物。

 ここに吸血鬼・七草ナズナは住んでいるという。

 

「ちょっと待っててくださいね。今呼び出してみますから――」

 

 そのビルの前で足を止め、夜守は腕時計型のトランシーバーを起動する。通話可能距離、約150メートルの玩具の腕時計。どうやら、それが七草ナズナとの唯一の連絡手段であるらしい。

 夜守はナズナが家にいるかどうかを確認する為、コールボタンを押した――その時である。

 

 

 トランシーバーの『プ――――ッ』という、返信音とほぼ同時に、鬼太郎の妖怪アンテナに反応があった。

 

 

 鬼太郎の頭頂部の毛髪の一本に妖怪の妖気を感じ取り、アンテナのように逆立つ髪の毛が一本生えている。これが妖怪アンテナであり、これに反応があるということは近くに妖怪が潜んでいるという証拠である。

 鬼太郎がその事実に警戒を露わにした、その刹那――

 

 

「――よお、今日は随分と賑やかだな……少年少女?」

「――っ!?」

 

 

 鬼太郎の頭上――ビルの上から真後ろに、その人影が静かに舞い降りてきた。不意打ちで声を掛けてきた相手に、鬼太郎は慌てて飛び退きながら後ろを振り返る。

 

 そこには――フード付きの黒いコートを纏った女性が立っていた。

 小柄な体形、それこそ中学生である夜守たちと変わらぬ身長。肌の色が青白く生気を感じさせない一方で、フードの隙間から見える瞳はどこか悪戯心に満ちており、口元に楽しそうな笑みを浮かべている。

 

 一風変わった雰囲気を纏ってはいるものの、その風貌だけを見るならどこからどう見てもただの人間である。

 

「わっ! びっくりした~」

「……急に現れないでくださいよ」

 

 夜守とアキラの二人は突然現れた彼女に対し、少しびくりとしながらも淡白な反応で出迎える。

 ビルから飛び降りてくる程度では、もう驚きはないのだろう。そんな夜守たちの反応から鬼太郎は理解する。

 

 眼前の、一見すると人間にしか見えない女性。 

 彼女こそ、夜守と一緒に毎日よふかしをする吸血鬼――七草ナズナなのだと。

 

 

 

「君が……七草ナズナか?」

 

 数秒ほど呼吸を整えてから、念を押すように鬼太郎が彼女に問いかける。眼前の吸血鬼だという女性に、鬼太郎は先ほどからずっと警戒を解いてはいない。

 ここ数ヶ月の間に、吸血鬼と戦い苦戦させられた記憶を思い出しているのか、彼は慎重に相手の出方を測る。

 

「そうだけど? ふ~ん……」

 

 一方のナズナはそんな鬼太郎に対し、リラックスした態度で応じる。値踏みするように彼を見つめ、ふいに何かに気づいたのか彼女は声を弾ませる。

 

「お前さん……ひょっとしてゲゲゲの鬼太郎か!? 本物――っ!?」

 

 何故かテンション高く叫ぶ、ナズナ。

 

「ボクのことを……知ってるのか?」

 

 緊張感を保ったまま鬼太郎はナズナと言葉を交わす。そして――

 

 

「そりゃ、お前は有名人だからな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの『バックベアード様』をぶっ倒した日本妖怪の親玉って。一応、あたしら吸血鬼の間じゃあ、噂になってるぜ、お前さんは……フッ」

「――!!」

 

 わざとらしく口元を歪ませるナズナに鬼太郎は抱いていた疑念を確信に近いものに変える。慌てた様子で彼女からさらに距離をとり、臨戦態勢で身構える。

 

「? ばっ、ばっく……?」

「? べ、べあー……って、熊?」

 

 ナズナの発言や、鬼太郎の行動の意味を理解できず、夜守とアキラが頭にクエスチョンマークを浮かべる。そんな二人を置いてけぼりにして、鬼太郎と目玉おやじは緊張した面持ちでナズナと向き合う。

 

「君も……やはり、人間の生き血を集めているのか?」

 

 バックベアードを様と呼び、鬼太郎のこと知っていた。

 七草ナズナと日本人らしい名前こそ名乗ってはいるが、間違いなく彼女も西洋妖怪の一員。吸血鬼としてバックベアード復活のため、人間の生き血を集めるよう命令を受けている可能性が高い。

 もしそうであるならば、西洋妖怪帝王の復活を阻止するためにも、人間たちの被害を最小限に抑えるためにも鬼太郎は彼女をここで止めなければならない。

 

「さて、どうだろうね……」

 

 ナズナは鬼太郎の問いかけに、はぐらかすように笑みを深める。否定も肯定もしない彼女の態度に、鬼太郎たちはますます疑惑を深める。

 

 

 そのまま、硬直した状態で両者睨み合うこと数分が経つ。

 

 

「あの……とりあえず、家の中に入りませんか?」

「そ、そうだね」

 

 その沈黙に耐え切れなくなってか、夜守がそのようなことを言い出し、アキラも同意するように頷く。すると、ナズナはチラリと視線を夜守たちへと向け、何かを閃いた子供のように悪戯っぽく笑って鬼太郎に提案する。

 

「そうだな……よし! 鬼太郎、あたしと勝負しないか?」

「勝負……だって?」

 

 目を見開く鬼太郎に、さらにナズナは言う。

 

「あたしと勝負してお前さんが勝てたら、何でも言う事を聞いてやるよ。あたしの知ってることなら何でも教えてやるし……エッチなお願い事だって聞いてあげちゃうわよ?」

 

 ついでに、わざとらしく色っぽい仕草で鬼太郎を誘惑するナズナ。

 勿論、鈍感な鬼太郎がそんな誘惑に応じる訳もなく。

 

「……君が勝った場合はどうなる?」

 

 ナズナがその勝負とやらに勝利した場合に鬼太郎が負うべくリスクに関して冷静に問いかける。

 

「そうだな、そんときは……」

 

 鬼太郎の言葉にナズナは口をあ~んと開け、吸血鬼の牙を垣間見せながら不敵に笑う。

 

 

「あたしは吸血鬼だ……この意味、言わなくても分かるよな?」

「…………」

 

 

 血を寄こせ、ということだろう。

 鬼太郎は吸血鬼に血を吸われた経験がないため、その行為が自分の体にどのような影響を及ぼすか分からない。だが、如何に鬼太郎といえども無防備で血を吸われては、きっと只では済まないだろう。

 おそらく、何かしらの不調が彼の体を襲うことになる筈だ。

 

「わかった……いいだろう」

 

 しかし、鬼太郎はナズナの条件を受け入れ、彼女との勝負とやらに乗ることにした。

 バックベアード復活に関して聞かなければならないことがあるし、なによりここで逃げてはきっと夜守たちに迷惑がかかる。

 

 勝負を持ちかけてくる直前、ナズナはチラリと夜守たちに目を向け、笑みを浮かべていた。

 

 もしも、ここで逃げたら最悪――彼らが鬼太郎の代わりに吸血鬼の毒牙にかかり、血を吸われることになるかもしれない。

 鬼太郎に『逃げる』という選択肢は初めからなかった。

 

「とりあえず……場所を変えよう」

 

 戦うと決心した鬼太郎。彼はとりあえず、場所を移すようにナズナに提案する。深夜といえどここで戦えばきっと周りにも被害が出るし、夜守たちを巻き込むことになる。

 もっと人目の付かない場所、他の人間を巻き込まないようにと――。

 

「ああ、そうだな……よし、じゃあついてこい!!」

 

 鬼太郎の提案を、意外なほどあっさりと承諾する吸血鬼・七草ナズナ。

 彼女は鬼太郎と心ゆくまで戦える場所。彼を決戦の舞台へと引きずり込むべく率先して足を踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅のある雑居ビルの中へと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………えっ?」

 

 

 一寸遅れて、キョトンとなる鬼太郎。 

 

「ん? どうした鬼太郎? さっさと上がれよ、遠慮することはねぇぞ?」 

 

 戸惑う彼に、ナズナはまるで友達でも誘うような感覚で鬼太郎を手招く。

 

「じゃあ、お邪魔します!」

「……またここに来ることになるとは……」

 

 見れば夜守とアキラも、さも当たり前のようにナズナの後についていき、彼女の家にお邪魔しようとしている。

 

「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」

 

 状況について行けず、鬼太郎は念を押すように聞いていた。

 

「え~っと、君とボクとで……これから勝負、するん……だよね?」

「ああ、勝負だぜ。この――――」

 

 すると鬼太郎の質問に答えながら、ナズナは懐から光輝く円盤のようなものを取り出す。

 そして、そうそうお目にかかることのない『これでもかというドヤ顔』で彼女は嬉々として宣言する。

 

 

 開戦の合図を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日仕入れてきた――――この最新の格闘ゲームでなっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――――――――――はっ?」

 

 

 

 鬼太郎の目が点になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




よふかしのうた 登場人物紹介

 夜守コウ
  主人公。中学二年生の男子。学校生活に疲れ、現在不登校中。
  同級生の可愛い子に告られたり、可愛い幼馴染がいるなど、わりとリア充。
  本人は「女が好きじゃない」とのこと。無論「男が好き」というわけではない。

 七草ナズナ
  ヒロイン。コウに夜ふかしの楽しさを教えた吸血鬼。
  美少女だけど、ビールと下ネタが大好きと、中身がオッサン。
  けど恋愛話に照れたりと可愛いところがある。

 朝井アキラ
  コウの幼馴染。彼と同じ団地に住む、同い年の女子。
  吸血鬼であるナズナ相手に全く物怖じしない、かなり度胸のある子。
  ヒロインのナズナより胸が大きい。


 流石に一話で纏めきることはできなかったので、二話構成にします。
 次回は――鬼太郎とナズナの壮絶な戦い?から幕は上がる。

 


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よふかしのうた 其の②

『よふかしのうた』という作品がまだ始まったばかりで、この間一巻が出たばかりです。一応、最新話までチェックして、できるだけ原作の設定に近づけていますが、今後の連載次第で新しい設定なども追加されていくと思います。

その際、今回の話と矛盾する場合があると思いますが、出来れば気にせずにおいてください。あくまで『ゲゲゲの鬼太郎』とクロスした独自設定ということにしていただければ助かります。

一応、最新話までのネタバレを含みます。注意してください。
 


 かつて――人間は『夜』を恐れた。

 

 古き時代。人は『昼』と『夜』とを明確に区別して生活していたという。

 闇夜に対し、電気やランプ、ロウソクの明かりすらなく、空に浮かぶ月明かりの光に頼っていた。

 夜になれば人ならざるモノたちが蔓延り、魑魅魍魎の行列が人里を縦横無尽に闊歩していたと信じられていた時代があった。

 その頃から、人間は日の出とともに目覚め、日没とともに眠るというメカニズムをその遺伝子に刻み込んできた。

 

 だが、人間の科学力はついにその『夜』を克服した。繁華街にはネオンの光が溢れ、今では多くの人々が深夜でも活動している。

 

 仕事帰りに同僚と一杯、そのまま終電を逃して夜明けまで飲み明かす酔っ払いがいる。

 そんな酔っ払い相手に愛想を振りまき、日々身を粉にして働く夜の蝶がいる。

 ナイトクラブで一晩中騒ぎまくり、そのテンションのまま街中を跋扈して通行人に迷惑をかける若者がいる。

 

 それぞれの世代ごとに違いはあれど、老若男女問わず、皆が『よふかし』を楽しむような時代になった。さらに時代は進み、今や街中に繰り出さなくても人々は各々に夜を楽しんでいる。

 

 買ったばかりのゲームに熱中し、徹夜で攻略に勤しむ子供たちがいる。

 深夜放送の番組をリアルタイムで視聴しながら、ネットの掲示板に書き込むネット中毒者がいる。

 夜一人で自宅酒。記憶がなくなるまで飲み明かし、虚しさと共に朝を迎えるアルコール中毒者がいる。

 

 そう、よふかしに決まった形など存在しない。照明の光さえあれば、人は夜中でも活動することができる。

 場所も人種も関係ない。複数人でも一人でも、時間さえあれば誰でも夜を楽しめる時代が訪れた。

 

 そして、ここにも――――。

 

「ギャハハハハハハ、オルァァァァア!! はい、クソザコ~! 鬼太郎よわっ~!」

「うわ~……ナズナちゃん。初心者相手に大人げねぇ……」

 

 ゲームコントローラー片手に大声ではしゃぎ回り、夜を楽しむ人間と吸血鬼の姿があった。

 

「…………なんだこれ」

 

 本来、夜が本領である妖怪の鬼太郎がそのハイテンションに付いて行けず、どこか眠そうに呟いていた。

 

 

 ここは女吸血鬼・七草ナズナの住居。テーブルや椅子などといった必要最低限の生活用品が置かれていない殺風景な部屋で、何故かテレビとゲーム機だけはしっかりと設置されている。

 

 そのゲーム機で、ナズナと鬼太郎が格闘ゲームで対戦することとなっていた。

 

 きっかけは、朝井アキラという少女から手紙を貰い、『妖怪とよふかし』をしている少年・夜守コウのもとへ鬼太郎と目玉おやじが訪れたところからだ。

 当初、ただの相談で終わるかと思っていた依頼だったが、そこに吸血鬼が関与していると聞き、鬼太郎は一気に気を引き締めてた。

 

 吸血鬼――現在、バックベアード復活のために暗躍している西洋妖怪の一員。

 

 実際、七草ナズナはバックベアードに関して何か知っている風を装い、「知りたければ私に勝って見ろ」と、挑発気味に鬼太郎に勝負を仕掛けてきた。

 西洋妖怪の中でも、吸血鬼という種族は取り分け強いものが多い。吸血鬼エリート、吸血鬼ラセーヌ、女吸血鬼カミーラ。今まで戦ってきた吸血鬼は誰もが強敵だった。

 果たして仲間たちのいないこの状況、鬼太郎は自分一人でどこまで戦えるかと心配でもあった。

 

 だが逃げる訳にもいかない。ここで尻尾を巻いて逃げれば、吸血鬼の毒牙は夜守やアキラへと向けられるだろう。それだけは阻止しなければと、単身覚悟を決めていた鬼太郎――であったのだが…………。

 

 

「父さん……ボクは何故こんなことをしているんでしょうか?」

 

 鬼太郎は現状について思わず父親に尋ねる。彼は流されるままゲーム機のコントローラーを握らされ、ナズナと対戦格闘ゲームをやらされているが――その結果は惨敗である。

 鬼太郎はこれまでテレビゲームとは無縁の生活を送ってきた。ゲームほぼ初心者に対し、ナズナはかなりこの手のゲームをやりこんでいるのか、あっさりと鬼太郎を打ち倒す。

 

「おいおい、どうした鬼太郎!? まだまだ夜は長いぜ。アンタが参ったって認めるまでコンティニューしてもいいんだぜ?」

 

 勝者の余裕を見せつけているのか、ナズナがそんなことを口にするも――

 

「いやいや、ナズナちゃん。鬼太郎をサンドバックにしたいだけでしょ。ほんと大人げない……」

 

 初心者相手に調子に乗るナズナに、その隣で夜守が呆れたように呟き――

 

「…………はぁ~」

 

 さらにその隣でアキラが諦めたような表情で溜息を吐いていた。

 

 ――いったい、これは何なんだろう。ボクは……いったい、何をやらされているんだ?

 

 鬼太郎の心中はただただ困惑していた。決死の思いで戦う覚悟を決めていただけに、肩透かしを食らった鬼太郎は悶々とした気分でゲーム機と向かい合う。

 ナズナからバックベアードに関して聞き出さなければならないことがある以上、この格闘ゲームで彼女に勝たなければならないのだが、イマイチやる気が湧いてこない。

 果たしてどうしたもんかと、彼が眠たげに目を擦る。すると――

 

「――鬼太郎、代わりなさい」

「……父さん?」

 

 眠そうな息子に代わり、目玉おやじが重い腰を上げる。

 彼は鬼太郎たちがプレイしているゲームを、先ほどから興味深げにジロジロと見つめていた。鬼太郎と同じくこういった類のものに疎い彼だが、興味はあるらしい。初めてスマホに触れたときのような好奇心で目玉おやじはコントローラーを握る。

 

「ナズナとやら、鬼太郎に代わってワシが相手をしてやろう」

「はっ? おいおい大丈夫かよ、おやじっ! そんなんでまともに操作できんのか!?」

 

 意気揚々と鬼太郎とゲーム操作を替わる目玉おやじに、ナズナはからかうように笑う。実際、目玉おやじの小さな体ではまともにコントローラーを握ることができない。地面に置かれたコントローラーに対し、小さな体を懸命に動かしてなんとか操作できていた。

 

「大丈夫ですか、おやじさん?」

「無理しない方がいいですよ?」

 

 夜守もアキラも、目玉おやじを心配して声を掛ける。

 

「ふふん、手加減はしねぇぞ。この七草ナズナ! 相手が誰であろうと全力でやっつける!!」

 

 しかし、そんな小さな挑戦者相手にナズナは獅子が兎を全力で狩るかの如き勢いでゲームを開始する。

 

 

 

×

 

 

 

 対戦が始まれば案の定、目玉おやじは一方的にやられていた。

 技コマンドや、コンボ攻撃などは勿論、ガードやジャンプといった基本操作すらまともにできない様子で、画面上のキャラがあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

 その初心者丸出しの操作に、七草ナズナは心の内側で溜息を吐く。

 

 ――……どうやら、マジでド素人みてぇだな……弱すぎる!

 

 自信満々で鬼太郎と代わったことから、多少は腕に覚えがあるかと思いきや蓋を開けてみればこの始末である。実力は鬼太郎とどっこいどっこい。まともに操作できる分、まだ鬼太郎の方がマシである。

 念のため警戒して様子見をしていたナズナであったが、そんな心配も馬鹿らしくなり、彼女はさっさと決着を着けるべく一気に攻勢に出た。

 

 ――張り合いがねぇな……とっとと、コウ君にでも代わってもらうか……。

 

 対戦で勝てることは嬉しいが、こうも相手が弱すぎると逆に張り合いがなくなってくる。ナズナは冷めた気持ちで鬼太郎と目玉おやじから興味を失くし、まだ多少は歯応えの有る夜守コウに対戦相手になってもらおうと考える。

 あっという間に一ラウンドを制し、目玉おやじとの戦いに王手をかけた。

 

「と、父さん……やっぱり、ボクが……」

 

 自分以上に酷い操作性に鬼太郎がたまらず代わるように申し出るが、もう遅い。

 このゲームは三ラウンド制。あと一勝でナズナの勝利が確定し、二ラウンド目の火蓋も既に切られていた。

 

「ふっ、これで終わりだぜ。この勝負――あたしの勝ちだな!」

 

 必殺の十六連コンボを入力しながら、ナズナは勝ち誇ったように吐き捨てる。

 しかし――勝利を確信したその刹那、彼女は目玉おやじの口から囁かれた言葉を耳にする。

 

「ふむ、よかろう……操作の方はもう大体覚えたしのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――…………なに……?

 

 

 ――……いま、なんて言ったんだ、こいつ?

 

 

 ――操作の方が……何だと? 大体……覚えたと言ったのか?

 

 

 自分の空耳かと思い、最初は多少の引っ掛かりを覚えた程度だ。

 だが、その懸念はやがて現実のものとして画面上に顕現する。

 

「――な、なにぃいいいいい!?」

 

 ナズナの放った十六連コンボ――その全てを目玉おやじの操作キャラが見事に防いで見せた。まだガードの操作すら満足に理解できていなかった、超初心者の目玉おやじがだ。

 これには、一人の観客として対戦を見守っていた夜守コウですら興奮して叫び声を上げる。

 

「な、ナズナちゃんの十六連コンボを全て捌いた!! 対戦環境でも忌み嫌われている、あの反則近い鬼畜コンボを、全てっ!!」

 

 さらに防いだだけでは留まらず、目玉おやじはそこから反撃――先ほどのお礼とばかりにカウンターを起点としたコンボ攻撃で畳みかける。

 

「くっ……やらせるかっ!」

 

 虚を突かれた形で態勢を崩されたナズナは、慌てて防御に徹する。だが――

 

「なっ、なにぃいいいい!! コンボの隙間に投げ技を組み込み――ナズナちゃんのディフェンスを打ち砕いた!?」

 

 ガード状態で膠着するナズナに、目玉おやじのガード不能の投げ技が炸裂。見る見るうちにナズナの操作キャラの体力は減っていき――――そのまま、試合終了のゴングは鳴る。

 

「か、勝った……。目玉おやじさんが……勝っちゃった!?」

「うむ、中々面白いゲームじゃ」

 

 回避不能かと思われていた十六連コンボからの脱出、そこからの奇跡の逆転劇。

 目玉おやじは何事もなかったかのように平然としているが、コウが信じれらないという顔で固まる。現実を受け入れることができないのはナズナも同じらしく、彼女はたまらず目玉おやじに詰め寄る。

 

「おい、目玉の! アンタ、さっきなんていった? 覚えた? 操作は大体覚えたと言ったのか!?」

 

 つい先ほどまで、目玉おやじは確かに初心者の筈であった。柔道の達人が相手の柔道着の着方を見ただけで実力を見分けるよう、ナズナにはそれが手応えでわかっていた。

 完全に素人だった彼が、あの僅か一ラウンドでこのゲームの操作方法を覚えてしまったというのか。その異常なほどの呑み込みの速さに七草ナズナは戦慄する。

 

「二度言う必要はなかろう」

 

 ナズナの問いにわざわざ答える必要はないと、目玉おやじは最終ラウンドに向けて準備を進める。このまま一気に勝負をつけようというのか、彼の半端ない威圧感をナズナは肌で感じ取る。

 

「――くっ、くっくっくっくくくく……面白い!」

 

 そのプレッシャーを前に、ナズナの身体全体に武者震いのようなものが駆け上がる。

 

「いいぜ、久々に歯応えのある相手だ。私の相手はそうでなくっちゃならねぇ!!」

 

 今日にいたるまで、ナズナはずっと目玉おやじのような強敵を待ち続けてきた。

 吸血鬼であるが故に社会に縛られず、仕事も禄にせず、毎日のように昼間からビールをかっくらい、七草ナズナはこの手のゲームをやり込んできた。

 夜守と一緒によふかしをするようになってからは、彼がずっと対戦相手を務めてきたが、夜守では実力不足で内心物足りない思いを感じていた。

 もっと本気で戦いたい。自身の全力を叩き込める、本物の強者と相まみえたいと。

 そんな燻った彼女の思いを受け止められる相手が――今、目の前に立っていることにナズナは歓喜する。

 

「いくぜ、目玉おやじっ! 貴様を倒し、鬼太郎の血を搾り取ってやるぅぅぅぅ!!」

「やっつけてやるぞい、ナズナ!」

「や、やかましぃいいいいい!!」

「ふっ!」

 

 目玉おやじもそんな彼女の思いに応えるべく、全力で立ち塞がる。

 

「すごい!! これはかつてないほどの名勝負になりそうな予感だっ!!」

 

 次元の違う戦いを前に、夜守は目を輝かせる。

 自分では逆立ちしても辿り着けない境地に立つ二人の強者。決して踏み込むことのできない世界に、少年は憧憬の念を抱きながら、この戦いを胸に刻むと静かに誓う。

 

 勝敗はどうであれ、たとえ歴史に刻まれない戦いであろうと。

 自分だけはこの戦いを忘れないと、その瞳に今という瞬間を全て余さず焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なに、これ?」

「さあ…………」

 

 約二名ほど。その世界観に付いて行けず置いてけぼりをくらっていた。

 

 

 

×

 

 

 

「――ふぅ……今日はここまでだな。へっ、中々楽しかったぜ、おやじ!!」

「――わしもじゃ。久々にいい汗をかかせてもらったわい!」

 

 その後、白熱する目玉おやじとナズナの対戦は数時間と続いた。

 互いの勝率は一進一退で五分五分のまま。どちらかが勝利すれば、負けた方が即座にコンティニューをして、すぐさまスコアの勝敗を塗り替える。

 そんなことを延々と繰り返し、ようやくある程度気が済んだのか。二人は自然とコントローラーから手を放す。

 

「またやろうぜ。今度はあたしが圧勝してやるけどな!」

「ふっ、いつでも受けて立ってやるわい!」

 

 既に最初に提案した『賭け』のことなどなく頭になく、二人は互いの健闘を称え熱い握手を交わしていた。

 

「……ふぁ~……あれ? もう四時ですよ。父さん、どうしましょう?」

 

 ようやくゲーム画面から目を離した父親に、大あくびをしながら鬼太郎が現時刻を告げる。

 

 午前四時。朝早い人ならば既に行動を開始していてもおかしくない、明朝とも呼べる時刻になっていた。妖怪の鬼太郎でも当然眠くなってしまい、ゲームに熱中していた目玉おやじの眼球も真っ赤に染まっている。

 毎日よふかしをしている夜守たちでも、流石にもう解散する流れだろう。

 

「そうじゃな。とりあえず……今日はお暇するとしようか……いいかの、朝井くん?」 

「あっ、はい。わたしはそれでも大丈夫です」

 

 目玉おやじは依頼主である朝井アキラに声を掛け、彼女と共にこのアパートを後にしようとした。

 

 鬼太郎たちが七草ナズナと会ってみた印象。それは決して悪いものではなかった。

 初めの頃は警戒こそしたが、実際にやっていたよふかしも一晩中ゲームをするだけだったと、思ったよりも健全なもの(夜遊び自体が健全ではないのだが)。

 人間の子供を巻き込むのは感心しないが、力尽くで止めるようなものでもない。

 

 バックベアードに関して気になることを仄めかしてはいたものの、あくまでそれは鬼太郎たちの都合。

 今回の依頼には関係がなく、また後日、ナズナを直接訪ねればいいと。そのように結論を出しかけていた。

 

 だが――鬼太郎たちが立ち去ろうとしたところをナズナが呼び止め、再び話はおかしな方へと転がりこんでいく。

 

「あれ、もう帰んの? 泊ってけよ。一緒に寝ようぜ」

「「――――――はっ?」」

  

 一瞬、何を言われたか分からず硬直する鬼太郎と目玉おやじ。

 

「コウ君、布団敷くからゲーム機、片づけてよ」

「はい。わかりました」

 

 そんな彼らの眼前で、ごくごく自然な流れでテキパキと就寝の準備を進めていくナズナと夜守。

 そうして、部屋の中央には一枚の布団が敷かれ、そこに――四つの枕が並べられた。

 

「う~ん……流石に四人は狭いけど……………まっ、いっか!」

 

 その布団の端にゴロンと横になるナズナ。

 

「いやいや……どう考えても無理があるでしょ」

 

 夜守も、布団の面積の狭さにブツブツと文句を言いつつ、ナズナの隣で横になる。

 

「ん? ほらそんなとこでぼーっとしてないで。朝井ちゃんも、鬼太郎も――」

 

 ナズナは毛布をめくりながら、残り二つの枕を頭に置くべき該当者――アキラと鬼太郎に向かって妖艶な仕草で手招きしている。

 

「ほう、こっちへおいで……」

「……言っときますけど、今日はわたしここで寝るつもりはないですからね」

 

 付き合っているわけでもない若い男女。一緒に同じ布団で寝ようという、ナズナのふしだらな提案に朝井アキラは平然と言い返す。

 

 以前、ここに来たときも彼女はナズナに誘われ、夜守と三人、川の字で寝ることになってしまった。あの時は外で雨が降っており、傘も持っていなかったため、雨宿りをするために仕方なく布団で横になってしまった。

 寝るつもりなどなかったのだが、よふかしで遊び疲れてしまったのか。アキラは学校の登校時間ギリギリまで熟睡することになり、危うく遅刻しかけてしまった。

 そのときの教訓から、アキラはナズナの誘いをきっちりと断る。

 

「ええー!? なんで、いいじゃんか! 朝井ちゃんも、あたしらと一緒にいい夢見ようぜ……」

 

 そんなつれないアキラに尚もしつこく声を掛けるナズナ。彼女はニヤリと悪戯っぽく笑う。

 

「今日は鬼太郎もいるから、4Pだぜ! みんなで一緒に気持ちよくなろう!!」

「ナズナちゃん。その言い方はちょっと……べ、別に何かするわけじゃないからね。ただ寝るだけだから!」

 

 ナズナのギリギリな発言に夜守が慌てた様子で訂正を入れる。実際、夜守たちは眠くなったから寝るだけだ。今のところ――『大人の階段を登る』予定は夜守にもナズナにもなかった。

 しかし、それだけでも十分。『付き合ってもいない若い男女が一緒の布団で寝る』という行為そのものに絶句している者がいる。

 

「お、おおおおおおおお……おぬしら。い、いいいいいいいったい何をしておるんじゃ!!」

「と、とうさん! 落ち着いてください!」

 

 鬼太郎の頭の上でプルプルと震えている目玉おやじ。彼はナズナの「一緒に寝よう」という発言の時点で体を震わせ、4Pというヤバめな単語から、堪忍袋の尾を切らせていた。

 鬼太郎が必死に宥めるも効果はなく、ナズナに向かって保護者としての怒りを爆発させる。

 

「ばっかもーん!!」

「ひぃっ!?」

 

 小さな体から放たれたとは思えないほどの大音量での叱責。目玉おやじの渾身の怒声に鬼太郎はおろか、夜守やアキラでさえビクッと体を硬直させる。

 

「結婚もまだの若い男女が同じ布団で寝るなど、そんなふしだらな行い! ワシは絶対に許さんぞ!!」

 

 目玉おやじの持つ倫理観、貞操観念がそれは許されん行為だと彼を激怒させていたのだ。

 だがナズナは平然とした様子で、何故か得意げに言う。

 

「ふふふ……甘いぜ、おやじ。結婚もしなきゃ一緒の布団にもね、眠れないなんて。そんな考えは時代遅れさ。今時の若い奴らは誰とでも気軽にまぐわうし、体だけの関係なんて珍しくもねぇ。セフレっていうんだぜ。知らなかったか?」

「まぐわっ――!? せ、せ、せ……!?」

 

 ナズナの口から飛び出た破廉恥な発言に唖然となる目玉おやじ。

 

「? 父さん。まぐわう? ……セフレとはいったい、どういう意味でしょうか?」

 

 鈍感で朴念仁な鬼太郎はその言葉の意味自体を理解できないのか実の父親に尋ねる。

 

「き、鬼太郎! お前はそんなこと知らんでもいい!! と、とにかくじゃ!」

 

 目玉おやじは鬼太郎の問いを慌てて誤魔化し、改めてナズナたちに向かって目玉を真っ赤に怒鳴り声を上げる。

 

「このワシの目が黒いうちは絶対にそんなふしだらな関係など許さん! 今すぐ、夜守くんを家に返すんじゃ!!」

「ええ~……いいじゃんか、ちょっとくらい……」

 

 

「ぜったいにぃいい、許さん――!!」

 

 

 食い下がろうとするナズナだが、目玉おやじは問答無用で彼女の言い分を切って捨てる。怒り狂う彼の姿に説得は無理と判断したのか、大きなため息を吐きながらナズナは仕方なさそうに夜守に声を掛ける。

 

「ちぇっ、頭のかてぇ年寄りだな~。しゃーねぇな。今夜は解散するとしよう。いいかい、コウくん?」

「え、ええ。俺は別に構いませんけど……」

 

 思ったよりもあっさりと引き下がる、夜守とナズナ。どうやら彼らも毎日一緒に寝ているわけではないらしい。必要以上に落胆する様子もなく、夜守はサッサと帰り支度を整えていた。

 

 

 

×

 

 

 

 このとき、今度こそよふかしも終わりかと、鬼太郎たちは安堵しかけていた。

 感情が昂っている父親を落ち着かせてから、またナズナに話を聞きに来ようかと、そんな悠長なことを鬼太郎は考えていた。

 

 だが、次の瞬間――鬼太郎は思い知ることになる。

 夜守とナズナ。人間と吸血鬼である彼らが『よふかし』行う、その本当の意味を――。

 

 

 

 

「そうだ。帰る前に血吸わせてよ」

「あっ、はい。いいですよ」

 

 

 

 

 それは――自然な流れの動作であった。

 自然な調子で七草ナズナが帰ろうとする夜守コウの側に歩み寄り、夜守が少し恥ずかしそうにしながらも上着を脱いで首元を露出させる。

 ガッチリと彼の体を固定し、ナズナは彼の首筋に唇を近づけ――。

 

 そのまま、夜守の首元に牙を突き立てる。

 

「――なっ!?」

 

 毎日そうしているのか、お互いに一切の迷いも躊躇いもない動作だった。人間が米やパンを口に運ぶように、息を吸って吐くかの如き自然な動作。あまりにも自然だったため、鬼太郎はナズナの『吸血行為』を止めることが出来ず、息を呑む。

 言葉を失う鬼太郎たちを尻目に、ナズナはぢゅるり、ぢゅるるると、生々しい音をたてて夜守から血を吸い上げていく。

 

「うっ……」

 

 痛みを感じているのか夜守は僅かに顔を顰めるも、抵抗する素振りもなく黙ってナズナの吸血を受け入れる。

 

 そして――

 

「ぷはぁー、美味い! この一杯の為に生きてるって感じだ!!」

 

 まるでビールを一気に飲み干した中年のように、口元を拭うナズナ。

 

「…………はぁ~……今日も駄目か…………」

 

 噛まれた傷口の血を拭いながら、何かを残念がって落胆する夜守。

 

「……よそでやれよ」

 

 その吸血行為からそっぽ向いて、顔を背けるアキラでさえ、そこまで動揺した様子はない。

 きっと――彼らにとってそれらの行為もよふかしの一環、いつものことなのだろう。

 

 しかし――

 

「……で? そんなに殺気立ってどうした? 鬼太郎ちゃんよ?」

「…………!」

 

 ナズナの挑発的な笑みに対し、一気に剣呑な空気を取り戻した鬼太郎。

 彼は指先をナズナへと突きつけ、いつでも指鉄砲を放てるよう妖気を指先に充填していた。

 

「どういうつもりだ。七草ナズナ」

「…………」

「夜守くんを――吸血鬼にでもするつもりか!!」

 

 吸血鬼に血を吸われた人間は吸血鬼になる。

 西洋妖怪に関してあまりよくわからない鬼太郎たちでも知っている有名な逸話だ。

 そうやって長い時の中、吸血鬼は自らの仲間――『眷属』を増やしてきた。

 

 ――くっ、油断した!

 

 格闘ゲームやら、一緒に寝ようなどといった珍行動で鬼太郎もすっかり失念していた。

 

 七草ナズナが吸血鬼であるという事実を――。

 彼女にとって人間はたんなる食糧、糧に過ぎないという現実を――。

 

 先ほどまでの友好的なムードはすっかり消え去り、室内をピリピリとした空気が支配する。

 何かのきっかけで、いつ闘争が始まってもおかしくない。そんな緊張感が漂う中――。

 

「――ま、待ってください!!」

 

 血を吸われた当人――夜守コウがナズナと鬼太郎の間に割って入る。

 

「だ、大丈夫ですから! おれ、まだ吸血鬼になってないです! ほら、人間のままですし!」

 

 彼は自分が生身の人間のままだと、先ほどの吸血行為によって発生した害は皆無であると必死に鬼太郎にむかってアピールして見せる。

 

「うむ、確かにそのようじゃが……」

 

 夜守が吸血鬼になっていないことを、目玉おやじが雰囲気で悟るも渋い顔をする。それは、たまたまそうならなかっただけという話で、こんなことを続けていれば、いずれ彼も夜の住人になってしまう。

 しかし、そのように懸念する鬼太郎たちに、夜守はとんでもないことを口走る。

 

「それに……これは俺から頼んだことなんです」

「……頼んだ? 何を?」

 

 眉を顰める鬼太郎に、夜守コウは決意を込めた瞳で――。

 

 

「俺を……吸血鬼にして欲しいって――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜守コウはずっと悩んでいた。

 このまま不登校を続けていていい筈がないと。こんな夜遊び、いつか終わりにしなければ。

 いつかは学校へ行かなければならない。『こんなこと』――長く続けることはできないと。

 

 しかし、そうやって悩める少年に初めて出会った日に七草ナズナは言った。

 

『――なあ、少年。初めての夜はどんな気分だ?』

 

 初めて体感した深夜の空気。日常からはみ出した空間で何を思ったか。

 

『――ここはお前の思うめんどうやわずらわしさ。そんなものから最も遠い場所だ』

 

 ここでは学校のような堅苦しい人間関係などない。

 クラスメイト相手に笑顔を取り繕う必要もないし、女子から告白を断ったと責められることもない。

 嫌な人と顔を突き合わせる必要もない、ありのままの自分でいられる。

 

 それでも、それでも。人間としてせめて正しい価値観のもとで生きねばと思い悩む夜守に、ナズナは堂々と吐き捨てる。

 

『――別にいいじゃん。学校なんか、つまんねーだろ』

『――今日に満足できるまで夜ふかししてみろよ』

 

 

 

 

『――そういう生き方も悪くないぜ?』

 

 

 

 

『――――――――』

 

 そう言われた瞬間、夜守コウは今まで感じたことのない胸の高鳴りを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時から……俺は吸血鬼になりたいと思ったんです」

「…………」

 

 夜守の話を聞いて鬼太郎たちは黙り込む。少年の真剣な眼差しを見ればわかる。それが嘘でも冗談でもない、本気であると。本気で――彼は人間を捨て、吸血鬼になる道を選ぼうとしていることを。

 さらに続けて、夜守は熱く語る。

 

「だから――吸血鬼になるためにも、俺はナズナちゃんに『恋』をしなければいけないんです!」

「こ、恋?」

 

 いきなり話が変わって目を丸くする鬼太郎に、夜守は説明する。

 

 ナズナ曰く、彼女に吸血されて吸血鬼になるためには、彼女に『恋』をしなければならないとのこと。何とも思っていない状態でナズナに血を吸われてところで、夜守は人間のまま変わらない。

 

 ナズナのことを心の底から好きになって――人間の少年は初めて吸血鬼になることができる。

 

「わー! わー!! や、やめて恥ずかしい――!!」

 

 あれだけ卑猥な話をしていたナズナが、途端に恥ずかしそうに頬を染めていく。

 まぐわううんねんの俗っぽい話をニヤニヤと語っていたのに、恋うんねんのくだりは恥ずかしいらしく、彼女はガチに照れて誤魔化すように声を上げている。

 

「…………」

 

 そんなナズナを呆れた視線で見つめる朝井アキラ。その一方で、彼女は夜守の話に黙って耳を傾けていく。

 

「…………吸血鬼になりたい。君はそれが……どういうことを意味しているのか。本当にわかって言っているのか?」

 

 ややあって。鬼太郎は腹の底から絞り出すように声を上げる。その声音は怒っているようにも感じられる。

 

「君が思っているほど簡単じゃないだろ。『人間を捨てる』なんてこと……」

 

 人が人を捨てて、何か別の存在に生まれ変わる。

 妖怪の世界にもよくある話だ。人の身から、異形のものに変わり果てる怪談の類は――。

 だがその多くが自身の軽率な行動に後悔を覚え、遠く懐かしい人間だった頃に思いを馳せながら苦しみの生を歩んでいる。

 

「鬼太郎の言うとおりじゃ。よく考えもしないうちに人間を捨てたいなどと、軽々しく口にすることではないぞ!!」

 

 目玉おやじも鬼太郎に同意し、説教臭く夜守を説得する。

 

「吸血鬼になれば、きっと君は二度と人間には戻れん。そんな一時の感情や、やけっぱちで軽々しく人であることを諦めてはいかん。学校に行って、もっと多くのことを学んで、友達や家族ともっとよく話して――」

 

 だが、そんな目玉おやじの説教を――。

 

 

 

「――そんなことはわかってます!!」

 

 

 

 夜守コウは怒声で遮る。 

 

「確かに一時の気の迷いなのかもしれない。まだ中学生の、人生なんて禄に分かってない甘えたガキの戯言なのかもしれない。そんなことは、言われなくても分かってます!!」

 

 客観的な目線から見ても、自分が馬鹿なことを考えているという自覚は夜守にもある。

 だがそれでも――。

 

「それでも……俺は『夜』を知ってしまったんです。将来の夢も、やりたいこともなかった俺が……初めてなりたいと思えたものが『吸血鬼』なんだ!!」

 

 彼は心から叫んでいた。

 やりたいことも、なりたいものもなかったつまらない自分が、唯一胸に抱いたこの思い。

 

「俺は――この気持ちを失くしたくない!!」

 

 それが嘘なんかではないと証明するためにも――夜守コウは七草ナズナに恋をしなければならないのだった。

 

 

 

×

 

 

 

 結局その後、気まずい空気の中で夜守たちは解散することとなった。明朝四時半。ナズナのアパートから退出し、それぞれの目的地へと黙って歩いていく夜守とアキラ。

 

「…………」

「…………」

 

 そんな少年少女の背中を雑居ビルの屋上から、七草ナズナと鬼太郎が見送る。ビルの屋上に吹きすさぶ冷たい風に当たりながら、互いに何を言うこともなく静かにその場に立ち尽くす。

 

「……………悪いが、バックベアードに関してはあたしは何も知らされてねぇ」

「えっ?」 

 

 ややあって、ナズナがその沈黙を破り、そんなことを口にする。

 

「確かにあたしら吸血鬼はカミーラの命令で人間の生き血を集めてくるよう言われてる。けど、あたしみたいな、『一般庶民』にあいつらだって大した期待はしてねぇ。詳細なんか何も教えちゃくんねぇさ」

 

 ナズナ曰く、吸血鬼は貴族社会。たとえ高い能力を持っていようと、由緒ある血筋でないものに高貴な吸血鬼たちは決して恩赦を与えない。

 命令を与えるだけ与え、後はノータッチ。ナズナのようにどこの血筋かもわからないような相手に、わざわざ労いの言葉を掛けにくることもないそうだ。

 

「向こうはあたしの名前だって知らねぇんじゃねぇの? まっ、そのおかげで、あたしは毎日自由に好き勝手できるわけだが……」

 

 だからナズナも、バックベアードの為に生き血を集めるなんて面倒なことはしない。たまに病院から献血用の輸血パックを拝借し、それを月に数回バックベアード城に送りつけるくらいだ。

 鬼太郎たちが知りたがるようなことは何も知らないと、ナズナは言う。

 

「……君は、何故彼から血を吸い続けているんだ?」

 

 鬼太郎は彼女の言葉をとりあえず信用し、一旦バックベアードの話から離れる。

 彼は朝井アキラの依頼に応えるべく、ナズナが夜守コウに付きまとう理由を尋ねていた。

 

「そりゃ、あいつの血は美味いからな! あれほどの美味には、そうそう出会えねーよ!」

 

 生き生きと語るナズナ。どうやら吸血鬼からすると夜守の血は極上の美味らしい。血の味など分からぬ鬼太郎からすればさっぱりな理由だが、やはり食料としてしか夜守のことを見ていないのかと。鬼太郎は厳しい視線でナズナを睨みつける。

 

 だが――ナズナはやや照れくさそうにしながら続く言葉を口にする。

 

「まっ……別に血を吸うことだけが目的じゃないさ。アイツと出会うまでは……あたしも適当な相手を見つけて血を拝借してたんだけどよお……」

 

 夜守コウに出会うまで、彼女はずっと吸血鬼であることを隠しながら生きてきた。自身の正体を偽り、適当に深夜に徘徊する人間の生き血を少しづつ分けてもらいながら生活してきた。

 しかし、あの夜。彼女は夜守コウに自分が吸血鬼であることがバレてしまった。それでも、彼の血の美味さに感激し、また吸わせてもらうように願い出ようとしたナズナの言葉を制し、夜守の方から頼み込んできた。

 

 自分を――吸血鬼にしてくれと。

 

「正直、最初はいいカモとか思ってたよ。これで苦労せず、美味い血にありつける……てさ」

 

 ナズナにとって初めの頃は夜守などただの食料だった。適当に相手をしてやれば、血を分けてくれる簡単な人間のガキだと思っていた。

 

「けどさ……なんだか、あいつと過ごすうちに……夜の訪れが待ち遠しくなっちまって……」

 

 けれど、夜守と一緒にいくつもの夜を過ごしていくうち、彼女は彼との逢瀬を純粋に楽しんでいる自分自身を自覚していく。

 それまで適当に人間をとっかえひっかえしてきたからこそ、知ることのできなかった『誰かと過ごすよふかし』。その魅力に彼女自身もすっかり魅了されるようになっていた。

 

「吸血鬼だって…………一人の夜は寂しいもんさ」

 

 仕事にも学校にも行く必要のない吸血鬼という存在にも、そういった苦悩がある。

 その苦悩を癒してくれる、『友達』とのよふかし。

 それを、七草ナズナも居心地の良いものとして受け入れていた。

 

「…………」

「まっ……そう心配すんなって、鬼太郎!」

 

 ナズナの心中の吐露に鬼太郎が黙り込んでいると、その気まずい空気を嫌って彼女が明るく声を張り上げる。

 

「あいつは恋と性欲の区別もついてないような、ケツの青いガキだ!! あたしに……こ、こ、こ、恋心を抱くなんて……十年早ぇよ!」

 

 恋という部分を緊張気味に喋りながら、ナズナは心配無用と鬼太郎に親指を立てる。

 

「あたしもアイツに吸血鬼になられちゃ、血も吸えなくなるし……暫くはこのまま、ダラダラと過ごさせてもらうさ」

 

 ナズナの方は夜守を自身の眷属にするつもりは微塵もない。それどころか、吸血鬼になられては血も吸えなくなると、夜守には人間のままでいてもらいたいと告白する。

 

「まっ……いずれは諦めてこんな夜遊びも止めるだろう。そんときまでは……好きにやらせてくれ」

 

 長くてもあと数年でこんな関係も終わるだろうと。ナズナはどこか達観した様子で、鬼太郎にこれ以上余計な首を突っ込む必要がないことを忠告する。

 

「…………」

 

 彼女の言葉に、鬼太郎も目玉おやじは何も言い返さない。

 ナズナが嘘をついていないことは、今日一日彼女の人柄を触れてみてわかった。

 彼女に害意がない以上、後は当人たちの問題と鬼太郎は割り切って考える。

 

 しかし去り際、彼はナズナに向かって『もしもの将来』について問いを投げかける。

 

 

 

「七草ナズナ。もしも夜守くんが君に恋心を抱いて……彼が吸血鬼になったら――」

 

 

 

「その後――君はどうするつもりだ?」

 

 

 

 その問い掛けに――――。

 

 

「………………………………」

 

 

 吸血鬼は何も答えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ……また明日」

「うん……また明日」

 

 小森団地に戻って来た夜守とアキラの二人。先ほどのこともあってか、ややぎこちない様子で手を振り、両者は別れの挨拶を口にする。

 夜守は自宅へ。アキラは学校へと。それぞれの行くべき場所へ足を進めていく。

 

「――済まない……ボクじゃ、これ以上は力になれそうにない」

 

 アキラの元へ、ナズナのところから戻って来た鬼太郎が声を掛ける。彼は依頼主であるアキラに最終的な報告をし、自分ではこれ以上首を突っ込むことができないと、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「いえ、鬼太郎さん。今日は来てくれて、ありがとうございました」

 

 だが落胆した様子を見せることなく、アキラは笑顔で鬼太郎に礼を言う。

 

「……朝井さん。君は……夜守くんが吸血鬼になりたいと言っても驚かないんだね」

 

 平然とした様子の彼女に、鬼太郎は不思議そうに首を傾げる。

 友達から吸血鬼になりたいなどと聞かされれば、普通ならもっと動揺するものだろう。だが――

 

「……知ってましたから。夜守が吸血鬼になりたいってことは……」

 

 どうやら彼女は既に知っていたらしい。夜守の夢を――。

 彼が人間を捨て、夜の暮らしを望んでいることを――。

 

 それを理解した上で、彼女は微笑む。

 

「たとえ吸血鬼になっても、夜守は友達ですから……わたし、人間とか吸血鬼とかあまり気にしませんから」

「…………君は強い子じゃのう」

 

 アキラの言葉に、目玉おやじは感心したように呟く。

 ナズナとも普通に接していたし、彼女ならたとえ夜守が吸血鬼になっても、うまくコミュニケーションを取れるかもしれない。けれど――。

 

「けど、学校へはこれからも誘い続けますよ。吸血鬼になるにも、人間のままでいるにも……きっと必要なことだと思いますから」

 

 最終的に吸血鬼の道に進もうと、一緒に学校へ行こうと誘い続けることを止めない、朝井アキラ。それが夜守に必要なことだと信じ、彼女は今後も彼に声を掛け続けるだろう。

 

「本当に……君は強いな」

 

 そんなアキラの姿を少し眩しそうに見つめる鬼太郎。

 

「何かあったらまた手紙をくれ。ボクに出来ることなら……手を貸すよ」

 

 彼は再びトラブルが起きれば自分に手紙を出すよう言い、アキラに夜の終わりと共にさよならを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその後――アキラから鬼太郎の元へと手紙が送られることはなかった。

 

 

 ナズナと夜守との関係がどうなったか?

 

 

 人間の少年が吸血鬼への恋を実らせ、同じ吸血鬼となって夜を歩むこととなったのか?

 

 

 それとも、人としての正道を取り戻し、友達と共に日の当たる世界へと引き返せたのか? 

 

 

 事の顛末を、鬼太郎は想像することしかできない。

 

 

 願わくば、悔いの残らないような選択を――。

 

 

 人間であろうと、吸血鬼であろうとも自分に満足できる人生を歩んでいることを――。

 

 

 

 鬼太郎は時より彼らのことを思い出し、そう願っていた――。

 

 

 

 




次回予告

「嘘を嫌って見抜く妖怪と、ねずみ男が商売を始めたそうです。
 父さん……、どう考えても嫌な予感しかしないのですが……。

 次回――ゲゲゲの鬼太郎『道成寺の清姫』 見えない世界の扉が開く」

 次回のクロスオーバーは『FGO グランドオーダー』から清姫参戦(予定)!
 カルデア、サーヴァントという設定は出てきません。
 あくまで『清姫という妖怪』がいたらという『キャラだけ』出演にするつもりです。
 
 12月は忙しいため、当分更新が出来そうにありません。
 年明けから徐々に投稿していきたいと思いますので、よろしくお願いします。


 ついでに――今後のクロス予定について。
 ここ数日、皆さんから様々な意見を頂戴させていただき、自分も知らなかった作品に触れられてとても嬉しく思います。
 ただ、一応最初の方は作者の組んだ予定で進ませていただきます。 
 理由としては――『鬼太郎ファミリーを含んだ主要キャラを一度は登場させてみたい』というもの。いつものファミリーは勿論、まなちゃんや、石動零、アニエスにも出番が欲しい。彼らを満遍なく登場させるため、以下の作品でクロスを書いていく予定です。

『デュラララ!!』
『犬夜叉』
『魔女と百騎兵』

 あくまで予定ですので、ふ~んといった気持ちでお待ちください。



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道成寺の清姫 其の①

取りあえず書きあがりましたので投稿。
クロスオーバー企画第三弾。『FGO』シリーズから『清姫』参戦!

今後も続けば数体の鯖を参戦させる予定がありますが、取りあえず最初の一人として、物語が書きやすい彼女を主役にしました。

鬼太郎的なテーマは『嘘』。


 

 

 愛しくて、恋しくて――

 愛しくて、恋しくて、裏切られて――

 

 悲しくて、悲しくて、悲しくて――

 悲しくて悲しくて悲しくて――

 

 

 

 

 

 憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎――――

 

 

 

 

 

 

 だがら焼き殺しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけでだ!!」

「…………」

「…………」

 

 本来ならば、妖怪たちしか立ち入ることが許されない領域――ゲゲゲの森。

 清流のせせらぎで心癒される川辺の付近にて。汚いボロきれを纏った人間の男らしき人物が大勢の異形・妖怪たち相手に大声で演説をかましていた。妖怪たちは胡散臭いものを見る目を男へ向けながらも、彼の話に黙って聴き入っている。

 

「このねずみ男様がプロデュースする一大プロジェクト! 乗っかるってんなら、今しかチャンスはねぇぜ!!」

 

 彼の名はねずみ男。このゲゲゲの森の顔役とも呼べるゲゲゲの鬼太郎の親友を自称する男。妖怪と人間との間に生まれた『半妖』である。

 とにかく金に汚く、自分が儲けるためなら時としてその親友である鬼太郎すら平然と裏切る。稀にではあるが鬼太郎のために命懸けの行動を起こす人情味も持ち合わせてはいるが、基本、金にも食い物にも女にも意地汚い、どうしようもない男である。

 ねずみ男のそんな人柄を知っているためか、大半の妖怪たちは日頃から彼に対して警戒の糸を緩めない。

 

「そのぷろじぇくと……てやつに入会すれば、本当に簡単にお金が手に入んのか?」

 

 しかし、そんな警戒心を薄れさせながら、妖怪の一人・呼子がねずみ男の話に前のめりになって質問する。

 

「おう、あったりめえよ! お前たちの努力次第で、いくらでも稼ぐことができるぜ!!」

 

 現在、ねずみ男が妖怪たちに話している一大プロジェクトとは――身も蓋もない言い方をすれば、ただの『ねずみ講』である。『マルチ商法』や『MLM』とは違い、今の日本社会では完全に違法なブラックな商法だ。

 勿論、人間たち相手にそれを行えばすぐに捕まる。だが、相手が法的に守られていない妖怪であれば、何の問題もないとねずみ男は考えた。

 今の世の中、妖怪でさえある程度金を溜め込んでいる。その金を掠め取ろうとさらに彼は熱弁を振るう。

 

「しかもだ!? 今加入すれば、何と入会金が通常の半額!! これを逃さねぇ手はねぇぞ!!」

「う~ん、なるほど……?」

  

 ねずみ男のさらなる追い打ちに、呼子を始めとした幾人かの妖怪が腕を組んで頭を悩ませる。

 このねずみ男、半妖として人間社会で相当の修羅場を潜ってきている。そして、このゲゲゲの森に住みついている妖怪というものは、基本的に人間社会の情勢に疎いものが多い。

 彼が本気になって話術を用いれば、世間知らずな妖怪たちを丸め込むなど造作もないことであった。

 

 ――けけけ……もう少しで何人か墜とせそうだな、へっ! ちょろいもんだぜ……。

 

 悩む妖怪たちに、ねずみ男は心の中で舌を出す。

 当然、ねずみ男は最初の入会金とやらを受け取ればすぐにでも雲隠れするつもりだ。暫く身を隠し、ほとぼりが冷めたところでまた戻り、適当な理由を付けて言いくるめればいい。

 

「さあさあ、どうする!? 得しかねぇ話だ! これを逃す手はねぇと思うぜ!?」 

 

 とりあえず、今日明日多少の贅沢が出来るだけのまとまった金があればいいと、ねずみ男は学のない妖怪たちを急かし始める。

 

 だが不幸にも――その日に限り『彼女』が、ねずみ男が話していたすぐ側を通りかかってしまった。

 

「――――『嘘』を……ついておいでですね?」

「……あん?」

 

 突然、ねずみ男の話に割って入って来たのは幼い少女だった。

 緑髪で、白拍子風の着物を纏った中学生くらいの美少女。頭には一見すると髪飾りのようにも見える、白い二本の角を生やしている。

 このゲゲゲの森に立ち入れたことや、その角から妖怪であることがわかる。

 その少女は神秘的な雰囲気、どこか品のある上品な言葉遣いで、さらにねずみ男の『嘘』について言及し始める。

 

「その方は嘘をついておいでです。得しかないなど……心にもないことを仰って……」

「おいおい、嬢ちゃん、人聞きの悪いこと言わねぇでくれよ!」

 

 彼女の指摘にギクッとしながらも、ねずみ男は咄嗟に言い返す。せっかくあとちょっとで金を騙し取れるところなのだ。こんなところで台無しにされてたまるかと、凄むように少女に声を張り上げた。

 

「俺はコイツらのためを思って今回の儲け話を持ち掛けてやったんだ! 誰だか知らねぇが、邪魔するようならどっか行ってくれや!!」

 

 自分の商売の邪魔をさせまいと、ねずみ男はさらに『嘘』を重ねて少女をシッシと追い払う。

 しかし、それがさらに少女の逆鱗に触れる行為だということに彼が気づくことはなかった。

 

「あらあら……まあまあ……」

 

 ねずみ男の『嘘』に――少女はお上品に扇子で口元を隠しながら笑みを浮かべる。

 

「また嘘ですか……嘘に嘘を重ねて……まったく、どうしようもない人ですこと……」

 

 にこやかな微笑みではあるが、その瞳の奥は――まったく笑ってはいなかった。

 まるで生ごみでも遠ざけるような視線をねずみ男に向け、徐々にその語気を強めていく。

 

 そして――

 

「そんなどうしようもない人は――燃えるごみとして焼却しなければなりませんね!」

 

 次の瞬間、少女の体から――『炎の柱』が迸る。

 

「ひ、ひぇええ~!?」

 

 メラメラと燃え盛る真っ赤な炎。火の気のないゲゲゲの森に突如君臨した災害を前に、呼子を始めとするねずみ男の話に乗っかろとしていた妖怪たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 

「――へっ?」

 

 そんな中、一人逃げ遅れるねずみ男。立ち尽くす彼に容赦なく怒りの業火が襲い掛かる。

 

「――あっち!? あっちぃいいいいいいいいいい!!」

 

 ねずみ男は瞬く間に火だるまとなり、体に燃え移った火を消そうと必死に地べたを転がり回り、最終的に近場にあった川へ飛び込んで炎を鎮火する。

 なんとか火は消し止められ、黒焦げになったねずみ男の焼死体(一応息はある)がプカプカと川に浮かび上がった。

 

「――なんの騒ぎだ?」

「――全くうるさいのう……静かにせんと、チューするぞ!!」

 

 妖怪たちの悲鳴を聞きつけ、たまたま近くを通りかかったゲゲゲの鬼太郎、そして砂かけババアがその場に現れる。

 

「ああ……お騒がせして申し訳ありません」

 

 現場に駆け付けてきた彼らを前に、清姫は素直に炎を引っ込めた。

 

「目の前に大声で嘘を付いている恥知らずな輩がおりましたので……私ったら、ついうっかり燃やしてしまいましたわ、ふふっ」

 

 チラッと焼け焦げたねずみ男を見下しながら、少女はにこやかに鬼太郎たちへ頭を下げる。

 

「見ない顔じゃな、お嬢さん。君は……どこの妖怪かのう?」

 

 鬼太郎の頭からひょっこりと顔を出す目玉おやじ。

 ねずみ男が酷い目に遭うのはいつものことと、黒焦げになった彼のことは目もくれず、目玉おやじは初対面である少女の妖怪に何者かと問いを投げかける。

 その問い掛けに、少女はさらに恭しく姿勢を正して挨拶の礼を述べた。

 

「あらあら……私としたことが、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

 

 

 

「私――『清姫』と申します。以後お見知りおき下さい。ゲゲゲの森の皆々様――」

 

 

 

×

 

 

 

「清姫か。確か……『今昔物語集』にも載っとる。紀州辺りの妖怪だったかのう?」

「あら、よくご存じで……」

 

 清姫の自己紹介に砂かけババアは茶を啜りながら古い記憶を辿っていく。自身のことを知っている砂かけババアに清姫は微笑みを向けながらこちらも茶を啜っている。

 先ほどの騒ぎから離れ、現在清姫はゲゲゲハウスにお邪魔していた。そこで鬼太郎や砂かけババアと机越しに向かい合い、お茶を頂く清姫。

 彼女はこのゲゲゲの森にいたるまでの道中を、自身の成り立ちから語って聞かせていく。

 

 

 

「時を遡ること千年ほど前。舞台は紀州……今でいう和歌山県から私の物語は始まりました」

 

 もともと清姫は人間――それも豪族、所謂貴族の出身だった。 

 彼女は豪族の一人娘として、それはそれは大切に育てられた。蝶よ花よと愛でられ、いずれは相応しい家柄の下へと嫁ぎ、人としてささやかな生を終える――その筈だった。

 だがその日――彼女は人生を狂わせる運命の出会いと遭遇する。

 

「あの日、私の生家にあの御方が……安珍様が訪れて下さったのです!」

 

 清姫が夢見る乙女のように語る安珍様とは、お坊さん――旅の僧のことである。

 当時、修行僧が宿を貸してくれと頼んでくることは珍しいことではなかった。だが清姫はよりにもよって、一夜の宿を借りに来たその修行僧に一目惚れしてしまったのである。

 

「あの方こそ私の運命の相手……翌朝には旅立ってしまうあの方の下へ、私は一夜を共にしようと夜這いをかけたのです!!」

「ぶぅー! よ、夜這い!?」

 

 あまり興味無さそうに話を聴いていた鬼太郎が、そのとんでも発言に茶を吹き出す。

 ちなみに当時の常識としては男性が女性に夜這いをするのが一般的であり、女性が男性に夜這いをかけるのは絶対にあり得ない。ましてや当時、清姫は十二歳――今でいう小学生である。

 

 『小学生』である。

 

 いかに結婚の早かった時代とは言え、流石に早すぎる。ましてや安珍は旅の僧。当然の如く彼は清姫の誘いを断った。

 

「すげなく断われる私……けれど、私は諦めませんでした!!」

 

 だが想いを断ち切ることができず清姫は食い下がる。そんな彼女に――安珍はひとつの『約束』を交わした。

 

『――帰りにはきっと立ち寄るから』

 

 清姫はその言葉を信じ、大人しく安珍に別れを告げた。きっと帰りの道中で立ち寄ってくれるであろう彼を待ち続ける日々が始まる。

 

「ですが……約束の日。待てども待てども安珍様は来てくれませんでした。日が落ち、足が棒になり、最後まで私はあの御方をお待ち申し上げておりましたのにっ!!」

「……う、うむ。それは大変じゃったのう」

 

 段々と熱を帯びていく清姫の語り口。彼女には火を操る能力があるらしいが、その炎を上手く制御できず、漏れ出た火の粉が飛び火し、目玉おやじたちが肝を冷やす。

 自身の能力を制御できなくなっていることにも気づかず、さらに清姫は熱く語る。

 

「そう……その時になって私は気づいてしまったのです。あの方が私との約束を破ったことに――」

 

 安珍が――『嘘』をついていたことに。

 

「私は必死にあの方の後を追い掛けました。もう一度お逢いしたくて、何故嘘をつかれたのか確かめたくて……」

 

 清姫は安珍の背中を求め、彼が辿ったであろう後を走って追いかけた。

 当時、清姫のような位の高い女性は歩くことすらはしたないと思われていた時代。それが身綺麗な格好のままで飛び出し、着物を振り乱して走る様は実に異様な光景に見えたことだろう。

 

 激情と憤怒に駆られて追跡を開始した清姫。彼女は走って、走って、走り続け――。

 執念の果て、ついに安珍に追いついた。しかし――彼の名を叫ぶ清姫に安珍は無情にもこう言った。

 

『――人違いです』

 

「ええ、嘘に嘘を重ねたのです。そのような不誠実……どうして許すことができるでしょうか?」

「う、うむ……そうじゃな。嘘はいかんな……」

 

 完全に病んだ目つきで語る清姫に迂闊なツッコミを出来ず、適当に相槌を打つ砂かけババア。 

 そして、ついに『安珍・清姫伝説』はクライマックスへと差しかかる。

 

「怒りのあまり……私はその身を人であることを保つことができなくなりました。気が付けば、私の体は人ならざるモノ――巨大な大蛇となって、安珍様に襲い掛かったのです」

 

 可愛さ余って憎さ百倍。安珍に裏切られた絶望と怒りが清姫を妖怪として転身させてしまったのだ。大蛇となった清姫に理性はなく、ただ安珍を求める怪物として彼に襲い掛かった。

 

 清姫から安珍は命からがら逃げ出し『道成寺』という寺に助けを求めた。

 彼女をやり過ごすべく、寺の住職は鐘撞につかう鐘をおろし、その中に安珍を隠して匿った。

 

 だが――不運にも安珍の草鞋の紐が鐘の外にはみ出し、彼は清姫に見つかってしまう。

 

 ああ、あわれ。逃げ場を失くした安珍は清姫の炎で蒸し焼きになって殺されてしまう。

 その時の情景が、現代にもわらべ歌として伝わっている。

 

『トントンお寺の道成寺 釣鐘下ろいて身を隠し

 安珍清姫蛇に化けて 七重に巻かれてひとまわり ひとまわり』

 

 

 

「うむ、そうじゃったな。確かその後……お前さんは絶望に悲観し、入水自殺を遂げたという話じゃったが……」

 

 当事者から話を聞き、砂かけババアはうろ覚えだった清姫・安珍伝説の詳細を思い出す。彼女の記憶が確かであればその後、清姫は安珍の後を追って自殺した――という結末になっている。

 しかし、当人が言うにはその下りには若干の相違点があるらしい。

 

「ええ、私もそうしようと思ったのですが……そこに偶然、法師の一団が通りかかりまして……」

 

 寺の住職が安珍を救うべく助けを求めた際、たまたま近くに法師の一団がいたという。残念ながら安珍救出には一歩遅かったものの、その法師たちは怒り狂う清姫を鎮め、その地に彼女を封じたという。

 

「そのまま封じられて千年……つい数年ほど前、何かの拍子で封印が壊され私は現代に蘇りました」

 

 千年もの長きの間封じられていた清姫は、そうして現代に解き放たれた。蘇った彼女は角こそ生えてはいたが、ほとんど人の形を保っていた。

 思考も些か冷静になり、自身のこれからを考え、彼女は自らの『願い』を叶えるべく旅に出ることになる。

 

「そう! 今度こそ安珍様と添い遂げるべく……私はあの方を捜し求める流浪の旅に出ることにしたのです!」

「……えっ? 安珍さんは君が……その、焼き殺したんじゃないのか?」

 

 清姫の出したその結論に鬼太郎が些か困惑する。

 焼き殺した筈の安珍を捜す? それも千年後のこの現代で?

 

「ええそうですとも……安珍様は死に、嘘つきの罪できっと地獄に堕ちました。けれど、あれから千年も経っているのです」

 

 いったいどういうことかと鬼太郎が尋ねるが、清姫は特に取り乱した様子もなく答える。

 

「それだけの時があればきっと生前の罪を償い終え、輪廻の輪を潜りこの世に転生している筈。生まれ変わった安珍様の魂と添い遂げる。それこそ、現代に蘇った私の切なる望みなのです!!」

「ああ……なるほど、そういうことじゃったか……」

 

 清姫の主張に呆れながらも目玉おやじが納得する。

 

『輪廻転生』という考え方が仏教にある。

 死んであの世に還った霊魂が、再びこの世に生を受けることだ。清姫は安珍の魂も生前の償いを終え、この現代に転生していると考えたのだろう。途方もない話に思えるが、一応辻褄は合っている。

 

 そうした旅の途中、清姫はこのゲゲゲの森に立ち寄り、ねずみ男が『嘘』をつく場面に遭遇した。

 

「どういうわけか私……他人の嘘がわかってしまうのです。あの小汚いねずみは臆面もなく堂々と嘘八百を並べ立てていましたので、ついうっかり燃やしてしまいましたの、ふふっ」

 

 今の姿に留まった清姫には二つの力が備わっていた。

 炎を操る力と、人の嘘を見抜く力である。二つの能力を駆使し、清姫はねずみ男にお仕置きを与えたのだろう。

 そこをたまたま鬼太郎たちが通りかかり、今にいたる。

 

「ま、まあ……見つかるかどうかは別として、今日はもう遅い。袖振り合うも他生の縁じゃ。今日はこの森でゆっくり旅の疲れを癒すといい。オババよ、一晩彼女を泊めてやってはくれんか?」

「ん……ああ、ワシは構わんが?」

 

 清姫という妖怪の根本をとりあえず理解した目玉おやじ。長々と話していたためか既に外が暗くなりかけていることもあって、目玉おやじは今日一日、このゲゲゲの森に泊まることを清姫に提案する。

 相手が女性であることから、砂かけババアの家に。砂かけババアもその提案に不満を述べることなく頷く。

 

「……そうですわね。そうさせてもらうと助かります」

 

 彼らの提案に清姫はにっこりと笑顔を浮かべ、感謝の意を示していた。

 

 

 

 

 

「――父さん、彼女……大丈夫でしょうか?」

 

 砂かけババアの家にお邪魔するべく、ゲゲゲハウスを後にする清姫の後ろ姿を小窓から鬼太郎が心配そうな表情で見下ろす。このとき鬼太郎が不安に思ったのは彼女の旅路ではない。彼女の妖怪としての『在り方』だ。

 

 嘘をついたという理由でねずみ男を消し炭にした清姫。相手が無駄に頑丈なねずみ男だからこそよかったものの、あれをもしもただの人間相手にやれば大惨事である。

 愛した男性に騙されて傷ついた彼女の気持ちはよくわかったが、ただ嘘を付かれたという理由であの調子で暴れられても困る。

 おそらく、このゲゲゲの森にいたるまでの道中でも、似たような騒ぎを起こしてきたと容易に想像できる。

 

「うむ、普通に話す分には問題なさそうなんじゃがな……」

 

 目玉おやじも鬼太郎と同じ懸念を抱く。しかし清姫とて、こちらが嘘を交えずに話す分には見た目に違わぬ普通の少女然としていた。

 穏やかで淑やかな振る舞い、非常に礼儀正しい態度で鬼太郎たちと接していた。安珍の嘘を振り返る場面で幾度となく『危険なオーラ』を纏ってはいたが、それを理由に退治するわけにもいかない。

 

「あまり人々に迷惑を掛けなければよいのじゃが……」

 

 とりあえず、目玉おやじは暫く様子を見るしかないと呟きを漏らす。

 

 これからの旅の道中、嘘を理由に彼女が『大惨事』を起こさないことを信じて――

 

 

 

 

 

「――なるほど。嘘を見抜く力ねぇ……」

 

 だがこのとき、ゲゲゲハウスの裏側で鬼太郎と清姫の会話を盗み聞きしているものがいた。

 

 ねずみ男である。

 

 大事な一張羅を真っ黒こげにされながらも、一命を取り留めた彼はなんとか自力で這い上がり、鬼太郎たちと清姫の様子を窺っていた。

 彼女の身の上話から、何か弱みでも握って仕返しできないかと小さな復讐心を滾らせながら、彼はこっそりと耳をすませる。

 だが、清姫の持つ能力――『嘘を見抜く力』とやらに着目し、ねずみ男はその瞳をギラつかせる。

 

「確かにやっかいな能力かもしれねぇな~……けど――」

 

 嘘や御託を並び立てて人を煙に巻くことを得意とするねずみ男にとって、彼女の力は脅威ではある。しかし――

 

「バカとハサミは使いよう……てね、シッシシ!」

 

 彼はいやらしい笑みを浮かべながら、その力を上手く利用する手段を思いついていた。

 

 

 

 金儲けの手段として――。

 

 

 

×

 

 

 

「それではお世話になりました、おババ様」

「うむ、道中……気を付けるんじゃぞ」

 

 翌日の早朝。砂かけババアの家に一晩泊めてもらった清姫。彼女は砂かけババアに別れの挨拶を済ませ、再び安珍を捜す旅の出るべく、ゲゲゲの森の出口へと向かっていた。

 朝早くということもあり、誰ともすれ違うことなく清姫は木漏れ日が降り注ぐ中を歩いていく。

 だが出口まであと少し、といったところで――。

 

「よお! 待ってたぜ、お嬢ちゃん!」

「あら、あなたは……」

 

 そこで清姫の到来を待ち構えていたねずみ男に遭遇する。顔を合わせるや、清姫は生ゴミを見るような目つきでねずみ男を見下す。 

 

「ああ……昨日の嘘つきさんではありませんか? 何ですか? 性懲りもなく燃やされにきたのでしょうか。懲りない困ったお方ですこと、ふふっ」 

 

 昨日の第一印象から清姫がねずみ男に抱く印象はマイナス評価。彼女は自分の眼前に立ち塞がる彼を問答無用で消し炭に変えようと、メラメラと炎を焚き始める。

 殺気立つ清姫に、ねずみ男は慌てて彼女を制止する。

 

「ちょっ!? たんま! たんま! 昨日は俺が悪かったって! お詫びといっちゃなんだが……アンタにいい儲け話を持ってきたんだ。どうだい、アンタも一口噛まないか?」

「……はぁ? 儲け話ぃ~?」

 

 ねずみ男の口から出た言葉に、呆れた様子で清姫は『小汚いネズミ』に絶対零度の視線を向ける。

 

「馬鹿馬鹿しい……どうして私がそのような話に乗らなければならないのか、理解できませんね。私、別にお金に困っているわけじゃありませんので」

 

 清姫という妖怪は特にお金がなくても生きていけていた。ここまでの道中も徒歩、交通費なども必要としなかったし、基本寝泊まりも野宿だ。

 食料などもその辺の野生の鹿や猪を捕まえ、自前の炎で適当に調理して食してきた。

 特に贅沢がしたいわけでもない、安珍を捜し出すことこそ彼女の全てなのだ。人間社会に潜り込んでまで、お金を必要とはしていなかった。だが――

 

「へぇ~そうかい。それじゃあ聞くが……これからこの先、どうやって安珍とやらを捜し出す気だい?」

「……?」

 

 ねずみ男の意味深な問いに、彼を燃やすため炎を飛ばそうとしていた清姫の動きが止まる。彼女が疑問符を浮かべたチャンスを逃さず、ねずみ男は捲し立てる。

 

「聞いたぜ、お嬢ちゃん。アンタ……安珍って坊さんの生まれ変わり捜してるんだってな? けど、この世界は広いぜ? 闇雲に捜しまわったところで、そう簡単に見つかる訳がねぇ……」

「何ですって……?」

 

 安珍は見つからない。その言葉にビキリと額に青筋を浮かべる清姫。しかし怒れる表情の清姫にも臆さず、ねずみ男は続ける。

 

「いやいや、落ち着けって……俺が言いたいのはもっと効率よく捜す方法があるんじゃないかってことさ。たとえば……これだっ!!」

 

 そう主張しながら、ねずみ男は画面の割れた自身のスマートフォンを清姫に見せつける。

 

「……なんですか、その小汚い板のようなものは?」

 

 現代に蘇って日が浅いためか、一目でそれが何なのか理解できない清姫。ねずみ男はスマホというものがいかなる代物なのか。現代文明に疎い清姫にも分かるよう、懇切丁寧に説明してやる。

 

「――なるほど。俗にいう『いんたーねっと』というやつですね。聞いたことくらいはありますが……」

 

 ねずみ男の話を聴き終え、とりあえず清姫はある程度のことを理解する。どうやら、インターネットに関する知識はこれまでの旅の道中で耳にしたことくらいはあるようだ。

 

「おうよ!! こいつを使えば、掲示板で世界中の人間に問いかけることができるんだぜ! 『安珍様を捜してる。どこかで見かけませんでしたか?』ってな!!」

 

 答えてくれるかは別問題だが、確かにねずみ男の言うとおり。掲示板や知恵袋といったサイトに書き込みすることはできる。それにより、清姫が安珍を捜している事実を世界中の人間に報せることができる。

 

「だが、こいつを手に入れるのにも、運用するのにも少なからず金が要る。悲しいがそれが資本主義ってもんなのよ……」

 

 達観した様子でうんうんと頷きながら、さらにねずみ男は畳みかける。

 

「それに、まとまった金があれば懸賞金を掛けて人に安珍の行方を捜させることも出来るし、興信所……探偵って奴等に安珍の捜索を正式に依頼することだって出来るんだ。どうでい? アンタ一人で闇雲に捜すより、遥かに効率的だと思わねぇか?」

「む……そ、それは確かにそうですが…………」

 

 ねずみ男の提案に清姫の心が揺らぐ。

 実際、ここ数年は彼女が一人で安珍を捜しており、手掛かり一つ掴めないでいる。いつか巡り合えると心の奥底から信じてはいるが、一日でも早く会いたいというのが彼女の正直な心情だ。

 それが実現できるというのならば、そういった手段も悪くないと思える。

 

 そして――清姫にとって何より大事なことなのだが。

 それはここまでの話で、ねずみ男が『嘘を何一つ付いていない』ということだった。

 

 結局のところ、清姫にとって他人という生き物は嘘を『ついているか』『いない』かで評価が二分される。

 それまでねずみ男にきつい態度をとっていたのは、初対面に彼が嘘を付いていたからだ。嘘のない情報を自分にもたらした時点で、清姫の中の彼に対する評価は大分上向きに修正されていた。

 

「……まあ、いいでしょう。とりあえず……話だけでも聞いてあげます。私に何をお望みで?」

 

 とりあえず話を聞く態勢になり、炎を引っ込める清姫。

 もし、ここでねずみ男が『体を売れ』などとほざいていれば、清姫とて顔を真っ赤に今度こそ、塵一つ残らず彼を焼き尽くしていたことだろう

 だが、このときねずみ男が考えていた金儲けの手段は清姫が思いもつかない方法だった。

 

「な~に……簡単なことさ。アンタのその嘘を見抜く力。そいつをちょっとばかし貸して欲しいだけなのよ、くくくっ……」

「???」

 

 実際に口にされた時点でも、それがいかなる方法なのか清姫には想像も出来なかった。

 

 

 

×

 

 

 

「――もう限界! 離婚よ!」

「――ああ、いいぜ!! こっちだって、お前の我侭にこれ以上振り回されてたまるか!!」

 

 現在、たった今離婚を宣言した一組の夫婦がいた。

 原因は性格の不一致、暴力、精神的な苦痛、浪費癖、性的不調和と家庭によって様々だが、その結論に到達する夫婦は決して珍しくない。

 そして、いざ離婚となれば問題となるのは『財産分与』である。

 誰だって貧乏は嫌だろう。幸せになる筈だった自分の人生をぶち壊した相手には一銭だって払いたくない。少しでも自分が有利な立場で離縁したく、ありとあらゆる手段で相手側に非を認めさせたい。

 

「……あんた、浮気してたでしょ?」

 

 そんなときに一番手っ取り早い手段が『浮気』である。離婚の原因に浮気を認めさせれば、ほぼ100%裁判でも有利に立てる。当然、そんなことは相手側も承知の上。だからこそ、浮気を疑う妻の言葉に夫ははぐらかすように答える。

 

「はぁ? してねぇよ……そんなもん!!」

 

 実際に浮気をしていても、ここで素直に頷く者はいない。だからこそ、離婚を切り出す前に探偵などに浮気調査を依頼するのが一般化しているのだが。

 このとき、妻がとった手段は思いもよらない方法だった。

 

「へぇ~、シラを切るつもり? いいわ……先生お願いします!!」

「あっ? なんだこいつら……?」

 

 既に準備をしていたのか、妻が声を上げると同時に部屋の中に一組の怪しい男女が現れる。

 

「いや~、どーもどーも。此度はご利用ありがとうございます!」

「…………」

 

 小汚い恰好をした男に、身綺麗な着物らしき和服に袖を通す美少女。愛想笑いを振りまく男とは対照的に、少女の方は冷たい視線を夫へと向けている。

 二人の風体に怪しむ夫に対し、妻は再び問い尋ねる。

 

「もう一度聞くわ。あんた『浮気』してたでしょ?」

 

 しつこく食い下がる質問に、夫は苛立ちながら吐き捨てる。

 

「だから……してないって、『浮気』なんて! 何度言ったら――――」

 

 たび重なる追及にキレかける夫。しかし、夫が何かを叫ぶ前に――

 

「――はい、『嘘』です」

「!?」

 

 夫の言葉を嘘と断定する少女の言葉が冷淡に響き渡り、彼の心胆をギクリと凍えさせる。

 実際、夫は浮気をしており、今回の離婚騒動もそれを発端とした互いの心のすれ違いが原因である。だが、それを認めれば自分が悪者になってしまう。夫は言い逃れをするのに必死だ。

 

「い、いきなり何を言ってるんだ、アンタ!? だいたい……何を証拠にそんなことをっ!?」

 

 どうして自分の嘘がバレたのかは不明だが、証拠がなければ裁判に取り上げられることもない。

 しかし、妻は追及の手を緩めない。複数の女性の写真を机の上に取り出し、一つ一つ指さしながら夫への尋問を続けていく。

 

「浮気をしてるのはこの子? それともこっちの女? 白状しなさい!!」

「だ、だから浮気なんてしてないって……なんなんださっきから!!」

 

 しつこく食い下がる妻に、夫はまだ誤魔化しきれると怒鳴り声を上げる。ところが――

 

「……右から二番目の女性。彼女を指さされたときに『嘘』をつきましたわ」

「なっ!?」

 

 またしても夫の言葉を嘘と見抜く少女。しかも、今度はピンポイントで浮気相手まで言い当ててしまう。

 

「って……課長の奥さんじゃない!? あんた、そんな人に手を出したの!?」

「おやおや。これは所謂、ダブル不倫……てやつですね? いやはや、恐れ入りました」

 

 驚く妻にニヤニヤと笑みを浮かべる小汚い男。一方、続けざまに嘘を直に言い当てられ、夫は内心テンパっていた。

 

「な、なな……なんなんだよ! 俺がその人と……どうやって浮気したっていうんだよ!?」

 

 しかしまだ大丈夫だと。夫は最後まで黙秘を貫こうと覚悟を決めたところで、今度は小汚い男の方が詰め寄ってくる。

 

「『自宅』『職場』『上司の家』『アパホテル』……」

「――っ!?」

 

 小汚い男は浮気場所の候補と思われる名前を口にしていく。すると――

 

「アパホテル……という部分で厭な匂いがしました。おそらく逢引先はそこでしょう……汚らわしい!!」

「ひぃっ!?」

 

 今度は贔屓にしていた浮気場所までズバリと言い当てられ、夫は少女に対し恐怖心を抱く。

 何故こうも次から次へと自身の嘘を見破ってしまうのか。自分に侮蔑の表情を向けてくる少女の存在に、ついに夫は腰を抜かしてヘタレこんでしまう。

 

「さあ!! この調子で洗いざらい吐いてもらうわよ!!」

 

 完全に戦意を喪失した夫へ、妻はさらに猛攻を仕掛けていくこととなる。

 

 

 

 

 

 一時間後。

 

「ありがとう……これは今回の謝礼よ」

「毎度あり!! また何かお困りの際は、ビビビサービス『嘘見破り相談室』までご連絡を!」

 

 あれから何度も質問を重ね続け、ついに夫は浮気相手との不倫を認めた。この証拠を裁判所に持ち込めば、妻の勝訴は確実。妻は今回の功労者――嘘見破り相談室所長、ねずみ男に分厚い封筒を手渡す。

 

「それじゃ……次の依頼がありますんで!」

 

 金を受け取るや、ねずみ男は用は済んだとばかりに車に乗り込む。後部座席には『嘘を見抜く』という仕事を終えた清姫が仏頂面で座り込んでいた。

 彼女を連れ、ねずみ男は次なる依頼人――『彼女の嘘を見抜いて欲しい』という男性の下へと車を出す。

 

 

 これこそ、ねずみ男が考え付いた金儲け――『他人の嘘を見抜くこと』を商売にするサービス業である。

 

 

 今の世の中、大半の人間が人には言えないような秘密や本音といった弱みを隠しながら生きている。

 そこに隠されている『嘘』を見抜き、揺さぶりや脅しを掛けることで利益を上げることをねずみ男は思いついた。

 先ほどの離婚相談での浮気相手の調査など序の口。既に何件かの依頼をこなし、ねずみ男と清姫の『嘘見破り相談室』は多額の利益を得ていた。

 

 あるときは、恋人の嘘を見抜いて別れさせてくれと若い男女に頼まれ――。

 あるときは、同僚の弱みが真実かどうか確かめてくれと平凡な会社員に依頼され――。

 またあるときは、組織の大事なブツをどこかへと隠した売人の口を割らしてくれと協力を求められ――。

 またあるときは、テキ屋のインチキを証明してくれと動画投稿者に同伴を求められた。

 

 当初、インチキ臭いとネットで叩かれたりもしたが、清姫の嘘を見破る力が本物であることが仕事を通して証明され、口コミで評判が爆発的に広がり、さらに依頼者の数は激増していく。

 

「うししっ! 今日も絶好調だぜ!」

 

 右肩上がりの収益に、ねずみ男はホクホク顔で笑いを堪えきれずにいる。

 その一方で――。

 

「……………………ふぅ~」

 

 依頼をこなせばこなすほど、清姫のストレスは加速度的に増していく。

 

 

 

 この仕事を始める前、清姫はねずみ男から何度も念を押された。

 

『――いいか? 相手が嘘を付いても、手を出してくるまでは燃やそうとすんじゃねぇぞ? 客が来なくなっちまうからな……』

 

 嘘を蛇蝎の如く忌み嫌う清姫にとっては、まるで理解できないことばかりだ。

 

 どうして、わざわざ嘘を付いてまで自身の弱みを隠そうとするのか。嘘で取り繕うくらいなら、最初から弱みなど作らなければいいのに。

 この商売だってそうだ。何故他者の嘘を見抜くことを、これほどまでに望む依頼人が後を絶たないのか。

 どうして嘘を付いた不埒者に手を出してはいけないのかと、清姫は怒りを抑えきれずにいる。

 

 ――けど、これも安珍様のため、安珍様のため…………。

 

 だが、必死に自分に言い聞かせることで、何とか清姫はこの『嘘だらけの仕事』を耐え抜いていた。

 

 あとちょっと、もう少しすれば目標金額まで到達する。そうすればまとまった金が手に入り、探偵とやらに大金を使って安珍を捜させることができる。

 そうすれば、こんな不愉快な仕事ともオサラバだと、最後まで我慢することを安珍へ捧げる愛に誓う清姫――。

 

 

 

 

 だが、その我慢が――既に限界ギリギリまで来ていたことを、ねずみ男も清姫自身も気づけずにいた。

 

 

 

 




登場人物紹介

 清姫
  ご存じヤンデレバーサーカー。
  今回はサーヴァントなどの設定がないので、あくまで生身の妖怪としての登場。
  性格や行動原理などは、ほぼ原作に近づけています。
  彼女の物語を詳しく知りたい方は『教えてFGO! 偉人と神話のグランドオーダー」を是非お読みください。

 安珍
  清姫に惚れられてしまった哀れな暗黒イケメン。
  キノコ日記的には――ゲイだったという話を小耳に挟みましたが……




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道成寺の清姫 其の②

やはりバトル描写を最後に持っていこうとすると、長くなってしまう。
二話で終わらせたかったけど、だいたい三話が妥当なラインになるようです。


 大なり小なり、人間社会は本音や建て前などといった――『嘘』によって成り立っている。

 

 上司や同僚、家族相手であれ、自身の抱くものを全て吐き出す人間は少ないだろう。

 不満や怒り、そういった感情を腹の奥底に溜め込み、張り付けた笑顔で上手いこと誤魔化す。そうすることで、人間はこの社会で折り合いをつけることができる。

 もしも誰もが正直に、自身のやりたいことや言いたいことをところ構わず吐き出すようになれば、たちどころに人間関係は破綻し、社会全体が壊れていってしまう。

 

 この世界で生きていく上で、『嘘』というものはある程度許容しなければならない不可欠な因子なのだ。

 

 だが――最愛の人・安珍に騙された妖怪・清姫。『嘘』をなにより嫌悪する彼女にとって、そんな社会は決して理解できない。耐え難い苦痛に塗れたものであった。

 

 生まれ変わった安珍を捜すため仕方なく大金を必要とし、ねずみ男と『嘘見破り相談室』なるものを立ち上げた彼女。だが、既にその我慢も限界に近づいていた。

 嘘つきばかりの相手、自分も嘘をつく癖に他人の嘘を見破って欲しいと依頼してくる厚かましい人間たち。その全てが彼女の癪に障る。

 みるみると膨れ上がる清姫の癇癪玉。それは徐々に、しかし確実に――

 

 

 破裂するその瞬間を静かに待ち続けていた。

 

 

「……………ああ、イライラしますわね」

 

 その日、最後の仕事をこなすべく、清姫はとある都内の大病院に訪れていた。この仕事を終えれば最初に定めた目標金額に到達する。

 これ以上お金を稼ぐ必要もなくなり、安珍を捜すという自身の目的に慢心することができると、清姫はどうにか苛立ちを抑えていた。

 

 彼女とねずみ男がこの病院に訪れたのは、誰かから依頼を受けたからではない。ねずみ男はこの病院の院長と秘密裏に面会し―—とても表沙汰にできないような案件を話し合っていた。

 病院にまつわる黒い噂。医療ミスの隠蔽、反社会勢力との繋がりなどの真偽を清姫の力で見破り、それを公にしないことを条件に金を引き出す算段。

 

 つまりは脅迫である。

 

 立派な犯罪だが清姫は大した抵抗感もなく、ねずみ男の指示通り院長の嘘を見抜いて彼が金を搾り取れるように段取りを整えてやった。 

 清姫にとって『嘘』こそが『悪』。

 弱みを握られるような秘密を隠し持っていた時点で院長の落ち度。同情の余地もなく、特に罪悪感を抱くことなく仕事をやり終え、病院の待合室で待機していた。

 

「……それにしても長いですわね。まだ終わらないのかしら」

 

 とっとと帰りたい清姫は待たされている間、ずっとイライラしていた。相当ストレスが溜まっているのが傍目から見ても丸わかりなのだろう。病院関係者も患者も、誰もが腫れ物に触れるかのように彼女から遠ざかり、周囲を重たい空気が支配する。

 

「――ほら! あと少しよ! 頑張って!!」

「――う、うん。ボク頑張るよ!」

「……?」

 

 そんな空気の中、誰かを励ます声と、その声に勇気づけられる少年のものらしき返事が響いてくる。

 清姫がチラリとそちらに視線を向けると――そこには松葉杖をついて一人で歩こうとする少年、それを見守る医者と看護師の姿があった。

 その少年は足を負傷してこの病院に入院したのだろう。再び己の足で歩くためのリハビリに励んでいる様子。それを見守る医師たちも真剣で、実に感動的な光景として周囲の人々の涙を誘う。

 

「…………」

 

 だが清姫は、その光景を特に何を思うことなく眺めていた。すると彼女の視線の先で少年と医師が何やら言葉を交わしていく。

 

「先生……ボク、もう一度走れるようになりますか?」

「も、勿論だよ! リハビリを頑張れば……『また昔のように走れるようになる』さ!」

 

 

「…………」

 

 

 その会話に――清姫は重い腰を上げ、少年の方へと近寄っていく。

 

 

 

「――ふぅ~やれやれ。ワシももう歳かのう……」

 

 その日、腰を摩りながら歩く老婆――砂かけババアも、たまたまその病院を訪れていた。

 妖怪として長いこと老人をやってきた彼女は、ここ最近腰痛で悩んでいる。その治療の薬など、昔は自分で調合したりしていたのだが、最近は人間の湿布や薬のほうが効果が高いことに気づいてしまう。

 妖怪としてのプライドもかなぐり捨て、砂かけババアは素直に人間の医療を頼りに頻繁に診察に訪れていた。

 

「しかし……やはり、待ち時間が長いのが欠点じゃな……」

 

 診察までの長い待ち時間に関して愚痴りながら、彼女は処方された薬を手に病院を後にしようとする。すると―—

 

「――な、何を言ってるんだ。君は!?」

「ん? なんじゃ騒がしい。静かにせんか! ここは病院じゃぞ――」

 

 男性の悲鳴のような叫び声が院内に響き渡る。時間と場所を顧みない大声に思わず注意しようとそちらを振り返る。

 

「……って、あれは……清姫ではないか?」

 

 だが視線を向けた先に見知った顔の少女、清姫の姿を見つけ思わず出かかった言葉を砂かけババアは引っ込める。清姫は病院の医師らしき男と対峙しており、二人の間には松葉杖をついた少年が困惑した表情で立ち尽くしている。

 

 

 

「ですから……先ほど申し上げた通りです」

 

 清姫はうんざりした様子で、懸命にリハビリに励んでる少年に向かって平坦な口調のまま言い放つ。

 

「そちらのお医者様の言葉は『嘘』です。貴方の足は元には戻りません。お気の毒ですが、それが事実です」

「え? え、え?」

 

 彼女は少年の主治医に嫌悪の感情を浮かべながら、嘘を見破る能力で知った事実を口にする。通りすがりの彼女から真実を告げられた少年は、何を言われたのか理解できないようで呆然としている。

 

「な、何を……部外者がいきなり……適当なこと言わないでくれたまえ!」

「あん?」

「ひっ!?」

 

 隠していた事実を見抜かれ、医師は清姫を黙らせようと声を荒げるも、殺気だった彼女のひと睨みで逆に怯んでしまう。嘘つきな医師の戯言を黙らせ、清姫はため息を吐きながら続ける。

 

「まあ……私、医者ではありませんので怪我の具合に関してはっきりとしたことは申し上げられませんが、少なくとも――そちらのお医者様は貴方の足が元どおりになるなど、微塵も思っておりませんよ?」

 

 清姫にとって『嘘』をつくことこそが『悪』なのだ。だからこそ、ありのままの事実を正直に述べる。

 たとえ、その嘘にどのような意図があろうとも関係はなかった。

 

「おう! 待たせたな……って、なんだ? なんかあったのか?」

 

 ちょうどその時になって、院長との話を終わらせたねずみ男が姿を現す。その場の緊迫した空気に何事かと彼が尋ねるも、清姫は何事もなかったように踵を返し、その場を後にしていく。

 

「また走れるようになりたいのであれば、転院をお薦めします。では、私はこれで……失礼しますので」

「………」

「………」

 

 取り残された者たちがどのような思いを抱いていたかなど、まるで関心を示すこともなく。

 

 

 

×

 

 

 

「……それで? 話の方は上手くまとまったのですか?」

 

 ねずみ男の運転する車内。後部座席で窓を流れていく景色を漠然と見つめながら、清姫は首尾を尋ねる。自分が不愉快な思いまでしてお膳立てしたのだから、その程度の仕事出来て当たり前だろうとやや上から目線に。

 

「ああ、バッチリよ! 口止め料に一千万は固いだろうな。ケケケっ!!」

 

 運転席でハンドルを握りながら、ねずみ男は上機嫌に下品な笑みを浮かべる。院長への脅し――もとい、話し合いはつつがなく済んだらしい。

 もっとも、ねずみ男の万事上手くいったという報告にも、清姫は特に喜色の表情を浮かべることはなかった。

 

「そうですか、それは結構……では、そろそろ今月のお給金を受け取りたいのですが?」

 

 そのまま抑揚のない声音で清姫はねずみ男へ自身の取り分を要求する。彼女の催促にねずみ男は僅かに顔を顰め、分厚い札束の入った封筒を差し出しながら舌打ちする。

 

「ちっ……ほらよ。今月のお前さんの取り分だ」

「どうも。……念のため確認しますが、配当を誤魔化したりはしていませんね?」

「し、してねぇよ! 約束通り、儲けはお前さんと俺とで山分けだ……う、嘘なんかついてねぇぞ!?」

 

 ねずみ男としてはビジネスで儲けた取り分を独り占めしたい、できることなら一銭たりとも清姫に払いたくないというのが正直な心情だ。

 だが、もしも売り上げを誤魔化し、清姫への報酬を渋ればすぐにでも彼女の能力でそれが嘘だとバレてしまう。

 清姫相手に嘘をつくことがどれだけ危険なことか。初対面の時から身に染みて分かっている。そのため、ねずみ男は腹の底で不服と思いながらも、儲けた金の半分を渡すしかないことに歯噛みする。

 

「いいでしょう。確かに……」

 

 ねずみ男が取り分を誤魔化していないことを確認し、清姫は受け取った金を懐に大事そうに仕舞いこむ。

 金そのものに執着はない彼女だが、その金は安珍を捜すために必要な出費だ。なくすわけにはいかない。

 

「では約束通り、今日で私の仕事は終わりです。適当な場所で降ろして下さるかしら? 後は自分でどうにかしますので……」

 

 清姫はそう言い、ねずみ男に車を止めるように指示する。

 安珍捜索のための必要な資金は既に集まった。これ以上、躍起になって稼ぐ必要もないと、当初に取り決めていた通り、清姫はねずみ男にこの商売を降りることを宣言する。

 だがその意見に対しては、清姫の恐ろしさを知るねずみ男も素直に頷くことが出来ずにいた。

 

「ああ、それなんだけど……考え直さねぇか? ようやく商売が軌道に乗り始めたんだ。これからじゃねぇか!」

 

 もっと儲けたい。もっと金を稼いでいい思いをしたい。

 欲深いねずみ男がそのような気持ちを抱いたのは当然のこと。せっかく思いついた画期的なビジネス、ここで終わりにするのは惜しいと清姫に考え直すように引き留める。

 

「……別に私、お金が欲しいわけではありませんので。安珍様を捜すのに、これだけあればこと足りるでしょう」

 

 だが案の定、ねずみ男の提案を清姫は突っぱねる。

 既に携帯電話の契約も済ませ、彼女の手にはスマートフォンが握られている。ネットの情報から、探偵とやらに人捜しを依頼する相場がいくらくらいか調べておいた清姫はこれ以上稼ぐ必要はないと判断する。

 今の嘘つきに囲まれた職場環境になど、微塵も未練はないと吐き捨てる。

 

「いや、でもよ……金はいくらあっても困らねぇし。安珍と一緒に暮らすのにも、もっと大金が必要だろう?」

  

 しかし、こればかりはねずみ男も中々しつこく引き下がらない。あの手この手で、どうにか清姫を思いとどまらせようと必死に説得する。

 だが、いくら言葉を重ねても清姫は頑なだった。「結構です」「しつこいですよ?」とねずみ男の執拗な勧誘にだんだんと苛立ちを募らせていく。

 

「――ちっ!! おい、いい加減にしろよ!!

 

 もっとも、これに苛立ったのはねずみ男も一緒だった。ねずみ男からすれば『生まれ変わった安珍を捜すために金を稼ぐ』など馬鹿げている。そんな世迷言のせいでビジネスチャンスを逃してなるものかと。

 

 彼はついに――勢いに任せ、口にしてはならない言葉を口にしてしまう。

 

「安珍だか知らねぇがそんなやつ、見つかる訳がねぇだろ!! そんなくだらねぇもんの為に金をドブに捨てるなんて――」

 

 

 

 

「――今……なんて仰いました?」

「――!!」

 

 

 

 自身の言動にしまったとねずみ男が後悔するも、後の祭りである。

 彼は恐る恐るとバックミラー越しに清姫の表情を窺う。

 

 そこには瞳孔を開き、蛇のような舌をシュルシュルと出し入れする清姫の無表情な顔があった。

 

「あ、いや……今のは……その……」

 

 一気に血の気が引き、青ざめた表情になるねずみ男。そんな彼に清姫は静かに告げていく。

 

「私の記憶が確かであれば……探偵に依頼した方がいいと、そう提案したのはあなたでしたよね?」

「あ……だから、それは……」

「それなのに、あなた自身は見つからないと……そんなことを思っていたわけですか?」

「いや……別に……悪気があったわけじゃ…………」

 

 口に出さなかったからこそ黙っていられたが、ねずみ男自身は安珍が見つかるなど微塵も思っていなかった。

 しかし人捜しに効率的だと、清姫に儲け話を持ち掛けたのは他でもない、ねずみ男である。つまり―—

 

「つまりあなたは…………私に――『嘘』を吐いた……ということですね?」

「ひぃっ!! ち、ちがっ……!?」

 

 その裏切り行為こそ、清姫にとっては『嘘』をついていたも同然。

 ねずみ男が言い訳する暇もなく、清姫の発する『熱』に車内の温度が急速に高まっていく。

 

 

 それまで仕事のために抑え込んでいた怒りを、暴れられなかった鬱憤を晴らすかのように、彼女は怒りの炎を解放していた。

 

 

 

×

 

 

 

「――まったく、最後まで不愉快な男ですこと!」

 

 消防車のサイレンが遠くから聞こえてくる。高く火柱を上げて炎上する車になど目もくれず、車ごと焼き払ったねずみ男の生死確認をすることもなく、清姫の思考はこれから赴く興信所へと向けられていた。

 

「しかし……これでようやく、安珍様を捜すことに専念できます。長かった……本当に長かったですわ!」

 

 清姫にとって、ねずみ男との仕事は苦難の道のりだった。嘘つきを目の前にしていながら、手を出すことが許されず我慢しなければならない。彼女にとって、これほどストレスが溜まる職場もそうそうない。

 だが、もうそんな我慢をする必要もない。やりたくもない仕事から解放された今、彼女を縛るものはもう何もない。

 自然と足取りも軽くなり、鼻唄交じりに目的地へと向かう。

 

「確か、この辺りに……ああ! ありました、ありました!!」

 

 予めネットで検索しておいた興信所――探偵事務所にたどり着く清姫。まずは一軒目、それから二軒三軒と、事務所をいくつかハシゴし、複数に跨って安珍捜索の依頼を出すつもりだ。

 そのための軍資金は用意してある。清姫は意気揚々と事務所の門を叩き、輝かしい未来への第一歩を踏み出す。

 

「待っていてください、安珍様! 今、清姫が貴方様に会いに行きますから!!」

 

 愛しい人への想いが溢れる清姫の笑顔――

 

 

 しかし、三十分と経たない内――その笑顔は虚しく曇ることとなる。

 

 

「――そのような依頼をお受けすることはできません」

「……えっ?」

 

 最初に訪れた大手の興信所。そこを本命と考えていた清姫だが、担当者の人間に依頼内容を説明したところ、すげなく断られてしまう。

 

「な、何故ですの!? お、お金ならありますのに!!」

 

 報酬が足りないのかと、相場額の二倍、三倍の依頼料を現ナマのまま見せつけて清姫は食い下がる。

 しかし、大金を目の前にしながら、冷静に首を振って担当者は答える。

 

「お金の問題ではありません。そのような途方もない依頼に大事な人員と時間を割くわけにはいきません。申し訳ありませんが――お引き取りください」

「なっ!? 何ですって!!」

 

 口調こそ丁寧だが、担当者は呆れたような態度で清姫の依頼を頑に受けようとしない。その態度に腹を立て、清姫は顔を真っ赤にする。

 

「ふ、ふん! 別に構いませんよ! 興信所はここだけではありませんから!!」

 

 ムキになってその場を立ち去り、次の探偵事務所へと足早に歩を進める。

 

 だが――

 

「――申し訳ありません、当方ではお受けできません」

「――他をあたってくれません?」

「――冷やかしなら帰んな!!」

 

 どこの探偵事務所に話を持ち込んでも、反応は似通ったものだった。時にはやんわりと、時には怪しむように、心底迷惑そうに清姫を追い払い、どこの興信所も彼女の依頼に応えようとはしなかった。

 

「何故? 何故、どこの事務所も私の依頼を受けてくださらないのですか?」

 

 清姫は怒りよりも、戸惑いを強く感じていた。

 せっかく苦労して報酬を用意したというのに、これではなんの意味もないではないかと。

 

 しかし、考えてもみればこれは当然のことである。

 清姫の依頼とは即ち――『生まれ変わった安珍様を捜し出してほしい』という、余人には理解しがたい類のものだ。人捜しを主な収入源とする探偵事務所でも、こればかりはどうにもならない。

 仮に安珍とやらが本当に生まれ変わってるとして、いったいどうやって捜せというのか。

 人相書きもなく、戸籍も分からない。どこの誰かも定かではない相手を、何の手がかりもない状態で見つけ出すなど、とても人間の調査能力の範疇ではない。

 

「いえ、まだよ。まだ、諦めるわけにはいかない!!」

 

 しかし、安珍に会いたいと恋い焦がれる清姫に、そんな真っ当な理屈が通じる筈もなく。

 彼女は挫けることなく、自身の望みを叶えてくれる探偵を求め、休むことなく興信所を虱潰しに巡っていく。

 

 そして、ついに――

 

「――分かりました。その依頼、お引き受けしましょう!」

 

 その依頼に応える探偵事務所の元に、彼女はたどり着いてしまった。

 

 

 

×

 

 

 

 その探偵事務所は薄暗い路地裏の一角、こじんまりとしたスペースに設けられていた。

 デカデカと看板が掲げられているわけでもなく、人で賑わっているようにも見えない。前もって調べておかなければ、とても探偵事務所だと判別できないような場所だ。

 清姫も最初は然したる期待もせず、仕方なくその事務所を訪れていた。当たりを付けていた興信所全てに依頼を断られ、消去法でその事務所まで足を運ばなければならなくなった。

 だからこそ、清姫もそこまで期待してなかった。どうせここでも断わられる、そんな面持ちで事務所の門を潜ったのだが――

 

「安珍様、という方の捜索ですね? ご依頼に応えられるよう、誠心誠意努めさせていただきます!!」

 

 清姫に笑顔でそう答えたのは、その事務所の所長を名乗る男だった。

 口元の笑みを絶やさず、目元をサングラスで隠した中年男性。彼は後ろに部下たちを控えさせており、その部下たちが清姫の依頼内容に戸惑う中、一人だけ平然と彼女の依頼を受けると豪語する。

 

「事務所の所員を総動員し、一日でも早く吉報を届けさせていただきますね!!」

「…………」

 

 ようやく、自分の望みを叶えてくれるかもしれない相手との会合。

 その言葉だけ聞けば、清姫は念願に一歩近づいたように思われる。

 

「……………」

 

 しかし、清姫の表情に笑顔はない。

 何故なら自身の能力により、彼女は気づいていたからだ。

 

 所長の言葉が『嘘』であることを――。

 彼が、安珍をまともに捜すつもりなどないということを――。

 

「だた……内容が内容だけに、若干経費はお高くなると思いますが……そこはご理解ください」

 

 案の定、所長は遠回しに依頼料のかさ増しを要求してくる。まともな仕事などするつもりはなく、金だけ騙し取ろうという魂胆なのだろう。

 

 ――落ち着きなさい……落ち着くのよ、清姫……。

 

 意外なことに、嘘をついた所長にいきなり襲い掛かるような真似をせず、清姫は一旦落ち着くように自身に言い聞かせる。

 口先だけとはいえ、仕事を受けると宣言したのはこの事務所が初めてのこと。 

 このときの清姫はどんな小さな可能性でも構わないと、藁をも掴む思いであった。

 

「先に言っておきますが、報酬は全て依頼完了時に……。安珍様が見つからなければ、ビタ一文払うつもりはありません!」

 

 清姫は牽制として、先にそのように宣言しておく。前金だけ頂こうという魂胆なら、これで直ぐに馬脚を露すだろう。だが清姫の言葉に動揺した素振りもなく、所長はニコニコと笑顔を浮かべたまま平然と言い放つ。

 

「ええ、勿論でございます!! 依頼料は全て成功報酬として……安珍様が見つかり次第お支払いしていただければと……」

「えっ……?」

 

 これには清姫も目を丸くして驚く。『前金ではなく依頼達成時に報酬をいただく』その部分でのみなら所長は一切、嘘をついていなかった。

 いったいそれで、どうやって自分からお金を騙し取るつもりなのか。

 

「……いいでしょう。依頼はひとまず……そちらに預けます」

 

 清姫はその方法が何となく気になり、一旦依頼を所長に預けてその場から立ち去っていく。

 

 

 

 

 そして――彼女はすぐさま引き返してきた。正面玄関からではなく裏口へと回り、清姫は窓からこっそりと事務所内の様子を覗き見る。

 

「……所長。どうするつもりです? あんな依頼受けちゃって……前金も要らないって金になんないっすよ?」

 

 案の定、室内からは所員の困惑した声が聞こえてくる。今までに清姫の依頼を断ってきた事務所同様、彼らもこんな仕事は達成不可能だと思っているのだろう。

 そんな中、所長はソファーの上に偉そうにふんぞり返りながら言う。

 

「――はっ!! バカか、テメェら?」

 

 お客様である清姫に応対していたときと態度を百八十度替え、所長は威圧的な言葉遣いで部下たちを小馬鹿にする。

 

「久し振りの極太客だ。あれだけの大金、みすみす逃す手はねぇだろ、あん?」

「でも、成功報酬でしか払わないって……どうやって依頼を達成するつもりなんです?」

 

 そう、所員が疑問を持っているように、それが清姫にも分からなかった。安珍を捜すことなく、いったいどのような手段で清姫から金を騙しとる算段なのか。

 内心の怒りを押し殺しながら、清姫は続く所長の言葉を待つ。

 

「はっ! いいか? そんなんだから、馬鹿だって言ってんだ! ちょっと、待ってろ……」

 

 すると、所長は自分の携帯でどこぞへと電話をかけ始める。電話向こうの相手に「久し振り!」や「ああ、またいつものカモだ!」などの台詞を口にし、電話は三分と経たぬうちに終了する。

 手早く通話を切った所長は口元にいやらしい笑みを浮かべ、部下たちに向き直る。

 

「俺の伝手で男を一人手配する。そいつを『安珍の生まれ変わり』として紹介するんだ……それで依頼は完了っ! てわけさ……」 

「――!!」

 

 清姫の瞳孔が開く。

 まさか、そんな安易な手段で自分を誤魔化せると思っているのかと、驚きと怒りで彼女の体からは静かに火の粉が零れ始めていた。

 

「なりすましって、ことですか? いやいや流石にバレるでしょ!?」

 

 所員たちも、そんな方法では安直すぎると懸念を口にする。しかし――

 

「はっ! バーカ!! そもそもお前ら、あの女の言ってた『安珍がどうこう』なんて話……本気で信じてんのかよ?」

「………?」

 

 所長の言葉にクエスチョンを浮かべる清姫。彼女がこっそり覗き見ているなどとも露知らず、所長は平然と口にしていく。

 

 その言葉が――どれだけ彼女の怒りを買うことになるとも知らずに……。

 

「安珍? はっ! そんな奴、この世にいるわけねぇだろ? いいか? 安珍だか、生まれ変わりだか知らねぇが……ああいうガキは、そういった妄想の中で自分の理想の男を創造してるだけなんだ。運命の相手だの、白馬の王子様だの……適当なことぶっこいてるが、要はただの男漁りとなにも変わらねぇんだよ!!」

 

「――――――――」

 

「だから、『私が安珍の生まれ変わりです!』何て名乗る男の顔が良ければ、それで納得するんだ。『この人が私の運命の相手』……てなっ!」

 

「――――――――」

 

「俺らはその期待に応えて、いい男を紹介してやればいい! まっ、その相手がたまたま結婚詐欺師で、暫くすれば行方を晦ますことになるだろうが……そうなれば、また懲りずに理想の安珍様とやらを捜すことになるんだろうぜ。まったくご苦労なこった!!」

 

「――――――――」

 

「まっ、せいぜい利用させてもらうさ! 紹介料を勿論、安珍様とやらに適当に貢がせて、いい夢を見させてやる……ぷっ、プハハハハッ!!」

 

 

 

「――――――――」

 

 

 

 所長の――不愉快な男の馬鹿笑いが木霊するが、今の清姫の耳には何も届いていない。

 彼女の体は怒りに震えていた。暫くはその怒りを内側で我慢していたがついには耐え切れず、衝動的に事務所の窓ガラスをぶち破り、清姫は室内へと飛び込んでいく。

 

「なっ、なんだぁああ――!?」

 

 音を立てて割れるガラス窓に事務所内の全員が一斉に振り返る。

 

「あ、さ、さっきの……!?」

 

 そこに清姫が立っている姿を目に止め、所員一同は息を呑む。

 

「ど、どうなされましたか、お客様! 困りますよ……事務所の窓ガラスをっ!!」

 

 所長も驚いてはいたが、すぐに清姫相手に営業スマイルを浮かべ取り繕う。

 先ほどの会話を聞かれていないとでも思っているのか、所長はやや責めるような口調で清姫を糾弾する。

 

「あーあ……これは酷い、弁償ですね……。高くつきますよ、修理代?」

 

 ほんの少し、粗暴な一面をチラリと覗かせ、所長は清姫へと強面な表情で迫る。

 もっとも、そんなもので今更ビビる訳もなく、清姫は自身の今の心情をポツリと溢していた。

 

 

「――許さない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――許さない、許さない、許さない!!

 

 清姫は探偵事務所の所長――眼前の男に対する怒りで目の前が真っ赤に染まっていた。

 

『嘘』をついた。それだけでも清姫にとっては許し難き所業。

 それを、この男は嘘をついただけでは飽き足らず、清姫の安珍に対する想いまでも『妄想』と侮辱したのだ。

 

 これほどの屈辱と怒り、千年ぶりに復活して初めて――。

 安珍に『嘘』つかれて裏切られて以来のことであった。

 

「――おい! 聞いてんのか!? 窓ガラス弁償しろって、言ってんだよ!!」

 

 清姫が抱いている憎悪がどれほどのものかも理解できず、所長は尚も清姫に詰め寄る。だが――

 

「許さない、許さない、許さない……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない――嘘つき、嘘つき、嘘つき……嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき――」

 

「ひぃっ!? な、なんだお前っ!?」

 

 病んだ目つきで繰り返し紡がれる憎悪の言葉に、ようやく清姫の持つ『異常性』に気づいたのか。

 その時点になって、やっと所長は自分が踏んではならない虎の尾を踏んでしまったことに勘付く。

 

 しかし――何もかもがもう遅い。

 

 

「嘘つきは絶対に――――許しません」

 

 

 ここに来て、ついに清姫の怒りは頂点を迎え、その身を人の姿で保てなくなる。

 化生としての本性――かつて安珍に裏切られた絶望が彼女を化け物へと変えてしまったときのように。

 今再び、彼女の姿が巨大な大蛇へと変貌を遂げる。

 

 

 これぞまさしく――『転身火生三昧』。 

 

 

 かつて愛しい相手を焼き殺した、青い炎の大蛇―—『安珍・清姫伝説』の再来である。

 

 

 




FGOも、もうすぐ第二部の五章が始まります。楽しみですね。
皆さん――石の貯蔵は十分ですか? 



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道成寺の清姫 其の③

明けまして、おめでとうございます!!
年末は更新が無理でしたが、何とか一日には間に合ったので新年の御挨拶をさせていただきます。

さて、挨拶早々にあれなのですが……今回の話を区切りに暫くの間、ゲゲゲの小説をお休みさせていただきたいと思います。

作者が同サイトで連載している、『ぬら孫』の小説の方の更新が滞っていたので、暫くの間はそちらに集中したいと思います。

ゲゲゲの鬼太郎に関しては……寧ろ、6期のアニメ放送が終わり、設定が出尽くした辺りが本番だと思っています。
それまでは、アイディアを色々と温めつつ、クロス可能な作品を色々と探っていきたいと考えております。

というわけで、今回の話で清姫編は完結。とりあえずの話の区切りとして、どうか楽しんでいって下さい。



「――ん? なっ、なんだあれは!?」

 

 お昼時。街を歩いていた通行人の一人がその異変に気付き悲鳴を上げる。

 

 それは、一見すると周囲のビルと肩を並べるように燃え盛る青い炎に見えた。

 しかし、よくよく見れば『それ』がただの炎でないことは明白。何故ならその炎の塊は明確な意思と形を持ち、生き物としての行動をとっていたからだ。

 

『――どこだ? どこに隠れた?』

 

 その炎の正体は巨大な大蛇――あの小柄だった少女・清姫が怪物として転身した姿である。

 

 かつて、人間だった彼女は安珍に嘘をつかれ、裏切られた絶望により人であることを捨てた。そのとき、安珍を焼き殺した姿こそが、この『青白い炎をまとった巨大な大蛇』である。

 まさに伝承に伝えられているとおりの恐ろしい姿で、彼女は街中を闊歩する。

 

『隠れても無駄ですわ……観念して出てきなさい! この大嘘つきめ!!』

 

 彼女がそんな姿になってまで、血眼になって捜しているのは一人の人間の男である。

 清姫に心ない嘘をつき、彼女の安珍への愛を侮辱した探偵事務所の所長。その男を焼き殺さんと、彼女は周囲一帯を隈なく捜し回る。

 

「ひっ、ひぇぇぇぇえ……」

 

 その所長は大蛇の死角、物陰にこっそりと身を隠し、なんとかやり過ごそうと必死だった。

 軽い気持ちで清姫からお金を騙し取ろうとしたどうしようもない男。彼は突如怪物に変貌を遂げた清姫に何が何やら理解が追いつかないまま、命からがら逃げ出す。

 そのまま息を殺し、見つからないでくれと普段は祈らないような神様に懇願する。しかし――

 

『――見つけましたよ!!』

「げぇっ! み、見つかっ――ひゃあっ!?」

 

 清姫は物陰に隠れていた所長を難なく見つけ出してしまう。

 もともと、蛇には獲物の体温を感じとる『ピット器官』なるものが備わっている。大蛇の妖怪と化した清姫にも似たような機能が備わっているのか。

 清姫は所長を追い詰め、彼を焼き殺すために火炎のブレスを吐こうと、大きく息を吸い込んだ。

 

「た、たすけてくれぇぇぇぇえぇ――!!」

 

 迫りくる『死』を前に泣き叫ぶ所長。

 人型状態のときとは比べられぬほどの大火力。今の清姫の火炎など浴びれば、人間など瞬く間に炭クズとなってしまうだろう。

 

「――指鉄砲!!」

 

 しかしそうはさせまいと、突如上空から妖気の光弾が撃ち込まれ、大蛇の身たる清姫を怯ませる。

 

「ひっ、ヒィいい、お助けっ!!」

 

 彼女が怯んだ隙をつき、所長は全速力でその場から離脱していく。

 

『ぐっ!? 何者です、邪魔をするのは!?』

 

 あと一歩というところで清姫は憎き相手を取り逃す。無粋な横槍を入れた乱入者に憎悪の矛先を切り替え、彼女は光弾が飛んできた上空を睨み上げる。

 

「そこまでだ、清姫!!」

 

 そこには――幽霊族の末裔たる少年・ゲゲゲの鬼太郎が空飛ぶ反物妖怪・一反木綿に乗って颯爽と駆けつけていた。

 

 

 

×

 

 

 

 鬼太郎がその場に駆けつけてこれたのは偶然ではない。

 彼は数時間ほど前から一反木綿に乗り、清姫を捜して都内上空を飛行していたのだ。

 

 そのきっかけは、砂かけババアが病院でねずみ男と一緒にいる清姫を目撃したところからだ。

 二人の奇妙な組み合わせに、これは何かあると睨んだ砂かけババアが直ぐに鬼太郎に報告。気になった彼が一反木綿と共に近辺を捜しまわっていた。

 幸か不幸か嫌な予感は的中し、鬼太郎は公道で炎上する車を発見。その車の側には、ズタボロながらも危機一髪で脱出していたねずみ男がボロ雑巾のような姿で転がっていた。

 

 鬼太郎は彼から事情を聞き出し、すぐに清姫の足跡を辿った。そして、さらに悪い予感は当たり、街中で突如火柱が上がる。

 十中八九、清姫の仕業だと悟った鬼太郎はすぐさま一反木綿と共に急行。襲われている男性を助けるため、大蛇と化した清姫に指鉄砲を放ち、何とかギリギリで彼女の殺人を阻止することができた。

 

「ハァ~あれが清姫かいね? 何か話に聞いてたのと、だいぶ違う感じばい……」

 

 清姫と初対面の一反木綿は、怒り狂う大蛇に転身してしまった彼女の姿に何やらがっかりな溜息を吐いていた。女好きな彼としては、可愛い少女の清姫の方を拝みたかったのだろう。

 

「ふむ……どうやら激昂するあまり人の姿を保てなくなってしまったようじゃ。一足遅かったか……」

 

 本来であればこうなる前に清姫を止めたかったと、目玉おやじは悔しそうに呟く。

 

「清姫、落ち着け!! 怒りを鎮めるんだ!!」

 

 だが鬼太郎はまだ間に合うと、なんとか怒りを抑えてもらうため、大蛇と化した清姫相手に説得を試みる。

 

『ゲゲゲの鬼太郎! 私の邪魔をするなら、容赦はしませんわよ!!』

 

 鬼太郎の説得に怒り狂いながらも彼女は返事をした。蛇となってしまった後でも言葉を交わせるだけの知性、理性は残っているようだ。

 それを一筋の光明と信じ、鬼太郎はさらに言葉を積み重ねていく。

 

「清姫っ! 嘘をつかれたからといって命まで奪う必要はないだろう!? そこまでで許してやるんだ!!」

 

 詳しい事情を知らない鬼太郎は彼女が大嫌いな嘘をつかれ激怒したのだと察し、彼女に冷静になるよう言って聞かせる。

 だが、もはやそんな言葉一つでどうにかなるほど、清姫の怒りは浅くなどなかった。

 

『黙れっ!! あなたに何がわかると言うんですか!?』

 

 唸り声を上げながら、清姫の体はさらに激しく燃え上がる。

 

『もうたくさんだ!! もううんざりだ!!』

 

 所長に安珍への想いを侮辱されたことが最後の引き金となって大蛇と化した清姫だが、彼女がここまで激怒するのはそれだけが原因ではなかった。

 

『なんなんですか!? 現代の人間どもは!? どいつもこいつも平気な顔で嘘をつき、人を欺き、騙し、傷つける!!』

 

 清姫の脳裏に浮かぶのは、ねずみ男との仕事で通じて関わってきた人間どもの顔であった。

 

『何故そうまでして嘘をつく!? どうしてもっと正直に生きることができない!?』

 

 誰も彼もが嘘をつき、その嘘を守るためにさらに嘘を積み重ねて清姫の追及から意地汚く逃れようとする人間たち。嘘を見破られ本質を丸裸にされた者の中には、逆ギレし「嘘をついて何が悪い!!」とばかりに開き直る者までいる始末だ。

 人を騙していることに罪悪感すら抱かない厚顔無恥な現代人というものに心底失望し――そして清姫は悟った。

 

『それが人間社会だというのなら……それが人間だというのなら、もういい!! こんな嘘だらけの社会、私には必要ない!! 私の安珍様への愛を侮辱したあの男諸共、全て焼き払ってやりますわ!!』

 

 この嘘だらけの社会を焼却するため、清姫は眼前に広がる都市――この町の全てを焼き払うことを宣言。

 その体はさらに勢いよく燃え広がり、周囲一帯の建物へと被害は広がっていく。 

 

 

 

 

 

 

「鬼太郎!! これ以上被害を出すわけにはいかんぞ!!」

「はい、父さん!」

 

 辺り一帯に飛び火する清姫の炎を前に、目玉おやじと鬼太郎は一旦説得を諦める。今の彼女はまさに炎をそのもの。世の理不尽に怒り、燃え上がる憤怒の化身だ。

 そんな状態の清姫にこれ以上言葉で語りかけても意味はない。人間側の被害を抑えるためにも、彼女自身のためにも一度弱らせ、落ち着かせてからまた説得する必要がありそうだ。

 

「仕方ない、髪の毛針!!」

 

 戦うと決めた鬼太郎は牽制代わりに髪の毛針を何十発と打ち込む。鋭く高速で飛ぶ毛針。その全てが体に突き刺さればたまらず痛みに悶えることだろう。だが――

 

『はっ!! そんなもの!!』

 

 体ごと炎と化している清姫には、そもそも毛針自体が刺さらない。全て本体に直接届く前に炎上する火炎にて焼き払われてしまう。

 

「っ! だったら、これならどうだ!!」

 

 すかさず鬼太郎は攻撃方法を変える。一反木綿から跳び上がり、さらに上空へジャンプ。体内の妖力を電力に変換し、それを落雷の如き一撃に変えて清姫へと放つ。

 

 鬼太郎の技の一つ『体内電気』である。

 

 多彩な能力を多く持つ鬼太郎の技の中でも特に威力が高い一撃だが、これは同時に自分自身にも苦痛を伴う自爆技の一種だ。

 相手に引っ付いてから直接電気を流し込むこともできるが、今の清姫相手に取りつくことなど自殺行為に等しい。威力が少し落ちるかもしれないが、やむを得ず遠距離から電撃を清姫へと浴びせる。

 

『ぐっ……この程度で!!』

 

 しかし、この技でも少し怯ませることはできるが決定打にはならない。

 

『お返しです! はぁっ!!』

 

 鬼太郎の攻撃を耐えきり、清姫はすかさず反撃に転ずる。彼女は空中で静止する鬼太郎に向かって容赦なく火炎の吐息を吹きかけた。

 

「くっ!!」

 

 逃げ場のない空中で、鬼太郎は迫りくる火炎から身を防ぐため霊毛ちゃんちゃんこを脱いだ。先祖の霊毛で編まれたちゃんちゃんこは、鬼太郎を覆い隠すほどの大きさに広がり炎の直撃を防ぐ。

 

「うわっ!?」

 

 だが、衝撃までは全て殺しきることができず、鬼太郎の体はビルとビルの隙間へと吹き飛ばされ、彼の姿は清姫の視界から消えていく。

 

『ふんっ! 他愛もないですわね!』

 

 それで鬼太郎を排除できたと考えたのか、清姫は追い打ちをかけることもなく、その場から離れていく。

 

 

 探偵事務所の所長が逃げ去った方角――人間たちが密集している地区へと移動を開始した。 

 

 

 

×

 

 

 

「鬼太郎しゃん!!」

 

 吹き飛ばされた鬼太郎が地面にぶつかる間一髪のところで一反木綿がその体を拾い上げ、その窮地から救う。

 

「すまない、一反木綿!」

 

 自分を助けてくれた彼に礼を述べながら、鬼太郎はすぐさま清姫への対策を考え始める。

 

「父さん、どうしましょう。あの炎、かなり厄介ですよ」

 

 鬼太郎が清姫と戦ってみて実感できたのは、彼女が身に纏う炎の恐ろしさである。

 

 清姫の怒りを体現するかのように燃え上がる青い炎を前に、鬼太郎は彼女に近づくことができず、遠距離から攻撃するしかない。しかし、髪の毛針やリモコン下駄のような物理攻撃では炎で燃やし尽くされてしまい、彼女にダメージを与えることすらできない。

 体内電気や指鉄砲は今のところ有効ではあるが、それらは乱発できるような技でもない。あと一、二発喰らわせたところで清姫を止めることはできないだろう。

 今の鬼太郎の能力では、どうやっても清姫を押しとどめる明確なビジョンが浮かび上がってこない。

 

「水でもかけてみたらどうばい? 炎を消すんやったら、やっぱ水やら?」

 

 迷う鬼太郎に一反木綿は安易な方法として水により、炎を消すことを提案してみる。

 

「ふむ、じゃが……ここは都会のど真ん中じゃ。あれだけの炎を鎮火する水など、どこから仕入れる?」

 

 目玉おやじが渋るように唸る。

 確かに炎を消すのに水は有効かもしれないが、あれだけの大火力の炎を消すのにどれほどの水が必要になるだろう。またそんな大量の水、いったいどうやって仕入れるのかと疑問を提示する。

 こんな大都会で鬼太郎たちが出来る水攻めなど、せいぜい給水タンクを破裂させることくらいだ。

 それなら、人間たちが消防車で水を浴びせる方がまだ効果がある。

 

「――急げっ!! 火元はこっちだ!!」

 

 実際、既に消防車が何台か出動し、燃え盛る清姫に向かって放水を開始しようと叫ぶ声が鬼太郎たちの耳にも聞こえてくる。

 ただの炎ならこのまま消防隊に任せてもいいだろうが、相手は大蛇と化した清姫だ。水など掛ける暇もなく、手痛い反撃を喰らって彼らの方が先に壊滅してしまう。

 

「どうする! 何か手はないのか!?」

 

 鬼太郎は何か妙案はないかと、必死に頭を働かせる。

 清姫を鎮めるのに時間を掛ければ掛けるほど被害は広がっていく。

 

 人間と妖怪が憎しみ合うのを避けるためにも、それだけは何としても阻止したかった。

 

 

 

 すると、そんな鬼太郎たちを見かね――

 

 

 

「――鬼太郎、ここはわしに任せてもらおう!!」

 

 

 

『彼女』が――その場に駆けつけてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――邪魔だぁああああああああああ!!』

 

 清姫は眼前に立ち塞がる警官隊のパトカー、群がる消防車に向かって躊躇なく火球を放つ。清姫の炎を前に、せいぜい鉄砲でしか反撃できない警官など、成す術もなく蹴散らされていく。

 

「くそっ!! これでは消火活動に移ることもできん……どうすれば!!」

 

 その光景にこの道二十年のベテラン消防隊長が悔しそうに歯噛みする。

 清姫――あの燃え盛る大蛇が何者であるかなど彼は知らない。だが消防士として、現場に駆けつけて何もできないなどあってはならない事態だ。

 既に燃え広がった炎は、周囲の建物に甚大な被害を発生させている。

 これ以上の損害を出さないためにも、早くあの炎の大蛇をなんとかしなければならない。

 

「――清姫!!」

『――!?』

 

 すると、手をこまねいている彼らの前に少年の叫び声が聞こえてきた。

 消防隊員たちと清姫がその声に上を見上げる。

 

 

 ビルの屋上に――ゲゲゲの鬼太郎が立っていた。

 

 

 彼はそのままビルから飛び降り、炎の化身たる清姫の眼前に立ち塞がる。

 

「清姫! これ以上の被害は出させない。大人しくしてもらうぞ!」

『懲りない人ですね!! 今度は火傷程度は済みませんよ!?』

 

 しつこく立ち塞がろうとする鬼太郎にうんざりと吐き捨てながら、清姫は再び障害を取り除こうと彼に向かって火球をお見舞いする。

 

「二度も同じ手は食わない。お返しだ――指鉄砲!!」

 

 鬼太郎はその一撃をかわし、すかさず指鉄砲で反撃。

 彼の放った妖気の光弾は清姫――――から大きく狙いを外れ、明後日の方向へと飛び去っていく。

 

『はっ! どこを狙って――』

 

 鬼太郎の狙いの甘さを嘲笑う清姫。しかし、これも鬼太郎の作戦の内である。

 彼の狙いどおり――放たれた光弾は建物の屋上に設置されていた給水タンクに命中。簡易的ではあるが、その場に大量の水飛沫を発生させる。

 

『ぐっ!?』

 

 瞬間的に多量の水を浴びて怯む清姫。

 

「今ばい!! 水かけるとね! 水!!」

 

 その隙に生じ、一反木綿が飛び回りながら大声で消防隊員たちに呼びかける。空飛ぶ布切れという摩訶不思議な存在に驚きこそしたが、消防隊長もチャンスは今しかないと直感したのだろう。

 

「は、放水! 放水開始!!」

 

 消防員としての義務感を総動員し、隊員たちに大声で放水を指示する。

 

「く、喰らえっ! 化け物!!」

 

 隊長の指示を受け、消防隊員たちが一斉に巨大な火元である清姫に対し消火活動を開始する。四方から勢いよく水を掛け、なんとか彼女の炎を鎮火しようと試みる。

 だが――

 

『――小賢しいですわ!!』

 

 今の清姫にとってその程度、焼け石に水でしかない。

 彼女は水の勢いに負けまいと纏う炎の火力を爆発的に高める。その勢いは消防隊の放水を一瞬で蒸発させてしまうほどだった。

  

「なっ!?」

 

 自分たちの放水が無力化される光景に呆気にとられる消防隊長。さらに清姫はその巨大な尻尾を振るい、周囲の消防車を蹴散らし、消防隊の消火活動を妨害。

 鬼太郎たちは清姫の『炎』を止めるための手段――『水』を失ってしまう。

 

『はぁはぁ……悪あがきは終わりですか、人間……ゲゲゲの鬼太郎!!』

 

 鬼太郎と人間たちの水攻めを乗り切り、勝ち誇ったように吠える清姫。

 しかし、一度に大量の水を浴びせられたことと、無理に火力を高めたことで彼女は大分妖気を消耗してしまったらしい。傍目から見てもわかるくらいに息を切らしいる。

 

 彼女の憤怒の炎を止めるのに、あと一歩といったところ。

 そして、鬼太郎は――そのあと一押しを既に用意していた。

 

「今だっ! 砂かけババア!!」

『――っ!?』

 

 鬼太郎が呼びかける先を見上げる清姫。

 彼女の視線の先――ビルの屋上には砂かけババアが立っていた。

 

「ちんちんちなぱいぽ……」

 

 砂かけババアはその手に壺らしきものを抱え、何かしらの呪文を唱える。彼女が言の葉を紡ぐ毎に、その身に尋常ならざる妖気が集まっていく。

 

「鎮まるがいい、清姫!!」

 

 そして、砂かけババアは叫ぶ。荒ぶる清姫を鎮めるための大技を一気に解き放つために――。

 

 

「――砂太鼓!!」

 

 

 放たれた言葉と共に、砂かけババアの抱えた壺の中から大量の砂が津波の如く押し寄せる。

 これこそが砂かけババアの切り札――『砂太鼓』。燃え上がる清姫を鎮火するために放たれた最後の一撃だった。

 

『きゃあああああああああ!?』

 

 下手をすれば洞窟一つを丸呑みするほどの多量の砂によって全身を包まれる清姫。彼女の燃え盛る体が砂の中に埋もれ、その姿が見えなくなる。

 

「……やったか?」

 

 清姫を鎮めることに成功したかどうか、砂埃が晴れるまで明確には分からない。鬼太郎は目を凝らして清姫の様子を窺う。

 

「鬼太郎! あれを見るんじゃ!」

 

 舞い上がった砂煙が晴れていき、目玉おやじは声を上げる。

 彼が指さした先には――

 

「きゅぅ~…………」

 

 なんとか砂山の中から這い出した、人間形態の清姫が目を回し倒れ込んでいた。

 

 

 既に暴れるだけの体力もなく、その炎を完全に消し止めることに鬼太郎たちは成功したのだ。

 

 

 

×

 

 

 

「ふむ……とりあえず、一件落着じゃな」

 

 あれから数時間後。暮れる夕日を背に、ビルの上から眼下の街並みを見下ろしながら目玉おやじは呟く。

 街中では消防隊が決死の消火活動を続け、清姫の飛び火した炎を消し止めていた。それもつい先ほどようやく収まり、街には再び平穏が訪れる。

 

「助かったよ、砂かけババア。けど、体の方は大丈夫なのか?」

 

 鬼太郎は今回、清姫を鎮めるのに貢献してくれた砂かけババアに礼を述べながら、彼女の体を気遣う。

 砂かけババアの『砂太鼓』は威力こそ大きいものの、本人のかかる負担は他の技の比ではない。清姫を止めるためとはいえ、無理をさせ過ぎたかもしれないと、鬼太郎は彼女に頭を下げる。

 

「なに、乱用しなければ問題ないわい!」

 

 鬼太郎の謝罪に、砂かけババアは何でもないことのように言ってのける。確かに砂太鼓は消耗の激しい技だが、連発しなければ問題ないと、彼女は快活に笑い声を上げた。

 その笑みに釣られるように、鬼太郎も目玉おやじも、一反木綿も笑みを浮かべる。

 

「――何故……私の邪魔をなさるのですか?」

 

 そんな中、沈痛な面持ちで落ち込む少女が一人。

 鬼太郎たちとの輪から外れ、ビルの上から眼下の人間たちを虚ろな目で見つめる。

 

「どうして……あんな嘘つき共のために……あんな連中、助ける価値などないのに……」

 

 清姫である。

 彼女は何とか理性を取り戻し大蛇の暴走状態から抜け出した。しかし、それで人間たちへの怒りが収まる訳ではない。人間たちへの愚痴、自分の邪魔をした鬼太郎へと恨み言を力なく吐き捨てる。

 

「別に彼らの味方をするわけじゃない。けれど……君の行為は行き過ぎだ。黙って見過ごすことはできない」

 

 鬼太郎は清姫から彼女が大蛇となる経緯を聞かされていた。嘘をつかれ、安珍への想いを侮辱されたことは確かに同情すべきかもしれない。

 しかし、それでもこれはやり過ぎだと。それが彼女の暴走を止める理由だと毅然として答える。

 

「……どうして……なんで……この世界は嘘つきばかりなのです…………」

 

 しかし、もはや鬼太郎の話など清姫の耳に届いていなかった。彼女は嘘をつく人間たち、嘘つきだらけの世界に絶望し、力なく項垂れている。

 

「……のう、清姫。『嘘』というやつは、本当にそこまでどうしようもないことなのかのう?」

 

 そんな清姫に対し、何かを考え込みながら砂かけババアが声を掛ける。

 

「確かに嘘を多用するのはあまり褒められた行為ではないかもしれん。しかし、世の中には必要な『嘘』というものもあるのではないかのう?」 

「……なっ!? 何を……仰っているのですか?」

 

 すると、砂かけババアのその主張に清姫はムキになって反論する。

 

「必要な嘘!? そんなものある筈がありません! 嘘は『悪』です! 人も妖怪も皆、もっと正直に生きるべきなのです!! そうすれば、世の中はもっと素敵なものになる筈なのですから!!」

 

 嘘など、この世界には不要。それこそ、清姫にとって絶対の価値観。

 どこまでも頑なな彼女の意思。その意志を覆すことは決して簡単なことではない。

 

「……ついてこい。お前さんに見せたいものがある」

 

 それでも、砂かけババアはその凝り固まった考えを改めてもらおうと。

 彼女を――とある場所へと案内していく。

 

 

 

 

 

 

 

「? ここは……今朝の病院、ですか?」

 

 そうして、清姫が砂かけババアに連れてこられたのは、午前中にねずみ男と共に訪れた都心の病院であった。夕方で既に診察時間も終わり、多くの人で賑わっていた受付も待合室もすっかり閑古鳥が鳴いている。

 シンと静まり返る病院内。すると、そこには懸命にリハビリに励む、とある少年の姿があった。

 

「はぁはぁ……」

「ほら! あとちょっとよ、頑張って!!」

 

 手すりに掴まり、看護師に励まされながら歩く練習をしているのは、今日の今朝方――『元のように走ることはできない』と、担当医師の隠していた嘘を見破った清姫により、残酷な真実を告げられたあの少年である。

 

 普通の人間であれば、そのような事実を告げられ直ぐに立ち直ることはできないかもしれない。

 しかし、少年は決して挫けず諦めず、再び自らの足で立ち上がろうと努力を続けていた。

 

「のう、清姫よ。お前さんの言った通り、あの子の足が治る見込みは薄いそうじゃ……」

 

 今朝のやり取りを偶然見ていた砂かけババアは、その少年の容体に関して詳しい事情を聞いた。

 

 元々、あの少年は将来の夢――陸上選手になるという目標のため、日夜練習に励んでいたとのこと。だが、オーバーワークでの練習に膝の靭帯を損傷。病院での入院生活を余儀なくされた。

 医者の見立てでは少年の足が元通りになるのは難しいらしい。だがその事実を少年に伝えることは酷だと考えた医師は保護者だけに容体を説明。

 少年本人には『きっと治る』と希望的な観測のみを伝えていた。

 

「じゃがのう……それはあくまで医者の見立てじゃ。それがそっくりそのまま『真実』になるとも限らんだろう?」

 

 砂かけババアはその事実を踏まえた上で、医者の判断に対し自分なりの意見を口にする。

 

「寧ろ……治ると信じて努力すれば、たとえ『嘘』でも『真実』になる」

 

 確かに医者は『治る』という嘘をついたかもしれない。しかし、『治らない』ことが真実だからといって、最初から何もかもを諦めさせるような真似はするべきではない。

 

「あの子の努力が、熱意が……また走れるという『嘘』をひょっとしたら『本当』のことにするかもしれんのじゃ。そう考えれば嘘というもんも、あながち悪いことばかりではないと思うがのう……」

 

 そう言って、砂かけババアはチラリと清姫の反応を窺う。

 

「…………………」

 

 清姫は砂かけババアの話を黙って聞いている。彼女なりに色々と考えてはいるのだろう。

 

 

 だが、それでも――

 

 

「――それでも……私はその嘘のせいで傷つきました。それは……変えようのない事実です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ああ、安珍様……何故、何故嘘をつかれたのですか? 

 

 ――私のことがお嫌なら、正直にそう仰って頂ければよかったのに……。

 

 人間だった頃の記憶を清姫は振り返る。

 運命の人と恋慕った相手につかれた残酷な裏切り――『嘘』。

 それこそ、清姫最大のトラウマであり、彼女が嘘をどうしても許せない理由である。

 

 この記憶がある限り、彼女が嘘を許すことは一生できないだろう。

 たとえ、そこにどんな思いやりがあろうとも……。

 

 

 

「――君が……嘘を嫌うことはよく分かったよ……」

 

 砂かけババアの問い掛けにも『否』と答えた清姫に、彼女たちの側でその話を聞いていた鬼太郎が近寄ってくる。彼は清姫の意思に一定の理解を示しながらも、嘘をつく人間たちの事情も察する。

 

「だけど、人間は本当のことだけで生きて行けるほど強い生き物じゃない。ときには嘘や誤魔化しで体裁を整えないと、心の方が先に壊れてしまう。皆が皆、正直に生きれるほど……優しい世界じゃないんだ」

 

 人間たちの依頼に応え、彼らの手助けをしてきた鬼太郎も人間のつく嘘に何度も騙されそうになったことがあった。嘘をつかれたときの屈辱、悔しさ。清姫ほどではないにせよ、鬼太郎にも経験があることだ。

 

 だからなのか、鬼太郎は清姫に優しく語りかける。 

 

「けれど……君までそんな世界の流儀に染まる必要はないんじゃないかな?」

「……えっ?」

 

 その言葉に沈ませていた顔を上げる清姫。鬼太郎はそんな彼女をしっかりと見据えて言葉を紡ぐ。

 

「他人の嘘なんかに一々腹を立てる必要もない。そんな連中の相手をしても君が傷つくだけだ。君は自分自身に正直に生きればいい……きっと、その生き方に理解を示してくれる人は見つかる」

 

 誤魔化しでも慰めでもない。心の底からそのように思いながら、鬼太郎は清姫に優しく手を差し伸ばす。

 

 

 

「――少なくとも……ボクは君に嘘なんかつかない、絶対にね……!」

 

 

 

「――――っ!!!」

 

 

 

 鬼太郎の言葉に清姫は心打たれる。

 彼の「嘘をつかない」という台詞。そこには一片の嘘も含まれていない。

 

 鬼太郎は――正直な気持ちで清姫には嘘をつかないと言ってくれた。

 

 それは、嘘だらけの世界に触れてばかりだった清姫にとって、何よりの救いとなり――

 

 

 また彼女の魂に――とある『結論』を抱かせるほどに、十分な衝撃を含んだ言葉であった。

 

 

「……見つけ……ましたっ!!」

 

 

 清姫は差し伸べられた鬼太郎の手をガッチリと両手で包み込む。

 いきなりの清姫の行動に面食らう鬼太郎だが、続く彼女の言葉に彼は目を丸くするしかなかった。

 

 

「こんなところに……いらっしゃったのですね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お会いしとうございましたっ!! 『安珍』様!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――えっ?」

 

 

 

×

 

 

 

「――鬼太郎いる? に、煮物作ってみたんだけど…………」

 

 清姫が街で大暴れした騒動の数日後。ゲゲゲハウスに猫娘が手製の煮物を持参で訪れていた。

 大好きな鬼太郎の為に作った手料理。素直になれない彼女はたびたび「作りすぎたから……」「腐らせちゃうの勿体ないし……」などと言った嘘をついて、鬼太郎に自分の料理を食べてもらおうとしていた。

 

 しかし、わざわざ手料理を持参した今日という日に限って、猫娘以外の先客が鬼太郎の隣に陣取っていた。

 

「はい、鬼太郎様。あ~ん♡」

「…………」

 

 その女は我が物顔で鬼太郎の側に寄り添い、手料理らしきものを鬼太郎に「あ~ん」と食べさせていた。

 

「き、き、き、鬼太郎……!」

 

 その光景に絶句する猫娘。思わず持参した手料理を床に落として台無しにしてしまう。

 

「やあ、猫娘……はぁ~」

 

 猫娘が来たことに気づいた鬼太郎。彼は疲れた表情で溜息を溢し、渋々といった様子でその女の行為に身を委ね、手料理を口にしていた。

 

「いかがです、この清姫の肉じゃがは? おいしいですか?」

 

 幸せそうな笑顔で鬼太郎に手料理の感想を尋ねる、清姫と名乗る女。彼女の質問に暫し考え込んだ末、鬼太郎は覇気がない声で答える。

 

「ちょっと味が濃いかな。もう少し薄味の方がいいとは思うけど……」

「あら、そうですの? では、今度はもう少しお醤油の量を減らしてみますね……ふふふ!」

 

 鬼太郎に手料理のダメ出しをされたにもかかわらず、清姫は嬉しそうな笑みを溢す。すぐさま鬼太郎のコメントをメモ、レシピの修正をノートに書き加えていく。

 

「ちょっ! 鬼太郎!! なんなのよ、その女!? い、いったい、何がどうなって――!!」

 

 呆気に取られていた猫娘はようやく我に返り、鬼太郎にこれはどういった状況なのか問い詰める。

 清姫の騒動にノータッチだった猫娘にとって、目の前の光景は何もかもが意味不明なことばかりであった。

 

 

 あの騒動の後、何がどういうわけか清姫は『鬼太郎こそが安珍の生まれ変わりである』という、結論を出してしまった。

 嘘により傷ついた清姫に向かって『嘘をつかない』と断言し、慰めたことが要因だったのか。

 清姫はあれ以降、鬼太郎をしつこく付きまとうほど、彼にべた惚れになってしまったのだ。

 

 自分に好意を寄せる清姫に、鬼太郎は何度も「ボクは安珍の生まれ変わりじゃない」と正直に告げるのだが、清姫はそれを「まだ前世のことを思い出していないだけ」と、まるで気にした風もなく、彼へのストーキング行為を止めようとはしない。

 

 いつかきっと、自分のことを思い出してくれると。安珍――鬼太郎への愛を日々育んでいく。

 

 

「どこから説明したものか……」

 

 詰め寄る猫娘に、こうなった経緯をどこから説明すべきかと頭を悩ませる鬼太郎。彼自身、いったい何故清姫が自分のことを安珍と思い込むようになってしまったのか、よくわかっていないところがある。

 

「あらあら、可愛らしいお嬢さんですこと……」

 

 言い淀む鬼太郎に代わって、清姫が猫娘と向き合う。

 猫娘を見つめる清姫の視線には、明らかに敵対心のようなものが混じっていたが。

 

「いいんです。清姫は理解のある女ですから。妾の一人や二人くらい……ええ、認めて差し上げますとも」

「め、妾っ!?」

 

 清姫の発言に顔を真っ赤にする猫娘。そんな彼女に見せつけるように、清姫はさらに鬼太郎に肩を寄せていき。

 

「私を一番に愛してくださるのでしたらそれでよいのです。だ・ん・な・様♡」

 

 そうやって、猫娘に『正妻』として牽制を入れていく。

 

「!! ちょっとあんた、鬼太郎から離れなさいよ!! 鬼太郎もっ! されるがままになってじゃないわよ! そんなにその女がいいわけ!?」

 

 清姫の挑発に当然、猫娘は大激怒。清姫のスキンシップに抵抗しない鬼太郎にまで怒りの矛先を向け、化け猫の表情で爪を伸ばして唸り声を上げる。

 

「まあ!! 私と旦那様との仲をその爪で引き裂こうというのですか!? この泥棒猫!!」

 

 清姫も清姫で、猫娘の敵対行為に真っ向から対抗。その身から炎を迸らせる。

 

 

 意中の殿方を巡る――女同士の熾烈な争いが、こうして幕を開けたのだ。

 

 

 

 

 

「…………父さん」

 

 彼女たちの闘争を目の当たりにしながらも、鬼太郎は動かない。

 彼はここ数日、ずっと清姫にストーキングされ、すっかり精神をすり減らしていた。余計な体力を使うのも億劫で、彼は父親である目玉おやじにボソリと愚痴を溢す。

 

「…………なんじゃ、鬼太郎?」

 

 茶碗風呂に浸かりながら、目玉おやじもやや疲れたように息子の愚痴に付き合ってやる。彼も清姫のストーキング行為を間近で見てきた。息子の心中を誰よりも察してやれている。

 

「安珍さんが……どうして嘘までついて清姫から逃げようとしたのか……少しだけ、分かるような気がします」

 

 安珍と清姫の伝説を聞いた時、鬼太郎は安珍のことを酷い男だと思った。

 清姫の想いを断るのならはっきりと断ればいい。彼女を傷つけてまで嘘をつく必要もなかっただろうにと、憤る気持ちを抱いていた。

 

 しかし今なら、清姫に四六時中付きまとわれ疲弊した今なら、安珍の気持ちが分かると。

 鬼太郎は逃げ出した末に焼き殺された、イケメン坊主に同情の念を抱く。

 

「鬼太郎よ。早まった真似はするでないぞ……」

 

 そんな心情を吐露する鬼太郎に、目玉おやじは早まった行為に走らないように念を押す。

 

 

 

 せめて安珍の二の舞にはなってくれるなと、彼は息子の未来が平穏であることを願うばかりであった。

 

 

 




 FGOの清姫に関しては、『大蛇』というより、『竜』であるという説明がなされていますが、本小説では色々と紛らわしいので、彼女を一貫して『大蛇の妖怪』として書かせてもらっています。

次回予告

「友達と共に池袋の街に遊びに来たまな。彼女はそこで『謎の黒バイク』に遭遇する。
 父さん、その黒バイク。噂では――首がないとのことですが……?

 次回――ゲゲゲの鬼太郎『デュラララ!!』 見えない世界の扉が開く」

 それでは、また次の機会によろしくお願いします。



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デュラララ!! 其の①

ぬら孫の小説と並行して書いている今作。とりあえず書き上がったので投稿します。

クロスオーバー企画第四弾は『デュラララ!!』。
作者の小説の師匠(勝手にそう崇めているだけ)、成田良吾先生原作のライトノベルです。

この作品はとにかくキャラが多い!! 
後書きの方で出てきたキャラに関しては順次紹介を入れていきますが、詳しく知りたい方は個別の記事をネットで調べた方が早いですね!!



「――ねぇ! 次どこ行こっか?」

「う~ん……サンシャインシティにはもう行ったし……」

「あっ! わたし、執事喫茶ってとこに行ってみたいかも!!」

 

 休日、賑やかに人々が行き交う街中。きゃっきゃと騒ぎながら四人の女子中学生が次に向かう目的地を皆で話し合っていた。

 彼女たちがいる街の名は――『池袋』。渋谷や新宿と並び、東京でも代表的な繁華街の一つである。

 渋谷が若者の街、新宿が大人の街とするなら――この街はさしずめ、その中間といったところ。

 年齢層を問わず、外国人なども多数行き交っており、それらを顧客とした商業施設やアミューズメント施設が数多く建ち並んでいる。

 

「はははっ、来てよかったね! 池袋!!」

 

 それらの施設をひととおり楽しみ、笑顔を浮かべる少女たちの一人に彼女――犬山まなの姿があった。

 

 彼女たちは東京都調布市のとある中学校に通う、ごく普通の中学生の少女たちである。

 

 髪を二つ縛りにした眼鏡をかけた――綾。

 どこか上品な雰囲気を纏う、後ろ髪を一箇所に束ねている――姫香。

 少し背が低めのセミロングヘアの――雅。

 そして、犬の尻尾のようなおさげ髪――犬山まな。

 

 学校でも特に仲の良い四人組で、学外でもよく一緒に街にお出かけしたりと休日を楽しんでいる。

 

「そうだね。カラーギャングがいるとかでちょっと不安だったけど……普通に遊びやすいじゃん!!」

 

 来てよかったと言うまなの言葉に同意するよう、彼女と親友の雅が楽しそうに頷いている。前もってインターネットで調べた情報では、この町には未だにカラーギャングといった怖い集団が少数ながらに存在しているとのこと。

 だが、そんな危なっかしい輩が絡んでくることもなく、まなたちは平和な休日を謳歌していた。

 

「そろそろお昼だし、どっかお店に入ろっか? どこがいいかな……」

 

 スマホで現時刻を確認しながら、綾がそのように提案する。

 時刻はもうすぐお昼時。スイーツなどの買い食いをしていた少女たちも、どこかで腰を据えて食事を取りたい。自分たちのような中学生でも入れる手頃な店がないかどうか。雅が辺りを見渡し、姫香がネットなどで食べログをチェックしていた。

 せっかくだから『池袋らしい』お店にでもと、まなもそう思っていた。そんな彼女たちに――

 

「――こんちわ!」

 

 と、オーバーなほどに明るい声が掛けられる。

 

「へっ?」

 

 唐突な呼びかけにそちらの方を振り返りまな。すると、そこには髪を茶髪に染めた青年が立っていた。

 耳にはピアスを、腕には派手なブレスレットをつけてはいるものの、まだどこか幼さを残した印象。おそらくは高校生くらいだろう。青年は輝くばかりの笑顔をまなたちに向け、楽しそうに話しかけてくる。

 

「君たち可愛いね! 池袋は初めてかい? よかったら、俺たちで色々と案内しちゃうけど、どう!?」

 

 そう言って軽口を流しながらも、青年はまなたちに対し恭しい態度で手を差し出す。そんな彼の言葉と態度にキョトンと少女たちは互いの顔を見合わせる。

 

 ――ひょ、ひょっとして……私たちナンパされてる!?

 

 つい最近になって中学二年生に進級したばかりのまな。彼女は女子の中でもお堅く、未だに男性とお付き合いなるものをしたことがない。

 同年代の男の子からも「デカまな」やら「ブス」などと悪口でからかわれることの方が多い。可愛いねなどと、真正面から言われることの方が珍しく、初対面の男性からこのように声を掛けられる経験など全くなかった。

 

「…………えっ?」

「……わ、わたしたち!?」

 

 雅たちもまなと同じらしく。ナンパされているという事実に不快感よりも困惑がまさり、咄嗟に返事をすることができなかった。

 

「そうそう、きみたち!! 四人ともスッゲェ可愛いよ!! こんなに可愛い子たちがズラリと揃うなんて、これはもう奇跡としか言いようがないね!! この奇跡の出会いを祝し、俺たちとめくるめく池袋の街を堪能しようじゃありませんか! ……いかがですか、お嬢様方?」

 

 言葉だけ聞くと軽薄そうに聞こえるが、不思議とこの青年から言われるとそこまで不快ではない。誘い文句の最後にキチンとまなたちに確認を取るところなど礼儀正しく、そういったことに免疫のない彼女たちにすら「ちょっとくらいいいかな?」と、思わせるような不思議な魅力が感じられる。

 しかし、これがナンパだというのなら、少しばかりおかしいところが見受けられる。

 

「――ちょ、ちょっと、正臣!」

 

 先ほどから茶髪の青年が「俺たち」と繰り返しているように、彼には数人の連れがいた。

 そのうちの一人。髪も染めず、ピアスもブレスレットもつけていない。茶髪の彼――正臣とは対照的な真面目一辺倒という感じの、黒髪の青年が慌てた様子で正臣に待ったをかける。

 

「やばいって! この子たち、どう見ても中学生じゃん! ロリコンだよ、犯罪だよ!!」

 

 その青年はそう言って、正臣がまなたちに声を掛けるのを静止しようとする。おそらく、彼も高校生なのだろう。その立場から中学生であるまなたちにナンパすること――というより、ナンパという行為そのものに抵抗感を抱いているような空気だった。

 

「何を言ってやがる、帝人!!」

 

 そんな真面目そうな彼――帝人の言葉にわざとらしいまでに声を張り上げ、正臣は反論する。

 

「こんなに可愛い子たちを前に声を掛けないなんて、それこそ男として犯罪だぞ!! 帝人よ! お前には男としての誇りと尊厳がないのか!?」

「えっ、何その理屈? ちょっと意味不明なんだけど……」

 

 正臣の謎の理屈に友人の筈であろう帝人がオロオロと取り乱す。その取り乱しようは、見ているまなたちの方が思わず心配してしまいそうなほど、純朴な反応であった。

 帝人はさらに正臣にツッコミを入れる。

 

「だいたい、なんで園原さんもいるのにナンパなんかしてんの?」

「あっ、いえ……わたしのことは気にしないでください……」

 

 正臣と帝人。二人の少年の後ろで、何故か申し訳なさそうに眼鏡をかけた女子が頭を下げている。彼女も高校生だろう。服装も地味で髪も染めていない。雰囲気としては正臣よりは帝人に近い、優等生といった空気を漂わせている。

 明らかにナンパという行為に不釣り合い――いや、そもそも何故女子同伴でナンパなどしているのだろう?

 帝人同様、まなたちも不思議そうに首を傾げる。

 すると、正臣はまなたちにも聞こえるような大きな声で力説する。

 

「大丈夫、大丈夫! 杏里は言わば罠なんだよ! 『こんな可愛い女の子が一緒ならついて行っても大丈夫』って思わせるトラップだから! きっと安心して、この子たちも俺の誘いに乗ってくる筈さ!! ワハハ!!」

「それ、声を大にして叫んでる時点で全部筒抜けなんだけど……」

「そ、そうですよね……」

 

 わざとらしく悪役のような笑い声を上げる正臣に、帝人は冷静な指摘を加える。眼鏡の女性——杏里と名前を呼ばれた彼女も、どう反応していいものか困ったように苦笑いを浮かべている。

 正臣と帝人と杏里。見た目や口調といった、第一印象だけでもかなり性格にばらつきのありそうな男女三人組。

 

「…………」

 

 そんな彼らの漫才のようなやりとりを見せられ、雅や姫香、綾はどのようなリアクションを取るべきか。咄嗟に判断ができず固まっていた。

 

「……ふふ、仲が良いんですね。三人とも」

 

 しかし皆が戸惑っている中、まなだけはそのやり取りに微笑ましい笑みを浮かべる。

 パッと見、共通点らしきものがない三人組ではあるものの、互いに向ける笑顔や掛け合いから、気の許せる友人同士であることが容易に想像できる。

 三人の間に流れる空気も程よく温かく、その雰囲気に釣られるようにまなの心にも明るいものが込み上げてくる。

 

「おうよ! 俺たちは校内でも有名な三角関係だぜ! どっちが先に杏里と付き合うか競争している間柄なのさ!!」

 

 まなの言葉にナンパで声を掛けた正臣の方が少し意外そうな表情を浮かべるも、すぐに気を取り直し、自分たちの仲の良さをアピールするようにドヤ顔で語る。

 

「ちょっ、正臣……」

「…………」

 

 高校生らしい甘酸っぱい青春、男女の好意に関する話題。それをおおっぴらに語る正臣に、帝人と杏里は恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めている。

 

「へぇ~、そうなんですか!? それは……是非とも詳しく聞いてみたいですな~!」

「ちょっ、ちょっとまな!?」

 

 正臣の振った話題にまなは口元をにやけさせ、グイグイと乗っかっていく。そんなまなの食いつき具合に、未だに警戒心が解けていない雅たちが驚いていた。

 勿論、まなは正臣のナンパに応えたわけではない。

 だが、まだ男の人を好きになったことのないまなは、少女漫画で恋のお勉強をする『恋に恋する乙女』である。

 そのようにお手本のような恋愛話の話題を振られ、黙っていられるお年頃ではなかった。

 

「おお、気になるかい? それじゃ……その辺で飯でも食いながら話そうぜ! 何なら君たちみんなの分は俺が奢っちゃうよ!!」

 

 正臣はまなの反応から「これはいける!」と踏んだのだろう。実に陳腐ではあるものの手堅い手段、最初の一歩としてまなたちをお昼へと誘う。

 

「えっ、奢り?」

「やった! お小遣いが浮く!」

 

 その提案に今まで乗る気でなかったまなの友達、雅と綾の二人の表情が明るくなる。少ないお小遣いをやり繰りする女子中学生にとって、お昼代が浮くだけでもかなりの利点だ。

 

「……もう、仕方ないですね」

 

 友達皆が乗る気になったことで、姫香も仕方なく付き合うことになる。

 

「よし、決まりだ!! あっ、杏里の分は帝人が奢るんだぞ?」

「えっ、なんでさ?」

「……えっ、わ、わたしも!?」

 

 最終的に女子たち全員の同意を得た正臣。しれっと帝人と杏里の二人もカウントに入れ、彼は次なる問題――『どのお店に入る』か、暫し思案を巡らせる。

 ここで下手なお店を選び、まなたちの機嫌を損ねてしまえば全てが台無しになることを正臣は経験上知っている。

 

「そうだな、せっかく池袋に来たんだし……」

 

 せっかくだから池袋らしい店と、奇しくもまなと同じようなことを考え、正臣は熟考を重ねる。

 

「よっしゃー!! せっかくだから、あそこにしようぜ!!」

 

 そして、結論が出たのか。彼は自信満々にその店の名を声高に叫ぶ。

 その店の聞き慣れぬ『店名』に――まなたちが目を丸くするであろうことを予想しながら。

 

 

「池袋って言ったらやっぱ『露西亜寿司』だろ!!」

 

 

 

×

 

 

 

「ヘイ。キダ、ミカド、アンリ、イラしゃーい!!」

「――――!?」

 

 入口のカラフルな暖簾をくぐったまなたち。彼女たちは客である自分たちに、外国語訛りの日本語を浴びせた『黒人男性店員』の存在に思わずビクリと肩を震わせる。

 東京に住んでいる彼女たちにとって、外国人などさして珍しいものでもないし、それだけで驚いたりはしない。

 

 だが、目の前に現れた黒人は体長二メートル、プロレスラーのような筋肉をガッチリと身にまとう巨漢だった。

 

 柔和な微笑みこそ浮かべているものの、その体格と纏う雰囲気でその黒人が絶対に只者ではないことが理解できる。板前のような恰好がさらにアンバランスで、まなたちでなくても初めて訪れた客はそれだけでこの店に入ることを尻込みするだろう。

 

「よお! サイモン、久しぶり!! 座敷の奥、空いてる?」

 

 しかし、正臣は眼前の大男の存在に全く動じる様子もなく、笑顔で話しかける。見れば帝人も杏里も、黒人――サイモンと呼ばれた彼に軽く会釈し、自然な流れで店の奥へと歩いて行く。

 

「……どうも」

 

 まなも彼らに習うように会釈する。

 

「オウ! カワイらしい、オジョウさんたち。イラしゃいませ!」 

 

 サイモンは初対面のまなたちにも笑顔で手を振ってくれた。強面な見た目とは裏腹な陽気で優しげな微笑みだ。その笑顔に少しだけ安堵したまなたちは店の奥、座敷の席に腰掛ける。

 

「びっくりしったかい? なかなか面白い店だろ?」

 

 まなたちの戸惑いを予想していたのか、正臣はイタズラを成功させた子どものような笑顔で呟き、この店の解説をしてくれる。

 池袋繁華街、居酒屋や飲食店が多く立ち並ぶその中にその奇妙なネーミングの店――露西亜寿司は居を構えていた。

 内装はまるでロシア王朝の宮殿をそのまま縮小したかのような飾り付け。そこに無理やり和風の寿司カウンターをくくりつけた感じの、間違ったロシア感。

 ロシア系の黒人であるサイモンが客引きやウェイトレスを務め、もう一人の白人男性が寿司を握っているとのこと。カウンター奥に立つ板前外国人。いくつもの包丁を器用に使い分けて刺身を切り分ける姿は、日本人の板前にも負けない貫禄のようなものを感じさせる。

 

「大丈夫でしょうか……ここ、なんか高そうですよ?」

 

 テーブルに座ったまな。正臣の説明を聞きつつも、彼女は真っ先にこの店のお値段に関しての不安を口にする。

 廻らない寿司屋というだけでも中学生であるまなたちにはかなりハードルが高い。その上、店の垂れ幕には『安心料金! オール時価!!』と堂々と書かれている。

 奢ってもらうとはいえ、あまりに高すぎるようなら流石に気も引けると心配になるまなに、正臣は気にした風もなく答える。

 

「大丈夫、大丈夫!! 確か学割やってた筈だから! ええと……安い握りのコース十カンで580円だったかな?」

「安っ!?」

 

 驚愕のお手頃価格にビックリする雅。綾も姫香も、その驚きの安さに目を剥いている。

 

「うん、だから取り敢えずはその握りコースでいいかな? あっ、足りなかったら遠慮無く追加頼んでいいから!」

 

 そう言いながら、正臣はちゃっかり自分のお財布にも優しいメニューを七人前注文する。あまりの安さに変なものが混じっていないかと、逆に心配になってくるまなたちであったが、ここまで来て帰るわけにもいかず。

 店員のサイモンによって運ばれた湯飲みを口にしながら、寿司が握られてくるのを待つことにした。

 

 

 料理を待つまでの間、テーブルを挟んで向かい合う正臣たちとまなたちは一通りの自己紹介を済ませる。

 

 

 最初にまなたちには声を掛けた、茶髪の高校生――紀田正臣(きだまさおみ)

 そんな正臣と幼馴染みだという、黒髪の青年――竜ヶ峰帝人(りゅうがみねみかど)

 正臣と帝人とは高校で知り合ったという、眼鏡の女性――園原杏里(そのはらあんり)

 

 彼らは池袋にある『来良学園』という高校に通う一年生とのこと。

 相手のフルネームや経歴を知ったところで、まなたちもそれぞれ名前を名乗る。そして、自分たちが調布市からやって来た中学二年生であることを明かした。

 

「へぇ~調布から……ところで、今日はどうして池袋に?」

 

 積極的に話題を振り、話の中心になっていたのはやはり正臣だった。彼はまなたちが何故池袋に遊びに来たのか、そのきっかけを尋ねる。

 彼の質問に、既にいくらか警戒心を緩めていた雅と綾が答える。

 

「私たち、この間まで放送してた池袋が舞台のドラマを観たんですよ!」

「それで一度池袋に行ってみたいなって話になって!」

 

 ドラマや映画に限らず、ニュースやバラエティ番組など。池袋という街は様々なメディアの舞台として頻繁に使われている場所でもある。池袋が舞台のドラマだけでも結構な種類の作品が存在するが――。

 

「あっ、ひょっとしてあれかな? ついこの間までやってた連続テレビドラマの……羽島幽平が主演やってるやつでしょ!?」

「あっ、それです、それ!!」

 

 正臣は最初の話を聞いただけで、それがどの作品か見当がついたらしい。作品自体の名前を思い出せなかったようだが、そのドラマの主演を演じた俳優の名前だけはすぐに浮かび上がった。

 

「ああ、それならボクも見たよ。凄かったよね、羽島幽平の演技!」

「わ、わたしも見ました……凄かったです。あの俳優さんの演技」

 

 この話題には帝人と杏里の二人も食いつく。彼らもそのドラマを視聴していたようだが、内容よりも真っ先に主演俳優の演技力を絶賛する。

 

「ですよね!? やっぱりそう思いますよね!? 羽島幽平、最高に格好いいですよね!!」

 

 一同の称賛に対し、まなたちの中でも姫香が一際大きな反応を示す。うっとりとした表情になり、素晴らしい演技を披露した押し俳優の活躍を思い出している。

 

「なるほど、姫香ちゃんは羽島幽平のファンか~」

「……あっ、い、いえ……すみません。少し興奮してしまいました……」

 

 四人の中学生の中で、特に姫香が羽島幽平の熱心なファンであることをその反応で察する正臣。彼の指摘に姫香は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めていた。

 

 ドラマの内容よりも先ほどから話題になっている俳優――羽島幽平(はねじまゆうへい)

 彼は現在、特に女性たちの間で話題となっているイケメン俳優である。本業はモデルらしいのだが、『吸血忍者カーミラ才蔵』というVシネマで主演のカーミラ才蔵を演じ、それをきっかけに俳優としてもデビュー。 

 その美麗な顔立ちから繰り広げられる、素人上りとは思えない怪演に人気が爆発。どのような役柄でも見事にこなす演技力が高く評価され、今ではハリウッドにお声が掛かるほどの超売れっ子役者となっていた。

 

「そうなんですよ~。姫香が羽島幽平の大ファンで……だから、今日は撮影で使われた場所を中心に回ってたんです!!」

 

 そんな彼が主演を務めたテレビドラマの撮影に池袋が使われていた。だから、まなたちはその聖地巡礼のため、こうして池袋を訪れてたとのことだ。

 

「なるほどね……で、どうだった? 実際に池袋を廻って見た感想は!?」

 

 彼女たちが池袋にやって来た理由を知り、正臣はまなたちに池袋という街の感想を聞いていた。既に池袋が地元といっても過言ではない正臣たちにとって、初めて池袋を訪れたまなたちの評価は大いに気になるところである。

 

「う~ん、そうですね……。思ってたよりは、ずっと安全で遊びやすかったです!」

 

 正臣の質問にまなが笑顔で答える。実際池袋の街は遊びやすく、彼女たちは楽しい休日を過ごすことができていた。

 

「ホント、ホント! カラーギャングがいるとか、もっと物騒なところとか思ってたけど、そんなこともなかったよね!!」

 

 まなの意見に同意し、雅も浮かれたように声を上げる。

 すると――

 

「カラーギャングか……」

 

 一瞬、正臣の目が細められ、彼から剣呑な空気が発せられる。

 しかし、それもほんの一瞬。直ぐにへらッとした人好きのする笑みを浮かべ直す。

 

「まっ、ああいった連中は基本こっちから近づかなきゃ、ちょっかいかけてくることもねぇから! 君たちみたいに可愛くていい子たちには手を出さないだろうし……。俺がいる限り、君たちを危険に晒すような真似はさせねぇぜ!!」

「……さらっと自分を売り出すアピールしてない?」

 

 カラーギャングに対しての注意点を口にしながら、正臣は『俺と一緒にいれば安全!』と、懲りずにナンパを繰り返す。そんな友人に突っ込みを入れ、帝人は溜息を溢す。

 

「ははは……本当に、仲が良いんですね」

 

 そんな彼らの掛け合いに笑みを溢すまな。

 そんな調子で――彼女たち調布からやってきた中学生は、池袋で出会った高校生たちと楽しい昼食を過ごした。

 

 

 

×

 

 

 

「あー! 美味しかった!!」

「ほんとっ!! とても580円の握り寿司とは思えないよ!!」

 

 その後、ドラマや映画、正臣と帝人と杏里たちの三角関係についての話題で会話に華を咲かせつつ、露西亜寿司を堪能したまなたち。最初に来店したときの不安は何処へやら、彼女たちは大満足で店を後にする。

 

「紀田さん、ありがとうございました! 美味しいお店を紹介して、その上奢ってもらうなんて……」

 

 まなは露西亜寿司という、彼女たちだけなら絶対に入らなかったであろう優良店を紹介してくれた正臣に改めて礼を述べる。

 

「いいって! いいって! 俺も君たちとお喋りできて楽しかったから!!」

 

 正臣は宣言通り、まなたちの分までしっかり会計をこなし、気にした風もなく笑顔で彼女の礼に応える。

 

「あの……竜ヶ峰君……すみませんでした……私も奢ってもらって……」

「いや……園原さんは気にしなくていいから……悪いのは全部正臣だから……うん」 

 

 ついでの流れで、杏里に食事を奢る羽目になった帝人。昼食で自分たちの恋愛話が話題になったこともあり、両者はどこかぎこちなく言葉を交わす。

 

「さて……これからどうするよ? まだ見て廻るつもりなら、俺たちで色々と案内するけど?」

 

 そんな友人二人を尻目に、正臣はまなたちにこの後どうするか声を掛けていた。先ほどのナンパの続きという空気ではなく、純粋な親切心からまなたちの池袋観光を心配しているような言葉遣いである。

 

「そうだね……どうしよっか?」

「せっかくだし……案内してもらう?」

「うん! それがいいかも!!」

 

 一緒に昼食をとって親交を深めたこともあってか、雅たちから反対の意見は出なかった。まなもこの人たちとならもっと池袋の街を楽しめると思い、正臣の提案に好意的に頷く。

 

「よし、決まりだっ!! じゃあ、さっそく……」

 

 まなたちが乗る気になったところで、一気にテンションを上げる正臣。さっそく彼女たちがどんな場所へ行きたいのかを聞き、それに沿ったデートコースを決めようと思案しようとした――まさに、そのときであった。

 

 

 不意に――まなたちの耳に奇妙な『音』が聞こえてきた。

 

 

「えっ?」

 

 まなは最初、その音を猛獣の嘶きか何かと思った。しかし、よくよく聞いていて見ればそれはバイクの排気音のようにも聞こえてくる。

 動物の唸り声と、機械的なエンジン音。相反する二つの『音』が同居した不思議な音響。

 

「なに……今の音?」

「馬? いや……暴走族?」

 

 雅たちも、その異質な音に思わず立ち止まって互いの顔を見合わせる。両方とも、どことなく聞いたことのある音なのに、二つが同時に合わさることで全く聞いたことのない異常な音質へと形を変える。

 その不気味さに不安そうな表情を浮かべる少女たち。しかし、それと同じ音を聞いた筈の正臣はどこか期待に溢れるような笑顔でまなたちに告げる。

 

「君たち、運がいいよ。初めて池袋に来たその日に――都市伝説を目の当たりに出来るなんて」

「都市、伝説……? あの、それって、どういう――」

 

 まなは正臣の言葉に理解が追い付かず首を傾げる。見れば帝人と杏里の顔にも不安な表情はなく、逆にまなたちのリアクションを見守るような微笑ましい笑顔を浮かべている。

 わけが分からず不安から足を止める少女たち。彼女たちが横断歩道を渡るのを躊躇っていると――

 

 彼女たちの前に――その『存在』は突如として現れる。

 

「――――――――」

 

 それはヘッドライトの無い、漆黒のバイクに跨った人の形をした『影』。

 それは並走する車の間を縫い、まなたちの目の前を音もなく走り去っていく。

 

「…………!」

 

 その黒バイクが放つ『異質感』に息を呑むまなたち。

 彼女たちの目の前を通り過ぎるとき、そのバイクからは完全にエンジン音というものが消失していた。時々、気まぐれで鳴き声のような嘶きを響かせるだけで、あとは無音の中で道路を疾走する。

 まるでそのバイクの周囲だけ、現実から切り離されたかのような違和感に戸惑うまなたち。しかし、困惑する彼女たちのことなど脇目も振らず、漆黒のバイクは当たり前のように池袋の街中を走り去っていく。

 

「……な、なに、今のっ!!」

「なんか……凄っ!!」

「…………」

 

 黒バイクの姿が見えなくなり、一気に現実感を取り戻す一同。雅や綾、姫香は見たこともない異質な存在感に言葉を失っている。

 

「今の……も、もしかして、妖怪!!」

 

 そんな彼女たちの中、犬山まなは真っ先に我を取り戻し、その黒バイクが異形な存在――妖怪ではないかと疑問の声を上げる。

 すると、そんな彼女の発想に正臣と帝人が顔を見合わせ――快活に笑い声を上げる。

 

「はははっ! 妖怪か……その発想はなかったな!!」

「うん! まあ、多分間違ってはないと思うけど……」

「……ふふ」

 

 杏里ですら口元を緩め、まなの発想に笑みを溢す。

 

「わ、笑わないで下さいよ!」

 

 まなは自分の考えが笑われ、少し不満そうに拗ねた表情で頬を膨らませる。

 

「いや~ごめんごめん。……君たちも噂くらい聞いたことないかな? 『池袋の首無しライダー』って?」

 

 正臣はまなを笑ってしまったことを直ぐに謝り、先ほどの黒バイクに関する噂を耳にしたことがないか聞いてくる。すると彼の問い掛けに、雅が何かを思い出すようにスマホを弄り始める。

 

「あっ、わたし聞いたことあるかも! 池袋の噂の中にあったやつだ!!」

 

 彼女はまなたちと池袋に遊びに来る前、事前にこの街に関する情報をネットを介して調べていた。訪れるべき観光スポット、美味しいお店、治安状況など。池袋の街をより楽しむために必要な予習をこなしてきた。

 その中から、好奇心旺盛な思春期の彼女は、池袋に関する『噂話』についてもいくつか情報収集をしていた。

 

 カラーギャング、ダラーズ、謎のバーテンダー、切り裂き魔――。

 

 深く調べれば調べるほど、非現実的なワードの類が山のように浮かび上がる。所詮は只の噂話と、ある程度は流し読みしていた雅だったが――その噂話の中から、取り分け目立った都市伝説の存在を思い出す。

 

「池袋の首無しライダー……あった、これだ!!」

 

 その噂に関して書かれている掲示板を見つけ、雅はそれをまなたちに見せる。

 

 そこに、映像ではっきりと写し出されていた。

 

 大勢の群衆に囲まれる中、漆黒のライダースーツが黒服の男たちと大立ち回りを演じる姿が――。

 戦いの最中、男の一人に警棒でヘルメットを殴られ、黒バイクの素顔が露になる。

 

 映像に映し出されるライダーに――表情など存在しない。

 首から上が――綺麗に無くなっているにもかかわらず、それは動いていた。

 

「……首無し、ライダー……」

 

 その映像を脳裏に焼き付けながら、まなが呟く。

 その映像だけを見るのであれば、質の悪いトリック映像か何かだと思い込むことができるだろう。

 

 だが、実際に黒バイクを目撃し、その異質感を肌で感じ取ったものならば信じることができる。

 その映像が何の加工も施していない、トリックでも、ドッキリでもないことを――。

 

 

 あのライダーには、本当に首から上が存在していないのだということを、直感として思い知ることが――。

 

 

 

×

 

 

 

「――鬼太郎、親父さん!! あっ、猫姉さんも。ねぇ、聞いてよ! 今日、池袋に友達と遊びに行ったんだけどね!!」

 

 日暮れ時、池袋の街から調布に帰還したまな。彼女はそのまま家には帰らず、ゲゲゲの森にある鬼太郎の家――ゲゲゲハウスへと訪れていた。彼女が家の中に上がり込むと、鬼太郎と目玉親父、そしてまなが『猫姉さん』と慕う猫娘が寛いでいた。

 

「どうしたのよ、まな? そんなに慌てて……また何か事件にでも巻き込まれたの?」

 

 まなの興奮気味な様子に猫娘が呆れながらも、心配して声を掛ける。まなが猫娘を慕うように、猫娘もまなのことを友人、あるいは妹のように大事に思っている。

 妖怪と人間――種族の異なるもの同士であるにもかかわらず、二人の仲はかなり良好だ。

 

 そう、鬼太郎たちは妖怪。彼らが住まうこの場所は妖怪のみが踏み入れることを許された領域、ゲゲゲの森である。本来であれば、人間である犬山まながこんなにも気軽に立ち入れる場所ではない。

 だが去年の春から、まなは妖怪たちと関わりを持つようになり、鬼太郎たちと友達になった。その影響からか、彼女は人間の身でありながらも、ゲゲゲの森に入ることが許されるようになり、今ではちょくちょく鬼太郎の下に遊びにくるようになっていた。

 

「はぁ~……キミはいつも何かに巻き込まれてるんだね。それで? 今日はどんなトラブルを持ってきたんだい?」

 

 まなの尋常ならざる様子に、また事件かと鬼太郎が脱力気味に溜息を吐く。

 

 もともと、鬼太郎は人間と妖怪が過度に接触することを好ましく思ってはいない。手紙の依頼などで人間の手助けをするときでさえ、必要最低限な接触でことを終わらせるつもりでいる。

 しかし、今の鬼太郎にとって犬山まなという少女は必要以上に関わりを持っている、数少ない人間の友人だ。

 彼女の自ら厄介ごとに首を突っ込んでいくような、そのお節介な性格から巻き込まれる妖怪絡みの事件も数多い。今回もそんな感じで事件に巻き込まれるのかと、鬼太郎はやれやれと肩をすくめながら重い腰を上げる。

 

「もう! 人をトラブルメーカーみたいに言わないでよ! 別に事件ってほどのことじゃないんだから……」

 

 鬼太郎の決めつけたような言動に、まなはムッと口を尖らせる。

 確かに自分が鬼太郎たちに助けを求めることは多々あるが、まるで自分が騒ぎの元凶かのような言い方は心外である。まなとて、事件にならなければそれに越したことはない。

 そう思いながらも彼女は今日、池袋の街中で見かけた黒バイク――首無しライダーのことを鬼太郎たちに語って聞かせていく。

 

 

 

「ふむ、首無しライダーか……。似たような話なら。他の地方の噂も耳にしたことがあるがのう……」

 

 まなが目撃した池袋の首無しライダーの話を聞き終え、目玉親父が自身の意見を口にする。

 

『首無しライダー』という怪談事態、それほど珍しいものではない。それこそ『口裂け女』やら『人面犬』のように、割とありふれた都市伝説の一つとして長年人々の間で語り継がれてきた。

 もっとも、そういったものの大半がデマであり、実際に幽霊として人々に害を与えるわけでもない。少なくとも、鬼太郎たちが関わってきた事件の中に、首無しライダーが暗躍していたというものは一つもなかった。

 

「違うって! あの黒バイクはデマなんかじゃない。本物だよ!!」

 

 しかし、まなはムキになって反論する。あれはその辺に転がっている噂話の類ではない、本物の怪異――本物の首無しライダーであると。

 

「どう思いますか、父さん?」

 

 まなの熱弁に父親の意見を聞く鬼太郎。息子の問い掛けに少し考えてから目玉親父は答えた。

 

「うむ、普段からわしら妖怪と接しているまなちゃんがそこまで言うのだ。おそらく、その黒バイクとやらは本物の妖怪なのかもしれん」

 

 まなが鬼太郎たち妖怪と接するようになって、だいぶ長い時間が経過している。本物の妖怪の騒動に何度も巻き込まれてきたのだ。眼前の怪異が偽物か本物か。それを正確に見分ける感覚は、他の人間よりは確かなものだろう。

 

「でも、その黒バイク、結構昔から噂されてるみたいよ? ネットの書き込みからすると、それこそ20年くらい前から……」

 

 まなの話を聞きながら、猫娘はネット上に転がる池袋の首無しライダーに関して調べていた。

 どうやら、あの首無しライダーはかなり昔から池袋という土地に根付いているらしい。ネット社会の普及から噂が他所に広まり始めたのは、ここ10年くらい前のようだが、少なくとも池袋の住人にとっては馴染み深いものらしい。

 

「……特に重要な悪さをしてるって感じでもないわね。どうするの、鬼太郎?」

 

 軽く調べた限りでは、その首無しライダーによって何か被害を受けたという報告もない。

 黒服の男たちと揉めている映像で、何かしらの危害を加えているように見えるが、傍から見るとただの喧嘩のようにも見える。

 

「う~ん……特に酷い被害があるわけでもないなら、ほっといてもいいんじゃないかな?」

 

 猫娘からの情報に、一度は腰を上げた鬼太郎が再びその場にてぐうたらに座り込む。

 もともと、めんどくさがり屋な側面が強い鬼太郎は自発的に行動することの方が少ない。依頼以外で面倒ごとに関わろうとするほど、積極的な性格でもなかったりする。

 

「20年、そんな昔から……」

 

 一方のまな。彼女は猫娘の調べた話を聞き、興味深く思案に耽っている。20年――自分が生まれる前から池袋の街中を疾走している、首無しライダーという存在に何かしらの興味を抱いたであろうことが、その表情から察することができる。

 

「……一応、言っておくけど」

 

 そんなまなに釘を刺す意味を込め、鬼太郎は彼女へと一言物申す。

 

「自分から厄介ごとに首を突っ込むような真似は控えてくれよ。ただでさえ、キミは向こう見ずなところがあるんだから」

「わ、わかってるよ! わたしだって、ちゃんと考えて行動してるんだから、ふんだ!」

 

 鬼太郎の辛辣な小言に、まなはそっぽを向く。

 彼の言葉が自分を心配してくれての発言であることを、彼女も頭では理解している。

 しかし、まるで自分が考えなしであるかのような言い方には、流石にカチンと頭にきてしまう。

 

 自分だって、好き好んで事件に巻き込まれているわけではないのだと。

 鬼太郎の忠告を胸にしっかりと刻みつける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが――翌週の休日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ごめんね、猫姉さん。付き合ってもらって……」

「――別にいいわよ。何となく、予想してたから」

 

 

 犬山まなは猫娘と共に池袋の街を訪れていた。

 あの都市伝説、池袋の首無しライダーにもう一度出会うために――。

 

 




登場人物紹介

 紀田正臣
  ナンパ少年、けど意外と漢気もある好青年。

 竜ヶ峰帝人
 『ザ・普通』って感じの子ですが……実は作中で一番危ないかもしれない人物。 

 園原杏里
  眼鏡巨乳。意見すると文学少女のようにも思える彼女ですが……。 

 サイモン
  露西亜寿司の店員。強面な外見とは裏腹に池袋の良心と呼べる人。けど恐ロシア。

 羽島幽平
  何でもできるイケメン俳優。話題のネタとして名前だけ登場。本名は平和島幽。
  次回登場するとある登場人物の弟。

 今作において、クロス先の登場人物はホントに顔見せ程度。本格的にクロスさせるのは『デュラララ!!』という作品の主人公『首無しライダー』くらいです。
 
 一応、今はぬら孫を優先させるつもりなので、こちらの更新はスローペースになると思います。
 鬼太郎……三月には終わるそうですが、それでも本作は細々と続けて行きたいと思います。今後とも、よろしくお願いします。



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デュラララ!! 其の②

前回登場したゲゲゲの鬼太郎側の登場人物。
 
 桃山雅
  まなの親友。原作52話『少女失踪! 木の子の森』の主役。
 石橋綾
  まなの友人。原作87話『貧乏神と座敷童子』の主役。
 姫香
  まなの友人だが、今のところ個別のエピソードなし。
  アニメが完結するようなら、こっちの方で何か主役エピソードを考えてみます。

 デュラララはやっぱり登場キャラが多すぎる。
 なるべくちょい役でも登場させたいがため、文字数がかなり多くなってしまう。
 おそらく、全四話くらいで完結できると思いますが、どうかお付き合いください。



 池袋という街には、いくつもの都市伝説が蔓延っている。

 

 ネットを介してその数を増やし続けるという、無色透明のカラーギャング『ダラーズ』。

 同時多発的に出現する、瞳を真っ赤に染めた辻斬り『切り裂き魔』。

 自販機を投げ飛ばし、ガードレールを素手で引っぺがす金髪バーテンダー『池袋最強』。

 そして——『池袋の首無しライダー』。

 

 中でもとりわけ、首無しライダーの伝説はかなり特殊なものだ。

 何しろその存在は20年以上前から確認されており、今尚、廃れることなく人々の間で語り継がれている。さりとて、池袋の住人たちは特別騒ぎ立てるまでもなく、見かけたら「おっ、久々に見たわ。今日はついてる!」と、まるで珍しい動物でも見かけた程度のテンションでその横を平然と通り過ぎていく。

 無論、本当に首が無いと知れば流石に反応も異なるものとなろうが、少なくとも普段から街中を駆ける首無しライダーはフルフェイスのヘルメットを被り、ただの無灯火無免許の黒バイクとして、時折交通課の白バイ隊員に追われている。

 

 都市伝説として名を馳せながらも、その存在を街の風景に溶け込ませている——それが池袋の『首無しライダー』という存在である。

 

 そんな都市伝説の存在をまじかで目撃した少女——犬山まな。

 彼女はゲゲゲの鬼太郎や猫娘といった妖怪たちを友人に持つ、『人間と妖怪の狭間』に立つ人間の一人である。

 

 彼女の目から見て、たまたま街中で見かけた黒バイク——首無しライダーの存在は本物に思えた。

 そして、まなは『とある理由』から、実際にその首無しライダーと会って話がしてみたいと思った。

 鬼太郎からは「厄介ごとに首を突っ込むな」と忠告されてはいたものの、一度抱いた感情をどうにも抑えきれず。

 

 翌週——彼女はもう一度、池袋の地に足を踏み入れることとなったのである。

 

 

 

×

 

 

 

「ほんとにごめんね、猫姉さん。わざわざ付き合わせちゃって……」

「大丈夫よ、ちょうど暇してたし。それくらい付き合ってあげるわ」

 

 休日の午前中。二人の女子が池袋の街中を歩いていく。

 一人は犬山まな、もう一人は妖怪・猫娘。妖怪といっても、猫娘の外見はほとんど人間といってもいい。そのモデルのようなスレンダーなスタイルと美しい容姿に振り返る人間こそ入れど、誰も彼女のことを妖怪などと思いもしないだろう。

 まなは首無しライダーに会うにあたり、流石に一人では心許ないと感じ、猫娘に一緒に来てもらえるよう助けを呼んでいた。

 鬼太郎に注意を受けた手前、彼には頼みにくく、それでいて猫姉さんなら頼りになると。

 気が付けばラインで彼女に助けを要請していた。

 

「けど、理由くらいは聞いておきたいわね」

「えっ?」

 

 ラインの返信で「やれやれ」といった感じのスタンプを返しながらも、猫娘は集合場所の『いけふくろう像』の前に来てくれた。

 そのことに何度も頭を下げるまなに気にするなと言いながらも、猫娘は彼女に問いかけていた。

 

「何で首無しライダーに会いたいなんて思ったのよ? 何か理由があるんでしょ?」

「そ、それは……」

 

 猫娘の問いに、まなはピタリとその場に立ち止まる。言いにくいと言うより、何と言葉にすべきか本人の中でも迷っているような感じである。

 猫娘は通行人の邪魔にならないよう、道の脇に寄り、建物の壁に背を預けながらまなの返事を待つ。

 

 猫娘とて、まなが単純な好奇心、野次馬根性で首無しライダーを冷やかしに来たのではないことは理解している。あれだけ鬼太郎に注意されたにもかかわらず、それで考えなしにトラブルの種に突っ込むような人間ではない。

 

 まななりに真剣に考え、その上で出した結論なのだろう。『首無しライダーに会いたい』と。

 猫娘はその理由を聞きたかった。彼女が何を思い、何を考えてそのように動いたのか。

 付き添いで来ているのだから、それくらい聞く権利はあるだろうと、猫娘はまなからの言葉を待つ。

 

「実は、ね……」 

 

 彼女の中で何かしらの回答が得られたのだろう。答えを口にしようとまなは息を吐く。

 

「——あれ? まなちゃん?」

「っ?」

 

 だが、彼女が何かを言い掛けたところで、それを遮るものが現れた。

 まなは自分の名前が呼ばれたことで、声がした方を振り返る。

 

「ああ、やっぱりまなちゃんじゃん! お久し!!」

「あっ……正臣さん」

 

 そこに立っていたの茶色に髪を染めた青年・紀田正臣だった。先週、まなたちが友人と池袋へ訪れた際、彼女たちに声を掛けてきた池袋の高校に通う学生だ。

 ナンパ行為や、そのチャラついた格好、言動とは反対にその面倒見の良さで彼はまなたちから好青年と顔を覚えられていた。正臣はまなを見かけるや、嬉しそうにテンションを上げてつらつらと軽口を流す。

 

「今日は雅ちゃんたちと一緒じゃないんだね? なになに? 彼女たちに内緒で俺に会いに来てくれたのかい! 俺も罪な男だ、いたいけな女子中学生を惚れさせちまうなんて……ふっ!」

「あっ、いや……違いますけど」

「って、違うんかいっ!!」

 

 そんな彼の言動に対し、特に不快な気持ちを抱くことなくまなはサラリと流していく。彼の幼馴染みである竜ヶ峰帝人曰く、正臣の言葉をいちいち真に受けても仕方がないとのこと。

 実際、自身の発言を軽く袖にされながらも、正臣は特に気を悪くした様子もなく、笑顔でツッコミを入れてくれる。

 

「はははっ……正臣さんこそ、今日は竜ヶ峰さんたちと一緒じゃないんですね。今日は……」

 

 まなは彼のオーバーリアクションに苦笑いを浮かべながら、正臣が先週の面子と一緒でないことに気づく。同級生である竜ヶ峰帝人や園原杏里の姿はなく、彼の隣には別の人たちが立っていた。

 

「——どしたの、紀田くん? 誰その子?」

「——知り合い? 友達っすか?」

 

 正臣が連れ立っていたのは男女の二人組だった。

 どちらとも身体が青白く、やや不健康そうな印象が感じられる。男の方は目が細くヒョロっとしており、女の方は黒い髪に黒い服を纏っている。どちらとも高校生には見えない。大学生……というよりも、どこかフリーターといった印象の二十代前半の若者たち。

 

「あー、この子は先週知り合ったばかりの子で、調布市から遊びに来てるんですよ」

 

 そんな男女二人組に、正臣は敬語でまなのことを軽く紹介する。すると——

 

「へぇ~調布から! すごいじゃん、『とある』で美琴っちが暗部組織のスタディと決戦を繰り広げた『味の素スタジアム』がある場所じゃない!?」

「いやいや、『フルメタ』の陳代高校のモデルになった『神代高等学校』でも有名っすよ。そんな場所に住めるなんて羨ましい限りっすね~」

「???」

 

 彼らの口から、まなでは全く理解できない単語が飛び出してくる。どう返答すべきか彼女が迷っていると、正臣は助け舟を出すようにまなにそっと耳打ちする。

 

「……呪文かなんかだと思って聞き流しておいて。自分が知ってることは他人も知ってて当然て考えるタイプの人たちだから」

「……? そ、そうなんですか……?」

 

 なんだかよくわからないが、迂闊に突っ込んではいけないような気がし、まなは言われた通り彼らの言動をスルーする。正臣はまなに、とりあえず二人の事を紹介し始めた。

 

「こっちの女の人が狩沢さんで、こっちの男の人が遊馬崎さん。そんで……」

 

 すると正臣の紹介はそこで終わらず、まなの視線を別の方向へと誘導する。どうやら他にも連れがいるらしく、すぐ側の駐車スペースに車を止めている男二人が、寛ぎながらまなたちの方に目を向けている。

 

「あっちのニット帽を被っている人が門田さん。隣の人が渡草さん」

「おう」

「うす」

 

 狩沢や遊馬崎よりは歳上といった感じの男たちが、それぞれまなに挨拶する。

 

「あっ、ええと……犬山まなです。初めまして……」

 

 まなは彼らの自己紹介を受け、自身も深々と頭を下げて名前を名乗る。

 

「——ところで……まなちゃん。そちらの美しいお嬢さんは、どこのどちら様かな?」

 

 一通りの自己紹介を済ませた正臣。やっぱりと言うべきか、彼は目ざとくまなの隣に立つ猫娘の存在に気がつき、恭しい態度とかっこつけた笑顔で彼女が何者か尋ねる。

 まなは「あっ、これ猫姉さんにもナンパする流れだ」と、正臣の次なる行動を予測しながらも礼儀として猫娘のことを皆に紹介する。

 

「こちら友達の猫姉さんです!」

「……初めまして、猫田よ。まなからは猫姉さんって呼ばれてるわ。まあ……よろしく」

 

 まなの紹介を受け、猫娘も自分から名前を名乗る。

 余談ではあるが、猫娘は妖怪名。彼女は人間として名を偽る際、偽名として『猫田』という苗字を使っている。まなが彼女を呼ぶときの「猫姉さん」という呼び名も、ニックネームとして周囲に認知させていた。

 猫娘は初対面の正臣たちに対し、一歩引いた態度で接する。まなとは違い、多少警戒心を抱いていた。

 

「おお! 猫姉さん! なんて素敵な呼び名なんだ!!」

 

 しかし、そんな猫娘の警戒を気にした様子もなく、正臣はそっと彼女へと歩み寄り恭しい仕草でその手を取る。

 

「猫姉さん、これから俺とまなちゃん、三人で池袋の街をデートしに行きませんか?」

「えっ、わたしも!? 猫姉さんとデ、デート……」

 

 他の友人たちのいる目の前で、正臣は躊躇なく猫娘を口説く。まなは自分も一緒に口説かれている事実よりも、『大好きな猫娘とのデート』に乙女心をドギマギさせる。だが——

 

「……生憎だけど、わたしアンタみたいなナンパ小僧に興味ないのよね」

 

 猫娘は正臣の手を振り払い、彼の誘いを素っ気なく断る。ナンパをされるのも断るのにも慣れているのか、一切の迷いがない、割とドライな対応である。

 もっとも、そんな冷たい態度にもへこたれないのが紀田正臣という男だ。

 

「ではどのような殿方がお好みなのでしょう!? あなたが望むなら、俺はどのようにでも自分を、いや!! 世界さえも変えてみせましょう!!」

 

 まったく堪えた様子もなく、自分に酔った言動を恥ずかしげもなく紡いでいく。

 

「め、めげないわね、こいつ……」

 

 流石にその返しは予想していなかったのか、猫娘は気圧されたように半歩後退る。そんな猫娘の気を惹こうと、正臣はさらに何かしらの口説き文句を口にしようとする。

 

「その辺にしとけ、紀田」

  

 だが、正臣がさらなる軽口で場を混沌と乱そうとするのを防ぐかのように、ニット帽を被った男——門田京平(かどたきょうへい)がため息を吐きながらこちらに歩み寄ってきた。

 

「嬢ちゃんたちがマジで戸惑ってんぞ。口説くんなら、またの機会にしとけ」

「……そうっすね。じゃ、また今度ということで!」

 

 門田が注意すると正臣はあっさりと引き下がる。

 

「狩沢、遊馬崎、お前らもだ。頼むから初対面の相手に二次元の話から入るのはやめてくれ。会話にならねぇぞ」

「ええ~!?」

「ちぇっ、わかったすよ」

 

 彼は狩沢や遊馬崎たちにも会話のチョイスに関して軽く注意を入れる。不満げな声を洩らしつつも、彼らも門田の言葉に大人しく従う。

 どうやら、この門田という男が彼らの中で一番の年長者のようだ。彼と接する際の正臣たちには親しみの中に、一定の敬意が感じられた。

 

「ええと、犬山と猫田でいいのか?」

「は、はい!」

 

 門田はまなたちにも遠慮なく声を掛けてくる。堂々とした門田の風格に、やや緊張した面持ちでまなが返事をする。

 

「ふっ、そう固くなんな。池袋観光に来たんなら、渡草に車まわさせっけど、どうするよ?」

 

 緊張するまなに笑みを向けながら、門田はそのような提案をしてきた。

 正臣のようなナンパではなく、「ついでだから乗って行け」といった感じで、車の運転手である渡草の方に目を向ける。

 渡草も門田の意図を察したのか。何一つ文句を言わず、車を出すよう準備を進める。

 

「えっ? い、いや! 悪いですよ、そんなの!?」

 

 まなは門田とは初対面ということもあり、彼の誘いに遠慮するように首を振る。

 

「そうか? まあ、確かに余計なお節介だったかもしれん。なんか悪いな……」

 

 まなが断わると、門田は気を悪くした様子もなくあっさりと引き下がる。それどころか、変に気を回した自分の迂闊さに軽く謝罪を口にするほどの気の使いよう。基本的にいい人なのだろう。

 

「い、いえそんな! すごく有難い申し出です。けど……」

 

 まなもまなで、相手に謝らせてしまったという気持ちから、どうにか言葉を振り絞り、車を出してもらうまでもない理由をそれとなく口にする。

 

「別に行きたいところがあるわけじゃないんです。……ただ、ちょっと、会いたい人がいるといいますか、その……」

「……なんだそりゃ?」

 

 まなが言い淀む姿に門田が苦笑する。

 まなは彼らにも、自分が池袋に来た理由を話すべきかどうか暫し考え込んだ。

 彼らが池袋の住人であるのなら、首無しライダーに関しての話が聞けるかもしれない。そういった期待もあり、彼女は意を決し、自身の目的について門田たちに伝える。

 

「…………」

「…………」

 

 笑われるかもと思ったまなだったが、意外にも真剣な表情で門田や正臣は彼女の話に耳を傾けてくれる。

 若干空気が張り詰めるように緊張感が漂うも、その空気を緩和するよう、狩沢と遊馬崎の二人が和気あいあいとその話題に首を突っ込ませる。

 

「へぇ~、首無しライダーに会いに来たんだ! まなちゃん、ひょっとしてアレかな? オカルトマニアかなんか?」

「いやいや、なかなかいい目のつけどころしてるっすよ。結構そっち側の素質あるかもっすよ、犬山さん!」

「そ、そうですか?」

 

 いったい何を褒められているのかは分からないが、不思議と嬉しい気持ちに照れ臭そうな笑みを浮かべるまな。

 だが年長者の門田はニコリともせず、まなに説教くさい口調で語り掛けてくる。

 

「首無しライダーに会ってどうしようってんだ? ……言っとくが、『アレ』は本物だぜ。好奇心や冷やかし気分に半端な覚悟で触れようもんなら、人生観変わっちまうぞ?」

 

 その言い様から、門田もあの首無しライダーを本物と確信しているのだろう。もしかしたら、彼はあのヘルメットの『素顔』を見たことがあるのかもしれない。厳しい口調でまなの軽はずみな行動を戒める。

 

「い、いえ違うんです!! 冷やかしとか、遊び気分とか……そんな軽い気持ちじゃなくて——」

 

 カナは門田の忠告に思わず声を大きくして反論する。猫娘に聞かれた『首無しライダーに会いたい理由』を彼らにも話し、自分が決して軽い気持ちではないことを分かってもらおうと、口を開きかける。

 だが、そんなまなの言い分に被せるかのように——

 

「——ずいぶんと面白い話をしているじゃないか」

「……?」

 

 爽やかな男の声が響いてきた。

 まなが声のした方を振り返ると——そこには整った顔立ちの男が静かに佇んでいる。

 

「首無しライダーがどうしたって? 俺も話に混ぜてくれると嬉しいな」

「……どなたですか?」

 

 いきなり話に割り込んできたその男に対し、まなはほとんど反射的に問いかける。

 すると男は何が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべながら、自身の名前を堂々と名乗った。

 

 

「初めまして、俺は折原臨也(おりはらいざや)。よろしく」

 

 

 

×

 

 

 

「臨也……」

「い、イザヤ、さん……」

 

 折原臨也と名乗った男の登場に、池袋の住人である面々がそれぞれ複雑な顔色を浮かべる。

 門田はいかにもめんどくさそうにこめかみを抑え、あれほど軽口を叩いていた正臣が緊張した面持ちで表情を引き攣らせている。

 

「あれ、イザイザじゃん」

「どもっす」

「…………」

 

 狩沢と遊馬崎には特に変化は見受けられないが、若干、臨也という男と距離感を取っているように思える。渡草にいたっては極力目を合わせまいと、視線をよそに向けていた。

 

「……皆さんのお知り合いですか?」

 

 友達とも、ただの顔見知りとも呼べぬような微妙な反応に、まなは不思議そうに尋ねる。

 

「ああ……気にすんな。ただの通行人だと思ってくれ」

 

 門田は彼女の質問に曖昧に暈す。臨也という男のことを紹介するつもりもないのか、まなに彼の存在を無視するよう言い聞かせる。

 すると、臨也は肩を竦め、わざとらしく大きな声で不満を漏らす。

 

「酷いな、ドタチン。人を風景みたいに紹介しないでよ……心が傷ついてトラウマになっちゃうじゃないか」

「ドタチン言うなや」

 

 ドタチン、というのは門田のニックネームなのだろう。その呼び名に嫌そうな顔をしながら、門田は臨也に向き直る。

 

「わざわざ池袋まで何のようだ? 静雄のやつに見つかっても知らねぇぞ?」

「大丈夫だって! 西口の方にはシズちゃんも滅多に来ないから!」

 

 まなの知らない人物の名前を口にしながら門田と臨也は言葉を交わしている。そのまま、既知の者同士の会話に入るかと思い、まなは大人しく口を閉じる。

 しかし——折原臨也と名乗った男はまなに鋭い眼光を向け、口元を吊り上げた。

 

「——!?」

 

 瞬間——まなの背筋に悪寒が走る。

 彼の視線が、まるでまなの存在、その人間性、価値観などといった全てを値踏みするかのように、まなの足先から頭の天辺までを舐め回すかのように見つめる。

 その視線にいやらしいものは感じられなかったが、何故かまなは鳥肌が立ち、顔色が蒼白になる。

 

「ちょっと、大丈夫まな!?」

 

 顔色を変えるまなを心配し、猫娘が彼女の肩に手を置く。猫娘は男の視線に何も感じていない——というより、臨也はまるで、猫娘の存在を無視するかのように彼女の方には目もくれない。

 臨也の興味の対象は完全に、まなという人間にのみ向けられている。

 

「あっ、臨也さん! ち、違うんすよ! この子はただの通りすがりで……」

 

 その視線に正臣は気がついたのか、まなを庇うかのように一歩前に出る。まなのことをただの通行人と称し、必死に臨也の興味から逸らそうとする。

 だがその努力も虚しく、臨也はまなに声を掛ける。

 

「君——犬山まな……だよね?」

「…………えっ? ど、どうして、わたしの名前を……!?」

 

 初対面の相手に名前を言い当てられ、まなは困惑する。どこかで会ったことがあるのだろうかと、慌てて自身の記憶を掘り起こす。

 すると、臨也は呆れたようにククっと笑い声を漏らした。

 

「おいおい、無用心だな。君はもう少し……自分の顔と名前が世間に知られていることを自覚した方がいいよ」

「えっ!?」

 

 臨也の言葉にますます混乱するまな。

 そんな彼女に向かって、臨也は手持ちのスマホで何かを操作しながら言葉を紡ぐ。

 

「でも世間て冷たいよね。あれだけ大騒ぎしてたってのに、すぐに君のことを忘れてしまうんだから……ほら」

 

 世相に対する愚痴を溢しながら、自身のスマートフォンの画面をまなに見せつける。

 

 

 画面上には編集された一本の動画が表示されていた。

 そこにはまなと猫娘、そして血だらけで倒れ伏すもう一人の女性の姿が映し出されている。

 

 まなが——右手から黄金の光を放ち、猫娘の胴体を貫いている動画がリプレイで再生されていた。

 

 

「——っ!!」

「——なっ、何よ……これ……」

 

 まなは息を呑み、その動画を初めて目の当たりにするのか猫娘が驚きの声を上げる。

 驚愕する二人に臨也はさらに笑みを深め、平然と言ってのける。

 

「そう、犬山まな。君が——そこの化け物を退治する様を映した動画だよ。綺麗に撮れてるよね、アハハ!」

 

 その動画は捏造などではない。数ヶ月前——本当にあった出来事を監視カメラが捉えた映像だ。

 

 

 かつて——『名無し』と呼ばれた闇があった。

 かの者は全てを憎み、全てを虚無に引きずり込む為、数百年に渡り人の世を暗躍していた。

 かの者は計画の一環として『人間と妖怪の対立を起こす』ことを目的にこの動画を拡散し、世論を煽動しようとした。

 

 犬山まなという人間の少女が、化け物である猫娘を魂ごと消滅させる動画だ。

 

 この動画に人間は「自分たちにも妖怪を倒すことができる」と戦意を高揚させ、逆に妖怪たちは「人間にも自分たちを殺す術を持つ者がいる」と、危機感を募らせたのである。

 それにより、人間と妖怪は対立しかけ、危うく全面戦争に発展しかけるところだった。

  

 結果を言えば、人間と妖怪の激突は起こらず、どうにか最悪な事態を避けることができた。

 しかし、その為に利用された動画は事件の後も多くの人々が視聴し、犬山まなという少女の存在を広く世間に認知させることとなったのである。

 

 

「あれから数ヶ月経って『この動画は捏造である』てことで事態は沈静下したよ。九十九屋とか事情の知るハッカーたちも、こぞってこの動画を消してまわったみたいで、拡散したやつも含めてネット上にもうほとんど残っちゃいない……まったく、あいつも余計なことするよ」

 

 動画を見せられて戸惑うまなたちにも構わず、臨也はペラペラと一人でお喋りを続けていく。

 事件の直後、マスコミなどがその動画の真偽を確かめようとまなをつけ回し、アレコレと質問攻めにしてきた時期があった。猫娘の件もあり、まなは酷いノイローゼになりかけたのだが——どうやら彼女が知らないところでこの問題を解決させたものがいるらしい。

 それにより、まなもその動画の存在を忘れ、ただの女子中学生としての日常を取り戻すことができた。

 

「……っ!」

 

 だが——まな自身の犯した罪が消えてなくなるわけではない。

 猫娘を魂ごと消滅させてしまったという罪悪感。その動画はまなのトラウマを否が応でも思い出させる。

 

「俺もたまたまこの動画を見つけて君に興味を持った口でね。情報屋として色々調べさせてもらったんだ。……といっても、流石に調布まで会いに行き気にはならなかったけど。でも、まさか池袋に来てくれるとは、いや~俺も運が良いね!」

 

 押し黙るまなたちを無視し、さらに臨也は一方的に捲し立てる。有名人に会えたみたいなテンションで笑顔を浮かべる臨也だったが——不意に『それまでとは全く別種の笑顔』をまなに向けながら彼は問い掛ける。

 

「それでだ。この動画を踏まえた上で……君に聞きたいことがあるんだけど」

「な、なんで、すか……」

 

 まなは臨也の『笑顔』を前に、息が詰まる気持ちで辛うじて口を開く。

 笑顔というものに様々な種類があることはまなも知っていた。だが、目の前の男が浮かべている笑顔は、まなが今までに見たこともない笑顔だった。笑顔を一つで、ここまで人の不安を掻き立てることができるのかと、そのような疑問を抱くほど。

 彼は本当に人間なのか? そんな疑問すら浮かぶような笑顔を崩さぬまま、臨也は平然と口にする。

 

 その質問が、さらに犬山まなという少女の傷口を抉ることを知りながら——。

 

 

「——大切な人を殺してしまったとき、君はどんな気分だった?」

「————————えっ?」

 

 

 衝撃的すぎる問い掛けに、咄嗟に返事が出来ずに硬直するまな。

 

「ちょっ、と! アンタ!?」

「……?」

 

 猫娘は無遠慮なその質問に激怒し、他の面々は臨也が何を言っているのか、いまいち把握しきれず疑問符を浮かべる。 

 しかし、周囲の反応の全てを放置し、臨也は一方的に——いっそ暴力的に吐き捨てる。

 

「大切な人を誤って殺してしまったら……そりゃあ悲しいよね。それは理解できるよ、人間として。けど……君が殺したその化け物は、今も君の横を一緒に歩いてる。どういった手段で蘇ったのかは知らないけど、そんな相手と一緒に歩くってどんな気分だい? 単純に戻ってきて、嬉しいって思うのか? それとも、本当は罪悪感に苛まれてるのを必死に隠して笑顔を浮かべてるのか? あるいは……自分の犯した罪ごと、そんな事実はなかったと記憶から忘却しているのかな?」

「や、やめて……ください……」

 

 臨也の口から吐き出される言葉の数々にまなは声を震わす。しかし、怯えるまなに構わず、彼は一切の淀みなく言葉を吐き出し続ける。

 

「聞かせて欲しいな。こういったケースは稀だから、是非とも参考にさせてもらいたいんだ。どんな答えであれ——俺は君の意思を尊重し、その全てを受け入れるよ」

「い、いや………」

 

 最後の言葉だけを聞けば慈愛がこもっているように思えるが、まなは安心感など微塵も抱けない。臨也によって過去のトラウマを掘り返えされた罪悪感に怯え、そして臨也という人間そのものに彼女は恐怖を抱く。

 その瞳から涙さえ滲み出すまな。そんな彼女を前に——

 

「——いい加減にしなさいよね!!」

「猫……姉さん」

 

 友人である猫娘が当然のように怒りを露わにする。彼女は臨也の胸倉を掴み、強制的に彼を黙らせた。

 

 

 

 

 

「ああ……なんだ、いたの」

 

 臨也は白けたような視線を猫娘に向ける。胸ぐらを掴まれている中、彼の表情に笑顔はない。その代わり恐怖や怯えといった感情も見られない。臨也は明確な侮蔑、嫌悪の感情を瞳に写し、猫娘を見下している。

 

「君……猫娘だっけ? ゲゲゲの鬼太郎の仲間の」

「!!」

 

 臨也の言葉に猫娘が驚く。先ほどから彼女を『化け物』と呼んでいることから、猫娘が妖怪であることも把握しているのだろう。

 

「君たちの噂は俺がガキの頃から、まことしやかに囁かれてたよ。それこそ『都市伝説』のようにね」

 

 淡々と知っている情報を語る臨也。だが、次の瞬間——彼は挑発的な笑みを浮かべ、敵意満々に猫娘に吐き捨てる。

 

「けど……最近の君たちは、ちょっと人間の世界に関わり過ぎじゃないかな? 妖怪なら妖怪らしく、ゲゲゲの森ってとこに大人しく引っ込んでてよ。人間の問題にいちいち首なんか突っ込んでないでさ」

「そんなの……アンタに関係ないじゃない」

 

 確かに、昔に比べて鬼太郎も猫娘もここ最近は人間社会の問題、妖怪絡み限定とはいえよく首を突っ込むようになった。これも人間の友人である、まなの影響かもしれない。

 しかし、少なくともお前には関係ないだろと、猫娘は臨也に強気に言い返す。

 

「とんでもない! 関係大ありさ!」

 

 すると、臨也は心外だとばかりに声を張り上げ、猫娘に向かって己の主張を声高に叫ぶ。

 

「——俺は人間が好きだ。一部の例外を除いて、この世の全ての人間を愛してる」

「……はっ? あ、愛? 全ての人間?」

 

 その主張は常人には理解し難く、妖怪である猫娘も困惑させる。だが臨也は気にもとめない。

 

「そう愛だよ。どんなに愚かな選択を取ろうと、どんなに醜い欲望であろうと、俺はその人間の全てを受け入れて愛することができる。当然、人間が作り出したこの醜くも愚かで愛おしい、人間社会そのものも愛してる。けど……俺が愛することができるのは人間だけだ。君たちのような化け物を愛せるほど、物好きでも、酔狂でもない」

 

 臨也の言葉は眼前の猫娘一人にではなく、全ての妖怪、人ならざる化け物たちに明確な敵意、悪意を持って紡がれていた。そして——

 

「だからさ——あんまり人間の世界にしゃしゃり出てくるんじゃないよ、化け物風情が」

「——っ!!」

 

 臨也の台詞に、ついに猫娘は自分を抑えることができなくなってしまう。彼の言葉に苛立ったのも事実だが、それ以上にこの男の存在そのものに危機感を抱く。

 彼女は公衆の面前で化け猫の表情となり、自らの爪を威嚇するように伸ばして臨也の首筋に突きつけてしまう。

 

「うおっ、な、なんだっ!?」

「つ、爪っ!? あの人、襲われてるの!?」

 

 その光景は傍から見ると『無防備な一般人を襲う爪を伸ばした化け物』という解釈にしかとれない。事情の知らぬ通行人が悲鳴を上げ、猫娘から逃げるように離れていく。

 

「すごっ! カッコいい!! アイアンクロー……いや、ベアクローだっけ!?」

「違うっすよ、狩沢さん! ウルヴァリンすよ、ウルヴァリン!!」

 

 約二名ほど、何故か無邪気に喜んでいる輩もいるが。

 

「ふ~ん」

 

 しかし当の本人、爪を突きつけられている臨也はケロリとしており、彼はしてやったりという笑みを浮かべながら猫娘に言い放つ。

 

「そうやって勢いのまま激昂して、君は犬山まなの母親——純子さんを傷つけたってわけだ」

「!!」

 

 その指摘に、今度は猫娘がショックを受ける番だった。

 

 

 先ほどの動画に映し出されていた血だらけで倒れる女性。彼女は犬山まなの母親・犬山純子である。

 彼女は名無しの策略に利用され、その身を妖怪化されて猫娘を襲うように洗脳されてしまった。

 そうとは知らず、襲い掛かる敵として純子を返り討ちにしてしまった猫娘。我に返ったときには手遅れ、そこには血だらけで倒れる犬山純子の姿があった。 

 幸い、彼女はなんとか一命を取り留めたものの、一度は危ないところまでいったという。猫娘はそのときのことを悔やんでおり、その苦い記憶が臨也の指摘によって思い起こされる。

 

 

「まったく、ほんとに短絡的で暴力的だよ。そうやって何でもかんでも、力で解決しようとしたがるんだから、君たち化け物は」

「くっ……」

 

 そういった後ろめたさもあり、猫娘は臨也の言葉に反論することができなかった。

 爪を突きつけてイニシアチブを取っているのは猫娘の筈なのに、何故か彼女の方が気圧されびっしりと額から汗を流す。一方の臨也は平然と涼し気な笑みを浮かべる。

 そうやって、互いに膠着状態のまま暫し睨み合うこと数秒――。

 

 

 

 

 

「そこまでにしとけ、お前ら……」

 

 その膠着状態を終わらせるべく、それまで沈黙を貫いていた門田が二人の間に割って入る。

 門田は横合いから猫娘の手を掴んで爪を降ろさせる。さりとて、臨也の味方をするわけでもなく、彼に向かってやれやれと溜息を吐く。

 

「臨也よ、俺には事情がサッパリ呑み込めねぇ。だが、いい歳した大人が女子供を言葉責めにしてる姿なんざ、見ていてあんまり気持ちのいいもんじゃねぇぞ?」

 

 明らかに人間離れしていた猫娘のことも含め、女子供相手に大人げないと臨也に説教する門田。彼の言い分に臨也は気を悪くした様子もなく、寧ろ嬉しそうに笑う。

 

「いいね、ドタチン。そういう漢気のあるとこ。人によっては古臭いと感じるかもしれないけど、俺は大好きだよ」

「お前は人間なら誰でもいいんだろが……」

 

 まったく反省した様子のない臨也に、門田はさらに言葉を重ねる。

 

「お前な……そうやって、誰これ構わずちょっかいかけてっと、いつか痛い目に————」

 

 諦めの嘆息を交えながらの、門田から臨也への忠告。しかし、その忠告が最後まで口に出されることはなく。

 

 

 臨也の身体は——どこからか飛んできたコンビニエンスストアのゴミ箱に直撃し、吹っ飛ばされる。

 

 

「がっ!?」

 

 余裕綽々だった臨也の口から苦悶の声が上がり、彼はその場に倒れ伏した。

 

「……言わんこっちゃない」

 

 門田は倒れた臨也を助け起こそうとはしなかった。所詮は自業自得と気遣いの声も掛けることなく、彼はゴミ箱の飛んできた方角へと目を向ける。

 

「いーざーやーくん」

「……静雄」

 

 やっぱりというべきか、そこには門田のよく知る人物が立っていた。

 金髪にバーテン服にサングラスという、特徴的な服装が目立つ長身の男。男は顔に血管を浮かべており、目の奥に怒りを滾らせながら、倒れた臨也を睨みつける

 彼の登場に正臣も狩沢も遊馬埼も渡草も「あちゃ~」という顔になり、ささっと、さりげなく臨也から距離を置く。

 

「……よお、門田。ちょっと下がってろ」

 

 静雄と呼ばれた男は門田の存在に気づいたのか。視線を臨也から逸らすことなく、門田に言葉だけで注意を促した。

 

 

「——今から、そこのノミ蟲をプチッとぶち殺すからよ」

 

 

 

×

 

 

 

「……えっ、ご、ゴミ箱? な、なんで……ゴミ箱?」

「なんなのよ、次から次へと!」 

 

 まなと猫娘の二人は状況の変化について行けず、揃って戸惑いを口にする。

 彼女たち二人は折原臨也という男の発言に、心の中の傷口を抉られ落ち込んでいた。だが、そんな傷心を吹き飛ばすかのような勢いで、コンビニエンスストアのゴミ箱が飛来し、調子こいていた臨也の身体をぶっ飛ばす。

 倒れ伏す臨也はよろめきながらも立ち上がり、突如現れた『金髪のバーテンダー』に対し、苦々しい表情を浮かべる。

 

「シズちゃん……」

「……その呼び方止めろって言ってんだろ? 俺には平和島静雄って名前があんだよ」

 

 シズちゃんと呼ばれた男・平和島静雄(へいわじましずお)。彼は怒りに染まった眼球で臨也を睨みつける。一瞬たりともその視線を臨也から逸らすことなく、彼は近くにあった道路標識を無造作に掴み取り——そのまま『それ』を根元から引っこ抜いた。

 

 

 

「————えっ?」

「————はっ?」

 

 

 

 まなと猫娘の声が見事にハモる。平和島静雄という男の取った常識外れの行動に。彼が片手で、まったく力を入れた様子もない動作で、まるで地面に突き刺しておいたシャベルを引っこ抜くかのように。

 

 地面にがっちりと埋められていた——道路標識を担ぎ上げたのだ。

 

 静雄はそのまま、それを棒切れのように片手で扱いながら臨也と対峙する。

 向かい合う臨也、彼はやれやれと呆れた様子で肩を竦める。

 

「勘弁してよ、シズちゃん? 君が片手で担いでるそれ、何キロあると思ってんの?」

「……」

「さっきのゴミ箱だってそうだよ。中がぎっちり詰まってて、すごく痛かったんだよ?」

「……」

「そんなもん平然とポンポン投げて、後片付けする店員さんたちの気持ちも考えてあげなよ」

「……」

 

 臨也がペラペラと喋る一方、静雄は何も語らない。

 静雄はさらにその全身から怒気を滾らせ、呪い殺すかのような眼力を臨也へと向ける。

 

「まったく……お互い大人なんだから。もっと常識の範囲内で行動しようよ……ね?」

 

 トドメとばかりに臨也の口から吐き捨てられる言葉。最後の台詞に対し、静雄は明確な返事を口にしていた。

 

 

「常識的に言えばよぉー。これで殴りゃ手前は死ぬよな? だから……」

 

 

 手にした道路標識を躊躇なく振り上げながら――。

 

 

 

「大人しく死ねや……イザヤァアアアア!!」

 

 

 




登場人物紹介

 門田京平
  通称『ワゴン組』のリーダー格。
  面倒見がよく、サイモンに並ぶ池袋の良心的な人。
  ただ、辻斬りを車で撥ねさせたりと、やるときはわりと過激。

 狩沢絵理華
  オタクその1。
  百合もBLもどっちもイケるという上級者。趣味コスプレ。可愛い。

 遊馬埼ウォーカー
  オタクその2。
  三次元を捨て、二次元に生きる男。炎を使い。

 渡草三郎
  運転手の人。 
  おそらくですが、リアルで怒らされた一番ヤバい人です。 
  煽り運転なんてして、この人の車に傷つけた日にはもう……  

 折原臨也
  妖怪よりも質の悪い人間その1。
  人間を愛し、化物を嫌っている。
  コイツの性格の悪さはとある敵キャラを描く上で色々と参考にさせてもらっています。

 平和島静雄
  妖怪よりも質の悪い人間その2。
  下手な化け物なら余裕で殴り殺せる『池袋最強』の男。
  普段は優しい話しやすい人なのですが、一度キレると、もう手がつけられない。

 九十九屋真一
  アニメでは未登場。というより、原作にもほとんど名前しか出てこない。
  凄腕のハッカーということ以外、ほとんど何も判明していない謎の人。
  

      次回こそ、次回こそは主役の『彼女』を本格的に登場させたい!!


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デュラララ!! 其の③

前回の補足説明
 前回の話の中で、猫娘に人間の偽名として『猫田』と名乗らせましたが、これは作者のオリジナルではありません。
 ゲゲゲの鬼太郎の小説『青の刻』のお話の中で猫娘が名乗った偽名をそのまま使わせてもらっています。
 今後も本シリーズで猫娘が偽名を名乗る際は『猫田』で統一していきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
 


「はぁ、はぁ……大丈夫、まな?」

「は、はい。大丈夫です……猫姉さん」

 

 池袋の路地裏へと、猫娘とまなの二人が息を切らし駆け込んでくる。相当慌てていたのだろう、無我夢中で走って来たため、ここが池袋のどの辺りになるかも分からない。

 周辺にも誰もおらず、道もかなり入り組んだ構造になっていた。

 勿論、スマホで位置情報を調べればすぐに分かることだが、今の二人にそんなことを調べている心の余裕すらない。

 

「な、なんだったのよ……あいつら」

 

 猫娘は何とか呼吸を整え、今しがた遭遇した人間たちのこと思い返していた。

 

 

 

 

 池袋という街で、猫娘とまなは様々な人々と出会う。高校生の紀田正臣にナンパされ、狩沢と遊馬崎の男女二人組からよく分からない言葉を聞かされたり。

 そんな中——彼女たちは折原臨也という男と遭遇し、過去のトラウマを抉られ、心を深く傷つけられた。

 それぞれが抱える過去の罪。それを思い起こされ、猫娘とまなは臨也からいいように罵られる。

 

 だが——そこに割り込んできた平和島静雄という男の登場により、事態はとんでもない方向に転がっていく。

 

 金髪のバーテンダーという特徴的な見た目のその男は——なんと道路標識を片手で担ぎ上げ、それを臨也相手に躊躇なく振り下ろしたのだ。

 普通の人間ではあり得ぬ怪力、そんなもので殴られれば人間の肉体などただでは済まない。

 

 しかし——臨也という男もまた只者ではなかった。

 

 彼はギリギリながらも静雄の攻撃を躱し、懐に忍ばせていた投げナイフで反撃したのである。鋭く投擲されたナイフは静雄の衣服や皮膚を切り裂き、彼の身体から血を流させる。

 もっとも、その程度で静雄は怯まない。さらに怒り狂うように彼は周辺のバイクや看板、果ては自動販売機やガードレールをひっぺがし、それを手当たり次第に臨也に向かって投げまくる。

 飛来するそれらを器用に避ける臨也。驚くべき身のこなしではあるが、それによる周囲の被害は甚大。臨也が逃げれば逃げるほど、物は壊され、人々が巻き込まれまいと必死に逃げ惑う。

 

「おい、お前ら!! ボケっとしてないでとっとと逃げろ!!」

 

 その光景に唖然としていた猫娘たちに、門田京平が叫ぶ。

 静雄と知り合いであるという彼にも、臨也と静雄の『殺し合い』を止めることはできないらしい。既に仲間たち共に立ち去る準備を済ませており、離れた場所に立っていた猫娘たちにも逃げるように言う。

 

「まな! 逃げるわよ!!」

「は、はい!!」

 

 門田の警告に我を取り戻した猫娘。彼女はまなの手を引き、急ぎその場を離れたのであった。

 

 

 

 

「まあ、ここまで来ればもう大丈夫でしょう……まな、立てる?」

「は、はい。なんとか……」

 

 あの喧騒から逃れ、彼女たちは何とか安全な場所まで逃れてきた。呼吸を整え、立ち直った猫娘は疲労で蹲るまなを助け起こそうと手を差し伸べる。

 まなも右手を差し出し、猫娘の手を掴もうとし——その瞬間、まなの脳裏にあの動画が思い起こされる。

 

 臨也から見せつけられた——右手から光を放ち、猫娘の胴体を貫く自分自身の映像。

 

「——っ!」

 

 猫娘を魂ごと消し去ってしまった罪の記憶が蘇り、まなの顔面が蒼白になる。

 

「……猫姉さん、わたし……」

「まなが気にすることじゃないわ」

 

 まなの表情から彼女が何を気にしているのか察し、猫娘がキッパリと断言する。

 

「あんな男の言うこと真に受けないで。わたしはこうしてちゃんと戻ってきたんだから……今はそれでいいじゃない」

 

 そう、確かにまなの手によって猫娘は肉体はおろか、魂すらも吹き飛ばされ消滅した。

 

 それもまた『名無し』の計略によるもの。まなの血筋を利用し、名無しは彼女に『五行』の力を植えつけた。あの映像はその力が暴発してしまったが故の悲劇である。まなに落ち度はないと猫娘は彼女を責めない。

 何より、猫娘は帰ってこれた。地上から消滅して地獄へと送られた彼女の魂を、鬼太郎が閻魔大王に頼んで元に戻してもらったのだ。

 その影響で一時期、猫娘は幼い子供の姿まで戻ったりしていたが——結果的に全て元通り、二人の顔に再び笑顔が戻ったのだ。

 

「寧ろ……謝るのはわたしの方よ。まなのお母さんを……わたしは傷つけてしまった」

 

 今度は猫娘がまなに頭を下げる。知らぬこととはいえ、猫娘はまなの母親・純子を傷つけた。彼女もその事実をずっと心の中で引きずっていたと言うのに、臨也という男に指摘され今更のように後悔を口にする。

 

「い、いえ!! 猫姉さんは悪くないです! お母さんだって、話せばちゃんとわかってくれます!!」

 

 猫娘の謝罪に今度はまなが必死に叫ぶ。猫娘は悪くないと、母親も事情を話せばきっと分かってくれるだろうと彼女を慰める。

 

「…………」

「…………」

 

 互いで互いに相手を庇い、自分で自分を責めるという状況に、二人の間から会話が途絶える。

 気まずい沈黙、どうにかこの重苦しい空気を払おうと、会話の糸口を探る両者であったが——

 

 

 二人が何かを言い出すその前に——馬の嘶きが彼女たちの耳に入ってくる。

 

 

「! ね、猫姉さん、今の!?」

「ま、まさか!!」

 

 まなは聞き覚えのあるその鳴き声に、猫娘に呼びかける。猫娘もその嘶きの異質さを感じたのか、音の聞こえてきた方角——上空へと目を向ける。

 

 

 彼女たちが見上げた先には——フルフェイスの黒バイク。俗に『首無しライダー』と呼ばれる都市伝説がいた。

 

 

 首無しライダーは何処から跳躍してきたのか、ビルの上から姿を現し、路地裏——つまり猫娘とまなのいる場所へと舞い降りて来たのだ。

 

「————!?」

 

 おそらく偶然だったのだろう。その場に人がいるとは思っておらず、着地した首無しライダーからは驚くような気配が伝わってくる。

 

「…………」

「…………」

 

 もっとも、驚いたのはまなたちも同じだ。彼女たちも咄嗟に言葉が出てこず、硬直したまま暫し首無しライダーと視線を交わし合う。

 

「————!!」

 

 やがて、何かを思い出したように首無しライダーは慌てて踵を返す。まなたちに背を向け、バイクがエンジン音と、獣の唸り声を鳴らしながらその場を立ち去ろうとした。

 

「——ま、待って!! 待ってください!!」

 

 だがそのとき——背中を向ける首無しライダーを呼び止める声が路地裏に響き渡る。

 

「わたし……わたしたち、貴方に会いに来たんです!! 首無しライダーさん!!」

 

 犬山まなである。

 もともと、彼女たちが池袋に来たのも首無しライダーに会うため。首無しライダーに会って『聞きたいこと』があったためである。

 まなはこの千載一遇のチャンスに、必死な形相で黒バイクを呼び止めていた。

 

 

 

×

 

 

 

 池袋・川越街道に建てられたとある高級マンション。無駄に広いその部屋のリビングで、男が一人寛いでいた。

 

 歳は二十代半ばほど、童顔には眼鏡と白衣というコーディネート。一見すると学者か医者というイメージをそのまま体現したような格好だが、部屋の中に特別な医療機器や複雑な研究設備などがあるわけでもなく、普通の居住空間である部屋の中で、男の存在はかなり浮いたものだった。

 男が一人で寛いでいると、そこへ「ガチャリ」と何者かの帰ってくるドアの音が響いてくる。

 

「お帰り、セルティ! 遅かったじゃないか? なかなか帰りが遅いから、君が例の白バイに捕まったんじゃないかと、僕は一日九回する思いで君の帰りを——」

 

 振り返りながらつらつらと軽口を叩く男だったが、彼の言葉は視線を向けた先で止まる。

 

 彼が振り返った先に——池袋の都市伝説・首無しライダーがいた。

 部屋の中で平然と佇む黒バイク・セルティと呼ばれた『彼女』は手にしたスマートフォンを操作し、画面上に文字列を並べる。

 

『ただいま、新羅』

「あ、う、うん。ただいまはいいんだけど……」

 

 スマホに打ち込まれた返事に戸惑い気味に答える新羅と呼ばれた男。

 しかし、彼はセルティの存在に驚いたわけでも、恐れ慄いたわけでもない。

 

「セルティ……その子たち、誰?」

 

 彼にとって首無しライダーなどいて当たり前の存在。新羅はセルティの後ろ、彼女に連れられて部屋の中に入って来た見慣れぬ彼女たちの存在に目を止めていた。

 

「は、初めまして……犬山まなです」

「……猫田よ」

 

 犬山まなに猫田と名乗る二人、まなはおどおどしながら新羅に挨拶し、猫田が警戒する様子でまなを庇うような位置に立っていた。

 

「ああ、うん。初めまして。私は岸谷新羅……セルティ?」

『実は……』

 

 訝しむ新羅にセルティは二人をこのマンション——自分たちの住居スペースへと連れてきた理由を語って聞かせる。

 

 

 

 黒バイクことセルティ。彼女は「自分に会いに来た」という少女の叫びに、思わず立ち止まっていた。

 

 しかし、その少女の願いに応えることなく、セルティはその場を立ち去るつもりでいた。

 

 見世物気分で自分という都市伝説に会いに来る輩などそう珍しくもないし、何より——セルティは現在追われている身の上である。

 追っ手を振り払うため、ビルの上からこんなところまで降りてきたのだが、それでも例の白バイクを振り払うことができず、サイレンは徐々に近づいてくる。

 その警告音にブルリと身を震わせながら、セルティは手早くスマホに文字列を打ち込んでいく。

 せめて一言くらい言い残してから立ち去ろうと、文字を打ち込んだ画面を少女に見せつける。

 

『済まない、今追われているんだ! また今度にしてくれないか!』

「——!」

 

 そのような形で返事が返ってくるとは思っていなかったのか、少女は一瞬驚くように目を見開く。

 だが次の瞬間、なんと少女はセルティの元までズンズンと歩み寄り、その手を掴み取ったのだ。

 

「こ、こっちです!」

「ちょ、ちょっとまな!?」

 

 まなと呼ばれた少女の大胆な行動に連れの女性も驚いているが、それにも構わず彼女はセルティを路地裏の奥、物置の影まで誘導する。

 そうこうしているうち、追いついてきた追手が路地裏の手前までやってきた。

 

「——よお、嬢ちゃんたち。ちょっと聞きてえんだが……」

「————————!」

 

 物陰に隠れながらも、セルティの身体は恐怖で震え上がる。その白バイ隊員——葛原金之助(くずはらきんのすけ)こそ、セルティを追いかけていた男。

 無灯火無免許運転を続けるセルティを検挙すべく池袋に配属された問題警官、国家権力の手先である。

 

 まあ、常識的に考えれば悪いのはライトもナンバープレートもつけずに街中を疾走するセルティの方だ。彼ら交通課に追われるだけの真っ当な理由、非は彼女の方にある。

 しかし、セルティにものっぴきならない理由がある。立場上、警察に捕まるわけにもいかず、彼女はいつも彼らから必死こいて逃げるしかないのである。

 

「こっちに化物……いや、怪しい黒バイクが逃げ込んで来なかったかい?」

 

 葛原金之助はあくまで警官として、その場にいた女の子たちにセルティの行方を尋ねる。

 

 ——化け物はお前だ!!

 

 彼の台詞に心中で毒づくセルティだが、その膝はガクガクと震えていた。

 すぐそこまで迫る脅威、見つかったらいったいどんなに遭わされるか。まさに『エイリアンの魔の手から隠れてやり過ごす人間の気持ち』に陥る、都市伝説の情けない姿がそこにあった。

 

「あっ、あっちです! あっちに逃げていきました!!」

 

 セルティを物陰に隠した少女は警官の質問に明後日の方向を指差しながら叫ぶ。どうやら自分を匿ってくれるらしい。

 彼女の行動に何故と疑問を浮かべながらも、セルティは息を潜め、白バイクが立ち去ってくれることを神に祈る。

 

「……そうかい」

 

 一瞬、少女の言葉に訝しむ様子を見せつつ、葛原金之助は彼女が指差した方角へとバイクを向ける。

 

「ご協力感謝します!!」

 

 警官として市民の協力に敬礼で感謝を示しつつ、見失ったセルティを追いかけるべくバイクを急ぎ走らせる。サイレンの音は徐々に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなっていった。

 

『……ありがとう。でもどうして?』

 

 なんとか追っ手をやり過ごしたセルティは、自分を匿ってくれた少女にスマホの文章で礼を述べる。少女の隣を見れば連れの女性も彼女の行動力に驚き、呆れるようにため息を吐いていた。

 

「まな、あんたって子は……」

「ご、ごめんなさい。猫姉さん」

 

 まなという少女が猫姉さんという女性に謝っていた。警察に嘘をついてまで、怪しい不審者であるセルティを庇ったのだから無理もない。

 だが、申し訳なさそうに頭を下げながらも、まなはセルティを助けた理由を口にしていた。

 

「わたし、どうしてもこの人と話がしてみたくて……」

 

 

 

 

「……ふ~ん、それでマンションまで連れて来たってわけ? セルティは寛仁大度に心が広いな!!」

『まあ、助けてもらった手前、無下にも断りにくくてな』

 

 自分と話をしたい。そんなまなのささやかな望みを叶えるべく、最終的にセルティが彼女たちをマンションまで連れて来たという話の成り行き。その内容にそこまで驚いた様子もなく、マンションの同居人である男——岸谷新羅(きしたにしんら)はセルティの懐の広さを褒め称える。

 

 岸谷新羅は普通の人間であるが——首無しライダーこと、セルティの彼氏でもある。

 

 基本、セルティにベタ惚れである新羅が彼女の行動を否定したり責めたりはしない。セルティが連れて来た客人である以上、全てをウェルカムで迎え入れ来客に応じる。

 

「改めまして……ようこそ!! お茶でも飲むかい? それともジュースのほうがいいかな?」

「あ、は、はい。お構いなく……」

「…………」

 

 その歓迎っぷりに、無理をしてお邪魔させてもらっている立場上まなが萎縮し、猫田が尚更警戒心を高めて周囲に気を配る。

 期せずして訪れた『首無しライダーとの会合』に、まなはなかなか会話のきっかけを掴めずにいた。

 

 

 

×

 

 

 

『さて——』

 

 まなと猫田がリビングのソファーに腰を降ろし、多少落ち着けるよう間を開けてから、セルティは彼女たちに声を掛ける。

 勿論、声を掛けると言っても彼女は言葉を発しない。セルティは自前のパソコンに文字列を表示させ、それで会話の受け答えを行うのだ。

 

『改めて自己紹介をしよう。私はセルティ・ストゥルルソン。……黒バイクや首無しライダーの方が通りが早いかもしれないね』

「え、ええと……セルティ・ストゥル…………セルティさん、ですか?」

 

 セルティの長いフルネームを一度で覚えることができず、とりあえずセルティとまなは首無しライダーを名前で呼ぶ。

 

「あのセルティさん。噂では、貴方には首がないと言われますけど……」

 

 さっそくと言うべきか、やはりと言うべきか。まなはセルティに首の有無について尋ねてくる。自分と初めて会話を行う者の大半が真っ先にその疑問を抱くため、すでにその問い掛けには慣れっこのセルティ。

 

『ああ、ないよ——ほら』

 

 だからセルティもまどろっこしい真似はしない。手っ取り早く相手に真実を理解してもらうため、あっさりとヘルメットを取って素顔を晒す。

 晒された頭部には当然のように顔がなく、漆黒の影のようなものが滲み出る、首の断面だけがそこに存在している。

 そんな異常な光景、普通の人間であれば悲鳴くらい上げていただろう。肝の小さな相手ならショックで気を失っていたかもしれない。

 

「——っ!!」

「…………!」

 

 だがまなと猫田は違った。驚いてはいたものの、首がないこと自体にそこまで動揺の気配がなく。軽く息を飲む程度で実に落ち着いた態度を維持している。

 

「セルティも大胆になってきたね! ……それにしても、犬山さんも猫田さんも落ち着いてる。こういうの、ひょっとして初めてじゃないのかな?」

 

 遠慮なく正体を晒すセルティの開き直りっぷりに、寧ろ新羅の方が驚きを口にし、対面する少女たちの反応の薄さに僅かに違和感を抱く。

 

『……やっぱりな』

 

 実のところ、セルティ自身が彼女たちの反応の薄さをある程度予想していた。何故かというと——

 

『そっちのリボンの子』

「……なによ」

 

 セルティは未だに剣呑な空気を纏う猫田の方を指しながら、確信めいたタイピングで文字列を表示する。

 

『君は、私と同じ『怪異』の類だろ?』

「っ、よくわかったわね!」

 

 その指摘に、先ほどよりも驚いた様子で猫田——猫娘は自分がセルティの同類、妖怪や怪異の類であることを肯定する。

 余談だが、セルティには自分と同類のものを感じ取る知覚のようなものが存在する。それにより、彼女は猫娘の気配が人間のものではないことを見抜き、彼女たちがそういった存在に慣れっこであることを予想したのだ。

 

「そうよ、わたしは猫娘。ゲゲゲの森の妖怪……で? そういうアンタは……どこの何者なわけ?」

 

 猫娘はセルティの指摘に対し、開き直って聞き返す。猫娘の問いに暫し悩んだ末、セルティは正直に答える。

 

 

『わたしはアイルランド出身——俗にデュラハンと呼ばれる存在だ』

 

 

 そう、彼女はセルティ・ストゥルルソン。人間でも、日本妖怪でもない。ヨーロッパの伝承において、首無しの騎士として恐れられる妖精の一種——『デュラハン』である。

 

 切り落とした己の首を脇に抱え、コシュタ・バワーと呼ばれる首無しの馬を駆り、夜な夜な死期の近い者の家を訪れては死者から魂を引き剥がす『弔問者』。欧州などでは、不吉の使者の代表としてバンシーなどと肩を並べて語られる存在だ。

 当然日本の、それもこんな大都市のど真ん中をバイクで走り回りような怪異ではない。

 

「アイルランドって……まさかアンタ西洋妖怪!? バックベアードの仲間!?」

 

 その不自然さ、そしてアイルランド出身ということもあり、猫娘はセルティを西洋妖怪——自分たち日本妖怪の敵・バックベアード軍団の一員ではないかと疑いの目を向ける。

 鬼太郎が去年バックベアードを討ち取ったといえ、軍団そのものはまだ残っている。猫娘が西洋の怪異であるセルティ相手に警戒心を強めるのは無理からぬことであった。

 

『バック、ベアード? 西洋妖怪……すまないが、よく分からないな』

 

 しかし、猫娘の発言に心当たりがないのか、セルティは困ったように首を捻る。

 

『わたしはここ二十年くらい、ずっと池袋で暮らしている。昔の記憶に関しても曖昧な部分が多い……色々と訳ありでね』

 

 自分はそのバックベアードとやらが日本に攻めてくる前から池袋に住んでいる。バックベアードを頂点とする軍団にも所属しておらず、関わりすら持っていない。

 とある理由から二十年、池袋を中心に活動している一介の『運び屋』に過ぎないとセルティは自嘲気味に肩を竦めた。

 

「二十年……ずっと、人間社会で……」

 

 セルティのその話に、人間の少女である犬山まなが何かを深く考え込む。

 

『……? そういえば、君はわたしに話があったんだったね』

 

 まなが思案に耽る様子に、ふとセルティが思い出す。彼女たちをわざわざこの家まで連れてきた理由が、元はと言えばこの少女の発言からであることを。

 

『——わたし、どうしてもこの人と話がしてみたくて……』

 

 だが緊張しているのか、まなは先ほどからずっと黙ってばかり。セルティも自分の身の上話しかしていないことを反省し、まなが話しやすいようそれとなく彼女に話題を振る。

 

「え、ええ~と、それは……その……」

 

 怪しい都市伝説を呼び止めたときの大胆さは何処へ行ったのか。まなは気まずそうな面持ちで、チラリと視線を隣の猫娘に向ける。

 

「……? どうしたのよ、まな。言いたいことがあるなら、遠慮なく言ってみなさい、ねっ?」

 

 その視線に猫娘も首を傾げる。彼女もまなが『緊張している』ことを察したのだろう。まながセルティに話しかけやすいよう場を取り持つ。

 

「…………は、はい!」

 

 猫娘に促され、まなはようやく重たい口を開く。

 彼女はセルティ——そして、彼女の隣に当然のように立つ新羅の二人を見据えながら、池袋の街に来たそもそもの理由。

『首無しライダーに聞きたいこと』を問いただしていた。緊張した素人レポーターのように、やや声を上擦らせながら。

 

 

 

「——セ、セルティさんは……人間と妖怪の共存に対して、いったい、どのような意見をお持ちでしょうか!?」

 

 

 

×

 

 

「……まさか、まながあんなことを考えていたなんてね……」

 

 夕暮れ、逢魔が刻。池袋での用事を済ませ、まなとも帰路を別れ、猫娘は一人ゲゲゲの森に戻って来た。

 

「人間との共存か……やっぱり難しい問題よね」

 

 今日一日、池袋で猫娘は様々な体験をしたが、やはり一番記憶に残っているのは最後の会合、首無しライダー・セルティとまなの会話であった。

『人間との共存』について真剣に問い掛けるまなに対して、二十年もの間、人間社会に溶け込んできたセルティの出した答え。

 それを聞きたいがために犬山まなは今日、池袋までわざわざ足を運び、猫娘にまで同行を頼んだという。

 

 もともと、犬山まなはそのテーマに対する答えを自分なりに模索しているようではあった。

 彼女は妖怪である鬼太郎や猫娘たちに好意を抱いており、できることならもっと人間と妖怪が仲良く暮らせるような世界になってくれないかと、神社に神頼みまでするほど。

 だが、先日に名無しが起こした事件の一端。オメガトークでの動画配信者を使っての、人間と妖怪の対立を煽る策略。それにより起こった人間と妖怪との摩擦、誤解によるすれ違い。人間による妖怪への弾圧なども目の当たりにした。

 

 あの事件の影響で猫娘もまなに「暫くの間、自分たちとは関わらない方がいい」とまで言ってしまった。

 まなも、あの事件を通して思い知ったのだろう。人間と妖怪の共存、それが口で言うほど簡単なことではないのだと。

 

 あれから大きな対立騒動が収まった後も、まなはことあるごとにそれらの問題について一人で考えていたらしい。そんな折、彼女はたまたま遊びに出掛けた池袋の街でセルティを——首無しライダーを目撃したと言う。

 

 都市伝説でありながら二十年、人々の間で噂され、その存在を確かなものとして街に刻み付けてきたセルティ・ストゥルルソン。

 彼女がデュラハンという、妖精の一種であることを知っている人間こそほとんどいないものの、あの街で暮らす人々は大なり小なりの差はあれど、誰もが彼女の存在を『認知』していた。

 それは今まで妖怪という存在をいないものとして扱ってきた一年前のまなや、妖怪を危険なものとして排除しようとした人間たちと、少し違ったふうにまなには見えていたらしい。

 

 首無しライダー自体も、まながこれまで関わってきた妖怪たちと少し違った立ち位置にいるように感じられた。

 人々を襲うでもなく、助けるでもなく——当たり前のようにそこに存在し、街の住人として池袋で生活している姿。

 

 極端な話を言ってしまえば、あれこそ犬山まなが夢見た『人間と妖怪の共存する世界』というやつの見本なのかもしれない。

 そう思ったからこそ、あそこまでまなは必死になってセルティを呼び止め、話をしてみたいと思ったのだろうと、なんとなくだが猫娘はそんなことを考える。

 

 

「一応、鬼太郎にも報告しておこうかしらね……」

 

 そういったまなの心情や、セルティと話した会話の内容など。今日一日の出来事をとりあえず鬼太郎に報告しておこうと、猫娘の足は自然と彼の家・ゲゲゲハウスへと向けられる。

 まなが忠告を聞かず首無しライダーと会っていたと知れば、また彼が呆れると思ったが、こればかりはきちんと話をしておいた方がいい。

 猫娘はいつものように、自然な動作で家の中に上がり込む。

 

「鬼太郎いる…………って、あれ?」

 

 しかし、家の中に肝心の鬼太郎の姿がなく、彼の父親である目玉おやじもいない。

 

「——おう、戻ったか、猫娘」

 

 家の中にいたのは——ゆったりと腰掛け、茶を啜る砂かけババア。

 

「——……けっ!」

 

 そして、何故か縛り上げられた状態で座らされている、ねずみ男の二人だけであった。

 

「………砂かけババア、鬼太郎は?」

 

 とりあえず、猫娘は縛られているねずみ男には一切触れず、砂かけババアに鬼太郎の行方を尋ねる。

 

「鬼太郎たちなら出払っておるよ。目玉おやじも一緒じゃ。子泣きも、一反木綿も、ぬりかべもじゃ。ちっとばかし野暮用でのう」

 

 鬼太郎を含む、男衆が全員出払っているという状況を砂かけババアは慌てた様子もなく答える。どうやら彼女は鬼太郎が何故留守なのか、その『野暮用』の内容もキチンと把握しているらしい。

 

「ふ~ん……ねぇ、その野暮用って……」

 

 猫娘も大体の事情を察し、絶対零度の視線をねずみ男へと注ぎながら問う。

 

「そこに転がってるドブネズミと、何か関係があるのかしら……ん?」

「チッ! ハイハイ、全てあっしが悪いんでございますよ!!」

 

 猫娘のねずみ男を見る視線が雄弁に語っていた。「どうせまた、コイツが何かしでかしたんでしょ?」と。猫娘の当たり前のように自分を責める口調に、ねずみ男もあっさりと認めた。

 自身が行った悪事、その不始末を片付けに鬼太郎たちが出掛けていることを——。

 

 今回、ねずみ男がやらかしたのは『妖怪の子供を人間に売り渡す』という、人身売買ならぬ、妖怪売買。妖怪の存在がある程度認知されるようになったことで発生した、新手のビジネスである。

 もともと、人間の世界では珍しい動物や珍獣が高値で取引されている。だが法律上、そういった動物は大抵ワシントン条約などのルールの下、売買が禁止され、厳重な取り締まりが行なわれている。

 そういった法の目をかいくぐって動物たちを売り買いすることは『密輸』となり、捕まるリスクを負う一方、確かな利益も発生していた。

 

 ねずみ男は——それを動物だけに止まらず、妖怪にまで発展させたのだ。

 妖怪たちの中でも取り分け大人しく、それでいて人間受けするような珍しい種類。それをペットと称し、それらを人間に売り渡し、あぶく銭を稼ごうとしたのだ。

 もっとも、その企みは鬼太郎にあっさりと露見し、こうして仲間たちによって手痛いお仕置きを受けることになった。

 

「——このっ!! ドブネズミっ!!」

 

 しかしそれでも足りぬと、話を聞き終えた猫娘が容赦ない追加制裁を加える。縛られた状態のねずみ男の顔面を容赦なく引っ掻き回す。

 

「ぎゃあっー!! いてぇ、痛いって!?」

 

 まさに泣きっ面に蜂。猫娘の爪にさらに痛めつけられ、ねずみ男は涙目になって地べたに転がり回る。

 

「どんだけ鬼太郎に迷惑かければ気が済むのよ!! 毎度毎度、アンタってやつは!!」

 

 猫娘の怒りは尚も収まらず、彼女は牙を剥き出しにねずみ男に詰め寄る。いつもいつも、ねずみ男がそんなんだから鬼太郎が彼の尻拭いをする羽目になることを、猫娘は毎回腹を立てている。

 今回の鬼太郎たちの不在も、言うなればその後始末だ。ネズミ男が売り払った妖怪の子供たちを取り戻しに、彼らは皆を引き連れていったのである。

 

「まったく!」

 

 猫娘はねずみ男を痛めつけるのもほどほどに、すぐに鬼太郎たちの後を追おうと外へ飛び出そうとした。彼が戦いの場に赴くのであれば、自分も当然ついていくと言わんばかりに。

 

「まあ待て、猫娘」

 

 だが、砂かけババアは実に余裕のある声で猫娘を呼び止める。

 

「相手はただの人間じゃ。今から行っても、どうせ駆けつける頃には終わっとるじゃろう」

 

 ねずみ男の商売相手は反社会的な集団・所謂ヤクザではあるものの、所詮はただの人間である。その程度の相手であれば鬼太郎一人でも十分に対応可能。わざわざ自分たちまで出ていく必要もないと、はやる猫娘を落ち着かせる。

 

「たまには男共だけに任せて、わしらはゆるりと待つとしよう。なに、すぐに戻ってくるじゃろう」

 

 そう言いながら、砂かけババアは猫娘の分の茶を淹れ、彼女にも待つように勧める。

 

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 砂かけババアの言葉に理屈の上では同意する猫娘。しかし、理屈で分かっていても、心配な気持ちというものはやはり湧いてくるもの。

 猫娘は大人しく待つべきか、それとも今からでも鬼太郎の加勢に行くべきかその場にて考え込む。

 

「——へへへ、果たして、そう上手くいくかな?」

 

 すると、悩む猫娘の不安を煽るかのように、ねずみ男が不敵な笑みを浮かべる。縛られ、顔に引っかき傷をつけられた、さまにならない状態でありながらも、彼は自信満々に告げる。

 

「ガキどもを引き渡すときに、連中言ってたぜ。「密輸船までの輸送を凄腕の運び屋にやらせる」ってな……」

 

 品物を引き渡す際、ねずみ男は取引相手から聞いていた。商品——妖怪たちを海外へと密輸するまでの経路、その道中の運搬ルートに関して。

 どうやら彼らなりに、仲間の連中が取り返しに来ることを用心しているらしい。たとえ妖怪たちが襲撃してきても撃退できるよう、その界隈でもかなり名の知れた『運び屋』に今回の仕事を依頼したとのこと。

 鬼太郎たちが仲間を取り返すためには、その運び屋から奪い返さなければならない。

 果たして彼らに取り返せるかなと、ねずみ男はいやらしい笑みを浮かべ——その運び屋に関して自身が知りうる、とっておきの情報を公開する。

 

 その一言できっと猫娘も不安がるだろうと、謎の優越感を顔一杯に浮かべながら。

 

 

「なにせ相手は——首が無いって噂の首無しライダー様だ。いくら鬼太郎でも……そう簡単にはいかねぇぜ!!」

 

 

 

 

 

 

「——はっ? ……首が無いって、まさか……!」

 

 しかし、ねずみ男の口からもたらされた情報に、猫娘はどこか複雑な顔色を浮かべていた。

 

 

 

×

 

 

 

 ——……まいったなぁ~。

 

 セルティは心中でため息を吐きながら、夜間の公道を疾走する。

 彼女はゴルフバックほどの大きな荷物をバイクのサイドカーに括り付け、目的地である港へ向け、愛馬である黒バイク——シューターことコシュタ・バワーを走らせていた。

 

 デュラハンが乗るとされる首無しの馬『コシュタ・バワー』。本来であれば、それは『首無しの馬に繋がれた二輪の馬車』という形状をしているものだ。しかし、この大都会でそんなものを使えば目立ってしょうがない。

 

 それ故に、セルティは普段はシューターを通常の二輪バイクに『憑依』させ、街中を走らせている。

 

 シューターはデュラハンにとって使い魔のような存在。憑依させたものと一体化することで存在を維持しているらしい。馬の死骸に憑依すれば首無し馬車として、バイクに憑依すれば漆黒の二輪車と形を成すことができる。

 また、セルティ自身にも『質量を持った影を自在に操る』という能力が備わっている。その力とシューターを合わせることで、セルティは高層ビルの壁をバイクで駆け上ったり、影でサイドカーを取りつけたりと乗り物の形をある程度変化させることができる。

 

 ——はぁ~……しかし、本当にまいった。

 

 セルティはさらに深々と心の奥底からため息を吐きながら、今夜の仕事内容——自身が運ぶことになった『珍獣』とやらが入った荷物に目を向けていた。

 

 つい先ほどのことだ。セルティの元に、飛び込みで仕事の依頼が舞い込んできた。

 池袋で日常生活を送るセルティだが、当然ながら彼女には戸籍というものがない。住まいは恋人である新羅の家に同居させてもらっていることでなんとかなっているが、街の住人として暮らす上で必要なものがある。

 

 『金』だ。

 

 人間の社会で暮らしていく上で金銭というものはどうしても必要不可欠。しかし、働いて稼ごうにも、首の無い怪異であるセルティではできる仕事も限られてくる。また真っ当な履歴もないため、普通に就職しようにも書類審査の段階で落とされる。

 そういった事情もあり、最終的に彼女が辿り着いたのが『運び屋』という職業であった。

 

 物や人、依頼があればたいていのものは運び込む、ちょっと危ないお仕事。指定暴力団『粟楠会』などとも関わりを持っている関係上、犯罪的な事件に巻き込まれることも多々ある。

 セルティ自身はある程度仕事を選んでいるため、『大量の白い粉の運搬』や『物言わぬ死体の処理』などといった、あからさまにヤバい案件には関わってこなかった。

 しかし、今夜の仕事はどちらかというとグレーゾーン。法的には犯罪では無いものの、真っ当な倫理観からすれば、決して褒められるものではないものを運搬することになっている。

 

 ——……やっぱり、これ……妖怪とか、そっち関係の類……だよね?

 

 セルティが依頼主に渡されたゴルフバックほどの大きさの荷物。依頼主からは『ちょっと珍しい動物の子供』と聞かされていたが、漂ってくる気配は妖怪のそれである。

 中身を開けずとも、それが『生きた怪異の類』であると、セルティは気配でそれを理解していた。

 

 ——確かに犯罪にはならないけど……心情的には複雑だな~。

 

 依頼主が知っているかは分からないが、セルティも立派な怪異の一員。つまりこの仕事は、セルティと同類である化け物を人間に売り渡す、その片棒を担ぐ仕事というわけだ。

 

 ——はぁ~、まいった……普段なら断ってたんだけどな~。

 

 こういう気分の悪くなる仕事、普段のセルティなら断っていたかもしれない。しかし、ここ数日は例の白バイが池袋内を頻繁にパトロールしており、なかなか仕事にありつけないで金欠だった。

 その上、今夜の依頼主はお得意さんの紹介であり、無下に断ればその得意先の顔に泥を塗ることになる。

 セルティの仕事は信頼と実績で成り立っている。おいそれと簡単に断ることができないときだってある。

 

 ——……よりもよって、あんないい子とあんな話題で盛り上がった後にこんな仕事だなんて……。

 

 さらにセルティの良心に追い討ちをかけているのは、この仕事を受ける直前の出来事だった。

 

 今日の昼間に知り合った二人の女子。犬山まなと猫娘。そのうちの片方、人間の少女である犬山まなにセルティは真正面から質問を投げ掛けられた。

 セルティは——その時のまなの表情を細部まで思い返せる。

 

『——人間と妖怪の共存に対して、いったい、どのような意見をお持ちでしょうか!?』

 

 とても、真っすぐな瞳だった。

 首の無い恐ろしい怪異であるセルティに臆することなく、まなは真剣に意見を求めてきた。

 伝わってくる熱意から、セルティは彼女が本気で『人間と妖怪が一緒に暮らす世界』というものについて考えていることが分かった。まながセルティにその問いかけをしたのは、所謂一つのモデルケースとしてだろう。

 池袋の街で人間たちに混じって暮らす自分に、その可能性——未来を見たからかも知れない。

 

 まなのその問いかけに、セルティは『セルティなりの答え』を彼女に示した。

 

 果たして自分の答えにまながどんな気持ちを抱いたかまでは分からない。だが帰り際、まなは笑顔でセルティに礼を言った。

 

『——ありがとうございました。今日は……お会いできて、本当に良かったです!!』

 

 とても、眩しい笑顔だった。

 純粋で、ちょっぴり薄汚れた大人の世界を知っている自分には眩しすぎる笑顔だった。

 その笑顔に心洗われ、自分も頑張ってみるかなと——そう意気込んだ矢先である。

 

 そんな人間と妖怪の共存に水を差すような仕事を、まさか自分がやる羽目になるとは——。

 

 ——……すまない、まなちゃん。……これも仕事なんだ!

 

 心の中でまなに謝りながら、セルティは意識を仕事モードに切り替え、気持ちを割り切ることにする。

 セルティはその辺の人間と比べてみても良心的で、割りかし常識的な感性を持ち合わせている。

 しかし、決して聖人君主などではない。

 自分の生活のためなら、涙を呑んで悪行を見逃す『魔』が差すことだってあるのだ。

 

 ——とっとと終わらせて、新羅に愚痴でも聞いてもらうか……。

 

 胸糞悪くなる仕事など早めに終わらせ、恋人である新羅に慰めてもらおう。

 そんなことを考えながら、彼女は黙々とシューターを走らせ、急ぎ目的地へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 ——…………ん?

 

 そのときだった。

 セルティがバイクのミラー越しの視界、そこに『それ』を捉えたのは——。

 

 ——なんだあれ? 白い……布?

 

 夜空の闇を切り裂くような勢いで、何か白い細長い布のような物体が真っすぐにこちらへと突き進んでくる。

 かなりのスピードで、とても風に流されたタオルやハンカチといったふうには見えない。

 

 ——ま、まさか……み、未確認飛行物体!?

 

 セルティは最初、それが未確認飛行物体——UFOの類ではないかと、恐怖から体をガタガタと震わせる。彼女はリトルグレイという映画を視聴して以降、宇宙人の存在がトラウマになっていた。

 ときどき、『人間の中に混じって宇宙人が自分たちの生活を監視しているのでは!?』と、不安を覚えるくらいに、宇宙人の存在を苦手としている。

 

 だが、白い布切れのような物体が近づいてくるにつれ、彼女は気付く。

 

 それが、宇宙人などではないということを——。

 その布切れの上に、何者かが乗っていることに——。

 

 ——あれ? なんだろう、あの人影……なんか見覚えがあるぞ?

 

 徐々に鮮明になってくるその飛行物体の正体に、セルティは妙な既視感を覚える。

 

 ——確か……オメガの動画サイトで……。

 

 そう、以前にも見たことがある。どこぞの会社が独自に運営していたという動画サイトを通して。

 たまたま暇つぶしで見かけたその動画内で活躍したという、『とある妖怪の姿』に酷似した人影そっくりだと。

 

 ——あれは確か、ゲゲゲの…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ふぅ~ようやく追いついたばい!!」

 

 ねずみ男の手引きにより人間の魔の手に落ちた妖怪の子供たち。彼らを助けるため、一反木綿は大急ぎで夜の空を滑空し、今しがた仲間たちを運搬する『運び屋』をその視界に捉える。

 ねずみ男の話が確かであれば、あの黒バイクが自分たちの仲間を密輸船まで運ぶ役目を負った業者だ。相手が目的地にまで辿り着けば、さらに多くの人間たちの相手をしなければならないだろう。

 そうなる前に追いつけたことを幸運と、一反木綿の背中に乗る子泣き爺——そして、ゲゲゲの鬼太郎が一気に臨戦態勢に入る。

 

「ここで止めるぞ、一反木綿! 子泣き爺!」

「おうよ!」

「任せんしゃい!」

 

 鬼太郎の号令に珍しく二日酔いになっていない子泣き爺がやる気を漲らせ、一反木綿がさらにスピードを上げる。地下に潜行しているぬりかべも、鬼太郎の合図があればいつでも飛び出してくれるだろう。

 

 

 

 鬼太郎とゲゲゲの森の妖怪たち。仲間を黒バイクから取り返す——追いかけっこの時間が始まりを告げる。

 

 

 

 

 




登場人物紹介
 
 セルティ・ストゥルルソン
  満を持して登場、原作のヒロインにして、主人公。
  怪異としての存在はともかく、中身はかなり常識的な女性。
  アニメの声優、実は六期の鬼太郎と同じ沢城みゆきさん。
  次話では同じ声で熱いデットヒートが繰り広げられる……予定です。 

 岸谷新羅
  職業、闇医者。セルティの彼氏。
  能力的には普通の人間なのですが……コイツのセルティへの愛はある意味で人間を越えているかも?
  特徴として『僕、私、俺と一人称がコロコロ変わる』『四字熟語を多用する』という話し方の癖があります。一人称はともかく、四字熟語……いちいち考えるのが面倒だった。

 葛原金之助
  セルティの天敵。彼女を検挙すべく池袋に配属された白バイ隊員。
  影を行使するセルティの攻撃をことごとく躱し、問答無用で彼女を追い掛け回す超凄腕ライダー。
  バイクに乗っているときの戦闘力は『平和島静雄に匹敵する』らしい。


 次回で『デュラララ!!』とのクロスを完結させる予定です。
 最後まで、どうかよろしくお願いします!

 
  

 
   


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デュラララ!! 其の④

ついに……この日が来てしまいました。
3月29日・午前9時。
いよいよ、ゲゲゲの鬼太郎6期最終回が放送されます。

思えば、このアニメがあったからこそ自分は今作と『ぬら孫』の小説を投稿するつもりになりました。このアニメが放送されていなければ、今こうして読者の皆さんに向けてメッセージを書くこともなかったでしょう。

最終回をリアルタイムで視聴すべく、仕事も休みを取りました。
果たしてどのような結末を迎えるか、期待と不安でもういっぱいいっぱいです。
ですがどのような最終回であれ、最後まで見届けるつもりです。

皆様も、どうか最後までゲゲゲの鬼太郎・6期をよろしくお願いします。


さて、とりあえず今回の話で『デュラララ!!』とのクロスは完結です。
こちらの方も、最後までどうかお楽しみください!



 ——そ、そうだ! ゲゲゲの鬼太郎……ゲゲゲの鬼太郎で間違いない!!

 

 池袋の首無しライダーこと、セルティ・ストゥルルソン。夜の公道をバイクで走行中、彼女は自分を追いかけてくる謎の飛行物体の存在に気づいた。

 最初はUFOかとビビるセルティであったが、すぐにそれが『一反木綿に乗るゲゲゲの鬼太郎』であることに気づく。見れば、鬼太郎の仲間とされる子泣き爺も一反木綿の背中に相乗りしている。

 

 ゲゲゲの鬼太郎。一時期動画サイトで彼のことが話題とされたこともあり、セルティは彼の容貌を知っていた。

 噂では、妖怪ポストと呼ばれる郵便箱に手紙を入れると、下駄の音と共に妖怪に困らされている人を助けにやってくると言われる、変わり者の妖怪だ。

 

 ——何故だ? 何故、私を追いかけてくる!? 私は人様に迷惑を……かけてるかもしれないが……。

 

 デュラハンという、首無しの化け物であるセルティだが、彼女はゲゲゲの鬼太郎がどうして自分を追いかけてくるのか分からなかった。

 確かに道路交通法を一部無視している自分は迷惑な存在かもしれないが、少なくとも理由もなく人間を襲ったり、食らったりしていない。

 化物の中でも穏便派といえる自分がゲゲゲの鬼太郎に目をつけられる理由に心当たりがない——と、断言しようとしたときだった。

 

 ——……あれ? ひょっとして……これか? これを取り戻しに来たのか!?

 

 セルティの視線が自身の運転するバイクのサイドカーに向けられる。そこには運び屋の仕事で渡された荷物——『珍獣の子供』の入ったバックが括り付けられている。

 依頼主には中身を開けるなと言われているが、既にその珍獣とやらが怪異の類であることをセルティは気配で察していた。

 もしかしたら、その怪異が妖怪——ゲゲゲの鬼太郎の仲間なのかもしれない。

 

 ——ああ、そっか。鬼太郎君も、必ずしも人間の味方ってわけじゃないもんな。

 ——動画だと、どうしても人間よりってイメージが強いけど……。

 

 動画サイトなどを見る限りでは、人間の味方という印象が強い鬼太郎だが、彼も妖怪の一員。

 仲間の妖怪が人間に連れ去られれば、取り戻すために人間と敵対することもあるだろう。

 

 ——さて……どうしたものか?

 

 鬼太郎が自分を追いかけてくる理由を察し、セルティはバイクを走らせたまま思案を巡らせる。

 

 ——個人的なことを言えば、素直に返してやりたいけど……。

 

 売買される怪異の運搬という、気乗りしない仕事をしているセルティとしては、大人しく荷物を明け渡してやりたいという気持ちがある。

 だが、ここで荷物をおめおめと奪われる訳にはいかない。

 運び屋にとって、荷物を他者に奪取されるなど致命的な失態だ。顧客は誰もセルティを信用しなくなり、彼女は完全に職を失うことになるだろう。

 

 ——お金を稼がないと家賃も払えなくなる! 新羅は気にするなって言いそうだけど!!

 

 仕事がなくなれば、収入もなくなる。人間社会に身を置くものとしてそれは辛い。

 セルティと同居中の恋人でもある岸谷新羅なら「大丈夫! セルティがニートになっても僕が養ってあげるよ!」とでも言いそうだが、一方的に養ってもらうのはセルティのプライドが許さないし、彼にプレゼントしてやりたいものだってたくさんあるのだ。

 新羅とは対等な関係でいたい。そのためにも、ここで職を失うわけにはいかない。

 

 自身の生活を守るため、新羅との日常を守るため。

 

 ——……よし! 逃げるか!!

 

 セルティ・ストゥルルソンは——全力で鬼太郎から逃走することを選択した。

 

 

 

×

 

 

 

「あっ! バイクの速度が上がったばい!?」

「勘付かれたか!」

 

 ねずみ男が売り渡した仲間の妖怪を取り戻すべく、運び屋を追いかけてきた鬼太郎たち。

 あと少しで追いつこうというところで、黒バイクの速度が上がる。鬼太郎たちが運び屋の存在を補足したように、追われる側も彼らの存在に気づいたのだろう。

 走行速度を上げ、鬼太郎たちを突き放そうと並走する車両を抜きまくっていく。

 

「急ぐんじゃ、一反木綿! 輸送船に運び込まれたら面倒なことになるぞい!」

 

 バイクに突き放されぬようもっとスピードを出せと、一反木綿を急かす子泣き爺。

 運び屋が港に停泊しているという密輸船に妖怪たちを引き渡せば、さらに多くの人間たちの相手をしなければならなくなる。

 騒ぎを大きくしたくない鬼太郎たちとしては、出来るだけそのような事態は避けたい。早々に決着をつけるべく、今この場であの黒バイクに追いつく必要がある。

 

「もう~、無茶言わんといてなぁ~。この速度を維持するので精一杯ばい!」

 

 しかし、一反木綿もなかなか追いつけない。理由としては鬼太郎だけでなく、子泣き爺も乗せて飛んでいるからだ。二人乗りでは、流石にこれ以上の速度は出せないと弱音を吐く。

 

「……大丈夫だ、一反木綿。このまま追い込むぞ!」

 

 だが、鬼太郎は問題ないと一反木綿にこのまま黒バイクを追い回すように指示を出す。

 何か考えがある鬼太郎の迷いない言葉に「コットン承知!」と、お決まりの返事で一反木綿は追走を続けていく。

 

 空を飛ぶ一反木綿に対し、黒バイクはその俊敏性と小回りの良さを利用し、交通の複雑な市街地、ビルの隙間や路地裏を疾走していく。

 狭い道を一度も立ち止まることなく進んでいくドライビングテクニックに翻弄され、一反木綿は見失わないようについていくのが限界だった。

 

「ああ、もう~! チョコマカとすばしっこかね!」

 

 黒バイクに翻弄され、焦りを口にする一反木綿。しかし、鬼太郎は未だに冷静だ。

 

「もう少し……このまま追い立ててくれ」

 

 彼は黒バイクの動きを追い、その動向から目を離さない。

 そして——黒バイクが細い脇道から大通りに出ようとした辺りで、鬼太郎は声を張り上げる。

 

「——今だ! ねりかべ!!」

「ぬりかべ~!!」

 

 鬼太郎の合図により、地中に潜行していた巨大な壁の妖怪——ぬりかべが姿を現す。鬼太郎の指示で先回りしていた彼は、黒バイクの眼前に立ち塞がり、その進路を妨害する。

 

「————————!?」

 

 フルフェイスのヘルメットで表情は窺い知れないが、そこにきて初めて黒バイクから動揺の気配が伝わってくる。

 

「よし! いいぞ、ぬりかべ! そのまま動くでない!」

 

 ぬりかべのファインプレーに、鬼太郎の頭に隠れていた目玉おやじが喝采を上げる。

 

 正面の道をぬりかべが塞ぎ、両脇は建物の壁で塞がっている。後ろからは一反木綿に乗った鬼太郎たちが迫り、黒バイクは完全に逃げ場を失った。

 ぬりかべとの正面衝突を避けるためにも一旦停車するしかない。当然、その隙を見逃す鬼太郎たちではない。止まったときに即座に飛び掛かれるよう身構える。

 

「————————!」

 

 だが、黒バイクは一向にスピードを緩める気配もなく、それどころかさらに加速していく。

 

「ま、まさか突っ込む気か!?」

 

 これにはさすがの鬼太郎も慌てた様子で声を上げる。このまま突っ込めば黒バイクは勿論、荷物として運ばれている仲間たちも無事では済まない。

 バイクの故障か、ドライバーの判断ミスか。まさかの大惨事に備え、気を引き締める鬼太郎たちだった。

 

 しかし次の瞬間、黒バイクは地面を——跳ねる。

 そして何の予備動作もなく、三メートルはあるであろう、ぬりかべの頭上を軽々と跳び越えていく。

 

「ぬ、ぬりかべ~!?」

 

 黒バイクの走行を阻止しようとしたぬりかべが驚きで声を上げる。後ろからその光景を見ていた鬼太郎たちも同様だ。

 

「なっ!? に、逃がすものか!」

 

 それでも、なんとか追い縋ろうと鬼太郎たちは黒バイクの後に続く。

 彼らがそのまま大通りに出ると丁度赤信号、車の大渋滞が黒バイクの道を塞いでいた。

 

「チャンスじゃ! 鬼太郎!」

 

 再び訪れた好機に目玉おやじが鬼太郎に呼びかける。

 相手が信号無視をする可能性があれば大惨事であったが、さすがに事故を起こすのは躊躇われたのか立ち往生している。今度こそ確保と飛び掛かろうとした、そのときである。

 

「————————!」

 

 黒バイクは再び地面を跳躍。渋滞を起こす自動車の頭上を跳び越え、今度はそのままビルの壁面で『着地』し、地面と水平に疾走し始めたのだ。

 

「なんじゃ、あやつは!?」

 

 ただの運搬屋では決してありえないその非常識に、妖怪である子泣き爺も仰天する。

 

「父さん、あの黒バイク……!!」

 

 その人間を越えた離れ技にようやく鬼太郎もあることに気づき、妖怪アンテナを逆立てる。

 先ほどから確かに妖気を感じていた鬼太郎だが、てっきり捕まっている妖怪のものだと思っていた。運搬されている仲間たちが放つ妖気だと、誤認していたのだ。

 だが、それは致命的な勘違いだ。鬼太郎の妖怪アンテナは——確かにその運び屋にも反応している。

 

 あの得体の知れない黒バイクを——怪異の類であると指し示していたのだ。

 

 

 

×

 

 

 

 ぬりかべの防壁を突破し、渋滞すらビルの壁面を疾走して走破するセルティ・ストゥルルソン。傍から見ると鬼太郎たちの追跡を軽々と交わしているように見えるだろう。

 しかし、実際にバイクを運転するセルティの心中は穏やかではなかった。

 

 ——……あ、危なかった~!! 危うく事故るところだった!?

 

 彼女自身は突然現れたぬりかべにも、ぴったりと追跡してくる鬼太郎たちにも内心ドキドキだったりする。

 彼らから逃げようと、かなり無茶な走行を愛馬であるコシュタ・バワーに強いている。

 

 ——すまない、シューター! もう少し付き合ってもらうぞ!

 

 まだまだ鬼太郎たちを振り切れない状況に焦りを覚えつつ、セルティはシューターに頑張ってもらうようハンドルを強く握りしめる。

 乗り手たるセルティの意思を読み取り、黒バイクは気合を入れるように馬の嘶きを響かせる。

 

 ——しかし、このままじゃまずいな……。

 

 セルティは現状を芳しくないものとして頭を悩ませる。

 今のところ鬼太郎たちから一歩リードして逃げ仰せているが、このままのペースで逃げ切れるかどうかは分からない。

 実際、先ほども事故を起こしそうになった。世間の評判や周囲の迷惑を考えているセルティとしては、自分たちのカーチェイスに誰かを巻き込むのは心苦しい。

 

 ——……仕方ない。少し大事になるかもしれないが!!

 

 セルティは現状を打開するため、鬼太郎たちを撒くためにひとつの『策』を思いつく。

 その策を実行に移すべく、彼女は黒バイクでビルの壁を垂直に駆け上がっていった。

 

 

 

 

「何のつもりだ? そっちに逃げ場はないぞ!?」

 

 黒バイクのとった行動に鬼太郎は首を傾げる。

 ビルの壁面を走るどころか垂直に駆け上るその光景に、いよいよ鬼太郎も考えを改める。この黒バイクは自分たちと同じ妖怪であると、より一層気を引き締める。

 

 しかし、黒バイクは一際大きなビルを駆け上り、わざわざ逃げ場のない屋上まで移動していた。

 

 いったい、そんなところに逃げ込んで何をするつもりかと、黒バイクの次なる行動を警戒しながら一反木綿に乗って屋上へと向かう。

 

「な、なっ、なんばしようととね!?」

 

 屋上が見える位置まで飛翔したところで、一反木綿が目を剥く。

 彼らの視線の先に、突如として『黒い繭』のようなものが出現していた。闇夜と同化するような影の塊が、まるでシェルターのように黒バイクを包み込んでいたのだ。

 

「まさか……籠城する気か!? 鬼太郎!」

 

 目玉おやじは相手の行動の意味を考え、その黒い繭を攻撃してみるよう鬼太郎に呼びかける。

 

「はい、父さん! 髪の毛針!!」

 

 父親の提案通り、鬼太郎は試しに髪の毛針を何本か撃ち込んでみる。しかし、繭はビクともず鬼太郎の攻撃は全て弾かれてしまった。

 

「これはちと面倒なことに……ん?」

 

 相手が立て籠る姿勢を見せたところで、子泣き爺が焦燥を口にする。

 運搬されている仲間が密輸船に引き渡されることはなくなったものの、これはこれで面倒だ。あの繭をどのようにして攻略するかと、考えを巡らせる鬼太郎たち一向。

 だが、そんな鬼太郎たちの安易な思考を嘲笑うかのように、黒バイクは次なる行動に打って出る。

 

 鬼太郎の攻撃でも揺るがなかった黒い繭——それが、突如ヒビ割れる。

 

 まるでサナギから成虫へと羽化する昆虫のように、そのヒビの割れ目から巨大な黒い翼のようなものが広がっていく。その正体は『漆黒のハンググライダー』であり、その中央には馬に跨った人影がぶら下がっている。

 

 十中八九——あの黒バイクだ。

 

「なんなんじゃ、こいつは!?」

 

 次から次へと様々な怪奇現象を起こす黒バイクに、さすがの子泣き爺も腰を抜かす。

 だが、戸惑う彼らを尻目に黒いハンググライダーはビルの上から飛び立つ。紙飛行機のように風に乗り、低空飛行で空を滑るように降下していく。

 

「はっ!! この一反木綿を相手に、空を飛んで逃げようって腹かいね? 片腹痛かよ!!」

 

 まさかの変身姿に最初は戸惑っていた一反木綿だったが、逆に望むところだとやる気を漲らせる。

 空を飛ぶ妖怪である自分を相手に、空を飛んで逃げようなどと愚策にも程がある。地上を走り回る相手を追いかけるよりも、寧ろこちらの方が与し易いと、一気に勝負をつけるべく一反木綿は急いでハンググライダーを追いかけようとした。

 ところが——

 

「! 待て、一反木綿!!」

 

 慌ててハンググライダーを追いかけようとした一反木綿を制止し、鬼太郎が何かを訝しがる。

 

「おかしい……どうしてわざわざ空から逃げるんだ? こっちも空が飛べることは分かっている筈なのに……」

 

 一反木綿の言う通り、空であればこちらの方に分がある。先ほどまでのように地上を走り回って逃げた方が遥かに黒バイクが有利の筈。

 

「それに……そっちは港とは逆方向だ。なのに、何故……?」

 

 加えて、ハンググライダーが飛び去った方角は港とは逆方向。そんな方角に逃げても輸送船に荷物を引き渡すことはできない。

 

「まさか……!」

 

 鬼太郎はその事実からあることに気づき、すぐにハンググライダーを追いかけず、意識を妖怪アンテナに集中させ、周囲一帯の妖気を注意深く探知する。

 

 そうすることで鬼太郎は——地上を隠れるように走行する、『本物の黒バイク』の妖気を探り当てる。

 

「やっぱり! あのハンググライダーは囮……本物は地上だ! 一反木綿!!」

「なっ!? こ、コットン承知!!」

 

 鬼太郎に指摘されたことで一反木綿も気づいたのか。派手に大空を飛び回るハンググライダーを無視し、慌てて地上へと目を向ける。

 大きく突き放された距離を縮めようと、再び地上の黒バイクを追いかけ始める。

 

 

 

 

 ——ええ!? もう勘付かれたのか!?

 

 自身の作戦が早々に看破され、鬼太郎たちが再度自分を追いかけてきたことにセルティは驚きを隠せない。

 わざわざ『繭から羽化するように飛び出す』という凝った演出をしてまで、注意を逸らしたというのに。

 

 そう、あのハンググライダーは囮。鬼太郎たちを誘導するために、全て影で作った偽物である。

 

 偽物に気を取られている隙に鬼太郎たちから逃げようというのがセルティの計画だったのだが、思ったよりも早く見抜かれたことで少し予定が狂ってしまった。

 

 ——けど、距離は稼げた! このまま一気に港まで!!

 

 だが鬼太郎たちが迷っている間にもセルティは大きく彼らを突き放していた。このまま離れた距離を維持できれば、何事もなく港にたどり着けるだろう。 

 セルティはさっさとこの仕事を終わらせようと、目的地まで急いで黒バイクを走らせていく。

 

 

 

 

 ——見えた! あの船だな!!

 

 そうして港までたどり着いたセルティ。とうとうその視界に停泊している輸送船を捉える。

 あの輸送船に荷物を引き渡せば自分の仕事は終了だ。その後で鬼太郎たちが輸送船を強襲し、仲間を奪還しようとも、それはセルティの関与するところではない。

 寧ろ、心情としてはそうしてくれとばかりに、依頼主にも鬼太郎たちに追いかけられたことは黙っているつもりだった。

 

「——逃がすものか!!」

 

 だが、そんなセルティの心の内側など知らず、執念で追いついてきた鬼太郎たち。彼女を逃すまいと髪の毛針を勢いよく撃ち込んでくる。

 目的地が見えて安心していた油断もあってか、セルティはその一撃を影で防ぐのが一瞬遅れてしまう。

 

 ——しまっ、タイヤが!?

 

 何とか躱そうとバイクを操作するが完璧には躱しきれず、数本の髪の毛針がバイクのタイヤに突き刺さる。

 勢いよくバーストする二輪車のホイール。

 走行中にバランスを崩されたことで、セルティは大きくハンドルを取られ——

 

 バイクごと、その身体が激しく地面に叩きつけられることとなる。

 

 

 

 

「はぁはぁ……何とか間に合ったばい」

 

 超特急で港まで駆けつけた一反木綿。相当無茶をしたのだろう、疲労困憊にてボロ雑巾のように力尽きる。

 

「ご苦労じゃったな、一反木綿。あとは鬼太郎に任せてゆっくり休むといい」

 

 ここまで頑張ってくれた一反木綿の苦労を労い、目玉おやじは後のことを息子の鬼太郎に託す。鬼太郎だけでなく、子泣き爺も元気いっぱいだ。もう少しすれば、きっとぬりかべも駆けつけてくれるだろう。

 

「追いついたぞ、運び屋! さあ、大人しくその荷物をこっちに——」

 

 鬼太郎は黒バイクに降伏を呼びかけていた。無駄な抵抗をせず仲間たちの入った荷物をこちらに明け渡せばこれ以上の乱暴はしないと。 

 だが、降参を呼び掛けようとした鬼太郎の言葉が途中で詰まる。

 何故なら、鬼太郎は——見てしまったからだ。

 

 地面に身を投げ出された黒バイクの運転手。その首元に——本来ある筈の頭部が無いのを。

 黒い塊であるフルフェイスのヘルメットが、身体から離れる場所に転がっているところを——。

 

「なっ!? まさか……さっきの衝撃で!?」

 

 一瞬、転んだ勢いで首がもげてしまったのかと、自分の行為によって相手を死なせてしまった可能性が鬼太郎の脳裏を過ぎる。

 だがおかしいことに、首からも身体からも血は一滴も流れていなかった。代わりに染み出しているのは黒い霧のようなもの。

 

 そして、その黒い霧を身に纏いながら——首の無い身体がゆっくりと起き上がった。

 

「なんじゃと!?」

 

 子泣き爺がその異様な光景に叫び声を上げる。

 

 首がない妖怪というものがいないわけではない。実際、ゲゲゲの森の妖怪には首どころか、まともな身体を持っていない妖怪だっている。そのことを考えれば首が無いことなど、それほど驚くことではない。

 

 しかし、眼前の黒バイクの異質感は鬼太郎たちの知る『それ』ではない。

 

 人間らしい見た目をしているのに、それでいて首だけが喪失しているという、言葉にしようのない違和感。

 いっそ、人間らしい見た目などしていない方が、まだここまで戸惑いを感じることもなかっただろう。

 

「————————」

 

 首の無い怪異である『それ』は、鬼太郎たちの驚きを嘲笑うかのようにゆっくりと振り返る。身体から滲み出ている黒い霧を手元にたぐり寄せ、一つの黒い塊として形を成していく。

 

 そうして、黒バイクの手には黒い影の得物——漆黒の大鎌が握られる。

 

 黒バイク自身の身長に匹敵するその大鎌を構える姿には、自然とそれを目撃するものに『死神』という単語を思い浮かばせるだろう。

 

「死神……いや、違う……」

 

 しかし、鬼太郎はその怪異の姿に別の存在の名を思い出す。

 それは先週、友人である犬山まなが池袋で遭遇したという、とある都市伝説の名前。あのとき、鬼太郎は彼女の話を世間話の一つ程度と軽く聞き流していた。

 そのことを心の中で謝りながら、鬼太郎はその都市伝説の名を自然と呟いていた。

 

「——首無し……ライダー……!!」

 

 

 

×

 

 

 

 ——頼む! 退いてくれ!! とりあえず、この場は一度退いてくれ!!

 

 これ見よがしに首の無い姿を見せたり、影で作った大鎌を構えて相手にプレッシャーを与えようとするセルティ。傍から見れば恐ろしい本性を曝け出した怪物のようにも見えるが、彼女の精神は割といっぱいいっぱいだったりする。

 

 ——鬼太郎君って、めっちゃ強いんだよな!? 私……このまま消されちゃうんじゃ!?

 

 彼女は鬼太郎のこれまでの活躍を動画サイトや、昼間出会ったまなや猫娘から聞かされていた。自慢話のように語る彼女たちの言葉が正しければ、鬼太郎はこれまで多くの強敵妖怪を打ち倒してきた日本妖怪のエースだ。

 

 ——私は戦闘が専門ってわけじゃないだ! 頼む、見逃してくれ!!

 

 一方で、セルティは戦いそのものを得意としているわけではない。そこいらのチンピラくらいなら軽く叩きのめせるし、拳銃や日本刀くらいの装備で彼女を殺すことはできない。

 しかし、同じ怪異が相手で自分がどこまでやれるかは分からない。そもそもな話、池袋で暮らしているセルティには『怪異同士で戦う』という経験そのものが少ないのだ。

 果たして交戦経験豊富な鬼太郎相手にどこまで立ち回れるか、かなり自信がない。

 

「…………」

 

 そんな、内心びびりまくりなセルティだが、鬼太郎は彼女のことを相当警戒しているのか慎重に距離を取る。セルティはこのまま自分を恐れ、退いてくれればとちょっぴり淡い期待を抱く。

 だが、現実はそこまで甘くはなかった。

 

「ぬりかべ~!」

 

 先ほどセルティの進路を妨害してきたぬりかべが遅れてその場に現れる。

 地中からセルティの背後に出現した彼の援軍をきっかけに子泣き爺が動き出す。

 

「ぬりかべ、挟み撃ちじゃ! ワシに続け!!」

 

 そう号令を掛けながら子泣き爺は腕を石化し、セルティに殴り掛かり、ぬりかべもその巨体で迫ってくる。

 

 ——ええい、どうにでもなれ!!

 

 前方から子泣き爺。後方からはぬりかべ。

 挟撃で襲い掛かってくる両者に、セルティはヤケクソ気味に大鎌を振り回す。正面の子泣き爺の胴をなぎ払い、返しの刃で後方のぬりかべの身体を切り裂く。

 セルティの影から作られた大鎌は、両者の体に傷一つつけることなく——その身体をすり抜けていく。

 だが、大鎌が両者の身体を通り抜けた瞬間、子泣き爺もぬりかべもその場にバタリと倒れる。

 

「子泣き爺!? ぬりかべ!? お前……いったい、何をした!!」

 

 仲間が倒されたことで、鬼太郎は怒りの視線をセルティに向ける。

 二人に外傷こそなかったものの、まるで本当に身体を切り裂かれたかのようなリアクションをとり「う、う~ん」と呻き声を上げながら地に伏せる。

 

 ——知らん! 正直、私にも分からない!!

 

 実のところ、セルティ自身もこの大鎌で切られたものがどのような状態になるかよく分かってなかったりする。以前も人間のチンピラ相手に大鎌で胴を薙いだことがあったが、そのときも似たような反応で倒れた。

 一応怪我もなく、命に別状もなかったため、おそらく子泣き爺たちも無事だろう。

 

「ボクが相手だ、首無しライダー!!」

 

 しかし、そのことを知らない鬼太郎は仲間が倒されたという怒りに闘志を奮い立たせる。

 

「鬼太郎! 油断するでないぞ!!」

 

 目玉おやじも息子に心して掛かれと忠告を入れる。

 

 ——ああ! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!! このままじゃ……ヤバイ!!

 

 戦う覚悟を見せる鬼太郎とは正反対に、セルティはいよいよもって危機感を募らせる。

 このままでは、冗談抜きで鬼太郎に討伐されかねない。

 そうなるくらいならいっそ、大人しく荷物を引き渡した方が良いのではと、セルティは運び屋としてのプライドをかなぐり捨てる選択肢を視野に入れる。

 

『降参』という、セルティの脳裏にその二文字が浮かびかけた——その刹那である。

 突如、薄暗かった港の倉庫街を——眩い閃光が照し出した。

 

「————————!?」

「——……っつ!?」

「——な、なんじゃ、何事じゃ!?」

 

 いったい何事かと、その場の全員が光が照らされている中心点——港に停泊していた『密輸船』に目を向ける。

 

 

 

 

「——全員動くな! 逮捕する!」

「——確保! 確保!!」

「——大人しくしろ、密輸業者どもめ!!」

 

 眩いサーチライトに照らされる密輸船。その周辺ではパトカーのサイレンや警官たちの怒号が飛び交っている。今までどこに隠れていたのか、数十台のパトカーや水上警察の警察用船舶、警視庁のヘリが密輸船を取り囲んでいた。

 

 突如、その場に姿を現したのは警察——そう、セルティが妖怪を引き渡す予定だった密輸船を、一斉検挙すべく突入してきた警視庁の人間たちである。

 

 もともとこの密輸船。妖怪の売買どころか麻薬、貴金属、保護動物の密輸や人身売買など、かなり数多くの悪事に手を染めた『真っ黒』な輸送船であった。

 いかなる偶然か、セルティがその船へ荷物を届けようとした日、突入作戦が執り行われることになっていた。

 そう、これは日夜行われる日本警察と闇組織との熾烈な争い。

 

 そして今日、桜のシンボルを背負う警察の尽力により、またひとつ——この世の悪が成敗されることとなったのである。

 

 

 

 

「人間の警察のようじゃな。あの密輸船を取り締まりに来たのじゃろう」

「……そのようですね、父さん」

 

 密輸船とは離れたところで攻防を繰り広げていた鬼太郎たちは、その騒ぎに驚きつつ、どこか他人事のようにそれを眺めていた。

 やましい気持ちのない鬼太郎たちは、たとえ警察に見つかったとしても堂々としていられる自信がある。

 だが、セルティは違った。彼女は警察の捜査が自分たちのいる場所まで及んでいないことに心底安堵していた。

 

 ——あ、危なかったぁ~! ちょっとタイミングをミスってたら、私も捕まるところだったぞ!!

 

 交通課の白バイに目を付けられているだけでも胃を痛める毎日だというのに、密輸業者に関わった一員として警察に追われることになれば、さらにセルティの心労はとんでもないことになっていただろう。

 ギリギリ危機一髪で捜査の網から流れられたことを、セルティは天に感謝していた。

 

 ——しかし……あの様子じゃ、荷物を届けることはできないな、うん。

 

 配達先が警察に抑えられてしまった以上、セルティの仕事はここまでだ。さすがにあの騒動の中に突っ込んでまで、荷物を引き渡す義理はない。仕事は失敗——それにより、それまで張り詰めていた緊張の糸が途切れる。

 

 セルティは影で作った大鎌を引っ込め、構えを解いた。

 

「——っ!?」

 

 武器を引っ込めたセルティに鬼太郎の瞳が揺らぐ。

 しかし、彼の方は未だに警戒を解いておらず、注意深い視線でセルティを見据える。そんな彼の視線を気にしつつ、彼女は地面に転がったヘルメットを拾い上げ、それを頭の位置にはめ込む。

 さらにバイクのサイドカーに取り付けていた『荷物』を抱え上げ、それを鬼太郎へと差し出した。

 

「…………どういうつもりだ?」

 

 訝しがりながらも、荷物を——仲間の入ったバッグを受け取る鬼太郎。彼はセルティが今更になって大人しく仲間を引き渡したことを怪しんでいる。

 セルティはスマホに文字を打ち込み、懐疑的な眼差しを向けてくる鬼太郎に画面を見せつける。

 

『どうやらここまでのようだ』

「……な、に?」

 

 初めてセルティの方からコンタクトされたことに戸惑いつつ、鬼太郎は続けざまに打ち込まれる文字列を目で追っていく。

 

『警察に港を抑えられた以上、私の仕事は失敗だ』

『これ以上、君と敵対してまで荷物を守る理由はない』

『元から……あまり気乗りする仕事でもなかったしね』

 

 妖怪売買の片棒担ぎなど、元から褒められるような仕事ではない。一応は運び屋の責務として最後まで完遂しようとしたが、肝心の取引先があれでは、もうどうにもならない。

 仕事の失敗でセルティの評判は下がるかもしれないが、この失敗は不可抗力でもある。

 

 この状況なら——たとえ鬼太郎に荷物を奪還されたとしても、ある程度言い訳も立つ。

 

 以上のことから、セルティは大人しく鬼太郎に荷物を明け渡すことにしたのである。

 

「やけに素直じゃのう。警察に密輸船を抑えられたくらいで……」

 

 しかし、セルティの言い分に目玉おやじも訝しがる。

 ここまで自分たちを翻弄してきた相手が、たかが警察の介入くらいで大人しく降参を選んだことがよっぽど腑に落ちなかったのか。

 だが、セルティからすればかなり切実な問題であり、ムキになったように目玉おやじに反論する

 

『おいおい、日本の警察を甘く見ないほうがいい!』

『世界から見ても、彼らは優秀な部類に入る』

『彼らに目を付けられれば、私の日常生活にも支障が出るんだからな!』

 

「日常生活って……」

 

 セルティの言い分に鬼太郎は呆気に取られる。首の無い怪異の日常生活とはこれ如何に。

 するとそんな鬼太郎に向かって、さらにセルティは力説するように熱の入ったタイピングでその文字を打ち込んでいた。

 

 もっとも、それは妖怪である鬼太郎たちからすれば、ただの皮肉にしか思えなかっただろうが——。

 

 

『それに——奴ら警察の中には、化け物がいるんだ!!』

 

 

「…………」

「…………」

 

 怪異であるセルティの言い分に、鬼太郎と目玉おやじは沈黙。

 

「……いや、それはお前さんの台詞じゃなかとね」

 

 いつの間にか復帰していた一反木綿が、二人の代わりにセルティにツッコミを入れていた。

 

 

 

×

 

 

 

「「「鬼太郎さん、ありがとう!!」」」

 

 鬼太郎は首無しライダーから引き渡された荷物を確認する。

 バッグの中からは白蛇の子供たちが数匹顔を出し、鬼太郎に礼を述べる。この白蛇たちこそ、今回ねずみ男の手引きで攫われた仲間たちだ。

 見た目は完全にただの白蛇だが、これでも歴とした妖怪。その美しい見た目、幸運を呼び込む力があるともされ、そのせいで人間たちに目を付けられてしまったのだ。

 

「いたた……ああ、腰が痛いわい」

「ぬ、ぬりかべ~……」

 

 首無しライダーに大鎌を振るわれた子泣き爺とぬりかべの二人も、ゆっくりとだが体を起こす。どうやら彼らも無事らしい。

 

「良かった……みんな無事見たいですよ、父さん」

「うむ、そのようじゃな」

 

 鬼太郎は仲間たちが全員何事もなかったことに安堵の微笑みを浮かべ、目玉おやじも頷く。

 

「————————」

 

 そんな鬼太郎たちの横で、首無しライダーは倒れていた黒バイクを起こしている。もはや戦う理由もなくなった鬼太郎は相手を呼び止めることなく、そのまま立ち去るところを見送るつもりだった。

 しかし意外なことに、首無しライダーの方から再び鬼太郎にコンタクトをとってきた。

 

『そうだ。せっかくの機会だ。君に聞いてみたいことがある』

「ボクに……? いったい何だ?」

 

 つい先ほどまで敵対していた相手ということもあり、少し厳しい口調で応える鬼太郎だったが——

 

 首無しライダーがスマートフォンに浮かべた質問の内容に彼は——この日一番の動揺を隠せないでいた。

 

 

 

『君は——『人間と妖怪の共存』について、どんな考えを持ってる?』

 

 

 

「——な、なにを、どうしてそんな質問を……」

 

 まるで、人間と妖怪の狭間に立つ鬼太郎の立場を知っているかのような問い掛け。

 見ず知らずの相手からそんなピンポイントな質問をされ、鬼太郎は困惑する。

 

『いいから答えてくれないか?』

 

 だが首無しライダーは鬼太郎にさらに詰め寄り、答えを要求してくる。

 

「…………」

 

 鬼太郎は暫し考え込む。

 先ほどまで敵対していた、しかもよく知らないような相手からの質問だ。本来なら、そんなものに答える義理も義務もない。

 

 だが、首無しライダーは真正面から鬼太郎を見据え、彼の答えを待っている。

 

 そんな相手からの質問を無視し、何も答えないでいるのは逃げているように思えた。

 ましてや、その質問の内容は『人間と妖怪の共存』という、鬼太郎にとって決して目を背けられない問題。

 

 それ故に——鬼太郎は首無しライダーの問いに、ポツリと静かに口を開き始めていた。

 

「人と妖怪は近づきすぎない方がいい……少し前までのボクなら、なんの躊躇いもなくそう答えていたと思う……」

 

 人間の依頼に応えて力を貸すゲゲゲの鬼太郎だが、その線引きだけはキチンと意識していた。

 妖怪は妖怪、人間は人間。決して交わらない、交わっちゃいけないものと考えていた。

 

「けど……あの子に……とある人間の子と出会ってから……ボクも色々と考えさせられた」

 

 鬼太郎の脳裏に浮かぶのは人間の少女・犬山まな。

 彼女と出会うようになってから、鬼太郎はもう一度人間と深く関わってみようと、彼らのことを信じてみようと思えるようになった。

 

「勿論、そのせいで痛い目にもあったさ。信じようとして裏切られて……失望させられそうになったことも、一度や二度じゃない」

 

 だが現実はそう上手くいかない。幾度となく思い知らされる。人間の傲慢さ、身勝手さ。

 救いようのない人間たちの、妖怪さえ欺き、利用しようとする卑劣さに失望を抱かずにはいられない。

 

「でも……それでも、ボクは……諦めたくない。全ての人間が悪いわけではないと、知ってしまったから」

 

 しかしそれでも——鬼太郎は信じ続けることを止めない。

 全ての人間が悪ではないと、『まな』という友達の温かさを知ってしまったから。

 

 

「彼らとの共存を——共に歩むことを、今は夢に見ているよ……」

 

 

「鬼太郎……」

 

 思いがけず息子の本音を聞けて、感極まったように涙を零す目玉おやじ。

 一方で、その質問を投げかけた首無しライダーはというと——。

 

「————————」

 

 肩をカクカクと震わせている。ヘルメットの動きと合わせて、どうやら笑っているようだ。

 

「何がおかしいんじゃ!?」

 

 息子の真剣な答えに相手が嘲笑したと思い、目玉おやじが憤慨する。だが、首無しライダーは特に気にした様子もなく、腹を抱えたままスマホの文章を突き出す。

 

『済まない。君たちを笑ったわけじゃないんだ』

『ただ……似たような質問に、似たように答えた奴を知っていてね』

 

「——?」

 

 首無しライダーの書き込みに鬼太郎は首を傾げる。自分以外の誰がそのような質問を投げかけられ、同じように答えたというのか。

 

『いや、悪かったよ。色々と参考になった、ありがとう』

 

 鬼太郎の回答に満足したらしく、首無しライダーは用が済んだとばかりに彼らに背を向け、黒バイクのハンドルを握り込む。

 

 すると、次の瞬間——黒バイクのシルエットが歪に蠢く。

 

 バイクという機械的なフォルムから、一気に生物的な姿にその形を変貌させ——数秒後、そこには漆黒の首無し馬が姿を現していた。

 

「なっ……馬?」

 

 もう何度目かになる鬼太郎たちの戸惑い。しかし、さすがにもう慣れたのかそこまで驚きはない。

 だが最後の最後、首無しライダーはその愛馬に跨りながら、鬼太郎に特大の爆弾発言を残していく。

 

『それじゃ、私は失礼させてもらうよ』

『まなちゃんや、猫娘さんによろしく伝えておいてくれ』

 

「…………はっ!?」

 

 唐突に出てきた知り合いの名前に、今までとは別の意味で目を丸くする鬼太郎。

 そんな彼の困惑を置き去りに、今度こそ首無しライダーは首の無い馬を伴い、その場を後にしていく。

 

 

 

 

「…………」

 

 それから数分間。

 港の倉庫街には狐につままれるような顔で呆然とする、鬼太郎たちが取り残されていた。

 

 

 

×

 

 

 

 池袋の首無しライダー、セルティ・ストゥルルソン。

 彼女はいつになく陽気な気分で、愛馬であるシューターを首無し馬の姿で公道を走らせていた。バイクのタイヤが鬼太郎の髪の毛針でパンクさせられたが故のやむを得ない判断だが、それとは別にセルティは愉快な気分だった。

 隣を走る自動車の運転手が自分の存在に唖然としているが、それがどうしたとばかりに駆け抜けていく。

 

 ——……人間との出会いで変えられたか。

 ——……ふふっ、私と同じだな。ゲゲゲの鬼太郎!

 

 鬼太郎に向けた『人間と妖怪の共存』についての問い掛け。それは今日、自分に会いに来たという犬山まなから投げ掛けられた質問そのままだ。

 自分が問われたことを、試しに鬼太郎にもしてみたところ——予想以上に自分と同じような答えを返されたことに、セルティは思わず笑ってしまった。

 

 そう、セルティもまた、犬山まなの質問にゲゲゲの鬼太郎と似たように答えていた。

 

 

 

 

『人間と妖怪の共存かい?』

『…………そうだな。少し前までの私なら、そんなものは戯言と切って捨ててただろう』

 

「……そう、ですか」

「まな……」

 

 今日の昼間。マンション内の自室にて緊張した面持ちでセルティと向き合う犬山まな。その隣には心配そうにまなのことを見つめる妖怪・猫娘がいる。

 セルティはまなの問い掛けに考え込みながら、隣に立つ人間・岸谷新羅を見つめて文章を打ち込んでいく。

 

『見ての通り、所詮私は化け物だ』

『この街で暮らしていたのも、とある目的を果たすためだ』

『その目的を果たせば、どうせこの街から立ち去ることになる……そう、割り切って生きてきた』

 

 それがセルティというデュラハンの偽らざる気持ちだった。

 所詮、自分は異邦人。いずれは立ち去る定めと線引きし、他者と深く関わることを避けていた。

 しかし——

 

『けれどそんな私のことを、新羅は好きだと言ってくれた』

 

「……っ!?」

「……え!?」

 

 二人の少女が驚いて顔を真っ赤に染めるが、構わずセルティは続ける。

 

『私を離したくないと、この街に繋ぎ止めくれたんだ』

 

 そうだ。ゲゲゲの鬼太郎が犬山まなと出会い、その考えを変えられたように。

 セルティもまた、新羅との出会いで生き方を変えられた。

 

『私も新羅のことが好きだ。彼と共に生きるために、こうして池袋の街に留まっている』

「セルティ~!! そうさ! 君と俺との愛は未来永劫、変わることのない——ぐはっ!?」

 

 その言葉に感激して抱きついてこようとする新羅だが、とりあえずそれを肘打ちで黙らせる。好きなものは好きだが、一応二人の少女の目を気にして大っぴらにイチャイチャすることは控える。

 新羅のせいで緩んだ空気を引き締め直し、セルティは再びまなたちと向かい合う。

 

『そうやって、一度誰かを受け入れると不思議なものでね』

『新羅だけじゃない。他の人たちとの繋がりも大事になってくるんだ』

 

 そう、そうやって新羅の存在を受け入れたことで、セルティは他の人間との関わりも大切にするようになった。

 

 ダラーズの事件で知り合った少年——竜ヶ峰帝人。

 切り裂き魔の事件で親しくなった少女——園原杏里。

 数年前から数少ない友人でもある池袋最強——平和島静雄。

 仕事関係では情報屋の折原臨也と繋がりもあるが、正直コイツとの縁は切りたいところ。

 

 その他にも、多くの人間たちと関わりを持ち、セルティはこの街で絆を育んできた。

 きっと、これからもその絆の輪は広がっていくだろう。

 

『そうだね。そう考えると人間との共存ってのも、あながち捨てたもんじゃないと思うよ』

 

 それが——今のセルティ・ストゥルルソンの正直な思いだった。

 

「セルティさん!!」

 

 セルティのその答えに、犬山まなは希望に満ちた表情で微笑んでいた。

 

 

 

 

 ——頑張れよ。まなちゃん、ゲゲゲの鬼太郎。

 ——君たちの夢……私も応援しているからな。

 

 自分と同じように人間との共生を受け入れた鬼太郎。

 そのきっかけとなったであろう少女のことを思いながら、セルティは今日も街中を駆けていく。

 

 人間と妖怪の共存。それがどのような試練の果てに紡がれるか、セルティにも分からない。

 きっと、生半可な道のりではないだろうと、彼らの苦悩の日々を思えば胸が締め付けられる思いだ。

 

 だがそれでも、彼女は願わずにはいられなかった。

 どうか、彼らの未来に幸あれと。

 

 二人の思いが望ましい形で実現されることを、セルティ・ストゥルルソンは心から祈るのである。

 

 

「——よお、化け物」

「————————!?」

 

 

 だが——そんな思いを胸に抱くセルティの背に、聞き覚えのある男の声が浴びせられる。

 彼女は恐る恐る、背後を振り返った。

 

「随分とご機嫌じゃねぇか? そんな馬で公道を爆走しやがって」 

 

 首無し馬であるシューター。そのすぐ後ろをピッタリと張り付くように白バイ隊員・葛原金之助が追走している。彼は怪異であるセルティに、実に爽やかな笑顔を浮かべ声を掛ける。

 

「バイクじゃなくて、馬なら許されると思ってたか? 俺たちがビビると思ってたか?」

 

 ——あ、い、いや……そ、その……。

 

 弁解を口にしたいセルティだが、生憎と手綱を握るのに両手が塞がっている。

 それに、たとえどんな言い訳を口にしようとも、この男は聞き入れないだろう。

 

 道路交通法を犯すセルティに、彼はいつものように容赦のない宣戦布告を口にする。

 

 

「——化け物風情が、交機を舐めるな」

 

 

 そうして、再び街中で繰り広げられるカーチェイス。

 セルティは鬼太郎たちに追い回されたとき以上の恐怖と絶望をその背に感じながら、必死に白バイから逃げ惑う。

 

 ——ひぃええええええええ!! た、助けてくれっ! 新羅っぁああああ!!

 

 心中で愛しい恋人の名を叫びながら、彼女は考えを改めていた。

 

 

 

 前言撤回。人間はやはり恐ろしい。

 彼らとの共存は……もう少し先でいいやと。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告
 
「自分を助けてくれた妖怪を捜して欲しいという少女の依頼。
 ですが、どこを捜せどそんな妖怪の姿は影も形も見つかりません。
 父さん、彼は何処から来た、何者なのでしょうか?

 次回——ゲゲゲの鬼太郎『戦国より来たる・犬夜叉』 見えない世界の扉が開く」

というわけで、前回とったアンケートの結果。ダントツで犬夜叉がトップだったので次回は『犬夜叉』のクロスをやる予定です。
おそらく、両作品が好きな人なら一度は考えたことのある王道のクロスオーバー。
6期の設定でしかできないようなストーリーを考えているので、どうかお楽しみに!


ちなみに、アニメの最終回がどのような結末になってもこちらの小説は続けられるよう、だいたいは時間軸を『2年目』に想定して物語の構想を練っています。
ですが、一応『3年目』の話を考えていないわけではありません。

『まなちゃんが京都に修学旅行』『3年目の境港シリーズ』『まなちゃんの母方の実家』の話なども、3年目に向けて考えています。

全ては——本家の最終回次第……それにより、それらの話を執筆するか色々と考えていきたいです。

 


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犬夜叉 其の①

ゲゲゲの鬼太郎・最終回が終わった興奮が冷めやらぬ中、次話を投稿します。
最終回の作者の感想に関してましては、コメントへの返信欄をご覧ください。

さて、クロスオーバー第五弾『犬夜叉』です。
この企画を始めようとした際、真っ先にクロス候補として頭の中に浮かんだ、王道作品。両作品を好きな方なら、一度くらい考えたことのある組み合わせでしょう。

ですが、小説を読む際にいくつか注意事項。

まず、作者は正直そこまで犬夜叉に詳しくありません。劇場版四作品は全部観て、昔放送されていたアニメの方もリアルタイムで視聴していました。
ですが、原作漫画の方は読んでおらず、細かい設定などに関しましてはうろ覚えです。一応、今作を書くにあたりいくらか予習してきましたが、どこまで正しいか……正直自信がありません。

また、ゲゲゲの鬼太郎とクロスする関係上、話の内容は現代を中心に展開されます。
そのため、クロスさせる犬夜叉側の登場人物がある程度限定されます。
また、アニメオリジナルエピソードを参考にしていますので、原作派の人では分からない話の内容が出てくるかと思いますので、ご了承ください。

三話構成で話を進めていきます。どうかよろしくお願いします。



「——あなたが……ゲゲゲの鬼太郎さんですか?」

 

 都内のとある公園。クマのぬいぐるみを抱きかかえた少女がゲゲゲの鬼太郎と向き合っている。

 あどけない表情の女の子。どこか緊張した様子で小首を傾げる小さな依頼主に、鬼太郎の付き添いでやって来た猫娘が優しく語りかける。

 

「ええ、そうよ。私は猫娘。鬼太郎の仲間なの」

 

 彼女は自身も名乗りながら、鬼太郎のことを紹介する。

 

「君が……ボクに手紙をくれたアミだね?」

 

 鬼太郎は妖怪ポストを通じて送られてきた手紙を片手に彼女——アミと名乗った少女に会いにやってきた。手紙の字の拙さから差出人が子供であることは察していたが、思った以上に幼い依頼主に若干戸惑い気味の鬼太郎。

 だが、すぐに気を取り直しアミからの依頼内容——『犬耳のお兄ちゃん』を捜して欲しいという話の詳細を尋ねる。

 

 数ヶ月ほど前のことだ。

 アミの住んでいるマンションで火災があり、彼女は運悪く火の手の上がる部屋の中に一人取り残されてしまった。消防隊が必死に救助活動を試みるも、火の勢いが激しすぎて近づくことも叶わなかった。

 このまま自分は死んでしまうのではと、アミは炎に巻かれ絶望に泣き崩れた。

 

 そんなときだった——彼が『犬耳の青年』が颯爽とその場に現れたのは。

 消防隊員が怯み腰になる中、彼はたった一人でアミを炎の中から連れ出してくれたのだ。

 

「それでね! そのお兄ちゃん、頭に犬みたいな耳が生えてたの! 可愛かったな!!」

 

 アミの話によれば、その青年には犬のような耳が生えていたとのこと。

 しかし、少女がその耳に気づくと、青年は逃げるように立ち去ってしまったという。

 

「わたしね、そのお兄ちゃんにもう一度会ってお礼が言いたいの……助けてくれてありがとうって! この花飾りをプレゼントするんだ!!」

 

 そのときにもキチンとお礼を言ったらしいが、今度はちゃんと向かい合って感謝を伝えたいと、少女は犬耳のお兄ちゃんを捜すことを決意した。

 そしてあの犬耳から、ひょっとしたらあの人は妖怪さんだったんじゃないかと、アミは子供ながらに考え、噂を頼りに妖怪ポストに手紙を送ったという。

 ゲゲゲの鬼太郎に、犬耳のお兄ちゃんを捜して欲しいとお願いするために。

 

「ああ、分かった。なんとか捜してみよう」

 

 あどけない少女の願いに、鬼太郎は笑顔で頷く。

 人間と妖怪の共存を密かに夢見る鬼太郎からすれば、今回のような依頼は寧ろ大歓迎だ。

 

 純粋に感謝を伝えたいというアミの望むに応えるべく、鬼太郎はその依頼を引き受けていた。

 

 

 

 

「ケッ、相変わらず金にもならねぇ仕事ばっか引き受けてきやがって!」

 

 ゲゲゲハウスに戻ってきた鬼太郎は、さっそくねずみ男からお小言を食らっていた。いつもいつも、報酬も受け取らずに人間たちからの依頼に応えているのが気に食わないのだろう。

 ましてや、今回の依頼主はアミのような小さな女の子。報酬を騙くらかそうとも、払える金額などたかが知れている。ねずみ男は明らかにやる気なさそうに寝っ転がっている。

 

「別に手伝わなくてもいいわよ。誰もアンタに期待してないから」

 

 ねずみ男と犬猿の中である猫娘は彼をつっけんどんに突き放す。ねずみ男の手など借りなくても困らないと、彼を無視して話を進めていく。

 

「それで……この絵が『犬耳のお兄ちゃん』ってやつの唯一の手掛かりってわけね」

「うむ、どうやらそうみたいじゃな……」

 

 猫娘の疑問に茶碗風呂に浸かりながら目玉おやじが頷く。

 実際にいざ犬耳の青年を捜すにあたり、鬼太郎たちはアミからその青年の『絵』を貰ってきた。それを卓の上に置き、一同が眺めて捜索対象を確認する。

 しかし、この『絵』というのがまた癖ものだった。

 

「まあ、よく描けてるとは思うけど……」

「そうじゃな……しかし、クレヨンで描いたイラストでは限界があろう」

 

 猫娘の懸念に酒を煽っていた子泣き爺が同意する。

 そう、アミから貰ってきた犬耳の青年の絵とは——彼女がクレヨンで描いた似顔絵だった。

 写真などなかったため、アミは記憶を頼りに手書きでイラストを描いた。これで捜せというのだから猫娘たちが不安になるのも無理はないだろう。

 

「いや、これはこれで特徴をしっかりと捉えておる。何も問題はなかろう」

 

 しかし一同が不安になる中、砂かけババアは何も問題ないとアミの描いたイラストを手に取る。

 子供の描いた絵ということもあり、ところどころ拙さが目立つイラスト。しかし、尋ね人の特徴はキチンと捉えている。

 犬耳は勿論、長い髪の毛は銀色に塗りたくられ、服装も赤い着物と古風で目立つ格好だ。

 

「よし、手分けして捜そう。皆、すまないが手伝ってくれ」

 

 鬼太郎も大丈夫と判断したのだろう。その絵を頼りに仲間たちにも協力してくれるように願い出る。

 

「ぬりかべ~!!」

 

 鬼太郎の号令に、その場を代表するようにぬりかべが元気よく返事をした。

 

 

 

 

 そうして、ゲゲゲの森の仲間たちにより、犬耳の青年の大捜索が始められた。

 似顔絵を頼りに他の妖怪たちに聞き込みをしたり、ラインなどでイラストの写真を送ったり、カラスたちに頼んで東京中を隈なく捜索してもらったりと。

 鬼太郎たちは思いつく限りの手段を用いて、青年の行方を捜した。だが——

 

「——ああ、もう! 全然見つからないじゃない!!」

 

 猫娘がじれったい思いを込めて叫ぶ。捜せど捜せど影も形も見当たらない。手がかりの一つも掴めない状況にさすがの鬼太郎たちも困惑する。

 

「うーむ……これだけ特徴的な妖怪が近くに住んでおれば、誰かしら知る者がいると思ったんじゃがのう」

 

 目玉おやじが困ったように腕を組んで考え込む。

 鬼太郎はゲゲゲの森でも顔が利く方だし、その父である目玉おやじも妖怪に関する相当な知識量を保有している。しかし、そんな鬼太郎たちの人脈を持ってしても犬耳の青年の名前すら分からず、目玉おやじも彼のような妖怪に心当たりがない。

 そのことに違和感を覚えた鬼太郎は、その場に集まった仲間たちに自身の考えを聞かせる。

 

「ひょっとしたら……この辺りに住んでいる妖怪じゃないのかもしれないな」

 

 彼はこの犬耳の青年が近場に住んでいない、よそ者である可能性を指摘する。

 たまたま近くを通りかかり、気まぐれで女の子を助けた。それならば、此処まで捜しても見つからない理由に合点がいく。

 

「少し捜索範囲を広げてみよう。皆に迷惑をかけるが、協力してくれないか?」

 

 鬼太郎は捜す範囲を広げ、もう一度仲間たちに手伝ってもらえるように頭を下げる。

 

「しょ、しょうがないわね。ここまで来たら、最後まで付き合ってあげるわよ!」

 

 猫娘は鬼太郎のお願いに頬をほんのり赤く染め、やれやれといった空気を出しつつも彼の力になることを了承。その他の面子も「何を今更と……」と、誰一人として途中で投げ出す者はいなかった。

 砂かけババアも、子泣き爺も、ぬりかべも。カラスたちでさえ「カー!」と鳴き声で返事をする(ねずみ男は最初から金にならないと、参加していない)。

 その場に集った皆が鬼太郎のため、アミのために犬耳の青年を見つけようと——。

 

「………あれ? そういえば、一反木綿はどこに行ったのよ?」

 

 だが不意に猫娘が気付く。いつもの面子の中に色ボケふんどしこと、一反木綿がいないことに。

 女好きの彼が、子供とはいえアミのような少女の依頼に応えないわけがないと疑問を抱く。

 

「なんじゃ、猫娘。気づいとらんかったのか?」

 

 すると、猫娘の疑問に砂かけババアはあっさりと答える。

 

「一反木綿なら里帰りじゃ。一週間くらい前から鹿児島の方に行っとるぞ?」

「……全然気付かなかった」

 

 特に一反木綿を目で追っていたわけでない猫娘は彼の不在を知らなかった。

 一方で、空を自由自在に浮遊できる一反木綿がいれば、もう少し捜索も楽になっていただろうと残念がる。

 

 彼の不在に「はぁ~」とため息を吐き、猫娘は鬼太郎たちと共に再び犬耳の青年を捜しにゲゲゲの森を後にしていた。

 

 

 

 

 このとき、鬼太郎の『犬耳の青年は近くに住んでいない』という考えは、ある意味的を射ていた。

 しかし、捜索範囲を広げたところで見つからない、見つかるわけもなかった。

 

 何故なら『犬耳の青年』は現在、この国にはいない。

 それどころか世界中のどこにも——この時代のどこにも、現時点において『彼』は存在していなかったのだから。

 

 

 

×

 

 

 

 現代より、時代を五百年ほど遡る。

 時は戦国——群雄割拠の乱世。

 

 名だたる大名たちが覇を唱え、血生臭い戦を日常として繰り返す日々。世の中が暗い空気に満たされていた時代。

 そういった時代の転換期は、特に妖たちの動きが活発になっていく。平然と人里を襲い、自由気ままに勝手気ままに人々を喰らい、苦しめていた。

 

「シャァー!!」

「ひ、ひぃええ! お、お助けぇえええええ!?」

 

 とある農村。

 この村にも怪異たちが早朝から姿を現しては、人間たちを喰らおうと徒党を組んで雪崩れ込んでくる。

 兵士が守りを固める城や城下町ならいざ知らず、日々の暮らしを終えるのに精一杯の農民たちでは決して抗えるわけもなく、成す術もなく皆殺しの憂き目に合っていたことだろう。

 

 だが、人間側も決してやられっぱなしでは終わらない。

 彼らは妖怪の存在を脅威と認め、様々な方法、手段で妖怪たちから身を守っていた。

 

「——飛来骨!!」

 

 男勝りの掛け声を上げながら、ポニーテールの少女が巨大なブーメランのようなものを妖たちに向かって投擲する。重量50kgほどの塊が矢のような勢いで飛んでくれば、いかに妖怪たちといえども簡単に防げる筈もなく、数体の化け物がその飛来骨によってまとめて薙ぎ払われる。

 

「おいで、雲母!!」

「ガウ!!」

 

 少女はブーメランとして戻ってきた飛来骨を易々とキャッチし、側にいた子猫の名を叫ぶ。

 雲母(きらら)と呼ばれたその子猫は、次の瞬間——炎を纏いながら巨大化。大きな化け猫の妖怪としての姿を曝け出し、少女を背中に乗せて飛翔する。

 少女の名は珊瑚(さんご)。妖怪退治を生業とする退治屋の一族であり、16歳という若さで里一番の手練れとなった実力者だ。彼女は相棒の猫又・雲母と共に悪しき妖怪を退治し、抗う術のない人々を悪鬼たちの魔の手から守護してきた。

 

「ちっ、何体か討ち漏らした……法師様! そっち行ったよ!!」

 

 珊瑚は飛来骨で仕留めきれなかった数体の妖怪を雲母と共に追いかけながら、彼らが逃げた先に待ち構えているであろう仲間に向かって叫ぶ。

 

「任せなさい、珊瑚!」

 

 法師と呼ばれた僧の男・弥勒(みろく)。彼は津波のように押し寄せてくる妖怪たちを真正面から待ち構え、十分に接近してきたところでバッと右手を翳す。

 

「——風穴!!」

 

 弥勒の言葉のまま、彼の右手の平には『風穴』が空いていた。解放されたその穴はまさにブラックホールのようにあらゆるものを吸い込む。弥勒に襲い掛かろうとした怪異たちですら、抗う暇もなく全て飲み込まれていく。

 

「ふぅ、これで終わりですか?」

 

 妖怪を吸い込み終えると、弥勒は素早くその穴を塞ぐ。風穴は強力な技だが、弥勒にも制御しきれない呪いでもある。使い過ぎれば敵はおろか、自分自身ですらいずれ呑み込んでしまう。

 敵を全て倒し終えたと思い、弥勒はほっと安堵の息を溢す。

 

「いや、まだだよ。法師様!!」

 

 しかし、警戒を緩める弥勒に珊瑚が呼び掛ける。彼女は弥勒を雲母の上に相乗りさせ、共に上空へと飛翔する。

 

「おっと、まだこんなにもいたのですか。まったく、どこから湧いてくるのか」

 

 空からだとよく分かる。妖怪たちがまだまだ大量にひしめき合っているのが。

 村の外から、さらに多くの妖たちがすぐ側まで押し寄せている光景がそこにはあった。

 

「まずいですね。あれが押し寄せてくれば村は壊滅ですよ」

 

 焦りを口にしながらも、冷静に分析する弥勒。

 あの妖怪の群れが押し寄せてくれば、彼らが守ろうとしている村が滅んでしまう。人の避難はほとんど済んでいるが、農作物に被害が出ればそれで全て台無しだ。

 何とかあの群れを阻止しなければと、そう考えていたところで珊瑚があることに気付く。

 

「!? 法師様、あんなところに子供たちが!!」

「逃げ遅れがいましたか!!」

 

 村の中に逃げ遅れていた子供たちを見つけたのだ。姉妹なのだろうか、二人の女子が体を震わせながら身を寄せ合っている。

 珊瑚と弥勒は慌てた様子で彼女たちの元へ駆け寄ろうとした。

 

「——おらに任せろ! 変化!!」

 

 だが彼らが駆けつけるより先に、幼い少女たちに駆け寄る男の子がいた。

 一見すると人間の子に見えるが、お尻に狐の尻尾を生やしており、変化の一言で子供は一瞬で巨大なピンク色の風船に化ける。

 そのまま、風船は女の子たちを乗せて上空へと避難する。

 

「でかしましたよ、七宝!」

 

 女の子たち助けた手際に、弥勒がその男の子を褒める。

 その子供の名は七宝(しっぽう)。弥勒たちの仲間の狐妖怪だ。

 狐妖怪はあらゆるものに化けることができ、化けた姿である程度の力を行使できる。風船に化ければふわりと中に浮かべるし、鳥に化ければ翼を使って空を羽ばたくこともできる。

 

「ひぃっ!! き、きた!?」

 

 しかし、七宝はまだまだ子供。化けれる範囲も、化けて出来ることにも限界があり、押し寄せてくる妖怪の群れ相手に大慌てで戦線を離脱していく。

 

「さて、あとはあの群れをどうにか出来れば……」

 

 避難していく七宝たちを見送りながら、弥勒がシリアスな顔で残党をどう片付けるか思案にふける。しかしその台詞には今ひとつ締まりがない。

 

「そうだね……って、どこ触ってんのよ!!」

 

 真面目なことを考えつつ、弥勒の手が珊瑚の尻をいやらしく撫でていたからだ。

 隙あればスケベなことをしてくる彼に、珊瑚はいつものように容赦のない平手打ちをお見舞いする。

 

 二人が極めて個人的なことで揉めている間にも、怪異たちは村のすぐ側まで押し寄せている。

 あと数歩で村の敷地内に侵入してくる。その事実に弥勒たちが肝を冷やしかけた——その直後。

 

 妖怪たちの横合いから放たれた矢が、今まさに村に入り込もうとした妖たちに突き刺さる。

 

「があああああ——!?」

 

 その矢の威力に、苦しみに悶える邪悪なものたち。放たれたのが通常の弓矢であれば、彼らもここまで苦しむことはない。しかしその矢は退魔の力が込められた『破魔の矢』だ。邪気を祓う強力な力が彼ら悪鬼の瘴気を払う。

 

「かごめ様!」

「かごめちゃん!」

「かごめ!!」

 

 待ちかねた援軍に弥勒、珊瑚、七宝が一斉に矢の放たれた方角を振り返る。

 彼らの視線の先には、明らかに戦国時代に似つかわしくない格好——セーラー服を着た少女が立っていた。

 

 彼女の名は日暮かごめ。

 現代からこの五百年前の戦国時代へとタイムスリップしてきた、中学三年生の少女である。

 

「いっけぇええ!!」

 

 神秘が薄れた現代人でありながらも、高い霊力を宿した彼女は凛とした構えでさらに弓矢を放ち、妖怪の群れを突き崩す。

 

「ぐぁあああああ!!」

 

 破魔の矢の威力にたまらず除ける妖怪たち。彼らはかごめの存在を脅威と認識したのか。標的を無人の村から彼女一人に変更し、まっすぐと突き進んでくる。

 土砂崩れの如く押し寄せてくる妖の群れを相手に、さすがに矢の数が不足している。かごめ一人ではどうやっても、あの妖怪たち全てを相手取ることはできない。

 

 だが、押し寄せてくる妖怪の群れ相手に、かごめはまったく怯まない。

 その光景を見届ける仲間たちも、一切心配する様子を見せない。

 

「——来たわよ、犬夜叉!!」

 

 何故なら、彼女は信じてるから。

 自身の隣に立つ仲間を。犬夜叉のことを——。

 

「おう! 待ってたぜ!!」

 

 かごめの信頼に応えるように、犬夜叉と呼ばれた青年が妖怪たちの前に立ち塞がる。

 銀色の髪が腰まで伸び、赤い着物『火鼠の衣』を纏っている。そして、頭には犬のような耳——その耳は彼が人間でも、妖怪でもない『半妖』であることを示す証だ。

 犬夜叉は不敵な笑みを浮かべながら、懐に差していた妖刀『鉄砕牙(てっさいが)』を抜き放ち気合一閃、その力を解き放つ。

 

「——風の傷!!」

 

 鉄砕牙から放たれる衝撃波——風の傷。

 その一撃は『一振りで百の妖怪をなぎ倒す』強烈なもの。

 

「ぐわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 犬夜叉の放った衝撃波により、何十体と残っていた妖怪たち、その全てが粉々に吹き飛ばされる。

 

「やったわ、犬夜叉!」

「けっ、これで終わりかよ。大したことねぇな」

 

 全ての脅威を完全に退け、かごめと犬夜叉は互いに笑みを浮かべあっていた。

 

 

 

 犬夜叉、かごめ、七宝、弥勒、珊瑚、雲母。

 半妖に人間、妖怪と種族の違いがこそ目立つ一行だが、彼らはこの戦国の世を共に旅をする仲間だ。

 彼らは共通の宿敵である半妖・奈落を打ち倒すため。そして『四魂の玉』と呼ばれる宝珠。ひょんなことから各地に散らばってしまった、その欠けらを全て回収するために日本中を巡っている。

 

 その旅の道中、彼らは妖怪に狙われているという農村を訪れ、村人のために妖たちを退治していた。

 これまで多くの強豪妖怪を打ち倒してきただけあって、そこいらの妖など彼らの敵ではない。

 易々と退治し、村人から気持ちばかりの謝礼を頂く。それで終わる話だった。

 

 だが、問題は——妖怪たちを退治したその後に起こったのである。

 

 

 

×

 

 

 

「——帰れ!!」

「……!!」

 

 無事に妖怪たちから、村を守り抜いた犬夜叉たち一行。

 しかし、そんな彼らに村人たちが浴びせたのは称賛でも、お礼でもなく、拒絶の言葉だった。

 村人たちを代表し、村長が激しく犬夜叉たちを罵倒する。

 

「まさか半妖連れだったとはな! そんな汚らわしい奴を平然と連れ回すとは……恥を知れ!」

 

 村長が何より問題視していたのは、半妖である犬夜叉の存在である。

 戦国の世は人と魔の距離が近しい時代だ。妖怪の存在を人間たちは当たり前のように認知していた。それ故、かごめたち人間が、純粋な妖怪である七宝や雲母を仲間として連れていること自体はある程度許容されていた。

 

 だが、そんな時代の中でも半妖である犬夜叉は稀有な存在である。

 

 人と妖怪との間に生まれた彼らは、どっちつかずの半端者として、人間からも妖怪からも忌み嫌われている。特にこの村の住人はその傾向が強かったらしく。犬夜叉が純粋な妖怪でないと知った途端、手の平を返すように態度を豹変させる。

 

「犬夜叉……抑えてよ」

「わってるよ。もうガキじゃねぇんだ。今更だぜ、この程度……」

 

 村人たちの心ない言葉に、かごめは犬夜叉のことを気遣いつつ、怒りを抑えるように言い聞かせている。喧嘩っ早い犬夜叉ではあるが、彼にとって半妖であることを蔑まされるなど、もはや日常茶飯事。

 いい加減飽きた。というより、相手にしたくないという気持ちが強く、村人たちの批判を無視して聞き流す。しかし——。

 

「まったく! 何故お前らのような半妖が生まれてくる? 母親は人間か? 妖と交わるなど……汚らわしい女じゃ!!」

「!! んだと!? テメェ、もっぺん言ってみやがれ!!」

 

 自身の母親・十六夜への侮辱の言葉には、犬夜叉も我慢できなくなってしまう。怒りに身を任せ、鉄砕牙を抜いては威嚇するように村長に刀の切っ先を突きつける。

 

「ひっ!? な、なんだ! わしは間違ったことは言っておらんぞ!?」

 

 犬夜叉の憤慨するさまに怯えつつも、自分は間違っていないとさらに吐き捨てる。そんな村長の態度に犬夜叉はおろか、かごめや他の仲間たちですら怒りを隠しきれない様子で彼を睨み付ける。

 しかし、余計な揉め事を起こしたくはなく、かごめたちはなんとか犬夜叉を宥め、早々にその村を後にしていた。

 

 

 

 

「なんなんじゃ、あいつらの態度は! おらは久しぶりに腹が立ったぞ!!」

 

 村を立ち去ってすぐ。道中を歩きながら狐妖怪の七宝が、先ほどの村人の態度に地団駄を踏む。

 普段から犬夜叉と子供の喧嘩を繰り返しては泣かされることの多い七宝だが、それでも犬夜叉は大切な仲間だ。仲間をああまで侮辱され、愚痴を溢さずにいられるほど大人ではない彼は、誰よりも感情を露わにして怒りを口にする。

 

「そうだね。いくらなんでも、あそこまで偏屈な連中はかえって珍しいよ」

 

 妖怪退治屋の珊瑚。小さくなった雲母を優しく撫でながら、彼女も村人への嫌悪を隠しきれない。

 仕事柄、妖怪に困らされている人々と接する機会が多い彼女は人間が妖怪を恐れ、彼らを遠ざけようとする考えにはある程度の理解もある。

 しかし、純粋な妖怪にではなく、半妖にだけあそこまで拒絶の意思を抱く相手にあまり出会ったことがなく、やや困惑している。

 

「……半妖に対する偏見や差別は国や地域によって違いもありますからね。ああいった者たちがいるのも、仕方がないことかもしれません」

 

 一方の弥勒は、村人たちの思考に一定の理解を示す。

 法師として各地を巡ってきた経験の多い彼は、様々な考えを持つ人々と交流し、その土地ごとによって差別や偏見を持つ者がいる現実を思い知っている。

 一行の中でも、いくらか冷静に今回の一件を捉えていた。

 

「昔から根深いところで続いている問題ですからね。我々個人で出来ることには限界がありますよ」

 

 こういった問題は数百年と続いている。いかに犬夜叉たち一行が強かろうとも、そう簡単に解決できるようなことではない。

 それこそ国単位、歴史単位で人々の意識を変えていく流れを作らなければ、いつまで経ってもなくならない。

 

「…………」

 

 弥勒は少し先を歩く犬夜叉、その隣を寄り添うように続くかごめの方に目を向ける。

 

「あの二人のように、互いに理解し合う関係になるには……相当の年月がいるでしょう」

 

 犬夜叉と日暮かごめ。半妖と人間。まだまだ互いの気持ちに揺れる想いもあるが、仲間である彼らから見て二人は『良い関係』を気づいているように見える。

 しかし、そういった理解の深さを他の人間に同じように求めるのは無理がある。所詮個人の感情など、社会の大勢の前ではただの少数派として黙殺されてしまう。

 

「せめてこれから先、犬夜叉のような半妖が大手を振って歩けるような未来がくればよいのですが……」

 

 自身でそのような意見を口にしつつ、それが途方もない理想であることを弥勒は自覚する。

 人と妖怪が手を取り合い、半妖の存在が認められて受け入れられるようになるには、途方もない月日が必要になるだろう。

 

 あるいは、そんな日は永遠に訪れないかもしれない。

 先ほどの騒動の後では、尚更そう思ってしまうのが現実だ。

 

 

 

 

「あんまり気にしちゃ駄目よ、犬夜叉」

「………」

 

 かごめは現代から持ち込んできた自転車を引きながら、犬夜叉の隣を一緒に歩く。先ほどの村長の言葉に傷ついているであろう、犬夜叉に彼女は優しく声を掛ける。

 

「お母さんを侮辱されて怒る犬夜叉の気持ちはわかる。けど、そのたびに刀を振り回してたら、それこそ逆効果よ」

 

 彼女は全面的に犬夜叉の味方をしつつも、すぐに怒って刀を振り回す彼の短気さを嗜める。あんなことを続けていては、それこそ誰も犬夜叉を信じなくなってしまう。

 犬夜叉自身のためにも、かごめは彼にもっと堪えることを覚えて欲しかった。

 

「うるせぇな……おめえには関係ねぇことだろう。ちょっと黙ってろ!」

 

 機嫌の悪さを隠しきれない犬夜叉はかごめの言葉に聞く耳を持たず、その態度にかごめも思わずムッとなってしまう。

 

「な、なによ! 人が心配してあげてるのに!!」

 

 かごめは、あくまで犬夜叉のことを想って忠告を口にしていた。それなのに彼はそんなかごめの気持ちを察せず、自身のイライラを彼女へとぶつける。

 

「余計なお世話だ!! 人間のお前に何が分かるってんだ!!」

「——!!」

 

 犬夜叉の叫びにかごめは息を呑む。

 いつもであれば、そこで彼女もすかさず言い返していただろう。売り言葉には買い言葉と、もう何度目か数えるのも馬鹿らしいほどの口喧嘩に発展していたことだろう。

 

 だが今回、犬夜叉の抱いた怒りには彼自身の立場——半妖であることが直結している。

 

 犬夜叉は幼少期の頃から半妖であることを理由に辛い経験をしてきた。その苦しみはたとえ彼と通じ合っているかごめですら、正しく理解することはできない。

 そこに思わず疎外感を感じ、彼女は暗い気持ちから思わず立ち止まる。

 

「犬夜叉……」

 

 先を歩く犬夜叉の背中。

 それがどこか遠いものに見え、かごめの胸の奥は締め付けられる想いだった

 

 

 

×

 

 

 

 時代を再び、現代に戻す。

 半妖はおろか、純粋な妖怪の存在すら大きく減少した二十一世紀。

 

 常に妖怪に襲われる恐怖に怯えていた戦国時代の常識が過去のものとなり、人間たちは我が物顔で世界を支配していた。人口を爆発的に増やし、山野を切り崩し、自分たちの住みやすいように周囲の環境を作り替えていく。

 大都会・東京。この国の中枢であるこの街も、昔と比べてだいぶ様変わりした。戦国時代の面影など微塵もなく、巨大な建物がズラリと居並ぶ光景。

 もしも過去の時代の人間がタイムスリップしてこようものなら、どこか異国の地と誤解することだろう。

 

「……たく、何度来ても目眩がするような光景だぜ」

 

 実際に戦国時代から現代にやってきた彼・犬夜叉もその一人だ。街中を堂々と歩きながらも、ここが本当に未来の日本の姿なのか、いまいち信じきれない気持ちで周囲を警戒する。

 

「………何で学校までついて来ようとするのよ、はぁ~」

 

 隣を歩くそんな犬夜叉の様子に、元々この時代の人間である日暮かごめはため息を吐く。

 犬夜叉は帽子を被って犬耳を隠してはいるものの、服装はいつも通りの真っ赤な着物だ。銀髪のうえ、さらに裸足で道を歩くその姿は警官に不審者として職質されても文句は言えない立場である。

 

 かごめと犬夜叉。共に戦国を旅する仲間たちの中で、唯一二人だけが現代と戦国。二つの時代を往来することが出来ていた。

 かごめの実家の神社にある『骨喰いの井戸』と呼ばれる古びた枯れ井戸。そこが犬夜叉のいる戦国と、かごめの住む現代を繋ぐ、タイムマシーンのような役割を果たしている。

 何故、時代を行き来できるのか? どうしてかごめと犬夜叉の二人だけなのか?

 色々と疑問は尽きないが、そこを深く考えることはせず、かごめは現代と戦国——二つの時代の二重生活を送っている。

 

「いい、犬夜叉!? 今日は大事なテストがあるんだから、アンタは大人しく家で待ってなさいよ!」

 

 そして、ここ数日はかごめの通う中学校で大事な学力テストが実施されていた。

 一応、今年が受験生のかごめはこのテストを受けるために現代に帰還中。少なくとも、今日一日はこちらにいるつもりだった。

 

「ちっ、わったよ。終わったらすぐに戻ってくんだぞ、かごめ!!」

 

 しかし、それにどこか不満げな犬夜叉。彼はかごめが現代に戻ることを嫌がっており、少しでも我慢できなければ彼女を追いかけて戦国時代からすぐにこっちにやってくる

 早くかごめを自分の時代に連れ帰ろうと必死だが、彼女にだってこちらの生活があるのだ。

 

「もう、無茶言わないで! 私だって、こっちでやらなきゃならないことがいっぱいあるんだから!」

 

 テストもそうだが、学校を休み過ぎたせいで出席日数がかなり危ない。仮病を使っているため、周囲からも何やら訳の分からない奇病にかかっていることにされ、その誤解を解くのにも一苦労だ。

 旅に必要な食料品、医療用具もこっちで買い揃える必要がある。犬夜叉の要求においそれと応えることはできない。

 

「犬夜叉こそ、街中をフラフラと歩き廻んないでよ!?」

 

 逆にかごめの方が犬夜叉に迂闊にうろつくなと、きつく言い聞かせる。

 

「それと……草太から聞いたわよ! この間、うちの庭で刀振り回してたんですってね!?」

 

 さらに彼女は、家での犬夜叉の問題行動についても言及していく。

 草太というのは、かごめの実の弟だ。彼曰く、犬夜叉はかごめの実家の庭先で鉄砕牙を振り回し、危うく飛行機に風の傷を命中させかけたことがあるらしい。

 彼女の実家の神社には幸い隣接する民家がないため、多少の騒ぎならどうにか誤魔化せるが、さすがに飛行機なんて墜落させた日には——犬夜叉は凶悪犯扱い、現代にいられなくなってしまう。

 

「ここは戦国時代とは違うの。むやみやたらに刀なんて振り回さないで!! いいわね!?」

「お、おう……」

 

 かなり強めに叱り付けたおかげか、犬夜叉は大人しく頷く。

 相手が自分の言ったことをキチンと理解したか不安なかごめだが、これ以上は学校に遅刻してしまう。

 

「それじゃ、行ってくるから!」

 

 とりあえず犬夜叉のことを信用し、実力テストという現役の中学生としては決して避けては通れぬ難敵に挑む。

 彼女は急ぎ、学校へと駆け出していった。

 

 

 

 

「……ちっ、かごめの野郎。俺だって、少しは学んでんだよ」

 

 かごめの立ち去る背中を見送りながら、犬夜叉は不満そうに愚痴を溢す。

 

 こっち側に来るたび、なんだかんだで犬夜叉は常にかごめから説教を食らってきた。

 やれ、あれは危険なものじゃない。やれ、犬耳を隠せだのと。こちらの時代の常識を持たぬ犬夜叉に何度も何度も。しつこいようにかごめは言い聞かせてきた。

 その甲斐もあり、犬夜叉はこちら側での常識をしっかりと身に付けた(と本人は思っている)。

 いつまでも右も左も分からぬガキではないと、彼はかごめの実家へと引き返す。

 

 これ以上、かごめから口煩く説教されぬため、彼女の帰りを大人しく待つことにしたのである。

 

 

 

 

 そう、戦国時代から現代にやって来た犬耳の青年『犬夜叉』。本来であれば、彼はこの時代にはいない異物だ。

 普段は戦国時代にいる彼を、現代の妖怪である『ゲゲゲの鬼太郎』たちが捜そうとしたところで、見つかる筈もないのが道理である。

 しかし、何の因果か。この日一日、犬夜叉はこちらの時代に留まることになった。

 

 

 それにより、本来は起こり得ぬ会合が両者の間で交わされることと相成ったのである。

 

 

 




犬夜叉側の登場人物。
 犬夜叉一行
  弥勒 
   右手にブラックホール『風穴』を持つ法師。
   彼に限らず、犬夜叉一行の出番はこの一話目の部分が最初で最後。
   劇場版でいつも珊瑚の尻を撫でるのがお約束となっているエロ坊主。

  珊瑚
   妖怪退治屋の衣装がボディスーツで中々エロいお姉さん。
   愛用の武器である『飛来骨』が50㎏はあると今回調べて初めて知った。
   どんな怪力やねん……。

  七宝
   狐妖怪の子供。様々なものに変化し犬夜叉たちをサポートする。
   ただ化けるだけじゃなくて、化けた先の能力が使えるって地味に凄い気がする。

  雲母
   猫又の妖怪。猫娘と出会えば猫語で会話できそうですが、話の都合上実現はしません。
   ほんと……出番が少なくて済みません。

 現代の人々
  草太
   かごめの弟。小学三年生。犬夜叉を犬の兄ちゃんと慕っている。

  アミちゃん
   名前はこちらで考えました。
   アニメのエピソード82話『現代と戦国のはざま』で登場した女の子がモデル。
   今回のクロスを考えるにあたり、どのような話にするか現代の話を検索。
   彼女の存在が目に入り、それを元にしてクロスを考えることにしました。
   今回のクロスでは彼女がキーパーソンになります。

 
一話目はクロスが控えめですが、二話以降からちゃんと両作品のキャラを絡めていきますので、続きをお楽しみに。


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犬夜叉 其の②

今回の犬夜叉のクロスに限らず、前回の『デュラララ!!』と共通したクロスにおける注意点。

原作において、犬夜叉という物語の現代は1990年代が舞台とされています。
しかし、こちらのクロスでは鬼太郎6期の時間軸に話を合わしているため、ヒロインであるかごめが暮らす現代を2019年くらいに設定しています。
そのため、会話の流れにその時代に流行ったものや、本来なら原作に登場しないようなスマホなどが登場します。
読む際に混乱しないよう、どうか気を付けて下さい、


「——う~ん! やっと終わったあ!!」

 

 日暮かごめ、15歳。最後の学力テストを終えたという達成感を胸にガチガチに固まった体を伸ばして凝りをほぐす。ここ最近、戦国時代を走り回っていることが多い彼女からすると、机でじっと答案用紙と向かい合っている姿勢はかなり堪えるものだった。

 

 ——さてと……テストも終わったし、また四魂の欠片を集めにいかないとね……。

 

 学生としてやらねばならないことを一段落させ、かごめはあちらに戻ってやらねばならないことを思い浮かべる。

 戦国時代で彼女は犬夜叉を始めとする仲間たちと共に旅をしている。その目的は宿敵たる奈落を倒すことでもあるが、一番の目的は『四魂の玉』の欠片を集めることだ。

 なにせ、四魂の玉がバラバラに散ってしまった原因はかごめの不注意にあるのだから。彼女としてはその責任を取らねばならない。

 

 ——四魂の欠片を集め終えたら……わたし、もうあっちに行く必要もなくなっちゃうのかな?

 

 しかし、その目的を果たせばかごめがあちらの時代に行くべき理由がなくなる。そうなれば必然的にも戦国時代の人々と——犬夜叉とも別れを告げなければならなくなるだろう。

 かごめはそのことを考えるたび、切なくなるような気持ちに胸を締め付けられる。

 

 ——犬夜叉……この間のこと、引きずってなければいいけど。

 

 特にかごめにとって犬夜叉との別れは耐えがたいものがある。

 彼のことを考え——彼女はこの間の出来事で犬夜叉が傷ついていないかを心配する。

 

 先日、かごめたちはとある農村を妖の群れからは守った。だが、村人の口からはお礼でもはなく、罵声の言葉が送られた。半妖という稀有な存在である犬夜叉を差別する、心ない誹謗中傷だった。

 

 別に、犬夜叉たちはお礼が欲しくて村人たちを助けたわけではない。

 しかし、感謝されないだけならまだしも、あのような批判を受けるのは筋違いと、思わず村人に怒鳴りたくなってしまった。

 ましてや、それが『大切な男の子』を傷つける言葉なら尚更である。

 

 ——半妖って……そこまで嫌がられるものなの? そんなに……疎まれなきゃいけない存在なの?

 

 現代人であるかごめからすれば半妖と妖怪がどう違うのか、その境界線がいまいち理解できない。

 

 何故、あそこまで村人たちが犬夜叉を忌避するのか?

 何故、犬夜叉の腹違いの実の兄・殺生丸が彼を『汚れた血』と呼び、忌み嫌うのか?

 

 かごめからすれば、本当に理解できないことばかりだ。

 

 ——犬夜叉……。

 

 理解できないからこそ、彼女は半妖である犬夜叉の苦しみを真の意味で共感することができない。

 そんな不甲斐ない自分に、かごめはひたすら自己嫌悪に陥る。

 

「かごめ!! なーに、暗い顔してんのよ!?」

「せっかくテストが終わったんだから! もっと、良い顔しなよ!」

「そうですよ!」

 

 すると、落ち込む彼女にクラスメイトの由加、絵理、あゆみの三人が元気に声を掛けてくる。同級生の中でも特に仲の良い友人で、彼女たちは学校を休みがちなかごめをいつも心配してくれる。

 

「うん……そうだよね」

 

 彼女たちに心配をかけまいと、何とか無難な笑顔を向けるかごめ。だが、由加たちはそんな彼女の強がりなどお見通しなのか。いつもいつも、かごめの悩みの本質をついてくる。

 

「どうせあれでしょ? また例の彼氏のことで悩んでるんでしょ?」

「——えっ?」

 

 例の彼氏——犬夜叉のことである。

 学校の皆には当然、犬夜叉が半妖であることも、戦国時代で旅をしていることも秘密にしている。

 しかし、どういうわけか。この三人はかごめの口から語られる犬夜叉のことを『不良でハーフな二股な彼氏』と認識でいる。

 色々と誤解はあるが、あながち間違いでもないため、かごめはそれを強く否定することができない。

 

 ——それにしても……なんで、いつもいつも分かっちゃうんだろう?

 

 かごめは何故、由加たちがその犬夜叉のことで自分が悩んでいると見破るのか、その直感にいつも驚かされる。

 もっとも、これに関しては『かごめの顔に分かりやすく書いてある』としか言いようがない。ここ最近の彼女の悩みは全て犬夜叉に関連した出来事ばかり。由加たちでなくても、ある程度の予想はついてしまうものだ。

 

「……ねぇ、かごめ。せっかくテストも終わったんだし、これからみんなで買い物にでも行かない!?」

「えっ! か、買い物!?」

 

 気落ちするかごめを心配してか、由香が遊びに行かないかと提案してきた。確かにテストの影響で午後の授業はまるまる休みだ。テスト終わりに遊びに行こうと誘われても何ら不自然はない。

 

「ありがとう。けど、わたし……」

 

 だが、かごめはその誘いをやんわりと断ろうとした。

 今日は早く家に帰り、明日再び戦国時代に旅立つための準備をする予定でいた。

 それに——今は戦国からこっちに犬夜叉が来ている。

 家で大人しくしているように言い聞かせはしたが、彼が本当に大人しくしているか、それはそれで不安がある。

 自分が側にいてやらないとという義務感から、由加の誘いを断ろうとした。だが——

 

「あ~あ、ダメか……。やっぱり女の友情より、男を取るのね。なんか寂しい……」

「い、いや! そういうわけじゃ……」

 

 まるで先手を打つかのように、由加はそのようなことを呟く。すると、それに悪ノリするかのように絵理とあゆみの二人も揃って悲しそうな顔を作る。

 

「所詮女同士の関係なんてその程度、男をきっかけに壊れていくのよ。しくしく……」

「悲しいわ、かごめちゃん。しくしく……」

 

 わざとらしく、クラス中に聞こえるような声でしくしくと泣き真似する友人たち。

 周囲から何事かと好奇の視線が向けられ、かごめはいたたまれない気持ちに思わず叫んでしまった。

 

「ああ~、もう、分かった! 分かったから!! 付き合う、付き合えば良いんでしょ!?」

 

 仕方なさそうに叫ぶかごめだが、一応いつもと同じ時間には帰宅できるだろうと冷静な判断も出来ていた。

 それに、なんだかんだで由加たちには色々と相談に乗ってもらったりと、普段から世話になっているの。

 今日くらい、彼女たちに付き合おうとかごめは意を決した。

 

「さすが、かごめ!! 話が分かる!!」

 

 かごめから了解の言質を取るや、先ほどの嘘泣きを瞬時に止め、笑顔で微笑む由加たち。

 現金な彼女たちの態度に呆れつつも、かごめは久しぶりに友達と街へ繰り出せることを心から楽しみにするのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「う~む、なかなか見つからんのう」

「そうですね、父さん」

 

 鬼太郎と目玉おやじが、ゲゲゲハウスで親子二人っきり。アミという少女が捜してくれと頼んできた『犬耳の青年』——犬夜叉が一向に見つからないことに、彼らは頭を悩ませる。

 もっとも、鬼太郎たちは犬夜叉の名前さえ知らず、その容姿もクレヨンで描かれた似顔絵だけが頼りだ。

 ましてや、相手は戦国時代からタイムスリップしてきた身の上。普段は現代にいない彼を捜し当てるのは、いかに鬼太郎たちとて困難を極めるだろう。

 

「とりあえず……一反木綿がそろそろ里帰りから戻ってくる筈ですから、帰ってきたら彼にも頼んでみます」

 

 しかし、当然ながら鬼太郎はそんなことを知る由もない。当面の対策として人手を増やすという方法でしか捜索手段を広げることしかできない自身の不甲斐なさに肩を落としながら、彼は目玉おやじに近況を報告する。

 

「そうじゃな……ところで——」

 

 息子の報告に同意するように頷く目玉おやじ。ふと、彼は周囲に誰もいないことを気にしながら、鬼太郎に別件についても尋ねていた。

 

「鬼太郎よ、例の……『大逆の四将』についてはどうなっている?」

「……そっちの方も並行して皆にお願いしていますが、まだ手掛かりがありません……」

 

 それはアミの依頼とは別に、以前から仲間たちと共に追っている『大逆の四将』という鬼太郎たち自身の問題についてである。

 

 

 大逆の四将——それは歴史上において『この世とあの世の理を破壊する』ほどの大罪を犯した極悪妖怪たちのことである。

 単純な強さではなく、その能力で人間界に多大な被害をもたらした妖怪たちのことを指す。

 その罪の重さ故に、地獄の深淵にてその魂を封じられていた彼らだが——それが数ヶ月前。何者かの手引きにより、脱獄したのである。

 

 鬼太郎は閻魔大王との取引により、その大逆の四将の魂を全て回収しなければならない。

 もしもその約束を違えれば、鬼太郎がその四将の代わりに牢に繋がれ、せっかく蘇ることができた猫娘も再び地獄へと送り返されてしまう。

 

 

「うむ、あと二体。どうにかしてあやつらの魂を回収しなければ……」

 

 既に鬼太郎たちは四将のうち、黒坊主と伊吹丸。二体の妖怪の魂を回収済みだ。

 あと半分——残りの四将の魂を見つけ出し、早急に閻魔大王に引き渡さなければならない。

 

「残る四将は玉藻の前……それと鵺の魂も『あの人間』から取り戻さなければならんぞ」

 

 残る四将は彼らの中でも特に厄介な大妖怪・玉藻の前こと九尾の狐である。

 加えて、もう一体の鵺は既に討伐済みだが、その魂はとある人間の手に握られている。『彼』からもその魂を取り戻さなければならない現状に、目玉おやじは頭を抱える。

 

「……大丈夫です、父さん」

 

 すると、先行きが見えない心配をする父親に、鬼太郎がはっきりと断言するように決意を口にする。

 

「玉藻の前を見つけ出して……彼からも必ず鵺の魂を取り戻します」

 

 必ず玉藻の前を、そして『あの人間』からも絶対に鵺の魂を回収してみせると。

 鬼太郎にしては険のある、どこか強い口調で目玉おやじに己の意思を頑に貫いていた。

 

 

 

×

 

 

 

「ほら、かごめ!! これが最近流行のタピオカだよ!」

「あんたってば、こういうトレンドに疎いんだから……ちゃんとチェックしておかないと、時代に取り残されちゃうわよ?」

 

 街に遊びに出た、かごめと由加たち。

 由加たちはかごめに最近のトレンドドリンク・タピオカを勧めていた。女子中学生らしく賑やかに会話に華を咲かせながら、かごめは友人に奢ってもらったタピオカを珍しげに見つめる。

 

「へぇ……最近はこういうのが流行ってるね。全然知らなかったわ……」

 

 かごめは戦国と現代を行き来しているため、女子中学生にしてはこういった流行を知らないでいる。とりあえず由加に促されるまま、タピオカを口にしてみる。

 

 ——……なんだか不思議な食べ物。犬夜叉に飲ませたらどんな反応するだろう?

 

 その不思議な食感に首を傾げながらも、かごめはついつい犬夜叉について考えてしまう。彼がこのタピオカを口にしたらどんな感想を抱くだろうかと、脳裏に思い浮かべる。

 その後も彼女たちは『インスタ映え』やら、『フォトグレイ』やらと、今どきの女子らしい遊びを満喫。しかし、その度にかごめは「犬夜叉ならこれは……」やら、「犬夜叉ならここで……」とか考えてしまう。

 既にかごめの生活に犬夜叉は欠かすことのできない存在になっているが、その思考に本人は無自覚だった。

 それでも、かごめは由加たちと束の間の楽しい時間を過ごしていく。

 

「皆、今日は誘ってくれてありがとう!」

 

 一通り遊び終え、かごめはそろそろ家に帰ろうかと思い立つ。

 色々と楽しませてもらったが、やはり犬夜叉のことが心配になる。彼が家で大人しく待っているなら、自分も早く帰ってあげなければと、やはりそのように考えてしまう。

 

「え~! もうちょっと付き合いなさいよ、かごめ!!」

「やっぱり、男が大事なのね!!」

 

 帰ろうとするかごめを、またもからかいながら引き止めようとする由加たちではあるが、そこに無理やり連れて行こうという意思はない。

 彼女たちも、かごめがどれだけ犬夜叉——例の不良の彼のことを大事にしているか察しているのだろう。

 

「ははは……ごめんね。この埋め合わせは、また今度するから!」

 

 かごめはどこまでも明るく自分の心配をしてくれる友人たちにありがたい思いを抱きながら別れを告げようと手を振る。

 ちょうど、目の前の信号が点滅していたため、慌てて横断歩道を渡ろうと駆け出す。

 

 

 だがそのとき——かごめは奇妙な感覚に襲われる。

 

 

「…………」

 

 前方から、スラリと背の高い女性が歩いてくる。

 フレアのミニスカートに、スラッと美脚をのぞかせたハイヒール。整った顔立ちに長い髪を赤いリボンでシニオンにまとめている。色香漂うチョーカーやアンクレットといったアイテムも見事に着こなした、まるでモデルのようにスタイリッシュな女性だった。

 同性であるかごめですら思わず魅せられ振り返った。その瞬間——

 

 ——えっ? 妖気……?

 

 かごめは感じ取った。その女性から漂う妖の気配に——

 戦国時代で幾度となく感じ取ってきた、人ならざるものの気配だ。それを現代の街中——しかも、あんなオシャレな女性から感じ取ってしまい、驚きから横断歩道で立ち止まる。

 

「どうしたのよ、かごめ? ……あの女の人がどうかした?」

「綺麗な人よね……モデルみたい!!」

「ほんと、なんか憧れちゃうな……」」

 

 由加たちが不自然に立ち止まったかごめに駆け寄る。彼女たちはすれ違った女性にかごめが見惚れたと思ったのか、そのまま立ち去っていく女性の後ろ姿を見つめながら、由加たちもその女性のモデルのようなスタイルにうっとりと目を輝かせる。

 

「……ううん、何でもない。それじゃ、みんな……また明日ね!」

 

 友人たちがそんな誤解をしている中でかごめは暫し悩むも、すぐにその女性を追いかける。

 

「ちょっと! かごめ!?」

 

 自宅の方とは逆方向に走り出したかごめを、由加たちが困惑して呼び止める。

 それにも構わず、かごめは曲がり角の向こうへと消えていった妖怪の女性を捜していく。

 

 

 

 

「妖気はこっちから……いた!!」

 

 思いの外、女性が早足だったため一旦は見失うかごめだったが、先ほどの妖気を頼りになんとか彼女を見つけ出す。彼女は誰かと待ち合わせでもしているのか、スマホの画面を操作しながら静かにそこで佇んでいた。

 

「あ、あの……」

 

 意を決して彼女に声を掛けるかごめ。

 

「ん? ……何? 私に何か用?」

 

 かごめのような中学生にいきなり声を掛けられ、女性は少し驚いたのだろう、チラリと視線を向ける。しかし、すぐに目線を操作するスマホへと戻し、声だけでかごめと応対する。

 その仕草だけ見ると、本当にただの現代人にしか見えなかったが、かごめは恐る恐る核心をつく問いかけを投げる。

 

「不躾でこんなこと聞くのは失礼かと思いますが……あなた、妖怪ですよね?」

「……!」

 

 そのときになって、ようやく女性はスマホを操作する手を止める。

 かごめの顔をまじまじと見つめ、何かしらの言葉を返そうと口を開き掛ける。

 

「——猫姉さん!!」

 

 だが、それを遮るタイミングで元気な女の子がこちらへと駆け寄って来た。かごめより、少し背の低い女の子。同じ中学生くらいだろうか、妖怪の女性を猫姉さんと呼び、親しげな笑顔を浮かべていた。

 

「遅かったじゃない、まな……」

「…………」

 

 その女の子をまなと呼ぶ『猫姉さん』。彼女はまなを背に庇うようにして立ち、自分のことを妖怪と見抜いたかごめに警戒の目を向ける。

 かごめの方も声を掛けたはいいが、どうすべきかは考えておらず、やや緊張した面持ちで立ち尽くす。

 

「? どうしたんですか、猫姉さん。その人……知り合いですか?」

「いえ、知り合いじゃないわ。けど……」

 

 静かに対峙し合うかごめと猫姉さん。その光景を首を傾げながらまなが見つめている。

 そのまま、互いに出方を窺うこと数秒——

 

 

「あの……時間も勿体ないですし……とりあえず、そこの喫茶店でお茶でもしませんか?」

 

 

 二人の間を取り持つかのように、まなが彼女たちをティータイムへと誘っていた。

 

 

 

 

「——たく、かごめの野郎……いつまで待たせる気だよ!」

 

 ちょうどその頃、日暮かごめの実家で彼女の帰りを待っていた犬夜叉のイライラが最高潮に達する。

 朝の段階ではかごめの帰りを『待つ』と決めた彼だが、途中で我慢ができなくなり、気がつけば家を飛び出していた。

 かごめの言いつけ一部守り、帽子で犬耳こそ隠してはいるものの、それ以外は普段どおりの格好で街中を歩き回る。

 

「へっ! どこに逃げても、無駄だぜ! お前の匂いならすぐに追えんだよ!!」

 

 犬夜叉はかごめの居場所を探るため、道端に四つん這いになりながら犬のように鼻を鳴らす。犬よりもさらに数倍の嗅覚を持つ犬夜叉の鼻を持ってすれば、道路上に残されたかごめの匂いを辿ることは容易だ。

 

「待ってろよ、かごめ!! 今そっちにいくからな!!」

 

 彼女の匂いを見つけたのだろう。

 周囲の視線も、脇目も振らず。犬夜叉は建物の上を跳び回りながら、急ぎかごめの元へと駆け出していた。

 

 

×

 

 

 

「——それにしても驚きました……」

 

 犬夜叉が自分を捜して街中へと繰り出しているとも知らず、かごめは先ほど出くわした女性たち。妖怪・猫娘と調布市の中学二年生・犬山まなの二人と近場の喫茶店へと移動していた。

 腰を落ち着けたところで、かごめは改めて妖怪である猫娘の正体について聞かされる。

 

「猫娘さん、あのゲゲゲの鬼太郎の仲間だったんですね」

 

 ゲゲゲの鬼太郎のことは、かごめも知ってはいた。

 かごめの祖父は実家の日暮神社の宮司であり、軽い結界を貼れる程度には神職者として信心深い。また色々と物知りで、いちいち物の由来や伝承などを語りたがる年寄りくさい人なのだが、その話の中にゲゲゲの鬼太郎のことも含まれていた。

 祖父曰く、下駄の音と共にやってきては妖怪と人間との間に起きたトラブルを解決してくれるという、変わり者の妖怪とのこと。

 妖怪の存在など、犬夜叉と出会う前までは本気で信じていなかったかごめは、その話を眉唾物程度に聞き流していた。だが、彼と共に戦国時代を旅するようになってからは『見えないもの』である彼ら妖怪のことを信じるようになった。

 近しい存在として、七宝や雲母などにも親しみを持てるようになった。

 

「そっか! かごめさんも、妖怪と仲良しなんですね!!」

 

 かごめに妖怪の知り合いがいると聞かされるや、まなは嬉しそうに表情を輝かせる。

 彼女は鬼太郎や猫娘と友達で、人間と妖怪がもっと仲良くなれば良いなという思いを日々抱いているとのこと。

 

「ははは……まあ、仲が良いばかりじゃないんだけど」

 

 だが、そんなまなの純粋な思いにかごめは苦笑いする。

 妖怪との出会いの主な舞台が戦国時代であるかごめ。時代が時代なだけあって、平然と人を喰らったり、殺したりするタイプの血生臭い妖怪の方が圧倒的に多い。

 まなのように、純粋に人と妖怪との共存を信じられるほど、夢のある考えは抱けない。

 半妖である犬夜叉への差別的な扱いを目撃した後では、尚のことだ。

 

「……猫娘さん。一つ……聞いても良いでしょうか?」

「何かしら……」

 

 ふと、犬夜叉のことを思い出し、かごめは猫娘に話を振る。

 まなとは違い、未だにかごめへの警戒心が完全に解けていない猫娘。やや険のある態度で応じるも、それに構わずかごめは彼女に尋ねていた。

 

「猫娘さんは……半妖について、どんな考えを持っていますか?」

 

 半妖。戦国時代では半端者として、人間からも妖怪からも忌み嫌われていた。

 現代において、人間は妖怪の存在を信じない者の方が増えたため、半妖に関して特にこれといった嫌悪も好意も抱いていないと思われる。

 しかし、妖怪たちは? 五百年経った今も、半妖を疎ましいものと扱っているのだろうか?

 そのことが気になってしまい、かごめは現代の妖怪である猫娘に半妖について問い掛けていた。

 

「……半妖、ですって?」

「っ……!」

 

 すると、かごめの口から半妖の単語を聞くや、猫娘は露骨に嫌そうな顔をする。

 その反応にかごめは「やはり今も半妖は嫌われる存在なのかと……」と、悲観に暮れる。

 

「ああ、勘違いしないで。別に半妖の存在自体を否定するつもりはないの」

 

 すると、かごめのがっかりした表情に気づき、慌てて訂正を入れる猫娘。

 

「ただ……私の知り合いにも半妖がいるんだけど……そいつがまた、どうしようもないやつなのよ。いつもいつも鬼太郎に迷惑ばっかかけて!!」

「ああ、ねずみ男さんですか……」

 

 どうやら、猫娘は半妖という存在そのものにではなく、知り合いの半妖個人に対していい感情を持っていないようだ。猫娘の言葉を否定できないのか、妖怪に好意を持っているまなですら、なんとも言えぬ顔色で視線を泳がす。

 

「あ、そ、そうなんですか……」

 

 二人の反応に何となく事情を察し、かごめはそれ以上の深追いを止めた。コーヒーを口に含み、とりあえず一呼吸入れる。

 

「そ、それより……かごめさん! かごめさんの話、もっと聞かせてくださいよ!」

 

 少し重苦しくなった空気を払拭しようとしてか、まなは明るい声でかごめにもっと詳しく話を聞きたいと願い出た。普段、こういった話を友達とはしないのだろう、同好の士を見つけた喜びに目を輝かせている。

 

「……ええ、良いわよ」

 

 そんなまなのことを微笑ましく見つめながら、かごめも同意する。

 かごめも、普段は友達に言えないような妖怪の話を出来て嬉しい気持ちがあった。

 戦国時代へのタイムスリップという、ファンタジーな内容こそ話せないが。彼女は妖怪のこと、旅のこと、仲間のこと、犬夜叉のこと——。

 

 時間を忘れ、立場を忘れ——ただの女の子として、猫娘やまなとの女子トークに華を咲かせていく。

 

 

 

 

「——スンスン……見つけぜ、かごめ!!」

 

 日暮かごめの匂いを追い、とうとう犬夜叉はその視界に彼女の存在を捉える。犬夜叉のいるビルの上からは、喫茶店の中で誰かと楽しそうに話しているかごめの姿がよく見える。

 

「くそっ! あいつ!! 俺のことほっといて何を楽しそうに話してやがる!!」

 

 犬夜叉は、そんな見知らぬ誰かと楽しそうにお喋りしているかごめがひどく気に入らなかった。

 犬夜叉とかごめは確かな絆で結ばれた者同士だが、それでも仲良く話すより喧嘩する方が多い。喧嘩するほど仲が良いとも言うが、犬夜叉だって怒っている彼女といるよりは、笑顔の彼女と一緒にいたい。

 そんな彼女が、別の誰かの手によって笑顔にさせられている。

 その事実に——犬夜叉は激しく嫉妬心を抱く。

 

「おい、かごめ!! てめぇ、こんなところで何遊んでやが——」

 

 子供じみた独占欲から、とっとと彼女を連れて戦国時代に戻ろうと、急ぎかごめの元へと駆け寄ろうとする。

 

「——お前さん。こんなところで何しとうとね?」

「……?」

 

 寸前、そんな犬夜叉を呼び止める、妙に訛りがかった声に足を止める。

 彼がその場で振り返ると——空中にふわふわと白い反物が浮いていた。

 

「……なんだぁ? このぼろい布切れ?」

 

 見たままの本音を思わず呟く犬夜叉。すると、ぼろい布切れが怒ったように声を上げる。

 

「誰がぼろいとね!? それと、ただの布切れじゃなかとよ!!」

「うおっ!? 喋りやがった!!」

 

 妙な言葉遣いだが、確かに人語を介する布切れに驚く犬夜叉。そんな彼に対し、布切れは問い詰めるような口調で話しかけていた。

 

「お前さん……妖怪やろ? 怪しいやつばい! この一反木綿の目の黒いうちは、可愛い女子に悪さなんか絶対に許さんばい!!」

 

 

 

×

 

 

 

 一反木綿が犬夜叉の存在に目を止めたのは、単なる偶然であった。

 鹿児島から東京へと、里帰りを終えて戻ってきた一反木綿。彼は仲間への土産を風呂敷に包み、長旅終えた達成感にウキウキしながら東京の空を浮遊していた。

 

「ああ、やっぱり東京の空はゴミゴミしていかんとね。それに引きかえ、九州の空はやっぱ清々しかったとね~」

 

 久々の東京の空を辛口評価しつつ、さっそく故郷の空を懐かしむ一反木綿。

 しかし、いつまでも思い出に浸っているわけにはいかない。とりあえず仲間に帰還したことを告げ、土産物を渡そうとゲゲゲの森の方角へと飛んでいく。

 

「ん? なんね、あれは?」

 

 その道中だ。空の上から一反木綿は、建物から建物へと何者かが飛び移る光景を目の当たりにする。

 いったいどこの誰かと近づいてみたところ、帽子を被った長い銀髪に赤い着物という、見るからに怪しい不審者であったことで、一反木綿はその青年に声を掛けていた。

 

『——なんだぁ? このぼろい布切れは?』

 

 開口一番、失礼にも自分のことを『ボロい』と評する青年・犬夜叉に一反木綿はカチンと憤慨する。

 そして、怒りながら犬夜叉のことを注意深く観察し、一反木綿は彼が人間ではない、妖の類であることを見抜く。

 

「ほんと……見れば見るほど怪しいやつかね。こんなところで何をやっとると!?」

 

 犬夜叉といくつか言葉を交え、一反木綿は彼の行動を怪しむ。

 白昼堂々、ビルの上から何を覗き込んでいたのかと、彼が先ほどまで見下ろしていた喫茶店の方へ一反木綿も視線を向ける。

 

「ん? ありゃ~! まなちゃんと猫娘じゃなかと!? 久しぶりったいね~!!」

 

 そこにいたのはゲゲゲの森の仲間である猫娘と、人間の友達である犬山まなだった。女の子が大好きな一反木綿はさっそく彼女たちの元へ移動しようとする。

 

「おいこら! 待てよ、布切れ!」

「痛っ! ちょ、ちょっと引っ張らんといてぇな~」

 

 しかし、飛んで行こうとする一反木綿を鷲掴みにし、犬夜叉はその行動を阻害する。一反木綿は自分の行動を邪魔する犬夜叉に文句を口にするが、逆に犬夜叉の方が一反木綿へと詰め寄ってくる。

 

「布切れ! お前、かごめと一緒にいる女たちと知り合いか? いったいなんなんだ、あいつらは!? かごめとはどういう関係だ?」

「……かごめ?」

 

 聞き慣れぬ女性の名前に、一反木綿は今一度まなたちの方へと視線を向ける。

 知り合いである彼女たちに混じって、知らない女の子が楽しそうにお喋りしているのが見えた。かごめとはあの少女のことだろう。

 

「おほぉ~、可愛い子ばいね! かごめちゃん言うんか! 素敵な名前たい、お近づきになりたかね!!」

 

 可愛い女の子であれば誰とでも仲良くなりたいと、割と節操のないことを口にする一反木綿。

 そんな色ボケふんどしの言葉に、当然のように犬夜叉は突っかかっていく。

 

「てめぇ、布切れ!! かごめに馴れ馴れしくすんじゃねぇぞ!!」

「うん? お前さん、もしや……」

 

 嫉妬深い犬夜叉の言葉に、一反木綿はまじまじと彼の顔を覗き込む。

 暫し考え込むこと数秒。いかなる思考過程を経てか、彼はとある結論に辿り着き、糾弾するように犬夜叉に向かって声を荒げていた。

 

 

「あっ! 分かったばい!! あんた……あのかごめって子の『ストーカー』ばいね!!」

 

 

 ストーカーの定義。特定の相手を付け回し、つきまといや待ち伏せなどの行為を繰り返す人。執拗に追いかけ回す人。

 ちなみにこの現代において、一人で街へ出かけるかごめに対し、犬夜叉がたびたび行った行為は——。

 

 ①かごめのことが心配だと学校まで追いかけ、押しかけてくる。

 ②放っておくと危なっかしいと、常に彼女の側を離れようとしない。

 ③彼女の匂いを嗅ぎまわり、その居場所を探り当てる。

 

 ……一反木綿の発想も、あながち的外れとは言えない。

 かごめの方に好意がなければ、警察に突き出されても文句は言えまい。

 

「す、すとーかー? なんだそりゃ!? 俺はただかごめのことを守ってやってるだけだ!」

 

 ストーカーという単語を知らない犬夜叉はその言葉の意味を正確には理解できないが、相手の責めるような言葉のニュアンスから、それが良からぬ意味であることを何となく悟る。

 慌てて否定し、自分はただかごめを守っているだけだと主張するが、それが返って逆効果だった。

 

「あ~、はいはい。ストーカーは皆そう言うとよ!」

 

 一反木綿の経験上、それはストーカーがよく陥る思考回路の一つである。

 以前、犬山まなの学校の七不思議に『二階男子トイレのヨースケくん』という妖怪が出没した。彼は『三階女子トイレの花子さん』に好意を抱き、その行き過ぎた思いからストーカーへと変貌。

 そのとき、彼が主張した言葉が「花子を見守っていたんだ~っ!」である。

 犬夜叉とかごめの関係を知らない一反木綿からすれば、彼の「守ってやってる!」という主張と何ら大差なく聞こえてしまう。

 

「とにかく! ストーカー行為は犯罪ばい! 即刻止めんと……鬼太郎しゃんに報告してきつくお仕置きしてもらうとよ!!」

 

 ここで一反木綿が鬼太郎の名前を出したのは一種の警告でもあった。

 日本妖怪で鬼太郎の名を知らぬ者はおらず、彼の活躍に畏れを成す妖怪も少なくない。鬼太郎の名前を出せば、無用な揉め事を避けられることも結構多い。

 今回も、鬼太郎の名前に渋々相手が大人しく立ち去るかと一反木綿は考えた。

 

「あん? きたろう……? 誰だそりゃ?」

「……鬼太郎しゃんを知らんと? もう~、あんたどこの田舎者ばい!?」

 

 しかし、犬夜叉は鬼太郎のことをそもそも知らないらしく、相手の無知さに一反木綿は呆れかえる。

 もっとも、犬夜叉は戦国時代からタイムスリップしてきたため、鬼太郎の活躍を知らなくとも無理はない。

 

「よかと? 鬼太郎しゃんはとっても強いとよ!? お前さんみたいな田舎者のストーカーなんか、けちょんけちょんに——!!」

 

 仕方なく、一反木綿は鬼太郎の強さを伝えようと身振り手振りを交えて解説する。

 それによって、相手が大人しく立ち去ることを期待しながら。

 

 ところが——

 

 

「——おい、妖怪ども。そんなところで何をしてやがる?」

「っ!?」

 

 

 隣のビルから浴びせられたその声に、一反木綿のお喋りが止まる。

 犬夜叉と一反木綿を一緒くたにして『妖怪ども』と呼ぶ男の声。

 

 その男の言葉は妖怪に対する偏見、怒り。そして——並々ならぬ敵意に満ちていた。

 

 

 

 

「あん? なんだてめぇは……?」

 

 妙な布切れに絡まれていたところに、さらに見知らぬ青年が乱入してきたことで犬夜叉の腹の虫の居所がさらに悪くなる。いつも以上に険悪な態度で、チンピラのように眼を飛ばして相手を威嚇する。

 だが、犬夜叉のそこいらの不良が震え上がるような迫力に満ちた眼光にも動じず、青年は位置的にも、精神的にも上から目線で犬夜叉たちを見下してくる。

 

「お前は……鬼太郎の仲間の一反木綿だったな……」

 

 青年はまず、犬夜叉の隣で狼狽する布切れに視線を向ける。青年に睨まれ、一反木綿と名指しされた妖怪は「あ、い、いや……その……」と何故か怯えたように後ずさる。

 次に、青年は一反木綿から犬夜叉へと視線を移動させる。

 その瞬間、相手は何かに気づいたように鼻をひくつかせ、不愉快そうに眉を顰めた。

 

「その匂い。お前……半妖だな?」

「!! だったらどうだってんだ! あん!?」

 

 相手はどういう理屈か、自分の気配を半妖と一瞬で嗅ぎ分けたようだ。犬夜叉はつい先日、助けた村人たちから半妖を理由に激しい罵声を浴びせられたこともあり、喧嘩腰に相手に怒鳴り返す。

 

「てめぇも半妖は許せねぇだの、汚らわしいだのとほざく手合いか? ああん!?」

 

 犬夜叉はうんざりしていた。

 どいつもこいつも、口を開けば半妖半妖と。自分のことばかりかそれに関わる周囲のもの全てをまとめて貶してくる。

 犬夜叉を産み、育ててくれた母親・十六夜を汚らわしいと罵り、一緒にいるかごめたちを物好きと嫌悪する連中ばかりだ。

 青年もそういった連中の類かと、怒りを隠そうともせず吐き捨てる。

 

「……いや、関係ないな」

 

 しかし意外にも、青年は犬夜叉が半妖であることをまったく気にしない。

 

「半妖も妖怪と同じだ。等しく平等に……俺たち人間の敵だ!」

「——っ!!」

 

 さらに眼光を鋭くさせて宣言する青年に、犬夜叉は瞬時に理解する。

 そう、関係ないのだ。目の前この青年にとって——半妖も妖怪も同じ。どちらも排斥すべき対象だということを、敵意に満ちたその目が雄弁に物語っていた。

 

「へっ、そうかよ!」

 

 そこにきて、青年の視線に油断ならないものを感じた犬夜叉。

 彼は警戒するように、懐に差していた鉄砕牙の柄を握りしめる。

 

「……! その刀……妖刀か?」

 

 そこで青年は犬夜叉が妖刀を所持していると気づき、警戒心を露わにする。

 

「何故、お前のような半妖がそんな妖刀を持ってやがる。その刀で何をするつもりだった?」

「けっ! うるせえよ、てめぇには関係ねぇだろ!!」

 

 青年の詰問に突っぱねた返答を返す犬夜叉。それにより、二人の間に流れる空気がますます剣呑なものになっていく。

 隣で見ている一反木綿が「あわわ……」とさらにオタオタしだす。

 

「……その刀をそっちに寄越しな。そうすればこの場を見逃してやらんでもないぞ、半妖」

 

 青年は犬夜叉に刀を引き渡すことを要求してくる。

 当然、そんな理不尽に大人しく従う犬夜叉ではない。

 

「はっ、馬鹿言ってんじゃねぇ! 誰が渡すかよ!! それに、こいつはオメェみてえな人間が扱えるような代物じゃねぇんだよ!!」

 

 犬夜叉の持つ妖刀・鉄砕牙。

 この刀は妖怪であった犬夜叉の父親が息子である彼のために残した守り刀である。一見するとみすぼらしい錆び刀だが、犬夜叉が鞘から抜き放つことで巨大な牙のような刀身へと変化する。

 強力な結界が張られており、純粋な妖怪は鉄砕牙を握ることができない。また人間が握っても妖力が伴わなければ錆びた刀のまま役に立たない。

 実質、半妖である犬夜叉専用の刀なのだ。ただの人間が手にしたところで宝の持ち腐れでしかない。

 

「……残念だったな」

 

 すると、青年は犬夜叉の反抗心に己の意思を固めたのか。

 

「俺はただの人間じゃない」

 

 パーカーの上着を脱ぎ捨て、タンクトップ姿の戦闘態勢に移行する。

 

「けっ、なんだ? やろうってのか?」

 

 相手の戦意に乗せられ、犬夜叉も身構える。

 だが、この時点で犬夜叉はそこまで目の前の青年のことを危険視していなかった。

 所詮はただの人間と、適当に相手をして追い払ってやろうと考えていた。だが——

 

「ふっ、後悔するなよ、半妖! 『鬼神招来』!!」

 

 青年がそう叫ぶや、彼の腕部分に文字が浮かび上がる。

 

『鬼』と一文字。

 

 次の瞬間——その文字通り、青年の両碗が人間のそれから鬼のそれへと姿を変える。

 

「なっ!?」

 

 これにはさすがの犬夜叉も驚愕する。

 先ほどまでは確かに人間だった腕が、突如妖怪の——まごうことなき本物の鬼神の腕へと変貌を遂げたのだ。

 ただの人間ではあり得ぬ芸当に唖然となる。

 

「くたばれ、半妖!!」

「ちっ!」

 

 口を開けたまま硬直する犬夜叉に対し、青年はその豪腕で殴りかかってくる。

 慌てて飛び退いて回避する犬夜叉。青年の繰り出した一撃は彼が先ほどまで立っていた床のコンクリを何の抵抗もなく抉り取る。 

 

「あ~れぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 鬼神の腕が床を穿つ衝撃波に巻かれ、一反木綿がどこぞへと吹き飛ばされていく。

 犬夜叉は鉄砕牙を抜き放ち、眼前の青年に対し明確な敵意を込めて叫んでいた。

 

「てめぇ!! いったい何もんだ!?」

 

 犬夜叉の怒号に、青年は床にめり込む腕を引き抜きながらゆっくりと立ち上がる。

 半妖である犬夜叉に明確な敵意を、怒りを、憎しみを——あらゆる負の感情を込め、彼は自らの名を名乗る。

 

 

「——鬼道衆・石動零(いするぎれい)

 

 

 今はもう、己一人しかいない鬼道衆の一員としての誇りを胸に青年——石動零は宣言した。

 

 

 

「人間に害をなす妖怪は——俺が全て刈り取る!!」

 

 

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