蜘蛛の対魔忍の受難 (小狗丸)
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一話

 転生特典は最高だが、転生先は最低だった。

 

 俺、五月女(さおとめ)頼人(らいと)の現状は上の一文に尽きた。

 

俺は二次小説やライトノベルでお馴染みの、一度死んでアニメやゲームの世界に転生した「転生者」だ。

 

 前世の俺の名前や死因は思い出せない。思い出せるのは今の世界に転生する前に、正体不明の光の玉に話しかけられた光景だけだ。

 

 その光の玉はまるで機械のようにカタコトで話しかけてきて聞き辛かったが、話をまとめるとどうやら俺は偶に産まれる特殊な魂の持ち主らしく、特殊な魂の持ち主は転生の輪に還ることなく別の世界に転生する事がこの世界のルールらしい。

 

 そして光の玉の説明によれば俺は転生先の世界と転生特典を自由に選べるのだが、転生先の世界をランダムにすればその分、転生特典が強力になるらしく、それを聞いた俺は迷う事なく転生先の世界をランダムにした。……それが後に致命的な失敗になるとも知らずに。

 

 転生特典なのだが、子供の頃から○ョジョのファンだった俺は○タンド能力のような使い魔を創り出す能力を望み、その使い魔の外見や能力を決めてから俺は、五月女頼人として今の世界に転生したのだった。

 

 転生した俺は最初、前世の記憶を忘れていて、思い出したのは転生特典で得た能力に目覚めた中学一年の夏だ。

 

 能力に目覚め、前世の記憶を思い出した俺は「スタン○使いみたいだ」とはしゃいでいたが、はしゃいでいられたのはほんの僅かな間だけだった。俺の能力を知った両親は大慌てでどこかに電話をすると、その翌日に俺は強制的に全寮制の学校に転校させられたのだ。

 

 俺が転校させられた学校の名前は「五車学園」。

 

 そう、あの「対魔忍アサギ」で対魔忍を育成する為の学校だ。……って! ふざけるなよ!

 

 何で「対魔忍アサギ」の世界!? 確かに転生先の世界はランダムにしたけど、よりにもよって「対魔忍アサギ」の世界に転生するなんてどれだけ運が無いんだよ、俺!?

 

 前世でソーシャルゲームの「対魔忍RPG」で遊んだ事があるので、その原型である「対魔忍アサギ」の事はよく知っている。内容を簡単に説明すると、近未来の日本で主人公のアサギを初めとするヒロイン達が様々な形で陵辱されるという十八禁ゲームだ。

 

 そして対魔忍はいわゆる現代忍者で、どれも超能力みたいな強力な忍法を使えるのだが、どいつもこいつも敵に正面から突っ込む事しか知らない脳筋ばかり。対魔忍シリーズに登場するヒロイン達を初めとする対魔忍は全員、敵の罠にあっさり引っかかって即死か陵辱ルートに一直線という流れなのである。

 

 そんな対魔忍を育成する学校に転校? それって俺も対魔忍になるってこと? 影で「肉オナホor肉バイブ」、「ネトラレの宝庫」とか言われている対魔忍に? ………正直な話、全力で遠慮したい。

 

 しかし俺を五車学園に送りこんだ今世の両親は、俺が対魔忍として活躍する事を望んでいるみたいで、とても「対魔忍になりたくないです」とは言えなかった。更に言えば五車学園を退学すると、国の機密である対魔忍の秘密を守る為に、退学者には国から何らかのペナルティーを受けるらしいので、俺には最早「対魔忍にならない」という選択肢はなかった。

 

 ……仕方がない。幸いにも俺が転生特典でもらった能力は前線で戦うタイプじゃないし、もし任務が来ても適当に後方で死なないように頑張りますか。

 

 そもそも、いくら対魔忍が脳筋ばかりでも……いや、戦闘力のみを重視する脳筋ばかりだからこそ、俺のような一見地味な能力なんて見向きもされないだろう。

 

 

 

 と、思っていた時期が俺にもありました。

 

 五車学園に転校して一年後。俺は夜の高層ビルの屋上にいた。

 

 何故俺がこんな所にいるのかと言うと、それはとある汚職政治家の汚職の証拠となるデータを探す任務に参加しているからである。……ちなみに今年に入って俺は、これと同じような任務に数回参加している。

 

 全く、いくら危険度が少ない任務だからといって、対魔忍見習いの学生を任務に駆り出すなよ。対魔忍ってそんなに人手が足りないのか?

 

 ちなみに任務に参加しているのは俺だけでなく、高層ビルの屋上には俺の他に数人のピッチリスーツを着た変態集団……失礼、対魔忍の先輩方もいる。

 

 え? 俺は先輩方のようにピッチリスーツを着ていないのかって? 着てるわけないだろ。俺は今、紺色のスタイリッシュなツナギを着て、同じく紺色の帽子を被ったどこかの作業員にも見える格好をしている。

 

 ピッチリスーツ……じゃなくて対魔忍スーツは動き易くて防弾性も高いが、それは俺が着ているツナギも特殊繊維を使用しているので防弾性が高く動き易い。というかあんな対魔忍スーツを着ていたら、一発で対魔忍とバレる上に恥ずかしいじゃないか。だから俺は上からの命令がこない限りは対魔忍スーツなんか着ない。

 

「そろそろ始めようか? 五月女君、ヨロシクね」

 

 俺が対魔忍スーツを着ない決意を改めて決めていると、対魔忍の先輩方の一人が俺に話しかけてきた。話しかけてきたのは対魔忍シリーズのメインヒロインの一人、井河アサギの妹である井河さくらだ。

 

 ……こうして見るとサクラの姿ってやっぱりエロいよな。うん、男の対魔忍はともかく、女の対魔忍は対魔忍スーツを着るべきかもしれないな。いや、変な意味ではなく、敵を油断させるという意味で。

 

「分かりました」

 

 俺はサクラの姿に興奮しかけた事を知られないように冷静な声で答えると、自分が着ているツナギの胸元を開いて転生特典として得た能力、忍法を発動させる。俺の胸元には蜘蛛の形をした痣があり、忍法を発動させるとその痣の部分の皮が盛り上がって、やがて一匹の蜘蛛に変化して動き出した。

 

 これが俺の忍法「獣遁・電磁蜘蛛」。

 

 忍法の内容は「自分の肉体の一部を変化させ、電磁波を使った様々な能力を持つ蜘蛛を創り出し、それを操る」というもの。

 

 対魔忍の関係者が言うのは、俺の忍法は自身の身体を動物に変えたり動物を操る「獣遁」という忍法と、電気を操る「雷遁」の特性を併せ持つ、非常に珍しい忍法らしい。それを聞いた時、俺は「転生特典って凄いな」と素直に感心したものだ。

 

 忍法で蜘蛛を創り出した俺は、左手に持っていたコンポジットボウにその蜘蛛を矢の代わりに番え、目的の汚職政治家のデスクがあるここから一キロ先のビルに向けて弓に番えた蜘蛛を放つ。蜘蛛が高速で夜空を飛んでいったのを確認してから俺は、両眼を閉じて意識を集中させる。

 

 すると真っ暗だった視界が、夜空を飛ぶ蜘蛛の視界にと変わる。

 

 これが俺の蜘蛛の能力の一つ。俺の蜘蛛は「光」という電磁波を感じる事で、どんな暗闇の中でも昼間のように見る事ができて、俺は遠くからその視界を共有する事が出来るのだ。

 

 そして俺は蜘蛛の飛行速度が下がってきたところで、腹部を風船のように膨らませて、空中から汚職政治家のデスクがあるビルに向かって移動させる。

 

 これも俺の蜘蛛の能力の一つで、「バルーニング」という蜘蛛の幼体が糸を使って風と大気の電磁波で空を飛ぶ現象から考えた能力だ。

 

 俺が転生時にこの能力を作ったのは、前世のネットで蜘蛛が様々な、それこそ下手をしたら今の機械よりもずっと高性能な事を知ったからだ。事実「獣遁・電磁蜘蛛」で創り出した俺の蜘蛛は、目的のビルに到着してからも他にも様々な能力を駆使してビル内部のセキリュティを突破して、汚職政治家の汚職の証拠となるデータを盗み出す事に成功するのだった。

 

「データを盗み出す事に成功しました。データの入ったメモリーチップ、今から蜘蛛に持って帰らせます」

 

「おおー。まだ十分も経っていないのに早いね。やっぱり五月女君は優秀だね」

 

 データを盗み出す事に成功したのを報告するとさくらは笑みを浮かべて褒めてくれた。正直、魅力的な女性に褒められて嫌な気はしない。しないのだが……。

 

「ちっ……。あのガキ、いい気になりやがって」

 

「あんな警備、俺だったらもっと早く突破しているっての」

 

「あんな地味な忍法しか使えないくせに調子にのるなよ……」

 

 全く出番がなかった上、俺だけがさくらに褒められている先輩の対魔忍達(全員男)の呟きが聞こえてくる。横目でその対魔忍の先輩方を見ると、彼らは俺に明らかに見下す目で嫉妬の視線を向けてきていた。

 

 自分達の方が上手く任務を達成出来ると思っているなら、そっちが任務をやってくれよ。対魔忍見習いの学生なんか使うなっての。

 

 ……はぁ、もう対魔忍の任務なんて来ないでほしいな。せめて学生の間くらい、平穏な学生生活を送らせてほしい。

 

 

 

 しかし、そんな俺のささやかな願いは叶う事はなかった。

 

 前にも言ったように、対魔忍のほとんどは基本的に正面からのゴリ押ししかできない脳筋ばかりで、偵察のような地味だけど忍びとして重要な任務をこなせる対魔忍は非常に希少なのだ。

 

 さくらの報告書から、五車学園の学園長であり対魔忍の総隊長でもあるサクラの姉のアサギに目をつけられた俺は、ほとんどは偵察任務だが対魔忍の任務に駆り出される事になるのであった。

 

 働きたくねぇ……。

 

 

 

 

 

「五月女頼人」

 転生者の対魔忍。

 転生特典で○ョジョのスタン○能力を参考に「獣遁・電磁蜘蛛」という忍法を開発する。

 父親は獣遁を使う対魔忍の家系で、母親は雷遁を使う対魔忍の家系だったのだが、両者の家系とも永らく対魔忍の力に目覚めておらず今ではほとんど一般人であった。だから両家系の特性を持つ忍法に目覚めた頼人の存在は両家系にとって希望となっている。

 この世界では一歩間違えば即死、良くても陵辱の限りを受けて廃人になると知っているので、対魔忍の任務はあまりやりたくないのだが、さくらやアサギに気に入られたせいで徐々に任務に駆り出される回数が増えてきていて、それが悩みの種。

 

「獣遁・電磁蜘蛛」

 五月女頼人が転生特典でジョジ○の○タンド能力を参考に開発した忍法。

 その能力は「自分の肉体の一部を変化させ、電磁波を使った様々な能力を持つ蜘蛛を創り出し、それを操る」というもの。

 使用すると胸の蜘蛛の形をした痣がある部分が変化して蜘蛛になる。

 電磁蜘蛛の持つ能力は以下の通り。

 (1)どんな暗闇の中でも昼間のように見えて、頼人と視覚を共有する。

 (2)腹部を風船のように膨らませて、風や大気の電磁波を使って空を飛ぶ。

 (3)自身にあたる光を初めとする様々な電磁波を捻じ曲げる事で透明になる。

 (4)電磁波を使い、電磁砲の原理で体内にある鉄製の弾丸を発射する。ただし弾数は二発で、威力は拳銃程。

 (5)身体全体から電気を放出して接触した敵を感電させる。

【破壊力ーD/スピードーB/ 射程距離ーA/ 持続力ーA/精密動作性ーC/成長性ーE】



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二話

 はぁ……。働きたくない。

 

 失礼、忍法が発現したことで五車学園に入学して二年が経ち、中学三年生になった五月女頼人です。

 

 いきなりだが俺が所属している正義(?)の対魔忍を育成している五車学園について説明したいと思う。

 

 五車学園は中等部と高等部の二つに分かれており、中等部では学業と共に対魔忍としての基礎訓練を受けて、高等部になって本格的な忍法を使った戦い方や任務遂行の為の知識を教えられる。そうして五車学園を卒業する事でようやく一人前の対魔忍として認められて、任務につくのはそれからとなる。

 

 一部には対魔忍シリーズのヒロインみたいに、強力な忍法や戦闘能力の高さを認められて卒業前の五車学園学生にもかかわらず任務を与えられる対魔忍見習いもいるが、それは例外中の例外だ。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと、高等部どころか今だ中等部であるのに任務に駆り出されている俺の今の状況は頭がおかしいという事だ。

 

 いや、実際おかしいって。もう俺、偵察任務ばかりだけど五車学園に入学してからのこの二年で二十回以上の任務を経験しているんだぞ? 月に二回のペースでベテランの対魔忍の先輩方に混じって偵察任務やっているんだけど?

 

 お陰で五車学園の生徒からは引かれた目で見られて陰でヒソヒソ言われるし、任務で同行する対魔忍の先輩方からは……。

 

「あれが『蜘蛛の対魔忍』か……」

 

「そうだ。彼が『蜘蛛使いの五月女』だ」

 

「私が聞いた異名は『電磁蜘蛛』だったが、まさかあんな小さい子供だったなんて……」

 

 と、何やら俺の忍法にちなんだ異名で呼ばれていた。

 

 いやいや、やめてくれない? 異名がつく程有名になるなんて、この「対魔忍」の世界ではこれ以上ない死亡フラグだから本当にやめてくれない?

 

 そして対魔忍の先輩方と一緒にいる事から分かるように、俺は今、いつも通り対魔忍の任務に参加している真っ最中であった。しかも場所はあの人間の犯罪者だけでなく魔族や吸血鬼といった魔の種族が多数暮らしている混沌の都市「東京キングダム」。……正直、対魔忍の任務でなければ絶対に近づきたくない都市だ。

 

 この最近、対魔忍を男女問わず捕らえて奴隷娼婦、あるいは奴隷男娼にしている魔族がいるらしく、その魔族を調査して、可能ならば捕らえられた対魔忍達を救出せよというのが今回の任務である。

 

 正直、いつもの偵察任務よりも危険度が高くて断りたかったのだが、そうすればどんなペナルティーを受けるのか恐かった俺は、任務を受けるという選択肢しかなかった。任務に出る前、五車学園で「今日も任務なんだ。でも五月女君なら大丈夫だよ。頑張って」と笑顔で言ってきたさくらに「そんな事はないから代わってください」と言いそうになったのは秘密だ。

 

(ああ、気が重い……)

 

 いつもより危険度が高い任務というだけで気が重いのに、今回任務に同行している三人の対魔忍の先輩方の事を考えると更に気が重くなる。

 

 今回任務に同行しているのは男一人に女性二人の対魔忍で、去年五車学園を卒業したばかりの若い対魔忍だ。そして三人はそれぞれ火遁、雷、風遁を駆使した剣術や格闘術を得意とする、戦闘能力「だけ」は頼りになる先輩方なのだが……。

 

『『この程度の任務すぐに片付ける。君はここで見ておけばいい』』

 

 と、多少は言い方が違うが異口同音で言い、俺を置いて目標の魔族に向かって突撃していく脳筋ばかりであった。やっぱり対魔忍って脳筋しかいないんだな……。

 

 三人の先輩方に置いていかれた俺だが、何もせずにボケっとしている訳にもいかないので、忍法で作り出した蜘蛛に先輩方の後をつけさせる事にした。そして蜘蛛の視覚を通じて俺が見たのは……。

 

 

 男も女も関係なく数十人のオークに輪姦されている、三人の対魔忍の先輩方であった。

 

 

 何故先輩方がこうなったのかというと、話の展開は次の通りになる。

 

 先ず、三人の先輩方が目標の魔族を見つけて正面から強襲。目標の魔族は近くにいた部下達に迎撃を命じるが、先輩方はこれを危なげなく全滅させる。

 

 次に魔族の部下を全滅させた先輩方は魔族に、捕らえた対魔忍の所へ案内しろと脅迫。魔族は大人しく対魔忍を捕らえている自分のアジトへ先輩方を連れて行くが、アジトには人間にしか効果が出ない催淫ガスが充満していて、すでに任務は達成できたと油断しきっていた先輩方は、その催淫ガスによって身動きがとれなくなる。

 

 そして最後に身動きがとれなくなった先輩方は、武装を全て奪われた上に拘束されて、今の数十人のオークに輪姦される。

 

 ……本当に何やっているんだよ、あの先輩方は? 最初は上手くいっていたのに、途中であっさり罠にはまるなんて馬鹿じゃないの? 俺にあんなに偉そうに言っておいてこんなオチなんて全く笑えないからな?

 

 とりあえず、捕まった対魔忍の居場所は蜘蛛を使って確認したので、新たに捕まった三人の先輩方の事も含めて報告はした。それによって後日、捕まった対魔忍達はあの三人の先輩方も含めて全員救出されて、俺はその事をサクラから教えられた。

 

 しかし今回の任務「も」疲れたな。肉体的にじゃなくて精神的に……。

 

 毎回毎回俺の事を「地味な忍法しか使えない対魔忍見習い」と馬鹿にする……ぐらいならまだ我慢できるけど、正面から敵に突っ込む対魔忍と同行させられるのは本当に疲れる。

 

 はぁ……。もう働きたくないな。

 

 

 

 

「ふぅ……。『今回』も駄目だったみたいね……」

 

 五車学園の学園長室で、アサギは書類を読んでため息を吐いた。

 

 アサギが読んでいた書類は、今回頼人が参加した任務の報告書で、その内容は「調査任務は無事完了したが、同行していた対魔忍達が功を焦って暴走。結果、同行していた対魔忍達は敵に捕らえられてしまう」というある意味「いつも通り」の内容であった。

 

「今回はそれなりに協調性の高い子達を選んだつもりなんだけど、どうしてうまくいかないのかしら? ……はぁ」

 

 そう呟いてからアサギはもう一度ため息を吐く。

 

 今年に入ってからアサギは、頼人を任務に出す際、必ず戦闘能力が高くて主に白兵戦を得意とする先輩の対魔忍を同行させていた。そしてそれは戦力の補強ではなく、「頼人の護衛」という目的によるものであった。

 

 頼人の実績は偵察任務などの任務だけで言えば、すでにベテランの対魔忍にも匹敵している。しかし戦闘能力はそれほど高くなく、特に忍法で遠距離にいる蜘蛛を操っている時は無防備になりやすい。

 

 それを補うため、アサギは白兵戦が得意な対魔忍を頼人に同行させていたのだが、最近の対魔忍は戦闘力や家柄を重視する者が多く、頼人の護衛をするどころか逆に彼の負担になるばかりであった。

 

「しょうがないわね……。こうなったらさくらに五月女君の護衛をしてもらうしかないわね」

 

 アサギの妹のさくらは、五車学園で対魔忍見習いを訓練する教師を勤めていてそれなりに多忙なのだが、それでも彼女ならば今までの対魔忍のように功を焦って頼人の護衛を放棄したりしないだろう。

 

 そこまで考えてアサギは、頼人と相性がいい相方が見つかるまで、さくらに彼の護衛を頼むことに決めた。

 

 ……尤も、頼人からしたら「護衛以前に学生を任務に駆り出すな」と声を大にして言いたいのだろうが、彼の心からの願いを気づく者はここにはいなかった。



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三話

 東京キングダムでの捜索任務から三日後。今日は対魔忍の任務も無いし、五車学園も休みの完全なオフの日だ。

 

 こんな日は何も考えずにただひたすら寝ていたいのが俺の本音だ。だが五車学園に転校してから俺は、休日の時間の大半を体力作りと武術の修練にあてていて、今も走り込みをしている真っ最中だったりする。

 

 何故そんなことをしているのかというと、これも全てはこの世界で生き残るためである。

 

 俺は対魔忍の任務は嫌だが、それ以上に死ぬのが嫌だ。だから国からのペナルティーを避ける為に対魔忍の任務を実行して、対魔忍の任務についた以上、最低でも自分で自分の身くらいは守れるようになろうと、体力作りと武術の修練に励んでいるのだ。

 

 幸い、この五車学園には古今東西の格闘術や武術の知識、そしてそれらの武術で使用する武器が揃っている。その中には近距離の敵と戦うことを想定した弓術というものもあり、これは弓矢を使っている俺にはありがたかった。

 

 俺の忍法「獣遁・電磁蜘蛛」は、目が届く近くで蜘蛛を操るならともかく、遠くで蜘蛛を操るには意識を集中させる必要があるので、その隙を突かれて敵に接近される危険がある。もしもの為の接近戦の備えはしておいて損はないだろう。

 

 しかし……うん。ありがたいと言えばありがたいのだが、俺はこの武術の知識と武器の豊富さも、対魔忍が脳筋となった原因なのだと思う。

 

 だってさ? 弓矢をメインウェポンにしている俺が言うのも何だけど、五車学園が揃えている武器って、大半が忍者らしくない武器ばかりじゃないか?

 

 日本刀や小太刀、手裏剣といった刀剣類は分かる。

 

 拳銃を初めとする銃器類もまだ納得出来る。

 

 しかし身の丈以上の巨大なバトルアックスやらバズーカといった武器は忍者が使う武器とは思えない。これっぽっちも忍んでいないじゃないか。ピッチリスーツの対魔忍スーツを着てそんな巨大な武器で武装していたら、忍ぶどころか目立ちまくりじゃないか。

 

 というか、強力な忍法や武器を使って、敵と正面からのド派手な戦闘しか出来ない脳筋の対魔忍達は、対魔忍の「忍」の文字の意味を辞書で調べた方がいいと思う。

 

 同じド派手な戦闘をしていても、NARUT◯のキャラクターは戦闘になる前にちゃんと敵に気づかれないように任務を遂行して、戦闘になってもチームの事やらこれから先の事を戦いながら考えて頭を使っているぞ?

 

 そして同じピッチリスーツを着ていても、普段は左の義手に◯イコガンを隠しているキャプテン・◯ブラの方がまだ忍びらしいぞ? キャプテン・コブ◯は超人的な体力の持ち主だし、潜入技術も超一流だし、サイコガ◯を使った暗殺から強大な敵の抹殺までなんでもありだし、対魔忍よりも対魔忍らしいし。

 

 アレ? と言うことは対魔忍の理想って◯ARUTOのキャラクターか◯ャプテン・コブラってこと?

 

 考えてみれば原作の対魔忍シリーズって、最後の方になるとNA◯UTOやキャプテン・コ◯ラ並みに凄まじい戦いを繰り広げていて、作品によっては世界が一度終わるようなトンデモ展開があったような……?

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………うん。深く考えるのはやめよう。これ以上考えても怖くなるだけで何の意味もないし、考えるのはここまでにしよう。

 

 そう結論付けた俺は、今行なっている走り込みに意識を集中させることにした。

 

 はぁ……。もう対魔忍の世界で働きたくない。

 

 というか、いい加減対魔忍の任務減らないかな? 俺、一応まだ中等部の対魔忍見習いなんだぞ?

 

 しかし残念ながらこの俺の願いは叶うことはなかった。

 

 この日、偶々国の高官が五車学園の視察に来ていて、偶然その高官は自主練をしている若い対魔忍……つまり俺の姿を見たらしい。それによって興味を覚えた高官は俺の資料を見て「すでに実績を出しているのに、それに驕らず自主練に励むとは、若いながら素晴らしい人材だ!」と、非常にありがた迷惑な高評価を出してくれたそうだ。

 

 そしてその高官のお言葉で俺の名前は国の上層部に少しだけ知られてしまったらしく、結果として俺の所にやって来る対魔忍の任務は更に増える事になり、それを後で知った俺は絶望した。

 

 生存率を少しでも上げる為に自主練をしていたのに、何でそのせいで対魔忍の任務、命の危険度が増えるんだよ!?



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四話

「それじゃあ、今回の任務も頑張ろうね」

 

「ハイ、ソウデスネ。一緒ニ頑張リマショウ、サクラサン」

 

 東京キングダムでの捜索任務から二ヶ月後。今日はタノシイタノシイ(大嘘)対魔忍の任務の日だ。

 

 そして今回の任務で同行するのはさくら……というか、この二ヶ月の間、任務で同行するのはほとんどさくらだったが、これには正直助かっている。さくらだったら脳筋の対魔忍の先輩方と違って、いきなり俺を罵倒してきたり、自分達だけで敵に突撃して敵の罠にはまるなんて事にはならないからな。

 

 しかしそれならば何故、笑顔で挨拶をしてくれているさくらに、俺が死んだような目をしながら機械のようなカタコトで返事をしているのかというと……。

 

「あ、あれ? 五月女君? もしかして……ちょっと元気なかったりする?」

 

「ええ、そうですね。何しろ対魔忍の任務を受ける回数が二倍になったので、疲れが溜まっているかもしれませんね」

 

 俺の顔を見て引きつった笑顔となり、恐る恐る聞いてくるさくらに俺は僅かばかりの皮肉を込めて答えた。

 

 そう、俺が死んだような目になって機械のようなカタコトでさくらに返事をしていた理由は、ここ最近の対魔忍としての仕事のスケジュールが関係していた。

 

 どういう訳かこの二ヶ月の間、俺の所に来る対魔忍の任務の回数が倍になっていて、以前は月に二回のペースだったのだが今では月に四回……つまり週に一回のペースになっているのだ。不幸中の幸いと言うべきか、任務は偵察任務ばかりで命の危険性が低いものの、それでも週一のペースで対魔忍の任務を行なっていれば体力的にも精神的にも辛い。死んだような目になってカタコトで返事するくらいは大目に見てほしいものだ。

 

 さくらも俺の現状を理解しているので困った表情で謝ってくる。

 

「うん、疲れているところごめんね。でも五月女君が頑張ってくれているお陰で他の対魔忍の皆も助かっているから、もう少し頑張ろうね?」

 

「助かっている? それってどんな風にですか?」

 

 若干精神がささくれている俺がそう聞き返すと、さくらは先程とはまた別の困った表情となって言い辛そうに答える。

 

「え、え~と、その……。五月女君はさ、私達対魔忍の一番のお仕事が魔族を倒す事だって知っているよね?」

 

「はい」

 

 さくらの言葉に俺は、何を今更と思いながら頷く。

 

 全ての対魔忍は元を辿れば人間と魔族の混血児の子孫であり、そこから得た魔族の力を「忍法」と称して使い、魔族と戦って人間の世界を守っている。それは俺が五車学園に入学して対魔忍見習いになった時、一番最初に教わったことだ。

 

「それでね、その辺の事情もあって対魔忍の多くは魔族との戦闘が得意なんだけど、代わりに情報収集みたいな行動は……ぶっちゃけ苦手なの」

 

「……はい」

 

 続けて言うさくらの言葉に俺は、先程若干声のトーンを落として答える。

 

 対魔忍は情報収集が苦手。これも当然知っている……と、いうか現在進行形で身をもって理解させられている。

 

 一応、対魔忍は忍法の他に常人離れした身体能力を持っているので通常の偵察任務くらいは出来るのだが、それはあくまで「通常の人間や下級の魔族の動向を探れる」レベル。上位の魔族やその支配下にある魔族達、または米連のような魔術や科学でセキュリティーを強化している組織には全く通じず、対象の名前や本拠地の大体の場所、そして敵の大体の数が分かれば御の字といった感じである。

 

 それよりも確かな情報が欲しければ、潜入や逃走に応用できる忍法を使える対魔忍に調べてもらうか、魔族の情報提供者や敵対組織から情報を取り引きなどで情報を提供してもらうしかないのだが、これらの情報もそれ程正確ではない上に罠である可能性が高い。

 

 つまり敵の戦力もろくに分かっていない出たとこ勝負で戦うと言うのが、現場の対魔忍達の現状なのである。

 

 だから罠や、敵に協力している高位の魔族といった予想外の要素が少しでもあると、あっさりと崩れて全員殺されたり捕らわれて奴隷にされたりするのだ。まぁ、ここで全員殺されたり捕まったりするのは、予想外な出来事が起きた時に撤退しようなど考えもせず、玉砕覚悟で戦おうとする現場の対魔忍達の脳筋ぶりも関係しているのだが、そんな当たり前のことは今は置いておこう。

 

 それにしても対魔「忍」なのに情報弱者って……。改めて対魔忍の現状を確認すると頭が痛くなってきたんだけど?

 

 内心で頭痛を堪える俺を余所にさくらは話を続ける。

 

「でも五月女君の忍法は今までのどの対魔忍よりも偵察任務に向いていて、そのお陰で五月女君が偵察してくれた任務では対魔忍の被害が全く出ていないの。ほら、先月の初めにあった任務のこと覚えている?」

 

 先月の初めの任務? 確か魔族のテロリスト集団を偵察する任務で、電磁蜘蛛でテロリストのアジトを偵察したら事前の情報の倍以上の敵、そして情報にはなかった高位の魔族が待ち伏せしていたんだよな? それでその事を報告したら、テロリストのアジトに強襲する予定だった対魔忍達は任務遂行不能と判断して撤退、任務は失敗したが死亡者は出なかったんだっけ?

 

「はい。覚えていますけど」

 

「それを知った上の人達が五月女君が頼りになるって分かったみたいで、こうして偵察任務を回してきたの」

 

 ………マジで?

 

 俺は任務の回数が倍に増えた理由と、対魔忍が情報戦で雑魚すぎる事を理解すると、頭痛が更に酷くなったような気がした。



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五話

「オボロロロ………!?」

 

 いきなり汚いシーンで大変申し訳ありません。先日、先輩の対魔忍に「君の忍法は偵察に向いているから、偵察任務の回数が増えるよ」とある意味死刑宣告をされた五月女頼人です。

 

 今の声で分かると思うが、俺は任務の途中で胃の中身を盛大に地面にぶちまけていた。……重ね重ね、汚いシーンで大変申し訳ありません。しかしこれには事情があるのだ。

 

 今回の俺の任務は魔族の情報屋から情報があった、下級の魔族達の武装勢力のアジトに対魔忍の先輩達が強襲する前に電磁蜘蛛で偵察をするという、いつもの任務だった。

 

 それで電磁蜘蛛で魔族達のアジトに偵察をしてみると事前の情報よりも多くの魔族の姿が確認されて、俺はこれは流石に分が悪いので一度態勢を立て直すべきだと強襲する予定だった対魔忍の先輩方に進言した。するとその対魔忍の先輩方の中で最も腕が立つという、二メートル近い身長で身体中が凄まじい筋肉で被われたスキンヘッドの男の対魔忍が「多少敵が多くても問題無い」と、典型的な頭対魔忍(脳筋という意味)の発言をして一人で魔族のアジトへと突入していったのだ。

 

 スキンヘッドの先輩が魔族のアジトに単独で突入してしばらく経った後で、今回も任務に同行しているさくらが様子を見てほしいと言ってきたので、俺は魔族のアジトに待機させていた電磁蜘蛛と視覚を共有させた。そして電磁蜘蛛の視覚を通して俺が見たのは……。

 

 

 雄のオークに後ろから犯されてアヘ顔となっているスキンヘッドの先輩の姿だった。しかも犯されたせいで何かに目覚めたらしく、オカマ口調の大音量のアヘ声つきで。

 

 

 それを見た瞬間、俺は即座に吐いた。あとついでにSAN値も大幅に下がったような気がした。

 

「さ、五月女君、大丈夫……?」

 

 俺が何を見たのかを知っているさくらが俺の背中をさすりながら聞いてくる。見ればさくらと他の対魔忍の先輩方は同情するような視線を向けてきていた。

 

 何だろう? 対魔忍の先輩方の、まるで腫れ物を扱うかのような雰囲気が逆に辛い。泣いてしまいそうだ。

 

「え、ええ……。とりあえず落ち着きました。……って!? マズイ!」

 

 吐き気が治った俺はさくらに返事をしようとした時、魔族のアジトにいた電磁蜘蛛が重大な情報を察知して、それを知った俺は思わず大声を上げた。

 

「えっ? ど、どうしたの? いきなり大声を出して?」

 

「魔族のアジトに行ったあのスキンヘッドの先輩! 俺達の情報を魔族に話しているんです!」

 

「ええっ!?」

 

『『……………!?』』

 

 俺が電磁蜘蛛を通じて知った情報を話すと、さくらと対魔忍の先輩方が驚いた表情となる。

 

「五月女君! それって本当なの!?」

 

 血相を変えて聞いてくるさくらに俺は頷いて答える。

 

「本当ですって! スキンヘッドの先輩、自分を犯しているオークに『もっと欲しかったら、知っている情報を教えろ』って言われたら、ベラベラ俺達の事を喋って! それで今「ストップ! それ以上は聞きたくないから!」……そうでした。とにかく今こっちに魔族達が向かって来ています!」

 

「くっ!? 皆、作戦中止! 急いでここから離れるよ!」

 

『『はっ!』』

 

 俺の話を聞いていよいよ不味いと悟ったさくらは作戦を中止して撤退を全員に指示。対魔忍の先輩方もこれに反対せず、俺達は大急ぎでこの場を去るのだった。

 

 クソッ! やっぱり対魔忍の任務なんてロクなものじゃない!



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六話

「ちっくしょおおおっ! 覚えていろよあのハゲェッ!」

 

 俺は夜の街を怒声を上げながら全力疾走していた。何故そんな事をしているのかというと、追手の魔族から逃げる為である。

 

 今回の任務はいつもと同じ偵察任務だった。魔族の武装勢力のアジトへ、強襲役の対魔忍の先輩方が仕掛ける前に電磁蜘蛛を使って偵察任務を行い、詳しい敵の戦力を調べるといういつも通りの偵察任務だ。

 

 そして偵察を行うとやっぱりと言うか、事前情報よりも多くの魔族がアジトにいた。それを報告すると案の定、強襲役の対魔忍の先輩方の一人、スキンヘッドで筋骨隆々の対魔忍が「その程度の数、何とでもなる」と言って単独で魔族のアジトに突入、そして必然と言うべきかそのスキンヘッドの先輩はあっさりと魔族に捕まり輪姦されてしまう。

 

 このいつも通りの対魔忍の負の流れに、俺とさくらは揃って頭痛を覚えて額に手を当てたのは仕方のない事だろう。

 

 しかもそれだけならまだいいのだが、あのスキンヘッドの先輩、あっさりと俺達の事を喋ってしまい今回の任務は失敗。俺達は追手の魔族から逃げる為にその場を離れ、今に至るというわけである。

 

「全くさぁ! いくら俺が偵察をしてもそれを聞いてくれなかったら意味がないじゃないか! 自分の実力に自信を持つのはいいけど、相手との戦力差を考えろよな!」

 

 俺は一人で走りながらこの様な事態を引き起こしたスキンヘッドの先輩に向かって不満を口にする。追手の魔族達の動きが予想以上に速かったせいで、今俺はさくらや他の対魔忍の先輩方とはぐれてしまったのだ。

 

「大体! 何で偵察をするのが突入する直前で一回だけなんだよ! こういうのは事前に何回も偵察をして情報を集めてするべきだって、報告書に何度も……げっ!?」

 

 スキンヘッドの先輩だけでなく、依然として出たとこ勝負で任務を行わせる対魔忍の上層部への不満を口にしながら走っていると、運悪く袋小路に迷い込んでしまった。そして壁を登って逃げようとすると、俺が来た道から十人程のオークがやって来て逃げ道が塞がれてしまう。

 

「ゲヘヘ……。見つけたぞ」

 

「あの雄豚と似た様な匂いがする……。服は違うがお前も対魔忍だろう?」

 

 オーク達が何やら嫌な気配を感じさせる声音で話しかけてくる。そしてオーク達が言う雄豚というのは、恐らく捕まったあのスキンヘッドの先輩の事だろう。

 

「グフフ……。それにしても中々可愛い顔をしているじゃないか」

 

「そうだな。あの雄豚は趣味じゃなかったが、こいつならヤレそうだ」

 

 ……………!?

 

 今のオーク達の言葉を聞いた瞬間、俺はかつてないほどの悪寒を感じた。この悪寒は一体何かと思った俺はオーク達を見て、悪寒の正体に気づいた。……気づいてしまった。

 

 

 俺を見るオーク達の視線にある「熱」が籠っており、更に全員が股間を膨らませている事に。

 

 

 ここまで言えばお分かりだろう。つまりこのオーク達は俺を性の対象と見ていて、あのスキンヘッドの先輩同様の事をしようと考えているのだ。

 

「………」

 

 オーク達が俺を性の対象に見ているのを知って、俺の中で「プチン……!」と何かが切れる音がして、俺はある行動を起こした。

 

「観念しな。大人しくしていたら命までは……!?」

 

「な……!? か、体が動かねぇ!」

 

 俺も元へ来ようとしたオーク達の動きが一斉に止まる。オーク達は何故体の動きが止まったのか分かっておらず、自分達の体に細い「蜘蛛の糸」が絡まった事に気づいていなかった。

 

 そう、オーク達の動きが止まったのは電磁蜘蛛の糸によるもので、退却を開始した時から俺の所に帰ってくる様に電磁蜘蛛に指示を出していたのだ。いや、本当に間に合って良かったよ。

 

 そしてオーク達の動きが止まったのを確認した俺は、電磁蜘蛛に次の命令を出した。

 

「ん? 何だこれは? ……蜘蛛か?」

 

「だがこの蜘蛛、光っていないか? 何故?」

 

 オーク達がようやく電磁蜘蛛に気づくがもう遅い。電磁蜘蛛は俺の出した命令を実行するべく、その前段階としてその体を光らせていた。

 

 俺の電磁蜘蛛は最大で三キロメートル先までの遠隔操作能力と、電磁波を用いる様々な能力を持っている。そしてその中には「周囲の電磁波を吸収して電気に変換、そしてそれを増幅して放出する」というものがある。

 

 通常の出力では精々スタンガン程度の威力しかないのだが、今のような電力源が大量にある街中で最大出力を出せば、落雷が直撃したくらいの威力を出せる。しかしそれをすると、それによって生じる熱量と衝撃に電磁蜘蛛の体が耐えきれず吹き飛んでしまう言わば(電磁蜘蛛の)自爆技である。

 

「喰らえ。『集雷獄』」

 

 集雷獄。それが電磁蜘蛛を使った技で、俺が唯一名前をつけたものである。

 

 俺が技の名前を呟いた瞬間、電磁蜘蛛から強大な雷が発生して視界が光で白く染まった。そして次の瞬間、光が収まると十人程のオークは全員、電磁蜘蛛と一緒に消滅しており、地面には焼き焦げた後しかなかった。

 

「誰も見ていないよな……」

 

 俺は周囲を見回して目撃者がいないのかを確認する。

 

 集雷獄という技は俺の切り札で、この技の存在は誰にも、それこそ最近一緒に任務を共にしているさくらにも知らせていない。遠距離からの敵の暗殺が可能な集雷獄の存在が知られたら、これから先俺は偵察任務だけでなく暗殺任務にも駆り出されるのは確実な為、絶対に知られるわけにはいかないのだ。

 

 その為俺は周囲に今の目撃者がいないのかを確認してこの場を去ったのだが、逃亡中で周囲への集中力がいつもより欠いていた俺は、今回の任務に同行していた対魔忍の先輩の一人が遠くから一部始終を見ていた事に気づいていなかった。

 

 その後、対魔忍の先輩の証言によって俺の電磁蜘蛛が暗殺にも使える事が知られるようになり、俺の下に偵察任務だけでなく暗殺任務もやって来るようになるのだった。

 

 ……誰か助けて。



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七話

「ああ、もう。全然終わらない」

 

 とある対魔忍の先輩の失敗により、危うくオークの集団に輪姦されそうになったあの忌まわしい任務から一ヶ月後。俺は今、五車学園にある資料室でパソコンのキーボードを愚痴を言いながら叩いていた。

 

 パソコンを使って何をしているのかというと、任務の報告書の作成である。

 

 対魔忍は「一応」日本国政府直属の組織であり、魔族絡みの案件になるとすぐに暴走して政府の指示を無視するけど、それでも「一応」日本国民の血税から運用資金を頂いている組織である以上、任務を終えたらそれを報告書にして報告する義務があるのだ。

 

 しかし肝心の報告書の作成はまだ終わっていない。昨日から丸一日徹夜しているのに、まだ半分しか出来ていない。

 

 だが別にこれは俺の作業速度が特に遅いという訳ではない。俺はある理由から他の対魔忍の「二倍」の報告書の作成を指示されているからだ。

 

 突然だが対魔忍は、意外……ではないと言うかある意味当然と言うか、俺が今している報告書の作成等といったデスクワークができる人材が悲しいを通り越して絶望的なまでに少なかったりする。

 

 対魔忍のほとんどは、物心がつく前から「対魔忍とは魔を滅ぼす者」という言葉の元に忍法や武術「のみ」を教えられ、五車学園を卒業してすぐに、あるいは五車学園在学中に対魔忍となる者達だ。中には自衛隊に入隊してレンジャーになったり、大学を卒業して博士号をとったインテリな対魔忍もいるが、それは例外中の例外。そういった理由から対魔忍でデスクワークを人並み程度に出来る人材は、本当に一握りしかおらず、報告書に関してもいい歳をして作文レベルの報告書しか出せない対魔忍も少なくない。

 

 そして対魔忍の任務に駆り出されたばかりの俺は、そんな絶望的な事実も知らず「国に出す報告書だから下手なものは出せない」と考えて報告書の作成を「頑張ってしまった」のだ。

 

 任務の出来事を出来るだけ正確に思い出し、自分や味方、そして敵がどの様な行動を取ったのか、分かりやすく説明する報告書を作成してそれを提出。その結果、俺が提出した報告書は対魔忍の上層部だけでなく、国の上層部からも「まだまだ説明不足な点はあるが、対魔忍の報告書でここまで丁寧で正確なのは非常に珍しい!」と大絶賛された。

 

 勿論、自分の仕事を評価されるのは嬉しいのだが、問題はその後。俺は自分の報告書だけでなく、任務全体の状況を記した報告書の作成も上から命じられ、他の対魔忍の二倍の仕事をする事になってしまったのだ。

 

 ちなみにこういった任務全体の報告書の作成には、その任務に参加した対魔忍で最も経験が長く地位も高いさくらは少しくらい手伝ってくれてもいいと思うのだが、当の本人は「ゴメン! 書類仕事だけは本当に駄目なの! いつか埋め合わせをするから五月女君、よろしく!」と言って、毎回影遁の術で逃げている。

 

 クソッ! 俺はこれでも真面目に任務をやっているつもりなのに、真面目にやればやるほど命の危険と仕事が増えるだなんて、本当に対魔忍の仕事はブラックだな! 俺、精神年齢はともかく肉体はまだ中学三年だぞ!? こんなの絶対、中学生がやる仕事じゃな……ん?

 

「あっ!? ……す、すみません! かくまってください!」

 

 俺が内心の怒りをパソコンのキーボードに叩きつけていると、突然俺がいる資料室の扉が勢い良く開かれ、どこかで見覚えがある男子生徒が入ってきた。



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八話

 突然俺がいる資料室に入ってきたのは、俺と同じ五車学園の男子生徒で、彼は中々に素早い動きで物陰に隠れてしまった。そしてその直後に二十歳くらいの女性の対魔忍がやって来て「ここに男子生徒がやって来ませんでしたか?」と聞いてきた。

 

 女性の対魔忍が聞く男子生徒というのは恐らく今この資料室に隠れている男子生徒で、別に彼女に教えても良かったのだが、俺は何となく気まぐれで「来ていませんよ」と嘘を言うと、その女性の対魔忍は資料室を後にした。そして女性の対魔忍の気配がしなくなったのを確認してから俺は、報告書を作成する作業を続けながら物陰に隠れている男子生徒に声をかけた。

 

「もう行ったぞ。そろそろ出てきたらどうだ?」

 

「ええ、ありがとうございます。……あの、五月女先輩ですよね? 『蜘蛛の対魔忍』の異名を持っている……」

 

「? 何で俺の名前を知っているんだ?」

 

 まだ名乗ってもいないのに男子生徒は俺の名前を呼び、俺は思わず彼の方を見た。

 

「いえ、五月女先輩は最近有名ですから」

 

「ああ……」

 

 俺は男子生徒の言葉を聞いて納得する。

 

 確かに俺は、先月から電磁蜘蛛の集雷獄を使用した敵への暗殺(?)任務を二回ほど受けており、それによって他の対魔忍達から以前より少し名前を知られるようになっていた。この男子生徒も、それによって俺のことを知ったのだろう。

 

「なるほど……。それで? 何で君は逃げていたんだ?」

 

「それは、その……。対魔忍の訓練が嫌になって、つい……」

 

「そうか」

 

 俺の質問に男子生徒は気まずそうに目を逸らしながら答えて、それを聞いた俺は再び納得する。対魔忍の訓練はかなり過酷で、訓練によって大怪我をする者もいれば、心がくじける者もいる。その事を考えれば、この男子生徒が逃げ出したくなるのも理解できるのだが……。

 

「でも訓練はしておいた方がいいぞ? この学校にいる以上は君も対魔忍になるんだろ? 対魔忍になれば最後に頼れるのは自分の実力だけだ。訓練をしておかないと、最終的に自分の死期を早めることになるからな?」

 

「それは分かるんですけど……。俺、まだ忍法に目覚めていないから、皆についていけなくて……」

 

「忍法が?」

 

 俺の言葉に男子生徒はいよいよ辛そうな表情となり、それを見て俺は三度納得して、同時に彼の状況を理解できた。

 

 対魔忍の家系に産まれた子供は、そのほとんどが何らかの忍法に目覚めて対魔忍となるが、全てが忍法に目覚めるわけではない。

 

 そしてこの五車学園は、基本的に入学が認められるのは忍法に目覚めた者だけなのだが、長年対魔忍を輩出してきた所謂「名門」の出身者は、例え忍法に目覚めていなくても「いずれは忍法に目覚めるだろう」と将来性を見込まれて入学を認められることがある。

 

 つまりこの男子生徒は、対魔忍の名門の出身だが未だに忍法に目覚めていない五車学園の生徒だということだ。そう考えると彼を探してこの資料室にやって来たあの対魔忍の女性は、彼の家に使える分家筋の人間なのだろう。

 

 対魔忍の世界では「対魔忍は忍法を使えてこそ対魔忍である」という風潮が強く、そんな中でこの男子生徒はさぞ肩身の狭い思いをしてきただろう。それに加えて対魔忍の訓練は基本的に忍法の使用を前提としているので、忍法が使えない彼は訓練についていけなくなり、嫌気が差して逃げてきたのも仕方がないのかもしれない。

 

 事実、男子生徒は自分で言った言葉に落ち込んでおり、その姿を見て俺は思わず……。

 

 

「ねぇ? 忍法って、対魔忍にとってそんなに大切なものなのか?」

 

 

 と、話しかけていた。

 

「…………………………え?」

 

 俺の言葉に男子生徒は呆けた顔となるが、それに構わず俺は話を続けた。

 

「対魔忍というのは魔族を退治する者で、忍法なんて魔族を倒すための手段の一つに過ぎない。

 魔族を倒せるのだったら、忍法だろうが武術だろうが核兵器だろうがなんだって使っていいし、ぶっちゃけて言えば自分は指示に徹して仲間に魔族を倒してもらってもいい。

 そう考えたら対魔忍にとって忍法は、絶対に必要って訳じゃないと思わないか?」

 

「え? え? え?」

 

 男子生徒は俺の話を聞いて混乱した顔になるが、それも仕方がないだろう。

 

 なにせ任務の遂行は忍法に頼りっきりで、忍法が使えなければ対魔忍としての実力は並程度しかない俺が「対魔忍に忍法はそれほど必要じゃない」と言われても説得力は皆無だからな。しかし今だけ、そういった事実は棚の上に上げさせてもらう。

 

「確かに忍法は強力な力になりうる能力だよ?

 だけど俺は対魔忍にとって一番大切なのは、忍法じゃなくて自分の役割を全うして任務を達成することだと思う。

 対魔忍の任務は、前線で戦うのは勿論、後方からの援護や情報収集まで全てが魔族を倒すという目的に繋がっている。だから任務が出来たら、忍法が使える使えないなんて、どうでもいいことなんだ」

 

「忍法が、どうでもいい……?」

 

 俺がこれまでの経験から出した結論を告げると、男子生徒はまるで目から鱗が落ちたような表情となる。そこで俺は彼に一番言いたかったことを伝えることにした。

 

「これは忍法が使える俺が言ったら、上から目線の嫌な奴に思われると思うけど、忍法が使えなくってもあまり気にしない方がいい。実際、戦闘向きの忍法が使えなくても、武術や体術で魔族を倒して活躍している対魔忍だっている。忍法が使えないのだったら、その分体術を磨いて体術のスペシャリストを目指したらどうだ? 体術だったら戦闘だけでなく逃走や偵察にも活かせると思うけど?」

 

 体術のスペシャリストと言って俺が思い浮かべたのは、あの忍者漫画に登場する全身緑タイツの熱血青春師弟コンビだ。彼らは忍術の才能は全く無かったが、鍛え抜いた体術で様々な任務を達成していたし、彼らも脳筋な所があったがウチの所の忍者共に比べたら全然マシだ。

 

「体術の、スペシャリスト? ………」

 

 俺の言葉に男子生徒は少しの間、顔を俯かせていたが、顔を上げるとどこかスッキリした表情をしていた。

 

「ありがとうございます。五月女先輩。俺、もう行きますね」

 

 そう言うと男子生徒は資料室を後にしようとしたが、俺はそこである事に気づいて彼に話しかけた。

 

「待ってくれ。そう言えば君の名前は何ていうんだ?」

 

「俺ですか? 俺はふうま小太郎って言います」

 

 ふうま小太郎、ね……。

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。

 

 ………………………ナヌ?



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九話

 皆さんこんにちは。

 

 中学一年生から現役の対魔忍に混じって任務を行い、中学三年生になった今では「蜘蛛の対魔忍」と呼ばれて、上層部から非常に嬉しいこと(血涙)に高評価をいただいている五月女頼人です。

 

 しかし俺は「死にたくない」、「政府からペナルティーが恐い」、「家族の期待に応えたい」という気持ちから対魔忍の任務を行っているのだが、やっていることは上からの指示を全うして報連相をしっかりするという社会人として当然の事だ。それをしているだけで上層部から高評価を受けるのだから、他の対魔忍がどれだけ酷いのかが容易く想像できる。

 

 ぶっちゃけて言うと週に五回は「対魔忍なんか辞めて、米連辺りに亡命するか、東京キングダム辺りでフリーの情報屋になった方がいいんじゃないか?」と、真剣に自問自答している。

 

 ……まあ、本当にそんな事をすれば、最悪アサギ直々に問答無用で殺しにくるかもしれないのでやらないが。

 

 とにかく俺は今、対魔忍の頭の酷さ以外で一つの悩みを持っていた。それは先日、資料室で会った忍法が使えないと言う一人の男子生徒の事である。

 

 先日、資料室で俺が「忍法が使えないのなら体術を使えばいいじゃない」と偉そうに言った相手は、この世界の重要人物となりうる人物、「対魔忍RPG」の主人公であるふうま小太郎であったのだ。

 

 この死亡フラグ満載の世界では原作のキャラクターに接触するのは危険だと思って、すでに接触しているアサギとさくら以外の原作キャラクターとの接触を避けていたのに、まさか主役級のキャラクターが向こうからやって来るとは予想外だった。……というか最初に見た時に気づけよ、俺の馬鹿。

 

 そしてその小太郎君はと言うと、俺の言葉を真に受けて、現在は体術のスペシャリストになるべく死物狂いで体術の修行をしているそうだ。

 

 何故俺がそれを知っているのかというと、小太郎君の関係者に連続で礼を言われているからだ。

 

 二日前は、先日資料室に小太郎君を探しにきた対魔忍の女性、彼の異母姉からは「貴方のお陰でお館様が修行にやる気を出してくれました」と涙ながらに礼を言われ、

 

 昨日は、俺の同級生で小太郎君が兄のように慕っている男子生徒から「小太郎様を励ましてくれてありがとうございます」と優雅に礼を言われ、

 

 そして今日は、学校の廊下を歩いている時に、小太郎君の親友である赤髪の後輩に「アイツが世話になったな」とすれ違いざまに礼を言われた。

 

「なんか一気に原作キャラクターの知り合いが増えたな。……っ!?」

 

 

【オメデトウゴザイマス。転生特典強化ボーナスノ発動条件ガ達成サレマシタ】

 

 

 俺が内心でため息を吐きながら学生寮に戻ろうとしたその時、突然脳内にどこかで聞いたことある声が聞こえてきた。

 

「だ、誰だ!? それにこの声、どこかで……?」

 

【転生特典強化ボーナスノ発動条件「この世界の歴史の中心人物五名との接触」ノ達成ヲ確認。ヨッテ、転生先ヲランダムニシタ事デ得タ、転生特典強化ボーナスヲコレヨリ与エマス】

 

 そうだ思い出した! この機械みたいなカタコト喋り、俺がこの世界に転生する前に会ったあの光の玉だ!

 

 というか転生特典強化ボーナスって何!? 俺、電磁蜘蛛……転生特典を強化してくれるって言うから転生先をランダムにして結果この世界に来たのに、今まで強化無しで任務をやっていたのかよ!?

 

 一体どういうことだと俺は脳内の声の主、あの光の玉に問い詰めようと思ったのだが、それより先に両目に激痛が走りそれどころではなくなった。

 

「……………っ!?」

 

【コレデ貴方ノ魂ノ特異性ハ無クナリ、次ノ死亡デ貴方ノ魂ハ輪廻ノ輪二組ミ込マレルデショウ。デハ、今ノ一生ヲ懸命二生キテクダサイ】

 

「ま、て……!」

 

 光の玉のその言葉を最後に、俺は両目の激痛で意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次に目覚めた時、俺は……「邪眼」を手に入れていた。



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十話

 俺がこの世界に転生する前に出会った光の玉。

 

 それによって俺の転生特典……電磁蜘蛛の強化ボーナスを与えられたのはいいのだが、その際に両目に強烈な痛みが走って俺は気絶してしまった。気がつけば俺は五車学園の近くにある対魔忍専用の病院のベッドで眠っていて、医者が言うには丸三日眠っていたそうだ。そして……。

 

「俺に、邪眼が……?」

 

 医者からの報告を聞いて鏡を見ると、鏡に映る俺の左目が毒々しい紫色に変色していた。つまりこの紫色の左目、邪眼があの光の玉が言っていた強化ボーナスなのだろう。

 

 邪眼とは視線そのものに「魔」を宿す眼であり、邪眼が宿す力はその所有者によってそれぞれ異なるが、そのどれもが他の対魔忍の忍法よりも特異で強力なものである。そして邪眼の使い手を数多く輩出してきたのが、小太郎君のふうま家であった。

 

 勿論ふうま家以外でも邪眼に目覚める対魔忍は少数だが存在している。しかしだからと言って、何で俺が邪眼に目覚めないといけないんだよ? 転生特典の強化ボーナスと言っても、もっと別の強化手段だってあるだろう?

 

 邪眼みたいなレア能力に目覚めたら更に周りから注目されるじゃないか。「レア能力を持っている=対魔忍として実力者」みたいな単純思考の上層部にまた任務の回数を増やされたり、厄介な任務を回されたりするんじゃないだろうな?

 

 鏡を見ながら俺が内心で頭を抱えていると、医者は何故俺が急に邪眼に目覚めたかについて仮説を話してきた。

 

 俺達対魔忍は、人間と魔族の混血児の末裔で、その身に「魔」の力を宿している。そしてその魔の力を対魔粒子で活性化させることで、身体能力を上昇させたり超能力……つまり忍法を使用するのだ。

 

 その為、対魔忍の中には自分に宿る魔の力を完全に目覚めさせて、体が人間から魔族に変化するパターンも、理論上は存在するらしい。というか、アサギが正にソレだろう。

 

 そして俺の場合、このところ任務の連続で忍術を使用しすぎたせいで、左目が変化を起こし邪眼と化した、というのが医者の言う俺が邪眼に目覚めた仮説なのだとか。

 

 医者の仮説を聞いて俺は正直「随分と穴だらけの仮説だな」と思ったが、それでも「自分は実は転生者で、忍法に目覚めたのは転生特典のお陰で、邪眼に目覚めたのも転生特典の強化ボーナスのお蔭」という事実に比べれば、まだ現実的な気がした。

 

「あの……? 俺が邪眼に目覚めたのって何かの間違いじゃないですか? 瞳の色もただ変色しただけだったり……」

 

「いえ、それはありません。貴方の左目は確かに邪眼となっています。それでどうです? 左目から何か特別な力とか感じませんか?」

 

「と、言われてもな……ん?」

 

 一縷の望みをかけて医者に聞いてみたが即座に否定されて、俺は思わず天井を見上げて呟く。しかしその時、俺の視界に奇妙なものが映った。

 

 俺の視線の先にあるのは天井に設置されている蛍光灯。その蛍光灯は白い光を放っていたが、俺の左の目にはそれとは別の光……いや、何かの「力」が見えた気がした。

 

「……………『集まれ』」

 

 バチィッ!

 

 俺は蛍光灯に見えた謎の力を見つめていると、自分でも気づかないうちに思わずそう呟いた。すると突然俺が見ていた蛍光灯の光が消えて、その直後……。

 

『………』

 

 光の消えた蛍光灯からまるで幽霊の様に、全身から青白い光を放つ半透明の蜘蛛が這い出てきて、その蜘蛛は無言でベッドの上にいる俺を見下ろしてきた。

 

 な、何だ、あの蜘蛛は? 俺の電磁蜘蛛にどこか似ているけど……まさかあの幽霊みたいな半透明の蜘蛛が俺の邪眼の能力なのか?



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十一話

 左目が邪眼になったこと以外、特に体に異常が無かった俺は、目覚めるとすぐに病院を退院できた。しかし俺が邪眼に目覚めた事実は、どこからか五車学園全てに広まっていて、久しぶりに登校すると学生と教師問わず注目された。

 

 まあ、元々俺は中学生なのに対魔忍の任務を行っているせいで注目されているので、今更この程度の事はどうでもいい(開き直ったとも言う)。それより気になるのは小太郎君の事だ。

 

 小太郎君は数々の邪眼使いを輩出してきた名門、ふうま宗家の嫡男として生まれたのにも関わらず邪眼を持たず忍法も使えない為、周囲から陰で「眼ぬけ」と笑われてきていた。そんな彼に「忍法が使えないならば体術を磨いて対魔忍になればいい」と助言した人間に邪眼が目覚めたとすれば、それは考えようによっては酷い裏切りと思われるかもしれない。

 

 だから今日、小太郎君が兄のように慕っている同級生に、小太郎君が俺の邪眼の事を知ってどう思っているのか聞いてみると、

 

「ええ。確かに小太郎様も貴方の邪眼の事を知って驚いていましたが、それ以外は特に何も感じていないみたいでしたよ。『先輩は先輩。俺は俺。無い物ねだりをするのはもう止めだ』と言って、体術の修行に励むお姿は非常に頼もしく見えました」

 

 と、相変わらず優雅に答えてくれて、その答えに俺は一安心した。しかし……。

 

「それにしても私は嬉しいですよ。まさか我らふうまに貴方のような邪眼を持つ優秀な対魔忍が新たに加わるだなんて」

 

 この続けて言われた同級生の言葉に、俺は思わず内心で「ビクゥッ!」と驚いた。あー、やっぱり知っているのか……。

 

 別に隠していたわけじゃない……というか、これを知ったのは五車学園に来てからなのだが、俺の実家と母親の生家の両家が一応ふうま宗家に仕える下忍の家である事を同級生が知っているという事は、当然上層部も知っているって事だよな……。今だにふうまを警戒している上層部が、一応はふうまに属する俺に邪眼が宿ったと知ってどう思うかだなんて考えたくもない。正直、同級生の言葉を聞くまで強制的に記憶を封印していたぞ、俺?

 

 話を終えて同級生と別れた俺は、学生寮にある自室に戻ることにした。今日の夜には対魔忍の任務があるので、装備の点検などの任務の準備をする為である。だが自室へと戻る途中で、一人の女性が俺の前に立ちふさがった。

 

 突然俺の前に現れたその女性は、少々奇妙な格好をしていた。年齢は俺より少し下くらいで、着ているのは五車学園の女子生徒の制服。

 

 そこまでは別におかしくなかったのだが、彼女はバイザーをつけて顔を隠しており、そのバイザーと制服が凄まじい違和感を出していた。

 

 一体彼女は誰なんだ? どこか会った……いや、姿を見たような気がするのだが……?

 

「えっと……? 君は?」

 

「私は獅子神自斎。今日からさくら先生に代わって、貴方と一緒に任務をする事になったの。よろしくね、五月女先輩」

 

 俺の質問に彼女、獅子神自斎は感情のこもっていない声でそう答えたのであった。



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十二話

 夜。俺は対魔忍の任務で東京キングダムへやって来ていた。

 

 任務の内容は「魔族の武装勢力のアジトを偵察して、可能ならば武装勢力を殲滅せよ」という、色々な意味でいつもの任務だ。

 

 だが今回の任務で俺に同行しているのはさくらではなかった。任務で俺と同行するのはほとんどさくらなのだが、さくらは五車学園で学生に戦闘術を教える教官でもある為、仕事の都合上同行できず、さくら以外の対魔忍が任務に同行したことも何回かあった。

 

 ……まあ、もっとも? そのさくらの代打の半分は「偵察の護衛など対魔忍の仕事ではない!」と寝言をほざいて敵陣に突っ込んで行ったがな!

 

 そして今回俺と同行することになったのは、獅子神自斎という対魔忍見習いの女性だ。

 

 彼女は俺と同じ五車学園の中等部に在学している生徒で、まだ中学二年だというのに強力な忍法に目覚めており、充分対魔忍として活躍できる実力を持っているらしい。……何だろう? どこかで聞いたような話だな?

 

 だがそれだけが獅子神が俺の護衛役になった理由だとは思えない。これは俺の憶測だが、彼女は俺の監視役なのだと思う。

 

 対魔忍の忍法は本当に様々な種類があり、その中には幻術を見破ったり対象の力を観測できる能力とかもあるだろう。獅子神もそういった忍法の使い手で、今回目覚めた俺の邪眼の能力を見定める為に上層部が護衛役としたのではないか、というのが俺の考えだ。

 

 しかし本当に獅子神の忍法とは何なのだろう? 前世の記憶で彼女が「対魔忍RPG」に登場していたキャラクターというのは思い出せたのだが、確か「対魔忍RPG」の九章を行ったか行かなかったの辺りでこの世界に転生したから、彼女がどんな忍法を使うのか知らないんだよな……。

 

「先輩? ここでいいのですか?」

 

 そんな事を考えていると獅子神がこちらを見て話しかけてきた。

 

「ああ、ここで構わない」

 

 俺と獅子神が今いるのは東京キングダムにある建物の一つの屋上で、目的の武装勢力のアジトがあるのはここから見える二キロ先の四階建てのビルだ。こうして遠くから電磁蜘蛛を放って偵察、そして最近では暗殺もするのが俺のやり方なのだが、今日は少し違うやり方をしようと思う。

 

「獅子神。俺はこの任務で邪眼の力を試してみようと思うから、お前も出来る限り俺の邪眼がどんな能力か確認してくれ」

 

「っ!? ここで邪眼の能力を使うのですか?」

 

 それまで全く感情を見せてこなかった獅子神だが、今の俺の発言は予想外だったみたいで驚いた様子を見せていた。

 

 だがこれは邪眼に目覚めたから慢心したという訳ではない。「強力な忍法を使う対魔忍が慢心する=敵の罠にはまって死亡か輪姦」というのは、この世界では万有引力の法則よりも絶対な法則であるので、俺はそんな事をするつもりはない。だからこそこの任務で邪眼の能力を試すのだ。

 

 五車学園の学生の多くは複数の教師役の対魔忍の立会いの元で、自らの忍法を見せてその力を試し、他の生徒達に己の力を誇示する。そして教師役の対魔忍達もその生徒の忍法の内容を記録して、将来対魔忍になった時にどの様な任務につかせるかの判断材料としている。しかし俺にはこれにあまり意味があるようには思えなかった。

 

 これは前にも言っているが、対魔忍にとって一番重要なのは任務を確実に遂行できるかであり、それさえ出来るのなら忍法の内容なんて本人以外は大体知っているだけでいいし、他の人間に誇示する必要もない。それにもし五車学園が全ての対魔忍の忍法の情報を調べて記録していたら、五車学園に敵のスパイがはいられた日には、敵に全ての対魔忍の対策をとられてしまう危険だってある。……というか、原作では五車学園に魔族のスパイが入り込んでいなかった?

 

 その事に加えて「上層部が俺に目をつけているのでは?」という疑問が俺の中で生じた今、俺は邪眼の力の全容を五車学園に知らせる気にはなれなかった。だからこそ、このある程度慣れて、危険もそれなりに少ない偵察任務中に邪眼の力を試す事にしたのだ。

 

 先程は獅子神に邪眼の力を確認してくれとは言ったが、彼女にも邪眼の力を見せるつもりはない。この偵察任務中は俺に主導権があるのだから、獅子神に見えないように邪眼を使う事も充分可能なはずだ。

 

 そこまで考えたところで俺は、先ずはいつも通りに偵察任務をする為に忍法で電磁蜘蛛を作り出すのだった。

 

 

 

 ……しかしこの後、俺の邪眼が原因で東京キングダムの一部にちょっとしたパニックが起こるのだが、この時の俺は予想だにしていなかった。



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十三話

 まずは忍法で電磁蜘蛛を作り出す。そして対魔忍の任務に駆り出されてからずっと愛用している弓(ちなみに俺の弓は、弦の真ん中の「中仕掛け」と呼ばれる部分が幅広く、矢だけではなく礫も放てる「はじき弓」と呼ばれるもの)に電磁蜘蛛を矢の代わりに番えて一気に敵のアジトに向けて放つ。

 

 電磁蜘蛛が予定通りの軌道で飛んでいったのを確認してから目を閉じ電磁蜘蛛と視界を共有すると、夜空を飛ぶ景色がまぶたの裏側に広がった。

 

 俺はこの電磁蜘蛛の視界を通じて見る空を飛ぶ光景が好きだ。実際に飛んでいるのは電磁蜘蛛とはいえ、こうしているとどこまでも飛んで行ける自由な気分になれるので、不謹慎だとは思うがこうして電磁蜘蛛を空から目的地へと移動させているほんの僅かな時間が任務中での癒しとなっているのだ。

 

 ……嗚呼、本当に対魔忍とか任務とか、全ての事を忘れてどこまでも飛んで行きたい(涙声)。

 

 しかしそんな癒しの時間もほんの二、三分で終わってしまう。電磁蜘蛛が武装勢力のアジトであるビルの屋上に着いたところで俺は意識を切り替える。

 

 いつもだったらこのまま電磁蜘蛛を潜入させて偵察をするのだが、今回はここで新たに得た邪眼の力を試す事にする。

 

 これは一度も試した事はないのだが、それでも感覚で分かる。どうやら俺の邪眼は、電磁蜘蛛の視線にも「魔」の力を与えるようで、今のように電磁蜘蛛を使えば実際の左目では視線が届かない遠距離にでも邪眼の力が使えるようだ。

 

(それじゃあ早速使ってみますか。……『集まれ』)

 

 俺は感覚で理解できた邪眼の使い方に従って、電磁蜘蛛の視界を通じてビルの屋上の出入り口を照らす蛍光灯を見てそう念じた。すると初めて邪眼の力を使った時と同じ様に、蛍光灯の光が消えて、同時に全身から青白い光を放つ半透明の蜘蛛が現れた。

 

 半透明の蜘蛛は体の大きさが三十センチ以上もあり、電磁蜘蛛の三倍以上大きく、脚も含めれば更に大きく見えた。外見は蜘蛛型のロボットといった感じで、八本の脚の先端が鋭い刃となっており、偵察特化の電磁蜘蛛とは対照的にこちらは戦闘に特化しているのが見ただけで分かった。

 

 ……それにしても電磁蜘蛛も◯ョジョの◯タンド能力を参考にして考えた能力なのに、こっちの半透明の蜘蛛の方がスタン◯っぽいな?

 

『………』

 

 俺がそんな事を考えていると、半透明の蜘蛛が電磁蜘蛛に視線を向けてくるのが分かった。こちらを見てくる半透明の蜘蛛の目は何かを要求していて、その視線を受けて俺は邪眼の使い方と同じ様に、感覚で半透明の蜘蛛の事が少し理解出来た。

 

 この半透明の蜘蛛は、電磁蜘蛛のようにこちらの命令に大人しく従ってくれる様な殊勝なヤツじゃない。コイツはただ一つの命令を、自分のやりたい事をただひたすらに実行する……そんなヤツだ。スタ◯ド能力で言えば自動操縦型といったところだろう。

 

 そして半透明の蜘蛛が実行するただ一つの命令は「敵の抹殺」。俺と電磁蜘蛛以外の存在を全て敵とみなして無差別に攻撃し、そしてその許可を早く寄越せと先程から無言の視線で催促しているのだ。

 

(また随分と攻撃的な能力だな。……だけどまあいい。基本は偵察だけど、可能ならば武装勢力を倒せっていうのが今回の任務だし。よし、『行け』!)

 

『……………!』

 

 俺の合図に半透明の蜘蛛は嬉しそうに体を震わせて行動を開始した。しかし……。

 

(え?)

 

 行動を開始した半透明の蜘蛛は突然黒い球体となり、それから後は半透明の蜘蛛が一体何をしたのか見る事が出来なくなった。

 

 

 

 それから数分後。武装勢力のアジトであるビルに、突然正体不明の黒い球体が動き回るのがビルの外からも見られ、その奇妙な光景には東京キングダムの住民ですら驚いて、ビルがある周辺ではちょっとしたパニックになったらしい。また、ビルの中にいた武装勢力は全員、全身を斬り刻まれたり何か強い力で潰されたりして殺されており、ビルの中は血の海と化していた。

 

 この事から東京キングダムの一部では「黒い球体」の噂がしばらく話される事になるのだが、それはまた別の話。



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十四話

 さくらに代わって獅子神と一緒に任務を行うようになってから三度目の任務。今俺は敵のアジトに電磁蜘蛛を忍び込ませていて、そしてその電磁蜘蛛の視線の先では、邪眼の力で生み出されたあの半透明の蜘蛛が例の黒い球体となって敵の魔族に襲いかかっていた。

 

(なるほど……。大体コイツの事が分かってきたぞ)

 

 俺は今回のも含めた獅子神と一緒に行った三回の任務では全て邪眼を使っており、流石に三回も試すと大体の効果が分かってくる。電磁蜘蛛の視線を通じて黒い球体となって敵の魔族に次々と襲いかかっていく邪眼の蜘蛛を見て、俺は内心で頷き呟いた。

 

 ちなみに当の獅子神は俺が相変わらず遠距離で邪眼を使っているのでその力を見る事が出来ず、かと言って俺の護衛から離れる事も出来ないので、若干不満気な視線をこちらに向けてきていた。自分勝手な脳筋の対魔忍達ならともかく、彼女のような真面目な対魔忍を欺くのは気がひけるのだが、こっちも自分の安全がかかっているので我慢してほしいと思う。

 

 俺は心の中で獅子神に詫びると、電磁蜘蛛の視界に映る黒い球体と化して暴れている半透明の蜘蛛を見ながら、あの半透明の蜘蛛について分かった事を頭の中でまとめる。

 

 まずこの邪眼で作り出した半透明の蜘蛛の目的は周囲の敵の殲滅で、俺と電磁蜘蛛以外の者を無差別に攻撃する。攻撃手段は各脚の先端にある刃と牙、そして意外と力が強いようで八本の脚による圧迫。敵味方の区別は体から感じられる微弱な電磁波と対魔粒子の量で判断している。

 

 次に移動できる距離は大体五十メートルくらいで、俺の邪眼から作られれば俺を、電磁蜘蛛の視線から作られれば電磁蜘蛛を移動の基点としている。そして自分の移動できる範囲内にいる敵を近い者から攻撃していく。

 

 そしてこれが一番大きい特徴なのだが、どうやら半透明の蜘蛛は「周囲の光を吸収して自分を強化する」ことが出来るようだ。半透明の蜘蛛が黒い球体になっているのは、蜘蛛が自分の周囲の光を吸収して自分の力にしている結果であり、よく見ると黒い球体の外側から内側へと向かって光の糸みたいなのが伸びていて、黒い球体の中央にはうっすらと蜘蛛のシルエットが見えている。

 

 半透明の蜘蛛が光を自分の力に変えている事に気づいたのは二回目の邪眼の実験の時だ。薄暗い通路から蛍光灯がついている明るい部屋に出た途端、一気にスピードとパワーが段違いに上がった事から光を自分の力に変える能力に気づいたのだ。

 

 明るい部屋に出た時の半透明の蜘蛛は今まで任務で見てきた、頭はともかく実力は本物な対魔忍の先輩方の誰よりも素早く強力であった。蛍光灯の光だけでこれだけのパワーアップが出来るのなら、もし快晴の太陽の下で半透明の蜘蛛を作り出せば、一体どれだけ強くなるのだろうか?

 

 ……更に俺は、この半透明の蜘蛛の能力にはまだ続きがあった事を、偶然にもついさっき気づいたのだった。

 

(やっぱり治っているな……)

 

 視界を電磁蜘蛛から自分の目に戻した俺が、側にいる獅子神に気づかれないように自分の右の掌を見ると、右の掌には包帯が巻かれていた。この包帯は昨日、五車学園での訓練中に負ったもので、傷はかなり深く先程まで痛みを感じていたのだが、その痛みはすでに無くなっており傷も完治しているのが分かった。

 

 加えて言えば半透明の蜘蛛を作り出した時から妙に体が軽く、力が漲ってきている。

 

 この事から察するに、どうやら半透明な蜘蛛を出している間は俺自身も光を吸収して自分の力を強化出来るみたいだ。

 

 光を吸収して自分の力を強化出来る能力は、電磁蜘蛛の操作に集中して不意を突かれる危険が高い俺には非常に有り難いのだが、これは周りに知られないように特に気をつける事にしよう。だってそうしないと、ただでさえ命の危険がある任務を一人で行かされるかもしれないからな。それだけは絶対に避けたい。

 

 まあ、それはとにかく能力の内容も大体分かった事だし、そろそろこの邪眼と半透明な蜘蛛にも名前をつけてみようと思う。

 

 ……そうだな左眼の邪眼は「土蜘蛛の紫眼」、半透明の蜘蛛の方は「光を吸収する」と「(ライト)に従う捕食者(クモ)」の二つの意味で「ライトイーター」とでも名付けよう。

 

 やや安直な気がするが、そこまで酷い名前ではないだろう。



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十五話

「ふぅ……。やっと帰ってこれたな……」

 

 獅子神と一緒に行った三度目の任務。それを無事に達成して五車学園へ帰還した俺と獅子神だったが、任務が思ったより長引いてしまったせいで、五車学園に帰還した頃には昼を過ぎていた。

 

 五車学園ではすでに午後の授業が始まっているが、対魔忍の任務に従事している生徒はその間の授業を免除されているので、俺と獅子神は教室で授業をしている生徒達を横目に、教官であり上官の対魔忍達がいる職員室へと向かう。

 

「獅子神、大丈夫か?」

 

「ええ、はい。少し眠いですけど大丈夫です」

 

 任務は徹夜となりここに来るまで一睡もしていない為、流石に獅子神も疲れているみたいだが、それでも返事を返してきた。

 

 俺? 俺は勿論余裕さ。何せ任務では同じ任務に参加している頭対魔忍の先輩が勝手に行動したらその尻拭いで一徹二徹は確実で、事後処理でも作文レベルの報告書しか書けない対魔忍が多すぎるせいで俺だけ報告書を書く量が二倍になっているのでこちらも一徹二徹は確実。そのお陰で長時間寝ていなくてもクオリティの高い仕事が出来るという社畜スキルを中学生のうちから修得しているさ。凄いだろう? ハハハッ! ハハ……ハァ……(ため息)。

 

「どうしたんですか、五月女先輩? 泣いているのですか?」

 

「えっ!? い、いや、泣いていないから!? ちょっと欠伸をして目から水が出てきただけさ!」

 

 自分の言葉に傷ついた俺は気づかないうちに泣いてしまっていて、獅子神の言葉に慌てて涙を拭ってごまかす事にした。

 

「? そうなんですか?」

 

「そうなんです。いくら俺でも自分の職場のブラックぶりに改めて絶望して泣いたりなんか……ん?」

 

 なんとか話を逸らす話題はないかと視線を横に向けると、校庭で中等部の生徒達が対魔忍スーツを着て格闘技の訓練をしており、俺はその格闘技の訓練をしている中等部の生徒達の一団に気になるものを見つけて足を止めた。

 

 対魔忍を育成する五車学園では体育の授業の半分が体力作りのトレーニングで、残り半分は今俺が見ている格闘技の訓練、つまりは生徒同士の模擬戦である。そして格闘技の訓練は模擬戦でもあるので、模造品の武器や忍法の使用が認められている。

 

 中学生の一団がぴっちりとしたスーツを身にまとい武器やら超能力を使って模擬戦をしている光景は、日曜日の特撮番組みたいで実際に目の当たりにすると異様な光景だが、俺が気になっているのはそこではない。

 

 俺の視線の先では一人の対魔忍見習いの男子生徒が、次々と自分と同じ対魔忍見習いの生徒を倒しているのだ。……しかも忍法も武器も使わず素手だけで。

 

「ま、まさか……。彼は……」

 

 素手だけで対魔忍見習いの生徒を倒していく男子生徒には非常に見覚えがあり、俺は思わず彼の顔を凝視しながら呟いた。

 

 そしてその男子生徒……ふうま小太郎は、俺の見ている先で相手が忍法で放った炎を素早い動きで回避し、その直後に華麗なまでの上段後ろ回し蹴りを相手の首に叩き込んで勝利したのだった。



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十六話

「……っ!? 電磁蜘蛛!」

 

 校庭での格闘技の訓練で、忍法を使う対魔忍見習いの生徒を体術だけで倒した小太郎君を見た俺は、考えるより先に忍法で電磁蜘蛛を作り出すと校庭へと向かわせた。

 

「五月女先輩? どうしたんですか?」

 

 獅子神が突然電磁蜘蛛を出した俺に尋ねてくるが、今は小太郎君に何が起こったのか確認するのが先決で、彼女の質問に答える余裕はなかった。

 

 そうして電磁蜘蛛を大急ぎで校庭に向かわせてから視界を共有させると、校庭にはボロボロになった対魔忍見習いの生徒達が怒り、驚愕、畏怖といった様々な感情のこもった目で小太郎君を見ており、その事から彼らが格闘技の訓練で彼に負けたのだと分かった。それに対して小太郎君はかすり傷程度の傷しか負っておらずまだまだ余裕がありそうで、その表情は自信に満ちていた。

 

 ……いや、本当に何があったの、小太郎君? もしかして以前俺が言った「忍法が使えないなら、体術のスペシャリストになればいいじゃない」発言を真に受けて本当に体術のスペシャリストになったの? でも百歩譲って俺の言葉にせいだとしても、小太郎君と俺が会ったあの日からまだ一ヶ月くらいしか経っていないよね? たった一ヶ月の間に一体どんな修業をしたっていうの?

 

「つ、強い……? あのふうまが、嘘だろ?」

 

「家柄だけのお坊ちゃんじゃなかったのかよ?」

 

「少し前まで俺達に手も足も出なかったのに、どうして急に……?」

 

 俺が小太郎君の急成長に驚いていると、口々に驚きの言葉を呟くのが、電磁蜘蛛を通じて聞こえてきた。

 

「な、何故だ? あいつはふうま宗家に生まれながら邪眼の力を使えない『目抜け』じゃなかったのか……?」

 

 これは対魔忍見習いの生徒ではなく、格闘技に訓練を監督してした教官役の対魔忍の言葉……って、オイコラ。仮にも教官、教師がそんな事を言っていいのかよ? それに「目抜け」って小太郎君にとって最大の禁句だぞ? それを思わずとはいえ言うだなんて、教師失格としか言いようがない。

 

 やっぱり対魔忍が普通の職業に就くのは、非常に難しいようだ。

 

 そんな事を考えながら小太郎を観察してみると、小太郎君は緑を基調にした対魔忍スーツを着用しており、更に彼のスーツには他の生徒達にはない少しゴツい感じのベルトが装備されていた。

 

 ……それってどこの◯ック・リー? 前に助言した時にロッ◯・リーを想像したけれど、まさか本当にロック・◯ーにならなくてもいいんじゃない? これで髪型をおかっぱにして「青春だー!」が口癖になったら、俺はふうま一門の方々にどうお詫びしたらいいのか見当もつかない。……いや、別にロ◯ク・リーが駄目なわけじゃないんだけどさ。

 

「ま、まぐれだ! お前がそんな強いわけがない!」

 

 俺が内心で頭を抱えていると、一人の対魔忍見習いの男子生徒がヤケクソ気味に小太郎君を指差して叫ぶ。

 

「忍法が使えないお前なんかが俺達より強くてたまるか! 今までのはただのマグレだ! それを俺が証明してやる! かかってこい、この『目抜け』がぁ!」

 

 その男子生徒の言葉は、今校庭にいるほとんどの生徒の気持ちなのだろう。しかし小太郎君はそんな敵意の視線に囲まれても面と向かって「目抜け」と自身の禁句を言われてもまるで動じず、むしろ笑みを浮かべていた。

 

「いいぜ。相手になってやるよ」

 

 小太郎君はそう答えると、自分を指差して怒鳴った男子生徒に向かってゆっくりと歩いて行った。その姿は明らかな強者の姿で俺が何を言いたいのかというと……。

 

 小太郎君。変わりすぎだろ……。



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十七話

 校庭で小太郎君と、彼に挑戦した対魔忍見習いの男子生徒が対峙する。

 

 小太郎君は空手の構えに近い構えをとっていつでも行動に移せるようにしているが、その表情には余裕があった。それに対して小太郎君に挑戦をした対魔忍見習いの男子生徒は、これまでに十人以上の対魔忍見習いの生徒が彼に倒されたのを見ていたせいか、緊張した顔で小太郎君の一挙一動に注目していた。

 

 小太郎君と対魔忍見習いの男子生徒のにらみ合いはしばらく続き、やがて焦れた男子生徒が先に行動を起こす。

 

「……! 俺から行くぞ!」

 

 男子生徒はそう叫ぶと、対魔忍スーツに備わっているポーチに両手を入れ、左右の手にそれぞれの五本ずつクナイを持つと、その合計十本のクナイを空中に投げ出す。すると十本のクナイは空中で停止して、次の瞬間には男子生徒の手の動きに従って空中を飛び回る。

 

(あれは念動力(テレキネシス)の類いか? ……いや、違う。恐らく磁力で手裏剣とクナイを操っているみたいだな)

 

 電磁蜘蛛の視界から小太郎君の戦いを見物している俺は、男子生徒が空中に投げ出したクナイが奇妙な電磁波を纏っていることに気づいた。

 

 どうやらあの対魔忍見習いの男子生徒は、磁力を生み出して鉄製の武器を操る忍法の使い手みたいだ。

 

 俺が男子生徒の忍法を分析していると、男子生徒が放ったクナイの五本が小太郎君の周囲を取り囲み、残った五本は上空から彼を狙う。そしていつでも攻撃できる準備が完了すると、男子生徒は勝ち誇った笑みを小太郎に向けた。

 

「どうだふうま? 少しは速く動けるみたいだけど、こうやって周囲を取り囲んでしまえばどうしようもないだろう? 降参するのだったら今のうちだぜ」

 

 確かに自分の周囲を取り囲まれて一斉に攻撃をされたら、どんなに戦いなれた者でも苦戦するだろうし、うまくいけば一撃で敵を倒せるかもしれない。あの対魔忍見習いの男子生徒が自信ありげな笑みを浮かべるのも無理はないだろう。

 

 だが、それでも小太郎君は余裕の表情のままであった。

 

「降参? するわけないだろう? それより準備ができたのだったら、さっさとご自慢の忍法を使ったらどうだ?」

 

「……っ!? 喰らえっ!」

 

 小馬鹿にするような口調で言う小太郎君の言葉に、男子生徒はあっさりと逆上して忍法を発動する。周囲と上空から合計十本のクナイが同時に矢のような速度で小太郎君に襲いかかり、それと同時に小太郎君の体がその場で凄まじい速さで横に回転する。

 

「はっ!」

 

「…………なぁっ!?」

 

 その場で高速で回転した小太郎君は、回転の速度を乗せた掌底で自分に襲いかかるクナイを全て叩き落とし、それを見た男子生徒が目を限界まで見開いて驚く……てっ!? 驚いたのは俺もだよ! あれってもしかして日向◯ジの回天!? 小太郎君ってば◯ック・リーの要素どころか日向ネ◯の要素まで取り込んでいたの!?

 

「さあ……。次は俺の番だな」

 

「う、うわあああっ!?」

 

 十本のクナイを全て叩き落として獰猛な笑みを浮かべる小太郎君に、男子生徒は半狂乱になって新たなクナイを投げつける。しかし焦りと驚きにより狙いなんてついていないクナイなど小太郎君に当たるはずもなく、小太郎君はクナイを余裕で避けると男子生徒に肉薄してその拳を振るう。

 

「はあああああっ!」

 

 小太郎君は一度身を低くすると、全身のバネを利用して先程クナイを叩き落とした時と同じく独楽のように回転しながら、回転の速度を乗せた拳を叩きこむ。その拳は凄まじい勢いの上に徐々に速さを増していき、二撃四撃八撃十六撃三十二撃六十四撃と、合計で百二十六撃の拳を僅か数秒の内に男子生徒の体に叩き込んだ。

 

 ……回天の次は八卦六十四掌かよ。

 

「………!」

 

「これでトドメだ!」

 

 あまりの拳の勢いに吹き飛んだ男子生徒を追うように、小太郎君が男子生徒に向かって跳躍をする。気のせいか「も、もうヤメて……」という声が聞こえてきたような気がしたが、その時には小太郎君はトドメの技を繰り出していた。

 

「せいっ!」

 

「………!?」

 

 小太郎君が繰り出したのは上段後ろ回し蹴りと下段後ろ回し蹴りのコンビネーション技であった。……はい、どこからどう見てもロッ◯・リーが得意としていた木の葉旋風です。そしてもはや避ける力が残っていない男子生徒は、小太郎君の蹴りを二発ともまともに喰らい吹き飛ばされ、地面に激突すると気を失ってしまった。

 

『『……………』』

 

 模擬戦の結果は言うまでもなく小太郎君の圧勝であった。

 

 忍法が使えないのに体術だけで相手の忍法を完全に防ぎ、怒涛の攻めで叩きのめす小太郎君の姿に対魔忍見習いの生徒達だけでなく、教官役の対魔忍も絶句。あとついでに俺も絶句。

 

 ……え~と、確か原作での小太郎君はやる気のない落ちこぼれの生徒で、そのせいで親友兼臣下であった二車骸佐が彼を見限り、ふうま再興の為の反乱を起こすって言うのが「対魔忍RPG」の序盤のシナリオだったよね?

 

 これって原作崩壊起こってない? それもかなり深刻なレベルで?

 

 誰だ!? 小太郎君をロック・◯ーと◯向ネジを合わせたトンデモ対魔忍に改造した馬鹿は!?

 

 

 

 

 

 ……ちなみにこれは後日知った事だが、どうやら小太郎君は武術だけでなく、手裏剣やクナイや鎖鎌、鉤爪といったいかにも忍者が使いそうな武器……所謂暗器の修業も行なっていてそちらもかなりの実力らしい。そしてそれを知った俺は「◯ンテンの要素も追加!?」と心の中で叫んだのだが、それはまた別の話。



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十八話

 五車学園の校庭で小太郎君の急激すぎる成長(というか進化?)を目撃した日から三日後。俺は今日も獅子神と一緒に対魔忍の任務で東京キングダムに来ていた。

 

 いつもだったら命やら貞操の危機に気が重くなる任務だが、今回に限りそうではなかった。あの小太郎君の成長、そして原作崩壊の切っ掛けが一ヶ月前に俺が彼に言った言葉だと思うと気が重くなり、その事を考えるくらいならまだ任務を行なっている方が気が楽だったからだ。要するに一種の現実逃避である。

 

 ……それにしても嫌な現実から目を逸らす為に仕事(任務)に没頭するなんて、俺ってば色々な意味で末期かもしれないな。

 

 とりあえず今回の任務はいつも通り、武装勢力のアジトから二キロ程離れた廃墟のビルの一室から電磁蜘蛛を送り込み、その後はアジトに忍び込んだ電磁蜘蛛の視線からライトイーターを作り出して暴れさせる事で終了した。しかし今回の任務もそうだけど、最近俺に与えられる任務って、魔族の武装勢力の殲滅とかいかにも対魔忍っぽい物騒な任務ばかりじゃないか?

 

 ライトイーターがアジトにいた魔族を全て排除したのを電磁蜘蛛の視線から確認した後、俺は電磁蜘蛛とライトイーターを消して、側で護衛をしてくれていた獅子神に声をかけた。

 

「任務終了。アジトにいた魔族は全て排除。確認や後処理はいつも通り後から来る部隊に任せて……獅子神?」

 

 早くこの場から撤収しようと言おうとした俺だったが、獅子神は俺の方を見ておらず、二つある部屋のドアを睨みつけながら腰の刀に手をかけていた。

 

「……ごめんなさい、五月女先輩。ここまでの接近を許してしまいました」

 

 俺は獅子神の言葉に「何の?」なんて間抜けな質問はしなかった。彼女の視線の先、部屋のドアに視線を向ければ複数の人の気配が感じられた。

 

「いや、気にしなくてもいいよ。……おい! 部屋の外にいるのは分かっているんだ。姿を見せたらどうだ?」

 

 俺は獅子神にそう返した後、部屋の外にいる気配の主達にそう声をかけた。すると二つのドアから十人程の男達が部屋に入ってきた。

 

 その男達は全員、ボロボロの服を着てガスマスクをつけており、手には銃器を持って武装していた。……こいつら、武装難民か?

 

 武装難民というのは、魔界からの流民やら最下層に落とされた浮浪者などが集まって闇の町で手に入れた武器で武装した集団で、この東京キングダムではよく見かける存在だ。もしかしてこの廃ビルって彼らの縄張りだったのか? だとしたら失敗したな。武装勢力のアジトから程よく離れているいい位置にあったから使ったのだが、もっとよく調べておくんだった。

 

「ここは俺達の縄張りだ。そこに勝手に入ってきて、お前達一体何者だ?」

 

「えっと、俺達は「あっ!? こいつら対魔忍だ!」アレ?」

 

 武装難民のリーダーと思われる男の質問に、俺がなんて答えようか考えていたら、別の武装難民が獅子神を指差して叫ぶ。

 

「わ、私?」

 

 獅子神を指差して叫んだ武装難民は、思わず呟く彼女の姿を見ながら言葉を続ける。

 

「あの男はよく分からんが、この女の格好! まるで『どうぞ襲ってください』と言っているようなエロい格好は間違いなく対魔忍だ!」

 

『『っ!』』

 

 その武装難民の言葉に他の武装難民の仲間達も「成る程!」といった様子で獅子神を見て、俺は内心で額に手を当てて天を仰ぎ見ていた。そうだよなぁ……。こんなぴっちりしたスーツを着ている人間なんて対魔忍くらいしかいないもんなぁ……。

 

「確かにあんな露出狂みたいなエロい格好をしたのは対魔忍だ……!」

 

「格好だけじゃなくて身体つきもエロいしな」

 

「あのサキュバスとタメを張れる露出度、正に対魔忍」

 

「うん、ある意味裸よりエロいから対魔忍に間違いない」

 

「あれで対魔忍じゃなかったらただの変態だな」

 

「……………!」

 

 口々に「エロい」と言う武装難民達。それに対して当の本人である獅子神は、両腕で体を隠してバイザーで分かりにくいが顔を真っ赤にして、プルプルと震えていた。

 

 もうやめてあげて! 獅子神のライフはもうゼロなんだ!



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十九話

「う……! ウガーーーーーッ!」

 

『『……!?』』

 

 武装難民達にエロい格好をしていると言われてプルプルと体を震わせていた獅子神だったが、突然大声を出して俺と武装難民達は思わず彼女の方を見る。

 

「も、もう殺す! 絶対殺すーーー!」

 

 や、ヤバい! 獅子神さんってば、恥ずかしさのあまり脳のキャパシティを完全に越えて暴走していらっしゃる!

 

 俺はとっさに、すでに刀を抜いていて武装難民達に飛びかかろうとしていた獅子神を、後ろから羽交い締めにして止めた。

 

「放してください! アイツら魔族なんですよね!? だったら対魔忍として皆殺しにしないと! 今すぐに!」

 

『『ヒ、ヒィイ……!?』』

 

 俺に羽交い締めされても暴れている獅子神の、もはや殺気と言ってもいい怒りは凄まじく、武装難民達は腰を抜かさんばかりの勢いで彼女から距離をとろうとする。これ、俺が手を離したらこのビルが血の海になるんじゃないの?

 

「落ち着け! 俺達が戦うのは人間に害を与える魔族や悪党だけだ! 魔族だからって無差別に殺していいわけないだろ!? それに今回は無断で縄張りに入った俺達が悪いんだし、お前魔族関係なく彼らを殺そうとしているだろ!?」

 

「ムギーーーーー! アイツラ全員ムッコロス!」

 

 うわっ。いよいよヤバいな。獅子神の奴、恥ずかしさと怒りのあまり言語機能に支障が出るくらい暴走している。

 

「ちょっ! 武装難民の皆さん、急いでここから逃げて! 少ししたら彼女を落ち着かせてここから帰りますんで!」

 

『『は、はい! ど、どうぞごゆっくりぃ!』』

 

 暴れている獅子神を羽交い締めしながら俺が武装難民達に逃げるように言うと、武装難民達は即座に部屋から逃げ出して行く。対魔忍なのに魔族の武装難民達を守る俺って……。

 

 それから俺は羽交い締めにされながらも暴れる獅子神をなんとかなだめようとするのだが、中々上手くいかなかった。

 

「いい加減に落ち着けって獅子神! あいつらが言ったことなんて気にするなって! 俺はお前の格好は、その……(エロ)格好いいと思うぞ?」

 

「聞こえた! 今小声でエロって言った! やっぱり五月女先輩もそう思っていたんだ! いいですよね、五月女先輩は格好いいツナギ姿で! クラスの女子達も五月女先輩の格好いいって言っていましたもの!」

 

「マジで!? 俺にまさかのモテ期到来!? って! そうじゃなくて俺だって、この装束にするのに色々苦労したんだぞ! ぴっちりスーツは対魔忍の伝統だとか言う対魔忍の先生達に何回も頭下げたりして!」

 

「そんな伝統ドブに捨ててしまえばいい!」

 

「全くもってその通り! ……あっ」

 

「あっ!」

 

 暴れる獅子神をどうにか止めようとしていると、俺の手が獅子神のバイザーに当たり、その拍子でバイザーが落ちてしまった。

 

 あ、あれ? 俺、何かやってしまった? バイザーが落ちた瞬間、獅子神の動きが止まって、ただならぬ雰囲気なんだけど?



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二十話

「あ……。ひゃああっ!?」

 

 バイザーが顔から離れた獅子神は、大慌てで俺から離れるとその場にしゃがみ込んでしまった。一体どうしたんだ? そんなに素顔が見られるのが恥ずかしいのか?

 

「あっ、すまない。ワザとじゃなかったんだ。ほら、これ……って」

 

 床に落ちたバイザーを拾って獅子神に手渡そうとした時、俺はそこで初めて彼女の素顔を目にした。バイザーがない彼女の素顔は、まだ中学二年生ということもあってまだ少し幼さが見えるが、それでも充分美少女と言えた。

 

「獅子神、美人じゃないか。そんなに美人なのに何でいつもバイザーで顔を隠しているんだ? 勿体無くないか?」

 

「び、美人!? あ、ありがとうございます。……じゃなくて! 私から離れてください! じゃないと……ああっ!」

 

 俺の言葉に顔を真っ赤にした獅子神は、こちらを見て何かを言おうとしたが、その前に大きな失敗をしてしまったような表情となって短い悲鳴のような声を上げる。

 

「獅子神? 一体どうし……た……!?」

 

 絶句する獅子神に声をかけようとしたその時、俺は彼女の背後にいきなり現れた「それ」の存在に気づいた。気づいてしまった。

 

 

 獅子神の背後に現れたのは、白い光を全身から放つ半透明のロボットのような姿の巨人。

 

 

 な、何コレ!? ス、◯タンド!? スタン◯能力ですか!? もしかしてこのス◯ンド能力みたいなのが獅子神の忍法なの?

 

 俺の忍法「獣遁・電磁蜘蛛」はスタ◯ド能力を参考にしたものだけど、◯タンド能力者はスタン◯能力者と引かれ合うって事ですか、◯木飛呂彦先生!?

 

「も、もう駄目……! 私、五月女先輩を殺してしまう……。お願い、五月女先輩、早く逃げて……えっ?」

 

 馬鹿な事を考えている俺に向かって、何やら懺悔するような表情で物騒な事を言おうとしていた獅子神だったが、その言葉は途中で遮られた。獅子神は驚愕の表情を浮かべて俺を、正確には俺の背後を見つめていた。

 

 おいおい、味方がス◯ンド能力者だってだけでも驚きなのに、これ以上何があるっていうんだよ?

 

「さ、五月女先輩? 後ろの『それ』は……何ですか?」

 

「後ろ? 俺の後ろに何がいるって……?」

 

 獅子神が震える指で俺の背後を指差し、呆けたような声で聞いてきて、それに俺は後ろを振り返る。するとそこにいたのは……。

 

 

 四本の巨大な脚をもって地面に立つ三メートルくらいの鉄球と、その鉄球と背中が繋がった状態でぶら下がっている八つの目を持つロボットであった。

 

 

 えっ!? もう一回何コレ!? スーパー◯ボット大戦の◯ン・アーレス!? 俺、あのいかにも不気味でボスっぽいデザインが好きだったんだよな……じゃなくて! 新手のスタ◯ド!? 新手の◯タンドだとしたら能力者は誰よ?

 

『……………』

 

『……………』

 

 驚愕する俺と獅子神を他所に、二体のスタン◯は互いに見つめ合い(多分だけどそんな気がした)、十秒くらいそんな状態が続くと、二体とも何をする事もなく宙に溶けるように消えていった。

 

「い、いなくなった……? それも二体とも。一体何だったんだ?」

 

「よ、よかった……。もう駄目だと思いました。……五月女先輩が」

 

「待って。そこら辺、詳しく説明して」

 

 聞き捨てならない事を言う獅子神に詳しい話を聞くと、最初に現れたあの半透明の巨人は獅子神の忍法によるものであった。

 

 獅子神は千年に一人だけ使用者が現れるという「神遁の術」の使い手らしい。神遁の術とは自然界に潜む超常のもの、一説には滅びし古き神々の力を借りる忍法らしく、その使い手である彼女の両目には神気が宿り、その両目で見つめたものに恐ろしい「祟り」があるという。

 

 そしてその祟りというのが先程俺達の前に現れたあの半透明の巨人で、彼女はあれを「忌神」と呼んでいて神の一種であるらしいとも言った。更に忌神は獅子神の制御を全く受け付けず、これまでにも彼女の大切な人を何人も殺してきたと聞いて、俺は思わず血の気が引いた。

 

 あ、危なかった……!? 俺ってばもう少しで獅子神のス◯ンド……じゃなくて忌神に殺されるところだったのか。

 

「ま、まあ、とりあえず無事だからよかったじゃないか」

 

「……え? それでいいんですか? 私は五月女先輩を殺そうとしたんですよ?」

 

 怖くなった気持ちを振り払うように俺が明るく言うと、バイザーを付け直した獅子神が恐る恐るこちらを見ながら聞いてくる。

 

「いや……。確かに驚いたけど、ワザとじゃないんだろ? だったら別にいいよ。俺も次から気をつけるからさ。だからまあ、これからも一緒に任務をしてくれると助かるんだけど……いいかな」

 

 正直、獅子神は俺にとってかなり相性がいい相方だ。接近戦に長けていて護衛に向いているし、真面目だし、それに何より他の対魔忍と違って頭対魔忍じゃないし。

 

「………! はい!」

 

 そう考えて俺が言うと、獅子神は何故か頬を赤くして元気よく返事をしたのだった。

 

 それにしてもあの半透明の巨人が獅子神の忍法によるものだったら、後から現れた鉄球にぶら下がった八つの目のロボットは一体何だったんだ?



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二十一話

 気がつけば、右眼も邪眼に、なりました(字余り)。

 

 どうも。あまりの異常事態に思わず心の中で俳句(いや、季語がないから川柳?)を読んで現実逃避をしてしまった五月女頼人です。

 

 いきなりだけど上にも書いたとおり、どうやら俺はあの初めて獅子神の素顔を見てしまった夜に、右眼も邪眼に変化してしまったみたいだ。

 

 俺の右眼が邪眼に変化したのに最初に気づいたのは獅子神だった。彼女は五車学園へ帰っている途中で突然、俺の右眼が変色していると言い出し、それから獅子神が持っていた手鏡を借りて自分の顔を見てみると、本当に右眼の瞳の部分が青紫に変色していたのだ。

 

 その事実に嫌な予感を感じた俺は、とりあえず五車学園に任務終了の報告をすると、すぐに対魔忍専用の病院へと行き診察を受けた。そして俺は自分の右眼が邪眼に、それも左眼とは違う「魔」を宿した邪眼に変化していると言われた。

 

 ……ということはやっぱりあの時、獅子神の忌神と睨み合っていた八つの目のロボットみたいなのは、邪眼となった俺の右眼が生み出したものなのだろうか?

 

 俺の診察をした医者は「対魔粒子の影響でただの眼が邪眼になるなんて、理論上では可能だが実際にはあり得ない現象なのに、それが二回も起こるなんて非常識だ!」と言っていたが俺に言われても困る。元々俺が忍法や邪眼を手に入れたのは転生特典のお陰で、常識非常識は俺が転生する前に会った、あの光の玉に言ってもらいたい。

 

 というか何で邪眼なんていう、強力だがそれ以上に厄介事を呼び込みそうなフラグの塊を二つも抱え込まないといけないのだ? 普通、転生特典って転生先の世界で生きるのを助けてくれるものじゃないのか? なんか俺ってば、転生特典が原因で次から次へとトラブルに巻き込まれている気がするんだけど?

 

 そんな事を考えながら、診察を終えた俺は学生寮にある自分の部屋に戻る事にした。

 

「はぁ……。それにしてもこの右眼、一体どんな力があるんだ?」

 

 病院から学生寮への帰り道、俺は自分の右眼に目蓋の上から触れて呟いた。

 

 左の邪眼の能力、ライトイーターの時はすぐに大体の使い方が理解できたのだが、この右の邪眼は宿っている「魔」をどう使ったらいいのか分からないのだ。手に入れたのは全くの偶然で、望んで手に入れたわけではない邪眼だが、手に入れた以上はどんな能力かを理解して、使いこなさないといけない。

 

 邪眼だけでなく、対魔忍の忍法というのは使いこなせれば強力な力となり得るが、逆に知る事を怠ればその力に振り回されて最悪自滅する可能性があるからだ。

 

 

『……別ニ、焦ル必要ハナイト思ワレマス』

 

 

 俺が右の邪眼の使い方を考えながら歩いていると、急に背後から誰かが話しかけてきた。今この道は俺一人だけで、動物の気配すら感じていなかった為、俺は慌てて後ろを振り返る。

 

 するとそこには先日の任務の時に見た、四本の脚を持つ鉄球に背中で繋がってぶら下がっている八つの目のロボットの姿があった。

 

「お前は……!?」

 

『頼人殿。貴方様ハ拙者ノ使イ方ヲ知ル前ニ、マズソノ左眼ノらいといーたーヲ使イコナスベキダ。ソウスレバ自然ト拙者モ使コナセルヨウニナルハズ。ソウ……先ズハらいといーたーヲ複数作リ出セル様ニ精進サレヨ』

 

 八つの目のロボットは俺の俺の左眼を指差してそう言った……って!? 何コイツ喋れたの? というかそんな喋り方なの? それにライトイーターを複数って、俺以上に左の邪眼について詳しくない?

 

『ソレデハ……』

 

「いや、ちょっと待てって!? いきなり現れてすぐに消えようとするなよ! ……そうだ! お前、お前はどんな能力を持っているんだ!?」

 

 俺は忠告らしき事を言って消えようとする八つの目のロボットに慌てて質問する。そうだ、コイツが自分の意思を持ってコンタクトが取れるのなら、今がその能力を本人(?)から聞く絶好のチャンスだ。

 

『フム……?』

 

 八つの目のロボットは、俺の質問に顎に手を当てる仕草をした後、こちらを見る。

 

『デハひんとヲヒトツダケ。拙者ノ能力ハ頼人殿ノ言ウトコロノ、能力者ばとる漫画デ最強ノ能力、アルイハ反則技デゴザイマスル』

 

 それだけを言って八つの目のロボットは今度こそ宙に溶ける様に消えていった。

 

 ……いや、一体どういうことだよ?



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二十二話

 ちなみにその後、俺は何とかもう一度八つの目のロボットを呼び出そうと一晩中色々試してみたのだが、結局アイツが現れる事はなかった。

 

 一体何なんだよ、アイツは? 能力者バトル漫画で最強もしくは反則技の能力? 能力者バトル漫画なんて今と昔を合わせれば、それこそ山の様にあるぞ。世界に誇る日本の漫画文化ナメるな。

 

「頼人先輩? さっきから何をしているんですか?」

 

 俺が内心でイライラしながら作業を続けていると、横で椅子に座りながらこちらを見ていた獅子神が声をかけてきた。

 

「ああ、獅子神か。これは「銀華」……え?」

 

 俺が獅子神の質問に答えようとした時、彼女の声が俺の言葉を遮った。

 

「銀華。それが私の本当の名前。自斉というのは父親から受け継いだものだから、これからは銀華と呼んでくれませんか」

 

「え? 何でいきな「銀華」……別に名字でもいいんじゃ「銀華」……分かったよ、銀華」

 

「はい♪」

 

 なんというか下手に逆らったら後が怖そうなので本人の言う通りに名前で呼ぶと、獅子神……いや、銀華は嬉しそうに返事をしてきた。

 

 一体どうしたっていうんだ、彼女は?

 

「それで頼人先輩? さっきから触っているそれは何ですか?」

 

「これか? ドローンだよ。以前から装備科に開発注文していて、ようやく今日試作品が届いたんだ」

 

 そう言って俺は、先程から機体を触ったり、マニュアルを読んで確認作業を行っていたドローンを手にとって銀華に見せた。

 

「ドローン? それって確かラジコンみたいなものでしたっけ?」

 

「……うん。まあ、そんなところだ」

 

 銀華はドローンについて、いまいちよく分かっていないようだったが、それでも基本的には間違っていないし他の対魔忍に比べたらマシな方なので、俺は若干脱力しながらもそう答えた。

 

「でも何でドローンなんかを使うんですか? そんなもの使わなくても、頼人先輩には電磁蜘蛛がありますよね?」

 

「その電磁蜘蛛のサポートにこのドローンを使うつもりなんだよ」

 

 そう前置きすると俺はドローンを必要とする理由を説明した。

 

「確かに電磁蜘蛛は下手なドローンより高性能だ。だけど全ての任務に適しているわけじゃない。例えば敵の重要情報をパソコンから抜き取ったり、他にもターゲットの姿や汚職政治家の裏取引の現場の撮影とか、電磁蜘蛛では出来ないことは色々ある。それらに対応するためにドローンを用意したんだよ」

 

 俺がそう言うと銀華は感心したように頷く。

 

「なるほど……。でも忍者が機械に頼るって、らしくないっていうか……」

 

 相変わらずバイザーのせいで分かり辛いが、ドローンを見ながら戸惑った表情を浮かべる銀華。しかし彼女の言葉は俺にしてみれば少し的外れに感じた。

 

「おいおい、何を言っているんだ? 忍者はその時代で最先端の装備を整えて任務を遂行していたんだぞ?」

 

「え? そうなんですか?」

 

「昔の忍者は撤退時や敵を撹乱する時に煙玉を使っていたって記録は銀華も知っているだろ? 考えてみろ。その時代での煙玉は、専門の知識と火薬というその量が戦争の勝敗を決めるとまで言われた重要な素材で作られたハイテク兵器だったんだぞ?」

 

「あっ!?」

 

 そこまで説明すると銀華は今気づいたといった表情になる。

 

 そう、忍者という存在は任務をより確実に成功させる為に、その時代で最も性能が良い武器や道具を揃えてきた。だから俺がドローンといった道具を用意しても別に不思議ではないということだ。

 

「なるほど、納得しました。……でもあれですね? やっぱり頼人先輩って……」

 

「ん? 俺がやっぱりどうしたんだ?」

 

「何というか頼人先輩ってやっぱり対魔忍にしては珍しく忍者らしいですよね」

 

 …………………………。

 

「銀華」

 

「はい? どうしました、頼人先輩?」

 

「その言葉、自分で言って虚しくならないか?」

 

「………ごめんなさい」

 

「いいんだ」

 

 これ以上なく悲痛な表情になって深々と頭を下げて謝ってくる銀華。そんな彼女に俺は俺はそう返事をする事しかできなかった。



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二十三話

「それにしても貴方って、本当に規格外よね」

 

 その日。任務の話があるからと銀華と一緒に五車学園の学園長室に呼ばれた俺は、苦笑をするアサギにそう言われた。

 

「そうですか?」

 

「そうよ。両目が邪眼になって、ドローンみたいなハイテク兵器に興味を持って、魔族の討伐任務よりも偵察任務を得意として、オマケに報告書作成等の事務仕事もできる。貴方みたいな対魔忍はそうはいないわね」

 

 俺の言葉に即答するアサギ。

 

 いや、前半の二つはともかく、後半の二つはどうなんだよ? 討伐任務より偵察任務の方を、というのはまだいい。だけど事務仕事ができるのは珍しい、というのは対魔忍以前に社会人として色々マズくないか?

 

 そういえば以前、八津紫の兄で元レンジャーの対魔忍、現在対魔忍の裏方作業のほとんどを請け負っている(というかそうせざるを得ない)苦労隊……いや、九郎隊の隊長、八津九郎に会った時、「君には期待している。どうかそのままで一人前の対魔忍になってほしい」と言われたんだよな……。

 

「まあ、別にいいですよ。それより新しい任務は何ですか?」

 

「ええ、次の任務は……」

 

 今更対魔忍の脳筋ぶりにツッコミを入れても仕方ないので、俺は次の任務の内容を聞くことにした。

 

 アサギが言う新しい任務は、魔族の武装勢力に攻撃するので、突入班が攻撃を仕掛ける前にその武装勢力を偵察しろといういつも通りの任務。しかし任務に参加するメンバーに問題があった。

 

「偵察するのは俺で銀華が俺の護衛。それはいつも通りだしいいんですけど、突入班のメンバーがほとんどが未定な上に、五車学園の学生の中から選ぶ予定ってどういうことですか?」

 

 確かに俺や銀華、他にも学生のうちから任務についている対魔忍見習いはいるが、それでも魔族と戦わなければならない危険な突入班をほとんど学生で構成するなんてあり得ないだろ?

 

「それが……最近、小規模だけどいくつもの魔族の武装勢力が動いているの。だからその対処で人手が足りなくて……」

 

 俺の言葉にアサギは苦い表情となって答える。

 

 小規模の魔族の武装勢力が複数活動しているのは俺も知っている。しかしそれはほとんど学生だけで魔族と戦わせる理由にはならない。というかそうならないように人選を調整するのがアサギの仕事じゃないのか?

 

 そういう気持ちを込めてアサギを見ると、彼女は更に苦い表情となり、俺から視線を逸らす。

 

「と、とにかくこれは決まったことよ! お願いだから従ってちょうだい! ……いえ、従ってください」

 

 そう言って深々と頭を下げるアサギ。マジか? そんなに人手不足なの?

 

 しかし大の大人が中学生二人に頭を下げるなんて酷い絵だな。隣にいる銀華なんて俺にだけ聞こえる小声で「うわぁ……」とか言っているんだけど?

 

「……分かりました。その代わりに突入班に参加する学生、その何名かを俺が選んでいいですか?」

 

「貴方が?」

 

「はい」

 

 

 

 アサギは最初は渋っていたが、最終的に俺の提案を聞いてくれて、俺は今回の任務の突入班に参加する生徒のうちの四名を選んだ。その四名の生徒は……。

 

 相州蛇子。

 

 上原鹿之助。

 

 ニ車骸佐。

 

 そしてふうま小太郎。

 

 この世界の歴史、俺が前世で遊んでいた「対魔忍RPG」の中心人物達だった。



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二十四話

 五車学園の地下にある対魔忍の任務のブリーフィングに使われている部屋。そこに八人の男女が集まっていた。

 

 八人の男女は五車学園に在学している対魔忍見習いの生徒達であり、今回行われる任務の参加者だった。そして八人は四人が高等部で、残り四人が中等部と綺麗に二つのグループに分かれていて、中等部はグループの一人が落ち着かない様子で辺りを見回しながら口を開く。

 

「うわぁ……。一体どうして俺達が任務のメンバーに選ばれるんだよぉ……」

 

 口を開いたのは、中等部のメンバーで一番背が小さい上に茶色の髪を長く伸ばしていることから女性のようにも見える男の対魔忍見習い、上原鹿之助であった。

 

 鹿之助の声は今にも泣きそうなくらい震えており、それを聞いて彼の隣の席に座っていた女性の対魔忍対魔忍見習い、相州蛇子が話しかける。

 

「何を言っているのよ、鹿之助ちゃん? 任務を達成して皆に認めてもらえるチャンスじゃない」

 

「それはそうかもしれないけど、魔族と戦うかもしれないんだぞ!? 怖いに決まっているじゃないか? そもそも俺達まだ中学生なんだぞ?」

 

「情けない事を言うな鹿之助」

 

 相変わらず震える声で蛇子に反論しようとする鹿之助に、燃えるように赤い髪をした男の対魔忍見習い、二車骸佐が声をかける。

 

「蛇子の言う通りだ。これは俺達の力を知らせる絶好の機会だ。どんな任務だろうと関係ない。腕がなるぜ」

 

 不敵な笑みを浮かべて言う骸佐だが、そんな彼の言葉を高等部のグループが鼻で笑う。

 

「はっ! 何が『腕がなるぜ』だ。格好つけやがって」

 

「そうだな。口だけなら何とでも言えるさ」

 

「何だと!?」

 

 明らかにこちらを馬鹿にしている口調の高等部のグループの言葉に、骸佐は思わず席から立ち上がろうとする。しかし……。

 

「落ち着けよ、骸佐」

 

 そんな骸佐を中等部グループ最後の一人、ふうま小太郎が止める。

 

「言いたい奴には好きに言わせておけばいい。忍びは言葉や力ではなくて、行動で示すものだ」

 

 小太郎の声は決して大きな声ではなかったが、それでも今この部屋にいる全員の耳に届いた。

 

 対魔忍の中でも屈指の歴史を持つふうま宗家の嫡男に生まれながらも、未だに邪眼に目覚めていない落ちこぼれ。それが今までの小太郎の評価だったのだが、この二ヶ月くらいで急激に力を増し、今では体術と武術だけで忍法を使う同世代の対魔忍見習いと同等以上の実力を持つようになった。

 

 この事実は中等部だけでなく高等部の学生達の間にも広まっており、その事から小太郎を不気味な存在と感じるようになった高等部のグループは全員口を閉ざした。そしてそれを見て骸佐は内心で満足げな笑みを浮かべた。

 

(そうだ、それでいい。小太郎は未だに邪眼に目覚めていないが、それでも体術と武術を磨いたことで自信を持ち、こうして覇気を感じられるようになった。それに小太郎は昔から格段に頭がキレるからな。今の小太郎ならふうまの頭領であることに文句を言う奴はいないだろう)

 

 小太郎の発言により部屋の中は静寂に包まれた。そして誰も話さなくなってから数分後、突然一人の女性が扉を開けて部屋に入ってきた。

 

「皆、待たせちゃってごめんね。ちょっと準備に手間取っちゃって」

 

 部屋に入ってきたのは井河アサギの妹で、五車学園の教官でもある現役の対魔忍、井河さくら。彼女が今回の任務のリーダーであった。

 

「ほら、君達も早く入って。君達で最後だよ」

 

「分かりました」

 

「はい」

 

『『……………………!?』』

 

 さくらに続いて二人の男女が部屋に入ってきて、それが誰なのか見た小太郎をはじめとする、すでに部屋にいた八人の対魔忍見習い達は全員驚きで目を見開いた。部屋に入ってきた二人の男女、五月女頼人と獅子神自斉は五車学園で現在注目を集めている生徒だったからだ。

 

 五月女頼人。

 

 中等部三年に在学する対魔忍見習いだが、五車学園に入学してすぐに現役の対魔忍達と共に任務に参加しており、いくつもの偵察任務と暗殺任務を全て成功させている。更に元々は普通の眼だったが、両目とも邪眼に変化したことから、既に対魔忍でも上位の実力を持っていると噂されている。

 

 獅子神自斉。

 

 彼女も中等部二年に在学している対魔忍見習いだが、千年に一人しか使い手が現れないとされる神遁の術の使い手であり、対魔忍達に広く伝わっている剣術「逸刀流」の達人でもある。現在は頼人の護衛として彼と二人一組で行動しており、相性がいい事から頼人の評判が高まるごとに彼女の名前も知られるようになっていた。

 

 そして小太郎にとって五月女頼人は特別な人物で、彼と同じ任務につく事に驚きを隠せなかった。



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二十五話

「……どうやら先走ったヤツはいなさそうだな」

 

 俺と銀華とさくら、そして小太郎君を始めとする中等部の対魔忍見習い四人と高等部の対魔忍見習い四人による、不安と期待がごちゃ混ぜになった任務の当日。俺と銀華は攻撃対象である武装勢力のアジトから一キロ離れた所から偵察を行っており、偵察をしながら味方が功を焦って暴走していないことに胸を撫で下ろしていた。

 

 任務前のブリーフィングでは、中等部のグループと高等部のグループの間にピリピリとした空気が漂っていたから、てっきりどちらかのグループ……というか高等部のグループ(中等部のグループは小太郎君が上手くまとめてくれているだろうから)が暴走すると思っていたのだが。

 

「ええ、本当によかったです……」

 

 俺の言葉に銀華も安心した表情で頷く。彼女もまた俺と一緒に任務を行なっているうちに、暴走した対魔忍の先輩方に迷惑をかけられていたのだ。

 

「……でも頼人先輩? 今更なんですけど、任務の最大の障害が味方の暴走ってどうなんです?」

 

「本当に今更だな……。そんなこと、報告書を書く度に『任務の達成を最優先にするように徹底させろ』と書いているよ」

 

「それでその結果は?」

 

「……以前、アサギ校長とさくら先生と紫先生の三人がいた時に聞いたことがある。そしたら三人揃って土下座せんばかりの勢いで頭を下げてきた。三人とも直角九十度の綺麗なお辞儀だった。……あとは察してくれ」

 

「うわぁ……」

 

 俺の言葉に何とも言えない表情になる銀華。いや、本当に彼女の言う通りだ。任務の最大の障害が敵からの妨害とかではなくて、味方の暴走ってどうなんだと俺だって思う。

 

 そういえば、どの様な所でも馬鹿な味方が一番厄介で頭がいい敵の方がまだマシだ、みたいな事を昔の誰かが言っていたような気がするけど、本当にその通りだ。昔の人はいい事を言う。

 

 そんな事を考えながら偵察を終えた俺は敵の戦力を、武装勢力のアジトの近くで待機しているさくら達に報告した。

 

「偵察が終わりました。敵の数は三十人程。ほとんどはオークで武装はアサルトライフルとショットガン。ただし一人だけ用心棒なのか鬼族の戦士がいます」

 

『オッケー。皆、聞いていたね? それじゃあ突入開始!』

 

 無線機でさくらに報告すると、無線機越しにさくらが他の皆に突入合図を出したのが聞こえてきた。

 

 俺と銀華の任務は偵察だけだ。さて、それじゃあ皆の戦いぶりを見せてもらおうか。

 

 武装勢力のアジトに潜り込ませた電磁蜘蛛の視界から見る皆の戦いぶりはかなり手際がよかった。

 

 さくらは当然として中等部のグループも高等部のグループも、己の忍法を利用した戦いを見せて武装勢力のメンバーであるオーク達を次々と倒していく。そして小太郎君は……。

 

 

 武装勢力で一番強いとされる用心棒の鬼族と、一人で対峙していた。

 

 

 ふぁっ!? な、何をしているの小太郎君? 何で武装勢力で一番強そうな鬼族の戦士と対峙しているの? 時間稼ぎだとしても一人だけなんて無謀すぎるだろ?

 

「ほう? この俺に一人で挑もうとは……。人間の子供にしては中々度胸があるようだな。お前の名前を聞いておこうか」

 

「俺か? 俺はふうまの誇り高き魔獣、ふうま小太郎だ」

 

 ハイ、アウトォ! 小太郎君、◯ック・リー化が深刻なレベルにまで進行していないか? これって俺のせいか? 小太郎君がロック・◯ー化したのって俺のせいなのか!?



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二十六話

『『………』』

 

 小太郎君と鬼族の戦士がそれぞれ拳と武器を構えて睨み合う。他では対魔忍見習いの学生達とオーク達が怒号と悲鳴を上げながら殺し合いをしているが、二人の間だけは一瞬の隙も見逃さないという静かでいて張り詰めた空気が漂っていた。

 

「はっ!」

 

 最初に動いたのは小太郎君だった。小太郎君は一瞬で間合いを詰めると、目にも止まらない速度で拳と蹴りを鬼族の戦士に叩き込もうとする。

 

 しかし鬼族の戦士は両手に持つ槍を使い、小太郎君の攻撃を全て防いでみせた。

 

 確かに小太郎君はこの短い期間で驚くくらい強くなった。しかし鬼族の戦士にはまだ通用しないか。

 

 そう思ったのは俺だけでなく鬼族の戦士も同じようで、鬼族の戦士は小太郎君の攻撃を防ぎながら彼に嘲笑を向けた。

 

「人間にしてはかなり鍛えているみたいだが、俺には通用しないようだな!」

 

「そんなことは分かっている……よっ!」

 

「っ!?」

 

 小太郎君がそう言って右腕を振るった瞬間、鬼族の戦士が持つ槍が二つに断ち切られ、それと同時に鬼族の戦士の胸の辺りが小さく切り裂かれてそこから血が吹き出した。一体何事かと小太郎君の方を見ると、彼の右腕の籠手から一本の刀が飛び出していた。

 

「し、仕込み刀だと? ふざけた真似を……っ!?」

 

 初めて攻撃を受けた鬼族の戦士は槍を投げ捨てて小太郎君に掴みかかろうとしたが、それより先に小太郎君が投げた数本の手裏剣が鬼族の戦士の体に突き刺さる。

 

「今度は手裏剣か……!」

 

「ああ、それもただの手裏剣じゃないぜ?」

 

「何だ……ゴハァッ!?」

 

 小太郎君が左手に持っていた小さな機械を操作する。すると鬼族の戦士に突き刺さっていた数本の手裏剣が爆発し、爆発の衝撃で鬼族の戦士は悲鳴を上げて身をのけぞらせた。

 

「装備科に作ってもらった爆裂手裏剣だ。そして……そこだ!」

 

「っ! ガハァッ!」

 

 悪戯が成功したような顔で言うと小太郎君は鬼族の戦士に向かって跳躍して、鬼族の戦士の今の手裏剣の爆発で負傷した箇所に回し蹴りを叩き込み、負傷している箇所に強烈な追撃を受けては流石に耐えきれず鬼族の戦士は後ろに倒れてしまう。

 

「……! こ、この人間め! よくもやってくれたな」

 

 普通の人間ならば既に死んでいる武器と武術のコンビネーション攻撃。それを受けてもまだ鬼族の戦士は死んでおらず、怒りを露にして立ち上がってきた。

 

「………」

 

 だが小太郎君は立ち上がる鬼族の戦士に攻撃を仕掛けないどころか、まるでもう勝負がついたかのように構えを解いたのだ。一体どういうつもりだ、小太郎君?

 

「? 何だ? 何故構えを解く? まさか降参のつもり……がはっ!?」

 

 構えを解いた小太郎君を見て怪訝な表情を浮かべていた鬼族の戦士は、言葉の途中で突然口から大量の血を吐き、その場で膝をついた。

 

「な、何だ……これは……?」

 

「どうやら効果が出てきたようだな」

 

 小太郎君は自分の身に何が起こったのか疑問を抱く鬼族の戦士に声をかけると、先程蹴りを放った右足を上げてそこに履いている金属製のブーツを見せる。

 

「俺のブーツには対魔族用の毒針が仕込んであるんだよ。それをさっきの爆裂手裏剣で負傷した所に叩き込んで、毒をお前の体内に送り込んだってわけだ」

 

「っ!? さっきの仕込み刀も手裏剣も、その毒針の為に……!?」

 

 驚愕の表情を浮かべる鬼族の戦士に、小太郎君は獰猛な笑みを見せる。

 

「今の俺の力がお前に通じないのは承知の上だ。だけどな。そんな力の差を道具や工夫で補うのが人間なんだよ」

 

「これが人間の……対魔忍の戦い方……? 対魔忍、恐る、べし……」

 

 そこまで言って鬼族の戦士は地面に倒れて事切れてしまう。

 

 ……いやいやいや? ちょっと待って?

 

 もう何度言ったか分からないけど、小太郎君ってば強くなりすぎてない? というかハイテクな武器を使いこなして、この中で誰より「現代の忍者」やってない?

 

 なんていうか今の小太郎君の戦いを見ていたら、名前だけが「忍法」の超能力が使えるだけで対魔「忍」を名乗っている自分が恥ずかしくなってくるんだけど!?



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二十七話

 東京キングダムにあるとある高層ビルの一室。そこに十数名の人影が一つのテーブルを囲んで座っていた。

 

 その十数名の人影の中には人間だけでなく、オークやオーガを初めとした様々な魔族の姿が見えた。彼らはこの東京キングダムで暗躍していると武装勢力や犯罪結社、そして彼ら相手に商売をしている武器商人のリーダー達であった。

 

「それでは今回の議題はこの最近の対魔忍達の動きについてだ……」

 

 部屋に集まった人影の一人、スーツを着た人間の男がそう言うと、他の部屋に集まっていた他の者達が頷いて口を開く。

 

「そうだな。確かにこの二、三年の間、対魔忍によって壊滅させられた下部組織の数は今までよりも増えている……」

 

「対魔忍によってチンピラ達が間引きされているのはいつもの事だが、それでも俺達と同じレベルの組織が潰される事も増えている」

 

「それにこちらが狩れている対魔忍の数も少しだが減っているしな」

 

 ここにいる人間や魔族の組織は、東京キングダムに存在している闇組織の中では中級とされるレベルばかりであった。下級レベルの組織や組織に入ることさえできない弱小の魔族にとって対魔忍は、出会う事が死と直結している死神のような存在だが、彼らのような中級レベルの組織にとっては少々厄介だが少し策を練れば充分対処可能な存在でしかない。

 

 それなのにこの二、三年の間、一部の対魔忍が妙に手強くなり、中級レベルの組織が潰される件が続けて起こったのだ。

 

「昨日もある武装グループが対魔忍達によって潰された。その武装グループは規模こそは小さいが、鬼族の戦士を一人雇っていたらしい。だがその鬼族の戦士も含めて武装グループのメンバー全てが殺されていたそうだ」

 

「それで敵の対魔忍は何人倒せたのだ?」

 

 部屋に集まっているオーガが昨日起こった対魔忍による武装勢力への襲撃事件について説明すると、それに別の魔族が質問する。しかしオーガはその質問に首を横に振って答える。

 

「……武装グループのアジトにあったのは、その武装グループの死体だけ。対魔忍の死体は確認できなかったそうだ」

 

『『………』』

 

 オーガの言葉に部屋に集まっている人影達が僅かに緊張した表情となる。

 

「一体どういうことだ? 確かに対魔忍は強力な能力を持ってはいるが、ほとんどがその能力に頼ってばかりで、行き当たりばったりの戦いしか出来ない奴らだ。鬼族の戦士がいれば死人の一人や二人が出てもおかしくないはずだ」

 

「……もしや『アイツ』が関係しているのか?」

 

 人間の男が首を傾げて疑問を口にすると、魔族の男が考える素振りを見せて呟いた。

 

「アイツ?」

 

「お前も聞いたことがあるだろう? ……『蜘蛛の対魔忍』だ」

 

『『………』』

 

 魔族の男が人間の男に言うと、二人の会話を聞いていた者達の間に先程よりも強い緊張が走る。

 

 蜘蛛の対魔忍。

 

 それは東京キングダムの間で密かに噂されている一人の対魔忍のことであった。正体は不明だが蜘蛛の使い魔のような存在を操る忍法を使い、遠く離れた場所からの偵察や暗殺を遂行する、今までの正面からの戦いを好む対魔忍とは違う異色の対魔忍。

 

 先程までここにいる者達が話していた一部の対魔忍が妙に手強くなったり、中級レベルの組織が壊滅させられた件は全てこの蜘蛛の対魔忍が関わっているという噂があり、その噂は限りなく本当だというのがここにいる者達の見解であった。

 

「……その蜘蛛の対魔忍を放っておいたら、次は俺たちの誰かがソイツの餌食になるかもしれないな」

 

「ああ、そうだな。どうだろう? ここは一つ、その蜘蛛の対魔忍を調べてその情報を共有するというのは?」

 

『『異議なし』』

 

 部屋に集まった東京キングダムで中級レベルとされる闇組織のリーダー達の意見は一致して、その後彼らはどうやって蜘蛛の対魔忍の情報を集めるか相談を始めた。

 

 ……その数日後。東京キングダムの各地では、蜘蛛の対魔忍の情報を得た者、あるいは彼を殺した者には多額の賞金を払うという指名手配書が大量に出回る事になるのだった。



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二十八話

 小太郎君達と一緒に行った、魔族の武装勢力を襲撃する任務は無事終了した。それというのも小太郎君があのアジトにいた魔族の中で一番強かった鬼族の戦士を倒してくれたのが大きく、そのお陰で他の魔族の士気が下がり、任務に参加した対魔忍見習いの学生達は死傷者を出すことなく、武装勢力の魔族を全て倒す事が出来たのだ。

 

 俺にしてみれば任務に成功した事よりも、小太郎君の成長した姿を確認できた事の方が大きかった。

 

 確かに小太郎君は今だに邪眼に目覚めてはいないが、体術と武術で下手な対魔忍よりも強いし、己自身も「駒」の一つとして戦いの流れを作る頭のキレもある。正直、強力な忍法が使えるが正面からの突撃するしか能のない対魔忍と小太郎君、どちらと組んで任務を行うかと聞かれたら、俺は小太郎君と即答するぞ。

 

 前世で遊んだ「対魔忍RPG」でも小太郎君は中々のリーダーとしての器を持っていたが、この世界の小太郎君はそれ以上の器を持っている様に感じられた。このまま成長したら彼は多くの仲間を作り、今の「対魔忍=猪武者」な現状も変えてくれるだろう。

 

 俺は転生特典で便利な忍法や邪眼を与えられたが、その根はただの小市民にすぎない。だから俺にできる事といったら対魔忍の任務をなんとか達成して生き抜くことしかできないが、小太郎君のような次世代のリーダーがいれば対魔忍の未来も少しは期待が持てるだろう。

 

 そう思って一安心した俺だったが、どうやらこの世界はやはりというか甘くないようだ……。

 

 

 

「……さくら先生? 何ですか、コレは?」

 

 小太郎君達と一緒に行った任務を終えてから数日後。いつものように五車学園の資料室で任務の報告書を作っていた俺は、そこにやって来たさくらから見せられた一枚の紙を見て思わず渋い顔となって彼女に質問した。

 

「これ? これは最近、東京キングダムで配られている五月女君の手配書だよ」

 

「………」

 

 さくらから見せられた紙には文章やら写真やらが書かれていて、それを見て大体の事は理解してはいたが、改めて言われるとヘコむよな……。

 

 その紙には俺に関する情報だけで最大二百万、俺を殺したら五千万、そして生かしたまま捕まえたら一億の賞金を支払うと書かれていた。これだけでも泣きたくなるのに、更に気が滅入るのは同じ紙に書かれている魔族が想像した俺の予想図だ。

 

 魔族が想像した俺の予想図は、紫色の変対魔忍スーツ(変態っぽい対魔忍スーツの略)を身にまとい、

 

 両腕に◯ビルスーツの◯ゴックのような鍵爪を装備していて、

 

 顔には◯タンドの◯・グレイトフルデッドのような目が八つあるデザインの仮面を被っている、見るからに怪しい変質者であった。

 

 何コレ? 俺ってば一体いつから下半身も備えたパーフェクト・ザ・グレイトフルデッ◯になったんだよ? プロシ◯ート兄貴は何処にいる?

 

 俺は自分の首に最大一億の賞金がかかっている事よりも、魔族達からこんな姿だと思われていることに涙を禁じ得なかった。

 

 ……というか俺の情報、一体何処から漏れたんだよ? 責任者出てこい。



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二十九話

 さくらからパーフェクト・◯・グレイトフルデッドの絵……じゃなくて俺の手配書を見せられて正直かなり凹んだその日の夜。俺は不思議な夢を見た。

 

 夢の中の俺は何もない真っ白な大地をただひたすらに歩いていて、しばらくするとどこから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

【歴史ノ中心人物ノ一人「ふうま小太郎」ガ、貴方ノ影響ニヨリ、本来ノ歴史ニハナイ大幅ナぱわーあっぷヲ果タシマシタ】

 

 それは俺がこの世界に転生をしてきた時に電磁蜘蛛を与えてくれたり、転生特典の強化ボーナスとやらで両眼を邪眼にしてくれた光の玉から聞こえてきた声だった。

 

【コレニヨッテ貴方ヲ、歴史ニ影響ヲ与エル因子ト認メラレマシタ】

 

 その声は相変わらず録音された音声を再生する機械のような抑揚のない声だったが、どこか俺を祝ってくれているように感じられた。

 

【結果、貴方ノ人生ノ難易度ガ「イージー」カラ「ノーマル」ニ変更サレマシタ。コノ人生ノ難易度ハ貴方ノ意思デハ変更スル事ハ出来マセン】

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。

 

「って! ふざけるなぁっ!?」

 

 夢の中で聞こえてきた声の聞き捨てのならない発言に、俺は思わず叫んで飛び起きた。目を覚ますと俺は大量の汗をかいていて息も荒く、慌てて周りを見回して今いるのが学生寮にある自室だと確認してようやく安心する事ができた。

 

「はぁ……! はぁ……! ゆ、夢か……! 全く、何て夢だよ。俺の人生の難易度が上がる? 一体どういうことだよ?」

 

 ただでさえ危険だらけに対魔忍の世界で、まだ学生なのに社畜のような扱いを受けているっていうのに、この上更に酷い目に遭うのかよ? というか難易度イージーって何? 俺的には難易度ハードの人生を送っていたつもりだったのに、まだイージーだったの?

 

「本当、俺の手配書といいあの夢といい、最近ろくな事がないな……ん?」

 

「すぅ……。すぅ……」

 

 俺が額に手を当てて悩んでいると、隣から誰かの寝息が聞こえてきた。首を横に向けて寝息が聞こえてきた方を見るとそこには……。

 

「んん……」

 

 何故か寝巻き姿で普段使っている刀を抱きかかえている銀華が、俺の横で安らかな寝顔をして眠っていた。

 

「……………はい?」

 

 銀華? 一体どうして彼女が俺の部屋で、というか同じベッドで眠っているの? というかどこから入ってきた? 俺は寝る前は必ず部屋の戸締りをして最低二回はチェックをしている。そしてドアには元から付いている鍵だけでなく、なけなしの給料(ただしまだ見習いなので、普通の対魔忍より安く日給五万円)で三つ追加の鍵を取り付けているのに?

 

 俺は不思議に思って上半身を起こしてドアの方を見た。すると視線の先では……。

 

 取り付けていた鍵が全て綺麗な断面で見事にぶった切られたドアが虚しく開いていた。

 

「……………」

 

 これって間違いなく銀華の仕業だよね? なんか最近後輩兼任務のパートナーが俺に急接近しすぎていて怖いんですけど?

 

 俺の安息の地は一体何処だ?



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三十話

 皆さん、お久しぶり。あるいは初めまして。五月女頼人です。

 

 今俺はいつも通り対魔忍の任務中なのですが、皆さんに一つ質問がしたいのですがよろしいでしょうか?

 

 質問というのは俺の対魔忍見習いとしての待遇についてです。

 

 対魔忍見習いは基本的に五車学園の学生で、普段は五車学園で対魔忍としての訓練を受けると同時に中等部から高等部の授業を受けている。そしてその学生の中で特に強力、便利な忍法が使えたり成績が優秀な学生が、五車学園の高等部を卒業して「一人前」とされた対魔忍達と同じように任務を与えられる。

 

 五車学園は国からの援助を受けているので授業料を払う必要は無く、五車の里に家がない生徒には学生寮が用意されている。そして前回の話で少し言ったかもしれないが、任務に参加した対魔忍見習いには通常の対魔忍より安いが日当で五万円が支払われる。

 

 授業料、生活費の全額を国が負担してくれて一回の任務で日当五万円。これだけを聞けばかなりの好条件に思えるかもしれないが、よく考えて欲しい。

 

 ここでいう生活費とは学生寮の家賃や食費などの必要最低限のものだけで、それ以外に個人的に必要だと思うものは自腹で購入するしかない。

 

 そして対魔忍の任務というのは目的地への移動、作戦行動の下準備、作戦行動時間までの待機、そして作戦の実行等と色々時間がかかり、ほとんどが二十四時間労働。日当五万円と言っても時給にすれば50000÷24=2083.3で、二千八十三円となる。

 

 対魔忍の任務は一歩間違えば大怪我……いや、大怪我で済めばまだいい方で、任務に失敗すれば敵に殺されたり輪姦されたりする危険なものばかりだ。その上、任務が終われば報告書を作って提出する義務があり、報告書作成の時間の事を考えれば時給は更に下がる。

 

 トドメに俺の任務は電磁蜘蛛を使っての遠距離からの偵察と暗殺。そして今回は魔族の武装勢力の偵察をして、それを突入班に知らせてサポートする任務だったのだが……。

 

『んほおおぉっ!? そこは駄目ぇっ!』

 

『こ、壊れちゃううっ!』

 

『もう入らない! お願い! 犯さないデェ!」

 

 突入班の対魔忍は相変わらず、俺が渡した情報をろくに聞いておらず全員で真正面から敵のアジトに突入。その結果、突入班は全員敵の罠にはまって捕まってしまい、現在敵の魔族達に輪姦されているのを俺は電磁蜘蛛の目から見ていた。

 

 ちなみに今回の任務、武装勢力のボスだけはなんとしても始末するように厳命されていて、突入班が全滅した以上は俺が電磁蜘蛛とライトイーターを使って、武装勢力のボスを暗殺しなければならなくなったわけだ。

 

 いくら遠距離からの活動に徹していて危険は少ないものの、それでも万が一失敗すれば即座に人生終了。しかも仲間のほとんどは協調性が無くこちらの足を引っ張って、その尻拭いは全てこちらがしなければならない。

 

 そんな仕事を日当五万円、時給にしたら二千八十三円で週一でしなければならない学生生活。果たしてこれは恵まれているのだろうか?

 

 皆さんはどう思うのか是非教えて欲しい。

 

 

 

「頼人先輩? 泣いているみたいですけど、どうしたんですか?」

 

「いや……。対魔忍の先輩方がいつもの如く全滅しているのを見ていたら、なんだか虚しくなってな……」

 

「それは……。が、頑張ってください、頼人先輩。私はいつも先輩を支えていますから」



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三十一話

 五車学園に入学して対魔忍見習いになってからの俺の生活は、学校の授業、対魔忍としての訓練に任務、報告書の作成、そしてほんの僅かな休日。これの繰り返しで、死亡フラグがいたる所に乱立している対魔忍の世界で生き残る為とはいえ、ゆっくりと休む時間というのは中々取れなかった。

 

 はい、そこ。「まるで社畜みたい」だとか言わない。というか本当に言わないで? 泣きそうになるから。

 

 だって仕方がないだろ? 対魔忍の任務は基本的に拒否する事が出来なくて、もし対魔忍の任務を拒否したり失敗したりすると自宅か五車学園の地下にある懲罰房で数日間謹慎された上に、まだ対魔忍見習いのくせにエリート意識だけは人一倍強い生徒の皆さんから白い目で見られるんだから。

 

 嗚呼、俺をこんなクソッタレな対魔忍の世界に放り込んでくれたこの世界の俺の両親よ、呪いアレ(血涙)。

 

 とにかくそんな対魔忍見習いとしての生活を送っているうちに、気がつけば中学生生活も残りわずかとなり、俺は中学最後の春休みを迎えた。そしてその春休みの初日、俺は終業式を終えるとすぐに、俺についてきた銀華と一緒に職員室へやって来ていた。

 

「春休みでの訓練室の使用許可、ねぇ……。五月女君ってば相変わらず真面目なんだね」

 

 俺が職員室へやって来た理由は五車学園にある戦闘訓練用の訓練室を春休みの間、使用する許可をもらう為で、それを聞いたさくらは感心したような表情で俺を見ていた。

 

 もちろん春休みは実家には戻らない。実家はこの五車の里から遠く離れているし、それにもし今両親の顔をみたら◯ンダムSEEDの○ラみたいに「どうして俺を対魔忍にしたの?」と弱音を言ってしまいそうだからだ。

 

 今職員室にいるのは俺と銀華とさくら、そしてさくらと同じ教師である八津紫と様子を見にきたアサギの五人。さくらの言葉に頷いた紫は銀華に目を向けて質問する。

 

「それで獅子神も春休みの間、訓練室を使用したいということか」

 

「は、はい。私もこの忌神の力を少しでも使いこなしたいですから……」

 

 紫の言葉に銀華は僅かに俯き、顔のバイザーを手で触れながら答える。

 

「分かりました。そういう事なら訓練室の使用を許可します」

 

『『ありがとうございます』』

 

 訓練室の許可を出してくれたアサギに俺と銀華は一緒に頭を下げて礼を言う。するとアサギは俺達に向けて笑みを浮かべる。

 

「さくらも言ったけど、本当に貴方達は真面目ね。特に五月女君はただでさえ優秀な上、両眼が邪眼になっているのに」

 

「その邪眼を使いこなすために訓練をしたいんです。『使える』と『使いこなせる』じゃ大きな違いがありますからね。俺は『忍法万能病』にかかる気はありませんから」

 

『『忍法万能病?』』

 

 俺がアサギにそう返すと、彼女だけでなく銀華にさくら、紫、全員が首を傾げる。

 

「……忍法に目覚めた対魔忍のほとんどは自分の忍法を過信しすぎている。『自分にはこの忍法があるからどんな敵にも勝てる。例えピンチになっても忍法があるから大丈夫』だと。

 そして忍法に目覚めていない対魔忍はそれをやる気を出さない言い訳にしすぎている。『自分はいつかきっと強力な忍法に目覚める。だから今活躍出来なくても仕方がない』と。

 自分の力に誇りを持つのも、自分の未来に期待するのもいいですけど、あそこまでいけば病気です。ですから忍法万能病」

 

「……耳が痛い話ね」

 

『『………』』

 

 思うところがあるのかアサギが苦い顔となってそう言い、彼女の隣にいるさくらと紫は額に手を当てて、俺の隣の銀華は深く何度も頷いていた。

 

「でもそう考えて努力を惜しまない貴方の言葉だからこそ、あのふうま君もあそこまで変われたのでしょうね。……ねぇ、五月女君? もし良かったら、春休みの間、私の家に泊まってくれない? 貴方にあってほしい人がいるの」

 

 どうやら俺が小太郎君の○ック・リー化の一因である事をアサギは知っているようで、彼女はそう言った後、急に変わった提案をしてきた。

 

「俺が学園長の家に? それにあってほしい人って誰ですか?」

 

「その子はコウく……沢木浩介といって、今私が面倒を見ている対魔忍見習いの子なんだけど、まだ忍法に目覚めていなくて悩んでいるみたいなの」

 

 沢木浩介? なんだかどこかで聞いたような名前だな? というか嫌な予感がスッッッッッゴクしてくるんだけど?



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三十二話

 最初、俺はアサギの口から出た人物が誰か分からなかったが、数秒後に思い出すのと同時に背中に大量の冷や汗が吹き出たのを感じた。

 

 沢木浩介。

 

 彼は「対魔忍アサギ3」のストーリーに欠かせない、ある意味重要人物と言えた。

 

 浩介は既に故人となっているアサギの結婚相手の弟で、兄の死後はアサギとさくらの井河の家に引き取られている。

 

 そして浩介は井河直属の下忍、つまりは古くから続く対魔忍の家系に生まれながらも長い間忍法に目覚めておらず、肩身の狭い思いをしてきた。しかしアサギはそんな彼を決して見捨てず実の弟のように可愛がって、それが理由で浩介は、死んだ兄の嫁と分かっていながらもアサギに恋愛感情を懐くようになった。

 

 だがそんなアサギに対する恋心をつけこまれて、浩介は人間の保険医として五車学園に潜入していたエドウィン・ブラックの部下である魔界医フュルストの、アサギを攻略するための「駒」にされてしまう。

 

 フュルストによって浩介は「女性を強制的に発情させる」という忍法が使えるようになり、彼はその忍法を使用(というか悪用)してアサギとセックスをして、最終的にアサギを妊娠させる。するとフュルストは浩介を不気味な人面肉ボールにして、彼と彼との間にできた子供を人質にすることでアサギを捕まえるのだった。

 

 もう前世の記憶は朧気だが「対魔忍アサギ3」のバッドエンドの一つには、浩介は肉ボールのままで洗脳されたアサギと魔族が心から愛し合ってセックスしている現場を見せられて、無念の涙を流すパターンもあったはずだ。

 

 この事から分かるように沢木浩介という人物は「対魔忍アサギ3」で最大の被害者であると同時に最大の戦犯である。

 

 というか念願の忍法が使えるようになって嬉しいのは分かるが、それを実の家族のように接してくれた恩人に使うか、普通? そもそもアサギは死んだとはいえ兄の嫁、つまりは義理の姉なんだろうが? それを強制的に発情させて行為に及んで妊娠させるなんて、いくら原作がエロゲだといってもやり過ぎだろうが?

 

 もうその存在事態がトラブル系のイベントフラグであるアサギとさくらの家に泊まるというだけでも恐ろしいのに、そんな厄介な未来を持つ浩介と会うだなんて嫌すぎる。訓練室の使用許可はもらったのだし、井河家の訪問は丁重に断ろうとしたその時、俺はあることを思いついた。

 

 それは浩介と接触することで「対魔忍アサギ3」のイベントを何とか回避できないかというもの。

 

 確か「対魔忍アサギ3」で対魔忍は、エドウィン・ブラックの組織ノマドの影響を受けた日本政府からとかげの尻尾切りを受けて、壊滅的被害を受けていたはずだ。だが「対魔忍アサギ3」の一応主要人物である浩介の行動を見張っていれば、対魔忍が日本政府から切られる未来も回避できるんじゃないか?

 

「学園長、その沢木浩介君ってどの学年なんですか?」

 

「コウ君の学年? 新学期が来たら中学三年生になるから獅子神さんと同じね」

 

 確か……「対魔忍アサギ3」開始時の浩介は高校一年だった……はずだ。だとしたらまだ一年くらいの猶予があるってことか。

 

「……分かりました。学園長とさくら先生が迷惑でなかったら、泊めてもらえませんか」

 

「ええ、こちらこそお願いするわ」

 

「うんうん。歓迎するね」

 

 俺が井河家に泊めてほしいと言うと、アサギとさくらの二人は嬉しそうに笑って頷いた。

 

 この世界が「対魔忍RPG」の世界になるか、それとも「対魔忍アサギ3」の世界になるか、この春休みで見極めてみせる。そう心の中で呟いて俺は気持ちを引き締めたのだが……。

 

 

「五月女先輩! 俺と勝負してください!」

 

 

 初めて浩介に会うなり、最初から敵意が最高潮の彼に勝負を申し込まれた俺は、一体どうしたらいいか分からなくなった。

 

 いや、本当に何で俺ってば初対面の浩介にここまで嫌われているの?



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三十三話

 話は十分程遡る。春休みの間、アサギとさくらの家に泊まることになった俺は、終業式の次の日に着替えなどを持って彼女達の家にと訪れた。

 

 ……そしてそんな俺の隣には何故か銀華の姿もあった。

 

「えっと……銀華? 何で君まで一緒についてきているんだ?」

 

「そ、その……。私も学園長の家に泊まることにしまして……。ちゃ、ちゃんと許可はもらっていますよ?」

 

 俺が質問すると銀華は顔を横に向けて言い辛そうに答える。

 

 いや、アサギ達の許可をもらっているのだったら別にいいけど、何で銀華までアサギ達の家に泊まろうと思ったんだ? それにどうしてそんなに気まずそうに顔をそらすんだ?

 

「……まあ、いいか。それじゃあ、呼び鈴押すぞ?」

 

「はい」

 

 多分これ以上銀華に聞いてもアサギ達の家に泊まろうと思った理由は話してくれないと感じた俺は、一先ず疑問を置いておくことにして、玄関のチャイムを押した。するとすぐに、まるで家の人間が俺達が来るのを中で待っていたかのように玄関が開いた。

 

「………」

 

 玄関を開いて俺と銀華を出迎えたのはアサギでもさくらでもなく、俺より少し年下といった感じの少年だった。その少年は顔立ちが中々に整っていて、爽やかに笑えばさぞ絵になったと思うが、今の彼は完全な無表情でどこか敵意を感じられる目を俺のみに向けていた。

 

「……五月女頼人、先輩ですね? 俺は沢木浩介って言います」

 

 少年、沢木浩介は俺の名前を呼んで自己紹介をしてくれたが、何というか俺の名前に無理矢理「先輩」をつけた感じがした。

 

「君が沢木浩介君か。君のことは学園長から聞いているよ。五月女頼人だ。今日からしばらくお世話になる」

 

「……どうも」

 

「獅子神自斎です。わたしも今日からしばらくお世話になります」

 

「………」

 

 俺が自己紹介すると、浩介は相変わらず無表情で小さく返事をして相変わらずこちらを探るような目で見てきて、銀華のことは眼中にないのか彼女の挨拶を無視していた。

 

 ……なんか感じ悪いな。何で浩介の奴、初対面の筈の俺に対してここまで警戒しているんだ。

 

『『………』』

 

 とりあえず全員の自己紹介は終わったのだが、浩介はまるで俺達……というか俺を家に入れたくないかのように最初の位置から動こうとせず、俺達はしばらくの間お互いを見つめあうことになった。本当に何なんだ、この状況?

 

「コウ君? 誰か来たの……って、五月女君に獅子神さん。いらっしゃ「あの!」……え?」

 

 一体これはどういう状況なんだと俺と銀華が困惑していると、家の奥から私服姿のアサギが姿を現した。そして彼女が俺と銀華に気づいて声をかけようとした時、突然意を決した表情になった浩介が声をあげた。

 

 どうやら浩介は俺しか視界に入っていないみたいで、銀華にも今現れたアサギにも気づいておらず、こちらを指差して叫んだ。

 

「五月女先輩! 俺と勝負してください!」

 

 ……………ハイ?

 

 浩介の奴、今何て言った? 俺と勝負しろって? 何故? というか何で俺ってば初対面の浩介にここまで敵視されているんだ? 俺、後輩に恨まれるようなことしたっけ?

 

「ええっと……? ちょっと落ち着いてくれ浩介君。何でいきなり勝負なんか……」

 

 俺は頭の中で大量のハテナマークを浮かべながら、とりあえず浩介を落ち着かせて勝負を挑んできた理由を聞こうとしたのだが、興奮している彼は俺の言葉なんか聞きもせずに言葉を続ける。

 

「それで俺が勝ったら……アサギ姉さんとの子作りは諦めてください!」

 

「ナヌ?」

 

「………」

 

 浩介の口から出た予想だにしなかった言葉に、俺は思わず間の抜けた声を出し、隣にいる銀華は何故か責めるような目でこちらを見てきた。

 

 いやいや、待って? ちょっと待って? 銀華、何でそんな汚物を見るような視線を俺に向けるの? バイザーで分り辛いけど、これでも結構付き合いが長いからそれくらい分かるんだからね?

 

 というか浩介君? 俺はただ君に会って欲しいとアサギに頼まれたからこの家に泊まりに来たのに、それが何でアサギと子作りすることになっているんだ?



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三十四話

「~~~! コウ君!」

 

 浩介の意味不明な言葉についに我慢できなくなったのかアサギが叫ぶ。それによってようやく我に帰った浩介は彼女の存在に気づく。

 

「……え? あ、アサギ姉さん? いつからそこに?」

 

「貴方が五月女君に勝負を挑んだあたりからよ。それよりどういうこと? どうしてあんな馬鹿な事を言ったの?」

 

「そ、それは……」

 

 怒ればいいのか呆れればいいのか分からないといった感じのアサギに、浩介はなんとか答えようとする。その姿からは先程までの敵意は感じられず、これでようやく話が聞けそうだ。

 

「そうだな。それは俺も聞きたいな。何で俺がこの家に泊まる事が学園長と子作りをするって話になったんだ?」

 

「……それは、五月女先輩は優秀なのに、誰とも子作りをしたって噂を聞かないから……」

 

「? 何で俺が優秀だったら誰かと子作りすることになるんだ?」

 

 気まずそうに視線を逸らしながら答える浩介の言葉に、俺がますますわけが分からなくなって首を傾げていると、隣にいる銀華が言い辛そうな表情で口を開いてきた。

 

「そういえば頼人先輩は、中学生になるまで五車の里の外で生まれ育ったんですよね。……実は五車の里では優秀な対魔忍は、複数の相手と子作りする事が黙認というか陰ながら推奨されているんです」

 

 ………銀華は一体何を言っているんだろう? 優秀な対魔忍は複数の相手と子作りをしていい? 五車の里全体がそれを黙認している?

 

「………」

 

「………」

 

 俺が視線だけでアサギに今の話が本当かどうか問うと、彼女は渋い顔で頷いて答えてくれた。……マジですか。

 

「なぁ、銀華? 日本では重婚は犯罪だぞ? それは当然分かっているよな?」

 

「はい。でも子作りするだけで結婚をするわけではないですし……。それに頼人先輩?」

 

 俺の言葉に頷いた銀華はそう答えてから一度言葉を切り、こちらを見てきた。

 

「何だ?」

 

「対魔忍の任務は危険なものばかりです。これは頼人先輩は当然知っていて、今までに何人もの対魔忍が任務中に死んだり魔族に拐われたりしたのを見てきましたよね?」

 

「それは、まあな……」

 

 今度は俺が銀華の言葉に頷く。対魔忍の任務が危険なのは身にしみているし、彼女の言う通り任務中に死んだり魔族に拐われたりした対魔忍は、任務で毎回見ている。助けられるのは電磁蜘蛛やライトイーターを使って直接助けたり、後続の部隊に救援要請を出しているが、対魔忍の任務を任され始めてから今まで百人以上の死亡者と行方不明を見てきた。

 

「任務の度に失われる対魔忍の穴を埋めるために、五車の里は常に出来るだけ多くの、そして優秀な新たな対魔忍を必要としています。だから五車の里は優秀な対魔忍に複数の相手と子作りする事を陰ながら推奨しているんです」

 

 戦国時代の忍者か、対魔忍は? いや、戦国時代の忍者の方がまだ待遇マシなんじゃねぇの?

 

 任務の度に対魔忍が何人か死ぬか行方不明になるから、その穴を埋めるために多くの対魔忍の子供を作る? ふざけるな。任務の度に犠牲が出るのが分かっているなら、数を補充するんじゃなくて犠牲が出ないように工夫しろよ。今までバンバン被害者が続出しているのに対魔忍の戦力が減らないなと、内心でちょっと疑問だったけど、そんな方法で戦力を維持してきたの?

 

 というか俺ってば、一応優秀だと周りから認められているから、複数の相手と子作りすることを五車の里に黙認されているの? ……全然嬉しくねぇ。何その全然嬉しくないハーレム? そんなの更に柵が強くなる上に、子供は対魔忍確定とロクでもない未来しかないじゃないか。

 

「五月女先輩は周りだけでなく、アサギ姉さんも家で優秀だと言うくらい凄い対魔忍だし、忍法だけでなく邪眼も二つ持っているじゃないですか? だから五月女先輩は近いうちに誰かと子作りして邪眼を持つ対魔忍を作るんだと、皆が話していて……その矢先に五月女先輩が春休みの間、ウチに泊まりに来ると聞いたからそうなんだと……」

 

 不安そうに俺を見てくる浩介の言葉に俺は頭が痛くなりそうな気分だった。というか家の中ではアサギが額に手を当てているのが見えた。

 

「……銀華? もしかしてお前がここに来たのって浩介君が言うように、俺が学園長と子作りをすると疑っていたからか?」

 

「………………………………………すみません」

 

 俺が質問すると銀華は長い沈黙の後で蚊の鳴くような声で謝ってきた。

 

 この後輩達は俺のことを何だと思っているんだ? これはこの春休みの間にキッチリと話をつける必要があるみたいだな。



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三十五話

 五車学園の体育館、そこで二人の対魔忍見習いの男子学生が対峙していた。

 

 一人は紺色のツナギのような戦闘服を着た五月女頼人で、もう一人は紫色の対魔忍スーツを着た沢木浩介であった。

 

 浩介は右手に忍者刀を構えているが、頼人の方は左手に弓を持ってはいるが矢をつがえていないどころか、右手に矢を持ってすらいない。

 

 普通に考えれば近距離に適した忍者刀を構えている浩介の方が、遠距離用の武器である弓をただ持っているだけの頼人よりも有利である。しかし浩介の表情には余裕など微塵もなく焦りと疲れが色濃く浮かんでおり、対する頼人は無表情で浩介からは何の驚異も感じられないといった感じで彼を見つめていた。

 

「………くぅっ!」

 

 頼人と浩介がしばらくの間睨み合った後、先に動いたのは浩介であった。

 

 浩介は距離を詰めると頼人に向けて忍者刀を振るう。「見習い」の文字がつくとは言え、対魔忍である浩介の攻撃の速度は常人より遥かに速いのだが、その動きはどこかぎこちなく頼人は最小限の動きで浩介の攻撃を回避する。

 

「この! この! 当たれよ! 当た……え?」

 

 自分の攻撃を全て避けられて焦る浩介。そして十回目の攻撃が空振りで終わった瞬間、彼の視界から頼人の姿が一瞬で消えた。

 

「五月女先輩っ!? 一体何処「ここだよ」……に?」

 

 頼人の姿を見失った浩介が慌てて周りを見回そうとした時、彼の背後から頼人の声が聞こえてきた。浩介の後ろにいる頼人は既に弓に矢をつがえており、その矢は彼の後頭部に狙いを定めていた。

 

「それでどうする?」

 

「……降参します」

 

 弓を構えたまま頼人が聞くと、浩介は両手を上げて自分の敗北を認めた。そしてそれを頼人と浩介の二人から少し離れた場所で見ていた銀華は、バイザーで表情は分からないがつまらなそうな声で言った。

 

「これで頼人先輩の十戦十勝ですね」

 

 

 

 沢木浩介君、弱すぎない?

 

 俺と銀華がアサギ達の家に泊まるようになってから早三日。アサギに「出来たら浩介の訓練も見てくれないか?」と頼まれたのでとりあえず十回程練習試合をしてみたのだが、今の感想しか出てこなかった。

 

 いや、本当に何これ? 一応訓練はしているみたいで身体能力は同学年の対魔忍見習いと同じか多少低い感じだが、肝心の戦闘技術は完全に我流……というかデタラメで、隣で見ていた銀華なんて呆れているんだけど?

 

「………浩介君? 君の戦い方はどういうことなんだ? 何というか、その……最初からずっとぎこちない感じだったけど?」

 

「そ、それは……」

 

 俺が言葉を選びながら聞くと、気まずそうに視線を逸らして事情を説明……するかと思ったら、何やら言い訳みたいな話を延々と言い始めた。そしてその言い訳を簡単にまとめると次のようになるらしい。

 

 浩介は、死んだ兄の失敗(魔族に捕まって人質になったことでアサギも魔族に捕まって輪姦された)に加えて未だに忍法が目覚めていないことによって、周囲からの風当たりが非常に強い。それもあって戦闘訓練で練習試合をしようものなら、同級生達からの私刑に発展しかねないので、今まで自主練ばかりをして練習試合を避けていたそうだ。

 

 そして風当たりが強いのは五車学園の中だけでなく五車の里でも同様で、学校の授業のない休みの日などはあまり外に出ない半分引きこもりのような生活を送っているらしい。家の中にいる間は当然ながら体術の訓練はしておらず、しかし学園の成績が悪いとアサギやさくらが心配するので、その分勉強に精を出していたと浩介は言う。

 

 これらの話を聞いて俺は「うん。これは強くなれないな」と大いに納得した。離れた場所で同じく話を聞いていた銀華も同じようで、バイザーで分り辛いが今彼女はきっと呆れたような表情をしているのだろう。

 

 確かにそんな周囲からの風当たりが強い状況では、あまり他者に関わりたくないのは分かるが、それでも一応アサギの役に立ちたいと思っているのなら、学業よりも体術の訓練を優先すべきだろう?

 

 というか浩介ってば最初、俺に挑戦状叩きつけてきたよね? 確かに俺は遠距離がメインで近接戦は苦手だけど、それだけで勝てると思われていたの?

 

 もしそうだとしたら、ちょっと泣きたくなるんだけど?



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三十六話

 さて、どうしたものかな……?

 

 俺は浩介の実力を見て内心で頭を抱えていた。

 

 今回俺がアサギの頼みを聞いて浩介と模擬戦をしたのは、彼が「対魔忍アサギ3」のように敵の手駒に墜ちる未来を防ぐためだ。「対魔忍アサギ3」で浩介が人間の保険医に化けて五車学園に潜入したフュルストの口車にあっさりと乗ってしまったのは、周囲の環境だけでなく、未だに忍法に目覚めず対魔忍としての自信が無いことも原因なのだと俺は思う。

 

 だからこうして模擬戦をすることで、鍛えれば俺みたいな遠距離からの忍法メインの対魔忍でもここまで戦えることを見せて、あと浩介にも小太郎君並の体術のセンスがあれば体術の訓練をすすめるつもりだったのだ。

 

 しかし十回も模擬戦をして分かったが、浩介には体術のセンスはなかった。それこそ欠片も、悲しくなるくらい全くなかった。

 

 俺はこれでも中学一年生の頃から偵察の任務につき、敵味方の戦いをずっと見てきたので、相手の力量を測る目はそれなりに鍛えられている自信がある。

 

 それで浩介の体術のセンスがどれくらいかというと………本人達の名誉のためにここでは本名を伏せておくが、対魔忍Mさんか対魔忍Yさんの作戦立案能力並と言えばご理解頂けるだろうか?

 

 ここまで体術のセンスが無ければ、体術の訓練を強要したり、小太郎君の話をしても逆効果だと思う。勿論、最低限自分の身を守れる力量を得るくらいには体術の訓練はしてもらうが、それ以上の訓練をただやみくもにやらせてもし体を壊してしまったら、浩介は今度こそ心身ともに立ち直れない気がする。

 

 今彼に必要なのは、少しでいいから目に見える形で対魔忍としての実績を出してアサギの役に立つ方法だ。それさえ見つければ浩介も自分に自信がつき「対魔忍アサギ3」みたいに、目覚めていない忍法を目覚めさせるなんていう、あからさまに怪しいフュルストの口車に乗らない確率が上がるはずだ。

 

 しかしそんな、忍法も体術も無しで対魔忍として活躍して、対魔忍の総隊長であるアサギの役に立つ方法なんて都合のいいものがあるか? そんなものが本当にあったら活躍する対魔忍がもっと増えて、俺も楽ができるはずだし……ん?

 

 そこまで考えたところで俺は、体育館の壁際に置いてあった自分の荷物を見つけ、一つのアイディアが脳裏に浮かび上がった。これならもしかしたら上手くいく……のか?

 

 壁際に置いてある荷物を取って浩介のところへ行くと、浩介は体育館の床に座り込んで何やら呟いていた。

 

「やっぱり俺なんか……。いや、まだだ……忍法、忍法さえ目覚めれば……。忍法に目覚めれば俺だって……」

 

 うわぁ……。

 

 どこか虚ろな目をしながら呟く浩介に俺は思わず引いて、隣で見ていた銀華なんかドン引きの表情となっていた。これって俺が現実を知らせて浩介を凹ませたことになるのか?

 

 以前俺は、忍法を心の支えにしすぎて油断したり、やる気を出さない者を忍法万能病と言っていたが、それはある意味正しかったと思う。忍法万能病はもはやれっきとした精神の病で、虚ろな目をしている浩介は忍法万能病に心を蝕まれた重度の病人だった。

 

 この時点ですでに、浩介はいつか自分に強力な忍法が目覚めて、それによって対魔忍として活躍してアサギに認められる未来を妄想することだけが心の支えとなっていた。彼がここまで追い詰められたのは、周囲の影響が大きく同情の余地があるのだが、それでも俺はあえて次の言葉を浩介に投げかけた。

 

 

「なぁ? 忍法に目覚めたとしても、それが役に立たなかったらどうするんだ?」

 

 

「………………………………………え?」

 

 俺の言葉に虚ろな目をして呟いていた浩介は驚いた顔となってこちらを見上げてきた。そしてその顔色は、気のせいか先程よりも悪く見えた。

 

 どんな武器や能力も使い方次第では大きな力となるが、それ自体の力の強弱や使い易さ使いにくさというのは確かに存在する。

 

「対魔忍アサギ3」で浩介がフュルストとから与えられた女性を強制的に発情させる忍法というのは、女性相手では大きな効果を出せるかもしれない。だが強くて便利な忍法かと聞かれれば否で本人も多分望んでいた能力ではないだろう。

 

 そう考えると、彼がこの忍法を使ってアサギを襲ったのも、自分が得られたのが望んでいたのとは違う強力でも便利でもない忍法である事実に絶望して、自棄になったせいでもあるかもしれない。

 

「目覚めるかどうかも分からない、目覚めても役に立つかどうかも分からない忍法をアテにするより、今あるもので頑張る方がいいと思うぞ?」

 

「………さい」

 

 俺がそう言うと浩介は何かを呟いて立ち上がりこちらを睨みつけてきた。その目には初めて会った時以上の敵意が宿っていた。

 

「うるさいんだよ! アンタに俺の何が分かるんだよ! アンタみたいに強力な忍法が使えて! 対魔忍として活躍して! アサギ姉さんにも認められているアンタなんかに俺の気持ちが分かってたまるかよ!」

 

 俺に向かって叫ぶ浩介の目尻には涙が浮かんでいた。うん、そうだな。俺がこんな事を言っても上から目線の無神経な言葉にしか聞こえず、彼を苛立たせるだけだろう。浩介が怒る気持ちは理解できる。

 

 ……だから銀華さん? いつでも浩介を斬り捨てられるように、彼の背後で抜き身の刀を上段で構えるのはやめてね? その怒った表情と合わせて凄く怖いから。

 

「気に障ったようなら謝るよ。でももし、忍法も体術も無しに対魔忍として活動できて、学園長に認められる方法があるとしたらどうする?」

 

「………え?」

 

 気を取り直して俺がそう言うと、怒りの表情だった浩介は一瞬で呆けたような顔となった。よし、食いついた。

 

「とりあえず、『コレ』を使って俺の真似事でもしてみるか?」

 

 そこまで言って俺は壁際に置いてあった自分の荷物を持ち上げて浩介に見せた。

 

 浩介に見せた荷物、それは以前装備科に作ってもらった特製のドローンと、それを制御するための小型ノートパソコンであった。



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三十七話

 結局春休みは浩介にドローンやパソコンを使った事務作業を教えたり、筋トレの面倒を見るのがメインで終わった。

 

 自分の訓練があまり出来なかったのは少し心残りだが、浩介にドローンやらパソコンやらをすすめたのは俺なのだから一応基本的な事が出来るところまで面倒は見るべきだろう。それにこれがきっかけとなって浩介が自信を持てば「対魔忍アサギ3」のフュルストのフラグも消えるかもしれないので、そう思えば浩介の面倒を優先するのも苦にはならなかった。

 

 実際パソコンを使った事務作業を覚えた浩介は春休みの終り頃になると、自宅で任務を終えた対魔忍が提出してきた小学生の作文レベルの報告書のチェック……というか主に誤字脱字の訂正を泣きそうな顔でしていたアサギを手伝っていた。それによってアサギは純粋な感謝の言葉を浩介に言って、本人も満更ではなさそうな顔をしており、この調子でいけばフュルストに騙されることもないだろう。

 

 ……まあもっとも、浩介に事務作業を教え始めたばかりの頃「報告書の作成? それが何の役に立つんです?」と馬鹿にするような目をして言われた時には、一度本気で見捨ててやろうかと思ったが。

 

 とにかくそんなことをしているうちに春休みが終わって俺は高校一年生に、銀華は中学三年生にと進学した。しかし学年が一つ上がっても俺達の扱いが変わることはなく、俺と銀華は始業式が終るといつもの如く対魔忍の任務が与えられるのであった。

 

「頼人先輩。私達に対魔忍の任務が出ました。今夜にも出てほしいそうです」

 

 始業式が終り、学生寮にある自室に帰ろうとすると、俺のクラスにまで来た銀華が自分の携帯に送られた任務のメールを見せてきた。

 

 最近、任務等の連絡は全て銀華に送られるんだよな。それに任務の日当も何故か彼女から渡されているし、もしかして俺ってば徐々に私生活を銀華に管理されていってる? ……まさかね。

 

「そうか。それで任務の内容は?」

 

「いつもと同じ魔族の武装勢力の偵察です。武装勢力への襲撃は別の部隊が行うそうなのですが……」

 

 俺が聞くと、銀華は自分の携帯に送られた任務のメールの内容を説明してくれたのだが、途中で言葉が切るとその表情を嫌そうに歪めた。……これってまさか。

 

 銀華はあまり表情を表に出さない性格で、そんな彼女がここまで嫌そうな表情を浮かべるのは珍しい。俺は銀華がこのような表情をする理由に一つ心当たりがあり、嫌な予感を感じつつも彼女に質問する。

 

「銀華、一体どうしたんだ?」

 

「……………頼人先輩ももう気づいているでしょう? 今回の襲撃部隊には『あの先輩』がいるんです」

 

 あー……やっぱりか。

 

 銀華の言葉を聞いて俺は嫌な予感が当たっていたことを知り、内心でため息を吐くのであった。



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三十八話

 行きたくないなぁ……。

 

 対魔忍の任務の当日。俺は任務のブリーフィングをするための作戦室に向かいながら、内心で深いため息を吐いた。

 

「頼人先輩? 一体どうしたんですか?」

 

 そうしていると隣を歩いている銀華が憂鬱になった俺の気分を察したのか、こちらを見上げて訊ねてきた。

 

「あー……。いや、なんでもないよ」

 

「……やっぱり今回の任務に参加する『あの人』の事ですか?」

 

 俺は誤魔化そうとするが長い間コンビを組んでいた銀華は全てお見通しだったようで、俺が今回の任務に行きたくない理由を口にしてきた。

 

 そう、対魔忍の任務は基本的に全て乗り気ではない俺だが、今回は特に乗り気ではなく、叶う事ならば今すぐにでも逃げ出したい気分だ。それもこれも今回の任務には厄介な人物が一人参加しているからだ。

 

 俺は頭の中で一人の対魔忍の顔を思い浮かべるともう一度内心で深いため息を吐いた。そしてそうしている間に作戦室に辿り着き、俺達が作戦室に入るとそこには三人の女性の姿があった。

 

 作戦室にいた三人の女性達は、今回の任務で魔族の拠点に攻撃を仕掛ける役割の対魔忍で、しかも三人共周囲から名前を知られる程の手練ればかりである。

 

 鬼崎きらら。

 

 由利翡翠。

 

 上月佐那。

 

 鬼崎きららと由利翡翠は俺と同じ学年の対魔忍見習いで、すでにいくつもの任務を経験して並みの対魔忍を超える実力を持っているとされる注目株であり、上月佐那は二年前に卒業した先輩で銀華と同じ逸刀流の達人として知られている現役の対魔忍である。

 

「………」

 

 銀華はきららの姿を確認すると無言で俺の前に立ち、それと同時にきららが俺達に気づく。

 

「あっ。頼人、やっと来たんだ……って、獅子神ちゃんは一体何をしているのかな?」

 

「……別に。私の勝手じゃないですか、鬼崎先輩」

 

 俺に向かって話しかけてきたきららは、銀華が俺の前に立っているのを見て若干不機嫌そうな顔となって言い、銀華の方も不機嫌そうな声で返事をする。

 

 きららとはこれまでにも何回も同じ任務に参加した仲である。実の父親に母親を殺されたという悲しい過去から重度の男性不信であったきららは、最初こそは俺の情報を無視して独断で敵陣に突っ込んでいくという行動を何度も行なっていた。しかしある任務で敵の罠に捕まったきららを俺が助けた事をきっかけに、彼女は少しだけだが男性不信が治って俺に心を開いてくれるようになった。

 

 今では俺ときららは学園でもそれなりに話すし、一緒に昼食をとるくらいまでに仲良くなっていた。しかしそれと同時に最初こそはそれなりに友好的であった銀華ときららは、俺の時とは逆に険悪とまでは言わないが互いに敵視をしているような関係になってしまっていた。

 

 流石に任務中に争うような事はしないが、それでも学園内では銀華ときららがお互いに無言で睨み合っているという光景が何度も目撃されている。一体二人とも何が気に入らないんだ?

 

「え、え~と……。そ、それで一人足りないみたいだけど『彼女』はまだ来ていないのか?」

 

「来ていない」

 

「……ん。そうだね。まあ、まだ時間になっていないし、そのうち来るんじゃない?」

 

 今回の任務に参加するのは、きららを初めとする魔族のアジトに襲撃する役割の対魔忍四名に俺と銀華を入れて六名であと一人足りない。このままだと銀華ときららの間の空気が荒みそうだったので俺が皆に聞くと、翡翠が部屋の天井を見上げながら答え、続いて佐那が手に持っていた缶チューハイを一口飲んでから言う。

 

 そうか「彼女」はまだ来ていないのか。……このまま来ないでくれたらいいのに。

 

 翡翠と佐那の言葉を聞いた俺は思わずそう心の中で呟いた。

 

 これまでに俺はきららだけでなく翡翠と佐那とも同じ任務を何回も共にしていて、その実力も人格も理解している。三人共クセは強いが対魔忍の中では珍しく、本当に珍しく、非常に珍しく信頼できる人材である。

 

 だからきらら達三人と行動できるのは幸運だと思うのだが……問題は最後の一人だ。正直な話、「彼女」と行動するデメリットだけできらら達と行動できるメリットが消滅していると俺は思う。

 

「私が最後か?」

 

 俺がそんな事を考えていると背後から聞き覚えがある女性の声が聞こえてきた。背後を振り返るとそこには俺が予想した通りの人物、今回の任務に参加する最後の対魔忍の姿があった。

 

 秋山凛子。

 

 それが俺の後ろに現れた対魔忍の名前だ。この世界の原作に大きく関わるゲームの一つ「対魔忍ユキカゼ」のサブヒロインで、「対魔忍RPG」でも準主役級のキャラクターであった。



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三十九話

 今回の任務は最初から嫌な予感がしていた。

 

 任務の内容は魔族の武装勢力の拠点を偵察して、そこを襲撃する襲撃部隊のサポートをするという、いつもと同じ慣れた仕事。

 

 襲撃部隊はきららに翡翠、佐那さんと対魔忍としては珍しい実力と忍びとしての判断力を合わせ持つ(きららは最初こそは怪しかったが)優秀な対魔忍ばかり。

 

 これだけを見れば失敗する可能性と命の危険が非常に低い楽な任務に思えるのだが、ここに「秋山凛子」という要素が加わった瞬間、俺の中で今回の任務の難易度が一気に跳ね上がった。

 

 確かに凛子は優秀な対魔忍だ。

 

 俺と同じまだ高校一年(ちなみに同じクラス)でありながら逸刀流の剣術は達人クラスだし、千里眼から瞬間移動まで幅広く応用が利く空遁の術にも目覚めていて、正面からの戦闘では俺なんかが十人、二十人束になっても敵わないだろう。その上正義感が強く、仲間思いであるため周囲からの信頼も厚い。

 

 しかしその反面、凛子はその戦闘能力と反比例しているかの如く、策を弄した戦いの才能がない。全くない。悲しいくらいない。

 

 俺は今回の任務とは別に、過去三回凛子と同じ任務に就いた事があるのだが、その三回のうち二回の任務で彼女は敵の罠に引っかかって捕まっているのだ。しかもその罠がちょっと気をつければ気づける子供騙しな罠なのに、そこに一直線に自分から飛び込んでいくのだからフォローのしようがない。一応その罠に引っかかって捕まった二回は俺が救出しているのだが、もし俺の救出があと少し遅ければ、凛子は原作のゲームと同じく十八禁的な責め苦を受けていただろう。

 

 そりゃあ、原作のゲームで穴だらけの杜撰な侵入計画を立てて自分から性奴隷になったり、敵の罠にあっさり引っかかって肉便器になりますよ……。

 

 しかも彼女は先程も言ったように戦闘能力が非常に高くて周囲からの信頼も厚く、だからこそ彼女の暴走を止められる人物が少ないからタチが悪い。

 

 そして秋山凛子が任務に加わった事で俺が感じた嫌な予感は、任務開始からわずか十分後、見事に的中するのであった。

 

 

 

 任務開始から十五分後。俺と銀華、きららと翡翠に佐那さんの五人は今、敵の拠点から一キロ程離れたビルの屋上にいた。

 

「……頼人先輩。秋山先輩はどんな様子ですか?」

 

 俺の隣にいる銀華が話しかけてくるが、その声は明らかに疲れている様子だった。そしてきらら達三人もまた、疲れたような表情をしているのが見ないでも気配で伝わってくる。

 

 今の俺は敵の拠点に潜入させている電磁蜘蛛と視覚を同調させており、電磁蜘蛛の眼から拠点の様子を見ながら銀華に質問に答える。

 

「駄目だな。秋山の奴、完全に気絶して敵に捕まっている」

 

『『ああ……』』

 

 俺が電磁蜘蛛の眼から見た光景を説明すると、銀華達四人が同時に頭を抱えた。

 

 何故任務開始から僅か十分と少しで、凛子だけが敵に捕まっているのか簡単に説明すると次のような展開となる。

 

 一、敵の拠点を偵察していた電磁蜘蛛が、拠点内部にある倉庫で対魔忍らしき捕虜が捕まっているのを発見。

 

 二、俺が敵の戦力と拠点に対魔忍が捕まっていることを報告すると、それを聞いた凛子が対魔忍の捕虜を助けるべく空遁の術で敵の拠点に単身で突入。そして敵の大多数を瞬殺。

 

 三、敵の大多数を瞬殺した凛子は、敵の生き残りの確認もしないまま倉庫に直行して捕まっている対魔忍を助けようとする。しかしその対魔忍はすでに敵に洗脳されていて、対魔忍が隠し持っていた麻酔針を刺された凛子は意識を失って、生き残っていた敵に捕まってしまう。

 

 これがこの十分に起こった出来事である。

 

 確かに一人で敵の大多数を瞬殺する実力は凄いと思うし、捕虜になった対魔忍を一刻も早く救いたいとする気持ちも立派だと思うが、もうちょっと考えて行動しろと凛子に言いたい。というかせめてきらら達と一緒に行動しろよ。そしたら麻酔針を刺されて意識を失っても敵に捕まらずにすんだのに。何の為に部隊を組んであると思っているんだ?



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四十話

 任務開始から僅か十分で凜子が敵に捕まるというトラブルがあったものの、その後の任務はあっさりと終了した。

 

 凜子と捕虜の対魔忍を連れてどこかに逃げようとする魔族の武装勢力の生き残りを電磁蜘蛛が追跡して、その行き先を先回りしたきららと翡翠と佐那さんが一網打尽にするという非常に楽な展開で、そのことを見れば武装勢力の大多数を瞬殺してくれた凜子には感謝しても……いや、感謝はないな。

 

 とにかく魔族の武装勢力を無事(?)殲滅した俺達は凜子と捕虜の対魔忍を連れて五車の里に帰還。そして帰還してすぐに凜子と捕虜の対魔忍の二人を対魔忍専用の病院へと送った。

 

 幸い凜子と捕虜の対魔忍は命に別状はなかったが、凜子は麻酔針に使われた麻酔が、捕虜の対魔忍は洗脳の際に使われたと思われる薬物が思いの外強力だったようで数日は入院するとのこと。

 

 そしてその結果、凜子が出す分の今回の任務の報告書を、何故か俺が自分の分と合わせて提出する事になり「秋山の奴、いつか覚えていろよ」と思わずグチを呟いた俺は悪くないと思う。

 

 ……しかし俺はまだ知らなかった。今回の不幸がまだ終わりでない事を。

 

 

 

 任務が終了した翌日の朝。銀華は五車学園の学生寮にある頼人の部屋の前に来ていた。

 

「頼人先輩、もう朝ですよ。早く支度をしないと学園に遅刻しますよ?」

 

 銀華は頼人の部屋のドアをノックして声をかけるが中からの返事はなかった。

 

「先輩? 頼人先輩?」

 

 再度ドアをノックして声をかける銀華。しかしやはり返事は返ってこなかった。

 

「……」

 

 それから数秒ドアを無言で見つめていた銀華は、学生服の下に忍ばせていた忍者刀を取り出し上段に構えると、それを躊躇うことなく振り下ろした。

 

「はっ!」

 

 短い気合いの声と共に振り下ろされた銀華の忍者刀は、頼人の部屋のドアの隙間を通過し、頼人がドアに設置した五つの鍵(総額二万五千四百円)を全て切断する。そして慣れた様子でドアの鍵を無効化した銀華は、ドアを開けると頼人の部屋へと入っていった。

 

「頼人先輩、早く起きてください。もう時間が……?」

 

 銀華は部屋の中を見回すが頼人の姿はなく、やがて彼女は机の上に一枚の紙が置かれている事に気付く。

 

「これは手紙? 一体何が……!?」

 

 机の上に置かれていた手紙を手にとり、そこに書かれていた文章を読んだ銀華は凍りついたかのように体を硬直させる。その手紙にはこう書かれていた。

 

 

【対魔忍であることに疲れました。探さないでください】

 

 

「ら、頼人先輩……? 対魔忍を辞めて出て行った? 私を置いて? う、嘘ですよね……?」

 

 手紙を読んだ銀華は大量の冷や汗を流し、虚ろな目となってここにはいない頼人に問いかける。しかし彼女の問いに答える者は誰もいなかった。

 

「い、い、いやぁあああーーーーー!」

 

 

 

「い、い、いやぁあああーーーーー! ……って、アレ?」

 

 自分の悲鳴で目を覚ました銀華が周囲を見回すと、そこは見馴れた学生寮にある彼女の自室であった。

 

「ゆ、夢……?」

 

 先程の出来事が夢であったことに銀華は安堵の息を吐くと、ベッドから起き上がって学生服に着替える。

 

「そ、そうよね……。頼人先輩が私を置いて対魔忍を辞める訳がないよね……。

 確かに対魔忍の任務は命懸けな上にお給料は安いけど、一緒に任務をする人達は誰もこちらの話を聞いてくれないけど、報告書の作成みたいな事務仕事は他の人の分までしていつも徹夜だけど、学園長や先生達から無茶なことばかり頼まれているけど……。

 それでも対魔忍を辞めたり……しな……」

 

 学生服に着替えながら自分に言い聞かせるように呟く銀華だったが、自分を安心させようとした行為は頼人が対魔忍を辞める理由を再確認させて逆に彼女を不安にさせた。そして銀華が自らの内から沸き上がる不安に言葉を失った丁度その時……。

 

『嘘ぉっ!? 頼人! 私を置いて何処に逃げ……夢っ!?』

 

「………!」

 

 学生寮の別の部屋から壁越しにきららのどこか聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきて、銀華は即座に自室から飛び出し頼人の部屋へと走るのだった。

 

 

 

「……よし、ようやく報告書が完成したぞ」

 

 学生寮の自室で自分と凜子の報告書を製作していた俺、頼人は今回の任務の報告書の作成を丁度今終えたところだった。

 

 窓の外を見れば僅かに日が昇り始めているが、そんなのは些細なことだ。いつもだったら凜子だけでなく、任務に参加した対魔忍全員の報告書も作成するはめになって、とても一日では終わらない。今回は自分で報告書を書けるきらら達だけが任務に参加していて本当に助かった。

 

 報告書の作成もひと段落ついた俺は買い置きしておいたブラックの缶コーヒーを一つ開けて飲む。この対魔忍の任務をするようになってからは、眠気を覚ましてくれる上に香りが楽しめるブラックの缶コーヒーがとても美味しく感じる。

 

 以前、今のように徹夜で報告書を作成した後でブラックの缶コーヒーを飲んでいるところをアサギとさくらに見られた時は、涙を流した二人に同情された挙句、次の日には「五車学園で一番ブラックの缶コーヒーが似合う学生」というよく分からない称号を与えられたが、それでも仕事が終わった後のこのコーヒーブレイクは止めることができないでいる。

 

「さて、今からだったら一時間くらいは仮眠が取れるかな……ん?」

 

 流石一睡もしないのは色々と危ないので、せめて一時間くらいは仮眠を取ろうかなと思ったその時、突然地響きみたいな振動が起こった。しかもその振動は徐々に大きくなっている上に、気のせいかこの部屋に近づいて来ているような気がして……一体何なんだ?

 

「頼人先輩!」「頼人!」

 

 俺が突然の振動に首を傾げた次の瞬間、何やら必死な表情となった銀華ときららがドアを粉砕して俺の部屋に突撃してきた。そしてその際に生じた衝撃は凄まじく、二人の突撃による衝撃波は俺の部屋にあるもの全てを破壊し尽くした。

 

 無論、俺と凜子の報告書のデータが記録してあるノートパソコンも……。

 

 嗚呼、俺の二十時間近い努力が一瞬でパー……。

 

 俺が一体何をしたって言うんだ……。



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