愛を知らない二人 (諸星おじさん)
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愛を知らない二人
文とはたてがなんか話してる感じで。
私の勝手な設定
はたては文や椛と比べると年齢が低め(当然妖怪基準の話だが……)。
はたての両親はそこそこの地位にいる。
天狗の最高位『天魔』の役職は世襲制ではない。
鬼がいなくなった山では、妖怪たちの統制はもっとも年長の妖怪である『長老』と、最も強い妖怪である『天魔』との合議制で計られている。
は「はぁ」
文「どうしたのはたて、ため息なんかついちゃって。もっと能天気じゃないとらしくないじゃない」
は「うるさいわね、あっち行ってなさいよ」
文「そうはいかない、珍しく仕事に出てきたと思ったら、詰め所でうだうだやってるだけ。何かあったんでしょ?」
は「あーあ、その言い方だと、もう知ってるみたいね」
文「何のことでしょう、私にはさっぱりわかりません」
は「私ね、今度お見合いするの」
文「いいじゃない、お見合い。美しいはたて姫と釣り合うとなると、高鼻天狗様のご子息ですか」
は「やっぱり知ってるじゃん」
文「いやいや、裏は取れてなかったし」
は「相変わらず、射命丸文の情報収集能力には舌を巻きます」
文「お褒めいただき光栄です。で、何か不満なの?」
は「良くも知らないやつとくっつけられそうになってるのよ、親の都合で」
文「親の都合で何か問題が?あなたがぐーたら引きこもっていられるのも、その親のおかげじゃない」
は「それ言われると耳が痛いわね」
文「だからもう腹を決めなさいよ。上手く事が運べば、いずれは妖怪の山を背負って立つお方ですよ。そうすれば、はたてはめでたく天魔夫人」
は「それで幸せかなぁ」
文「うらやましがる奴は多いでしょう、間違いなく。身近なところでは椛とか」
は「あいつは権力の犬だから仕方ない」
文「そう、だから私たちの新聞の意義もわからない。権力に打ち勝つには情報が一番」
は「あんたもあんたで胡散臭いけどね」
文「何か言いたげね」
は「まあちょっと見てなさいよ」ガサゴソ
文「なあにこれ?随分大きな写真、私のうちわよりも大きい。それに、こんなに引き伸ばしてるのにとてもきれいでいいわね」
は「でしょ」
文「でも、これは何の変哲もない人里の写真、これが何か?」
は「左端に月の兎がやってる団子屋が写ってるでしょ。そこで団子を買ってる二人」
文「え~、っこれは……」
は「そう、一人はあんたよね。人間に化けてるけど、知り合いが見ればあんただってわかる」
文「そう、撮る側のつもりだったけどいつの間にか撮られていたと。こんな無防備にお団子を頬張って、いやはや恥ずかしい」
は「この期に及んでごまかさないで。重要なのはもう一人のほう」
文「この男性が何か?」
は「それ、さっき話に出た高鼻天狗様よね」
文「はい?」
は「いやだから、あんたって不倫してるんだよね」
文「この写真はあなたが?」
は「いや、念写だよ。最近やたら画質のいい写真が念写できるようになった。たぶん外からいい写真機を持ち込んだ奴がいるのね」
文「そう。いや全く心当たりがないわ。この私としたことが、情報戦において後手をとるなど」
は「で、不倫してるんだよね?」
文「それって、そんなに重要?」
は「いや、ちょっと気になっただけ」
文「いいじゃない、人里をこっそり視察してたら高鼻天狗様もいらっしゃって、お団子をごちそうになった。それだけ」
は「へぇ、三回も?」
文「……」
は「私が念写できた限りでも、団子屋にいる写真は三枚、ご丁寧に一枚ずつ店は違うけど。あとは一緒に能を見てる写真とか」
文「もういい、この話はもうやめ」
は「まあそう焦んないでよ。別にこれを記事にしたりしない」
文「あら、新聞記者としてはどうかと思いますが、個人的には感謝しておきますよ」
は「私ね、ちょっと気になっただけなの。私にお見合いしろとか説教するやつがどんな素敵な恋をしてるのか」
文「恋……」
は「なんで親もあんたも、私が結婚して当然みたいな言い方で迫ってくるのかと思って。絶対しなきゃいけないって規則でもあるの?」
文「いいえ、そんなものはないよ」
は「じゃあなんで、私は一人が好きなの。一人でいる時間が何より好きなの。そこにどうしてもう一人ねじ込もうとするの」
文「なんだかなぁ」
は「何よ」
文「はたて、ちょっと子どもすぎませんか」
は「どういうこと?」
文「そもそも結婚というのは、家という組織を大きくするための儀式なんです。恋愛の結果じゃありません」
は「はぁ、そうなの」
文「組織は大きくなればなるほど盤石になる。統治機関がしっかりしていれば、だけど」
は「それで、その統治機関が私に結婚しろと命じるのは?」
文「有力な方を招いて自分の組織を大きくしたり、より大きな組織との橋渡しのために、結婚はある」
は「なるほど」
文「あなたが所属する組織が大きくなるのは、あなたのためにもなる」
は「そう、でも私は一人が好きなの」
文「ですから、そのためにはまず家を出なければ。いや、ここまで来るともう山を出るしか、しかしそんなことをすれば追手が来るかも」
は「だからあんたに話聞きたいんじゃない」
文「と、いうと?」
は「あんたって、明らかに組織の和を乱す存在じゃない。不倫してるんだし」
文「それで?」
は「どうしてそれでもあんたは平気な顔してられるのかと思って。それがわかれば、私も上手く立ち回れそうな気がする」
文「まず誤解があるみたいだけど、私は組織の和を乱してなんかいないわ」
は「その言い方はいくらなんでも面の皮が厚すぎるわよ」
文「事実だもの、私は奥さんにとって代わろうなんて思ってないから」
は「そうなんだ、でもそれってずっと二番目でいるってことじゃん。辛くない?」
文「その発想がまず子ども。愛に一番も二番もない。ただ愛されてればそれが何番目かなんて些細なこと」
は「……」
文「私のやってることが不倫だろうがなんだろうが、愛されているという事実があればもうそれで満足よ」
は「でもさぁ、それって根本的に、愛されてるのかな?」
文「なんですって?」
は「だって、もしだよ? もし周りにばれちゃったらさ、文はどうなるの」
文「それは、なんらかの罰を受けるでしょうね」
は「いくらうまい事やったって、今回みたいなことがあればいつかばれる。ばれたら、自分の愛する人は周りから責められる。これがわかっているのに、それでも別れないのはなんか不思議」
文「お互いが求めあっていればしょうがないのよ」
は「求めあうってさ、文は愛情かもしれないけど、高鼻天狗様は、愛情なのかな」
文「どうしてそう思うの?」
は「だからさ、愛している人が、いずれはひどい目に合うってわかってるのに、それでも何もせずに今のままいるっておかしくない?」
文「ですから、これよりほかに変わる必要なんかないの」
は「いや違うって、愛情があるっていうならおかしいよ。文が好きなら、今の奥さんと離婚してでも、文とくっつかなきゃ、文を守れないよ」
文「私は守られるほど弱くないわ」
は「問題はそこじゃないよ。いくら文が強くったって、自分のせいで不幸になることに抵抗が無いなんて、残酷すぎるじゃん」
文「……」
は「愛してるっていうなら、どんな手を使ってでも文を守らないと変だよ」
文「あなた恋愛小説でも読みましたか? 命を懸けて守ってくれる王子様なんてこの世にいないんですよ」
は「そんなの知ってるよ。で、いざって時に守ってくれない男がいるのも知ってる」
文「何が、言いたいの」
は「文は、愛されてないよ。身体目当てがせいぜい」
文「はたて、言っていいことと悪いことがあるわ」
は「でもね文、私もちょっと文の気持ちわかるよ」
文「はい?」
は「だってさ、私だって愛されてないし。娘が結婚したくないっていうのに、無理矢理結婚させようとするなんてさ、私のこと何とも思ってないからできるんじゃん」
文「あんたと一緒にしないで。生活能力0のはたて姫が生きていくには、有力者と結婚させるのが一番。それだって愛よ」
は「詭弁だね、そもそも子どもの身を案じているなら、生活能力0になる前に、いくらでも打つ手はあったはず」
文「この期に及んで口だけはよく回る……」
は「いやだからさ、私たち、愛されてない同士なんだねってこと。記事にならないどうでもいいことからはさっさと退散するあんたが、こうやって食って掛かってくるんだから、思うところあるんでしょ」
文「うるさいわね」
は「手が震えてるよ。親から愛されてないって初めて気づいたとき、私もそうなったもん」
文「同情してるつもり?」
は「同情なんかしないよ。ただ、文に私のこととやかく言ってほしくないだけ。大人の恋愛してますって顔がムカついたの」
文「そう、それは悪かったわね」
は「はいはい、それはいいよ。親に愛されてないのは私のせいもあるし、仕方ないのかも。でも」
文「でも?」
は「愛されてみたいなぁ」
文「ふっ」
は「なんでそこで笑うの?」
文「そんなことできるわけないじゃないですか。愛されなかった人は、誰かを愛することもない。そして誰かを愛せない人は、誰からも愛されない」
は「実体験?」
文「まあね」
は文「「愛ってなんだろう?」」
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