母の危機感と家庭の味。 (スポポポーイ)
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母の危機感と家庭の味。

 ある日の休日。

 比企谷家ヒエラルキーの頂点に君臨する彼女は、我が子である息子と娘を引き連れて、南船橋駅前の大型商業施設へと足を運んでいた。

 何か目的があった訳ではない。なんとなく虫の知らせのようなものを感じて、渋る息子をおど……説き伏せ、訝しがる娘をばいしゅ……お小遣いをチラつかせることで自宅から連れ出したのだ。

 

「……んで? 何買うんだよ、母ちゃん」

「ん? 特にこれといってないけど?」

「え、じゃあ俺いらないじゃん。荷物持ちとか不要じゃん」

「どっちかと言えば、お兄ちゃんがお荷物だもんね」

「……そう思うならもっと大事に扱え。お兄ちゃんのガラスのハートが割れちゃうでしょ」

「なら『取扱注意』のシールでも貼っとく? お兄ちゃん、ちゃんと体重を二十五キロ以下まで落としてね」

「やだこの妹、実の兄をゆ○パックする気まんまん!?」

 

 背後で交わされる愉快な兄妹の会話。頭痛を堪えるように額へ手をやる母の心境は如何に。

 

「……黙れ馬鹿兄妹。お菓子買ってあげないわよ」

「俺らは小学生か」

「お兄ちゃん、シャラップ!」

「お菓子で釣られよった、この妹……」

 

 呆れたようにツッコミを入れる兄とは対照的に、目をキラキラと輝かせて兄を黙らせにかかる妹。

 どうやらそんな餌に釣られたクマならぬ妹が一匹いたらしい。

 

「よし、小町は好きなお菓子買っていいわよ」

「やったー! なら小町はあそこのスイパラ行くね!!」

「……やっぱり駄菓子で我慢しろ、この馬鹿兄妹」

「なぜ俺まで巻き込まれたし」

 

 言質はとったとばかりにスイーツ食べ放題のお店へ突撃しようとした娘の襟首を掴み、溜息を吐く悩める二児の母。

 ぼやく息子に娘を預け、広いショッピングモール内を当てもなくフラフラと歩き出す。

 

「……やっぱり家に引き籠ってれば良かったかしら」

 

 思わず零れた悩める母の呟き。どろどろと瞳を濁らせながら、彼女はふと今に至る経緯を振り返るのだった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 珍しく残業のない金曜日だった。彼女は久しぶりに同僚たちと飲み歩き、帰宅したのは結局日を跨いだ後のこと。そして、これまた珍しいことに休日出勤のなかった土曜日。彼女は泥のように眠り続け、気付けば一日が終わっていた。

 

「あ゛ー……」

 

 明くる日の日曜日。存分に休息を得た彼女は、丸一日寝続けたことで凝り固まった体を解すように、バキボキと関節を鳴らしながら比企谷家のリビングへと顔を出した。

 比企谷家を象徴するアホ毛をヘニャンとさせつつ、しぱしぱと目を瞬かせ、覚束ない手つきで眼鏡を掛けるその女性。

 

「およ? お母さんが目覚めた」

「ついに、はじまったか……」

「……私の寝起きでカタストロフィを語るな」

 

 母は比企谷家にて最強を地でいく彼女は、不機嫌そうに言葉を返す。

 彼女の視線の先にいるのは、現役受験生と元受験生の兄妹二人。高校三年生となり、今年から受験生になったというのに居間のソファで読書に耽る息子と、そんな息子に背中を預け、受験が終わったからか何処か気が抜けたようにスマホをいじくる高校一年生の愛娘。

 

「八幡。あんた勉強は?」

「んー、今やろうと思ってたところー」

「……小町は?」

「小町もー、いまー、やろうと思ってたところかなー」

「小学生か、貴様ら」

「実の子どもに貴様て……」

 

 そんな会話を挟みつつ、ダイニングテーブルへ置かれた食パンを手に取り、一齧り。

 焼かれてもいなければ、ジャムも何もつけられていない素の食パン。素材の味を楽しむ? いいえ、面倒なだけです。

 

「あー、お母さん。また食パンそのまま食べてるー」

「別にいいでしょ? お腹に入れば一緒よ」

「……そーいう面倒臭がりで屁理屈こねるとこ、お母さんとお兄ちゃんって似てるよね」

「………………小町、ジャムってどこだっけ?」

「冷蔵庫のドアポケットにあるよ」

「……ねえ、ちょっと。流れ弾で無関係の俺が被弾してるんですけど? むしろ狙撃される勢いでヘッドショット決まってるんですけど」

 

 『ドン勝? ドン勝されちゃってるの、俺?』と目を腐らせながら不平不満を漏らす息子には取り合わず、冷蔵庫から取り出したブルーベリージャムを親の仇かという眼つきで食パンへと塗りたくる母。娘は『冷蔵庫に昨日の夕飯で作ったサラダが入ってるから、ついでに食べてねー』と伝えると、仕事は終わったとばかりにグテッとソファへ横たわった。

 

「……ジャム塗り過ぎた」

 

 冷蔵庫から回収したサラダをテーブルへ置き、自身もまた席へ着くとジャムパンと化した食パンを齧り倒す。

 口の周りをジャムらせながらパンを食べ終えると、良い感じにヒエヒエとなったサラダを頬張り、モシャモシャと咀嚼する。そのまま三~四口で食べ終えたサラダの器を脇へ追いやり、とりあえず一杯とばかりにコーヒーを入れようとして、彼女は席を立った。

 

「……」

 

 そのとき、何の気なしに見た光景。

 相変わらず、リビングのソファでだるんだるんと寛ぐ二人の兄妹。

 ダイニングテーブルで食事をとる自分。

 

「……あれ?」

 

 何とも言いようのない違和感に彼女が首を傾げる。

 

「ねえ、八幡、小町……」

「あ?」

「なーにー?」

「……」

 

 思わず我が子へ声を掛けてみたものの、何か答えが得られるわけでもない。

 言い知れぬ、どこか漠然とした不安のようなものが彼女の脳裏を過るが、その正体が掴めない。

 

「母ちゃん?」

「お母さん?」

 

 訝しがるように彼女へと顔を向ける子どもたち。

 

「……二人とも、買い物行くわよ」

 

 二人からの呼び掛けに窮して、彼女の口から咄嗟に出たのは、そんな言葉だった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 そんなこんなでわざわざ電車を乗り継いで訪れた駅前の大型商業施設。

 回想を終えた彼女は、ふと我に返り、そして気付く。後ろから付いて来ていたはずの我が子二人の姿がないことに……。

 

「兄妹揃ってあの歳で迷子とか……」

 

 一瞬、迷子放送でもしてやろうかと真剣に悩んだ彼女だったが、その考えはすぐに無用なものとなった。

 彼女から数メートル離れた先、若い男性に何やら説明を受けている我が子二人の姿を発見したからである。どうやら街頭アンケートの類らしく、クリップボード片手に何やら書き込んでいる様子だった。

 

「何してんのよ、あんたら」

「あ、お母さん!」

「いや、何か小町がアンケートに応じちまってな。仕方なく協力してるとこ」

 

 その言葉の通り、娘はフンスと鼻息荒くアンケートに取り組み、息子の方は『立ってるのダルい』『書くのメンドくせぇ』『もう帰りたいよぅ』という心情をありありと表情に出しながらアンケート用紙を睨みつけている。そんな我が子二人の様子に興味を引かれたのか、彼女も二人の背後からアンケートの内容を覗き込んだ。

 アンケート自体はよくありがちな若者向けの意識調査のようなもので、なんの変哲もない内容。だからだろうか、今どきの若者たる二人も特に悩む素振りもなくスラスラと記入していく。

 

「……」

「……」

 

 だが、それまで快調に筆を走らせていた二人の手がとある設問でピタリと止まったかと思うと、しばし黙考し出した。その様子に彼女も疑問に思ったのだろう。訝しげな表情で設問の内容を覗き見る。

 

 

 

 【あなたにとっての『家庭の味』とは? (例:肉じゃが、カレーライス、等)】

 

 

 

 どうやら、何の料理を挙げるかで悩んでいるようだった。

 そんな二人の様子に彼女はくすりと笑い、思案する。さて、我が子はいったいどんな答えを書くのやら、と。

 

「……」

「……」

 

 やがて、考えがまとまったらしい二人が同時にアンケート用紙に書き込み始める。

 そんなところまで兄妹仲良く揃わなくてもいいだろうと思いながらも、彼女は我が子の回答へと思いを馳せる。手間のかからないものだったら、久しぶりに今晩作ってあげようかしらん、なんてほくそ笑みながら二人の回答へと目をやり、そして絶句した。

 

 

 

 【妹が作ったオムライス】

 【お兄ちゃんが作ってくれた適当にく野菜炒め】

 

 

 

「っ……」

 

 ガツンっと、頭を殴りつけられたような衝撃が彼女を襲う。

 これが父子家庭とか、特別な事情がある家庭だとか、そういうことなら彼女だって納得はするだろう。だが、両親が健在にも関わらず、『家庭の味』と聞かれて母親ではなく、兄妹の作った料理を挙げる二人の子どもたち。そして、それをまざまざと見せつけられた母親。

 別に彼女は料理が苦手という訳ではない。現に最近は減ったとはいえ、長らく比企谷家の台所を守ってきたのは彼女であり、二人に料理を教えたのも彼女だ。それにも関わらず、我が子が突きつけた容赦ない答え。

 

「……ふぅ。終わった終わった…って、どうした母ちゃん?」

「え? あ、別に……?」

「でも、お母さん。なんか顔色悪いよ?」

「そ、そんなことないから!」

 

 自覚なく問いかける息子と娘。そんなキョトンとした二人の表情を見て、これがただの嫌味だとか、そんなチャチなものでは断じてないと、彼女は否が応でも自覚させられる。

 どんどんと湧きあがる焦燥がぐるぐると頭の中を駆け巡るなか、彼女はようやく自宅で感じた違和感の正体に気付くことができた。同時、タラリと、彼女の頬を嫌な汗が一筋伝い、地面へ滴り落ちる。

 

「それより! も、もう帰るわよ!!」

「え、マジで? いや、帰れるんなら俺としてはそっちの方が嬉しいけど……」

「えー! 小町、まだ全然見て回れてなーい!!」

「いいから! あと、帰りにスーパー寄ってくから!!」

「あ? ああ、それは別に……」

「それと、今日の夕飯は私が作るわよ!」

「お、お母さん?」

 

 足早に帰路へ就こうとする彼女を追いかけるように、二人の子ども達が困惑したように歩き出す。

 背後で息子と娘がヒソヒソと自分のことを疑わしそうに話していることなど気にも留めず、彼女は刻々と募っていく不安から逃げるように、今晩の献立に思考を巡らせるのだった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 帰りに寄ったスーパーで、彼女は絶望していた。

 

「ウソ…でしょ……?」

 

 今夜は二人の好物にしようと思い、いざ食材を買おうと意気込んで、愕然とする。

 

 

 ──思い出せないのだ。

 

 

 息子が、美味しいと笑ってくれた自分の手料理は、なんだっただろうか?

 娘が、作り方を教えてほしいとお願いしてきた自分の得意料理は、なんだっただろうか?

 

「……」

 

 そんな苦悩する母の心情など露知らず、兄妹は買い物カートを押しながらワイワイガヤガヤと店内を進んでゆく。

 

「あ、お兄ちゃん! 今日はキャベツが安いよ! あと卵も!!」

「あー、じゃあ買ってくか。ついでにマッカンも買い溜めしとこ」

 

 自分に構うこともなく、当たり前のように二人で買い物を進める二人を茫然と見送りながら、なんとか彼女も再起動。買い物カゴ片手に、自分が得意だったと思われるレパートリーの中から二人が好きそうなものを予想する。

 

「……まだ、間に合うかしら」

 

 目についた食材を買い物カゴへ放り込みながら、懸命に何かを思い出そうと、彼女は歯を食いしばる。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 帰宅した比企谷家のキッチンは、もはや戦場と化していた。

 

「──ッ」

 

 当然のようにエプロンを着込み、台所へ立とうとした娘をキッチンから追い出し、気遣うように手伝いを申し出た息子をテレビでも見てろとキッチンから叩き出した母。

 だがその結果、彼女の調理は遅々として進まなかった。

 

「あ、あれ? ミキサーってこの棚に入ってなかったっけ!?」

「ミキサーなら、電子レンジの下にある収納スペースだよー」

 

 中学生になった娘が家事全般を取り仕切るようになり、包丁を握る機会が減った彼女だが、それでもまったく家事をしなくなったわけではない。仕事が早く終わった日や、休日などは普通に台所へ立っていた。

 だから、包丁とか、菜箸だとか、基本的な調理器具や調味料の位置などは彼女だって把握している。仮に、いつものように有り合わせの材料でちゃっちゃと料理をするなら、こんなことにはならなかっただろう。

 

「ねえ、青くておっきいお皿って、戸棚にあったはずじゃ……」

「あー、なんかデカくて平たいヤツ? それなら、流しの下んとこの棚に入ってるぞ。戸棚だと小町が届かないから、大分前に移した気がする」

 

 けれど、滅多に使わない調理器具とか、食器だとかが彼女の把握していた収納場所と食い違う。かつて彼女専用だったキッチンは、今では息子と娘が使いやすいようにカスタマイズされていた。

 

「ど、どうしてよ……。なんでこんな上手くいかないの……?」

 

 零れる弱音、目尻に滲む涙、震えそうになる手。それを下唇を噛んで必死に耐える彼女。

 ほんの小さなズレが、作業の効率をどんどんと下げていく。そして、そのことが不必要な焦りを生み、プレッシャーとなって彼女の手元を狂わせた。

 

「っ……」

 

 早く挽回しようと、普段以上のスピードで振るっていた包丁が、食材ではなく補助するように添えていた彼女の指先を切り裂いた。

 久しぶりに感じた包丁で手を切るという痛み。プツリと割けた指先の傷口から、赤い液体がどくどくと溢れ出す。

 

「あっ」

 

 一向に出来上がらない料理。久しく忘れていた痛みと出血。そして自分が犯した包丁で手を切るという凡ミスに、彼女は動揺していた。だからだろうか、包丁を持つ手が震えて、うっかり取り落としてしまったのは……。

 

「ひっ!?」

 

 彼女は落下する包丁から逃れようと咄嗟に後ずさる。幸いにも、落ちた包丁は彼女を避けるように床を転がっていったため、彼女がこれ以上の怪我を負うことは無かった。しかし、後退するとき反射的に薙いだ腕が、中途半端な位置に置かれていた大きな平皿とぶつかってしまう。

 腕がぶつかった勢いで大きな平皿が床へとダイブし、彼女の足元へと着地を決め……ようとして、ガシャンと盛大な音を立てて割れるお皿。ご臨終である。

 

「お、おい。大丈夫かよ、母ちゃん?」

「あー! お皿割っちゃ……あり? なんか焦げ臭くない?」

 

 床に飛び散った破片を茫然と見下ろしていた彼女が、娘からの指摘にハッとする。

 

「やばっ! オーブンにお肉入れっぱな──あっつ!?」

 

 本来なら耐熱ミトンをはめて取り出すところだが、指先を怪我していたことと、これ以上失敗を重ねてなるものかという焦りから近くにあった布巾でどうにかしようとしてしまう。動転した母親が慌ててオーブンを開けてお肉を救出しようと手を伸ばし、勢い余って熱せられた鉄皿部分に指先が触れてしまい、思わず鉄皿から手を放してしまったのは必然だったのかもしれない。

 ガランガランと鈍い音を響かせながら床でバウンドする鉄皿。その上に鎮座していたお肉の塊は、落下したのが低位置だったということもあり、鉄皿から転がり落ちることもなく奇跡的に無事であった。ただし、その出来栄えは散々なもの。迸るはずの肉汁を失い、黒く焦げた塊へと変貌した牛モモ肉。今日は奮発しちゃうぞと思い切って買った国産和牛が台無しだった。

 

「ううっ……」

「火傷したのかよ? なら、早く冷やして……つーか、手も切ってんじゃねーか。おい、小町。救急箱と、あと掃除機持って来い」

「アイアイサー!」

 

 床に散らばったお皿の破片や包丁、焦げたお肉を器用に避けて、蹲る母親へ近付いていく。彼は強引に自らの母親を引っ張り起こすと、水道の蛇口を捻り、包丁で切ってしまい出血している彼女の左手と、火傷した右手の指先を流水へと押し当てた。

 

「……たくっ! 何やってんだよ、母ちゃん。なに? 熱でもあんの?」

「……」

 

 苛立たしげな息子の問いかけに、力なく首を振る彼女。

 

「お兄ちゃーん! 救急箱そこのテーブルに置いといたから、お母さん連れてそっち行って? 小町、掃除機で床の破片とか片付けちゃうから」

「いや、皿の破片で小町まで怪我したらどうすんだよ。俺がやっから、小町は母ちゃんヨロシク」

「ほーい! んじゃ、お母さんはこっちに……お母さん?」

 

 掃除機と、ついでに箒とチリトリを持ってきた妹が声を掛け、それに応えた兄がテキパキと指示を出す。

 彼女が起き抜けに見た、だるんとソファでだらけきっていた兄妹と同一人物とは思えない、的確に動くその勇姿。それが得も言われぬ彼女の感情の起伏を刺激し、自らの不甲斐なさとか、子どもの成長を見れた嬉しさだとか、我が子に置いて行かれる寂しさなんかと綯交ぜになって、ポタポタと溢れ出す。

 

「……うぅ」

「母ちゃん?」

「お母さん?」

「うわぁぁぁん!」

 

 高校生の息子と娘をもつ二児の母、マジ泣き。

 

「ちょ、なに泣いてんだよ!? え、そんなに火傷と怪我痛かったの?」

「ぢ、ち゛か゛う゛の゛ぉ゛~」

「おおおお母さん!? お兄ちゃん! お母さんになに言ったのさ!?」

「は? いや知らん。違う、俺じゃない。俺は無実だ!!」

「……お兄ちゃん。犯人は、みんなそう言うんだよ?」

「雪ノ下みたいなこと言うのは止めろ。ショックで俺の心臓が止まっちゃうだろ」

「ぢ、ぢがうのぉぉぉ! はぢまん゛は悪くないのぉぉぉ」

 

 いい歳した母親が号泣する様を見せつけられて、動揺を隠せない息子と娘。

 互いにアイコンタクトを交わして原因を探るものの、心当たりがてんで思い浮かばず、途方に暮れてしまう。

 

「はぢまぁぁぁん! ごまぢぃぃぃ!」

 

 とりあえず、この絶賛ご乱心状態なお母上をどうにかするかと頷き合い、泣き崩れる彼女を二人でよっこらせとリビングへ担いで運ぶのだった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

「……つまりだ。家族なのになんか俺らから壁みたいなものを感じとったと?」

「……うん」

「『うん』ってお母さん、そんな子どもじゃないんだから……」

 

 未だに鼻をすすりながらも、なんとか泣き止んだ母親から事の次第を事情聴取した二人の兄妹は、めっちゃ困惑していた。

 彼女は言うのだ。曰く、同じ空間に居るはずなのに、まるで他人のような空気を感じたと。血の繋がる実の親子とは認識されている。けれどそれは、法で定められた親族という括りの話であって、そこに家族の情だとか、親子の情愛といったものが欠如しているのではないかと、そう思い至ったと。

 

「……」

「……」

「……」

 

 なんとなく返す言葉が思い浮かばず、黙り込む息子と娘。

 そんな二人の反応に、やっぱりかと絶望して言葉を失う母親。

 ちなみに、今はリビングのソファで母親を挟む形で息子と娘で三人横並びに座っている。

 

「……ただの勘違いだろ、そんなの」

「そ、そうだよ! 小町、別にお母さんのこと何とも思ってないよ!?」

「なんとも……。やっぱり、どうでもいいと……」

「うわあああ!? 違うから! そういう意味じゃないから!!」

 

 なんか面倒臭いモードな母親と、そんな母親の地雷を踏まないように当たり障りのない言葉でお茶を濁そうとした息子と、盛大に地雷を踏み抜いた娘。

 ズーン、ジメジメ、ハァ…、アワアワ、ズズーン、ウヘェ…、ウジウジ、ムムムッ、ヌルポ、ガッ! そんな擬音が飛び交う比企谷家のリビングは、まるでお通夜のような雰囲気で沈んでいた。

 そして、そんな重苦しい空気に耐え兼ねたように彼が口を開く。

 

「……あのな。俺も小町も、親父や母ちゃんに隔意なんてないし、二人が仕事で忙しいのだって理解してる」

「そうだよ! 小町だって仕方なく家事をやってるわけじゃないからね! 小町がやりたいからやってるの!!」

 

 まるで聞き分けのない幼い子供へ言い聞かせるように、優しく言葉を紡ぐ二人の子ども達。そんな彼らの言葉に、母親である彼女は──

 

「……でも、八幡と小町にとっての『家庭の味』は、私の手料理じゃないんでしょ?」

「お、おうふ」

「あー……。さっきのアンケート、小町たちの回答見たんだ……」

 

 息子と娘は、母の指摘にバツが悪そうに視線を逸らした。

 

「……いいのよ。今更だもの。私たち夫婦が仕事を言い訳にして、家を空けていたのは事実なんだし」

 

 苦笑するように儚げに笑った彼女は、何かを悔いるように視線を落とした。

 

「特に八幡には、偶の家族サービスでも除け者にするようなことしちゃってるし……」

「か、母ちゃん……」

「……いや、それはお兄ちゃんの自業自得な部分もあると思うけど」

「こ、小町ェ……」

 

 どこかシリアスになりきれない親子の会話。けれど、それこそがこの面倒臭い親子が、親子である所以なのかもしれない。

 ワイワイ、ギャースカ、ウルウル、ヨシヨシ、ナデナデ、イイハナシダナーっと、久しぶりに訪れたゆったりすっきりのーんびりーな母子共の団欒。それはまるで、長い年月のなかで少しずつ広がってしまった親子の溝を埋めるようで、実に微笑ましく、ぎこちない母と息子と娘のやり取りだった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 ──その夜。

 急な休日出勤を強いられ、朝から家を空けていた比企谷家の大黒柱こと父は、息子より三割増しな腐り目で帰宅した。

 そんなお疲れな彼をリビングで出迎えた光景。

 

「……やれやれ」

 

 甘えるように、縋るように、息子と娘の手を握り、安心したように眠る愛妻と、久しく見ることの叶わなかった子ども”たち”の穏やかな寝顔。唯一、飼い猫である無愛想なオス猫だけが彼を労うようにニャアと一鳴きして出迎える。

 空気を読んで『あれ? 俺の存在忘れられてね?』とか『俺の晩飯は?』という疑問をどうにか飲み込み、適当に茶漬けでも食べるかとキッチンへと足を運ぶ彼。

 

「こりゃまた……」

 

 そこで目にしたキッチンの惨状に、彼は思わず溜息を吐きながら頭をガシガシと掻いた。

 チラリと、今もまだリビングで眠る三人へと視線を送るも、やがて諦めたように首を横に振る。

 

「……本当に、やれやれだ」

 

 穏やかに寝息を立てる妻と息子と娘を起こさないように、静かにせっせと片付けに取り掛かる夫で父なナイスミドル。

 終わったら俺も三人に混ざってやると決意しながら、彼は一人寂しく床に散らばった破片を箒で集めていく。

 

「……次の週末は、久しぶりに家族サービスでもしますかね」

 

 そんな彼の独り言に応えるように、すまし顔をした猫が彼の足をポンとひとつ叩くのだった。

 



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母の危機感と息子の彼女。

 とある日の休日。

 比企谷さンちの息子と娘はいま、ひどく困惑していた。

 

「……やだ」

「やだって言われても、もう相手は家まで来ちゃってるし、なんなら玄関で待たせてるんだが」

「会いたくないもん」

「もんってまたお母さん。子どもじゃないんだから……」

 

 自分たちの母親が年甲斐もなく拗ねて愚図って不貞腐れているのだから戸惑うのも無理はない。

 

「そもそも、連れて来いって言ったの母ちゃんだろ?」

「記憶にございません」

「……認知症?」

「ぶっとばすわよ、小町」

 

 あらぬ疑いに憤慨する母親。失礼な、まだそんな年じゃないやい。と、彼女は可愛らしく頬を膨らませてみせる。年考えろ。

 

「んあー……。お兄ちゃん、このままじゃ埒が明かないから、もう雪乃さんリビング連れてきちゃえば?」

「……だな。小町、母ちゃんのことは任せた」

「ほーい! 小町におっまかせー!」

「ちょ、八幡!? 小町!?」

「はいはーい。お母さんは大人しくソファに座ってようねー」

 

 あっさり説得をあきらめた兄妹二人。兄は玄関にお客さんをお出迎えに、妹はリビングで母親を足止めすることにしました。我が子の裏切り(母親視点)に愕然とする彼女はポツネーンと置いてけぼりです。仕方ないね。

 

「お母さん、もうここまできたんだから観念しなよ」

「うぅぅ……。ぜっ──」

「ぜ?」

 

 気落ちして項垂れる母親に嘆息した娘が呆れたように諌める。しかし、彼女は我慢ならんとばかりにフルフルと震えながら立ち上がると、胸の内に燻るもややんとした想いを吐き出すように腹の底から大絶叫。

 

 

 

「ぜぇっっったい、八幡の彼女になんて会ってやらないんだからねぇぇぇ!」

 

 

 

 高校生の息子と娘をもつ二児の母。息子に彼女ができた現実を認めたくなくて駄々をこねるの巻。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 話は数日前に遡る。

 夕食を食べ終えてリビングでダラダラしていたときに娘が発した何気ない一言から全ては始まった。

 

「そう言えば、お母さん。お兄ちゃんに彼女ができたよ」

「…………は?」

 

 娘から投げかけられた言葉を受け止めきれずにフリーズしてしまう母。ポカンと口を開けたまま思わず娘をガン見する姿は正にこっちみんなAAそのもの。

 ちなみに当事者たる息子くんはお風呂タイムなのでこの場にはいない。ついでに夫で父なあの人も例のごとく残業のため不在です。

 

「だから、お兄ちゃんに彼女ができたんだってば! それもすっごい美人の!!」

「え? なんだって?」

「急に難聴系主人公みたいにならないでよ。お兄ちゃんに彼女ができたの!!!」

 

 最近なんやかんやあって長年にわたる社畜ライフで燃え尽きてしまった母性本能を再燃させてしまったらしい二児の母。現在、絶賛過保護モードらしく、どうやら愛すべき息子に彼女ができたという現実が受け入れ難かったみたいです。

 

「小町、もうエイプリルフールは過ぎたわよ」

「ネタとかじゃないから。本当にお兄ちゃんに彼女ができたんだって。お兄ちゃんには勿体ないくらいのお金持ちの美人さん」

「……なら警察に」

「詐欺でもないから。大丈夫だから」

 

 私の息子にそんな高嶺の花みたいな彼女ができるわけがないとばかりにスマホを取り出す母。通報する気マンマンである。

 ヤバイまた地雷踏んだとメンドくさそうに眉根を寄せた娘だったが、二桁まで入力を終えているスマホのディスプレイを見て慌てて奪取。娘の気苦労は絶えない。

 

「心配しなくても、何だかんだであのお兄ちゃんが悩みに悩み抜いて決めた相手だよ? 信用してあげなよ」

「ダメ」

「いや小町にダメって言われても、もうカップル成立しちゃってるし」

「八幡に彼女とかまだ早い」

 

 やれやれと娘が諭してみるものの、彼女は頑なに認めない。母の決意は固い。

 

「まだ早いって……。なら、いつならいいのさ?」

「最低でもあと十年ぐらい」

「お母さん……。子離れしよう?」

「……いいじゃない。八幡も小町も結婚なんてしなくていいわよ。私が養うし」

 

 彼女はソファの上で三角座りを決め込むと、眉間に皺を寄せてブーブー文句を垂れる。

 

「大体どこの馬の骨よ。私に断りもなく八幡を唆すなんて……」

「別にお母さんの許可はいらないと思うけど……。それはともかく、ほら前に小町が話したじゃん。お兄ちゃんが部活に入ったって。そこの部長さんだよ」

「ああ、確かに言ってたわね。なんだったかしら……そう、『ご奉仕部』だっけ? ……なんか名前からしてもうあれね。色仕掛けでかっさらいやがったわね許すまじ」

「違う違う! 『奉仕部』だってば! あれだよ、お悩み相談とかボランティアみたいなことしてる部活。あと雪乃さんは色仕掛けとか…………無理じゃないかなぁ。色んな意味で。結衣さんならともかく」

「……俺の妹が恐れ知らず過ぎてヤヴァイ件」

 

 兄の彼女に対してわりと失礼な感想を抱く妹。そして、そんな妹に戦慄するお風呂上りなお兄ちゃん。これバレてもどうせ俺が罵倒されるんだろうなと諦め顔で彼は黄昏る。諦めって大事だよね。

 

「およ、お兄ちゃん。ナイスタイミング!」

「嘘つけ。騙されないぞ。絶対タイミング悪かっただろ。ソースは面倒臭いモードで俺に縋りつく母ちゃん」

「はちま~~~ん!」

「いやー、それが……」

「それが?」

「お兄ちゃんに彼女ができたこと、お母さんに喋っちゃった☆」

「あっ……(察し)」

 

 そういえば口止めとかしてなかったなと今更ながらに思い至り、息子はこれから訪れるであろう未来に思いを馳せて白目を剥く。……諦めって大事だよね(二回目)。

 そして、そんな息子の期待に応えるように目をギラギラとさせた母親が、息子の両肩に手を置いてにじり寄る。

 

「……八幡」

「お、おう」

「連れてきなさい」

「……はい?」

「あんたの彼女を家に連れてきなさいって言ったの!」

「ええぇ……」

 

 やっぱり面倒事になったと項垂れた彼は、藁にも縋るような想いでラブリーチャーミーな妹へと視線を向ける。そんな彼が目にしたのは、いつの間に用意したのかバスタオルやら着替えやらを左手に抱えた妹が輝かんばかりに良い笑顔で敬礼してくる姿。

 

「じゃ、お兄ちゃん。小町はお風呂に入ってくるであります!」

 

 ──逃げられた。兄がそう状況を理解する頃には、妹は逃げるが勝ちと言わんばかりにスタコラサッサとリビングを抜け出した後だった。

 

「安心しなさい、八幡! 私が八幡に相応しい女かどうか見極めてやるわ!! 肉体言語でね!!!」

 

 拳を握り、鼻息荒く闘志を燃やす母親を尻目に、遠い目をした息子が悟りの境地のような表情でぽつりと呟く。

 

 

 

「もうどーにでもなーれ」

 

 

 

 諦めって大事だよね(三回目)。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 そして現在、比企谷さンちのリビングは微妙な空気に包まれていた。

 

「……で、母ちゃんは?」

「ゴメン、お兄ちゃん。お兄ちゃん達が戻ってくる直前に逃げられちゃった」

「え、えっと……その、私はどうしたら……?」

「あー、スマン雪ノ下。いやマジで……」

 

 ノリと勢いで啖呵を切ったはいいものの、土壇場になって尻込みして逃げ出してしまった母親に頭を抱える悩める息子十七歳。心労が計り知れない。

 

「とりあえず、あれだ。小町、悪いけど雪ノ下にお茶でも出してやってくれ」

「はいはーい。あ、雪乃さんはそこのソファにでも座って寛いでてください」

「あ、ありがとう。小町さん」

 

 少女はおずおずと勧められるがままにソファへと座り、その横に彼氏たる息子くんも腰を下ろす。

 彼女からしてみたらある日突然交際相手の母親から呼び出されたと思ったら、直前になってぶっちされた状況。普段の少女を知る彼氏としてみれば、よくあの状況でブチ切れなかったなと内心安堵していたりする。まあ、わりと弁解の余地はないよね。ドタキャン、ダメ、ゼッタイ。

 

「比企谷くん。その、私はあなたのお母様からあまりよく思われていないのかしら?」

「まあ、そうな」

「……そうハッキリ言われると流石の私でもショックなのだけれど」

「つってもな、こればっかりは……」

「付き合い始めてひと月足らずで嫁姑問題とか止めてよね、お兄ちゃん」

 

 呆れまじりにそう言いながら三人分のコーヒーをトレーに載せた妹が戻ってきて、それぞれの前にそっとコーヒーカップを置いてゆく。そもそもこの事態を招いたキッカケである自分についてはしれっとスルーである。汚いなさすが末っ子きたない。

 暫し、コーヒーを啜りながら各々がこの状況をどうしたものかと思案する。しかし、肝心のママテラスオオミカミが天岩戸な自室に引きこもってしまっている現状、まさか扉の前で裸踊りをする訳にもいかず、途方に暮れるお三方。

 

 そうして誰もが諦めかけた、そのときだった──

 

 

 

「腹を割って話そう!」

 

 

 

 何故かパンツスーツ姿に着替えた母親が眼鏡をキラリと光らせてリビングへと乱入したのだった。

 

「いや、それどこのヒゲのディレクターだよ」

「うるさい。黙れ馬鹿息子。お小遣い減らすわよ」

「なにそれ理不尽」

 

 条件反射的にツッコミを入れた息子をバッサリ切り捨てながらズンズンと部屋を横切ると、彼女はダイニングテーブルに陣取り、ポカンと呆けていた少女へと声を掛ける。

 

「お嬢さん、こちらへ」

「え? あの、その……?」

「こちらへ」

 

 バンバンと右手でダイニングテーブルを叩きながら、左手で体面の椅子を指差す彼女にオロオロと狼狽えながらも少女は従う。

 そして、お互いに席に着いたところでコホンとひとつ咳払いをした後、片手で眼鏡をクイッとしながら母親は目の前に座る少女へと声を掛けたのだった。

 

「それでは、まずお名前からどうぞ」

「は、はい……。雪ノ下雪乃です」

「……雪ノ下?」

「え、ええ。そうですが……」

 

 突然始まった面接に戸惑いながらも自己紹介する少女を尻目に、何やら眉をひそめて考え込む仕草をみせる母親。その光景に息子と娘は仲良く遠い目をしながら黄昏ていた。現実逃避も慣れたもんである。

 

「……そう」

「あの、なにか?」

「いえ、いいのよ。なんでもないわ。続けましょう」

「あ、はい。……続けるのね」

 

 どうやら考え事は一区切りついたらしいお母さん。いつの間に取り出したのか、クリップボード片手になにやら書き込みながら先を促す。少女のボヤキはスルーされた。

 

「では次に、どうして八幡を選んだのか、志望動機をどうぞ」

「え?」

「どうぞ」

「うっ、それは、その……」

 

 さすがに彼氏とその妹と母親を前にして語るのは憚れるのか、少女は目を右往左往させながら言いよどむ。

 別に何か疾しいところがあるわけではないけれど、こんな恥ずかしいこと面と向かって言えるかと涙目になりつつ、少女は藁にも縋るような気持ちで彼氏へと視線で助けを求めた。しかし、母親の後ろに陣取るかたちで待ち構えていた息子は、悟ったような顔でADよろしくカンペを掲げてみせる。

 

 

 『健闘を祈る』

 

 

 まるで役に立たなかった。しかも、その横では妹が目をキラッキラに輝かせながらスマホのカメラを向けて動画を撮影している始末。此の兄にして此の妹ありである。

 さすがにイラッとして罵倒しようかと思った彼女だったけど、今はそれどころではないと思い留まり、喉元まで出かかっていた言葉の数々を必死に飲み込む。今度自分の両親の前にも引きずり出してやると決意を固めて、少女はしどろもどろになりながらも何とか口を開いた。

 後日、清々しいまでに素敵な笑顔で、この世の終わりのような顔で項垂れる彼氏の襟首を掴んで自宅へと引き摺って行く少女がいたとかいないとからしいけど、それはまた別なお話。

 

「最初は、その…あまり良い印象は抱いていなかったというか、目を背けていたというか、とにかく一緒に居ても落ち着かなくて」

「ほうほう」

「でも、いつからか彼との会話が楽しみになっていて、私と、彼と、もう一人、と…、とも……友人と三人で過ごす部活が居心地良くて」

「……ほう」

「私たちの部活は生徒のお悩み相談のようなものをやっているのですが、色々な依頼が舞い込んできて、その度に比企谷くんには助けられていたのですけど、それが悔しくて、頼もしくて、気が付いたら自分も救われていて」

「う、うん」

「擦れ違ったり、対立したり、仲直りしたり、彼と過ごしたこの一年間は本当に色々なことがあったけれど、いつの間にか彼が隣にいることが私にとっての当たり前になっていたんです。だから、その、え…と、何が言いたいかというと……自分でもどうしようもなく比企谷くんのことが、す、好きなんです!」

「……小町、コーヒーちょうだい。ブラックで」

「らじゃー」

 

 説明している間に羞恥メーターが振り切れてしまったのかもしれない。半ば自棄っぱちになった少女がキャラ崩壊も厭わずに捲くし立てる勢いで顔を真っ赤にしながら思いの丈を彼氏の母親へと盛大にぶつけた。それに対して、母親の方は苦虫を噛み潰したような表情で娘にコーヒーを注文。自分から聞いといてひどい扱いである。

 余談ながら当の彼氏はと言えば、恥ずかしさの余り、赤く染まった顔を両手で覆って蹲りながら悶えていた。爆発すればいいのに。

 

 四人のうち、半分が砂糖を吐き、もう半分が羞恥に沈む混沌とした状況。雰囲気に飲まれてなるものかとコーヒーを一気に呷った母親は、渋い顔を隠そうともせずに面接を再開させる。母は強し。

 

「……続いて、なにか特技や趣味はありますか?」

「読書。あとは映画鑑賞や乗馬でしょうか」

「乗馬、それはまた高尚な。……八幡には合いそうもない趣味ね」

「……」

 

 乗馬とかどこのお貴族様だよマザーな牧場にでも行ってろや! マザーだけに! マザーだけに!! そんな下らないことを考えながらも、彼女はここぞとばかりに嫌味を吐いてみせる。

 

「学業の方はどうなのかしら?」

「入学以来、学年主席です」

「あら凄い。優秀なのね。きっと進学先も国立や偏差値の高い大学へ進むのだろうし、文系科目だけの八幡とは大違いだわ」

「……」

 

 暗に息子とは進む道が違うと仄めかす大人げない二児の母。母は図太い。

 

「雪ノ下ということは、ご実家の方も……」

「ええ、雪ノ下建設の雪ノ下です。父は県会議員でもあります」

「あら、そう。やっぱり。名家の出で、尚且つ社長令嬢なんて万年庶民のウチからしたら想像できないわね。いやー、羨ましいわー」

 

 子ども相手にそこはかとなくお前とは住む世界が違うんだよと告げてみせる形振り構わない母親。母は逞しい。

 

「それにしても綺麗なお嬢さんよね。八幡も顔は整ってる方だと思うけど、目がアレだしねぇ……。どう? 実際モテるんでしょ?」

「……そう、ですね」

「否定しないんだ?」

「事実ですし。それに、否定したところで嫌味にしかならないでしょうから」

「……」

「……」

 

 遠まわしに、モテるんだからウチの息子じゃなくてもいいだろうと迫る息子大好きお母さん。母の愛は深い。

 

「……母親の私が言うのもなんだけど、八幡と付き合うなんて面倒臭いわよ。すぐヘタレるし、むっつりだし、ここぞってとき以外は基本怠け者だし」

「承知の上です」

「……いくらなら手を引いてくれるの?」

「お金の問題ではありません」

「ここに八幡が保育園時代の写真があるんだけど」

「なにそれみたい………………くっ、も、ももも物でなんか釣られないわ!!」

「ダメだこいつら。早くなんとかしないと」

 

 どんどんと低レベルな争いになってゆく二人の会話に、息子であり彼氏である少年が瞳を濁らせて黄昏ていた。

 そして、そんな兄の脇をニヤニヤニヨニヨした妹が悪戯気にチョンチョン小突く。

 

「いやー、お兄ちゃんも愛されてますな~」

「……他人事みたいに言ってるけどな、良く考えろ」

「うん? なにが?」

「俺でこれだぞ? もし小町に彼氏ができてみろ。この状況に親父まで参戦して、今以上にカオスな事態になるからな」

「……」

 

 兄から告げられた衝撃的な未来予想図を容易に想像できてしまい、表情を凍らせる妹。溺愛されてるから仕方ないね。

 

「お、おおおおお兄ちゃん!」

「ちなみに俺も親父や母ちゃんサイドに立つから、俺に助けを求めても無駄だぞ。孤立無援だな」

「ダメだこの家族。早くなんとかしないと」

 

 兄からの容赦ない通告に項垂れる妹。将来現れるであろう妹の彼氏くんの未来は暗い。

 そんな兄妹とは打って変わって、こちらはこちらで侃々諤々と盛り上がりをみせていた。

 

「あー可愛いなー。今の捻くれた八幡も可愛いけど、ちっちゃい頃の八幡も純粋天使可愛いなー」

「お願いします! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいですから私にも見せてください!!」

「えーどうしよっかなー」

「う、うう……。いくらですか!? いくら払えばいいですか!?」

「お金の問題じゃないので」

「ちっきしょうめぇぇぇぇ」

 

 どこぞの太夫か総統閣下並みに絶叫する少女。あれおかしいな、これ誰だろう、俺が知ってる雪ノ下と違うと首を捻りながらぼやく彼氏くん。強く生きてほしい。

 

「……で、お兄ちゃん。いい加減雪乃さん止めなくていいの? なんかお兄ちゃんの写真をめぐってお母さんと取っ組み合いの喧嘩してるけど」

「あれッ! 急に目にゴミが入った! 見えないぞッ、二人なのかよくわからないぞッ!!(見ていない! オレは見てないぞ、なあーんにも見てないッ!)」

「いやそれ見えてるやつじゃん。心の声までしっかり喋ってるし。逃げないでよ、現実から」

 

 死んだ魚のような目で茫然としながら母と彼女のキャットファイトを見守る息子で彼氏なお兄ちゃん。最愛の妹が指摘する現実はちょっと受け止めきれないらしい。

 

「とにかく、このままじゃ終わらないからさっさと止めてきて!」

「無理」

「……学校中にお兄ちゃんの中学生時代の黒歴史ノートをばら撒くよ?」

「やってやるぜ!」

 

 羞恥と絶望で赤面したり真っ青になりながらも仲裁するために果敢にも紛争へと飛び込む兄の勇姿。その後ろ姿に妹は合掌して送り出す。

 

「たった一年かそこらの付合いで彼女面しやがって! 嫉妬深い女は彼氏からドン引きされるわよ!! ソースは私!!!」

「そちらこそいい加減に子離れしたらどうなのかしら! 過干渉する母親は子どもからしたら鬱陶しいだけよ!! ソースは私!!!」

「待ちたまえ、君たち!!」

 

 やいのやいのと言い合う二人に割って入り、なんとか宥めすかそうとして、どうしてか二人から罵詈雑言を浴びせられてダメージを負う息子であり彼氏でもあるお兄ちゃんを尻目に、娘で義妹な妹ちゃんはワクテカと楽しげにカメラを回す。

 

 こうして、面倒臭い同士な母親と息子の彼女の初顔合わせは混沌としたまま幕を閉じるのであった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 その夜、今日も今日とて休日出勤から帰ってみれば、不機嫌モード全開な妻からの『ちょっと晩酌付き合えやオラァ』というお出迎えを受けたお父さん。やれやれと溜息交じりに背広を脱いでネクタイを弛めた格好のまま、大人しくダイニングへと移動します。ドンマイ。

 

「ん」

「はいよ」

 

 ダイニングテーブルで不貞腐れたようにグラスを差し出す奥さんに、苦笑するように冷蔵庫から取り出した大吟醸を注いであげる旦那さん。尻に敷かれてるから仕方ないね。

 

「……」

「……」

 

 それから暫くの間、お互いに無言で杯を進めてゆく。

 酒の肴として用意された煮干しのご相伴にあずかろうと、いつの間にか我が物顔でダイニングテーブルに居座っている飼い猫はご愛嬌である。

 

「……で?」

「で、ってなにが?」

 

 やがて、頃合を見計らった夫が妻へと問い掛ける。

 

「今日、会ったんだろ。八幡の彼女に」

「……会った」

「それで?」

「良い子だったわよ。美人だし。ただ……」

 

 先を促す夫に、悩ましげな表情の妻が溜息混じりに言葉をこぼす。

 

「……名前、雪ノ下だって」

「雪ノ下? ……うん? え、まさか」

「そのまさか。八幡が入学式の日に事故に遭ったでしょ。そのときの事故の相手よ」

「マジかよ」

 

 事実は小説より奇なりとは良く言ったものだと呆れたような表情をみせる夫に、妻の方も頷きながら呻くように愚痴をこぼす。

 

「気になって後で詳しく小町から聞いてみたんだけどね。八幡の彼女も事故当時、その車に同乗していたらしいわ」

「それはまた……」

「しかも、八幡が去年から入った部活っていうのがその子が部長をやってる部活なんだけど、八幡以外の部員は同級生の女の子が一人いるだけで、総数三名の小さな部活でね……」

「あっ……(察し)」

「もう一人の女の子っていうのが、事故の原因になった犬の飼い主だってさ。ついでに八幡を取り合って三角関係だったらしいのよ」

「我が息子ながら何処のラブコメ主人公だと言いたくなる境遇だな」

 

 思わぬ息子の青春事情にもはや苦笑いしかできないお父さん。若干、遠い目をしているのは自身の過去を振り返っているからか。多分これ血は争えない感じだと思われる。

 

「ならあれか。息子の彼女が事故の当事者だったから気に入らないってか?」

「馬鹿にしないでよ。さすがにそこまで子どもじゃないわ。雪ノ下さんは車に同乗しただけだし、もう一人の子も飼い主として少しは責任あるかもしれないけど、話を聞く限りリードが外れちゃったのは事故みたいなものらしいし。何より轢かれそうになった犬を助けるために車に飛び込んだのは八幡自身よ? それで恨んでたら逆恨みもいいところじゃない」

「……八幡が事故に遭って病院に運ばれたって連絡受けたときに、鬼の形相で上司を蹴り飛ばして駆けつけた奴の台詞とは思えないな」

「知らないわね。過去は振り返らない主義だから」

 

 病院に到着後、命に別状はないこと、事故に巻き込まれたのではなく、自分から巻き込まれにいったことを聞かされたお母さんは、呆れと気恥ずかしさで息子が目を覚ます前にそそくさと仕事に戻ったらしい。捻くれてる性格は遺伝かもね。

 

「それじゃ、何が気に入らなかったんだ?」

「だって……そんな物語みたいな出会い方してるって、なんだか運命みたいで付け入る隙がないじゃない」

「そこは素直に祝福してやれよ」

「八幡に彼女なんてまだ早い」

「そんなこと言ったら、俺たちはどうなるんだよ。俺たちが付き合いだしたのも八幡と同じぐらいな年頃だっただろ」

「それはそれ。これはこれ」

「……おい」

 

 結局、その後も酒を呷っては『嫁入りしてきたら絶対いびってやる』『ここは家族麻雀でケリを付けるべきか』『やはり私の息子の青春ラブコメはまちがっている。』などと不穏なことを呟きつつ、息子や娘が親離れし過ぎてて寂しいと愚痴をこぼす姑(予定)で母な妻に付き合いながら、最終的には涙ぐんで寝落ちしてしまった愛妻を微笑ましく見守る夫で父なナイスミドル。

 そんな長閑な夫婦の晩酌風景を肴に煮干しをむっしゃむっしゃしていた猫が、酔い潰れてテーブルに突っ伏しながら眠る飼い主に呆れたような声音でニャーと鳴く。

 

「ふがっ……は…まん………まちぃ……うへへ………むにゃ」

「やれやれ。どんな夢を見てるんだか」

 

 幸せそうに、けれど、だらしのない寝顔でニヤつく飼い主を警戒したのか、怪訝な顔をした猫が酔っ払いの頭を肉球でペシペシする。そんな飼い猫の様子に苦笑しながらも、愛すべき妻の安眠を守るため、彼は荒ぶるお猫様をナデナデして落ち着かせ、風邪をひかないように妻の背中へと自分の背広をかけてやる。

 

「とりあえず、洗い物したら寝室まで運んでやらんとな」

 

 そろそろギックリ腰とか心配なんだけどなぁ、とぼやく一家の大黒柱に同情したのか、悟ったような表情の飼い猫がポムポムと前足で彼の腰を優しく叩くのだった。

 



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母の危機感と在宅勤務。

 世界中で猛威を振るうコロナウィルス。

 それはここ千葉県も例外ではなかった。矢継ぎ早に出される外出自粛要請、叫ばれるソーシャルディスタンス、求められる3密対策とマスクの着用に手指の消毒。

 

 そんな同調圧力だらけの世界で、誰もがストレスを溜め込んでいた。当然だろう。あれもダメ、これもダメ。そんな制限だらけな状況を喜ぶ人などいるわけがないのだから。

 

「んふ……。んっふっふ~ん」

 

 いや、やっぱり一部例外も存在するみたいです。

 

「あ、そろそろWEB会議の時間ね」

 

 自室のテーブルでノートPCのキーボードを叩きながら、ご機嫌な様子で鼻歌を垂れ流すこの人物。

 誰あろう、最近になって過保護を拗らせて息子の彼女に嫉妬しちゃってるお母さんです。字面だけ見るとヤベー奴だな。

 

「んーしょっ、と。もしもーし! 繋がってるー?」

『──はい。比企谷マネージャー、繋がってますよ。他のメンバーもみんな揃ってます』

「ありゃ、待たせちゃった?」

『いえ、まだ予定時間前なので大丈夫です。直前だと繋がらなかったときに慌てるので、みんな早めに入室していただけなので』

「ん、了解。それじゃ、ちょっと早いけどミーティング始めちゃおっか」

 

 昨今の時勢の流れに乗ったのかどうかは知らないけれど、ブラック臭がプンプンするぜッーーー! でお馴染みな彼女が勤める会社でも在宅勤務が奨励されているらしく、ここ最近は家にいることが多いお母さん。今日も自宅からオンラインでお送りしております。

 画面の向こうに映る部下や同僚たち相手に横文字だらけなビジネス用語を適切に使いこなす姿はまさにキャリアウーマン。最近のポンコツ具合が嘘のようです。……え、誰これ?

 

「──よし。喫緊の課題はそんなところね。他になにか話しておきたいことがある人はいる?」

『いえ、大丈夫です』

『僕も問題ありません』

『自分も』『私も』『我も』『右に同じく』『以下同文』

 

 そんな言葉がスピーカー越しに続き、よっしゃ今日も問題なしだなやっぱりあの出しゃばりな部長が会議に参加しないと話が早い。仕事がめっちゃ捗る。そんな感じで彼女が満足そうにウンウンと頷いていると、ノックも無しに部屋の扉がガチャリと音を立てて開けられた。

 

「母ちゃーん! 昼飯の用意できたけど食べ…………あっ、ごめ…し、失礼しましたぁー……」

 

 どうやら短縮授業の影響で早々に帰宅していた息子が気を利かせてお昼ご飯を準備してくれたようです。

 しかし、無遠慮に母親の自室に入ったはいいものの、肩ごしにこちらを振り返った姿勢のまま驚き固まる母親。その肩ごしに映るPCのディスプレイに映し出されている母親の同僚と思わしき老若男女。彼は三秒ほど硬直して事態を把握した後、ものすごーく気まずそうにしながら扉を閉めて去っていきました。ノックって大事だよね。

 

「……」

『『『 …… 』』』

 

 突然の息子の乱入に、俯いたまま無言でプルプルと震える母。

 そんな彼女の様子にどうしたもんかと戸惑う同僚部下の方々。

 

「みっ……」

『……比企谷マネージャー?』

 

 職場での厳しい顔を身を持って理解している部下たち。怒るととんでもなく恐ろしいということを過去の経験から知っている同僚たち。

 彼らは扉の奥へと消えていった息子くんの末路を憂い、冥福を祈り、憐憫の眼差しを────向けてはいなかった。

 

「見たっ! ねぇ、見たウチの息子の反応!?」

『えぇ、えぇ、見ました。見ましたとも』

『すっごい申し訳なさそうな顔してましたよね!』

「そうなの! そうなのよ! もう顔面にデカデカと『ヤバイ、仕事の邪魔しちゃった! 母ちゃんに怒られるっ!?』って書いてあるの。素直か! 普段あれだけ捻くれてるくせにそういうところは素直かっ!? ウチの息子マジ捻くれ素直カワイイ」

 

 息子の失態に大興奮する母親。それに引き摺られるようにテンションが爆アゲボンバーな女子社員共。そんな彼女たちを呆れたような眼差しで眺めながらそっと回線を切断していく男性社員たち。

 そう。在宅勤務である以上、このようなトラブルは一度や二度ではない。他の同僚たちだって大なり小なり似たようなトラブルを起こしている。だから、誰も彼もが息子くんがWEB会議に乱入してしまったこと自体は気にしていない。何なら息子の焦った姿見たさに油断して乱入してき易い時間帯に、あえてWEB会議を開催している節すらあるお母さんです。歪みねぇな。

 

『いやー、今日も良いもの観れました。これで定時まで戦えますよ』

『さすが比企谷マネージャー、いい仕事してますね!』

『最初に見たときは眼つきがヤバ気な感じだなーって思いましたけど……慣れると愛着が湧いてきますよね』

『それね。ホントそれ』

『てゆーか、高校生の息子がお昼ご飯作ってくれるって何? 家のバカ息子と交換して欲しいんだけど』

『それなら私のところのワガママ娘と取り換えて欲しいわ。もう二十代半ばだっていうのにカレーすらまともに作れないんだから』

『それはアンタの教育が悪いんでしょ』

『カレーすら作れないのはちょっと……』

 

 銘々に好き勝手なことを話しながら画面の向こうでお弁当を広げる彼女たち。

 ちょうど昼休憩の時間帯ということもあり、オンライン上の会議室を占有したままやりたい放題である。きっと上司の影響だね。間違いない。

 

 しかし、そんな自由奔放な彼女たちの更に上をいくのが天下無双傍若無人を地でいくお母さんです。彼女はこれ見よがしにドヤ顔を浮かべて言い放つ。

 

「さぁーてと、それじゃ私は息子が作ってくれた愛情たっぷりのお昼ご飯でも食べてこよーっと!」

 

『なん…だと……!?』

『ズルい! ズルいぞーーー!!』

『息子の手料理とか何だそれ幻想か! この年になっても未だ独身のあたしにも食べさせろ!?』

 

 ニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべる母親。

 既婚未婚問わず、憤慨し、不平不満を爆発される女子社員たち。

 

『比企谷マネージャーによる息子君の独占を許すなー!!』

『いい加減に子離れしろー!』

『親バカしやがって! 正直羨ましいんだよ、コンチクショー!!』

「うっるさーいっ! 母親が自分の息子を可愛がって何が悪い! 八幡の愛情は私が独り占めじゃーーー!!」

 

 何故、彼女たちがこんなにも荒ぶっているのか。

 それにはもちろん理由がある。というか、このお母さんが元凶です。

 

『だから愛が重いんだよっ』

『息子くん逃げてー! いますぐ逃げてー!!』

『そんなことより息子君が作ってくれたお昼ご飯についてkwsk』

「あ、それもそうね。ちょっと聞いてみる。──おおーい、はちまーん! 今日のお昼ってなーにー?」

『愛が重いってツッコミはスルーしやがった!?』

『いつものことでしょ』

 

 最近ひょんなことから母性愛を再燃させてしまったお母さん。ダイエットをした後のリバウンドが激しいように、どうやら親子愛の揺り戻しも大きかったようです。

 親バカを炸裂させ、暇さえあれば職場で息子と娘を自慢しまくる母。職場での人間関係を鑑みて、愛想笑いで応える同僚部下の方々。しかし、彼女たちは甘くみていた。日々、面倒臭い上司や顧客へのレビューで鍛えられたトーク力、止め処なく溢れ出す母性から伝わる重すぎるほどの情愛、若干美化とか誇張された幼少時から現在に至るまでの子どもたちの成長エピソード。

 毎回、五分~十分ほどの短時間で繰り広げられる親バカトークはしかし、濃厚なドキュメンタリー映画とも、続きが気になって仕方がない海外ドラマのようでもあり、気がつけば彼女たちは会ったこともない高校生兄妹をまるで我が子のように錯覚するほど絆されていた。

 

 ……どうみても洗脳です。本当にありがとうございました。

 

「聞いてきたわよ。似非とんこつ風牛乳塩ラーメンと野菜炒めだって」

『うわぁ……。昼からガッツリ。でも羨ましい』

『……え、待ってください。似非とんこつ風ってなんですか?』

『それよりもラーメンに牛乳ってなに? アリなの!?』

「確かにちょっと不安になるレシピだけど……。だがしかーし! 可愛い我が子が作ってくれた料理を無下にできようか? いいや、できるはずがない! たとえ出された品がジョ○フル本田で売っているような木炭だったとしても、そこに息子の愛情がこもっているのなら、私はその全てを喰らい尽くしてくれる!!!」

 

 息子くんが作ってくれたメニューを聞き、俄かに騒がしくなる画面越し。

 それに対して、誇らしげに、そして勇ましく完食宣言するお母さん。これこそ拗らせた母性愛のなせる技。同僚部下たちもドン引きだぜ。

 

『……しかし、そこはかとなく漂う手抜きレシピ感』

『牛乳はともかくとして、ラーメンは恐らく市販の袋ラーメン、野菜炒めは有り合わせの野菜を塩コショウと醤油で炒めただけとみたっ!』

『息子くんの愛…情……?』

『本当にそれ、こもってるんですかねぇ……?』

『まさかとは思いますが、その「愛情」とは、比企谷マネージャーの想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか』

『(愛情なんてこもって)ないです』

『だから息子君のことは私たちに任せてもらって、どうぞ』

 

 けれども息子大好きお母さんから薫陶を受けた彼女たちです。そうは問屋が卸しません。まるで連想ゲームのように次々と疑問を呈しては夢見がちな母親へと現実を叩きつけます。もちろん自らの願望をしれっと付け加えるのも忘れない。仕事ができる部下ってありがたいよね。

 

「アー、アー、キコエナーイ」

 

 しかし、そこは本家本元である息子くんのお母さん。所詮、何を言われようとも負け犬の遠吠えとばかりに気にする素振りもありません。……その割にはしっかりと耳を塞いでるじゃんとか言ってはいけない。彼女は何も聞いていない。いいね?

 

『……なんて大人げない対応』

『それがいい歳した子持ちの母親がやることかっ!』

『往生際が悪いぞー! 年考えろー!!』

『比企谷マネージャーの横暴を許すなー!』

『給料上げろー!』

『休みよこせー!』

『わたしにも息子くんの手作りラーメンを食べさせろー!!』

『あ、バカっ!?』

 

「人が黙って聞いてれば好き勝手言ってくれちゃって……。誰があんた達に八幡が私のために作ってくれたラーメンを…………ん? ラーメン?」

 

 止め処ない罵詈雑言の嵐。さすがの彼女も反論しようとして……気がついた。

 果たして、我が子が部屋を訪れてからどれほどの時間が経過しただろうか、ということに……。

 

「私のラーメンが……。麺が……のびてる…だと……っ!?」

 

『あーあぁ、バレちゃったぁ』

『せっかく時間稼ぎしてたのにぃ……』

 

「貴様ら、故意犯かっ!?」

 

『フヒヒwwwサーセンwwww』

『のびてしまえぇ……。どんどんスープを吸い込んでのびきってしまえぇ……』

『息子くんの愛情を独り占めしようとする比企谷マネージャーなんか、麺がのびきった油そばモドキでも食べてればいいんだっ!』

『たとえ、どれだけ息子君の愛情がこもっていようとも!』

『のびきったラーメンは不味い!』

『マズいものは、マズい!』

 

 まさか自分が同僚部下たちへドヤ顔し、優越感に浸っている裏でそのような深謀遠慮が巡らされていようとは……。

 そんな心情をありありと表情に浮かべながら、彼女は愕然と立ちすくむ。動揺が、狼狽が、まるで濁流のように彼女の思考へと押し寄せては荒れ狂う。

 

「私は……」

 

 今から向かってもラーメンの麺はきっとのびきっているに違いない。

 でも、出来立てみたいなラーメンなんていらない。我が子が作ってくれたものではなく、愛情もこもっていないラーメンならそんなものはいらない。

 

 彼女が欲しいのは愛息子が作ってくれたのびきったラーメンだ。

 

 麺がのびきっても、スープが著しく少なっていても、妙に麺が肥大化していても、麺のコシが失われていようとも、スープが冷め切ってしまっていても、アツアツ出来立てが食べられなくても、息子との和気藹藹とした昼餐が許されなくても。

 

「それでも……」

 

 いつの間にか出ていた声は、彼女自身でも震えているのがわかった。

 

「それでも、私は……」

 

 涎が垂れそうになるのを必死で飲み込む。声も言葉も一緒に飲み込んでしまいたかったのに、声も言葉も切れ切れに出て行ってしまう。歯の根がカチカチ鳴って、勝手に絞り出されていく。

 

「私は、息子が作ってくれた手料理を食べたい」

 

 目頭が熱い、視界が霞んで見える。自分自身が吐く息の音しか聞こえない。

 そんな彼女の顔を同僚と部下たちが少し驚いたような顔で見ていた。

 なんて無様なんだ。こんな涙声でかすれた情けない声で、他人にものをねだるなんて。こんな自分、認めたくなかった。見せたくなかった。見られたくなかった。言ってることなんて支離滅裂だ。論理も因果もどこにもない。こんなの、ただの戯言でしかない。そんな情感が彼女の全身を駆け巡る。

 熱くて湿った息が彼女の喉元を震わせる。そのたびに、声が漏れそうになり、それを彼女はかみ殺す。

 

『比企谷マネージャー……』

 

 画面の向こうから部下の一人が彼女を呼んで、そっと手を伸ばす。けれど、彼女たちの距離は触れられるほどに近くない。画面越しに伸ばされた手は届かなくて、力なく下ろされた。

 手だけじゃない。言葉だって届いたかはわからない。

 こんな言葉で何がわかるのだろう。言ってもきっとわからない。なのに、言ってしまったのはそれこそ自己満足だ。あるいは、これこそ彼女たちが忌み嫌った欺瞞なのかもしれない。どうしようもない贋作なのかもしれない。

 けれど、どれだけ考えつくしても、答えなんて出なかった。どうすればいいかなんてわかりもしない。だから、本当に最後に残ったのはこんなどうしようもない願望だけだった。

 

『私には、……わからないわ』

 

 未だ独身の同僚たちが静かな声を揃えてそう言った。自らの肩を抱くその手を一層強く握りしめ、辛そうに表情を歪める。

 ごめんなさい、と早口に小さな声で言って、その同僚や部下たちが席を立った。そのまま、WEBカメラのレンズを見ることもなく、未婚女性たちはオンラインの回線を切断する。

 

『……比企谷マネージャー』

『あなた、狙ってやったわね……?』

 

 そんななんちゃってシリアスな空気をぶち壊すように、僅かに残った既婚子持ちな同僚部下の方々がニチャァという笑みを浮かべているお母さんへ非難の眼差しを向けています。

 

「さぁーて、なんのことやら」

 

 どうやら先ほどまでの茶番は息子の手料理を台無しにされた母親による意趣返しだったようです。食べものの恨みは恐ろしいって聞くからね。仕方ないね。

 

『はぁ……。もういいです』

『まぁ、先に悪ノリしたのはこちらですしね』

『さっさと昼食を食べに行って、どうぞ』

「はいはい。それじゃ、何か仕事で問題が起きたらいつも通り連絡ちょうだい」

『はーい』

『承知しましたぁ-』

 

 そうしてディスプレイの向こうの人影がすべて消えたことを確認して、彼女自身もノートPCを閉じて椅子から立ち上がります。

 やれやれこれで今度こそ息子が作ってくれたお昼にありつけるぞ、と意気込んだところで、唐突に彼女の業務用スマホがメッセージの通知を知らせる音色を鳴り響かせました。どうやら、さっそく仕事仲間から連絡が届いたようです。

 溜め息まじりにスマホを操作したお母さん。しかし、次の瞬間には手元のディスプレイを凝視して固まってしまいます。

 

《やっぱり納得できない! 私たちも息子くんの手作り料理を所望しまーす》

《具体的には次の出社日に私たちの分も持ってきてください》

《息子君の愛情を私たちにもプリーズ!》

《ついでに息子くんもプリーズ!!》

《お義母さん! 私に息子君をください(便乗)》

 

 わなわなと身体を小刻みに震わせながら額に青筋を浮かべた彼女は、声を荒げて力の限り吼え猛る。

 

 

「誰がおまえらなんかに息子をあげるかっ! ウチの息子にはもう超絶美少女な彼女がいるっつってんだろっっっ!!」

 

 

 どうでもいいけど、ラーメンのびちゃうよ?

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 同時刻。

 いつもは残業・休出と忙しない彼もまた、自室でPCと向かい合いながらミーティングに勤しんでおりました。

 

「……なんて?」

『いえ、ですから……また部長が先日のプロジェクトについて説明会を開いてほしいと……』

 

「アー、アー、キコエナーイ」

 

『比企谷課長。現実逃避しないでください』

『僕らじゃだけじゃ説得できないんですよぉ……』

「いや、そうは言うがな……。俺、この間のレビューで部長から承認もらったよな? その後の書面回付でもハンコもらっただろ?」

『それは…そうなんですけど』

『今日になって、やっぱりよくわからないって言い出して……』

「どういうことなの……」

 

 普段の死んだ魚のような目をより一層濁らせて、ガックリと項垂れては茫然自失とするサラリーマンであり中間管理職でもあるお父さん。企業勤めな社畜だからね。仕方ないね。

 こうやって日本企業はブラック体質に日々磨きをかけているんだろうなぁ……。

 

「……わかった。やる。やればいいんだろ、やれば。はいはい、やりますよ。俺の仕事は終わったはずだけど黙ってやりますよ」

『比企谷課長。そんな下っ端社員みたいな投げやりな態度を取らないでくださいよぉ』

 

 忌々しそうに愚痴をこぼすお父さんと、情けなさそうな声で諫める部下の青年。

 

『……まぁ、もともと部長へのレビュー以降は僕らの担当でしたし、やはり部長への説明は僕らでやりますよ』

『そうですね。比企谷課長、話を聞いてくれてありがとうございました』

 

 またあの面倒な部長へ説明しないといけないのかと悪態をついてしまった彼ですが、そうやって部下から殊勝な態度で接せられると、それはそれで気まずくなってしまうようです。

 

「その……、なんだ。俺も後半めんどくなって説明端折っちゃったからな……。悪かった、極力手伝うよ」

 

 だがしかし、彼がそう言った瞬間部下たちの目が光った。ヤマピカリャー以下略。

 

『比企谷課長ならそう言ってくれるって信じてました!』

『さすがチョロ…………ゲフンゲフン。さすが部下想いな課長! 大好きです!!』

「ぶっとばすぞ、おまえら」

 

 口々に歓声を上げる部下たちを前に、目を眇めながら剣呑なオーラを放つお父さん。ある意味、部下から信頼されてる証だよね。

 しかし、そんな風に和気藹藹として盛り上がっていたWEB会議に乱入者が現れました。

 

「お父さーん! お昼ご飯の用意でき…………ありゃ? もしかして小町、お邪魔しちゃった?」

 

 目に入れても痛くない愛娘が自室のドアを勢いよく開け放ち……キョトンとした顔で小首を傾げた。かわいい。

 

「はは、何をバカなこと言ってるんだ。お父さんが小町を邪魔に思う時間なんて一分一秒たりともあるわけないだろ。会議なんて知ったことかっ!」

「いや、突然部屋に乱入しちゃった小町が言うのもなんだけど、社会人としてその台詞はどうなの……」

 

 鼻息荒く親バカを爆発させる父。呆れ果てたような眼差しで嘆息する娘。

 そんでもって、そんな二人のやり取りを見守っていた部下の方々もざわざわと騒々しい。

 

『……おい、あれってもしかして比企谷課長の娘さん…なのか?』

『うそ…だろ……? 普通に美少女じゃねーかっ!?』

『待て慌てるな! これは比企谷課長の罠だ!』

『でも、さっき「お父さん」って言ってたぞ?』

『本当に血が繋がってるのか……? だって課長みたいに目が腐ってないぞ?』

『俺の上司の娘がこんなに可愛いわけがない』

 

 言いたい放題である。

 

「おまえらなぁ……」

 

 あまりの部下の物言いに、さすがにカチンときたお父さん。

 おまえら全員、今期の評定下げてやろうかと口を開きかけたところで、なんとなく不穏な空気を感じ取ったらしい娘ちゃんが発言をインターセプト。

 

「どうもどうもー。いつも父がお世話になっておりますー」

 

 彼女は情け容赦なく父親をカメラ前から突き飛ばすと、愛想の良い笑顔を浮かべながらお世辞を述べてペコペコ頭を下げます。

 

『あ、いえ……』

『こちらこそ、お父さんには…その、いつもお世話になっておりまして……』

「いえいえー。不束な父ですが、どうぞこれからもよろしくお願いしまねー!」

『……イイ』

 

 まさか積極的に絡んでくるとは思っていなかった部下の皆様。

 社会人のクセして受け答えがしどろもどろなのはご愛嬌です。若干名、どこぞの空賊みたいに頬を染めてる奴らには触れてはいけない。YES! ロリータ NO! タッチ。

 

「それじゃ、お父さん。小町はもう行くから。あとさっきも言ったけど、お昼できてるからね。ラーメンだからのびちゃうよ? ……あ、皆さんも、お邪魔しました! お仕事がんばってくださいねー!」

「おう」

 

 やはり俺の娘が可愛すぎて天使なのはまちがってない。と部屋を去っていく娘の後ろ姿を眺めながらウンウン頷いているお父さん。

 そして、そんな彼を問い質すかのように部下からの詰問が集中砲火。薙ぎ払えー!

 

『どういうことなんですか、比企谷課長!』

『そうですよ! どうして課長の娘さんがあんなに美少女なんですかっ!?』

「んだとテメェこらっ! そりゃどういう意味だ。ケンカ売ってんのか!? 俺の娘は世界一可愛いっていつも言ってんだろっ!!」

『そんな親バカ発言、真に受ける訳ないじゃないですか!』

『そうだ、そうだー! 鏡見てみろ、遺伝子仕事してないぞー!!』

 

 ボロクソに言われとる……。ほ、ほらあれだよ。気さくで親しみやすい、腹を割って話せるような上司と部下の信頼関係を築き上げたってことだよ。きっとそうに違いない(すっとぼけ)。

 

「あのなぁ……。どんだけだよ……」

『いや、だってそうじゃないですか』

『先輩みたいに眼つきの悪い人から、あんな愛らしい娘さんが生まれてくるなんて詐欺だ!』

『課長みたいな悪辣な手練手管を駆使する人から、あんな天真爛漫そうな娘さんが育つなんて思えません!』

「……よし、わかった。今度の部長への説明会は俺に任せとけ。顧客からの要求定義を完璧に満たした内容に変更してやる」

『ぎゃーっ!? やっぱり性格悪いじゃないすか! やだーーー!!』

 

 途端に阿鼻叫喚の声がスピーカーから響き渡る室内。

 部下たちは犠牲になったのだ。古くから続く社畜の因縁……。その犠牲にな。

 

『ちくしょう……。こんな悪魔みたいな課長と、あんな天使みたいな娘さんが親子だなんてやっぱり信じられない』

『深夜残業中にオフィスの廊下で女子社員と出くわすと、未だに悲鳴あげられるくせに……』

『社内で目がヤバそうな社員ランキングで一〇年連続一位になって殿堂入りしたくせに……』

『女子の新入社員達から「ワーキング・デッド」って陰で呼ばれて避けられてるくせに……』

 

「……おまえら俺になんの恨みがあるっていうんだ。終いには泣くぞこら」

 

『別に恨みはないんですけど、強いて言うなら妬んでます』

『特に憎んでないんですけど、あえて言うなら嫉んでます』

 

「嫉妬心丸出しじゃねぇか」

 

 頬をピクピク引き攣らせながら、部下からのあまりにもあんまりな言葉の暴力に割と本気で泣きたい気分のお父さん。人生ってそんなものだよね。

 

『……待てよ。よくよく考えたら、娘さんが比企谷課長と似てないってことは、あの容姿は奥さん似ということになるのでは?』

『そこに気づくとは……、やはり天才か』

『いや、むしろ気付きたくなかったんだが』

『可愛い娘さんだけじゃなく、美人な奥さんまでいるとか……』

『ひどいよ……。こんなの…あんまりだよ……っ』

「おまえらの方がよっぽど酷いからな。特に俺の扱いとか」

 

 僕と契約して社畜になってよとか言い出しそうな怪しい小動物と契約したわけでもないのに、ソウルなジェムがどんどん穢れて濁っちゃいそうな部下の皆さん。

 魔法少女ではなく、魔法使いの穢れが溜まりきったら何になるのかは神のみぞ知るのかもしれない。

 

『くそう……。本気で比企谷課長が羨ましい』

 

 画面の向こうに映るなんかガチで悔しがっている部下の姿に、普段のようにドヤ顔でざまぁwwwとかする気にもなれず、なんとなく憐憫の眼差しを向けてしまう人生の先達であり会社の上司でもある中間管理職なお父さん。

 決して部下からの理不尽な言葉の雨あられに辟易して面倒臭くなったからとかじゃない。断じてない。別に大事なことでもないからこれ以上は言わないけれど。

 

「まぁ、そのうちお前らにも良い出会いが……」

 

 だからかどうかは知らないけれど、彼は同情心でも芽生えたのかついつい慰めるような言葉を部下にかけようとして──

 

『僕も小町ちゃんみたいな娘が欲しいです!』

『俺は小町ちゃんみたいな彼女が欲しい!』

『自分は小町ちゃんみたいな奥さんが欲しいっす!』

『お義父さん! 僕に娘さんをください(迫真)』

 

 娘を溺愛する父親に言ってはならないNGワードにピシリと硬直した。

 数秒の沈黙の後、逆鱗を引っぺがされて虎の尾の上でタップダンスを踊られたお父さんの堪忍袋の緒がブチ切れて大絶叫。

 

 

「誰がおまえらなんかに娘をあげるかっ! 小町は五歳のときにお父さんと結婚するって言ってくれたんだぞ! 誰にも嫁になんてやらんっっっ!!」

 

 

 どうでもいいけど、ラーメンのびちゃうよ?

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 場所を移しまして比企谷家のリビング。

 とっとこほほほいっとばかりに軽やかなステップで階段を降りてきた妹ちゃんがリビングへとやってきました。

 

「お兄ちゃん。お父さん呼んできたよー……って、およ? お母さんは?」

「声かける、ドア開ける、WEB会議中、ドア閉める、今ココ」

 

 そう言ってリビングで正座待機している自分を指差す兄の姿に、呆れたような眼差しを向ける妹。

 

「何やってるのさ、お兄ちゃん。……まぁ、小町も人のこと言えないんだけど」

「あ? なに、親父も会議中だったの?」

「うん。とりあえず、お父さんがダメな感じにヤル気を漲らせてたから物理で黙らせて仕事相手の人たちに挨拶して戻ってきた」

「会議に乱入した挙句、初対面の大人相手に挨拶して帰ってくるとか、お前のメンタルどうなってるの? 鋼なの? 等価交換で真理にメンタル持ってかれちゃったの?」

 

 物怖じしない妹の強メンタル具合に戦慄する人見知りを拗らせ気味なお兄ちゃん。

 兄と妹、どうして差がついたのか……慢心、環境の違い。詳しくはWEBで!

 

「それより、どうする? お父さんもお母さんもまだ降りてこなそうだけど……」

「うーん……。献立をラーメンにしたのは失敗だったか。……あれだな。先に食っちまうか」

「小町も賛成! ……って言いたいところだけど、それやると……後で二人ともめんどくない?」

「……面倒だな」

 

 親バカを拗らせてる二人の両親が耳にしたら咽び泣いてしまいそうな辛辣な評価を下す兄妹。割と容赦ないのは両親からの遺伝だと思われる。

 そのとき、階上から響いてきた両親の叫び声が悩める兄弟の耳を打つ。

 

 

「「 誰がおまえらなんかに息子(娘)をあげるかっ! 」」

 

 

「……」

「……」

 

 なんとなく無言で見つめ合ってしまう息子くんと娘ちゃん。

 二人は察した。『あっ、これ長くなるやつだ』って……。

 

「……先に食うか」

「だね」

 

 やれやれと言いたげに首を横に振った兄に倣い、妹も肩を竦めて苦笑する。親バカな両親の元に生まれ育った兄妹の気苦労は絶えない。

 二人は仲良く『いただきます』と声を揃えると、ズルズルと少しばかりのびてしまった麺をすするのだった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 目の前の現実に愕然として、彼は膝から頽れた。

 眼前の光景に唖然として、彼女は茫然と立ち尽くした。

 

 部下たちとの喧喧囂囂とした罵り合いを戦い抜き、やっとの思いでダイニングへと辿り着いた父と母。そんな彼と彼女を待ち構えていたのは、我が子が作ってくれた温かい手料理でも、子ども達の温かな笑顔でもなく、ましてや息子と娘との温もり溢れる団欒でもなかった。

 

 電気が消された薄暗いダイニング。

 キレイに片付けられたキッチン。

 人の気配が感じられないリビング。

 

 そのどれもが、二人が待ち望んだ光景ではなかった。熱望して、切望して、渇望して、そうして訪れた────絶望。

 

「……また、か」

 

 まるで譫言のように、両手を床について項垂れた父親が呟いた。

 

「また、()()()()()()

 

 押し寄せる悔恨の情に、その身を震わせる。

 

「俺は、何度同じ過ちを繰り返せば……!」

 

 やり場のない怒りに拳を振り上げて、遣り切れない現実に拳が彷徨って、遣る瀬無い感情に拳は力なく床を叩いた。

 

「八幡、小町……っ」

 

 それは、彼ら夫妻にとって一種のトラウマだった。

 

 結婚して、子どもが生まれた。

 念願のマイホームを建てて、我が家ができた。

 待望の第二子を授かって、我武者羅に働いて、勤めていた会社で出世した。

 

 絵に描いたような順風満帆な人生。幸せな家庭。そのはずだった。

 

 

 いつからだろうか、歯車が狂い始めたのは……。

 

 

 出世によって得られた役職に伴う責任と重圧。中間管理職として上司や部下のフォローに奔走する毎日。

 長引く残業。増加する休日出勤。気がつけば、家に居るよりも会社に滞在している時間の方が長くなり、家族より会社の人間と一緒にいる機会の方がずっと多い、そんな日々を送っていた。

 

 僅かばかりの役職手当で得られたモノは、彼らにとっては到底釣り合わないナニかを犠牲にしていて……。

 

 『おかえりなさい』──夜遅くに帰宅して玄関を開けても、その声は返ってこない。

 『おやすみなさい』──既に眠ってしまった子供達の寝顔に、その言葉は届かない。

 

 朝が早いから『おはよう』の挨拶も言えなくて、一緒に食べられないから『いただきます』も『ごちそうさま』の声も聴けなくて、自分の方が先に家を出るから『いってらっしゃい』の言葉で見送ることもできない。

 思い通りにならない歯痒い想いは仕事に忙殺されて、手のかからない子どもたちに気持ちは弛み、いつしか大事なモノが擦り切れて考えることを止めた。

 

 一つ屋根の下で暮らしている筈なのに、会話の無い家庭。彼と彼女がその現実に気がついたときには、何もかもが手遅れだった。

 

 捻じれて、拗れて、歪んで、いつの間にか()()()見せなくなっていた我が子。

 要領が良くて、抜け目がなくて、甘え上手で、いつの間にか()()()()見せなくなっていた我が子。

 

 自分の殻に閉じこもってしまった息子に、父親は声をかけようとして、戸惑った。

 自分の殻を押しのけ投げつけてくる娘に、母親は言葉を投げようとして、躊躇った。

 

 擦れ違い続けた代償は大きくて、見て見ぬふりし続けた報いは重すぎて、そんな現実を直視することができなくて、二人は時間がすべてを解決してくれることを願った。

 『思春期だから』『難しい年頃だから』そんな言葉で自分を誤魔化して、『落ち着くまで待とう』『ゆっくり待とう』そう自分に言い聞かせて、『大人になったら分かってくれる』『ちゃんと後で話し合えば大丈夫』そうやって自分に言い訳をして、父と母は子どもたちから目を背けたのだ。それが単なる願望で幻想であることを知りながら……。

 

 しかし、当然ながら二人が抱く不安は消えてはくれない。

 だから、二人は末娘だけを溺愛した。自分たちを拒絶する息子の分を穴埋めするように、自分たちに甘えてきてくれる娘で愛情の行き場を代替したのだ。それが、この二人の兄妹をひどく傷つける代償行為であると気が付かないままに。

 

 解決もせず、解消もされず、されども先送りされ続けた問題は月日が経つにつれて風化した。そう願った両親の忘却の彼方で、そう願われた兄妹の心の奥深くで。

 

 

「……バカみたい」

 

 

 それまで茫然自失と立ち竦み、仄暗い瞳でじっと明かりの消えたダイニングを見つめていた彼女が、感情が抜け落ちたような声音でぽつりと呟いた。

 

「年甲斐もなく浮かれて、はしゃいで、これじゃ私たち……何も成長してないじゃない」

 

 自嘲するように紡がれたその言葉はきっと、今日の失態に向けられたものではなく、ここ最近に端を発する子どもたちとの新たな関係性に言及したものなのかもしれない。

 

「もう、遅いのかしら」

 

 それは、普段は気丈に振舞っている彼女らしくない、涙まじりの弱音だった。

 

「……そうなのかもな」

 

 それは、どんな苦境に陥っても絶対に悪足掻きを止めない彼らしくない、諦めの言葉だった。

 

 

「俺たち夫婦は、遅すぎたんだよ。何もかも……」

 

 

 暗い室内に響く、重苦しい、暗澹たる言葉。

 言葉は霧散し、二人の頬を伝う涙は静かにこぼれて、子どもたちの姿が消えた室内の床を濡らすのだった。いつまでも、いつまでも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、ぜんぶ茶番なんですけどね。

 

「……なにやってんの。親父、母ちゃん」

「何って…………後悔に苛まれてる自分に酔いしれた父親」

「同じく、その妻で罪悪感に押しつぶされそうな母親」

「もうやだこの両親」

 

 シリアスかと思った? 残念! ただの寸劇でした!

 

「……いや、重い。重いよ。重すぎるから。お兄ちゃんはともかくとしても、小町そんな病んでるようなキャラじゃないから。もっとお気軽でお気楽なキャラだから」

「小町がお気楽なのは異論ないとして、俺はともかくってどういう意味だコラ」

「えっ……? お兄ちゃん、もしかして自覚ないの?」

「そういう深刻そうな雰囲気を出すのは止めろ。なんか本気なのかと思っちゃうだろ」

 

 真顔で心配そうに自分を窺う妹ちゃんに、割と本気でオロオロ狼狽えるお兄ちゃん。え、ウソ冗談じゃなくて? ねぇ、待って。なんでそっと目を逸らすの? ちょ、小町ぃぃぃ!? と賑やかな兄妹コミュニケーションをほわわんと和やかに見守っているお父さんとお母さん。温度差がひどい。

 

「それより、八幡。私たちのお昼は?」

「あ? ああ、二人ともいつ降りてくるか分からんからラーメンは鍋に戻して、野菜炒めはラップして冷蔵庫」

「野菜炒めの方はレンチンすればいいとして、ラーメンはのびちゃうから二人で食べちゃおうかってお兄ちゃんと話してたんだけどねぇ。ただ……」

「ただ?」

「自分の分を食べてる間に、どんどん麺がのびてくのを見てたら、こう……おいしくなさそうだなって」

「だから、そのまま鍋に戻して放置しといた」

 

 気まずげにふいっと視線を逸らす愛娘と、しれっと何でもないことのように宣う愛息子。

 割と雑な自分たちの扱いに頬を引き攣らせるお父さんとお母さんでしたが、そもそも遅れてやって来た自分たちの自業自得だという自覚があるため抗議の声は上げませんでした。仕方ないね。

 

「しゃーない。とりあえず、温めて食べちゃいましょう」

「だな。適当に鶏ガラと醤油でスープ水増しすれば食えんことはないだろ」

 

 ガッカリしたように溜め息を吐きつつも、なんとか思考を切り替えて食事の準備に取り掛かる夫妻。

 子ども達の手料理が美味しく食べられないのは残念だけれど、それでも子どもが自分たちのために作ってくれた料理を食べないという選択肢はないのです。のびてものびても、食べていくしかないんです。どんなに打ちのめされようとも。……麺だけに。

 

「あー……、別にいーよ。こっちでやるから」

「……八幡?」

「手ぇ出すんなら、終いまでやれって親父に教えられたしな」

「誰が窯爺だコラ。声とか渋くて超カッコイイだろ。窯爺舐めんなよ」

「はいはい。んじゃ、小町。ホットプレート出しといてくれ」

「ほーい! 小町におっ任せー! …………んぇ? ホットプレート??」

 

 何やら言いたげなお母上をサクッと無視して、グラサンを掛けたひげモジャ六本腕親父について熱く語るお父上の言葉も右から左に聞き流し、疑惑に満ちた眼差しを向けてくる可愛い妹に背を向けた息子で兄な捻くれボーイはキッチンへ。

 シンク下の収納スペースからボールを取り出すと、息子くんは小麦粉を目分量でざっくり投入。そこにお出汁な素を適当に振りかけたら、蛇口をひねって気持ち少なめにお水をそそぎます。菜箸を使ってボールの中身をしゃっかしゃっかと掻き混ぜて、ダマを潰しつつ良い感じに小麦粉が水に溶けたら、お鍋に残っていたラーメンのスープをボールにドーン!

 

「お兄ちゃーん。ホットプレート用意できたぁ……あああっ!? 何やってるのさ、お兄ちゃん! 只でさえラーメンのスープほとんど残ってなかったのにぃ!」

「いやいや、あんな中途半端な量でラーメン温めても仕方ないだろ。お湯で水増ししても不味いだけだし」

「えぇ……。それは分かるけど。そもそもお兄ちゃん、なに作ろうとしてるの?」

「まぁ、そこは仕上げを御覧じろってな。それより、もう準備も終わるからホットプレート温めといてくれ」

「ううーん。まぁ、小町が食べるんじゃないから別にいっかぁ。あいあい、ホットプレート温めれば良いのね。油も引いとく?」

「おう。なんか良い感じによろしく」

「はーい」

 

 なんとも不穏な会話を繰り広げる兄妹と、それを不安な心境で見守る夫妻。

 親の心子知らずを地でいく息子くんは分かってるんだか分かってないんだか、色々な感情が上乗せされてマシマシな両親からの視線は華麗にスルーです。開き直ったぼっちの強メンタルを舐めてはいけない。

 

「……うっし。まぁ、こんなもんだろ」

 

 その後、冷蔵庫から取り出した野菜炒めをボールにドパパーッと流し込んでまぜまぜしたところで一息。どうやら準備が整ったようです。

 

「んじゃ、さっさか焼くぞー」

「あー、なるほどな」

「あんた、お好み焼き作ってたのね」

 

 ボールに入れられたタネとホットプレートでいろいろと察したらしいお父さんとお母さん。そこはかとなく、安心と納得が顔に出ております。

 ですが、そんなことは息子くんには関係ありません。ダイニングテーブルにでしっと鎮座されたホットプレートの前に立つと、躊躇なくボールの中身を熱せられたホットプレートに流し込みました。

 

「ああっ!? お兄ちゃん、お好み焼きにするならするって言っといてよ! ホットプレート温め過ぎちゃったじゃん! あー、もう固まり始めてる!? お兄ちゃん! 早く形整えて、はやくはやく!!」

「ちょ、まっ……そんな焦らすなよっ!? 手元が狂う……あっ、なんか四角くなった」

「ぎゃーっ!? 小町のお好み焼きがぁーーーっ!!」

「いや、なんでだよ。お前のじゃねーから」

 

 ジュージューと音を立てて焼き上がる生地に一喜一憂する兄妹。

 

「およ、そろそろ良いんじゃない? ひっくり返す? 小町、ひっくり返す?」

「譲らん。譲らんからな。……やめろ、そんなキラキラわくわくした目で俺を見るな。なんか罪悪感がハンパないだろ」

 

 それを微笑ましそうに、そしてどこか懐かしそうに目を細めて眺める父母。なんかちょっと思うところがあるみたいです。

 そうこうしている間にも調理は進み、無事にホットプレートの上で宙返りを決めた生地をしげしげと観察していた妹ちゃんがぽつりと呟きました。

 

「でも、お兄ちゃん。野菜だけのお好み焼きって、なんか味気なくない?」

「……と、思うじゃん? はい、ここに取り出しましたるはのびにのびきったラーメンの麺でございます」

 

 妹の率直な意見に、不敵な笑みを浮かべた兄がお鍋を手にドヤ顔しております。ドヤヤ!

 だがしかし、それを見た妹ちゃんががしっと兄の腕を掴んでストップをかけました。なんだか表情が妙に深刻です。

 

「お兄ちゃん、そのラーメンの麺なに、何に使うの。なんかよくわかんないけど、怖いからやめて」

「知らんのか。これを入れると、お好み焼きに入れる焼きそば風になんだよ」

 

 言いながら、鍋の中身をどばしゃっとホットプレートの空きスペースにぶっこみます。その瞬間、妹ちゃんが悲鳴を上げました。

 

「やめてって言ったのにー!」

「いや、コク? なんか、そのコク的なのがうまいらしいんだよ。ネットのレシピにそう書いてあった」

「え? それってまさか、自分で試したことは……」

「ラーメンなんて作ったら、その場ですぐに食っちまうだろ? ……試す機会がなくてなぁ」

 

 ぼやくように嘯く兄の言葉に、ピシリと固まる妹ちゃん。どうやら、今回はくすんくすんと泣き真似する余裕もないみたいです。

 そんな妹を気にも留めず、ホットプレートの上でジュワってるラーメンの麺を見極めて、お兄ちゃんはほいっと気軽な調子でお好み焼きの生地を麺の上に乗っけました。

 

「よし、これで後はヘラで押し付けながら焼いて……あっ、卵忘れてた。小町、取ってきてくれ」

「……んもーっ! お兄ちゃんのバァーカ!! 何個!?」

「二個で」

 

 ギャースカどたばたと冷蔵庫へ走る妹ちゃんを尻目に、お兄ちゃんはのんびりマイペースに焼き具合を確認。何だかんだで兄のフォローに奔走してくれる妹です。

 あーだこーだと言い合いながら、卵をかぱりと割って目玉焼きを作りあげると、その上に焼き上げたお好み焼きをパイルダーオン。

 

「んで、適当にソースとマヨと鰹節をかければ、なんちゃって広島風似非とんこつお好み焼きの完成だ。さぁ、おあがりよ」

「なにその色んな方面にケンカ売ってるようなお好み焼き。本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ、問題ない」

「いやそれ、だいじょばないフラグじゃん。ダメじゃん」

 

 大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキとばかりに、お兄ちゃんは出来上がったお好み焼きを半分に切り分けて両親の目の前にずずいっと差し出しました。いざ、実食っ!

 

「……あら。案外おいしいわね、これ」

「だな。ちょっと麺がべしゃってるのが気になるが、普通に食えるぞ」

「え、本当に? ……おかーさーん! 小町も一口食べたい!!」

「はいはい。あーん」

「あむっ。……あ。意外においしい」

 

 はふはふモグモグと口に入れたお好み焼きの味を確認したご両親の反応に、末の娘も興味津々で頬張ります。そして、唯一、作った当人である息子くんだけが驚愕に慄いておりました。

 

「え、マジかよ。のびたラーメンなんてどうやっても不味いと思ってたのに」

「おい待て。なんでこれ作った張本人の八幡が一番ビックリしてんだよ」

「……ふっ」

「変顔で誤魔化せると思うなよ」

「なんで変顔だよ。薄笑いだ。とぼけてんだよ」

 

 キザったらしく笑って誤魔化そうとしたら、実の父親に変顔認定されて激オコの息子くん。遺伝だね。諦めて。

 そうして賑やかに野郎共がわちゃわちゃやってる横で、てててーとキッチンに移動して何やらちゃっちゃかやっていた妹ちゃんが食材片手に現れました。

 

「お兄ちゃん、邪魔。次、小町が焼くから」

「は? お前、さっき昼メシ食ったじゃん」

「だって見てたらお腹すいてきちゃったんだもん。はい、お兄ちゃん、そっちのスペースで焼きそば焼いておいて」

「小町、お前ってそういうとこホント自由な」

 

 さすが比企谷家の最終兵器。次世代型ハイブリッドぼっちは伊達じゃない。公式で『腹黒いが底が浅い』と評されただけのことはある。……可愛いから別に問題ないね。

 せっせとお好み焼きのタネ作りに勤しむ妹ちゃんと、何だかんだ言いつつも素直に焼きそば作りをがんばるお兄ちゃん。そんな自由奔放な我が子たちをぼんやりと眺めながら、お母さんはかつての食卓風景を偲んで懐かしんでいるようでした。

 

「……」

 

 まだ二人が小学校低学年だった頃、まだ二人の仕事がそこまで忙しくなかった頃、こうしてダイニングテーブルにホットプレートを置いて家族で食卓を囲む、そんな当たり前な光景が比企谷家でも見ることができたのかもしれません。

 それは今のようにお好み焼きであったり、あるいは焼肉だったり、一風変わってたこ焼きなんて日もあったりして……。何れにせよ、子どもたちはきゃっきゃっと大はしゃぎで喜んで、そんな愛らしい姿にお母さんの口元は綻んで、その光景をお父さんはせっせとファインダーに収める。そんな、ありふれた日常で、幸福な日々。

 

「っ……」

 

 そのときは、今とは立場が逆だったのでしょう。お母さんがホットプレートの前に陣取って、子ども達は仲良く並んで椅子に座って期待の眼差しを向けていて……。

 

 

 『母ちゃん、おれもやる! そのクルってひっくり返すやつおれもやりたい!』

 『こまちも! こまちもやるのー!!』

 

 

 変わってしまった関係と、変わらなかった関係。

 変わってしまったモノと、変わらなかったモノ。

 

 

 『小町はヤケドするからダメだ。小町のは兄ちゃんがやってやるから』

 『そうだぞ、小町。あと小町の分はお父さんが超絶キレイに焼いてやろう』

 『ヤーダァァァーーー! こまちもやるーーーっ!!』

 『うるさい、バカ兄妹。ケンカするなら作ってあげないわよ』

 

 

 そんなことに思いを馳せていたお母さんは、気がつけば滂沱の涙を流しておりました。

 

「は゛ち゛ま゛ぁ゛ん゛、こ゛ま゛ち゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛」

「……うわぁい。またお母さんがめんどくさいモードになったー」

「親父、パス」

「マホカンタ」

「跳ね返されたっ!?」

 

 そんなドタバタだらけな比企谷家のランチタイムに頓着することもなく、ふんすっとふてぶてしい表情でのっしのっし歩み寄った飼い猫がベシベシと前足で息子くんの足先を叩きます。なんなら、少し爪も立ってます。お怒りです。ご立腹です。靴下に穴あいちゃう。

 

「どうした、カマクラ? 今ちょっとお前に構ってやる余裕は……ちょ、痛いイタイイタイイタイ」

「あ、そういえばかーくんのお昼ゴハン。まだあげてなかったかも」

 

 今日も比企谷家のお猫様は自由です。

 

「……よし、カマクラの餌は俺に任せろ。小町と親父は母ちゃんを頼む!」

「いやいや、かーくんのことは小町に任せてよ。お兄ちゃんとお父さんはお母さんをお願い!」

「しゃーねーな。ここは一家の大黒柱たるお父さんがカマクラの餌を……」

「ダメに決まってんだろ、クソ親父」

「お父さん、それは小町的にポイント低い」

「……はい」

 

 子ども達からの冷たい眼差しに耐えかねた夫で父なナイスミドルは光の速さで白旗を掲げました。負けることに関しては最強を自負する中間管理職だから仕方ないね。全国の中間管理職なお父さんへの熱い風評被害が止まりません。

 

「はぁ……。仕方ない。アレやるか」

「……アレ?」

「よく見ておけよ。八幡、小町。これが、これこそがっ! これまで数多の死線を掻い潜っては鉄拳に沈んだ男の奥義だ」

 

 やれやれと疲れた風に肩を竦めた旦那さんが、奥さんの背中を優しく擦りながら声をかけます。

 

「ほーら、痛いの痛いの飛んでけー!」

「誰がおちょくれっつったよ。宥めろよ」

「お父さん、それはない」

「う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……。こいつ、後で絶対にしばく……っ!」

 

「「 効果が…あった…だと……!? 」」

 

 どうでもいいけど、とっくに昼休憩の時間終わってるけど仕事に戻らなくていいの?

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 その夜。

 珍しく一人で晩酌を楽しんでいたお父さんの向かい側に、お風呂上りな息子くんがコーヒー風味な練乳飲料片手に腰を下ろしました。

 

「……」

「……」

 

 普段から必要が無ければこれといって会話もしない親子。別に仲が悪いわけじゃないけれど、父と息子の関係なんて案外そんなものなのかもしれません。

 

「……んで?」

「あ? なんだよ、八幡」

 

 でもどうやら、今日は用事があったみたいです。カシュっと音を鳴らして缶のプルタブを立てた息子くんが、缶ビールをぐびりと飲みながら目を眇めたお父さんに問いかけます。

 

「昼間の寸劇。なんだったんだよ、あれ。ご丁寧にモノローグっぽい語りまでやりやがって」

「……別に。単なる茶番だよ。茶番劇。あのシチュエーションなら、あれをやらにゃ漢が廃ると思ってな」

「廃れてしまえ、そんな漢気」

 

 酔っ払っているのか、それともブラフか、冗談めかして嘯く父親に不機嫌そうな息子くんが眉を顰めます。

 なんとなく険悪チックな親子の空気。そんな空気を読んだのか、それとも読まなかったのか、今日も今日とておつまみ目当てでテーブルの上に陣取っていた飼い猫がにゃーと鳴く。

 

「……」

「……」

 

 お猫様効果かどうかは知らないけれど、幾分冷静になったらしい息子くんは思索に耽ります。その対面で、素知らぬ顔のお父さんが二缶目のフタをぷしゅりと開けました。

 そうして暫く無言の時間が過ぎて、ふと何かに気がついて、不意に彼が口を開きます。

 

「……母ちゃんのためか?」

「はぁ?」

「親父、俺らが自分の部屋から出て階段降りてきたこと気付いてたんだろ」

「それで?」

「あの寸劇は親父にとって何処までが茶番で、母ちゃんにとっては何処までが茶番じゃなかったんだ?」

「……さてな」

 

 まるで探偵のように、真実はいつもひとつとばかりに見極めようとする息子くん。

 そんな我が子相手に、ポーカーフェイスで真意を読ませようとはしないお父さん。

 

「……」

「……」

「……」

「親父も母ちゃんも勝手なんだよ。勝手に思い詰めて、勝手に背負い込んで、俺も小町も、別に……」

「……くくっ」

「あ?」

「ぶわっははは! ダメだ、耐えらんねぇ……! なにシリアスになってんだよっ」

 

 けれども、急に吹きだしたと思ったらお父さんはテーブルをバンバン叩いて大爆笑。どうやら、よっぽどツボにハマったみたいです。

 ひーひー言いながら笑い転げる実の父に、息子くんはヒクヒクと口角を引き攣らせます。ドンマイ。

 

「お、親父……?」

「しかも、あんな空気醸し出しといて変顔してくるとか卑怯すぎだろっ! ぶはっ! ダメだ、思い出したらまた笑いが……」

「誰が変顔だ、クソ親父! 俺は真面目に……」

「だから変顔は止めろってw」

「してない。してないから」

「フフフフフwww」

「しばくぞ」

 

 あんまりにも笑い過ぎて過呼吸になりながら、コヒューコパァとか変な笑い方してる高校生の息子と娘をもつ二児の父。ダメな大人の典型です。

 そうこうしていると、ドタタタと廊下を疾駆してきた足音が響いたと思ったら、バーンと勢いよく扉が開いて大魔神が御降臨。

 

「……うるさい、バカ親子。くたばれ」

「「 アッハイ 」」

 

 身の危険を感じた父子の行動は素早かった。即座に土下座体勢へと移行するとキレイに仲良く揃って頭を下げる父と息子。長年の調教の賜物です。何人もお母さんの眠りを妨げてはいけない、いいね?

 そんなこんなで有耶無耶のうちに親子の宴は終わりを告げました。

 

「やれやれ、だ」

 

 荒ぶる妻が再び眠りにつき、スッキリしない様子の息子が自室に戻って、一人ダイニングに残されたのはお父さん。

 本日、三缶目になる缶ビールをグイッと呷りながら、彼は誰に聞かせるでもなく小さくぼやくのでした。

 

「……お前みたいな勘のいいガキは嫌いだよ」

 

 どこか嬉しそうにしながらも苦笑する彼に、呆れたような眼差しを向ける飼い猫。にゃふんと嘆息するように一鳴きして、お猫様はもっとつまみ寄越せやとばかりにペシペシと気苦労の絶えないお父さんの腕を叩くのだった。

 

 

 今日も比企谷家は平和です。



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母の期待感と娘の彼氏。

 この日、千葉県某所では局所的な大寒波に見舞われておりました。

 

「ようこそ、雪ノ下家へ。比 企 谷 く ん」

「……ども」

 

 発生源はもちろん千葉を代表する拗らせお母さん。天候すら支配する氷雪系最強な母は伊達じゃない。春のポカポカ陽気が嘘みたいな氷点下です。……卍解みたいだろ。ウソみたいだろ。始解なんだぜ。それで(比喩表現)。

 

「……帰りたい」

「玄関まで来て何を言っているの、比企谷くん。……もう手遅れよ」

 

 想定外な彼女の母親からの(物理的に)冷たい微笑でのお出迎えに、秒で心が折れる彼氏くん。

 そんな彼氏くんを文字通り首根っこを摑まえて、ここまでズリズリ引き摺りながら連れてきた娘で妹な彼女ちゃんは若干後悔しながら頬を引き攣らせております。

 

 あれれー、おかしいぞー? 前回夕飯にお招きされたときは割と受け入れられてたと思ったんだけどなーと彼氏くんが首を傾げる横で、とたたたーっと歩み寄ってきたお姉ちゃんがご挨拶。

 

「雪乃ちゃん、おかえり。あと比企谷くんはいらっしゃーい」

「ただいま、姉さん。それで、これはどういう状況なのかしら?」

「え、それここで聞いちゃう? 本当にここで聞くの? ……命知らずかな?」

「……やっぱり後でこっそり教えてちょうだい」

「なにそれこわい」

 

 そんな不穏過ぎる姉妹の会話にガクブルと顔が青褪め、俄然帰りたくなってきた普段は兄で息子だけど、今日は彼氏で義弟で義息子な感じでお送りしている捻くれボーイ。及び腰です。逃げ腰です。腰が抜けてないだけ上出来なんです。

 そもそも、何故にこんな物騒この上ない突撃彼女の実家お宅訪問な状況になっているかと言えば、別に彼氏くんから彼女ちゃんへ家ついて行ってイイですかとか聞いたわけではありません。以前に自分の母親と彼女を引き合わせたときのあれやこれやな対応が巡り巡って因果応報で悪因悪果な感じでつまりは自業自得なわけです。ざまぁっ!

 

「陽乃、雪乃。いつまでお客様を玄関で待たせるつもりですか? 早く案内してさしあげなさい」

「はーい」

「ええ、そうね。比企谷くん、こっちよ」

「……お邪魔します」

 

 そうこうしているうちに痺れを切らした母親からの死刑宣告……もとい処刑台へのご案内…………でもなく、おもてなしの指示が出ました。そう、おもてなしです。一字一句丁寧に読み上げるあの『オ・モ・テ・ナ・シ』でお馴染みなあれです。間違っても相撲部屋的な『カ・ワ・イ・ガ・リ』ではありません。そのはずです。きっとそう。そうに決まってる。根拠もなにもないけど、でも、きっと、たぶん、おそらく、めいびー……。

 

「それでは比企谷くん。ご迷惑おかけするけど、よろしくね」

 

 極寒の微笑みという何とも形容しがたい表情を浮かべるお母さん。

 

「……比企谷くん、覚悟決めてね?」

 

 ニコニコ笑顔が標準装備なはずの強化外骨格な仮面から、すっとーんと表情が抜け落ちた真顔で告げるお姉ちゃん。

 

「その、よくわからないのだけれど、先に謝っておくわ。……ウチの母と姉がごめんなさい」

 

 そんな二人からの言葉に戸惑い、怯え、血の気の引いた深刻顔で頭を下げる彼女ちゃん。

 

 然して、言われた当人たる彼氏くんはと言えば────

 

「もうどーにでもなーれ」

 

 開始五分経たずに早くも現実逃避してました。

 

 

 そんなこんなで、ドキッ! 拗らせた家族愛! 地雷だらけのリアル脱出ゲーム in 雪ノ下家! はっじまーるよー。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 最初っからクライマックスな玄関での攻防をなんとか生き抜いた絶賛グロッキー状態の彼氏くん。

 そんな彼が案内された場所は、雪ノ下家のリビングルーム。日本語風に言えば居間です。そう、客間でも応接間でもなく、辞書を引けば『家族がふだんいる部屋』と記されているような場所です。ヤバイ。

 

 とりあえず座ったら? というお姉ちゃんからの一言で、冷や汗ダラダラな彼氏くんが彼女ちゃんと隣り合うような形で高級感あふれる革張りソファに腰を下ろします。程よい弾力とふっかふか感が両立された座り心地抜群なソファのはずなのに、彼氏くんの居心地が妙に悪いのは何ででしょうか? うーん……、謎だ。これは迷宮入りだね。まちがいない。真実はいつも藪の中。蛇だっていい迷惑です。

 

「……どうぞ」

「あ、どもっす」

 

 そんな緊張で固まる彼氏くんの目の前に、お高そうな白磁のティーカップに淹れられた紅茶が差し出されます。

 いつもの部室なら落ち着ける紅茶の香りに、彼氏くんは何故だか緊張が増すばかり。無理もないです。だってこれ淹れてくれたのさっきから酷薄な笑みを浮かべてるお母さんだもん。毒入りかな? いや、それともカップの飲み口に直接塗られてるパターンかも。まさか雑巾の搾り汁とかじゃないよな? と勝手に疑心暗鬼に陥る息子くん。ミステリー小説の読み過ぎだね。……バカだなぁもう、千葉のお母さんが本気になったらそんなすぐバレるような手段を講じるはずがないじゃないか。死体から毒が検出されない新薬ぐらいは用意するよ。どこぞの真っ黒な組織もビックリだ。ショタ谷くんになったら荒ぶる元祖お母さん降臨で怪獣大決戦だね。……千葉の平和が危うい。

 

「どうしたの比企谷くん。飲まないの? 冷めちゃうよ?」

「いや、そんな喉渇いてないんで……」

「そんな不安そうな顔しなくても、毒なんて入ってないよ?」

 

 お姉ちゃんからの紅茶を勧める問い掛けに、それとなくお茶を濁そうとした彼氏くんでしたが、間髪入れずに告げられた言葉にビクッと肩を震わせて思わずフリーズ。

 どうみても図星を突かれた人間のリアクションです。本当にご愁傷様でした。

 

「あら、心外ですね。私がお客様にそのような粗相をするとでも?」

「ハチマン ソンナコト オモッテ ナイデス」

「比企谷くん、片言になっているわよ。気をしっかり持ちなさい」

 

 横合いから発せられた冷たいプレッシャーに凍りつく彼氏くん。あれ、おかしいな? 俺いつの間に四界氷結喰らったの? と思考放棄させることで何とか自我をキープ。彼氏くんの魂魄が悲鳴を上げてます。

 さすがに見兼ねたのか、そんな彼氏の危機に彼女ちゃんがヘルプに入りました。

 

「姉さん、比企谷くんで遊ぶのはそれくらいにしてちょうだい」

「えー? そんな人聞きの悪い……。わたしはただ比企谷くんに紅茶をオススメしただけじゃーん」

「とてもそうは思えなかったのだけれど」

「いやいや、雪乃ちゃんの考えすぎだって。でもまぁ、あれだよね。お母さんが淹れた紅茶がご不満ってことはさ、比企谷くんはやっぱり雪乃ちゃんが淹れてくれた紅茶をご所望だったのかな? かな?」

「……そう。つまり、私の淹れたお茶は飲めないと、そういうことですか」

 

 お姉ちゃんからの指摘に、ほんのりと顔を赤らめながらも小首を傾げ、そうなの? っと目で問いかける彼女ちゃん。かわいい。

 一方で、北風どころか北極圏の猛吹雪な勢いで不機嫌オーラを放つお母さん。特に理由のない修羅場が彼氏くんを襲う──!!

 

「あの、いえ…別にそんなことは……」

「……え、比企谷くん。私より母さんの紅茶の方が良かったの?」

「違う! そうだけどそうじゃないんだ、雪ノ下!」

「呼んだ、比企谷くん?」

「雪ノ下さんは呼んでません」

「では私のことでしょうか?」

「ファッ!? あ、いや、違います。その、娘さんの方のことで…」

「おや? ならやっぱり、わたしのことかな」

「違う。違うから。あんたもう黙ってろよ」

「そうは言われましても、ここには”雪ノ下”が三人も居るわけでして」

「しかも、娘に至っては二人も居るからね。それも、とびっきり美人な姉妹が」

「なにこの親子すごいやり辛い」

 

 さっきまでの不機嫌オーラから一転、ここぞとばかりに娘の彼氏に絡んでくる母と姉。めんどくさい。とてつもなくメンドクサイ。どうしてこうなった。

 

「ふむ…。これは由々しき問題ですね……」

「そうだよね。ウチは全員が”雪ノ下”だもんね。混同しちゃうね。混乱しちゃう。たーいへーんだなー!」

 

 あまりにも態とらしいやり取りに、この先の展開を先読みした彼氏くんが頭を抱え、状況を察した彼女ちゃんが狼狽します。お約束だよね。

 

「比企谷くん、知ってる? 人には個人を識別するのにとーっても便利な”名前”ってものがあるんだけど……」

「……ぐっ」

「どうしたのかな? ほらほら、言っちゃえよ。言っちゃえってぇー」

「ゆ、ゆき……」

 

 朗らかな笑顔で明るく声をかけながらも、逃げることは許さんとばかりに眼光鋭く妹の名前呼びを強要してくるお姉ちゃん。

 素知らぬ顔で事態を静観しながらも、ちゃっかりボイスレコーダーを準備するお母さん。

 羞恥で耳まで真っ赤になりながらも、期待に瞳を輝かせ、上目遣いで待ち構える彼女ちゃん。

 

「ゆき、の……」

 

 そして、身悶えながらもなんとか言葉を紡ぎ、ついに彼氏くんがその名前を口にした────と思った矢先。

 

 

「──した家の次女の方」

 

 

 という最低な逃げを打った。

 

「っ……」

 

 静まり返る雪ノ下家のリビングルーム。どっちらけである。比喩ではなく、物理で空気が重い。

 

「……」

「……」

「……」

 

 蔑むような眼差しの母。完全に無の表情で見つめてくる姉。そして、ニッコリ暗黒微笑で距離を詰めてくる妹。

 彼氏くんに突き刺さる三方からの視線が痛いです。とんでもなく痛いです。でも自業自得だから仕方ないね。……擁護? 知らない単語ですね。

 

「……さて、それじゃ茶番はここまでにして本題に入ろっか」

「そうしましょうか」

 

 そうして重苦しい空気のまま次の話題へ。

 どうやら選択肢をミスったために、難易度ナイトメアな現状から本格的な『ハ・ナ・シ・ア・イ』が始まるようです。彼氏くんは心を強く持ってほしい。

 

「答えなさい」

「……はい」

 

 まるでこれから極刑でも言い渡すかのような、鉛のように重苦しい母としての声音。彼氏くんの胃がキリキリと痛みます。これはもう胃潰瘍待ったなし。誰かー? この中で成分の半分が優しさでできている錠剤をお持ちのお客様はいらっしゃいませんかー?

 まぁ、そんな冗談はさておき、一度大きく深呼吸をした彼氏くんも意識を切り替えて真剣に向き合います。同時、頭を高速で回転させて今後の会話をシミュレート。彼女との交際、今後の進路、将来の就職先、あらゆる問答を想定してその最適解を導きます。そう、それはまさにぼっちが誇るべき深き思索。本来、対人関係に割かれるべきリソースをただ自分一人に向け、内省と反省と後悔と妄想と想像と空想とを繰り返し、やがて思想と哲学とに行きつくほどに、無駄な思考力。その力がいま遺憾無く発揮されたと言っていいでしょう。ばっちこーい!

 

「あなたは嫁姑問題というものをどのように捉えているのかしら?」

「……は?」

 

 まるっきり想定の範囲外な質問でした。

 一瞬、これは冗談かドッキリの類かと勘繰った彼氏くんでしたが、大真面目に語るお母さんの姿に冷や汗がタラリ。アカン、これガチだ。ガチのヤツだ、と内心で焦りを隠せません。

 

「ねぇ、知ってる比企谷くん。世の夫婦が離婚へと至る要因として、嫁姑問題っていうのは決して些事じゃないんだよ? 弁護士やってる隼人のお父さんにも確認したから間違いないわ」

 

 そんな隙だらけな彼氏くんを狙い撃つように、追撃をかますお姉ちゃん。目がマジです。

 

「先日、うちの雪乃がそちらのお宅へお邪魔したそうですね。なんでも、そのときに大変なご迷惑をおかけしたとか……母親として謝罪致します」

「っ……! いえ、あれはウチの母親が……」

「どのような理由があったとしても、雪ノ下家の人間である以上はいつ如何なるときでも相応の立ち振る舞いが求められます。雪乃、わかっていますね?」

「……はい。申し訳ございませんでした」

「謝る相手が違います。あなたの責任なのですから、ここから先は自分でどうにかなさい」

 

 厳しい、突き放すような母からの言葉。

 以前までであれば、色々と拗らせまくってる末娘は勝手に打ちのめされて、逃げ出していたかもしれません。けれど、彼女もこの一年で成長したのです。そこにはしっかり反省して受け止めている次女の姿が……! そんな娘の姿にお母さんも思わずニッコリ(当社比)。かと思えば、すぐに表情を無に戻して、一生懸命息を潜めて気配を殺していた彼氏くんへと向き直ります。

 

「それはそれとして、比企谷くん。話を戻しましょうか」

「う、うっす……」

「雪乃の話を聞くに、うちの娘はあなたのお母様から相当な辱めを受けたそうなのだけれど、心当たりはあるかしら?」

「あっ… (察し)」

 

 あるね。あるある。超あるよ。心当たりありまくりな彼氏くんの目から光が消え失せます。……こらそこ、元からとか言うんじゃない!

 

「勘違いしないでほしいのですが、私は別にあなたのお母様を責めているのではありません。男女の違いはあれど、私も同じ子を持つ母親です。ですから、不安に思う気持ちも、色々と質問攻めにしてしまう心境も理解できるつもりです」

「は、はぁ……」

 

 あ、あっるぇー? なんか思ってた反応と違うぞ? という感じで呆けたような相槌を打つ彼氏くん。

 これもしかして俺の無罪放免な可能性も微レ存……? と、そんな風に淡い期待を抱いた彼でしたが、次の瞬間、それは無残にも木端微塵に打ち砕かれるのでした。

 

 

「私が言いたいのは、あなたはそのとき何をしていたのか、ということです」

 

 

 それはまるで煮えたぎるマグマのような、それでいてツンドラに広がる永久凍土のようでもあり、熱く、冷たい、静かなる母の怒り。

 

 

「……『健闘を祈る』だっけ? ずいぶんとまぁ他人事なアドバイスだよね、比企谷くん」

 

 

 ねぇ、比企谷くん。あれだけ大きな口を叩いておいて、わたしの可愛い雪乃ちゃんをもう見捨てたの? あっさり裏切ったの? ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ……。どういうことなの、比企谷くん?

 そんな副音声が聞こえてきそうな仄暗い、虚ろな瞳で問いかけてくる姉のドロドロとした怨念のような憤り。

 

 

「っ……」

 

 

 事ここに至って、どうして今日、自分はこんなにも敵意に満ちた歓迎を受けているのかをようやく悟った彼氏くん。

 息が詰まる? 背筋が凍る? 全身の肌が粟立つ? いいえ、本当の恐怖とは、そんな生易しいものではありません。名状し難いソレは、命の危機に直面しても無意識のうちに『窓に! 窓に!』とか手記に残してしまうほど。……あれ? なんか大したことないように思えてきた! 不思議!

 

「ま、待って! 待ってちょうだい!? 確かにそのことで私は愚痴をこぼしたけれど、なにも母さんと姉さんに比企谷くんを血祭りにあげてほしいなんて思ってないの。……どうせやるなら、それは私自身の手でやるわ!」

 

 現在の修羅場な状況が自分の失言が元だったと気付いた彼女ちゃんが慌てて口を挟みました。後半にしれっと差し込まれた物騒なワードに彼氏くんの血の気が引いています。きっと千葉の名物、踊りと祭りに千葉県民としての血が疼いて出かけてしまったのでしょう。ソーレソレソレー血祭りじゃァァァ!

 

「でも雪乃ちゃん、比企谷くんに容赦なさそうなフリして肝心はところはダダ甘じゃん」

「そ、そんなことは……」

「ダメですよ、雪乃。そういう小さな蟠りが後々の関係にしこりを残すのです。やるなら徹底的に、禍根など一切残す余地なく、殲滅戦こそが良好な夫婦関係を構築するただ一つの常道なのです」

 

 突如として指導が始まる”雪ノ下流夫婦道”。今日も今日とてめんどくさい母子と姉妹によるコミュニケーションでエデュケーションな家族愛は健在です。

 ちなみに、さっきまで瀕死状態だった彼氏くんがどうしてるかと言えば、生温かい眼差しで雪ノ下親子を見守りながら『これが雪ノ下流……(震え声)』とかやってる余裕があるので大丈夫そうです。

 

「ペットの躾でも、軍隊の教育でも同じでしょ? 何事も最初が肝心なの。早い段階で徹底的に上下関係を叩き込むのが基本なんだよ」

「尻に敷く? いいえ、違います。足裏で踏みつけてやるくらいが丁度いいのです。世の男性というのは大抵が潜在的な被虐趣味者だと思って対応しなさい。概ね間違ってないから問題ありません」

「……なるほど」

「なるほど、じゃない。納得するな雪ノ下。そんなことになったら俺は人権救済申立てをすることも辞さないぞ」

 

 でもやっぱりちょっとこわい、こわいです。あとこわい。

 ついでに、思わずをツッコミを入れてしまったことでステルスヒッキーの効果が解けてしまった模様。お母さんの標的が彼氏くんに戻りました。

 

「では比企谷くん。改めて聞きましょうか」

「え、あっ、ヤベッ……ハイ」 

 

 剣呑な雰囲気を微塵も隠す気なく、お母さんは眼光鋭く彼氏くんを見据えます。そこにはあらゆる詐術も詭弁も許さないという確固たる意志が見て取れました。

 

 

「もし仮に、この先、あなた達が婚姻したとして……雪乃とあなたのお母様との間で諍いが起きたとき、比企谷くんはどちらの味方につくのですか?」

 

 

 本当に娘を守る気があるのか、たとえ肉親と敵対しようとも、我が子を支え、共に寄り添っていく気概はあるのかと、それを見極めようとする母の眼差し。

 そこには、名家の当主としての威厳も、辣腕を振るう社長夫人としての矜持も、地方とはいえ六〇〇万を超える県民の代表たる政治家の妻としての沽券もなにもない。そこにあるのはただ一つ。娘を持つ一人の母親としての、揺るがぬ情愛。

 

 他方で、獅子が我が子を千尋の谷に落とすが如く、試練を与えることが、乗り越えるべき壁として君臨することこそが『教育』であると体現するかのような彼女。そうすることでしか親子としての『愛情』を示すことができない不器用な母親だからこそ、別な見方もできるのかもしれない。

 すなわち、彼を将来の義息子として認めているからこその、試練。そう、これは”母親”から”義息子”への試練なのです。そういうことにしておこう。そうしよう。

 

「さぁ、肉親の情を取るか、将来の嫁を取るか。どちらですか?」

「……」

「さぁ…」

 

 俯き、押し黙る彼氏くんに詰め寄りながら、囁くように回答を促すお母さん。更にそこへ、畳み掛けるようにお姉ちゃんも参戦してきます。

 

「さぁ」

「……!」

「さぁ…」

「……!?」

「さぁ、さぁ…」

「さぁ、さぁ…」

「っ……」

 

「さぁーさぁ! さぁ! さぁ! どちらなのですかっ!?」

 

 まるで歌舞伎のような見事な掛け合いで義息子(仮)で義弟(予定)な彼氏くんを追い詰める母と姉。彼氏くんお得意の斜め下な解決法なぞ罷り成らぬと言わんばかりの苛烈な尋問は、きっと彼への期待の裏返しなのです…………たぶん。

 

「俺は……」

 

 そして、ついに口を開いた彼の言葉はしかし、そこで途切れてしまう。

 彼は、何を言うべきなのだろうか。いま一時の安穏を求めるならば、『嫁です』と答えてしまえばそれでいい。それで楽になれるはず。実際、以前の彼ならそうしていたかもしれない。けれど、ある日の休日にまざまざと見せつけられた母の涙を、少年は忘れていない。あの強く気高い、逞しさすら感じていた母親が見せた弱々しい姿を、涙まじりの弱音を、縋るように握られた手の震えを、彼は決して忘れない。

 別に彼が特別マザコンを拗らせているということではなく、いつだって男の子にとって”母親”というのは特別な存在で、極論言ってしまえば世の男子は大なり小なりマザコンなのだ。

 

 ならば彼女への想いは肉親への情に劣るのか。いいや、そんなはずがない。

 この拗らせて捻くれて面倒臭さが天元突破したような少年が、この一年間どれだけの苦難を乗り越え、どれほど苦悩して今この場に居るというのか。間違い続けて、擦れ違い続けて、それでも諦めずに足掻いて抗って、やっと掴んだ彼女の傍にいるための権利をどうして手放せようか。

 

「お、れは……」

 

 微かにこぼれた震える声音が、すべてを物語る。それは葛藤の表れか、それとも……。

 

「俺は……っ!」

「やぁやぁ、すまないね。急な仕事の電話が入ってしまって…………おや、どうしたんだい?」

 

 込み上げる情動に彼氏くんが声を荒げたところで、新たに登場した男性の声がそれを遮りました。

 彼氏くんのキョトンとした目を、次女からのホッとしたような眼差しを、そしてなにより、妻と長女からの邪魔すんなと言わんばかりの鋭い視線を一身に浴びてなお、平然とニコニコ佇む壮年の男性。誰あろう、彼女ちゃんの家族で唯一の男であるお父さんです。

 

「すまないね、比企谷君。挨拶が遅くなってしまって。噂は娘たちから聞いているよ。まぁ、主に陽乃からだけど」

「あっ、いえ、その……お邪魔してます」

 

 朗らかに笑いながら話し掛けてくれるお父さんに、動揺しながらも何とか返事をする彼氏くん。多分、隣にいる彼女の存在が無かったら泣いて縋って土下座しながら拝み倒していたかもしれません。グッジョブすぎる。抱いて!

 そして、一度室内を見渡し、何かを察したような雰囲気のお父さん。彼は諭すような声音で奥さんへと声をかけます。

 

「ふむ……。今日は比企谷君もウチでお昼を食べていくんだろう? そろそろ昼食の支度に取り掛かった方がいいんじゃないかな?」

「……そうですね」

「陽乃、雪乃。二人も手伝ってきなさい。二人の料理は絶品だからね。是非、比企谷君に食べてもらうといい」

「……はぁーい」

「……わかったわ」

 

 登場から一分足らずで緊迫した部屋の空気を一変させ、雪ノ下家が誇る女傑三人をあっさり退けてみせたお父さん。そして、そんな光景を目撃してしまった彼氏くんが、あ、ありのまま今起こった事を話すぜ的な心境で唖然としています。

 そんな彼氏くんの様子にくすりと苦笑しながら、気軽な調子で少年の肩を叩くお父さん。これが大人の貫禄。余裕というものです。ニコニコと穏やかに微笑みながら、目がまったくと言っていいほど笑ってません。…………あ、あれぇ?

 

「ところで、比企谷君」

「は、はい……?」

 

 友好的な相手から感じる微かな違和感。

 一難去ってまた一難。彼氏くんが緊張でゴクリと生唾を飲み込み、それを見計らったようにお父さんは口を開きます。

 

 

「……ちょっと、表へ出ようか?」

 

 

 親指でくいっと窓の外を指差しながら、お父さんはゼロ円なスマイルで告げるのでした。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 玄関で靴を履き、庭へと案内される彼氏くん。

 一瞬、このまま走って逃げ出せばという考えが彼の脳裏を過りましたが、それをやったら色々と終わるなということを本能で察したため、実は命拾いしていたりします。……え? 誰から命を狙われるのかって? …………言わせんな恥ずかしい。

 

「よし、ここなら広さ的にも大丈夫だろう」

「……」

 

 そうして屋敷の裏庭へと連れてこられた彼氏くんでしたが、その目は不信感でいっぱいです。一体、何の広さ的に大丈夫なのでしょうか。外からはもちろん、屋敷からも見えにくい裏庭という立地が更に不安を掻き立てます。果たして助けを呼ぶ声や悲鳴は誰かに届くのか、このまま人知れずここに埋められるなんてことはなかろうか。そんな被害妄想……とも言い切れない考察に顔色が悪い彼氏くんです。

 そんな少年の苦悩を知ってか知らずか、お父さんはガサゴソと持っていたカバンを漁り、中から取り出したものを彼氏くんへと放り投げました。

 

「ほらっ! 君、野球は得意かい?」

「うおっ!? へ? は……? えっ……と、素人っすけど」

 

 唐突に投げ渡された野球のグラブに戸惑い、しどろもどろで答える彼氏くん。さすがにこの状況で、いつものように一人野球なら得意ですとか口走ったりはしないようです。……ちょっと怪しかったけども。

 

「ふむ……。なら、家の前で壁当てとかもしたことは?」

「あ、それなら得意です。二面使って一人ゲッツーとか余裕です」

「……そ、そうか」

 

 ドヤ顔でそんなことを自信満々に宣う彼氏くんに、なんとなく憐憫な眼差しを向けてしまうお父さん。

 

「んんっ……! ともかく、それならキャッチボールは問題なさそうだね」

「ええ、まぁ、そのくらいなら……」

「なら問題ない。早速やろうか」

 

 そう言うなり、お父さんは彼氏くんから適度に距離を取ると、軽くボールを投げて寄越します。

 

 ──パシン

 

 そんな軽い音を鳴らしながらグローブに収まるボール。

 なんとなく訝しそうにしながらも、大人しくボールを投げ返す彼氏くん。

 

「うん、なかなか上手じゃないか」

「はぁ……。どもっす」

 

 そこまで力を入れなくてもボールが届く距離。サイドスロー気味でふわりと投げられたボールは、お父さんが顔の横で構えるグラブにぽすりと収まります。

 

「……すまないね」

「え?」

「どうにも、我が家の女性陣は素直じゃないというか何というか……。普段は何でも卒なくこなすくせに、変なところで不器用なんだよ」

「……知ってます」

 

 唐突なお父さんからの謝罪に、最初はポカンと呆けていた彼氏くんでしたがすぐに苦笑で応えます。なんだか実感がこもってます。

 

 ──パシン

 

 ──ポスン

 

 ──パシン

 

 ──ポスン

 

 暫くの間、そんな風にのんびりとした音だけが裏庭に響きます。

 そうして、ようやく二人の肩も温まってきたという頃合で、お父さんが口を開きました。

 

「……昔から、こうやって息子とキャッチボールをするというのが密かな夢だったんだ」

「そ、れは……」

 

 何気ない調子で語られた父としての夢。

 けれどそれは、少年としては少しばかり返答に困るものでもあった。

 

「一応言っておくけど、娘二人には何の不満もないよ? もちろん、我が子を産んでくれた妻にもね」

「……」

 

 そう穏やかな表情で語る男性の言葉に、嘘はみえない。

 だからこそ、少年は若干の気まずさと、少しの申し訳なさを感じていた。

 

 ──パシン

 

「娘は可愛いよ。だけど、こう……男親の憧れ、というのかな。こういうシチュエーションに夢を抱く気持ちは、同じ男として分かるだろう?」

「……まぁ、はい」

 

 ──パスン

 

 ゆっくりと放物線を描いて届けられたボールを受け取りながら、少年は小さく歯噛みする。

 僅か一五〇グラムに満たない、大して重くもない硬球。それが、ずしりと鉛のように重く感じるのは何故だろう。

 

「だから昔は、葉山君……と言ってわかるかな? 陽乃と雪乃の幼馴染みたいな子でね。その子と一緒にキャッチボールをして遊んだりもした」

「っ……」

 

 ──パシッ

 

 それはつまり、将来、その少年が自分の義息子になると望んでいた証左。

 そんな考えがちろりと頭に浮かんで、少年は惑う。果たして、自分にこのボールを受け取る資格はあるのだろうか、と……。

 

 もちろん、生半可な覚悟で彼女の隣に立つと決めたわけではない。

 だから、誰に何を言われようと、彼女の傍を離れるつもりもない。

 

 それでも、やはり頭のどこかで、心の片隅で、ふと思ってしまうのだ。

 自分は相応しくない。もっと彼女に相応しい誰かが別にいる。そんなネガティブな気持ちが鎌首をもたげる度に、彼は自分自身に問いかける。自分が求めたものが何であったかを、彼女の望んだものが誰であったかを、考えて考えて考えて考え尽くして、理論も論理も摩耗して擦り切れて、そうして最後に残った感情をボールに乗せて、少年は投げ返す。

 

 ──パシンッ

 

「聡い子だった。……いや、違うか。周りの大人たちが、そうさせてしまったんだろうね。幼い頃は無邪気にボールを投げ返してくれたけれど、小学校に入学した頃にはどこかぎこちない笑みを浮かべて、低学年を脱する頃にはもう遠慮が垣間見えた」

 

 それはきっと、彼が知らない、知る由もない、とある青年と雪ノ下家との物語。

 快活そうな小さな男の子が玩具のゴムボールを投げる姿をふと幻視して、そんな少年の傍に佇む儚げな少女の姿に胸の奥が騒めいて、彼は小さく頭を振った。

 

「結局、その子が高学年になる頃には誘うのも不憫になってしまってね。どうやら、雪乃とも()()()あったようだし、それからは年に数回会って話をする程度かな」

「……」

 

 ──パシンッ!

 

「だから、君は何を遠慮することも、恐縮することもない」

「……!」

 

 少し強めに投げられたボールと共に、何気なく告げられた言葉。

 少年がハッとしたように顔を上げれば、悪戯が成功したような、それでいて少しだけ複雑そうな顔をした壮年の男性が小さく笑っていた。

 

 

「さて、それじゃあ……()()()()()()のもここまでだ」

「……え?」

 

 

 途端、ピキリと音を立てて場の空気が切り替わりました。

 なんかそれまでのカッコイイ親父像を醸し出していた雰囲気はガラリと変わり、どう考えても穏やかではない地獄の業火のようなオーラを纏っているお父さん。

 

「フー……ッ!」

 

 大きく息を吸い、静かに吐く。

 そうしてゆったりとした動作で構えられたフォームは、それまでの手投げのようなフォームではなく、ワインドアップポジションからの力強いオーバースロー。

 

「……フンッ!」

 

 ──パシィンッ!

 

 硬直し、茫然としながらも無意識のうちに顔の横で構えていた少年のグラブへ、ロートルとは思えない剛速球が突き刺さった。

 きちんとウェブでキャッチしたはずなのに、何故かジンジンと痺れる掌。正直、もう逃げ出したい気持ちでいっぱいな彼氏くんでしたが、殺気すら感じる眼光にビビって慌ててボールを投げ返します。

 

「比企谷君。君には妹さんがいるんだろう? ならば、少しは理解できるはずだ。娘を溺愛する父親の目の前に、その娘の彼氏を名乗る存在が現れたらどうなるかを……っ!」

「ッ……!?」

 

 ──バッシィィィン!

 

 まるで彼氏くんの顔面を狙うかのようにホップしてくるお父さんの火の玉ストレート。強烈なバックスピンのかかったフォーシームのなせる技です。

 

「ほう……っ! 今のをキャッチするかね」

「は、ははっ……。完全にマグレっすけどね」

 

 不敵な笑みを浮かべるお父さんと、冷や汗ダラダラで頬を引き攣らえる彼氏くん。

 あれ? お、おかしいな。どうして、ほのぼのアットホームなキャッチボール風景が一瞬にしてデッド・オア・アライブな修羅場ドッジボールに早変わりしてるんだろう……わけがわからないよ。

 

「よろしい、ならば次はツーシームだ。……喰らえェェェ!!」

「ちょ、殺気! 殺気抑えきれてないからっ!?」

 

 ──ズバァァァンッッッ!

 

 一球入魂。一撃必殺。

 自分の手元から可愛い末娘を掻っ攫おうとしている不届き者に、修羅と化したお父さんの剛腕が唸りを上げてまっしぐら。彼氏くん、逃げて! 超逃げてー!!

 

 

「貴様なんぞに娘はやらんっ! 死ィィィねェえええええええええ!」

「もはや殺意しかないっ!?」

 

 

 その後、昼食の準備が整ったことを知らせにきた彼女ちゃんが止めるまで、雪ノ下邸の裏庭には壮年の男性による気勢と捻くれた少年の悲鳴が響き渡り、”義父”と”義息子”によるコミュニケーションでエデュケーションな交流が続くのでした。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 夜も更けまして……。

 雪ノ下家のリビングに小さな呻き声がこぼれておりました。

 

「痛っつつつ」

「年甲斐もなく張り切るからです。……はい、もういいですよ」

 

 奥さんから背中やら肩にペタペタと湿布を貼ってもらい、上着を着直す壮年の男性。そう、昼間はっちゃけ過ぎた挙句、最愛の娘からガチ説教を喰らってしょんぼり気味のお父さんです。

 

「なぁに、やはり男親としてはああいうイベントは憧れだったからね。あそこで無理をしなければ漢が廃るというものだよ」

「廃れてしまいなさい、そんな漢気」

 

 心底呆れたような妻からの言葉に、男性は楽しそうにくつくつと笑う。

 

「……そういう君の方こそ、らしくもなく楽しそうだったじゃないか」

「さて、なんのことでしょう」

 

 夫からの悪戯気な眼差しに、ツーンとそっぽを向く女性。

 

「……くくっ」

「……ふふっ」

 

 暫しの沈黙の後、どちらともなく笑い合って、お互いに肩を竦めて溜息一つ。

 お父さんはワインセラーからお高そうなワインを一本。お母さんはキッチンから適当につまみを運んできました。

 

「……」

「……」

 

 無言のままにグラスへと注がれる深みのあるガーネット。向かい合うようにソファに座ると、視線だけで乾杯した二人は静かに杯を重ねます。

 静謐な空気。美味しいお酒。ほのかに香る湿布の臭い……。最後だけちょっと余計だった気もしますが、清閑とした夫婦二人の時間はゆっくりと流れていきます。

 

「……もし」

 

 そうして時計の長針がぐるりと一周した頃でしょうか。ふとお父さんが口を開きます。

 

「もし彼があのとき即答していたら、どうするつもりだったんだい?」

「……盗み聞きとは趣味が悪いですね」

「人聞きの悪い……。扉の向こうから漏れ聞こえてきただけさ」

 

 ジロリと睨む妻の視線に、悪びれる様子もなく飄々と受け流す旦那さん。

 束の間、咎めるように目を細めていた奥さんでしたが、やがて諦めたように息を吐くと苦笑で応えます。

 

「別に、どうもしませんよ」

「……どうだか」

「あら、それはどういう意味かしら?」

 

 納得いってなさそうな眼差しを向けてくる夫に、奥さんが不敵に微笑みました。

 そんな妻からの挑発に嘆息しながら、何かと気苦労の絶えない旦那さんはぼやくように言葉をこぼします。

 

「どうせ、彼があの場で即答するような人間なら見限っていたんだろう?」

「……」

「沈黙は肯定と受け取るよ」

 

 嫁姑問題が拗れる要因は、男性側に問題があると言われることがあります。

 夫の優柔不断な態度に妻は憤り、息子の意志薄弱とした姿勢に姑は意固地になる。どっちつかずだから問題は解決しないし、ことなかれ主義だから何も解消されない。そうして積もり積もった不平不満が夫婦の溝を広げ、やがては家族の絆に罅を入れるのだと。だから男が悪い。旦那の責任。息子の罪。

 

 だがちょっと待ってほしい。そもそも嫁姑問題とは、夫で息子な男性に二者択一を迫れば決着するような問題なのだろうか。

 

「……仮に『嫁』を選んだとしよう。なるほど、その場は収まるだろう。自分を選んでもらえた娘は喜ぶし、自分の娘を優先してもらえた娘の親は安堵する」

「なら、いいこと尽くめではありませんか」

「そうだね。一見するとそうだ。けれど、落ち着いて考えてみれば、それはとても悍ましい話だと思わないか?」

「……」

 

 それはつまり、血の繋がった実の母を切り捨てるということ。

 

「たとえその場しのぎの嘘だったとしても、だ。自分が窮地に陥ったからといって、自らを産み、育んでくれた実母を躊躇なく捨てる。そんな人間に、大事な娘を本当に預けられるかい?」

「……」

「いざというとき、そんな人間が血の繋がりもない嫁を見捨てず、守ってくれるだろうか。自らに危機が及べば、母親と同じようにあっさりと犠牲にするのではないかな」

 

 何事にも例外はあるだろう。けれど、ごく一般的な家庭環境で育った人間にとって、愛する女性と愛する母を天秤にかけられて、即断即決できるものだろうか。仮にできたとして、そんな人間を本当に信用できるだろうか。

 

「かと言って娘を持つ親として、娘を蔑ろにし、『母親』を優先するような人間に可愛い我が子を任せられるはずもない」

「……」

「だからこそ、あの場面で安易な答えに流されず、本気で苦悩し、真剣に苦慮する彼のことを気に入っている。違うかい?」

「……そうですね」

 

 嫁姑問題で誰が一番困っているかと言えば、それはもちろん、嫁と姑自身でしょう。けれど、だからといって旦那で息子の男性が困ってないとなぜ言えるのか。男だって悩んでます。困ってるんです。だから誰も悪くない。上手くいかないのは世間が悪い。

 つまり、世界中の人々がアクシズ教に入信すれば問題は解決するのです(目から鱗)。ほら、簡単でしょう。──誰も傷つかない世界の完成だ(すっとぼけ)。

 

「……試練を課すのはいいけれど、あまりやり過ぎると、彼にも雪乃からも嫌わるぞ」

「あら、さすがは初対面で娘の彼氏を亡き者にしようとして、娘から叱られただけのことはありますね。含蓄のあるお言葉ですこと」

「んぐっ……」

「私も陽乃もフォローしませんから、頑張って雪乃のご機嫌をとってくださいね。せっかく戻ってきてくれたのだし」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 烈火のごとく怒っていた娘の顔を思い出し、途端に言葉を詰まらせるお父さん。恋する乙女を敵に回したんだもん。仕方ないね。

 

「せ、せめてキッカケ作りくらいは手伝ってくれても……」

「嫌です」

 

 情けなく縋ってくる旦那さんに、鰾膠も無く返す奥さん。お母さんは恋する乙女の味方だからね。仕方ないよね。

 頼みの綱であるお母さんからの助力が得られず、何とか娘との関係を修復しようと必死なお父さん。ブツブツと呟きながら対策を考えます。

 

「クソッ! こうなったら何かプレゼントでも……雪乃が好きなのは確かあれだったか? あの目つきの悪いパンダみたいなキャラクター。…………我が娘ながら、あれを可愛いと思える娘の感性が些か不安なんだが。可愛いか、あれ?」

「……だ、そうですよ。雪乃」

「え?」

「……別に私の趣味趣向を父さんに理解してもらいたいなんて微塵も思っていないから問題ないわ」

 

 お父さんが何気なくこぼした正直な感想に、背後から氷のように冷たい声音で返す娘。お母さんは素知らぬ顔でお酒を楽しんでます。

 

「ゆ、雪乃……? え、いつからそこに?」

「父さんが一人でブツブツと何事かを呟いている頃からかしら。とても不気味だったわ」

 

 いつもの威厳は何処へやら。盛大にキョドって冷や汗を流す父とは対照的に、末の娘は母親譲りの美貌でニッコリ微笑で答えます。まぁ、目はまったくもって笑ってないんですけどね。

 

「んんっ! えっと……あれだ。雪乃、今度お父さんと一緒にディスティニーランドにでも行か──」

「行かない」

「早い!? 断るのが早過ぎるぞ、雪乃! せめてもう少し悩むとか……」

「却っ下」

 

 アタフタ慌てふためきながらも、なんとか末娘のご機嫌を取ろうとするお父さんでしたが、けんもほろろに断られて涙目です。中年親父の涙目上目遣いとか誰得。TS美少女に転生してから出直してきてもらって、どうぞ。

 

「ほ、ほら! あれ、パンさんだったか。実は最近、お父さんもあれにハマっててなー。よーしパパ頑張ってパンさんグッズ買占めちゃうぞー!」

「……そう。父さんもパンさんが好きだったの」

「そう、そうなんだ! いやー、蓼食う虫も好き好きって言うのかな。遠目で見ると案外悪くないと言えなくもないこともなきにしもあらず……」

「なら原題は?」

「……うん?」

 

 ちょっと破れかぶれ気味だったお父さんの不用意な発言に、パンさんガチ勢な娘に火がつきました。

 

「パンさんが好きなのでしょう? なら、原作のタイトルくらいは当然知っている筈よね」

「そ、それは……」

「まさか知らないの? 答えられないの? パンさんが好きだと公言しておきながら?」

「……っ」

 

 ねぇ、父さん。本当にパンさんを好きなら当然答えられる問題よね? なぜ黙っているのかしら? ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ……。どういうことなの、父さん?

 そんな副音声が聞こえてきそうな仄暗い、虚ろな瞳で問いかけてくる末娘のドロドロとした怨念のような憤り。

 

 娘の機嫌を取ろうとしたら地雷を踏んだでござる、な心境のお父さんは顔面蒼白です。これもうわかんねぇな。

 万事休す、絶体絶命、八方塞がり。もはやここまでかと思われた────そのとき。

 

 

 『ハロー、ミスターパンダ』

 

 

 妹の死角からフリップボードを掲げた救世主が現れました。

 そう、誰あろう妹大好きウーマンことお姉ちゃんです。妹の好きなモノに対する雑学知識なんぞ知ってて当然とばかりに超ドヤってます。めっちゃイイ笑顔! そこにシビれる! あこがれるゥ!

 

「ハ、ハロー、ミスターパンダ」

「……正解。では、改題前は?」

 

 まさか正解できるとは思っていなかった末娘。

 胡乱気に目を眇め、疑わしそうにもう一問。妹ちゃんは訝しんだ。

 

 

 『パンダズガーデン』

 

 

 だがしかし、姉よりすぐれた妹なぞ存在しねぇ!! っとばかりにお姉ちゃんがThat's なカンニング! 今ではもう色んな意味で再放送できないぞ!

 

「……パンダズガーデン」

「作者は?」

「アメリカの生物学者ランド・マッキントッシュ」

「ディスティニー版での特徴」

「日頃から笹をたくさん食べることを夢見ており、いざ笹を食べると酔って酔拳をするキャラクターな部分をより強調してデフォルメした点」

 

 矢継ぎ早に出される問題に、よどみなく答える……姉。そして、ものすごい複雑そうな顔でその答えを復唱するお父さん。

 

「……」

「……」

 

 静かに目を瞑って何事かを思案する次女の姿に、戦々恐々としながらもお父さんは黙って耐え忍びます。

 

「……父さん」

「な、なんだい?」

「今度、ディスティニーで親子向け限定のグッズが販売されるのだけれど」

「そうなのか?」

「ええ、そうなの」

 

「……」

「……」

 

「それで手を打つわ」

「アッハイ」

 

 斯くして、機嫌を直した妹ちゃんはすまし顔をしつつ軽くスキップなんかしながら自室へと戻るのでした。そして残された面々はと言えば……。

 

「……陽乃」

「はいはーい」

「助かった。恩に着る」

 

 ふーっと、その場で脱力しながら援護してくれた長女へ感謝を述べるお父さん。

 そんな父の姿にやれやれといった風に肩を竦めながら、長女は意味深そうに微笑みます。

 

「……()()()()()、ね」

「ああ、わかってる」

 

 大きな溜息。疲れたような表情で首肯するお父さんに、言質は取ったとばかりに娘はルンルン気分でその場を後にするのでした。

 後日、このとき気安く承諾してしまった”貸し”が、諦め悪くごねにごねまくっていたお姉ちゃんの海外留学希望を認める決定打に使われたとかしないとか。お父さん涙目。

 

 さて、そんなこんなで再び夫婦二人っきりの時間に戻ったリビング。

 憔悴して項垂れる旦那さんに呆れつつも、どことなく微笑ましそうな奥さんが囁くように口を開きました。

 

「はぁ……。この調子では、来年の今頃はこの家もまた静かになりそうですね」

「うっ」

「陽乃が海外ですか……。突然、国際結婚なんて言い出したらどうしましょう」

「っ……!」

「雪乃も、また家を出るとなると……今度は同棲なんてこともあり得るかしら」

「……っ!? っっっ!???」

 

 お母さんからぼやくように紡がれる不穏な言葉の数々。

 受け入れ難い愛娘たちの未来予想図を突き付けられる度に顔を赤くし、青くして、終いには真っ白に燃え尽きるお父さん。

 

「……姉妹揃ってできちゃった結婚なんてことになったらどうします?」

「────」

 

 へんじがない ただのしかばねのようだ。

 

「……ちょっとからかい過ぎたかしら」

 

 おほほほっと上品そうに口元を隠しながら笑い、奥さんはすっと席を立って旦那さんの隣へそそくさと移動します。

 そうして寄り添うように腰を下ろすと、静かに夫の肩に頭を乗せてご満悦な妻。

 

 

「大丈夫ですよ。私はずっとあなたの傍にいますから」

 

 

 なんだかんだで今日も雪ノ下家は比較的平和です。

 



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